約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6588.html
前ページ次ページ鋼の使い魔 時刻1755。斜陽が射すタルブの村へトリステイン王軍が入った。 正午を過ぎた頃戦端が開いたアルビオン地上部隊3800との戦闘は、6時間に渡る激戦の果てに終息した。 アルビオン軍はトリステイン軍の奮戦と、謎の天変地異による旗艦『レキシントン』含む二隻の戦艦が爆沈した事で戦線が崩壊した。 地上部隊3800は最後、非傭兵による400の集団を残して降伏した。残されたアルビオン分艦隊は、逃走を試みて北東ラ・ロシェールへ進路を取り 戦場から逃走したものの、先んじて封鎖されたラ・ロシェール港を奪取できないまま、風石が尽きて降伏した。 無論、トリステイン軍も甚大な被害を受けての勝利だった。先遣部隊として戦場に現れた傭兵団『銀狼旅団』200、タルブ領主アストン伯の私兵80、 そしてトリステイン王軍3000が戦場に投入され、今タルブに生きて入ったものはそれぞれ150、10、1100を数えるだけとなっていた。 特にメイジ兵は騎馬、下馬合せて1200の内、今いるのは三分の一にも満たない。 捕えた捕虜達が逃げ出さぬよう監視される中、タルブ村中央広場に陣取った王軍本陣にて、即興で設えられた台にアンリエッタが登る。 アンリエッタもまた満身創痍だった。王宮から、或いは飾られた馬車から外を見ていた時の手弱い可憐さは、身に着けた白銀の箔鎧を泥と埃、煤と返り血で汚し、 翻るマントもボロボロになっていた。 だが、アンリエッタの眼は以前のようなただ憂うだけのそれではない。今の彼女には王族の責任を、民草と国土を守ったという確かな実感が秘められていた。 「……」 肩で息をしながら台の上から自分を見守る兵士達を見た。労いの言葉を言わねばならないのに、声が枯れてしまって何を言えばいいのか頭が真っ白になる。 以前なら露ほども心を砕かずにすらすらと言葉が出たはずなのに。 「…殿下」 傍に控えたマザリーニがそっと声をかける。 アンリエッタはぐっと唾を一呑みして息を吸い、半分だけ吐いて口を開いた。 「トリステイン王国軍並びアストン伯傘下の諸兵。及び先鋒を務めた『銀狼旅団』の各位へ。 我々はアルビオンから降りてきた侵略者を撃退する事ができました。 倍する数の敵に向かい、私の声の下戦った各位に、トリステイン王国女王マリアンヌ・ド・トリステインに成り代わり、礼を申し上げます。 と同時に、この戦いで命を落とした者達に私は祈ります。天にまします始祖の下へ還ることが出来ることを。 今ここタルブに私達が地に足をつけていられることが、彼らの犠牲の証明であり、生きた証であることを忘れてはなりません」 台の両脇で篝火が炊かれている。炎は細く伸びて天を目指しているようだった。 「今後は最低一両日、我々はここタルブに滞在し周辺に逃走したアルビオン兵の掃討に務めます。 アストン伯には王軍より兵士を貸与しますので、避難させた住人が無事に家に戻れるように計らいなさい」 台の下で跪いていたアストン伯が胸に杖を掲げて敬礼する。 「詳しい行程はグラモン元帥に一任します。ド・ゼッサール卿とアニエス殿には別件で話がありますので、後でアストン伯邸へお越しください。 各位、既に疲れているでしょうが、交代で休息を取らせますので、どうかそれまで堪えてください」 「トリステイン王国万歳!アンリエッタ殿下万歳!」 「トリステイン王国万歳!アンリエッタ殿下万歳!」 広場に並ぶ兵士達から万歳の声が返ってくる。国を、そして自分を称える声が。 声を背中に浴びながら、アンリエッタは台を降りる。そのまま台上はグラモン元帥が変わって行程の指示説明を始める中、 マザリーニを連れてアストン伯邸へとユニコーンを向けた。 「実に見事なお言葉でございましたよ殿下。このマザリーニ、感服した次第にございます」 「心にもないことを…」 アストン伯邸までの短い道を護衛と共にに二人は進んでいた。 「…でも、今回のことでよく分かりました。…トリステインをこのままに、私は国から出る事はできません」 「ほぅ、…では如何なされるおつもりですかな」 門前で下馬した二人は使用人に案内されるままに屋敷の中を歩く。 「マザリーニ。敢えて言いましょう。母上…マリアンヌ女王に玉座を預けておくことは出来ません」 はたとマザリーニの足が止まった。傍に立つ護衛の兵士も耳を疑って唖然とする中、アンリエッタは通された部屋の椅子に座ってマザリーニに正対した。 「…それは詰まる所、陛下に玉座をお降りしていただくと言う事でよろしいのですかな?」 「こうなることを貴方は以前から予見していたのではありませんか?でなければわざわざゲルマニアから傭兵団を招待して隠しておくことなどしないでしょう」 「さて…関知いたしませんな。ですが殿下がそう思われるなら、そうなのでしょうな」 老獪な能吏と若い貴人は互いの視線を盗みあった。やがて、アンリエッタはマザリーニから視線を外した。 「…いいでしょう。その辺りについては問いません。ともかくは二人が来てから決めるとしましょう。これからのことは」 そう、もう周りに明日を決められるのは御免だ。これからは自分で決めて行かねばならない。 アンリエッタの目は、まだ甘さが残りながら、確実に鋭く、前を向くようになっていた。 黄昏た空の下で、ギュスターヴは意識を失ったルイズを抱いて丘の頂上に腰掛けていた。 FBを受け止めた左手は裂き傷を晒したままで、冷たくなり始めた風が障って沁みる。 その格好のまま、ギュスターヴが話しかけた。 「デルフ」 「なんだい」 デルフは拾われず捨てられたままだったが互いに気にしなかった。 「そこの卵が何だか、お前は知っているのか」 風に燻した金髪が揺れる。 ルイズが手にしていた妖しき卵は樹木に叩きつけられても傷一つつけず、そのまま地面に転がっているのが薄暮の中でもわずかに見えた。 「何となくは覚えてるぜ。一応6千年は剣やってるからな。…そいつはな、たしかブリミル達の想いを詰め込んだものだったと思う。 でも今日まで剣やってて、そいつを見たのは何度目かなぁ…一、二回くらいしかないような気がするね。あんまり覚えてないんだけど」 藪に突っ込まれたままのデルフは露草に濡れていた。剣身が暮れる冷気を吸って醒めるような光沢を見せる。 「相棒」 「なんだ」 ギュスターヴの腰下ろす場所から、遠く見下ろせるタルブの村の真ん中で篝火が炊かれているのが見える。 「お嬢ちゃんが目ェ覚ましたら、なんていうんだい」 デルフの握りに巻かれた布がほつれて風に舞う。ギュスターヴは答えないまま時間が過ぎて、太陽が地平を沈み行く。 「ん…」 双月は下界の出来事を嘲笑うように、昨日とまるで変わらず光を浮かべてギュスターヴ達を照らす。 ギュスターヴに倒れ掛かったままだったルイズの瞼が、ゆっくりと開けられた。細くあけたルイズの目は夢現なのか、ぼんやりと藪を見たり、丘の下を見ていた。 「……ここは…」 「気が付いたか」 ルイズは声を聞いて初めて自分がギュスターヴに倒れ掛かっていたのに気付いた。 「ギュ、ギュスターヴ…何してるのよ。離しなさい」 離すというかルイズが離れればいいだけなのだが、まだルイズの頭ははっきりとしていなかった。 「立てるか?」 「当たり前でしょ。っと…とと…」 立ち上がったルイズだが、脹脛が震えてしゃんと立っていられない。えっちらおっちらと足を踏み出して、どうにかギュスターヴの隣に座りこめた。 「ふぅ」 二人の間を夜気の風が抜けた。 「ねぇ、ギュスターヴ」 「なんだ」 夜は落ちた。松明らしき小さな灯火が村の隣の小さな森に移り、そして村へと戻っていくのが見えた。 「夢を…私ね、ずっと夢を見ていた。夢の中で私は、小船の上で卵を抱いて眠っているの。小船が曇天の中、小川をゆったりと流れていくの。 春先みたいに暖かくて、私は卵を抱えてとろとろまどろんでいられた…」 話しながら、ルイズの目は伏せがちに戦場となった街道を見ていた。日の落ちて徐々に月が高く昇っていくが、遠景では街道は暗い。 炎と堕ちた船の残骸も、今は目に映らない。 「……ルイズ。…お前は…」 「言わないでっ」 震えた声でルイズが叫んだ。 「何となく、分かってたから…。祈祷書を開いた時に、心臓が爆発しそうなほどドキドキして、目の前が真っ暗になって…。 そのまま暖かくて真っ暗な中で、私はずっと眠って…でもずっとずっと遠いところから、自分が何をしていたのか見えていた気がする」 一陣の風が吹きぬけた。藪から一枚の葉を浚った風が、丘を降りて地面に堕ちた船まで飛んでいく。 自分からあふれ出る、黒い何かがたまらなかった。 「私…沢山の人を殺してしまった……っ」 白パンのような頬を一筋の涙が伝って、夜闇に落ちた。 「…ルイズじゃない。ルイズを借りたあいつが全てやったことだ」 「でも私は全部!全部…覚えてる…。お屋敷でメイドから、学院で先生からアニマを奪って。この丘から戦場に向かって光を落として。船が沈んで。 ギュスターヴを切りつけて。全部……覚えてるのよ…」 夜闇は二人を包んでいた。月明かりとデルフだけが、二人を見ていた。 「俺は『出来損ない』だった」 「だった?」 冷たい。夜闇がどこまでも二人を包んでいる。 「7歳で俺は母さんと城を追い出された。そのまま家庭教師と海を越えて亡命した。19歳で母さんは亡命先で死んだ。まだ39歳だった…」 ルイズはいつか見た、ギュスターヴらしき少年を抱いた女性が出てきた夢を思い出していた。 どこかでみみずくが鳴いた。 「15歳で剣を打って、20歳で国を一つ奪い取った。28の時に義理の弟と戦争をして、処刑させた。術の使えない…アニマに触れられない俺が、自分の都合で殺したんだ」 普段なら、与太事と聞き流していたかもしれない。でも今は違った。自分の中を蹂躙した何かがのせいなのか、月と夜と風のせいか。 ルイズは今、ギュスターヴ自身の過去を、ありのままに受け止められそうな気がした。 またみみずくが鳴き、羽ばたきの音とともに遠くなっていく。 「殺したかったわけじゃない。ただ俺は…アニマと術がなくても生きていけることを証明したかった。普通ではないと言われても、なんてことはないことを証明できたんだ」 「私は……っ!」 吐き出すルイズの言葉で、また一羽のみみずくが飛び立った。 「私はメイジでありたかったっ!貴族でありたかったっ!勇敢で、高潔で、お父様やお母様のような立派な…立派なハルケギニアのメイジでありたかったのよ!」 ギュスターヴはうっすらと月明かりに照らされたルイズの顔を見た。 つぶらな相貌から零れるものが大地を濡らしている。地面に食い込む細指がかりかりと土を削っている。 「……でも。今日、分かっちゃった。…どんなに願っても、努力しても、私は普通のメイジには成れないんだって。…馬鹿よね。 人間を……あんたを使い魔にした時から、多分心のどこかでそんな気がするのを、ずっと知らない振りして」 「そんな言い方をするな…」 ギュスターヴはどう声をかけるべきか迷ってしまった。ギュスターヴはハルケギニアでメイジと魔法が、それを持たぬ者をどのような位置に追いやるのか、 ありありと知っているわけではないのだから。 涙を流してルイズは暫くの間、悶えるように呻いた。悔しい気持ち、諦めがたいような詰る声が漏れていた。 肩を抱いてかきむしり、体の内側から焼かれているかのように暴れて……ルイズは止まった。 「……ギュスターヴ」 俯いたままぐしぐしと涙を拭ってルイズが聞く。目元は腫れ、眼球は充血して桜色をしていることだろう。 「私、やめるわ」 「何を…?」 聞き返すギュスターヴに答えず、ルイズは立ち上がった。そして懐に押し込んであった、自分用の杖を抜き出す。 「……」 長い間、手に馴染んだ杖を見ているルイズの脳裏を、さして長くもない半生が駆け抜けた。 領地のお屋敷で、日の暮れるまで魔法の練習をした記憶。 家庭教師から押し付けられた課題をいくらこなしても爆発しかしなかった過去。 失敗した魔法をあざ笑った、全ての顔…。 きゅ、と口角を上げたルイズは、杖を振りかぶって、何もない闇に向かって杖を投げ捨てた。 月明かりを何度か反射して、すぐに杖は見えなくなる。夜闇に杖の放物線だけが、残像のように残った。 「私。皆と同じことができようなんて、思うのやめるわ。たとえあの悪魔の力が使えなくても、私が私らしく生きていけるって、証明してみせる」 つたない宣言だった。 だが、ルイズは心に決めた。祈祷書から流れ込んだ意思が自分を通して使った力は、系統魔法とはまったく別の力だった。 それが伝説の虚無そのものなのか、それともまったく別の忌むべき悪魔の力なのかは分からない。 祈祷書は語りかけた。自分には世界を統べる資格があると。だがそんなものが今まで欲しかったわけではないし、 そんなもののための力に振り回されるなんてもう、真っ平御免だ。 ギュスターヴは呆然とルイズが杖を棄てるところを見ていた。そしてルイズが言い放った言葉を頭で追いながら、ルイズ自身をよく、視た。 「出来ると思っているのか?」 「出来るじゃなくてやるのよ。私はルイズよ。ラ・ヴァリエールなのよ。でもそれとメイジであることが全て一体であらねばならないなんて、 振り返ってみれば、誰が決めたのよ?」 おそらくハルケギニアの貴族が聞けば、とんでもない世迷言を言い始めたと聞き流す事だろう。 だが、聞いたのはアニマも魔法も縁の無い、異界の王だった男だ。 「……いいんじゃないか?自分をどう決めるかは結局、自分にしかできないことだ。回りの条件なんて所詮、後から付いてきたりするものだからな」 よっ、とギュスターヴは立ち上がり、傍に投げ捨てたままのFBとデルフを拾い上げ、FBの柄をルイズに向けた。 「何?」 「これを使ってみるか?」 びくり、と言われた言葉にFBとギュスターヴを見比べる。おぼろげに思い出せる、ギュスターヴを切りつけたり炎を浴びせたりした光景に恐怖を覚える。 「ファイアブランドは使い手を選ぶ。曲がりなりにもお前はこれを使った。なら、これはルイズが使うべきものだ」 熱を失った白いFBがルイズに映る。 「……」 どうしても、怖い。祈祷書の時のように、飲み込まれるのではないかという恐怖に駆られる。 はっとして、ギュスターヴを見上げた。徐々に昇り始めた月の光を受けた顔は、まっすぐな目でルイズを見ている。 (覚悟を試されている…) 人とは異なる道を行く。それは険しいものだ。だからこそ一層の強い意志が求められる。 ギュスターヴはそれを試しているのだ。既存のメイジという枠を打ち捨てるというルイズの覚悟を。 …ふと、ルイズは目の前の男の目線が自分よりもずっと上にあるということが、少し気になった。身長差がずっとあるのだから当然なのだが、 ルイズはそれが少し、憎たらしく思えた。 (えっらそうに…あんたは私の使い魔…なんだから!) そうだ。覚悟も決意もまず一つ。だがそれと同じくらい。 この男を見返してやりたい。 『水のルビー』が光る。澄んだウォーターブルーの光がルイズの左手から溢れていく。 「見てなさい。私は…」 FBの柄がルイズに握られる。 「私だけの明日を手に入れて見せるわ」 …タルブ北面会戦が終結した後、トリステイン王軍1250名は総指揮を務めた王女アンリエッタの命によって3日後、王都トリスタニア王城を軍事占領し、 アンリエッタは女王マリアンヌへ退位を迫った。 マリアンヌはこれを受け入れ、退位宣言書を交付。戴冠までの代理権限をアンリエッタに移譲した。 国主としての権限を掌握したアンリエッタはマリアンヌを王宮の端にあった塔へ封じ、またタルブ会戦前においてアルビオン融和を唱えた一派に対し、 蟄居や退官を命じるなど様々な政策を断行した。 後にアンリエッタはマリアンヌに承認されトリステイン王国女王として戴冠し、続けて様々な革新的政策を進めていくこととなるが、タルブ会戦終結後から戴冠式まで、 半月に及ぶ空位期間を『アンリエッタ僭政』、その後を『アンリエッタ親政』と称す。 (新トリステイン史61巻2章より抜粋) 『ルイズの夜』 第一部『覚醒篇』 了 前ページ次ページ鋼の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6844.html
前ページ次ページゼロと損種実験体 ルイズは、学院長から受け取った一冊の本を前に、呆然としていた。 それは、『始祖の祈祷書』と呼ばれる国宝で、トリステインの王族の婚姻の時、巫女に選ばれた貴族の娘はこれを手に詔を詠み上げる習わしになっているらしい。 結婚する王族とは、ゲルマニアの皇帝に輿入れするアンリエッタで、彼女は巫女にルイズを指名したのだという。 そこまでは良い。いや、恐れ多いとは思うが、姫さまの指名なら否やはない。巫女は式の前より、始祖の祈祷書を肌身離さずに持ち歩かなければならないというのも、詠み上げる詔を自分で考えねばならないというのも、まあいいだろう。 問題は、部屋に持ち帰って何か詔の参考になることが書いてないかと開いてみた本の内容である。 本のページを開いた瞬間、指にはめたままの指輪、水のルビーが輝きだし、その光を浴びた始祖の祈祷書が同じく光りだしたのである。 何が起こったのかと、指輪を見て、次に開いたページに眼を落としたルイズは、光の中に古代のルーンで書かれた文字を発見する。 座学において優秀な成績を誇り、それでも貪欲に知識を吸収し続けるルイズにとって、それを読み解くことは容易い。そうして読み勧めた内容は、彼女にとって頭の痛いものであった。 内容を簡単に説明すると、この本は始祖ブリミルが書いた物であり、虚無の系統の呪文が書き記されている。そして、これは始祖と同じ虚無の系統のメイジが、始祖の血に繋がる王家に伝わる指輪――――例えばルイズの持つ水のルビーなどである。を指にはめた者だけが読み解く事ができるようになっているらしい。 つまり、これを読むことができる自分は失われし伝説の系統、虚無の使い手だということになる。 馬鹿げている。そう思う。 魔法の成功率ゼロのルイズ。どんな魔法も失敗の爆発魔法になってしまう落ちこぼれ。そんな自分が、伝説の再来だと、この本は記してあるのだ。 思い当たる節はある。 アプトムだ。アルビオンから帰ってきて、図書館で調べた結果、彼の左手にあるルーンが本当に始祖の使い魔ガンダールヴのものであることは確認済みである。 強大な力を持ち、始祖の使い魔のルーンを持つ使い魔。そんなものを召喚できるのが、伝説の担い手であるというのは、実に納得できる話ではある。他人の話であれば。 だが、自分が当事者であるというのなら、考えずにはいられない。これまでの16年間は何だったというのかと。 物心ついてから、彼女は常に努力し続けてきた。せめて人並みの魔法が使えればという、泣き言を飲み込み修練してきた。 それでも、魔法が使えなかった自分が伝説? 伝説だからこそ、これまで自分は魔法が使えなかった? どちらにせよ、その結論は彼女の努力を踏みにじる事実でしかなかった。 ふざけるなと彼女は思う。この本が国宝であるという認識がなかったならば、破り捨てていたかもしれない。 だって、あまりにも酷い話ではないか。もしも、もっと早くにこの本を手に取ることができていたならば、彼女はゼロなどと言われなくて済んでいた。周りの嘲りに耐える必要もなかった。両親や上の姉の叱責に震え、自分の不甲斐なさを責めなくても済んだ。 そう思い憎悪にも似た怒りを覚えても、彼女はこの本から眼を離せない。伝説に残るようなメイジになってアプトムを帰してみせると約束したからという理由もあるが、それ以上に魔法が使えるようになりたいという想いが強かった。 この本に書かれた最初の呪文は、エクスプロージョン。虚無の中で最も初歩の呪文である爆発の魔法。言葉にすることなく読み勧めたそれは驚くほどすんなり彼女の中に染み渡り、これこそが自分の魔法だと知らされる。これまでの失敗である爆発魔法は全てこれに繋がっていたのだと理解する。 だけど、自分はこれを唱えるべきなのだろうか? こんなものに頼るべきなのだろうか? それ以前に、今は姫さまの結婚式に詠み上げる詔を考えるべきで、愛する者を失い別の男の元に嫁がなければならない不幸な王女を事を差し置いて、自分の事情に頭を悩ませるのはいかがなものか。 とはいえ、詔など簡単に思いつくものではないし、気を抜くとすぐに本の方に意識が行ってしまう。 そんなわけで、ああだこうだと頭を悩ませていると、いつのまにか部屋に入ってきていたシエスタが声をかけてきた。アルビオンから帰って来て以来、どういうわけかシエスタは、よくルイズの部屋に尋ねてきていた。 ちなみに現在アプトムは部屋にいない。自分でも、魔法について調べる必要を感じたらしく今は図書室に行っているはずである。 「進んでないみたいですね」 真っ白な草案を見て言うシエスタを、むー、と睨んでやるが彼女は堪える様子もなく、「気分転換をしたほうがいいんじゃないですか」と言ってくる。 シエスタの見たところ、ルイズは暇さえあれば机に向かって過去の資料を読んでいるだけだ。これでは、過去にあった結婚式の詔の丸写しなら作れても、本人が納得できるものが出来上がることはないだろうと簡単に想像できる。 しかし、そんなシエスタの言葉にルイズは難色を示す。彼女にはやることが多いのだ。詔が出来上がったら、次は魔法の勉強をしなくてはいけない。 始祖の祈祷書という新たにできた悩みの種もあるのだから。ついでに言えば、気分転換と言われても何をすればいいのか分からない。真面目な性根である彼女は、そういうことは魔法が使えるようになってからだと考えていたので娯楽に詳しくないのだ。 「なら、わたしの村に遊びにきませんか?」 詔を考えるだけなら学院でなくてもできるし、それができるまでは、勉強ができない。授業に出ても、身が入らないであろう予想もできる。 そして、すぐに完成するものでもない。 なら、いっそ息抜きがてら、自分の故郷の村に遊びに来ませんか? とシエスタは誘う。 彼女は、この可愛い貴族の少女を村の皆に紹介したいと思っていたのである。村のみんなは、この少女をきっと好きになるはずだと確信もしていた。 そうして、煮詰まっていた彼女は、「じゃあ、アプトムがいいと言ったら、行くわ」と答え、後で確認を取ってみて以外にもあっさりと許可が出たので、ルイズは休暇を取ったシエスタと共に彼女の村に遊びに行く事になるのである。 トリステインの王宮にあるアンリエッタの居室において、部屋の主である少女が仮縫いの純白のドレスに身を包んでいた。 そのドレスを着てゲルマニアに嫁ぐことになる少女は、そこに集まった女官たちが何を言おうとも無表情に頷くだけであり、それを見かねた太后マリアンヌは、女官たちを下がらせ娘と二人きりで話をする事にした。 「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」 「そのようなことはありません。わたしは、幸せ者ですわ。生きて、結婚することができます。結婚は女の幸せと、母さまは申されたではありませんか」 痛みを堪えるような顔で訴える娘をマリアンヌは抱きしめる。 マリアンヌは、娘とよく似た善良な人格の女性である。いや、アンリエッタの方がマリアンヌに似たと言うべきだろうが、この際それはどうでもいい。 アンリエッタの延長線上にあるような人間である彼女は、誰よりも今のアンリエッタの心情を理解していた。 娘が誰かに恋をしていることも、その恋を捨てて望まぬ結婚をしなければならないことに胸を痛めていることも。 もちろん、その恋の相手がウェールズであるとまでは知らないが、それを知らなくても娘の考えは手に取るように分かる。 そして、その生きた年月の分だけ娘よりも広い見識を持っている彼女は、それが一時の感傷に過ぎないことも理解していた。 彼女とて、小娘であった頃は、政略結婚など気に入らなかったし、全てを捨てて恋に身を焦がしたいと思ったこともある。 だが、それがいかに愚かしい思い込みであったのか、今ならば理解できる。 彼女たちは、籠の鳥である。これは別に、虜囚だという意味ではない。籠の中で守られ生まれ育った生命であるがゆえに、そこから出ては生きていけない脆弱な生き物であるという意味である。 例えば、ウェールズが生きていて、アンリエッタが望むように全てを捨てて二人で逃げ出したとしても、二人は決して幸せにはなれない。 守られ、かしずかれる生き方しか知らないアンリエッタに市井の民のような生活はできない。人の上に立つものとしての教育だけを受けて育ったウェールズも同じである。 王族と言う立場に生まれ、そこでしか生きられない二人がそれを捨てたとしても待っているのは不幸な結末だけ。あるいは、お互いを憎みあい傷つけあう不幸な関係になったかもしれない。 だから、彼女は言うのだ。 「恋は、はしかのようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れますよ」 「忘れることなど、できましょうか」 「あなたは王女なのです。忘れねばならぬことは、忘れねばなりませんよ。あなたがそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」 アンリエッタは恋するものを喪った。だけど、その想いはいまだ消えず、その身を焦がす恋の炎が消えてしまうことなど信じられない。だけど、それは許されないのだとマリアンヌは言う。 「わたしは、なんのために嫁ぐのですか?」 「未来のためですよ」 「民と国の、未来のためですか?」 そのために犠牲になれと言うのか? そんな思いと共に吐き出した言葉に、マリアンヌは首を振る。 「あなたの未来のためでもあるのです」 アルビオンを支配したクロムウェルが『虚無』を操るという噂は太后である彼女の耳にも入って来ている。そんな力を持った者が不可侵条約をいつまでも守っているはずがない。 だから、アンリエッタには、軍事強国であるゲルマニアにいてほしいというのが、母としてのマリアンヌの願いであるのだ。 「……申し訳ありません。母さまの考えも知らず、わがままを言いました」 「いいのですよ。年頃のあなたにとって、恋はすべてでありましょう。母も知らぬわけではありませんよ」 アンリエッタが胸を痛めていることを知りつつも、恋がいずれ冷めるものであることと、望まぬ結婚でも愛を育むことが出来ることを自分の経験上知っているマリアンヌは、娘の将来が明るいものであることを信じて祈る。 そして、この恋が冷める日が来るなどとは信じられぬアンリエッタは、母の胸に顔を埋めて、ただ涙をこぼすのであった。 そこに、その女が何者なのかを知る者は一人しかいない。その一人とは、アルビオン皇帝を名乗る男クロムウェルである。 彼は、女について必要最低限のことしか語らない。曰く、東方の『ロバ・アル・カリイエ』からやってきた、自分たちの知らない技術体系を知る女性である。 彼はそれ以上の説明をしない。そして、誰もそれを咎めない。新生アルビオン政府においては、クロムウェルの意向が全てだからである。 シェフィールドという名であるらしい、その女が普段何をしているのか知る者はいない。そもそも、めったに姿を見せない人間なのだ。 必要な時に、クロムウェルと行動を共にしているところが見かけられるだけで、それ以外ではまったく姿を見せない謎の人物。それがシェフィールドである。 そんな彼女に疑念を持つものがいなかったわけではない。だが、その正体を掴めた者もいない。 その日、ロサイスの街を歩くシェフィールドの後を尾行する男がいた。それは、今のアルビオンでは珍しくもない傭兵の一人である。 その傭兵は、クロムウェルの命令を直接聞くような立場の物ではなく、ゆえにシェフィールドとの間に何の接点もない。 そんな彼が、彼女の後をつける理由は何なのか。ただ単に、いい女だからと路地裏にでも連れ込むつもりなのか、はたまた彼女の正体を訝しんだ誰かに雇われたのか。 それを知りたいと思ったのは、彼女自身であっただろう。 男が知っていたのかどうか、これまでに彼女が街を一人で歩いている姿を見たものなどいない。 つまり彼女は、わざと尾行させていたのだ。男の目的を知るために。 そうして、彼女は人気の無い方へと歩き出し、ついには他の人の目がない空間まで男を誘導し、男を待ち受けた。 おびき寄せられたのだと悟った男は、本性を剥き出しにする。目を血走らせ、口の端から牙を除かせたその男を見るものがいれば男の事を指してこういうであろう。吸血鬼、あるいは屍人鬼と。 人の立ち寄ることがほとんどないそこに、おそらくは男性であったのだろう死体が転がっていた。 凄まじい力で五体を引き千ちぎられ、頭を潰されたその肉塊を見て、元の傭兵の面影を見出す者はいないだろう。 そんな死体であった……。 酒場にて、彼女が男の持っている荷物について質問したことに特別な意味はない。あえて言うなら暇だったのである。 男が持っているのは、何か箱が入っていると思しき大きな袋と喋る長剣。 長剣の方は彼女が渡したものでもあるので、どうでもいいのだが、袋の方は気になる。盗賊だからとかいうことは関係なく。 そんなわけで尋ねてみた彼女に対し、男はどうでもよさそうに中に入っていた二つの物品を取り出してみせる。 それは、古びたオルゴールと、取っ手も何もない黒い箱。そして、それに彼女は憶えがあった。 「これは……、『始祖のオルゴール』と『災いの箱』……。なんで、あんたが持ってるんだよ!?」 「知っているのか?」 「えーと、まあ、うん」 思わず言ってしまった彼女だが、考えてみれば自分の身元に関係する情報は口にするべきではない。が、今更遅いし、こいつには言っても問題ないかと考え直す。 と言っても、彼女も詳しいことを知っているわけではない。彼女が知っているのは、アルビオン、ガリア、トリステインの三王家と宗教国家ロマリアには、それぞれ三つの物品が始祖の時代から受け継がれており、男の持っている二つと、もう一つ風のルビーと呼ばれる指輪がアルビオン王家に伝わる国宝であるということだけだ。 そんな説明を聞いた男は、ポケットからある物を取り出す。 「それは、風のルビー! そんな物まで持ってるのかい!!」 「むしろ、これを持っているからこそだな」 「どういう事だい?」 「簡単なことだ、これを手に入れたら、何かと共鳴していることに気づいてな。それを追ってみたらオルゴールと箱があった。ただそれだけのことだ」 共鳴? と首を傾げるが、それは考えても自分には分からないことだろうと、特に考えもなく箱に手を伸ばしてみて、それが開いていることに気づく。 ちょっと待てよ! と彼女は思う。この箱は開かないものであったはずである。鍵がかかっているのは分かるが、鍵穴はなく魔法でも開かない。もちろん錬金も効かない。そういう箱であったはずである。それが何故開いているのか。 聞いてみると、気になったので力ずくで開けてみたと答えが返ってきて、聞いたことを後悔した。そもそも魔法が効かないということは、この世界において人の手の及ばない代物であるという意味を持つのだが、このバケモノには関係なかったらしい。 そして、なんとなしに好奇心に駆られるまま中身を見てもう一度後悔する。中には三角形に近い六角形の円盤状の物体が入っていた。それ は、中心部に金属製の球体がはまっていて、外殻の隙間からは、得体の知れない触手のような物が覗いていた。 それが何なのかなど分からなかったが、確かに災いにふさわしい代物だなと彼女は思った。 そんな時である、その酒場にある少年が訪れたのは。 少年が、その酒場にたどり着いたのは、偶然でないのなら、運命に導かれてということになるだろう。 彼には、アルビオン皇太子ウェールズ・テューダーに会うという使命があった。正確には、その使命を持つものに同行する任務だったが、細かいことである。 そのために先に行ってしまった、二人、ルイズとアプトムを追った彼だったが、追いつく前に王党派の本拠たるニューカッスルが墜ちてしまった。 この事を知った時点で少年は、帰ろうか。などと思っていた。 ウェールズが死んでしまっているのである。今更会いに行くも何もない。というか、少年のいないところで、ルイズが使命を果たしていたのであるが。 だが、それは叶わなかった。というか、遅かった。 トリステインとゲルマニアの同盟が締結され、それに対し両国に不可侵条約を打診したのはアルビオン側であるが、レコン・キスタにトリステインへの侵攻を諦めるという選択はない。 現状、レコン・キスタはトリステインに攻め入る準備をしている状況である。そんなアルビオンからトリステインへ出ている船になど危なくて乗れない。 というか、トリステインの貴族であると知られるだけでも危険だと今の彼は知っている。 高い授業料だったなぁと空に近い財布を振ってみたりする彼は、見逃してもらうために、この旅行のために持ってきたほとんどのお金を消費し、この酒場での食事を済ませたなら晴れて無一文である。 そして彼、ギーシュ・ド・グラモンは、その酒場で、顔をフードで隠した女性と顔全体を包帯で隠した男に出会う。 前ページ次ページゼロと損種実験体
https://w.atwiki.jp/trinity_kristo/pages/471.html
カトリック教会は、主の啓示は、聖書と聖伝との中に含まれていると教えており、聖書と聖伝とを信仰の二つの源と呼んでいる。 聖書とは、聖霊の神感によって、主の御言葉を書きしるした書物である。 聖伝とは、聖書に書きのせられていないが、使徒の時代から、聖霊の御助によって、誤りなく伝えられた主の御言葉である。 聖伝の伝えられた道は二つあり、一つめは公教会の公式の教導文書である。二つめは非公式の教導で、公式文書よりはるかに多くあるが、教父の著書、祈祷書、典礼書、殉教録、古代キリスト教の美術,碑銘等に含まれている。 聖伝は聖書と同様に重んずべきもの、とされている。 聖書の中にも聖伝を重んずべきことが記されているとし、その根拠をパウロ書簡に求める。 Ⅱテサロニケ2 15 ですから、兄弟たち、しっかり立って、わたしたちが説教や手紙で伝えた教えを固く守り続けなさい。 Ⅱテモテ2 2 そして、多くの証人の面前でわたしから聞いたことを、ほかの人々にも教えることのできる忠実な人たちにゆだねなさい。 「わたしたちが説教~で伝えた教え」や「わたしから聞いたこと」は文書化されておらず、これについて「忠実な人にゆだねなさい」と言っていることから、これが「聖伝」を守るべき理由とする。(※ただし、テサロニケの信徒への手紙二は偽作の可能性がある。テモテへの手紙二は偽作である。) ペトロへの鍵 カトリック教会は、初代教皇をペトロと位置づけ、その権威がキリストにあると主張する。 マタイ16 13-20 イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」 シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」 それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。 カトリック教会は、イエスがペトロに命じた「この岩(=ペトロ)の上の教会」がカトリック教会であると主張している。 一方で、プロテスタントは「この岩」が意味するのは、ペトロの「あなたはメシア、生ける神の子です」という信仰告白のことであって、「この岩」がペトロを意味するわけではないと主張している。 http //akitadiary.seesaa.net/s/article/434405760.html 。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1756.html
早朝、朝靄が漂う魔法学院の玄関先に私とルイズは立っていた。ただ立っているわけではない。王宮からの馬車を待っているのだ。 王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世との結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナという場所で、2日後のニューイの月の1日に行われる。 その結婚式の場でルイズは巫女として『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげなければならない。 つまり、ルイズはヴィンドボナに行かなければ行かなければいけないのだ。お姫様がヴィンドボナへ行く際、一緒に行くことになっている。 そのためお姫様のいる宮殿から王宮の馬車が迎えに来るというわけだ。学院に帰ってくるのは大体1週間後だろう。 ちなみに私はルイズの使い魔ということで随伴しなければいけないらしい。 ルイズは『始祖の祈祷書』を胸に抱えながら、私はデルフを使って足元にいる猫を地面に押し付けあることを考えながら時間を潰していた。 あることというのは無論最近の生活についてだ。特に生活が苦しいところは無い。『幸福』ではないが前に比べ随分と充実している。 しかし、不満が無いわけではない。今私が大いに不満に思っていることはルイズと同じベッドで眠っているというところだ。 なぜルイズなんかと一緒に寝なくちゃいけないんだ?ルイズがキュルケのようにボンキュボンならむしろ喜んで一緒に眠るがルイズにはそういった魅力が感じられない。 ルイズは13歳か14歳ほどだろうから当然かも知れない。だが、そうなると一緒に寝ているときは邪魔なのだ。何故他人のことに配慮して眠らなくちゃいけないんだ。 一人で好きなときに好きな体勢で眠りたい。つまり自分のベッドがほしい。それが今の切実な願いだった。 剣を売った金で画材を買おうと思っていたが変更してベッドを買ったほうがいいかもしれないと本気で思っている。安物なら買えるだろう。 それと、 「ルイズ」 「なに?あ、ヨシカゲ!あんた何時までいじめてんのよ!」 「ミー!」 そう言ってルイズは猫を助けようとデルフを蹴飛ばそうとしてくる。 だが、デルフに蹴りを当てさせるわけにはいかないので、猫をいじるのを止めデルフをルイズの蹴りの場所へ移動させる。 猫はその隙をつきどこかへ走り去っていった。しかし、これでいい。猫をヴォンドボナへ連れて行く気がなかったので離れてくれて助かった。 「まったく、趣味悪いわ」 「そんなことはどうでもいい。ルイズ、トリステインに帰ってきてからでいいんだが、服を買ってくれないか?」 「服?」 「そうだ。私の服だ」 そう、服。今現在私は衣服の替えを持っていない。それはなかなか由々しきことだ。この先一張羅で生きていくわけにもいかない。 人が寝しまっている間に自分の服を洗濯したり、夜じゃあまり乾かないので生乾きで着たりと面倒くさいしな。 「そういえば、あんたそれしか服持ってなかったわね」 「ああ、さすがにもう色々と限界だ。使い魔に必要なものぐらいは買ってくれるよな?」 「ま、まあ……今までよく働いてくれたからそれぐらいしてあげてもいいわね。それと同じ服を何着か作らせればいいんでしょ」 「ああ、助かる。ついでに手袋と帽子の予備もあればもっと助かる」 よし、衣服の問題は無事解決したな。しかし、こういったことはルイズが私に賃金をくれれば起こらないんだがな。だが、自分の使い魔に金を渡す奴がいるか?いるわけがない。普通使い魔ってのは下等動物(竜やなんかは例外だ)だ。 そんな文明もない奴らに金を渡しても意味がないからな。私は人間だが、使い魔だからルイズは金をくれない。わかりやすい方程式だ。わかりやすくてむかついてくる。 幽霊でも金が要る世の中なのに金が手に入らないなんて。剣を売れば自分の自由な金が手に入るが所詮一回こっきりだしな。どうせならルイズに賃金でもくれるように交渉してみるか? 「あれ?だれかしら?」 「あ?」 交渉するべきか否かを悩んでいる所に、ルイズの声が聞こえてきた。その声に反応しルイズを見るとルイズは玄関外の朝靄を見つめている。 いや、人影を見詰めている。人影はこちらになかなかの勢いで近づいてきている。やがて朝靄が薄れ始め、人影がはっきりし始めた。 「あれは……、王宮の使者だわ」 「王宮の使者?」 王宮の使者は髪を振り乱し必死の形相でこちらへ走りよってきた。尋常と言える様子ではないことは一目瞭然だ。使者は私たちに気がつくと私たちに近寄ってきた。 「ハァハァハァハァ……き、きみたち」 「ど、どうかしたんですか?」 ルイズも使者の様子におどいた様子で少し焦っている。 「オールド・オスマンは今どちらに?と、取り急ぎ伝えねばいけないことが……」 そういえばオスマンは今何をしているのだろうか?オスマンも私たちと一緒に宮殿へ行くことになっていたはずだ。準備に手間取っているのだろうか? 「オールド・オスマンなら学院長室にいるかと」 「ありがとう。では急ぐので」 そう言うと使者は学院長室を目指し走っていった。 「ねえ、いったいなにがあったのかしら」 「さあな。少なくともいいことではなさそうだったけど」 あの使者の眼にあったのは焦りと悲しみだった。そんな感情を抱いている時点でいいことのはずがない。 「なんだか胸騒ぎがするわ。わたしも行ってみる」 「じゃあ私はここで王宮の迎えを待っておこう。迎えが来たときに誰も居なかったじゃあっちもこっちも困るからな」 というか、いくらよくないことが起ころうと、私に害が及ばない限り知ったこっちゃない。 「……わかったわよ!勝手にしなさい!」 ルイズはどこか怒ったような声を出すと使者のあとを追っていった。やれやれ、何を怒っているんだか…… まあ、そんなことはどうでもいい。迎えが来るまで暇だな。何をして時間を潰そうか……。デルフと喋るか?そうだな、そうしよう。 デルフを完全に抜きはなつ必要は無い。喋れる程度に抜けばいいんだ。そうすれば不意に見られたとしても怪しまれる心配は殆んどない……と思いたい。 さて、何を話そうか。いや、そんなの考える必要は無いな。会話の内容は重要じゃあない。真に重要なのは会話をするということなのだ。 デルフを喋れる程度に引き抜く。 「おはよう相棒」 「ああ」 「相棒ってよ。あれか?好きな子ほどいじめたいってやつか?」 は?抜いて早々何を言ってるんだこいつは? 「何で?って顔だな。だってよ。相棒はあのこねこのことが好きなんだぜ。なのにいじめてるじゃねえか。もし好きじゃねえって言うなら相棒が気づいてないだけさね。ってか、これ前にも話したような気もするけどな」 デルフ、お前はあの猫が気にっているのか?なかなか話題に出すことが多いが、まさか気に入っているのか? ちっ!私は別に好きだからいじっているわけではない!猫自体は……まあ、デルフほどではないが愛着を感じ始めていることは確かだ。 だが、勘違いするな!暇だからいじっていただけだ!それだけなんだぞ! なんてことは口が裂けてもいえない。だから私は、 「ふ~ん」 とだけ返しておいた。自分が好感を抱いている者に素直な感情を発露するには多大な勇気が必要だ。私も早くそんな勇気を身につけたいものだ。 そんなとき、不意に何かが私の足に触れた。下を見るとそこには、 「ほら、こいつも相棒のことが好きだとよ」 どこかへ去ったはずの猫が私の足に前足を乗せ私を見上げている。 「……肩、乗るか?」 「ニャー」 ……首輪を買うのもいいかもしれないな。 そんな気持ちを黙殺しようと努力しながら私は猫を抱き寄せた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/693.html
トリステインの城下町。ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。 女王戴冠が決定しているアンリエッタの乗る馬車を、狭い街路いっぱいに詰め掛けた観衆が歓声で迎える。いまやアンリエッタは、 強国アルビオンを打ち破った聖女としてあがめられ、人気はとどまるところを知らない。 隣国ゲルマニアの皇帝との婚約も解消された。ゲルマニアでさえその勢いに恐れるアルビオンを打ち破ったトリステインに、意義を 唱えることなどできようはずもなく、婚約なしで対等の同盟締結と相成った。 そんな賑々しい凱旋の一行を、宿の2階から眺める2人の男がいた。 名はない。 誰に問われようとも、今まで「名はない」という一言で済ませてきたこの2人を、いつしか皆「名無し」と呼ぶようになっていた。 「戦勝パレードか。人間というものはなぜ命をいたずらに奪うことを、これほど賞賛するのか。」 窓の外に背を向けた老人。ロマンスグレーという言葉がこれほどしっくり来る男は滅多にいないだろう。どっしりとした貫禄のある 声だ。 「おまけに『聖女』と来たか。戦争の命令を下した生き物を、聖女呼ばわりとは。なんともおろかなことではないか。」 ハートマークに似た髪形をした、モノクルの中年が馬車に冷めた視線を送る。 不思議なことにこの2人からは生きている気配がしない。 普通、どんな部屋でも人間が1日いるだけで独特の空気を持つようになるものだ。この2人が宿を借りてすでに3日経つ。にもかかわ らず、部屋からは生き物の匂いが一切しない。例えるならばロボットやなにかがそこにいるだけのようであった。 モノクルを嵌めた男が視線を観衆に移す。何人も見知った顔がそこにはいる。アルビオンの貴族だ。彼らは移動の自由こそ保障 されているようであったが、メイジの象徴たる杖を取り上げられ、主を失った老犬のようにパレードを見守っている。 「まったく。おろかな連中だ。」 理解し難いといった感じの声。 「自分たちの部下を殺した人間を、勝者だと言うだけでたたえているぞ、連中は。たかだか殺戮闘争に勝利しただけでこの有様か。 戦争に勝つことを美しいと感じるような遺伝子でも、人間には備えられているのだろうか。」 「少ししゃべりすぎだぞ。」 老人が男を戒める。あの戦争以来、男はなにかに焦るように口数が増えた。それは自分で自分に何かを言い聞かせているようで あった。 「貴様は逆にしゃべりなさすぎだ。」 モノクル男が逆に老人に言う。老人は老人で、戦争以来何かを耐えているように口数が減った。まるで湧き上がる衝動を押さえ込 んでいるようであった。 2人は黙ってお互いの顔を見つめる。しばらくの沈黙の後、 「――お互い、同じことを感じているようじゃな。」 と老人が呟く。中年が小さく頷く。 「その通りだ、No.1よ。わしは、今、あのパレードに軽い嫉妬を覚えているのだ。自分が戦争に参加をしたということ。それに敗北した ということに対して、理解不能の感情を抱いているのだ。」 「No.3よ。それ以上言うでない。」 唇をかみ締め、No.1と呼ばれた男が、中年をしかりつける。 「それ以上言えば、わしはおぬしを処分せざるをえなくなる。」 「わかっている。だが、No.1も感じているのだろう。いったいこの感情は何なのだ!?」 脂汗を流し、うめき声をあげるNo.1. 「我らにあってはならない感情だ。」 「だが、その感情を生み出したかも知れぬアンリエッタを見ても、その感情が何であるか説明がつかぬではないか。」 「いや。わしらはすでにその感情の正体を知っている。違うか、No.3よ。」 ギリッと奥歯をNo.3が噛みしめる。拳を握り締め、不機嫌そうに床を靴で叩き鳴らす。 「知っているからこそ、我々は怯えているのだ。これではまるで忌むべき人間のようではないか、と…。」 「ったく。わたしの使い魔はどこへ行ったのよ?」 火の塔、風の塔、水の塔、そして土の塔と一回り見て回った挙句、再び火の塔を覗いてルイズが呟く。 「あの変態仮面がメイドのところにいたのを見ただけで、どこを探してもわたしの使い魔軍団が見つからないってのはどういうわけ?」 いつのまにか個人所有の使い魔軍団にされているバビル一行。ロプロスとポセイドンを含んでいるのだとしたら、おそるべき戦力 を一メイジが抱え込んでいることになる。超能力少年、3つのしもべ、コンピューター、亡国の王子…。 世界征服をしてもお釣りが来そうだ。 「わたしは伝説の『虚無』の系統使いかもしれなくって、人知れず悩んでいて、しかたないから誰でもいいから相談に乗って欲しい のに、どこを探しても影一つ見えないってどういうことよ。このさい豹でも鳥でもゴーレムでも構わないって言うのに!」 残月はそれ以下というのが悲しい。まあ、おっぱいマニアは敵扱いなのだろう、ルイズにとっては。 「おれっちがいるじゃねーか?/」 「黙れ、オルファ製。」 「オ……オルファ……/」 引きずる剣が返答に絶句する。デルフリンガーだ。ルイズの背丈では、背中に背負っても剣が地面を擦ってしまう。ならばということ で鞘に紐を通して引きずっているのだ。 「オルファはないんじゃねーのか、オルファは/オレはカッターナイフかっつーの!/こう見えても伝説の剣だっての!/」 「カッターナイフなんて、そんないいものか!」 伝説の剣の意識を挫く強烈無比な一撃。刀身がハンマーで殴られたような衝撃をデルフは感じた。 「あんたせっかく買ったのになにも役立ってないじゃないの。伝説の剣って言うぐらいだから、人探しにぐらいは使えるんじゃないか って持ってきたのに、重いばっかりで役立たず。」 「オレをダウジングに使う時点で間違ってるっての!/」 「つまり曲げた針金以下ね。」 「ゲフウ!」 煮えた鉛に漬けられたような感覚を受け、剣のくせに血を吐くデルフリンガー。やめて!デルフのLPはもう0よ! 「ん?あれって……孔明?」 真っ白に燃え尽きたデルフの柄先、校門からフラリと学園へ入ってくる優男の姿があった。 策士・孔明であった。あいかわらず今日も怪しい。でももう誰も騒がないのはなんというか…。 「そうだ……孔明なら、ブリミル様の使い魔だし、相談にはもってこいね。」 ナイスアイディアとばかりに指を鳴らすルイズ。それにせっかくならブリミル様のことも聞いてみたい。どんな魔法使いだったのか、 数々の伝説は本当か……。 「げぇっ!なあ、貴族の娘っ子よ、あれに相談するのか?」 剣のくせに怯えて言うデルフ。 「そうよ?最高の相談相手じゃないの。まさに適材適所って感じだわ。」 廊下を駆け出すルイズ。フライが使えないものだから階段を駆け下りていくしかない。だが、今はそんなことなど気にならない。なぜ ならば、自分は伝説の虚無の系統に属する人間かもしれないからだ。 「おや、ルイズ様。これはご機嫌麗しゅう…。」 ルイズの姿を認めると、優雅に一礼する孔明。あわてて礼を返すルイズ。さすがに始祖に仕えていたともなれば、礼儀を払わざるを えない。 「なにか、御用ですかな?」 涼しげな笑みを浮かべる孔明。この格好さえしていなければ一流会社の重役と言っても通りそうだ。 「ちょっとお聞きしたことがあります。お時間はよろしいでしょうか。」 孔明が頷くと、ルイズは一気に不安と疑問を並べ立てる。安心させるように孔明が目を細めた。 「ご心配はもっともです。まさか虚無の魔法が失われていたとは、この孔明、迂闊でした。ですが、ご安心ください。すでにあなたは 虚無の系統を身につける術を手に入れているのですから。そう!」 扇を天にかざし、宣言する。 「すなわち始祖の祈祷書こそが、虚無を支配する鍵なり。」 扇から炎があがった。 「や、やっぱりあの本が重要なのね。」 ド迫力に思わず後ずさるルイズ。怖い。なにより恥ずかしい。なんでこんなにオーバーアクションなのだ。 「でも、あれは結婚式のための借り物で、姫…王女陛下が婚約を破棄された以上、王室に返還すべきでは…?」 いえいえ、と首を振る孔明。 「斧は木を切るために。竿は魚を釣るために。本は読むためにあるもの。それを一番役立てる人間が持つべきであり、書庫の隅に 埃をかぶせておくべきではありませぬ。願い出れば、必ずお譲りいただけるでしょう。」 「ゆ、譲ってもらうなどとんでもありません!」 ルイズが慌てて首を振る。 「いえ、むしろ譲っていただくべきなのです。始祖の祈祷書は虚無を導くためのもの。王家にとってはそれこそが、まさに望むべき ことなのですから。少なくとも……」 チラッとデルフリンガーへ視線を向ける。 「その剣を持つよりは、始祖の祈祷書のほうがよほど貢献できるはず。違いますかな?」 そしてデルフリンガーをひょいと持ち上げた。 「この剣は私が預かっておきましょう。バビル2世さまへお渡ししておきます。」 ひぃ、とデルフが小さく叫び声をあげた。 「そうそう。そのビッグ・ファイアのことなんだけど。どこ探しても見つからないのよね…。」 「バビル2世様なら、コルベール様の研究室にいらっしゃるはずです。」 あ、と口を掌で押さえるルイズ。 「……あそこを覗くのを忘れていたわ。臭いのよね、なんだか…」 眉をひそめるルイズ。研究室に篭る異様な空気を思い出し、辟易しているのだろう。 「ま、いいわ。ちょっと覗いてくるわ。」と駆け出していくルイズ。その後姿へ孔明は手を振る。 姿が消えると、デルフがこわごわ声を上げた。 「……おい、コウメイ/何考えてるんだ、オメー/あの娘を虚無使いにしてどうするつもりなんだ?/」 「言わずともわかるのではないですか?」 にぃ、と孔明が先ほどとは打って変わって、冷酷な笑みを浮かべる。聞くんじゃなかったというように、デルフが縮こまる。 「ったく/なんでこんなやつが4人目の使い魔なんだ/ブリミルのヤローももうちょっと考えて召喚しろっての/」 「おや、どういう意味ですかな?」 「どういう意味って、そのままの意味じゃねーか/おまえは4人目だろ、4人目!/」 バカにするのかと顔を真っ赤にして怒るデルフ。いや、顔なんてないけど。 「おやおや。何か勘違いをなさってはいませんかな。」 ずいっとデルフに顔を寄せる孔明。人間で言うなら息が当たる距離だろう。 「わたしは、4人目の使い魔などではございませぬぞ。」 「……はぁ?/」 「これまでに、私が一度でも『4人目の使い魔だ』と申し上げたことがございましたかな?」 「な……/そ、それはだな……/」 デルフはバビル2世の手元に渡って以来の全ての記憶の糸を手繰り寄せる。過去の記憶はおぼろげになっているが、最近の記憶は 鮮明に残っている。徹底的に洗いなおす。検索する。捜し求める。だが……。 「……言って、ねぇ/」 「左様。私は使い魔だった、とは言いましたが4人目とは言っておりませぬ。そもそも、バビル2世のためにだけ働くコンピューターが、 なぜ赤の他人に協力するなどと思うのですかな?」 デルフはうなり声一つ上げずにそれを聞いている。人の背丈ほどもある刀身が、縮こまって小さく見る。 「お忘れですかな。虚無の魔法には…」 「……記憶を自由にできる魔法がある/」 「その通り。デルフ様、あなたには考えがあって、4人目の記憶を曖昧にさせていただいています。あなたに植え付けられた恐怖も、 記憶を操作してのもの……。かもしれませんし、そうでないかもしれません。」 鞘に収まっているくせにずっこけるデルフ。というか、お前は剣だろうが。 「じゃ、じゃあよ/オメーは何者なんだ?/胸にルーンがあったじゃねーか!」 「あのようなもの、いくらでも偽造できるではありませぬか。あれが4人目のルーンの印だなどという証拠はないのですから。」 「じゃあ、オメーは誰なんだ!?話が急展開過ぎてわけわかんねーぞ!/」 「私ですかな?わたしは孔明。機体識別コードK0 Me1。バビルの塔の端末に過ぎませぬ。」 剣相手に古式正しい作法にのっとったお辞儀をする孔明。その姿にデルフリンガーは言いようのない不安を感じる。 「……オレに、それを今言うのは、何を企んでるんだ、孔明……/」 剣であるために逃げ出すこともできず、絶望に打ち震えるデルフリンガー。 「企むだなど、とんでもない。私はただ、デルフ様に頼みごとが一つあるだけなのです。そう、」 デルフリンガーの鯉口を切り、鞘から引き抜いた。 「あなたの最初の主を見つけ出し、世界の姿を戻すために協力して欲しいだけなのです!これ全て、バビル2世のためなり!」 孔明の唇の端が、大きく吊りあがった。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4659.html
671 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/07(月) 00 00 02 ID PRSwYYck クチュクチュと淫靡な音を立てつつ、シエスタは才人の巨大な剛直をいとおしそう に舐めている。 今は授業中。真面目なルイズはお勉強中、なりゆきとはいえ二人っきりでルイズ の部屋にいる。しかもルイズのベットに腰掛け裸のシエスタにフェラチオをさせてい る。才人は後ろめたさでいっぱいだった。 「なあ、シエスタやっぱりまずいよ」 「サイトさん気持ちよくないですか? 」 「いやそうじゃなくて……」 と言いつつも才人はあまりの気持ちよさに昇天寸前であった。そして40センチ 以上はある剛直をますます硬くしていた。 「ななななななななにやってんのよー」 才人が振り向くとそこには般若の顔をした悪魔が立っていた。 「ちがうんだこれには訳が……。うっ」 と言い訳をしている最中に才人は昇天してしまった。シエスタの清楚な顔には 大量の白濁液がぶちまけられこの上もなく官能的な姿であった。 「いいい犬のブンザイで……。むむ鞭でお仕置きなんて生やさしいことはしないはよ、 ああ、だらしのない犬にはこれをやっておくべきだったわ」 ルイズは怒りにひきつった笑いを才人に向ける。才人もどうしてよいかわからず とりあえず愛想笑いを返す。 「去勢よ」 一瞬、才人はルイズが何を言ったのか理解ができなかった。しかしすぐにその 意味を理解すると顔面蒼白となった。恐慌状態の才人は藁にもすがる思いで シエスタの方を見る。 「ごめんなさい。サイトさん」 と言うやいなや、ベットの上のシーツで体を隠しつつそそくさと部屋から出て行った。 672 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2006/08/07(月) 00 03 12 ID PRSwYYck 「いいいイヌ! 」 「ひゃい」 臆病な野良犬のような返事の才人であったが大事なせつない部分だけはルイズの 攻撃に対してきっちりガードしていた。すると急にルイズは才人に対して背中を向けた。 恐ろしい蹴りがくると思っていた才人は拍子抜けし、そんなに怒ってないのかなぁと、 愚かにも淡い期待を抱きつつ、恐る恐るルイズに近づいていった。 「オヌルー、ルアナー…… 」 ルイズは何やらぶつぶつと独り言を言っているようであった。 「いやぁ、すまんすまん、浮気して悪かった。おわびにルイズにもやらせてあげるよ」 ルイズが怒っていないと勘違いした才人は傲岸不遜なこと口ばしった。 「だーれーがー、何をするって? 」 独り言を止めるとルイズは才人の方に向き返し悪魔の形相で睨みつけた。 「るルイズさん? その手の本は? 」 なんとルイズは『始祖の祈祷書』で『虚無』の呪文を唱えていたのだ。 「ゴルディオンアルバート」 まばゆい光に才人は突き飛ばされた。痛みはまったく無かったが違和感を感じ、 股間を触ってみた。絶望がそこにはあった。股間が女の子のそれになっていた のであった。 「俺の相棒が……」 「あなたの相棒ならここにあるわよ」 禁断の魔法の影響か人が変わったようにサディスティックな目をしたルイズが 近づいてきた。 「抜槍」 呪文を唱えるとルイズの股間にミニスカート捲り上げる巨大なモノが現れた。 「さぁて、何からしてもらおうかしら? 」 才人が身も心も卑しいイヌとなったのはその日からであった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4914.html
前ページ次ページゼロのロリカード アーカードとワルドが互いに睨み合っている中、突如周囲から魔法がとんだ。 SR-71の直撃を免れたメイジ達が次々と魔法を放ったのである。敵と思しき少女に一人が攻撃しだすと、それは連鎖的に広がった。 恐らく本人たちもあまりわけがわかっていない。状況を理解し切れていないが、それでも魔法は浴びせられ続けた。 少女の小さな体躯は引き裂かれ、焼かれ、粉々になりながら吹き飛ぶ。 しかし四散した肉片はたちまち霧のように変化し、生き物のように動き始める。 黒い霧は影となり、影は腕となり、腕は枝のように分かれて全方位に広がる。 それは人間や竜を問わず生物を一瞬にして貫き、砕き、潰した。 レキシントン号に起きた異変を確かめるべく、哨戒を中断して戻ってきた竜騎兵達も、空中で兵士と竜共々刺し貫かれる。 瞬く間にレキシントン号の甲板上は死体に溢れ、もはやその中で生きている者はワルドだけとなった。 「前菜を食い散らかすのは、もうこの辺でいいだろう」 「お・・・おォぉぉオォオオオオオオッッ!!」 ワルドは雄叫びをあげた、己を奮い立たせる為の叫び。目前の化物への畏怖が、分泌されたアドレナリンで麻痺する。 続いてワルドは詠唱、『偏在』を使って数の優位に立つ。 それは最低条件、化物相手にするのだ。真正面から相対するのだけは避けうるべきことである。 間髪入れず、偏在達は魔法を四方からアーカードに叩き込む。本体のワルドも『ライトニング・クラウド』を放った。 炎上で発生し続ける煙が漂う中、アーカードの姿はいつの間にか消えていた。 魔法が命中したところまでは確実に視認していた、魔法を吸収する面倒な剣も構えていない。 (一体どこに消えた!?) 必死に姿を確認しようと目を凝らしていると、突然背後に気配を感じた。 すぐにワルドは振り向きざまに右手に持ったレイピアを気配のする方向へと突き出す。 しかし気付けばレイピアは虚空を貫き、アーカードの左手がレイピアを持ったワルドの右腕を掴んでいた。 「悲鳴をあげろ、豚の様な」 アーカードは掴んだワルドの右腕をグイと引っ張った。と、同時に聞こえたのは音である。 何かがちぎれるような音。そして体の芯、脳髄の奥まで響くような鈍くも・・・軽い音。 その方向に自然と視線が向かう。見ると右足の膝が逆の方向に曲がり、筋繊維がブチブチと悲鳴をあげていた。 ピンク色の肉がこびりついた白い骨が露出し、赤い鮮やかな血が飛び散っていた。 「ひぎぃぃィィいイいイイイイイィャァアアあアあアアッッ!!??」 あまりの光景にワルドは絶叫した。反射的に『ウインド・ブレイク』を放ち、アーカードとの距離が開く。 それは鍛えられた戦士としての反応か、兎にも角にもアーカードとワルドの間合いは開いた。 体制を立て直そうにも、バランスの取れなくなったワルドはその場に崩れ落ちる。 同時にレイピアも右手から離れ、地に転がった。腕に・・・力が入らない、掴まれた時に粉砕されていたのだ。 まともに立つことすらできなくなったワルドは、もはや坐して死を待つだけとなった。 「しょせんこんな物か、小僧」 大きく嘆息する。目の前には戦意の喪失した・・・ただの、ただの人間がいるだけ。 人間は脆い。腕が砕け、足が折れただけで、もうまともに動くことなどできやしない。 それでも魔法で応戦するのを期待していたが、もう目の前の人間にそれを期待するのは無理なようだった。 エサ 「さようならだ、ワルド。お前は犬の肉だ」 アーカードは微塵の感慨なく言った。その言葉に応じるかのように黒犬獣バスカヴィルは咆哮をあげ、ワルドをその顎門で噛み砕く。 ワルドは咀嚼され、飲み込まれ、呆気なく、ボロ雑巾のように死に逝った。 「さて・・・と」 アーカードは艦内に残った人間を鏖しにすべく、歩き出した。 ◇ 燃えるタルブの上空、トリステイン軍とアルビオン軍が鎬を削っていた。 目的は敵を倒す為ではなく、時間を稼ぐこと。しかし食い下がるだけの戦にも拘わらず、トリステイン軍の損耗は激しかった。 この調子でいけばゲルマニアからの援軍が到着するまでに、嬲り尽くされ負けるのは想像に難くない。 それだけアルビオン軍には勢いがあり、それほど戦力差は明らかであった。 「殿下、大丈夫ですか?」 アニエスに呼ばれ、アンリエッタはいつの間にか震えている自分に気が付く。 目の前で起きている戦争。自分の命令で、兵は戦い死んでゆく。さらに相手を殺している。 英断・・・なのかもしれない。このままいけば犠牲は増えるばかり、そして負けるのも・・・・・・目に見えている。 ならば、そうなる前に降伏するのも―――。 「霧が・・・」 最初に気付いたのはアンリエッタの隣にいたルイズだった。 雲一つない空で幻獣や魔法、砲弾が飛び交い舞う中。そして日光が照らす中、不自然に発生した霧。 次第に濃くなりつつある霧にアンリエッタは考える、霧中の中で戦えば混戦は必至。 命令系統も崩れ、士気は大いに乱れる可能性が高い。ただでさえ劣勢なのだ、それは致命打になりかねない。 多くの人が死ぬ、一時撤退もやむをえない。そして・・・戦うか降伏するかの選択も―――。 その時、霧がいきなり濃くなった。その所為で陽の光が遮られ、辺りが薄暗くなる。 否、そうではない。濃霧も原因であるが、太陽を遮ったのは霧の所為ではない。 真上に巨大な影が出現したのである。よく見るとそれは船、それも旗艦級の大きさである。 「アルビオン軍の・・・レキシントン号!?」 その姿を見知っていた一人の兵が叫んだ。 「殿下をお守りしろ!」 マザリーニが叫ぶ。本陣の真上に敵艦が突如現れたとあっては、とてつもない異常事態である。 アンリエッタはすぐさまユニコーンから下ろされ近衛が取り囲んだ。 レキシントン号はなんらアクションを起こすことはなく、ただ進んでいた。 しかしこれを捨て置き、放置すれば、トリステイン軍は挟撃の形になってしまうだろう。それだけは防がなければならない。 幸い真下なら砲撃はこない、これはチャンスでもあった。アンリエッタは攻撃の指示を出そうとする。 「待って!姫さま!!」 アンリエッタが指示を出す直前、それを制したのはルイズであった。 「ルイズ!?」 アンリエッタは理由を問い質そうとする、しかしルイズはその前に話し出した。 「わかる・・・なんとなくわかるんです。あれは・・・敵じゃない・・・・・・あれは・・あれは・・・・」 「一体何を言っている!?」 アニエスが叫んだ、敵艦なのに敵じゃないとは一体どういうことか。 「アーカードッ!!」 ルイズは己の使い魔の名前を叫ぶと、同時に馬を走らせた。アンリエッタは咄嗟に言う。 「アニエス!ルイズをお願い!!」 アニエスはハッとするもすぐに行動に移った。近衛騎士の本分ではない、だが命令に体が反応する。 馬に乗ってすぐに走らせる、船は尚もその真上で異様な存在感を放っていた。 ◇ かつて、ある吸血鬼が英国にやって来た。自らが渇望する、一人の女を手に入れるために。 その吸血鬼が乗り込んだ帆船は、霧の中を波から波へととび移り、ありえない速度で疾走した。 ――――――乗組員を皆殺しにしながら。 そして遂に死人と棺を満載した幽霊船はタルブの草原へと着港した。 船の名は『デメテル』号。ロシア語でデミトリ号である。 「なつかしい、においがする」 船の突端に立ったアーカードは呟く。 「突き刺される男のにおい、斬り倒される女のにおい、焼き殺される赤児のにおい、薙ぎ倒される老人のにおい」 アーカードは薄く笑みを浮かべた。 「死のにおい、戦のにおい」 ◇ アルビオン軍の指揮官らは怪訝に思った。いきなり示威行為をしていたはずの『レキシントン』号が出現したのだから。 旧『レキシントン』号はトリステイン軍には目も向けず、迂回しながらアルビオン艦隊へと迫った。 アルビオン軍総司令サー・ジョンストンはすぐに連絡の為の騎兵をやった。 艦に近付いた竜騎兵は何事かと目を疑った。それはもはや『レキシントン』号ではなかったのだ。 巨大な十字架が突き立てられた黒い船。黒いマストから伸びる黒い枝。さながら大木のような、その鋭利な枝の先に・・・刺さっている"モノ"。 あまりにも凄惨な光景に騎兵は嘔吐を催した。それは見る影も無いが・・・間違いなくアルビオン軍の兵士、何十人もの"人間だったもの"が、無惨に串刺しにされていたのである。 思わず目を覆いたくなるほどの惨状、誰がこのような非人道的所業を行ったのか。 そして生存者のいない船が動く理由、一体『レキシントン』号に何が起こったというのか。 そこで竜騎兵は何かを確認した、凝視すると少女が船の中央で佇んでいた。この死船の中で恐らく―――まだ生きている? 次の瞬間その竜騎兵は浮遊感に襲われた、竜が地に向かって落ちていたのだ。何事かと思うと乗っていた竜に穴が開いていた。 よくよく見ると血が大量に流れ出ている。なんだ・・・自分の胸にも、大きな、穴が、開いているではないか。 そこまで思ったところで竜騎兵は地へと堕ちた。 それを契機に次々と他の竜騎兵も落ち始める。 響き渡る破裂音。アーカードはその眼で遠くの竜騎兵を確実に捕捉し、カスール改造銃はその弾丸で飛行している竜騎兵らを正確に撃ち抜いていった。 中には火竜の油袋に引火し、爆散し跡形もなく残らない場合もあった。 「これで最後か」 そう言って最後のマガジンを装填する。最後に放たれた六発の弾丸は残った竜騎兵全てをピッタリ撃ち落とした。 銃をしまったアーカードは次の標的を見定める。 当然敵の旗艦、司令塔を失った軍は烏合の衆。手っ取り早く崩すには頭を潰す。 本来それは容易なことではない、しかし敵艦を装ってる今ならばそれも難しいことではなかった。 アーカードは搭載されている大砲を一発、敵旗艦に撃ち込んだ。 次に串刺しにしていた者達を己の内に取り込んだ後、マストをへし折る。 そして突然の砲撃に混乱している敵旗艦に向かって無造作に投げ放った。 マストは敵旗艦のど真ん中に深々と突き刺さり、その機能と機動力とを奪う。 アーカードはただ一度だけ大きく跳躍し、敵旗艦へと降り立った。 飛び移る最中に取り出したトミーガンを、視界内に見える兵士達に向かって撃ち放った。 何発も体に弾丸を撃ち込まれたアルビオン兵士達は、体が少し跳ねたかと思うと次々にその場に崩れ落ち絶命する。 アーカードを敵と認識したメイジ達が魔法を放つ。 何度も何度も、放たれた魔法がアーカードを蹂躙する。どう見ても、とっくに死んでるだろうにも拘わらず・・・それは尚も続いた。 人の形すらなくなり、魔法を当てるべき目標がわからなくなったところでようやくそれは止まる。 「はぁ・・・はァ・・・やったか!?」 メイジの一人が言った、上半身がバラバラになった少女を見てもう一人が口を開く。 「殺しすぎでしょう、こりゃ」 「っち、一体なんだったんだ、クソッ!」 さらに一人が死んだ仲間を見て毒づいた。その瞬間、甲板に声が響いた。 「走狗め」 心に直接響いてくるようなその声に、兵士達全員が驚愕する。 「狗では、私は、殺せない」 原型を留めていない上半身がゆっくりと浮き、起き上がる。 兵士たちは呆けた顔で目を見開き、その非現実的な光景を見守るしかなかった。 「化物を打ち倒すのは、いつだって"人間"だ」 その言葉を皮切りに、いつの間にか元の形に戻っていた少女は一人の兵士の首に、その牙を突き立てた。 そのまま大きく振り回し、吸血鬼の咬合力で頭と体が泣き別れになる。 周囲に飛び散る鮮血と、動かなくなった首のない体、そして転がる頭はその場にいた者の思考を麻痺させるには充分であった。 後はただただ一方的な暴虐。 家畜を屠殺するかの如く、踏み潰した虫けらの数を数えるように、アーカードは笑いながら暴力を振るう。 眼前の恐怖に、兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。アーカードはトミーガンを拾い上げ、緩慢に歩いて追跡する。 必死に扉を閉めようとするところに、トミーガンを挟み込む。 「 O p e n S e s a m e 」 できた隙間からさらに左手を捻じ込み、扉は開け放たれた。 「兵士諸君、任務御苦労。さようなら」 身震いするほど禍々しくて悍ましい。死と生の上でダンスを刻む者。狂気と正気を橋渡しする存在。 その少女の姿に、地獄を見る。アルビオン軍兵士達は、わけのわからないまま、ただ生きていることを恐怖し、そして後悔した。 ◇ ルイズはひたすら馬で戦場を駆けていた。 生々しい戦の惨状を目の当たりにしながらも、心を強く保つ。 次の瞬間、走っている目の前に何かが落ちてきた。 馬は驚きルイズは振り落とされる、咄嗟の事ながらもルイズはかろうじて受身を取った。馬はそのまま走り去っていく。 それは焼け焦げた鞍のようだった。空中から落ちてきたこと、さらには大きさから鑑みるにおそらくは竜の・・・。 「ふぅ~・・・」 ルイズは大きく息を吐いた。 アーカードから体捌き等を教えてもらう以前の自分だったら、きっと無様に地面に叩き付けられ怪我を負っていたことだろう。 「あっ・・・」 次にルイズは目の前に落ちた物に気付いた。それは姫さまから預かった『始祖の祈祷書』であった。 受身を取れたはいいものの、弾みで落ちてしまったしまったようだ。 ルイズは手早く拾うと同時に、何か違和感を感じた。 (光ってる・・・??) 『始祖の祈祷書』は僅かに発光していた。同時に姫さまから頂いた水のルビーも、ルイズの指で同じように仄かな光を発している。 恐る恐る開くと、白紙だったはずのページにずらっと古代ルーン文字が羅列されていた。 ルイズの鼓動が大きく脈打つ。それを読み進めていく内に、思わず胸の辺りを手でギュッと握った。 読める。内容がわかる。これは――――――。 空に目を向ける、敵旗艦とレキシントン号は遠めでも肉薄するくらいの距離まで近付いていた。 (・・・・・・マスト?) 敵旗艦に突き刺さったナニカ、そしてレキシントン号からなくなっているモノから推察する。 (アーカードは相変わらず随分な無茶を・・・) あんな破天荒なことを出来るのは、自分の使い魔しかいないだろう。 彼女は彼女の策で示威行動をしていた敵艦を潰し、しかもそれを奪って援軍として駆けつけてくれたのだ。 「すゥ~~~・・・はァ~~~・・・」 ルイズは何度か深呼吸をする。心が妙に落ち着き、少しずつ高揚してくるのがわかる。 『始祖の祈祷書』に書かれていたこと、それが意味すること。 そうだ、一体何故自分が『ガンダールヴ』を召喚したのか。 幼き頃から誰一人として説明できなかった、発動しないのではなく『爆発』という失敗。 そして『始祖の祈祷書』に書かれたその内容。 たった今自分から湧き上がってくる不思議な感覚。全てを照らし合わせて見えてくる結果。 ゼロ 『虚無』のルイズ。 ルイズはギュッと拳を握り締めた。そうだったんだ、落ちこぼれだった理由も・・・その所為だったんだ。 杖を取り出し、始祖の祈祷書を読み進める。知らず知らず唇の端をあげルイズは笑っていた。 ルイズは周囲の様子を一度だけ確認する。 敵軍は混乱していた、それもその筈。敵艦を乗っ取り暴れ回っている自分の使い魔がいるのだから。 だから戦場のど真ん中に立つ一人の少女なんて気にも留まらない。 そもそも制空圏を奪っていた機動力に優れる竜騎兵達は、あらかたアーカードが撃墜したのだから当然だった。 敵艦隊は思うように動けず、地上軍は遠目で見る限りはまだまだ離れている。 ルイズは一呼吸を置き、詠唱を始める。自分の中でナニカが渦巻き、それが高められていくのが分かる。 期待が確信に、推測に過ぎなかったものが事実へと変わった。 嬉しさの余り叫びたくなるものの、詠唱を始めた以上中断するわけにはいかない。 しかしそんな雑念もすぐに振り払われていった。 ◇ アニエスは必死に馬を走らせ、ようやくルイズの姿を確認した。 桃色の髪を伸ばした小柄な少女。乗っていた馬はどこに消えたのか、たった一人戦場の中で立っていた。 「ヴァリエール殿!!」 アニエスは叫んだ、周囲に敵影がないとはいえ戦場に突っ立ってるなど危険すぎる。 いつ砲弾が飛んでくるかもわからないのだ、しかし声を掛けるものの応答がない。 馬でルイズの前方へと回り込む、そこでようやくルイズが詠唱しているということに気付いた。 馬から降りて近付く、しかしルイズは自分に気付く様子はなかった。 「ラ・ヴァリエール殿?」 再度声を掛けるもののそれを意に介さず、それぞれ書と杖を片手に詠唱を続けていた。恐ろしいまでの集中力である。 アニエスは空を見上げる。 レキシントン号はトリステイン軍に見向きもせず、アルビオン艦隊旗艦まで接近していた。 信じ難いがルイズの言った通り、あそこにはアーカードが乗っているというのか。 俄かには信じ難い。しかしあの少なくとも敵ではない艦が現れてから、流れが大きく変わったのは事実であった。 そしてアルビオン軍は乱れていた。指揮系統のトップに位置した旗艦は炎上し、艦隊はまともに動けなくなっている。 たった一隻の船が戦局を変えてしまった。劣勢であったが今攻めれば恐らく同等の戦いは出来るだろう。 もしそれがたった一人の使い魔がもたらした結果であるなら、その者は英雄というより他ない。 普通の魔法では考えられない長い長い詠唱を終えた。 ルイズはその威力を理解する、アーカードを巻き込んでしまうのが問題だったがそれも杞憂に終わった。 対象を選べる。全てを消し飛ばすか、一部を破壊するか。 尤も全てを吹き飛ばしたところで、己の使い魔だけはきっと何食わぬ顔をしてるんだろうな、などと思っていたが。 艦隊とは距離がある、しかし問題はない。 標的は敵旗艦、そして周囲の艦隊、その全て。 いつの間にか目の前にアニエスがいるが、気にしない。 ルイズは万感の想いを胸に、杖を振り下ろした。 風を切る音に、アニエスは振り向く。見ればルイズがその鳶色の瞳を見開き、掲げていた杖を振り下ろしていた。 その視線は自分よりも遥か後方、アルビオン艦隊を真っ直ぐ見つめていた。 アニエスはまたアルビオン艦隊の方向へと視線をやる、形容するならそれは太陽。 燦々と照りつける、遥か空の上の太陽とは別に、中空に光球が出現した。 光は見る見るうちに艦隊を包み込み、音もなく爆発する。 全てが終わった後に見た光景は、艦隊の全てが炎上する姿。 そしてそれら全部が、ゆっくりと一斉に地上へと墜落していく。普通見ることなどありえない、とてつもない光景であった。 (一体何が・・・・・・!?) そこではっとしてアニエスはルイズへと再度振り向いた。 ルイズは崩れ落ち、トスっと地べたに座り込んだ。そして大きく息を吐く。 これはまさか――――――ヴァリエール殿が・・・? タイミングまさにそれだった。ルイズが杖を振り下ろし、そして光が膨れ上がった。 これまでの状況を鑑みるに・・・、一連の不可解な行動、その全てにある種の一貫性があるように感じた。 「ぁぁ・・・そういえばアニエス、こんなところで何やってるの・・?」 思惟に耽るアニエスを、ルイズは呆けた目で見つめる。 「あ・・あぁ、姫さまに頼まれて・・・ラ・ヴァリエール殿を守るようにと」 「そう」とルイズはそっけなく言い、次に破顔一笑する。 「はぁ~~~・・・・・・、アーカード大丈夫かなあ?」 そう言って大の字に寝転がる。アニエスはそんな少女を暫し呆然と見つめていたが、跳ねるようにルイズの上半身が起き上がった。 「そうよ!早く姫さまのトコに行かないと!!」 次にルイズは弾かれたように立ち上がる。 「アニエス、馬どこかに行っちゃったから後ろに乗せて。あなたも近衛なんだから、すぐ姫さまのところに行かないと――――」 しかしアニエスは首を振った。 「アルビオン軍は空の主力を失い、謎の攻撃で士気は大いに下がっている。即ち敵はまともな支援も受けられない上に混乱している状況。 即ち今は絶好の機と言えます、これをみすみす逃すとは到底思えません。つまり・・・――――――」 そこまで言ったところで、遠くから怒号のようなものが聞こえる。 方角はルイズやアニエスがきた方向、トリステイン軍がいる陣であった。 「なるほど」 ルイズは納得した。自分達から行かなくても向こうからきてくれる、チャンスは今この時を以って他にないのだ。 「しかしここは通り道になるでしょう、早く離れる必要はあります」 アニエスはそう言うと馬に乗る、ルイズも頷いて後ろに乗った。諸々ルイズに聞きたいことがあったが、アニエスは黙っていた。 表情には出してないがかなり疲労してるようだし、自分の背に体を預けてくるのがわかったからである。 トリステイン軍は勝てる。流れは完全にこちら、勢いもある。 それもこれも恐らくは、自分の後ろにいる小さな英雄のおかげだろう。 そして小さな英雄が放った魔法を、最大限効率的に作用させる為に、艦隊を足止めしたその使い魔。 確たる根拠はない。が、アニエスは何故か確信に近い思いを抱いていた。 ◇ 草原は墜落した艦隊の墓場のようになっていた。残骸の一部から手が伸び、一人の少女が這い上がって姿を現した。 「ケホッ・・・ケホッ」 艦内にいた筈なのに・・・いきなり視界に光が満ちた、と思えば船が落ちた。 周囲を見る、上空を見る。艦隊全てが落ちていたようだった。 追い詰め殺し損ねた連中が、自分の姿を見つけ逃げているようだったがそれすらも気にならない。 「わけが・・・わからん」 アーカードは空を仰いだまま一人ごちた。 前ページ次ページゼロのロリカード
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/975.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 「で、今日は何用なんだ?」 「わからないわよ。ただ呼ばれただけなんだから」 とある日、当麻とルイズはアンリエッタに王宮へと呼ばれた為、使者が乗り扱う馬車に運ばれていた。 ある程度の速度は出ているのか、風がルイズを幾分気持ち良くさせる。朝早く起こされたのか、ふあっと小さな欠伸をかいた。 (さて……と) まだ覚醒しきれていない頭を回転し始める。一体どうすれば当麻の気を引く事ができるのだろうか? ルイズは最初、自分が告白する姿を思い浮かべた。しかし、なぜ主が使い魔に告白しなければならないのだ、と却下する。 次に、デートに誘う姿を思い浮かべた。しかし、なぜこちらから誘わなければならないのだ、と却下する。 う~~んと、真剣に沢山のアイデアをズラリと並べるのだが、その全てにできない理由をくっつけた。殆ど変わらないような理由を。 あれもダメ……これもダメ……、と思わず呟いているルイズの姿を見て、当麻は心配そうに声をかけた。 「なあ……、大丈夫か?」 「うるさいわね! 今考え事してんのよ!」 キッ、と睨みつけられた当麻に為す術はなかった。どうしようもないと感じたのか、仕方なく窓から景色を眺めこむ。 一回だけちらっとルイズを見るが、かなり真剣に自分の世界に閉じこもっているようだ。 なに考えているんだろうな~と気になるが、次声をかけたら絶対にマズいと直感で判断した。 王宮まで、後もう少し時間がかかるようだ。 女王へと位を上げたアンリエッタの感想は、疲れるの一言であった。国のトップは玉座に腰掛けて部下の報告を受けるイメージがあったが、どうやら変える必要性がある。 彼女の仕事は接客に始まって接客に終わると言っても過言ではない。むしろそれだけしかやっていない気がする。 国内国外問わず、様々な客と出会う機会が格段に増えた。様々な客に出会うという事は、それこそ報告もあるが、訴え、要求、ご機嫌取り、外交、内容も充実である。しかも、それらを朝から晩まで一日中働く必要がある程の量だ。 ただ話すだけであるならば、そこまで苦にはならない。しかし、彼女は女王なので、ある程度の威厳を見せなければならない。 これが疲れるに尽きる。一応マザリーニが手伝ってはくれるが、受け答えには僅かな揺るぎを出してはならない。 何もしらないお姫様という昔の自分が、何年も前に感じてしまう。それだけ、彼女の精神と肉体は疲れきっているのだ。 しかし、次に自分の目の前に現れる客は違う。先のような対応をしなくてもいい上、その疲れも吹き飛ばしてくれそうな大事なお客さん。 まだかまだかと同じ場所を何度も往復しては、なかなか針が進まない時計に愚痴をつけたりする。 と、部屋の外で待機している呼び出しの声が聞こえた。客がこの場に到着したのである。 アンリエッタは溢れる嬉しさを少しばかし我慢した。もう少しだけ女王の態度をとらなければ。 無理矢理作った口調で、「通して」と言う。すると、固く閉ざされた扉がゆっくりと開いた。 ルイズとその使い魔である当麻が、アンリエッタの元に現れる。畏まるかのように、ルイズは頭を下げる。 扉がギィィィと、悲鳴をあげながら再び閉まる。瞬間アンリエッタは女王から、昔の姫に変わった。ルイズへと駆け寄るや否や、ギュッと抱きしめる。 「ルイズ! あなたに会えて嬉しいわ!」 ルイズは頭を下げたまま、応える。 「姫さまではなく……、陛下とお呼びせねばいけませんね」 ルイズの態度に、アンリエッタはもう! と少し呆れながらルイズの顔を無理矢理上げた。 「そのような他人行儀を申したら承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから最愛のお友達を取り上げてしまうつもりなの?」 「ならば……、いつものように姫さまとお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ねえルイズ、ホント女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」 はあ、と友達の前で出したくもないため息が吐き出される。 ここにいる存在価値があるかわからない当麻は、とりあえず壁に寄りかかって二人を眺めた。 一方のルイズは黙った。このままアンリエッタが自分達を呼んだ理由について話すのかと思って……。 しかし、アンリエッタの口が開く様子はなく、ただじっと見つめている。こちらの様子を伺うかのように、ただ、じっと。 このままでは話が進まない。自分らと面会する時間も限りがある。 何か雑談はないかしらと、ルイズは自分の頭の中にある思い出を探り寄せる。やはり、ここで話す内容とすれば一つしかない。 「このたびの戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」 特に当たり障りのない話題、これならば大丈夫だとルイズは思った。 すると、アンリエッタは何を思ったのか、突然ルイズの手を握った。まるで感謝をするかのように。 「あの勝利はあなたのおかげだものね。ルイズ」 へ、と思わず口から出てしまった。当麻もポカンと口を開き驚いている。二人ともなぜそれを知っているのか? と、そう表情が訴えていた。 アンリエッタはそんな二人に笑みがこぼれる。 「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」 「ええと、わたしにはなんのことだが……」 いやいや、と思わず当麻は突っ込んでしまう。とぼけるのはいいとして、もう少し上手く出来ないのだろうか? アンリエッタは、そんなルイズに報告書を手渡した。以前自分が読んだあの報告書である。 読み終えた感想として、ルイズは観念したかのようにため息を吐いた。 「ここまでお調べ済みなのですか?」 「あれだけ派手な戦果をあげたのよ? 隠し通せるわけがないじゃないの」 そう言われればそうだ。あんな奇跡とも言えるような事、奇跡で終わらせるわけがない。それよりも、自分達を調べ上げたトリステインの人間に感心を覚えた当麻に、アンリエッタは視線を向けた。 「敵の竜騎士隊を全滅させたのはあなたですよね? 厚く御礼を申し上げますわ」 「あー、俺は個人の問題を解決しただけだ。それがたまたまいい方向になったんだけだから、御礼を貰う立場じゃないぞ?」 「いえ、あなたは救国の英雄ですわ。わたくし個人の意見を尊重するならばあなたを貴族にしてさしあげたいぐらいだけど……」 残念ながら無理なのです、とどこか寂しげな表情を浮かべた。 トリステインでは平民が貴族になれないと、キュルケが昔言っていたのをふと思い出した。 と言っても、当麻にとって貴族になろうがならないだろうが気にする事ではない。 「あー別に問題ないぜ? てかそれだったら俺の分をルイズに上乗せしてさしてやってくれ」 え? とこちらに振り向いてきたルイズに当麻は黙って頷いた。 (当麻がわたしに恩義を与えてくれるなんて……) 言葉には絶対言えないが、ジャンプするぐらい内心では喜んだ。わがままなど一言も言わずに、その分を自分にあててくれと言ってくれた事が。 しかし、すぐに気付く。 (でも……、使い魔だからかもしれないわ) どうやら、浮かれるにはまだ早いようだ。 「ええ、あなた達の戦果は、このトリステインはおろか、ハルケギニアの歴史の中でも類をみないほどのものです。本来ならルイズ、あなたには領地どころか小国を与え、大公の位をあたえてもよいくらい」 「そんな……わ、わたしはなにも……」 「あの光はあなたなのでしょう? ルイズ。城下では奇跡の光だ、などと噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。あの光が膨れ上がった場所に、あなたたちが乗っていたドラゴンは飛んでいた。あれはあなたなのでしょ?」 アンリエッタがぐいっ、とこちらに迫ってくる。その真剣な眼差しに、ルイズはこれ以上隠せないと思えた。 それに、最愛の友達であるからこそ、こうして騙しているのに心が痛んだ。 最初の出だしをなんと言うべきか悩み、うじうじしたが、やがて少し躊躇いながらも「えっと……」と切り出した。 それ以降は、自分が誰にも相談できなかった『始祖の祈祷書』について、一から語り始めた。 『水のルビー』を嵌めたら始祖の祈祷書のページに古代文字が浮かび上がった事。そこに記された文字を読んだら、あの光が現れた事の二点を主に。 「それで姫さま、わたしは『虚無』の担い手なのでしょうか?」 一番気になる質問をアンリエッタにぶつけた。恐らくだが、彼女ならば答えるに違いない。 「おそらく……」 アンリエッタは続けた。 「『水のルビー』と始祖の祈祷書は、始祖ブリミルがトリステインに遺した秘宝と指輪……。それにラ・ヴァリエール公爵家の祖は王の庶子。 始祖の力を受け継ぐものは王家にあらわれると言い伝えられてきたので」 実際に放ったことだしそう考えるのが正しいようね、と付け加えた。 ルイズは思わずため息をつく。次にアンリエッタが何を言うか理解出来たからだ。 「これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね? ルイズ」 小さく頷くルイズ。一方の当麻はなぜだかわからなかった。 「ん? どうしてなんだ?」 アンリエッタは僅かに顔を伏せながら答えた。 「わたくしが恩賞を与えたら、ルイズの功績を世間のもとにさらしてしまうことになるでしょう。それは危険です。一国でさえももてあますほどの力なのです。 ルイズの秘密を敵が知ったら、彼らはなんとしてでも彼女を手に入れようと躍起になるでしょう。敵の的になるのはわたくしだけで十分」 淡々と話すアンリエッタに、当麻は少しだけ不快感を覚えた。自分だけがそうなるように、他人を助けるその思考が。 「敵は外部だけとは限りません。城の中にも……、あなたのその力を知ったら私欲のために利用しようとするものが必ずあらわれるでしょう」 ルイズはいつも以上に緊張した顔で頷いた。 「だからルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたしと、あなたとの秘密よ」 インデックスと共に暮らしてきた当麻だから、アンリエッタの言い分はわかる。わかるのだが、 助けを求めるという事は、助けを求めた他人を巻き込む事を意味している。 つまりはアンリエッタはルイズを巻き込ませたくない一心なのだ。 だけど、それは間違っている。 もし自分がルイズの立場だったら? 当麻の知らない所で、アンリエッタが一人だけ何か事件に巻き込まれたら。相談もされず、一人のうのうと平和の中にいた自分をどれだけ責めるだろうか、と。 絶対にそんな事はあってはならないのだ。それだけはやっぱり、最愛の友達だからこそやってはいけない。 すると、考え込んでいたルイズが何か決心したかのように、アンリエッタを見つめた。 「おそれながら姫さまに、わたしの『虚無』を捧げたいと思います」 「いえ……、いいのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 「神は……、姫さまをお助けするためにこの力を授けたはずなのです!」 しかし、アンリエッタは首を振る。 「母が申しておしました。過ぎたる力は人を狂わせると。『虚無』の協力を手にしたわたくしがそうならぬと、誰が言いきれるのでしょうか?」 ルイズは諦めない。二度も彼女は説得に失敗しているのだ。二回目はたまたま良い方向になったが、今回は違う。 絶対に良くない方向へいくと何故だか確信を得た。 だからこそ、ルイズは告げる。 「わたしは、姫さまと祖国のためにこの力と体を捧げなさいとしつけられ、信じて育って参りました。 しかし、わたしの魔法は常に失敗して、ついた二つ名は『ゼロ』。嘲りと侮蔑の中、いつも口惜しさに体を震わせておりました」 ルイズは自分の思いを届いてくれ! と言葉にする。 「しかし、そんなわたしに神は力を与えてくださいました。わたしはようやく自分の信じるものに、この力を使えるのであります。それでも陛下がいらぬとおっしゃるなら杖を陛下にお返しせねばなりません」 アンリエッタに断る理由が浮かばなかった。 二人は用事を終え、王宮から出た。 とりあえず始祖の祈祷書がなければ『虚無』を発動できないため、そのまま授かる事になった。 もっとも、口外はおろか、使用もできる限り避けるという約束が条件であるが。 また、ルイズは仕事をする際の許可証を、当麻は宝石や金貨を恩賞として貰う事になった。 街は戦勝祝いでワイワイガヤガヤと賑わっている。酔っ払いの兵士が顔を真っ赤にして乾杯! と叫び、再び酒の補充にかかった。 「つか賑わってるなー」 当麻は目の前の騒ぎに、率直な感想を述べる。先程の話は少し重たかったので、気分が変わるにはうってつけの光景だ。 「ほんとね」 ルイズの親は地方領主であったので、このような街は初めてだ。なので、周りに影響されてか、自分も楽しそうになってしまう。 「んじゃまあ、ちょっくら見に行きますか?」 当麻の案に、否定する言葉はなかった。 二人はあまりの人の多さに手を繋ぐ事になった。異性と手を握るという行為に対して、二人は顔を赤くして黙々と歩き続ける。 端から見れば初々しいカップルのようだ。 当麻は一人悩んだ。いや、この気まずい状況を打破する為の秘策の言葉を考えているのだが、 浮かばない。 面白いぐらいに浮かばない。 うがーッと、内なる当麻が両手で頭を抱えて悩み出す。結局の所、日常会話しか浮かばないのであったりするのも、まだまだ子供のようだ。 「あーほら、つか俺の世界でもこんなんあるんだぜ?」 「そうなの?」 「まあなー、学園祭ってな? ここよりめちゃくちゃ広い場所で屋台や露店が埋めつくされるんだよ」 へぇ~、とルイズは相槌をうった。 無意識の内にルイズは当麻の手を強く握る。当麻が自分の世界について話すとなんだか寂しい気持ちに変わる。 当麻は、いつか必ず帰っていく日がくるに違いない。だからこそ、そういう話になるとその事が思い出されるのだ。 おめでたい時に、そんな思いはしたくなかった。 今ぐらいは、せめてこの時ぐらいは楽しみたい。もっと自分を見て欲しい。そんな感情が自分の中で渦巻く。 でも、それをよしとしない自分もまたいる。 わたしは当麻の事が好きなの? そんな事ない。ただあのメイドに取られたくないだけだもん。 言い聞かせ、周りを見渡す。何か、何かないだろうかと期待しながら探したそれは、いとも簡単に見つかった。 「ねえ」 「ん?」 ルイズに呼ばれ、当麻は立ち止まる。見ると、どうやら宝石商がお目当てのようだ。指輪やネックレスなどが並べてある。 「んじゃあちょい覗いてみますか」 そう言って、ルイズと一緒にそちらへと向かった。 二人が近づくと、商人が客だと判断し、声をかける。 「おや! いらっしゃい! 見てください貴族のお嬢さん。珍しい石を取り揃えました。『錬金』で作られたまがい物じゃございませんよ」 ルイズはちょこんとしゃがむと、並べてある品物を物色する。 しかし、あまり出来はよくないようだ。貴族が身につけるには少し派手で、あまりお勧めはできない。 それでも、ルイズは気にせず一つのペンダントを手にとった。貝殻を彫って作られた真っ白なペンダント。周りには見映えをよくしたいのか、大きい宝石が沢山嵌め込まれている。 しかし、それもまた適当に作られてるイメージが残る。宝石も、なんだか安物だと思ってしまう。 それでも、ルイズは気に入ってしまった。こういったお祭りは初体験であったので、少しガードが緩くなったのである。 「欲しいのか?」 当麻に視線を向けず頷く。おそらく目をキラキラと輝かしているのであろう。 となると、やる事は一つしかないと当麻は思うと、商人に話かけた。 「ええと、いくらだ?」 「四エキューでございます」 ルイズが驚きの表情でこちらを見るが、気にせずポケットから先程貰った金貨を取り出す。 「わりい四エキューってどれぐらいだ?」 この国の通貨がわからないので、十枚ぐらい同じ金貨を商人に見せた。 「ひぃ、ふぅ、みぃ……これで四エキューです」 一エキューである金貨を四枚当麻の手から取り上げると、商人は笑みを浮かべてありがとうございましたと、お決まりの言葉を言った。 呆然と状況を理解するのに精一杯だったルイズの気持ちが、嬉しさで込み上がってくる。 当麻が自分の為に買い物をしてくれたのだ。これを喜ばないで何を喜ぶ? 一気に気持ちが最高潮にまで上がり、手に持っていたネックレスを早速首に巻いた。お似合いですよ、という商人の言葉などもう耳には入らない。 「似合うかな?」 「ん? ああ、似合ってるぞ」 もっとも、当麻はこういった場面に出くわしたら、買ってやるべきであるというのを知っており、尚且つ今まで自分を養ってくれたお礼という意味である。 決して、当麻がルイズを好きになったというわけではない。 と、そんな当麻の目に何かが入り込む。 隣の店、そこにはアルビオン軍からの分捕り品が並べられていた。 剣や鎧、服や時計などがある中、当麻は一つの服に着目し、手に持った。ルイズが思わず尋ねる。 「どしたの? 服が欲しいならもっといいの買いなさいよ」 しかし当麻は答えない。考え事に夢中であるから、だ。 (水兵服かー) そういえば、あれは水兵服からできたのだと聞いたのを思い出す。ならば、これから作れるのではないか? ちゃんと、当麻はシエスタの言葉を覚えていた。 シエスタは可愛い服が欲しいと言っていた。当麻の中では、これはきっとかなり可愛い服であるとは思う。 なんせ日本が誇るジャパニーズ文化の三種の神器である。多分こちらでも通じるに違いない。 仕立てはルイズに後で頼んでみるかー、と思いながら、当麻は商人に尋ねる。 「これ、いくらっすか?」 「三着で一エキューさ」 当麻は一エキューがどれであるか早速理解できた。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1979.html
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨なバトルを頻発 女性に肉の芽植えるのは日常茶飯 恫喝したけでモット伯が泣いて謝った、老化する貴族も あまりにも格好良いからバオー来訪者のゼロ魔クロス小説でもジョジョ魔扱い その小説もヒット ルイズを最後まで護り抜くなんてザラ、2巡どころか無限に死んでルイズの使い魔をするガンダールヴも 昔を思い出しただけで5万人くらいカタツムリになった ガリア王ジョゼフとその使い魔シェフィールドをデルフでなく単なる鏡で処理してた 『スタンドなしでフーケ戦の終盤ギリギリまで戦い抜く』というファンサービス あまりに投下があり、中には最初から死んでるという新感覚なガンダールヴも スタンド全開にすると仲間の見せ場が無くなるので力をセーブしてた ガンダールヴがフェノメノンした姿にキュルケのレーダー(性的な意味の)が反応してしまうのでフェノメノン中は警戒されていた 返答は常に『逆に考えてみるんだ』 ガンダールヴのおかげで触手、調教、姉妹・親子丼に目覚めました ガンダールヴをワルキューレで殴りつづけてもレなない 神砂嵐の原因は、ガンダールヴが敵に手を振ったせい ガンダールヴって吸血鬼から生まれたんだよね 死んだ仲間に『過去に囚われず、仲間の影に縛られない事』を約束 ガンダールヴ対策のためにルイズの洗脳が実行されたが、なんなく洗脳を解いたのは有名 ガンダールヴの体液がちい姉さまを『最ッ高に「ハイ!」ってやつ』にさせているのはあまりにも有名 ガンダールヴは、いつも店先のペンダントを物欲しそうに眺めるルイズにペンダントを爆破してあげたことがある ガンダールヴが一睨みしただけでキメラ犬が怯えて飛んでいく ガンダールヴが剣とかスタンドとか、役割間違えてんだろうが…萌えすぎじゃねえか… 納得が出来なければ相手が王女であろうと説教する、手を踏むことも ツンデレ、無口キャラ、巨乳、メイド、美女怪盗とのフラグが立った事にまだ気づいていないガンダールヴも多い 変態orカオスorタバ茶に奇妙な縁を持つガンダールヴのせいかジョジョ・ゼロ魔キャラ以外の作品のキャラまで見える ルイズの代わりにツンデレになったガンダールヴも 惚れ薬イベントでルイズを百合に目覚めさせた デルフ無しで三章までルイズを護った ガンダールヴの精神操作のおかげでおっぱい子爵が誕生したのはあまりにも有名だったんだがなあ とある貴族と決闘する時、スタンドが発現出来ないので覚悟と誇りと知恵だけで決闘に勝ったという話はあまりにも有名 ルーン効果で加速もしてるけどスローでよく見ると爪先立ち歩きなんだよな 対峙したばかりの閃光のワルド、ガンダールヴが手で撃った銃弾で撃沈 ガンダールヴは以前、飛行中のアルビオン行きのフネに飛び乗ってルイズに追いついたことがある 神の左手ガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾 左に握った大剣と、その身に宿す能力で、導きし我を守りきる 神の左手ガンダールヴ、心優しき神の笛 砕けぬ覚悟は時を超え死を超え、導きし我を守りきる 神の左手ガンダールヴ、知恵のかたまり神の本 知識、経験、記憶を使い、導きし我を守りきる 神の左手ガンダールヴ、強くて優しくて賢くて…本当に我の大切な… べ、別にあいつの事なんか好きでもなんでもないんだからね!?ちょっと感謝してるだけよ!!! ガンダールヴを我はどう思っているか、記す事すらはばかれる… 鳥捨印書房発行 著者不明『ハルケギニアの伝説(使い魔編)』及び『始祖の祈祷書に挟んであった謎の紙切れ』より抜粋
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2677.html
何処だ、此処は? 『それ』は眼下に拡がる青い惑星の大気組成を分析しつつ、見慣れない形の大陸を凝視していた。 『それ』が僅か数分前まで見下ろしていたものとは、明らかに異なる形状の大陸。 そして頭上には、在る筈の無い『2つ目』の衛星。 有機生命体とは根本から異なるにも拘らず奇妙な類似を示す思考は、在り得ない状況の説明に理論的な根拠を求め、即刻調査を開始すべしとの結論を下す。 そして未知の推進機関を始動させ、想像を絶する推力によって惑星外周を回り―――――導かれた結論は、信じ難いものだった。 この惑星は、『地球』に非ず。 呆然と―――――ただ呆然と、眼下の青い惑星を視界に収め――――― 次に沸き起こったのは、歓喜。 予期せぬ時、予期せぬ形で転がり込んだ、予期せぬ幸運。 最大の障害と共に、目的を、配下を、全てを失った矢先に開けた、新たなる道。 これが歓喜せずにいられるものか。 やがて『それ』は紅蓮の火球となり、青い惑星の大気へと降下を開始した。 その擬似視界に、またしても―――――在り得ない、在り得る筈の無いものが映り込む。 遥か彼方の地平。 夕焼けに照らされた、紅い草原。 そのほぼ中央に刻まれた、深く長い溝。 『何か』が高速で衝突した事によって抉られた事を示す、巨大な爪跡。 既に相当の年月が経過しているのか、溝の内外は青々とした草に覆われている。 そして―――――その先に鎮座する、捻れ、潰れ、黒く焼け焦げた、歪な鉄塊。 知っている―――――『あれ』を知っているぞ。 覚えている―――――忘れるものか。 あの屈辱を―――――その滑稽さを。 知っているぞ―――――『地球人』! 嗤い声。 人には決してそうとは解らぬその声は、耳障りな電子音として中空に鳴り響く。 そして轟音と共に鉄塊の上空を横切った『それ』の視界に、非常に原始的な建築物が寄り集まった集落が移り込んだ。 更に―――――その外れに位置する、明らかに異常な文化的差異が見て取れる建築物内に安置された、またも異常な構造物の存在も。 『それ』は嗤い、呟く。 正しく『この宇宙は望みを捨てぬ者を助ける』、だ。 それは、ルイズがブラックアウトを召喚する8年前の出来事。 季節外れの冷たい風が吹く、夕暮れの紅い草原に面した小さな村での事だった。 未だ微かに白煙の燻る、サウスゴーダ、ウエストウッドの森。 一昼夜にも亘る消火活動を終えた水系統のメイジ達が、その表情に疲れを色濃く滲ませて、ロサイスへの帰路に就く。 周囲には無数の兵士達が其処彼処と騒がしく駆け回り、大地に刻まれた巨大な暴力の爪痕に対する検分に追われていた。 そんな中、1人の女性が焼き払われた森の中へと歩を進める。 彼女は森の奥深く―――――破壊が最も集中している地点へと辿り着くと地面へと屈み込み、散乱する黒く炭化した木片を手に取った。 自然には存在し得ないその造形は、何かしらの家具の破片だろうか。 元がどの様な意図を持って創造されたものかを窺い知るには、この場は余りにも閑散とし過ぎていた。 黒く焼かれた木々。 抉られた消し飛んだ大地。 鼻を突く異臭。 嘗ては子供達の笑い声と優しい旋律に満ちていたウエストウッドの森の一画は、あらゆる生命の存在を拒絶する死に支配された領域と化していた。 「此処に居たか」 彼女の背後、掛けられる声は若い男性のもの。 しかし彼女はその声に振り返る事無く、手の中の木片を見詰めている。 男もそれを気に留める様子は無く、淡々と言葉を続けた。 「此処に来たという事は、既に聞いているな?」 彼女は答えない。 「想定外だった。まさか彼女の使い魔があの様な……『化け物』だったとはな」 ふらり、と彼女は立ち上がり、男へと向き直る。 歩み寄るその姿を感情の窺えない瞳で見詰めていた男は、同じく無感動な声で言葉を紡いだ。 「これも、その使い魔の仕業らしい」 「……!」 その言葉と同時、彼女は男の襟首に掴み掛かる。 男はそれを払い除けるでもなく―――――ただ静かに、劇場に身を震わせる彼女を見据えていた。 「あいつらは……」 ここで初めて、彼女が声を発した。 絶望と、憤怒と、悲観と、憎悪が入り混じった、低く、暗い声。 そして―――――その感情は抑えられる事無く、爆発した。 「あいつらは―――――ヴァリエール達は何処だッ!」 アルビオンより帰還してからというもの、ルイズとっての日常とは現実感に乏しいものだった。 アルビオン、ロサイス近郊―――――あの森の中で、己の使い魔と銀のゴーレムが繰り広げた、想像を絶する闘い。 吹き飛ぶ木々、微動だにしないスコルポノック、血溜りに沈む友。 そして―――――彼女を殴り、昏倒せしめた、平民の少年。 暴行を受け意識を失った彼女が次に目覚めた時、其処は既に見慣れた学院の自室だった。 現状を把握出来ずに戸惑う彼女の前に現れたのは、何時だったかギーシュが絡んでいたメイドの少女。 意識が戻ったのか、身体に違和感は、記憶ははっきりしているか、と詰め寄る彼女を宥めて、ミスタ・コルベールを呼んできてくれないかと頼めば、数分後にはその人物が室内に佇んでいた。 同じ様にルイズの身体を気遣う質問の後、彼は事の仔細を語り始めた。 彼が言うには、フーケ討伐の際を再現するかの様にブラックアウトが中庭へと飛来。 その機体下部に吊り下げられた物体が『地球』のものであると看破したコルベールが、直々に彼女等を出迎えたのだという。 しかし、機体から恐る恐る降りてきたのは10を超える人数の子供、そして見慣れぬ少年少女。 少年は明らかに右腕を骨折しており、更に全身が血に染まっている。 少女は見慣れぬ服装だったが、その胸部もまた喉下からの出血により朱が滲んでいた。 更に、デルフの声に従い機内へと踏み入れば、其処にはルイズを含め、意識の無い4人の生徒達の姿。 またもや学院は上を下への大騒ぎとなり、4人は水のメイジによる集中治療を経て自室へと移されたのだという。 それが3日前。 ルイズはこうして目覚めたが、残る3人は未だに意識が戻らないのだという。 コルベールが言うには、3人は身体の各所を高威力の、恐らくは『地球製』の銃弾によって射抜かれており、一時は生死の境を彷徨った程の重傷を負っていたとの事。 それでも今は持ち直し、後は意識の回復を待つばかりだという。 その言葉に安堵し、ルイズはあの2人―――――平民の少年と、ハーフエルフの少女について訊ねた。 彼等はどうなった、此処に居るのか、安全は保障されているのか? コルベールは最後の言葉に意外そうな表情を浮かべたが、心配は要らない、2人とも学院が保護していると返答。 後は自分達に任せ、もう少し休みなさいとだけ言って、部屋を辞した。 そうなれば、ルイズも再び襲い来る睡魔に負け――――― そういえば、デルフの声を聴かないな。 そんな疑問を脳裏に浮かべながら、安らかな眠りへと墜ちていった。 「よう」 再び目覚めた時、彼女は枕元に立った小柄なメカノイドに見下ろされていた。 常人ならば驚き、肝を潰す光景であろうが、ルイズにとっては何よりも安心を齎す存在。 安堵こそすれ驚愕などする筈も無い。 「……おはよう、デルフ」 「おはよう、っつーにはちょいと遅いな。今は夜中だ」 その言葉に意識を覚醒させれば、成る程、窓からは月明かり。 これだけ明るければ十分だろうと、ルイズはランプを灯す事も無くベッドの上でデルフへと向き直る。 蒼い月明かりに照らされた少女とメカノイドの姿は何処か幻想的ですらあり、同時に鋼の様な冷たさをも併せ持っていた。 しかし2人―――――1人と1体の間に流れる空気は、穏やか且つ緩やかなもの。 暫し静謐のままに時は過ぎる。 「……状況は?」 不意に紡がれた二言目に、デルフが低く笑いを洩らす。 むっ、と眉を寄せるルイズに、デルフはひらひらと手を振り、答えた。 「段々と『らしく』なってきたな、ルイズ。それでこそ俺達の主だ。順応してきた、ってとこかな」 「何の事よ」 ふん、と鼻を鳴らしてデルフを睨むルイズ。 対してデルフは、打って変わって何処か真剣な声で彼女を諭す。 「此処で余計な会話から始める様じゃ、まだまだだって事だ。お喋りは状況確認の後でも出来るんだからな」 そう言ってまた、くく、と笑いを洩らすデルフに、ルイズは照れ隠しの様に咳払いをすると報告を求めた。 「私が寝ている間に何が在ったのか、報告しなさい」 「了解」 デルフの報告は簡潔で、且つ驚くべきものだった。 王党派の乗り込んだ『ビクトリー』号は無事にラ・ロシェールへと入港。 予め待機していたアンリエッタ王女からの使いの者により、王宮への取り次ぎに成功したという。 亡命という扱いになるとの事だが、その辺りは王宮の問題なので省略。 本来の目的であった『手紙』がレコン・キスタの手に渡ったか否かは不明だが、恐らくはブラックアウトの攻撃によって焼失した可能性が高いとの事で一時保留。 王女はウェールズの生存を喜び、同時に意識の戻らぬルイズを心底案じている様子だったとの事。 と、此処で、ルイズが報告を続けるデルフの声に割り入った。 「何でそんなに詳しいのよ」 「俺も話の席に居たからだ」 聞けば先日、デルフはオスマンに掛け合い、共に王宮を訪ねて報告を行ったのだという。 変形する事を王女に明かしたのかと問えば、既に彼女はウェールズから直々にデルフ、ブラックアウトについて聞かされていたとの事だった。 どうにもウェールズは、デルフやブラックアウトを危険視しているらしい。 王女に余計な事を吹き込まなければ良いのだが。 「覚悟しとけよ。下手すりゃお前さん、あの姫さんの都合の良い『兵器』扱いされるぜ」 「そんな事……無いとは言い切れないわね」 溜息を吐くルイズ。 感情や過去の記憶に惑わされる事無く冷静に判断するその姿に、デルフのプロセッサに満足感を表す信号が走る。 無論、そんな事は露知らず、ルイズは続きを促した。 「続けなさい」 「はいよ」 デルフはその言葉に従い、報告を再開する。 王女、そしてウェールズ、ジェームズ1世は、最早レコン・キスタとの開戦は避けられぬと判断。 手紙が焼失したのならば、予定通りゲルマニア皇帝との婚儀を執り行うとの結論に達した。 無論、其処には苦悩と葛藤が渦巻いていただろうが、其処はデルフにとって感心事足り得ない。 ルイズにしても、納得のいかない事ではあるが、取り立てて今口にするべき事ではないとの認識が在った。 「で、此処からが本題だ」 「……あの2人の事ね」 「それとあの『お友達』の事だ」 此処からの報告は、更なる驚愕と混乱をルイズへと齎した。 先ず、あの戦闘だが……仕掛けたのは、此方からだったとの事。 ブラックアウトが『ミサイル』とやらを発射、それをあの銀のゴーレムが撃ち落としたのだそうだ。 あの爆発は敵の攻撃ではなく、射出されたミサイルが迎撃された際に起こった爆発だという。 何故、勝手に攻撃したのかと問えば、それについては後ほど話す、とはぐらかされた。 驚いたのは、あの平民の少年についての報告だった。 彼は何と『地球』の住人であり、あのハーフエルフの少女に使い魔として召喚された存在だというのだ。 これにはルイズも心底から驚愕し、しかし同時に納得した。 あの少年の振る舞いと言動―――――デルフから聞かされた『地球』の体制からすれば、ハーフエルフを迫害する者も、暴虐に映る貴族の振る舞いも、両者共に嫌悪の対象だろう。 聞けばあの少女、アルビオン王家の関係者らしい。 父親がエルフの妾を囲っている事が発覚し、家族、従者諸共に皆殺しにされたのだという。 怨んで当然だ。 それを守護する使い魔なら尚の事、貴族というだけで十分に排除の対象となり得る――――― 「……随分冷静だな、ルイズ」 「……まぁ、ね。仕方無いわよ、非はこっちに在るんだし……それに『地球』にはもう、貴族なんて特権階級は無いに等しいんでしょう? なら、軽蔑されるのも仕方な―――――」 と、ルイズはある事に気付き、デルフへと疑問を投げ掛けた。 「ねぇ、デルフ。アンタ、私の事、名前で―――――」 「んで、だ。2人は学院の方で……」 唐突に、デルフは報告を再開。 ルイズは質問を遮られた事にむくれたものの、直にそれがデルフなりの照れ隠しなのだと悟り、悪戯っぽい笑みを浮かべる。 デルフは相変わらず報告を続けていたが、もしその顔に表情というものが在れば赤面していたのかもしれない。 楽しげに先を促すルイズを前に殊更、無機質さを心掛けて音声を紡ぐ。 2人は学院側が保護する事で決まった。 ジェームズ1世は、即刻処刑すべし、と主張したが、デルフの『説得』により学院にて監視するとの名目で保護が決定したと言う。 「『説得』って、何言ったのよ」 「事実を言っただけだ。『今あの2人を殺せば、あの銀のゴーレムが黙っちゃいない。相棒も損傷が激しく、それを撃退出来る可能性は低い。運良く撃破出来たとして、その頃にはトリスタニアの人口は半分以下になってるだろう』ってな」 「……それは脅迫っていうのよ」 2人は教員棟の一室に住む事となり、彼等と共に暮らしていた孤児達に関しては、王都の孤児院に預けられる事となった。 ジェームズ1世はいずれ、その子供達を人質に2人を処刑するつもりだったのだろうが、それは叶わないとデルフは言う。 この件に関しては、ウェールズに入れ込んでいる為に王女は当てにならないが、先ずオスマンが黙ってはいないだろうとの事。 彼の手は長い。 王都の子供達に何か在れば、それは即座にあの2人とゴーレムに知れ渡る。 その際に何が起ころうとも、こっちは責任を持たない……という様な事を暗に仄めかすと、ジェームズ1世は口を閉じたという。 そのジェームズ1世の頭の固さ、思想に若干の嫌悪を抱きつつ、ルイズは内心、良い気味だ、とほくそ笑んだ。 一方、デルフはといえば何処までも現実的で、折角の手駒を失う訳にはいかないと、彼の王を嘲笑うかの様に言い捨てる。 「手駒?」 「ああ」 「どうして? ブラックアウトにとっては敵なんでしょう?」 「味方になれとは言ってない。交換条件だ。俺達はあいつらを護り、更にその為に必要な『手段』を与える。あいつらはお前と、お前のダチを護る。悪くない話だろ」 「『手段』?」 首を傾げれば、デルフは何でもない事の様に返した。 「『銃』だ。同郷のモンだし、問題は無ぇだろ」 驚愕し、然る後に納得した。 成程、あれだけの力を持つ兵器だ。 それを使えるとなれば、例えメイジであっても敵ではないだろう。 詠唱を行っている間に仕留められる。 だが…… 「それって、弾切れになるまでの関係じゃないの?」 「お前、相棒がどうやって弾薬を補給してるか忘れたのか」 「あ……」 そうだった。 ブラックアウトやスコルポノックは、消費した弾薬を自己生成しているのだ。 ならばあれらの銃の弾薬を生成する事も不可能ではあるまい。 「でも、それならあのゴーレムにも出来るんじゃ……」 「だとしても逃げられはしねぇさ。王都のガキどもが居る。ジェームズは人質としての活用を諦めた様だが、こっちは精々利用させて貰うさ」 「……ホンっと悪どいわね」 「要領が良いと言ってくれ……で、あの『お友達』だがな」 デルフの話では、あのゴーレムはブラックアウトの同類らしい。 同じ要因、同じ過程で誕生した存在でありながら、その起源を異にする永遠の敵対的存在、その一員。 名は『ジャズ』。 幾度も映像で見た、『地球』の主要な乗り物である『自動車』に変形するとの事。 「一度に乗れるのは2人までだが、速度はなかなかのモンだ。少なくとも、陸上を走るモンでアレに追い付ける奴ぁ居ねえ。流石―――――」 「デルフ」 唐突に、ルイズがデルフの言葉を遮る。 彼女はその目に殊更真剣な色を浮かべ、目前のメカノイドを見据えていた。 「……何だ」 「教えて頂戴。ブラックアウトは……スコルポノックは、あのゴーレムは……一体何者なの?」 部屋に沈黙が降りる。 真っ直ぐに自身を見据えるルイズを見返し、次にデルフは窓の外へと視線を向けた。 其処に座するは、月明かりに蒼く照らされた巨大なペイヴ・ロウと、シルバーの塗装が輝くソルスティス。 正面から向かい合い、互いに軸をずらして最大限に距離を置いた位置に着いている。 決して『敵』から注意を離さず、互いを監視し合うポジション。 しかし間違い無く、彼等はルイズとデルフの会話をモニタしている事だろう。 それでも、何ら通信が入らないという事は――――― 「良いだろ―――――」 「もう寝るわ、デルフ」 またもや唐突に―――――そして一方的に、ルイズは会話を切り上げた。 心底驚いているのか、はたまた呆れているのか、デルフは呆然とルイズを見詰めたまま、シーツに包まる彼女を止めようともしない。 それでも、何とか言葉を発しようと試み――――― 「デルフ」 ―――――しかし、それは先手を打たれる事によって頓挫した。 ぴたり、と伸ばし掛けた腕を止め、シーツに包まり背を向けて横になったルイズを凝視する。 「キュルケ達は、目覚めた?」 その会話の切り替えを訝しく思いながらも、デルフは答えを返した。 「……ギーシュと青い髪の嬢ちゃんは起きたが、あの嬢ちゃんはまだだ。出血が酷かったからな。一時は本当に危なかった」 それだけ聞くとルイズは寝返りを打ち、デルフへと向き直る。 そして、言った。 「なら、今はまだいいわ。貴方がそれを語るのは、全員が揃ってから。その時こそ、全部話して貰うわよ」 おやすみ、と言い残し、ルイズはすぐさま寝息を立て始める。 デルフは暫く、その寝顔を呆然と見詰め――――― 「……おやすみ」 やがて一度、優しくその髪を撫ぜると、瞬時に剣へと変形し部屋を飾る置物と化した。 そして、更に3日後―――――即ち、現在。 「……」 「……」 ルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュの4人とデルフは教員棟の一室、1人の『地球人』と1人のハーフエルフに割り当てられた部屋に居た。 室内には張り詰めた空気が漂い、ルイズを除く3人の手には杖が、ハーフエルフ―――――テファに寄り添う『地球人』―――――才人の手にはStG44が握られている。 正に一触即発の空気の中、部屋の中央に置かれたテーブルの上に、デルフが1冊の古惚けた本と2つの指輪を置いた。 「自己紹介は―――――必要無ぇか。ま、いいや。聞こえてるよな、相棒、ジャズ?」 6人の耳には何も聞こえなかったが、確かに返答が在ったらしい。 デルフは何処かに向けていた視線を本へと戻し、語り始める。 「先ず、確認だが……ジャズはお前さんの召喚の際に、付近に現れた。本人が言うには記憶が無い―――――これは間違い無いよな?」 才人とテファは無言のままに頷き、ルイズ達は首を傾げた。 「ヘリも車も『地球』のもの、しかし人型になるモン何ぞ存在しない―――――少なくとも現時点では。そうだな?」 その言葉に、弾かれる様に皆がデルフ、そして才人を注視する。 そして5対の視線に晒される中、才人はゆっくりと、だがはっきりと頷いた。 「……どういう事?」 「彼等は……『地球』の兵器ではないのかい?」 俄かに色めき立つギーシュ、キュルケ。 ルイズは口に手を添えて思案に沈み、タバサは無言。 テファは驚きを隠そうともせず、隣の席に腰掛ける才人を見遣っていた。 そんな中、才人が口を開く。 「逆にこっちが訊きたいぜ。お前等は何なんだ? ジャズはともかく、いきなり攻撃してきたあのヘリといいテメェといい、一体何者なんだ」 「宇宙人」 即座に返された答えに、才人は音を立てて立ち上がる。 はっとした様に杖を握り直すキュルケらを制止し、デルフは静かに語り掛けた。 「落ち着け、『使い手』」 「こないだといい今日といい……『使い手』ってのは何の事だ。大体『宇宙人』だと? ふざけるのも大概に―――――」 「ふざけてなんかいない」 才人の言葉は、デルフの硬質な音声に遮られる。 思わず小柄なメカノイドを見遣れば、それは卓上の本に手を置いたまま、才人を真っ直ぐに見据えていた。 「……」 「お前さん方は炭素原子を基本骨格とする有機生命体、俺達は異なる原子からなる無機生命体。お前さんは『地球』で、嬢ちゃん達はこのハルケギニアで発生した。そして、相棒達は―――――」 デルフは一旦間を置き、答えた。 「『セイバートロン』で」 誰もが顔を上げ、呆然とデルフを見詰める。 その視線の先で、メカノイドは始まりの惑星、その記憶を語り始めた。 「『セイバートロン』には、起源を異にする2つの勢力が在った―――――」 1時間後―――――疲れた様な表情を浮かべる面々を前に、デルフは古惚けた本を掲げてみせた。 「『始祖の祈祷書』」 その言葉に、弾かれる様にして視線を集中させる面々を無視し、デルフは卓上の2つの指輪を指す。 そして指輪の正体に気付いたのか、ルイズが声を洩らした。 同時にテファもまた、その一方を見て口元に手を遣る。 「あ……」 「『風のルビー』、『水のルビー』」 一心にそれらの国宝を見詰めだす6人。 デルフは続いて、ルイズとテファに指輪を嵌めるように指示した。 「いいの?」 「元々その為に借りてきたんだ。いいから嵌めろ」 そして2人が指輪を嵌めた事を確認し、デルフは『始祖の祈祷書』を捲り、2人の眼前に翳す。 あ、という小さな声が2つ、洩れた。 「読めるか?」 何が何だか解らず、訝しげに互いと視線を交わす面々。 それにも構わず、只々一心に『始祖の祈祷書』を覗き込んでいた2人の口から、ほぼ同時に同じ句が零れた。 『序文。これより我が知りし真理をこの書に記す―――――』 全員が動きを止め、2人へと視線を向ける。 しかし当の2人はそれにも気付かないのか、淡々と言葉を紡ぎ続けた。 『―――――神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し―――――』 どうしたのか、何を言っているのかと口にしようと試みるが、そのどれもが声にならない。 得体の知れぬ重圧が部屋に満ち満ち、誰もが口を開けないのだ。 『―――――四にあらざれば零。零すなわちこれ《虚無》。我は神が我に与えし零を《虚無の系統》と名づけん―――――』 『《虚無》!?』 聞き捨てならない名称に、サイトを除く周囲の3人が立ち上がると同時、音を立てて『始祖の祈祷書』が閉じられる。 それと同時、ルイズとテファが我に返った。 「あ……私……?」 「『虚無』……伝説の?」 戸惑う2人。 デルフはそんな2人へと歩み寄ると、その指から『風のルビー』、『水のルビー』を抜き取る。 そして、再び『始祖の祈祷書』を開いて翳した。 「読めるか?」 その問いに、全員が開かれた頁の正面へと移動する。 しかし――――― 「……何、これ」 「白紙じゃないか……」 誰もが首を傾げ、ルイズとテファを見遣る。 2人もまた混乱し、目に手を遣ったり、額に掌を当てたりしている。 「お前ら、誰でもいい。この指輪を嵌めて、これを見てみろ」 その言葉に、才人を除く全員が代わる代わる指輪を嵌め、『始祖の祈祷書』を覗き込む。 しかし、其処に文章を見出す事が出来たのは、ルイズとテファの2人だけだった。 「どういう事……?」 ふとタバサが洩らしたその呟きに答えたのは、デルフだった。 「その書を読む事が出来るのは、『虚無』を受け継ぐ者だけだ。ルイズ―――――」 再び指輪を嵌めたルイズに、デルフは先を読み進めるように促す。 ルイズはそれに従い、何処か興奮気味に声を紡いだ。 「―――――たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん―――――」 そこで再び、書は閉じられる。 もう、誰も言葉を発しようとはしなかった。 「もう解ったろ? お前さん達は『虚無の担い手』なんだ。系統魔法が使えねぇのも、爆発が起こるのも、『虚無』が原因だ。お前さん達は『ブリミル』の意思を継ぐ者なんだよ」 呆然と―――――只管、呆然とする面々を余所に、デルフは才人へと向き直る。 「お前さんの力……あらゆる武器、兵器を使いこなす能力はな。即ち『使い手』―――――『神の左手』、『ガンダールヴ』。『神の盾』。色々呼び名は在るが―――――」 「『ガンダールヴ』だって!?」 唐突に、才人が叫ぶ。 それに対し、意外とばかりにデルフが返す。 「何だ、知ってたのか」 「テファ。確か、あの歌……」 「歌?」 聞き返すデルフに、今度はテファが恐る恐る頷く。 「……この指輪を嵌めて、王家の秘宝であるオルゴールを回した時に聴こえてきたの。随分と昔の事だけど……はっきり覚えているわ」 「そりゃ『始祖のオルゴール』だな。成程、それを聴いて忘却の魔法が使えるようになったって事か。歌の内容は?」 デルフが、その歌詞を述べるよう促す。 テファは頷き、しかし、ふと才人を、続いて他の面々とを見遣ると、歌にする事なくただ歌詞を詠み上げた。 「『神の左手』『ガンダールヴ』。勇猛果敢な『神の盾』。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる」 テファを除く全員の視線が、才人の左手に刻まれたルーンへと注がれる。 才人は右手でそれを抑え、信じられぬとばかりに目を見開いていた。 歌詞は、さらに続く。 「『神の右手』が『ヴィンダールヴ』。心優しき『神の笛』。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空」 誰もがブラックアウトを思い浮かべ、しかし直に否定する。 確かにあらゆる場所へと主を運ぶが、あらゆる獣を操る能力など持ち合わせてはいない。 そもそも、『ガンダールヴ』のルーンが歌詞の通りに左手に刻まれている事から推測するに、『ヴィンダールヴ』のルーンは右手に刻まれている筈だ。 「『神の頭脳』は『ミョズニトニルン』。知恵のかたまり『神の本』。あらゆる知恵を溜め込みて、導きし我に助言を呈す」 これも違う。 デルフを通じて齎される知識は膨大だが、ハルケギニアについては殆ど何も知らない。 これでは『ミョズニトニルン』とはまるで逆である。 そして遂に、その一節が詠み上げられる。 「そして最後にもう一体―――――記すことさえはばかれる―――――」 窓の外、快晴の空。 重々しい風切り音と共に、巨大な影が蒼穹を横切った。 ティファニアが最後の一節を詠み上げる頃。 ブラックアウトは自身の思考中枢より溢れ出る膨大なデータを処理せんと、プロセッサへの負荷を無視して状況確認を開始した。 此処は何処だ? 自分は何故此処に居る? 『オールスパーク』はどうなった? 連絡の取れなかった『スコルポノック』が何故此処に? 何故システムが起動している? 自分はカタールの生存者である『地球人』にスパークを射抜かれ、活動を停止したのではなかったか? 『バリケード』は? 『フレンジー』は? 『デバステーター』は? 『ボーンクラッシャー』は? あの忌々しい副参謀は? 『メガトロン』卿は、どうなったのだ? 気付けば、空を飛んでいた。 何処へ行くべきか、何をするべきかも解らない。 ただ、空へと舞い上がる。 その時、ブラックアウトは己のシステムに介入する、未知のプログラムの存在に気が付いた。 この惑星の原生生物によって構築されたらしき、原始的で粗悪なプログラム。 しかし如何なる原理か、それは着実に防壁を突破し、徐々に、徐々にブラックアウトの思考中枢を侵してゆく。 電子の咆哮。 巨大な金属音が、周囲の大気を揺さぶる。 怒り狂うペイヴ・ロウは気流をかき乱して転進、巨大な石造りの建造物に向かって突進を開始した。 距離60リーグ、目標『1』。 原生生物、有機生物学上分類結果『ヒト』。 未知のエネルギーを保有。 現在侵攻中の攻性プログラム発信源と断定、早急な排除が必要と判断される。 最適武装システム、多目的ミサイル。 武装選択、ロック。 発――――― 絶叫。 擬似視界の片隅、突如現れたルーンの切れ端が、視界全体を覆い尽くしてゆく。 ブラックアウトは自身のシステムが乗っ取られてゆく異常な感覚に、堪らず狂気の雄叫びを上げる。 ジャズによって破壊された正規の発声モジュールを介したものではなく、各部制御系が上げる、システムの電子的絶叫。 有機的生命体の耳には決して届く事無く、しかし確かに発せられるスパークの悲鳴。 その絶叫は徐々に小さくなり、やがて消える。 高速で学院へと突進していたペイヴ・ロウはその速度を落とし、程無くしてギアダウン、学院中庭へと着地した。 もし、普段からこの使い魔を目にしている者がこの場に居たとして、果たして『それ』に気付いただろうか。 蛇の様に蠢き、装甲の隙間へと消えてゆく、古代文字のルーン。 情報媒体という仮初めの形を取った鎖はその役目を果たし、在るべき姿へと戻る。 誰にも、自身の主にもその役目を悟られる事無く。 主の命を繋ぎ止める、唯一にして絶対の『命綱』は、ただ静かに、己が繋ぐべき『獣』の身体に捲き付いた。 ルイズ達が解散したのは、それから更に2時間ほど後の事だった。 デルフは、今はまだ『虚無』の目覚めるべき時ではない、とだけ告げ指輪を没収。 部屋へと戻るや否や、白紙の『始祖の祈祷書』をルイズに押し付け、王女の言葉を伝えた。 「ゲルマニア皇帝との婚儀で巫女を務めて欲しいそうだ。まあ、コイツを貸し出す為の大義名分なんだが。式の詔を考えておきな。そいつを持って、それを詠み上げるんだと」 未だ思考が追い付かず、曖昧に頷くルイズ。 既に限界に近い思考を持て余し、ベッドへと倒れ込もうとした、その時――――― 「ルイズ」 デルフが、剣の形態のまま、無機質に声を発した。 「……なに?」 「1つだけ言っておくぜ。よぉく考えるんだ。お前さんが、その力を振るうべき時は何時か」 そして、とデルフは一端の間を置き――――― 「最初に『消す』ものは何か。よく考えておけ」 それは、アルビオンからの帰還より7日後。 キュルケの提案により、トリステイン国内の『異物』探索が開始される4日前の事だった。