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今日も部室とうへと足を運ぶ。 ここに足を運ぶことが日課になってしまった自分がちょっと忌々しい。 「うひゃあ…あ…や、やめてくださぁ~い……」 「みくるちゃん!はやく着替えるのよ!!!」 あの馬鹿…またやってやがる 今日という今日は止めなくては。 バタンッ 「ハルヒ!またやってるのか!いい加減にしろ!!!朝比奈さんが嫌がってるだろう!」 「み…見ないでくださ~い…」 「何よキョン!あんたは雑用係なんだから団長に反抗する権利はないわよ!!!」 朝比奈さんすいません、バシっと言わせてください。 このままではあなたはずっとハルヒの言うとおりにさせられますよ。 「何言ってるんだ!団長なら少しは団員の気持ちも考えろ!朝比奈さんがかわいそうだろ!!!」 「うるさいわよ!団長の言うことはちゃんと聞くのが団員なの!!!団長への反抗は許されないわ!!!」 「朝比奈さんの気持ちも少しは考えろって言ってるんだ!!!仮にも上級生だぞ!朝比奈さんはお前のおもちゃじゃない!!!」 「何言ってるのよ!!!みくるちゃんは私のおもちゃよ!!!」 このとき生まれて初めて、「頭に血がのぼる」というのがわかった気がする。 目の前が真っ赤になった。 このクソ女、何が団長だ、ふざけんな。 「このやろ……!!!」 俺の手を誰かがきつく握ってやがる。 誰だよこの野郎。手を離せ馬鹿。この女は殴られなきゃわかんねんだよ。 振り返ると、そこには俺の握った拳を押さえている古泉がいた。 俺は無意識のうちにハルヒを殴ろうとしていた。 「少し落ち着いてください。あなたらしくないですよ。」 ハルヒは少し驚いたような表情で俺を見ていた。 朝比奈さんは半泣きしながらも、今のこの状況に驚きを隠しきれない。 「ちょっときてください。」 古泉は少し強い力で俺の腕を引っ張って部室とうから出て行った。 「今の行動はあなたらしくないですよ。一体どうしたのですか。」 俺もやっと少しずつ冷静になってきた。 「もしもあの時あなたが涼宮さんを殴っていたら、SOS団は崩壊していましたよ。そしたら涼宮さんも機嫌が不安定になる。そうするとまたあの例の閉鎖空間を生み出してしまうというわけです。少し冷静に考えてください。」 「すまなかった…反省するよ…」 「また涼宮さんと仲を取り戻してくださいよ。あの空間の拡大を抑えるためにも。」 「ああ…わかったよ…」 バタン ドアが激しく開いた。 「今日はもう帰るわ!!!」 そのままハルヒはズカズカと帰っていった。 朝比奈さんは元の制服姿に戻っていた。 次の日 俺が教室へ入ると、ハルヒは俺と目を合わせようとしないでずっと窓の外を見ていた。 俺もなんとなく顔を合わせにくい。 俺はそのままハルヒの前の席に座った。 無言 とにかく気まずかった。 授業が始まっても、俺もハルヒも話をすることはなかった。 いつもならたえず後ろからペンでつつかれて、今日の部活は何をしようかとかをハルヒのほうから話かけてくるのだが、ハルヒはずっと窓の外を見たまま目を合わせようとしない。 そんな気まずい雰囲気の中、とうとう4時限目が終わり、昼休みとなった。 そこで俺は勇気をふりしぼり、学食へ行こうとするハルヒに話しかけた。 「ハ……ハルヒ」 「な、なによ」 ハルヒは少し慌てたような表情を見せた。俺と目を合わせようとしない。 そんなハルヒを見ていると、俺も少し顔が熱くなってくる。 「そ…その…なんだ…き…昨日は悪かった。謝る。ゴメン」 「わ…私のほうも少しやりすぎちゃったわ。あんたの言ってることは正しかったわよ。ごめんなさい。」 ハルヒに謝られたのは初めてだ。 そんな少し申しわけなさそうなハルヒの表情はけっこう可愛かった。 「その…俺、今日弁当持ってきてないんだ。今から学食行くんだったら、一緒に食べないか?」 「うん!そうしましょう!」 最高の100万ワットくらいありそうな笑顔だった。 考えてみると、もしあそこで古泉が止めてくれなかったら、ということを想像するとゾッとする。 今回は古泉にも感謝しないとな。ありがとよ、古泉。 END
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ハルヒ×SILENT HILL×F.E.A.R.×many other ※クロスオーバー、グロ、ホラー、オリキャラに該当します。 ※前作「涼宮ハルヒの静寂」との関連はありません。 注意 F.E.A.R.について 海外製FPSのタイトルです。 TRPGとは一切関係ありませんのでご了承ください。 畏怖・涼宮ハルヒの静寂 (二訂版) 第1周期 第2周期 第3周期 第4周期 第5周期 第6周期 周期数不明 畏怖・涼宮ハルヒの静寂2 phoeniXXX 第1周期 第2周期 第3周期 第4周期 周期数不明 Brack Jenosider DistorteD-Answers_畏怖・涼宮ハルヒの静寂0 第1周期 第2周期 アーカイブ
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E-3、市街地。 涼宮ハルヒは、そこに呆然と立ちつくしていた。 一言で言えば、わけがわからない。 気がつけば体を拘束され、髪の長さ以外は自分とうり二つの少女に演説を聴かされていた。 そして目の前で、一人の男が殺された。 「いやいや、ないから。こんなのあり得ないから。夢よね、夢。絶対そうよ」 うわごとのように呟き、ハルヒは自分の頬をつねる。だが彼女の予想に反し、頬はしっかりと痛みを伝えてきた。 「夢じゃ……ない……? じゃあ、どういうことなのよ、これ。いったい何がどうなれば、こんな状況に陥るわけ?」 「ちょっと、あんた」 混乱したまま独り言を続けていたハルヒだったが、突如声をかけられ反射的に振り向く。 そこには、涼宮ハルヒが立っていた。 「え……?」 「あんた、どこのあたし?」 「は? 何言ってるの、あんた」 もう一人の自分からぶつけられた質問の意味がわからず、間の抜けた表情を浮かべるハルヒ。 相手はその態度にあからさまに不満を見せながら、何かを取り出した。 「まあいいわ。あたしと同じ顔をしてるってことは、あたしの敵ってことよね?」 眼前に突きつけられて、ハルヒはそれが何かを理解する。それは、牛と思わしき装飾が施された大型の銃だった。 「消えなさい!」 物騒な言葉と共に、引き金が引かれる。しかし銃口から飛び出した弾丸は、ハルヒを捉えることはない。 直前に危機を察知したハルヒが、体を捻って斜線上から逃れていたのだ。 (じょ、冗談じゃないわ! 撃たれてたまるもんですか!) なんとか命拾いしたハルヒは、一目散に逃走を開始する。 その背中に向かって何発もの銃弾が放たれるが、幸運にもそれは一発たりとも彼女に命中することはなかった。 「ちぇ、逃がしたか……。やっぱり、素人が銃撃ってもそうそう当たるもんじゃないみたいね……」 獲物を逃したもう一人のハルヒは、忌々しげに呟きながら銃を下ろす。 「完全勝利のために……。早いところ、SOS団のみんなと合流しなくちゃ」 ◆ ◆ ◆ 「はあ……はあ……!」 数分ほど走ったハルヒは、建物の中に飛び込み、そこで乱れた息を整えていた。 本来のハルヒならこの程度の運動など朝飯前だが、命のかかった極限状況ではそうもいかない。 「追ってきてないわよね……? くそっ、何なのよあいつは! このあたしが無様に逃げ回る羽目になるなんて……!」 苛立ちのままに、ハルヒは自分の頭をかきむしる。 「とにかく、ここが紛れもない現実で、殺し合いの真っ最中ってのは理解したわ……。 生き残るために……早いところ、SOS団のみんなと合流しなくちゃ」 【一日目・深夜/E-3・市街地】 【涼宮ハルヒちゃん@涼宮ハルヒちゃんの憂鬱】 【状態】情緒不安定、疲労(小) 【装備】なし 【道具】基本支給品一式、不明支給品1~3 【思考】 基本:死にたくない 1:SOS団メンバーと合流 【涼宮ハルヒ@こなたとハルヒの第二次世界大戦】 【状態】健康 【装備】モウギュウバズーカ@侍戦隊シンケンジャー 【道具】基本支給品一式、不明支給品0~2 【思考】 基本:自分以外の「ハルヒ」を倒す(主催者含む) 1:SOS団メンバーと合流 ※南米でアメリカ連邦と交戦している時期からの参戦です。 Back さすがに1歳児は守備範囲外 時系列順で読む Next 離れ小島を出よう! Back さすがに1歳児は守備範囲外 投下順で読む Next 離れ小島を出よう! GAME START 涼宮ハルヒちゃん Next GAME START 涼宮ハルヒ Next
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涼宮ハルヒと藤岡ハルヒを同じ部屋に閉じ込めてみた(前編) 涼宮ハルヒと藤岡ハルヒを同じ部屋に閉じ込めてみた(後編)
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月曜の朝はいつにも増してうだるい朝だった。俺は基本的に冬より夏のほうが好みの人間だが、こんなじめじめした日本の夏となると、どちらが好きか十秒程度考え直す可能性も否定できないくらいに微妙である。途中で出くわした谷口や国木田とともにハイキングコースを登頂したが、校門に辿り着く頃にはシャツが既に汗ばんでいた。ハルヒの判断は懸命である。長門がいない上にこの暑さでは、映画撮影などやってられん。 二年の教室に入って自分の席に着くと、後ろでスタンバっていたハルヒが肩を叩いてきた。 「ねえキョン、夏休みにやらなきゃいけないことって何だと思う?」 「ああ、そういや、もうそんな季節だな。俺にとってはどーでもいいことだけどよ」 「何よそれ」 「失言だ。忘れてくれ。それで何だって?」 俺は教室内を見回しながら訊いた。今日もとりあえず危険人物はいないが、このままいったら夏休み中の俺はブルー一色に染まること間違いなしだ。 「夏休みにやらなきゃいけないことよ。時間は刻一刻と過ぎていくんだから、常に次のことを考えてないと生きていけないわ」 「次のことまで考える余裕があるなんてうらやましいね。そんなもん、夏休みが来たときに考えればいい」 ハルヒは俺の意見を無視して一人で目を輝かせ、 「とにかく合宿は不可欠よね。てか、決まっちゃったし。そしてプールと花火大会とバイトと……」 「あと宿題な」 「何よそれ、夏だってのにシケてるわねえ」 そんなこともない。永遠に終わらない夏とどっちがいいかって言われたら俺は迷わず宿題を選択するぜ。 「やっぱ夏よ、夏! 高校に入るまでこんなに夏休みを待ち遠しく思ったことなんてないわ」 「へえ。高校の夏休みってのはそんなに面白いもんだったか?」 ハルヒは俺の問いに自然に――本当にごく自然に――答えた。 「SOS団で騒げるんだもん。楽しいに決まってるじゃん!」 俺は一瞬言葉を失って、妙な空白があった後にああそうだよなと相槌を打った。俺の笑顔は引きつっていたことだろう。 古泉の言っていたことはそんなに的外れではないのかもしれなかった。 楽しさの対象が宇宙人でも未来人でも超能力者でもないことを、ハルヒは自ら断言したのだ。悪いことじゃない。俺の目の前でハルヒが屈託なく笑ってやがるのも一年前にはありえなかった光景だと思えば、ハルヒの状態は確実によくなりつつあるということになる。 そこで俺ははたと考え込む。 しかしそれは、いったい誰にとってなんだろうか。ハルヒの精神が落ち着いてきていい状態だというが、それは誰にとっていいんだ? 俺にとってか。それともバイトが減る『機関』にとってなのか。 ハルヒがどこにでもいるフツーの女子高生になっちまうことを俺は本当に望んでいるか? 俺だけではない。朝比奈さんも古泉も、本当にそう望んでいるのだろうか。もし個人個人の持つ雑多な事情から解放されたとしたら、その答えは変わるかもしれん。少なくとも古泉はそう言っていた。 SOS団という謎の団体に俺は何かを感じていたのだった。もちろんそのSOS団は休日に遊ぶ仲間の集まりなんかではない。宇宙人の長門と未来人の朝比奈さんと超能力者の古泉と、ハルヒと、そして俺がいる団体こそがSOS団なのだ。いつの間にヒマな高校生の集まりに成り下がっちまったんだ。 そう思ってから、俺はまた頭をかきむしった。たった今、俺は、成り下がるという言葉を無意識に用いて、休日に遊ぶ仲間の集まりという意味でのSOS団を否定してしまっていたのだった。肩書きはどうあれ朝比奈さんと長門と古泉がいればいいという、そのきれい事のような考えだけでは割り切れないような感情が俺の奥底に、確かにあった。 ハルヒは何の迷いもない顔をしている。ただ、その銀河群が入っていそうな瞳の輝きが少し薄れているだけだ。惜しみなく部室専用スマイルをふりかけるハルヒを、俺はただぼんやり眺めていた。 * ハルヒの一年時のメランコリーをリアルな感じで悟りつつある俺は、結局昼休みまで動く気力が出なかった。 一年前の春、何で宇宙人に固執するんだと訊いた俺に、そっちのほうが面白いじゃないのと当然のように答えたハルヒはどこへ行っちまったのか。窓の外を眺めているとなぜか思考が巡りに巡ってしまうようなので、俺はシャーペンをつかんで黒板に焦点を合わせ、授業を受けるべくしていた。 昼休み、俺が後ろを振り向くとハルヒはすでにおらず、おそらく学食か購買へ行ったものと思われる。 俺もそろそろ部室に行かねばならんだろうと思っていると、谷口と国木田が近づいてきた。 国木田は俺の顔をまじまじ見て、 「キョンさあ、最近疲れてるのかなあ」 唐突な指摘の質問に俺は多少びっくりしながら、 「そうかもしれんな。ハルヒといれば誰だってこうなるぜ」 もっとも昨日今日の疲れはハルヒパワーが全開であるための疲れではないというのは胸の内に収めておく。むしろハルヒが騒ぎ立ててくれていたら俺の疲れも多少は癒されていたというか、俺の心のわだかまりも忘れることができたのかもしれん。 谷口が俺の頭をポンポンと叩いてきた。 「まったく、うらやましい野郎だ。たとえ相手が涼宮だとしても、女と一緒にいて遊び疲れたってのは贅沢の極みをいく悩みだぜ。ああくそ、俺、もういっそのこと涼宮でもいいから狙っちまおうかなあ。おめーら、まだ付き合ってねえんだろ?」 何を血迷ってるんだ。他の女なら俺が紹介できる限りでしてやるから、ハルヒだけはやめておけ。あの狂気にやられて、生活を狂わされちまった実例がお前の目の前にいるんだよ。ハルヒは常人が相手にできるような奴ではない。奴と同じくらい狂ってる人間か、あるいは釈迦並の寛大さを持ち合わせた奴じゃないと無理だ。 「いいや、そんなことはない。あいつだって一応は女だ。ひっくり返せばけっこう常識的な人間だぜ。これはなあキョン、涼宮と五年間も一緒のクラスでいる俺の境地に達したから解ることなんだ。あいつは、けっこうまともな人間だ」 まともな人間ね。谷口の言葉すら煩わしく感じた。そんなことは俺だって知ってるんだよ。 そりゃよかったなと適当に返事をして、俺は弁当箱を持って立ち上がった。 「あれキョン、教室で食べないのかい?」 「部室で食うよ。悪いな」 とにかく今はハルヒのことで頭を悩ませている場合ではない。いや、そういうと何か変わりつつあるハルヒに後ろめたいのだが、俺の頭のデキは誰もが知るとおりである。そんなたくさんのことに気を回していたらパンクしちまう。 チープでありきたりな描写で申し訳ないのだが、俺にはこの時すでに予感があった。 窓の外の世界が、二年五組の風景が、ハルヒが、もっと言うと俺の目に入るすべてのものが妙な嘘っぽさを纏っていた。平べったい風景となって不協和音を奏でていた。嵐の前の静けさというアレである。 そしてまた、その静けさは嵐によって吹き飛ばされるのである。空虚な時間は現実のどんな出来事によってでも、軽く夢世界のものになり得る。 俺は弁当を持って部室に向かった。心臓が知らぬ間に激しく鼓動していた。理由は解らん。 長門のクラスをのぞいてみたが、やはりというか、長門の姿は発見できなかった。 最初は歩いていたのがやがて早足になり、小走りになったところで部室に到着した。部室棟二階コンピ研の横、木製の扉。 そこで、地獄を見た。 * 俺は愕然とした。発する言葉もない。口をあんぐりと開けて首を回し、最後には頭を抱えて床に崩れ落ちた。 予感は当たった。当たってしまった。 ハルヒの精神が変わりつつあるという俺の憂鬱の発生源は瞬く間に消え去って、代わりに暗い未来予知が的中してしまった予言者のような沈黙が俺の心を支配した。 俺に否はないと断言できるが、それでどうしたという話である。現実は淡々と、ただし深く突き刺さる。 部室から、朝比奈さんのコスプレ一式がハンガーラックごと消え失せていた。 誰かが動かしたのだろうか。まとめてクリーニングに出したとしてもハンガーラックまでなくなることはないだろうし、俺はそんなのが楽観論にすぎないことを知っている。もしそのクリーニング説が本当だったのだとしたら、俺はそのクリーニングに出した奴をすぐさま訴えてやろう。精神衛生上よろしくないにも程があるぜ。 何をするともなしにゆらゆらと部屋の中を徘徊する。 ハードカバーがどっさり入っていたはずの本棚はがら空きである。遠い昔の記憶のような錯覚を受ける先週の金曜日、長門がいたときにやった七夕の竹だけはいまだに部室の窓にもたれかかっているが、長門と、そして朝比奈さんの願い事が書かれた短冊だけはなくなっていた。朝比奈さんが長門と同様の現象に見まわれたという証拠だった。 さらに、横の棚には急須がない。ポットだけはあるものの、よく見ると棚に乗っているのは茶葉ではなくてインスタントコーヒーである。普段は誰が淹れているのか知らんが、朝比奈製のお茶よりもおいしいようなことはないだろうね。ハルヒでも俺でも古泉でも、朝比奈さんのスキルはそう簡単に獲得できるものではない……。古泉? ハッとして振り向いた。そこには古泉が持ち込んだ古典的ボードゲームの数々が―― あった。 俺は深く息を吐いた。消えた長門の例からすると、そいつにまつわる物体がなくなっていると本人も消えているらしいから、古泉がこよなく愛するボードゲームがあるということは、古泉はまだ消えていない可能性が高い。 カチャリ。 突如、ドアノブを回す音がして部室の扉が開いた。 「やあどうも」 軽快を気取るような声をして入ってきたそいつには、いつものハンサムスマイルに少し苦笑が混じっている。すべてを知り合った仲間に自らの失態を告げるときのような、自嘲めいた微笑みである。 「よほどあなたに連絡を取ろうかと思っていましたよ。もうその必要もないでしょうが。さて、お気づきですか?」 ああ。嫌なことにたった今気づいてしまったところだ。 「ええ、そうです。とうとう二人だけになってしまいました」 その言葉はどう解釈すればいいんだろうかね。場合によっては殴るぜ。 「冗談です」 古泉は肩をすくめるお決まりのポーズを取り、団長机に置かれているデスクトップパソコンに歩み寄った。 俺は古泉にうさんくさい視線を投げかけながら、 「何が起こってるんだ。朝比奈さんもいなくなっちまったのか?」 「ええ、どうやらね。それに朝比奈さんだけではないようです。僕の組織が監視していた何人かの未来人が、今朝を持って一度にいなくなりました。ついでに橘京子の組織からも連絡を受けました。藤原という未来人もいなくなったらしいですよ。情報統合思念体製のインターフェースが消えたときとまったく同じ状態です」 しかしそこは未来人だから、未来に帰ったとかそういうことはないのかな。 「あなたは朝比奈さんから何を聞いたんでしょうか。時間平面がねじ曲がっていてTPDDの使用は不可能、と朝比奈さんは言っていたように思いますが。未来にも過去にも逃げることはできません。朝比奈さんも、まず間違いなく誰かに消されたんですよ。おそらく、周防九曜にね」 そんくらい俺も解ってる。 「じゃあ仮に犯人を九曜だとしても、あいつはいったい何を企んでるんだ。宇宙人を消し、未来人を消してさ。世界征服か?」 古泉はデスクトップパソコンを操作して立ち上げてから俺に目を戻すと、さあどうでしょうと首を傾げた。 「周防九曜が犯人であるということに異論はありませんが、目的がそんな単純なものだとは信じがたいですね。そうだったら、長門さんが以前やったように世界改変を行えばいいだけの話です。重ねて言いますけど、今回のこれは世界改変ではありませんよ。元の世界から宇宙人や未来人を引き抜いただけです」 じゃあ何のためにやったんだ。目的もなしに行動するような奴は少ないぜ。あいや、九曜ならその少ないの中に入るかもしれんが。 「目的は僕には解りませんね。涼宮さんに近づこうとしているのか、SOS団を崩壊させようとしているのか、あるいは邪魔者を排除してから何かをするつもりなのか。どちらにしろ、どうせ僕たちには対抗策などありません。長門さんや朝比奈さんを活殺自在にできるような存在にはね」 「お前にしては珍しく悲観的な意見だな」 「そうでしょうか。これも一種の作戦だと思いますけど。僕だったら無駄な対抗策を打って時間稼ぎをするよりも、残されたヒントを使って謎を解き明かし、新たな可能性を模索するほうを選択しますよ」 そう言って古泉がワイシャツのポケットから取り出したのは紛れもない喜緑メッセージである。生徒会議事録の最終ページで見つけたその文章には何かのパスワードが書かれているが、それはとうとう答えが解らなかったんじゃないのか? 土曜日に貸してやったのに解らないって言ってきやがったじゃねえか。 「そんなことはありません。この世にはね、深く考えてみれば解ける問題と絶対に解けない問題があるんですよ。たとえば宇宙の真理を一般人に答えろと言ってもまず無理でしょうが、この地球上で証明されている簡単な計算なら一般人でも……」 いいから解答が出たのか出ないのか答えやがれ。お前と話していると無駄な思考能力ばっかりついていって、肝心の答えが見つからないような気がしてならん。 「申し訳ありません。答えというか予測ですが、たぶん正しいというものなら出ましたよ。もちろん、このパスワードの在処がね。」 古泉が黙ってデスクトップパソコンを指さしているので、俺は近づいてのぞき込んでみた。 画面の真ん中にキテレツなマークがあって、ページにはメールアドレスとカウンタだけが取り付けられている。モニタが嫌々表示しているように見えるそれは、SOS団のサイトページだった。 「これか?」 と俺。 「そうです。ここのページは過去にも疑似情報操作のようなものを受けていますからね、もしやと思っていましたが、当たってしまいましたよ。長門さんが消される直前か消された後か、どちらにしろ仕掛けを作りやすかったんでしょう。ほら、カーソルをここに当てると」 古泉はカーソルをハルヒ作のSOS団エンブレムに乗せた。すると矢印のカーソルが手の形のカーソルに変わる。なんと、いつの間にかクリックできるようになっていた。ハルヒが俺にやらせずにこんな芸当ができるとは思いがたいし俺はこんな仕様にはしていないし、第三者の仕業で間違いない。 クリックすると案の定パスワード入力ページが現れた。password? と書かれているだけの、質素なページ。 「とまあ、この画面までは昨日までに『機関』のメンバーで考えて判明していたんですが。ただしこのパスワードというのがどうにも解らなくてね。このコピーには『password・すべての始まりを記せ』と書いてあるもので、ビッグバンやら宇宙やら、そのままこの文を入力してみたりもしたんですが、どれもダメでした。ちょっとこれは僕にはお手上げですね」 よくここまで辿り着いたもんだと感心していたが、それを聞いて呆れ返ったね。 すべての始まり? そんなもんは最初っから解っている。 それはビッグバンなんかじゃない。宇宙意識があったことでも、未来から人間がやってきたことでも、赤玉に変身する超能力者が現れたことでもない。少なくとも、俺にとってはな。 喜緑さんのこのメッセージは他の誰に宛てられたものではないのだ。生徒会長でも長門でも朝比奈さんでも古泉でもなく、そしてハルヒにでもない。俺が見つけたのだから、おそらく、俺が読むことを想定して書かれたものだ。 そうとなったら答えは一つである。すべての始まりは、こいつと出会ってからさ。 俺は古泉をどかしてキーボードに手を伸ばすと、その名前をタイプした。 つまり、『涼宮ハルヒ』と。 エンターキーを押すと、ロックが解除されたというメッセージが流れて別のページにジャンプした。 「ほう、さすがですねえ。なるほどあなたにとっての始まりは涼宮さんですか。なるほど、周防九曜や他の宇宙意識には抽象的で理解できない質問と解答です」 古泉がほざいているが、無視して液晶を食い入るように見つめる。ロードの時間がもどかしい。マウスを指でカチカチ叩く。とっととしろ。 出た。 『橘京子を連れてこの場所へ。わたしはここにいる』 それだけだった。ページのほとんどが白で埋め尽くされており、その真ん中あたりにかのような文字が活字体で羅列されていた。何だこれは。 わたしはここにいる。 ハルヒ(実際には俺)が四年前、東中のグラウンドにラインカーで白線引いて書いたアレだ。どっかの宇宙に宛てた奇妙な絵文字の意味がこれだったらしい。 俺は長く息を吐いた。間違いない。このメッセージは長門が作成したものだ。わたしはここにいる、と書かれていると教えてくれたのは他ならぬ長門だったのだ。 しかし、どういうことだ。 わたしはここにいる。 そして、橘京子。古泉とは異なる力を持つ超能力者。今回は共闘宣言をしてきたが、信用しきれない部分もある。そいつを連れてこの部室に来いと言うのか。意味が解らん。 もう少しヒントが欲しかった。そうでなけりゃ、パスワードなんかいちいちかける必要もなかろうに。スクロールしてみたが隠し文字はなかった。 「これだけですか?」 俺に訊くな。 「しかし、これだけでも取るべき行動の情報は得られましたね。長門さんらしいと言うべきか、最低限でも必要なことだけは明記してくれています。二文目はオマケのようなものですよ」 「橘京子をここに連れてくるってか」 あまり気分のいいことではなかった。当然気乗りもしないし、疑心暗鬼にさえ陥るかもしれない。 なにしろ、橘京子はついこの間まで敵対していたのだ。古泉の組織とは平行線で交わることはないなどと抜かしてやがったが、今になって急に考えを変えてきた。 しかし、さすがにほいほい信用できるものではないね。SOS団の命運がかかっているのだから、ついこの間までの敵を味方としてアジトに連れ込むのはどうかと思うぜ。 「あなたはそう言いますけど」 古泉が反論した。 「昔の立場関係というのは現在になってみればまったくどうでもいいことなんですよ。大切なのは現状です。特にこの場合はね。橘京子が味方になってくれる。客観事実だけを受け止めるのなら歓迎すべきことじゃないですか」 「確かにそうだけどな。けど俺が言いたいのはそこんとこじゃないんだ。土曜日に橘京子と会って話して、SOS団側につくって言われた。そんでもって今日はこのメッセージを見つけたんだ。橘京子を連れてこいってな。まるであいつが味方なのが前提みたいに書かれてるじゃないか」 「なるほど。それで」 言わなくても解るだろう。都合がよすぎるんだ。 古泉は数秒だけ首を捻っていたが、やがて微笑に戻るとどうでしょうねと言った。 「都合がいいのはあなたの仰るとおりですが、それはあくまで都合という観点で見たらの話です。あなたは、その都合というのは低確率が連続する問題だと信じているようですが、そうでなかったらどうでしょう。確率など関係なく、誰かの手によってそうなるように仕組まれていたとしたら」 「何が言いたい」 「これは僕の予想に過ぎませんが、橘京子の一派は何かをつかんでいると思うんですよ。もちろん彼女のつかんでいる情報はこちらには回ってきませんし、それはあくまで敵対組織同士だからです。ただ、彼女はそれをつかんだ上で合理的に行動している。SOS団に味方するというのも何か意味があるからです。おそらく、彼女はこのメッセージがなくとも、真相を知っていたんですよ。この事件を解決するためには自分の存在が必要不可欠だとね。たぶん土曜日、あなたと会って話す前から」 俺は土曜日の橘京子を思い出していた。 そういえば奴は佐々木に謝罪していたな。俺たちと会うために時間とルートを調整させてもらっていた、とか。さらにあの日の目的は俺たちに共闘を宣言することにあったといっても過言ではないだろう。 それもすべてを見越しての行動だったのか。ということは、あいつは長門がどんな目に遭っているかの詳細を知っていたということなのか。土曜日の時点で。 「いえ、これはあくまでも僕の推測に過ぎませんから。あまり深く考えないで下さいよ」 「そりゃいいが、どっちにしろやることは決まったな。橘京子に連絡を取るんだ」 「それが……」 古泉は困ったような顔になった。 「できないんですよ」 「…………何っ?」 できない。橘京子と連絡を取れないってのか。おいおい、どういうこった。 「彼女たちの組織に実体はありません。ですから正確に言えば組織ですらないんですけどね。いつも、ばらばらなんですよ。僕たちの『機関』に情報を提供してくれる場合でも匿名性のある手段しか使いませんからね。もちろん、自慢ではありませんが僕や『機関』は彼女の携帯電話の番号は知りませんし、どこに住んでいるかも知りません」 そんな……。じゃあ、あいつをメッセージ通りここに連れてくることなんか不可能じゃないか。 俺が顔面蒼白なのに比べ、古泉はずいぶんと落ち着き払っていた。おかしいくらいに。 「ですから、彼女たちからやって来るのを待つだけです。彼女は長門さんが作ったと思われるこのメッセージは知らないでしょうが、もっと核心に近いことをつかんでいるはずです。おそらく、土曜日にあなたの前に現れたように、何か必要があったらここにも現れるでしょう。自分が僕たちにとって必要不可欠の存在であるということも見通しているでしょうから。ただし、それがいつかは解りません。ですから、僕たちはひたすら待つわけです」 何をお前、そんなすがすがしい顔してやがる。いつかも解らねえ救助を待ってたら、大抵はのたれ死ぬぜ。そんなのは、白骨死体となって発見されたあまたの冒険者が証明してくれてるだろうが。それでもいいのかよ。俺は嫌だね。 「ふふ。どうしてだろう、不思議と怖くはないんですね。こういうスリルに憧れていたのかもしれません。――あなたは『二年間の休暇』を知っていますよね」 「いきなり何を言い出しやがる」 「本のタイトルですよ。『十五少年漂流記』とも呼ばれますが」 「それがどうかしたか?」 「分析してみると、僕の感情はあれに近いものなのかもしれないと思いましてね。彼らが辿り着いたのは孤島ですから、まっとうな手段では脱出不可能です。最終的には外部の人間に発見されて助けられるわけですが、僕のおかれた状況もちょうどそんな感じだと思ったんですよ。推察を巡らして手を尽くし、自分の力ではどうしようもないと悟ったとき、僕は、以前は、絶望するに違いないと思っていました。しかし意外でしたね。違いました。全然そんなことはない。むしろ気が晴れましたよ」 気でも狂ってるんじゃないかと言いかけてその言葉を呑み込んだ。マジで気が狂ってるんだろう。俺か古泉か、どっちかがな。 古泉はしばらく部室の窓の外を眺めていたが、やがて振り返ると真面目な表情に戻っていた。 「長門さんが突然消えて、その原因がはっきりしないまま朝比奈さんまで同様の現象に見まわれてしまったらしい。いや、宇宙人と未来人が、と言ったほうがいいでしょうね。そこまでいったら次に何がくるか、あなたなら解りますよね」 「超能力者か」 「あるいは、あなたです」 古泉のいつになく刺々しい声が冷酷に響いた。俺が目を逸らすと、古泉は真面目な話ですよと言った。 「土曜日にお話しした僕の最後の仮説――覚えてますね。僕たちは何者かに消されるのを待つ身なのかもしれない。それが、もしかすると真相なのかもしれません。時間の差はあっても、僕もあなたもやがては消されます」 古泉の複雑そうな横顔を、俺はぼーっと眺めていた。 超能力者が消えるなら橘京子も一緒に消されちまうんじゃないかと言おうかと思ったがやめた。そんな仮説に意味はないし、そういう仮定をする必要もない。古泉の言うとおり、橘京子が現れるのをただ待っているしかないのだ。先方が事情を承知しているなら、後は奴の慈悲深さに期待するだけである。しかしきっと、いるかも解らん神様よりはアテにできるだろうよ。いや微妙なところか。 「じゃあ」 俺がしばらくだんまりをやっていると、古泉がドアに向かって歩き出した。ドアノブに手をかける。 俺は咄嗟に口を開いた。 「古泉、てめえ明日もここにいろよ。消え失せたりするなよ」 一瞬古泉の手が静止したが、それでも特に答えることなく扉を開けて出ていった。その背中を見送って、しばらくSOS団サイトを表示しているパソコンを眺めていた。やがてチャイムが鳴ったので帰ろうかと思ったところで、弁当を食っていないのに気づいた。 * 「遅かったじゃないの。あんた昼休み中何やってたのよ」 授業開始直前にスライディングセーフを果たした俺は、特に何もすることなくそのまま五時限目六時限目をやり過ごした。もう少ししたら授業も夏休み前モードに切り替わって楽になるのだが、今のところは追い込み漁的な授業が続いていてちっとも心が安まらん。俺の場合、課外活動とその他の時間が一番疲れるのだから、授業中は睡眠学習を許可するよう教師も取りはからうべきである。 疲れという概念を本気で知らなさそうなのはハルヒくらいであって、俺の苦労も知らないハルヒの問いに、俺はだれた声で部室とだけ答えた。 「お前は何やってたんだ、昼休み中」 何となく訊いてみる。 「学食から帰ってきたら、ずっと窓の外眺めてたわ。気分で」 「何考えてたんだ。明日の天気か?」 「合宿のことよ。何して遊ぼっかなーと思って」 明日の天気と答えられても困るが、合宿のことと答えられても俺はなんだかため息を吐きたい気分だった。UFO召喚の儀式について、と答えられたら反応が違っていたかもしれない俺を一瞬思って、何を血迷っているのだと頭を振った。 「話は変わるけどさ」 俺はそう切り出し、 「去年の文化祭のときの映画撮影を覚えているよな。朝比奈さ……じゃない、どんな映画だったか言ってみてくれないか?」 「映画撮影?」 俺の予想が正しければ、ハルヒは間違ってもみくるちゃん主演の、とは言い出さないはずである。古泉の仮説通りなら、朝比奈さんはもとからこの世界にいなかったことになっているのだ。いないはずの人物が映画の主演をできるわけがない。というか、朝比奈さんがいなかったらハルヒは映画撮影なぞをやる気はなかったかもしれん。 やはり、ハルヒはいぶかしげな顔をした。 「何よそれ。そんなのはやった覚えがないわね。あ、でも面白そうじゃない。映画撮影かあ。なあにキョン、今年の文化祭か何かで映画を発表でもするつもりなの?」 「別に」 適当に受け流す。 どうやら古泉の仮説は正しかったらしい。朝比奈さんは長門と同じように消えちまっているという証明である。 俺は質問を変えた。 「じゃあ、SOS団の団員は最初っから三人だけだったかな。俺とお前と古泉。違うか?」 「何なのよ、キョン。そんな当たり前なことを訊いて。机の角に頭をぶつけて記憶喪失にでもなってるんじゃないの? あるいは頭がおかしくなってるのかしら」 ああ、その可能性は今回はまったく考慮してなかった。しかし古泉たちも記憶が俺と同じなのだから、黙殺でいいと思うね。 「なあハルヒ。俺さあ、金曜日の朝もこんなことを訊いてなかったっけ? あの時は長門有希って女子のことについてだった気がするが」 「どうだったかしらね。そうねえ……言われてみればそういう気がしないでもないけど……ところでキョンあんたいったい何なのよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい。遠回しな訊き方されるとすっごく気持ち悪いんだから」 一瞬、いっそのことすべてを率直にゲロってしまおうかと考えてから放棄し、ため息とともに何でもないと常套句を吐いて前に向き直った。 不意に、恐ろしいまでの虚無感が押し寄せてきた。感覚はそろそろ麻痺しちまっているが、時々、思い出し笑い並の唐突さでやってくるこれは吐き気を伴うまでになっている。 ホームルームが終わったら朝比奈さんと仲のいいはずだった鶴屋さんのところに行ってみようかとも思ったが、面倒になってやめた。 ホームルーム中、俺は机に伏せて微動だにしなかった。 * この日の放課後は特に何もなかった。 もっとも、長門や朝比奈さんがいなくなる以上に何かあってもらっては困るのだが。 この日は本当に、朝比奈さんがいないと部室で腹に入るものがとたんにまずくなることを実感したね。物理的にも、精神的にも。インスタントコーヒーだってたまにはいいだろうが、朝比奈さんのいないこのSOS団では、コーヒーは欲しかったら自分で淹れろという規律が存在しているようであり、自分で淹れたコーヒーを自分で飲んだところで味も素っ気もない。 無論そう感じるのは俺のコーヒースキルが劣っているからということにとどまらず、部室にいる人員にも問題があった。やっぱりこの部屋にいるのがハルヒと男二人だけってのは寂しいものなのだ。長門の読書姿でも、朝比奈さんのお茶汲み姿でも、それがSOS団の象徴になっていたということを改めて思い知らされた。 結局この日は喪失感が大きすぎて何もやる気がしなかった。古泉がヤケ気味に囲碁対戦を申し入れてきやがったが、今日ばかりは断らせてもらうぜ。 そんなこんなで、ハルヒはパソコンに向かっていたり雑誌を読んでいたりで、古泉は完全に持て余して詰め将棋状態、俺はパイプ椅子で半分以上茫然自失としているという、ある種異常とも言える本日の部活動は、うだうだの暑さが引いてきた頃に校内に響きわたったチャイムをもって終了した。 そうとなればもうこの部室にいるわけにもいかず、やがてして俺らは大量の生徒とともに校門から吐き出されることになった。俺はハルヒの後をセンサーで感知して動くロボットみたいに追い続ける。三人で、今の俺にとってはくそどうでもいいようなことを会話しながら、いつもの駅前に着くと、そこでまた明日と言って二人と別れた。 古泉もハルヒも、やがて街の雑踏の一部と化す。 * 家に戻った俺は、それでもまだ茫然としていた。ショックが大きすぎたのだろうか。 そんなのは言うまでもなく当たり前である。ただでさえ長門と朝比奈さんが消えてしまったショックはひどいのに、さらにこれ以上誰かを失う可能性が示唆されているというのだ。古泉はそう言っていたし、それは俺も納得せざるを得ない。明日仮に古泉が消えていたとしても、それはもはや、俺にとって驚愕すべき事態ではなくなっているのだ。 ではそうならないために俺は何ができるか。それはただ、待つことである。橘京子が助けに来るのを待つだけである。今日、それを自覚されられてしまった。 正直言って、俺は参っていた。 だだっ広い暗闇の中に置き去りにされて、それでも俺はそこから一つの希望を見いだした。その糸をたどっていって、ようやくはっきりした光明が差したのだ。SOS団のウェブページに現れた文章がそれである。橘京子を連れてこい。 それが俺たちの力では不可能だと悟ってしまった。橘京子の連絡先も所在も一切不明なのだ。どうしようもない。ただ俺たちは、橘京子が早く現れてくれることに運命を託したのだ。橘京子がライオンで俺たちは狙われたシマウマといったところか。別に橘京子が俺を殺そうと思っているわけではないだろうし立場関係的には間違っているだろうが、それでも活殺自在という根本において大差はない。手を下すのが自分か別の誰かかという違いがあるだけである。 だがシマウマというのは決して気分のいいものではない。俺は人間であるが故に知性というものに持ち合わせがあり、いいんだか悪いんだか知らないが、無抵抗に殺されるような真似はできるだけ回避するようにできちまっている。 そこで俺は思いついた。人智の発想さ。 誰か、橘京子の連絡先を知っていそうな奴はいないか、と。 思いついたね。そんときはおおいに笑みがこぼれた。 俺はそんなことを夕食を食べながら、風呂につかりながらずっと考え倒していた。おかげで、食事中はひたすら黙し続けて体調を心配されたり、風呂から出たときは全身がゆでダコのように真っ赤になっちまった。 風呂上がりですぐさまコードレスフォンを手にして自室にこもった。妹がふとどきにも俺の部屋でシャミセンと戯れてやがったがエサで釣って追い出してやった。たやすいもんだ。 電話は何回かコールした後、繋がった。 『もしもし』 「もしもし。ああ、俺だ」 とか言ってからナントカ詐欺を思い出したが、相手には無事に伝わったようだった。 『ああ、キョンか。こんな時間に、しかも僕に電話してくるとは珍しいね。何か急な用件でもあるのかな』 「まあな」 物わかりがよくて助かる。 俺が電話をかけたのは土曜日に再開を果たした人物の一人――つまり佐々木だった。 当然である。橘京子と俺の共通の知り合いで、しかも俺が絶対的な信用をおける奴など佐々木をおいて他にいないのだ。 「佐々木、お前にも用件の心当たりはあるだろ」 佐々木はしばし考えるふうな沈黙をおいて、 『そうだな、未来人が突如として消え去ってしまったことについて、かい? 橘さんから聞かされたよ。いやあ驚いたね。みんながみんなこういうののジャンルはファンタジーだと言うが、僕にしてみればホラー以外の何者でもない』 「ああそうだ。そのことについてだ。お前に訊きたいことがあってな」 『ほう、何だい。僕はそんな重要情報は持っていないと思うけどね』 それでも佐々木は好態度を示してくれるので俺は話しやすかった。こういうのがコミュニケーションスキルにおいて佐々木と他の連中との違いなんだろうね。 とはいえ、いくら佐々木でもパスワードの内容とか詳しいことまで喋るわけにはいかなかった。そこらへんは適当にごまかして、いろいろ手を尽くした末という表現に変換し、長門のものらしいメッセージを発見したこと、それによると長門を救うには橘京子が必要不可欠であるらしいことを話した。そして肝心の橘京子の連絡先を俺たちの誰もが知らないという、一見コメディである。 「ということでだ佐々木。率直に訊くがお前、橘京子の連絡先を知らないか?」 『それが用件というわけかい』 「その通りだ。知ってたら教えてくれ、頼む」 『いや、知らないんだ。お役に立てなくて申し訳ないが』 ちくしょう。 頼みの綱がまた一本切れた。残ったのはもはや、ただの恐怖でしかない。 「橘京子から教えられてないってのか」 『まあそういうことになるだろう』 「電話番号とかそういうのじゃなくていい。住所とか地名とか、名前でもいい。何か知らないのか?」 『申し訳ないが』 佐々木は同じ言葉を繰り返し、俺が黙り込んでいると電話の向こうで少し笑った。 『驚いたことに、僕から橘さんに連絡したことは一度もないんだ。さすがは橘さんと言うべきかな。味方にも連絡先を教えずに警戒するとは周到だよ』 暗い心のまま佐々木の言葉を聞いていたら何だか呆れてきた。 「お前は、そんな奴を信用してつるんでたのか。自分の連絡先も教えないようなヤツを」 『それはしょうがないことだ。誰にも、これは譲れないというものはあるからね。人はみんな、そういうことを承知した上で他人と付き合っている。承知できないか、承知できる範囲が狭い人間はどうしても他人と距離が開いてしまう。だから僕は橘さんのそういう考え方をできるだけ理解しようと努めているんだ。仲間としてね。キョン、たぶんそれはキミにも言えることなんじゃないかな』 俺は半分頭を素通りする情報を捉えようと電話機を握り直した。 「俺があの超能力者と一緒にされるのはあまり気分がいいもんじゃねえな」 『キョンが橘さんだと言っているわけではない。キミは橘さんの立場にも僕の立場にもなりうるだろうね。SOS団という団体の中で』 だったら俺は間違いなく佐々木よりのスタンスである。三者三様の理屈と考えを噛み砕いた上で俺の考えというものを構築していかねばならんのだから大変極まりない。さらに俺にはハルヒの理屈と考えまでもがのしかかるのだ。もちろんあいつにはあいつなりの理屈があってその上で理論ができているのだから、黙殺するわけにはいかない。 『だからさ、キョン。SOS団の人員と同じように橘さんにも事情がある。もちろん僕や僕の仲間の未来人、周防九曜さんにもね。個人の理屈や考えという観点から考えるのなら、彼女が連絡先を教えてくれないというのに許せないという感情を抱くのは彼女がかわいそうだ』 しかしそうは言ってもな、佐々木。事実は事実だし義務というものもある。俺にとって橘京子は信用をおけない存在で、SOS団のメンツは仲間なのだ。 『言っておくが、キミにとって橘さんは敵だろうが僕にとっては仲間だ。それに僕からすればキミたちの団体のメンバーは信用のおけない存在かもしれない。キョン、常に条件は対等なんだ』 俺がどう反論を試みようかと思っていると、佐々木は急に声を詰まらせた。次に発せられた声が涙声のように聞こえたのは、さすがに俺の耳がおかしいのだと思う。 『橘さんを信じてやって欲しい。これは橘さんの仲間であって、キミが信用してくれている僕からの願いだ。だからキミは今日、僕に電話をかけたんだろう。……頼むよ、彼女はきっとすぐに現れる。だから彼女を責めないでくれ』 「しかし……じゃあ、お前は完全に橘京子を信用してるんだな。すぐに現れると言い切れるんだな?」 『それは少々語弊があるけどもね。ここで人生論を持ち出すほど僕はえらい人間じゃないが、しかし僕には僕の人生があって、僕は仲間についていくことしかできない人間だ。彼女の思っていることを全部見通せる気はしない。だけれど、僕にはそう信じる義務があるのだと思うよ』 俺は嘆息した。これで俺は佐々木を信用する気になった。橘京子を頼る決心ができちまった。 それからしばらく、佐々木と人生論について語り合った後電話を切った。何となく、これから先も佐々木には到底かないそうにない気がしたね。あいつはとんでもない人間だ。 ついでに古泉にも電話してやろうかと思ったが、突如津波が押し寄せるように睡魔がやって来たのでやめた。携帯電話をしまってから部屋の電気を消すと、部屋には静寂がおとずれた。俺はだるい暑さに抱かれて暗い天井を見ながら、さっきの電話のことをしきりに考えていた。 人の事情を承知できる範囲が狭い奴は、どうしても他人と距離が開いちまう。 橘京子と連絡を取るのが不可能だと思い知った後しばらくして熱が冷めたら、その言葉だけがまだ、いやに熱を持ち続けていると気づいた。ハルヒのことが真っ先に頭に浮かぶのはどうしてだろうね。ハルヒにももちろん事情はあるのだ。あいつにはあいつなりの考えがあるし、それは常に変化している。一年前と同じことを考えているわけもない。どこぞのペットの猫よりも気まぐれに、妙な情にほだされることもある。それがいっそう俺をいらだたせるのだ。 考えるべきは消えてしまった長門と朝比奈さんの謎についてであるべきが、なぜかそのことに頭が取られているうちに眠りに落ちた。
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ハルヒ「なに!?なんなのこれ?ちょっとキョン? 来なさい!3秒以内!!」 インターネットサーフィンをしていたハルヒが突然騒ぎ出した。やれやれ。 キョン「お前ももう少しパソコンの使い方覚えろよ・・・ って!なんじゃこりゃあ!!!!」 俺は思わず叫び出した。 パソコンがフリーズしたかと思ったら、なんとそこに画面いっぱいに朝比奈さんのメイド服と、長門のカメラ目線のアップと、ハルヒの指をこちらに向けて踊っている写真がポップアップで出ていたのである!! 朝比奈さんが万が一自分のこんな写真が全世界に流れていると知ったら、おそらく卒倒してしまうであろう。 キョン「ウイルスだな・・・しかし何だってこんな― 長門 「見せて」 カタカタカタカタ・・・ 長門 「行ってくる」 キョン「オイ行くってどこに!?待て!」 長門 「すぐそこ」 そう言うと、長門は部室を出て行ってしまった。 うーん。なにが分かったのだろうか。 直後、隣の部屋から声が聞こえてきた。 「いらっしゃい。あ!長門さん!待ってたよ!」 『ドカーン、バゴーン、ズガーン!!』 「長門さん!?止めてくれ!」 『ドガーン!』 「済まなかった!あやまr」 『ドーン!』 「ごめんなさいごめんなさいごめんなs」 『ドカーン!』 コツ、コツ、コツ。 長門 「ただいま」 キョン「よう、早かったな。久々のコンピ研はどう だった?」 長門 「ユニーク・・・」 ―翌日― コンピ研が無期限活動停止処分になったのは言うまでも無い。 涼宮ハルヒのウイルス 完
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その日、文芸部に一番乗りでやってきたのはこの私、涼宮ハルヒだった。 最初は有希よりも早く来たことが新鮮だったけれど、それだけだった。 「あーあ、早く誰か来ないかしら」 足をバタバタと動かしながら、暇を持て余す。 パソコンを起動してはみたけど、ネットサーフィンなんて気分でも無い。 結局、すぐに電源を落とすとマウスを置き、一人で愚痴を口にする。 「だいだい、この団長であるこの私を待たせるなんて、みんな弛んでるわ。 全く、これはお仕置きが必要ね!」 言い終えて、はあ、ため息を漏れた。 無理矢理にテンションを上げようとしたけど、どうやら無理のようだ。 待たされる腹立たしさよりも、一人の寂しさが勝ってしまっている。 自分で思っていたよりも、ずっと自分が寂しがりやなんだと気付いてしまった。 「本当に、誰か来てよ」 そんな呟きが、自然に口から出てしまう。 その時、それまでの静寂を打ち破るかのように、ドアが勢いよく開いた。 「やっほー、鶴屋さんが遊びに来たっさ!」 宣誓でもするかのよに右手をあげ、元気よく入ってきたのは鶴屋さんだった。 「あっれー、ハルにゃん一人かい? めがっさ珍しいねっ」 予想外の人物だったけど、嬉しい来訪であることには間違いない。 いつの間にか笑顔になっていた私は、鶴屋さんを歓迎する。 「そうなのよ! 全くみんな弛んでるわね。そう言えば鶴屋さん、みくるちゃん知らない?」 確か、鶴屋さんはみくるちゃんと同じクラスだったはずだ。 鶴屋さんだけ来たということは何かあったのかもしれない。 「みくるなら先生に用事を頼まれて連れて行かれたよっ! だから鶴屋さんが代わりに遊びに来たわけさっ」 私よりも教師を優先するなんて、やっぱり弛んでる。 しかし、理由はどうあれ鶴屋さんが遊びに来てくれたことは嬉しかった。 「まあ、立ったままじゃなんだから座ってよ」 「それよりも聞きたいことがあるんだけど、いいかなっ?」 鶴屋さんは私が勧めたパイプ椅子を拒否する。 「聞きたいこと?」 「みくるに聞いたんだけど、女の子が好きって本当かい?」 「な、な、なんでそれを!」 あの子、なんてこと言ってるのよ! そりゃあ、秘密にしようなんて言ったことなかったけれど。 みくるちゃんの性格からして人に話すとは思わなかったけど、どうやら私の予想は外れていたらしい。 「ふふん、その反応を見ると本当みたいだね!」 鶴屋さんを八重歯を見せて、にやり、と口に出して笑って見せた。 「そ、それは、その」 なんと言って誤魔化すべきか、それとも素直に認めるべきか。 動揺から言葉が上手く出てこない。 「いやあ、お姉さんにも早く言ってほしかったね! そしたらもっと早くハルにゃんとこんなことできたのに」 鶴屋さんは慣れた手つきで私の首に手を回すと、抵抗する間も無いほどの早業で私の唇を奪う。 「ぷはあ、奇遇だねハルにゃん。実は私も女の子めがっさ大好きなのさ!」 鶴屋さんはあっけらかんと自分の宣言すると「さて」と私の制服に手をかけた。 「ちょっと、鶴屋さん!」 「大丈夫っさ。さあ、観念するにょろ」 胸のリボンが片手で器用に外された、その時だった。 「観念するのはあなた」 いつの間にか開かれていたドアの向こうには有希の姿がそこにあった。 心なしかわずかに怒っているように見える。 「あっちゃー、有希っ子が来ちゃったか。ハルにゃん、お楽しみは次回に持ち越しだねっ!」 「次回は無い。彼女は私のもの、あなたのものにはならない」 「んー、言うねえ。でも残念だけど、ハルにゃんは私が盗っちゃったのさ」 有希は無言で私に向かって歩いてくる。 「有希、これは、その」 弁明しようとする私を無視して、私の首にかけられた状態になっているリボンを引っ張る有希。 当然、私も首も一緒に有希の方へと引っ張られる。 そして、私と目線が同じ高さになると、そのまま唇を合わせてきた。 「取り返した」 ちょっと、待ちなさい! なんでキスしたら自分のもの、みたいな流れになってるのよ! 「じゃあ、間をとってみんなのものってことにするにょろ」 「認めない。私のもの」 「うーん、有希っ子は以外に独占欲が強いねえ」 「違う。涼宮ハルヒは独占されたいと願っている。私は彼女の意志を尊重しただけ」 どう考えても私の意志が尊重されていないそのやり取りに口を挟もうとしたその時、 こんこん、と控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。 「あのう、お取り込み中でしょうか?」 わずかに開いた扉の隙間から、みくるちゃんがこちらを覗いていた。 「お、ちょうどいいところに来たねえ。今、ハルにゃんの取り合いをしてたところさっ! みくるも参加するにょろ」 鶴屋さんは今の事態を完全に楽しんでいるらしく、愉快そうに私を背後から抱きしめた。 「え、涼宮さんの取り合いですか?」 「みくるちゃん、そんなの本気にしちゃだめよ。って、鶴屋さんどこ触ってるのよ!」 「ハルにゃんのおっぱい! いい形だねっ!」 悪びれもせず、背後から私の胸を勝手に揉みしだく鶴屋さん。 みくるちゃんがその様子を羨ましそうに見ているのは気のせいだと思いたい。 「はわあ、涼宮さん、すごいです」 止めさせようと口を開こうとしたが、それは有希の口によって強引に塞がれてしまう。 こうなったら無理矢理にでも振りほどこうとするも、口内と胸への心地よい刺激が私から反抗の意思を奪っていく。 頭が蕩けていくように、今自分が何をされているのかが分からなくなっている。 有希の下が引き抜かれたときには、私はすっかり快楽で腰の抜けた状態になっていた。 同時に、口内に物足りなさを感じていた。 「朝比奈みくるは行為の参加を拒否している。よって涼宮ハルヒは私のもの」 ずっと見ているだけのみくるちゃんに気がついたのか、有希がまた私の所有権を主張し始めた。 「そ、それはダメです!」 「何故?」 「決まってるっさ!みくるもハルにゃんが欲しいからっさ」 「そ、そうなんです」 「諦めるべき」 「いやです!」 私を置いて繰り返される私の所有権論争。 いや、そもそもSOS団の団長である私が団員の所有者であるべきじゃないかしら。 腰の抜けて歩けない私が現実逃避気味にそんなことを考えていると、 いつの間にか話がまとまったのか、みくるちゃんが私の前まで来ていた。 「ごめんなさい!」 みくるちゃんはそう言うと、両手で支えるように私の頬に手を当て、口を触れ合わせた。 最初は恋人同士が始めてするように初々しく、次にゆっくりと舌が私の唇をこじ開けてくる。 先ほどまでの有希とのキスで物足りなさを感じていた私は求められるままに、舌を絡め合わせた。 「これで、私のものですよね?」 長々と続いたキスが終ると、みくるちゃんが有希と鶴屋さんに向って言った。 しかし、すぐに有希が私を取り返そうとばかりに、キスを求めてくる。 みくるちゃんはそれに負けじと、私を抱きしめ、便乗して鶴屋さんと体をいやらしく触ってくる。 そんな行為が延々と繰り返される中で、私の堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減にしなさーい! 私は誰のものでもないのよ、私は私のもの! あなたたちがSOS団団長である私のものなのよ、わかった!?」 途端に静まり返る三人。 少し可哀想かとも思ったけど、このまま物扱いされてセクハラ地獄なんて冗談ではない。 そんな中、最初に口を開いたのは有希だった。 「わかった。団員として、あなたに奉仕を行う」 はい? 有希はそう言うと、先ほどまでより少しだけ優しく私の唇を奪ってきた。 「じゃあ私も奉仕させてもらうかなっ!」 「がんばります」 それに続けてばかりに、自称奉仕を行う二人。 結局、私が誰のものであろうと何一つ変わることは無かったようである。 いい加減、抵抗する気も失せた私は素直に快楽に身を任せながら、 こんな団長生活も悪くないのかもしれない、などと思うのだった。
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「あ、キョンくん」 喜緑さん疑惑のある議事録のページをコピーしに走り、会長のところに議事録を返却しに戻り、そこで会長に俺が適当な理由を吐くまで拘束され続け、その足で部室に赴いてもう一度パソコンを起動させてみた。パスワードとあるからにはどこかにロックがかかっているのではと思ったのだが、あいにくどこも普通にデスクトップを表示するだけだった。そんなこんなしているうちに昼休みは終了してしまい、校外に逃亡しようという行為を教師に目撃されないように前後左右を確認の後抜き足差し足で、などとやっていたら脱出がかなり遅くなってしまった。 もちろん靴箱も探してみたが残念なことにラブレターはおろか手紙の類は一切入っていなかった。しかしそれも俺の右手に握られているものを思えばそれほどショックなことでもない。 俺がダッシュで校門を突破すると、朝比奈さんが急斜面の脇に生い茂る木々の隙間からひょっこりと姿を現した。 「もう、ずっと待ってたんですよー。学校の生徒さんたちに見つからないよう苦労しました」 「それは申し訳なかったです」 まるでデート的な状況ではないかと一瞬だけ思ったがすぐに萎えた。不謹慎だからとかいう以前の問題である。 俺は朝比奈さんを促して歩き出しながら話題を捻出し、 「それにしても朝比奈さんはよく誰にも咎められずに外に出てくることができましたね。仮病……演技はちょっと苦手そうに見えますけど」 「鶴屋さんに助けてもらったの」 朝比奈さんはよたよたと坂を下りながら答えた。 「あたし、演技なんて何もできないから。それでも風邪を引いたフリをしていたら、鶴屋さんが保健室に連れていってくれたんです。いえ、本当は保健室じゃなくて靴箱のところでした。何か言えない用があって帰らないといけなくなったんじゃないのって言われました」 感心を越えて笑いたくなってきた。 鶴屋さんはどこまでもできた人だ。むやみに完璧などという言葉を使いたくはないが、彼女ならあるいはと思いたくもなる。もしかするとこちらの思惑を完全に把握しているのかもしれん。だとしたら釈迦かキリストの生まれ変わりだ。パラメータ的に言うならば俺よりも一般人じゃないね。 「でも、鶴屋さんも知らないみたいです……」 朝比奈さんが憂鬱そうにうつむいたまま呟いた。 「知らないって、長門のことですか?」 「うん。訊いてみたんです。長門さんを知ってますか、って。でもダメでした」 朝比奈さんがいつになくふさぎ込んでいるのもよく解る。未来人なのに未来と関係が持てなくなったという根本的などんでん返しを食らった上に親友の鶴屋さんまでもがおかしなことになっているらしいからな。 「そんなに落ち込まないで下さいよ。大丈夫です、今までもそうだったんだから今回もきっとなんとかなりますって」 と、何の保証もない言葉を吐いてみて朝比奈さんを上の立場から慰めている自分に気づいた。 まあ、主観的にも客観的にもこんな事態は二度目であるし、慣れという恐ろしい不可抗力が働いているのだろう。それは俺の横でひたすら歩を刻んでいる朝比奈さんを見れば解る。冬の俺はこんな感じだったんだろうよ。 しかし、それだけではない確かな手応えを俺は持っていた。 喜緑さんのヒントメッセージらしきものを見つけたということだけではなくて、SOS団に味方してくれる人材についてである。ここに長門はいないらしいが、ハルヒはしっかりと俺の後ろに座っているしたぶん古泉もいる。朝比奈さんがいてこのメッセージを持っているのだとしたら、マイナス思考とかプラス思考とかを意識しなくてもそんなに落ち込む必要などないのではないかと思えてくる。 そしてまた、俺が一番に怖れているのはそのことでもある。ようするに俺はちょっとSOS団の戦力が増えたからといって調子に乗っているだけなのではないかということだ。世間は広いってことは春の一件で思い知らされたからな。やはり気を引き締める必要もあるのだろう。難しいものだが。 俺は顔を上げた。朝比奈さんは気にしていない様子だったが、いつの間にか俺と朝比奈さんの間には無言の空間が停滞していたらしかった。 * 向かったのは長門のマンションである。他に行くところなど一つも思いつかなかった。古泉に電話をかけ、朝比奈さん(大)からのメッセージがないことを確認し、生徒会室で喜緑さんのメッセージを見つけた。朝比奈さんにもそのことは話したが、全然解らないということらしい。できることならもう少し情報が欲しいところではある。 川沿いの桜並木、このまま進めば高級分譲マンションに突き当たる道を俺と朝比奈さんは進んでいた。 「何もねえか」 名探偵よろしく周囲に目を配りまくって歩いていたが、何も見つかる気配がない。あるのはサラサラなどと小気味いい音をして流れやがる川と、太陽を反射してキラキラ光る新緑の葉っぱだけ。まったく癪に障る。 川沿いの桜並木、思い出のベンチがあったりしていわくつきの場所であるし、朝比奈さん(大)が出てきたり変なものが落ちていたりするかと思ったのだが。 「どうかしたんですか?」 コマドリのようにちょこちょこと俺の後をついてくる朝比奈さんが言う。 「ここなら何か出てくるかもしれないと思っていたんです。未来からの指令とかでもよくこことか公園に来てますからね。春にも二月にも。だからひょっとしたらと思いまして」 朝比奈さんは短い吐息を漏らし、感慨深げに辺りを見回した。それから懐かしそうな目をして思い出のベンチに歩み寄り、ちょこんと腰を降ろす。 「そうですねえ。言われてみると、男の子を助けたときや亀さんを川に投げ込んだときも、最初にあたしがキョンくんにあたしのことをお話ししたのもこのベンチでしたねえ」 どれも忘れようにも忘れられそうにないSOS団的メモライズばかりだ。未来関連の話が多いような気もするが、これは仕様なんだろう。 「ところで朝比奈さん、あれから未来に連絡は取れましたかね」 「ううん」 朝比奈さんは悲しげに首を振って、 「全然ダメなの。時間平面のねじれはどんどんひどくなっていく一方で、あたしの力じゃこの先は見渡せないくらい。どのくらい分岐が増殖しているのかも解りません」 「どの分岐に入ったとかも解らないんですか?」 「……ごめんなさい」 「いえ、謝らなくてもいいんですよ」 これは俺の予想だが、今はどこかの分岐を通った状態にあるのではないかと思う。俺の鞄にねじ込まれている喜緑さんのメッセージを手に入れたのはかなり大きいはずだ。バッドエンドの分岐をとっとと切り抜けてくれるといいのだが。 * 長門のマンションには程なく到着した。道に地雷等が仕掛けられたりしていなかった代わりにヒントになるようなものもまったく落ちておらず、気がついたらマンションが目の前にあったという感じだった。 この高級マンションの長門の部屋になら何度となくお邪魔した経験があるため俺一人や朝比奈さんを連れていたとしてもすぐに行ける自信がある。しかしこのマンション、高級な故に玄関に鍵がかかっていやがり、一般人は部屋の前に行くことすら不可能な設定になっていた。かつてハルヒが朝倉の転校調査に乗り出したときのような犯罪すれすれの技をもってすれば侵入可能なのかもしれないが、俺は一般常識を一般人並に身につけているし何となく中に入りたい気分ではなかったのでやめておいた。あそこに違う家族が楽しそうに住んでいたりするのは見たくない。 玄関口にインターホンがついていたので、それで長門の708号室を呼び出してみた。 長門が出てこようなどとは思っていなかったが、やはり誰も出てこなかった。繋がりもしない。ノイズもなし。 「ダメか」 ついでに朝倉の部屋も押してみたがこちらも繋がらなかった。いてくれても困るが。 「ないとは思いますが外出中か、あるいは最初っからいないかですね」 「そうですか……」 さて学校をフケたはいいがもう行くところがなくなってしまったなとか考えていると、今までもじもじしていた朝比奈さんが意を決したかのように顔を上げた。 「あのっ、キョンくん」 朝比奈さんは真摯な瞳をしていた。 「あたし、今度こそ役に立ちたいんです。頑張って長門さんを見つけましょう。あたしとキョンくん、それに涼宮さんと古泉くんもいるかもしれません。……本当はずっと長門さんに頼りっぱなしで心苦しかったんです。一人だけ上級生なのにちっとも上級生らしい振る舞いができなくて、逆にみんなに助けられてばっかりで」 そんなことはない。 何度も言うようですが、朝比奈さんがいなかったらSOS団は成り立たないんですよ。いなかったら俺のストレスは溜まり放題でハルヒとしょっちゅうケンカして、そうしたら古泉のバイトも増えていたことでしょう。毎日が平和なのはいわば朝比奈さんのおかげなんです。 しかし朝比奈さんは哀愁を漂わせて弱く微笑むだけだった。 「キョンくんがいつもそう言ってあたしを励ましてくれるのはうれしいです。それだけでも頑張ろうって気になれます。でもね、あたしの役割はそれだけじゃないんです。涼宮さんが言うような、そのぅ……」 朝比奈さんはそこだけどもって少し赤くなりながら、 「マスコットみたいな人ならあたしじゃなくてもいると思うんです。だから、あたしがSOS団にいるには未来人って肩書きがないとダメなの。それなのに最初から今日までいざというときは長門さんやキョンくんや古泉くんに助けられてばかり。あたしが未来人として行動できたときなんてほとんどありません」 「それは仕方ないことなんですよ、朝比奈さん」 未来人として動こうにも、未来から何も教えられていないのだからそんなのは絶対に無理なのだ。それに、何も知らされていないのは決して朝比奈さんに実力がないからとかいう理由ではない、と俺は思っている。実際、彼女はもう何年かすると立場的にもグラマー度的にも大幅にプラス補正が施されることになるのだ。そりゃあ未来人なのに気の毒だと思ったことは数知れないが、それは知らされていないのだから仕方がないことなのだ。人間、自分の知らないことを知るには何かの情報に頼るほかないのだから。 「それに、朝比奈さんは自由に行動したくてもできないようにされているんでしょう。未来にそういうふうに干渉されてるんじゃないんですか?」 「だからなんです」 朝比奈さんは必死な声を出した。 「あたしは今まで未来から禁則という形で縛りが入れられていたから自分の思うように行動できませんでした。だからみんなに助けてもらわないといけないのも仕方ないと自分で慰めていたんですけど、それじゃどうしてもあたしがみんなに後ろめたいです」 さすがに俺も朝比奈さんの真剣な声に黙り込んだ。朝比奈さんの言葉を待つ。 「でも、今は違います。未来と接続を絶たれた今のあたしは、未来とは独立した存在なんです。禁則も解除されました。だから今度こそ、あたしは未来に影響されることなく自分の信じるように行動したいんです。みんなの力になりたい」 そのセリフは以前に誰かから聞かされたな。自分の能力を封印することで未来に束縛されることなく行動できるようになった、とか。未来なんてのは知らない方がいい。何かが起こった度に一喜一憂すればいいのだ。そんな感じの意味を持ったセリフをな。 背負うモノなんてないほうがいいに決まっている。事実、未来予知や超能力を使えない代わりにリスクや得失を考慮しなくてもいい俺はずいぶんと自由に行動できているのだ。 いつだかの俺は超能力者や宇宙人を万能の神だとか信仰していたように思うが、今ならそんな考えは一蹴できるね。万能の神には神なりの悩みがあるし、それは俺の悩みよりもはるかに重たいのだ。何の能力もないほどラクチンなことはない。 * 俺の鞄に入れてあった携帯電話が騒ぎ出したのは、過去に何事か事件のあった場所をすべて周り尽くすくらいしたときだった。川沿いの桜並木、近くの公園、ルソーの散歩道。 時間つぶしと大して変わらないのは重々承知である。しかし、もし何か可能性があるのなら行くしかない。とはいっても結局見つかったのは生徒会室のメッセージだけだったのだが。 『こらあっ、キョン!』 古泉かと思ったが違い、電話の主は俺に近所迷惑の大声で怒鳴りつけてきた。 『あんた今どこで何やってんの! 素直に言ったら極刑だけはやめにしてあげるから早く答えなさい』 「あー、まあとりあえず落ち着け」 落ち着くわけがない。電話線の向こうでハルヒはますますいきり立ち、携帯電話を思わず手放したくなるような音量になった。 『あんただけならいいわよ。いいえ、よくないけど、それにしたって何でみくるちゃんも古泉くんもいないのよ! ストライキなら諦めなさいよ。あたしはこれよりも譲歩するつもりはないから』 「ストライキなんかじゃねえよ。お前にそんなもんを仕掛けるような命知らずはいないぜ。そうじゃなくて、古泉はカゼで本当に休みなんだ。朝比奈さんは用事ができて今日は早退してるらしい」 ハルヒの直感力に勝とうとは思わん。俺はできるだけ事実に近いことを話した。 『古泉くんがカゼでみくるちゃんが用事ねえ。都合がよくて疑わしいわね』 「本当なんだよ」 『まあいいわ。で、あんたは何なのよ。午後の授業サボるなんて意外と度胸があるのね』 度胸も何も、俺が無許可で学校を飛び出したのは後にも先にも二回っきりだ。よほどの理由がなけりゃ、そんな教師の反感を真っ向から食らうようなマネはしないぜ。 『だから、その理由ってのは何なのって訊いてるの。よほどのことがあったんでしょ? 長門なんとかって娘のこと?』 「ああいや……うん、そんな感じだな。えーとだな、今日の昼休みに電話がかかってきやがったんだよ。急に引っ越すって。だから最後に一目会いたいって言うんだが時間がないらしくてな、仕方なく俺が学校を抜け出してきたんだ」 我ながら苦しい嘘である。 というか、嘘のレベル以前にこういう話はハルヒ相手には禁物なのだ。どう禁物かというと、それは俺の口からはいろいろ葛藤の末言い難いことであるし俺自身よく解らないしハルヒもよく解っていないのだろう。結果論ならば古泉のバイトが増えるってことだな。 『ふうん』 ハルヒは半分疑っているような口調で、 『別にいいわよ。あたしは団員の諸事情には口をつっこんだりしないから。ちゃんとした理由があるなら部活を休むのも許してあげるわ』 「悪かったな、無断欠席して。なんなら今から戻ろうか? もう授業も終わっちまってるだろ」 『今日は休みでいい。どうせみくるちゃんも古泉くんもいないし。ただし埋め合わせはするわよ。今日は休む代わりに明日の土曜日、いつもの駅前に九時集合ね。今度はしっかり来なさいよ。あとこのこと、みくるちゃんと古泉くんにも伝えておきなさい。いいわね?』 「ああ解った解った。そんくらいならやってやるよ」 さて古泉にはどう伝えてやろうかと考えているうちに電話は一方的に切れた。もう帰ると言い残して。 俺も携帯電話をしまうと、マンションの日陰にたたずんでいる朝比奈さんに向き直った。 「明日、市内パトロールだそうですよ。九時に駅前集合です」 「そうですか。なんだかあれをするのも久しぶりですよねえ」 そりゃ、春にはこちとらいろいろあったからな。ようやく元の秩序を取り戻しつつあったわけなのだが。 「しかし、長門のことはきれいさっぱり消し去られてますね」 「はい?」 「電話でハルヒと話してても、やっぱり長門を知らないんです。明日駅前に集合するのは四人だけの予定なんですね。部室もそうです。あいつに関するものが一切なくなってるんですよ」 俺は目の前にそびえ立つマンションをあごでしゃくって、 「ここも空き部屋になってるらしいですし」 「あのう、キョンくん。もしかして部室であたしとか古泉くんの持ち物とかもなくなってたりしませんでしたか?」 「は? いや、ポットも急須も普通にありましたけど。何でまた?」 「ううん。ちょっと心配になったから。もしあたしのがなくなってたらどうしようと思って」 そうなんだよな。 まったく同じなのだ。長門がいないということを除けば、この世界で昨日と矛盾していることなんか一つもない。ハルヒも谷口も国木田も。長門有希という存在だけがなくなって、そこにポッカリと穴が開いているだけなのだ。 そしてその分の埋め合わせはされているらしい。文化祭のギターや映画撮影での朝比奈さんの敵役。長門という女子は最初からいなかったかのように、都合よく連中の記憶が変わっているのだ。 「本当に、何にも証拠がないんですよね」 そして長門が存在したという証拠は何一つとしてない。七夕の短冊にいたってまで、長門の分だけが不気味にも消え失せていた。 まるで存在そのものが抹消されちまったみたいにな。 * ハルヒが下校するときに俺と朝比奈さんが一緒にいるところを目撃されるのはまずそうだったので、適当に話をまとめて頑張りましょうと言ってから、ハルヒがやって来る前に別れて家路についた。 さんざん探し回った結果俺が見つけられたのはよく解らんパスワードが刻まれた生徒会議事録のコピーだけだったが、脈のありそうなところをすべて回ってこれしか出てこなかったのだから仕方ないだろう。証拠は早くも出そろってしまったらしい。後は推理するだけだ。 家に帰るとすでに妹が帰宅しており、俺の足音を聞きつけるなり眠そうにしているシャミセンを抱きかかえてひょっこり現れた。 「あ、キョンくん、おかえりー」 無邪気に笑う小学校六年生に俺はさしたる期待もせず長門のことを訊き、まったく芳しくない答えを投げつけられ、ついでにふと思い出したのでシャミセンが我が家に来た経路を訊いてみた。 「んー、シャミのこと? キョンくんど忘れ?」 さあね。お前の記憶が正しいかどうかテストしてやってるのさ。 「映画撮影でもらってきたんだよな?」 「そうだよ。ウチに来てよかったよね、シャミ」 ふむ。やはりそこらへんは正しいらしいな。長門に関する記憶と事実以外は昨日と同じなのではないだろうか。 「ねー、よかったねえ?」 妹にかかえられた災難猫は、どうでもいいから早く横にさせてくれと言わんばかりの顔で俺に懇願してくる。悪いな、今はお前に構ってらんないんだ。またいつかみたいに喋り出すならともかく、たぶん喋らないだろうことは解っている。まあこいつには映画撮影でも阪中の件でも借りがあるからいつか返さねばならんだろうが、少し待っててくれ。そのうちいらなくなった服をズタボロにさせてやるから。 人間にさえ伝わらないテレパシーが猫相手に通じるはずもなく、うにゃあとマヌケな声を出すシャミセンを後にして俺はさっさと二階に上がった。 * もはややり残したことはない。あらゆる可能性はたった一日で見事に潰れてしまった。俺の働きっぷりと疲労の割にそれがまったく報われないのもムカツクが、今は愚痴をこぼせるような相手すらいない。気が狂っていると誤解されるだけだ。 もしいるとすれば――と俺は携帯電話を手に取る。 あの超能力野郎しか思い浮かばないね。 何となく古泉がこの世界にいることは解っているのだ。ハルヒや九組の連中が古泉のことを知っていたし、ボードゲーム各種はきちんと部室にあって、七夕の『世界平和』『平穏無事』なる今日見たらひどい軽薄さを感じた四字熟語も風に踊っていた。 はたして、電話はスリーコールほどで拍子抜けするほどあっさり繋がってしまった。 『古泉です』 ああ。 何やら嬉しさのような達成感のようなものがこみ上げてきた。悟りの境地に達したのを自覚した瞬間の人間ってのはこんな感じなんだろうか。しかし悟りの境地ってのは何なんだろう。何しろ俺はいまだに悟ったものなどなくただ漫然と毎日を過ごしていたはずで気がついたらこんな事態になってたりして、放っておいても奇妙奇天烈な人生を送っている自分を客観視する自分がどこかにいるような、いやこれが悟りってものなのか。ふむ。 と、まったくどうでもいいことを考えて俺は頭を振った。違う違う。 古泉です。 向こうにいるのは古泉で間違いない。古泉の携帯電話にかけているのだから古泉以外の誰かが古泉の声マネでもして話していない限りこいつは古泉だ。 しかし何て言えばいいのだろう。ぶつけてやるべき質問と苦情が多すぎる。何だこの状況は。長門はどこだ。お前はどこにいる。俺に連絡よこせよ。ふざけんな。 俺がしばし黙していると、向こうから再び声がした。 『ええと、どこから申し上げるべきでしょうか。ああ、僕や「機関」の仲間はあなたと同じ、正常な記憶を持っていますから確認の質問はパスさせて下さい。こちらもあまり時間がありませんから。またそれ故にこちらからあなたに連絡している暇がなかったのですが、とりあえずそれを詫びておきましょうか。申し訳ありません』 「そんなことはどうでもいい。これはいったい何が起こってやがるんだ。なぜ長門がいない? お前はどこにいる。何で昼間かけたときに繋がらなかった?」 『おや、そんなことは解っていると思っていたのですが』 古泉は作り声で意外そうな声を出し、 『閉鎖空間ですよ。それも特大のね。昼間から、正確に言うと昨日の夜あたりからずっと異空間バトルの状態です。今はちょっと外にいますけどね。《神人》がわんさかいて、実に壮大な眺めでしたよ。ぜひあなたにもお見せしたい』 そんな軽口がたたけるようならずいぶんと余裕があったもんだろう。質問の嵐以上に怒りが沸いてきた。 「そんなことより長門はどうなってるんだ。それに喜緑さん。この世界から消えちまってるのか?」 『その通りです』 古泉は単純明快に答えた。相変わらず、丸一日サイキックバトルをしてたとは思えん爽やかな声である。 『実を言うと長門さんや喜緑さんだけではありません。推測するに、昨日から今日にかけて情報統合思念体製のすべてのインターフェースがこの世界から消えているのでしょう。少なくとも、我々「機関」とコンタクトを取っているTFEIはすべていなくなっています。そしてこの巨大な閉鎖空間。とんでもない事態ですね』 誰の仕業だ。やっぱり周防九曜か。 『さあ、そこまではさすがにね。まあ、僕は彼女の一派だと思っていますけど。そうでなかったら長門さんのような方々を一気に消し去ることができる存在は、僕の知る限りでは有り得ませんからね』 俺の知る限りでもそんなやつは九曜ぐらいしか思いつかん。あとハルヒにも可能と言ったら可能な気もするが、あいつは間違ってもそんなことはしない。 「どうすればいい。まさかお前だって長門が消えちまってるこの状態を放置する気はないだろ」 『当然ですよ。僕たちは共同体ですからね。五人で輪になって初めて意味を持つんです。今となっては、誰を引き抜くこともできません』 それは俺も何度となく考えた。ハルヒという巨大恒星を中心として公転する惑星の俺らはハルヒも入れて必ず五人なのだ。土星や火星でもいきなりなくなったら地球内外が大混乱するに相違なく、太陽が消え去った日には俺らはあっという間に全滅である。そんなことはあってはならないんだ。 『ただし』 古泉が真面目な声で付け加えた。 『どうすればいいと訊かれると僕は返答に詰まります。あなたや僕、それに朝比奈さんがこれからどう動けばいいのか、どんな方向を向けばいいのか、はっきり言って僕にはまったく解りません。非常に自己嫌悪に陥りますが、正直、長門さんがいないと僕たちだけではどうしようもないんです。感覚的な問題ではなく、冷酷な事実としてね』 俺が何とも言えないいらだちを覚えて黙っていると、 『おっと。そろそろ時間が厳しくなってきましたね。ごくわずかなハーフタイムももう終了してしまいそうです。それでは、またお会いしましょう』 「待て待て」 まだ肝心なことを言っていない。訊きたいことなら腐るほどあるが今その時間はないらしい。訊きたいことにはしばらく腐ってもらうほかないな。 『何でしょうか?』 「お前、明日は来られそうか? 市内パトロールだってよ。無理なら俺からハルヒに伝えとくが」 こんなときに市内パトロールもへったくれもない。不思議なことなら目の前にあるってんだ。 古泉はしばらく考えている様子で息づかいだけがこちらに伝わってきたが、 『行きますよ。それしかないでしょう』 そう答えた。 『僕の業務は「機関」の一員であってまた、SOS団の副団長ですからね。とにかく涼宮さんが最優先です。《神人》を狩る者はたくさんいますが、市内を涼宮さんと一緒に歩き回れるのは僕だけなんですよ。なんともありがたく、嬉しいことにね』 古泉はいまいち真意がつかみかねることを言ってのけ、今度こそさようなら明日お会いしましょうと言って電話を切った。 「キョンくん電話ー?」 携帯をしまい終えると妹がシャミセンを抱えたままノックなしに俺の部屋に立ち入ってきた。せめてノックだけはしてやってくれよ。俺にだってプライバシーってやつがあるし、そうじゃなくても訊かれちゃまずい会話ってのはあるんだぜ。 俺はしっしと妹を追い払いながら、 「まあな。俺もいろいろと忙しいんだ。お前も友人には気をつけろよ。友人によって一生楽しく過ごせるか一生後悔し続けなければならんか決まっちまうんだからな」 「はあい」 妹は解ったんだか解ってないんだかよく解らん顔になって、シャミセンを俺の部屋に放置すると最近リメイクされたごはんの歌(新バージョン)を口ずさみながら階下へと消えていった。どうせ我が妹はあんなやつだ。ミヨキチのようなできた友人がいてくれれば問題ないだろうが、心配にはなるね。もっとも、今心配すべきことは妹の将来ではないのだが。 「にゃう」 床に放置されたシャミセンが愉快そうな声を立てた。一日でもいいからシャミセンになりたいものだ。自分の部屋で(シャミセンにとっての自分の部屋は俺の部屋である)一日中ごろごろできたらどんなにリラックスできるだろうか。そんなことしても無気力感が増すだけだと解ってはいるがやってみたいと思うのはなぜだろうね。誰か教えてくれ。 「やれやれ」 俺は常套句を吐くと、床に寝転がるシャミセンをなでてから自分のベッドに倒れ伏した。疲れた疲れた。今はもう何も考えたくない。
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二学期がもうすぐ終業式を迎えるある日の午後。 コンビニに行くと言って席を立った古泉は、扉の前でいつもの微笑をたたえ、SOS団アジトを振り返った。 「何か用がございましたらどうぞ」 「古泉くん、あたし雪見だいふくお願いね!」 早速ハルヒが勢い良く挙手して言った。 お前には遠慮と言うものが…ま、古泉だしいっか。 「古泉、ジャンプ頼む。料金後払いでな」 「あのー、古泉くん、ハンドクリームを…あればでいいです。 よろしくお願いします」 朝比奈さんが律義に古泉に頭を下げるのを見つめていると、長門がいつの間にやら古泉の真横に移動していた。 「私も、行く」 ん?古泉に頼んだらどうだ?そのために奴も皆の注文を聞いているんだろうし。 俺がそう思っていると、ハルヒも同じように思ったんだろうな、 「有希、古泉くんに頼んだら? 遠慮してるんだったら大丈夫よ、古泉くんは私が見込んだSOS団の副団長だもん。 断るなんてキョンみたいなケチ臭いことしないわよ!」 市内探索の度に全員分の昼食代やら茶代やらを払っている俺のどこがケチ臭いと言うんだハルヒさんよ。 「いいの?」 古泉、今すぐ俺と代われ。 長門にそうやって上目使いに尋ねられるんならパシリくらい安いもんだ。 「勿論です。どうぞご遠慮なく」 コートを手に取った古泉が長門に爽やかスマイルで促すと、長門は 「昼、少ない日用。羽付き」 とだけ呟いた。 「ゆーきぃー!!!」 長門の一言で外の気温よりも冷たくなった空気の中、真っ先に動いたのはハルヒだった。 「な、長門さん!」 少し出遅れた朝比奈さんも、ハルヒと同じく長門に駆け寄った。 ふたりして長門を抱き寄せ、顔に掛かるふたり分の胸の圧力に身動きできずにいる、なんとも羨ましい状態の長門を古泉から引き離す。 その古泉はと言うと、あまりのことに爽やかスマイルのままその場に固まり、このクソ寒いのに汗を一筋流すなどと高度な技をやってのけていた。 ハルヒと朝比奈さんは俺と古泉から最も離れた場所、つまりハルヒの団長机まで長門を連行して、そこでやっと長門を解放した。 「ゆゆゆ、有希、あなた学校でなったの?」 「なった」 「どうして私に言わないの!? みくるちゃんでも良いわ、とりあえずそーゆー時は知っている人に持ち合わせがあるかどうか聞くもんなのよ!」 ハルヒの物凄い剣幕に、長門はそうなの?とでも言うように首を傾げ、朝比奈さんはハルヒの言うことにこくこくと頷いていた。 「でも、聞くと言っても、そういうのは男の人に聞いちゃだめです」 そこでハルヒ達は全員が全員、俺と古泉の方を見た。 ハルヒは睨み付け、朝比奈さんまでもが咎めるように。 長門はただ見つめただけだったが、なんだなんだ、ハルヒと朝比奈さんのその目は。 俺も古泉も誰にも何もしてないぞ。 何故か冷や汗が垂れてきた。 「それに、古泉くんと有希が一緒にコンビニ行って、よ。 有希がそれ持ってレジに並んだら、古泉くんがなんてリアクションしたら良いか解らなくて困るでしょ!」 「べ、別に何もリアクションなんてしませんが…」 うん、こればっかりは俺も古泉がハルヒに反論するのも無理ないと思うぞ。 俺だって見て見ぬフリをするさ。 「解ってくれましたか?長門さん」 朝比奈さんがまるで姉のように長門に問い掛け、長門がこくっと頷いた。いいね、和む。 「って、悠長にしてる場合じゃないわ!」 ハルヒは自分の鞄に手を突っ込んで小さいポーチを取り出すと、長門の手を掴んで扉までずかずか歩いて行った。 古泉が扉の前から退くと、何故かハルヒは奴を一瞥してから勢い良く扉を開けて部室から出て行った。朝比奈さんもそれに続く。 そりゃな、あんな会話をした後に男共とひとりで残るのは気が引けるだろうよ。 ぱたん、と扉が閉められる音を聞いてから、盛大な溜息をついて俺は机に突っ伏っした。 はー、やれやれ、一気に疲れた。 古泉が壁にもたれ掛かって、そのままずるずると床にへたり込む。 こりゃいつものオーバーリアクションじゃなくて素っぽいな。当然か。 「それにしても、驚きました」 「ああ、宇宙人の長門にもそーゆー…」 「近頃のコンビニって何でも置いてあるんですね」 そっちかよ。今時パンツだって売られてるぞ。 いや、そうやってツッコむ気力さえ今の俺にはもう無いさ。
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「なあ古泉、ハルヒの力は過去にも影響するのか?」 「ええ、多分。洞窟で涼宮さんがやっぱり気のせいだと思っていたのなら、あの島には多分、今は誰もいないはずです」 それを聞いて少し安心だ。 ハルヒも、あの島に本当に殺人鬼がひそんでいることは望んでいないだろう。 と思っていると、先ほどまで女4人で話していたハルヒがこちらに近づいてきた。 「古泉君、そろそろお弁当買ってきてちょうだい」 「かしこまりました」 ハルヒにそう言われ、古泉は売店まで行く。 まあ、これぐらいの罰で許してもらえてよかったじゃないか。 どうせ、その金は機関とやらからだろ。 で、ハルヒはというとてっきりそれを言ったら女性陣のもとへ戻るのかと思ったが、先ほどの古泉の位置で、突っ立っている。 柵にもたれかかり、海の流れを見ているようだ。 そして俺は、そのハルヒの横顔を見て、迂闊にもキレイだと思ってしまった。 「なんだかんだ言っても、楽しかったわね」 ハルヒが呟く。 「ああ。俺としちゃあ、もうちょっと島らしい遊びをしたかったが」 「まあ、少しは泳げたからいいじゃない。今度プールにでも行きましょうよ」 「そうだな」 海からの風がハルヒの髪をなびかす。 さっきの『迂闊にも』はなしにしてくれ。 「新川さんもいい人そうじゃない。ただ、あいつと名前が同じなんてかわいそうなんだけど」 多分、同じクラスの荒川のことを言ってるのだろう。 だが、俺はあいつのことよく知らないからな。分からん。 「あそこまで最悪な男はいないわね。仮入部のときにあたしの腰蹴ってきたのよ!」 確か・・・あいつは空手部だったか? だが、蹴ったのもお前がその前に何かやらかしたんじゃないのか? 「そんなことないわよ。あの時ね・・・」 それから、ハルヒはその時の様子を語った。 確かに、思ってたよりはハルヒは悪くなさそうだ。 殴ろうとしたのはどうかと思うが、それもふせいだんだから、それだけでいいだろ。 その後、別に蹴らなくても。 「全く、女のあたしにそんなことしていいと思ってんの!」 いや、それ以前にお前が男をジャガイモ程度にしか思ってないだろ。 「あいつは中学の時から・・・」 それからもハルヒの話は続く。 ああ、あいつも中学は谷口やハルヒと同じ東中か。 そういえば、俺が最初にハルヒに話しかけたときに笑ってたような・・・ 「あんなヤツと比べたら、谷口がマシな人間に思えてくるわ」 そこまで荒川はひどいのか! 「まあ、漢字が違ってるだけよかったわ。字のとおり荒川は荒れてるって感じ」 そうかもしれんが、新川さんが新しいとは思えないな。 ところで、いつ漢字まで教えてもらったんだ? 「後、同じ中学出身の、鈴木」 鈴木?一番最初の座席で俺の前に座ってた人か。 「仮入部したときに、一緒に試合することになったのよ。部長さんが同じクラスだからって変な気をつかって一緒のチームになって」 お前は、鈴木のことも嫌ってるのか? 「別に嫌ってはいないけどね。ただ役立たずなのよ」 鈴木も、まだ入ったばかりだから弱いのはしかたないだろ。 「違うわよ。あいつ中学のときもバレー部だったの。本当にちゃんと行ってたのかしら?」 あいつはバレー部か。 「球技大会がバレーボール部になったら、ちょっと心配ね。まあ、あたしがいるから大丈夫だけど」 すごい自信だな。 「他にも、日向とか・・・同じ中学出身のやつはなんかね。高遠はまあ、マシかもしれないけど」 そういや、前に谷口が言ってたかな? うちのクラスの東中出身は・・・10人ぐらいだって。 たった30人のクラスで、4校からのうちの1校だけが10人って多いな。 まあ、東中は4校の中でも北校から近いほうの中学だし、 俺の中学は校区の関係上、市立に行ったヤツが多いからな。 そこまで言うほど多くはないのかもしれん。 と、柵にもたれかかって海のほうを見ながら、俺はそんなことを考えていた。 少し、横目でハルヒのほうを見てみる。 ハルヒもこっちのほうを見ているようだ。 「何見てんだ?」 「えっ!えっと、あんたの・・・情けない顔よ」 「はぁ?」 「あんたもね、古泉君くらいのサプライズをあたしに提供しなさい。内容によっては、副々団長の承認も考えてあげなくもないわよ」 いらねーよ。そんな階級。 「そうね、あんたには雑用がぴったりだわ」 それもそれでむかつくけどな。 「あっ!古泉君が帰ってきたわ!お昼にしましょ!」 そう言って笑顔になって、ハルヒは他のメンバーのもとへ駆け寄った。 やれやれ。 ところで、さっきのハルヒの目線は俺の顔よりも首のほうを見ていたような気がするんだが、本当にどこ見てたんだろうな?