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「魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st」 公式サイト 公開間情報 東京 新宿ミラノ/渋谷東急/シネ・リーブル池袋 神奈川 109シネマズ川崎/109シネマズMM横浜 埼玉 MOVIXさいたま 栃木 MOVIX宇都宮 茨城 シネプレックス水戸 群馬 109シネマズ高崎 北海道 スガイシネプレックス札幌劇場 宮城 MOVIX仙台 愛知 109シネマズ名古屋 京都 MOVIX京都 大阪 シネ・リーブル梅田 兵庫 シネ・リーブル神戸 広島 109シネマズ広島 福岡 シネ・リーブル博多駅 ※2009年8月17日現在 ここに入ってない地域の人は、まだ時間があるから追加されるまでゆっくり待ちましょう。
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――後悔。 アギトは知っていた。 その男は嘆いている。自らの母の亡骸を抱え、燃え落ちる我が家を睨み、安否も分からぬ血を分けた弟を案じて叫ぶ。 ――哀惜。 アギトは見ていた。 抱えていた亡骸が腐り、溶け、濁った血となって彼の手から滑り落ちていく。彼の叫びはもはや悲鳴のようになった。 ――絶望。 アギトは聞いていた。 どれだけ嘆き、言葉にもならない声を吐き出しても、男の目から涙は零れない。多くのモノを失い、しかし代わりにたった一つの何かが男の内側を満たす。 ――大きな疑問。 アギトは感じていた。 偽りの無い心の底からの負の感情。それが男の中の何かを解き放ち、全身が力で満ち溢れる感覚に彼は初めて気付く。 ――戸惑い。 アギトは知っていた。 その日。運命の日。男は一つの選択をしたのだ。 ――その全てが快感であること。 その日、一人の男の中で<悪魔>が目覚めた。 先ほどまでとは違う、失ったものに対する慟哭ではない。 怒り? 哀しみ? それとも――歓喜? 含まれた感情すら察することが出来ない、この世のものとは思えない咆哮が天を突く。 吹き出す魔力と魂の叫びが噴き出し、男の体を包み込み、そして後に残ったものはもはや人間ではなく――。 『おはよう。気分はどうだい?』 『……最悪。早くここから出せ』 アギトは眼を覚ました。 覗き込むスカリエッティの顔に向かって悪態を吐く。自分にはよく分からない謎の液体に満たされたカプセルの中はお世辞にも居心地がいいとは言えない。 カプセルから飛び出すと、体の調子を確かめるように手足を動かした。 ユニゾンデバイスであるアギトには定期的な調整が必要になる。悔しいがスカリエッティの技術は一流だった。気分とは裏腹にすこぶる体調が良い。 「リフレッシュ効果もあるはずなんだがね。そんなに居心地は悪いかな?」 毎度のことながら、この調整の時間を嫌うアギトにスカリエッティは苦笑しながら尋ねた。 「研究所に居た頃を思い出して、あんまりいい気はしないよ」 「それは夢見の悪さにも影響しているのかな? バイタルに僅かだが変化があった。何か、見ていたんだろう?」 「……アイツの夢だよ」 無遠慮に尋ねてくるスカリエッティに苛つくが、噛み付くのが疲れるだけだと悟るくらいに慣れてもいた。 アギトはため息と共に答える。 「――バージルと<ユニゾン>した時に見た、彼の記憶だね」 何が面白いのか、スカリエッティはニヤニヤと笑っていた。 それを見て、ますます気分は悪くなる。ただし、こちらは純粋な生理的嫌悪感というやつだ。 アギトはスカリエッティを変態科学者だと決め付けていた。そして、それはその通りだった。 「彼の記憶か……本当に興味深い。映像化出来ないのが残念だ」 「肩代わりしてくれるなら、ぜひやって欲しいよ。アタシはそれを何度も見てるんだ。 あんなの、ただの悪夢だ。バージルは……アイツは、人間じゃない……」 苦々しく呟き、アギトは濡れた体以外の原因で来る寒気に自らの肩を抱いた。 今でも鮮明に思い出せる。脳に刻まれ、眼に焼き付いた。 あれは一人の修羅の誕生だった。 あの時、バージルが誓ったものは復讐ではない。 ただひたすら、飢えるように望んでいた――『もっと力を』 「アイツは、<悪魔>だ」 おぞましいものを語るように、アギトは吐き捨てた。 「……ふむ、随分と彼を嫌っているらしい」 「怖いんだよ。あんなヤツ、近づきたくない」 「嫌悪し、恐れ、そして忌避する。……なのに、夢にまで見るほど気にしている。なかなか複雑な乙女心だねぇ、アギト」 「……何が言いてーんだ、コラ?」 「いや、特に言いたい事はないさ。見てるだけで楽しいからね」 「燃やすぞ、このヤロー。……旦那達が来てるんだろ? アタシ、もう行くからな!」 腕を一振りすると、バリアジャケットと同じ原理で服が構成された。 スカリエッティの意図の掴めない言動は毎度のことだったし、それに付き合う義理などないのも分かっている。 アギトは不愉快そうに鼻を鳴らして飛び上がった。 「ああ、そうそう。資料室にバージルがいるから呼んできてくれないか?」 嫌がらせ以外の何物でもないスカリエッティの頼み事に、青筋を立てながら振り返る。 「通信で呼べよ!」 「彼が顎で使われるのを心底嫌うのは知ってるだろう? 直接呼びにでも行かないと、きっと無視し続けるさ」 「なら、アンタが行け!」 「いやぁ、そうしたいんだけど、前回の任務でちょっと彼に隠し事してたのがバレちゃってねぇ。少しでも機嫌を良くしておきたいのさ」 「それがなんでアタシなんだよ!?」 「いいじゃないか、彼と一番古い付き合いなんだし」 「~~~っ!」 ああ言えばこう言う。話は平行線上を辿っていた。 そしてそれは、神経を逆なでするような声と口調を相手にこれ以上会話を続ける苦痛の方が勝ったアギトが折れる形で終了する。 『首刎ねられちまえ!』と最後に悪態を吐き、アギトは文字通り飛ぶように部屋を去って行った。 薄暗いラボに、本来の静寂が戻る。 アギトが使用していたメンテナンス用の装置と、そのデータの整理に取り掛かりながら、スカリエッティは一人愉悦の笑みを浮かべた。 「……好意の反対は無関心」 謳うように独白する。 「彼の中の<悪魔>に魅せられたのか、人としての苦悩に気付いたのか、それとも……いやはや、やはり<魂>とは実に興味深い」 魔法少女リリカルなのはStylish 第十九話『Dark Side』 「18のダブル」 「楽勝」 ダンッ、と音がしてナイフが指定された場所へ突き刺さる。 久方ぶりの来客に、セインが紅茶とお茶請けのケーキを持って休憩室へ行くと、ちっちゃな姉と色黒の美人が奇妙なゲームに興じていた。 「7のトリプル」 「意地が悪いな」 ダーツボードに向けて、チンクとルシアが交互に投げ合っている。ただし、それはダーツではなくお互いの持つ武器だった。 その威力を表すように、ボードが悲鳴のような軋む音を立てて揺れる。 本来のルールではなく、互いに指す場所へ投げ合っているらしく、それぞれまだ狙いを外してはいない。 二人ともテーブルに腰掛けたまま、距離は部屋の壁から壁ほどまで離れていたが、その程度ならば全くの必中距離と言ってよかった。つまり、ただのお遊びなのだ。 「コラコラ、お姉さん方。良ければ、ダーツのルールを教えましょうか?」 苦笑しながらセインが二人に紅茶を注ぎ、お茶請けも添えていく。 「ありがとう」 「どういたしまして。ルシアさんまで来るなんて珍しいですね」 「アギトの迎えもあるから。あのメガネ女がいないのは僥倖ね」 「クア姉なら、バージルの使いっ走りしてますよ」 「またか? 気の毒に」 紅茶に口をつけながら、チンクは憐れむように呟いた。 ルシアが投げたナイフを回収し、再び席に戻ってくる。 「いい気味だわ。あの女、何かに付けてルーテシアに良くないこと吹き込もうとするのよ」 「確かに、子供の教育には絶対良くない相手ですねぇ」 「言ってやるな。あれで良い所もある」 「「どこが?」」 ルシアとセインの全くフォローしようがない異口同音の問いに対して、さすがのチンクも気まずげにカップで口元を隠すことしか出来なかった。 休憩室には他に、当のルーテシアとゼスト、そして彼女を相手にチェスに興じる無謀なウェンディがいた。 比較的人当たりの良いメンバーだ。積極的に他人と関わろうという気のない他の<姉妹>は、自然とルシア達とは疎遠になっている。 ルーテシア達の下へお茶を持っていくセインを見送りながら、チンクとルシアは再びボードに視線を戻した。 「6のシングル、内側。……バージルのことだが」 カップを片手に持ちながら、無造作にナイフを投げるルシアへ視線を向けず、独り言のようにチンクが呟く。 互いに共通する戦闘スタイルを持つせいか、彼女たちには初対面から奇妙なシンパシーがあった。今はもう友人と言っても過言ではない。 「奴をどう思う?」 「危険だわ」 ルシアもまた視線を前に向けたまま、即答した。 「<悪魔>の力か」 「私も『同じような力』を持っているけど、アイツのそれは私よりも強大よ。多分、敵わない」 「それほどか……」 「貴女達の方が良く知っていると思うけど? 何度か模擬戦もしてるんでしょう?」 「いや、最初の一回だけだ。クアットロの件以来、奴と戦う危険性は十分理解したからな」 「そうね。あの男にとっての戦いは……殺し合いしかないわ」 先にバージルと出会ったのは、ルーテシアとゼスト、そしてルシアだった。 彼女達を介してバージルはスカリエッティと出会い、ルシアも知らない秘密裏の契約を交わして、今は行動を共にしている。 それはもちろん、協力関係などという生温いものではなかった。 互いに好都合だから利用し合うだけ――その微妙な境界を図り違えた結果、事件は起こった。 研究目的を建前に面白半分でチンク達<ナンバーズ>の訓練に加わらせ、シンプルな模擬戦を行い、そしてバージルは三人の重傷者を作り出した。 戦った三人の内の二人。トーレとチンクは全快に一週間以上を要するダメージを負い、もう一人のクアットロに至っては……正直、ルーテシアが観戦していなかったのは幸運だった。 クアットロがバージルに得意の幻覚攻撃を行った後、一体何がそこまで彼の逆鱗に触れたのか、過剰とも言える殺意を以って彼はクアットロを斬り刻んだ。 四肢を切断し、命乞いをする彼女の喉をもう少しで串刺しにする所だった。 その惨劇以来、スカリエッティもナンバーズも、そしてルシア達さえもバージルへの干渉を最低限に抑えている。 ルシアは最初、バージルを見た時に『研ぎ澄まされた剣だ』と感じた。だがそれは違った。アレは『その剣を振るう飢えた獣だ』と改めた。 「敵か、それ以外――あの男が見てる世界は、おそらくそれだけしかいないわね」 「ある意味、憐れな男だな」 「その同情すら甘いわよ。アイツの目的は知れない。いつか、貴女達に刃を向けるかもしれない」 ルシアは<悪魔>に対して抱く感情と同種のものをバージルに感じていた。 ルーテシアが<悪魔>を使役する度に懸念する思いを抱いていた。 絶対に相容れない。その力がどれほど強大で、そしてそれを味方に付けることが出来たとしても、いずれはその牙が自分にも向かう。 そんな不安と恐怖を感じずにはいられないのだ。 「元より馴れ合いなど考えていない。奴は味方などではない。妹達に刃を向けるというのなら――」 チンクの投げたナイフがボードの中心に寸分のズレ無く突き刺さった。 「この姉が命に代えてでも奴を殺す」 冷徹な決意を秘め、チンクはそう断言した。 文字通り『悪魔のような男』――バージルに対する彼女達の評価は、共通してそういうものだった。 眼前のホログラムウィンドウには文字の羅列が波のように流れていた。 読書嫌いの人間から見れば、それは一種の模様のように見えたかもしれない。しかもそんな画面が複数眼前に表示されている状況は拷問のようにも思える。 しかし、バージルはそれらの文字を一語一句逃さず読み解いていた。 眼の負担を考慮されたウィンドウの放つ光量が、薄暗い資料室を延々と照らす。 「……ちっ、やはりこの程度か」 どれほどの時間、バージルはその作業を繰り返していただろうか。 ひたすら情報を得ていく内に、それが徒労に終わる予感がし始めていた。表示されている情報はいずれも彼の期待に応えるものではない。 そこには<悪魔>に関する情報が書かれていた。 「クアットロ」 「は、はいッ! なんでしょうか……?」 背後に控えていたクアットロを振り返りもせず無造作に呼び付ける。 普段の不遜な彼女の態度を知る者なら眉を顰めるような従順さで、クアットロは背筋を伸ばしてそれに応じた。 「<悪魔>に関する資料は、本当にこれだけか?」 「はい、閲覧許可されている物はそれだけかと……」 「制限が?」 「えぇと、そちらに関してはドクターが独自に収集してきたものなので、関与しておりませぇん」 引き攣った愛想笑いを浮かべ、媚びるような声色を努力して搾り出すクアットロを、バージルは無言で睨み付けた。 真剣を背筋に這わせているような寒気を感じ、慌てて弁明する。 「ほ、本当ですぅ! ドクターも研究途中で、まとまった資料なんて大してありませんわ!」 「……」 「それ以外の情報なら、あのぉ、幾らでも……すぐにでも……」 「……ウロボロス社の創立以来の経歴を出せ」 「は、はいぃ!」 すぐさま作業に取り掛かる。 スカリエッティからの命令であっても、ここまで実直で素早い行動は起こすまい。その機敏な動きは、バージルに対する恐怖に裏付けされていた。 「おい、バージルいるか?」 命令されるクアットロにとっては全く気の抜けない針のムシロのような室内へ、不意にアギトが顔を出した。 クアットロの顔が希望を見つけたように輝く。 「いるなら返事しろー、コノヤロー」 おおよそバージルに接する者の中では最も気安い態度で、アギトはやる気のなさそうに彼の眼前まで移動した。 クアットロならば視線を向けることすら腰の引ける氷の眼光を真正面から見返す。 無視を決め込んでいたバージルは不快そうに顔を背けた。 「……何だ?」 「変態科学者が呼んでっぞ。行って来い」 「ここに呼べ」 「自分で呼べよ」 「……」 「睨むなよ、芸がないな。意地になる程のことでもないだろ?」 「……ラボか?」 「おう、いつもの場所。世間話するほど命知らずじゃねーんだし、何かお前にとっても有意義な話なんじゃないの?」 死を連想させる程の圧力を滲ませる声と、気の抜けたダルそうな声が奇妙な会話を展開し、バージルが折れる形でそれは終了した。 最後のフォローが理性的な判断を促したのか、アギトを一睨みするだけで済ませて、そのまま無言で部屋を去って行く。 「……バージル」 「何だ?」 「素直じゃん。何かあったのか?」 アギトにとっては純粋な質問だったが、肩越しに振り返ったバージルは的外れな馬鹿を見るような蔑んだ視線を一瞬向け、何も応えずにドアを潜った。 「なんだよー、相変わらず愛想ないなー」 アギトは拗ねたように口を尖らせた。 「けど、本当にアイツ何があったんだ? 随分丸くなってたけど」 「……声をかけただけで斬りかかって来そうな雰囲気が、丸い? どうかしてるんじゃないのぉ?」 クアットロは信じられないといった眼でアギトを見つめた。 「ちょっと前のバージルだったら、本当にそんな感じだったよ。でも実際、今はそうならなかった。 なんかさ、人の話を聞く余裕が出来てるっていうか、これまであった焦りみたいなものがなくなってると思う」 「そんな違いなんて、私には欠片も分からないんだけど……。 そういえば、前回の任務で珍しく協力してくれてたわねぇ。ドクターは『探し物が見つかったから』って言ってたけど」 「探し物かぁ……だから焦ってたのかな」 「……アギトちゃん。駄目よ、あの男は」 バージルがいなくなり、本来の調子を取り戻したクアットロだったが、おそらく自分でも気付いていないだろう感情の滲み出るアギトの横顔を見て、らしくもない助言が口から出ていた。 アギトはバージルを良くも悪くも意識している。 それは、おそらく唯一バージルに対してあれほど気安く接することが出来る彼女の言動を見ていれば容易く推察出来た。 本人も気付かぬその心情をからかって弄り回したい生来の衝動をクアットロは珍しく抑えている。 度々こうして助けてくれるアギトに一抹の恩を感じているのもあるが、それ以上に彼女ですら感じるバージルへの懸念が無意識に忠告を紡ぎ出していた。 「あの男は、自ら<悪魔>に近づこうとしている男よ。放っておけば、勝手に自滅するわ」 何を妙な勘違いしてるんだ? といった訝しげな視線を向けるアギトに、真剣な表情で告げる。 「一度ユニゾンしたから親身に感じるのかもしれないけれど、あまり深く関わらない方がいいわ」 「……少し、言いすぎじゃねーの? それはお前がアイツのこと嫌いだからだろ?」 「ええ、初対面でダルマにされたのよ? あの時ほど恐怖を感じたことは無いわ。 まるで<悪魔>だった。アレ以来、何度も後ろから刺してやろうと思ったけど、その度に次の瞬間殺される自分が頭に浮かんで足が竦むのよ。 この理屈では覆せない恐怖が、多分<悪魔>に対して感じる共通の感覚なのね……」 普段の胡散臭い詐欺師のような喋り方は鳴りを潜め、独白するように語るクアットロの虚ろな表情は、彼女の本心を感じさせた。 「あの模擬戦の時、私のISはまだ当時不完全だったから知覚系に干渉する催眠に似た方法だったの。 どんな幻影を見たのかは私にも分からないわ。けれど、深層心理に働きかけて、トラウマに関わるものを見たはず。 普通の人間なら動揺して、混乱して、そして恐怖するわ。なのに、あの男は斬った。一瞬も臆さずに、むしろ怒りや殺意を滾らせて、斬れないはずのモノを斬った――恐ろしい男よ」 吐き捨てたクアットロの言葉に、アギトは同意した。 確かに、頑なに人間である部分を切り捨てようとするあの男の意志は不気味を通り越して異常に思えるかもしれない。バージルは自らそれを望んでいるのだ。 しかし、アギトは気付かぬ内にこうも思った。 少しだけ――可哀想だな、と。 スカリエッティは大抵自らのラボに篭っている。 バージルがそこを訪れれば、中は相変わらず薄暗い闇とそれを照らす機器の灯が満ちていた。 暗闇が部屋の境を曖昧にし、何処までも床が続き、何処にも壁が無い不気味な空間だと錯覚させる。このような空間をスカリエッティが好むようになったのは何時からか。 ――闇には<悪魔>が潜む。 おそらく、それを知った時からだった。 「バージルかい? すまないが、奥まで来てくれ。少し手が離せない」 別の部屋に繋がるドアから聞こえた声に、バージルは不快感を表しながらも黙って従った。 ドアを潜ると、その前の部屋とは全く異なる異空間が広がる。 生々しい標本が浮く水槽が柱のように何本も立ち並び、機器の光がその中身を淡く照らし出していた。 腹を切り開かれた角のある猿。人間の赤ん坊に似た蛙。体毛と目のない犬。まともな生態系のモノはひとつも無い。 棚に陳列された様々な骨格標本も、頭蓋に角が生えていたり、異常に骨格が小さかったりしている。 どれもこれも生物を研究した物ではなかった。全て<悪魔>だ。 この場所に科学の面影は無く、黒魔術か何かの研究部屋としか思えなかった。 そんな異界の一角で、スカリエッティはデスクに腰掛けて本を読んでいた。文字通り紙とインクで構成された本である。 「……<悪魔>に関する新しい資料を手に入れてね。しかも、幸運にもコピーではなく原本が手に入ったのだよ」 呼びつけたバージルを一瞥もせず、文字をなぞりながら頼んでもいない説明をする。 バージルはそれを無言で流した。スカリエッティの無駄なお喋りに付き合うつもりはない。 「資料室では何を探していたのかな? 君も知らない<悪魔>の情報か? 例えば、この本はどうだろう――愛に目覚めた<悪魔>が人間の女と交わり、双子の兄弟を産み落とすという話だ」 その言葉に、無視を貫いていたバージルの意識が始めて揺れた。 「まだ最後まで解読していないが、この結末はどういうものなのだろう? 生まれた双子は、果たして人間なのだろうか? それとも――」 「何が言いたい?」 バージルの殺気がスカリエッティの全身を貫いた。 彼がどんな反応を見せるのか、好奇心を抑えられず口にしていた戯言が意思とは関係なく止まる。 これ以上余計なことを喋れば、彼は自分を殺すだろう。 確信と恐怖があった。この感覚は覚えがある。そう、丁度あのダンテのような――。 「……やはり、兄弟か。そっくりだよ、その力、その恐怖」 「俺の父は<悪魔> 母は人間だ。――それで? 貴様の遊びに付き合っている暇は無い。話を進めるのか、俺に殺されるのか。早く選べ」 僅かな動揺さえ伺えない、無感情で淡々とした口調の中に有無を言わせぬ迫力が秘められている。 命の危険を感じながら、スカリエッティは恐怖と同じくらい感動を抱いていた。 バージルと組するようになって長いが、今初めてまともなコミュニケーションを取れた気がした。実に数年を経て、彼は初めて他者に意識を向けたのだ。 これで、目の前の存在をもっと知ることが出来る。 <悪魔>と人間のハーフという、奇跡のような存在を。 「話を進めよう。実は、君の弟のダンテ君が<この世界>にいることが分かった」 「話を進めろ、と言ったが?」 バージルは回りくどい言い方を戒めるように、視線をスカリエッティに突き刺した。 「貴様が意図してダンテの存在を隠していたことは知っている」 「形だけの謝罪は必要なさそうだね。では、彼の現在の所在は分かっているのかな?」 「……何処にいる?」 「ミッドチルダ中央区画湾岸地区。管理局の機動六課という部隊で、対<悪魔>用の協力者として居るようだ」 聞き終えると同時に、バージルは踵を返した。そのまま外へ向かう。 「待ちたまえ」 間違いなくダンテの元へ向かおうとしているバージルをスカリエッティが呼び止めた。 全く以って無視すべき呼びかけではあったが、『この世界の情報』という点に置いて大きなアドバンテージを持つ相手の言葉に思わず足が止まってしまう。 「貴様の命令を聞く利など、俺には無い」 躊躇する自分に対して、内心で舌打ちしながらバージルは告げる。 「困るのだよ、勝手に死なれては」 「貴様がダンテを使って何を企んでいるかは知らんが……」 「いや、君がだ」 その言葉に、今度こそバージルは完全に足を止めた。 振り返り、向き直る。スカリエッティの浮かべる笑みが嘲笑に見えた。 初めて心が苛立ちでざわめき立つ。 「……俺が奴に負けると?」 「勝てるとでも思っているのかね? 全て<あの時>と同じ焼き回しじゃないか」 バージルは更なる動揺を苦心して表情に出さないよう押さえ込まねばならなかった。 胸中には疑問が渦巻いている。 スカリエッティと出会い、数年。協力関係とも言えない酷薄な立場を互いに維持してきた。奴は自分の過去を何も知らないはずだ。 だが、奴は今ここで自分の出生を語り、更にそれ以上の事を知る素振りも見せている。 先ほどはこれ見よがしに本を指して見せたが、それが嘘であることは明白だ。自分は数百年も前に生まれたわけではない。 唯一心当たりのある、かつての曖昧な記憶の中で、自分の深い部分に触れた感覚を覚えている赤い小さな影を思い出してバージルは苦々しげに舌打ちした。 「おそらく君と君の弟が<この世界>に来る事になった原因だよ、バージル。 君は<魔界>の扉を開こうとして、失敗した。父親の遺産である<力>を手に入れようとして、奪われた。君の弟、ダンテによって。 同じ血統を持ちながら、君は君の半身に負けたのだよ。ダンテを選んだのだ、君が乗り越えようとしている<悪魔>は、父は――!」 ゆっくりと歩み寄るバージルを前にして、死が近づいてくる感覚を味わいながらも喋り続けていたスカリエッティは、抜き放たれた白刃についに言葉を遮られた。 顔の数センチ先に剣先がピタリと止まっている。 「……君の父上は偉大だ。名前を口にすることすら憚られる」 「黙れ」 「意地悪が過ぎたな、許してくれ。だが、言葉を撤回するつもりは無い」 バージルが殺気を強めても、スカリエッティはもう臆さなかった。 突きつけられた刃に手を添え、刃先に親指を這わせる。ぐっと押し込めば、鋭利な刃が皮膚を深く切り裂いて血が流れた。 その瞬間にも、彼の笑みは揺るぎもしなかった。 「君は負ける」 一歩、前に進む。それに合わせて指が刃の上を走り、更に傷が深くなるが気にも留めない。 「何度でも言おう。今戦えば、君はダンテに負ける。賭けてもいい」 「貴様は、奴の味方か?」 「そうじゃない。ただ事実を言っている。 7年前、この世界へ落ちて来た時から君は何も進歩していない。確かに力はより強大になったが、それはダンテも同じだ。 君は何も変わっていない。考え方も、これからやろうとしていることも――全て同じだ。だから結果も同じになる。以前の勝敗が運によって決定されたなどと考えているのかい?」 顔を付き合わせる距離で、スカリエッティはようやく止まった。 バージルの氷のような眼光にも負けない、混沌とした狂気の瞳が真正面に居座り、動かなかった。 単なる人の身で<悪魔>の力を前にして不退転となる――ただその姿だけを見れば、あまりに気高い姿であった。 視線を交え、僅かな沈黙の後、バージルはおもむろに血糊を振り落として刀を仕舞った。 「……何が言いたい?」 バージルの瞳に篭っていた感情の熱が引くのを察して、スカリエッティは満足そうに頷いた。 「君には足りないものがある。ダンテにあって、君に無いもの――それは<人間の力>だ」 「くだらん精神論は……」 「いや、違う。私は全く科学的な話をしている」 スカリエッティは促すように部屋を見回した。 彼の奇怪な研究成果の数々が所狭しと並べられ、その光景だけであらゆるものが呪われそうな雰囲気に満ちていた。 「見たまえ。<悪魔>の存在を知って以来、私はこの未知の存在の研究に明け暮れてきたが、まるで底が見えない。 その存在を固着させる為に生物に憑依させる段階までは進んだ。だが、どれも失敗だ。大抵は悪魔がその媒体となる肉体を完全に乗っ取る。片方の力が片方を飲み込んでしまう。 ――だが、君達は違う。一つの肉体に相反する二つの魂が同居している。君達はまさに<魔人>だ。存在そのものが、既に<悪魔>を超越しているんだ!」 興奮気味に語るスカリエッティは、バージルをここに呼んだ本来の用件も忘れて熱弁していた。 バージルはただ黙っていた。 目の前の男が語る内容に、確かに思うところもある。自らの出生を改めて見つめ直す必要もあるかもしれない。 しかし、それ以上に目の前の男の不気味さに、バージルは初めて人間を相手取って動揺するという経験を僅かながらもしていた。 <悪魔>に魅せられた人間でありながら、人間の力の素晴らしさも説く。 恐れながらも興味を抱き、近づき、調べ、感情のままに弄り、そして悦ぶ――ある意味子供のように純粋だった。だからこそ不気味なのだ。 「バージル、君の人間としての半身は決して劣った部分ではない。君はもっと自分に与えられた<力>を有効に使うべきだ。そうすれば、君はダンテに勝てる」 ――もっとも、その時は既に君にとってダンテが敵ではなくなっているかもしれないが。 自分がバージルからも変人扱いされているなどと露も知らず、スカリエッティは自身の推測に一人にやついていた。 「……さあ、話が長くなってしまったね。 君を呼んだ用件だが、簡単だ。次から<作戦>に参加して欲しい。ダンテと対峙するお膳立てもするし、必ず君にとってプラスとなる。どうかね?」 答えが分かっていながら、スカリエッティは尋ねた。 否ならば、既に自分は斬り殺されている。 スカリエッティのペースに嵌り、彼の話を聞き入ってしまったバージルが下す判断など決まっていた。 「……いいだろう」 目の前の癇に障る存在を、真っ二つに切り裂くことは容易い。だが、困難な道こそ得られるものは大きい筈だ。 再びこの手に父の力を手にする為には、多くの障害が残っている。 運命のように立ち塞がるダンテ、アリウスという謎の魔導師、そして目の前の狂った科学者も――。 バージルは自らを納得させると、今度こそ踵を返して部屋を後にした。 「ああ、そうそう。君の過去についてなんだがね、大体察しているとおりアギトを経由して知ったよ」 その背中に向けて、悪戯っぽく告げる。 「だが、彼女を責めないでくれ。メンテナンスの度に記憶を読まれていることは知らないんだ」 悪趣味な上にジョークのセンスは欠片も無い。 無意識に感じた不快感から肩越しに睨みつけ、そんな自分の衝動的な行動に舌打ちするとバージルは部屋を立ち去った。 残されたスカリエッティは興味深そうにその後ろ姿を見送る。 不意に、部屋の片隅の暗闇から足音も無くウーノが姿を現した。 「あまり、あの男を挑発するのもどうかと思いますが」 姿を隠していたわけではないが、二人の会話に割り込む必要性も感じなかった為今まで黙っていた。 しかし、一連のやりとりでは思わず飛び出しそうになった場面も多々あったのだ。ウーノは内心肝を冷やしていた。 目の前の主は、理性的な普段から一転して時折信じられないほど愚かなことをする。 「何、ただ要求を突き付けても彼は協力してくれない。必要な交渉技術だよ」 「半分以上、楽しんでいるだけのようにも見えましたが?」 「ははっ、それもある。本当に、彼ら双子は興味深い。話すだけでも退屈しないさ」 何百という人間を含めた実験体を退屈そうに切り刻む一面を見せたかと思えば、未知の存在との対話をおっかなびっくり楽しむ。 ウーノにとって、ジェイル=スカリエッティは創造主ということを差し引いても全く計り知れない存在だった。 「あの男に大分入れ込んでいるようですね。私は、彼をアリウスにぶつけるつもりだと思っていましたが」 「最初はそう考えていた。しかし、ダンテと会って気が変わったよ。 彼を駒として扱うのは惜しい。彼らの人生は観察すべきだ。一体どんな結末を見せてくれるのか……」 彼の心境は、映画の予告を見て本編を楽しみにする期待感に似ていた。 脇に抱えていた本をウーノに差し出す。そこに書かれている内容は、もちろんバージル達の出生に関してではない。 「かの有名な<魔界>と共に封じられた<魔帝>の物語とは違う、もう一つの封印された<覇王>について綴られた本だ。 まだ完全に読み解けてはいないが……アリウスの狙いが見えてきた。以前襲撃したオークションの出品リストを用意しておいてくれたまえ」 「畏まりました」 「そろそろ反抗の準備を始めるとしよう」 スカリエッティは闇を睨みつけ、自分達を見下ろす敵の姿を幻視する。 「――<人間の力>を見せてやろう、偉大なる<悪魔>諸君」 血の滴る拳を突き出し、狂気の科学者は不敵な宣戦布告を闇に発した。 「……」 それをしばし、黙って見守るウーノ。 「ドクター」 「何かね?」 「そろそろ出血が悪化しますが」 「あ、うん」 淡々と指摘され、バージルの刀で斬った指を握り込んでいた手を開いた。 「……なんか、痛い」 「それはそうです。傷が広がります」 「この血の勢いは、ちょっと危険じゃないかね?」 「いいから手を出して下さい」 「ジンジンするし」 「思ったよりも深いです。とりあえず止血だけしておきますね」 「すごい、痛いし!」 「痛いのが嫌なら、考えも無しに指を切るとかしないでください」 今にも泣き喚きそうなスカリエッティの情けない顔に対して、ウーノは淡々と叱り付けた。瞳には呆れたような色が見えなくも無い。 「だって、そうでもしないと雰囲気に呑まれそうだったんだから仕方ないじゃないか! 気が抜けたら急に痛みがぶり返してきたのだよ!」 「逆ギレしないでください。……本当に、普段はてんで意気地がないんだから」 バージルと対峙していた時の姿など面影すらない。子供のような悪態を聞き流しながら、手早く応急処置を行っていく。 スカリエッティを医療室へ運びながら、ウーノは小さくため息を吐いた。 本当に、我が主は計り知れない――。 「――はい。もう起き上がっても結構ですよー」 シャマルに促され、スキャン台に寝転がっていたダンテはため息と共に起き上がった。 「やれやれ、美人の女医さんに誘われたから、もっと色気のある検査を期待してたんだがな」 「なんなら、今からお注射でもしましょうか?」 「いいね、そっちの方が夢がある」 半裸のダンテを相手に大人のジョークを交わしながら微笑むシャマルの仕草は、落ち着いた女の色気を感じさせた。 得体の知れない機器と白一色に満ちた部屋だが、彼女の存在が彩を与えている。 身体検査など退屈極まりないものだったが、ダンテは悪くない気分だった。 「それで、俺の体はどうだった? ティアは俺の食生活が破綻しきってるって言うんだが、異常でもあったか? 糖が出てたとか、腹が出てたとか……」 上着を羽織ながら、茶化すように尋ねる。 もちろん検査をするまでもなく、引き締まった屈強な彼の体つきは不健康などという言葉とは全く疎遠だった。 「健康そのものですよ。同じ年代の成人男性と比較しても、水準を遥かに上回る健康状態です。内臓、血液、骨格まで――」 そこまで明るく告げ、不意にシャマルは笑みを消した。 モニターから目を離し、真剣な視線でダンテを見据える。 「何処も異常はありません。アナタの肉体は、多少身体能力が高くても、人間と全く同じです」 シャマルは当たり前のことを、一語一句確かめるように口にした。 「ダンテさんが、はやてちゃん達に話した色々なことを全て聞き及んではいません。 ただ一つ、アナタが『人間と悪魔の混血である』という話……。正直、信じられません。本当に体には異常は無いんです。DNAも人間の物です」 「そいつは安心した。血が赤いのは知ってたが、ひょっとしたら心臓が二個あったりするんじゃないかって悩む時もあったからな。これからは胸を張って暮らせるよ」 「茶化さないでください、真面目な話なんですよ!」 「こいつは失礼。それで、何が問題なんだ? 信じられないっていうならそれでいいさ。別に絶対に信じてもらう必要があるほど重要な内容じゃない」 ダンテは気楽にそう言った。 自分が人間ではないという事実を、こうまで軽く扱える彼の神経を疑ってしまうが、同時にダンテらしいとも思う。 その開き直りにも似た考えに至るまで、一体どういう経緯があったかは分からないが、大きな苦悩があったことは間違いない。 似たような例を自分の身近でも知っているだけに尚更だ。 それを経て、今のダンテが在ることこそ彼の精神的な強さを表している。シャマルは目の前の男のそういう部分に魅力を感じていた。 彼が気にしないというのなら、気にしなくていいのだろう。 この結果を報告して上司がどう考えるかは知らないが、少なくともシャマルはそういう結論で落ち着いた。 「ダンテさんに関しては、問題はないんです」 しかし、この検査結果が、また別の問題を浮き彫りにしていた。 ある意味、こちらが今回ダンテを呼んだ本題だった。 「問題は――ティアナなんです」 「ティアが?」 「以前の模擬戦から、少々疑問を感じてまして、こっそり検査させてもらいました。彼女は異常に成長しています」 「スリーサイズがか?」 「いえ、全体の能力値です」 今度はシャマルも冗談に付き合わなかった。 ダンテの表情が普段の気安さから戦闘のような真剣さを帯びてきたのを確認して、話を続ける。 「あの模擬戦、本来なら決して在り得ない結果だったんです。 幾ら毎日訓練してるとは言っても、ティアナの身体能力はあの年頃の平均から見ても発達速度が遥かに早い。リンカーコアの成長、魔力量の増大に関してはより顕著です。 間単に言えば――『強くなりすぎている』 明らかに外的要因が携わっているでしょう」 「……危険なのか?」 「それが判断出来ないから問題なんです。 検査の結果、ティアナの体で異常が見られたのは、その向上した能力値だけでした。他は健康体です。もちろん、人間の範疇で」 そこまで語り終え、シャマルは大きく息を吐きながら脱力してイスに凭れ掛かった。 「でも、明らかにおかしい」 シャマルは断言した。 耳を傾け続けるダンテの目元はまだ力が抜けていない。 「何か心当たりはありませんか? これまで他のメンバーと一緒に訓練も任務もこなして来て、ティアナだけがおかしい――多分<悪魔>が関係しているんだと思うんです」 「ああ……」 ダンテは僅かに迷う素振りを見せ、眼を逸らさず自分を見つめ続けるシャマルの真剣な視線に根負けしたかのように苦笑を浮かべた。 「<悪魔>がくたばった時に残す赤い石を知ってるか?」 「はい、<悪魔>に対して判明している数少ない情報です。<レッドオーブ>と呼ばれてますが」 「<レッドオーブ>か……いいね、俺もそう呼ばせてもらおう。 その<レッドオーブ>は、<悪魔>の血肉みたいなもんだ。そいつを体に吸収して蓄積すれば、同じように少しずつ力が手に入る」 あっさりと告げられた新事実に、シャマルは眼を丸くすることしか出来なかった。 あの謎の石に関しては、発見されてから数年、解析も進まず、全く新しい情報が得られなかったのだ。 驚愕に固まるシャマルを尻目に、ダンテは何でもない雑学を披露するように話を続けていく。 「理屈は分からない、が。俺自身、<悪魔>と戦い続けて分かったことだ。 <レッドオーブ>には力を強化する効果があるらしい。あるいは、死んだ<悪魔>の力を吸収する形になるのかも……」 「……それは、安全なものなんですか?」 <悪魔>の血肉を自らの体に取り込み、力にする――あまり体に良さそうなイメージではない。 深刻なシャマルの問いに、ダンテは肩を竦めた。 「さあな。こいつは『俺の』経験談だ。今のところ俺は恩恵しか与ってないが……『普通の人間』なら違うのかもしれないぜ?」 「……問題が最初に戻ってしまいましたね」 <悪魔>の力――その詳細はもはやミッドチルダの技術を以ってしても解析出来ないことが、ダンテを調べることで判明してしまった。 例えティアナの体に異変が起こっていたとしても、それをデータ化出来ない以上シャマルの懸念の域を出ない。 確信はあるのに確証はなく、それがより不安を大きくしていた。 「ああ、しかし危険性が高いのは確かだ。<悪魔>の力なんて、人間が持つもんじゃない」 <悪魔>の血肉を取り込み、力に変えて戦う。それを繰り返す――。 こんな戦い方を続けたとして、その行き着く果てにはどんな結末がティアナを待っているのだろうか? 不安を感じずにはいられない。 「ティアナはこの事を?」 シャマルの問いに、ダンテは頷いた。 「薄々察してるだろうな。アイツは昔から俺に付いて<悪魔>と戦ってきた経験もある」 「分かっていて、それでも力を欲しているんですね」 「あのじゃじゃ馬のことだ、覚悟の上だろうよ。忠告しても無駄だと思うぜ」 「この事は、はやてちゃんと……」 「ああ、ナノハにだけ伝えておいてくれ」 結局、この情報をむやみに広めないという消極的な結論で落ち着いた。 ティアナを放置しておくことは出来ないが、止めることも出来ない。確証が無い以上、命令で強制も出来ない。 何もかも曖昧な状態でダンテに決断出来ることは、あの模擬戦以来頑ななティアナと新しい関係を築いて見せたなのはに何らかの期待を抱くことだけだった。 まったく、役立たずな自分に腹が立つ。内心の苛立ちを腹に押し込んで、ダンテは天井を仰いだ。 ティアナにバージル、母、そして父――。 「家族の問題ってのは、いつでも手に余るもんだぜ……」 それでも立ち向かわなければならない。これまでそうしてきたように。 視線を元の位置まで降ろせば、ダンテの愚痴に気を悪くした風も無く、シャマルが微笑を浮かべていた。 文字通り人間離れした雰囲気を感じさせるのに、抱えているものがあまりに人間臭く、それがむしろ好ましい。 格好悪いところを見られたもんだ、と苦笑を浮かべるダンテの声と合わさって、部屋には二人の笑い声が束の間響いていた。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《剣》閻魔刀 バージルの愛用する剣。父から譲り受けたもの。『ヤマト』と読む。 日本刀に酷似した形状を持つが、その特性は一線を画している。 通常の日本刀に比べて幾分幅が広く、長い刀身だが、明らかに質量で勝るリベリオンとの激突にも耐えるほどの頑強さを誇る。 それでいて切れ味は非常に鋭利。バージル自身の技術も相まって、凄まじい剣速で斬られた対象のダメージが表面化するまで数瞬を要することも。 また、バージルは刀と鞘を一対として扱い、抜刀術の他にも鞘を用いた打撃技を組み合わせた戦闘を得意とする。 『人と魔を分ける力』を持ち、自我を宿しているともされているが、それが剣の特性に影響しているかは不明。 バージル自身の力の特性を完全に発現させ、その斬撃は次元さえも切り裂くことが出来る。 更に、この刀には武器以外にももう一つの役割が与えられているらしいが、その詳細は完全に不明である。 前へ目次へ次へ
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SECRET AMBITION (音楽) SECRET AMBITION (画像) 作詞:水樹奈々 作曲:志倉千代丸 編曲:藤間仁 (Elements Garden) 歌:水樹奈々 魔法少女リリカルなのはのStrikerSの前期オープニング (1~17話) MASSIVE WONDERS (音楽) MASSIVE WONDERS (画像) 作詞:水樹奈々、作曲・編曲:矢吹俊郎 魔法少女リリカルなのはのStrikerSの後期オープニング (18~26話) 星空のSpica(音楽) 星空のSpica(画像) 作詞:椎名可憐、作曲・編曲:太田雅友 魔法少女リリカルなのはのStrikerSの前期エンディング Beautiful Amulet(音楽) Beautiful Amulet(画像) 作詞:椎名可憐、作曲・編曲:太田雅友 魔法少女リリカルなのはStrikerS 後期エンディング 空色の約束(音楽) 作詞:都築真紀 作曲・編曲:佐野広明 歌:斎藤千和 挿入歌(第8話) pray(音楽) pray(画像) 作詞:Hibiki 作曲・編曲:上松範康 (Elements Garden) 歌:水樹奈々 挿入歌(第24話) 魔法少女リリカルなのはの音楽は?へ戻る
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ティアナ、アンタの『誤射』の件もアリウス氏は穏便に済ませてくれるそうや」 ホテル<アグスタ>の襲撃事件から既に丸二日が経とうとしていたが、ティアナが部隊長室に呼ばれたのはこれが初めてのことだった。 ティアナが民間人を――しかも管理局にも尋常ではないほどの影響力を持った人物を撃った事実は、既にはやての元へ報告されたが処罰は先送りされていた。 あまりに予想外の事がこの一件で起こりすぎていた為だった。 謎の襲撃事件が多くの資産家を巻き込んだことで事件は一気に深刻化し、その最中でこれまでの記録でも一線を画す<アンノウン>が出現。Bランク魔導師二人を戦闘不能にした。 加えて一般警備員に死者と、空戦AAA+魔導師のヴィータ三等空尉が重傷を負い、機動六課スターズ分隊は実質壊滅寸前にまで追い込まれた――。 事件としても一大事であり、現場に当たった機動六課にとっては部隊の存続すら揺るがす状況だった。 そして現在、ヴィータ三等空尉の容態も安定し、危うい方向へ傾いていた天秤が元に戻り始めている。 傷が回復したばかりのティアナと上司のなのはが今更ながらに呼び出された背景はそれだ。 直立不動で総部隊長の言葉を待つ二人を、はやては普段の気安さを潜めた厳格な表情で一瞥する。 「……まあ、実際。当時現場には得体の知れん化け物が徘徊しとったわけやし、脱出を急いで無断で外に出た非も向こうは認めとる。混戦の中で誤射も止むを得ず……」 「誤射ではありません。自分は明確な意思と認識を持って撃ちました」 はやての説明を遮り、ティアナがハッキリと告げた。 傍らのなのはがティアナに制止の視線を送るが、それを分かっているのかいないのか、前だけを見据え続ける。 沈黙が走り、二人の視線が交差し合った。 「……実際、直後に強力な<アンノウン>が出現し、スターズ分隊はこれと交戦することでアリウス氏も無事……」 「敵が出現したのは撃った後です。それに、アレの出現は偶然ではありません。アリウスの仕業です。6年前の事件でも奴は……」 「ランスター二等陸士」 どこか呆れを含んだ声色ではやてが吐き捨て、静かな視線を向けると、その気だるい仕草からは想像も出来ないような圧力を感じてティアナは思わず黙り込んだ。 「少し黙れ」 ティアナと、なのはさえも僅かに息を呑んだ。はやての傍らに立つグリフィスだけが銅像のように一貫した態度と沈黙を貫いている。 今、この瞬間二人の前に立つのは間違いなく機動六課総部隊長八神はやてであり、たった四年で二等陸佐まで上り詰めた実績を持つ冷徹冷静な上司だった。 「ランスター二等陸士の話が全て本当だったとして――で、それが何や?」 はやては現実の厳しさを突きつけるように問う。 「その生態すら僅かにも知れない正体不明の敵との繋がりがアリウス氏にあるとして、それを証明する術は? そもそもそれを暴く権限が一介の管理局員にあると思うんか?」 「……ウロボロス社からの圧力があったんですか?」 「あったとして、だからそれが何なんや? 状況証拠も無しに民間人を、管理局員が自らの意思で撃った事態が明らかになって、その責任を自分一人で負い切れると思っとるんか。自惚れるな」 「はやてちゃん、もう少し言い方が……」 「高町一等空尉。私語は控えろ」 「……はっ」 気まずさを通り越して、軋んだ空気が部隊長室に漂い始める。 ティアナの事務的な態度に隠れた挑発的な言動に対して、はやてはあくまで厳格な上司として応じ、その狭間でなのはは沈黙するしかない。 親友とはいえ、互いに管理局で仕事に就く中でその関係が馴れ合いだけで成り立っているわけではないことをなのはも十分理解していた。 「……ティアナ、何故撃った?」 ほんの少し険の取れた声で、はやては純粋な疑問を口にした。 「私の経歴は、既に調べられていると思いますが」 「6年前の事件のことか。なら言い方を変えるけど――何故撃てた? 後先考えない復讐心だけで撃てるほど、アンタの心構えは脆いものなんか?」 ティアナは沈黙を貫いた。 実際に教導を行い、接しているなのはほどではないが、スターズ分隊のメンバーとしてティアナを選んだのははやてだ。 ティアナには正義に向かう意志が確かにあった。はやてはそれを直接眼で見ている。 単なる復讐者として生きるのならば、管理局に入る必要などない。 ティアナは人を守る生き方を選んだ。 その尊い事実が、どれほど暴走してもティアナの根底に残っていることを察したはやては、だからこそ彼女を庇うのだ。 一向に答えようとしないティアナの様子に、この問題は自分が解決するものではないと悟ると、何処か寂しげに眼を伏せてはやてはため息混じりに結論を告げた。 「……今回の件は『誤射』で片をつける。これは決定や。従え」 「……はい」 「処罰は追って知らせる。減俸か、誤射及び緊張状態でのトリガーミスに対する矯正訓練の徹底は覚悟せえ。謹慎させるほど暇も人手も余ってないんでな」 「分かりました」 「よし、下がれ」 敬礼し、ティアナは退室した。その態度と仕草だけは従順で完璧な対応だった。しかし、内心がどうなっているかは全く予想できない。 はやては憂鬱なため息を吐き、更にもう一つ目の前にぶら下がる悩みの種に視線を向けた。 「っちゅーわけで、今回の『事故』の責任は上司であるなのは隊長が主に負うことになる。……本当によかったんか? ティアナに教えんで」 「うん。ティアナには、気にして欲しくないから」 「独断行動の抑制と立場の自覚の為にも釘刺した方がええんやけどな。 あまり今回のティアナの行動を楽観的に解釈せん方がええよ。そら、何か事情はあるやろ。でも事情があれば何でもしてええというワケやない」 「……そうだね」 覇気の感じられないなのはの受け答えに、はやては更に頭を悩ませるしかなかった。 ティアナの暴走の報告を聞いて、一番ショックを受けているのはなのはだ。おそらく、彼女が最も想定していなかった事態だからだろう。 普段のティアナを考えれば、何らかの重大な事情があるのは確かだ。それを分かってやれなかったことで、なのはは自分を責めている。 はやてが親友として知る、なのはの欠点だった。 何もかも自分だけで抱えようとする。そして、他人ではなく自分を戒める優しさも。 「……なのはちゃん、ティアナはこれまで教えてきた子らとは違うよ」 はやては友人としての優しさと厳しさを持って告げた。 「優しく接すれば応えてくれる相手やない。 ティアナのいろいろなことに対する覚悟は相当なもんや。あの娘には漠然とした正義に従うだけやない、明確な意志がある」 それは、見慣れたものだからこそ分かるものだった。 なのはやフェイト、そしてはやて自身にも宿る、幾つもの大きな戦いと経験で失ったモノから受け継いできた<魂>だ。 経験の薄いルーキー達の中に在って、ティアナはそれを既に持ち得ていた。 そこに至る経緯に何があったのか。 少なくとも、出会って半年も経たない仲で理解できるほど容易いものではないと、なのは自身も理解していた。 自分の親友二人が背負うものを、この10年来の付き合いの中でも完全に理解しきれないのと同じように。 「曲げられない意志を持つ相手に、言葉だけで通じなければどうすればええか……なのはちゃんは知ってると思うけどな」 「……もう、子供の頃とは違うよ」 「そうか? 『たいせつなこと』は今も昔も変わらんもんや。人が理解し合うのに、気持ちをぶつけるのは必要やと思うけどな」 「……」 「一度、思いっきりぶつかった方がスッキリするんと違う? 模擬戦でも組んで」 ティアナの場合を再現するように、実感の篭ったはやての言葉に対して黙り込むなのは。 スターズ分隊は予想以上の問題を抱えているらしい。 憂鬱なため息の絶えない部隊長だった。 「まあ、その辺はベテランの教導官殿に任せるけどな。素人の意見や……下がってええよ」 「……失礼します」 一礼し、なのはも部隊長室を去って行った。 二人の居なくなった室内。閉ざされたドアの先をぼんやりと眺めるはやてと、これまで微動だにしていないグリフィスだけが残される。 「……あーもー! なぁーにぃーこぉーれぇー!?」 緊迫した空気から解放され、タガが外れたようにはやては頭を抱えてデスクに倒れ込んだ。 「二回! 出撃したの、これでたったの二回やで!? なのにもう問題が山積みや! 布団と違うんやから、なんでこう叩けば叩くほど埃出てくるかなぁ。うちの部隊ってそんなに問題あった?」 今にも床でのた打ち回りそうなほど苦悩全開なはやての傍らで、グリフィスは淡々とコーヒーの準備をし始めた。 「あんなギスギスフィーリング、私のキャラやないのに……。少数精鋭ってもっとアレやん、身軽に飛び回ってクールでスタイリッシュに事件を解決っていうイメージやろ? 何で一回動くごとにエンスト起こしとんねん」 ダラダラと文句を垂れ流す中、コポコポとお湯を注ぐ音だけがはやてに応える。 はやてはのんびりとしたグリフィスの仕草を恨めしげに睨み付けた。 「……ちょっと、グリフィス君! 聞いとる!?」 「ミルク入れますか?」 「砂糖もたっぷり入れて!」 「では、コーヒーブレイクです。落ち着きますよ」 本職のウェイター顔負けの流れるような動きでコーヒーカップを差し出し、グリフィスはスマイルを浮かべて見せた。 あっさりと毒気を抜かれたはやては、その笑顔を卑怯だと心の中でぼやく。 なんだか自分のあしらい方を十分に心得られているような気がしてならない。 拗ねたアヒル口で、コーヒーを啜る音だけがしばし部隊長室を支配する。 「……実際、機動六課自体にそう問題はないと思います。外的要因がほとんどかと」 カップの半分も中身を飲み終えたところで、計ったかのようにグリフィスが言葉を口にした。 「外因って?」 「例の<アンノウン>ですね。いずれの出撃も、アレらの乱入によって事態が悪化しています」 「……まあ、確かにティアナの問題にしてもアレが関わっとるみたいやしね」 はやてはカップを置くと、デスクの端末を操作して、つい先ほどまで調べていたファイルを表示した。 6年前の――ティアナの兄<ティーダ=ランスター>の殉職に関わる事件のファイルだった。 違法魔導師の追跡を行っていたティーダは、その最中で謎の襲撃を受け、部隊の仲間共々死んでいる。 映像も無く、事件自体の詳細な記録も不自然なほど欠けているが、その内容はこれまでの襲撃事件と酷似していた。 そして、彼の追っていた違法魔導師がアリウスである。 この『偶然』の襲撃によってアリウスは追跡から逃れ、そのしばらく後に冤罪が確定。 無実の罪で捕らわれる過ちは寸前で防がれ、当時の捜査チームは誤認逮捕の責を問われた。追跡した部隊は強引な行動を批判されこそすれ、死を悼まれることもなかった。 「現場責任者のティーダ一等空尉は露骨に『無能』『役立たず』と非難されたそうや。襲撃の痕跡も見当たらず、妄言扱いまでされかかっとったようやな」 その当時の批判には二重の意味が込められていることを二人は察していた。 免罪の者を追い回した強攻的な姿勢を責める世論に乗った糾弾。そして、それとは全く正反対に、逮捕にまでこぎつけた大物を現場から逃がし、根回しの機会を与えてしまったという管理局側の本音だった。 ――例え、死んでも取り押さえるべきだった。 事件に関わった高官達は、そう断言して憚らない。いずれもアリウスの強大な権力の前に返り討ちを受けた者達だった。 「ティアナにはああ言ったけど、アリウスが限りなく黒なのは当時の事件でも周囲が認めとる」 「やりきれない話です」 「これならティアナも思うところあるやろ。ただ、漠然とした<仇>の正体を随分とはっきり断定しとるところが解せんがな」 「彼女は<アンノウン>の正体を知っている、と?」 「で、その辺の鍵になってくるのがこの人――」 モニターが変化し、表示されたのはダンテだった。 「訓練校に入る前からティアナと知り合いやったそうや。 現場でも相手の正体を察するような言動あったらしいし、<アンノウン>の謎に対しては彼が重要な鍵を持っとるやろうな」 「しかし、彼から得た情報では……」 「それなんや」 続いて表示されたものは、ダンテから事情聴取によって得た情報だった。 物的証拠などほとんどなく、それらは全て<アンノウン>に対するダンテの独自の説明だけで成り立っていた。 「2000年前に一人の<魔剣士>によって封印された<魔界>と、そこから人間の世界へ現れ出る<悪魔>――か」 「正気を疑いますね。 彼自身の経歴も不鮮明なものです。戸籍は金で買ったらしい後付のものですし、現在の彼自身廃棄都市街で非合法の便利屋を請け負っています」 「といっても、あのにーちゃんから一番出難いタイプの妄言やと思うけどね」 「それは、そうですが……」 ダンテと一度でも直接顔を合わせた者ならば共通して抱く感想だった。 美しさとしなやかさを備えた容貌の中で浮かぶ不敵な笑み。何者にも従わない意志を宿した瞳は、真っ直ぐに迷い無く前を見据えている。 態度や立ち振る舞いの粗野さは、むしろ彼の一種独特な雰囲気を実に人間臭いものへと変えて、初対面の者の警戒を自然と解いてしまうのだ。 彼には生まれや身分など関係ない、存在そのものから発せられる強烈な力があった。 あの男から、思慮の浅い嘘や半宗教染みた妄想など飛び出してくる筈が無い――そう無意識に弁護してしまいそうな雰囲気がある。 そしてこれもまた根拠もなく無意識にだが、ダンテの語った内容は奇妙な説得力を感じさせるものだった。 「そうか、なるほど<悪魔>か……」 口の中でその言葉を反芻し、はやては思わず納得するように頷いていた。 自分も何度か無意識に比喩したが、確かにあの大きさも形も一定ではない奇怪な化け物どもを表現するのに、これ以上相応しいものは無いように思えた。 今回の事件で確信したことだが、奴らは場所にも時間にも縛られない。 あるいは塵からででも生まれているのではないか? そう思わずにはいられないほど、奴らは唐突に人間の前に現れ、等しく死を振り撒いてきた。 もし、今回襲撃されたのがホテルではなく管理局の施設だったら? あるいは本部であったなら? 軍隊では死ぬのにも順番がある。まず尖兵が戦いで死に、敵が進軍していくことで徐々に前線に立つ偉い者から死んでいく。そして最後は一番偉い奴が責任を取る。 しかし、この<悪魔>どもにとっては違うのだ。 全てが平等で、奴らの前では人間とは等しく獲物に過ぎない。 寝静まった夜、管理局の最高責任者の家のベッドの下から這い出してきて、あっさりとその命を奪ってしまいかねない存在なのだ。 子供が皆一度は暗闇の中で幻視して怯える、モンスター、悪霊――そう、そして<悪魔>と呼ばれる者達がまさにそれではないのか。 「……どうなさいますか? この情報」 「どうって、まさか六課の皆に正式な情報として公表するわけにもいかんやろ。敵は<悪魔>です、聖水と祈りを武器に戦いましょうって? ただ根拠や論理的な説明はないにせよ、ダンテさんがこの<悪魔>に対して有効な知識と力を持ってるのは確かや。正式に協力を取り付けて、情報は隊長陣にだけ報告。あとは状況の進行から見定めていくしかないな」 「事件担当の執務官に、一応この情報は送っておきます」 「相手にされんと思うけどね」 呟き、しかし直接ダンテから話を聞いたらどうだろうか? というとり止めもないことを考えていた。 もう一度、ダンテの証言に目を通す。 「<悪魔>……<魔界>……」 得られた情報の中でもキーワードとなりそうなものを一つ一つ、染み込ませるように口にしていく。 「<魔剣士>……そして<スパーダ>か」 魔法少女リリカルなのはStylish 第十五話『Soul』 「へい、お待ち! 機動六課食堂特製の特大ミックスピザだよ!」 「Wao! 待ってたぜ、こいつは美味そうだ!」 恰幅の良い、いかにも『食堂のおばちゃん』である女性が、本場イタリアも真っ青なピザを目の前に置くと、ダンテは歓声を上げた。 特製と言うだけだけあって、本来メニューに載っていないその代物はダンテの注文を全て座布団程もある大きな生地の上に載せている。 香ばしい匂いと共にチーズが音を立てて溶け続け、ダンテと同じテーブルを囲む者達の空腹感まで大いに刺激した。 彼の盛り上がりようも、決して大げさではない。 「事情聴取だの何だので、丸一日ロクに食ってないからな。こういうのを待ってたんだよ」 何かと微妙な立場にある身では隊舎をうろつくことも出来ず、気を利かせたフェイトが持ってきたカロリーブロック以外口にしていない。 ダンテは祖国の伝統ある栄養の偏った塊に嬉々として齧り付いた。 「ん~、いいね。最高だ」 「おいしそう……」 「スバルさん、涎出てますよ」 「キャ、キャロだって、食べたそうな顔してるじゃん!」 「あの、すみません。少しキャロに分けていただけますか?」 「エリオ君、恥ずかしいことしないでっ!」 食欲を誘うダンテの食事風景を見ているのは、同じテーブルのスバル達だった。 いずれもダンテからすれば子供も同然。三人の歳相応な様子に機嫌の良さも手伝って笑みが浮かぶ。 「ハハッ、いいぜ。遠慮するなよ、この幸せは皆で分け合わなきゃな」 「じゃあ、いただきまーす!」 誰よりも早くスバルが文字通り食い付いた。続いて、礼儀を弁えたエリオとキャロの年少組がおずおずと手を伸ばす。 「すみません、いただきます」 『キュルー』 「あ、うん。フリードのもあるよ」 奇妙な拮抗状態にあったテーブルは途端に賑やかになった。 自分の腹を満たしながらも、その和気藹々とした団欒の様子にダンテは穏やかな笑みを浮かべてしまう。 何処か懐かしい光景が、そこにはあった。 二切れ目のピザを炭酸飲料で飲み流すと、ようやく一心地ついたダンテは自分の傍らに浮く小さな人影を見上げる。 「ヘイ、お前さんは食べないのか?」 「……生憎ですが、リインはこんな油の塊好きじゃないです」 愛らしい顔を険悪に歪める行為が全く無駄に終わっているリインフォースⅡは、精一杯不機嫌を露わにしてダンテに吐き捨てた。 初対面から二日と経たずに、リインのダンテへの印象は最悪になってしまっている。 その理由は、この冗談を無意識に吐き続ける皮肉屋が絵本の妖精のようなリインを見てどんな態度を取るか考えれば容易に説明出来た。 「ああ、そうかい。妖精はピザなんて食わないよな。花の蜜とか砂糖菓子とか集めて食うんだろ?」 「リインは虫じゃないですー!」 つまりは、こういう態度だった。 「だったら、食ってみろって。ダイエットだの健康だのって考えが吹っ飛ぶぜ」 「むぅ……じゃあちょっとだけ」 トマトのスライスとチーズだけが乗った小さな切れ端を渡すと、リインは渋々齧り付いた。 ビヨーンと伸びるチーズの旨味と初めての食感に、カッと小さな目が見開かれる。 「こっ、これはああ~~~っ! この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにトマトのジューシー部分がからみつくうまさですぅ! チーズがトマトを! トマトがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っていうんですかあ~、『味の調和』っていうんですかあ~っ。 例えるならサイモンとガーファンクルのデュエット! 田村ゆかりに対する水樹奈々! 都築真紀の原作に対する長谷川光司の『リリなのStS THE COMICS』!……っていう感じですよー!」 「……美味いって言いたいのか?」 「まいうーですよー!」 言葉の意味はよく分からないが、とにかく気に入ったらしい。 テーブルに腰を降ろして本格的に食べ始めるリインの様子を『まるでハムスターだな』と思い、幸いにも口にするのをダンテは自重した。 この小動物の分のピザを残して食事を終えたダンテは、ようやく一息つく。 窮屈な襟元を無意識に緩めた。 「ふう、それにしても制服姿ってのは窮屈だな。性に合わないぜ」 「そうですか? 似合ってますよ、機動六課の制服」 「いい男だからな」 そう言ってウィンクするダンテの仕草に、スバルは数年前に見た姿と同じものを感じ取って苦笑した。 着の身着のまま機動六課まで同行したダンテは、あの貴族服以外に持っておらず、未だ正式な立場も決まっていない身の為、目立たないように制服を着るよう言い渡されていた。 「でも、やっぱり目立ちますね」 エリオもまた実感を持って苦笑するしかなかった。 ダンテがリインを除くこの場の全員と面識があることは偶然だが、三人が共通して彼との初対面を印象強く覚えていたことは一致している。 必然だった。ダンテには整った容姿以上に、その存在を相手に刻み込むような特有の雰囲気があるのだ。 普通の人間の中に在って、目を惹き付けずにはいられない。一種のアイドル性のようなものだった。 それは服装程度で雑多な中に埋もれるような弱いものではない。 「いい男だからな」 それを自覚しているのかいないのか、ダンテは悪戯っぽく笑って繰り返した。 「でも、驚きましたよ。トニーさ……じゃなくて、本当はダンテさんか。わたし達三人と皆会ったことがあったんですね」 「ボクは、ダンテさんが魔導師だったことが驚きです。ミュージシャンの人だと思ってました」 「魔導師っていうほど学は無いがね。それに、ロックが好きなのも本当さ。聴いたことあるか?」 「あ、ボクは……その、音楽とかよく分からなくて」 「そいつはマズイな。見たところ坊やにはワイルドさが足りない、今度俺の世界の名曲を聞かせてやるよ」 「ダンテさんは、やっぱり別の次元世界の人なんですか?」 「次元漂流者って言うのか? 詳しくは知らなくてね。……オイ、いつまでも睨むなよ。まだ、あの時のこと根に持ってんのか?」 『グルルル……』 「あ、コラ! フリード! ごめんなさい……」 「いいさ、小動物にはあまり好かれない性質なんだ」 「むっ、今リインのことも含めませんでしたか?」 腰を据えて三人とダンテが向かい合ったのはこれが始めてだったが、会話は弾むように進んでいく。 子供特有の素直さは、彼の気安い雰囲気と相性がいいようだった。 「……あの、ダンテさん」 「うん?」 やがて会話がひと段落着いた時、不意に言葉数の少なくなったスバルが物言いたげダンテの様子を伺った。 ダンテは持ち前の勘の良さで、その『言いたい事』を察した。 この二日間、偶然のそれとは別に楽しみにしていた少女との再会が、未だ果たされていないのも気になっている。 「ティアの、ことなんですけど」 スバルは全くダンテの思っていた通りの名前を口にした。 そして、そのまま息を呑んだ。 僅かに見開いたスバルの視線を追って振り返れば、食堂の入り口を横切るティアナの姿がある。彼女はこちらを一瞥もしなかった。 「ティア!」 スバルがすぐさま駆け寄り、同時にダンテが立ち上がる。 その声にティアナは今気付いたとばかりに顔を向け、まるで義務のように足を止めた。 「ティア……やっぱり、部隊長に怒られた?」 スバルはティアナが部隊長室に呼ばれた理由を正確に理解している。 それでいて『処罰』や『修正』といった表現を使わないのは、ただ単に彼女の子供っぽい一面のせいだった。 そののんびりとした表現が、ほんの少しだけティアナの固まった心を解す。 自然と小さな笑みが浮かび、ただそれだけでスバルは安堵を感じた。 「そりゃあね。ま、何とか穏便に済みそうだけど」 「そっか。よかった」 「よくないわよ、二度と繰り返さないようにしなくちゃ。……スバル。あたし、これからちょっと一人で練習してくるから」 「自主練? わたしも付き合うよっ」 「あ、じゃあボクも」 「わたしも」 口々に告げる仲間達のそれが自分への気遣いだと分かり、ティアナは苦笑しながら首を振る。 「あれだけの激戦だったんだから、休むように言われてるでしょ? 二人とも体力面ではどうしても体格的に劣るんだから、十分休みなさい」 こんな時でも冷静なティアナらしい理屈でエリオとキャロに言い含めると、何処か不安げなスバルの顔を見た。 現場でティアナの隠された一面を垣間見たからこそ感じる不安だ。 「スバルも……悪いけど、一人でやりたいから」 「あ……」 しかし、ティアナの静かな拒絶の前にスバルはそれ以上何も言うことが出来なかった。 悲観的過ぎるかもしれないが、言う資格が無いとすら思っていた。 あの時、戦場で気を失い、次に目を覚ました時には怪我を負ったパートナーが隣で寝ていた。 何よりも自分の無力を痛感した瞬間だった。あの負い目が、ずっと足を引いている。 「……うん」 スバルは、そう力無く言葉を受け入れるしかなかった。 三人を置いて、立ち去ろうとするティアナ。 しかしその先に、見慣れた長身が立ち塞がる。 「――ヘイ、お嬢さん。何処かで会ったことないか?」 ナンパの芝居染みた台詞と仕草で、ダンテは彼なりに久しぶりの再会を喜んだ。 彼の冗談に対して肩を竦めるだけのリアクションを返すと、ティアナはそのまま無視して通り過ぎようとする。 「無視するなよ、傷付くぜ」 もちろん、ダンテにとっては手馴れたやりとりだった。 ティアナの行く先を片腕で遮ると、そのまま手を壁につけて、肩幅の広い体全体で壁と挟み込むように追い詰める。 周囲のスバル達の方が動揺するほど顔を近づけて見慣れた碧眼を覗き込むと、ダンテは恋人にそうするように囁いた。 「感動の再会っていうらしいぜ、こういうの」 「……らしいわね」 「本当に冷たいな、オイ。飛びついて来ることも考えて、胸は空けといたんだぜ?」 「悪いけど――」 誤解以外何物も生まない体勢にも関わらず、ティアナは軽口を聞き流して努めて冷静にダンテの腕を退けると、そこから抜け出した。 「立場上、気安く馴れ合えないから」 退けられた手を手持ち無沙汰にブラブラさせるダンテを一瞥して、ティアナは去って行った。 二人のやりとりについ先ほどまで騒いでいたスバル達も声を潜め、気まずげに残されたダンテを見上げている。 ダンテは、ティアナの触れた腕から伝わる違和感を感じていた。 別に彼女の手が震えていたわけでもない。だが、ダンテは文字通り肌でティアナの拒絶とそれ以外の何かの意志を感じ取っていた。 「……ヤバイな」 「ヤバイですか?」 いつの間にか、肩に降り立ったリインだけがダンテの呟きを聞く。 「ああ、ヤバイ……」 ダンテは自分でも理由の分からないその結論を、確信付けるようにもう一度呟いた。 やがて時は過ぎ、日が暮れる。 ティアナが隊舎近くの林で自主訓練を始めてから、既に4時間が経過していた。 ずっと同じ光景が繰り返されている。 直立不動のままの姿勢を維持するティアナ。その周囲を複数のターゲットスフィアが浮遊している。そして、その間を誘導魔力弾が忙しなく飛び回っていた。 クロスファイアシュートを意識した三つの魔力弾は、ターゲットを捉えながら渡り歩くようにティアナの周囲を飛び続けた。 しかし、時間の経過と共に体力と集中力は消耗し、魔力弾の誘導ミスも増え始めている。 それでも訓練を止めようとしないティアナの意識をあえて逸らすように、手を叩く音が聞こえた。 「4時間も魔力行使を続けられるパワー配分は大したモンだが、いい加減本当に倒れるぞ」 「……ヴァイス陸曹」 訪れた意外な人物に集中力は途切れ、片隅に追いやっていた疲労感が襲ってくるのを感じて、ティアナは恨めしげにヴァイスを睨んだ。 「ヘリから覗いてたんですか?」 「……あらら、気付いてたのかよ」 あっさりと言い当てられ、ヴァイスは末恐ろしいとばかりに内心青褪めた。 そんな様子を一瞥して、ティアナは何でもないように言い捨てる。 「ただのカマかけです。ヘリポート、ここから見えますし」 「……あっそう」 本当に恐ろしいね。突きつけられた答えに、ヴァイスは逆に顔を引き攣らせるしかなかった。 やはり、この少女は一筋縄ではいかないらしい。 先輩風を吹かせるつもりなど毛頭無かったが、何を思ってこの鉄壁少女に助言などしようとしたのか。ヴァイスは自らの無謀を悔いた。 しかし。ええい、かまうもんかとその場に居直る。 夜空の下、一人黙々と訓練を続ける少女の姿をどうしても見捨てて置けないのだった。 「しかし、お前さんにしちゃあ意外な訓練だな。ターゲットトレーニングの応用か」 本来は周囲を動くターゲットに対して、正確なフォームで素早く銃口を合わせることで、命中精度を高める訓練である。 射撃スキルの優れたティアナに適した訓練であり、だからこそ、それを誘導弾で行うことで弾道操作能力を向上させようという今のやり方には疑問が感じられた。 「お前さんの魔力弾の特性なら、命中精度の方を重視するべきだと思うんだがな」 ようやく助言らしきものを言えたヴァイスの安堵の表情を一瞥すると、ティアナはおもむろにガンホルダーからクロスミラージュを抜き出した。 周囲のターゲットが新しい配置へと変化する。ヴァイスは思わずティアナを凝視した。 次の瞬間、銃火を伴わない銃撃が始まった。 ステップを踏むように軽やかに足を動かし、ティアナの体がターゲットの間を舞う。 両手で左右別々の標的を正確に捉え、命中判定を示す音と瞬きが終わる前に、クロスミラージュの銃口は既に次の標的に向けて動いていた。 型に嵌らない滅茶苦茶なフォームだが、とにかく正確で速い。ターゲットの反応が連鎖するように次々と起こり、さながら電飾のように派手に光を散らした。 全てのターゲットを丁寧にも二回ずつ補足し、それらを僅か十数秒の間に終了させると、息一つ乱さないティアナは元の姿勢に戻っていた。 もはや、ヴァイスは気まずげに笑うしかない。 他に何か言うことは? 挑発的な視線と笑みを肩越しに向けると、ティアナはデバイスを手の中で一回転させて、ホルスターに滑り込ませた。 「……分かった、分かったよ。俺がでしゃばりだった。もう好きにしな」 ヴァイスは降参とばかりに両手を挙げる。 「でもな、そんだけ出来るお前さんなら分かってるはずだろ? 無理な詰め込みで成果が上がるもんじゃねえんだ」 「……すみません。焦ってるもので」 ようやく返ってきたティアナのまともな返答に、ヴァイスは意外そうな表情を浮かべた。 「おい、自覚してんなら……」 「でも――分かってても、止められない気持ちってありますから」 その言葉に、心臓を鷲掴みされたような気分になった。 頭では分かってるのに心では受け入れられない――そんな状態が、自分にとって実に身近なものだと、つい先日分かったことではないか。 「今夜は、何も考えられないくらい疲れないと、眠れそうに無いんです」 「……なあ、あのダンテの旦那に会いに行った方がいいんじゃねえか?」 ここまで来て結局他人に丸投げするしかない自分の不甲斐なさを呪いながら、ヴァイスは告げた。 一変して、ティアナの呆れたようなため息が返ってくる。 「食堂での一件まで見てたんですか?」 「あの旦那は何かと目立つからなぁ。焦ってる時ほど、聞きたい人の声ってのがあるもんだ。お前の場合、それがあの人なんじゃねえか?」 ダンテはもちろん、ティアナのこともよく知るワケではない。二人の間に気安く踏み込むつもりもなかった。 ただ、この一見冷静に見えるからこそ隠された危うさを持つ少女の心を動かせるのは、あの男しかいないと直感していた。 「……そうかもしれません」 ティアナの声から僅かに張りが失われた。 「これまで、何度も道を誤ろうとした自分を助けてくれたのは彼でした。 今も、訓練校でもいろいろ教わったけど、彼の傍に居た時が一番恵まれていた。焦りなんて当然のように感じなくて、強くなってく実感があった」 「だったら」 「でも、だからこそダメなんです」 強い語調が、それまでの穏やかな憧憬を断ち切る。 「これまでずっとそうだった。でも、これからもずっとそのままでいるということは、甘えのような気がしてならないんです。それに――」 自らを戒める程の厳しさを取り戻したティアナは、ヴァイスに背を向け、虚空を睨み据えながら決意を口にする。 「もう、彼からは十分たいせつなことを教わった。自分だけが持つ力の存在を信じさせてくれた。 その力が在ることを証明出来なかったのはあたしの不足――。 焦りかもしれませんが、自分の無力を突き付けられて、それでも余裕を持っていられるほどあたしは冷静じゃありません。ありたくありません」 頑なほどの断言を聞き、ヴァイスは今度こそ自分の言葉が無力であることを悟った。 お節介程度の気持ちで動かせるほどティアナの意志は軽くはなく、察せるほど浅くはない。 ヴァイスもかつては前線に立つ兵士であった。人は、愚かしいと理解していても戦場でただ前に突き進むしかない時があるのだ。 その覚悟の是非を、他人が決めることは出来ない。 ただ願うしかないのだ。自らが担いだモノの重みを苦と思わず、背負い歩き続けるこの少女の行く先に幸があることを。 「分かった、もう邪魔はしねえよ。でもな、お前らは体が資本なんだ。体調には気を使えよ」 根付いていた腰を上げ、ヴァイスは諦めたように踵を返した。 「……ヴァイス陸曹、どうしてあたしをそこまで気に掛けてくれるんですか?」 「お前のファンだからさ」 冗談とも本気ともつかない言葉を残し、ヴァイスはその場を去っていった。 ティアナはそれを見送ると、再び訓練を再開した。 すぐ傍の木陰から、一つの人影が同じように歩き去ったことを全く気付かぬまま。 幾つもの想定外の事態が重なって複雑怪奇になりつつあった報告書がようやく纏まり、夜も遅く隊舎の廊下を自室に向けて歩いていたなのはは、その行く先に見知った顔を見つけた。 「ダンテさん」 「ナノハか」 壁に背を預け、窓から外を見下ろしたままダンテは軽く手を上げた。 ダンテの視線の先を、なのはは自然と追い、そして夜の暗闇の中で瞬く魔力の光を見つけた。 「あれは……」 なのはの声に誰かを案ずるような色が混じった。 その誰かとは、もちろん視線の先で自分を追い込むように延々とトレーニングを続けるティアナに他ならない。 「今日は休むように言ったのに、一体何時から……」 「少なくとも一時間は続けてるな」 それは暗にダンテが一時間前からこの場にいたことを示していたが、なのははそれに気付くよりもティアナを見下ろすダンテの表情に心配の色が無いことに怒りを覚えた。 二人の関係がどんなものか、ある程度察することしか出来ない。 ただそれでも、ダンテがあの頑なな少女にとって自分よりもずっと心を許せる相手であることは何故か確信していた。 「見ていたなら、どうして止めなかったんですか?」 「思うところがあってね。アイツには好きにさせてやりたいのさ」 肩を竦めるダンテの返答はどこまでも素っ気無い。 しかし、彼が『思うところ』となった原因が何処にあるか――例えば数時間前にティアナを探して出歩いていた時の事を、なのはは知らなかった。 「でも、あんな無茶をしていたら……」 「まあ、アイツはよく自分を追い込むからな」 「分かってるのなら止めてください。アナタの言葉なら、ティアナもきっと聞き入れます」 責めるようななのはの視線を受け流し、ダンテは苦笑した。 「かもな。でも、だからこそ無責任なことを言いたくないのさ」 「無責任って……」 「ティアが暴走した話と原因は聞いたよ。俺にアイツを諭す資格なんて無いね」 自嘲の色が滲むダンテの笑みを見て、なのはは自分の迂闊な言葉を悔いて口を噤むしかなかった。 彼の言葉にどんな意味と過去が込められているのか、今は知る由も無い。 ―――そしてダンテにとって、それはまさに口を出す資格すらない話だった。 敬愛する実の兄を殺し、その魂と名誉を地に堕とした仇。それを前にして敗れ、地を這い、噛み締めた口の中に広がるのは土と屈辱の味――。 何処かで聞いた話だ。身に染みるほどに。 冷静になれ。復讐心など忘れて、前向きに生きるんだ――そんな戯言を、自分の事を棚に上げてどの口でほざけというのだ? かつて隠れて震えることしか出来なかった脆弱な自分を思い出す度に、今も鮮明に蘇る感情を知っているのに。 「俺の母親も<悪魔>に殺されてね。今のティアの気持ちは痛いほど分かる」 「ダンテさん……」 ティアナと自分、一体どう違うと言うのか。 人の命を玩ぶ<悪魔>は許せない。だが、奴らを狩る理由に暗い復讐心と、その断末魔を聞く度に少しずつ薄れるかつて母を失った時の無念が在ることも否定出来ないのだ。 互いが持つ危うさを、ダンテはその天性の力で薄れさせているに過ぎない。 違いがあるとすれば、性格と少しばかりの人生経験の積み重ねくらいのものなのだ。ダンテはそう思っていた。 「……でも、だからこそ今なんだ。ティアが変わるのに、今が一番最適なんだよ」 自嘲の笑みを全く種類の違う穏やかなものに変えて、ダンテはなのはを見た。 何かの期待を含むその視線を受け切れず、なのはは言葉を探してもごもごと迷うように口篭る。 「アイツは捻くれてるからな。人間関係でいろいろと心配してたんだぜ?」 「ティアナは、よくやってくれてますよ。仲間からも信頼されてます」 「ああ、会ったよ。いい仲間だ。そこが俺とは決定的に違う」 まるで自分には本当に仲間と呼べる者などいない、と言うような孤独を感じさせる独白だった。 あれほど他人に気安い態度を見せる目の前の男は、何か致命的な差異を他人との間から感じている。 なのはは何も言えず、ただ黙ってダンテを見つめた。 「だから、変われるんだ。ティアは俺とは違う生き方が出来る」 「……ティアナは、きっとダンテさんを尊敬してますよ」 「オイオイ、俺を赤面させるなよ。恥ずかしいだろ。まあ、嬉しいけどな。 だが、俺はアイツが俺と同じ生き方をすることなんて絶対に望まない。そんな不幸は願い下げだね。見た目よりもずっとキツいんだ」 ダンテはそう言って小さく笑った。普段のそれとは違う、見る者が痛みを感じる笑みだった。 「……でも、正直わたしはどう接したらいいのか分からないんです」 なのはは縋るような視線を向けた。ダンテの期待が、今はただ重い。 ティアナの間違いを諭せるほど自分も自分の正しさを信じていないのだと、今更ながらに痛感した。 人を想うのに、こんな苦しい気持ちは初めてだった。 あるいは10年前には経験したことがあるのかもしれない。でも、もうその時出した答えさえ忘れてしまっている。 「難しいことなんてないさ。ただ、アイツに人間として接してくれればいいんだ」 ダンテは不安げななのはの肩に手を置き、ポンポンと気軽に叩いた。 「アイツが何かしでかして、痛い目を見たとしても――それもいいさ。 感情を昂らせて流す涙は、他人を想う心を持つ人間の特権だ。<悪魔>は泣かない。人間だけが出来る。それが、ティアには必要なんだ……」 静かな実感を持った言葉を残し、ダンテはゆっくりとなのはの横を通り過ぎて行った。 その意味深げな言葉の真意を、なのはは半分も理解出来ない。ただ漠然と、ダンテが自分の背中を押したことだけは理解出来た。 そして同時に、彼が<人間>という言葉に自分自身を含まなかったということも。 謎の多い彼の正体に、その理由は隠されているのかもしれない。 なのはは振り返り、何か言葉を掛けようとして、しかし結局その背中を見送ることしか出来なかった。 酷く孤独で、悲しい背中だった。 「ティア、四時だよ。起きて」 繰り返される目覚ましのアラームとスバルの声が徐々に頭の中に入ってきて、それが覚醒を促した。 酷く活動の鈍い思考で、ティアナはまず疑問に思った。一日の始まりにしてはリズムがおかしい。 それが普段より早く起きた為だと気付くと、同時に早朝四時から自主錬の為にそうしたのだとも思い出した。 「ああ、ゴメン。起きた」 ティアナはそう言ったつもりだったが、実際は死者が目を覚ましたかのような呻き声だった。 本来は起床時間を体に刻み込んで時計にも頼らないが、前日の疲労に加えて睡眠不足が完全に足を引っ張っていた。 「練習行けそう?」 「……行く」 ティアナは不屈の闘志で立ち上がった。 事実、疲れ果てた肉体の欲求を押さえ込むのは戦闘のそれに等しい精神力が必要とされた。 トレーニングウェアを差し出すスバルの行為を疑問にも思わず、受け取ってノロノロと着替え始める。 昨夜、自らの発言どおりに使い果たした体力と精神力の影響か、普段のティアナが持つ凛とした仕草は欠片も無く、動きも緩慢で精彩さを欠いている。 それはそれで隙の無いパートナーの貴重な一面が見れた、と奇妙な喜びを感じながらスバルは自分の服に手を掛けた。 ようやく脳が回り始める中、隣で同じように着替えるスバルの行動にティアナは我に返る。 「って、なんでアンタまで?」 「一人より二人の方がいろんな練習が出来るしね。わたしも付き合う」 「いいわよ、平気だから。あたしに付き合ってたら、まともに休めないわよ」 「知ってるでしょ? わたし、日常行動だけなら4、5日寝なくても大丈夫だって」 それは全く事実であり、ティアナがスバルを羨む数少ない部分だった。 一時期は、その天性の優れた体力を妬んだこともある。自分に絶対的に足りないもので、そしてどう努力しても限界を感じてしまうものだからだ。 今、その時の感情が僅かに蘇っていた。 「……同情?」 眠気は吹き飛び、静かな激情が言葉に表れて険を見せていた。 しかし、スバルも慣れたもので、怯みもせずに笑みを浮かべて見せる。 「わたしとティアは、コンビなんだから。一緒にがんばるのっ」 一片の疑いも抱かない本音だった。 「……ねえ、スバル。あの戦闘の時、アンタが射線のすぐ傍にいること――あたし、知ってて撃ったわよ」 「うん、分かってる」 能面のような無表情で告げる真実を、スバルはやはり当然のように受け止める。 ティアナは目の前の少女が時折理解出来なくなる瞬間があった。今がまさにその瞬間である。 「悔しかったよ。あの時、ティアにとってわたしは邪魔でしかなかったんだよね」 スバルは自分の想いを確認するように頷いた。 「うん、悔しい。普段からずっとティアに頼りっぱなしだったけど、本当に必要な時に何も出来なかった自分が情けなくて仕方ないんだ」 「スバル……」 「だから、強くなりたい。ティアのパートナーとして、二人でちゃんと戦えるように。 その為にこの練習が必要だと思ったから、わたしは一緒に行くんだよ。お願い、一緒に練習させて」 最後は頼み込むことまでして見せたスバルの行為に、ティアナは無言で混乱するしかなかった。 本当に、彼女の考えは理解出来ない。 「アンタの、そういう……」 「ティア?」 「……いいわ。勝手にしなさい」 「うんっ!」 二人は練習の場へと向かって行った。互いに違う想いを胸に。 ヴィータが医務室のベッドで目を覚ましたのは、更に数日後のことだった。 怪我の影響とは違う全身を覆う酷い倦怠感を堪えながら、埃を被っていたかのように動きの鈍い頭を回転させる。 傍らで微笑むシャマルを見て、ああ自分は助かったのだとヴィータは実感した。 「ヴィータちゃん、気分はどう?」 覚醒後しばらくは呆けているだけだったヴィータを勝手にあれこれと診察した後、シャマルは尋ねた。 「だるい。頭がぼーっとする」 「ずっと寝てたからね。胃も空っぽだから、すぐに食欲も戻ってくるわよ」 「なんでこんなに寝てたんだ?」 実際の時間経過は長くとも、ヴィータにとって意識を失う直前の記憶は鮮明に残っていた。 腹を貫通した鋼鉄の冷たささえ思い出せる。 上着を捲って傷の場所を見てみるが、そこだけが数日分の時間の流れを表すように治癒されていた。包帯すら巻かれていない。 恐る恐るお腹を撫でて確認すると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。 「睡眠薬を使って、強制的に休んでもらってたのよ。ヴィータちゃん、安静にしてって言っても聞かないから」 「傷が塞がったんなら寝てる意味もねーだろ? やることなんて山ほどあるんだからよ」 「確かに、その日のうちに傷は塞いだけど、思った以上にダメージは大きかったのよ。外科的な手術までして、本当にようやく塞いだだけ」 「そうそう、シャマル先生ってば本当にすごかったんですよ!」 点滴を取り外す作業をしていた医療スタッフの一人が、興奮気味に割って入った。 「あの日はスターズFも含めて三人の負傷者が一気に運び込まれましたからね。 治癒魔法にも限界があるし、何より副隊長の傷は深すぎて、魔法による強引な再生だけじゃ体に負担が掛かりすぎる状態だったんですよ。脊椎までやられてて。 そこで、急遽、外科手術による治療も取り入れたんです。 魔法と外科手術を同時に進行させて。あの負傷がこの数日で後遺症も無く完治できたのはあの的確で素早い処置のおかげなんです。 いやー、あの時のシャマル先生はまさにプロって感じでしたよ! もうまさに『シャマル先生にヨロシク』って感じでしたね!!」 「そ、そうかい。説明ありがとよ」 ファンがアイドルについて語るような熱い視線と言葉を浴びせられたヴィータは、やや気圧されながらも引き攣った笑みを浮かべた。 その例外なく優れた容姿と能力のせいか、ヴォルケンリッターは管理局内で、特に若手の局員において人気が高い。支持者と言うよりもファンと称すべき者達が多数存在した。 とにかく、分かりやすい活躍が注目される戦闘担当のシグナムとヴィータは特に知名度が高かった。ザフィーラでさえ獣形態と幻の人間形態に分かれてファンが多い。 その中で、後方支援担当のシャマルは知名度こそ低いものだが、その分コアな人気と濃いファン層を所持していた。 特に彼らは、ヴィータ達のような能力や立場に憧れるのではなく、純粋にシャマルと言う人物像を崇める者が多い。 シャマルの城である医療室勤務の者達こそがまさにそれであり、目の前の若いスタッフも例外ではないようだった。 「……ま、とにかくそういうわけ。どんなに魔法が便利でも、人間の体には流れがあって、それに逆らうことはどうしても無理をすることだわ」 熱気冷めやらぬそのスタッフに別の用事を与えて退室させると、シャマルはヴィータに微笑んで諭した。 自ら戦いに臨むヴォルケンリッター達を抑える、こうした重要な役割もシャマルが担っている。 「必要な分だけ休ませる。これは、はやてちゃんからの命令でもあったの」 なのはちゃんの時の事、覚えてるでしょ? そのシャマルの言葉には、ヴィータも神妙に頷くしかない。 「確かに、体調は万全みたいだけどよ。……ありがとな」 「いえいえ」 自身の状態まで冷静に把握出来るほど意識の覚醒したヴィータは、シャマルの言葉の正しさと優しさを受け止めて、素直に礼を言った。 しかし、ふと訝しげな顔になって首を捻る。 「何? 動きの違和感なら、長い睡眠でまだ感覚が戻ってないからで……」 「いや、そうじゃなくてよ。いくら重傷って言っても、治るまでにちょっと時間掛かりすぎじゃねーかなと思って。あたしら、普通の人間とは違うんだぜ?」 ヴィータの何気ない呟きに、シャマルは沈黙した。 彼女の疑念が、治療の最中でシャマル自身が抱いていたものと全く合致するからであった。 ヴォルケンリッターを構成するものは、完全な肉体と生ではなく<守護騎士システム>と呼ばれるプログラムである。 現存する肉体の消滅すら再生可能なそのプログラム上にあって、一般的な負傷もまた人間とは違い、彼女らにとっては問題と成り得ない。 新陳代謝などの肉体の制約は無く、欠けた部分を埋め合わせることはパズルのように容易なことなのだ。 だからこそ、たった数日とはいえ治癒に掛かった時間は不可解な長さであった。 「……そうね。今度、暇があったら調べてみましょ。ヴィータちゃんも協力してね」 「ええっ!? なんだよ、ヤブヘビだったかな。シャマルって検査とか楽しんでやってるだろ?」 「あら、そんなことはないわ。仕事には大真面目よ。趣味と実益を兼ねてるけど」 冗談交じりに笑いながら、シャマルはその疑念を棚上出来たことに安堵した。 この問題について、シャマル自身が憶測している答えはすでに在る。しかし、それは容易く口に出来るほど軽い答えでもないのだった。ヴォルケンリッターの存続に関わる内容だ。 とにかく、二人は無事を喜び合った。 そうして談笑する中、医務室を意外な人物が訪れる。 来訪者を告げるブザーが鳴り、ドアがスライドすると凡百な制服の似合わない目立つ男が遠慮無しに足を踏み入れた。 「Trick or treat? 暇なんだ、お茶を出すか遊んでくれよ」 ベッドの中で目を丸くするヴィータに悪戯っぽい笑みを向けながら、ダンテは開口一番に言った。 「ダンテ!? え、本物かっ?」 「オイオイ、この甘いマスクの偽物なんて作れるかよ」 気絶する前の記憶が脳裏を過ぎり、無意識に身構えるヴィータを嘲笑うように、ダンテは彼自身を証明するような台詞を吐いてみせた。 安静の為眠っていたヴィータとは違い、既に再会を済ませてあるシャマルに愛想良く会釈すると、誰の許しも得ないまま勝手にベッド脇の椅子へ腰を降ろす。 その図太さと、何者にも遮られない行動は、間違いなくヴィータの知るダンテのものだった。 「……オメー、来てたのかよ」 「詳しい経緯は偉い奴に聞いてくれ。もう嫌って程説明したんでね、繰り返すのも飽きたぜ」 ダンテの格好を見て、ヴィータは何となく事態を察した。 「何しに来たんだ? ビョーキとかケガにゃ縁がなさそうだけどよ」 「眠り姫が眼を覚ましたって聞いてね」 「誰から聞いたんだよ? お前、関係者じゃねーだろ」 「シャーリーって言ったか。いい男がいい女に声を掛けたら会話は成立する、そういう法則があるんだ」 何処まで本気か分からないダンテの話を聞きながら、ヴィータは再確認した。そうだ、こういう奴だ。 実質二度目の顔合わせだが、既に旧知のような二人のやりとりを眺めていたシャマルは、意味深げな笑みを浮かべながら立ち上がった。 「じゃあ、私は奥で書類片付けてますね。カーテン引いておくので、ごゆっくり」 「あ、おい! 変な気を使うんじゃねーよ!」 ヴィータの言葉を聞き流して、『オホホホッ』と変な笑い方をしながらシャマルは去って行った。 苦虫を噛み潰したようなヴィータと愉快そうに笑うダンテがその場に残される。 「……マジで何しに来たんだ?」 「俺の処遇が決まるまで暇なんでね。友好関係を増やすのも飽きたしな」 「オメー、機動六課に入るつもりなのか?」 「さあな。だが、もう無関係じゃいられないだろうぜ。いろいろ関わっちまったからな」 そう言って、ダンテは一瞬だけこれまでを回想するように遠くを見つめた。 人との関わりはもちろん、<悪魔>との関わりも。まるで運命染みた導きによって、バラバラだった要素は一点に集束しつつある。 ダンテは自らの出会いと別れが全て意味を持ち、また同時にコントロールされているかのような錯覚を覚えた。 今、この場所、この世界の状況は、全て自分が発端となっているのかもしれない。 「ふーん……まあ、それなら歓迎してやるよ」 悪い方向へ考え込むダンテにとって、ヴィータのその何気ない言葉は純粋に嬉しく、ありがたいものだった。 不敵でも皮肉でもなく、純粋な喜びから笑みが漏れる。 「ヘイ、何か買ってやろうか? 嬉しいから一つだけプレゼントを送ってやるよ、お嬢さん」 「子供扱いすんじゃねー! ……けど、それなら一つだけあたしの質問に答えろよ」 「何だ? スリーサイズか?」 「茶化すなよ、真面目に答えろ」 「OK、何だ? 言えよ」 ヴィータはしばし言葉を選び、自分と相手の性分を考えて、結局簡潔に質問を口にした。 「――ダンテ。オメーに顔がそっくりな兄弟とかいねーか?」 ダンテの中の時間がその瞬間停止した。 それは間違いなく、そしていつでも余裕を忘れない彼にとって酷く珍しい動揺の表れだった。 何故、ヴィータがそれを尋ねるのか。幾つもの疑惑が心を埋め尽くし、それは殺気染みた圧力となって噴き出そうとする。かろうじて、理性がそれを押し留めた。 意味も無く降ろした腰の位置を直し、ダンテは自らの動揺を宥めた。 ヴィータを見据える。努力したが、それは睨むような形になってしまった。 「……いるぜ、双子の兄貴がな」 問い返さず、素直に答える。そういう約束だった。 ダンテの態度の劇的な変化を、何処か当然だと受け止めて、ヴィータは頷いた。 「あたしを刺したのはソイツだ、きっと」 「……マジか?」 「マジだぜ。まだ誰にも言ってねぇ。 オメーとそっくりな顔で、髪の色まで一緒だ。武器は刀を使ってた。正直、アイツの戦闘力はやべえ。一撃で実感した」 ヴィータの神妙な言葉を聞きながら、ダンテは自らの思い描く人物が一致することを確信した。 ホテルでの一件から、自分に関わる多くの出来事が動き出したことを感じていたが、ヴィータの告げた内容はそれらの中でも最も衝撃的なものだった。 「どういう奴なんだ?」 「名前はバージル。俺とは考えが合わなくてね、一度殺し合った仲だ」 「ひでえ兄弟喧嘩だな。何で、そんな奴があそこにいたんだ?」 「さあね。俺も、今の今まで死んだと思ってたよ」 肩を竦めるダンテの様子を伺って、その言葉に嘘が無いことを悟ると、ヴィータはベッドの枕に凭れ掛かった。 重要な手がかりは掴んだ。しかし、更に重要な点に関しては、これでプッツリと途切れてしまったことになる。 後は、再びあの男――バージルと出会った時に明かされることを期待するしかない。 そして、それは決して在り得ないはずのことではない、と。ヴィータは何処か確信していた。 この双子は、どうあっても巡り合う運命なのだ、と――ダンテ自身が確信するのと同じように。 「……それで、どうすんだよ?」 互いに思案する沈黙の中、唐突にヴィータが口を開いた。 「何がだ?」 「だから、そのバージルって奴のことだよ。黙ってればいいのか?」 思わぬ提案に、ダンテは面食らった。やはり彼には珍しい動揺だった。 「黙ってるって……そいつは、マズイだろ?」 「マズイよ。けど、家族のことだろ? 自分から言えるまで、待った方がいいのかと思ってよ……」 最後は聞き取れないくらい小さく呟き、ヴィータはバツの悪そうにそっぽを向く。その横顔は僅かに赤い。 それまでの陰鬱な思考が吹き飛んで、ダンテは急に笑い出したくなった。 実際に、堪えきれずに吹き出した。ヴィータが恥ずかしさに歯を食い縛って睨む中、その視線すらも心地良く、ダンテは愉快そうに声を押し殺して笑い続ける。 「っんだよ!? 感謝しろとは言わねーけど、笑うことねぇじゃねーか!」 「ハハッ、悪い悪い。お前さんの人情が身に染みてね。ありがとうよ……ククッ」 「だったら、まず笑うの止めろテメー!」 「OK、感謝してるのは本当だぜ。まいったね、こういう組織関係とは相性が悪いはずなんだが、全面的に協力したい気分になってきたよ」 まだニヤニヤと笑みを絶やさないダンテの言葉は酷く胡散臭かったが、彼は限りなく本心を語っていた。 バカにされることは確実だが、素面で愛と平和について万歳をしてやりたい気分だった。 やはり、人間とは素晴らしい。自分とは考えを違えた兄を想い、ダンテは自らの心を確認する。 バージル――奴が再び自分と、彼女達のような者の前に刃を向けるのなら、その時は再び戦うことを迷いはしない。 ヴィータを見つめる瞳に、もはや複雑な感情は映っていなかった。 「バージルに関しては、俺がしっかりと説明してやるよ。もう決めた、俺はこの<機動六課>って奴に協力する。ただし、個人としてな」 「そうかよ、好きにしろ。もうあたしにゃ関係ねー」 「拗ねるなよ、悪い意味で笑ったんじゃないんだ。本当に感謝してるのさ。何か、お返ししてやろうか?」 「いらねー」 「何でもいいぜ、キスでもハグでも」 「いらねーよ、ボケ! ……ま、そこまで言うんだったら、ちょっと外出るの手伝え。リハビリしてぇんだ」 ヴィータの頼みを快く引き受け、ダンテは立ち上がると、そのままおもむろに小柄な体を担ぎ上げた。 「……って、何してんだオメーは!?」 「暴れるなよ、運んでやるのさ」 肩の上でジタバタと手足を振り乱しても揺るぎもせず、ダンテは騒ぐヴィータを担いだまま、シャマルに手を振って医務室を出て行った。 のほほんと手を振り返すシャマルを恨みながら、ヴィータは叫び続ける。 すれ違う局員の好奇の視線が、彼女の羞恥心を大いに刺激して去って行った。もう死にたい。っていうかむしろコイツが死ね。 「てめっ、この格好でどこまで行く気だ!? これ以上目立ったらぶっ殺すぞ!」 「ちょいと今日の予定を耳に挟んでね。向かってるのは、訓練場さ」 その叫び声が大いに目立っているヴィータの文句を笑って聞き流し、ダンテは答えた。 「模擬戦するらしいぜ。お前らの隊長殿とうちのじゃじゃ馬、それに付き合う健気なパートナーがな」 そこで、二人はそれぞれの想い人の衝撃的な戦いを見ることになる。 既に模擬戦は開始されている時間だった。 フェイトが合流し、エリオとキャロが見守る中、ティアナとスバルのコンビがなのはに真っ向から激突する。 その戦闘は、概ねスバルとティアナの事前の想定通りに進行していた。 相手をするなのはにも実感出来る、これまでの二人の戦闘パターンとは違う動き。 ホテル襲撃事件において、ティアナが自ら目覚めたコンビネーションだった。 スバルの荒々しい突撃をティアナの正確な射撃が補完する――ただ一つ、スバルの攻撃がもはや特攻と呼べるほどに自身を省みない無謀さを孕んでいる以外は。 「スバル、ダメだよ! そんな無理な機動!」 「すみません! でも、ちゃんと防ぎますからっ!」 スバルの応答はなのはの叱責の意味を理解していないものだった。 様子がおかしい。それを察した瞬間、思考の隙を突くように高所から正確無比な狙撃が襲い掛かる。 「……っ、容赦ないね」 『敵に応答するな、戦闘に集中して! 今は敵よ!』 「ごめん!」 ティアナの念話を受け、再びスバルの瞳が危険な色を宿した。恐れを故意に忘れた眼だ。 なのはの中で疑念が高まる。 スバルの突撃とそれを援護するティアナの射撃の割合は、絶妙と言えばそうだが、酷く危うい一面もある。 防御を捨てることは、攻撃力の向上に反比例してリスクを押し上げる無理な戦法なのだ。 自分は教えていない。むしろ、戒めてきた。 二人の戦法が、自分の教導を否定する意味を持っていると察し始める。 混乱と、悲しみ……そして、やはりどうしようもない疑念が湧き上がった。 ――あのティアナが、これらのことを全て考慮せずに戦うだろうか? 逆に言えば、この戦いは彼女のメッセージなのではないか? キリの無い疑念が頭の中を掻き回す。なのははこの時、間違いなく動揺していた。 その隙が、スバルの接近を許す。 「でやぁああああああっ!!」 「くっ!?」 カートリッジの魔力を乗せた拳が、なのはのシールドと激突して火花を散らす。 受け止めざる得なかったのは、なのは自身の動揺と、同時に迷いによるものでもあった。 「スバル、どうして……っ?」 愚かなことだと分かっている。ただの被害妄想染みた考えだということも。 しかし、教え導いたはずのティアナと意見を分かち、つい先日の事件に至って、なのはの内に隠した動揺は大きくなりすぎていた。 ティアナの考えていることが分からない。分かってくれないことが分からない。 そして今、目の前で離脱もせずに、防がれた攻撃を尚も続けるスバルも――。 「どうして、こんな無茶をするの!?」 その叫びに、苦悩と悲しみが滲んでいることを、不幸にも若く直情的なスバルが理解することはなかった。 「わたしは、もう誰も傷つけたくないから……っ!」 「え?」 ただ、自分の想いを吐き出す。 「ティアナが傷付いたのは……わたしを撃ったのは……っ、わたしが弱くて、信頼出来なくなったせいだからっ!」 その真っ直ぐな想いを、なのはもまた真っ直ぐに受け止めすぎてしまう。 「だからっ! 強くなりたいんですっ!!」 吐き出された、あまりに強すぎるその想いが、かろうじて保ち続けていたなのはの心の平静を打ち砕いてしまった。 一瞬呆然したなのはの隙を見逃さず、スバルが力の拮抗を崩す。 我に返ったなのはが防御に集中した瞬間。その僅かな一瞬だけ、彼女は思考からティアナの存在を忘れた。 そして、硬骨なガンナーはそれを見逃さない。 「一撃、必殺――!」 「しまった、ティアナ!?」 クロスミラージュの銃口から短い魔力刃を銃剣(バヨネット)の如く発生させた、近接戦闘用のダガーモード。その不完全版。 詳しい機能を教えられるまでもなく、独自の鍛錬と研究によって生み出した、なのはですら知らないその武器を、ティアナはこの土壇場で使った。 その決断が、対するなのはに何よりも本気を感じさせる。 ――どうあっても、自分を倒すのだ、と。 「……レイジングハート」 その決意の意味を、取り間違えたか、あるいは本当にそのままの意味なのか――ティアナが自分を否定したのだと、なのはは感じた。 「モード・リリース」 《All right.》 なのはの中で混沌としていた感情が全て凍り尽く。それは致命的なまでの心理的動揺であり、衝撃だった。 常人ならば放心するしかない。しかし、何よりも彼女の持つ戦闘魔導師としての天性の資質が、肉体を突き動かしていた。 デバイスを待機状態に戻し、両腕に自由を得る。自らもまた肉弾戦で応じる為に。 だが果たして、その冷静でありながら、どこか私情とも見れる判断が、本当に反射によるものだけだったか――なのは自身にも分からない。 混乱、悲しみ、疑念……そして、美しい少女の内に潜むにはあまりに醜い怒り。 差し出した手のひらに受ける、ティアナの鋭い魔力。 腕をカバーするように展開したフィールドと反発して炸裂し、暴走した魔力が周囲を荒れ狂う中、なのはは痛みよりもそれが助長する悲しみと怒りを感じていた。 「……おかしいな。二人とも、どうしちゃったのかな?」 やがて、煙が晴れる。 なのはの視界とその迷いもまた晴れようとしていた。一つに集束していく。暗い方向へ。 「頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ」 視線を動かせば、自分の変貌に畏怖を抱くかの如く震えるスバル。 そして、普段通りの冷静で冷徹な戦闘者としての瞳のまま、自分を見下ろすティアナ。 その瞳が何よりも雄弁に語っていた。 敵だ、と。 「練習の時だけ言うことを聞いてるふりで、本番でこんな危険な無茶するんなら……練習の意味、無いじゃない」 その瞳に拒絶を感じるしかない。 その視線に否定を感じるしかない。 なのはにはもう何も分からなかった。 長い教導官としての日々の中で、教え子達は皆思ったことを素直に質問し、自分が答えると一度だけ顔を見て『わかりました』と言う。 それで全てが済んでしまっていた。 しかし、目の前の少女は違うのだ。 「ちゃんとさ、練習通りやろうよ」 そうしてくれれば、何も問題はないのに。 自分は素直さに優しさで答え、誰も傷付かない。強くもなれる。そう、これまでそうしてきたのに――。 「ねえ、わたしの言ってること……わたしの訓練……そんなに間違ってる?」 なのはは理不尽さを感じずにはいられなかった。 それがある種の身勝手さであったとしても、これまで優しさこそ真に人を導くと信じ続けてきた彼女の健気さを誰も否定は出来ないだろう。 だが、この時彼女が教導官に有るまじき、感情によって動くという行為を成してしまったことも、やはり否定の出来ない失態なのだった。 そうして、誰もが動揺して客観的な分析の行えないまま、事態は動く。 なのはの言葉に答えるように、ティアナがダガーモードを解除して素早く距離を取った。 展開された幾重もの<ウィングロード>に着地し、再度射撃体勢を取ってチャージを開始する。 言葉は無い。どうとでも受け取れ、これが自分の答えだ――なのはにはそんな声が聞こえた気がした。 「……少し、頭冷やそうか」 指先に魔力を集束し、その照準をティアナに突きつける。 スバルが何かを叫んでいる。内心の動揺と混乱に反して、淀みなく魔力が動き、彼女をバインドした。 敵意すら萎えているのに、なのはの指先に集まる魔力は素早く正確に自らの攻撃性を高めていく。 「クロス、ファイアー……」 その時、なのはは自覚無く、あの時のティアナの気持ちを完全に理解していた。 導く為でも、叱る為でもなく、叫び散らしたいような身勝手な怒りで彼女は引き金を引いたのだ。 それは、もし声にしたなら……あまりに人間的な叫びだった。 「シュート」 ――どうして、わたしの気持ちを分かってくれないのっ!? 「……最悪だ」 訓練場の様子を映すモニターを睨みながら、ヴィータは呻くように呟くしかなかった。 なのはの一撃が、ティアナを吹き飛ばす瞬間が見える。 もし訓練弾でなければ粉々に吹っ飛んでいる。それほどまでに容赦の無い一撃だった。 教導官は訓練生を潰さない為にダメージも計算していなければならない。それはなのはも熟知しているはずだ。 だからこそ、本来ならばこんなオーバーキルの攻撃は在り得ない。あの一撃には、理性を超えた激情が透けて見える。 ヴィータの言葉通り、模擬戦は最悪の展開となってしまったのだった。 「ティアナの拒絶が、なのはの心の糸を切っちまった……」 なのはは、ずっとティアナを優しさで案じてきた。 かつてのなのはを知るヴィータにはあまりに思い切りの悪い対応だったが、それでも今のなのはの精一杯だった。 どちらが一方的に悪いわけじゃない。こと今回の事に関して、ヴィータは無条件になのはの味方をするつもりは無かった。 結局、どちらも悪いのだ。 頑ななまでに自分の力を信じ、他人を、仲間すら信用せず、真意を打ち明けなかったティアナ。 そんな彼女に対して、どれだけ拒絶されたとしても決して行ってはいけない、力による解決に踏み切ってしまったなのは。 どちらも間違い、そして事態は最悪の結果になった。 「いや、あたしも甘かったか。何か出来たはずなんだ」 なのはを信頼しすぎた。いや、頼りすぎたのか。どちらにしろ、それが悪いことだと断ずることも出来ない。 結局、成るべくして成ったというのか――。 ヴィータは例え答えが出なくても、そんな愚かな結論に行き着いてしまうことを拒否し、頭を振った。 そしてふと気付き、傍らにいるはずのダンテに視線を投げ掛けた。 彼は、この結果をどう思っているのだろうか? 「やっぱり、ヤバかったな」 モニターを静かに見据え、ダンテは驚くほど平坦な声で、そう呟いただけだった。 それを見上げるヴィータの視線に力が篭る。 「……オメー、この結果を分かってたんじゃねぇだろうな?」 「だとしたら、どうする?」 「止められなかったのか?」 「無理だ。それに、そんなつもりもなかった」 誤解を恐れず、ダンテはただ必要なことだけを答えた。 ヴィータは何も言わない。ダンテの考えはもちろん、果たしてこの結果が本当に悪いものなのかも決められなかったからだ。 いずれにせよ、答えは出た。あとは、二人の仲を修復するだけでいい。 それこそが真の問題だと頭を悩ませ、唸るヴィータに、ダンテは何気なく告げた。 「――それにな、話はまだ続くみたいだぜ」 「え?」 「だからヤバイんだ」 ダンテの深刻な呟きに、ヴィータは変わらず訓練場を映すモニターに再び視線を走らせた。 「ティアァァァーーッ!!」 スバルの悲痛な声が空しく響く。しかし、粉塵の向こうから答えはない。 なのはは早くも後悔を感じていた。外見こそ平静を装っていたが、自分の為したことが信じられないほどに動揺していた。 睨み付けるスバルの瞳が、これまでずっと尊敬の念を映してきた自分を見る眼が、今は悲しみとも憎悪ともつかないもので荒れ狂っている。 それは間違いなく自分の罪を示すもので、責める罰なのだろう。 なのはは疲れたようなため息を吐き出し、もう一度スバルを見た。とにかく、模擬戦は終わり、それを告げなければならない。義務だ。 「模擬戦はここまで。今日は二人とも、撃墜されて……」 言い掛け、その時になってようやく気付いた。 スバルの視線が、自分を向いていない。正確にはすぐ近くを見ながら自分の顔に焦点が合っていない。 ――ゾクリと、なのはの戦いの感覚が全力で不吉を告げた。 「ティアナ……ッ!?」 その戦慄の原因をなのはは直感し、言葉ではなく現実がそれに返答した。 撃墜したはずのティアナの位置へ走らせた視線が、粉塵の中で消失する人影を捉える。 わずかに見えたティアナの姿が、まるでホログラムのように消え去った。 比喩でもなく正真正銘の幻影だ。 「あれは……<フェイク・シルエット>!?」 希少な高位幻影魔法の名が口を突く。幻影系の魔法を習得中だと、ティアナ自身が語ったことをなのははこの瞬間まで忘れていた。 在るはずのものが消え、それと同時にいないはずのものが出現した。 呆気に取られるなのはの傍らで、空気が歪み、絵の具が紙に滲み出るようにして人の形と色をしたものが姿を現す。 それこそが、本物のティアナだった。 「<オプティック・ハイド>!」 なのはが全てのカラクリを理解した時、全ては致命的なまでに終わっていた。 出現したティアナは既になのはのすぐ傍まで肉薄している。突き付けられたクロスミラージュの銃口は、その頭部を無慈悲に捉えていた。 呆気に取られているのは、スバルさえ例外ではない。この展開は彼女さえ知り得るところではなかったのだ。 なのはとティアナの視線が交差し、その間をスバルの視線が彷徨う。 「ティ、ティア……これって?」 「Eat this」 一切合財を無視して、ティアナは引き金を引いた。 回避など絶対不可能な超至近距離で魔力弾が放たれる。なのはは咄嗟に障壁を眼前に生み出した。その反応速度は歴戦の魔導師だけが為し得る奇跡だった。 しかし、察知されない為にチャージこそしていなかったものの、その一瞬に備えていたティアナの攻撃はなのはの咄嗟の防御を凌駕した。 閃光の炸裂を伴って、障壁を魔力弾が突き破る。 ティアナを含む誰もが、その結果を確信した。 なのはの反応はまさにギリギリの反射によるものだった。 その一種の奇跡によって生み出された防御を抜ければ、もう後には猶予など残されていない。 ――だから、なのはは自らその猶予を作った。 「な……っ!?」 眼前で瞬く、もう一度『魔力弾と障壁がぶつかる閃光』を見て、ティアナは初めて動揺した。 魔力弾は二枚目の障壁によって受け止められていた。 なのはの『口の中』で。 魔力弾の射線上にある口を開き、そこに攻撃を導くことで僅かな距離と時間の猶予を作った。そして、口内に極小規模な障壁を形成することで、魔力弾を受け止めたのだった。 ティアナでさえ予想し得なかった、その一瞬の判断と決断に誰もが戦慄する。 なのははぐっと噛み締めるように口を閉じた。 障壁にぶつかって弾けた魔力の残滓が口の中で飛び散ってチリチリと痛む。 しかし、そんなものは全く些細なことだった。 「……ティアナ、これがアナタの答え?」 なのははティアナを見据え、静かに告げた。 もうそこには怒りも動揺もない。本当にギリギリまで追い詰められた瞬間、彼女の中に眠る爆発力が全てのしがらみを吹き飛ばしていた。 ただ純粋な強い意志を宿した視線を受け、ティアナは舌打ちしながらその場から飛び退る。 一瞬にして距離を取り、エアハイクによって更に離れた足場へと移動していた。 かつてないほど鋭い動きだった。スバルとの自主練習中や、ここまでの模擬戦の最中でさえ見せなかった、ティアナの真の力だった。 予想もしなかったな展開と、パートナーの変貌に、スバルはもう何も考えられない。 「ティア……」 「ティアナ、スバルを囮にしたね?」 まだパートナーを信じようと、縋るように呻くスバルを、なのはの断ち切るような言葉が停止させた。 スバルの頭の中でバラバラに散らばっていた破片が、その言葉でカチリと噛み合う。 状況が全てを語っていた。 二人で練習した訓練、練った作戦――その全てがあの一瞬の為の伏線でしかなかったのだ、と。 「ティアナ、アナタはスバルを仲間じゃなく駒として扱ったんだよ」 「ち、違うんです、なのはさん!」 今度こそ、正しい怒りを迷いなく向けるなのはに対して、スバルは慌てて言い縋った。 何かの間違いだと、そう信じていた。 「あの、これもコンビネーションのうちで……っ! っていうか、わたしが悪いんです! わたしが、もっと……っ!」 「スバル」 必死に言い募るスバルを、横合いから冷たい言葉が殴りつける。 震えながらその方向を見た。 ティアナが見下ろしていた。どうしようもなく冷酷で冷徹で、相棒を思いやる暖かみの一片さえ含まれない瞳で。 「アンタのそういう寝言がウザくて仕方なかったのよ」 吐き捨てられた言葉が、一緒に二人の間にあった繋がりさえ切り捨ててしまった。 スバルがその場に崩れ落ちる。 その様子を一瞥し、なのははティアナを見た。驚くほど落ち着き、睨みもせず、ただハッキリと『強い』視線だった。 「ティアナ……」 「さあ、続けましょう高町教導官。まだ模擬戦は終わってません。一人リタイア、後は一対一です」 不敵な笑みを浮かべてクロスミラージュを構える。その仕草だけは、まったく普段通りのティアナだった。 「ティアナは、わたしに勝って何を証明したいの?」 「何も。強いて言うなら、現状での修正点です」 「修正? 何か、間違ってるところあるかな?」 すでに二人の意志は戦闘時のようにぶつかり合っていた。 避けられない戦いを前に、なのははティアナの真意を探るように言葉を投げ掛ける。 「私が勝てば、認めざるを得ない――今の高町教導官が想定する私の戦闘力が、間違っているという現実を」 ティアナは初めて得られた的確な質問に対して喜ぶように笑って答えた。 「足りないんです、力が。今の訓練じゃ、私の得られる力はあまりに少ない」 「ティアナは十分強いよ」 「何を基準にした『十分』なんですか? アナタに私の求めるものの何が分かると?」 嘲るような笑みに、なのははもう必要以上のショックを受けなかった。 ただ受け止める。この言葉は、自分が望んだものだ。 ティアナの本心だ。 「私は、ただ理屈を言ってるんです。 別に先の事件の失敗を帳消しにして、死んだ兄の正しさをこんな形で示したいわけじゃない。やるべきことは分かってます。その為に必要なモノも」 ティアナは全てを吐き出すように続けた。 声も荒げず、ただ穏やかに、淡々と。それこそがティアナの本気の証なのかもしれなかった。 「高町教導官、アナタの力を尊敬します」 「力、だけなんだ……」 「今のままじゃ足りない。その力が欲しい。だから、私が証明するとしたら――唯一つ、更なる教導の必要性だけです」 明確な理屈に基づく話を終え、ティアナは全てを任せるように口を噤んだ。 悲しいほどに冷静な言葉だった。なのはを打ち倒すことで何かを得られるなどと錯覚せず、あくまで適切な手順を踏んで自らの目的を達成しようとしている。 しかし、やはり――。 「ティアナは手段としての力が欲しいんだね。それは、きっと正しいよ。力はいつだって手段なんだ」 なのはは噛み締めるように呟いた。 ティアナの理路整然とした言葉の前に頷いてしまいそうになる自分を、心の何処かで止める『根拠の無い何か』が在る。 それはティアナにとっては愚かしいものなのかもしれないが――なのははそれに従った。人間として、正しいと信じて。 「……そう、力は手段に過ぎないんだよ。それは、やっぱり事実なの」 俯いていた視線を上げ、なのはは真っ直ぐにティアナの瞳を見据えた。 その意志在る瞳を、かつての彼女を知る者が見れば気付いただろう。 迷い無く、理屈や常識を超え、己の心が叫ぶままに自らを信じようとする子供のように純粋な瞳だった。 「例えどんなに必要でも、自分を慕う人や仲間を切り捨てて、自分まで削って尖らせて……そんなになってまで求めるものじゃない。 もうその時点で、力はアナタの為に在るんじゃなく、力の為にアナタが在るようになってしまっているんだよ!」 訴えかけるようななのはの叫びに応じて、レイジングハートが再び真の姿を現した。 ティアナ、その姿にも言葉にも微動だにしない。 もはや、彼女を揺るがすものは無いのか。しかし、なのはは語ることを止めなかった。 「本当にたいせつなものは、力なんかじゃない。それを扱う自分自身――。 苦しい時、追い詰められた時、いつだって最後には自分を突き動かしてくれる、魂なの!」 今の自分に出せるだけの想いを吐き出して、なのははぶつけた。 自らの手を静かにその胸に当て、其処に在るものを確かめる。 10年前、全ての始まりから自分を動かし、どんなに辛い時も立ち上がらせてくれた。歳を経て、久しく感じられなかったソレが、今再び燃えていた。 「その魂が叫んでる……ティアナを止めろって!」 今日までの迷い、悲しみ、怒り――全ての人間的感情を一つの意志に束ねて、それを決意としてなのはは指先と共に突き付けた。 その決死の覚悟に、ティアナは嘲笑で応える。 暗い笑い声が響き渡った。 ティアナもまた、既に揺らぐことの無い覚悟を終えてしまっているのだった。 「申し訳ないですが……『あたし』の魂はこう言ってる」 飾り立てた敬語が崩れ、ティアナの真の意志が露わになる。 なのはと同じように、胸の内で燃え続ける確かな決意に手を当て、確かめるようにその叫びを感じ取った。 何かを与えるのではなく、ただひたすらに求め続ける魂の渇望を。 全ては、何も出来ない自分の無力を殺す為に――。 「――もっと力を!」 ゆっくりと一語一語噛み締める、地を這うような重い決意の言葉が、その瞬間決定的に二人の間を分ってしまった。 二人の強烈なまでの意志に、スバルと遠くで見据えるフェイト達や、ヴィータ、ダンテさえ飲み込まれていく。 誰の顔にも悲痛な表情が浮かんでいた。そして、同時に共通して確信していた。 どうなろうと、この二人の戦いの決着が全ての答えだ。 誰も手出しなど出来ない。 なのはとティアナ。言葉は全て吐き尽くし、後は力と意志だけが結果を生み出す。 静寂。そして、同時に。 互いに相手の意思を叩き潰す為、二人は行動を開始した――。 to be continued…> <悪魔狩人の武器博物館> 《デバイス》ボニー クライド 本作のみのオリジナル武器。ダンテが現在携行している銃型のデバイスを指す。 二挺左右で交互に連射も、二方向の同時射撃も可能。 質量兵器の禁止されたミッドチルダにおけるダンテの武器として、ティアナがアンカーガンのパーツを流用して作成した簡易型デバイス。 一般的なデバイスと比較すると特異な外見だが、実際の性能はごく標準的なストレージデバイスである。 使用可能な魔法も単純な弾丸型射撃魔法<シュートバレット>以外登録されていない。 カートリッジシステムも未搭載の完全に普遍的なデバイスだが、ダンテの魔力によって驚異的な速射性と威力を誇る。 驚くほど単純な機構の代わりに、強度はアームドデバイス並にある。 デバイスの名付け親は不明。その意図も不明である。 前へ 目次へ 次へ
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両親と兄姉に囲まれ、平凡に暮らしている小学三年生、高町なのは。 携帯電話のアラームで目覚めるいつもの朝だったが、今朝はなんだか不思議な夢を見ていた。 暗い森と不気味な黒い影…そしてそれと戦う少年の夢。 いつものように普通に過ごすなのはだが・… 編集長の一言 (尚、此処のコメントには、裏コメントがありますが、簡単には、入れません) なのはの初めての回です 純粋で可愛いです。 女神よ。絶対 此処から、楽しき夢の始まりです。 映像は、こちら(消失の場合は、連絡の事 魔法少女リリカルなのはep 1 part 1 魔法少女リリカルなのはep 1 part 1(裏コメントへ) 魔法少女リリカルなのはTVシリーズは、どれ位あるのへ戻る
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次元の海の中心『ミッドチルダ』 都市型テロ『JS事件』の発生と解決からは既に四年が経過して―― 新魔法少女☆スタンバイ! 対処に当たった舞台『機動六課』もすでに解散―― そして機動六課の戦術の切り札(エースオブエース)――高町なのは一等空尉も現在はその翼をひととき休めて 育ちゆくのは新たな世代 これはかつてのエース高町なのはと なのは「ヴィヴィオ~!あさごはんだよ~」 一人娘にしてSt(ザンクト)ヒルデ魔法学院初等科4年生 ヴィヴィオ「はぁ―――いっ!」 高町ヴィヴィオの鮮烈(ヴィヴィッド)な物語 「リリカルなのは」第4期シリーズ始動! Memory;01☆「セイクリッド・ハート」 わたし 高町ヴィヴィオ ミッドチルダ在住の魔法学院初等科4年生 なのは「ヴィヴィオ 今日は卒業式だけでしょ?」 ヴィヴィオ「そだよー」(帰りにちょっと寄り道してくけど) 公務員の「ママ」と二人暮らしで なのは「今日はママもちょっと早めに帰ってこられるから ばんごはんは4年生進級のお祝いモードにしよっか?」 ヴィヴィオ「いいねー♪」 なのは「さて それじゃ」 ヴィヴィオ「うん」 なのは・ヴィヴィオ「いってきまーす」ポン! けっこう仲良し親子です たまにケンカもするけれど St(ザンクト)ヒルデ魔法学院初等科・中等科棟 「おはよー」「ごきげんよう」 コロナorリオ「ヴィヴィオ!」 リオ「ごきげんよう ヴィヴィオ」 コロナ「おはよー」 ヴィヴィオ「コロナ!リオ!」 リオ「クラス分けもう見た?」 ヴィヴィオ「見た見た!!」 コロナ「3人一緒のクラス!!」 ヴィヴィオ・コロナ・リオ「いえーい♪」ぽんっ 一般生徒「くすくす」「あら はしたない」「あらあら まあまあ」 仲良しの友達と 「選択授業で応用魔導学を選択した皆さんはこれから拾行も難しくなってくると思いますが… しっかり学んでおけば将来きっと役に立ちますからね」 結構ハイレベルだけど楽しい授業 コロナ「は――終わった終わったー」 リオ「寄り道してく?」 ヴィヴィオ「もちろーん」 コロナ「また図書館よってこーよ!借りたい本あるし」 ヴィヴィオ「あ でもその前に教室で記念写真撮りたいな お世話になってる皆さんに送りたいんだ」 「みなさんのおかげでヴィヴィオは今日も元気ですよ……って」 ヴィヴィオ「あ メール返ってきたー」 リオ「そういえばヴィヴィオって自分専用のデバイス持ってないんだよね それ フツーの通信端末でしょ?」 ヴィヴィオ「そーなんだよー うち ママとその愛機(レイジングハート)がけっこー厳しくって」 なのは「基礎を勉強し終えるまでは自分専用のデバイスとかいりません」 レイジングハート「I act as a sabstitute till then(それまでは私が代役を)」 ヴィヴィオ「だって」 リオ「そーかー」 ヴィヴィオ「リオはいーなー自分用のインテリ型で」 リオ「あははー」 リオのインテリデバイス「I m sorry(すみません)」 ヴィヴィオ「あ…ちょうどママからのメールだ」 コロナorリオ「なにかご用事とか?」 ヴィヴィオ「あーへいきへいき、早めに帰ってくるとちょっと嬉しいコトがあるかもよ…だって」 コロナorリオ「そっか」「じゃ借りる本決めちゃお!」 ヴィヴィオ「うん!」 実は私はその昔 生まれ方関係でちょっといろいろあったりした なのはママとも血の繋がった親子ではないし 今は仲良しのみんなとも ほんの数年前には本当に 本当にいろいろなことがあった だけど 助けてくれたいろんな人たち わたしがわたしのまま タカマチヴィヴィオとして生きることを 許してくれた人たちのおかげで わたしは今 なんだかすっごく幸せだったりします フェイト「おかえりーヴィヴィオ」 ヴィヴィオ「あれ?フェイトママ!?」 フェイト「うん(ハートマーク)」 ヴィヴィオ「バルディッシュも」 バルディッシュ「Hello lady」 フェイトママ「フェイトママ 船の整備で明日の午後までお休みなんだ だからヴィヴィオのお祝いしようかなって」 ヴィヴィオ「そっか…ありがとフェイトママ」 フェイト「お茶煎れるから着替えてくるといいよ」 フェイトママはなのはママの大親友 9歳のころからだって 私がなのはママと親子になる時後見人になってくれて その時なんだかわたしはファイトママのこともママって思っちゃったらしくて 覚えてないよ!ちっちゃい頃の事だもん 依頼ずっと わたしには二人のままがいる状態 まあちょっと変わってるけど ふたりとも私の大切なママです ヴィヴィオ「ごちそうさまー! さて!今夜も魔法の練習しとこーっと」 なのは「あー ヴィヴィオちょっと待ってー」 ヴィヴィオ「?」 なのは「ヴィヴィオももう4年生だよね」 ヴィヴィオ「そーですが」 なのは「魔法の基礎も大分できてきた だからそろそろ自分の愛機(デバイス)を持ってもいいんじゃないかって」 ヴィヴィオ「ほ…ほんとっっ!?」 フェイト「実は今日私がマリーさんから受け取ってきました」 なのは「あけてみてー」 ヴィヴィオ「うさぎ…?」 なのは「あ そのうさぎは外装というかアクセサリーね」 フェイト「中の本体は普通のクリスタルタイプだよ」 ヴィヴィオ「とっ…ととと飛んだよ!?動いたよっっ!?」 フェイト「それはおまけ機能だってマリーさんが」 ヴィヴィオ「あ…」 なのは「色々とリサーチしてヴィヴィオのデータに合わせた最新式ではあるんだけど、 中身はほとんどまっさらの状態なんだ」 「名前もまだないからつけてあげてって」 ヴィヴィオ「えへへ…実は名前も愛称ももう決まってたりして」 「そうだママ!リサーチしてくれたってことはアレできる!?アレ!!」 なのは「もちろんできるよーセットアップしてみてー」 フェイト「……?」 ヴィヴィオ「――マスター認証高町ヴィヴィオ 術式はベルカ主体のミッド混合ハイブリッド わたしの愛機(デバイス)に個体名称を登録 愛称(マスコットネーム)は『クリス』 正式名称『セイクリッドハート』 いくよクリス」 「セイクリッドハート!セ――ット・ア――――ップ」「ん…!やったぁ――!ママありがとー!」 なのは「あー、うまくいったねー」 レイジングハート「Excellent!(お見事です)」 ヴィヴィオ「フェイトママ?」 なのは「……あ」 フェイト「なのは……ヴィヴィオがヴィヴィオがぁぁ―!!なんで聖王モードに!?」 なのは「いやあの落ち着いてフェイトちゃんこれはね?」 ヴィヴィオ「ちょ…!なのはママ!なんでファイトママに説明してないのー!」 なのは「いやその…ついうっかり」 ヴィヴィオ「うっかりって―!」 陸士108隊隊舎 20 38 ノーヴェ『……連続傷害事件?』 ギンガ『ああ…まだ「事件」ではないんだけど』 ノーヴェ「どゆこと?」 ギンガ「被害者は主に格闘系の実力者 そういう人に街頭試合を申し込んで…」 ノーヴェ「フルボッコってわけ?」 ギンガ『そう』 ウェンディ「あたしそーゆーの知ってるっス!喧嘩師!ストリートファイター!」 ディエチ「ウェンディうるさい」 ギンガ「ウェンディ正解 そういう人たちの間で話題になってるんだって」 『被害届が出てこないから事件扱いではないんだけど みんなも襲われたりしないように気をつけてね』 ディエチ「そう…」 ノーヴェ「気をつける つーか来たら逆にフルボッコだ」 チンク「ふむ…これが容疑者の写真か」 ギンガ『ええ』『自称『覇王』イングヴァルト』 ウェンディ「それって」 ギンガ『そう 古代ベルカ――聖王戦争時代の王様の名前』 覇王……爆現!?
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古代遺物管理部機動六課/Lost Property Riot Force 6 スターズ分隊/Forward Stars ライトニング分隊/Forward Lightning ロングアーチ/H.Q.Longarch 時空管理局陸士108部隊/Battalion 108 時空管理局本局/Administrative Bureau 時空管理局地上本部/Midchilda Center Office 聖王教会/Saint Church 一般/Ordinary People ルーテシア一行/Relic Weapon スカリエッティ&ナンバーズ/Unlimited Desire&Numbers
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ここで紹介する音楽は、ファーストシリーズと最後のサードシリーズのオープニングが主になります。 魔法少女リリカルなのは(少女時代(小学生編) ファーストシリーズのネット公開されている音楽情報を保存しています 魔法少女リリカルなのはA's(少女時代(小学生編~中学校へ) セカンドシリーズのネット公開されている音楽情報を保存しています 魔法少女リリカルなのはのStrikerS(大人時代(魔王教官編) セカンドシリーズのネット公開されている音楽情報を保存しています 魔法少女リリカルなのは (TOPへ戻る
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「内部からの襲撃だぁ!?」 シャマルからの報告に、ヴィータはまさしく寝耳に水といった声を上げた。 ゲームで悪質な反則を見た気分だった。 数日前からホテルの警戒に当たり、今も敵の如何なる奇襲にさえ対処出来るよう万全の体勢を整えていたというのに、敵はまともな手順を飛ばしていきなり王手を掛けて来たのだ。 「どっから侵入された!? こっちは何も察知してねーぞ!」 『オークションの人形が突然動き出したって……! 信じられないわ、クラールヴィントのセンサーもさっき突然反応したの!』 「なんだとぉ……っ」 ホラー映画を真に受けたような報告を聞いて、ヴィータの脳裏に浮かんだのは以前の夜の事だった。 予兆のない突然の襲撃。時間も場所も関係ない、影の中から湧き出るような出現。 ヴィータとシャマル、そしてザフィーラには覚えのある感覚だった。 「襲撃者は<悪魔>か!」 『<悪魔>? 何のことだ?』 思わず口を突いて出た言葉を聞いて、通信越しにシグナムが首を傾げる。しかし、今は説明している暇がない。 「すぐに援護に向かう!」 『待って! センサーに新しい反応、今度は外部から複数の接近よ!』 『来た来た、来ましたよ! ガジェットドローン陸戦Ⅰ型、機影30!』 「このクソ忙しい時にっ!」 矢継ぎ早に飛び込んでくる凶報に、ヴィータは思わず悪態を吐いた。 真に守るべきオークションの中枢を既に襲撃され、おまけに挟み撃ちの形で追い討ちがやってくる。 理不尽を感じずにはいられない状況だった。 「部隊長、隊長陣から命令は出てるか!? ホールの状況はどうなってんだ!?」 『なのは隊長からの命令、「外部からの襲撃者の迎撃に専念せよ」「内部は独自に対処する」とのことです!』 『援護が必要ではないか? テスタロッサ以外、室内戦には向いていないぞ』 『―――待って、はやて部隊長と通信が繋がりました』 現場の状況や通信を纏め、司令室へ中継していたシャマルが言った。 『こちらはやて、現在地はホールに繋がるドアの前や。マズった、締め出されたわ。敵はホールを結界で隔離しとる。ここからでは様子も分からん』 話の内容に反して、声色には僅かな動揺すらも見せないはやての声を聞き、全員の心に僅かな安堵が浮かび上がった。 不測の事態の中で最高指揮者の無事を確認出来たことは朗報だったし、揺るがぬ部隊長の態度は混乱と不安を払拭する効果があった。 こういった混戦状況で、実戦経験のある上司の言動は大きな信頼性を持つ。 『現状ではホールに手は出せん。ライトニング分隊、スターズ分隊は共に外の襲撃者を迎撃。内部の迎撃は隊長陣に任せる』 なのはの命令と状況を合わせ、判断の下、改めて部隊長から正式な命令が下される。これに逆らうことは出来ない。 正直、ヴィータは不安に後ろ髪を引かれる思いだったが、なのは達への信頼で僅かな迷いを振り切った。 内部に回れば外側が薄くなる。いずれにせよ、敵の侵入を許した段階で苦しい判断は避けられないのだ。 『私も外で合流するつもりやけど、この結界は得体が知れん。どこまで隔離されてるか分からんから、その間の現場指揮はシャマルに一任する。各員、速やかに行動に移れ!』 『了解!』 「了解!」 戦況は一気にピンチだ。気がかりは山ほど。 しかし、やるべき事を決めたヴィータは今やその真価を発揮していた。 まず、この機動六課が守る場所へ近づく身の程知らずどもを吹き飛ばし、それが終わったら中に戻って今度は侵入したドブネズミどもを一匹残らず磨り潰す。シンプルだ。 「いくぜ、グラーフアイゼン!」 《Anfang.》 迷い無き意思を秘め、鉄槌の騎士は自らのデバイスを呼び起こした。 「とりあえず、外はこれで大丈夫かな……」 通信を終えて、はやては小さくため息を吐いた。 短い通信だった。こちらの様子がおかしいことは悟られていないだろう。 余計な不安や懸念は抱かせたくなかった。つまらない自己犠牲精神などではなく、隊長としての全く合理的な考え故だ。 ―――息を潜めて曲がり角の物陰から外へ向かう通路を覗き込めば、そこには枯れ木のような人形が数体、観客のいない人形劇のように徘徊していた。 例の得体の知れない結界のせいで、ホテルから外に出るルートはかなり限られている。 この人形が徘徊する通路を抜けることは必須だ。 はやてはもう一度ため息を吐き、壁に背を預けて自分の判断が正しかったどうかを考えた。 シグナムかヴィータに護衛を頼むべきだったか。いや、外部の敵への対応を万が一にも間違えるわけにはいかない。本来最終防衛ラインとなる隊長陣がいきなり襲われたのだ。 部隊長という地位とその命の価値をはやては正確に理解していたが、それ故に優先順位もしっかりと決めていた。 分の悪い賭けじゃない。今はリスクを犯す時だ。 「ガチンコは苦手やけど」 もう一度深呼吸して、目を開く。 意思は固まった。 通路へと飛び出す。 「―――久々に走るか!」 はやての気配に気付き、得体の知れない敵意が一斉に向けられる。 久しく感じる危機感と緊張感で顔を引き締め、それでも尚不敵に笑いながら、はやてはバリアジャケットを纏って駆け出した。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十三話『Chance Meeting』 『前線各員へ! 状況は広域防御戦です。ロングアーチ1の総合管制と合わせて、私シャマルが現場指揮を行います!』 ホテルの外周を警備していたティアナは、スバル達との合流の為にホテルへと足を戻していた。 そこへ、シャマルの通信が届く。 「<スターズ4>了解」 シャマルの報告に、ティアナは緊張と責任が肩から一つ降りるのを実感した。 副隊長陣を含むベテランが今回の任務には参加している以上、新人は前線から一歩退くことになる。 すでにヴィータとシグナムがホテルから出撃したことは確認しているし、必然的に自分達新人の仕事は撃ち漏らした敵の迎撃になるはずだ。 その事に若干の安堵と、同時に物足りなさを感じてしまうのは若さゆえの血気なのかもしれなかった。 しかし、本当は初出動時の激戦が異常だったのだ。 もちろん、今回は後方に回るとはいえ、それを理由に気を緩めるような愚行は犯さない。 ティアナは前線の様子を確認する為、シャマルにモニターを回してもらうよう個人的に通信を開こうとして―――それより早くシャマルの方から通信が繋がった。 『ティアナ。前線の様子をモニターして、クロスミラージュに送ります』 「え……っ? あ、はい」 元より自分に状況を見せるつもりだったらしいシャマルの言葉に、ティアナは戸惑いながらも応じる。 その疑問に答えるように言葉が続いた。 『なのは隊長から、戦闘時にはアナタの意見も取り入れるように言われているの。敵の勢力図と味方の配置も付属して送るから、率直な意見を聞かせて』 すぐさまシャマルからモニターとマップが送られ、目の前に表示される。 予想していなかった展開に、ティアナは動揺した。 一新人魔導師に過ぎない自分の意見が望まれるとは思ってもいなかった。しかも、それを命じたのがなのはだ。 自分が嫌われてるとか、蔑ろにされてるとは思っていない。だが、それでもティアナはなのはとの間に確執を感じていた。 意に沿わぬ訓練。疑問に応じない態度。 それらは全て、目の前に突きつけられた現実を見て吹き飛ぶ。 ―――あたしは、能力を買われている。 「……了解!」 適度なリラックスを保っていた体に、不意に力が漲るのを感じた。 まだ戦闘に入ったわけでもないのに気分が高揚するのを実感する。 目の前に敵の姿を捉え、その攻撃が視界を掠める―――そんな実戦の中ではない。しかし、確かに今自分が戦闘に関わっている緊迫感があった。 常に前へ出て戦い続けてきたティアナにとって、全く未知の感覚だった。 それは<指揮する者>の戦い。 「―――味方の配備はこれでいいと思います。エリオとキャロにはコンビで動くよう徹底させてください」 スバルの合流を待つティアナの現在地から正面に捉えた方向に、最も多くの敵勢力が迫りつつある。それを迎え撃つ為にヴィータとシグナムは先行していた。 しかし、もちろんその方向からのみ敵が来るわけでもなく、反対側からはホテルを挟み込むように別働隊の敵が接近していた。 比較すれば少数勢ではあるが、残ったザフィーラだけでは捌ききれないこの敵の迎撃をエリオ達ライトニング分隊が担当していた。 単独でも戦闘可能なティアナとスバルのコンビが、単純に数の多い敵の対処へ回るのは当然のことである。 「ただ、ザフィーラには先行した攻性防御を重点に行動するようお願いします」 『二人への援護は要らないのね?』 「エリオとキャロの戦い方なら互いにカバーし合えます」 『了解。ではそれを加えて、これより作戦行動を開始します!』 シャマルとの通信が打ち切られるのと同時に、ティアナの元へスバルが駆けつけた。 「お待たせ!」 「デバイスを起動させて、周囲を警戒。そろそろ前線での戦いが始まるわよ」 そして、ティアナのその言葉が予言であったかのように、遠くの空で爆発の音と光が瞬き始めた。 「てぉぁあああああああっ!!」 青い獣の咆哮が響き渡る。 ザフィーラの<牙>が地を割き、崖を砕いてガジェットを串刺しにした。 大地から隆起する無数の光の杭。 ガジェットの熱線は強靭な障壁を揺るがすことも出来ず、逆にザフィーラの攻撃はAMFを貫通して敵をただの鉄屑へと変えていった。 戦闘力の差は明確だった。 しかし、戦力差はその限りではない。ガジェットは単純な武力―――物量の力で以って、盾の守護獣の牙を何体かがすり抜けていく。 それを追う為に踵を返そうとして、しかしザフィーラは思い留まる。 「エリオ! キャロ! そちらに数体向かったぞ!」 撃ち漏らしを後方の新人二人に任せ、彼は積極的に獲物を捕らえ、狩ることに専念した。 不安はある。しかし、同時に楽しみでもあった。あの少年少女が自分の信頼に応え得るのか、すぐに分かるだろう。 「了解! キャロ、いくよ!」 「はいっ!」 『キュクルー!』 迫り来る敵影を捉えて、キャロを背後に控えたエリオが戦闘態勢を取った。 あの列車での死闘で得た、二人の戦い方。 敵を迎え撃つエリオの体に不必要な緊張はなく、見据えるキャロの瞳に悲壮な覚悟もない。たった一度の実戦が、幼い二人を大きく成長させていた。 「ブーストいきます!」 「頼む!」 キャロのデバイス<ケリュケイオン>が淡い輝きを放つ。 「我が乞うは、清銀の剣(つるぎ)。若き槍(そう)騎士の刃(やいば)に、祝福の光を―――」 《Enchant Up Field Invade》 「猛きその身に、力を与える祈りの光を―――!」 《Boost Up Strike Power》 両手左右で別々の増幅魔法を行使。フィールド貫通特性の付加と、攻撃力の向上の効果を持った二種類の光がエリオを包み込んだ。 「いっくぞぉぉおおおーーーっ!!」 吼え、駆ける。 恐るべき速さで飛び出した若い獣は、迫り来る鋼鉄の群れに一切の恐れ無く喰らい付いた。 複数体による弾幕も何ら脅威にならない。 新型ガジェットの持つ強力な熱線や、常軌を逸した<悪魔>の眼光に晒された時の圧迫感に比べれば。エリオにとってそれらは想定する脅威『以下』のものだった。 全身を突撃槍と化したかのような一撃が機体を食い破り、ブーストにより強化され、衰えることを知らない勢いがすぐさま次の標的へ襲い掛かる。 撃破を示す爆発が次々と巻き起こり、その中をエリオの放つ魔力光が駆け抜けていった。 一方的な展開の中から、一体のガジェットが運良く逃げ出すことに成功する。 仲間を省みない機械的な行動と、単純な数の有利によるものだった。 ガジェットの向かう先。そこには、直接的な戦闘力を持たないキャロの姿があった。 後方支援から潰そうというセオリーどおりの判断。 しかし、もちろんそれを彼女に従う白い下僕が許すはずもない。 「フリード! <ブラストフレア>!!」 『キュァアアアッ!!』 キャロの命令に従い、フリードはすぐさま火球を吐き出した。 その一撃。火炎を生み出すタイムラグは短縮され、圧縮率は倍近く上がっている。実戦で何かを得たのは二人だけではなかった。 硬球ほどにまで圧縮された火炎は、やはり単純な魔力量が及ばず、AMFによって無効化されたが、炸裂と同時に生み出された強烈な衝撃はガジェットの動きを硬直させた。 その一瞬の停滞を、背後から迫るエリオは見逃さない。 背中から貫通して顔を出したストラーダの穂先。そのまま槍を振り上げてガジェットを真っ二つに切り裂くと、エリオが離脱すると同時に遅れて爆発が響いたのだった。 「ほう―――」 戦いながらも後方の戦闘を伺っていたザフィーラは思わず感嘆を漏らした。 見事な連携だった。自分達がどんな特性を持ち、それをどう活かすか理解したうえで行動している。互いのサポートも申し分ない。 自分に先行した単独戦闘命令を与えた理由も分かる気がした。 エリオとキャロは二人で一つ。分担して戦うことは出来ないが、コンビを組むことで新人であっても高い完成度を誇ることが出来る。 「残念だったな。これで盾は二重だ。貴様らがここを突破できる可能性は万に一つもなくなった!」 愚直な前進を続けるガジェットの群れに向かい、ザフィーラは後方の二人を背にして誇らしげに言い放って見せた。 不測の事態の中で、健闘する機動六課。 しかしこの時、彼らにとって二度目となる脅威が近づき始めていた。 「―――っく!? これは……っ!」 「どうしたの、キャロ!?」 何かと共鳴するように明滅するデバイスを押さえ込み、苦しげに呻くキャロを見てエリオが慌てて駆け寄る。 慣れ親しんだ寒気と苦痛の中、キャロは虚空を睨み据えながら呟いた。 「近くで、誰かが召喚を使ってる……。しかも、これは……!」 『クラールヴィントのセンサーにも反応! だけど、この魔力反応って―――!』 シャマルの言葉を、司令室で情報を解析していたシャリオが引き継ぐ。 『以前確認したパターンです! 反応複数、気をつけてください! これは、前回の<アンノウン>と同様の反応です!!』 悪魔、襲来。 「―――動きが変わったな」 「っつか、もう見た目からして変わってるじゃねーか」 上空に退避したシグナムとヴィータは、シャマル達の報告と連動するように変化したガジェットの様子を見て顔を顰めた。 新たに加わった増援のガジェット、また撃破には至らなくともかなりの損傷を負わせた機体も含めて、鋼鉄の体に肉の皮膚を張り付かせた姿でそこに浮かんでいた。 破損した部分をその奇怪な肉塊で繋ぎ合わせ、巨大な眼球とそこから放つ不気味な生気を持った機械と生物の融合体と化している。 それは間違いなくリニアレールで遭遇した、ガジェットに正体不明の蟲が寄生した姿だった。 <寄生型>と仮称されたそのガジェットが群れを成す光景は、初見のシグナムとヴィータを戦慄させるに足る異様さを醸し出している。 『確認した<アンノウン>はそのガジェット寄生型。それとホテル周辺から、こちらは全く未知の反応が複数出てるわ』 「またかよ! 防衛線の意味ねーじゃねえか、卑怯くせえ!」 「室内戦になるか……私が行こう」 『いえ、違うの。その反応が出現してから、外へ向かってるのよ』 シャマルの言葉に、シグナムとヴィータは眉を顰めた。 内部へ浸透するならともかく、わざわざ外部へ姿を現す。敵の目的はホールの襲撃ではないのか? 『目的は分からないけど、スターズFやライトニングFに向かって移動しているわ』 「こちらと戦うことが目的なのか?」 「どちらにしろ、このままじゃガジェットと挟み撃ちだ。こっちもガジェットの数を全部押さえつけられるわけじゃねぇんだぞ」 次々と舞い込む悪い報せに、ヴィータは思わず悪態を吐いた。 敵の―――<悪魔>の目的は何となく分かる。それは、あの夜の戦いを経たヴィータやザフィーラが実感を持って理解するものだった。 奴らが欲しがるモノがあるとしたら一つだけ。 それは血だ。 その生贄に、何故自分達を選ぶのまでは分からないが。 「―――ヴィータ、ラインまで下がれ」 歴戦の騎士をして戦慄を抱かせる化け物の参戦に、背後の新人達への不安を隠せないヴィータへシグナムが言った。 「敵の数が多すぎる。二人で戦っても確実に何機かは撃ち漏らすだろう。 混戦になれば新人達の経験不足が痛い。誰かサポートする者が必要だ。行ってやれ」 「わ、わかった!」 「シャマル、ザフィーラにも伝えろ。こちらから援護には向かえん」 『分かったわ』 ヴォルケンリッターのリーダー格であるシグナムの判断の元、四人の歴戦の戦士達は更に追い込まれる戦況の中で行動を開始した。 「スバル、ヴィータ副隊長が援護に来てくれるわ。それまであたし達だけでやるのよ」 「お、おう!」 「スバル」 「な、何……?」 「ビビるな」 「お、おう!」 やれやれ。ティアナは完全に萎縮した相棒に気付かれないようにため息を吐いた。 新たに参入した敵の正体が、あの列車に現れた者と同質であることを告げられた途端、スバルはこの様になってしまった。 ティアナは敵の正体を知り、スバルは知らないという差もあるだろう。 だがそれを差し引いても、<悪魔>とスバルの相性はあまり良くないらしい。 <悪魔>の持つ、人を根源から恐怖させる闇の存在感が、無垢なスバルの感性を撫でつけ、その危機感を無闇に煽るのだ。 ―――最悪、戦えないかもしれない。 冷淡とも言える考えを抱きながら、ティアナはガジェットの群れが迫る方向に背を向けて、守るべきホテルの方向を睨みつけるという奇妙な状況に陥っていた。 そして、全くの謎と告げられた敵の姿がついに確認できる。 「何、アレ……?」 何が出て来ても驚かないし、どうせ理解なんて出来っこない。 <悪魔>に対して、前回の戦いでそう学んだスバルだったが、眼前の光景にそんな開き直りすらあっさりとなくなってしまった。 搬入口のあるホテルの裏手からゆっくりと現れる敵の群れ。その姿は少なくとも人の形はしている。 それらは継ぎ接ぎの布袋を出来損ないのピエロの衣装のように見せかけて、しかし決して人間では在り得ないようなぎこちない動きで跳ねるように歩いていた。 右腕が巨大な処刑刀そのものになっており、足は単なる棒切れが二本、裾から伸びて地面に突き立ち、フラフラ動いてその不安定なバランスを終始保っている。 一体、どんな生物がその中に入っていれば、こんな存在そのものがぎこちないピエロが出来上がるのだろうか? その答えを示すように、不意に敵がティアナとスバルへ向けて何かを投げつけた。 思わず身構える二人の眼前で、放り投げられた物が力なく地面に横たわる。 それは、丁度敵の<服>と同じ袋のような―――いや、中身が入っていなければ、まさに単なる布袋としか見えないような物だった。 では、その<中身>とは何なのか? 「まさか……」 ティアナが想像したものが何なのか、口にするより早くソレらは現れた。 何かの擦れる微細な音が幾つも重なり、連続した一つの音となって四方八方から接近してくる。 「ひ……っ!?」 それが羽音を含む『虫の移動する音』だと気付いた瞬間、スバルは思わず悲鳴を漏らしていた。 特定の方向ではなくホテルの周辺の森林地帯から、木々の間を抜け、茂みを這い。空中から地面から、黒い煙としか表現できないほど密集した虫の群れが現れ、二人の間をすり抜けて行った。 そしてそれらは、まるで吸い込まれるように横たわる布袋の中へ入り込んで行く。 空気のように中を満たされた布袋は膨れ上がり、蠢き―――そして立ち上がった。 「うぇええっ!?」 「まったく、虫に縁があるわね」 不気味なピエロの中身を知り、スバルは盛大に顔を顰めて、ティアナは皮肉交じりの笑みを浮かべた。 無数の虫―――<スケアクロウ>が群れを成して布袋に入り込み、あたかも一つの生命のように振舞う姿。 それが、新たに現れたおぞましい敵の正体だった。 「ね、ねぇ、ティア。アレ殴って、もし袋が破れたら……」 「帰りに殺虫剤買っていきましょ」 「うわぁあああ、嫌だぁー! 最大のピンチだよぉ!」 すでに虫がトラウマになりつつあるスバルの横では、他人顔のティアナが射撃武器であるクロスミラージュを構えていた。 ある意味普段通りである二人のやりとりの前では、先ほどと同じプロセスで次々と敵が数を増やしている。まるで風船のような手軽さだった。 「真面目な話、必要以上にビビることなんてないんだからね。スバル、アンタは強いんだから」 「う、うん。分かった!」 非現実的な光景に恐慌を起こしそうになるスバルの意識を、普段通りのティアナの姿が現実に繋ぎ止めていた。 その不気味さ以外、全く未知の力を秘めた敵。<スケアクロウ>の数は、既に10を超えている。 「いくわよ!」 「おう!」 否応の無い緊迫感が周囲を支配する中、ティアナの銃火が開戦の合図となって二者の間で瞬いた。 『スターズF、<アンノウン>との交戦を開始しました! ライトニングFもたった今接敵!』 「クソ、何でこんなことに……!」 オペレーターの報告が通信機から漏れ、ヘリの機内でヴァイスは拳を握り締めた。 閉じられた手のひらの中には無力感があった。 シャマルからの通信がヴァイスに向けられる。 『ヴァイス陸曹。敵は今のところホテル内部には向かっていませんが、いつ目標を変更するか分かりませんし、これまでの修験パターンを省みるに、奇襲の可能性も考えられます。危険を感じたら、すぐにヘリを上空へ退避させてください』 「……っ、了解」 戦闘能力を持たない単なる移動手段であるヘリとそのパイロットであるヴァイスに対して、まったく妥当な命令ではあったが、同時に彼への戦力外通知であることも明らかだった。 その事実に、何故かどうしようもない情けなさと焦りを感じる。 焦燥感の理由は分かっていた。 今、機動六課は苦しい状況にある。 隊長陣は押さえ込まれ、護衛すべき要人達はすでに窮地に立たされている。浮き足立つ戦況の中、正体不明の敵の追撃まで現れ、味方の戦力は絶望的に足りない。 そんな中で、戦う力を持っているはずの自分が後方で燻っているという事実が、どうしようもなくヴァイスを焦らせ、責め立てるのだ。 戦えるだけの技能を持ち、武器も手元に、そして何より自分の尻にまで火が付きそうな戦闘の最中―――でも何もしない。 自分はヘリパイロットだから。 それが愚にも付かない言い訳なのだと理解しているからこそ、尚ヴァイスの焦燥感は増した。 (ここまで追い込まれてるってのに、頭の中がグルグル回るのをやめねぇ。指一本動かせば戦えるのに!) トリガーを引く為の指一本。ソイツが動けばいい。それだけで自分は敵を撃ち続けるマシーンになれる。その戦力を今は誰もが必要としているのに。 動かない。 狙撃手として、前線で戦い続けてきた自分の中で最も新しい経験が、引き金を引くことを躊躇わせる。 (俺は、ビビっている。敵味方が入り乱れる混戦の中で、俺の弾が味方のすぐ傍を掠めるだけで竦んじまう……) 過去の失敗。一般人の誤射。それが実の妹。 自分の魔法が正義の為に放たれ、女子供を人質に取るようなクソ虫の犯罪者どもを確実に貫き、一瞬で意識を砕く―――そう信じて疑わなかった頃だ。 敵に気付かれずに倒すのが<狙撃> その為に誘導性を削って限りなく弾速を高めた魔力弾は、実弾と同じくただ直進する破壊の塊。決して当たる物を選びはしない。 それ故に重い一発の弾丸の重みを、スコープの先で倒れる妹を見てようやく実感したのだ。 その重さが、狙撃手としてのヴァイスの歩みを止めてしまった。 命に別状は無かったが、光を失った妹の片目が自分を見る度に彼の良心は苛まれる。 同じことが繰り返されたら―――? その自問が、今のヴァイスを押さえ込む最大の原因だった。 (俺はヘタレか? ヘタレだな。俺の狙撃にはもう絶対なんて無くなっちまった。それを知っただけで、もう指一本動かせねぇ……) この手は、ただただ無力感を握り締めるだけで、あとは何の役にも立たない。 ホテル屋上にある来客用のヘリポートからは、戦況が一望出来た。 上空で瞬くシグナムとガジェットとの激突。地上の戦闘は、ティアナとスバルのいる方向が一際激しい。 状況が有利なのか不利なのかまでは分からないが、二人の少女が激戦の中にいることだけは分かった。 二人のうち、自分と同じ限りなく実弾に近い魔法を操る少女を思い浮かべる。 (ティアナ、お前は撃てるんだよな。制御の利かない弾頭を、味方に当たるかもしれない弾丸を、味方の為に撃てるんだよな―――) それは彼女が誤射を経験したことが無いからなのかもしれない。 しかし、そんなものは何の言い訳にもならず、ただ現状で自分とティアナとの差が明確に表れていることだけは確かだ。 ティアナは撃てる。 自分は撃てない。 それが何よりも事実。誰かの為に撃てる彼女と、撃てない自分の違い。 覚悟の違い。 (俺がヘリを選んだのは、こんな時に篭って震える為じゃねぇ!) トラウマを克服出来たわけじゃない。だからこんな物に乗っている。 しかし、戦いが一人一人の覚悟や決意を待ってくれるような悠長なものではないことはヴァイスも理解していた。 自分に嘘をついて、心の傷を欺きながら、少しだけ戦場に近づく。 コクピットに取り付けられていた待機モードのデバイスを引っ掴むと、ヴァイスは意を決して座席から立ち上がった。 (少しだ! 少しだけ腹を括る! それくらいなら、今の俺にも出来る筈だ!) 手の中のデバイス<ストームレイダー>が、久方ぶりに呼びかける主の命令に応じて真の姿を現した。 第97管理外世界の質量兵器に酷似した形状。 ヴァイスのイメージに応じて、スナイパーライフルの姿を持ったデバイスは戦いの息吹を放っていた。 「こちら、ヴァイス! 緊急事態につき、狙撃による援護に回ります!」 驚くシャマルを押し切り、ヴァイスは<悪魔>との戦闘に参戦した。 「リボルバーシュートォッ!!」 スバルのナックルから放たれた衝撃波がスケアクロウ数体をまとめて吹き飛ばした。 戦って分かったことだが、敵の動きは遅い。 人体の構造に囚われないトリッキーな動きと数だけは脅威だったが、いずれも高い運動能力を持つスバルの脅威には成り得なかった。 横合いから飛び掛ってくる敵の一撃を大きく避け、刃が空しく地面に突き立った瞬間を狙って蹴りを叩き込む。 骨格を持たない体がグニャリと折れ曲がり、次の瞬間吹っ飛ぶ。 リボルバーシュートで吹き飛んだ仲間と同じく、そいつは地面を転がった。 しかし、人間ならば悶絶する一撃を受けても、奴らは意識を失うことなどない。 無数の蟲が寄り集まって人の形を取っているだけの存在に、一つの意識などというものが存在するかははなはだ疑問だが。 「ダメだ、キリがないよ!」 「威力が足りないだけよ、腰が引けてるわ! もっと踏み込んで、スバル!!」 一撃を与えることは容易いが、ダメージらしきものを感じない敵の動きに焦るスバル。それをティアナが叱咤した。 今のスバルの動きはティアナの目から見ても精彩を欠いている。 反してティアナの攻撃は冴えに冴えていた。 両手が火を吹く。二人を包囲するように動く敵の最中へ、ティアナはクロスミラージュの魔力弾を次々と送り込んだ。 衝撃波特有の広い範囲と浅い貫通力を持つリボルバーシュートとは反対に、ティアナの形成する魔力弾は小さく硬い。 布の防御を易々と突き破り、内部の蟲を消し飛ばして、確実にダメージを刻み込んでいった。 ズタズタに撃ち抜かれた目標から順番にスケアクロウは消滅していく。 出血のように内部の蟲の死骸が穴から噴き出し、最後は粉々に破裂四散して、グロテスクな死に様を晒していった。 「スバル、もっと動いて! アンタのスピードなら、こんな奴ら敵じゃないのよ!?」 「期待してもらってるところ悪いけど、これで精一杯だよ!」 互いに交わす軽口。しかし、応じるスバルの声には少しずつ余裕が無くなってきている。 単純な攻撃力ならば、ティアナよりスバルの方が優れていることは自他共に認めているのに。 ―――やはり、スバルは<悪魔>を相手にして竦んでいる。 ティアナは冷静にそう結論付けて、内心で舌打ちした。 予測し辛い敵の攻撃や、その数の多さもプレッシャーになるだろうが、そもそも思い切りの良さがウリのスバルにそんな理由は副次的なものとしか思えない。 彼女は、ただ<悪魔>を怖がっている。 それが<悪魔>と戦い慣れた自分以外の人間が持つ普通の感覚なのか、ティアナには判断出来なかったが、状況が芳しくないことだけは理解出来た。 「とにかく、敵を倒すことに集中して! ガジェットまでやって来たら厄介なことになるわ!」 「わ、分かってる!」 足を砕いて転倒させた敵に銃弾を撃ち下ろしながら警告するティアナに、しかし返す言葉は頼りない。 仕方がない。 スバルが戦えないのなら、自分が戦う。 単純な道理だった。 「OK! なら、あたしが踊ってあげるわ―――!」 闘争心に満ちた獣が牙を剥くように口の端を吊り上げ、ティアナは嬉々として<悪魔>の群れを睨み付けた。 つい先日も感じた高揚だ。昔は何度も感じていた。 初めての生娘じゃない。<悪魔>を狩るのは得意だ。 ティアナは『いつものように』敵中へ自ら突っ込もうと足に力を込め―――不意に脳裏を走り抜けた。 自分が戦う時、いつも無意識に思い描いていた<不敵な笑みと赤いコート>の姿とは別に、<揺るがぬ瞳と白い外套>の姿が。 『チームの中心に立って、誰よりも早く中長距離を制する―――』 自分の積み重ねてきた戦い方に間違いは無い。 そう確信しているが、訓練で何度も教えられた教導官の言葉が、突撃しようとするティアナの足を止めた。 戦うのはいい。その為に自ら前に出ることも。 でも、それじゃあ今本調子じゃないスバルは? 『前だけを見ないで。一度足を止めて、視野を広く持てば、周りの仲間の動きも見えてくる。そして味方を活かすの―――』 ティアナは自分一人で戦うことを選ぶと同時に、無意識にスバルを切り捨てようとしていたのだ。 それに気付いた瞬間、愕然とした。 リスクを背負って前に出ることは、ただ自分の覚悟の問題だと思っていた。 その結果、残された相棒がどうなるのか忘れていた。 圧倒的な力を持つダンテと共に戦った昔とは違うのだ。あの時の経験は自分の中で確かに自信となっているが、今ここに立つ自分は勝手気ままな子供ではない。 機動六課の一員であり、スターズ分隊のセンターガードの任を与えられた管理局員だ。 ただ敵を倒すだけじゃない。仲間と共に戦い、任務を果たす義務がある。 その責任を背負う自覚と覚悟をするだけの歳は重ねてきた。 『貪欲になることはいいことだよ。でも、強くなることは自分を追い詰めることじゃない―――』 昂ぶり、熱くなった頭が急激に冷えるのを感じた。 「―――スバル、もう一度リボルバーシュート!」 「え!? ……了解!」 突然のティアナの言葉にも、スバルは反射的に従った。 解き放たれる衝撃波が数体の敵を巻き込んで、混沌としつつある戦場を一掃する。 しかし、やはりそれは敵を倒す決定打には成り得ない。地面に叩きつけられたスケアクロウは、ノロノロと次々に起き上がってくる。 ―――その無防備な瞬間を、ティアナの正確無比な射撃が狙い撃ちにした。 「ティア、ナイスショット!」 「作戦変更! スバルは動き回って、敵を引っ掻き回して! アイツらじゃあアンタのスピードには追いつけないわ! 援護とトドメはあたしがやる!」 「了解っ!!」 倒した敵の数こそ数体だったが、その一撃は戦いの流れを変えた。 これまでとは違う、互いに要所でカバーし合う方法ではなく、一方が一つの役割に徹する新しいコンビネーション。 ティアナの強力な援護を得たと確信した途端、動きに迷いの無くなったスバルが思う様駆け抜け、後方からティアナが射的ゲームよろしく敵を狙撃する。 「どりゃぁあああっ!」 ミスショットなど一度も無く、連続して炸裂する魔力弾の音に勇気付けられたのか、スバルの声に力強さが戻った。 抉り込むようなリボルバーナックルのブローが敵の腹を打ち破って、黒い中身を撒き散らしながら宙へ跳ね上げる。 空高く舞い上がった標的を、ダメ押しにティアナの射撃が貫いた。 流れを味方に付け、順調に撃破数を重ねていく中で、左手のクロスミラージュのカートリッジが尽きた。 「リロードに入るわ! 援護、少し薄くなるわよ!」 「了解!」 一度勢いのついたスバルは簡単には止まらない。 もはや、ティアナの援護に後押しされまでもなく、彼女は自ら駆ける。 右の火力を維持しながら、ティアナはバレルカートリッジをパージして、左腰のパウチにある予備のバレルを装着しようと腕を下げた。 その時。 『スターズF、そちらにガジェットが接近しています! まもなく接敵距離!』 「く……っ!」 シャマルの切羽詰った報告が、ティアナを一瞬動揺させた。 グリップとバレルがガチッと噛み合う音と、ほぼ同時に木々の間を抜けて一機のガジェットが飛び出してくる。 迎撃は。間に合う。 間に合う、が。AMFを思い出した。咄嗟の一撃でフィールドを撃ち抜けるか? 確実さを欠いたギャンブルの一発にティアナは歯噛みしながらも魔力を可能な限り集束する。 それを放とうとした瞬間、馴染みの薄い射撃音と共に空中のガジェットがその身に弾痕を刻んで爆発四散した。 スバルではない。全く予想だにしなかった援護の射線を追ったが、その先にあったのはホテルだけだった。 「今のは!?」 『―――こちらヴァイス。増援は任せろ。離れた敵を優先して、俺が狙撃する』 「ええっ、ヴァイス陸曹!?」 スバルの上げた驚愕の声は、ともすればティアナも漏らしてしまいそうだった。 援護も予想外なら、それを行った人物自体予想外だ。 一瞬で着弾した魔力弾の弾速から、自分と同じ誘導性を削った集束率を見出したティアナは、それをホテルからの距離で正確に当てたヴァイスの腕前に戦慄した。 ティアナの命中精度も相当高いが、それと狙撃では必要とされる技能が全く違う。 「すごい……」 思わず感嘆が漏れた。 これまでの自分の戦い方に疑問を持ちはしないが、新しい見方が増えた気がする。 足を止め、敵を見据え、そして撃つ―――これを極めれば、きっと自分はもっと強くなれる。 「おっしゃぁああー! 待たせたな、雑魚どもォ!!」 間髪入れずに幾つもの鉄球が流星のようにスケアクロウの群れに降り注いだ。 ガジェットに遅れて駆けつけたヴィータのシュワルベフリーゲンが一撃で一体、威力に物を言わせて敵を引き裂く。 スバルとティアナの前に降り立つ真紅。 小柄な上司は、その身にそぐわない圧倒的な力強さを以って敵の群れを一瞥した。 「……オメーら、よく持たせたな。こりゃぁ、あたしのお守りなんて必要ねぇか」 肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑うヴィータに対して、ティアナも思わず苦笑を浮かべる。 「いえ、援護感謝します」 「相変わらず固い奴だな。知ってるか? なのは隊長は部下のそんな態度に結構傷付いてるんだぜ」 「この任務が終わったら、善処しますよ」 「なんだ、今日は素直じゃねーか」 「いろいろ思うところがあったんです」 ヴィータは深く尋ねなかったが、自然と二人の間には訓練の時に出来た溝はなくなっていた。 先ほどの一撃でスケアクロウの数は随分減り、周囲を見回す余裕の戻り始めた状況でスバルがヴィータの傍に駆け寄る。 「ヴィータ副隊長、ガジェットの方は!?」 「おう、シグナム一人で全部抑えられるとは思えねぇ。すぐに来るぞ」 『来たわ。寄生型ガジェットが3体、正面から来ます!』 シャマルからの正確な情報が飛び込み、三人はすぐさま身構えた。 援護のヴァイスを加えた四人の中で、自然とティアナが指示を下す。 「ヴァイス陸曹は<アンノウン>への狙撃をお願いします!」 『了解、任せときな!』 「接近するガジェットに対しては、まずあたしが先行射撃を加えます! その後は―――」 「よし、射撃後三秒で突撃すっぞ! いいな、スバル!?」 「了解!」 淀みなく打ち合わせを追え、ヴァイスの狙撃が小気味よく周囲の敵を吹き飛ばす中、ティアナはカートリッジをロードした。 足元に展開される魔方陣。増加した魔力と鍛え上げた技術で周囲に10発を超える高出力の魔力弾を形成する。 「いきます! <クロスファイアシュート>―――Fire!!」 空中に姿を現した寄生型ガジェットの不気味な姿を捉え、それに向けてティアナは全力射撃を叩き込んだ。 爆裂する閃光と煙。その中でまだ尚蠢く影に向けて、青い影と赤い影が突撃していく。 圧倒的不利な状況下で始まった戦闘は、しかし今や人間の勝利で終わろうとしていた。 戦いの最中、ティアナの手に残った新しい力の片鱗を感じさせる感触と共に。 「―――全滅した」 戦いの音が途絶えたホテルの方向を見つめ、ルーテシアが簡潔に戦闘の結末を告げた。 同時に彼女の足元で広がっていた暗黒の空間は波が引くように消えていく。 ルーテシアの言葉がガジェットと悪魔の全滅を示すことだと、ゼストは理解していた。 こちらの敗北に終わった結果だが、どんな形にせよこの少女が闇の力をこれ以上使い続けなくても良いというのは望ましいことだ。 「そうか。目的が達せられたかは分からないが、もう我々が関わる必要もないだろう」 「ん」 ゼストの渡す外套を羽織り、ルーテシアは小さく頷く。 「ここまで手が届くは思えんが、早くこの場は去った方がいい」 元々気の進まないことだっただけに、さっさとルーテシアを連れてここを離れたかった。 あのホテルにいる筈の協力者とやらもゼストにとっては得体の知れない存在だ。 あえてその情報を渡さないスカリエッティ本人も含めて、全く信用の置けない者ばかりだった。 ルシアを数少ない信用の置ける者達を除いて、積極的に関わりたいとは思わない。 「ルシアは?」 「もうこちらに向かって来ている。あとで合流する」 「わかった」 「さて、お前の探し物に戻るとしよう」 ルーテシアを促し、踵を返す。 「……む?」 何の前触れも無かった。 その瞬間、ゼストが異変を察知できたのは歴戦の勘と、何より長くルーテシアと付き添うことで磨かれた闇の気配への感性だった。 僅かな違和感に振り返った時、ゼストの視界に異様な光景が飛び込んできた。 何も無い場所にポツンと、黒染みのような『影だけ』が広がっている。 「―――ッ! ルーテシア!!」 咄嗟に少女の体を自分の元に引き寄せた。 僅かな違和感はあっという間に巨大化し、凶悪な獣の形となって二人に襲い掛かった。 地面に広がる影から、まるで『物に影が出来るのではなく影から物が出来るのだ』と言わんばかりに真っ黒な豹の化け物が飛び出す。 間違いなく<悪魔>の一種だった。 襲い掛かる影の化け物。僅かなヒントと一瞬の判断を間違えなかったゼストは、幸運にもその攻撃からルーテシアを守ることに成功した。 つい先ほどまでルーテシアのいた場所を<悪魔>の爪が薙ぎ払う。 ルーテシアを抱えたまま、ゼストは慌てて距離を取ろうとしたが、敵は間髪入れずに追撃を仕掛けてきた。 影そのもので構成された獣は、開いた口を巨大化させて、二人まとめて喰らい尽くそうと跳ねる。 「ちぃ……っ!」 悪態は迫り来る死の影に何の意味も無く。 ゼストは腕の中のルーテシアを庇うように、敵の前に自らの体を差し出して盾にしようとした。 しかし、覚悟を決めても体の一部を失うような激痛はやって来ない。 「お前たちは……」 視線をやれば、代わりに敵が吹き飛ぶのが見えた。 二人を救ったのは、何処からとも無く現れた二匹の白い狼だった。 文字通り『何処から』とも無く―――ルーテシアの足元に一瞬広がった影の中が、この世に存在する『何処か』である筈が無い。 対峙する黒い豹と相対してルーテシアとゼストの前に立ち塞がった二匹の白い狼は、やはり<悪魔>に類する者だった。 「ありがとう―――<フレキ><ゲリ>」 ルーテシアの抑揚の無い言葉に、二匹の狼は僅かに顎を動かして応答した。 この二匹も<悪魔>には違いない。 ルーテシアは<悪魔>を使役するが、その支配は完全ではなく、奴らにとって人間は等しく生贄だ。また、この二匹には別に主が存在する。 しかし、そんな<悪魔>の中でも、この二匹の狼は比較的マシな方だとゼストは認めていた。 少なくとも、この二匹はルーテシアを守ろうとしている。 互いに威嚇する唸り声を上げ、白と黒の<悪魔>が睨み合う拮抗状態が展開された。 条件は五分だ。なんとかして、この状況から抜け出さなくてはならない。 ゼストは素早く思案し―――拍子抜けするほどすぐに変化は起こった。 「ゼスト! ルーテシア!」 木々の間から人影が飛び出す。 駆けつけたルシアは拮抗した状況の中、一瞬で黒い塊を敵と判断すると、空中で全身を錐揉みさせながら遠心力の乗ったダガーを投げ放った。 銃弾に匹敵する加速を得た刃は敵の眉間に突き刺さる。 生身とは思えない姿では、その一撃がダメージを与えたかまでは判断出来ないが、攻撃を受けた敵はあっさりと身を足元の影に沈めて消えていった。 「―――去ったか」 脅威が消えたことを確認して、二匹の狼もまた霞のように消滅していく。 彼ら<悪魔>には時間も場所も関係ない無く―――ゼストは改めてこの不可思議な存在に戦慄した。 「ゼスト、今のは?」 「ルーテシアが呼び出した<悪魔>ではないな」 周囲を未だ警戒するルシアにゼストは答える。 二人の間で、珍しくルーテシアが口を開いた。 「……私以外にも、<悪魔>を召喚できる人がいる」 「本当か?」 「さっきと、私が召喚した時も、何かと共鳴した。あのホテルに―――」 「なんてことなの……」 ルーテシアの指差す先。ホテルにいるらしい、もう一人の悪魔召喚師を思い浮かべて、ルシアが吐いたものは悪態などではなく、ただはっきりと憐れみだった。 敵であろうと味方であろうと、まともな人間が<悪魔>と関わって不幸にならない筈が無い。 今のルーテシアがそうであるように。 ルシアとゼストは互いの顔に浮かぶ悲痛な表情を見合わせ、諦めたようなため息を吐いた。 一体、<悪魔>は何処まで自分たちに付き纏うのか? 「……さあ、もう行きましょう」 重く沈む空気を捨て置き、ルシアは二人を促した。 また追撃が迫る前に、この場を離れなければ。 三人はまたいつもように寄り添って森の奥へと消えていった。 「そういえばルシア、随分と速かったな」 「警備の人間が予想以上に健闘していたわ。私が手を出したのは、ほんの少しだけよ」 「なるほど。管理局も、なかなかやるようだ」 「いずれ、私達とぶつかることになるかもね」 「かもしれんな」 「―――キャロ? キャロ、大丈夫?」 「……エリオ君」 なんだか我武者羅なままに戦闘は終了した。 二度目の戦闘は初めての時と同じ緊張の連続で、しかしただ一つ違うことは集中出来たことだった。 恐れ戦き、動けなくなることはない。自分の力で戦い抜けたことが、今のエリオには誇らしい。 しかし、共に戦った少女が虚空を見据えたまま微動だにしないのを見て、エリオは緩んでいた気を引き締めた。 「ひょっとして、まだ何かいるの?」 キャロには自分には無い力がある。 それは、エリオが漠然と感じていることだった。 死んでしまいそうな儚さと、全てを圧倒するような力を同居させる不思議な少女の存在は、エリオの中で知らず大きくなっている。 「ううん、大丈夫。あのピエロみたいな敵はもういない―――と、思う」 根拠を話せないのに断言するものおかしいかな? と思い、キャロは付け加えた。 「そっか」 「うん。ただ、逃がしちゃったな、と思って」 「逃がした?」 「敵を」 その言葉の真意を、エリオは全く誤解した。 夢中で戦い続ける中で、敵を一匹残らず倒せたか確信は無い。おそらく、何匹かは逃げたのだろう。 キャロはそれを指している、と―――。 しかし彼は知らない。 キャロが、この襲撃の一因となる者達に、あとわずか指を掛け損なっていたという事実を。 (わたしと同じ、<悪魔>の力を持つ人……) 自分の影に戻ってくる<シャドウ>が怒りの感情を燻らせているのを感じ、キャロはぼんやりと思索した。 仲間意識なんて感じない。 今は見ぬ<悪魔>の力を使う同胞に対して抱く感情があるとすれば、それは僅かな畏怖であった。 あの列車の一件以来、この力を不必要に恐れることは止め、使うことを覚えたが、当然のように頼もしさや自信なんて欠片も感じはしなかった。 相も変わらず<悪魔>は恐ろしく、おぞましい。 今も命令にこそ従うが、明らかな不満と指定した獲物をただ屠殺することだけを欲する闇の獣は、人が従えるような存在では決して無い。 ―――心なんて許せない。気を緩めれば、その瞬間殺される。 だからこそ、あれほど多くの<悪魔>を召喚し、使役した敵に対して、キャロは畏怖しか感じなかった。 (きっと、その人はわたしとは違う) <悪魔>を恐れていないのだろうか? <悪魔>を愛しているのだろうか? いずれにせよ、自分とは違う<悪魔>との関わり方を持つ相手だ。 もし、これから先その人と顔を合わせることがあったら、一体どうなってしまうのか自分自身でも分からない。 「……敵で、良かったのかも」 キャロは思わず本音を呟いていた。 どんな相手にせよ、敵なら分かりやすい。殺し合いをすればいいだけだから。 「エリオ、キャロ。よくやった。周囲の敵はこれで一掃されたようだ」 先行してガジェットを狩り続けていたザフィーラが戻って来て、幼い二人を労った。 今や、彼は二人の認識を完全に改めている。 彼らはベルカの騎士が認める戦士だった。 「スターズ分隊も戦闘を終了している。これより合流するぞ」 「あの、フェイト隊長達の方は……」 「連絡待ちだ。あの二人なら問題はないだろうが、合流後も連絡が取れなければ、おそらく副隊長陣が突入することになるだろう」 「たぶん、大丈夫だと思います」 「む? ……キャロがそう言うなら、そうかもしれんな」 根拠の無いキャロの言葉にも、ザフィーラは納得して見せた。 彼もキャロの独特の感性は知っている。 レアスキル持ちは理屈では説明できない能力を持つ者も多い。断定は出来ないが、キャロの保証は少なからずなのは達の身を案じていたザフィーラとエリオを安堵させた。 「……あれ?」 三人連れ立って合流地点へ向かう中、最後尾を歩いていたエリオはふと地面に光る物を見つけた。 駆け寄り、それを拾い上げる。周囲に散乱したガジェットの残骸の最中にソレはあった。 「ナイフ……」 矢じりのような刃と、握って振るうことを目的としていない細い柄。 投擲用のスローイングダガーだった。 異様と言えば異様な物が転がっていた。 単純な金属物であるダガーを扱う者などこの場にはいない。 ガジェットの武装であるはずもなく、仮に第三者がこの場に居たとしてもこの武器を使う者が単なる魔導師や魔法生物であるはずがなかった。 「エリオ、何をしている?」 「あ、はい! 何でもありません、すぐ行きます!」 ザフィーラの呼び声がエリオの意識を呼び戻し、答えの出ない思考は中止された。 一先ず、拾ったダガーを懐に収め、エリオは慌てて二人の後を追った。 「ホテル周辺、敵影ありません」 幾つもの報告が飛び交っていた司令室に、最も望まれる一言が告げられる。 突然の奇襲に始まり、混戦気味の戦闘で絶えず緊張感を強いられていたオペレーター達にようやく安堵の色が広がった。 つい先ほど、簡潔だがなのはから内部での戦闘が終了した報告も受けている。 しかし、一つの山を越えた穏やかな空気の中で、ただ一人グリフィスだけが周囲とは全く反対の方向へ表情を変化させていた。 「八神部隊長に通信を繋げ! 早く!」 凛とした声は緊張感を失わず、むしろそこに焦りすら加えられていた。 「えっと……特に部隊長から指示は出ていませんが」 「だから、こちらから繋げと言っているんだ!」 困惑するオペレーター達の遅々とした反応に、グリフィスは珍しく苛立ったような態度を示す。 慌ててコンソールを操作し、通信を担当したルキノはようやく異変に気付いた。 「あ……っ、通信繋がりません!」 「ホテル内の敵影をもう一度調べろ! 一番近いのはヴィータ副隊長だったな、すぐに『救護』に向かわせるんだ!」 最初にはやてと通信を交わした段階で、彼女の言動に違和感を感じていたグリフィスは現状を既に想定していた。 だからこそ、戦闘の最中最も苦心したのは、戦力を割いてはやてを救いに行くよう命令を下すことを自制することだった。 「『救護』って……部隊長、襲撃されてるんですか!?」 「十分考えられるだろう? 外を襲った<アンノウン>もホテルから出てきたんだぞ。とにかく、部隊長の無事が確認できるまで最悪を想定して動け!」 「でも、部隊長なら自分の身を守るくらい……」 「バカヤロウ! 部隊長の魔法特性を知らないのかっ!? 室内戦で戦える人じゃない!」 おそらく初めて聞くグリフィスの怒声に、ルキノは思わず身を竦めた。 普段の穏やかな物腰を一切無くした余裕の無いグリフィスの様子を見て、全員がようやく緊急事態を察する。 慌てて各々が行動しようとする中、不意に通信モニターが開いた。 『アロー、聞こえますか? 窓から見たけど、戦闘は終了したんかいな?』 「八神部隊長!!」 バリアジャケットを纏っているが、変わりないはやての顔がモニターに映し出されるのを見て、その場の誰よりも大きなグリフィスの声が響いた。 いつの間にか、傍らにはリインも浮いている。 「は、はい! 戦闘は終了しました。こちらに損害はありません。ホテルの人員に関しては、まだ調査待ちです」 『ごめんごめん、ちょっとさっきまで立て込んでてな。戦況把握出来てへんねん』 「付近に敵は? 救援は要りますか?」 『あらら、やっぱりグリフィス君にはバレてたのねん』 努めて冷静にはやての様子を伺っていたグリフィスは、負傷の様子も無いことを確認して、ようやく本当に安堵のため息を吐くことが出来た。 はやてのテンションが少し高いことを除けば、切羽詰った様子は見られない。状況は安定したのだろう。 「……貴女の考えを知ることが、僕の任務ですよ」 グリフィスは苦笑しながら、少しだけ皮肉交じりに言って返した。 『相変わらず殺し文句上手いなぁ。愛してるよー、グリフィスきゅん!』 『……すまないね。心配かけまいとしているが、本当に危なかったんだ』 不意に、はやて以外の男の声が通信に割り込んだ。 モニターを共有して現れたのは、オークションの参加者とも思えるようなスーツ姿の麗人だった。 機動六課にとって多少なりとも関わりのあるその人物の登場に、グリフィスは驚愕する。 「ヴェロッサ=アコース査察官!?」 『や、グリフィス君。なかなか素敵な台詞だったよ。今度ご教授してくれ』 はやての副官として働く中で、グリフィスはヴェロッサとの面識を得ていた。 「アコース査察官が、部隊長を?」 『ああ、保護したよ。例の謎の襲撃者に関連する<アンノウン>だね。なんとか駆逐出来た』 『あー……ごめんな、グリフィス君。心配掛けて』 先ほどまでの、何かを誤魔化すような騒がしさは身を潜め、はやては苦笑を浮かべながら言った。 グリフィスが自分の陥っている事態を察し、その上でこの状況で正確な指揮を執ってくれるという信頼があった。 しかしそれは、彼の心配を知って無理を通したのと同じことだ。 隊長としても、一人の人間としても、自分の命は自分だけのものではない。はやてはそれを自覚していた。 「いえ、無事ならそれで結構ですよ。―――近隣の観測隊に通達を出し、念の為周辺の森林を探ります」 『うん、お願いな。救護隊への通達は?』 「すでに済んでいます」 『なら、私はこのままアコース査察官と一緒にホールへ向かってなのは隊長達と合流するわ。応援が来るまで、部隊は警備を続行な』 「了解しました」 『ところで、グリフィス君』 「はい?」 『さっき、チラっと見えたのはデレっちゅーことでええ?』 「通信終わります」 冷たく通信を切り、シャリオ達の忍び笑いを聞き流しながら、グリフィスはようやく普段の機動六課の空気が戻ってくるのを感じた。 戦闘が終われば、ホテルの周辺は拍子抜けするほど平穏を取り戻していた。 相変わらず<悪魔>どもは倒れた後に一切の残骸を残さない。 息も出来ないほどの大乱闘を繰り広げたと思ったのに、実際に残るのは木や地面に刻まれた破壊の跡と散らばった鉄屑だけだ。 「あたしは地下駐車場を見てくる。オークションの品物が一部、まだあそこに置いてあるはずだ」 簡潔に警備の続行を命じて、ヴィータはスバルとティアナに告げた。 再び新人達を残していくことに僅かな不安を感じるが、未だ興奮冷めやらぬスバルはともかく冷静なティアナには任せてもいいと思った。 「警備員がいるはずだけど、一般のだからな。あの化け物どもが残ってたら逆にやべえ。お前らも、まだ油断すんなよ?」 「了解。ライトニング分隊と合流後、少し周囲を散策します」 「あの、なのはさ……隊長は?」 スバルはなのはの安否というよりも、ただなんとなく声が聞きたいなと思って尋ねた。 戦っている時は夢中だったが、あの不気味な敵との遭遇で心臓は今もドキドキ言っている。 自分でもよく分からないが、記憶の奥にある何かが、あの化け物の放つ雰囲気と共鳴して恐怖を生み出しているのだ。 「ホールも結構メチャクチャらしいからな。フェイトは残って、なのはだけこっちに向かってるよ」 「そうですか。よかった……」 戦闘員にあるまじき安堵の笑顔を見て、ティアナは『油断すんな』と釘を刺した。ついでに頭にクロスミラージュも刺した。 「戦闘で民間の協力者がいたらしいからよ、ソイツも同行してる。警戒すんなよ」 「協力者?」 「ま、詳しくは後で取り調べだろ? じゃ、あたしは行くからな」 「お気をつけて」 「おう」 後頭部を抑えて悶絶するスバルを尻目に、ヴィータとティアナは先日より幾分壁の無い会話を交わした。 ヴィータが立ち去った後、ティアナは何となく周囲を見回した。 シグナムは、ヴィータと同じく敵の残党を警戒して、森林をチェックしながらこちらに向かっているらしい。 「……敵は、いないみたいね」 「分かるの?」 「勘だけどね」 「なんか、ティアが言うと説得力があるよね」 能天気に笑う相棒を見て、ティアナも苦笑を浮かべた。 「スバル」 「うん?」 「ありがとう」 「え、いきなり何?」 とても貴重な笑顔と素直な言葉を聞き、その理由に思い至らないスバルは焦った。 慌てふためくスバルを尻目に、ティアナは一人、今日までの出来事を反芻する。 長く出会わなかった<悪魔>との遭遇。久しぶりに闇に浸した闘争本能は、知らず自分の心をささくれ立ったものにしていたらしい。 なのはが言っていた。自分は、焦っている。 確かに、そうなのかもしれない。 今日の戦いで掴みかけた新しい感触が、それを自然に認めさせている。 自分はもっと多くの事を学べる。一人ではなく、仲間と共に戦える。 その実感が、ティアナの中にあった気付かない焦燥感を少しずつ消していってくれた。 答えが出るのはまだ早い。しかし、確かにこの手には―――。 「…………なのは、さ」 少しだけ歩み寄ってみようと、小さく囁くようにあの人の名前を口にしてみようとして―――それは運命の悪戯に遮られた。 ホテルの正面玄関が開く。 ティアナとスバルは思わず視線をそちらに向けた。 警備は未だ続行中。敵襲を退けたとはいえ、今はまだ危険な状況下だ。 ホテルの人員には未だ内部での待機を命じられ、ティアナ達にも無断で出る者は強制的に中へ戻す権限が与えられている。 ましてやそれが、オークションの参加客であれば、それは在り得ない筈のことですらあった。 「あの人……」 スバルが呆然と呟いた。 ホテルからまるで当然のように外へ出て来たのは、明らかにホテルの従業員ではない、豪奢な服に身を包んだ男だった。 真っ白なスーツを見せびらかし、黒いブーツの歩みはホテルの襲撃など気にも留めてない。 葉巻の煙を燻らせ、自分が歩く先に何の障害も無いことを微塵も疑わない不遜な態度は、違和感を通り越して呆気に取られるしかなかった。 間違いなくオークション参加者の富豪の一人であり、真っ先に戦闘が開始したホールにいたはずの人間でありながら、怪我一つ無いその男は、二人の護衛を引き連れてホテルから歩き去ろうとしていた。 「あの、ちょっと待って下さい! 危険ですから、中に戻って……!」 慌ててスバルが追い縋るが、相手は声すら届いていないかのように無視して去っていく。 歯牙にも掛けないその姿勢に、スバルは持ち前の性格で怒るよりも一層心配そうに声を掛けた。 「あの、待って……!」 「Freeze(動くな)!!」 刃のように鋭い声が割って入った。 警告というよりも敵意の混じった罵声のような声を聞いて、それを向けられた本人でもないのにスバルは竦み上がる。 先ほどの落ち着いた様子から激変して緊迫感に満ちた相棒を、スバルは振り返った。 「ティ、ティア……どうしたの? 危ないよ、降ろして!」 ようやく足を止め、しかし背は向けたままの男に向けて、ティアナはあろうことかクロスミラージュを向けていた。 二人の護衛が静かにティアナの方へ向き直る。 しかし、ティアナは決してデバイスを納めようとはしない。 「デバイスなんてやりすぎだよ! あの人は一般客なんだから……」 「こっちを向け! 従わないと撃つわよ!」 突然の豹変に驚き、更に続く言葉を聞いてスバルは今度こそ顔面蒼白になった。 守るべき一般人にデバイスを向けた上、射撃の警告まで突き付けている。正気とは思えない。 そして、だからこそ混乱した。 普段は冷静沈着なティアナがなぜこんな暴挙に出るのか? あまりに唐突で、あまりに意味不明だった。 完全に思考のショートしたスバルは、ただひたすらティアナと男の間に視線を往復させる行動しか取れなくなった。 「―――君は、管理局員か?」 背を向けたまま、男は尋ねた。 見た目通りの、重苦しく、力に溢れ、同時に力の無いものを嘲る意思を含んだ声色だった。 人を圧迫する声だ。 それが理由かは分からないが、険しいティアナの表情が更に皺を刻んだ。 「問題だな」 答えを聞くまでも無く、呆れるように吐き捨てると、男はそのまま歩みを再開した。 「動くなって言ってんのよ!」 ヒステリックに叫び、ティアナは本当に撃った。 スバル以外の誰が見ても目を疑う行動。 狂気の弾丸は真っ直ぐに男を狙い―――瞬時に射線へ割り込んだ護衛の一人が、あっさりと魔力弾を弾き散らした。 いつの間にか両手に携えた曲刀が、波打つような形状の刀身に魔力光を帯びて虚空へ突き出されている。 ティアナの魔力弾の弾速に反応し、その貫通力を相殺してみせた、護衛の力と技だった。 もう一方の護衛がティアナに向けて刃を向ける中、男はようやく振り返ってみせた。 「驚いたな。本当に撃つとは……」 言葉とは裏腹に、男の鋭い瞳はこの世の全ての物事に無関心だった。 その瞳を、ティアナは無尽蔵の敵意を持って睨み据える。 「何のつもりかね、君は?」 「あたしの名前はティアナ=ランスター」 「ふむ、知らんな」 ティアナの名乗りが一体どういう意味を持つのか『本当に、心底心当たりがない』といった様子で男は呟いた。 その言葉に、ティアナは笑みを浮かべた。 リラックスや友好とは全く正反対の、獣が殺意と共に牙を剥き出しにする時と同じ行動だった。 「6年前、アンタが起こした事件で死んだ……アンタが殺したティーダ・ランスター一等空尉の妹よ―――<アリウス>!!」 血を吐くような叫びが木霊し、傍でそれを聞いたスバルは愕然とティアナを見つめた。 自分を見つめる激昂した少女の視線と、その魂の叫びを聞き届けたアリウスは、一つだけ頷く。 「知らんな。他所を当たってくれ」 納得でも疑問でもなく、アリウスの感想はただそれだけだった。 話は終わったとばかりに踵を返し、何の躊躇いもなく歩き去る姿。その背に護衛も付き従う。 ああ、そうか……。 ティアナは、そのいっそ清々しいとも言える無関心さに、それまでのゴチャゴチャした思考は綺麗さっぱり無くなっていた。 前触れも無く仇を目の前にした動揺。 意思に反して体を突き動かす憎しみの衝動。 引き金に掛かった指を止める理性。 自分の行動に対する混乱。 ただ一つの疑問。 何故、兄を―――? そんなあらゆるものが心からすっぽり抜け落ちた。 自分を路傍の石としか見ていないような、一切躊躇いのない歩みを見送って、ビックリするほど静かに悟る。 ああ、そうか。 ―――コイツは、もうここで殺していい。 「アァァリィウゥゥゥゥーーースッ!!!」 ティアナはその瞬間、正義や仲間の為ではなく、ただ憎悪の為だけに引き金を引いた。 荒れ狂う憎しみを表すように、暴走染みた出力で放たれた魔力弾はプラズマを撒き散らして、無防備なアリウスの背中に殺到する。 しかし、今度は突如出現した巨大な炎の壁に防がれた。 「何っ!?」 アリウスとティアナ達の間を遮るように地面から噴き出した爆炎は、それ自体が物理的な防御力を持つかのように、飛来した魔力弾を打ち消す。 尋常ではない現象に、ティアナとスバルが共通した抱いた感覚は、やはり<悪魔>の出現と同じものだった。 そして、それは正解だった。 轟々と唸る炎の音がそのまま獣の唸り声へと変化し、それに合わせて形を持たない炎が独りでに捻れ、束となって人型を形作る。 現れたのは、人の体と牛の頭を持つ巨大な炎の悪魔だった。 「ア……アレは……っ」 スバルの脳裏にかつての記憶と恐怖が蘇った。 幼い頃、自分に初めて死の恐怖を植えつけた火災の中で見た怪物―――思い出したその姿と寸分違わぬ形でソイツは再び目の前に現れた。 ソイツを目にした瞬間、スバルの中にあった<悪魔>への漠然とした恐怖がはっきりと形になって蘇る。 幼い日に出会ったアレが。忘れていたはずのアレが。 わたしは、怖い。 過去の悪夢との再会にスバルが完全な恐慌状態に陥る中、一方のティアナは具現した上位悪魔の存在には目もくれず、その炎の先を見ていた。 「アリウス……ッ!」 炎の向こうで、あの男が嘲笑したような気がした。 それは、運命の悪戯としか言えなかっただろう。 あるいはこの時の再会が、別のものであったのなら。 この場に居合わせた二人の男の再会のうち、ティアナの想いを知る優しいハンターとの再会であったのなら―――全ては違っていたかもしれない。 彼女の心は余裕を取り戻し、新たな生活の中で手に入れかけていたかけがえのない物を身に付け、一つの成長を遂げていただろう。 だが、そうはならなかった。 ほんの少しの、タイミングの違いでしかなかったが。致命的なまでに。 望まれながらも決して望まれない悪夢の再会は果たされた。 理性は焼き切れ、胸に抱いた義務感は消え、明日を見る為の瞳は光を失った。 今はただ、長年燻り続けていた無念を燃やし、憎しみだけを糧にして、過去を切り裂くのみ。 その手に掴みかけていた<たいせつなこと>は、もはや頭の中から消え去って―――。 ティアナが抱くのは、ただはっきりと―――憎悪。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> スケアクロウ(DMC4に登場) ちっぽけな虫けらでも、そいつが<悪魔>の一種となったら油断は禁物だぜ。 一匹一匹は便所にたかる蝿にも劣るような奴でも、奴らには常識では計り知れない行動で力を付ける闇の本能がある。 スケアクロウという名前自体は魔界の甲虫に付けられたものだが、ここではコイツらが群れを成して形を取った出来損ないのピエロみたいな人形のことも指している。 布袋に密集して入り込み、まるで一つの意思を持つようにのように行動するのがこの悪魔の正体だ。 完全な一つの意思に統率されていないせいか、動きはフラフラと落ち着きがない。 トリッキーな動きといえば聞こえはいいが、冷静に見れば無駄な動きで隙だらけだ。ダンスの仕方を一から教えてやろうぜ? ただ、やはりその数と、肉体を持たないせいか一撃では致命傷になりにくい特殊な耐久性が曲者と言えば曲者だ。 それでも雑魚には違いない。ビビらずに、中の害虫をくまなく駆除してやるとしよう。 まあ、殺虫剤が効かないところが普通の虫よりちょいと厄介なところだな。 前へ 目次へ 次へ
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時空突破グレンラガンSTrikerS クロス元:天元突破グレンラガン 最終更新:09/11/14 第01話「あたしを誰だと思ってる!!」 第02話「貴様の気合いを見せてみろ!!」 天元突破リリカルなのはSpiral クロス元:天元突破グレンラガン 最終更新:08/09/02(更新停止) 更新停止のお知らせ 諸事情から「リリカルなのはSpiral」の執筆に詰んでしまい、色々と悩んだ結果、この度「グレンラガンStrikerS」という形で再スタートさせて頂くことにしました。 リメイク作品の執筆開始にあたり、申し訳ありませんが「リリカルなのはSpiral」の更新は停止させて頂きます。 長い間ご愛読ありがとうございました。 プロローグ「わしを……誰だと思っている!!」 第1話「貴方は、何者なんですか?」 第2話「軽くこれまでのおさらいしとこーか」 第3話「あたしの拳は天を突く!!」 第4話「二人合わせてラゼンガン」 第5話「皆さん、螺旋研究所へようこそ」 第6話「色々と波乱万丈やね、うん」 第7話「これからウチらの向かう先には……何かあるで」 第8話「騎士はやて……貴女は、卑怯だ……!」 第9話「一緒に飛んでみませんか?」 第10話「ジェイル・スカリエッティ……!」 第10.5話「初めて会っていきなりだけど、一緒に頑張ろうね」前編 中編 後編 完結編 第11話「スバル達は強くなるよ」 外伝「そんな、優しい夢を見ていた」前編 中編 拍手感想 :グレンラガンとのクロスオーバー とてもおもしろいです! 更新楽しみにしています。 :漢女(おとめ)の魂完全燃焼キャノンボールアターーーック!!! :逃げるんだよぉぉぉ!!スモーキー!! :リニアを止めるって操縦はどうすんだよ!『パイロット』を!あんたらここまで来てこんな大切なこと忘れてどうする気だ!ヒヨっ子のオレたちの誰が操縦できるって言うんだ! コメント欄です 感想や応援メッセージなどをお気軽にどうぞ(無名コメントも可能です) 久々の最初から見直しました 武装隊ノリノリ過ぎww -- 名無しさん (2008-09-05 17 14 30) シモンは今二十代?それともオヤッさん? どっちにしても燃えまくる!!! 続き頑張って下さい!! -- 名無しさん (2008-09-06 21 31 36) グレパラ最終回、もしくは劇場版アバンを見てしまうと、スバルと共に戦うことになったラゼンガンが、けだし意味深ですね ロージェノム…! -- へまむしN (2008-09-17 03 30 51) ふと・・・この世界のレジアス中将は螺旋の戦士として大暴れしているような気がしたw -- 名無しさん (2008-10-11 06 16 33) 「燃える展開」という言葉はこの作品のために生まれて来たのだ、と確信しました。 -- 携帯から失礼します (2009-01-06 13 42 12) 超天元突破ラゼンガンは、緑色に輝く宇宙規模のマントだけ全裸スバル………ゴクリ -- 名無しさん (2009-04-27 04 37 11) いやぁ、スバルは、グレンラガンに対してまったく違和感ないね〜 口上絶叫してる姿がありありと想像できる魔法少女も、どうかとおもうが -- 名無しさん (2009-11-18 09 00 55) 流石スバルはもちろん、エリオあたりも親和性が高そう、新作も応援してます。がんばってください -- 名無しさん (2009-11-27 16 14 30) 読ませてもらいました。グレラガキャラとスバルのクロスコンビ、どこまで行くか楽しみです!グレラガSTS!! -- 999 (2009-11-29 01 52 19) 名前 コメント TOPページへ このページの先頭へ