約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/164.html
■ 第一部 その出会い ├ 第一話 使い魔を召喚しに行こう ├ 第二話 蒸発からの脱出 ├ 第三話 水分補給なし!トリステイン魔法学院へ向かえ ├ 第四話 今にも落ちてきそうな人の下で ├ 第五話 ギーシュが来る! ├ 第六話 そいつの名はロングビル ├ 第七話 タバサ-捜索者 ├ 第八話 マリコルヌは恋をする ├ 第九話 秘書ロングビルの秘密 └ 第十話 ルイズの覚悟 ■ 第二部 アルビオン、その誇り高き精神 ├ 第一話(11) 王女のために! ├ 第二話(12) アルビオン、一歩手前! ├ 第三話(13) ウェールズ悲哀の青春 ├ 第四話(14) 鬼気!偏在の男 └ 第五話(15) 恋人の資格 ■ 第三部 未来への祈祷書 ├ 第一話(16) 崩壊への序曲 ├ 第二話(17) 恐ろしき王女 ├ 第三話(18) 眠れる剣(つるぎ) └ 第四話(19) 過去からの復讐人形
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2310.html
「わたしが、姫様の結婚で詔を?」 トリステイン魔法学院の最上階に置かれた学院長室で、ルイズはミス・ロングビルに始祖の祈祷書を手渡されながら聞き返した。 「ええ。アンリエッタ王女の御指名ですわ。来月のゲルマニア皇帝との結婚式の場で詔を読み上げる巫女に、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを、と」 秘書席で右手にペンを持ったまま座り、書類の山を片付けながら王宮からの急使の言葉をそのままに伝えたロングビルは、ちらりと学院長の席に視線を送る。 そこには歯も噛み合わず、熱い茶の入った湯飲みを震える手で持ち上げている今にも死にそうな老人の姿があった。 セクハラという生き甲斐を奪われたオールド・オスマンの、晩年の姿である。 「本来なら、学院長から通達されるべきことなのですが、土くれのフーケの事件からあの調子で……。学院の業務や公務も、私が代行している有様ですわ」 はぁ、と溜め息を吐いて優雅に憂いの表情を見せるロングビルを、ルイズは同情心の篭った目で眺めた。 いろいろと苦労しているのだなあ、と。 「ああ、そうそう。大切なことを言い忘れていました」 「……?なんでしょうか」 ペンを置いて向き直ったロングビルに問い返すと、ロングビルはルイズの手に収まっている始祖の祈祷書を手で指し示して、中身を見るように促した。 始祖の祈祷書とは、その名の通り、始祖ブリミルが神への祈りの文を書き記したものだ。 ただ、同じ名前の祈祷書が世界各地に存在しており、それぞれが自分が持つものこそ本物であると主張しているために、真に本物の場所は知られていない。 ルイズに渡された祈祷書もまた、本物である可能性は低い。王宮から送られたものであれば本物であるようにも思えるが、学院にも祈祷書と銘打った本が何冊か図書館に紛れ込んでいる。 王宮直下の機関である魔法学院でこれなのだから、王宮所有のものだって疑ってかかるべきだろう。 結婚式で詠み上げる詔は自分で考えなければならないが、その多くは祈祷書に書かれた文面を抜き出して引用すれば良い。ただ、無数にある祈祷書の中には、通常の言葉としての意味を持たないルーン文字や、訳の分からない記号の羅列だったりするものもある。 詔を考えるのに参考になるようなものでありますようにと祈りつつ、ルイズが祈祷書の表紙を開くと、ロングビルは申し訳なさそうに苦々しい笑みを浮かべ、ルイズは目を丸くして表情を固めた。 「ま、真っ白!?」 祈祷書の中身は、全てが白紙だった。 ぱらぱらと頁を捲ってみるが、そこには文字一つ書かれておらず、記号すらない。 ロングビルはそのことを分かっていたのか、席の後ろに置かれた本棚からいくつかの書物を取り出すと、ルイズにそっと差し出した。 「見ての通り祈祷書は白紙でして、ミス・ヴァリエールには自力で詔を考えていただかなくてはなりません。最終的には王宮の方々が草案を推敲して下さるとはいえ、一人で考えるにも限界があるでしょうから、こちらで過去の詔を集めたものと、参考となりそうな偉人達の詩集を用意いたしました。余計なお世話とは思いましたが、宜しければお使い下さい」 「余計なお世話だなんて、そんな……、是非とも使わせていただきますわ」 正直言って詩のことなど欠片も分からないルイズとしては、ロングビルの申し出は始祖ブリミルの助けとも思えるものだ。教養として詩の勉強もしていないわけではなかったが、厳格な母が匙を投げるほどに酷い結果を出して以来、欠片も接点を持っていない。魔法学院で詩の勉強が求められていたら、間違いなくルイズは魔法だけでなく勉学でもゼロ呼ばわりされたこと だろう。 差し出された本を始祖の祈祷書以上に大事に抱きしめたルイズは、ロングビルに深くお辞儀をして学院長室を退出した。 大命を拝してしまった緊張で、胸がきゅっと苦しくなる。 名誉なことだとは思うが、果たして期待に答えられるかどうか、ちょっと、いや、かなり心配だった。 本当に詩は苦手なのだ。 習い始めてばかりの頃に、魔法がまるで上達しないことを母や上の姉に叱られたとき、その心情を詩に綴ったことがある。だが、その詩を優しくて暖かくて、自分のことをなんでも受け入れてくれる笑顔を絶やさない下の姉に見せたところ、今までに身が事が無いほど微妙な顔をされた。 しかし、今は過去とは違う。あれから世の中のことを一杯勉強したし、本も沢山読んだ。語録も増えたし、気の利いたこともいえるようになったと思う。 詩の一つや二つ、作れないことは無いはずだ。 アルビオンに乗り込んで手紙を回収するという任務に比べれば、楽なことではないか。 そう思いつつ螺旋階段をゆっくりと下りて行く傍ら、祈祷書を抱える右手に視線を向ける。 そこには水の魔法でも治しきれなかった小さな傷跡が、赤みを帯びた状態で薄く残っていた。 アルビオンでワルドと戦ったときの怪我は既に治っている。優秀な水のメイジを派遣してくれたアンリエッタのお陰だ。だが、今もまだあのときの痛みを思い出すことがあった。 ワルドのエア・ハンマーが右手の形をまったく別のものに変えてしまった瞬間。あの時は任務のことやワルドに対する怒りでそれほど痛く感じなかったが、やっと治療が受けられる状態になったとき、気絶してしまいそうな痛みが全身に走った。 完治した筈の右手は、その時の痛みを思い出すとじわりと痺れたような感触を伝えてくる。 この手を見る度に、良く生きていたものだとルイズは改めて思う。 「でも、おかしいわね。手紙は奪われたはずなのに……」 結婚は予定通りに行われる。詔の巫女を指名されたということは、そういうことなのだろう。 ワルドに奪われた手紙はどうしてか、ゲルマニア側には渡っていないようだ。逃げたワルドがどのような経緯を持って自陣に戻ったのか知る由も無いルイズには、そのことがどうしても不思議で仕方が無い。 だが、それはもう考えても意味は無いのだろう。それよりも、もっと大切なことがある。 女子寮の塔に戻ったルイズは、自分の部屋に才人の姿ないことを確認した後、学院長室で受け取った祈祷書と参考資料をテーブルの上に置くと、ベッドの下に潜り込んで何かを引っ張り出した。 予備のマントに包まれたそれは、アルビオン王ジェームズ一世から託されたアルビオンの王権を移譲するのに必要なものだ。これがここにある限り、レコン・キスタはアルビオンの真の王にはなれない。 でも、コレを使うときは来るのだろうか。 そんな思いを胸に、ルイズはテーブルに置いた始祖の祈祷書に視線を移す。 姫殿下とゲルマニア皇帝との結婚。しかし、アルビオン王はそれが成る前にレコン・キスタがトリステインの地を攻めるだろうと言っていた。 それが真実なら、わたしの役目は詔を考えることではなくて、王宮の赴いて危険を知らせることではないのだろうか?いや、王宮も馬鹿ではない。レコン・キスタがトリステインを攻めると分かっているから政略結婚を考えたのだ。一歩時期を早くして、レコン・キスタが攻めてくる可能性くらい、考えていないはずが無い。 「やっぱり、起こるかどうかのことなんて考えないで、起こらなかったときのことを考えて行動しろって事かしら」 包みをベッドの下に戻し、ルイズは祈祷書を抱えてベッドに横になる。 自分が考えるようなことは、他の誰かも考えている。なら、心配するだけ無駄なのかもしれない。しかし、万が一のこともある。 もしも、誰も対処していなかったら? 自分が動くことで、救える人が居るかもしれない。助けれる命があるかもしれない。 「……うっ!?」 突然込み上げて来た奇妙な吐き気に、ルイズは口持ちに手を当ててそれを押さえ込んだ。 救う。 そんな言葉から連想したのは、ワルドとの戦いの中で見た真っ赤な光景だった。 血に沈む幾つもの死体。それを踏み躙るワルドの姿。圧倒的な力の差を見せ付けられ、無様に転がる自分。 手が、また痺れ始める。 自分にもっと力があれば。もっと気をつけていれば。あの惨劇は防げたかもしれない。 でも、もう一度ワルドと戦えといわれて、戦えるだろうか。 右手の痺れは広がり、脇腹や足の先まで痺れ始め、頭が割れるような酷い頭痛が考えることを放棄させる。襲い来る全ての感覚が恐ろしくなって、悲鳴を上げたくなった。 震える喉を息を通して、必死に呼吸する。 息苦しさが止まらない。空気が欲しい。 強い恐怖だ。 ワルドに対して、ルイズはどうしようもないほどの恐怖を抱いていた。 実戦という意味では、ルイズはラ・ロシェールの宿襲撃事件で一度体験している。だが、そのときは頼りになる仲間がいたし、誰一人として怪我もしていない。それに、敵は平民だった。 自分よりも強い力を持った存在と本当の意味で戦ったのは、ワルドが初めてだったのだ。 運が悪い、としか言いようがない。 一方は魔法もまともに成功させられない落ち零れのメイジ。一方は、歴戦の勇士であり、才能と努力によって大勢に認められるほどの戦士だった。 あの時、ルイズが受けた重圧は、本来なら普通の人間が耐えられるようなものではない。 目の前にちらつく死の気配は、逃げることも戦うことも許さないほど強いものだったのだ。 生来の気の強さと、背負った責任の重さ、その二つが無ければ、何も出来ずにワルドに殺されていたことだろう。 巨象に踏み潰される蟻の気分。そう言い表すことも出来る。 生きていたことは奇跡なのだ。 その事実を再認識するごとに、ルイズは全身が冷えるような感覚に襲われていた。 助けて。寒い。ここは、怖い。 なにかを求めるように左手を伸ばして、その先に浮かぶ黒髪の少年の姿に縋りつく。 その少年だけは自分を裏切らない。自分のために戦ってくれる。自分と共に生きてくれる。 そんな確信が少年に触れた部分から全身に伝わって、息苦しさがウソの消えていった。 頭痛も、痺れも無くなって、心地よい感覚が全身を抱き締めるよう包む。 母の胸の中のように、父の腕に抱かれているときのように、言いようの無い安らぎを感じる。 自分の中の何かと少年の間に、見えない絆がある。 もう、怖くない。 そう思ったところで、ルイズはハッと目を開いた。 「……あれ、寝てた?」 ふらふらと伸びた左手が、いつの間にか薄暗くなった部屋の中に浮かんでいる。 学院長室に呼び出されて祈祷書を受け取ったのが昼頃だから、外が暗いところを見ると、もう六時間か七時間は経っているはずだ。夕食も食べ損ねたことになる。 むっくりと体を起こして、ルイズは部屋の中を見回すと、そこに本来いるべき人間の姿が無いことに気が付いた。 「こんな時間まで、どこほっつき歩いてるのかしら。使い魔なら夕食の時間を見計らってご主人様を起こしなさいよ、もう」 異世界から召喚した黒髪の少年の姿を脳裏に浮かべつつ、始祖の祈祷書をベッドの上に放り出して自分の使い魔を探しに出かけようとする。 なにか酷い夢を見た気がしたが、なんとなく悪い夢でもなかったような、そんな不思議な感覚だけが残っていた。 内容はまるで思い出せない。 「一体、なんの夢だったのかしら」 以前にも奇妙な夢を一度見た覚えはあるが、その内容までははっきりと記憶していない。ただ、そのときの夢はガオンッ!だった。自分でも意味が分からないが、それだけは確かだ。 あと、キュルケやタバサも出てきた気がする。自分の使い魔の少年も、居たような、居ないような……。 「まあ、いっか」 深く考えたところで、夢は夢。現実には何の影響も及ぼさないのだ。 そう思い直して、ルイズは部屋の扉を開けるために左手を伸ばした。 唐突にフラッシュバックする、黒髪の少年の姿。 夢の内容が一気にルイズの頭の中に浮かび上がった。 「ああっ!あ、ああ、ひゃあああぁぁぁっ!ウソ!ウソよ!な、ななな、なんでわたしがあんな犬に助けを……!!あ、そういえば、ワルドと戦った後目が覚めたら、サイトの腕に抱かれてて……、ああでもそんな!違うのよおおおおぉぉぉぉ!!」 夢の内容の、特に後半部分を強く思い出したルイズは、顔を真っ赤にして扉を両手で何度も思い切り叩き、大きな音を立てて冷静になれと自分に訴えかけた。 「違うわ!違うのよ!あんなやつ、なんとも思ってないんだから!!そ、そりゃあ、ちょっとはカッコイイかなって、思っちゃったことも無いわけじゃないけど……、いや、でもそんなあああああぁぁぁ!!」 赤くなるだけでは足りず、熱まで持ち始めた頭を扉に打ち付け、何度も何度も否定の言葉を繰り返す。だが、否定する度に脳裏に浮かぶ少年の姿は色濃くなり、頭を扉に打ち付ける数に合わせて美化指数も上昇する。 がん ごん どん ごっ がっ めき ドコ ゴシャ ミシ メリ グキャ 様々な音を立てて確実に変形し始める扉の破損指数とルイズの中にある才人の美化指数が急上昇し、やがて両方のカウントが天井を突いてストップがかかった頃、やっと隣の住人が迷惑な音を聞きつけて現れた。 「なにやってんの、ルイズ」 「うひゃあぁぁっ!?え、き、キュルケ?あ、いや、なんでもないのよ!うん、なんでも」 原型を留めなくなった扉の向こうから顔を出したキュルケに、ルイズの全身が跳ねる。誤魔化すように乾いた笑いを浮かべるものの、キュルケの目は不審な色に染まっていた。 「なんでもないって、あなた、頭突きで扉壊しといてなんでもないってことはないでしょ」 キュルケの言葉でやっと気が付いたかのように、ルイズは自分の頭を打ち付けていた扉の状態に顔を青くさせる。 キュルケの姿がはっきり見えているが、別に扉が開いているわけではない。ルイズが何度も頭を打ちつけて壊したせいで、大きな穴が開いているのだ。 キュルケの姿は、その穴から見えていた。 「額から血が出てるけど、先生呼ぶ?」 「う、ううん、いいわ、本当になんでもないから!あ、あらイヤね、扉がちょっと老朽化してたみたい。職人を呼んで直さなくっちゃ。オ、オホホホホホホ」 ルイズが手を放すと、扉はゆっくりと蝶番を巻き込んで部屋の外側へと倒れる。キュルケはそれをひょいと避けながら、さらに強くなった疑念の篭った視線をルイズに向けた。 「老朽化って、ありえないわよ?あなた、三日に一度はダーリンを爆発して、その勢いで扉も壊してるじゃない。多分、この学院で一番新品よ、コレ」 と、見る影も無く廊下に倒れた扉を指差すキュルケ。 だが、ルイズはそんな言葉も笑って誤魔化し、部屋を出て廊下を下りの階段のある方へと向かって歩き出した。 「きっと、アレよ。何度も替えてるから、不良品に当たっちゃったのよ。うん、そうに違いないわ。ちょっと業者に文句を言ってやらなきゃいけないから、わたしはこれで失礼させてもらうわね。ごきげんよう、ミス・ツェルプストー」 また、オホホホホ、などという気味の悪い笑い声を上げながら階下に消えていくルイズの姿を見送ったキュルケは、先ほどまで眠っていたために乱れている髪を軽く撫で付けて、一体なんだったのかと、口を大きく開けてあくびをした。 「まあ、ルイズが変なのは今に始まったことじゃないか」 かなり失礼ではあるが、あながち間違いでもないことを呟いて、キュルケは様子を見に現れたほかの生徒を適当にあしらいながら、寝直すために自分の部屋へと戻っていった。 ハルケギニアの月は満ち欠けはあるのだろうか。自分が見たところ、二つの月は満月の形を変えていないように思える。 そんなことを才人が思ったのは、久しぶりに湯船に浸かってゆっくり出来たからだろうか。 平民は総じてサウナ風呂を使うのだが、才人は生まれ育った故郷の風呂が特に前触れも無く恋しくなり、厨房で働く料理長のマルトーから古くなった大釜を譲ってもらって、学院の中庭の隅に五右衛門風呂を造っていた。完成したのは、つい先ほどだ。 ただ、湯船に入った状態では火の調節が出来ないため、釜の下の火は万が一のことを考えて弱火になっている。この火が消えて湯がぬるなってきたら上がり時だろう。 冷めてしまう事を前提としていたために少し熱くしてあったお湯は、慣れない生活によって溜まった体の疲れを程よく吹き飛ばしてくれている。懐かしいからと作った風呂は、労力に見合った効果を上げているようだ。 体に伝わる熱に心地良さを感じて両腕を空に向けていっぱいに伸ばした才人は、肺の中の空気を吐き出して、ぼんやりと空を眺めた。 「そういえば、あの人にきちんと聞かないとな」 「聞くって、なにをだ」 鍔をかちゃかちゃと鳴らして、五右衛門風呂の傍の壁に立てかけられていたデルフリンガーが才人の呟きに問い返す。 「元の世界に帰る方法だよ。タバサの知り合い、っていうか、お尋ね者だったんだっけ?船の上で酷い目に遭った原因を作った人。名前は……、なんだったっけ」 「あの変なおっさんか。確か、ホル・ホースってんじゃなかったか?」 「そんな名前だったか」 剣よりも記憶力が低いのはどうかと思わないでもないデルフリンガーだったが、相棒は元々人の話をあまり聞かないタイプだからどうせ今回も聞いていなかったのだろうと判断して、話を続ける。 「相棒は、故郷に帰りたいか?」 聞かなくても分かる答えだが、聞いておいて損は無いだろう。 帰りたいに決まっている。普通は誰だって、納得する理由も無く故郷から突然引き離されたら、恋しくなって当然だ。 そう思っての言葉だったが、思いのほか答えが返ってくるのには時間がかかっていた。 唸り声を溢して首を捻り、両腕を胸の前で組んだ才人が必死に普段使わない脳味噌を使って自分の気持ちを探る。だが、そこまでして出した答えは、要領の得ないものだった。 「帰りたい気もするし、帰っちゃいけない気もする。ルイズのことは放っておけないけど、向こうに残してきた家族にも連絡したいし……、よく分かんねえや」 きっと家族は自分のことを心配しているだろう。いつものように出かけたと思ったら、突然居なくなったのだから、普通の親なら心配しないはずが無い。 母ちゃん、泣いてるかな。 そう思うと、今すぐにでも帰りたくなる。だが、そんな望郷の念に匹敵するくらい、才人にはこちら側に心配事が残っているのだ。 意地っ張りで、我が侭で、それでいて泣き虫で……、それなのに諦めることを知らない可愛いご主人様のことが、どうしても放っておけないのである。 自分が居なくなったら、ルイズはどう思うだろうか。 人間の使い魔が居なくなって清清したと言うのだろうか。それとも、寂しくて泣いてしまうのだろうか。あるいは、どうでも良いと思うのだろうか。 考えれば考えるほど、板挟みの感情に悩まされる。 帰りたいと思う気持ちと帰れないと思う気持ちの二つが絶妙なバランスで才人の心に存在しているために、答えが出てこない。どれだけ思い悩んでも、天秤は水平を保ち続けていた。 なら、あの人は、ホル・ホースって人はどうなのだろうか。 やはり故郷に帰りたいと思っているのだろうか。それとも、こっちに残る決心をしているのだろうか。 本人に聞いて見なければ分からない答えに、悶々と頭を悩ませる。あの時に交わした短い会話では、どう思っているかなんて分かるはずも無い。 そこで唐突に、才人は疑問を抱いた。 「そうだ。そういえば、俺達はなんで言葉が通じるんだよ?あの人、どう見ても日本人じゃないのに……、普通に話せるなんておかしいじゃないか!」 今更な疑問だが、思い返してみると確かに不思議だった。何故、今まで疑問に思わなかったのか。そっちの方が不思議なくらいだ。 才人は日本語を喋っている。だが、ハルケギニアの人間はハルケギニアの言語で当たり前のように会話をしている。二つの間に何の問題も無く意思疎通が出来ていることは、どう考えても不自然だ。 ハルケギニアの言葉が日本語と同じ、という可能性も無いとは言えないが、日本とはかかわりの薄そうなホル・ホースという人物が日本語をペラペラと喋るとは思えなかった。 「なんか問題でもあるのか?」 そんなデルフリンガーの問いに、才人は立ち上がった。 「おかしいだろ!俺、“異世界”から来たんだぜ!?なのに、なんでお前たちの言葉がわかるんだよ!お前達も、なんで俺の言葉が分かるんだっての!?」 才人から投げかけられた疑問の答えを探すべくデルフリンガーはしばし黙ると、鍔をカチャカチャと鳴らして心当たりを一つだけ示した。 「相棒は、どこを通ってハルケギニアに来たね?」 「どこって……、変な光ってるやつだよ。ゲートっていうのか?あれ」 「だとしたら、そのゲートに答えが隠されてるんだろうさ」 デルフリンガーの曖昧な答えに不服なのか、才人はむっと口をへの字に曲げると腰に手を当てて声を荒げた。 「じゃあ、あのゲートはなんなんだよ!」 「そんなことをしがない剣でしかない俺に聞かれても、わかんねえよ」 あっという間に放り出された問いの答えに気が抜けて、才人はそのまま空を見上げた。 ゲート。それを通ってハルケギニアに来た自分。なら、ホル・ホースもゲートを取ってこちらに来たのだろうか。 なら、あの人も誰かの使い魔なのか? ラ・ロシェールの“女神の杵”亭で会った時は、確か布で体を隠した小さな女の子と、大きな羽根帽子を被ったひょろっとした男を連れていた。見た感じ、誰か上で誰が下という扱いでもなかったから、あの中には彼の“ご主人様”は居なかったのかも知れない。いや、国王を暗殺しかけた、なんて話からすると、主はもう処罰されて亡くなっていることも考えられる。 「行き場を失って、ああやって旅して回ってるのかな……」 召喚されたときは自分と同じように理不尽な目に遭いつつも、頑張って生きていたのではないか。なんて、才人は見当違いも甚だしいことを考え、一人表情を暗くした。 「ああ、でも、そうか……」 ホル・ホースの境遇に同情する一方で、自分には少し嬉しい事実を見つけた才人は、顔を上げて手を強く握った。 「俺だけじゃないんだ。こっちには、俺以外にも仲間がいるかもしれない。一人見つけたんだから、探せば、きっと他にも見つかるはずだ。それで、みんなで力を合わせれば、きっと元の世界に帰る方法も……」 あるはずだ、と言いかけたところで、才人は肌寒さを感じて体を震わせた。 夏が到来したとはいえ、夜は少々冷える。肌についた水滴は気化して体温を奪うし、そよ風も知らない間に全身を冷やしていくのだ。 せっかくの風呂だというのに、風邪を引いては意味が無い。 もう少し温まろうと思い、腰を屈めたその時、少し離れたところで何かが割れる音がした。 「わ、わわわ、ば、バレちゃう、バレちゃう!夢中になってて、傾いてたことに気付かないなんて……」 外壁に沿って植えられた木の陰で、誰かが何かを拾っている姿が月夜に浮かぶ。その影の形と声から、才人はそれが誰なのかをすぐに理解した。 学院で働く黒髪のメイド、シエスタだ。 「し、シエスタ?なんでそんなところに……、うわあぁぁ!って、あっちいいぃぃ!!」 股間の部分が丸見えだったことに気付いた才人は、両手でそれを隠して湯の中に潜ろうとするが、その勢いで足の一部が底に敷いた木の板で覆われていない金属部分に触れてしまう。 股間のブツを隠そうと湯の中に隠れては火傷をして、火傷をしては湯から出る。そんなことを何度も続けている様子に、シエスタは顔を赤くしながらも心配そうに駆け寄った。 「だ、大丈夫ですかサイトさん!」 「うわあ!こ、こっちに来ちゃだめだシエスタ!て、熱い!」 風呂釜の中で踊るように飛び跳ねる才人を落ち着かせようと、シエスタは五右衛門風呂の縁に手をかけて身を乗り出す。だが、予想以上に熱かった金属部分に驚き、体勢を崩した。 「熱っ!き、きゃああぁぁぁっ!?」 風呂釜からお湯が溢れ、飛び散った水がデルフリンガーに降り注ぐ。 ただでさえ錆びてるのに、これ以上酷くなったらどうしてくれるんだ!という剣の抗議も届くことは無く、才人とシエスタは同じ風呂の中に絡まったような状態で沈んだ。 肺の中の空気を吐き出し、なんとか水面に顔を出そうとする才人。だが、腹の上にうつ伏せの状態のシエスタが乗っているために、上手く動けない。シエスタはシエスタで突然水の中に入ったせいで混乱していて、起き上がるという選択肢が頭に思い浮かばないようだった。 「ががぼ、がぼ、がぼぼぼっ!?」 漏れ出る空気を押さえようとしても、シエスタの体で押さえられているために肺は小さくなるばかり。口から漏れる空気は留まらず、才人の体からは確実に酸素が失われている。 そんな時、ぐにゅ、と何かが自分の股間に押し付けられたことに才人は気が付いた。 「ご、ごばばあばばぁっっ!!」 感触の位置を辿って向けられた視線の先には、黒髪の少女の頭がある。湯の温度のせいでシエスタの体温までは分からないが、間違いなくこれは触ってしまっているだろう。 顔面直撃だ。セクハラというレベルではない。 才人も年頃の若い男。可愛い女の子と接点を持てば色々と盛り上がってしまうこともある。 だが、このままでは別の意味で盛り上がってしまう。 とにかく抜け出さなければと、才人は全力で両腕を動かし、水を掻いて湯の中から脱出した。 「ぷはっ!し、シエスタ!そこはいろんな意味でマズいって!!」 足りなくなった酸素を一息で補給し、股間の辺りに埋もれたシエスタを湯の中から引き摺りだす。メイド服がびしょびしょに濡れ、肌にぴったりと張り付いている。ピンク髪のご主人様には無い大きな膨らみがはっきりと浮かぶ姿は才人の脳髄に高圧電流を流していたが、ここで暴走するわけにも行かないため、その辺りは見ないようにして目を回しているシエスタの頬を叩いた。 「なにか、柔らかいものが頬に……、いや、硬いものだったような……」 「き、きき、気のせいだよ、シエスタ。ほら、目を覚まして!」 ペチペチと頬を叩いている内に焦点の合わなかった目が少しずつ戻り、才人の姿を映し出す。 「あ、あれ、才人さん?なんで、わたし」 自分の見に何が起きたのか分かっていないのか、迷子の子供のように周囲を見回したシエスタは、目の前の肌色を見つけてカッと頬を赤くした。 「あ、そ、その、ごめんなさい!覗き見るつもりは無かったんです!あ、でも、ちょっと得したなーとか、いいもの見ちゃったなー、とか思っちゃったのも確かなんですけど……」 ハルケギニアに来て右も左も分からない才人を甲斐甲斐しく世話してくれた少女は、言わなくても言い事を口にして顔を下に向けた。 なんともコメントし辛い台詞に、才人はどう反応すれば良いものかと悩みつつ、目の前の少女をじっと眺める。いや、正確には目が離せなくなっていた。 普段つけているカチューシャは今は取り外され、湯で濡れた黒い髪は月明かりを受けて艶やかに輝いている。肌に張り付く服は、同年代の中でも発育の良いシエスタのボディラインを強調していて、妙に色っぽい。だが、それ以上に、羞恥に赤くした頬を隠そうと、顔を逸らす仕草が才人の男心を刺激していた。 どきどきと高鳴る胸を押さえて、才人は自分に冷静になれと訴えかける。だが、お湯の熱が容赦なく体温を上げて脳を沸騰させ、なぜか寄り添ってくるシエスタの柔らかい肌の感触が興奮を高めていた。 なんとかしてこの場を切り抜けなければ、なにかが危ない! このまま襲い掛かっても責める人間は極少数だろうが、逃げ道は確実に塞がれる。引き返せない場所に突撃するには、才人の覚悟はまだ十分ではなかった。 「そ、そそ、そうだ、シエスタ。シエスタは、な、なんであんなところに居たんだ?」 適当な話で場を誤魔化す作戦に出た才人に、シエスタは下に向けて何かをじーっと見ていた顔を上げて、激しく狼狽した。 「あ、え?いや、別に何も見ては……、じゃなくて、そ、そうです!と、とても珍しい品を手に入れたものですから、是非ともご馳走しようと思って!今日、厨房でお出ししようと思ったんですけど、おいでになられないから……」 姿の見えない才人を探して、直接渡そうと考えたらしい。 視線をそっと先ほどまで隠れていた木陰に移したシエスタは、そこに転がるティーセットを見て、はぁ、と溜め息を吐いた。 「その……、粗相をしてしまいまして、中身を全部溢しちゃったんです。ああ、また叱られてしまいます……、くすん」 「珍しい品って、なんだったんだ?」 ティーセットということは、珍しい品、というのは飲み物なのだろう。溢してしまったのは残念だが、せめて名前だけでも聞いてみようと思った才人に、シエスタは顎先に指を当てて名前を思い出そうとした。 「えっと、確か、“お茶”っていうそうです。淹れると、薄い黄緑色に色づいて綺麗なんですよ。少しだけ飲ませてもらったんですが、ちょっと青臭い気がしましたけど、不思議な香りがして美味しかったです」 お茶のどこが珍しいのかと疑問を抱く才人だったが、シエスタの説明から思い浮かぶお茶の姿に、それが自分の良く知る緑茶の類であることに気が付いて、思わず目元を拭った。 さっきも故郷のことを考えていたのに、ほんの少し故郷を思い出す材料が目の前をちらつくと、どうしようもなく恋しくなってしまう。 「だ、大丈夫ですか!?」 突然目を潤ませた才人を見てシエスタが慌てるが、才人は大丈夫だというように笑って首を振った。 「い、いや、ちょっと懐かしくなっていただけだから。平気だよ、うん」 風呂の中に女の子と一緒に入っている状況で、故郷を思い出して涙が出てくるなんて、奇妙な話だ。情けないやら、恥ずかしいやらと、居心地が悪くなってしまう。 「それより、シエスタ。その、言い難いんだけど、俺の格好がアレだからさ。出来れば風呂から出てくれない、かな?」 適度に緊張も解れただろうと、才人は話を戻して事態の解決に乗り出した。 シエスタも自分の状況がやっと分かったのか、両腕で胸元を隠して身を捩る。才人の目から体を隠そうという意図なのだろうが、水に濡れた服は体の動きに更に肌に密着し、より一層にエロティックな状態になっていた。 鼻の奥の方に血が溜まってくる感覚を覚えた才人は、そんなシエスタの姿を見ないようにと目を手で隠して顔を逸らす。だが、ここからのシエスタの行動は、才人がまったく予測し得ない方向に向かっていた。 「これ、お風呂……、なんですよね?貴族様が使っているような。でしたら、服を着て入っているのは変じゃないですか?変、ですよね」 何か一人で納得し始めたシエスタは、才人が止める間もなく着ているエプロンドレスに手をかけて、ボタンを外し始める。 ぽんと、白い布が一枚湯船の外に放り投げられた。 「え、ちょっと、なにしてんのシエスタ!」 「服を脱ぐんです。ほら、服もびちょびちょになっちゃったし、このまま帰ったら部屋長に叱られてしまいますから。火で乾かせばすぐに乾くと思うし」 そう言って、シエスタはブラウスのボタンやスカートのホックを外し、衣服を脱ぎ捨てていく。しかし、濡れた服は脱ぎ辛いのか、時折止まって困ったような声を漏らし、才人の耳を刺激していた。 目を覆う手の隙間から、そっとその向こうを覗き見てしまう才人の気持ちは、青少年として正しいのかもしれない。湯船の中で脱衣する少女の姿は月の光と白い湯気で幻想的に浮かび上がり、湯の熱を受けて桜色に染まった肌は異性を積極的に誘惑している。 耐えろ。耐えるんだ、才人!ここで暴走したら、俺はもう二度と故郷の土は踏めないぞ! やっと元の世界に帰る筋道が見えてきたというのに、このままでは行き着く先が暗い牢屋の中か、明るい家庭になってしまう。シエスタの性格からすれば、どちらかというと後者のほうが可能性は高い。 しかし、それでも高鳴る鼓動は期待の強さを示している。肌と肌とが触れ合う光景を想像してしまい、どっくんどっくんと元気に流れる血液が股間に生える陸生哺乳類で最大の動物に似ている物体に熱膨張を起こさせていた。 だって男の子だもん、下半身が元気でも仕方が無いさ。むしろ健康的で実によろしい。 苦しい言い訳を自分に告げて、才人は下着にまで手をかけたシエスタの姿を指の間から凝視していた。 だが、世の中そんなに甘くは無いようだ。 視界の端に映るピンク色の何かが、どす黒い空気を纏っていたのである。 恐る恐る目から手を離し、シエスタから距離を取る才人。突然様子がおかしくなったことに気付いたのか、シエスタは才人の視線の先を追って振り返った。 「……ヒッ!み、ミス・ヴァリエール!?い、いつからそこに……」 吹き上がる闘気が髪を揺らし、般若の如く顔を憤怒で歪めたルイズが、その爛々と輝く瞳をシエスタに向ける。 温かい湯に浸かっているというのに、シエスタはルイズに視線を向けられた瞬間、全身に氷水をかけられたような寒気を感じて身を震わせた。 「いつから、ですって?……ついさっきよ。だから、なにか事情があるのなら、わたしは聞いていないことになるわ。そうね……、このまま折檻したんじゃ、無実の者を痛めつけることになるかもしれないから、言い訳の機会をあげようかしら」 ぱし、ぱし、と一定の間隔で右手に握った杖を左手の平に打ちつける。 こめかみのあたりが痙攣しているところを見ると、ブチ切れる一歩手前といったところだろうか。ここで選択を間違えれば、即座に自慢の爆発魔法が飛ぶことだろう。 言い包めるチャンスは、今しかない。 説得するのに必要な材料は無いが、時間を遅らせればその分怒りは強くなるだろうと判断したシエスタが、ルイズの気を落ち着けさせるために口を開いた。 「ミス・ヴァリエール、これはわた……」 「はい、終了!言い訳する時間は上げたわ、五秒だけね……。十分でしょう?泥棒猫とエロ犬にくれてやる時間としては」 五秒。何の宣言も無く決められた制限時間は、余りにも無慈悲だった。 ルイズの口元には薄く笑みが浮かんでいるものの、目は一切笑っていない。その迫力に抗議の声を上げることも出来ず、シエスタは才人の傍に寄って、ただ閻魔の裁定が下されるのを待つしかなかった。 「ご主人様がこんなにも世の中のことで思い悩んでいるって言うのに……、その使い魔は鼻の下を伸ばしてメイドとお風呂?へ、へえぇ、い、いいい、良いご身分じゃないの!い、犬の分際で!」 杖が振り上げられ、ルイズの全魔力が込められた雷光が夜の闇を照らす。口ずさむ詠唱は協力無比な炎の魔法。ファイアーボールだ。当然、その効果はルイズに限っては炎の玉を生み出すことではなく、爆発仕様となっている。 「ま、まま、待てルイズ!誤解……、じゃないけど、誤解なんだ!」 「才人さん、わたし怖い!」 「シエスタ!?いや、今くっついたら逆効果だよ!」 怯えるように抱きついてきたシエスタを引き離そうとする理性。だが、本能に突き動かされた両腕は、彼女の肩を、腰を、しっかりと抱き締めていた。 「遠慮はいらないみたいね……!死んじゃえ、このエロ犬ううぅぅぅっ!!」 「う、うわああぁああぁああ!!?」 振り下ろされた杖の先から膨大な魔力が迸り、風呂釜ごとシエスタと才人を吹き飛ばす。湯船に溜められたお湯は四方に散り、釜の下にあった焚き火も爆風に乗って空を舞った。シエスタの服と思しき布切れは焼け焦げてボロ布に成り果て、才人の衣服と共に木の上に引っかかる。 余波を受けて弾き飛ばされたデルフリンガーは、理不尽過ぎる、と相棒とそのご主人様に心の中で愚痴を溢していた。 「今後、わたしの部屋への出入りは禁止するわ!二度と戻ってくるな!あんたなんて、そのへんで野宿でもしてればいいのよ!!」 怒りに赤く染まった顔で頬を膨らませたルイズは、地面にぐしゃりと落ちた才人に向かってそう告げると、肩を怒らせてその場を去っていく。 全身の痛みに耐えながらご主人様の後姿を見送った才人は、今回は自分が悪かったかもしれないと反省する。シエスタに押された形とはいえ、それを看過したのは自分なのだ。 湯にのぼせたでもしたのか、珍しく自分の非を認めるというまともな思考回路を形成した才人は、ルイズのことは後でなんとかフォローしようと考え、近くに落ちた焚き火用の木片で股間を隠した後、もう一人落ちてくるべき人間が落ちてこないことに首を傾げた。 「シエスタ?シエスター!どこだ、シエスタ!」 一応、下着まで脱ぎきっては居ないはずだが、それでも肌を晒していることには変わりない。 下手に人目につく場所に落ちては大変だと、デルフリンガーを拾ってガンダールヴの力を解放した才人は、木の上に引っかかった自分とシエスタの服を回収しようと枝に飛び移る。その時、何かが派手に壊れる音が耳に届いた。 「きゃあああああぁぁぁぁぁっ!!」 「な、空から女の子ですと!?いや、その、ご、誤解だああぁぁぁ!!」 シエスタのものと思われる悲鳴と少し年齢を感じさせる男の声が、魔法学院の周囲を囲うように立つ五つの塔の一つ、火の塔の方向から聞こえて来る。ついでに、何かを叩いたような乾いた音もしていた。 恐れていたことが現実になったらしい。 なんとか衣服を回収した才人は、とりあえずパンツとズボンを履いた後、声の聞こえてきた方向に向かって全速力で走る。誰かに見つからないように、と祈りながら。 ただ、残念なことにその祈りは天には届かなかったようで、シエスタと合流するまでの間に数人の女生徒に発見され、翌日話題の的になってしまうのだが……、それはあくまでも余談である。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6274.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 五四 「それで、どうなったの?」 ルイズは君のほうに身を乗り出し、話の続きをうながす。 「ちいねえさまは無事だったんでしょうね? それに、ちいねえさまのご病気は治せたの? それとも、だめだったの?」 あせった様子で矢継ぎ早に質問を浴びせてくるルイズに君は、順を追って話すので落ち着くように、と告げる。 ラ・ヴァリエール公爵の屋敷での事件から、まる一日が経つ(技術点、体力点、強運点を最初の値に戻せ)。 馬を飛ばして魔法学院に戻った君は、ルイズの部屋で彼女とふたりきりになり、事の顛末を語り聞かせているのだ。 ルイズは、君と公爵夫人とのあいだでいさかいがあったことを知ると、眉を吊り上げ、 「あんたって人は、どうしてわたしの言いつけを守らないのよ! 母さまには逆らっちゃだめって、さんざん注意したでしょ!?」と怒り、 執事のジェロームの死を知らされると、驚きと悲しみに暮れる。 ルイズが生まれるずっと前からヴァリエール家に仕えていたジェロームは、平民とはいえ、彼女にとって家族同然の存在だったのだ。 君はふたたび、ルイズの実家でなにがあったのかを語りだす。 薬を服まされてからしばらくして、カトレアは眼を覚ました。 しきりに礼を述べる彼女に体の調子はどうだと尋ねると、気分はよくなったが、体内の病魔が去ったようには思えぬという答えが 返ってきたたため、君はがっくりと肩を落とした。 DOCの術をかけられたブリム苺の汁は、風大蛇の毒を消し、消えかかっていた彼女の生命の炎をふたたび燃え上がらせたが、その炎は 常人に較べるとずっと弱々しいままなのだ。 病を治せなかったうえに、厄介ごとに巻き込んでしまってすまない、御者や執事は自分の巻き添えになって死んでしまったのだ、 と詫びる君に、カトレアは 「いいえ、気にしないで。あなたは精一杯がんばってくださったのですから。あなたが責められるいわれはありませんわ」と言って、 優しく微笑んだ。 「でも、ジェロームも、オーギュストも、それにこの子たちも、もう戻ってこないのですね……」 カトレアはそう言うと、足元に横たわる仔犬の亡骸を抱き上げた。 怪物が部屋じゅうに振りまいた毒煙によって、彼女の飼っていた獣や鳥の大半が死んでしまったのだ。 生き残ったのは小熊や大亀など、大柄で頑丈な生き物ばかりだ。 ルイズと同じ鳶色の瞳に涙を湛えたカトレアに、君は慰めの言葉をかけた。 公爵夫人はすべての奉公人たちを玄関ホールに集めると、君の身の潔白が証明された、と居並ぶ一同に告げた。 ジェロームの命を奪ったのは、公爵を狙ってアルビオンから送られてきた刺客であり、曲者は公爵夫人みずからが討ち取った、と。 公爵夫人の説明は事実といささか異なるが、暗殺者がクロムウェルの≪使い魔≫である恐るべき大蛇であり、狙いは君の命だったと 正確なところを告げても、奉公人たちを混乱させ、いらぬ疑念を抱かせるだけだろう。 誤解の解けた君だが、客人として屋敷に長居をするつもりはなかった。 クロムウェルが君を危険視しているということは、『ご主人様』であるルイズも狙われているかもしれない。 窓が割れてずいぶんと風通しのよくなった客間で、君は急いで学院に戻らねばならぬ、と公爵夫人とカトレアに告げた。 公爵夫人は、射抜くような眼差しでしばらく君を見つめていたが、 「あなたに問いただしたいことは山ほどありますが、今はその時ではないようですね。いいでしょう、厩舎にお行きなさい。 いちばんの駿馬(しゅんめ)をお貸ししましょう。ルイズが可愛がっていた馬です。学院に戻り、主人であるルイズを守るのです」と言って、 部屋を出ていった。 あいかわらず冷たくつんけんとした態度だが、今朝のことを思えばずっと柔らかな物腰だと言えるだろう。 多少の信頼は得たと思ってよさそうだ。 カトレアは 「残念ですわ、あなたのお国のことや、学院でルイズがどうしているかをお聞きしたかったのに」と、 名残惜しそうにする。 君が、次に来るときはたっぷり話そうと言うと、彼女は顔を輝かせる。 「ふふっ、楽しみにしていますわ。今度はルイズも一緒にね」 そう言ったあと、表情を引き締め、君を見つめる。 「わたくしの可愛い妹、大切なルイズをどうかよろしくお願いいたしますわ。異国の勇敢なメイジ殿」 武器とマントを取り戻すと(幸いなことに、風大蛇に操られたジェロームは、それらを傷つけたり捨てたりはしなかった)、君は馬に跨り、 急ぎ学院を目指した。 君が借り受けた馬はたしかにすばらしいものであり、一昼夜に及ぶ、ほとんど不眠不休の速駆けにも耐え抜いてみせた。六六へ。 六六 「向こうでは大変だったのね」 君の話を聞き終えたルイズは、ぽつりと呟く。 今の彼女からは、普段の無鉄砲なほどの活力が感じられず、意気消沈のありさまだ。 「こっちは何も危険なことは起きなかったけど、主人の身を案じて大急ぎで学院に戻ってきた、その忠誠心は褒めてあげるわ。 ちいねえさまのご病気が治らなかったこと、それに、ジェロームたちのことは残念だったけど、あんたは務めを果たしてくれたわ。 ごくろうさま。今日はもう、ゆっくり休んでていいわよ」 ルイズはそう言って君をねぎらってくれるが、その表情は見るからに陰鬱なものだ。 彼女は君のかわりに、自分自身を責めているのかもしれない――君をラ・ヴァリエール家に送り出さなければ、執事も御者も死ぬことはなく、 姉が危険にさらされることもなかったのだと。 しかし、どうもそれだけではないように見える。 君の留守中に、何か悲しい出来事が彼女を見舞ったのだろうか? 君はどうする? 場の空気を変えようと、ルイズに話しかけるか(一二七へ)、部屋を出て休息に適した場所を探すか(二二〇へ)、それとも、 学院の誰かに会おうとするか(三二九へ)? 一二七 君はルイズに、自分が留守のあいだ、何か変わったことはなかったかと尋ねる。 物憂げな表情でうつむいていたルイズは、ゆっくりと顔を上げる。 「あんたが馬車に乗って出て行った次の日に、姫さまからの使いが来たわ」 彼女は言う。 「お昼過ぎには、姫さまにお会いできたわ。タルブに送り込まれた≪レコン・キスタ≫の新兵器らしきものが、不思議な光に包まれて 跡形もなく消え去ったって話は、姫様のお耳にも届いていたけど、そこにわたしたちが居たことは、王宮でもほとんど知られていないみたい。 アルビオンの軍艦を追跡していた竜騎兵が何人かあの光を目撃したそうだけど、被害に遭ったのは小さな村だけだから、本格的な 調査も行われなかったのね。 わたしは姫さまに、すべてをお話ししたわ。わたしたちがあの時タルブに居たこと、≪水のルビー≫を指に嵌めて≪始祖の祈祷書≫を 開いたら、古代文字が浮かび上がったこと、そこに記された呪文を唱えたら光がほとばしって、化け物を消し去ったこと、そしてそれが、 どうやら≪虚無≫の魔法であるらしいこと……あ、キュルケやタバサ、それにシエスタが近くに居たことは、伏せておいたわよ。 あの子たちは何も知らないし、ややこしいことに巻き込みたくないからね」 そこまで言って、ルイズは一息つく。 その表情は、あいかわらず陰鬱なままだ。 「姫さまは大変驚かれたけど、すぐに落ち着いてこうおっしゃったの。始祖の力≪虚無≫を受け継ぐ者は、末裔たる王家に現れるという伝説を 聞いたことがある、って。初代ヴァリエール公はトリステイン王の庶子だから、わたしにも少しだけ、王家の血が流れているのよ。 それから姫さまは、わたしの立てた手柄を褒めてくださったわ。あの化け物をあそこで止めなかったら、艦隊が集結しているラ・ロシェールは 大変なことになっていたでしょうからね」 君はぼんやりと考える。 ガリア、アルビオン、それぞれの王家の人間であるタバサやウェールズ皇太子にも、≪虚無≫の素質があるのだろうか、と。 しかし彼らは、≪ゼロ≫と呼ばれたルイズとは似ても似つかぬ、魔法の才能に恵まれた者たちだ(ハルケギニアの王族は一般に、 魔法の素質に優れた者ばかりだという)。 ルイズが普通の≪四大系統≫の魔法を使えぬことが、≪虚無≫を受け継いだ代償だと考えるならば、彼らが≪虚無≫の系統の使い手だとは 考えにくい――ルビーや祈祷書といった秘宝を持たせて試してみぬことには、断定できぬのだが。二一二へ。 二一二 ルイズは話を続ける。 「でも、この事を公(おおやけ)にするわけにはいかない、と姫さまはおっしゃったわ。≪虚無≫はあまりに大きすぎる力であり、 真相を知った者はわたしを利用しようとする、世界じゅうから狙われることになる、と。だから、わたしは姫さまと約束したの。 ≪虚無≫のことは誰にも言わない、たとえ親きょうだい相手であろうと、って」 そう言うと、寂しげな微笑を浮かべる。 結局のところルイズは、やっとの思いで手に入れた力を誇ることもできず、表向きには≪ゼロ≫のままなのだ。 ある者は厳しく、ある者は優しく、それぞれのやり方で彼女を愛してきた家族にさえ本当の事を話せぬというのは、つらい事に違いない。 「それからね、≪始祖の祈祷書≫は姫さまにお返ししたわ」 君は、あまりの驚きに言葉を失う。 ルイズは、タルブで使った術――≪爆発(エクスプロージョン)≫というらしい――の呪文は暗誦できるようだが、それ以外の術は いまだ使いこなせずにいる。 どうやら祈祷書は、持ち主の必要に応じて呪文が現れるという、まわりくどい仕組みになっているらしい。 担い手が簡単に≪虚無≫の術を極め尽くしてしまわぬよう、厳重な予防措置が施されているのだ。 つまり、祈祷書を手放してしまえば、ルイズはもはや新たな≪虚無≫の術を習得できぬことになる。 せっかく手に入れた力を捨ててしまうつもりか、と君が尋ねると、ルイズはそっとうなずく。 「姫さまは、わたしの身を心配してくださったのよ。だから、わたしもそれにお応えしたの。≪虚無≫のことは忘れて、 二度と使わないと誓うことで」 暗い微笑を浮かべたまま、ルイズは言う。 「大いなる力には大いなる責任と危険がともなうっていうけど、わたしにはそれらを受け入れる覚悟がないのよ。 ≪虚無≫としては初歩中の初歩にすぎない≪エクスプロージョン≫で、あれだけのことができるのよ? この先、祈祷書に浮かぶ呪文を 唱えたらどんなことが起こるのか、想像もつかないわ。自分が伝説の系統の使い手だとわかって、とても嬉しかったけど、 それ以上に怖かった。いつか、この力で大勢の人を傷つけてしまうんじゃないかって。絶大な力に酔いしれて、とんでもいないことを しでかすんじゃないかって。貴族といっても、しょせんわたしは世間知らずの小娘、ただの学生にすぎないんだから。 姫さまの心配もごもっともよ」 君はルイズに何か言おうとするが、ふさわしい言葉が見つからず、椅子の上でただ身じろぎするばかりだ。 「だから、わたしは≪虚無≫を捨てることにした。≪始祖の祈祷書≫をお返しして、すべてを忘れることに決めた。 ≪レコン・キスタ≫が倒されてしまえばハルケギニアには平和が戻るんだから、この力を祖国のために役立てる機会もないでしょうね。 もう二度と……二度と≪虚無≫を……使わない。平穏に生きるために、元の≪ゼロのルイズ≫に戻る……これでいい……そう決めたんだから」 語るルイズの声にしゃくり上げる音が混ざり、大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。一〇六へ。 一〇六 自分が涙を流していることに気づいたルイズは、きまずそうに顔をそむけ、目頭を拭う。 君が声をかけると、そっぽを向いたまま 「な、なんでもないわよ。そんなことより、あんたも秘密は守りなさいよ。誰かに喋ったりしたら許さないんだからね」と、 ぶっきらぼうに返してくる。 魔法が使えぬために屈辱と無念にまみれた人生を送ってきたルイズは、ついに自身の≪系統≫に目覚めた。 しかし、それが伝説の系統≪虚無≫であったために、彼女はその力を捨てることを選んだ――無用な騒動に巻き込まれぬためには、 そうせざるをえなかったのだ。 その悔しさ、失望、そして喪失感は、いかばかりのものだろう。 君はルイズを多少なりとも元気づけようと、冗談を口にする。 そういえば姫君からの褒美はなかったのかと言うと、ルイズはぱっと振り向き、信じられぬという顔でにらんでくる。 「姫さまは、あんたのことも褒めてくださったわ。主人を守って勇敢に闘ったのでしょうね、って。あのようなお言葉を頂いただけでも、 身に余る光栄なのよ。それに、爵位や勲章を頂いたら、この一件がおおっぴらになっちゃうじゃないの。秘密は守らなきゃいけないって 言ったでしょ」と言う。 君は肩をすくめ、こう言う――なりゆきとはいえ結果的に港町と軍を救ったのに、アルビオンでの手紙騒動の時と同じくただ働きとは、 ひどい話だ、と。 君の言葉を耳にして、ルイズの目つきがみるみる険しくなる。 「あんたねえ、このトリステインの姫殿下をけち呼ばわりするつもり? 姫さまはおっしゃっていたわ。わたしたちに働きに見合うだけの 褒賞を授けたい、それなのに感謝の言葉しか与えられなくて、申し訳なく思っている、って!」 君はにやりと笑うと、口だけならなんとでも言えるし、言葉に金はかからないからな、と返す。 その言葉を聞いて、ルイズは顔を真っ赤にする。 「こ、こ、この使い魔は、どれだけ意地汚いのよ! 貴族に対する敬意が欠けているとは思ってたけど、姫さままで馬鹿にするなんて、 し、信じられない! 許せない! その腐った性根、わたしが叩き直してあげるわ!」 そう叫ぶと箪笥に駆け寄り、抽斗から乗馬用の鞭を取り出す。 鞭を振り回すルイズから逃げ回りながら、君は思う――やはり『ご主人様』はこうでなくては、と。 落ち込んでいるよりも、元気に大声を張り上げているほうが、ずっとルイズらしい。五〇〇へ。 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5119.html
前ページ次ページスナイピング ゼロ 「私が、巫女をするんですか? 始祖の、祈祷書を持って・・・?」 「そうじゃ。これは大変に名誉な事じゃぞ、なにせ一生に一度有るか無いかじゃからな」 学園長室で、ルイズは椅子に座ったオスマンと向かい合っていた。 午前の授業中、コルベールによる『愉快な蛇くん講座』が行われていた時に、急な呼び出しを受けた。 何だろうと思って行ってみると、『姫殿下の結婚式で巫女の役を受けてほしい』と言われてしまった。 しかも『結婚式が始まるまでに、詔を考えておくように』と来たもんだ。ルイズは困ってしまう。 「でも、私が詔を考えるなんて・・・詩とか苦手ですし」 困った顔で、オスマンに向ける。 「そう難しく考える必要は無いぞい、なにせ草案は宮廷の連中が推敲するからの。形だけ出来とれば、後は勝手に 直してくれるだろうて」 「そうですか・・・では、引き受けさせていただきます」 オスマンは大丈夫と言ってるし、姫殿下の頼みだし、やっても良いか。そんな感じで、ルイズはオスマンから国宝である 『始祖の祈祷書』を受け取った。作られてから長い時間が経っているためか、全体的にボロボロだ。破れたりしないよう、 慎重に両手で掴み取る。 「結婚式で友に詔を読み上げてもらえるんじゃ、姫もさぞ喜ぶことじゃろう」 オスマンは両手を広げて立ち上がり、ルイズの決意を労う。だがルイズは始祖の祈祷書を開いたまま、動こうとしない。 ゆっくりと顔を上げ、ページを指差す。 「あの、オスマン校長・・・ちょっと聞きたいんですが」 「なんじゃね?」 「これって、なんで中身が真っ白なんでしょう?」 開いたページには、何も書かれていなかった。パラパラとページをめくってみるが、文字が書かれているページは一枚も 見当たらない。 「それはワシにも分からんのじゃ。持って来た者に聞いても『私には分かりません』と言われての」 「そうですか・・・」 腑に落ちないが、分からないのなら考えても仕方が無い。 「安心しなさい、始祖の祈祷書は持っているだけで良い。何も問題は無いぞい」 「そうですね、では失礼させていただきます」 ルイズは一礼し、部屋を出た。胸に手を当てて、大きく深呼吸する。 「姫様の結婚に出席か、ヴァリエール家の者として失敗は許されないわね!」 拳を握り締め、ルイズは教室へと続く廊下を戻って行った。 教室の入口前に辿り着くと、一旦立ち止まった。始祖の祈祷書を服の中に隠し、扉を開ける。 「ヴァリエールです、いま戻りまし・・・あれ?」 中を見ると、みんな好き勝手に雑談などをしている。教壇にコルベールの姿は無く、黒板には『実習』と書かれている。 自分の席を見ると、セラスとリップが居ない。ギーシュとお喋りをしているモンモランシーに、声をかけてみた。 「ねぇ洪水のモンモランシー、ミスタ・コルベールは?」 『洪水』と言う言葉に、モンモランシーは眉間に皺を寄せる。 「授業をほっぽり出して、何処かに行っちゃったわよ」 「どこに行ったの?」 「それはボクが説明するよ」 ギーシュが会話に割って入る。 「君が教室を抜けた後に、ミス・セラスが『私が住む世界では、すでに『愉快な蛇くん』は実用化されてます』と先生に 言ったんだよ。そしたら先生がミス・セラスを連れて、出て行ってしまったのさ。もう一人の使い魔さんも一緒にね」 そう言うと、ギーシュは薔薇に模した杖を口に挟む。急な事態に、ルイズは困惑する。 「すぐには帰って来そうに無いわね・・・」 「ま、授業が潰れてくれたから有難いけどね」 微笑を浮かべながら、モンモランシーは言った。ルイズは自分の席に座り、昼食の時間を待つ事にした。 さて、その頃セラスとリップは何処に行ったかと言うと・・・ 「えっとですね、私は技術者とかじゃ無いんで、詳しい事は分からないんですよ」 「同じく、私も知らないわ」 本塔と火の塔の間にあるボロい掘っ立て小屋の中で、二人はコルベールに事情を説明していた。教室でのセラスの言葉を 聞いたコルベールは、二人が『エンジン』に詳しいと勘違いした。だが実際には二人とも知らず、目論見は外れてしまった。 コルベールは肩を落とし、椅子に座る。 「そうでしたか・・・すいません、つい興奮してしまって」 「いいんですよ、私が誤解されるような事を言ったのが原因ですし・・・」 コルベールのハゲ頭に噴き出すのを堪えながら、セラスはハゲました。リップはニヤニヤと、口元を歪めていた。 正午を過ぎても、コルベールは教室に戻って来なかった。セラスとリップも、まだ戻らない。仕方が無いので、ルイズは 食堂に向かった。昼食と食後のデザートを食べ、アウストリの広場に向かった。ベンチに座り、始祖の祈祷書を開く。 周りで他の生徒が遊んでいる姿を横目で見ながら、白紙のページを眺めた。 (姫様の結婚式なんだから、完璧な詔を読み上げなきゃね・・・) 傍から見ると、明らかに肩に力が入り過ぎていた。リラックスしていれば絵画のように見える姿が、今は台無しである。 初夏の日差しを浴びながら詔を考えていると、いきなり両手で視界を塞がれた。 「だ~れだ!」 後ろからバカにしたような声が響く、こんな事をするのは学園で一人のみ。相手が誰か分からないほど、ルイズの目は 節穴では無い。 「何か用なの、乳お化け」 「あら、分かっちゃった?」 予想通り、正体はキュルケだった。嬉しそうに笑いながら、隣に座る。 「ねえ、それ何?」 「始祖の祈祷書よ」 「始祖の祈祷書って、確か国宝でしょ。なんでそんな物を、貴女は持ってるの?」 「さっき私、授業中に呼び出しを受けたでしょ。あれ、オスマン校長からだったの。それで行ってみたら、姫殿下の 結婚式で巫女の役をするよう言われちゃってね・・・それで、この本を授かったって訳」 「ふ~ん、大役を任されちゃったわね。因みに聞くけど、ちゃんと巫女を出来るの?」 ルイズは言葉が詰まった、出来ると断言は出来ないが、プライドの所為で見栄を張ってしまう。 「姫様からの願いだもん、やってみせるわ・・・多分」 ハッキリしない言い方に、キュルケは小さく笑った。 「引き受けた以上、失敗は許されないわよ。もしミスったりなんかしたら、独房に入れられちゃうかもね」 「バ、バカなこと言わないでよ! ヴァリエール家の名に賭けて、必ずや巫女を演じてみせるわ!」 立ち上がり、ガッツポーズを決める。固く握り締めた拳が太陽に重なり、光り輝いていた。 「なるほど、つまりルイズは詔を考えるのに忙しくて、外出する暇は無いって訳ねぇ・・・」 そう言うと、キュルケは胸の谷間から羊皮紙の束を摘み出した。ルイズが見ているなか、それをベンチに並べる。 「なに、これ?」 「宝の地図よ」 「宝?」 確かに、それは宝の地図だった。道や山、家などの絵柄が描かれている。中には、宝の在処を示す×印も示されている。 「なによ貴女、これから宝探しにでも行くつもり!?」 「えぇ、そうよ」 あっけらかんとしたキュルケの返事に、ルイズは言葉を失う。 「王女様が結婚式を披露してる間、学園は休みになるのよ。生徒や平民の中には、故郷に戻る人もいるみたいね。 因みに私は親と顔を合わすのが嫌だから、宝探しで暇潰しって訳」 キュルケは楽しげに語る。地図を見つめるルイズは、怪訝な表情を浮かべている。 「これって本物なの? 見るからに怪しげなんだけど・・・」 「そりゃあ魔法屋、情報屋、雑貨屋、露天商、およそ怪しげな店を訪ね歩いて掻き集めたんだから当然よ」 「止めといた方が良いよ、どうせ偽物だ。適当に『宝の地図』を作って売り歩く商人を何度となく見てきたからね、 破産した貴族の二の舞になるよ」 二人が振り向くと、何時の間にかギーシュが一枚の地図を持って立っていた。 「あら、いたのギーシュ。どう、貴方も宝探しに行かない? 因みにタバサも一緒だけど」 「ふん、宝なんか見つかりっこないよ」 ギーシュは吐き捨てるように言った。だが、キュルケは気にした素振りを見せない。 「そりゃ見つかる可能性は低いけれど、見つからない可能性も低くは無いわ。もし宝が見つかったら、姫様にプレゼント したらどう? きっと貴方を見直すはずよ」 「よし、その話のった!」 即座に意見を翻したギーシュに、キュルケは心の中で舌を出す。そしてルイズに顔を向けた。 「あと、ルイズの使い魔さんも連れて行きたんだけど。良いかしら?」 「私に言われたって困るわ、本人に聞いてみないと・・」 「今どこにいるの?」 「さぁ・・・」 ◇ 「ええか、ええか、ええのんか~♪」 「リップさん、こんな朝っぱらから・・・んぁ、あん」 コルベールが退室した研究室の中で、今日も元気に百合の花が咲き乱れていた。 ◇ 「私は、その案には反対です」 アルビオンの首都、ロンディニウム郊外。空軍の工廠ロサイスに停泊しているアルビオン空軍本国艦隊旗艦 『レキシントン号』の下で、一人の男が呟いた。両の手を強く握りしめ、顔は青ざめている。 その男の前に立つのは、アルビオンの皇帝であるオリヴァー・クロムウェル。右隣には秘書のシェフィールド、 左隣にはワルドが立っている。何時もの羽帽子にマントでは無く、右目に眼帯を付け、額にはバンダナを巻いている。 「アルビオンの長い歴史の中で、他国との条約を利用して戦争を起こした例は存在しません。皇帝、貴方は祖国を 裏切るつもりなのですか!」 『レキシントン号』の艤装主任であるサー・ヘンリ・ボーウッドは、脇目も振らず想いをブチまけた。それほどまでに、 クロムウェルが計画した『親善外交の陰謀』は常軌を逸していた。 「口を閉じたまえ、ミスタ・ボーウッド。これは議会と皇帝である私によって決定したのだ、変更する事は出来ない。 それに君は軍人であり、政治家が決めた事に従う義務がある。それとも何かね、君は文民統制を破る気かな?」 指揮系統の最高位に存在するクロムウェルにそう言われ、ボーウッドは肩を落とした。 祖国の忠実なる番犬が飼い主に牙を向ける事は、決して許されない。 「アルビオンは、卑劣な条約破りの国として認知される事になります・・・それでも良いのですか?」 クロムウェルは微笑みながら答える。 「君が気にする事では無い、軍人はただ黙って命令を遂行するのみだよミスタ・ボーウッド。それに考えてみたまえ、 エルフ達との戦いに勝利し、聖地を奪い返した時・・・些細な外交の問題など、誰も覚えてなどいないよ」 ボーウッドは顔を上げると、クロムウェルにつめよった。 「条約を破り捨てるのが些細な問題ですと、貴方は何を考え・・・うぐッ!?」 突然、背後から首を絞められる。振り向くと、そこにはワルドの姿があった。左腕で首を巻き、右手には サプレッサーが装着されたベレッタM9が握られていた。ボーウッドの頭の上に『!』が現れる。 「う、撃たないでくれ・・・ぐわ!」 バシュッと言う音と共に、ボーウッドは倒れた。だが、撃たれた箇所からの出血は見られない。 「安心しろ、麻酔弾だ」 ワルドはボーウッドを抱きかかえ、近くに置かれているロッカーに放り込んだ。アイドルのポスターが貼られていたが、 気にせず扉を閉める。スライドを引いて、銃に次弾を装填する。ホルスターに戻し、葉巻を銜えた。 「流石は『不可能を可能にする男』だねワルド君、良いセンスだ。いや、ここは『英雄』と言うべきかな?」 拍手をしながら、クロムウェルはワルドに話しかける。 「私は英雄などではありません、ただの傭兵です・・・」 ライターを着火させ、葉巻に火を付ける。 「子爵、君を竜騎兵隊の隊長に任命する。先頭に立って、レキシントン号に乗りたまえ」 「了解だ大佐、任務を続行する」 『大佐』と言う言葉に、クロムウェルは首を傾げる。 「うん、まぁ細かい事は任せるよ。因みにボーウッド君は気にしなくて良い、頑固で融通は効かないが信用は 出来るからね・・・所でワルド君、ちょっと聞きたいんだが」 「なんでしょうか?」 クロムウェルは、ワルドの腰を指差した。そこには細長い布袋がベルトに引っ掛けられている。 バンダナの下の、ワルドの左目が光った。袋の口を開け、中身を取り出す。クロムウェルと横にいるシェフィールドは、 思わず後ずさった。 「あ、貴方・・・なんでそんな物を持ってるの!?」 シェフィールドの悲鳴にも似た問いに対し、ワルドは楽しげな顔で答える。 「これはワニキャップと言う物で、見ての通りワニの形をした帽子だ。水中で装備すると、敵兵などに見つかっても 怪しまれない特性が有る。単なるマヌケアイテムなどと、侮られては困るね」 喋りながらワニの帽子を被るワルドに、二人は揃って引いている。勿論、心情的にだ。クロムウェルはハンカチを 取り出し、額を流れる脂汗を拭いた。 「な、なるほど。確かに、良いアイディアだね・・・マネはしたくないが」 「使い方次第では、有効な武器になるわね・・・マネしたくないけど」 皇帝と秘書がジリジリと、その場から離れていく・・・その時、『ピルルッピルルッ』と言う独特の音が流れだした。 ちょっと失礼、と二人に言い残し、ワルドは左手を耳に当てる。 『私だよ、フーケさ。いきなりで悪いけど、ちょいと体を見てくれない?』 『体?』 目線を下に向けた、足と足の間を。 『今日も元気だな』 『そこじゃ無いよ、バカ!』 フーケの大声に、ワルドは鼓膜の心配をする。 『じゃあ、どこを見れば良いんだ?』 『脚だよ、脚』 視線を脚に移すが、特に変化は無い。 『言い忘れてたけど、アルビオンと違って大陸側にはヒルがいるんだ。知ってた?』 『昼?』 『昼じゃなくてヒル、血を吸う生物のことさ。もし沼や川に入る時が有ったら、虫ジュースを使いな。噛まれた時は、 葉巻をヒルに押し付けるんだよ』 テキパキと対処法が伝えられる。 『うん、まぁ注意する事にしよう』 『そうしておくれよ・・・あぁそうだ、もう一つ聞きたいんだけど』 『なんだ?』 『貴方、タバコ吸ってないかい?』 『煙草は吸ってない、葉巻は吸ってるが・・・それがどうかしたか?』 無線機の向こうで、フーケが溜息を漏らす声が聞こえた。 『煙草は体に悪いって事くらい、貴方も知ってるでしょ。悪い事は言わないから、今の内に禁煙しな』 『官能的とすら言える濃厚な香り、この誘惑からオサラバするのは、辛いものがあるんだが・・・』 『肺ガンになって、この世からオサラバしたいのかい?』 声のトーンを一段下げたフーケの声に、ワルドはビビる。 『分かったよ、これから先はヒルに吸わせる事にしよう』 『そうしな、じゃあ切るよ』 スイッチを切り、無線機を戻す。ポケットからオロシャヒカリダケを取り出し、口に放り込んだ。即座に、バッテリー が回復する。 「失礼しました皇帝、相棒の話が長いもので」 「別に謝る事は無いよ、女の話は長いと言うしね、ハハハ・・・」 適当に返事をしながら、クロムウェルは秘書に流し目を送る。シェフィールドは居住まいを正すと、少し大きな声で ワルドに状況を伝える。 「では子爵には、このままレキシントン号に乗り込んでいただきます。のちほど風竜を連れてきますので、それまで待機を」 「分かりました、では行ってまいります」 雨除けのために巨大な布で覆われた戦艦に、フライの呪文で乗り込んで行く。姿が見えなくなると、皇帝と秘書は 赤レンガで出来た空軍発令所に向かった。ロッカーから鼾を響かせるボーウッドを、その場に残して・・・。 前ページ次ページスナイピング ゼロ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5592.html
戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (46)破滅的な過ち ルイズと教皇が去った後も、依然として場の空気はイザベラとアンリエッタによってその温度を高め続けていた。 話題は政治経済趣味嗜好、ありとあらゆるものに及び、そのことごとくで二人は反発し合う。 そして今―― ついに片方が、その臨界を迎えた。 「おおっと! 手が滑ったぁ!」 ぱしゃっ、という音。 イザベラが目の前にあった、ルイズが飲んでいたグラスを掴み取り、中に入っていた水を、アンリエッタの顔に浴びせかけた音である。 それはアンリエッタが「あなたの服のセンスはちょっと理解できません。青髪に青いドレスは無いと思いますわ」と言った直後のことであった。 一方、水をかけられた側は無言。 顔面に水をお見舞いして満足したのか、ニタニタと笑っているイザベラに対して、アンリエッタは表情も変えていない。 否、変わっていないのではない、それは人形もかくやという無表情。 刹那、迅雷の如き速度でアンリエッタの手が動いた。 「あっと、私も手が滑りましたわ」 抜き打ちのごとく迸った手に握られていたのは、トリステインの王権の象徴。 彼女の魔力の発動体である杖の先から、浴びせかけられた量をはるかに上回る水が吹き出して、イザベラの顔面に直撃した。 水の勢いが収まると、そこには濡れ鼠のようになったイザベラがいた。 「じ……」 誰かが制止するより早く――最も、この場に彼女を止めようとするものもいなかったのだが――イザベラが席を立ち上がった。 「上等だあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 戦いが、始まった。 月光と魔法の明かりに照らし出された、ガリアが誇る花壇庭園は、言葉が無い程に美しかった。 白、赤、紫、色とりどりの花々、月と星とを反射してきらめき揺らめいている池の水、そしてその間を一直線に伸びる、白灰色の石畳。 昔読んだおとぎ話の中に誤って迷い込んでしまったような、そんな不思議な感覚。 自然と人の調和。そこに広がっているのは一つの美の完成形。 幻想的とはこのような光景を言うのだろうと、ルイズはひとりごちた。 「流石はヴェルサルテイル宮殿。これほどの庭園、ハルケギニア中を探しても他にないでしょう」 ルイズの傍らに立つ青年がそう言った。 心ここに非ずという様子でルイズも彼の言葉に無言で頷く。 全く同感であった。 「例え誰かに見つかって、後で叱られることになるとしても、この光景が見られたのならそれで十分でしょう。そうは思いませんか?」 ぼうっとその光景を見入っていたルイズは、その言葉ではっと我に返った。 そう、ここは先ほどまでとは違う。秘密でも何でもない場所なのである。 もしもこのような場所にいることが誰かに見咎められでもしたら、言い訳のしようもない。 あるいは今自分が着ているメイド服から、教皇聖下に頼まれて庭の案内をしているメイドという方便も思いついたが、 トリステインのメイドが、ガリアの宮殿でロマリアの教皇を案内しているというのは、いくらなんでも無理がありすぎるとすぐに気づいた。 「美しいと、そう思いませんか。ミス・ヴァリエール」 「あ、え、っ、はい、そう思います!」 二度目の問いかけ。 考えに没頭して最初の問いかけを無視する形になってしまったことに気がついて、ルイズは顔を林檎のように真っ赤にした。 しかし、教皇はルイズの方を見るでもなく、じっと庭園を見つめながら続けた。 「この庭園は美しい。ここは、この世界の美を集めたような場所です。 この場所には生まれたばかりの風があり、清らかな水があり、生命力に溢れた土があります。きっと、秋が深まれば秋の顔を、冬になれば冬の顔を、春になれば春の顔を、我々に見せてくれるに違いありません。 けれど、それはただそこにあるから美しい訳ではありません。この場にある全てのものは、それぞれ懸命に生きているのです。 だからこそ、生きているからこそ、美しい。生きているということは、ただそれだけで、人を惹きつけてやまないのです」 何かを想い、どこか遠い目をして、語る青年。 いつからか、彼の口から出るものが、普段使いの柔らかなものから、真剣なそれへと変わっていることに、ルイズは気がついていた。 「ミス・ヴァリエール。私はこの世界を、このハルケギニアを、愛しています。ハルケギニアに生きる自然を、人を、生命を、愛しています。だから、私にはこの世界が土足で踏みにじられていく様を、黙ってみているようなことはできません。 ましてや、私に力があるのなら。世界を変える可能性が授けられているのなら、なおさらに」 ザッという音。 風が、吹いた。 夏も終わろうかという頃合い。 秋を予感させる、冷たい空気を乗せた風が、強くルイズ達に吹きつけた。 思わず目を瞑って、顔を押さえようとしたルイズの手を、暖かい誰かの手が取った。 同時、その誰かがルイズの前に立って、風を遮った。 それが誰かなど、一人しかない。 「ミス・ヴァリエール。この無力なわたくしに力をお貸しください」 ルイズは、最初何を言われたのか分からなかった。 『――聖下に、教会の代表者に、 何?』 思考がまとまらない。 だが、時は止まることなく流れる水のように、ルイズの理解を待ってはくれなかった。 「あなたが持つ、始祖の祈祷書を、この私にお貸し下さい」 瞬間、 夢が 醒める。 「……聖下、何をおっしゃっているのか、私には分かりません」 「隠さずとも良いのです。あなたが肌身離さず始祖の祈祷書を持っているのを私は知っています」 その通り。 確かにルイズは始祖の祈祷書を持っている。今も彼女が手にしている鞄の中にそれはある。 だが、だからといって…… 「もしも私がそれを持っていたとしても、それをお貸ししなくてはいけない理由はありません。 始祖の祈祷書はトリステイン王家に伝わる大切な宝物。例え聖下であろうとも、それをみだりにお渡しする訳には参りません」 「もっともです。ですが、私がそれを欲する理由を聞けば、あなたも考えが変わるでしょう」 「理由?」 理由、思いもよらなかった。 そう、欲する以上理由があるはずである。 始祖の祈祷書は、ルイズに何を与えたか、そしてそれ以外の人間に対してはどうであったか。 そこまで思いつけば、あとは勝手に仮説に結びつく。 「まさか……」 「ええ、そのまさかです」 そして、青年は池に向かって膝をつくと、祈るようにして、低く呪文を呟き始めた。 その呪文は知らない。しかし、その調べには覚えがある。 ユル・イル・クォーケン・シル・マリ……。 長く詠唱が続く。 どれだけの時間が過ぎたであろうか。 ルイズには長く感じられたが、それでも時間にして五分ほどであろう。 呪文が完成し、教皇は杖を池へ向けて振り下ろした。 ルイズが見ている前で、月を映し出していた池の表面に波紋が広がっていく。 一瞬、それが光ったかと思うと、次の瞬間、そこには天空にある月ではない、他の何かが映し出されていた。 映し出されたのは見知らぬどこか、ルイズの知らぬ土地が映し出されている。 見えたのは高い、高い……それこそ天まで届いているような、銀の塔。 しかもそれがいくつもいくつも、地上から空を追うように突き出していた。 再び波紋。 それまで映っていたものが途端にかき消えて、元の月の姿だけが、後に残った。 「今のは……」 「分かって貰えましたか? 私もあなたと同じ、虚無の担い手であるということが」 認めない訳には、いかなかった。 風系統の遠見によく似た呪文。しかし、ルイズは今の呪文に、一つの心当たりがあった。 それは始祖の祈祷書の中で見た、一つの呪文。 それに、先ほどの呪文が決して系統呪文などではないことを、ルイズは詠唱の旋律で確信していた。 流石にこの段に至り、ルイズもとぼけることを観念した。 「……分かりました。確かに今の呪文は虚無の系統、聖下は虚無の担い手で、そして私も虚無の担い手であることを認めます」 それに、同じ虚無の担い手を相手にこれ以上、秘密に固執する必要性を感じなかった。 「けれど聖下。既に虚無の呪文を使われる聖下が、何故今更始祖の祈祷書を欲するのですか?」 当然の疑問であり、当たり前の帰結。 ルイズには彼が虚無の魔法の使い手だと分かっても、彼が虚無の魔法の記された祈祷書を欲する訳が分からなかった。 「〝秘宝〟は、〝四の担い手〟を選びません。我らはそういう意味では兄弟なのです」 「つまり、ええと……聖下は始祖の祈祷書を使って、新しい虚無の魔法を習得しようというのですか?」 「その通りです」 彼の回答に、ルイズにはどうにもしっくりこないものを感じた。 「あの……お言葉ですが、聖下も虚無の魔法が使えるのなら、どこかでこの本と同じものをご覧になったのでしょうが……それをまた見れば良いのではないでしょうか?」 その問いかけに、教皇は首を振った。 「いいえ。まずあなたの知識をいくつか訂正しなくてはなりませんね。我々に力を与える始祖の〝秘宝〟は、何も本だけではありません。オルゴールであったり、香炉であったりとその形は様々です。 次に、あなたの指に二つ嵌っているルビーですが、それは鍵となります。〝秘宝〟〝ルビー〟は揃って初めて我々に道を指し示すのです。 わたくしの……ロマリアの〝秘宝〟と〝ルビー〟は、以前に背教者の手で持ち去られ、それ以来行方不明になっておりました。その後、数奇な運命を経て、火のルビーがわたくしの手に戻りましたが、未だ〝秘宝〟は行方知れずのままなのです」 「つまり……聖下が新しい呪文を身につけるためには、この祈祷書が必要だとおっしゃるのですね」 ルイズは内心の動揺を抑えながら、その言葉を紡ぎ出した。 自分の手元にある風・水のルビー、ワルドの手元にある土のルビー。 行方不明だった最後の火のルビー。 どこにあるとも知られなかったそれが教皇の手にあるなど、ルイズは思いもしなかった。 「その通りです。あなたの助けになるために……わたくしは新たな力を手に入れなくてはなりません」 教皇はそう言うと、左手でルイズの方を柔らかく掴んだ。 「ミス・ヴァリエール……いいえ、ミス・ルイズ。あなたが背負う重荷を、このわたくしにも背負わせて下さい。世界のために、あなたのために」 そして彼は肩に置いた手を滑らせて、その頬を撫でた。 思わぬ動作にびくんと驚きを示すルイズをよそに、教皇はその美しい顔を、触れあうほどにルイズの顔に近づけた。 「せ、聖下、何を……」 「ミス・ルイズ。わたくしの目を見て下さい。わたくしの目をのぞき込んで、その奥底を見て、判断して下さい。あなたにとってわたくしが信用に足る人物であるかを」 突然の行動にルイズは頬を染める。 それでも、教皇は真剣なまなざしでルイズを見ていた。 「わっ、わかりました! 聖下を信用いたしますっ! だから、どうか、もう少しお離れ下さい……」 尻つぼみになりながらそのように言うことしか、ルイズにはできなかった。 あるいは、この時にルイズが教皇を拒絶し、押しのけていたならまた違った未来があったかもしれなかった。 だが、これまで陰謀という陰謀から遠ざけられてきたルイズが、教皇ヴィットーリオからその真意をかぎ取ることができなかったことを、誰にも責められようはずも無い。 そういう意味では、過保護に育てたルイズの父ミシェルの、表から裏から庇護していたウルザの、ワルドの、その行為が裏目に出た瞬間だった。 ルイズが逃げるようにその場を立ち去ってから、教皇は庭園の一角に据えてあったベンチに腰掛けて、自分の杖に灯した弱々しい灯りを、始祖の祈祷書を読みふけっていた。 みすぼらしい丁重の一冊の古書。ぼろぼろになった冊子をただ閉じているだけの本。 その中身が始祖ブリミル本人によって書かれたものであることを、教皇は感動と共に実感していた。 虚無の魔法は、使用者にあわせて呪文が開陳される。 彼がページをめくると、いくつかのページが輝きそこの文字が現れた。 それこそが、今の彼に与えられるべき呪文。 そうして三〇分ほども読みふけった頃だろうか。 彼は目的の呪文が書かれたページを見つけた。 「あった……」 彼が指をとめたページ。 そこには中級の中の上のページに書かれていた、一つの呪文があった。 教皇は立ち上がり、呪文を唱え始めた。 静かな庭園に、朗々とした詠唱が響く。 ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ…… それが、何を意味するとも知らず。 ハガス・エオルー・ペオース……。 教皇は、ただ美しく、調べを奏で続ける。 そして、世界は―― 場を辞したルイズであったが、すぐ戻る気にもなれず、不用心なことは分かっていたが少しの時間ならとぶらぶらと中庭を散策した後、部屋へと戻ることにした。 そうして戻ってみると部屋は、 戦場と化していた。 「このっ! このっ! このっ!」 「きゅいきゅい! 楽しいのねっ!」 「くそっ、枕だ! くそっ! シャルロット、新しい枕を寄こせぇっ!」 扉の前で呆然と立ち尽くすルイズ。 その前で繰り広げられる光景は、 1.両手で白い枕を掴んで、イザベラにバシバシと叩き付けているアンリエッタ。 2.両手に一つづつ枕を掴んで、アンリエッタと一緒に枕で嬉しそうにイザベラを叩いている、青髪の娘。 3.ベッドまで追い詰められて、文字通り二人から袋叩きにあっているイザベラ。 ルイズは軽い立ちくらみを感じて、手近にあったテーブルに手をついた。 元々部屋の中心付近にあったそのテーブルには、避難してきたらしいキュルケとタバサが席に着いていた。 足下には無数の枕が落ちている。 「一体、何がどうなってるのよ……?」 「あらルイズ、ハンサムさんとの逢瀬はもう良いの?」 「逢瀬って……そんなことより、一体どうしてこんなことになっているのよっ! 部屋も滅茶苦茶じゃないっ!」 ルイズはちらりとアンリエッタ達をみやった。 アンリエッタは近くに落ちている枕を掴もうともがいているイザベラを、執拗にぼすぼすと叩いていた。 アレには見覚えがある。確かよく小さい頃にやられたような…… 「問題無い」 横合いから、ぽつりと声。 ルイズがそちらを見ると、タバサが本に目を落としたまま、足下に転がっていた枕の一つをむんずと掴んで、三人がいる方に投げつけようとしているところだった。 そのまま砲弾のような勢いで投げつけられる枕。 直後にイザベラらしき声で『ほぎゃっ!』と聞こえたが、タバサは気にしてもいないのか、ただページをめくるだけ。 「ちょっとタバサっ! あんたも止めなくて良いの!? ここはあなたの部屋なんでしょう? それに、あなたこんなところで本なんて読んでいたら……」 ルイズの頭を、意地悪な女王に脅されて、弱みを握られて仕方なく従っているタバサという構図がちらりと横切った。 と、そこで更に横やり。 「あー、それなら大丈夫みたいよ。この子、なんだかんだ、好きで付き合ってるみたいだから、あの女王サマとね」 まるでルイズの考えを読んだように、キュルケが言った。 「そうなの? でも、あの女王はあなたの父上と、母上の……」 「……仲直りした」 「仲直り? でも……」 「その子、それ以上は答えないわよ。自分達にわだかまりは無い、その一点張り。そもそも、私はタバサがガリアの王族だったなんてつい最近知ったんだけど、一体どんな事情でトリステインに居たわけ? あんたはその辺の事情知ってるみたいだけど?」 「それは……」 横目でタバサの顔を伺うルイズ。彼女は別に頓着しないという様子で、視線を降ろしたままだった。 「つまりね……」 ルイズが掻い摘んでタバサの事情を話し始めると、キュルケも興味を引かれたのか身を乗り出した。 そうして、ペルスランから聞いた話をざっと語り終えた頃になると、キュルケは難しそうに額に皺を刻んでいた。 「なるほど、そういう事情だったのね……。そういうことだと、確かに仲直りしたと聞いても、にわかには信じがたいわね」 と、そこで 「色々あった」 再び枕を砲弾のように打ち出しながら、タバサが言った。 その声を聞いて、キュルケはじっとタバサを見た。 そしてそれから大げさに溜息をつくと、優しい声色でルイズに言った。 「まあ、この子がこう言うのなら、本当に色々あったんでしょうよ。ある意味ではあたしや、勿論あんたなんかよりもしっかりした子だから、心配はいらないと思うわ」 「そう……かしら?」 「そうよ。それじゃっ」 言葉の最中で、席を立つキュルケ。 そんなキュルケの突然の動作に驚いて、ルイズは顔を上げて彼女を見た。 キュルケはルイズを見下ろして、にやりと笑って先を続けた。 「私も参加してこようかしらね」 「ちょ、ちょっとキュルケ! 参加って、アレに? 正気?」 「ええ、正気よ。だってほら……、わりと面白そうじゃない」 言われて、ルイズもそちらの方を見やる。 確かに、そこで枕を振り回す三者はそれぞれに、どこか楽しそうに見えた。 ルイズに背中を見せて、枕を片手に歩いていくキュルケ。 「……うん。それじゃ、私も」 言って、足下の枕を掴んでその後に続こうとルイズが立ち上がったその時、 ――――――世界がひるんだ。 同時刻。 トリステインの片田舎、昼間でも薄暗い森の中。 近くにある人里はタルブという名の小さな村だけで、後は森と平原と山があるだけの、そんな僻地。 そこにフードを目深に被った女がいた。 「本当に大丈夫なの? それにこんな大金……」 彼女の前に立っていた、帽子を被ったブロンド女性が言った。 「大丈夫さ。今回の仕事はバックが大物で、その分実入りも大きい、ただそれだけのことさ」 「でも……」 「そんなに心配しなくたって、上手くやるよ。お前は何も心配しなくて良いんだ」 そう言って、女はフードを降ろして、ブロンドの少女を抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫だよ……」 優しげに呟いて少女の頭を撫でたのは、女盗賊フーケであった。 「本当に? 本当に大丈夫なのね?」 「ああそうさ。危ないことなんて何一つ無いよ」 「そう……分かったわ」 フーケの言葉を信じて、安心したように少女は呟いて、その体を彼女から話した。 「あのね。マチルダ姉さんの為に、クッキーを焼いたの、今持ってくるからちょっと待ってて」 そう言って少女はその身を翻し、仮の住み処と定めた、うち捨てられた森の『元廃屋』へと走っていった。 フーケが息をつき、近くの木の幹へと背中を預けて暫く待っていると、少女が小走りに戻ってきた。 「お待たせっ!」 軽く息をはずませた少女が手を差し出すと、その上にはハンカチの包みが一つ。 「ああ、ありがとう。悪いね、ありがたく受け取るよ」 フーケがそれを受け取ろうと、 瞬間 駆け抜ける 突然の、衝撃。 ズクンと、腹に響くよう何かが、フーケの体を襲った。 「なっ……、なんだい、これは……」 正体不明の感覚に、さしものフーケも戦慄を隠せない。 そして、彼女の目の前で、少女の手から、包みがこぼれ落ちた。 「? どうし……っ!?」 フーケの前で、少女は頭を抱えて小刻みに震えていた。 両手で頭をつかんで、何かに怯えるように、必死の形相で。 その震えが、次第に、大きく、迫る何かをに、恐怖するように。、 「いや、……いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやああああああああああああああ!!」 そして、 ――――――世界がおののいた。 同時刻 ゲルマニア、ウィンドボナ上空。 浮遊大陸アルビオン、その中枢部。 「それでは閣下、ご武運を」 玉座に深く腰を下ろしたワルドに深々と礼をして、男はその場を辞した。 対するワルドは頬杖を突いて片目をつぶり、一見して思考に没頭しているようであった。 そんな彼に語りかける、虚空からの声一つ。 「本当にあのような男に任せるというのか?」 続いて暗黒の空間に、一人の人間が染み出すようにして現れた。 頑健な肉体、特徴的な眼帯、巌のような顔つき。 歴戦の傭兵、メンヌヴィルである。 「あのような男に総大将がつとまるとは思えん」 ドンと鈍重そうなメイス型の杖を床に降ろす。 「竜殿もそうは思わぬか?」 竜――ここにいない者への問いかけ。 しかし、どこからかそれに対して返事があった。 「興味がわかぬ。我にとってはどうでも良いことだ。」 姿はない。知性と獰猛性を秘めた声だけが、ただ響くのみ。 それを聞いたワルドは、開けていた片目を一度閉じ、それから両目を開いて体を起こした。 「竜殿の言うとおりだ、メンヌヴィル。既に人間同士の殺し合いなど、今となっては必要であるだけで、さして重要ではない。私のやるべきことは、最大の邪魔者であるあの老人を排除すること。 その為には、煩わしい手間は極力省きたいというのが本音だ。そう言う意味では、アレは大いに役に立ってくれる」 「……ふん。お前の頭の中はいつもあの娘とあの老人のことで一杯なのだったな」 「そういう君の頭の中は、火と破壊だけしかつまっていないではないか」 「はっ。違いない」 メンヌヴィルが頬をつり上げて笑った。 「!」 それまで特に気を払っていた様子もなかったワルドの顔が、突然悪鬼のような形相に変わった。 そしてやおら立ち上がると、獰猛な犬が獲物の匂いを探るようにして周囲をぐるりぐるりと見回しはじめた。 「む……」 片腕であるメンヌヴィルでさえ彼の狂態に戦いていることも気にとめず、ワルドはある一つの方角を見つめると、地の底から立ち上る悪霊の呻きのような一声を漏らした。 「馬鹿めっ」 そして、 ――――――世界がたじろいだ。 同時刻 ロマリアの東方、数百リーグの位置。 暗闇の中で、ウルザは三人の人影といた。 「つまり、あなたは我々に協力を求めるというのですか?」 金管楽器の音色を思わせる、透き通った女性の声。体をすっぽりと覆う貫頭衣を纏った女性が言った。 「そうだ」 「自らが悪魔と同じ存在であると分かっていながら、我々におこがましくも協力を求めるとは。ますます度し難い」 しゃがれた老人の声。 同じく貫頭衣であるが、腰を折って手で杖を突いている老人が言った。 「それは感情的な問題だ。現実の問題を前に正しい姿勢とは言い難い」 「あなたは我々エルフ以上に合理的なものの考えをしているようだね、ウルザ」 落ち着いた調子の、聡明そうな青年の声。 前の二人とは違って、三人目の青年はその素顔をさらけ出していた。 金髪をした美しい顔立ちの青年。だが最大の特徴はそんなところにはない、特筆すべきは、その尖った耳。 「そう。これは君たちエルフにも関わる問題のはずだ」 ウルザの前に立つ三人の男女。彼らはこの地に住まうエルフの代表者達であった。 「しかし、それでもあなたの意見に従うことはできない」 青年が言葉を句切り、その後を最初に喋った女が続けた。 「我々は確かに人に比べれば合理的な考えを重要視する種族です。しかし、それでも感情がないわけでありません。私も、我々も、あなたの考えには賛同できない」 そして、最後は老人が締めくくった。 「去るが良い。我々は戦いなどという野蛮な行いは望まない。もしも我々の元に害が及べば戦いを拒否することも無かろう。だが、お前の甘言に惑わされて自ら戦いに赴くなど、あり得ぬことだ」 「……しかし、」 「言葉は覆らぬ。去れ、異邦の悪魔よ」 聞く耳を持たずといった様子の老人を前にして、ウルザはじっと何かを考えるようにしてたたずんだ。 それから、言葉も無く三人の賢者達にその背を向ける。 そうして三歩四歩歩いてから、彼は足を止めて、それを告げた。 「これでも本当に意見は変わらないかな?」 そして、 ――――――世界は恐怖した。 その時、彼の気配に、世界の全てが総毛立った。 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
https://w.atwiki.jp/mitamond/pages/898.html
か ガイコツ丸 慨世 壊帝ユガ 楓(月華) 火炎(影丸) 顔なしカワウソ 嘉神慎之介 かがり 神楽衆 「影」 筧十蔵 影一族 影丸(影丸) 影夢平四郎 陰流忍者 かげろう(影丸) 陽炎(獣兵衛) 蜻蛉 かげろう霞丸 かげろうの黒八 風間火月 風間蒼月 風祭澳継 風間葉月 風見の笛 果心居士 果心居士(無限)? 霞打ちの松吉 霞谷七人衆 霞の伊三次 霞梅月 ガダマーの宝珠 片目(影丸) 片山伯耆守? 葛城衆? 加藤段蔵 金井半兵衛 七坐灰人 蟹(綺堂) 鐘巻自斎? 花音 花諷院骸羅 花諷院和狆 兜(綺堂) カマキリガラン ガマ法師 上泉伊勢守 画猫道人 神夷京士浪 賀茂源助? 機巧おちゃ麻呂? カラクリ城 カラクリ磐馬 ガラシア祈祷書 「鴉」 鴉(からす) 烏左近 鴉羽根 ガリヴァー 雁杉野坊 狩又貞義 ガルーダ? ガルフォード 牙狼忍軍 川上新夜? がわっぱ カワハギ 寒月斎 神崎十三 勘助(影丸) 岩石入道 巖陀羅 頑鉄 岩鉄 ガンリュウ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6845.html
アルビオン ニューカッスル 地下 「ふっ、本当にあるとはね。この城に始祖のお宝・・・オルゴール、祈祷書、香炉か・・・微妙にしょっぱいわねぇ・・・」 「それにしても本当に立派な内装だわ」 切捨てごめーん! 骸骨男がフーケの後ろから切りかかる ザシュ 「ククク、始祖の秘宝に誘われてのこのこやってきたかこの愚か者めっ!」 刀を舐めながら 「あんなもんはうそっぱちよ!ここに来た人間はこの妖刀デルフリンガーいけにえになる運命なのだ!黙って斬らせろ!」 「キエーーーーーーーーーーーーーーーーーー」 「っきゃ」 微妙に少女っぽい悲鳴をあげこけるフーケ なぜかパンツが見えている 「うひゃひゃひゃひゃ」 なんとか間一髪で白刃どり うりゃー と気合で刀ごと倒す 「なんだたいしたことないじゃないか」 素で倒せると思ったが 何故か天井から逆さまに顔を出し、フーケの攻撃を防ぐ謎の骸骨二号 「ご無事ですか殿!」 ”殿” ”ウェールズ” しゅた 「そして引っ込むのか!」 そして ぞろぞろ出てくる骸骨量産型 おわり
https://w.atwiki.jp/mamono_kurasu/pages/85.html
使用アイテム 吸収時の効果 備考 始祖の祈祷書 世界扉やイリュージョン、加速、エクスプロージョン、etcのうち二つ選択 完成してから吸収ならさらに強化 時魔法の魔道書 時を操る魔法を習得 スナップドラゴンの書 味方一人を武器に変える魔法を習得 固有時制御の巻物 固有時制御を覚える、コストは軽減される ウス異本 次元魔法を覚える 宇宙CQCの指南書 カオスになる dies irae 使用すると・・・ マックスウェルの魔道書 文字を使った魔法を習得 悟りの書 全体にデバフ無効を張れる レメゲトン 召喚に適正を持つ、悪魔の使役には一日の長がある R'lyeh Text 水神の力を得ることができる セラエノ断章 ハスターの力の片鱗を持っている 悪魔全書 悪魔を対価と引き換えに召喚できる 黒の聖書 洗脳のBSを中心に習得 この中から3個の魔道書を選んでリインフォースを形作ります、似たような能力の魔道書を選べば その魔導が強力になります、また、始祖の魔道書のような多くの魔導がある場合そこから更に 二つ選ぶことになります
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/535.html
前へ / トップへ / 次へ アルビオンの首都、ロンディニウム。 その郊外にロサイムという町がある。王立空軍の工廠として有名な町である。巨大な煙突立ち並ぶ製鉄所、広大な木材置き場、 兵器工廠……ハルケギニア最強を唄われるアルビオン空軍の要である、ということはすなわちアルビオンの生命線であるというこ とでもある。 そこにひときわ目立つ大きな建物がある。空軍の発令所だ。かつて王立空軍の頭脳であったこの建物も、戦争終結によりレコン・ キスタに占有されてしまい、今は三色旗が翻っている。さらにひときわ異彩を放つのが、テントに覆われた巨大戦艦だ。レコン・キスタ は鹵獲した戦艦「レキシントン」を改装中なのである。 現在、ロサイムの町は完全封鎖体制、戒厳令の真っ只中にあった。 通りを歩くのは巡回する警備兵のみである。 その警備兵を見ていると妙なことに気づく。表情に生気がないというか、顔が妙に青白いのである。しかも、このハルケギニアでは ありえないことに、機関銃らしきものを首からぶら下げているではないか。 警備兵の動きをさらによく見ていると、ある建物を中心にして警戒していることがわかるだろう。それは見た目何の変哲もない建物 である。もともと空軍の戦艦の整備を担当していた、この街ではごくありふれた工房の一つに過ぎない。 中に入っても、兵士がただならぬ様子で詰めていることを除けば、ただの工房にしか見えないだろう。だが、その工房の地下が問題 であった。工房の地下室にエレベーターが隠されている。そのエレベーターは地下50mにあって、水爆の直撃にも耐え切れるだけの 防御力をほこる秘密基地へと繋がっていた。 すなわち、この工房はヨミの秘密基地への入り口の一つであった。 現在その秘密基地はフル稼働中である。何かの胴体を思わせるものが次々と運ばれてくる。装甲にスクウェア級のメイジが数人 がかりで固定化の魔法をかけている。見たこともない複雑な回路が運ばれてきては、竜の頭部を思わせるもの、人間の頭を模した ようなものにつけられている。 「なんとも大きく、頼もしいものですな。これが完成した暁には、さすがの3つのしもべも敵ではないでしょう。」 アルビオンの新たなる指導者の地位に着いた、オリヴァー・クロムウェル皇帝は、供の者を引きつれその工事を遠方からはるばる やって来た1人の男に誇らしげに解説していた。 黒い、緩やかな衣に身を纏った男。顔の真ん中にX印の傷痕が残っている。黒く長いあごひげを蓄え、眼光は稲光のようである。 ヨミだ。 「とうとうV2計画も大詰めだ。このぶんだと、あとひとつきもあれば、計画は完了するだろう。」 満足げに工房を見学するヨミ。その顔には自信と余裕がみなぎっている。 「V2計画の進捗状況については、満足できるものであった。あとはトリステイン攻略についてだが…」 「それは、このあとの会議にて報告させていただきます。」 まるで中国人のように礼をとるクロムウェルに「うむ。」と返すヨミ。アルビオンでは、普通このように拳と掌を合わせるような礼をとる ことはない。いったい、なぜ。 「それではV2作戦の状況、およびA計画についての報告、血笑烏作戦についての会議を行う」 ヨミがおごそかに宣告し、着席する。クロムウェルが威厳に満ちたようすで続く。他の人間も次々に着席する。 クロムウェルの背後にはフーケと、ペド、そして幾人かの姿がある。中にはフードを目深にかぶった人間も。 クロムウェルが、「まずはV2計画の進捗状況について説明いたします。」と起立し、挨拶をする。技術主任、と呼ばれた男が前に 出て、モニターを示しながら説明を始める。 「V2作戦はご存知の通り、ロプロス計画を発展させた計画であります。」 映像が移り変わる。そこにかつてロプロス計画によって生産され、バビル2世と3つのしもべを苦しめたV号が映し出された。 「V号はみなさまご存知の通り、ロプロスと互角の力を持っています。ごらんのようにロプロスの体当たりにびくともせず、ポセイドンの レーザー光線をも受けつけません。」 さらに切り替わり、しもべの攻撃をものともせぬ姿があらわれる。 「さらに頭部から超高熱線を放ち、ポセイドンを尻尾で子ども扱いします。腹部からは爆弾を投下でき、サルダン国はじめ周辺国に 多大な成果を与えました。ですが……」 さらに場面は切りかえって、苦しむ搭乗員の姿が映し出された。 「ロプロスの超音波振動攻撃により、搭乗員はヨミ様を除き全員気絶。最終的には…」 画面には爆発炎上を起こすV号。 「爆弾投下口をレーザーで狙われ、墜落しバベルの塔に激突しました。また、同じようにここからロデムに進入され、内部のコンピュー ターを狂わされてしまい、最終的には自爆を余儀なくされました。」 おっほん、とセキをする技術主任。 「以上から、我々はV号の弱点であった、『搭乗員』『爆弾投下口』を排除し、簡略化。さらに効果の高かった『超高熱線』『体当たり』 を強化すべく研究に励みました。結果、超高熱線は特殊なマジックアイテムの使用により威力が1.7倍に、体当たりは『固定化』に よって2.8倍にまで上昇しました。このデーターを用い、量産型V号、すなわちV2号ドラゴンの開発に取り組みました…。」 映像は黒色をした、まさにドラゴンというべき機体に移り変わった。頭にはユニコーンのような角があり、顔は猛々しい。 「これは艦船護衛型のFタイプですが、都市攻撃型のBタイプは爆撃も可能です。また、V号の攻撃に加え、魔法の使用により火炎 放射を口から行うこともできます。操縦方法は原則頭部の人工頭脳によって自動操縦によりおこないます。」 以上です、と礼をすると全員が一斉に拍手をする。 「見事だ。」と満足げなヨミ。 「それで、現在までの生産状況は?」 「現在13体が完成済みです。ひとつき後までには、あと5台は可能でしょう。」 「親善訪問へは何体が間に合いそうかね?」とクロムウェル。 「15体はまちがいなく出動可能です。」 ヨミがにやりと嗤う。 「ふっふふ。この世界で恐れるものはバビル2世とそのしもべのみ。だが、これで空のしもべ、ロプロスは問題ではなくなった。よし、 ではサンダーはどうなっている。」 はっ、と会釈しさらに画像を変えさせる技術主任。映し出されたのは、ポセイドンだ。 「これはご存知のように海のしもべポセイドンです。アルビオンはごぞんじのように空に浮かぶ国。他国に侵略しようとすれば、地上に 兵が降りて、その上で都市を制圧する必要があります。空の航路はドラゴンが確保するとして、問題は地上に降りた兵です。いくら 強力な兵隊やメイジであっても、ポセイドンにはおそらく歯が立たないでしょう。」 そこで…とポセイドンの横に巨大ロボットを表示させる。 「ポセイドンに対抗しうるものとして、我々は巨大ロボットの開発を行いました。ただ、現在の我々の技術ではポセイドンを超えるロボット の開発は不可能である、と判断しました。そこで、我々は量産により、多人数でポセイドンに対抗することを考えました。」 ポセイドンの横に映し出されたのは、まるで古代ギリシャの兵隊のような姿をしたロボット。 「さらに空を飛べないポセイドンに対抗すべく、V2号サンダーは風石を装備し、ある程度の飛行能力を持ちます。これはアルビオンの 地形上の理由からも必要な装備でした。風石は30分で交換可能となっており、作戦に備えて現在量産中であります。また、風石は V2号ドラゴンにも装備されており、移動をジェット噴射、浮遊を風石が行うことで、搭乗者のいない人工頭脳兵器ならではの、アクロ バティックな動きが可能となっています。攻撃手段は、魔法を利用した全身からの発熱、格闘となっています。」 満足げにヨミが頷いた。 「これでポセイドンも問題外となった。あとはロデムだが、ロデムもサンダーで充分に対抗できるだろう。そのために発熱機能を持た せたようなものだからな。」 「次はA計画についてクロムウェルから発表します。」 立ち上がり、技術主任と入れ替わってモニターの傍に立つクロムウェル。 「おほん。さて、A計画、すなわちアルビオン奪取計画ですが、王党派の駆逐に完全に成功したものの、いくつかの問題が出てい ます。」 「最後の攻防戦で我々に多大な被害が出ているというあれか」 「はい。200ばかりの兵が篭るニューカッスルの城を、念を入れて5万の兵で攻め立てました。しかし、連中は火薬を用いて城を爆破、 そのどさくさにまぎれて脱出し、亡命政権を作りました。公式には我々は王党派が最後まで抵抗したため、こちらにも甚大な被害が 出たとしています。そのため連中を無視していますが、こちらに工作活動を行っているという情報もあり、多少手を焼いています。 が、内部の不穏分子の粛清も進んでおりますので問題はないかと。」 「問題はない?」 ピクリ、とヨミの額が動く。 「問題がなくはないだろう。2万以上の兵がニュー・カッスルでは犠牲になったというではないか。おまけに呂尚も行方不明と聞く。 その上で部下をうしなうような行動はあまり感心できんな。」 クロムウェルの顔が青ざめた。 「で、ですが、ニューカッスル攻略の指揮を執っていた呂尚様はヨミ様から…」 「それはそのとおりだ。ゆえに犠牲に関してはおぬしを責めはしない。だが、犠牲者についてなんの感慨も抱かず、おまけに部下を 殺していることを自慢するような態度は感心できない、ということだ。」 恐縮し縮こまったクロムウェルが応える。 「も、もうしわけありません。今後、改めます…」 だが、クロムウェルの命令は、自分たちの目の上のたんこぶを処分しようとする部下たちに無視される形となってしまう。新政権ゆえ の猟官意識が起こした悲劇であった。 「だが、それ以外は完璧と言ってよいできだ。みごとだ。」 ヨミの賞賛に、あっというまに豹変し喜色を浮かべるクロムウェル。 「ありがとうございます。血笑烏作戦にも全力をあげさせていただきます。」 「ではその血笑烏作戦について聞こうか。」 「はい。では続けて説明させていただきます。まずは皆様、この地図をご覧ください。」 モニターにハルケギニアの地図が映し出された。その上に赤線が引いてある。 「これはアルビオン大陸の移動経路を示しています。ご覧の通り、アルビオンは地上に接点がありません。ほぼ唯一の経路というの は、ラ・ロシェールという港町です。ですが、ここは山中にあり、守るに易く攻めるに難しい町です。重要拠点ということもあり、常に 兵が警戒していますし、万一バビル2世がここを守れば我々の被害は甚大となるでしょう。そこで……」 地図が拡大された。ラ・ロシェールのとなり、タルブと描かれた村が映し出された。 「ここ、タルブに部隊を降下させようと考えています。ここは広大な草原が広がっており、身を隠す場所はなく、攻めるにたやすいと いえるでしょう。また目的地のラ・ロシェールにほど近く、この村を占拠し、地上と空からラ・ロシェールを攻め落とすのが、作戦の おおまかな概要です。」 「本来ならばSBC基地からラ・ロシェールに打って出、空との2面作戦をする予定であったな。」 「はっ。ですが、ご存知のようにSBC基地はバビル2世によって完全に破壊されました。そのための作戦変更です。トリステインは 始祖の祈祷書もあり、ハルケギニア進行においても重要な場所にあります。GR計画のためにも、ぜひとも落とさなくてはいけません。」 「またしてもバビル2世か。どこまでもわしの前に立ちふさがる男よ。」 だが、と力強くヨミは立ち上がった。 「だが、今回はわしがバビル2世の相手をする。そこで決着をつけてやろう。」 そして指をつきたて、部下に指示をする。 「よいか。バビル2世はおそらくまだこの世界の秘密に気づいていないはずだ。新月の2日前から超能力をなるべく使わせろ。その ために被害がでてもかまわぬ!よいな!」 全員が起立し、ヨミの命令に応えた。 オスマンは王宮から届けられた一冊の本を、ルイズに渡しながら 『どう見ても、まがい物じゃなあ』 と思っていた。なにしろ文字さえ書かれていないのだ。噂には聞いていたが、まさか本当に真っ白と思っていなかったのである。 「これは?」 怪訝そうに本を見つめるルイズ。なんとも言いにくいな、と思うオスマン。 「始祖の祈祷書じゃ。」 「始祖の祈祷書?これが?」 王室に伝わる伝説の書物。国宝のはずだ。わざわざ召喚して、そんなものを渡されルイズは戸惑っていた。 そんなルイズに噛んで含めるように王族の結婚式の作法を説明してやるオスマン。 「というわけで、姫は巫女に、ミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。」 「姫様が?」 「その通りじゃ。巫女は式に備えて、この祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならん。」 そのあと名誉なことだぞ、とルイズは説得されていたが、ちっとも聞いてはいなかった。なにしろ幼いころ共に過ごした姫様が、自分を 式の巫女に選んでくれたのだ断る理由などない。 こうして、ルイズはゲルマニア皇帝とアンリエッタ王女との結婚式の巫女役に選ばれ、始祖の祈祷書を手に入れたのであった。 「始祖の祈祷書だって?」 自分の頬をつねるバビル2世。夢ではないかと思った。なにしろ、デルフリンガーを脅して得た情報によると、虚無の魔法を目覚め させるのに始祖の祈祷書とやらが必要だと知っていたからだ。その本が、よりによって虚無の魔法使いかもしれない少女の手に 握られているのだから。 「そうよ。王女様の結婚式で、わたしは巫女役になって詔を読み上げるの。それに必要ってわけよ、この本が。」 えっへんと胸を張るルイズ。よほど光栄に感じているのだろう。 「で、その本を読んでみたのかい?」 高鳴る胸を押さえながら聞くバビル2世。さすがにヨミがいる以上、いますぐ帰るわけには行かないが、いずれ帰らなくてはならない。 その鍵が、目の前にあるのだ。 「読んだかいって……言われてもね。」 本をめくってバビル2世に示すルイズ。 「……真っ白?」 「そうよ。前にも説明したでしょ。王室に伝わる祈祷書は真っ白だって。」 やれやれと肩をすくめるルイズ。たしかに、聴いた記憶がある。 「……で、特殊なメガネや道具はなかったのかな」 「この本しか渡されてないわ。」 あっさりバビル2世の希望を打ち砕くルイズ。ガクッとバビル2世は肩を落とした。 まあ、そんなにあっさり都合よくなにもかもうまく行くわけはないか。そう考えて、気をとりなおすことにした。あとでデルフを脅して、 どうやって読むのか聞けばいい。それで読めなければ、贋作ということだろう。 「で、詔を考えなきゃいけないんだけど……」 「ぼくはわからないよ。」 「でしょうね。異世界の人間だし。」 「残月なんかどうだい?」 仮にも王族、仮にももと愛し合った人間。あるいみロマンティックだ。きっといいものを考えてくれるはずだ。 「却下。」 吐き捨てるように却下された。 「あんな色情狂を頼るなんてお断りよ!」 おっぱいフェチはゲラウトヒア。そう、ルイズの目が語っていた。 「なら孔明はどうだい?仮にもブリミルの使い魔だったらしいじゃないか。」 「それなのよね。ブリミル様がどんな人か聞こうと思って聞いていないし、いい機会と思って探したんだけど……」 首を振って応えるルイズ。 「どこにもいないのかい?」 「そうなのよ。あのヒゲ親父、また街をほっつき歩いてるのかしら…」 ブツブツ文句をたれるルイズ。おそらく情報収集をしているのだろう、と思いバビル2世もとやかく言わなかった。 「……コウメイ様。ウェールズさまがよこしてくれた、平民のあなただからこそ言います。」 ここはトリスタニアの王城。アンリエッタの私室である。アンリエッタは、ここ最近何度も孔明を極秘裏に召喚していた。 「わたしはもう、魔法を使う人間が信用できなくなってきています…」 悲しそうに、アンリエッタは言う。自分が使者として選んだ人間がよりによって裏切り者で、しかも愛するウェールズを殺したと思って いるのだ。かなり、ショックだったのだろう。 「しかし、この国は始祖ブリミルから伝わるメイジの国。わたしの周りの信頼できる人間は、みなメイジ。そんなかたがたにメイジは 信用できない、などと誰がいえましょうか。」 その言葉を黙って聞いている孔明。これまでは、孔明に話す内容は全て雑談か、ルイズたちの様子ぐらいであった。何度目かの招き で、ようやく信頼できると確信したのだろう。アンリエッタは本音を話し出している。 「私は今、平民を貴族に上げようとすら考えています。それならば一気に悩みが解決いたします。しかし、理由もなく貴族の列に加え ては、メイジたちの反発は必至……。なにか、良い方法はないでしょうか……。」 にっこりと嗤い、孔明は頷いた。 「私のような人間に、そこまで打ち明けていただけるとは、恐悦至極。この孔明でよければ、ぜひお力添えにならせていただきます ぞ。」 優雅に一礼する孔明。 「ですが、まずは貴族に上げるに足る人材を見つけることが先決ではないですかな?すでに、心当たりはあおりかな?」 「……いえ、それは……」 ふむ、と首を斜めにしてアンリエッタをジッと見る孔明。やがて、口を開いて 「よろしい。この孔明、全力を挙げて貴族にするに足る人材を在野から見出してきましょう。その上で、アンリエッタ様自身が、自らの 目で、己が信用できるか否か、お試しくだされ。」 「そうして、いただけますか?」 はい、と答える孔明。 「また、貴族に素直にあげるに足る機会の件もなんとかいたしましょう。」 アンリエッタは、素直に頼もしさを感じていた。やはりウェールズ様がよこしてくださったお方だわ。と感激さえしていた。 簡単に騙されやすい王女様であった。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/859.html
衝撃! その名は『ヨシェナヴェ』 翌朝になって、コルベールはさっそく竜の羽衣を学院へ移送するため、竜騎士隊に大金を払う約束をして運び出してもらった。 ついでにコルベールも竜騎士隊に付き添って一緒に学院へ帰るらしい。 曰く、シルフィードの背中を軽くして上げようと思ったらしい。 承太郎達は、お昼にシエスタ特製のヨシェナヴェを食べてから帰る予定だ。 コルベールもヨシェナヴェを食べたがっていたが、今は一刻も早く竜の羽衣を持ち帰って研究したい事と、シエスタが休暇を終えて学院に帰ってくればいつでも作れるという事で納得した。 こうしてコルベールは竜騎士隊と一緒に竜の羽衣を持ってタルブの村を去る。 残ったルイズ達は、授業をサボって得た休息を満喫していた。 タバサは承太郎をピクニックに誘って怪しまれ断られ部屋で読書をしている。 キュルケは承太郎をデートに誘って断られてやる事がないから読書をしている。 ギーシュは人気の無い森に行って花びらやワルキューレを出して特訓している。 シルフィードはのん気に草原でゴロゴロして遊んでいる。 ルイズはシルフィードが遊んでる姿を見てぼんやりしていた。 「……はぁっ」 思い出すのは、昨日この辺で抱き合ってた二人の姿。 そしてシエスタの告白。 慌てて逃げ出してしまったため、承太郎が何と答えたのかは聞いていない。 昨晩遅くにシエスタの家に戻ったから、どちらとも顔を合わせてない。 今朝はわざと寝坊してみんなと朝食の時間をずらした。 二人を避けてここまで来て、今は暇をもてあましている。 「どうしたものかしら……」 何気なくルイズは始祖の祈祷書を開いた。詔を早く考えねばならない。 しかし祈祷書の中身が真っ白なように、ルイズの頭も真っ白だった。 何も思い浮かばない。全然さっぱりちっとも微塵もだ。 「……はぁっ」 何度目かの溜め息をついた時、ちょっと強めの風が吹いた。 パラパラと祈祷書のページがめくれる。どこもかしこも真っ白け。 ぼんやりとそれを見ている。 文字。 パラパラと祈祷書のページが表紙の部分までめくれた。 「……あれ?」 さっき、風でめくれる祈祷書の中に、何か書いてあったような気がした。 文字、だったと思う。多分。 ルイズは慌ててページをめくった。 文字が書いてあったのはどのあたりだったか? 解らないため一ページずつしっかりじっくり確認していく。 けれど結局文字を見つける事はできなかった。 「……気のせい…………? 寝不足なのかな」 昨晩はなかなか寝つけなかった。朝余分に寝たけど、眠り足りなかったのか? 試しに目を閉じてうつむいてみたけど、特に眠気は感じない。 でも、こうしていると頬を撫でる風がとても心地よく思えて、しばしルイズは日光のぬくもりと草木の香りに身をゆだねる。 何もかも忘れて真っ白になれるような、そんな安らぎ。 でも。 「あ、ミス・ヴァリエール。おはようございます」 目を開けて振り返ると、かごを持った私服姿のシエスタ。 「お、おはよう」 やばい、声がムッチャ震えてる。動揺丸出し。平民相手に、何でこんな。 「お加減でも悪いんですか? 顔色が悪いように見えますが……」 「なな、何でもない。何でも」 やばい、顔にも出てた。ルイズは慌てて草原へと視線を戻す。 シルフィードが仰向けに寝転がってこっちを見ていた。 こっち見んな。 「……あの、私、ミス・ヴァリエールに何か粗相をしたのでしょうか?」 「どどど、どうしてそう思うの?」 「気のせいかもしれませんけど、何だか避けられてるように……。 あ、申し訳ありません! 失礼な事を言ってしまって」 「別に、かか、構わないわ。それと、避けてないから。偶然だから」 「ホッ、よかったです」 「そそそそれよりあんた、ここ、こんな場所で、何してんのよ?」 「ヨシェナヴェの材料を集めてるんです。野山にある山菜も使いますから」 「そ、そう。ちゃんと綺麗に洗ってから料理しなさいよ?」 「もちろんです。多分、ジョータローさんにお出しする、最後の料理ですから」 「えっ」 もう一度、振り返る。 シエスタは今にも泣き出しそうな表情だった。 しかしルイズの視線を感じたシエスタは、すぐ笑顔を作って誤魔化した。 日食はほんの数日後。 シエスタは休暇をタルブの村ですごす。 つまり今日学院に帰る承太郎が、もし元の世界に帰ったら。 そしてシエスタの反応から、あの告白の返事が、シエスタにとって幸せなものではなかったのではと考える。 「……ねえ、もしジョータローが帰っちゃったら、どうする?」 「待ちます。この世界で、いつまでも」 「そう」 今、ルイズがシエスタに対して抱いているのは――共感、だった。 胸に穴が空いたような気分になって、そこからモヤモヤした気持ちは抜けていったが、とても寒く感じた。とても。 お昼になると、シエスタ宅のリビングに貴族一行+使い魔が集合していた。 テーブルには熱々のヨシェナヴェがおいしそうな香りを漂わせている。 「さあ皆さん、腕によりをかけて作りましたので、どうぞご賞味ください」 シエスタが自信満々に言い、ギーシュの期待は高まった。 「いやあ、楽しみにしてたよ。何せ、君達の作る料理は絶品だからね! 食堂に出される料理とは比べ物にならない!」 「しかもこいつは俺の故郷の料理だぜ。正確には寄せ鍋っていうんだがな」 承太郎も祖国の料理を味わえるとあって嬉しげだ。 キュルケも承太郎の祖国の料理なら、と期待を高まらせた。 タバサはすでに臨戦態勢だ。 ルイズも、この料理はよく味わって、感謝して食べようと思った。 そして皆は鍋の中身をおわんによそい、息を吹きかけて冷ましながら食べる。 「あら、本当においしい。ハーブの使い方が独特ね。この肉は何?」 「野うさぎのお肉です」 「うさぎ? へえ、こんなにおいしかったのね。味が染み込んでるからかしら?」 キュルケはご満悦らしく、満面の笑顔を浮かべた。 ギーシュは当然というか舌を火傷しそうな勢いで食べている。 「ホフッ、ホフッ。この熱々なのがまた、ンま~い! おかわり!」 一番乗りでおかわりをして、シエスタが嬉しそうによそう。 ルイズも材料はこの世界の物なれど異世界の調理法で作られた鍋の味に舌鼓。 おいしそうに具を頬張り、そして、独特の苦味を感じて「ん?」とおわんを見る。 緑色の葉が入っている。 色んな味が染み込んでいて、覚えのあるその味が何なのかすぐには思い出せなかった。 しかしタバサはそれに気づき、ハッと承太郎を見た。ゴッツ見た。 睨んだとか凝視とか視線で射抜くとかそんな勢いで。 承太郎は一言も喋らず、しかししっかりと料理を味わいスープまで飲みながら、 ギーシュに続いてのおかわりを自分ですくい――緑色の菜っ葉が混じり――。 「どうですか? ジョータローさんの故郷の味と違ったりしませんか?」 シエスタが訊ねる。承太郎が答える。 「具が違うから、そのままとはいかねーが、こいつぁうまいぜ。 故郷で食うよりもずっとな。こんなうまい鍋は初めてだ」 「まあ! よかった、喜んでもらえて」 シエスタの笑みに釣られて、承太郎も微笑を浮かべた。 そしてその希少価値の高い微笑の唇に、スプーンが具を運ぶ。 緑色の葉が入っている。 タバサは、さすがにこれでヤられたら熱いと思い、避ける準備をする。 だが。 「シエスタ、この緑の野菜は何だ? 独特の苦味が利いててうまいぜ」 「あ、それははしばみ草です。ジョータローさん、苦いのお好きみたいですから」 ス タ ー プ ラ チ ナ ・ ザ ・ ワ ー ル ド !! ド―――――z______ン 時 は 止 ま る。 その時、確かに時は止まった。 しかし時の止まった世界の中を、みんな普通に動いていた。 例外は一人、タバサのみ。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ 世界の時が止まったというよりは、むしろ彼女のみの時が止まったと表現するべきか。 彼女は信じられない光景を見て茫然自失と化していた。 そして続く言葉を聞く。 「はしばみ草……? こいつぁたまげた、料理次第でこんなにうまくなるとはな」 「え? もしかしてジョータローさん、はしばみ草は苦手でしたか?」 「ああ、だがシエスタの寄せ鍋だけは別だぜ」 「えへへ、ありがとうございます」 遠くで声が聞こえる。 ――独特の苦味が利いててうまいぜ。 ――はしばみ草……? こいつぁたまげた、料理次第でこんなにうまくなるとはな。 ――シエスタの寄せ鍋だけは別だぜ。 馬鹿な、そんな馬鹿な。 彼にそう言わせるのは、自分だ。自分だったはずだ。 そのために日夜研究し、彼のために改良を重ねてきたというのに。 完成したのに。 タバ茶七号。 私の、最高傑作。 その瞬間、タバサのマントから小さな水筒が落ち――彼女の時は動き出した。 「あら? タバサ、何か落としたわよ」 隣の席に座っていたキュルケが水筒を拾う。 当然、水筒の落ちた音はみんな聞いていたため、視線はそこに集中する。 当然、承太郎も。 「タバサ? どうしたのよ」 水筒を差し出すキュルケだが、タバサは受け取ろうとせず、乱暴に鍋をあさってはしばみ草を自分のおわんによそう。 そして食す。 はしばみ草の苦味と、他の様々な食材の味が見事に溶け合っている。 それはまさに異界の叡智が生み出した鍋料理に込められた魂そのもの! ――浦木少尉! 俺に構わず行け、日食に飛び込むんだ! タバサは戦友の身を案じる兵士の姿を見た。 ――俺は、生きる! 生きて、アイナと添い遂げる! タバサは恐怖を乗り越え愛を叫ぶ男の姿を見た。 ――勇気ある誓いと共に進め。 タバサは幼い勇者に未来を託し神話となった勇者の姿を見た。 「タバサ?」 はしばみ草を食べて固まる親友を見て、キュルケは不安になる。 承太郎やルイズ達も妙に思ってタバサを見ている。 タバサは、震えていた。 「あ、あの、お口に合いませんでしたか?」 恐る恐るシエスタが訊ねると、タバサは席を立ってシエスタに向かった。 彼女にとってギーシュの次に交流のある貴族がタバサだが、無口で無表情で承太郎以上に何を考えているのかよく解らない相手だ。 そんなタバサが、なぜ自分に向かってくるのか? 不安に駆られるシエスタの手を、タバサがギュッと握りしめた。 「私の負け」 「え?」 負けって、何の話ですかとシエスタは疑問に思った。 「あなたの勝ち」 親友のキュルケも、今回のタバサの行動はさっぱり理解できなかった。 しかし承太郎は何となく理由を察し「やれやれだぜ」と呟く。 その後、タバサは誰よりも一番多くヨシェナヴェをおかわりしたという。 でもはしばみ草は承太郎に多めに取らせるよう動いていたそうな。