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Ⅲ 寂しい灯りが照らす下、朝比奈さんと俺はお互いベンチに座っていた。何か話した方がいいかと思うのだが、朝比奈さんから呼び出されたのに俺が関係ない話をグダグダ話すのもいかがなものかと思い、今の膠着状態に至るわけだ。制服姿のままの朝比奈さんは、膝の上に乗せた自分の手の甲を眺めたまま動かない。そんな深刻そうにされると、一体どんな話が飛び込んでくるのかと俺は不安倍増になる。これがもし俺と朝比奈さんが向かい合っていたのなら、伝説の木の下ならぬいつものベンチ横で告白されるのではないかと思わず妄想を繰り広げてしまうのだが、今現在の事情が事情だけにそれはないな。さて、何が朝比奈さんの口から飛び出してくるか。鬼か?蛇か? 「キョン君は‥‥」 ようやく、ハムスターが精一杯に振り絞って出たかのような言葉は、何やらいやぁな予感しかさせなかった。結果的に、今すぐ告白しろみたいな話になるんじゃないか?この出だしは。 「今の涼宮さんをどう思いますか‥‥?」 「今のハルヒですか‥‥」 ……なんと答えればいいのやら。少し、いやかなり変わった気がするが、口では具体的にどう変わったのか言えないこともあり、これは言えそうにない。しかしいつも通りだと思いますよ、なんて本心と真逆なことをあの朝比奈さんの目の前で言うわけにもいかん。こうして呼んでくれたからには、ちゃんと理由があってのことだからに違いないからな。例え話の終結点が告白しろでも、嘘はいけない。嘘はいけないと、ふしだらな俺でも小学生の時に習ったことを覚えている。 「朝比奈さんはどう思いますか?」 しかし結局俺は、会話では禁じ手に値する質問を質問で返すという暴挙に出た。すまん、朝比奈さん。ハルヒが変わったのではなく、俺がハルヒを見る目が変わったかもしれないという点を無視したかったのさ。だって認めたくないだろ? 「‥‥私は古泉君の話を聞きました」 そう朝比奈さんは一呼吸おいて、小鹿のような瞳に決意を露に浮かべてから俺の目を直視して言葉を顔面にぶつけてきた。 「わたし、古泉君の言葉が間違っているような気がするんです」 俺は思わず目を見開いたね。ということは、告白云々は関係ないということだからだ。 「古泉くんの話はとても的を得ているし、話にもズレがないことは分かっているんです。でもわたしは、それでも本当のことはそうではないと思います」 「というと‥‥?」 「今の涼宮さん自身が、読書大会を開く前の涼宮さんと何か違う気がするんです‥‥‥」 なんと! 朝比奈さんも同じことを考えていたとは。しかもわざわざここに呼び出してまで言うからには、何か根拠があると思っても良いんですね、朝比奈さん。 しかし朝比奈さんは、わたしは話ベタだし、どうしてそう思うのか具体的には言えないのだけれどと前置きを重ねて言葉を区切っていた。変に思うかもしれない、とまで言っていたが、貴方のことを変だと思ったのは自分が未来人ですと告白された時以来はありませんよ。 「ただ涼宮さんが部室でしばらく寝て起きた時、ちょっとした時空震を感じました。おそらく長門さんも気付いたと思います」 「古泉は気が付かなかったのでしょうか?」 「‥‥そこ、なんです。キョンくんはどう思いますか? 気が付いたかと思いますか?」 たしか夏休み、ハルヒの勝手な行動で俺らは野球に参加させられるはめになった。その時クジで俺が4番に選ばれたんだが、野球経験も乏しく相手が相手ということもありエースのような活躍が出来なかったことにハルヒは理不尽な苛立ちを溜め、閉鎖空間を発生させた。あの時専門分野である古泉は除いても、朝比奈さんと長門は2人とも気づいたようだったな。長門はなんでも出来そうだが、朝比奈さんは未来人であるのだからそういったものには感知できないものかと勝手に思考していたが、そうではないようだ。ということは、朝比奈さんの専門分野である時空の揺れを古泉が感知出来てもまぁ不思議ではない。 無論俺にはさっぱり分からない。 「わたしは、具体的にはないにしろ、古泉くんも何か感じ取ったかなと思いました。なので、ここからする話は古泉くんが感知したということを前提に話していきますね」 「古泉くんは、あの日涼宮さんに何か異変があったと察知した。でも、貴方には涼宮さんにこ、告白をするように言っていますよね?」 「ええ」 「わたし思うんです。古泉くんがそう貴方に迫るのは涼宮さん自身がそう望んでいるからじゃないかな、って」 「‥‥え」 つまり朝比奈さんが言うには、古泉が俺にああ言うのは古泉自身の意思ではないということになる。またしてもハルヒの能力。いよいよ神らしくなってきたなハルヒ。 「あの噂‥‥わたしが誰かから聞いたわけじゃありません。朝起きて目が覚めた時にはもう、ああそうなんだって勝手に思ってたんです。鶴屋さんもキョンくんと涼宮さんのこと話していました。一緒に話してて、鶴屋さんに 「みくるも気づいてたのかい?」 と聞かれて、その時に初めて疑問に思いました。そういえば、なんでキョンくんと涼宮さんは一緒に帰ってるんだろう‥‥って」 なんということだ。噂を植え付ける? 洗脳の間違いじゃないか。事情を知ってる朝比奈さんでさえ記憶を曖昧にしてしまうとは、ハルヒの能力もさなぎから成虫になるみたいに羽化してるということか。 「わたし、長門さんが本を閉じて着替えのために貴方たちが一旦外へ出た時ようやく気付いたんです。2人で読書を進めるために残ってるんだったって‥‥」 朝比奈さんはうるんだ瞳をこちらに向け、まさにこのことを言いたかったのだと言わんばかりに声を上げた。 「キョンくんを今日呼び出すつもりになったのは、あの部室で思い起こしたんです。それまで、わたしもキョンくんが涼宮さんに告白するように勧めるつもりでした。でも、それはわたしの意思じゃなかったの。 どうしてかは分からない。告白するようにキョンくんに言うことがわたしの意思じゃないと証明は出来ないけれど、でも信じて。わたしは涼宮さんが、能」 「ちぃーすキョン‥‥‥って、うおっ!?」 ええい、どうしてこのタイミングでお前は出てくるんだ。朝比奈さんが何を言わんとしてるのが、やっとその一言で分かりそうだったのによ。 「あさ、あさ、朝比奈先輩じゃないですかあ! おいキョン。お前新月の夜にマジで気をつけとけよ。じゃないと」 「あっキョンくん‥‥この話はまた今度にしましょ」 「えっ!」 そう言うと朝比奈さんはスクッと立ち上がり、小走りで夜の闇に溶けていった。まだ一番大事なこと聞いてないですよ! 「朝比奈先輩、送りますよ!」 と谷口が追いかけていきそうになったが、こいつがついて行ったら間違いなくストーカーになる。だから俺は無理矢理谷口を止め、もう二度と邪魔するなと釘を打っておいた。 しかし朝比奈さんもあんな中途半端なところで帰らなくてもいいのに。 ‥‥‥。 しかし気になることばかりが残った。結局朝比奈さんは何が言いたかったんだろうか。 古泉はハルヒの方に何らかの異常が発生したのを感知した。それで奴はどう考えたんだ。ハルヒが今までと違う変化があるかを機関の力頼りに調べてみたが、何も発見出来ず、強いて言うならば閉鎖空間の規模が大きくなってきていること。そこでこれまでの読書の経緯を考慮し、ハルヒは俺の告白を待っていると解釈した。 じゃあハルヒを中心に起きた時空震はなんだ。古泉は考えた。ハルヒが夢か何かを見て、俺のことが好きになったスイッチだったのではないかと。 そして朝比奈さんはこう言う。古泉はハルヒの異変をキャッチした。変だな変だなと思いながらも何の変化は分からずじまい。そして、その時偶然か意図的なのかは分からないがハルヒが古泉を通じて、俺がハルヒに告白するよう仕向けることを願った。 古泉はハルヒがまさか自分に能力を使ってるとは思わず、自分の推理を考えてハルヒが告白を待っているという結論に達する。そして俺に迫る。ハルヒの異変のことを疑問に思いながらも‥‥‥。 つまりどっちの解釈でも、ハルヒは告白を待ってるということにならないかこれ。 考えれば考えるほど俺の頭の中は混乱状態に陥って行き、結局その日は明日当てられるかもしれない英語のリーダーの問題も解かずに眠ることを選択した。これ以上人間の持つ素晴らしき能力、思考というものを続けると、俺の頭は銃弾が直撃したタイヤよろしくパンクしそうだ。朝比奈さんの言わんことをまだ最後まで聞いたわけじゃないこともあってか、無心になることは無理そうだった。がそこは強引になんとかするしかない。 ……だが眠れない。 「はぁ‥‥」 なんで俺がこんな目にあうのだろうかね? 地球滅亡まであと6日。 ゲームならこんな感じにテロップが現れるかもしれない朝、俺は妹が来てシャミの歌を歌いながら起こすのに応じ、素直に一発で起きた。もちろん快眠故の起床ではない。眠れなかったのだ。 親が作ったトーストをゴムかなんだかを食ってるような感じを嫌とういうほど口の中で味わったあと俺は学校へゆっくりとした歩調で向かった。ハルヒの顔をまともに見れるような気がしない。 どんよりとした雰囲気を半径50㎝に漂わせながらのろりのろりと坂を上っていると、後ろから聞きなれた声音が後ろから聞こえてきた。なんだ、お前か。 「なんだとはなんだキョン。お前最近なんか見る度にやつれててるよな。また涼宮に振り回されてるのか?」 「いろいろとな。それより谷口、昨日はよく邪魔をしてくれたな」 「邪魔ぁ? 俺はお前と涼宮とのことで邪魔したことはないぞ」 涼宮との間は、か。確かに。でもな、 「せっかく朝比奈さんと話してたのに何も妨害することないだろう。友達なら黙って見ておくまでに留めておいて、その後は静かにいさぎよく立ち去るもんじゃないか?」 はぁ、とあからさまに溜息を吐いてやったところ、谷口の反応は俺の予想の斜め上をいくようなものだった。 「何言ってんだ? お前と朝比奈さんなんて昨日見てないぞ」 俺はあまりの谷口の素の反応に思わず目を丸くしたが、それは一体どういうことだ。 「それよりキョン。お前朝比奈さんと何だって? 話してたって? 2人きりで。おいキョン。マジで新月の夜に気を付けとけよ。俺はともかく朝比奈さんのファンでなおかつ上級生の人達からはとんでもな‥‥‥」 「待て谷口。お前は昨日夕方、公園にあるベンチ前通ったろ?」 しかし谷口はいよいよ俺を憐れむを見るような目で見て 「そうかキョン。お前もとうとう涼宮の毒牙にかかっちまったか。あいつの毒はハブをも上回るからな、まぁヘンテコな団を作った時にはもう既に毒は体内に回っていたんだと思うが‥‥‥。涼宮のように好き勝手やるのもアレだが、俺にクローン説をもちかけるなんてもっとアレだぞ」 谷口はいぶかしむような目でこちらを見ているが、もちろん俺がクローン説を本気でテスト平均点以下仲間に説こうとしているのではないのは明白だ。そして谷口のこの顔を見る限り、本当に俺と朝比奈さんが話していたのを知らないようだ。 ‥‥もう、本当に何が起こってるんだ。俺の寝不足が精神にまで影響を及ぼし始めたとか言わないでくれよ、頼むから。 ともかく、何かいやぁな予感しかしない。谷口にクローン説が当てはまらないならば、未来から谷口が来てわざわざ俺と朝比奈さんの秘密のカンバセーションを邪魔しに来たか、あるいは俺にも想像出来ない異常事態が発生しているかということだ。ハルヒのハルヒによるハルヒの身勝手さのための地球滅亡の前兆として、現れてはいけない時間軸が4次元と共に生まれてしまったか、谷口の記憶を半強制的にいじったか、あるいは谷口がボケたかかもしれない。俺としては谷口がボケているという可能性を是非推薦したい。というよりそうであって欲しい。 しかし念のために朝比奈さんの確認も取っておかなければ。昨日の話のクライマックスもまだ耳に入れてないこともあるから、俺は今長門よりも朝比奈さんに会いたかった。ハルヒになんとか不審に思われないよういつも通りの自分を全力で演じ、放課後になるや否や俺は文芸部室に駆け込んだ。 だがこういう日に限って誰もいなかったりする。癖になっているノックを2回して、返事がない時点で脱力感が襲ってきたがまあ仕方ないだろう。少し急ぎ過ぎたようだ。 俺の直感では真っ先に長門が来て、その後続いて朝比奈さん、3位にニヤケハンサム面の古泉、ラストにハルヒ。 しかし俺の期待を見事裏切るか如く、次に文芸部室のドアを開けたのは古泉だった。古泉の微笑もいつもに比べてどことなくぎこちなく、よく見れば目の下にはクマがある。 「それはお互い様と言ったところでしょう。貴方もいろいろと悩みを抱えておられているようですね。もし良かったら、僕がその悩みの相談に乗りましょうか?」 さも俺が何に悩んでいるのか知らないといった雰囲気でそう聞いてきやがる。原因はお前があんなことを言い出すからなんだがな。 「貴方も朝目覚めたら世界中が閉鎖空間に飲み込まれていたら嫌だろうと思ったので、僕なりの配慮と受け取ってください。本当はそのようなことを貴方に言うのは心苦しかったのです。閉鎖空間については、僕たちの専門ですからね」 地球が滅亡してたら起きるなんてこと出来ねーよ。少なくとも何の悔やみも迷いも生じずに消えていたさ。 古泉はいつもの微笑をフフと自然に作り上げたあと、ニヤケスマイルを崩してまるで近所のお兄さんがガキに向けるような朗らかな笑みを作った。 「でも、良かった」 「貴方がもし今回の涼宮さんの件について、それこそクマも作りもせずに軽率に行動をしていたらそれこそ僕は疑問視してしまうところです。世界がかかっているとはいえ、この問題については1週間ギリギリまで悩んでもらっても僕は構いません。少なくとも、僕が苦労してる分と同等ぐらいまでの苦労は‥‥‥してもらった方がいいかと」 結局自分も苦労してるんだから俺も苦労しろってことかよ。まあ喜べ。俺は巣の入り口が角砂糖で塞がれたアリぐらい苦しんでいるぞ。 「というより、いつの間にか話の流れが告白するみたいになってるがな、俺はそんなことする気サラサラないぞ」 「目の下にクマがある人が言うことではないですね。1週間後、また貴方とはさみ将棋が出来ることを期待しておきます」 古泉がそこまで言うと、ハルヒ達がまるでタイミングを見計らったか如く扉を勢いよく開けた。まさか聞いてなかっただろうな。 「さあ、今日もガンガン活動するわよ!! みくるちゃんお茶ね」 朝比奈さんの着替えのため俺らは一旦部屋から出て、メイド服に早々と衣装チェンジをした朝比奈さんのお茶を渋い音を立てながら各々の行動に戻った。 古泉は1人詰め将棋、俺は無論読書だ。 朝比奈さんになんとか話を聞こうと隙をあれこれと伺ってみるものの、どういうわけだかハルヒが相手チームのキャプテンをマークするバスケット選手並みのディフェンスを朝比奈さんに張り巡らしているような気がしたので声をかけることが出来なかった。仕方ない。今日の夜に電話をして話を聞いておこう。ついでに谷口のことについても。 まぁ、それも‥‥ 「さあキョン、残り4冊よ!」 「では、お先に失礼します」 「‥‥‥」 「あ‥‥キョン君、頑張ってね」 ‥‥この俺とハルヒオンリーな空間を1時間耐えきれたらの話だがな。耐えるって何を? 何だろうね。 睡眠不足プラスアルファ神経を約半日張り詰めていたこともあってか、6冊目の哲学書の表紙が嫌に重く感じる。タイトルから察するに、人間の言葉の意味についてボヤボヤと語り継がれているようだ。 「‥‥ねえ」 俺の頭がボヤボヤとして来始めた頃、不意にハルヒが声をかけてきた。なんだ。 「最近、アンタ何かあったの?」 何かってなんだ。 「何かよ!」 そう訳も分からず叫ばれても困る。しかしハルヒは俺の目をまっすぐ見つめ、俺が一体何を考えているのかを見通そうとしているようだった。ということは勿論、俺もハルヒの顔を見つめていることになり、ハルヒの瞳に反射して映る俺の間の抜けた顔はハルヒが何故こんなことを言い出したのかを思惑しているものだった。 その原因は分からないが、どうやら怒っているのではないらしい。ハルヒは俺から顔を背け、自分の目の前にある本へと強引に視線を変えた。机の上には長門が好みそうなハードカバーのSFが置いてあったが、おそらく今のハルヒの目には何も写っていないだろう。 「今日だってそうよ。徹夜でもしたみたいなクマがあるのに無理に元気出してるし、あたしが後ろからシャーペンでつっついても気づかないし、それに‥‥‥」 ハルヒがハルヒらしからぬことを言い出したので俺はこの上なく戸惑っていた。いや、マジで混乱していた。一体何故こんなことに。 ハルヒが一瞬空気を置いてから、またこちらに視線を翻し俺に向かってツバがかかる勢いでこう言った。 「なんであたしにそんなに気を使ってるのよ!!!」 ‥‥へ?Ⅲ と思わず呟いてしまうところだった。気を使っているだと。俺が? ハルヒに? 「あたしに対する態度がなんかよそよそしいわよ! あんた何か隠してるでしょ!?」 ハルヒはそう言い、俺のうろたえた表情を見るなり我が意を得たと確信したらしく、対ハブ戦で主導権を握ったマングースの如くニヤリと笑った。パイプ椅子から立ち上がるなり俺の胸ぐらをひっ掴み、「言いなさい」と下僕にカツアゲする姿は女王陛下そのものと言ってもいい。なんてめんどくさいことになってしまったんだ。 俺がハルヒに気を使ってるなんて天地がひっくり返って人間が空に落ちるような事態が発生したとしても常識的に考えてありえないだろ。俺はハルヒに気など使っていない。 ‥‥‥ってのは嘘ぴょんで、 正直に言うならば確かに神経を張り詰めさせている。そりゃそうだ。俺がハルヒに告白しないと地球が滅ぶ。まさに天地がひっくり返る状況の真っ只中にいるというのに気を使わん奴がいるというのか。いるなら手を上げてくれ。最優秀脳天気賞を俺が直々にくれてやるよ。別に嬉しくないだろうがな。 「ハ、ハルヒ。とりあえず手をどけてくれ」 苦しくなってきた、と言うより先にハルヒは「駄目よ」と返事した。目が爛々と輝いていやがる。さっきまでの物鬱げな表情はどこいった。NASAのロケットと共に宇宙の彼方へと消えたか? 「あんたが何を隠しているのか言うまでも絶対離さないわ」 ハルヒに隠し事だと。Oh no! 隠し事しかないぞ。 俺はどうにかして状況を打開しようと立ち上がってみたが、首は苦しいままだった。この脚本を書いたの誰だ。もし俺が主人公ならここで死んじまうぜ。何故なら選択肢が告白するか、今ここで現世に別れを告げるかの2つに1つしかないからな。 だがそんなシナリオに従うほど俺はまだ自分の運命に悲観していない。運命よ、そこをどけ。俺が通る。 「あー‥‥あー、実はだなハルヒ」 「いっとくけど、あたしに誤魔化しは通用しないわよ」 通用しないわよと言われて、はいそうですかと本当のことをベラベラ喋るわけにはいかないことぐらい俺にでも分かる。ここは俺の天性のアドリブ能力でなんとか場をしのぐしかない。 と思案していた矢先だ。 「分かってるわよ‥‥みくるちゃんのことでしょ!?」 「は?」 何故ここで朝比奈さんが出てくる。 「最近妙に仲良いわねと思ってたのよ。そして昨日確信したわ。あんたが公園でみくるちゃんと密会してるの見たんだから!」 なんと! あの場にまさかハルヒがいただと!? しかも密会なんて誤解されるような表現を使いやがって。俺たちは何もいかがわしいことしてないぞ。 「というよりなんでお前が公園に‥‥」 「誰だって別れた後に小走りでどこか向かっていたら気になるでしょ!?」 別に気にならん。俺なら急いで家に帰ったんだなとしか思わないぞ。 というよりも尾行されていたとは。我ながら迂闊だったか。 「ハルヒ。尾行なんてあまり好ましくない行動だぞ。そんなことやっていいのは本物の探偵かドラマの警察だけだ。一般人がやってしまうとストーカーに‥‥」 「そうやって話を逸らそうなんてことさせないわよ! あんたとみくるちゃんがあんなとこで一体何を話してたのか言いなさい!!」 尾行したという話をし始めたのはお前なんだがな、ハルヒ。 しかしなんとか話を騙し騙し変更しようと思ったのがバレたみたいだ。これは思いの他厄介なことになった。 「そう‥‥何も言わないのね。いいわ、言ってあげる。あんたみくるちゃんを恋愛対象として見てるでしょ!?」 ハルヒの表情はひくひくと痙攣しながらも無理矢理笑顔を浮かべており、こういうときどういう顔をしていいか分からないようだった。にしても俺が朝比奈さんを恋人対象として見るねえ‥‥。確かに朝比奈さんは小柄で可憐かつ庇護欲をそそるような素晴らしい体型と性格の持ち主で、その上禁則事項まみれではあるが未来から来たというオプション付き。そりゃ付き合えたら俺の学園生活もそこら辺に生えてる名も知らない雑草からバラ色のそれへと移り変わるだろうが、しかしなぁ‥‥。 そんなことを脳が酸素不足になりながらも考えていると、ふっと窒息感が和らいだ。ハルヒが力を抜いたらしく、顔を俯かせながらも手だけは俺の胸ぐらを弱々しく掴んでいた。 「‥‥そうよね」 静かにそう、確かに呟いた。 「女のあたしも思うわ‥‥みくるちゃんは可愛いってね。彼女に出来るものならしてみたいわ」 「俺もそう思うぞ」と言えるような状況ではなかった。さっきまであんなに勢いがあったハルヒが急にしおれてしまい、このなんとも言えぬまるで恋する乙女のような情緒不安定さがハルヒにもあったということは、とても筆舌しつくしがたい困惑を俺の中で渦を巻かせている。 「‥‥なあハルヒ。仮にそうだとしよう。だとしてもなんで俺がハルヒに気を使わなくちゃならないんだ?」 「やっぱりみくるちゃんが好きなのね‥‥」 「仮の話だ」 「だって‥‥あんた忘れたの? 団内の恋愛は禁止じゃない」 知らなかった。そうだったか? 「そうよ‥‥」 ハルヒは俺から手を離し、相変わらず俯いたまま重い足取りで窓へと歩みよった。外から室内へと夕暮れの光が差し込んでいたが、ハルヒの窓の向こうを見る様はまるで雨を眺めているかのようだ。そして窓に反射して見えるハルヒの顔は切なさが垣間見えた。 「いいわよ、別に。特別に許可してあげる。他の誰が何と言おうとあたしが許してあげるわ‥‥」 ‥‥と、ハルヒは言ったきりこちらに振り返りもせず黙ったまま景色を眺めていた。おい、こんな展開になるなんて誰も考えちゃいなかったぞ。何故二言三言の会話の間に俺が朝比奈さんを好きということになっている。そりゃまあ好きに違いないが、そう、俗に言うラブではなくライクというやつだ。それに例えラブでもお前が認めたところで朝比奈さんが認めないだろうよ。なんつったて未来人だしな。まあ他にも要因はあるが。 「一体お前が何の勘違いをしてるかは分からないが、俺は別に朝比奈さんにそういった感情を持ち合わせてないぞ」 「嘘よ。あんたいつもみくるちゃんからお茶貰う時デレデレするじゃない」 あんな校内一と言っていいほど可愛い人からお茶貰ってニヤけない奴はいないだろうよ。 「それに! 現に昨日もあってたじゃない! あれは何よ!!」 まるで浮気現場を目撃した新妻との会話みたいになっているのは気のせいか? 「ごちゃごちゃ言わずにその理由を言いなさいよ!!」 「あれはだな‥‥そう。朝比奈さんから相談を受けたんだよ。最近ハルヒの元気が無いような気がする、とか言ってたぞ。俺はそんなことないと否定しといたが、朝比奈さんは自分の出したお茶がまずいんじゃないかと杞憂しておられた。だから色々と話してたわけだ」 「なんであんたに相談するのよ!? 有希や古泉君がいるじゃない!!」 ハルヒはずかずかとこちらに歩を進め、俺は思わず後退りしているうちにいつの間にか背が壁と触れ合っていた。こいつも怒ったような表情したり捨てられたら子犬のような寂しげな表情したりと忙しい奴だ。ガムを噛んだ息でも嗅いで「いいじゃない!」と言って笑ってればいいものを。 「長門は‥‥えー、ほら、あいつ文芸部に所属してるぐらい本が好きだろ? 部室内でもひたすら本読んでるし、あんまり他のことに関心を向けてない‥‥かもしれない! って朝比奈さんは思ったのかもな」 「有希はそんな薄情な子じゃないわよ!」 分かってるさ。多分長門が一番皆の状態を把握してる。 「古泉は単純に‥‥家が遠かったんじゃないか?」 「‥‥‥‥」 けれどこれだと、それだったら3人が一緒に帰ってる時に話せば良かったじゃない! と突っ込まれたら終わりだ。言ってから気づいたが、トゥーレイト。 「要は、ハルヒ本人に知られなきゃ誰でも良かったのさ。朝比奈さんは陰ながらハルヒに元気を出してもらおうと頑張ってたというわけだ」 「そうだったのね‥‥全く。みくるちゃんったら、そんなこと気にしてたのかしら! 団長本人に聞かなかった罰よ。今度お返しに新しい衣装着せるんだから‥‥」 しかしハルヒが肝心なところで単純なのは助かった。それにしても朝比奈さんに新しい衣装か。そろそろ冬になるんだし、サンタの衣装にして欲しい。朝比奈さんがサンタコスチュームを身に纏えば、本物サンタクロースでさえ恐れ多いことだ。有無を言わず退散するだろう。ただしプレゼントは置いていってくれよな。 そうやって、漸く俺が一難去った喜びを朝比奈サンタを想像して噛み締めていると、ハルヒが第二の核爆弾を追加直撃をさせてきた。 「じゃあ、あんたは何であたしに気を使うの?」 しまった、っという言葉を寸でのところで飲み込んだのは我ながら勲章ものだ。誰でもいいから俺に賞をくれ。 「ねえ、なんでよ‥‥?」 だが賞は誰からも授かることはなかった。俺の耳に届いた言葉は授与式の司会者の声ではなく、不安そうなハルヒの声。 まるで、自分が俺に何か気に障るようなことをしたか気にかけるような、そんな声音だった。 「あの、そのだな‥‥‥」 ‥‥ここで少し考えてみてほしい。放課後、それも下校間際の時間帯だ。部活や居残りさせられていた生徒達はようやく帰宅時間かと安堵やら残念な思いをしながら長い長い坂道を下る頃であろう時間。そんな学校には誰もいない時間帯。強いて言うなら残っているのがほとんど教師しかいないような時に、ただでさえ人気のない旧館の2階でそれなりに‥‥というよりも黙っていさえいれば朝比奈さんと双璧をなすほど容姿を持つ、お偉く気の強い団長様が1人の一般男子生徒を壁へ追い詰め、こんな不安そうな触れたらその繊細なガラス細工が壊れるような表情をしていてだ。君は何も感じないか? 夕暮れの明かりも消えかけて、残るはそろそろ取り替えた方が無難な電灯の心許ない明かりがあるだけで、状況だけで言うならばこれほどドキドキする場面はそうそうないような事態で何も思わない奴がいるのか? だとしたら、そいつは鈍感ってレベルじゃねーぞ。 まるで今までのハルヒとの会話はこの時のためにあったんじゃなかろうか。今がそうなのか。今が言うべき時か? これほど、誰かがお膳立てでもしたんじゃないかと疑うようなベストコンディションはもう残り6日間の内には必ずといっていいほど無いだろう。 今、逃したらもう言うチャンスがきっとない。地球が滅ぶか滅ばないかは今まさにこの瞬間にかかっている。俺の手のひらの中にある。 ゴクリ、と唾を飲む。 言うしかない。いいか、俺。逃げはなしだ。ここで「俺はお前に気なんか使ってないぞ」なんてのは御法度だぞ、OK? 地球がどうにかなるかならないかの瀬戸際なんだ。地球が太陽系の惑星から消えるなんて嫌だろ、どっかの星みたいに。さあ言え。言えったら。 言え!! 「‥‥‥‥」 「‥‥キョン?」 問いに答えない俺を見て、ハルヒは首を傾げながら俺の顔を覗きこんだ。可愛い仕草も出来るんだな、ハルヒ。 ってのはどうでもいい。俺は骨の髄までチキンらしい。しかしこの際チキンでも構わない。俺の中である疑問が生まれたのだ。俺は今、猛烈に自分自身が告白するようにせがんでいる。何故だ? 地球が滅びるからか? でもそれって本当か? 本当に地球のためを思って告白云々を考えていたのか? 我ながら自分の思想さえコントロール出来ないのかと世間の人から罵詈雑言が飛んできそうだが、まさにそうかもしれない。 つまりだ。 俺の思想さえもをハルヒが操っていたとしたら、どうする? わけ分からんことを言うな。まさにその通りだ。そんな哲学書みたいな思想、俺なら5秒で飽きる。しかし今回ばかりは匙を投げっぱなしというわけにはいかない。そうだ。 『古泉君の考えは、涼宮さんの意志によるもの‥‥』 『涼宮さんは能‥‥』 朝比奈さんの言葉が途切れ途切れに思い出される。ハルヒが能力を使い、他人の思考さえも我が手の物に出来るかもしれないという可能性があるのだ。今切に告白したがっているのは俺の意志ではなく、ハルヒがそう命じているから‥‥‥? ‥‥‥あほらし。哲学書を読み過ぎたか。 俺の意志にしろハルヒが告白されたがっているにしろ、どちらにせよ閉鎖空間を抑えるための方法はただ一つ。言うしかないのだ。 言った後の結果が怖いとか、今までの関係が良いとかそういう深層心理から生み出された逃げだろ。その点については安心しろ。ハルヒは告白されて断った試しがないらしい。もしかしたら5分後に振られたという最高記録を抜かして5秒で振られるという最新記録を生み出すかもしれないが、何はともあれ言わなきゃ始まらない。 ‥‥‥言うぞ。どうせならカッコ良く言えよ。 「ハルヒ」 「‥‥何よ?」 人生経験上、女性と付き合った試しがない。強いて言うならば妹の友達と映画を見に行ったが、あれは別だ。ともかく、告白の時に一体どんな前振りをすればいいか分からない。古泉ならそういうのがホイホイと出てくるだろうが、生憎今だけはあいつには頼りたくない。というより誰にも知られたくない。 俺はハルヒがまるで逃げないようにするがために肩を掴み、じっとハルヒの視線を捉えた。ハルヒも今が一体どういう空気なのか読んだ‥‥かは知らんが、何も言わず俺の眼を見つめ返す。5月の俺すげーな。よくあの唇にキスしたもんだ。 ‥‥‥他の言葉はいらない。なんで気を使ってるのか聞かれて告白するというデタラメな順序もこの際無視だ。胸が高鳴ってくる。意志では抑えれそうにない。だが、たったその一言で、この不可解な動きをする鼓動も地球も処方箋いらずで助かるというのなら、‥‥‥ 「ハルヒ、」 もう一度呼んだ。 返事はない。構わん。 「」 気のせいだろうか。声が聞こえた。もちろん俺のではないし、ハルヒのうろたえた声でもなかった。 ふと隣を見るといつの間にかドアが開いており、まるで最初からそこにいたと言わんばかりにそいつは立ったままこちらを見ていた。 見覚えのある瞳だ。無機質と無感動を貫いた闇色に染まる確かな水晶体。 「長門‥‥‥」 そう、そこには長門がいた。 「忘れ物をした」 言い訳を言うかのようにそう付け加えると、長門は足音もなしに定位置へと進んでいった。いつも長門が座っているパイプ椅子の上には分厚いハードカバーの本が置いてある。さっきまでそんなものあったか? 長門がもう一度こちらを見つめ、今し方の光景が何を意味するか観察兼分析しているように見えた。まあ長門なら最初から分かっていそうだが。 それでも人間ってのは不思議なもので、そんなに見つめられるとつい条件反射でお互い体を離し距離を置く。恥ずかしくてあまりハルヒの方が見れないが、ちらっとだけ見ると肩のところにシワが寄っていた。どうやら相当強く掴んでいたようだ。 「下校時刻」 そうポツリと呟くと、俺たちの視線を促すよう長門は時計を見つめた。 「あ‥‥ああ。そうだな‥‥‥」 ‥‥‥‥何故、邪魔をしたんだ長門。 これまでの経験から分かる。長門は意味のないことなどしない。確かに、夏の合宿で部屋に入る入らないの際に意味なし問答を繰り広げたさ。だがあれは長門なりのジョークともとれないことはない。 じゃあ、聞くが。今回は何故だ。なんで長門は邪魔をした。地球が消えるか消えないか、俺が死ぬような思いで悩んできてようやく決心が出た答えを何故×にした。何故なんだ。教えてくれ長門。 「そ、そうよ!! もう下校時刻じゃない!? キョン、有希。帰るわよ!!」 ハルヒはそう言い、自分の鞄をひっ掴むとまるで俺から離れるように先に部室を出た。その行動は何故だか分からないが意味もなく俺を傷つけた。 そんな感傷に浸るか浸らないかの刹那だ。長門が瞬間的に俺のブレザーポケットの中に何かを突っ込ませた。一瞬だけ見えたが、あれはしおり‥‥? 「ほら、有希もキョンも。早く帰るわよ!!」 ハルヒがひょこっと顔を覗かせ、俺たちにそう呼びかける。長門は何も答えず部室を出て行き、俺は長門の背を追いながらもポケットの中の物の感覚を弄っていた。 意味があるんだな、長門。信じてるぜ。 俺も鞄を背負った後、明かりを消して部屋の外へと足を進めた。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅳへ
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姉妹編『長門の湯』『鶴屋の湯』『一樹の湯』『みくるの湯』もあります。 ====== 『ハルヒの湯』 「何よ、ホントに当たり入っているの? 全部はずればっかりじゃないでしょうね!」 商店街の福引のガラポンのハンドルを無意味に力いっぱい握り締めたハルヒは、苦笑いをするしかない係りのおっちゃんに文句を垂れている。 「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。まだ、特賞も一等賞も出てないから、安心しな」 「ふん、ホントかしら」 そのとき、コロンと出た玉は、また白、つまり今度もはずれだった。 「ほらーー」 「ほい、またティッシュ。あと一回だよ」 ハルヒ連れられた俺たちSOS団の面々は、映画の撮影でお世話になった商店街の大売出し協賛の福引コーナーに来ている。どこで手に入れたのかはあえて聞かないようにしているが、ハルヒは十枚もの福引券を持って、ガラポンに戦いを臨み、そして九連敗中だった。 特賞は五十インチの薄型テレビ、一等は温泉・カニツアーのペア宿泊券が当たるらしいが、今のところは末等のティッシュの山を築くのみだった。 「もういいわ、最後の一回、あんた引きなさい」 「お、俺?」 いきなり俺を指名するなよ。どうせ俺が引いたところではずれしか出ないだろう。 「いやだよ、お前が最後までやれよ」 「なによ、栄えあるトリの権利をあんたに譲ってあげようって言ってるんだから、謹んで受けなさい」 ここで最後に俺がはずれを引いても、ハルヒがはずれを引いても、結局俺の責任にされて、いつもの茶店で奢らされそうな気配がぷんぷん漂っている。ふん、それなら素直にはずれを引いてやるぜ、ティッシュ、山分けしろよな。 俺は、無造作にハンドルを掴むと、これまた無造作にぐるりとまわして、ポトリと転がり出てきた玉の色を確認した。 赤――。 一瞬の静寂がその場を包んだ後、おっちゃんは手に持った鐘を派手に打ち鳴らして叫んだ。 「いっ、一等賞―――」 賞品となった温泉地は結構有名なところだった。 こじんまりした町の真ん中を流れる小さな川の両岸に、古風な温泉旅館が軒を連ねている。何軒かは改築されて、今風のホテルになっているものもあるが、お おむね古の佇まいを残しており、川のほとりの柳並木の遊歩道と、所々にかけられている石造りの橋とあいまって、町全体から古風な温泉街の雰囲気と温泉饅頭 を蒸している湯気が漂っている。 俺が当てたペア宿泊の権利なんだから是非朝比奈さんと二人で、なんて思いが通じることは当然なかった。だからといって、俺とハルヒがペアで行ける訳でもない。 ハルヒは残り三人分の参加に関する諸々の交渉については古泉に一任し、古泉もその要求を否定することはなかった。いつもすみませんね、機関のみなさん。 そんなわけで、SOS団は五人揃って、この風情あふれる温泉街のカニ料理旅館に来ているわけだ。 ひとまず宿にチェックインした後、俺たちは浴衣と丹前に着替えて外湯めぐりスタンプラリーに出発ことになった。 「七つある外湯を全部回ってスタンプを集めると記念品がもらえるの。みんな、夕食前の腹ごなしにがんばって回るわよ!」 朝比奈さんの手を引っ張って先頭を行くハルヒに続いて、俺たちは湯けむり溢れる温泉街を歩いていた。街の中では、俺達と同じように外湯巡りを楽しんでいるらしい浴衣姿の温泉客が夕暮れ間近の川沿いの散策を楽しんでいる。 「どうせ、男女で一緒には回れないから、ここからは自由行動よ。じゃあね、キョン」 少し先で振り返ったハルヒは、朝比奈さんの手をとったまま、右手の建物の中に消えていった。そのあとを無言の宇宙人は振り返ることないまま続いていった。 当然のように、男チームと女チームに分かれて行動することになるわけで、結局、俺は古泉と行動を共にするだけだ。くそ面白くもない。 「やれやれ」 「おや、今日はもう『やれやれ』が登場しましたね」 「ふん」 「我々はもう少しむこうの外湯から攻めることにしましょうか」 「どうでもいいよ」 「つれないですね。温泉はお嫌いですか?」 隣の古泉はやや大げさに驚くような仕草を見せながら、 「僕は好きですよ。この典型的な温泉地の雰囲気、いいじゃないですか。気楽に楽しみましょう」 「うん、まぁ、それはそうだな」 温泉は好きだぜ、もちろんだ。これがお前と二人ではなくて、朝比奈さんと一緒であれば俺のテンションはウナギ上りなんだがな。何が悲しくて野郎二人だけで、温泉のはしごをしないといけないんだよ。 とりあえず、古泉の言うようにこの街の雰囲気は堪能させてもらおうか。 そうして三つめの外湯までは古泉と一緒に回ったのだが、ぶっちゃけ古泉と男二人ではモチベーションは下がる一方なので、より気楽に単独行動しようぜ、ということで話がまとまった。 「では、僕はあっちの外湯に行ってみます。また、後ほど」 「おう、またな」 古泉と分かれた俺が次の外湯を目指して遊歩道を歩いていると、横の通りから飛び出してきた浴衣の固まりとぶつかりそうになった。 「ちょ、ちょっとー、ぼんやり歩いているから誰かと思ったらキョンじゃない。もう、危ないじゃないのよ!」 ハルヒだった。どこに行っても鉄砲玉な女だ。 「飛び出してきたのはそっちだぜ。一時停止違反だ」 俺はハルヒの衝突を物理的にも言葉的にも交わしながら、 「ん、どうした、お前一人なのか? 朝比奈さんや長門はどうした?」 えっ、という感じで不意を突かれたハルヒは、体勢を立て直すと、 「みくるちゃん、温泉に興奮しちゃってのぼせ気味になったから、有希が旅館まで連れて行ってくれたわ。有希も本が読みたいらしいしね。湯船の中では読めないから」 そう言ってハルヒは俺のことをジロリと見上げて言葉を続けた。 「そう言うあんたも一人? 古泉くんはどうしたの」 「いつまでも男二人でつるんでいてもつまらんからな、別行動にしたんだ」 「あ、そ」 そっけなく返事したハルヒは、浴衣の帯あたりに両手を当てて、 「幾つ回ったの? コンプリートした?」 俺は手に持ったスタンプラリーの用紙に目を落とすと、 「いや、まだだ、あと四つだ」 「なによー、まだ三つしか回ってないの? あたしはあと二つよ」 なるほど、その勢いで温泉をはしごしたら、朝比奈さんものぼせるはずだな。 「でも、みくるちゃんじゃないけど、さすがにちょっと疲れたわね」 そりゃそうだろうさ。 「ねぇ、キョン、冷たい飲み物買って来てよ。あたしはあそこで待ってるからさ」 ハルヒが指差す先は、温泉街を貫いて流れるせせらぎに架けられた橋の上に設置されたベンチだった。 まぁ、確かに俺も、温泉で火照った体を冷やす飲み物が欲しいと持っていたところだ。仕方ないがついでに何か買ってやるか。 「わかったよ」 「ノンシュガーのすっきり系でお願いね」 「へいへい」 とりあえずゼロカロリーの炭酸飲料を二本買って指定された橋の上に戻ってみると、読書中の長門の様にちょこんとベンチに腰を下ろしたハルヒは、右手で軽く髪をかき上げながら、風に揺れている柳の枝葉を見つめていた。 立て続けに五つの温泉に入ったおかげで、少ししっとりした髪にわずかに桜色に染まった頬、浴衣のすそに覗く白い素足の草履姿も――、 ううむ、いい感じに絵になっている。 趣の有る風景をバックにして、ただじっと座っているハルヒは、やっぱりかなりのレベルの美人であることは確かだな。性格的なことさえ考慮する必要さえなければ……。 そんなハルヒの姿に一瞬見とれた後、俺はハルヒの隣に腰を下ろした。 「ほれ、買ってきたぞ」 「うん、ありがと」 プシュっとプルタブを起こし、乾杯、と缶をコツンと合わせて、よく冷えたコーラの喉越しを味わった。 うまい! 「ぷふぁー、おいしいわねー」 俺と同じ感想を口にしているハルヒは、さらに、 「やっぱ、こういう時はビールがおすすめなのかもね」 なんてことまで言ってるし。確かにその点においても同感だけどな。 ごくごくっと缶の半分ほどを一気に空けて、ほっと一息をつくことができた。隣のハルヒも大きく息を吐くと、手に持った缶をぼんやり見つめている。 「どうした、やっぱり疲れたのか? 温泉に入って疲れているのは本末転倒だな。だいたい入浴するだけでも体力は結構消耗するらしいから」 「うん、そうね。さすがに五つも連続で入ると、ね」 朝比奈さんは三つ目で脱落したらしい。長門ならまったく平気のはずだが、今回は朝比奈さんにかこつけてうまく逃げたようだ。こういうのも自律進化の一つなのだろうかね。 「スタンプラリーなら、晩飯食ってからでも間に合うだろ。今、あわてて全部回る必要はないと思うぜ」 「そうするわ。古泉くんにもとりあえず中断って連絡入れておいてね」 「わかったよ」 「でも、おかげでいい感じにお腹も減ってきたし、次はカニのフルコース巡りね」 振り返ったハルヒは、力強く肯いた。 残りのコーラを飲み干す頃には、西の空を染める赤がさらに色濃くなっていった。ゆっくり流れる風も、わずかに冷たさを増したようだ。 俺は、うーん、と夕焼け空に向かって両手を突き上げて背筋を伸ばしながら、搾り出すように率直な感想を口にした。 「やっぱ、温泉はいいよな。毎日じゃなくてもいいが、週に一回ぐらいは、のんびりと温泉にはいれるような生活をしてみたいもんだ」 伸ばしていた両手をだらんと下ろして、隣のハルヒに視線を向けると、ハルヒは少しあきれたような表情で俺のことを見つめていた。が、すぐにその大きな瞳の中に怪しげな輝きが煌き始めたのがわかった。 しまった、俺は妙なトリガを引いてしまったのか? 「そうね、帰ったら温泉を掘るわよ」 「な、なんだって?」 「学校に温泉を掘るの。だいたいあの周りは名水で有名な土地柄だし、そもそも日本中どこでも掘れば温泉は出るはずだしね。そうすれば毎日でも温泉に入れるわ!」 今にも浴衣の袖を捲り上げて襷をかけて、スコップを持って走っていきそうな勢いでベンチから立ち上がったハルヒは、空いた口がふさがらないまま座っているだけの俺を見下ろすと、 「なにアホ面してんのよ。早速、古泉くんに頼んで、ボーリング道具を手配できないか探してもらうわよ」 「待て待て待て待て!」 そんなことを古泉に話したら、本当に温泉採掘用のボーリング道具を積んだトラックで、新川さんと森さんが学校にやってくるに違いない。 「バカな事はするなって。勝手に学校に温泉なんか掘るやつがあるか」 「いいじゃない、それぐらい。別に減るもんじゃないし」 減るんだよ、俺の神経が……。 「さ、行くわよ!」 「おいおい、だからちょっと待てって。別に今ここで動かなくても……、まずは夕食のカニを堪能してだな……」 ハルヒは俺の腕を引っつかむと馬鹿力で柳並木の遊歩道をずんずん進んでいく。 俺は、どうやってハルヒを止めようかと思案しながら、それでも少しぐらいは学校に温泉が出ることも期待しつつ、ぽつぽつと街灯に明かりが燈りだした温泉街を引きづられるように駆けて行くしかなかった。 遠くない将来、あの文芸部室が『ハルヒの湯』としてオープンする日が来るのかもしれない。 Fin.
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「あんた・・・誰?」 俺に向かってそう言ったのは涼宮ハルヒだ。 あんた?誰?ふざけてるのか?嘘をつくならもっとわかりやすい嘘をついてくれよ! だがハルヒのこの言葉は嘘でも冗談でもなかった。 この状況を説明するには昨日の夕刻まで遡らなければならない。 その日も俺はいつものように部室で古泉とチェスで遊んでいた。 朝比奈さんはメイド服姿で部屋の掃除をし、長門はいつものように椅子に座って膝の上で分厚いハードカバーを広げている。 ハルヒは団長机のパソコンとにらめっこしている。 いつものSOS団の日常だった。 「チェックメイト。俺の勝ちだな古泉!」 俺はいつものように勝利する。 「また負けてしまいましたか。・・・相変わらずお強いですね。」 微笑みながらこっちをみる古泉。 俺が強い?言っておくが俺は特別強くなんかないぞ!おまえが弱すぎるんだよ古泉! まぁこの微笑野郎が本気でやっているかどうかは疑わしいもんだが。 そうだったら腹がたつな! 「今日はここらでやめとくか。」 「そうですね。続きはまた明日とゆうことで。」 ニコニコしながらチェスを片付け始める古泉。 すると長門がハードカバーを閉じる。 同時に下校の予鈴が鳴った。 ハルヒが立ち上がって鞄を肩にかける。 「さぁ、あたしたちも帰りましょ!」 ハルヒの号令に俺たちは帰宅の準備を始める。 「たまにはみんなで一緒に帰りましょ!」 ニコニコしながら腕を組んでいるハルヒ。 「そうだな、たまにはいいかもしれないな。」 今思えばこのときが運命の分かれ道だったのかもしれない。 帰りの支度を終えた俺たち5人はいつもの坂道を下り始めた。 先頭に俺、隣にハルヒ、俺の後ろに朝比奈さんと古泉がいて最後尾に長門がいる。 「ねぇ、キョン。あんた土曜日ヒマ?」 ハルヒが歩きながらこちらを向く。 土曜日か…ヒマと言えばヒマなんだが俺には睡眠という名の立派な業務がある。 「まぁどうせヒマでしょ?あたし叔父さんから映画のチケット2枚もらったのよ!特別にあんたを招待してあげるわ!」 正直俺は映画館のあのかったるい感じが嫌なのだがハルヒにしちゃまともな誘いだ。特に断る理由もないだろう。 「映画ねぇ。別にいくのはいいんだがどんな映画を見に行くんだ?」 こいつのことだからSF物かもしくはホラーか?まぁそれなりに楽しめる内容だといいんだが。 「あ、あたしもまだどんな映画だか知らないの。」 「チケット貰ったならタイトルくらいわかるだろ?」 そう返すと何故かハルヒは顔を赤くする。 「べ、別にいいじゃない!どんな映画でも!」 嫌な予感がするな。こいつがタイトルを言えない映画ってなんだ? まさか恋愛ラブストーリーだったりしてな。 「と、とにかく土曜日空けときなさいよ!」 まぁいいか。 ハルヒがどんな顔して恋愛ものを観るか楽しみでもある。 そんな会話を俺とハルヒがしていると聞いていた古泉が微笑声をもらしながら近づいてきた。 「お二人方、週末は映画館でデートですか。お熱いですねぇ。」 うるさい古泉。おまえはいつも一言多いんだよ。 「デ、デートじゃないわよ!キョンはただのオマケなのよ!勘違いしないで頂戴古泉君!」 そこまでむきになって否定しなくてもいいと思うが… 「そうゆうことにしておきましょう。」 ハンサム野郎は再び微笑して頷いた。 ここまでは普段どおり何ら変わりはなかったが事件はこの後起きる。 坂道を下ると大きな交差点にぶつかった。 信号は青だ。 俺はハルヒの誘ってきた映画のことを考えながら渡り始めた。 このとき俺がよくまわりを見て渡っておけばあんなことにはならなかったかもしれない。 突然、大きなブレーキ音とともに俺の横に一台のバイクが突っ込んできた。 「危ないキョン!」 ハルヒは俺に飛びついて俺を転ばせた。 俺とハルヒはそのまま転がる。 危機一発。俺は寸前のところでハルヒに助けられたようだ。 「・・・っ・・・なんて乱暴な運転しやがる・・・」 俺は体を起こしながら辺りを見る。 「大丈夫ですか!?」 古泉たちが駆け寄ってきた。 「・・・なんとかな。ハルヒ助かったぜ!」 俺はそう言いながら隣に倒れこむハルヒを見た。 ハルヒは道路に倒れこんだまま目を瞑っている。 「おい!ハルヒ?」 ハルヒは応答しない。 その場にいた全員が言葉を失った。 ハルヒはぐったりして目を瞑ったままだ。 「お、おいハルヒ!しっかりしろ!」 ハルヒの体を抱き寄せ問いかけるが返事はない。 「動かしてはいけません!」 そう言って古泉は電話を取り出し救急車を呼ぶ。 なんでこんなことに… 「頭を強く打ってます!もう少しで救急車が到着します!あまり動かさないで下さい。」 真剣な顔で古泉は俺を見つめる。 すると長門が俺とハルヒの前に来るとハルヒの頭に手をかざした。 なにやら呪文を唱えているようだ。 そして俺を見ると一言だけ発した。 「心配いらない。傷は塞いだ。」 長門がそう言ってくれたおかげで俺は平静を取り戻した。 長門が大丈夫だと言うんだ。すぐにハルヒは目を覚ますだろう。 俺が安心すると大きなサイレンと共に救急車が到着した。 救急隊員がハルヒを担架に乗せると救急車の中に運んでいった。 「僕たちも付き添いましょう!」 古泉の言葉で俺たちもハルヒに付き添い病院に向かう。 救急車の中では救急隊員がハルヒの口に人工呼吸器をあてている。 俺は先ほどの長門の言葉を頭の中で何度も自分に言い聞かせながら平静を保っていた。 病院に着くとハルヒは緊急治療室に運ばれていった。 俺たちはロビーで待つことにする。 「ぅ・・・ぅぇ・・・涼宮さぁん・・」 朝比奈さんはさっきからずっと泣いており古泉がそれをなだめている。 「長門さんがあの場で治療してくれたおかげで涼宮さんはほとんど無傷です。心配いりませんよ。」 そう言ってる古泉だがいつもの笑顔はない。 「とりあえず今は待ちましょう。僕たちにできることはそれしかありません。」 どれくらいの時がたっただろうか。気がつくと辺りはすっかり暗くなってる。 すると治療室から医者がでてきた。 真っ先に古泉が医者に駆け寄る。 「彼女のお友達の方々ですか?」 「えぇ、先生。彼女の容態はいかほどでしょうか?」 古泉はいつになく真剣な顔だ。 「心配いりませんよ。頭を強く打っていますが奇跡的に無傷です!すぐに目を覚ましますよ!」 「そうですか。ありがとうございました。」 古泉は医者に会釈すると俺たちにやっと笑顔を見せた。 「よかったです。長門さんのおかげですね。」 ようやく朝比奈さんも泣き止んだ。 俺は長門に顔を向けると長門は相変わらずの無表情だった。 「長門。ありがとう。」 長門は淡々と答えた。 「涼宮ハルヒは大事な観察対象。万が一のことがあっては困る。」 ありがとな長門。お前はそう言っていても俺にはお前に対する感謝の気持ちでいっぱいだ。 「皆さんこれからどうします?僕は今から涼宮さんのご両親に連絡してきますが。」 どうする?決まってるだろ? ハルヒが目を覚ますまでそばにいるさ!いつだったか俺が入院したときもあいつはずっとそばにいてくれたんだからな。 「俺はしばらく病院に残るよ。」 「わかりました。では僕は電話してきます。」 あとはハルヒが目を覚ますのを待つだけだ。 俺は朝比奈さんと長門を連れてハルヒが運ばれた病室へ入った。 人工呼吸器を口につけたまま眠っているハルヒ。 俺はそんなハルヒに心の中で声をかけた。 おいハルヒ!さっさと起きてくれよ。お前がいないとSOS団はどうなるんだよ。それに映画に一緒に行く約束もしただろ!お前が寝たままじゃチケットが無駄になるだろ! 第一俺を庇ってくれたことの礼も言いたいんだよ。 だからさっさと起きろ! 言いたいことはまだあるんだ。 しばらくすると古泉が戻ってきた。 「涼宮さんのご両親がもうすぐ到着されます。おそらく僕たちは邪魔でしょう。今日のところは帰りましょうか。」 ハルヒが目覚めるまでそばにいたかったがハルヒの両親に迷惑をかけるわけにもいかない。 「仕方ないな。今日は帰ろう。」 俺たちは病院を後にして解散した。 翌日になると俺はいつものように学校に向かった。 坂道を駆け足で登り校舎に入る。 そしてクラスに入る。 だがハルヒの席にハルヒはいない。 やがてHRが始まり担任の岡部が切り出した。 「えぇ、涼宮は昨日交通事故に遭って頭を強く打ったそうだ。怪我はないらしいが今日は大事をとってお休みだ。」 クラスが騒然とした。 だがすぐにいつもの空気に戻る。 その後俺は授業を受けたがやはりハルヒが後ろにいないとなんだか物足りないな。 「ねぇキョン!いいこと思いついたわ!」 そう言ってつついてくるハルヒが途端に恋しくなったな。 結局俺は授業など上の空って感じであっという間に1日が過ぎた。 廊下にでると古泉と朝比奈さんと長門が俺を待っていた。 「先ほど病院から連絡がありました。涼宮さんが目を覚まされたようですよ。」 「本当か古泉?」 「えぇ。僕たちもすぐに病院に向かいましょう。」 やっと目を覚ましてくれたかハルヒ… お前のいない学校はつまらなかったよ。 そんなことを思いながら俺たちは病院に向かった。 ハルヒの病室に着くと俺は昨日のことをどうハルヒに謝ろうかと考えながら扉をノックした。 「どーぞ!」 ハルヒの元気な声を確認して俺は安心した。 ゆっくりと病室の扉を開けるとそこにはベッドの上でしかめっ面をして腕を組むハルヒがいた。 俺たちは病室に入り扉を閉めた。 「ハルヒ。もう大丈夫なのか?」 ハルヒはしかめっ面のままこちらを凝視していた。 「あんた・・・誰?」 俺は耳を疑った。 あんた誰?何言ってんだよこいつは。 ちっとも笑えないぞ! 「は?」 「は?じゃないわよ!勝手に人の病室に入ってこないでよ!」 「せっかく見舞いに来てやったんだ。なんの冗談だよ?」 ハルヒは表情を変えない。 「見舞い?なんであたしの知らない人間が見舞いに来るのよ!」 どうゆうことなんだ?俺を知らない? すると古泉がいつもの笑顔で話かける。 「お元気そうで何よりです。涼宮さん。」 ハルヒは不思議そうな顔で古泉を見る。 「なんであんたもあたしの名前知ってんの?どっかで会ったかしら?ああ、そういえばそれ北高の制服ね。」 全くもってわけがわからん。誰か説明してくれ! 突然古泉が俺の耳元で囁く。 「一旦出ましょう。わけは外で説明します。」 俺たちは古泉の言うとおり一度出ることにした。 ロビーに移動した俺たちに古泉が語り始める。 「先ほどの涼宮さんの奇妙な言動ですが、記憶喪失と考えると全てつじつまが合います。」 「記憶喪失だって?ハルヒはホントに俺たちのこと忘れちまったのか?」 「えぇ、それも僕たちSOS団のことだけをね。」 「俺たちだけ?なんでそんなことがわかる!」 「涼宮さんはご両親とは普通に話してるようですし涼宮さんは北高のことを知っていました。なので消えてる可能性があるとしたら僕たちSOS団に関する記憶でしょう。」 ハルヒの中から俺たちだけの記憶が消えた?なんでそんなややこしいことになっちまったんだ。 「おそらく僕たちとの思い出が涼宮さんにとって一番大事なものだったからでしょう。それが優先的に消されてしまったのです。」 「元には戻らないのか?」 「わかりません。突然思い出すこともあるようですが・・・」 とりあえずもう一度涼宮さんの病室に行きましょう! 俺たちは再びハルヒの病室にやってきた。 古泉がノックをする。 「どーぞ!」 こうなりゃやけだ!意地でも俺たちのことを思い出させてやる! 扉を開けるとしかめっ面のハルヒ。 「またあんたたち?あたしに何の用なのよ!」 俺は手当たり次第ハルヒに質問をぶつけてみることにした。 「なぁ、谷口って知ってるか?」 何故か最初に谷口が浮かんだ。 「谷口?あのバカがどうしたのよ!」 なるほど谷口は覚えてるのか。 「じゃあ国木田って知ってるか?」 「国木田?ああ谷口といつもつるんでるやつね?」 国木田は俺と同じ中学だ。ハルヒは中学の国木田を知らないはずだ。 つまりハルヒには北高の記憶はあるということだ! 俺はハルヒを追い詰める。 「じゃあお前の席の前に座ってるやつは誰だ?」 ハルヒはその場で考えこみ始めた。 「・・・あたしの・・前?・・思い出せないわ。なんで?」 なるほど… やはり俺たちだけの記憶がないらしい。 「・・・なんで思い出せないの?・・・っていうかあんたたちは誰なのよ!」 「お前と同じ学校のもんさ!俺はキョン。こっちが古泉で、こっちが朝比奈さん。こっちが長門だ。」 なぁ思い出せよハルヒ!お前だけが一方的に俺たちを忘れるなんて許さないぜ! 「あまり考えさせるのもよくありません。また出直すことにしましょう。」 ここは古泉言うとおりにしておこう。 「じゃあなハルヒ!明日学校でな!」 「ち、ちょっと待ちなさいよ!まだ話は終わってないわ!」 ハルヒの言葉を無視して俺たちは強引に病室をでた。 全く勝手なやつだ。俺たちだけのことを一方的に忘れやがって。 「まぁいいではありませんか。涼宮さんがご無事だったのですから。焦る必要はありません。」 「だがなぁ」 「涼宮さんは明日から登校してきます。きっと明日思い出してくれますよ。」 今日の古泉の言葉には妙に説得力がある。 「そうだな。今日は帰るか。」 そうして俺たちは解散することにした。 その日の夜、俺は明日ハルヒの記憶を取り戻すための作戦を考えていた。 ハルヒの記憶を戻す方法はある。 それは俺はジョン・スミスだと言うだけでいいんだ。 だがそれを使うと今までのことや俺たちのことを全てハルヒに話さなければならない。 下手するとハルヒの力が暴走する。 だからこの方法だけは避けたい。 そんなことを考えながら翌日になった。 今日はきっとハルヒが来る。 俺は急いで学校に向かった。 駆け足で教室に入るとハルヒの姿があった。 椅子に座り腕を組んでまわりをじっと睨んでいる。 まるで一年前ハルヒと出会ったときのようだ。 「よう!体はもう大丈夫なのか?」 俺は自分の席に座りハルヒに話しかけた。 「あんた昨日の!なんであんたがここにいんのよ?」 「ここは俺の席だ。」 ハルヒは戸惑った顔をしている。 今までいろんなハルヒの顔を見てきたがこんな顔は初めてみたさ。 正直可愛かったね。 「・・・っ・・思い出せないわ。あたしが忘れてるのはあんたなの?」 頭を抱え込んでるハルヒ。 「いずれ思い出すさ。」 俺はそう言って前を向いた。 それからのハルヒはずっと空を見て考えこんでいた。 思い出してくれよハルヒ。俺たちのことを。 それから時間は流れ昼休み。 俺はハルヒを部室に連れていくことにした。 「ハルヒちょっと来てくれ!」 ハルヒの手首を掴み強引に部室まで引っ張っていく。 「ち、ちょっとなによ!」 ハルヒの言葉に俺は耳を貸す余裕はない。 「・・・文芸部?なんでここに連れて来たのよ!」 文芸部。つまりSOS団の部室だ。 「今日からここがあたしたちの部室よ!」 一年前ハルヒがこの部屋でそう言った日からSOS団は始まった。 扉を開けるとそこには朝比奈さん、長門、古泉がいた。 ハルヒを中に入れ俺は問いかけた。 「どうだ?この部屋覚えてないか?」 ハルヒは少し考えこむと 「・・・わからないわ。・・でも・・・なんか懐かしい感じがするの・・」 よかった。連れてきた甲斐があったみたいだ。 毎日通った部室だ、ハルヒの体が覚えているんだろう。 「涼宮さんはこの部屋で団長をやっていたんですよ。」 古泉と朝比奈さんが壁に貼り付けられた写真を指差した。 夏合宿のときに孤島で撮った写真だ。 「これ・・・あたし?なんで?・・・思い出せない。」 まるでおもちゃを無くした子供のような顔で写真を見つめるハルヒ。 「俺たちはここでお前のつくったSOS団として活動してたんだ。その写真が証拠だよ。」 ハルヒはやがて無言になる。 しばらくの沈黙が流れやがてハルヒが切り出す。 「SOS団だとか・・・団長だとか・・・わけわかんない・・」 今にも泣き出しそうな顔でそう言うと走って部室を出ていった。 「・・・ハルヒ」 出ていった瞬間ハルヒが遠くに離れてくような感じがした。 「仕方ありません。いきなり現実として受け入れるのはいくら涼宮さんでも難しいでしょう。」 古泉も珍しく寂しい顔をしている。 すると俺の服を掴むやつがいた。 長門だ! 「長門?」 長門は無表情のままこちらを向く。 「涼宮ハルヒの精神状態が不安定になったことでこの部屋の空間を構成している力のバランスが崩れようとしている。」 よくわからないがそれがまずいことだってことは俺にもわかる。 古泉が神妙な面もちで言う。 「とにかく放課後対策を練るとしましょう。」 結局その日ハルヒは教室に戻って来なかった。 放課後俺は再び部室に向かった。 部室にはすでに3人の姿がある。 古泉が真剣な顔でこちらを見ている。 「涼宮さんは?」 「ハルヒは結局帰って来なかったよ。」 古泉と朝比奈さんは何か深刻な顔をしている。 「困ったことになりました。先ほど機関から連絡があったのですが世界中で大規模な閉鎖空間が発生してるようです。」 「なんだって?」 「おそらく涼宮さんの精神状態が不安定になったことで発生したのでしょう!このままではこちらの世界とあちらの世界が入れ替わってしまいます。そうなる前に涼宮さんを見つけなくてはなりません。」 くそっ!こんなことになるならハルヒをここに連れて来るんじゃなかった! 「悔しんでもなにも変わりません。とりあえず今は一刻も早く涼宮さんを探し出さないといけません。」 「ああ。わかってる」 俺は長門を見た。 「長門。お前の力でハルヒを探せないか?」 長門は答える。 「今はできない。現在私の能力は何らかの影響で弱まっている。」 何らかの影響?それもハルヒの仕業なのか? 「・・・おそらく」 「ここ話していても何も解決しません!今は涼宮さんを見つけだすことが先決です!」 古泉の号令で俺たちは手分けしてハルヒを探すことにした。 くっ!ハルヒ。どこにいるんだ! ハルヒの行きそうなところに俺は走った。 東中か?それともいつもの喫茶店か? とりあえず行ってみるしかない。 俺はいつもの喫茶店に走った。 ハルヒはいないようだ。 じゃあどこだ?東中か?何も考えずに俺は東中に向かう。 走りながらハルヒの携帯に電話をかけるが繋がらない。 俺は東中に着くと無我夢中で探しまわった。 ここにもいないのか?じゃあどこにいるんだハルヒ! 気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。 こんなことになっちまったのは全部俺の責任だ!俺が無理やりハルヒに記憶の断片を突きつけたり、いや、その前にあのとき事故に遭わないければハルヒはこんなことにならなかった。 自分自身に腹がたつ!頼むハルヒお前に会いたい! いつの間にか俺は北高に戻ってきていた。 真っ暗な校庭の真ん中にポツリと誰か立っている! ハルヒなのか? 俺は校庭の真ん中に駆け寄った。 「ハルヒ!」 校庭にいたのはハルヒだった。 ハルヒは悲しそうな顔でこちらを見た。 「あんた・・・一体なんなのよ・・」 いつになく力無い声だ。 「・・・わかってるのよあたしだって。何か大切なことを忘れてるのは・・・」 「・・・ハルヒ」 「・・でも・・どうしても思い出せないの!・・・あんたのことだって絶対知ってるはずなのに。」 ハルヒの悲しい顔を見ると俺は胸が苦しくなる。 ハルヒは俺に近づき続ける。 「ねぇ教えて!あんたは誰なの?あんたは私のなにを知ってるの?・・・教えてよ・・」 俺はハルヒの両肩に手を乗せて言う。 「・・・いいんだハルヒ。無理に思い出さなくて・・・お前はお前だ。他の誰でもない。涼宮ハルヒだ!」 ハルヒは目から涙を流しながら俺を見つめている。 「・・・・・なんであんたを見るとドキドキするの?・・・なんで・・」 俺はハルヒを抱きしめた! 俺の胸の中で泣いてるハルヒ… 「なぁハルヒ聞いてくれ。お前が俺のことを思い出せなくても俺はお前が大好きだ!・・・俺だけじゃない!古泉も長門も朝比奈さんもみんなお前が大好きなんだ!」 俺は一年前にハルヒと閉鎖空間に閉じ込めらたときのことを思い出していた。 今はあの時とは違う。今俺がハルヒにキスをしたところであの時のようにうまく行く確証はない。それどころかそんなことをすれば逆にハルヒの精神状態をよけい不安定にしてしまうかもしれない。 だが気がつくと俺はハルヒの唇に自分の唇を重ねていた。 なぜそんなことをしたかって? 決まっている!俺がしたかっただけだ! 俺はハルヒと世界を天秤にかけてハルヒを選んだ。 もうこのあと世界がどうなろうとかまわなかった。 今はただハルヒと唇を重ねていたかった。 1分ほど経っただろうか。俺はハルヒから唇を離しハルヒの顔を見た。 ハルヒの頬は赤くなっている。 こんなときに不適切な発言かもしれないが言っておく。 世界で一番可愛いと思った。 ハルヒの肩から手を離すとハルヒが小声で言った。 「・・・・・・・・・・・・・ばか」 「すまんハルヒ。つい・・・」 ハルヒは赤い顔のまま顔を横に向けた。 「・・・ばかキョン。・・罰として土曜日奢りなさいよ。」 ん?今なんて言った?土曜日?まさかハルヒ! 「思い出したのか全部!?」 ハルヒは再びこちらに向いて 「大体あんたがあのときよそ見したから悪いのよ!今度からはちゃんと周りをみてから渡りなさい!」 よかった。いつものハルヒだ。 そのあとのハルヒとの会話はよく覚えていない。 そしてその日の夜に古泉から電話があった。 古泉の話によると世界中に発生していた閉鎖空間は消えたらしい。つまり一件落着ってわけだ。 翌日からハルヒはいつものハルヒに戻っていた。 部室ではハルヒが朝比奈さんをいじくり、長門は相変わらず分厚いハードカバーを広げ、俺と古泉はチェスで対戦。 そこにはいつもと変わらない日常があった。 ◆エピローグ◆ 土曜日の話だ。 俺はハルヒと映画を見に行った。 鑑賞した映画は男と女が繰り広げる非日常のラブストーリーだった。 俺の隣のハルヒは終始真剣にスクリーンを見つめていて、映画のワンシーンであるキスシーンが流れると頬を赤く染めていた。 正直俺は映画よりハルヒの顔見てるほうが面白かった。 映画を見終わり俺たちは駅に向かって歩いていた。 「なぁハルヒ。あんなチャラけた映画の何が面白いんだ?」 「あんたにはわかんなくていーの!ばかなんだから!」 俺はハルヒをからかってやった。 「お前キスシーンのとき顔赤くなってたぞ。」 ハルヒはその場で赤くなり俺の胸ぐらを掴む。 「な、なんであたしの顔見てたのよ!?いやらしい!」 「別に。お前も純情なんだなハルヒちゃん!」 「う、うるさいばかキョン!」 ハルヒは尚も俺の胸ぐらを掴みながら小声で言う。 「・・だいたい、あんたからだけなんてずるいじゃない・・」 そのまま俺を引き寄せ唇を重ねてきた。 短いキスが終わりハルヒは赤く染まった頬のまま言った。 「これでおあいこだからねキョン!」
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●涼宮ハルヒの分身 プロローグ ●涼宮ハルヒの分身 Ⅰ ●涼宮ハルヒの分身 Ⅱ ●涼宮ハルヒの分身 Ⅲ ●涼宮ハルヒの分身 Ⅳ ●涼宮ハルヒの分身 Ⅴ ●涼宮ハルヒの分身 エピローグ
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真夏のある日のこと。 SOS団の活動もない休日の午後、エアコンの不調により、うだるような暑さに耐えかねた涼宮ハルヒは、涼を求めて酷暑日の街を彷徨っていた。 「涼み処の定番、図書館はやっぱり人でいっぱいだったか……」 街中で配られていた、どこかのマンションの広告が入った団扇で扇ぎながら、街中を歩く。 「そもそもSOS団団長たるあたしが、人と同じ発想で涼を求めててどうすんのよ……」 さすがのハルヒも、この暑さに思考が常人並みに変化していた。 「あぢぃ……」 コンビニエンスストアでは、ごく短時間しか留まれない。北口駅前のショッピングセンターでは、時間は潰せるが座る場所がない。 「あ゛~……もうこうなったら、環状線にでも乗りに行くか!?」 その路線は最寄りの駅からさほど遠くはないにしても、別に鉄ちゃんではないハルヒにとって、ただ列車に乗っているだけという行為は、到底耐えられる代物ではない。 「雪でも降って涼しくならないかな……雪……ゆき……ユキ……有希……?」 「呼んだ?」 「うひゃあぁぁっ!?」 唐突に背後から掛けられた、見知った人の声に、ハルヒは飛び上がった。 「有希!? いきなり声掛けるからびっくりしたじゃない!」 振り返った先に居た文芸部部長、そしてSOS団員の長門有希は、珍しいことに私服だった。あまりの暑さに、制服ではもたないと判断したらしい。 「……いや、あの、有希……? 私服なのはいいことだし、今日は凄く暑いってことも分かるわよ? だけど……」 確かに、有希の服装は、理に適っていた。実に夏らしい。 「その格好じゃ、どう見ても男の子よ――――――――――――!!」 Tシャツ、短パン、サンダルに麦藁帽子。体格と相まって、可愛らしい小学生の男の子にしか見えなかった。知り合い以外に、この姿を見て「女子高生」と思う者は居ないだろう。 「この服装は、知り合いに『似合うし、機能的だから』と薦められた」 「確かに、これ以上ないくらいに似合ってるけど、似合う方向性が違うというか、何というか……」 「……?」 「……ま、いっか。それにしても、あんたと街中でばったり会うなんて、珍しいこともあるものね。てっきり図書館か本屋に入り浸ってるかと思ったのに」 とはいえ、海で遊んできた、という格好でもないわね、とハルヒは有希の姿を観察しながら言った。 「朝から図書館に居たが、人が多くなってきたので帰るところ」 「ああ、そういうこと。あたしもさっき涼みに行ってきたんだけど、人だらけで、あれじゃ落ち着いて読書なんてできないわね」 「涼みに?」 「うちのエアコンがぶっ壊れちゃってさ~、涼しい場所を求めて、このクソ暑い中を彷徨ってんのよ」 「……そう」 有希はハルヒに真っ直ぐな瞳を向け、 「それなら、うちに来るといい」 「え、マジ!?」 こくりと、無言でうなずいた。 ………… ……… …… … 「お邪魔しま~す!」 高級マンションだけあって、断熱がきちんとされている有希の部屋は、朝から無人で空調を効かせていなかったにもかかわらず、ひんやりとしていた。 「いや~~生き返るぅ~~~~」 「……飲んで」 有希はエアコンのスイッチを入れた後、冷蔵庫からキンキンに冷えた杜仲茶を出してきた。 「……ぷっは~! くぅ~~~~~~っ!!」 グラス一杯分を一気に飲み干したハルヒは、珍しく定時で上がったサラリーマンがビアガーデンで生中を飲み干したがごとき喜びの雄叫びを挙げると、そのままお替りを要求した。 「うまい! もう一杯!!」 「どうぞ」 こうして何杯か同じやり取りを繰り返した頃には、エアコンも効いてきた。 ハルヒは寝転んで全身からフローリングの冷たさを享受し、有希は借りてきた本の世界に旅立っていた。 エアコンの音をBGMに、ページをめくる音と、時折グラスの中で溶けた氷が立てる音だけが響く。 (暑い時には、何もない部屋っていうのも、いいものね……) やがてすっかり体力を回復したハルヒは、何となく、読書する有希を観察していた。 「……そっか。座椅子、買ったんだ」 孤島で合宿したときは、彼女は船の中で正座して読書していた。しかし今は、コタツの向かい側で、回転できる座椅子に座って読書している。 「……通販生活」 「買い過ぎには注意しなさいよ?」 「…………………………………………………………………………………………善処する」 「今の間は何よ、今の間は!?」 「気にしないで」 「気になるわよ!」 「…………」 「微妙な表情で見詰めるんじゃありません!」 「…………」 「しょぼーんってしてもだめ!」 「…………」 「こらー! 本で顔を隠すなー!!」 第三者がこのやり取りを目撃しても、有希の表情が変化しているとは思えないだろう。それだけ微細な表情の変化でも、ハルヒはきちんと見分けていた。 そんなやり取りもあった後、また落ち着きを取り戻した空間。ハルヒが一つ伸びをしたとき、それは起こった。 「ん? どうしたの、有希?」 有希の体が、不意にピクリと動いた。 「……足」 「足? ……ああ、当たっちゃったか」 ハルヒが伸びをしたとき、ちょうど前方に投げ出されていた有希の足の裏に、ハルヒのつま先が触れていた。 「を? ひょっとして有希は、足が弱いのかな?」 ちょんちょん、とハルヒがつま先で有希の足の裏をつつくと、その度に有希の体がピクリピクリと反応した。 「うりうり~」 ちょっと面白くなってきたハルヒは、次第に有希への攻めを強くした。 「……っ、うっ!」 「あ……」 一際大きく有希の体が跳ねた拍子に、彼女は膝をコタツにしたたかに打ち付けた。 「……………………………………………………………………………………………………」 「ごめん、ごめんってば! そんな涙目で、訴えかける視線を向けないでよ……」 ハルヒが必死に弁解するが、有希はハルヒにだけ分かる微妙な視線を送り続けていた。 やがてハルヒがいっぱいいっぱいになったところで、不意に有希は視線を逸らし、明後日の方向に視線を向けた。 「え……!?」 それで勝負はついていた。 ハルヒが自分の置かれた状況を把握したときには、背後に回った有希に床に倒され、脚を極められていた。 逸らした視線の先をハルヒが釣られて追いかけている間に、有希は超高速で移動していた。 「くっ、やるわね、有希! 今の技は、完全にやられたわ。でも、まだ負けないわよ!」 極められた技を外そうともがくハルヒに、有希は冷静に宣言した。 「あなたはもう、昇天している」 握り締め、中指の第二関節を突き出した有希の拳に、打撃が来るものとガードを固めたハルヒは、 「ひぎいっ!?」 悶絶していた。 「ちょ、ちょっと、有希! やめ……」 有希は構わず、固めた拳をハルヒの足の裏に突き立てて抉った。 「んのおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!?」 「ここは胃」 さらに有希は、拳を捻じりながら滑らせた。 「あおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」 「ここは子宮」 有希の責め苦は続く。 「これは足の裏にある各臓器の反射区を刺激するマッサージ」 「足裏マッサージでしょ! 知ってるわよ! すんごく痛いんだから!」 「特に痛い所が、何らかのダメージを受けている部位」 「分かったから、離してよ!」 有希は無言でうなずき、掴んでいたハルヒの足を離すと、反対側の足を掴んだ。 「ちょっと、離してって言ってるでしょ!?」 「人体はバランス。片方だけの施術ではバランスを崩し、かえって悪影響を及ぼす」 有希はハルヒの足の指を強くしごいた。 「んぎひぃっ!?」 「じっくり丹念に凝りをほぐす」 「い、いやあっ! 痛いのいやぁっ!!」 ハルヒは涙目で、首を左右にフルフルと振りながら、イヤイヤをしている。 「にょああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 有希の拳が、無慈悲にハルヒの足裏に突き立てられた。 ………… ……… …… … 「ひゅーっ、ひゅーっ……」 じっくり丹念に足裏の凝りをほぐされたハルヒは、もはや虫の息だった。瞳孔が開いている。 「全体をほぐし終わった」 「も、もう勘弁して……お願いだからあっ……」 普段のハルヒからは信じられないような、情けない声で有希に懇願する。 有希は静かに、ハルヒの足を開放した。 「た、助かった…………」 有希はそのまま台所に消えると、湯気の立つタオルを持って帰ってきた。 「仕上げ」 「あー……蒸しタオル、気持ちいい……」 地獄から一転、今度は極楽を味わうハルヒ。恍惚とした表情で有希に身を任せる。 ハルヒの足を蒸しタオルでくるんだまま、有希は静かに告げた。 「あなたが特に弱っているところは分かった」 有希の言葉に、ハルヒは最も痛かった部分を思い出して、赤面した。 「恥ずかしがることはない。女性にはありがちなこと」 「やだ、そんなこと言わないで……」 ハルヒは両手で顔を隠している。 「最後に、そこを……集中的に施術する」 有希の言葉に、ハルヒは今度は顔を青くした。 「ちょ、有希、やめて! 後生だから!」 「あなたが特に弱っているところは……」 有希は親指を立てた。 「いやぁぁぁぁ!! ソコだけは! ソコだけはー!」 ハルヒは両手で顔を隠したままイヤイヤしている。 「肛門」 有希の指が、ハルヒの足裏に深々と突き立てられた。 「アッ――――――――――――――――――――!!」 ハルヒの悲鳴が部屋中に響き渡った。しかし、悲鳴はすぐにかき消された。 「このマンションの防音は完璧」 「……どうしたの?」 有希はハルヒに声を掛けた。 返事がない。ただのしかばねのようだ。
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涼宮ハルヒの情熱 プロローグ 涼宮ハルヒの情熱 第1章 涼宮ハルヒの情熱 第2章 涼宮ハルヒの情熱 第3章 涼宮ハルヒの情熱 第4章 涼宮ハルヒの情熱 エピローグ
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今にして思えば、ハルヒのあの一言がきっかけだったと言えよう。 現在、俺は社会人二年目で、半年前からハルヒと同棲している。 ハルヒの一言によって今の関係が終わるとはこの時の俺には知る由も無かったのだ。 それはいつもの様に帰宅したある日の事だった。 「ハルヒ、ただいま」 「お帰りなさい、キョン。お疲れ様」 あぁ、ハルヒの笑顔があれば疲れなんて吹っ飛ぶね。 そのままベッドインしたくなるがそれでは雰囲気が無いのでここは我慢するとしよう。 俺は夕食の後、リビングでハルヒの淹れてくれたお茶を飲んでいた。 「あ、あのね、キョン、ちょっと・・・話があるんだけどいい?」 いつになく神妙な面持ちでハルヒが話しかけてきた。 「あぁ、構わんぞ。んで話って何だ?」 「うん。えっと、その・・・」 なんか、切り出しにくそうだな。 ハルヒは黙って俯いてしまっっている。 俺は頭の中で切り出しにくい話を検索していた。 検索結果・・・・別れ話・・・・・ なに!?別れ話だとぉ!! 「何言ってんの?あたしキョンと別れる気無いわよ?もし今度、別れようなんて言い出したら即刻死刑よ!!分かった?」 「あ、あぁ、分かったよ」 俺は心底ほっとした。思ったことをそのまま口に出してしまうこの癖はなんとかしよう。 「でも・・・キョンがどうしても別れようって言うなら・・・あたしは・・・」 あろう事かあのハルヒがしおらしくなっている・・・ 誤解されたままなのもあれなのでここはきちんとしておくとしよう。 「安心しろ、ハルヒ。俺は何があってもずっとお前の傍にいるよ」 「うん、ありがと。あのね、あたし・・・その・・・出来たみたいなの」 俺はハルヒが何を言ってるのか理解出来なかった。 「何が出来たんだ?懸賞のクイズでも出来たのか?」 「違うわよっ!!子供が出来たみたいって言ってんのよっ!!」 なるほどね、そうかそうか・・・って子供!?それ俺の子か? 「当たり前じゃないっ!!あんた以外に誰が居るってのよ!バカキョン!!」 また声に出ていて様だな・・・ 怒ったハルヒは俺の胸をポカポカ叩いている。 俺はハルヒを力一杯抱きしめてやった。 「ゴメンなハルヒ。俺、父親になれるんだな。ほんとに嬉しいよ」 「・・産んでいいの?・・・受け入れて・・・くれるの?」 「当たり前だろ」 「・・・だったんだから・・・」 「え?」 「ずっと不安だったんだから!!拒絶されたらどうしようってそればっかり頭にあって・・・キョンはそんな事絶対しないって分かってるのに・・・それでもやっぱり不安は・・・消えなくて・・・・・」 ハルヒの訴えに俺はハルヒを抱きしめる腕に更に力を込めた。 「今まで気付いてやれなくてゴメンな。明日一緒に産婦人科に行こう。その後ハルヒの両親の所に挨拶しに行こうな」 「挨拶って何の?」 「もちろん、ハルヒと結婚させて下さいって挨拶さ」 「ふぇ?キョン、今なんて言ったの?」 「ん?あぁ、ちょっと待ってろな」 俺はそう言って自分の部屋に向かった。 俺はクローゼットを開け、中に隠してあったものを取り出し部屋を出た。 リビングに戻った俺は未だにポカンとしているハルヒの前に正座した。 「ハルヒ、今までずっと俺と一緒に居てくれてありがとうな。思えば色んなことがあったよな。沢山デートもしたし喧嘩もしたな」 ハルヒはじっと俺の目を見て話を聞いている。 「本当に楽しかった。出来ればいつまでもこの関係を続けたいと思ってた。でも・・・」 俺は、ここで一息置いた。 なんせここからが本番だからな。 「でも?なに?」 「俺はこの関係を終わりにしなくちゃならないと今は思っている」 「!?」 ハルヒが自分の耳を抑えようとする。 俺はその手を握って続けた。 「これからは俺の彼女じゃなくて、妻になって欲しい」 「キョン・・・それって・・・」 「ハルヒ、俺と結婚してくれ」 「キョン!!あたしでいいの?あんたの事信じたいのに信じきれなかったあたしなんかでほんとにいいの?」 「あぁ、お前以外なんて考えられない。それ位俺はお前にゾッコンだ。それで俺のプロポーズをOKしてくれるか?」 「うん、喜んで!がさつでワガママなあたしだけどこれからもよろしくお願いします」 「俺こそよろしくな。でだ、済まないんだが少し左手を貸してくれないか?」 ハルヒはそれが何か分かったらしく、微笑みながら左手を差し出してきた。 俺はさっき部屋から持ってきた小さい箱から銀色に光るリングを取り出しハルヒの左手の薬指にはめた。 ハルヒはその指輪を見てニコニコしていたがそのままソファーで寝息を立てていた。 俺はハルヒをベッドへ運び、そのまま一緒に寝る事にした。 翌日、俺とハルヒは産婦人科へ向かった。 検査の結果は妊娠1ヶ月だった。 いやはや、早く産まれてきてほしいものである。 病院を後にした俺とハルヒは一度家に戻り正装に着替え結婚する事とハルヒが妊娠1ヶ月だった事を報告するため涼宮家に向かった。 インターホンを鳴らしたら何故か俺の母親が出迎えたりしてのだがそれは些細な事であろう。 そう思いたい・・・ 俺の母親のイジりもなんのそのでどうにか家に上がることが出来た。 「あらあら、いらっしゃい」 「今日はお話があって来ました」 「お願い、聞いて!!とっても大事な話なの!!」 「ふむ、聞こうじゃないか」 俺とハルヒは、ハルヒの両親に向かい合う様に座った。 「で、話とはなんだい?」 俺にはユーモアなんて無い。 だから直球勝負あるのみだ!! 「ハルヒを俺に下さいっ!!ハルヒとの結婚を許してくださいっ!!」 「これはまたストレートに来たな。また、どうしていきなりそんな事を言い出したんだい?何か理由があるのだろう?それを聞きたいね」 「実は、あたしキョンの子供を妊娠したの!!だからっ!!」 「ほう、つまり子供が出来たから結婚すると?そんな理由で結婚を許すと思ってるのかい?」 「お、お父さん!?」 「それは違いますっ!!確かにハルヒが妊娠した事で踏ん切りがついた事は認めます。でも、俺はハルヒが好きだから、ずっと一緒に居たいから結婚したいんですっ!!だからお願いしますっ!!ハルヒと結婚させて下さいっ!!」 「・・・キョン・・・・」 ハルヒはまた俺の手を握ってくれた。 「・・・っく、くくくっ、はぁーはっはっは!!いやぁ、若いな!羨ましい限りだ。いいぞ、二人の結婚認めようじゃないか」 俺とハルヒは呆気にとられていた。 「・・・え?ホントですか?いいんですか?」 「あぁ、幾らでも持っていけ!!」 「結婚して・・・いいの親父?でもどうして?」 「あぁ、いいぞ。もう長い付き合いだからな。彼がどういう人間かはよく分かっているさ。さっきのはちょっと試しただけだ。悪かったな」 「ハルちゃん、キョン君、これでやっと言えるわね。おめでとう」 「ありがとうございます」 「母さんありがとっ!!」 「キョン、やったねっ!!」 とハルヒが抱きついてくる。 「あぁ、一時はどうなるかと思ったけどな」 その後は、「キョン&ハルヒの結婚&妊娠祝い」と題された宴会に突入した。 正直、誰が主役なのかさっぱり分からん位に滅茶苦茶だったとだけ伝えておこう。 無事、結婚式の日程も決まり俺とハルヒはせっせと招待状を書いていた。 俺が仕事に行っている間に、ハルヒが俺の分の招待状も書いていてくれたので予想より早く終わった。 ある夜、俺は書きあがった招待状をポストに投函しに行った。 家を出る際ハルヒが「映画のDVDレンタルしてきて」と言っていたので、ハルヒに言われたDVDを無事に借り、帰宅している最中の事だった。 いつもの道を歩いているとなんとひったくりの犯行現場に出くわしてしまったのである。 ひったくりは女性からバッグをひったくると真っ直ぐこちらに走ってきたので俺はひったくりを捕まえようとしたのだが、走って勢いが付いていたひったくりのタックルを食らった俺はあえなく吹っ飛ばされてしまった。 あぁ、ダサいな俺・・・ 等と考えていて注意力が欠落していたのだろう。 俺は頭を電柱に思いっきりぶつけた。 衝撃と鈍い痛みが俺の頭の中を支配する。 全く・・・これじゃあ・・・・マンガのギャグキャラ・・だよな・・・・・ そんな事を思いながら俺の意識は薄れていった・・・ ・・・・・・・・・ 気が付くと俺は白い靄の掛かった所に寝っ転がっていた。 どこだ?ここは・・・ さっきまでの頭の痛みが全然無くなっている。 俺はここがどこなのか確かめるために立ち上がったら突然、俺の足が勝手に何かを目指すように動き出した。 な、なにがどうなってんだよ!? 何の抵抗も出来ないまま暫く進んでいくとトンネルの様なものが見えてきた。 コレイジョウイッテハイケナイ!! 俺の脳が危険信号を出してくるが今の俺にはどうにも出来ない。 トンネルに足を踏み入れそうになった時誰かが俺の腕を掴んだ。 振り返るとそこには見知らぬ少女が立っていた。 「こっち!!」 そう言って少女は俺を引っ張ってトンネルと逆方向に歩き出した。 「お、おい!?お前は誰だ?ここは一体何処なんだ?」 「あたしは××!ここはあの世よ!!」 少女の名前はノイズが混じったみたいに良く聞き取れなかった。 それよりこいつは今何て言った?あの世? あの世って俗に言う死後の世界ってやつか? なんてこった・・・俺は死んじまったってのか? 「まだ死んでないわ。あそこに足を入れたらアウトだったけどね」 「そうなのか?仮にそうだとして、お前は俺を何処に連れて行こうとしてるんだ?」 「もう着いた。さぁ、早く此処に飛び込んで!!」 少女が指差した先には地面にポッカリと大きな穴が開いていた。 「この穴は何なんだ?一体何処に繋がってるんだ?」 「そんなのいいからさっさと飛び込んで!!ホントに間に合わなくなる!!」 「な、何が間に合わなくなるんだ?ちゃんと説明してくれ!!」 「あぁ、じれったいなぁ!!さっさと行かないとホントに死んじゃうわよパパ!!」 そこまで言い切ると少女は俺を穴の中へと蹴り飛ばしやがった!! 「何すんだ!?こっちはまだ心の準備が出来てないんだぞ!!」 と言いつつも何かが俺の中で引っ掛かっていた。 「あはは、パパの意気地が無いのがいけないのよ!!」 「パパって・・・お前まさか!?」 「やっと気が付いたの?まぁ、いいわ。また会おうねパパ!ママが待ってるから早く行ってあげて!!」 そう言って笑う少女の顔がハルヒと被った。 俺はもっと何か言いたかったが穴の闇に飲まれそれは叶わなかった・・・ ・・・・・・・・・・ 「・・・・・キ・・・キョン・・・・早く・・・を開けな・・いよ」 誰かに呼ばれた様な気がして目を開けるとそこにはハルヒの顔があった。 「・・・よぉ、どうしたんだ?」 「アンタが寝ぼすけだから起きるのをずっと待ってたのよ!このバカキョン!!」 「そうか、俺はどれ位寝てたんだ?」 「丸1日ずっと寝てたわよ!!さぁ、この落とし前をどうやってつけてくれるのかしら?」 「そりゃ済まなかったな。ハルヒの好きな様にしてくれて構わないぞ」 「じゃあ、誓いなさい!!」 また主語が抜けている・・・ 「何をだ?」 「それ位自分で考えなさいよ!もう絶対にあたしを辛い目にあわせないって、一人にしないってあたしに誓えって言ってんのよ!!」 「あぁ、分かったよ。絶対にハルヒを辛い目にも1人にもしないって約束する」 「破ったら酷いんだからね、覚えておきなさいよ!!」 「あぁ」 その後の検査で異常は無かったのだが俺はもう一日様子見という事で病院で過ごす事になった。 いきなり約束を破る訳にもいかないのでその晩はハルヒと一緒に泊まる事にした。 その夜、俺はハルヒ曰く「寝てた」間の出来事をハルヒに話してやった。 当然ハルヒには「夢見過ぎなんじゃないの?」とか冷めた目で言われたけどな・・・ 翌日、無事に退院した俺はハルヒに手を引かれ家を目指している。 おっと、1つやり忘れていた事があったな。 俺はハルヒのお腹に手をあて一言呟いた。 「ありがとな」と。 そこから1ヵ月近く話が飛ぶ訳だがあまり気にしないでもらいたい。 ここ1ヶ月は特に何も無い平凡かつ平和な毎日だった訳で、これと言って話す様な事も無いのだ。 今日はいよいよ待ちに待った結婚式当日だ。 ハルヒはというと昨日から実家に戻っている。 花嫁は式の前日は実家に帰るものらしい・・・よく分からんがな。 こうして俺は今、ハルヒの居ない孤独感を味わいながら親の迎えを待っている。 あぁ、ハルヒに早く会いたい等と想いを馳せていると見覚えのある車が見えてきた。 その車が俺の目の前で停まると中から賑やかな人たちが降りてきた。 「やっほーっ!!キョン待ったーっ!?」 「おっはよーっ!!キョン君ーっ!!」 ホントに朝から元気だね、あなた達は・・・ 「おはよう、朝から悪いな」 「そんなの気にしなーい!!さぁ、さっさと乗りなさい!!主役が遅れちゃ話になんないわよっ!!」 「そうだよー、遅刻したら罰金なんだよー」 そう言って母さんと妹は俺を助手席に無理矢理押し込みやがった。 その拍子に俺は、頭をクラクションに思いっきりぶつけた。 ビビッーーーーーーーー!! 朝からこれじゃ先が思いやられるな・・・ 「ちょっとキョン、朝から近所迷惑じゃないっ!!しっかりしなさい」 「そーだぞー、しっかりしろー」 あなた達は一体誰のせいで俺が頭をぶつけたと考えていらっしゃるのかな? 俺が文句の1つでも言おうとしていると親父が肩を叩いて制止してきた。 「まぁ、言いたい事は分かるが、とりあえずシートベルトをして座れ。これじゃ発進出来ない」 「あ、あぁ、スマン親父」 親父にそう言うと俺は座ってシートベルトをした。 「それじゃあ、式場へ向けてレッツゴーーーーーっ!!!」 「ゴーーーーーっ!!!」 俺を乗せた車が式場へ向けて走り出した。 車内では俺の家族が新婚旅行について来るだの好き勝手言っていた。 流石に今回ばかりは謹んでお断りしたがな・・・ こんな事をしていたらいつの間にやら式場に到着していた。 車に乗る度に俺が鬱に入るような気がするのは、気のせいだろうか? 車を降りて入り口に向かうとそこに懐かしい顔が居た。 「よう、古泉じゃないか。久し振りだな、よく来てくれた」 そう、「機関」所属の超能力者、古泉一樹である。 「あぁ、どうもご無沙汰してます。本日はお招きありがとうございます」 「そっちは・・・相変わらずみたいだな」 「えぇ、そりゃもう。涼宮さんの力が無くなったからといって、対抗する組織が無くなる訳ではないですからね。今も毎日忙しくしてますよ」 「それはご苦労さんだな。スマン、迷惑掛けるな」 それを聞いた古泉は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにあのニヤケ顔に戻る。 「いえいえ、確かに力を授かってからは苦労も多いですけど、結婚式に呼んでくれる友人が出来たという事は人生においてプラスになってると僕は考えています」 「あぁ、そうだな。今日は来てくれてありがとな、楽しんでいってくれ」 「はい、そうさせてもらいます。本日はおめでとうございます。ではまた後で会いましょう」 「あぁ」 俺はそう言って古泉と別れ、控え室へと向かった。 控え室に着いた俺は、衣装さん数人に衣服を引ん剥かれ、純白のタキシードに衣装チェンジさせられた。 その際、パンツを一緒に引っ張られマイサンを室内公開してしまったというアクシデントがあったがこれは心の内にしまっておくとしよう・・・ そんな新たなトラウマと格闘していると誰かがドアをノックした。 「はーい、どうぞー」 ガチャ 「やぁ、キョン。おめでとう」 「おう、国木田。よく来てくれたな」 「おい、キョン!俺はシカトか!?」 「あぁ、谷口もよく来たな」 「まったく、折角来てやったってのにそれかよ?へこむぞマジで」 「あぁ、冗談だ。悪かったな」 本来ならここで終わるはずだったのだが、流石アホの谷口はこれで終わらなかったのである。 「しっかし、よくあの涼宮と結婚する気になったな。正気の沙汰とは思えんぞ」 国木田が制止しようとしたがどうやら間に合わなかったらしい。 気にするな国木田、お前はこれっぽっちも悪くないぞ。 「谷口、俺の聞き間違いだと悪いからな。もう一回言ってくれるか?」 俺はいつもより30%声を低くして聞いた。 これでいい加減気づけよ、谷口。 これで気づかなかったら、お前はホントに無能だぞ。 「ん?あぁ、あの涼宮と結婚するなんて正気じゃないと言ったんだぞ」 あぁ、だめだ・・・ 「・・・谷口よ、お前は祝いに来たのか?それとも俺にケンカを売りにきたのか?さぁ、どっちだ?」 「お前、頭大丈夫か?祝いに来たに決まってるだろ?」 「ほぅ、これから結婚する相手をわざわざ侮辱しに来るのがおまえ流の祝うという事なんだな?」 俺は、ゆっくり立ち上がり殺意を全て谷口に向けて放った。 そこまでして、ようやく谷口は自分が何をしたのか悟ったようで土下座しながら謝りだしやがったっ!! 地面に頭を擦り付けて謝っている奴をどうにかする程血に飢えている訳ではないので許す事にした。 「もういい。頭上げろ」 「許してくれるのか?やっぱ、お前いい奴だなぁ」 「ははは、キョンも大変だねぇ」 コンコン 「はい、どうぞ」 入ってきたのは式場の職員だった。 「失礼します。そろそろお時間なので準備の方をお願いします。準備が整いましたら外で待っていますのでお声をお掛け下さい」 「はい、分かりました。ご苦労様です」 「じゃあ、僕達は先に行くよ」 「じゃあな、待ってるぜキョン」 「あぁ、そうしてくれ。また後でな」 控え室への最後の来客が去りまた控え室に一人になった。 俺は鏡を見て、最後のチェックを済ませた。 よし、行くか!! 俺は外で待っていた職員さんに話し掛け教会へと向かった。 入り口で職員さんと別れ、入った教会の中は知った顔で満員御礼だった。 俺は不覚にも感動して泣きそうになってしまったのだがハルヒもまだ来ていないので、そこはぐっと堪える事にした。 深呼吸して自分を落ち着かせているとお約束のあの曲が流れ始めた。 そして教会のドアが静かに開いた。 そこには、おじさん・・・いや今日からはお義父さんだな。 お義父さんとハルヒが立っていた。 もう、さすがにクラッっときたね。 だってそうだろ? もともと綺麗なハルヒが更に綺麗になってるんだ。 もはや、これを形容する事は出来ないだろう・・・ 意識が遠退くのを必死に堪えているとお義父さんに先導されてハルヒが目の前まで来ていた。 「キョン君、娘を頼んだよ。幸せにしてやってくれ」 ここまできてもやっぱりその名で呼ぶんですね・・・ お義父さんがそう言い終わるとハルヒがお義父さんの腕から俺の腕へと腕を絡めてくる。 「はい、必ず幸せにしてみせます」 そう言うと俺とハルヒは祭壇へ向けてバージンロードを一歩一歩を確実に踏みしめた。 祭壇に着くまで俺の頭の中をハルヒとの思い出が走馬灯の様に駆け巡っていた。 思えば、あの日あの公園でハルヒと会わなかったら俺はどうなっていただろう? もし、ハルヒに会っていなかったらこんなにも幸せな気持ちになれただろうか? いや、これだけは断言できるが、絶対にここまで幸せにはなれていないだろう。 そして、俺とハルヒは遂に祭壇に辿りついた。 「汝ら、今日此処に永遠の愛を誓う者の名は○○○○、涼宮ハルヒに相違ないか?」 「「はい」」 「よろしい。では○○○○よ、汝は新婦涼宮ハルヒを妻とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「はい、誓います」 と答えたらハルヒに蹴りを入れられた。 ハイヒールの踵は痛すぎる・・・ なんで俺が蹴られにゃならんのだ? 「よろしい。では涼宮ハルヒよ、汝は新郎○○○○を夫とし、健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を神に誓うか?」 「誓わないわ!!」 教会の中が一気にざわつく。 「おい、此処まで来ていきなり何言ってんだよ?」 俺の心は今最大級に冷や冷やしているのがお分かり頂けるだろうか? 花嫁が永遠の愛を誓わないって言い出して焦らない花婿は居ない筈だ。 「だって、居るかどうかも分からない神に誓ったって意味無いじゃないの!!」 また無茶苦茶を言い出したよ、この人・・・ 「それはそうかもしれないが、様式美ってあるだろう?」 「そんなの下らないわよ!!あたしが永遠の愛を誓うのはキョンだけなのよ!!そうでしょキョン?」 こんな恥ずかしいセリフを大勢の前で堂々と・・・・ もう、こうなったらハルヒに便乗するしかなさそうだ。 「あぁ、そうだな。俺も誓うならハルヒだけだな」 「って事だから、もう一回よろしくね!!」 等と神父さんに友達に気軽に頼む様に言い放った。 流石の神父さんも溜息をついている。 ホント、迷惑掛けてすいません・・・ 「で、では、汝ら健やかなる時も病める時も永遠に愛する事を互いに誓いあうか?」 「「はい、誓います」」 「よろしい。では指輪の交換を」 「「はい」」 俺は指輪を取り、ハルヒの左手の薬指に指輪をはめた。 今度はハルヒが指輪を取り、俺の左手の薬指に指輪をはめた。 「神よ!!今日此処に永遠の愛を誓いあった二人に祝福をっ!!願わくばこの者達の進む道が常に光に照らされてる事を願う」 「では誓いの口付けを」 そう言われると俺はハルヒのヴェールをそっと上げた。 ハルヒは涙ぐみながら微笑んでいた。 いい顔だな、ほんと惚れ直すよ。 俺はハルヒの肩にそっと手を置き静かにキスをした。 今まで何回もキスをしてきたが、こんなに幸せなキスはきっとないだろうな・・・ 唇を離すと盛大な拍手と歓声が起こった。 「今、此処にこの者達は永遠の愛によって結ばれた!皆様方、今一度盛大な拍手をっ!!」 神父さんがそう言うとまた盛大な拍手が起こった。 「では、皆様方。花嫁からブーケトスがありますので外の方へお願いします」 みんなが外に出ると俺はハルヒに話し掛けた。 「さっきのは流石にヒヤッとしたぞ?やるなら事前に言っておいてくれ」 「まぁ、そんな事どうでもいいじゃない!それより早く行きましょ!!」 こっちは全然良くなんだがな・・・ 「はいはい、分かったよ花嫁様」 外に出ると沢山の人たちが祝いの言葉を掛けてくれた。 「では、ここで新郎新婦から挨拶を頂戴したいと思います」 と言った神父さんからマイクを渡された。 「えー、皆さん。今日は集まってくれて本当にありがとうございます。急なスケジュールであるにも関わらずこんなに多くの人に集まってもらったことに感謝します。実はもう一つ報告があります。今ハルヒは俺の子供を妊娠しています。これからは夫として父として頑張っていきたいと思いますのでこれからもよろしくお願いします」 また拍手が沸く。 こんなに沢山の拍手が自分に向けられるのは初めてだな。 俺は挨拶を済ませるとハルヒにマイクを渡した。 「みんなー、今日は来てくれてホントありがとねーっ!!キョンも言ってたけど、今あたしのお腹の中にはキョンとあたしの子供がいます。これからはキョンの妻として、生まれてくる子の母親として精一杯頑張るから応援よろしくねっ!!以上!!」 俺の時と同じ様に拍手が沸く。 「新郎新婦ありがとうございました。では花嫁、ブーケトスをお願い出来ますかな?」 「はい、分かりました。ねぇ、キョンお姫様抱っこして頂戴っ!!」 そう言うとハルヒは俺に飛びついてきた。 「あぁ、幾らでもしてやるぞっ!!」 俺は言われるままハルヒをお姫様抱っこした。 するとハルヒはブーケのリボンを解きだした。 「ハルヒ何してるんだ?」 「あたし達の幸せを独り占めなんて許さないわ!こうすればみんなが幸せになれるでしょ?」 俺はハルヒが何をしようとしているのかを悟った。 なるほど、それならみんなに分けられるな。 「あぁ、そうだな。よしやってやれっ!!」 俺がそう言うとハルヒは解いたブーケを空高く放った。 空で散らばったブーケはまるで季節外れの雪の様にみんなに降り注いだ。 それは、幸せが空から舞い降りている様にも思えた。 みんなは一瞬何が起こったのか分からないという表情をしていたが、散らばったブーケに手を伸ばしていた。 その様子を見ていた俺とハルヒは声を合わせて言った。 「「みんながずーっと幸せになりますようにっ!!」」ってな!! さて、次に待っていたのは結婚披露宴である。 この場では新郎新婦とはさっきまでとうって変わって絶好のイジられるターゲットとなるのだ。 はぁ、なにやら先行きが不安なのは俺だけであろうか・・・? その不安は早くも的中したらしい。 なんと今この場で古泉が仲人に抜擢されたのである。 確かに付き合いも長いし、長門や朝比奈さんではどうにもならなそうなので無難といえば無難なのだが幾らなんでもいきなり過ぎるだろ・・・ ほら、あの古泉が流石に戸惑ってるぞ・・・ とか、思っていたらダブルマザーが古泉に何やら封筒を渡していた。 それを見た古泉はみるみる内にいつものニヤケ顔に戻りライトアップされたマイクの方へと歩き出した。 「えー、急遽仲人を任されました古泉一樹と申します。よろしくお願いします」 古泉がそう言うと拍手が起こる。 「お二人の出会いは今から11年前、丁度中学1年生の頃になります」 あぁ、そうだな。もうそんなになるのか。 って、なんでそんな事を知ってるんだ!? 「その時、公園で一人泣いていたハルヒさんに声を掛けたのが彼でした。彼は何も聞かず泣いているハルヒさんを慰めるとおぶってハルヒさんを家まで送りました」 何故だっ!?何故そこまで知っている!? そこでこっちをニヤニヤしながら見ているダブルマザーに目がいった。 まさか!?さっきの封筒の中身は・・・・ 「その後、互いに何も聞かずに別れた二人は運命的な再会を果たすのです」 古泉の手元を見てみると何やら紙を持っていた。 あの紙には北高に入るまでのエピソードが記されているのだろう。 どうでもいいが、あのドキュメンタリー口調はなんとかならないものか・・・ 「3年後お二人はなんと同じ高校へ進学しました。しかも同じクラスで席も隣同士だったのです。もう、これは運命としか言い様が無いでしょう」 古泉よ、そろそろ勘弁してくれ・・・ 「こうしてお二人の交際がスタートして今日を迎えたという訳です。この後もまぁ、色々あったのですがどうやらお二人とも限界の様なのでそこは割合させて頂きます」 ようやく終わった・・・ なんだかどっと疲れたな・・・ お次は定番の隠し芸大会の様だ。 またしても嫌な予感が止まらないのだが・・・ 1番手は長門のようだ。 「来て」 久々にあのインチキパワーが見られるのか等と考えていた俺は長門から指名を受けた。 「あぁ、分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるな」 そうハルヒに言い残し、俺は長門について行った。 ついて行った先には人間ルーレットがあり、俺は長門の手によってそれに磔にされた。 「おい、これは一体どんな隠し芸なんだ?」 「対象が回転しながらのナイフ投げ」 ナイフと聞くとあいつを思い出すな・・・ あぁ、今考えてもゾッとする。 「大丈夫。投げるのはナイフのプロ」 長門がそう言って指差した方向を見るとなんとドレスアップした朝倉が立っていたのだ!! 「な、長門さん、これは何の冗談なのかな?」 「冗談ではない。涼宮ハルヒが朝倉涼子へ招待状を出したため、情報統合思念体に再構成を依頼した」 ハルヒの奴、朝倉も招待していたのか・・・ 「おめでとうキョン君。今日はよろしくね。なるべく痛くないようにするからね」 この天使の如き笑顔に騙されてはいけない。 「あ、朝倉!お前やっぱりまだ俺を殺すつもりなのか!?」 「大丈夫、もう殺したりしないわよ。涼宮さんの力が無くなっちゃったのにあなたを殺しても意味が無いからね」 どうでもいいが、さっきからの物騒な会話に客がドン引きしている・・・ここはさっさと終わらせよう。 「そ、そうか、分かった。思いっきりやってくれ!!」 「うん。じゃあ、長門さんお願いね」 「分かった」 長門が何かを呟くとルーレットがかなりのスピードで回り出した。 いかん、こりゃ吐きそうだ・・・ そう思ったのも束の間、無数のナイフが俺目掛けて飛んできたのだ。 かなりの高速で回転しているにも関わらずナイフは俺の身体の形に添ってルーレット板に突き刺さる。 いやぁ、流石は情報統合思念体の作った対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェースだ。 何でもアリっていうのはきっとこいつ等の事を言うんだろうな・・・ やっとルーレットが止まり無事解放された俺はヘロヘロになりながら席に戻ったのだ・・・ ここで一旦俺とハルヒはお色直しのために会場を後にした。 控え室に戻った俺は朝と同じ様にひん剥かれた。 もちろん今度はパンツを徹底的に死守したのは言うまでも無い。 そして着替えが終わりハルヒの支度が終わるのを待っていると、支度が終わったらしく黄色いドレスに身を包んだハルヒが登場した。 「どう、キョンこれ似合ってる?変じゃないかしら?」 そりゃ、もう似合い過ぎってものだ・・・ 「あぁ、ヤバイ位似合ってるぞ」 その返答に満足したらしくハルヒは俺に抱きついてきた。 「ん?どうしたんだ?」 「だって、会場に入ったらこういう事出来そうに無いから・・・今の内に一杯抱きついておこうと思ったんだけどダメ?」 あぁ、もう我慢出来ない!! 「そうだな。もう少しこうしてような」 「うん・・・」 ・・・20分後・・・ 「えー、あのー、お二人ともそろそろいいでしょうか?」 職員の一言によって二人の世界から強制退去させられたハルヒはご機嫌斜めだった。 会場の入り口に着いてもハルヒの機嫌は直りそうに無かったので、ハルヒを強制的にお姫様抱っこした。 「ちょ、キョン?ど、どうしたの?」 「いや、これで入場するのもいいかなと思ったんだが嫌か?」 「い、嫌じゃないわ!それいいわね、そうしましょう!!」 もう、ご機嫌が直ったようだ。 「じゃあ、行くぞ」 入場した瞬間に、俺とハルヒは大量のフラッシュを浴びた。 もはや、軽い芸能人気分だ。 こんなのをよくあれだけ浴びれるもんだと感心しつつ席に戻った俺とハルヒを待っていたのはさっきまで椅子ではなくデカデカとハートマークがあしらわれたソファーだった。 さて、これはなんの冗談だ? 「さぁさぁ、座っとくれよ。折角用意したんだから、ちゃんと使って欲しいっさー」 鶴屋さん、あなたの仕業でしたか・・・ 「いいじゃない、使わせてもらいましょ?」 ハルヒがご機嫌な様なので俺はソファーを使うことにした。 「あぁ、そうしよう。鶴屋さん、ありがとうございます。使わせてもらいますよ」 「うんうん、そうでなくっちゃ。こっちも用意した甲斐があるってもんだい」 俺とハルヒがソファーに座ると、鶴屋さんは満足そうに自分の席へと戻っていった。 ハルヒは俺にくっ付いていられるのに満足らしく、ニコニコと子供のような笑顔をしている。 さて、やっと落ち着いたので辺りを見回してみるとスクリーンで「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」が流されていた。 なんで、ここであれが流されてるんだ? 等という俺の疑問は些細な事だったようで結婚式の定番キャンドルサービスの時間がやってきた。 これが夫婦の初の共同作業である。 まぁ、みんな蝋燭を濡らしたりだとか先っぽの紐を切ったりというベタベタな事をしてくれたのは言うまでもない。 そして、今は最後の「SOS団とその友人御一行様」のテーブルに向かっている。 此処では一人一人ちゃんと挨拶しよう。 まずは鶴屋さんだ。 「やぁやぁ、よく来たね」 「どうも。さっきはソファーありがとうございました」 「気にしなくていいっさ。それより、キョン君もハルにゃんもちゃんとめがっさ幸せになるにょろよ」 「えぇ、分かってますよ」 「もちろん!絶対幸せになってみせるわ」 「うんうん、それでこそ君達っさー」 次に朝比奈さんだ。 「キョン君、涼宮さん。本当におめでとうございます。涼宮さん、とっても綺麗ですよ」 「朝比奈さんありがとうございます」 「みくるちゃんありがとね!あなたも早くいい人見つけてね。あたし応援してるわ」 「はい、よろしくお願いしますね」 次に古泉だ。 「どうも、御二方とも本当にお似合いですよ。これから色々大変だとは思いますが、お二人ならどんな窮地に立たされても互いを支え合って乗り越えられると僕は信じていますよ」 「あぁ、古泉ありがとうな。これからはどんな事があっても挫けない様に頑張るよ」 「古泉君、今日は来てくれてありがと!あたし頑張ってキョンを支えるわ」 「えぇ、頑張って下さいね」 次に朝倉だ。 「キョン君、涼宮さん。おめでとう。二人とも、お幸せにね」 「おう、朝倉来てくれてありがとうな」 「えぇ、あなたも幸せになるのよ?いいわね?」 「分かったわ。努力してみる」 最後は長門だ。 「おめでとう」 「あぁ、長門もありがとうな」 「有希、ありがとね。あなた可愛いんだから妥協しちゃだめよ!!理想は高く持ちなさい!!」 「分かった」 こうして最後のテーブルに明かりを灯した俺とハルヒは自分達の席へと戻った。 そしていよいよメインイベントであるウェディングケーキ入刀である。 また、沢山のフラッシュが浴びせられるがさっきほど違和感は無い。 これが慣れというものなのだろうか・・・ 無事ケーキカットも終わり、またハルヒとソファーの上でベタベタしている。 ケーキを食べていたらいよいよ最後のイベントが始まった。 それは「新郎新婦からご両親への挨拶」である。 まずは俺からだ。 「父さん、母さん、本当に今までお世話になりました。今、思えば俺はいつも二人に迷惑を掛けてばっかりでしたね。親の心子知らずという言葉がありますが、まさに俺はその典型的な例だったと思います。しかしながら、今日俺はハルヒと結婚し、最愛の妻のためにもこれから生まれてくる子供のためにもしっかりしていきたいと思います。ですから、これからも俺がヘマをやらかしたらどんどん叱ってやって下さい。よろしくお願いします。最後にもう一度、本当に今までお世話になりました。」 そう言い終わると母さんは泣いていた。 俺も泣きたくなるが今は堪える。 夫としてハルヒを支えてやらなきゃならないからな。 さぁ、ハルヒの番だ。 「お父さん、お母さん、あたしはほんとにワガママで一杯一杯苦労を掛けました。そしてその恩をあたしは全く返せていません。あたし・・・は・・っく・・・ほんとに何をやっても・・・周りから浮くだけで・・・・ホントに駄目で・・・ヒック・・・」 俺は泣き崩れそうになるハルヒを支える。 此処で崩れたらきっと後悔する。 俺の目を見たハルヒは俺に寄り掛かりながら続けた。 「・・・でも・・・あたしはありのままのあたしを受け入れてくれる人と出会いました。今日、あたしはこの人の元へお嫁に行きます。この人とこれからの人生を精一杯生きていきます。だから見てて下さい。これからのあたしを。精一杯生きてるあたしを。お父さん、お母さん、本当に今までお世話になりました。そして・・・ありがとうございました」 ハルヒが泣いている。 ハルヒの両親も俺の両親も泣いている。 でも、これは悲しいから涙が出るんじゃない・・・ 嬉しいから・・・幸せだから出る涙がある事を俺は知っている。 それを教えてくれたのは今、俺の腕の中で泣いてるハルヒなのだ。 なんという幸せな空間なのだろう・・・ いつまでもこんな幸せが続けばいいと思う・・・ そしてそんな幸せな気分のまま俺達の結婚式は終わったのだ・・・ 無事結婚式を終えアパートへと帰宅した俺とハルヒはベッドに入るや否や新婚初夜という事で激しくお互いを求め合った。 ようやくハルヒが安定期に入った事と「これでホントにあたしはキョンのものになれたのよね。さぁ、好きなだけあたしを求めて、キョンの好きにして?」 というハルヒの言葉に俺の理性は完全に陥落したのである。 だが、詳しい内容は割合させてもらおう。 何故かって? そんなの決まっている。 あんなに可愛いハルヒは誰にも見せたくないからな。 なんたってハルヒは俺だけのものになった訳だしな。 まぁ、俺もハルヒだけのものな訳なのだが・・・ さて、ノロケ話はこれ位にして本題に入るとしよう。 今日から俺とハルヒは新婚旅行へ行く訳なのだが、昨晩、頑張り過ぎた為に二人して寝坊してしまったのである。 「ちょっと、この目覚まし時計壊れてるんじゃないかしらっ!?」 見ての通りハルヒは朝からご立腹のようだ。 「いや、それはないだろう。ちゃんと時間通りに鳴ってた気がするぞ」 「じゃあ、なんで起きられなかったのよ?」 「そ、それは、その、昨晩頑張り過ぎたからな・・・・」 あ、ハルヒの顔がみるみる赤くなる。 あぁ、ほんとにカワイイなぁ。 「こ、このバカキョン!!朝から何言ってるのよ!?」 等とイチャイチャしてたらマジで時間が無くなった!! 「さぁ、時間も無いしそろそろ支度を始めましょ」 「あぁ、そうだな」 ハルヒ特製の朝食を食べ、着替えを済ませいよいよ俺達は家を出た。 目的地はここから電車を使って4時間ほどの場所にある温泉が有名な観光地だ。 「さぁ、行くわよキョン!!いざ新婚旅行へ出発よっ!!」 「あぁ!!行こう!!」 さぁ、遂に新婚旅行のはじまりであるっ!! さて地元の駅から電車で6時間ほどの旅だった訳だが・・・ 電車の車内で色々あった俺は今日一日分の精神力を見事に使い果たしていた。 ハルヒは到着早々遊ぶ気満々だったが朝の寝坊もあって辺りは日が暮れ始めていた。 「さぁ、キョン何処に行きましょうか?」 「とりあえず、旅館に荷物を置きに行きたいな。このままじゃ動きづらくて堪らん」 「そうね、じゃあ行きましょっ!!」 そう言ってまた俺の腕に抱きついてくる。 あぁ幸せ過ぎて俺は死にそうだ。 「ちょっと、キョン!!あたしの前で死ぬとか言わないでよねっ!!今度言ったら罰金だからね!!」 また俺の悪い癖が出ていた様だ。 ホント、どうにかならんかね・・・これ。 「キョンが死んじゃったら・・・・あたし・・・あたし・・・」 あぁ、そうだよな・・・ 俺だってハルヒが突然死んでしまったら生きていけないだろう・・・ 「済まなかった、俺は死なないよ。ハルヒの傍にずっといるから安心しろ」 「絶対よ?約束だからね!!破ったらひどいんだから!!」 「あぁ、約束だ」 それを聞くとハルヒはいつもの太陽の如き笑顔に戻った。 「じゃあ行くわよ!!泊まる旅館、駅から送迎バスが出てるのよ。急ぎましょ」 「おう」 そう言って俺達は送迎バスへと向かった。 無事バスを見つけ移動すること20分程で旅館に到着した。 フロントで受付を済ませ、鍵を受け取った俺とハルヒは部屋に向かっている。 「やっぱりこの苗字にはまだ違和感があるわ」 おいおい・・・ 「しっかりしてくれよ?」 「分かってるわ。あ、ここじゃない?」 ハルヒが部屋の前で立ち止まり鍵を開けた。 部屋は割りと広めで中々風情があった。 「わぁ、素敵な部屋じゃない!!」 ハルヒも大満足のようだ。 荷物を置いた後、出掛けたがるハルヒをどうにか説得しその日はそのままゆっくりする事にした。 豪勢な夕食を堪能した俺とハルヒは混浴露天風呂に向かった。 いやぁ、名物と言うだけの事はあったね。 風呂を上がりさっぱりした俺達は部屋の布団の上でダラーっとしていた。 「今日は疲れたし、もう寝るか?」 「そうね。明日もあるし今日は寝ましょう」 そう言ってハルヒが部屋の電気を消した。 真っ暗な部屋で睡魔の誘惑を受けているとハルヒが俺の布団に潜り込んできた。 「どうした?」 「ずっと、キョンと一緒に寝てたから一人だと寝れないの。だから一緒に寝ていい?」 「あぁ、いいぞ」 「じゃあ、おやすみキョン」 「おやすみハルヒ」 こうして新婚旅行初日は幕を閉じた。 翌日、朝食を済ますや否や俺はハルヒに観光名所巡りに引っ張り出されていた。 「さぁ、行くわよ!!何かがあたし達を待ってるわ!!」 「その何かとは何だ?教えてくれ」 「何かは何かよ!言葉で表せるものに興味は無いわ!!」 久々にハルヒ節が炸裂している。 こうなっては誰にも止められないのを俺はよく知っている。 「分かったよ。幾らでも付き合うよ」 「当たり前でしょ!!なんたってあたしの夫なんだからどこまでもついて来てもらわなきゃ困るわ!」 「あぁ、そうだな」 その日は観光のパンフレットに載っていた場所のほとんどに行った。 そして今は本日最後の観光名所である夕日が一番綺麗に見えると評判の場所に来ている。 「うっわー、ホントに綺麗に見えるわねー」 お前の方が綺麗だけどな・・・ 「あぁ、ホントだな」 しばらくお互い黙って夕日を見ているとハルヒが切り出した。 「ねぇ、みくるちゃんと有希すっかり綺麗になってたわね」 「あぁ、そうだな。正直見違えたな」 「ふーん、やっぱりそう思ったのね」 ハルヒの声のトーンが急激に下がる。 これはヤバイな。 早くも離婚の危機か!? 「あの子達ね、あんたの事好きだったのよ・・・」 「そ、そうなのか?」 いや、それは気が付かなかったな・・・ 「全く、白々しいわね」 ほんとに気付かなかったんだよ!! 「あたしはそれを知っててあんたを独占したの。団長っていう立場を利用してあの子達とあんたが必要以上に近づかないようにしてたの」 俺は黙ってハルヒの話を聞く。 「ホントあたしって最低よね・・・・・・いつも「団長だから団員のために」とか言ってたくせに結局最後は自分を守ってた。キョンを誰にも渡したくなかった。だってキョンが居なかったらあたしはきっと壊れちゃうから・・・」 抱きしめてやりたい。 でも、今はまだそれをしちゃいけない気がする。 「あたしは自分が情けない。みくるちゃんや有希の幸せを願っているのに・・・なのにキョンを手放す事だけは絶対出来なかった」 こんなハルヒを見ているのは辛い。 だが、ハルヒの夫としてここは耐えなければならない。 「あたしは今とっても幸せだけど・・・これはあの子達の幸せを犠牲にして得た幸せなの・・・だからあたしはあの子達に憎まれても・・・それは仕方がないわ・・・」 そこまで聞くと俺はもう我慢出来なかった。 ハルヒを思いっきり抱きしめた。 「・・・キョン?・・・」 「バカか!?お前は!!」 「・・え?・・・」 「いつ長門と朝比奈さんがそんな事を言ったっ!?言ってないだろう!?」 「・・・でも・・・でもっ!!」 「結婚式に来てくれた二人の顔をお前だって見ただろっ!?お前を憎んでる顔をしてたかっ!?して無かっただろっ!?二人とも心の底から祝福してくれてたじゃないか!!」 「・・・それは・・・そうだけど・・・」 「確かに二人は俺の事が好きだったかもしれない!!でもな、それでも俺はお前を選んでたさっ!!」 「・・・ホント・・・に?・・・・・ホントにあたしを選んでくれた?・・・」 「あぁ、選んでたよ。俺は始めて会ったあの日からずっとお前が好きだったんだからな!!だから、何があっても俺は、俺だけは最後までお前の傍にずっと居てやる!!」 「キョン!!あたしも・・・あたしもキョンが大好き!!」 「いいか?誰だって何かを犠牲にして生きてるんだ。長門も朝比奈さんも古泉も俺もな。だからそれから逃げるな!!ちゃんと向かい合え!!倒れそうになったら幾らでも俺が支えてやる」 「・・・うん・・・ック・・分かった・・・ヒック・・・もう・・絶対に・・逃げないわ・・・」 「あぁ、だから今は泣け。そして泣いた分だけ強くなれ。そうしないと生まれてくる子供に笑われちまうぞ」 「・・うん・・・うん・・・ふわぁぁぁぁぁぁああん・・・」 気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。 俺は泣き止んだハルヒを背負って旅館に戻った。 食事の時間はとっくに過ぎていたが旅館の人が夜食を用意してくれた。 その夜食を食べ終わるとハルヒは横になりそのまま眠ってしまった。 今日は一日動きっぱなしだったし、沢山泣いたもんな・・・ ハルヒお疲れ様・・・ 俺はその言葉に沢山の意味を込めた。 そして俺もそのまま寝床に着いた。 旅行も明日で終わりだな・・・ そんな事を考えつつ俺の意識は薄れていった・・・ 最終日は旅館をチェックアウトした後、昨日の内に観光を思う存分満喫した俺達は御土産屋を回る事にした。 ハルヒはお土産と一緒に「宇宙人全集 温泉地限定浴衣バージョン」なる物を買っていた。 何でも此処でしか売っていない限定物らしいのだが・・・ まさか、それが目的で此処を選んだんじゃないよな? あらかたお土産を買った俺達はそのまま帰路に着いた。 無事帰宅した俺達に残された大きなイベントはこれでハルヒの出産だけとなった。 それから6ヶ月程の時間が過ぎた。 現在はハルヒは妊娠8ヶ月半で、出産まであと少しである。 もうハルヒのお腹も大分大きくなっていて確実に成長しているのだと妊娠していない俺にも実感出来る程だった。 この子もハルヒのように毎日を元気に過ごして欲しいと俺は思っている。 「あ、キョンこの子今動いたわ!!」 子供が生まれても俺はその名で呼ばれ続けるのだろうか? 結婚して以来、俺はハルヒに何度か本名で呼んでくれと頼んでいるのだがそれは悉く却下されている。 最悪子供にまで「キョン」と呼ばれる事が無い様に努力しよう。 「何っ!?ほんとか?」 「あんたバカ?そんな嘘ついてどうすんのよっ!?そんなに疑うなら触ってみなさいよ!!」 そう言いハルヒが俺の手を取り自分のお腹に当てる。 その時、子供がハルヒの中から蹴ってきた。 どうやらこの子もハルヒと同じ位に気が強いらしいな・・・ 文句でも言っているのだろうか? 「ね?今動いたでしょ?」 「あぁ、ほんとに動いたな。正直感動した。早く顔が見たいな」 「ホントよね!!さっさと出てこないもんかしら?」 おいおい・・・ 「そんなにポンっと出てくる訳無いだろ?てかそれじゃあ感動が全く無いじゃないか。それにその子にもタイミングってもんがあるだろうし気長に待とうぜ」 「そんなの分かってるわよ!!いちいち冗談を真に受けないでよね?ほんっとにあんたって進歩しないわよね」 ハルヒは本日も絶好調のご様子だ。 いやはや、結婚式前後の時のしおらしかったハルヒが恋しいねぇ・・・ あの時のハルヒはそれはそれは可愛かったね・・・ 「なーに鼻の下伸ばしてんのよ!?このエロキョンっ!!」 どうやら顔に出ていたようで、ハルヒの視線がさっきから痛すぎる。 「どーせ、みくるちゃんや有希の事でも考えてたんでしょ?」 なんでここで長門と朝比奈さんの名前が出てくるんだ?さっぱり理解出来ん。 「いや、俺はお前の事を考えていたんだが」 「そうなの?まぁ、それなら高級レストラン1回で特別に許してあげるわ」 「はいはい、それはどうも」 「それはそうと、ねぇ名前はもう決めてくれた?」 「あぁ、今最後の2択で悩んでいるところなんだ」 「へぇ、あんたにしては仕事が早いわね。じゃあ、その最後の2択とやらを聞かせてちょうだい。あたしが採点してやるわ!」 「それは生まれた時のお楽しみだ」 「あんた、あたしにそんな口聞いていいと思ってんの?あんた何様よ!?」 「俺か?俺はハルヒの旦那様だが」 「ま、まぁそうね、間違っちゃいないわね。って開き直るな!!」 こんな夫婦喧嘩のような会話をしていて子供に悪影響を与えないのかとたまに心配になる。 だが同時に、これが俺達の自然体なのだからこのままでいいとも俺は思っている。 今はとりあえずこの怒りが収まらない俺の奥様をどう鎮めたものか・・・ 「ちょっとキョン!!ちゃんと聞いてんのっ!?さっさと答えなさい!!30秒以内!!」 それだけを考えている・・・ その3週間後、いつものように労働に勤しんでいると突然俺の携帯が鳴り出した。 急いで廊下に出てディスプレイをチェックすると発信はハルヒの携帯からだった。 「どうした?何かあったか?」 「あ、キョン?あたしきたみたいなの!!」 相変わらず主語が抜けている。 「来たって何が?まさか宇宙人か?」 「あんたってホントにアホでしょっ!?陣痛がきたみたいって言ってんのよ!!」 「え?だって予定日まであと3週間もあるじゃないか?」 「そうだけど、きちゃったもんはきちゃったのよ!!」 確かに電話の向こうのハルヒは苦しそうである。 落ち着け・・・落ち着くんだ、俺!! 「大丈夫なのか?病院までちゃんと行けるか?」 「今、母さんが来てくれてるから大丈夫。タクシー来たら病院に行くからアンタも急いで来なさいっ!!」 「いきなりそんな事を言われてもな、まだ仕事残ってるし。出来るだけ急いで行くよ」 「はぁっ!?アンタ、あたしと仕事とどっちが大事なのよっ!?いいからさっさと来なさい!!3秒以内!!遅刻したら離婚だからね!!じゃ!!」 ブチッ!! ツー ツー ツー はぁ、どうすりゃいいんだよ・・・ 俺だって今すぐにでも行きたいが、いきなり早退させてもらえる訳も無いしな・・・ そう思いつつドアを開けると部長が俺の鞄を持って立っていた。 「話は全部聞かせてもらった。今日はお前が居ると何故かみんなの仕事が捗らんからさっさと帰れ」 「え?で、でも」 「でももヘチマもあるか!とにかく今日のお前は邪魔なんだ。だから帰れ!!」 「あ、ありがとうございます!!」 「お礼を言われるような事はしとらん。邪魔だから追い出すだけだ」 「はい。失礼します」 俺は部長に頭を下げると病院を目指して走り出した。 その際、部署から声援が聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。 会社を出てタクシーを捜したが中々来ない。 こんな所でタイムロスをしたくないので俺はがむしゃらに走り出した。 病院はここから車で1時間は掛かるが、この場でタクシーを待っている余裕は今の俺には無いので、今はただ一歩でも病院に近づく様に走っているのだ。 暫く走っていると偶然にも信号待ちをしているタクシーを発見した俺は慌ててドアをノックした。 幸い、客は乗せておらず俺はそのタクシーに乗って病院へ急いだ。 事情を聞いたタクシーの運ちゃんが一般道で混雑する時間帯に120キロを出すという中々スリリングな事をしてくれたおかげで30分程で病院に到着する事が出来た。 願わくばあの運ちゃんが違反で捕まりませんように・・・そう願いつつ病院の中へ入った。 俺は受付でハルヒが何処か聞こうとしたが、俺の顔を見るなり看護師さんが俺をハルヒの元へ案内してくれた。 そういえば、診察室でキスしたバカップルって事で有名だったな、俺達・・・ 案内された分娩室の前には、ハルヒの母さんと俺の母さんが待っていた。 「ちょっと、キョン!遅いじゃない!?」 「あぁ、スマン。お義母さん、すいませんお世話になりました」 「いいのよ。それよりハルちゃんが無理言ってごめんなさいね」 「いえ、それでハルヒは?」 「20分位前に分娩室に入ったところよ」 「そう・・ですか」 すると分娩室から看護師さんが出てきた。 「あ、旦那さんやっときたぁ!!さぁ、早く中に入って下さい。奥さんがお待ちですよ」 と言って俺を分娩室に連れ込む。 廊下と分娩室との間にある部屋に入った俺は看護師さんに怒られていた。 「もう、遅いじゃないですか。ダメですよ?出産も立派な夫婦の共同作業なんですからね!分かりましたか?」 「はい、ごめんなさい」 「よろしい。じゃあこれ着て下さい」 と言って自分達が着ているものと同じものを俺に渡してきた。 俺がそれを着終わるのを確認すると俺をハルヒのいる分娩室へと通した。 「奥さん、さっきからカンカンですから覚悟しといた方がいいですよ」 「でしょうね。慣れてるから大丈夫ですよ」 分娩室にはかなり苦しそうにしているハルヒと担当の先生と看護師さん数人が居た。 「あら、やっと来たの?遅かったじゃない」 ハルヒの担当の先生が話し掛けてきた。 「どうも、遅くなってすいませんでした」 「まぁ、それはいいから奥さんに話し掛けて励ましてあげて。なんだったらまたキスしちゃってもいいからね」 きっとこれがこの人流の励まし方なのだろう。 そう・・・信じたい・・・ 「はい、分かりました」 俺はハルヒの隣に立って話し掛けた。 「よう、遅くなって済まなかったな」 「お・・そいわ・よ・・・何や・・ってたのよ・・・」 怒ってはいるがいつもの勢いは無い。 それほどまでに苦しいのだろう。 「ホントにスマン。これでも大急ぎで来たんだぜ?」 「・・・遅刻し・・たら・・離婚・・・って言った・・でしょ・・・」 「文句なら後で幾らでも聞いてやるから、今は子供を生む事だけを考えてくれ。俺もずっとここに居るからな」 そう言って俺はハルヒの手を握った。 「分かった・・・わ・・覚悟し・・・ておきなさいよ・・・」 「あぁ」 もうそこから何時間経っただろうか・・・ ハルヒは未だに苦しんでいる。 早く終わって欲しい・・・ 俺はハルヒの手を握りながらそれだけを願っていた。 こんな時「ハルヒ頑張れ!!」としか言ってやれない自分に嫌気が差す。 ハルヒは激しい痛みによって気絶し、また痛みによって覚醒する行為を何回も何回も繰り返した。 正直、その姿を見ていられなかったがここで目を閉じてしまったらハルヒは一人ぼっちになってしまう。 俺は何度も目を瞑りそうになる度に自分に「瞑るな!!」と言い聞かせた。 そして遂にその時がやってきた。 「おぎゃー、おぎゃー」 と元気な泣き声が聞こえる。 俺がふっとその泣き声のする方へ目線を上げるとそこには看護師さんに抱かれた小さな赤ちゃんの姿があった。 俺はやっと終わったと安心した。 「やったな、ハルヒ。無事に生まれたぞ」 「・・・・・・・・・・」 ハルヒの反応が無い。 俺の頭の中で最悪の予感が起こる。 「は、ハルヒ?おい、これはなんの冗談だ?」 いつの間にか握っているハルヒの手に力が無くなっている。 そんな事はある筈が無い・・・・・・・・ 「ハルヒっ!?ハルヒーーーーっ!!」 俺は目の前が真っ暗になっていた・・・・ 「旦那さん、落ち着いて!!大丈夫、気絶してるだけよ。ほらちゃんと呼吸してるでしょ?」 え?本当に・・・・・・・? 俺は恐る恐る確認する。 すー はー すー はー 本当だ。 ハルヒは生きてる。 良かった、本当に良かった。 再びハルヒの手に力が戻る。 「・・・・ぅっさいわね・・・・勝手に殺すんじゃないわよ・・・・・」 ハルヒはゆっくり目を開いた。 「あぁ、そうだな。済まなかった」 「・・・全く・・・他に言う事・・・あるでしょ・・・」 「あぁ、ハルヒ良く頑張ったな。ありがとう、お疲れ様」 それを聞いたハルヒは力無く微笑むと再び目を閉じ深い眠りについた。 眠ったハルヒと一緒に分娩室を出ると母さん達だけでなく俺の親父にハルヒの父、そして妹が待っていた。。 「無事生まれました。ご心配お掛けしました」 おれがそう言うと歓声が沸いた。 なぁ、ハルヒ、ほんと俺達はいい家族に恵まれたよな。 俺はそのままハルヒに付き添い、みんなは保育器に入っている俺達の子供を見に行っていた。 「生まれてすぐに離れ離れになるのはなんか寂しいな」 俺は眠っているハルヒにそんな事を話掛けていた。 幸いハルヒの部屋は個室だったので、俺はその晩ハルヒに付きっきりで居ることにした。 翌日、会社に電話をして子供が無事生まれた事、一日仕事を休ませて欲しいという事を部長に話した。 部長が「無事生まれたか、そうかそうか。それは良かった」と言うと部署内で歓声が沸いているのが聞こえた。 「有休って事にしとくから、気にせず休め」 「ありがとうございます。では」 俺はそう言って電話を切り、受付で車椅子を借りてハルヒが眠る病室へと戻った。 ハルヒはその日の昼位にやっと目を覚ました。 「お、やっと起きたか?おはよう」 「ん?おはよ。今何時?」 「あぁ、12時半位だな」 「そう。ねぇ、赤ちゃんは?」 「新生児室にいるよ」 「そう、じゃあ今から見に行ってくるわ」 「おいおい無理するなよ?」 「無理なんてしてないわ」 そう言って立ち上がろうとするが足に力が入らないようだ。 「そうかい、じゃあこれに乗れ。そしたら連れて行ってやる」 そう言って車椅子を引っ張り出した。 俺は車椅子に乗ったハルヒを連れて新生児室に来ている。 俺はハルヒに付きっきりだったので、ここに子供を見に来るのは始めてである。 「ねぇ、あたし達の子供ってあれよね」 ハルヒが自分の部屋の番号が書かれたプレートの下がった保育器を指差す。 「あぁ、そうだな。可愛いな」 「ホントね。アンタに似なくて良かったわ」 「おいおい・・・」 「冗談よ!!いちいち真に受けるなっていつも言ってるでしょ?」 「お前の冗談は冗談に聞こえないんだ」 「そんな事はどうだっていいわよっ!!」 いや、よくはないと思うんだが・・・ 「それより、あの子の名前をそろそろ教えてくれない?」 「あぁ、そうだな。あの子の名前は「はづき」だ。「春」の「月」って書くんだがどうだ?」 「ふーん。まぁ、あんたにしちゃ中々なんじゃない?」 「そうかい?そりゃ良かった」 「あなたの名前は春月よ!!美人のママとダメダメヘッポコのパパだけどこれからよろしくね!!」 おいおい、いきなりその自己紹介は無いだろ? まぁ、いいか。 そこはこれから幾らでも修正して行けばいいしな。 まずはこの子に挨拶だ。 「ワガママなママとそのママに全然頭が上がらないパパだけどこれからよろしくな春月」 そして1週間後・・・ ハルヒは無事退院する事になった。 体調を完全に回復したハルヒと春月を連れて俺は家へと帰ってきた。 1週間程は静かだったこの部屋もまた賑やかになるだろう。 いや、ここは以前にも増して賑やかになると言い換えておこう。 まぁ、この子が始めて喋った言葉が「キョン」だったとか色々騒動はあったのだがそれは別の機会にしよう。 なんたって、一人でも手を焼いていたのが今度は二人になってしまったんだからな。 また、俺の気苦労も増えそうだ・・・・ あぁ、名前の意味? それは、「ハルヒ」っていう太陽から光を一杯もらって、いつか自分自身で光り輝いて欲しいって思いを込めて「春月」って名前にしたのさ。 「ちょっとキョン!!何してんのよっ!?早く来なさい!!」 早速、春月が何かしでかしたようだな。 そろそろこの言葉も封印したいのだがそれはまだ先の話になりそうだ。 「あぁ、今行くよ。はぁ、やれやれ」 fin エピローグ その後の話を少しだけしたいと思う。 春月は無事4歳となり今日も元気に外をハルヒと一緒に走り回っている。 無論、俺も二人に引っ張り回されている最中だ。 「きょんくん、おそいよ!!おくれたらばっきんなんだよ!!」 「そうそう、遅れたら罰金よ!!それが嫌ならさっさと来なさい!!」 はぁ、すっかり似たもの親子になっちまったな。 これからがある意味では楽しみで、ある意味では怖いな・・・ もうお気付きの方も多いと思うが、そう俺の努力虚しく俺は我が子にも「キョン」と呼ばれているのである。 今は、大きいハルヒと小さいハルヒである春月に振り回される忙しい毎日を過ごしている。 大変だが充実した日々を送れている事を俺は二人に感謝したいと思う。 じゃあ、二人が呼んでいるのでそろそろ行くとしよう。 罰金は嫌だしな・・・ 「おい、待ってくれよ!!」 そう言って俺は二人の元に走り出した・・・・・ fin
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ねぇ、キョン。 ねぇ、キョン、返事をして? ねぇ、キョン・・・。 聞いて、あたしの話を聞いて。 キョン! ねぇ、キョン。 あなたはあたしを裏切らないよね? ハルヒの声がした。 ハルヒが俺の名前を呼んでいる。 どうしたんだハルヒ? 目を開けて起き上がると、そこは色も音も無いただ真っ黒な空間に俺は居た。 見渡すほどの広さも感じられない。ただ黒一色の空間。 足元もフワフワとして、まるで星一つ無い宇宙空間に放り出されたようだ。 俺は確かベッドで眠っていたはずだ。それがどうしてこんな場所に居るんだ? まさか例の閉鎖空間とやらに呼ばれてしまったのだろうか。 なら、ハルヒもこの場所に居るはずだ。どこにいるんだ、ハルヒ。 「ハルヒ!」 ハルヒの名前を呼ぶ。だが返事は無い。 ハルヒの声がして、この妙な空間・・・閉鎖空間だと思ったが違うのか? なら、例の急進派か? 「ハルヒ!おい、返事をしてくれ!ハルヒ!」 もう一度ハルヒを呼ぶ。・・・やはり、返事は無い。 キョン! キョン! キョン! どうして返事をしてくれないの? ・・・・。 ・・・・。 ・・・。 キ ョ ン ! ! 『・・・ョ・・・ン・・・・・キョ・・・・!・・・・ョ・・・』 微かに、だが確かにハルヒの声が聞こえた。やっぱりハルヒはここにいるのか? 「ハルヒーーーっ!!ハルヒ!!どこだ、おーい!!」 大声を出してハルヒの名前を呼ぶ。だが一向に返事は無い。 ・・・どうなっているんだ?ハルヒじゃないなら長門、古泉の誰でも良い。返事をしてくれ。 『 キ ョ ン ! ! 』 突然、この空間全体が揺れるほど大きい声で俺の名前が叫ばれた。 実際、 ず ず ず ず ず ず どっ どっ どっ と辺りが激しくゆれ出した。 ゆれ出した空間の一部が、ぐにゃりと歪む。 それはだんだんと色が付き、ますます歪みを増してゆく。 ぐにゃ その歪みは、だんだんと、ある人間の顔を模してゆく。 「・・・ハルヒ・・・・・・・!?」 空間に浮かんだ歪みは、ハルヒの顔になった。 その顔は笑って、俺を見下ろしている。 呆然とそれを見上げていると、また空間の一部から腕が二本飛び出して俺の体を無理矢理掴んだ。 つ か ま え た ぁ ! 大 好 き よ 、 キ ョ ン ! おわり
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キョンの病欠からの続きです …部室の様子からもっと物が溢れ返ってる部屋を想像したんだが…。 初めて入ったハルヒの部屋はあまり女の子らしさがしないシンプルな内装だった。それでも微かに感じられるその独特の香りは、ここが疑いようもなく女の子の部屋なのだと俺に認識させてくれた。 「よう、調子はどうだ?」 「……だいぶ良くなったけど…最悪よ」 …どっちだよ。 ハルヒは少し不機嫌な表情でベッドに横になっていて、いつもの覇気が感じられなかった。いつぞやもそう思ったが、弱っているハルヒというのはなかなか新鮮だな。 「ほら、コンビニので申し訳ないが、見舞いの品のプリンだ。風邪にはプリンなんだろ?」 サイドテーブルに見舞いの品を置くと、ハルヒはそれと俺の顔を交互に見つめて訝しげにこんなことを言ってきた。 「……あんた、本当にキョン?中身は宇宙人じゃないでしょうね?あたしの知ってるキョンはこんなに気が利かないわよ?」 弱っていても失礼な奴だな、お前は。俺にだってこの程度の気遣いは出来る。 「…ま、昨日は世話になったからな」 実際、熱にうなされ苦しんでる時にハルヒの存在にどれだけ救われたことか。あと、その風邪を移したのはほぼ間違いなく俺だろうしな。 そう思うと俺は何かせずにはいられない気持ちになってしまい、その素直な感謝の気持ちが俺に自分らしくない台詞を口に出させていた。 「何かして欲しいことあるか?宇宙人を連れてこいとかいう難題以外なら、今日は素直に言うことを聞いてやろう」 俺がそう言うとハルヒは黙ってしまった。時計の秒針の音だけがカチカチと部屋に流れる。 そろそろ沈黙が痛くなってきて、俺が自分の台詞を後悔し始めた頃、ハルヒは絞り出すように少し震えた声でお願いを口にした。 「…………手」 「ん?」 「……昨日みたいに手を握りなさい」 「ああ…」 差し出された右手に俺も右手を重ねる。……素面でやると結構恥ずかしいもんだな。 ハルヒの熱が伝わったのだろうか?俺の顔も熱くなってきた。きっとハルヒの手が熱いからだ。うん、そういうことにしておいてくれ。 「……あと、頭撫でなさい」 ……そんなことを命令口調で言っても威厳はないぞ? 「……早くしなさいよ」 恐る恐る手を伸ばし髪に触ると、ハルヒは一度ビクッと強張ったが、その後はおとなしく髪を撫でられていた。 そうしてさわさわと撫で続けていると、ハルヒはくすぐったそうに目を細めていたが、少し無理をして起きていたのか、1分もしない内に眠りの世界へと落ちていった。 どのくらいそうしていただろうか?目の前のハルヒからはスゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。 黙っている時のハルヒは反則的なまでに可愛く、それがまたあどけない寝顔なのだから、じぃっと見ていると妙な気分になってくる。 いかんいかんと頭を振りながらも、俺はどうしてもハルヒの寝顔から目を離せずにいた。 今までこんなに穏やかに、じっくりと、しかも本人の目の前でハルヒについて考えたことはなかった。 だからだろうか?その事実に気が付いてしまい、そして驚くほどすんなりとそれを受け入れることが出来たのは。 俺はなんだかんだでハルヒのことを憎からず思って…いや、むしろ積極的な好意を持っている。 「……そうか、俺はハルヒのこと好きだったんだな」 それを言葉にして口に出してみると、急に落ち着かなくなり恥ずかしさが込み上げてきて、俺はハルヒが起きる前に帰ってしまうことにした。 椅子から立ち上がり鞄を手に取ろうとした時、俺はハルヒの額に浮かんでいる汗の存在に気が付いた。 …クソ、気になっちまった。 ハルヒの穏やかな寝顔に似合わないその汗がどうしても許せず、気が付くと俺は枕元のタオルを手に取っていた。 ハルヒの額の汗を丁寧に拭うと、シミひとつない白い肌が露になる。純粋に綺麗だな…と思っていると、ハルヒは不意に俺の名前を呟いた。 「……ん…キョン…」 「…………」 チュッ …………待て、俺は今何をした? 俺の唇に残るほのかな温もりは間違いなくハルヒのそれであり、ハルヒの額に残る微かな赤みは間違いなく俺が付けたそれだった。 要するにキスだ。キス?額にとはいえ俺がハルヒにキスをしたのか? ぶわっと今度は俺の額に汗が浮かんでいくのを感じる。ハルヒの寝息が聞こえなくなるほど心臓の音は大きくなっていった。 俺の頭に窓から逃げようという意味不明な選択肢が浮かんだ瞬間、ハルヒは静かに目を覚ました。 「……ん」 ゆっくりと、ハルヒの目が開いた。 ヤバイ、怒鳴られる。いや、むしろ殺される。 上がりっぱなしの心臓の回転数は今にも限界値を突破しそうだった。 宇宙人でも未来人でも超能力者でもいい、自業自得なことも分かってる、それでもお願いだ。時間を1分前に戻してくれ! 「……あ…今少し眠ってた?」 …気が付いてないのか? 「…え?あ、そうだな、10分くらいかな?」 …気付かれなかったことにほっとした反面で、少し残念に感じるこれはどういった感情なのだろうか? こちらの動揺をよそにハルヒは俺をじっと見つめ、なにげない一言で止めを刺した。 「今日はありがと、キョン」 「…ッ…」 その素直な感謝の言葉が胸に刺さり、心臓が止まりそうなほどの罪悪感が俺を責める。こんな気持ちになるのなら、いっそのこと気付かれて公開処刑されたほうがまだマシだ。 脳内裁判にて裁判長・長門が俺に有罪を言い渡したところで、目の前に予期せぬ逃げ道が現れた。 「…ふゎ…まだ眠いからもう少し眠るわ」 「あ、あぁ、眠いなら寝たほうがいいぞ、うん。なんせ風邪だからなっ」 自分でも不自然だと思える早口に俺の動揺は更に深刻なものになっていき、それがとんでもなく卑怯な行為だと理解しつつも、俺には真実を語らずに逃げ帰るしか、自らを落ち着かせる術はなかった。 「じゃ、じゃあ、俺は帰るな!また明日っ」 バタン! 転がるようにハルヒの家から出ていくと、外は既に暗くなり空には綺麗な月が浮かんでいる。 ふとハルヒの部屋を見上げると、まだ眠ると言ったはずのハルヒがこちらを見下ろしていた。 何か言っているような気がしたが聞き取れるはずもなく、俺は明日からどんな顔でハルヒに会えばいいんだろう?と思いつつ、逃げるように家路に着いたのだった。 「……どうせなら口にしなさいよ、馬鹿キョン」 End
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涼宮ハルヒの糖影 起 涼宮ハルヒの糖影 承 涼宮ハルヒの糖影 転 涼宮ハルヒの糖影 結