約 1,243 件
https://w.atwiki.jp/nekomimi-mirror/pages/482.html
鋼の山脈 一・根づく若草 間合いが、遠い。 重鎧をまとった上に素手の相手に対して、レムはいつもの軽装に加え、両手の蛮刀がある。 剣のリーチの方が、相手の体格を含めても拳一つ分長い。にも関わらず、レムは仕掛けることができない。 レムの腕力では、あの鎧を貫き通すことができない。そして、相手の踏み込みはリーチ差など問題にならないほど、鋭い。 環状列石が視界に入るが、距離がある。盾にするというわけにはいかない。 霊地の静謐さによって、相手の攻撃範囲が目に見えるほどに集中が高まっているのがせめてもの気休めである。 相手は動かない。両手を下げた自然体のまま、山のようにこちらを見ている。 兜をつけていないため唯一まともに露出してる頭部を見据えながら、レムは周りを回って隙を窺う。 背後すら、安全圏ではない。後ろ蹴りや反転しての裏拳は言うに及ばず、あの大きな尾に何度叩き伏せられたか。 相手がゆるりと向きを変え、結局正面に戻った。覚悟を決め、入れば死を招く間合いへ一歩踏み込んだ。 動かない。これ以上前に出れば砲撃のような掌底を浴びると分かっている。 敢えてさらに前に出た。 思ったとおり、レムが前脚に体重を乗せる瞬間に、相手の巨体が間近にまで迫っていた。 考えていた手順が頭の中からすべて吹き飛び、筋肉と五感が直結する。 勝負は、ここからだ。 読んでいたはずの掌底を、間一髪蛮刀で逸らす。ずらしきれなかった打撃の重みで姿勢が崩れ、反撃に出られない。 続いた平手打ちは下がりながら避ける。かすめた衝撃が軽い。この平手は連撃のつなぎだ。 脚が閃くのが見えた。咄嗟に反対側面へ回り込んで蹴りの威力を殺しながら、右剣で肩鎧の合わせ目を狙う。 違った。 声にならない声が、喉から出た。 フェイントにかかったと気づいた頃には、相手の上げた足はただの踏み込みに変じていて、迂闊に伸ばした右手首が籠手の冷たい感触に捕らえられている。 体格差から押すだけで勝てる方が、小手先技を使って来ることはないと思い込んでいたレムの負けだった。 右腕を左側に引き寄せられて姿勢が崩れ、がら空きの右あばらを左手で突き飛ばされる。 どうにか転ばずに済んだところへ、覆いかぶせるように掌底。やむなく剣を交差して身構えた。 直後、喉元の襟が掴まれていた。 ここでも、裏。打撃ではなく掴み。 体がぐいと持ち上げられる感触とともに、服の縫い目がぶちぶちと音を立てていくのが聞こえる。 半円を描くように投げ落とされ、背中に草の硬さを感じた次の瞬間の衝撃に、肺から呼吸をすべて絞り出された。 目の前の明りが落ちていく。せめて一太刀と念じて振り上げた左手に、剣はなかった。 目を覚ますと、立ち合いの場面からの地続きだった。 茜色を含み始めた昼日が、霊地の澄んだ冷たい空気を突き抜けて、レムの肌を直接温めている。 服は縫い目が破れており、前をはだけている状態だった。 なんとか着られる形に直そうとしていると、環状列石のひとつにまたぼろ屑の影が見えた。 「まーた随分とやられたのう」 「うん」 腕を掴まれた時にそのまま投げられていたら、腕の筋肉や関節が服の代わりになっていた。 そもそも武器持ちのレムに対して、相手は拳も握っていないのだ。 「やはりもうちょいと、同じぐらいの輩と修練した方がええと思うんじゃがのう」 「みんな、私が相手だと嫌がる。ビオが私の顔に当てた時に、随分絞られたらしくて」 傷一筋で古株の祭司が騒ぎ出す相手と、誰が立ち合うというのだろうか。 そうでなくても、剣を取ってからずっと先程のような修練を続けてきたレムである。剣にこもった気迫が修練のそれではない、とレムを避ける戦士も多い。 「それに、一度言われたことがある。仲間を殺す気かって」 「誰にじゃい」 「パルネラ」 「あの腑抜けか。言いそうじゃのう」 パルネラはその後しばらくして長老議会入りしており、もう戦士たちの訓練には姿を現さなくなった。 「それで、このまま続けて勝てそうか?」 擦り傷と裂けた服以外に、負傷らしい負傷のないレムを見ながら、ビスクラレッドが問いかけてくる。 レムは、赤色が混じり始めた地平線を見た。剣を持たされてからずっと続けてきた、すべての立ち合いを思い描く。 届く、と思えた剣は、一度もない。 「わからない」 剣帯を掛けて二本の蛮刀を背負った。今日はもう終わりである。 反省をしようにも、ここ数日の立ち合いでの相手の動きは、何度思い返しても付け入る隙がないのだ。 今までは何かを体で学びとらせようという意図が見えていたのに。 「そんじゃあ、このじじいが精霊コーネリアスに、あやつの鎧に傷ぐらい付けられるように祈祷をやっといてやろうかの」 「おじじ、祭儀ができるのか?」 本式の座祈祷の足を組み始めた老狼を見て、レムは思わず尋ねた。 「わしの頃は、出来ねば木に吊るされたわい。戦士だ祭司だと分け始めたのは、割と最近じゃ。ホレ、他では男も女も祭りをやってるところも多いじゃろ。 それがいつの間にやら戦士は禁制だの大祭司位だのなんだのと、形ばかり立派になりおって」 祈祷座を組んだまま、愚痴を垂れ続けるビスクラレッドの横顔をそっと窺う。 断崖城の、石造りの城塞部分に住居を構えている歳長けた長老議員たちでも、ビスクラレッドほど老いている者はいない。 「おお、そうそう。なんでも長老会議の小僧どもが、パラカへの助太刀にお前を入れたようじゃぞ。遠征は初めてじゃったな?」 「いや、何回かある」 「おう、そうか。で、パラカの近場に、盗賊が根城を作ったらしいでな」 パラカと言えば、やや遠い峡谷にある慎ましやかな農村である。 隊商の中継点からも外れており、自分たちの口を満たしながら細々と祭儀を続けている集落に、盗賊が目をつけるようなうまみがあるとは思えない。 「ま、食い詰め者は飯も奪い取るしかないからのう」 ビスクラレッドは、あっけらかんとしたものだった。 「不安か?」 「少しだけ」 「食いっぱぐれとはみ出し者が相手なら、お前一人でも十分じゃい。今までの試しのつもりで、目一杯暴れてこい」 そうは言っても、槍やフレイルが相手になった時にどうすればよいか、もう一つ自信が持てない。 あまり、多彩な武器を相手にした立ち合い稽古はしていないのだ。 パラカ氏族の集落を縦に貫く道の真ん中で、レムは剣を抜いた。 一人である。集落内に、住民の気配はない。 パラカの住民たちを一か所に避難させ、盗賊団を迎え撃つ作戦である。相手は十人少々というから、戦士団六人はやや多い。 「十人ごときなら、俺一人でも十分だってのによ」 戦士団長コレルは、そううそぶいていた。コレルがいるということは、今回の戦士団はパルネラが、可愛がっている末息子のために編成したのだろう。 それならば、常より多い戦士の数も頷ける。他の四名も、レムが覚えている限り、コレルの取り巻きが肩を並べていた。 発言に反して、コレルは伏兵に回っている。陽動には女のレムが一人でいた方が、盗賊団を釣りやすいとの論法だった。 「戦士殿、よろしくお願い申し上げます」 「うん」 ほぼ水平に曲がった腰の先で頭を下げると、パラカの長老は杖にすがりつくようにして避難場所に向かっていく。 危険な役に使われているレムに、同情しているようだった。 長老が視界から消えるまで見送ると、蛮刀を両手に握り、集落の外に広がっている山林に向けて耳を澄ませる。 正直なところ、緊張している。 対多数の組手は戦士団の訓練でやったことはあるが、ほんの軽いもので、しかも何か月か前の話である。 コレルたちが包囲を完成させて援護に来るまで、持たせられるかどうか。 ふ、と、風にかすかに雑音が混じった。 山林の茂みを掻き分けて来る音で間違いない。コレルたちが物音を立てるヘマをしたわけではないのなら、ついに盗賊団が来たということだ。 道の向こうから、薄汚れた一団がまっすぐ近づいてくるのが、目に見えるようになった。 使い古した皮鎧と、抜き身の武器の手入れ具合を見れば、戦士としての程度がわかる。 「おいおい、こいつは何の冗談だ?」 響くのは風の音ばかりの集落と、道の真ん中で両手に剣を持って立つ子供。 先頭の狼の人相の悪い顔が、目に見えて歪むのがわかった。 「なんだてめえは」 レムを値踏みしながら、先頭の狼が唸る。体格と表情でそれなりの威圧感を出しているが、 普段の修練で受けているような「立っているだけの圧迫感」には程遠い。 武器は長柄斧。斧や戦棍を扱う戦士に、技巧を伴っている本物の使い手は少ない。そして、斧には刃こぼれがあった。 後ろに続く十人程度も似たような有様で、周りの様子を見まわしているばかりである。 コーネリアスの戦士団なら、この時点で既にいつでもレムに踏み込める位置取りをしているだろう。 拍子抜けした。緊張感が、馬鹿馬鹿しさと腹立たしさに入れ替わっていく。 「盗賊団ってのは、お前たちか」 「おいガキ、聞いてんのは俺たちの方だ。ここの村の奴らはどうした。俺たちに差し出される女と食いものはどこへやってある」 「お頭、ひょっとすっと逃げられたのかもしれませんぜ」 後ろにいた一人が、先頭の狼に声をかける。 頭目は、じろりとレムを睨むと、そのまま周囲に視線を巡らせた。 「そうみてえだな。おいお前ら、この様子じゃまだ遠くには逃げてねえ筈だ。阿呆なことを考えやがった爺いを捕まえて来い。火ぃおこしてあぶってやる」 肩に担いでいた長柄斧を、両手に持つ。 「あと女も捕まえて来い。俺はこいつで遊んでるからよ」 「あいさ」 外見でレムを陽動にしたのは、間違いだったらしい。完全に舐めきっている盗賊団は、レム相手に人数を割こうという気は起こさなかった。 レムが賊を足止めしているうちに、戦士団が包囲する作戦である。ここで散らばられては、討ち漏らす危険がある。 今後のことを考えれば、なんとかして注意を引きつけなければならない。 しかし、頭目の視線に殺気ではなく嗜虐感が篭っているのを感じて、レムはこそばゆくなった。 つい、鼻で笑った。 散ろうとしていた盗賊たちの何人かが、動きを止める。 「あん?」 頭目の機嫌の悪そうな唸りで、残りの賊も足を止めた。 その意図はなかったが、うまく挑発になったらしい。 「住民が逃げていてよかったな。追いかけることにしておけば、私が怖いから逃げる、と言わなくて済むんだからな」 「なんだと、おい」 「こりゃあ、今自分が何口走ったか教えてやらなきゃいけねえな」 何人か乗ってきた。 「おい、放っておけ。こんなガキによってたかってなんざ、余計笑い物……」 制止しようとした比較的冷静な一人の頭に、石を投げつけた。 当たった。傷に血が滲み、盗賊の顔がレムを見る。怒りの色があった。 「こいつ」 これで全員。レムが袋叩きになる姿を見物するまで、住民を追う気にならないだろう。 両手の蛮刀を構えた。再び緊張感が背筋を通る。 「おい、女どもを追うのはやめだ」 殺意と、違う気勢が盛り上がる。 「ガキ、舐めた口利いたらどうなるのか、体に教えてやるよ」 「お前が女どもの代わりだ。覚悟してろよ、股が裂けるまで犯してやる」 例外なく、目がぎらつき始めた。 背後に回られないよう、レムは建物を背負う。自ら追い詰められる形だが、負ける気はしない。 長柄斧が、突き出された。 斧は叩きつけるもので、突くものではない。レムをいたぶるつもりだったのだろう。 跳躍数回の間合いを一瞬で詰めてくる、あの砲撃のような踏み込みに比べれば、じれったいくらい遅かった。 頭目が体に力を込めるのを見てから、斧が動き出す前に、レムは既に避けていた。 突き出される腕を迎えるように、斧を握った手に蛮刀を合わせる。 続けて繰り出した左の横薙ぎを、頭目は手首のなくなった腕で受けた。その動作で頭が空いたのを見た時には、レムは反射的に右剣を振り下ろしていた。 まずい、と気がついた。 血煙を上げて倒れる頭目の向こうで、盗賊団が凍りついたように動きを止めている。 今の連撃を捌ける者が、盗賊の中にはいないだろう。レムを相手に、命を張る者も。何かのきっかけがあれば、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのは明白だった。 修練でこういう場面がない。血刀をぶら下げたまま、どうしていいかわからないレムも止まってしまった。 盗賊たちは武器を手に持ったまま、顔を見合わせている。 今レムがやらなければならないのは、盗賊を一人残らず捕らえるか殺すかすることである。 気を取り直して、一歩踏み出した。 盗賊たちも、たった今目の前で頭目が、わけもわからないままに斬り捨てられたのを見ている。 レムが踏み出した分、退いた。 もう一歩踏み出す。もう一歩退く。 駆け寄る。 「ちくしょう、覚えてろぉ!」 ついに、背を向けて逃げ出し始めた。 「ま、待て!」 己の迂闊さを奥歯で噛み潰し、レムは今までになく慌てて蛮刀を振り上げた。 一時はどうなることかと思ったが、コレルたちがすぐに包囲の輪を狭めたお陰でどうにか全員を補足することができた。 盗賊たちの死体は、集落の外れに集めておいた。今、パラカの男たちが土葬しているところだろう。 ばらばらに散ってしまった盗賊は、どうにか全員仕留めることができた。 戦士団の目的は、盗賊を無力化することであり、全滅させることまでは求められていない。とはいえ、生き残りがいれば、同じことをまた繰り返す。 少ない人数で、多くの脅威を殲滅できるかどうかが、戦士長格の手腕を評価する点である。 「お前がしくじったお陰で、もう少しでえらいことになるところだっただろ」 無事に任務を終えて一安心のはずのコレルは、虫の居所が悪かった。 「六人も連れて行って、一人でも取り逃したなんてことになりゃあ、俺が怒られるじゃねえか」 今回、囮のはずがいきなり盗賊を散らばらせてしまったのは、レムが加減をしくじったせいである。 悔やむ気持ちは十分にあった。それを他人から言われれば、大人しく受け入れるつもりでもあった。だが、その一言がいけなかった。 「コレル」 「なんだ、言い訳をするのかよ」 「お前、身内の評判のために来たのか?」 「あん?」 「おお、戦士の皆さま」 空気が険悪になりかけたところへ、パラカの長老が杖を突きながら現れた。 他の氏族の者に、内輪揉めを見せるわけにはいかない。仕方なく、距離を取った。 戦士長であるコレルが、代表して迎える。 「長老、どうだいコーネリアスの戦士は。見事なもんだろ」 「は、はい。お陰さまで、皆喜んでおります。いや、本当に何とお礼を申し上げたらよいか」 長巻を誇示してみせるコレルに、長老は何度も頭を下げている。コレルの取り巻きたちも、まんざらでもなさそうな表情である。 長老の目が、ちらりとレムの方を向いた。軽くひとつ頷き返してやる。 「今日はもう遅くなります。何もないところではありますが、今日は我が集落にお泊まり下され」 「ああ、気が利くじゃねえか」 「さあさ、こちらへ。そちらの御仁も」 戦士団を奥の集会場らしき建物へ送り出しながら、長老はレムを親しみのこもった仕草で差し招く。 「マダラの方ですかな? 見ておりましたよ。切っ先さえ触れさせぬお見事な剣の腕、御氏族でもさぞや名のある方なのでしょう。ささ、遠慮なく」 「あ、いや、私は」 「いやはや、お若いのに大したものです。パラカの若いのにも見習わせたいものですわい」 杖をついた老人に手を取ることまでされては、いつまでも控えめでいるわけにはいかない。 招かれたのは、避難場所にも使っていた、そこそこの人数が入れる集会場だった。 いつの間に準備したのか、集会場には絨毯が敷かれ、卓にはテーブルクロスがかけられ、パラカ氏族の女たちがせわしなく食事を並べていた。 手製の壁掛けや花瓶が各所に並べられており、いずれも真新しい。 暖炉の火はあかあかとおこり、室内の空気を少し暑いくらいに保っている。 卓の上には、焼いた獣肉や、煮込み野菜が湯気を立てていた。 並べられたガラス製の水差しも、水滴が表面に浮かんでいる。この室温でなら、よく冷えた水はうまいだろう。 パラカくらいの小氏族としては、何年かに一度の大盤振舞いであることは間違いない。 コレルは期待が外れたような色を滲ませていたが、彼の取り巻きたちには十分すぎる歓迎である。レムにとっても、言うまでもない。 「どうぞ、遠慮なくおくつろぎくだされ」 コレルを上席に、三々五々席に着く。 この辺りの獣の肉なのだろうか。肉にかじりつくと、やや筋張って固かったが、香辛料が利いていて一口ごとに食欲をさらに掻き立てる。 野菜は肉の脂をとったスープで、野菜の歯ごたえを感じさせないくらいに煮込まれてあった。 並べられた料理に手をつけている間にも、次々に新しい料理が並べられていく。 茹でた鶏ササミに手を伸ばした時に、レムの横にパラカ氏族の娘が来た。レムより少し年上だろうか。赤い巻き毛の可憐な少女である。 「あの」 「ん」 まだ、口の中に蒸しイモが残っている。肩越しに振り向いたレムに、木札のついた鍵を差しだした。 「あなたをお泊めする家は、ここになります。ここを出たら左へ行った並びの四件目です」 見れば、他の戦士にもそれぞれ木札の鍵が渡されていく。 「家の中の物は、ご自由にお使い下さい。私たちからのせめてものお礼の気持ちです」 「ん、うんむ」 満足に返礼もできないのを心苦しく思いながらも、口を開かないように唸ると、彼女は頬が触れそうな距離まで顔を近づけてきた。 「月が山に隠れたら、鍵を開けておいてくださいね」 「う?」 何やら不穏なものを感じ取って、相手の顔をしっかり見ようとした時には、彼女は身をひるがえして空いた皿を下げにかかっていた。 若干、耳が赤かった気がする。 水差しを手に取り、口の中のイモを一息に飲み下す。 ようやく物が言えるようになった時には、彼女は奥に引っ込んでしまっていた。 レムの宿舎に宛がわれた建物は、パラカ氏族の一般的な住宅である木製の簡素な小屋である。 真ん中に囲炉裏を備えた一室のみの板敷きで、これで移動式テントであれば、巡礼する氏族の典型的な住居構造になる。 そのせいか、屋内の脇に寄せてあるベッドに、妙に不釣り合いな印象を受けた。 既に囲炉裏には火が入っており、部屋の暖気は申し分ない。剣帯を解いて上着を脱ぎ、ベッドに倒れ込もうとして、思いとどまった。 旅塵と汚れをそのままにして飛びこむには、ベッドのシーツは白すぎる。 少しためらった後、剣帯から蛮刀を抜きだした。 備え付けの水瓶から、器に水を取り分けて刀身を浸し、その間に荷物から磨き粉と布を取り出す。 水の滴る刃に磨き粉を振りかけ、血脂の付いた部分を念入りに布で磨く。曇りが取れたところで、湿らせて固く絞った布で水気を拭き取り、陰干しする。 二本目に取りかかろうとしたところで、宴席で少女に言われたことを思い出した。 月が山に隠れたら、鍵を開けておけ。 どちらの月のことを言っているのかわからないが、今日は銀の半月なので、山の稜線に二つとも月が沈む頃には夜中になる。 鍵は、木製のかんぬきに金属製の錠を取り付けた、ちぐはぐなものだった。おそらくベッドと一緒に、他国の行商から買い入れたのだろう。 廃鉱山をくりぬいて作られているコーネリアス氏族の集落は、かんぬきのままである。 弱小氏族のパラカが、コーネリアスより早く先端技術を取り入れているのは、なんとも不思議な気分だった。 錠を開け、かんぬきを外す。ついでに月の様子も見ておこうと扉を開くと、目の前に人影があった。 「あっ」 人影が身を離す。レムも反射的に飛び下がり、囲炉裏の傍の蛮刀の位置を確認した。 すぐに飛びついていい相手かどうか、一瞬で判断し、即座に行動を―― 「す、すみません」 する必要はなかった。囲炉裏の火に照らされた姿は、宴席で鍵を開けておいてくれと言った彼女のものである。 癖のある赤い巻き毛はそのままに、柔らかい布地の前閉じのワンピースを着ていた。やや痩せ目の体の輪郭が、焚火の照り返しに濃い陰影を作りだしている。 羞恥を孕んだ上目づかいが、腰を落として身構えているレムに注がれる。 「あの、少し早いと思ったんですけど」 赤月は地平線にかかっていたが、銀月はまだ、夜天に斜めに傾いている。 「来て、しまいました」 剣を取っての立ち回りとは別種の不穏さが、夜気と一緒にレムのあたりを吹き抜けていく。 何かとてもまずいことになっている、と、レムの直感が告げている。 彼女を屋内に招き入れたはいいものの、レムはこういう時にどうしたらいいか、わからない。 他の狼たちなら、職業訓練の時に共同宿舎だったり、友人の部屋を訪問し合ったりするので、それなりに歓迎の仕方を身につけているのだろう。 だが、ビスクラレッドに言われたように、レムの育った環境は変なのである。 気にかけてくれる先輩戦士も、懐いてくる見習い戦士もいるが、男が女の部屋を訪ねることはない。 家族でない限り、女が男の部屋を訪ねるのは、種を貰いに行く時だけだから、レムは彼らが客を迎える時にどういう対応をするのかも知らない。 とりあえず二本目の蛮刀の手入れを続けることにした。 彼女は微笑みを浮かべながらも、そわそわした様子で辺りを見回している。 布で刀身を磨いていると、膝でレムの傍ににじり寄ってきた。 「あの、いい剣ですね?」 「そうでもない。工廠でたくさん作っているものだから」 「そうなんですか? 私、剣にはあまり詳しくなくて」 会話が続かない。気まずい空気とは言いたくないが、レムも彼女も距離感を掴みかねている。 何かしなければ、と思えば思うほどに、剣のちょっとした曇りが気になってきて、いつもより念入りに剣を磨いているばかりである。 「あの、お名前を教えてもらってもいいですか?」 「え、あ。ああ、うん」 戦場でならともかく、一介の戦士が私的なことで他氏族の民に名乗っていいものなのだろうか。 名乗るなら、どこまでなのか。とりあえず、戦士としての名乗りなら、慣れている。 「レム。コーネリアス氏族、 岩に咲く白 のレム」 「あら」 微笑に、安堵感の深みが宿る。 「戦士の方は、そうやって名乗るんですよね。私が小さいころに来た方も、攻めてきた他の氏族に、そんなふうにちょっと大仰に」 何がおかしいのか、抑え切れていない笑いが、頬に残っている。 「なあ」 「あ、ご、ごめんなさい、お名前を聞いて笑うなんて、失礼ですよね」 言いながらもまだ笑みが消えない。 「私はそんなにおかしいか?」 「いえ、その、可愛らしい……方だなって。先程からずっと剣を磨いているし、なんだかもじもじしてるし、諱も教えて下さるし…… ふふ、気に障ったのなら謝ります、けど……」 謝るといいつつ、彼女はまだ笑っている。 レムにとっては、彼女の態度よりも、自分の応対がことごとく的外れだったことの方が衝撃だった。 挙句に、可愛い呼ばわりである。 最近、こういう予想外のことばかりのような気がする。自分の尾の先が下を向いているような感覚があった。 二人向かい合って、下を向いたまま、時間ばかりが過ぎていく。 ふいに彼女が顔を上げた。やや上気した頬に、決意の色が光っている。 「レムさん、あの、あまり遅くなると家の者が心配します」 「うん」 「だから、その」 なんとなく気圧された。どころか、彼女は腰を浮かせてずいとレムの方へ身を乗り出してくる。 レムはまだ手に持っていたままの蛮刀を、脇へ置こうと思った。 だが手放さない方がいい気がしている。床に蛮刀を置いたものの、手を添えたまま、踏ん切りがつかない。 「失礼します!」 と迷っている間に、少女の手がレムのズボンに伸びていた。 「わ、何を!」 突き離そうとしたが、左手はまだ蛮刀にかかっている。一瞬思い留まった間に、彼女はレムの膝の間に入り込み、帯を解き始めていた。 「ちょっと待て!」 レムの慌てた声に打たれたように、手が止まる。 「あの、私、迷惑でしたか?」 見上げる顔は、不安げだった。 「お嫌ですか? そうですよね、レムさんのお好みも聞かないで、私ったら」 「いや、迷惑というか」 意図が読めない。何を言うべきか。もしくはどうしたものか、レムにはさっぱりわからない。 「ええと、もしかして聞いたことがなかったりしますか?」 彼女はレムの腰に伸ばしていた手を引いて、座りなおしている。 「他の氏族の戦士様に助けていただいた時は、氏族の発展のために、その戦士様の血を受け継ぐ子を産ませてもらうことがあると、お爺さんから聞きました」 床に下ろした自分の指先を見ながら、ひとつひとつ言葉を探っているようだった。 「戦士様にとっても、助けた氏族からそういう申し出を受けるのは栄誉なことだって」 それを、レムは後ろに手をついたまま聞いている。 「盗賊と戦っている時のレムさん、とても格好良かったです。踊るようで、まるでパラカの伝承の風渡りみたいで。だから……」 少女が僅かに、しかし力強く顔を上げた。 レムは、ようやく嫌な予感の正体を悟った。彼女のいる場所はまだレムの膝の間である。 彼女は上気どころか真赤な顔で、ぐっと上体を近づけてレムに抱きついた。 「だから、私にあなたの子を産ませて下さい」 レムの腰に自分の腰を密着させ、しがみつくも同然に腕に力を込めている。 力の入れ過ぎとは違う震えが、伝わってきた。彼女の肩越しに、尾が力んでいるのがよく見える。 彼女も無理をしているのか、と思った矢先に、彼女が体を離し、レムのホットパンツの前を一息にはだけた。 「あの、男の人はこうすれば喜んでくれると教わってきましたので」 「だ、だからちょっと待て!」 下着を引き下ろすべく中に手を入れられ、今度こそレムは飛び上った。 「あら?」 疑問符を浮かべる少女を残し、レムは普段以上の距離を後ろ飛びする。 空振りに終わった彼女の右手が、宙に漂っている。 「私、てっきりマダラの方だと」 「どうして、そんな判断になったんだ」 下着から、自分の汗の匂いが立ち上ってくる。昼間の立ち回りのままだからだろう。彼女にも、じっとりとした汗の感触が伝わってしまったに違いない。 情けない気分でホットパンツを履き直し、帯をしめる。 「何か変だと思っていた。もういいだろ」 帰ってくれ、と言おうとして振り向くと、彼女はその場に崩れ落ちていた。 「どうしたんだ」 「はひ、なんだか気が抜けちゃって……」 先程までの勢いが消え、すっかりへたり込んでいる。相当気追い込んで来たのか。しばらく立つ気力もなさそうだった。 余裕ができてみれば、彼女からかすかに嗅いだ覚えのあるような匂いが漂ってきている。 「酒の匂いがするけど」 「はい、ちょっと飲ませてもらって来ました。男の方の部屋に行くなんて、そんな怖いこと普通じゃできません」 緩みきっているが、心の底からの微笑みのように見えた。 「でも少しだけ残念です。あなたならいいかなって、思えた方だから。父さんもお爺ちゃんも、賛成してくれましたし」 なんだか責められているような気がしたが、彼女は相変わらずにこにこしている。 そもそもレムは何も悪くないのだ。妙に拗ねたような気分が胸に湧いてきて、ついと横を向いた。 床に置いたままの蛮刀を拾い上げ、ベッドに立て掛ける。 「レムさんをマダラだって言ったのは、お爺ちゃんなんです」 座りなおした状態で、少女はぽつりと話し始める。 「見た目は女の方だと思ったんですけど、コーネリアスの戦士はみんな男だからって。それで私も、そうなのかなって。レムさん、男っぽいところありますし」 「そうかな。それで、家族に私の所に行けって言われたのか?」 「ええ、まあ。他所から戦士様に来てもらったからには、氏族の誰かがお礼に行くのが礼儀だって。だから、レムさんならって私が言ったんですけど」 「お礼か。でも戦士に種を貰うのは、自分たちの氏族のためじゃないのか?」 「でも……その」 彼女は恥じらうように顔を俯けた。 「男の方は、やっぱり好きなんですって。そういうこと」 レムの瞼の裏に、かつての光景が浮かぶ。父の行為も、楽しんでやっていたものなのだろうか。 そうであればもっと楽しそうな雰囲気を出すものだろう。例えば昼間の盗賊の頭目が、斧をレムに向けた時のような。 「父さんは、子供ももちろんだけど、楽しんでもらうのが大事だって……そう言えば、最初に自分で服を脱ぐのを忘れてました。そりゃ、ダメですよね」 「ん」 肉付きがいいとは言えない彼女がわざわざ体の線の浮き出る服を着て来たのだから、相手の情欲をあおる効果を狙っていたのは言うまでもないだろう。 「色々と、苦労があるんだな」 抱かれるということがどうなのか、レムにはわからない。 父に抱かれた祭司の少女は、行為中は苦しそうに涙を流し、終えた後も放心状態で寝台に身を横たえていた。 明け方が近くなって、おざなりに衣服を纏うと、よろめきながら部屋を出て行ったところまでしかレムは知らない。 行為がどんなものかはわからないが、あれが男の肉棒ではなく敵の刃であると置き換えれば、なんとなく察しはつく。 切っ先が自分の正中線を捉えた瞬間の、あの神経が凍りつく感触。死が迫った戦慄は、今でも相変わらず全身を駆け抜ける。 レムでさえそうだというのにこの少女は、自分のはらわたを抉らせるために、自ら来たのだ。 「その、悪かったな。私が男じゃなくて」 「ええ。根に持ちます。私、初めてだったんですよ?」 レムの顔をじっと見つめて、彼女はもう一度笑った。 「本当に、残念です」 返す言葉もない。レムの責任ではないと言い切ってしまうことはできる。 だが、自ら祭壇に乗った犠牲を、誰が突き放せるだろう。 「今夜はお邪魔しました。ゆっくりお休みくださいね、レムさん」 「送るよ」 「大丈夫ですよ。パラカの集落で襲ってくるような悪者は、昼間レムさんが退治してくれましたから」 今になって酒が効いて来たのか、危うげな足取りで立ち上がる。 「明日お帰りなんですよね」 「そうだな。時間は決まってないけど、戦士団がそろったらだ」 「お見送りには、必ず出ますから。なるべく遅く出てきてくださいね」 雲の上を進むように、と例えればいいのだろうか。どことなく地に足のついていない雰囲気で、彼女はかんぬきを開けて扉を開いた。 夜の冷たい空気がさっと差し込んできて、意識が引き締まる。 「あ」 戸口から出かけた彼女が、レムの方を振り向く。 「私、アマリエです。覚えていてくださいね」 名を尋ねられた時は、何も構えることはなく、ただそう答えればいいだけだったのだ。 「ああ、月がもう沈む」 銀月が、山の稜線にかかっている。 「精霊パラカよ、コーネリアスの戦士レムに、どうかご加護を」 わだかまる宵闇の中で輝くそれへ向かって、アマリエはひらりと舞い出た。 板敷きの床の真ん中にある囲炉裏には組んだ焚火が火花を飛び散らせており、明かりが辺りを照らしている。 焼けるような赤い光と、濃く黒い影のコントラストに、狼の男の姿が浮かび上がっていた。 室内には瓶が転がっており、焚火の焦げくささに混じって、酒の匂いと、何かの粘っこい匂いが充満していた。 「なあコレル、ちっとやりすぎじゃねえか」 不安げな取り巻きの言葉に、コレルは応じない。 「いいじゃねえか、これぐらい。別にひでえ目に合わせようってわけじゃないんだ」 代わって他の者がたしなめている。 五人とも、上半身に何も身につけていない。壁際を取り囲むように立っているその中心には、全裸の少女が後ろ手に縛られて横たわっていた。 粘り気のある何かの薬液で顔と髪が濡れており、焦点の合わない目で小刻みに全身を震わせている。 声にならない声が、涎と共に垂れ流されていた。 「すげえ効き目だな」 ぼそりと、ようやくコレルが口を開いた。 「さすがは猫どもの薬だな。わけがわからねえ。ここまで要るのか、奴らは」 「というかコレル、大丈夫なのかこれ? このまんま戻らねえとかないよな」 不安そうな一人の横で、興味津津な者もいる。 「いやあ俺こういうの好きかもしれねえ」 「マジか。さすがに引くわ」 ぼそぼそと喋っている取り巻きから一歩前に出て、コレルは満足に言葉も編めない少女の傍にしゃがみこむ。 「おい、どうだ気分は」 小刻みに震える顔が、コレルの方を向く。瞳孔が開いている。 コレルが無造作に乳房を掴んだ。 苦痛とも快感ともつかないうめき声をあげて、少女がのけぞる。 あまり豊かとも言えない胸を揉みしだく度に、過剰なほどの甘い苦しみの声を上げて少女が身をよじる。 「絶対ェ孕ませて帰るからな」 コレルは少女が寝返りで逃れないよう、うつ伏せにして尻を上げさせ、のしかかるように後ろから両の乳房に手を回した。 「コレルの奴やる気だよ」 「お前がこの子レムんとこの方から来ましたよなんて言うからだろ」 乳首をつねり上げられ、少女が苦しそうな声を上げている。 コレルが、ズボンを脱がないままの腰を、彼女の尻の割れ目にこすりつけている。 「あそこまで反応いいと……なあ」 「待つのキツいな」 「てか本当に大丈夫なのかよ、あの薬」 「うるせえなお前さっきから」 「お前らうるせえぞ」 帯を解いてズボンをずらしながら、コレルが威嚇する。後ろ手に縛られたままの少女の尻に、勃起したものの先端をあてがい、数度こする。 それだけで、少女の息が引きつるように乱れた。 「おら……わざわざ来てくれたんだ、たっぷり楽しませてやるからな」 両手を尻に当て、指で裂け目を広げると、少しずつものを押し込んでいく。 鼻にかかった嬌声が彼女の喉から漏れる。 「どうだ、コレル」 「うるせえ聞くな……なかなか、キツいな」 「まあ年下っぽいしなあ」 「だから横で普通に喋くってんじゃ……!?」 「あぐっ!?」 先端が入ったところで、少女が弾かれたように仰け反った。 「あ゙あ゙ああっ!」 「あ、おいコラっ!」 足をばたつかせて逃れようとした少女の腰を、コレルががっしりと掴む。 「ここまで来て逃げんな! てめえん家が恥かくだけだぞ!」 「ああ、あああああああ!」 少女は捕まえられてもまだ逃げようとするが、腰を押さえつけられているため、むきになったコレルに少しずつものを押し込まれていくばかりである。 奥まで突き刺されていくにつれ、喉に声を詰まらせて、再び大きく仰け反った。 コレルのものが根元まで入ると、力尽きたように上半身を床に落とした。 「お、おいコレル」 「こいつ処女だ。手応えがあった」 「にしちゃ、反応が酷過ぎねえか」 「薬だろうな。痛みまで増しちまうんだろ」 腰は掴まれたままのため上半身だけを横たえ、瞳孔の開いた目で舌を出している少女を、コレルは不憫そうに見る。 「よしよし、ここからは痛くねえからな」 ゆっくりと少女の背に自らの体を重ね、後ろから乳房を掴む。 放心状態の少女が、あう、と反応を見せた。 乳房をこねまわしながら、コレルは腰を静かに動かし始める。まだ彼女の声に、疼くような痛みに苦しむ色がある。 乳房から手を離すと、少女の中に出し入れを繰り返しながら、コレルは後ろ手に縛っていた縄を解いた。 「ほら、そろそろ自分で手えつけ。顔に床の跡がつくぞ」 案外素直に手を突く。四つん這いの姿勢になった。 「おいお前ら、順番決めろ。この子に口の使い方も教えてやれ」 「い、いいのか!?」 「マジか!」 「あと四回出すまで回ってこないものと!」 「お前ら俺を何だと」 厳正なコイントスの結果決まった一人が、ズボンの前をはだけて既に先走りの液体を垂らしているものを彼女の顔の前に持ってくる。 「ほら、歯は立てるなよ。棒飴をしゃぶるように舐めるんだ」 俯いたままの少女の顎を掴んで、上を向かせる。 口から涎と苦しそうな声を漏らしながら、彼女はじっと目の前のものを見つめた。 「ったく、しょうがねえな」 顎を持って口を適度に開かせ、勃起したものをくわえさせる。 吐き出されるかと思ったが、少女はすんなりとものを受け入れた。 「で、舐めねえしな」 快楽に溶けた顔で、焦点の合わない目をしているばかりである。 「ほら、しっかりしろよ」 舌に触れるように位置を調節し、自ら腰を動かす。 陰茎に蹂躙された口から、荒い鼻息と共に漏れてくる喘ぎがなまめかしく聞こえる。 その時、コレルに一際深く奥を突き刺され、少女は口からものをこぼして再び仰け反った。 「おいおい、コレル」 「これだけ反応いいと、気分が乗るんだよ」 先程とは打って変わって、コレルは深く突き刺すように大きな振幅でゆっくりと腰を使っている。 一つ突くごとに、少女が艶めいた鳴き声を上げる。 「おい、やっぱりどけ。お前の腹が目の前にあると萎える」 「ちぇ」 口を犯していた男を戻らせ、コレルは少女の背にのしかかると、三度乳房を手のひらに収めた。 荒々しく揉みしだきながら、今度は速いテンポで小刻みに腰を突き立てる。 鳴き声が、悦びの悲鳴に変わった。次第に彼女が上りつめていくのがわかる。 可聴域ぎりぎりの細い高音を発して、少女が全身を硬直させた。 達した瞬間に、彼女の膣肉にものを絞りあげられたのだろう。コレルも小さくうめいて、身を震わせた。 体を支えていた腕が崩れ、荒い息をつきながら少女が再び尻を上げた格好に戻る。 コレルが、そっとものを抜く。ぬらりと光る体液の糸が、彼女とコレルをつないでいる。 支えがなくなって、少女は床に横になった。 コレルは、彼女の重なった膝を取り、仰向けに大きく開脚させる。 両膝の下に腕を差し込んで脚が上がった状態で固定し、彼女自身の液で濡れた裂け目に再びものをあてがうと、今度は一息に刺し貫いた。 彼女は既に一度達している。先程のような張りはないものの、甘い悲鳴が上がる。 今度は、最初からがむしゃらに突き上げていく。 彼女はがくがくと身を震わせ、体をよじりながら意識を失いそうな快楽からなんとか逃れようとしている。 腰まで動かしているせいで、より激しく性器をこすれ合わせる結果になっていることに、気付いていない。 「コレル、まだか?」 「やっぱ四回出すまでお預けか」 「うるせえな。さっきの薬持ってこい」 「おいおい、あれはもう危ないだろ」 「いいから持ってこい」 今度は向き合った状態から乳房を乱暴に握りしめる。 あまり豊かとは言えない柔肉が、指の形にくぼみを作った。黒目がかなり上に行ってしまっている少女の半開きの口に、コレルは自らの舌を差し込む。 彼女の舌に絡め、唾液を吸う。女の味と、ほのかな柑橘系の匂いがした。口腔中を、下で蹂躙する。 「俺がさっきチンコくわえさせたのに」 ぼそりとしたつぶやきが聞こえて、コレルは反射的に上半身を持ち上げた。 「てめえ後で覚えとけ」 「な、なんでだよ」 自棄気味に、勢いを増して乳房と膣を責め上げる。再び少女が達しても、コレルはまだ腰を突き立て続けた。 嬌声が引き攣ったようなものに変わってもまだ責め続け、少女が白眼を剥く頃に、コレルはようやく射精した。 ものを引き抜くと、再び濡れた糸が光った。 「コレル、これ以上はさすがにまずいんじゃねえのか」 少女は、股間から薄く桃色の混じった精液を垂れ流しながら、開脚したまま失神している。 病人のそれに似た呼吸で、胸が上下している。それなのに、心臓は弾けんばかりに脈を打っている。さすがに取り巻きが引いていた。 「さっきの薬はどうした」 「残ってるけどよ」 「じゃあ、それをこいつの尻穴に塗ってやれ。あとはお前たちが好きにしろ」 好きにしろ、と聞いて、やや引き気味だった取り巻きたちに俄然熱が入った。 「い、いいのか……?」 「まだ二回しか出してねえだろ……?」 「いやならいいんだぞ」 「とんでもねえ!」 言った一人の肩を掴んで引きよせ、四人で何やら円陣を組んでいる。 「いや、まずいだろあの状態じゃ……」 「でもよ、少し休憩取れば、大丈夫じゃねえか……?」 「このままじゃ収まりつかねえし。口使おうぜ口。この子の休みにもなるだろ」 ズボンの上からわかるくらい勃起している取り巻き四人は、薬の残りを手に、まだ息も絶え絶えの少女を囲むようにしゃがみこむ。 コレルはその場を離れると、服を着直した。 息を吹き返したらしい少女の、声にならない声が聞こえる。 「あ、ああ、う……」 「大丈夫大丈夫、痛くしねえって」 「ほら、薬塗ってやっから。傷薬じゃねえけど」 「ああ、あ」 心なしか、薬で曇らされたうめき声でも感じ取れるような、恐怖の響きが聞こえた気がした。 あと四人も相手をしていたら、少女の体力は持たないのかもしれない。 だが四人とも日頃からコレルとつるんでいる連中で、今回もきちんと働いた。ちょうどその場に居合わせたこともある。 自分だけ愉しんで我慢させるというわけにもいかない。 「あう、あ、ああ」 「おい、尻も使えるぞ。薬塗った」 「ってか処女だったんだよな、この子。後ろも処女かもな」 「むしろ処女で後ろ経験済みとか引くわ。で、誰から犯る?」 「面倒くせえからみんなで犯ろうぜ」 「結局休みなしだな。いいけどよ」 一人が無遠慮に彼女の股間に指を突っ込んだ。 「あぐっ!」 「一人余るじゃねえか」 「ああ、ああああ、あ、あああああああ」 膣口から漏れる精液を掻きまわすように、彼女の裂け目に入った指が肉を嬲り始める。 指が勢いを増していくにつれ、彼女の悲鳴も絞り出すようになっていく。 「お前、さっき舐めてもらってたろ。ちょっと遠慮しとけ」 「ああ? あんなんで終わっちまったのに俺だけ生殺し?」 「んじゃあ俺たちで犯ってんの見ながらブリッジしてコスってろ」 「ふざけんな。死ぬか?」 「よし、じゃあ二人ずつ交代にしよう。まずお前らで仲良くコスりあってろ」 「ああっあああああああああああ!」 快楽と離れ始めた、死に物狂いの獣のような叫びを背に聞きながら、コレルは小屋の外へ出た。 星が心もとなく光っているだけの夜の静寂の中で、山の稜線が巨獣のように横たわっている。 レムはまだ朝日が地平線から頭を出したばかりの時間に、外に出た。 すっかり乾いた蛮刀二本を携え、大路に立つ。周りには誰もいないが、朝早くから農作業に精を出しているパラカの民の気配が、各所にある。 コーネリアスの霊地ほどではないが、鋭い冷たさを含む空気が意識をさっぱりさせる。 昨夜はコレルの小屋が、随分とうるさかった。いくら羽目を外すにしても、文句のひとつも言ってやらねばならない。 剣の型を一通りと、コンビネーションを思いつく通りに素振りする。 背後からの攻撃をイメージし、振り向きながら両手の剣で武器と持ち手を連続で払う。 両側面からの時間差攻撃をイメージし、片手で片方を捌き、もう片手で逆側を牽制をしながら両側の敵が視野に収まるように素早く動く。 間合いの離れた正面が隙を見せた姿をイメージし、疾風のように踏み込み、諸手突きを見舞う。 一息ついて、元の姿勢に戻った。 普段の修練では、どれも使えない。 誰かが近づいてくる気配がした。聞くだけでも足元がおぼつかない雰囲気は、パラカの長老のものだ。 「おお、さすがは戦士殿。お見事な太刀筋です」 「おはよう、長老」 「おはようございます」 申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、レムの宿舎の方へ目を向ける。 「孫娘の非礼はお許し下され。何分、こういったことをさせるのは初めてでしてな」 「いや」 アマリエのことだろう。そう言えば、レムをマダラと勘違いしたのもこの長老だ。そんなに男っぽく見えるだろうか。 「空が白む前に帰って来いと言っておいたのですが、まだ御厄介になっておるようで。すぐ連れて行きますので、大目に見て下され」 頷いて通そうとして、レムははたと気づいた。 「長老、孫娘って、アマリエだな」 「左様でありますが」 「アマリエはまだ月が出ているうちに帰ったはずだ」 「そんなに早くですか」 ただ事ではないらしいと察したらしい。長老の顔色が変わった。 「孫が、お気に召しませんでしたか」 長老の表情は、不測の事態に焦り恐れた者のそれである。だが、レムにはその言い草が棘のように刺さった。 「長老、私は女だ」 「な、なんと」 「それよりアマリエだろ。きっと何かあったんだ」 盗賊を討ち漏らしたか。だが、最初にレムを囲んだのは十一人、屍の数も同じである。あの場にいた者は全員とどめを刺してある。 根城の留守番が戻ってきたとしても、置いて行かれる程度の賊が、戦士のいる集落に意趣返しに来るような度胸を持っているとも考えにくい。 「申し訳ありません。女の方だと知っておれば、このような」 「それはもういい! 長老、皆に知らせろ。私は他の戦士を呼んでくる」 「い、いえ、とんでもありません。その必要は」 自分と長老の温度差は、いったい何だ。 アマリエ一人どうなってもいいと言わんばかりではないか。 農作業に出ていたパラカの民たちが、何事かと集まってくる。 苛立ちを隠す術を知らないレムを見た彼らは、一様に長老と似たり寄ったりの表情を浮かべた。 「戦士殿には、盗賊を討っていただいて、十分お世話になりました。これ以上のお手間を」 「長老、あんたはアマリエが心配じゃないのか」 「ええ、ですが……」 埒が明かない。 こうなれば、パラカの意向は関係ない。コレルを叩き起こして、取り巻き連中を駆り出してアマリエを捜させる。 盗賊を討つのは、友邦のためという大きな目的が下地となっている。なら、行方不明の娘を探すのも、戦士団として何ら間違っていないではないか。 所在無げなパラカの民に一切目をくれず、レムは駆けだした。 戦士団の宿舎の場所は、昨日割り当てられた時点で教え合っている。 「コレル! 起きろ! 手を貸せ!」 叫びながら戸を叩くと、中で大勢がもったりと動きだす気配がした。 酒盛りでもしていたのだろう。むわっと、生温かさと湿り気と発酵した何かの薄い匂いが混じった空気が吹き寄せる。 何人か二日酔いになっているかもしれないが、それどころでは―― 「なんだよ、急ぎなら猫のでも借りて来い」 「馬鹿なことを言っている場合か! アマリエ、いやパラカの長老の孫娘の」 面倒くさそうに開いた扉の奥に、レムの宿舎と同じ間取りの部屋があった。戸口に毛先がぼさぼさのコレル、取り巻きたちは部屋中に雑魚寝している。 「行方が」 奥にベッド。 「あん? 面倒くせえなあ。俺たちが手伝う必要あるのか、それ」 コレルの脇を通り過ぎ、ベッドに近づく。 「おい、聞いてるか」 薄いシーツを被った、見覚えのある赤い巻き毛。 「アマリエ」 枕元で、声をかけた。一瞬身を固くして、彼女は意を決したように振り向いた。 「おはようございます、レムさん」 彼女は、疲労の色の濃い顔で、相変わらず微笑んでいた。今にも泣き出しそうだった。 「おいレム、俺たちの仕事は盗賊討伐だぞ。パラカのことはパラカに任せとくもんなんだよ」 「もういい」 「あ?」 「邪魔した」 肩から力が抜けた。 あんなに躍起になっていた自分が、馬鹿みたいだった。 「ごめん、アマリエ」 「いいえ」 自分がどんな顔をしているかわからない。ただ、こちらに目を向けているアマリエは、寂しそうに笑っている。 「そんな顔しないでください。私は大丈夫ですから」 コレルが、二人の顔を交互に見た。 「探し物が見つかって良かったな」 余計なひと言を黙殺し、レムは宿舎を出た。 パラカとの温度差も当然だ。レムに受け入れられなければ、他の戦士の所へ行くということが最初から決まっていたのだろう。 だからこそパラカの民は、アマリエよりもレムの顔色を気にしていたのだ。 女の仕事は、子を産むことだ。アマリエもそれを理解しているようだった。何も不思議なことはない。なのに、なぜこんなにうろたえているのだろう。 脳裏に、白い裸体を晒して震える祭司の少女の姿が浮かぶ。 楽な遠征とはいえ無事に終わって機嫌のいい仲間の戦士たちをよそに、レムは一言も発さずコーネリアス氏族の集落に戻ってきた。 長老議会への報告はコレルに任せ、霊地に向かう。剣を持って来たが、結局剣帯から取り出すことなく環状列石に腰を下ろした。 岩石がいくつか並んでいるだけの、一面の草原を、北国特有の鋭い冷たさを含む風が、短い草地を撫でながら吹き抜けていく。 アマリエは、誰に抱かれたのだろうか。 男がそういう行為を好んでいる、というのは、アマリエに言われなくとも聞いていた。だが、そういうものなのかと軽く受け止めていた気がする。 コレルの宿舎に漂う匂いが、その行為が自分とも無関係ではないことをはっきりと示してしまった。 アマリエがレムの所に来たのは、ああいう状態になるためだ。 背負う剣が風に冷え、剣帯を通して重く肩にかかっている。 自分が女なら、いつかアマリエのようになる日が来る。男の部屋に一人で行って、自分から服を脱いで、それから。 突き刺されるのなど、御免だ。 レムはそんな有様なのに、アマリエはレムの所へ自分から来て、またコレルの宿舎にも行って、立派に務めを果たした。 務めの問題なら、レムは自分が戦士の務めを十分に果たしていると思っている。 それなら、女の務めはどうなのか。レムが最初から祭司として生きてきていれば、アマリエのような強さが手に入ったのだろうか。 こんな時に限って、ビスクラレッドは姿を現さない。 ふと、風の匂いを感じた。 霊地に続く坂を登ってくる集団の匂い。祭儀に使う香の匂い。 あと少しもしないうちに、祭司たちと手伝いの下働きたちが、霊地に現れる。 精霊への奉納儀が、近々行われるのかもしれない。 石から立ち上がって、鉢合わせる前に霊地を後にする。そもそも、霊地は気軽に立ち入っていい場所ではないのである。 居住区裏側に続く抜け道に入って、一度だけ後ろを振り向く。 普通の姿の女もいれば、袖と裾にたっぷりと余裕を持たせた祭礼衣装をまとった祭司の姿もある。 数日後の奉納儀で、彼女たちは、舞い、祈り、謡う。 舞は精霊の力を身に受けるためである。祈りは精霊の心を覗くためである。謡いは精霊に言葉を届けるためである。 祭司となった女たちが、その体と心で覚え込む技だった。 そして初潮が来たなら、しかるべき家族と縁談を組み、見合った相手との間に子を設けるのも祭司の仕事である。 レムの舞は、敵を討つための術である。レムの祈りは、剣に必殺の力を与える集中である。レムの謡いは、刃に与える誇りと信念である。 レムは、戦士なのだ。
https://w.atwiki.jp/mayshared/pages/1470.html
ラノで読む 0 わたしは母を失い、異能の力と異形の家族を得た。 あれは純然たる事故、第三者による加害も、異能もラルヴァも関係がなかった。 冬の休日。母と二人で遊園地に出かけた帰りだった。父親はいなかった。母が結婚してすぐに、他界していた。 「おかー、さん……おかーさん……」 自動車の窓から投げだされ激しく打ちつけられた身体はしびれてうまく動けず、雪の上にいるのに寒さは感じず、起き上がりかけた掌は真っ赤になるほど熱かった。 「いたい……よ」 唇を切ったのか、服の袖で顔を拭おうとすると悲しいくらい血で汚れた。 「おか……さ……」 どこにいるの、と言いたかったのに、喉がかすれてひゅうひゅうと息が漏れるだけだった。寝起きのように周りの様子がはぼんやりとしか分からなかった。頭がはっきりしてくると、今度は夜目に慣れてくる。 片肘をついたままわたしは辺りを見回した。左手には細い林、右は木々を潜った少し先にアスファルトで舗装された道路がある。そしてもう一つ、街路灯もない夜の峠道でわたしの視界を照らすものがあった。 白い冬の木立のなかで、そこだけが明るく、暖かかった。 「……あ」 巨木が食いこんで前面部分がひしゃげた車のなかで、全身を炎に縁どられながら母は燃えていた。かなり後になってから、当時の状況を教えてもらうことができたが、わたしが見たとき、すでに母は事故の衝撃で即死していたそうだ。だから、焼けながら苦しんで逝ったのではなかったという事実が、唯一の救いだった。 あれだけの炎に覆われても熱いの一言も発しない母。死をよく理解していなかったわたしは、それでも母が母でない何かに変化したことを、熱気になぶられている肌で感じていた。 フロントガラスに前のめりに突きだした母の体は、熊のはく製みたいに平べったい質感でだらりと顔をうつむけていた。黒い煙が車内を這って噴き出していて、その表情は見えなかった。 体が震える。かちかちという音が騒がしく、駄々っ子みたいに首を振るとそれは自分の歯の噛みあう音だと気づいた。 新雪の上に肘を立てた。そこから体を引っぱって、また前に肘をついて。わたしは少しずつ車に近寄った。 母の顔を見るまで、あそこにいる人が母だと信じられなかった。 バチン! と重い大砲のような音が耳を貫いた。前輪のタイヤが破裂したのだ。一瞬浮き上がった車が崩れるように傾く。中にいる母が潰れたタイヤのほうへ動き、腕が滑って紫のほうへ伸びた。 わたしは息を呑んだ。今度は悲鳴さえあげることができなくなった。 母の手が、わたしを呼んでいた。衝撃でガクガクと揺れるたびに真っ直ぐに伸びた白い手が、わたしを誘う。 わたしを守って、包んでくれた温かい手が。飽きずにいつまでも髪を梳《す》いてくれて、いつもわたしの手を引いてくれたあの優しい母の手が。呼んでいる。あの手が、母の手が手が呼んでいる手が手が手が死んだ母の手が手が死んだ死んだ母が死んだ手が手が手が手が手が呼んでいる死が死が死が手が母の手が死が呼んで―― 「おかあさん……」 わたしも母を呼んでいた。 火花が爆《は》ぜた。 それをきっかけに、恐怖や不安が、足の底にずぶずぶと沈んでいくような感覚があった。子どもながらに持ち合わせていた常識や理性が、千切れそうになりながらも、衰弱して、深く遠いところへ落ちていく。空《から》になったなった胸に沸いてきたのは焦燥感だった。 一緒にいないと。あの手を繋いでわたしも一緒に。 わたしは夢を見ているんだ。 あの手を握ればすべてが終わる。そうだ、わたしは観覧車でうたた寝をしていた。母の膝を枕に、てっぺんを下り始めた頃になってようやく起きたつもりだったが、あのときの夢が続いているんだ。きっとそうに違いない。 そうやって一心に念じると、もう痛みは感じなかった。切った唇や足の擦り傷は、ただの絵の具の汚れにしか見えなくなった。 母はもう揺れていなかった。先に戻っていったのだ。ここではないどこかへ。 立ち昇る火柱は、真っ暗な夜に呑まれていく。 「かえらなくちゃ……」 自分が呟いた言葉に押されるように、這いつくばりながら母のいる車へさらに近付いた。 身体中に照り返す炎の色が、大口を開けてわたしを待っていた。それでも、その口のなかには母がいた。怖くはなかった。 ふいに、夜空に伸びる火柱が揺れた。 冷徹な風を纏《まと》い、ぬっと夜の幕から浮き出たのは、大きな鳥だった。 1 陽は沈みかけている。遠くに連なる山の稜線の縁取は夕焼けに燃え、空の端を焦がしていた。 千代《せんだい》紫《ゆかり》は瓦礫の山を通り過ぎようとして、急に立ち止まり、崩れかけの建物の壁にぴたりと張りついた。 離れた先でうるさく騒ぎながら歩く――大学生だろうか、紫よりも年格好は上に見える――地元の青年たちのグループが見えなくなるのを待って、紫は崩れかけたブロック壁の蔭から体を出した。 紫は頭上を見上げ、なんとか読めることのできた立て看板には、ここに洋館型のお化け屋敷があったことが示してあった。 少しの間そこに立ち尽くしていた紫は、まだ聞こえる青年たちの声を見送った。見送って、紫は彼らの行く道から右へ折れた。 かつてここには遊園地があった。紫が生まれる前には閉園されたらしい。何かいわくつきでもなく、当時では珍しくもない経営破綻だった。 閉園されてからもアトラクションや店舗は残っていたが、買い手がつかず放棄されたままだった。それから数年のあいだ若者の不法侵入が相次ぎ、小火《ぼや》程度だが放火事件が起こったりで、苦情を受けた市がやむなく買い取り、一部の建物を解体しはじめたところで市の財政も厳しくなり、再び放棄されたわけだ。 この遊園地には、数ヶ月前から怪奇現象にまつわる噂が跋扈《ばっこ》していた。それは「園内を一人で歩き回る子どもの姿を見た」とか「突然大勢の人間の叫び声が聞こえてきた」とか「動力を失っているはずの観覧車が勝手に動いている」といったものだ。 これといって独創的でもないありきたりな噂話であったが、古典的なパターンであればあるほど、人がそれに踏み込む敷居は低くなっていたりする。 以前は放火対策のためもあってか、市から派遣した管理者が詰めていて、人の出入りは厳しく取り締まられていた。しかしこの案件が市から県へ、県から国へと|意図的《ヽヽヽ》にたらい回しにされ、紫の在学する双葉学園に依頼されてからは、遊園地周辺一帯を管理する関係者はすべて学園が手を尽くした人選でまとめられている。それでも表向きは、遊園地の跡地は立ち入り禁止の立て看板とロープで囲っただけの無人区域に指定されていた。 紫は持っていたPDAの電話機能を使って尋ねた。 「本当に、大丈夫なんでしょうか。一般の人に異能やラルヴァを見られるのは避けた方がいいかと思うのですが」 通話相手に小声で懸念を告げると、少し遅れて返答がきた。 『らいろうるれふよー。んぐ、敷地外で事後処理の担当さんが動いていますから。えと、ちょっと待ってくださいねー』 女の子の声が遠ざかると、プラスチックの袋を漁る音が受話器越しに騒いだ。紫の質問に答えるための資料を探しているのではなく、菓子袋を開けている気がした。 『千代さんがさっき見かけた人たち、酒盛りの勢いで廃墟探検にやってきたらしいですからねー。事が起こっても、不法侵入で引っぱればあとはどうにでもなるそうです。それに、千代さんの……|オトモダチ《ヽヽヽ》? が見られても、酒に酔った幻覚ということで誤魔化せる。だそうです。あのー、オトモダチって誰ですか??』 2 大きく手を広げ、タイミングが遅れて驚かせ仕損じたように、地上数十メートルの高さで鈴なりにゴンドラをくっつけた、焼け焦げた大輪の花のような観覧車が紫を見下ろしている。 観覧車は動いていない。当然だ。人も、動力も、十数年前から絶えている。 鉄柱は錆びつき、熟《う》れ落ちた実が動物に啄《つい》ばまれるように、乗り場に降りたゴンドラの窓はすべて割られ、人の手の届かない上にいくほど、清潔な旧《ふる》さを残していた。 西日がゴンドラの窓から突き抜けているのを見ながら、PDAで時間を確認した。17時08分。 そのとき、低い悲鳴が耳に聞こえてきた。さっきの青年たちの誰か、男の悲鳴だ。 紫は声のした一角へ振り返った。複数人の怒声が響き、けたたましく走り回る音に遅れて、腹底から唸《うな》る獣の咆哮が園内に響き渡った。 「……早く終わらせないと」 間違いは起こらないと思うけど、追い立てられる彼らが不憫だ。 自分に言い聞かせるように、再び紫が観覧車に向き直ると、すべてが一変していた。 ありし日の、過去の観覧車がそこにあった。 虹色の花だ。初めてみたとき、ところどころ錆びついていた鉄柱には、中心からゴンドラへと伸びる一本一本が、赤黄緑青紫……と虹の配色になぞらえて塗装され、花弁にあたり、花の輪郭と呼べるゴンドラは空色に色づいていた。 夕陽を浴びて、死んだように立ち尽くしていたあの観覧車の面影はどこにもない。PDAの時刻は17時09分を示していたが、秒単位の表示は52秒から凍りついたように動かなかった。 「幻、じゃない」 アツィルト・ワールドと呼ばれる精神世界。独自の世界観を持ち、単独で成立する空間現象。それに似ていた。 西日の残照は消え失せ、観覧車の隙間を埋め尽くすような|真昼の青空《ヽヽヽヽヽ》が、なぜか広がっていた。 空だけでない、空そのものが光を発しているかのように、煉瓦《れんが》道やゴンドラの赤茶けた色彩にすら、薄い青が透けて見えた。 人もいた。遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみが配る風船に集まる子供たち、はしゃぐ男の子に手を引かれて歩く母親、肩を寄せて観覧車の順番待ちをしているカップルや、ベンチで語らう仲の睦《むつ》まじい中年夫婦。人の群れ。 紫はここに建っていた遊園地の――黄色い声に満ちた、絶えず人々を楽しませて笑顔にしてきた――当時の姿を知らない。けれど、いま目の前で脈動している人の流れ、途切れることなく、ジェットコースターのように駆け抜ける歓声を聞いていると、そのすべてが現実にあったことなのだと思えてならない。 それぞれが、回って下りてきた観覧車の丸いゴンドラに乗り、昇っていく。 「乗りますか?」 カップルを乗せて見送った大学生くらいの女性係員が、紫に明るく言った。 紫は一瞬戸惑って、辺りを見渡した。観覧車に乗っていった客と係員以外の人々は、この青い世界に溶けていくように、紫の目前で音もなく消失していく。 どうやら、ゴンドラに乗れということらしい。 係員のすすめに従って、紫はゴンドラに乗りこんだ。係員の女性は扉を閉めると、笑顔で紫を送り出した。 内部の装飾は、ナイト用の照明と、少しごわごわした座り心地のシートが対になっているだけのシンプルなものだ。タバコの吸い殻も捨てられていないし、シートに焦げ跡もなく、窓ガラスも割れずに綺麗にはまっている。 「それでは善《よ》き空中散歩を!」 直後にその姿ぼやけ、背景に呑まれるように消え去った。紫をゴンドラに乗せた時点で、この過去の観覧車に、彼女を登場させる必要がなくなったからだろう。 観覧車の客室であるゴンドラは、内側から扉を開けることはできない。一周すれば係員が開けてくれるはずだが、その役目であるはずの人間は消えてしまった。 「鬼が出るかラルヴァが出るか……」 ゴンドラは低速でゆっくりと昇ってゆく。半分あたりの高さまでせり上がってくると、かつての遊園地の眺めがしだいに形をあらわしてきた。きらびやかな電飾のメリーゴーラウンドや、いくつものアトラクションの頭上を縦横にレールが敷かれ、最後はプールのような湖に飛び込む水上ジェットコースター。紫が通り過ぎたときには更地になっていたお化け屋敷などのアトラクションが、至るところにも建ち並んでいた。 どことなく、アトラクションの造形はレトロな雰囲気のものが多い。 (遊園地全体がおじいちゃんみたい) 当然のように、どれも多彩な色づかいの上に青が薄くかかっている。 ゴンドラの窓から望める遠景のアトラクションに目をむけたのは数秒。 顔の向きに従って紫が視線を戻すと、人間《ひと》がいた。襟のついた白いシャツに紺の短パンと、少し今風の装いから外れていた 「老人」という括《くく》りでしか形容できず、雑踏に紛れれば、二度と見つけることのできない、通行人Aであり、群衆の一部でしかない存在。そのくらい、目の前にいる人物には特徴らしい特徴が何一つなかった。 老人は細い両眼を凝らして、紫にその視線を注いでいる 3 「……この人は」 呟く途中で、紫は弾かれたように目を見開いた。 遠雷のような、獣の遠吠えが聞こえた気がしたからだ。 それに敵意が込められているのを気づいて、窓の外へ振りかえった時には、二度目に放たれた咆哮が、紫の耳にはっきりと届いた。 白い鳳《おおとり》。翼をはためかせる姿は大の人間を遥かに超えた大きさで、狐のように尖った口先は真横まで裂かれ、およそ鳥には似つかわしくない獣の咆え声をあげながら、紫の乗る観覧車へ真っ直ぐに向かってくる。造られた青空を切り裂いて、鋭い犬歯を引きつらせ、怒りに猛《たけ》る咆哮がビリビリとゴンドラの窓を震わせる。 獣の頭に、鳥の大翼を持つラルヴァだった。 「だめよクアロ、来ちゃだめ」 クアロと呼ばれた白い鳳は、一度大きく羽ばたいて飛翔した。白い大翼を折りたたみ、観覧車の頂点にまで昇ってきた紫のゴンドラ目がけて、頭から急降下した。落下に近いスピードで、黒ぐろとした瞳いっぱいに紫のゴンドラを捉えると、翼を広げて上半身を仰け反るように反転し、その勢いで鉤爪を突き出した。 それを不安げに見つめていた紫が、あっと思わず声を息を止めた。 今まさに、その大きな鉤爪でゴンドラを掴みかけていたクアロの体が、横ざまに弾かれたのだ。 「クアロ!」 叫んだ紫は、ゴンドラの窓に身体を寄せて、わずかに覗ける上空の様子を必死で見ようとした。 クアロを払いのけ、全長数十メートルもある観覧車よりも大きな異形《ラルヴア》がそこにいた。 まるで紙の人形だ。圧倒的な巨体であるにもかかわらず、劇場の風景幕のような、厚みや立体感がちぐはくで、その場に静止することができず、陽炎《かげろう》のようにぐらぐらと揺れている。 「あれがこの世界の主……?」 真っ白な人の形をしたシルエット、輪郭だけで表面に起伏のない紙みたいにのっぺらぼう。あれだけの巨体を保つだけの膨大な魂源力《アツイルト》があれば、周囲の記憶を留め、再生することが出来ても不思議ではない。 クアロが咆哮をあげる。目立った外傷はなく、その力強さに紫は胸をなでおろした。 再び舞いあがった白い鳳は、紫のいるゴンドラへ突進する。クアロにしてみれば、巨大なラルヴァが紫をゴンドラの中に閉じ込めているように見えているのだろう。 人型のシルエットは、扇のように広げた手をゆっくりと動かし、小鳥をあしらうようにクアロを跳ね除ける。あくまでもゴンドラの前へ腕を突き出して、クアロの猛攻を防いでいた。 (わたしを守ろうとしているの?) ここにきて、紫の考えが確信に変わった。 窓を叩いて、紫は声を張り上げた。 「お願い、ここから出して! そうしないと、|あの子《クアロ》は攻撃をやめない」 ぼんやりと人の輪郭を映すラルヴァに向かって叫び、同時にクアロにも大声で訴える。「クアロ、やめなさい!」 紙人形の巨体が揺れる。少しだけ、顔が紫に振り向いている気がした。 けれど、唸り声を上げながら体当たりを続けるクアロに、ゴンドラの中の紫の声は届かない。 きゅっと唇を結ぶと、紫はブレザーの内ポケットからPDAを取り出した。携帯と対して変わらない、手帳型のそれを手の中で回して、くるりと角の部分を突き出すようにして握りしめると、ゴンドラの広い窓ガラスに向かって叩きつけた。 掌に食いこむ金属の感触に構わず、二度、三度と叩くうちに、ガラスに亀裂がはしった。最後に力一杯殴りつけると、窓枠にかかっていたガラスのほとんどが砕けた。青い空にそぐわない冷たい夕風を感じた。大小に砕かれたガラス片は、数十メートル下の地上へぱらぱらと落ちてゆく。 ガラスで傷つけないように手をかけると、紫はゴンドラの外へ身を乗り出した。 「クアロ、わたしは大丈夫だから!」 シルエットの頭部に近いところで旋回していたクアロが、紫に気づいた。 「良い子だから……少し、下で待ってて」 大きく手振りで指示すると、犬歯を剥き出しに威嚇していたクアロの唸り声がやがて大人しくなり、クルルルと一声甘えるように啼《な》いて、観覧車の足下へ下りていった。 ほうっと安堵のため息をついた紫は、あらためて紙人形《ラルヴア》を見上げた。すでにゴンドラは下へ下へと滑りおり始めている。 「ありがとう。わたしと、クアロを傷つけないでくれて」 存在感の薄い体を波打たせながら、人型のシルエットは顔のない顔を紫に向け、見下ろしている。肩を落として、しょんぼりしている子供のようだった。 「えっ……」 気がつくと、ゴンドラの中に老人はいなかった。かわりに、小さな男の子が同じ席に座っていた。襟のついた白いシャツに紺の短パンと、少し今風の装いから外れていたが、先の老人を見た感覚に似た、これといって特徴のない「子供らしい子供」という印象しか紫には残らなかった。 あのごわごわしたソファーに深く腰掛け、素足に履いたスニーカーが床に届かず浮いている。男の子は紫を見上げたまま、無言で座っていた。 紫は老人の変化に動揺しなかった。そして、窓の外で佇む巨大なラルヴァが、男の子の姿を介して、何を伝えようとしているのか、見極めようとした。変化は必ず状況を動かす。 「わたしは千代紫。双葉学園から、あなたに会いに来た」 割れた窓から流れてくる風は冷たかった。風で乱れた横髪を指で払うと、紫は平静な調子で自己紹介した。 男の子は答えない。 言葉がわからないはずはないのだ。紫の異能力は言葉を届けること、『ラルヴァと対話をする力』という一点に特化しているのだから、相手が沈黙しているのは他に理由があるからだ。 ゴンドラはすでに下りきって、二度目の上昇をはじめている。外で待っていたクアロが、首を持ち上げてゴンドラの動きを追っているのがちらりと見えた。紙人形は乗り手を失ったロボットのように、棒立ちしたまま動かなかった。 黙ったままの男の子に構わず、紫はとにかく喋ることにした。 「さっき、あなたにじゃれついていた鳥の子……『以津真天《いつまでん》』っていう妖怪として呼ばれていた、大昔からこの国に居た種類で、あなたと同じラルヴァなの。わたしはクアロって名前呼んでいるけど」 それを聞いていた男の子が、初めて反応を示した。ぱちぱちと瞬きした後、紫を見上げていた顔をわずかに伏せ、 〔……ない〕と言った。 声は直接、紫の頭の中に響いた。長いトンネルのなかで、何度も反響を繰り返しながら聞こえてきたような、遠い声だった。 「ない? 何がないの」 〔我には、名がない〕 声なき声音は幼い男の子のものだったが、話し方は老人のそれで、不思議と釣り合いが取れていた。 「名前がない……」 〔名が、欲しい〕 これには紫は素直に驚いた。ラルヴァが、名前に拘るなんて。 「どうして名前が欲しいの」 〔誰も、我を知らない〕 つかの間、同意を求めるように紫を見つめ、 〔名が、ないから〕と、言った。 〔我が存在と意識を獲得したときから、我はここで、人を見てきた。 人は、生まれたときから、名を持っている。名を呼び、呼ばれあうことで、己の存在を地につけ、生を実感している。そうであろう?〕 すぐに答えることはできなかった。紫自身、そんな仰々しく考えたことはなかったから、この子供の姿を借りたラルヴァの主張が間違っているとも言えなかった。 ふと、自分はどうなのだろうかと紫は考えた。喜ばしいことなのだろうか。名前を呼ばれることが、本当に嬉しいことなのか。 本当に名前を呼んでほしい人には、もう紫は絶対に会うことができないのに。 クアロとの訓練に寝食を忘れるほど没頭していると、だんだん正気と眠気の境が曖昧になってきて、突然、あの日の光景がデータ保存された映像のように、色褪せることなく再生された。体中に汗をかいて、背中を伝う冷たいものの感触に目を覚ます。昂《たかぶ》っていた感情の波が引き、疲れや眠気をすべてさらって、空っぽになった紫はいつも同じことを思う。 わたしは今、本当に生きているのだろうか。 母の呼ぶ声が途絶えたときから、わたしは死んでいたのではないのか。 体はあっても、紫の心は焼け死んでいたように思えた。夜の木立に一際明るく燃える車の中で、母が紫にむかって手招いたあのとき―― 〔名を〕 思考に割って入るように聞こえた声とともに、男の子の目が強く光った。紫は浮かんできた疑問に蓋をして、気持ちを切り替えた。 「ま、待って、そんなに早くは出せないわ。……すこしだけ、時間をちょうだい」 ペットにつけるような可愛らしいもの名前、それとも人間的な人名。なにか判断材料、もしくはそのまま名前に使えるような特徴を当たりをつけなければならないだろう。 まだ十数年の人生のうちで、二度もラルヴァの名付け親になるとは思ってもみなかった。クアロのときは、幼いながらの直感で名付けていたが、出会ったばかりのラルヴァに適当な名をつけるのはためらわれた。 何気なく窓の外、二度目の頂点にさしかかったゴンドラからクアロを見下ろし、目線をあげると、周囲のアトラクションが、青空の下で未だに青みがかった姿を保っていた。 ふいに、言葉の切れ端が紫の頭の中をかすめた。その影を見失わないようにと、無意識が口をついて出ていた。 「青い過去、|Past the blue《青の過去》……パザル」 〔パザル……〕 「遊園地の過去を象《かたど》って作ったこの世界を初めてみたとき、夕暮れから急に青空になって驚いたの。それに雲ひとつない、夢みたいな青空で、空そのものが太陽みたいに輝いている気がして。過去の青空の遊園地。過去の青空、パスト・ザ・ブルー。縮めて、パザル」 自分で言ってみて、なんだか照れくさくなった。 「ちょっと短絡的かな。ごめんなさい、思いつきで、何となく頭に浮かんできただけで」 呟きが頭に響いた。 〔パザル、パザル……〕 何度も言いなおして、自分の身体に隙間なく詰め込んで、馴染ませて。やがて、パザルの物言わぬ口もとに笑みが広がる。 〔良い、名だ〕 それは静かな歓喜の声だった。 りぃん、と大きな錫《すず》の音が、紫の頭のなかで一際盛大に響いた。刹那、平衡感覚を失ってよろめいた紫が見たのは退廃していく青い世界だった。 〔礼を言う、人の子よ。これで我は無二の存在に昇華する〕 りぃんりぃんと脳の内側から突き破るように錫が一つ鳴るたびに、焼き焦がすようなあの夕焼けが、青空の裏側を炙《あぶ》りながら侵食していく。ゴンドラの内装は煤《すす》まみれになり、ガラス窓は長年の汚れで曇って、ぼろぼろのシートはクッション部分が飛び出していた。 すべてが元に還《かえ》る――あの、朽ち果てた夕暮れの廃園へ。 4 紫の眼を山の稜線から水平に差し込む夕陽が貫いた。錫の余韻がまだ頭を打っていた。 こめかみを押さえた腕を、前のめりになるくらい引っぱられて、紫は振りむいた。パザルと目が合った。茜色の輝きを帯びた瞳が、 〔これから、我は消える。名をもらい、新たな生を受けた我は、もう以前の我ではない。新たな地へ、パザルとして相応《ふさわ》しい所で、我は還るのだ〕 言葉が続く、 〔いま、我に残された力と存在はそこへ脈々と移りつつある。そうなれば、この鉄の滑車はまもなく崩壊する〕 頭に聞こえるパザルの声とは別に、鋼鉄の花の節々から軋む一つ一つの悲鳴が、現実に聞こえていた。紫が割ったゴンドラの窓が傾《かし》いで見えるのは、感傷的な錯覚ではない。 〔最後にひとつ、そなたに頼まなければならないことがある〕 腕を引く力がふっと抜けた。パザルの体が、指先から少しずつ融け始めている。 紫が頷くと、パザルは消えかけの手の甲を紙人形《ラルヴァ》の巨体へ向けた。 〔あれを、打ち倒してほしい〕 「……どういうこと」 〔我が消えても、あれはここに残り続ける。あれは人から生まれ、時とともに地に還るはずであった記憶の残滓《ざんし》。それが因果の掛け違いで膨れ上がり、肥大化しすぎたためにあのような間違ったかたちで姿を得たのだ。あれは決して、時の風化で消えることはないのだ〕 人々の記憶、想い出から生まれたラルヴァ。 ラルヴァを生かし、育むためのラルヴァ。 母と同じだ。紫を生み、育てただけで終わった一生。そう感じると、目の前のラルヴァに言わずにはいられなかった。 「あなたのお母さんみたいなものなのに。どうして、そんな簡単に切り捨てられるの」 パザルは答えた。 〔あれに自我や意思はない。ここで生まれ、ここで死ぬ。それだけの存在なのだ〕 「わたしには分からない……あなたも一つの人格を得たからこうして生まれたんでしょう?」 気がつくと紫は苛立っていた。「なのに、同情とか、名残惜しむ気持ちがあなたにはないの? ただ親の命を踏み台にするだけで、何も感じないのなんて」 そのときのパザルの表情は、なんと言ったら良かったのだろう。子供みたいに驚いて、すぐに追いついて浮かんできた困った笑顔は老人のように穏やかだった。 〔未練がないわけではない〕 紫に向けられた少年の瞳はどこまでも優しかった。 「だったら一緒に考えよう? あなたの生みの親を助ける方法を」 〔それはできない〕パザルは緩慢に首を振った。〔自然の理《ことわり》から外れているものは、正しい場所へ帰らなければならないのだ。あれも役目を終えたから、消えなければならない〕 そして時間も残されていない。パザルの身体は腰のあたりまで消失が進んでいる。 あの日からずっと、わたしは母の手を忘れられないのに、あなたは簡単に捨て去ろうとしている。 「……おかしいよ、こんなのって」 〔そなたが執着しているものが、我には推し量ることができない。だが、だからこそ、そなたに頼みたい。|あれ《ヽヽ》を生み出した因果の終端が我らの出逢いならば、新たな因果の始まりもまた、そなたの前に現れる〕 狭いゴンドラのなかで、パザルは一歩体を引いた。 〔因果はめぐるのだ。この車輪の輪のように――〕 光が、パザルが消えた。 そして崩壊がはじまった。内なる芯を失った観覧車が傾きはじめる。 束の間、振動するゴンドラの中で紫は両手でスカートの裾を握りしめていた。手を緩めると鳳の鳥獣の名前を呼んだ。 「クアロ!」 紫の呼びかけにクアロが応えた。砕けた窓枠に足をかけ、ゴンドラから飛び降りた。飛んできたクアロは頭をさげて、その背に彼女を迎えた。紫はクアロの厚い羽毛の下を探り、細いベルトで組み合わせた騎乗帯を掴んだ。 「急いで離れて……高く、飛んで!」 クアロの背に顔をうずめると、肩に強い衝撃が降りかかった。次に紫が顔をあげたときには、大きく傾き続けている観覧車が眼下に映った。その傍らに寄り添うように、白く巨大なシルエットのラルヴァが立ちつくしている。 「本当に、倒さなくちゃならないの?」 不理解を口にしながら、それでも異能を持つ学園生としての役割と、自分に委ねられた願いを跳ね除けることはできなかった。 パザルという意思を失った今、不動の姿勢を保ち続けている紙人形の巨体は、ラルヴァという異質な存在がゆえに、自《おの》ずから朽ち果てることさえも許されなかった。 観覧車は、不自然なほどゆっくり傾いていく。沈没する船から逃げ出すように、土台や支柱の接合部のボルトが地上へ弾けて落ちていくのが見えた。 クルルル、とクアロが首をひねって紫に振りむいて鳴いた。 「そうよね……わたしが頼まれたことだから、最後まで面倒を見ないといけないね」 紫が指示をささやき、紙人形の周りを飛行していたクアロが螺旋を描くように舞い上がる。ある地点にまで上りつめると、紫は騎乗帯をしっかりと握った。ふわりとした無重力感に紫の髪が浮き上がり、クアロの飛翔はそこで止まった。 羽ばたきをやめたクアロは翼を広げたまま、白いシルエットのラルヴァに向かって急降下を始めた。加速がついてくると、張り伸ばした翼は少しずつ最適化された降下姿勢へと変わり、全身を引き絞った弓のようにしならせる。 騎乗帯を掴む紫の手に力がこもった。 次の瞬間には、クアロは紙人形のラルヴァの体を貫いていた。紫は短いトンネルを一気に駆け抜けたようなぞわりとした音の感覚がし、制動《ブレーキ》をかけたクアロが地表すれすれからほとんど垂直に飛び上がったとき、頭が反り返って、日の落ちた空に燃える赤が視界いっぱいに広がった。 眩むような陽射しに目をそむけた視界の隅に、あの観覧車があった。ゴンドラの中に、ちらりと人影が映った。 パザルじゃない、女と少女の影。 背格好は小さいほうだが、年若い女は少女の母親らしかった。紫の髪を短く切り、もっと眼の線を柔らかくして、もう少し明るい性格だったなら、紫はああいう人の良さそうな女性になれるかもしれない。 靴を脱ぎ、あのごわごわな座席に横になって母の柔らかい膝の上で目をこする少女。 |あれはわたしだ《ヽヽヽヽヽヽヽ》。 遊園地でさんざん遊び疲れた少女が眠ってからも、いつまでも髪を撫で続けている母の横顔は、紫の記憶にはない表情をうかべていた。 母の、千代|紅子《こうこ》としての、幸福に満ちた眼差し。 「おかあさん……」 呆然と、紫は無意識のうちに手を伸ばしていた。遥か地上の、今にも崩壊しそうな観覧車に向かって。 観覧車はもう取り返しのつかない傾きをしていたが、吊り下げられたゴンドラたちは水平なままだった。 「お願い、いかないで」 片手を離した拍子に、バランスが崩れそうになる。ぎりぎりのところでクアロが上手く支えてくれているのもかまわず、紫は叫んでいた。 「待って、帰ってきてよ!」 母の手が止まった。一人娘の小さな頭に手をのせたまま、窓の外を振り仰ぐ。 母と目が合った気がした。笑っていた。そんなはずない。あれは紫がラルヴァに触れて生まれた幻の追憶。過去の青空に、ただ目を細めているだけ。 母が口を開く。声として耳に聞こえなくても、独り言のようにゆったりとした唇の動きは紫にも読み取ることができた。 (今日がいい天気で良かったね) 何の意味もないつぶやき。辛くて、懐かしい声が紫の脳裏にはっきりとよみがえってきた。 「おかあさん!!」 母は、母にしか見えない青空《そら》を眺めながら、また何か呟いて微笑した。そして、大切な宝物を愛でるように、その笑みは尾を引いたまま、膝の上で眠っている娘にむけられ―― あとの姿は噴煙に呑まれ、紫の叫びは轟音に掻き消えた。観覧車の全体が一度に横に倒れたのだから、土煙や砂埃といった砂塵《さじん》の噴き上げた広さや量など、おびただしいものになっていた。 立ち上る煙を嫌ったクアロが、鳴きながら身を捩《よじ》った。 ぐらりと揺られたそのとき、紫の体のほとんどはクアロから離れてしまっていた。 間延びした一瞬の間に、天地が逆さまに変わっていた。クアロが上空で激しく吠えたてていたが、それも紫が煙の中へ落ちたことですぐ見えなくなる。 紫の横を地上で砕け散って飛びあがった拳くらいの石がかすめた。今まさに落下している自分とは逆に、小さな瓦礫の破片たちが舞い上がり、暗い空に消えていく。 目で追おうとして紫が顔をあげたとき、別の石片が後頭部を強く打った。 激痛に目がちかちかする。奥歯を噛みしめるほどの衝撃に声も出ず、自分の視界がしだいに暗やみ、遠く離れるように閉じようとしていた。クアロの鳴き声も、少しずつ篭《こも》って聞こえた。 今度こそ、紫は死ぬのだろう。 紫は自分の意思でそっと、眠るように両眼を閉じた。 決して死にたいわけではなかったが、生きていたいわけでもなかった。あのとき死にそびれて、心だけがずっと彷徨《さまよ》っていたから。ここで肉体が死ねば、生きながら死んでいたこれまでの紫の人生の帳尻が合うのだ。 (あるべき所へ還る……) パザルがそうしたように、紫は今度こそ自分のいるべき所へ戻るのだ。 落ちてゆく、紫の意識も深いところへ沈んでいく。 激突する音を聞く直前、紫は意識を完全に失った。 5 頬を撫でる夕陽の蜜色の温もりが遠のいて、紫は目覚めた。日は沈み、夜に染まっている空の果てでは青い燐光が瞬いていた。 (生き、てる……?) 夢のなかにいるような感じがした。それだけ頭はぼんやりしていて、体は言うことを聞かない。 しかし時間がたつにつれて意識が回復すると、血液が体中の照明を点けて周るように神経にスイッチが入った。起き上がろうとして頭痛に体を強張らせた紫は、そのまま横に手だけを動かす。柔らかく、温かい羽の感触にちらりと目をやった。 「また、助けられちゃったね」 白い毛羽を立ててくすぐるように何度か撫でると、紫の下でクアロが気持ちよさそうに喉を鳴らした。 「生きてた」 何気なく呟いた事実が、もう一つの意味を持って紫の胸にこみ上げてきた。 「生きてたんだ、わたし……」 紫は短く微笑《わら》った。ほとんど笑い声にはならず、くつくつと可笑しさを噛みしめるような笑い方に、いつも一緒にいるはずのクアロが戸惑って、首を一生懸命に上へ回して紫の表情を覗き込もうとしている。 今の紫は、母と手を繋いで遊園地をはしゃぎ、母の膝で甘えていた頃に戻っていた。再び死の際《きわ》に立たされて、ずっと置き去りにされたままだった紫の心の半身を引き寄せたのか……。 「もう、そんなに動いたらまた落ちちゃうでしょ。あは、はは……」 両眼にあふれていた涙が零《こぼ》れそうになって、慌てて手で眼を覆った。泣き笑いの顔で、笑い声をはずませている口だけは隠さずに、紫は笑い続けた。 遠くから迎えのトラックの音が聞こえてくる。クアロを乗せて帰るための、ラルヴァ専用の運車だ。 「帰ったらクアロの大好きなリンゴ、ご褒美にカゴいっぱい食べさせてあげる」 言って、クアロの背中を優しく叩いてやると、 「クルルルー!」 尾羽をぱたぱたさせながら、クアロは夜空に向かって何度も嬉しそうに鳴いた。 -了- トップに戻る 作品保管庫に戻る
https://w.atwiki.jp/kuriari/pages/288.html
クリフトとアリーナへの想いはPart9 561 名前 「そんな姫様だからこそ」  Mail sage 投稿日 2008/10/18(土) 04 01 26 ID UZ06QTQF0 クリフトが慌てたのも無理はない。 探索を終えて宿へと戻り、自室で日課の祈りを捧げていた時に、突然バタンと部 屋の扉が開け放たれたからだ。 「ちょっと、クリフト!」 「うわっ!」 扉に背を向けていたクリフトは、思わず跪いたまま飛び上がるという高等テクニ ックを披露していた。 「あ、ゴメン。驚かせちゃった?」 闖入者はクリフトに謝ると、今さらながらに開いている扉をコツン、コツンとノ ックした。 「入っていい?」 「ど、どうぞ、姫様」 ドキドキする心臓を落ち着かせながら振り向きかけて、クリフトは石化した。 声を聞き間違えるはずもない、後ろにいたのは敬愛するアリーナ姫。その意味に おいて、彼の見たものは正しかった。 しかし、いつもと違うのは彼女の姿。四肢の動きを阻害しないいつもの武道着で はなかった。身軽という点では共通すると言えるのかもしれなかったが……。 彼女が身にまとっているのは、胸元から足の付け根までをようやく隠すだけの薄 布一枚だったのである。 「ありがと。今、お祈り? 忙しかった?」 アリーナは扉を閉めながらたずねた。 「い、いえ。今終わった所です」 両手を組んだ祈りの姿勢から全く体を動かせないまま、クリフトは答えた。頬の 体温が急激に上がってゆくのが感じられる。 「あの、姫様……その格好は?」 「ん? ああ、今お風呂あがりなのよ。大丈夫、心配しないで。もう髪は乾いてい るから」 アリーナは髪を軽く手で束ねると、クリフトのベッドに腰を下ろして、えーいと 背中から後方へと倒れ込んだ。その拍子に下腹部の布の重なり合った部分がヒラリ ときわどくひるがえり、クリフトは慌てて顔を背けた。 「は~、気持ちい~」 「……」 どうして、こんな夜遅くに、姫様が私の部屋に!? しかもこんなあられもない格好で? 石になってしまった体とは裏腹に、頭の中では疑問符が嵐を起こしていた。これ ほどパニックという言葉が似合う事態もない。ひょっとして本当は今は戦闘中で、 メダパニやマヌーサを掛けられて惑っているのではとクリフトが訝ったほどだ。 「ねえ?」 「……」 「ねえってば?」 「は、はい……?」 顔を背けたままクリフトは答える。 「ちょっと、何してるのよ。用事あるんだから、こっち来て。それともやっぱり邪 魔だった?」 「い、いえ。そんな事は……」 「じゃあ、早く」 アリーナは寝ころんだままパンパンとシーツを叩いて、自分の隣をクリフトに促 した。 「は、はい」 クリフトはギクシャクしながらも立ち上がると、アリーナのそばへと腰をおろし た。 アリーナは腕を振る反動で、よっと身を起こすと、下から窺うようにクリフトの 顔を覗きこみながらニッと笑った。その拍子にクリフトの視界に隅に彼女の胸の谷 間が飛び込んでくる。 ドクンと心臓が跳ねた。 いつもの彼女の服装から想像するよりもはるかに量感のある柔らかそうなその谷 間は、禁欲を是とする規範に生きてきたクリフトにとって強烈にすぎた。 クリフトの手のひらと背中に得体の知れない汗が滲む。 「あのね、クリフトにお願いがあるんだけど?」 「……な、なんでしょうか?」 谷間に吸い寄せられそうになる視線を、意志の力でなんとか逸らす。 「私に……シテ」 「は?」 一瞬、何を言われたのかわからなかったクリフトは、目を逸らしていたのも忘れ てアリーナに顔を突きあわせてしまった。 「だから、私にもしてほしいって言ってるの」 アリーナはにっこりと微笑んでいる。 その頬にわずかに朱が差しているように感じるのは、彼女が風呂上がりだからだ ろうか? クリフトの頭は恐ろしい速度で回り始め、なぜか旅の仲間、父、母、友人、サン トハイムの人々、いろんな人の顔や言葉が脳裏を駆けめぐった。 「ねえ、いいでしょ?」 アリーナが肩に手をかける。鼻腔をくすぐる石鹸の香り。微かに二の腕に感じる ふくよかな感触。 吹き出した汗が、こめかみから頬へと流れる。 初めに思ったのは、これは夢ではないかという事だ。クリフトは、アリーナから 見えないところで太股をつねってみた。 痛い。 夢ではない。 では、アリーナの言葉「して」が何を示しているのか。 何をシテ欲しいのか。 今までそんな事を考えるだけでも彼女を汚すと、自らに禁じてきた妄想の数々が 頭をよぎる。憧れ、そして忌避してきた男女の行為への興味、想像。抱きしめたい という欲求。 いや、いや。駄目だ。駄目だ。駄目だッ! 頭を振って妄想を追い出す。 姫様がそんな淫らな事を口に出す筈がない。 そう信じていながらも、以前マーニャに「あんたは積極的にアプローチされても 、女の子押し倒す度胸なさそうよね~」とケラケラ笑われたのを、少し苦々しく思 い出していた。 しかし、やはり間違いがあってはいけない。ここはキッチリ確認するのが私のあ り方だろうと、クリフトは自らを得心させた。 「あ、あの……何をでしょう?」 「え? この格好で分からないの?」 アリーナは両手を広げ自らの姿をアピールしつつ、不満げに口を尖らせた。 「は、はぁ……」 答えながらも胸の拍動は期待と欲望で早まってゆく。 くうっ、神様、やはり私は度胸なしなのでしょうか! ああ…… 「ま」 しっとりと濡れた花びらのようなアリーナの唇が、言葉を紡ぐ。 「……ま?」 ゴクリと生唾を飲み込む。 ま、何だろう? ま、まん……いやいや、ま、ま、ま、まーまん、ま、ま……。 やっぱり×××か? いやいや! そんな決して! ああ、願わくば姫様の口から下品な言葉が発せられませんように。 いやいや、本心を偽るな。 言われれば死ぬほど嬉しい癖に、認めろこの○○○。 くっ、い、いや。しかし、私は本心から姫様の事を……。 でも、常識的に考えて、この状況は××しか……? そうなのだろうか? あああっ、しかし、もし××だったら……神よ、私はどう すれば、どうすれば良いんでしょうかあああああああああああ……。 「ッサージ」 「は?」 「だから、マッサージよ。マッサージ」 盛大にベッドから滑り落ちた。 「きゃ、だ、大丈夫!?」 「いっ、いやー、あ、あはははははははははははっ、自分は、クリフトは、まった くもって大丈夫であります! あっ、あたたた……」 滑って打ったお尻をさすりながら、クリフトはベッドに座り直した。 失望はあったものの、やはり姫様は姫様であらせられる、と少し安堵もしていた 。 「マーニャから聞いたのよ。『クリフト君にマッサージしてもらったら、凄く気持 ちいいわよ』って、マッサージ上手なんでしょ?」 アリーナの無防備な笑顔。 この笑みにクリフトは昔から弱かった。 「は、はい。と、特に上手というほどの腕ではないのですが、神官戦士としての修 練の内にあったので、それなりに心得てはおります」 もっとも口には出さないが、修練で習う以上にその技術に興味を見いだし、研鑽 を積んだため、そこいらの者にマッサージに関して引け目をとることはない。そう 自負していた。 なにしろ宿でライアンに施術した時に「なかなかの腕前」と、何事につけても厳 しい彼に褒められたほどである。そのとき一緒に居たマーニャが、アリーナにその ことを話したのだろう。 「はー、なるほど。そんな修練があるのね。ま、とにかくヨロシクね!」 「え?」 アリーナはベッドの上にごろんと転がり、うつぶせになった姿勢のまま長い髪の 毛を束ねて脇へとよけた。 お湯で磨き上げられたアリーナのうなじから肩への白く柔らかなラインが露わに なり、布一枚ごしに浮かび上ががるキュッと引き締まった背中から腰、そして、ぷ っくりと膨らんだお尻から伸びる引き締まったふとももの稜線が、クリフトの両目 へと突き刺さった。 キワドイ、キワドすぎる。 先ほどの肩すかしで抜けていった緊張が、舞い戻ってきた。 いくら経験があるとは言っても若い女性に、しかもこんな肌を露わにした状態で 施術したことなどない。 「あのう、姫様……」 顔を部屋の隅にある洋服棚の方へと背けて、クリフトは言った。 「ん~、なーに?」 「この任は、その、私の手に余るというか……恐れおおいと言いますか」 「……」 「ミネアさんも心得があると思いますので……できれば、その……」 「……」 ……アレ? そこまで言いかけてクリフトは、微妙に場の空気が凍りついていることに気づい た。 うつぶせのままのアリーナの背中が、ピリピリと刺々しい。 「……ふーん。じゃあ、私にはマッサージしたくないっていうの?」 冷や汗がしたたる。アリーナは声を荒げたりはしていないが、その言葉は確実に 剣呑な空気を孕んでいた。 「いえ、決して! そういう訳では……ないの、です……が……」 「じゃあ、どういう訳?」 キチンと説明しなさいと言わんばかりに身を起こしたアリーナ姫を前に、怒った 顔もかわいくあられるなと思いつつ、クリフトは困り果てた。 王室育ちの彼女は、儀礼で臣下に湯浴みの世話をされることもあり、人前で肌を 晒すことにそれなりに慣れている。そんな彼女に男の生理や、羞恥心がどうのとい う話が通じるのかどうか、はなはだ疑問だったからだ。 「姫様……」 口を開きかけたクリフトを、アリーナは制した。 「私たちサントハイムでは王族と臣下よね?」 「は、はい」 「でも、こうして旅をしているときはそうじゃないわ。旅の仲間で大切な友達だと 思ってる。だからこうして二人だけの時は、昔みたいに様を付けずに呼んでくれて も構わない。ううん、むしろ、そうしてくれる方が嬉しいかな」 とても彼女の顔を見ることはできなかったが、その言葉に胸が熱くなる。 「それでも私に手を触れるのは恐れおおい? それとも嫌? 嫌なのだったらもう 頼まないわ」 論点が違う事は分かっていたが、いくらクリフトが自他ともに認める朴念仁でも アリーナにここまで言わせておいて、我を通すのは情けないと思えた。むしろ、ア リーナに触れるのは、望んでも叶わない事だと考えていたほどなのだから。 要は自分がしっかり理性を保てばいいだけの話だ。 クリフトは決意した。 「分かりました。では、失礼します」 「ん、よろしくね」 平常心、平常心、平常心。 心の中で三度唱えてから、クリフトは施術を始めた。 「んっ……」 指先に香油を絡めて、足先から心臓の方へと滞った血を押し出すようにゆっくり と丁寧に掌を滑らせる。今までマッサージしてきた人たちとは、根本的に柔らかさ も肌のキメもハリも段違いだった。 アリーナの弾性に富んだ筋肉の疲れ具合を指先で意識しながら、柔肌に香油を擦 り込んでゆく。もやもやとした欲望は次第になりをひそめ、クリフトは純粋に技術 的なアプローチのみに集中していく…… 「あっ……痛っ、クリフト……くっ……ちょ、そこ、あっ……気持ちいい……」 わけがなかった。 いや、そんな自分になりたい、なろう、とは思っているのだが、クリフトはまだ まだ若く、しっとりと吸い付くようなアリーナの肌は魅力的に過ぎた。 くっ、情けない、情けないぞ、クリフト。 自分自身を叱咤するが、肉体には逆らえない。 まるで嬌声のようなアリーナの吐息も殺人的な破壊力だった。 見られては困る場所が、見られては困る状態になっていたが、アリーナがうつぶ せでこちらを見ることができないのが、クリフトにとって幸いしていた。 ああ、私は……私は……。 申し訳ありません。姫様、私はまだまだ修行が足りません。 クリフトは涙を流しながらマッサージを続けた。嬉しいのか、辛いのか、あるい はその他の感情なのか、そのいずれもなのかすでによく分からなくなっていた。 ほどなくして、クリフトは戦いを終えた。 悶々とし続けたために果てしない疲労感がどんよりと身を包んでいた。 長いように思えたものだが、実際は短い時間だったようだ。 「はい、一応、一通り終わりました」 「んーッ。ありがと。すごくすっきりしたわ。体もなんだかポカポカしてるし、い いものね」 アリーナは起きあがって伸びをした。クリフトは香油を片づけるフリをして彼女 に背を向けていた。 「お役にたててなによりです」 「うん。ありがと」 その時、扉がコンコンとノックされた。 「マーニャだけど? いい?」 どうぞ、という返答とほぼ同時に、少し開けられた扉の隙間からマーミャのニヤ ニヤと値踏みするような笑みが覗きこんだ。 「どう? 気持ちよかった?」 訊きながらマーニャがちらりとクリフトの方を見る。それはアリーナに訊くフリ をしながら、クリフトに何かを訊ねる視線だった。 ……まさか。 クリフトは嫌な予想にゴクリと唾をのみこんだ。 「うん。最っ高に気持ちよかったわ」 「ふふーん。それはよかった。私も勧めた甲斐があったわね」 マーニャは部屋へと滑り込んできた。 「そうね。でも、こんなにイイだなんて思わなかった。ずるいじゃない。マーニャ はいつからマッサージしてもらっていたの?」 「あら、私は彼にマッサージしてもらった事なんてないわよ」 「えっ、だってマーニャ、気持ちよかったって言ってたじゃない? この格好で」 アリーナが両手を広げた。 「あの時は、単にお風呂に入っただけよ。マッサージなんてしてもらってないわ」 「そうなの?」 振り返ったアリーナにクリフトが答えた。 「え? あ、はい。このパーティで施術したことあるのはライアンさんとトルネコ さんだけですが……」 「なあんだ。私てっきり……」 「あら、てっきりなあに?」 マーニャが妙に楽しそうに訊ねる。 「ん? あれ? なんだろう。うーん。とにかく私もやってもらわなくちゃって思 ったのよ」 「あらそう~。よかったわね~。クリフト君」 「な、なにがですか!」 急に振られてクリフトは慌てた。 変な汗が、頬を流れ落ちた。 「なにが、ってトボケちゃってぇ。姫様にご奉仕できるのは臣下の喜び、でしょう ? うるわしの姫様に望まれるなんて光栄じゃない。奮いタっちゃったんじゃない の?」 マーニャは口元に手をあててウププと笑った。 見てなくても知ってるわよ、という口調だった。 「……」 ああ、やっぱり……。 クリフトはガクリと頭を垂れた。 やはり、この状況はすべてマーニャの企てだったらしい。 「あら、こうして旅をしている間はクリフトは姫と臣下じゃなくて、対等な旅の仲 間なのよ。ねえ、クリフト」 「え……あ、は、はい」 それを聞いて、マーニャはおもちゃを見つけた猫のように目をキラキラと輝かせ た。 「ふーん、そうなんだ。だったら、対等に今度はアリーナがクリフトくんをマッサ ージしてあげなきゃね~」 「い!?」 「ああ、それはいい考えね!」 アリーナがパンッと両手を打ち合わせた。 「あ、でも、私はマッサージのやり方知らないから、クリフト教えてくれる?」 「う!?」 「ふふ。良かったわね~クリフトくん。いっぱいレッスンして、いっぱい気持ちよ くしてもらいなさいな。気持ちいいついでに、そのままアリーナを押し倒しちゃっ たりなんかして~? うふ」 ちょ、ちょっと、マーニャさん! 姫様になんて下品な事を! そりゃあ、私も男ですし、そういう事がしたくないとは言いませんし、いやむし ろそうした、い、いや、いや、いやっ! それはいくらなんでもまずいでしょう!! クリフトの顔から、サーッと血の気が引いてゆく。 「え? え? 押し倒すって……マーニャ、そ、それは……」 きょとんとしたアリーナが交互にマーニャとクリフトを見回した。やがて、その 頬にゆっくりと朱がさしてゆく。 クリフトは頭を抱えた。 ああああああああっ、申し訳ありません、姫様ああああ~!! 「寝技の組み手ねっ! 燃えるわ」 またも盛大にコケた。 見ると、マーニャもコケていた。 「フフフ、いいわ、いつでもいらっしゃい。負けないわよ、クリフト!」 頬を興奮に紅潮させて、胸元に拳を握りしめたアリーナがコケたままのクリフト を見下ろしながら言った。 「あの、それは本気で言ってるの……?」 マーニャが訊ねる。 「もちろんよ」 「あ……、そ、そう……」 「さて、気持ちもよくなったし、明日からやることも出来たし、今日のところは部 屋に帰るわね。ありがとう、クリフト。じゃあ、おやすみ」 そう言って、アリーナが上機嫌で部屋を出てゆくのを見送ると、クリフトとマー ニャは、顔を見合わせた。 「よ、よかったわね。お許しが出たみたいよ」 「全く、勝てる日は来ない気がしますが……」 「……アンタも大変ね」 アリーナのアハハハという笑い声が廊下の向こうへと遠ざかっていくのを聞きな がら、クリフトはハァとため息をついた。 でもまあ、とクリフトは思った。 そんな姫様だからこそ、一生ついて行きたいと思うのだ、と。 (了)
https://w.atwiki.jp/brutalanimal/pages/247.html
鯱娘 ID QO7NZxmB 「早朝の浜辺を歩くときにゃ、絶対に波打ち際に近づいちゃならねぇ」 漁師だったじーちゃんが生前、口癖のように何度も僕に語ってくれた。 ……ここの海は彼岸につながってんだ。冥府の化けもんに魂ィ抜かれんぞ…… たぶん水難事故を防ぐ為の作り話なんだろうけど、じーちゃんの真剣な表情と異様に暗い語調が トラウマになりそうな位怖かったのをよく覚えている。 ……でも、それが決して作り話なんかじゃないと判ったときには、もう手遅れだった…… 「いってきまーす!! お昼までには帰るから!」 釣り道具を一式抱えて徒歩30秒の浜辺まで全力疾走。緩い坂道を登りきると眼下に広がる青い海。 お盆休みになると、田舎にあるじーちゃんの家に泊まりに行くのが毎年恒例の行事だ。 そして、小さい頃から釣りキチとして慣らしてきた僕にとって、またとない海釣りのチャンスでもある。 世間的には「高二の夏から戦争は地獄だぜ」とか云われてるけど漁師志望の僕にとってはどこ吹く風。 こうして今日も獲物を求め、朝日が顔を出すのと同時にいつものポイントに向かう。 「?? ……おかしいなぁ……」 指定席の岩の上で釣り糸を垂らすものの、今日に限ってアタリが全然無い。 餌だけ盗られたわけでもない、魚の気配自体が無いのだ。 それどころか毎日のように飛び回っている海鳥すら見かけない。 釣人としての第六感が、異常と同時にポイントの変更を提案してきた。 …個人的にボウズで帰るのが嫌なだけだったのかも。 別の場所に移動するときには、一旦、岸壁を上り、丘を越えての回り道がいつものルートなのだが、 間の悪いことに、下にある遊泳禁止の小さな砂浜が視界に入ってしまう。 ―確か、あれを横切れば近道できるんだっけ― じーちゃんの言葉も脳裏に浮かんだが、迷信だという悪魔の囁きと、未だに釣果無しの焦りからか、 自然と砂浜の方にふらふらと足が向いてしまった。 慎重に岩肌を降り、三方を岩と崖に囲まれた猫の額ほどの砂浜に足を下ろす。 まだ朝も早いし、地元の人間も滅多に近づかない穴場ともあってか誰もいない。 潮の匂いが程よくのった風を浴びながら、湿った砂の感触を波打ち際で堪能していた時、 「獲ったぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」 奇声を上げながら海面から現れた「何か」が、物凄い勢いで僕の体に激突し、そのまま吹っ飛ばされ… ……意識暗転。 気が付いたとき、後頭部に広がる柔らかい感触、そして女性の優しそうな笑顔が最初に目に映った。 「あ、起きた。大丈夫? どっか痛いところない?」 こちらを見下ろしながら心配そうに話しかける綺麗なお姉さんと目が合い、 視界の約半分を覆う2つのふくらみに思わず視線が泳ぎ、 …体勢的にひざまくら、と気付くと同時に、気恥ずかしくなって急いで飛び起きた。 「それだけ元気があれば大丈夫ね、よかった、怪我してなくて」 安堵の溜息が聞こえた方を見ると、片手をついてゆっくりと立ち上がるお姉さんの姿が視界に入る。 ―僕より5つくらい年上だろうか? 白と黒のツートンカラーの競泳水着からすらりと伸びる肢体、 腰まで伸びる濡れた黒髪が太陽を浴びて輝き、豊満な胸が水着の中で窮屈そうに、跳ねた 「…砂浜をうろうろしてたから、てっきりアザラシかと思って突貫しちゃったんだ、ゴメンね」 小さく舌を出して悪びれずに微笑んだ後、砂地に片手をついて優雅に立ち上がり、 前屈みでゆっくりと太腿に付着した砂粒を払い落とすお姉さんの動作に思わず見とれているうちに、 数分前まで膝枕されていた太腿の柔らかな感触、女性特有の甘い香りを思い出し… なぜか急に恥ずかしくなって、耳が真っ赤に染まり顔が火照ってくるのが自分でも分かった。 ……当然、ドキドキしたときの血流は下半身にも行く訳で…… 「あららら~。少年、意外と元気~」 端整な顔に好奇心を浮かべつつ、海パン越しに存在を主張する僕の股間をじっくり眺めるお姉さんの言葉に、 余計に恥ずかしくなって思わずうつむいてしまう。 「……ねぇ、お詫びにおねーさんがイイことしてあげよっか?」 その言葉に驚いて顔を上げると、小悪魔的な笑顔を浮かべるお姉さんと、一瞬、視線が絡まった。 「え…? いや……その……結構で…」 「ええい問答無用ッ!!」 後ずさりする暇も与えない電光石火のタックルを見事に喰らい、砂地に押し倒される、 間髪入れずに海パンを引き摺り下ろされ、露出するソレにしなやかな細い指が巻きつき、 仰向けに倒れる僕に覆い被さるように、お姉さんの上半身が軟体生物のように密着して… 「…力を抜いて、楽にしててね…」 優しい口調で耳元に囁かれた後、唇と唇が2、3回啄ばむ様に軽く触れ、一気に密着。 初めてのキスは、お姉さんの甘い味と、なぜか潮の香りがした気がする。 そのままゆっくりと唇をこじ開けるように柔らかい舌の感触が口腔内を侵略、蹂躙する。 …んっ……んぅ……ふぁっ…… 僕の舌を探り当てて絡め取り一気に吸い上げると同時に、先端部分をやんわりと弄んでいた 左手の指で輪を作り、頂点を軽く締め付け、一気呵成に皮を引き下ろし… 「!!んんんんんんんんんッ!!!んんッー!!」 僕の悲鳴を全部吸い上げてから、お姉さんの唇が名残惜しそうに唾液を垂らしつつ離れた。 半ば放心状態の僕の頭を撫でながら、お姉さんの唇が耳たぶ、首筋、乳首、臍と徐々に 下に向かい、これまでの刺激で痛いくらいに張り詰めた僕のモノの前で一旦停止。 「ほら、見える? こんなに先っぽから垂れ流してるの」 外気に晒されて敏感になっている先端に軽く吐息がかけられる度、頭の中が真っ白になり、 短い悲鳴と共に体が跳ねる。 「……んぁッ!……ひゃうッ!」 「ふふッ、意外と可愛い声が出るのね。……そうだ、もう少し君のこと、知りたいなぁ」 濡れて黒く輝く長い髪を掻き上げ、目を輝かせながら悪戯っぽく微笑むと、 右手の人差し指を、規則正しく痙攣を続ける肉棒に押し当て、滑らせるように何度も往復させながら… 「ねぇ、このおちんちんで何回オナニーするの?」 視線を逸らさずに真っ直ぐ見つめられ、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。 「……し、週に3回…くらい……ひぅッ!…」 「ふうん、まだ若いんだからもっとするのかと思ったのに…」 僕の肉棒に右手の全ての指が絡みつき、いやらしく蠢きながらゆっくり上下にしごき始め、 「じゃあ次の質問。いつも誰を思い浮かべてしてる?」 「……うあッ…あッ…いッ…お、同…じクラスの、あッ、長澤さ…んッ!」 「あらあら同級生? 女のコって視線に敏感だから気をつけてねぇ、…で、どんな風に犯してる?」 質問と同時に、先程から休むことなく続いていた肉棒に対する往復運動がさらに激しくなる。 「……ハッ!……ハァッ……ンぅッ!…う、う…後ろか…ら、無…理矢…理ッ…」 「あらまぁ、可愛い顔してるのにそんなこと考えてるんだ~。イケナイなぁ」 拷問に等しい尋問による羞恥と股間から絶え間なく広がる快楽に頭が真っ白になり、 肉体も限界を示すかのように僕の肉棒が不規則にビクビクと跳ねる、 と、不意にお姉さんの手の動きが止まり、根元を強く握り締めたまま僕の顔を笑顔で覗き込むと、 「…じゃあ最後の質問。 そろそろ出したい?」 声すら出せず、涙を溢れさせながら頭を上下に動かす僕。 「きちんと大きな声でお願いできたら、ね?」 悪魔の囁きが聞こえると同時に、大きな胸が脈打つ肉棒を水着越しに挟み込み、上下左右に激しく動く。 滑らかな触感の水着越しの柔肉による圧迫、時折先端部を蠢く濡れた舌の触感。 物理的に射精を止められ、閾値を越えた快楽地獄が脳を白く焼き尽くし、思考がショートする寸前、 「…お願いしますッ!! 出さしてッ!! 精液! せーえき出さして下さいッ!!」 とめどなく涙を流しながら顔を左右に激しく振り、掠れた声で搾り出すように叫んだ刹那、 肉棒がお姉さんの口に含まれ、飲み込む様に舌で絡ませて絞り上げられる、 根元の戒めが解くかれると同時に、肉棒から大量の白濁液が音を立てるくらいの勢いで噴出し、 口から糸を引きつつ溢れた精液の雫がお姉さんの水着の胸元を点々と淫靡に汚した。 あまりの衝撃に意識が混濁した状態で放心しているうちに、また目の前が暗くなっていって… 目を覚ますと、青空の下、抱きかかえる様な形で砂に座り、心配そうに僕を見つめるお姉さんと目が合った。 「大丈夫?…ごめんなさい、無理させちゃって」 「あ、…ちょっと、頭がぼおっとしますけど…大丈夫…です」 力ない笑顔で答えると、不意に、抱きしめられた。 「…ホントにごめんね、加減できなくて。不器用だから…」 柔らかな乳房の谷間に押し付けられた僕の顔、その頬に点々と当たる水の感触――涙? 「可愛いかったから、ちょっと意地悪しちゃったんだけど、…やりすぎだよね。 嫌いに、なった?」 少し涙声のお姉さんの問いに、声を出さずに顔をゆっくり左右に振った。 「…ありがと。……で、キミが良ければなんだけど……最後まで、する?」 理解するまでに1秒半、瞬時に顔が真っ赤になった。 「あ、ええと…初めて、ですけど……お願いします」 上を向くと、最初に見た様な優しい笑顔のお姉さんと目が合い、無言のまま唇同士を重ね… 「…あ…んッ……そこ、やさ…しく、舐めて…ひぁ…んふッ」 お姉さんを押し倒すように寝かせると、水着の胸元でたわわに揺れる大きな胸に手を置き、 丘の稜線をなぞる様にやさしく撫で、滑らかな水着の感触を堪能、 もう既に硬くしこっている乳首を指先でなぞり、舌先で転がし、水着越しの輪郭を確かめつつ吸い上げる。 空いた方の胸に触れる手に軽く力を込めると、柔軟な弾力が吸い付くように返り、 揉みほぐすように執拗に捏ね回すたび、お姉さんの喘ぎ声に艶が混じるのが判った。 「…ん…もう…や、だ……おっぱい、だけじゃ……んッ……」 胸を弄ぶ右手を掴まれ、太腿の付け根に運ばれる、 これまでので既に濡れていたのか、水着の表面に染み出るくらいびしょびしょに染みていた。 「あ…ん、これが…女のコの…大事な…トコ…だからッ」 ゆっくりと顔を下げて、布地をずらし、初めて見るそれにドキドキしながら頂点部分に軽くキス。 小さな悲鳴と同時にお姉さんの体が小刻みに跳ねる。 「…ヒッ!…いぁッ…んッ…やだ…いいッ!」 慎重に溢れる蜜を舌で削ぎ落とし、人差し指を中心部に押し込もうとしたとき、 不意に彼女の手が伸びてきて、掴まれた。 「…続きは、海でしよっか?」 海?と聞き返す暇もなく、ゆっくりと立ち上がったお姉さんにいきなり背後を取られて腰を摑まれ、 ブリッジの要領で海老反りになった反動で、沖合い方向へ物凄い勢いで投げ飛ばされる。 ―俗に云う「ぶっこ抜き投げっぱなしジャーマンスープレックス」 ただ、お姉さんの外見から想像もつかない怪力はリック・スタイナーも驚く飛距離を叩き出し、 きっかり10秒の滞空後、夏の青空に映える綺麗な放物線を描いて250m先の海面に激突。 盛大な水しぶきが舞い上がり、そのまま、意識ごと海に沈んでいった…… 3度目の覚醒は、海面から光が降り注ぐ見渡す限りの澄んだ海の中。 暖かい海は、何故か懐かしい感じがした。 『あ、起きた。じゃあ準備はいいかな?』 後ろから「聞こえた」声に振り向くと、すぐ近くにお姉さんの姿。 思わず口を開こうとした瞬間、柔らかい感触で唇を塞がれた。 『下手に口開くと溺れるわよ? あ、おねーさんは特別だから。』 繋がった口から送られてくる空気に、最初は戸惑ったものの、次第に貪る様に酸素を吸い上げる。 抱きしめられ、密着した体から伝わる柔らかい感触と心臓の鼓動。 …お姉さん、すごくドキドキしてる。 『君の初めて、もらってあげる。イクまで上に出ないから覚悟してね』 悪戯っぽく、でもどこか優しそうに微笑むと、水着のハイレグ部分を横にずらし、 先程までお預けされて硬くなっていた僕のソレにあてがい… 足を絡め、腰を抱き締める様に一気に、飲み込まれた。 無重力にも似た浮遊感の中、蕩けそうなお姉さんの蜜壷が僕の肉棒を不規則に締め付ける。 しばらくしてから、ゆっくりと彼女の腰が、僕のモノを貪る様に艶かしく動き出した。 執拗に繰り返される焦らすような円運動、そして一気に密着する互いの性器。 ……んぅ…ふぁ……いぃ……あぅ… 不意に唇を重ねられ、送り込まれる空気、それと共に断続的な彼女の喘ぎ声も注ぎ込まれる。 繋がったまま、海の中を上下左右に位置を変え、淫靡に絡み合う二人の体。 言葉を出せない拘束の快感と酸欠寸前の脱力感、思考領域すら犯されるような快楽の波。 音も言葉もない海の中、快楽の吐息が小さな気泡になって、天へと還る。 無意識のうちに、目の前で揺れ動く大きな果実に顔を埋め、しがみ付くように揉み、頂点を吸うと、 お姉さんの体が何度も小刻みに震え、抱きしめる力が一層強くなった。 『……ひぁ…は…んぁッ…そ…ろそろッ、きて…ひゃう!…出してッ、いっぱいッ!!』 艶の混じったお姉さんの声が響くと共に、これまでにないくらい彼女の秘所の中が蠢き、締め付け… 同時に僕の脳内を閃光が走り、体中が溶けて流れ出すかと思う位、大量の精液を彼女の胎内に流し込んだ。 子宮に入りきらず溢れ出る白濁液が、結合部から流れるように漂う。 二人してしばらく脱力したように漂った後、海面に浮かんで新鮮な酸素を味わい、その後、 再び絡み合うように淫らに交わりながら一気に潜る、その行為を何度も何度も繰り返し… …魂ごと抜かれてると錯覚するくらい搾り出されて開放されたのは、8回目が終わった後だった。 沖から砂浜に戻ってきた後、2人並んでよく晴れた海を眺めながら、ただ座っていた。 沈黙に耐え切れず、無意識のうちに言葉が出る。 「あの、…責任、きちんと取ります、から…」 一瞬の沈黙、その後、不意に頭をわしわしと乱暴に撫でられた。 「ありがと、気持ちだけ受け取っておくわ。 第一、今は発情期じゃないから安心していいわよ。」 微笑を浮かべながら明るくそう言うと、立ち上がり、海に向かって足を進める。 「…また、逢えますか?」 一瞬、お姉さんの足が止まった。。 「今日のこと、忘れた方が幸せになれるわよ?……そうね、いろんなこと学んで、たくさん悩んで、 いっぱい恋をして……それでも私の事が忘れられなかったら、またここに来なさいな。…じゃあね」 背を向けたお姉さんの表情は見えなかったが、声は、ちょっと寂しそうだった。 と、急に振り向くと、何か言いかけた僕の言葉を制するように唇で塞ぎ、 その後、ゆっくり沖に向かって帰っていく彼女を、僕は、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。 …じーちゃん、僕、あの人に魂抜かれたみたいです。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あれから5年。久しぶりに訪れた、誰もいない静かな砂浜は何ひとつ変わっていなかった。 潮で濡れた砂浜にも拘らず波打ち際に座り、海の方をぼーっと眺める。 あの後、何を血迷ったか猛勉強の末、海洋系の大学に進学し日々勉強中の身である。 ―彼女に認めてもらいたかっただけかもしれない、 ―海に出ればあの人に逢えるかもしれないという淡い夢を抱いてただけかもしれない。 何の事は無い、結局、あのお姉さんの事が忘れられなかっただけである。 朝日が昇りつつある早朝の海は、あの日のように静かだった。 「なぁに感傷的に呆けてるのかなぁ少年…いや青年かな? …あれ、今日は釣りはしないの?」 決して忘れることの出来ない、彼女の声が岩の上から聞こえるまでは。 ……貴女が来るのが分かってたら、投網か婚姻届持ってきますよ…… 心の中で呟き、嬉しさに頬が緩むのを我慢しながら、お姉さんの方を見上げた。 ――了。
https://w.atwiki.jp/bakiss/pages/316.html
「忍法火消し独楽。(ひけしごま)──」 くの字に体を折り曲げた根来の襟首から、するすると出てきて、首のうしろで回りだした物が ある。 独楽だ。幅も高さも二寸ほどのそれは、びゅうびゅうと速度を上げて風をまきおこし、迫りく る真赤な五本の稜線をことごとくあらぬ方向に吹き飛ばした。互いを打ち合いながらもつれ あい、とりとめなく垂れた指かいこは、すでに炎を失っている。…… 「いかに繕おうと所詮は炎と糸。防ぐ事などあい容易い。そして」 ふたたび腕を振り下ろさんとした無銘ではあるが、根来の水死人のように生白い唇から何や らびゅびゅっと吹きかけられると、名状しがたい苦鳴をもらしながら墨染めの裾をひるがえし、 眼を抑えたきりぴたりと動きをとめた 「忍法逆流れ(さかながれ)。──」 傍観する千歳にはわからなかったが、この時、無銘の視点は天地が逆転していたのである。 目はどうして見えるのか。それは物体に反射する光が、角膜、眼房水、水晶体、硝子体の中 で順に屈折し、最後に網膜で像をむすぶからだ。むろんそれは光学上倒立しており、事実、 乳幼児期においては、天地倒立した映像を見るという。…… むろん人間は、成長の過程で、倒立した映像を脳によって直立させることを学習するが、しか るに根来の唾液は、人の目に入れば角膜に浸透し、その内側の眼房水を逆三角形のプリズ ムのように凝結させ、いわゆる逆さメガネの特殊な光の屈折をもたらし、視界を逆転させるの だ! かかる忍法により無銘は、眼前で床が天にのぼり天井が地上におち、まるで倒立して頭をた れたみたいに脳髄へ血流が逆行するような錯覚すらおぼえ、混迷をきわめた。 根来は金色に光るシークレットトレイルを床につきたてると、それを支点にばっと天井におど りあがった。 そのまま天井へ蝙蝠みたいにはりつくと、顔右半分にひた垂れた三角の前髪も元のまま、 冷然とした面持ちで無銘をみおろした。 もとより今いる無銘は、ヘルメスドライブからあらわれいでた影にすぎない。ならばある程度 忍法をつかわせた方が得策なのだ。……いかなる物であろうと、ひとたびその正体を白日 にさらせば、ベールがみるみるはぎとられ敵意をもろに受けてしまう。というのは、最近のあ る省庁に対する国民感情をみれば明らかであろう。 と同時に、根来の心中にふつふつと耐えがたい欲求が生まれた。 もとより任務第一の根来であるが、幻妖のわざをふるう無銘を前に、思わぬ欲が出た。 どうせゆるゆると闘って、手の内をひきだした方が得なのだ。もとより先ほどの偽防人の最 期を見てもわかるように、ヘルメスドライブよりあらわれいでた影どもは、一撃で屠られるよ うできている。だがあえて斃さず根来自身の忍法を囮に、かかる相手が持つわざをことごと く暴きたて、仲間が無銘の本体と有利に戦えるよう、対策を練るべきではないのか? いや いやしかし、当面の任務達成は病院地下に侵入した敵の撃退あらばこそ。付記するに自分 が入院中なのを思わば、短期決戦こそ望ましい。…… 以上のような軽い懊悩を覚えた根来は、実に手早い行動に出た。 唇を尖らせるなり、ひゅーっと息を吸ったのだ。 刹那、無銘も文字どおりの異口同音を発し、床と天井、ナナメに相対する彼らの中間点で見 えざる空気の奔流がばしりと爆ぜた。あとは甲高い音が千歳の耳に残響するのみ。…… 忍法吸息かまいたち。──息を吸う事で真空の渦を作りだし、相手の顔を血味噌と化す驚く べき魔技だ。根来はこれによって無銘が斃れればよし、よしんば斃れずとも何らかのわざを 引きだす事を期待してはいたが、まさかまったく同じ技を使われようとは! そして忍法逆流 れに幻惑しながらも、正確に迎撃しようとは! 臍の緒切って初めて直面した意外な事態に、根来は無愛想な三白眼をすうっと細めて愉悦 の色をうかべ、腕組みしながら唇の端を猛禽類のようにニンマリ引きつらせた。 ──できる! 平素冷然としている彼ではあるが、脳髄のほとんどを占めているのは、たとえば芸術家や音 楽家がみずからの才覚をもって何らかの芸術品を生みだそうとする、はなはだ社会不適合な いびつで苛烈な気魄なのだ。根来も武装錬金や忍術を縦横に駆使して、任務を合理的に達 成する事こそ喜べど、倫理はひどく薄いから奇兵として戦団から扱われ、再殺部隊という場 末に追いやられている。ただし、 ──やれば際限がない。 ──やらねば際限なく悪くなる。 と、無尽蔵に生まれるホムンクルスに対して、最大97人の錬金戦士しか擁せない戦団の 圧倒的不利、物理的不合理を千歳に語りながらも、戦団自体にはしたがっている奇妙な点 もあるが、しかしこの場においては、生来の自制のなさ、忍法勝負への甘美な誘惑が、春の 夜のように脳髄をしびれさせつつある。ああ、まだ二十歳とうら若い根来にとっては、術技を ふるう事こそ法悦。…… 「忍法紙杖環。(しじょうかん)──」 懐から誓いのように真赤な一塊をほうり投げつけると、それは中空で幾重にも分裂し、蓮の 実みたいにばらばらと拡散しつつ、無銘に襲いかかった。 一口にいえば環だ。大樽に使えそうな大きなものもあれば、子供の頭がようやく納まるぐらい の中ぐらいのやつもある。指一本かろうじてくぐり抜けそうな小さな輪もあり、大小さまざまな それらは、黒子のような無銘の頭や胴体、山鳥竹斎みたいにとびあがった足にからまりつい て、皮膚にべとりとつくやいなや、環同士びったりと膠着した。 ……これは根来自身の血にひたした観世縒(かんぜより)なのである。縒はこよりを指し、観 世縒というのは仏像奉納用の縒だ。寺社建立の金品を集めた者が、その名を記し納めると いう。 さらには忍法紙杖環、錫杖の頭部にかかっている数個の環になぞらえられているというが、 頭からつま先まで真赤な環におおわれ、芋虫みたいに身動きことごとく封じられている無銘 には、知るべくもない。 「拘束完了」 根来の薄黒い血がふつふつと湧き立った。当夜の忍法争い、いよいよ極致に達さんとしてい る! はたしていかなる怪奇のわざが現れいずるのか! 「さあ、貴様の忍法」 とくと見せてもらおう、そういいかけた根来は、たまぎる思いでみずからの肩口を見た! そこには円錐形の物体が、深々と突きささっていた! その正体は何か! 目で緩やかに観察した根来は、細い瞳をみるみると驚愕に見開いた! 天井! 彼が足をつき、逆さに垂れている天井が、奇怪な円錐状に変化して、肩口をつらぬ いている! 天井は、まるで絵を紙ごと引っ張ったような不自然な形に尖っている。すなわち、建築材の 硬度などまるで無視し、飴細工を加工するがごとく、なめらかに尖っている! ダークブルーの再殺部隊の制服がじんわりと湿り、床に赤い珠をふらせていく。 すばやく円錐を抜きさった根来だが、と同時に見慣れた稲光がバチバチと根来の足元から立 ち上り、再度天井が隆起した! とっさにシークレットトレイルの特性を以て、亜空間に退避した彼ではあるが、今度は真暗な 空間が、ぎりぎりと錐みたいに尖って彼を襲う。しかも天井とは違い、四方八方から際限なく 極太の円錐針がせまってくるのだ! ああ、こうなってしまっては、かえってこの万能の退避空 間のほうが、現世よりも危険きわまりない。 以上の判断で、亜空間をとびだした根来ではあるが、天井に足をつけば天井が尖り、壁に 随身すればまた尖る。床もしかり。あたかも地獄の針山がここに現出したかのごとく。…… どうやら、まずは根来の作った亜空間が錐と化し、現実空間をも巻きこんでいるらしい。 「古人に云う」 くぐもった声を皮切りに、無銘を覆いつくしていた環がめらめらと燃え盛り、火の粉がちった。 忍法赤不動。体温を上昇させ、炎を巻きおこす驚くべきわざ! 「忍とは、いかなる修行にも、いかなる秘命にも、刻苦隠忍、ひたすら耐え忍ぶこと」 根来が不愉快そうに片眉をはねあげたのは、この異常事態や傷の痛みによるものではなく、 「忍」を名にもつ彼への痛烈なるつらあてに聞こえたのだ。 ああ、忍法争いに心うばわれ、かかる窮地に陥った迂闊さ! 一撃で倒していればこうはならなかった!! 「我が初撃、何故に忍者刀に火花を散らしたか」 無銘のいうのは、根来と彼がばっと交差した後のことだ。編笠から矢がミサイルランチャー みたいに轟々と射出されたのより少し前のこと。…… 「無銘が弐たる鉤縄が掠ったゆえにや、特性はいま見事発動せり。忍法争いなど所詮はそ の時間稼ぎ。……」 根来はシークレットトレイルで、襲い来る極太の円錐針に応戦する。 されどもとより入院中の根来だ。万全でないゆえに、襲いくる針山を思うように迎撃できず、 しかし針山地獄は稲光とともに彼を襲い、収まる気配など到底見えぬ。 しかしかかる騒ぎに、はたして千歳はどうなっているのか。 彼女を振りあおごうとした根来の左掌に、壁からの針山が刺さり、ざくりと裂けた。 シークレットレイルを握っていた右手の指にも、床の針山が刺さり、ざくりと裂けた。── 根来は、陰鬱な瞳を苦鳴にけぶらせながら、すううっと身を浮きあがらせた。 そう、彼の身はまさに地面と水平にうきあがり、天井すれすれの位置を滑空した! なんという怪異! 端倪すべからざる魔人のわざ! そうやって彼は、肩口や両手から血をぼたぼたと床におとしながら無銘の頭上をとおりすぎ、 少し離れて着地するやいなや、両腕に約六十センチばかりの間隔をとって前へ突き出した。 左手は北へ二十五センチ、それから東へ五十センチ、さらに北へ二十五センチ。 右手は西へ二十五センチ、それから北へ五十センチ、さらに西へ二十五センチ。 やがて巨大な卍の真赤な文字が、床にえがきだされたのは、上記の根五来の腕の動きにつれ て、赤いしずくがぽたぽたとしたたり落ちたからである。── ■■■ ■ 注:■□はいずれも一辺につき五センチとする。 ■ ■ ■■■■■ ■ ■ □ ■■□←右手初期位置。 ↑ 左手初期位置 みんなも北を向いて実際にやってみよう! もとより整然としたよく透る声を、しかしこの時ばかりはやや消沈させつつ、根来は叫んだ。 「忍法火まんじ。──」 すると卍の中心から、蒼然とした炎がメラメラと燃えあがり、やがてそれは先ほど根来がおと した血痕を、導火線をつたう炎みたいに疾駆しながら、無銘に迫る! もはやかかる羽目におちいった以上、無銘の影を断つほかない! 「乾坤一擲、されど余技にすら至らず」 無銘はくいっと編笠をなおすと、キラキラ光る薄氷をゆるやかにまたいで、そのまま壁の前 に立った。そこには根来の血痕があるから、いずれ炎に呑まれるのは必定だ。 しかし無銘は迫る炎など意に介さず、掌を壁にあてるとツルリとひとなでした。 するとどうであろう。まるで水滴にくぐもる鏡をなでたように、無銘の手の軌跡だけが、まばゆ い銀を露出し、暗い廊下にキラキラと光を反射した。 「忍びの水月。──」 つぶやく無銘の掌にはいかな作用が起こっているのか、銀の塗膜にうっすら湿り、幻惑的な 光をはなっている。そして彼は右手のみならず左手の指からもビラビラと指かいこを伸ばすや いなや、腕全体を指揮者のように振りまわしはじめた。 名が示すとおり、指から伸びる指かいこだ。だから掌と同じく銀の塗膜にうっすら湿っている。 それが稲妻のようなはやさで、床をほうきのように這いずりまわる、天井になすりつけられる、 壁へぐにゃぐにゃと押しあたる、手すりをこすり蛍光灯をもなでる。 あらゆる病院施設がそうされるものだから、あたった場所は先ほど掌でなでた壁のように燦 然と銀光まぶしい鏡と化してゆく。── やがて無銘の手の動きがとまると、千歳も根来も息をのむ思いでその光景を見た。 床、天井、壁、手すり、蛍光灯。 鏡の破片をむぞうさに打ちすてられたように、無銘を映し出している。 もはやこの一帯は万華鏡のるつぼだ。鏡が無銘を映し出し、鏡は鏡を映し出し、無限とも思 える反射のループが大小さまざまの無銘を無数に映し出している。 そしてこれは幻覚などではない。なぜなら、疾駆する忍法火まんじの蒼いかがやきすら乱反 射し、千歳や根来の頬に水面のようなさざなみを浮かべたからだ。 やがて火まんじは、ぱっと無銘を呑みこんだが、しかしそれは鏡に映った無銘の虚像であり、 鏡をむなしく割ったにすぎない。 「我が師父・総角主税の厭いし物、それは鏡。よって彼の前では禁じているこの術……攻め 込むコトは困難。我はすでに鏡中に在り。姿はあれど実体は見せず」 声こそするがはたして無銘はどこに消えたのか。いや、彼の姿じたいは無数に見えてはいる が、一つをのぞけばすべて虚像であるから、根来は彼の姿を見失っているといえよう。 「そう、厳密なる意味においては、亜空間からの姿一つ見せない攻撃、こちら側に攻め入る コトができない以上、防ぐコトしかお前に手立てはない」 これまた根来にとってはつらあてだ。この台詞はかつて彼が、横浜外人墓地で剛太に投げ たものではなかったか? そうこうしている間にも、床がぎりぎりとねじり尖って根来を襲う。無銘のいわくの「攻撃」だ。 疲弊し、無銘のつらあてに気をとられていた根来だから、これはさすがに避けきれない。胸 にせまる円錐を、半ば諦観の眼差しでぼうっと眺め。── 「真・鶉隠れよ」 目の前に立ちはだかった人影の、まろやかな匂いに、しばし心をうばわれた。 千歳だ。ヘルメスドライブでがっきと円錐を受けとめている所から察するに、先ほどの騒ぎも これでしのいでいたと見える。 そして先ほど根来からわたされたマフラーを首にまいているのは、余人には理解できぬコス プレ癖によるものだ。彼女は蝋燭の炎に誘引される羽虫のように、奇抜な服装に心うばわ れてしまうのだ。そして羽虫が炎熱を知覚できずやがて破滅に身を焦がすように、千歳も自 らの年齢と衣裳の釣りあいを考慮する機能をまったく喪失している。そも、まともなファッショ ンを考えたところで、アニメ版の設定画のように黒タイツを履いてガニ股をする千歳だ。 ならばあれこれ口出しして機嫌を損ねるよりは、好きにやらせておけばよい。婦人とうまく やるコツは結局それなのだ。── 「私の仮説が正しければ、この状況はそれで収まるわ」 「承知。──」 一瞬根来は、彼らしからぬ表情を少しうかべたが、すぐさまシークレットレイルを床に突きたて 稲妻とともに埋没させた。この時、何かが焼き切られるような音がしたが、それも気にする暇 があらばこそ。──この状況では気にしようもない。 やがてシークレットトレイルは、やや離れた場所より戛然と飛びだし、金の残像をびゅうびゅう と引きながら、鏡を次々に割り砕き始めた。 ふしぎな事に、それとほぼ時を同じくして円錐の攻撃は止み、同時に千歳がマフラーをしゅる しゅると解いて、ヘルメスドライブを手から外して、マフラーで布ぐるみにしたのもふしぎな話 だ。 彼女はちょっと考えてから、根来をふり返り、それからがしゃがしゃ割られる鏡の中の無銘を 見て、ぽつりと呟いた。 「忍法無銘。──という所ね。あなたたち風にいうと」 千歳は思わぬ行動にでた! 根来のマフラーで布ぐるみにしたヘルメスドライブを、亜空間に 投げいれたのだ! 投げいれた? いや、もとより、根来のDNAを含んだもの以外は排除するシークレットトレ イルの亜空間だ。対するヘルメスドライブは、しょせん千歳の精神の具現物にすぎない。な らばその両者がぶつかればどうなるか? かつて剛太が外人墓地でされたように、ヘルメス ドライブは、亜空間の入り口で稲光にはじかれるのみで終わったであろう。 しかるに、ああ、はたせるかな! この一見不可侵に見える亜空間も、根来のDNAをふくむ ものでさえあれば、いかなる凶器をもとおしてしまう! かつて剛太も、自分の武器に根来の血液を付着させ、亜空間にひそむ根来をねらいうった。 そして根来は亜空間でも脱げぬよう、着衣にくまなく毛髪を縫いこんでいる。マフラーとて例 外ではない。 そして千歳は、自らの武装錬金が亜空間に沈み込んだのを見はからい、手首を微妙にくい くいと返すと、マフラーのみを引きぬいた! 結果、ヘルメスドライブは稲光とともに亜空間 より排除され、からからと床にころがった。 はたしてこの行動が何を意味するのか。余人にはとうてい伺い知ることはできない。 だがどうであろう。あれほど一帯を占めていた鏡は、すべて忽然と消えうせた! 残ったのは、廊下の中央にぽつねんとたたずむ無銘だけだが、彼自身もさらさらと風化を始 めている。 不可思議きわまりない。いったいいかなる現象が巻き起こり、こうなったのか? 「……見抜いたようだな」 「ええ。ヘルメスドライブからの敵の出現。シークレットトレイルの亜空間の錐への変化。この 二つはあなたの武装錬金の特性によるものね? つまり元を断たない限り、同じ事が繰り 返される。だからこうしたわ」 「明察。……」 うなる無銘を前に、千歳は傍らの根来をそっと促した。 「助けてもらった事だし、とどめはあなたに譲るわ」 「捨て置け。放っておいてももはや消え去る影なのだ。大体にして元を正せば貴殿の手柄だ」 「でも」 「譲る事で礼とする」 根来はしばしの仇敵がチリと消えゆくさまを、寂然と眺めた。 (お礼? 何の?)と千歳は小首を傾げた。 それはともかく、根来・千歳、勝利。──
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/4600.html
221: 名無しさん :2017/06/02(金) 22 58 34 ○ 日蘭蜜月世界支援ネタSS ・ ある証言、フランス人の場合 「名前は―――――。当時の階級は一等兵。所属は第五工兵連隊。機関助士だった」 第五工兵連隊と言うと、開戦当時はノール県のダンケルクに配備されていた部隊ですね。 「そうだな。あの時は、確かにあの場所に居た」 蘭仏国境砲戦……ダンケルク砲戦に立ち会っていたのですか。 「ああ。あの時はポワン=ブリュメール(*1)と呼ばれていた。 他のポワン……ヴァントーズ、フロレアール、テルミドールと並ぶ主要橋頭堡と定められた場所だった。 列車砲でペイバス(*2)の要塞線に穴を空けて、そこからベルギカに雪崩れ込む算段だったと聞いたよ」 なるほど。 「結果はあの有様だったがね」 あの場の一兵士として、作戦は成功すると思っていましたか。 「思っていたさ。列車砲があれだけ並んだ光景を俺は初めて見たし、古参の曹長は世界大戦の時でも見なかったと言っ ていたのを憶えてる」 何門ほどあったのか、お聞きしても。 「何門どころじゃなかった。何十、何百門もあったよ。フランス中の列車砲。さらに米英の列車砲も掻き集められた。 第五工兵連隊は鉄道工兵部隊でね。あれらを並べるための線路を作っていたから数は嫌でも頭に入ったよ」 英米軍も列車砲を持ち込んでいたのですか。 「ああ。あの時、あの場にあった最大の列車砲は、俺たちのM1916……五二〇ミリ列車榴弾砲だ。 次点は英国の海外派遣軍が持ち込んだ二門のオードナンスBL一八インチ列車榴弾砲だったかね。 米国の外征軍もいくつか持ち込んでいたが……本当に、たくさんあった。 一応偽装されていたが、砲列が延々と続いていた。 この世にある列車砲があの時のダンケルクに全て集まっていたと言われれば、俺はそのまま信じただろうよ」 それだけの列車砲に、ネーデルラントは反応しなかったのですか。 「反応はしていたよ。ラジオで俺たちの“大演習”の話を盛んに流していたからね」 ラジオと言いますと。 「俺たちの機関車は集まってくる列車砲を配置し直す作業に追われてね。 何日も機関車から離れられなかったし、場合によっては待たされることもあって退屈だったんだよ。 だから合間に機関士の軍曹がこっそりと持ち込んでいた携帯ラジオを聴いていたんだ。 国境近くだからペイバスのラジオも受信できてね。ワロン語だから俺たちでも理解できて、良い暇潰しになった。 ……その小さくて軽い便利な携帯ラジオが、ペイバスのフィリップ社製だったのは皮肉だがね」 当時、ネーデルラントのラジオはなんと。 「国境周辺に疎開指示が出た、と言っていたよ。俺たちの“大演習”による流れ弾の懸念があるってね。 流石にペイバスの連中も解ってたんだろうよ。“大演習”が名目ってことにはさ。 実際、演習を装ってフランスの内陸に向けて並べられた列車砲は直前で向きを変えてペイバスに向けられる計画だっ たよ。 英語だとネプチューン作戦、だったか? 蘭本土侵攻の通称は」 蘭軍は動いていたのですか。 「いや、やけに静かだった。少なくとも俺はそう感じていたよ。 流石にポワンから近い要塞線の空気は違ったが、それ以外は不思議なほどに静かだった。 実際、ラジオ放送も疎開指示以外はいつもと放送の内容が変わらなかった。 俺たち第五工兵連隊は普段からノールに居て、ペイバスのラジオ放送を聴いていたから解ったんだがね」 それは開戦直前まで変化しなかったのですか。 「いいや、列車砲が大分揃い始めた頃から連中の偵察機が国境沿いに飛ぶようになった。 毎回うちの空軍機が迎撃に出ていたが、連中の偵察機はただ機械的に国境沿いに飛ぶだけで露骨に挑発をしてくるこ とは無かったらしい。 ただ流石に護衛機が付いていたらしくて、こっちも下手に動けないから静かな緊張感はあったと聞いたよ」 ちなみに、それらの機体は噴進機でしたか。 「まさか。プロペラ機だよ。フォッカー製の旧式爆撃機を改造した偵察機と同じくフォッカーのウォード戦闘機…… だったかね。英軍の連中はフューリーって呼んでたんだったかな。 まあ、プロペラと言ってもターボプロップとかいうので、戦闘速度はこっちの戦闘機とは桁違いだったらしいが」 222: 名無しさん :2017/06/02(金) 22 59 29 噴進機の存在は知られていなかったのですか。 「噂程度には聞いてたよ。ペイバスで配備されているかもしれないってね。 だけど米国の研究では、燃料を馬鹿食いする非効率なエンジンって話でな。 皆、それを信じていた。英国だけだったかね、あの頃から噴進機の研究を大真面目にやっていたのは」 そのまま開戦を迎えた、と。 「そうだ。何に喧嘩を売ったのか、正確に把握している奴なんて居なかったんじゃないか? だがそれでも勝てると思うほど、ダンケルク砲戦の始まりは凄いもんだった。 早朝、内陸を向いていたはずの列車砲が一斉にペイバスの方を向いて、それから一斉に撃ち始めたんだ。 常に何処かで列車砲が弾を吐き出していた。まるでこの世の終わりみたいだったよ。 ペイバス自慢の要塞線のあちこちから黒煙が上がって、俺たちは歓声を上げた。無邪気にな」 ……。 「だが、連中の反応は激烈だった」 何が起こったのですか。 「絶え間ない列車砲の砲声に混じって、妙な音が聞こえた。こう、風切り音みたいな音が、だ。 そして次の瞬間には、いくつかの列車砲が吹き飛んだ。 丁度装填中だった砲弾に引火して、派手に吹き飛んだものがいくつかあった。初めは事故だと思ったよ」 蘭軍の反撃ですね。 「ああ。何が起こったか判らないで突っ立っていたら、誰かが逃げろって叫んだんだ。 俺と軍曹は慌てて機関車から逃げ出して、近くに掘られていた退避塹壕に転がり込んだよ。 その直後に轟音と揺れを感じて、俺は気を失っちまった。 これは後で聞いた話だが、撃ってきたのは蘭軍の要塞砲だったらしい。 連中、内陸に向ける要塞砲にまで三六センチや四一センチの砲に換装していたんだ。 それも榴弾砲じゃない。戦艦に積むような艦載砲を転用したものだ。威力も射程も桁違いだったよ」 五二〇ミリや一八インチの列車砲には劣るのでは。 「威力はそうかもしれないが、射程は別だ。向こうの方がはるかに長い。 おまけにそうした大口径列車砲は、こっちには片手で数えられる程度にしかなかった」 しかし、同盟側の列車砲にも艦載砲を転用したものがあったと聞きますが。 「勿論、あったよ。だけどな、あの時の俺たちの列車砲の多くは第一次世界大戦の時に製造されたものか、あるいは軍 縮条約で廃艦になった戦艦の主砲を転用したものだった。 そしてそれらはほとんど十二インチから十四インチ程度ぐらいしかなかった。 三六センチはともかく、四一センチ近い砲を転用したものはなかったんだよ。 まあ、そりゃそうだ。何せその砲を持つ戦艦は現役なんだからな。 列車砲のために新造する余裕なんて無かったのさ」 蘭軍はそれらを新造していた、ということですか。 「そういうことなんだろう。あるいは作り過ぎた予備砲身を転用したか……どちらにしろ、贅沢な話だ。 しかも要塞砲だけじゃない。要塞線の内側、俺たちが堤防か何かだと思っていた延々と続く稜線は、 全部列車砲の掩体壕だったんだ。そこから斉射の被害を免れた列車砲が出てきて、反撃に加わった。 元々、ペイバスは云十年も前から列車砲大国だ。保有数は桁違いで、まともに撃ち合ったら負ける。 だから俺たちは連中の列車砲が展開していないのを確認してから攻撃したんだ。だが、見事に騙された訳だ」 今では、それらの施設は公開されていますね。 「どうせならもっと前から公開して欲しかったよ。無理な話だろうけどな。 それで気を失った俺はどれくらいかして、目を覚ました。 身体中が泥まみれで、何処もかしこも痛んだ。 幸い、俺は五体満足だったが一緒に塹壕に駆け込んだ軍曹は何処にも居なかった。 軍曹が居たはずの塹壕は、土砂で大きく盛り上がって丘みたいになっていた。ああ、あの人は死んだなと思ったよ」 あの砲戦でダンケルクの地形が変わったという話もありますが。 「変わったんだよ。あのあたり、やけに丸い池が多いだろう。昔は平らな原っぱだったんだ。 あの丸い池は全部、砲弾の着弾跡に水が溜まってできたのさ。 近くの川の堤防が砲撃でやられて、流れ込んだんだよ」 今では物珍しさから観光名所になっていますね。 「若い連中は知らんが。俺は絶対に行きたくない。思い出すからな。あの日のことを」 223: 名無しさん :2017/06/02(金) 23 00 12 話が逸れました。では、意識を取り戻した後、貴方はどうしましたか。 「そのまま塹壕から顔を出して様子を伺いたかったが、古参の曹長が言っていた言葉を思い出して止めた。 塹壕から迂闊に顔を出すな、頭を吹き飛ばされるぞ、ってね。 だから、もどかしかったが痛む身体で塹壕の中を移動しながら 誰か居ないか、あるいは外の様子を伺えそうな場所か物が無いかを探したんだ。 と言っても、狭い塹壕だからそこまで遠くには行けなかったがね。 退避塹壕だから他の塹壕とも繋がって無かったよ」 その結果、何か見つけたのですか。 「偶然、砲兵観測用の砲隊鏡が塹壕の中に落ちていたのを見つけた。 多分、何処からか吹き飛ばされたんだろうな。 鏡の片方は壊れていたが、もう片方は問題ないようだったからそれを使って塹壕の外を伺ったんだ」 何かありましたか。 「……何も、何も無かった……いや、語弊があるか。動く物は何も無かった、かな」 と言うと。 「あれだけ並んでいた列車砲も、機関車も、線路や仮設の車庫、弾薬庫すらも全部全部吹き飛ばされて残ってなかった。 時折、奇妙な形の焼け焦げた鉄屑が見えて、それが列車砲や機関車の残骸だと頭が認識するまで結構な時間が掛かった」 その光景を見て、どう思いましたか。 「呆然としたよ。実は俺は死んでいて、地獄に来たんじゃないかって思ったぐらいだ。 そのまま砲隊鏡を放り出して、塹壕の中でぼんやりと座っていた。どれくらい座ってたかは、憶えていない」 それから何か起こりましたか。 「そのうち、遠くから音が聞こえてきたんだ。工兵の建機が動いているみたいな音だった。 それを聞いて、俺たちの部隊の近くに侵攻のための戦車部隊が居たのを思い出した。 確か米国軍だったはずだ。だから、味方が助けに来たんだと思ったよ。 そして思わず曹長が言っていたことも忘れて、塹壕から顔を出して手を振ろうとした」 振ろうとして。 「片手が挙がったまま、動かなかった。 見えたのは、見たこともない戦車が何両も今まで見たこともない速度で向かってくる様子だった。 英軍でも米軍でも、当然俺たちの戦車でもない。ペイバスの戦車隊だと気付いた時には、砲身がこっちを向いていた」 撃たれなかったのですか。 「咄嗟に、もう片方の手を挙げたんだ。ほら、こうして、降参のポーズだ。 そうしたら撃たれなかった。敵とはいえ、しっかり見てくれたペイバスの戦車砲手には礼を言いたいね」 その後は、どうなりましたか。 「戦車の後ろを付いてきた兵員輸送車から降りてきた連中に拘束された。 その後はあちこち盥回しにされて、最後はペイバスの捕虜収容所に放り込まれた。 そこで機関士の軍曹に再開した。なんでも山みたいになった塹壕の向こう側で助かってたらしい。 軍曹も俺は死んだもんだと思っていたらしくて、お互いの足をしきりに触って確認したな、あの時は」 蘭軍の捕虜収容所の空気はどうでしたか。 「良い、とは言えなかったな。 まあ、俺たちは攻撃を加えた側だから当然だ。歩哨のこっちを見る目はとんでもなく冷たかったよ でも飯は三食出てきたし、自由時間も適度にあった。 必要以上に俺たちを痛めつけたり、貶めることもなかったし、扱いはあくまで常識の範囲内だったよ」 他の捕虜の様子は。 「一緒に放り込まれていたのは軍のお仲間ばかりだった。 俺みたいに偶然生き残って、そのまま降伏した連中が多かった。 あの光景を見ていたせいか、反抗しようって奴は居なかったよ。 皆、心の何処かが折れていたんだと思う。 アルマーニュ(*3)の例の親衛隊が来るまでは、本当に空気がどんよりしていて、暗かった」 224: 名無しさん :2017/06/02(金) 23 00 42 例の親衛隊と言うと。 「ナチ党武装親衛隊……今は帝国武装親衛隊(*4)か。 あれの人間が何人か捕虜収容所に来たんだ。大体、捕まってから半年くらい経った頃だったかな。 捕まっている連中を集めて、外国人義勇親衛隊員を募集するために収容所を回っているんだ、と言ったんだ」 その話を初め、どう受け止めましたか。 「冗談じゃない、と思ったよ。 いくら収容所から出れるからって、同胞に銃を向けるのは御免だったよ。 だが、そう言ったSS将校の横に居た別のSS将校が一歩前に出てきて、 君たちの力が母国のために必要だと言ったんだ。それも流暢なフランス語でね」 フランス語で、ですか。 「ああ、ラジオで聞いていたワロン語とは違う、訛りの無い純粋なフランス語だった。 そして、私の名前はアンリ=フネSS義勇少尉だと名乗った。元々はフランス陸軍中尉だった、ともね。 それから母国が危機に瀕していると説明し始めた。そう、あの植民地義勇兵とは名ばかりの野盗共のせいでな」 エストシナ義勇兵ですね。 「そうだ。連中、ろくに戦わずに野盗に化けて母国を荒らし回ってたんだ。 俺たちは連中を欧州に呼び寄せるのには懐疑的だったが、 丁度中華贔屓が大統領になっていた米軍が徴募するように言ってきて、上の連中は仕方無く組織したんだとさ。 もしも過去に戻れるなら、まず連中に欧州の土を踏ませる前に洋上で船ごと沈めておくべきだと思うね」 そこまで酷かったのですか。 「戦争による被害以上に、散った連中の対処に追われていたほどだったよ。 負けたはずのこっちの軍隊の武装解除が後回しにされていたほどなんだから相当だ。 収容所に来た武装親衛隊も、警察任務のためにフランス全土に展開しつつあったらしい。 それを聞いて、俺は志願した。ただでさえ負けたのに、これ以上俺たちの国を荒らされて堪るかと思ったんだ」 その後はどうなりましたか。 「訓練もそこそこにペイバスやアルマーニュの四輪駆動車が供給されて、 それに乗って国中あちこちを哨戒したよ。散ったエストシナの連中を探してな」 久し振りに見た外の様子はどうでしたか。 「酷い有様だったよ。早期にペイバスやアルマーニュに占領された街よりも、 田舎の重要じゃ無さそうなところの方が荒れていた。強そうな軍隊が居ないところだな。 そういうところを連中はあえて狙って動いていたらしい。……本当に、本当に腹が立つ」 それを目の当たりにして、部隊の士気は大丈夫でしたか。 「俺が居た部隊はむしろ憤っていた。……いや、怒り狂っていた、か。俺を含めてな。 思い出せる範囲では他の部隊もだったような気がする。だけど正直、あまり憶えていないんだ。 皆、頭に血が上っていたんだ。そんな状態で連中を見つけたら、どうなるかなんて言うまでもないだろう? そんな調子で後は終戦までずーっと哨戒と……駆除をしていたはずだよ。もう一度言うが、あんまり憶えてないんだよ」 ……なるほど。では、本日はありがとうございました。 「別にいいさ。……ああ、そういえば、あの時の部隊では合言葉があったな。思い出した」 合言葉ですか。最後に訊いてもよろしいでしょうか。 「まずは撃て、然る後に考えよ。聞いたことはあるだろう? 我らがGIGN(*5)の標語さ」 (終) *1 : 四国同盟による対ネーデルラント連合帝国戦争計画(オーバーロード作戦)内の 蘭本土侵攻作戦(ネプチューン作戦)で定められていたベルギカ方面の攻勢地点の一つ。 *2 : フランス語での、ネーデルラント連合帝国の意。 *3 : フランス語での、ドイツ帝国の意。 *4 : ドイツ帝国、帝国武装親衛隊。戦後の改編を経て、現在では国家憲兵に近い役割を担う。 *5 : フランス連邦共和国、国家憲兵隊治安介入部隊。対セクト作戦において、世界有数の能力を誇る。 225: 名無しさん :2017/06/02(金) 23 01 58 以上、供養完了。wiki掲載はご自由にどうぞ
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/534.html
鋼の山脈 一・根づく若草 間合いが、遠い。 重鎧をまとった上に素手の相手に対して、レムはいつもの軽装に加え、両手の蛮刀がある。 剣のリーチの方が、相手の体格を含めても拳一つ分長い。にも関わらず、レムは仕掛けることができない。 レムの腕力では、あの鎧を貫き通すことができない。そして、相手の踏み込みはリーチ差など問題にならないほど、鋭い。 環状列石が視界に入るが、距離がある。盾にするというわけにはいかない。 霊地の静謐さによって、相手の攻撃範囲が目に見えるほどに集中が高まっているのがせめてもの気休めである。 相手は動かない。両手を下げた自然体のまま、山のようにこちらを見ている。 兜をつけていないため唯一まともに露出してる頭部を見据えながら、レムは周りを回って隙を窺う。 背後すら、安全圏ではない。後ろ蹴りや反転しての裏拳は言うに及ばず、あの大きな尾に何度叩き伏せられたか。 相手がゆるりと向きを変え、結局正面に戻った。覚悟を決め、入れば死を招く間合いへ一歩踏み込んだ。 動かない。これ以上前に出れば砲撃のような掌底を浴びると分かっている。 敢えてさらに前に出た。 思ったとおり、レムが前脚に体重を乗せる瞬間に、相手の巨体が間近にまで迫っていた。 考えていた手順が頭の中からすべて吹き飛び、筋肉と五感が直結する。 勝負は、ここからだ。 読んでいたはずの掌底を、間一髪蛮刀で逸らす。ずらしきれなかった打撃の重みで姿勢が崩れ、反撃に出られない。 続いた平手打ちは下がりながら避ける。かすめた衝撃が軽い。この平手は連撃のつなぎだ。 脚が閃くのが見えた。咄嗟に反対側面へ回り込んで蹴りの威力を殺しながら、右剣で肩鎧の合わせ目を狙う。 違った。 声にならない声が、喉から出た。 フェイントにかかったと気づいた頃には、相手の上げた足はただの踏み込みに変じていて、迂闊に伸ばした右手首が籠手の冷たい感触に捕らえられている。 体格差から押すだけで勝てる方が、小手先技を使って来ることはないと思い込んでいたレムの負けだった。 右腕を左側に引き寄せられて姿勢が崩れ、がら空きの右あばらを左手で突き飛ばされる。 どうにか転ばずに済んだところへ、覆いかぶせるように掌底。やむなく剣を交差して身構えた。 直後、喉元の襟が掴まれていた。 ここでも、裏。打撃ではなく掴み。 体がぐいと持ち上げられる感触とともに、服の縫い目がぶちぶちと音を立てていくのが聞こえる。 半円を描くように投げ落とされ、背中に草の硬さを感じた次の瞬間の衝撃に、肺から呼吸をすべて絞り出された。 目の前の明りが落ちていく。せめて一太刀と念じて振り上げた左手に、剣はなかった。 目を覚ますと、立ち合いの場面からの地続きだった。 茜色を含み始めた昼日が、霊地の澄んだ冷たい空気を突き抜けて、レムの肌を直接温めている。 服は縫い目が破れており、前をはだけている状態だった。 なんとか着られる形に直そうとしていると、環状列石のひとつにまたぼろ屑の影が見えた。 「まーた随分とやられたのう」 「うん」 腕を掴まれた時にそのまま投げられていたら、腕の筋肉や関節が服の代わりになっていた。 そもそも武器持ちのレムに対して、相手は拳も握っていないのだ。 「やはりもうちょいと、同じぐらいの輩と修練した方がええと思うんじゃがのう」 「みんな、私が相手だと嫌がる。ビオが私の顔に当てた時に、随分絞られたらしくて」 傷一筋で古株の祭司が騒ぎ出す相手と、誰が立ち合うというのだろうか。 そうでなくても、剣を取ってからずっと先程のような修練を続けてきたレムである。剣にこもった気迫が修練のそれではない、とレムを避ける戦士も多い。 「それに、一度言われたことがある。仲間を殺す気かって」 「誰にじゃい」 「パルネラ」 「あの腑抜けか。言いそうじゃのう」 パルネラはその後しばらくして長老議会入りしており、もう戦士たちの訓練には姿を現さなくなった。 「それで、このまま続けて勝てそうか?」 擦り傷と裂けた服以外に、負傷らしい負傷のないレムを見ながら、ビスクラレッドが問いかけてくる。 レムは、赤色が混じり始めた地平線を見た。剣を持たされてからずっと続けてきた、すべての立ち合いを思い描く。 届く、と思えた剣は、一度もない。 「わからない」 剣帯を掛けて二本の蛮刀を背負った。今日はもう終わりである。 反省をしようにも、ここ数日の立ち合いでの相手の動きは、何度思い返しても付け入る隙がないのだ。 今までは何かを体で学びとらせようという意図が見えていたのに。 「そんじゃあ、このじじいが精霊コーネリアスに、あやつの鎧に傷ぐらい付けられるように祈祷をやっといてやろうかの」 「おじじ、祭儀ができるのか?」 本式の座祈祷の足を組み始めた老狼を見て、レムは思わず尋ねた。 「わしの頃は、出来ねば木に吊るされたわい。戦士だ祭司だと分け始めたのは、割と最近じゃ。ホレ、他では男も女も祭りをやってるところも多いじゃろ。 それがいつの間にやら戦士は禁制だの大祭司位だのなんだのと、形ばかり立派になりおって」 祈祷座を組んだまま、愚痴を垂れ続けるビスクラレッドの横顔をそっと窺う。 断崖城の、石造りの城塞部分に住居を構えている歳長けた長老議員たちでも、ビスクラレッドほど老いている者はいない。 「おお、そうそう。なんでも長老会議の小僧どもが、パラカへの助太刀にお前を入れたようじゃぞ。遠征は初めてじゃったな?」 「いや、何回かある」 「おう、そうか。で、パラカの近場に、盗賊が根城を作ったらしいでな」 パラカと言えば、やや遠い峡谷にある慎ましやかな農村である。 隊商の中継点からも外れており、自分たちの口を満たしながら細々と祭儀を続けている集落に、盗賊が目をつけるようなうまみがあるとは思えない。 「ま、食い詰め者は飯も奪い取るしかないからのう」 ビスクラレッドは、あっけらかんとしたものだった。 「不安か?」 「少しだけ」 「食いっぱぐれとはみ出し者が相手なら、お前一人でも十分じゃい。今までの試しのつもりで、目一杯暴れてこい」 そうは言っても、槍やフレイルが相手になった時にどうすればよいか、もう一つ自信が持てない。 あまり、多彩な武器を相手にした立ち合い稽古はしていないのだ。 パラカ氏族の集落を縦に貫く道の真ん中で、レムは剣を抜いた。 一人である。集落内に、住民の気配はない。 パラカの住民たちを一か所に避難させ、盗賊団を迎え撃つ作戦である。相手は十人少々というから、戦士団六人はやや多い。 「十人ごときなら、俺一人でも十分だってのによ」 戦士団長コレルは、そううそぶいていた。コレルがいるということは、今回の戦士団はパルネラが、可愛がっている末息子のために編成したのだろう。 それならば、常より多い戦士の数も頷ける。他の四名も、レムが覚えている限り、コレルの取り巻きが肩を並べていた。 発言に反して、コレルは伏兵に回っている。陽動には女のレムが一人でいた方が、盗賊団を釣りやすいとの論法だった。 「戦士殿、よろしくお願い申し上げます」 「うん」 ほぼ水平に曲がった腰の先で頭を下げると、パラカの長老は杖にすがりつくようにして避難場所に向かっていく。 危険な役に使われているレムに、同情しているようだった。 長老が視界から消えるまで見送ると、蛮刀を両手に握り、集落の外に広がっている山林に向けて耳を澄ませる。 正直なところ、緊張している。 対多数の組手は戦士団の訓練でやったことはあるが、ほんの軽いもので、しかも何か月か前の話である。 コレルたちが包囲を完成させて援護に来るまで、持たせられるかどうか。 ふ、と、風にかすかに雑音が混じった。 山林の茂みを掻き分けて来る音で間違いない。コレルたちが物音を立てるヘマをしたわけではないのなら、ついに盗賊団が来たということだ。 道の向こうから、薄汚れた一団がまっすぐ近づいてくるのが、目に見えるようになった。 使い古した皮鎧と、抜き身の武器の手入れ具合を見れば、戦士としての程度がわかる。 「おいおい、こいつは何の冗談だ?」 響くのは風の音ばかりの集落と、道の真ん中で両手に剣を持って立つ子供。 先頭の狼の人相の悪い顔が、目に見えて歪むのがわかった。 「なんだてめえは」 レムを値踏みしながら、先頭の狼が唸る。体格と表情でそれなりの威圧感を出しているが、 普段の修練で受けているような「立っているだけの圧迫感」には程遠い。 武器は長柄斧。斧や戦棍を扱う戦士に、技巧を伴っている本物の使い手は少ない。そして、斧には刃こぼれがあった。 後ろに続く十人程度も似たような有様で、周りの様子を見まわしているばかりである。 コーネリアスの戦士団なら、この時点で既にいつでもレムに踏み込める位置取りをしているだろう。 拍子抜けした。緊張感が、馬鹿馬鹿しさと腹立たしさに入れ替わっていく。 「盗賊団ってのは、お前たちか」 「おいガキ、聞いてんのは俺たちの方だ。ここの村の奴らはどうした。俺たちに差し出される女と食いものはどこへやってある」 「お頭、ひょっとすっと逃げられたのかもしれませんぜ」 後ろにいた一人が、先頭の狼に声をかける。 頭目は、じろりとレムを睨むと、そのまま周囲に視線を巡らせた。 「そうみてえだな。おいお前ら、この様子じゃまだ遠くには逃げてねえ筈だ。阿呆なことを考えやがった爺いを捕まえて来い。火ぃおこしてあぶってやる」 肩に担いでいた長柄斧を、両手に持つ。 「あと女も捕まえて来い。俺はこいつで遊んでるからよ」 「あいさ」 外見でレムを陽動にしたのは、間違いだったらしい。完全に舐めきっている盗賊団は、レム相手に人数を割こうという気は起こさなかった。 レムが賊を足止めしているうちに、戦士団が包囲する作戦である。ここで散らばられては、討ち漏らす危険がある。 今後のことを考えれば、なんとかして注意を引きつけなければならない。 しかし、頭目の視線に殺気ではなく嗜虐感が篭っているのを感じて、レムはこそばゆくなった。 つい、鼻で笑った。 散ろうとしていた盗賊たちの何人かが、動きを止める。 「あん?」 頭目の機嫌の悪そうな唸りで、残りの賊も足を止めた。 その意図はなかったが、うまく挑発になったらしい。 「住民が逃げていてよかったな。追いかけることにしておけば、私が怖いから逃げる、と言わなくて済むんだからな」 「なんだと、おい」 「こりゃあ、今自分が何口走ったか教えてやらなきゃいけねえな」 何人か乗ってきた。 「おい、放っておけ。こんなガキによってたかってなんざ、余計笑い物……」 制止しようとした比較的冷静な一人の頭に、石を投げつけた。 当たった。傷に血が滲み、盗賊の顔がレムを見る。怒りの色があった。 「こいつ」 これで全員。レムが袋叩きになる姿を見物するまで、住民を追う気にならないだろう。 両手の蛮刀を構えた。再び緊張感が背筋を通る。 「おい、女どもを追うのはやめだ」 殺意と、違う気勢が盛り上がる。 「ガキ、舐めた口利いたらどうなるのか、体に教えてやるよ」 「お前が女どもの代わりだ。覚悟してろよ、股が裂けるまで犯してやる」 例外なく、目がぎらつき始めた。 背後に回られないよう、レムは建物を背負う。自ら追い詰められる形だが、負ける気はしない。 長柄斧が、突き出された。 斧は叩きつけるもので、突くものではない。レムをいたぶるつもりだったのだろう。 跳躍数回の間合いを一瞬で詰めてくる、あの砲撃のような踏み込みに比べれば、じれったいくらい遅かった。 頭目が体に力を込めるのを見てから、斧が動き出す前に、レムは既に避けていた。 突き出される腕を迎えるように、斧を握った手に蛮刀を合わせる。 続けて繰り出した左の横薙ぎを、頭目は手首のなくなった腕で受けた。その動作で頭が空いたのを見た時には、レムは反射的に右剣を振り下ろしていた。 まずい、と気がついた。 血煙を上げて倒れる頭目の向こうで、盗賊団が凍りついたように動きを止めている。 今の連撃を捌ける者が、盗賊の中にはいないだろう。レムを相手に、命を張る者も。何かのきっかけがあれば、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのは明白だった。 修練でこういう場面がない。血刀をぶら下げたまま、どうしていいかわからないレムも止まってしまった。 盗賊たちは武器を手に持ったまま、顔を見合わせている。 今レムがやらなければならないのは、盗賊を一人残らず捕らえるか殺すかすることである。 気を取り直して、一歩踏み出した。 盗賊たちも、たった今目の前で頭目が、わけもわからないままに斬り捨てられたのを見ている。 レムが踏み出した分、退いた。 もう一歩踏み出す。もう一歩退く。 駆け寄る。 「ちくしょう、覚えてろぉ!」 ついに、背を向けて逃げ出し始めた。 「ま、待て!」 己の迂闊さを奥歯で噛み潰し、レムは今までになく慌てて蛮刀を振り上げた。 一時はどうなることかと思ったが、コレルたちがすぐに包囲の輪を狭めたお陰でどうにか全員を補足することができた。 盗賊たちの死体は、集落の外れに集めておいた。今、パラカの男たちが土葬しているところだろう。 ばらばらに散ってしまった盗賊は、どうにか全員仕留めることができた。 戦士団の目的は、盗賊を無力化することであり、全滅させることまでは求められていない。とはいえ、生き残りがいれば、同じことをまた繰り返す。 少ない人数で、多くの脅威を殲滅できるかどうかが、戦士長格の手腕を評価する点である。 「お前がしくじったお陰で、もう少しでえらいことになるところだっただろ」 無事に任務を終えて一安心のはずのコレルは、虫の居所が悪かった。 「六人も連れて行って、一人でも取り逃したなんてことになりゃあ、俺が怒られるじゃねえか」 今回、囮のはずがいきなり盗賊を散らばらせてしまったのは、レムが加減をしくじったせいである。 悔やむ気持ちは十分にあった。それを他人から言われれば、大人しく受け入れるつもりでもあった。だが、その一言がいけなかった。 「コレル」 「なんだ、言い訳をするのかよ」 「お前、身内の評判のために来たのか?」 「あん?」 「おお、戦士の皆さま」 空気が険悪になりかけたところへ、パラカの長老が杖を突きながら現れた。 他の氏族の者に、内輪揉めを見せるわけにはいかない。仕方なく、距離を取った。 戦士長であるコレルが、代表して迎える。 「長老、どうだいコーネリアスの戦士は。見事なもんだろ」 「は、はい。お陰さまで、皆喜んでおります。いや、本当に何とお礼を申し上げたらよいか」 長巻を誇示してみせるコレルに、長老は何度も頭を下げている。コレルの取り巻きたちも、まんざらでもなさそうな表情である。 長老の目が、ちらりとレムの方を向いた。軽くひとつ頷き返してやる。 「今日はもう遅くなります。何もないところではありますが、今日は我が集落にお泊まり下され」 「ああ、気が利くじゃねえか」 「さあさ、こちらへ。そちらの御仁も」 戦士団を奥の集会場らしき建物へ送り出しながら、長老はレムを親しみのこもった仕草で差し招く。 「マダラの方ですかな? 見ておりましたよ。切っ先さえ触れさせぬお見事な剣の腕、御氏族でもさぞや名のある方なのでしょう。ささ、遠慮なく」 「あ、いや、私は」 「いやはや、お若いのに大したものです。パラカの若いのにも見習わせたいものですわい」 杖をついた老人に手を取ることまでされては、いつまでも控えめでいるわけにはいかない。 招かれたのは、避難場所にも使っていた、そこそこの人数が入れる集会場だった。 いつの間に準備したのか、集会場には絨毯が敷かれ、卓にはテーブルクロスがかけられ、パラカ氏族の女たちがせわしなく食事を並べていた。 手製の壁掛けや花瓶が各所に並べられており、いずれも真新しい。 暖炉の火はあかあかとおこり、室内の空気を少し暑いくらいに保っている。 卓の上には、焼いた獣肉や、煮込み野菜が湯気を立てていた。 並べられたガラス製の水差しも、水滴が表面に浮かんでいる。この室温でなら、よく冷えた水はうまいだろう。 パラカくらいの小氏族としては、何年かに一度の大盤振舞いであることは間違いない。 コレルは期待が外れたような色を滲ませていたが、彼の取り巻きたちには十分すぎる歓迎である。レムにとっても、言うまでもない。 「どうぞ、遠慮なくおくつろぎくだされ」 コレルを上席に、三々五々席に着く。 この辺りの獣の肉なのだろうか。肉にかじりつくと、やや筋張って固かったが、香辛料が利いていて一口ごとに食欲をさらに掻き立てる。 野菜は肉の脂をとったスープで、野菜の歯ごたえを感じさせないくらいに煮込まれてあった。 並べられた料理に手をつけている間にも、次々に新しい料理が並べられていく。 茹でた鶏ササミに手を伸ばした時に、レムの横にパラカ氏族の娘が来た。レムより少し年上だろうか。赤い巻き毛の可憐な少女である。 「あの」 「ん」 まだ、口の中に蒸しイモが残っている。肩越しに振り向いたレムに、木札のついた鍵を差しだした。 「あなたをお泊めする家は、ここになります。ここを出たら左へ行った並びの四件目です」 見れば、他の戦士にもそれぞれ木札の鍵が渡されていく。 「家の中の物は、ご自由にお使い下さい。私たちからのせめてものお礼の気持ちです」 「ん、うんむ」 満足に返礼もできないのを心苦しく思いながらも、口を開かないように唸ると、彼女は頬が触れそうな距離まで顔を近づけてきた。 「月が山に隠れたら、鍵を開けておいてくださいね」 「う?」 何やら不穏なものを感じ取って、相手の顔をしっかり見ようとした時には、彼女は身をひるがえして空いた皿を下げにかかっていた。 若干、耳が赤かった気がする。 水差しを手に取り、口の中のイモを一息に飲み下す。 ようやく物が言えるようになった時には、彼女は奥に引っ込んでしまっていた。 レムの宿舎に宛がわれた建物は、パラカ氏族の一般的な住宅である木製の簡素な小屋である。 真ん中に囲炉裏を備えた一室のみの板敷きで、これで移動式テントであれば、巡礼する氏族の典型的な住居構造になる。 そのせいか、屋内の脇に寄せてあるベッドに、妙に不釣り合いな印象を受けた。 既に囲炉裏には火が入っており、部屋の暖気は申し分ない。剣帯を解いて上着を脱ぎ、ベッドに倒れ込もうとして、思いとどまった。 旅塵と汚れをそのままにして飛びこむには、ベッドのシーツは白すぎる。 少しためらった後、剣帯から蛮刀を抜きだした。 備え付けの水瓶から、器に水を取り分けて刀身を浸し、その間に荷物から磨き粉と布を取り出す。 水の滴る刃に磨き粉を振りかけ、血脂の付いた部分を念入りに布で磨く。曇りが取れたところで、湿らせて固く絞った布で水気を拭き取り、陰干しする。 二本目に取りかかろうとしたところで、宴席で少女に言われたことを思い出した。 月が山に隠れたら、鍵を開けておけ。 どちらの月のことを言っているのかわからないが、今日は銀の半月なので、山の稜線に二つとも月が沈む頃には夜中になる。 鍵は、木製のかんぬきに金属製の錠を取り付けた、ちぐはぐなものだった。おそらくベッドと一緒に、他国の行商から買い入れたのだろう。 廃鉱山をくりぬいて作られているコーネリアス氏族の集落は、かんぬきのままである。 弱小氏族のパラカが、コーネリアスより早く先端技術を取り入れているのは、なんとも不思議な気分だった。 錠を開け、かんぬきを外す。ついでに月の様子も見ておこうと扉を開くと、目の前に人影があった。 「あっ」 人影が身を離す。レムも反射的に飛び下がり、囲炉裏の傍の蛮刀の位置を確認した。 すぐに飛びついていい相手かどうか、一瞬で判断し、即座に行動を―― 「す、すみません」 する必要はなかった。囲炉裏の火に照らされた姿は、宴席で鍵を開けておいてくれと言った彼女のものである。 癖のある赤い巻き毛はそのままに、柔らかい布地の前閉じのワンピースを着ていた。やや痩せ目の体の輪郭が、焚火の照り返しに濃い陰影を作りだしている。 羞恥を孕んだ上目づかいが、腰を落として身構えているレムに注がれる。 「あの、少し早いと思ったんですけど」 赤月は地平線にかかっていたが、銀月はまだ、夜天に斜めに傾いている。 「来て、しまいました」 剣を取っての立ち回りとは別種の不穏さが、夜気と一緒にレムのあたりを吹き抜けていく。 何かとてもまずいことになっている、と、レムの直感が告げている。 彼女を屋内に招き入れたはいいものの、レムはこういう時にどうしたらいいか、わからない。 他の狼たちなら、職業訓練の時に共同宿舎だったり、友人の部屋を訪問し合ったりするので、それなりに歓迎の仕方を身につけているのだろう。 だが、ビスクラレッドに言われたように、レムの育った環境は変なのである。 気にかけてくれる先輩戦士も、懐いてくる見習い戦士もいるが、男が女の部屋を訪ねることはない。 家族でない限り、女が男の部屋を訪ねるのは、種を貰いに行く時だけだから、レムは彼らが客を迎える時にどういう対応をするのかも知らない。 とりあえず二本目の蛮刀の手入れを続けることにした。 彼女は微笑みを浮かべながらも、そわそわした様子で辺りを見回している。 布で刀身を磨いていると、膝でレムの傍ににじり寄ってきた。 「あの、いい剣ですね?」 「そうでもない。工廠でたくさん作っているものだから」 「そうなんですか? 私、剣にはあまり詳しくなくて」 会話が続かない。気まずい空気とは言いたくないが、レムも彼女も距離感を掴みかねている。 何かしなければ、と思えば思うほどに、剣のちょっとした曇りが気になってきて、いつもより念入りに剣を磨いているばかりである。 「あの、お名前を教えてもらってもいいですか?」 「え、あ。ああ、うん」 戦場でならともかく、一介の戦士が私的なことで他氏族の民に名乗っていいものなのだろうか。 名乗るなら、どこまでなのか。とりあえず、戦士としての名乗りなら、慣れている。 「レム。コーネリアス氏族、 岩に咲く白 のレム」 「あら」 微笑に、安堵感の深みが宿る。 「戦士の方は、そうやって名乗るんですよね。私が小さいころに来た方も、攻めてきた他の氏族に、そんなふうにちょっと大仰に」 何がおかしいのか、抑え切れていない笑いが、頬に残っている。 「なあ」 「あ、ご、ごめんなさい、お名前を聞いて笑うなんて、失礼ですよね」 言いながらもまだ笑みが消えない。 「私はそんなにおかしいか?」 「いえ、その、可愛らしい……方だなって。先程からずっと剣を磨いているし、なんだかもじもじしてるし、諱も教えて下さるし…… ふふ、気に障ったのなら謝ります、けど……」 謝るといいつつ、彼女はまだ笑っている。 レムにとっては、彼女の態度よりも、自分の応対がことごとく的外れだったことの方が衝撃だった。 挙句に、可愛い呼ばわりである。 最近、こういう予想外のことばかりのような気がする。自分の尾の先が下を向いているような感覚があった。 二人向かい合って、下を向いたまま、時間ばかりが過ぎていく。 ふいに彼女が顔を上げた。やや上気した頬に、決意の色が光っている。 「レムさん、あの、あまり遅くなると家の者が心配します」 「うん」 「だから、その」 なんとなく気圧された。どころか、彼女は腰を浮かせてずいとレムの方へ身を乗り出してくる。 レムはまだ手に持っていたままの蛮刀を、脇へ置こうと思った。 だが手放さない方がいい気がしている。床に蛮刀を置いたものの、手を添えたまま、踏ん切りがつかない。 「失礼します!」 と迷っている間に、少女の手がレムのズボンに伸びていた。 「わ、何を!」 突き離そうとしたが、左手はまだ蛮刀にかかっている。一瞬思い留まった間に、彼女はレムの膝の間に入り込み、帯を解き始めていた。 「ちょっと待て!」 レムの慌てた声に打たれたように、手が止まる。 「あの、私、迷惑でしたか?」 見上げる顔は、不安げだった。 「お嫌ですか? そうですよね、レムさんのお好みも聞かないで、私ったら」 「いや、迷惑というか」 意図が読めない。何を言うべきか。もしくはどうしたものか、レムにはさっぱりわからない。 「ええと、もしかして聞いたことがなかったりしますか?」 彼女はレムの腰に伸ばしていた手を引いて、座りなおしている。 「他の氏族の戦士様に助けていただいた時は、氏族の発展のために、その戦士様の血を受け継ぐ子を産ませてもらうことがあると、お爺さんから聞きました」 床に下ろした自分の指先を見ながら、ひとつひとつ言葉を探っているようだった。 「戦士様にとっても、助けた氏族からそういう申し出を受けるのは栄誉なことだって」 それを、レムは後ろに手をついたまま聞いている。 「盗賊と戦っている時のレムさん、とても格好良かったです。踊るようで、まるでパラカの伝承の風渡りみたいで。だから……」 少女が僅かに、しかし力強く顔を上げた。 レムは、ようやく嫌な予感の正体を悟った。彼女のいる場所はまだレムの膝の間である。 彼女は上気どころか真赤な顔で、ぐっと上体を近づけてレムに抱きついた。 「だから、私にあなたの子を産ませて下さい」 レムの腰に自分の腰を密着させ、しがみつくも同然に腕に力を込めている。 力の入れ過ぎとは違う震えが、伝わってきた。彼女の肩越しに、尾が力んでいるのがよく見える。 彼女も無理をしているのか、と思った矢先に、彼女が体を離し、レムのホットパンツの前を一息にはだけた。 「あの、男の人はこうすれば喜んでくれると教わってきましたので」 「だ、だからちょっと待て!」 下着を引き下ろすべく中に手を入れられ、今度こそレムは飛び上った。 「あら?」 疑問符を浮かべる少女を残し、レムは普段以上の距離を後ろ飛びする。 空振りに終わった彼女の右手が、宙に漂っている。 「私、てっきりマダラの方だと」 「どうして、そんな判断になったんだ」 下着から、自分の汗の匂いが立ち上ってくる。昼間の立ち回りのままだからだろう。彼女にも、じっとりとした汗の感触が伝わってしまったに違いない。 情けない気分でホットパンツを履き直し、帯をしめる。 「何か変だと思っていた。もういいだろ」 帰ってくれ、と言おうとして振り向くと、彼女はその場に崩れ落ちていた。 「どうしたんだ」 「はひ、なんだか気が抜けちゃって……」 先程までの勢いが消え、すっかりへたり込んでいる。相当気追い込んで来たのか。しばらく立つ気力もなさそうだった。 余裕ができてみれば、彼女からかすかに嗅いだ覚えのあるような匂いが漂ってきている。 「酒の匂いがするけど」 「はい、ちょっと飲ませてもらって来ました。男の方の部屋に行くなんて、そんな怖いこと普通じゃできません」 緩みきっているが、心の底からの微笑みのように見えた。 「でも少しだけ残念です。あなたならいいかなって、思えた方だから。父さんもお爺ちゃんも、賛成してくれましたし」 なんだか責められているような気がしたが、彼女は相変わらずにこにこしている。 そもそもレムは何も悪くないのだ。妙に拗ねたような気分が胸に湧いてきて、ついと横を向いた。 床に置いたままの蛮刀を拾い上げ、ベッドに立て掛ける。 「レムさんをマダラだって言ったのは、お爺ちゃんなんです」 座りなおした状態で、少女はぽつりと話し始める。 「見た目は女の方だと思ったんですけど、コーネリアスの戦士はみんな男だからって。それで私も、そうなのかなって。レムさん、男っぽいところありますし」 「そうかな。それで、家族に私の所に行けって言われたのか?」 「ええ、まあ。他所から戦士様に来てもらったからには、氏族の誰かがお礼に行くのが礼儀だって。だから、レムさんならって私が言ったんですけど」 「お礼か。でも戦士に種を貰うのは、自分たちの氏族のためじゃないのか?」 「でも……その」 彼女は恥じらうように顔を俯けた。 「男の方は、やっぱり好きなんですって。そういうこと」 レムの瞼の裏に、かつての光景が浮かぶ。父の行為も、楽しんでやっていたものなのだろうか。 そうであればもっと楽しそうな雰囲気を出すものだろう。例えば昼間の盗賊の頭目が、斧をレムに向けた時のような。 「父さんは、子供ももちろんだけど、楽しんでもらうのが大事だって……そう言えば、最初に自分で服を脱ぐのを忘れてました。そりゃ、ダメですよね」 「ん」 肉付きがいいとは言えない彼女がわざわざ体の線の浮き出る服を着て来たのだから、相手の情欲をあおる効果を狙っていたのは言うまでもないだろう。 「色々と、苦労があるんだな」 抱かれるということがどうなのか、レムにはわからない。 父に抱かれた祭司の少女は、行為中は苦しそうに涙を流し、終えた後も放心状態で寝台に身を横たえていた。 明け方が近くなって、おざなりに衣服を纏うと、よろめきながら部屋を出て行ったところまでしかレムは知らない。 行為がどんなものかはわからないが、あれが男の肉棒ではなく敵の刃であると置き換えれば、なんとなく察しはつく。 切っ先が自分の正中線を捉えた瞬間の、あの神経が凍りつく感触。死が迫った戦慄は、今でも相変わらず全身を駆け抜ける。 レムでさえそうだというのにこの少女は、自分のはらわたを抉らせるために、自ら来たのだ。 「その、悪かったな。私が男じゃなくて」 「ええ。根に持ちます。私、初めてだったんですよ?」 レムの顔をじっと見つめて、彼女はもう一度笑った。 「本当に、残念です」 返す言葉もない。レムの責任ではないと言い切ってしまうことはできる。 だが、自ら祭壇に乗った犠牲を、誰が突き放せるだろう。 「今夜はお邪魔しました。ゆっくりお休みくださいね、レムさん」 「送るよ」 「大丈夫ですよ。パラカの集落で襲ってくるような悪者は、昼間レムさんが退治してくれましたから」 今になって酒が効いて来たのか、危うげな足取りで立ち上がる。 「明日お帰りなんですよね」 「そうだな。時間は決まってないけど、戦士団がそろったらだ」 「お見送りには、必ず出ますから。なるべく遅く出てきてくださいね」 雲の上を進むように、と例えればいいのだろうか。どことなく地に足のついていない雰囲気で、彼女はかんぬきを開けて扉を開いた。 夜の冷たい空気がさっと差し込んできて、意識が引き締まる。 「あ」 戸口から出かけた彼女が、レムの方を振り向く。 「私、アマリエです。覚えていてくださいね」 名を尋ねられた時は、何も構えることはなく、ただそう答えればいいだけだったのだ。 「ああ、月がもう沈む」 銀月が、山の稜線にかかっている。 「精霊パラカよ、コーネリアスの戦士レムに、どうかご加護を」 わだかまる宵闇の中で輝くそれへ向かって、アマリエはひらりと舞い出た。 板敷きの床の真ん中にある囲炉裏には組んだ焚火が火花を飛び散らせており、明かりが辺りを照らしている。 焼けるような赤い光と、濃く黒い影のコントラストに、狼の男の姿が浮かび上がっていた。 室内には瓶が転がっており、焚火の焦げくささに混じって、酒の匂いと、何かの粘っこい匂いが充満していた。 「なあコレル、ちっとやりすぎじゃねえか」 不安げな取り巻きの言葉に、コレルは応じない。 「いいじゃねえか、これぐらい。別にひでえ目に合わせようってわけじゃないんだ」 代わって他の者がたしなめている。 五人とも、上半身に何も身につけていない。壁際を取り囲むように立っているその中心には、全裸の少女が後ろ手に縛られて横たわっていた。 粘り気のある何かの薬液で顔と髪が濡れており、焦点の合わない目で小刻みに全身を震わせている。 声にならない声が、涎と共に垂れ流されていた。 「すげえ効き目だな」 ぼそりと、ようやくコレルが口を開いた。 「さすがは猫どもの薬だな。わけがわからねえ。ここまで要るのか、奴らは」 「というかコレル、大丈夫なのかこれ? このまんま戻らねえとかないよな」 不安そうな一人の横で、興味津津な者もいる。 「いやあ俺こういうの好きかもしれねえ」 「マジか。さすがに引くわ」 ぼそぼそと喋っている取り巻きから一歩前に出て、コレルは満足に言葉も編めない少女の傍にしゃがみこむ。 「おい、どうだ気分は」 小刻みに震える顔が、コレルの方を向く。瞳孔が開いている。 コレルが無造作に乳房を掴んだ。 苦痛とも快感ともつかないうめき声をあげて、少女がのけぞる。 あまり豊かとも言えない胸を揉みしだく度に、過剰なほどの甘い苦しみの声を上げて少女が身をよじる。 「絶対ェ孕ませて帰るからな」 コレルは少女が寝返りで逃れないよう、うつ伏せにして尻を上げさせ、のしかかるように後ろから両の乳房に手を回した。 「コレルの奴やる気だよ」 「お前がこの子レムんとこの方から来ましたよなんて言うからだろ」 乳首をつねり上げられ、少女が苦しそうな声を上げている。 コレルが、ズボンを脱がないままの腰を、彼女の尻の割れ目にこすりつけている。 「あそこまで反応いいと……なあ」 「待つのキツいな」 「てか本当に大丈夫なのかよ、あの薬」 「うるせえなお前さっきから」 「お前らうるせえぞ」 帯を解いてズボンをずらしながら、コレルが威嚇する。後ろ手に縛られたままの少女の尻に、勃起したものの先端をあてがい、数度こする。 それだけで、少女の息が引きつるように乱れた。 「おら……わざわざ来てくれたんだ、たっぷり楽しませてやるからな」 両手を尻に当て、指で裂け目を広げると、少しずつものを押し込んでいく。 鼻にかかった嬌声が彼女の喉から漏れる。 「どうだ、コレル」 「うるせえ聞くな……なかなか、キツいな」 「まあ年下っぽいしなあ」 「だから横で普通に喋くってんじゃ……!?」 「あぐっ!?」 先端が入ったところで、少女が弾かれたように仰け反った。 「あ゙あ゙ああっ!」 「あ、おいコラっ!」 足をばたつかせて逃れようとした少女の腰を、コレルががっしりと掴む。 「ここまで来て逃げんな! てめえん家が恥かくだけだぞ!」 「ああ、あああああああ!」 少女は捕まえられてもまだ逃げようとするが、腰を押さえつけられているため、むきになったコレルに少しずつものを押し込まれていくばかりである。 奥まで突き刺されていくにつれ、喉に声を詰まらせて、再び大きく仰け反った。 コレルのものが根元まで入ると、力尽きたように上半身を床に落とした。 「お、おいコレル」 「こいつ処女だ。手応えがあった」 「にしちゃ、反応が酷過ぎねえか」 「薬だろうな。痛みまで増しちまうんだろ」 腰は掴まれたままのため上半身だけを横たえ、瞳孔の開いた目で舌を出している少女を、コレルは不憫そうに見る。 「よしよし、ここからは痛くねえからな」 ゆっくりと少女の背に自らの体を重ね、後ろから乳房を掴む。 放心状態の少女が、あう、と反応を見せた。 乳房をこねまわしながら、コレルは腰を静かに動かし始める。まだ彼女の声に、疼くような痛みに苦しむ色がある。 乳房から手を離すと、少女の中に出し入れを繰り返しながら、コレルは後ろ手に縛っていた縄を解いた。 「ほら、そろそろ自分で手えつけ。顔に床の跡がつくぞ」 案外素直に手を突く。四つん這いの姿勢になった。 「おいお前ら、順番決めろ。この子に口の使い方も教えてやれ」 「い、いいのか!?」 「マジか!」 「あと四回出すまで回ってこないものと!」 「お前ら俺を何だと」 厳正なコイントスの結果決まった一人が、ズボンの前をはだけて既に先走りの液体を垂らしているものを彼女の顔の前に持ってくる。 「ほら、歯は立てるなよ。棒飴をしゃぶるように舐めるんだ」 俯いたままの少女の顎を掴んで、上を向かせる。 口から涎と苦しそうな声を漏らしながら、彼女はじっと目の前のものを見つめた。 「ったく、しょうがねえな」 顎を持って口を適度に開かせ、勃起したものをくわえさせる。 吐き出されるかと思ったが、少女はすんなりとものを受け入れた。 「で、舐めねえしな」 快楽に溶けた顔で、焦点の合わない目をしているばかりである。 「ほら、しっかりしろよ」 舌に触れるように位置を調節し、自ら腰を動かす。 陰茎に蹂躙された口から、荒い鼻息と共に漏れてくる喘ぎがなまめかしく聞こえる。 その時、コレルに一際深く奥を突き刺され、少女は口からものをこぼして再び仰け反った。 「おいおい、コレル」 「これだけ反応いいと、気分が乗るんだよ」 先程とは打って変わって、コレルは深く突き刺すように大きな振幅でゆっくりと腰を使っている。 一つ突くごとに、少女が艶めいた鳴き声を上げる。 「おい、やっぱりどけ。お前の腹が目の前にあると萎える」 「ちぇ」 口を犯していた男を戻らせ、コレルは少女の背にのしかかると、三度乳房を手のひらに収めた。 荒々しく揉みしだきながら、今度は速いテンポで小刻みに腰を突き立てる。 鳴き声が、悦びの悲鳴に変わった。次第に彼女が上りつめていくのがわかる。 可聴域ぎりぎりの細い高音を発して、少女が全身を硬直させた。 達した瞬間に、彼女の膣肉にものを絞りあげられたのだろう。コレルも小さくうめいて、身を震わせた。 体を支えていた腕が崩れ、荒い息をつきながら少女が再び尻を上げた格好に戻る。 コレルが、そっとものを抜く。ぬらりと光る体液の糸が、彼女とコレルをつないでいる。 支えがなくなって、少女は床に横になった。 コレルは、彼女の重なった膝を取り、仰向けに大きく開脚させる。 両膝の下に腕を差し込んで脚が上がった状態で固定し、彼女自身の液で濡れた裂け目に再びものをあてがうと、今度は一息に刺し貫いた。 彼女は既に一度達している。先程のような張りはないものの、甘い悲鳴が上がる。 今度は、最初からがむしゃらに突き上げていく。 彼女はがくがくと身を震わせ、体をよじりながら意識を失いそうな快楽からなんとか逃れようとしている。 腰まで動かしているせいで、より激しく性器をこすれ合わせる結果になっていることに、気付いていない。 「コレル、まだか?」 「やっぱ四回出すまでお預けか」 「うるせえな。さっきの薬持ってこい」 「おいおい、あれはもう危ないだろ」 「いいから持ってこい」 今度は向き合った状態から乳房を乱暴に握りしめる。 あまり豊かとは言えない柔肉が、指の形にくぼみを作った。黒目がかなり上に行ってしまっている少女の半開きの口に、コレルは自らの舌を差し込む。 彼女の舌に絡め、唾液を吸う。女の味と、ほのかな柑橘系の匂いがした。口腔中を、下で蹂躙する。 「俺がさっきチンコくわえさせたのに」 ぼそりとしたつぶやきが聞こえて、コレルは反射的に上半身を持ち上げた。 「てめえ後で覚えとけ」 「な、なんでだよ」 自棄気味に、勢いを増して乳房と膣を責め上げる。再び少女が達しても、コレルはまだ腰を突き立て続けた。 嬌声が引き攣ったようなものに変わってもまだ責め続け、少女が白眼を剥く頃に、コレルはようやく射精した。 ものを引き抜くと、再び濡れた糸が光った。 「コレル、これ以上はさすがにまずいんじゃねえのか」 少女は、股間から薄く桃色の混じった精液を垂れ流しながら、開脚したまま失神している。 病人のそれに似た呼吸で、胸が上下している。それなのに、心臓は弾けんばかりに脈を打っている。さすがに取り巻きが引いていた。 「さっきの薬はどうした」 「残ってるけどよ」 「じゃあ、それをこいつの尻穴に塗ってやれ。あとはお前たちが好きにしろ」 好きにしろ、と聞いて、やや引き気味だった取り巻きたちに俄然熱が入った。 「い、いいのか……?」 「まだ二回しか出してねえだろ……?」 「いやならいいんだぞ」 「とんでもねえ!」 言った一人の肩を掴んで引きよせ、四人で何やら円陣を組んでいる。 「いや、まずいだろあの状態じゃ……」 「でもよ、少し休憩取れば、大丈夫じゃねえか……?」 「このままじゃ収まりつかねえし。口使おうぜ口。この子の休みにもなるだろ」 ズボンの上からわかるくらい勃起している取り巻き四人は、薬の残りを手に、まだ息も絶え絶えの少女を囲むようにしゃがみこむ。 コレルはその場を離れると、服を着直した。 息を吹き返したらしい少女の、声にならない声が聞こえる。 「あ、ああ、う……」 「大丈夫大丈夫、痛くしねえって」 「ほら、薬塗ってやっから。傷薬じゃねえけど」 「ああ、あ」 心なしか、薬で曇らされたうめき声でも感じ取れるような、恐怖の響きが聞こえた気がした。 あと四人も相手をしていたら、少女の体力は持たないのかもしれない。 だが四人とも日頃からコレルとつるんでいる連中で、今回もきちんと働いた。ちょうどその場に居合わせたこともある。 自分だけ愉しんで我慢させるというわけにもいかない。 「あう、あ、ああ」 「おい、尻も使えるぞ。薬塗った」 「ってか処女だったんだよな、この子。後ろも処女かもな」 「むしろ処女で後ろ経験済みとか引くわ。で、誰から犯る?」 「面倒くせえからみんなで犯ろうぜ」 「結局休みなしだな。いいけどよ」 一人が無遠慮に彼女の股間に指を突っ込んだ。 「あぐっ!」 「一人余るじゃねえか」 「ああ、ああああ、あ、あああああああ」 膣口から漏れる精液を掻きまわすように、彼女の裂け目に入った指が肉を嬲り始める。 指が勢いを増していくにつれ、彼女の悲鳴も絞り出すようになっていく。 「お前、さっき舐めてもらってたろ。ちょっと遠慮しとけ」 「ああ? あんなんで終わっちまったのに俺だけ生殺し?」 「んじゃあ俺たちで犯ってんの見ながらブリッジしてコスってろ」 「ふざけんな。死ぬか?」 「よし、じゃあ二人ずつ交代にしよう。まずお前らで仲良くコスりあってろ」 「ああっあああああああああああ!」 快楽と離れ始めた、死に物狂いの獣のような叫びを背に聞きながら、コレルは小屋の外へ出た。 星が心もとなく光っているだけの夜の静寂の中で、山の稜線が巨獣のように横たわっている。 レムはまだ朝日が地平線から頭を出したばかりの時間に、外に出た。 すっかり乾いた蛮刀二本を携え、大路に立つ。周りには誰もいないが、朝早くから農作業に精を出しているパラカの民の気配が、各所にある。 コーネリアスの霊地ほどではないが、鋭い冷たさを含む空気が意識をさっぱりさせる。 昨夜はコレルの小屋が、随分とうるさかった。いくら羽目を外すにしても、文句のひとつも言ってやらねばならない。 剣の型を一通りと、コンビネーションを思いつく通りに素振りする。 背後からの攻撃をイメージし、振り向きながら両手の剣で武器と持ち手を連続で払う。 両側面からの時間差攻撃をイメージし、片手で片方を捌き、もう片手で逆側を牽制をしながら両側の敵が視野に収まるように素早く動く。 間合いの離れた正面が隙を見せた姿をイメージし、疾風のように踏み込み、諸手突きを見舞う。 一息ついて、元の姿勢に戻った。 普段の修練では、どれも使えない。 誰かが近づいてくる気配がした。聞くだけでも足元がおぼつかない雰囲気は、パラカの長老のものだ。 「おお、さすがは戦士殿。お見事な太刀筋です」 「おはよう、長老」 「おはようございます」 申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、レムの宿舎の方へ目を向ける。 「孫娘の非礼はお許し下され。何分、こういったことをさせるのは初めてでしてな」 「いや」 アマリエのことだろう。そう言えば、レムをマダラと勘違いしたのもこの長老だ。そんなに男っぽく見えるだろうか。 「空が白む前に帰って来いと言っておいたのですが、まだ御厄介になっておるようで。すぐ連れて行きますので、大目に見て下され」 頷いて通そうとして、レムははたと気づいた。 「長老、孫娘って、アマリエだな」 「左様でありますが」 「アマリエはまだ月が出ているうちに帰ったはずだ」 「そんなに早くですか」 ただ事ではないらしいと察したらしい。長老の顔色が変わった。 「孫が、お気に召しませんでしたか」 長老の表情は、不測の事態に焦り恐れた者のそれである。だが、レムにはその言い草が棘のように刺さった。 「長老、私は女だ」 「な、なんと」 「それよりアマリエだろ。きっと何かあったんだ」 盗賊を討ち漏らしたか。だが、最初にレムを囲んだのは十一人、屍の数も同じである。あの場にいた者は全員とどめを刺してある。 根城の留守番が戻ってきたとしても、置いて行かれる程度の賊が、戦士のいる集落に意趣返しに来るような度胸を持っているとも考えにくい。 「申し訳ありません。女の方だと知っておれば、このような」 「それはもういい! 長老、皆に知らせろ。私は他の戦士を呼んでくる」 「い、いえ、とんでもありません。その必要は」 自分と長老の温度差は、いったい何だ。 アマリエ一人どうなってもいいと言わんばかりではないか。 農作業に出ていたパラカの民たちが、何事かと集まってくる。 苛立ちを隠す術を知らないレムを見た彼らは、一様に長老と似たり寄ったりの表情を浮かべた。 「戦士殿には、盗賊を討っていただいて、十分お世話になりました。これ以上のお手間を」 「長老、あんたはアマリエが心配じゃないのか」 「ええ、ですが……」 埒が明かない。 こうなれば、パラカの意向は関係ない。コレルを叩き起こして、取り巻き連中を駆り出してアマリエを捜させる。 盗賊を討つのは、友邦のためという大きな目的が下地となっている。なら、行方不明の娘を探すのも、戦士団として何ら間違っていないではないか。 所在無げなパラカの民に一切目をくれず、レムは駆けだした。 戦士団の宿舎の場所は、昨日割り当てられた時点で教え合っている。 「コレル! 起きろ! 手を貸せ!」 叫びながら戸を叩くと、中で大勢がもったりと動きだす気配がした。 酒盛りでもしていたのだろう。むわっと、生温かさと湿り気と発酵した何かの薄い匂いが混じった空気が吹き寄せる。 何人か二日酔いになっているかもしれないが、それどころでは―― 「なんだよ、急ぎなら猫のでも借りて来い」 「馬鹿なことを言っている場合か! アマリエ、いやパラカの長老の孫娘の」 面倒くさそうに開いた扉の奥に、レムの宿舎と同じ間取りの部屋があった。戸口に毛先がぼさぼさのコレル、取り巻きたちは部屋中に雑魚寝している。 「行方が」 奥にベッド。 「あん? 面倒くせえなあ。俺たちが手伝う必要あるのか、それ」 コレルの脇を通り過ぎ、ベッドに近づく。 「おい、聞いてるか」 薄いシーツを被った、見覚えのある赤い巻き毛。 「アマリエ」 枕元で、声をかけた。一瞬身を固くして、彼女は意を決したように振り向いた。 「おはようございます、レムさん」 彼女は、疲労の色の濃い顔で、相変わらず微笑んでいた。今にも泣き出しそうだった。 「おいレム、俺たちの仕事は盗賊討伐だぞ。パラカのことはパラカに任せとくもんなんだよ」 「もういい」 「あ?」 「邪魔した」 肩から力が抜けた。 あんなに躍起になっていた自分が、馬鹿みたいだった。 「ごめん、アマリエ」 「いいえ」 自分がどんな顔をしているかわからない。ただ、こちらに目を向けているアマリエは、寂しそうに笑っている。 「そんな顔しないでください。私は大丈夫ですから」 コレルが、二人の顔を交互に見た。 「探し物が見つかって良かったな」 余計なひと言を黙殺し、レムは宿舎を出た。 パラカとの温度差も当然だ。レムに受け入れられなければ、他の戦士の所へ行くということが最初から決まっていたのだろう。 だからこそパラカの民は、アマリエよりもレムの顔色を気にしていたのだ。 女の仕事は、子を産むことだ。アマリエもそれを理解しているようだった。何も不思議なことはない。なのに、なぜこんなにうろたえているのだろう。 脳裏に、白い裸体を晒して震える祭司の少女の姿が浮かぶ。 楽な遠征とはいえ無事に終わって機嫌のいい仲間の戦士たちをよそに、レムは一言も発さずコーネリアス氏族の集落に戻ってきた。 長老議会への報告はコレルに任せ、霊地に向かう。剣を持って来たが、結局剣帯から取り出すことなく環状列石に腰を下ろした。 岩石がいくつか並んでいるだけの、一面の草原を、北国特有の鋭い冷たさを含む風が、短い草地を撫でながら吹き抜けていく。 アマリエは、誰に抱かれたのだろうか。 男がそういう行為を好んでいる、というのは、アマリエに言われなくとも聞いていた。だが、そういうものなのかと軽く受け止めていた気がする。 コレルの宿舎に漂う匂いが、その行為が自分とも無関係ではないことをはっきりと示してしまった。 アマリエがレムの所に来たのは、ああいう状態になるためだ。 背負う剣が風に冷え、剣帯を通して重く肩にかかっている。 自分が女なら、いつかアマリエのようになる日が来る。男の部屋に一人で行って、自分から服を脱いで、それから。 突き刺されるのなど、御免だ。 レムはそんな有様なのに、アマリエはレムの所へ自分から来て、またコレルの宿舎にも行って、立派に務めを果たした。 務めの問題なら、レムは自分が戦士の務めを十分に果たしていると思っている。 それなら、女の務めはどうなのか。レムが最初から祭司として生きてきていれば、アマリエのような強さが手に入ったのだろうか。 こんな時に限って、ビスクラレッドは姿を現さない。 ふと、風の匂いを感じた。 霊地に続く坂を登ってくる集団の匂い。祭儀に使う香の匂い。 あと少しもしないうちに、祭司たちと手伝いの下働きたちが、霊地に現れる。 精霊への奉納儀が、近々行われるのかもしれない。 石から立ち上がって、鉢合わせる前に霊地を後にする。そもそも、霊地は気軽に立ち入っていい場所ではないのである。 居住区裏側に続く抜け道に入って、一度だけ後ろを振り向く。 普通の姿の女もいれば、袖と裾にたっぷりと余裕を持たせた祭礼衣装をまとった祭司の姿もある。 数日後の奉納儀で、彼女たちは、舞い、祈り、謡う。 舞は精霊の力を身に受けるためである。祈りは精霊の心を覗くためである。謡いは精霊に言葉を届けるためである。 祭司となった女たちが、その体と心で覚え込む技だった。 そして初潮が来たなら、しかるべき家族と縁談を組み、見合った相手との間に子を設けるのも祭司の仕事である。 レムの舞は、敵を討つための術である。レムの祈りは、剣に必殺の力を与える集中である。レムの謡いは、刃に与える誇りと信念である。 レムは、戦士なのだ。
https://w.atwiki.jp/gamemusicbest100/pages/9868.html
ヘブンバーンズレッド 機種:iOS,And,PC 作曲者:麻枝准・MANYO 編曲者:MANYO・吉田穣 開発元:Wright Flyer Studios / Visualarts / Key 運営元:Wright Flyer Studios サービス開始年:2022年 概要 「消滅都市」「アナザーエデン」などのWright Flyer Studiosと「CLANNAD」「Angel Beats!」などのKeyがタッグで贈るドラマチックRPG。略称は『ヘブバン』。 宇宙から襲来した謎の生命体「キャンサー」により人類絶滅が迫るなか、対キャンサー決戦兵器「セラフ」を操り戦う少女たちの物語。 本作のキャッチコピーは「最上の、切なさを。」であり、メインシナリオライターは泣きゲーのパイオニア麻枝准氏。 氏がメインシナリオを担当する完全新作ゲームとしては「リトルバスターズ!」以来15年ぶり。 音楽プロデュースも麻枝准氏が担当。多数のボーカル曲が惜しみなく使用されており、リリース後も月イチのイベント毎に新曲が披露されている。 「麻枝准×やなぎなぎ」名義の曲と劇中バンド「She is Legend」名義の曲とに大別される。 これらボーカル曲は各音楽配信サイトからDL販売がされており、「She is Legend」の曲については2023/8/6よりサブスクでの配信も開始された。 CD版の発売日は以下 Love Song from the Water / 麻枝准×やなぎなぎ :2022/10/26 Job for a Rockstar / She is Legend :2022/12/13 HEAVEN BURNS RED Original Sound Track Vol.1 :2022/11/30※完全生産限定盤 春眠旅団 / She is Legend :2024/03/27 収録曲 曲名 作曲・編曲者 補足 順位 Love Song from the Water / 麻枝准×やなぎなぎ 収録 Before I Rise Vocal やなぎなぎ作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 主題歌・タイトルBGM 第15回468位2022年273位アプリ69位 Burn My Universe 1章デススラッグ戦など 第15回204位第17回614位2022年107位アプリ39位 Everlasting Night 1章手塚咲戦など 2022年309位 星の墓標 2章ロータリーモール戦など Indigo in Blue 2章各ボス戦など 第15回924位2022年243位 Sad Creature 3章フラットハンド戦第2形態 2022年265位 夏気球 サントラ先行収録4章後編挿入歌(23/04/28実装) 2023年380位 Particle Effect 4章前編戦闘など 第16回784位2022年266位 銀河旅団 4章前編アルティメットフィーラー戦など 2022年498位ボス戦120位 インドラ 4章前編フラットハンド戦など Light Years イベント「行動観察報告書」挿入歌5-ファイブ-の「永遠」と同じく「折れない翼」のアレンジ曲 きみの横顔 1章挿入歌 第15回375位2022年204位 White Spell 2章レッドクリムゾン戦など 第16回274位第17回426位2022年82位アプリ10位 HEAVEN BURNS RED Original Sound Track Vol.1 収録 DISC 1 基地の日常 -morning- 作・編曲 MANYO 基地の日常 -noon- 基地の日常 -night- 31A is HereⅠ 作曲 麻枝准編曲 MANYO 暴走列車 作・編曲 MANYO 天才少女たちのルーティン 通常運転 押し花の栞 濃霧注意報 Let's Shop! 剣はペンより強し 未踏の地 敵影 臨戦態勢 勝利の美酒 勝利の雄叫び 告解 銀時計 作曲 麻枝准編曲 MANYO After You Sleep Vocal rionos作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 各章ED・各イベントED DISC 2 木漏れ日の園 -morning- 作・編曲 MANYO 木漏れ日の園 -twilight- 木漏れ日の園 -night- 草露 影法師 cafeteria -lunch- cafeteria -dinner- 白夜 流星雨 出陣 這い寄る闇 滲む輪郭 壊却の鳴鐘 Before I Rise -music box ver.- 作曲 麻枝准編曲 MANYO After You Sleep -piano ver.- 水陽炎 作・編曲 MANYO After You Sleep -requiem ver.- 作曲 麻枝准編曲 MANYO DISC 3 Birthplace 作曲 麻枝准編曲 MANYO 記憶の庭 作・編曲 MANYO 記憶の塔 White River 一触即発 Search for Secrets -noon- Search for Secrets -twilight- Search for Secrets -night- 深層 Light Years -farewell ver.- 作曲 麻枝准編曲 MANYO きみの横顔 -shining ver.- 密会 作・編曲 MANYO 世界の稜線 惑いの日々 -noon- 惑いの日々 -twilight- 惑いの日々 -night- 空ろの足跡 一番星 DISC 4 31A is HereⅡ 作曲 麻枝准編曲 MANYO 贅沢な感情 -piano ver.- 贅沢な感情 -music box ver.- 夏気球 -memories ver.- 嘘ばかりの世界で 作・編曲 MANYO Second Base 道阻む燻煙 変貌する大地 -序- 変貌する大地 -破- 変貌する大地 -急- 軍事境界線 禍つ星の脈動 砲煙弾雨 天啓 崩壊都市 トロピカルランド Haunted House Get the Future 作曲 麻枝准編曲 MANYO DISC 5 Before I Rise -instrumental- 作曲 麻枝准編曲 MANYO Burn My Universe -instrumental- Everlasting Night -instrumental- 星の墓標 -instrumental- Indigo in Blue -instrumental- Sad Creature -instrumental- Particle Effect -instrumental- 銀河旅団 -instrumental- インドラ -instrumental- きみの横顔 -instrumental- White Spell -instrumental- After You Sleep -for the Blue ver.- Vocal rionos作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO イベント「Requiem for the Blue」ED DISC 6 Burn My Soul -instrumental- 作曲 麻枝准編曲 吉田穣 Dance! Dance! Dance! -instrumental- Pain in Rain -instrumental- オーバーキル -instrumental- 過眠症 -instrumental- War Alive~時にはやぶれかぶれに~ -instrumental- Judgement Day -instrumental- 終末のヒーロー -instrumental- Muramasa Blade! -instrumental- ありふれたBattleSong~いつも戦闘は面倒だ~ -instrumental- Goodbye Innocence -instrumental- Job for a Rockstar / She is Legend 収録 Burn My Soul Vocal XAI・鈴木このみScream Ayumu (Serenity in Murder)作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 1章Day12夕方02ライブ、イベント「優しさと切なさと心強さと」「行動観察報告書」プリズムバトルなど Dance! Dance! Dance! 2章Day20課業後ライブ、イベント「Requiem for the Blue」プリズムバトルなど Pain in Rain イベント「この星に紡ぐ一手」Day02午前01ライブ、プリズムバトルなど オーバーキル イベント「進めちびっ子大作戦U140」Day02夕方ライブ、プリズムバトルなど 過眠症 イベント「That day's Friend」Day02夕方ライブ、プリズムバトルなど War Alive〜時にはやぶれかぶれに〜 イベント「小さな涙 忘れられた記憶」Day01課業後ライブ、プリズムバトルなど 2022年292位 Before I Rise(Acoustic Ver.) 4章前編挿入歌 Judgement Day イベント「神託と白百合の花」Chapter02夜01ライブ、プリズムバトルなど 終末のヒーロー イベント「Dear My Little HERO」Day02夕方ライブ、プリズムバトルなど Muramasa Blade! イベント「セラフ剣刀武術祭」Day03夕方ライブ、スコアアタックなど ありふれたBattle Song〜いつも戦闘は面倒だ〜 3章Day13夕方ライブなど 2022年448位 贅沢な感情 Vocal XAI作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 4章前編挿入歌 Goodbye Innocence Vocal XAI・鈴木このみScream Ayumu (Serenity in Murder)作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 イベント「夏だ!水着だ!トロピカル祭りだ!」ED 第16回875位2022年141位アプリ119位 春眠旅団 / She is Legend 収録 春眠旅団 Vocal XAI・鈴木このみScream Ayumu (Serenity in Murder)作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 サントラ先行収録イベント「28メートルの永遠」Day01夕方ライブ、スコアアタックなど(24/04/26実装) Heartbreak Syndrome イベント「Peace of Cradle」Day02課業後ライブ、スコアアタックなど(23/06/30実装) 死にゆく季節でぼくは 断章Ⅱ「死にゆく季節でぼくらは」Prologueライブ・ED(23/12/15実装) 2023年495位 Long Long Spell イベント「Letters on The Back」Day01夕方ライブ、スコアアタックなど(23/12/01実装) 2023年424位 Popcorn N' Roses イベント「小さき帝と穏やかな朝食」Day01夜01ライブ、スコアアタックなど(23/09/08実装) Thank you for playing~あなたに出会えてよかった~ イベント「美人温泉物語 湯けむり千紫万紅」Day02朝ライブ、スコアアタックなど(23/10/06実装) How's everything イベント「緋に染まる袖時雨」Day02夕方ライブ、スコアアタックなど(23/11/03実装) Autumn Howl イベント「罪と罰と愛と」Day02夕方ライブ、スコアアタックなど(23/06/02実装) 放課後のメロディ イベント「君に読む憧れ」Day02夕方ライブ、スコアアタックなど(23/04/07実装) 第16回439位2023年285位 World We Changed 5章前編挿入歌(24/02/23実装) 陽のさす向こうへ Vocal XAI作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 5章前編挿入歌(24/02/23実装) 起死廻生 Vocal XAI・鈴木このみScream Ayumu (Serenity in Murder)作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 4章後編戦闘など(23/04/28実装) 2023年280位 さよならの速度 イベント「きみはこの夏のFairy、ぼくはその姿を瞳の奥にRec.」ライブ、スコアアタックなど(23/08/06実装) 2023年386位アプリ154位 DL配信済み/サントラ未収録曲 Arch of Light Vocal XAI・鈴木このみScream Ayumu (Serenity in Murder)作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 イベント「新春! 31A無人島サバイバル生活 ~時々ゲームオーバー~」ED(22/12/30実装) Crow Song(SiL Ver.) Angel Beats!コラボイベント「コスモスが咲き続けた場所」Day03夕方ライブなど(23/02/10実装) シガチョコ イベント「大島屋物語」Week03夜ライブなど(23/03/10実装) Alchemy(SiL Ver.) Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」Epilogueライブ(24/02/04実装) 闇夜のKomachi Vampire イベント「アイリーン・レドメインの事件簿-名探偵と森の魔女-」Day01夜01ライブなど(24/05/31実装) ガラス越しのスペクタクル イベント「Silhouette of Summer Light Square」Day02夕方ライブなど(24/07/05実装) Dear R. Heinlein イベント「水着を制する者は夏を制す in 習志野 Supported by Higher Self」Prologueライブなど(24/07/20実装) ヤになって閉ざしたハート イベント「BAD GIRLS DESTRUCTION」Day02夕方ライブなど(24/08/23実装) 恋心-Rest in Peace- Vocal rionos作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO イベント「気高く儚い者たち」挿入歌(23/05/05実装) 幻想都市 Vocal やなぎなぎ作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 4章後編戦闘など(23/04/28実装) 死にゆく季節のきみへ 4章後編挿入歌(23/04/28実装) 第16回437位第17回175位2023年125位アプリ21位 シヴァ 4章後編スカルフェザー戦(23/04/28実装) 2023年188位アプリ33位 Bougainvillea 5章前編挿入歌(24/02/23実装) 第17回176位 Sailing Ship(Broken Ver.) イベント「怪人ノートと銀の時計」挿入歌(24/03/08実装) くそ暑い日の誓い 5章前編挿入歌(24/02/23実装) ディベートソルジャー 5章前編挿入歌(24/02/23実装) ワルキューレの叙事詩 5章前編挿入歌(24/02/23実装) Welcome to the Front Line! 5章前編挿入歌(24/02/23実装) 第17回468位 未配信/サントラ未収録曲 夏気球(Lost Color Ver.) Vocal やなぎなぎ作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO 断章「遠い海の色」挿入歌 Everlasting Night(Remix) 制圧戦-Operation Perseus-前編挿入歌※仮曲名 星の墓標(Remix) Indigo in Blue(Remix) シヴァ(Remix) Burn My Universe(Remix) 陽のさす向こうへ(Acoustic Ver.) Vocal XAI作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 5章前編挿入歌(24/02/23実装) Burn My Soul Vocal 宮下早紀作詞・作曲 麻枝准編曲 吉田穣 蒼井えりか版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage01午前02ライブモード(23/12/29実装) 放課後のメロディ She is Idol版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage02課業後ライブモード(23/12/29実装) Dance! Dance! Dance! She is Idol版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage03昼ライブモード(23/12/29実装) Muramasa Blade! She is Idol版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage04午後01ライブモード(23/12/29実装) Goodbye Innocence She is Idol版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage05午後01ライブモード(23/12/29実装) White Spell Vocal 宮下早紀作詞・作曲 麻枝准編曲 MANYO She is Idol版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」Stage06午前02ライブモード(23/12/29実装) After You Sleep 蒼井えりか版イベント「私立セラフィム学園 ~蒼井、アイドルになります!~」ED(23/12/29実装) 一番の宝物(Crow Ver.) Vocal marina作詞・作曲 麻枝准編曲 光収容 Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」ED(24/02/04実装) 第17回635位 Crow Song Angel Beats!コラボイベント「コスモスが咲き続けた場所」使用曲Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」使用曲 Alchemy Last Song Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」使用曲 Hot Meal (Another Thousand Enemies) Hungry Song Crow Blues Million Srar My Soul,Your Beats! Vocal Lia作詞・作曲 麻枝准編曲 光収容 Angel Beats!コラボイベント「コスモスが咲き続けた場所」使用曲 一番の宝物(Original Ver.) Vocal karuta作詞・作曲 麻枝准編曲 光収容 Run with Wolves Vocal LiSA作詞・作曲 麻枝准編曲 光収容 Shine Days Angel Beats!コラボイベント「コスモスが咲き続けた場所」使用曲Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」使用曲 Storm Song Angel Beats!コラボイベント第2弾「Beautiful the Blood」使用曲 My Soul,Your Beats! (Gldemo ver.) Day Game Vocal LiSA作詞・作曲 麻枝准編曲 朝井泰生 Awakening Song Vocal LiSA・marina作詞・作曲 麻枝准編曲 光収容 Brave Song Vocal 多田葵作詞・作曲 麻枝准編曲 ANANT-GARDE EYES 冬の花火 作曲 麻枝准 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 Kanon) 夏影 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 AIR) 渚 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 CLANNAD) カントリートレイン hope 作曲 麻枝准編曲 清水由紀 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 智代アフター) morning glow 作曲 麻枝准編曲 羽越実有 BOYS DON'T CRY 作曲 麻枝准編曲 Manack 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 リトルバスターズ!) 目覚めた朝に 作曲 麻枝准編曲 水月陵 駆ける 作曲 麻枝准編曲 moresis・Manack 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 リトルバスターズ!エクスタシー) 旅 作曲 麻枝准編曲 ANANT-GARDE EYES 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 Rewrite) Sea,You Me 作曲 麻枝准編曲 bermei.inazawa 4章後編ジュークボックス使用曲(出典 Summer Pockets) DL販売サイト一覧 ■通常版 iTuens Store/Amazon/レコチョク/mora/dヒッツ/dミュージック/ひかりTVミュージック/Music Store/オリコンミュージックストア/音・楽/アニメロミックス ■ハイレゾ版 レコチョク/mora/dミュージック/Music Store/OTOTY/e-onkyo music サウンドトラック Love Song from the Water / 麻枝准×やなぎなぎ HEAVEN BURNS RED Original Sound Track Vol.1 Job for a Rockstar / She is Legend 春眠旅団 / She is Legend PV(ファイナルトレーラー)
https://w.atwiki.jp/meidaibungei/pages/288.html
2005年05月22日(日) 23時36分-無学 例えばそれは、夕立を見送る夏の夕。雨で塗り替えられたアスファルトの路上に、点り始めた街灯の明かりが滲む。或いは瞬刻に空の色を移す秋の黄昏。鳥たちが連なって飛び行く先、その寝床であろう山の稜線が、沈みゆく空の色と相俟って堪らなく心を捉える。 こんな折々の風情を肴に、ベランダで独りパイプを燻らせる。それが私にとっては最上の贅沢である。書棚の奥から古ぼけた本を引っ張り出すよりよほど手軽で、洋酒の雫に喉を潤すよりもずっと心地良い。これだけでも至福を感じる一時であるのだけれど、その中でもとりわけ格別な風情を備えた情景がある。それはまるで神から与えられたような――自分の内に何か特別な力が湧いてくるとでも言うのだろうか、そんな感慨を覚えずには居られない、不思議な雰囲気を持つ夜だ。私は常々、その夜を「聖夜」と呼んでいる。 そして――今、私はその聖夜の祝福を享受しているのだった。 真珠は無骨な貝殻の中で育まれるからこそ、貴いと思う。晴れ渡った夜空に一面の星の光、と言うのはどうも興醒めな気がしていけない。それよりも、煤けた雲の緞帳の向こう、控えめに顔を覗かせる星々の方が、いっそうにその美しさを際立たせるものだ。それも、ちょうど息が白くなり始める晩秋の夜が好い。空模様は曇りがち。それでいて夜気はあくまでも冴え渡り、群雲の輪郭を描き出して遺憾がない。ときおりその雲と雲のあわいから現れるのは、ささやかに煌めく星々の光。冷気と寂寞が支配する、倹しくも厳かな夜。聖夜に相応しいのはこんな夜だ。さしずめ雲隠れにし夜半の星、といった所だろうか。それはこの聖夜に欠くことのできない、重大な要素の一つである。 ところで我がパイプはというと、これは傍から見ても何の変哲も窺えない。型は珍しくもないビリアード。木目の紋様もさほど興をそそるものではない。もちろん金銭的な価値はほとんど無い。だが今ではすっかり私の手に馴染んだ、付き合いの長い――と言うと語弊があるだろうか。古くて新しい親友、と言った方が適切かもしれない。とにかく聖夜を文字通り満喫するには、このパイプでなければならない。このパイプを斜に銜えながら、ベランダの欄干に軽く身体を預け、夜空を眺めるわけである。 聖夜とこのパイプから立ち昇る煙とは、実に相性が好い。そう、この煙もまた、聖夜を構成する不可欠の要素となっている。それには煙の行方に意識を重ねてみると良い。それは人の手許を離れ、夜空に拡散していく。それは瞬く間に人の手の届かない、空の高みに到達する。空の極みまでやって来たなら、周りを御覧。世界の其処彼処に私と同じ様に立ち昇ってきた煙が、雲を創っているのが見えるだろう。私も共に雲の一部となって、星々を包んでいよう――そんな少年のようにあどけない空想が膨らんでいくに違いない。自分という存在が煙と共に夜空に融け、一個の宇宙となって無限の活力と詩藻を生み育んでいく。 こうして他愛ない空想を玩んだ後に、書斎に引っ込んで筆を走らせるのが、私の聖夜の日課である。 そもそも私はヘヴィ・スモーカーというわけではない。シガレットに何度か挑戦してみたことがあったが、どうにも私の嗜好に沿うものではなかった。そんな私が何故パイプを扱うようになったのか。考えるまでもなく、まず大方の原因は父に帰せられるように思う。 なにしろ父ときたらたいへんな喫煙家で、死ぬ時は満開の夜桜の下で煙草をふかしながら死にたい、と子供を前に憚らず口にするほどだった。だから父が書斎の中央の大机に陣取っていかにも満足気にパイプを銜える姿は、物心ついたときから私がたびたび目にした光景であった。いかつい顔の父が破顔して煙草を吹かす様は子供心にはむしろ異様で、その時分には羨ましいとは微塵も思わなかったけれど。 さすがに私が書斎に入る時には父も喫煙を遠慮していたようだが、この煙草の匂いの染み付いた書斎に、何時の頃からか私は足繁く通うようになった。そしてその内に、ブルーノートの葉のほんのりと甘い匂いは、父の匂いだと思うようになっていたのだ。私はこうしてパイプ煙草に親しんできたわけである。 私が頻繁に書斎に行くようになったのには理由がある。それまでは父に一緒に遊ぼうとせっついたり、夜、父が机に向かって仕事に没頭している時には、木製の巨大な書架から引っ張り出した本を適当に捲っては空想に遊んだりと、たまに書斎に出入りする程度だったのだが、そんなある日の事だった。 私が例によってソファに寝転がりながら、古びた本の挿絵つきの頁ばかりをぺらぺら捲っていると、おもむろに父が椅子から立ち上がったのだ。何処に行くのだろうと見ていると、父は窓を開けてベランダに出て行く様子である。新鮮な空気が部屋に吹き込んでくる。父はベランダの上で振り返ると、子供みたいな笑顔で私を手招きしだした。なにしろベランダは未知の場所であったから、私は好奇心に駆られながらソファを飛び降りて、すぐに父の所まで着いて行った。 夜のベランダは風が強くて気持ち良かったが、それも最初の内のことで、すぐに寒さが身に染みてきた。何度か息を吐いて白い息を見つめていると、不意に父が抱えるように私の肩に手を置いて、ほらほら、と空を指さし始めた。見上げれば空は少し曇りがちで、しかし眼を凝らせば淡い雲の狭間に浮かぶように、無数の星が煌いている。初めてその空を見た時の私の感動は、どれほどだったろう。それは小屋に繋がれた孔雀の羽なんかよりも、ずっと慎ましく、そしてあでやかだった。上辺だけの軽薄な美しさではなくて、芯から輝いているような、本当の美しさ。これほど綺麗なものを見たことがなかった。私はあっという間にその夜空に見蕩れてしまった。 そのうち、夜空に見入っている私の傍らで、父は巡るように星を指差しながら、朗々と星の伝説を語り出した。それは時におかしく、時に悲しく。父の紡ぐ物語が呪文となって、命を吹き込まれた星が次々とある形を成していくようだった。蠍に背を向ける無双の英雄。その忠実な猟犬。運命を共にすることを望んだ兄弟。セント・エルモの火。牛に姿を変える神。エウロパの大地。それらの主人公たちが目前に浮かび上がってきて、私の心は大いに躍ったのだった。 ふと気が付くと、父は懐から小さな丸い金属製のケースを取り出していた。それは煙草葉入れで、父はその中から煙草の葉をつまみ上げてパイプに詰め始めた。それが終わると今度はマッチを取り出して葉に火を点ける。その滑らかな動きを、私はまるで手品師の技を見るかのようにじっと眺めていた。父がパイプを口に運ぶ。その先端から煙が吹き出される。煙は夜空に立ち昇り、すいすいと飲み込まれていく。ああ、きっとこの煙が夜空の雲になるんだろう。でもそのうちに雲が星を覆いつくしてはしまわないかしら。そう思いながら父を見ていると、父もこちらを向いて、何かたくらむ子供のような、でも優しい顔で微笑んでいた。その顔をみると、思わず私も笑ってしまった。体が内から温かくなっていくような気がした。 これが、私の無邪気な空想の最初だった。 それから父はしょっちゅう私をベランダに連れ出して、一緒に夜空を眺めたものだった。もっとも、それは長くは続かなかったけれど。 父の仕事や私の健康を慮ればそれも当然のことだったろう。母さんが書斎への立ち入りを禁じたのである。さしもの父も母さんにはまったく頭が上がらなかったようで、今考えてみるとなかなかに微笑ましい。しかし私はというと、自分の好奇心のはけ口がなくなったようなものだから、退屈が募るばかりだった。リビングの窓を開けてそこから夜空を見上げたりしたのだけれど、それも父と一緒に眺めたあの夜空の美しさにはとうてい及ばなかった。書斎に行こうにも、夜の間はしっかりと錠が掛けられて、立ち入ることができないようにしてあるのだ。いよいよ私は不満を抑えられなくなった。 私が用いた反撃は、全く奇異なものだった。何故あのようなことをしたのか、十数年を経た今では、一向に感覚が伴わない。それでもその心情は、少なくともあの時私が何を求めていたのかは、今でも痛いほどに共感できるのである。 それは書斎に入るのが禁止になって半月ほど経ったある日のことだった。その前日に学校に置いてあった水彩画の道具を家に持ち帰っていたということだから、用意は周到だったというべきだろう。母さんが夕食の支度に掛かりきりになっている隙に、私はそれを実行したのだった。 私の家の玄関正面の通路は、モルタルの壁になっている。今でも注意深く観察すれば、あの時の痕跡が認められるかもしれない。きっとあの日、私はその白壁の前に水彩画のセットをひとしきり広げたことだろう。そして黒色の絵の具のチューブを全部捻りだして、それをパレットから零れる位に水で伸ばして掻き混ぜたのだ。それからいちばん大きな太筆を手にとって――。よほど骨が折れたに違いない。壁一面にその絵の具を塗りたくったのだから。その上にありったけの色を使ってスパッタリングのように細かな点描を施したのだから。でなければ、絵の具を一晩で使い切るなんて芸当は考えられない。おそらく一番腐心したのは、雲の描写だったろう。灰色やら紫色やらを薄く延ばして、夜空の黒に負けないように、そして様々な星の色を消さないように、重ね塗りをしようとしたはずである。なにしろ宇宙の縮図を描き出そうとするのだから、たいへんな大仕事だ。私の脳裏にあった、夜空の模様の縮図。そう、私はあの夜空を、自分の手で壁に再現しようとしたのだ。 だがそんな何重もの重ね塗りが、しかも水彩で映えるのはとても無理だと言って良い。気が付けば私の目の前にあったのは、垂れて混じり合った色で気味の悪い、無残な姿を晒す壁だけだった。私は思い通りにならない苛立たしさと悔しさで、しまいに泣き出したことを覚えている。母さんは私を咎めるよりも前に、散々に泣き喚く私を宥めることに手を焼いたと言っていた。確かにその後で怒られたという記憶は、私にはないのである。 騒ぎを聞きつけて二階から降りてきたのだろう。何時の間にか父がやって来ていて、母さんと何か話していた。それから父は私の側に来て、急に私を抱え上げたのだった。父はしばらく壁を眺めていたが、私は気恥ずかしさとどんなに怒られるだろうかという心配から震えながら父の胸にしがみ付いていた。とうてい壁に目を向けることなんて出来なかった。しかしその時父がふと私に呟いた一言――今でも鮮明に覚えている。あれは嬉しかった。父は確かにこう言ったのだ。綺麗な星空だね、と。それは迷い子のような私を救い上げた、聖なる呪文だった。救世主の顔は、意外と強面だったけれど。 その後私は、父に抱えられたまま、あのベランダに来ていた。外はすっかり夜になっている。父の腕から下ろされた私は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように俯いていた。父はそんな私の顔を覗き込んでから、目の前でパイプを用意し出した。あの、手品師のような、ちょっとおどけた動作で。パイプの先から一筋の煙が昇り始める。その甘い匂いに誘われるみたいに、私は思わず煙の行方を追っていた。それは風に流され、拡散し、夜気に融けていく。父は不意に立ち上がると、パイプを空に向けて高々と掲げた。つられて私も夜空を見上げた。そこに在ったのは、前と少しも変わらない曇りがちな空。星もまた、あの時と同じ、柔らかな輝きを湛えている。 ああ。そうか。だから――綺麗なんだな。私は想像した。雲の彼方で、真珠のように光を育む無数の星たち。父が私の方を見て、微笑んだ。私も何だか楽しくなって、笑い出した。父のパイプが、魔法の杖のように思えた。 ほどなくして父は亡くなった。私が中学に上がる直前の、突然の事故だった。それから十数年。時間は留まることなく過ぎ去り、楽しい記憶も悲しい記憶も、日常に容赦なく押し流されていく。気忙しい日々が続くようになり、いつしか思い出を顧みることも忘れてしまっていた。だから、ほんの2年前、書斎の引き出しで父のパイプを見つけたのは、全くの偶然といって良いだろう。 私の家の中で書斎だけが、まるで時間の流れから取り残されたかのように、主の居ない以外は全く変わらない姿を保っていた。もちろん母さんの掃除が行き届いていたからである。父の死後、私は自然と足疎くなっていたのだけれど、二年前のある日、懐かしさに誘われて書斎に足を踏み入れた。父の椅子に座って、その意外な心地良さになるほどと妙な得心をしながら、私は何気なく引き出しを開けたのだ。一段目の引き出しには、万年筆やら白紙の原稿用紙やら、また何を書き付けたのか分からない落書き帳のようなものまで、しかし整然と――おそらくこれも昔の位置そのままに――置かれていた。なんともいえない気持ちに打たれつつ、次に手を掛けた二段目の引き出しに入っていたのが、他ならないあの父愛用のパイプだったのである。 私は引き出しからパイプを取り出して、吸ってみようと試みた。私は既に何度かシガレットを吸った事があったから、さほど抵抗はなかった。記憶を手繰りながら、父の遣り方を思い出していく。葉入れから葉を取り出し、パイプに詰める。しかしマッチで火を点けると、すぐに火は消えてしまった。楽々と吸えるものだと考えていたが、やってみるとなかなか難しいものだ。詰め方の調節が大切だと知って、タンパーで葉を押さえる事を覚えたが、それでも火は点かないので夜遅くまで悪戦苦闘したのだった。 恥ずかしい話だが、葉が湿気て使い物にならなくなっていることに気付いたのは明くる日の事だった。残念なことに引き出しの葉はみな使えないようなので、店で新しい葉を買う必要があった。どんな葉を買おうか。迷うまでもなく、それは決まっていたのだが。 私がパイプを吸い始めた事を、最初は母さんは快く思っていなかったらしい。しかしそれもすぐにうるさく言われることはなくなった。その代わり、懐かしいバニラの匂いだね、とか、父さんに似てきたね、とよく口にするようになった。私が書斎に居座るようになるのにも、時間がかからなかった。 かつて父がパイプを燻らせた椅子の上で、私がパイプを燻らせている。そう思うと不思議な感じがしたものだ。部屋の壁はますますくすんだ色合いを醸し出していているようで、そんな部屋の中を見ていると、ミステリィか何か書いてみるのも面白いかも知れない、などとそんな冗談めいたことを考えたことがあった。結局それは、さほど的外れでもない現実になったのだけれど。 星は死んでも、光は残る。思い出もまた、忘れていたつもりでも記憶の中には確かに残っていて、それがふとした拍子から、それこそおぼろげな雲の中からひょっこりと顔を出すように現れるのである。パイプを燻らせる父の姿。父と眺めた夜空。宇宙の縮図。父が死んだ日。受話器を手にして震える母の背中。枕に顔を埋めて泣いた事。そうした様々の記憶が、この聖なる夜には全て甦る。命を吹き込まれ、息づく記憶は詩藻の泉。それが今、ここにある。 書斎の扉がノックされた。妻が夕食を知らせに来たのだ。私はどうなのだろう、とふと考える。教えることが出来るだろうか。伝えることが出来るだろうか。未来の子供に。今ここにある、確かな手触りを。聖なる夜を。生命の記憶を。 空の中でいちだんと雲が厚くなっている所がある。私はいよいよ負けまいとパイプの煙を夜空に手向ける。紫煙の立ち昇り行く先の空は、どこまでも広く、深く。そんな烟っているような宇宙の彼方、優しく煌く星々に希う。 とりあえず何か載せようと引っ張り出してきました。『泡』掲載用作品ということでお願いします。
https://w.atwiki.jp/jaeger/pages/145.html
鉄血外伝・Imagine Sense 前編 「いてっ!」 芝のせいで地面との距離を見誤り、偵察任務は無様な尻餅から始まった。 最先の悪いスタートだ。 目の前にいる七飯がくすくすと忍び笑いをしていたので、睨みつけてやる。案の定、すぐに笑いを引っ込めた。 ヘリに合図を送り、離脱を確認する。こちらも少し離れた茂みの中で装備を確認した。 個人携帯火器はMP5SD、これはマガジンが6個ある。サイドアームとしてシグ・ザウエルとマガジンが3個、その他に手榴弾を5個持っている。レーション、水筒、ファーストエイドキッド、ナイフ、ロープ、コンパス、信号弾、バッテリー、カモフラネット、スターライト式暗視装置、携帯型無線機。 一度ザックから出して確認し、再び詰め込む。ザックのうえに今回の任務で一番重要となるレーザー照準器を置き、上蓋に挟んで縛りつけた。 俺に比べると七飯の荷物は少ない。なにしろ火器の類を一切持ってい無いのだ。こいつの武器は、その頭の中にあった。通信機の暗号を記憶しているのだ。いわゆる暗号兵という奴だった。頭の中に、無線やレーザー照準で使う暗号を記憶している。俺は、いわばその護衛役、そして最悪の場合における最後の処理役も兼ねている。俺の持つシグ・ザウエルはそう言う意味を持っている。 「忘れ物は無いね?」 七飯がそう聞いてきた。 「あぁ、お前もねぇだろうな?」 「なんとかね」 苦笑い。 こいつがそそっかしいのはよく知ってる。 「けど、驚いたよ。まさか第一危機即応連隊にいたなんて」 俺から言わせれば、お前が自衛隊にいる事の方が驚きだ。 七飯とは古い付き合いだが、なんでこんなところにいるのか、未だによく分からない。兵隊なんてガラじゃないだろうに。 「あぁ、聞いてねぇのか? 俺は出向組だ」 「出向?」 「連隊の補充要員が表向き、裏じゃどうやら連隊の影響を残して置きたい何処かの誰かさんが差し向けたらしい」 「じゃあ、元の部隊は?」 「機動化学科中隊、と言っても知らないか・・・」 「機動化学科中隊? 化学学校の?」 「なんだ、知ってるのか?」 そう尋ねると七飯はにんまりと笑い得意げな顔で言った。 「僕は通信系だよ。機動化学科中隊、大宮の化学学校を本拠地としたカウンターテロ部隊でしょ? 空挺から二個普通科小隊を主力に、施設科、通信科、化学科を各一個小隊で編成された・・・」 「ごった煮部隊だ。もっとも、俺もつい最近入ったばかりだがな。 そろそろ仕事にかかるぞ」 無線機で上空を飛んでいるXEV-22オスプレイを呼び出す。 「マザーシスター、こちらスケープゴート。降下地点についた、これより移動を開始する。送レ」 「こちらマザーシスター、了解したスケープゴート。出来る限りモニターする、君は一人じゃない。健闘を祈る。送レ」 「感謝するマザーシスター、オワリ」 腰を上げ、歩き始める。歩兵は、歩くのが商売なのだ。これから山を二つ越え、敵の物資集積所を目指ざす。 パスキル支援作戦、「夜の声」作戦は今夜2200時に発動される。その内容には、前線での敵の撃破だけでなく継戦能力を削ぐための後方での撹乱作戦も含まれていた。いくら第一危機即応連隊が、この世界において圧倒的な火力を持っているとはいえ、所詮は一個連隊の部隊でしかない。戦闘が長引けば、それだけこちらが不利になって行く。なにより、こちらの弾薬は、船団に載っているだけしかないのだ。有限の火力を有効に使うには、適切な誘導が必要だった。誘導員として送り込まれる隊員は、おそらくこの作戦でもっとも危険な任務を割り当てられたといえる。 俺のような奴が、他にもいるのだろうか? ブリーフィングでは、そのような話は出なかった。捕虜になったとき、そこから漏れる情報を少なくするためだろう。下手をすれば、作戦全体に影響がでかねない。 「ねぇ、機動化学科中隊にいたってことは、実戦経験とかあるの?」 「静かにしろよ。俺が隊に入ったのは半年前だ。そうそうあるわけじゃない」 「どう言うこと?」 「俺はインスタントってことだ」 もっとも、訓練だけはみっちりやらされたがな・・・。 機動化学科中隊は、俺を隊員として見ていたかは怪しい。空挺降下が主な侵入手段であるはずなのに、一度もその訓練をしたことがない。水中からの侵入訓練も無かった。これでは、作戦に同行するのは難しいだろう。けど、その他の訓練ではまったく手を抜かなかった。それどころか、他の隊員達より多くの弾薬を持たせ、何度も射撃訓練をさせられた。射撃だけではない、白兵戦、行軍訓練、机上学習とさまざまな事を叩きこまれ、中隊にいた半年間は地獄のようだった。 一つ目の山は山道の峠道を越えられたが、二つ目は道をはずれ山を登った。道の無い山を登るのは時間がかかる。 日没が近づいていた。作戦開始まであと2時間。 「間に合うかな・・・」 七飯がぼやいた。 静かにしろよ・・・。 けど、七飯の心配も分からなくは無い。時間に間に合わなければ、航空隊は夜闇の中、なんの誘導もなく爆撃を行わなければならない。それでは大した戦果は得られないだろう。それどころか急峻な山地では墜落の危険すらある。 今まで一時間ごとに10分の小休止をとっていて、それをやめようかと考えたが、頭を振ってその考えを振り払った。それはただ疲労をためるだけだ。 小休止の間に地図を見て、現在地を確認する。目的地まであと一時間というところか。 「ギリギリだな」 七飯が暗視装置を掛け、コンパスを見ながら先行して歩き、その後に俺が歩数を数えながら続く。歩数で距離を計り、地図に記入しながら行軍する。 目的地についたのは作戦開始から僅か10分前だった。そこは山の高台の上で、目標を望める場所だった。事前に航空偵察で目星をつけていたポイントだ。暗視ゴーグルで見渡すと、狭隘な山地のなかに僅かに開けた盆地があり、そこに目標となる物資集積所が設営されていた。 「すぐ準備するぞ。照準器をセットする、周辺を警戒しろ」 ミニ三脚付きのレーザー照準器を地面に置き、物資集積所に向ける。小型軽量を第一に考え作られたレーザー照準器は、レーザー誘導爆弾を精密誘導させるほどの能力は無いが、目標の位置をXEV-22オスプレイを伝えることは出来る。物資集積場のような大型の目標ならば、十分な性能だった。 「OK、まわりに人気はないよ。そっちは?」 「クリアだ。よく見えてる。修道女を呼び出す」 七飯の暗号を聞きながら無線機のチューナーを操作し、XEV-22オスプレイへ回線を開いた。 「マーザーシスター、こちらスケープゴート。目標地点に到達、準備よし。送レ」 「マザーシスター、了解した。すでにノワールが向かっている。異常は無いか? 送レ」 「なし、目標にも動きは無い。主の降臨を望む」 「ノワール(黒)の神様って、大黒様のことかな?」 七飯がふざけた調子でちゃちゃを入れた。 「黙ってろ」 「スケープゴート、どうかしたか?」 「なんでもない、シスター」 「ノワールは5分以内で到着する。誘導を頼む」 「了解、終リ」 無線を切って顔をあげると、七飯が憤然とした顔をしていた。 「別に怒ること無いじゃん!」 「黙れ。まったく・・・、時間がない。照準器の調子はどうだ?」 「作動良好」 しばしの間、そのまま待機する。 爆撃は、俺にとってもまったくの奇襲だった。 亜音速で侵入してくる航空機による爆撃は、音が聞こえると同時に爆弾が落ちてるという、不思議な事態を起こさせる。その真下にいた兵士達は、おそらく何も感じぬまま文字通り木っ端微塵になった。爆発は一度ではなかった。爆発で膨れ上がる焔は、収まる前にその意思を託すように、次の焔が沸き起こる。誘爆だ。補給品の中に弾薬や燃料があったのだろう。爆発はしばらく収まる気配を見せなかった。 俺は、それを半ば現実とは思えない喪失したような心地で見ていた。目を焼く閃光をまぶしいとは思わず、頬を叩く爆風を痛みとは感じられない。奇妙な感覚だった。いや、感覚がなくなってしまったのだ。 突然、膝が折られ、現実が頭を打った。 「七飯! 何しやがる!?」 「どうかしているのは、そっちだろう!? なにぼけっと突っ立てるんだよ!」 あぁ、そうだな・・・。 爆発が収まるのを待って、双眼鏡でもう一度、物資集積所を確認した。 ひどいものだった。そこら中で火災がおき、事前に確認していた山積みになった木箱や缶はもはや跡形もなく吹き飛んでいる。その周りに焼け焦げになった消し炭が幾つも転がっていた。蠢いているものもあるが、じきに動かなくなるだろう。破壊の後の姿には、慈悲や情といったものを全て喪失させてしまう。あるのはただ、圧倒的なまでの現実だけだ。 「・・・こちらスケープゴート、マザーシスター。ノワールの攻撃を確認。スケープゴートは戦果をカテゴリーAと評価する」 できるだけ抑揚を押さえた声で報告する。この現実を伝えるのは感情では無理だ。規定要綱に沿った言葉を選ぶだけだ。受領側もそれを求めている。 ああ、まったく、カテゴリーA(最高)の戦果だよ。 「マザーシスター了解した、スケープゴート。敵はこれで前線物資の3分の1を破壊されたことになる。帰還ポイント・LZホテルへの移動を急がれたし、ヘリは手配済みだ。送レ」 「了解、オワリ」 すぐに辺りの痕跡を隠し、移動する準備に入る。 「移動は別ルートを使うぞ。追跡されていたら鉢合わせになる」 「騒ぎを起こした後だし、慎重に行こう」 今度は道を一切使わない移動だった。道は、どんな小道であっても緊張する場面だった。なにしろ遮蔽物の一切ないところを横切らなければならないのだ。捕捉されていたら、一発でやられる。 突然、雲が光り、送れてどこからともなくドーンという遠い音が、山中にこだました。 「雷か?」 「違うよ 本隊の攻撃が始まったんだ」 山の尾根に登ると、山々の輪郭がはっきりとわかるほど空が輝いていた。夜明けの光ではない。地獄の炎だ。戦火。稜線の向こうにある雲が瞬く。またドーンという音がこだまする。 だが、ここで見ていると、それはなぜだかすごく遠くの出来事のように思えて来る。 遠くの出来事だって? 前線から僅か20マイルだぞ? 重砲なら射程圏内だ。 それに今さっき、敵の重要な補給所を破壊したばかりじゃないか? そこら中に、血の気立った敵がうろうろしている。 「いこう。今なら敵の注意もあっちに向いてるよ」 そっと七飯が言った。 尾根を降り、暗闇の中黙々と歩き続ける。小休止は挟んでいたが心持ち短めにした。歩いていた方が気が紛れる。警戒や気配への注意ではなく、今の状況や、これからの事についてだ。 不安だった。突然、異世界に飛ばされ、今は戦争にまでなっている。まだ一月足らずの間にだ。今だに心の整理がつかない。不安定なままだ。そういえば、俺はずっと不安定なままだったな・・・。 自衛隊に入ったのは、単に無職になるぐらいならという理由だからだ。なにかの見際めをしていたわけじゃない。そのためかいろんな隊をたらい回しにされたあげく、あの部隊に放り込まれ、今度はそれまでが生易しかったと思うほど過酷な訓練を受けさせなれた。今こうして歩いているのは、ほとんど条件反射みたいなものだ。無条件にひたすら歩くというのを、そのとき身につけた。 いつも何か不安定なままだった気がする。曖昧、その一言に尽きるような生き方。 七飯は、コンパスだけを頼りに歩き続けている。 こいつとは随分古い付き合いだった。こんなところでも会うなんてなんとも腐れ縁だ。 正直、俺はこいつが少し嫌いだった。いつもなよなよしていて、はっきりしない。 けど、これじゃ俺も自分を笑えないな・・・ その背中を見続けていると、俺がポイントマンだったらあんなに自信をもって先頭を歩けるだろうかと思えてきた。なにしろ、異世界なんてところに飛ばされては、土地勘なんてあったもんじゃない。天測をはじめ、今まで教わったオリエンテーション技術の半分はもう使えなくなっている。 それなのに、七飯はしっかりとした足取りで前を進んで行く。それを妙だと感じるのは、きっと今の俺がなよなよしているからだろう。 夜明け近くになって、ようやく俺は自分が不安なる理由を一つ見つけた。 「暗闇は、全てを飲み込む」 そういうことだ。暗闇は人の心まで飲み込んでしまう。いくら暗視ゴーグルがあろうが、視力でほとんどの情報を得る人間では、暗闇ほど恐ろしむ対象はないのだ。 それだけで、あの不安感を全て否定しようとは思わない。ただ、明りが出てきた事で、すこしだけ心が軽くなった。無論、周囲への警戒は今まで異常に引き締めなければならないのだが。 帰還ポイントの空き地まではもう少しだった。 思えば長い日だった気がする。時間にすれば、まだ基地を出て24時間と経っていないのにだ。なんとも疲れた。この作戦の参加者は、作戦が終了した後には、ほぼ基地で休息を取る事を許されるはずだった。まさか、俺だけは一発の銃弾も撃っていないからと言って、これからあの空を焦がすほどの戦場だった場所で死体漁りをしろなんて言われないだろう。 無意識に苦笑が零れる。 前を歩いていた七飯が突然立ち止まった。 「おい、どうした?」 咄嗟に銃を構え、小声で尋ねる。 「まずいよ・・・、これを見て」 七飯が足元の折れた枝を指差した。 「誰かが先を歩いてる。折れた部分が乾燥していないから、まだそんなに時間は経ってない」 「先回りされたって言うのか?」 「ないと思うよりはあると思ったほうがいいよ。道を外れて、この痕跡を追跡しよう」 「ヘリが到着するまで時間がないぞ? この遠地じゃ空中待機にも限界がある」 けど、議論している時間もないのは確かだった。結局、七飯の言う通り道を外れ、道と平行するように歩く。痕跡は間違いなくLZとなる空き地へと向かっていた。 七飯が足を止め、人差し指を立てて口を当てると、そっと茂みの向こうを指差した。音を立てぬよう注意を払い、その方向を覗き込む。空き地の切れ目にある茂みの影にラプトルを引き連れた2人組の兵士が、膝を付き座っていた。睨むような視線は、まっすぐ空き地の方向いている。 「畜生、なんで奴らヘリボーンを知っているんだ」 「ヘリボーンやヘリコプターを知らなくても、ヘリの特徴がわかればこれくらい思いつくよ。僕らは彼らの目の前でヘリを飛ばしていたんだ」 「どう言うことだ?」 「ヘリは翼竜と違って翼をたためない。少なくてもローター分の半径はある空き地が必要だ。それさえわかれば、ポイントを特定して待ち伏せすることも出来る」 すばやくその場から離れ、身を隠しやすい窪地を見つけると周囲を警戒しながら無線でXEV-22オスプレイを呼び出す。 「スケープゴートより、マザーシスター。緊急コール、LZホテルは敵が待ち伏せをしている。ヘリを退避させろ。送レ」 「マザースシター、緊急コール了解。状況を詳細に報告せよ。送レ」 「敵はヘリの着陸ポイントを特定しているもよう。他の予備LZも同様の状態だと推測される」 「スケープゴート、それは君の潜入がばれていると言うことか?」 「いい仕事をしすぎたらしい」 「スケープゴート、別のピックアップ手段をこれから検討する。ステータスは?」 「弾薬の消耗はない。レーションは一日分だが、食い伸ばせば三日ぐらいは持つ。足りないのは神様の幸運だ」 「了解、祈っている。定時連絡を欠かすな。三回途切れたら、司令部はMIAと処理するぞ」 「了解。オワリ」 MIA、作戦中行方不明と言う奴だ。殆どの場合は死亡と同じ意味をもつ。生きているのに死亡なんてごめんだ、幽霊みたいじゃないか。その時点で、司令部は俺に対するあらゆる救援活動を終了するだろう。 地図を広げ、LZのところにペケをつけてゆく。ヘリボーンはしばらく使えない。そうなると自力で味方の戦線までいくことになるが、今行くと敵の敗残兵とぶつかる可能性もある。 「追跡隊はどれぐらいかな? 夜の攻撃を考えるとあまり大部隊の兵員を割けるほどの余裕はないと思うけど、それでも他のLZにも見張りを付けているなら中隊規模ぐらいはあるかもしれない。確認しよう」 「敵に接近する事になるぞ」 「その敵が、どれぐらいの兵力なのか知らなきゃ、こっちも身動きの取り方が違ってくるよ」 ああ、まったくこいつの言うことは正しい。 俺は忘れかけていたが、全部あの中隊で習ったことだ。 「ポイント2-85の小山に上ろう。ここからなら西に平地が見下ろせる。敵の指揮官は、分散させた兵力を一旦集めようとするだろうから、それが見えるかもしれない」 「わかった」 小説一覧 後編