約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/kenkyotsukaima/pages/44.html
謙虚な使い魔~アンドバリの呪縛~ 休日の虚無の曜日、 ルイズは自室で一生懸命に『始祖の祈祷書』の白紙のページとにらめっこをして、姫の式に相応しい詔を考えていた。 しかし、何も書かれていない本を読んでもまったく参考にならず、一文も思いつかないでいた。 「こんなもので、一体皆どうやって詔なんて思いつくのかしら」 過去何百年と続いたこの伝統ならばこそ、この祈祷書のどこかに書き記した者がいたかもしれない、と思いルイズは全ページをくまなく探してみた事もあったが、印どころか染みすらもなかった。 うー、と小さく唸りながらルイズが悩んでいると、ドアのノックの音がした。 「開いているわ」 ドアがガチャリと音を立てて開くと、気障ったらしい格好をしたギーシュがいた。 「やあ、ルイズ。ブロントさんがどこか知らないかね?新しく作ったゴーレムの<レンジャー>型を彼に見てもらいたくてね……」 ルイズは一つ溜息を吐くと、白紙の祈祷書を閉じ、胸に下げたパールを通じてブロントと何かを会話した。 「アウストリの広場で待っている、ってよ」 「そうか!アウストリか。分かった、助かったよ」 ギーシュはブロントの居場所を聞き出すと、そのままそそくさと広場へと向かって行った。 「もう、ドアぐらい閉めて行きなさいよ……」 ルイズは椅子から立ち上がり、ギーシュが開けっ放しにしたドアを閉めた。 また落ち着いて始祖の祈祷書を眺めようと椅子に座った時、またノックの音がした。 「もう、今度は誰?開いてるわよ」 扉が開くと、今度はメイドのシエスタが訪ねてきた。 ブロントが連れてきたエルザと言う子と最近仲良くしている子らしいとルイズはブロントから聞いていた。 「あ、ミス・ヴァリエール。突然お邪魔してすみません。ブロントさんを探しているのですが、どこにいらっしゃるのかわからないでしょうか?ちょっと料理のレシピの事について意見を頂きたくて……」 ルイズはやれやれ、と首を振ると素っ気なく答えた。 「今ならアウストリ広場にいるわ」 「広場の方ですね!ありがとうございます。読書中の所、失礼いたしました!」 シエスタはぺこりとルイズに頭を下げて、去って行った。 「まったく、どいつもこいつも……開けたら閉めて行きなさいよ」 ルイズはめんどくさげにまた立ち上がり、部屋のドアを閉めると、今度こそ邪魔されまい、とドアの鍵をかけた。 再び椅子に座り、ルイズが祈祷書を開くと、またまたノックの音がした。 (今度は誰よ!もう!虚無の曜日だと言うのに忙しいわね) ルイズは居留守を決め込み、ノックの音を無視して本を見つめ続けて考え込んだ。 ノックがやむと、今度はドアノブがガチャガチャと回され、鍵がかけられたドアがガクガクと乱暴に震える。 (ノックして返事が無いのなら、勝手に入ろうとするな!鍵がかかっているんだから諦めなさいよ!) ルイズが心の中でそう叫んだとき、扉の鍵がカチリ、と音を立てて外れた。 バーンとドアを開け広げた先にはキュルケが立っていた。 「やっほー!ブロントさんいる?って、なんだヴァリエール、やっぱりあんたいたんじゃない。ノックが聞こえたのなら返事ぐらいしなさいよ。このあたしに居留守使うなんて、良い根性しているわ」 キュルケは飄々とした態度で、部屋を見渡してブロントの姿を探している。 一方ルイズはわなわなと震えていた。 「ちょっと!ツェルプスト―!何勝手に<アンロック>の魔法を使っているのよ!学院内で<アンロック>を使うのは禁止されているはずでしょ!あんたまさかわたしが居ない時もこうして勝手にはいってきているわけ?」 「やあね、ブロントさんに会うためか、あんたをからかうためじゃなかったら、こんな飾りっけの無い部屋にあたしがやってくるわけないでしょ。ドアの鍵も何かのはずみで外れたんじゃなくて?おほほほ」 キュルケは笑って誤魔化した。 ルイズは祈祷書を閉じると、不機嫌そうに声を荒げた。 「それで、今回は一体どっちの用事よ」 「残念ながらあんたをからかいに来たんじゃないわ。ブロントさんに少し頼みたい用事があるのだけど、彼は今どこにいるのかしら?」 「ブロントなら今アウストリ……ってツェルプスト―、あんたが一体ブロントに何の用事があるっていうのよ」 「アウストリ広場ね?そう、ありがと。じゃあまたね!ヴァリエール」 聞きたい事を聞き出せたキュルケは、満足気な顔で手をひらひらと振ると、<フライ>の魔法を使って部屋の窓から飛び降りた。 「ちょっと!ツェルプスト―!待ちなさいよ!あんたがブロントに用事なんてろくな事じゃないでしょ!」 ルイズはキュルケを追いかけよう窓に乗り出したが、<フライ>の魔法も使えないルイズが窓から飛び降りるには少し高すぎた。 肌身離さず持ち歩かなければいけない始祖の祈祷書を手に取ると、ルイズは部屋を飛び出してアウストリ広場へ向かって駆け出した。 一方そのころアウストリ広場、 平日の昼休み時なら生徒達などで賑わうのだが、休日になると広場も人気も寂しい場所となる。 広場にはブロント、ギーシュと数体の弓を携えたゴーレムの姿があった。 広場の一角にある木の枝から、板で作った的がぶら下がっており、矢が数本ほど的に刺さっていた。 「そいつが弓矢の適正距離って奴だ!近すぎず、離れすぎず。よく覚えておけよ!」 壁に立てかけられたデルフリンガーが、生き生きとギーシュに武器の扱いに関する意見をだしていた。 「でも、実際の戦闘でこの距離を維持するのは難しい問題だね」 ギーシュはうーんと考え込んだ。 そこに一部始終を見ていたブロントがやってきた。 「そこで敵をひきつけ抑え込む盾役の存在が必要不可欠」 「それだと仲間に矢を当ててしまう危険性があるじゃないか」 「それほどでもない」 「いや、そう簡単に言ってもだね……」 「相棒、ちょっとやってみせてやんな。にいちゃん、相棒の弓に軽くでいいから<固定化>をかけてやってくれ」 ブロントがどこからともなく自分の弓のローゼンボーゲンを取り出すとそれをギーシュに手渡した。 「僕はドットクラスだから、あまり長くは持つ<固定化>はできないよ」 ギーシュは造花の杖を振って、ブロントの弓に<固定化>の魔法をかけた。 弓は淡く光ったと思うと、次第に光が消え去り、また何ともないただの弓の姿に戻った。 「これで少しぐらい電撃にも耐えられるはずだよ。それにしても、その左手で武器を持つと、魔法がかかっていない武器を持つと壊れるだなんて。不便というか、何かこう冷たい感じがするというか」 ギーシュは弓をブロントに返し、数本の矢を渡した。 「よし、じゃあ、にいちゃん!的の前に敵をひきつける盾役だと思って一体ゴーレムを立たせな!」 ギーシュはデルフリンガーに言われたように、<パラディン>のゴーレムを生成すると、それを的の前に立ちはだかるように立たせた。 「こんな感じでいいのかい?的がまったく見えなくなってしまうが」 疑問に思うギーシュをよそに、ブロントは弓を横に倒した独特の構えで矢をゴーレムと的に向けた。 そこにデルフリンガーがギーシュに向けて解説をし始める。 「別に相棒の構えなんてしなくてもいいけどよ、あんな感じに的を狙ってだな……」 「的が見えないんじゃ、当たる訳ないじゃないか」 ブロントはさほど狙いを済ませた感じも見せず矢を射ると、いとも簡単に、立たせたゴーレムの向こうにある的にスコーンと矢を当てた。 「な?簡単だろ?」 さも当たり前な風に語るデルフリンガーにギーシュはつっこむ。 「できるか!」 「そうか?相棒は特に弓がうまいってわけじゃねえし、あいつのいた所じゃ仲間に当てないで矢を射るなんて初心者でもできるって言っていたぜ」 「いや普通できないから、そんな事」 「にいちゃんも修業が足りねえなあ」 デルフリンガーがカタカタと鍔をならして笑う。 「なんだと、剣のきみに何がわかる!」 「剣だからこそわかるんだよ。にいちゃんも外見ばっかり気にしてないで、中身もちったあ鍛えな」 「剣のくせに減らぬ口だな!」 ギーシュはデルフリンガーと口論し始めた。 その時、ブロントを探していたシエスタが広場にやってきた。 「あ!ブロントさん!探しましたよ」 ブロントは弓を下げて、どこかにしまい込んだ。 「何か用かな?」 「ええ!実はですね、エッちゃんになにかおいしい物を作ろうと思いまして、この前エッちゃんに何が好きか聞いたらなんか『真っ赤な物』が好きだと言っていたんですよ」 「ほう」 「それで私の村に伝わる名物料理の一つで、真っ赤なマリナーラソースを使う船乗り風ピザでも作ろうかと思いまして。それでそのソースを作ってエッちゃんに見せたのですけど……うまく作れなかったのか、エッちゃんがちょっと嫌そうな顔をしていたので……」 シエスタは自分で作った真っ赤なソースが入った瓶をブロントに見せてみた。 ブロントは少し考えて、なぜエルザが嫌がったかの理由すぐに思い浮かんだ。 「にんにくがいけないのが確定的に明らか」 「ええ!?エッちゃんってにんにくがダメなんですか?そうですか、そうなるとマリナーラは作れないなあ。あれはにんにくが決め手だから……」 シエスタはソースの瓶を手に持ったままがっくりとうなだれた。 ギーシュとデルフリンガーが何か言い争い、ブロントとシエスタが料理のレシピ談義をしていると、キュルケがタバサを連れて広場にやってきた。 「あらま、皆さんお揃いで。でも人手を集める手間が省けて丁度良かったわ」 キュルケは手に持った何枚もの羊皮紙のたばをブロントに手渡した。 「ほう地図か」 「聞いたわよ、ブロントさん。あなたって冒険者なんですってね。危険を承知で未開の地を冒険する男、ああ!あたしそういう困難に立ち向かっていく男の人に弱いの」 デルフリンガーを鞘に押し込めて、ようやく黙らせる事ができたギーシュがキュルケに問いかける。 「それとこの地図は何か関係あるのかね?」 「見ればわかると思うけど。それ全部、宝の地図よ。それで宝探しとかに詳しそうなブロントさんを誘いに来たわけ」 宝、と聞いてブロントの眉がぴくりと動く。 ギーシュは胡散臭げに地図を何枚か見比べる。 「なあキュルケ、言っては何だが。これらの地図、とても胡散臭いんだけど」 「そりゃ魔法屋、露天商、雑貨屋、情報屋……色々回ってかき集めたものですもの。ほとんどが外れかもしれないけど、中には本物が混じっているかもしれないじゃない」 うむむむ、とギーシュは顎に手をやって唸る。 地図の何枚かは危険なモンスターや凶暴な亜人が生息する場所を示している。 「なんかとっても危険な場所の地図もあるみたいなんだけど」 「簡単に取れる場所に宝なんて残っているわけないでしょ。危険な場所だからこそ本物があるかもしれないじゃない。それに、あんたには丁度いいんじゃない?そのゴーレムを使って経験積みたいんじゃなくて?」 経験、と聞いてブロントの眉がぴくぴくと動いた。 そこに話を聞いていたシエスタが会話に入ってきた。 「その宝探しはどの辺を探すのでしょうか?」 「場所?そうね、ここにある地図はトリステイン西部のものが殆どかしら」 それを聞いてシエスタはぽんと手を叩いてある案を切り出した。 「ちょうどわたしの故郷の村が西の方にあるんですよ!もしよろしかったらわたしの村にも寄ってください!田舎の村ですけど、色々と名物料理がある事でちょっと知られているんですよ。わたしも一緒に連れて行ってくれるのであれば、色々御馳走もできると思います!」 料理、と聞いてブロントは眉をぴくぴくぴくと動かした。 キュルケは溜め息を吐いた。 「ダメよ。あんた平民でしょ?平民なんか連れて行ったら足手まといになるわ」 「バカにしないでください!わ、わたしこう見えても……料理ができるんです!」 キュルケとギーシュがずっこけた。 「そりゃきみ……」 「料理ができてもねえ……」 キュルケとギーシュの反応を見てブロントが口を開いた。 「おいィ?お前らは馬鹿すぐる。良い食事が冒険者にとって重要なのは火を見るよりも明らかなのは確か。食事を馬鹿にする奴はそのまま骨になる」 ブロントの言葉にシエスタが続く。 「そ、そうですよ!食事は大事ですよ?宝探しって、野宿したりするんでしょう?保存食料だけじゃ、物足りないに決まってます。わたしがいれば、どこでもおいしいお料理が提供できますわ」 冒険のプロからそう言われたのであってはキュルケもぐぅの音もでなかった。 それに、キュルケもギーシュも貴族だったので、まずい食事には耐えられない。 「仕方ないわね。でもあなたお仕事あるんでしょう?勝手に休めるの?」 「コック長に『ブロントさんのお手伝いをする』って言えば、いつでもお暇はいただけますわ」 「わかったわ、勝手にしなさい。とにかくブロントさんが乗り気になってくれるのであれば誰がついてこようがいいわ」 キュルケは頷くと、一同を見まわした。 「さて、そうと決まったら早速出発よ!」 キュルケの言葉にタバサは頷くと、口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。 しかし、空からシルフィードがやって来るより先に、広場の向こうからある人物が走ってきた。 「待ちなさあああい!」 ルイズが本を片手に物凄い速さで駆け寄って来る。 それを見てキュルケは自分の額を手でぴしゃりと叩く。 「あっちゃあ。ヴァリエールが来る前に出発したかったけど、無理みたいね」 「はあ、はあ、主人の……はあ、はあ、わたしを差し置いて、勝手に使い魔を、連れだそうと、はあ、はあ、してるんじゃないわよ、ツェルプスト―、はあ、はあ」 息を切らせたルイズは数回深呼吸をして息を落ち着かせてから続ける。 「わたしも、ついて行くわよその宝探しに。あの、その、自分の使い魔がどんな風に仕事をしているのか、ご主人様のわたしが知っておく義務があるから」 キュルケは鼻で笑った。 「ヴァリエールのものであるブロントさんを、ツェルプスト―であるあたしが奪い取ろうとしているんじゃないかって心配だからでしょ?」 「そんなんじゃないわ!使い魔の主人として……」 「まあ、いいわ。ヴァリエールの目の前から奪い取る、と言うのもあたしらツェルプスト―家のやり方らしくて一興だわ」 「やっぱり!そういう魂胆だったのね!」 そう言い争い続けながら、賑やかな一同はやってきたシルフィードに乗ると、そのまま宝探しへの旅へと飛び立った。 一同は数々の胡散臭い地図を頼りに、トリステイン各地を回った。 怪物が蔓延る洞穴の中、獰猛な獣がうろつく深き森、怪鳥が飛び交う岩場。 どこも宝が潜んでいそうな曰くつきの場所ではあったが、どこも必ず『危険』はあっても、肝心の宝はすでに取られた後であるか、精々銅貨数枚程度のものでしかなかった。 一同が最後に向かった地図の場所はその中でも特に危険とされた場所だった。 数十年前に打ち捨てられ、廃墟となったとある開拓村の寺院である。 ルイズ、キュルケ、ギーシュ、タバサの四人はその寺院から身を隠すように木の陰に隠れていた。 まもなく、ブロントがその寺院が打ち捨てられた理由を連れだしてくる手はずだった。 [――ここに十匹いるんだが――] リンクパールを通じて、寺院の中に忍び込んだブロントが中の様子をルイズに伝える。 ルイズはそれを聞いて、静かに他の皆に指で合図して数を伝える。 皆が静かに頷くと、寺院の方から豚の鳴き声のような咆哮があがる。 廃墟の扉を蹴り破ってブロントが飛び出し、一同の横を走り抜ける。 その後には十匹ほどの、身の丈は二メイルもある、でっぷりと太り、醜い顔をした、二本足で歩く豚のようなオーク鬼がブロントを追いかけていた。 オーク鬼一匹は人間の戦士五人に匹敵する力を持っていると言われている。 そして何よりも性質が悪いのは、このオーク鬼は人間の子供を好んで食べるため、こうして開拓村などの小さい村を襲って住み着くのだ。 ふごふごと鼻息荒くブロントを追いかけるオーク鬼達は横に通り過ぎたルイズ達に気づかず、そのまま森の中へとおびき寄せられる。 全てのオーク鬼が身を潜める四人の横を通り過ぎたあと、ギーシュが生成して木の上に潜めて置いた<レンジャー>のゴーレムで後列を走るオーク鬼に射かける。 オーク鬼の厚い皮と脂肪が鎧となって、ゴーレムの矢が刺さっても致命傷とはならなかった。 しかし、オーク鬼の注意を引くには十分で、ルイズ達が事前に打ち合わせ通りに四匹程のオーク鬼を引き抜く事に成功した。 「ぷぎぃいいい!」 オーク鬼の四人は怒りの咆哮をあげながら、ルイズ達に向かった。 まず先にタバサが二つの系統を絡み合わせた『水』、『風』、『風』のトライアングルスペル、<ウィンディ・アイシクル>を唱え、水を風で冷やし、作り上げた無数の氷柱の矢を迫りくるオーク鬼の二匹を串刺しにした。 ギーシュのゴーレムが放った矢と違い、その比でもない威力にて二匹のオーク鬼は一瞬にして絶命した。 四人がメイジだと言う事に気付いた残りの二匹は、鈍重そうな体に似合わず、敏捷な動きで木々の間を縫いながらルイズ達に迫った。 キュルケは慌てず騒がず、『炎』、『炎』、炎の二乗<フレイムボール>を放つ。 狙われたオークは木の幹を盾に炎の塊から身を隠す。 しかし炎の塊は意思を持ったかのように、木を避けて回り込むと、咆哮をあげる口の中に飛び込み、一瞬で頭を燃やし尽くした。 残る一匹は氷や炎を巧みに使うタバサとキュルケから遠のき、弱そうに見えるルイズとギーシュの方へと棍棒を振りながら襲いかかった。 そのとき、オーク鬼の前を阻むように、ふらりと陽炎が立ったかと思うと、青銅の巨漢なゴーレムが姿を現した。 オーク鬼と謙遜が無いほどに重量感があり、武器も持たず、まるで己が肉体こそ、最強の武器であり、盾である、と誇示するような姿をしたゴーレムであった。 ギーシュのゴーレムが体ごと、真正面からオーク鬼にぶつかると、物凄い衝撃音を響きわたらせ、オーク鬼の動きを抑え込むようにがっぷり四つを組んだ。 「あまり長くは持たない!ルイズ、やってくれたまえ!」 ギーシュがルイズにそう叫ぶと、ルイズは慎重に杖を引き抜き、ミリミリと音を立ててぶつかり合う金属と肉の塊に向けて狙い澄ましてルーンを唱える。 途端、ゴーレムごとオーク鬼は爆発し、金属片が辺りに舞い散らせながら、四匹目のオーク鬼も息絶える。 「使ってみるまではまさかと思ったけど意外といけたもんだね!ええと、なんて言ったけ<リュキシ>?いやそれは槍の方だな。<リィキシ>だったかな?ブロントさんも実際見た事は無いジョブだと言っていたから、うまく行くかは不安だったけど」 ギーシュは興奮して鼻息荒く語った。 「まだ気を抜く時じゃないわよギーシュ。ヴァリエール、ブロントさんに伝えて、引き抜いた分は終わったから残りを連れて来てって」 「あんたに言われなくてもわかっているわよ」 ルイズはリンクパールを通じてブロントに報告した。 「こっちの分は終わったから残り連れて来て」 [――一匹連れて行く――] リンクパールから返ってきた言葉にルイズは耳を疑った。 一匹?確か十匹いて、今ここでわたし達が倒したのは四匹。 と言う事はブロントを追いかけているのは六匹。 それが一匹とはどういう事か? ルイズが使い魔の言った言葉の意味を考えていると、森の奥からきぃきぃ、と弱弱しい豚の鳴き声が鳴った。 茂みの奥からはぼろぼろの姿になったオーク鬼が一匹だけ飛び出し、ルイズ達に一瞥もくれず逃げている様子だった。 その後を両手でデルフリンガーを構えるブロントが追いかけていた。 寺院を出る時とうってかわって、オーク鬼とブロントの立場が逆転していた。 オーク鬼が寺院の中へと逃げ込むと、ブロントも続いて寺院に突入した。 「ズタズタに引き裂いてやろうか!」 ドスの利いたブロントの声が寺院から響き渡ったかと思うと、ぎぃーー!と甲高いオーク鬼の断末魔がルイズ達の耳にもしっかり届いた。 しばらくの間辺り一面が静寂に包まれると、デルフリンガーを鞘に収めたブロントが涼しげな顔をして寺院から歩いてでてきた。 ルイズ達はお互いに顔を見合わせた。ブロントに聞きたい事もあったが、この雰囲気の中で切り出しにくかった事なので、誰か他にやって貰いたいと目で互いに懇願した。 タバサはもとより無関心だったので、本を取り出して読み始めている。 ギーシュはこういう役目は使い魔の主人だろう、とルイズに目を向けたが、ルイズはそのままギーシュににらみ返した。 ギーシュに一票、ルイズに一票。 どちらかを決める最後の一票のキュルケに目を向けると、キュルケはギーシュに目を向けていた。 仕方なく、ギーシュが渋々ブロントに皆の疑問を代表して聞いた。 「や、やあ……ブロントさん。他のオーク鬼はどうしたのかな?きみを追いかけていたのが六匹だと思ったんだけど」 ギーシュが強張った顔でブロントに尋ねる。 「練習相手にもならなかった」 「え?」 デルフリンガーが勝手に口をはさむ。 「全部俺様と相棒で倒しちまったってことさ」 「いやー……それは大変だったね。ところで、その、全ての災厄から守って来ると言う秘宝の<ブリーシンガメル>はあったのかね?」 ブロントはカバンから真鍮製の安物のネックレスを取り出すと、それをギーシュに投げ渡した。 「指にはめてぶん殴れば多分奥歯が揺れるくらいの威力はあるはず」 「幾ら安物でもそういう使い方するものじゃないと思うけど」 最後こそは、と思ったこの宝の地図も外れに終わったと知り、キュルケ達はつまらなそうな顔をした。 そのとき、物陰で震えていたシエスタが駆け寄ってきた。 「すごい!すごいです!あの凶暴のオーク鬼達が一瞬で!ブロントさんすごいですっ!」 「それほどでもない。俺が知っているオークと比べればここのは人工的に淘汰されるのが目に見えている」 「ブロントさんがいた所のオーク鬼は違うんですか?」 ルイズ達は全員この会話に耳を傾けた。 ブロントがいた国の話の方が、銅貨四枚が良い所の首飾りよりも何倍も興味をそそる話題だった。 ブロントは掻い摘んでヴァナ・ディールのオークの事を説明した。 ただ群れるオーク鬼と違って、帝国を築き、強大な軍まで持っている事。 そして数少ないがオークの中には魔法を使える者がいる事。これに関して皆がとても驚いた。 更に意外な事に、魔法が使えるメイジはオーク社会の中では腕力の劣る恥ずべき存在として、とても地位が低いというハルケギニアで言う所の貴族と平民の立場が逆転している事。 そんなオークがとある王国の城壁のすぐ傍に砦を築き上げて、城の外をねり歩き、虎視眈々と王国を攻め落とす機会を待っている事。 そんな状況でも、昔の大戦の頃と比べれば、至って平和な時代であるという事。 一通りブロントの話を聞いていた一同は、ルイズも含めて驚きを隠す事ができなかった。 「ブロントさんってどこか違う、と思っていたけれど。もうあたし達と住む世界が違うんじゃないかしら。修羅場をただの日常だと言える人なんてそうそういないわよ」 何気ないキュルケの一言にルイズはぎくり、とした。 「メイジのオーク鬼だなんて、考えたくもないね。しかも魔法を補ってもあり余る腕力だなんて」 そんな化け物を日々相手にしていたブロントに殴られても、まだこうして生きている事にギーシュは改めて始祖ブリミルに心の中で感謝した。 「結局宝探しはただの討伐の旅になったわね。こうして終わってみるとどっと疲れてきたわ」 事の発端人のキュルケがぼやいた。 シエスタが手を叩いて皆の注目を集めた。 「じゃ皆さん、この後はわたしの村に行きましょうよ!ラ・ロシェールの向こうにある広い海に面したタルブ村と言う小さな漁村ですけど、疲れを癒すのには良い場所ですよ!」 「そういう話だったけね。料理はいいけど他に何か見て回る名物とかは無いの?田舎の村で退屈するだけなんて嫌よ」 「ええと?そうです、美しい海があります!」 「海ね、そんな幾らでもあるものじゃなくて、こう村のありがたいお宝!と言った感じな物とかないの?そのタルブとかいう村に」 ルイズがキュルケにつっかかる。 「呆れた。ツェルプスト―、あんたこの期に及んでまだ宝探しするつもり?」 「あら、見るだけいいじゃない。それでもし手に入るようであればもっといいじゃない。良い宝も良い男も自分から進んで行かないと手に入らないわよ、ねえ?ヴァリエール」 シエスタは言いにくそうに言った。 「その、ある事には、あります……その村のお宝……」 キュルケが生き生きと目を輝かせる。 「ホント?それってどんな代物?」 「何百年も前から村の寺院に飾ってあるモノなんですが。『誓いの口』と言って、そのレリーフの口に手を入れて誓いを立てると、偽りの心を持っていた場合、手が抜けなくなる。と、まあどこにでもあるような子供騙しのモノですよ。村の結婚式とかに良く使われますけどね」 「へぇ、面白そうじゃない」 「でもわたしはちょっとその寺院は苦手なんですよね……」 「何?本当に手が抜けなくなった事があったの?」 キュルケが面白がってからかう。 「いえ、そうではないんですが……あの寺院、でるんです」 「でるって、何が?」 「その……笑わないでくださいよ?」 「いいから、いいから、言ってみなさい。ここまで言われたら気になってしょうがないじゃない」 キュルケが興味津々になってシエスタに聞く。 「子供の頃見たんです。幽霊がでるのを。血の様に赤いローブを着た女性の幽霊を」。 突然タバサが凍りつく。精巧に作られた石像の如く、微動だにしない。 「ちょっとちょっと、面白そうじゃない!幽霊だなんて、一度会ってみたいと思っていたのよ……あらタバサ、どうしたの?」 キュルケは固まったタバサを揺らす。 「行かない」 タバサが珍しく口を開いた。 「あら?あらあら?もしかしてタバサって……」 「行かない」 タバサは簡潔に、しかし強く否定の意思を表した。 「へぇ、オーク鬼も恐れないあのタバサにも、怖いものがあったんだ」 ちょっと悪戯心に芽生えたキュルケがタバサに抱きついてウリウリとなじる。 「大丈夫よ、ちょっと見るだけだから。それに田舎の幽霊なんて大した事ないわよ。それに、実際に会えばそれほど怖くないものだとわかるかもしれないわよ?」 タバサはひたすら首を横に振る。 「わかった、わかった。寺院にはタバサは着いてこなくてもいいから。でも村まではあなたのシルフィード使わせて頂戴。ここからタルブ村まで歩いて行くなんてまっぴらだからね」 タバサはしばらく考え込むと、キュルケの妥協案を呑んだのか、口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。 そうして、一行は風竜に乗り、シエスタの案内のもとタルブ村へと羽ばたいた。 第19話 「なにゆえにその子は」 / 各話一覧 / 第21話 「時の輪の交わる処」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8052.html
前ページ次ページゼロと電流 「貴女には、なんと言えばいいのでしょうね」 城に入ったルイズは人払いをしたアンリエッタの前に通される。ルイズはまず、手紙を差し出した。 右腕に巻かれた包帯はまだ新しい。シルフィードに運ばれている間に水の秘薬とモンモランシーの応急処置を受けただけで、きちんと医者に診せたわけではないのだ。 学院でシルフィードから降りるとすぐにマシンザボーガーに乗り込んだルイズに、そんな時間はなかった。 キュルケ達は当然止めるが、ルイズには急ぐ理由があった。その理由の一端を話すと、全員が口を閉じる。 全員がルイズの用件の緊急性を理解したのだ。 「ウェールズ様からお預かりしました。ご確認ください」 即座に手紙を開いたアンリエッタは、それがかつての自分によるものだと確認次第、手紙を脇へ置く。 次にルイズは始祖のオルゴールを。 アンリエッタも何も聞かずに受け取る。 説明は必要なかった。 アルビオン王家にあるべきものをルイズが、いや、ルイズ経由でアンリエッタが、トリステインが託された。それだけで充分だった。 「大儀でした。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 アンリエッタ・ド・トリステインとして、アンリエッタは言う。 そして、ルイズの幼馴染みアンリエッタは言う。 「ごめんなさいっ!」 「姫殿下?」 伸ばしたアンリエッタの手が、ルイズの左肩に優しく触れる。そしてアンリエッタは立ち上がり、ルイズへと歩み寄った。 「私が余計なことを言ったばかりにこんな……」 あくまでも優しく、アンリエッタは逆の手でルイズの右腕に触れる。 「貴女をこんな目に遭わせる気なんてなかったのです」 ルイズは一歩下がり、跪いて頭を垂れた。 「ルイズ?」 「これは私の、愚かさが招いた怪我です。決して姫殿下の責など……」 「ルイズ!」 「姫殿下。まずはお聞きください」 アンリエッタの言葉を遮りながら、ルイズは語り始める。 アルビオンで見たことを。聞いたことを。感じたことを。 一部の急を要する情報はここに通される前に既にマザリーニに伝達済みではあるが、アンリエッタにとっては初耳な話ばかりだった。 そしてルイズの話がワルドの裏切りに至ったとき、アンリエッタは目を見開く。 「……あの人が……」 いずれはトリステインを代表する騎士となる、とまで考えられていた男である。アンリエッタとて、何度か拝謁を許したことがある。 信じられない。 いや、そうではない。逆に自分はワルドを信じていたのか。 側近であるマザリーニすら本当には信じられずにいた自分が、どうしてワルドを信じていると言えたのか。 まさに愚かな王族ではないか。とアンリエッタは自嘲する。 「愚かですね」 「はい」 素直に答えたルイズに、アンリエッタは俯いていた一瞬顔を上げる。その表情には不審と驚愕が表れていたが、すぐにルイズの言葉が自分を指したものではないと気付く。 ルイズは、ルイズ自身のことを言っているのだ。 「私は愚か者でした。姫殿下のお言葉に甘え、暴走しました。無断でアルビオンへ向かい、あまつさえ、裏切り者を引き込んでしまいました」 「ルイズ……」 「姫殿下が私を処罰すると仰るのなら、私はその罰をお受けします」 「何故です」 アンリエッタは問うていた。 違うのだ。 ここにいるのはルイズではない。いや、確かにルイズなのだが、アンリエッタの知っているルイズではない。 何かが、大きく変わっている。 その変化は好ましいものではないかとアンリエッタの中の何かが、ルイズの親友としてではない、トリステインという国を預かる者としての何かがそう訴えているのだ。 だから、アンリエッタは問うた。その問いの意味すら、自分では理解していなかったというのに。 「私が、トリステインの貴族だからです」 「貴族だから、王族に従うというのですか?」 「いいえ」 ルイズはきっぱりと答えた。 「貴族だから、真っ直ぐに道を行くのです」 「罰を受けるのが、正当な道だというのですか?」 「間違っていた自分を正すのは、正当な道だと思っています」 アンリエッタが積極的に罰を与えたがっているというわけではない。それはルイズにもわかっていた。 それでも、何らかの形の罰は必要だろう。 ルイズは、無断で紛争中のアルビオンへ向かったのだ。その一事だけでも、罰には値する。 「私は、ザボーガーという分不相応な使い魔を召喚しました」 ザボーガーの力に振り回されていたこと。その力に酔いしれていたこと。 思い上がりと鼻っ柱をギーシュに砕かれ、藻掻き足掻くなかでアンリエッタの言葉を曲解したこと。 自分は姫殿下の、幼馴染みの想いを叶えたいと思ったのではない。それによって自分の地位を取り戻そうとした。利用しようとしていたのだ。 それがどれほどの身勝手で愚かだったか。 誰のためでもなく自分のために、力に地位に執着する愚かさ。 ルイズは、ワルドを醜いと感じた。その時に気付いたのだ。自分自身のこれまでの醜さに。 力に溺れる存在にはなりたくないと思っていたはずだった。 それがどうだ。ザボーガーという力を得た瞬間、自分はどうなった。 力に溺れる存在になりたくない? それは、魔法という力を持たない自分を正当化するための偽りだったのではないか。 力を持った上で力に溺れぬ事が、どれほど難しいか。本当にわかっていたのか。 力を持つということが、どれだけ誘惑に満ちているのか。理解できていたのか。 ギーシュに負けたことで何故落ち込む。ギーシュが自分より強いと思ったなら、彼に学べばよいのだ。 タバサでも、キュルケでも、モンモランシーでも。自分より優れていると思うのなら学べばいいのだ。 今までが愚かなら、改めればいい。 滑り落ちたのなら、這い上がればいい。 貴族に相応しくないと思うのなら、次から貴族らしく振る舞えばいい。 それがせめてもの、今の自分の誇り。 「貴族として、使い魔の主として相応しくありたいと思いました」 だからルイズは、再び前を向く。前を向くことを宣言する。 貴族として、魔法使いとして。 貴族だからといっても魔法が使えるとは限らない。それをルイズは誰よりも知っている。 そして、魔法が使えるからといって貴族に相応しいとは限らない。 魔法を使える者が貴族なのではない。魔法という力に溺れず、正しく力を行使できる者こそ、貴族と呼ばれるに相応しい。 力に溺れた魔法など、ただの暴力装置に過ぎない。 ルイズは気付いていた。 使い魔を呼ぶ意義とは。 自分に相応しい使い魔を呼ぶ。それだけではまだ半分なのだと。 自分が使い魔に相応しい主となること。それが出来てこそ、真の使い魔召喚の儀なのだ。 「今の貴女なら、それが出来るでしょう。いえ、前に進むことが出来るでしょう」 アンリエッタは立ち上がり、ルイズの前へと進む。 「ルイズ、貴女は未だに、私の秘密騎士でいてくれますか? 貴女の使い魔ザボーガーと共に、私のため、いえ、トリステインのために動いてくれますか?」 再び跪くルイズ。 「姫殿下のお許しがいただけるなら」 「勿論です」 一旦受け取っていた風のルビーを、アンリエッタは手ずからルイズに指にはめなおす。 「この指輪は貴女が持っていなさい。私の直属として動くことが出来るように、様々な許可証の代わりとなるでしょう」 そして自らのはめた水のルビーをかざした。 二つの指輪は共鳴し、虹色の光が現れる。 「かつて一度だけ、ウェールズ様と二つの指輪を合わせたことがあります」 ルイズは無言で溢れる光に目を向け、アンリエッタの言葉に耳を傾ける。 アンリエッタはウェールズとの想い出を語っていた。それは、ルイズに聞かせるためではない。 自分自身に、もう一度ウェールズを思い出させるため、そして、けじめを付けるために。 「こんな、音も聞こえないオルゴール。それでもウェールズ様は、何度でも試すのだと、いつもこれを開いていました」 開いたオルゴールから音は流れない。流れるはずはなかった。 しかしその時、ルイズは確かに聞いたのだ。 オルゴールから聞こえる言葉を。 それは虚無の術者への語りかけ。 「……嬢ちゃん、こいつは当たりだぜ?」 それまで黙っていたデルフリンガーが口を開いた。 「ルイズ?」 「姫殿下、これは……」 それは、虚無の使い手の前でルビーと宝物の二つを合わせることによって初めて起こる現象。 それは、虚無の使い手にしか感じられない言葉。 ルイズは知った。己の魔法の属性を。 己の爆発魔法の出自を。 「……〈爆発〉……〈記録〉……」 二つの虚無魔法がルイズの意識に記されていく。 任意の物体を爆発される攻撃魔法。 物体に込められた記憶を再生する魔法。 「聞こえるの……声が……」 「ルイズ?」 ルイズは突然立ち上がると、テーブルの上にアンリエッタの注意を向ける。 紡ぐ呪文。 テーブルの上に置かれた菓子の一つが、突然小さく破裂する。 「今のは?」 「虚無魔法〈爆発〉ですわ、姫殿下」 その言葉にアンリエッタは驚くと、直ちに説明を求めた。 ルイズは隠すことなく、今その身に起こったこと、始祖のオルゴールから聞こえてきた言葉を余さずに報告する。 王家に伝わるルビーと対をなす秘宝こそが、虚無の使い手を目覚めさせるアイテムなのだと。そして今、ルイズはその力を得たのだ。 「……ああ、思い出したよ、嬢ちゃん」 デルフリンガーがルイズの言葉を補足していた。 四つの秘宝。四つの虚無。四つの使い魔。 「この国にも、そんなのがあるんじゃねえか? このオルゴールみてえに、一見役に立たないのに、大事にされてきたものが」 「……始祖の祈祷書」 アンリエッタは理解した。 あるのだ。始祖の祈祷書と呼ばれている代物ではあるが、その中身は誰も知らない。いや、中身は全くの白紙なのだ。だから、誰にも中身は読めない。 「ルイズなら、祈祷書が読めるというのですか……?」 「少し違うね」 答えたのはデルフだ。 「虚無魔法ってのは、習い覚える類のもんじゃねえのよ。必要に応じて、その祈祷書なり、このオルゴールが教えてくれるもんだね。今だって、嬢ちゃんが覚えたのは二つだけ。いくらなんでも、虚無の魔法が二つきりってこたぁねーやね」 「〈爆発〉と〈記録〉が?」 「〈爆発〉は嬢ちゃんが今まで無意識に放っていたもんだろーね。〈記録〉は……」 「ザボーガー、ね」 「だね」 二人はザボーガーの置かれた中庭へと移動する。 その後ろにいつの間にか現れ従うのはアニエスだ。 ザボーガーの記録に目を通すことを、アンリエッタは希望しルイズは承諾した。 虚無の使い手であったルイズ。ならばそのルイズに召喚されたザボーカーとは一体なにか。 場合によってはトリステイン、いや、ハルケギニア全体にも関わる問題なのだ。 ルイズは電人ザボーガーを一旦、城内まで移動させる。 そして呼ばれるマザリーニ。 ザボーガーを招いた部屋にはルイズとアンリエッタ、そしてアニエスとマザリーニが揃う。 アンリエッタからの説明をマザリーニは淡々と受け入れる。 「驚かないのですね」 「可能性はあると考えられていましたからな」 王家の血を引くものが虚無を受け継ぐ。今の王家にいないのならば、王家の傍流、すなわちヴァリエール家を筆頭とする者たちである。 「既に、学院からは内々に報告を受けておりますし」 アンリエッタはやや眉をひそめるが、ルイズは素直に頷いた。今にしてみれば、考えられないことではないからだ。 「よろしいですか? 姫殿下」 「ええ」 ルイズはゆっくりと呪文を唱えるとザボーガーの中の記録を取りだし、四人の目の前に開陳する。 犯罪捜査ロボットとして大門勇博士によって作られたロボット、電人ザボーガー。 だが、ザボーガーの動力源として開発した新エネルギーダイモニウムを狙う悪之宮博士によって、大門博士は殺されてしまう。 大門博士の息子でもある警視庁の秘密刑事大門明は、ザボーガーと共に悪之宮博士率いる秘密殺人強盗機関Σ団と戦い、これを粉砕した。 しかし、Σ団を直接壊滅させたのはザボーガーではなかった。 ザボーガーに追いつめられたΣ団は、魔神三ッ首率いる恐竜軍団に襲撃され壊滅したのだ。 そして激闘の末、ザボーガーは魔神三ッ首と相撃ちとなり、戦いは終わった。 映像が薄れる中、ルイズの声が三人に聞こえる。 ザボーガーを動かすダイモニウムとは、怒りの電流で代用することも出来る。そして怒りの電流とは、ここハルケギニアでは“虚無”とも呼ばれているのだと。 つまり、ハルケギニアでザボーガーを動かすことが出来るのは、虚無の使い手のみ。 さらに、Σ団との戦いの中ではマシンザボーガーと同等のマシンホーク。恐竜軍団との戦いではザボーガーと合体する事によってストロングザボーガーにパワーアップさせることのできる、マシンバッハというモノが存在していた。 もしかすると、マシンホークとマシンバッハも他の虚無に召喚されているかも知れない。 「ということは、そのマシンホーク、マシンバッハがアルビオン、ガリア、ロマリアに?」 「可能性としてはそうなるでしょうな」 「すぐ調査を。ただし極秘裏にです。こちらに虚無とザボーガーがあることを知らせぬように」 「はっ」 即座にマザリーニへと指示を出したアンリエッタは、次にアニエスを医者の元へ向かわせる。 王室付きの医者にルイズの腕を任せようということだ。 「ルイズ、貴方はまずその腕を治すことに専念しなさい」 「はい」 活発に動き出す四人。だからこそ、 「……まさか、そんな……」 デルフリンガーの小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。 その日から、ルイズは数日を王宮で過ごすこととなる。 傷を癒すだけでなく、ザボーガーの今後の運営、そして虚無への対応。 また、〈記録〉によってルイズが初めて知ったザボーガーの性能についても検証しなければならない。 整備、補給を考えなければならない。ザボーガー本来の世界でないここで、どれほど補給と整備が可能なのか。 療養とは思えない忙しさで、ルイズは走り回ることとなっていた。 そしてルイズの知らぬ間に、物事は動く。 一つは、ルイズの母であるカリーヌが、ルイズに合うために王宮へ向かったこと。 そしてもう一つは…… 「久しぶりだな、シャルロット」 王からの気さくな挨拶に、タバサは非の打ち所のない答礼を返す。 「王とはいえ、伯父と姪ではないか。もう少し楽にすればどうだ?」 ジョゼフは親しげに笑う。 ここはガリアの王宮。急の呼び出しを受けたタバサの前に現れたのは、あろう事がジョゼフ本人だったのだ。 「なに、今更貴様に毒を飲めと命ずるつもりはないわ。安心するがいい」 タバサの表情が揺れる。 怒りが、内に秘める事の出来ぬまでに膨張しようとしている。 「命じられても、呑まない」 「ふむ。そうであろう、そうであろうとも」 ジョゼフはひとしきり笑うと、六つのビンを並べたテーブルを示す。 「ところで、貴様は博打が得意だと聞いたが。余と勝負する気はないか?」 タバサの目がビンに向けられる。 「一つは、解毒薬だ」 「……残り五つは?」 「さあな。だが、掛け金を出せば、あそこから一つ選ばせてやると言っているのだ」 「何をすればいい?」 いくら、と聞かないタバサに、ジョゼフは機嫌良く微笑んだ。 「ザボーガーを、連れてこい」 何故かタバサには、ジョゼフの向こうに三ッ首の竜が見えたような気がした。 前ページ次ページゼロと電流
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/817.html
「なんであんたがここにいるのよ。」 王宮を訪れたルイズを出迎えたのは、口ひげを蓄えた優男……つまり孔明であった。 孔明は従者と警護を連れて、広場へ粛々と現れた。ネクタイには百合の花をかたどった紋章をつけている。これをつけているものは 宮廷ではほかにマザリーニ枢機卿ぐらいのものであり、すなわち一国の丞相であるということを示している。 丞相。宰相ともいう。いわゆる総理大臣のことである。 これまで内外の諸問題を1人で担当していたマザリーニの強い推薦により先日孔明は、新設された右丞相の地位についたのであ る。内政担当の右丞相を孔明が、外交担当の左丞相をマザリーニが任されている。 本来の格からいえば、右丞相へはマザリーニが就任するはずである。しかしアンリエッタの女王就任を機に、宮中から自分の影響を 減らして行きたいというマザリーニの強い意向から、このような形になったのであった。 一部では両者による権力闘争が展開されるのではないか、という見方もあったが……もともと今の身分に違和感を覚えていたマザ リーニと、あくまで端末でしかない孔明が衝突するはずもなく、2人の関係は非常に良好と言えた。もっとも、いつの間にか二人が知 らぬところでできていた派閥が、互いににらみ合いをおこなっているのだが。 そんな孔明がいきなり女王の名代として現れたものだから、ルイズが思わず「げぇっ!孔明」と叫んでも致しかたなかろう。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!右丞相に対して無礼であるぞ!」 従者、といってもかなりの身分のメイジだが、が朝の鶏のような甲高い声を上げて叱責する。ルイズはその一言で、孔明がいつの まにか宮中において権力を握っていることを知り、青ざめた。普段足蹴にさえしている、アルビオンに眠っていたブリミルの使い魔、 今は一切後ろ盾を持たぬはずの存在が、いつの間にやらこの国の権力中枢へ入り込んでいるのだ。誰でも恐怖を感じるだろう。 孔明はおそらくそんなルイズの心中を察しているのだろう。うふふ、といやらしい笑みを浮かべている。子供かお前は。 「ラ・ヴァリエール嬢。始祖の祈祷書については、陛下から問題なしとの指示をいただいております。このままおしまいください。」 従者がルイズの提出した始祖の祈祷書を、進み出て礼にのっとって返却する。この返却は女王の意思によるもの、ということだ。 つまり、あくまで貸与という名目はあるが、公式に祈祷書がルイズのものになったことを意味する。 「陛下が、貴公に対して内密に話があるとおっしゃっています。奥へと進まれよ。」 まるで夢でも見ているような心持で、ルイズがふらふらとアンリエッタの部屋へ向かっていく。 なにがなんなのか、ルイズはまったく状況がつかめなくなってしまっているのだ。戦争に勝った。ただそれだけのことで、宮中がこ れほどまでに変貌しているとは、夢にも思っていなかったのである。 「なんであんたがここにいるのよ!」 宮中での出来事に心身ともに疲れたルイズが部屋に帰ってきてみたものは、右丞相孔明その人であった。 先日のタルブの戦いで虚無の光を用いて敵を屠ったことを、アンリエッタに知られていたルイズは、虚無であること全てを報告した。 アンリエッタはさもあらんと頷いた。始祖の残した四王家、その血を引くものに虚無を扱うものが現れる。そう伝承されていたのだと いう。ヴァリエール家は王の諸子。虚無が現れてもおかしくはない。 そして虚無のことは極秘にする、と互いに誓い合ったあの恐るべき力を、悪用する人間がいないはずはないからだ。孔明とか。 さらにルイズは女王直属の女官へ任命された。いわば女王陛下の代理人(エージェント)、009である。その証として女王直筆の 権利行使許可書を拝領し、ふたたび広間で今度は女官就任式を行ったのである。 そういうことで終わったときにはルイズは疲労しきっていた。もうこのまま道端に横になって眠りたい、とさえ思った。 だが女官となった以上そんなことはできない。見苦しい姿を見せてはならない。そう思い懸命に馬を走らせ、ようやく学院にある自分 の部屋にたどり着いたのだ。 が、よりによって出迎えたのは、さきほどまで宮廷で顔を何度も、緊張させながら、あわせた孔明その人であった。 ルイズはあわてて口を押さえる。よりによって右丞相となった存在を、「あんた」呼ばわりしたのである。部屋に帰り着いて油断して いたとはいえ、女王に対する不敬と言ってよい。 が、孔明は気にした風もなく、 「ロデム様ならば往復1時間ほどの距離。そして私はバビル2世様のために働くコンピューターにすぎませぬ。」 どうやら、こちらにいるときはいつもの通り接すればよい、ということらしい。一瞬気が引けるルイズ。トリステインの大臣を今までの ように扱ってよいのだろうか。だが、今は眠くてたまらない。奥にいたバビル2世が 「コンピューターには無礼という概念はないし、TPOを考えて接すれば問題はないだろう。」 というアドバイスを送ってきた。頭がぼんやりした状況で考えると、どうもそれが正しい気がして、 「わかったわ。」 と答えると、着の身着のままベッドに潜り込んだ。 やがて、ベッドの中からかすかに寝息が聞こえてくる。よほど疲れていたのか、のび太なみの就眠速度であった。 ルイズが眠りについたことを確かめて、バビル2世が口を開いた。 「で、孔明。ラグドリアン湖というのは遠いのか?」 孔明が頷く。 「そうですな。場所はトリステインとガリアの国境。ハルケギニア有数の保養地です。距離はロプロス殿で2時間ほどでしょう。」 「そうか。ならけっこう遠いのだな。」 荷物をまとめているバビル2世。食料や着替えを積み込んで、紐で厳重に縛っている。 「まったく。モンモランシーも、とんでもないものを作ったものだ。」 バビル2世は、はあ、と深いため息をつき、窓の外を見た。そこには、樹に抱きついて求愛するマリコルヌの姿があった。 食後、沐浴をして部屋に戻ろうとするキュルケは、セルバンテスとすれ違った。キュルケはタバサと同じ部屋に泊まることになって いる。何かあったら大問題と、強引にねじ込んだのであった。 もっともセルバンテスははじめから別の部屋に泊まる予定であったらしく、気にしていないようだったが。 「ごきげんよう。」 会釈をして通り過ぎようとするキュルケ。あのあとタバサとバンテスからジョークだと説明を受けたが、やはり腑に落ちない。どう考え ても犯罪です、本当にありがとうございました。ではないかという疑念は未だに晴れていないのだ。 このプロポーションからすれば、自分が安全な可能性は高い。しかし万一ということがある。警戒はしておくにこしたことがない。 「何も、聞かないのだね。」 壁に背をつくセルバンテスが言う。 「……タバサが何も言わないのを、他人から根掘り葉掘り聞くなんてする気はありませんもの。」 立ち止まり冷ややかに答えるキュルケ。いつもの微熱は嘘のように消えうせ、敵意をむき出しにセルバンテスへ向かっていく。 だがその様子を見てセルバンテスは満足げに頷いた。 「ありがとう。君は、よほどシャルロット君を大事に思ってくれているんだねぇ。」 丁寧に頭を下げるセルバンテス。そして遠い空を見るような目をして、 「あんなに穏やかなシャルロット君の顔を見たのは、本当に久しぶりだ。君のおかげだよ。」 丁寧な物腰で謝意を述べる姿に、キュルケは意外そうな顔を浮かべる。社交界を優雅に舞っていたキュルケは、その人間が嘘を ついているか、そうでないかぐらいはわかる。セルバンテスは本気でシャルロットを心配し、キュルケに感謝しているようであった。 「シャルロット君は、普段タバサと名乗っているのか……。」 そしてそっと腕を差し出した。 「キュルケ君、と言ったね。よければきみに知ってもらいたいんだ。シャルロット、いやタバサ君になにがあったのかを。強制はしない。 けれども、タバサ君の親友である君に、この国で彼女の身に何が起きたのか、真実を知ってほしいんだ。」 キュルケは素直にその手をとった。暖かい掌が、キュルケの手を包み込んで握り返した。 「晁蓋どの」 ここは梁山泊の奥深く。忠義堂である。 迷路のような水路と無数の罠、さらに断崖絶壁に囲まれ、無数の英雄豪傑好漢を有するこの山塞の中心部。ガリア王を呼び止め るものの数は限られている。ましてや「ジョゼフ様」ではなく托塔天王晁蓋の名で呼ぶものは、9名の幹部以外にはいない。 振り返った目に飛び込んできたのは、柔和な笑みを浮かべた丸坊主の男。懐に包みを抱え、学生服のような詰襟の服を着ている。 ぞくにマオカラーと呼ばれる服である。 「これはブレラントどのではありませぬか。いつお戻りに?」 「さきほどです。予定通り、ドミノ作戦の第1弾の実行に……。」 大きくまん丸な目をパチパチッと瞬かせるブレラント。思わずつられて笑いたくなるいい笑顔だ。 「それともう一つ……晁蓋どのにお土産がありまして。」 包みを開き、ガリア王に土産を渡すブレラント。包みの中を見たジョゼフの目が見開かれ、嗤いながら頷く。 「オルゴール、ですな。ようやく見つかりましたか。」 「いやあ、苦労しました。」 照れたようにハンカチを取り出して額を拭くブレラント。 「わたくしのわがままを聞いていただいて、申し訳ない。」 「なにをおっしゃいます。普段から六面八臂の活躍をされている托塔天王どのの頼みごと。引き受けねば罰が当たります。」 「オウ、ブレラントか。なんだ、帰ってきていたのかぃ。」 ぐびぐびと、ひょうたんから酒を直接口に注ぎながら大男が現れた。髭も髪も伸ばし放題だ。ザンバラ髪を孫悟空のような金属の ワッカでまとめている。そんな髭と髪の中に、アクセントのように右目と左頬に大きな傷痕がついている。 どう考えてもメイジではない。山賊の親玉のような男だ。 「おや、またお酒ですか。アルビオンにはビールなる麦酒しかございませぬゆえ、張飛様にとっては地獄ですな。」 「ぉおう。あそこに行けって言われたらよ、戦艦一隻を丸々酒樽にしなきゃ耐えられねぇよなぁ」 ドッと沸く一同。へへへ、と 「さりとて酒毒なることばもございますゆえ、くれぐれもご自愛ください。いざバビル2世を目の前にして、酒に酔いつぶれて寝ていた では示しがつきませぬからな」 晁蓋の言葉に、てへへ、と恐縮する大男――張飛。 「それはそうと、後ろの方々は?」 「おお、そうだった」と背後の4名を指差す張飛。 「なに、次の幹部候補よ。右から神行太保、小李公、中条、鎮三山だ。」 4名が頭を下げる。 「で、なんだいそりゃ?オルゴールか?」 張飛がブレラントの抱えた箱を覗き込む。ずいぶんと古びた、汚いオルゴールだ。しかしよほど大事にされていたのだろう。丁寧に 全体が磨きこまれている。 「で、鳴るのか?これ」 張飛が蓋をあけるが、うんともすんとも箱は言わない。 「……壊れてるみたいだな。」 ブレラントが頷き、おそるおそる晁蓋に問いかける。 「晁蓋どの、本当にこれでよろしかったのですか?なんども試しましたが、音は一切鳴りませんが…」 晁蓋が首を振る。 「いいえ、これでよいのです。これは真実を見つける鍵なのです。」 「真実?」 「ええ、真実です。わたしは、真実を知りたいのです。なぜこの世界には魔法があるのか。誰も気にしていない。虚無の魔法はなぜ なくなったのか。誰も気にしない。聖地とはなにか、ブリミルとはなにものか、どこからやってきたというのか。誰も知ろうとしないでは ありませぬか。」 オルゴールを受け取り、晁蓋ことガリア王ジョゼフは高らかに言った。 「真実とは、問いかけることにこそ、その意味もあれば価値もあるのです。」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1801.html
今、城下町では王女アンリエッタが大変な人気を集めている。いや、もはや王女ではなく女王アンリエッタだったな。 なぜ女王が人気を集めているのか?それはこの前の戦いで数で勝るアルビオン軍を打ち破ったからだという。そのおかげで『聖女』と崇めたてられるほどだ。 アンリエッタは女王となったため、当然のごとくゲルマニア皇帝との婚約は解消された。だからといって同盟も解消されるわけではないらしい。 何故かはよく聞いてないので知らないが、私には特に関係のないことだろう。さて、なぜ今こんなことを考えているのか、それはこれから聖女アンリエッタに会うからだ。 今朝、アンリエッタからの使者が私たち(正確に言えばルイズ)のもとへやってきた。用件は不明。ただアンリエッタが呼んでいる、とだけしかわからない。 そしてルイズがこれを断るはずも無く、私たち(もちろんデルフは連れて行く)は用意してあった馬車に乗って王宮にやってきたのだ。 やれやれ、今日もシエスタに文字を教えてもらう予定だったのにこんなことになるとは。シエスタにこのことを言う暇も無かったな。帰ったら一応謝っておこう。 一言謝ればシエスタはどうせ許してくれるに違いない。……多分だけどな。 それにしても一体どんな用件なのだろうか?やはり『虚無』のことだろうか?というかそれ以外に考えられない。きっとルイズもそう思っていることだろう。 使者に案内され王宮を歩いていると、やがてある部屋の前に到着した。扉の前には護衛のような人間が控えている。きっとここにアンリエッタがいるのだろう。 「陛下。お越しになられました」 「通して」 控えていた人間が部屋の扉を開く。開かれた扉の先には、アルビオンに行く原因を作ったアンリエッタがいた。当然といえば当然だが。 ルイズは一歩部屋に入り恭しく頭を下げる。私もそれに習い、帽子を外し頭を下げる。下げなかったらルイズに色々言われそうだからな。 「ルイズ、ああ、ルイズ!」 アンリエッタは嬉しそうな声を上げながら、ルイズに駆け寄りそのままルイズを抱きしめる。抱きしめられたルイズは頭を下げたままだ。 なので私も頭を下げ続ける。 「姫さま……、いえ、もう陛下とお呼びせねばいけませんね」 「そのような他人行儀を申したら、承知しませんよ。ルイズ・フランソワーズ。あなたはわたくしから、最愛のおともだちを取り上げてしまうつもりなの?」 その言葉にルイズは顔を上げホッと一息ついたような顔でアンリエッタを見詰める。私も頭を上げる。さすがに帽子は被らない。 「ならばいつものように、姫さまとお呼びいたしますわ」 「そうしてちょうだい。ああルイズ、女王になんてなるんじゃなかったわ。退屈は二倍。窮屈は三倍。そして気苦労は十倍よ」 アンリエッタは心底つまらなそうにそう呟いた。やれやれだ。王族ならそれを耐え切れ。それが義務なんだから。 それに最愛のおともだちなら、わざわざおともだちを死地に行かせるようなことはしないでほしい。死に掛けたんだぞ。私が。 「このたびの戦勝のお祝いを、言上させてくださいまし」 暫らくの沈黙ののち、ルイズはアンリエッタ向かってそんなことを言った。女王が何も話さないので、一応当たり障りのない話題を振ってみたのだろう。 この話題にアンリエッタは意外な反応を見せた。ルイズの手を握ったのだ。そして、この勝利はルイズのおかげだと言い切った。 ルイズはハッとした表情でアンリエッタを見つめ、私は何の反応も示さなかった。どうせバレるのはわかっていたんだから驚く必要も無い。 「わたくしに隠し事はしなくても結構よ。ルイズ」 ルイズはアンリエッタにそう言われながらもまだとぼけようとしたが、アンリエッタが渡した羊皮紙を見て観念した。羊皮紙には調査報告が書いてあるのだろう。 そんなことを思いながら二人を見つめていたが、不意にアンリエッタがこちらを向いてきたので少し動揺する。もちろん表には出さない。一体私に何の用があるのだろうか? 「異国の飛行機械を操り、敵の竜騎士隊を誘導し撃滅したとか。厚く御礼申し上げますわ」 「身に余る光栄です」 アンリエッタの言葉に頭を下げる。だが、竜騎士隊を撃滅ってのは過剰だな。6騎しか殺してないのに。それに礼を言うより報酬をくれたほうが嬉しい。できれば現金だ。 「あなたは救国の英雄ですわ。できたらあなたを貴族にしてさしあげたいぐらいだけど……。あなたに爵位をさずけるわけには参りませんの」 「当然ですわ。使い魔を貴族にするだなんて」 五月蠅い。化け物は黙ってろ。しかし爵位か。できるものならほしいものだ。そうすればルイズのもとにいなくてもいい暮らしができる。 ルイズを殺した場合のデメリットが一つ減るわけだ。 その後、アンリエッタは私たちを褒め称えた。ルイズは小国を与えられ大公の位を授けてもいいくらいだとかなんとか。 正直よくわからないが、すげえ地位を与えてもいいことらしいな。そんなことを言われルイズは恐縮した様子で謙遜するが、 「あの光はあなたなのでしょう?ルイズ。城下では奇跡の光だ、など噂されておりますが、わたくしは奇跡など信じませぬ。 あの光が膨れ上がった場所に、あなたたちが乗った飛行機械は飛んでいた。あれはあなたなのでしょう?」 そんなふうに言ってくるのだ。否定する暇すら与えないとはこのことだな。 ルイズはさすがにもう否定するのは無駄だと諦めたのだろう。始祖の祈祷書のことを、『虚無』のことを、あの空で起こったことを話し始めた。 その話を聞くとアンリエッタは、こんなことを話し始めた。始祖ブリミルは三人の子に王家を作らせ、それぞれに指輪と秘宝を遺したという。 そしてトリステインに伝わるのが『水』のルビーと始祖の祈祷書らしいのだ。これだけ聞くと、アンリエッタはかなりありえないことをしたんじゃないか? 王家に代々伝わるものを簡単に人にあげたんだぜ?しかも『水』のルビーは売り払ってもいいとか言っていたはずだ。 無計画なのか、それとも迷信と思って信じてなかったのか。多分両方かもな。 それと、もう一つ驚くべきことがわかった。始祖の力、つまり『虚無』は王家にあらわれると、王家の間では言い伝えられてきたらしい。 つまり、『虚無』を使えるルイズは王家の血を引いてるってことだ。それはアンリエッタの口からもはっきりと明言された。 ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子。なればこその公爵家だってな。いやいや、本気で驚いたね。 身分が高いとは思っていたがまさか王家の血を引いているとは。そうなると殺した後は私が考えている以上に追及されるよな。絶対に。 ルイズはルイズで自分が王家の血なんて引いていないと思っていたらしく、結構驚いていた。 「では……、間違いなくわたしは『虚無』の担い手なのですか?」 「そう考えるのが、正しいようね。これであなたに、勲章や恩賞を授けることができなくなった理由はわかるわね?ルイズ」 確かに、もしルイズに恩賞を与えればルイズの功績は白日の下に晒されるだろう。それは『虚無』が白日に晒されるのと同じだ。 『虚無』の力欲しさにルイズは様々な輩に狙われるに違いない。 「ルイズ、誰にもその力のことは話してはなりません。これはわたくしと、あなたとの秘密よ」 それが妥当だろうな。というか二度と使うなくらいは言ってほしい。ルイズもアンリエッタの言葉ならきちんと聞いて以後使わなくなるだろうからな。 そしたら私は万々歳だ。恐怖が完全に拭い去られるわけではないが、随分と減ること間違いない。 アンリエッタの言葉にルイズはなにやら考えているような態度で口を噤んでいた。しかし、何かを決めたような表情をするとルイズがゆっくりと口を開き始める。 それはアンリエッタに『虚無』を捧げたいというものだった。それに対してのアンリエッタの答えは、 「いえ……、いいのです。あなたはその力のことを一刻も早く忘れなさい。二度と使ってはなりませぬ」 というものだった。私の言ってほしいことをずばりと言ってくれたから、このときばかりは女王を見直したね。このときだけだけどな。 しかしルイズは、この力はアンリエッタを助けるために神様が授けてくれたものだとか言って聞きやしない。 さらに自分がいかに『虚無』をアンリエッタに捧げたいかを力説までし始めた。そして『虚無』を受け取ってくれないなら杖をアンリエッタに返すという。 『虚無』を捧げられることを拒否していたアンリエッタだが、そんなことを言われて心打たれたらしく、二人はお互いを抱きしめあった。つまり受け取るということだ。 「これからも、わたくしの力になってくれるというのねルイズ」 「当然ですわ、姫さま」 どうやら三文芝居はこれで終わりらしい。 「ならば、あの『始祖の祈祷書』はあなたに授けましょう。しかしルイズ、これだけは約束して。決して『虚無』の使い手ということを、口外しませんように。 また、みだりに使用してはなりません」 「かしこまりました」 私的には、わたくしが使ってもいいと言うまで使うな、くらい言ってほしいんだがな。 そんなみだりに使用するなと言っても、ルイズなら感情に任せて周りを気にせず使いかねん。結局、私の恐怖心はこのままというわけだ。 「これから、あなたはわたくし直属の女官ということに致します」 アンリエッタはルイズにそう言うと、羊皮紙になにやら書き花押をつける。 それはアンリエッタ曰く、王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行、警察権を含む公的機関の使用を認めた正式な許可証らしい。 その許可証がルイズに手渡される。ルイズはこれで『虚無』という力だけでなく、強大な権力まで手に入れたことになる。どれだけ力をつけるのだろうか? 化け物がこれ以上の化け物になるのかと思うと憂鬱になりそうだ。これ以上調子付かなきゃいいんだが…… 「あなたにしか解決できない事件がもちあがったら、必ずや相談いたします。表向きは、これまでどおり魔法学院の生徒としてふるまってちょうだい。 まあ言わずともあなたなら、きっとうまくやってくれるわね」 アンリエッタはルイズのそう語りかけると、また私の方へ向き直る。今度はなんだ?褒めるなら報酬で示してほしい。 アンリエッタは体中のポケットを探り始め宝石や金貨を取り出した。そして私に近づいてくると私の帽子にそれらを入れてくる。 ……マジかよ。 「これからもルイズを…・・・、わたくしの大事なおともだちをよろしくお願いしますわね。使い魔さん」 マジ?これマジィ!?本物か!?本物だよな!?これって俺にくれるってことだよな!?マジで報酬をくれるのか!? 帽子に入れられた宝石や金貨をマジマジと見つめる。 「え、これ……、私に、ですか?」 「ええ。是非受け取ってくださいな。ほんとうならあなたを『シュヴァリエ』に叙さねばならぬのに、それが適わぬ無力な女王のせめてもの感謝の気持ちです。 あなたはわたくしと祖国に忠誠を示してくださいました。報いるところがなければなりませぬ」 別に忠誠なんてしてないし、ここは祖国でもない。さんざん巻き込まれた結果、ここいるだけだ。だがそんなものはどうでもいい。 今注目するべきものはこの金貨と宝石だ。俺の、俺だけの金!俺が自由に好き勝手できる金だ!まさか化け物といることでこんな恩恵があるとは思っても見なかったぞ! いや、働いたら報酬があるってのは当然なんだけどな。幽霊だって報酬がもらえるんだから。 「ありがたく受け取らせてもらいます」 アンリエッタに頭を下げ、一応感謝の意を表しておく。このほうが好感がいいだろう。また感謝の気持ちがほしいからな。なるべく好印象になるように心掛けなければ。 そして私とルイズはアンリエッタに別れを告げ王宮を出た。……帰りの馬車は用意されていなかった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8932.html
前ページ次ページるろうに使い魔 アルビオンによる宣戦布告、トリステイン軍の壊滅の報が王国に届いたのは、それからすぐ後だった。 上層部による、終わりを見せない話し合いの末、トリステイン側も徹底抗戦すべく、アンリエッタを筆頭に出陣。根城にすべくアルビオン側が侵入を始めたタルブへと殺到した。 そして、少し遅れてその報告は、トリステイン学院にも入ってきた。 その頃、剣心は丁度燃料がノルマまで達成できたとの事をコルベールから聞いて、それにルイズと共に向かう途中だった。 「ホントにあれが飛ぶの?」 「まあ、今からそれを試しに行くところでござ――――」 そのすれ違い様、オスマンと勅使の会話を聞いて、剣心は顔色を変えた。 「現在の戦況は?」 「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです」 「…その様子だと、見捨てる気のようじゃな」 その瞬間、剣心はルイズの制止も聞かずに走り出していた。 「ま、待ってよ、ケンシン!!」 しかし、ルイズの声はもう、剣心には届かない。 剣心は、手頃な窓を見つけると、腰の逆刃刀で叩き割り、そこから外へと、なんの躊躇もなく飛び降りた。 このまま落ちたら、間違いなく大怪我じゃ済まないほどの高さだったが、剣心は壁についてる小さな窪みや穴に、的確な動作で手を引っ掛けて、軽業師のように地面に着地した。 ルイズが窓から見下ろした時には、剣心はもう中庭を駆け始めている最中だった。 「……ケンシン」 第二十八幕 『因縁の出会い、虚無の誕生』 「コルベール殿!! 大変でござる!!」 「なっ…どうしたんだね、急に!!」 剣心は、そのままコルベールの研究所まで向かい、これまでのいきさつを手短に説明した。 「何だって!? タルブがそんな事に!!?」 「それで、直ぐに試運転をしたいのでござるが」 「…分かった。準備しよう」 剣心の眼を見て、どうにも止められないと悟ったコルベールは、急いで燃料を掻き集め、それをゼロ戦に補給した。 剣心は、コックピットに乗り込み、離陸の手筈を整える。正直に言えば、戦いのためにこれを使いたくはなかったが、今は一刻を争う。 「シエスタ殿…」 昨日まで世話になった、自分を好きと言ってくれた無垢な少女。そして、暖かく迎え入れてくれた家族。平和で安穏な村。それが今、戦争に巻き込まれている。 それを知って放って置くことなど、剣心は出来る訳がなかった。 コックピットを閉めて、燃料の確認…大丈夫。操作手順…抜かりなし。目的地は、タルブの村に駐在する敵軍。 出発の準備が整った所へ丁度、ルイズが息を切らしてやって来た。否、ルイズだけじゃなく、様子を見に来たキュルケやタバサも、一緒に来ていた。 「ま…待ってよ…ケンシン!!」 ルイズは必死に叫んだ。一人で行ってどうするの、死ぬだけなのよ、と。 しかし声は回り始めたプロペラの音に、殆どが掻き消されたが、少なくとも剣心は、ルイズがいることには気づいたようだった。 剣心は、ルイズを安心させるように、身振り手振りで様子を伝えた。 (直ぐに帰るから。安心して欲しい) それだけを伝えると、剣心はレバーを引いた。それと同時に、左手のルーンが輝き出す。 離陸の仕方、飛行の方法、それらが頭の中を駆け巡っていく。 と同時に、離陸するには距離が足りないということも知った。 (コルベール殿、風起こしを頼む) 今度は、コルベールにジェスチャーをして、剣心はこのことを伝えた。コルベールはすぐに理解したのか、直ぐに杖を振って風を吹かせる。 それと合わせるように、剣心は、ゼロ戦を一気に動かした。 「今だ!!!」 最初は不安定な動きだったが、ゆっくりとゼロ戦は上昇を始める。起動を上手く見ながら、剣心は動かした。 すると、一気に風に乗ったのか、ゼロ戦は空に浮き、それからルイズ達の目にも止まらぬ速さで飛んでいった。 「ほ、本当に飛んでいった…」 その場に残ったコルベールは、ただポカンとして空を見上げていた。 「…ケンシン」 ルイズもまた、ただ寂しそうな表情で空を見ていた。 自分は、無力だ…。今でこそ、それを実感したことはなかった。剣心は、話を聞いてから直ぐに行動に移ったというのに。 分かったように戦争についての恐ろしさを語ろうとして、でも剣心の方は明らかに慣れている手際の良さで、自分の入り込める隙間なんてなくて…。 「やっぱり…私はゼロなのかな…」 同じゼロでも、あの『ゼロ戦』と私は偉い違いだなぁ…。そんな自虐めいた考えが頭をもたげていた、その瞬間だった。 「…うん…?」 何となく嵌めていた『水のルビー』が、急に光り始めた。それと同時に、懐に入れてた『始祖の祈祷書』も、共鳴するように輝き始める。 一体何…? そう思って、ルイズは祈祷書の一ページをめくり、そして驚きに目を見開いた。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。 以前見たときには、何も書かれていないはずだった紙の空白に、確かにそれは記されていた。 ルイズは、読み続ける内に鼓動が高鳴っていくのを感じた。自分の中に秘めている、『何か』が開放されそうで…。 それは間違いなく、始祖ブリミルが遺した文章。そして最後には、呪文と共にこう書かれていた。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン』 「……ねえ、タバサ…」 「何?」 ルイズは、肩を震わせながら、隣にいるタバサに聞いた。 「シルフィード…貸してくれない……?」 「何故…?」 「ねえルイズ、あんたまさか…」 ルイズの様子に気付いたキュルケが、詰め寄るように近付いた。だが、ルイズはもう止まらなかった。 「お願い!! 今知りたいの、私の力は、一体何のためにあるのか!!」 杖を振ると、必ずと言っていいほど爆発する。 思うように魔法を使えなかったので、いつしかそれを『失敗』と呼ぶようになった。 そのせいで、今まで何故爆発が起こるのか、深く考えたことはなかった。 でも…今は思う。それは、もしかして伝説の力の片鱗なのかもしれないと。 存在すら疑わしいような話、『虚無』の力は、最初から自分の中に眠っているだけなのかも知れないと。 そして、今この時をキッカケに、それが目覚め始めているのではないのかと。 最初は、ルイズのこの剣幕に、少し困惑気味のタバサだったが、彼女の眼には強い意志が宿り始めているのを見て、共感するように頷いた。 タバサは、コルベールに気づかれないように隠れて、シルフィードを呼んだ。直ぐ様、シルフィードは翼を羽ばたかせてやって来た。 「全く、一体何なのよ!?」 状況は全く理解できないながらも、放ってはおけないとキュルケも、シルフィードに乗った。 タルブの村上空に鎮座する、『レキシントン』号。それを遠目で見据えながら、剣心はゼロ戦を飛行させた。 途中、襲ってきた竜騎兵は何人かいたが、皆初めて見るゼロ戦の風貌と性能に、すっかり恐れ戦き、無闇に突っ込んだ者はその風圧に吹っ飛ばされていった。 「なあ相棒、武器は使わねえのか?」 座席の隣にかけてあるデルフが、剣呑な口調で剣心に聞いた。 「銃は、加減が効かない」 「敵さんも、殺さねえでいくつもりかい?」 「その通りでござる」 屈託なく返す剣心の言葉に、デルフはさも面白そうに笑った。勿論、侮蔑とかの意味はなく、単純に気に入ったからである。 「面倒な戦いになるぜ? それでもその信念、貫くつもりかい?」 「無論でござるよ」 「面白ぇ! 今回の相棒は、かなり楽しい奴だなぁ! その信念、どこまで貫けるか、このデルフリンガー様がちゃんと見届けてやるよ!!」 竜騎士の攻撃を躱しながら、徐々に『レキシントン』号との距離を縮めていく。遂にあちら側も、砲弾で攻撃を始めたのだ。 その、竜騎士とは比べ物にならないほどの攻撃に、流石の剣心もこれ以上は進行できなかった。 「どうするよ? 上から攻めるか?」 しかし、剣心が銃を使わない限り、上から攻め行っても意味はない。乗組員に直接被害が出るからだ。 しかし、剣心は妙案とばかりに、上空へと旋回させ、『レキシントン』号の真上へと近付いていった。 「目標、『レキシントン』の上空へと接近!! 竜騎士の展開、間に合いません!!」 「ふむ…」 その頃、アルビオンの兵たちは、この事態に一時の恐慌状態へと陥っていた。 謎の竜が、次々と軍を蹴散らしていく。その報告が来たときには、その噂の竜の姿が、こちらにも視認できる距離にいたのだ。 「謎の竜…ねえ」 「シシオ様、どうなさいますか?」 隣のワルドが、伺うように志々雄に聞いた。何時でも出撃は出来る。後は彼の命令だけだ。 しかし、志々雄は上空へと飛び回るゼロ戦を一瞥して、何の気もなくこう答えた。 「まあ待て。暫く様子を見てみようじゃないか」 「?…と、言いますと…」 「まあ、風竜の準備はしておけ。これは俺の勘だが、恐らくあれは…」 志々雄がそう言いかけた、その次の瞬間だった。 おもむろにゼロ戦から何かが飛び降りた。それは、急速に接近し、どんどん大きくなっていく。 そして、ドン!! と大きな落下音と共に、兵士たちは驚きで目を見張った。 そこには、高いところから着地した剣心の姿が、そこにあったからだ。 「相棒…おめぇ…武器使いたくねえからって…そこまでするか普通…?」 デルフが、呆れ半分怖さ半分の調子で言った。まさか飛び降りて直接『レキシントン』号の上に着陸するなんて、考えても見なかったからだ。 乗り手を失ったゼロ戦は、そのまま落下して、大きな湖の上へと着陸した。その様子を遠巻きに見ながら、兵士たちはハッとした様に武器を、杖を剣心に構えた。 「なっ何奴!!?」 「貴様…何者だ!!!」 剣心も、それに応えるように逆刃刀に手をかけた、その時だった。 「久しぶりだな、先輩」 (……この感じは―――!?) その声は、剣心の上から聞こえてきた。 聞き覚えのある声、それに剣心は弾けたように、上の方を見やった。 「――――なっ!!?」 そして驚きで目を見張る。 「馬鹿な…何故お前が…こんなところに…」 「さあね。だがまあ、一つだけ言えることがある」 全身くまなく包帯でまかれ、優雅に煙管を吸っているその男。 かつて、『人斬り』の後継者であり、運命を懸けて全力で勝負した剣客。 業火の炎に焼かれ、確かに地獄へと落ちていった筈なのに…。 「俺とあんたは今、間違いなくこの世界に存在するということだけさ」 「―――志々雄真実…」 剣心はそう呟いて、かつての仇敵に目を向けた。 ルイズ達は、シルフィードに跨りながら、タルブの村へと直行している最中だった。 ゼロ戦の速さは、風竜と互角位のものだから、直ぐに追いつくわけにはいかなかったが、それでも数分としないうちに、タルブ上空に構える『レキシントン』号の姿が見えてきた。 「敵兵がもっといると思ったのに…案外さっぱりね」 キュルケが、辺りを見回しながらそう言った。もう敵戦区域に入ってるだろう筈なのに、竜騎士の姿は影も形もなかった。 「多分、ケンシンが倒していったんだと思うわ」 ルイズは、大事そうに『始祖の祈祷書』を抱えていた。それを見かねたキュルケが、不思議そうに聞いた。 「ねえ、あんた一体どうしたの? 何かへんよ?」 「確かに…ヘンよね私。というよりヘンだわ」 キュルケの言を肯定するかのように、ルイズは頷いた。これが変でなくて何だろう? 常識で考えれば、こんな事、ありえない筈だってのは分かっている。 仮に自分が『虚無』の担い手だとして、それをキュルケ達に話しても、「頭がおかしくなったの?」と言われることだろう。 でも、今のルイズには何か「可能性」が満ち溢れていた。あの祈祷書の中身を見たとき、そして呪文の一文を見たとき、今まで失っていた歯車が、ガッチリと噛み合ったかのような感覚を覚えたのだ。 今なら、何かが起こせる気がする。それは理屈ではないのかも知れなかった。 そして今、眼前には巨大戦艦『レキシントン』が、その全貌をルイズ達に晒していた。 「この一連の事件の黒幕は、やはりお前の仕業でござるか?」 志々雄を見上げながら、鋭い目で剣心は聞いた。 「『君』位つけろよ。何だか暫く見ないうちに、随分ふてぶてしさが上がったな。先輩」 対する志々雄も、剣心を見下ろしながら、ニヤリと口元を歪ませた。 「お前も、その不遜な性格はどうやら直っていないようでござるな」 皮肉たっぷりに返しながら、剣心は遠くに写るタルブの村を見た。 「……何故この村を襲った?」 「まあ、この国の占領の拠点兼、あんたの挨拶も予てだ。村の一つや二つ燃やせば、あんたは間違いなく飛んでくると踏んでたからな」 その言葉に、剣心はその目に怒りの炎を燃やした。 「また…お前自身の勝手な正義のために…この国を、この村を…利用しようというのか?」 それを聞いて、志々雄はフッと笑った。 「相変わらず、そういう頑固さだけは変わらねえな、先輩。あの時言ったはずだぜ…」 志々雄は、目の前で握り拳をして、語るように口を開いた。 「俺の国盗りは、この世界での摂理。貴族だから何だのと、弱者が喚くような腐った世界は要らねえ。『聖地』を奪い返したいのなら、俺がそれを叶えさせてやる。そして俺が覇権を握りとってやる。それが、俺がこの世界を手に入れる正義であり、そして全てだと!!!」 「その時、拙者も言ったな…お前の願いを叶えるのに犠牲になるのは…今下にあるタルブと同じ、今を平和に生きていた人々だと」 剣心は、シエスタや家族、そして平穏に暮らしていたであろうタルブの人々を思い起こしていた。 一瞬、左手のルーンが光り輝くが、それを剣心はもう片方の手で抑える。 しかし志々雄は、相変わらずの不遜な笑みをしたまま言った。 「『所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ』これぐらいで死ぬようなら、ハナからそいつには生きる資格がねぇ、てなだけだ」 「その資格を決めるのは、お前ではない!!」 叫びと共に、剣心は抜刀。兵士の誰もが見切れぬ速さで、志々雄の元まで斬り込んだ。しかし、その間を割って入るように、ワルドを乗せた風竜が立ちはだかった。 「むっ!」 風竜のブレスと共に、剣心は一度大きく距離をとる。反応が出来なかった兵士たちは、そのまま叩き付けられ、吹き飛ばされていった。 「会いたかったぞ抜刀斎!! まさかこの腕の借りをすぐに返せる時が来るとはな!!」 「…何だ、またお前か」 歓喜の声を上げるワルドに対し、剣心は冷ややかな視線を送った。 「その様子だと、未だに懲りていないようだな」 「ほざけ、シシオ様に刃を向けたくば、まずこの俺を倒してみろ!!!」 ワルドの殺気に反応するかのように、風竜も大声で剣心に威嚇した。 そんな事態が起こっている『レキシントン』号に、ルイズ達を乗せたシルフィードもゆっくりとやって来ていた。 前ページ次ページるろうに使い魔
https://w.atwiki.jp/trinity_kristo/pages/2.html
MENU トップページ コメント 旧約聖書 旧約聖書正典モーセ五書 歴史書 知恵文学 大預言書 小預言書 旧約聖書外典 旧約聖書偽典 新約聖書 新約聖書正典福音書共観福音書 ヨハネ福音書 使徒言行録(使徒行伝) パウロ書簡 公同書簡 ヨハネの黙示録 新約聖書外典外典福音書 使徒教父文書 正典目録 新約聖書の偽書 聖伝 基本信条(基本教理)三位一体 礼拝サクラメント(七つの秘跡) 祈祷文 教会芸術聖画像・イコン 絵画 音楽聖歌 ミサ曲 受難曲 映画 教会法七元徳 七つの大罪 聖人伝レゲンダ・アウレア 近代の逸話 マリア崇敬無原罪の御宿り 悲しみの聖母 聖母の被昇天 聖母戴冠 ユダヤ教史(マカバイ戦争以後) 宗教会議ヤムニア会議 ユダヤ教歴史書ヨセフス『ユダヤ古代誌』 ヨセフス『ユダヤ戦記』 キリスト教会史(使徒言行録以後) 教会史原始キリスト教 東西教会の分裂 教会大分裂 十字軍 宗教改革 公会議全地公会議 カトリック公認公会議 キリスト教会歴史書エウセビオス『教会史』 ソクラテス『教会史』 テオドレトス『教会史』 ソゾメヌス『教会史』 神学大全 祈祷書 キリスト教会・教派西方教会カトリック 聖公会 プロテスタント 東方教会東方正教会 異端派 預言・私的啓示聖マラキの預言 ミシェル・ノストラダムス師の予言集 キリストのご受難を幻に見て 聖母の出現グアダルペの聖母 ルルドの聖母 クノックの聖母 ファティマの聖母 大天使ミカエルの啓示モン・サン=ミシェル ガルガーノとモンテシエピ礼拝堂 ジャンヌ・ダルク キリスト教文学 アブラハムの宗教など ユダヤ教(前6世紀)タナハ タルムード キリスト教(1世紀) グノーシス主義(1世紀) イスラム教(7世紀)クルアーン ハディース ゾロアスター教(前6世紀以前)アヴェスター 仏教(前6世紀頃)パーリ仏典 大乗仏典 仏教聖典 神学 聖書神学 組織神学神論 キリスト論 聖霊論 天使論 悪霊論 神義論 歴史神学キリスト教美術史 教会音楽史 弁証学 実践神学 聖書批評学 高等批判(旧約聖書)モーセ五書への高等批評 メソポタミア神話 高等批判(新約聖書)Q資料 考古学 メソポタミアの洪水 小惑星アピン アブラハムの井戸 考古学的推察 アテン賛歌 ソレブ神殿の碑文 メルエンプタハ碑文 ハンムラビ法典 テル・ゲゼル遺跡 ターナクの祭儀台 テル・ダン碑文 メシャ碑文 カラク碑文 クンティレット・アジュルド遺跡のピトス シロアム碑文 ティーラ・プリズム イエスの時代のシナゴーグ フレゴンの日食記事 フラウィウス証言 ローマ人による諸記録 聖遺物トリノの聖骸布 ピラト碑文 ガリオ碑文 自然科学との関連 地球平面説神話 神の存在証明 天文学とキリスト教ベツレヘムの星 中世の天体音楽論 大洪水の否定論 科学による人種の起源 天動説と地動説 原子論とキリスト教 進化論とキリスト教 ビッグ・バン 太陽系と地球の歴史 聖書の主要な登場人物 イエス・キリスト 聖母マリア 洗礼者ヨハネ 主の兄弟ヤコブ 十二使徒使徒シモン・ペトロ マグダラのマリア 使徒マティア 使徒パウロ 最初の殉教者ステファノ 聖書翻訳 写本(旧約聖書)死海文書(クムラン写本) エン・ゲディ文書 カイロ写本 アレッポ写本 レニングラード写本 写本(新約聖書)バチカン写本 アレクサンドリア写本 シナイ写本 写本(新約聖書外典)オクシリンコス・パピルス ナグ・ハマディ写本 ベルリン写本 チャコス写本 異端文書ヘルメス選集 エイレナイオス『異端反駁』 エピファニオス『薬籠』 ヒッポリュトス『全異端反駁』 校訂本(旧約聖書)マソラ本文(TAN) 校訂本(新約聖書)テクストゥス・レセプトゥス(公認底本) ウェストコット・ホート ネストレ・アーラント 翻訳七十人訳聖書(SEP) ペシタ訳 タルグム ヘクサプラ ヴルガータ(VUL)グーテンベルク聖書 現代語訳聖書英語訳聖書 日本語訳聖書 ここを編集
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/648.html
ゼロのしもべ 第3部 ドミノ作戦編~全てはビッグ・ファイアのために~ 異世界ハルケギニア 人類は魔法の力によって 栄光ある社会を築いていた。 だがその栄光の陰に 暗躍する1人の男がいた。 かつていくつもの組織を率い、世界を支配せんと目論んだ悪の指導者、ヨミ。 一方、3つのしもべを率いて、その野望に立ち向かいつづけた一人の少年の姿があった。 名をバビル2世。超能力少年、バビル2世。 第3部1話 ガリア王国は、ハルケギニア最大の人口を抱える大国だ。人口およそ1500万人。魔法先進国であるガリアは、メイジ……、 つまりは貴族の数も多い。やはりハルケギニア最大の人口を誇る首都リュティスのメイジの人数は、やはり他の追随を許さない。 リュティスの政治中枢は、街の真ん中流れるシレ川に位置する中州から、川の西岸…町外れへと移動していた。 全ての政治施設は町外れにあるヴェルサルテイル宮殿に移動し、そこで政ごとが行われているからだ。 ヴェルサルティル宮殿は、かつては複雑な形をした庭園といった趣であった。さまざまな趣向を凝らした建物が立ち並ぶ、建築物 美術館とでもいうべきしろものであった。 だが、今は違う。 今のヴェルサルティルは、国中から集めた岩を積み重ね、土系統のスクウェアメイジが数人がかりで土を持ち上げ、ベトンで固め、 固定化の呪文を用いて作った人工の岩山であった。そこにシレ川から引いた水を入れ、馬車などは出入りできないようにしている。 岩山は四方が断崖絶壁になっており、さらには周囲を幾重にも張り巡らされた迷路のような水路で囲っている。 その水路を正しく通り、断崖絶壁に備え付けられた道なき道を越え、何重にも仕掛けられた罠を乗り越えることで、ようやく元ヴェ ルサルテイル宮殿後に建築された、この国の中枢施設にたどり着くことができる。 この人工の岩山は、誰ともなくこう呼ぶようになっていた。 梁山泊。 誰もその意味を知らない。だが、誰ともなくその要害をそう呼び始めたのだ。 そんな梁山泊の最深部。どす黒い瘴気を放つ巨大な施設があった。 忠義堂。 ガリアはおろかハルケギニアではみたこともないような建築技術によって作られたそこに、ガリア王国1500万の頂点に位置する男が 暮らしている。 青みがかった髪とヒゲに彩られ、見るものをはっとさせるような美貌に溢れている。 均整の取れたがっしりとした長身が、そんな彫刻のような顔の下についている。 かつて、見るものを呪うような視線を発していた目は、穏やかな優しさと強い意志を秘めた光へと変わっている。青い髪を後ろでまと めてお団子にし、布で括っている。 男の名はガリア王ジョゼフ。またの名(コードネーム)を托塔天王晁蓋。 「では、これより会議をはじめたいと思う。」 ジョゼフの向かい合う画面の中で、ヨミが宣告する。その周囲に、9名の幹部の顔が映ったモニターが並んでいる。 すでに失った力を手厚い看護で取り戻したヨミであったが、なにか思うところがあるらしくアルビオンから一歩も動いてはいない。 「まず、先日の血笑烏作戦において突如発生した謎の光についてだが…」 「はっ。」 と糸目の男が声を上げた。 「現在調査中ですが、未だにその正体はつかめておりません。わかっていることは、この光に飲み込まれたために、V2号をはじめ、 レキシントン号などのあらゆるエネルギーが失われていたということです。それは電気、あるいは熱エネルギーに限らず、メイジが 体内に有していた魔力、ヨミさまの超能力といったものまでです。外部から力を取り入れることにより、なんとか脱出は可能でしたが、 あのままでは地上に落下していたでしょう。」 「そうなっていれば、身動きのとれぬわしはバビル2世にたおされていただろうな。」 糸目の男が頷く。 「そのため我々はバビル2世やしもべの力を考えました。しかしこの光は超能力というよりはむしろ魔法に近い波長を持っている ことがその後の分析の結果判明しました。そこで我々はこの少女に目をつけました。」 モニターに映像が映る。バビル2世の前に座ったルイズの姿だ。 「ごらんのようにこの少女はなにか本を読んでいます。この本がなんであるかですが映像分析班によると『始祖の祈祷書』ではない かということです。」 おお、とどよめきが起こる。 「始祖の祈祷書とは、GR計画にわしらが必要としている?」 丸々としたヒゲ中年が尋ねた。糸目の男が頷く。 「その通りです、署長。ただこれが本物であるかどうかは確認できていません。なにしろ贋作の多いことで知られる書物ですから。 ただ、映像分析班の解析によると、この少女は呪文を詠唱している可能性が高いということです。」 「呪文を?」 黒装束の男が声を上げた。 「はい。そして、その詠唱が終わったのち、映像は停止しました。光によってエネルギーを消失したため、録画が不能となったから です。」 「つまりその呪文により、光が発生した可能性が高いということか。」 ジャンパーを着た男が呟く。 「左様です。そしてこの少女は虚無の魔法使いである可能性が高い、と。」 「つまり、この光は虚無の魔法であるかもしれない、というのかい?」 学生服のようなものを着た、丸坊主の男が訊く。 「現時点では、その可能性が一番高いかと…」 酒を飲みながら聞いていた男の手が止まった。老人がぎろりと画面上の少女を睨む。 「我々は映像分析班主任の名を取って、このエネルギー停止現象をバシュタール現象。光をバシュタールの光と名づけました。 今後、我々はバシュタールの謎を解くべく、虚無の魔法使いの可能性が高いルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエ ールの観測と、虚無のメイジと確定した場合の捕獲を前提として作戦行動をおこないたい。そう、この少女はGR計画の鍵となる可能 性が高いからです。」 ドドーン、と背後に波が起こりそうな勢いで宣告する。 「ふむ。バビル2世とルイズとやらとの両者を追い詰めるというわけか。」 「左様で。」 「勝算はあるのだろうな。二兎を追うものはというぞ。」 ヨミの問いに微笑み答える糸目の男。 「もちろんです。この元帥を信用していただきたい。両者を連続して追い詰めるドミノ作戦の詳細は次回の会議で報告させていただき ます。」 ぺこりと頭を下げた。 「ふむ。」 と一息つき、ヨミが立ち上がった。 「よいか、我々はついにアルビオンを手に入れた。これがなにを意味するかわかるか。」 「GR計画に必要な、始祖のオルゴールを手に入れることができるということです。」 「その通りだ!」 ヨミが雄雄しく叫んだ。 「GR計画。すなわちGoReturn計画。地球への帰還計画。」 ヨミの背後に、青く美しい星、地球が映し出された。 「この世界と地球とをつなぐ道を開くGR1計画。地球の最先端科学兵器をガリアに輸入し、それを元にハルケギニアから聖地までを 支配するGR2計画。ハルケギニアの人間を奴隷にし作らせた兵器と、メイジの魔法で地球に攻め込み世界を征服するGR3計画。」 ヨミが高らかと手を上げた。 「GR計画が成功すれば、わしが世界に号令をかける日はすぐにやってくるのだ。」 「「「ワー ワー ワー」」」 全員が立ち上がり、歓声をあげた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7753.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 浮遊大陸アルビオンの南端、軍港ロサイス郊外の古城。 昼なお暗いホールの中央に、白いコートの男が一人立っていた。 血の付いたナイフを払いコートの内に仕舞うと、ポケットから紙箱を取り出す。 「、、、ん」 軽く眉を寄せるとくしゃりと紙箱を握り潰してポケットに戻す。 ふ、と男が視線を前に投げる。 男の床の前に黒い光がこぼれ方陣を作ると、黒尽くめの男が這い出て来た。 「ハァーイ♪、おひさ死ブリDeath」 陰気に笑う男が掲げたタバコの箱からその一本を口で受け取ると、 ルーク・バレンタインはライターを取り出して火を付けた。 間久部(マクベ)が小脇に抱えている書類の束に目をやりつつ、煙を吐き出す。 「今度は何だ、賛美歌でも教えるか?」 「それも良いが、そりゃまた今度。 金属の鋳造練成加工技術と、、それにチョイと精度の高いマスケット銃ですよ。 魔法抜きの技術レベルにあったブツをチョイスするのが中々に大変でしてねぇ」 「まるでエデンの蛇だな」 「何せ私ゃホラ、十三課<イスカリオテ>ですからネ。 汚れ仕事は我等が本懐」 傷の奥の目がにんまりと嗤う。 「今週末の虚無の曜日までに、ここの密偵共だけは潰して置きたかったんですがー、 イヤハヤ、相変わらずの見事なお手前。 これで「停戦会議」も滞りなく」 足元の暗がりに転がるいくつもの死体を見回す。 「それじゃ、いつもの如く血の一滴も残さぬよう、頼みマスよ。 あーそうそう、我等が聖女様たちへ何か伝言は?」 「テファには、夕飯までに戻ると言っておいてくれ。 黒い方には、今度あったら殺すと伝えろ」 ニヤケ顔で手を振りつつ間久部が魔法陣の中に消えていく。 床に残されたタバコの箱を拾い上げ、ルークがつぶやく。 「フン、、、悪魔め」 善人ごっこ、オーク狩り、麗しの姫を守る騎士、、すべては余興のはずだった。 この世界の実情を把握し、新しい獲物を見付けるまでの、仮の住まい、隠れ蓑。 ひとときの戯れ、すべてはそのはずだった。 (俺たちにとっちゃあ人殺しができて生き血がすすれれば なんでもかまわねーや) 頭の中に懐かしい声が蘇る。 「ックク、確かにな、、、」 べちゃり。 と、床に広がる血だまりに手をひたす。 ぞろり。 と、屠った者たちの感情が、記憶が、意識がルークの中に流れ込む。 オーク鬼やトロル鬼とは比べ物にならぬ程の、思念の熱量、思考の奔流。 驚愕。敵意。侮蔑。殺意。激怒。後悔。嘆願。渇望。絶望。諦念。狂気。 悔恨、無念、怨恨、嫌悪、遺恨怨念懇願激憤呪詛自嘲憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪 憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎 憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎にくにくくにくににくにnnnnkknnnnn - テ ィ フ ァ ニ ア - 混濁した意識が強引に引き戻される。 目を開ける。 床に転がる自分の右手がどろりと溶けている。 違う、違う。 目を閉じ、意識を集中し、在るべき形を思い出す。 形を取り戻した手を床に突き、ゆっくりと立ち上がる。 たかが千にも満たぬ心を、命を、魂を取り込んだくらいで。 己を失ってたまるか。 名も無き化け物になぞ、なってたまるか。 俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は、俺だ。俺は俺だ俺は俺だ俺は俺だ。 ぎしりと歯を噛み、ルークは笑う。 「俺は、、、俺だ!」 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十二話 「そそそ、それじゃあ、行って来るから!」 緊張で顔を赤らめたルイズをキュルケが部屋の前で見送る。 「はいはい、がんばってらっしゃいね~♪」 「ががが、がんばるって何をよ! 魔法訓練の息抜きにちょっと遠出しようって誘って下さっただけで ワルド様とは別に頑張るとか頑張らないとかじゃないから!」 「えー、それなら僕も行きたいなー。 あのグリフォンにも乗ってみたかったしー」 「だ~め。 シュレちゃんは今日は私とお留守番」 寝起きのベビードールのままでシュレディンガーの頭を抱え込む。 「ちぇー」 「わがまま言わないの。 せっかくだからコッチも朝食にしましょ。 タバサ食堂に呼んできて」 「はーい」 ============================== シュレディンガーが消えた後、ルイズはキュルケに向き直る。 「じゃ、シュレの事頼むわね。 夏休み中でヒマだからって私のいない間に あの子にちょっかい出さないでよ」 「出さないわよあのコには」 呆れ顔で即答するキュルケに、ルイズはそれはそれでと不満に思う。 「そういやキュルケ、年がら年中サカってるくせに シュレにだけは手ぇ出そうとしないわね」 「あらアンタ、あのコの飼い主なのに気付いてないの? 危険な香りのする殿方ってのも魅力的だけどね、 あのコの中に居るのは「死神」よ。 アタシはそこまで命知らずじゃないの」 「、、、?」 (やっぱり制服は無かったかしら、もうちょっと地味目でも夏物の、、) 考えながら中庭を歩くルイズの元へ一人の少女が駆けてきた。 「はいっ、ルイズさん! 頼まれていたサンドイッチとワイン、 それに今朝一緒に作った、焼きたてのクックベリーパイですよ!」 「あ、ありがと、シエスタ」 「ついにワルド様とデートですね。 頑張ってくださいね、ルイズさん!」 シエスタが屈託無くはしゃぐ。 「そそそ、そういうのじゃ、、、!」 顔を火照らせてどもるルイズの手を取り、 シエスタは真剣な面持ちでルイズを見つめる。 「ルイズさん、女は度胸です!」 「それじゃあ、ルイズさん」 走り去ろうとするシエスタに、おずおずとルイズが声をかける。 「そ、その、シエスタ」 「はい? 何でしょう、ルイズさん」 「あ、、、ありがと」 「っふふ、はいっ!」 「うわー、青春ねぇ、ギーシュ」 「そうですねぇ、お姉さま」 カフェテラスでその様子を眺めていたモンモランシーとケティが ギーシュを横目にうっとりとつぶやく。 読んでいた本から目を上げ、ギーシュが一つあくびをする。 「ふわあ、ん。 あのルイズにもやっと春到来か。 いやいや、めでたいね」 「お、おま、お待たせしました!!」 「やあ、おはようルイズ」 門の外に立っていたワルドが優しく微笑みかける。 「いや、こちらも今着いたところさ。 済まないね、まだ夏休みに入ったばかりだと言うのに」 「い、いえそんな、ぜんっぜんヒマです!」 「そうか、それは良かった」 親しげに首を寄せてくるグリフォンの頭をなでながら ルイズへにっこりと笑う。 「訓練ばかりじゃあ気が詰まると思ってね。 たまには気晴らしに、と思っていたんだが。 喜んで頂けたようで何よりだ」 「い、いえ、こちらこそ 誘って頂いてありがとうございます」 ルイズははにかみながらバスケットを抱え込む。 「おや、それは?」 ワルドがルイズの手に持ったバスケットを覗き込む。 「シエスタに頼んでランチと飲み物を。 それにその、シエスタに習いながらなんですけど、 自分でクックベリーパイを、、作ってみたんです、けど」 「そうか、それは楽しみだ!」 ルイズから受け取ったバスケットを鞍の後ろに積むと そっとルイズの手をとる。 「それではお手を、お姫様。 空中散歩と参りましょう」 。。 ゚○゚ 「うわ、うわ、うわあーー!!」 満面に笑顔を浮かべ、ルイズが思わず声を上げる。 「わあ、ワルド様! 学院がもうあんなに小さく!」 グリフォンの首にしがみつきながら、後ろのワルドを振り返る。 ルイズの体を抱え込むように手綱を取りながら、 ワルドははしゃいだ声を上げるルイズに微笑み返す。 不意に近づいた顔と顔に、ルイズは照れて前へと向き直る。 「気に入ってくれて嬉しいよ、ルイズ。 空を飛ぶのにはもう慣れているんじゃないかと思ったけれど」 「いえ、いっつもは飛ぶんじゃなく落ちるばっかりで」 「ははは、そうかい」 晴れ渡る空の下、二人を乗せたグリフォンが強く羽ばたく。 Vの字に並んで空を舞っていた雁の群れが、 二人を覗き込むようにゆっくりと近づく。 「おや、どうやら僕らの道案内をしてくれるようだ」 「あははっ」 思いがけず現れた道連れに笑い声がこぼれる。 雲をよけ、森を渡り、丘を越えて、川を上る。 グリフォンは風にのり、ゆったりと滑空する。 時折足元を過ぎていく小さな村々。 子供たちが手を振り追いかけてくるのへ ルイズは空から手を振り返す。 やがて遠く連なる山々が近づいた頃、 森の切れ間から小さな湖が現れた。 ふわり、と湖のほとりへ舞い降りる。 瑞々しい青草が羽ばたきになびく。 「わあ、きれい、、、」 夏の高原を渡った涼やかな風が二人に触れる。 「それは良かった」 ワルドがルイズの隣に降り立つ。 「ずいぶんと前にここを見付けてから どうしても一度、この景色を君に見せたくてね」 高く上った陽を受けて湖面がきらめく。 遠く山々は青く澄み、森は深く二人を包む。 小鳥たちは水辺に遊び、楽しげに歌をさえずる。 「少し長く飛んできたけれど、疲れてはいないかい?」 「い、いえ、ぜんぜん平気で、、!」 そう言おうとした時に、ルイズのお腹が可愛らしい音を立てる。 耳まで真っ赤になりながら涙目でルイズが弁明する。 「いや、あのワ、ワルド様! これはその、、、」 (ああ、やっぱり朝に少しでもなにかつまんでおけば、、、) 泣き出しそうなルイズの頭をくしゃくしゃと撫でると ワルドは朗らかに笑う。 「じゃあ、少し早いがお昼にしようか。 実は僕も君の作ってくれたクックベリーパイが 朝からずっと食べたくって仕方がなかったんだ」 「は、はいっ!」 ルイズは涙を拭いてワルドに微笑むと バスケットを鞍の後ろから取り出した。 「ふう、きもちいい、、、」 二人で草の上にごろりと仰向けになる。 ワインで火照ったルイズの頬を湖面からの風が撫でる。 グリフォンもさっきまでは干し肉をかじっていたが 二人に習って昼寝を決め込んでいる。 「また、こうして二人で来たいな」 「、、、はい」 「来年も、再来年も、十年後も、ずっと、、、」 「え、、、」 「、、、ルイズ」 「は、はいっ!」 ルイズが期待と不安にびくりと身をこわばらせる。 腕組みをして空を見上げたまま、ワルドが語りかける。 「実は君に、話しておきたい事があるんだ」 「ななな、なんでしょう!」 「今週の週末、虚無の曜日にアルビオン王国と 貴族派、、神聖アルビオン共和国は停戦会議を行う」 「は、はい、これでやっとアルビオンにも平和が戻ります」 「そうだと良いんだが」 「、、え?」 「まだはっきりとは分らないが、貴族派に不穏な動きがある。 狙いは王党派ではなく、、、 このトリステインだ」 「そ、そんな、なぜ今になって!」 ルイズが体を起こし不安げにワルドを見つめる。 「分からない。 なにか企みがあるのかもしれないし、 もしくは向こうも一枚板ではないのかもしれない」 「、、、ワルド様」 「もしも、このトリステインへ貴族派が直接侵攻する事になれば、 貴族派への密偵であるこの僕も、危うい事となるだろう」 「止めてください! そんな!」 「大丈夫、僕も腕に覚えはある。 そんな事で命を落とすつもりは無いよ。 しかし、もし君が支えてくれるのなら、、、 こんなに心強い事はない」 「、、、」 ワルドが起き上がり、ルイズの手をそっと握る。 「僕と結婚しよう、ルイズ」 「え、、、」 「ずっとほったらかしだった事は謝るよ。 婚約者だなんて言えた義理じゃない事も判っている。 でもルイズ、僕には君が必要なんだ」 「ワルド様、、、! で、でも私、貴族としてもまだ全然で、 それに魔法、魔法だって何一つまともに使えないし!」 「そんな事は無い。 君は他人には無い特別な力を持っている。 僕とて非凡な使い手ではないと自負している。 だからこそ、それがわかる。 例えば、そう、君の使い魔」 「シュレディンガー、のこと?」 ワルドの目が光る。 「彼の持つ力はとても特別なものだ。 誰もが持てる使い魔じゃあない。 そして、それを召喚し使役できる君も それだけの力を持ったメイジなんだよ」 「でも、でも、、、」 「もしかして、あの使い魔君が、、、 君の心の中に居るのかい?」 「ちょ! 違います! アレはただの使い魔っていうかペットです! そういうんじゃなくって!」 「え? いや、ゴメン!」 ぶんぶんと手を振り回し力いっぱい否定するルイズに ワルドは慌てて手をかざし詫びる。 「すまない、僕も急ぎすぎた。 もしかしたら、僕は使い魔君に嫉妬しているのかもしれないな」 「そんな、あの猫耳頭ときたら使い魔のくせに 短気でわがままで甘えん坊で皮肉屋で、それは困った奴なんです!」 「ふふっ、まるで自己紹介を聞いているようだね」 「そんな、酷いですわワルド様!」 「はっはっは、ゴメンゴメン。 でもね、彼と居る時、彼の話をしているときの君は とても自由で素直で可愛らしく見える。 僕の前でももっと見せて欲しいんだ、素顔のままの君を」 「いやだ、ワルド様ってば、、、」 頬を染めてルイズが下を向く。 「僕はね、シュレディンガー君が羨ましい。 彼の力は特別だ、君にとってただ一人の使い魔だ。 この世界のどこへでも、君を連れ去ってしまう」 ワルドはルイズの頬に手を置き、そっと目を合わせる。 「だからこそ、君がどこへ行こうとも平気なように 僕も君にとっての特別なただ一人になりたい。 この世界のすべてから君を守る、姫を守る騎士でありたい。 ルイズ。 僕に君を、守らせてくれ」 「、、、ワルド様」 ざざ、と。 二人の間をぬい、風が草を撫でてゆく。 ワルドがゆっくりと立ち上がる。 「今週末、アルビオン停戦会議に先駆け、ゼロ機関の長として 僕はウェールズ皇太子とお会いする事になっている。 場所はニューカッスル、もちろん君も同席の予定だ」 「、、、」 「そこで、返事を聞かせてほしい」 「、、、はい」 こくり、とルイズは小さく頷いた。 湖を見ながら、ワルドが一つ伸びをする。 「ルイズ、覚えているかい? あの約束をした日、ほら、君はお屋敷の中庭で」 「あの、池に浮かんだ小船?」 ワルドが頷いた。 「君はいつもご両親に怒られたあと、あそこでいじけていたね」 「ほんとにもう、ヘンな事ばかり覚えているんですね」 恥ずかしそうに俯くルイズへ、楽しげに話す。 「そりゃ覚えているさ。 君には嫌な思い出なのかもしれないが、 あの日の約束はずっと、僕にとっての宝物だった」 ワルドがくすりと笑う。 「もう一度あの日のように二人で船に乗りたいと思ってね。 実はこの先に小船を隠しておいたんだ。 とって来るから待っていてくれるかい?」 子供のように駆け出していく姿を目で追いながら ルイズは突然の告白に心の整理を付けかねていた。 ワルドの姿が見えなくなるとぺたりとその場に座り込み、 そばで眠ったままでいるグリフォンの喉をゆっくり撫でた。 「はあ、どうしよう。 私あなたのご主人様にプロポーズされちゃったわよ」 ころころと気持ちよさげな声を上げるグリフォンを見つつも 思わず頬が緩む。 むずむずとした衝動を堪え切れず、草の上に大の字になる。 「うっわー、どーしよ、どーしよ! ワルド様からプロポーズされちゃったわよ私!」 ごろごろと身悶えるルイズの視界に 空から降ってきた何かが映った。 絹を裂くような悲鳴が湖にこだました。 「!!」 杖を抜いて走り出したワルドの耳に 少し遅れてグリフォンの雄たけびが届く。 湖畔の斜面を全力で登り切る。 ルイズの元に戻ったワルドを出迎えたのは、 明らかに野盗と思われる風体の男たちだった。 グリフォンは杭を打たれた投網の中でもがき、 ルイズは野盗の一人に後ろ手に捕まれ、 喉に山刀を据えられている。 「ワルド様、私は構いません! こんな奴ら、やっつけて下さい!」 ルイズの言葉に野盗たちが大声で笑い出す。 「姫様はこうおっしゃっているが どうするよ、色男!」 「魔法で俺たちをふっ飛ばしたあと この娘っこの首だけ持って帰るかね?」 ぐい、と山刀でルイズの顎をあげる。 「物取りの類だろう、金ならくれてやる! 今すぐにルイズを離せ!」 ワルドが杖を突きつけ言い放つ。 「そのおっかねえのを捨てたらな! そら、その杖をこっちに投げてよこしな!」 頭目と思しき男が叫ぶ。 「駄目ですワルド様!」 悲痛な声を上げるルイズの髪をつかみ上げ 男が耳元で怒鳴る。 「おめえは黙ってろってんだ!!」 「、、、」 ワルドが無言で杖を前に放る。 「ワルド様、、!」 ワルドが放り投げた杖を頭目が拾い上げる。 「ほう、こいつぁ良い値がつきそうだ。 おい、予備の杖を持ってないか調べな」 一人を顎でしゃくると、その男がおそるおそる ワルドへ近づき、マントを剥ぎ取ると 持ち物を調べていく。 「こいつもいただきだ」 ワルドのつば広帽を奪い、自分の頭に載せる。 「頭ぁ、他にぶっそうなもんは何にもありやせんぜっ! っとぉ」 振り上げた山刀の柄でワルドの頭を殴りつける。 「ぐあっ!」 「ワ、ワルド様!!」 倒れこむワルドを見て、ルイズが絶叫する。 「貴族か何だか知らねえが威張り散らしやがってよう!」 「おいおい、あんまり乱暴な真似はしてやるなよ、俺らと違って お上品な育ちなんだぜ? 貴族ってなあ」 「だから世の中の厳しさを教えて差し上げてんじゃねーか」 「あっはっは、ちげえねえ!」 男たちがげらげらと笑いながらうずくまるワルドを 交互に蹴りまわす。 「やめなさいよ、あんたたち!! 離せえ、離しなさい!」 涙ながらに叫ぶルイズのマントを捕まえていた男が引きはがす。 「くそ、ルイズには手を出すな!」 ふらふらと起き上がるワルドを一瞥すると、男は ルイズを草むらへ突き飛ばす。 「はあ? てめえじゃあるめえし、 誰がこんな乳臭いガキを相手にするかよ。 、、、大切に抱え込んでたと思ったら、なんだこりゃ」 男はルイズの懐から奪った、古びた革表紙の本をめくる。 「ああっ、『始祖の祈祷書』! 返しなさいよ!」 「学の無えお前にゃ、祈祷書なんぞ無用の長物だろ」 野盗の一人がげらげらと笑う。 「うるせえ、祈祷書どころか何にも書いてねえ、白紙じゃねえか!」 男は祈祷書を投げ捨てるとワルドに駆け寄り蹴りを入れる。 「ちっ、もちっと良いモン持ってねーのかよ!」 ワルドの身に付けていたものとグリフォンの鞍周りを 調べ終わった男が頭目の元へと向かう。 「どーするよ頭ぁ、多少の金貨は持ってたけどよ。 しけてやがる」 「グリフォン殺して嘴取っとけ、薬屋に売れる」 「このハンサムはどうしやす? やっぱ後腐れがねえように」 「いや、契約にゃ、、、!?」 男たちが視線を向けたその先には、右手に杖を握り 始祖の祈祷書を拾い上げたルイズの姿があった。 「ワルドを、、、ワルドを放しなさい!!」 。。 ゚○゚ 「ん? シュレちゃん、どしたの?」 トリステイン魔法学院のカフェテラス。 隣のイスのシュレディンガーをキュルケは怪訝そうに見つめる。 「どうしたんだい? ネコ君。 君の手番だよ」 対面のギーシュがチェス盤をとんとんと叩く。 「ん、、、あれ? 目がヘンだ」 シュレディンガーがこしこしと目をこする。 「疲れちゃいました? お冷でも持ってきましょうか、シュレさん」 シエスタが心配げに顔を覗き込む。 「うわ! なんか見える!」 「はっはっは、チェスに負けそうだからって、、、 え? ネコ君、その手袋の中」 ギーシュの指し示すその先、シュレディンガーの 右手袋の中からは、金色の光が漏れこぼれていた。 「わわ、それってもしかして使い魔のルーンが光ってるの?」 不思議そうな顔で覗き込むモンモランシーに答えず、 シュレディンガーは前を向いたまま呆然とつぶやく。 「右目に、右目だけ何か見える、、、 これって、、ルイズの、視界?」 離れた席で一人本を読んでいたタバサが ぱたりと本を閉じ、顔を上げた。 「ルイズが、危険。」 。。 ゚○゚ 「脅しじゃないわ、離れなさい!!」 野盗たちに杖をかざし睨み付ける。 「おお、おっかねえお嬢ちゃんだ。 だがそんなちびた杖でどうしようってんだ? さっきこのハンサムと話してるのを おっちゃんたち聞いちゃったのよ。 まるで魔法を使えねえんだってえ?」 その言葉に周りの男たちもげらげらと笑う。 「ぐっ、、!」 ルイズは声を詰まらせる。 (こうなったらいつもの様に魔法を失敗させて爆発を!) 小さな杖を握り締めるが、すぐに思い止まり歯噛みをする。 野盗たちの中心にはワルドが倒れていた。 シュレディンガーとアルビオンを飛び回り、 いくつもの船を沈め、いくつもの砦を破壊した。 いつしかこれが自分に与えられた魔法なのではとも思った。 だが。 何度も起こしてきた爆発の中で、ルイズはその特徴を掴んでいた。 強い爆発を起こすには、大きな範囲を巻き添えにする事が必要だ。 短く詠唱をする事で小さな爆発も起こせるが、 それでは人一人弾き飛ばす事さえできない。 野盗たちを吹き飛ばすには、どうしてもワルドを巻き込んでしまう。 じわり、と悔し涙がにじむ。 何が、『虚無の魔女』だ。 使い魔の力を自分の物とはき違え、図に乗っていただけだ。 肝心な時に自分ひとりでは何も出来ない。 アーカードに胸を張り言い放った。 「お前を打ち倒す」、と。 なんて傲慢な、なんて恥知らずな言い草だったろう。 貴族とは名ばかりの、魔法一つ使えぬ、ただの小娘。 杖を握る手が小さく震える。 「わっはっは、手が震えてるぜ、お嬢ちゃん!」 「ぼ、僕のことは良い、逃げろ、、ルイズ、、」 逃げ出せる訳も無い。 逃げて、どこへ行けというのか。 どこにも逃げ場所など無い、どこにも居場所など在る筈も無い。 魔法の使えぬ貴族なんて、この世界のどこにも。 懐かしい誘惑が心の底からゆっくりと這い出でる。 「絶望」に抗う力などもう残っていなかった。 胸の中に、じくじくと空洞が広がっていく。 そこがどこにつながっているのか、自分は知っている。 自分にはお似合いの場所だ。 世界に存在を許されぬもののたどり着く場所。 『虚無の地平』 「さ、杖をおろしなお嬢ちゃん。 痛かあ、しねえからよ」 警戒しつつも一人の男がじりじりとルイズへにじり寄る。 「、、、、、」 「ああ? なんだって?」 ルイズの小さな呟きに、近づいて居た男がびくりと足を止める。 「、、、エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ、、、」 「お、おい、これ!?」 男が慌てて後ろの仲間を振り返る。 「なーに泣きそうな顔してんだよ!」 「さっき言ってたろ? そいつは魔法を使えねえ! ハッタリだハッタリ!」 後ろでにやけながら野次を飛ばしていた仲間の野盗たちが 突然に息を呑み黙り込む。 「お、おい、どうしたってんだよ?!」 振り返った男の目に映ったのは、 ルイズの左手に掲げられた祈祷書の放つ、淡い光だった。 そのページが風も無くぱらぱらとめくれていく。 「あ? お、、ぐっ、、、!!」 男の足が止まり、額から汗が吹き出る。 それは、先程まで目の前に居た少女ではなかった。 その目は瞳孔を大きく開いて虚空を見据え、その口は朗々と淀みなく詠唱を紡ぐ。 じわり、とにじむように、男の目の前の空間に小さな穴が開く。 光さえも飲み込む、紫電をまとった虚空への穴が。 「、、、オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド、、、」 † 神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム、その地下。 蜀台の明かりの揺らめくテーブルの向こうで アーカードはクスクスと小さく笑った。 「ど、どうなされました?」 向かいの席からおびえた声をかけるクロムウェルに応えず アーカードは優しく、嬉しげに、うっとりと微笑んだ。 頬をゆがめ、ぎちりと笑ったその口元から牙がこぼれる。 「っはは、待ちかねた、、 来たぞ、、、虚無の淵から、魔女が来た、、」 † 驚くほどに意識は澄み切っている。 ルイズはやっと理解した。 単純な事だ。 火の系統のメイジは火の力を操る。 水の系統のメイジは水の力を操る。 風は風を。 土は土を。 ならば。 これが己の力。 己の系統。 そして己の運命。 目の前で膨れ上がっていく漆黒の穴を見つめる。 恐れる事はない。 この先は私自身の、いつか還る場所なのだから。 指にはまった水のルビーが熱を帯び、意識をつなげる。 祈祷書の知識が、始祖ブリミルの意思が頭の中に流れ込む。 『虚無』の呪文の初歩の初歩の初歩。 『バニッシュメント(追放)』 「か、頭ぁ、お頭ァ!! 俺ぁ、どうすりゃ?!」 ルイズの目の前でおろおろと立ちすくむ男が 涙目で後ろを向き叫ぶ。 「くっそ、聞いて無ぇぞこんな事ぁ! 構わねえ、そのアマぁ頭がトンでら! 杖をぶんどれ!!」 「で、でも球が! 真っ黒い球が!!」 男とルイズの間に生まれた黒球は、 放電を繰り返しつつオーク鬼の頭ほどにも成長していた。 「剣で払うんだよ! 手首ごと落としちまえ!」 「いかん、ルイズ!!」 「てめえは黙ってろ!」 ワルドを押さえ込んでいる男が上から殴りつける。 「あ、あ、あ、、!」 黒球の前の男はかちかちと歯を鳴らしながら 腰の山刀を抜き放った。 その時。 ============================== 「ルイズ、大丈夫?!」 突然そこに現れたシュレディンガーの姿に野盗たちが固まる。 「シュ、シュレ?!」 ルイズが詠唱を止め、驚きの声を上げる。 そのとたん、ルイズの杖の先に生まれた黒球が 制御を失ったかのようにゆっくりとぶれ始めた。 「え? あ? あわわ」 「こいつも仲間か?! 畜生、畜生!!」 突然現れた亜人の姿にパニックを起こした男が 山刀を振り上げ、シュレシンガーに斬りかかる。 「嫌、危ないシュレ!!」 ルイズが咄嗟に男に杖を向けたその瞬間。 ぱぁんっっ! 破裂音が響き、黒球は消え失せた。 ルイズの目の前で、きょとんとした顔のまま シュレディンガーと男が立ち尽くす。 「え?」 男は何が起こったのかも分らず、辺りを見回す。 あの恐ろしげな魔法の球は何だったのか。 そういえば振り上げた剣がない。 草むらの中に光る何かが落ちている。 「え?」 よく見ればそれは剣先だ。 丸く切り取られたようなつややかな断面を晒した 手のひらほどの金属片が落ちている。 拾おうとして、自分の腕が肩口から 無くなっている事に気付いた。 「え?」 ルイズの前で鮮血を撒き散らしながらくるくると回る その男の肩は、まるで大きなスプーンで すくい取ったかのように丸い断面を晒していた。 「お゛、、あ゛、あ゛、、、」 がたがたと震えながら男が肩を抑えその場にへたり込む。 「ルイズ、大丈夫?」 シュレディンガーが駆け寄り、呆然と立ちつくすルイズの手を取る。 ルイズは、心配げな表情を浮かべたシュレディンガーの瞳に映り込む 血に塗れた女の顔をぼんやりと眺めていた。 (、、誰だろう、怖い顔、、、) 「そん、な、、」 言葉をつまらせる野盗の頭目の後ろで声が響く。 「そこまでだ」 隙を突いて起き上がったワルドの手には、奪い返した杖が握られていた。 「見逃してやる。 あの男を連れて去れ」 額から流れる血をぬぐいながら、片腕を失いうずくまる男を杖で指す。 男を担ぎ逃げ去っていく野党に目もくれずに、 ワルドはルイズの元へと駆け寄った。 「大丈夫かルイズ! すまない、こんな事に、、」 「来ないで!!」 背を向けたままの少女の強い拒絶に、思わずワルドは立ち止まる。 「ご、御免なさい、ちがうんです、、、 でも、私、今の顔、、 ワルド様に、見られたくない、、、」 「そうか、、、 シュレディンガー君、ここはもう良い。 ルイズを、頼む」 ワルドは少女の背中越しにシュレディンガーを見つめる。 少女の使い魔はこくりと頷くと、二人の姿はその場から消え去った。 ============================== 「落ち着いた?」 「うん、ありがと。 もう大丈夫」 自分の部屋にたらいを持ち込んで内風呂をした後、 キャミソールに着替えたルイズはベッドの上に寝転んでいた。 替えのタオルを抱えて来たシュレディンガーは、 そのタオルで湯気を立てるルイズの髪を優しく拭いていく。 「、、、シュレ」 「ん?」 「あのとき、助けに来てくれて、ありがと」 虚無の力に飲み込まれそうになる、あの絶望的な陶酔が ルイズの脳裏に蘇る。 「なーに言ってんのさ、ボクはルイズの使い魔なんだよ。 どんなピンチの時だって、 ボクがルイズを守ってあげるってば」 タオルごと、ルイズの頭を後ろからぎゅっと抱きしめる。 「、、、うん」 自分を抱きしめてくれるシュレディンガーの腕に、 ルイズはそっと自分の手を置いた。 その夜。 シュレディンガーの胸に包まれて。 安らかなその寝息を聞きながら、ルイズは思い返していた。 (私、あの時、、、) シュレディンガーの瞳に映った、血まみれの顔がよみがえる。 思わずルイズは頭から毛布をかぶる。 (、、、笑ってた) † 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4634.html
前ページ次ページBrave Heart 『アルビオン軍がトリステイン軍に宣戦布告した』 『敵の竜騎兵によりタルブ村が焼かれている』 ルイズとその使い魔は、たった今自分達が盗み聞きした事実に愕然とした。 使い魔である彼は、主であるルイズの制止も聞かず走り出した。 タルブには、シエスタがいる。彼が守りたいものがいる。 そう思うと動かずには居られなかった。 「アレに乗ればタルブまですぐに……って、しまったぁ! ガソリンが無いんだっけ! そうだ、コルベール先生に!」 広場へ向かっていた足を止めると、コルベールの研究室へと方向転換する 「ん……どうしたのかね、こんな朝早くに」 「コルベール先生! ガソリンは出来てますか!」 寝ぼけ眼のコルベールへ向けて彼はまくし立てる。 「すまない。まだ、君がいった分量はできていないんだ」 「今はあるだけでいい! それを運んでくれ、今すぐ!」 ガソリンを運んでもらう。 コルベールは未だ事情を知らぬようだったが、面倒だったので説明しなかった。 「こんな朝早くから飛ぶのかね? せめて私の目が覚めてから……」 「それじゃあ間に合わないんだよ!!」 竜の羽衣――異世界においてゼロ戦と呼ばれた飛行機械――に ガソリンを流し込むと操縦席へ座る。 手を触れれば、どう動かせば飛ぶのかが流れ込んでくる。 左手に光るルーンの力に感謝する。 「相棒、タルブへ行くのかい?」 魔剣デルフリンガーが彼に問いかける。 「ああ、あそこにはシエスタがいる。俺の守りたい奴がいる!」 カチカチと古びた機械を弄り、飛ばす準備をしながら彼は焦っていた。 間に合わなかったら、どうしようか、と。 彼は、一度消滅したはずの存在だった。 虹色の蝶に導かれて、彼が知るどの異世界とも違うこの世界へやってきた。 この世界で、彼はもう一度、守るべきものを手に入れられたのだ。 間に合わなかった、体が動かなかった、あの時のように、 守るべきものを失ってしまったらどうしよう。 焦れば焦るほど、最悪の情景が脳裏に浮かぶ。 「何やってんのよ!」 「げ、る、ルイズ?」 いつの間にかゼロ戦に乗り込んでいた主の姿に、彼は驚いて声を上げた。 「タルブの村へ行く気なのね?」 「決まってるだろ! あそこには、アイツがいるんだ!」 「戦争なのよ! 死ぬかもしれないのよ!」 「うるせえ、知ってる!」 意地を張るようにして機械を動かしていく。 「こんなガラクタで何ができるのよ! あんた、伝説の使い魔なんて言われて、 何でもかんでも守れると思ってんじゃないでしょうね!」 ルイズの言葉にしばし黙っていた彼だが、やがて告げる。 「全部を守ろうなんて、思わねえ。俺は、ただ、俺が守りたいものを、守る」 何処か愛しげに、ゼロ戦を撫でながら言葉を続ける。 「コイツと俺は、似てる。『守る』ために、『壊す』ために、生み出された。 守りたいものがある限り、俺は戦わなくちゃならねえんだ」 「でも、艦隊になんて勝てるわけないわ! 死ぬかもしれないのよ!」 涙ながらに、激しく首を横に振るルイズ。 桃色がかったブロンドが揺れる。 「……守りたいものがいない世界なら、生きてたって仕方ない」 それはかつて、彼が死を覚悟して強大な闇に挑んだ時の言葉。 操縦桿を握る手に力を込める。 準備は出来た。後は飛び立つだけだ。 「先生! 前から風を送ってくれ!」 その言葉が届いたらしく、ビュウと強い風が吹いた。 伝説のガンダールヴの力が導くままに、ゼロ戦は彼を乗せて舞い上がる。 「あはは、悪ぃ。降ろすの忘れちまったぁ」 彼が、ポリポリと頭を掻きながら笑う 「こ、こ、この馬鹿犬ーーーーッ!」 ルイズが、手に持った始祖の祈祷書でばしばしと彼の頭を叩く。 ああもう始祖ブリミル、私達をお守りくださいなどと祈りながら、 アンリエッタからもらった水のルビーをその指にはめた。 ――コイツはかっこよく決めるかと思ったら急にボケるんだから―― 出会った当初からそうだった、と彼との出会いを追想する 召喚魔法を唱えた時、彼女は爆煙の中に虹色に光る何かを見た。 だから、きっと何か凄いものが召喚されたに違いないと喜んだ。 それゆえ、煙が晴れそこに彼の姿を見つけた時、彼女は始祖ブリミルを恨んだ。 彼はうつぶせに倒れており、ぱっと見は平民にしか見えなかった。 青いコートと帽子に身を包んだ平民。 『ゼロ』の自分にはそれが相応しいのか、と泣きたくなった。 だが契約のために近づき、ゆすり起こした彼が彼女を見た時、 ひっ、と悲鳴を上げて数歩後ずさった。 彼の顔は、とても人間とは思えなかった。 暗い灰色の肌をした顔についた一つきりの金色の目。 それを、ぎょろり、と動かしてルイズを見つめた。 「お前、誰だぁ?」 何処か間延びした声が、牙の並んだ大きな口から発せられる。 亜人だ、とルイズは思った。 瞬間、先程の恐怖は消え、一気に喜びが溢れてきた。 自分はゼロじゃないんだ! 亜人を呼べたんだ! あまりの嬉しさに笑顔になったまま彼に向けた問うた。 「あんた人間じゃないわよね!」 何処か哀しそうに頷いた彼にも気づかず、迷わず契約した。 「お前を、守っていいんだな?」 使い魔の仕事を説明した後で、彼はそう呟いた。 守るものが出来たことが、嬉しそうだった。 その時のルイズには、彼がそんな言い方をした理由は分からなかった。 亜人を召喚できたことで有頂天になっていたからだろう。 彼は、掃除とか洗濯とかの雑用がやけに得意で、 その内に使用人達と親しくなり、給仕なんかもするようになっていた。 ある日、彼は食堂での給仕の途中で香水を拾った。 それをきっかけとしてギーシュと決闘した時、 ルイズは初めて、彼の本性を見たのだ。 体全体を覆う包帯、竜のような鋭い爪をした手足。 右腕には巨大な杖のようなもの――銃だと彼は後に教えてくれた――を持っていた。 『化け物』、ルイズはそんな彼の姿を見てそう思った。 左手から繰り出した包帯は蛇のようにうごめき、ワルキューレに絡みついた。 動きを封じられたワルキューレ達は、 彼の銃から撃ち出された光弾で、跡形も残らず消滅させられた。 「んー、なあんか調子がいいなあ」 いつものようにヘラヘラと笑いながら、おびえるギーシュに近づき首を締め上げる。 ルイズが止めに入らねば、間違いなくギーシュは死んでいただろう。 普段はぼけーっとしているクセに戦いになれば凶暴になる。 その使い魔の本性をルイズは恐れた。 だが、同時にこんなに強い使い魔が、彼女を守ってくれるのが頼もしく思えた。 そう、いつだって彼女を守ってくれたのだ。 学院から『破壊神のタマゴ』を盗んだフーケを討伐に行った時も。 アンリエッタ姫の密命を受けてアルビオンへ向かった際に、 元婚約者のワルドから手ひどい裏切りを受けた時も。 彼はいつだって、彼女を守ってくれた。 アルビオンでは、迫る五万の軍隊からルイズと、 亡命を決めたウェールズ皇太子を守るためにたった一人残った。 その際に色々あって、彼と自分は今、タルブ村へ向かっている。 彼を救ってくれた少女を 彼が守りたいと願う彼女を守るために。 今まで、彼がルイズを守ってくれた。 今度は、ルイズが彼の守りたいものを守る番だ。 「乗りかかった船よ! 全力で飛ばしなさい!! アルビオン軍なんか、吹き飛ばしてやるわ!」 ぽうっと手の中の始祖の祈祷書が光ったことにも気づかず、ルイズは叫ぶ。 「行くわよ、マミーモン!」 「了解、ご主人様ッ!」 異世界の空を、ゼロ戦は使い魔と主を乗せ、風のように飛ぶ。 前ページ次ページBrave Heart
https://w.atwiki.jp/monosepia/pages/10840.html
歴史家・思想家・哲学者など ● エミール・シオラン〔Wikipedia〕 ● シオラン 本〔Amazon検索〕 ● シオラン@Cioran_Jp シオランの著作から引用tweetをしているアカウント ■ 刺さる人には強烈に刺さる シオラン『いざとなればタヒねばいい。これ以上に自信が湧いてくることはない』 GabalaboCH 2024/03/03 #哲学 エミール・シオランは、このように言います。 『人生は、何もかも虚しい。まるで同じ場所で回り続ける独楽のようだ。私たちがやることなんて、結局全部無駄じゃないか。』 このように、私たちのやることには意味なんてなく、人生は無駄な虚しいものだと考えていました。 例えば、人生を仕事に捧げ一生懸命頑張ったところで、死んだ後には何も残らず、ほとんどの場合は、その人の努力の形跡なんてどこにも残りません。もしも歴史に名を残したとしても、数億年後には地球そのものがなくなり、本当に全てが消えてしまうかもしれません。 シオランは人間の行うすべてのことは徒労に過ぎないと言いました。 それでは今日は、シオランの語る 「苦しみから逃れる悲観主義」という話を、雑に解説しましょう。 ■ ニーチェもカフカも敵わない。最恐の思想家〈シオラン〉の名言集 ブックガイド付き 「HIKIPOS(2019-02-25)」より / シオラン という思想家がいる。 一般ではあまり知られていないこの思想家は、神と人間を否定する数々の書物を残した。数行の短い言葉からなるアフォリズムを特徴とし、シオランは万物を呪わんとする。 激怒 憂鬱 嫌悪 恐怖 憎悪 不安 絶望 ……その言葉の中ではあらゆる苦しみが渦を巻き、読む者に地獄を案内する。 今回はその一端を紹介する。 自殺のアフォリズム 特に死に関する言葉において、シオランの舌鋒は激しい。 結局のところ、私たちが自殺しないのは、自殺の理由がありすぎるからだ。 『カイエ』 生の秘密の一切は、次の点に帰着する。すなわち、生には何の意味もないが、にもかかわらず私たちはそれぞれ生に意味を見出しているのである。 『思想の黄昏』 なぜ私は自殺しないのか。生同様、死が私に嫌悪感をいだかせるからだ。 『異端者シオラン』 毎日毎日が、私たちに、消滅すべき理由を新しく提供してくれるとは、素敵なことではないか。 『告白と呪詛』 シオランには、徹底したペシミズム(悲観)がある。生まれてきたことを呪い、人間を否定し、ひいては宇宙の始まりそのものを憎しむ壮大な憎悪がある。その否定の精神は、ヨーロッパにおいて「ニーチェ以後の最良のアフォリズムの書き手」と評されている。 本のタイトルからして、『崩壊概論』、『欺瞞の書』、『敗者の祈祷書』、『苦渋の三段論法』など、普通ではない。生涯に残した20冊ほどの書物は、すべてに異常な情念がこめられており、そのまがまがしい思念は老年に至っても衰えることはなかった。 ※ 歯医者の祈祷所〔Amazon〕 (※mono....以下略、詳細はサイト記事で) blanklink プラグインエラー URLかページ名を入力してください。{https //www.hikipos.info/entry/2019/02/25/070000#%E8%87%AA%E6%AE%BA%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0] 悲痛のアフォリズム 文学のアフォリズム blanklink プラグインエラー URLかページ名を入力してください。 シオランを読むためのブックガイド