約 150,803 件
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/129.html
世界地図の南南西エリア一帯の大部分を占める、広大なる密林地帯。 そこは未だ人類が深く立ち入ることを許されておらず、様々な動植物が独自に自由な進化を遂げ続ける、正に生命の坩堝だ。 人類にとっては未踏であるが故に様々な謎に包まれたこの密林には、数百年を経て幾つかの伝説が語り継がれていた。 まず一つ世界的に有名なのは、この密林の奥深くには四魔貴族が一柱である魔炎長アウナスの居城、火術要塞が鎮座しているとされるものだ。 これは聖王記に語られる逸話を中心として民衆には広く信じられており、その伝説を裏付けるかのように、密林の深部に近づけば近づくほど、突然に瘴気が濃くなっていくという事象が一部探検家によって観測されている。 他には、主に現地の土着信仰を基盤としたものの中に、妖精族の住処が密林のどこかにあるという伝説がある。これも、聖王記にその一部の記載がある。 密林に最も隣接した人類生活圏の一つであるアケの村には、小さな子供を拐かす存在としての悪戯好きな妖精の描写が、口伝を中心に幾つか残されているのだそうだ。 しかし、そのような謎めいた伝説が幾つもある密林にそれでも人が惹かれるのは、その危険を上回る大きな魅力がこの密林に詰まっているからに他ならないのである。 「特にアケはね、なんてったってスパイスがいいの。ここのスパイスを味わっちゃったら最後、他じゃあ全然物足りなくて、アケのスパイスでしかキメられなくなっちゃうの」 「その表現には大いに疑問の余地が残るけど、とてもいいものなんだな、っていうのは伝わってくるよ」 先ほどから三角巾を装着した少女-サラは只管に前後に手を動かし続けながら、スパイスの魅力とやらを語り続けている。 少年-テレーズはその所作をじっと見つめながら、彼女の話にいつも通り耳を傾けては、的確な反応を返していた。 先ほどからサラはずっと、乾燥した葉っぱや根のようなものを細かく刻んでは、鉄製の円盤に木製の取っ手がついた不思議な道具でごりごりと擦り潰している。それを受けている器の方もどうやら専用のものらしく、円盤がちょうどはまるように縦に深い溝を作った構造のものだ。 それをあんまりテレーズが不思議そうに見ていたからか、サラはにこりと微笑みながら続けた。 「これはね、薬研(やげん)っていうの。薬草を粉末状にするのが本来の用途なんだけど、スパイスにも使えるのよね。あ、ちなみによく居酒屋とか焼き鳥屋とかにあるやげん軟骨っていうのはね、この薬研に軟骨の形が似ているから、っていうのが部位の名前の由来なのよ!」 「へぇ、そうなんだね。知らなかったよ」 こうして楽しそうに話しているサラは、見ているだけでいつの間にか、此方まで楽しい気持ちになってくるから不思議だ。テレーズはつくづくそんなふうに感じ入りながら、引き続きサラの手元を見ていた。 因みにテレーズには、サラのしゃべる話の意味を実際には半分も理解できていないことが多い。 因みに先ほどのものも、そうだ。薬研という道具についてはなんとなく理解できたが、その後の内容はよくわからなかった。 ただサラは本当に物知りなので、きっと自分が知らないだけで、いざかやとかやきとりやというものが街にはあるのだろう。やげん軟骨という部位もそもそも少年は存在すら知らなかったが、とり、と言っていたので鳥の部位なんだろうな、くらいに軽く受け止めていた。 サラと旅をするようになってからは彼女の口から発せられる情報量が多すぎて、テレーズはその一つ一つに深く追求をしても埒があかないということを割と最初に学んだのであった。この受け流しスキルは最早、極意習得相当と言っても過言ではなくなってきているだろう。 「ところで、今日はそのスパイスでキマっちゃうの?」 「ええそうよ!一度は本格的なのを作ってみたかったの!」 爛々と瞳を輝かせながら食い気味に言葉を返してくるサラの勢いに気圧されつつ、しかし出来上がる料理はとても楽しみにしている。 正直に言って一人旅の時は、まともな食事になんてありつけていなかった。人と関わる事を避け続けてきた彼には、料理の知識なんていうものは皆無だったのだ。 だからこそ、彼女と旅をするようになってからの食生活の劇的な向上ぶりには、ただただ舌を巻いているテレーズであった。 二人がいるのは、宿として借り受けたアケの村の一画にある空き家だ。普段から無人のようだが、貸し出し用なだけあり一通りの家事をこなすための道具は揃っているようだった。 貸主によれば、此処は観光地というわけではないので、偶に訪れる行商人が来た時などに泊まっていく場所なのだという。 因みに自分たち以前に泊まっていったのは、行商人ではなく戦士風の女性と小柄な少女の二人組だったらしい。 「本格的なのって、一体どんなものを・・・?」 「ふふ、それはできてからのお楽しみよ!」 大抵の場合はこんな感じで、料理中はあまり答えを教えてはくれない。なのでテレーズは自分の知識量ではやっても無駄だと分かりつつも、周囲に用意された材料から彼女が何を作るのかを予測してみることにした。 (えっと、用意されているのは・・・乾燥させたいくつかの葉っぱや根みたいなものと、青い唐辛子と、にんにく、ナス、パプリカ、ズッキーニ。あとはぶつ切りにされた鶏肉と、塩漬けされた小さな魚の切身・・・。調味料らしきものは、なんか独特の匂いがする茶色い液体と、甘い香りがする白い液体に、あとはお砂糖・・・。これは・・・うん、やっぱり何が出来上がるのか、僕には全く分からないな) 案の定、材料から全く完成品の想像がつかないテレーズは、大人しく座して待つことにした。 しかし、サラと旅をしていることでいろんな野菜などの名前を覚えただけでも、個人的には凄い進歩なのだと思う。 「よーし、こんなもんかな!」 どうやら粉末にする作業を終えたらしいサラは、大袈裟に額を腕で拭いながらそう言った。 「お疲れ様。そろそろ僕もさっきのやつの続き・・・する?」 「そうね、頃合い!さすが、分かってきてるね!」 サラに褒められると、胸の内がこそばゆくなる。誰かに褒められたことなんてなかった少年にとって、そんなちょっとした会話がこの上なく好きなのだ。 でもそれで自分が照れている顔を見られるのはとても恥ずかしいので、テレーズはそそくさと後ろを向き、大きな葉を被せてある物体の前に移動した。 これはサラがスパイスを擦り始める前に指示されて捏ねておいた、パン生地だ。サラがいうには、これで出来るパンは普通のパンと違い、ナン、と言うらしい。 「本当はタンドール窯で焼くのが本場らしいんだけど、流石にそれはないからフライパンで焼けるサイズにしましょ」 「え、あ、うん。そうだね」 タンドール云々は良く分からなかったので流すことにし、兎に角言われるままに生地を四等分して打ち粉をし、丸い棒で伸ばしていく。ナンとは平べったい形をしているのだそうだ。 その間に、サラは手際良くスパイス各種に茶色い液体と刻んだ魚の切身の塩漬けを加え、ボウルの中で擦り合わせる様にして混ぜていく。元々香りが強めの茶色い液体とスパイスやニンニクなどが絡まり、薄らと独特な香りが部屋の中に立ちこめていった。なにやら、これは確かに食欲を刺激されるような香りだ。 「アケのスパイスにはね、いろんな効能があるって言われているの。美容にもいいし、消化も良くなるわ。例えばターメリック・・・まぁウコンのことなんだけど、これなんかはお酒飲む前に摂取しておくとアルコール分解を助けてくれたりするわ!」 「お腹が満たされる以外の効果もあるなんて、凄いんだね」 特に酒を嗜まないテレーズにとってはターメリックとやらの効能はそこまでお世話になることはないだろうが、もし必要な時が訪れたら、ありがたく使わせていただこうとは思った。まぁ、その際にどこで手に入れるのかすら彼には皆目検討もつかないのだが。 「あ、そしたら野菜乱切りにしてもらえる?ズッキーニだけ輪切りかな。厚さは指先半分くらい」 「うん、わかった」 手早く四等分した生地を伸ばし終えたテレーズは、ペーストを作っているサラの隣で野菜を切っていく。 生まれてこの方、気がついた時には身に付けていた片刃の大型武具しか刃物を持ったことがなかった彼も、今ではすっかり包丁の扱いにも慣れたものだ。 野菜の切り方にも色々あるらしく、乱切りというのは取り敢えず野菜を横に寝かせ、くるくる回しながら斜めに切っていけばいい、とテレーズは理解している。 料理というのは切り方や熱の通し方にもいろんな手法があって、奥が深い。サラがいうには、家族で暮らす人々はみんな、毎日何かしらをこうして作っているのだそうだ。しかも一日二度という頻度であるのだとか。それは、とても大変なことだと思う。 しかもその中心を担うのは現在はその殆どが女性であり、料理は作業の一端に過ぎず、その他にも様々な家事労働や内職があるのだという。 「主婦って、思っているよりとんでもない労働なのよ。ただ土をほじくり返し、木を切り倒したら後は飲んでいられる男衆の方がある意味楽かも。テレーズは、見えない家事にもちゃんと注目してあげた方がいいって覚えておいてね!」 「うん、そうするよ」 見えない家事とやらがどのようなものを指すのかはいまいち分からなかったが、兎に角自分のやれる事をやれば良いのだろう、と彼は理解した。 そうこうしているうちにサラはぐるぐるとかき混ぜていたペーストを作り終えたらしく、手際良く竈門に火をつけて鍋に油をひいて熱していく。 そこに、先ほどまで作っていたペーストを半分程入れて炒める。すると、熱せられたペーストからは先ほどとは比べものにならないくらい、スパイシーで芳しい香りが立ち上がっていった。 思わずテレーズは、ごくりと唾を飲み込む。これは、絶対に美味しいやつだ。そう五感が確信しているのが、いやでも分かる。 しかしながら、未だにこれが何の料理なのかは、どうにも確信が持てないでいた。 「ふふ、見慣れないスパイスばっかりだもんね、まだ分からないかな?」 ちらりと横目に此方を見て、その表情から内心を読んだらしいサラが、悪戯っぽく笑いながら言う。 テレーズは素直にこくりと頷き、そろりそろりと近付いてサラの肩越しに鍋の中の様子を伺った。そこでは、緑色のペーストがふつふつと熱せられている。 サラはそこに、今度は白い液体を入れていく。すると、甘い香りとスパイシーな香りが程よく混ざり合い、色味も合わせて薄くなっていった。 此処に後は具材を入れて完成、となるなら、見た目は薄緑色のシチューといったところか。でもスパイスをふんだんに使うなら、シチューというよりは、あれかもしれない。 「・・・カレー?」 「ふふ、正解!これはね、グリーンカレーっていうのよ!」 思ったよりそのまんまの名前だなぁと思いながらも、見たことのない色のカレーには強く興味をそそられる。 サラによれば、カレーが嫌いな男の子はいない、とのことだ。実際に自分は一度食べさせてもらってからは感動しきりで、確かにカレーは文句なしに好物の一つになったと言える。 このカレーは色こそ見慣れたカレーとは違うが、食欲を大いにそそるスパイシーな香りは、カレーとしてのポテンシャルを十分に秘めているといっていいだろう。 更に残りのペーストを入れて沸騰させ、鶏肉を入れて火を通していく。 「よっし、そろそろナンも焼いちゃおっか」 「うん」 徐々に近づいてきたと思われる完成の時を内心では今か今かと心待ちにしながら、サラの隣でフライパンを熱し、薄く伸ばしてあった生地を焼いていく。 「結構焦げやすいと思うから、火との距離に気をつけてね」 「うん、わかった」 都度サラの助言を受けながら、焦げ付かない様に細心の注意を払いつつナンを焼いていく。 その間にサラは野菜や残りの調味料を鍋に加え、いよいよ最後の仕上げに掛かっていった。 彼女と旅を始めて、最初のうちは一から十まで料理を作ってもらってばかりであったが、こうして自分にも出来ることが増えてくると、ほんの少しは役に立てている気がして嬉しくなってくる。こんな風に思うのはきっと後にも先にも、彼女の隣でだけなんだろうな、と思った。 因みに、サラはもともと料理をすることが好きなのだそうで、特に彼女から手伝いを積極的に求められたというようなことはない。ただ、彼女が料理をしている間は為す術なく呆然と待っているだけの自分を見るに見かねて、よかったら一緒にやってみるか、と態々声をかけてくれたのだ。 なので、本当は彼女一人で全部出来ることではある。 でも、サラは自分が手伝うと喜んでくれるのだ。 彼女は以前に笑いながら、言っていた。料理は誰かのためにやるのもいいけれど、誰かと一緒にやるのも凄く楽しいんだよ、と。 今まさに、本当にその通りだな、と思う。 こんな穏やかな時間がずっと続いたら、それはどれほど素晴らしくて、幸せなことなのだろうか。 そんな空想を無意識に思い描いてしまうたびに、彼はいつも思い出す。自らが、そんなことを願えるような立場にはいないのだということを。 「ほら、焦げちゃうよ!」 「え・・・あっ」 サラの声で我に帰ると、目の前には香ばしい香りを放つナン。慌てて、フライパンの中で薄く煙をあげているナンをひっくり返した。 少々黒く焦げ付いた部分が表面にできてしまったが、ちらりと隣のサラに視線を寄越すと、両手を広げてセーフのジェスチャー。どうやら、許されたようだ。 「油断大敵、ね。さ、こっちは完成!」 一足先にサラの方が終わったようで、残りのナンを手分けしてぱぱっと焼き上げていく。 そして四枚のナンが焼き上がったところでカレーを別皿に盛りつけ、完成だ。 「じゃじゃーん、サラさん特製グリーンカレーです!」 「おぉー」 腰に手を当てながら高らかに料理名を発するサラに、テレーズはパチパチと手を叩きながら歓声を上げる。スパイスの香りと、それを中和するようなどこか甘い香りの混在する、実に不思議な香りのカレーだ。 「この甘い香りはね、ココナッツっていうの。熱帯地域が主な産地なんだけど、これからとれるココナッツミルクがこのカレーのポイントなのよ!さぁ、召し上がれ!そこそこ辛いと思うから、気をつけてね!」 「・・・じゃあ、いただきます」 期待を胸に、まずは木製のスプーンで掬って一口。 「・・・・・・!!」 口に入れた瞬間、口内全体に広がる豊かなスパイスの香りと、ココナッツとやらの甘み。そして、予想よりも強烈な辛さ。 「・・・の、のみもの・・・!」 あまりの辛さに、テレーズは慌てて用意されていたサトウキビを絞ったジュースを、ぐっと喉に流し込んだ。甘さのある飲み物が口内の辛みを中和してくれはするが、それでもまだ辛さは口の中に残っているようだった。 「ふふ、ナンに付けながら、ゆっくり食べてね」 テレーズの姿を見てくすくすと笑いながら、サラはナンを食べやすいサイズに千切ってカレーにつけながら食べていく。それをみて、テレーズは自分もそれに倣うようにした。 千切ったナンをカレーに浸して、一口。 今度は、先程よりも覚悟ができていたからか、ある程度味わいながら食べることができた。相変わらず辛いのだが、しかしその絡みの中に様々な旨みが溶け出していることが、この一口ではっきりとわかる。 (・・・これは・・・美味しい・・・!) 辛いものはそこまで得意ではないテレーズだったが、このカレーは別格だと判断した。この辛さは、この料理には必要なファクターだ。青唐辛子やその他いくつものスパイスが織りなす辛味が複雑な味を生み出し、それをココナッツの甘みが包み込んで、丁度よく辛さと旨さのバランスを保っている。そしてごろごろとした野菜や鶏肉が、カレーとしての歯応えの楽しみをしっかりと齎してくれるのである。 気がつけばテレーズは、飲み物と交互に無言で食べ続け、あっという間にグリーンカレーを完食してしまっていた。 「辛い・・・けど、美味しかった・・・!」 「へへーん、そうでしょー。ま、私も初めて作ってみたんだけど、これは中々上手くいったね!」 サラも満足げに頷きながら、テレーズに遅れて完食する。 テレーズはすっかり全身に汗をかきながら、はしたないとは分かりつつも両手を広げてごろんと後ろに倒れ、中空を見上げた。 (・・・美味しいものを食べてこうして寝転がるなんて、以前からしたら本当に考えられないな・・・) サラと旅を始めてから、まだ一月少々といったところだったか。曲がりなりにも凡そ十六年を生きてきたテレーズからしたら、これはまだほんの短い期間ではある。 しかし、この僅かな旅の中で彼の人生は、今までとは全く別のものへと成り変わり始めているのも事実だ。 その変化はとても尊いもののようであり、とても恐ろしいもののようでもある。一度得てしまえば、失うことを酷く恐れてしまう禁断の果実のようだ。 しかし、この度には終わりがちゃんとあって、その時にどうなるのかは分からないけれど、少なくとも今の状態は消えて無くなるのも確かなのだ。 その時、果たして自分はどうなってしまうのだろうか。 こんな自問を、彼はこの一ヶ月ほどはずっと繰り返している。 答えば、出ない。 「そういえばココナッツミルク余ってるなー。ね、テレーズ。デザート食べる?」 サラが、少しこちらに身を乗り出しながら自分を覗き込むようにして聞いてくる。直ぐ様それに反応して起き上がり、同意するように大きく首を縦に振った。 「おっけ。じゃあぱぱっと作っちゃお。・・・一緒に作る?」 「・・・作る」 サラの言葉にこれまた肯定の意を大きく示しながら、平らげた食器を片しつつ台所へと向かう。 今はまだ、答えは出ない。 だが、いつかは出さなければならないのも、確かなのである。そしてその答えを出してしまったら、きっとこの旅はその時点で終わりを迎えてしまいそうな気がするのだ。 それを望んでいないのは、自分だけなのだろうか。 それとも彼女も少しくらいは、そう望んでくれているのだろうか。 そんなこと、恐ろしくて聞くことなんて絶対できない。だから、もしそうだったらちょっとだけ嬉しいな、と思うに留めておく。そう思うくらいの我儘は、ひょっとしたら許されるかもしれない。 「ほら、なにぼーっとしてるの、こっちこっちー」 「あ、うん、直ぐいくよ」 今はこうして、彼女の声に導かれるに任せていよう。その心地よさに身を委ねながら、来るべき時のために、覚悟だけはしておこう。 その時がきたら、自分は彼女の望むようにするのだろうか。それとも、彼女を裏切ることになるのだろうか。 そのいずれの選択をするのかは分からないが、少なくとも、彼女のためになることをするべきだ、ということだけは分かっている。 それだけは揺るがないのだ、と自分に言い聞かせながら、テレーズは鼻歌を唄うサラの隣に立って手伝いを始めた。 サラさんの作ったグリーンカレー(3-4人分) グリーンカレーペースト・・・薬研で色々ごりごりするよりこっちの方が楽だよ!メープロイっていうメーカーがおすすめ!カルディとかでも手に入るよ! 鳥もも肉・・・400g前後。一口大に切り分け! ピーマン・・・1個。細切り! パプリカ・・・1個。これも細切り!赤でも黄でも、好きな色でいいよ! なすorズッキーニ・・・2本。1.5cmくらいで輪切り! たけのこ水煮・・・1パック ココナッツミルク・・・400ml ナンプラー・・・大さじ2 ライムリーフ・・・2枚くらい。バイマックルともいうよ。こぶみかんの葉! 砂糖・・・大さじ2。ココナッツシュガーならなおよし! 鶏ガラスープの素・・・大さじ1 あとはお好みで、仕上げに生バジルとかいいよ!辛さ調節に牛乳あってもいいよ! ナンorライス・・・ナンもいいけど、白いご飯で食べるのもとっても美味しいよ! ①おっきめのフライパンにココナッツミルクを半分弱くらい火にかけて、煮立ってきたらペーストを全部入れて溶かします! ②溶かし終わったら鶏もも肉を入れて、火が通るまで煮込みます!蓋して、弱火で7−8分かな? ③鶏肉に火が通ったら、残りのココナッツミルクとお野菜とか筍とかライムリーフとか全入れして、中火で煮込みます!5分くらい? ここで牛乳をお好みで入れておくと味がマイルドになるよ! ④煮込んだ後に、ナンプラーとか砂糖とかガラスープとか、残りの調味料をいれます!弱火で煮込みながら味見! ⑤仕上げに、あれば生バジル入れて混ぜるとより味わい深くなります! ⑥ナン、ご飯とともに召し上がれ! 番外編一覧に戻る TOPに戻る
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/35216.html
ばすえのさかばでながしたなみだはきょうもかなしいあじがうぇーい【登録タグ は カオスP 初音ミク 曲】 作詞:カオスP 作曲:カオスP 編曲:カオスP 唄:初音ミク 曲紹介 歌は世につれ世は歌につれ。それでは歌っていただきましょう。初音ミクさんで「場末の酒場で流した泪は今日も哀しい味がうぇーい」。 イラスト:シマシマ 歌詞 唐突に俺登場 俺が空気支配 ヤバすぎるだろ?うぇーいwwww SNSチェックしてマジ充実しすぎでしょ 会いたいとか遺産あげたいとか メールわんさか来て止まらん 人気ありまくりリア充生活 知らないアドレス え?迷惑メール? みんなの楽しそうな写真見つけちゃった ブラウザすぐバックして見なかったことにしちまえ 誘われてないとかハブられてるなんて 都市伝説の類 キョロキョロしてない ぼっちじゃないから くちばし何色? とりあえず言う うぇーーーーーいwwww 顔色うかがい うわっつらだけの嘘笑顔 いじられキャラ維持 イージーモードですし おどけたふりして毎日演じてるピエロ 「消えろ」と言われた 癒えろ俺の心 YELLOW 危険信号 無邪気なあの頃 夕暮れまでよく遊んだ 損得勘定何にもない世界 人間関係築くのはかくも難し 我が苦も泪とともに流れてくれ 気になるあの娘が俺見て微笑んでくれた ここぞとばかりに言うしかないだろう 大地の呼吸聞き そして放つ うぇーーーーーーーーいーーーーー!!!! コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/tare/
初めに ここは某掲示板である2ちゃんねるのVIP+にあるスレ『皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって』の専用Wikiです 配信者も少しずつ増え、スレ内で情報を書き込むことも多くなったので作成しました 主に新しい配信者が現れたときや配信者のURLが変更になった場合更新します Wiki制作 チップ◆ChipfCodaE 配信者募集中 只今垂れ流しラジオをしてくれる方を募集しています もし配信の仕方がわからないけれどやってみたいと思ったのであれば現行スレに書き込んでください できるだけ丁寧に教えます いつでも待っています 現行スレ したらば掲示板 過去スレ したらば掲示板(現在現行スレ兼) 垂れ流しラジオ舞台裏 http //jbbs.shitaraba.net/radio/28493/ 過去スレ 2014/04/30~ 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって 7曲目 http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1398784317/ 2013/12/18~2014/01/21 チップチューン垂れ流しラジオするから聴いていって http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1387374728/ 2014/01/21~2014/02/10 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1390232988/ 2014/02/10~2014/02/16 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって3曲目 http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1392036567/ 2014/02/16~2014/02/21 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって 4曲目 http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1392561992/ 2014/02/21~2014/03/01 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって 5曲目 http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1392912956/ 2014/03/01~2014/04/30 皆で垂れ流しラジオをするので聴いていって 6曲目 http //hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1393681936/ 更新履歴 取得中です。
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/51.html
茹だるような暑さに、堪らず学校指定の夏服用ベストを脱いで鞄に仕舞い込む。 七月にはいると期末テストさえ終われば、学校全体はもうすっかり夏休み気分だ。 ろくにクーラーも効いていない校内からはとっとと退散することにして、相変わらず部活動で賑やかな校舎をあとにした。 この高校は学長の方針で全校生徒が必ず何かしらの部活動に入っていなければならないのだが、運動があまり得意ではなくインドアの趣味もそこまでない私は、郷土文化研究部、という部活に所属している。 活動内容といえば年に一度の文化祭の時に部室で郷土文化の資料展示をする位で、所謂、避難場所扱い。噂によれば三年連続で同じ資料を展示する猛者もいるとかいうのだから、驚きだ。 そんな部活だが、年一回の発表の場だけはやらねばならない。つい先日になって顧問からこの課題を改めて伝えられたので、夏休みの宿題は七月中に全て終わらせるタイプの私は九月に控える文化祭展示のための資料を集めに、今日は街を探索することにしていた。 夏休み中にそんな事をやるなんて、真っ平ゴメンだからだ。 校門から伸びる桜並木を終えて十字路に立ち、少し考えてから左に曲がる。 気持ちは直進で入れる遊歩道から二両編成のローカル線が走る無人駅に向かいたいのだが、それでは家に帰るだけだ。そして十字路を右へ行くとこの町唯一の商店街だが、そこには郷土文化といえるような代物が置いてあった記憶はない。寂れ具合が現在の郷土文化、と捉えるなら話は別であろうが。 なのでここで何かを探そうと思ったら、選択肢は左しか無かった。 灘らかに登っていく道を暫く歩いてみると、古めかしい木造の建築物が並ぶ中に、いくつかの町工場らしきものがあるのが見える。 更にその先を眺めてみれば一向に畑と林と山肌しか見られなかったので、この辺りの建物を見学してみる事にした。 地域性からか、この辺りの人々はとても人当たりが良く、職場見学には喜んで応じてくれる。 だが見た限りでは肥料や農薬の工場と、林業を営む材木屋の倉庫、そして水道管の修理工房等等、郷土文化というには些か首を傾げたくなるものばかりが立ち並ぶ。 勿論何れも暮らしには重要なものなのは分かるのだが、これを持ち帰ったら流石に顧問に怒られそうだ。 そうして更に次の場所を求めて水道管修理工房の主人に礼を言ってから歩き出した矢先、遠くから響く微かな音が風に乗って耳に届いた気がした。 音に誘われて歩いて行くと、辿り着いたのは小さな倉庫みたいな場所だった。 開けっ放しの扉から中を覗き込むと、古めかしい窯が先ず目に入る。その他にも見慣れない道具が立ち並んでいるので何かの制作工房の様だが、その詳細はわからない。 そこに再び、チリンと透明な音が鳴る。その音の出処を目線で辿ると、それは入り口の雨避けトタン屋根の端に吊るされた、瓢箪みたいな形をした風鈴だった。 「その風鈴、形が珍しいでしょう。名前はそのまんま、瓢箪型風鈴。ウチの作品だよ」 しばし観察していたところに今日の日照りみたいにカラッと明るい声を掛けられて振り返ると、勝気そうな表情のお姉さんが立っていた。 上はTシャツ、下は作業服。そして首からタオルを掛けている。先程までの工場のおじさん等とは違い、主婦や公務員以外でこの町ではなかなか見かけない若い年齢層の女性だった。 「あなた、峰高の生徒ね。余りの暑さに、ここの風鈴に涼を求めにきたのかしら」 自身の高校の略称よりも、風鈴に涼を、の部分に反応して目を見張る。瞬間的には、理解できなかったのだ。 「・・・年代的にイマイチぴんと来ないか」 私の反応を見てそう言うと、お姉さんは自分の背後に親指をむけて指し示した。 「暑いでしょ。ここで会ったのも何かの縁よね、上がっていきなよ。冷たいお茶位は出せるよ」 言うが早いか、こちらの返答を聞かずにお姉さんは歩きだしてしまった。 あまり慣れていない展開だけど、ここはせっかくなのでついて行くことにした。どううがった見方をしても、今のお姉さんが不審な人には見えないし。 招かれた家は、これでもかというほど純和風。ガラガラの玄関を通って木の感触が足の裏から伝わる廊下を案内されて、縁側のある広い部屋に入った。 部屋の側面いっぱいに広くとられた縁側の半分は簾で太陽の熱線を遮断し、しかし風を呼び込んでいる。そしてその脇には、ここにも風鈴。先程のものよりもやや小振りだが、風に揺られて鳴らす音は等しく透明だ。 しばし部屋の中を観察していると、先程のお姉さんが氷とお茶に満たされたグラスを二つ持って入ってきた。 「はは、珍しい?」 その言葉に、素直に頷く。自分の家とは構造が全く異なり、まるでドラマのセットを見ているような気分だった。 屋根裏には、まっくろくろすけが住んでいそう。 思った通りに伝えると、お姉さんは声をあげて笑った。 「流石に近所にトトロは住んじゃいないけど、まっくろくろすけはいるかもね」 あんまり自然に笑いながらいうものだから、まるで初めて会った気がせずに、気がつけばすっかり寛ぎながら今日の目的を話していた。 「へぇ、郷土文化研究部、ねぇ。そうはいっても、ここは昔からの伝統産業って言えるほどのものはあんまり無いかもしれないね。だのによくそんな部を作ったもんだ」 あっけらかんとそういうので、この風鈴は違うのかと少し残念に思い、そう言った。 するとお姉さんは風鈴についてそう言われたことが嬉しかったのか、また明るく笑いながら口を開く。 「ここの風鈴は、私の爺ちゃんがこっちに来て作り始めたんだ。元は東京の技術だね」 そうして、お姉さんは風鈴のちょっとした歴史を披露してくれた。 元をたどれば風鈴とは風鐸(ふうたく)と呼ばれる魔除け道具であった事。ルーツが紀元前の中国である事。世界中に様々な形で広まっている事等等。 「よく市場にオモチャみたいな価格で流れているものは、その全てが型を使って作られたものだね。色形はまぁまぁだけど、あれじゃあ肝心のものが抜けてるんだ」 妙に含む言い方で言葉を終えたので突っ込んで聞いてみると、お姉さんは縁側の風鈴に目線をむけた。 つられてそちらに顔を向ければ、丁度のタイミングで風に吹かれた風鈴が、また透明な音を奏でる。 あ、と声にだして反応すると、お姉さんはにこりと笑った。 「そ、音さ。音一つで涼しさを思わせる本物の響きは、流石に手作りにしか出せない。涼を奏でる。それこそが風鈴の真骨頂ってわけ」 その言葉に感心した調子で声を上げると、お姉さんはちょっとだけさみし気に笑いながら、でもね、と言葉を続けた。 「風鈴の役割は、そろそろ終わりかけてる。今は此処みたいに風を呼び込む夏じゃなく、締め切ってエアコンだからね。ま、麓の簾屋さんも同じ事を言ってたけどね」 確かにそうだなぁ、と思いながら自宅を省みる。居間と各自の部屋にはエアコンがあり、今の時期は窓を開けることが殆ど無い。 「ここは下に比べりゃ高地だからまだ縁側に簾と風鈴だけでも涼を得られるけれど、十年後は分からない。私が子供の頃に比べてでさえ、今は異常に暑いからね」 毎年のように異常気象、前年を上回る猛暑と言われ続けて、もはや自分にとっては毎年美味しくなったと言われる不思議飲料ボージョレーと同じ感覚でいたものだけど、いずれは今が温いと思うほどに暑くなるのだろうか。 「郷土文化というよりは、今までの日本文化そのものが消えようとしているのかもしれないね。でも其れは、仕方のないことかもしれない。風鈴も簾も風を呼び込むこの家も、その時の需要に応じて生まれた文化。そしてエアコンもその他の色んな電化製品も今の住宅構造も、今の需要に応じて生まれた文化さ。流行り廃りは世の常よ。爺ちゃんがきいたら、ばかもーん、って怒るだろうけれど」 部屋の奥にある仏壇に、それとなく目が向く。お爺さんは今を嘆いているのだろうか。 でもこのお姉さんは、今に肯定的だ。柔軟な考えを持っているし、否定をしない。 なのに、何故ここにいるのだろう。そんな疑問が浮かび、聞いてみた。 「あはは、答えは単純」 そう言って背伸びをし、お姉さんは部屋の空気をいっぱいに吸い込んだ。 「ここが、好きだから」 気がついたらお爺さんの手伝いで風鈴作りをしており、昔ながらの制作方法と、火の調整が大変らしいコークス窯と呼ばれる炉を用いたここの風鈴は、実は地域を超えて評判がいいらしい。 ちょっと自慢なんだよ、なんていいながら話してくれた。 「文化を守る、なんて大義名分は別に無いけど、私は運がいいと思っている。なにせ此処に生まれて、ここを好きになれて、好きな事をして暮らしているんだからね」 そう言ってお姉さんは自分のグラスに満たされた麦茶をぐっと呷る。 私も倣って喉に流し込むと、冷たい麦茶がすごく美味しくて、簾から流れ込む風が気持ち良くて、風鈴の音がとても涼しい。 夏なんて外に出ればひたすら暑いだけで好きじゃなかったけど、初めてここで日本の夏、みたいなものを肌身に感じて、なんとなく目の前のお姉さんがここを好きだと言っている感覚が分かる気がした。 お姉さんも私の表情からそれを読み取ったのか、にこりと笑った。 「また、おいでよ。ここは夏は風の住処で、秋は紅葉が燃えて、冬は囲炉裏がまたおつなもんなんだ。そして春になれば、新緑に合わせてよく薫る。そんな、日本の家。郷土文化研究部の題材には、悪くないかもよ?」 その言葉に私が大きく頷くと、またお姉さんは明るく笑ってくれた。 お土産になんと風鈴をひとつ頂いてしまい、別れを惜しみつつも家路に着く。 耐えきれなくて道すがらに風鈴の舌を戒めから解き放つと、チリンと鳴ったその音に、心にふわりと風が吹いた気がして涼しくなる。 そんな感覚は知らないはずなのに何故か懐かしい気持ちになって、それがなんでか嬉しくて、自然と足が軽くなった。 夕暮れでまだまだ蒸し暑い帰り道に、私は涼やかな表情で一人鼻歌交じりに駅へと向かっていく。 九月の文化祭までに彼処に通いつめて、あの場所を皆が知ってくれる様にしようと密かに心に決めながら。 今年の夏休みは、例年より少し涼しく過ごせそうだ。 2011/7/16 物書きの集い・お題企画 「風鈴」 より
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/17.html
侯爵フランツの怒り様といったら長年共にロアーヌを支えてきた側近や近衛の将軍、政務官等ですら初めて見る程のもので、最早それは誰にも止められない様相だった。 荒々しく玉座から立ち上がりながら怒りも露わに叫ぶフランツによって、この翌日にはロアーヌ全領土に通告が成されることとなる。 其れこそは、未来のロアーヌ侯爵たるミカエルの名を大々的に国民に知らせるものであった。 自室のバルコニーから城下町を眺める少女は、美しく整った眉を可愛く顰めると、無言で部屋に戻る。 其処では普段こそ侍女が一人いるだけだったが、今は侍女以外に部屋の入り口に常に二人の武装した兵士が直立し、部屋の中は少し窮屈な印象だ。 しかし少女は、その様なことで眉を顰めた訳ではない。今彼女の頭の中には、怪我を負って療養中である敬愛する兄の事があった。 つい先日、少女は八つ年上の兄とともに二人でいる所を何者かに襲われ、兄の獅子奮迅の応戦によって辛うじて命を救われた。 だがそこで酷い怪我を負った兄は、血を流しながら地に膝をつき、慌てて駆けつけた衛兵により治療院へと運ばれた。少女は騎士団に連れられて宮廷内に戻り、それ以来数日を過ぎた今でも、兄と顔を合わせられていない。 術師の治療により怪我の方は殆ど治っているとの事だが、厳戒態勢が敷かれたままなのだ。 普段から愛用している特注の椅子にゆっくりと腰掛けると、少女は一つ深い溜息をついた。 連日の殺伐とした訓練場の空気に愚痴をこぼす者も多い中、周囲の男連中の中では一際目立っている可憐な顔つきの銀髪の少女は、表情一つ変えずに騎士団長の叱咤に耳を傾けていた。 「諸君も連日聞き及んでいようが、この厳格なるロアーヌの領土内で、あろう事か侯爵様のご子息が襲われるという真に遺憾な出来事があった。これは国家の規律を揺るがす大事件であり、我々ロアーヌ騎士団も顔に泥を塗りたくられたに等しい!故に、二度とこの様な事が有ってはならない!諸君等宮廷騎士とその候補生は、今まさにその真価を今一度問われているのだ!これよりは一切の油断なく己を磨き、このロアーヌの秩序そのものとして行動する様に!」 ガシャリ、とその場の騎士達が剣を翳すと、直ぐに散開して騎士団は訓練へと移った。 列の中にいた少女はその背中に背負った華奢な身体に不似合いな大型の剣を振り抜くと、いつもの練習相手である同期を相手に、剣を正眼に構えた。 練習用の剣とはいえ直撃すれば骨折は免れないであろう勢いで少女が剣を振り抜き、青年が其れを辛うじて受け流す。 周囲にも増して激しく展開されるその剣戟に、負けじと全体の乱取りに締まりが加わる。それを見ていた騎士団長はぴくりとも表情を崩さずにいると、やがてその場を離れていった。 その後も暫し剣戟の音は場内に響いたが、やがてそれは少女の行うそれを抜かして止んでいく。 「カタリナ、今日は俺と勝負だ」 打ち合いの合間に間合いをとった所で、一人の青年が少女と相手の中に割り込んだ。途端に周囲から冷やかしの声援が飛んでくることに青年は舌打ちをするが、それに対して少女はふぅと一息つくと首を鳴らし、来いと合図をする。 それに顔を引き締めた青年が喝と共に素早く打ち込むと、体躯で負ける少女はあえて正面からそれを受ける姿勢を取り、遠心力の乗らない柄の付近を選んで受け止める。 火花が散るそのタイミングを見計らって少女は身体を右にずらし、勢いを殺されきらずに前のめりになった青年の脇腹を凪ぐ様に剣を振った。しかしそれを予期していた青年が渾身の力で無理矢理剣を横に凪ぐと、周囲に増して軽装であった少女は瞬時に垂直に飛び上がり、身体の下を剣が通過していく様を空気に感じながら青年の頭に掌を載せつつ優雅に着地する。そしてバランスを崩しかけた青年の頬に剣ではなく手を当て、円らなその瞳を細める。 「・・・残念ですね、コリンズさん。先手の速攻は相変わらずキレがいいですが、まだ二の手が弱いみたいです。今回もお酌はお預け、ですね」 少女のその言葉と共に、周囲からはどっと歓声が沸き起こる。 悔しがるコリンズ青年は、再戦時の勝利を誓いながら引き下がるのであった。 「やっぱもうカタリナに勝てるのは、ラドム将軍クラスくらいかぁ・・・」 「そんな事はないわよ、ブラッドレー。貴方の攻守のバランスの良さは、本当に見習いたいくらい。それにコリンズさんの速攻にしても、私にはまだ真似できないわ」 カタリナと呼ばれた少女が長い髪をかき上げながらそう言うと、ブラッドレー青年は肩を竦めた。 「宮廷騎士団で正規を抜かして最も強い候補生にそう言われても、嬉しくも何ともないな」 その言葉に、周囲からは笑いと溜息が混じって聞こえてくる。 それに今度は、カタリナが肩を竦める番だった。 合同訓練を終えて周囲の喧騒から離れる様に退避したカタリナは、いつもそうしている様に裏庭にある井戸で水を汲んで顔を洗う。 そうして一息つくと、井戸の脇に立て掛けていた練習用の大剣を握り直して、これまた習慣に則ってその場で素振りを始める。 これは騎士を目指して仕官したその日からの、彼女の習慣だった。 家柄は貴族の生まれであり、更には女性の身であるにも関わらず騎士を目指すカタリナには、常に周囲からの好奇の視線や不躾な言葉が付き纏った。 だがそれに対してカタリナは一切口で返すことは無く、その行動で返答してきた。 その結果、剣の腕は最早候補生仲間では全く太刀打ち出来ぬものとなり、正規の騎士ですら舌を巻く程となる。 だがそれで満足するような彼女ではなく、更なる高みだけを目指してこうして日々訓練に明け暮れていた。 宮廷の裏側のこの庭は普段から寄る人間もいないので、彼女専用の練習場所と言えよう。 因みにこの裏庭の一角には常に丁寧に手入れされた小さな花壇があるが、恐らく彼女とは被らない時間帯に誰かが世話をしているのだろう。一度もその人物とは会った事が無いので、それを気にする事はなかった。 大振りの連撃練習の後にフルーレを用いた追撃への流れを確認し、いつしか空が茜色になり始めた頃に漸くカタリナは練習を終えて再び顔を水で洗った。 と、丁度その時だった。木々に隠れた場所で微かな物音をカタリナは察知し、反射的に腰のフルーレを抜き放ちながら物陰に視線を向け、誰何する。 すると物陰からは存外あっさりと人影が現れたが、それが頭から足元までローブを被った大層怪しげな出で立ちであったものだから、カタリナは警戒を濃くして視線を鋭くした。 だがローブの人物は直ぐにそれを頭のフード部分だけ剥ぐと、その中からはカタリナの銀髪と対象的な眩い金髪が現れ、そして妙に見覚えのあるその顔にカタリナはまず驚き、そして次に跪いた。 其れこそは先日単身で暗殺者を撃退しながらも名誉の負傷を負ったという、侯爵フランツの息子であるミカエルその人だったからだ。 「・・・これは、大変失礼をいたしました。私は宮廷騎士団所属の騎士候補生、カタリナ=ラウランと申します。此度の無礼、何なりと処分は謹んで受ける所存です」 それだけ言って下を向いたカタリナに対し、ミカエルはゆっくりと首を横に振った。 「・・・いや、私は影だ。ミカエル様の身辺をお守りするにあたり、此度の事件を機に任務についたのだ。気にしなくていい」 その言葉にカタリナが多少驚いた様子で顔を上げると、年相応のあどけなさが残るその表情に影は目を細めた。 「そうでありましたか。お務めご苦労様です。しかし、この様な所にいて宜しいのですか?」 今は大変な時期であろう事を察してのカタリナのその質問に、しかし影は肩を竦める。 「今ミカエル様は、部屋の内外に衛兵が待機してお守りしている。むしろ私の出番はないので、この機会に更なる任務完遂の為に剣の訓練でもと思ってな」 それにカタリナがまた受け答えながら頷くと、なんと影は折角だからとカタリナを訓練に誘ってきた。 一通りのメニューをこなし終わっていたカタリナがこの影の腕に興味をそそられて申し出に迷わず応じると、早速互いにフルーレを構えて軽やかに打ち合いを始める。 (・・・ん、この影、強い・・・) 剣先を交えての探り合いで影の実力が高いことを感じたカタリナは、一気に勝負を決める為に瞬間的に加速して鋭い突きを放つ。しかし影は外陰をはためかせながら回避し、実に的確なカウンターを撃ち出してきた。 それに脇腹を掠められながらもカタリナがさらに反撃を繰り出そうとする姿勢でベテラン顔負けのフェイントを挟むが、それにも全く引っかからない。 手強い相手にカタリナが一旦距離を取ろうとバックステップを踏んだところに、影は蛇がうねる様なしなりを持たせた突きを繰り出してくる。しかしその突きの合間に一瞬の隙を見付けたカタリナがそれを絡め取る様にしながら剣を跳ね上げると、影の持つフルーレはその手を離れて空高く舞った。 其れがクルクルと宙を舞って地面に突き刺さると同時、影は軽く息を吐きながらニヤリと笑った。 「・・・強いのだな。流石は宮廷騎士団の最年少訓練生にして最強の呼び名高い、ヒルダ様以来で初の女性騎士候補だ」 そこまで知っていたのか、といった表情で今度はカタリナが肩を竦めた。 緊張感の後に心地よい風が柔らかく髪に当たるのを感じながら、こちらも一息つく。 「・・・過大評価です。私より強い人は、幾らでもいます。貴方にしても、そう。その腕の怪我が無ければ、今の突きを私は回避出来なかった」 打ち合いの最中で最後の突きの時に見えた隙は、腕にあるであろう怪我を庇ったが為のものだとカタリナは見抜いていた。 「・・・ふっ、敵わんな」 まるでミカエル本人の様な口振りで言いながら笑うものだから、カタリナもその見事な影っぷりにクスリと笑みを漏らした。 「・・・よい手合わせだった。礼を言うよ、カタリナ。また頼む」 「ええ、此方こそ・・・えっと、何と呼ばせてもらうのが良いのでしょうか」 カタリナが首を傾げながらそう問うと、影はふむ、と顎に手を当てた。 「・・・影、は流石にあれだな。では、マイケルでどうだ」 「・・・主がMichael、だからですか? そのまんま。捻りもないのですね」 「許せ。帝王学は兎も角、ボキャブラリーは未だ勉強中だ」 影がそう言ってからお互いに小さく笑い合うと、この日は空が暗やみ始めたのを合図に分かれた。 裏庭に何日かに一度現れるその影との手合わせは、いつしかカタリナのちょっとした楽しみになっていた。 良い練習相手であるというのはもちろんの事だが、特にその言動や思想に影とは思えぬ程の風格と誇りを感じとり、カタリナは純粋にこの青年に敬意と好意とを抱き始めた。 最初の手合わせで気付いた怪我も不治の古傷ではなかった様で、あれから数週間たった何度目かの手合わせの時には、遂にカタリナが一本取られる場面もあった。 そんな時には少しだけ影が若者らしく控え目ながらも喜んで見せたものだから、カタリナは全く悔しがる気が起きずに素直に褒め称えた。 「いや、じわじわと悔しくてな。いずれ一本取れる様になりたいとは思っていたのだ」 「ふふ、お見事でした。マイケルのその呻りのある突きは強力ですね。特に今日は、鋭さがピカイチでした。中々拝見しない技ですが、どの様に修得なされたのですか?」 手合わせの後には何時の間に習慣になったか、井戸の淵に二人して腰をかけて話をする様になっていた。 影はカタリナの質問に対し、以前に強い相手と戦った時に閃いたものだと気さくに話してくれる。 「強い相手、ですか。いいですね。私の周辺では、競えるのは正直マイケルくらいしか居ません。もっと強い方々は、まだ騎士候補生であり女である私を、お認めにはならない。まぁ、タイミングがあれば挽回したい位で、今は其れを急ぎ求めている訳でもありませんが」 そんなことより今は己を磨くことが先決なのだ、と笑うカタリナに、影は優しい笑みを浮かべた。 「ふむ・・・しかしそうなると、カタリナから一本取ったのは私が初という事か?」 「ん・・・そうですね。連日騎士団仲間や候補生が挑んではきますが、そこでは一度も負けたことはありませんから」 しれっとカタリナが言うと、影は珍しく声をあげて笑った。 「はっはっは、騎士団連中も大変だな。しかし物珍しさはあろうが、そうも連日挑んでくるのは良く皆に好かれている証拠か」 「いえ、皆して面白がっているのです。私から一本取ったら晩の酒盛りの時に私にお酌を任せられる、なんてルールを決めた様で。まぁ、それを否定しない私も大概ですけれど」 カタリナが肩を竦めながら言うと、影はふむと答えながら顎に手を当ててからにやりと笑った。 「という事は、私はカタリナからお酌をしてもらう権利を得たというワケだな」 普段見ることがないそのいたずらっぽい笑みにカタリナは内心どきりとしながら、それを察せられまいと発展途上の胸を張る。 「マイケルが望むのなら。騎士に二言はありませんから」 「そうか。ではそうだな・・・お酌を頼む訳ではないが、今度少し遠乗りに付き合ってもらおう。よいか?」 意外なその申し出にカタリナがキョトンとしながらも頷くと、次に騎士団の練習が午前で終わるタイミングで日取りだけ決め、いつもの様に空の色合いを見て二人は分かれた。 数日後、早めに訓練を終えたカタリナが裏庭に向かうと、其処では普段のローブ姿ではなく大変に高級そうな貴族衣装を身に纏った影の姿があった。 カタリナがそれを見て驚いていると、対する影はいつもの調子で口を開く。 「カタリナも着替えてくると良い。これから南の湖の丘に行こうと思う。裏門の所で落ち合おう」 「え・・・あ、はい。分かりました。少々お待ちになっていてください」 慌ててぺこりと頭を下げながら家へと駆け戻ったカタリナは、自室に戻るや否や鎧を急いで棚に戻し、浴場で素早く汗を流した。 その急ぎ様に何事かと給仕の者が声をかけてくるが、カタリナは何でもないと言ってまた部屋に駆け戻った。 (・・・あ、何を着ていけば良いのかしら・・・) 普段から騎士装束しか身に纏わない彼女は一瞬そこで思い悩んだが、何故かそこでタイミング良く給仕の一人が部屋に入ってきてドレスを手渡す。 「お嬢様、お出かけでございましたら、是非に此方を」 「え、あ、有り難う」 とにかく影を待たせてはいけないと思ってそのドレスを受け取り、手を貸してもらいながら急いで袖を通す。 淡いピンクの色合いに控え目な模様の刺繍が随所に施された優美なデザインながらも、スリムなロングスカート部分はスリット付きで機能性もあり、帯剣と乗馬も可能にしている。サイズも驚く程にフィットしており、それは正に、カタリナの為に仕立てられた様な品だった。 「このドレス、とても着心地がいいわね。有り難う。いってくるわ!」 騎士の嗜みとして忘れずフルーレを腰に装着し、わたわたと出て行くカタリナ。 それを柔かに見送った給仕は、そこで漸くほっと胸を撫で下ろした。 「・・・まさか侯爵家からドレスが届くなんて何事かと思ったけど・・・お嬢様、がんばっ!」 グッと握りこぶしを作りながら密かに声を上げる給仕の声は、ドレス姿で見事に馬に跨るカタリナの背中に向けられていた。 結局三十分程も待たせてしまったが、何時の間にかローブを羽織って身なりを隠した影は表情一つ崩さずにカタリナの姿を見て頷くと、早速二人は拍車をかけて出発した。 城下町を迂回する様に進路を取って三十分程も進むと、間もなく小高い丘から見下ろせる湖に辿り着く。 遠く更に南には山頂が雲に覆われたタフターン山が見え、ここからそこまでの間には突き抜けるような青空と、低い位置にある大きな白い雲が幾つも浮いていた。 「・・・風が気持ちいいですね」 空に目を細めながらカタリナが呟くと、ローブを脱いだ影はそれを肯定しながら馬を降りた。それに合わせてカタリナも降りると、影はカタリナに振り返って目を細めた。 「似合っているな、そのドレス」 唐突なその言葉に、思わずカタリナはほんのり顔を赤くしながら俯いて礼を言う。 「マイケルも、その姿は本物のミカエル様かと見紛う位ですね。まるで本当の双子のよう」 「はは、よく言われる。まぁそれでこその影だからな」 それから二人は、丘の上の柔らかい草に腰を下ろして幾つもの他愛の無い話をした。 影が宮廷内のちょっとした小話を披露すると、カタリナは騎士団の間にあるモニカファンクラブの話などをしてみせる。 表面的には二人とも和やかだったが、しかしその内心でカタリナは普段より幾分か鼓動が跳ね上がっているのを感じていた。 幼い頃に死蝕を経験してから本格的に騎士を目指しはじめた彼女は、それから只管に剣の修行と、貴族、そして騎士としてあるべき教養の修得にずっと向き合ってきた。 そんな中でこんな穏やかな時間を過ごすことなど一切考えていなかったし、実際になかったからだ。 加えて明かせば、彼女は十の歳に騎士団に候補生として仕官したその日に姿を見たミカエルに、仄かな憧れの念を抱いていた。すらりとして洗練された立ち姿勢と美しい金色の髪、そして何より誇り高きその眼差しに、カタリナは強く惹かれたのを今も鮮明に覚えている。 そんなミカエルと同じ姿で、そして誇りに溢れた瞳を持つこの影を名乗る青年に、カタリナは自覚できる程の胸の高鳴りを感じていたのだ。 「・・・そういえばカタリナは、絵を描くのが趣味だといっていたな」 ふと影が以前に聞いた話を思い出して言うと、カタリナはゆっくりと頷いた。 「・・・はい。普段はあまりそこに割く時間は有りませんが、たまにこんな美しい風景を見ると、無性に筆を取りたくなります。この時を、この気持ちを、何かに描いておきたくて・・・」 そういいながら空を見上げるカタリナの横顔を見て、影は自然と笑みをこぼした。穏やかな風に揺れる銀髪は彼女にとても似合っていて、普段は見ないドレス姿がまた彼女の持つ生来の美しさを引き立てている。 「・・・私も似たように感じる。だが私は絵をかける程器用ではないから、こうしてたまに見にくるのだ。すると、以前とはまた違った美しさも見えてな。この美しい風景とこの国を我が身が背負える事に、私はより一層の誇りを感じるのだ」 風を受けながら立ち上がってそう言う影に、見上げるカタリナは思わず心を奪われた。 それは正に王者の言葉で、誇り高いその意志と力強い瞳に、カタリナも思わず立ち上がって同じ方向を見つめる。 「・・・はい。私も、そう感じます。騎士としてこの国を、民を、そして君主を守れる事に・・・誇りを感じます」 こうしてここに立っているのは、本当にミカエルの影なのだろうか。 そんなことを、ふとカタリナは考えた。 同じ顔であるだけでは、このような気高さは得られない。同じ格好であるだけでは、このような誇りは纏えない。 きっと自分の隣にいるのは、本当の王者であるのだ。いずれはこの国を背負い、未来に自分が仕えるべき人物なのだ。 そう心で確信したカタリナは、気がつけば影に向き直り、ゆっくりとその場に跪いた。 「・・・まだ騎士ですらない私ですが、必ずや・・・貴方とこの国をお護りします。この胸の内にある、武人の誇りにかけて」 その言葉を聞いた影もまたカタリナに向き直り、力強く頷いた。 「・・・宜しく頼む」 一瞬太陽を覆い隠した雲から、漏れ出でる光が二人に注ぐ。 思わず口をついてもっと強く想いの丈を曝け出してしまいそうになるが、カタリナは思い留まった。騎士として仕えられるだけで自分には十分だと、そう感じたからだ。 それから二人はどちらからともなく微笑み合うと、自由気ままに草を食んでいた馬を呼び寄せ、颯爽と帰路についた。 それから影は、裏庭に姿を見せることが無くなった。 あの遠乗りから一月もした頃にカタリナがいつもの様に裏庭に向かうと、井戸の脇に一通の手紙があった。 カタリナへ、と書かれた封筒の裏面には、Michaelの文字。 井戸の淵に腰を掛けて手紙を開くと、そこにはいよいよ影として常にミカエルのそばを離れずにいる様になったという事と、もうここで会うこともないだろうが元気で、とだけ短く文末に添えられていた。 「・・・問題ないわ。ここで会えずとも、私の誇りは常に、貴方と共にありますから」 少しだけ強がって、自分に言い聞かせるようにそう口にする。だが、それは間違いなくカタリナの本心だった。 そしていつもと変わらず、大剣を手に取って素振りを始める。その太刀筋は以前に増して冴え渡り、風を切るその音は、木陰からそっと立ち去る人影にもしっかりと届いていた。 「・・・うむ」 「うむ、じゃないですよフランツ様。覗き見とは、ご趣味がよろしくない」 丁度裏庭を見下ろせるバルコニーから枠に肘をついて下を見下ろしていたフランツの小さな呟きに、呆れ果てた様子の側近が言った。 「・・・お主も同じようなものだろう」 「私はフランツ様の後をついて回るのが仕事なだけですから」 しれっと言う側近に、フランツは大いに顔をしかめた。 これより一年の後、カタリナは正式に初代ロアーヌ后妃ヒルダ以来で初となる女性でのロアーヌ騎士として称号を得ると共に、ミカエルの妹であるモニカの護衛兼侍女としてフランツより大抜擢され、ロアーヌ侯家に代々伝わる聖剣マスカレイドをその手に預けられた。 余談であるが、後日カタリナが侍女として宮廷に上がった初日、すれ違ったミカエルが彼女に対して口にした「相変わらず似合っているな、そのドレス」という言葉は、一年前以来で二度目のドレス着用であったカタリナにとって大変な驚きと衝撃であったと、後にカタリナ本人から話を聞いたモニカが兄に語ったという。 兄がその時に見せた何とも言えぬ微笑みの表情は、モニカには忘れられぬものとなった。 番外編一覧に戻る TOPに戻る
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/100.html
しんしんと雪の降り積もる雪原は踏みしめられた足跡を即座に白く上塗りしていき、重苦しく灰色に染め上げられた空からは今が日中だとは思えぬほどに、ちっとも光が漏れてこない。 ロアーヌ北方の関所を抜けてから数日。 本行軍演習の折り返し地点となるポドールイへと向け、ロアーヌ騎士団はその日の予定を突然の降雪によって大幅に遅らされてしまったものの、着々と行軍していた。 今登っている峠を越えれば間も無く街が見えるはずなので其処まではこのまま突っ切ってしまおうという指揮官の判断の元に、彼らはこの悪天候の中で速度を緩める事なく前進する。通常の歩行よりも雪が体力を余計に奪うため非常に過酷な行程だが、そのような事態でも脱落する者もなければ弱音を吐く者すらも居ない。それは、彼らが一人の例外もなく強靭に鍛え上げられた屈強なる騎士であることを示していた。 本行軍演習の現在の指揮官はパットンという男で、間も無く世代交代を迎えるロアーヌ騎士団の新世代の中の気鋭の一人だ。因みに本行軍演習に参加している騎士達はほぼ全てが新世代組で構成されており、パットンも勿論その同期である。今回は幾つかのルートを交代して幾人かが指揮をとりながら進める形をとっており、中間地点たるポドールイまでが彼のターンだというわけだ。 ところで如何せんこのパットンという男は好戦的な性格で突撃陣形を好み、その行軍も荒々しさが垣間見える。 それはこの降雪の中の強行軍にも十二分に現れており、これにはあとで文句をつてやろうなどと皆が一様に考えているなどという事は、この雪の中の行軍の正当性を確信して止まないパットンには想像もつかぬ事であった。 一行はポドールイに到着後予め用意された場所にて宿を取り、翌日には領主である伯爵の元に挨拶に訪れてから現地で演習を行い、その完了を以てロアーヌへと帰還する予定だ。 やがて一行は長く険しかった峠を登りきり、そこから眼下に仄かに明かりの灯る街を見下ろす。 気がつけば辺りに降る雪は穏やかな表情へと移ろい、見上げれば立ち込めていた暗雲も疎らになっている。 辺りには宵闇が訪れ、それまで無言であった騎士達の間にも俄かに安堵の表情が垣間見えた。 「・・・あーつっかれた!おいパットン!無茶苦茶だぞお前!」 雪除けの帽子を取りさってバタバタとはたきながら早速文句を飛ばしたのは、タウラスだ。 血気盛んな世代の中では一番の慎重派であり、突撃思考のパットンとは真逆の防御に重点を置いた陣形や戦術を好む。因みにこの両者は全く意見が合わないことから、何かにつけ突飛な提案をするパットンに最初に突っかかるのが常にこのタウラスなので、パットンは彼のことを自分と同じく好戦的な性格だと捉えている。 「何をいう。この行軍のお陰で夜中を待たずにポドールイにたどり着けたんだろうが」 「アホか。ここは元々夜中にもならないし昼間にもならないだろ」 「アホとはなんだ、アホとは!」 「おーおーアホをアホと言って何が悪いんだ!?」 次第に子供の喧嘩の様を呈し始めるそれは最早恒例行事のようなもので、誰もそんな二人の言い争いに口を挟もうとは思わない。 そんな二人の口喧嘩を慣れた様子で聞き流しながら、本演習に参加する紅一点であるカタリナはタウラスと同じく雪除けの帽子をとりさった。そうする事で帽子の中で窮屈そうにしていた長い銀髪を漸く外気に解放してやりつつ、彼女はもう一度ゆっくりと空を見上げる。 そこには、タウラスの言うように昼間でもなければ夜中と言うほどまで暗すぎるわけでもない、俗に『宵闇』と言われる空がある。このポドールイと言う街の周辺は、どうした訳か一年を通して常にこの状態を維持している。ここには昼が訪れることもなければ、真夜中が訪れることもない。まるでここだけ時が止まっているかのように、ずっとこの宵闇が横たわっているのだという。 まるで眠りを誘う揺り籠のように穏やかに身を包むその宵闇に、カタリナは不思議と安心感を覚える。それが人ならざるものと隣り合わせの感覚であることを知っているはずの彼女だったが、それでもこの宵闇は、あまりに優しい。 「・・・大体一年ぶり、か・・・」 煌々と輝く宙空の月を見上げ、小さく呟く。するとまるでその声に歓喜するように降り注ぐ雪の結晶が一陣の風によってふわりと舞い上がり、ポドールイの街の明かりへと吸い込まれていった。 ギギギ・・・と具合の悪そうな不快な音を立てながら開いた扉の中に積もった埃の厚みや内装の古めかしさから、この場所は長らく使われていなかった事が伺える。入り口近くの一部だけが物置として利用されている様だが、それ以外の空間の大部分は伽藍堂だ。 ここはすぐ横に建つ宿の納屋を増改築して作られた、大所帯宿泊用の別棟だという。 死蝕以前はこうした行軍演習も頻繁に行われており毎年お世話になっていたらしいのだが、死蝕以後は情勢や予算の関係上行われていなかったためここも使われる事がなく、長いこと放置されていたらしい。 二人の口喧嘩もそこそこに無事街にたどり着いた一行は宿の主人に挨拶を済ませたあと、まず本日世話になるここの掃除を全員で始めた。大の大人が十数人も集まっていたので何ら滞る事なく、掃除は一時間程度ですんなりと終わらせた。あとは明日にこの地を治める伯爵への謁見を行うまでは自由時間となるので、若き騎士達は本演習の束の間の休息を求めて街へと繰り出す算段をしていた。 「カタリナ。久しぶりに一杯付き合えよ」 行軍用の装備を解いて軽くなった肩を回しながらそう声をかけてきたのは、コリンズだった。 彼はカタリナと年齢的にも近く、騎士団候補生時代から数えて十年来の付き合いになる。 このコリンズという青年は疾風の如き速攻戦術を尊び、フラッグ戦の様な演習では右に出るものがない程の実力を誇っている。並びに同期の中でも飛び抜けて統率力があり、周囲にも気の利く兄貴分だ。だが、多少うっかり屋なのが玉に瑕といったところか。 因みに彼は過去に三度ほどカタリナに思いの丈の告白をし、三度とも振られている。それでも一切めげる様子のないところがまた、彼の長所でもあるのだろう。 「あ、うん。行くけど・・・少し街を見回ってから合流してもいいかしら」 「おう。じゃあここの宿の隣んところで飲んでるぜ。おーい、いこーぜブラッドレー」 コリンズはカタリナの返答に軽快に頷いたかと思うと、奥で荷物の整理をしていた青年に声をかけた。 呼ばれて振り向いたブラッドレーは返事をする代わりに軽く手を上げ、寝床の準備を終えてからこちらに歩いてくる。 コリンズと幼馴染であるというこのブラッドレーという青年は、本演習の筆頭指揮官を任されている。すべての面で優秀な成績を収める彼は昔から器用貧乏と呼ばれてきたが、それを自らの持ち味として凡ゆる戦術や陣形指揮に通じ、また同世代の若き騎士達の特性をよく把握して臨機応変な作戦立案と采配の妙を発揮してきた。それらを最大限に活かして癖の強い今の世代の騎士団をよく纏め、本行軍演習に於いてもよく率いている。 「お前がいつ潰れても大丈夫にしておいたぞ」 後方の寝床を親指で指しながらブラッドレーがにやりと笑って言うと、コリンズも思わず口の端を吊り上げる。 「はっ、そいつは有難いな。何なら二人分用意しておいてもいいんだぜ。お前とカタリナをそこに転がしてやる」 「馬鹿言え、カタリナは別室だ」 「わーってるよ。相変わらず冗談が通じねぇなぁ」 以前であればカタリナも同じくこの場所で皆と共に雑魚寝であっただろうし彼女自身は全くそれで問題ないと考えていたが、今回彼女だけ宿の一室を拝借する事になったのは他の面子の総意であるらしい。 その理由をカタリナが聞こうとするまでもなくブラッドレーが面と向かって彼女に「寝ているお前は目の毒だからな」と言い放ったものだから、これには有無を言わさず従わざるを得なかった。 二人が軽口を叩きながら出て行くのを見送ったカタリナは、自身も行軍用装備をその場に纏めて宿泊施設をあとにした。 この町に舞い降りる雪と、それに余すこと無くその身を預ける純白の街並みは、とても幻想的で、只々美しい。 町を包む宵闇を見上げれば、薄らと広がる雲の合間から顔を覗かせる、煌々と輝く大きな月。月齢は満月を過ぎ、これから下弦に向かわんとする所か。 今年もまた、この地で舞踏会は開かれたのだろうか。そんな事を、カタリナは考える。 このポドールイでは年に一度、領主たるレオニード伯爵がその居城にて催す絢爛なる舞踏会がある。その舞踏会にて伯爵の目に留まった女性は伯爵の甘美なる吸血行為によって夜の眷属へと生まれ変わり、永遠の命と美しさを得る。 そう、このポドールイの地を治めるレオニード伯爵とは、世に言う吸血鬼であるのだ。 それ故このポドールイという地は夜の王たる彼の領地として在るべく常に宵闇を纏い、その居城は現世と常世の狭間に存在しているとも言われている。 カタリナは周囲に視線を巡らせながら、ゆっくりとした足取りで商店街を抜けていった。 降り積もる純白と宵闇で此処は一見どこも同じ風景に見えてしまうものだから、時折立ち止まって一年前の己の記憶の在り処を手探りしては、またゆっくりと歩き出す。 人通りの疎らな中央広場を抜け、まるで童話の中の世界のようにクラシカルな作りの宿屋通りに入る。しかし宿屋通りと言っても、今は開店休業のような状態で何処も空室だらけだ。 この宿屋通りが最も賑わうのは年に一度、舞踏会の開かれる直前。それ以外の期間は宿を閉めてしまっているところも多い。 静かな宿屋通りを抜けて行った先には、ぽつぽつと民家が立ち並ぶ地区がある。 絶え間なく降り積もる雪を踏みしめながら向かった先には、一軒の家。その庭先には、老人と大きな一頭の犬、そして数頭の子犬がそれらの周りを駆け回りながら戯れていた。 「おや・・・」 「・・・お久しぶりです」 カタリナの気配に気がついて顔を上げた老人が気がついたのに合わせ、彼女は軽くお辞儀をした。 飼い主の動きに合わせて来訪者に気がついた子犬が、直ぐ様好奇心をむき出しにして彼女の足元に駆け寄る。 「子犬が、生まれたんですね」 「あぁ」 すり寄ってくる子犬たちをしゃがみ込んで撫でながら、ふと昨年の事を思い出す。 昨年の舞踏会にこのポドールイを訪れた彼女は、この老人に宿を提供してもらったのだ。 その時は子犬はおらず、確か大型犬が二頭だったと記憶している。 その時にいたはずのもう一頭が見当たらないので老人に聞いてみると、彼は表情を変えずに言った。 「死んだよ」 「・・・そうでしたか」 老人の当然の事のような物言いに多少面食らいながらも、カタリナは首を垂れる。 宵闇の国の住民は、死に関する観念もまた自分たちとは別なのだろうか。ふと、そんな事を考えながらじゃれ付く子犬を撫でた。 そのまま一言二言だけ交わし、カタリナはその場を立ち去った。名残惜しそうに彼女を見つめながら尻尾を振る子犬を背にして宿屋通りまで戻ったカタリナは、中央広場を今度は入口方面に折れていく。 居並ぶ服飾店も今はすっかり閑古鳥が鳴いているようで、窓から店内を覗いても店員も見当たらない。降り注ぐ雪以外には何の動きもないその光景を見ていると、まるでここも時間が止まってしまったかのように感じる。 そんなことを思いながら歩いて行った先には、やはり一年前と何も変わらぬ様子でひっそりと宝飾類を飾り並べた店の軒先が見えて来た。 「いらっしゃいませ。あら・・・貴女は確か、目利きのお嬢さんね」 「・・・覚えて下さっていたのですか。どうも、お久しぶりです」 以前と全く変わらぬ様子の店主である老淑女に、カタリナは会釈を返す。 こちらもまた、一年前に立ち寄った場所であった。 ここの宝飾類は品揃えが見事であったことを覚えていたので、また立ち寄りたいと彼女は考えていたのだ。ロアーヌで待つモニカへの手土産には、此処以上の場所が思いつかない。 「ふふ、中央通りを抜けてこんな町の外れまで足を延ばすお客様はそんなに多くないですもの。その上貴女ほどの選別眼をもった人なら、当然覚えているわ」 「・・・光栄です」 以前とは違ったデザインも散見される宝飾台をゆっくりと眺めながら、一年前に購入したものは送り主にも非常に好評であったことを店主に伝える。すると店主は上品に笑みを浮かべ、今年入荷したという新作を踏まえて幾つかの商品を並べながらそれぞれの特徴を語っていった。 どれも素晴らしい細工のものばかりであったが、矢張り原石の持ち味を良く表しているシンプルなものに目がいく。 「では・・・これとこれ、あと、こちらも頂けますか?」 「まぁ・・・相変わらず良い目でいらっしゃるわね。今回は、男性へのプレゼントかしら?」 今回彼女が選んだのは三つの装飾品だ。確かに三つ目は男性が身につけても可笑しくないシンプルなものだが、流石にこの店主は聡い。 カタリナは何となく気恥ずかしさを感じて笑みを浮かべながら会釈で誤魔化し、以前と同じく相場に比べて安価な代金を支払い店を後にした。 携帯していた鞄に購入品を仕舞い、ゆっくりとした足取りで町の中央通りへと歩いて行く。 道中ふと空を見上げれば、街を包む宵闇が視界に揺らめいた。 ふんわりと舞い降りてくる小さな雪の結晶を見つめ、自らの目前に降り注ぐそれを手のひらで受け止めようとする。 その時、世界が唐突に揺れた。 (・・・何!?) 驚きの表情を浮かべながら、慌てて姿勢を保とうとする。体勢が安定し辛い雪道で姿勢を低くしながら体の均衡を保つようにしている間、時間にすれば数秒程だろうか。視界が細かく縦横に揺れた。 (地震か・・・珍しいな・・・) 揺れが漸く治まってきた頃合いを確認し、カタリナはゆっくりと姿勢を戻した。 周囲を見渡すと、積雪地域に良くあるとんがり屋根に積もっていた雪が道端に落ちており、近くの店の軒先に吊るされた看板はまだ揺れている。 街の様子を観察しつつ余震があるかも知れないと多少警戒をしながら中央通りまで歩いたカタリナは、そこで何やら前方が騒がしいことに気がつき、視線を送る。 それは、彼女らが世話になる予定だった宿舎の方向だった。 「・・・さーて、どうするかー」 抱えていた荷物を勢いよく地面に下ろして一息つき、コリンズは後方に向き直った。 そこには、先の地震によって倒壊を起こした宿舎の木片が折り重なっていた。これらは倒壊直後にロアーヌ騎士団によって周辺家屋や通行の邪魔にならぬように集められたものだった。 地震が治まってからここまでの作業は小一時間ほど。自分たちの荷物と隣接する宿が置いていた荷物も可能な限りは引き出したところで、宿の人間が用意してくれたホットワインで体を温めながら騎士達は一箇所に集まった。 「改めて、今日の寝床はどうしたものか」 ブラッドレーがそう言うと、騎士団の面々は方々で唸った。 残念ながら皆が生粋のロアーヌ民であり、この辺りの土地勘も知り合いもないので、そのあたりは頼れない。 中央広場からは「宿屋通り」と言われる一画が存在しているが、この時期は運営しておらず、所有者はその大半が出稼ぎに出ているのか利用交渉も抑もできない。 「流石に、ここで野営は厳しいな。凍えてしまう。かと言って、この人数で泊まれる場所なんてなぁ・・・」 タウラスがホットワインを口に含んで、そう言った。それは変わりようのない事実で、皆が一様に項垂れる。 「カマクラでも作るか!あったかいらしいぞ」 「・・・お前のその楽観も、今は指摘する気にならんなぁ」 「なんだと!?」 パットンの思いつきにタウラスが疲れた表情で反応すると、それにパットンが突っかかる。しかし寒さ故かそれも長続きはせず、直ぐまた方策を求めて唸り始めた。 そこで皆と同じくホットワインを飲みながら荷物の上に座って唸っていたカタリナは、唐突に、その場の空気が変わったことを感じ取った。 自分たちを包み込む宵闇が、その『濃度』を増したように感じられたのだ。 そしてそれと同時、その場に珍客が現れたことを察知して思わず身震いをしながら立ち上がった。 「・・・おや、これはこれはカタリナ様。お久しゅう御座います」 カタリナが振り返った先には、態とらしく(まるで、さも人間であるかのように)寒気除けの暖かそうなコートを羽織った老年の紳士が立っていた。 カタリナは全身に感じる強烈な違和感をものの数秒でなんとか押さえ込み、平然とした風に直立して老紳士に向かい合った。 「・・・ご無沙汰しております。して、レオニード城の執事である貴方が、何故此方へ?」 カタリナとその老紳士を交互に見ている他のロアーヌ騎士の皆の前で、会話が続く。 「先に、地震がありましたので。伯爵様が城下町の様子を気にかけておられましたものですから」 「・・・そうですか。隅々まで確認したわけではありませんが、目に見えた被害はここだけの模様です」 道の端に積み上げられた瓦礫に一瞬だけ視線を向けながら地震後ここまでの状況を軽く説明するカタリナに、老執事は薄く頷いた。 「左様でしたか。それは我らポドールイの民を手助けして頂き、誠に有難う御座います」 そう言って深々とお辞儀をする老執事に会釈を返したカタリナに、すくりと上半身を起き上がらせた老執事は優雅に腕を伸ばした後に、考え込むようにそっと自らの顎に指を当てた。そのあまりに自然で不自然な光景にカタリナが以前と変わらず違和感を感じていると、老執事はカタリナを、そしてその他のロアーヌ騎士達を見つめて言った。 「して、その話からすると・・・我らを助けてくださった英雄が今宵安らかに休める場所を確保できていないものとお見受け致します。それでしたら、如何でしょう。我らが城へいらしては。伯爵様も歓迎されることでしょう」 老執事のその申し出に、思わずカタリナはぎょっとする。あの城に、泊まるというのか。そんな事をして自分たちは、果たして正気のまま戻ってくることができるのだろうか。 背後で他の皆がこの老執事の申し出を有難がっているのを余所にカタリナだけが一人戦慄気味にそのような事を考えていると、まるで老執事はそんな彼女の思考を理解しているかのように自然な笑みを浮かべて見せた。 「ご心配なく。無事に舞踏会を終え、我が城と我が同胞は安らいでおります。あの城が少々騒がしくなるのは、年に一度、舞踏会の時のみ。今は、心身ともに安らかにお休み頂けましょう」 そう言って不気味な微笑みを絶やさぬ老執事に、カタリナは数度の瞬きの後、折れるように小さく頷いた。 「・・・申し出、有り難く思います。是非、お言葉に甘えさせて頂いて宜しいでしょうか」 「ええ。それでは早速、御案内いたしましょう。ロアーヌと此処では気温が違いますからな、冷えすぎても体に毒でしょうからな」 カタリナの言葉に満足そうに頷いた老執事か踵を返しゆっくりと歩き出すと、ロアーヌ騎士団の面々は荷物を持ち上げてその後に続いた。 「編成はどうする?」 「予定通り五人編成を三部隊でいこう。内訳は・・・」 城の一室を借りてブラッドレーを中心に円陣を組みながら軍議が開かれる中、胸の下で腕を組みつつ直立姿勢でそれに耳を傾ける振りをしながらカタリナはなぜこのような事になってしまったのか、とばかり己に問うていた。 事の始まりは、地震。そう、地震であった。 その地震のおかげで元々の宿泊予定だった城下町の宿舎が崩れ、執事の厚意もあり恐れ多くもレオニード城に宿を求める事になったのだ。 そして本遠征の折り返し地点であるこのポドールイでは、元来戦闘演習用の洞窟があり、そこで少人数編成部隊運用の演習をしてからロアーヌへと帰還する予定であった。その内容としては古来伝統的な五人編成を一括りとした部隊編成でその洞窟を攻略し、最深部まで行って戻ってくる、というものだ。 この洞窟周辺も無論、領地管理は伯爵たるレオニードが行なっている。なので伝統的に遠征軍はレオニードに謁見してからその洞窟へと向かうのだ。 しかし、ここで第二の誤算が発生した。 先の地震により、この演習用洞窟までもが内部崩落を起こしたというのだ。その事実は、一夜の宿の御礼とともに演習実施の報告を行いにブラッドレーがレオニードに謁見した際に発覚した。 レオニードはその席で崩落の事実をブラッドレーに伝え、そして彼が押し黙り今後の動きについて考えているところにある一つの提案をしたのであった。 「しかし、この城の地下ってのはそんな物々しい場所なのか?」 コリンズは、そういいながらカタリナへと視線を向けた。それに倣ってその場の全員から視線を受けたカタリナは、言葉に詰まる。 レオニードが提案してきた内容というのは、なんとこのレオニード城の地下空間を演習に利用してはどうか、というものだった。 曰く『しばらく使っていない間に、どうも地狼か何かが住み着いている気配があってね。城のものではなかなか手が出せず困っていたところでもある。どうだろう、謝礼も出すのでここはひとつ、演習代わりに地狼討伐を引き受けてはくれないかな?』だそうだ。 「え、まぁ・・・ちょっと、物騒・・・かしら」 実際のところはちょっとどころではないのだが、確かに一年前に彼女が訪れた時よりは、城内に漂っていた甘く優しく強制的に包み込んでくるような感覚は薄い。これならば以前のような危険は少ないかもしれない。 それにレオニードは、少なくとも今の時点の彼女の私見では無益な殺生を好むタイプではない。ロアーヌとの関係値もあるわけであるし、そう滅多な提案はして来ないだろう。そう踏んだカタリナは、でも大丈夫よ、と周囲に微笑んで見せた。 それをみて頷き返したブラッドレーが話を続ける。 「伯爵様からお預かりした見取り図によれば、地下部分も大きく分けて三つに分かれているようだ。地下水脈、焉道、地下墓地・・・だな。伯爵様は地下水脈あたりの地狼を駆除してくれればいいと仰っていたが、一晩の寝床の恩もある。三部隊でそれぞれ範囲を分けて、行けるところまで駆除を行いながら進んでいこうと思う」 「それならうちの部隊は当然地下墓地だな。最終地っぽいし」 パットンがそう言うと、珍しくタウラスも即座に同意した。 「そうだな。ブラッドレーにコリンズ、それにお前と俺とあとはカタリナとなれば、この部隊が群を抜いて練度が高い。担当については異論はないな」 「だろ? ならあとは陣形どうする?」 「あー・・・俺、一度あれやってみたいんだよな。インペリアルクロス」 「うわでた。ほんとアバ伝好きだなーお前。しかしまぁあの陣形は今でこそ軍事採用されてないが、確かにバランス良さそうだな!」 「だと思うんだ。俺のパリイはあの陣形でこそ真価を発揮すると思うんだよ!」 こうなると存外仲が良いタウラスとパットンは、なにやら共通の話題で盛り上がっているようだ。 カタリナはそんな二人や他部隊への指示に動いているブラッドレーらを横目に、改めて地図に目を落とした。 (・・・礼拝堂からの入り口ではなくなっているわね。まぁあそこ通ったら拷問器具がある地下牢だから、流石に見せたくはない、か。しかし本当に大丈夫なのかしら・・・今更だけど心配になってきたわ・・・) カタリナのそんな心配をよそに演習会議は滞りなく進み、間も無く演習開始の運びとなった。 先ほどから絶え間なく鼻をつく異臭は、一体何のものなのか。それは至る所に散見される腐った水と、血と、屍肉と。はたまた、それに群がる齧歯類の糞尿のものか。何れにせよ、それは魑魅魍魎の如き姿の妖魔を相手に此処まで進軍して来た若きロアーヌの精鋭たちをより一層に疲弊させるには十分なものだ。 一言で言えば、情勢は最悪であった。 先行部隊及び追従部隊は初期の地下水脈すら攻略できずに、おめおめと逃げ帰ってきた。 しかしカタリナ達にも、それを責めることは出来なかった。なにしろ、そこにいたのは件の地狼だけではなかったのだ。闇に紛れて強襲をかけて来る巨大な蝙蝠や遥か昔の地層からアビスの瘴気に中てられて動き出した骸骨、同じく瘴気に狂った水霊等、訓練生上がりの若手が相手をするには荷が勝ちすぎていた。 そこで急遽ブラッドレーは自部隊を先頭に配置。後続二部隊を行軍補助、補給地点確保に回し、全部隊一丸となっての攻略に作戦の変更をした。 現状はこの作戦変更が功を奏し、結果ロアーヌ騎士団は地下墓地までの進軍を成功させるに至った。 腐った土を盛ってそこに松明を突き刺し、その場の全員がやっとの思いで腰を下ろす。彼らの先に口を開けている空間は、今いる場所よりも更に深く暗い闇を抱いている。瘴気も一段と濃さを増しており、この先はこれまでの比ではない攻略難度を誇るであろうことが容易に伺えた。 「各自装備の点検を終えたら行くぞ。長期滞在は瘴気にやられそうだ。また、現存する前衛の傷薬が消費された時点で本演習を終了とする。備なしに進むには、ここは危険すぎる」 ブラッドレーの指示に全員が浅く頷き、手早く損傷の確認を行う。 演習用に用意した傷薬はその大多数が既に消費されており、城主レオニードから餞別に頂戴した高級傷薬も前線部隊各員に既に配布済みとなっていた。あとは補給線確保部隊が多少残すのみとなっている。 因みに、特に敵の第一撃を受け止めるタウラスはその消費速度が最も高く、彼だけ少々消毒液臭い。 短い休息を終えて迅速に準備を整えた部隊一行は、地下墓地へと足を踏み入れる。 「・・・やべぇな、これ」 深淵の如き空間へと立ち入り数歩進んだコリンズが、堪らずそう呟く。 その言葉に全力で同意する様に、他の四人も唾を飲み込んだ。 重く、只管に重く黒く濁った瘴気。それが暗い通路内に満ち満ちている。 全員がその瘴気をかき分ける様にして一歩ずつ進むが、今まで感じたことのない様などす黒い瘴気に、全身が『これ以上進んではならない』と危険信号を発しているのがわかる。 (幼い頃に見た死蝕とは違うけれど・・・これはもっと暗い・・・絶望。そう、誰かの絶望が形取られた様な・・・そんな瘴気) 隊列の中央に位置しながら歩みを進めていたカタリナは、この深淵をそのように感じ取っていた。 地下墓地とは、名の通りならば誰かの墓地であろうか。その誰かの死に絶望した者の意識が、この空間に満ちているのかもしれない。それは、ひょっとしたらこのポドールイの伯爵家に連なる何者かであろうか。 しかし、伯爵家は遥か昔からレオニードその人が当主として座している。そうなれば、一体ここにある絶望とは、誰の、何のものなのであろうか。 周囲の警戒は怠らずにそのようなことを考えながら、それでも果敢に隊は進んで行く。 そして永遠にも思える暗い道のその先に、唐突に明かりのないどす黒くて広い空間が現れた。 間違いない。この空間に、地下墓地の主がいる。そう五人は感じ取った。 そういえば、ここまでの出鱈目な瘴気の渦の最中、何故か唯の一度も妖魔と遭遇することはなかった。それはきっと、ここの空間の主が静寂を好むからなのだろう。そうでもなければ、こんな馬鹿げた濃度の瘴気の中で何も起きないことの理由が全く以て説明できないのだ。 だが、ここまで無作法にも戦装束で侵攻して来た余所者に、主がいつまでも座して待っているはずも無い。 「・・・くるわよ!」 漆黒の闇の中に浮かび上がったのは、身の丈が人の倍はありそうな、骨のみに朽ちたガーゴイルの体。其れが、凸陣を成して三体。そして、その上には朽ちかけた宵闇の外套を纏った髑髏姿の異形の化け物が此方を見下ろしていた。 そのあまりに異様な姿に騎士達が度肝を抜かれていたその刹那、異形の化け物はその巨体から全く想像できないほど素早く突進を繰り出して来た。 「うがっ!!?」 分厚い金属を打ち砕くような凄まじい衝突音と共に、最前列にいたタウラスが全身鎧を纏ったまま構えた盾ごと軽々と後方へ吹き飛ばされる。 それにカタリナが気づいたのはタウラスが自分の横を吹き飛んで行く様を横目に見ての事だったが、しかし負傷したであろう彼の元へと駆け寄る余裕など全く無かった。 既に異形の化け物は、第二波を繰り出そうと彼女に狙いを定めていたからだ。 (・・・回避・・・出来ない・・・!) タウラスに比べカタリナは軽装であるが、今まさに繰り出されんとする異形の一撃はこの暗闇の中でも余りに素早く正確で、彼女の素早さを以てしても回避できる未来が全く想像できなかった。 「・・・ッ、マスカレイド!!」 突撃してくる巨大なる異形に対し、カタリナは軽く後方に飛ぶように地を蹴り、手にしたマスカレイドを振り抜いた。 直後、先ほどのタウラスと同じようにカタリナが後方に吹き飛ぶ。だが顕現した紅い刀身が重い一撃を受け止め、そして予め後方に飛んだ事で衝撃そのものはほぼ受け流すことに辛くも成功していた。 空中でなんとか姿勢を持ち直し飛ばされた先の壁に両足をついたカタリナは、間髪を入れず横に飛ぶ。 そこに一瞬遅れて異形の巨大な拳が大きな破砕音と共に打ち込まれ、壁面が砕け飛ぶ。 「うおおおおお!!」 その隙を突き、コリンズ、パットン、ブラッドレーが陣を成す三体のガーゴイルの足に其々斬りかかる。 そして狙い通り三体のガーゴイルの足を切り飛ばすと、そのまま崩れるように凸陣は解かれた。 するとガーゴイルの上に乗っていた髑髏の異形が崩れるガーゴイルを足蹴にしながら後方に跳び退り、その何も映し出さない空虚なる眼底をガーゴイルを斬りつけた騎士達へと向けた。 そして次の瞬間、髑髏が突き出した左の手から、何かが噴き出し始める。 それが何なのかを騎士らが確認する前に、突如として強烈な目眩に彼らは襲われた。 「・・・ツ、これを吸い込むな!」 ブラッドレーがその場の全員に知らせるように叫ぶ。だがそうして口を開いた拍子に彼が最も吸い込み、猛烈に咳き込んで間も無くその場に倒れこんでしまう。 慌てて口元を押さえながらコリンズとパットンが倒れている二人を庇うように布陣するが、しかし片腕で口元を押さえていても呼吸をしている以上は徐々に吸い込んで行くのか、二人もそう間を置かずに膝から崩れ落ちてしまった。 (・・・くっ・・・私も少し吸い込んだか・・・。まずい・・・この状況、どうすれば・・・) 彼らとは離れた場所に着地していたカタリナは、髑髏の繰り出した謎の攻撃を直接は浴びずに済んでいた。だが、軽い目眩を覚えたことから、多少の損害はあるようだった。そしてその損害の有無に関わらず、状況はあまりに絶望的だ。既に仲間の騎士は四人が倒れ、次には自分に向かって今の攻撃が放たれるのも時間の問題。なんとかしてあの攻撃を回避する方法はないものか。刹那の間に考えを巡らせる。 だが今の彼女が持ちうる手札に、そんな方法は何も思い浮かばなかった。そもそも倒れた騎士達が何をされたのかすら、不明なのだ。 (・・・恐らくは毒、のようなもの。吸い込むな、とブラッドレーが叫んでいた・・・。気体か、粉末に近いようなものか。いずれにせよ、私にはそれを防護する装備はない・・・。しかも時間が経てば経つほど毒が回っていく感覚がある・・・だとしたら、先手必勝しか・・・!) 大剣マスカレイドの柄を両手で握りしめ、軽い目眩を振り払うようにして軽く頭を振り、いざ突撃せんとしてカタリナは身を低く構えた。 だが、彼女が飛び出すより一瞬早く、彼女と髑髏の間に宵闇の外套を纏った人物が颯爽と舞い降りた。 「助太刀しよう」 「・・・は、伯爵様!?」 緋色の髪を靡かせながら突如として現れたのは、なんと城主レオニードだった。 カタリナが驚きの声をあげると、レオニードは彼女に対して下がるよう指示を出し剣帯からレイピアを抜き放つ。 「あれは、死人ゴケだ。生身の人間が肺に吸い込むか肌に大量に付着すると、そこから全身が毒され次第に正気を失い、やがて死に至る」 洒落にもならないその言葉に、しかし冗談のような雰囲気は微塵もない。カタリナは突撃体勢を解き、言われるままに後ろに下がった。 それとは対照的に一歩前へと進んだレオニードは、突き出したレイピアで威嚇するようにしながら髑髏に対峙する。 髑髏は何故かそれ以上死人ゴケとやらを吐き出すことはなく、レオニードも髑髏を睨むばかりで動かない。そうした膠着状態が、しばしの間続いた。 (何かの力の応酬が、彼らの間にあるみたい・・・。悍ましいほどの瘴気が彼らの間で、なにか目的をなして蠢いているような、そんな感覚・・・) カタリナはマスカレイドの大剣化を解き、堪らず地に膝をつきながらそのように感じた。このとてつもない量の瘴気に当てられたのか、または先の死人ゴケというもののせいなのか、体がうまく言うことを訊かなくなってきている。両者は未だ動かないが、この状態が長く続けば自分は元より、先に倒れた四人がより危険に思われた。 そして彼女がそのような事に思いを巡らせた刹那、場の膠着を破ったのは、対峙する両者ではなかった。 『グォォォオオオオオオッ!!!』 コリンズらに足を切り飛ばされたはずのガーゴイルの骸骨三体がここにきて足の再生を果たし、側面からレオニードに襲いかかってきたのだ。 だが、それに対してレオニードは姿勢を崩さず一歩も動くこともなく、そのガーゴイルを一瞥しただけだった。 それで、ガーゴイルは止まった。 それは、後ろでその光景を見ているカタリナですら思わず背筋が凍るほどの、圧倒的な支配。王たる彼の一瞥だけでガーゴイル達はその力を理解し、畏れ、戦意を喪失してしまった。 彼の視線が動いた事で揺らいだ瘴気に触れただけで、カタリナは途轍もない悪寒を感じた。それが真正面から繰り出されたのだとしたら、果たして正気を保つことなど出来るものなのだろうか。 ガーゴイルが止まったことに大した興味も抱かず視線を異形の髑髏に戻したレオニードは、次には何故かレイピアを下ろしながら口を開いた。 「・・・やはり、私の不死者に対する支配も貴方には通じぬか。ここは長引くのが本意ではない。この場は退かせよう。それでよいかな?」 レオニードがまるで異形の髑髏に話しかけるようにそう言うと、髑髏はしばし動かずにいたものの、次の瞬間には闇の中にするりと姿を消していった。それと同時に、ガーゴイルたちも一瞬にして崩れ、塵となった。 その様子を見届けたレオニードは抜き身のレイピアを鞘に仕舞い、渦巻く瘴気の中で場違いなほど優雅にカタリナへと振り返る。 「よく此処まで来たものだ。君も彼らも、やはり人間においては非常に優秀なのだな」 レオニードはまるで世間話でもしているかのように、そう言った。だが、カタリナが確認できたのはそこまでだった。彼女の意識は既に毒に侵され、朦朧としていたのだ。 そしてこちらに近づいて来るレオニードの姿をぼんやりと映し出したのが、彼女がみたそこでの最後の光景だった。限界を迎えた彼女の体は全身が一斉に崩れ落ち、それと共に世界は暗転していった。 身体が、燃えている。 いや、燃えているのは自分ではなかった。自分ではない誰かが燃えているのを、自分は見ているのだ。 燃える何者かの周囲には人があつまり、その燃える身体をずっと見続けていた。自分は、さらに離れた場所からそれを見ている。 それは、とても悲しい光景であった。何故あれは燃えているのか。何故周りの人間はそれを見ているだけなのか。何故自分もまた、それを見ているだけなのか。 悲しい。この世の全てが、ただただひたすらに悲しい。 憎い。この世の全てが、ただただひたすらに憎い。 だが、もういい。何もなかった事にしょう。全部、喰らうとしよう。 そこで、ぷっつりと光は途切れた。 「目が覚めたようだね・・・何を、泣いているのだ?」 うっすらと目を開ければ、目に映ったのは、天蓋。左に顔を向ければ、窓のない部屋に閉鎖感を感じさせぬように絵画や置物があり、次に右へと向けば、そこには小さなテーブルの上にワイングラスが乗っており、そのすぐ横には、緋色の艶やかな長髪を靡かせたレオニードが随分と寛いだ様子で椅子に腰掛け、こちらを見下ろしていた。 そして、ひんやりと目尻を伝う感覚に、そこで初めて自分が涙を流していることにも気がついた。 「・・・ここは」 「君は以前にも来たことがあるはずだ。城の地下にある、私の私室だよ」 もう一度、部屋を見渡す。言われてみれば、確かに見覚えがある調度品の数々だった。一年前には横目に眺めた天蓋付きベッドの寝心地はこういうものだったのか等と場違いに思い耽り、そしてレオニードへと向き直った。 「・・・他の騎士達は、どうなりましたでしょうか」 「案ずるな。全員無事だ。今は我が城の者達が治癒をしているよ。しかし生きた人間の世話をするのが久しいようだから、四苦八苦しているようだがね」 真顔でレオニードがそう応える。これはポドーリアンジョークの類だろうか。しかしジョークにしては随分とタチが悪いなと感じたが、そこは追求せずに素直に礼を述べ、ゆっくりと上半身を起こそうとした。そこで初めて自分が一糸まとわぬ姿であることに気がつき、努めて冷静を装いつつ胸元を隠すように寝具で覆いながら起き上がった。 「・・・あの、伯爵様、恐れ入ります」 「ふむ、なんだね」 体に特に異変がないことを心中で確認しつつ、レオニードに話しかける。彼は優雅にワインを傾けながら、気安く返事を返してくれた。あまりにこの状況を当たり前のように振舞っているが、駄目だ。この空気に、易々と流されてはいけない。 「何故、私はここにいるのでしょうか・・・?」 他の騎士達と共に寝かされているのならばいざ知らず、なぜ彼女だけが一人、城主レオニードの私室で寝ているのか。しかも、全裸である。それは当然に感じるべき、大いなる違和感であった。 特に体に違和感を感じてはいないが、よもや自分は既に吸血鬼にさせられてしまったのか。そんな不安も過るが、さもそれを見透かすようにレオニードは薄っすらと笑みを浮かべながら膝の上で手を組んでみせた。 「城の者が君をここまで運び、治癒を施した。君がどうやら、この城の深淵に縁があると感じたようだ。因みに、私は意識の無い者に手をかける様な無粋者ではないから、安心してよい」 「・・・そうでしたか、重ね重ね、有難う御座います」 どうにも自分がここにいる理由になっているのか彼女にはいまいち分かりかねる返答であったが、聞き直しても同じ様な答えしか返ってこなさそうでもあったので、彼女はそのまま飲み込むことにした。取り敢えず吸血鬼にはなっていないらしいので、それで良しとすることにしたのだ。 そして、次にはレオニードが差し出して来たハンカチをみて、そういえば自分は涙を流していたのだということを思い出した。浅くお辞儀をしながらそれを受け取り、目尻を拭う。もう既に涙は止まり彼女の感情を揺さぶるものはなかったが、彼女は起き上がる寸前まで見ていた夢のことを、目の前の人物に話そうと思った。 「夢を、見ました。誰かが・・・燃えている夢でした。私は、それを見ているだけでした」 妙に、生々しい夢だった。鮮明に燃え揺れる炎の揺らめきを覚えている。その熱さを、肌が感じたことも。そして燃える何者かの周りにいた人々の、狂気が入り混じった声を。そして、その光景がどれほど悲しいもので、どれほど憎いものだったか。己の内に渦巻いた絶望が、如何に大きなものだったのか。 レオニードは、カタリナのその話を静かに聞いているだけだった。そしてカタリナが夢に見た光景を話し終えると、テーブルに用意してあった真水をカタリナに勧め、自分はワインを一口、口に含む。 「・・・恐らくは地下で出会った『あれ』の瘴気に当てられて、そんな幻覚を見たのだろう」 「幻覚・・・ですか」 「そう、幻覚だよ。恐らくそれは、『あれ』の記憶だ」 ひとりでにワインのデカンタが浮かび上がり、レオニードの手元のグラスに中身を注いでいく。そんな非現実的な光景を、ここならば当然こんなこともあるだろうと特に気にもとめずに横目に見ながら、カタリナはレオニードの言葉の続きを待った。 「『あれ』は、私の父だよ」 そう短く言い切ったレオニードの言葉に、カタリナは何故だか妙に得心した。あのような異形の存在を親だと告げられたら普通ならば飛び上がるほど驚き、そして恐れ慄くといういものだろう。しかし彼女には、全くそのような気は起きなかった。それは、夢の中で感じた、あれの心象に触れたからだろうか。 その様子に何処か満足気にも見える表情で頷いてみせたレオニードは、ワイングラスを片手に言葉を続ける。 彼の父親は、彼と同じく夜の眷属であった。 彼らの眷属は平時の姿形が人に近く、しかし人では非る者。彼ら夜の眷属は人の歴史の裏側に潜む様にして、常に人と共に存在し続けていた。 彼らは不老不死の肉体を持ち、数年に一度、時折思い出した様に腹を空かせて人を喰らう。そして喰らえばまた闇に潜み、夜に世界を揺蕩う。そうして、永劫の時間を蠢き続ける者達。それが夜の眷属だった。 彼らは基本的に繁殖をすることがない。己が朽ちる前に子孫を残し種を生き繋ぐという行動原理が、不老不死たる彼らには存在していないからだ。 故に彼らには新たな個体が産まれることはなく、その数は常に一定。その眷属は、世に数体しか存在しない者だった。 ある時、一つの個体が人里に降り立った。『食事』をする為だった。彼らは食事の際、人間社会で云うところの『旅人』を装い、人間の集まりの中に潜み、そして選定した獲物を闇に乗じて狩る。 だが彼−この個体の姿形はまるっきり人間の青年だったので、彼、とする−が潜んだ村は、流行病の疫病に侵され、村全体が殆ど死に体となっていた。 彼は、空腹だった。だが、このような状況では食事どころではない。疫病に冒された人間達はどれもがとても不味そうで、これでは食えたものではないと感じた。かといって今から雪深いその村を去り別の人間の集まる場所へと向かうのも、とても骨の折れる話だった。 そこで、彼はふと考えた。 彼らは悠久の時を生きるが故に、蓄える知識量も経験も、人間の比ではない。つまり彼は、今目の前の人間達が訳も分からず苦しんでいる疫病の治癒に関しての知識も、持ち合わせていた。 だから彼は、他所に移動する面倒よりもこの病に倒れた人間を治し、そして食そうと、そう考えたのだ。 熱帯や亜熱帯の地方と違って寒冷地には、通常の疫病は殆ど流行らない。菌類が媒介となる生物を通じて感染し辛いからだ。そもそも疫病を細菌が齎す物だということも人間は知らないようだが、彼は知っていた。だからこうして寒冷地で流行する病気は殆ど種類がなく、一つの解決方法さえ知っていれば何の事は無い代物だった。 彼はそれこそ瞬く間に村の人間らを全て治してしまった。 村の人間は、彼を神の御使いと讃えた。人々は彼を囲い、祝い、祭り上げた。 彼は特段それに気をよくしたわけでもなかったが、しかしこの状況は非常に便利なのではないか、とは感じた。 この状況を利用できるものかと思い彼は試しに、人間の中から一人を選び差し出すように、要求をしてみた。人間は、若い女の肉が最も柔らかく食べやすい。だから、若い女の贄を要求した。 するとどうだ。その集団のなかの年頃の娘達は、我先にと名乗り出て来たのであった。これは彼にとって、とても興味深いことだった。これならば自分がここに居続ける限り、食事が非常に楽になるのではないか。そう考えた。 そして彼は、その地に城を築くことにした。そして城に招かれた若き娘は、外に出ることは叶わないが、永遠の幸福を約束される。そのように村人に伝えた。 彼がそうした動きをし始めると、彼の眷属も興味を持ち、その地に集まった。城が築かれ、そこには夜の眷属が住まい、毎年若い娘を一人差し出すことによってその地の繁栄を約束するようになった。 村は城下町となり、そこはやがて、ポドールイという国となった。 城に召し上げられる娘達は、毎年喜んでその身を捧げた。永遠という地獄をよくもまぁ求めるものだ、と、城の主人となった彼は思ったものだった。 そしてある年、一人の娘が城に召し上げられた。 その娘は、今までの娘と違い、彼に対して怯えた。私は永遠など欲しくは無いのです。そう、彼に告げたのだった。彼は今までと違う反応を示したその娘に小さな関心を抱き、直ぐには喰らわず娘を観察することにした。 永遠を拒否した娘は、甲斐甲斐しく彼の身の回りの世話をした。人間以外を食したことのない彼が少女の作る料理を初めて口にした時など、今まで食べたどの人間よりも豊かな味だと感じた。だが、それで飢えは凌げなかった。そして、用意されたワインを飲んだ。まるで血の色のようなその飲み物は、しかし血などとはまったく違う果実味溢れる味わいで、彼は血が無いときに血の代わりに飲むのならばこれしかないと確信したほどだ。だが、これでも飢えは凌げなかった。 娘は、永遠を恐れつつも、一方で彼を慕った。彼は自分を慕う娘を食すことを、いつの間にか考えなくなった。 そして彼は娘と、子を成した。夜の眷属と人間の混血が誕生したのだ。玉のような赤子を産んだ娘はとても喜び、彼もそんな娘と赤子を見て己の行為と思想の変化を興味深く思った。 だが彼は、食事をしなくなってから己の中の何かが時折酷く疼くようになっているのを感じていた。 日に日に窶れ時折正気を失ったように暴れるようになった彼に対し、娘は自分を喰らって欲しいと申し出た。しかし彼は、それを拒否した。だが、頭で拒否ししようとも黒い衝動が、娘の華奢な体をいつ引き裂いてしまうか、彼には分からなかった。 だから、彼は娘を城の外に逃がす事にした。そして同じ眷属のものに対し、自分が正気を失ったら滅してほしいと願い出た。彼の眷属は彼が何故そのような決断に至ったのか理解できなかったが、承諾した。 そのまま彼は滅ぶつもりだったのだ。それで自分は娘を、人を喰らわずに済む。そう考えた。 だが、彼よりも先に娘は死んだ。 永遠なる幸を約束された城から歴史上ただ一人舞い戻った娘を、民は平穏を乱す凶兆と捉えたのだ。 魔女として捕らえられた娘は、火刑に処された。 娘が燃える最中に騒ぎを聞きつけ城下町へと駆けつけた彼は、そこで生まれて初めて涙というものを流した。涙とともに叫び、怒り狂い、異形へと変貌した。そしてその場の人間を片っ端から喰い千切る中、彼の言葉を聞き届けた他の眷属により、願い通りに滅ぼされた。 だが彼の断末魔の怨念は彼の朽ちた肉体を真なる不死者へと変貌させ、その地にその魂を留まらせた。彼の眷属は、そうして不死者となった彼を、城の地下深くに封印した。彼らを以てしても、もはや彼を滅することは叶わなかったのだ。 「ふふ、退屈な話をしてしまったかな?」 「・・・いえ、お聞きできてよかったです。私の中に流れ込んできた感情の一端の正体が、分かりました」 カタリナがそういって頭をさげると、レオニードは微かに笑みを浮かべながらワイングラスを傾けた。 「私は、いずれ父を滅する。だがこの数百年は、力を付けども付けども、あれを滅することは叶わない。聖なる力が効くのかとも考えたが、どうやらそういうわけでも無いようでね。かの聖杯を以てしても、あの存在を消し去ることは出来なかった」 空になったワイングラスをテーブルに置き、レオニードはグラスを通じてその先をぼんやりと眺めるように視線を軽く落とした。 「だから、最近は考えを変えてみたのだ。力では滅せられぬのならば、他のなにかで父の怨念を解くことは出来ないものか、とね」 「・・・それでは、舞踏会はそのために・・・?」 カタリナが思わずそう呟くと、レオニードは首を傾けるようにしてカタリナに視線を送り、彼女をして思わずどきりとするほど妖艶な笑みを浮かべて見せた。 「まぁ、あれは実益も兼ねているがね。我が眷属は今や人を喰らうことはないが、血を欲する故、そのためでもある。そしていつか父が母を見出したように、私が我が眷属に大いなる変化を齎すことで・・・何かがわかるかもしれない、と」 レオニードが言わんとすることは、カタリナには全ては分からない。だが怨念というものが強い思念のことを指すのであれば、その元となった事象に対する何らかの解決方法を提示してやることでしか解放されることがないのは、理屈が解る気がする。そう思うと、今目の前にいる存在は確かに人間とは全く異なる生命であるものの、その魂の本質は同じところにあるのではないか。そのようにも、感じられてくる。 「そういえば、私は母の顔を覚えておらぬのだが・・・ここの執事長をしている者が君のことを、どことなく母に似ていると言っていたな。まぁ彼らに人間の顔の見分けがつくとは思わないから、大いに気のせいだと思うがね」 レオニードのその言葉に、カタリナは思わず二、三度瞬きをしてみせた。ひょっとして自分をここに連れてきたのは、その執事長ではないだろうか。 そんなことをカタリナが考えていると、レオニードはゆっくりと椅子から立ち上がった。 「さて、それでは私は失礼するとしよう。着替えはそこのクローゼットに入っているはずだ。準備が出来たら、上に来るといい」 一方的にそれだけいい、レオニードはさっさと部屋を後にしてしまった。 そうして一人部屋に残されたカタリナは、レオニードが去っていった扉をしばし眺めた後、徐に両手を広げて上半身をベッドに投げ出した。ぼすん、という音と共に柔らかな素材のベッドが彼女の全身を受け止めてくれ、その極上の寝心地は最高級の寝具のそれに間違いないと確信する。何も身につけていない状態でこのような行為、はしたないことこの上ない所業だと我ながら感じる。が、誰もいないから見られることもないというか、そもそもこの近くには生きた人間がいないのだから構うものか等と妙に開き直ったものだった。 目が覚めた直後にも確認したが、体には特に違和感を感じない。疲労もなければ、あの異形から受けた「死人ゴケ」とかいうものの後遺症らしきものもなにもない。状態は、至って正常そのものだ。 あの異形の化け物・・・レオニードの父は、あれほどの絶望とともに一体何年あの場所にいるのだろう。 ふと、当面の心配事がなくなった頭でそんなことを考える。 レオニードが生まれた直後だとしたら、通説では魔王とすら面識があるという噂を信ずるならば六百年は経っていることになる。そのような長い時間絶望に浸り続けた魂とは、果たして浄化するなどということが可能なものなのだろうか。 あまりに途方もなく想像のつかないその内容に、カタリナはすぐさま考えることをやめた。彼女が考えたところで、この事態はなにも進展しない。それにここは常しえの宵闇が支配する、時を刻むことを忘れた街だ。時間という概念がそのまま通用するものとも思えない。 ひょっとしたらこの宵闇は、そんな意味も持っているのだろうか。彼女がこの宵闇を優しいと感じたのは、これ自体が悲劇の二人の鎮魂を願ったものだからなのだろうか。 そんなふうに次々と無責任に浮かんで来る想像を振り切るように、カタリナは勢い良く起き上がり、そのままベッドから立ち上がった。そして、部屋の壁に設えられた大きなクローゼットに視線を向ける。 「・・・準備って、なにかしら」 その夜(といっても宵闇に覆われたポドールイには夜も何もないのだが)レオニード城では、城の地下の地狼を退治してくれたロアーヌ騎士たちに対して感謝の意を込めた、小さな宴が催された。 年に一度の舞踏会には及ばぬ規模だが、城の執事や給仕たちは総出でポドールイ伝統の持て成しをし、大いにロアーヌ騎士たちを歓迎した。騎士達もその時ばかりは戦装束を脱ぎ、スーツに身を包んでその宴を楽しんだ。 宴の最中には、特別に目立つ存在が二つ。 一人は城主レオニードで、彼は黒を基調とした燕尾服に、宵闇の外套を羽織ったいつものスタイルだ。 そしてもう一人は、妖しくも美しい真紅のドレスに身を包んだカタリナだった。彼女の纏う真紅のドレスは、まるで揺らめく炎のようだった。 それはポドールイの古い風習に則ったもので、この地では寒気が強くなる前に長い冬を無事過ごせることを願い、祭りが催される。そこでは毎年、その年に染められた中で一番深くて赤い色のドレスに身を包んだ地元の娘が、炎を前に踊るのだ。それは、過去に非情の死を遂げた一人の娘に対する鎮魂のためなのだというが、その娘が一体何者なのかは地元の人々でさえ、もう誰も知るものはいない。 そしてその赤いドレスの娘のダンスの相手役は、これも村に古くから伝わる宵闇の外套を纏った男性が務めるのが習わしだ。これも何故そのような格好で、これが誰を表しているのか、誰も知るものはいない。 まるで古い童話の中の世界のように二人が手を取り合い優雅に踊る様を騎士達は囲い、ある者は囃し立て、ある者は大いに嘆いた。 そうしてポドールイの宵闇は、いつ果てるとも分からず続いていく。 番外編一覧に戻る TOPに戻る
https://w.atwiki.jp/kt108stars/pages/6480.html
134 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 37 53.62 ID ??? 実は携帯だと合っているという話。 さて報告もないようだし、おつまみでも。 俺が8年ぶりにTRPG復帰して間もない頃。 オンセでポリフォニカRPGしてたら、GM(困)が尋問しようという時に やたらNPCに無駄口(放せ、無実だ、俺は何も知らん等)連発させ、ログが 凄まじい勢いで流れるので黙らせるためそのNPCを縛った。 俺のPCは所長のためそういうことは率先してやってた。 で、アフタープレイで困は開口一番 「お前のキャラはそんなんじゃないだろ!」 とキレてきた。法治国家でそんなことする奴があるか! お前じゃなくて他のPCがやらなきゃいけないはずだ! とまくしたててくる。(ちなみに他のPCは学生と精霊) お前が決めるなよ、とスルーしたら、しまいに俺を困PL扱いしてきた。 時間も遅かったためハイハイワロスワロスで落ちたが、彼が何を言っているのか今でもイミフだ。 135 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 40 53.83 ID ??? 確かに意味わからんな。 ポリフォニカとやらの様式美に触れたとかそんなんじゃないのか 136 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 43 18.61 ID ??? ポリフォニカっていうと凄い作画が残念だったアニメという記憶しか無いが 所長ってのは敵を尋問するのはいいが縛っちゃいかんクラスだったりするのか …いや、尋問するのに黙らせるのは確かに困るな 137 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 47 31.54 ID ??? つーか所長って何の所長?刑務所長か何か? 所長だから率先してとか言われても意味が解らない。 138 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 54 02.28 ID ??? ポリフォニカが何なのか知らんが 学生とかが若さゆえの暴走するのは良いが 分別のある大人が率先して暴走するのはいかん 嗜める立場だろ って事を言いたいんじゃね そういう事なら 納得するかどうかはともかく理解はできる。 139 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 00 54 50.33 ID ??? 全然違うんだろうけど、 134のPCがふと脳裏に浮かんだカサンドラ獄長ウィグルでイメージが固定された 「そんなキャラじゃないだろ!」は黙らせるなら縛る前に蒙古覇極道だろ!って意味で 142 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 01 28 34.52 ID ??? シーンとして尺を取るのが間違い ネゴシエイターでも尋問官でもないから会話で引き出すのは無理 抵抗する精神力や心がデータ化されてるなら、それを削るけど MPは別に減っても弱気になるわけじゃないし 大抵は生命力しかデータになってないから、わかりやすく相手が弱るのはそれを削るしかない 143 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 01 30 29.01 ID ??? そもそもライトファンタジー系のTRPGだと 戦闘、殺人は平気だけど倫理観は現代人っていう ご都合主義の感性をもってる事が前提だしな 146 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 07 25 40.60 ID ??? 「ログが流れるから」という理由での拘束なのに一抹の不安を覚えなくもない 147 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 07 29 07.04 ID ??? まぁメタに踏み込んでしまうが、実際全く意味のない情報でログが流れると、必要な情報が整理しづらい、ってのはオンセではしゃーない。 だから雑談用とセッション用のチャンネルを分けるわけで。 148 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 09 45 02.95 ID ??? 134 PL発言で「描写を細かくしすぎるとログが流れてしまうので『無実を主張して騒いでいる。こちらの話を聞くつもりはなさそうだね』程度で済ましてもらう訳には行きませんかね」とか言うのはNGなのか? それに逆切れして相手が騒ぎ出したら「ログが流れてしまうので『GMは描写が必要な物だと主張して騒いでいる。こちらの話を聞くつもりはなさそうだね』程度で済ましてくれ」と言うとか。 150 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 09 58 28.89 ID ??? 稀に情報を埋没させるために意図してぎゃんぎゃんわめいてログ流すGMいるし 153 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 10 55 41.91 ID ??? 重要アイテムとネタアイテムを同時に発見させられて PLのwwwwで流れる、みたいなトラップは食らったことがある 154 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 10 57 39.56 ID ??? ふつうログくらい取っておくものじゃないのか? 155 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 11 06 47.08 ID ??? 154 長いログを1文字1文字チェックできる人は、そんなに多くない。 156 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 12 00 38.33 ID ??? おめーウチなんか重要アイテム・キーワードは色変えで一目でわかるようにしろというPLが存在するんだぜ まあウチはどうやら前スレ3の鳥取なんだがな…… 157 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 12 05 16.46 ID ??? オフラインセッションなんて会話をすべて録音とか録画してセッション中に再生しなくてもプレイできてるからな 158 名前:NPCさん[sage] 投稿日:2011/11/20(日) 12 17 43.13 ID ??? 156 ネタバレ軍師様の鳥取かよw 前スレ 3め面白そうな情報を逃してたな スレ294
https://w.atwiki.jp/25438/pages/4343.html
「そ、そうかしら…」 「普通、大学生だったらお酒と出会うもんだよ。 それでもちゃんと法律を守ってお酒を飲まないなんてむぎちゃんは偉いっ!」 そういうものなのかしら。 私は普通に大学生活を送ってきたつもりだったけどお酒に出会う機会は滅多になかったし そもそも普通の大学生活を送っていたら未成年でもお酒は飲むものなのでしょうか。 「もしかして唯ちゃん、お酒飲んでるの?」 「少し、ね。だいたい飲み会とか、友達に誘われて…っていう感じなんだけど」 私としてもお酒に興味がないわけではありません。 「ね、唯ちゃん。お酒って美味しいの?」 「う~ん…美味しい、といえば美味しいのかな?私もよくわかんない。 でも、みんなで飲むのは楽しいよ!」 私はこのとき、唯ちゃんから魅惑の大人の香りが漂ってきたような気がしました。 「今度機会があったら、その時はお酒飲もう。澪ちゃんもりっちゃんも、あずにゃんも呼んでさ!」 「うん!楽しくなりそうね」 私は唯ちゃんとひとしきり話しこんだ後、帰りの終電に間に合うように駅まで送っていき、別れました。 久しぶりの友達との楽しい一日を過ごし、 私は寝る支度をしながら放課後ティータイムの想い出に浸っていました。 そして、お話は英会話教室に戻ります。 ○ ○ ○ 「雨、また少し降ってきたみたいですね」 英会話教室も何事もなく終わり、出口へ向かう所で琴吹さんに声をかけられた。 外の様子を見ると、暗がりではあったが確かにぽつぽつと雨音がする。 「明日から大雨だと聞いてるからなあ。このまま止みそうにないな」 「せっかく明日はお休みなのに、これじゃあんまり外に出たくありませんね」 琴吹さんは残念そうに笑った。言われるまで気付かなかったが、そうか、明日は大学は休みか。 思い返してみればここ数日多忙をきわめていたような気がしないでもない。紳士にも休息は必要である。 私はなんだか得したような気分になり、上機嫌で琴吹さんと外へ出ようとしたが、はたと気づいた。 愛用の傘がどこにも見当たらない。 奇怪なり。 私は一瞬思考を巡らせ、一呼吸置いた後、傘が盗まれていることを理解した。 愛用とは言ってもまだ数回しか開いていない新品同様の安いビニール傘であったが、 休日の喜びを補って余りある怒りに駆られたのは言うまでもない。 「先輩、どうかしましたか?」 急に動きを止めた私に琴吹さんが不思議そうに声をかけた。 「私の傘がない。きっと心ない者が盗んでいったんだろう」 私の不幸をよそに、外ではいっそう強く雨が降り続けている。 私は途方に暮れた。 「あの……私の傘、使いますか?」 「それでは君が帰れなくなってしまうだろう」 琴吹さんの心遣いはありがたかったが、相合傘でもしない限り2人が安全に帰ることはできないだろう。 むしろ相合傘によって私の精神構造が不安定に揺れ動くことは想像に難くない。 おもむろに妄想の世界へ羽ばたきかけた私であったが、 次の瞬間その妄想が現実になろうとは夢にも思わなかった。 「私の傘大きいので2人くらい入れますし、今度は私が先輩を送って差し上げる番です。 それに、一度先輩の家にも行ってみたいですし」 私は目眩がした。 いくらこの一週間でそれなりに親しくなったといっても、これではあまりに話が急すぎる。 何か大事な過程をすっとばしているのではないか。 私とて一つ傘の下、琴吹さんと仲睦まじく帰宅し、紳士らしく部屋へ招き入れるにやぶさかでない。 しかし私の暗黒面を限りなく凝縮したような四畳半空間へ、 それこそ穢れを知らない深窓の令嬢を誘致するとなれば話は別である。 私のなけなしの人間的尊厳と、四畳半の混沌すら意に介さぬ紳士的態度、 ひいては圧倒的な男性的魅力を思う存分発揮するチャンスだと思ったら、 それは大間違いのこんこんちきである。 そんな結構なものをこれみよがしに携えて琴吹さんを招いても、嘆かわしいほど双方に得るものがない。 しかしながら、私の冷静かつ客観的な分析とは裏腹に、 琴吹さんと2人きりで過ごすという耐えがたい魅力が脳裏をかすめていく。 次第に妄想は体中の欲望という欲望を吸い上げ爆発的に肥大化し、 一大勢力となって脳味噌を支配しようと暴れまわる。 意味不明の葛藤に苛まれることおよそ0.5秒、 スーパーコンピュータもかくやと思われる驚異的な思考速度の末に私が導き出した答えは 抗わないことであった。 全てを受け入れよう。 ありのままの自分をさらけだそう。 「ならばお言葉に甘えるとしよう。私が傘を持つよ」 琴吹さんは嬉しそうに笑った。 桃色遊戯の達人を目指す器でないなら、変に気取るよりも精一杯の誠意を示す他あるまい。 ざあざあと降りしきる雨の中、私は琴吹さんとくっつき、並んで歩いた。 深窓の令嬢の横で紳士らしく傘を携え、優雅にエスコートする映像がありありと思い浮かばれる。 私は全身に鳥肌が立つのを感じた。 決して自分と琴吹さんの間にある絶対的な違和感を感じ取ったわけではない。 灰色がかった人生の、かすかに残された希望の光へ向かっていく覚悟に震えたのだ。 そこでふと、琴吹さんの方へちらっと眼をやる。 彼女は相合傘という一大イベントの渦中にあっても、まったく意に介していないように静かに歩いている。 その横顔は凛としていて、薄暗い路地を背景に整った顔つきが美しく映えている。 気分を曇らせる雨が周りに打ちつけられていても、 その雨粒一つ一つが琴吹さんの艶やかな色気を演出していた。 私はごくりと生唾を飲み込み、その横顔からとっさに目を背けた。 言い知れぬ罪悪感がぞくぞくと込み上げる。私は未だかつて経験したことがないが、 これが美女の魔性なのかと恐怖に怯えた。もしかしたら彼女はその美貌で男を惑わす魔女なのではないか。 取って食われたらどうしようといらん心配をする必要もなく、 むしろ心置きなく取って食べられたい衝動に駆られた。 道中、私と琴吹さんの間には心地よい沈黙があった。 というのは体の良い言い訳であり、実のところ会話の切り口に迷って押し黙っていただけである。 当の琴吹さんも何か話しかけてくる様子もない。 隣に歩く彼女を直視できないせいで私は都合の良い客観的風景を想像した。 そこには紛れもなく繊細微妙で確固たる男女の仲が存在しているように思えた。 一人こそばゆい妄想に身を悶えさせ、紳士の面構えを保ったまま鼻の下だけ異様に伸ばすという 器用な顔芸をしていることに気付き、我に返った。 まあ、そんな具合の帰路だったと思ってもらって問題はない。 私と琴吹さんは湿っぽい下鴨幽水荘に到着した。 「ここが先輩の住んでいるアパートなんですね」 「見ての通り立派な建物ではないが、立地はわりと良い。私の部屋はこっちだ」 そう言ってかの四畳半へ案内した。 私にしてみれば見飽きた廊下の風景だが、 琴吹さんはしきりに辺りをキョロキョロと興味深そうに観察している。 それに、なぜか頬を紅潮させて少し興奮気味である。 私は部屋の前に着くと、琴吹さんに待ってもらうよう言った。 「部屋を片付けるから、少しの間ここで待っててくれ。すぐに終わる」 なるべく中を見られないように彼女の視界を遮りつつ、私は大して物がない四畳半に入った。 ひとまず卑猥図書を暗部に押し込み、散らかっているあれこれを隅っこに放り投げた。 そして私は琴吹さんを招き入れた。 「おじゃまします」 丁寧に靴を脱ぎ揃え、礼儀正しく部屋に上がり込む。 ふわりと浮くように髪をなびかせ、男汁の染み込んだ窮屈な空間に不釣り合いなほど 清楚な匂いを発散させていた。 琴吹さんはみすぼらしい私の部屋を、今にも「わぁ~」とでも言いたげな表情で見渡した。 この「わぁ~」は決して不快に身を引く「わぁ~」ではなく、少年が未知の存在と遭遇し、期待を込めて 感嘆するような「わぁ~」であることを読者諸君には理解していただきたい。 つまり私の部屋は琴吹さんにとって、まさに未知との遭遇だったのだ。 「むさ苦しい所だが、まあゆっくりしてくれたまえ」 「は、はい」 心なしか琴吹さんは緊張した様子でうやうやしく腰を下ろした。 その肩には妙に力が入っている。 改めて考えると、我が四畳半に一端の女子大生が面白みを感じるような変わった所などないように思えた。 しかし口をきゅっと結び、縮こまりながらも身を乗り出し 興味深そうにおわしましている琴吹さんを見る限り、それは杞憂にも感じられた。 琴吹さんは何か言いたげにそわそわとしているが、 私とてコーヒーの一つや二つ用意するくらいの礼節はわきまえている。 コーヒーメーカーを準備しようと流し台に向かおうとした時、 半開きになっている部屋のドアの前に小さな置き手紙を発見した。 私はしゃがみこんで内容を読んだ。 『先日お話した極寒麦酒の件ですが、運よく大量に仕入れることが出来ました。 師匠への貢物として買い溜めしたのですが、小津先輩も同じく大量に手に入れてしまったので 余った分を先輩に差し上げます。よろしければ貰って下さい。 明石』 私はドアを開け、廊下に置いてあった段ボール箱を見つけた。 明石さんが小津と共に師匠と呼ばれる人物の元に出入りしていたとは。 なんだか仲間はずれにされたような気もしたが、正体不明の師匠などについて行ったら これ以上踏み外しようもない人生をさらに逸脱するのは目に見えていたので、特に悔しいとは思わなかった。 私はコーヒー豆を放っておき、その段ボール箱を部屋に持ちこんだ。 「それはなんですか?」 琴吹さんが不思議そうに聞く。 「お酒……のようだな」 大きくない段ボール箱の中を開いてみると、見たこともないラベルの缶麦酒がずらりと揃っていた。 「これがお酒……」 琴吹さんが覗きこむようにして乗り出した。 「例の小津が余った分をこっちに寄こしたらしい。なんでもかなり希少な麦酒なんだとか」 そこで私ははたと思いだした。 極寒麦酒と呼ばれるこの麦酒は飲めばたちまち涼しくなるという魔法のようなお酒だと。 見れば琴吹さんはじわりと汗をかいていた。 それも当然である。ただでさえ湿気と気温で汗ばむほどの暑さであるのに、雨風が入ってこないように 窓を閉め切っていたのだ。残念ながらこの部屋にクーラーなどという便利な装置はない。 この極寒麦酒は彼女に不快な思いをさせないために神が与えたもうた好機であると考えた。 「せっかくだから酒でも飲んでみるかね?」 思ったことをそのまま口にした。 言った瞬間、男女二人が一室に居る状態で酒を勧めるという軽率な発言に自ら焦った。 まさに紳士の皮を被った変態野郎、下心がめくれて現れそうな危機感に襲われたが、 琴吹さんは予想外の反応をした。 「飲みたい!飲んでみたいです!」 目を輝かせて頷く彼女に、逆に私が戸惑った。 琴吹さんは私の顔に驚きの表情を見ると、気付いたように慌てながら目を逸らした。 「その、私お酒を飲んだことがなくて……大学生なら飲むのが普通だと聞いたんです。 それに前々から興味があって……」 照れながら必死に弁解する様子がまたこそばゆい。 私は落ち着いて微笑むと、缶を2本取り出して自分と琴吹さんの目の前に置いた。 「確かに大学生ともなれば酒の一つや二つ知っておかなければならん。 これもいい機会だ。酒との付き合い方も学ぶにしても、飲まないことには始まらん」 私はそう言うと、残りをありったけ冷蔵庫に放り込み、琴吹さんと向かいあって缶を手に取った。 爽やかな音を立てて蓋を開け、琴吹さんにもそうするよう促す。 「記念すべき琴吹さんの初麦酒だ。遠慮せず乾杯といこう」 これはあくまで余興であり、酒を飲むなど特別なことではないという調子で言ったつもりだったが、 琴吹さんは真剣に私の振舞いを観察している。 「まあそう固くならずに」と言うと彼女は拍子抜けしたように眼をぱちくりさせ、静かに乾杯の音頭をとった。 私はぐいっと一口目を仰いだ。 刺激的な快感が口元から胃袋まで流れこみ、敏感な喉を荒く震わせる。 その過剰なまでの清涼感が全身を巡り、苦味とアルコールを感知した脳味噌が瞬く間に覚醒する。 自然と缶を持つ手が2口目、3口目を供給し、肉体という肉体に冷たく染み渡っていった。 極楽なり。 「う、旨い」 思わず声を漏らした。 これほどまでに旨い麦酒は飲んだことがない。 私はあっという間に500mlの缶を半分まで減らしていたことに気付き、驚きのあまり目を丸くした。 私は対面している琴吹さんを見た。 彼女はまるで古今未曾有の奇怪事を眼前に捕えたような不思議な顔をして麦酒缶を凝視していた。 その真面目とも驚きとも取れる表情がなんだか微笑ましい。 「初めての酒はどうだ」 「……嫌な味はしませんでした」 琴吹さんは静かに言った。 「でも、美味しい訳でもないんです。なんというか……とにかく不思議な感覚です」 そう呟く彼女は、美味しくないという不快感を表にすることもなく、ただ謎めいた感覚を考えている。 なんとも新鮮な反応だった。 「酒というのは旨さが分かるまで意外と時間がかかるものだ。 特に麦酒なんぞは最初はただ苦いだけの炭酸水だと思うかもしれないが、しばらく飲んでいれば慣れる」 そう言って私はもう一度、今度は豪快に飲んでみせた。 のどを鳴らしながら一気に流し込む。 私は実に気分良く飲みっぷりを披露し、これ見よがしに快感を演出した。 それを見た琴吹さんは姿勢を正し、同じように豪快に飲んだ。 そこから先はあっけないほど自然に会話が弾んだ。 琴吹さんはしきりに私の私生活に興味を持った。 学部の勉強に興味を示し、交友関係に興味を示し、狭い四畳半を大きく占める 本棚に興味を示し、棘だらけの過去に興味を示し、ギー太郎に興味を示した。 「えっ、先輩もバンドをしていらしたんですか?」 「大学のサークルに参加していたが、去年の冬に辞めて以来活動してないなぁ」 「それはなんていうサークルなんですか?」 「『ぴゅあぴゅあ』という、いかにもお花畑なバンドサークルだ」 「ぴゅあぴゅあ……そういえば私の友達もそんな名前の同好会に所属していたような」 その後も矢継ぎ早に質問されたが、その度に私は気前よく答え、饒舌さを増していった。 極寒麦酒のおかげでサウナのような湿気をはらむ部屋の空気でさえ涼しく感じられた。 酒が入っていたこともあって私はどんどん機嫌を良くし、調子に乗って偉そうに雄弁をふるっていった。 下手をすれば説教まがいの戯言を口走ることもあったが、 琴吹さんは実に器が広いようでそんな与太話にも熱心に耳を傾けてくれた。 かたや琴吹さんの具合はというと、私と同じくらい麦酒缶を空けていながらも まるで変わった様子を見せない。ふにゃふにゃと言動が怪しくなる私と違って平然としていた。 「琴吹さんは全然酔ってないみたいだな」 「はい~平気です~」 「酒は楽しいかね?」 「楽しいで~す」 少しずつ頭が回らなくなる中、琴吹さんもいささか酔っていることに気付いた。 今の彼女はいつも以上に言葉が伸びている。 かと言って朦朧とした口調ではなく、あくまでマイペースぶりに拍車がかかったということだろうか。 「あ……」 私は極寒麦酒を取りに冷蔵庫の扉を開けたが、既に切らしてしまっていた。 5、6缶は空けただろうか、もう私の体は十分清涼感に満ち満ちている。 極寒麦酒の役割はとうに終えたのだ。 しかしこれではどうにも中途半端ではないか。 私は冷蔵庫の扉を閉めると、ふらふらと部屋の隅を漁った。 「先輩?」 「……あった」 ごそごそと取りだしたのは、以前小津と一緒に酒盛りをした時に買ったウヰスキーだった。 「まだ酒が足りん」 不明瞭にぶつぶつと呟くと、私は小さなコップになみなみとウヰスキーを注いだ。 琴吹さんの手元にはまだ麦酒が残っていたのでウヰスキーを欲しがったりはせず、 邪気のない笑顔で私をニコニコと見ている。 流石にウヰスキーを一気に飲むことはしなかったが、麦酒を飲むよりも確実に酔いが回る。 私はその後も琴吹さんと大いに楽しく語らい、夢のような至福の一時を過ごしたはずなのだが、 まるで本当に夢を見ているようにふわふわと地に足が付いていない感覚に襲われた。 そう、まるで夢のように。 ……これは夢なのか? 薔薇色のキャンパスライフを思い描くあまり、私の脳がむにゃむにゃした挙句 ありもしない幻覚を見ているのではないか? そう言えば私は琴吹さんと何を話しているのか良く覚えていない。 私の目の前にいる可憐で繊細微妙なクリーム色の髪の乙女は天真爛漫に微笑んでいる。 その姿は次第に揺らめき、形を変えていった。 何かがおかしい。 その琴吹さんの像が消えてなくなったかと思うと、目の前にぬらりひょんが正座していた。 「ぎゃ」と飛び上がりそうになるのをこらえてよく見ると、それは小津であった。 もしかして英会話教室の琴吹さんは仮の姿であり、その皮をめりめりと剥けば 中に小津が入っていたのではないかと想像した。 ひょっとすると私は女性の皮を被った小津と相合傘をし、女性の皮を被った小津に交際の申し込み、 あわよくば合併交渉にまで思いを馳せるところだったのではないか。 「なんでお前がここにいる」 私はようやく言った。 小津は気取ったように頭を撫でた。 「なんでも何も、あなたが持ってる極寒麦酒を返してもらいに来たんですよ。 明石さんが変な気を利かせたみたいですが、あなたはいつも通りむさ苦しいこの部屋で 精神修行していればいいんだ。あの麦酒は師匠の物ですから」 どういうことか分からない。 「琴吹さんは?」 私はそこで初めて四畳半を見渡した。 外は明るい。時計を見ると午前九時とある。 「琴吹?何を寝ぼけたことを言ってるんですか。あの架空のメールアドレスが とうとう人格を持って貴方の目の前にでも現れたんですか?」 小津が辛辣に言い放った。 ますますわけがわからない。 「それで明石さんから貰った極寒麦酒、どこにあるんですか。返して下さい」 「そ、そうだ!私はもう極寒麦酒は全部飲んでしまったぞ!証拠に部屋に空き缶が散らかっているだろう――」 私は喚きながら辺りを見るが、琴吹さんと飲み交わした麦酒の缶など綺麗さっぱり無い。 「な……」 「あれ、どうやら本当になさそうですね」 小津は勝手に冷蔵庫やらを調べ、「ふん」と鼻を鳴らすと 「まあいいでしょう。この近辺に極寒麦酒はまだ出回っているみたいですし。 後で明石さんに確認しときますわ」 小津はそれだけ言うと部屋から立ち去った。 私は一人四畳半の中心で呆然としていた。 本当に琴吹さんは幻覚だったのか? 堂々巡りの思惑にふけっている内、段々と頭が痛くなってきた。 絶望の淵に立たされたように私は頭を抱え、その場にうずくまった。 昨日の出来事を思い出そうと必死に脳をこねくり回すが、かえって何も思い出せない。 そうしているうち、おぼろげな私の意識は「琴吹紬という人物は存在しなかった」という 結論を導き出そうとしていた。 なんという悲劇。 これほど残酷な仕打ちがあろうか。 私はもごもごと意味不明な言葉を口走り、布団にもぐりこんだ。 恐怖のあまり生まれたての小鹿のようにぷるぷると体を震わせ、仮想現実と区別がつかなくなった 人間の末路を想像し、ますます恐怖に打ちのめされていった。 いっそ狂人になってやろうかとも思ったが、その覚悟があるようなら私はもっとまともな人生を 送れるだけの気概があったに違いない。 結局、私は今の境遇に不満を持つだけで何一つ自ら動こうとしなかったのだ。 哀しい人生であった。 枕に顔をうずめながら誰にでもなく罵詈雑言をぶつけていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。 また小津か、と顔をしかめていると、ドアが開かれた。 私は息を呑み、布団から飛び起きた。 琴吹さんであった。 「先輩、大丈夫でしたか?」 汗をかきながら私の方へ近寄ってくる。 私は固まったまま琴吹さんを見ていた。 「起きたら先輩がすごく苦しそうにしていたので、お薬と栄養剤を買ってきました。 あと飲み物も」 琴吹さんはそう言うと私にスポーツドリンクを差し出した。 口をパクパクさせていた私だったが、先程の頭痛が強く響いてきたのを感じると ペットボトルを闇雲に胃に流し込んだ。 飲み終わり、ぜぇぜぇと息を切らす私に琴吹さんは優しく声をかけた。 「二日酔いの時は水分を吸収するのがいいと聞きました」 二日酔い。頭痛。そして今更気付いたが、震えるほどの寒気。 私は琴吹さんが現れたことに安堵しながらも、今度は別の意味で布団に倒れ込んだ。 「こ……琴吹さんは二日酔いは大丈夫だったのか?」 「私は全然平気です。昨日先輩がウヰスキーを飲み始めたかと思ったらそのまま 横に倒れたので心配しました」 そうか。私は昨日アルコールを摂取しすぎたせいで意識が飛んでいたのだ。 「私も眠くなってその時は寝ちゃったんですけど、朝起きたら先輩が震えてるので どうしたのかと思って……。幸い友人が極寒麦酒について色々と知っていたらしくて 二日酔いと冷え性の併発の話を聞いてお薬と栄養剤を用意していたんです」 私は心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 紳士として情けないこと極まりない。 しかし琴吹さんが看病してくれるというこの状況は、これはこれで幸せだとも考えた。 「先輩、顔がニヤけています」 琴吹さんの背後から冷ややかな声が聞こえた。 「あ、明石さん!?」 私は驚きのあまり上半身を勢いよく起こし、目眩に襲われた。 「え?先輩、明石さんとお知り合いだったんですか?」 琴吹さんが私と明石さんを交互に見ながら目を丸くした。 「まったく、紬さんの知り合いが極寒麦酒を飲み過ぎて倒れたと聞いたので訪れたら 先輩だったのですね。阿呆なことです」 入口付近で静かにたたずみ、明石さんは厳しく言った。 横になりながら詳しく話を聞くと、琴吹さんと明石さんは1年生の時に 友達の友達として知り合ってから仲良くなり、以降頻繁に連絡を取り合っているのだという。 意外なところで繋がっているものだ。 「スモールワールドですね」と琴吹さんは言った。 死んだように横たわる私に気を配りながら、うら若き乙女二人は他愛もない世間話をしていた。 「明石さんも小津さんという方を知ってるの?」 「小津さんとはサークルも一緒でしたし、今は師匠の門下として兄弟弟子でもあります」 「そうなんだ。師匠だなんて、きっと立派な方なんでしょうね」 「師匠はそれなりに立派です。あくまでそれなりに。 それはそうと、紬さんは先輩とはどういう関係なのですか?」 「大学外の英会話教室で半年くらい前に知り合って、最近よくお話しするようになったの。 昨日たまたま遊びに来たら素敵なお酒を頂いたらしくて、せっかくだから飲んでみようって……」 「なるほど。それで極寒麦酒を無下に消費してしまったんですね」 「そういえば、明石さんは何故その麦酒に詳しいの?」 「そもそもこの部屋に極寒麦酒を提供したのは私です」 「まあ、そうだったの」 「この麦酒も、元はと言えば師匠の貢物として探し求めていたのですが中々見つけることが出来ず、 業を煮やした小津さんが何らかの手段でもって強引に集めたらしのです」 「何らかの手段?」 「聞いた話では、小津さんは大学中のありとあらゆる組織を動かすことが出来る影の支配者という 大層な噂があるのです。現に小津さんはひと夏どころかあと四回は夏を越せるくらいの極寒麦酒を どこからともなく入手してきました。私はその余りを先輩に分けようと思ったのですが……」 そこで明石さんは私を一瞥した。 予期せず目を合わせてしまった私は一瞬どきりとして慌てて布団に身を隠した。 これではまるで私が怯えているようではないか 4
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/53.html
「よう、遅かったな」 「うわ、もうそっちは終わってたのかぁ」 ポールとエレンが中央部分の吹き抜けに戻ると、そこにはすっかり寛いだ様子のカタリナとハリードがいた。 石造りの低い柵に腰掛けたカタリナの傍には、仄かに光を放つ兜が鎮座している。どんな素人でも一見してわかるその神々しさは、間違いなく聖王が身につけていたものだろう。 「・・・今日は此処までだな。時間もいい頃合いだ、残り一つは明日に攻略しよう。カタリナも、それでいいだろう?」 エレンとポールの様子をそれとなく見てハリードが言うと、カタリナも直ぐさま頷いた。 「ええ。無理に急いでも後で予定が狂うだけだし、落ち着いて行きましょう。私もちょっと、疲れたわ」 その言葉を皮切りに、四人は一度聖王廟を離れることにした。 「しかしこっちは問題ないと踏んでいたが、よくお前らで試練を突破したな」 帰り道にハリードが言うと、エレンは口の端を吊り上げながら、これ見よがしに胸をそらせた。 「当然よ。そっちには負けてらんないわ」 「危うく俺は斧で叩き割られるところだったけどな」 冷や汗を流しながらポールが言うと、一同に笑いが起きる。 「聞くまでも無いだろうが・・・そっちは全く問題なかったか?」 「まぁな。巨人と巨大植物と龍族が相手だったが、存外卒無く仕留めた。お前のとこのリーダーは怖いな。まさか最後にゃ龍族の巨体を真っ二つにぶった切るとは、流石の俺も何かの冗談かと思ったぜ」 ポールが聞くと、ハリードは大仰に肩を竦めながらそう答える。 すると、一人だけ人外認定されそうな空気にカタリナが堪らず抗議の声を上げた。 「ちょっと、それまで散々そのリーチの曲刀で懐深く斬りつけまくってた男の言う台詞?」 「分かってるって。どっちも人外なんだろう?トルネードとロアーヌ最強騎士のコンビなんて、誰も相手したかないわな」 お互い様だと悟ったポールが呆れ顔で言うと、二人はお互いの顔を見合ったのだった。 「くはぁー!傷に滲みるー!」 温泉の湯に肩まで浸かったエレンが、半ば悲鳴じみた声を上げる。 思いのほか全身に及んでいた切り傷などが多かったので先に術師に治療を施してもらったとはいえ、今日の今日に作った傷はまだ後に引くようだ。 それを見ながらゆっくりと後から湯に浸かったカタリナは、そんな状況でも突き抜けて明るい様子のエレンに苦笑いをした。 妹のサラとは、本当に気性の異なる女性のようだ。 「貴女と一緒にピドナに帰ったら、トーマスとサラはどんな顔をするかしらね」 「あれ、カタリナ様はピドナで二人にあっているの?」 カタリナの言葉に、エレンが意外そうな顔をする。そういえばその辺りのことを話していなかったなと思い、カタリナは軽く背伸びをしながらつづけた。 「ええ。実のところ、トーマスとサラにはピドナで随分助けられているわ」 「そうだったんだ・・・。サラは、その・・・元気?」 少し声が沈みがちになってエレンが聞いてくる。ロアーヌで喧嘩別れをしたとの事だが、それがずっと気になっているのだろう。 元気でやっていると伝えると、エレンはまだ少し寂しそうな様子で安心したと口にした。 「シノンではずっとあたしの後ろにいたような子だったし、あたしもずっとそのまま守っていくつもりだったから、それが今となってはこんなに離れ離れで・・・やっぱ心配で、さ。・・・でもよかった。まぁトムの事だから滅多なことはないとは思っていたけど」 「トーマスは凄いわよね・・・。あんな物腰と能力を持っている人、宮廷にだってそうは居ないわ」 「なにせ、シノンの頼れるリーダー、だもの。周りはみんなトムを信頼してたわ」 カタリナが感慨深そうに腕を組みながら言うと、エレンはちょっと元気を取り戻した様子で言った。 「でもサラも、やっぱり貴女のことが気になってたわね。ピドナで、貴女に少し似た気性の鍛冶屋の女性と協力しててね。その人を見る目が、どこか身内を見るような感じだったもの」 事実そうだったとピドナでの日々を思い出しながら、カタリナは語った。 本人とは随分気性の異なるノーラとのあの仲の良さは、ノーラ側は兎も角としても、サラとしては姉を意識していないはずもない。 気にかけているのも、お互い様だという事だろう。 それに少しくすぐったそうに応えるエレンは年相応に可憐で、こうして改めて見てみると降ろした髪と湯の温度に上気した肌の色も加わり、本当に容姿に恵まれた人物だと感じる。 妹のサラはこじんまりと可愛いタイプだが、エレンは鋭角的すぎないものの顔立ちがはっきりした美人だ。 手斧とグレートアクスを振り回すにしてはノーラほど筋肉質でもないし、しっかり丸みのあるボディラインとこの顔立ち、そして明るく強い気質は同性の目からみても羨ましがられただろう。 「天は二物を与えるって、ある事なのねぇ・・・」 「え?」 「ふふ、何でもないわ。早くピドナに帰って、サラに会いましょう」 カタリナがそう言うと、エレンは笑顔でしっかりと頷いた。 「・・・で、トルネードさんはエレンちゃんとはできてんのかい?」 板の向こうに遠く微かに聞こえる女性陣の声を聴きながら、ポールが湯に浸かるハリードに問いかけた。 それに対し、ハリードはふんと鼻を鳴らす。 「そうだと言ったらどうなんだ?」 「エレンちゃんにも聞いてみる」 「・・・やめろ。できてない」 ハリードがそう言ってそっぽを向くと、ポールはニヤニヤしながらこちらもゆっくりと湯に身を浸した。 「イテテ・・・あー、沁みるわぁ・・・」 筋肉痛なんです私達、と盛大に主張してくる全身の筋肉を労わる様に撫でながら、ポールは今日の疲れを溶かさんと湯の中で一心地ついた。 そんな様子のポールに、ハリードが話しかける。 「あの弓の試練、よくお前で超えたな。試練は何れも最近になってからオウディウスによって解放されたものだが、それでも幾人もの弓の猛者が既に挑戦しては挫折していたはずだ」 その言葉に、ポールは肩を竦める。 「故郷では有名なニルスって爺さんの元で弓は教わったんで、そこそこ腕はあったつもりだが・・・しかしあれは、なんつーか・・・弓の腕を試すもんじゃなかった気がするな」 返された言葉に、ほう、とハリードが言うと、ポールは思い出す様に妖精の弓を握った手のひらを見つめた。 「賊上がり如きが言うような事じゃないだろうが・・・あれは多分弓の腕とかじゃ無くて、もっと内面的な、なんかを見るための試練だったように思う。例え弓の腕が百発百中でも、それだけじゃ的は射抜けなかったんじゃねえか、ってな。・・・だったら俺には他に何があるったら、そこはわかんねぇけど」 そんなポールに目を細め、次にハリードは夜空を見上げた。 湯気に霞んだ向こうに見える星々の何れかは、死蝕を起こした死の星なのだろうか。 「内面的な何か・・・か。となると、お前は俺よりも強いかもしれんな」 「・・・・・・あ?なんだ、それ」 「そのままの意味さ」 怪訝な顔をしているポールには目線を合わせぬままに、ハリードは夜空を見上げたままだ。 そこに、風に流れて賑やかな様子の女性陣の笑い声が聞こえてきた。 ふとその方向にハリードが目を向ける。 「・・・行ってみるか」 ぽつりとハリードがつぶやく。対するポールは乾いた笑みを浮かべた。 「・・・いくら勇猛果敢なトルネードさんでも、それは流石に自殺行為じゃねぇの・・・? いきてぇけど」 言いつつ、ポールもそちらを向いた後、悟りの域の表情で夜空を見上げるのだった。 翌日の朝早くに聖王廟再攻略に取り掛かった一行は、オウディウスの助言を受けて聖王の棺の下に隠された階段から地中へと進んだ。 聖王廟の地下に広がる試練回廊は東西に比べてかなり広く、配されたいくつかの試練も一筋縄ではいかない代物であり、ここの調査にまず一行は三日ほど費やす事となった。 ここでおおよその構造を理解するまでに特に目覚ましい活躍をしたのは、エレンとポールであった。 カタリナとハリードが意識的に二人に任せた面もあるが、それに応える様に二人は己の持ち味を存分に振るって立ちはだかる魔物を撃破していったのだ。 剣と弓を扱うポールは元より、それを羨ましがって手斧の投擲技術を編み出したエレンによって遠近両方において二人が暴れまわり、遂に四日目には危な気なく三つ目の聖王遺物である聖王が身につけていたであろう羽の様に軽いブーツを入手した。 直ぐさま聖王家へと向かって挨拶を済ませた四人は、一日の休息を経て翌日、昼食を軽く摂ってからいよいよピドナに帰る算段を立て始めることにした。 「どうするよ、カタリナさん。術戦車は三人乗りだぜ?」 ポールのこの指摘に、カタリナが腕を組んで考える仕草をする。 そこに怪訝な表情を見せたのは、まだ術戦車を見ていないハリードだった。 話すよりも実物を見せたほうが早かろうとカタリナ達がハリードを街の入り口の脇に止めてある術戦車の位置に案内すると、そこに鎮座する見たこともない物体にハリードは大層不思議な表情を見せた。 「ツヴァイクの西の森に住む教授の発明よ。動力は朱鳥術を用いたカラクリらしいわ」 カタリナが簡単に説明をすると、ハリードは術戦車をコンコンと叩いたりぐるっと周囲を見渡したりしながら神妙に唸った。 「こいつは凄いな。耐久度にもよるが、量産出来たらこれまでの戦の歴史を大きく変えるぞ・・・」 戦、という言葉にポールが大きく顔をしかめる。それを察したのか、ハリードは彼に笑ってみせた。 「心配するな。見たところこれは、かなり純度の高い軽鉄を用いている。それだけでも精製にはかなりの時間と労力と金がいるだろうから、量産は現実的じゃあない」 逆を言えばそこがクリアになったら量産可能であるという事だが、作り手が教授一人ではどの道量産には程遠いだろう。 ポールもそこにしつこく噛み付こうというわけではないようで、多少唸るに留まった。 「・・・何とか頑張ったら、四人いけないかしら」 「いけないことは無いだろうが、身動き取れずに暑苦しくなるぞ・・・?」 車内を覗き込みながら呟くカタリナに、ポールが腕を組んで答えた。 「・・・取り合えず四人でイスカル河を下流に進んでいって、キツそうなら途中の宿場町で二手に別れて馬でも借りましょう」 取り敢えずはスピード重視で行くことを決め、四人は狭い車内に入り込んだ。 運転手はもちろんポールだ。 「狭・・・こりゃあ早くつかないとキツイな。じゃあ、いくぜー」 エレン達の見送りに集まってくれたランスの人々を背に、術戦車は幾分鈍重な走り出しでその場を後にした。 前へ 次へ 第三章・目次
https://w.atwiki.jp/himajinnomousou/pages/60.html
席に座っても落ち着かない様子の皆に対して取りまとめを買って出たのは、なんとトーマスではなくポールだった。 「あー、ここで買ってでないと自己紹介のタイミングすらなさそうだったんでな。他は殆ど顔見知りみたいなんで手早くいくが、俺はポール。北のキドラント出身の、冒険者・・・だ」 「それならあたしもだよ。半分位は知らない顔だし。あたしはノーラ。このピドナでレオナルド工房の親方をしているんだ」 ポールに続いて名乗りをあげたノーラに、ポールとハリードが驚きの視線を向ける。 「レオナルドの親方・・・って、マジかよ姐さん。世界一の工房じゃねぇか・・・。ったく、どんだけ超人集会だよここ・・・」 そう呟いて頭を掻いたポールは、しかし仕切り直して続ける。 「・・・で、やんごとなき方も含めて各方面から集まったみたいで色々話もあろうが、まず確認しておかなきゃならんのは、さっきの現象について・・・でいいよな、旦那」 そこでポールが視線でトーマスに問うと、トーマスはコクリと頷いた。 「・・・俺と、恐らくノーラの姐さんは見てないっぽいが、それ以外の皆は見たんだよな。これについては・・・カタリナさん、あんたに代表して説明してもらいたい。さっきみたいなのは初めてじゃあ、ないんだろ?」 問われたカタリナは、それを肯定しながら用意された紅茶をゆっくりと啜った。 「・・・トーマスとサラとノーラさん以外は知らない事だろうから、先ずは以前にピドナで起こった事から話していくわね」 そう言ってカタリナは以前に魔王殿で経験した事の経緯から、自分なりの今の現象に対する推測迄をその場の皆に話して聞かせた。 今の映像が、恐らくは自分が持つ王家の指輪に宿った記憶であるという事。それを自分は魔王殿で謎の少年から指輪を受け取った時に初めて見た事。それから導かれるままにアラケスとの戦いを経てランスに渡り、そこで現聖王家当主であるオウディウスから自分が恐らく八つの光の一人であり、謎の少年もまた王家の指輪によって選ばれた人物であろうという事。 「・・・この指輪が反応するのは八つの光、という解釈で良いのならば・・・聖王記に記されたそれは、今ここで全ての存在が確認できた事になるわ」 カタリナがそう締めくくると、聞かされた事実に驚く面子も多いなかでまず首を捻ったのはハリードだった。 「・・・で、結局俺等が八つの光だとして、具体的には何をせよと言うんだ。あの映像は途切れ途切れでこっちにゃ何も伝わらなかったぜ。まさか半開きって噂のアビスゲートを全部閉じてこい、とでもいうのか?」 そんな事なら俺は御免だ、と言いたげにハリードが言うと、それにはその場の大多数が否定とも肯定とも取れない反応を返した。 「・・・さっきの映像のが聖王様だとしても、でもあたし達にそんな事を成し得る力があるの・・・?」 続けて疑問を発したエレンに対し、しかし力強い反論はない。 逆にそれに同調する様に、ユリアンが口を開いた。 「俺たちは確かに一般人よりは武芸に秀でた方だとは思うけれど、でもそれにしたって例えば、騎士団で長年鍛え抜かれた屈強な騎士には俺は敵うと思えない。それになによりモニカ様なんて、そんなものとは無縁に育ったお方だ。アビスの四魔貴族を相手にするなんて、冗談にしても笑えない」 尤もなその意見に、反論するものはやはり居ない。 冷静に考えれば本当にその通りで、それに今は三百年前のような世界的に大規模な討伐組織を組み辛かった状況とは違う。ならば、たった八人が立ち向かうよりも国家規模で遠征軍を組む方が、間違いなく四魔貴族への対抗手段としては正当だろう。 そもそも八人だけでどうにかできる相手なら、軍隊でどうにかできないわけがないのだ。 「我々が八つの光として選ばれた理由が、そもそも不明ですしね・・・。国家規模ではなく我々にしかなし得ないものが、はたして何か有るのでしょうか」 続けてトーマスが核心を突くと、一同は発する言葉も見つからずに唸るのみだった。 そこに、腕を組んで様子を見ていたノーラが口を開く。 「・・・単なる一個人の意見だけどさ、例えば八人と八千人の軍隊じゃあ八人には戦力で勝ち目はないけど、でも八人の方が動きやすいよね。質も揃えやすいし、経済的にも安価にカバー出来る。それを見越して、聖王遺物なんてオーパーツもある・・・そんな事情も有るんじゃないのかな」 それには頷く者もいた。だが確かに一理はある意見だが、世界規模の問題を前に説得力があるとは流石に言い難い。結局は八人で有る理由も、ここに集まった面子である理由も、依然不明なままだ。 それきり誰も口を開くものはなく、腕を組んでしまった皆に対してカタリナがため息と共に言葉を発した。 「・・・これに関しては、ひとまず保留としましょう。軽率に行動を起こしても良いことではないでしょうから、それなりの裏付けと明確な理由が見つかるまでは、話も進まないわ。あとは気を取り直してなんだけど・・・取り合えずここに皆が集まった経緯と、当面の行動について話を纏めましょう」 そこでタイミングを見計らったかの様に、執事の老人が人数分のお代り用紅茶をワゴンで運び入れてくる。 それが全員の前に行き渡るのを見守ってから、先ずカタリナが口火を切った。 「まず私から、ランスに行った成果の話をするわ。大体は先ほど話した通りなんだけど、今回の遠征では聖王様に関するあれこれの他に、漸くマスカレイドの行方に関する手掛かりになりそうな情報を得たの」 その言葉に、ノーラとモニカが過敏に反応する。それを見て控えめに頷きながら、カタリナが続けた。 「・・・結論から言えば、神王教団が怪しい。確信的な物証などは無いのだけれど、特に五年前のメッサーナの内乱から今に至るまでの教団の動きと聖王遺物との関わりが、目立ちすぎる。そこで探りを入れたり実際に対峙するに当たって協力を得るために、ランスに滞在していたハリードとエレンに今回同行してもらったの。ポールはまぁ成り行き上なんだけど、腕も立つしカンパニーの方面でもよく動いてもらっているわ」 「あんたに腕が立つっつわれても欠片も嬉しくないのは、なんでだろうな・・・」 ポールが軽口で応えるのをよそに、神王教団の言葉を聞いて何故かトーマスとノーラが目線を交錯させる。それに気がついたカタリナが首を傾げると、トーマスは紅茶に口を付けてから口を開いた。 「・・・実は私もピドナを発つ前に、聖王遺物に関する情報を追っていて神王教団に当たりました。恐らくは、カタリナ様がお気付きになったものと同じ類のものでしょう。流石にここはピドナ支部のお膝元なので突っ込んだ調査にはまだ至っていませんが、そこに関してはノーラさんとも話をしていたところでした」 トーマスのその言葉にノーラが頷くと、更にトーマスが続ける。 「私の方ではそういった方向と同時に、今回カタリナ様から頂いた北の商談に早速移らせていただきましてね。サラと共に北に渡り、ユーステルムとキドラント、そしてツヴァイクの企業に関してほぼ手中に収める事に成功しました。ユーステルムとキドラントのアポ取りは、実にお見事でした。現地でのカタリナ様のご活躍も伺いましたよ」 柔かに笑いながら言うトーマスに、カタリナは肩を竦めてポールに目線を向ける。それに気が付いてトーマスがポールを見ると、彼はニヤリと笑ってカタリナに同じく肩を竦めた。 大方の事情をそこで把握したトーマスは小さく笑うと、続いてユリアンとモニカに視線を投げかける。 「そしてツヴァイクでの商談を終えてからなのですが・・・そこで偶然にも、モニカ様とユリアンに出会ったのです。二人がそこに至るまでの事情は、直接語られた方が宜しいでしょう」 その言葉に反応してユリアンが背筋を伸ばすが、数秒してから口を開いたのはモニカの方だった。 「・・・わたくし、モニカ=アウスバッハは故国ロアーヌを出て、ユリアン様と共に生きてゆく事に致しました」 まるで空気が凍ったのがわかる様な空間の軋み音と共に、明らかな覇気がカタリナから発せられた。 それを真っ向から受ける形となったユリアンがピクリと跳ねる様に動き、だらだらと冷や汗を流し始める。 「今回わたくしは兄であるロアーヌ侯爵ミカエルの御意向でツヴァイクへと嫁ぐ事になっていましたが・・・ゴドウィンの変から始まるその前後の幾つかの出来事を経て自分の気持ちに気付かされ、この決断に至ったのです。そこで偶然、トーマス様にお会いしたのですわ」 顔面蒼白のユリアンと、鬼神の如き表情で彼をにらむカタリナ。口笛で囃し立てるハリードに、ふぅん、といった表情で二人を見るエレン。純粋におめでたいねぇと笑うノーラと、国家規模のことの重大性にすぐ気が付いて乾いた笑みを浮かべるポール。 事情を知るトーマスとサラは、それらの様子を伺うに徹している。 皆の反応は様々であったが、勿論次に口を開いたのは誰あろうカタリナであった。 「・・・モニカ様、ご意志は固いのですね・・・?」 先の表情とは一転して柔らかな口調で問いかけるカタリナに、モニカは真っ直ぐに見つめ返しながら静かに頷いた。 その瞳の色には嘘偽りは微塵もなければ、迷いも悔いも見て取れない。そこには、ただただ兄譲りの力強い意志の輝きがあるだけだ。 それを見て目を伏せたカタリナは、次に顔をあげるとたいそう艶やかに微笑んだ。 「わかりました・・・。おめでとうございます、モニカ様」 「カタリナ・・・ありがとう・・・!」 パっと花が咲いた様に笑顔を見せるモニカに、カタリナも笑みを絶やさぬまま頷き返す。 そしてその表情を崩さぬまま、ユリアンに顔が向けられた。 「ユリアン。あとでちょっと、いいかしら。モニカ様との今後の事について、どうしても伝えておきたい事がいくつか有るの」 「は、はい!」 笑みの裏で薄っすらと細められた瞳から滲み出る燃える様な気迫に、ユリアンは思わず声を裏返らせながら返事をする。 しかしそれには気付かぬモニカは、あまり恥ずかしい事は話さないでね、などと気楽に言うばかりだ。 「ま、まぁ兎に角・・・私の方の動きも以上です。そうなると一先ず今後の動きとしては、神王教団への探り入れとなりますね」 話の筋をトーマスが戻しにかかると、ハリードがそこで口を開いた。 「ここの実権を握っているルートヴィッヒは、リブロフからこちらに移る際に神王教団と結託した。つまり、完全にグルだ。教団を崩すなら、ルートヴィッヒもどうにかしなきゃならないぜ」 「何方にしろ、決め手はまだ何もないわ。教団とルートヴィッヒに絞って、まずは情報を集めなければならなそうね」 カタリナがそう付け加えると、一同は頷いた。 「教団は、私の方で情報を集めてみます。宮廷とルートヴィッヒに関してはミューズ様とシャール様が常々情報を集めていらっしゃる様ですから、後ほど伺ってみましょう」 トーマスの言葉を〆に、この日は長旅の疲れを癒すために休む事にした。 前へ 次へ 第四章・目次