約 355,686 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2558.html
学校で二人と別れ、そのまま長門の家に着くまで二人とも口を開くことはなかった。 これから俺はどうなるんだろうか。 未来から来たというわけでもないってことは、やはりおかしいのは俺の方なのか。そうなんだろうな。 古泉の言うように俺はハルヒの力によって創られた存在なのだろうか。 だとしたら俺に帰る場所はない?そのうち消えてしまうさだめなのか?そんなのは嫌だ。 仕方ない……なんて簡単には思えない。くそっ、どうすりゃいい。何も出来ないのか? 『涼宮ハルヒの交流』 ―第三章― 「入って」 「ん?ああ」 正面に長門の姿。どうやらいつの間にか長門の家に到着していたようだ。 「あまり焦って考えることはない」 確かにそのとおりなのだろうが。 「すまんな。わかってはいるつもりなんだが」 まぁあんまり暗い顔してたら長門も気分悪いよな。「いい」 それにしてもやっぱり長門の家は同じだな。目の前にはいつか見た、いや、いつか見たはずの部屋とほぼ同じ光景がある。 長門らしいというか何というか。 「何が食べたい?」 作ってくれるのか?特に食べたい物があるというわけでもないんだがな。 「なんでもいいさ。得意なのはあるか?」 「カレー」 即答か。やっぱり長門は長門だな。 「じゃあそれでいいか?」 「いい」 たまに違和感があるが、これはやっぱり俺の知ってる長門に違いないはず。 これがもしも創られた記憶だっていうならたいしたもんだな。 ならこれはもう一人の『俺』の記憶と同じなのか? あいつも俺と全く同じ経験をしてきたってことになるということか。いや、逆だな。 ……どちらにしろあっちが本物か。 「できた」 気が付くと目の前に大盛のカレーが。これは多すぎるんじゃないか、長門。 「お、おう。うまそうだな」 「食べて」 「ああ、いただくよ」 カレーをスプーンで大きくすくい、口に運ぶ。その動きを長門はじっと見つめる。 ……そんなに見られると非常に緊張してしまうんだが。 「どう?」 「おいしいぞ」 「そう」 そう言うと満足したのか長門も食べ始める。 別に嫌というわけではないが、黙々とカレーを食べ続ける二人。 これって客観的に見るとかなりすごい光景なんじゃないか? 食後には長門がお茶を出してくれた。 せめて片付けくらいはしたかったんだが、 「お客さん」 の一言で断られた。なんか迷惑かけっぱなしだな。 どうにもこういう間って気まずいんだよな。せめてすることでもあればいいが。 って、のんびりしてる場合じゃないか。色々と考えないといけないんだよな。 といっても状況もいまいち把握できてないし、長門にも聞きたいことがあるし、少し休憩としとくか。 ◇◇◇◇◇ しばらく一人でゆっくりとお茶を飲んでいると、片付けを終えた長門もやってきてお茶を飲み始めた。 「落ち着いた?」 「ん?ああ、お前のおかげで少しはな」 「そう、良かった。」 そう言ってゆっくりとお茶を口元に運ぶと、一口飲んだ後で思いがけない言葉を口にする。 「あなたは私に聞きたいことがあるはず」 え!?……まぁそれはそうなんだが。何から聞いたらいいものか。 せっかく長門もそう言ってくれていることだし、とりあえず聞けるだけ聞いてみるか。 「まず状況を整理したいんだが、いいか?」 「いい」 「宇宙人的でも未来人的でもない、なんらかの力によって俺が二人現れた。 ……じゃなくて俺が現れたことで俺が二人になった、が正しいか。で、合ってるか?」 「合ってる」 「で、俺は未来から来たわけでもないから、どこからか来たのではなく造られた人間の可能性が高い。 でも俺がどうして現れたか、俺はどうすればいいかということはわからない、ということだよな?」 「……そう」 どうすりゃいいかはわからない。 かといってわかっても困るんだよな。 「しかし問題が解決してしまうと、偽者である俺はおそらく消えてしまうことに――」 「違う」 長門が少し大きく声をあげ、否定する。 しかしその様子は怒っているというよりも悲しそう、いや寂しそうだ。 「な、長門……?」 長門は持っていた湯飲みを音をたてないように静かに置、俺に目を向ける。 「確かにあなたの言うとおり、あなたが造られた人間で、消えてしまうという可能性はある。 しかし、あなたは偽者ではない」 「どういう意味だ?造られたってんなら偽者…だろ?」 長門はさっきのように寂しそうな表情を浮かべ、わずかに視線を下に落とす。 そして、再び俺に目を合わせ、はっきりと言う。 「私は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス」 ――ッ!!……そうだな。 そこでハッと気付く。そうだ。長門の言うとおりだ。 「……すまん。忘れてた。長門も、同じなんだな」 「そう。私も造られた存在。しかし私は私。偽者などではない。 あなたは確かに彼と非常に良く似た存在。でもあなたはあなた。彼ではない」 言われてみればそのとおりだ。俺は俺であって『俺』とは違う。 例え全く同じだったとしてもこうして今は別々に存在してるんだからそれは違うもののはずだ。 今は一人の人間として俺はここにいる。 「ありがとう、長門。それと、本当にすまん」 「わかってもらえたならいい。気にしない」 長門のおかげだろう。少し楽になった気がする。 迷惑かけっぱなしだな。まったく。 長門は何事もなかったかのように、再びお茶に手をつける。 今回に限らずいつもいつも世話になってるわけだし何か恩返しの一つでもしたいものなんだが。 残念ながら何も思いつかん。 俺ができることはこの状況の解決に協力するくらいか。 「おそらくだが、俺かあいつが何かをすれば元に戻るんじゃないかと思うんだが、長門はどう思う?」 「たぶんそう。そしてすることがあるならば、それはあなた」 ……そうか。 俺は何かをするためにここに現れたのかもしれないな。 ……とはいっても何をすればいいものか。 「長門は、原因についてどう思う?」 「詳しくはわからない。おそらく涼宮ハルヒが関わっていると思われる」 そうなんだろうが……、 「ハルヒの力が使われた気配はないって言ってなかったか?」 「全くないわけではない。それについては古泉一樹の言ったとおり」 なるほど。大きくはないが、常にハルヒの力は感じられるってことか。 なら今回はまさに異常事態だな。 「そうでないことはあり得るにしても、古泉の説が正しい可能性が高いってことか」 「そう」 古泉の言ったとおりだとしたら、やっぱり俺はここにいてはいけない存在なのかもな。 「俺は……どうすればいい」 「あなたの思うとおりにすればいい」 長門は答えを示すことはなく、はっきりとしない言い方をする。 しかし、できることがあるならばやりたいと思う。 何かあるならばそれを教えてもらいたいと思う。 「あまり判断を急ぐべきではない」 「どういう意味だ?」 長門は無表情のまま答える。 「むやみにあなたを危機にさらすことを私は望まない」 そうだった。 これが解決すると俺は消える、つまり死ぬことになってしまうかもしれないんだった。 ならどうすりゃいい。何もやらなけりゃいいってのか?いや、それは違うはずだ。 でも……死にたくはない。けど、覚悟を決めないといけないのか?そんなに簡単にはいかないぜ。 「焦ることはない。ゆっくりでいい」 ここにきて、長門が俺に気をつかってくれていることがはっきりとわかった。 思い返してみれば、一言一言が、優しさに溢れていたことが感じられる。 ありがとう。長門。 「すまんな。迷惑ばかりかけて」 「いい。」 おそらく長門はこの事態の早い解決を望んでいる。 そして、そのうえで俺が動揺しないように言葉を選んでくれている。 長門の力になりたいと思う。何かできることがあるならやりたいと思う。 「俺に、できることはあるか?」 でも、正直言うとものすごく怖い。 長門からは見えないだろうが、さっきから足は震えっぱなしだ。 まぁこの顔色を見れば一目瞭然かもしれないが。 「先ほども言ったように、あなたのしたいようにすればいい」 俺に何ができる? できることと言えば、ハルヒと話をすることか?何か原因がわかるかもしれない。 そのためには、 「長門、もう一人の『俺』と連絡はとれるよな?」 「とれる」 「明日、少しばかり変わってもらってハルヒに会ってみようと思う」 だが、長門はすぐに電話を貸してくれず、他の方法を示す。 「あなたには何もしないという選択肢もある」 「長門?」 「確かに今の状態は不安定。あなたもいつどうなるかわからない。明日には消えてしまうこともあり得る。 しかし、そのときまでここで私と生活するということもできる」 ここで長門とひっそりと暮らすってことか。確かに悪くはないかもしれん。 けどその生活はいつか急に終わってしまうのだろう。 それも俺の意思とは無関係に。 もちろんハルヒと会ったからって何かができるとは限らない。 けどそんなこと言ってこのまま長門に甘えてたんじゃ俺はもっと何もできなくなってしまう。 それに……いや、それとは別かもしれない。 「確かにそれも悪くはないかもしれん。それでも……」 それでも、俺はハルヒに会いたい。 「電話を貸してくれないか?」 「いいの?」 「……ああ、頼む」 長門は頷き、俺に携帯電話を渡す。 5回ほどのコール音の後に、『俺』の声が聞こえる。 『どうした?長門』 「……すまん、俺だ」 『ああ、おまえか。何かわかったのか?』 「いや、たいした進展はない。少しばかり頼みごとがあって電話したわけだ」 『……あんまり無茶は言うなよ』 やっぱり『俺』も不安があるみたいだな。そりゃそうか。 「言わねえよ。……明日ハルヒと話をさせてもらえないか?」 『一日変わればいいのか?』 「それでもいいが、部活の時間だけでもかまわん。いいか?」 『そうだな……。俺もハルヒの様子は少し見ておきたいから、部活の前に交代するってことにしよう』 「頼む。助かるぜ」 これでとりあえず明日ハルヒに会うことができる。 ハルヒに会えばきっと何かわかるはずだ。 『そのくらい構わないさ。……けど、お前はいいのか?別に無理することはないんだぜ』 『俺』も気をつかってくれているんだな。まるで俺じゃないように感じるぜ。 「気にするな。もう気持ちの整理はついた」 これは嘘だ。 怖くてたまらん。 『そうか。ならいいが』 「じゃあ明日は頼むぜ」 そう言うと『俺』からの返事も待たず、電話を切った。 長門に電話を返し、『俺』とのやりとりを説明する。 「すまんな」 「何?」 「色々と気をつかってくれたのに、断っちまって」 「いい。それにさっきのは私の……」 「……私の、何だ?」 「なんでもない」 微かに首を横に振りながら答える。 ひょっとしたら、ここで俺と過ごすことを長門も望んでいてくれたのか? なら……、 「ならなおさらだ。勝手ばかりやってすまん」 長門は再び小さく首を振る。 「いい。あなたのしたいようにするのが一番」 「ありがとう、長門。」 その後、疲れもあり、少し早めに眠ることに。 長門の後に俺が風呂に入らせてもらうことになった。 風呂から出てくると、長門はかつて俺が三年間眠っていた部屋に布団を二組敷いている。 ――って、二組?長門? しかも近っ!そんなピッタリにくっつけられると…… 「一人がいい?」 「いや、そういうことじゃ……」 ないんだが。 「なら問題ない」 いやいや、ありまくりだろ。 とは言っても昔は朝比奈さんとここで二人で寝たことがあるわけだし。 長門にはこれが普通なのか?いやいや、そんな馬鹿な。 ま、まぁ別に嫌なわけじゃないし。どちらかというと……嬉しい?それに、たぶんだいじょうぶだろ。 何がだ。 などと自分にツッコミを入れていると 「できた」 と、突然声をかけられ少し驚く。 「おわっ、ああ、ありがとう」 くそっ、びっくりして変な声が出ちまった。 「もう寝る?」 「そうだな、そうさせてもらうよ。おやすみ」 「……おやすみ」 ……何だ?今の間は。いや、気にするな。気にしちゃだめだ。意味なんかないはずだ。 落ち着け、クールになれキョン。だいじょうぶだ。何もしない。何もしない。 幸せか不幸せか、たぶん疲れのせいだろうが、電気を消すとすぐに激しい睡魔がやってきた。 ◇◇◇◇◇ ここは……? 夜中にふと目が覚める。 ここは俺の家じゃないな。どこだ?……そうか、長門の家に泊まってるんだっけ。 顔を横に向けてみると、眠っている長門の顔が見える。どうやら今日のことは夢じゃなかったみたいだな。 何時だかわからんがまだ夜明けまでは時間があるようだ。もう一眠りするか。 ってダメだ。全く眠れん。 おそらくさっきは相当に疲れていたからなんだろうが、一旦目が覚めると色々と気になってしまう。 いや、断じて言っておくが、隣に長門がいるからドキドキしてるなんとことはないぞ。 ……すまん、嘘だ。それもある。それももちろんあるんだが。 今日あったこと、それから明日のこと、これから俺はどうなってしまうのか。 体が震えてきた。 いちおうの覚悟はできてたつもりだったんだがな。そうカッコ良くはいかないみたいだ。 俺は……やっぱ死ぬのかな。 死にたくねえな。 ここにきて怖い。 もしかしたらSOS団のみんなとも明日にはお別れってことになるかもしれないんだよな。 ……ハルヒとも。 けどハルヒは俺のことなんか知らないんだよな。そう考えると寂しいな。 他のみんなにはともかく、ハルヒにはお別れの挨拶もできないわけか。 たとえできたとしても実際に言えるかどうかは微妙だな。その時がきたらびびってしまいそうだ。 それでも……ハルヒに会いたい。 明日、か。 明日ハルヒに会うことで、そのせいでハルヒと別れることになるかもしれない。会わない方がいいのかもしれない。 けどこのままハルヒに会うこともできずに消えてしまうなんてもっとごめんだ。 気がつくと目の端から涙がこぼれ落ちていた。 くそっ、それでもこの気持ちはどうにもならない。 「だいじょうぶ?」 「えっ?……ああ」 突然隣から声がかかる。 「泣いている?」 「だいじょうぶだ。起こしちまったみたいだな。すまん」 「泣いてもいい。むしろそれが普通」 そういって長門は布団の中で俺の手を繋いだ。 あたたかいな。恐怖心が少し和らいでいく。 「俺のことを知っているのは3人だけ、他の人は俺がいることなんて誰も知らない。 ハルヒにも朝比奈さんにも知られることなく、俺は消えていくんだよな」 少しの沈黙。 「あなたが望むなら、あなたのことを涼宮ハルヒに伝えてもかまわない」 なんだって?そんなことしたら……、 「なにかとんでもないことが起きてしまうんじゃいのか?」 「その可能性は高い」 「なら、どうして?」 「私は言った。あなたのしたいようにすればいい、と。後は私がなんとかする」 長門はそこまで俺のことを心配してくれているのか。確かにそれはありがたいが、 「そんな。……長門に迷惑をかけてまでそんなわがままはできない」 「わがままではない」 なんでだ?これは俺だけの都合だろ? 「涼宮ハルヒから自律進化のための情報を得たいというのは我々の都合。それをあなたに強制はできない。 だからあなたも自分の都合で好きなようにすればいい」 言ってることはわからないでもないが、 「それで世界がめちゃくちゃになるとしても、か?」 「先ほど言った。……私がなんとかする」 そっか。ありがとう長門。それでもさすがに俺にはそこまでする勇気がない。 「わかった。けど俺にはそれはできない。お前に迷惑ばっかりかけるわけにもいかないしな。 だからハルヒにも俺のことを話したりしない。けど、一つ頼みがある」 「何?」 「俺が消えてしまうことになっても俺のことをずっと忘れないでいてほしい。 そして、いつか全てが終わって何も問題ない時がきたら俺のことをハルヒに伝えてほしい」 ………… …… 返事がない、ただのしかばねのようだ。……じゃなくてどうした長門? 「な、長門……?」 何かあったのか?まさか寝ちまったんじゃ。 「……頼みが二つになっている」 あっ、しまった。ははっ。 と、思わず笑っちまった。 「すまん、じゃあ頼みは二つってことで」 「わかった」 心なしか長門も笑っている気がしないでもない。 「私はあなたのことをずっと忘れない。……ずっと」 そうか、長門がずっとというならそれはずっとなんだろうな。 「このまま、手繋いだままで寝ていいか?」 「いい」 「そっか、じゃあおやすみ」 「おやすみ」 ◇◇◇◇◇ 第四章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5205.html
結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5707.html
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2745.html
「キョン、キョン! しっかりして! 谷口も怪我しているじゃない!? 大丈夫なの?」 「俺は大丈夫だ。谷口の方がまずい。早く連れて行かないと」 「ならあの人たちのところへ連れて行って!」 ハルヒが指さした方――丘の麓を見ると、ヘリが数機着陸してそこからわらわらと兵士たちが降りていた。 さすがに手際がよくて助かるよ。 俺は何とか谷口の手を肩にかけさせ、ゆっくりと丘の下に向かって歩き出す。俺の足も相当酷くなってきていたが、 古泉が支えてくれるおかげで何とか歩くことができた。 「キョンよぉ……終わったんだよな……全部……あの子に逢えるんだよな……」 「ああ、そうだ谷口。全部終わったぞ。これでお前にとっては完膚無きまでハッピーエンドだ」 意識が朦朧としているのか、はっきりしない口調で話す谷口を、俺は必死に励ました。 もうちょっとだ。がんばれよ谷口。 ほどなくして、丘の下までたどり着く、そこでは兵士たちが俺たちをじっと取り囲むように見つめていた。 その視線からは敵意なのかなんなのか読み取れない。 思わず俺は朝比奈さんに背負われているハルヒの手を握った。 「キョン?」 そんな俺にハルヒは不思議そうな視線を向けてくる。 機関の流した偽情報のおかげで、ここにいる全員がハルヒを憎んでいるかも知れない。ひょっとしたら、怒りにまかせて 襲ってきたりするかも知れん。だが――例えそうなろうとも、俺はハルヒを守ってやる。朝比奈さんも長門も古泉も谷口もだ。 そんな微妙な空気の中、俺たちはその中を突き進む。来るなら来やがれ。ただじゃやられねえぞ。 その時、誰かが唐突に叫んだ。 ――女神様のご帰還だ! それに呼応するように、辺り一面から歓声が爆発した。周りにいる人間という人間が、全員拍手なりジャンプなりして、 俺たちに祝福を投げつけてくる。まるでサヨナラホームランを打った選手に対する歓声のように。 「ど、どうなってんだ、これ……!?」 あまりの状況に俺は目を白黒させていたが、ハルヒは何の疑問も持たずに、周りの人間たちに手を振っていた。 すぐに、俺たちの元に担架を持った兵士たちが現れ、谷口をそこに乗せる。そして、すぐに応急処置を始めた。 展開について行けていなかった俺に対し、古泉はぽんと肩に手を置くと、 「涼宮さんはあなたの言葉を信じたんですよ。2年間、他の人の人間の言う事なんて全く耳を傾けなかった涼宮さんが、 あなたのたった一つの嘘を心の底から信じたんです」 ……なんてこったい。それでこんな風にハルヒを歓迎するような世界ができあがってしまっていたって事か。 しかし、悪いことだとは思わないね。さっきも言ったが、ハルヒの働きぶりを見れば、これの方が正しいんだよ。 「その通りです。僕も困難な仕事をせずにすんでほっとしていますよ」 そういつものインチキスマイルを浮かべている。 やれやれ。これでようやく終わりか。 ◇◇◇◇ 谷口を乗せたヘリが飛び立つ。あいつの怪我の具合は緊急は擁するが、今すぐ命の危機というレベルまでは いっていなかったようだ。俺はそれを聞いたときにほっと胸をなで下ろした。全く大げさなんだよ、あいつは。 次々と国連軍の増援が到着し、閉鎖空間のあった場所に向けて進撃していた。まだあの化け物どもが どこかに残っているかも知れないから掃討作戦の実施中だ。あとはプロの方々に任せておこう。 当然、森さんたちの救出も要請している。 ふと、朝比奈さん(長門モード)がそらをじっと眺めていることに気が付いた。 「何やってんだ?」 「…………」 俺の問いかけに、長門は答えようとせずしばらく沈黙を続けた。 どのくらい経っただろうか。すっと視線を俺の方に向けると、 「涼宮ハルヒが自らの能力に対して、ある程度の自覚を有した件についての検討が始まった」 「……お前の親玉たちか」 「そう、その意味を危険視する勢力が情報統合思念体の中でも大きくなりつつある。強制措置を執るように求める動きもある」 長門の言葉はいつもの通り平坦で無感情だった。しかし、俺にははっきりとその感情が読み取れた。 明らかに怒りに震えている。 俺はぽんと朝比奈さん(長門モード)の肩に手を置くと、 「で、長門はどうするんだ? 連中の言うままに従うか?」 「情報統合思念体の判断を確認し、わたしの望まない決定だった場合は拒絶する。わたしの意思はここにいること。 わたしたちを破壊しようとするものがいれば、それが誰であろうと――情報統合思念体の意思だとしても阻止する」 ――長門は俺を深く見つめて、 「誰の好きにもさせない」 「……そうかい」 よく言ってくれたよ、長門。お前もSOS団には必要なんだからな。 俺はそう思いながら、長門の背中を数回叩いてやる。 と、辺りにざわめきが起こった。振り返ってみれば、丘の頂上から4人の人間がこっちに向かって降りてくる。 確認するまでもない。森さんたちだ! ここで古泉が森さんたちめがけて走り出す。俺も足を引きずりながらその後を追った。 「無事だったんですね……! よかった!」 歓喜の笑みを浮かべる古泉に、森さんは特有のにこやかな笑みを浮かべ、 「ええ、おかげさまで。でも怪我が酷いから、すぐに手当を」 「わかりました」 古泉は手近にいた兵士たちを呼び、担架を持ってこさせる。森さんは見事なまでに無傷だったが、 新川さんは軽傷、多丸兄弟はかなり辛そうだ。谷口と同じくとっとと病院に運ばないとまずいな。 すぐに負傷した機関の人たちを担架に乗せて、応急処置が始まる。話を聞く限りではこっちも命に別状はなさそうだ。 よかった。これで国木田を入れても全員無事に帰還できたって事だ。完全無欠なまでにハッピーエンドだ。 ふと、唯一無傷だった森さんが手を高く掲げて立っている。俺はその意味がわからなかったが、古泉はなるほどと理解したらしく 古泉も手を挙げて二人でハイタッチをした。成功の祝いのつもりなのだろう。きれいで心地いい音が辺りに広がる。 あの二人、いいコンビになりそうだな。 「あの、キョンくん」 可愛らしい声が聞こえたんで、軍隊的敬礼ばりに拘束180度回転してみると、そこには麗しき朝比奈さんのお姿が。 ちょっとおどおどした感じであるところをみると、朝比奈さん(通常)のようだ。 全くこのお姿を見るだけで全身泥だらけだというのに、まっさらに清められていくような気分だよ。 「その……ですね……」 何が非常に言いづらそうな感じを続ける朝比奈さんだったが、やがて少し目に涙を浮かべつつ、 俺にあるものを突き出してくる。 ……おいおい朝比奈さん(大)。いくらなんでも空気が読めてなさ過ぎだろ。 俺の目の前に突き出されたのは、何度かみかけたことのあるファンシーな封筒だった。 あの朝比奈さん(大)から送られてくる未来からの指令書。このタイミングで送ってくるなんて何を考えているんだ? ただ、目の前にいる朝比奈さん(小)もこれには不満そうだった。ただ、組織上、従わざるを得ないのだろう。 即座に俺はそれを手に取ると、ひらひらと振って見せて、 「朝比奈さん」 「はっはいっ!」 「燃やしていいですか?」 「はっはい! ――ええ!?」 思わず了承してしまったようだが、朝比奈さん(小)はすぐに撤回した。ま、そりゃそうか。 古泉のように現代レベルの組織的関係ならあっさりと破れるのかも知れないが、朝比奈さん(小)ぐらい未来だと、 脳内に変なチップを埋め込んで、外部から操るなんていうマネすらできそうだからな。 「そそそそそそそれはだめですぅ! あ――いえ、別に未来からの指令を優先とかじゃないんですよ? でもでも、えーとぉぉぉぉ」 あたふた。おろおろ。うーん、朝比奈さん(小)はやっぱり可愛すぎる。本気で抱きしめて差し上げたい。 まあ、そんなことはさておきだ。 「そう言えば、この封筒の中身に何かが書いてあった場合は、強制的にそう動くようにされるんですよね?」 「ええ、そうです……だから、一度開けたら従うしか……」 朝比奈さん(小)の言葉に、俺はその封筒を懐にしまうと、 「じゃ、開けないでおきましょうか。今は、ですけどね。俺ももうくたくたですから。一眠りしたあとでもいいじゃないですか」 「えっ――ええと、そうですねぇ……たぶん、それでいいんじゃないかとぉ」 朝比奈さん(小)はしばらく首をかしげていたが、まあどのみち俺は開けるつもりは全くないけどな。 それに俺の勝手な憶測かも知れないが、この封筒の中には大したことは書いていないんじゃないかと思う。 きっとハズレとか書かれているに違いない。朝比奈さん(大)が伝えたいことは、手紙の内容じゃなくて手紙の存在さ。 わざわざ朝比奈さん(大)が以前に送ってきたものと同じものを使用しているしな。言いたいことは手に取るようにわかる。 ――わたしは無事ですってね。 ◇◇◇◇ 「よっ、ハルヒ」 「何よ」 ちょっと不満げなハルヒの返答。用意されたパイプ椅子に座って、しきりに自分の足をさすっている。 「あーもー、うっとうしいわね、この足! 2年ぐらい使わなかったぐらいで動かなくなるなんて根性が足りないんだわ」 無茶を言うな無茶を。というか、ハルヒが足が動くと思っていたらとっくに動いているんだろうから、 きっと自分の中で2年も使わなければこうなるという考えが固定されてしまっているんだろうな。 「で、さっきまでのサインと握手攻めはもういいのか?」 「さあ? えらい人に散らされたから、したくてもできないんじゃないの?」 ハルヒはそうあっけらかんと言った。 ついさっきまで救世の女神様、涼宮ハルヒ団長殿に謁見+握手+サインを求める兵士たちで大行列ができていた。 まあ、見た目と能力だけならパーフェクトな奴だからな。直接接触しない限りは、ファンは増殖の一途だろう。 しかし、堅物そうな上官の出現により、クモを散らすように解散させられてしまった。軍隊ってのは規律第一だからな。 仕方がないだろう。 ……しかし、その上官がこっそりハルヒのサインをもらっていたことは、絶対に口外してはならない機密事項だ。 うかつに口にしたら射殺されかねない勢いで睨みつけられたからな。娘にプレゼントするらしい。 「ちゃんとSOS団のアピールをしておいたわよ! サインももちろんSOS! ヘルメットとか、迷彩服の後ろに でかでかと書いておいたから、宣伝効果は抜群よね、きっと!」 おいちょっと待て。どこの世界に、『SOS』と書かれた装備を持って作戦に参加している兵士がいるんだ? みんなそろってヘルプミーなんてどこの漫才集団だよ。 しかし、そんなハルヒを見て、俺は安堵を覚える。2年もずっと離れていたし、その間ハルヒも色々あっただろうが、 こいつのポジティブ傍若無人ぶりは全く変わっていないからだ。よっぽど、頑固な性格をしているんだろうな。 「……何よその目! あたしの顔に何か付いているわけ?」 「いーや、相変わらず可愛くない顔してるなと思っただけさ」 そんな俺の反応に、ハルヒはアヒルと猫を合わせたような顔つきで、シャーとこちらを威嚇してくる。 と、古泉がヘリの前に立ってこちらに向かって手を振り、 「みなさん。これ以上ここにいても仕方がないので、手近の基地に移動することになりました。乗ってください」 そう呼びかけている。 「だとよ。行くか」 「そうね。じゃあ――」 そう言いながらハルヒは自力で立って歩こうとし始めた。 「おい無茶するなよ」 「何いってんのよ。こういうリハビリは普段からの心がけが重要なのよ。あとは気合いと根性で――うひゃあ!」 案の定、足をもつれさせて倒れそうになるハルヒを、俺は襟首をキャッチして救出してやる。 いきなり一人で歩けるわけないだろうが。焦る気持ちはわかるが、まあ落ち着いていこうぜ。 「むー」 ハルヒは不満たらたらに口をとがらせているが、何だかんだで俺の肩に手を回してくる。 もうちょっと素直にならないと、周りの男が逃げていく一方だぞ。 「そんな軟弱な男なんて必要ないわ。我がSOS団では活発で行動力のある男子を求めているの。 キョンももっとしっかりしなさいよ。そんなんじゃ、栄えあるSOS団の一員はつとまらないわ。 これからどんどんグレードアップしていく予定なんだからね!」 「へいへい。でも、少しは休ませてくれよな」 「団長として特別に1日だけ休暇を上げるわ。でも、それもただごろごろしているだけじゃダメよ。 あたしが明日以降、みっちり充実した休日の取り方を指導してあげるからね」 「いや、その前にお前はリハビリが先だろ」 「そんなの車いすでも何でも使えばできるじゃない」 やれやれなんつーポジティブぶりだ。ここまでくると、あきれるどころか尊敬してくる、全く。 そんな話を続けながら、歩き続ける。ヘリの前では古泉に加え朝比奈さん(長門入り)がすでに待っていた。 「なあハルヒ」 「なに?」 「……これからもSOS団をよろしく頼むぜ」 俺の言葉にハルヒは、びしっと空に向けて指さすと、 「あったりまえじゃない! SOS団の活動は永遠に不滅なんだからね!」 ~~完~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2646.html
屋上に出てきてからどれくらい経っただろう。 もうすでにかなり経った気がしないでもないが、こういうときは想像以上に時間が長く感じてしまうものだ。 それにしても一体何が起こっているんだ? 俺がもう一人いる!?どういうことだ?どこからか現れたのか? 一番ありえるのは未来から来たということだろう。となると朝比奈さんがらみか? 大きい朝比奈さんか? とにかく少しばかりややこしい事態になっているようだな。 と、そこで屋上のドアが開かれた。 「古泉、……と俺か」 『涼宮ハルヒの交流』 ―第二章― 古泉ともう一人の『俺』が屋上に出てくる。 「おや、あまり驚いていないようですね」 「さっき声が聞こえたからな。そうだろうと思っていた。もちろん最初は慌てたが」 俺は『俺』の方を向き、古泉に尋ねる。 「で、そっちの『俺』は未来から来たのか?」 「な、それはお前の方じゃないのか?」 俺の質問に『俺』が声を荒げる。 「やはりそうですか……」 古泉が呟くように口を開いた。 「古泉、どういうことだ?」 「僕も初めはそう思いました。あなたが二人いるということは、どちらかが未来から来たのだろう。 だとすると、どちらかはあなたがこの時間に二人いるということを当然知っているはず、と。 しかし、あなたとは部室に向かう際に、こちらのあなたとは今ここに来る際に少し話をしましたが、 どちらのあなたにもそのような様子は見られませんでしたから、そういうこともあるかとは思いました。 いちおう確認しますが、あなたも違うのですよね?」 もちろん俺も未来から来た、なんてことはない。 「つまり俺もそっちの『俺』も未来から来たというわけではない、ということか」 「おそらくは。ちなみに今日がいつかはご存知ですか?」 「今日?ご存知も何もG.W明けの憂鬱な月曜日だろ。……まさか、違うのか!?」 「いえ、そのとおりです。ということは未来から無理矢理に連れてこられたということもないようですね」 静観していた『俺』が口を挟む。 「そっちの俺が嘘を吐いている、ということはなさそうか?」 「おそらくそれはないかと。あなたも嘘は苦手でしょう?僕なら簡単に見破れます」 「……なんか複雑だな」 『俺』は苦笑いを浮かべている。 「じゃあどういうことなんだろうな。古泉はどう思うんだ?」 古泉はお手上げといったポーズをとる。 「正直言ってさっぱりです。ひょっとすると涼宮さんの力が関係しているのかも、という程度です」 「どういうことだ?ハルヒの力が働けばわかるんじゃないのか?」 「厳密に言いますと、涼宮さんの力は無視できるレベルにおいては常に働いている、とも言えます。 そうですね、例えて言うなら我々がまばたきをするようなものです。 まばたきの際には無意識に一瞬目をつぶりますが、普通はそれによって何かが起こることはありません。 そのレベルで涼宮さんは無意識的にいつも力を使っていると言える、ということです」 「それはまずいことなのか?」 「いえ、それによって何かに影響が出たことは、我々の知る限り今までは一度もありません」 「なら問題ないんじゃないか?」 「あくまでも『我々が知る限り』『今まで』ということです」 「なるほどな。知らない範囲で起きている可能性は完全に否定はできないということか」 「そういうことです。僕としてはまずありえないと思うのですが……、他には思い付きません」 そういって残念そうに笑う。 「ちなみにそれだとお前はどう思うんだ?」 『俺』が古泉に尋ねる。 「何らかの理由によって、あなたが二人いて欲しい、と涼宮さんが思ったのではないでしょうか」 「さっき俺が役立たずと思いっきり罵られていたからか?」 『俺』はひきつったような笑みを浮かべている。 「二人で一人前ということですか。それはまた面白いですね」 いや、面白くないし、全く笑えん。が、 「ということは俺が一人前になれば全て解決ということだな」 そのとき後ろから突然もう一人声が加わる。 「そうではない」 「「な、長門!?」」 俺と『俺』は声を合わせて振り返る。 「ああ、長門さんには後で屋上に来てもらえるよう頼んでおきました。どうにも僕の手に余りそうだったので。 ところで、違うとはどういうことでしょう?仮定が間違いということでしょうか?」 「そういう意味ではない」 「と、言いますと?」 「それで解決とは言えない」 「どういうことでしょう?……長門さんの考えを聞かせてもらえますか?」 と、手で長門の発言を促す。 「最初に言っておく。これは情報統合思念体によって起こされた現象ではない。情報統合思念体は無関係。 そして、ここにいる二人は異時間同位体ではない。つまり別の人間」 「つまり宇宙人も未来人も関係していないということですか……。なるほど」 「以上のことからこれは涼宮ハルヒによって引き起こされたものと推測できる。ただし断定はできない。 その理由は我々にも涼宮ハルヒの力の発現が確認できなかったから」 つまり消去方でハルヒの力というわけか。 「そう」 古泉は言いづらそうに長門に尋ねる。 「ところで……言い方が非常に難しいのですが。長門さんにはどちらが本来の彼かわかりますか? いえ、本来のというよりも……我々の知る彼、と言うべきでしょうか?」 「それはどっちが本物か、って意味か?」 『俺』がすぐに古泉に確認する。 「……すいません。乱暴な言い方をするとそうなります」 古泉が本当に申し訳なさそうな顔を浮かべたので、俺は慌ててフォローする。 「いや、謝ることはない。俺たちも気になるし。な?」 「ああ」 と、『俺』も頷く。 とは言ってみたものの正直言って気が気じゃない。 まさか、俺が偽者なんてことはないよな。長門が間違えることはないだろうし。頼むぜ、長門。 俺たち二人に交互に視線を合わせた後、 「どちらが本物かという意味においては判断ができない」 「どういうことでしょう?」 「我々が今まで共に過ごしてきた方を本物とする根拠がない」 「なるほど。我々がよく知るからといって、そちらの彼がが本物とは限らない、ということですか」 「そう」 「では、今まで一緒にいた彼がどちらかというのはわかるのでしょうか?」 「わかる。……今まで一年間我々と共に過ごしてきたのはあなた」 長門はそう言い『俺』の方に向き直る。 「――っ、えっ!?」 俺……じゃないのか? じゃあ、俺は? ……偽者? 偽者なのか? ハルヒの力で生まれた、偽者? 「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!なんでだよ!」 もう何が何だかわからない。 そんな馬鹿な。 俺は昨日までもSOS団の一人として、みんなと過ごしてきたはずだ。 そして今日もさっきまで教室で授業を受けていた。クラスメイトとも会った。ハルヒとも話をした。 「落ち着いてください!別にあなたが偽者と言っているわけじゃありません」 「言ってるだろ!じゃあ俺はなんなんだよ。この記憶は嘘だっていうのかよ!どうなってんだよ!」 頭に血が上り、思わず古泉に詰め寄る。 「そ、それは……」 そのとき後ろから俺の手がギュッと握られる。 「落ち着いて。……お願い」 「な、……長門」 ハッと我に返る。 長門はじっと俺の目を見つめてくる。悲しいが、優しい目だ。 ……こんな長門の目を見たのは初めてだな。 初めて……か。 「す、すまん。古泉」 「いいえ。僕が変なことを聞いたせいです。本当にすいません」 古泉は本当に申し訳なさそうな様子だ。 別に古泉が悪いわけじゃないんだけどな。 「……いや、俺も知りたいと言ったわけだし。それに、大事なことだろ」 二人して黙り込んでしまったところに『俺』が申し訳なさそうに話を続ける。 「……長門、結局どうなっていてどうすればいいかわかるか?」 無神経なやつだな。と、少し思ったが、このままの空気は正直きつかったので実際には助かった。 まぁ、俺だしな。多少の無神経は仕方がないか。 「わからない。可能性としては古泉一樹の言ったこともあり得る」 「ならとりあえず何らかの方法でハルヒを満足させてやれば問題はないんじゃないか?」 「問題はある」 「なんでだ?この事態をおさめるにはそれしかないと思うんだが」 「違いますよ。……この事態をおさめることに少しばかり問題があるのです」 古泉が慌てて口を挟む。 どういうことだ? 少しばかり考えごとをしていたら話に全くついていけなくなっちまったぜ。参ったな。 とはいっても『俺』もついていけてないみたいだがな。 「何の問題があるんだ?」 再び尋ねている。古泉は長門と顔を見合わせた後、ゆっくりと話す。 「これが解決すると、彼が……消える可能性があります」 「どういう意味だ?」 「もし彼がどこかから来たのであればそこに帰るだけでしょうが、そうでないならば……」 「あっ!……」 『俺』の顔色が変わる。 そうだな。二人いてそれを一人に戻すということは俺が消えるってことになるか。 ……死ぬってことになるんだよな。 『俺』が慌てて俺の方を向いて言う。 「……すまん」 「いや、気にするな」 また沈黙が訪れる。 「もちろんそうでないという可能性もあります。 例えばあなたが涼宮さんの力によってパラレルワールドからやって来たというのもあり得ることですし、 逆に涼宮さんの力によってあなた以外の全てが創り変えられたということも無いとは言いきれません」 可能性か。確かにそうなんだろうが。 「でも、お前はその可能性は低いと思うんだよな?」 「……すいません」 「いや、気にするな。お前が謝ることじゃない」 とりあえずこれからどうするかが問題だな。 「古泉、なら俺はどうしたらいい?」 「そうですね。ずっとこのままでいるというわけにはいかないでしょうが、少し様子を見ましょう。 あなたにも考える時間が要りようかと」 そうだな。まだ頭の中がごちゃごちゃしてよくわからん。 「とりあえず、ゆっくりと息をつけて考えたい」 このまま『俺』と顔を合わせてたんじゃ、なんとなく落ち着かん。 家に帰ってからじっくりと考えることにするか。 ……ん、家? 「あなたは家には帰れない。私のところに」 確かに俺が二人帰ると家の中がとんでもないことになってしまうな。 「そうだな、そうするしかないか」 「そう」 長門は微かに頷く。 「けどいいのか?迷惑じゃないか?」 「ない。他に行きたい所でも?」 「いや、そういうわけじゃない。もちろんありがたい」 「なら問題ない」 結局また長門の世話になっちまうみたいだな。 「では今日のところはこのくらいにしておきますか。僕もこれからのことを考えておきます」 「ああ、頼むぜ。何かわかったらよろしくな」 「帰る」 と言って歩き出した長門に従いその場を後にする。 「俺もできるだけのことはしたいと思う。できることがあれば言ってくれ」 『俺』が後ろから声をかける。 「色々とめんどくさそうなことになってすまんな。何かあれば言うことにするさ」 ◇◇◇◇◇ 第三章へ
https://w.atwiki.jp/wiki5_eroparo/pages/381.html
【板名】ハルヒ板 【理由】あちこちにハルヒスレが乱立してうざいから 【内容】ハルヒに関する情報や雑談など 【鯖】anime2 【フォルダ】haruhi 【カテゴリ】漫画・小説等
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/720.html
キョン「なぁ、しょっぱなの自己紹介のアレ、どのあたりまで本気だったんだ?」 ハルヒ「『しょっぱなのアレ』って何?」 キョン「いや、だから宇宙人がどうとか」 ハルヒ「あんた宇宙人なの?」 キョン「んなわけねえだろ!!お前のその自己紹介のせいで誰一人俺の自己紹介を覚えてねえんだよ! 俺より目立ちやがって!絶対ゆるさん!」 いきなり怒鳴られた、後から聞いた話によると。 キョンは目立ちたがり屋で、しかも極度の負けず嫌いらしい。 それからというものの、キョンはアタシのすることにいちいち突っかかってくるようになった。 こうしてアタシとキョンは出会ってしまった。 ある日、次の時間は体育で着替えなければならないというのにクラスの男子はなかなか教室から出て行かなかった。 アタシはかまわず男子達の目の前でセーラー服を脱いでやった、すると女子の「キャー」悲鳴と供に一目散に教室から出て行った。 だけどキョンはそこに居た。「俺にもできるぜ?」みたいな顔をして女子の目の前でパンツ一丁になったのだ。 「キャー」という悲鳴と供に女子は一目散に教室から出て行った。 アタシは無視してスカートを脱いだ、 するとキョンは得意気な顔をしてパンツを脱いだ。 キョン「どうよ?」 ハルヒ「どうって…体操着に着替えるのにパンツを脱ぐ必要は無いんじゃないの?」 キョン「お、俺はいつもこうなんだよ!」 そういってキョンは下着をつけずに短パンを履いた。 谷口「おい、キョン。横チン出てるぞ」 キョン「お、俺はいつもこうなんだよ!」 その日の体育で女子の注目の的になったのはブッチギリでキョンとその息子だった。 アタシは何かおもしろいものでも無いかと全ての部活に仮入部してみた。 どうやらキョンも負けじと全ての部活に仮入部していたらしい。 キョン「どうだ?どこか楽しそうな部活はあったか?」 ハルヒ「全然無い。これだけあれば少しは変なクラブがあると思ったのに」 キョン「無いものはしょうがないだろ、結局の所、人間はそこにあるもので満足しなければならないのさ。言うなれば…」 なんかうんちくを語りだした、知的なところをアピールしてるんだろうか。 次の瞬間アタシはひらめいた。 ハルヒ「そうだ!無いなら作ればいいのよ!どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら」 キョン「まぁ俺は最初から気付いてたけどね」 そんなこんなでなぜかアタシとキョンは一緒に新しい部活を作ることになった、 そして潰れかけの文芸部室を乗っ取ることに決めた。 放課後。アタシは2年の教室でぼんやりしていた娘を捕まえて部室へ向かった。 ハルヒ「ごめんごめん遅れちゃって、紹介するわ!朝比奈みくるちゃんよ!」 アタシは得意げにみくるちゃんを紹介した。 しかし、キョンも新入部員を連れてきていた。 古泉「はじめまして、古泉一樹です」 キョン「どうやら俺の連れてきた部員のほうが優秀そうだな」 キョンは勝ち誇った顔で言う、アタシはちょっとムッした、 ハルヒ「見なさいよ!メチャメチャ可愛いでしょ!?萌えって結構重要な要素だと思うわ」 キョン「なんの!古泉もイケメンじゃないか!これだけのいい男はなかなか居ないぜ?」 ハルヒ「それだけじゃないわ!ほら!アタシより胸でかいのよ!ロリで巨乳!完璧じゃない!」 アタシはみくるちゃんの胸をモミながらそう言った みくる「ひぇ~っやめてくださぁ~いっ」 キョン「なんの!どうだ古泉の奴けっこうでかいんだぜ?ほら」 なんとキョンは古泉のイチモツをモミだした 古泉「な、なにをするんですか!?」 キョン「ほ~らドンドン大きくなってきた、まだまだでかくなるぞ~」 古泉「ああっ!はうっ!ううっ!」 キョン「どうだすごいだろうハルヒも触ってみるか?」 古泉「あぁぁっ!」 ハルヒ「わかったわ!アタシの負けよ!やめなさい!」 アタシは暴走するキョンを必死で止めた。 古泉「ハァハァ、ありがとうございます、涼宮さん」 変な声を出すな、息を荒げるな、頬が赤いんだよ気持ち悪い。 こうしてアタシ達の部活はできあがった。 ハルヒ「みんなー!野球大会に出るわよ!」 部活を新設して以来なんのイベントもなく退屈だったので アタシは草野球大会の申し込みをしてきた。 キョン「出るからには優勝するぞ!」 ハルヒ「あたりまえじゃない!」 嫌そうな顔をする他の部員を他所に、アタシとキョンは大乗り気。 野球大会の参加が決定した。 試合当日、初戦の相手は上ヶ原パイレーツ、どうやら優勝候補らしい。 でも楽勝ね。今日はキョンも味方だし。 キョンはどうしても4番サードがいいらしくアタシは1番でピッチャーになった 「プレイボール」 試合が始まった、先攻はSOS団 アタシは初球を2塁打にした、ちょろいもんね。 だけど続くみくるちゃんとユキは見逃し三球三振、そしてキョンの打順がきた。 ハルヒ「キョーン!あんたは打たなきゃ死刑だからね!!」 キョン「誰に言ってるんだ?お前が2塁打なら俺はホームランだ!」 結果は…三球三振。どうやら負けず嫌いだけど実力は無いらしい。 キョンは今までに見たこと無いくらいに悔しがっていた。 すると古泉君がアタシに言ってきた。 古泉「まずいですね、今までに無い大規模な閉鎖空間が現れました」 どうやら古泉君の話によるとキョンは負け始めると閉鎖空間とやらを生み出し そこで暴れまわるらしい、しかもその閉鎖空間が広がりきると世界が終わるとか何とか。 なんて迷惑で自分勝手な…。超常現象マニアのアタシはあっさりその話を信じた。 結局アタシ以外ヒットを打つこともなく打者が一巡した。 その間、マリーンズにはバカスカ点を取られる始末。このままじゃ世界が… 古泉「大丈夫、僕と長門さんに彼にホームランを打たす秘策があります」 古泉君には何か作戦があるらしい。私も秘策を出すことにした。 アタシとみくるちゃんとユキはチアガール姿になって打席に立った。 マリーンズ投手はその姿に動揺してすっぽぬけた球を投げてきた。 結果は三塁打!みくるちゃん、ユキは四球で出塁、満塁の大チャンスとなった。 チアガール作戦は効果テキメンね!!そして2アウト満塁でキョンの打順となった。 古泉「ここで秘策の出番ですね、長門さん」 ユキはバットに何か呪文を唱えてキョンに渡そうとした。 だけどキョンは真っ直ぐ打席には向かわなかった。 キョン「そうか…!おもいついたぞ!ちょっとタイム!」 なんとキョンは例のノーパン体操着に着替えて打席に立った。 隙間から2本目の肉バットをぶら下げて…。 こうしてアタシ達は1回戦で出場停止処分となった。 試合後、キョンはマリーンズの主将と何か話していた。 主将「いい試合だったな、ところでそのバットだが…」 主将は頬を染めながらキョンの2本目のバットを見た。 そして2人は奥へと消えて言った。 「アーッ!アーッ!」 奥から主将の声がいつまでも響いていた。 キョンは帰りにファミレスを奢ってくれた。思わぬ臨時収入があったらしい。 閉鎖空間もキョンの何らか征服感により消滅したらしい。 なにはともあれメデタシメデタシね! キョン「おい!ハルヒ!起きろ!起きろったら!」 キョンの声で目が覚めたアタシは目を疑った。 一面灰色の世界の学校にアタシは居た、たしか家でベットで寝てたはず。 一体何があったの??? キョン「わからない、起きたらなぜかここにいて、隣にお前が寝てたんだ」 学校の周りを調べたがどうやら学校の外には出れないらしい、 とりあえず部室に行くことにした。 キョン「俺が先だ!」 キョンは走って部室に向かった、こんな時まで負けず嫌いな奴ね…。 1人で部室にまで歩いていると、そこへ人型の光が現れた 「やぁ涼宮さん、僕です古泉です。」 ハルヒ「古泉君!一体これはどういうことなの?」 古泉「どうやらここは彼の閉鎖空間の中のようです。どうやら涼宮さんには敵わないと思い始めたことにより作り出されたものでしょう」 ハルヒ「どうすればいいのよ!このままキョンと2人でここで暮らさなきゃいけないわけ!?」 古泉「白雪姫という物語を知ってますか?アレを思い出してください 僕はこれ以上ここにいることは出来ないようですね。では…」 そういって古泉君は消えていった。 白雪姫…ってあの童話の?キスでもすれば戻れるとでもいうのかしら… アタシはキョンの待つ部室へ行った。 キョン「遅かったな」 ハルヒ「キョン…アタシ実は巨根萌えなの」 キョン「はぁ?」 ハルヒ「いつだったか、あんたの短パンからハミ出した肉棒 反則的なほど大きかったわ」 そういってアタシはキョンにそっとキスをした。 キョンは負けじと舌を入れてきた、なんて負けず嫌い、 アタシはキョンの上着を剥ぎ取り体に舌を這わせた。 キョンは負けじとアタシを押し倒し挿入動作に入った。 ハルヒ「あいたたたたっ!無理無理そんな大きいの入らないって 痛いっ!わかったアタシの負け!やめてやめて!」 キョンはふと勝ち誇った顔をした。 …次の瞬間、アタシは自分の部屋のベットに居た。 我ながらなんていう夢を…。 次の日、寝不足の目を擦って学校へいくと キョンはノーパン短パンで席に座ってた。 自慢の息子をはみ出しながら キョン「俺の勝ちだな」 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/888.html
プロローグ Birthday 「はーい。どうぞー」 ドアを開けると、ちょこんとパイプ椅子に座ったメイドさんが笑顔で出迎えてくれた。先日会ったばかりなのに、ますますかわいく見える。久しぶりのメイド姿は俺を満足させるのに十分だった。 「お茶煎れますね」 カチューシャをちょいと直しながら立ち上がり、コンロに水を温めにいく。上履きをパタパタとして歩くのは未だ変わらないが、お茶を煎れる動作は滑らかで、一年という時間の経過を感じさせてくれる。 俺はいつもの席に座り、いそいそと嬉しそうにお茶を煎れる優美な御姿を眺め、一人悦に入っていた。 俺が朝比奈さんの殺人的なまでに愛らしい後ろ姿をぼんやりと眺めていると、 「こんにちは」 ドアの前で鞄を脇に抱えて立っているのは古泉だ。如才のない笑みと柔和な目はSOS団に入ってから全くといっていいほど変わっていない。どうしたらその顔をキープできるのかね、後でコツを聞いておくのも悪くないかもしれない。 「こんにちは」 朝比奈さんは古泉に向かって優しく挨拶を交わす。古泉は俺の向かいに座ると、 「涼宮さんはまだいらしてないようですね」 「なにか用事があるから先に行けだとよ」 そうですか気になりますね、と古泉。確かにこのパターンは何か厄介ごとを持ち込んでくる可能性が高いからな。何もないといいのだが。 それはそうと、部室の付属物となっている長門はテーブルの隅に座ってページを繰っていて、さしずめ春に咲いたコスモスといったところだ。すまん、正直俺も意味分からん。 今は四月の半ばで、低空飛行を続けていた俺の成績でもなんとか進級し、朝比奈さんを除く、SOS団のメンバーは全員二年生になった。ホワイトデーのお返しやら、春休みにはイベント満載だったが、進級してからというもの事件らしい事件は起きていない。こうやって、テンプレートでダルダルな謎の集団を演じているわけだ。 ハルヒが来るまで古泉と将棋をやって時間を潰すことにした。このハンサム面は大変アナログ好きである。事あるごとに俺に勝負を仕掛けてくるほど積極的なのだが、いかんせん弱かった。大局を見据えるという能力が欠如しているようで全く張り合いがないし、まあそれはそれで勝ち続けるのも気分が良かったりもするのだが、こいつの頭の良さからすると負けるのも胡散臭く映り、わざと負けているのではないかと気分を悪くしたりもした。俺は『穴熊』の戦法で駒を動かし、古泉は適当という感じで進行している。まあ、これは俺の勝ちだな。俺が盤上を睨み付けていると、 「早くおかないのですか」 「ああ、分かってるよ。だがな、一手一手対処してるようだと、一生勝てんぞ」 「全くです」 古泉はお決まりのニヤケハンサム面で肩をすくめる仕草をした。意味もなく似合っていて、意味もなく腹立たしい。 「どうも僕には大局を見る能力がないようですね」 古泉は自分の王将の位置を確認すると、苦笑いをした。 しばらくすると、朝比奈さんがとてとてとお茶を運んできてくれた。 「お茶です。どうぞ」 可憐な手つきで俺の前にお茶を置く。朝比奈さんが俺をその無垢な瞳でじっと見つめているのに気づくと、俺は慌ててお茶を飲み、 「おいしいですよ」 朝比奈さんはニコッと笑い、俺はニマッと笑った。このいじらしいほどの笑顔を抱きしめるのを何度我慢したことか。断じて抱きしめたことはないからな。 「古泉くんもどうぞ」 「ありがとうございます」 そして長門の前にも置く。うさぎのようだ、と形容するのが一番しっくり来る動作だ。もう一年も経つんだがな、未だ長門に俺には分からない恐怖を感じているようだ。当人は微動だにせず、俺が一生発しないだろう言葉が羅列された題名の本を読み耽っていた。手を動かすことがなかったら、生死の判断は危ぶまれるほど陶器と化していた。お前は本を読まなければ死ぬのか?いまさら反応されてもまた何か悪いことが起きるんじゃないかと邪推してしまうからこれはこれでいいんだが。 この緩やかなに流れる時間を俺は気に入っていた。暴走する団長様をめぐる不思議な冒険の間に存在するこんな時間がなければ、おそらく俺は一ヶ月と持たず入院することになるだろう。 奇特な方でもない限り、平和と平穏を望むだろうし、奇妙な事件や出来事は時々で十分だ。普通な時間、モラトリアムな時間を満喫するのが人間としてのあり方ってもんさ。 俺がこの部室に流れる柔らかな時間に頬を緩めていると、 そいつは壊れるほどの勢いでドアを開け、登場した。 バンッ、という音ともにその奇特で普通を望まない人は春だというのに夏のうるさい日差し並みに笑顔を輝かせて、完全にオープンしたドアの前で立っている。後ろには、やったわよ、みたいな顔をした鶴屋さんも付いてきていた。今度はなんだ。宇宙戦争がしたいとか言い出すなよ? 「朗報よ!」 お前の朗報とやらがSOS団、特に俺と朝比奈さんにとって朗らかな報告となったことなど一度もない。 「鶴屋さんが場所を提供してくれることになりました」 ハルヒは俺の意見を完全に無視した。もう分かっている。このSOS団にハルヒに意見をいうやつがいないということを。俺がハルヒのお守りを任せられているのはすでに細胞レベルまで刻み込まれているからな。遺伝子レベルまでいかないことを切に願う。 「なんのだ」 ハルヒはこれ以上できないであろう満面の笑みでこう宣言した。 「決まってるじゃない! お花見よ!」 いつ決まったんだ。俺は日本国憲法に照らし合わせてみたがそれらしい条文は見つからなかった。だが、ハルヒの言うことも分からんでもない。春にお花見をすることは特別変わってはいないし、ハルヒのイベントに対する目ざとい性格でなくても、まああるだろうなぐらいには予想していたさ。ハルヒにしてはまっとうなものを持ち込んできて、溜息をつく予定が大幅に狂ったが、朝比奈さんの手作り弁当にありつけるかもしれないんだから、歓迎しようじゃないか。よくやった、ハルヒ。 ハルヒは団長椅子にどかっと座ると、 「みくるちゃん、お茶」 「あ、みくるーっ、私もお茶頂戴っ」 「あっはいはいっ」 朝比奈さんはやかんのもとへパタパタと駆け寄る。急須を手にした朝比奈さんは団長専用の湯呑みと、すでに鶴屋さん専用となった客用湯呑みに注意深く煎茶を注ぐ。小間使いにされているのになんだか嬉しそうにしていた。 「どうぞ」 朝比奈さんが団長机にお茶を置こうとすると、ハルヒは湯呑みを奪い、ものの五秒で飲み終わらせた。お前はもっと味わって飲めないのかと考えていると、 「お花見については鶴屋さんが説明してくれます。あたしもまだ詳しくは聞いていないのよ」 ハルヒは言い終えると、鶴屋さんのほうを見た。合図だったのかは分からんが、鶴屋さんは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、テーブルに手を置き説明を始めた。 「まかせてっ。えーっと、いつもは会社の人と行っていたんだけど、今年は中止になったから、それならハルにゃん達と行こうかなって思って。雪山も面白かったし、今度もどうかなって思ってさ。どうにょろ?」 「それはどこにあるんですか?」 俺はとりあえず尋ねる。 「電車で一時間ぐらいかな。ちょっと山奥に入った秘境みたいなところなんだけど、それだけの価値はあるさっ」 山奥、秘境?そんなハルヒが諸手を挙げて賛同するようなワードが列挙するような場所で花見を?近場じゃダメなのか?まあ、鶴屋さんが勧めるほどのところってことは価値のあるものだろうが。 「素晴らしいわ!」 ハルヒは目を輝かせながら言った。 「魔境なんてSOS団にぴったりの場所じゃない!」 ハルヒは秘境を魔境という存在しないものへとグレードアップさせた。こいつの頭には都合の良い事は誇張されるようにできているらしい。いまどき魔境なんかゲームの中か、胡散臭い祈祷師しか考え付かないだろうよ。この狭い島国のどこに魔境なんてあるのかね。あるのはハルヒの頭の中だけで十分だ。 「それじゃあ決定ね。キョンはビニールシートを持ってきて。大きいやつよ」 「ああ、分かった」 「やけに聞き分けがいいわね。気持ち悪い」 気持ち悪いは余計だろ、とは思ったが、今回は楽しめそうだからな。大目に見といてやるよ。 「ふん。まあいいわ、団長命令は絶対だもんね。キョンも分かってきたじゃない」 ハルヒは俺をじとっと卑下するように見ながら言う。その後ハルヒは各自に準備するものを言い付けると、今日はもう帰る、と言ってそそくさと部室をあとにした。 さて、お気づきの方もいるだろうが、種明かしでもしようか。今回のお花見は古泉主催のミステリツアーではなく、宇宙人的、未来人的でもない。ごく普通に企画されたサプライズイベントなのだ。いっとくが、鶴屋家の土地でやるのは本当だ。朝比奈さんのお弁当もな。それだけを楽しみに生きている俺もどうかと思うが。 「あれでよかったのかいっ?」 「ええ、最高でした」 古泉は人畜無害な笑みを鶴屋さんに向けて言った。 「普通のお花見でもよかったんですが、涼宮さんは普通を大変嫌うお方です。確実性を上げるための秘境という設定はどうやら成功のようですね」 「そのようだな」 俺は嬉しそうにしている古泉に言ってやり、部室を見回した。 時計を見るともう五時を回っていて、部室は夕暮れに包まれていた。太陽と大気が織り成すオレンジ色が部室を染め、窓際に近い長門を照らし出した。それが長門の透き通るような白い肌に溶け込んで奇妙なほどに似合っていた。朝比奈さんは朝比奈さんで、部室専用のメイド姿でお盆を胸に抱え、満面の笑みで鶴屋さんと談笑していた。仲良しの友達同士(しかも美人同士)が語り合う姿はこの上なく優美であったし、今回のサプライズイベントには自分も役に立てると嬉しそうだった。古泉はというと、サプライズイベントを大いに盛り上げるための策略(SOS、命名俺)を練っているようでもう負けは確定した将棋には目もくれなかった。俺はみんな様子を一通り眺め終わると、部室の片隅に座る寡黙な少女をなんとなく見つめていた。 「まあ、楽しみにしといてよっ。桜が綺麗なのは本当だからさっ」 「本当にありがとうございます」 「いいよいいよっ。楽しみにしてるし、わたしも面白いことをしたいのさ」 長門がパタンと本を閉じると、俺達は帰り支度をし、部室を出た。古泉が集合場所と時間を言い、俺達は別れる。別れ際、長門が俺をじっと見つめてくるので何かと思い尋ねたら、 「……何がいいのか分からない」 「長門が一番気に入っているものでいいんじゃないか」 「……そう」 長門はそれだけ言って、俺と長門はそれぞれの家路についた。帰り道、俺自身もハルヒに何を買うべきか考えていなかったことに気付いた。そもそも、金が無いし。どうするか、当日までには買っておかないと。 当日、空は雲ひとつ無く、小学校の頃の遠足みたいに気分が高揚するのは悪くなかった。ハルヒに振り回されるわけではないし、むしろこっちがはめてやろうってことだからな。楽しくもなるさ。 悲劇は繰り返すということを俺は忘れていた。今回はシャミセンもいないし荷物も少ないから大丈夫だろうと安心しきっていたのが裏目に出て、家を出るときに偶然リビングから出てきた妹に見つかり、例のごとく妹の妨害工作に時間を食わされた。具体的にはまず甘え、それが無理だと分かると途端に駄々をこね、しまいには泣き出す始末で、その泣き声に親が気付いて止めに入り、さらには親にも苦情を言われるという最悪のコンビネーションをなんとか脱したが、時すでに遅しとはこのことで、罰金になるのに行かなければならない規定事項は俺の気持ちを暗澹とさせた。 鶴屋さん推薦のお花見スポットは車で二時間というちょっとした小旅行だ。車は古泉が手配してくれることになっていた。おそらく荒川さんと森さんだろう。車での移動なので集合場所までは歩いて行かなければならなかった。時間が無いときの徒歩は焦燥感に駆られるもので、走り出したくもなったがすでに諦めムード漂う俺はわざとゆっくり歩いていった。 集合場所の駅に着くと、すでにSOS団の面々はそろっていた。鶴屋さんはまだ来ていなかった。朝比奈さんは大きめのバスケットを抱えていて、あの中にたくさんの幸せが詰まっているのだと思うと、思わずにやけてしまった。ハルヒが俺の遅刻のことを咎めたりはしなかったのは、きっとハルヒ自身も今日を楽しみしていたからだろう。朝比奈さんとじゃれあっているのを見るとどうやらそのようで、 俺のことは全く目に入らないようだ。長門は制服ではなく白のワンピースだった。袖がひらひらした形のだ。身体が細く、胸もあまりない長門にはしっくりくる。 朝比奈さんは俺に小走りで近づいてくると、 「『行けなくなっちゃったのは残念だけど、キョン君達はめがっさ楽しんでくるっさ』と伝えてほしいって」 おずおずと上目づかいで俺に伝えた。 「そろそろ車が来る時間ですね。移動しましょうか」 壁に寄りかかっていた古泉が俺たちに微笑み混じりで呼びかけた。 「良かった間に合って」 「涼宮さんの機嫌が良くてよかったですね。これほど遅れるとおそらく三回は罰金になっていたでしょうから」 古泉は俺を笑いながら見つめると、 「それはいいとして、みなさん移動しましょうか。車が到着したようですよ」 ハルヒと朝比奈さんの返事を聞くと、俺達は古泉の後を付いていった。 路肩に止まったのは雪山でもお世話になった二台の四駆だった。中から出てきたのも見覚えのある二人組だ。 「お待ちしてすみません。今日もよろしくお願い致します」 深々と腰を折る狂気の執事と、 「よろしくお願いします」 年齢不詳、過激派の怪しいメイドさんである。 「今日はよろしくね」 ハルヒが右の親指を立て、ビッと腕を伸ばしながら言った。いい加減ガキのお守りばかりしていて疲れないのかと俺が心の中で二人を労っていると、 「では、乗りましょう」 しゃしゃりでた古泉がいうと、男子と女子に別れて乗り込んだ。男子は荒川さんに、女子は森さんにだ。ハルヒに文句を言われてもいやだからな。朝比奈さんや長門と二人になったときに何されるか分からん。 車に乗り込むと車独特の匂いが喉の辺りに広がった。古泉は先に乗り込むと窓の外に視点を固定させ、なにも話す気はないらしい。まあ、俺も古泉と話す必要はないがな。古泉との二時間ばかりの車の旅は何の起伏もなく、外の風景も同じものの繰り返しだったし、朝比奈さんの弁当の中身を考えているほうがまだ建設的というものだ。しかしそれも長くは続かず、車の振動をゆりかご代わりに、俺は深い眠りへと落ちていった。 … …… ……… 「起きてください。到着しました」 俺が朦朧とした意識をなんとか叩き起こすと、古泉の笑顔が近くにあった。 「顔が近いぞ、気持ち悪い」 寝起きに野郎の顔が近くにあったときのしょっぱさはなんとも言えない。……というより語りたくない。 「またご冗談を。さあ、降りてください。少し歩きますよ」 古泉は微笑を湛えたまま、俺に呼びかける。車から降りると、ハルヒは口を一文字に結び腕組みをして立っていた。こりゃ、明らかに怒ってるな。 「ちょっとキョン! 私が寝てないっていうのになんであんたが寝てるのよ!」 いつから睡眠が許可制になったんだ。戦時中じゃあるまいし、行動の自由ぐらい俺にだってあるだろうが。 「ないわ!SOS団での活動は団長の意思が最優先されるの」 「ないってお前」 俺がハルヒにとってフランス革命とはなんだったのかと考えていると、 「まあまあ、せっかくのお花見ですし、穏便にいきましょう」 古泉は俺達を取り成した 「これから山道を歩きます。足元には気をつけてください」 「私でも大丈夫ですよねぇ……?」 朝比奈さんは身体をいじいじしながら古泉を上目遣いで見つめた。 「もちろんです。そこまできつくないですから」 古泉は朝比奈さんに笑顔を向けると、朝比奈さんは顔を赤らめた。 「は、はいぃ」 おい、その反応なんかむかつくな。 「では、私たちはここで待たせていただきます」 「ありがとうございました」 古泉がそういうと、俺達も頭を下げ感謝の言葉を述べた。荒川さんと森さんは深々と腰を折ると、顔を上げ、 「帰りもここでお待ちしています。時間は古泉が知っていますので気になさらず楽しんできてください」 「分かったわ」 ハルヒは笑顔で頷くと、 「それじゃあいきましょ!」 山道への入り口へと歩き出した。古泉は肩をすくめるポーズをすると、 「やれやれ、では行きましょうか」 俺達はネズミを追いかける猫のようにハルヒの後を追った。 朝から(といっても、もう昼になるが)山登りというのもこたえるもので、というのも一番後ろを歩く俺がほとんどの荷物を持たされているからだ。鶴屋さんの言っていた通り、周りの風景も秘境というにふさわしい陰鬱とした雰囲気で、いつになったらつくのかという猜疑心が俺を疲労させた。 前を歩く朝比奈さんの重い足取りを眺めながら、応援しながら、列の真ん中を飄々と歩く長門が肩からかけている水筒が似合っていることに気付いた。先頭のハルヒの後ろを歩くやけに後ろ姿が格好いい自称エスパー戦隊を恨みつつ、山道をピョンピョンと登っていく「男は女性の荷物を持つものよ」とか訳の分からん理由で俺に荷物を持たせているハルヒの背中を睨み付けた。 山道の左手は空が広がっていて、右手にはブナのようなそうでないような木々が立ち並び、ちょっとした日陰を作った。そうこうしているうちに俺達は目的地についた。そうこうというのはいつまでも終わらない山道がエンドレスに続いているような気がして、ただぼんやりと山道を登ったためだ。RPGでよくある、ある条件を満たさないと抜け出れない無限階段を現実でやっている感じだ。帰りは瞬間移動の呪文でも使って帰りたいものだ。 俺達は山道を抜け、ちょっとした広場に出た。エデンの園ってこんな感じかもなと感じさせる桜以外何もない不思議な空間だった。 「ここです」 古泉が後ろを振り返ってそう言った。 俺達は言葉を失っていた。数分ぐらいは立ち尽くしていたと思う。普段見ている桜とは違い、山桜だった。妖麗という言葉がぴったりの木々が、ちょっとした広場を埋め尽くし、濃いピンク色の花びらが舞って、俺達を包んだ。隣に並んで眺めている朝比奈さんと桜の花びらは絶妙だ。長門は花びらを掌の中で観察している。そうだ、この世界にもハルヒを黙らせることができるものが存在したんだな、とか柄にもないことを考えながら、俺は優美に舞う花びらを見つめた。ハルヒもただぼんやりと山桜を見つめていた。古泉? パス。俺達はしばらくの間、黙って立ったまま眺め続けていた。 「キョン、シートをだして敷きなさい」 ハルヒは俺を指差し、命令した。 分かってるよ。命令を聞くのも今日だけだかんな。 「ちょっと有希、なにぼーっとしてるのよ」 「綺麗」 「へぇー、有希でもそう思うものもあるのね」 長門は返事をしなかった。 俺がビニールシートを古泉と広げ終えるやいなや、ハルヒはシートに寝転がり伸びをした。 「うーん!やっぱり気持ちいいわねお花見って」 「そうですねぇー」 朝比奈さんはシートの端の方にちょこんと座って、ハルヒの戯言に返事をした。笑顔の返事がなんとも愛らしい。 「有希もそんなところで立ってないで、座りなさいよ」 さっきから山桜の近くで立ち尽くしていた長門はそろそろと俺達のところへと来て、俺の左側に座った。なぜだろう、ハルヒは明らかに不快な顔をし、朝比奈さんに命令した。 「みくるちゃん。お弁当を出して」 「は、はい」 朝比奈さんは俺を見つめた後、俺の横に置いてあったバスケットを指差した。俺は円状に座っているSOS団のメンバーの真ん中にバスケットを置いた。開けるのは朝比奈さんがいいだろ? 「じゃあ、みなさんどうぞ。おいしくなかったらごめんなさい。いっぱい作ってきたんでよかったら食べてくださいね」 「おいしくないわけないわ。なんたってみくるちゃんの特製だからね。あ、そうだ! 今度みくる弁当でも販売しようかしら。一個千五百円ぐらいで。中身は適当でいいわ。どうせ男どもはみくるちゃんが作ったものならなんでもいいはずよ」 お前はどこまで男どもから金を徴収すれば気がすむんだ。しかも千五百円という微妙なライン。月に一度だったら俺も買ってもいいかもしれない。ハルヒの商人魂に感服しながら、おどおどとする朝比奈さんの為に早く口にしたほうがいいかもしれないなと思った。まあ、ここは団長様から食べさせないと殴られそうだから、俺はハルヒが食べるのを待ちつつ、朝比奈さんの作るものまずいものなどありません。泥団子だろうが笑顔で食べる所存であります。なんてことを考えていたわけだ。 その後俺達はすぐに朝比奈さんの弁当で舌鼓を打った。まずいなんて謙遜なされていたが、全くの逆で俺の最初の直感どおり、幸せの味がした。その幸せを破壊するがごとくハルヒと長門による大食い合戦が展開され、それに俺はむりやり参加し、幸せを奪還するという偉業を成し遂げた。 食事が終わると俺達はなにをするでもなく寝転がり、その妖麗な山桜たちとぽっかりと空いた空間から見える春の空を眺めた。取り込まれそうなほど澄み切った青空で、ピンクと水色という柔らかい色合いが俺の眠気を誘った。しかし、ここで眠るわけにはいかない理由があった。そう、そもそも花見はついでであって、本来の目的はハルヒのためのサプライズパーティーなのだ。遂行しなければここまで来た意味はないのだが、この桜を眺めているとそれだけで価値のあるものだと感じてしまっていた。さすが鶴屋さんのお薦めだけあるな。けどそろそろやらないと時間も無いなと考えている自分に気付き、さっき食べたのにプラスしてますます胃が重くなった。 やれやれ、団長さん喜んでくれよ? 「それではそろそろ始めましょうか」 古泉が音頭をとる。 「古泉君、なにか用意してるの?」 ハルヒの顔は日差しに負けないくらい輝いていた。 「いえ、私だけではありません。みんなで用意したものですよ」 「なにそれ?」 ハルヒだって気付いているだろう? 今日が何の日なのかぐらい。 みんなでいっせいに言った。 朝比奈さんは控えめに、長門はぼそりと、古泉は大げさに、俺はさりげなくだ。 「ハッピーバースデー!ハルヒ!」 俺達は隠し持っていたクラッカーを鳴らした。破裂音と共に紙が飛び出るタイプのだ。山奥で鳴らすクラッカーはものっそいシュールなもので、アンドレ・ブルドンも魚が溶けすぎて困るぐらいだった。 「え、ちょ、ちょっとなんで知ってるのよ!」 ハルヒは困ったような、怒ったような顔を浮かべた。 「そんなことどうでもいいだろ? この日のためにせっかくみんな準備してきてんだから」 俺はハルヒを諭すように言った。 「え、まあそうだけどさ、え、でも……。祝うなら祝うっていいなさいよね!」 「それじゃあ、つまらんだろうが」 「そ、そうだけど」 「それじゃあ、プレゼントの贈呈にでも移りましょうか」 古泉が仕切った。 「プレゼント?」 「誕生日プレゼントに決まってるだろ」 「分かってるわよ! さっきからキョン偉そうよ!」 慌てるハルヒは今世紀最大の見物で、万博に行くより面白いものが見れたと俺は心から笑っていた。それに嬉しさを隠すのに精一杯のハルヒはとてもかわいかったしな。 俺達はハルヒの前に並び、クスクス笑いながら、ハルヒの普段見せない姿を堪能していた。 「では僕から渡しましょうか」 古泉は笑顔を見せるとリュックからラッピングされた小さな箱を取り出し、ハルヒに近づいた。 「お誕生日おめでとうございます。涼宮さん」 「あ、ありがとう、古泉君」 古泉はハルヒにプレゼントを手渡す。 「中は見てもいいのよね?」 「もちろんです」 ハルヒは丁寧に包装紙をはずした。 「あ、時計ね?」 高校生には不似合いな高そうな時計だった。 ハルヒが時計を着けていると、 「涼宮さんは時間を大事にする方ですので、今回は時計にさせていただきました」 古泉は目を細めながらそういった。 「そうね。ありがとう古泉君、大事にするわ」 「喜んでもらえて光栄です」 古泉は白々しい仕草をすると後ろに下がった。 「じゃあ、次はわたしですね」 朝比奈さんがハルヒにプレゼントを手渡した。かなり大きい袋に入っていた。まあ、そのブツを不慣れな山道を登ってへーこらいいながら持ってきたのは他の誰でもなく俺なんだがな。敢闘賞ぐらいはくれてもいいはずだ。 「みくるちゃん、なにこれ?」 「抱き枕です。それがあるとよく眠れますよ」 「なんかあたしがよく眠れてないみたいじゃない。でもいいわ、なんか肌触りもいいし、気持ちいいもん」 お前は一つ文句を言わんと、素直に貰えんのか。 「えへへ、よかったですぅ」 俺は抱き枕に抱きついて眠る朝比奈さんを想像し、真っ昼間からよからぬ気分になっていたのを告白しておこう。 次は長門の番だ。長門はそろそろとハルヒに近づき、包装されたプレゼントを手渡した。はい、それもってきたのも俺。 「どうぞ」 「あら、有希も選んでくれたのね。ん、本か。有希らしいわね」 「わたしの一番好きな本」 「そう、読んでみるわ。有希が薦める本だもん、おもしろいに決まってるわ」 ハルヒは長門に笑顔を見せると、長門はミリ単位で首を縦に振った。 「じゃあ、最後は俺だな」 「少しはまともなものを渡しなさいよね。でないと、すぐに捨てるから」 俺がハルヒに中くらいの紙箱を手渡そうとすると、ハルヒは俺の手からものすごい力で奪い取った。 「早くしなさいよ。じれったい! どれどれ」 ハルヒは巻いてあった包装紙をビリビリに破り捨て、箱を開ける。 「え、なんでカメラなの?しかもデジカメじゃなくて、旧式? あと入ってるのは写真立てね」 「デジカメならハルヒが持ってるし、まあなんだ、そういうレトロなのもいいかなと思ったんだよ。財政面ではかなりきつかったがな。それ以外思いつかなかったから」 俺が説明していると、ハルヒは笑顔で俺にカメラを向けた。 「俺を撮るな! それより、あとでみんな一緒にとろうぜ。今まで集合写真なんて撮ったことなかっただろ?」 「それもそうね」 ハルヒはうつむいて、何かを考えている様子だった。そして何か小声で呟いた。あまりの小声になんていったか聞き取れなかった。 「なんだ?」 思わず聞き返してしまう。大体分かるっているが。ハルヒの口から直接聞きたいだろ? ハルヒは腰に手をあて、一つ息を吐くと、 「ありがとうって言ったのよ! 本当ならキョンなんかに感謝の言葉なんか述べたくないんだけど、今回は特別だからね!」 なんでお前はそう素直じゃないんだろうな。 「どうでもいいでしょそんなこと。それよりなんでこんな山奥でやることになったのよ」 「では、僕が説明しましょうか」 古泉がしゃしゃり出てきて、説明を始めた。 「一つ目の理由はもちろん涼宮さんを驚かせるためです。 二つ目の理由は……」 くどくどと古泉が説明していたが、この説明は俺にとっては二度目なので聞く気になれなかった。それより俺には気になることがあった。こっちのが俺にとっては日本経済の行く末より気になることだ。 「長門、結局お前本にしたんだな」 「そう」 「しかも一番好きな本か、俺も読んでみたいな」 「わたしの家に来れば読める」 「そっか。じゃあ今度お邪魔することにしようか」 「そう」 長門は俺を見つめながら目視できるぎりぎりの動きであごを引き、花びらを散らせている山桜のほうに目を向けた。 「そろそろ帰りましょう。暗くなったら、山道は降りられないわ」 もう夕暮れが迫っていた。俺達は荷物をまとめ、山道を下った。同じ道をトレースし、荒川さんと森さんの待つ車へと向かった。 車まで辿り着くと、ハルヒは写真を撮りましょうと言って、荒川さんにカメラを渡した。 「では、いきますよ。ハイチーズ」 あの山桜のあった山をバックに写真を撮った。荒川さんの渋い声での『ハイチーズ』は大変心地良く、本職のように見えるのは気のせいだろうか? 俺達に「はい、笑って」は必要が無かった。そんなこと言われなくても満面の笑みがカメラのレンズに反射した。 パシャリという音が、今の俺達を切り取った。 帰りの車中は行きとほとんど変わらなかった。違いは古泉も寝ていることだろうか。荒川さんは運転が上手く、安定した走行を実現していた。カメラを取るのも上手い、運転も上手いときたらあとは何が上手なのか気になるところではあるが、荒川さんと言葉を交わすことなく俺は行き同様に睡魔に襲われ、いつの間にか地元の駅前に着いていた。 「おい、古泉起きろ。着いたぞ」 俺は古泉の肩を揺すると、古泉は普段見せない気の抜けた顔で返事をした。車から降りると、外はすでに真っ暗で街灯だけが明かりを放っていた。 「あー」 俺は声を出しながら伸びをした。ずっと同じ姿勢で寝ていたせいで身体のあちこちが痛い。古泉も降りると俺に習って伸びをした。 少し待っても森さんの運転していた車からハルヒ達が降りてこないので中を覗いた。案の定、ハルヒ達は車の中で仲良く寝ていた。真ん中に座る長門の右肩にハルヒ、左肩に朝比奈さんは寄りかかり、眠っていた。俺が車の窓を叩くと長門は起きていたようでこちらを向き、首を横に振った。俺が肩をすくめる仕草をすると、長門はゆっくりと頷いた。古泉を見ると、こいつもやれやれとばかりに肩をすくめてにやけた。だが、起きるまで待っていたら荒川さん達に迷惑がかかるのでここは強制的にでも起こさなければなるまい。俺はドアを開けると手前にいた朝比奈さんを軽く揺すった。 「ほえぇー」 朝比奈さんは訳の分からん言葉を発し、目を擦りながら目を覚ました。ごめんなさい、と謝ると朝比奈さんはすぐに車から降りた。あとはハルヒか。あいつは適当に大声出せば起きるだろ。 「おい、ハルヒ! 起きろ!」 俺が大声で言うと、ハルヒはビクッとして急に目を覚ました。 「お前、よだれ垂れてるぞ」 「垂れへないわよ」 ハルヒはそう言いながらも口を袖で拭いた。まだ、起きてないのか視点が定まっていない。 ハルヒは車から降りると、俺と同じように伸びをした。人間やることは同じなようだ。 「では私達は帰らせていただきます」 荒川さんと森さんが礼をして、それぞれの車に乗り込んんだ。ハルヒと朝比奈さんは去っていく車に手を振って見送っていた。 「じゃあ、今日はこれで解散ね。家に帰るまでが部活なのよ」 「そうですね。では、僕は帰らせていただきます」 「わたしも帰ります」 朝比奈さんは満足げな顔で言った。 長門は無言で俺を見つめ、それからおもむろに家路に着いた。 そして俺とハルヒは全員を見送った。俺達を街灯と月明かりだけが照らしていた。余りの虚脱感に家に帰る気力すらなかったので、ただぼんやりと立っていたわけだ。 「キョンは帰らないの?」 「いや、何か疲れてな。ま、家に帰って休むことにするさ」 それは一瞬のことだった。 ハルヒは俺の唇にそっとキスをした。 俺が混乱していた意識を取り戻すと、目の前でハルヒは俯いていた。 「今回の話、キョンが企画してくれたんだって?」 「ま、そういうことになるな」 「ありがとう」 ハルヒは顔を上げて上目遣いで俺を見つめた。光の加減なのか、顔は朱色に染まっていた。俺はその顔をカメラで切り取り、永遠に残しておきたかった。 「ねえ、あたしじゃだめかな?」 「なんだって?」 「………」 「………」 「なんでもない。忘れて。忘れなかったら全裸で市中引き回しの刑だから!」 ハルヒはそういうと駅に向かって早足で去っていった。 『ねえ、あたしじゃだめかな?』 俺は聞こえないフリをしたが、しっかりと耳にも心にも届いていた。答えられる自信がなかったから、聞こえないフリをした。そして俺も続けてしまいそうだったのだ。 「なあ、俺じゃだめかな?」 自問自答を繰り返した。俺はハルヒが好きなのか? さっきのキスもきっとハルヒは言葉や態度で感謝を示せないから、成り行きでやってしまったと俺は都合よく解釈することにした。 でもな、ハルヒ。今日は俺に感謝する日じゃないぞ。生んでくれた両親に感謝する日、育ててくれた両親に感謝する日なんだ。 ハルヒのキスの余韻と生温い風が本格的な春の訪れを告げていた。 誕生日おめでとう、ハルヒ。 こんな風に満たされた春の日に生まれたであろうハルヒを思い、俺は家路を急いだ。 chapter.1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1036.html
前線基地に向かうトラックを激しい爆発音が揺さぶる。突入前の準備として、学校の砲撃隊が北山公園の植物園に 120mm迫撃砲による徹底した砲撃を行っているのだ。空気を切り裂くような音が頭上をかすめるたびに 身震いを覚える。あれに当たれば、身体が傷つくどころか粉々に吹っ飛ぶんだろうな。 そんな中、前線基地に到着し、古泉小隊と鶴屋さん小隊の入れ替えが始まる。 「やあっ! キョンくん! また、会えてうれしいよっ! これから一緒にめがっさがんばろうね!」 鶴屋さんのテンションの高さは相変わらずだ。そんな彼女にハルヒも満足げのようである。 てきぱきとしたハルヒの指示により、2分とかからずに入れ替えが完了し、 「さて! いよいよ突入よ! 気を引き締めなさい!」 ハルヒの声が合図となり、またトラックが動き始める。 植物園が近くなるにつれて、爆発音が激しくなってきた。激しい土煙が植物園を覆っている。 その中、俺たちはついに北山公園内の植物園に突入した。同時に砲撃も停止する。 先行するトラックに乗っていたハルヒは一目散にトラックから降りると、 「行け行け行け!」 そう他の連中に降りるように指示を出し、自身はM16を抱えてそこら中めがけて乱射を始める。 ハルヒの配下の生徒たちもそれに習うように、トラックから降り乱射を始めた。辺りに広がる森、建物に向かって。 俺も遅れまいと、次々にトラックから自分の小隊を降ろし始める。鶴屋さんも同様だ。 2~3分だろうか。そのまま、乱射が続いたが、やがてハルヒが右手を挙げた。どうやら、撃ち方やめという意味のようだ。 俺も周りに乱射をやめさせる。ほどなくして、乱射が収まり、辺りに静寂が戻った。しかし、銃声音が頭の中に残って うっとうしいことこの上ない。 「何にもねえな……」 俺は思わず声に出してしまったが、これは予想外だった。当然、激しい抵抗があるものと思っていたが、 すんなりと突入に成功し、さらに敵の一人すらいない。どういうことだ? みんな地面に伏せて銃を構えている中、ハルヒだけは仁王立ちのように突っ立っていた。あのバカ、狙撃されたらどうするんだ。 「国木田。俺はハルヒのところに行ってくる。ここを頼む」 「了解」 俺は国木田の肩を叩くと、前屈みでハルヒの元に走った。同じタイミングで鶴屋さんもやってくる。 「どういうことなの? まるっきり抵抗がないなんて張り合いなさ過ぎ」 「何でも良いから少しは身を低くしろ、おまえは」 そう俺は脳天気なことを言っているハルヒの迷彩服をつかみ、無理矢理屈みさせた。 「さ~て、ハルにゃん、これからどうするにょろ?」 鶴屋さんの問いかけにハルヒは真剣に悩み始める。確かに、これはおかしい。やはり古泉の言うとおり罠だったのか? だが、敵は俺たちに考える余地を与えるつもりはないようだ。数発の爆発音が北高の方から飛んできた。 すぐ近くにいた通信機を持った生徒をハルヒは呼び、 「有希!? 何かあったの!?」 『前回と同じ攻撃を受けた。数発だけで、損害は軽微』 的確な長門の返事にハルヒは安堵した表情を見せる。だが、またすぐに苦渋に満ちた表情に戻り、 「罠だろうが何だろうが、あれの攻撃方法をつぶさない限り、あたしたちに勝ち目はないわ。予定通りに行きましょう。 鶴屋さんはロケット弾発射地点と思われる北山公園南部をお願い。キョンは北側ね。とっとと制圧したら鶴屋さんの援護に 向かうこと! いいわね!」 話し合いはここまでだ。俺は自分の小隊まで戻る。 「よっし、俺の小隊はこれから公園北部に行くぞ。前進しろ」 俺の指示の元、小隊は北部へ移動を開始した。鶴屋さんも南部に移動を始める。とにかく、とっとと北部をつぶして、 鶴屋さんの援護に向かわねばならん。 ◇◇◇◇ 「なあ、キョン」 林の中をじりじりと北部へ移動する最中に谷口が気の弱そうな声で聞いてきた。 「なんで散策用の道をつかわねえんだよ。歩きにくくてたまんねえ」 「おまえは待ち伏せされて、皆殺しにされたいのか?」 そう谷口の意見を一蹴する。北山公園は公園だけあって何本かの道があるが、当然敵がいるなら、 やすやすと通してくれることはないだろう。それに見通しが良すぎて狙い撃ちにされてはたまらん。 そばにいた国木田もあきれたように、 「谷口は結構貧弱なんだね」 「うるせえ。戦争するための訓練なんてやっているわけがねえだろうが。はっきり言ってこれは無駄な浪費だぜ。 あー、この体力をナンパにまわしてぇな」 「おまえが黙れ」 黙々と俺についてくる小隊の中で、ただ一人ピーピー文句を言う谷口を黙らせる。 ただ、薄暗い森の中、おまけにどこに敵が潜んでいるかわからない状況では、谷口の普通っぷりが かえって俺に安堵感を与えているのは事実だ。 と、国木田が突然真剣な目つきで銃を構えた。さらに一斉に周りの生徒たちも構え始める。 呆然としていたのは俺と谷口だけだったが、目の前の木々の隙間に何かがいることに気がつくと、 あわてて構えた。 隠れていたのは、鶴屋さんの行ったとおり真っ黒なシェルエットのような人間?だった。 腰にAKらしき銃を抱えているが、こちらには向けていない。 「おい、キョン……! とっとと撃とうぜ……」 今にも泣き出しそうな声で谷口が言う。どうする? 撃ってしまって良いのか? それとも捕まえるべきか? だが、俺が迷っている間にそいつはとっとと逃げ出しやがった。全力で地面の悪さも気にせず、 一目散に北に向かって失踪する。 「くそ! 逃がすな!」 ミスをしてしまった。偵察兵かもしれないのに、ここで見逃せば俺たちの位置が敵の主力に伝わり、 攻撃されるかもしれない。そうなる前に……! 「キョン、待って!」 国木田の制止も聞かずに、俺は一目散に逃げるシェルエット人間を追いかけ始めた。 小隊全員も俺について走り出す。 逃げる奴は姿が真っ黒というだけで、全く人間と同じような走り方をしていた。 草を手ではねのけ、溝を跳び越え、ばたばたと足音を発しながら逃げていく。 「もう少し……!」 もうちょっと追いついたら、奴を背中から撃ってやる。それで仕留められるはずだ。 だが、先に発砲したのは俺じゃなかった。タンタンと乾いた破裂音の次に、バスっと二度と忘れないんじゃないかという いやな音が背後から飛んできた。俺は立ち止まって振り返ると、そこには通信機を背負っていた阪中が倒れていた。 頭部から出血までしている。撃たれたのは確実だった。 「キョン! まずいよ!」 国木田がそばにいて切迫した声を上げた。前からは逃げていた敵と入れ替わるように、 銃を手にした数人の敵がこっちに向かって来ていた。さらに左右からも銃撃が始まる。 「阪中から無線機を!」 俺は身近にいた生徒に無線機を取るように伝える。阪中がやられた以上、別の誰かに持たせないと―― だが、すぐにその生徒も胸を撃ち抜かれた。血しぶきと肉片が飛び散った光景は当分忘れないだろう。 「おいキョン! どうするんだよ!」 谷口はひたすらおろおろして持っているM60を撃ちもしない。代わりに周りの生徒たちがおのおの敵に向けて反撃を始めた。 俺もそれに続くように迫るシェルエット人間に向けて発砲を始める。だが―― 「だめだ……!」 敵がどんどん増えて、数人どころか数十人にふくれあがったのを見れば、つい絶望もしたくなる。 やはり古泉の言うとおり、鶴屋さん小隊を襲撃した連中はただのおとりで、本隊が北部に陣取ってやがったんだ。 そして、俺たちはまんまと誘い込まれてしまっている。そう考えたとたん、自然と身体が引き返せと悲鳴を上げ始めた。 「後退しよう! 負傷者を連れて行け!」 撃たれて倒れている阪中たちを別の生徒たちが引きずり始めた。俺はそれをカバーするように 迫る敵に向けて撃ちまくる。そのうち一発が敵に命中し、まるで液体が始めるように飛び散って消滅した。 確かに鶴屋さんの言うとおり、まるでゲームの敵を撃ったぐらいの感覚にしかならない。 俺たちはそのまま数十メートル後退する。その間にまた一人の生徒が肩を撃たれた。これで3人目だ。 「下がれ下がれ!」 俺はわめくように指示を出す。だが、今度は二人の生徒が背後から撃たれた。そう背後からだ。間違いない。 なんで俺たちが通ってきた方から銃弾が飛んでくる!? 「後ろにも敵がいるよ!」 「どーするんだよ、囲まれちまっているぞ!」 未だに健在な国木田と谷口が大声を上げた。まずい。やばい。どうすりゃいいんだ!? 「伏せるんだ! みんな、伏せろ!」 思ってもいない声が俺の口から飛び出した。一斉に全生徒が茂みに隠れるように地面に伏せた。 すぐ頭上に弾がヒュンヒュンとかすめていく。もう一歩遅かったら蜂の巣立ったかもしれん。 背面の敵はこっちを狙撃するように動かずに撃ってきているが、前面――北側の敵は遠慮なくつっこんできていた。 このままでは皆殺しにされる。 「谷口! M60をこっちに置け!」 俺の指示に谷口は俺のすぐ横にM60を置いて撃ちまくり始めた。 「このやろ! 死ね! くるんじゃねえ!」 情けない声を上げつつも、突撃してくる敵に次々と命中し、黒い影が飛び散りまくる。 一方、俺の背後では国木田が小隊の背後にいる敵に対処していた。 「手榴弾を投げるよ!」 ピンの抜かれた手榴弾が宙を舞い、背後の敵を吹き飛ばした。同時に銃撃が収まったのをみると、 背後にいた奴は仕留められたらしい。さらに、前面から突撃してきた敵はM60の乱射を恐れたのか、 じりじりとこちらの視界外に引き始めた。何とか急場をしのげたようだな。 だが、国木田はほっとする様子もなく、俺の元に駆け寄って、 「キョン! のんびりしている場合じゃないよ! 第2波が来る前に砲撃の支援要請をしないと!」 くそ、国木田の方が指揮官みたいじゃないか。今からでも変わってくれないか? いや、そんなことはどうでもいい。 俺は引きずられてきてぴくりともしない阪中から無線機を取ると、ハルヒに――いや、そんな暇はない。 長門に直接指示しないと! 「長門! 聞こえるか!」 『聞こえている』 通信機は無事のようだ。俺は胸ポケットから地図を取り出すと、 「今から言う座標に向けて砲撃を頼む!」 俺は俺たち周辺の座標を伝えると、 『わかった。砲撃を開始する』 「ああ、頼む! こっちは包囲されて孤立状態だ!」 通信を終えたときに、ちらりと阪中の目が俺の視界に入った。 地面に突っ伏したまま、けっして瞬きしない。もう死んでいる…… ――あのね、お願いがあるんだけど。 ――涼宮さん、誘ってほしいんだけどね。 ――球技大会。だって、涼宮さん、すごいスポーツ万能じゃない。 前日、あった阪中との会話が脳裏にフラッシュバックしたとたん、俺は胃のものをすべてリバースしてしまいそうになった。 何とかぎりぎりのところで押さえ込んだが、全身に走る悪寒と鳥肌はやみそうになかった。 何を悩んでいる? 俺があのときとっとと逃げる敵を撃っておけばこんなことにはならなかっただろ? でも、これはゲームだ。仕掛けたものの言うとおりに勝てばいいじゃないか。そうすれば元通りさ。 大体、この阪中が俺の知っている阪中とは別人かもしれない。だから、罪悪感なんて持つことはない。 持つことなんてないって言っているだろうが! 「――キョン! 大丈夫!? しっかりして!」 いつの間にやら国木田が俺の肩をさすっていた。全身汗だらけになっていることにも気がつく。気色わりい。 「あ、ああ、大丈夫だ――大丈夫……」 のどからひねり出される俺の言葉を聞けば、誰も大丈夫じゃないとわかるだろう。しっかりしろ、俺! 今までだって、朝倉にナイフで刺されたり、朝倉にナイフでぐりぐりされただろうが! 「ああああっ! キョン、また敵がこっちに近づいてきたぞ!」 谷口の悲鳴とともにまたM60が火を吹き始める。見れば、また懲りもせず前方からシェルエット軍団が 突撃を敢行し始めていた。当然、銃を乱射しながらだ。 しかし、ここで長門のきわめて正確な砲撃が始まった。シャァァァという空気を切り裂くような音とともに、 俺たちの周囲が次々と吹き飛び始める。轟音で耳の鼓膜がはじけそうになった。 「撃ち方やめ! 撃ち方やめ! おい谷口! やめろっていってんだろ! 弾を無駄にするな!」 こっち大火力で突撃して来る敵はほとんど吹き飛び、俺たちのところに到達できる奴は一人もいなかった。 ならば、こっちはしばらく見物していた方が良い。 「今の内に負傷者の手当をするんだ! 残りは残弾の数を数えておけ!」 その間、徹底的な砲撃を受けた敵はさすがに堪えたらしい。次々と北側に引いていくのが確認できた。 頼むからもう来ないでくれよ。 俺はまた長門に――すまん、阪中。また借りるぞ――連絡して砲撃を停止させる。 続いてハルヒに連絡だ。 「おい、ハルヒ聞こえるか?」 『何よ、こんなときに! こっちは大騒ぎよ!』 返ってきたハルヒの声は、植物園がどんな状況かすぐにわかるようなものだった。無線機越しに、 銃声音やら爆発音がひっきりなしに飛び込んでくる。 『敵よ敵! 辺り一面囲まれているわ! 鶴屋さんも同じみたい! 完全にしてやられたわ!』 ああ、また撃たれた! 衛生兵! そっちで怪我した人を見てやって! 古泉くんの部隊はまだ来ないの!?と 俺に向けてではない声も入ってくる。やばい。ハルヒの方も襲撃されているのか。さらに鶴屋さんもだと? 学校まで攻撃されている訳じゃないだろうな? 『それは大丈夫だって有希が言っていたわ! 今のところ、戦闘が起こっているのは北山公園内だけみたい!』 そうか、それなら当面は俺たちだけの問題だ。 「こっちも囲まれて数人がやられたが、長門の砲撃で何とか撃退できたようだ。 あと、鶴屋さんが言っていた20人ぐらいはとっくに倒しているが、まだまだ敵がいそうだ。 これじゃ、いくらやってもきりがないぞ。これからどうすりゃいい?」 『とにかく、古泉くんの言ったとおり罠だったんだから、引き上げるのよ! だから、早く戻ってきなさい!』 明確でわかりやすい。短絡的とも言えるが、今はありがたかった。 俺は国木田と谷口を呼びつけ――なんだかんだでこいつらが一番話しやすい――、 「おい、植物園まで戻るぞ。今すぐにだ。無線機を誰かに持たせないとな」 「負傷者は?」 国木田の言葉に俺は即答する。 「決まっているだろ。引きずってでも連れて行く」 「なら、死んじゃった人は? すでに4人死んでいるよ」 続いて飛んできた質問に俺は息をのんだ。辺りを見回すとけが人5名、死者4名の状態だった。 なら、無事な生徒は残り21人。けが人だけなら運べないこともないだろうが、死者を含めると、 ほとんど運ぶだけで部隊全体がいっぱいいっぱいになる。 俺はもう冷たくなりつつある阪中を見る。そして、 「死んだ奴はおいていく。落ち着いたらあとで戻って回収する。場所はきちんと地図に記してな。 戻ってこれるのかなんていうな。絶対にだ」 俺の声に反論する奴はいなかった。なんて薄情な奴だなんて言わないでくれ。 今は生きている奴を助けるだけで精一杯なんだ。 俺は無線機に向かって、 「ハルヒ。これから俺たちはそっちに戻る。時間はかかるだろうが、努力はするぞ」 『キョン! 戻ってこれそうなの!?』 「わからんが、やれることはやるつもりだ」 できるとは言えなかった。情けない。俺がこんなにだめな奴だったとは、正直ショックだ。 『……キョン。これだけは言っておくわ』 ハルヒの決意じみた声。そして、続く。 『こっちもひどいけど、絶対にあんたたちを見捨てない。どんな手を使ってもここを死守するわ。 逃げない。約束する。だから――』 俺にはハルヒが次に何を言うか、予測できた。だから、無線機を小隊の生徒たちに向けた。 『全員帰って来いっ! 絶対に!』 ◇◇◇◇ 俺たちはじりじりと慎重に植物園に向けて移動を始めていた。途中、何度も襲撃を受けたが、 その度に長門からの支援砲撃を要請し、ある時は谷口や他の生徒たちの活躍で撃退することができていた。 しかし、来た道とは違い、帰りはとんでもなく時間を食ってしまっていた。もうすでに12時を越えようとしている。 さらに、移動の間に負傷者が死者に変わり、また新たな負傷者が発生していた。すでに半数以上が負傷、あるいは死亡している。 「またさっきの負傷者が……」 国木田が沈痛な表情で報告に来た。これで死者は13名になった。置き去りにした生徒と言ってもいい。 大丈夫。これはゲームだ。勝てば元通り元通り…… そう俺は自分に暗示をかける。俺には生徒の死を受け入れるような頑強で器の広い心なんて持っていない。 だから、死者が増えるたびに自分に暗示をかけるようにこの言葉をつぶやき続けた。 でなけりゃ、無能な自分が許せなくなるからだ。 「あと、100メートルぐらいだろ。とっとと走っていこうぜ!」 目前まで迫った植物園に俄然焦り始めたのは、唯一の普通人、谷口だ。弱気な言動が多いのに、 なんだかんだでこいつのM60には助けられっぱなしだが。 「まあ、焦ることはないと思うよ。もうちょっとでつくんだからさ」 「そうだな。今まで通りのペースで行くぞ」 俺たちは移動を開始する。確かにもうゴールは目の前だから、はやる気持ちが沸々と俺の頭にも沸いてきた。 だが、敵もそれを阻止しようと必死だ。シェルエット野郎が数名襲ってきた。 「俺がしんがりをつとめる! 先に行け!」 もともと銃の扱いは頭の中にたたき込まれていたが、ここに来ていい加減慣れてきたのだろうか。 俺の射撃の命中率もかなり上がっていた。もっとも敵が物陰にも隠れようとせず、 ひたすら銃を乱射しながら突撃というワンパターンなため、簡単に命中させられているだけなんだが。 また、数名をシェルエットを飛散させると、先行して移動した小隊に戻る。見れば、植物園の建物が 木々の隙間から見えるほどまでに近づいていた。 「ここで、きちんとどこから戻るか伝えておいた方が良いよ。間違って攻撃されるかもしれないしね」 相変わらず冷静な国木田のアドバイスが飛ぶ。こいつとは腐れ縁みたいなものだが、こんなことが得意だった覚えはない。 俺たちと同じように相当頭の中をいじられているようだな。 俺は無線を持たせた生徒から無線機を受け取ると、 「ハルヒ。もうすぐそばまで戻ってきたぞ。北側から植物園に入る。間違って銃撃しないでくれよ」 『わかったわ。そこを守っているのは古泉くんだから、伝えておく』 なんだ。結局古泉もこっちに来ているのか。結局総動員だな。 「よし移動するぞ。もう少しだからな」 「ひゃっほう! これでうっとうしい森の中からおさらばだぜ!」 俄然やる気を取り戻した谷口に笑顔が戻る。まあ、それで終わりって訳じゃないが、 こんなところにいるよりかは幾分かマシだろうな。 木々を分けて移動を開始する。数メートル進むと、森との境に陣取っている古泉の小隊が見えた。 向こうもこっちに気がついたらしい。右手を挙げて、来てくださいと合図している。 その刹那、俺は右手に一人だけのシェルエット野郎がいることに気がついた。 向こうは目がないので、視線があることはないだろうが、俺ははっきりと悟った。今にもその構えたAKから弾丸が撃たれ、 俺に命中すると。 だが、ここで偶然なことが起こった。そうこれは偶然だ。突然、うきうき足で走る谷口が俺と敵の間に割り込んで来たんだから。 「谷口っ――!」 越えも間に合わず、俺の縦になるように谷口の上半身に2発の弾が命中した。貫通した弾はぎりぎりのところで 俺には当たらず背後に去っていった。まるで一連の事がスローモーションのようにはっきりと見えた。 そう、谷口が撃たれたのだ。 谷口を撃ったバカ野郎はすぐに国木田が始末した。俺はそんなことにかまわず谷口を引きずり、 古泉の部隊の場所に連れ込む。とにかく、古泉との再会は後回しだ! 「おい谷口! 大丈夫か! しっかりしろよおい!」 痛みのためか、谷口はうなるだけだった。ちくしょう! やっとここまで戻って来れたってのに! 「キョン、また敵が攻撃をしてきた。ここじゃまずい。ここは僕らが食い止めるから、谷口を涼宮さんのところへ」 俺の隣に飛び込んできた国木田がそううなずく。少し離れたところにいた古泉も任せてくださいと いつものスマイル声で言ってきた。すまねえ! 俺は谷口を背負うと、全力でハルヒの元に向かった。とにかく、トラックに乗せて学校に戻してやりたい。 そうすれば、きっと助かる。助かるに決まっているさ! 「へへっ、思ったより痛くないもんだな……」 背中から谷口の声が俺の耳に届く。 「痛いだろ。もうちょっとの辛抱だ! だからがんばれ!」 「痛くねえよ……ただ、あつくてたまらないけどな」 俺の背中にだらだらと血がしみこんでくるのがはっきりとわかった。もう痛みすら認識できないのか。 こんな中で、今まで俺がごまかし続けてきた言葉が浮かぶ。これはゲームなんだ。勝てばいい。勝てば元通り。 この世界で誰かが死んでも大したことはない―― 「そんなわけねえだろうが!」 俺は言うまいと思っていた言葉を口にしてしまった。ゲームだろうが何だろうが、谷口は今まさに死のうとしている。 これが現実だ。いまはっきりと起こっていることなんだよ! 何をどういっても否定のしようがないんだよ! 「キョン、俺がんばったよな。何度もお前を助けたし……」 「ああっ! おまえはすげえよ。何度もみんなを助けたんだ。誇りに思っていい!」 「これであの子も俺を見直すだろうな。振ったことを後悔させてやるぜ……」 「そうだな! だから、もう少しだ!」 もう俺は泣き出しそうだった。むしろ、どうして泣き出さないのか不思議なくらいだった。 「頼むぜキョン、ここでの俺は勇敢だったってみんなに伝えてくれよ……」 「自分で広めればいいだろ! そんな弱気なのこと言うな! 死ぬな死ぬな死ぬな!」 俺の必死の呼びかけにも関わらず、谷口がそれ以降言葉を発することはなかった。 ◇◇◇◇ 「キョン、谷口の遺体は学校に向けて搬送したわ……」 「……そうか。ありがとな、ハルヒ」 俺は声をかけてくれたハルヒに振り返りもせず、呆然と植物園の入り口付近に座り込んでいた。 谷口は結局死んでしまった。同時に俺の肩に14人分の死の乗りかかってきてしまった。 もはや、罪悪感を越えて、どうでもいいほどの放心状態だ。 しかし、一方で今後ろにいる人間に対する黒い感情が少しずつ広がっていることにも気がつく。 作戦を立てたのもハルヒだし、何よりもこれを仕組んだ者の目的は明らかにハルヒだ。 谷口や学校の生徒たちが死ぬ必要なんてない。大体、古泉が罠だって指摘していたじゃないか。 罠だとわかったからと言ってそんな簡単に引き返せるわけもないんだ。 「谷口は友達だったんだ。悪友だったけどな。普段はいてもいなくても、なんて考えたりしていたけど、 いざこうなると初めてどういった存在だったのか、よくわかったよ」 「ゴメン……なんて言っていいのかわからない」 ハルヒのしょぼくれた声に、一瞬で俺は正気を取り戻した。何を考えているんだ、バカバカしい。 仕組んだ者の目的がハルヒであっても、これはハルヒが望んだわけじゃない。ハルヒだって被害者だ。 それに作戦を立てて賛同した中には俺もいたじゃないか。ハルヒ一人を責めるのは明らかに間違っている。 俺だって同罪だ。 「なあ、ハルヒ」 「……なに?」 「俺、絶対に負けないからな」 やるしかない。やけにもならずに冷静にやるしかない。それでいい。 「うん……絶対に負けない、あたしも」 ハルヒの声もすっかり元気がなくなっていた。ちくしょう、これを仕組んだ奴はハルヒのこんな姿が見たいってのか? 「そんな声を出すなよ、中佐殿。不安になるだろうが」 「わ、わかっているわよ……! 当たり前じゃない! 絶対に負けない!」 少しムキになるところを見てほっと一安心。まだハルヒらしさが残っているようだ。 俺はようやくハルヒの方に振り返って――このときに見たハルヒの歯を食いしばるような表情は早々忘れないだろう。 と、ハルヒの迷彩服の肩の辺りの色が変わっていることに気がつく。大量の血が付着しているようだった。 「それ、大丈夫か? どこかやられたんじゃないだろうな?」 「え、ああ、うん、大丈夫。自分の血じゃないから。さっき負傷者を背負ったときについたんだと思う」 ほっと胸をなで下ろす俺。たのむぜ、団長殿。お前がやられたら終わりなんだからな。 俺はヘルメットをかぶり直し、 「また、戻る。鶴屋さんを助けに行かないとな」 そう言って俺は戦場に戻った。とびきりの作り笑顔をハルヒに見せてから。 ~~その3へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6002.html
涼宮ハルヒの遡及Ⅳ ええっと……ここはどこだ? 気がついたら、見渡す限りの黄砂地帯で地平線の彼方まで続いているような風景が目の前に広がっていたんだ。 というか、いったい俺はいつからここにいるんだ? 「どうやら気づいたようね」 って、え? 聞こえてきた声に反射的に振り返れば、そこには染めていた髪を元の桃色に戻し、マントも羽織ったアクリルさんが神妙な顔つきで左手を腰に当てて佇んでおられました。 「まさか、これがあの子の力なの?」 「あの子って……ハルヒのことですか?」 「そうよ」 言いながら彼女は近づいてくる。周囲に警戒の視線を這わせながら。 「何か知らないけどいきなり、キョンくんの足元に魔法陣が発生したのよ。あっと、魔法陣というのはあたしが知っているものの中であの現象を表現するのに最も適切だと思ったからよ。キョンくんも知ってる言葉だしね」 俺の足元に……魔法陣……? 「ええ。ということはキョンくんには記憶がないのね。あたしに助けを求めて必死な形相で手を差し伸ばしてきたことの」 なんだって!? 「残念だけどあたしも引っ張り出せなかった。というか、キョンくんを引っ張り込む引力が強すぎた。おかげであたしも一緒にここに引き摺りこまれたからね。しかも引力を自在に操るグラビデジョンプレッシャーで対応できなかったということは、あれは引力だけど引力じゃない『転送』ってことになる力よ」 あまり意味はよく分かりませんが……とにかくハルヒの力によってこの空間に俺が連れてこられたってことだけ理解すればいいんだな……しかし何のために…… 「さて、それはたぶん、あなたの方が詳しいでしょうね。正直言ってあたしには何が起こったか分からない」 などと答えるアクリルさんの背後から、 「キョンくぅん!」 いつもながらの愛らしいボイスが、どこか焦りと悲壮感を漂わせながら俺を呼んでいる訳で、むろん、俺がこの声の主を聞き間違えるわけがない。 「朝比……って、ええ!?」 俺が素っ頓狂な声を上げるのも解ってもらいたい。 なんせ手を振りながら駆けてくる悲痛な形相の朝比奈さんの後ろに長門と古泉もいるのだから。 と言っても、そこまでであれば、『ハルヒの力』によってここに飛ばされたことを知っている俺だから、驚くほどでもないのだが、驚いたのはその三人の格好だ。 ツインテールで両目で色の違う戦う超ミニスカウエイトレスの朝比奈さん。 漆黒のとんがり帽子にマントを羽織いちゃちなスターリングインフェルノを手にしている下にはいつもの制服姿の長門。 まあ古泉は何の変哲もない北高ブレザー姿なのだが…… つまりは、文化祭の時の映画の配役衣装で現れたのである。 「気がついたら何か知らない場所にいて、いったいここどこですか? どうしてこんな格好してるんですか? な、何であたしたち、こんなところにいるんですかぁ?」 矢継ぎ早に質問してくる朝比奈さんはすでに涙目である。 いや、そんなに取り乱さなくても。 というか後ろの二人が落ち着き払っているうえに、俺も狼狽していないんですから落ち着いてください。なんとかなりますって。 などと宥めてはいるのだが、朝比奈さんは不安から俺の胸に顔を埋めて震えていらっしゃってます。 ううむ。役得ってやつだな。 「どうやら、あなたは気付いているようですね」 などと肩を竦ませて、古泉が苦笑を浮かべて聞いてくる。 「んなもん、ハルヒの力に決まってんだろ。だいたいなんだってあいつはこんなことをやったんだ?」 「端的に説明すれば、今日の午後からの出来事が起因。おそらく涼宮ハルヒはプロットを作成中。それは文化祭での映画のストーリーの続編と思われる。しかし紙上に表現する前に強く想像してしまった可能性が高い。これが我々がここにいる理由。我々がこの衣装を着衣している理由」 てことは何だ? 俺たちはまた、ハルヒの創造するストーリーの中に閉じ込められてしまったってことか? 「そういうことです。しかし、確かにこれは涼宮さんの力を現実世界には発動させない証明にもなりましたね。現実ではなく次元の狭間のような場所に僕たちの住む町ほどの大きさで一区画分の閉鎖空間=コンピ研の部長氏が巻き込まれました局地的非侵食性融合異時空間を作り出し、そこで想像を現実化させているようです。新世界を創造するわけではありませんから、地域が限定されるだけにこれは案外、喜ばしいことではないかと」 つまり、巻き込まれる俺たちだけが、これまでと変わらない苦労を背負い込むってことも証明されたのにか? 「現実世界が揺らぐよりはマシでしょう」 そんなに変わらん気もするが……。 「しかし一つ疑問がある」 長門? 「文化祭の映画において、あなたは本編に登場していない。我々よりもはるかにあの映画に貢献していたが裏方に徹していた。なのに今回はあなたもここにいる理由は?」 言われてみればそうだ。この三人の格好からすればあの映画の続編だかの話を作っている想像はつくが、果たしてあの映画に俺の登場シーンなんて作れるのか? しかも俺は別段、何のコスプレもしていない、今日、遊びに行った時の格好のままだ。 「それでしたら、そちらのさくらさんもそうですね。この方がこの世界にいる理由も説明付きません」 「ああ、それなら説明付くわよ。あたしはキョンくんを引っ張り出そうとしたんだけどミイラ取りがミイラになっただけだから」 「そ、そうですか……」 古泉の鼻白む呆気にとられた顔ってのは初めて見たな。まあ得てして真相なんて簡単なものさ古泉。あまり深く考えるな。 もっとも俺のことはまだ謎のままなんだが。 「で、これもハルヒさんが考えたこと?」 が、いきなりアクリルさんは腕を組んだまま、笑みは浮かべてはいないが不敵な表情で辺りを見回した。 「え……?」 「な……!」 「……」 どれが誰の声かは勝手に想像してくれ。つか、俺は絶句してしまったんだ。 おいおい勘弁してくれよ。何だって俺たちはいつの間にいつぞやのカマドウマの大群に囲まれてるんだ? ひょっとしてさっき古泉がコンピ研の部長の話を出したからか? 「おや? どうやらこの世界では僕の力も具現化されるようですよ。しかも威力が自由自在のようです」 などと嬉々として言ってくる古泉は手のひらサイズの球にしたり全身で赤いオーラの球を纏ったりしている。 「長門さん、朝比奈さん、おそらく、この世界では映画の時の力があなた方にも備わっていると思います。どうぞ試してみてください」 「ふ、ふぇ?」 「了解した」 朝比奈さんはまだ戸惑ってらっしゃいますが、長門は無表情のままスターリングインフェルノを目の前にかざし―― つか、その前髪の影を濃くした瞳は無表情でも怖いって! などとツッコミを入れる俺の頬を一筋の光がかすめていく! 背後で爆発音がしたと思ったら一匹のカマドウマが砕け散っていた! マジか……? それを合図に、俺たちを取り囲んでいたカマドウマがいっせいに跳ね上がり上空から襲ってくる! 冗談じゃねえぞ! あんなもんに踏みつぶされたら結果なんざいわずもがなだ! つか、俺は何の配役も与えられてなかったんだから特殊能力なんてないんだぜ!? どうするんだよ! 「え、えと……ミクルビーム!」 ほえ!? 俺の腕の中にいる、朝比奈さんが左手でピースサインを作って左目に当てると同時に黄色い声援に近い声を上げられましたよ!? その眼から、今度は俺の鼻先をかすめてビームが発射されましたがな! んで、俺たちの本当に真上にいたカマドウマが粉砕されましたし! 「わぁ、本当です! キョンくん! 今回はあたしも役に立てそうですよ!」 そ、そうですか…… いつも以上の愛らしく可愛らしい笑顔を振り向いてくださっているのですが、とても感慨に浸れるほどのゆとりは俺の心に残っておりません。 「なるほど、涼宮さんの考えが見えてきました」 肩越しに振り返る古泉の眼前では、また一体、カマドウマが吹っ飛んでいる。 どういうことだ? 「どうやら涼宮さんはあの映画の続編的には長門さんの役割を悪い魔法使いから我々の仲間になるという話を作ろうとしているのではないでしょうか。新たな強敵が現れたとき、前回、敵役だったキャラクターを味方にするのはよくある話です。 そして涼宮さんがあなたを登場させた理由ですが、おそらく、あなたは何かの鍵を握っている役。特殊能力はなくともまったく別のことで貢献する役割です。最近のお話には多い気がしますよ。圧倒的な力を持つ者に対して戦う者と解決する者が別の役になっているってものが」 なるほどな。たしかにそういう役割には特殊能力はいらん。我ながら呑み込みが早いな。 「んじゃまあ、その役割を全うしてもらいましょうか。どうやらこの世界から脱出するにはそれしかなさそうだし、この空間が異次元世界の一種である以上、あたしはともかく、ここにいるみんなは条件を満たさないと元の世界に戻れないでしょうし」 ん? この声は…… 「スターダストエクスプロージョン!」 咆哮と同時に放たれた……いや、これはもうこう表現するしかない! 銀河を駆ける数多の流星を彷彿させる光の群れが一瞬ですべてのカマドウマを打ち砕く! 「こ、これは……」 「凄い……」 「……」 古泉、朝比奈さんは愕然とし、長門もまた目を見張っている。 「ふうん――この空間、結構、魔力構成が単純になってるわね。あっさり解読できたわ。しかも、あたしの力は制約を受けていない――」 その視線の先にはマントと髪をなびかせながら悠然と佇むアクリルさんがいる。 「キョンくん、ここはあたしたちに任せて、あなたはこの世界を消滅させられる鍵を見つけてきて」 「分かりました! ……って、鍵って何だ? あとどこにある?」 だよなぁ。何のヒントもないんだよな。これで俺にどうしろと? 「古泉一樹」 「長門さん?」 「あなたが彼のフォローを。ここは涼宮ハルヒが創り出した世界。故にあなたがこの世界のことを一番分かっているはず。我々は大多数の敵を引きつける」 「なるほど。それは名案です。では行きましょう!」 「お、おお!」 言って俺たちは長門、朝比奈さん、アクリルさんにこの場を任せて走り出す! って、どこにだ!? つか、あっさり回りこまれてるし! いや、そもそもいつこいつらは出現した!? などと心の中でツッコミを入れる俺と古泉の目の前には再びカマドウマが群れをなして、今度は、サッカーのフリーキックの時にできる壁の如く並び、俺たちの進行を妨げている。 「ということは向こうに何かある、ということですよ。どうやら僕の勘は間違っていなかったようですね」 「勘か!?」 「あれ? ご存知ないんですか? 物語において主人公格の進む先には何の脈絡がなくても必ず重要なファクターがあるものなのですよ」 「理由になっとらん! それはご都合主義というやつだ!」 「グラビデジョンバースト!」 俺たちの掛け合いを打ち消したのは再び聞こえてきたアクリルさんの咆哮だ! 彼女が生み出した爆発の圧力が壁の一角に大きな風穴を開けた! 「さて、行きますよ!」 「ああ!」 こうなりゃ俺も自棄だ! この空気に乗ってやろうじゃないか! もちろん、駆ける俺たちを阻止せんと、生き残ったカマドウマ達が寄り合い、再び俺たちの壁になるべく陣形を取るのだが、 「ミクルビーム!」 「……」 俺たちの両脇から、いつの間にか走って追いついていた二人、朝比奈さんが声をあげ、長門が無言で素早くスターリングインフェルノを振るうと、二人から放たれた色違いの稲妻が再び俺たちの眼前のカマドウマを破壊する! 「メテオフレア!」 って、今度は上空からか!? んなことできるのはここには一人しかいない訳だが…… 俺たちがカマドウマに最接近すると同時に、それでも俺たちの行方を阻んでいた最後の三匹が消滅する! なんとその向こうには、塔があった! 「どうやらここがこのステージの終着駅なんでしょうか!」 「……そのステージがラストステージという断言はできんのか……?」 言いながら俺と古泉は塔に駆け込む! ん? 他のみんなは? もちろん俺は肩越しに振り返り、 うげ…… 「雑魚は任せてちょうだい。あんたたちは先に進むことね」 そう……この場に似つかわしくないとびっきりの笑顔を見せるアクリルさんと、その両脇に珍しく勝気な笑顔を浮かべる朝比奈さんと、相変わらず無表情だがそれが反って俺に安心感をくれる長門が自信満々に臨戦態勢で立っている。 その眼前にはカマドウマの大群が地響きと砂埃をまき散らしながら近づいてくる様が見て取れるんだ。 まあ確かにあの巨大カマドウマがこの塔に乗り込んでこられても大変だからな。 「それじゃお願いしますよ!」 「OK!」 「はい!」 「了解」 三人の勇ましい返事を聞いて俺と古泉は塔を登り始めた。 もちろん、この塔にはカマドウマ以上の強敵が当然いるのだろうが、逆に、塔の広さを思えばそこまで数多く表れることもないだろう。 と言っても俺には何の特殊能力もないので、思いっきり不本意なのだが…… 「古泉、俺の命はお前に預けるからな」 「信用してくださってありがとうございます」 古泉の笑顔から裏を感じなかったのは初めてだったかもしれん。 さて、この先には何があるのやら…… 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ