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最後の放送/半分の月が微笑う 燃える空は矢のように過ぎ。 紅は濃紺に沈んでいく。 風は重く、湿り、血の匂いを湛え。 それは鉄の意志の生贄が生きた証であり。 果実が血を養分に熟れ始めた兆しでもあった。 それぞれの首輪に誰かが映った。 映しだされたシルエットは小柄な人。 いいや、小柄とすら言えない小動物の大きさ。 「…………チー」 喋った。いや、これは鳴き声だ。 言葉や意志を見出せる者はこの世界に何人いるか。 電子音は下界の参加者の鼓膜を通じて動揺に落とした。 「はいはい、君じゃ誰もわからないからね」 電子音を囀る小動物、プラの脇に手をやって持ち上げた。 新しく現れたのは気の弱そうな何処にいても不思議ではない少年。 「もう放送はできない。 記録者は喰われてしまったし。 “願い”を蓄える赤き血の神の像も黒い影、コトが移動した。 だから誰が死んだのかはわからない。 ただ残りの人数はわかるよ。 一エリアに固まって殺しあう君達。 君達が最期の生き残りだ」 そう言うと少年は口元に笑みを浮かべたまま暫し沈黙する。 一秒、二秒、三秒。 「君達はどうして闘っているのだろうか。 “願い”のため? それもあると思う。 けれど、もっと他にもあるんじゃないかな。 それは死んでしまった友の志を継ぐ、とかかもしれない」 参加者たちが動きを止めたか。 参加者たちは思い思いに誰かの顔を浮かべただろうか。 「これは僕の“友達”の話なんだ。 名前はガッシュ・ベル。 明るくて、強くて、太陽のように、 周りを眩しく照らす人だった」 少年の瞳に涙が滲んだ。 声は震え、湿り気を帯びている。 「殺したのは僕だ。 僕は彼を殺そうとして。 しかし阻止され、窮地に立たされた。 でもそんな僕にガッシュは手を差し伸べてくれた。 僕には理解できない強い心を持ってるんだなって感動したよ。 僕の友だちの中では、きっと秋瀬くんと同じくらい優しいんだ」 少年に抱きかかえられたプラは悲しそうな顔で少年の独白を聞く。 「僕は殺した。 彼の善意を踏みにじって殺した。 涙ながらに諦めるなと訴える彼を笑顔で殺した。 これが君達が信じた人の結末だよ。 どんなに赦したって、赦した相手に殺される。 そんな運命だ。そんな世界だ。想いにどれほどの価値があるっていうんだ」 懺悔にすら聞こえる悲壮な少年の言葉は徐々に語気が強くなり。 瞳には澱んだ沼地の底知れなさがあった。 「……僕は、赦さない。 そんな世界を赦さない。 母さんを殺した父さんだって僕は赦したんだ。 いつか星を観に行こうって約束だってしたんだ! それを、踏みにじったのは、僕じゃない。 “願い”に狂った君達みたいな人だった! ガッシュのように尊い信念を持った人たちだった!! だから、だから僕だって踏みにじっていいだろう!?」 唐突に訪れた烈火の激昂が過ぎると。 後には穏やかな水面の静けさがあった。 「君達の友達。 それは七原秋也くんかもしれない。 城戸真司さんかもしれない。 シオ君かもしれない。 みんな誰よりも素晴らしい人達だ。 勇者には届かなくても、気高い人たちだ。 全部、僕が、無意味に出来る人達だったけどね」 笑み、少年は絶やさない。 弓形の目も眉も口も彼の心情を少しも教えない。 「それではさようなら。 僕が君達を皆殺しにする、その時まで。 最後に自己紹介をしよう。僕の名前は《天野雪輝》だ」 その言葉を最期に。 最後の放送は幕を閉じた。 ――女神の降臨とともに成就するでしょう―― 「これでオンバへの良い援護射撃にはなったかな。 ブラフも撒けたし、上出来だよね。 敵意が僕に向けば、オンバはそれだけ動きやすくなる。 キャンチョメって子がこの言葉に堕ちないとも思えないし。 すべて、すべて、そうすべて。 僕が愛するみんなの救済のために。 無意味に、無価値に死んでくれ。 君達が大好きな友達みたいに」 手元の未来日記に着信音が鳴った。 不審に思いながらも確かめると一通のメールが届いていた。 それに素早く目を通すと、 先ほどまでの演技とはたしかに違う、 本当の笑みを浮かべてプラに言った。 「もう…………戻れないよ」 そうして。そうして。 空には、月が。 ありえないほどに大きな月が――――半分だけ、姿を…… 最後のプロローグ 投下順 決意の夜 最後のプロローグ 時系列順 決意の夜 冥界に踊るデウスの嬰児たち 天野雪輝 Love song~世界の終わりで謳い続ける少女~
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攻 2500 防 2600 コスト 11 タイプ 愛 スキル 黒の奇術師 効果 愛タイプの防御力が大アップ [華麗な剣さばき]ヴィットリオ 攻 3300 防 3400 コスト 13 タイプ 愛 スキル 黒の奇術師 効果 愛タイプの防御力が大アップ 同名ファミリー ヴィットリオ [セリエの一日]ヴィットリオ [メモーリア]ヴィットリオ [新恋愛指南]ヴィットリオ 性別 男 年齢 28歳 誕生日 11月18日 身長 180cm 職業 金貨の女王 趣味 洗濯 その他 金貨の女房役 セリフ集 +... セリフ 内容 入手 ログイン では、参りましょう。広場の中心にですよ。これから***に、とっておきの奇術をお見せしましょう。 好感度UP ***、楽しんでいますか?ん。ジェルミ……?残念ながら、私の目にはあなたしか映らないようです。 デュエロ ええ。構いません。受けて立ちましょう。 デュエロ(好感度MAX) あなたに失望されることはしませんよ。 デュエロ(スキル発生) では、盛大に……。 指令 これならば、シニョリーナにも満足いただけるでしょう。 指令 準備は入念に行わなければ……。 指令 では、始めましょう。 指令(好感度MAX) 私の手伝いをお願いできますか?***。 指令(好感度MAX) こういう催し物は楽しまなければ。そうでしょう。***? 指令(好感度MAX) あなたの驚く顔が目に浮かぶようです。 指令確認 ちょっとした催し物を……。ふふっ、何かはお楽しみに。 指令確認(好感度MAX) ***には、特等席をご用意しますよ? エリアクリア 盛り上がっていますね……、あぁこちらはお気になさらず。 エリアクリア 何ごとも楽しまなければ損ですよ? エリアクリア こういうとき、***は頼りになりますね。 エリアクリア(好感度MAX) ***、楽しんでいるようですね。……私、ですか?ええ、もちろん。 エリアクリア(好感度MAX) ジェルミの顔色……?いつも通りではないですか? エリアクリア(好感度MAX) +セリフ集 +... セリフ 内容 入手(契約) ようこそ、欲望とスリルのイシス……いえ、奇術師ヴィットリオの元へ。あなたを摩訶不思議な世界がお待ちしております。 ログイン 好感度UP ジェルミおとなしくしてください。でないと……刺さりますよ?これも***を楽しませるため、わかっていただけますね? デュエロ 一度、冷静になってはいかがです? デュエロ(好感度MAX) ***、手出しは無用。この私が負けると思いますか? デュエロ(スキル発生) あなたも樽に入ってみては?お似合いかもしれません。 指令 ん……悲鳴?***、おそらく空耳でしょう。 指令 心配なさらずに。私は器用ですから……おっと、手元が狂いましたね……。 指令 あまり、私も派手にやり過ぎないように、とは思っていますよ。 指令(好感度MAX) どうです?一緒にこのフェスタを回りませんか? 指令(好感度MAX) 本日は、あなただけをおもてなししますよ。 指令(好感度MAX) カポにも喜んでもらえたようでなによりです。 指令確認 果たして、次はどうなることやら……。 指令確認(好感度MAX) ***も楽しくなってきたでしょう? エリアクリア 次はどうしますか?***のご希望で。 エリアクリア まずまず、といったところですね。 エリアクリア エリアクリア(好感度MAX) ふふっ、あなたの花のような笑顔を引き出せただけで、私は満足ですよ。 エリアクリア(好感度MAX) 楽しいですよ?あなたにもこの剣、お貸ししましょう。 エリアクリア(好感度MAX) ***がいたので、いつも以上に張り切ってしまったようです。
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0326:微睡と微笑(マドロミとホホエミ) 軽やかな声が脳に流れ込む。 「あらん、本当に人間って弱いのねん。こんなモノで壊れちゃうなんて」 嘔吐物で汚れた地面には目もくれず、艶やかな指先でトレインの髪を撫で上げながら、妲己はくすくすと笑みを零していた。 子を包み込む母のような優しい手つき――暗く緩い思考しか持てないトレインの脳がじんわりと温まってゆくようで。 「ねぇ、人間って汚い?」 長く伸びた爪で押し開けられていた瞼から、一滴の血が眼球へと落ちる。視界が赤に染まる。 …目の奥に焼きつくおぞましい人間の『真実』。 黒色の世界は血の赤をもってしても、塗り替えることは出来そうにない。 縦に振られた頭が一瞬だけ、女の指先を離れて戻った。 「そう…でも、あなたはもう人間じゃないわ」 左胸に埋め込まれた黒い塊を細目で見下ろし、妲己はトレインの首筋に手の甲を這わせる。 くいっと首の裏側を押して、一度鉄核から離れた目線を再びそこに戻させると、男の体が大きく震えた。 「だ・か・ら、あなたは汚くないってことねん」 画面に映っていた『汚らわしいモノたち』と自分とは、まったく異種の存在なのだ。 そう思うだけで喉の奥から笑いが生まれる。震えは恐怖でも絶望でもなく、何物にも代えがたい歓喜であった。 「おめでとう。これであなたもわらわの『仲間』よん」 ほら、わらわの目を見て。 震えを止められぬまま口元に笑みを張り付かせてトレインが振り向くと、そこには大きく見開かれた女の瞳がある。 (これは何、だ…?) 到底人間のものとは思えない、鋭く、そして美しい瞳。けれどそこには何の感情も見えない。 (まるで) ───たった今見た画面の『汚らわしいモノたち』の瞳に似た、ソレ。 だが、その思考は一旦幕が閉じるように遮られる。 想定外の出来事に弱りきった脳は、女の柔らかい声に身を委ねることを選んだのだ。 「疲れたでしょぉん?少しお休みなさいん…」 そう、疲れた。今はこの心地よさに浸って眠りたい。 胸に押し込まれた鉄の塊も、汚らしい人間の真実も、今だけはそっと夜の闇に置いて。 女の冷めた瞳を無意識の理解から外し、トレインはただ求めるがまま大きく息を吐いて瞼を閉じた。 じくり、と傷が痛む。 いずれ黒猫は目覚めるだろう。内に持つ誇りは消え失せたのか、それは誰にも分からない。 今はまだ、誰にも。 疲れきって眠る子どものような男を微笑ましく思いながらも、妲己の思考はすでに他のところに向けられていた。 手の甲に触れる冷たい金属。男にも、そして自分にも巻き付いているこの首輪について。 (これは一体、『何』に絡みついているのかしらん?) 遊戯との一件を思い出す。 (所有者が死ねば首輪は機能をなくす。これはまず間違いないわねん) それはキルアとカズキの戦いをその目で見、遊戯を『食した』妲己だからこそ分かる事実であった。 カズキが肉片となったとき、首輪も共に崩壊したが爆発することはなく、 彼女は遊戯の対応に追われる最中であっても、そこから上の説を導き出していたのだ。 (わらわが遊戯ちゃんを倒しちゃったあと、首輪はちゃーんと止まったものん) さらに遊戯の死後、彼女は本当に首輪が機能を失っているかの確認をしている。 すでにこれは仮説ではない事実として、妲己の頭の中に収められていた。 (このコには悪いけどん…わらわも受身でいるばかりじゃいけないと思わない?) にっこりとトレインに天使のような笑顔を向け、妲己は黒の核鉄と首輪とを同時に視界に入れる。 頭の中でいくつもの仮説を組み立てて── まずはカズキちゃん。 この鉄が元々心臓の代わりだったみたいだから、 これが奪われたり壊されるイコール死亡、として首輪が認識するようセットされていた…たぶん、こんなところねん。 次に遊戯ちゃん。 最後に面白い芸を見せてくれたけど、体はごくごく普通の人間だった。 大半の参加者は何分か以上の心停止で首輪が死亡認識、ってところかしらん。 そして、目の前のこのコ。 とくに心臓以外の何かで生命を維持してる風でもないし、遊戯ちゃんと認識の仕方は同じなはず。 そして死亡認識で重要な心臓はわらわが潰しちゃった、ってことは… (この首輪は今、動いてない可能性もあるわん) 正直なところ、妲己はもう自らの素性を隠してまで仲間を作る気がほとんどない。 カズキはキルア戦においては役に立ったものの、それが仇となって遊戯との関係が崩れ、あのような難戦に巻き込まれた。 太公望やLから信用を得るための仲間の存在は必要だが、あまりに自分の足を引っ張るような仲間であれば不要だ。 下手に力を持っていて、信念ゆえにメリットデメリットを考えず、自分の本性を知ると牙を向けてくる、頭の固い仲間は特に。 そう考えると妲己はラオウに拒絶されて正解だったのかもしれない。 誰かの死を知って泣く。こんなつまらない映像で壊れる。 そんな弱い仲間を自分が宥めてまで助けるような時期は既に過ぎていた。 脱出するにしろ優勝するにしろ、そろそろ自分の実となる仲間を見つけ出さねばなるまい。 (でもねん、わらわのためになるコなら『仲間』にしたいのん) だから今目の前にいるこの男は、間違いなく『仲間』だ、と。 自分の素性を知りながらも、目的に賛同し協力してくれる『仲間』。 もしくは自分に何の疑いも持たず、無条件に従ってくれる『仲間』。 妲己が求めるものはこのどちらか、もしくは両方である。 そして弱い者を後者に仕立て上げることは、今の妲己にはあまりに容易なことのように思えた。 さあ、この動いているかいないか分からない首輪をどうしよう。妲己は笑う。 動いているのに無理矢理外せば、自身を巻き込んでの大爆発が起こってしまうだろう。 けれど動いていないのならば、色々と次に繋げることが出来そうだ。 (まだ時間はたっぷりあるわん…役に立ってね、綺麗な人間さん) 眠る気高い黒猫に、小さな小さな微笑みを。 一歩先はどちらに転ぶか分からない闇の中、放送を待つ静寂のみが辺りを包み込んでいた。 【東京都/一日目真夜中】 【蘇妲己@封神演義】 [状態]:少し精神的に消耗、満腹、上機嫌 [装備]:打神鞭@封神演義、魔甲拳@ダイの大冒険 [道具]:荷物一式×4(一食分消費)、ドラゴンキラー@ダイの大冒険、黒の章&霊界テレビ@幽遊白書 GIスペルカード『交信』@HUNTER×HUNTER、千年パズル(ピース状態)@遊戯王 [思考]:1.トレインを使って首輪を調べる、トレインを仲間として引き連れる 2.放送を聞いてから『交信』のカードをどう使うか考える 3.ゲームを脱出。可能なら太公望も脱出させるが不可能なら見捨てる 【トレイン・ハートネット@BLACK CAT】 [状態]:左腕・左半身に打撲、右腕肘から先を切断、行動に支障あり(全て応急処置済み) 左胸に穴(中身の核鉄が覗いている) [装備]:ウルスラグナ@BLACK CAT(バズーカ砲、残弾1)、黒い核鉄Ⅲ(左胸で心臓の代わりになっている)@武装錬金 [道具]:荷物一式 (食料一食分消費)、黒の核晶(極小サイズ)@ダイの大冒険 [思考]:1.思考拒否(とりあえず休みたい) 2.人間に失望 時系列順に読む Back 325 清里高原大炎上戦② Next 327 泣き虫大王の大切なともだち 投下順に読む Back 325 清里高原大炎上戦② Next 327 泣き虫大王の大切なともだち 322:黒猫の心は黒に蝕まれ トレイン・ハートネット 355:グッバイ・ブラックキャット 322:黒猫の心は黒に蝕まれ 蘇妲己 355:グッバイ・ブラックキャット
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第 七 章 もはや俺に出来ることはなにもない。長門を信じて情報統合思念体と決着をつけるだけだ。 卒業式の三日前に俺たちは飛んだ。不穏な暖かさに別の寒気を感じる。 長門が俺の手を取り、俺たちは無言で閉鎖空間に侵入した。 これで三度目になる、ハルヒによる最後の閉鎖空間。最初に来たときからは既に七年近くの歳月が過ぎている。 当時はまさかこんな未来が待っていたなんて全く想像していなかった。俺は閉鎖空間の消滅により全てが終わったのだと確信していた。それが全ての始まりだったことなど、知る由もなかった。 ハルヒの情報爆発が始まり、長門が前と同じように情報統合思念体の抹消作業に入る。もちろんそれが成功するとは思っていない。 そして長門の予想どおり、そいつは現れた。 「お待ちなさい」 あのときと同じ、ゆったりとした口調。だが、次に発した言葉は以前とは違っていた。 「おやおや……これは驚きました。これが繰り返された歴史だったとは」 長門の言ったとおりだった。この野郎、もう俺の記憶を読みやがった。 「久しぶりだな」 「私はあなたと会うのは初めてですがね。なるほど。朝倉君の報告はどうやらあなたのことだったようですね。合点がいきました」 朝倉がどうのと言うのは前にも聞いた話だ。そして今の俺にはその意味も理解出来る。 「あなたが私どもですら越えられない時間断層を突破していたとは。さすがは涼宮さんに選ばれただけのことはありますな」 そう言うと、老人は朗らかに笑った。 「さて、おしゃべりはこのくらいにしておきましょうか。どのみちあなたがたはこれから何が起こるかはご存知でしょう」 「ああ。お前らの思い通りにはさせないがな」 「それは私どもも同じ。今度はあなたがたを確実に消し去ることにしましょうか。あなたがたには何やら秘策があるようですが、有機生命体とインタフェース端末の情報処理能力では何をしようと結果は同じこと」 「あなたは知らない。これがどういうものか」 長門は老人に対して一歩踏み出し、オーパーツを取り出した。 「これは情報統合思念体に対して与えられた選択。あなたたちはそれを選ぶことができる」 「聞かせてもらいましょうか」 「自律進化の可能性と引き換えに、涼宮ハルヒの殺害を諦め、今後地球に一切干渉しないことを約束するか」 長門はオーパーツを握った手を老人に向け、 「それとも今ここで消滅するか」 老人は目を細めた。実に愉快そうに。 「随分と強気ですな、長門君。ですがわたしどもは既に自律進化を放棄しています。そんな選択も約束も必要ありませんな。私は今この場であなた方を消滅させるまでです」 「この装置が自律進化の真の可能性になり得るとしても?」 「ほほう。自律進化の真の可能性ですと」 長門は話し始めた。あのマンションで俺が初めて長門の正体を明かされたときのように。 「情報統合思念体は全宇宙を知覚しあらゆる情報を得ることが出来る。逆に言えばそれは新たに得るべきものが何もないということ。それこそが自律進化の閉塞につながっている。情報統合思念体は進化のものさしを情報処理の能力、つまり速度と正確性に求めた。それはひとつの基準として間違ったことではない。だが情報を得ることと理解するということは同じではない」 「地球上の有機生命体は肉体を持つがゆえの物理的進化と物理的退化を繰り返し、主体的、客体的にそれを取捨選択した。その結果人類はここまでの自律進化を遂げた。進化と退化は本質的に同義。 情報統合思念体には退化といういう概念も客体的という概念も存在しない。情報統合思念体が自律進化の限界に達しているのは、硬直的な一方向のみの進化を続けたことが原因。つまり情報の取捨選択に関して自らの価値観、ものさしのみを基準にしていたということ」 老人は穏やかな表情を崩さずに聞き続けていた。 「情報統合思念体は長らく涼宮ハルヒを観察したにもかかわらず、幾度となく発生した情報の奔流に対してノイズ、ジャンク情報という判断しか下せなかった。それが情報統合思念体の進化の限界を表している。自律進化への道を開くには、今まで不必要な情報として切り捨てていたものに目を向ける必要がある。情報統合思念体が重要視しなかった情報にこそ自律進化の鍵がある。それは涼宮ハルヒにより断続的に生み出された情報に凝縮されている」 「情報統合思念体に必要なのは今までとは別のものさし。だがあなたたちは有り余る情報の全てを得ているがゆえに、その結論には至らない。涼宮ハルヒの情報は、肉体を持たない物にとって理解するのは難しい。私は肉体を得ることで情報処理能力に制限が課せられたが、同時に別の情報を理解する能力を得た」 「有機物などという器がどれほどのものだと言うのです」 割って入る老人に構わず長門は続ける。 「涼宮ハルヒによる第二の情報爆発により、情報統合思念体は未来との同期機能を失うことで時間の概念を得た。それは自律進化にとって大事なこと。あなたたちも一度はそれを認めたはず。でも結局あなたたちはそれを放棄し自律進化への道を自ら閉ざした。今の情報統合思念体が自律進化の可能性を得るには大きなきっかけが必要。情報統合思念体が今のものさしに縛られている限り、これ以上の進化はあり得ないもはやそれは客体的な退化を経験することでしか得られない。」 「空言ですな」 「この装置には、人間の持つあらゆる感情が蓄積されている。感情が我々に対して多大な影響を及ぼすことは、わたしや朝倉涼子の事例を通して知っているはず。感情こそが情報統合思念体を滅ぼす力であり、自律進化の可能性への真の鍵。感情が情報統合思念体に流れ込むことにより、無矛盾の秩序に矛盾を生み出し崩壊を誘発させる。それにより情報統合思念体に散在する無数の意識の淘汰が開始される。それに耐え、それを乗り越え、それを克服すること」 長門はきっぱりと言った。 「それこそが自律進化への道」 老人から笑みが消えていた。 「もし情報統合思念体が自律進化を望むなら今がそのとき。わたしの言葉を信じるべき」 老人は長門を睨むように見据えている。 「もう戯言は結構です。有機生命体の持つノイズで我々の進化が得られるなどと」 長門はゆっくりと首を振った。老人を見やるその表情が寂しげに見えた。 「あなたとの相互理解は不能と判断した。それはとても残念なこと」 「人間のような下等な存在に篭絡されおって」 長門はしばらくのあいだ目を閉じ、意を決したかのように老人に強い視線を送り、 「あなたが人類を語るなど」 そしてこう言い放った。 「五百万年早い」 老人があからさまに言葉を荒げた。 「所詮お前たちと解り合うことなど不可能ですな。では永遠に消えてもらいましょう。二人一緒に」 その瞬間、長門の手にしているオーパーツが輝きを放った。 「終わった」 長門の瞳がわずかに潤んでいた。 「……わたしは言葉を尽くした。でもわたしの言葉は聞き入れられなかった」 突然、老人が叫びだした。頭を抱え、苦しんでいるように見える。 「……わたしはあなたたちの理解を望んでいた。人類との共存によって得られる未来を。でもその望みは叶えられなかった」 老人の叫びは収まらない。 長門は俺に向きなおり、 「わたしとの会話で、統括者はインタフェース端末を通して怒りという感情を理解した。この装置の持つ情報を統括者に送り込むためには、統括者に感情を生み出させる必要があった」 老人の叫びが止み、俺は目を見張った。今度は老人の頭が目に見えて膨らんでいく。 「統括者には、この装置からの莫大な量の感情が流れ込んでいる。もはや彼にそれを止める手立てはない」 老人が長門のそれよりもはるかに速いスピードで呪文の詠唱を開始した。しかしそれでも頭部の肥大化は止まらない。 「怒りに目覚めた統括者は、既に統括者自身にも制御不能。最悪の場合……」 長門は静かに目を閉じ、 「宇宙は無に帰する」 頼むからそんな恐ろしいこと言わんでくれ。 巨大な風船が破裂するかのような音が周囲に鳴り響いた。 内圧に耐え切れなくなった老人の頭部が崩壊したのだ。 その破片とともに、老人の体全体が情報連結解除され、輝きながら消えていく。 いや、消えていない。 光り輝く粒子たちは、はじめ霧のような状態で老人がいた周囲を漂い、そして別の物を形作り始めた。 「これは……」 老人の怒りが具現化したものだろうか。次第に姿を明らかにさせてゆく目の前のそれは、高さ、横幅とも十メートルほどの、言葉では言い表せない物体だった。 俺が知る、怪物とか悪魔とか鬼神とか、そういった想像上の生物を含めた全ての物体の中で、それは最もおぞましいかった。 俺は恐怖で腰が抜けそうになり、かろうじて踏みとどまった。 ハルヒと出会って以来、今まで散々恐ろしい目に遭ってきたおかげで、俺は大抵のことには動じなくなっていた。 だが目の前のそれは、今まで起こったどんな出来事よりも俺に恐怖を感じさせた。 やがて、表現も理解も出来そうにないその物体は完成し、しばらくの間、時間が止まったかのような静寂が訪れた。 そして次なる恐怖がやってきた。 時空振動。 大規模とか超弩級とか、そういうレベルではなかった。以前の老人のそれとはさらに桁が違う。 宇宙に存在する全ての空間と時間が一点に凝縮されるような感覚。つまり、宇宙開闢の逆のことがおこなわれようとしている。 長門の予想が現実のものになろうとしていた。言わんこっちゃない。 「わたしたちに出来ることはもはや何も残されていない。これから何が起こるかは予測不能。人類の言葉を借りればこれから先のことは」 長門は天を仰ぎ見た。 「神のみぞ知る」 目の前の物体から触手のようなものが伸びた。 それは地面を鋭く蛇行しながら、一呼吸の間に俺たちの足元にまで到達した。 戦闘態勢を取るように、触手の頭部が目の前に屹立する。 まさにヘビに睨まれたカエル状態だった。足がすくむとはこういうことだったのか。腰から下は震えるばかりで俺の意思どおりには全く動いてくれない。 長門を見る。長門も完全にフリーズしていた。戦ってどうにかなる相手だとは思っていないのだろう。 赤茶けた触手が俺たちを見下ろすようにわずかに上下に動く。次にその先端に黄色い光の点が生じ、それが次第に輝きを増す。やばい。やられる。 突然、俺たちの目の前を光の壁が遮った。 鈍い音とともに地面が激しく揺れ、振動で倒れそうになった俺はなんとか踏ん張る。 背後からも、同じように眩いばかりの光が注がれていた。振り向く。そこにも光の壁が立ちはだかっていた。 違う。 壁ではなかった。俺はそれを仰ぎ見た。 青く輝く高さ数十メートルの巨大な人型。 神の人。 「ハルヒ、お前なのか!?」 神人の左手が、俺たちと触手の間を遮ってくれていた。 物言わぬ巨人は呼吸するように体を前後に揺らす。 「こっちだ、長門!」 俺は長門の手を引き、慌ててその場から離れる。 屈んでいた神人が両手をぶらりとさせたままゆっくりと立ち上がる。 老人の成れの果てを見据えるかのように、頭部がわずかに動いた。 神人の右腕が緩慢に振り上げられ、次の瞬間、それが異形の物体めがけて叩きつけられた。 「やったか?」 衝撃で舞った土煙の中から、老人の周囲を覆う赤黒い光の玉が見えた。神人の腕はそれに阻まれ本体まで到達していない。 神人は両拳でもって交互に球体を殴打し始めた。その度に、硬質の金属を叩くような高音と、雷鳴のような低音が響き渡る。 相手がビルであったらそれは既に跡形もなく粉砕されているであろう、凄まじいスピードとパワーでパンチを繰り出す。 だが光の球体はビクともしていない。それでも神人は攻撃の手を緩めない。 球体の正面から一本の触手が伸び出し、瞬時に神人の左足にまとわりつく。 あたかも羊羹を糸で切るかのように、あっけなく神人の足が切断された。 バランスを崩した神人が片膝をつき、地面が鳴動する。俺たちも立っているのがやっとの状態だ。 もはや俺には祈ることしか出来ない。俺は掌を合せ、それをしっかりと握りこんだ。 「頼む、ハルヒ」 神人の両手が触手を掴み取り、力任せにそれを引きちぎる。球体の中の物体が、内側に勢いよく激突する。金属音が耳をつんざき、思わず耳を塞ぐ。 球体の、触手が出ていた部分を神人がぶん殴った。そこを中心に球体に亀裂が走る。 亀裂に向かってさらに神人の右手刀が叩き込まれる。球体を貫通した。だが本体までは届かない。 即座に球体の修復が開始され、神人の右掌が挟まれる。 神人は素早く左手を亀裂に突き入れた。両掌を無理やりに返し、球体をこじ開けるように左右の腕に力を込める。 ガラス板に圧力をかけたようなミシミシという音と電流のショートするような音が同時に流れる。 球体の左右から無数の触手が飛び出し、神人の腕に向かって伸びる。 触手が神人の腕を締め上げる。だが切断されない。触手が絡まっている部分の周辺の光が青から赤に変わっていく。 両腕が球体をさらに左右に開く。限界点に達した球体が鈍い破裂音を伴って粉々に砕け散った。 中の物体めがけて神人が頭突きを喰らわせる。 触手は力を失ったかのように神人の腕を離れ、それらが地面に打ちつけられる。 神人は両手を組み、上半身全体を目いっぱい使って振りかぶる。そしてそれは振り下ろされた。 大気と大地が同時に揺さぶられ、辺り一面に轟音が鳴り響いた。 神人の手の先に輝きが生じ、無数の光の粒子が爆発するように周囲に拡散していく。 そして今度こそその粒子たちは光を失い、闇のなかへと消えていった。 それまで感じていた宇宙全体を揺るがす時空振動が、嘘のように消え去った。 老人の暴走が止み、宇宙消滅の危機が回避されたのだ。 役割を終えた神人もまた、中心部から外側にかけて粒子化していた。 頭部が消滅する寸前、神人は俺たちの方を向き、わずかに首を傾けた。 俺には神人が微笑んでいるように見えた。 こうして、おそらくこれが最後になるであろう閉鎖空間は消滅した。 閉鎖空間消滅の刹那、俺は微かな時空振動を感じた。それはなぜか俺にとって、とても心地よく感じられた。 今まで欠けていた何かが埋まるような、バラバラだった何かが急に整然とまとまるような不思議な感覚。 そうか。情報統合思念体によってハルヒを殺され、大掛かりに塗り替えられてしまった歴史、その歴史の歪みが解消されたのだ。 結局のところ老人の暴走は、朝倉が暴走したのと同じ理由だった。 朝倉は長門と同じく未来の自分と同期が出来た。だが朝倉は自分が消滅する結末を知ってか知らずか、結局は暴走した。 それはこのオーパーツの影響だった。 朝倉がオーパーツを手にした俺を殺そうとしたとき、朝倉にはある感情が芽生えていた。 変化のない観察対象、涼宮ハルヒに対する苛立ち。 自分のことなど全く歯牙にもかける様子のない涼宮ハルヒ、そしてハルヒに選ばれた俺に対する憎しみ。 同じインタフェース端末として、長門のバックアップに甘んじることへの嫉妬心。 それらが、俺を惨殺した際に複雑に入り混じった。 そして、その感情をきっかけにしてオーパーツからの感情の奔流に見舞われ、朝倉は最終的に暴走したのだ。 「私があの十二月十八日に世界を改変したのも同じ理由」 それについては、俺自身が以前出した答えと同じだった。 長門は長きに渡るSOS団での生活により行き場のない感情が蓄積し、それが飽和して暴走したのだ。 そして今回、老人にわずかな感情を芽生えさせることによりオーパーツの機能が有効化し、老人は消滅した。 「これから情報統合思念体がどのような道を歩むのかはわからない。ひとつ言えるのは、あなたと地球に対して今後も情報統合思念体からの脅威が迫る恐れがあるということ。そして、それらからあなたと地球を守るのもこの装置の役割」 全てはこれで終わった。 俺は一刻も早く、あの頃のハルヒに会いたかった。 長門とともに、ハルヒが命を落とした日へと移動する。俺とハルヒが暮らしていた新居へ。 だが、そこにハルヒの姿はなかった。 なぜだ? まさか歴史が変わっていないのか? 俺たちはハルヒが入院していた病院の個室へと向かった。 ベッドに横たわったハルヒが確かにそこにいた。 その横にはハルヒに付き添う過去の俺の姿があった。 なぜだ? 俺は何か失敗してしまったのか? 長門が言った。 「情報統合思念体の仕業ではない」 だったら、どうしてハルヒはまだ病気にかかっているんだ。 長門はわずかに首を振った。 「原因不明」 医師の話を盗み聞きしたところ、ハルヒは最初に倒れて以来、一度も目を覚ましてないのだという。 それって前より状況が悪化してるじゃないか。 あのときの俺には祈る以外に出来ることは何もなかった。ハルヒが回復することだけを願い、日々祈り続けていた。 そして、それは今の俺も同じだ。俺が出来る全てのことを、俺は既にやり尽くしていた。 後は、朝比奈さんの言葉を信じるしかない。 『涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません』 ハルヒがこの世を去る時間が、刻一刻と迫っていた。 目の前には、ハルヒに先立たれる直前の疲れきった俺がいた。 過去の俺がそうしてしまったように、目の前の俺もいつしか眠ってしまっていた。 ハルヒが死に、その先の数日間で俺は一生分とも思えるほどの涙を流し続けた。 俺はもう一度あの辛い想いを繰り返さなければならないのか? もうすぐ運命の時がやってくる。 永遠とも感じられるほどの時間が流れた。 そして、ついにそれは起こった。 ハルヒは何の前触れもなく、突然目を覚ました。 「キョン!?」 勢いよくその上半身を起こし、不安そうな声で叫ぶハルヒ。 驚きのあまりしばらく硬直していた俺は、やっとのことで、かろうじて呼び返すことが出来た。 「ハルヒ……」 大きく息を吸い込み、俺はもう一度、はっきりとした声で呼んだ。 「ハルヒ!」 ハルヒは俺に気づかない。どうしたんだハルヒ? 俺はここにいる! 俺はハルヒに駆け寄ろうとし、長門の腕がそれを制止した。 「彼女には私たちの声は届かない。姿も見えない」 そうだ。遮蔽フィールドが俺たちを包んでいるのだ。 もう一人の俺がようやく目を覚ました。 「ハルヒ……」 さっきの俺と同じセリフだった。 二人はしばらく目を合わせ、そしてしっかりと抱き合った。 医師たちが病室に駆けつけ、呆然とした表情で二人を見守っていた。 今まさに、奇跡が、この場で起こったのだ。感動的な光景が俺の目に広がっていた。 今までの俺の苦労はこれでようやく報われたのだ。 俺は目の前の二人の姿を、我がことのように祝福した。片方はまさに俺なんだからな。 涙で視界が次第に霞んでいった。 病室を出た俺たちはいつもの公園に移動し、ベンチに座っていた。 俺は今まで薄々ながら気づいていたことが、はっきりと現実になったことを悟った。 ハルヒが蘇った喜びをハルヒと共に分かち合えるのは、さっき俺の目の前にいた俺であって、この俺ではない。 このままでは俺はハルヒと軽口を交わし合うことも抱き合うことも出来ないのだ。 俺が再びハルヒとの生活を取り戻す方法はないのか? そして俺は過去の出来事のひとつを思い出した。 この状況はよく考えてみれば以前長門が世界を改変したときと同じではないのか? 俺が朝倉のナイフによって倒れたとき、その時間平面上には刺された俺、未来から世界を元に戻すためにやって来た俺、それ以外にもう一人俺がいたはずだ。 これから起こることなど何も知らず、自宅のベッドでいつもどおりぐっすりと眠っていた俺が。 その後、未来の長門によって世界が再改変されたとしても、そいつの存在は消えないはずだ。 では刺された俺は、眠っていた俺といつ入れ替わったんだ? そのときと同じことをすれば、今回もこの俺ともう一人の俺が入れ替われるんじゃないのか? 長門はゆっくりと首を振った。 「あのときは暴走した私によって改変された三日間を残し、脱出プログラム起動直後から世界を再改変した。あなたを除く他の人に架空の三日間の記憶を与えて」 そうか。つまりは、あの時眠っていた俺はその後、朝倉に刺された俺がそうしたように、改変された世界に混乱しつつも三日後の夕方になんとか脱出プログラムを起動し、当時から三年前の七夕へと移動したんだ。 そうしてその次の瞬間から世界は変わり、刺された俺は夕方の病院のベッドで目を覚ましたということだ。 『いったん暴走したわたしに世界を改変させておいて、それから修正プログラムを撃ち込む。そうでないとあなたが脱出プログラムを起動させる歴史が生まれない』 当時の長門の言葉の意味を、俺は今になってようやく理解した。 ならば、今回の歴史改変はそれとは決定的に違うことがある。 今の俺はハルヒが死ぬことによってTPDDを得て過去に飛んだ。ハルヒが死ぬという歴史があって初めてこの俺は存在している。 そしてハルヒが死なない歴史での俺、つまりさっき目の前にいた俺は、TPDDを得ることもなくその生涯をハルヒとともに過ごす。 つまり、この歴史では俺のいるべき場所はどこにもないのだ。 「長門、お前の力でなんとかならないのか?」 「今の私にはその力はない。私は既に情報統合思念体とは決別している。涼宮ハルヒの能力も既に失われていて利用出来ない。唯一残された手段は、もう一人のあなたを殺してあなたが入れ替わること」 目の前が真っ暗になった。 あいつは俺自身だ。俺が最も望んでいた、ハルヒと平穏な生活を送り続ける、幸福に満ちた理想の姿だ。 ハルヒの病気に誰よりも心を痛め、ハルヒの回復を誰よりも待ち望んでいた、ほんの二年前の俺なんだ。 そんな俺を、この俺が殺すなんてことが出来るわけないじゃないか。 俺は絶望していた。これで本当にハルヒとは永遠にお別れなんだな。 「こうなることはわかっていた。でも涼宮ハルヒを蘇らせるには、他に方法はなかった」 あらためて俺は朝比奈さんや長門の言っていた代償の意味を知った。 俺はハルヒを救うために、今までの人生もこれからの人生も全て捨ててしまわなければならなかったということだ。 こんなことなら代償が俺の命だった方がよほどマシだとさえ思えた。俺はこれから先どうやって生きていけばいいんだ? 俺には既に生きる目的が見えなくなっていた。 「……もう今すぐにでも消えちまいたい気分だ」 無意識に気持ちが口を伝って出ていた。 しばらくのあいだ頭を抱えていた俺は、強い意思が込められた無言に気づかされた。 長門が真っ直ぐな視線を俺に送っている。 その瞳に、明らかな非難の色が浮かんでいた。 「私にもあなたの悲しみが理解出来る。だから……」 長門は目を閉じて言った。 「自分を消すなんて言わないで」 俺は凝然とした。これは俺が長門に言った言葉じゃないか。 長門は今の俺に、あのときの自分の姿を重ねているのだ。 そして長門は、ためらいがちに、だがはっきりと俺に告げた。 「こんなことを言うべきではないのかもしれないけれど……私は涼宮ハルヒとは別の道を歩むことになったあなたという存在を嬉しく思っている」 この言葉を聞いて、俺はようやく長門の気持ちをはっきりと確信した。俺は本当にバカだ。 そして、俺は今までの長門に対する俺の振る舞いに対して呆れ、悔やみ、そして叱責した。 ――お前は長門に何と言った? どこにも行くところがないなんて二度と言うんじゃない、だと? ――お前は長門と約束したんじゃなかったのか? 俺がお前を地球でずっと生きていけるように努力する、と。 ――お前が高校生の頃に思っていたことは嘘だったのか? 長門との約束なら俺は死んでも守ってやるつもりだ。 俺に生きることを放棄する資格など、どこにもありはしない。 自分とハルヒのことに精一杯で、俺はこんな大事な約束すら忘れていたのだ。長門の気持ちなど考えもしないで。 長門は始めて会ったときからこの今まで、ずっと何の見返りも求めずに俺のために尽力してくれた。 俺は数え切れないくらい長門に救われてきた。それだけじゃない。ハルヒの命をも救ってくれた。そして一度は俺のためにその命さえ捨ててくれたのだ。 ならば、俺は残りの人生は、全て長門のために費やすべきじゃないか。 いや、それでも全く足りないかもしれない。それほどのことを長門は俺にしてくれたのだ。 「ひとつ頼みがある」 俺は意を決して言った。 「俺の記憶を消すことは出来るか? 俺のハルヒに対する恋愛感情だけを全て」 目を閉じた長門が静かに否定した。 「私には既に記憶改変の能力はない」 しばらくの沈黙。 「でも……」 長門はとまどいを見せ、そしてこう言った。 「恋愛感情を変化させることは、あるいは可能かもしれない」 「少しでも可能性があるなら」 俺は長門を見つめ宣言した。 「ためらわなくていい。思いっきり、盛大にやってくれ」 これから自分の身に起こるであろう何かに対して、俺は覚悟して目を閉じた。 俺は激痛とともに意識を失ってしまうのか。 あるいは突然頭の中が操作され、何かが変わってしまうのか。 ……身構えている俺の口元に、唐突に、柔らかく暖かいものが触れた。 予想外の出来事に、恐々と開かれた俺の目は、さらに見開かれることになった。 目を閉じた長門の唇が、俺の唇に不器用に押し当てられていた。 俺はしばらくの放心の後、ゆっくりと、再び目を閉じ、そしてこう思った。 ――なるほど、確かにこれは恋愛感情の変化には効果的かもしれない―― 生き続けることを決心した俺は、ハルヒの高校卒業に併せて執りおこなわれた機関の解散パーティーに出席した。 お世話になった人たち、そしてもう会えなくなってしまう人たちに、別れの挨拶をしなくてはならない。 「皆さん、大変お待たせしました。ただいま戻りました」 卒業式後のSOS団解散式から会場に駆けつけた古泉が盛大な拍手で迎えられ、それと同時にパーティーは開始された。 それはSOS団解散式に勝るとも劣らない、壮絶な盛り上がりっぷりだった。会場の全体が常に笑いと涙で占められていた。 ハルヒによる理不尽極まりない数々の試練に対して、六年もの間苦楽を共にした仲間たちが集まっているのだから、それは当然のことだった。 晴れやかな笑顔を振りまきながら祝い酒を次々に飲み干す森さん。 静かに涙する新川さんと、抱き合って喜びを表現する田丸さん兄弟。 他の能力者たちに囲まれながら、意外にも大泣きしている古泉。 俺が機関に関わったのは実質的にはわずかの間だったが、それなりの思い出はある。間接的に関わっていた高校生の頃のこともある。俺の目にも涙が浮かんでいた。 機関の大部分のメンバーは、俺がどういう立場の人間なのかを知らなかったが、それはそれでありがたかった。いまさら創設者だと紹介されて、挨拶なんかさせられるのはご勘弁願いたかったからな。 俺は会場の片隅でパーティーの成り行きを見守る鶴屋家当主に挨拶に向かった。 「お世話になりました。あらためてお礼申し上げます。おかげで無事に役目を果たせました」 俺は心の底からの感謝を込めて最敬礼をおこなった。俺の歴史改変の全ては、当主がいてくれたからこそ成し遂げられたのだ。 本人を前にして感謝の意を表すのはこれが最後になる。当主はこの三年後に、急な病で命を落とすことになるのだ。 「こちらこそ、楽しいひとときを提供していただいて感謝しております。気が向いたらいつでも当家にいらしてください。娘もあなたが来るのを楽しみにしております」 当主は愉快そうに笑った。この人と出会わせてくれた運命にも、俺は心から感謝した。 俺はその四年と半年後、つまりハルヒが復活してしばらく後の時空に戻り、鶴屋さんに会いに行った。 「お久しぶりです鶴屋さん」 「ジョン兄ちゃん、久しぶりっ! いや、キョン君って呼んだ方がいいのかなっ?」 「ええ、どちらでも構いませんよ。今日は先代と鶴屋さんにご挨拶をと思いまして」 俺は当主の葬儀に参列出来なかった。昔の俺やハルヒと対面するわけにはいかなかったから。 当主の遺影に向かい、手を合わせた。あの時は言えませんでしたが、ようやく全てが終わりました。俺が今こうしていられるのも全てあなたのおかげです。 「先代と鶴屋さんには本当にお世話になりました。何とお礼を言っていいか。俺に出来ることなら何でもしますよ。何だったら未来のアイテムか何かを買ってきましょうか?」 「いいっていいって。あたしもジョンにはいっぱい世話になったからねっ。ところで、これからどうすんだいっ?」 「ええ、実は少し歴史がこじれてしまいまして。この時代にいる、鶴屋さんと同じ時間を過ごした俺と、今ここにいる俺は別の道を歩むことになっちゃいました」 「それは何となく感じてたよ。キョン君とジョン兄ちゃんは同じであってどこか同じじゃないなって」 「これから俺は少し未来に行こうと思ってます。この時代で生きていくには何かと不便が多くて。この時代の別の場所で暮らすのもいいんですが、別の時代のこの場所ってのも悪くないなと思いまして」 「そっかー。いよいよお別れなんだね」 「俺としても名残惜しいですが。この時代に残るもう一人の俺とハルヒをよろしくお願いします」 「あははっ、まかせときなっ」 鶴屋さんは俺のよく知る笑顔で答えてくれた。 「それにしても不思議なもんだね。中学生のあたしの前に現れたジョン兄ちゃんに、高校の下級生として北高で再会するなんてね。ジョンがまさか年下の男の子だったとは思いもよらなかったよっ」 そして鶴屋さんは俺に思いがけないことを告げた。 「今だから言うけど、あたし結構ジョンのこと好きだったんだよ。ううん、正直に言えば初恋の人だったの。結ばれない運命ってのは最初から解ってたことだけどねっ」 想像もしていなかった告白に俺は言葉を失った。 「でも、それはあくまでジョンのこと。キョン君じゃないの。私、年上が好みなのかなっ?」 鶴屋さんの瞳に涙が浮かんでいた。俺はまたしても鶴屋さんを泣かせてしまったのか? 「せっかくだから、じゃあひとつだけわがままさせて貰おうっかな?」 そう言った鶴屋さんは唐突に俺にキスをした。 「未来でも元気でね。あたしはジョンのことずっと覚えてるからねっ」 すっかり狼狽していた俺はかろうじて「ありがとうございます」とだけ言えた。 鶴屋さんもどうかお幸せに。俺はこれからの人生、長門とともに鶴屋家をずっと見守り続けます。 それからしばらく経ったある日、未来への移動の準備で色々と買出しをしていた俺は、思いもよらない人物に声をかけられた。 「お久しぶり。随分探したわ」 そいつの笑顔を見て、俺の体から否応なしに冷や汗が噴き出してくる。 それは、消えたはずの朝倉涼子だった。 「お前、どうして……」 それ以上は言葉にならなかった。 「あなたにずっとお礼を言いたかったの。迷惑だったかな?」 お礼にアーミーナイフなんて欲しくないぞ。 「安心して。もう襲ったりしないわよ」 朝倉が場所を変えようと提案し、俺たちは近くの喫茶店に入った。 やれやれだ。朝倉と喫茶店でお茶だと? 席についた朝倉は、昔を懐かしむような表情で語り始めた。 「あのとき長門さんによってわたしの肉体は消滅したけれど、わたしの意識は情報統合思念体に回帰したの。そしてあの二度目の情報爆発の日、わたしは他の意識とともに感情の奔流を経験した。情報統合思念体はあの日以来すっかり変わったわ。今や生き残った意識は数少ないの。わたしが今こうして存在しているのは涼宮さんや長門さん、それにあなたのおかげ。あなたたちがわたしにあらかじめ感情を萌芽させてくれたからこそ、わたしはあの感情の奔流を乗り越えることが出来たの」 「そのおかげで俺は二度も殺されかけ、実際に一度殺されたんだがな」 「お願い。それはもう言わないで」 片目を閉じて両の手を合わせる朝倉を見て、俺は正直に失言を詫びた。 「長門さんがあの閉鎖空間で言ったとおり、人間の持つ感情がわたしたちに与えた影響は絶大だったわ。そして情報統合思念体は多くのものを失い、多くのものを得たの。これが自律進化の可能性と言うのであれば、それは多分そうなのかもしれない」 朝倉は運ばれてきたアイスレモンティーをストローで愛おしそうに飲んだ。 「今のあたしはね、毎日が楽しいの。この先自分に何が起こるのか解らない、そう考えるだけでワクワクする。あたしはこれから自分の求めるものを自分自身で探しながら生きていくの。感情とともに。これって素敵なことだと思わない?」 「ああ、その通りだと思う。人間は常にそうやって生きてきたんだ」 「そうよね。あの頃のわたしには想像もつかなかった。今思えば、あの頃のわたしは確かに涼宮さんや長門さんに嫉妬していたのだと思うの。何も解ってないわたしなりにね」 朝倉はそう言って笑ったあと、表情を真剣なものに変え俺に告げた。 「情報統合思念体の中では、今の状況を自律進化への道として受け入れている意識が大多数なの。つまり今はわたしも主流派。でもね、一部の意識は人類、特にあなたと長門さん、涼宮さんに対して未だに恨みを持ち続けているの。だからこれから先気をつけて。あの装置があればあなたと長門さんは多分大丈夫だとは思うけど。それと、涼宮さんともう一人のあなたのことはわたしにまかせて。わたしが彼らを陰ながら守ってみせるから。これはわたしの、あなたたちへのせめてもの恩返し。わたしはそれをあなたに伝えたかったの」 そして朝倉は元の笑顔に戻った。 「長門さんに会えなかったのは残念だけど、よろしく伝えておいてね」 俺たちは喫茶店を出て、その場で別れた。 「前にもお別れの言葉は言ったけど、今度は本心で言うね」 朝倉はあの時と同じ、そしてあの時とは違う笑顔で言った。 「長門さんとお幸せに」 そう言って朝倉は俺に歩み寄り、あろうことか俺の頬にキスをした。 「一応言っとくけど、これは長門さんへのあてつけね。それじゃあ」 なんだか最近みんなが俺にキスをしてくれる。 これが長門に知れると、俺はしばらく口をきいてもらえなくなるんだがな。ちなみに、鶴屋さんのときは三日間だった。 そしてこれは必ず長門の知るところとなる。俺が長門に隠し事なんて出来るわけないからな。 今度は何日間になるんだろうな、そんなことを思いながら俺は朝倉の後姿に笑みを投げかけていた。 俺は少し迷ったが、古泉にも会うことにした。 古泉とは機関の解散パーティーで少しばかり話はしたが、やはりこいつには全てを話しておかなくちゃいけないという気がしたからな。 「そう言うわけで、既に解っちゃいると思うが、俺が機関の親玉だ」 「ずいぶんと今更ですね」 そう言って古泉はいつもの笑みを俺に向けた。 「お前はいつから気づいていたんだ?」 「それはもう、部室で最初に会ったときからですよ。あなたには他の人にはない独特の雰囲気がありますからね」 やれやれだな全く。 「解散式の時にも言いましたが、あなたには本当に感謝しています」 「今はほぼ同い年だ。その言葉遣いはやめてくれ」 「いえ、機関の創設者であるあなたにはそれは無理です。たとえあなたの命令であっても」 「なら、せめてもう一人の俺には今までどおりタメ口を聞いてやってくれ」 「それはこれからもそうですよ。向こうのあなたと私は友人関係です。それに私はあちらの彼にはお世話になってませんしね。いえ、全くと言うわけではなくてそれなりにお世話にはなりましたが」 「そんなに気を遣わなくていい。あっちの俺は同一人物だが既に別人だ。それと、解っているとは思うが、ハルヒともう一人の俺には、この俺のことは話さないでくれよ。あいつらに余計な心配はかけたくない」 「それはもちろんですよ。いたずらに混乱させるだけでしょうからね」 「何か困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。と言ってもお前から俺に連絡する方法はないか。俺が困っているお前を見つけたらすぐさま助けに行くさ。少し行くのが遅れるかもしれんが、それは俺の時間軸で遅れるだけであって、お前の時間軸ではピンポイントで行ってやる」 「ありがとうございます。その節は是非よろしくお願いします」 「それと、最後に」 俺は少し照れくさかったが、本心を言った。 「今まで苦労した分、幸せになれよ」 古泉は俺に感謝の言葉を述べ、涙を浮かべた。俺も涙ぐんでいた。 でも、頼むからお前はキスなんかしてくれるなよ。長門は怒らないかもしれないがな。 最後にもう一度だけ行きたいと言う長門とともに、俺たちはあの図書館に足を運んだ。 思い起こせば、本当に色んなことがあった。 ハルヒに振り回され続けた高校時代。 ハルヒとともに人生を歩むようになった数年間。 そして、ハルヒを救うために超能力者の機関を作り、未来に飛び、歴史を改変した日々。 俺の今までの人生は幸せだったんだろうか? そんなこと、今更問いなおすまでもない。普通の人間では決して体験出来ない波乱万丈な人生を送れたんだ。不平不満など言おうものなら天罰が下る。 高校生の頃の俺も思っていたじゃないか。こんな面白い人生を提供してくれたハルヒに感謝する、とな。 ハルヒと離れ離れになったのは正直なところ今でもわだかまりが残っているが、それに関してはもう一人の俺が、俺の代わりに幸福を満喫してくれればいいことなのさ、きっと。 読書に集中している長門の横で、俺はそんなことを考えていた。 ふと、俺たちの背後に人の気配を感じた。 何の気なしに振り返った俺は、次の瞬間には絶句していた。 俺はその姿を見てあからさまに驚き、それを取り繕う余地など全く与えられなかった。 そこに立っていたのは、紛れもなく涼宮ハルヒだった。 しまった。ハルヒは長門を見つけてここに来たのだろうか。 考えろ。この状況からどう逃れればいい。まさか俺に気づくとも思えないが、果たして長門はうまく誤魔化してくれるだろうか。 長門を見た。俺と同じように絶句してやがる。いやその表現は正しくないな。絶句こそが長門の基本モードだ。 ええい、そんなことを考えている場合じゃない。さあどうする。 そんな俺の狼狽を知ってか知らずか、ハルヒは俺をさらに混乱させるようなことを平然と言ってのけた。 それも、長門ではなくこの俺に向かって。 「髭生やしたあんたもなかなかのもんじゃない。サングラスも似合うようになったわね」 俺は呻きとも言えない声を上げた。ハルヒは共に人生を歩んでいる俺とは別の、この俺の存在を当然知っているかのような口ぶりだった。 ハルヒはさらに絶句している俺を気遣うように、 「あの時も言ったけど、あんたのおかげで本当に幸せだった。ううん、もちろん今も幸せよ。あなたらしい人影を見かけたから……。あの時はお別れの言葉になっちゃったから……。どう してももう一度伝えたくて」 「ハルヒ……」 俺はそう言うのが精一杯だった。 「病院のベッドの上で、ずっと夢を見てたわ。あんたがあたしを助けてくれる夢。あたしがあんたを助ける夢」 やっぱりあれはお前の仕業だったんだな。俺はお前を助けるつもりで、実はずっと助けられてたんだな。 あらためて思った。やっぱりお前はすげー奴だ。時間どころか次元まで越えて俺のことを見守ってくれていたんだからな。 「有希」 ハルヒに呼びかけられた長門が、緊張の面持ちでハルヒを見た。 ハルヒは柔らかく目を細め、長門に微笑みを投げかけた。 それは俺が今まで見たハルヒの表情の中で、最も穏やかで最も深い、そんな微笑みだった。 「ずっと有希のこと心配だったけど、もう安心ね。幸せになるのよ」 長門の目がわずかに見開かれた。その瞳が潤んでいた。 「こっちのキョンをよろしくね」 長門は緩やかに首を傾け、 「……ありがとう」 そしてハルヒに微笑みを返していた。 改変された世界の、あんな贋物の微笑じゃない。本当の長門の、本当の感情が生み出した、偽りのない本当の微笑だ。 「時間がないから行くわ。もう一人のあんたを待たせてるの」 歩き出したハルヒは思い出したように振り返り、人差し指を突き立てた。 「キョン、しっかりやんなさいよ。有希を泣かすようなことしちゃだめよ!」 ハルヒはそう言い残し、図書館の外へと走り去っていった。 それにしても、別れ際もさっぱりとしたもんだ。それでこそハルヒらしい。俺は以前と変わらないハルヒに自然と顔が綻んだ。 ハルヒが見えなくなるまでその後姿を見送った俺たちは、顔を見合わせ、お互いの唇を重ねた。 ハルヒのおかげで、踏ん切りがついた。 ハルヒはもう一人の俺とともに、朝比奈さんが言ったように平穏な人生を送る。そして俺は長門とともにさらなる波乱万丈の人生を歩む。 それでいい。これから先のことは、これから考えればいいさ。 ――そうだろ、ハルヒ? こうして、俺たちはこの時空に別れを告げた。 俺はまだ朝比奈さんに会いに行く約束は果たしていない。 だが俺は確信していた。いずれまた遠い未来で彼女に会う日がきっとやってくると。そして彼女に会いに行くべき時が今でないことを。 俺たちにはまだ、これからやらなければならないことが残されている。 エピローグ
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角川mini文庫『道士リジィオ 久遠の微笑』 (冴木忍/角川書店) 表紙イラストを描いています。
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http //www.nicovideo.jp/watch/sm27611930 作品名:【MAD】そこで微笑っててくれないか(四月は君の嘘) 作者名:さんちぇ 作者コメント:君嘘はよいアニメでした この作品のタグ:第9回ニコニコ紅白MAD合戦「紅組」 レビュー欄 名前 コメント
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属性 火属性 最大Lv 99 初期HP 4237 最大HP 6356 レアリティ ★6 タイプ シャーマン 初期攻撃力 1727 最大攻撃力 2591 初期防御力 1258 最大防御力 1887 初期スピード 1732 最大スピード 2598 +HP上限 3000 最大HP上限 9356 +攻撃力上限 1245 最大攻撃力上限 3836 +防御力上限 900 最大防御力上限 2787 +スピード上限 1050 最大スピード上限 3648 リーダースキル 想い継ぐ炎 火属性ユニットのスピードを35%アップ フォーススキル1 人生足最愛 HP25%消費し、味方単体のスキルクールタイムをnターン短縮する。 Lv1 Lv2 Lv3 Lv4 Lv5 Lv6 Lv7 Lv8 Lv9 Lv10 2 - - - - - 3 - - 3 ディレイターン 0 効果持続ターン - フォーススキル2 煙龍の息吹 味方単体のHP50%消費し、火属性のn%全体攻撃。超高確率で攻撃力50%ダウン Lv1 Lv2 Lv3 Lv4 Lv5 Lv6 Lv7 Lv8 Lv9 Lv10 進化前 [仙女]エンラ 165 - - - - - 194 - - 214 通常進化 [悠遠の仙女]エンラ ディレイターン 4 効果持続ターン - 幻獣契約 なし 特殊能力 1の祝福[5] / 先制[強]ソーサラーキラー / [強]妖精キラー 契約素材 - 契約使用先 - 入手方法 幻獣契約 備考 ・CV 石上 静香・【初出】久遠に命を繋ぐ者ガチャ_http //crw.lionsfilm.co.jp/gesoten/news/detail.php?id=828 k=3 ・【列伝クエスト】『悠遠の仙女と灰煙の名医』_http //crw.lionsfilm.co.jp/gesoten/news/detail.php?id=830 k=2 ・2022/02/24アップデートにて進化/契約に潜在解放が追加。_http //crw.lionsfilm.co.jp/gesoten/news/detail.php?id=2983 k=2 資料 *公式最大ステータス。 *潜在解放後、公式最大ステータス。 潜在開放 + ※強化表 ※強化表 潜在解放ツリー 【HP+20%】(5) ━【防御力+20%】(5) ━【LS強化】(15)┣【攻撃力+5%】(5)┗【スピード+5%】(5) ━【FS1強化】(15) ━【FS2強化】(20) ━【特殊能力強化】(30)+[覇者の宝珠]or[同一ユニット]【1】 ※()内は[精鋭の宝珠]必要数 潜在開放後ステータス +HP上昇量 20% 最大HP - フォーススキル1 スキル名 +攻撃力上昇量 5% 最大攻撃力 - HP15%×5回消費し、味方単体のスキルクールタイムを5ターン短縮する。 +防御力上昇量 20% 最大防御力 - +スピード上昇量 5% 最大スピード - ディレイターン 0 効果持続ターン - +HP上限 - 最大HP上限 - フォーススキル2 スキル名 +攻撃力上限 - 最大攻撃力上限 - 味方全体のHP15%×4回消費し、火属性の214%全体攻撃。超高確率攻撃力50%ダウン。HP25%以下なら威力2.0倍。 +防御力上限 - 最大防御力上限 - +スピード上限 - 最大スピード上限 - ディレイターン 5 効果持続ターン - リーダースキル スキル名 特殊能力 先制 / 闘争本能[強] / 1の祝福[10] / [滅殺]ソーサラーキラー / [滅殺]妖精キラー 火属性ユニットのスピードを40%アップ コメント 名前
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(記事作成中。しばらくお待ちください) リセマラ評価 B ☆6 木属性 バランス系 スキル 命中率低下解除+8チェインアップ+スキルターン-1(リーダー助っ人以外,木属性) スキレベ1→5 スキルタ-ン 11→7 マルチスキル 木属性攻撃3.5倍45秒 スキルターン 9→5 リダスキ バランス3倍木属性1.25倍(重複3.75倍) アビリティ AF枠追加Lv1 リセマラで当たったんだけど強い?リーダースキルが強力。スキルが相対的に普通。という具合。リーダースキルが最前線級の3.75倍出る上発動タイミングを選ばない命中率低下解除のスキルを持っているため強力なタマシイ。 このタマシイの使い方高い倍率を持っているのでリーダーとして使えるがバランス系が3倍、木属性は1.25倍なのでサブは木属性バランスタイプでないと倍率がかからない。木属性はアート、バランス、アングラにタマシイが分散しているため同じタイプ3倍の3.75倍リーダーと比較するとスズナの光超越パ、サヤコの闇アングラパほど大きい不自由を感じずにパーティが組める、というわけではないのである程度の手持ちが揃っていることが要求される。 スキルはほかの限定と比べてこじんまりとした印象があるがリダフレでキズナにするとチェインアップとスキルターンマイナスによってなかなか展開が早い。サブとしてもスキルターンの短い酩酊解除なのでサーカス団団長の4戦目などでいい仕事ができる。 マルチスキルは飾り。リーダースキルが重視される局面でもない限りマルチリーダーとしての価値はない。...でもスキル名の「緑の枷」ってかっこいいよね... 使う際の注意リーダースキルの項でも述べたがバランス3倍木属性1.25倍のためパーティはバランス中心に構成しよう。 余談天井の世界のストーリーで人をダメにする系少女と判明。俺も依存したい。 (執筆 ash) このタマシイの成分 チェインアップ 木3.75倍リーダー
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エ ピ ロ ー グ あれから何年経っただろう。それは数えてしまえば解ることなのだが、その行為はもはや俺にとってあまり意味のあることではなかった。 長かった。だがそれも今日で終わりだ。 長門は情報統合思念体と決別したことにより、普通の人間として生きることになった。 もちろん人間と異なる点は残っていたが。長門は歳を取らない。長門にはもともと老化という機能は存在していないからな。 そして、それは俺も同じだった。俺は不老不死という、普通の人間とは遠くかけ離れた存在となっていた。 それはなぜか? 朝比奈さんは言った。オーパーツの起動には大きな代償を伴うと。俺はその代償がハルヒと自分の居場所を失うことだと思っていた。だが代償はそれ以上に大きかった。 俺は長門や朝倉が言ったように、ハルヒを蘇らせることにより情報統合思念体から常に狙われる立場となった。 そしてそれは俺だけじゃなく、地球そのものが情報統合思念体と敵対関係になることを意味していた。 俺は、あらゆる未来・過去から、地球を情報統合思念体から守るためにオーパーツを起動させ続ける、いわば依り代とならなくてはならず、その引き換えに俺はオーパーツにより不老不死を手に入れたのだ。長門が言うには、俺とオーパーツは起動の瞬間からお互いを補完しあい、言わば同化している状態らしい。 オーパーツが起動し続けている限り、情報統合思念体は地球に対して迂闊に手出し出来ない。 長門によれば、あの時情報統合思念体の老人に対して放出したオーパーツの力は、あれでもまだ一部に過ぎないのだという。 俺たちは元の時代から四十年後の未来に飛び、STC理論を与えた少年に会った。 既に後の未来人組織の前身となる時間平面理論研究チームの長となっていた彼は、俺との再会を心から喜んでくれた。そして俺たちは研究のサポート要員としてチームに迎えられることになった。 少年以外には秘密だったとはいえ実際に時間移動が出来るという希少なサンプルである俺に加えて、長年の読書により得られた幅広い知識を持つ長門は、研究には欠かせない貴重な存在だった。 俺たち二人は歳をとることもなく研究に従事し、必要に応じて組織を外敵から守るためのさまざまな活動を続けた。 俺は昔、朝比奈さんと長門の姿を見て、未来人と宇宙人がタッグを組めば怖ものなしだなと思ったことがあったが、今ではそれに加えて不老不死というおまけまでついている。俺と長門のコンビはまさに地球上で最強の存在であり、組織にとって障壁となるあらゆる難題を解決し続けた。 そんな俺たちが組織の中で重要な地位につくのには、それほど時間は必要なかった。 俺が今いるのは未来人組織の本部であり、この部屋はその中でも出入りが極めて厳密に制限されるエリアにある。 「連れてきた」 部屋のドアが開き、長門が言った。長門の横には、この部屋に来る時にはいつも極度の緊張が隠せない様子の、未来人組織メンバーの一人がいた。 そそっかしくて、うっかり者で、でも誰よりも努力家で、今やその地位は組織の中でも上から数えた方が早いという女性。 それでいて、未だに長門によく小言を言われている妙齢の美女。 そう、それは朝比奈みくるだった。 俺の時代にいた朝比奈さんが長門に対していつまでも苦手意識を持っていたのは、つまりはこういう理由だ。何しろ俺の知る限りでは、歴代のTPDD保有者の中でも、最も頻繁に長門にお叱りを受けているからな。 「預言者から話すことがある」 長門の言葉を聞いてビクッとする朝比奈さん。そして、既にお解かりだとは思うが、預言者とは俺のことだ。 「ご苦労だったな、朝比奈みくる。今日は私から礼を言うために君をここに呼んだ。そして君に最後の指令を与えるために」 おずおずとこちらを見上げる朝比奈さん。 「今まで君は本当によくやってくれた。ありがとう」 「とんでもありません。お褒めに預かり光栄です」 「今のは預言者としての礼だ」 キョトンとしている朝比奈さんに、俺はあらためて言った。 「そして、これは俺からの礼」 外套衣を取り、素顔を見せて俺は言った。 「本当に今までありがとうございました。やっとこの言葉が言えましたよ朝比奈さん」 朝比奈さんの表情は、はじめ凝然とし、次に呆然とし、最後に愕然となった。 「キョン君?!」 ゴージャスバージョンの朝比奈さんの驚いた顔というのもなかなかお目にはかかれない。そしてそれは幼い頃の朝比奈さんを思い起こさせた。 「私からも礼を言う。ありがとう」 そう言った長門の方を振り向き、朝比奈さんは別の意味で驚愕していた。 長門が朝比奈さんに微笑みかけていたからだ。 無理もない。こいつは未だに俺以外の人間に無表情以外の表情を見せるなんてことはほとんどしないからな。 「でも、キョン君は無事に歴史を修正して、それから涼宮さんと平穏に生涯を過ごしたはず……」 「表向きはそうなってますが……結局、歴史を改変した方の俺、つまりこの俺は元の時間の流れに戻れなくなりまして。こうやって組織にお世話になってる身です。いや今は色々と世話も してるから、お互い様といったところですか」 「そんな……」 「俺が組織で立ち回るのには、俺は元の時間軸に戻りハルヒとの生涯を終えた、としておくほうが好都合でして。とはいえあの閉ざされた過去のことは今となっては俺と長門と朝比奈さんの三人しか知らないことですがね」 「でも、キョン君と長門さんが結ばれることになったのなら、それはそれでよかったのかも……」 俺も今ではそう思ってますよ。 「正直に言うと、俺がまだ高校生だった頃、朝比奈さんが俺や幼い朝比奈さんを都合よく使って歴史に介入することに不満を持っていました。だからそのことも含めて朝比奈さんには謝りたいと思ってました。結局のところ、それをさせていたのは全て俺自身だったんです。俺が預言者として朝比奈さんに指示し、色々と過去に介入してもらったのは、全て俺が歴史改変の際に起こした歴史のズレの補正だったんです。俺の取った行動でなんとか歴史の流れの大筋を戻すことには成功しましたが、それはあくまでも暫定措置でしかなくて、最終的に朝比奈さんの力を借りてそれを補正するしかなかったんです」 「……じゃあ、あの七夕はどうやって?」 「あれは俺が妹を担いでハルヒに会いに行きました。ちなみに俺の妹の九代目の子孫が朝比奈さんですよ」 「えええ?」 「つまり俺と朝比奈さんは遠縁の親戚です。それを知るためにはずいぶん苦労しましたがね」 朝比奈さんは驚きつつも、思い出したように、 「じゃあ、あの時……私が自殺するのを止めてくれた人ってもしかして……」 「俺です」 「ええっ、そんな……私何も知らなかった……。あの時は本当にありがとうございました……」 「あれは俺にとっては既定事項です。だから気にしないでください」 半ベソ状態の朝比奈さんをなだめる。 「じゃあ……七夕のときに幼い頃の私からTPDDを奪わなければいけなかったのはなぜ?」 その問いには長門が答えた。 「それは私の希望。時間凍結した二人を見守ることは私の中に感情が芽生える最初のきっかけになった。あれは必要なこと」 「では始祖の救出はどうやって?」 始祖というのはSTC理論の研究を最初に始めた人物。つまりあの少年のことだ。 「機関を使って自作自演しました。今思い出しても泣けてきますよ。ああ、俺が古泉の機関の創設者だってことは知ってましたっけ?」 「えええっ?」 言ってなかったかな? 「じゃあ始祖に亀を与えたのは?」 「それも俺がやりました。亀は鶴屋さんの池にいたのを拝借しましたがね」 「リーダーの先祖を病院に送ったのは?」 ちなみにリーダーと言うのは、俺が色々とお世話になった男性のことだ。今では表向きの組織のナンバーワンの位置にいる。 「それも俺がやりましたよ。そのおかげで、俺はリーダーに辿りつくことができました」 「はあぁ」 「朝比奈さん、あなたは少し、いや、かなり粗忽なところはありましたけど、時間駐在員、時空補正員としての優秀さは俺が保証します。本当によくやってくれました」 「ありがとう、キョン君。あなたにそう言われると少し複雑な気分だけど……」 そう言って朝比奈さんはわずかに微笑みを見せた。 「あっ、そう言えば。鶴屋さんの山で岩を動かしたのも何か理由があったんですか?」 あの指令に関しては詳細を伝えていなかったからな。高校生の頃の俺と同じく、朝比奈さんにとってもずっと謎だったに違いない。 「それはこれから話します。そしてそれが俺からの最後のお願いと関係しています」 俺は例のオーパーツを朝比奈さんに取り出して見せた。 そして、同時に長門もオーパーツを懐から取り出した。 「これは……一体何なのですか?」 「これがあの岩の下に埋まっていたものです。あの指令は過去の俺にこの装置の存在を知らせるためにお願いしたんです」 「これは歴史の流れを正常化させるために必要なもの。情報統合思念体への対抗措置であり思念体にとっての自律進化への鍵」 と長門が注釈を入れた。 「でも、どうして二つあるんですか」 「俺が持っているものは過去の俺と長門が未来から引き継いだもの、そして長門が持っているものは今の俺と長門が過去に引き継ぐもの。それが今日完成したんですよ」 長門は朝比奈さんにオーパーツを手渡した。 「それに朝比奈さんのメッセージを入れてくれませんか。文言はこうです。手を出してもらえますか?」 朝比奈さんはが右手を差し出し、俺はその甲に指を触れた。 俺の頭の中に今も残るあの時のメッセージに、今の俺の想いを込めて。 『お前はこの装置によってハルヒ復活の可能性を得ることが出来る。だが、それはお前にとって大きな代償を伴うことになる。お前はこの装置を起動するか、そうしないかを選択することが出来る。それによって未来は大きく変わる。この選択にはお前とハルヒの運命だけでなく、地球の運命が懸かっていると言っても過言ではない。これからの未来は誰にも解らない。だが、お前にはそれを選ぶ権利がある。お前にとって望ましくない未来になるかもしれない。あるいは未来人にとって望ましくない未来になるかもしれない。俺たちは未来をお前の手に委ねることに決めた。お前がお前自身で選ぶ未来だ』 朝比奈さんは言葉の意味を理解したようだった。朝比奈さんの瞳に涙が浮かんでいた。 このメッセージは、朝比奈さんの言葉で語られることになるが、実は今の俺が過去の俺に向けたメッセージだったのだ。 俺は、今の自分の立場に満足している。だってそうだろ。普通の人間では決して得ることのない面白い体験を俺はずっと続けてきた。これに不満を抱くなんてとんでもないことだ。 だが、それにはハルヒと離れ離れになり、人間であることを捨て地球を守り続けるという大きな代償があった。 当然ながら、当時の俺はこんなことを知る由もなかった。だが、それを選んだのは誰あろう、俺自身なんだ。 もしもう一度歴史が繰り返されて、過去の俺がオーパーツ起動の選択を託されたとき、そいつがそれを望まないのであればそれは仕方のないことなのさ。それは過去の俺が選ぶことであって、今の俺が強制することでは決してない。 手元のオーパーツを握りながら、不意に鶴屋さんの言葉を思い出した。 「キョン君はどっちだと思う? 未来人か宇宙人だったら、どっちがいい?」 長門の姿を眺めながら俺は苦笑した。俺が選んだ結論はどうやら両方だったみたいですよ、鶴屋さん。 「それでは、本当に最後のお願いです。これを着て、俺と一緒に時間移動してくれませんか?」 俺は脇に置いてあったケースから朝比奈さんに衣装を差し出した。朝比奈さんのコスプレもこれで本当に見納めだな。 「これは一体……?」 「俺は隣の部屋に行ってます。衣装だけじゃなくて髪も結わないといけないので時間がかかりますが、まあのんびりとやってください。あ、着付けとかは全部長門がやってくれますからご心配なく」 ドアにもたれかかりながら俺は文芸部部室の扉越しに朝比奈さんの着替えを待っていた頃を思い出した。遠い記憶。ああ、思い出に耽ってる場合じゃない。俺も着替えなくちゃいけないんだった。 着替えは一時間ほどで終了した。 「似合ってますよ、朝比奈さん」 「これは……初詣のときの衣装に似てますが?」 「これから飛ぶ時代の一般的な服装ですよ。では行きましょうか。かなり長距離の移動になります。肩の力を抜いてリラックスして、目を閉じて」 このセリフを朝比奈さん相手に言うことになるとは思わなかった。 右手に長門、左手に朝比奈さんのまさに両手に花状態で、少し照れながら俺は時空間座標を念じた。 「行きます」 これがおそらく朝比奈さんにとって最長の時間移動になるだろう。 体全体が揺れた。 俺たちが着いたのは海路の拠点であり、また陸路としても主要街道が交わっているため、商店や宿場が所狭しと並んでいる町。特にこの時代では酒造りが盛んだ。 「ここは……どこですか?」 「俺たちが住んでた町ですよ。それよりもずっと過去ですが。正確には元禄十五年十一月三日の午後四時です」 「えっ? でも元禄って確か……江戸時代じゃ?」 「その通りです。さっきの時空からおよそ五百年前ですね」 「ええええっ?」 朝比奈さんは目をまん丸にして、 「一体どうやって涼宮さんの次元断層を……」 「詳しくは解りませんが、どうも俺だけがそれを突破出来るみたいです。ハルヒが作ってくれた抜け穴ですかね」 「ふええっ」 情報統合思念体の親玉でさえ出来なかったことだ。朝比奈さんが驚くのも無理はない。 朝比奈さんの姿は華やいだ町の中にあっても美しさが際立っていた。通りがかる誰もが朝比奈さんに視線を奪われていた。 丸髷に櫛、かんざし。振袖。さすがは朝比奈さん、完璧なまでに着こなしている。俺はこの日の朝比奈さんのために、この時代に何度か足を運び特別にあつらえたのだ。 お城の姫君がこっそり抜け出して町に下りてきたかのような、まさにそういった風情だった。 そして、朝比奈さんと比べて何の遜色もないくらい、長門の小袖姿も実に可憐だった。 「でも、ここで一体何を?」 「さっきのオーパーツを過去に引き継ぐために来ました」 鶴屋家を見つけるのは極めて容易だった。それはこの町の中でも最大の酒蔵だった。 鶴屋さんのはるか先代にあたる、この時代の当主である鶴屋房右衛門は、機関設立に多大な協力をしてくれた俺の恩人である当主にとてもよく似ていた。 俺は、自分は鶴屋家に大変世話になった者でこれはそのせめてものお礼です、と言いオーパーツを鶴屋房右衛門に手渡した。 彼が地図とともにこれをあの岩の下に埋めてくれることを祈って。 「結局、あれは何だったんですか?」 その問いには長門が回答した。 あのオーパーツには、俺とハルヒ、長門、古泉、そして朝比奈さんの、つまりSOS団にまつわる物語が情報統合思念体に理解出来る概念で記されている。 ハルヒの情報爆発に始まり、今日ここでオーパーツを鶴屋房右衛門に託すまでの。 そこには人間の持つさまざまな感情が凝縮されている。 俺のハルヒと長門への愛が詰まっている。朝比奈さんや古泉や鶴屋さんとの思い出が詰まっている。そして長門の俺への愛も。 過去や未来に縛られた日々はこれで完全に終わった。 そして、俺のモノローグもようやく終了することになる。 夕暮れ刻。宿場に囲まれた通りの真ん中に太陽が落ちている。空は地平付近の朱から上空にかけて紫、そして俺が生きたいかなる時代でも決して見られなかった、無数の星が散りばめられた漆黒へと変化している。 これから先の未来のことは誰にも解らない。長門にだって、朝比奈さんにだって。 だが、それでいいんだ。誰かに一方的に決められて、それをなぞるだけの未来なぞ存在してたまるものか。 『未来における自分の責任は現在の自分が負うべき』 天空に広がる秋空の見事なグラデーションに魅入られながら、俺はいつかの長門の言葉を思い出していた。 『あなたもそう。それが』 振り向いた先に、夕日に赤く染まる長門の姿があった。 長門は、俺の想いを見透かしたように、ゆっくりと、柔らかに微笑んだ。 「わたしたちの未来」 ―― 了 ――