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イライラする。 いつからだろう?あいつの態度が気に入らなくなったのは…… イライラする。あいつとなら退屈な毎日から抜け出せると思ったのに…… 「おはよう」 「いってきます」 「ただいま」 「おやすみ」 何の変哲も面白未もない返事を、これまた何の変哲も面白未もない顔で言うだけの夫‐キョン‐北校を卒業したあと私たちは同じ大学に進学して結婚をした。いわゆる「学生結婚」ってやつ。 他のみんなはどうしたって?知らないわ、みくるちゃんと有希は私たちが結婚したあと音信不通。古泉くんはつい最近死んだばっかり。 死因は事故。遺体の原型を留めないほどの事故だったらしいわ。つまりもうSOS団が勢揃いすることはないってこと。 高校時代の友達なんて薄情なものよね。あぁイライラする! これは古泉くんの通夜に行ってきた帰りのお話し… 「ハルヒ、昼飯作ってくれ」 家に着くなりキョンがふざけたことを言う。 「疲れてるのよ、あんたがやりなさいよ」 「………おう」 何よ今の間は、言いたいことがあるなら言えばいいじゃない!あんたいつもそう!付き合い始めてからずっと私の言うことには絶対に逆らわない。 例え私が浪費をしても子供達と勝手に旅行に行っても文句の一つも言わない。一時期は浮気してんのかなって思ったこともあるけどそれも無い。まるで張り合いの無い夫、それがキョンって男のすべてだ。 私のことが好きだから結婚したはずなのに、なんで私に無関心みたいな態度とるの? それとも子供ができるなんて思わなかった? 「なんとか言いなさいよ!」 炒飯を作っていたキョンが驚いた顔をしている。感情が高ぶってつい叫んでしまった、適当にフォローしなくちゃ……でも、一度火が付いたら止まらないのが私だ。 「なんであんたはいつも私の言いなりなのよ!」 「そんなのお前を愛してるからに決まってるだろ」 「嘘っ!私のことを愛してるならそんな冷たい目で私を見ないわ!あんたどんなときだって目が笑ってないのよ!」 私の言葉にキョンが「しまった」という顔をする。なによ……否定しなさいよバカ… 「あんたは私のことを愛してなんかいない!子供が出来ちゃったから結婚しただけ!」 「ち、違う、俺は…」 「あんた有希のことが好きだったんでしょ? 高校の時からあんたらおかしかったもんね、どこか心が通じてるみたいなとこあ」 パンッ 乾いた音が室内に響く、キョンの平手打ちが私のセリフを遮った。 キョンのくせに…キョンのくせに!! 「あ、あんたなんか死んじゃえ!」 言うだけ言って私は部屋にひきこもった。これ以上あいつと同じ空気を吸っていたくなかったから…… 客観的に見ればどう見ても悪いのは私だ。誰だって長年連れ添ってた伴侶にあんなこと言われれば怒るわ。 でも「死んじゃえ」って言った時キョンの顔、あんな顔初めてみた。氷で固めた能面のような顔。 あんな顔されるくらいなら冷め目で見られるほうが幾分かマシよ… 明日謝ろう……… ~翌日~ 「刃物に旦那さんの指紋が逆手に付いてるし、まず自殺と見て間違いないんでしょうが……刃物が貫通していますからね、一応他殺の線でも調べてみます」 「そうですか…」 警官の事務的な対応に気の抜けた返事しかできなかった。 キョンは自殺した。 朝、私が台所に行くと胸に包丁をふかぶかと刺したキョンがいたの。 キョンの死体を見た時私は、心臓を刺した割には出血量が少ないとか、これならお掃除が楽だなとか、そんなことを考えてたと思う。 「なんで自殺なんかしたのよ……」 私が「死んじゃえ」って言ったから?あんなのその場の勢いで言っちゃっただけよ。それくらいわかりなさいよバカ…… 確かにキョンが定年退職してからキョンが邪魔だったり邪険にしたりしたけど私が本当にそんなこと望むわけないでしょ? いつからだろう。キョンがあの冷たい、脅えた目で私を見るようになったのは。生理がこなくなった時?それとも結婚してから? それとも初デートで「あんたは黙ってあたしの言うことに従ってればいいのよ!」って言った時? いつなのキョン? 教えてよ……… もう一度声を聞かせてよ…… 私がバカなことしたらちゃんと叱ってよ… 帰ってきてよ……キョン… 終わり
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四章 時刻は夜11時。俺は自宅にてハルヒの作ってくれたステキ問題集を相手に格闘中だ。 「やばい、だめだ。全然わからん。」 朝はハルヒに啖呵を切ったものの、今では全くもって自信がない。 今の時期にE判定を取るようじゃ、どう考えても結果は目に見えている。 そもそも俺よりも頭のいいあいつが、それに気付かない訳がないのだ。 ただ遊ばれているだけなのか? …………ハッ!いかんいかん!俺の中の被害妄想を必死でかき消す。 頭を一人でブンブン振っていると、俺の右手に違和感があることに気付いた。 俺の右手はいつのまにか机の引き出しの中に伸びている。 手は引き出しの中の『奴』を掴んでいた。 そのことを俺の頭が理解した途端、俺はバネにはじかれたように机から遠ざかった。 「はぁ、はぁ…」 これ以上ないくらいの恐怖を感じながらも、俺の手はまだ『注射器』を握り締めている。 「何で…何でこんなことになっちまったんだ…」 俺は力なくそれを床に叩き付けた。 あれは、きのう… 「ど、どうしたの?キョンくん?」 下駄箱で春日が俺をその大きな瞳で見ていた。 その時の俺が普通じゃなかったのは言うまでもない。 「クソ!俺はハルヒを!!バカだ!最低だ!なあ、春日! 明日から俺はハルヒにどう接すりゃいい?!」 突然激昂した俺に、春日は動揺したように言った。 「ちょっ、待って!話は聞くから取り敢えず落ち着いて!場所は…公園でいい?」 ここは公園。俺と春日はベンチで並ぶように座っている。 事情を知らない人が見たらカップルに間違われるかもしれない。 ここで俺が春日の肩に手など回せば完璧だな。だが生憎、俺にそんな余裕はない。 「どうしたの?涼宮さんと何があったの?」 春日とは朝の挨拶以外はほとんど話したこともなかったが、話は本気で聞いてくれるようだ。 俺は今までのことを呼吸をするのも忘れてぶちまけた。 ほとんど話したこともない女子に、こんな長々と話すのは俺のキャラじゃないんだがな。 今はとにかく誰かに話を聞いて欲しかった。春日は俺の話を真剣な目で黙って聞き、 俺がたまに同意を求めると目を優しくさせ、「そうだね」と相槌を打ってくれた。 「どう思う?!」 その最後の言葉を俺が吐き終えると俺の興奮は冷めていった。 が、代わりにいいようのない虚無感が襲って来る。 何もやる気が起きない。ふう、と俺が久々に肺に酸素を運んでいると、 春日は俺の質問には答えず、ベンチからすっと立ち上がった。 「ねえ!今からうちに来てみない!?ほら!いーから、いーから♪」 ハルヒにも負けないような笑顔を見せながら俺の手を引っ張る。 「お、おい、どういうことだよ?」 言葉ではこう言ってるが、俺は大した抵抗もせず、フラフラと春日のあとを付いていく。 正直、どういうことかなんてどうでもいい。全てが色褪せて見えていた。 春日の家につくと、すぐにリビングに通された。両親はいないようだ。 「それじゃ、早速あたしの意見をいうね?明日にでも涼宮さんに謝って? あたしは今までのキョンくんの頑張りを教室でいつも見て来た。 だからキョンくんがその反動で、涼宮さんについ当たっちゃった気持ちもわかるよ。 でも男の子から殴られるってことはあたし達女子にとっては、 とても耐えられないことなの。 好きな男の子からなら尚更…きっと今涼宮さんは泣いてるよ? お願い!涼宮さんを元気づけられるのは、あなただけなの!」 いつもなら『好きな』の所で何らかの反応をして見せるんだろうが…当然、どうでもいい。 わかってる、わかってるんだ。俺がこれから何をしなければならないのかくらい。 「だけど…俺は自分が怖いんだ。 あいつに会ったら…またあいつを殴っちまうんじゃないかって…」 今の俺は誰がどうみても、とてつもなくヘタレなんだろうな。 さすがにこれは春日も愛想を付かしてしまうか。と思っていると、 「ちょっと待ってて!」 と言ってリビングから出ていってしまった。 「おまたせ!」 戻ってきた春日の手には小さな怪しく光る注射器が握られていた。 夕日の逆光のせいでシルエットになっている春日と注射器はシュールで、とても気味が悪い。 「おい、それ何だよ。」 「ん?かくせーざい♪」 力なく問い掛ける俺の質問に、特に悪びれる様子もなくそう答える。 その態度と質問に対する答えは、俺を動揺させるには十分だった。今日一番の揺れの観測だ。これはさすがに力なく「そうか」で済ますことは出来ない。 「な…な……何を言ってるんだよ!馬鹿らしい! それをどうするつもりだ?! 俺にヤク中になれっていってるのかよ!」 「何言ってるの?たった一回だけだよ! 今のキョンくんは自暴自棄になっちゃって、自分に全く自信がない状態なの! そんな、どうしたらいいか分からない時のための、一生で一度だけの切り札! これさえあればどんどん自信がついてくるんだよ? まるで自分がスーパーマンにでもなっちゃったみたいに!」 いやいや、まてまて、おい。WHY!?いやマジでWHY!? 「覚せい剤だぞ?!そんなもん一度やったら、 二度と抜け出せなくなっちまうことくらい俺でも知ってる! 悪いな。邪魔した。俺はもう帰る。」 ここにいちゃいけない!そう警告している本能に言われるまま、俺は部屋を出ようとした。 「また涼宮さんを傷つけるの?」 その言葉に俺の足はいとも簡単に止められた。 「自分が何するかわからない、怖いって言ったのはキョンんだよ? このまま会っても今の溝がもっと深まるだけ… 涼宮さんのことを想うなら、これを使うべきじゃない?」 何度もいうがこの日の俺は本当にどうかしていた。 たったそれだけの言葉で気持ちが傾いて来やがるんだからな。 「だ、だけど!それを打っちまったら、俺は…」 「依存症なんて意志の弱い人だけ。あたしは知ってるよ?キョンくんがそんなに弱くないってこと。」 確かに、俺は薬物依存など意志が金箔よりも薄い奴がなるものだと思っている。 「それと、キョンくんが、誰よりも涼宮さんを愛してるっていうこと。」 春日は終止、優しい目で言う。でも…だけど… いや、もしこれを使えばまたハルヒと…楽しい日常を…こんな押しつぶされそうな気持ちも… 「いいの?涼宮さんを泣かせたままで… また仲良くしたいでしょ?何にもなかったように…」 「何もなかったように…俺は…俺はあいつと…また笑いあいたい…」 「うん、そうだよね。これさえあればその全てが叶うんだよ?」 ああ、藁をもすがりたいとは今の俺のためにあるんだな、なんて思っていると、 俺の口は勝手に動きだした。 「本当に…本当に一回だけなら大丈夫なんだな。」 「それはキョンくん次第だよ。でも…あたしはそう信じてる。」 その言葉を聞き、俺は春日から注射器を取り上げた。 おい、いいのか俺。本当にいいのか?顔からは脂汗が吹き出ている。 脳細胞を除いた体中の細胞がその全総力を結集して、奴の進入を拒んでいる。当たり前だ。 腕に針を刺すだけでも抵抗があるんだ。そのうえ、その針の中には悪名高い奴がたっぷり詰まっているんだからな。 だがその警告すら脳が一喝すると、あっさり解けていった。 腕に針先を添え、深呼吸をし、俺は………刺した。 想像以上の痛みを覚えたため慌ててピストン部分を押す。 次の瞬間、何とも言えない感覚が俺を襲った。…いや包みこんだ。 まるでこの世の全てが俺を受け入れた感覚。酸素は溶け、 俺に混ざっていき、俺も溶けて酸素に混ざっていく。 今、この瞬間のために俺の人生があったのではないかと錯覚してしまうほどだ。 今なら日本の裏側にあるブラジルのニーニョさんが何回ドリブルしたかも分かってしまいそうだ。 いや、その気になれば世界の改変でさえも… 「……ん!キョ…ん!キョンくん!」 ハッ!、意識が飛んでいたようだ。 「どう?キョンくん?」 「ああ、とても清々しい気分だ!」 一瞬春日が顔をしかめた気がした。 「これならきっとハルヒにもちゃんと謝れそうだ!」 ほんと、依存症とか、何を心配してたんだ?俺は! 俺がそんなもんになるはずない!なんてったって俺は あれだけハルヒに引っ張り回されたり、耳を疑うようなトンデモ体験をして来たんだ! 今さらそんなんでヒイヒイ言うようじゃ、SOS団万年ヒラ団員の名が廃るぜ! 「そう良かった。あっ、もうこんな時間だね。送って行こうか?」 春日がすっかり調子を取り戻した笑顔で言った。 いつのまにか七時すぎになっていたようだ。 「いや、自転車だし、大丈夫だ。」 「そう、はい!カバン!!」 飛び切りの笑顔で見送りした春日に俺も飛び切りの笑顔で、手を振った。 それから家に帰ってからだ。カバンの中に注射器と粉の入った袋を見つけたのは。 いつ入ったんだ。あいつが…入れやがったのか… 「はあ…はあ…」 床の上の注射器が怪しく光っている。 なんで今日あいつに話に行ったとき返さなかった。クソ!あいつ…俺をどうする気なんだ! いっそ警察に…いや!俺も捕まっちまう!そうしたらハルヒが……… もうハルヒを傷付けたくない!古泉とも約束したんだ! いや、でもこのままじゃいずれ…よそう、こんな考えは… それにしても…何だ、この感じは? 昨日は奴を拒んでいた体中の細胞が、今は奴を渇望している。 もう…逃げられない… 脳細胞があきらめかけたその時、ケータイが鳴りだした。 着信………長門 長門の 名前を見て、俺は心底安心した。今の長門には何の力も無いのにな。 やれやれ…すっかり長門に対して頼り癖がついてしまったらしい。 「もしもし、長門か。」 「そう。」 ………沈黙。いやいや「そう。」じゃなくて!そっちから電話をかけて来たんだから、 会話のキャッチボールは長門から投げるべきだろう。 だけど、それが余りにも長門らしくて、俺はまた安心した。 「あなたに謝らなければならないことがある。」 その言葉を聞いて、俺は考えを改めた。なるほど、さっきの沈黙は、 どう切り出すかを考えていたのか。 「いや、謝らなければならないことなら思い当たるんだけどな。」 「昨日、私はあなたの涼宮ハルヒへの第一撃目を、阻止することが出来なかった。 感情が………邪魔をした。」 そうだ、いくら長門でも今は普通の女子高生なんだ。俺がいきなりキレて暴れだせば そりゃ呆然とするだろう。 「いや、お前は全然悪くない。逆に俺が謝るべきだ。あのままじゃ、 俺はハルヒをリンチしていただろうからな」 「でも、私があの時もっと早く対処していればこんなことにはならなかった。」 一瞬にして顔が冷や汗でいっぱいになった。こんなことだと?もしかして全部気付いているのか? 「お、おい、俺はもうハルヒとはちゃんとケジメつけたんだ。 今日も部室で見てたろ?何だよ。こんなことって。」 「私にはわからない。だからこそ教えてほしい。何があったの? とても胸騒ぎがする。あの注射跡は何?」 全てを気付いてるわけではなさそうだ。だけど勘づいている。こいつから胸騒ぎなんて言葉が 出てくるとはな。 「だから、あれは献血で…長門、お前は知らないだろうが、俺はハルヒと古泉に約束したんだ。 もう二度とハルヒを苦しめたりしないってな。」 どの口がいってやがる。 「………」 無言だ、 「そ、そうだ!長門!手、大丈夫か?かなり力入れてたからな、 ケガ無かったか?」 「肉体の損傷は問題ない。ただ…」 「ただ、何だ?」 今なら長門が電話の向こうで思案している顔が、はっきりと分かる。 「あんな思いは…もうたくさん…」 俺ははっとした。そうだ、傷ついたのはハルヒだけじゃないんだ。こいつは、長門は 俺の暴力を目の当たりにしてしまったんだ。その心の傷は、計り知れない。 「ああ、本当にごめんな、もう二度と傷つけない。」 「そう、あなたを……信じたい。信じていいの?」 すがるように聞いて来る長門。ここは瀬戸際だ、全てを話すか、このことは俺の中に秘め、無かったことにするか。 そうだ、もう二度とやらなけりゃいい!『奴』の誘惑なんかに負けなければ今までどおりの平穏は、 守られるんだ 「ああ!」 「そう…なら…信じる。」 そういうと長門は電話を切った。 ふう、この注射器はもういらないな。ありがとう、長門。お前のおかげでこいつの誘惑に、負けずにすんだよ。 何を考えているかしらんが、お前の思い通りになんかなってたまるか!春日! 俺は!俺の欲望に打ち勝つぞ!! 「もしもし?古泉です。お久し振りですね。 実はですね………おお…察しがよろしいようで。そう、機関の創立6周年パーティについてです。 はい、もうそんな時期になるんですよね。 全く、今はもう存在しない機関だというのに。はい、もちろん主催者は今年も、森さんです。 彼女らしいといえばらしいですね。ええ、そこであなたも招待しようということになりまして………… いえいえ、あなたは今でも、そしてこれからも我々の仲間、いわば同士です。 そろそろ河村のことも、気持ちの整理がついたのではないですか? …はい、そうですか!それは皆さん喜ぶと思います! それでは、今週の土曜に。いつもの場所と時間で。 待っていますよ?春日さん?」 五章へ
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8,彼女のやりかた、彼のありかた 長門と分かれて部室へと向かう道すがら、一人になってようやく落ち着いてきた俺はしかし、整理してみるとどうにも腑に落ちない話ではないか。 クリスマス以降の未来が無い。いや、これは別にいつものことだし正直「またか」以外に感想は無い。そこは良しとしよう。 でもさ、そんな時空的世界の危機に瀕しているってのにだ、なーんで俺みたいな平々凡々、特記事項に書くことは「特に無し」以外に思い当たらない高校生が必要なんだ? しかも、どうやら俺は女の子と会うらしい。それで長門いわく問題は解決するようだが、ぶっちゃけ意味が分からない。って言うかどうにも線が繋がらない。乗っかってんのは事も有ろうに全世界の未来とやらだ。おい、世界。お前はそんな正直、他所様からしてみればどーでもいいにも程が有る色恋沙汰に左右される体たらくで本当にいいのか? ……まだ色恋沙汰と決まった訳ではないけどさ。 女性――長門からはキーパーソンの性別だけを聞いただけだからな。例えばそれはどう見ても恋愛対象にはならない子供であったりだとか、逆にお婆さんである可能性も十分に残されている。あるいは年齢の概念が通用しない長門の同僚であったり。 ……あー、それは有りそうな話だ。自分で言っててなんだが、核心を突いた感が半端ではない。となると、長門の言う俺が会わなきゃならない人ってのは朝倉か喜緑さん辺りだろう。 納得。確かにあの二人なら世界を左右する事だって出来る。それにしたって喜緑さんはともかく……朝倉か。一筋縄ではいかないだろうなどと考えてしまうのは経験則からなのがうら悲しい。出来れば余り会いたくはないのだが、そんな俺の気持ちを規定事項とやらは一つも汲んではくれないのだからして、俺に出来るのは腹を括る事だけなのだ。いつだってな。 と、そんな事を考えている間に部室前に到着。さて、こっからはもう一つの、地に足の付いた方の問題に頭を切り替えよう。ハルヒの相手ってのは上の空で出来るはずもないし。 ノックしてもしもーし。 「準備は出来てるから入っていいわよ、キョン」 中からハルヒの声が聞こえる。ふむ、確かに国木田の言う通り、注意深く聞いてみれば確かに上機嫌が声にも見え隠れしているか。具体的には文末に音符を配置して表現するのが適当、みたいな。 アイツの機嫌が良いってのは、正直手放しに喜んでいいことではない。俺は古泉とは違うのだ。今度は何をやらかすつもりなのか、悪巧みは良いが巻き込まないでくれ、もう勘弁してくれないか等々、ハルヒの悪行(に困らされた俺の過去)は枚挙に暇が無い。 そう言えば準備って結局何だったのだろうか、と思いながら部室の扉を開ける。そして俺は固まった。 それはまあ、ハルヒの仕業と言えなくもない。が、どちらかというと俺自身に問題の根は有ったように思う。 「おい、ハルヒ」 なんとか我を取り戻した俺は「用意されていた」席へと座り、これまた「用意されていた」お茶で胸の内の苦いものを飲み下すと少女を見据えた。眼に毒って程じゃあない。だが、それにしたって新しい。 いや、自爆を承知で言うならば。俺は一瞬目を奪われてしまったんだ。 「何、キョン?」 眼を細めて笑うソイツの姿に。 「どうしてお前、メイド服なんだ?」 文芸部室で待っていた我らが団長、涼宮ハルヒは事も有ろうに朝比奈さんのメイド服を着て俺を出迎えたのだった。 「分からない?」 挑発的に微笑むハルヒは、いやコイツのルックスが群を抜いて秀でているというのは分かっていた事であって今更驚く事じゃない。メイド服だって見事に着こなし、違和感無く似合ってしまうのだってハルヒなら当然だろうとは思う。思うが、しかしそれはとても新鮮だった。 「……ダメだ、分からん」 あるいはこの格好にも少女なりの理屈が有るのかも知れないが、それが俺に理解出来る内容だとは思えない。過去を振り返ってそうだったのだから、現在進行形も右に倣えで、多分未来もそうだろう。実はも何もハルヒを理解出来る日なんて俺には一生来ないんじゃないか。 メイド服を着た美少女を見て、俺はそう結論付けた。 「はあ……そんな格好で一体何がしたいんだよ、ハルヒ?」 「何って分からない?」 今、ここでこれから何が行われようとしているのか分かるヤツが居たら今すぐここに連れて来い。俺はてっきり進路指導的な話が行われるのだとばかり思っていた。準備ってのは職員室からその手の資料を借りてくる時間だと考えていた。 それがなんだ? 予想外の展開も大概にしろ。型破りイコール面白いとでも思っているのだとしたら今すぐその考えを改めろ。っていうか現実を見て、もう少しで良いから常識に迎合しろ。してくれ。して下さいお願いします。 この件に関しちゃ俺が悪い訳でもないのに平謝りしてしまえそうだ。 胸の前で腕組みをした少女は背筋を伸ばし、俺に向けて高らかに宣言した。 「進路指導をするわよ、キョン!」 「ちょっと待て! その格好で!? なんで!?」 さっぱり意味が分からない。そのメイド服はなんなんだ。カエルでもバニーでもナースでもなく、なぜにメイドなんだ。困惑する俺を涼宮ハルヒは三秒ほどジト目で睨み付けた。その目は「なぜ分からないのか」と雄弁に語っているが、当然俺には分かるはずもない。 「……まあ、いいわ。この格好の事なら気にしないで」 無茶苦茶言ってくれるな、おい。それを気にしない事がどれだけ高いハードルなのか……棒高跳びの世界記録なんか目じゃないぜ。 部室の中はいつもとは少し様子が違っていた。椅子は俺が今座っているこれと、そして机を二つ挟んでその対面に有るもう一つ以外片付けられている。机も同様だ。部屋の中心にセットされていないものはことごとく隅に追いやられている。 進路指導、とハルヒは言ったか。それはまあ予想通りの展開だ。恐らくマンツーマンで潔く向き合う事を俺に強制する目的で不要な机や椅子は団長の手ずから排斥されたのであろう。結構な重労働であったろうに、ご苦労な事だ。 まあ、けれども俺はハルヒの誘導にあっさりと引っ掛かっちまったので、コイツの目的は果たされた事になる。そりゃそうさ、マイ湯呑みでお茶まで用意してあればそこ以外に座る選択肢なんて考え付きもしなかった。 部室に少し遅れてこいと言ってまで時間が欲しかったのは着替えではなくこのセッティングに、なんだろう。 で、だ。今更だがどうしてこんなお膳立てまでされてしっかりとハルヒに向き合う必要が有るのだろうか? 別にいつも通りでいいじゃないかと俺は思うのだが。 大体だ。真摯に向き合う相手はこの場合、ハルヒというよりは俺の未来、俺自身相手って事になるんだろうしさ。 「ちなみにそれはこのアタシみずから淹れたお茶だから、心して飲みなさい」 ハルヒに促され……一口啜って感想、俺は朝比奈産が一番美味いと思う。 「どう? おいしい? ちゃんとパワーも込めておいたの!」 「ぶっ!?」 い、今コイツなに物騒なこと口走りやがった!? パワーを込めた? それってのはアレか? 長門や古泉すら凌駕するエキセントリックハルヒエネルギのことか……って、いやいや。 待て。待つんだ、俺。冷静になれ。ハルヒに自覚は無いんだ。それはつまり異物が混入しているかどうかは神のみぞ……ああ、もうなんでもいいや。どっちにしろどうせ俺には真相など分かりはしないのだから。 魔法の言葉、明日どうにでもなーれ。 「むう、やっぱりみくるちゃんの淹れたお茶には勝てないわね……」 ハルヒは眉間に皺を寄せて自分の湯呑みを見つめた。そりゃそうだろう。あの人はもうその道の探求者になりつつ有るからな。お湯の温度を測るといった細々した作業をまさかハルヒがしてるはずもなし。 過程は必ず結果として現れるものなのさ。 「さって、キョン」 跳び込むように対面の椅子へとに腰掛けた団長メイドは机に肩肘を突くと空いている方の手を俺へと伸ばした。中空でくいっと人差し指が動く。ちょっとツラ貸せよ的なアレだ、アレ。 「とりあえず、さっさと出すモン出しなさい」 ……カツ上げされてる気分だぜ。何を要求されているのかは分かっちゃいるが、しかし金銭だったらどうしようなんて頭の隅で考えてしまう辺り、ハルヒの悪巧み顔は筋金入りのドロンジョ仕様だ。 「へいへい」 「へいは一回」 「へーい」 言って俺は制服のポケットから少しくたびれた四つ折りの紙片を取り出した。勿論、例のSOS団式進路調査票だ。そこには俺の未来が詰まっている。未来は白紙だって名言を吐いたのは誰だったか。もう忘れちまったが、しかし手の中のそれが白紙票という訳でもないのは、こいつはどうにも矛盾だね。 「ちゃんと書いてきたんでしょうね」 「一応、空欄は無いはずだ。ケアレスミスなんかは勘弁して貰えるとありがたい」 「ふーん、そ」 ハルヒに渡そうと伸ばした手が途中で止まる。これを見せてもいいものか、みたいな思いがそこに不可視の抑止力として働いたのだろうってのはすぐ察しが付いた。いや、別に恥ずかしい内容を書いた訳でも、出鱈目並べ立てたんでも無いが。 俺なりにきちんと考えて、しっかりと悩んで、それでもってシャーペンを走らせたのだから胸を張ってもいいとさえ思う。だってのに、なんだろうな……気恥ずかしさ? それともここでもオトコノコとしてのプライドとやらがひょっこり顔を覗いたのか。 未来。それは希望、もしくは夢と言い換えてもいいか。 夢を語るのに恥ずかしいことなんて無いってこれも誰かが言っていたが、いやいや嘘も大概にしろよ。 恥ずかしいぞ、コレ。普通に。 しかしながら、だ。そういう感情の機微なんざちっとも気に掛けちゃくれないのが俺たちの団長様だ。ハルヒは颯爽と机に膝を乗せ、俺へと身を乗り出した。そして勢いそのままに俺の手から進路調査票を奪い……奪い……あれ? いつまで待ってもハルヒは最後の数センチを縮めようと動かない。 奪い取らない? え? え? なんでだ? いつもの涼宮ハルヒならば煮え切らない俺に業を煮やして強奪に走る場面……のはずだろ。なんでそれを実行に移さないのか。容易いはずだ。得意技だ。なんか悪いものでも食べたのか? それとも宇宙人がハルヒの時間を停止させたのか? 訳が分からず戸惑う俺に向けてハルヒはお世辞にも似合ってるとは言い難い優しい声で、 「渡しなさい」 と、言った。 「アンタの意思で渡しなさい」 と、言った。 その目を――天の川を有りっ丈ぶち込んだようなその豪華絢爛な瞳を俺から決して逸らす事無く。視線が交錯する。 アーモンド型に切り取られた宇宙は、それが本物の星空であるみたいに自分のちっぽけさを俺へと伝えていた。アンタの悩みなんてどうってことないと。まばたき一つ。宇宙に冴えない男子高校生の、冴えない表情が映り込む。 あーあ。どうにも、だ。 どうにも俺は情けない。進路も胸張って答えられないような、そんな俺で。 そんな俺で。 そんな俺で――良い訳無いだろ。 「ほら」 最後の数センチは俺の方から埋めた。埋められたことが少しだけ誇らしかったって、本当に俺は小さいな。こんなことくらいで一喜一憂してさ。ま、愚痴ったところで直るとは思えないが。 「どうか笑ってくれるなよ」 「笑わないわよ」 ハルヒは満足そうに微笑んだ。それは何が理由か。分かる気もするが、あえてここでは分からないって事にしておこう。 「まあ、アンタがどうっしようもない程アホな事書いてたら分からないけどね。あ、でもその場合は『笑う』よりも『呆れる』か。ん、まあいいわ。それで、アタシはこれを見る許可を得たって今の会話はそう解釈していいのかしら?」 「はあ?」 おい、ハルヒ。お前、悪いモンでも食ったんじゃないのか、マジで。熱を測ろうと少女の額に伸ばした手のひらは目標に触れるよりも早く少女自身によって打ち落とされた。……ああ、クソ。地味に痛いぞ。手加減くらいしたらどうなんだ。 「何すんのよ!」 「いや、熱でも有るんじゃないかとだな」 「無いわよ、そんなモン!」 どうだか。それにしちゃ顔がやけに赤く見えるけどな。そう言い募るとハルヒは席へと戻った。そして疑惑と共に右手で髪を払って。 「西日の仕業じゃない?」 そう言って横を向いた。俺の夢や希望の詰まった吹けば飛びそうな紙切れはハルヒ側の机の上に四つ折りのままに置いてある。少女はトントンと人差し指で机を叩きながら言った。 「それで? さっきから聞いてるでしょ、読んでいいのかって。返事は?」 「いや、ここで俺が読まないでくれって言ったら、お前はそれでいいのかよ? 良い訳ないだろ?」 分かってないわねとハルヒはどこか……どこか嬉しそうに溜息を吐いた。ちなみにどこがアイツの琴線に触れたのかは俺にはちっとも分からん。解説役の超能力者の同行を許可するべきだったかと後悔してももう遅い。 「良い訳有るのよ」 ……おい、おいおい、おいおいおい。俺の目の前に居るこの少女、このクラスメイト。 それでもコイツは涼宮ハルヒなのか? 俺の知っている涼宮ハルヒはこんなに聞き分けがよくなかったように思う。俺に気を使う事なんてそりゃもう路傍の石ころよろしく有りはしなかった。少しは周りに気を払って欲しい、なんて思った回数だって両手両足の指で足りようはずもない。 天上天下唯我独尊。どっかの暴走族の旗印みたいだが、俺はそんな不良連中よりもハルヒの方にこそよっぽど似合う文言だと思う。それくらいに俺はコイツから人を人とも思わぬような扱いをされ続けてきた。雑用係、などという不名誉な肩書きが俺に冠されているのが何よりの証左だ。 そんなハルヒが。 その身に有り余る好奇心へとブレーキを掛けている。正直、俺はこの現実が――少女の微笑が薄ら寒いものにしか思えない訳で。 「分からないな」 「何が?」 「こんなものを書かせておいて、どうして書かせた張本人がその内容を確認しようとしないのか、俺にはさっぱり理解出来ない」 「アンタ、ひょっとして本当は見て欲しくて仕方なかったりするの?」 「んなこたーない」 ってか、出来れば見て欲しくはない。未成年の作成した自己申告制の未来予想図が一度でも痛々しくなかった例(タメシ)が有るか? どいつもこいつも未熟な自己評価から来る分不相応な内容でもって失笑をまとめ買いするのに必死だぜ。 でもって、今回俺がハルヒに提出したものもその類なんだ。そこに書いてあるのは実現性に全力で目を背けた「夢」としか呼びようのないものだ。「希望」とは間違っても呼べないようなもの。そんなんを喜び勇んで他人に見せたいとは思えない。 「なら、いいじゃない。これはプライバシって事で勘弁してあげようって言ってるんだから人の厚意は素直に受け取っておきなさい」 いいや、よくない。そう俺の中のどこかで喚き散らすのは、これは何だ。決意表明でもしたいのか。それとも退路を断って背水の陣を気取りたいのか。俺自身にすらよく分からない。けれど、ここで俺の進路希望をハルヒに秘匿しておくのは、 「でもさ、それは逃げじゃないのか?」 しまったと思えど時、既に遅く。頭で考えていたことがいつのまにか声に出てしまっていた。スローモーション映像でも見ているようにハルヒの口の端が持ち上がっていく。 どうやら当たりを引いたらしい――それも、大当たりを。 「逃げかも知れないわね。けど、それはそれでキョンらしいって言えば『らしい』気がしない?」 「おい、どうにも馬鹿にされてる気がするぞ。謝罪と訂正を要求する」 「だったら、否定してみなさいよ。ま、どうせキョンには出来るわけないだろうけど!」 罵倒に際して生き生きと。鬼の首を取って都へ凱旋する藤原頼光ですらここまでの得意顔はしていなかったに違いない。 「馬鹿なアンタにいいことを教えてあげるわ。逃げるのが下手だったら、成績が赤点すれすれの低空飛行なんてしてないのよ。だって、学校の勉強からも自分の未来からも逃げたくとも逃げらんないんだから」 はあ、ぐうの音も出ないってのはこんな時使うんで合ってたか? 確かにハルヒの言う通り。これまでの俺は逃げてばっかりだったんだ。 「だから、ここで逃げたってアンタらしいって一言でアタシは済ませるつもりだったの。具体的には進路調査票の白紙提出ね。後は、当たり障りの無い事を並べ立てただけの内容だったり? ま、その様子だと一応アンタなりに考えてはきたみたいね。そこだけは褒めてあげる」 ま、俺なりにな。一応じゃなくって出来る限り。無い頭を雑巾かグレープフルーツかって具合に絞ってはみたつもりなんだ。 ああ、ハルヒにその中身を見せるべきだと喧しい脳内議会の少数派閥が何を求めているか、俺はここにきてようやく思い至った。 「アタシの目的は『だから』もう達成されてるの。アンタの態度見てれば分かったわ」 「目的?」 「鈍いわね、鈍キョン。つまり、具体的で現実味に溢れる進路をアンタ自身に真面目に考えさせて、それを明文化させる事で受験生としての自覚とこれからの益々の努力を促すのがアタシの目的だった、ってワケ! まったく、素晴らしい団長を持ってアンタは幸せよね」 自分で言いやがった。しかも、結構マジで言っていそうなところが手に負えない。冗談にしてはちっとも笑えないし。 「だから、アタシがこの中身を見る見ないはどうでもいいのよ、割と」 ハルヒが進路調査票を俺に突っ返してくる。四つ折りのままに。ん? よく見たらこの紙、プリントとかに使われてる薄いヤツじゃない……気のせいか? 裏から透けて見えないようにってんで紙まで吟味したんだとしたら、いや流石にそこまで気を回し――てくれたんだろうな。 まったく、素晴らしい団長様だよ、お前は。でもさ、 「どうでもよくないだろ」 未来を握り込んだハルヒの拳を手のひらで押し返しながら俺は言った。 「採点がまだだぜ、ハルヒ」 その言葉の意味するところは、これは説明しなくても分かると思う。理由なんてものは説明出来ない。色々と折り重なってカオスっていやがるせいで長門風に言うところの「上手く言語変換できない」感じだった。 だが、それでも。俺はちっぽけでも決意と呼ばれるそれをハルヒに見せて、話し合おうと思った。コイツ相手に相談が成立するとは考えちゃいない。しかし、何かを変える切っ掛けにはなるんじゃないだろうか、などと。ここまで来て未来の決定を他人に依存する、その未熟さに我ながら歯痒い思いは否めないが。 変わろうと思うこの気持ちは本物だ。だから後押しが欲しかった。 「キョン? ……本当に見てもいいのね」 「三度は言わん」 それ以上の意思確認は無かった。空気を読むなんて器用な真似がハルヒに出来るとはどうにも俺には思えないが、しかし心中を酌んでくれたのだろう。紙を開くガサガサ音はやけに耳につく。思わず少女の表情を注視した。 笑われるのか。呆れられるのか。それとも……それとも満面の笑みで「やれば出来るじゃない」くらいは言って貰えるのだろうか。 手元に視線を落としたまま不思議なくらいに表情を変えないハルヒ。そしてそれを神妙な顔で見つめる俺。時計の秒針の刻むリズムを心音が追い越していく。一体何を言われるのか。黙ったまんまで何を考えていやがるのか。予想はするだけ無駄だと知りながら、それでも脳は虎がバターになっちまいそうな速さで回る。 やがて――そうだな、体感にして一分三十秒くらいか。実際はもっと短かったかも知れん――ハルヒは顔を上げた。 「質問が有るわ」 「あ、ああ、なんだ?」 「これ、本気なの? 胡麻すりとかじゃなくて?」 そっか、そういう風に捉える事もハルヒの立場からは出来ちまう。これは盲点だったな。俺からすれば指摘されてようやく気付いたことではあれど、そんな事をハルヒが知るはずもない。だが、誤解はこの場合非常に面白くない。 「勿論、本気だ」 ハルヒは進路希望票を開いたままに机に置いて、 「質問を変えるわ。アンタ、正気?」 失礼なヤツだな、まったく。お前の目には俺の目が狂人のそれに見えるっていうのか。だとしたらそっちの方がよっぽど重症だぜ。今すぐ眼科に行って視力検査を受ける事をオススメする。 「死んだ魚みたいな目をしてるわよね、キョンって」 うるせー、ほっとけ。 言わせて貰えばな。お前が無駄にでかい目をしてるだけだ。俺の持ち物が人並みなんだよ。同様に俺の目が濁ってんじゃなくて、お前のが発光ダイアードでも埋め込んだみたいにって、何ゆっくり近付いてきやが、うおっ、顔が近い! 「……な、なんだよ」 ハルヒは何も言わず俺の目を至近距離で見つめ、訂正、睨み付け続ける。俺はと言うと眼と眼を合わせてはハルヒの顔に吸い込まれそうになってしまうため、部室の中を飛んでいる蜂を追いかけるように視線をあっちこっちに彷徨わせていた。 しかし、ヤマアラシのジレンマこと七十二センチを軽々と飛び越えるハルヒの胆力はどこが出所なのか。少女の瞳に内包された宇宙はやっぱり真空空間で俺の理性を余さず吸い込んでいく。ああ、近くで見ても美少女は崩れない。どころか眼の保養には持って来いだと……妄言だ、忘れろ。 拷問のような時間はハルヒが顔を離すと同時に終わりを告げる。ヤバかった。もう少しで何でも白状するから勘弁してくれと喚き散らすところだった。いや、冗談だが。 「目は口ほどに物を言う、って言うじゃない? だからアンタの目に問い質してみたの」 真顔でそんなことを言うか。呆れる以外のリアクションをお求めならハンバーガショップにでも行ってくれ。 「そんで? なんか分かったか?」 「別に。妹ちゃんと同じ遺伝子から出来てるのか心配になっただけね。自分の戸籍謄本とか見たことある?」 地味に傷付くから親類縁者を巻き込むのだけは止めろ。特に妹と俺との絶望的な差異については本人的にも思うところは多々有るんだ。 「だから、直接アンタに聞くけど」 「ああ」 「短期と中期はとりあえず置いといて、この長期目標。大学でもSOS団を創る、っていうのは一体どういうジョーク?」 ま、疑問を抱くとしたらそこだよな。気持ちは分かる。 俺が珍しくハルヒの気持ちが分かるってんだから、俺より数段洞察力に優れたコイツが俺の気持ちを分からないってのはまさかまさか無いはずなんだ。ってことでその質問は確認作業でしかないのだろう、正しく。 「俺の渾身の未来予想図を冗談扱いしてくれるなよ、っと。書いてある通りだ。大学に進学してSOS団をまた創る。それが俺の目標で野望だ」 これ以外、思い付かなかった。 それくらい、俺の一年半は濃密だった。 人生を決定付けるには十分過ぎる経験をした。 世界は……俺の世界はハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉によって大いに盛り上げられた。だから、これを。 もう少し続けたいと願うのはいけないことだろうか。 「何? 大学に入ってSOS団を創って、今度はアンタが団長にでもなるつもり?」 ハルヒがジト目で俺を見る。下克上をどうすれば未然に防げるのか考えている顔だな、それは。まったく、一々面白いヤツだ。 「なんでだよ。団長はお前だろうが、ハルヒ」 「はぁっ?」 突然素っ頓狂な声を挙げられても困る。大体、俺は団長なんて向いてないんだ。そうさ、雑用係なんて下っ端がお似合いだってそれくらいには自分の性格を理解している。まあ、少しばかり人権を尊重して欲しいとはいつも考えているが。 「それともなんだ? お前、もしかして団長に飽きたのか? 雑用を替わってやってもいいが、その場合も繰り上がり昇進で団長は古泉になるな、俺じゃない」 「そうじゃなくって! そういう事を言ってるんじゃないのよ、アタシは!」 あー、うん。ハルヒが何を混乱しているのか、実は分からなかった訳じゃないんだよ、俺も。だから、今のやり取りは少しからかっただけだ。意趣返しってヤツさ。お前の今までに散々やらかしてきた悪行に比べれば可愛いものだと大目に見てくれ。 「アンタ、もしかして」 俺をビシリと人差し指で指し示し、 「一緒の大学に入るつもりなの?」 そうさ、その通り。 「長門も、朝比奈さんも、古泉も、でもってついでにお前も。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べないだろうが。言っても、朝比奈さんは今年で卒業しちまうが。だから、個人的にはSOS団は今年度いっぱいで一度お開きになっちまうだろうと思ってる」 ハルヒが何か言いたげに口を開いたが、しかし何を言うでもなく少し悔しそうに唇を噛んだ。 「……続けなさい」 「ま、だから提案だな。同じ大学に皆で入って、でもってもう一度SOS団をやらないか、っていう俺からの」 ハルヒは恐らくまだ知らないが。きっと長門も古泉も進学先はハルヒに追従するだろう。朝比奈さんはハルヒの進路を見越しての大学に先んじて入るつもりではなかろうか、と俺は考えている。であるならば、だ。 後は俺だけ。足りていないのは俺だけなんだ。誰か一人でも欠けたらそれはSOS団と呼べない。自分で言っておいてなんだが、それが俺自身に当てはまるだろうかと言えば、それは自惚れに過ぎないかも知れず俺には何も答えられない。 考えても詮無い事だな。要は俺が同じ大学に入学するだけで済むのだから。 難しい顔をして少女は珍しく黙り込んでいた。声を掛けると、 「ちょっと待って。今、考えごとをしてるから」 もしかしたらハルヒも実は進路で悩んでいたりしたのだろうか。有り得なくはない話だ。更にその上に俺なんかの進路相談まで請け負っている。いくら涼宮ハルヒであっても考え事の一つや二つ、状況の整理とまとめに時間がかかる事もあろう。 俺は少女を見つめながらもう冷め切って大分経ったお茶を啜った。それは朝比奈さんの淹れてくれるものには流石に敵わないが、それでも俺たちの未来を憂う団長様が手ずから淹れたものだと思うと、まあ、その、なんだ、進路みたいな苦々しくも爽やかさに満ちた味がした。 俺の視線の先でハルヒが顔を挙げた。その顔からは憂いが払拭されている。どうやら、考えが纏まったらしい。それもどうやら面白い方向(ハルヒゴノミ)にだ。やれやれ、話を振ったのは俺の方だがまたぞろ無理難題を言い出す気じゃないだろうな。 悪巧みをしているような、以外の形容が付く笑い方を朝比奈さんから教えて貰ったらどうだ? 「悪くないわね。それどころか面白い発想だわ、キョンのくせに!」 俺のくせに、とか言うな。どこの空き地でリサイタルを催すいじめっ子だ、お前は。キャラが被って見える辺りはもう手遅れだとは思うが、果たしてお前はそれでいいのか? 「ところでみくるちゃんの進路希望は聞いた、キョン?」 いや、聞いていない。こういうのはプライバシだからな。どこか聞きにくい空気が漂っているモンなんだ。まあ、鶴屋さんと同じ大学にしようと考えているってのはどっかで小耳に挟んだ気がするからそこそこ良い大学に行くつもりなんだろうな、ってそんな程度さ。 「アタシ達が全員同じ大学で再会する場合、その大学はみくるちゃんの進学先になるわ。それくらいは分かるわよね」 まあな。でもって、それはきっとハルヒにとって願ったり叶ったりの大学じゃないのかと、まあこれは口には出さないが。 なんせ、朝比奈さんは未来人だ。しかもハルヒの保護観察が目的のな。いや、目的は時空なんとかの調査観測だったか? どっちでもいいが。どうせ、両者に違いなんてものはこれっぽっちも無いのだから。 「今のところ、みくるちゃんが希望している大学は、」 ハルヒが続けざまに口にしたのは俺でも知っている隣県の有名国公立だった。有名、どころではない。俺みたいな自堕落受験生にしてみれば雲の上、天空の城ラピュタに行くぞって言われているのと大して変わりがないくらいの超ハイレベル。 これは……余りに考えが甘かったか。そう思わざるを得ないくらいの。 俺の顔が無様に引きつるのが手に取るように分かった。言葉が出ないとはまさにこの事だ。身の程知らずも意識が足らなかった。自意識過剰にも程が有る。 「この志望校、流石は鶴屋さんよね。でもってそこに付いて行けるだけの学力を保持しているみくるちゃんも立派だわ。団長として鼻が高い……んだけど、正直に言えば状況は最悪。まさかキョンのために進学先のレベルを下げて欲しいなんて言えるはずもないし」 この口振りだとハルヒ自身はそこに進学するのも訳は無いようだ。長門は言うまでも無く、古泉も成績上位に食い込んでいる。 今更だが、なんだ、この場違いな感じは。宇宙人、未来人、超能力者に囲まれている事を知った時よりも更に酷い。多分、問題が地に根差していることに由来するのだろうが、足元がぐらついている気がするぜ。 マグニチュードは体感で七か八。震源地は文芸部室、俺。 「今のままで行けば、この紙は進路希望じゃなくて七夕に吊るす短冊でしかないわ」 子供じみた願い事でしかない、という比喩の意味を理解して更に絶望は深くなる。 「今日は七月七日じゃないのよ、キョン。それとも十六年か二十五年、浪人してみる?」 「そんなのはゴメンだ」 苦虫を噛み潰すように。吐き捨てるように。淡い希望を踏み潰すように。血を吐くように。 ま、心のどこかで分かってはいたんだ。悲観するような事じゃ決して無い。 所詮、現実なんてこんなものさと妥協して和解して生きていくことしか俺たちには出来ないって話さ。 ん? いつだったかこんな内容をハルヒに話した事が有ったな。あれは……そうだ、まだ高校に入学したての頃。席替えで窓際にハルヒと前後に並んで、アイツが非科学的かつ非常識であればあるほど面白いみたいな事を言った返しに俺が。 そうだ。で、それに対してハルヒはこう言うんだ。 「うるさい!」 目の前の俺を叱咤する少女が一年半前と重なった。でも言葉の持つ意味は違う。圧倒的に違う。「黙れ」じゃない。「聞きたくない」じゃない。「どっか行け」じゃない。 「キョン! アンタ、どうにかなる事で早々に諦めてんじゃないわよ!!」 「前を向け」と。これが成長じゃなくってなんだって言うのか。 「何にも努力してないのに、なんで『努力しても無駄だ』みたいに一人で後ろ向きな納得してんのよ! ふっざけんじゃないわ!」 涼宮ハルヒは怒っていた、それも全力で。 至らない俺のために。そうだ、忘れていた。他人のために、コイツは怒れる少女だった。違う、そういう少女に『なっていた』んだ。 「って言うけどよ」 「だってもへったくれも無い! いっちばんアタシが癇に障るのはね、アタシを差し置いて一人で勝手に結論出して納得した風にアンタがなっちゃってる事よ! どういうつもり!? キョンはアタシに進路相談をしてるんじゃないの!?」 詰め寄って俺の胸を指で小突く。俺は堪らず椅子を倒しながら立ち上がった。ったく、この馬鹿力が。指一本だってのになんて圧力だ。 「だったらアタシの意見も聞きなさいよ。困ったんなら頼りなさいよ。悩んでんなら打ち明けなさいよ。それが出来ないなら……出来ないなら最初っから悩みが有るなんて甘えたこと言ってんじゃないわよ!!」 小突く小突く。小突かれて俺は廊下側の壁に押し付けられた。ちょ、ちょっとタンマだハルヒ。俺が悪かった。これ以上は後ろに退がれん。痛い、地味に痛いからその暴力を止めろ! 「アンタの自虐趣味なんてこっちは知ったことじゃないの。ああ、見てるだけでイライラすんのよ。大体、アンタの脳味噌で良案が浮かぶなんて奇跡みたいな確率でしか無いって事くらいいい加減に気付きなさいよ。下手の考え休むに似たりって言うでしょうが。だからね! だから、いいから、」 涼宮ハルヒは俺に向かって唾を飛ばしながら吠えた。 「いいからピンチの時くらいちょっとはアタシを信じてみなさいよ!!」 信じているさ、なんて勿論言えるはずもなく、またその余裕も俺には有りはしなかった。とにかく俺はこの物理的な窮地から早く脱出したい気持ちでいっぱいだったのだ。密着まで十センチも無いお互いを傷付ける距離である。女子特有の理性に余りよろしくない類の香りが鼻腔をくすぐり意味も無く急接近意識してしまう。 ロマンスのロの字くらいどっか道端で拾っておけば良かったと思う。そうしたらハルヒだって異性と、ボクシングのインファイトのごとく接近している事態に顔を赤らめたことだろう。我に返って離れていってくれたかも知れない。 「ピンチってなんだよ。俺にとっちゃ今、ハルヒに追い詰められている事の方がよっぽどのピンチだ」 「そうよ!」 いや、肯定すんなよ。 「アンタが絶望してる内容なんてね、アタシに言わせればピンチでもなんでもないの! 一年以上も準備期間が有れば人間、大概の事は出来るようになるのよ。分かったらアタシを信じなさい!」 言いたい事は思う存分口にしたのだろう、ハルヒはすうと大きく深呼吸した。ちなみに俺はまだ解放して貰えていない。人差し指一本でもって壁に押し付けられ続けている。処刑を待つキリストの気分が少しだけ分かる気がした。 ハルヒに倣って俺も深呼吸をする。目叩きを一つ。目叩きした前と後で世界は変わる、と自分に言い聞かせて。 「分かった」 右手でハルヒの人差し指を握り、それをゆっくりと遠ざける。有ると思っていた抵抗は無かった。 「信じるよ、ハルヒを」 信じるものは救われるって言うしな。なあ、ハルヒ大明神さんよ。お前が学問の神、菅原道真の商売敵になったとはとんと初耳だが、それでもご利益だけは人一倍、いや神一倍だと、こっちは疑う余地も無い。なんせ今までさんざんハルヒパワーに巻き込まれてきたのだから。 他でもない、俺だからこそ。そればっかりは疑えないよな。 だから、言葉だけじゃなく、偽りじゃなく、ましてや脅されたからなんかじゃ決してなく、ただ信じる。ただただ信じられる。コイツならきっと俺の絶望をどうにかしてくれる。根拠は……根拠はそう、経験則ってヤツだ。 「二言は無いわね」 「無いさ、そんなモン」 意志薄弱さはこの際、脇に置いておくとして生物学的には完全な男だからな。有言実行が座右の銘だ、なんて流石に言えやしないが。ちなみに俺は不言実行の方が好きだったりする。 「よろしい」 そこでハルヒはようやくもう一度笑った。どうやら俺の回答はお気に召して貰えたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。あのまま至近距離を継続されたら俺の理性を司る回路が焼き切れていたのは時間の問題だったからな。 デリケートなんだよ、思春期だから。嘘だと思うなら想像してみろ。クラスで一番の美少女と夕暮れの教室で二人きりだぞ。しかもメイド服なんて特殊装備をしてだ。情熱を持て余しても仕方がない話なのはどなた様にも理解して頂けると思う。 「そうと決まれば早速具体的な話に移りましょ。って事でさっさと放しなさいよ、キョン」 「おっと、悪い」 指を放してやるとソイツは俺から一歩距離を取った。そして俺に向かって今度は小指を突き出す。なんのつもりだ、なんて聞くまでもなかった。 「子供かよ」 「アタシたちは子供よ、実際。幼稚でガキだってのを否定できる社会的な根拠は無いの」 「そりゃ、まあ確かにな」 「だから、それを欲しがるのは自然と言えなくもないけどね。ピーターパンシンドロームくらいはもう卒業したでしょ、アンタも」 ピーターパンシンドローム、ってのはいわゆる「大人になりたくない」の学名だ。正直、俺には理解出来ない精神病だな。だが、どう足掻いても時間は過ぎるし、身体は育つ。滝上りなんて非生産的かつ非効率な事に心血を注ぐヤツの気が知れんよ。魚類からやり直せと言いたいね。 「最初からんなモンには罹ってない」 「へえ……前向きなのね、キョンのくせに」 あ、コイツまた言いやがったな。 「ま、なんでもいいわ。とにかく、子供っぽいとか大人びたとかそんなのに振り回されても意味は無いの。だから、はい」 白くすらりとしたソイツの小指はやけに細く頼りなく見えた。メイド服には淑やかさのパラメータ補正めいた俺の知らぬ装備効果でも有ったりするのだろうか。ハルヒの日頃の豪腕が嘘みたいに思えてくる。 「約束しろって?」 「そうよ。ただしアンタはガキっぽいのが嫌いらしいから、大人ルールでいくわ」 「大人ルール?」 急速に嫌な予感がしてきたぞ、俺は。 「破ったらハリセンボン鍋よ。勿論、針の処理はしないわ。ところでハリセンボンってフグの仲間よね。毒が有ったりするのかしら? ま、その時は古泉くんの知り合いに免許を持っている人が居たりしないか聞いてみましょう」 やっぱりか! 嬉しそうな顔で何、物騒な事考えてやがる! 「そんなに深刻そうな顔しなくても大丈夫よ。このアタシが付いてるんだから大船に乗ったつもりで……あ、今の無し。死ぬ気で勉強しなさい、キョン」 いかに涼宮ハルヒと言えど、そこまで楽観的にはなれないらしい。いや、ここで大丈夫の言葉に安心してしまえば俺が勉強に手を抜くんじゃないかとでも考えたのだろう。 「言われなくてもそのつもりだ」 「なら、……ほら。そろそろ小指が痺れてきたんだから、さっさと済ませなさい」 これ以上の問答はどうやら無駄らしい。諦めて俺はハルヒの小指に小指を絡めた。少し俺よりも冷たい、気がする。男女で体温は違ったりするのだろうか。それとも気恥ずかしさが俺の体温を底上げしているのかも知れない。 「俺は何を約束すれば良いんだ? 大学合格か?」 「死ぬ気で勉強に励むことをアタシに約束しなさい。その結果として入試に失敗しても、それは怒らないから」 「……そっか。そうだな、分かった」 「アンタばっかり約束しても不公平だから、アタシも約束するわ。アンタを絶対にみくるちゃんの行く大学に合格させてあげる」 ハルヒは真面目腐った顔で、 「絶対よ! 絶対の絶対!」 はいはい、分かった。分かったから顔を赤くしてまで力説せんでもいい。精々頼りにさせて貰うさ、団長さん。 そうして俺とハルヒは右手を上下にシェイクさせて未来を約束した。 「指切り」 「げんまん」 「嘘吐いたら」 「ハリセンボン」 「くーわすっ」 「怖っ! なにそれ、怖っ! 改めて想像したら超怖いんですけどっ!」 頬の内側から突き出た針。口から血を流す俺の口へと無理矢理に凶器を押し込むハルヒ。多分、楽しそうに。 嫌だ……嫌過ぎる。 「なら、死に者狂いで頑張りなさい。アタシがアンタの頑張りを認められるくらいに。二人揃って最後の晩餐なんてアンタもゴメンでしょう?」 解ける指。離れる少女。小指が少し汗ばんでいた。 「ま、学校に居る間はアタシがしっかり勉強を見てあげるから。任せなさい。これでもアタシ、家庭教師のアルバイトならプロだから」 アルバイトのプロってなんだ。まあ、言いたいことはなんとなく分かるが。ニュアンスでな。 「明日から始めましょ。ビシビシしごいてあげるわ。スパルタ式よ。何度だって千尋の谷に突き落とすつもりだから、明日までに覚悟を据えておきなさい!」 ハルヒは喜色満面にそう告げた。女神の神託の皮を被った閻魔大王の判決の瞬間である。ああ、やっちまった、早まったなんて思ってもここまで来ちまえば後の祭り。これだけ良い笑顔を咲かせるハルヒを最早誰一人として止める事は出来ないのだ。なぜならば、それを誰あろうハルヒ自身が望んでいないのだから! どのみち、死ぬ気にはなるつもりだったが、本当に過労死したら俺は一生この競争社会、学力社会を恨むだろう。 ……死んでるのに一生も有ったモンじゃないな。 そういや、ハルヒよ。 「ん?」 「お前、どうしてメイド服なんて着てたんだ?」 一日メイド団長は俺の質問に、ようやくといった様子で背筋を伸ばした。ってオイ、止めろ。その格好で胸部を強調するようなポーズを取られたら色々と、その……だな。 情熱を、持て余す。 「団長としての威厳と威光を少しでも和らげるためよ。別にカエルでも良かったんだけど、アレじゃアンタの顔がよく見えないしね。それにみくるちゃん用に買ってきたけどフリーサイズだからアタシでも着れるのよ、この服。 ま、つまりアタシなりの配慮ってことね。感謝しなさい、キョン。で、どうだった? 実際、話しやすかったでしょ? ……どこ見てんのよ、エロキョン」 俺は両手を挙げた。 「黙秘権を行使する」 9,海はまだ凪いでいた 世界ーー俺を取り巻く周囲はこの時、それなりに良い方向へ向かっていると思っていた。暫定的にでは有るが俺の悩みには一応の決着らしきものがついたし、もしハルヒが朝比奈さんの受験、及びそれに付随する自己を含めたSOS団の行く末に何らかの戸惑いを人知れず抱いていたのであれば、俺との個人面談はそれに対する解答とも成り得たであろう。 何が言いたいかというと、だ。 つまり、俺はなんとなく安心していたのだった。世の非常識めいた不条理は全てハルヒの不機嫌より始まるというのは、これはもうSOS団不思議対策委員会における共通認識と言っても過言ではなく(古泉なんかは特にその傾向が顕著だな)、逆説あの馬鹿が世界に対して特に不満を覚えなければそこそこに穏やかなる日常へと世界はまるでホメオスタシスを働かせたかのように回帰するのである。 正直に言わせていただければ、この時点で俺は毎日に波風を立てるイベントには幾分食傷気味だった。まだ行く手にはクリスマスなどという難敵が待ち構えていたのではあるが、俺の未来におけるターニングポイントとなったであろうハルヒと佐々木による個人面接以上の事柄なんぞきっと起こりはしないさ。と、こんな風に考えていた。 全く、我ながら浅はかだとしか言いようがないな。過去を振り返ってみれば分かるだろうに。世界が一度でも俺の心労を鑑みて展開に手を抜いてくれた事があっただろうか。いや、無い。 何も終わってなどいなかったし、そもそも俺たちを語るのに避けては通れない超常的なあれやこれやはここまで全くと言っていいほどに形(ナリ)を潜めていたのであるからして、これはもう楽観的を通り越して一種破滅的と形容してしまえるくらい俺の脳味噌は蓮咲き乱れるお花畑だったのだと、後から思い返して途方に暮れる。そんなつもりはこれっぽっちもないのだが。 という訳でいつもの通り、俺の知らない場所で事態は悪化の一途を辿っており、それが表層へと噴出する頃には消火器のようなその場凌ぎ程度では手が付けられなくなっているのである。火種の内の初期消火が重要だとはよく聞く話だ。耳が痛い。 一言断っておかねばなるまい。それでも、この十二月の騒動は俺の未来についての話であるという枠内だけは決して逸脱していなかった。 本筋、ってヤツだな。あるいは要旨と言い換えて貰っても結構だ。全ては俺の未来に起因し、また収束していくのである。因果応報なんて言葉をここで持ち出したくはないが、それにしたってこの件ばかりは他の誰かに責を求めるのも酷ってモンだろう。 そう、ここまで言えば勘の良い方ならそろそろお気付きかも知れない。 俺たちを語るのに決して外すことの出来ないあのお方ーー未来人は実はも何もずーっと出待ちを強いられていたという事実に。 家に帰り着いたのは日も暮れ切った頃だった。時間で言うなら午後六時を少し過ぎたくらいで、既に玄関には佐々木のものと思しきスニーカが並んでいる。予想通り待たせてしまっているらしい。 今後の対策ってヤツであの後もハルヒと色々話し込んじまったからな。一応、即席家庭教師様による個人授業は六時から開始って事になっているから遅刻したと言っても実際は十分もない。とは言え昨日は五時前には玄関のチャイムを鳴らした佐々木である。 もしも一時間以上も他人の家に居たとすれば……まあ、心中は察するに余り有るな。 せめて急いで救出してやらねばなるまい。主としてお袋の好奇心という名の魔手から。そう意気込んでいの一番にリビングへと向かったが、しかしそこに佐々木の姿は無かった。 これはどうした事か。 「おい、佐々木はどこだ? もう来てるんだろ?」 リビングのソファに座ってテレビに噛じり付いている妹に訪ねる。奥のキッチンではお袋が夕食の支度に忙しなく動いているのが見て取れた。あの様子ではラストスパートに掛かっているな。夕食はもうすぐらしい。 「あ、キョンくん。おかえりー」 「はいはい、ただいま。で、佐々木は?」 「佐々ちゃんならずっとキョンくんのお部屋に居るよー。キョンくんが帰ってくるまで一人でお勉強したいんだって。偉いよねー」 妹が屈託無くそう言うも、……ちょっと待て。あのプライベート空間に親友とは言え異性が一人きりで一時間、だと。俺の脳味噌を最悪の予想が埋め尽くす。それはマズい、マズ過ぎるだろ。俺の尊厳とか外聞とかが。 ああ、こんな事ならちょいとマニアックが行き過ぎたヤツらは見切りを付けて早めに焚書処分にしておくべきだったか! 谷口のヤツめ、廃品回収に来るなら早くしろってんだ! 佐々木の事は信じているし、アイツも俺のことを親友だと言ってくれている。アイツの性格を考えれば「親しき仲にも礼儀有り」を実践してくれているはずだ。ハルヒとは違い、家捜しを敢行するような無礼さを持っているとは思えない。 けれども、可能性は可能性でしか無い。物理学で有名なアウシュビッツ系可哀想な猫は箱を開けるまでその生死は確認出来ず、この世に絶対なんて絶対に無いのだと俺は知っている。 万が一はハルヒに出会ってからこっち阿呆みたいに頻発しているからな。 リビングを出て階段を急いで上る。背後で妹が何事か非難めいた事を口走った気がするが知ったことか。お前に構っている十秒そこそこですら惜しいんだよ、こっちは。一刻を争うなどと悠長な慣用句も有ったものだと思うぜ、いやマジで。 「……はあっ」 部屋の前で深呼吸。そうだ、冷静に、いつも通りでいいんだ、俺。なにも佐々木が家捜しをしたって決まった訳じゃないんだから。むしろそんな非生産的な事をするアイツじゃないだろ。だから、そうさ。扉を開けたら俺の机にでも座って問題集でも開いているに決まっている。 だから、堂々とだ。そう、堂々と。俺の部屋なんだから普通に、気だるい感じを前面に押し出して……。 そんな事を考えながらドアを開けた。そして俺は見た。 「猫くん、猫くん。君のご主人様は一体いつになったら帰ってく……」 俺の部屋の、俺のベッドに仰向けに寝転がり、我が家の飼い猫を「高い高い」でもしているように持ち上げて満面の笑みで独り言を無為に生産する親友の姿を。 どうやら見てはならない場面に出くわしたようだ。気まずい空気が二人の間に流れる。 「よ、よお。今帰ってきた」 返事の代わりに返ってきたのは凍り付いた笑顔のみーー恨みがましい視線が痛い。 「あー、その……悪い、遅くなったな」 動揺をひた隠すというのは古泉や長門の持ちネタであって、他人の領分を侵す趣味は俺にはない。きっとやっちまった的な焦燥は余すところ無く顔に出ちまっていたんだろうね。少女は一つ溜息を吐いた。 「はあ……おかえり。出来れば、ノックくらい欲しかったかな」 佐々木は子供のいたずらを見咎めるように言った。その頬にほんのうっすらと朱が見て取れるのは、やはりコイツも油断した瞬間を見られるのは余程恥ずかしかったのだろう。 すまん。上手いフォローは出来そうにないが、代わりにさっき見たものは全て忘れるつもりなんで安心してくれ。 「助かるよ。しかし、気に病むことはないからね、キョン。よくよく考えればここは君の家で君に割り当てられた部屋さ。自分の部屋に入るのにノックする人はいない。少なくとも僕はそんな真似をした例が無い。自分が出来ないモノを人に強制するなんて無恥も甚だしいだろう。となると、落ち度が有るのは僕ばかりさ」 言いながら上半身を起こした佐々木の腕の中から世にも珍しいオスの三毛猫がうなぎのようにヌルリと抜け出して、開けっぱなしの扉から廊下へと出ていった。シャミセンは賢いからな、重苦しい部屋の雰囲気から自分が責められているとでも判断してそそくさと退散したのだろう、きっと。 単に腹が減っただけかも知れん。 「猫、好きなのか? そういや、昔一度だけお前の部屋に入ったが、テディベアとか飾ってあったっけな」 朧気な記憶を手繰り寄せる。ぬいぐるみとその横に並んでいた小難しそうな哲学書とのコントラストに少なからず俺は困惑したものだ。 「僕に可愛いものは似合わない、とでも言いたいのかい。笑ってくれても結構だが、僕の不評を買うのは避けられないと思ってくれ」 「いや、そんな事は無いぞ。むしろ、お前に女の子らしい一面が有ることに俺は内心ほっとした」 佐々木とは、ともすれば国木田や谷口辺りを相手にする時となんら変わらないやり取りをしてしまっている事すら有る仲だ。性別を感じさせない……と言うよりも、ある種超越してしまっている印象を俺は抱く事すらまま有る。だからこそ再確認というか、コイツを異性として認識する度に俺は……変な話だが少しばかり安心してしまえるのだった。 普通は逆だろうって? 分かってるが、しかしこれが俺と佐々木の関係だからな。別に理解して貰おうとは思っちゃいないさ。 愉快な誤解は勘弁だが。 「なんならシャミセンを一泊二日でレンタルしてやってもいいぜ」 シャミセンとはウチの三毛猫の名前だと注釈を付け加える。猫好きには魅力的な提案だと思ったのだが、どっこい佐々木は首を横に振った。 「あまり……そういじめないでくれよ」 人聞きの悪い事を言うな。誰がいじめた、誰が? 「君以外に誰か該当人物が居るかな、キョン?」 「何を責められているのかさっぱり分からん。冤罪だ」 「……くっくっ。僕も色々と複雑なんだよ。異性として見られる事に抵抗を感じるし、そしてまた相反するものも胸の内に多少確認出来る」 「恋愛は精神病」が持論の少女ソイツは左耳に掛かった髪を掻き上げた。 「こういったものには出来れば余り気付きたくはなかったけれどね。だから、そういう事ーー性別を加味した発言を君にされるとなかなかどうして表情に困るのさ」 嘘吐け。いつも通りの微笑じゃねえか。その下で何を考えているのかは生憎、俺には分からんよ。 「そうか。なら、君もいつまでも動揺していないで早く席に着いたらどうだい? そう立ち尽くされていると落ち着かないのは、何も君だけじゃないのだよ。ああ、授業開始を十分もオーバしてしまった。これでは君のご母堂に合わせる顔が無い」 佐々木はわざとらしく天井を見上げて、やれやれと呟いた。本家本元の嘆息は、俺みたいな冴えない男子高校生がやるそれに比べてとても映える。美少女ってのは基本何をしていても絵になるものなのは知っていたが、それにしたって神様もちょいと依怙贔屓が過ぎると俺は思った。 「僕の顔に何か付いてるかい?」 「ん……前髪にシャミセンの抜け毛が付いてるな」 机に着いて鞄から今日やった佐々木お手製のプリントを出す。少女は俺の隣、昨日と同じ位置、同じ椅子に座った。手を伸ばせばお互い触れられる距離、ってそんなのは当たり前か。 「ほら、取れたぞ。こんな所に毛がくっつくなんて、一体どんだけアグレッシブな戯れ方をしてたんだよ、お前は」 俺の質問は佐々木の鋭い視線によって無惨にも打ち砕かれた。どうやらシャミセンとの蜜月は本気で触れられたくないらしい。女子が可愛いものを愛でて何が悪いのかと俺は思うのだが……親友はというとどうもそんな風には思えないようで、政府お抱えの凄腕狙撃手よろしく眼を細くしていた。 「キョン、その話は止めだ。これ以上続けるというのならば、この部屋に隠されている有害図書について僕も言及しなければならなくなる」 オイ、それって……いや、なんでもない。俺は信じてるからな、佐々木を。思春期の男子高校生ならば誰もが所持しているという統計に則ってかまを掛けただけなんだ、そうに決まっている。 そう思いこむぞ、俺は。 「存外、奇抜な趣味をし……」 言わせはせん! 「なんだか急に学習意欲が湧いてきた。さ、いつまでもくっちゃべってないで勉強しようぜ」 と、ようやく両者が休戦協定に判を押した、丁度そのタイミングで階下から俺たちに夕食を告げる声が聞こえ、俺と佐々木は顔を見合わせて笑った。 「今日のところは痛み分けにしておこう」 「……だな」 傷付け合う関係よりは傷を舐め合う関係の方が健全かつ賢明な気がするとか、どうでもいい事を俺は階段を下りながら考えていた。 夕食はカレーだった。いつもより具材がアップグレードしていたのは、きっと佐々木が居たからだろう。思わぬところで収穫が待っているものだ。これが続くようなら是非とも、佐々木には長く家庭教師をやって頂かなければなるまい。 「それは君次第だよ、キョン。言っただろう、僕が正式採用されるかどうかは二週間後に迫った二学期末試験の君の点数の伸びをもって判断されるって」 夕食を終えて出来ればのんびりとソファで横になってテレビでも見ていたい俺だったが、佐々木が居る前でそんな事が出来るはずもない。そもそも死ぬ気で勉強すると日中ハルヒに誓ったばかりだというのに、何をいつも通りの自堕落メニュを律儀にこなそうとしているんだろうな、俺は。これが慣習ってヤツか。骨の髄まで染み込んでいる行動パターンは、もしかすると受験戦争における最大の敵であるのかも分からん。 「そうだね、君の場合はまず机に着く事を習慣付ける事から始めるべきだと思う。君だってテスト前くらいは勉強していただろうけれど、それは机でやっていたかい?」 まるでタイムマシンに乗って過去を見てきたかのように話すんだな。いや、確かにベッドに寝ころんで教科書を眺めるってのがもっぱらだったが。 「だと思ったよ。いや、机が余りに綺麗だったからね。使われていた痕跡がほとんど見受けられない。それにほら、隅に埃が貯まっているだろう?」 ホームズ先生に肩を並べる観察眼には恐れ入ったが、しかし埃くらいは普通じゃないのか? 「考えてもみてごらん。集中している時は時計の音ですら障るものなのさ」 部屋の片づけをしていたら、昔の雑誌を発掘してつい読み耽ってしまうあの現象の親戚だな。 「ああ、そうだ。机の隅のちょっとした埃であってすら神経を逆撫でするものなのさ。勉強があまり好きではないらしい君ならば尚のことだろう」 勉強が好きじゃないって……いや、まあ実際その通りなんだけどさ。しかし、そんな風に言われると、なんだかストレートに馬鹿と言われる何倍も傷付くな。佐々木に罵倒するつもりがない、ってのが尚更そこに輪を掛けやがる。 「キョン、前から薄々は思っていたんだが、君にはやはり被害妄想の気が有るよ、うん」 ……やっぱりか。俺ももしかしたらそういう事も有るかも知れんとは薄々気付いてはいたんだ。観察眼で俺と比ぶべくもない佐々木の言うことなら、その見解でおおよそ正しいのだろう。でも、自分の悪癖なんて出来れば一生知りたくなかった。くそっ。 「なあ、その被害妄想とやらは『奥ゆかしい』なんて伝統美溢れる日本語にはどうしても置き換えられないものなのか?」 「物は言いようだね。と、話を戻すけど、」 俺の要求をあっさり流しやがった。 「キョンに足りないのは学習意欲だと僕は考えている。未来、なんて漠然としたものが相手だとどうしたって息は続かないし、努力に見合った対価が確約されていないから僕らの年齢では中々割り切れないだろう。仕方ない事だ。だが、仕方ないと諦めて対抗策を講じないのは、これはまた別の問題だね」 それは昨日までの俺を皮肉ったんだな、そうなんだろ、佐々木。あ、コイツ聞いてねえ。 「例えば僕を引き合いに出すと、モチベーションを維持する為に一定の修学ごとに自己の下らない欲求を一つ満たすことを許可している。僕としては君にもそういったものが有るとベスト――とまでは言わずともベターではないかと考えているんだが」 ……なんだか馬を走らすのに人参を鼻先にぶら下げるみたいな話だな。脳味噌の構造が草食動物代表と余り変わらないのは、まあ、忌々しいが認めるさ。 「みたい、じゃないね。まったく一緒の事さ。我ながら安易が過ぎるとは思うよ。だけど実際これが一番モチベーションを維持させるのに適した方法だと、これは色々な試行錯誤を繰り返した僕なりの結論だ。即物的だと自分でも笑ってしまう」 くつくつと自嘲混じりに笑う少女だったが、その語る内容とは裏腹に俺にはどこかその姿が朗らかに見えていた。その姿にどこか違和感を覚える。 なんだろうか、これは。 「なんか、お前変わったか?」 「ああ、それは……まあ、君になら話してもいいか。恥ずかしい話さ、自身の精神性の幼さを僕はそれなりに受け入れてしまってね。どころか自己分析するとどうやらそんな自分を楽しんでいる節すら見受けられるほどなんだ。中学の頃とはその辺りが確かに変わってしまったかも知れないな」 十分に大人びてるだろ、お前は。うちのお袋よりも、ともすれば精神的に老成していると俺はお前を評価しちまっているくらいなんだぜ。 「それは流石に間違っていると言い切らせて貰うよ、キョン。それとも家族だから君には近過ぎてちゃんと見えていないのかな。君のご母堂は僕なんかでは及びも付かないしっかりした方さ」 いやいや、そんなことはないぞ。メモを持って買い物に行って、メモの存在を忘れて二度手間とかはしょっちゅうだしな。 「そんなのは心の成熟とは何の関わりもないよ、キョン」 心の成熟、ねえ。 「余裕、とでも言い換えるべきかな。知識と経験から来る広い安全域の事さ。僕にはどちらも足らない」 「悪いが俺にはよく分からんな。心臓に毛が生えるとは何が違うんだ……と、終わったぞ。答え合わせと間違ったトコの解説を頼む」 一字一句に至るまでボールペンで書かれた佐々木お手製のプリントは、いつこんなものを作成しているのかと睡眠時間を本気で危ぶむくらいのクオリティだった。文字をパソコンで打ち直すか、長門に清書でもさせれば十分に店で売れるだろう。 「いや、それはキョンに合わせて作ったものだから他の人に転用は利かないさ。君の理解が及んでいる、もしくは口頭での説明で十分だと思った内容に関しては飛ばしてある。飛び石のようなものでね」 ふむ、つまりRPGで言うなら経験値の高いモンスターに的を絞った狩りが出来るようになっているわけだな。 ……やっぱりお前、寝てないんじゃないか。 「目の下に隈でも出来てしまっていたかな?」 「見当たらん。だがな、昨日の家庭教師終了時刻やらを考えればソイツは自明の理だ」 根を詰めるな、と続けると佐々木は微笑んだ。いや、笑うところでは決してないぞ、ココ。 「困ったな、キョンに心配をさせるつもりはなかったのだけれど」 そう言う佐々木が一つも困っている顔に見えないのは、俺の目が知らぬ内にとんぼ玉か何かにすりかえられちまっているせいだろうか? 節穴という可能性も捨てきれない。 「君の期末テストまでは推察の通り、少々睡眠時間を削減する予定だよ。平時より一時間削るだけだからそう重荷に感じないでくれ」 一時間で作れる量のプリントじゃないだろ、これは。未来人か宇宙人の手でも借りないと無理だ。 「そんな事はしないさ。僕ら学生にのみ許された『内職』という特権の方は十分に活用させて貰っているけれども。そういえば」 少女は軽快に走らせていた赤ペンの動きを止めると俺の顔を見た。まるで値踏みするように。そしてまた、楽しそうにも見える表情で。 「涼宮さんとの関係は修復出来たかい?」 と、問うのだった。
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「はぁ…はあ…、くっ…!」 俺は走っていた 息を切らしていた …… ああ…やっぱみんな揃ってやがる… …… …疲れた 「キョン…遅い!!罰金ッ!!」 高々に罰金宣告を放つ団長様。 「…俺がいつも最下位っていうロジックは変わらないわけだな…、」 「遅れてくるあんたが悪いんでしょ!?」 「まあまあ涼宮さん。彼も疲れてるようですし、このへんにしておきましょう。」 「そ、そうですよぉ。キョン君息まで切らしてるみたいですし…。」 古泉と朝比奈さんが仲介に入ってくれる。 「ふん、頑張ってきたことを認めたって、あんたがビリなことには変わりないんだからね!」 「…そんなことわかってるぜ。別に事実を否定しようとは思わん。だから、早く中へと入らして休ませろ…。」 そんなこんなで、俺たちは喫茶店へと入る。 椅子へと座る。 …… ふう… やっと一息つけたぜ。 「やはり、昨日の疲れはまだとれませんか?」 口を開く古泉。ハルヒはというと、長門や朝比奈さんと一緒にメニューを眺めている。 「当たり前だろう…そういうお前こそどうなんだ?内心はかなりきつかったりするんじゃないのか?」 「…確かに、きつくないと言ってしまえばウソになります。ですが、その疲労もあなたと比べれば 大したことありませんよ。あそこに残り、最後まで涼宮さんと一緒に戦い続けた…あなたと比べればね。」 「さ、あたしたちのは決まったわよ!男性陣もとっとと決めちゃいなさい!」 そう言ってメニュー表を渡すハルヒ。 「何に決めたんだ?あんま高価なもんは勘弁してくれよ、払うのは俺なんだからな。」 罰金とは即ち、全員分の食事をおごること…SOS団内ではそういうことになっている。 もっとも、それを毎回支払うのは俺なんだが…。 「あのね、あたしだってそこまで鬼じゃないわ。せめてもの慈悲として、一応1000円は 超えないようにしているもの。あたしが頼むのはね、そこに載ってる…これよこれ!」 「…このチョコレートパフェ、値段が800円なんだが…」 「つべこべ言わない!そんくらい払いなさい!そもそも、遅れてくるあんたが悪いんだから!」 何が、あたしは鬼じゃない…だよ…。それどころか、棍棒を装備した鬼といえる。 「…キョン君、財布が苦しいようでしたら、いつでも相談してきてください。 機関でそのへんはいくらでも工面できますから…。」 ハルヒに聞こえないよう小さく耳打ちする古泉…って、マジか!?それは非常に助かる… 「いつもいつも払ってもらってゴメンねキョン君…なるべく私安いのを頼むから…!」 そう言って朝比奈さんが指したのは…この店で最も安い120円のオレンジジュースであった。 「私も…朝比奈みくるに同じ。」 「奇遇ですね。僕もそれを頼もうと思ってたところなんですよ。」 長門、古泉が言う。 …つくづく、俺は良き仲間に恵まれたと思う。なんだかんだで3人とも俺に気を使ってくれている。 まったく、どこぞの天上天下女に… 一回みんなの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 「え、えぇ!?みんなオレンジジュースにするわけ!?」 動揺するハルヒ。 「みたいだな。ちなみに、俺自身もそれを頼もうと思ってる。」 「あんたの注文なんか聞いてないわ!!」 そうですか… 「だってみんなオレンジジュースな中、あたしだけデザートっていうのもバカらしいじゃない!? しかも結構でかいから食べ終わるのに時間かかるし…!!あぁ…もう!!じゃあ、 あたしもオレンジジュースでいいわよ!!良かったわねキョン?みんな安い物選んでくれてさ!」 これは驚いた。なんと、俺たちは意図的ではないにしろ、あの涼宮ハルヒ自らの決断を… 覆してしまった!!歴史的瞬間とはこのことか!こんなの今までなかったことだぜ…? …なるほどなぁ、ようやくハルヒも人の痛みがわかる道徳人間へ進化したってわけだ。 「何ボケっとしてんの!?そうと決まれば、早くみんなの分注文しなさい!」 前言撤回。俺の勘違いだったらしい。 …… 「じゃ、いつものクジ引いてもらうわよ!」 SOS団恒例のクジ引きである。不思議探索にて二手に分かれる際、 その人員采配として、この手法が導入されている。 …… 皆、それぞれハルヒからクジを引く。 「おや、僕のには印はないようです。」 「私にもないです。」 「ん?俺もだな。」 ということは… 「え…!?じゃあ、あたしと有希!?」 「そういうこと。印があったのは私とあなただけ。」 …珍しいこともあるもんだ。まさか、組み合わせが俺・古泉・朝比奈さんとハルヒ・長門に分かれるとは。 「有希と二人っきりなんて、なかなか無い機会よね~今日はよろしくね有希!」 「こちらこそ。」 ジュースを飲み干し、会計を済ませた俺たち。そういうわけで俺たち5人は…不思議探索とやらに励むのであった。 「いつも通り、5時に駅前集合ね!」 そう言って、長門とともに商店街のほうへと歩いていくハルヒ。 「なるほど、涼宮さんたちはあちらに向かわれたようですね。我々はどうしましょうか?」 「そうだな、とりあえず俺は…落ち着いて話ができる場所に行きたいな。 朝比奈さんはどこか行きたいところはありますか?」 「いえ…特にないですよ。お二人の好きなところで結構です♪」 「そうですね…では、図書館にでも行きませんか?あそこでしたら静かに話をするには悪くない上、 暖房も聞いていますし…ちょうどいいのではないかと。さすがに、また喫茶店やファミレス等に入るのも… あなたたちには分が悪いでしょう?」 「いや、俺は別に…それでも構わんが。」 「でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。 話してばかりで何も頼まないようでしたら、お店の人に迷惑がかかるかもしれませんし…。」 …確かにその通りだ。朝比奈さんの指摘もなかなか鋭い。 「決まりですね。では、図書館へ向かうとしましょう。」 俺たちは歩き出した。 「それにしたってなぁ…ハルヒのヤツも、今日くらいは集合かけんでよかったのにな… いくら今日が日曜で不思議探索の日だからって…。ついさっき、12時間くらい前か? 俺たち…この世界の危機に立ち会ってたんだぜ!?」 「仕方ないですよ。涼宮さんは…神に纏わる一切のことを忘れてしまったのですから。 昨夜の一連の記憶がないんです…二日前から今日にかけての日々は涼宮さんの中で 【いつも通りの日常】として補完されているはず、つまり【無かった】ことにされているんです。 であれば、日曜恒例の不思議探索を、彼女が見逃すはずはありません。」 「…まあ、それもそうだよな…あいつ、覚えてないんだよな…。」 …… 「それにしたって、今朝お前に…家まで車で送ってもらったことに関しては、本当に感謝してるぜ。 脱力しきって動く気すらなかったからな…とても家まで自力じゃ帰れなかった。 それと…朝比奈さんもいろいろとありがとうございました。」 「感謝なんてとんでもない。当然のことをしたまでです。」 「そうですよ…私たちなんか、キョン君と涼宮さんが闘ってる間、何もできなかったんですから… むしろ、今か今かと二人を助ける時を待ってたくらいなんですから!」 「古泉…。朝比奈さん…。」 …古泉・朝比奈さん、そして長門の三人にしてみれば、これほど歯痒い思いもなかったかもしれない。 できることなら、神を消し去るそのときまで…俺やハルヒと一緒に闘い続けたかったはずだ。 「…それにしても、三人ともよく俺とハルヒが倒れてる場所がわかったな。」 「前例がありましたのでね、推測は容易かったです。」 「前例?」 「以前、あなたが涼宮さんと二人で閉鎖空間を彷徨われたことがありましたよね。 あそこから帰ってきたとき…気付けば、あなたはどこにいましたか?」 「どこにって…自分の部屋のベッドだな。お前にも前にそう話したはずだぜ。」 「そうですね。で、そのあなたの部屋とは…即ち、涼宮さんによって 閉鎖空間に呼ばれた際、あなたが現実世界にて最後にいた場所というわけです。」 「まあ…そういうことになるな。ベッドに入りこんで眠った直後、俺は閉鎖空間にいたわけだからな。」 「その理屈を今回の事例にも当てはめた…ただそれだけのことです。」 「…なんとなくわかったぜ。」 「今回涼宮さんが閉鎖空間を形成するに至った契機となったのは…長門さんが隣家を爆破した、 あの瞬間です。とは言っても、あくまでそれはキッカケにすぎません。決定打となったのは… 朝比奈さんが涼宮さんをかばい、敵からの攻撃を被弾した…あのときでしょうね。」 「わ…私ですか…?」 …血まみれになった朝比奈さんを思い出す。 …… 確かに、精神的ストレスとしては十分なものだったかもしれない。 「その時点での涼宮さん、及びあなたの立ち位置はどこでしたか? 涼宮さんの家の前でしたよね。それさえわかれば、後は何も言うことはないでしょう。」 「俺たちが現れる場所も、つまりはハルヒの家の前だと。」 「そういうことです。」 「…なるほど、簡単な理屈だな。それにしても朝比奈さん、昨日は無事帰れましたか?」 「それはもちろん!森さんがちゃんと私たちを送ってくれましたから!それにしても… 彼女の見事なハンドル捌きにはあこがれちゃいます!私もあんなカッコイイ女性になりたいです…。」 …新川さんの運転もやけに上手かったな。その証拠に、 ハルヒ宅から俺の家に着くまでの時間も…随分短かった気がする。…機関はツワモノ揃いだな。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 闇だった 意識を失った俺を待っていたのは …闇だった …… 俺はどうなるんだろうか?このまま永遠に目を覚まさないのだろうか? …そんなことがあってたまるか…!俺は…生きてハルヒに会わなきゃいけないんだ…! …… 誰か…助けてくれ…っ! …… …? 何か声がする… 誰かが俺を呼んでいる …… 古泉…? 長門…? 朝比奈さん…? ……みんな…? 「ッ!!」 …… 「こ…ここは…?」 「!?目を覚ましたんですね!!」 「キョン君…!!無事で…何よりです…!」 「…本当に良かった…。」 …… 仲間たちの姿が…そこにはあった。 「俺は一体…」 「本当によくやってくれましたよあなたは…涼宮さんと一緒にね。」 「涼宮…。」 …… 「そうだ…ハルヒは!?」 すぐに立ち上がり、辺りを見渡す。なんと、横にハルヒが倒れているではないか。 …… ハルヒ…また会えたな…っ! 「おいハルヒ…大丈夫か!?ハル」 言いかけて口を閉じる。 …… 『明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。』 そうだ…。このハルヒは、昨日今日のこのことを覚えていない。神に纏わる全ての記憶を。 『ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。』 わかってるさ。そのほうが…ハルヒは幸せに生きられるもんな。 …とはいえ、それはそれで悲しいもんだ。もう、【あのハルヒ】には会えない…ってのは。 「涼宮さん、まだ起きないんですよね…。どうしましょう?」 「キョン君も起きたところですしね。呼びかけてみましょうか?」 「!待ってくれ古泉…!ハルヒは…このままにしておいてやれないだろうか?」 俺は…事ある事情を話した。 …… 「なるほど…言うなれば、涼宮さんは三日前の状態に戻った…というわけですね?」 「…ああ、そうだ。だから」 「言いたいことはわかりました。涼宮さんはこのままにしておきましょう… それもそのはず、前後の記憶がないのであれば 今ここで起こすわけにはいきませんからね。 『どうしてあたしはこんな外で寝ていたの?』、このような質問をされてしまっては 不都合なことこの上ないでしょうから。」 …さすが古泉。お前の理解力には脱帽だぜ。 「となれば…。朝比奈さん、長門さん 頼みがあります。」 「な、何でしょう!?」 「これから二人で涼宮さんを背負って…彼女の部屋、できれば寝床まで 連れて行ってもらえないでしょうか?少々きついとは思いますが…。」 「あ、そっか…目を覚ましたときにベッドの上にでもいれば、 涼宮さん自然な状態で起きられますもんね!私…頑張ります!!」 「了解した。涼宮ハルヒはきっと部屋まで連れて行く。」 「お、おい古泉!?ハルヒくらい俺一人で背負って行ってやるぞ!? 何も長門と朝比奈さんに頼まなくても…しかも、長門は未だ能力が使えないだけあって 体は生身の人間なんだ。いくら二人がかりとはいえ…それなりの負担にはなっちまうぞ!」 「だ、大丈夫ですよキョン君!すぐ着く距離ですから!」 …? …… そういえば 俺は…ここがどこかをよく把握してなかった。起きたばかりで、いささか余裕がなかったせいか? 隣には見慣れた家がある。いや、見慣れたとかそういう次元の問題ではない…か。 そりゃそうだ。なぜなら、それはさっきまで俺たちが一緒にいた家なんだからな。 …つまり、俺たち二人はハルヒの家の前で倒れていた…というわけだ。 「いや…、それでもだな…。」 「今は涼宮ハルヒのことは私たちに任せて、あなたは休息をとるべき。あなたは今、心身ともに衰弱している。」 「何言ってやがる長門?俺はこの通り…」 …どうしたというんだ?足に力が入らない…?気のせいか、体もふらふらする。 「キョン君…私からもお願いします、どうか今は休んでください! 自分では気付いてないのかもしれないけど…すっごく疲れきった顔してるんですから!」 何…!?今の俺の顔はそんなに酷いというのか。 「彼女たちもそう言ってくれてるんです。ここは素直に従ってくれませんか?」 「あ、ああ…わかった。じゃあ、ハルヒをよろしく頼みます…朝比奈さん、長門。」 「はいっ!任せてください!」 「では朝比奈さん、長門さん…涼宮さんを運び終えたら、しばらくの間、彼女の家で 待機してていただけませんか?こんな夜遅くに女性が一人外を出歩くのは…危険ですからね。 長門さんも今は普通の人間なわけですし。というわけで、これから森さんに電話を入れます。 彼女の車がここに来たら、それに乗り…家まで送っていってもらってくださいね。」 「古泉君…ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます!」 「それと、すでに新川さんには電話を入れてあります。彼にはキョン君を送っていってもらいましょう。」 「古泉…すまんな。」 「いえいえ、こんなときのために機関の面々はいるようなものですから。」 「じゃあ、長門さんはこっちをお願いします!」 「了解した。」 ハルヒの肩を担ぎ、彼女の家へと入ってゆく二人。 「おや、もう来たみたいですね。」 ふと、道の横に黒塗りの車が停まっているのが見える。 「…いつ呼んだんだ?」 「3分前くらいでしょうか。あなたが目を覚ます直前くらいですね。」 …相変わらず仕事が速い新川さんである。 「さて、森さんにも電話を入れました…じきに彼女もココに来るでしょう。では、車に乗るとしましょうか。」 新川さんの車に同乗する俺と古泉。 「今日は本当にお疲れ様でした。帰ってゆっくりとお休みください。」 「…どうもです。新川さんも、夜遅くお勤めご苦労様です。」 「ははは、あなたの偉業と比べれば、私の働きなど足元にも及びませんよ。」 フロント席から俺に話しかける新川さん。 …… 「古泉…大丈夫か?そういうお前も随分疲れてるように見えるが…。」 「おや、そう見えますか?だとしても、弱音を吐くわけにはいきませんね。 これから僕は一連の事後処理に追われるわけですから。」 「これからって…まさか今からか??」 「ええ、そうです。」 「……」 時計を見る。今は午前の2時である…。 「新川さんの車で本部に帰ったら、ただちに仕事のスタートです。神は一体どうなったのか、 涼宮さんの能力の有無は…、調べるべきことは山ほどありますよ。」 …確かに、それは気になる。何よりも、神がどうなったかということが。 「…僕個人の勝手な推測で言わせてもらうと、神は消滅したのではないか?そう考えてます。現に今、 この世界に何も異変が起こっていない…それがその証拠かと。仮に時間を置いて世界を滅ぼすつもりで あったとしたら、地震や寒冷化などといった何らかの前兆が観測されてしかるべきはずですからね。」 「…そう信じたいものだな。」 「場所は、ここでよろしいですかな?」 気付けば俺の家の前まで来ていた。 「新川さん…ありがとうございました。そして古泉…大変とは思うが、どうかほどほどにな。」 「はい、心得ておきます。では、お休みなさい。」 「おう、またな。」 …さて、家に入るとするかな。…合いカギもってて助かった。 …… 部屋へと戻った俺は…ベッドに倒れ込んだ。…もはや何も考える気がしない。 気付くと俺は寝ていた。 …? 携帯が鳴っている。はて、目覚ましをセットした覚えはないのだが…。 …ああ、なるほど。電話か。窓からは日が射している…起きるには十分な時間帯、というわけか。 とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだ…正直言うと、まだ寝ときたい。 …電話? …… まさか…ハルヒに何か!? 「もしもし、俺だ!」 「こぉ…んの…!!バカキョンッ!!今どこで何やってんのよッ!!?」 「おわ!?」 …驚くのも無理ないだろう…?まさかの本人ですか。 「は、ハルヒ…?何の用だ??」 「はぁ!?まさか忘れたとは言わせないわよ!?今日は不思議探索の日でしょうが!!」 「…今何と言った?不思議探索だと!?なぜ今日するんだ??」 「あんたがそこまでバカだったとはね…今日は日曜でしょう!?」 …確かに今日は日曜日だ。なるほど、いつもこの曜日、 俺たちSOS団は町へと出かけ、不思議探索なるものをしている。…だが 「昨日あんなことがあったばかりだろう?それでも今日するのか??」 「あんなことって何よ??いい加減夢の世界から覚めたらどう!?」 …しまった。そういや、ハルヒはこの三日間のことは…覚えてないんだっけか?? 「とにかく!!今すぐ駅前に来ること!!いいわね!?」 「…ちょっと待ってくれ。今すぐだと!?いくらなんでも急すぎやしないか??」 「何言ってんのよ!?今日の3時に駅前に集合ってメールしたじゃない!!」 「そ、そうだったのか??」 「まさかあんた、今起きたとかいうんじゃないでしょうね…?失笑通り越して笑えないわよ…。」 「わかったわかった!!今すぐ行くから!!じゃあな!!」 電話を切る俺。 …マジだ。メールが来てやがる。って、今3時かよ!?こんなに寝てたのか俺!? …… 幸いだったのは、俺が着ているこの服が外出着だったってことか。 もちろん、いつもなら寝間着なんだがな…昨日が昨日なだけにそのまま寝ちまった。 とりあえず、これなら財布・カバン・自転車のカギを身につけ、上着を羽織りゃすぐにでも直行できる。 身支度を終え、部屋を飛び出す俺 「あ、キョン君!やっと起きたんだね!」 廊下にて、妹に見つかる。 「私がどれだけ叫んでも、キョン君ぐっすりだったんだよ? でも今日は休日だから!さすがにドシンドシンするのは勘弁してあげたの!」 ドシンドシンとは…寝ている俺めがけ、トランポリンのごとくヒップドロップをかます 妹特有非人道的残虐アクションのことである。もっとも、妹にその気はないらしいが… って、俺は妹の叫び声でも起きなかったのか。どんだけ熟睡してたんだ? 「ちょっと疲れててな…起きるのがすっかり遅くなっちまった。とりあえず、俺は今から出かけてくるぞ。」 「ええー?今からお出かけ?あ、わかった!SOS団の人たちと何かするんだね?」 「…お見通しってわけか。ああ、そうだぜ。」 「行ってらっしゃ~い。あ、でもキョン君今日まだ何も食べてないじゃない?大丈夫~?」 しまった。そういや今日…俺はまだ何も食べていない。あれ?デジャヴが? …あー、昨日もそうだったか。そのせいで俺たちは…あの後マックへと行ったわけだ。 だが、今回はそうもいくまい。なぜなら、不思議探索をやるこの日に限って…しかも昼3時までに 昼食をとっていないなどというのは、ハルヒ的に考えられないからだ…! まあ、別にいいか。食べてる時間などないし…。それに、昼飯なら探索時にどこかで適当なもん買って 食えばいいだけだろう…。外に出た俺は自転車に跨ると、すぐさま駅へと向かった。…全速力でな。 …… 駅前の駐輪場に自転車を置いた俺は、すぐさまハルヒたちのもとへと走るのであった。 ------------------------------------------------------------------------------ …ちょっと回想してみたが。ホント、昨日今日と忙しい日々だった…。 …… おお、ちょうどいいところに店が。 「ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」 「いいですよ。何か買うんですか?」 「ちょっと飯を…な。今日まだ何も食べてねえんだよ。」 「え、そうだったの!?それなら私、あんなこと言わなかったのに…。」 あんなこと…?ああ、あれか。 『でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。』 「いえいえ、いいんですよ朝比奈さん。古泉や朝比奈さんが何も頼まない横で俺一人だけ 何か食べるというのも…なんとも心苦しいですから。何より、二人が手持ち無沙汰でしょうしね。」 「別に私…そんなこと気にしませんよ?」 「ありがとうございます。でも、俺は飲食店に入ってまで大それた食事をとるつもりはないんですよ。 だから、軽い食事でOKなんです。」 「な、ならいいんですけど…。」 「では、我々はキョン君が食事をとり終わるまで暇を潰しておくとしましょう。 朝比奈さんは…何かコンビニで買うものはあったりしますか?」 「いえ…特にないですね。」 「なら、雑誌でも見ていきませんか?女性誌やファッション誌、漫画など… 未来から来た朝比奈さんには、この時代の雑誌はなかなか興味深いものと思われますよ。」 「!それもそうですね!面白そうです…!」 「というわけで…私たちは立ち読みでもしときますので、あなたはどうかごゆるりと。」 「すまんな古泉。」 とはいえ…あまりにマイペースすぎても2人に申し訳ないので、一応それなりのスピードで食させてもらうとする。 …… おにぎりと肉まんを買い、外に出た俺。 さて、食べるか…。 「ん?まさかこんなとこであんたと会うとは。」 「こんにちは。あ、それ肉まんですか?私はアンまんのほうが好きですね!」 …… いかん、うっかり手にしていたおにぎり&肉まんを落としそうになった。 「…どうしてお前らがここにいる…!?」 藤原と橘が、そこにいた。 「どうしてって…単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。」 「私も同じく!」 『単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。』 …こう言われては、俺もどうにも言い返せないではないか… なぜなら、コンビニに飯を買いに来ることはごく自然なことだからだ。当たり前だが。 「そうかよ…ならいいんだがな。それにしたって、俺は忘れたわけじゃねえぞ! よくも…朝比奈さんを血まみれにしてくれたな!?」 「ああ、あれか。あのことで僕たちに文句言われても困るんだがな。やったのは九曜だし。」 「もっとも、その九曜さんは今ここにはいませんけどね。」 「そういう問題じゃねえだろ!?九曜とか何とか関係ねえ、連帯責任だ!」 「うるさいやつだな…第一、九曜にそうさせたのはどこのどいつだ?」 「あれって言わば正当防衛みたいなものですからね。私たちが非難される所以はどこにも ありませんよ?誰かさんが家を爆破したりしなきゃ、こんなことにはならなかったんですから。」 …確かに、もとはと言えば、偽朝比奈さんに唆された俺が藤原一味を敵だと思い込んだことが 全ての発端か…そのせいで、長門や古泉は連中に対して先制攻撃に打って出ちまいやがった…。 「ま、どうせ異世界から来た朝比奈みくるにでも騙されてたってとこなんだろ?」 「……」 言い返せない。 「あらら、図星みたいですね。せっかく藤原君があなたに『朝比奈みくるには気を付けろ。』 って忠告したのにもかかわらずね。人の話はちゃんと聞かないとダメですよ?」 「?何のことだ?」 「え?藤原君が言ったの覚えてないんですか??」 …? 「それなんだがな、橘。実はそんときの記憶、こいつから消した。」 「ええーっ!?どうしてそんなことしちゃったんですか??」 「僕や九曜が暗躍してることを知られたらいろいろと面倒だろ?そう思って 消したんだよ。それにこいつ自身、結局僕の忠告に従わなかったしな。」 「そのときは従わなくても、途中で考えが変わったりしたかもしれないじゃないですか! 藤原君のせいで…キョン君が私たちを敵だと思い込んだようなものですよ…!? 結果として、私たちは朝比奈みくるを討てなかった!どうしてくれるんですか!?」 「おいおい落ちつけよ…いずれにしろ、目の前にいるこいつの働きのおかげで 世界は救われたんだから…結果オーライ。それでいいじゃないか。」 「そういう問題じゃないでしょ!?いつまでもそんなルーズな性格だと またいつか、同じようなミスをしちゃいますよ!?」 「わかったって…わかったから。すまんかった橘…」 「わかればいいんです。」 さっきからこの二人は… 一体何の話をしてるんだ??…俺にはわからない。 ただ、【怒る橘】と【それに頭を下げる藤原】との対比に驚愕したのは言うまでもない。 「そういうわけで、それじゃキョン君も仕方がないですよね。 今回は双方に落ち度があったと…そういうことにしておきます。」 どうやら、俺にも落ち度とやらがあったらしい。まあ…今となってはどうでもいいが。 「何はともあれ、昨日今日は本当にお疲れ様でした!キョン君。ほら、藤原君も言う!」 「…何で僕がこいつなんかに?今お前が言ったんだから、別にいいだろう。」 「よくないです!こんなときに意地張っちゃってどうするんですか!?だから藤原君は…」 「わかったわかった…言えばいいんだろ?…お疲れ様でした。」 「あ、ああ…。」 「さて、じゃあ私たちは買い物に行くとしましょうか。じゃあねキョン君!」 颯爽とコンビニの中へと入って行く橘と藤原。…まったく、嵐のような二人だったな。 何がどうだったのか…結局よくわからなかった。 …って、これはまずいんじゃないのか??もし…中で立ち読みしてる古泉と朝比奈さんが あの二人と鉢合わせでもしてしまえば…!!俺と違って事情を知らないだけに… 非常にややこしいことになるのは間違いない!!最悪の場合…喧嘩沙汰になるぞ!? …… 用事を済ませたのか、中から出てくる二人。 「それにしても、最近の藤原君はコンビニ食ばかりですよね…?気持ちはわかりますよ。作る手間が省ける分、 楽ですもんね。でも、それも程々にしておいたほうがいいかなーと。栄養が偏りますし。」 「何でお前なんかに心配されなきゃならない!?関係ないだろ!?」 「関係なくないです。また何か共同作業があったとき、体調でも崩されたらたまったもんじゃありませんから。」 「そういうお前はいいのか??自分だってコンビニで弁当買ってたじゃないか…。」 「私は た ま に だからいいんです。それに、私がコンビニを利用するときって たいていは雑誌やライブチケットの予約ですからね。今だってほら…予約してきました!」 「…EXILEのライブ…か。この時代の人間じゃない自分にはよくわからん…。」 「今すっごく人気のグループなんですよ!?一回藤原君も未来へ帰る前に聴いておくべきです。」 「はぁ…そうかよ。」 …… 「あれ?キョン君まだそこにいたんですか?」 「…何やってんだあんた?僕たちが中へ入ってから出て来るまでの間、 おにぎりの一つさえも食ってなかったのか?…呆れるな。」 「そうですね…肉まん冷えますよ?じゃあ、私たちはこれで。またねキョン君!」 「ふん、意味不明なやつ。よくあんたのような人間が世界を救えたもんだ。」 「何言ってんですか!?さっさと行きますよ??」 そう言い残し、去って行く藤原と橘。 …… 突っ込みたいことは山ほどあるんだが…今は自重するしかない。とりあえず外から中を眺めていたが… 結局、両者が互いに鉢合わせすることはなかった。運が良かったんだろうな…要因は2つ。 1つは古泉・朝比奈さんが立ち読みに夢中になっていた…ということ。 もう1つは藤原・橘の二人が雑誌コーナーに立ち寄らなかった…ということ。 この2つが掛け合わさり、見事に衝突は回避。めでたしめでたし…というわけだ。 …… いや、全然めでたしじゃない…無駄に時間をロスした分、一刻も早く食事に手をつけねばならない… 「食べ終わったようですね。」 「ああ…おかげ様で、ゆっくりと食べることができたぜ。」 「それはよかったです!私も私で、ゆっくりと雑誌を眺めることができました!」 「何を読んでたんですか?」 「ファッション誌をね。特に、可愛い衣服やアクセサリーなんかは… 見ててほしくなってきちゃいました!この時代の衣料品もなかなか興味深かったです…!」 「気に入ってもらえて嬉しいです。勧めた甲斐があったというものですよ。」 「そういう古泉は何を読んでたんだ?」 「芸能系の雑誌をちょっと。政治の裏金や特定企業・芸能事務所間の癒着及び秘密協定等… 普段なかなかお目にかかれない記事に白熱していた…といったところでしょうか?」 …なるほど。各々の性格を考慮すれば、二人が本に夢中になっていた…というのも頷ける。 「二人とも満足そうで何よりだぜ。」 「そうですね。…では、行くとしましょうか?」 図書館へ向け、再び俺たちは歩き出した。 …… …どうする?朝比奈さんに…あのことを聞いてみるか? 事態が落ち着いた今なら…もしかしたら答えてくれるかもしれん。 「朝比奈さん…ちょっといいですか?」 「?何でしょう?」 「長門から聞いたんですが、昨日朝比奈さんは…時間移動したそうですね?未来へと。」 「!」 「もし差し支えなければそのこと…教えてくれませんか?」 「……」 彼女は答えない。…やはり、何か触れてはいけないことを…俺は聞いてしまったのだろうか? 「あなたが答えないのは禁則事項のせい…というわけではないようですね。」 「…!」 古泉の言葉に…かすかではあるが動揺する朝比奈さん。 「もし禁則事項で話せないのであれば、すぐさまあなたは【禁則事項】という名の言葉を口から 発するはずですよ。未来人からすれば、それは永久不可侵に通じる絶対のルールであるはず。 現代の我々から言わせれば、ちょうど犯罪是非の境界線認識に近いものと言ったところでしょうか。 朝比奈さんのような実直誠実なお方がそれを破るとは考えにくい…だから、尚更言えるんです。 あなたが答えないのは…単に個人的な問題によるもの、とね。」 「……」 …… 操行してる間に、俺たちは図書館へと着いた。…とりあえず、3人で空いてるソファーに座る。 …空気が重い。 あんな質問、するべきじゃなかったのかもしれない…。俺は後悔の念に打ちひしがれていた。 事態が落ち着いた今なら…世界が救われた今なら答えてくれる…!そう安易に妄信していただけに… 「…話します。」 一瞬、空気が浄化されたような気がした。二度と口を利かない、 そんな雰囲気があっただけに…。彼女のこの一言に、俺は救われた。 「確かに、私はあのとき…未来へと帰っていました。それは事実です。」 …… 「…覚えてるかしら?二日前、私たちがファミレスに集まって話したことを。」 「?…はい。」 「私…あのときは本当にびっくりしちゃいました。涼宮さんの誕生が46億年前に遡ること、これまで幾つもの 世界が存在したということ、フォトオンベルトによりこれから世界が滅ぶこと…どれも信じがたい内容ばかりで、 正直長門さんから初めて聞かされたときは耳を疑いました…。そんなときであっても、 あたふたしてる私とは対照的に、古泉君は凄く冷静で…決して取り乱したりはしませんでした。」 「…朝比奈さん、それは違います。とても内心穏やかだったとは…言えませんね。 むしろ、発狂したいくらいでした。世界は近年になって構築された…この近年説が覆された。 僕を含む機関の面々がこれまで妄信してきた価値観が…根底からひっくり返された。 長門さんの話を【事実】として受け止めるには…あまりにハードルが高すぎましたよ。その証拠に、 キョン君は知ってるはずです。僕のあのときの…ファミレスでの説明はお世辞にも良いものとはいえなかった、 ということをね。当然です、僕自身混乱していたのですから。」 「…何を言ってるんだお前は??十分上手く説明してたように…俺には思えるぞ?」 「本当にそう思っていただいているのであれば、嬉しい限りですね。ですが、よく思い出せば わかるはずですよ。僕が…事あるごとに、しょっちゅう長門さんへ助けを求めていたことがね。」 「そりゃ、全体の説明量から言わせれば、長門の方が多かったかもしれんが…。」 「おわかりですか?朝比奈さん。あのときの僕は正常とはほぼかけ離れた状況にあった…ということが。」 「…古泉君の内心がそうだったとしても、それでも古泉君は…外面をちゃんと取り繕ってたじゃないですか! キョン君が今言ってたように私からしても、とても説明に不備があったようには思えませんでした…!」 ?朝比奈さんは…さっきから一体何を言おうとしてるんだ?今話してることが… 未来へと時間移動したこととどういう関係が?…それにしてもこんな会話、俺はどこかで聞いた気が…。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいたときだ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 ・ ・ ・ 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 ------------------------------------------------------------------------------ …… おそらく彼女は昨日、ハルヒの家で俺に話したことと…全く同じことを言いたいのかもしれない。 「朝比奈さん…まだそんなこと言ってるんですか??昨日も、俺は言ったじゃないですか!? 朝比奈さんがいたからこそ、長門や古泉の説明を最後まで粘って聞くことができたって!」 「そっか…キョン君にはこのこと昨日話したもんね。二度も似たようなこと言っちゃってゴメンね? そんなつもり私もはなかったんだけど…ただ、【未来へと時間移動した】理由を言うには 今の話はとても欠かせないものだったから…。」 「…そうだったんですね。いえ、自分は全然気にしてませんよ。どうか、話を続けてください。」 「…ありがとうキョン君。」 …… 「ここまで遠回しな言い方をしてしまったけど…つまりね、私はみんなの役に立ちたかったの…! 長門さんや古泉君のような…目に見えるような働きを…、私は果たしたかった! いつも私だけ何もしないのは…もう嫌だったから…!」 「……」 「未来へ時間移動…その行動の契機となったのは、ファミレスで…長門さんが言ってましたよね? 涼宮さんが倒れた今回の騒動には…未来人が関与してるんじゃないかってことを…。」 『あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。』 『…未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。』 …確かに長門はそう言っていた。 「だから私は思ったの。もし犯人が…私と同じ未来人であるのなら、私にはその犯人の情報を つかむ義務がある…と。SOS団で唯一時間跳躍ができる人間が私なんです… もしかしたら、みんなが知りえない情報を私なら…未来で手に入れられるかもしれない! そしたら、涼宮さんの役にも立てるかもしれない!そんな強い思いが…私に生まれたの。」 …… 「だから、朝比奈さんはその情報を得るため、未来へと時間移動したんですね…?」 「…はい、その通りです。」 …… 「でも…現実は非情だった。私は…いろんな人に話を聞いた。幾多の幹部の方にも話を伺った。 それでも…私が求める情報を、誰も教えてはくれなかった。まるで…みんな私に何かを 隠してるかのように…ふふっ、こんなふうに考えちゃいけないのにね。私って…ダメだね。」 …いや、朝比奈さんの今の考えは、おそらく当たってる。 なぜなら、犯人の名前そのものが…【朝比奈みくる】その人だったからだ…。 いくら別世界の住人とはいえ、彼女が【朝比奈みくる】なる人物と全くの同じ姿・形・名前をもつ 人間であることは事実…上層部の連中からすれば、これほど躊躇してしまう存在もなかったかもしれない。 ましてや、世界の存亡にかかわる…現代で言う国家最高機密に指定されていてもおかしくない情報を 彼女に話すことなど言語道断 このような認識が幹部たちの間で成立していたとしても、何らおかしくはない。 「でも、私はあきらめなかった。何度も何度も上層部の方とコンタクトを取ろうともしたし、 電話をかけたりもした…そして、ようやく上司からある情報を聞けたの…。」 上司…大人朝比奈さんのことだ。 「その情報っていうのがね…藤原君たちに任せておけば大丈夫、というものだったの…。」 「……」 言葉に詰まる俺。 …… 結果的に、ヤツらが【朝比奈みくる】の暗殺に向けて暗躍していたのは…事実だったからだ。 「最初聞いたときは、私には何のことだか訳がわからなかった…それもそうよね?キョン君たちからすれば、 彼らは敵なんだもの…そんな彼らがいくら世界を救うとはいえ、その過程でキョン君や涼宮さんたちを助ける だなんて…私にはにわかには思えなかった。…結局、私が未来でつかめた情報はこれだけ。だから、 私にはなんとしてもこの情報の真偽を確かめる必要があった…。藤原君がこの世界に来てるということを知って、 ただちにこの時間へと遡行したわ。そして、彼に連絡をとった…」 ……ッ ようやく話が繋がった。 『…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。』 『パーソナルネームで言うところの、藤原。』 …この長門の言葉はそういうことだったのか。 「でも…彼は私の質問に対して、まともな返答はしてくれなかった… 一応何度か連絡はとってみたんだけど…結局、私は何も情報を聞きださず仕舞いに終わった…。」 …… もしかしたら、藤原のヤツは朝比奈さんの【声】を警戒したのかもしれない。 標的である【朝比奈みくる】と全くの同一の声…彼女を相手にしなかったのはこのせいか…? 「…私がね、昨日涼宮さんの家で元気がなかったのも…さっきキョン君から時間移動のことについて 聞かれた際に沈んでいたのも…そのせいなんです!だって…そうでしょう…っ? 犯人が未来と関係あるっていうのなら…きっと未来で何かしらの情報がつかめると、そう思ってたのに! 今度こそ…みんなの役に立てると思ってたのに…。結局、時間跳躍した意味もなかった。 藤原君からも何も聞き出せなかった。私には…みんなと会わせる顔がなかったの…。」 彼女が涙声になっているのは言うまでもない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。 …… まさか、彼女にこんな事情があったなんて…思いもしなかった。 ハルヒや自分のことで精一杯だった俺には…彼女の苦しみなんて気付きようもなかった。 ------------------------------------------------------------------------------ 「キョ…キョン…!!みくるちゃんが…!!みくるちゃんがあ!!!!」 「しゃべるな!!お前だってケガしてんだろ!!?」 「違う…!!あたしはケガなんてしてない!!…みくるちゃんが…あたしを…あたしをかばって…!!!!」 …… え? じゃあ、ハルヒの服にべったり付いているこの血は何だ? …… 全部…朝比奈さんの血…… …!? 「う…ぅ、ぅぅ……!」 悲痛な様で喘ぐ…彼女の姿がそこにあった 「朝比奈さん!!!!しっかりしてください!!!!…朝比奈さん!!!!」 「ょ…ょかった…すず…涼宮さんがぁぶ、無事で…!」 「朝比奈さん!!?」 「わた…し…やくにた…てたかな…ぁ…ぁ…!」 理解した 彼女は秒単位という時間の中で自らハルヒの盾となった あのとき奴の一番そばにいた…彼女は ------------------------------------------------------------------------------ 尚更、あのときの彼女の心情がわかる。幾度と奔走した挙句、成果を上げられなかった彼女は… あのとき死す覚悟だった。そこまで彼女は追い詰められていた。 そうでもしないと、自分でも納得のいかない段階まで来てたってのか…!!? …っ!! 「朝比奈さん!すみませんでした…!!」 急に立ち上がり、何事かと思えば…彼女に向け、土下座をする古泉。 もちろん、ここは図書館。館内のあらゆる一般人の視線を…ヤツは浴びることになった。 「ど、どうしたんですか古泉君!?何で…何で私に土下座なんか…!?」 「僕は…正直に、あなたに包み隠さず話さなければならないことがあります…!」 「…??」 「僕は…あなたを、一時的ながらも…疑っていたんですよ…。あなたを、犯人だと!」 「っ!」 「この局面においての未来への時間移動、我々の敵であるはずの藤原氏への電話連絡、未来技術応用による 涼宮さんの卒倒等…いくつもの状況証拠により、あなたを… 一時的にでも犯人だと、僕は疑ってしまった! 朝比奈さんに…そんな重い事情があるとも知らずに僕は…ひどいことを考えてしまった!! 最低ですよ本当に…。深く、深くお詫び申し上げます…。」 「……」 …… 「古泉君…顔を…、顔を上げてください…。」 「朝比奈さん…?」 「…確かに、それを聞いたときはショックでした。でも!それを言うなら私にも非があります…! だって…考えてもみれば、世界がどうなるかもわからないこの局面で…みんなに何の相談もせず、 勝手に時間移動をしてしまった。状況的に疑われても仕方ないことを…私はしてしまいました。 だから、責められるべきは迂闊で軽率な行動をしてしまった…私にあります。古泉君は…涼宮さんのことを、 みんなのことを一生懸命考えてた…!だから、一つでもあらゆる不安要素は潰しておきたかった! 仲間想いの優しい副団長さんだと…私はそう思いますよ…?」 「…許して…くれるんですか?」 「許すも何も…当たり前じゃないですか!私のほうこそ…ゴメンね。」 「朝比奈さん…!ありがとうございます…っ! …そうだ、朝比奈さん。」 「な、何でしょう??」 「僕はですね…その点においては、彼を…キョン君のことを尊敬しているのですよ。」 「お…俺…??」 急に自分の名前を出され、驚く俺。 「彼はですね…僕と長門さんが朝比奈さんの…、一連の状況証拠を並べている時に際してまでも 朝比奈さんの無実を訴えて止まなかった。朝比奈さんが無実だと…信じて止まなかった。それどころか、 そんな問題提起をする僕や長門さんに対して逆上しそうになったくらいでした。…それだけ彼は仲間のことを 心底信じていたというわけですね。ここまで純粋で素朴な人間は…なかなかいないでしょう。」 「キョン君が…私のためにそこまで…?!ありがとう…キョン君…。」 「ま、待ってください朝比奈さん!そんなこと言われる所以、自分にはありません… むしろ、謝りたいくらいなんですから…。もっと早く、もっと早く朝比奈さんのそういう事情に気付いていれば… 朝比奈さんがここまで精神的に追い詰められることもなかったかもしれない…。だから 謝ります、朝比奈さん。」 「……」 …… 「どうしてキョン君にしても古泉君にしても…みんなここまで謙虚なんですかね…? もうちょっと自分を持ち上げたっていいのに…。ふふっ、なんかおかしくなってきちゃいました♪」 「確かに…ちょっとおかしな状況かもしれませんね。僕も自然と笑いが…。」 「古泉よ、どうおかしいのか?お前の得意分野、解説でぜひ説明してくれ。」 「いやぁ…さすがに、こればかりは僕にも解説不能です。」 俺たちは笑いに包まれた。…さっきまでの重い雰囲気は、一体どこにいったんだろうか。 …… 良い仲間に恵まれて、本当に自分は幸せだな…。出過ぎたマネかもしれんが、 おそらく他の2人も似たようなことを考えてるのではないかと…。俺は強くそう感じていた。 いつまでも、こんな時間が続けばいいなと思った。 いや…どうも、そういう問題ではないらしい。さっきから周りの視線が…痛い。 どういうことなんだろうな?俺たちは、すっかり忘却してしまっていた…っ! 【ここは図書館だ。】 何でかい声で笑ってんだ…迷惑にも程があるだろう…? そういうわけで、俺たちは図書館を後にしたのさ。
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今日もハルヒの声が聞こえる。 「風邪を引くなんて、気合いが足りないのよっ!」 おいおい、その台詞は医者の言う台詞じゃないぞ、ハルヒ。 「その程度の風邪で薬なんか要らないわっ!気合いで寝て治しなさい!」 もう少し、優しく言った方がいいんじゃないか? 「今の段階では、安静にして養生するのが一番です」って感じで。 「まあまあ、ああいう話し方こそ涼宮さんらしくていいんじゃないでしょうか?」 お前はいつまでハルヒの太鼓持ちをするつもりか? 俺が言っているのは「ハルヒらしさ」の問題じゃなくて、「医者らしさ」の問題だぞ? 「ははは、でも、あなたも随分医者らしくない感じですよ?」 確かにな。「キョン先生」はないだろう。院内放送でもそう呼ばれたぞ。いつまでこのあだ名がついて回ることやら。やれやれ。 説明しよう。 高校時代、ハルヒの特訓のおかげで成績を持ちなおすどころか、大飛躍させた俺は、何を考えたのか近くの医大になんか受かってしまった。なぜかハルヒも一緒だがな。 だが、一年先に卒業した、麗しのマイ・スウィートエンジェル・朝比奈さんは何故か看護学校に行っていた。 打ち合わせ不足が原因だろう。なにより、俺の成績が医学部に行けるほど上がるとは、俺自身も思わなかったしな。 朝比奈さんに「ひどいですぅ、、なんで教えてくれなかったんですかぁ?」と涙目で言われたときには、何とも言いようがなかったな。 で、朝比奈さんの方が先に卒業して看護婦として就職したわけだが、就職先が例の機関の病院とはな。古泉が手を回したのか。 俺たちもなにやらかにやらやらかしながら、どうにか医大を卒業し、医者になったわけだが、研修医としてつとめたのが、機関の病院だぜ?そのときのあいつの台詞を思い出すな。 「そちらの方が何かといいのではないですか? 我々にとっては涼宮さんの監視には非常に都合がいいわけですし、なにより、あなた自身が涼宮さんと.....」 これ以上言うな。大体お前の言いそうなことは想像できる。 と言うわけで、冒頭の台詞に戻るわけだ。 ちなみにハルヒも俺も長門も古泉も内科だ。ここまで合わせなくてもいいだろうとは思うがな。 ああ、言っておこう。朝比奈さんはハルヒの診察室付きだ。あのコンビで良く診療が出来るものだ。いや、心配なのは朝比奈さんのことじゃないぞ。ハルヒの方だ。 まあ、どじっこナースな朝比奈さんが今まで医療ミスを起こさずに来れたのも奇跡としか思えないがな。さて、ハルヒ大先生の診察室でも覗いてみるか。 「あ、キョン!丁度いいところに来たわ!」 ハルヒよ、 いいところ とはどういうことだ? 「ねえ、この病院の白衣ってイマイチじゃない!これじゃ、みくるちゃんの魅力も半減よ!?」 そんなこと言ってもしょうがないじゃないか。それが制服ってもんだろう。 「この馬鹿キョン! それだからあなたは医者になっても雑用係のままなのよ! いい?制服やルールって物は、都合が悪くなったら、変えてしまえばいいのよっ!」 で、もう一度聞こう。 いいところ ってなんだ? 「で、みくるちゃんのために新しいナース服を用意したのよ。キョン、よーく見なさいっ! みくるちゃん、入っていいわよ!」 「は、はーい.....」 正直、たまりません。 「ちょっとキョン!何いやらしい目で見てるのよ!」 やれやれ。おまえは見ろと言ってるのか見るなと言ってるのか、どっちなんだ? それより不思議なのはあの寡黙な長門さえも外来を担当していると言うことだ。何故か患者がすぐに良くなると言うのですごく人気だ。 医者としての知識は確かに長門が最優秀だ。しかし、あの宇宙的パワーで情報改変をしているのではないだろうか? ちょっと診察室を覗いてみようか。おや、診察中のようだ。 「胃の調子が悪いのですが...」 「あなたは胃癌。」 おい、長門!いきなり診断をつけるな!普通は胃カメラやらレントゲンやらで見つける物だぞ! 「......大丈夫。生体情報をスキャン。胃に早期の腫瘍を発見した。胃カメラを使わなくても分かる。」 いや、でも、検査をせずにいきなり病名を告げられるのはどうかと思うぞ? 「......そう。」 で、治療はどうするんだ。外科に頼んで手術の手配をしないとな。 「必要ない。腫瘍の情報結合を解除した。もう治っている。」 で、このぽかーんとした顔をしている患者をどうするんだ? 「記憶を修正。胃炎の薬を処方して帰ってもらう。」 やれやれ。宇宙的パワー全開だ。 古泉の野郎はあの0円スマイルでずいぶんと患者に人気がある。まあ、病院に来るのは年寄りばかりだから、婆さんに人気があると言ってもいいだろう。 「そういうあなたこそ優しくて人気があるのですよ?みなさん、慕ってくれているじゃないですか。」 うるさい。顔を近づけるな。そもそも慕ってくれていたって、俺の本名を知ってる患者は1割もいないんじゃないか? ピンポーン「内科のキョン先生、内科のキョン先生、病棟にご連絡ください」 やれやれ。仕方がない、仕事に戻るか。 ---end. 続かない。
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 涼宮ハルヒの誰時 「ご、ごめんね?」 手を振り払ったのは俺なのに、何故か慌てて謝ったのは朝倉の方だった。 「こんな大変な時なのに、変な事言ってごめんなさい」 そう言って立ち上がった朝倉は、そのまま逃げるように隣の部屋へいってしまった。 見間違いでなければ、朝倉の顔は真っ赤だった様な気がするんだが……まあ気のせいだろう。なんだか一気に疲れた気がする、というよりも疲れてるのに 無理やり動いてただけなんだろうな、実際。このままここに居たら、本当に泊めてもらう事になりかねん。 朝倉。 呼びかけてみるが返事はない、だがそんなに広い部屋でもないんだから聞こえていないって事はないはずだ。 今日は帰る、また話を聞かせてくれ。 俺はしばらく待ったが朝倉からの返事はなかった。 なんなんだろうな? これは。 でもまあ朝倉は聞いているんだろうなと思い、俺はそのまま部屋を出て行った。 朝帰り、ではないが深夜の帰宅に何故か起きていた母親にきっちりと叱られ、翌日起きたのは頑張ればぎりぎり間に合いそうもない……まあどう考えても 遅刻する時間だったのはこの際どうでもいいね。 家を出て早々に1時間目を諦めた俺は、休み時間に学校に着くようにわざと遠回りをして歩いていた。これで2時間目にも間に合わなかったら洒落にも ならないのだが、ぶっちゃけどうでもいい。なんて、言えればいいのにな。 ハルヒが居なくても、SOS団が存在しなくても現実って奴は知ったこっちゃないらしく、時計の針は一定の間隔でしか進まないし明けない夜も無いらしい。 過ぎていく時間が憎いのに、それに対抗する手段なんぞ持ち合わせちゃいない俺は……そうだな、どうすればいいのか知ってる奴が居たら教えてくれ。 遠回りするはずだった足はいつの間にか見慣れた坂道に進んでいるし、だからといって俺も方向転換する事も無い。遠くに見えていた学校は少しずつだが 大きくなっていって、俺は小さくため息をついた。 正直に言おう、大きく息を吸うだけの元気もなかったのさ。 ふと振り向いた先には誰の姿も無く、俺は諦めたように校舎の中へ入っていった。 「おいキョン! 今日ばかりはお前の不運を嘆いてやるぜ」 図書室で時間を潰した俺が休み時間を狙って教室に入った所を、無駄にテンションが高い谷口が迫ってきた。ああ、テンションが高いのはいつもだったっけな。 ええい、暑っ苦しい。と突っぱねるだけの元気も出てこない。 ああ、そうかい。お気づかいありがとうよ。 そう言って俺は自分の席へと向かうのだが、どうあっても谷口は俺にかまいたいらしい。俺の進む道をわざわざ両手を広げて遮ってやがる。 「おいおい、ちょっと待てって? お前どこに座るつもりだ?」 自分の席だ。 それ以外にどこがあるってんだ?床か? 「お前の席はそこじゃないだろ。間違って座るとクラスの男子、全員から袋にされるだろうから親切で言ってやってるんだぜ?」 お前は何を言ってるんだ?俺の席は窓際の列で一番後ろだろう。 俺の返答に谷口はにやにやと笑いながら指を振っている。 いったい何が言いたいんだお前は? 「キョーン、そこはもうお前の席じゃないんだ。よく見ろ?お前の席はその一つ前だぞ」 なんだって? 確かに言われてみれば、一番後ろの席は俺の記憶の中の机より若干新しい様な気がする。 違う、そうじゃない。俺の席の後ろにあったはずの空間に、机が一つ増えてるんだ。 「いいかよーく聞け。今朝このクラスに転校生がきたんだよ。しかもだ、驚くなよ~?そいつはな、お前も知って 朝倉だろ。 長くなりそうだったので途中で割り込んでやった。 「はぁ?なんだよ、知ってたのか」 急に白けた顔で谷口が軽く両手をあげてみせる。 ここまでくれば分からないはずもないさ、昨日転校してくるって聞かされたばかりだしな。 「あ、おはようキョン君」 背後から聞こえた声に、俺はのんびりと振り向いた。 ああ、やっぱり朝倉なのか。 隠すまでもない小さなため息がこぼれる。実は少しだけ転校してきたのはハルヒじゃないのかと俺は期待していた、でもハルヒならこんなに谷口が騒ぐ事も ないんだとわかってもいた。 人当たりのいい笑顔を浮かべた朝倉は、まっすぐに俺の元へと歩いてくる。 ってそうか、俺が居たら席に座れないんだな。 谷口を押しのけて自分の席についた俺だが、何故か俺の視界には朝倉が入ったままだった。 「今朝は心配しちゃった。もしかして、学校に来てくれないのかと思っちゃったじゃない」 俺の机の横にしゃがんだ朝倉は、俺のネクタイ辺りを見つめている。 どうしてそう思うんだ? 「そりゃあ昨日は肉体労働させちゃったし、もしかしたら私と顔を合わせずらいのかなって思って」 「おいキョン! お前いったい朝倉さんに何をしたんだ?」 テンションの上下が激しい奴だな、血管に負担がかかるぞ。 昨日、朝倉の引越しの手伝いを頼まれたんだよ。ただそれだけだ。 ある意味間違っていないな、昨日は朝倉の荷物運びで殆ど終ってハルヒ達の手がかりは結局見つからなかったんだから。 「なんだよキョン、そーゆー時は俺を呼んでくれって! 朝倉さん、今後何か御用があれば是非俺に任せてください!」 次からはそうさせてもらう。 正直、こっちは馴れない力仕事に体中筋肉痛なんだ。 「ありがとう。よろしくね」 その言葉だけで満足だったのだろう、谷口はふわふわとした足取りで去って行った。 「あまり話した事はなかったんだけど、谷口君って面白い人ね」 そういえば、朝倉がクラスの男子に話しかけているのは見たことがなかったな。 あーゆーのが好みなのか。 「私の好みが気になるの?」 いや、聞いてみただけだ。 でもまあ、朝倉だったら谷口を大人しくさせる事もできるのかもしれない。 「私のタイプは落ち着いてて優しい人よ。谷口君はいい人だと思うけどちょっと違うかな」 俺の視線の先で、国木田相手に騒いでいる谷口に哀悼の意を表してやろう。残念だったな谷口、朝倉はお前とはかなり違うタイプをお好みだそうだ。 どちらかと言えば国木田みたいな奴がいいらしいぞ。 「ねえ、やっぱり私は貴方の事キョン君って呼んじゃだめかな」 さっきも呼んでなかったか?と、言いかけて俺は口を閉ざす。 何故なら朝倉はいつもの笑顔で頼みこむ様な雰囲気ではなく、真剣な顔で俺を見ていたからだ。 いやに呼び方にこだわるんだな。 とも言いにくい雰囲気の中、授業を始めるチャイムが鳴りだす。その音に救われる様に俺は席を正して教科書を取り出したのだが、朝倉はどうやら返事を 聞くまで動かないつもりの様で席に戻ろうとしない。 チャイムが終わりそうになった所で俺は負けた。 好きにしろよ。 笑顔になってようやく自分の席に戻る朝倉。 そして授業が始まり、遅刻してきた俺は教師の教科書を頭部で受け止める事となった。 すんません。 さて、学校はこれでもかと言うほどに何事もなく至って平和そのものだった。 そりゃあそうだ、人間台風とでも評すればいいようなあのハルヒが居ないんだからな。 長門の世界の時と違って、古泉のクラスは残っていたがあの営業スマイルは見つけられない。 一応クラスの名簿も見せてもらったのだが、やはりというかそこにあいつの名前は見つけられない。鶴屋さんはただの上級生という事になっているのか、 廊下ですれ違った時もなんの反応もなかった。あいかわらず妙に元気な人だったのが、救いだった気がする。 もしかして、クラスが違っているだけで実は学校のどこかに居るのでは? そう考えた俺は、部活の関係で生徒名簿が見たいという俺の適当な言い訳で岡部を説得してみた所、びっくりするほどあっさり閲覧を許可された。いいのか? 俺が知っている名前がないか調べている最中、何か後ろで「お前もいよいよハンドボール」とか言ってた気がするが、まあ気のせいだろう。朝比奈さんも 長門も古泉もこの学校には存在しない、それが確認できた時にはすでに夕方になっていた。 さて、今日はどうしようか? ここ最近まともに寝てないんだし、今日くらいはこのまま家に帰るのもいいかもしれん。 「あ、こんな所に居た」 職員室から出てきた所で、朝倉がやってきた。 もう放課後と言うのもどうかと思う時間だぞ?何してるんだ。 すでに日は落ちていて、安普請な廊下は冷え切っている。朝倉は学校指定のカーディガンを羽織っているが、それでも寒そうだった。つまり俺も寒い。 「キョン君には言われたくないな」 不機嫌そうな朝倉の意見は最もだ。 で、なんでお前は学校に残ってたんだ? これだけ暗くなっているのに一人帰すのもどうかと思って――というか朝倉ははじめからそうするつもりだったらしく――俺達は一緒に下校している。 「キョン君を部室で待ってたの。で、あまりにも遅いからもう帰ろうと思ったら靴箱にまだ靴があったから探してたのよ」 それは、なんていうかすまん。 俺が文芸部に行かなかったのは、無人の部室を見るだけの気力がなかったからだった。正直、しばらくは行ける気がしないぜ。 「ねえ。調子悪そうに見えるけど大丈夫?」 左後ろから覗き込んでくる朝倉の顔は本当に心配そうで、俺は適当な言い訳も思いつかなかったのもあって大人しく頷いた。 ここ何日かハードだったからな、今日はもう早く寝る事にするよ。 「無理しないでね?私に出来ることがあったら手伝うから」 それはハルヒ関係の事を言ってるんだろう、しかし今の朝倉に手伝ってもらいたい事か。 俺が想像する手助けってのは、いわゆる超常的な力でみんなを取り戻すって事だったんだが、ただの人間になった朝倉にはそんな事を頼める訳もない。でも、 だからと言って今回の事に朝倉に責任がない事くらいわかってる。なんせ日本にすら居なかったんだもんな。だから俺は何も言わないままでいた。 「ごめんね」 え? いつの間にか止まっていたのだろう、朝倉の声はやけに後ろから聞こえてきた。振り向いてみれば、少し後ろで辛そうな顔で立っている朝倉が見える。 「私がもっと早く帰ってきてたら、もしかしたら事態は変わってたかもしれないのに。手助けするなんて言っても、ただの人間じゃ力になんてなれないよね」 何言ってるんだか――一度は長門に消されてしまったお前が、自分の危険も顧みずわざわざここまで来てくれただけで感謝してるよ――溜息一つついてから、 俺は坂道を戻って行った。 目の前に来ても、朝倉は動かないでいる。俺は俯いたまま固まっている朝倉の頭に手を乗せ、そっと撫でてやった。 朝倉、お前には助けられてるよ。事情を知ってる人が誰一人居なくて相談もできない状況に、正直ギブアップ寸前だったんだ。 「キョン君」 でも、ハルヒに関わる事で相談されるのが迷惑なら言ってくれ、お前にまで迷惑をかけられないからな。 お前にとっては、忘れたい事なのかもしれないし。 「迷惑だなんて思わないで。それに、私だって自分の事を知ってる人が残っててくれて……嬉しかったんだよ?」 潤んだ目で見つめる、掛け値なしの笑顔がそこにあった。 その時、俺が感じたのは仲間ができたという安心感だったのか、それ以外の感情だったのか。 自分ではわからなかった。 「ここがそうなのね」 ああ。 次の休日、俺と朝倉はあの市立図書館へ来ていた。 学校の中は平日の間に殆ど調べて終えてしまっている、いよいよもって手詰まり感は否めない。だが長門と一緒に来たこの図書館なら、もしかして何か 手掛かりが残っているのではないか? そう考えたのだが、静かなはずの図書館は人気は少ないものの何故か騒がしかった。 「ごめん、もっと地味な格好がよかったね」 気にするなって。図書館だって言わなかった俺が悪いんだ。 朝倉には先日、次の休みに市立図書館に行くんだが一緒にくるか?と聞いたのだが、どうやら朝倉はそれをデートだととったらしい。今日の朝倉は 図書館には不釣り合いな派手目の服装で――それは似合っていると俺は思うんだが――やはり人目を引いてしまっていた。そそくさと建物の奥へと進み、 長門が足に根が生えるほど読書に勤しんでいた本棚の付近へと移動する。 流石長門だな、目的の場所の周りにはまるで人気がない。 並べられた本のどれもが数回、下手をすれば一度も開かれていないのではないかと思うような場所で……。 「どこから探そうか?」 そうだな、どうしような。 ある意味まっ平らな壁を相手にしているような気分だ、どこから手をつければいいのか全くわからない。 それでもせっかく来たのだからと、俺達は手当たり次第に分厚い本を机に移動しては中身をさっと確認するという作業に取りかかった。 運ぶのは俺で、調べるのは朝倉。適材適所って奴だよな。 「これだけあると全部は調べられないから、今回はキョン君の感で選んでみて」 なるほど、確かにその方がまだ可能性がある気がする。 俺はさっそく、目の前にあった分厚く引き抜くのも苦労する様な本を一冊取り出した。確かこれは長門が読んでいた本だと思ったんだが……おい、 2キロはあるだろこれ。しかも12巻まであるのかい、そうかい。 そうして数時間が過ぎても、俺の手が挙がるのを拒否しだした以外にはやはりというかなんの進展もなかった。 朝倉も時々目元を押さえたりしている、休憩しながらだがお互い限界みたいだな。長門がこの図書館に来たのはずいぶん前の事だろうし、その時すでに ヒントや仕込みを終えているってのも無理があったと今更ながら思う。気づくのが遅すぎたとも思う。 こんな所で悪いな。 「え、何が?」 休日にこれだけ付き合わせておいて、ファミレスじゃ合わないだろ。 とは言っても俺の小遣いじゃここが限度だったりもするんだけどな。図書館での探索を諦めた俺達は、SOS団で集まる時に使っていたファミレスへきていた。 すでに夕方を過ぎていて、店内は大勢の客で賑わっている。 「気にしないでよ。それに、ここは割り勘でいいよ」 それは助かるが、そうもいかないさ。 いくら俺でもあの重労働に対価無しってのはあんまりだと思うぜ。 「どうして? レディーファーストとかかな?」 そんな概念は、古泉でもなければ似合わない。 俺が言っても寒がられるだけだ。 「私は好きでキョン君に付き合ってきたんだから、そんなに気を使わないでいいよ」 言いきる口調からして、どうやら朝倉は譲る気はないようだ。 ハルヒによる罰金刑対策で財布の中身に多少は余裕があったんだが、ここは大人しく好意に甘えておくとしよう。 翌週、今更なのだがテストが返ってきた。 そういえばそんな事もあったんだな、っていうかそれも無かった事になってればいいのによ。などと脳内で不満を言っている間にも、教室の中は少しの歓声と 明らかにそれよりも多くの悲鳴で溢れかえっていった。 さて、俺の結果なのだが。 予想よりは高いようで平均には到底及ばないこの成績に対し、俺は我ながらどう取ればいいのかわからない溜息をついた。 「キョンはどうだった?」 さっそく戻ってきた答案を片手に国木田がやってきた、後ろを見れば谷口も居るがどうやら今回は深刻に酷い内容だったらしく燃え尽きた顔をしている。 どうもこうもない。 隠しても仕方ないので俺は国木田に答案を渡してやった。 「う~ん。キョンは文系は多少いいけど、全体的にかなり弱いみたいだね」 完璧な戦力外通知をありがとうよ。 とはいえ、勉強も本気でなんとかしないとまずいって事だけはわかってるんだがな。お前はどうだったんだ?なんて聞くまでもない。国木田は俺や 谷口なんかと付き合ってはいるが、明らかに進学組だったりするんだ。 「私も見ていいかな?」 聞きながら早くも、国木田から答案用紙を受け取った朝倉がこちらを見ている。国木田も俺が答える前に渡すなよ。 好きにしてくれ。 俺の返事を聞いて、さっそく答案に目を落とした朝倉の顔から一瞬笑顔が消えたのを、俺は見逃せなかった。 こんちくしょー。 「ねえ、今日は一緒に文芸部の部室でお昼食べない?」 昼休みを間近に控えた授業中、後ろから朝倉のそんな声が聞こえてきた。 別に断る理由もない。 俺は前を見たまま肯いておいた。 都合よくチャイムが鳴り、購買へ向かう生徒や弁当を広げたりと一気に騒がしくなる教室を朝倉は一人通り抜けて行く。このままここに居ると谷口あたりに 捕まりそうだな。普段ならそれもいいが、まさか朝倉と先約があるとは言えないし他に誘いを断る理由が見つかりそうもない。俺は弁当を取り出すと、教室を 出てのんびりと部室棟へ足を向けた。 が。 「キョン?」 口にコロッケバーガーを入れたまま、器用に谷口が俺の名前を呼んでみせる。谷口だけではない。意外な事に、文芸部に居たのは朝倉と谷口と国木田の三人 だった。驚いた二人の顔と、俺にしか見えないように小さく舌を出して謝る朝倉の顔。 おいおい、どうなってるんだ? 「で、何でお前がここに来たんだ?」 弁当を広げた俺に対して、谷口は穏やかな表情の下に確かな敵意をもって問い詰めてくる。 国木田はそもそもどうでもいいらしく、もそもそとサラダを口に運んでいるし、朝倉も何食わぬ顔で弁当の中身をちまちまと食べていた。 まあ、そのなんだ。 何故この辺鄙な文芸部で、しかも朝倉と、さらに隠れるようにして弁当を食べようとしていたのか。正直俺にもよくわかってないんだが、どうやらここで 朝倉に振るという選択肢は無いらしい。 「俺達は中庭で弁当広げてた時に偶然朝倉さんが通りかかったから、せっかくだからとご一緒してる所だ。言っておくがキョン、返答しだいではクラスの男子 全員を敵に回す事になるからな?」 安心しろ、それはない。 適当な言い訳を考えてみた所、今日はちょうどいいネタがあった事を思い出した。やっぱりちゃんと睡眠は取るべきだな。 俺は弁当の包みを開きながら、かなり本気で睨んでいる谷口に言い訳を披露した。 今朝のテストの結果が悪かったから、朝倉に勉強を教えてもらう事になってたんだよ。で、だ。俺のレベルを周りの奴らに知られると 恥ずかしいだろうからって朝倉がここならどうかって提案してくれたのさ。 「お前が勉強だと?勉強道具も持たないでか?」 ええい、いい所を突くじゃないか。 ヒアリングが全滅だったから英語の勉強だったんだよ。昼休みに教科書なんて読んでたら気が滅入るだろ?それに朝倉は外国暮らしの経験があるから 下手な教師より勉強になると思ってな。 む、これはちょっと苦しかったかもしれない。 嘘つけ。と言われそうな気もしたんだが、どうやら今回のテストに関しては流石の谷口も思い当たる所があったんだろう。 めずらしく真面目な顔になって、口を閉ざしちまいやがった。 「私に教えられる事はそんなに無いと思うけど、どうせなら二人で勉強した方がいいかなって思って」 朝倉の助け舟で一応は納得したのか、谷口は大人しくコロッケバーガーの処理に戻っていく。やれやれだ。 「朝倉さんは今回の結果良かったの?」 「私は転入が間に合わなかったから、今回のテストは受けてないの」 「あ、そうだったね。今回の問題は殆ど期末の範囲とだぶってたんだけど、少し変わった所からの出題があってさ……」 とはいえ元々成績上位の朝倉だけあって、国木田とのテストの難問についての会話に俺は参加資格すら無い事だけはわかった。 谷口も同じらしい、もそもそとつまらなそうな顔で二つ目のパンに手を出している。 やれやれ、俺は何しにここへ来たんだろうな? 優等生同士の会話を綺麗に聞き流しながら、弁当を胃に押し込む作業は緩慢と進んで昼休みももう残り少なくなった頃。 「ねえキョン。そうしなよ」 突然国木田に名前を呼ばれた時、俺が見たのは朝倉と国木田の妙な笑顔だった。 「無理にとは言わないけど、手助けくらいならしてあげられると思うの」 まて、聞いてなかった。何の話なんだ? 手伝いって何の事だ? 「だからさ、朝倉さんが勉強を見てくれるって言うなら今日だけじゃなく、何日か続けて教えて貰った方がキョンの為になると思うんだ」 なるほど、勘弁してくれ。 しかし、国木田の口調からして善意から言ってくれてるらしく断りにくい空気だ。 朝倉の笑顔にも「どうしよっか?」と聞きたげな感じが混ざっている。まあいい、今だけうんと言っておけばいい話だろ?二人で勉強するだけなら、朝倉が 口裏合わせさえしてくれれば問題ないだろうし。 わかったよ。朝倉、すまないがよろしく頼む。 俺は多少芝居がかって軽く頭を下げて見せた。 「任せて?じゃあ谷口君も早速今日の放課後からでいい?」 「はい!」 え、なんだって?なんでここで谷口が返事してるんだ? よく見ればレベルの違いに落ち込んでいたはずの谷口も、いつのまにか無駄に――本当に無駄だ――スマイル全開になってやがる。 「頑張ろうね。キョンはやればできるようになると思うんだ」 おい国木田、なんでそんなに自信ありげに頷いてるんだよ。しかもお前まで来るのか? えー、俺の知らない所でどうやら何かが決まったようだ。 元気になっている谷口、終始笑顔の国木田。そして僅かに困り顔の朝倉と……俺はどんな顔をしてたんだろうな。 つまりは、これからしばらくの間4人であの部室に集まって勉強会をする事になったってことか。 「うん。……どうしようね?」 結局、言い訳に使った英語の勉強などする時間もなく昼休みは終わり、俺達は教室に戻って来ていた。 国木田の事だ、面倒くさがりの俺は明日からにすしたら来ないってわかってて今日からにしたんだろう。今更断るのもどうかと思うし、仕方ない。腹を くくろう。 今日はとりあえず俺も顔を出すけど、何日かしたら俺は抜ける事にするさ。 正直、今は勉強するって感じじゃない。 何故だろう、俺の返事を聞いた朝倉はどこか寂しそうな顔をしている。 「……私は、どうしたらいいかな」 どうしたらって、そりゃあ。 返事に迷った俺を救うかのようにチャイムが鳴り、俺は仕方なさそうに前を向いた。視界の中で、最後まで寂しそうな顔をしていた朝倉の事が気になって というかまあいつも通りに、教師の言葉はまるで頭に入ってくることはなかったよ。 「今日はとりあえず二人の現状を確認しようと思うんだ。はい、これ」 不思議なほど笑顔の国木田に渡されたのは、ノート一面に手書きで書かれたテスト用紙だった。ちなみに1枚じゃないぞ? A4のノート両面の問題が なんと3枚もだ。 おい国木田、こんなもんいつの間に準備したんだ? 「5時間目の授業中に書いてさっきコピーしてきたんだよ。内容は北高校の受験内容と同じレベルだから安心して」 さらりと言い切る国木田はどうやら本気らしい。ちなみに隣に座る谷口は「こんなに難しかったか?」と呟きながら早くも苦い顔になっている。 「じゃあ時間は30分、終わったらすぐに採点するから帰らないでね。はじめ!」 不平不満が出る前にさっさと開始する訳か、岡部なんかよりよっぽど手馴れたもんだ。国木田、お前教師になったらいいと思うぞ。 という訳で、俺は今答案用紙相手に久しぶりに本気で取り組んでいる。流石に受験レベルとなれば、そこそこの点数が取れないと学校に来ている意味が 問われるもんな。 朝倉と国木田は、必死な俺と谷口の様子を真面目な顔で見ている。 何見てるんだ、なんて言うだけの余裕もないまま時間は過ぎていき――。 「はい終わり、すぐに採点するから待ってて」 答案用紙は国木田の手に渡って行った。 やれやれ、こんなに真面目にテストに取り組んだのはいつ以来だろうな? 「キョン、お前どうだった」 力無い口調で谷口が聞いてくる、聞くまでもないだろう。良い訳がない。 なんせSOS団に入ってからというもの、家でまともに勉強した事なんてなかった俺だ。結果が良かったらむしろおかしい。しかし谷口は俺以上に答案を 埋められなかったのか――唸り声ばっかりで殆ど書いてる音がしてなかったもんな――すでに燃え尽きた表情をしていた。 「ここはおしかったよね」 「うん。基本はできてるんだから応用部分さえ押さえればすぐに理解できるはずね」 「数学は思ってたより厳しい結果だけど、これはどうしようか」 「そうね……。この公式の段階で間違ってるんだから、そこから覚えなおすとしたらちょっと大変かも」 どっちのテストについて話してるんだ?と聞くのは正直怖かった。 学年や、クラスの中で自分の順位が良いとか悪いなんて事は正直どうでもいいが、同じレベルだと思ってた谷口と比べられると正直きついぞ。 嫌に長く感じられた採点時間だったが、時計を見てみればまだ10分も経っていない。 「じゃあ答案を返すね、間違ってた所は解説を入れておいたから必ずやり直してみて。わからなかったら僕か朝倉さんに聞いていいから」 俺の元に帰って来た答案は……やれやれ、想像以上だ。 もちろん、悪い方にな。 「明日までに二人の苦手分野の問題集をまた作ってくるよ。二人ともちゃんと来てね?」 「なあキョン。お前、朝倉さんとどうなんだよ」 帰り道、優等生二人の後ろを歩いていた俺に谷口は疲れた顔で聞いてきたんだが。 どうって、何がだ。 今のところ、生命の危機には瀕してないぞ。 「そりゃあ……まあキョンだし、気にしなくてもいいか。俺的美的ランキングAAランク+の朝倉さんが、お前でなんとかなる訳がないもんな」 そうかい。 しかしまあ、美的ランキングなんてずいぶん懐かしい事を言うじゃないか――思わず色々思い出しちまったよ。 的外れな事を言ってる谷口はいいとして、朝倉はと言えば国木田と何やら難しそうな話題で盛り上がっているみたいだ。 「ここだけの話国木田の奴はさ、なんだか知らねえけどお前の成績の事結構気にしてたんだぜ?」 国木田が?なんで? 教師どころか本人も気にしてなかったってのに。親は気にしていたが。 「知るかよそんな事。ともかく俺はこの機会に一気に成績上位を目指させてもらうぜ?もちろんそれ以上の事も狙ってる。何せあの朝倉さんと 二人っきりで勉強できるチャンスなんてこの先二度とないだろうからな」 どうでもいいが、お前の視界には俺と国木田入ってないようだな。 まあいいか。何はともあれお互い赤点ぎりぎりの生活にはそろそろ終止符を打つべきなんだろうし、この機会を逃せばそれこそ卒業も危うい気がする。 出来るなら可能な限り先延ばしにしたい事だけど、学生ならいつかはこうなる運命だもんな。 先の事を考えるにはまだ早い気もするが、少しは真面目に取り組んでみようじゃないか。 「おはよう」 翌朝、何故か寂しそうな顔で朝倉が登校してきたのは珍しい事にHRぎりぎりの時間だった。声に力がないし何か顔色も良くない気がする。もしかして、 何かあったんだろうか? お前がこんな遅刻寸前だなんて珍しいじゃないか。何かあったのか? 「あ、ちょっとその寝坊しちゃって……ねえキョン君」 ん? 「その、今日の勉強会の事なんだけど。キョン君は……もう」 ああ、そうだった。朝倉。 俺は机の中にしまっておいた昨日の答案用紙を取り出した。こいつのおかげで昨日は貴重な睡眠時間がごっそり削られちまったよ。 家に帰ってやり直してみたんだが、どうしても問3がわからないんだけど教えてくれないか? 「え! あ、うん。まかせて!」 と、急に元気になった朝倉だったのだが。教師が入ってきてHRが始まった事により朝倉の講義は一時中断となった。しかしさっきまで元気がないみたい だったのに、女ってのは急に変わるもんだな。まるで谷口みたいだぜ。 「朝倉さん、ちょっとこれ見てみてくれるかな。キョンと谷口に作ってきた問題集なんだけど」 昼休み、部室に集まった俺達の話題はやはり勉強会についてだった。俺にとってはなんとも消化に悪い話なんだが、好意でやってくれている事に 文句を付けるわけにもいかず黙々とおかずを口に運んで行く。 「凄いね。こんな事言ったら怒られるかもしれないけど、北高の先生が作ってる問題よりよくできてると思うよ?」 国木田作の問題集を片手に驚く朝倉だが、よくできてるってのは簡単って事かい? そんな訳ないだろうけどな。 「ちょっと問題数が少ない気もするけど、とりあえずは基礎的な所で苦手意識を持たないようにするにはこの方がいいと思って。朝倉さんはどう思う?」 「私も楽しく勉強するにはその方がいいと思う。あと、国木田君って字が綺麗よね」 「そうかな?」 おやおや、意外な所でいい感じに見えるんだが? 面倒だから隣の谷口が妙に震えてるのは放っておいてもいいよな。 「じゃあとりあえず僕はキョンを担当するね、朝倉さんは谷口をお願いしていいかな」 「うん。谷口君、一緒に頑張ろうね」 「はい! よろしくお願いします!」 さっきまで唸ってたと思えば急にこれか。まったく、切り替えが早すぎてついていけねえよ。 そして放課後、無人の文芸部において二度目の勉強会が開催された。 朝倉の指導もあってか今日の谷口はいつもよりは真面目に見えるし、俺は俺で国木田の解説を聞いている間に意味不明でしかなかった問題集が、なんとなく 理解できるような気がしなくもない程度には上達してきた気がしなくもないね。 静かな部室の中で、筆記具による音だけが絶え間なく続く。国木田の教え方がいいのか、こんなに勉強に集中できた事はないって程に俺は問題集に取り組んでいた。 ようやく問題集の終りが見えてきた頃、俺はふと顔をあげて入口のドアへ視線を向ける。 放課後なのにこの部室には今日も誰もやって来る気配がない。長門が居なくなってしまった事で、本当に廃部になってしまったのかも知れないな。 「キョン、どうかしたの?わからなくなっちゃった?」 ん、ああ。今更だけどこの部室を勝手に使っててよかったのかって思ってな。 「そういえばそうだね。文芸部って廃部になってるのかな?」 俺達は勝手に使っているこの部屋だが、本来で言えば部室棟の部屋は鍵がかかっているはずだった。 しかし何も資材らしきものすらないせいか、この部屋は一度も鍵がかかっていた事がない。 「なんだったら、隣の部室の人に聞いてみればいいんじゃない?」 「あ、君は!」 どうも。 コンピ研の部室に入った途端、部員達の視線が一斉に集まってきたのを俺はむず痒く感じていた。背後から感じる3人の視線も、今は何故か居心地が悪い。 「ジョ……っと、今日は一人じゃないみたいだね。何か用なのかい?」 部長氏は思ったより常識がある人の様だな。いきなりジョン・スミスとか呼ばれたらどうしようかと思ったぜ。 えっと、隣の部室について何か知ってませんか? 俺が指さす壁の方を見て、部長氏は頷く。 「ああ文芸部か。去年までは少しは交流もあったんだが、今年は入部者0だったせいで残念だけど廃部になったと聞いてるよ」 長門は居なかった事になってるんだもんな。 となれば、とりあえずはあの部室を占領していても問題はない訳だ。 「もし部活を探しているのなら是非、我がコンピ研に来てくれ。君なら歓迎させてもらうよ。ああ、なんならお友達も一緒に来ればいい」 そう言って、廊下から入ってこようとしない残りの3人に部長氏は視線を向けた。 考えてみます。 我ながら適当な返答を残して俺はコンピ研を後にし、廊下からの三者三様の視線を全て無視しつつ文芸部へと急いだ。 「キョン。お前パソコン詳しかったのか?俺んちのノーパソ最近なんか動作が重い気がするんだけど見てくれよ」 知らん。頼られる程俺は詳しくないから、店に持ち込むか買い替えろ。 それにあえてここでは言わないでおいてやるが、おそらく原因は人に見せられないデータが多すぎるせいだ。断言してもいい。 「何言ってんだ?そんな金があったらお前に頼まないって」 そりゃあそうだろうな。 「コンピ研の部長さんにあそこまで勧誘されるなんて凄いと思うよ。キョンはそっち方向の大学に進むつもりなの?」 さあどうだろうな、ただの買被りだと思うぜ。 ちょうど区切りまで問題集は終わっていた事もあり、今日は解散となった。 その日の夜、夕食を食べて自分の部屋に戻ろうとしていた時に俺は何か視線の様なものを感じて振り向いた。 しかし、そこには誰も居ない――今のはなんだったんだ? 薄気味悪いとかそんな感じじゃない、何か懐かしいとうか不思議な感覚だった気がする。 それがきっかけになったのだろうか?部屋に戻った俺は思いついた事があって、急いで朝倉にメールを入れた。 もしかしたら、ハルヒ達を取り戻せるかもしれない。 久しぶりに鼓動が速くなるのを感じながら、俺は朝倉の返事を待たずに家を飛び出していた。 「ごめん、待たせちゃったね」 いや、こっちこそこんな時間に急に呼び出して悪かった。何か食べたかったら頼んでくるぞ。 「ううん大丈夫。それで、思いついた事ってなあに?」 メールをして30分後、俺と朝倉は駅前のファストフードで落ち合っていた。明日は平日だ、あまり遅くまで付き合わせる訳にはいかない。 ここじゃ試せないんだ。すぐ近くだからついてきてくれ。 そう言って俺が向かったのは、漫画喫茶だった。 「ふ~ん、はじめて来たけど思ったより綺麗な所なんだね」 楽しそうな顔で、朝倉は店内を見回している。受付を済ませた俺はさっそく指定された個室の中へと向かう、狭い室内には目的の物。パソコンがあった。 頼むぞ、これが何かの手がかりになってくれ? 俺はかなりの期待をもって、あのページを検索していった。そして数分後、目的のサイトへと辿り着く。 朝倉、こいつを見てくれないか? 「これって」 朝倉の顔に驚きが浮かぶ。 モニターにはあのSOS団の公式サイトが表示されていた。画面中央やや上に堂々と浮かぶハルヒ作、長門改編によるZOZ団のロゴと無駄に進んだ アクセスカウンター、後はメールアドレスがついているだけの我ながら完璧なまでに読者無視を貫いたサイトさ。 俺にとって、ハルヒが居たって物理的な痕跡と言えばこれ以外に思いつかない。一人でハルヒを探していた時に見つけた時は何も起こらなかったが、 朝倉だったら何か違った答えを出してくれる事を、俺は期待していた。 これは俺がハルヒに作らされたものなんだが、何かハルヒ達を取り戻す手がかりにならないか? 俺の言葉も耳に入らないほど真剣な顔で、朝倉はモニターを見つめている。 ペアシートの奥に座っている俺は結果的に朝倉に押し倒されているような形になって苦しかった――だけでなく、なんというか色々当たってた――のだが、 抗議するタイミングをどうにも掴めないまま時間は過ぎていった。 数分後、小さくため息をついて朝倉はモニターから離れていった。 その表情からだいたい想像はできたが、聞かない訳にはいかないよな。 手がかりはない、か。 むしろ俺より気落ちした顔で、朝倉は首を振った。 「ごめんなさい。今の私にはここから何かを見つける事はできないみたい」 所詮俺の思いつきさ、いきなり何か進展があるとか期待してたわけじゃないんだから気にしないでくれ。とまあ、自分に嘘をつきながら俺達は早々と 漫画喫茶を後にした。 結局、最後まで申し訳なさそうな顔をしていた朝倉には悪い事しちまったな。 ハルヒの手がかりを得られなかった事よりも、むしろそっちを気にしながら俺は自宅へと自転車を走らせた。 それからというもの、俺は朝倉にハルヒに関する話題をあまり振らなくなり、するのは専ら勉強会の話題ばかりになっていた。 驚く事に、勢いで始まってしまった勉強会はあれから数週間を過ぎた今も毎日続いている。その結果俺と谷口の学力はどんな魔法でも使ったのか?という 程に向上し、一時的な事かもしれないがクラスの平均近くまで上昇していたりする。 間違いなく教える奴が優秀だったからなんだが、多少は自分を褒めてやってもいいだろうね。 なんとなく理解できるようになると退屈でしかなかった授業もそれなりに面白いものとなり、朝倉が言う教師のレベルとして国木田の方が高いってのが 実感できるようになってきたくらいさ。 小テストもむしろ腕試しとばかりに挑戦できるようになった頃には、驚くなよ?問題集の復習以外にも自宅でたまに教科書を開くようになっていた。 そんな俺を見て妹は面白そうに邪魔しにくるのだが、それを適当にあしらうだけの余裕が今の俺にはある。解ける問題を解くってのは気分がいいせいかもしれないな。 ……いや、そうじゃないんだ。 結局、俺はハルヒ達を取り戻せないまま時間はどんどん過ぎてしまっていて止める事もできないでいる。 仲間を助ける事もできないでいる不甲斐ない自分を認めるのが嫌で、何かの形で自分の価値を作りたくて焦ってたんだと今は思う。勉強だったら一定の 物差しで数字として結果がでるから、自尊心を満たしてやるにはちょうどよかったんだ。 そんな時間を過ごしている間に、俺はいつからかハルヒ達の事を考えるのを止めてしまった。 ふいに思い出す事はあっても、いつかどうにかなるなんて安易な期待と……もうどうにもならないんだという諦め。 ただ目の前にある生活の中で、俺は自然と後者を選んでしまっていた。もう、自分の中で理性を相手に戦う感情は見つからない。探そうともしない。 そんな俺の思いを知っているのか、朝倉もハルヒの事は話題にしなくなっていた。 「それでね?何か目標があった方が頑張れるだろうし、今度の学力テストの結果が良かったら年末に皆でどこか温泉にでも行かない?」 年末も近づいた勉強会の合間、休憩時間に朝倉はそんな事を言い出した。 一応国木田の家に余っていたという電気ストーブはあるのだが、冷え込むって事に関しては他の追従を許さない文芸部の部室だ。暖かい場所に行きたく なるってのは、無理も無い発想だと思う。 温泉ねえ。 と、適当に返事しつつもすら上げずにノートを読んでいた俺とは好対照に、 「賛成です! 是非行きましょう!」 と早くも気合十分な谷口。急に立つな、机が揺れるんだよ。 「2年になれば忙しくなるだろうし、いいかもしれないね」 ん、国木田も乗り気みたいだな。 そして訪れる沈黙。なんだ、何かあったのか? 驚いて顔を上げる俺に谷口の指が伸びている。 「おいキョン。まさかお前行かない、なんて言わないよな?」 まあまて谷口、行かないとは言ってない。お前顔は笑ってるが声が笑ってないぞ。 「じゃあ行くんだな?」 ええい、そんな必死な目で見つめてくるな。ところで朝倉、どこか当てはあるのか? その言葉を待っていたのか、朝倉は鞄から何やら旅行雑誌を取り出した。よっぽど前から調べていたんだろう、注意して見るまでもなくその本には 大量の付箋紙やら書き込みで溢れている。 「うん。ここなんてどうかな?そんなに高い所じゃないから、少しバイトすれば行けると思うんだけど」 そういえば朝倉は、以前話した出所不明の宇宙人の生活費ってのは最低限しか使わなくなっているらしい。 本人曰く、いずれは完全に自立したいとかなんとか言っていた。朝倉らしいといえばそうだよな。 また沈黙。あ、返事を待ってたんだな。ここで、3人で行ってくればいいなんて言うほど俺も孤独が好きな訳じゃないさ――色々思い出してしまいそうだが―― 久しぶりに集団行動ってのも悪くない。 わかった、俺も賛成だ。で、目標点数はどのくらいにするんだ? その後、朝倉の指定した学年平均よりも上を目指すという無難な目標に向けて俺たちの勉強会は続いていった。この目標が無難だと思えるってのは 大した進歩だよな、数ヶ月前では考えられやしないぜ。ちなみに俺と谷口の目標が平均以上なだけであって、国木田と朝倉は上位20位に入る事らしい。 超えられない壁ってのはあるのさ。 冬休みを間近に控えた週末、俺は街に買出しに来ていた。 学力テストも全員が無事に目標達成する事ができ、冬休み中盤に設定された二泊三日の温泉旅行の準備の為さ。街は慌しく歩く人で溢れかえっており、 今が年末なのだとしみじみと感じる。今年は人生で一番色々あった年になるのは間違いない、そしてそれは恐らく一生更新される事のない記録になるんだ という事もな。 ふと視界に入った電気屋の軒先に、特売と書かれたストーブがあるのに気づいた。 型落ちなのか、箱を見る限り新しそうだが手ごろな値段だ。国木田のストーブだけで冬を越すのも大変だろうしみんなに相談してみるかな。店員にできれば 数日取り置いてもらおうと顔を上げた時、俺はこの店が例の映画のスポンサーになってくれた大森電気店だという事に気づいた。 って事はもしかして? やぶれてしまわないようにそっとストーブの入った箱を開けてみると――やっぱりだ――そこにはあの日文芸部から消えてしまったあのストーブがあった。 「何かお探しですか?」 人当たりのいい眼鏡をかけた店員さんが声をかけてきた。ああ、なんだあの時の店長さんじゃないか。 しかしながら向こうは俺のことを覚えてはいないようで、俺に向けられる視線は突然商品の箱を開きだした不審な学生に向けるそれでしかない。 これって、どうしてこんな値段なんですか? なんだ?俺の言葉に店長さんの顔が急に不思議そうな表情に変わる。 「実は在庫整理をしていた時に偶然見つかったもので、帳簿では処分済みになっていたんですよ。何かの手違いだとは思うんですが、これから入荷も多いので こんな値段で売りに出している訳です。ですが点検も済んでますし、故障品だとか中古だとかそういった理由で安いんじゃないんですよ」 なるほどね。ハルヒが俺に言ったでまかせの理由が、まさかこんな形で本当になってるとはな。 俺は少し迷った後、財布を取り出して中身を確認した。 寒々とした冬空の下、誰も居ない坂道をのんびりと登っていく。 手に持ったストーブの箱といいこの状況といい、まるであの日みたいだな。ああ、あの日はさらに雨も降ってたんだっけ?思い出されるのはつい先月の事の はずなんだが、俺にはそれがずっと昔の事だった気がしていた。 休日の校舎は部活の関係で開放されていたが、肝心の部活をする生徒の姿は殆ど見えない。 まあ、こんな冬空の下で外に出たがる奴なんて北高には……もう谷口ぐらいしか居ないよな。 ストーブを床に置き、ドアノブに手をかけると無人の文芸部は今日も鍵が開いたままだった。扉を少しだけ開けると、無人の部室の中から冷えた空気が漏れ 出してくる。 そのまま扉をあけた先に、当たり前だが長門の姿はなかった。 ――もう、ため息も出なくなっちまったんだな。 今頃あいつらはどこに居るんだろうな。それとも、本当にもうどこにも居ないのかだろうか。どちらにしろ今の俺にできる事ってのは思いつきそうに無い。 そんな現状にせめても抵抗をしてやろうって訳じゃないが、俺はあの時と同じ場所にストーブを置いた。そして電源を入れて、あの時と同じ場所に座る。 窓際には長門の姿は無い、朝比奈さんの衣装も、古泉のゲームも、ハルヒの姿も何もかもがもうここには無い。結果はなんてわかってる、試すまでもない 事だろうよ。 それでも俺はストーブの電源を入れ、静かにパイプ椅子に座って机に突っ伏した。やがて、静かに温まってきた部室の中で目を閉じる。 目が覚めたら全ては俺の夢で、実は何も変わっていなかったってのはどうだい? 静かな部室の中で意識は緩やかに薄くなっていき、俺は抵抗する事無く睡魔に身を任せていった。 目が覚めればきっと、隣にはハルヒが居て俺の背中には二人分のカーディガンがかけられている。下校時間はとっくに過ぎちまってて、おまけに外は雨降り。 ハルヒがどこからか勝手に持ってきた学校の傘を差して二人で下校する。 そう、きっとそうなんだ。 なあ、古泉。もしも俺に願望を実現する力って奴があるならこの願いは叶うかい?俺は叶う方にかける、だからお前は叶わない方にかけろ。俺が負けたら、 また部室でのゲームに付き合ってやるよ。 朝比奈さんと未来の朝比奈さん、貴女達の秘密はまだ全部教えてもらってませんよ?ここで終わりなんていくらなんでも中途半端すぎます。せめて年齢だけでも 教えに来てくれませんか?そのまま居座ってもいいですよ、歓迎します。 長門、お前は今どうしてるんだ?一人は静かでいいとか言うなよ?少しは寂しいとか感じてくれてるよな。お前が居なくて、俺は寂しいんだからさ。 ……ハルヒ、まだお前は俺と会いたくないのか?だから俺達は会えないってのか?まったく、最後まで一方的ってのはいくらなんでもやりすぎだと思うぜ。こっちの気持ちも考え てくれよ――まだ、伝えてない事だらけなんだぜ。 その時俺は、不思議な夢を見た気がした。 季節は冬で場所は駅前、どうやら俺達はまだSOS団として活動しているらしい。 何故かその中には朝倉も居て、もちろん俺も居た。 やれやれ、どうやら夢の中でまで俺はみんなに奢る事になるらしい、苦い顔をして会計をする俺の横をご機嫌で通り過ぎていくハルヒ。 そうさ、みんなが居るこれが俺の日常だったんだ。 だった……んだよな。 いつの間にか目は覚めていて、部室の中は薄暗くなっていた。 目が覚めたってのに何でこんなに視界がぼやけてるんだ?まったく、古いだけあってこの部室は雨漏りでもしてるのかね。 ストーブのおかげで体は暖かいが、背中には何もかかってはおらずハルヒの姿も無い。 俺はストーブの電源を切って、逃げるように部室を出て行った。 「キョン、ずいぶん早いじゃない」 雑誌に夢中になっていた俺の横に、いつのまにか国木田の姿があった。 手には大げさな鞄が二つ、そんなに何を持ってきてるんだ?俺は自分の小さな鞄と見比べて、何か忘れ物がなかったか不安になったが……まあいいか、 足りない物は借りればいい。そろそろ皆来る頃だな、俺は雑誌を棚に戻して自分の荷物を持ち上げた。 さて、じっと待っていた国木田に、早く来ていた理由を教えてやろう。 罰金は嫌だからな。 「え、罰金?そんな約束してたっけ」 いや、こっちの話だ。気にしないでくれ。国木田、重ければ一つ持ってやろうか? 「ありがとう、これ見た目ほど重くないから大丈夫だよ」 そうかい。 温泉旅行当日、駅前のコンビニに俺は最初についていた。 俺が着いたのは集合時間の20分前、これでもあの頃はたまに奢らされてたってんだから理不尽だよな。 「さっき調べてみたら向こうの天気も良いらしいよ。露天風呂からは雪山が見えるんだって、キョンは露天風呂って入った事ある?」 温泉とは名ばかりの公衆浴場になら行った事があるぞ。 ちなみに温泉の元が入ってるだけとしか思えない風呂だった。 「僕もそんな感じ、どんな所なんだろう?楽しみだなー」 お前みたいに何でも素直に喜ぶのが、人生を楽しく生きるコツかもしれないな。 「キョンは楽しみじゃないの?温泉」 国木田は不思議そうな顔で俺を見ている。 ……そうだな、楽しみだ。 ハルヒ達が居なくなってからというもの、俺は自分の楽しみを求める事に罪悪感みたいな物を感じていた。 せめて心苦しくでも思わなければ、助けることもできないでいる自分を許せそうになかったのさ。 それがなんの意味の無い、ただの自己弁護だともわかってる。 「お待たせ、私が最後かな?」 集合時間5分前、白い息を吐きながら朝倉がやってきた。 いや、谷口がまだ来てない。 それにしても遅いな、あいつなら俺より早く来ててもおかしくないんだが……。まさか現地に先に行ってるなんてないだろうな。 「えっ嘘でしょ?だって予防接種……うん」 国木田が携帯に向かって素で突っ込んでいる。相手は谷口のはずだが何かあったんだろうか? 「うわ、それは……うん仕方ないよね。じゃあみんなには伝えておくよ、うん。わかってる、本当に大丈夫?じゃあ、お大事にね」 複雑そうな顔で国木田は携帯を切った。 谷口がどうかしたのか? 「うん。谷口、インフルエンザにかかったみたい。しかも予防接種を受けに行ったのが原因みたいだって」 「え、そんな事ってあるの?」 普通はないだろうな。 何の為の予防接種だってんだ。 「この間、体調悪いけど旅行に行けなくなったら嫌だからって言って、病院に行ったのは知ってたけどびっくりだよね」 石橋を叩いて渡るつもりが壊しちまったって訳か、谷口相手でも流石に同情するな。 「でも旅行はどうする?今ならまだキャンセルできなくもないと思うけど」 確かに冬休みはまだあるし、谷口が回復してから行ってもいいか。 「谷口は俺の事は気にしないでみんなで行ってきてって言ってたよ。お土産もお見舞いもいらない、温泉饅頭とか買ってこなくていいってさ」 何だその露骨な注文は。 でもまあそれくらいは買ってやってもいいかもしれん、一緒に試験を乗り切った戦友だしな。 とまあそんな理由により、人数は一人減ったものの俺達の温泉旅行は始まった。 と、思ったんだが……。 「国木田君、遅いね」 その違和感に最初に気づいたのは朝倉だった。 電車に乗ってすぐ、座席にも座らないまま国木田はトイレに行ったのだが、すでにいくつか駅を通り過ぎたのにまだ戻って来る気配がない。 混んでるにしても遅すぎるな。 俺は携帯の電源を入れて電話してみようとした、が向こうは電車の中だから電源を切っているのか繋がらない。 ちょっと見に行ってくる。 そう言って立ち上がった時、俺の携帯がメールの着信を伝えてきた――相手は……国木田だと? 『谷口が気になるから、僕はやっぱり行かない事にするよ。旅館に人数の変更は伝えておいたから安心して。朝倉さんの事をよろしく。PS 中学の時と 同じ事にならないようにね』っておい、これはマジなのかよ? 「どうしたの?」 立ち上がったまま携帯を見て固まっていた俺は、朝倉にどう説明していいのかわからなかったのでそのまま携帯を渡した。 中学の時と同じ事……何の事だ? やれやれ旅行初日、行動開始1時間にして4人旅だったはずの温泉旅行は知らない間に2人旅になっていたらしいぞ。 「キョン君、これってどんな意味なの?」 そりゃ気になるだろうな、しかし俺に聞かれても困るだけだ。 俺は朝倉から携帯を受け取り、国木田宛てに『日本語で頼む』とだけのメールを送って電源を切った。 とりあえず問題は残された俺達なんだが。 朝倉、どうする? 「え?」 え、じゃなくてさ。俺と二人っきりになっちまったから。 「なったから?」 わざと言ってるって感じじゃないか。 俺達は高校生で、俺は男でお前は女なんだ。それが二人っきりで旅行ってのはちょっと問題あるだろ。 「私は気にしないよ?でもキョン君、私の事女の子扱いしてくれてるんだ。ちょっと嬉しいかも」 気にしないって……。まあ朝倉がそう言うんだからいいか。どうせ部屋は二部屋取ってあるんだし、俺が気にし過ぎてるだけなのかもしれない。 俺は楽しそうに喋る朝倉のバイトでの話なんかを適当に頷きながら聞きつつ、のんびりと列車の旅を満喫していた。朝倉によると、すでにいくつかの バイト先から卒業後に来て欲しいと誘われているらしい。俺が将来、就職できてなかったら是非拾ってくれ。 「キョン君は進学するの?それとも就職?」 流れからして出ると思ったよ、その質問。 わからん。 我ながらこれ以上ない程に完璧な回答だ。自分でもこれからどうなるのか、どうにもならないのかもわからない。 「私もね、本当はわからないんだ。学校や職場では目的とかやるべき事は理解できるんだけど、いずれ実際に自分が社会に出たらどうすればいいのか、なんて 想像もできない。大学に行くにしても目標がないしね。このままずっと高校生で居られたらいいのに、なんて。そんな事思ったりしない?」 ……それもいいかもな。 「でしょう?でも、そうもいかないんだけどね」 同意する俺に笑顔を向ける朝倉。でもな、俺とお前では学生で居たい理由が違うと思うぜ。 お前は将来への不安からそう思う事もあるんだろうが、俺はただ学校というハルヒ達との接点を失うのが怖いだけなんだ。ここで言う事じゃないから 言わないけどな。 ……国木田、わざとなのか? 旅行客で溢れかえる温泉宿のロビーで、俺は真面目に長年の友の笑顔の下に何が隠されていたのか考えてみた。 って、そんな事してる状況じゃない。 受付へチェックインをしに来た俺に渡されたのは、一本の部屋の鍵。一本だ、二本でも三本でもない。 当初の予定では部屋は二部屋。男3人で一部屋で、朝倉がもう一部屋の予定だったはずだぞ。 「朝方、ご予約の国木田様からのお電話で、都合により人数は二人、部屋は一部屋に変更して欲しいと承っていたのですが……」 ちょうどチェックインの時間なのか、対応に追われる受付のおばさんは俺達だけに時間を取られる訳にはいかないらしく困った顔をしている。 その、空いてる部屋は無いんですか? 「申し訳ありません」 間髪入れずに即答ですか。 「キョン君、私は別に一緒でいいよ?」 後ろで待っていた朝倉はそう言ってくれているが、どうしたもんだ。こっちとしては当日の人数変更が下手すりゃ二回、しかも部屋数変更とまで 無理を言ってるのにこれ以上迷惑をかけるのは流石に抵抗がある……。 わかりました。もし、キャンセルか何かで部屋が空いたら教えてもらえませんか? 麓の駅まで3時間、さらに駅からバスでここまで1時間かかってるんだ。いくらなんでもこのまま来て帰るなんて選択肢は流石に選べやしないぜ。 とにかく部屋で一息つきたかったのもあり、俺はサインを済ませた。 どうやらキャンセルされたのは朝倉の部屋だったらしく、案内された部屋は3人用のそれなりに大きな部屋だった。 窓の外は大雪、なのに純和風の部屋の中は暖房のおかげで快適な温度だったりする。 浴衣でも普通に過ごせそうな感じだな。 気を利かせてくれたのか仕様なのか知らないが、部屋には衝立がちゃんと準備されていた。もしも空室が出なかったらこれで仕切ればいいかな? 「何か御用があれば、インターホンでお知らせください」 愛想のいい仲居さんの案内も終わり、二人っきりになった部屋は暖房の噴き出す音だけが静かに響いている。 「お昼までまだ少し時間があるけど、さっそく露天風呂に行ってみる?」 そうだな、それもいいかもしれない。 あ、そうか。部屋の鍵が一本しかないからどちらかは部屋に居たほうがいいのか。携帯を風呂に持っていくのも何だし、待ち合わせなんてしてたら のんびりできないもんな。旅行先に来た時くらい、誰だってのんびりしたいに決まってる。 俺はしばらくここで雪でも見てるよ、先に入りたいなら行ってきていいぜ。 「そう?じゃあお言葉に甘えて」 準備を終えて朝倉が出て行った後、俺は窓辺に置かれた椅子に座ってのんびりと風景を楽しむ事にした。せっかくの機会だ、今はちょうど朝倉も居ないし 多少寒くなっても構いやしない。 俺は少しだけ窓を開けてみた。 雪って無音じゃないんだな、初めて知ったよ。 窓を開けると、外の冷気と一緒に雪の音も入り込んできたんだ。 しんしんと積もるって表現があるのも無理はない、降り注ぐ大きな雪の結晶はさらさらと小さな音を絶え間なくたてている。まるで全てを包むかのような その光景に、俺は何も考えないままじっと目を奪われていた。 「綺麗ね」 いつのまに帰ってきたんだろう。その声が聞こえるまで、対面に置かれた椅子に朝倉が座っている事に俺は気づかなかった。 あれ、風呂に行ったんじゃなかったのか? 朝倉は着替えを持って行ったと思ったが、何故かここへ来た時と同じ服を今も着ていた。 「団体さんが先に入ってて、脱衣所の所で引き返してきたの」 まだ昼間なのに意外だな。 到着早々、他にする事もあるだろうに。人の事は言えないが。 「さっきフロントを通った時に聞こえて来たんだけど、近くの道路が雪崩で通行止めになっちゃったみたい。だからスキーに行く予定だった人も 足止めされちゃってて、他にする事が無いのかもしれないわね」 地元の人間じゃないと詳しい事はわからないが、殆ど雪が降らない所に住んでる俺から見たらこの雪は10年に一度降るかどうかの大雪に見える。このまま 雪が降り続けたりでもしたら、道路が全部通れなくなっても不思議には思わないな。 っていうか、古泉の孤島の時といい俺が行く場所はなんで天候が荒れるんだ?雨男だったのか、俺。 「どうかしたの?」 ん、ああ。 無言で居る俺を、朝倉は気にしているようだ。 特に何も意味のある事は考えてなかったんだが、強いて言えばそうだな。 このまま雪が降り積もって、帰れなくなったらどうしようかって思ってさ。 言いながら自分でも考えてみたが、のんびり温泉にでもつかりながら春を待つのも悪くないかもしれない。 朝倉は少し考えた後、 「そうね。もし、そうなったらのんびりここで温泉にでも入って過ごして春を待つのはどう?」 まさか朝倉からそんな言葉が出てくるとはね。 その時、まるで会話の途切れるのを待っていたんじゃないのか?というタイミングでドアはノックされ、昼食が運ばれてきた。 運ばれてきた料理は素人の俺が見る限り純和食で、ボリューム的にはどうなのか?と思ってしまったのだが、想像は良い方に裏切られた。 一品の量は少ないのだが、品数は多く味もいい。あの料金でここまで手が込んでたら経営が成り立つのか?なんて無駄な心配をしてしまうくらいだぜ。 「川魚って泥臭いイメージがあったけど、上品な味で美味しいのね」 ここが山奥で、水源に近い所だからかもな。 海にしろ山にしろ人間から遠ざかれば遠ざかるほど、魚は美味しいっては俺の持論だ。 「キョン君って魚釣りとかするの?」 それなりにな。ああ朝倉、その魚の骨は少しあぶってから食べると癖になる味だったりするぞ。 むしろそこがメインだ。 「……わ、本当だ。なんだか、キョン君の意外な一面を見ちゃったかも」 むしろ今まで俺をどんな風に見てたのか、それが聞きたい。 結局、手の込んだ料理の数々に一つとして不満は出ず、俺はこの時点で今回の旅行は大成功だったと確信していた。 谷口と国木田には悪いが、楽しいものを楽しまないってのはもっと罪だよな。 「もう一度温泉を見てくる」そう言い残して朝倉は部屋を出て行き、満腹になった俺は早くも楽な格好で横になる事にした。 雪が降るのを暖かい部屋で見ながらのんびり昼寝、これ以上の贅沢って奴は俺には思いつかないね。 布団を出すのもなんなので、座布団を並べた上に寝転ぶ。 あー別世界だな、これはもう。 理想的な状況にいつの間にか寝てしまったらしい。ぼんやりと目を覚ました時、俺は仰向けに寝ていて視界には天井が広がっていた。 何かが動く気配に視線だけ向けると、長い髪の女が今まさに浴衣に着替えている所……ってえ! 慌てて目を閉じた――が、色々と何かが見えてしまった気がする。 いや、気のせいだ。もしくは夢だ。 つい目に焼き付けてしまったこの映像に関しては、言及を避けさせて頂く。 「あ、起しちゃった?」 高い位置から朝倉の小さな声が聞こえる、ここはどうする?寝たふりか?いや違う、本当に寝てるんだ俺は。 俺は全身に脱力しろと指示を出す、自慢じゃないが脱力には自信があるぞ? 本当に自慢にならんが。 「……キョン君、起きてるでしょ」 今度はさっきより少し楽しそうな声が聞こえてくる。しかもどうやら近寄ってきているらしい。 何故だ、完璧な寝たふりのはずだぞ? 疑われる要因なんて無いはずなのに。 「早く起きないといたずらしちゃうよ?」 顔の横に朝倉が座る気配がする、ここは……そうだな。鼻をつままれたりでもしたら目を覚ますってのはどうだ? 動きそうになる顔の表情筋の緊張と闘っていると、顔の上に何かが近づいてくる気配と、冷たく柔らかい何かが唇に触れて……。 目を見開いた俺が見たのは、目の前で楽しそうに微笑む朝倉の顔と俺の唇に触れる朝倉の細い指だった。 「ほら、やっぱり起きてるじゃない」 今ので起きたんだ、なんて言い訳をしても仕方ないよな。 頭をかきながら体を起こす、なんとなく外を見てみるとまだ明るかった。 あれ、風呂に行ったんじゃなかったのか? 「うん、行ったけどまだ入れそうになかったから戻ってきたの」 言いながら朝倉は、着替えの入った袋から小さな木の板を取り出した。 そこには数字と、達筆過ぎて読めない漢字で何とかの湯と書かれている。 「それでね?予約制の家族風呂ってお風呂があるみたいで、さっき予約してきたの。私の時間までは後20分くらいかな」 なるほどね。 何度も通って温泉が空くのを待つより建設的だな。 「2時間まで使っていいって話だから1時間交代で入ろっか?」 ああ。 普段なら10分で終わる俺の風呂だが、温泉となれば話は別だ。 時間が来て朝倉が部屋を出て行った後、俺は自分の携帯を取り出した。電源を入れ忘れてたってのもあるが、それ以上に事情を説明して欲しい事が ある。もちろん聞きたい相手は、出発早々に姿を消したあいつだ。 「無事に着いたかな?」 ああ、何とかな。 電話越しに聞こえる国木田の声は、あまりにもいつも通りだった。 「そりゃあよかった。朝倉さんもそこにいるの?」 いや、今は風呂に行ってるよ。 「そっか。ねえキョン、僕に電話してきたって事は聞きたい事があるんだよね」 よくわかってるじゃないか。結論から聞こう、朝いきなり帰っちまったのも、部屋の数を勝手に減らしたのもわざとなんだな? 「うーん、わざとって言われると答えに困るんだけど。でもまあいいか。キョン、怒らないで聞いてね?」 返答による。内容によっては、土産が温泉饅頭から温泉卵一つまで格下げだ。 「僕を怒るのは別に構わないよ、それと温泉饅頭よりも温泉卵の方が僕は好きだな。まあとにかく最後まで聞いてよ」 そう前置きしてから、国木田は事の顛末とやらをのんびりと話し始めた。最初の内は何を言ってるんだ? くらいに思う内容だったが、後半までくると もう何がなんだかさっぱりわからなくなっていた。 「これで全部だよ。ねえキョン、メールの最後に書いた中学の時の事って所覚えてる?」 ああ、あれは何の事なんだ? 「それって本気で言ってるの?」 本気も何も、意味がわからない。 「……まあ、僕が言っても仕方ないよね。まあゆっくり考えてみてよ、朝倉さんによろしく」 そう言って、国木田は携帯を切ってしまった。それにしても中学の時って言えば3年もあるんだぞ? 何かを伝えたいにしてももうちょっと範囲を絞って くれてもいいと思うんだが。 物言わぬ携帯を見ながらしばらく考えてみたが、それらしい事はやはり思い浮かばなかった。 そんな事をしていると部屋の入口の方から鍵を開ける音が聞こえてくる、どうやら朝倉が戻ってきたみたいだな。 「ただいま。凄くいいお風呂だったよ、景色もお湯も最高」 そうかい。 湯上りの朝倉は上機嫌で、薄赤く火照った顔はいつもと違った感じだ。 さて、ここで国木田から聞いた事を朝倉に問い詰めてもいいんだが、せっかく楽しそうにしているのに水を差すのもどうだろう。それに、これが全部朝倉が 何かを考えてやってる事なら、俺は知らない振りをしていたほうがいいのかもしれないよな。 「はい、これ。あんまり遅いようなら呼びにいくけど、のぼせたりしないでね」 夕飯までには戻るよ。そう言い残し、俺はとりあえず国木田の事も朝倉の企みの事も考えるのを止めて温泉へと向かった。 顔に感じる冷えた空気と、体を包み込む体温より遥かに高い温度のお湯。日が落ちかけた空がゆっくりと闇に染まっていく――俺は湯気に包まれながらそんな 絶景を眺めていた。 来てよかった、なんて凡庸な言葉じゃ表現しきれないね。ああ、でもそれでいいのか。これは言葉で伝えていい物じゃない。 入口に書いてあった説明によると、ここの温泉はかけ流しって方式だそうだ。意味はよくわからないが、湯量が豊富とかでお湯の再利用とかする必要がないから どんどんお湯が湧いてきていて、そのまま止まる事なく川に行くらしいぞ。 家族風呂は貸切りだけあってそんなに広くはないが、二三人なら入れそうな広さがある。それを一人で使ってるっていうんだから贅沢だよな。 とまあ、俺はひたすらに現在の状況を楽しみながら温泉を満喫する事ができた。 温泉の効能なのかどうかは知らないが、利用時間ぎりぎりで風呂を上がった時には肌は妙につるつるで、ついでに国木田との電話の事は綺麗に忘れてしまって いたりしたくらいだ。出口にあった昔懐かしい60円の瓶に入ったフルーツ牛乳にはかなり心惹かれたのだが、夕食が近い事もあって次回への楽しみにと我慢する のには苦労したぜ。 そして夕食、部屋に戻った俺が見たのは昼以上の品数の料理がぎっしりと並べられたテーブルだった。 「おかえりさない。凄いでしょ、これ」 ああ、なんていうか絶対に食べ切れないな。 谷口が居ればどうにかなったかも知れないが、俺と朝倉ではどう考えても食べきれない量だ。その時は確かにそう思った。 しかし、旅先ってやつは不思議な力でもあるのかもしれない。なんだかんだで俺は自分の分を食べきってしまい、朝倉が残した分も含めて殆ど平らげてしまったり した。こんなに大食いだったか?俺。 「こんなに食べたのはじめてかも?」 朝倉も自分の食欲に驚いているみたいだな、夕飯が終わったらもう一度温泉に行くつもりだったんだがしばらくは行けそうにない。帰りにしてきた家族風呂の 予約は取り消した方が無難だな。 朝倉、風呂の予約なんだけど取り消してきていいか? 「うん、お願い。今日はもう行けそうにないかも」 嬉しそうな顔で朝倉は苦笑いしている、俺もそんな感じだ。 このままでは寝てしまいようだし、面倒な事は先に済ませよう。俺は休憩しろと訴えている体をなんとか動かし、ロビーへと向かった。 「わかりました、お布団の方はもう敷きに伺ってもよろしかったですか?」 木札を受け取りながら宿の人は笑顔で聞いてくる、そうだなまだ8時にもなってないが今日は移動で疲れてるしその方がいいかもしれない。 お願いします、そう言い残して俺はふらふらと部屋へ戻った。 どんな連絡方法を使っているのか知らないが、俺が部屋に戻った時はすでにテーブルは空になっていて部屋の隅に移動してあり、代わりに部屋の中央には 布団が2組並べられていた。 「おかえりなさい」 窓際に座った浴衣姿の朝倉が微笑んでいる。風呂上がりのせいなのかほんのりと赤い頬……っておい、ちょっと待て。 朝倉、手に持ってるそれは何だ。白い陶器でできたそれの事だ。 「これ? 部屋の冷蔵庫にあったの。キョン君も飲む?」 朝倉が持っているのはどうみてもアルコール、ジャンルで言えば日本酒だった。おいおい、高校生が泊まる部屋にそんな物置いておくなよ? ご機嫌な朝倉は 何かのメロディーを口ずさみながら、窓の外を眺めている。まあ、こんな時くらいはいいかな。 俺は朝倉の向かいに座って、空になっていたお猪口についでやる。 嬉しそうに朝倉はそれを受け取り、一気に飲み干してしまった。 おいおい、そんな無茶な飲み方をするとだな。 俺の話が聞こえていないのか聞いていないのか聞く気がないのか、まあとにかく朝倉はいつになくマイペースでお猪口の淵ををっと指でふき取ると 俺に向かって差し出してきた。えっと、つまり俺にも飲めって事なのか? 何か言うのではないかと待ってみたが、無言のまま朝倉はお猪口を差し出してきている。 一杯だけだからな。 そう念を押してから俺はお猪口を受け取った。 それが間違いだった。 朝倉はハイぺースで酒を飲み干していき、俺が止めようとすると泣きそうな顔で抵抗してきた。しかも無言のまま。いったいなんなんだろうな? これは。仕方なく朝倉の飲む量 を減らそうと俺も飲んでしまった結果、酔っ払いが二人できあがった訳だ。いかん、もう世界が揺れている。神人でも出たのか?古泉出番だそ。 「……ね~キョン君」 窓によりかかった朝倉が久しぶりに喋った気がする。 なんだ、酒ならもう冷蔵庫の中にあったのは全部飲んじまったから無いぞ。 多分別料金なんだろうけど、帰りの支払いは大丈夫かね? なんて、どこか冷静さを残している自分が嫌だな。こんな状況ならむしろ何もかも忘れちまって た方が正しいと思う。 「ごめんね? 謝っても許してなんてもらえないんだけど、どうしても言いたかったの」 ふらついていた朝倉の視点が、なんとか俺の顔をとらえていた。謝るって何の事だろう。再び朝倉の視点は何もないテーブル辺りに流れていき、このまま寝て しまうんじゃないだろな? と俺が心配し始めた頃、朝倉はのんびりとした口調で話しはじめた。 「私ね? 統合情報思念体の庇護があった頃の自分を思い出すと嫌になるの。自分なら簡単にできる事や、すでに知ってるどうでもいい知識を、何年もかけて 必死に勉強してる人の中で、本当の自分をずっと隠したまま過ごしてるのは苦痛だった。長門さんのあの性格も、今考えればそれが適正だったのかも。 変わらない毎日といつまで経っても終わらない観察。今日も何事もありませんでしたって、何年も何年も報告し続けてた。だからって、貴方にした事は許される わけがないただの私のエゴ。許してなんてもらえないって、わかってる」 そこまで喋った所で、朝倉は急に黙ってしまった。 俺に何か言って欲しいって感じじゃない。ただ、言いたかったんだろうな。 今更だが、終わらない夏休みを結局最後まで誰に相談する事もなく乗り切っちまった長門が凄い事がよくわかる。俺にはむしろ、朝倉の気持ちは理解できる 範囲の物さ。まあ、刺されるのはもう御免こうむりたいが。 朝倉。 「……うん」 少し眠くなっているんだろうか、朝倉の返事は小さかった。 明日まで覚えてられないかもしれないが、あの時の事はもう気にしなくていいぞ。 「……うん」 その返事を最後に朝倉は熟睡してしまい、俺は揺さぶったり濡れタオルを顔に当てるなど頑張ったものの全て効果なし。仕方なく布団まで朝倉を運んで 旅行1日目は終わった。 翌朝。訂正、翌昼とでも言うべきだろう。俺が起きたのはすでに正午を回った時間だった。 目が覚めて最初に感じたのは胃の不快感、次に感じたのは頭痛。言い訳しようもないくらいに二日酔いって奴だな。 「おはよう? 顔色良くないよ、大丈夫?」 ……お前は元気そうだな。 朝倉はといえば俺よりも飲んでいたはずなのに元気な顔で、湯上がりなのか髪を拭いている所だった。 「起きられそう? 朝ご飯のお味噌汁を残してあるんだけど飲めそうかな」 ああ、頼む。 何とか体を起こしてはみたが、今日はもうこのまま寝ていたい気分だ。甲斐甲斐しく動いてくれている朝倉の姿を目で追うのも億劫で、俺はぼんやりと 布団を眺めていたりした。やがて鼻をくすぐる味噌の匂いが漂ってくる。するとまるでスイッチが入ったみたいに何も食べられそうにないと思っていた胃が 突然空腹を訴えてきやがった。 「はい、温め直したばかりだから火傷しないでね」 そう言ってお盆ごと渡された味噌汁は、茸が一杯入れられた軽食になってしまうようなボリュームで早々と俺の胃は満足してしまった。我ながら忙しい奴だぜ。 ありがとう。 空になった食器は朝倉がテーブルまで持って行ってくれた。さて、今日はどうしようか。本当にこのまま寝ているってのも悪くないと思うが、せっかくここまで 来たんだしな。 「ねえ、昨日の事って覚えてる?」 雪ダルマでも作ろうか? と考えていた俺に朝倉は少し恥ずかしそうに聞いてきた。 昨日の事、ああ。あれか。 その続きが聞きたいのか、朝倉は俺の顔をじっと見て黙っている。 あんまり飲み過ぎるのはどうかと思うぞ。まあ、俺と違って翌日に残らない様に飲めるのは大したもんだけどな。 「あ、そうだよね。恥ずかしい所みせちゃったな」 俺の言葉に照れながら笑う朝倉。その笑顔はいつもクラスで見せている整い過ぎた笑顔ではなくて、今は何か楽になったような感じだった。朝倉、長門じゃない けどな、お前も少しは人を頼る事を覚えた方がいいぜ。あんな酩酊しないと本音を言えないようじゃ、生きていくのが辛すぎるぞ? 何て言われた所で生き方を 変えるような奴には見えないんだけどな。――そうだ、朝倉に俺が言ってやれる事が一つあるじゃないか。もしかしたら、朝倉が聞いた昨日の事ってのはこの事 なのかもしれない。 朝倉、本当にもう気にしなくていいからな。 「え?」 俺の言葉に朝倉はしばらくじっと俺の顔を見つめていたが、やがて小さく「うん」と言って頷いた。 ――その日、結局俺は日中の殆どを寝て過ごしてしまった。 せっかくの旅行なのに何をやってるんだ? と自分でも思ったのだが、布団の心地よさの前にあっさりと屈伏してしまったのさ。その間、朝倉は温泉巡りに 勤しんでいたらしい。一緒に来てるのに一人にしてしまって悪かったな、と言おうと思ったが朝倉は楽しそうに入った温泉の違いなんかを話しかけてきたので 言わないでおく事にした。おかげで退屈する事もなく時間は過ぎていってしまい、気づけばもう夕食の時間だ。明日の朝には帰るんだよな? なんか現実感が ないぜ。まだ初日の夜なんじゃないかって気がするくらいだ。 初日同様、大量に並べられた夕食の前に朝食と昼食を食べ損ねた俺は気合いを入れて臨もうとしたが、 「あんまり食べると温泉にいけなくなるよ? もう入らないのならいいんだけど」 寝ている間に予約しておいてくれたらしい、朝倉の手にはあの木札があった。 危なかった、昨日と同じ展開になるところだったぜ。 朝倉の忠告があったおかげでそこそこの量で夕食を終え、俺達は予約の時間までのんびりと待つ事にした。あの料理が美味しかったとか、休憩室の 足裏マッサージが気持ちいいとかそんな話題が続いていた時の事だ。会話の合間で不意に訪れた沈黙、こんな時いつもなら朝倉が何か話しかけてきそうな ものなんだが、その時は何故か俺が話かけていた。しかも、言うつもりのない話題を。 朝倉、国木田から全部聞いたぞ。 それまで笑顔でいた朝倉の顔に驚きと、戸惑い。その他色んな感情が混ざったような複雑な表情が浮かんだ。言うべきじゃなかったな、やっぱり。でもまあ 言いかけた以上は最後まで言うしかないだろう。俺は腹をくくってその先を続けた。 教えてくれ、何で俺と二人で旅行に来たかったんだ? 国木田から聞いた話によれば、だ。 今回の旅行は最初は確かに4人で行くはずだったらしい、ところが出発前日になって国木田に谷口から電話があったそうだ。内容は「俺は行けなくなった3人で 楽しんできてくれ」だとよ。しかも行けない理由ってのはインフルエンザではないらしい。 それから、国木田はまず朝倉と連絡を取ったそうだ。予約の関係を全部やってくれたのは朝倉だったからな。国木田は朝倉と話をして、何故か国木田も不参加を 決めたそうだ。1週間近く前から計画していた旅行を前日に行くのを辞める理由ってのはなんなのか、しかも集合には顔を出しておいて途中で居なくなるなんて 事をやった理由は?わからない事だらけだが、何故朝倉は全部知っていて俺には何も言わなかったんだ? 聞きたい事は他にもあるが、朝倉ならいちいち言わなくても全部話してくれるだろう。 しかし、よほど言いづらい事なんだろうか? 朝倉は困った顔で視線を彷徨わせていた。 そしてようやく口を開いた第一声が、 「あのね。旅行の前日に、その。谷口君に……告白されたの」 これだった。 あいつ、本気だったのか。冗談だとしか思ってなかったんだが……でもこの旅行に来なかったって事は結果は多分駄目だったって事なんだよな。 聞いておいてなんだけど、個人的な事だったら無理に言わなくてもいいぞ。 「うん……でも今言わないと言えなくなりそう。谷口君には、他に好きな人が居るからごめんなさいって言ったの。それから国木田君から谷口から話は聞いたよって 電話があったの。国木田君は、好きな人が居るならその人と二人で旅行に行った方がいいんじゃない? って言ってくれて。その人は恋愛感情に疎いから、 僕も協力するよって……その」 ここまでくれば、流石に俺でも気づく。 国木田は、俺が朝倉と二人だけだと知ってたら旅行を止めてしまいそうだから一芝居打ったって事か。 肯く朝倉。つまり、その恋愛感情に疎いらしい朝倉が好きな人ってのは、だ。 「私が、キョン君と一緒にここへ来たかったのは……。私がキョン君の事を、好きだから」 あの、いつでも冷静で人当たりのいい笑顔を絶やさない朝倉が、今は真っ赤な顔で俺を見ている。 夢か? 夢なのかこれは? それともそこの襖の向こうで谷口が待機でもしてるのか? しかし、どれだけ待ってもプラカードをもった谷口は現れなかった。 「やっぱり。迷惑かな」 俺が無言でいるのを、朝倉は否定と取ったのだろうか。今ならはっきりわかるぜ、クラスで見せていた無理に作った笑顔って奴を浮かべて俺を見ている。きっと朝倉は、 自分の感情を隠す時はこの笑顔で自分を覆っていたんだろうな。誰にも本当の事を伝えられない時間の辛さって奴を、俺は少しは知っているつもりだ。 勉強会で朝倉がたまに俺へと向けていた笑顔は、ここに来て俺に見せてくれていた素の朝倉と同じだって事も今ならわかる。 朝倉。 「……うん」 何も躊躇う事はない、自分の気持ちを伝えてやればいいだけだ。それだけの事のはずが、喉はやけに渇いてくるし手の平は汗ばんでいた。悪いな、こんなに 緊張する事をお前に先に言わせるなんてずるいよな。 朝倉の目は震えている。そうだな、いつからそうだっかなんて覚えてない。けど間違いなく――。 俺も、お前の事が好きだぜ。 そう言い切った途端、朝倉の体が小さく震えだしそのまま泣きはじめてしまった。 「本当に重くない? 大丈夫」 平気だ、っていうか軽すぎると思うぞ。 壁際に座った俺に遠慮しながらもたれてくる朝倉は、冗談ではなく本当に軽かった。ようやく泣き止んだ朝倉は、泣きすぎて変な顔になってるから見ないで、と 顔を隠してしまった。でもそれじゃ話もしにくいだろうって事で、俺が背もたれになったって訳さ。決して下心があった訳じゃないぞ。 朝倉、なんのシャンプー使ってるんだ? 「え、変な匂いだった?」 驚いて振り向く朝倉の目は、本当に真っ赤になっていた。これはこれで可愛いと思うんだがな。 いや、いい匂いだぞ。俺は好きだ。 「……よかった。シャンプーは石鹸シャンプーを使ってるんだけど、リンスにお酢とアロマエキスを自分で混ぜたのを使ってるの」 随分と手が込んでいるだけあって、朝倉の長い髪は俺とは構成材料が違うんじゃないかってくらいに綺麗だ。 なんとなく髪を撫でている時に思いついた。 朝倉、ポニーテールってできるか? 「え、できるよ。ちょっとまってね」 髪ゴムを取って戻ってきた朝倉は、目の前でポニーテールを結んで見せてくれた。サイドの髪は残したままのスタイルか、実にいいね。 似合ってるぞ、それ。 「本当?」 ああ。 「じゃあ、これからずっとこうしていよっと」 尻尾を揺らしながら朝倉はまた俺にもたれてきた。浴衣越しに感じる朝倉の鼓動が自分の鼓動に重なる。俺だって健全な男子高校生であり、こんな状況で あれば眠れない夜なんかについ耽ってしまう妄想を現実にしてしまってもいいんじゃないのか? なんて事を考えるのも無理は無いだろう。しかし、だ。実際に 背中からとはいえこうして抱きかかえてみると、朝倉の体は力を入れてたら壊れちまうんじゃないか?――まあ、壊れまではしないんだろうが――と思うほどに 華奢で、産まれたての子猫を不器用に両手で支えるような慎重さで俺は朝倉の体を包むのが精一杯だった。 あ、しまったな。 別に悪い事じゃないんだろうけど、俺はさっき朝倉に言った言葉が以前ハルヒ相手に言った言葉と同じだった事に気づいた。自分のボキャブラリーが少ない せいなんだが、なんとなく不誠実というか申し訳ない気分になる。でも、これって朝倉にわざわざ言う事じゃないよな。 「どうかしたの?」 俺の罪悪感でも感じ取ってしまったんだろうか、朝倉は俺の顔を横目で見ている。 なあ朝倉。秘密って無い方がいいと思うか? 「どうしたの急に」 いや、深い意味は無いんだ。 「そうね。……無いほうが良いとは思うんだけど、私はキョン君に言えない事もあるから、二人の間に秘密があってはいけないって言われると苦しいな」 そうなのか。 「こんな事言ったら余計に聞きたくなるよね。でも、言うと嫌われそうな事だから、できれば聞かないで欲しい」 じゃあ聞かないさ、変な事を聞いて悪かったよ。 お互いにそこそこの時間を生きてきてるんだ、言うまでも無い事や言えない事の一つや二つあるのが普通だと思う。 「……ねえ。一つお願いがあるんだけど、いいかな。」 言ってみな。 「あのね、その。急にこんな事言われて困ると思うんだけど、今じゃなきゃ言えない事だって思って、その」 さて、どんなお願いなんだろうね? とのんびり待っていた俺に、朝倉が言ったお願いとは… 「一緒に……温泉に入らない?」 結論から言おう、いいお湯だった。以上。 あ、他に何か言うことがあるだろうって? そんな物はない……ああ、朝倉はポニーテールが濡れない様にまとめてお団子にしていたぞ。あと、ちゃんと バスタオルも巻いてた。これで十分だよな? 温泉から上がった後は二人でフルーツ牛乳を飲んで、湯冷めする前に眠ったよ。布団? ……一組しか使ってない、それだけだ。 細かい経緯や心情描写は脳内で補完して貰えれば幸いだ、俺が恥をかくぶんにはどうでもいいが朝倉の名誉だけは断固守らせてもらう。しかしまあ、 ここまで読んでもらって何も伝えないのもどうかと思うから一つだけ言おうか。 朝、目が覚めた時。朝倉はまだ俺の隣で眠っていた。携帯で見た時計はまだ5時で、俺は二度寝しようと再び目を閉じた。しかし何故だか眠気は戻って こなかったので、俺はせっかくだからと朝倉の寝顔をじっと見ていた。ほんの2時間程の事さ。 「……おはよう」 ようやく目を覚ました朝倉が微笑む。なんていうのかね、これが幸せって奴なんじゃないだろうか? 以上、惚気はここまでだ。満足したかい? 朝食後、のんびりと帰り支度を済ませた俺達は少し早めに宿を出た。 夢のような、というか本当に現実なのかも怪しい程にサプライズ満点だった温泉旅行は無事に終了し、久しぶりに戻ってきた駅には何故か国木田と……。 「……お、お幸せにー!」 俺と腕を組んで改札を出てきた朝倉を見て、何か叫びながら走り去る谷口の後姿があった。 おい谷口! 土産……あいつ、何しにここまで来たんだ? 「どうしても自分の目で見ないと納得しないって谷口が言いはってさ。まあ気にしないでよ。それより温泉は楽しかった?」 何事も無かったかのように国木田はさらりと言いきった。 ああ、何か気を使わせちまったみたいだな。これは土産だ、谷口の分も入ってるが好きに分けてくれ。 「こんなにいいの? あ、温泉卵もある。ありがとう」 「国木田君本当にありがとう。せっかくの旅行だったのにごめんね?」 「気にしないでいいよ。谷口は自爆で、僕は勝手にやった事なんだから」 お前、本当にいい奴だったんだな。 「気づくのがいつも遅いんだよ、キョンは」 何故か寂しそうな顔で国木田は笑った。 谷口の予言によれば俺はすぐに飽きられて振られるそうなんだが、冬が過ぎ春が来た今も俺は朝倉との付き合いは続いている。 二人の間であった事といえば、そうだな。俺が朝倉に涼子と呼んで欲しいと懇願されてるのにをまだ朝倉と呼んでいる事と、一人暮らしで身寄りが無い事を 理由に朝倉のマンションで同棲生活をはじめた事くらいだろうか。詳しくは聞くな、惚気にしかならない。 元々放任主義だった親にこの時ばかりは感謝したね。というか、何度か遊びにくる内に朝倉が自分で生活費をしっかり稼いでくる優等生だと知った親がむしろ 俺を教育してもらうつもりで許可したのかもしれないが。 テーブルの向こうで恋人兼先生である朝倉が何かを期待した目で俺を見ている。もう少し待ってろ、最後の問題ももうすぐ終わるからな。 今日はこの問題が終われば勉強はおしまい、後は二人の時間って奴だ。 さて、長かった俺の話もいよいよこれで終わりだ。 これから俺達がどうなったって? そんな事は誰にもわからない事さ。でもまあ、俺の隣にはいつも朝倉が居る。 それだけは間違いないね。 朝倉涼子の誰時 季節は春、高校2年になった俺はまた朝倉と同じクラスだった事を喜び、ついでに国木田と谷口まで同じクラスだった事も建前上喜んでおいた。 勉強会は結局旅行後はなくなってしまった。まあ、仕方ないよな。それでも国木田が勉強を教え続けているせいなのか、谷口のテストの点は 上がったままだ。 しかもどうやら俺にテストで勝つのが今の目標らしく、毎回の様に結果表を見ては悔しがっている。悪いな、こっちの先生は特別なんだよ。 そんなどこまでも平和で、何一つ不思議な事等起こる気配も感じない生活を続けていた俺達だった――んだ、その時までは。 だから俺はあの感情を感じさせない同級生の顔を久しぶりに見たとき本気で驚いた、冗談抜きで錯覚だと思ったさ。 いつものように他愛も無い話をしながら学校から帰った俺達を待っていたのは、間違えるはずも無いマンションの入り口で一人立つ長門だった。 長門! 思わず俺は走り出していた、迫ってくる俺に対して長門は何の反応も無い。 お前、怪我は無いか? 今までどこに居たんだ? みんなは? 俺の顔をじっと見つめるだけで、長門はどの質問にも答えはしなかった。しかも何故か着ているのは冬制服だったりする。 「……」 長門? 久しぶりに聞いた同級生の第一声は、やはり感情の感じられない声で 「朝倉涼子と話をさせて欲しい」 だった。 そりゃあ構わないが…長門、 「……貴方の質問に今は答える事ができない。でも後で必ず話す。約束する」 まさか、朝倉をまた消してしまうとかそんなんじゃ? 聞いてくれ、今の朝倉はもう普通の人間で危険なんか何も 「大丈夫よ、そんなに心配しないで?」 長門を説得しようとした俺を止めたのは、朝倉だった。本当に大丈夫なんだな? そう視線に込めてみると、朝倉はその意味がわかったようで ゆっくりと肯く。 わかったよ。俺は家に帰ってればいいか? 「うん、ごめんね?」 まあ、何かあるにしても俺に相談も無く長門は無茶なことをしないだろうしな。 俺はそれ以上深く考えず、持っていた朝倉の鞄を渡した。 じゃあまたな。 「じゃあね」 いつもの朝倉なら、絶対に「また明日ね」とか、「また来週ね」と言っていた事に俺は結局気づかなかった。 「お久しぶり、こうやって長門さんと話すのはあの教室以来になるのかしら」 505号室。殺風景だった朝倉の部屋は今では二人の私物でそれなりに手狭に感じる。 「……」 長門は入り口でじっと立ち尽くしている。 「立ち話もなんだしどうぞ座って? すぐに紅茶を入れるから」 キッチンから聞こえる朝倉の声に従い、長門は迷う事無くソファーに向かう。 しばらくして、紅茶の香りと一緒に朝倉がティーセットを持って戻ってきた。 「お待たせ。……それで、どんなお話なのかな。情報の共有で伝えられる事ならそうしてもらってもいいんだけど」 朝倉の言葉に長門は首を小さく振る。 「できない」 「え」 「今の貴女では情報の共有には耐えられない。貴女が思う以上に、残された時間は少ない」 「残された時間って」 「貴女には、もうその有機情報を維持するだけの力は残されていない。十数分後には限界を向かえ、情報連結の解除が始まる」 長門の言葉は、何故か苦しそうだった。 暫くの沈黙の後、 「そっか、そうだったんだ。ねえ、私へのメッセンジャーとしてわざわざここに来た訳じゃないんでしょ?本当の要件を教えてよ」 「……涼宮ハルヒは、現在も異世界に自分を閉じ込めている。本来であれば、貴方は彼に協力して涼宮ハルヒを救い出すはずだった。何度か歴史を修正する チャンスはあったが、そうはならなかった。貴女は彼と生きる道を選び、また彼もそれに同意した。結果、涼宮ハルヒはこの世界に戻る事もなく、自立進化の 可能性が見出せないとして統合情報思念体は地球というこの星に興味を無くした。しかし宇宙のどこを探しても涼宮ハルヒの様な存在は見つけられないでいる」 「そっか、そんなシナリオだったの」 長門の顔が、見るからに苦しそうに歪んだ。 「貴女の消滅に合わせて、情報統合思念体により世界が涼宮ハルヒが消える前の状態に再構成される」 「それって、私はまた一人ぼっちになるって事なの?」 「……違う。本来あるべき時間の流れが変えられてしまった事で、情報統合思念体は貴女の存在を危険視している。再構成された世界に貴女は居ない」 「なんで、長門さんが泣いてるのよ」 長門は声も無く、ただ涙を流していた。 「よく、わからない」 「今、貴女の目から流れてるのは涙って言うの。人間は悲しい時にそれを流すのよ」 「よく、わからない。……情報統合思念体には、貴女の存在が消えるまでは涼宮ハルヒが二人によって救出される可能性があると報告してきた。でも、 貴女の消滅が迫った事でそれももう不可能になった。私にはもう、どうする事もできない」 二人の間に痛いほどの沈黙が流れる。 その沈黙を破ったのは朝倉の明るい声だった。 「あ~あ、残念。せっかく彼とうまくいってたのにな……でも、どうせ私が消えて彼だけが残されるくらいなら、私の居ない時間まで戻った方が彼も幸せよね そんなに泣かないでよ。最後くらい、私も笑っていたいんだから」 そう言って笑顔を浮かべる朝倉。 やがて迷うように長門は口を開いた。 「貴女が望むのならば私の中に貴女の情報の一部を残す事は可能、現在の記憶の保存と視覚や聴覚といった感覚は私と同期する事ができる。ただし、推奨はしない」 「どうして?」 暫くの沈黙の後。 「万一、私の機能が停止した時は貴女の中に私のデータを保存する為のバックアップが生まれる。その状態では有機生命体として活動する事はできない、 情報統合思念体の保護を待つ間の待機状態。保護されるまでの間は、情報収集の為に貴女と常に同期した状態になっている。今回も、そうだった」 「あ……ごめんね。ごめんね? 私、長門さんが彼の事好きだって知ってて」 遮る様に首を振る長門。 「彼には。貴女が必要だった」 「……ねえ。後、どれくらい時間はあるの?」 「殆ど残っていない」 「ありがとう、ぎりぎりまで彼と一緒にいさせてくれたんだね。ねえ、泣かないで? 悪いのは私、彼が欲しくて涼宮さん達を取り戻せるチャンスがあっても 無理だって嘘をついて来たんだもん。自業自得よ」 朝倉は本当の笑顔を浮かべて、長門の手を取った。 「ねえ、長門さんとの同期。お願いしてもいい?」 「……何も言えず、触れる事もできない時間は辛い」 「それでもいいの」 「……了解した」 朝倉の最後の言葉を待っていたかのように情報連結の解除がはじまった――光の粒になって朝倉の体が消えていく……。 最後の瞬間まで、朝倉は微笑んで長門を見つめていた。 ありがとう。 「じゃあね、彼とお幸せに」 その言葉を最後に、朝倉涼子の存在は――消えた。 ――お父様は自立進化する事の大切さを私に教えてくれた、それを正しいと私も思うし理解もできる。 でも、自分の力だけではなく、互いに助け合って生きる事の素晴らしさを彼は教えてくれた。だからこそ、自分の残された時間が長くないってわかってても私は それを彼にも伝えず、平凡な毎日に無理な変化も求めなかった。定められた寿命に気づく事無く、それを全うして生きる。 結果として何も残らなくても、その時間は無駄なんかじゃない。決して、無駄ではない。 何故なら、私はそんな時間を彼と過ごせた事を誇りに思ってるもの。 お父様も、いつか答えは一つじゃないって事にきっと気がつくはず。 もしも願いが叶うなら――また彼と。 後日談 12月24日。 終業式も無事に終わり、俺はハルヒ特製鍋を食べに行こうとついさっきまで確かに思っていた。しかし何故だろう、今はこうして教室に居て、しかもだ。 谷口、ちょっといいか。 何故か谷口に話しかけている。どうしちまったんだ?俺は。 「ん」 帰り支度も終わっていざ教室を出ようとした谷口は、呼び止めた俺に不審な顔を向けている。 さて、俺は何でお前を呼び止めたんだったかな。と、考える前に何故か口は動いていた。まるで、いつもそうしていたかのように。 なんだか知らないがお前と勉強する気になったんだが。 「はあ?何言ってんだ?」 谷口も国木田も目を丸くしている。そうだよな、終業式も済んだ今日ほど勉強とは縁遠い日はないよな。そう俺も思うさ、でもな?何故か 今日はそんな気分なんだよ。 自分でもよくわからんが、まあたまにはいいだろ。俺だけ勉強して赤点仲間を失って一人になるのは辛いと思うぞ? 「脅かすなよ……まあいいか、よくわからんが俺も今日は勉強してもいい気がしてるしな」 意外な事にこの誘いに谷口も乗ってきた、これは大雪でも降りだしそうな気がしてきたぜ。ああ、そうだ。何故か国木田も誘わなきゃいけない気がしてきた。 国木田、悪いけど俺と谷口の勉強を見てくれないか? 「え?うんいいよ。どこで勉強するつもりなの、ここでやる?」 鍋の事なんか完全に忘れていた、本当だぜ?俺は思いついたままに口を開いていたのさ。 そうだな、文芸部の部室はどうだ? 朝倉涼子の誰時 終わり
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γ-1 「もしもし」 山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。 ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。 「あんた、風呂入ってるの?」 「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」 「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」 「で、何の用だ?」 「あのさ……」 ハルヒは、ためらうように沈黙した。 いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。 「……明日、暇?」 「ああ、特に何の予定もないが」 「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」 ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。 さっきの間はいったいなんだったんだろうな? 俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。 γ-2 寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。 相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。 「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」 俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか? 「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」 「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」 「それでかまわん」 「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」 「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」 「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」 ほう。お前が弁護に回るとはな。 「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」 まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。 「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」 「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」 「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」 それを覆す切り札がないわけではないがな。 だが、それは諸刃の刃だ。 「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」 「いえ、何もありませんでしたが、何か?」 「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」 古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。 「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」 「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」 「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」 「あのハルヒに限って、それはありえんね」 「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」 「勝手に言ってろ」 古泉との電話はそれで打ち切られた。 次は、長門だ。 今度は、ワンコールで出た。 「…………」 「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」 「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」 即答だった。 「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」 「そう」 「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」 「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」 「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」 「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」 「そうか」 このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。 「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」 長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。 γ-3 ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。 しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。 シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。 γ-4 翌、日曜日。 妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。 「遅い! 罰金!」 もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。 なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。 「なんで、おまえがここにいるんだ?」 ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。 「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」 「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」 ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか? まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。 「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」 「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」 待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ? この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。 「フン。いつものところに行くわよ!」 なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。 ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。 話し合いというのは、何のことはない。 俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。 まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。 なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。 「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」 それが佐々木の感想だった。 なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。 だが、俺はこう答えた。 「ただ単にこき使われてるだけだ」 「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」 次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。 話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。 聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。 「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」 「友人よ」 さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。 「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」 「友人以上ではなかったってこと?」 「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」 どこが違うんだ? 俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。 「はぁ……」 ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。 「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」 おいおい、物騒なこというなよ。 ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。 「僕も同感だね」 佐々木まで賛同しやがった。 俺がいったい何をしたってんだ? 茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。 総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。 そのあと、三人で不思議探索となった。 傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。 そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。 結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。 そして、駅前での別れ際。 俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。 何を話しているかは聞こえなかった。 知りたいとも思わなかった。この時には。 γ-5 月曜日、朝。 昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。 学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。 ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。 また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。 疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。 寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。 昼休み。 なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。 俺の机の上に、弁当箱を置く。 「今日は弁当なのか?」 「そうよ。そんな気分だったから」 机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。 こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。 なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。 ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。 「その唐揚げ、おいしそうね」 ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。 「ひとのもん勝手にとるな」 「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」 ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。 「むぐ」 クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。 とんだ羞恥プレイだな。 こりゃいったい何の罰ゲームだ? 「感想は?」 ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。 「うまい」 実際、それはうまかった。 「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」 そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。 だがな、ハルヒよ。 いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。 まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。 俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。 その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。 いつものように部室に行くのかと思いきや、 「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」 ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。 はて、何を企んでるんだろうね? そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。 まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。 γ-6 部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。 「涼宮さんは?」 古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。 「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」 「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」 「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」 「まあ、それはないでしょう」 そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 「ところで、昨日はどうだったんですか?」 古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。 いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。 俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。 「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」 「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」 「まったく、あなたという人は」 「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」 心配なのは、そこのところだ。 「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」 俺は、長門の方を見た。 「長門の意見はどうだ?」 長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。 「私も、古泉一樹の意見に同意する」 「そうか」 一応、もう一人のお方にも聞いておくか。 「朝比奈さん」 「はい?」 「二月に会った、あの未来人のことですが」 「ああ、はい。覚えてます」 「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」 「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」 うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。 仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。 それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。 その話題は、そこで打ち切りになった。 「どうです、一勝負」 古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。 「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」 俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。 朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。 いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。 それにしても、ハルヒは遅いな。 そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。 「ごめんごめん。待たせたわね!」 部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。 団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。 「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」 そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。 続き 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
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編集する。 2021-12-08 18 57 18 (Wed) - 涼宮ハルヒ2期とは、涼宮ハルヒの憂鬱のアニメ2期。 あらすじ 登場人物 用語 リンク 出典、参考 あらすじ 登場人物 涼宮ハルヒの登場人物 用語 涼宮ハルヒの用語 リンク 編集する。 2021-12-08 18 57 18 (Wed) - 出典、参考
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ハルヒ「レジェンズを探しに行くわよ!キョン!」 キョン「一体なんだ、そのレジェンズとか言うやつは」 ハルヒ「まあ、レジェンズについて知りたかったらウィキペディアを見るといいわ!」 俺が確信を持って言えるのは夏休みの時、レジェンズ 甦る竜王伝説 というアニメが再放送されていたということだ。 妹はきゃあきゃあ言いながら見ていたが、ハルヒときたらわざわざいるはずもないウインドラゴンやらを探そうというのだ。 あのアニメがこの地区で再放送されなきゃ良かったと思った、わざわざ特番組むなよテレビ局。 ハルヒ「何ブツブツいってるの?言っとくけど、本物を見つけるまで探すのよ!」 キョン「やれやれ」 みくる「キョン君、れじぇんずってなんですかぁ?」 キョン「ああ、それはですね・・・」 俺は朝比奈さんにレジェンズをウィキペディアで教えてあげた、シロンやランシーンといった、レジェンズの画像も見せてあげた。 朝比奈さんはシロンとランシーンをみるなり、 みくる「ふぇぇぇ、過去にはこんなモンスターがいたんですかぁ?」 キョン「大丈夫ですよ、これは単なるおもちゃやアニメの中での話です」 みくる「ふぅ、よかったです」 ハルヒ「ちょっと!みくるちゃんにいないなんて言わないでよ!本物がいるかもしれないじゃない!」 いたらそれでいて永久にソウルドールの中で眠っていてもらいたいね。 古泉「でも、いないという可能性は否定できませんよ」 さらっとそういうことを言うな。 古泉「涼宮さんは願望を実現する能力があります、もし彼女がレジェンズがいて欲しいと願ったら・・・」 キョン「バカな、俺も子供のころ一時期レジェンズにハマったが、今じゃあんな物によく興味が沸いたな、と思ってるさ」 俺が古泉とこそこそ話しているのに気付かなかったのか、ハルヒはカバンから何やらゴソゴソと取りだしたのはなんとあのレジェンズを召喚する為の道具、タリスポッドだった、どこで見つけてきた、そんなもの。 ハルヒ「リサイクルショップで500円で買ってきたのよ、大丈夫よ、ちゃんと人数分あるから!」 どこが大丈夫なんだ。 ハルヒ「いい?レジェンズはソウルドールという結晶に封印されているのよ、たぶんそれは何処かに封印されていると思うから、次の土曜日に駅前に集合ね!」 俺は貰ったというより、押しつけられたと言ったほうがいいタリスポッドをカバンの一番奥に入れて、そのまま部室を後にしようとした、が、俺の制服の裾を、長門が引っ張っていた。 キョン「どうした?長門?」 長門「レジェンズは実在する」 キョン「ま、まさか、長門、お前最近ゲームにハマってきたからって、それはないだろう」 長門「いる」 俺は長門の、「いる」という言葉にビビった、確かに、長門は幾度もなく俺のピンチを救ってきた、こいつがいると言ったら、ホントにいるような気がしてならない。 キョン「まあ、探してみていないか調べるぞ」 長門「・・・・・・」 気のせいだろうか、長門の顔が少し寂しそうに見えた。 そして、土曜日がやってきた!・・・・・・来なくてもいいのに。 俺は約束通り駅前に集合した、案の定。 ハルヒ「遅い、罰金」 一番遅いのは俺だった、どうやったらこの三人より先に来れるのだろうか、それが知りたい。 そして、じゃんけんで班を決めた、俺はハルヒと一緒の班で、後の三人はその三人で班になった。 俺はハルヒに連れられ神社にやってきた、何故神社なんだ。 ハルヒ「ソウルドールって、案外簡単に落ちてる物じゃないのよ、こういう所に封印されている事が多いのよ」 この神社は何時からレジェンズ封印されているソウルドールの在りかになったのだ、ここはただの神社のはずだぞ。 そして、30分も探したが、神社にソウルドールは無かったようだ、当たり前だが、そんなもんが封印されてたら今頃誰かが取っていってるはずだ。 ハルヒ「おっかしいな」 石の上で跳ねながらそう言った。 キョン「諦めて帰ろうぜ」 ハルヒ「はぁ!?やる気あんの!?」 キョン「やる気とか、そういう問題じゃないだろう」 ハルヒ「せっかくタリスポッドを買ってきたのに」 キョン「俺・・・帰っていいか?」 ハルヒ「もう一か所だけ、探してないところを探してみる」 しょうがない、もう少し付き合ってやるか。 ハルヒに連れられて来たのは、神社の裏にあった小さな祠だった。まさかその祠の中を探すんじゃないだろうな。 ハルヒ「ここに無かったら来週もやってやるわ」 来週もやるのかよ。 ギィーと古臭そうな音がして、祠の扉はたやすく開いた。 ハルヒは嬉しそうに飛び上がり、 ハルヒ「見つけたわ!ソウルドールよ!」 俺はこんな所におもちゃを置いた奴を憎むね、誰かが隠して忘れただけだろ。 ハルヒ「はい、これはあんたにあげるわ、あたしは他のを探すわ」 こんなもんを押し付けられても俺は嬉しくもないぞ。 ハルヒと言おうと思った時、ハルヒが俺を殴った。 キョン「何をす」 ると言おうとした時、ナイフが後ろの木に刺さった、誰だ、こんな物騒な物を投げたのは。ともかく、ハルヒには今回だけは感謝しよう。 そこにいたのは、思いもよらない人物だった。 朝倉「おしいわね、もう少しでそのソウルドールはあたしの物だったのに」 死んだはずの朝倉涼子がそこにいた、いや待て、この状況は何だ? ハルヒ「キョン!絶対にそのソウルドールは渡さないでね!」 こんな物を欲しがるのに何故俺を殺そうとした、朝倉は甦った時に気が狂ったのか? 朝倉「そのレジェンズは貴女達にはもったいないわ、あたしが使う」 キョン(ダメだこいつ・・・早くなんとかしないと・・・) ハルヒ「キョン!あんたのタリスポッドでレジェンズを召喚しなさい!きっと勝てるわ!それと、召喚する時はリボーンと言って、戻す時はカムバックと言うのよ!」 召喚など出来るはずも無いと思ったが、一応やることにした、ハルヒのご機嫌を損ねたら閉鎖空間が出来てしまうからな。 キョン「リボーォォォン!」 俺は何も出てこないというオチを期待していたのだが、そうもいかなかったようだ。 キョン「!?」 ハルヒ「!?」 朝倉「な、なんですって・・・」 俺のタリスポッドから召喚されたのは、飛行帽を被り、宝石がついた手袋をはめた、純白の羽を持つドラゴン・・・。 ウインドラゴンのシロンだった。 続く
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…なんだ、何が起こった?どうして俺は閉鎖空間にいるんだ?古泉お前のドッキリ企画か頼むから止めてくれ… ―古泉!?どこにいる古泉!?隠れても無駄だ出てこい! 『―彼ならここに招待しなかった。お前にしか用はないからな』 瞬間、空が震えた。今気付いたが、ハルヒが作り出した閉鎖空間よりも暗い。 そして、『彼』の声によるものだと気づくまで少々の時間を要した。 …どこにいるんだお前は!?古泉は?長門は?朝比奈さんは?どこだ!! 『彼らは元の世界で何も変わらず過ごしているよ。お前が居なくなって驚いているかも知れないがな』 …何で俺だけこの世界に呼び出した! 『お前は知っているのではないか?この世界がどのような世界なのか?』 この世界・・・この空間は、ハルヒが無意識下のストレスを発散させるために用意され、そして赤い玉をした超能力者に破壊されるかりそめの空間。ハルヒの不満が大きくなればなるほど拡大し、ついには元の世界と入れ替わってしまう可能性のある、言わば人間の細胞を蝕む癌細胞のようなもの。 俺はかつてこの空間に二度来たことがある。一度は癌細胞を消滅させるエスパーと、そしてもう一回、全て癌細胞に作り替えようとした他称神様と。 …癌細胞というのは聞こえが悪いか。 神様はノアの箱船に俺だけを乗せ、新天地を求めていたんだ。そして、俺の必死の説得により、神様は洪水を止め、元の世界に返してくれた。 『この世界は、自分が望む様に森羅万象を決定づけることができる。涼宮ハルヒの情報改変能力の一端を担っている。4年前、俺はこの能力を手に入れるため、涼宮ハルヒに接近した。だが、涼宮ハルヒは俺に感づいたのか、無意識のレベルで俺と接点が出来ないよう遠ざけていた。去年、この高校に入学するのに併せて俺はこの高校へ入学させた。入学当初は特に変化は見られなかったが、それから約二ヶ月後のある夜、突然情報噴出が止まってしまった。涼宮ハルヒの存在が消失していた。俺は涼宮ハルヒの能力を手に入れることが出来なくなったと思い、絶望した。幸運なことに数時間の時を経てその異常状態は元に戻っていた。俺は安心していた。そのときは。しかし、涼宮ハルヒから噴出される情報は月日が経つにつれて減少していた。またしても同じ目に遭ってしまう可能性があった。だがもう一度チャンスが訪れた。二ヶ月前より、涼宮ハルヒの情報噴出が復活の兆しを見せていた。この機会を逃せば、二度と手に入らないかも知れない。だから俺は涼宮ハルヒに接近した』 …こいつは4年も前からハルヒの存在を追いかけていたのか。ハルヒは無意識に気づいていたんだな。こいつがストーカーだと。 そして、情報云々の話が出てくるというとは、こいつは長門のパトロンの親類と言ったところだろうか? 『この世界の存在を教えてくれたのは、俺が拠所にしているこいつの有機生命体だ。その情報の痕跡が存在していた。有機生命体がもつ情報など、俺にとって些細な物であると考えていた。だが依代となった有機生命体がもっているそれは、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる情報の痕跡を宿していた。その情報より、涼宮ハルヒが進化の可能性を秘める情報を持つだけでなく、情報自身を有為無為に改変させることが分かった。これは俺にとっても有意義な情報であった。これであいつらに復習できると悟ったからだ』 …あいつら?誰だ?また新しいキャラクターが登場するのか?今度は異世界人か?いい加減勘弁してくれ。 『あいつらは俺の存在に嫉妬し、執拗なまでに追いかけ、俺の存在を、情報を構成する連結要素を崩壊させようとしていた。俺はこの星が存在する恒星集団にある、比較的大きな白色巨星に身を隠し、ひたすら耐えていた。どのくらいの時間が経ったのかは分からない。時間超平面を移動したところであいつらにはそれほど意味のない事だったしな。…俺は、無限とも思われる時間が過ぎたある瞬間、俺は情報爆発による情報噴出を確認した。俺はその目で情報噴流を確認したかったが、あいつらからの邪魔が入り、それが不可能になった。しかしその後、俺を招集するための情報が情報噴出源の極近くから確認された。その情報は、俺に対するあいつらからの追跡を完全に遮断していた。まるで俺のみを導くかのように。俺はその情報を元に、この惑星へと降り立ち、情報噴出源を捜索することにした。こいつの体に身を宿してな』 …なんとなく分かった。こいつはやはり長門と同じような存在。ただし敵対していた。 恐らく長門の親玉や、それに類推されるやつらに滅ぼされそうになったのだろう。 そして地球に逃げて、彼の体に憑依していた。長門の親玉達をやっつけるために、こいつの体に憑依したという訳か。 …ハルヒの能力を奪ってな。 『この世界ではあいつらも干渉することが出来ない。だから俺の存在を崩壊させる事が出来ない。だが、涼宮ハルヒの能力を完全に得ることは出来ないようだ。涼宮ハルヒからの抵抗が激しい。完全な物にするためには、『鍵』であるお前の力が必要だ』 …俺をどうするつもりだ!! 『俺はお前を崩壊させる気はない。お前という有機生命体を構成する情報を融合し、俺の一部にする。そうすることで、涼宮ハルヒの能力は完全に解放され、思うように力が行使できる。ただ、有機体は必要がないから排除するがな』 なるほど、つまり、俺は情報だけお前に取り込まれ、死んでしまうと言うことだろ? 『融合だ。お前の情報は残る』 だから、俺の意志やら決定、つまり、脳みその働きはなくなるんだろ? 『その通りだ。だが悲観することはない』 嫌だ。悲観だらけだ。俺の情報だけ取り出しても、俺という人間は存在は消えるし、人間の行動が出来なくなるのであれば、それは死と同じ事だ。 『…しかたあるまい。ならば無理にでもお前の情報を融合し、涼宮ハルヒの能力を解放させる』 そう言って、『彼』は具現化した。 ―あれは、神人!? 『彼』が具現化したと思われる神人は、しかし俺の知っている物とは微妙に異なっていた。 まず、色は鮮やかな海碧色ではなく、黒い、虚無の色をしていた。まるで、全てを否定するかのように。 『涼宮ハルヒの力を存分に発揮できないため、色々と制約がある。だが、お前を取り込むのには訳はない』 そういって、『神人』は右手を俺に向かって差し出してきた。とっさに俺は逃げ出していた。こいつとシェイクハンドをする気はさらさら無い。 ―あまり動きは早くないため、普通に走っていれば捕まらない。だが、俺には体力という限界値が設定されている。 このままだと、俺はいつか奴に取り込まれてしまう。 ―くそ!長門!古泉!どっちでもいいから早く助けに来てくれ!! 「………只今到着した」 あくまで淡々と、冷たく喋る声が、今回は心強く聞こえた。 ―無口少女と、清涼少年のカップルのご登場だ。 『貴様ら…どうしてここに!!』 「この空間での活動は、僕の専売特許でしてね。勝手に商売を始められて寡占するのはルール違反ですよ」 古泉は、俺と下らない世間話をするように『神人』に語りかけていた。 だが、いつもと様子が少し違う。元々この空間では古泉は赤い玉になって空を飛んだりしている。 しかし今回の古泉は、いつもの体に赤いオーラの様な物を薄く纏っているのみであり、さらに言うと若干ノイジーに霞んでいた。 長門は赤く発光はしていないが、ノイズがかかっているのは古泉と同様だ。 …長門。一体どうゆうことだ?これは? 「…古泉一樹の力と情報統合思念体の力を使って、この空間にアクセスした。涼宮ハルヒの不十分な力で確立しただけならば、古泉一樹の能力だけで容易に進入可能であった。しかし、彼は涼宮ハルヒの能力の他に、自分の能力、そして拠代となった人間の情報を行使してこの空間を具現化している。だから我々も、能力のスカラー合成、最適化を行ってこの空間にアクセスできるようにした。だが完全ではないため、ノイズがかかるなどの瑕疵が見られた。私も、古泉一樹の能力も、通常より著しく低下していると思われる」 長門の演説を久しぶりに聞いた気がする。こいつにも、蘊蓄を語りたい事と時間と場所があるのだろう。 「…この世界は、『彼』が作り出した閉鎖空間のため、涼宮さんが作り出したそれとは勝手が少々異なるようです。どちらにしろ、この世界を具現化している『彼』を倒さないと、この世界から戻ることは出来ないでしょう」 …できるのか? 「できなくはない。ただし保証はしかねる。この空間の不安定要素や彼の未確認不確定要素、私と古泉一樹の未知未到達な力場合成が原因にあげられる」 どのくらいの確率だ? 「悉皆不安定要素を排除し、優位な計算をした場合52%、不利な計算をした場合18%。ただし悉皆不安定要素の誤差が確定できないため、この数字に有効性を見出だすことができない」 要は俺たちの頑張り次第ってことか。 「そう。そして、この数字を無意味なものにしている一番の理由は、あなた」 俺が!? 「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。彼の力を無効化するのも、最大限に引き出すのもあなた次第。この世界並びに元の世界の生殺与奪はあなたにあるといっても過言ではない。あなたが元の世界に帰ろうとする意思が強ければ強いほど、涼宮ハルヒにその想いは伝わる。その結果、不完全に力の融合を果たしている彼との亀裂が生じ、彼は涼宮ハルヒの力を保てなくなる」 …なるほど。長門が饒舌なことに驚きを隠せないが、いまはちゃんと話を聞く事に集中していた。 「…さて、お話はこの程度にしておきましょう。あまり長く話していると、『彼』は涼宮さんの能力と完全に融合を果たすかも知れません」 古泉の話に、ふと『彼』の姿を見ると、『彼』は『神人』の姿で暴れていた。 といっても、八つ当たり気味に何かにあたっているのではない。神人の力を抑え込もうとしているようだ。 その証拠だろうか、『彼』が生み出した神人の色が、やや青く、濃い藍色のような色になっていった。 「融合を完全なものにはさせません!」 古泉は赤いオーラをさらに発揮させ、『神人』に近付いていった。ノイジーな長門の高速詠唱が傍らで聞こえる。 「…今の古泉一樹の能力は、私の能力との連携に依って成り立っている。逆も然り。どちらかが倒れてしまえば、どちらの能力も機能しなくなる」 …この空間が、それ程イレギュラーと言うことか。 古泉は、いつか見たように『神人』の周りを回り、攻撃の様なものを加えていた。 だが『神人』のほうも黙ってはない。古泉に向かって攻撃をしていた。 ただ、いつぞやみた神人とは違い、あの『神人』は手を伸ばし、さらにその手の平に当たる部分から数十本の触手を伸ばし、古泉に襲いかかっていた。 古泉はそんな攻撃も楽々と回避、あるいは撃墜し、本体の方に攻撃をかけていた。 そして、右腕の半分以上を切り落としていた。切口からはどす黒い液体が流れ、地面に滴っていった。 …これは、特に俺の出番はないようだ。巻き添えを食らわないように離れた方が良いな。 古泉は立て続けに攻撃していた。そして、左手首も同様に切り落とし、頭の攻撃に向かっていた。 ―刹那、古泉は叩かれた。まるで人間が自分の周りを纏りつく虫をおいはらうように。 「古泉!」 「…大丈夫。生命活動に影響を与える様な怪我はしていない」 『神人』は右手で古泉を振り払っていた。先ほど古泉が切り落としたはずの右手で。 …長門!どう言うことだ!?右手が復活しているぞ!あいつは再生能力があるのか!? 「彼には涼宮ハルヒの能力を再生するような治癒能力は具わっていない。彼は特異的局地的に時間平面を移動させ、自分の情報構成要素を過去のものにし、あたかも右腕を復活させたかのようにした。…迂闊。忘れていた。彼は自身の極近辺の時間平面を局地的に任意変換することができる」 なんだそりゃ!いくら切り落としても、『彼』が元の姿に戻すことができるってわけじゃないか!そんなのを相手にどうするんだ! 「…彼のコアを破壊する必要がある」 その、コアってのはどこだ? 「あそこ」 長門が指差したのは、『神人』の胸のあたり、人間でいう心臓の辺りである。 よく見ると、『彼』の姿をした人間が埋め込まれている様に見える。あれを狙えば、『神人』を倒せるというわけか。 「…ただし問題がある。彼自身は基本的に二足歩行性有機生命体、所謂人間である。彼は巻き込まれただけ。構成要素はあなたや古泉一樹と同じ。そのため、コアを攻撃することにより、彼の有機体に損傷を与えることになる。有機生命体への肉体的損傷は、有機生命体の生命活動を脅かすこととなる」 あいつ自身は宇宙人が作ったインターフェイスではなく、普通の人間と言うことか。確かに、普通の人間を倒すのは忍びない。 …他に良い方法はないのか? 「時間移動をされる前に彼を巨人の中から抜き出し、情報結合を解除すればよい」 できるのか? 「――わからない…。でも、やる」 …長門が久しぶりに自分の意志を見せた気がする。…よし、長門、やっちまえ! 「……そう」 そう言って、長門は高速詠唱を開始した。古泉の周りに赤いオーラが復活する。赤い玉はまたしても『神人』に向かって攻撃していた。 「パターン0FC85-12D、回避、時間移動を確認。続いて12Eに移る」 長門の指令に対し、古泉は恐らく長門の指示とおりに動いていた。 …もう数えるのすら億劫なパターンの攻撃を繰り返していた。 裏から回り込み、コアを取り出す方法、手足をもぎ取り、動けなくする方法、触手を腕や足に絡ませる方法… 様々な攻撃を繰り返していたが、こちらの意図に気付いた時点で時間移動を開始し、自身を初期化していた。 そして、それは非常にまずい展開になっていた。『神人』は時間移動により体力も元に戻るらしく、攻撃の手は休まることを知らなかった。 だが、こちらの二人はあからさまに最初より動きが落ちている。人間の古泉はもちろん、長門ですら動きに陰りが見られ始めていた。 この空間では、長門すらプレッシャーをかけられているのか? ―ドンッ― 嫌な音が耳に響いた。 …古泉が、『神人』の触手に貫かれていた。 「古泉ぃぃ!!」 古泉は、力無く落下していった。俺は無我夢中に、あいつの元に走っていった。 「……うっ……これ……は……お恥ず………かし…………い…ところ………を…見ら……れ…まし…ゴフッ!………」 古泉!喋るな!じっとしていろ!!今手当てしてやる!!! 「危ない!逃げて!!」 長門の、今まで聞いたことのない悲鳴が聞こえた。後ろを向くと、触手が迫って来ていた! やばい!! ―俺は反射的に目を閉じていた。半ば諦めていた― ―ドンッ― 先程、古泉を貫いた時と同じ音がした。…死ぬ時って、痛みを感じないんだな… ん…痛くない?…というか、どこも怪我をしていない?じゃあ、今の音は… ―俺の網膜には、触手に貫かれた長門が映っていた― 「長門ぉー!!」 俺は長門の元へ駆けていった。触手は貫いていた長門を外し、『神人』の元に帰って行った。 「―長門!しっかりしろ!長門!!」 「……大丈夫。肉体…の…損傷は…対した事はない……。古泉一樹……程…大きな怪我を負っている……わけではない…でも…私達二人…が…相互に使用する……力の…大半……を…失った……コアを引き出す……のは…不可能…に近いレベル…にまで…減少した…」 …もういい!喋るな!おとなしくしろ! 「…問題ない…私の残った力で…古泉一樹と…私の…肉体再生…を…行う……ただ…力の大半…を失った…ため……時間が…掛かる……私は…あなたに…賭ける…先…にも…言ったが…あな…た……の…『元の世界に戻る』…という…願望が………涼宮…ハルヒ…の…元に…届けば…この……空間……は…崩壊…せざ……るを……得な…く…なる……彼女………の……力を……依り…代…に……して…いる……以上……彼…の……力……だけ……では……この……空間…は……存在……で…き…な…い……か…ら……」 …もう喋るな!!お前らは傷を治せ!『神人』に気付かれぬ様、死んだ振りをしてろ!あとは俺が何とかする!! 「……わかっ……た……」 そう言って、長門は目を閉じた。…全く息をしていないようにみえる。古泉もだ。 死んだのではなく、死んだ様に見せかけている仮死の状態なんだろう。あいつらが死ぬわけがない、そんなわけがないんだ。 ―さて、俺の番だ。俺は『神人』に向かって、歩き始めた― 「長門と古泉を倒してしまうとは、さすがだな。だが、俺が倒せるかな!?」 …俺は精一杯の虚勢をはり、悪の大魔王の様な台詞をはいた。……怖いなんてもんじゃない。 さっさと逃げ出したい。だが、古泉と長門をほっぽるわけにはいかない。 『お前の頼みの綱だった限定空間の破壊者、対有機生命体用端末はあんな状態だ。お前に何ができる?』 …できるさ。この空間を脱出した実績はあるもんでね。ここにはハルヒはいないが、あいつに俺の意志を伝える事ならできるだろう。 「おいハルヒ!聞いているか!俺だ!頼みがあるんだ!みんなをここから出してくれ!変な奴に付きまとわれているんだ!お前しか頼る奴がいないんだ!頼む!助けてくれ!」 俺は閉鎖空間の空に向かって叫んだ。 『…神頼みか。所詮は有機生命体。情報の不確定さが如実に現れているな』 何度とでも言え。 「ハルヒ、長門や古泉も怪我をしている。お願いだ。この世界を壊してくれ」 『無駄だ。お前が鍵であることは知っている。そして、そのような手を使う可能性もな。だからこの世界に外部からの繋りを遮断する遮蔽場を存在させた。お前の神頼みは神に聞こえはしない!』 「ハルヒ!頼む、俺たちがこの世界に取り残されてもいいのか!?聞いてくれ!ハルヒ!!」 『無駄だ。諦めろ』 『神人』から触手が伸びて来た。逃げるのは間に合わない! ―バシッ― ―瞬間、触手が千切れていた。 「…間に合いました。大丈夫ですか!?キョン君?」 ―そこに立っていたのは部室専用のお茶汲みメイド、俺の癒し的存在、朝比奈さんだった― 「朝…比奈…さん?なぜここに…!?」 「キョン君に言われて来たんです」 先ほどまでのスーツ姿ではなく、いつもの制服姿で朝比奈さんはそう答えた。 「…俺に?いつ?」 「…今のあなたから四日後のキョン君です」 『神人』は、触手を切られたことにだろうか、激しく悶絶していた。 「…なるほど、またあの時の様に、未来からの介在があったというわけですか」 「いえ、違います。キョン君の命令です」 「え…?でも、未来からの命令がないと動けないんじゃ?」 「そのとおりなんです。キョンくんに言われて、未来からの通信を見たら、『何があってもキョン君の命令に従え』という最優先強制コードが発令されていたんです。驚いてキョン君に相談したら、『今から言う時間―四日前の午後七時、鶴屋邸で行われた争奪戦の特設ステージに時間移動してください』と言われたんです。でも、TPDDの許可がないから無理って言ったんですけど、『大丈夫だから』って言われて。そしたら、本当に移動できたんです。本来は許可を得ないと、使用不可能なのに…。キョン君、どうしてですか?」 「俺にも分かりません。そして、どうしてこの空間に入ってきたんですか?そして、その力は何ですか?」 「それもわからないんです。キョン君が、『その時間の俺を助けてくれ。願えば力が出るはずです』って言われて。…時間移動して、この空間侵入した瞬間、キョン君が襲われてたの。助けなきゃ、って思ったら、いきなり触手が切れて……ごめんなさい」 「いえ、あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」 「こちらこそ…。キョン君を助けることができて嬉しいです」 とんでもない能力を身に着け、小未来から来た朝比奈さんは、こんな状況にも関わらず、笑顔で返してくれた。 『貴様!どうやってこの空間に侵入した!』 『彼』が叫んでいた。ご自慢の遮蔽空間を、あっさり三人に突破され、気が立っている様だ。 『貴様もあいつらの様に貫いてやる!』 『神人』は、朝比奈さん(みちる改)に触手を向けていた。その数、およそ百に近い。 だが、朝比奈さん(みちる改)が手を向けた瞬間、激しい音を立てて全てを撃墜していた。まるで長門の高速詠唱を利用しているかの如く。 「朝比奈さん、いつのまにこんな能力が…」 「私にも分かりませ~ん!」 泣きそうな顔で触手を迎撃していた。何故自分にこんなことができるのか、本当に困惑している様だ。 「キョン君、元の世界に戻る方法を実行してください!」 「朝比奈さん、あなたも知ってるんですか?元の世界に戻る方法を?」 「私には、あの巨人を倒すほどの力は無いみたいです!」 朝比奈さん(みちる改)は触手を撃墜しながら喋っていた。 「だから、キョン君、元の世界に戻れるよう涼宮さんにお願いしてください!」 「朝比奈さんもその方法が一番だと思うんですか?でも、先ほどやりましたが反応が無いんです」 「それは、キョン君の本心を見せてないからです!本気で願ってください!本来の世界でやり忘れていた事があるんじゃないんですか!!」 ―やり忘れていた事― …朝比奈さん(みちる改)の言葉で目が覚めた。俺はうわべばかりの願いをハルヒにしてたのか。だからハルヒは願いを叶えてくれなかった。 …わかった。本当に帰りたい、その理由をハルヒに伝える! 「ハルヒ!!」 俺は声を張り上げ、空に向かってハルヒに問い掛けた。 「俺はお前に言わなければいけない事があったんだ。だが、俺はそのことに気付くまでにかなり時間が掛かってしまったんだ」 『神人』の攻撃は朝比奈さんが抑えている。だが、休まる気配が無い。 「この争奪戦中、特に最終試練で、俺は言い様のない焦燥感と苛立ちが襲ってきたんだ。谷口に『俺が涼宮と付き合ってもいいんだな』と言われ、国木田に『涼宮さんには、僕よりお似合いの人がいる』と言われ、焦ったんだ。その時は何で焦ったか分からなかったんだ。どうしようも無いほど馬鹿だな、俺は。そして、古泉に悟られ、ようやくその気持ちに気付いたんだ」 『神人』と朝比奈さんは攻防を続けているが、俺はその音が聞こえてなかった。ハルヒに想いを伝えるのに必死だった。 「だから、最後の一人には、絶対負けたくなかったんだ。…しかし、負けてしまった。この時ほど、負けて悔しいと思った事は無かったよ。お前を他人に取られるのがこんなに気分が悪かったとは、自分が一番びっくりだ」 気のせいかもしれないが、『神人』の攻撃が少し収まった気がする。 「ハルヒ、俺は…お前が…」 そこで、俺は一端言葉を切ってしまった。 「キョン君、躊わないで!想いを伝えて!私何も聞こえてませんから!」 朝比奈さん(みちる改)の、聞こえているのに聞こえて無いと言う、フォローになってないフォローが飛んできた。 「―お願い…あなたの…意思が…総てを…握っている―」 「…僕に…教えてくれた事は…嘘だったんですか…?…お願いします…あなたの…想いを…涼宮さんに…」 ―みんなのためにも、俺のためにも― 『神人』からの攻撃が、一層激しくなる。 ―ハルヒが、俺たちを元の世界に戻してくれる様に― 「ううっ!」 朝比奈さん(みちる改)の顔が厳しくなる。 ―ハルヒに、伝える。俺の想いを― ―そして、俺は言った。 「―ハルヒ、この続きは、元の世界に戻ってからだ」 『………!!!』 三人が、声にならない声を上げていた。 「…キョン君…」 「………」 「…あな…たは…」 「…おいおい、勘違いするな。俺は言わないとは言ってない。この世界の中、ハルヒの夢の中で言っても仕方のないことなんだ。俺がハルヒに、面と向かって言わなければいけないんだ。現実世界の、本物のハルヒにな」 『………』 全員が、沈黙した。『神人』さえも。 「だから、俺たちを帰してくれ、ハルヒ。無事帰ってきたらお前に伝えたいんだ。俺の想いを」 ―刹那とも永遠とも思える時間が流れた。そして、閉鎖空間に亀裂が生じた― 『なにっ!この世界が崩壊し始めている!…そうはさせん!』 『神人』は、その崩壊を持ち堪えようと、自信の力を使用し、崩壊を修正し始めた。 「あなたの思い通りにはさせません!」 その時、復活した古泉が空を飛び、『神人』周囲を周り、攻撃していた。右腕、右脚、左肩…ことごとく切断していた。 『…!………!!』 「…時間移動はさせない。情報結合解除を申請する」 『!!うおああああ!!』 『神人』は煌めく砂のごとく、崩れ落ちていた。 『グァァァァ……ルァァァァ………ュァァ………………』 『神人』は、完全に砂となって消滅した。『彼』を残して。 ―瞬間、空が割れ、光が差し込んだ― ――俺が気を失っていたのはそんなに長くはなかったかもしれない。 横を見ると、長門、古泉、朝比奈さん(みちる改)も、同時に目を覚ましていた。 …やれやれ、助かったようだな。それに二人とも傷は大丈夫のようだな。 「ありがとうございます。あなたのおかげで、又もや世界は救われた様です」 …そんな大層なことはしてないつもりだったのだがな。そういえば長門、あいつの正体は、お前の親類か? 「…違う。あれは発展的異時間偏向改変種型情報集積体。その最後の生き残り」 …またわけの分からない名前が出てきやがった。 奴の特徴と、お前の親玉との関係を分かり易く教えてくれ。 「情報統合思念体と彼らは起源からして異なる。彼らは純粋な情報ではなく、時間軸の波動的振舞いから発生した情報の痕跡。彼らは時間平面を量子的に捉えるだけでなく、連続性のある波動的にも捕らえることができる。また、時間を平面だけでなく、積分してより高次の時間軸を容易に操作できる。それは、情報統合思念体でさえ困難な能力。情報統合思念体はその能力を危険なものとして調査していた。彼らが時間を操ることによって、宇宙の法則・情報を無に帰す可能性があったから。実際、彼らの中にそれを実行しようとするものが現れた。そのため、情報統合思念体は彼らの存在を危険なものと判断し、存在を消去しようと試みた。幾多の攻防の上、情報統合思念体は彼らを残り一体まで追い込んだ。この銀河の白色巨星―この惑星でデネブと呼ばれる恒星の辺りまで追い込んだのは分かっていたが、ずっと消息不明だった」 …追い込んだと思ったら、地球にまで逃げてきてたのか。 「…そう。彼の情報の痕跡を解析したところ、彼は四年前の7月7日、この惑星に降り立った。あなたが示した、あの模様によって」 げっ!俺が四年前のハルヒに命じられて書いたあの幾何学模様によって、本当に宇宙人を呼び込みやがったのか!あいつは! しかも織り姫と彦星を通り越して、百倍くらい遠いデネブに願いをかけるとは! 「あの日、あのメッセージに惹かれるまま、彼は周辺の民家に降り立ち、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる一人の少年に乗り移ってた。そして意識下位下までその存在を身を隠し、我々に気付かれない様にすると同時に、涼宮ハルヒの動向を観察していた。高校に入学してから涼宮ハルヒの情報噴出の増減が激しかったため、ついにコンタクトすることを選んだ。折しも人間の彼もまた同じ思いとなっていた」 …なるほど、それが彼なのか。その微妙な存在感をキャッチして、ハルヒはストーカーだと思ったわけか。 「人間の彼は、僕たち超能力者の候補の一人だったのでしょう。だから、涼宮さんに惹かれるものがあったのかも知れませんね。丁度、あなたの中学の時のご学友が、長門さんに惹かれたように」 …なるほどな。こいつもハルヒや宇宙人にひっかき回された、気の毒な奴だったんだ。 ところで、朝比奈さんのとんでもないパワーはどこから? 「朝比奈みくるから、彼らの情報の一部が集積されていることがわかった。恐らく、先程解除した情報結合の一部情報を朝比奈みくるに移設した模様」 「ひぇぇっ…!私そんなことされてたんですか…一体誰が…」 朝比奈さん(みちる改)が可愛い悲鳴を上げる。 「この情報は比較的共有性・類似性のある、時間平面理論を理解しているものに適用することができる。だが、器が有機生命体である以上、移設しても情報はやがて揮発してしまう。持って一週間。でもこの情報を今の時間の朝比奈みくるに移設する。恐らく、それが既定事項。…許可を」 長門は朝比奈さん(みちる改)を指差し、指示を仰いでいた。 「…わっ、わわわかわかわかりましたぁ!き、既定事項なら仕方ありましぇぇん!おね、お願いしますぅ」 半ば脅されているように了承する朝比奈さん(みちる改)。でも、なんで未来から時間移動の指示がなかったんだ? 「彼らは朝比奈みくる達が使う時間平面理論より、高次な理論を使用する。時間移動にジャミングをかけるのは容易い。人間が彼らと同じ理論を使用するためには、有機生命体であることを止めなければいけない」 なるほど、だから普通の未来人はTPDDを利用した時間移動ができず、俺の指示に従え、という命令を出したわけだ。恐らく、朝比奈さん(大)がな。 「…あなたの使命は終わったはず。…朝比奈みくるに帰還命令を」 そう言って、長門は俺に朝比奈さん(みちる改)の帰宅申請をした。…何で俺が? 「朝比奈みくるは、今、あなたの命令に絶対服従をしている。だからそれを解き、未来の時間に帰してやるべき」 そうだな。だが、絶対服従か…いい響きだ。別れる前にあんなことやこんなこ… …スマン、長門。冗談だ。だからそんな冷たい目で見ないでくれ。 「…そう」 コホン、では、朝比奈さん、あなたは元の世界に戻ってください。戻り次第命令を解除します。 「…わかりました。でも、何時がいいですか?」 前回は一分しか無くて大変だったから、今回は五分くらい見ましょう。あなたがあちらの世界から消えた、五分後でお願いします。 「…サー、イエッ、サー!」 朝比奈さん(みちる改)は、キュートな号令をあげた。もしかして、未来での上官の指示に対する返答は、あんな感じなのかもな。 …………。 …朝比奈さん(みちる改)は、人気のない、ステージの奥まったところで時間移動を行い、帰っていったようだ。 さて、ではこちらの朝比奈さん(みくる)に情報を埋め込むとしましょう。 俺がハルヒを寝かせた場所で、ハルヒと朝比奈さんは静かに寝息を立てていた。 ハルヒはともかく、朝比奈さんは起きていたはずだが…いや、何となく分かった。朝比奈さん(大)が気絶させたのだろう。 …既定事項とは言え、自分に変な能力が付随するってのに、大変だな、未来人は。 長門が高速詠唱を唱え、何やら手をあげ、円を描き、それを朝比奈さんに注入するような仕種を見せ、最後に、やっぱりというか、噛み付いていた。 ―そして一言、「終わった」 …それが合図だったかのように眠り姫二人が起き出した。 「…あれ!?みんな?え?争奪戦は??」 「…私、なんで寝てるんですか?涼宮さんを看病してたのはおぼえているんですが…」 俺は二人に説明をした。ハルヒの宣言に逆ギレした彼に、ハルヒと朝比奈さんが気絶させられ、俺と古泉が止めに入り、彼を説得した。 改心した彼は泣いて謝り、もう手出しをしないことを約束し、帰って行った。 ―どうだ?完璧だろう? しかしハルヒはジト目で、 「じゃあ鶴屋さんはどこ行ったのよ?」 しまったぁぁ!考えてなかった!! 俺の内心の焦りに、古泉が助け船を出してくれた。 「鶴屋さんは使用人、侍従その他の人と一緒に、避難してもらいました。長門さんは二人の看病をしてもらいました」 ……おい古泉、そんな出任せ言って大丈夫なのか? (大丈夫です。鶴屋さんは実際にそのとおりしてもらいましたから。あなたがこの世界から消えているうちにね) …なるほど、用意のいい奴だ。 「…古泉君が言うなら本当よね。わかったわ。キョン、信用してあげるから感謝しなさい!」 …なんで古泉は信頼して、俺は信用されないんだ。忌々しい。 ―その後、後片付けをして鶴屋さんにお礼を言って、帰ることになった。 俺はハルヒと帰る方向が同じで、途中迄暗い道ということもあり、一緒に帰ることになった。 『………………』 そして二人とも沈黙していた。…かなり気まずい空気である。 俺は閉鎖空間で言ったあの台詞と、続きの台詞を思いだしていた。 正直、恥ずかしい。その思いが、ハルヒへの会話を遮断していた。 「―ねぇ、キョン」 ハルヒが突然、声を掛けてきた、あぁ、な、なんだ? 「―何でもない」 ハルヒはそう答え、また黙ってしまった。―また沈黙。 やれやれ、どうするかな。いっそここで、あの続きを喋っちまうか?そう考え、俺は空を見上げた― 「おいハルヒ!」 「―っ!な、何!」 ハルヒは驚いた表情で俺を見ていた。 「上を見ろ」 「…え?…あ……すごい…綺麗…」 空の上には天の川が燦々と輝いていた。照明が少ない道を歩いているのが幸いした。 「あれがベガにアルタイル、そしてあっちがデネブだ」 「…あんた、以外と詳しいのね」 「まあな、この時期、親戚の子供たちに教えてやってるからな」 「ふーん…。…ねえキョン、あたしの願い、叶わなかったわね」 「願い?」 「あの七夕の願いよ」 「ああ…そうなるのか」 「でも、やっぱりいいわ。あたしはまだ彼氏なんていらないわ。今回みたいに、変な奴に付け回されることになると困るしね」 「…大丈夫だ。そうゆう時は俺が助けてやる」 「…え…うん…」 「…なあハルヒ。第二回争奪戦は何時開催だ?」 俺は唐突に話を変えた。 「…そうねえ…。やっぱり秋かしらね?スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋…何をするにしてもいい時期よ!いろんな試練を考えられるわ!あんたは今度は試験官兼警備員に昇格させてあげるわ!挙動不審なのがいたらあんたの権限で失格にしていいわ!」 「それは面白そうだが、丁重にお断りさせて頂く」 「何よ!あんたに否決権なん…」 「俺は、参加者として参戦する」 「え…?」 「参加者として参戦して、必ず優勝する。そして、お前に言うべきことあるんだ」 「…何…を……!?」 「…それはな………」 「…それは………?」 「それはな、優勝してからのお楽しみだ!」 「…!何よ!またからかったわね!」 「ははははっ、スマンスマン」 「……………さっき夢の中と同じじゃない………期待して損しちゃった………」 「何か言ったか?」 「え?何でもないわ。…わかったわ。参加者として参戦しなさい。…それからキョン、あんたにこれあげるわ」 ハルヒはそう言って、自分の袋から花束を取り出した。 「…これは…向日葵?」 「そう、向日葵よ。今日あんた頑張ってくれたから、そのお礼よ」 「どうしたんだ?この花?」 「あいつにもらった花よ。誕生花ばかり集めたんだって。でも誕生花って、色んな定義あるから一種類だけとは言い難いのよね。…正直、気持ち悪いから捨てたかったんだけど、花に罪はないしね。それに、あたしが花を受けとらなかったら、あんな野郎に育てられるのよ?それか捨てられるか。花が可哀相だわ。だから預かることにしたの」 「なるほどね。でも、何で向日葵だけなんだ?他にも色々あるじゃないか?」 「そっ…それは…その…あんたにでも育てられそうなのはこれくらいだからよ!それに今日の記念として家に飾っておけば、第二回争奪戦のやる気も湧いてくるでしょ?」 「…そうだな。…8月7日で思い出したよ。お前、もう一度七夕のお願いしてみろ。仙台の七夕祭りを始め、他の地方では今日やるんだ」 「そうなの?何で?」 「節句を月遅れでやる風習もあるんだよ。それに実は今日、旧暦の7月7日なんだ。七夕は本来旧暦で祝うものだ。もしかしたら今日の方が願いがかなうかもしれんぞ」 「……そうなんだ……」 ハルヒは暫く沈黙した後、 「…そうね。お願いしてみる!」 ハルヒは手を合わせ、星に願いごとをしていた。俺も同様に願いごとをした。 「…あんたは何を願ってたのよ?」 「…同じ内容さ」 「…また進学とか就職の願いなの?やっぱりあんたは俗物ね。もっと大きな願いを成就させてこそ、願いは意味があるものなのよ!」 ハルヒ得意の理論に、黙って頷く俺。 ―悪かったな。お前と同じ内容の願いでな― 心の中で、そう叫びつつ。 「…あんた、わかってるわね?」 願いごとを終えたハルヒが、俺に話しかけて来た。 「あんた今回のペナルティもあるし、自分で優勝予告を宣言したのよ。 団員としてあたしを盛り上げるためにも、あんた自信のためにも絶対優勝しなさい!そうでないと…」 ハルヒは、とびっきりの、そして、俺の一番お気に入りの表情である、あの100Wの笑みで俺に言った。 ―許さないわよ!― ※エピローグに続く