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第二章 断絶 週のあけた月曜日。あたしは不機嫌オーラをばらまきながら登校した。 半径5メートル以内に人がいないのがわかる。 教室に入り、誰も座っていない前の席を睨む。 二年生になっても変わらないこの位置関係に怒りを覚えたのは初めてだ。 あいつを見ていなければいけないなんて。 幸いなことに今日は席替えがある。 入学してからずっと続いていた偶然が途切れることを祈った。 遅刻ギリギリにあいつが教室に入ってくる。 席に鞄をおろして声をかけてくる。 「土曜日はすまなかった」 無視。 「今度からはちゃんと行くからさ」 無視。 「……?おーい」 無視。 ため息をつくとキョンは前を向き、岡部が入って来た。 授業中はイライラしっぱなしでろくに話も聞いていなかったけど 学校の授業なんて余裕よ、余裕。 こんなのもわからないなんて本当にキョンはバカよね。 待ちに待った席替え。 あたしは窓際一番後ろ。 キョンは廊下側一番前。 教室はパニック寸前だった。 ……この程度のことで騒がないでよ。 キョンを谷口のバカと国木田が慰めている。キョンは憮然と、と言うか唖然としている。 キョンは鞄を持つと教室をでた。 掃除を終わらせ我がSOS団部室へ向かう。 扉を開けるとそこには古泉君と有希とみくるちゃんと…… キョンがいた。 あたしの我慢は限界に近づいている。 あたしたちに嘘ついてまでデートしてたやつがのうのうと 『あたしたち』といようとする。 「キョン」 「何だ?」 普段と全く変わらない様子についに切れた。 「なんでここにいるの」 「いちゃ悪いのか?」 「ここはSOS団の部室よ」 「それが?」 「あたしたちに嘘ついて、SOS団の用事を放って、デートしたやつに ここにいる資格はないわ」 怪訝な顔をするキョン。 「ちょっと、ま……」 もうこれ以上聞きたくない。 『『出てけ!』』 ”四重奏”とともに古泉君につかみあげられて廊下に引っ張られるキョン。 ほかの四人も我慢の限界だったみたい。 「おい、ちょっと待てって。話を……」 鈍い音がしてキョンが黙る。 やけにニコヤかな古泉君が部室に入って鍵を閉めた。 改めて部室内を見渡すとみんなの怒り具合がわかる。 古泉君はボードゲームを出してなかったし、 湯のみも有希と古泉君の分しか出てない。 「はい、みんな注目!邪魔者も出てったところで次回の不思議探索について ミーティングを行います」 ここでいったん間。 「今度の土曜日十時に街に集合よ。遅れたら、罰金だから!」 空気が一瞬重くなる。 「罰金=キョン」の方程式が成り立っているみたいだ。 「そうですね。そっちの方がいいでしょう」 古泉君がいつものように朗らかに同意する。 「はい、お茶です」 それから他愛もない談笑で時が過ぎ、有希が本を閉じてあたしたちは下校する。 そのときあたしは廊下にあるものを見つけた。 「ねえ、古泉君」 「何でしょう?」 笑って答えながら、古泉君もあたしと同じ場所を見ている。 「どのくらい強くあいつを殴ったの?」 転々と跡を残しているそれは……。 「見た通りだと思いますよ」 そう、それは血だった。 <幕間2> 朝、学校についてハルヒに土曜日のことについて謝ったが無視された。 悪いことしたな、とは思ったけどここまでひどい扱いを受けるとは。 そのことに少なからずへこんでいて、授業には全く身が入らん。 わかんねえ……、ってつぶやいたら後ろのハルヒに鼻で笑われたような気がする。 俺が何をしたってんだ。 席替えがあった。どうせハルヒの前だろうって思ってたんだが 何が起きたのか、一番遠いところに座るはめになった。 ……ざわざわしすぎだお前ら。 偶然だろ、席替えなんて。 国木田と谷口がどうやら慰めてくれてるらしいがそんなことは気にならなかった。 とりあえず部室に行ってほかのやつらに話でも聞こうか。 と思ったんだが、みんなの反応がなんか――というか、ものすごく――よそよそしい。 古泉はボードゲームを誘ってこないし、朝比奈さんは俺にお茶を入れてくれない。 長門に至っては怒りの視線をぶつけてくる。 ……はげるって。ストレスで。 しばらくして掃除当番だったハルヒが入って来た。 こっちを見てものすごく不快そうな顔をする。 そして訳の分からん難癖を付けてきやがった。 「ここはSOS団の部室よ」 ってそれくらい知ってるさ。なんで俺がいちゃいけないんだ? ……。 土曜日?デート? ああ、『あれ』か。『あれ』を見られてたのか。 そりゃ、事情を知らなきゃ怒るだろうな。 とりあえず説明しようと口を開いた俺を……。 古泉がつかんで廊下に投げ飛ばしていた。 長門にまで「出てけ」って言われたのは正直きつい。 もう一度説明しようとした俺を古泉が思いっきり殴る。 壁に頭をぶつけて意識が遠ざかる。 気づくと部室内では次の土曜日のことを話していた。 こうなったら最終手段かな。 痛む頭を抑えて俺は学校を後にした。 終章
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「ねぇ、キョン!アレ買ってよ!」 俺の隣に歩いてるハルヒは何かを見つけ、俺に見せた。 「はいはい…って、金、高っ!?」 ハルヒが見つけた物は、俺の金が無くなるぐらい高額であった。 「別に、値段はいいじゃないの…」 「そんな金はありません!返して来なさい!」 「ケチ!」 さて、皆さん、突然、唐突過ぎて分からない人いるだろうか。 今、俺はハルヒとデートしてるのである。不思議探しでもない、SOS団活動でもない… 正直証明のデートである。 「やれやれ…」 どうしてこうなったかと言うと、今から2日前に遡る。 某月某日の夏の放課後。 「キョン!話あるから残ってて!」 俺は帰ろうと思ってた時に、ハルヒから止められた。 何で俺が残るのだ、俺はお前に何をしたんだ。 「別に、あんたは何もやってないわ」 ハルヒは、椅子座りながら言った。 まだハルヒは何かを企んでるな。どうぜ、俺にコスプレを着させて宣伝するつもりだろう。 いやいや、それは無いな…コスプレするなら朝比奈さんしかいない。 だとすれば、俺に危険な事をやらかすんじゃないのかね? 「用が無ければ、帰るぞ?」 「待って、今から言うわ」 やはり、ロクな事言うに違いない…。 帰りたい、早く帰りたい。だけど、このまま帰るとハルヒに死刑されるわ、 ハルヒがまだ「メランコリー」になったら、古泉に叱られるに決まってる。 逃げる道は無いのか…と俺は、少し溜息した。 「どしたの、キョン?まぁ、いいわ…明後日、暇?」 明後日?明後日だと…うん、休日だな。別に予定が無い訳で、暇になるな。 しかし、何故…明後日なのだ?不思議探検をするのだろうか。 取りあえず、聞いてみた。 「あぁ、暇だが…明後日は、何があるんだ?」 と問うと、ハルヒは何やら、そわそわしてる様子だった。 何だ、ハルヒの様子がおかしいぞ…。 「あ、あのさ…えーと、その…デ、デ…」 …デ? やっぱり、おかしいぞ…今のハルヒは、いつものハルヒではなく…。 顔を真っ赤にして俯いてるハルヒである。 「デがどうした?ハッキリ言わないと分からんぞ」 「そ、そんなの分かってるわよ!だから…デ、デートよ!」 はい?今、何で言いましたか?ハルヒさん。 「だーかーらー、デートしよ!と言ってるんだってば!」 デ、デートだって!? デートとは、 1 日付。 2 男女が日時を定めて会うこと。「恋人と―する」 なるほど、これがデートって訳か…って、何で辞書を出すんだよ。 落ち着け、俺!これは、ハルヒの罠だ!そうさ、ハルヒの罠に決まってる。 「冗談だろ?」 と俺が言うと、ハルヒはこう言った。 「ホントよ!冗談だったら、そこまでは言わないわ!」 マジですか…。嘘だと言ってよ、ハルヒ! 「…と言う事で、明後日9時に公園で集合ね!遅れたら、奢りよ!いいわね!」 …と言う訳で、今に至る訳だ。 勿論、遅刻してしまい。奢る破目になった…。 「仕方ないでしょ!遅刻したあんたが悪い!」 おぃおぃ、「9時に集合」って言ったのは、どこのどいつだ。 頼むから、集合時間を正午してくれよ…。 今、ハルヒと一緒に色々と歩き回り楽しんでる所である。 ―ぐうぅ~… いかん、腹減った。 時計を見ると、もう正午に回っていた。 「キョン、腹空いたの?」 「あぁ、腹減った」 実は、朝食抜きで出かけたからだ。このままだとぶっ倒れそうだな。 「仕方ないわね、あ、あそこ食べようよ」 と、ハルヒは指差した。 俺はハルヒが指差した方へ見ると、シンプルな風景であるカフェだった。 「あ、ここ知ってる」 「ん?何か知ってるって?」 「今、女性の間で凄く人気あるカフェなの!」 「ほぅ…」 男としての俺は、そんなに人気なのか全く分からなかった。 取りあえず、食べ物とコーヒー頼んだ。 「そういえば、有希はどうしてるのかな?」 長門の事か…あいつなら、無感情で本を読んで過ごしてると思うぞ。 「そうなの?だったらいいけどさー」 そんな会話してる内に、頼まれた物がやって来た。 朝食食ってない俺にとっては、助かる。 「う~ん、うまいね!ここ」 「あぁ、ホントに上手いな」 なるほど、ベジタブル料理だから女性には人気なんだな。 ハルヒもそうだろうか。 ハルヒと楽しく食事を取ってた時に、誰かがやって来た。 「あれ?ハルにゃんとキョン君じゃないかぁ!」 「つ、鶴屋さん!」 おや、鶴屋さんじゃないですか、どうしたんです。 「いやぁ、今、友達と遊んでるにょろ!」 よく見ると、奥のテーブルに鶴屋さんの友達がいた。 「所で、ハルにゃんとキョン君はどうしてここにいるのかな!」 「そ、それは…その…そぅ!不思議探しよ!不思議探し!ね、キョン」 ん、何で俺に言うんだよ。 「そうなのかぃ?」 「えぇ、そうですよ」 「そうそう、あは、あははははは…」 と、笑い誤魔化すハルヒ。 そんな事したら、疑われてしまうだろうか、ハルヒよ。 「ふーん、そうしとくよっ!さ、デート頑張れよっ!」 鶴屋さんは元気良く、その場から去った。 「…あ、あれ?な、何で、デートって分かったのかな?」 …ハルヒ、自分で言った事をもう一度思い出してやろうか。 この後、俺の奢りで支払いをしたのである。 「そういや、この後、どこへ行くんだ?」 「ん、デパートへ行こ!あたし、ちょっと欲しい物あるから」 と言って、店から出て、デパートへ向かったのである。 デパートか…俺の金、まだあるんだろうな。 俺の愛しいサイフを覗いて見たか、あるか無いか微妙だった。 そんな事をしてる内に、目的のデパートに到着した。 ハルヒは欲しい物ってあったのだろうか。 まさか、UFOを呼び出す道具とかそんなんじゃないだろうな。 だが、俺の予想は外れた。 「キョン、見て!見て!」 ハルヒが俺に見せたのは…。 「服?」 よく見れば、ピンク色のワンピースである。 「これ、欲しかったんだよね!似合う?」 ハルヒよ、それ反則…マジ似合うよ。 「あぁ、物凄く似合うぜ」 「ありがと!値段は…」 俺も値段を見た。 うむ、安いな。 「じゃ、あたし買って来るね」 「待て、ハルヒ」 俺はハルヒを呼び止めた。 「え、何?」 ハルヒは驚いてた。 何故なら、ハルヒが持ってる服を奪って、レジの所へ行ったからである。 「ちょっと、キョン!あたしが買うからいいよ!」 「いいじゃないか、たまには俺からのプレゼントだと思ってくれよ」 俺は買った服を受け取り、ハルヒに渡した。 「え…でも、あんたの金は…」 そこまで心配するなよ、俺の奢りなんだからな。 「気にするな、さっき言ったとおりだが…俺からのプレゼントだと思って受け取ればいい」 「…うん」 うむ、照れてるハルヒは可愛いな。 それにしても、ハルヒが欲しかったのは、服だったのか…。 …早くワンピース姿見たいね。 そして、色々、楽しい事をした。 俺は、ハルヒと一緒に居るとなかなかいいかもなと思った。 いよいよ、デートの時間が終わりに近づいた。 「あー、楽しかったね!」 「そうだな」 俺達は、今、公園で休憩してる。 夕日が暮れ、公園の電灯が点いた。 俺はふと、ハルヒの横顔を見た。とても可愛くて美しい女に見えた。 「ん、何?」 ハルヒは、俺がハルヒを見てる事に気付いてた。 「あ、いや…」 ハルヒが可愛すぎて、こっちが恥ずかしくなった。 ヤベェ…理性が爆発しそうだ。 「怪しいわね、下心あるんじゃないの?」 ハルヒは、笑ってた。 俺は、必死に笑い誤魔化そうとした。 「ねぇ、キョン」 「何だ?」 「そろそろ、素直になったら?」 「え?」 一瞬、時が止まったように感じた。 「あたしも素直になるから…本当の事を言ってくれる?…あたしの事好き?」 「ハルヒ…」 よく見れば、ハルヒの肩が少し震えてる。 俺は、ハルヒを優しく抱き締めた。 今、思った。素直になろうとな。 「ハルヒ、俺は初めてお前にあった時は、綺麗だったし、軽く惚れたよ… SOS団、設立して本当に良かったと思ってる。お前がいると、俺は幸せなんだよ。 幸せだからこそ、俺は今ここにいるじゃないか!ハルヒ、お前の事が好きだよ。 例え、どんな事あろうと守るよ。」 言えた。俺の告白…ちゃんと言えた…。 俺は、ハルヒを見ると驚いた。 ハルヒは、 泣いてた。 「ハ、ハルヒ!」 「ゴメン、違うの!あたし、嬉しいよ…こんな事思ってるなんで、あたしも幸せだよ!」 ハルヒは、俺を強く抱き締めた。 「あたしも、あんたの事が好きよ!」 俺は、感動してしまい、少し泣いた。 ハルヒも物凄く泣いた。 俺は、このままでいい…このまましばらく抱き締めたいと思った。 「ねぇ、キョン…キスしてくれる?」 「あぁ…するよ」 俺の唇とハルヒの唇を重なり、キスした。 長いキスだった。 「お疲れ様、キョン!そして、これからも一緒に行こうね」 「あぁ、そうだな」 帰りは、手を繋いで歩いた。 ハルヒとしゃべりながら帰ると楽しいものだな。 完 おまけ 「ねぇねぇ、キョン!これ、どう?」 ハルヒは、ポニーテルにワンピース服の姿で現れた。 「似合うじゃないか、ちょっとカメラ撮っていいかな?」 と、言うと 「ダメv」 ハルヒは、朝比奈さんのお得意技でもある、一本の指を唇に当てて、ウィングした。 グラッと来たね。
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雪山で遭難した冬休みも終わり3学期に突入し、気付けばもうすぐ学年末テストの時期になった なのに相変わらず、この部屋で古泉とボードゲームに興じている俺ははたから見ればもともと余裕のある秀才か、ただのバカか2つにひとつだろう どちらなのかは言わなくてもわかるだろ? 先程、俺と古泉に世界一うまいお茶を煎れてくれた朝比奈さんもテスト勉強をしている 未来人なんだから問題を知ることぐらい容易であるように思えるがその健気さも彼女の魅力の一つだ この部屋の備品と化している長門も今日はまだ見ていない 最近はコンピューター研にいることが多いようで遅れて来ることもしばしばだ 観察はどうした?ヒューマノイド・インターフェイス 「最近涼宮さんに変化が訪れていると思いませんか?」 わざわざ軍人将棋なんてマイナーなものを持ってきやがった、いつものにやけ面がもう勝てないと踏んだのか口を開いた 「その台詞、前にも聞いたぞ、今度はなんだ?」 半ば勝ちが決まったゲームの駒をすすめながらこたえる 「いや、失礼。表現があまりよくなかったようですね。あなたが最近…というかクリスマスイブ以降、長門さんに無意識に目がいくようになったのを目ざとく最初に見つけたのは涼宮さんです。」 「質問の答えになってない」 俺の言葉は自分で思ったよりぶっきらぼうだったらしく古泉は微笑のなかで眉をひそめた 「最後まで聞いてください。あなたには話していませんでしたが、それ以来閉鎖空間の頻度が少しだけあがっているのです」 「ほお、それで?」 聞き役に撤するのは得意ではないが、ここは言葉を続けさせるべきだろう 「あなたが長門さんを気にするのを涼宮さんは気に入らないのですよ」 にやけ面が含み笑いを取り入れ、いつもの数倍は苛立つ顔になる あまり続きを聞きたくなくなったので手元のボードゲームの勝ちを決めることにした 「あなたも、もし僕が朝比奈さんと仲睦まじげに話していたらイライラするでしょう?…それとも、この例えは涼宮さんの方が的確でしたか?」 やめろ、古泉 忘れたかった記憶が戻ってきそうだ 「ありません」 勝ちが決まったゲームを投了するのはいささか不快だが話を終わらせる手段はこれしか見つからなかった 「投了ですか?確実に負けたと思っていましたが、あなたには何手先が見えたんです?」 今しか見えていないさ 話を中断する理由がほしかっただけだ とも言えないので俺は黙ってお茶を飲むことに集中した うん、うますぎる 「そんなことはどうでもいいですね、今回は僕の勝ちです」 そう言いながら古泉は対戦成績表に丸をつける ながら丸付けか、小学校の教師ならやりそうだ 「では話を戻しましょうか」 思わずお茶を吹き出しそうになるがもったいないことこのうえない しかし、ごまかしたと一瞬でも油断した俺がバカだった 俺がバカなのは冒頭で述べたばかりなのでいまさらだが 「涼宮さん風に言うと、一種の精神病ですね、彼女はまさに今その状態です」 やめろ、そこまで記憶がさかのぼると閉鎖空間での悪夢を思い出す そんな俺の危惧を知ってか知らずか古泉は続ける 「閉鎖空間から涼宮さんと二人で戻って来れたのですからあなたもまんざらでもないのでしょう?」 …近くに44オートマグがあったなら自分の頭を打ち抜いていただろう 銃刀法に感謝しろ、古泉 「おやおや、そんな顔をするなんて予想外でした。続きを話すのが少し億劫になってきましたね」 そんなことを言いながらもちっとも表情を崩さない古泉に殺意すらおぼえた どういう言葉で殺意を表してやろうか考えていると、いつものようにどでかい音をたてて我らが団長が飛び込んできた 「やっほー!みんないる?」 銀河系の星達がすべてちりばめられたような笑顔を振りまきながら入ってきたハルヒ やばいな、これは何かろくでもないことを思いついた時の顔だ 「…あれ?有希はまだ来てないの?」 寡黙な宇宙人の指定席であるパイプイスに目をおき、疑問をなげかける 「長門なら、多分コンピ研じゃないか?」 疑問にこたえたのは俺だった 朝比奈さんはハルヒのお茶を煎れに行ってしまったし、古泉は微笑を浮かべるだけなので自動的にこたえるのが俺の役割になっていた 「ふぅん、じゃああたし連れ戻してくるから、それまでに会議の準備しといて」 それだけ言うとハルヒはスピードスケートの清水のようなスタートダッシュで駆け出した やれやれ、おっとこれは禁句だったか だが、口に出してはいないので大目にみることにしよう やれやれ、また会議か 時期的に今度は春休みか? 「あなたの席はここ一年ずっと涼宮さんの前でしたよね?」 急に何の脈絡もないような話を振ってきた古泉 「ああ、そうだ」 「それは恐らく、彼女が望んだからそうなったのです。涼宮さんはあなたのそばにいたいのです」 指で前髪を遊ばせながら古泉が語る 誉め言葉ではないがこういう仕草がこいつにはむかつくほど似合う 「単刀直入に言います。涼宮さんと付き合ってみてはいかがですか?」 いつもの糸のようなが見開かれ、その視線は真っすぐ俺の目を見ている どうしてお前の真面目な顔はこうも不気味なんだ 「お断わりだ、付き合う付き合わないは人に言われてどうこうの問題じゃないだろ」 俺がそう言うと古泉は口をへの字には曲げてはいたが、顔に笑みを戻した 「そうですね、失礼しました。それではあなたにお任せしますよ」 だから付き合わないと言っているだろう 任せるもへちまもあったもんじゃない 「たっだいま~!」 話が終わるのを見計らったようなタイミングでハルヒが長門をともない戻ってくる ハルヒは朝比奈さんの煎れたお茶を飲み干すとこう叫んだ 「我がSOS団は春休み、花見をするわよ!」 第1章
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最近キョンの様子がおかしい。 何だろう、私に隠しごとがあるような。特に理由があるわけではないけど、なんとなくそんな気がするの。こういう時は直接聞くに限る。 「ねえ、キョン。私に隠しごとしているでしょ」 キョンは一ノ谷から駆け下りる源義経を見た平家のように動揺している。 「いきなり何を言い出すんだ。別に何もねえよ。」 「正直に言いなさい」 「母が次の中間テストで成績が悪かったら予備校に行けってうるさくてな。成績が悪かったらどうしようかと思い、憂鬱なのさ。」 「ふうん。あんたは勉強の仕方が効率悪いのよ。そう言えば来週数学の小テストがあったわね。今度、私が指導してあげるわ。」 「ああ、頼む。」 「ところでキョン。最近どう。元気にしてるの。」 どうもこうも、授業中も放課後もいっつもおまえの前にいるだろ。俺が元気かどうかなんて言わんでもわかるだろ」 「私の知らないところで変わった経験をしたとか、宇宙人が歩いていたとかそういうのはないわけ。普段、しっかり周りに目を配っていたら1つや2つ見つけられるはずよ。あんたそれでもSOS団の団員なの」 「あのな。ハルヒ。そんな体験がごろごろ転がっているわけないだろ。」 私はキョンが一瞬動揺したのを見逃さなかった。 「おまえこそ変な体験をしたことはあるのかよ」 「うーん。そうね。」 心当たりがないわけではない。私だって1つぐらい奇妙な体験をしたことがある。でも、言わなかった。 「まあ、いいわ。不思議な出来事は簡単には見つけられないの。ありふれた日常でもじっくり目を懲らすと転がっていたりするものよ。常に気を引き締めて周りに気を配りなさい。わかったわね。」 キョンは「やれやれ」とでも言いたそうな顔をしていた。 不思議な体験ねえ。もうあれから4年も経つのか。 放課後、いつも通り部室に行く。 部室に入ると、キョンと有希が何かを話していた。キョンは私が部屋に入ってきた途端、話をやめ椅子に座り、有希は私を一瞥してから、本を開ける。何を話し ていたんだろう。みくるちゃんはメイド姿でお茶くみをしている。私は机に座りパソコンに電源をつける。そしてお茶を飲み、メールとホームページのカウン ターをチェックしてからネットサーフィンをする。宇宙人も超能力者もいない、不思議で奇怪な体験も存在しない。SOS団を結成してもうすぐ1年。毎日繰り返されるSOS団的日常。けどそれはそれで楽しかった。そういえば最近のキョンの様子がなにか変なのよね。ここ数日ずっと感じる違和感。予備校の話は本当なんだろうけど、他にも何か隠しているわね。キョンが私に隠さなければいけないことってなんだろう。 と考えていると古泉君が部室に入ってきた。 「どうも、遅れてすみません。」 そうして、団員全員が揃った。 揃ったから何もする訳でもないのだが。私は今日明日に適当な記念日がないかネットで調べたりしていたが「日本気象協会創立記念日」とか「長良川鵜飼開きの 日」とかばっかりでイベントができそうな記念日も見つからなかった。まあいいわ。来週にはビックイベントをしないといけないしね。 キョンは部室を出て行ていく。三者面談があるらしい。 三者面談というのは、先生と生徒とその保護者の3人で進路のこととかを話し合うというくだらない行事で、2年生は5月のゴールデンウィーク明けから実施されている。 しかし暇だわ。なんかすることないのかしら。 そういえば、朝比奈ミクルの冒険DVDの仕上げをしようと思っていたんだわ。キョンがいないし丁度いいわ。DVDのジャケットを決めるためみくるちゃんの写真を何枚かピックアップして画面に表示させる。どれがいいかしら。このメイド服も色っぽいけど、かえるの写真も意外にいけるわね。 「古泉君、あなたはどれがいいと思う?参考までに聞いてあげるわ。」 古泉君が画面を覗きこむ。 「そうですね」 その時ドアが開いた。 「何やってんだ。」 キョンだった。 キョンは不機嫌そうな顔をしている。それを見た古泉君は微笑しながらパソコンから離れていく。 「写真を見ていただけよ。あんたこそ面談じゃなかったの。」 「前の人が長引いていて、まだ順番が回ってこないようだったから部室に戻って来たんだ。」 「そう。」 「で、何やってたんだ。」 キョンがパソコンを見る。隠し通してもよかったが、変に勘ぐられるのもなんだから全部正直に言ってやった。 「そんなもんいつ作ったんだ。俺は知らんぞ。」 「あんたがいない間に作ったのよ」 キョンは古泉君を一瞬睨み、私に 「DVDの発売はまずいだろ。」 「なんで?」 「そんなもん、発売してみろ。あっという間に広がってしまう。朝比奈さんの日常生活に支障が出るだろ。とにかく駄目だ。」 「あんたがなんと言おうと発売するわ。あの映画はSOS団全員で作り上げた汗と涙の結晶。後世に残す芸術作品だわ。みくるちゃんだって承諾しているわ。」 みくるちゃんは捨てられた子犬のような目でキョンを見てぶるぶると首を横に振る。 「だめだ。朝比奈さんも嫌がっているじゃないか。朝比奈さんはグラビアアイドルでも、おまえのおもちゃでもないんだ。だいたい、なんで映画と関係のないセクシー映像が必要なんだ。何がSOS団全員で作り上げた汗と涙の結晶だ。DVD化に俺は参加していないし、そもそもやることするら聞いていない。」 みくるちゃんのことになるとムキになるキョンをみて私も腹立ってきた。 「いちいちうるさいわね。私が発売するって言ったら発売するの。みくるちゃんは私のおもちゃよ。みくるちゃんに決定権なんてないわ。とにかく売り出すのよ。」 キョンの顔がみるみる内に赤くなる。 「こんな“くそ”映画、売り出す価値もない。」 かっちんときた。“くそ”映画。 「ふざけんな。SOS団の総力をあげて作り上げた映画に対して“くそ”はないわ。でてけ!!!」 キョンは部屋を出て行った。 なんなの。あいつ。 椅子に座り、パソコン画面を眺めた。 あー、むかつく。映画作りはあんなに協力的だったのに。“くそ”映画はないでしょ。 キョンは映画作りは楽しくなかったのかしら。 「涼宮さん」 振り返ると心配そうな顔で古泉君が私をみていた。 「彼も本心から映画を罵倒した訳ではないと思いますよ。彼の映画作りに対する情熱は涼宮さんにも負けず劣らぬものでした。にもかかわらずその映画のDVD化の話が自分の知らないところで進んでいたらどう思うでしょうか。」 私はパソコンの画面の方向に目線を向け、返事はしなかった。 「涼宮さん。彼は強情で意地っ張りです。彼は楽しいことでも「楽しい」と声に出しません。素直じゃないんです。彼も反省していると思うのですが、素直に謝ることができない人間なんです。ですから」 古泉君は言いにくそうに言葉を選んで話していた。 「わかってるわよ。」 古泉君の言うとおり。本当にあいつは頑固なんだから。仕方ないわね。私が謝るしかないわね。 しばらくしてキョンが部室に戻ってきた。面談が終わったようだ。 「ハルヒ。」 「何よ。」 「すまなかった。」 「そう。うん。」 ぱたん。有希が本を閉じた。有希が本を閉じる音はSOS団活動終了の合図になっていた。世の中にはタイミングというものがある。いくらこれをしようと考えていてもタイミングを逃してしまうとどうしょうもない。私もキョンに内緒でDVDを作ろうとしたことを謝ろうと思っていたが、どうもそのタイミングを逃してしまった。と、都合のいい理屈をつけてごまかす自分が情けない。謝ろうとは思っているんだけど。結局いつもうやむやになってしまう。 下校はいつも通り。私とみくるちゃんが先頭。後に有希。最後尾にキョンと古泉君がいる。有希のマンションの前でみんなと別れた。 たしかに私も悪かったわ。団員を仲間はずれにするなんて団長として失格ね。明日はちゃんと謝ろう。はあ。大きなため息が自然とでた。 と、ここで私は数学の参考書を学校においてきたことに気づく。宿題は小テストの日までにやればよくまだ余裕があるけど、キョンに教える前に一通り問題を解こうと思っていたんだった。仕方ない。私は学校に引き返えした。 私が有希のマンション前を通ろう としたとき、私はさっき別れたばかりのキョンを見た。あいつも忘れものかしら。このタイミングを逃してはいけない。今度こそ。ちゃんと謝ろう。私は小走り でキョンに近づき、声をかけようとした。しかし、キョンの行き先が学校でないと分かりやめた。キョンは有希のマンションに入っていく。え。どういうこと。 なんでキョンがマンションに。 なんか有希の家に行く用事があったのかしら。いや、でも変だわ。それならどうして私たちがマンションの前を通った時、直接マンションに入らなかったの。まるで、SOS団の誰かに知られたらまずいことでもあるような行動。すっごく嫌な予感がした。でもそれは、実は去年のクリスマスからうすうす感じていたそんな恐怖だった。 オートロックのドアが開きキョンは中へと消えていく。 私は坂を登るのをやめ、家路についた。キョンはいつから、有希のことを思うようになったんだろう。いや、まだ決まった訳じゃないしね。そう自分に言い聞かせる。 なぜか胸が締め付けられる。なんで私はこんな気持ちになるのだろう。はじめて自分の気持ちを気づいた。いや正直に言うわ。本当はずっと気づいていたの。気づいていたけど気づかないふりをしていた。私はキョンが好きだった。 翌日の放課後、部室に行くと誰も来ていなかった。定位置に座り本を読む有希を除いて。 「他のみんなは来てないの。」 「……」 私は椅子に座り、パソコンの電源をつけた。 「キョン達はまだなのかしら。遅いわね、何やってるのかしら。」 パソコンのファンの音が部屋に鳴り響いた。 「ねえ、有希」 「……」 「有希ってどんな本読むの?」 「いろいろ」 「好きなジャンルとかあるでしょ。」 「特に」 「恋愛小説とかは読むの」 「たまに」 「そういえば、有希のタイプの人ってどんな人なのよ」 「……」 「やさしい人、頼りになる人?」 「……」 「古泉君みたいな人は?やさしいし、しっかりしてそうじゃない」 「彼はとても立派。」 「そう。じゃあキョンは?あいつは気が利かないし頼りないけど。」 「……」 有希は何も言わず本に目を落とした。 私が何を言うか思案しているとドアが開く。キョンだった。 「よう」 私はネットサーフィンに忙しいふりをする。 古泉君とみくるちゃんはなかなか来ない。 無音が続いた。 私は心に決めていた。キョンに気持ちを伝えよう。もしかしたら迷惑かもしれない。 でも、私はこの気持ちを自分の中だけにしまい込むことはできそうにない。キョンが有希を選ぶならそれでいい。 とにかく私の気持ちを伝えたかった。2人きりになったときに言おう。学校帰り、みんなが解散した後が狙い目かしら。 沈黙を破るように扉が開く。 「遅れてすみません。面談がありまして。」 古泉君が入ってきた。 みくるちゃんも今頃、面談をしているのかしら。ちなみに私もこれから面談だ。 「そうそう、明日、土曜日は不思議探索ツアーをするから。北口駅9時集合ね。」 キョンの表情が曇る。 「いきなり言われても困るぞ。」 「何言ってんの。団長命令は絶対よ。参加しなさい。」 キョンはまだ怒っているのかしら。 「そうですね。やりましょう。最近やっていませんでしたから楽しみです。」 そう言ったのは古泉君。それを聞いたキョンは古泉君を一瞬睨みつけたが、承諾した。 私は部屋を出る。今日は三者面談の時間だからだ。 面談が終わり、部室に戻る。扉を開けようとしたとき中から声が聞こえてきた。キョンの声だ。 「どういうつもりだ。なんでOKしたんだ。明日の朝9時集合だと。あほか。」 「涼宮さんが集まると言っているんです。仕方ないでしょう。」 「俺たちは忙しいんだ。やらなきゃいけないことだってたくさんある。そんな暇つぶしにつきあっている暇はない。たまには断ってやってもいいだろう。」 「まあ、いいじゃないですか。」 「どうしておまえはハルヒの言うことをそうほいほい肯定するんだ。朝比奈さんも何か言ってやってください。」 「えーと、その、まあ。涼宮さんが決めたことだから仕方ないと思います。」 「やれやれ」 私はその場に立ちすくんだ。帰ろうかな。ドアノブに手をかけた状態で静止し続ける訳にもいかず扉を開ける。 キョンと古泉君はオセロの真っ最中だった。とりあえず椅子に座り、パソコンに電源を入れ、起動を待ちながら頭の中で整理する。 「俺たちは忙しいんだ。」キョンの言葉がフラッシュバックする。なにが忙しいよ。有希の家に行くのが忙しいっていうの。 それに古泉君とみくるちゃんまで。 みんなはSOS団の活動を楽しんでいる。そう思っていた。いや、楽しんでいるかどうかなんて考えもしなかった。 世界中どこにでもある平凡な毎日。不思議も何もない日常。そんな日常を変えようと必死でがんばってきた。世界一面白いクラブを作ろうとそう誓った。 SOS団は世界一面白いクラブだろうか。楽しいと感じていたのは私だけだったのかもしれない。 「そうそう。」 私は思い出したように言った。 「急用を思い出したわ。明日の活動は中止だから」 キョンも古泉君もみくるちゃんも、一瞬表情が変わった。有希までも読書を中断してこっちを見ている。 そんな顔をされるとこっちまで不安になってくるじゃない。 「安心しなさい。また近いうちに活動をするから。」 「楽しみにしています。」 古泉君が笑顔で言った。気を遣ってくれたのかもしれない。 「すみません。ちょっとバイトがありまして。帰らせていただきます。」 古泉君は突然そう言うと部室を去った。 そうこうしているうちに下校時間になる。パタン。 私は考えた。SOS団の団員は私のことをどう思っているのかしら。SOS団のことをどう思っているのだろうか。 今まで「みんながSOS団の活動を楽しんでいるか」なんて考えたこともなかった。 私は誰よりも面白い高校生活を送ろうと思った。世界で一番楽しいクラブを作ろうと思った。そして、そうなるように行動したつもり。 でも、それは私の自己満足だったのかもしれない。この1年私は1人で盛り上がり1人で空回っていたのだろうか。 宇宙人も未来人も異世界人もでてこない平凡な日々。SOS団ってなんなんだろう。SOS団なんてやめようかな。 キョンやみんなと映画を作った日が懐かしい。徹夜で映画の編集作業をしてくれたキョン。 今はSOS団の活動より、有希と一緒にいる方が楽しいのかな。 脱力。という言葉がぴったり合う。私は何もしたくはなかった。テレビを見ても音楽を聴いても、上の空だった。そうして何もせず休日は過ぎ去った。 月曜日。よっぽど学校を休もうかと考えたが、学校には行くことにした。始業時間ぎりぎりに学校に行き、休み時間を告げるチャイムが鳴ればすぐに教室を出た。授業は頭には入らず、ずっと雲を眺めていた。 放課後、部室に行くことにする。団長が無断欠席するわけにはいかないし。 部室に入ると誰も来ていない。いつも部屋の隅で本を読んでいる有希さえ来ていない。有希の座っている椅子に手紙が置いてある。 涼宮ハルヒ様へ 明朝体で書かれた字は有希が書いた字で間違いない。私は手紙の封を切った。中には一枚の紙があり、そこにはこう書かれていた。 私の家に来られたし。 なんだろう。果たし状?なわけないか。私に何か話しでもあるのかしら。 私は、椅子に座り誰か来るのを待ったが、だれも来なかった。5分と経たないうちにだれもいない部室に1人でいることに耐え切れずへやから飛び出した。気が進まないけど仕方がない。私は有希の家に向かう。 有希の家に行きインターフォンを鳴らす。 ドアが開き、有希が出てきた。 「入って」 私は伏魔殿に入るかのごとくおそるおそる中に入る。家の中は暗かった。前が見えないぐらい真っ暗なのだ。まだ外は明るい。不自然というか、意図的に暗くしたとしか思えない。 「こっち」 明かりもつけず真っ暗な廊下をまっすぐ歩く有希を追って中へ進む。手から汗が噴き出した。真っ暗なリビングに入ったとき、 パパン 轟音がなり、部屋の明かりが突然ついた。 え。 「ハルヒ。今までありがとう。」 クラッカーを持ったキョンがいた。 「これからもよろしくお願いします。」 と古泉君。 「おめでとうございます」 みくるちゃん。 つくえの上にはケーキや料理がところ狭しと並んでいた。 中央に陣取っている巨大ケーキには、 祝SOS団結成1周年 と書かれている。部屋は飾り付けをしていて、お祝いムード一色。リオデジャネイロのカーニバルに負けないほど賑やかな部屋だった。 このサプライズパーティーについて古泉君が説明してくれた。 「いつも涼宮さんが楽しいイベントを企画して、僕たちを先導してくださっていました。おかげで僕たちはいつも楽しませてもらっています。涼宮さんには感謝しきれません。ですから、SOS団結成一周年の今日ぐらいは役割を交代して、僕たち団員が団長を驚かせようと考えたわけです。 料理は朝比奈さんと長門さんが担当しました。ケーキも含めてみんな手作りですよ。僕たち男2人は部屋の飾りを担当しました。実を言うと、ここ数日、SOS団の活動が終わった後、涼宮さんに内緒で長門さんの家に集まって準備をしていたんです。休日返上でした。正直、涼宮さんが土曜日に不思議探索をやると言ったときにはどうしようかと思いましたよ。」 さらに古泉君は私にしか聞こえないような小さな声で言う。 「ちなみにこのパーティーを発案したのは彼です。」 古泉君は普段の2割増の微笑を浮かべていた。 饒舌な古泉君に対して、キョンは私に話しかけてくることさえしなかったが、時折私の顔色をうかがいたいのか、ちらちら見てくる。 私はあふれる笑みを抑えることが できなかった。無理もないわね。ここ数日感じていた違和感。胸のつかえが一気にとれたんだから。ここ数日キョンの様子がおかしかった理由。キョンが有希の 家に行った訳。不思議探検の実施を嫌がったことも、今ならわかる。理由はたった1つだったのだ。 もちろんSOS団結成一周年のことを私も忘れていた訳ではない。以前から盛大に祝おうと考えていた。けど最近立て続けに起こった出来事のせいでイベントをやる気持ちも失せていたのだ。 私はみんなに言った。 「みんな、ありがとう。」 私は緩んだ顔を引き締める。 「実を言うと、私は一度だけSOS団を解散しようと思ったことがあるの。私は世界一面白い仲間と世界一面白い活動をしようそう思ってこの団を作ったの。でも本当にそうなんだろうかって。宇宙人も未来人もやってこない。別に不思議な出来事もおきない。SOS団の活動もどこにでもある日常なんじゃないかって。 けど私はそう考えた自分を恥ずかしく思うわ。みんなに申し訳ない。SOS団は間違いなく世界一の団体。だって世界一のメンバーが集まっているんだもの。 みんなと出会えて本当によかった。本当にありがとう。 みんな、これからも私についてきなさい。今まで以上に盛り上げるわよ。 そうよ、常に前年を上回らなければいけないもの。 みんな覚悟しなさい。明日から激務が待っているから。」 その後、ケーキに1本のローソクを立て、ハッピーバースディを歌い、みんなで一緒に息を吹きかけ火を消した。そして乾杯してからみくるちゃんと有希の手料理に舌鼓をうつ。 有希は小さい体でよくこれだけ食べられると関心するぐらいもりもりもり食べ、みくるちゃんはメイド姿じゃないけど、ぱたぱたと動き回っていた。つくえにのりきらないほどの料理をみんなで平らげ、食後は古泉君が持ってきたツイスターやジェンガで盛り上がった。 日が沈み暗くなり私たちは解散し た。私は1人夜道を歩いている。暖かくなったといってもまだ夜は肌寒い。私は1つの決心をしていた。キョンにちゃんと気持ちを伝えよう。キョンが有希の家 に向かう姿をみて自分の気持ちに気づかされた。あれは杞憂だったが、今後心配が具現化するとも限らない。もうあんな気持ちにはしたくない。私はキョンが好 きなのだ。たぶんあいつだって。 私は携帯をポケットから取り出した。キョンと会って話をするために。
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翌朝、少し早く教室に着いたオレは、先に来ていたハルヒを見て驚いた。 どういう風のふきまわしか、ハルヒは中途半端な長さの髪を後ろでひとつにまとめていた。 キョン(あれもオレの願いだったのかな?) 席に着くと、ハルヒが話しかけてきた。 ハルヒ「ねえアンタ、昨日あれから有希となんかあったの?」 キョン「い、いや、特になんもねえよ」 ハルヒ「私気づいたら部室で寝てたんだけど、その間有希をどっかに 連れまわしてたんじゃないでしょうね?」 なかなかするどいヤツだ。たしかに、つかの間のツーリングを楽しんだり、 倉庫の中を探検したり、異世界に飛ばされたりといろいろしていたことは事実だ。 キョン(別の長門だけどな) キョン「そんなことしねえって」 ハルヒ「あ、そう。・・ところでアンタ、文芸部に興味あるんだって?」 キョン「どういうことだ?」 ハルヒ「有希がね。キョン君・・アンタを文芸部に誘えないかってね。前からずっと うるさかったのよ」 キョン(・・・・・) ハルヒ「で、今ね。3年の先輩が卒業しちゃって、部員数が足りない状態なのよ。 私と有希、2年の朝比奈先輩がたまに顔出してくれるから、今んとこ3人しか いないってわけ」 キョン(朝比奈さんも文芸部員だったのか) ハルヒ「まあ今決めろっつっても難しいだろうから、ヒマだったら放課後ウチに 来てみなさいよ。わ、私はどっちでもいいんだけどね・・有希が喜ぶと思うわ」 キョン「そ、そうか?」 はからずともSOS団のメンバーが大半集まってしまうことになるようだ。もしかしたら 古泉も・・・来るわけないか。 ハルヒ「・・・アンタ、少し雰囲気変わったわね」 キョン「・・どこがだ?」 ハルヒ「うまく言えないんだけど・・その、なんか数年ぶりに会ったって感じがするわ。 ・・・まあそんだけよ。特に深い意味はないからね」 少し照れながらハルヒは言った。 少し教室を見渡すと、あの朝倉もいた。他の女子に囲まれて、にこやかに話をしている。 こっちは本物の朝倉だろうな・・・ 本人は無関係とはいえ、何回も殺されそうになった相手が同じ教室にいるってのは かなり違和感がある。まあ、もうしばらくの辛抱だ。 休み時間に教室を出ると、不意に声をかけられた。 「また会いましたね、キョン君」 声のする方向を見ると、そこには古泉が立っていた。いつもと変わらない微笑みは・・ っておい!どういうことだ!?本物の古泉は不良少年だったはずじゃ・・・ 古泉「驚きましたか?いやあ、僕もいまだに信じられないんですが、気づいたら こうなっていましてね・・・昨日あなたにお別れを告げて実体を失った後、 目を覚ましたら例の倉庫にいたってわけです」 キョン(倉庫にいたのは本物の古泉のはずだ・・まさか) 古泉「本物の僕はあなたによっぽど嫌われていたのかもしれませんね。 まさか僕が本当に本物と入れ替わってしまうとは想定外でした。 さて、これもあなたの願いってことになるんでしょうか」 キョン「・・お前、もしかして超能力も使えるのか?」 古泉「今のところ能力はないようです。またどこかで閉鎖空間が発生すれば、 再び使えるようになるのかもしれませんね」 なんてことだ。昨日ハルヒと一緒に願ったことがいきなり実現してしまうとは・・・ オレは自分がかけた願いに、はやくも後悔しはじめていた。 超能力者だけでも除いておけばよかったかな・・・ 古泉「放課後、僕も部室に向かいます。あ、そうそう。今の世界では僕は 成績優秀の転校生ということになっていますから。よろしくお願いしますよ」 なんだそりゃ。自慢か?オレだって今や成績優秀者だぞ・・・一時的にだけど。 しかし、時空改変の結果がこうも早く現れるとは思わなかった。 ・・・ちょっと待て。てことはもしかして、世界は今や宇宙人や未来人や超能力者が そこらをうろついててもちっともおかしくない状態になってしまったのか? いまさらながらオレはとんでもないことをしてしまったんじゃ・・・ 放課後、オレは文芸部部室まで足を運んだ。部屋にいた長門はとびきりの笑顔で オレを迎えてくれた。無表情の長門に慣れていたせいか、少し違和感があるが 笑顔の長門もなかなか可愛いじゃないか。 しばらくしてハルヒや朝比奈さん、そして古泉がやってきた。 ハルヒはオレと古泉にひとしきり活動の説明をした。その後、長門の強引な勧誘もあって オレたちはうやむやのうちに文芸部へ入部することになった。 キョン(なんだかSOS団再結成って感じだな) こうして、再びオレはハルヒたちと同じ時間を過ごすことになった。 やがて学校は春休みに突入し、しばしの休息の時間が訪れた。 キョン(今日は文芸部の集まりがある日だったな) 昼の1時に集合という予定だったがオレは早めに家を出たため、学校に着いたときは まだ正午にもなっていなかった。 部室に入ると、長門がいつもの場所で本を読んでいた。 キョン「よっ、長門。今日はえらく早いじゃないか」 おもむろに顔をあげた長門は、じっとオレの顔を見た。 キョン(長門・・・?まさか!?) 長門「久しぶり」 キョン「長門!?お前どうして・・」 長門「緊急事態。あなたの力を借りたい」 そこにいたのは、なんと再び帰ってきた宇宙人、長門有希だった。 オレが唖然としていると、部室のドアが開いて古泉と朝比奈さんが入ってきた。 古泉「キョン君、大変です。この近くで再び大規模な閉鎖空間が発生したようです」 キョン「閉鎖空間って、またお前そんな唐突に・・じゃなくて、朝比奈先輩の前でわけのわからんことを言うな」 みくる「あれ?キョン君、もう私のこと忘れちゃったの・・?」 キョン「!!まさか、朝比奈さん・・?」 みくる「うん。長門さんから非常事態って聞いたもんだから、無理して出てきちゃった♪」 キョン(非常事態のわりにうれしそうなのは気のせいか・・・) 古泉「昨日の晩から僕の能力が復活していたんですよ。長門さんから話を聞いて 納得しました。元時空改変能力者としてあなたの力が必要です」 そのとき、部室のドアが大きな音とともに勢いよく開かれた。まさか・・・!? ハルヒ「キョン!大事件よ!!今からSOS団総出で調査しに行くわ!」 キョン(ハルヒ!?・・ハルヒまで戻ってきたのか) ハルヒ「なにボケッと突っ立ってんのよ!はやくしなさい」 ハルヒはオレの手をつかんで強引に部室から出た。オレの顔を見ると、ハルヒは 満面に笑みを浮かべた。 ハルヒ「私たちの願い、ちゃんとかなったでしょ?」 キョン「・・ああ、そうだな」 ハルヒ「それじゃ、みんな行くわよ!覚悟はいいわね!」 どうやらオレたちの願いは完全に現実のものとなってしまったようだ。 世界は一体これからどうなってしまうのか。ひとつ言えることは、確実に面白い方向へと 進んでいくだろうということだ。・・・まあそういうことにしておこう。 まだまだオレたちSOS団の活動は終わりそうにない。 涼宮ハルヒの消失(偽) -fin-
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涼宮ハルヒの憂鬱 すずみやはるひのゆううつ 【原作】【アニメ・ゲーム等】 10-02-09作成 random_imgエラー:ご指定のファイルがありません。アップロード済みのファイルを指定してください。 詳細はこちら 関連項目 らき☆すた けいおん! 北高 ちゅるやさん キョン子 動画検索 「涼宮ハルヒの憂鬱」でタグ検索 「ハルヒ」の含まれるタグの一覧 random_imgエラー:ご指定のファイルがありません。アップロード済みのファイルを指定してください。 動画 冒険でしょでしょ?(Full Ver.) 涼宮ハルヒ op 涼宮ハルヒ ED 実写版 MAD sm3613437らき☆すた+涼宮ハルヒの憂鬱(完成版) http //www.nicovideo.jp/watch/sm3613437 その他 sm3721836ハルヒダンス ザ・囚人達 http //www.nicovideo.jp/watch/sm3721836 さ行の単語一覧にもどる トップページにもどる - -
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第六章 虹色に輝くオーパーツ。その光がやみ終える。 「変な気分だ」 「ええ、無理も無いでしょう」 部室を出て、二人は長門の住むマンションにと向かった。ここ数日分のの記憶が二つ存在している。むこうの世界の俺がそう判断したんだからしょうがない。こうなることが分かっていたら、俺はどうしていただろう。くだらないことしか思いつかない。同時刻にチェスと将棋で古泉を打ち負かしてやるってのはどうだ。 こっちの世界・・・正規の世界では俺は無様にも何もすることが出来なかった。長門が倒れている中で古泉や喜緑さんに頼りっぱなしだった。しかし向こうの世界では少しは貢献できただろう。しかも今回は長門と古泉が毎度のように奔走する中、あの朝比奈さんが許可なしでは禁止されている時間移動をしてみんなを助けに来た。そしてSOS団に対する俺の気持ちが分かったような気がする。そう考えると同じ記憶を持つってのも悪くない。 オートロックを開けてもらい、長門の部屋の前に着いた。玄関のドアを開けると、奥から話し声が聞こえる。どうやらいつも通りの会話が聞こえる。にぎやかな話し声だ。 部屋に行こうとすると向こうからハルヒがやってきた。 「ちょっと遅いわよ。それよりも早く・・・」 分かっている。それ以上は言わなくてもいいんだ。俺は体験して確認できているんだからな。 扉を開けると、寝ていたそいつはこう言った。おいおい逆じゃないか?お前は俺の妹みたいなことを言うな。 「・・・ただいま」 長門は体を半分起こしている。 「ちょっと有希、まだ無理しちゃダメよ。まだ治ってないでしょ」 ハルヒは言葉では心配しているが、心では安心しているのだろう。長門の顔をみる限り寝込んでいたのが嘘だったようにケロッとしている。それを見れば気づくのだろう。もう無事だと。古泉と朝比奈さんも良かったとつぶやいている。 長門が無事と分かればハルヒはあれやこれやと話し始める。 「本当に心配してたんだから」 とか、 「体調を崩し始めたらすぐあたしに言いなさい。団長命令よ」 とか。長門はそれをただ聞いている。ハルヒは早速作ったおかゆをたべさせようとする。普通の病人ならそう簡単に食えやしないだろうが。がっつきすぎだぞ、長門。 喜緑さんは長門の無事を確認できたからなのか、 「少し用事がありますのでお暇させていただきます。今晩の看病は引き続きお任せください」 と言って出て行った。情報統合思念体に報告でもするのだろう。 その後俺たちはしばらく長門の部屋にいた。何をしていたかと言うと、珍しくハルヒと長門が会話をしていた。とはいってもハルヒが長門に一方的に話しかけているだけで、数分おきに長門が 「・・・そう」 「・・・分かった」 とつぶやき、はたまた、 「・・・・・・・・・」 無言で会話をしているように見えた。心なしか長門は嬉しそうだった。古泉や朝比奈さん、喜緑さんは黙ってそれを見守っている。 俺はというと・・・これからやることを整理していた。まだまだやらなくちゃいけないことがある。だけど少しくらい先延ばしてもいいよな。今日くらい久しぶりのSOS団を満喫してもいいじゃないか。 「やばい、忘れてた」 「何言ってるの、キョン」 「ちょっとレンタルDVDを返し忘れてた。悪い、今日は先に帰る」 ハルヒのギャーギャーいう声が聞こえる中、部屋を出た。早くオーパーツを鶴屋さんに返さないとな。またどこかに忘れたりなどしたらまずい。玄関に行くと喜緑さんが立っていた。 「お薬をお持ちいたしました。特効薬です」 いかん。こいつも忘れてたな。そのフォロー助かります。 さっそく鶴屋家へと走る。ほんと走ってばっかりだな。 何度見ても荘厳といえる家だ。インターホンを鳴らす。鶴屋さんが門まで来てくれた。 「やあ、それはもう必要ないのかいっ」 「ええ、助かりました。ありがとうございます」 今回はこの人だけでなく、鶴屋家のご先祖様にまで助けられたな。 「じゃあこれはまたうちで保管させていただくよっ。それよりもキョンくん。答えは分かったのかなっ」 このお方は何かが起きたって分かっているんだな。 「まあキミの顔を見れば分かるっさっ。少年、大使を持つにょろよ~」 ええ。既に大使は身につけてきましたよ。 家に帰ると妹が玄関にやってきた。 「ただいまー」 おう、おかえり。今日は間違えずにすんだな。 夕飯を食べ、自分の部屋へいった。ベットに寝ころがりながら考える。明日やるべきことを・・・ 翌日、水曜日。 自分のクラスに入るとハルヒがすでに来ていたようだ。 「昨日は悪かったな」 「悪いも何も、あんたはもっと部員を心配しなさいよ」 「分かってるって」 どうも昨日俺が帰った事で不機嫌らしい。 「有希、今日は学校に来ているわ。熱も下がってすっかり治ったみたい」 「会って来たのか」 「そうよ。きっと喜緑さんの特効薬が効いたんだわ」 まあそれだけではないだろう。お前が昨日ずっと居座って長門と話をしてたんだからな。長門も安心したんだろう、自分の居場所を確認できて。 昼休み。弁当を即効で食い終え、部室へと行く。そろそろこの不摂生が何かの病気にならなければいいが。 「どうぞ」 「お待ちしておりましたよ」 部室には古泉と朝比奈さんががいた。珍しく長門がいない。 「あなたはどこまでご存知ですか」 「さあな、さっぱりだ」 「それでは僕が」 またこいつの仮説を聞かなくちゃいかんのか。できれば長門に聞きたかったんだが。いや、二人いた方が分かりやすいか。 「僕が二つの記憶を持ち合わせていること、またあなたや長門さん、朝比奈さんの話を思い出すと、先週の土曜夜に世界は分裂してしまいました」 ああ、そうだったな。 「我々の記憶上で残っている世界をα、結果として存在していた世界をβとします。長門さんや喜緑さんが分裂した事を気づけなかったのは、九曜と言う宇宙人の仕業でしょう。α、βの両世界において妨害していたようです」 結局、九曜というやつのもよく分からなかったな。 「ええ。いくつかの能力において、長門さんよりも上位にあるようです。ただし意思というものがないのでしょうね。今後なにをするのか予想がつかないのは脅威ですが、恐らく単独で行動することは無いと思います。涼宮さんの能力に興味を持っているのですが、どうしたらよいか分からないといった感じでないでしょうか」 現に長門は倒れてしまったんだ。脅威だろ。 「そうとも限りません。喜緑さんがいますでしょう。今回のことで喜緑さんはよりいっそう警戒しているようです。僕が直接聞きました。二人がそれぞれ補っている限り、攻撃してもその時は回避できるはずです。九曜さんが長門さんに直接攻撃してきたのはβの世界です」 「じゃあαの世界の敵は藤原ってやつなんだな」 「その通り。彼があなたを利用して涼宮さんから佐々木さんへ能力を移し変えようとしたようです。もっとも移し変えようとしたのではなく、涼宮さんの能力をもともとなくそうとしたのではないかと。朝比奈さんの未来とβ世界の長門さんを人質にとって」 そこで朝比奈さん、あなたのおかげで助かったんです。 「またいつかお願いしたいものですね」 古泉ちゃかすな。朝比奈さんが困っているだろ。そういや勝手に時間移動してよかったんですか? 「あのう、わたしどちらの世界でも未来と連絡を取れなくて。古泉くんの言うβっていう世界ではあきらめてたんです。でもαって世界ではダメもとでやってみたんです。そしたらできちゃって・・・今は、禁則なんですけど未来と連絡取れるんです。そしたら禁則ですけど・・・処分待ちだって・・・」 やっぱりいけないことだったのか。どうしたらいいんだ。すると部室のドアが開いた。長門がやってきた。 「心配する必要は無い」 その言い草は何だ。俺たちの会話はお前に筒抜けだったのか。それにしてもやけにおそかったな。どこいってたんだ? 「涼宮ハルヒの作成した弁当を共に摂取していた」 そこまでハルヒは面倒見ているのか。で、朝比奈さんはどうなるんだ?しばらく黙った後、長門はこう言った。 「大丈夫。いずれ分かる」 だからどう大丈夫なのか言ってくれよ。それとも言わなくてもすぐ分かるってことなのか?朝比奈さんが縮こまっているじゃないか。それでもその怪訝を気にする必要はないと言わんばかりに違う説明をした。 「世界を分裂させたのは涼宮ハルヒ。九曜と呼称される個体により、発見が遅れた。彼女は我々情報統合思念体と発祥が異なるため、攻撃方法も分析できなかった。また分裂の原因はあなたの友人である佐々木と呼称される人物。涼宮ハルヒは嫉妬と呼称される感情を持ち、佐々木と呼称される人物を消去した」 そういえばハルヒがやったんだよな。よりによって俺の友人に手を出すなんて。 「それは気になりますね。今後涼宮さんが同じようなことを起こすかもしれません。もちろん、あなたと涼宮さんが結ばれてしまえば気にかけることはないでしょうが」 だから古泉、その発言はよせよ。 しかし俺はハルヒがまた同じ事をするなんて思っていなかった。今朝ハルヒとした会話の続きを思い出す。 「長門が俺たちに寝込んでいることを言わなかったのは、長門なりに心配かけたくないってことだったんじゃないか。長門にも言いにくいことはあるだろうさ」 「まあ・・・それも分からなくもないわ」 「誰にだって言い難いことはある。そういうお前も俺たちに言えないでいることはあるんじゃないのか?」 そう言うと、しばらく窓の外を見てハルヒはこう返答した。 「そうかもね」 そして口ごもるようにこう続けた。 「・・・・・・あんたあたしに隠し事していない?例えば誰かと付き合っているとか。この前会った佐々木さんとか怪しいわね。例えばの話よ」 「お前、残念ながら俺がどれだけもてないのか分かるだろ。いる訳ない。佐々木と俺との間に恋愛感情などない。異性同士でも親友という関係が成り立つってのが俺の持論だ。仮に少しでも気になる異性がいたらだ。真っ先にお前に相談するよ」 同性の国木田とかに相談するより、異性のお前たちに聞いたほうが少しはためになるだろう。ましてナンパ成功率0.00・・・1%の谷口に相談するなんぞもっての外だ。 「それもそうね」 何か勝ち誇ったようにハルヒは俺に笑顔を見せている。 「そういうお前はどうなんだ。入学して一年たつんだ。彼氏を作る気はないのか」 「あんたには関係ないわよ」 「おいおい、お前は俺に隠し事するのかよ」 「・・・・・・あたしはそんなことよりSOS団のみんなと遊んでいる方が楽しいわ」 「それには俺も同意見だ」 はっきりと遊んでると言い切ったな。本来の活動内容はどこへいったんだ。 「ならハルヒ、悩み事があるなら俺たちに相談しろよ。もっともいえる範囲での内容でいい。俺だったら何でも言うさ。まして恋愛ごとに関していったら、SOS団には女性が三人もいるんだから。悔しいがこの学校ではトップクラスで異性にモテている古泉もいるんだ。俺たちに隠し事などない方がいいだろ」 「当たり前よ。SOS団に隠し事なんて不必要だわ」 もっとも、隠しておかなければならないことは隠し通すべきだ。いきなりあの三人が本性を語り始めたりすることはないだろう。それ以外のことだったら何でもいい。幸か不幸か、SOS団のみんなは一年間毎日同じ時間を過ごしてそんな間柄になっているに違いない。担任の岡部が教室に入ってきたところで、会話はそこで終了した。 回想終了。俺は確かめるべく、まず古泉に聞いた。 「そういうお前はどうなんだ。新学期になって早速下駄箱にラブレターなんてもの入ってたりしないのか?」 「いきなりどうしたんですか?・・・新一年生から何通かそのようなものを受け取りましたよ。でも今の僕にはそんなことをしている時間はないんです」 うまく紛らわそうとする古泉に、拍車をかけるように質問を続ける。 「じゃあ逆に気になる子とかいないのか?告白を断り続けているのも、既に意中の人がいるとかはないのか」 「・・・・・・そうですね、僕は機関の仕事で忙しいのでそのようなことを気にする時間はないんですよ。もっともプライベートの時間はこの部室や週末の野外活動で、あなたたちと過ごすことで満足してしまっているようです」 古泉はシロか。そう思いながら今度は女性に目を向ける。 「朝比奈さんはどうですか?あなたもたくさん告白を受けているのでしょう。この時代で恋愛してはいけないんでしたっけ?でも一つ禁則事項を破っているんですからもう一つくらいかまわないでしょう」 「いきなりなんてこというんですかぁ~。あっキョンくん、その顔はだまそうとしたんですね。いじわるです。好きな人がいるかどうかは・・・、禁則事項です」 やはりこの人は分かりやすい。残念そうな顔をしている朝比奈さんを見れば、そのようなことはないだろう。 「長門、お前はどうなんだ」 目を見開いてこちらを見ているように見える。なんてことを聞くんだって顔か? 「・・・・・・ヒ・ミ・ツ」 そりゃないだろう。少しくらいお前のプライベートを聞きたいもんだ。お前も中河以外から告白を受けたりしなかったのか? 「・・・・・・そのようなものを受けた場合、今の私だけで判断することは出来ない。情報統合思念体の見解が必要。またあなたたちにも見解を求める可能性もある」 ようするに親や俺たちに相談するって事か。 「お前たちのことは分かったよ。ハルヒにも今朝同じ事を聞いた。釘刺しておいたよ。あいつは俺に遠慮していたみたいだな。嫉妬かどうか分からないが、俺なんかを心配していたんだろう。これからはお互い隠し事はなしだって約束したさ」 俺はそのとき一つ見過ごしていた。さっきの俺の発言に対して反撃してくる可能性があるということを。よりによって古泉ではなく、朝比奈さんが反撃してきた。 「それで、キョンくんはなんて告白したんですかぁ?それとも涼宮さんに告白されたのかな。教えてくださぁ~い」 どう答えていいか考えているうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。助かった、と思いきや三人が近づいてくる。くそっ、教室までダッシュだ。 「おや、逃げ足だけは速いんですね」 そう言う古泉を後ろにして、何とか教室へと戻ってこれた。 放課後、部室へと向かった。既に一人部室にいた。二日ぶりに、休みを入れると三日ぶりに五人揃って部室で活動できるんだな。長門が椅子に座り本を読んでいた。そういえばこいつに聞きたいことがまだあったな。 「そういや、俺が電話をかけただのかけてないだのってこと分かった気がするぜ」 「そう」 俺は確かに一方の世界では長門に電話をし、もう一方の世界ではしなかった。こいつの言ってたことと同じだな。しかし何だってそんなことになったと思っていると、それを見かねたのか、長門が説明してくれた。 「あの時間、あなたからの電話の電波情報が別の世界の私に発せられた。その原因も恐らく九曜と推定される」 「だから俺はお前が倒れていることに気づけなかったんだな。ひょっとして九曜は、言いにくいんだが、お前より強かったりするのか?」 「・・・情報統合思念体は未だ解析できていない。しかし今回のことからその可能性は否定できない。もしくは我々と九曜が持つ能力が別々に存在している可能性もある。お互い意思伝達が出来ないのもそれが原因とも思える」 後者の方がいいんだがな。また襲ってくるなんてこともあるだろ。 「私がさせない」 「私たちが、だろ。お前も今回のことで分かっただろ。一人で解決できなくともみんなの力で解決できることがあるって。少しは俺たちのことも信用しろよな。古泉の機関や朝比奈さんの未来勢力にとっかかりはあるかもしれないが、お前個人が危ないって分かったらみんな助けに来ただろ。古泉や朝比奈さん、それにハルヒのことも信頼してくれよ」 長門は沈黙の後、何かを確信したかのように言った。 「・・・・・・分かった」 残りの三人がやってきていつものように放課後を過ごした。いや、いつも通りではなかったな。俺と古泉がボードゲームをし、ハルヒはパソコンをいじり、長門が窓辺で本を読み、朝比奈さんがそれらを見守るようにお茶を汲んだりしていた訳ではなかった。古泉が持ってきた人生ゲームを五人みんなでやっていた。しかしまたしても奇妙なことが起きた。それぞれの職業が、ハルヒは総理大臣、古泉はマジック芸人、長門はNASA、朝比奈さんはタイムマシーン製造業なんてのにつきやがった。こんなゲームどこで作ったんだ。かくいう俺は、言わずとも分かるだろ、雑務係の万年平社員だった。 ゲームをしながらハルヒは不満げに呟いていた。 「なんで入団希望者が来ないのかしら。今年の一年はみんな腰抜けばかりね。もっと歯ごたえのあるのが来ると思ってたのに」 「まあまあそうあせるなって。そう簡単にお前の目にかなうやつは見つからないだろ」 「やっぱり去年のうちに目ぼしいのを探しておくべきだったわ」 下校の時間になり、五人は早々と部室を出た。 「あのゲームはなんだ、お前らの機関が作ったものか?」 「いえ、新発売の人生ゲームですよ。あの手この手やりつくして、奇抜な内容になってしまったようですね。まさかあんな結果になるとは思っていませんでしたよ」 古泉と下らん会話をしながら前を見ると、長門はハルヒと朝比奈さんに挟まれながら歩いていた。ハルヒと朝比奈さんだけ会話をしているように思えたが、時折、 「・・・・・・そう」 「・・・・・・うかつ」 という長門の声が聞こえた。よかったな、長門。 五人が解散した後、俺は一人喫茶店に来ていた。数分後、もう一人やってきた。 「待たせたね。宿題を先に済ませておこうと思ってね」 向こうの世界で顔をあわせた後、一度もあっていない佐々木が来た。昨日のうちに待ち合わせをしておいたのだ。 「キョン、すまなかった。先に謝らせてくれないか」 「謝るのはこっちだ。お前は散々な目に会っただけだ」 「一時の迷いがあったとはいえ、本当に悪かった。橘さんたちとはもう会わないことにするよ。少なくとも僕から会うことはない」 佐々木が席に着くなり、二人とも頭を上げ下げしていた。こうしてはおれん。コーヒーを注文してひとまず落ち着くことにした。 「ハルヒがあんなことをしないように確認しておいたから。安心して大丈夫だ。あいつに謝らせることはできなかったから、俺の方から謝るよ。本当にすまなかった。今後、九曜や藤原がお前襲ってきてもSOS団で助ける。だから心配するな」 「そうしてもらえると助かるよ、ありがとう。それにしても藤原さんがあんなことをするとは君も思わなかったんじゃないかな。さぞかし意表をつかれただろう。今回の作戦を提案したのは橘さんさ。彼女もなかなか策士だね」 やけに絡んでこないと思ったら、考えたのは橘だって訳か。確かに彼女の能力は佐々木の閉鎖空間に入ることだから、襲ってくるとは思わなかったが。 「僕が思うに、九曜さんは能力を移し変えることなんてできないんじゃないかな。もしくはやりたくないとか。彼女は最後まで理解できなかったよ。だから橘さんは藤原くんにお願いしたと言うわけだ。彼が未来人なら世界が分裂したことなどあらかじめ知っていてもおかしくはないだろうし」 確かに何も知らない向こうの世界で、いきなり藤原が襲ってきたときはビックリした。あの七夕に連れ去られるとは。かろうじて長門が反応して一緒に来れたことが救いだった。あそこに一人連れ去られていたら、朝比奈さんがくる前に精神が参っていただろう。 「一つだけ謎を推理したんだが聞いてくれないか」 「おや、めずらしいね。君の論説も久しぶりに聞いてみたいよ」 「佐々木、お前にも閉鎖空間があるって言っていたが、それは橘の嘘なんじゃないか?日曜お前の閉鎖空間に入ったんだが、十秒くらいで出てこれただろ。ハルヒのそれに入った経験からすると、閉鎖空間の時間は実際の時間と共に進行するか、それか時間はたたずに出てこれるんじゃないかって思って。あの時のは九曜に魅せられた幻なんじゃないか。だからお前にはハルヒの持つような力は存在しないと思う。でないと藤原のやつがした行動も矛盾することになる」 「なるほど、そうだとありがたい。君の推理も一理ある。何しろ僕がそのような力を持っていたくはないんだ。平穏な生活を望むよ」 「俺だってそうさ。それにハルヒはお前を消そうとだけしてたとは思えない。向こうの世界にだけ、SOS団にお前を含め入団希望者がやってきただろ。いくら藤原の時間移動で来れたとしても、それだけじゃハルヒによって拒まれるんじゃないか。お前を消そうとしたことに罪悪感を持ったんじゃないかって。だからお前は向こうの世界に異世界人としてくることができた。どうだ?」 「くっくっ、涼宮さんにおける君の信頼は厚いね。うらやましいよ。まあ君がそういってくれるだけでも僕は安心することができる」 ああ、そうに違いない。ハルヒが一時の迷いで人を消してしまおうなんざするはずがない。 「何はともあれ、今後ともあいつの行動には気をつけるよ。この前話してた同窓会の件だが、俺と佐々木で決めちまわないか。二人をお互い窓口にして。会うことはハルヒにも言っておくさ」 「そうしてくれると助かる。早く決めてしまいたいしね。何より息抜きになりそうだ。相変わらず僕の学校はみんな勉学に気を張り詰めてばかりだからね」 その後、俺は佐々木の話に耳を傾けつつ相槌をつくように会話した。久しぶりだなこの感覚。 「では同窓会の件は僕からみんなに連絡しておく。展開があったらこちらから連絡するよ。君の学校の人たちにも伝えておいてくれないか」 「ああ分かった。じゃあばた今度な」 二人は喫茶店をでて別れようとしている時だった。俺たちの背後にいやな気配がする。授業中にも感じる、あの刺々しい気配だ。 「あらキョン、こんなところで何してるの?」 なんだってんだ。この状況をこいつに見られたら、振り出しに戻ってしまうじゃないか。どうする俺。最悪だ。修羅場だ。女の修羅場が始まるぞ・・・こんな時に発せられる男の第一声ってのはなんとも情けなく聞こえるのだろう。 「あのな・・・お前なんか誤解していること言っただろ。この前佐々木と俺たちが会った時、お前つれない態度だったじゃないか。だから佐々木も気にしているみたいでな。だから今しがた、その誤解を解いてこいつにも理由を話していたわけだ。はははっ・・・」 ああ、俺の人生はここで終焉を迎えようとしている。せっかくあの場から戻ってこれたって言うのに。しかしその時、神の声が降り注いだ。 「なんだってキョン、君ってやつは。今日のことを説明してなかったのかい?涼宮さん、これを機に新たな誤解を生む必要はないよ。先日あなたに対してあまり良くない印象を与えてしまったみたいで気になっていたんだ。せっかくの出会いも第一印象が悪かったら人生を損すると思える。僕はあなたに対してそのような印象を持っていないんだ。しかもこれがいい出会いになることを望んでいる。それに彼と会うことは、中学の同窓会のことで話そうと僕から提案したことなんだ。どうか、気にかけないで頂きたい」 佐々木よ、お前に力がないなんて言って悪かった。お前は神だ。 「ふうん・・・・・・そう・・・・・・。ならいいけど」 「そうなんだよ。ハルヒ。じゃ、じゃあまた明日な」 ここ一週間で最も早く俺の脚が動いたのが、まさかこの時だなんて。情けないったらありゃしない。一刻も早くあの場を立ち去りたかったからだ。しかし、俺が逃げるようにその場を立ち去った後、二人が何か話していることに気づくべきだった。 そんなこんなで家に着き、夕飯を食った後、また外へ出た。 「どこに行くのー?お散歩?それとも彼女?」 「そんなんじゃありません。ちょっとコンビニにな」 「えー、いいなあ。キョンくんおみやげ買ってきてねー」 今日はやることが多いな。しかしそれを見逃すわけにも行かなかった。今朝下駄箱に手紙が入っていたからだ。 『今日の夜九時、いつもの公園で待っています 朝比奈みくる』 そうだ、今回の事件で何も絡んでこなかった、しかも小さい朝比奈さんに対しても何も連絡しなかったのであろう、もっと未来にいる朝比奈さんの呼び出しがあったのだ。 公園に着くと、朝比奈みくる(大)がベンチに座って待っていた。 「急に呼び出したりしてごめんなさい」 いや、いいんです。俺も聞きたいことが山ほどあるんです。あなたがどこまで話してくれるかどうかは分かりませんが。まず一番聞きたいことはこれだ。 「今回のことも規定事項だったんですか?」 そう尋ねると、言葉が詰まっているように見える。目に涙も浮かべているようだ。 「いえ・・・今回のことは私たちもあなたに委ねようとしていました。あの時、あなたがどの未来を選択しても納得するようにしました。それまでは干渉しないように決めていたのです。あなたにとって酷な選択でした。でもあなたのおかげで今、私や長門さんがこうして生きていられるのです。そしてこれだけは分かって欲しいです。そうすることしかできなかったの・・・」 酷だ、酷過ぎたさ。でもあなたはヒントをくれた。 「では今俺たちと時間を共にしている朝比奈さんについてはどうなんです?それにあのオーパーツはあなたのヒントだったのでしょう?」 「・・・禁則に関わってしまいますが、あの時の私に判断させることしかできなかったの。おかげで今私がいる未来では飛躍的に変わったことがあるの。時間平面移動について・・・それまでは許可なしにすることは禁止されていたけど、身の危険が迫った時はやむを得ず移動してもいいと決められました。他にも色んな制約はありますが、おかげで緩和されるきっかけになったの。あのオーパーツに関しては今回の事項においてどんな形であれあなたが思いだすことが必要でした。あの後すぐに発見するとは思いませんでしたが・・・」 朝比奈さんがあの場で時間移動したことが、この朝比奈さん(大)にとっての規定事項だったのだろう。ともすれば、これがきっかけで朝比奈さんの地位が上がるってことになるんだな。早く伝えてあげないと。・・・これも恐らく禁則事項なんでしょうね。そう言って彼女を見ると、頷いている。 「それで、藤原というあの未来人のことなんですが・・・」 「それ以上は禁則事項なのです。・・・ごめんなさい」 そう言って彼女は立ち上がり、 「そろそろ時間なの。でも最後にこれだけ言わせて。キョンくん、あなたのおかげでみんな助かることができたの。本当に感謝しています」 そして草薮の方へ消えていった。 俺の頭に二つの懸念がよぎる。恐らくあの藤原と言うやつは朝比奈さんのおかげで自由に時間移動することができたのだろう。それができなければ朝比奈さん(大)たちの手によって囚われの身になってしまう。そしてオーパーツ。あれは朝比奈さん(大)たちが作り出したものなのであろう。宇宙人が作ったとも考えられるが、長門や九曜を見る限り、わざわざ三百年前の人に渡して、それをこの時代まで見つからないようにするなんて手の込んだ事しないだろう。未来人が置き忘れたか、この時のために埋めさせたと考える方が納得いく。ともすると、朝比奈さん(大)のいる時代は四年前の時間振動など消滅しているのだろう。あなたのいる未来はすでにハルヒの力がなんなのか分かっているのですか? →「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがきへ
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「覚えてないのも当たり前ですよね、だって私が記憶をけさせたんですから」 俺はこの一言に、愕然とした。なんだって? 内から込み上げる怒りという衝動を抑えつつ問いただすことにした。 「何故、俺が記憶を消されなくてはならないんだ?」 なんとか抑えたものの、表情までは抑えれなかったかもしれん。 少しの沈黙が、俺を不愉快にさせる。自然に拳に力がはいってしまっていた。 俺の目の前の少女は不適な笑みを浮かべ、 「あなたは、涼宮ハルヒの鍵であり、佐々木さんの鍵でもあるからです」 俺は自分の耳を疑った、佐々木?なんで佐々木が? それに鍵だって?なんの事かさっぱりだが、古泉もそんなことを言っていたような気がする。 少女は続けて、 「私は佐々木さんの友達、いや。佐々木さんとの契約者とでもいったほうがいいでしょう」 契約?なんのことか解らないが、どうやらこいつは佐々木と少なからず縁がある者らしい。 「あなたはね、私の計画とは違う動きをされてもらっては困るのですよ」 さてね、俺がなにしようがお前には関係ないし、指図されるのはごめんだね。 俺は皮肉を込めて言ったつもりだが、少女は気にすることなく続けた。 「あなたが佐々木さんを裏切るような事をするからいけないのです。 あなたは佐々木さんだけを見ていればよかった。そうしたら、世界は幸せになれたのに。 涼宮ハルヒにあの能力を持たせていればいずれは世界は滅んでしまう。 彼女は感情を露にしすぎですし、なによりコントロールできていませんから」 と饒舌に語りはじめるそいつを俺は黙ってみていた。 それもそうだ、ここ数日で俺の周りが目まぐるしく変化しているからだ。 これで混乱しないほうが普通ではない。 「佐々木さんはいいました、あなたを手に入れられるなら。 他はなにもいらないと、だから私は彼女にあなたを与える計画を企てたってところです。 それでも、私一人じゃ出来ないことなので彼女に協力していただきました。」 少女が指を指した方向に目をやった、しかし最初はそこに何が在るか解らなかった。 目を凝らしてみると、確かにそれはいた。俺はこいつを知っている。 だが記憶に靄がかかり、鮮明に思い出すことは不可能だった。 俺が呆気に取られた表情を浮かべていたのか、少女はクスッと笑った。 「あなたの側に未来人の子が一人いますよね。実は私の側にも一人います。 彼が言うには涼宮ハルヒが能力を持ち続けるのは規定事項だ。というんですよ。 でも、それが事実であれば私達はただの脇役でしかなくなっちゃいますよね。 私はね、未来は与えられるものじゃなく造るものだと思っているんです。 これは私達の組織の創意でもあるんですが。 そう、与えられなかったが為にそれを欲するのは至極当然の事だと思うんですよ。 それに、彼ら未来人は過去を固定する為だけに暗躍するんですよ。 可笑しいですよね、未来から来てるならその未来が確立されているはずのに、 だから私達の考えでは、「過去」つまり現在に当たるのですが、 実にあやふやなものなのじゃないでしょうか。あなたもそうだったはずです。 なにも告げられずにただ言われたままに動いて未来を確立させられていた。 とはいっても、今のあなたは覚えていないでしょうけど」 俺は自分の知識以上の事を言われ、更に混乱しはじめていた。 それに、頭も割れそうに痛み出してきた。くそ、なんだってんだ。 少女は笑顔を殺し、俺の側に歩みよってきた。 「だから、私は未来を変えたいと思うんですよ。だからそれにはあなたが必要なんです」 というと、少女は足を翻し背を向けた。遠くに佇む得体の知れないものになにか話しかけているようだが。 ここで逃げ出せばよかったものの、強張る体と痛む頭の所為で俺は身動きできなかった。 少女はこちらを振り返り話を続けた。 「あなたを助けにくる人は誰もいません。彼女に結界を張って頂いているので、 長門さんも気付いていないはずです」 長門だって?俺は痛む頭を支えながら少女に問いかけた。 「あら、今のあなたは聞いていないんですか?まぁいいでしょう、教えてあげます。 彼女は対ヒューマノイドインターフェイス、情報統合思念体が派遣したアンドロイドです。 アンドロイドといっても、体を構築しているものは私達と一緒らしいんですが。」 なんですか、そのなんたら思念体っていうのは。くそっ訳がわからなくなってきた。 俺が困惑の表情を浮かべると、少女の顔付が変わった。 「そろそろ始めましょう。これからあなたにはただの人形になって頂きます。勿論、 これから喋ることも出来なくなると思います。本当はすぐ死んで頂きたいんですが、 そうするとかなりの確立で情報爆発が起こる可能性があるので、 無駄な事は私達は望んでいないのです。情報爆発のタイミングが必要なんですよ。 だから、あなたにはそれまで生きた屍になって頂きます。」 はは、何を言い始めるんでしょうこの人は。 と笑っている場合ではない、はやくここから逃げないと。 「無駄ですよ、周防さんお願いします」 少女がソレの名前を読んだその瞬間、一瞬で俺の目の前にきたソレは無機質な表情をしていた。 その曇ったガラスみたいな瞳に俺が映りこんでいた。 あぁ、俺は今恐怖に駆られているんだ。それは絶望でもあった。 ソレの手が俺の頭を掴み、何かを高速でつぶやき始めた。 その瞬間俺の頭の中が掻き乱されるような激痛が走った。 「やめ、やめろ…うがぁが…」 俺は声を張り上げることすら不可能になっていた。 さっきまであんなに幸せな時間を過ごしていたのに、脳裏に浮かんだ映像が全て消えていく。 だんだんと意識が薄れ、俺は気を失った。 どれくらい眠っていたんだろう、ピッピッっという電子音で気が付いた。 俺の目の前には真っ白い天井があった。ここはどこなんだ。 少し考えにふけっていると、唐突にそれは訪れた。 俺は、誰だ。 言い知れぬ恐怖と、絶望が俺を襲った。
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まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
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2012年12月2日…今日というこの日を、俺は一生忘れることはないだろう。多忙的な意味で。 世界を救ったばかりだというのに、昼にはハルヒに叩き起こされ不思議探索。その後、大人朝比奈さんと 長門に会った俺は…今はとある書店の、とある雑誌コーナーの前にて立っていたのさ。カテゴリーは音楽系だ。 ふむ、いろいろ揃ってる。何々…最近話題沸騰のバンド、インディーズからついにメジャーへだと?? 気になる…俺はロキノンを手に取りかける。いや、待て、こっちのCD DLデータも見逃せない… バンプのインタビューが載ってんだから尚更だな。次にリリースする新曲と近々始まる全国ツアーへの 意気込みに関してか。後で読んでみよう。 一方、SHOXはDIR EN GREY特集…どっかで聞いたことあるバンドだな? ほお、欧州で人気確立とは。日本のバンドで海外進出ってのも…なかなか珍しい。 オリスタは、ああ、相変わらずアイドルばっかか。そういうのも嫌いじゃないんだがいかんせん興味が沸かない。 ただ、地味にシンガーソングライターの特集もやってるようだから一応読んでみるか。 …… …というわけで、結局主要雑誌には全て目を通した。いやあ、実に有意義な時間だった。そういや、こうして ゆとり持って音楽誌を眺められたのも随分久しぶりだな。以前はそれなりにチェックしてたはずなんだが… ハルヒとのSOS団が発足してからというものの、そういう日々もすっかりおざなりになっていた。まあ…もっとも、 今回俺がここのコーナーに立ち寄ったのも『あたしに曲を作って提供することよ!!』っていうハルヒの命令が 契機になってんだけどな。つくづく、俺はあいつに振り回されてんだなあと実感したよ、本当。ん?作曲? …… なんと、今の今まで俺は作曲の『さ』の字さえ忘れてしまってたらしい。忘れた上で、 俺は好きな歌手のページばかり見てたらしい。当たり前だが、それに比例して時間も潰しちまったらしい。 無意識のうちに現実逃避とは、これまた高等なテクニックを身につけたものだ。 「さて。」 家に電話する。 「今日は晩飯いらないから…ちょっと今友達の家にいてさ。 そこでとろうと思ってんだ。ああ、遅くとも9時までには帰るよ。それじゃあ。」 伝えるべきことをとりあえず伝えておく。なぜかって?とてもではないが、夕食の定刻ともいえる7時まで 帰れそうにないからだ。というか、今がその7時なんだよッ!!さらにここから作曲本に目を通すのだから… アーユーOK?瞬間移動や情報操作ができる長門でもない限りもはや不可能である。 「じゃ、気を取り直して本来の目的でも遂行しようかね…。」 作曲本は意外と早く見つかった。楽器店ではなく普通の書店だっただけに オーソドックスなものしか見つからなかったが…まあ、立ち読みする程度だし今の俺にはこれで十分だろう。 とりあえず【作曲入門】だの【初心者のためのコード理論】だのいろいろ読みあさってみる。 …… さて、およそ15分が経過したところだろうか。はっきり言おう。わからん! メロディーラインだけでいいと言っていたが…それさえも怪しくなってきたぞ。というのも… わかる人にはすぐわかるはずの基本的音楽用語でさえ、俺には理解しきれてなかったからだ。 つくづくと後悔する。もっと音楽の授業まじめに受けてりゃよかった。…しかし、俺にもプライド というものがある。一度引き受けたからには成し遂げるつもりだ…そう、ハルヒのためにも。 まあ、そういうわけで今日はこのへんにしておくか。帰って中学時代の音楽の教科書でも 引っ張り出して…それでもわからない用語があるようならネットで調べる等して補足しておこう。 粗方の知識が整った上で、また書店に足を運べばいいよな?できれば…今度は楽器専門店で。 去ろうとして、俺は持ってた本を棚に返そうとしたところ…不意に、背後から聞き覚えのある声がした。 「ククク…キョン、君もついに覚醒してしまったんだね。まさかミュージシャン志望とは思わなかったよ。 いや、作曲家志望だったかな?いずれにしろ音楽業界で生き抜いていくのは難しい…それはそれは、 激動の人生を歩むことになるだろう。聞いた話によると、全国でCDを1万枚以上売り上げるような バンドでも、その年収はフリーターと大差ないそうじゃないか。日本では特に、レコード会社や 広告代理店の中間搾取がひどいみたいだからね。必ずしも客観的に成功に見える人、あるいは 才能ある人が報われる世界ではないということさ。しかし、それを知ってもなお、そんな 未知の世界への挑戦をあきらめないというならば、僕はそんな君を全力で応援する次第だ。」 …一言、言っていいか? 「それが今日初めて会った人間に投げかける第一声か…!?長いッ!!長すぎるぞッ!?」 「僕がそういう人間だということは、とっくの昔に君は了承済みのはずだ。 別にそんなに驚くこともないだろう?あとね…ここは本屋だ。声の大きさには気をつけておくべきだね。」 お前がそうさせたんだろうが!?っと、いかんいかん。こいつ相手に本気になっても不毛だということを、 俺が誰よりも一番知ってるはずじゃないか…しかし、まさかこのタイミングでお前に出会うとは 想像だにしてなかったぞ…なぁ?そこでニコニコしてる佐々木さんよぉ? …ホント、今日はいろんな人間と遭う日だ。これも何かの巡り合わせか? 「とはいえ、いきなり話しかけたりしてすまなかったね。久々に君を見てしまったんで、つい…ね。 衝動が抑えきれなかったんだよ。旧友との素晴らしき再会、それに免じて許してはくれないかな? 「それに免じての意味がわからんが、あれこれ考えるのも面倒だからとりあえず許す。」 「そうこなくては。相変わらずノリがいいなぁキョンは。」 お前のノリは特殊すぎて理解不能だけどな。もっとも、相手が女子となると、 途端に口調が普通になるんだから本当…いろんな意味で掴みどころのない人間だお前は。 「まあ、さっきのは冗談としてだ、本当に君は何をしてたんだい?以前からキョンが 趣味としての音楽に熱心なことは知ってたが…ついにその熱意の延長線上として、 作ることさえ趣味の一つとして内包してしまった、といったところなのかな?」 「…そんな大層なもんじゃないぜ。まあ…これには海より深く、空より高い、 それはそれは複雑な事情があってだな…。」 「くっくっく…いや、失敬。君のそのしかめっ面を見て、一発で事情が呑み込めたものでね。 つまりあれだ、また君は涼宮さんたちと面白いことをしてるってわけだ。」 「一発でわかるほどに、俺の顔はひどく単純だったか?」 「おやおや、悲観してはいけないな。それが君の良いところでもあるんだから。おかげで、 僕は退屈することなく、こうやって優雅な時間を君と過ごせてるんだ。むしろ誇るべきじゃないかな?」 なんかもう、もはや喜んでいいのか悲しんでいいのかすら、わからんくなってきた。 しかし、実際のところはどうなんだろうな?思ったことがすぐ表情に出るってのは。それはそれで 円滑なコミュニケーションを…は!いかん!ヤツと本気で対峙してしまった時点で俺の負けだ…っ! 「…まあそんな具合でな、振り回されながらもなんとか生きてんのが俺だ。 そういうお前は何しに来たんだ?」 「それは、君に話さなくてはいけないものなのかい?」 質問を質問で返された。 「おいおい…俺だけ聞いておいてそれはないだろう… それとも、本当に知られたくない理由でもあるのか?」 「ないけどね。」 「じゃあなぜ話さない??」 「だって、そもそもその理由がないんだから話しようがないだろう?」 ニヤッとした表情を浮かべ、今か今かと俺の反応を待ち望む彼女。 ああ…そういうことですか。なんとなく『理由がない』の意味がわかった。 相変わらず、俺はヤツの詭弁に翻弄された哀れな子羊だったのさ。 「あのなぁ佐々木…それならそれで、始めから『なんとなく来た』って言え! ホント、紛らわしい言い方をするよなぁお前は…」 「ククク…そう、それだよ、そんな顔が見たかったんだ。」 「はぁ…」 ため息をつかざるをえない。 「まあまあ。たまにはこういう会話のキャッチボールも悪くないだろう?君も満更ではなさそうだしね。」 キャッチボールどころか、お前が投げる球は変化球ばっかだろ!?ちょっとはそれを必死に追いかけまわす 捕手の身にもなってほしいもんだね…というか改めて思ったが、やはり佐々木とハルヒはどこか似てる。 異なるベクトルで双方とも変人なのには違いないが…前者は意味不明の質問を、後者は無理難題な要求を 突き付ける辺り、立ち位置的にはかなり近いものがあるだろう。…古泉の例の憶測も、強ち間違っちゃ いねーのかもな。まさかこんなしょーもない会話でそれを実感しようとは、人生何が起こるかわからんな。 「ところでキョン。とっくに7時をすぎてるようだが…家のほうは大丈夫なのかい? いつもこの時間に席を囲ってみんなで食事してるのだろう?」 「ああ、いろいろあって遅くなっちまってな。だから家には連絡しといたよ。どっかで食べてくるってな。 お前こそ大丈夫なのか?門限とかどうなってるんだ?」 「おいおいキョン…中学時代ならともかく、高校生にもなってこの時間で門限云々はないよ。 時刻だってまだ7時をすぎたあたりだ。一応9時までとは決まってるけど。 それで…キョンはこれからどこかで外食でもしていくのかい?」 「ん?そーだな…考えてなかったな。まあ、一人で外食すんのもアレだから、 どっかのコンビニで適当に飯でも買って帰ろうと思ってるが。」 「一人で夜食とは、それはそれは寂しいことこの上ないね。」 はぁ…またそれか。何度も何度もそんな煽りに乗せられる俺ではないぞ。 「ああ、結構結構。寂しくて結構さ。」 「ん?反応を変えてきたね。なるほど、これはこれでまた面白い。くっくっく…」 ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。あきらめてしまってよろしいでしょうか? というか、俺以外であっても佐々木が倒される姿など想像できん。理論武装した古泉ですら 攻略不能なんじゃないか??とりあえず俺は途方に暮れてみた。 「まあ、そんな君にも朗報がある。実を言うと、僕も君と似たような状況下に置かれてるんだ。」 「じゃあ、俺とどっか食事でもいくか?」 「いいね。そうしよう。」 「ちょ、ちょっと待て?!?!」 ありのまま今起こった事を話すぜ。『冗談で言ったつもりが、いつのまにか既成事実と化していた。』 な、何を言ってるのかわからねーと思うが 俺も何をされたのかわからなかった。 頭がどうにかなりそうだった… ふんもっふだとかセカンドレイドだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ… 「似た状況って、お前家の人は??」 「仕事の都合で2人とも今日は帰ってこれないらしい。だから、僕はこうやって外を歩いてたというわけだ。 買い出しに行って自炊するか、弁当でも買って帰るか、あるいはどこかに行って外食でもするか… 結局どれでもよかったから、とりあえずは本屋に行った後で、そのときの気分で決めようと思ってたんだよ。 どうだい?納得したかな?」 大体の事情はわかったものの…納得するって一体何に??お前と一緒に食べに行くことか?? 「もしかして、本屋で俺に会ったから外食行く気分になったのか?」 「おいおい、何を言ってるんだい?今は僕の意志は関係ないよ。 そもそも、君が僕を食事に誘ったんじゃないか?」 なんということだ。揚げ足を取られてしまった。調子のったツケが返ってきましたよ、 それも物凄い早い時間でッ!こんなのってあんまりじゃね? 「キョンもなかなか殊勝なことを言うなって、僕は感心してたんだよ。 『一人で食べるよりみんなで食べた方が楽しい。』国語の文章にもよくある常套句だね。 そういう国家公認の美徳を自ら体現しようとしてた君が、僕にはまぶしくすら思えたんだ。」 「安いとこでいいよな?じゃあすき家にでも行くか?こっから近いしな。」 「僕はそれで構わないよ。」 俺は闘うことをあきらめた。っていうか放棄した。『ダメです先生。佐々木さんがどうしても倒せません。』逆襲編、 これにて完結。ちなみに続編の予定はありません。たぶん。 偶然客が空いてたこともあって、俺と佐々木は難なく席を取ることができた。 「で、佐々木は何を頼む?」 「キョンはもう決めたのかい?」 「いや…まだだが。」 「僕はキョンが食べるのと同じものにするよ。」 「それまたどうして?」 「気分さ。」 「……」 闘わんぞ…?闘わんと決めたんだ俺は!! 「ははは、これでは何とも抽象的すぎる回答だ。いや、何、久々に君と会ったんだ。 仲を確かめ合うためにも、なんとなく君とは違う料理を頼みたくなかったんだよ。 ふむ、説明したところで抽象的なことに変わりはなかった。ま、あまり深く考えないでくれ。」 仲を確かめ合うって、そんな大げさな。けれど、俺にはそういう佐々木の態度が嬉しくもあった。今となっては 俺は塾に通ってないし、ましてや在籍してる学校も互いに異なる2人だが…そんな希薄な関係であっても、 俺とは親友でいようと佐々木は思ってくれているのだ。そこまでされて何とも思わないような奴は、残念ながら 人間的ともいえる基本的感情が欠落してるとしか思えない。もっとも、俺と佐々木は、厳密にいえば無関係 というわけではなかったのだが。雪山での遭難事件以来、藤原・橘・周防といったSOS団の面々と敵対する 連中が現れ始め、そいつらが佐々木の取り巻き(本人はそうは思っていないが)となってしまっていたのだ。 あのときは本当に驚いた…そりゃあな、宇宙人、未来人、超能力者といったとんでも存在ならまだわかる。 まさかつい最近まで親友であり、そしてごくごく普通な一般生徒であったはずの彼女が(性格はともかく) 一体どうして涼宮ハルヒにまつわる事件の当事者になっていると考えられようか??言うまでもなくありえない。 妄想であってもそんなこと考えもしないだろう。ならば、古泉・長門・朝比奈さんたちからすればハルヒの 重要なカギともいえる存在だった…そんな俺が佐々木とは関係ないなどとは、もはや口が裂けても言えない。 言えるとすれば、あまりにそれは無責任で、そして現実逃避そのものとなろう。 …… ここまで考えてふと思った。いや、単なる俺の思いすごしかもしれんが…どうも、『仲を確かめ合う』この言葉が 引っかかった。もちろん聞いて嬉しかったし、佐々木が今このタイミングで言った理由もわかる。客観的に見れば それで解釈は終了なんだろうが…どうも俺にはそれとは別のニュアンスがあるように思えた。言うなれば、 『これまでの関係が白紙になったとしても、君は僕と親友でいてくれるかい?』こんなふうに…。根拠はない。 妄想かもしれない。しかし、ハルヒの能力が消えたかもしれない今、どうしても勘ぐり深く考えてしまうんだ。 …即ち、【これまでの関係】=【ハルヒを中心とした関係】が終わりつつあるのではないか… いや、もしかしたら終わってしまったのではないか?そんな予感が俺の中にはあった。 これが指す意味は、つまり佐々木の能力も、ハルヒのそれと同様に…ということである。 古泉の例の推論でいくならば、当然そうなるはずだ。もちろん、そうなった場合本人である佐々木も そのことに気付いてるはず。そのとき彼女は一体何を思ったのか…現在俺の向かい側にて 静かにメニューを眺めてる、そんな佐々木の表情からは何も推し量ることはできなかった。 しかし、結果的にはこのとき俺が…佐々木のことを必死になって推察する必要はなかったんだよな。 なぜなら数分後、本人の口から直接それを聞くこととなったのだから。 「で、キョン。もうメニューは決まったかい?」 「え…あ、すまん、まだだ。すぐ終わるから待っててくれ。」 「ふーん?おかしなもんだね君も。僕の顔を執拗に ジロジロ見るもんだから、もうとっくに決めちゃってるのかと思ってたよ。」 「!?」 視線を合わせたりはしてなかったはずなんだが…!? 「そ、それはあれだ、お前は今どんなモノが食べたいのかなーと、表情から伺おうとしてたんだよ!」 「別にそこまで配慮してくれなくていいけどね。基本、僕は何でも食べるから。 君の好きなように選んでくれていいんだよ。」 「そうだよな…ははは。」 「とでも言えば、満足かい?」 ッ?? 「くっくっく、キョン、それで隠してるつもりかい?その焦った感じ、適当に場を取り繕った感じ、 傍から見りゃ丸わかりだよ…?それにしても何をそんなに…くっくっ…どうしてくれるんだいキョン? 君のその二転三転する顔のせいで、こっちは笑いが止まら…くっくっくっ」 「……」 佐々木様には全てお見通しというわけですか。というか、今直感で思った。 こいつは将来検察官になるべきだッ!その頭の回転の速さ、そして鋭い洞察力をもってすれば裁判など、 瞬く間に終了だろう。弁護人の反論さえ許さない圧倒的詭弁術に加え、挑む者の気さえ削ぐ巧みな心理術… 佐々木みたいのが何人もいれば、裁判の長期化という国が抱える日本特有の司法問題も 一挙にして解決だろう!?ヤツの判断力ならば、冤罪が生まれる可能性も低いだろう。 もっとも…そんな量産型佐々木は見たくないが。こんなの一人で十分だ… 「とはいえ、こんなにも僕を笑わせてくれたんだ。その敬意に感謝し、 追求は控えておくとするよ。むしろ追求しないほうが面白そうだからね。」 「佐々木っ」 「ん?何だいキョン?」 「オクラ牛丼を頼もうと思うが、これでいいか?」 「いいんじゃない?しかし、そんな『オクラ牛丼』という突飛な名前だけじゃ、 僕の気はそれないんだなこれが。チョイス自体は悪くなかったと思うけどね。」 「そうですか。」 俺は抵抗することをあきらめた。っていうか放棄した。さっきも似たようなことを言った気がするが、 んな昔のことは忘れた。もう知ったこっちゃねーや。 しばらくして店員の方が来てくれた。さすがに前回みたいに機関の人間… というわけではなかったので、そこは安心した。もしまた森さんだったらマジメにどうしようかと思った。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 「ええっと…オクラ牛丼2つで。」 「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」 そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。 「じゃあ特盛りで。」 「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」 厨房へと去っていく彼女。 …… 実は今、俺の腹は極限状態だった。皆さんはお気付きだろうか?今日一日の、 今に至るまでの俺の食事情を…!まず、朝食は食ってない。起きたのが昼の3時だったからだ。 で、そこから急いでハルヒたちSOS団と合流して、まずは喫茶店でオレンジジュースを一杯飲んだ。 そして不思議探索中に古泉・朝比奈さんに断って肉まん、おにぎりを腹に入れた。 そこからまた、いろいろ長いプロセスはあったものの…とにかく、その間は何も食していない。 長門のウチでカレーくらい軽くごちそうさせてもらったらよかったかもしれない…後の祭りだが。 つまりである、おわかりだろうか??今日昼に起きて、そして現在夜8時におけるまで… 俺はオレンジジュース、肉まん、おにぎりの3品しか食っていないのである!! 大人朝比奈さんとの話、そしてさっきの作曲本との格闘では、精神的余裕がなかったことが功を成し、 おかげでそれほど顕著な空腹感は覚えなかった。しかし、外食店に入った今となっては限界だ… 意識せざるをえない…!昨日あんなことがあったばかりで、にもかかわらずハルヒに 叩き起こされ、今の今まで奔走してきた俺を一体誰が咎められようか??いや、むしろ褒めてくれッ!! 食事の到着をまだかまだかと心待ちにしながら俺は 切実に、そんなくだらんことを考えていたのさ。 「なんとも…悲惨なくらいに追い詰められた顔をしているね君は。さすがにこの有り様じゃ、 僕でなくとも君の異変には気付くよ。そんなにも腹が減っていたというのかい??」 俺は心なしにそう頷く。気付けばテーブルの上に顔をうつ伏せているではないか… 空腹というのもあるが、何より昨日からの疲労の蓄積というのも大きな原因だろう。 「なあ…佐々木よ。今日って日曜だよな?」 「ほ、本当にどうしたんだいキョン??さっきまで僕の理不尽な質問に 元気よく付き合ってくれてた君は、一体どこへいったというのか??」 ああ…理不尽って自覚はあったんすか佐々木さん。それは何よりです… 「それより…日曜だよな?今日は。」 「そ、そうだよ。日曜だね。」 さすがの佐々木も俺の途方ないマイナスオーラを感じ取ったのか、 すっかり萎縮してしまっている。なんとも、珍しいものが見れたもんだな。 「ってことは…明日はつまり月曜か…」 「きょ、キョン…」 なんということだ…こんな調子で、明日学校だというのか??宿題は??授業は?? いや、そう焦る必要もねえ…要は宿題はやらなきゃいいわけだし、授業中は寝てりゃいいんだ。 なんだ、簡単なことじゃねえか? …… そうでも思わないと、もはややってられない俺なのであった。 …… 「…1日くらい休んだらどうだい?」 「…え?」 今何か佐々木が言ったような気がする。何を言った? 「1日くらい休んだってバチは当たらないということさ。むしろ、今は12月という最も冷え込む時期。 そんな中無理して体をこじらせたら、それこそ本末転倒というものだろう?それに、そんな事情なのなら 涼宮さんだって決して怒ったりはしないよ。それどころか、SOS団の部員を引き連れ団体訪問のごとく、 君のとこにお見舞いに来るんじゃないかな??」 …意外だ。生真面目なこいつのことだから、てっきり説教をくらうとばかり思ってたが。 「それは曲解というものだよキョン。それに、僕はただ合理的な判断をしたまでさ。」 「…ここは、心配してくれてありがとうと言う場面か?」 「当人にそれを確認してどうするんだい…?けど、そう言われて悪い感じはしないかな。」 「じゃあ言ってやろう。佐々木、ありがとよ。」 「どういたしまして。」 …… 「まあ、とりあえずはこれから来たる食事を存分に堪能することだね。案外、腹を満たせば君のその不調も 回復するかもしれない。病も気から…と言うから。良くも悪くも人間は単純なようにできてるのさ。」 「お待たせしましたー。」 「噂をすればだね。」 「では、ごゆっくり。」 職務をこなした店員が再び厨房へと戻っていく。つまり、今俺の目の前には… …ゴクリ 一体どれだけこの時間を待ち望んでいたことか…!?感動のあまり、つい涙腺が弛むのがわかる…!ダメだ… 気を許せばその瞬間食器にかぶりつき、犬食いしてしまいそうな勢い。とりあえず俺は落ち着く必要がある。 「佐々木…ちょっとそこにあるポットでお茶を注いでくれないか?」 「了解だよ。」 俺が差し出したコップに、そっとポットの口を向ける佐々木。 「はい、あなた。お茶ですよ。」 「夫婦か!?」 「なんとも…!正直、今のは死者に鞭を打つようなマネだったから完全スルーも覚悟してたんだが… なるほど、これが人間の底力ってやつなのかい??」 俺に聞かれても知らんわッ!!というかっ、死者同然だと認識しておき、何ゆえお前は 追い打ちをかけようと思ったのだ??俺にはまずそれが知りたい。切実に知りたい。 死者ってのはな、いたわってやらねえとダメなんだぜ…。 まあ、それとは別にいささか元気が出てきたってのは事実だが。おそらくは目の前に置かれた オクラ牛丼特盛り…つまり、いつでも食おうと思えば食える。そんな環境下にあるという一種の安心感、 そして優越感…それだけで、俺の疲弊した精神状態に一時の安らぎをもたらすには十分といえた。 さて、もういいだろう?今俺が成すべきことをしようじゃないか。 「いただきます。」 付属されたカツオブシを丼の上に振りかけ、後はそれを食べるだけだった。 …… 気付けば容器は空だった。俺ってこんなに食べるの速かったっけ?ましてや特盛りだから量はあったはずだが… 「おいおいキョン…君ってやつは。口にありったけ丼をかきこみ、噛み砕いたか怪しい部分は お茶で一気に流し込む。それはそれは、普段の君からは想像もできない荒業を披露していたよ。 こんな文字通りの暴飲暴食をできる人もなかなかいないだろうね。」 …そんなに俺はひどい有り様だったのか。ヒドイやつがいたもんだな…。そういや、よく味わった記憶がない。 ただ、美味かった!それだけだ。 『美味かった!』それだけで十分ではないか??シンプルイズベストと いうだろう??結果的に、俺は腹が膨れる多大なる幸福感にも包まれた。これ以上どう表現せよと言うのだ!? …ああ、そうだな。最後に言うべき台詞があったよな。俺は手を合わせ、そして言う。 「ごちそうさまでした…!」 農家のみなさん、いつもいつもありがとう。おかげで日本の食卓は今日も平和です。 「うーむ…さすがに食べきれないか。参ったね。」 などと思ってたところ、不意に佐々木の声がする。 「どうしたんだ?」 「そのままの意味さ。どうやら完食できそうにないんだ。」 「なん…だと…」 ついさっき農家のみなさんに感謝したばかりだというのに… 残してしまっては彼らに申し訳ないじゃないか。というか、今気付いたことなんだが… 「佐々木よ…俺と同じ特盛りとは、一体どういうことだ??」 本当にどういうことなんだ??佐々木が大食いだった記憶はねえし… ってか、特盛りサイズならそりゃ残しもするだろう?女の子なんだぜ? 「どうしたもこうしたも、君が頼んだんじゃないか。僕はただ、それを素直に受け入れ黙々と食してただけだ。」 俺が頼んだ…?ちょっと待て、あのときは確か ------------------------------------------------------------------------------ 「かしこまりました。サイズはいかがしましょう?」 そういやサイズも選べるんだったな。ちなみに、今の俺には選択肢はこれしかない。 「じゃあ特盛りで。」 「…オクラ牛丼特盛り2つ、以上ですね?しばらくお待ちください。」 ------------------------------------------------------------------------------ …しまった。佐々木のことを全く考えてなかった…いや、だって仕方がないだろう…? ちょうど飢餓感で思考停止してた時間帯だぞ?ああ、御託を並べたところで どうみても言い訳ですね本当にありがとうございました。 「すまない佐々木…あのときお前のサイズも聞いておくべきだったな。けど、それならそうで お前も店員に横から注文入れりゃよかったのに。『片方は並でお願いします。』とかさ。」 「その意見は至極妥当だと言える。そしてサイズだって、自分に不釣り合いなのはわかってたよ。」 むしろ釣り合ってたら驚愕ものだ。まあだからといって、それで佐々木を嫌ったりは決してないが。 「それでも今日だけは君と同じ…あ、いや、何でもない。とりあえずさ、食べるの手伝ってくれないかな? いくら特盛りだったとはいえさっきがさっきだし、君もまだ満腹というわけじゃないんだろう?」 「まあ、実を言うとそうなんだけどな。じゃあ少々いただくとするぞ。」 …というわけで、結局残さず食べることができた。 「ふーっ、満足満足。さすがにこれ以上は食べれないな。」 「お疲れ様キョン。はい、お茶だよ。」 「おう、サンキュ、佐々木。…今度は『あなた』とは言わないんだな。」 「言ってほしかったのかい?まさか君がそういう属性の持ち主とは思わなかったな。」 「違うっつーの。」 そういう属性が何なのか気になったが、聞けば最後ヤツとのイタチごっこ開始である。 即ちそれは俺の負けなんで、とりあえず否定だけしておく。 しかし…結局いただいたのは少々じゃなかったな。半分は収奪してしまったかもしれない。 そうなると、俺と佐々木が同じ値段支払うってのも何か理不尽だ…ここは俺がヤツの半額は出しておくべきか? いや、そもそもだ。よく考えれば佐々木はまごうことなき女の子だった。断って言っておくが、決してヤツに 女としての魅力がないとかそういうわけではない(むしろ外面だけならかなりのトップレベルのはずだが) あまりに友達としての距離が近かったせいか?口調のせいもあると思うが、とにかく、 これまで佐々木のことを女だと意識したことはあまりなかった。そういうわけでだ、昨今の男女観的に 女子相手に割り勘ってのはちょっとまずいような…?そんな強迫観念があった。 しかれば、ここはヤツの肩をもつつもりで…などと考えていると 「…何を考えてるか知らないけど、奢りとかそういうのはなしだからね。」 いや、知らないけどとかじゃなくてズバリ当ててるし…というか、なぜまたしても考えてることがわかった?? ここまでくると洞察力云々の問題じゃないような気がするんだが…アレか?こいつには何か 千里眼のような特殊能力でもあるんじゃないのか…?と、漫画みたいなこと考えても虚しいだけなんで 妄想はこのへんにしておく。どうせ、俺がそういう表情をしてたとか、そう言うんだろう?こいつは。 ここまでわかりやすいのもある意味特殊能力だな。俺。 「…その諦観しきった表情見ると、やっぱり図星なんだね。まったく、君ってやつは… どうしてそう変なとこでマジメになるかな?言っとくけど、僕はそういうの気にしないよ。 というか個人的に言わせてもらうなら、そういう風潮自体あまり好きじゃないんだ。確かに、 表面上は女性が得するようにできてるけどね。逆を言えば、それは暗に女性は男性より経済力がないと 言ってるようなもんだよ。ましてや君と僕は友達の間柄であって、決して特別な関係ではないんだ。 さすがに、そこまで大人の男女観を持ち込むのはね。もしそれを是とするならば、日本の青年諸君は、 きっと満足な青春すら送れなくなること違いない。日々の動作1つでも金銭が絡んでるとなると、 生活しづらいことこの上ないだろう?男はもちろんだが、相手に払わせたくないと思ってる女だって 気が気じゃないさ。そういうわけで君が僕に奢る必要はないんだよ。もちろん、その気持ちは嬉しかったけどね。 そういうのは恋人や夫婦間でのみ成立するものと、個人的にはそう考えてる。」 「そ、そうか…わかった。じゃあそうしよう。」 すっかり俺は佐々木の語るジェンダー論にひれ伏してしまっていた。 なかなか隙のない考えだったように思う。そりゃ男女観ってのが人によって千差万別なのはそうなんだろうが、 とりあえず本人がこう言ってるんだ。なら、敢えてそれに異を唱える道理もないだろう。 しかし…改めて佐々木には感服した。自分の社会的役割や責任というのを、 この歳にしてヤツはすでに自覚してるように思えたからだ。あー、なんというか、つい比べずにはいられない。 どこぞやの団長様に爪の垢で煎じて飲ませたいくらいだな。そう思うと、不意に笑いが込み上げてくる。 「?何やら楽しそうだね。」 「あ、ああ…すまん。なに、あまりにお前とハルヒが対照的だったんでな。つい。 奴なら間違いなくこの局面で俺に奢らせたろうよ。というか、そう命令するに決まってる。 実際問題、俺はこれまで何度も奢らざるをえない境地に立たされたんだからな。」 「それは…あれだろう?君がSOS団の活動時刻に遅れたからとか、確かそういう涼宮さんが決めた 規則によるものじゃなかったかな?彼女自体は男女どうこうとか、そういうことは考えてなさそうだけど。」 「まあ…そうなんだがな。そうなんだが…俺にはどうしてもハルヒが、 あのハルヒが俺と割り勘する姿が想像できねーんだ…」 「ほう…そこまで強く言うとは。ある意味確信の域に近いのかな?」 「そんな感じだ。」 「それはそれは…なんとも羨ましい限りだ。」 「『羨ましい』??お前は、理不尽にも奢らされる俺の身が羨ましいというのか?どういう了見だ…。」 「くっくっく、何を勘違いしてるんだい君は。君じゃなくて涼宮さんのことだよ。」 涼宮?ってことはつまり、お前は…相手に奢ってもらう立場が羨ましいということか?? まあ、ある意味じゃそれは当然か…だとすると 「佐々木…お前、もしかして本当は俺に奢ってほしいんじゃないか?」 当然こういう帰結になる。 「そうきたか…くっくっくっ、相変わらず君という人間は面白いね。残念だけどキョン、またしてもそれは勘違いだよ。」 「……」 一体どういうことなの? 「僕はねキョン、君に行動原理をしっかりと把握されてる、そんな涼宮さんが羨ましいと言ったんだよ。そして、 そんな彼女も君のことを把握してるからこそ、理不尽な要求が通せるんだ。互いが互いのことをわかってる… なんとも理想的な、仲睦ましい男女じゃないか。」 「ちょっと待て…さすがにそれは飛躍しすぎだろう!?ハルヒはな、別に俺に限らず大体あんな感じだぞ??」 「ほう。じゃあ逆に聞こう。彼女が、涼宮さんが君以外の男子に対し 果たして奢ってくれなどという要求をするかな?」 え…?そりゃあ…するんじゃないか?と一瞬考えて思いとどまった。昔ならともかく、 SOS団の発足から随分の時が経過した今…団員以外のメンツに無理難題を言い渡したりするのだろうか? 特に最近のハルヒはおとなしくなってきてるから尚更だ。あ、ちなみに古泉は論外な。 副団長という階級で優遇されてる上、さらには機関とかいうとんでも組織の協力も得ている。 同じ団員への大号令でも、その質は俺と古泉とでは天と地ほどの差があるのは言うまでもない。 で、結局どうなんだろうな?ふと俺の知らない第三者がハルヒに奢らされてるシーンを想像する。 …胸がムカムカしてきたのはどうしてだろう。食べすぎたか? 「さっき僕は言ったよね?男女における奢るという行為は恋人や夫婦間でのみ成立するって。 もちろん、これは僕個人の勝手な考えだ。ただ、涼宮さんにしたって大きくこの考えから逸脱してるようには 思えないんだ…僕からすればね。彼女がじかにそれを意識してるかどうかは知らないけど、 少なくとも君のことは一人の男性として、特別な価値を置いてると思うよ?」 「あのなぁ…お前は、少々人間というものを過大評価しすぎだ。 世の中にはな、損得勘定だけで奢ってもらおうとする奴だってざらにいるんだぞ。」 「じゃあ聞くけど、キョンは涼宮さんのことをそういう類の人間だと思ってるの?」 「……」 …… 「いや…思わない。」 天上天下唯我独尊その人であり、ただひたすら自分の覇道を突き進んでいく… それが涼宮ハルヒだ。が、言ってしまえばそれだけ。良い意味で…あいつは単純なんだ。 ゆえに権謀術数などとは程遠い所にいる存在…それもまた涼宮ハルヒだ。 …… ところで、ふと思ったのだが…。佐々木が指摘するように、とりあえず俺がハルヒのことを よく知ってる人間なのは間違いない。だが、ある意味では佐々木のほうが詳しく見えるのは 俺の気のせいか?2人はそこまで面識もなかったはずなのだが… 「どうしたんだい?難しい顔をして。」 「いや…やけにお前がハルヒに詳しいと思ってな。」 「おや、君にはそう見えたのかい?仮にそうだとしたら、さて…それはどうしてなんだろうね。 彼女とはあまり会ったこともないから尚更だ。なぜだか君にはわかるかい?」 いや、わからないからお前に聞いたんだが…!?しかし佐々木よ…またそれか。付き合い長いからわかるが… あいつは今、決して自分がわからないから俺に聞いてる、というわけではない。敢えて聞いているのだ。 なぜかって?俺の反応を見たいからに決まってるだろう…? 「はぁ…やれやれだな。佐々木さん、わからんからどうか答えてください。」 「随分と早い降参だね。よしんばこの話題を引っ張ろうと思ってたんだけどな。まあ、わからないなら仕方ないか。 答えはね、僕と涼宮さんが似た者同士だから。そのせいかな、なんとなく考えてることがわかるんだ。」 「……」 似た者…同士…??そりゃあな…ある意味では似てるだろうよ。俺に対する立ち位置的意味でな… 実際、さっきそういうこと考えてたからわかる。しかしだ、俺の考えてる【似てる】と佐々木の言う【似てる】は、 果たして一緒の意味なのか??いや、なんとなくだが違うと思う… 「ふむ、どうやら意味をよく呑み込めなかったらしいね。じゃあもっと砕けた表現をしよう。 つまりね、同じ人を好きになった者同士ってことだよ。」 「え?」 こいつ今、さらりと凄いこと言ってのけなかったか?聞き間違いとかそういうオチ? 「すまん…誰が、誰のことを好きだって??」 「僕と、涼宮さんが、キョンのことを。」 「……」 幻聴?俺の耳はついにいかれてしまったのか?この歳で? いや、だって…ありえないだろ??外食店で、それも平然と言ってのける。 …なんだ、ただの普通の会話か。俺の勘違いか。