約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4363.html
前ページ次ページいぬかみっな使い魔 いぬかみっな使い魔 第19話(実質18話) スカボロー駐留艦隊を下したトリスティン艦隊はアンリエッタの演説の後、 褒美としてスカボロー艦隊司令部から奪った金貨の一部と酒を将兵に配った。 褒美は、元レコンキスタ将兵にも分け与えられ、忠誠を確かなものとした。 交代で兵達を休ませるよう命ずると、アンリエッタは自室に戻る。 今回の演説も恥ずかしかったようだが、日が沈みランプと魔法の明かりで 照らされたアンリエッタは、多少顔色が赤くなっていても目立たない。 「ケータ殿は、こんな事まで計算していたのかしら?」 「さて、私にはわかりかねます。」「きゅ~~?」 アンリエッタの疑問に、律儀に答えるマザリーニだ。 「ケータなら、このくらいの先読みと打算は当然だと思いますわ、姫様。」 ルイズが、得意そうに言った。 「毎回姫様に演説させているのは、士気を上げるためと、兵が姫様への忠誠を 確実にすることと、兵へのご褒美として高貴な王族から直接賞賛を受けるのと、 姫様の場慣れの訓練。今後の大まかな予定を知らしめる、という目的があるかと。 当然、ご褒美の金貨を今与えたのも、計算のうちだと思います。スカボローには 硫黄を買うお金が山ほどあるはずだって最初から言ってました。3回分の ご褒美を1回で済ませられて。アルビオン将兵の買収の意味も持ちますし。」 今頃、出航禁止を言い渡された商人や船長達は、スカボローに運んできた荷物、 スカボローから運び出す荷物、人員名や目的地、期限、など等を書いた書類を 書いていることだろう。ラ・ロシェールで船の出航許可を申請するために 必要だった書類だ。それが異端審問の証拠として使われたことはまだ 伝わっていないはずであり、素直に提出するだろう。その後、黄金並みの 値段で取引される硫黄の商人達から、膨大な量の黄金を搾り取り、船を没収。 他の物資についても没収できるだろう。膨大な戦利品が手に入る。 ある意味、この戦争はすでに勝利したといっても良い。 戦争とはつまるところ経済活動であり、利益が出れば成功なのだ。 膨大な資金と物資、運輸に役立つ船の入手。このまま行けばトリスティンは 今後大きく発展するだろうことは間違いない。 そして、まだ啓太以外に気づいていないことだが、ガリア王ジョゼフの野望を 大いに躓かせてもいた。ジョゼフは高値で硫黄を売りつけると共にレコンキスタへ 購入資金を提供…多くは貸与という形で…することで値段を維持させて来た。 つまりは、儲けから搾り取った税金のかなりをレコンキスタに供給することで 黄金並みの値段で硫黄を売りつけていたのだ。さもなくば、 こんなばかげた高値で硫黄が売れるはずが無いのである。 資金の円還。 その一部を断ち切り、流れる金をトリスティンに回した事により、 ガリア商人達は大いに困り、しばらく後に破産するものも続出することになる。 硫黄で儲けた金は、とうの昔に支払う予定の決まった金であり、 それが滞ることで債務不履行が連鎖する事になったのである。 経済の安定によって国力を増すことで支持を受けてきたジョゼフにとって、 これは実に痛い攻撃であった。戦争資金の調達予定も大幅に狂っていく事になる。 厨房からおやつのプリンが届いたすぐ後にマザリーニは呼ばれて出て行き、 次いでともはねと啓太が戻ってきた。タバサも一緒である。 啓太は自分の執務室(口の堅くて頭のいい武闘員達のたこ部屋)に行っていた。 戻ってくると色々な書類を持っている。 「姫殿下、今マザリーニ枢機卿にも渡しましたが、これがレコンキスタ スカボロー艦隊を取り込むに際しての演説草稿です。ご確認ください。」 「ええ。ケータ殿。プリンが届きましたの、食べながら話しませんか?」 アンリエッタは、書類を受け取るとかわりにプリンを手渡してやった。 「おや、姫殿下じきじきにおやつをいただけるとは、これはうれしい。 味わいも格別でしょうな。何よりの褒美にございます。」 啓太は、わざと大仰にうれしがって見せた。 「! い、いいえ、ただ渡しただけですわ。」 アンリエッタは何かに気づいたようだ。 「はい、シャルロット様。はい、ともはねちゃん。」 「…ありがとう、アンリエッタ様。」 「わ~~い、プリンプリン!」「きゅ~~(俺も分けてくれ)」 タバサが、ほんのりと笑みを浮かべる。ともはねがぴょこぴょこはねる。 ツインテールと尻尾がそれにつれて上下に揺れる。 アンリエッタは、啓太の意図を正確に理解した。こういった些細なことでも、 大きなご褒美になる事があるのだ、と。 「時にケータ殿。今回もスカボロー港でも、伝令を逃がしましたが、 良いのですか? 最初の戦いでは絶対に情報を漏らすな、と厳命しましたのに。」 「良いのです。最初の戦いでは大砲の新戦法を試しました。 それをばらすわけには行かなかった。今回は見せていませんからね。」 そんな戦術論を話しているアンリエッタと啓太である。 一方タバサは、プリンをじっと見つめて考え込んだ。 啓太の袖を引き、一口目を食べようとしていたところに訴えた。 「ご褒美は?」 ルイズ、ともはねのテンションが急降下した。部屋の温度が数度下がる。 「ああ、ゲルマニア竜騎士団攻撃作戦とその後の戦闘のか。1騎捕まえて 1騎落としたんだったよな。規定の金額はもう渡されたはずだけど、 それ以外のご褒美だよな?」 うなずくタバサに、啓太は頭をなでなでしてやった。 タバサは目を細めて気持ちよさそうにしている。 「ああ! ず、ずるいです、ともはねも一杯働いたのにご褒美もらってません! 啓太様と14騎も倒したんですよ! ご褒美ください!」 啓太は、プリンをテーブルに置くと反対の手でともはねの頭をなでてやった。 ともはねも気持ちよさそうに目を細める。 「ケータ! 私は!? 私にもご褒美!」 ルイズも騒ぐ。アンリエッタ王女もうらやましそうに見ている。 「ルイズ。お前は姫殿下の後ろに控えてただけだろ。」 「うっ! そ、それは、でも…」 ルイズは、うんうん悩み始めた。 (「確かに何にもしてない。今の私じゃ、手柄を立てる手段が無いわ。 危険な戦場に来たのに! なんとか、何とか方法を考えないとご褒美が!」) ↑目的が摩り替わってます! 悩むルイズを尻目に、つい、とアンリエッタも頭をさしだした。 少し恥ずかしそうに上目遣いで啓太に訴える。 「あの、私も恥ずかしい演説をがんばったのですから、ご褒美を。」 王族であるために庶民的に甘えた経験が少ないゆえか免疫が無かった故か? アンリエッタは、甘えることにある種目覚めてしまったらしい。 マザリーニを初めとする大人達がいない場所でならいいようだ。 「少しだけですよ?」 啓太は、素直に頭を撫でてやった。 なでなで。なでなで。なでなで。 その手は、順番から言って当然ながらタバサの頭から移動したものであり。 一通り撫でてやった後、タバサがまた啓太の袖を引いた。 「(くいくい)もっと。」 それは、もっと頭を撫でてほしい、というだけの要求だった。 しかし啓太は、さらに別のご褒美がほしい、という意味だと解釈した。 ふと見ると、脇のテーブルにはまだ食べていないプリンが。 「はい、あ~~ん。」 「!! ……(はむ)」 タバサは数瞬悩んだが、啓太の前だとなぜだか素直に甘えられる気分になる。 素直にプリンを食べさせてもらった。当然、ともはねは嫉妬全開である。 「あああああああ!! ずるいずるいずるい!! そんなうらやましいこと、 私だって数えるくらいしかして貰ってないのに! 私も私も私も!」 地団駄踏んでくやしがるともはね。2口ほど食べさせた後、自分でも一口食べた 啓太は、ちょっと困惑した。タバサは、間接キス、と述懐して赤くなっている。 「ともはねにやる分のプリンはもう無いからな。厨房に行ってもらってくるか。」 ともはねの分のプリンを食べさせるのではこの場合ご褒美にならない。 「無かったらどうするんですか!」 「む、そうか、その可能性もあるか。」 「だいたい、プリンならまだあります!」 びしっと指差すともはね。食べかけだが、確かに啓太の手にある。 「これでいいのか? ほら、あ~~ん。」 「わ~~い! あ~~ん!」 実に幸せそうなともはねである。アンリエッタは、さすがにそこまではしない。 それを見ていたルイズは。ついに一大決心をした。 「姫様! ルイズ一生のお願いがあります! どうか、私に始祖の祈祷書を お貸しくださいませ! どうしても、どうしても必要なのです!」 鬼気迫る様子のルイズである。ルイズ達は以前、虚無魔法の呪文書に 心当たりが無いかオスマンに聞き、あっさりと始祖の祈祷書を教えられた。 1冊しかないはずなのに、集めれば図書館が出来るほどハルケギニア中に あると言われるまがい物のどれか一つは本物であり、6000年前、 始祖が神に祈りをささげた際に読みあげた呪文が記されているとされる。 身近なところではトリスティン王家も所蔵している、と。 「ええ、いいですわよ。」 あっさりと、あまりにもあっさりと承諾され、ルイズ達は固まった。 アンリエッタは、部屋の隅にあった作り付けのロッカーから厳重に魔法で 封印された箱を取り出すと、呪文を唱え杖を振った。 蓋が開き、中からものすごく古めかしい1冊の本が出てくる。 「我が王家に伝わる『始祖の祈祷書』です。ガリアの始祖の香炉、アルビオンの 始祖のオルゴール等と並んで始祖に与えられたと伝えられる秘宝です。 わが国では、王族の結婚式で貴族から選ばれた巫女がこの『始祖の祈祷書』 を手に式の詔を読みあげる慣わしになっています。詔を考えるのは、巫女。 ウェールズ皇太子との結婚に尽力してくださるとケータ殿が 請合ってくださったのですもの、早めに考えておきませんとね。 さすがは博学なルイズ、ちゃんとわかっていましたのね。 私も、あなたに巫女になって欲しいと思いますよ。結婚式まで、 『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詔を考えてくださいね。」 現在、出征しているトリスティン貴族の女性でなおかつ処女なのは ルイズだけである。アンリエッタは、その事に思い至ったルイズが、 巫女を志願し、ひいてはウェールズとの結婚に協力しようとしてくれた、 と解釈したようである。 「は、ははは、はい! 誠心誠意、勤めさせていただきます!」 ルイズは、頭がいいだけにそれらの事をすぐ理解し、遅滞無く引き受けた。 が、目的は別にある。失敗魔法で攻撃するという情けない状況を打破し、 強力かつ有益な虚無呪文を習得して活躍し、啓太にご褒美をもらうためである。 なんだか変な目的になってしまっているがルイズは気にしない。 早速ページを繰り出すルイズ。一方啓太は、頭を抱えて聞いた。 「姫殿下。もしかして、ウェールズ皇太子との結婚、最初から狙って 親征いたしたのですか? すぐに結婚式挙げられるようにと持ってきたと。」 「ええ、そうですわ。」 アンリエッタは、澄まして答えた。啓太が自ら動かなくては何も手に入らない、 自分から掴みにいけ、と教えたのである。それを実践したまでだ。 「さ、さすが王族!?」 啓太はうなった。恐るべき学習速度とバイタリティである。 「そういえば、おん年17歳ですでに水のトライアングルでしたな。 それだけの努力もしているわけですか。頭も良く機転も利く。もう10年、 いえ、5年も齢を重ねれば、押しも押されぬ女王となられましょう。」 啓太は、アンリエッタの信用を得て、脇から軍政に口を出して、という心積もり であった。しかし、その予定は大幅に変えたほうが良さそうな気がしてきた。 かわいい顔に似合わず、かなりしたたかだ。 そのときである。 「ひ、姫様。この本、最初から最後まで白紙なんですけど!?」 戸惑いと落胆とやはりそうだったか、という嫌な予想の当たったような声。 ルイズが開いて見せたページは、完全な白紙。パラパラとめくってみせる その他のページも同様だ。総数300Pほどの始祖の祈祷書は、 まがい物と呼ぶのもはばかられるほど出来が悪い…ように見えた。 「ああ、それですの? まあ、仕方ありませんわ。とにかくその 白紙のページを見ながら詔を考える伝統なのですもの。」 「やっぱり、昔からこうなのですか、姫様?」 「ええ。」 二人の会話は、当然の結果を確認するような、そんな調子である。 だが。啓太とともはねは違った。 「くんくん。姫様、これ、触ってみてもいいですか?」 「ふむ。俺も、調べさせて欲しいのですが。」 アンリエッタが許可すると、二人は目を眇めたり瞑想したり匂いをかいだりと 思い思いの方法で本を調べ始めた。アンリエッタもルイズも、 何をしているのかわからずにきょとんとしている。 「一見見えないインクで書かれた書物というものは、実在する。」 タバサが、ポツリともらした。アンリエッタとルイズが、顔を見合わせる。 ディティクトマジックで見えるインクで書いた、アンチョコ。 アンリエッタは、数日前からこれのお世話になりっぱなしである。 旗に書き込んだり盾に書き込んだりして身近において演説する事の なんと多いこと。一見何も書かれていないこの本も同じかもしれない? だとすると、そう簡単に人に見せられない、それなり以上に重要なものとなる。 少なくとも、権威付け用に作ったまがい物なら、もっとそれらしく 体裁を整えるはずである。古代ルーン文字で呪文を書き込む、とか。 ということは。これは。 本 物 なのだろうか? 「強い霊力を感じますね。ページの匂いも、なにか書いてある部分と 素の羊皮紙の部分に分かれてるみたいな匂いです。」 「うん、確かに、かなり強い霊力を感じる。こっちの系統魔法とは違うな。 むしろ陰陽五行系仙術に近い。何かあるのは確かだな。」 啓太は、じっと考え込んだ。法術の呪文を唱え、始祖の祈祷書に霊力 を流し込んでみる。しかし何も起こらなかった。次いで、最大限まで 霊力を高めて霊視をしてみる。その状態で、波長も変えてみる。 「違うな。あぶり出し、なんてものをやったら本が傷む。となると、 場所の条件を満たすか、道具を使うか、あるいは人の条件を満たすか。 それとも複数か? ルイズ、お前が持って、精神力を集中させて見てみろ。 魔法力もこの本に込めてみな。」 いずれも、RPGの一つもやっている連中なら、あるいはファンタジー系の 知識があれば思いついて当然の可能性である。啓太は本物の霊能者である分、 そちら系統の知識は豊富であり、ごくあっさりと方法を考え付いていた。 「わ、わかったわ。」 ルイズは、いわれたとおり精神を集中し、魔力を込めてみる。 それを見ていたアンリエッタが、当然の疑問を呈した。 「なぜ、ルイズに試させるのです?」 「ルイズが、虚無の担い手である可能性が高いから、ですよ。」 「ええ!?」 「今は、何も聞かずにルイズに機会をおあたえくださいますよう、 伏してお願いいたします。可能性は、充分あります。虚無に目覚めれば、 ルイズは大いに姫殿下のお力となりましょう。ですから、今は。」 「え、ええ、もちろん良いですわ。」 そうこうするうちに、ルイズから何の変化も無い、と報告される。 「そうか。ならば、姫殿下。」 「は、はい。」 ただのガラクタと思っていたものが、本物かもしれない、どころかルイズが 虚無の担い手かもしれないと知って、アンリエッタも真剣な表情で答えた。 「この本を公式の行事などで読むよう指示されている場所、それも数千年前から 変わらない伝統の場所にお心当たりは? あるいは、始祖の祈祷書と セットで王家に伝えられているアイテムなどはありますか? 杖とかメガネとか指輪とかペンダントとか。メダルとか。 法衣や帽子もありうるかな。それらとセットなら読めるのかもしれない。」 「私にはわかりません。でも、マザリーニ枢機卿ならば判るかも知れません。」 かくして、マザリーニが戻った後に質問を繰り返した啓太は、 アンリエッタの嵌めていた『水のルビー』を指摘された。 アンリエッタから借りた青い水のルビーをルイズが嵌めて始祖の祈祷書をめくる。 「意識を集中しろ。何がなんでも今読まなければならないと必死になれ。 祈祷書とルビーに魔力を注ぎ込め! 可能性は高い!」 啓太の励ましに、ルイズが意識を集中させて始祖の祈祷書を開く。 1ページ目から、開いていく。 「光? 光が漏れて見える。これは…! 古代ルーン文字? 見える! 見えるわ! 読める、読めるわ!」 「おでれーた。お嬢ちゃん本当に担い手かよ。懐かしいな、その本。」 今の今まで、壁に立てかけられ忘れられていたデルフリンガーがしゃべった。 「あ。そういやお前、ガンダールヴの持ってた剣だったんだよな。 なんでいままで教えてくれなかったんだ?」 「ガンダールヴの剣!?」 「まさか、デルフリンガーですかな!?」 アンリエッタ姫とマザリーニ枢機卿が驚く。 「いやあ、始祖の祈祷書見てから、ずっと思い出そうとがんばってたんだ。 けどよ、何しろ何千年も生きてるからな。忘れてること、 思い出せないことも多いんだ。年寄りなんだから勘弁してくれや。」 「なるほどね。じゃあ、やっぱりこれは本物で。私は、虚無の担い手なのね。 何しろ生き証人が保障してくれるんだもの!」 ルイズが、誇らしげに無い胸を張った。 「待ってください。ミス・ヴァリエールの使い魔はそのオコジョ「きゅ~~!」 でしょう、虚無の担い手ならば使い魔はもっと大きいはずです。ガンダールヴは 1000の軍勢を壊滅させるほどの強さを持っていたとされるのですから、 このように小さくはない「きゅう~~~!!!」はずですよ。なんです、 うるさいですね。ミス・ヴァリエール、使い魔のしつけがなっていませんよ。」 「あの、マザリーニ枢機卿。マロちんの事を悪く言ったら怒って当然かと。」 ルイズが、控えめな声でフォローする。 「そうですね、目の前でオコジョなんていわれたら怒りますよ。」 「マロちんはオコジョじゃなくてムジナです! 強いんですよ!」 ともはねも無い胸を張ってマロちんをフォローする。 その後しばらく、使い魔談義になって話は中断した。マザリーニ枢機卿が 怒ったマロチンに口を封じられるという一場面もあったりした。 そして。 しばらく逡巡した啓太が切り出した。 「しょうがないか。俺が、ルイズの使い魔。伝説のガンダールヴですよ。」 啓太が、左手の手袋を外してルーンを見せる。 「これは!」 「なんと! 古代ルーンでガンダールヴと。」 (ちなみに木などに掘り込む活字体ではなく筆記体である。 イラストやアニメではなぜか活字体であるが原文準拠ということで) 次いで、デルフリンガーを抜いてルーンが光るところを見せる。 アンリエッタとマザリーニが、動かぬ証拠を見せられて驚愕する。 「君は、ガンダールヴだったからあんなにも強かったのか!?」 「幼い頃からの修行にガンダールヴの力を上乗せしたから強いのです。 そこの所は間違えないで戴きたい。努力もなしにそこまで強くはなれませぬ。」 「修行の成果と合わせたからゆえ、ですか?」 アンリエッタが確認する。 「修行修行でろくに遊べず友達もわずかしか出来ず、幼い頃から何度も 死にかけました。姫殿下とて、苦しい修行の末にトライアングルと なったのでございましょう? 才能と努力。それを補助する道具。 様々なものが相乗してこそ、強力な力となるのでございます。 それは国の統治や軍事も同じこと。広いだけの国土では意味が無く、 人多く住み、初めて国土と呼べます。国民が豊かでこそ国力は高くなりますが、 高い技術がなくてはそれを生かせませぬ。そして、国内が割れていては 軍事力を大幅に削がれる事になるため、外征はままなりませぬ。」 アンリエッタは、納得してうなずいた。 マザリーニももっともだとうなずいた。しかし、本題はそこではない。 「虚無に関する人、物、才能がこのように一つ所に集まるとは。 とはいえ、本来虚無とは王家に伝わる力のはず。公爵家とは言え 貴族のミス・ヴァリエールが担い手となるはずが…」 「何をおっしゃいます、枢機卿。ヴァリエール家の初代はトリスティン王家の 姫を守り抜いたからこそ公爵となったのです。その後の1000年で、 何度も王家の血を受け入れています。そもそも公爵家とは王家の血を受けた 強大な貴族もしくは王家の分家に与えられる爵位。資格は充分でしょう。」 「むむ。」 マザリーニは考え込んだ。 王家の正統を示す最高の証拠が、ヴァリエール家という最強の貴族の血に現れた。 これは、下手を打つと王家交代劇にもなりかねない。本来なら、抹殺を考える 必要がある場面である。だが幸い、ヴァリエール嬢は姫、ひいては王家に 非常に好意的だ。これは、むしろヴァリエール嬢とヴァリエール公爵家を 王家に取り込む方向で利用したほうがいいのではないだろうか。 「このように目出度い事は滅多にありませんな。枢機卿として、 そなたに祝福を授けたい。ですがその前に虚無の担い手としての 証立てをする必要があります。始祖の祈祷書を読み、虚無呪文の 習得を行っていただきたい。姫殿下も、よろしゅうございますか?」 「もちろんです!」 「わかりました!」 マザリーニの言葉の裏を知らないアンリエタとルイズは、喜んだ。 「よかったな、ルイズ。皆にもわかるように、声を出して読みあげてくれ。」 「ええ!」 啓太が促すと、満面の笑みを浮かべたルイズは、始祖の祈祷書を開いた。 「序文。(略)全ての物質は、小さき粒より為る。4の系統はその小さな粒に 干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる(略)神は我に更なる力を与えられた。 (略)小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、 (略)我が系統はさら為る小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる (略)零すなわちこれ『虚無』これを読みし者は、我の行いと理想と目標を 受け継ぐ(略)力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。(略) 『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。(略) 詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。(略) 『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。」 ここまで黙って聞いていた一同だが、さすがに聞き捨てなら無い部分である。 「おい!?」 「命を削る!?」 「詠唱が永きにわたるため詠唱中の始祖を守るガンダールヴがいたと されてはおりますが、命を削るほどだったとは。」 「ルイズ、呪文を習得しても絶対に全力で使うなよ。常にセーブして使え。」 「そうですそうです!」「きゅるきゅる!」 「そうですわ、ルイズ。命を削ってまで使うなど、してはなりませぬ。」 「そうですな。そんな使い方は誰も望みませんでしょう。」 「ありがとうございます、姫様、枢機卿、ケータ、ともはね、マロちん。」 ルイズは頭を下げると、音読を再開した。 「選ばれし読み手は、『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ユミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし虚無の呪文を記す。ここまでで後は白紙です。」 「おい!?」 「白紙!?」 「ここまで来て白紙とは、肩透かしにしても酷すぎますな。」 「ルイズ、ちゃんと意識は集中してるのか?」 「そうですそうです!」「きゅるきゅる!」 「そうですわ、ルイズ。もう一度意識を集中して!」 「そうですな、ここまで来た以上呪文の一つも習得しないことには。」 「で、でも、何も書かれていないのです!」 大騒ぎの室内だが、発言していないものが2人。いや、一人と一本。 「必要にならないと読めない、とか?」 「あ、そうだったそうだった。その本は必要な場面にならないと読めねーんだわ。 どんどんページを繰っていきな。今必要とされる呪文が見えるはずだ。 無いなら、虚無を必要としないほどの安泰だってこった。喜びな。」 タバサの呟きとデルフリンガーの助言に、ルイズが猛烈な勢いでページを繰っていく。 「あった! ディスペルマジック!」 啓太とタバサが、目を見開いた。 「「魔法薬の中和!」」 「な、なに!?」 声をそろえた二人に、ルイズがビクリとなって聞いた。 「タバサ。いいな?」 「(無言でコクリ)」 啓太は、アンドバリの指輪について説明する際、『シャルロット姫』について さわりだけ説明したタバサの過去を詳しく話した。 「つまり、タバサの母親を正気に返らせる事が可能な呪文、かもしれない。 だめだとしても、アンドヴァリの指輪で心を操られた人、死体を操られた人を 本来の状態に戻す事が可能って事になる。だとすれば、実に強力な戦力だ。」 一同の意見は、まさにこの状況にふさわしい、ということで一致した。 「よっしゃ、それじゃあ、無駄打ちして寿命を縮めるのもなんだから、 今回は紙に呪文を写すだけにしておけ。序文もな。いずれ、多数の 虚無呪文を習得したら、その呪文を全部書き記して、お前のように 虚無系統だったせいで魔法使いとしてダメ認定された奴らの救済に使おう。 というか、他にも注意書きとか、虚無系統を使うときに共通の確認事項とかは 書いてないのか? 普通、基本として書いてありそうなものだが?」 「書いてないみたいね。まずは、このページを写しますね。」 「ええ。後で見せてね。」 「はい、姫様。」 かくして、ルイズはこの日、ディスペルマジックを習得した。 「タバサ。今すぐお母さんを治療しに戻れないのは許してやってくれ。 戦争中でどうしても戻れないんだ。いや、方法はあるか。 姫様! トリスティン第2艦隊に、シャルロット姫の母君を伴うよう、 急使をお願いいたします! シャルロット姫の母君なら、正気になれば 貴重な戦力となってくれましょう!」 マザリーニ達は直ちに動いた。それを尻目に、啓太はタバサに耳打ちする。 「人をうまく使うコツはこれさ。相手にも利益・利得があると理解させて、 自分のためなんだから自分から協力しなければ、と思わせるのさ。」 そっとウインクすると、タバサは、笑み崩れた。やっと。 やっと、『母』と会える。 「ただ、もしルイズの虚無が、呪文のみで魔法薬には効かないものだったら、 危険な場所に狂った人を呼びつけるだけになる。それでもいいか? 止めるなら今しかない。それと、だめでもルイズを責めてくれるなよ?」 タバサは、数瞬迷った。が…例え無理だったとしても、いまさら 先延ばしに出来るはずが無いほど、親の愛情に飢えていた。 「今、呼んで貰う。ダメでも、責めたりしない。」 「タバサは、いい子だな。」 啓太は、タバサの頭を、優しく撫でてやった。 さて一方。 平賀才人と楽しく通信していたガリア王ジョゼフであるが、何分にも数 日にわたる狩で王宮を開けていた以上、仕事が山積みしている。 ほとんどを家臣に押し付けているとはいえ、やはり仕事はあるのだ。 侍従長が遠慮がちに入室し、一人遊びを見て眉をわずかにしかめた後促した。 「陛下、ロマリアの大使が来て強硬に謁見を求めております。」 「もう夜ではないか? 明日にせい。」 「すでに数日待たせておりまする。とにかくお会いいただきますよう。」 さすがにこれ以上は外野がうるさい。 「サイト。しばし待て。政務が溜まっておってな。3時間ほど後でどうだ? うむ、では、ちと片付けて来るのでな。」 そういって、ジョゼフは人形を置いて部屋を出た。 夜も遅いので、謁見の間ではなく、執務室に通されたロマリア大使は、 「というわけでクロムウェルめはアイテムの力で虚無を装うという冒涜を」 とレコンキスタ首魁オリヴァー・クロムウェルの背教行為を訴え、 「ガリア王国におきましては直ちにアルビオン救援艦隊の派遣を要請いたしたく。 一部義勇兵が傭兵としてアルビオン王党派に参加しているだけで王国としては 何もしていない現状では始祖の教えに対して軽視しているのではと(中略) 後々まずい事になりまする。なにとぞ(後略)」 と派兵を促す。とはいえ、直ちに兵を送るなどガリア王ジョゼフの予定には無い。 共倒れになってくれたほうが面白いのだ。これ以上増援など送ったら、 一方的にレコンキスタ不利となってしまいつまらない結果になる。 送るとしても、もう少し共食いをさせてからだ。 充分かみ合わせた後においしいところで介入し、漁夫の利を得るのが良手だろう。 「国内の不穏分子がうるさいものでな。現状ではすぐには艦隊を動かせぬ。 ご期待に沿えず申し訳ない。」 とつっぱねた。すると今度は、 「では義勇軍をもっと大々的に送られますよう要請いたしまする。 募集を国王公認とし、王国側から告知するだけならなんら問題ないはず。 できれば多少なりとも資金援助や補助金を。また、勝利の暁には称揚を。」 と要求する。 (「さては、勝手に義勇軍として参加したガリア艦隊のフォローか?」) とジョゼフは思い至った。 (「ならばそれらを咎めだてるとちらつかせれば引き下がるか? いや、遠隔地の情報を素早く手に入れた理由を問いただされれば困るか。 背教者の味方をしているのでは、と勘ぐられても困る」) 個人で艦艇まで動かして参加したとなると、相当の大家で、なおかつ ジョゼフに恭順していない連中という事が消去法でわかる。 それらのリストを作れるとなれば、それはそれで面白いかもしれない。 しかも、そやつらの資金や軍備を磨耗させることも出来るだろう。 直ちに王宮から告知をし、功著しいこと明白な者に年金のつかない勲章を与える 事について、ジョゼフは了承し、文書を交わした。 その後も様々な陳情や書類決済等の些事をこなした後、ジョゼフは 私室に戻ってまた才人と通信を始めた。そして。 「ふむ、アンドバリの指輪の噂が瞬く間に広まったと。王党派は明らかに 意図して噂をばら撒いておるわけか。どこから漏れたのか、だな。 そうか、偽情報で動揺を押さえ込んだか? 良くやった。 しかし、一旦広まった疑念はそう簡単には消えぬ。どうなっておる? スキルニルやガーゴイルのように? そこまで分析されておるのか。 しかも、傭兵だけでなく民衆や商人達まで。」 ガリア王ジョゼフは、美髯をしきりにしごいた。 「ロマリアに知られておる以上、向こうでも噂になっておるとは思ったが。 敵もなかなかやるな。いかにして情報が漏れたかな?」 才人は、伝説のアイテムの能力として、誰かが思いついてもおかしくない、 と控えめに述べると共に、ラグドリアン湖周辺で異変が無かったか確かめた。 「ふむ、確かに、最近随分と水量が増えているとは聞いておるが。」 この時点で、タバサが母や親しい使用人、その家族などをトリスタニアに 連れて行った事の情報はヴェルサルテイルに届いていない。 見張りは「鳩小屋に狐が入り込んだ」ために素早い情報伝達手段を失っており、 「シャルロットがラグドリアンの水の精霊を鎮めた」 という情報を馬で連絡所まで届け、そこから早便で届けられている最中だ。 その後、見張りは 「物取りが旧オルレアン邸に入り、人を皆殺しにして財宝を盗み、 (実は豚の血を撒いて荒らして偽装しただけ)死体を湖に沈めたらしい (実は重い石を詰めた麻袋を崖まで引きずって行って跡をつけただけ)」 という情報を届けにまた馬で移動中であったので、タバサの母親についての 情報をジョゼフが知るのは数日後だ。 かくしてジョゼフは、単なる偶然と幸運で啓太の策謀ではないとはいえ、 この時点で後手後手となり、タバサを罰する機会も大金を奪われたことに 抗議する道も閉ざされつつあったのである。 前ページ次ページいぬかみっな使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5188.html
前ページ次ページ蒼い使い魔 翌朝、ルイズは眼をこすりながらゆっくりと起床する、 ここ最近、バージルは朝、ルイズを目覚めさせる仕事すら放棄しているため 自分自身で目覚めなければならないのだった。 ルイズははっとしたように部屋の中を見渡す、そこにはバージルの姿は見えなかった 昨日のバージルの言葉が脳裏をよぎる、 ―俺は魔界へ行く 脳内でその言葉が再生された瞬間ルイズは跳ねるように飛び起きた。 「どこっ!?バージル!どこに行っちゃったの!?」 ルイズはパニック状態になり部屋の中を引っかき回し己が使い魔の名を呼びながら探す、 眼に涙を溜めながらクローゼットの中からベッドの下まで覗き込む、 心臓が早鐘のように高鳴る、呼吸が荒くなるほど胸が苦しい、 「バージルッ…どこよ…どこにいっちゃったのよ…」 部屋の中を散乱させ、部屋の中で崩れ落ちるように座り込む、目から涙がこぼれおちた。 その時、部屋のドアが無遠慮にガチャと音を立てて開かれた、ルイズが驚きその方向をみると、 水桶をもったバージルが姿を現した。 バージルは散らかった部屋の中と半泣きのルイズを何も言わず一瞥し…、小さく溜息を吐くと洗面器へと向かった。 「バージル!!」 ルイズが声を上げバージルのところまで駆け寄り、背中にしがみつく。 「何だ鬱陶しい…」 「何だじゃないわよ!どこに行ってたのよ!心配させてっ!!」 「水を汲みに行っていただけだ。いつものことだろう」 淡々と返すバージルにルイズも冷静さを取り戻す。 水汲みはバージルが自ら行っている数少ない仕事だ、自身の顔を洗うためのついで、ということだが。 そこまで考えがいたった瞬間、ルイズの顔がボンッと音を立てるように真っ赤になり、 跳ねるようにバージルから離れた、 「なっなっなによ!別にあんたがいなくなったことを心配したんじゃないんだから!!」 「朝くらい静かにしろ」 湯気がでるんじゃないかというほど顔を真っ赤にし、喚き散らすルイズに取り合うこともせずさらりと受け流す。 顔を真っ赤にしながらも顔はバージルが戻ってきたという安心感で思わずにやけてしまう。 「…何をニヤけている…気色悪い」 半泣き状態でニヤけるルイズをみて辛辣な感想をバージルが呟く 「何よバカ!あんたのせいでしょ!罰として部屋の片づけをしなさい!いいわね!」 そう言いながら、急いで顔を洗う、冷たい水が涙を洗い流し、火照った顔を冷やす、だが顔は綻んだままだった。 朝、バージルの姿が見えなかっただけでこんなにも取り乱している自分がいる。 なんでこんなにも取り乱したんだろう、アイツとの関係は主人と使い魔…それだけなのに…。 使い魔だから?そうだ…きっとそう…、使い魔なんだから一緒にいてもらわないと困る、私だけの… 顔を拭き、そう思いながらベッドに戻りシーツのカーテンを引き着替えを始める、 着替え終わり、カーテンを開けバージルに話しかける。 「昨日言ってた魔界へ行くって話だけど…私、絶対認めないからね…」 「何故だ?俺が消えて困る奴など居まい、お前とは『一応』使い魔契約をしているが、 俺がこの世界から切り離されればそれも消える筈。お前は新しい使い魔を呼べばいい、それだけのことだろう」 その言葉にルイズの心がズキリと音を立てて痛み出した。 「俺とお前の関係などそんなものだ」 「違う!」 バージル本人の口から出た先ほど頭の中で思っていた主人と使い魔という関係を必死に否定する。 「違うなら、では…何だ?」 「それはっ…!!」 バージルが静かにルイズを見据える、 ルイズは言葉に詰まる、自分で主人と使い魔と思っておきながら それをバージルに言われ必死に否定してしまった。 「とっ!とにかく認めないから!!絶対認めないから!!」 「まだ方法もかかる時間も、分からんというのに…」 再び顔を赤くし喚くルイズを見て、呆れたように小さく溜息を吐くと部屋から出て行ってしまった。 「あいつ…私のこと…そのくらいにしか見てくれてないんだ…」 ルイズは思わず自分の口から出た本心にブンブンと首を振り、バージルを追うように部屋を後にした。 ルイズは朝食を取った後、授業へと出席する、バージルは図書館へ行き、今日も教室にはいない。 そしていつもどおり授業を受けていると、オールド・オスマンからの呼び出しを受けた、 なにか問題でもあったのだろうか?そうハラハラしつつ学院長室の前まで来ていた。 「失礼します」 ルイズは意を決し学園長室の扉をこんこんと叩いた。 「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」 その言葉とともに、軽く深呼吸しドアをあける、 「私をお呼びとお聞きしました」 そんなルイズに緊張を見てとったのかオスマン氏は両手を広げて、立ち上がる。 歓迎の意を体全体を使って表したのだ。 「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れはいやせたかな?思い返すだけでつらかろう。 だが、おぬしたちの活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのだ」 優しい声でいわれて、ルイズの気持ちは幾分か落ち着いた。 「来月にはゲルマニアで無事王女と、ゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した。きみたちのおかげじゃ。胸を張りなさい」 しかし、その言葉に対しては、あまり胸を張れなかった。 アンリエッタとウェールズが愛し合っていたのだと知っている今、姫の望まぬ結婚は素直に喜べない。 「そしてその件なんじゃがの」 オスマンはそう言いながら、一冊の本を手渡す、 「これは……?」 「始祖の祈祷書じゃ」 「始祖の祈祷書?これが……ですか?」 名前ならルイズも聞いた事がある。王室に伝わる伝説の書物である。 といっても、この手の伝説の品によくあるように偽者もいっぱいある。 そして偽者を持つ貴族やら司祭やら王室関係者は誰もが「私の物こそ本物だ!」と主張している。 そんなこんなでトリステイン王国に伝わる始祖の祈祷書も本物かどうか怪しいものだ。 が、それでも国宝である事に代わりはなく、とても大切な物である。 何故そんなものをルイズに渡すのか。オスマンは説明を始めた。 「トリステイン王室の伝統での、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばらなんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」 「は、はぁ(そうなんだ…)」 「そして姫は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫さまが私に?」 オスマン氏が頷く。 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「えっ!?それじゃ、その…わ、わたしが詔を考えるのですか?」 「そうじゃ。もちろん、ある程度の草案は宮中の連中が推敲するから安心しなさい。 伝統はちとめんどくさいもんじゃな。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。 これは大変に名誉なことじゃぞ。王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 姫様の頼みを断るなんて絶対無理!ということでルイズは観念するように頷く、 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズは、オスマン氏の手から『始祖の祈祷書』を受け取った。オスマン氏は笑みを浮かべて、ルイズを見つめた。 「引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 一方バージルは学院の庭の隅のベンチで、これもまた図書館から拝借してきた本を読んでいた。 禁書エリアにまで堂々と入り込み、ブリミルの目指した聖地の奥の地獄門についての文献を漁り片っ端から読んでいるのだ。 「地獄門についてはどれも記されていない… 手掛かりがあるとするならば聖地の遥か東、ロバ・アル・カリイエという名称だけ…か」 バージルが本を読みながらつまらなそうに呟く。 「禁書といってもそんなもんさ、ブリミルは聖地から東のことについてはあまり触れなかったらしいからな」 ベンチに立てかけてあるデルフが声をかける。 「お前が覚えてればすべて解決なんだがな…」 「ハハハ、わりぃ、こればっかりはどうやっても思い出せねーんだ、あんま興味なかったんでな」 ジト目で睨むバージルにカチカチとデルフが音をたてて笑った。 チッっと軽く舌打ちをし、次のページをめくろうとした時に不意に声がかけられた、 「あの、バージルさん」 その声の主は学院のメイド、シエスタであった、手にはトレーを持っている。 「……」 シエスタに視線を向けることなく本を読み続ける、 「えと、何をお読みになってるんですか?」 そういいながら本の中身を覗き込む、その内容をみたシエスタが思い出したように話を切り出した、 「聖地の本ですか、そういえば東方のロバ・アル・カリイエから運ばれたって言われる『お茶』っていう飲み物が届いたんですよ! 今日はそれを御馳走しようと思って持ってきたんです!」 モット伯邸の悪魔達から自分を助け出してくれたバージルに対し、恩義以上のものを感じているシエスタは これがチャンスといわんばかりに、バージルに声をかけてきたのだった。 何しろ、これから声をかけようとしていた矢先にルイズやキュルケ、タバサ達と共にどこかへ外出してしまっていたのだ、 ここで巻き返すためにバージルが一人になる瞬間を狙っていたのかもしれない。 ロバ・アル・カリイエ、その言葉を聞いたバージルが反応し、シエスタの持ってきたトレーに目をやる、 「その…よかったら……飲んでくれますか?」 シエスタはトレーをベンチに置いて、手をもじもじしている。 「頂いておく」 特に気にするでもなく、返事をする。 すると、シエスタの顔がパーッと明るくなる。カップにお茶を入れてバージルに手渡す。 カップの中を見るとそれは深い緑色をしていた。 元は彼の世界にある日本茶である。バージルはそれを口にしてみる… 変わった香りだが悪くない、素朴だが味わい深い渋み、バージルはいたくこの『お茶』を気に入ったようだった。 「どうですか?おいしいですか?」 シエスタがおずおずと聞いてくる、 「悪くない」 そう言いながらカップを差し出す、二杯目が注がれ、またそれを口にする。 「そのロバ・アル・カリイエについて」 バージルが口を開く、 「何か知っていることはあるか?」 「ロバ・アル・カリイエですか?うーん…そうですねぇ…」 シエスタが手を顎にあてて考えるような仕草をとる。 「ブリミル様が最終的に目指したと言われる場所ですよね、 変わったものがたくさんあるって話ですよ、中には異世界につながっているなんて噂も… エルフたちとの行商が細々と行われている…くらいしか…」 「そうか…(やはり、手がかりがあるとすればそこか…)」 そう言いながらバージルは本をパタンと閉じ、空になったカップをシエスタに渡し、立ち上がる。 「また頼む」 「はいっ!」 シエスタの顔が輝く、お茶がバージルのお気に召したようで安心したようだ。 そうにこやかに返事をし、立ち去るバージルを見送った。 バージルが部屋に戻ると、ルイズがベッドの上で寝息を立てていた。 最初は気がつかなかったが、何やら古そうな本を抱えているのが見える、 眠っているルイズの腕から引きはがしそれを手に取り開く、 「………」 部屋の中にページをめくる乾いた音が響く、 「うぅーん…ふぁぁ…あれ?もどってきてたんだ…?」 ルイズが目をこすりながら起きる、 「ふぁ~あ、あ…あれ?始祖の祈祷書は!?」 持っていたはずの本がなくなりルイズは慌てる、国宝の本だ、無くしたらとんでもないことになる。 探しものはバージルが持っていた、静かにページをめくっている、よかった、と安心したその時 バージルが無言で読んでいた本を投げ捨てた、後ろ手で放り投げたにもかかわらず きれいな放物線を描き、ゴミ箱へ吸い込まれていった。 「ばっバカーーーー!!!なにやってんのよー!!!」 「終におかしくなったか?白紙の本に価値はない」 「だからって国宝をゴミ箱に叩き込む奴がいるかーーーーっ!!」 ルイズが絶叫し急ぎゴミ箱から始祖の祈祷書を回収する、よかった、どこも破れてはいない。 「白紙の本が国宝か。作った奴もだが、それを国宝と認定する連中もどうかしているな」 「仕方ないじゃない!これを肌身離さずにっていわれたんだもん!」 そういいながら結婚式の巫女に選ばれ始祖の祈祷書を持ち詔を考えてる事をバージルに説明した。 「でも…あんたの言う通り、国宝としては最悪ね、白紙だなんて…、偽物も多いけど胡散臭さはその中でもダントツよ、きっと」 ルイズが呆れたように言いながらバージルに視線を向ける、バージルは窓の外の二つの月を眺めていた。 「あんたってホント…月を眺めるのが好きね、なにが面白いんだか…」 そう言いながらバージルの横に立ち、月を見上げる、蒼い月と赤い月、二つの月が静かに光を放っていた。 「ねぇ、あの月…」 「………」 「まるであんたとダンテみたいね」 ルイズのその一言にバージルが少し驚いたような表情でルイズを見る。 「…そうだな…」 この世界の二つの月にどこか惹かれていたのは…考えながら二つの月に視線を戻す。 同じだが違う、違うが同じ、時に交錯し時に離れる、二つの月をどこか自分たちに重ねていたのかもしれない。 「こうして月を眺めるのも結構いいかもね…二つの月がどんな闇も祓ってくれる感じがするわ」 ルイズが静かに言う、バージルがフッと静かに笑った。 「お前にしては、気の利いたセリフだな」 「何よ、馬鹿にして…別にいいじゃない」 そう言いながらルイズが頬を膨らませる。 「でも…今日は特別に許してあげるわ」 そう呟きながらルイズはベッドに戻ってゆく、バージルは静かに月を眺め続けていた。 その日、ルイズは夢を見た、 バージルとダンテが共に力を合わせ、醜悪な姿をした悪魔と戦う夢だ。 その悪魔は強大な力を抑えきれず暴走し、二人に襲い掛かる。 ルイズはそれを見ても不思議と怖いとは感じなかった、力を合わせた二人の前に敵などいない、そう思えてしまう。 二人が息を合わせて戦う姿に思わず笑みがこぼれる。 悪魔の体に閻魔刀とリベリオンを打ち込み体内で交錯させ、貫通させる、 バージルがリベリオンを、ダンテが閻魔刀を振い悪魔を斬りつける。 ついに限界が訪れたのか、悪魔が苦しみ出した、 ダンテとバージルが銃を構え、悪魔に狙いをつけた。 「今回だけお前に付き合ってやる」 「"決めゼリフ"を覚えてるか?」 二人がニヤリと笑う 「「JACK POT!」」 二人の魔力が込められた弾丸が放たれ――悪魔を貫く―― ――悪魔は断末魔の悲鳴を残し、消えて―― そこでルイズの夢がさめる。 「なんだ…やっぱり仲良かったんじゃない…。」 少し笑いながらそう呟き、椅子に座り目をつむるバージルを見つめた。 昼休み、ルイズが広場のベンチに腰かけ始祖の祈祷書を開き、詔を考えていたが一向にまとまらず頭を抱えていた。 そこにキュルケが通りかかりルイズに話しかける、 「ハァイ、ルイズ、何やってるの?白紙の本なんか広げちゃって…」 「姫様の結婚式の詔を考えてるのよ、全然考えがまとまらなくって困ってるの」 「へぇ…よくわからないけど、大変そうなのはわかるわ、まぁ、それはそれでおいといて、面白いものを持ってきたわよ」 「面白いもの?」 怪訝な顔をするルイズの前に数枚の地図を広げるキュルケ 「なに?この地図、この本より胡散臭いわよ」 「ずいぶんな言いようねぇ、お宝の地図って話よ、ギーシュが持ってきたの」 「宝の地図?さらに胡散臭くなったわ…」 「まぁまぁ、そんなつれないこと言わないの、面白そうじゃない、ね、探しに行かない?」 「でも詔を…」 「いーのいーの!頭をかかえてたっていい文章は思い浮かばないわよ!気分転換にちょうどいいわ、きっと」 「そうね、じゃあ、ちょっと探してみましょうか」 キュルケの言う通りかもしれない、ここ最近はこれのことで悩みっぱなしだ、きっといいリフレッシュになるだろう。 「決まりね、とタバサも連れて行きましょう、あの子の風竜なら移動も楽だと思うわ、 後、役に立つか分からないけどギーシュも、これ持ってきてくれたのアイツだしね」 「そうね、じゃ、探しに行きましょ、多分図書館かしらね?」 そう言いながら立ち上がり二人は本塔へと向かった。 「おかしいわね、図書館にいると思ったのに、あの子ったらどこにいったのかしら?」 本塔から出てきた二人は首をかしげながら歩いていた、どうやら探し人はいなかったようだ、 さてどこにいるのだろう、と考えながらあたりを見渡す、すると視界に見知った姿が入り込んだ 二人の探し人、タバサだった。 「あ、こんなところにいたのねタバッ…!?」 声を掛けようとするルイズをキュルケが物陰に引っ張り込む 「ちょっと!何するのよ!」 「いいから静かに!ほら!タバサが他の誰かと一緒にいるのよ!こんなの珍しすぎるわ!」 キュルケがいつになく興奮した様子で小声でまくしたてる。 テーブルを挟むようにタバサともう一人が椅子に座り何やら本を読んでいる。 「確かに…タバサがあんた意外と二人きりなんて見たことないわ…」 そう言いながら二人は物陰からそっとその場を覗き込む、 そして思わず言葉を失った。 タバサと仲良く(?)本を読んでいたのはルイズの使い魔のバージルだった。 「ああああああああの馬鹿犬ぅぅぅぅ!!!私をほったらかしてなんでタバサなんかとぉぉぉぉ!!!」 「ちょっと落ち付きなさい!たまたま一緒にいるだけって可能性もあるでしょ!? 特に会話もしてないみたいだし!」 怒りの形相で飛び出さんとするルイズを必死にキュルケが抑え込む、 その言葉に少しだけ冷静さを取り戻したのか荒い息を押さえこむ。 「そ、そうよね…偶然かもしれないわ…」 そう言いながら再び見つからないように二人の様子を覗き込み耳を澄ます。 すると二人の会話が聞こえてきた。 「タバサ」 バージルがタバサに声をかける、 「何?」 タバサが本から目線をバージルに合わせる。 「聖地について何か知っていることはあるか?」 「…ごめんなさい、多分あなたの知っていること以上のことは知らない」 「そうか…ならいい」 「そう…」 はたから見れば何のこともない普段の会話、だがバージルがどういう人物かよく分かっているルイズにとって、 そしてタバサがどんな人物なのかよく知っているキュルケにとって、驚愕するに値する会話であった。 「(なんで名前で呼んでるの!?私なんてまだ一度しかバージルに名前呼んでもらったことないのに!!!)」 「(あの子が読書中に答えた!?普段ならあまり答えないのに!答えたとしても本から目を離さないわよ!?)」 二人が唖然とその様子を眺めていると、別な声が聞こえてくる。 「バージルさん!」 二人がその方向へ視線をやると、一人のメイド、シエスタが近づいてきていた。 どうやら先日バージルが気に入ったというお茶を持ってきたらしい。 「………お前か」「(やっぱり名前で呼んでない!!)」 「お茶がはいりましたよ」 「そこに置いておけ」 シエスタが二人分のお茶を入れバージルとタバサに差し出す。 それを手に取るとバージルが一口飲む、 「おいしいですか?」 その様子を横に立ち笑顔でシエスタが尋ねる 「あぁ…」 「そうですか、よかった」 そう言いながらシエスタは立ち去る気配を見せない 妙に険悪な雰囲気が場を支配する。 「(邪魔)」 「(はい、邪魔をさせていただきます、ミス・タバサだけズルいです)」 タバサとシエスタから妙なオーラが立ち上る。 悪魔すら裸足で逃げ出しかねない状況に遠目で眺めていたキュルケが思わず後ずさりする。 隣を見ればそれ以上のドス黒いオーラがルイズから立ち上っていた。 当のバージルはそんな雰囲気などどこ吹く風とお茶をすすりながら本を読んでいる。 「そういえば、バージルさん、先日"二人きり"で話した聖地のことですけど、思い出したことがあるんです」 妙に"二人きり"という言葉を強調するシエスタ、タバサがピクと反応しバージルを見る、 ルイズに至っては既に真魔人になりかけているらしい。 「…何だ?」 「私のひいおじいちゃんが遥か東から、空を飛んできたらしいんです、『竜の羽衣』って呼ばれてます」 その言葉にバージルが反応した。 「何だと?その『竜の羽衣』とやらについて詳しく聞かせろ」 「はい、私の村…タルブっていうんですけど、そこに『竜の羽衣』が残ってますよ、と言ってももう飛べないらしいですけどね」 「………」 バージルが腕を組み目をつむる、東から?空を飛んできた?そう考えているとシエスタがポンと手をたたいた。 「そうだ!今度私の村に来てみませんか!?他にもおいしい郷土料理があります!歓迎しますよ!」 空を飛び、東から『竜の羽衣』に乗りやってきたというシエスタの曽祖父、もしかしたら東へ行くための手がかりになる… そう考え、バージルは頷く。 「そうだな、では案内してもらおう」 その言葉を聞いたシエスタの顔が輝いた、すると横で本を読んでいたタバサが声をかける。 「タルブは遠い」 「うっ…」 シエスタが言葉に詰まる、結構痛いところを突かれた、タバサがさらに追い打ちをかける。 「シルフィードならすぐ」 「そうか、タバサ、頼めるか?」 「いい」 「礼を言う」 深く考えずバージルがさらりとタバサも同行させることを決定した、シエスタが膝を抱え 「(二人で遠乗りの予定が…)」 とぶつぶつ呟いていたが、突如聞こえてきた叫び声によってかき消されることとなる 「こぉぉぉぉぉぉぉぉの馬鹿犬ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」 そう叫びながら凄まじい速度でルイズが走ってくる。 ルイズはそのままの勢いを利用しバージル目掛けレインボウを放つ。 全体重を乗せた見事なとび蹴りがバージルの顔面にヒット…するはずもなく、右手で足を取られ 空中高く放り投げられる。ルイズはそのまま地面に墜落、すると思われたが どこにそんな運動神経があるのかと問いただしたくなるほどの動きで空中で体勢を立て直し、 きれいに地面に着地する。 「この馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!なにタバサに尻尾振ってるのよぉぉぉぉぉ!!!」 そう言いながら拳を振りまわしバージルを殴ろうとするが、片手で頭を押えられ近づけなくされていた。 そんなルイズを後ろからキュルケが必死に抑える 「お、落ち着いてルイズ!お願いだから!」 「離しなさいよ!キュルケッ!こいつに今日こそ自分の立場ってものを叩きこんでやるんだからぁ!!」 「と、とにかく落ち着きなさいってば!」 無表情だが妙に勝ち誇った表情を浮かべるタバサにさらに怒りのボルテージを上昇させる。 なぜルイズが怒り狂っているのか理解できていないバージルは呆れたような眼でルイズを見て尋ねる。 「何の用だ?」 「この期に及んで何の用だじゃないでしょあんたはぁぁぁぁぁーーーー!」 「あ、あのね、ギーシュが宝の地図をもってきたから私たちで宝探しをしようっていう話になったのよ それでタバサを探しに来たの」 怒り狂い話をすることが出来ないルイズに変わりキュルケが説明する 「そんなことやってる場合じゃないわよ!あんた達タルブへ行くんでしょ!? 私も行くわ!使い魔が行くんだもん!当然よ!特にそこのメイド!勝手に人の使い魔に手を出さないで! あんたもよバージル!!ってアイツは!?」 喚き散らしていたルイズはいつの間にかバージルの姿が見えないことに気がついた 「帰った、付き合いきれんって」 タバサが本を読みながらさらりと言う 「あんの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!!!!」 ルイズの悪魔の咆哮はいつまでも学院に響き渡っていた。 一方のシエスタは 「うぅ…なんでこんな…ひどいです…」 と膝を抱え地面にのの字を書いていじけてしまっていた。 かくしてルイズ達はシエスタの故郷、タルブへと向かうことになったのであった。 前ページ次ページ蒼い使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3549.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 三八〇 体力点二を失う。 君はアンリエッタ王女に向かって、高位の≪土≫系統の魔法使いにもできぬ≪錬金≫をお見せしようと口上を述べると、術を使って、 大理石製の卓の上に金塊と宝石の小さな山を作り出す。 王女は眼を丸くして 「まあ! なにもないところから財宝を?」と驚きの声を上げる。 ルイズはおっかなびっくりとした手つきで金貨を一枚つまみ上げ、 「……幻? でも、ちゃんと感触があるわね」と言いながら首をかしげる。 ルイズとアンリエッタが、突然現れた宝の山を本物だと確信した頃合を見計らって、君は術を解き幻影の財宝を消滅させ、もう一度ふたりを驚かせる。 「すごい……こんな魔法の使えるメイジは、ハルケギニアのどこを探しても見つかりませんわ。ルイズの使い魔さんは、 本当に遥かな異国のメイジなのですね」 アンリエッタはそう言って、君を畏敬のまなざしで見つめる。三一四へ。 三一四 「ルイズ、わたくしは夢を見ているわけではありませんよね? この数日、よい報せが多すぎますもの。アルビオン反乱勢の脅威が近いうちに消えうせ、 それにともないゲルマニア皇帝との婚姻も、取りやめに。そのうえ、ウェールズさまが生き延びようと決意してくれただなんて! 祖国もわたくしも救われ、すべてがよいほうへと向かっていますわ。これも、始祖ブリミルのお導きでしょうか!」 アンリエッタはふたたび眼に涙を湛え、うっとりと陶酔したような表情でそう言うが、君とルイズはとまどい顔になる。 「姫さま、アルビオンの脅威が消えうせるというのは?」 ルイズが尋ねると、アンリエッタは君たちのほうを向いて微笑む。 「本当はまだ秘密なのですが、あなたたちにはお伝えしてもいいでしょう……」 そして、君たちが馬の背に揺られていたころ、トリスタニアの王宮ではなにがあったのかを話してくれる。 トリステインの南に位置する大国、ガリアの大使が王宮を訪れたのは、一昨日の朝のことであり、彼のもたらす報せを受けて、宮廷は驚愕につつまれた。 ガリア王ジョゼフがアルビオンの内乱への介入を決意し、トリステイン王国や帝政ゲルマニアをはじめとした諸国へ、打倒≪レコン・キスタ≫を 目的とする連合軍の結成をもちかけたからだ。 ハルケギニア最大の軍を有するガリア王国はこれまで、アルビオンの内乱への不干渉と中立を宣言し、トリステインなど諸国からの同盟締結の誘いも 無視してきた。 そのガリアが、手の平を返したように対≪レコン・キスタ≫の同盟を発起するなどおよそ信じがたいことであり、宮廷の重臣たちは耳を疑い、 なんらかの謀略ではなかろうかと勘繰った。 しかし、近々発足するであろう新生アルビオンの脅威にさらされているトリステインにとっては、この申し出は渡りに船であり、 天からの慈雨にも等しかった。 唐突な心変わりを見せたガリア王の真意は謎のままだったが、あまり公の場に姿を見せぬ変人――口さがない者たちのあいだでは、 狂人ともささやかれている――として有名な人物のため、ただの気まぐれだろうと片付けられた。 わずか一日の協議でガリアの提案は受け入れられ、アンリエッタは嬉々として快諾の旨を記した親書をしたためたという。 アルビオンを支配しトリステインを脅かす≪レコン・キスタ≫が倒されてしまえば、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ必要もなくなる ――すなわち、王女が望まぬ政略結婚を強いられることもなくなるからだ。 すでにガリア軍は数万の兵をアルビオンに送り込むべく動員を開始しており、トリステインも数日中に連合軍の結成を発表し、 選りすぐりの精鋭部隊を参加させるということだ。 「わたくし……戦は嫌いです。ウェールズさまの身を案じ続けた日々で、その思いを新たにしました。 殿方はやれ勇気だ、名誉だなどと言って 戦場に出向いてしまいますが、後に残されるわたくしたち女子供がどれほど心配しているか、帰ってこなかったときにどれほど嘆き悲しむか、 そういった事々を考えてはくれません」 アンリエッタ王女は話を続ける。 「ですが、此度の出兵はトリステインとアルビオンの未来のためにどうしても必要なのです。ガリア一国でもアルビオンを解放するに足るだけの兵を 揃えられはするでしょうが、失礼ながらなにを考えているかわからない、あのジョゼフ陛下にアルビオンの命運を委ねるわけには参りません。 小国とはいえ伝統ある我がトリステインも、戦場で堂々と存在を示さねばならないのです。マザリーニ枢機卿は、アルビオンとガリア、 二大国に恩を売るまたとない機会だなどと言っていましたが」 じっと話を聞いていたルイズは顔を輝かせ、 「それでは、もうすぐ≪レコン・キスタ≫の謀叛人たちはしかるべき罰を受け、ウェールズ皇太子殿下はロンディニウムにお戻りになり、 新しきアルビオン王として冠を戴かれるのですね。ああ、なんて素晴らしいことでしょう!」と、 いくらか芝居がかった調子で言う。 事態は思いがけず、最善の方向へと向かっているようだ。 遠からず≪レコン・キスタ≫は壊滅し、トリステイン王国は救われ、ウェールズは失われたかと思われた王座につき、 いずれはアンリエッタと契りを交わすことになるだろう。 しかし、いくつか気がかりなこともある。 君はひとつ咳払いをすると、王女に訊きたいことがある、と言う。 「まあ、なんでしょう、使い魔さん?」 なにを質問する? 皇帝との婚約を破棄するそうだが、ゲルマニアとの関係は大丈夫なのか・四八へ ガリア王ジョゼフという人物は、信頼のおける相手なのか・一五〇へ トリステイン以外の各国は連合軍に加わるのか・八五へ 八五 「ガリアからの使者はトリステインやゲルマニアだけではなく、ロマリア連合皇国やクルデンホルフ大公国、ほかにもいくつかの国々に 遣わされているそうです。そのいずれの国もが、≪レコン・キスタ≫討伐の軍に参陣することは間違いない、と枢機卿は申していましたわ。 数十人しか派遣できない国もあるでしょう、ということですが」と、 王女の答えが返ってくる。 ハルケギニアの諸国にしてみればこれは、最強の大国ガリアを味方につけた確実に勝てる戦だ。 勝ち馬に乗って損はないと考えるのも当然であり、誘いを断ってもなんら益するところはない。 世界中を敵に回した≪レコン・キスタ≫の命運ははいまや風前の灯だが、彼らの非道なやり口を眼にした君の心に、同情の思いはない。 早く解放されたアルビオンに赴いて、ウェールズ皇太子――あの快活な青年にニューカッスルでの非礼を詫び、もう一度酒を酌み交わしながら 語り合いたいものだと、君は考える。 次は、ゲルマニア皇帝との婚約を一方的に解消して大丈夫なのかと問うか(四八へ)? それとも、ガリア王ジョゼフという人物は信頼できるのかと尋ねるか(一五〇へ)? 一五〇 アンリエッタはガリア王のことを、わずかに嫌悪混じりの声で語る。 「始祖ブリミルの末裔であり、遠縁とはいえわたくしたちの親戚でもあるお方を悪し様に言いたくはありませんが……」とささやくような声で言う。 「あまりよい話は聞きません。相当な変わった性格のお方だとか。政務を投げ出し、いつも私室に篭って奇妙な遊びに興じているそうです。 王位継承をめぐって実の弟を殺めた、それ以来心を病んでしまったといった、悪意に満ちた噂さえ流れているそうです。 もちろんわたくしは、そんな噂を信じてはいませんけれども。此度の≪レコン・キスタ≫征伐のための挙兵も、ジョゼフ陛下にとっては ただの思いつき、気まぐれなのかもしれません。なんにせよ、アルビオンを蝕む礼儀知らずの謀叛人たちを成敗しようというのですから、 立派な行いには違いありません」と言う。 話題を変え、皇帝との婚約を破棄するそうだがゲルマニアとの関係は大丈夫なのかと尋ねるか(四八へ)、 トリステイン以外の諸国は連合軍に加わるのかどうかを尋ねるか(八五へ)。 四八 君の問いを聞いて最初に声を上げたのは、アンリエッタではなくルイズだ。 「そうです、姫さま! 婚約の解消は喜ばしいことですが、野蛮な成り上がりのゲルマニアのことです。侮辱されたと言いがかりをつけて、 トリステインを脅かすのではありませんか?」と言って、 心配そうな表情でアンリエッタを見つめる。 アルビオンからの侵攻の心配がなくなっても、大国であるゲルマニアと戦争になっては元も子もない。 バク地方の古い言い回しにいわく、『スナタ猫から隠れて、くびり藪に入る』だ! 「心配ありません、ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタはそう言うと、ゲルマニア皇帝にはなんらかの形で償いをしなければならぬだろうが、交渉で穏便に片付くであろう問題だ、と語る。 まだ正式な婚約の発表はなされておらぬので、皇帝の体面もそれほど傷つくことにはならぬのだ、と。 その言葉を聞いて、ルイズは小さく安堵の溜息をつき、君は胸を撫で下ろす。 「わたくしの結婚式はとうぶん先のこと、この≪始祖の祈祷書≫も宝物庫に逆戻りです」 アンリエッタは卓上に置かれた、古びた一冊の書物を指し示す。 革装丁の表紙は表紙はいたるところが擦り切れ、虫に食われ、ぼろぼろの有様だ。 その表紙に綴じられている百五十枚ほどの羊皮紙も、退色がひどい。 「≪始祖の祈祷書≫? これがあの、国宝の?」 ルイズが眼を丸くする。 「ええ、トリステイン王室の伝統では、王族の結婚式ではこの≪始祖の祈祷書≫が大きな役割を果たします。聞いたところによると、 貴族のなかから選ばれた巫女がこの本を手にして、式の詔(みことのり)を詠み上げるとか。……もっとも、なにも書かれていない本ですから、 ただのお飾りでしょうけれども」 アンリエッタはそう言って笑うと、そっと≪始祖の祈祷書を≫開き頁をめくるので、君とルイズは興味津々の様子でそれを覗き込む。 王女の言うとおり、退色した羊皮紙はどこを見ても文字ひとつ記されてはいない。 おそらく、その内容はどうでもよいことであり、王家に代々受け継がれてきたという歴史と伝統にこそ意味があるのだろう。 君たちが≪始祖の祈祷書≫に対する興味を失ったようなので、アンリエッタはその本を閉じようとするが、そのとき、ルイズが小さく驚きの声を上げる。 「えっ? なにか文字が…」 二八六へ。 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8547.html
前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― 新型のアサシンブレードと写本の断片を受け取り、コルベールの研究室を後にしたエツィオは、一人、広場へと向かって歩いていた。 するとふと視線を向けた先に、しばらく会えなかった人物が歩いているのを見つけた。 エツィオはニヤっと笑みを浮かべると、気配を殺し、ゆっくりとその人物の背後に近づき、背後から目隠しをする。 「だーれだ」 「ひゃっ!?」 突然背後から視界を覆われたその人物……、メイドのシエスタは頓狂な悲鳴を上げ、背後を振り返る。 「やあシエスタ!」 「え、エツィオさん!」 にこりと魅力的な笑みを浮かべるエツィオを、シエスタは心底驚いた様子で見つめていたが。 やがて、その顔が、ふにゃっと崩れた。 久方ぶりの再会に感極まったシエスタは、そのまま泣きだしてしまった。 「えっ……えぐっ……、ど、どこに、どこにいってたんですかぁ……!」 「ちょっとしたお使いでね、昨日戻ったんだが、少しバタバタしてしまったんだ」 「うっ……ひっく……、ミス・ヴァリエールに尋ねてもっ……なにもっ、教えてくれなくて……、ひぐっ、わたしっ……わたしっ……!」 「心配をかけてしまったようだね、すまなかった、寂しい思いをさせて」 泣きじゃくるシエスタの涙を指先で拭ってやりながら、エツィオはにこりとほほ笑んだ。 シエスタは再び顔を崩すと、エツィオの胸に飛び込んだ。 しばらくそうやって涙を流していたシエスタであったが、しばらくして落ち着いたのか、少し気恥ずかしそうにエツィオから離れた。 「あっ、ご、ごめんなさい、わたしったら……、こんなに泣いちゃうなんて……」 「すまなかったな、きみに寂しい思いをさせた分、これからたっぷりときみの相手をさせていただくよ」 シエスタの顎を指でなぞりながらエツィオが嘯く、するとシエスタは頬を赤く染めながら口を開いた。 「もう……エツィオさんったら……、それに、言い方が違います」 「ほう? 違うというと?」 「わたしはエツィオさんの専属メイドなんですよ? もっと命令するような感じで言って下さらないと……」 もじもじとしながらシエスタが呟く。 エツィオは口元に笑みを浮かべると、シエスタの顎を持ち、ぐいと自分の方へ引き寄せた。 「そうだったな、それじゃシエスタ、きみの気が済むまで、俺の相手をしてもらおうか」 「はい……」 エツィオが耳元で甘く囁くと、シエスタはうっとりとした表情で頷いた。 それから、何かを思い出したかのか、シエスタはぽんと手を打った。 「そ、そうだわ、是非エツィオさんに御馳走したいものがあったんです!」 「御馳走というと?」 「なんでも東方から運ばれてきたとても珍しい品だそうですよ、『コーヒー』って言うんです。 わたしはまだ飲んだことがないんですけど、ものすごく高級なんですって! 今お持ちしますね!」 また『コーヒー』か。と一瞬苦笑しそうになったが、そこはエツィオ、あえて表情には出さず、厨房へ戻ろうとしているシエスタに、声をかける。 「ああシエスタ、なら砂糖とミルクも一緒に頼むよ」 「え? 砂糖と、ミルク、ですか?」 首を傾げるシエスタに、エツィオは小さく笑みを浮かべた。 「そのままだと、きっときみは飲めないだろうからな」 『コーヒー』を取りに厨房へと小走りで駆けてゆくシエスタを見送った後、 エツィオは中庭の隅にあるガーデンチェアに腰かけ、コルベールから受け取った写本の断片に、目を通し始める。 その顔は、先ほどまでシエスタに見せていた顔とは違い、真剣そのものだ。 一枚一枚じっくりと目を通し、やがてそのうちの一枚へと視線を落とす。 「ん? これは……」 エツィオはその一枚には見覚えがあった。 それは、アサシンの技術……、つまり暗殺技術について書かれた指南書であった。 何か新しい技術はないか、と少々期待したものの、残念ながら、それらは既に、全て身に付けたものであった。 つまり、今のエツィオにとっては必要のないものと言える。 「うーん……、以前の俺だったら助かったんだろうけどな……」 頭をぽりぽりと書きながら、エツィオは少々残念そうに呟いた。その時だ。 「エツィオさん! お待たせしました!」 その声に、写本を見ていたエツィオが顔を上げる。 見ると、シエスタがティーポットとカップ、そして小さな壜が乗ったトレーを持って、こちらに歩いてくるのが見えた。 エツィオは、今までの真剣な表情を一変させ、顔をほころばせる。 「ああ、ありがとう」 エツィオは礼を言うと、写本の断片をまとめ、懐にしまい込んだ。 ティーカップにコーヒーを注ぎながら、横目でそれを見ていたシエスタが尋ねる。 「何をお読みになってたんですか?」 「宿題だよ、コルベール殿のな。ありがとう、いい香りだ」 エツィオはウィンクしながら肩を竦める。 それからコーヒーが注がれたカップを受け取ると、ミルクと砂糖を入れた。 「ミスタ・コルベールですか?」 「ああ、彼に宿題を出していてね、その採点さ」 「まあ、先生に宿題を出すだなんて!」 エツィオの冗談にシエスタはころころと笑う。 そして自分の分のカップにもコーヒーを注ぎ終えたシエスタが、向かいの椅子に腰かけた。 「それじゃ、いただくよ」 エツィオはコーヒーを口に運んだ。 コルベールの研究室で飲んだコーヒーよりも甘くまろやかな味わいに、エツィオは頬を緩めた。 「うん、思った通りだ、これはいけるな」 「エツィオさんは、コーヒーを飲んだことがおありなんですか?」 「実は先ほど、コルベール殿の研究室でも御馳走になってね」 「そうだったんですか……」 そんなエツィオを見つめながら、シエスタもカップを口に運ぶ、そしてその苦さに思わず顔をしかめた。 「にっ! にっがぁ~い……」 「はははっ、びっくりしたか? だから砂糖とミルクを頼んだんだ。きみも入れてみるといい、きっと飲みやすくなる」 エツィオが笑いながら、砂糖とミルクがそれぞれ入った壜を手渡す。 シエスタはそれらを入れ、もう一度カップに口を付けた。口の中に甘い香りと風味が広がってゆく。 「わぁ、本当ですね、すごく飲みやすくなりました! 甘くてまろやかで……、なんだか落ち着きます」 シエスタは、ほぅ……っとため息をつくと、エツィオを見つめた。 「ねえ、エツィオさんの国ってどんなところなんですか?」 「俺の国か?」 「はい、聞かせてくださいな」 身を乗り出し、シエスタは無邪気に聞いてくる。 こうやって身近で見ると、シエスタはとてもかわいらしい顔立ちをしていることに改めて気づく。 黒真珠の様な艶やかな黒髪に、同じく大きな黒い瞳、低めの鼻も愛嬌があってとても可愛らしい。 「そうだな……、学問と芸術が栄える、美しい都だよ。フィレンツェっていうんだ」 「フィレンツェ……ですか」 「花の都って呼ばれるくらいだ、イタリアの中でも特に美しい、華やかな都さ」 「まぁ! きっと素敵な所なんでしょうね……」 エツィオは、フィレンツェの事を話した。由緒ある大聖堂や、その横にそびえる大鐘楼、その頂上から眺めるフィレンツェの美しさ。 シエスタは、目を輝かせて、その話に聞き入った。 あまり大した話はしていないと思うのだが、シエスタは一生懸命に聞いている。 いつしかエツィオは、時を忘れて故郷の話をしていた。 しばらく経つと、シエスタは立ち上がり、エツィオにぺこりと礼をした。 「ありがとうございます。とても楽しかったです、エツィオさんのお話、とても素敵でしたわ」 シエスタは嬉しそうに言った。 「また、聞かせてくれますか?」 「勿論さ。でも、今度はきみの話も聞きたいな」 エツィオはにっこりとほほ笑んだ。 シエスタはそれから、頬を染めて俯くと、はにかんだように、指をいじりながら言った。 「は、はいっ……! え、えっと……あの、エツィオさんのお話も、とっても素敵だけど……一番素敵なのは……」 「ん?」 「あなた……かも」 「きみの魅力には及ばないさ」 思い切って言った言葉が、エツィオにさらりと返され、耳まで真っ赤になったシエスタは、居た堪れなくなったのか、逃げるように去って行った。 エツィオはそんな彼女の背中を見送った後、再び写本を取り出し、目を通し始めた。 一通り写本の断片を読み終え、ルイズの部屋に戻ると、ルイズはベッドの上でなにかをやっていた。 エツィオの姿を見るや、慌ててそれをシーツで覆うとその上に本を乗せ、隠した。 「やあルイズ、何をやってるんだ?」 「な、なんでもないわ。ど、読書よ、読書!」 僅かに頬を赤くしながら、取り繕う様にルイズは言った。 本当にこの子はわかりやすいな。と、両腕に付けたアサシンブレードを取り外しながら、エツィオは思った。 俺を見て慌てて隠す位だ、ということは、十中八九、俺関連だろう。 ならば、これ以上聞いても教えてはくれないだろうし、機嫌を損ねてしまう可能性もある、こういう時は無理に詮索しないのが一番だ。 確かにルイズが自分の為に何をしてくれるのかは気になるが……、今はそれよりも……。 「ふぅん、ところで、きみ、いつからアサシンになったんだ?」 エツィオはからかう様に笑いながら、ルイズの顔を覗き込む。 言葉の通り、ルイズは、エツィオのアサシンローブを着ていたのであった。 朝食の後、エツィオはルイズの提案通り、アサシンのローブを脱ぎ、部屋においていたのだ。 血の匂いが染みついていないかと心配したが、ルイズの様子を見るに、どうやらそんなことはないようだ。 ルイズは、おそらく下着の上に直にローブを着ているのだろう。ご丁寧にも腰のサッシュベルトまで捲いている。 しかし、袖も丈もぶかぶかなので、見ようによっては妙なワンピース姿にも見えた。 ルイズはベッドに正座すると、フードを頭にかぶった。なんだか言いにくそうに、ルイズは言った。 「だって……、着るのなくなっちゃったんだもん」 立てた指でシーツをこねくりまわしながら拗ねたように呟くルイズを見て、かわいいやつめ、とエツィオは内心ニヤついた。 「こんなに可愛いアサシンになら、殺されてもいいって奴が出てきそうだな」 「な、何言ってんのよ……もう」 「何って、俺がその一人だからさ」 気恥ずかしそうに俯くルイズの顎を、指でなぞりながらエツィオが嘯く。 ルイズはびくっと震えると、身体をこわばらせ、う~~っと唸った。 「で? そんな凄腕アサシンは、一体何を読んでいるのかな?」 エツィオはそう言うと、ルイズが慌てて何かを隠した本を見つめる。なにやら古ぼけた、大きな本である。 「『始祖の祈祷書』よ」 「『始祖の祈祷書』?」 エツィオがその本を手に取ると、ルイズは少しだけつまらなそうに口をとがらせながら答えた。 「姫殿下が、今度ゲルマニアの皇帝とご結婚されるのは知ってるでしょ? その結婚式で、わたしはその書を手に詔を詠みあげなきゃいけないの」 「へえ、大役じゃないか。で、その詔は出来てるのか?」 ルイズは首を横に振った。 「全然……、だからわたしは、式の日までに、その『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩いて、詔を考えなきゃいけないの。 あとそれ、トリステインに伝わる国宝だから、あまり雑に扱わないでよ」 「国宝の書物か……、どんな内容なんだ?」 「見てみたら? きっと驚くわよ」 そう言われ、エツィオは何気なく『始祖の祈祷書』を開く、そしてその中身をみて、目を丸くした。 「なっ……! なんだ……これ……?」 「ね? 驚いたでしょ?」 驚いたような表情のエツィオを横目に、『始祖の祈祷書』の中身を覗き込みながらルイズはつまらなそうに呟く。 エツィオがめくる『始祖の祈祷書』のページには何も書かれてはおらず、文字一つさえ見当たらない。どこまでめくっても真っ白なページが続くだけであった。 「何も書いてないなんて、酷い出来よね。そんなのを国宝だなんて……」 ルイズがそう呟くと、エツィオは信じられないと言った表情でルイズを見つめた。 「なにも書かれていないだって? きみ……これが見えないのか?」 「えっ!?」 エツィオのその思いがけない言葉に、ルイズは心底驚いたような表情でエツィオの顔を見つめる。 いつもの冗談……ではない、エツィオの表情は、至って真面目だった。その目は、とても嘘をついているようには見えない。 「え? あ、あんた、もしかして見えるの?」 「あ、ああ……でも……」 「なに? 何が書いてあるの?」 ルイズの心臓が早鐘を打つ。 そうだ、エツィオには"タカの眼"があったんだ。もしかしたら、『始祖の祈祷書』を読み解けるかもしれない。 そんな期待に胸を躍らせながら、ルイズはエツィオを急かす。 エツィオは再び『始祖の祈祷書』に視線を戻す、だが、エツィオはすぐに眩い光を見つめるように目を細めた。 あまりの眩さにたまらずエツィオは『始祖の祈祷書』を閉じてしまった。 「ど、どうしたの?」 「凄い魔力だ……、タカの眼で見るには、文字に込められた魔力が強すぎる……」 エツィオは、目を擦りながら、呻くように呟く。 どうやらエツィオの"タカの眼"では、始祖の祈祷書を読み続ける事は出来ないらしい。 ルイズは、辛そうな様子のエツィオを心配そうに見つめた。 「大丈夫?」 「眼が焼かれそうだ……。書き写してあげようにも、これじゃあな……」 「そう……」 「すまないな」 「な、なにもあやまらなくても……」 どこか落胆した様子のルイズにエツィオが謝る。 ルイズは僅かに頬を赤らめて俯いた。 「しかし……、こんなに魔力を込めて書くなんて……、一体、これには何が書かれているんだ……?」 「せめてあんたの"タカの眼"でも読めるくらいに加減して書けばいいのにね」 「そうだな。書いていて思わず力むくらいだ、きっと恥ずかしい内容なんだろ?」 エツィオの冗談に、二人はくつくつと笑いあう。 それからルイズはごそごそと布団に潜り込んだ。 「もう寝るのか?」 エツィオが尋ねると、「うん」とだけ返事が返ってきた。 エツィオはにやっと笑みを浮かべると、ルイズのベッドに潜り込む。 それから何を思ったか、ルイズの肩に手を回すと、ぐいと抱き寄せた。 「ひゃっ! な、なにすんのよっ……!」 突然エツィオに抱き寄せられたものだから、ルイズは目を白黒させて驚いた。 互いの息がかかるくらいに顔を近くに寄せると、エツィオはにっこりとほほ笑んだ。 「おやすみをまだ言ってなかったからな」 「あ……」 文句を言おうと思っても、頭が回らない、まるで麻酔にかかったかのように頭がじんわりと痺れてくる。 「あわ、あわ、あわ」とわめくうちに、額にキスをされた。 「おやすみ、ルイズ」 顔を真っ赤にしたルイズに、エツィオはニッと笑う。 相も変わらず、自信たっぷりな使い魔の笑顔に、文句を言おうにも言葉が出てこない。 「ばっ……ばかっ! な、なにしてんのよ! も、もう……」 かろうじてそれだけ言うと、ルイズは毛布を頭から被って丸くなってしまった。 ルイズは布団のなかで落ち着きなくもぞもぞと動いている。たまに中から「なによもう……」とか、「いきなりあんなことするんだもん……」とか ぶつぶつと文句が聞こえてくる。この調子では当分眠ってはくれなさそうだ。 これから毎晩やってやるかな、なんて事を考えながら、エツィオは天井を見つめる。 そう言えば、先ほどルイズが言っていたように、そろそろアンリエッタ姫殿下とゲルマニア皇帝の結婚式である。 気がかりは、それに先駆けた、アルビオンによる親善訪問の名を借りた先制攻撃だ。 そろそろマチルダから報告が届きそうなものなんだが……。とアルビオンで内偵を行っているマチルダのことを考える。 そうしばらくしているうちに、もぞもぞと動いていたルイズが、おとなしくなった。どうやら眠ったらしい。 とにかく、今はあまり考えても仕方が無い、まずはマチルダからの報告を待とう……。 エツィオはそう考えながら、静かに目を閉じた。 ルイズが眠り、エツィオが目を閉じてから数時間後……。 突然エツィオが目を開け、むくりと起き上がる。 そして頭を振り、目頭を押さえると、彼には珍しく、少々イラついた様子で小さく呟いた。 「くそっ……全然眠れない……なんでだ?」 首を傾げるも、理由がわからない。 目を閉じていればいずれ眠れるだろう……そう考えながらもう一度横になり、目を瞑る。 だが、どういうわけかその後も全く眠りにつけず、結局、エツィオがようやく眠りにつけたのは、空が明るみ始めた頃だった。 ――写本の断片を入手 『私が助け、そして私の命を救ってくれた青年は、『オスマン』と名乗ってくれた。 (『オスマン』……記憶が正しければ、アナトリア地方に住む人間が名乗る名だ。ということは、ここはアナトリア地方なのだろうか?) 驚くべきことに、彼は『魔法』という力を行使する者(彼らが言うには『メイジ』と呼ばれる)らしい。 彼が私を助けるために行使した癒しの力、それが『魔法』なのだという。 最初、彼の口からそれを聞いた時、私は俄かには信じられなかった。 ……魔法、私が知る限り、千夜一夜の物語に登場するような荒唐無稽なおとぎ話の中の力の筈だ。 しかし私はその魔法によって命を救われている。こうしてその力を目の当たりにした以上、信じないわけにはいかないだろう。 未だ半信半疑だった私は、別な魔法を使って見せるように彼に依頼をする。 彼は怪訝な表情をしたものの、私に様々な『魔法』を見せてくれた。 彼が杖を振るだけで、炎が噴き出し、風が巻き起こり、ただの土が金属へと変化する。 私は驚愕し、戦慄した。これは人が持ちえる技なのか? この力をテンプル騎士達が行使したらどうなる? この力は騎士団のような連中に知られるわけにはいかない……。 ――その心配は全て杞憂に終わったことは幸運なことだった。 慄く私に、彼は首を傾げていたが、命を救ってくれた礼に宿を提供させてくれと申し出てきてくれた。 土地勘のない場所だったためにこの申し出は私にとって非常にありがたい話である、私は彼の申し出を受け入れ、彼の世話になることに決めた。 異国の友に感謝を。』 『私は推測していた、『果実』の暴走によって、私は遥か遠いところへ、それこそ別の大陸へと来てしまったのだと。 そしてその推測は、半分が当たっていて、半分は大きく外れていた。 結論から言おう、私が飛ばされてきたこの場所は、私が本来いるべきはずの世界から遥か遠くに隔絶された世界であった。 言わば別世界、異世界とも呼べる場所だ。 私はその事実に至った時、即座に『エデンの果実』を調査した、私をこの世界に導いたのがこの果実ならば、元の世界に戻す手段も当然これに限られるはずだ。 正直、使いたくはないが、他に手段がない、背に腹は代えられない。だが、果実は何も反応を示さない、戸惑う私に答えを教えてくれたのは、皮肉にも果実であった。 この果実の持つ空間転移と呼べる力、それ自体は多用できるものではなく、再び使用するためにはある程度時間を置かなくてはならないというのだ。 確かに、果実をよく"見る"と心なしか輝きを失っているように見える、しかし私の問いに答えたということは、機能を完全に停止するということは決して無いようだ。 なんとも間抜けな答えに、私は落胆しつつも安堵と一抹の不安を覚える。 これほどの力を行使したとしても、『エデンの果実』は決して機能を止めることはない。果たしてこの果実を止める、或いは破壊、封印する手立ては存在するのだろうか? ……兎も角、果実のエネルギーの充填を待つ間、私はこの世界に足止めとなる。 幸運なことに果実は私の手元にある、ということはテンプル騎士達に奪われる心配は少なくとも存在しないのだが、それだけに今は、マシャフに残る兄弟達だけが気がかりだ。 私が果実と共に消える時、傍にマリクがいた事を覚えている、兄弟達の不安を煽らぬよう、彼がうまく立ちまわってくれるのを祈るしかない』 『(冶金法の解説書及び設計図:エラーにつき閲覧不可)』 『成功だ! かねてより研究を進めていた、極めて小さな弾丸を戦闘に用いる方法が分かった。 弾丸を用いた戦闘は前例のあることではない、東方の国々では既に使われていることは広く知られている。 だがそれはずっと大型の武器で、それこそ攻城戦に用いられるようなものであったため、我々の目的には合わなかったのだ。 今回、私はそれを大幅に小型化し、手首に装着できるように作りなおす方法を考えついたのだ。 その威力は人を死に至らしめるに十二分であり、遠く離れていても使える。……正直に告白しよう、私がこの発見を得たのは、控えめに言っても危険な方法によってだ。 精神を集中させ、ほんの短時間だけに限るなら、『リンゴ』を使っても大丈夫のようだ。 だが、ここは異世界であって、マシャフではない。魔法という手段があるとはいえ、ブレードに使用される合金の錬金は、所謂スクウェアクラスのメイジであっても不可能だ。 全体的に見て、この世界の冶金技術は全く進んでいないと言っていい。しかし、私のもつ……否、『リンゴ』がもたらした知識は、 この世界を根底からひっくり返しかねない技術であることもまた事実だ。速すぎる技術革新がもたらす混乱、それは私の望むところではない。 故に、この書物に封印することに決めた。願わくは、心ある者がこれを読み解かんことを』 『"英知がもたらすは悲嘆のみ。真実を知るほど、悲しみはいや増す"という哲学者の言葉が、今では十分に理解できる気がする。 そう、これは確かに正しい、鉄を作る知識を得れば、鉄は剣へと変わり、剣は戦いを生み出す。 これはこの魔法の世界でも同じことだ、現に魔法は戦いに利用されている。 四つの系統すべてに、戦いに対応した攻撃魔法が数多く存在していることから、それは最早自明の理だ。 人は何故戦いを求めるのだろうか? 手を取り合って生きるということはできないのだろうか。 この世界は神によって創造されたものなのだというが、果たしてそうなのだろうか。 暴力に飢えたおぞましい存在が創造したとしか私には思えないのだ、この魔法が支配する異世界も、……私のいた世界も』 『(ピストルの設計図:焼失したため閲覧不可)』 『この世界にも、我々の世界と同じように神として、または神の代理人として崇拝される人間がいた、その者はブリミルと名乗っていたそうだ。 降臨、信徒、数々の奇跡、彼もまた、かの大工のようにこの世界の人々に崇拝、信仰されている。 しかし私の知る神話とは異なる点がいくつかある。彼に関しての逸話が、ほぼ存在しないのだ。 だが、最も注目すべき点は彼の死後だ。 彼の死後、6000年間の間、誰一人として宗教的指導者が現れていない。まるで『ブリミル教』以外の教えを全て排除したかのような。 彼もまた、『エデンの果実』を利用したのだろうか? 概念を世界に浸透させ、根づかせたのだろうか。 ただ一つ異教と呼べるもの、それはブリミル光臨の時より敵対していたとされる『エルフ』と呼ばれる者たちだ。 『エルフ』……先住……。 だとすれば、『彼』……『彼ら』はどこから来たのだ? 『かつて来たりし者』との関係は? 考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ』 『(手製爆弾の設計図:画像エラーにつき閲覧不可)』 『dx/dt= -10x +10y dy/dt= 28x -y -xz dz/dt= -8/3z +xy (方程式のグラフ:画像ファイル破損につき閲覧不可) "ليس هناك ما هو صحيح ، كل شيء مسموح به" Laa shay a waqui n moutlaq bale kouloun moumkine』 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6756.html
前ページ次ページゼロと魔砲使い 教皇聖下参戦……あまりにも意外な言葉に、ルイズ達はしばし固まってしまった。 そんな彼女たちの様子に気がついたヴィットーリオは、優しく諭すように言葉を掛けた。 「ああ、なにもいきなりこの場から、というわけではありませんよ。いくら何でもそれをやってしまったらロマリアが大混乱に陥ってしまいます」 「で、ですよね」 何とか復活するルイズ。 「お忍びでないとまずいのは確かですが、それでも数日の不在を納得させる建前は必要です。まあ周辺の視察にかこつけて、ということになるでしょう。ちょっと視察の目的地が変わるだけのことです」 「は、はあ……」 何ともアバウトな物言いに、ルイズはため息をつくしかなかった。 「とはいえ、早急な行動が必要なのは確かです。こちらも直ちに準備を整えますので、明日もう一度この場へ来てください。マザリーニへの書状など、受け入れの手筈を整えてもらわなければなりませんからね」 「判りました」 ルイズが頷いたことによって、当面の問題はこれで決着が付いた。ヴィットーリオも冷めてしまった紅茶を飲み干すと、改めてルイズ達を見渡してから、ゆっくりと言葉を発した。 「さて、これでとりあえずの用件は終わりましたね。まだ時間は大丈夫ですから、この機会に何か聞きたいこととかはありますか? 答えられることならばお答えしますよ」 「実際滅多にないことですよ、聖下と直談判できるということは」 隣からジュリオも話を促す。 ルイズはタバサの方を見つめ、まず持ってきた荷物から『始祖の祈祷書』を取り出した。 それにルイズのはめている『水のルビー』を添えて差し出す。 「お話の前に、どうかこれをお改めください。トリステイン王家に伝わる秘宝、『始祖の祈祷書』です」 「おお……」 そこまでは予想していなかったのか、ヴィットーリオは感嘆の声をあけだ。 「これはわざわざ……ありがとうございます、ミス・ヴァリエール。ありがたく拝見させていただきます」 一緒に差し出された水のルビーをはめ、祈祷書を開くヴィットーリオ。 それと同時に、祈祷書に光が満ちた。 「これは……」 しばし後、ヴィットーリオは祈祷書を閉じ、指輪を外してルイズに返却した。 「ありがとうございます。ミス・ヴァリエール。実にすばらしい呪文が手に入りました」 「そ、そうですか?」 「ええ。まさに今の状況にもってこいの呪文です。中の中の中、“転移扉(トランス・ドア)”。私の知識と力の及ぶ限り、好きな地点へ繋がる扉を生み出す呪文です」 「おめでとうございます」 思わずそう言ってしまうルイズ。そんなルイズを心からの感謝を捧げる目で見つめるヴィットーリオ。 「どうやらこの呪文はあくまでも自分がよく知る場所にしか扉を開くことが出来ないようなので、これでアルビオンまでひとっ飛び、とは行かないようです。ただ、帰還の手間が大幅に省けるのは大きいですね」 「すごいですね……私はいまだに“爆発”しか使えませんのに」 微妙に落ち込むルイズに、ヴィットーリオは再び声を掛ける。 「心配することはありません。今の私のように、虚無の力は、それが必要になったとき、初めてもたらされるもの……それに」 そこでいったん言葉を切り、改めて姿勢を正してヴィットーリオは言葉を続けた。 「あなたはおそらく『攻撃』を司る虚無。その力が呼び起こされるのは、戦いの中という可能性が高いのです」 「攻撃、ですか?」 「はい。ガンダールヴを従えるのは、攻撃の属性を色濃く持つ虚無が多いらしいと、教会に伝わる伝承では語られています」 ヴィットーリオは、何かを思い出すように視線を中に向け、続きを語りはじめた。 「明確なものではありませんが……虚無にも系統魔法のような、四つの区分けがあるといわれています。 ガンダールヴを従えるものは『攻撃』。 ヴィンダールヴを従えるものは『移動』。 ミョズニトニルンを従えるものは『支援』。 記すことさえはばかれるものは『心理』。 厳密なものではなく、あくまでも傾向だそうですけれども」 「あ、あの……」 申し訳なさそうに、ルイズが小さく手を上げる。 「その……ヴィンダールブとか、ミョズニトニルンって、どういう意味ですか? 使い魔の名前だとは判りますけど……」 一瞬ぽかんとなるヴィットーリオとジュリオであったが、すぐにその顔は元通りの優しげなものになった。 「これは失礼……ミス・ヴァリエールは、急なことでまだ虚無の伝承について聞く機会がなかったのですね。これは私のミスです」 そして傍らのジュリオに向けて視線を向ける。それだけでジュリオは察したらしく。多その場で立ち上がると、姿勢を正してから言った。 「まずはこの歌を聴いてください。虚無に関わる、古くから伝わる歌です」 そしてジュリオの口から、見事な歌声が流れ出した。ルイズ達が、シルフィードに至るまで思わず聞き惚れてしまうほどの。 神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。 神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。 神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。 そして最後にもう一人。記すことさえはばかれる……。 四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた……。 「こんな歌が……」 感嘆するルイズ。 「これはわりと古くから伝わっている歌です。別に虚無の担い手が現れたのは六千年ぶりというわけではありませんからね。この歌も市井に伝わっていないわけではないのですが」 「知らなかった」 タバサもぽつりと漏らす。ヴィットーリオはそんな二人を眺めて、諭すように言う。 「魔法学院のようなところですと、これに関する文献は一般生徒には閲覧できないところにあるでしょうからね。授業で習う性質のものではありませんし」 ルイズも納得したように小さく頷いた。 「今度調べさせてもらいますわ」 「それがいいでしょうね」 そう言うと、ヴィットーリオは、おもむろに立ち上がった。 「さて、話は尽きませんが、さすがに時間がまずそうです。明日の午後にはしかるべき手段を記した書状をここで受け取れるようにしますので」 「判りました。このたびはわざわざのご助力、ありがとうございます」 立ち上がり、深々と頭を下げる一同。シルフィードはタバサに頭を押さえられてであるが。 「では、再会を楽しみにしていますよ」 「僕も、麗しいお嬢様方に会えるのを待っています」 優雅に立ち去る教皇と、嫌みなくらい似合うウインクを残して去るジュリオ。 その姿が消えたとたん、ルイズは深々と息を吐き出した。 「き、緊張した~~~~」 「お疲れ様でした」 なのはが、優しく声を掛ける。 その声を聞いて、改めて脱力し、崩れるようにへたり込むルイズであった。 一方、そんな和やかさとは無縁の場所もあった。 アルビオン、円卓の間では、苦り切った表情の貴族達が卓を囲んでいた。 「よもやあれだけの兵が返り討ちに遭うとは……」 「魔法学院がそれほど手強いとは」 彼らの元に魔法学院襲撃が失敗したという報告が届いたのである。 この問題に関して、今更誰の責任である、などと言い出すものはいなかった。 さすがに今そんなことを言おうものなら、むしろそのことをこの期に及んでと批判されることが目に見えていたからである。 「しかたありませんでした。私の手元には皆さんより少し詳しい報告が届きましたが、今回の失敗は、計画の不備ではありません。まさに予想外というべきものだったようです」 「と、おっしゃいますと?」 そう発言をしたクロムウェル司教に、貴族の一人が問い掛ける。 「こちらの予想を超えていた部分は二つ。一つは襲撃の手を逃れた教師が、ただ一人で百名近い兵を一撃で粉砕できるほどの実力者であったこと」 「な、なんと……」 「そこまでの腕利きが」 驚きの声を上げる貴族達。 クロムウェルは、まだインクも乾いていなさそうな報告書を片手に、説明を開始した。 「名前をジャン・コルベール。詳しい経緯は不明ですが、どうやらかつて、あの『ダングルテールの虐殺』の時、あのメンヌヴィルの上官だった人物のようです」 「な、なんと……」 彼らの間に驚きと同時に納得の表情が浮かび上がっていた。 彼らはメンヌヴィルの強さ、恐ろしさを知っている。その上司ともなれば、いかほどのものであろうか。 「それに加えて、学院で優秀な生徒の一人が、実戦を通してトライアングルからスクウェアになってしまったとか。戦場ではままあることと聞きますが、このようなタイミングでとなると、いささか皮肉なものを感じます」 「うーむ……」 貴族達は思わず考え込んでしまった。そこにいささか場違いとも思われるほど明るい司教の声が響く。 「ですが皆さん。今はそのことを悔やんでいる場合ではありません。うまくいかなかったとはいえ、状況が決定的に悪くなったわけではありません。トリステインの援助が届き、体勢を立て直しているとはいえ、万全ではないのです」 「そうか、この作戦はあくまでも側面攻撃。正面に大きな影響が出たわけではない」 「そうです。後々のことを考えると少々頭が痛いですが、これは始祖が策略ではなく、堂々たる力によって決着をつけよとおっしゃっているのでしょう」 その言葉に、貴族諸侯達の間に力がみなぎってゆく。 「そうだ。数こそ互角なれど、まだ相手の補給は十分ではない」 「城も被害を受けているから、籠城できようもない」 「降伏した兵達の統率もまだ取れているとは言い難いはず」 「ならば勝機は十分にある! むしろあまり時間を与えてはいかん!」 皆の士気が上がっていく。 「ならばはじめましょう。乾坤一擲の戦いを。これで負けるようでは、諸国を統合してエルフ達に勝つなど夢のまた夢!」 「決戦を!」 「決戦を!」 大いに意気を上げた貴族諸侯達によって、全軍上げての決戦が挑まれることになった。 「最後に皆さん」 そしてまとめるように、クロムウェルは語る。 「残念ながら確実とはいえませんので詳細は伏せますが、わたくしには幾つかの秘策があります。うまくいかずとも損にはならず、決まれば一気にこちらが優勢になるものです。戦いの展開次第ですが、多少の不利は気になさらずに」 「……虚無、ですか?」 「それは言わぬが華というものです。始祖の加護が我々にもきちんとあることを証明するだけのことです」 「それは心強い」 それを最後に、会議は終了した。やがて会議場には、クロムウェルただ一人が残っていた。 そこにやってくる人物が一人。 人物は女性であった。その姿を知る者は、クロムウェルがいつも秘書として連れている人物であるときが付いたであろう。 彼女の姿を見たとたん、クロムウェルはそれまでの威厳あふれる姿を崩し、まるでおびえる子供のような有様になった。 「シェフィールド、本当にアレで良かったのかい?」 「ええ、とてもお上手でしたわ」 その女性は、長い髪を幅広の布で束ねた、独特の装いをしていた。布の一部が額を隠すように巻かれている。 それは必要があってのことであった。その布の下には、ある紋様が刻み込まれているのだから。 彼女はおびえるクロムウェルを、愛し子のように抱きしめた。 「ご安心を。あなたの背後には我々が付いています。こたびの戦いの際にも、あのお方からの援助があります。彼らは予想外の敵によって崩れることになりますわ」 「シェフィールドっ」 さらに力強く彼女を抱き寄せるクロムウェル。その姿は女を抱く男と言うより、むしろ母を抱きしめる子供のようであった。 そんなクロムウェルの背を、シェフィールドは優しくさする。その顔に、見るものを凍らせそうな酷薄な笑みを浮かべつつ。 前ページ次ページゼロと魔砲使い
https://w.atwiki.jp/mitamond/pages/4.html
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 基礎知識篇 あ行 アスラ斬魔伝 →サムライスピリッツシリーズ 荒海の虹 →木暮月之介シリーズ 伊賀の影丸 渦潮の果て →木暮月之介シリーズ 十二神貝十郎手柄話 か行 蟹 兜 仮面の忍者赤影(漫画) からくりの君 ガラシア祈祷書 ガリヴァー忍法島 虚無戦史MIROKU 黒の獅士 ぐわんげ 月華の剣士シリーズ 血太郎孤独雲 剣客異聞録 甦りし蒼紅の刃 →サムライスピリッツシリーズ 木暮月之介シリーズ さ行 西海水滸伝 真田剣流 サムライスピリッツシリーズ 侍魂 →サムライスピリッツシリーズ サムライスピリッツ天草降臨 →サムライスピリッツシリーズ 斬魔剣伝 獣兵衛忍風帖 新仮面の忍者赤影 神幻暗夜行 信玄忍法帖 神州纐纈城 神州纐纈城(漫画) 神変麝香猫 心霊呪殺師太郎丸 裾野の火柱 →木暮月之介シリーズ た行 東京魔人學園外法帖 東京魔人學園妖鬼譚 →東京魔人學園外法帖 な行 忍者からす 忍者旋風 抜忍伝説 は行 幕末屍軍団 風魔 藤丸地獄変 変身忍者嵐外伝 ま行 魔界転生(石川版) 魔空八犬伝 魔剣士 黒鬼反魂篇 MASK THE RED 赤影 まぼろし城 →木暮月之介シリーズ 無限の住人 や行 妖説五三ノ桐 ら行 羅ゴウ伝 羅刹の剣 基礎知識篇
https://w.atwiki.jp/thief/pages/160.html
M10VO39 M10VO170 m13chisel M10VO39 Hammeriteの教義書。内容はフォークミュージックのIf I Had a Hammerの歌詞を参考にしているようだ。 場所 Hammer寺院 Upper Floor, Library, 床の上に散らばった本の中 Hammeriteの教えの概要 治世と品行の統治 第39巻 私がハンマーを持っていたら、朝にハンマーを打つだろう。晩もハンマーを打つだろう。国中をまわって。 M10VO170 Hammeriteの教義書 場所 Hammer寺院 Upper Floor, Library, 床の上に散らばった本の中 Hammeriteの教えの概要 治世と品行の統治 第170巻 壁の条件とは、まず人の背丈まで伸びること、そして最後には人の高さを越えることである。我々の偉大な作品はあらゆる面で我々を越えている。 m13chisel Hammeriteの祈祷書 場所 Hammer寺院 Upper Floor, Main Chapel, 床の上 そのとき、Builderは彼のハンマーを置き、彼のノミを手に取った。彼のは意のままに宝石の原石を滑らかに形作った。それぞれの作業には適切な道具があり、全ての道具には適切な作業がある。 このページはDark Wikiから画像を引用しています
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2112.html
「やさしい貴族に私はなるのだ!」 執筆詰まっててムシャクシャしてやった。たぶん反省している。 -- 煉獄さん (2007-09-30 23 51 11) 吹いたwww -- 名無しさん (2007-09-30 23 54 57) ふいたwwふざけんなwwww -- 名無しさん (2007-10-01 12 28 28) ちょwwww -- 名無しさん (2007-10-01 13 32 51) 違和感ねぇw -- 名無しさん (2007-10-01 14 24 44) ヤベえwwwww祈祷書が本かwwwwあれ・・・・それだとサイトが魔物じゃないとおかしい・・・wwww -- 名無しさん (2007-10-01 17 43 59) お茶吹いたwww -- 名無しさん (2007-10-01 19 12 17) うけたwww -- 名無しさん (2007-10-01 20 31 00) 本を持つのはギーシュかな(声的な意味で -- 名無しさん (2007-10-02 00 23 34) 実は「ゼロの答え」読んでて思いついた絵だったりする罠 -- 煉獄さん (2007-10-03 15 42 55) アニメ版のタイトルがえらく長くなりそうだwwwwww -- 名無しさん (2007-10-04 14 26 42) 雷帝と答えの続きを待っています。 -- 名無しさん (2008-09-07 01 38 45) 絵板オリジの例 -- 名無しさん (2009-06-14 00 31 27) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5764.html
前ページ次ページスナイピング ゼロ タルブ村の上空三千メイルに、アルビオンの主力艦隊であるレキシントン号の姿があった。存在を誇示するかのごとく、 悠然と君臨している。その周囲には、友軍の戦列艦が分散して警戒に当たっていた。 トリステインの艦隊は全て爆沈され、艦上のあちらこちらで水兵達が万歳を繰り返している。そんな状況に、ボーウッドは 眉をひそめていた。因みに総司令官であるジョンストンも万歳をしていたが、こちらに対しては無視している。 「上手くいきましたな、艦長殿」 隣に風竜を従えたワルドが、ボーウッドに耳打ちする。先ほどまで自国の村を焼き払っていたとは思えない、冷やかな 表情をしている。 「別に、ただ戦争が始まっただけだ。それ以上でも、それ以下でも無い」 ボーウッドは、ボソリを呟いた。その言葉を聞いたワルドは、口元を歪める。 そんな二人の元へ、ジョンストンが近づいて来た。まるで子供が欲しかった玩具を手に入れたかのような、嬉しそうな笑みを 浮かべている。 「艦長、伝令から情報だ。港町のラ・ロシェールに、トリステイン軍が展開したらしい。速やかに艦砲射撃の準備を 進めてくれたまえ」 「了解しました、司令長官殿」 ボーウッドは水兵達に艦砲射撃の準備をするよう命じると、ワルドに顔を向ける。 「で、君はどうするのかね? トリステイン軍が砲撃で全滅する様を、高見の見物かな?」 ワルドは首を横に振ると、ボーウッドに背を向ける。 「まだ敵軍に竜騎士が残っているかもしれませんので、周囲の警戒でもしてきますよ」 そう言って歩き出そうとした時、伝令が走り寄って来た。真っ直ぐにジョンストンの元へ向かい、何やら報告をしている。 何事かと思ったボーウッドは、ジョンストンに問いかけた。 「何かありましたか?」 「ん? あぁいや、別に大した事では無いよ」 そう言いながら、ジョンストンは帽子を被り直す。そして、ボーウッドとワルドに言った。 「何でも、奇妙な形をした竜騎士が一騎、こちらに接近しているらしい。まあ、一騎ほどなら驚くに値しないがね」 「相棒、右下から続いて三騎あがって来るぜ!」 「ヤー!」 「相棒の相棒、左から十騎ばかり来やがったぜ!」 「は~い♪」 レキシントン号から五百メイルほど離れた二千五百メイル上空で、二人はアルビオンの竜騎士隊と空中戦を行っていた。 時速150キロを誇る火竜の約二倍、時速287キロの速度でヘリを縦横無尽に操り竜騎士隊を翻弄している。 敵の背後に回り込んで銃撃すると言う単純な戦法で、二十ほどいたアルビオンの竜騎士隊は、すでに片手で 数えられるまでに数を減らしている。 「まったく、この飛行機械ってのは凄いね! おもしれえわホントに!」 二人の操縦士の間で、デルフリンガーが大声で叫ぶ。 「本当に、私もビックリしたわ!」 後部座席からルイズが体を乗り出して、大声で声をあげた。 「天下無双と言われてるアルビオンの竜騎士隊を軽々と撃ち負かしちゃうんだもん、流石は私の使い魔ね」 アンリエッタから譲り受けた水のルビーをはめた右手を、強く握り締める。本人に聞くと、お守りのためとのこと。 左手には、始祖の祈祷書をしっかりと抱き締めている。 マスケットの銃口に丸い弾を入れながら、リップは楽しげに口を開く。 「私達の持つ武器の性能がチートすぎるからよ、こっちだけズルして無敵モードだし」 ドアの窓から銃口を突き出し、竜騎士に向けて発砲。弾丸は不規則に動きながら、複数の竜騎士と火竜を穴だらけに した。ガクリと姿勢を傾け、地表へ落下していく。 「有効射程が竜の吐く炎よりずっと上ですから、近づかれる前に撃つだけだから簡単ですよ」 大した事では無いとでも言いたげな表情をしながら、セラスは窓からハルコンネンを突き出し残った竜騎士に向け引き金を 引く。落雷のような音を響かせ、火竜の頭部を粉砕。竜騎士はフライの呪文を使い、なにか叫びながら地表へ落ちていった。 「やったわ! アルビオン竜騎士隊、全騎を撃墜。トリステイン竜騎士隊の仇を討てたわ!」 ルイズは立ち上がると、両手でガッツポーズを決めた。それと同時に、始祖の祈祷書が足元にドサリと落ちる。あっと声を あげ、ルイズは慌ててしゃがみこむ。 それを見た(どこに目があるのか分からない)デルフリンガーが、ニヤニヤしながら(どこが顔なのかも分からない) 口を開く。(どこに口があるのかは分かる、鞘の部分だ) 「ご主人さまよ、喜ぶのは良いけど国宝の書物はキチンと扱いなよ」 「言われなくても分かってるわよ、ちょっと手元が狂っただけなんだからね!」 大声で反論しながら始祖の祈祷書を拾い上げようとして・・・ふと、ルイズの手が止まった。 「どうしたよ、ご主人さま。鳩が豆鉄砲くらったような顔して?」 「・・・・・・」 「マスター?」 不審に思ったセラスが振り向くと同時に、ルイズが顔を上げた。両目が大きく見開き、呆気にとられたかのような表情だ。 「え~と・・・どうかしました?」 「・・・セラス、ちょっと聞いてくれない?」 「なんですか?」 二人のやり取りを、リップは眼鏡をキラリと光らせながら見つめている。 「私、読み手に選ばれちゃったみたい。いや、何かの冗談かもしれないけど・・・」 「「はぁ?」」 セラスとリップが揃って首を傾げる。その時、デルフが話に割り込んだ。 「まさかとは思うけど、それってもしかして・・・虚無のことかい?」 「授業で先生が言ってた、虚無のことですか?」 セラスは召喚された後で見学した授業を思い出した。確か、四大系統の他に失われた系統魔法があるって言ってたような? 「そうよ! ほら見て、始祖の祈祷書に古代のルーン文字が浮かんでるでしょ?」 ルイズは始祖の祈祷書の適当なページを開き、二人に見せつける。だが、二人は再び首を傾げる。 「どうしたのよ二人とも、文字が読めないの?」 「いや、そうじゃなくてですね」 「じゃあ何よ!?」 「文字が見えないんですけど・・・」 セラスの冷静なツッコミが、穏やかに響いた。 ◇ 「竜騎士隊が全滅しただと!? しかも、たった一騎の竜騎兵だけで?」 レキシントン号の後甲板で、総司令官のサー・ジョンストンは伝令の報告を聞いて呆然としていた。 ハルケギニアで一、二を争うアルビオンの竜騎士隊が、わずか一騎の敵軍の竜によって壊滅させられたと言うのだ。 「本当に竜騎士隊が全滅したのか!? 生き残りはいないのか?」 伝令の襟首を掴み上げ、額がくっ付きそうなほどの距離で問いただす。伝令は震えながらも、なんとか報告を続ける。 「竜は全滅しましたが、竜騎士は数人ほど生存が確認されています。現在、タルブ村を占領している兵士達によって保護 されています」 ジョンストンはホッと息を吐く。 「分かった、数人ほどは生きているんだな。竜騎士に伝えろ、動ける者は地上の兵と共に占領を維持せよとな。 負傷してる者については、治療を受けるように」 敬礼をして、伝令は走り去って行った。それと入れ替わるように、ボーウッドが歩み寄る。 「わずか一騎で二十騎を打ち負かすとは、まさに英雄ですな。この戦いが終わったら、是非とも会ってみたいものです」 「同感だな」 相槌をうった所で、ワルド子爵がいなくなっている事にジョンストンは気づいた。 「艦長、ワルド子爵はどうしたのかね?」 「ワルド子爵ですか?」 部下達の働き具合を見つめていたボーウッドは、ジョンストンに向き直る。 「子爵なら、我が竜騎士隊が全滅したのを聞いてから飛び立ちました。敵軍の竜に挑んで行ったと思われます」 ジョンストンの眉が、ピクリと動く。 「大丈夫なのかね、相手は我が竜騎士隊を全滅に追いやった強敵だぞ。子爵は皇帝の側近の一人でもあるし・・・」 弱音を呟きだしたジョンストンに対し、ボーウッドは自分の唇に人差し指を当てた。 「総司令官殿、周りに部下がいるのですぞ。そのような言葉は、慎んでください」 ハッとした顔をして、ジョンストンは周囲に目を向ける。どうやら、聞かれてはいないようだ。帽子の傾きを直しながら、 ラ・ロシェールに視線を向ける。 「子爵には、生きて帰って来るのを祈るしか無いな。艦長、左砲戦の準備だ」 「了解しました」 ボーウッドは大声で指令を出した。 「総員、左砲戦準備! 上方及び下方、右砲戦準備! 弾種、散弾!」 ◇ タルブの村を占領したアルビオン軍から距離にして五百メイルほど離れた町、港町ラ・ロシェール。 そこにトリステイン軍は陣を張り、立て篭もっていた。 その中には、アンリエッタの姿があった。右隣には同伴すると言っていたマリナと側近のシーリン、左隣ではマザリーニが 将軍達と何やら話しあっている。 「あれが、アルビオン軍・・・」 アンリエッタは軍旗を掲げて前進する兵士達と、上空に浮かぶ艦隊を見て顔色を変えた。背後で控えていたアニエスが 近付いて、耳打ちする。 「殿下、怖いのは分かります。ですが、今は落ち着いて冷静を保って下さい。指揮官が取り乱しては、部下まで取り乱して しまいます」 額に浮かぶ汗を袖で拭いながら、アンリエッタは手綱を握る手に力を込める。 「ごめんなさいアニエス、心配をかけてしまって」 そう言うアンリエッタの呼吸は、明らかに乱れていた。アニエスは少し考えると、アンリエッタの手を取り胸に当てさせる。 「殿下、このような時は深く呼吸をするのが良いと聞いております。大きく息を吸い、そして吐いてください」 アンリエッタは言われた通り、胸に手を当てたまま深く呼吸をした。淀んだ肺に新鮮な空気が入り、不安に苛まれていた 心が落ち着いていくのを感じる。 「大丈夫ですか?」 マリナが隣に寄り添い、優しく声をかける。アンリエッタは平気ですと口を開こうとした時、爆音が轟いた。 地面が大きく揺れ、危うく落馬しそうになる。音の聞こえた方角に目を向けようとして、アニエスに両目を塞がれた。 「見てはいけません、殿下は正面だけに意識を向けてください!」 「わ、分かったわ。正面ね」 アンリエッタを敵軍に注意を向けさせつつ、アニエスは湧き上がる吐き気をなんとか抑えていた。敵艦隊から放たれた 砲弾によって、見方の一部に被害が出たのだ。それも、人や馬が散弾と岩によって砕け散ると言う、恐ろしい死に方で。 「敵は空から強力な支援を受ける三千、我が軍は砲撃の的となった二千」 マザリーニの号令によって空に空気の壁を作るメイジ達を横目で見ながら、アニエスは小さく呟く。 「勝てるのか・・・こんな、圧倒的な差で?」 更に砲撃が加えられ、空気の壁が破られる。人や馬が岩といっしょくたになって、宙に舞い上がる。頬に飛び散った血を 拭いもせず、小さく口元を歪めた。 「まあ、武器を持っているだけ・・・ダングルテールの虐殺に比べればよっぽどマシだな」 マザリーニの号令により、騎馬隊が前進を始めた。腰に下げた剣と背中に背負った新式のマスケットを頼りに、 アニエスは馬を走らせ敵陣に向けて突進して行った。 前ページ次ページスナイピング ゼロ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2450.html
大地を揺るがす轟音の後、訪れたのは場違いともいえる静寂だった。 ほんの数分前まで空を占めていたレコン・キスタの艦隊は一隻の例外なくタルブの草原に叩き付けられ、友軍の地上部隊の大半を道連れにした。 昨日、美しく広大な草原であったそこは、中央に巨大な湖を生み出していた。 しかしその湖は風光明媚で知られるラグドリアンの湖とは比べることが出来ない。 かつて艦船であった木材の残骸と、かつて人間であった肉塊が湖面に浮かび、霧の様な土煙が立ち込める湖上。それを照らすのは、月に蝕まれた日の光。 地獄の一風景を現世に呼び出してしまったかのような凄惨な光景の端の中、トリステイン軍は時でも止められたかのように動くことが出来なかった。 しかし、この停止した時の中で動くことの出来る人間は二人いた。 この光景を作り出したウェールズ、そしてアンリエッタである。 「どうなさいました。枢機卿」 王女の可憐な唇から漏れたのは、戦の最中に呆ける行為を咎める響き。 アンリエッタの声で逸早く我に返ったマザリーニは、喉も裂けよとばかりの大音声を張り上げた。 「諸君! 見よ! 敵の艦隊は滅んだ! トリステイン国王女アンリエッタ殿下とアルビオン皇太子ウェールズ殿下の伝説の魔術、オクタゴンスペルによって!」 「オクタゴンスペル……!」 マザリーニの叫びに、将兵達の時が再び動き出していく。 「さよう! 王家の血に連なるメイジにのみ許された伝説の詠唱! 各々方、これで始祖の御意思、そして祝福がどちらにあるか示された! 彼奴らは今、始祖の鉄槌を下されたのですぞ!」 今、何が起こったのかを目撃したトリステイン軍は枢機卿の言葉をすぐさま受け入れる。腹の底から湧き上がる原始的な衝動は、水面に広がる波紋のように苛烈な砲撃を耐え抜いた軍勢に伝播していった。 「うおおおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳! アンリエッタ王女万歳! ウェールズ皇太子万歳!」 鬨の声が上がる中、アンリエッタは自分を離すまいと回されている腕の感触に幸せそうな微笑を浮かべていた。 「ウェールズ様……ああ、まるで夢のよう。もし夢だったとしたら……二度と覚めなくても構わない。そう思います……」 ウェールズはその言葉に、ほんの少し困ったように微笑んだ。 「これが夢であってたまるものか。僕達は手に入れたんだ……これは現実なんだよ、僕のアンリエッタ」 恋人同士によく見られる、世界には二人きりと言わんばかりの甘い空気は、マザリーニの控えめな……しかしよく通る咳払いで掻き消えた。 「オッホン。王女殿下と皇太子殿下のお邪魔をするのは出来うる限り避けたい所ではございますが……まだもう一仕事していただかねば困ります」 アンリエッタは勿体つけた物言いのマザリーニに、悪戯っぽく笑った。 「うふふ、ごめんなさい枢機卿。王城に帰ったら、ゲルマニアに使いを出さねばなりませんものね」 「その通りですな。わたくしにドレスの裾を投げ付けたように、あの成り上がりに婚約破棄を通達してやらねばなりますまい」 変われば変わるものだ、という感慨がマザリーニの胸中を占める。 あの会議室での演説で、王家に飾られる花でしかなかった少女は王女になった。 そして今、皇太子の腕の中で王女は最上級のスクウェアメイジに成長を遂げた。 なんと出来過ぎた物語だろう、と思える。物語の筋としては使い古された陳腐な筋だ。 王女がこれ以上ない危機に立たされた時、王子様が突然現れて共に手を携えて危機を打ち破る――しかし、それが現実に起こったとなれば、そしてその物語が生まれた瞬間に立ち会えるとなれば。 せいぜいが慌てふためくセリフと演技しか許されない端役者だとしても、体の中から浮き上がるような歓喜は否定することが出来ない。 マザリーニは、主役の二人を眩しげに見上げ、二人の目を見つめた。 「さあ、これより勝ちを拾いに行きましょう。皇太子殿下、王女殿下――いや」 帰ったら、この題目を脚本にした舞台を上映させよう。それを国威発揚に用いれば、しばらくはこの劇の話題で持ち切りになるだろう。 ならばせめて、決め手になるセリフを告げる役得くらいはあっていい。 「アルビオン国王、ウェールズ陛下。トリステイン国女王、アンリエッタ陛下」 恭しく頭を垂れた枢機卿に、二人の王は強く頷く。 アンリエッタは水晶の杖を掲げ、ウェールズは愛用の杖を掲げた。 「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我らに続けッ!」 地を揺らすような轟きを上げ、トリステイン軍は熱狂に浮かされ駆け出した。 * ルイズは、熱狂とは無縁だった。 友軍の戦艦を竜巻ごと落とされたレコン・キスタ軍はほぼ壊滅状態であったが、撤退さえ許されることなくトリステイン軍の突撃を受けている。 しかしルイズは突撃に加わる事無く、ラ・ロシェールに一人立ち尽くしていた。 先の艦砲射撃でのトリステイン軍の被害は決して少なくない。大勢の負傷兵と共に友軍を見送る形となったルイズは、遠い空を飛んでいる飛行機を呆然と見上げていた。 王女の助けになりたい、という意思は確かにあった。 しかし、自分の出る幕などなかった。 竜騎士隊と命を賭けて戦ったのは、異世界の飛行機械を駆る奇妙な老人。 危機に瀕した王女様を助けたのは、魔法の唱えられない友人ではなく、国を追われた王子様。 「……何よ。何よ」 自分は何も出来なかった。自分がした事と言えば、舞台に上がることも出来ずただ指をくわえて物語を眺めているだけ。 魔法を使うことも出来ない。戦いに赴くことも出来ない。 ぽた、ぽた、と白く形の良い頬を伝って涙が落ち続ける。 涙を止めようと両手で顔を覆うが、涙は次から次へと手の隙間から落ちていく。 「何がメイジよ……! 何がヴァリエールの末娘よ……! 私、何も出来ないじゃない! 何も出来ない……ただの、ただの……!」 遠くから聞こえる戦の戦慄きすら、ルイズに届くことはない。 今まで自分を支えていた貴族の矜持も、今遂に枯れ果てた。 くたり、と身体から力が抜け、馬の背へ崩れ落ちた。 「う、う、うわぁぁぁっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!」 視界が歪む。嗚咽を抑える事など出来ず、溢れる心の迸りを吐き出すように叫んだ。 * ルイズの説得を聞き入れて戦闘空域から離脱したジョセフは、ルイズの言葉が嘘でなかったことをこれ以上ないほど目撃した。 ラ・ロシェールから放たれた巨大な竜巻が、空に浮かんでいた艦隊を飲み込んで地上へ落ちて行く様を文字通り『高みの見物』してしまい、流石のジョセフと言えども度肝を抜かれていたのだった。 「……うーわー、ありゃオクタゴンスペルだぜ。あの王子と王女ってトライアングルだって聞いてたが、化けたなありゃあ。俺っちもさすがにおでれーたぜ」 カチカチと金具を打ち鳴らしながら叩く軽口でさえ、ジョセフの右耳から入って左耳から通り抜けていた。 「……こいつぁえれーモン見ちまったわい。昔戦ったワムウの神砂嵐もすごかったが、こんな芸当が人間に出来ちまうとはな。魔法恐るべし」 雲より高い空の中、凍えるような寒さの中でも額に浮かんでいた汗を、手の甲で拭った。 「さて、墜落しちまう前にどっかに着陸しちまわんとな。いくらなんでも人生で五回も墜落するのはナシにしたいわい」 うるさく鳴っていた金具の音が止み、ぼそりとデルフリンガーが囁いた。 「二度と相棒とは一緒に乗らねえ」 「うるさいぞ」 くくく、と二人揃って笑い合えば、シュル、と小さな音を立てて紫の茨が左腕から伸びた。 「ん? どうした相棒。何かあったのかい?」 当のジョセフは、片眉を上げてハーミットパープルを見た。 「……いや、わしゃ出した覚えなんかないぞ」 「あん?」 「なんでか知らんが出てきた。……む」 手袋の中から漏れる光。何度か起こってきた経験に従って手袋を脱ぎ落とすと、使い魔のルーンが眩く輝いていた。 「どうしたことじゃ、こいつぁ。デルフよ、お前なんか心当たりないか?」 「知らねえよんなこたぁ。俺っちも長生きしてきたが、スタンド使いが使い魔になったこたぁねーからよ」 怪訝そうな呟きと視線を受けていたハーミットパープルは、ルーンが刻まれた義手の甲へと滑り、まるで穴へ潜る蛇のようにルーンの中へ潜り込んで行った。 「なんだ!? こいつぁ……! 引っ込め! ハーミットパープルッ!!」 今まで起こったことのない状況を前に、ハーミットパープルを引っ込めようとするが、茨はジョセフの意思に従わない。消えるどころか、茨は次々に増える一方だった。 「なんじゃ!? 一体何がどうなっとる!?」 * 崩れかけた街に、少女の慟哭が響く。 どれだけ泣いてもルイズの中から濁った感情が引く事はなかった。 泣いても、泣いても。 どれだけ泣いても、自分が無力な存在であることは変わらないのだ。 (始祖ブリミル、あんまりです……! どうして、どうして私だけ……!) 人目を憚らず泣く。こうして泣いていれば、誰かが見つけて抱きしめてくれた。 しかし今は誰もいない。 カトレア姉様も、ワルドも、ジョセフも。 自分の側には誰もいない。誰も、いない。 だからこそ、叫んだ。小さい頃からずっと、心の中で蟠っていた叫びを。 「私に……力があれば……! 何も出来ないのは、もう嫌……! 私に力を! 守られているだけなんて、見ているだけなんて、もう嫌! 私に、私にっ……『力』を……!!」 固く目を閉じて、喉も限りに叫び―― ――不意に、抱きしめられた。 誰かが自分を抱きしめている。 ルイズはこの感触を知っている。いや、この暖かさとこの力強さを知っている。 「…………ジョセ、フ…………?」 ルイズを包んでいたのは、茨だった。 見間違えることなどない、紫の茨。 ハーミットパープルが、華奢な体に巻き付いていた。 泣く子をあやすように優しく、それでいて力強く逞しい。 空を見上げれば、飛行機は空を飛んでいる。ジョセフはここにいない。 左手から何かが迸ってくる感覚がある。左手を見てみれば、ハーミットパープルは自分の左手の甲から出ていた。そこから現れたハーミットパープルが、自分を包み込んでいたのだった。 「これも、スタンド能力なの……?」 訝るように呟かれた言葉に応えるかのように、ハーミットパープルはしゅるしゅると動いていく。 茨の一本がポケットの中に入り込み、ポケットに入っていた『水』のルビーを取り出してくる。そのまま茨がルイズの手を取り、指にはめさせた。 「ちょ、ちょっと。一体何を……」 ルイズの疑問も意に介さず、続いて懐から始祖の祈祷書を引っ張り出した。 結局詔は完成せず、戦場へ向かうアンリエッタを追うのに慌てていれば、ラ・ロシェールへ持ってきてしまったのだ。 ハーミットパープルがルイズの眼前へ祈祷書をかざした、その時。 突然、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出したのに、びくりと肩を震わせた。 「……何よ、これは……」 突如放たれた光に目を眇めていれば、白紙だったはずの紙面に文字が書かれているのが見えた。 それは果たして古代のルーン文字であったが、学年でも指折りの勉強家であるルイズは難なくその文字を読める。ページにびっしり書かれた文字列を目で追っていく。 『これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す』 視線を素早く走らせ、内容を読み解いていく。ルイズの視線が最後の行を読み終わった瞬間に、ハーミットパープルがページをめくってくれた。 『神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化をせしめる呪文なり。四にあらざれば零。 零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん』 読み進めていく内に、ルイズの鼓動は高ぶっていく。 「虚無の系統……伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」 祈祷書を読み耽るルイズは、頬を濡らした涙を拭くことも忘れていた。ハーミットパープルがポケットから取り出したハンカチで拭ってくれているのも気付かないまま、胸の中で大きくなっていく鼓動ばかりを強く感じていた。 『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。 また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 』 その後に古代語の呪文が続く。 読み終わったルイズは呆然とする。虚無が強力なら厳重にするのも理解できるが、それにしたってここまで厳重にしたら気付かないで一生を終えたりする可能性高すぎるでしょう、とか当然言いたかった。 が、それよりも今、余りにも多くの事が一度に起こり過ぎて混乱しかけていたルイズの思考が、段々落ち着きを取り戻してきていた。 祈祷書から、自分を包み込んでいるハーミットパープルに視線を移すとそっと撫でてみる。茨に棘は生えているが、先端に触れてみても痛みはない。 『メイジと使い魔は一心同体よ』 ジョセフを召喚した夜、滔々と語っていた言葉を思い出す。 『ハーミットパープルの能力は念写に念視!』 武器屋を探す時に、ジョセフが見せてくれたスタンド。 「……もしかして。私が……力を欲しいと、心から願ったから? ハーミットパープルが、私の中に眠っている虚無の力を探し出してくれたの……?」 もしハーミットパープルがなかったら、果たして自分は祈祷書を読めていただろうか。 『水』のルビーを指に嵌めた後で、祈祷書を開いて読もうとする機会など考えにくい。 だとすれば、なんて迂遠なことだろうと思う。 自分の中に眠る力を見つける為の大きな扉を開くために、異世界のスタンド使いを――それも探索能力に長けた――連れてくるだなんて。 しかしそうでなければ、一生気付かないままだったかもしれない。 一生、ゼロのルイズとして蔑まれる人生を送っていたかもしれない。 しかし今、ルイズは自分の系統に気が付いた。 ジョセフの力を借りられたのは、彼が自分と一心同体の存在だったから。主人の切なる願いを感じ取ったハーミットパープルが、主人の望む物を探し出したのだ。 「…………ジョセフ…………!」 今、ここにいない使い魔を掻き抱くように、自分を包む茨を抱いた。 再びルイズの目から涙が零れる。 しかし、先程の涙とは違う。 暖かく、暖かく、暖かく……――嬉しくて流れた涙だった。 ぐ、と袖で涙を拭うと、まだ暗い輪を作る太陽を見上げ、続いて飛行機に目をやった。飛行機は日蝕の輪に向かってはいない。むしろゆっくりと高度を落としていっているのが見えた。 ルイズは、祈祷書に目をやる。静かに、しかし大きく息を飲んでから、右手にある杖を握り直した。 (ダメよ)(やらなくちゃ) 二人のルイズがいる。 呪文を唱え始める。 (何をする気なの)(そんなの決まってるわ) 沸き立つような心の波、冷ややかに祈祷書の呪文を追う視線。 まるで何度も聞いた子守唄のような懐かしい旋律を紡いでいく。 (そんなことをしてはダメよ。ジョセフを帰すだなんて)(帰さなきゃいけないのよ) 初歩の初歩の初歩の虚無、エクスプロージョン。 聞いた事もないのに、初めて使う魔法だというのに、ずっと前から知っていた。 (馬鹿げてるわ! そんなことの為に、伝説の力を使うだなんて!)(伝説の力だからこそ使うのよ。エクスプロージョンなら……虚無の力なら、飛行機をあの日蝕の輪へ持ち上げることが出来る!) リズムが体の中に沸き起こり、駆け巡る。 今、何をしようとしているのか、ルイズは十分すぎるほど理解していた。 自分を優しく支えてくれてきた使い魔を、自らの魔法で、自らの手の届かない世界へ帰そうとしているのだ。 (やめましょう! 今なら間に合うわ! 簡単よ、今すぐ詠唱をやめて、日蝕が終わるのを待つのよ! 誰にも判らないわ、私が何もしなかったからって誰も責めないわ! そうよ、ジョセフだって、きっと仕方ないって――……) (私が許さないわ!!) 囁くのは、ルイズ。一喝したのも、ルイズ。 二人とも紛れもないルイズであり、ルイズの本心。 二人に共通しているのは、ジョセフを大切に思っているということ。 しかし、決定的な違いがある。 一人は、ジョセフを慕い縋ろうとする少女のルイズ。 もう一人は、ジョセフを誇りに思う貴族のルイズ。 帰したくない、帰してあげたい。それは同時に存在する、ルイズの本心。 どちらにも転ぶ。どちらかを選ぶ。そしてルイズは選んだ。 詠唱は、止まらない。 (駄目、駄目よ! そんなことしたら、私は一生使い魔のいないメイジになるわ! ジョセフが死ぬまで新しい使い魔を呼べないのよ! 使い魔が欲しくてジョセフが死ぬのを願ったりするなんて、そんなことはいやよ! やめて! やめましょう!) (そんなことは願わないわ、決して! だって、だって、私は――……) 長い詠唱の後、呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは己の呪文の威力を完全に理解した。 これは、大いなる力だ。 先程の艦隊を、ただ一人で打ち破れる。いや、それだけではない。自分の視界に映る全てを巻き込み、しかも自分の破壊したいものだけを破壊できる。 今なら、まだ引き返せる。この杖を振り上げなければ、まだ引き返せる。 これだけの力を使えるのは、最初の一回だけ。今まで溜め込んできた精神力を使ってしまえば、また溜め込むのに時間が掛かる――使ってもいないのに、ルイズには当たり前のように理解できていた。それは自分の系統だからだ。 そう、今までゼロだと蔑まれてきた自分が伝説の担い手だったのだ。 この力があれば、敬愛するアンリエッタ様の力になれる。 両親に、姉達に、友人達に、教師に、胸を張れる。 私は、立派なメイジなのです。 ちょっと奇妙な使い魔がいるけれど、私は一人前のメイジなのです…… 杖を握る手に、力を込めた。一瞬、自分を包んだままの茨に視線をやり……そして、何かを吹っ切るように空を見上げる。 「私は……私はぁッ!!!」 涙が落ちるのにも気付かず、天高く杖を振り上げた。 「ジョセフ・ジョースターの主ッ!! ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなのよぉーーーーーーーッッッ!!!」 * ハーミットパープルが自分の制御を外れたのに警戒はしつつも、今最優先すべきなのは無事に不時着することである。 今にもオシャカになってしまいそうなゼロ戦を宥めすかしつつ着陸場所を探していたジョセフは、突如眼下で膨らんだ光の球に気付く。 まるで小さな太陽のように鮮やかで激しい光を放つそれに、思わず腕で目を覆った。 「なんだぁーーーーッこいつはッ!!」 回避運動を取ろうにも、下から膨れ上がる光の球の速度は、どう逃げようともゼロ戦を捕らえる。ガンダールヴのルーンが突き付ける非情な現実が、ジョセフの頭に否応なしに浮かぶのだった。 「落ち着けよ相棒。ありゃあ、虚無の魔法だ」 「なんだと!? 虚無!? それがなんで今頃……」 「そりゃあ、虚無の担い手が使ったんだろ。ふつーのメイジにゃ使えねぇ」 「お前、そんな暢気な……!」 「俺の敬愛する相棒に含蓄ある素晴らしい言葉を送るぜ。ダメな時ゃ何やってもダメ」 「ただ諦めてるだけじゃないかそいつァー!!」 狭いコクピットの中で何を言い合おうと、結果が変わる事はない。 迫り来る光の球がゼロ戦の腹に当たる瞬間、覚悟を決めて目を固くつぶる。 (ああ……ここでオシマイかッ……すまん、スージー、ホリィ、承太郎、ルイズ……ッ!) しかし、終わりの時は訪れない。 不意に感じた奇妙な感覚に恐る恐る目を開けた。 結論から言えば、光の球はゼロ戦を飲み込まなかった。 光の球は、ゼロ戦を飲み込むのではなく―― 「こ、こいつはッ! ゼロ戦を『押し上げている』ッ!?」 風防ガラスの外に見えたのは、『垂直に落ちて行く雲』。否、そう見えるのは自分達が垂直に上昇しているから。 どこへ向かうのか。 思わず上を見上げたジョセフの目には、今にも途切れそうになっている日蝕の輪が見える。 その瞬間、ジョセフは全てを理解した。 操縦桿から手を離し、側壁に凭れ掛かる。 「そうか……ルイズ……。お前、魔法使えるようになったんじゃなぁ……」 満足げに微笑むと、目を閉じて生意気な孫娘の顔を思い返した。 「なあ、デルフリンガーよ」 「なんだい相棒」 「いきなり召喚されて大変な目にもあったが……だが、楽しかった。とても楽しかったよ」 かちり、と一度金具を鳴らし、剣はしみじみと呟いた。 「ああ。楽しかったな……本当に心からそう思うぜ」 日蝕の輪は、どんどん近付いてくる。 「相棒の世界ってのは、俺っちが活躍できるような世界かい?」 「んーむ……DIOも倒したところじゃからなあ。お前の出番はないんじゃないか?」 イヒヒと笑うジョセフに、デルフリンガーは嫌そうな声を上げた。 「また武器屋の店先で安売りされるのだきゃカンベンしてくれよ、相棒」 そしてまた、二人で笑い合う。 光の球は輝きを増していく。 まるで月に隠れた太陽の代わりになろうとするかのような、黄金の輝きを。 その時、ジョセフは確かに見た。 日蝕の輪を潜った瞬間を。 * 不意に現れた光の球を、タルブにいた者達は見上げていた。 不意に現れた光の球は、特に目立った何かを起こすわけでもなく、現れた時と同じように不意に消えた。 その光の球が如何なるものだったのか理解できる人間は、一人だけの当事者を除いては誰一人存在しなかった。 そのたった一人の当事者も、今までの人生で蓄積してきた精神力を全て使い果たし、馬の背の上で気を失っていたのだから―― 【ジョセフ・ジョースター (スタンド名・ハーミットパープル) 地球へと帰還】 To Be Continued → 戻る