約 3,071,474 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4347.html
涼宮ハルヒの 【STREET FIGHTER】 人は何故闘うのか 人は何故生きようとするのか 人は何故自ら死に歩むのか 人は何故、人と解り合えないのだろうか 涼宮ハルヒのストリートファイター【プロローグ】 涼宮ハルヒのストリートファイター1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/551.html
今の季節は秋。 ある日、いつものように学校を終わらせ、SOS団室へ向かった。 ノックしたが、反応も無い…。 俺は、迷わずドアを開けた。 中に入ると、目の前にハルヒが寝てる。 うむ、道理で返事してなかった訳か…。 「全く…起こすか…」 少し溜息しながらハルヒを起こそうと…思ったのはいいが…。 俺、疲れてると思う。 想像してくれ、寝てるハルヒの後ろに本物の尻尾が生えてるし、頭に本物の猫耳が出てるし、おまけに猫耳がピクピク動いてる。 近くに、水無いのか? 周りを見ても無いので、便所へ行って顔洗い、戻って見ると…やっぱ猫耳と尻尾がある。 これは、どうしたものが…幻覚か!? 長門は、いない。 古泉は、いない。 朝比奈さんは、いない。 …そういえば、3人は用事があったな。 この状況はどう把握すればいい!? 助けて!スペランカー先生! …にしても、起こすべきか?起こさないべきか? もし起こしたとすれば、猫並みに行動するのかもしれない。 いや、ハルヒの事だからな…するに決まってるだろうな…。 えぇい、起こすしかないのか! 「おぃ、ハルヒ…起きろ」 「フニャ?あ、あれ…キョンじゃないニャ」 嘘だろ!?口調も変わってるし! 「ふにゃぁ…って、あれ?何か口調が変だニャ」 これは、ハルヒに知るしかないな。 「ハルヒ…落ち着いて、深呼吸してくれ」 「え?何でニャ?」 いいから、しろよ。 「スー、ハー、スゥー、ハー…したニャ」 「よし、鏡を見ろ」 俺は、どこから取り出したが知らないか、大きな鏡を持って来て見せた。 「…何これ?」 俺に聞くな…俺も頭を抱きたい。 「もー!取れないニャ!どうなってるニャァ!」 俺も言いたいわ!どうなってんだぁぁぁぁぁ… 「ハッ!古泉や長門がここにいなくでも携帯があ…」 しまったぁぁっ!携帯は家に忘れたーっ! 何で事だ…昨日、電気が切れたので充電してたのだ。 それを忘れるなんで…。 落ち込む俺の前にハルヒがいる。 「さっきから、態度が激しいけど…大丈夫かニャ?」 ヤ、ヤバイ…今回のハルヒは可愛すぎる!? 「だ、だ、だだ、大丈夫だ!そぅ、大丈夫だ!はっはっはっはっ…」 俺は、誤魔化しながら部室から出た。 「キョン、どうしたニャ?」 ハルヒは、首を少し横に傾いて、頭の上に?のマークが出る。 ヤベェ、理性が暴走する所だった。 「くそ!誰がやったんだ!」 本当に苦悩してしまう。 ん、待てよ。 ハルヒの能力って確か…どんな願いでも必ず叶えてしまう能力あったな。 バァン! 「うにゃぁっ!」 俺は勢いよく扉を開けたせいで激しく驚いたハルヒがいた。 「ハルヒ、猫になりたいと言う願いあったのか?」 「そういえば、そうニャねぇ…そう思ってたニャ」 やっぱし…こいつの願いのせいで…。 でも、本当によく出来てるなぁ。 俺は猫耳を触れた途端。 「フニャァ、触るなニャ!」 ど、どしたんだ!ハルヒ!? 「そ、その…感じたニャ…」 うむ、そこも完全に猫になってるのか…。 だったら、顎と喉の辺りにを触れたらどうなるのかな? 「ふにゅぅ、気持ちいいニャァ…」 ほほぅ、可愛いなぁ…。 「って、さ、触るなニャ!」 あ、照れた。 よし、色々やってみよっと。 「ちょ、や…やめ…」 ――30分後 「……」 「フン!」 「…痛いんだけど、ハルヒさん」 「知らないニャ!」 俺の体に引っ掻かれた後があり、服もボロボロになった。 全く、引っ掻く事は無いのだろう…いや、俺も悪かったな。 「でも、気持ち良かっただろ?」 「し、知らないニャ!」 ハルヒは俺を見ずに言う。 「だけど、尻尾だけは素直だぜ」 そぅ、ハルヒの尻尾は大きく振っていた。 「な、何をバカな事を…」 「猫の尻尾は感情表れやすく、大きく振れば嬉しい。怖い時は引っ込む。警戒する時は尻尾か立つ…だったな」 「~~~!」 流石、ハルヒは反論出来ないみたいだな。 さて、これからはどうするか…。 このまま出たら、バレそうだな。 どうしたらいいのやら…。 「ハルヒ、取りあえず、尻尾だけは隠しとけ」 「分かったニャ」 俺は、部室から出て、この後どうするべきかを考えた。 まず、ハルヒを俺の家へ連れて行って…古泉か長門どっちが電話するしかないな。 はぁ、何か疲れたよ…。 俺は、大きく溜息した。 これからの目的をハルヒに伝えといたが…。 ハルヒが慌てたり嫌がったりゴロゴロと態度を変わってるのが面白かった。 「さ、帰るニャ」 漸く、落ち着いたようだ。 この後…俺達は、部室を後して学校へ出たのはいいか…緊急事態だ。 何故なら、俺達が歩いてる時に後ろから声が聞こえた。 「やっほー、キョン君とハルにゃん!」 鶴屋さんがやって来たのだ。 「あ、こんにちわ」 「キョン君とハルにゃん、今から帰るのかぃ!」 相変わらずハイテンションな人だな。 きっと、悩み事は無いのだろう。 「え、えぇ…そうです」 「おや、ハルにゃん!何この猫耳は?」 「……」 あ、ハルヒが真っ赤になって黙ったまま俯いてる…。 「んー、どうしたのかぃ?ハルにゃん?」 そうだ、誤魔化さないと。 「あ、ハルヒはですね…昨日、カラオケしてたので、喉が痛んでるんで…あぁ、これは罰ゲームですから」 「あー、そうかぃそうかぃ!私はでっきり、キョン君が何か変な事したんじゃないかと思ってて!」 うっ…これは痛い。 痛恨の一撃だ…。 「す、する訳無いですよ!」 「あー、あっやしい!」 と、ケラケラ笑う鶴屋さんが言う。 からかないで下さい鶴屋さん。 さっきまでは本当に大変なんですよ…。 「じゃ、二人とも、まだねぇ!」 はぁ、さっきより疲れが来た…。 俺は、横目でハルヒを見た。 まだ真っ赤になって俯いてるな。 俺もだけど。 「やれやれ…」 そして、帰路を歩いてる途中、まだ誰が来た。 「WAWAWA、忘れ物~」 ちっ、谷口かよ、こいつはチャックを開ける事が多いから「チャック魔」と呼ばれる可哀相な男だ。 「…うぉぅ!?キョンか…」 何だ、今の安心したような顔は…。 「いやー、実はさ…さっきナンパしたけどな…って、おわっ!?ハ、ハルヒ!?」 おぃ、気付くの遅いわ! 「キョン、これは新しいコスプレなのか?」 どこがコスプレに見えるんだ…。 「ネコ耳ねぇ、尻尾もあるのか?」 さぁ、自分で調べてみろ…殺されるぞ。 「え、遠慮しとくわ」 立ち去ろうとする谷口、腰抜けめ! 「あー、谷口」 「な、何だ」 「言おうと思ったけど、チャック閉め忘れてるぞ!」 「って、おわっ!マジかよ!?」 「あと…後ろ歩きしたら、危な…」 「おうわぁぁぁ…」 遅かったか…。 後ろにマンホールの蓋が外れてるから落ちるぞと言おうとしたのに…遅かったか。 「キョン!それを早く言えぇぇぇ…」 俺は谷口を救ってやりたい所だが…日々の恨みあるので無視しよう。 谷口を放って置いて俺の家に帰った。 さて、家に帰ったのはいいけど…生憎、親が居ないので助かった。 妹?アイツなら、野外活動へ行ったぞ 「あー、キツかったニャ…尻尾を隠すのにキツかったのニャ」 やっと、喋ったな…ハルヒ。 「ハルヒ、風呂沸いたから…風呂に入れ」 「うん」 ふぅ…流石に疲れた。 あ、これで言うの3回目だっけ? まぁ、いい…古泉に電話しとかないと… 「…ョン、キョン!」 「うぉわ!?ハ、ハルヒが…どぅ…」 俺の目の前には、全裸のハルヒがいた。 それは、どういう事だ。 夢なのか!夢なのか!? 「風呂の湯、熱くで入れないニャ!何とかしてニャ!」 「そ、そそ、それは分かったけど…お、おおお、お前…ま、前隠せよ!」 「え?」 ハルヒは、自分の体を見て、顔真っ赤になった。 「ニャァァァァァァァァァ…」 ハルヒの悲鳴は家中に響いた。 ――数分後 ……。 「ゴメン、ゴメンなさいニャ!」 俺は、怒ってるぞ…ハルヒ。 「あまりにも熱さで忘れてたニャ!」 へぇへぇ、そうかぃそうかぃ。 「ちょ、ちょっと聞いてるニャ?」 皆さんに、状況をお知らせしよう。 ハルヒは悲鳴を上げた後、俺の顔に引っ掻かれ風呂場へ逃げ出した。 で、ハルヒが風呂上がった後、自分で何をしたかを把握し謝ってる所だ。 「…で、どうすんだ?この傷はよ?」 「えっと、それは…その…」 戸惑うハルヒって可愛いな。 まぁ、許してやるかな。 「あー、分かった分かった。許してやるよ」 「え、本当?」 目を輝いて、尻尾を大きく振ってやがる。 「取りあえず、腹減ったな…」 今の時間は、もう7時過ぎてる。 夜食を出していい時間だろう。 「あ、あたしが作ってやるニャ!」 ハルヒは、そう言って台所へ向かった。 何分経ったのだろうか。 物音が聴こえない…まさかと思って見てみると。 ハルヒは、よだれを流しながら魚をずっと見てた。 「おぃ、ハルヒ…何やってるんだ」 「え?うわっ!はははは…つい魚を見てると食べたくなるニャ」 こりゃ、猫の本性だな。 「魚は俺がやるから、それ以外のを作れ」 「わ、分かったニャ」 さて、古泉と長門に電話するか。 俺は電話を掛け、古泉に電話した。 「もしもし、カメさん、カーメさんよー」 くだらん事言うな。 「あぁ、面白くなくて、すみませんね」 そんな事より、聞いてくれ。 「はい」 俺は、今までの出来事を説明した。 「…と言う訳だ」 「確かに、涼宮さんの願いによってこうなったと思いますね」 お前も思ってたのか。 どうすればいい。 「キスする事しかないですね」 ふざけるな。 「冗談ですよ、涼宮さんの願いを変えればいいんですよ」 あぁ、その手があったのか。 「と言う訳で、言いたい事は終わりです。では」 お、おぃ!…切りやがった。 明日でも会って殴る事にしようか。 次、長門に電話するか。 「…もしもし」 おぃおぃ、電話を掛けてから1秒も経ってないのに早いな。 「よっ、実はな…」 「状況は把握してる…」 それなら、説明しなくてもいいんだな。 「だったら…」 「あとは、あなたに任せる…おやすみ」 ちょっ…切りやがった…。 ってか、早い会話だったな、おぃ…。 明日でも軽く説教したい気分だぜ。 俺がブツブツ言ってる間に、ハルヒが来た。 「ご、ご飯出来たニャ…」 そんなに顔赤らめても困りますけど。 後は、俺が魚を焼くだけでやっと食べれる。 さっきから、台所の入り口から物凄く見られてるような気がするが…気のせいだと思うことにする。 「ほれ、出来たぞ」 「ゴクッ…」 …ずっと、魚を見てるな。 まぁいい、食べるか。 「いただきます」 「いっただきまーすっ!」 俺は呆然してしまった…何故なら。 合掌した後、すぐに俺の魚を奪いやがった。 「おぃ、ハルヒ…それは俺の物だぞ」 俺は、箸で魚を取り返そうとしたが…手に引っ掻かれた。 ハルヒは、フーーーッと言いながら尻尾立ってた。 あぁ、尻尾立ってるって事は、警戒してるってか。 「はぁ…やるよ…」 ハルヒの態度がゴロッと変わった。 「ありがとニャ!」 魚を奪いやがって…あぁ、いまいましい、いまいましい、いまいましいっ! こうして、夜食が終わった。 ハルヒよ、魚の恨み忘れんぞ。 この後、ハルヒがシャミセンと喧嘩したり、意味も無く壁を引っ掻いたりするから大変だった。 本人は無意識でやっただけらしい…本当に猫の本性を発揮してるみたいだな。 そして、寝る時間になった。 「なぁ、ハルヒ…元の姿に戻りたいと思わないか?」 「んー、戻りたいと思ってるニャ」 なら、簡単だな。 それにしても、何故、猫に? 「なぁ、一つだけ言っていいか?」 「何ニャ?」 ちょとんとするハルヒもまだ可愛いな。 「何故、猫になりたがったのだ」 「んー、猫になれば新しい発見出来るかなと思ってたニャ」 なるほど、単純な考えだ。 「それに…」 それに?何だ。 「あ、な、何でもないニャ!」 「そうか…」 俺は、牛乳入ってるコップを飲み干した。 ふぃー…美味! 「あ、キョン…口の辺りに牛乳が付いてるニャ」 「お、スマンな…」 ティッシュで拭こうと思った瞬間、ハルヒが信じられない行動をした! ハルヒが俺の顔に近づいて、口の辺りに付いてた牛乳を舐めたのである! 思わず、手で口を塞いだ。 「な!ななななななな…」 「あ!ゴ、ゴ、ゴメンニャ!も、もう寝るニャ!」 ハルヒは、素早く俺のベッドへ行き毛布を被って寝た。 俺は、石化してしまった。 翌日、ずっと固まってた俺はやっと動けた…。 「眠い…」 何でこった…昨日からアレのせいで石化してしまったとは…。 洗面所から出た途端、二階から何やらドタバタと聴こえる。 「キョン!猫耳と尻尾が無くなったわよ!」 ほぅ、それは良かったな。 「やったーやったー!」 子供のようにはしゃぐハルヒである。 「さて、朝食作るか…」 「あ、キョン、お礼に朝食作るから…その間寝ていいよ」 おー、スマンな。 ハルヒの手料理はおいしいからな。 「それに、昨日はゴメンね」 分かってるさ、アレは猫の意識だと言いたいのだろう。 さぁ、寝るとするかね。 キョン、ゴメンね。 本当は、あたしの意識でやっただけだからね。 お疲れ様…キョン…。 あたしは、嬉しくて料理いっぱい作っちゃった。 キョンって、全部…食べてくれるのかな? そう思いながら、キョンを起こしに行った。 「起きなさい!キョン!朝食よ!」 シャミセン「ニャア?」 完 「あれ?私の出番、無いんですかぁ~酷いですぅ~」
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/30.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム 「ねえ、キョン、学校生活において、もっとも重要なスーパーイベントって、なんだと思う?」 授業中、ハルヒがシャーペンで俺の背中をブスブスとつつきながら話しかけてきた。 「もし当たったら、何でも言うこと聞いたげるわよっ!ホラ、答えなさい!!」 「ハルヒ、確実に当ててやるから、前払いで言うことを聞いてくれ。シャーペンで突っつくな」 「あら、あたしが言うことを聞くっていったのは、ベッドでの話よっ。緊縛プレイだっけ、キョンがやりたがっていたのって?」 言ってねえよ、そんなこと!! うう、クラス中から突き刺さる視線が痛い。睨むな、谷口。笑うな、国木田。特に、涙を堪えるように、悲しげに俺を見つめる朝倉涼子の視線が、心の柔らかい部分を突き刺してくる。 やれやれ、お前が何を言いたいのかは分かってるさ、ハルヒ。およそ一年前からお見通しだ。 ちょうど、俺もそのことで頭を悩ましていたところなんだよ。 「わかんない?だったら教えてあげるわっ!キョン、それは――」 「……文化祭だろ」 「大正解っ!!キョン、もっと気合入れなさいっ!あたしたちSOS団は、すっごいのぶちかましてやるんだからっ!!」 ハルヒは、ソーラーカーがあれば時速160キロですっとんでいきそうなほどに、眩しく輝く笑みを浮かべて宣言した。 俺は、深い深い溜息をつく。垂直に立てれば火星にだって届きそうだ。 まあ、何とか頑張るさ。ハルヒを楽しませ、退屈させないのはSOS団長の務めだからな。 と、ハルヒが急にまじめな顔をした。 どうした、ハルヒ? 「……亀甲縛りって、どうやるのかしら?」 いい加減、緊縛プレイから頭を切り替えろ! 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』 夏合宿で行った孤島での殺人事件と推理ショー、花火大会にプールに虫取り、夏祭りなど、これでもか、いうほどにイベント山盛りの夏休みが終わる。 さらに、ハルヒ、長門、朝倉を筆頭としてSOS団メンバーが遺憾なくその身体能力を発揮し、大活躍した体育祭も終わった。 そして、ハルヒが言うところの、学生生活、最大のスーパーイベントである、文化祭がやってくる。 といっても、俺と長門にとっては二回目の文化祭だ。ハルヒの超自然的パワーのせいで、俺たちは同じ一年を繰り返しているためだ。 ハルヒの起こした時間ループの原因は、一体何なのか?その鍵は、一向に見つかっていない。 ともあれ、ハルヒがやり残したことが分からないために、俺と長門は、少なくとも去年のイベントは、余さず実行しようと誓ったわけだ。 そういうことで、俺たちSOS団は、決められたイベントを忠実に実行し続けている。 さて。 その文化祭であるが……どうしたもんかね? 『映画の製作』 やはりそれか、長門。 『それが妥当と思われる』 まあ、予想はしてたがな。なんたって、ハルヒが去年、映画をとりたがってたんだから。今年も映画は撮るべきだろう。 『……だが監督は私』 意味ねえだろ!お前が映画を撮りたがってどうするんだ。 『問題ない』 ハルヒが監督をやりたがったらどうするんだ?あいつ、絶対に、「監督はあたしよっ」とか言い出すぞ。 『……私に秘策がある』 なんだ?その秘策って。 『言えない。……秘策だから』 電話が切れた。 「映画の製作を行う」 コンピ研の部室を乗っ取り、あまつさえ文芸部室とコンピ研の間にある壁を工事でぶち抜いて広げ、コンピ研部員たちを、物置と化していた教室に追いやったことで広くなったSOS団の部室である。 文化祭に向けて、俺は『第一回SOS団文化祭企画会議』を招集していた。 いつものように、おのおのコスプレに身をかためた女性陣と、変わらぬ制服姿の古泉と俺が、一様に神妙な顔で巫女さん衣装を着た長門の宣託を聞く。 エアーズロックのごとく揺ぎ無い長門の言葉に、一同反論も出ようはずもない。 団長である俺もしかりだ。完璧にリーダーシップをとる長門の前では言葉もない。 ……長門、もしかして、SOS団団長の椅子を狙っているのか? いつでも譲るから、欲しくなったら即言ってくれ。 「自主制作映画ですか……なるほど」 いつものように、わかったような面で古泉が頷く。一体なにがなるほどなんだ?一度じっくり聞いてみたい気もする。 「ふうん、映画ね……いいじゃないっ、あたしはもちろん――」 バン ――と長門が机に分厚い冊子を置き、バニーガールに扮したハルヒの言葉を断ち切った。 「脚本」 手回しがいいな、長門。人数分がコピーされて、冊子の形でホッチキスでとめてある。団員たちは脚本をそれぞれ手に取った。俺も一冊をメイド姿の朝倉涼子から受け取り、パラ、とページをめくる。 「…………」 はっきりと言おう。俺は頭を抱えたね。 表紙をめくって、最初に目に飛び込んできたページには、こう書いてあった。 製作著作…SOS団 総指揮/総監督/脚本/演出/撮影…長門有希 主演女優…長門有希 主演男優…キョン 助演男優…古泉一樹 脇役…朝比奈みくる 監督どころじゃねぇ!!ほとんどが長門じゃねえか。 主演女優…長門有希、脇役…朝比奈みくるってのは、主演女優を朝比奈さんに取られ、脇役に甘んじた去年の復讐か?一年間、仕返しの機会を伺っていたとは……。 いや、大事なのはそこじゃない。それよりなにより……。 ♪ ジャーンジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ♪ 宇宙一凶悪な剣士、ダース・ベイダー卿のおなじみのテーマが部室に流れる。古泉の「機関」連絡用携帯の着信メロディーだ。 「アルバイトが入りました」 電話を取った古泉が、うっかりエアロックをあけてしまって、真空中に放り出される宇宙船の乗組員のように、猛烈な勢いですっ飛んでいった。 超巨大閉鎖空間が誕生したことはまちがいないな。お疲れさん。 俺は、おそるおそる、ちらりとバニーガールの方を見てみる。 ハルヒからは、親友の地球人を凶悪な宇宙人にばらばらにされた戦闘民族のような、巨大な怒りのオーラが放たれていた。 露出の激しいバニーさんは、ポンペイを灰で埋めたベスビオス火山のように、こみ上げる怒りで体をぶるぶると震わせている。 その横では、やはり自分の名前をキャストの中に発見できなかった、部室専属のメイド朝倉涼子が、グランド・キャニオンに突き落とされたように、がっくりと落ち込んでいる。 やばい、朝倉の瞳が潤んで、今にも大粒の涙の雨が降りそうだ。 「こら、長門!ハルヒと朝倉の名前がないってのは、どういうことだ!?ちゃんと説明しろ!!」 巫女さん衣装の長門は、俺のセリフには無言のまま、つと立ち上がると、とことことハルヒと朝倉の所まで行き、ごにょごにょと何ごとかを囁いた。 途切れ途切れに、「……目立つ」とか、「……サプライズ」といった言葉が聞こえる。 すると、ゲージのてっぺんにまで上りつめて、そろそろ溢れそうになっていたハルヒの怒りは次第におさまっていった。 絶望のどん底からレスキューのヘリで救出されるように、朝倉の落ち込んでいた気分も回復していく。 「なるほどね……ま、じゃあ仕方ないわね!有希、キョン、映画は任せるわっ!あたしと涼子は、他にやることがあるからっ!!」 ハルヒが満面に、とびきりの笑みをたたえて言った。 「うん、クラスの方もあるけど……何とかやりくりしてみる」 朝倉もにっこりと笑顔をうかべて頷く。 うーむ、すごいな。長門、どんな魔法の言葉を使ったんだ? 「それは秘密」 さて、朝倉が「クラスの方」といったのは、もちろんのことだが、俺とハルヒ、朝倉が所属するクラスの出しもののことである。 ちなみに去年は、誰一人リーダーシップを発揮せず、何の案も出されず、担任岡部の苦肉の策、アンケート調査といういかにもヤル気が感じられないものに落ち着いたが、今回はそうはなるまい。 SOS団が誇る生粋の美人委員長、朝倉涼子が率先して仕事を行っているからだ。 現在、ホームルームで、文化祭でなにをやりたいか、提案と投票が行われている。 「はーい、喫茶店、やりたいのね」 「えっと、阪中さんの提案ね……喫茶店と。他には、なにかあるかしら?」 教壇に立っている朝倉涼子は、黒板に「喫茶店」ときれいな字で書いた。朝倉なら、SOS団の書記も任せられそうだな。? 「決めたわっ!」 ハルヒがルビコンの渡河を決断したカエサルのような面持ちで、決然と立ち上がる。いや、これから決めるんだよ、アホ。 「バニー喫茶よっ!女の子は全員、バニーの格好でウエイトレスやるの!」 おおおお、と男子がどよめく。これまた、男子の煩悩を刺激する企画だな……。 「え、えと、バニーガール喫茶ね……」 朝倉が顔を赤らめながら黒板に書いた。 「うおお、それでいいぜ、決定だー!」 吼えるな、谷口。谷口だけじゃない、男子一同、目がウサギを狩るハイエナのようにぎらぎらと燃え立っている。 ……だがな、俺はちょっとハルヒと付き合いが長いせいで、お前たちより、もう少し勘が働くんだよ。 「ハルヒ、女子はバニーとして、男子はどんな格好をするんだ?言ってみてくれ」 「決まってるじゃない、男子もバニーよ!バニー喫茶なんだからっ!」 やはりな。 ええええ、と男子がどよめく。お前ら、世の中はそんなに甘く出来てないんだよ。 結局、バニー喫茶に投票したのは、ハルヒと谷口の二人だけだった。 谷口、その執念だけは尊敬したい。 ……というわけで、我らがクラスの出し物は、喫茶店で決定した。 そういえば、長門のクラスは何をやるんだ?また占いか? 『そう』 ふうむ。あの魔法使い衣装か。 『違う。今回は、巫女の衣装を着て、御神籤を引かせる』 ああ、そっちの方が占いらしい雰囲気がある。なんというか、前回のは、ありゃ予言だったからな。 ……あー、あと、もうひとつ。頼みたいことがあるんだ。 『なに?』 ENOZのことだ。ハルヒもクラスの喫茶店に参加するから、去年みたいにENOZのライブに飛び入りは難しいと思うんだ。 ハルヒが教室でウエイトレスをやってたら、生徒会やENOZの面々に会わないだろ。 なんとか、ENOZがオリジナルメンバーで演奏できるようにしてやれないか? 『可能。一時的に肉体損傷の修正プログラムを注入する』 頼んだぜ、長門。 電話を切る。 そのとき、ふと思った。 ハルヒの演奏姿が見られないのは、少し、残念だな。 あんときのハルヒは、すごくかっこよかったから。 映画の撮影が始まった。 休日の学校でロケを行うために、俺と朝比奈さん、古泉、そして総監督にして主演女優、長門有希は、SOS団部室に集合した。 「今日はアクション・シーンの撮影を行う」 そう長門は言った後、おもむろに高速で呪文を唱えだした。おい、ハルヒがいないからって、いきなりそれか。 閉鎖空間に入ったときのように、奇妙な感覚が、一瞬、体を通り過ぎる。 「この空間を情報制御下においた。これで、私たち以外は立ち入り出来ない。撮影に専念することが可能」 俺は長門の呪文も、空間の情報操作も見慣れているが、古泉と朝比奈さんはぽっかりと口をあけて唖然としている。 そういえば、このループではカマドウマ事件がなかったからな。長門の超能力を見る機会はそうなかったはずだ。 ……………… 「小道具」 続いて長門が持ってきたダンボール箱にはいっていたのは、大量のモデルガンだった。ためしに一つを取り上げて持ってみると、重量感があって、手にずっしりと来る。 すごいな、まるで本物みたいだ……。 「ふあ、すごいですぅ……ここが引き金ですか?……えいっ」 パンッ 乾いた音とともに、朝比奈さんが反動で吹っ飛んで尻餅をついた。 「ふえぇ……なな、なんですかこれぇ……なんなんですかぁ……」 朝比奈さんはおびえたハムスターのように、ふるふると震えて泣き出してしまった。 おそるおそる見ると、壁には、まごうことなき弾痕が…… 「それは本物」 うぉい、長門おーっ!!!なにやってんの!! 「リアルな映像を追求したい」 ふざけんな、こんなの喰らったら死ぬぞ。お前は平気でも、俺たち地球の有機生命体は間違いなく死ぬぞっ!! 「大丈夫、安全。あなたたちの痛覚を遮断し、瞬間的に肉体損傷を回復するプログラムを注入すれば、痛みは感じないし、死ぬこともない」 それって、痛くないし、すぐに治るから死なないけど、弾を食らって怪我はするってことだよな。 長門、はっきり言って、朝比奈さんも古泉も全力でひいてるぞ。 俺は朝比奈さんの横に屈みこむ。朝比奈さん、大丈夫ですか? 「ぐすっ……腰が抜けて……立てませぇん……」 もしや、今のSOS団でもっとも危険な人物って、長門なんじゃないのか? ……………… 銃撃戦とカンフーシーンの撮影がすべて終了するころには、夕方になっていた。 長門さん、あなたがカンフーシーンで回し蹴りを放つたびに、スカートの中がばっちり映るように思うんですが、それは仕様ですか? 学校は、度重なる銃撃シーンのせいで、いたるところが弾痕だらけとなって、膨大な数の窓ガラスが割れている。だが、それも長門の高速呪文による再構成で、あっという間に元通りとなった。 やれやれ。疲れた……カンフーで古泉と戦ったせいで、体中が筋肉痛になりそうだ。 帰り道に、俺がそう言うと、長門が俺の顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」 長門は、俺に近寄ると、背伸びをして、いきなりほっぺたに軽くキスをした。 わ、な、なんだ、長門?ひょっとして、筋肉痛を回避するプログラムの注入か? 「……おまじない」 注視していないとわからないぐらい微かに顔を赤らめて、小走りで去っていく長門を、俺はぼんやり見つめていた。 ……………… 翌日、強烈な筋肉痛が俺の体を襲った。 激しい戦闘シーンの撮影は終わり、長門と俺の会話や、古泉の登場シーンなどの撮影をこなしていたある日、撮影現場にひょっこり朝倉涼子が顔を出した。 「撮影、お疲れ様。キョンくん、ちょっといい?」 どうした、朝倉?そういえば、ハルヒとお前の方は、いったい何をやってるんだ? 「ふふ、まだ秘密。そのうち分かるから……ねえ、今夜、ちょっとうちに来てくれない?喫茶店で出すメニューの試作をしてみたから、食べて欲しいの」 ああ、クラスの出し物があったな。分かった、じゃあ、一緒に帰るか。 「うん、じゃあ、また撮影が終わったころに来るね」 朝倉涼子は、そういって引っ込んでいった。 ……………… 帰り道、朝倉はなんだか落ち着かないみたいだった。顔をほのかに赤くして、下ばかり見ている。 時々、顔を上げて、何か言いたそうにするのだが、俺と目が合うと、あわててまた下を向く。 結局、マンションに着くまで、朝倉は一言も喋らなかった。 ……………… 「これ、喫茶店のメニューなの。コーヒーと、お紅茶。あと、サンドイッチ。本当は、ケーキにしたかったんだけど……」 いや、うまいぞ。十分うまい。すごいうまい。 夕食前で、臨界点まで腹が減っていた俺は、思わず朝倉手製のサンドイッチを貪り、紅茶とコーヒーを胃に流し込む。 「そお、良かった……キョンくん、ちょっと待っててくれる?その……、私、ちょっとシャワー浴びて、着替えてくるから」 朝倉は立ち上がると、少し頬を染めて部屋を出て行った。すっとドアの向こうにきえる白い靴下が、なんだかまぶしくて、俺は妙にどきどきしてしまった。 いかんいかん、素数を数えろ、冷静になれ。 59まで数えて心を落ち着けていたとき、朝倉のベッドの脇においてあるシンプルな写真立てが目に入った。 夏休みにおきた、合宿での孤島殺人事件、そのときの写真だ。 たしか、古泉のお仲間、メイドの森さんが撮ってくれたんだな。 俺の腕を取って、笑顔が満開のハルヒ。ふわふわとほほえむ朝比奈さん。 例の如才ないハンサムスマイルを浮かべる古泉。特に表情を作らない長門も、なんだか楽しそうに見える。 片手をハルヒに掴まれ、その上、妹に後ろから抱きつかれて、困惑している俺。 そして―― 朝倉涼子が居た。 白いワンピースを着て、横を見ながら少し困ったように微笑んでいる。隣の俺が、妹に飛びつかれた拍子に、朝倉に体を寄せているからか。 ……そういえば、この頃からだろうか、朝倉が髪形をポニーテールにしなくなったのは。 あれ? 俺はふと思った。 同じ写真は、俺も持っている。だが、妹を背中から下ろして、森さんに撮り直してもらったやつだ。 そっちの写真では、朝倉はカメラを見てにっこりと笑っていたし、俺も朝倉にもたれかからず、ちゃんとまっすぐ立っていた。 なぜ、朝倉は、どう見ても失敗したほうの写真を飾っているのだろう? そう思うと、なぜか胸がちくりと痛んだ気がした。 ……………… 「キョンくん」 おわ、びっくりした。ドアから顔だけ出して、朝倉がこっちを見ていた。シャワーを浴びて、上気したような顔をしている。 まさか、下はバスタオル一枚なんて、そんなベタなことは断じてあるまいが……。 「あの……ちょっと恥ずかしいから、目をつぶっててくれないかな?」 まてまてまて朝倉っ――と言おうとして、朝倉がドアを開けたので、あわてて俺は目を固く閉じる。 ま、まさか、ホントにバスタオルだけとか……。 急激に頭に血が上った。やばい、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。 「はい、いいよ。目、開けてみて」 俺は、恐る恐る目を開ける。 そこに居た朝倉は―― もちろんバスタオル一枚でも、一糸まとわぬ姿でもなかった。 「それ……喫茶店のウエイトレスの衣装か?ひょっとして」 朝倉は、顔を赤くして頷く。 「作ってみたの。今日は、これの感想も聞こうと思って……」 「…………」 はっきりと言おう。すごい、いい。正直、たまりません。 黒を基調とした上下に、白のエプロンにはレースで縁取りがされている。胸元には大きなリボン、頭にもレースの髪飾りをつけている。 「ちょ、ちょっと、スカート丈が短いかな、ってあたしは思うんだけど……」 朝倉涼子は、太腿が露になるのが恥ずかしそうに、ぎゅっ、ぎゅっ、とスカートの裾を下に引っ張る。 「いや、すごくいいぞ。似合ってる」 俺がそう言うと、朝倉は、赤い顔でにっこりと微笑んだ。 「よかった、気に入ってもらえて……ありがと、キョンくん」 いやいや、こちらこそ眼福です。 ……………… 朝倉は、とすん、と俺の側に座った。 触れるか触れないか、というぐらいに、俺の肩に寄りかかる。俯いて表情は見えないが、首筋がほのかに赤くなっているから、きっと顔を紅くしているのだろう。 なんとなく緊張して、俺はあわてて話題を探した。 「……あ、朝倉、そういえば、なんでポニーテールやめたんだ?」 朝倉は、ゆっくり顔を上げて俺の方を見る。その表情は、なんだか泣き出しそうなのを、無理に押し殺したような無表情で、指でつつくと、すぐにも壊れて涙が零れそうだった。 「……ほんとはね、気がついてるの。キョンくんと涼宮さんの間に入るなんて無理だって……」 いきなり、爆弾だ。 「ポニーにしてると、どうしても自分と涼宮さんを比べちゃうから……それが嫌だった。だから、前の髪型に戻したの」 むりやり作ったような笑顔を、朝倉は俺に向ける。 「でもね、諦めたわけじゃないよ?あなたと涼宮さんの間に割って入って、涼宮さんの居る場所に立とうとするのをやめただけ。……私は、反対側で、あなたと寄り添っていようって……思って……」 手、つないでいい?と聞く朝倉に、俺は黙って頷いた。 朝倉は、自分の指を俺の手に絡めて、しばらくじっと握っていたが、やがて、抱えたひざに額を寄せて俯くと、押し殺した声で静かに泣き始めた……。 「……遅かったじゃない」 俺が朝倉のマンションから帰って、自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んでいたハルヒが、俺めがけて言葉を投げつけた。 ……ハルヒ、なんでここにいるんだ? 「あんたが居なかったから、妹ちゃんに言って待たせてもらったのよ。あんた、どこ行ってたの?」 ベッドから跳ね起きたハルヒが、俺に詰め寄る。 こういうとき、ハルヒに隠し事をしても無駄であることは、俺は経験上痛いほど分かっていた。 正直に朝倉との一件を話すと、ハルヒは、なんだか間違えて変なものを飲み込んだような、なんとも複雑な表情をして、ふぅん、と言った。 「分かった……誰が悪いわけでもないもの、何も言わないわよ」 なんだか、ハルヒが大人になったような気がする……一年前なら、縛り首にでもされてそうだが。 「でも、もう涼子のこと泣かしちゃ駄目よ、あの子、すっごくいい子なんだから……」 ふう、とハルヒは溜息をついた。やっぱりこいつも朝倉のことが好きなんだろう。 「……全力を尽くすよ」 「それに、あたしだって、キョンが居なくなったら泣いちゃうから。三日三晩ワンワン泣いて、涙を拭いて、新しい人生を歩き出すから」 あ、立ち直るんだ。 「嘘よ。とにかく、キョン、心に刻みなさいっ、あんたがいなくなるなんて、絶対に嫌だからっ!」 言い終わると、ハルヒは俺の首に手を回して、ゆっくりと口付けした。 「ん……ぷはっ」 ところで、ハルヒ、何しにきたんだ? ハルヒは、顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに呟く。 「エッチ」 やれやれ。 ………………… 「キョン、すっごい気持ちよかった」 ……俺もだ。 俺の腕を枕にしていたハルヒは、布団を跳ね除けて起き上がる。 「第六ラウンド、行くわよっ!!」 全撮影日程が終了し、現在、長門の手によるCG処理と編集作業が行われている。 コンピ研とのゲーム対戦で見せた、長門の超高速タイピングを見るのは久しぶりだ。キーボードが壊れるんじゃないかというスピードで、長門はCG処理を施していく。 古泉と朝比奈さんは茫然自失して、目が点になっている。まあ、気持ちはわかるよ。 それにしても、さすがにコンピューターはお手の物だな。下手すると、本当にハリウッドから長門にスカウトがくるんじゃないか? 俺と古泉、朝比奈さんは、撮影が終わった時点でお役ごめんとなり、ぽかんと口をあけて長門の編集作業を見守るのみだった。 ちなみに、古泉が俺の撃った銃弾をすばやく避けたり、古泉が長門のまわし蹴りを食らったり、古泉が長門によって銃で撃ち抜かれたりするのは、すべて実写である。 ものの一日で、長門はCG製作及び編集作業を終えた。 やれやれ。あとは、文化祭を待つばかりだな。 で、文化祭、当日である。 俺とハルヒ、朝倉の三人は、午前中はクラスの喫茶店の仕事に追われていた。 ハルヒは俺のウエイター姿に爆笑し、ひーひー床を転げてた。おい、パンツ見えるぞ。あ、白だ。 こっちも笑ってやりたいが、残念ながら、ハルヒのウエイトレス姿は完璧に決まっていた。 朝倉と二人で立つと、それだけで神々しさに、この空間に光が満ちるようだ。 こりゃ、朝比奈さんところの焼きソバ喫茶のウエイトレスと、グッドデザイン賞を争うな。 谷口と国木田も、全てを忘れて二人をぽかんと見つめている。 ときおり、思い出したように、俺を恨めしそうにギロリと睨み、またデレデレと二人の美少女ウエイトレスに見入っている。 「お飲み物は、お紅茶ですか、コーヒーですか?」 首を傾げてオーダーをとる朝倉。実に可憐だ……。SOS団部室での朝倉のコスプレは、メイドからウエイトレスに変更して欲しい。 「ほら、サンドイッチよ、さっさと金をよこしなさいっ!!」 ハルヒ……黙っていれば完璧なんだが……。 「キョンよぉ……マジで羨ましいぜ……あの涼宮が恋人で、朝倉が専属のメイドだろ?ちくしょう、頼む、俺もSOS団とやらに入れてくれっ!」 「長門さんは巫女さんなんでしょ?ぜひ間近でみたいなぁ。キョン、僕の入団も、考えておいてよ」 やれやれ、谷口。国木田。 「なんだ?」「なに?」 「お前ら、仕事しろ」 ようやくシフトが終わり、俺たちSOS団のメンバーは、クラスの仕事から解放された。 「キョン、二大美女がいなくなったら、売り上げ、がた落ちだぜ」 と言った谷口が、怒り狂った女子達にボコボコにリンチされる間に、俺は制服に着替えて教室を出た。 ハルヒと朝倉は、シフトが終わったと思ったら、どっかに消えている。 さて、長門と古泉、朝比奈さんのところに顔を出して、体育館に行くか。 ENOZのライブがある。長門、ちゃんとオリジナルメンバーで公演できるようにしてくれたか? 「……引いて」 適当に棒を引くと、13番だ。やれやれ、いきなり縁起が良くない。 ちょこんとした巫女さん衣装に身を包んだ長門は、御神籤をとりに棚までいき、そこでしばらくごそごそやっていると、13番の御神籤を持ってきた。 長門が持ってきたのは、御神籤というか、普通の紙にたった一言、 『大吉』 とだけ書いてある。うーむ……この筆跡には覚えがあるんだが……。 「長門、書き直さなくてもいい。ホントはなんだったんだ?」 長門は、ばつが悪そうに、後ろ手に隠していた御神籤を差し出す。うむ、やはり大凶か。 『たすけはこず、まちびときたらず、たびはよせ、さがしものはなんですか』 この御神籤を作った奴、ふざけているとしか思えない。 「引きなおす?」 長門が俺の顔を覗き込む。 「なに、いいさ」 教室に持ち込まれた鉢植えの木の枝に大凶の結んで、なんとなくさっぱりして教室を出た。 古泉は、一年前と同じく、なんだかよく分からん劇のなんだかよくわからん役をやっていて、女子たちの憧れの視線を集めている。 古泉が俺に気付いたかは分からんが、軽く手を振って教室を出た。どうせENOZのライブで会えるだろ。 「あっれー、キョンくん!みくるならいないにょろよ?」 あれ、そうなんですか、鶴屋さん。 残念、朝比奈さんのウエイトレスのお姿を目に焼き付けようと思っていたのだが。 「まあ、あたしじゃ、みくるには敵わないけどねっ、どう、めがっさ似合ってると思わないかいっ!?」 ええ、それはもう。実に素晴らしいですよ、鶴屋さん。 「あっはははははは、ありがとっ!またSOS団にお邪魔するからねっ!!そんときはヨロシクッ!!」 体育館に着いたとき、演奏していたのはDMCもどきのバンドで、「SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!」というフレーズが客の少ない体育館に響いていた。 確か、ENOZの出番は次だ。 やがて、DMCが人文字を作って退場し、ENOZメンバーが入ってくる。 一人……二人……三人……四人。 よかった、ちゃんとみんな揃っている。長門はきちんと仕事をしてくれたようだ。 ENOZのオリジナルメンバーの歌を聴くのは初めてだ。ハルヒがやったときも、曲と歌詞に感動した記憶がある。楽しみだ。 ………………… 一言で言うと、うん、すごく良かった。 やっぱり、なんだかんだ言って、四人の息がぴったり合っている。それに、みんなすごく楽しそうで、とてもリラックスしていた。MCでも冗談を飛ばし、観客を沸かせていた。 まあ、一年前、ハルヒがカチンコチンだったのは仕方ないさ。飛び入りだったんだからな。 観客たちは最高に盛り上がっていたが、はて、俺がいまいち乗り切れなかったのは、なんでだろう? ――などと考えるまでもない。一年前、ライブをやって、満足したような、でもどこか不満だったような、複雑なハルヒの顔を思い出していたからだ。 そして、今年は、そんな興奮を、ハルヒに経験させてやれなかったからだ。 ……来年は、SOS団でバンドでもやるか。 俺は心の底からそう思った。 ハルヒに思いっきり歌わせてやりたい。案外、それが原因でループになっているのかも知れないな。 『これで、体育館公演のプログラムを終了いたします……』 アナウンスが響く。やれやれ、これで今年の文化祭もお終いだ。 瞬間、体育館の照明が消えた。 真っ暗になった体育館に、観客たちの混乱したどよめきが響く。 どういうことだ、なにが起きた? そのとき、俺の頭の中で、いくつかの光景が高速でフラッシュ・バックした。 ハルヒに耳打ちする長門。頷くハルヒ。「サプライズ」というセリフ。ハルヒの満開の笑顔。 そこに、長門の持ち出したダンボール箱に入った大量の銃器の映像が割り込んだせいで、俺の背筋は凍りついた。 まさかとは思うが……体育館の占拠?立てこもり?銃撃戦?亡命? SOS団で独立国を作るために、ハルヒが武装して体育館の観客を人質に取ったとか? 『えー、テス・テス・テス』 そのハルヒの声が、体育館に響いた。 『あんたたち、この体育館は、私たちSOS団が占拠したわっ!!立ち上がって、後ろを向きなさいっ、いい、逆らったら死刑よっ!!』 ハルヒ、やめろ、やめてくれ、犯罪だけは洒落にならんぞ。 観客たちははなんのことやら飲み込めずに、ざわざわと後ろを向く。俺も後ろを振り返った。 スポットライトがあたり、体育館の後ろにステージが照らし出される。 おかしい、こんなステージなかったはずだ。 そして、ステージの真ん中に立っているのは……赤いコスチュームのバニーガールだ。マイクを握り締めて、緊張のあまりプルプルと小刻みに震えている。 『み、みなさんっ、これから、SOS団による、ゲゲゲリラ・ライブを行いましゅっ!!司会は、赤いバニーの、私、あああ朝比奈みくるですっ』 朝比奈さん、なにやってるんですか!? 観客は巨乳のバニーガールに、ただ呆然としている。 『ふえ、ええと、バンド名は……バニーズですぅ!!』 その言葉と同時に、バニーガールたちがステージに上がってきた。 『く、黒いバニーさんは、涼宮ハルヒさんですっ!』 ハルヒが大きく手を振りながら登場する。その抜群のプロポーションに、観客の温度が、一気に五度は確実に上昇した。黒いバニーガールは、手に持ったギターをぶんぶん振り回している。 『白いバニーさんは、な、長門有希さんです!』 とことこと出てきた長門は、真っ白のバニーコスチュームに身を包んでいる。やばい、可愛い。 ハルヒに歓声を送ったのとは違う趣味を持つ観客層が、うおおおおおと怒号を発する。 やはり長門の担当はギターか。あの超絶テクを披露したら、観客たちは度肝を抜かれるだろうな。 『ブルーのバニーさん、朝倉涼子さんですぅ!』 女子たちが黄色い歓声をあげた。朝倉は自分の着ている露出度の高いバニーコスプレに、顔が茹でたロブスターのごとく真っ赤だ。 ハルヒに劣らぬ完璧なプロポーションと、恥らう顔のギャップがたまらない……はっ、何言ってるんだ、俺は。 朝倉は、ベースを持っているようだが……まだドラムが登場していない。朝比奈さんってことはないだろう。マイクを握る反対の手で、タンバリンを握り締めている。 鶴屋さん?まさか、さっき会ったばかりだ。 古泉だったら帰ってやる。断固として帰ってやる。 『グリーンのバニーさんは、特別ゲストですっ!』 その人が、微笑みを浮かべてステージに上ってきた。露出の激しい緑のバニーガール。 ああ、なるほど。 やれやれ。この人なら、超絶ドラムテクが期待できそうだな。 『喜緑江美里さんっ!!』 ………………… 五人のバニーガールが勢ぞろいしたところで、ハルヒが自分の前のマイクで喋りだした。 『こんにちは、バニーズですっ!!』 観客は、既に熱気に包まれている。ハルヒは、嬉しそうに頷く。 『さあて、早速だけど、一曲目行くわよっ!オリジナルつくる暇がなくてカバーだけど、耳の穴かっぽじってよーく聴きなさいっ!「LETTERBOMB」!!』 長門のギターの轟音が響く。アップテンポのイントロ。ハルヒが、すう、と息を吸って、叩きつけるように歌いだした。一気に観客が歓声に包まれる。 「いやあ、実にうまいですね。素晴らしい」 古泉、いつの間に居やがった。 「おや、あなたがぼんやりと口をあけてステージを見ていた、さっきから居ましたよ。 ああ、あのステージの設置は大変でした。コンピ研の部員さんたちと僕が、かりだされて作ったんです。 直前まで、長門さんの情報操作で屈光シールドを張って隠していたんですよ」 お前も一枚かんでいたのか。とすると、SOS団でこのライブのことを知らなかったのは俺だけじゃないか? 「その通りです。なんといっても、サプライズ企画ですからね」 だからって、同じSOS団メンバーに隠すこともないもんだ。 古泉は、やれやれといった表情で、肩をすくめる。 「おやおや、皆さん、別に観客を驚かせるためにやっていたわけではありませんよ。もちろん、驚かせたかったのは……ま、それは本人達から聞いてください」 無性に古泉を殴りたくなった。いや、別に怒ってなんかいないさ。 単に、めちゃくちゃ嬉しくて、それが気恥ずかしかっただけだ。 ………………… あっという間に、ライブの時間は過ぎていった。ハルヒも、朝倉も、長門と喜緑さんも、タンバリンを叩いて踊っている朝比奈さんも、みんな実に楽しそうに演奏していた。 ああ、ハルヒは、こういうバンドをやってみたかったんだろう、きっと。 だが。 ふと考える。これが、ハルヒのループの鍵になっているとしたらどうなる? 時間が戻って、俺たちは、SOS団活動二年目の春にスキップされるのか? そのとき、朝倉はどうなるのだろう? 朝倉涼子は消えちまうのか?ここにいる朝倉は、長門がこの世界で再構成したのだから、普通に考えればそうだ。 あるいは、この一年で、やり残したことをやって満足したハルヒが、世界を崩壊させちまうかもしれない。 はたまた、このメンバーのままで、二年目に突入するのかも知れない。 ……そうであって欲しい。 俺は、そうなることを、祈らずにはいられなかった。 お前も、そう思わないか、ハルヒ? ………………… 『さて、そろそろ最後の曲よっ!!』 観客からあがる、ええええという不満の声。 『文句言わないっ!!また来年やるから、そのときに会いましょっ!!じゃあ、ラストソング!』 ハルヒが曲名を叫ぶ。 有名な曲だ。音楽を大して聴かない俺でさえ知っている。 観客からも大合唱がわき起こった。 そう、たぶん。 俺なんかに、お前を救えるかは分からないけどな。 結局のところ―― ここがループする時間の中を彷徨う、俺たちの終着地点なのかもしれない。 『おしまいっ!!……ふう、どう、驚いたでしょ?キョン!』 歌い終わったハルヒが、満足そうに付け加えた。 『愛してるからね、キョン。じゃ、おーばー♪』 ともあれ、後日談はささやかなものだ。 長門がコンピ研の活動として製作していた、「The Day Of Sagittarius4――Ender’s Game――」が、めでたく全国で一斉に公式発売の運びとなった。 「The Day Of Sagittarius3」とは比べ物にならない、豪華なグラフィックスと大規模な宇宙戦闘を売りにした、宇宙戦略シュミレーションゲームである。 発売元は、長門が裏で社長を務める「サイレンス」だ。サイレントユキの賞金を元に、株式で利益を上げて立ち上げたらしい。 ………………… で、今日が、その発売日。 さっきから俺が駅に向かって急いでいるのは、こういう訳だ。 「おっそい、キョン!!もうみんな来てるわっ!さあ、有希が作ったゲーム、みんなで買いに行くわよ!」 ハルヒが俺の腕をつかんで、ズンズン歩き出す。 やれやれ、そう、ハルヒの言うとおりだ。 SOS団、みんなで。 俺の隣で、長い髪を揺らして、朝倉涼子がにっこりと微笑んだ。 おしまい 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5262.html
第2周期 nOiSEleSsphAnTOmGIrL3 場面は転じて、夜の公園。しかも一人ベンチで寂しく……はないが座っている。 何故こんなところに居るかというと、此処で待つように指示するメモ書きが下駄箱にあったためである。 で、それを見た俺は素直にその指示に従って此処で待っているということだ。飯は食ってきたから長時間待っても大丈夫である。 まあ、この手段で呼び出しというのであれば、SOS団の緊急召集ではないことは皆さんもお分かりであろう。 「お久しぶりです」 朝比奈さん(大)がやってきた。 「今日は、ハルナについてですよね」 「はい、そうです」 取り敢えずベンチに座り、話を切り出した。 「今回のことで未来はどうなったんですか」 「不思議なことに、影響は少ないんです。確かに大きな変化が無かったとまでは言えませんが、私達が動く必要性はないとの見解です」 「そうなんだー」 「!!!!!!!!!」 !!!!!!!!! 何ということでしょう、そこにはニヤニヤしながらこちらを見ている団長の姿があるではありませんか。 勿論、慌てるとかいうレベルではない俺と朝比奈さん(大)。 「は、ハルヒ!?」 「あ……えっと……」 朝比奈さん、今更隠れようとしても無駄ですよ……。 「うーん、やっぱり大人になったみくるちゃんのもなかなか。これは揉みがいがありそうね…」 何だその品定めするような視線は。そしてその怪しい手の動きを止めなさい。というかさっきからどこを見ているんだ。 「決まってるでしょ、みくるちゃんのその立派な」 「あー、それ以上は言わなくていい」 駄目だ、あれは完全に獲物を見る目だ。 「例えおっきくなってもみくるちゃんはみくるちゃんよ!!」 「えっ、あ、ちょっと…! ぃゃ………………!!」 ハルヒが朝比奈さん(大)に飛びかかった瞬間には俺は即座に後ろを向いて見ていないので何があったのかは分からない(ということにしておいて貰いたい)。 背後から天使の悲鳴が聞こえるが俺にはどうにもできません、ごめんなさい……。 しばらくして悲鳴は止んだ。どうやらハルヒが満足したらしい。嗚呼無力な自分が悔しい。 「いやーやっぱり気持ち良いわねー」 「ぅぅ……涼宮さん…」 やはり泣いていらっしゃる。だがしかし俺にはどうすることも以下略 こうやってこそこそしていたわけだし、ハルヒに見つかってしまうのは相当まずいことなのではないのだろうか? 「はい、以前まではそうでした。涼宮さんに見つかることだけは避けなければならなかったんです。でも、涼宮さんによるリセット以降、これは規定事項になってたんです」 これ、とはつまり、ハルヒに見つかって…… 「い、言わないで下さい……」 「なに? つまりあたしから逃げられなくなったってこと?」 「簡単にいえばそうなります。その原因は分かっていませんが、リセットされたことで私達の未来とはほんの少しではありますが方向が変わったのかもしれません」 「少しねえ。その『少し』の影響量が気になるわね」 「それについては調査中ですので何とも言えません」 「調べ終わったらまた報告してくるの?」 朝比奈さんの言うことをしっかり聞いているのは、罪悪感などが残っているからなのだろうか。 「ここにおっきなみくるちゃんがいるってことはキョンに何か大事な話があるんでしょ?」 「え?」 再び二人は仰天である。何でそこまで知ってるんだ。恐るべし、全能の涼宮ハルヒ。 「お邪魔しましたー、ごゆっくりー」 ハルヒはそう言い残すと俺達に何も言わさぬままどこかへ行ってしまった。 ぽつーんと残された二人は呆気にとられていた。 あんなにあっさりしていたのは全くもって予想外であった。ハルヒがあれほど追い求めていた未来人に対面したのだから、もっと首を突っ込んでくると思ったのだが 「それにしても、なんかあの言い方はむかつくな」 「私があまり長時間この時間平面に留まれないことも知っているのかもしれません」 「あ、なるほど」 しかしまさかハルヒが配慮するなんてな。『事件』とやらが与えた影響はかなり大きいのかもしれん。 しばらくの沈黙ののち、本題へ戻った。 「リセットの影響はあるのにハルナの出現の影響はないというのはどういうことですか? ハルヒが二人になったも等しいというのに」 「そう思われたのですが、これが私たちの調査結果です」 「この先、何か重大なことが起こるんですか?」 「それはキョン君の結論次第です」 朝比奈さん(大)は真っすぐ俺を見てそう言った。 俺達がハルナを認めるか否か、それによって朝比奈さん(大)の時代で予測されているのとは異なる未来に向かうかもしれないのだ。 「では、そろそろ失礼します」 朝比奈さん(大)がベンチから立った。 「最後に一つ聞いてもいいですか」 「何ですか?」 「朝比奈さんはハルナのことはどう思いますか?」 「そうですね」 しばらく空を見上げていた。その後こちらを向いて微笑みながら言った。 「妹って、なんか羨ましいです」 翌日、ハルヒによる世界改変でハルナは元々いたことになっていたという報告を長門から聞いた。 「現在、涼宮ハルナは近所の小学校に通っている」 長門は廊下で俺が登校するのを待っていたのだ。朝会うなりそんな重要なことを聞かされるとはな。 「この改変に対し幾つかの派閥が苦言を呈している」 長門は付け足すようにそう言った。そんなこと無視してしまえばいいと思ってしまうだろうが、相手が相手だけに注意しなければならない。 「だが暫定的であってもそうでもしなけりゃハルナの居場所がないぞ」 「そう主張したが受け入れられなかった」 「そうか……、済まんが引き続き説得を頼む」 「わかった」 僅かに頷いた長門はカバンを持って教室へと入って行った。 その姿を見ていてしばらくその場に突っ立っていた俺であったがが、「廊下のど真中で何してんだこいつ」という周囲の視線を喰らったため教室へ入ることにした。 教室には既にハルヒがいた。頬杖をしてぼんやりと外を眺めている、やはり考え事をしているようだ。 俺が来たことに気付き、こちらを向いた。 「おはよ」 「おう」 綿菓子のように軽い挨拶だけすると、また視線を外に戻していた。 「……」 「……」 着席して以降お互いに話しかけようとせず、会話が成立することはなかった。 その後は雑談もしたが、さすがにハルナのことについて教室で話すのはまずいと考えたのでそれを話題にすることはなかった(ハルヒも同じ考えだったようだ)。 放課後、真っ先に部室へ向かうとすでにみんな揃っていた。団長様は腕を組んで仁王立ちしていた。 「遅い!」 「そんなに遅くないと思うんだが」 「もうみんな揃ってんのよ、あたし達を待たせたのがアンタが遅れた証拠」 「そうかい、そりゃあ失礼」 「まあいいわ、全員揃ったことだし、早速会議を始めましょう」 というわけで各々が着席する。議題は言うまでもなくハルナについてである。 「そういえば、ハルナちゃんは小学校に通ってるんですよね」 朝比奈さんも知っているのか、長門はみんなに報告して回っていたのだろうか。 「そうよ」 「何歳なんですか?」 その質問に及んだ瞬間、ハルヒがわざとらしくため息をついた。 「それを考えてなかったのよ。突然生み出されたんだから自分でも年齢なんて分からないのよ。二人で随分考えたけど、アンタの妹ちゃんより二つ下ということにしたの」 つまり4年生か。 「あの骨格からすればそのあたりが妥当」 長門がそう言うのだから、ハルヒの勘は正解だったということか。 だとしても、あいつの頭脳からしたらまさしく某小学生名探偵のような状態だな。 「仕方ないじゃない。あの姿で高校に来てもいいけど飛び級なんて……そうよ! 飛び級ってことにすればいいのよ!」 ぶっ飛んでいらっしゃる。この国に飛び級の制度はなかったと思うんだが。 「ちょっとまて、いいのかそれ」 「あたしがいいって言ったらいいのよ!」 自分中心に回るハルヒ節が復活していた。それもそれで悪くはないんだがな。 「だがハルナはそれに賛成するのか?」 「それはハルナに聞いてみないと分からないわ。あくまでもハルナの意見を最優先にするつもりだけど」 「古泉君、そっちには何か動きはあった?」 「機関からは正式な結論は出されていませんが、賛成意見が多数を占めているので心配はいらないと思います」 「そうか、まず一つは良しだな」 朝比奈さん(大)が言っていたことを賛成意見と捉えてもいいならば、早くも統合思念体以外はOKということになる。順調と言えば順調だが、ここからが正念場である。 「有希の方はどう?」 「こちらとしては結論が出ない限りは無暗に行動できない」 「まだ結論は出てないの?」 「審議中。なかなか折り合いがつかない」 「大変みたいね、ちゃんと休んでる?」 「大丈夫」 「そう、ならいいけど。無理はしちゃダメだからね」 そのいたわる気持ちを小さじでもいいから俺に対しても持ってほしい。 「じゃあ今日はこれで解散ね」 いきなりの終了宣言であった。 「やけに早いな」 「あたしにだって色々あるのよ、じゃあね」 自分のカバンを持ってさっさと出て行ってしまった。 昨夜同様、取り残された形となって呆気にとられていたが、気を取り直して気になっていたことを尋ねた。 「なあ古泉」 「なんでしょうか」 「閉鎖空間はどうなってる」 「やはり悩んでいるようです。小規模ながら高い頻度で発生しています」 長門に言っておきながら、お前が無理してどうすんだよハルヒ。 ハルヒが帰ってから十分と経たないうちに、自然と解散になった。 だが俺はまだ帰らず、一人で廊下を歩いていた。 実に不覚である。教室に課題プリントを忘れるとは。 教室に入る時に、どっかの誰かみたいに『忘れ物の歌』なんか歌わないぞ、と思ったものの結局脳裏にあのリズムが浮かんだまま席に向かっていた。 「あったあった」 目的のプリントを見つけ、それを四つ折りにしてカバンの奥にねじ込んだ瞬間であった。 一瞬にして明かりが消えて真っ暗になった。 「おいおい……」 蛍光灯がすべて同時に寿命を迎えるなんて奇跡的なことがあるのだろうか。経験者はぜひともSOS団に連絡してほしい。 驚いたのは勿論のことだが、すぐさま身構えた。この真っ暗な教室は見覚えがある。窓も扉も、無機質なコンクリートのようになっていたからな。 暗がりの中、机に座って待っていたのは予想通りの人物であった。 「朝倉、またお前か」 「そう。悪い?」 十分悪い。 「今回はハルナの件についてだろ? あいつの能力が未知だからって、俺を殺して涼宮ハルナの出方を見るとか言うなよ?」 「残念ながら貴方の予想はハズレね」 「どのみち俺には生命の危機がやって来るんだろ?」 「あら、でもこれからの動向によってはキョン君の運命も変わるかもね」 わざわざウインク付きの笑顔をありがとう。あまり嬉しくないね。 「キョン君の予想通り、今回は涼宮ハルナちゃんについてなんだけど」 ちゃん付けなんだな。まぁハルナは見た目は幼いからな。 「こんな場所に閉じ込めたんだから、お前の派閥が賛成じゃないってことは確定なんだろうな」 朝倉はあの時のように俺の正面に立つと下を向いた。 「ごめんなさい。急進派としてはあの要求は不都合みたい」 「一体どこが不都合なんだ。ハルナの存在か? 不干渉という条件か?」 「残念だけど両方。私達の正体を知ってしまった以上、こちらにも涼宮さんの影響が現れかねないという見解なの」 で、俺を人質にしてハルナの要求の撤回を迫っているって訳か。 「警告はしたはずです」 その声に仰天した。 「え……おい……」 まるで最初からいたように、俺の隣にハルナがいた。いつ来たんだろうか。 「まあ、これは想定の内なんだけどね」 余裕の表情を見せる朝倉をハルナが睨みつけている。 初対面のはずなのにお互いをよく知っているようだ。 「警告を無視すると、言った通りになりますよ」 「貴方の脅し文句は統合思念体の無力化、だったかしら? 残念だけど、貴方にそれは出来ないわ」 そう言うと背中を向けて教室内を歩き回る。 「貴方には涼宮さん……貴方のお姉さんみたいに意志を貫くことが出来ない。貴方には強い責任感があるから」 朝倉が立ち止まると、誰かの机の中から忘れ物らしき教科書を手に取った。 「強い願望を抱いても、現実が伴い『でも』等と考えてしまう。だから願望が完全に実現することはないわ」 それは瞬く間に槍へと形を変えた。 「たとえそうだとしても、彼を殺させはしません」 ハルナが更に語気を強くしているが、朝倉は相変わらず挑発的な笑みを浮かべて俺とハルナを交互に見ている。 「更に残念だけど、キョン君は只の撒き餌なの。本当の目的は貴方ってこと」 だろうな、俺を殺すなら以前にでも来たはずだろうし。 「私に与えられた仕事は貴方を殺すことだもん、ハルナちゃん」 壁が一瞬光った。嗚呼やっぱり強烈なデジャヴを感じる……。 それを見たハルナは明らかに動揺していた。 「空間が上書きされて封鎖が強力になっています。私一人では突破出来ません」 「そうよ、逃げられないの。だから、抵抗しないで殺されて」 それだけは避けなければならない。ハルナがどれ程の力を持っているかは知らんが、朝倉に対抗できるかどうかは更に分からない。もしかしたら敵わないか可能性だってある。 急進派の好き勝手を許してなるものか。 俺は傍にあった椅子を掴んで投げ飛ばした。勿論、効果はないのは承知済みである。しかしささやかな妨害くらいにはなるだろう。 「ん? キョン君は私達とは逆の意見のようね」 「そうみたいだな」 そう言った瞬間、強烈な痛みを感じた。 朝倉が持っていたはずの槍が左肩に刺さっていた。投げたモーションが見えなかったぞおい。 傷口から止めどなく熱い液体が流れている。 「てめぇ……」 「あら? その目はまだやる気ってことかな? 勇敢ね」 またしても気付いた時には朝倉が目の前に移動していた。そして俺を壁に押し付け、肩に刺さっていた鎗を握った。 「うるさくしてもいいんだけど、邪魔しないでね?」 「うあああああああああああああああああ!」 鎗がねじ込まれ、肩に猛烈な痛みが走る。右手で必死にそれを止めようとするが力は相手に比べりゃ圧倒的に少ない。 「やめろおおおおおおおおおおおお…………!!」 叫んでも全くもって無駄である。容赦なく肉を裂き骨を割り、鋭利な金属が奥まで侵攻してくる。 遂には貫通して壁に深く刺さっていた。俺は磔にされたも同然だった。 「利き腕にしなかっただけましだと思ってね」 俺が身動きできなくなったのを見届けると、ハルナのほうを振りかえった。 ハルナはじっと動かずにこちらを見ていた。 「お待たせハルナちゃん、そろそろいくね」 朝倉がナイフを手にハルナに近づく。 「くそっ、やめろ……」 少しでも動けば傷に刃が食い込み激痛に襲われる。 「逃げないの? いい子ね」 朝倉がハルナを切りつける。ハルナは慌てる様子もなくナイフの刃を掴んでいた。 しばらくの無音の後、ハルナの手から血が滴り落ちた。 「どうしたら、許してくれますか?」 その問いかけに朝倉はまた笑っていた。 「それ無理。許すも何も、私は貴方を殺さなきゃいけないもの」 「私を殺したら、姉さんの分も許してくれますか?」 「さあ。私には決定権はないの」 その時、普通に扉が開いた。ハルナいわく頑丈に封鎖されていたにも関わらずである。 やって来たのはハルヒと長門だった。 「あら客さん?」 「また随分と行動が早いのね、早速攻撃をしてくるなんて」 磔にされた俺を見た長門が高速呪文詠唱をすると、左肩を貫通していた鎗が消えて傷も痛みも全く無くなっていた。 鎗は教科書に戻って床に落ちていた、って谷口の数学の教科書じゃねえかこれ。 「あんまり面倒を起こしたくなかったんだけどね」 そういうとハルナの前に立ち、朝倉と対峙した。 だがこれにも朝倉は動揺することはなかった。それどころかクスクスと笑ってやがる。 「もう、みんな邪魔が好きなのね」 朝倉がジャンプしたかと思うと、ハルヒが吹き飛ばされて壁に衝突した。とんでもない速さの跳び蹴りだった。 「ハルヒ……!?」 急いで駆け寄ったが、頭を強打したらしく気を失っていた。 ちょっとまて、朝倉強すぎないか? 長門に心の声が届いたのだろうか、その答えを出してくれた。 「反対派が朝倉涼子に協力している可能性がある」 「だとしたら対抗できないんじゃないか……?」 「こちらも協力を要請している。それまで私が時間を稼ぐ。貴方は涼宮ハルヒを」 そう言って朝倉に攻撃を仕掛けようとした長門であったが、朝倉の方を向いた瞬間に動かなくなった。 「…………」 「何……」 長門がそう呟いた。何かあったのか? そう言おうとした瞬間だった。 全身の毛が逆立つのを感じた。 人の目を見てあれほど怖いと思ったことはなかったな。 悲しみか怒りか、ただ黒いだけではない黒い影がハルナを中心としてブラックホールのように全てを喰らい尽くそうとしていた。 それを間近で見た朝倉は硬直している。ただ動かないだけなのか、動けないのだろうか。 )H??繼bモM、・.09wSS瞑Iコen 蹣、、h.1ae,顳コ・f%HdL、 udjmx劉_??KU、夊? ・F?Vz? 何と言っていたのかはノイズ混じりだったのでさっぱり聞き取れなかった。 ノイズはさらに増幅して防犯ブザーに負けず劣らずの大音量となって耳を襲い、俺の聴力を狂わせていた。 「ハ、ハルナ……?」 そう呼び掛けたであろう自分の声も骨伝導でわずかに聞こえただけであった。 耳を押さえても無駄であった。そのノイズは耳を介さず直接脳に響いているようであった。 気付いた時には、教室は荒野に変貌していた。 机と椅子はそのままにして、現実離れしたほどに荒れ果てた大地である。 ここはどこだ? 見上げると、異常な早さで雲のようなものが流されている。 とうとうノイズは聴力だけに飽き足らず、視力さえ侵食し始めていた。 目の奥が焼けるように痛い。視界がぼやけ、時折テレビのチャンネルを合わせていない時に映るあのノイズが見える。 「……何……………これ…………」 朝倉に何が見えているのだろうか。 「…………めて……………来……で……!!」 視力を奪われつつある俺の目には、金切り声を上げながらナイフを振り回す朝倉の影がかろうじて映っていた。 何に襲われているのだろうか、俺には朝倉が怯えるほどのものは確認できていない。 視力がほとんどないので無暗に動けない。 俺はただ朝倉が発狂する様を見ているしかなかった。 「何が起こっているのか全く分からない」 長門の声が聞こえた。この異様な光景を前にした宇宙人は一体どんな表情をしているのだろう。 「いったぁ……生身の人間相手にあんな強くやるなんて……」 ハルヒが意識を回復した。 「大丈夫か?」 「なんとかね」 だが周囲の様子を見るや否や、ハルヒの表情は一変した。 「派手にやってくれたわね……全く」 怪我は大したことなかったようにすっと立ち上がると、何やら念ずるように目を閉じた。 「……は?」 またしても一瞬の出来事であった。次の瞬間には、荒野が再び元の教室へ姿を変えていた。 もう何が何だか。 だが完全に元の世界に戻ったわけではなかった。灰色に染まった見覚えのある空間だ。 「閉鎖空間……って言うんだっけ? それに上書きしたのよ」 淡々と語っていつその目は、真っすぐハルナを向いていた。 「それしか戻し方を知らないから」 その視線に刺されたハルナは、悪戯が見つかってしまった子供のような表情で固まっていた。 ハルヒは硬直しているハルナに歩み寄ると、思いきり頬を叩いた。 それはもう凄い音が教室に響いていたから、本気で叩いたのではないだろうか。 「ハルナ、それは使わないって約束だったよね?」 「……」 怒りに満ちたその声を聞いた俺と長門は、こちらに向けられたものではないのに委縮してしまいそうだった。 「二度目は無いからね!! 分かった!?」 「……ごめんなさい」 これほどまでに厳しく叱りつけるのは、その力がどれだけ恐ろしいかを知っているからなのだろう。 そのころ朝倉はというと、一体何を見たのだろうか、震えたまま教室の隅で子供のように丸くなっている。 「これはやり過ぎね……」 そう言ってハルヒが近付くと、朝倉が弱々しい悲鳴を上げる。 「や…………め………て………」 もはや言葉は一文字ずつしか発することが出来ないらしい。 ハルヒはしゃがむと怯える朝倉の頭に手を置いた。 すると朝倉の呼吸が少しずつ落ち着き、恐怖一色だった表情が段々穏やかになっていく。 「……」 落ち着いたとはいえ、言葉が出ないらしい。 「貴方達は……何なの?」 ようやく出た言葉は、高い能力を誇る宇宙人らしからぬものであった。 「あたしは涼宮ハルヒ、でこっちが妹のハルナ」 「そうじゃなくて……」 「あたし達にとってはそれ以上もそれ以下もないわ」 「……でも貴方達は我々にとっては脅威なのよ。だからこんな命令が下っ」 「そう思ってるだけよ、あたしはアンタ達を敵視してるつもりはないわ」 ハルヒがこちらに振り返った瞬間、朝倉が床に横たわってそのまま動かなくなった。 「言っとくけど眠らせただけよ」 ナイフのように鋭利な眼光であった。こいつ、最近で一番と言っていいほどに苛立っているな。能力のことに関して神経質になっているのだろうか。 その表情を緩めると長門と対面した。 「有希、このことは上には報告しないってことは出来る?」 「それは不可能。既に送信されている」 「そう……じゃあせめてさっきの記憶だけでも消してあげてくれる?」 「分かった」 長門が朝倉の記憶を修正している間にハルヒは教室を出ていってしまった。 ハルヒが帰ってから数分後、閉鎖空間は消滅し、窓からは夕闇が差し込んでいた。 ハルナはすっかり落ち込んでいた。夕日よりも真っ赤に腫れた頬を涙がつたっていく。 教室を荒野に変えてしまったあの時からずっと動かずに立っている。俺はその小さな背中の後ろに行くと、ハルナが呟いた。 「……ごめんなさい」 「失敗から学ぶっていうだろ? 学習学習」 頭を軽くぽんぽんと叩いた。 「同じ過ちを繰り返さなけりゃいいんだよ」 ハルナは少しだけ頷いた。 そう言ったものの、その力がたった一回の過ちで世界を滅ぼしたのではなかったか。 俺が言っていることは矛盾していた? 「繰り返さなきゃ……な」 二回目のそれは、どちらかといえば自分に言い聞かせているように思えた。 朝倉の記憶修正を終えたらしく、長門が立ち上がった。 「終わった」 「御苦労さま」 「いい。朝倉涼子のことは私に任せて、貴方は涼宮ハルナを」 「長門、あの時言ってたことに間違いはないんだな」 「何」 長門がこちらを振り向いた。その奥で朝倉はいまだに眠っていた。 「あの時言った『無理はしていない』ってのは嘘じゃないだろうな」 「嘘ではない。無理をするのは反対派との全面衝突になった時」 答えるまでに少しの無音があったので、図星なのかと思ってしまった。 まさか長門がジョークを言うとは思わなかった。あまり笑えないのだが。 「分かった、それなら安心だ。それと、もう一つ頼みがあるがいいか?」 「何」 「ハルナのケガを治してやってくれ」 「分かった」 長門がハルナに近づき、その手を取った。 ナイフの刃を握っていた小さな手からは、未だに血が流れていた。高速呪文を呟くと、傷は跡形も無く消えた。 「……」 ハルナは傷の消えた手の平をずっと見ていた。 「ほら、お礼」 「え、あ、ありがとうございます」 俺が促すとはっとしたようにそれだけ言って、また視線を手の平に戻して黙り込んだ。 「いい。……また明日」 「おう、またな。行くぞ、ハルナ」 やっぱりこの名前を呼ぶのにはまだ違和感がある。早いとこ慣れないと。 「……」 「いつまでもここで落ち込んで立って仕方ない、帰るぞ」 今度は頷くことはなかった。だが、俺が廊下に出でもう一度呼ぶとついて来た。 廊下を歩く俺の隣の小さい影は下を向いていた。何と言ってやればいいのか分からず、帰って墓穴を掘りかねないので黙っているほかなかった。 無言でいる間、さっきのことを思い出していた。 砂漠のように荒れた大地、激しいノイズ、何かの叫び声のような音、現れたものは散々ハルヒのことに巻き込まれてきた俺でさえ全て未体験のものばかりで、それらはハルヒの閉鎖空間とは似ても似つかぬ光景を生み出していた。 何より気になったのが、ノイズに視力や聴力を奪われていてもしっかりと感じたあのどんよりとした重たい空気である。 あの空間はあの『事件』とやらの記憶が影響しているのだろうか。ハルヒが詳細を言わないので推測にすぎないが、好んであんなものを創造するとは到底思えないからな。 ハルナは事件の記憶を引きずっているのだろう。その時にハルナが関与していたのかもしれない。 昇降口に差し掛かった時に俺は立ち止まり、こう切り出した。 「さて、そろそろ仲直りタイムにしようか」 「あ……」 ハルナもすぐに気付いたようだった。 「どうして分かったの」 そこにハルヒが待っていた。 「勘、だな」 「なによそれ、カッコつけてるの?」 「これでもいたって真面目の回答なんだがな」 「ふぅん」 夕日に照らされながら坂を下る三人。結局ハルヒと合流しても無言に変わりはなく、気まずい雰囲気が持続していた。 「……さっきはごめんね。思いきり叩いたりなんかして」 で、ハルヒが口を開いたかと思えば……。 「……」 「あたしが無茶苦茶してた時は、ハルナは何にも咎めず許してくれたのに、あたしは散々怒鳴り散らしちゃって……」 ハルナはそれを黙って聞いていた。 「ハルナを苦しめ続けてきたのよ、あの時からずっと」 俺もなかなか割り込むチャンスを得られなかった。 「あたしばっかりが勝手に怒って、勝手に泣いて。ハルナのことを思ってのはずなのにそれは二の次三の次にしちゃって」 「ちょっと止まれ」 急な命令に驚いたのか、二人はすぐに立ち止まった。 「どうしたのよ急n……」 こっちを向いた瞬間に、二人同時にでこピンをお見舞いした。 「いっ」 「ぅぅ……」 「何すんのよ!」 「本当にそっくりだよな、自分にばっかり責任を感じちまうところも」 その指摘を受けた二人は、額を押さえながらお互いを見ていた。 「何と言ったらいいかよくわからんが、あんまり深く考えない方がいいんじゃないか? この世界は崩壊してないんだし……な」 返事がない。そりゃあ俺のどうにも言葉足らずなものではどうにもならないか。 「なんかごめんね。じゃ、あたし達はこっちだから、またね」 「おう」 何か気の利いたことが言えないのか俺。 だんだんと小さくなっていく二人の背中を見ながら、おれは自分の手の平を見ていた。 どうも違和感があったんが敢えて何も言わなかった。 「現実までこうなんのか……」 俺の手の平には赤いべとべとがついていて、鉄の臭いがした。いつついたんだよこれ。 第3周期へ
https://w.atwiki.jp/kskani/pages/18.html
【名前】涼宮ハルヒ 【出典】涼宮ハルヒの憂鬱 【種族】人間 【性別】女性 【声優】平野綾 以下、kskアニメキャラバトルロワイアルにおけるネタバレを含む +開示する 涼宮ハルヒの本ロワにおける動向 初登場話 002 始まりは今! 登場話数 4話 スタンス 対主催 現在状況 一日目第1回目放送直前時点で死亡 死亡話 048 God Knows…… キャラとの関係(最新話時点) キャラ名 関係 呼び方 解説 初遭遇話 キョン 仲間→敵対 キョン SOS団の雑用。恋愛感情(ツンデレ的な意味で)。誤って殺された 048 God Knows…… 朝倉涼子 知人 朝倉さん いつの間にか転校していった。 ※ロワ内では再会せず キョンの妹 知人 妹ちゃん 文字通りキョンの妹という認識。懐かれている ※ロワ内では再会せず 古泉一樹 仲間 古泉くん SOS団の副団長 ※ロワ内では再会せず 朝比奈みくる 仲間 みくるちゃん SOS団の仲間の未来の姿。現在のみくるだと思っている ※ロワ内では再会せず モッチー 仲間 モッチー 意気投合する。SOS団のマスコット任命 002 始まりは今! クロスミラージュ 仲間 クロッチ 気に入る。SOS団の団員 002 始まりは今! 惣流・アスカ・ラングレー 険悪 相性も出会い最悪。 027 つよきす~mighty heart~ ヴィヴィオ 友好 ヴィヴィオちゃん アスカに襲われていると勘違いする 027 つよきす~mighty heart~ バルディッシュ・アサルト 仲間 バルディッシュ SOS団の団員 042 風がそよぐ場所に僕らは生まれて ゼルガディス 敵対 襲われた 042 風がそよぐ場所に僕らは生まれて 最終状態 一日目明け方、高校にてキョンに殺害される。 死体は96話麗しくも強き女王の駒にて朝倉の手で校庭に埋葬。 踏破地域 【C-8】ゴルフ場→【D-8】山→【C-5】草原→【C-3】高校 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 A■■■■■■■■■■ B■■■■■■■■■■ C■■□■□■■□■■ D■■■■■■■□■■ E■■■■■■■■■■ F■■■■■■■■■■ G■■■■■■■■■■ H■■■■■■■■■■ I ■■■■■■■■■■ J■■■■■■■■■■
https://w.atwiki.jp/projecter/pages/699.html
番号 KD07052 名前 涼宮ハルヒ 読み すずみやはるひ Lv 5 スター ★ 種別 ユニット BP 1500 SP 1000 【あたしたちSOS団は、もっと面白いことをするわよ!】○他の味方に「SOS団」を与える。○登場した時、自分の山札を上から5枚見てユニットを1枚まで選んで相手に見せ、手札に加える。残りの山札をシャッフルする。○夢(プランゾーンからプレイできる) 移動方向 ↑ 属性 SOS団北高校神♀ ブロック 角川書店2.0 作品 涼宮ハルヒシリーズ レアリティ R 良く見かける、青の制限付きサーチカード。夢と手札が増える登場効果を持っているため、アドが取りやすいユニットといえる。 一文目の効果は、キョンを使うことによりにどんな味方でもBP+2000できるので、悪くない。 選ぶのはユニットでないといけなく、このカードが5Lvなので、強力なユニットやキーカードを引くために採用すると良いだろう。 何気に神なので羽瀬川鈴果にやられるので注意。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/699.html
ストーリー参考:X-FILES シーズン1「三角フラスコ」 X-FILE課が設立された後、あの長門が俺たちを殺そうとしたり、 喜緑さんが俺たちを救ってくれたり、『機関』のスポンサーが アメリカ政府になったことを鶴屋さんに告げられたりと、 俺の周りではSOS団時代と違った新しい歯車が回っている事を 常に気にせずにはいられなかった。ただ、ハルヒとそのことに ついて話し合ったことはなかった。お互い、『何を信じればいいのか』 ということが胸につっかえていたのだろうと思う。 そしてついに回っていた歯車は急速にスピードを上げ、俺たちの 前に危機として襲い掛かってきたのだった・・・ 一台の車がパトカー2台とカーチェイスを繰り広げている。車は暴走したかの ごとくスピードを上げ倉庫が立ち並ぶ場所へと逃げ込んだ。 『応援を送ります。現在位置を報告してください。』 警察無線がけたたましく鳴る。 「現在エイプリル通りから造船所のほうを西へ向かって走行中。」 『了解。応援を送ります。』 追いかけられている車はついに袋小路に入り込んだ。 ”警察だ!車を止めろ!” 車は荷物にぶつかりスリップして止まった。止まった車から1人の男が 運転席から逃げ出し、近くの柵を乗り越えて逃亡しようとした。 しかし、すぐに駆けつけた警官に取り押さえられ柵から引き離された。 「動くな!地面に付け!」 警官が怒鳴る。しかし男は必死に抵抗を続ける。男は油断した警官から 警棒を取り上げると次々と警官を倒していった。そのとき応援に駆けつけた 若手警官が電気ショックガンを男に発射した。しかし、男は何の変化も 受けなかった。男はショックガンの電極を抜くと一目散に桟橋へ駆け込んで いった。 「止まらないと撃つぞ!」 警官が威嚇する。しかし男は止まることなく桟橋の端に向かって走っていった。 ”パンパン”警官が銃を男に発射した。しかし男は止まることなく走り続け、 ついに海へ飛び込んでいった。 「確かに命中したはずなのに・・・どこへ行ったんだ・・・出血がひどいはずなのに」 警官はまるで信じられないという顔で海を見つめた。桟橋の端に着いた警官が 見たものは赤い血ではなく、緑色の液体だった・・・ あたしは家でテレビを見ながらソファーに横になっていた。その時電話が鳴り、 受話器をとって耳に当てて、 『8チャンネルを見ろ。』 この一言だけ言って電話は切れた。 「ったく。なんなのよもう・・・」 そういいつつTVのチャンネルを8チャンネルにした。そのチャンネルでは 夕方、車の追跡激が行われたという現場からのニュースを流していた。 あたしは急いでビデオに録画を始めた・・・ 次の日あたしはオフィスで録画しておいたニュースを繰り返し見続けた。 「ハルヒ、さっきから何十回も見てるぞ。一体何を探しているんだ?」 キョンがあきれたような口調であたしに言った。 「あたしもわからないわ。」 そう答えるとあたしは怪しいと思われる人物が写っている画像をプリントした。 「彼・・・ディープスロートがテレビを見ろって言ったのか?」 キョンが言ったディープスロートというのは以前から私に情報をもたらして くれている初老の男性のことだ。最初にあったのはエレンズ空軍基地事件の時だった。 「そうよ。」 「警察はなぜその男を追いかけてたんだ?」 「ニュースではスピード違反としか伝えていないわ。」 「スピード違反にしては随分大げさな報道だな。」 「絶対になにかあるわ。」 そう言いつつ今度は1台の車が写った画像をプリントした。 「ニセの情報なんじゃないか?」 「どうして?」 「彼は前にも嘘をおまえに伝えたろ。」 そう、彼は以前宇宙人が捕獲されたという事件があったとき、 あたしたちの身を案じて一部嘘の情報を教えたことがあった。 「いや違うわ。彼は何かを知らせたかったのよ。きっとなにかあるに 違いないわ。だからあたしに電話してきたのよ。」 「だとしたら一体何を?」 「それをこれから探すのよ。」 あたしたちは現場へと向かった。そこで事件を担当している警官に 説明を求めた。 「昨夜は3つの捜査機関が動員されてたんだ。」 「たかがスピード違反なのに?」 あたしはオフィスでプリントした写真を見せながら、 「この私服の男だけど、署の人間なの?」 「いや、ちがうな。知らない男だ。昨夜は人がうじゃうじゃいたからな。」 「容疑者は逃げた形跡もなく遺体も出ないの?」 「見ての通り捜索中だ。ダイバーも動員してるしそのうち見つかるだろう。」 「でも、もう18時間も経ってるわ。おかしいんじゃない?」 「いや、海底の探索には時間がかかる。それよりも、FBIがなぜこの事件に?」 「容疑者の男の顔が手配中の逃亡犯に似て・・・」 「ほう、それは不思議だ。人相は発表していないのに。」 「差し支えなければ車を見たいんだけど。」 「署の駐車場にある。」 俺たちは担当している警察署に向かった。 「所有者はゲイザスバーグのレンタカー会社だ。店は盗まれたものだと 言ってるが。これじゃ車の線を洗うのは無駄なんじゃないか。」 俺はハルヒに言った。 「きっと何かあるはずよ。」 ハルヒはオフィスでプリントした車の写真を見ながら車の周りを探ってた。 「この写真じゃナンバーも見えないわね・・・」 ハルヒが車の正面に立ったとき、 「ちょっとキョン、見てみて。」 「なんだ。」 「ほら、写真の車にはガラスにシールが貼ってあるわ。」 「でもこの車には貼ってないな・・・」 「車が違うってことよ。」 俺たちは一旦オフィスに戻り改めてビデオを検証してみることにした。 「この写ってるシールは『使者の杖』と呼ばれるもので医学のシンボルらしい。」 「ってことは車の持ち主は医者ね。画質を補正してみたんだけど、ナンバーは ”3AYF”ね。」 「前半部分はどうなんだ?」 「隠れてて見えないの。だからそれしか分からないわ。」 そういうとハルヒは電話を取り、 「ダニー、ハルヒよ。車の割り出しをして欲しいの。ナンバーは 一部しか分からないんだけど、多分持ち主は医者よ。よろしく頼むわ。」 電話の先でダニーが調べている間私はキョンに、 「偽装工作のために車をすりかえられたのよ。」 と言った。 「何のためにだ?」 「持ち主に何か秘密があるに違いないわ。」 俺たちは判明した車の持ち主がいると思われるメリーランド州の ゲイザスバーグにあるエムゲン社を訪れた。 そこでは1人の男が白衣を着て研究をしていた。 「ハルヒ、とりあえず尋問は俺がやるから、部屋を注意深く見ていてくれ。」 「わかったわ。」 そうハルヒとやり取りした後、俺は男に声をかけた。 「ベルービ博士?」 「そうだが。」 「FBIです。お話が。」 「悪いが今忙しいんだ。」 「実は昨日起きた事件に博士の車が使われたもので。」 「私の?」 「銀色のシエラをお持ちですよね?」 「何に使われた?」 「犯罪です。ご存じない?無くなった事も?」 「初耳だ。」 「あの車は普段家政婦が使っているから・・・」 そのとき、ハルヒが檻に入った実験用のサルに触ろうとした。その途端 サルが興奮し始めた 「危ない!興奮させないでもらいたい。」 「ごめんなさい。可愛かったもので・・・」 「これは実験動物なんだ。」 そう男が言った後俺は、 「何の実験を?」 「それは尋問かね?」 「いいえ。」 「だったらもう帰ってくれ。仕事が山ほど残っているんだ。」 「どうも。」 そういうと俺とハルヒは黙って研究室を出た。 「ハルヒ、噛まれなかったか?」 「大丈夫。でもちょっと危なかったわね。もうすぐ17時ね。博士の家に 行って話を聞きましょう。」 「いや、断る。」 「どういう意味?」 「こんな無意味な捜査に付き合いきれないってことだ。謎めいた電話に 振り回されて謎々を解くのはもうたくさんだ。」 「ヒントは出てるわ。」 「あれがヒントか?そもそもあのディープスロートって何者なんだ? 本名は?」 「彼は機密を知る立場にいるだから用心深いのよ。」 「ただのゲームかもしれないじゃないか。駆け引きを楽しんでいるん じゃないのか。」 「じゃあ、彼は私を試しているとでもいいたいわけ?」 「いや、オモチャにされてるんだよ。」 結局収穫の無いまま夜になり、あたしは家に帰ってきた。アパートの 入口に入ろうとしたとき、 「少し帰りが早すぎやしないか。」 その声はディープスロートだった。 「遅くなると母親が心配するのよ。」 ディープスロートは近づいてきて、 「失望したよ。熱意が薄れたようだな。」 「なぜよ?」 「真実を追い求め夜を徹して捜査しているものと思っていたのに。」 「あんな情報じゃ少なすぎるわ。」 「今提供できるのはあれだけだ。」 「ニュースが?」 「どこまでわかったんだ?」 「何も分かってないわよ。」 「まったく・・・君に見えていないだけだ。」 「まって、あたしは今まであなたの条件に従い何の注文も出さなかった。 でも、いい加減勿体ぶるのはやめてちょうだい。」 「私に頼りすぎては困る。」 「なら言うけど、あたしのほうこそ謎々ゲームはもうたくさんよ。 いつまでもあなたの言う通りに動くと思ったら大間違いよ。」 「涼宮捜査官。私を信じろ。あと一歩で君は真実に触れることができる。」 「後一歩で・・・何の真実よ。」 あたしのその言葉を聞くとディープスロートは夜の闇へと消えていった。 エムゲン社の研究室にて夜を徹してベルービ博士が研究を続けていた。 博士が顕微鏡をのぞいていると研究室のドアが開いた。 「誰だ?」 返事が無い。 「返事をしてくれ。」 「残業かしら。」 若い女性の声が聞こえた。 「何しに来たんだ?」 女性は博士に近づいた後、 「彼は生きてるんでしょ?連絡はあったのかしら。」 「頼む。今すぐ帰ってくれ。」 檻のなかにいるサルたちが興奮し始める。 「誰か知らんがFBIならもう質問に答えたろ。」 「なんと答えたのかしら?」 「私は何も知らん。何度聞いても同じだ。」 「セケア博士はどこ?」 「何の話かわからんな。」 女性は黙ってサルを見つめる。 「頼む。重要な仕事の最中なんだ。邪魔せんでくれ。」 「あなたの仕事は・・・もう終わりよ。」 そういうと女性は博士の首につかみかかった。とても女性とは思えない 力で締め付けていた。 その光景をサルたちは興奮しながら見ていたのだった・・・ 次の日、エムゲン社の研究室にてベルービ博士が死亡したとの連絡を 受けた。あたしとキョンは急いでエムゲン社の研究室向かった。 研究室内はめちゃめちゃに荒らされており、博士は首をつった状態で 発見されたらしい。 「現場検証の責任者は郡の保安官になってるな。中間報告を見る限り では自殺と記述されてるな。」 「自殺ですって?」 「自分で室内を荒らしたうえで死んだらしいと。」 「方法はなんて?」 「この報告書によると・・・丈夫なガーゼで首を縛り、その片端を ガス栓に結んで飛び降りたとあるな。」 「目撃者はいるの?」 「誰もいないらしい。」 「昨日あった感じでは綺麗好きでこんなことをするような男には 見えなかったけどね。」 「死に方も問題だな。」 「不自然よ。自殺にしては少し念入りすぎてるわ。確実に死ぬために 首吊りと飛び降りをいっぺんにやるなんて聞いたことが無いわ。」 「ベルービ博士の経歴は・・・と。テレンス・ベルービ。74年に ハーバードを卒業。専門は”ゲノム”か。知ってるか?」 「遺伝子の解析でしょ。科学史上最も野心的な研究のひとつよ。」 「さすがだな、ハルヒ。」 「キョンとは頭の出来が違うもの。」 「へいへい。でも、それがどうかしたか?」 「ゲノムの研究をしている人は大勢いるけど、銀色のシエラを所有し 首にガーゼを巻いてバンジージャンプしたのは彼一人よ。」 「でも、それだけじゃ一昨日の事件とは繋がらないな。」 あたしは調整装置の中にあった三角フラスコを取り出して底を 見てみた。”純度調整”と書いてある。 「見る視点が違っていたのかもしれないわ。問題はそこね。きっと それは目に見えない何かで結ばれているんだと思うわ。ところでこれ なんだと思う?」 あたしは取り出した三角フラスコをキョンに見せた。 「なんだろうな・・・液体が入っているが・・・研究材料の1つじゃないか?」 「この三角フラスコの中身ちょっと興味があるわね・・・私は知り合いがいる 大学に行って解析してもらうわ。キョンはその間にベルービ博士の自宅を 捜索してちょうだい。」 「わかった。でもハルヒ、その液体がサルの尿なら捜査は終わりだぞ。」 俺はハルヒに言われたとおりベルービ博士の自宅へ向かった。家に着いた もののベルを鳴らしても誰も出てこない。そこで家の横を観察してみたところ 1つだけ窓が開いてる箇所があった。俺はそこから侵入し家の中を捜索し始めた。 何か出てくれないとハルヒはまた癇癪起こすな・・・と心配しつつ・・・ あたしは今ジョージタウン大学の微生物部にいる。さっきの三角フラスコの 中身を知り合いの女性研究者に調べてもらっているところだ。 「細菌の培養液だと思うけどどこでこれを?」 「ある事件の現場よ。」 「最近の事件は随分科学的なのね。」 「何か出てくれるといいけど・・・まあ、あまり期待してないわ。」 「まって、この液体何でもないどころかただものじゃないわ・・・見て。」 そういうと彼女はモニターを見るように促した。 「これは何?」 「サイズは細菌だけど全然違うわ。こんなの見たの初めてよ。」 「つまり?」 「細菌なら普通は左右対称なんだけど、これは・・・なんていうか妙だわ。」 「正体が分かるかしら?」 「そうね、凍結破断してみれば解るかも。凍結させて薄く切って断面構造を 調べるの。多少時間がかかるけど・・・待てる?」 「ええ、急がないわ。お願い。」 俺がベルービ博士の自宅を捜索してからだいぶ時間が経った。依然として 有力な物証などは得られていない。外も暗くなり時計を見るともう19時を まわっているところだ。やれやれと思いつつ、博士の机の椅子に座り卓上 スタンドの明かりをつけた。それから机の引き出しを探ってみると、なにやら 通話記録のようなものが出てきた。よくみるとほとんど同じ番号にかけている。 俺は早速FBIに電話した。 「ダニーか、すまない今度は電話番号を調べて欲しい。555-2804市外局番301だ。 持ち主を調べてくれ。ここの番号は555-7571だ。よろしく頼む。」 俺は電話を終えると通話記録を元の場所に戻した。更に別の引き出しを調べて みるとどこかの鍵の束が見つかった。俺はこの鍵束をズボンのポケットにしまった。 その時電話が鳴った。 「早いな。」 「テリー君なのか?」 FBIのダニーではなく別な男からの電話だった。俺は調子を合わせて、 「ああ、誰かな?」 「撃たれてるんだ。3日間も水中にいたんだ。」 「今どこにいるんだ?」 「今公衆電話だ。」 「すぐ迎えに行く。場所は?」 「テリー・・・」 それ以上喋らない。どうも様子がおかしい。 「もしもし」 すると別の男の声で、 「もしもし、この人凄いケガをしてるよ。手当が必要だ。」 「場所はどこだ?」 「俺、救急車呼ぶよ。」 「待ってくれ!」 電話は切られてしまった。と、その直後また電話がなった。 「切らないでくれ。」 「持ち主がわかったぞ。」 「ダニー、君か。」 「住所を。」 「まってくれ、今書きとめる。」 俺は紙とペンを取るため椅子を回し窓のほうに向けた。すると外に 青色のバンが止まっているのが見えた。なんとなく怪しい・・・そう 思っていると、 「キョン」 「ああ、聞いてるよ。続けてくれ。」 「この持ち主はゼウス倉庫会社だ。住所はパンドラ通り1616。」 「助かったよ。ありがとう。」 電話が終わると既にバンは消えていた・・・ 暗闇の中を救急車が走る。さっきキョンに電話した男が搬送されている途中だった。 「患者は40代の白人男性。心拍も血圧も低下。」 救急隊員が現状を無線で報告する。 「それから右上半身の傷から緑色の液体が出ている。」 『緑色だと?肺喚起の反応は?』 「いやダメだ。静脈が浮き出て気息音が激しくなってる。皮膚も土色に。」 『緊張性気胸だ。胸膣の圧力を減少させろ。』 「注射器で減圧する。」 そういうと救急隊員は針を男に突き刺した。すると注射器から ガスが噴出し救急隊員たちが苦しみだした。救急車は蛇行運転になり やがて止まった。 『どうしたんだ?救急隊応答しろ。』 救急隊員たちが倒れるのを見届けると男は注射器を抜いた。 『おい救急隊、何があったんだ!応答しろ!』 男は救急車の後部ドアを開けると夜の闇に逃げていった・・・ あたしは大学から携帯電話でキョンに電話をかけた。 『キョンだ。』 「あたしよ。今どこ?」 『手がかりがあると思われる場所に向かってるところだ。』 「手がかりがあったのね。」 『それと、彼は生きていたよ。』 「彼って?」 『逃亡者さ。博士の家に電話があった。』 「どこからかけてきたの?』 『わからない。ハルヒのほうはどうだ。』 「ジョージタウン大学にいるわ。変なものが見つかったわ。」 『ひょっとして例の液体からか?』 「ええ、緑色の物体よ。」 『どんなものなんだ?』 「最近の一種で中にウイルスが生息しているの。どうやら博士は これを培養していたみたい。その細菌には葉緑素のようなものも。 こんな細菌、研究室の人も初めて見るそうよ。」 『博士は何のために培養していたんだろうな?』 「普通ウイルスを増殖させるのは生物に注入するためだわ。これは 遺伝子治療と言う実験段階の技術よ。」 『たぶんサルを使って実験してたんだな。他には?』 「今、細胞培養とDNA分析をしてもらってるわ。とにかくただ事では なさそうよ。こんな細菌は数百万年前にさかのぼっても───地上に 存在した形跡が無いらしいの。」 そのハルヒの言葉と同時に俺はゼウス倉庫会社についた。 「ちょっとキョン、聞いてるの?」 『ああ、引き続き検査を続けていてくれ。』 「わかったわ。そっちも何かあったらすぐ連絡をちょうだい。」 『わかった。じゃあ切るぞ。』 俺はゼウス倉庫会社の倉庫に進入した。鍵束から適当な番号を選び その部屋に入ってみた。そこで見たものは・・・驚くべき光景だった。 人間が水槽の中で実験のようなことをされているのだ! 部屋の中を一通りまわってみると、1つの水槽だけ空っぽのものが あった。 ───ここでは一体何が行われているんだ・・・そしてこの空っぽの 水槽の中の被験者はもしかして・・・ あたしは疲れのためか大学の休憩所にあるソファーで寝ていた。 そこに知り合いの研究者がやってきて私を起こした。 「ごめんなさい、つい居眠りを。」 「涼宮捜査官、見せたいものがあるの。」 「なにかしら。」 「これはあなたが持ち込んだ細菌のDNA塩基配列よ。」 「いわゆる遺伝子ってヤツね。」 そういうと遺伝子構造を表した書類を見せられた。 「塩基対と呼ばれるものでヌクレオチドでできているの。DNAには 4種類のヌクレオチドがあるの。地球上のあらゆる生物はこの4つの 組み合わせによって作られているの。今見ているのはあの細菌の 遺伝子の連鎖よ。普通遺伝子の連鎖には切れ目がないけど、でも この細菌にはそれがあるの。」 「どうしてなの?」 「理由は解らないわ。でも私なら今すぐに政府機関に連絡するわ。」 「何を発見したの?」 「第5・第6のヌクレオチドでできた塩基対よ。新しいDNAよ。あの 細菌は自然界に存在し得ないものなの。つまりあの細菌は・・・ 地球外生命体よ。」 「なんですって・・・」 俺はある程度調べを終えるとすぐに倉庫から出た。そして車に 向かって道を歩いていると・・・さっきの青いバンが表れ中から 男が2人出てきた。俺はとっさに反対方向へ歩き出した。ある程度 歩いたところで前方からも1人走ってくるのが見えた。やばい! 俺はすぐ近くの木で出来た柵を乗り越え一目散に走って逃げた。 ある程度走ったところで横道に隠れ、銃を取り出し銃を構えて 今走ってきた道を見た。しかし追いかけてきた様子もなく、俺は そのまま夜の暗闇の中へ走って逃げた・・・ 家に戻ると電話が鳴っていたので急いで取った。 「もしもし」 『キョン、なにやってるのよ!もう朝よ、一晩中電話してたのよ!』 「すまない。まずいことが起きてしばらく隠れてたんだ。」 『キョン、例の細菌だけど自然界には存在しないらしいわ。 地球外生命体の可能性があるって。」 「待ってくれハルヒ。」 『なによ?』 「俺のほうも今すぐお前に見せたいものがある。」 あたしとキョンは一緒にゼウス倉庫会社の倉庫に来た。 「ちょっと待ってくれハルヒ。」 「なによ。」 「なんというか・・・お前に謝らなければならん。俺が間違っていた。」 「当たり前じゃない。でも、気にしないで。」 「でも俺は・・・お前の足を引っ張るようなことばかりして・・・これからは改めるよ。」 「ふふん。キョンもだんだんわかってきたじゃない。」 「おれは科学を絶対視するあまり解明されていることしか信じようと しなかった。でも昨夜見たものは・・・俺の理解をはるかに超えていた。」 「じゃあその神の領域をも超えているようなものを見せてもらいましょうか。」 俺とハルヒは、俺が昨夜入った部屋の鍵を開け、電気をつけた。しかし そこには何もなかった・・・ 「水槽が、人間を入れた水槽が5つあったんだ。コンピュータ管理も されてて。彼らは水中で生きていたんだ!」 「どこにいったのかしら?」 その時ディープスロートがやってきた。 「神のみぞ知る・・・だ。既に処分されているだろう。」 「誰が処分したの?」 「わからない。」 「嘘よ。」 「私の能力にも限界というものがある。情報機関の内部には”影の政府”が 存在しその中の一部が権力の中枢を握って秘密活動を行っているのだ。」 「昨夜3人の男に追跡された。」 「ああ、それは単なる脅しにしか過ぎない。相手はプロだ。殺しにも 慣れている。」 「ベルービ博士も彼らに殺されたの?」 「多分な。」 「なぜよ。」 「あれだけ調査してもまだ分からんのか。」 「博士は地球外ウイルスを培養して人体実験をしていたんじゃないのか?」 「そうとも。研究は今に始まったことではない。細菌は1947年から存在していた。」 「ロズウェルね。」 「ロズウェル事件は氷山の一角にすぎない。博士は実験に成功し、口封じの ために殺された。彼はこの部屋で人体に対する初のDNA移植を行っていたのだ。 6人の末期患者が自ら進んで申し出てきた。その1人セケア博士はベルービの 友人だった。遺伝子移植治療の成果はすさまじく、DNA移植を受けた結果 6人の患者の容体はみるみる快方に向かっていった。セケア博士も正常な 肉体を取り戻し、おまけに超人的な体力と水中でも呼吸できる力を身につけた。」 「だから3日間も水の中で隠れ通すことが出来たのね。」 「でも、何で逃げるんだ?」 「元々セケアは生きていてはならん男だ。この実験は政府が極秘に進める 研究の一環だった。実験後は彼らは用済みだ。生きていては秘密が漏れる 恐れがある。事故で救急車に運ばれでもしたら?セケアの血液成分は異質で かなりの毒性もある。それをマスコミがかぎつければ・・・」 「だから抹殺命令が出たのか。」 「そうだ。でもセケアはベルービからそれを聞いてしまった。」 「1つどうしても分からないことがあるわ。なぜ最初から教えないで今頃 詳しい情報を?」 「証拠隠滅の動きが早まったからだ。ベルービも殺され、ここにいた人間も 抹殺された。証拠がなければ君らも立証は出来ない。急いで証拠を集めろ。 今ならまだ間に合う。セケアを探して保護するんだ。この件で君らと話すのは これきりだ。」 そういうとディープスロートは部屋から出て行った。 あたしとキョンはしばらく考えた後倉庫から出た。 「あたしは研究室へ戻って分析結果を取ってくるわ。」 「俺はセケアを追う。」 「どこへ?」 「さあな。感が頼りだ。」 あたしがジョージタウン大学に着くと依頼していた知り合いは研究室に いなかった。しょうがないので休憩室に行ってみた。 「すいません、カーペンター博士はどこに?」 そういうと研究員の一人が、 「カーペンター博士の家族全員が交通事故でお亡くなりに・・・博士自身も・・・」 なんてことなの・・・証拠がどんどん消されていく・・・ 俺は再度ベルービ宅へ行くことにした。今回は面倒なので正面玄関の鍵を FBI特製のピッキングセットを使って開けて入った。ってか最初もこうすれば よかったな俺。中に入ると上の階から物音が聞こえた。どうやら天井裏に 誰かがいるようだ。俺は天井裏へ行くと、 「セケア博士?」 呼びかけてみたが反応が無い。天井裏を少しずつ探っていると、いきなり 後ろから男に襲われた。 「待て!」 男は聞き入れなかった。俺を殴ると胸倉をつかんだ。 「助け来たんだ。」 そういうとセケア博士とおもわれる男は胸倉をつかんだまま静止した。 と、その時”パン”と言う銃声が聞こえセケア博士が倒れた。正面を 見るとガスマスクをした男が銃を握っている。セケア博士の傷口から 毒性のあるガスが流れ出した。俺は目を開けられなくなりよろめき始め そして気絶した。 ガスマスクの男がセケア博士に止めを刺しているとき1人の若い女性が 天井裏に上がってきた。 「あんたはいいな、マスクがいらないんだからな。」 「まあね。それよりきちんと仕事をしておくのよ。」 「わかってるさ。それよりこいつはどうする。」 「あらあら奇遇だこと、この男は・・・このまま連れていくわ。」 キョンに連絡がつかない。あたしはキョンのアパートへ向かった。 キョン・・・どこにるの・・・嫌な思いがあたしの心に積もる。 キョンの部屋の呼び鈴を押した時、 「ここにはいない」 背後からディープスロートの声がした。 「キョンは今どこにいるの!」 「分からん、私も知りたいよ。」 「きっと何かあったに違いないわ。」 「無事だ。」 「どうしてわかるの?」 「彼を殺せば目立ちすぎるし、証拠を君にぶちまけられては困る。」 「証拠はもう無いわ。彼らに抹殺されたのよ!」 「涼宮捜査官、君にしかキョン捜査官は救えない。証拠はまだ存在する。」 「どこに?」 「警戒が厳重な場所だが君なら何とか潜り込める。」 「潜り込むって・・・場所は?」 「それは・・・フォートマリン隔離施設だ。」 「そこに何があるの?そしてどうすればいいの?」 「”源”だよ。全ての始まりだ。それを手に入れろ。そうしたら彼らと 交渉してキョン捜査官を取り戻す。」 「う・・・」 俺は薄暗い廃工場と思われる場所で目を覚ました。朦朧とする意識の 中で周りを見渡すと、自分は柱に縛られ、周りには誰もいない状態だった。 「なんだったんだあのガスは・・・気絶するほどとは・・・」 「ずいぶんと長い昼寝だったわね。お久しぶり、キョン君。」 うつむいて今までのことを思い出していたとき、はるか昔に 聞いた女性の声が聞こえ、近づいてきた。 「お、お前は・・・なぜここに!」 声の主はハルヒと出会ってすぐ、俺を殺そうとし、更に長門が 暴走して時空改変を行った際に俺にナイフを付きたてた女、朝倉涼子だった。 「あらあら、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶なこと。」 「お前は長門によって消されたはずだ。なのに何でここにいる?」 「うふふ、知りたい?まあいいわ大サービスで色々教えてあげる。」 朝倉は教師が生徒に授業をするような態度で行ったり来たりしながら話し始めた。 「私は新しい任務のために再構成されたの。バックアップとしてではなく単独個体としてね。」 「新しい任務・・・?」 確か高校卒業の別れ際、長門もそんなことを言っていたことを思い出した。 「情報統合思念体が自立進化の道を探っているのは既に知ってるわよね。」 「ああ。」 「あなたは情報統合思念体がこの星に興味を持ったのは涼宮さんのため だけかと思っているかもしれないけど、実際にはもっと昔からアプローチ していたのよ。」 「昔から・・・?ハルヒを観察するだけじゃなかったのか?」 「あなたたちが高校時代には涼宮さんの監視が私たちの目的だったわ。 事実あなたを殺して涼宮さんの出方を見ようともしたし。」 高校時代に殺されかけた嫌な思い出が蘇る・・・ 「でも高校卒業後、涼宮さんの力がなくなると、もはやその意味はなくなった。 そこで情報統合思念体の中でも少数派だったこの星の住人と直接接触し、 共に人類を支配下において自立進化の道を探ろうとする流派が台頭して来たの。」 「俗に言われている『宇宙人』ってやつか」 「そうね。そんな感じで言われてるわね。UFOとかも。で、その流派が今は 主流派となり活動を行ってるわけ。」 「で、その任務にお前や長門が選ばれてるってわけか。」 「まだ大勢いるけどね。でも、まさかあなたに会えるとはね♪」 「俺は会いたくなかったけどな。」 「ほんと、つれないこと。長門さんだったらホイホイついていくのに。」 「そうだ!長門はなんで俺たちのことを覚えていないんだ?」 「長門さんの記憶が封印されているためよ。初期化も考えたらしいけど 今まで蓄積していた知識なども考慮すると封印したほうがいいというのが 結論だったみたい。ま、私にはどちらでもいいけど。」 「封印・・・それでか・・・」 俺は空軍基地で長門に襲われた一件を思い出した。 「喜緑さんはどうなんだ?」 「あの人は特別ね。未だに穏健派に属していて、穏健派は各派の暴走を 押さえるのが目的なの。喜緑さんはいわば監査官ってところね。」 「喜緑さんだけは昔から立場が変わってないってことか・・・」 「そうね。でもなんであなたたちを助けたのかはわからないけど。まあ、 今回はここの情報を遮断フィールドで覆ってるし、助けに来ないと 思うけどね。」 「俺を殺すつもりか?」 「まあね。それが命令だし。人間最後まで片をつけないとね♪」 お前人間じゃないだろ・・・などと思いつつとりあえず絶体絶命だと言うことは 理解できた。 「それじゃ、私はまだ用事があるから失礼するわ。おとなしくしててね♪」 そういうと朝倉は闇に消えていった。 「ハルヒ・・・今頃どうしているだろうか・・・」 俺は悲嘆にくれながら月明かりが差し込んでくる窓のほうを見た・・・ あたしはキョンを救う鍵を手に入れるべくフォートマリン隔離施設へ 向かった。ディープスロートが用意してくれた偽のIDで難なく潜り込む事が できた。あたしはエレベーターまで行くと最重要フロアまで一気に登った。 フロアに着くとあたしは”氷雪学”の研究施設を目指した。その施設は すぐわかり、その部屋に入った。部屋に入ると”ガチャン”という音と共に ドアがロックされた。奥の部屋に入るには更にIDカードでの認証が必要なようだ。 あたしはIDカードを差し込んだ。その途端スピーカーから声が聞こえた。 扉の横に警備員が待機していた。 『名前は?』 「涼宮ハルヒ。」 『所属は。』 「連邦政府。」 『パスワードを。』 パスワード?そんなの聞いてなかったわ・・・わたしが考え込んでいると、 『パスワードを言ってください。』 警備員に怪しまれ始めていた・・・その時ある言葉があたしの頭に浮かび 上がった。 「純度調整」 そう言った瞬間、ドアのロックが開いた。あたしはドアの中に入り、 「ここに署名を」 と言われ、それに従い名前を書いた後目的の部屋に入っていった。 部屋の中は冷凍保管室だった。いくつかのケースが保存されており、 その中のひとつを探し出してケースから中の容器を取り出した。 容器を開けて中身を見るとそれは・・・宇宙人の胎児だった・・・ 「これが”源”・・・」 これがあればキョンが救える。あたしは容器の中身を元に戻すと 容器をダンボールに入れ、冷凍保管室を後にした・・・ ───待っててねキョン、今助けるわ! 俺は殺される・・・死刑執行を待つ死刑囚のような気分だった。 うなだれていると奥の方から小柄な人影がこっちにやってくるのが見えた。 「長門!」 そう、それはかつての、いや、俺は今でも仲間と思っている長門有希だった。 長門は俺の前に立ち無言でいる・・・俺を殺すのは長門なのか・・・?そう考えて いると長門が突然口を開いた。 「なぜ...あなたは私を知っているの...?」 「共に活動した仲間だからだ。」 「私はあなたと活動した記憶は無い...」 「それはお前の記憶が封印されているんだ!思い出してくれ俺を!」 「封印...?私は最初からこの記憶しか持っていない...」 「ちがう!それは情報操作されているんだ!お前は、俺の、俺たちの大事な 仲間なんだ!」 「なか...ま?」 「そうだ、無口で寡黙でそれでいていつもみんなを見守っていてくれていた 存在、それが長門有希、お前なんだ!」 「みんなを...見守る...」 そういうと長門は右手で頭をかかえた。 「お前はそんな命令しか聞かない人形じゃなかった。最初は無表情だったが 徐々に人間らしい感情を持ってきた、そんな女の子だったじゃないか!」 「かん...じょう...」 「思い出せ!SOS団で活動したことを!最初にお前と行った図書館のことを!」 「SOS団...図書館...」 そういうと長門は直立不動になり目を閉じた。 「封印シーケンス無効化。自律動作開始。これより自発的行動に移る。」 「長門・・・思い出してくれたのか!?」 「キョン...あなたに会いたかった...」 長門は目を開け微笑みながら涙を流し、俺を見た。 「俺も会いたかった、長門・・・」 「私は記憶を封印されていた。でも深層心理下ではいつもあなたを想っていた。」 「長門・・・」 「私はあなたを助ける。とりあえずここを脱出する。」 そういうと長門は俺が縛られていたロープを切ってくれた。と同時に、 「あらあら、長門さん裏切るつもり?」 闇の中から朝倉が現れた。 「裏切るのではない。元の自分に戻っただけ。」 「あなたは今昔の立場では無いわ。だから裏切りよ。」 「なんとでも言うといい。でも私は彼を守る。」 「ふふふ・・・あの時の再来かしら。でも今は私はあなたのバックアップ じゃないわよ。同等の機能を持つ!!」 そういうとあたり一面が砂漠化した。 「くっ、情報操作か!」 「私から離れないで。あなたを絶対に守ってみせる。」 「出来るかしらね・・・行くわよ!」 長門と朝倉の激しい戦いが始まった。朝倉のターゲットはどうやらまずは 俺らしい。俺に向かって執拗に攻撃してくる。それを防いで反撃する長門。 「あら、なかなかやるわね。でもこれはどうかしら!」 そういうと朝倉は俺たちの周りに電撃をまとった黒い球体をいくつも 出現させていた。そして一斉に俺たちに向かってその球体が向かってきた。 長門はその瞬間体を発光させて全部の球体の攻撃を受けた。 「長門!大丈夫か!」 俺に当たるのを防ぐために攻撃をもろに受けてしまった長門は、 体がボロボロになり倒れていた。俺は長門を抱きかかえた。 「大...丈夫。遮断フィールドである程度防いだ。」 「しかしもう体がボロボロじゃないか。」 「ボロボロでも...絶対にあなたを守ってみせる。それが私の使命。意思。」 「長門・・・ありがとう・・・」 「あらあら、焼けるラブシーンだこと。涼宮さんが見たらどう思うかしらね。 でも、次の攻撃で終わり。どうせ涼宮さんも後を追うだろうからあの世で見せ付けてあげて♪」 朝倉は右手のを俺たちにかざすと俺たちの頭上、周りに膨大な炎が出現した。 「これはもう長門さんじゃ防げないわよ。覚悟を決めることね。」 そういうと炎が一斉に俺たちに向かってきた・・・万事休すか! 俺は目をつぶった。しかし次の瞬間、炎は全て消えていた。 「どういうことだ・・・」 「まさか・・・あなたが現れるなんて・・・」 朝倉は信じられないと言う感じで俺の後ろを見ていた。振り向くとそこには 喜緑さんが立っていた。喜緑さんはすぐに俺たちのところへやってきて長門の 体を治してくれた。 「遅くなりました。長門さんがこの空間の隙間から連絡をしてくれたので ここが分かりました。間に合ってよかった・・・」 「喜緑江美里ありがとう。助かった。」 「いいんですよ、長門さん。あなたはやっと本来の自分を取り戻してくれました。 私はこのときを待っていました。彼や涼宮さんのために。あなたのために。」 「喜緑さん、どうして俺たちを助けてくれるんですか?」 「長門さんと共に朝倉さんと戦わねばならないので簡潔にお話します。 私の属する穏健派は現在の情報統合思念体の主流派の行動があまりに行き過ぎて いるという考えを持ち始めました。そこで涼宮さんやあなたを助けることで 主流派の暴走を食い止めようと考えたのです。」 「だからあの時長門に襲われた俺たちを助けてくれたんですね。」 「はい。さあ、時間がありませんキョン君あなたをこの空間から脱出させます。 その後は急いでそこから遠くに逃げてください。」 「わかりました。長門また負担をかけてすまん。これが終わったらまた会おう。」 「了解した。あなたも気をつけて。」 「では行きます。」 そういうと俺は情報統制空間から脱出した。 「さあ、朝倉さんあなたの暴走を止めさせていただきます。長門さん準備は いいですか?」 「いつでもいい。」 「くっ、まさかあなたが出てくるとはね・・・さすがに2人がかりで来られては 勝てないわ。今回は逃げさせてもらう。でもこれはお土産よ!」 砂漠化した情報統制空間中で連続して大爆発が起きた。そして情報統制空間は 消えた。 俺は廃工場の外に転送されていた。一刻も早くここを離れなくては・・・そう思うと とりあえず廃工場から全力で離れていった。と、その時! 『ズドーン・・・ズドーン・・・ドカーン───』 廃工場がいきなり大爆発を起こした。 俺は爆風で少し吹き飛ばされ倒れた。が、怪我もなかったのですぐに立ち上がり、 「長門───!!喜緑さん───!!」 大声で叫ぶも燃え上がる廃工場からは何の返事もなかった・・・ 「くそっ・・・せっかくまた会えたのに・・・」 燃え上がる廃工場を見ながら俺は涙を流しつつ拳を地面に叩きつけた。 だが、長門や喜緑さんの犠牲を無駄にしてはならない。そう考えると涙を拭き 立ち上がった。 「しかし・・・一体どこへ行けばいいんだ・・・」 そのとき、月明かりに照らされた人影から声が聞こえた。 「キョン君、こっちです!早く!急いで!」 その人影は・・・未来から来た高校時代の天使、朝比奈みくるさんだった。 「朝比奈さん、なんでここに!?」 「訳は後です。規定事項が迫っています。そこに涼宮さんもいます。私に ついて来て下さい!」 「わかりました、いきましょう。」 俺と朝比奈さんは急いでその場を後にして、朝比奈さんに指定された場所に 向かった。 その時俺は気が付かなかった、近くの物陰で監視されていたことを。 監視していた女性が無線機を取り、 「スネーク、彼が逃げました。そちらに向かっています。」 『もうすぐ取引が終わる。問題ない。』 「わかりました。気をつけて。」 『そちらもすぐに撤収しろ。以上だ。』 無線機の先の男は車のハンドルを握りながら一粒の涙を流していた・・・ あたしは車でディープスロートとの待ち合わせの場所に向かった。しばらく 待っているとディープスロートを乗せた車がやってきた。 「涼宮捜査官、例のものは持ってきたかね。」 「ええ、ここにあるわ。」 「じゃあ早く私に渡すんだ。」 「いやよ、あたしが直接交渉するわ。」 「いいかね、この段取りをつけたのは私だ。私でないと相手は信用しない。」 「そうね・・・わかったわ。」 あたしは持ってきた宇宙人の胎児をディープスロートに渡した。 ディープスロートは受け取ると車を少し先に進ませた。あたしは車に戻り サイドミラーを調節してディープスロートの車が写る様にした。その時 あたしの車の横を黒いバンが横切りディープスロートの車の横で止まった。 ディープスロートは車を降り、バンから出てきた男に宇宙人の胎児を手渡した。 と同時にディープスロートは男から撃たれた!!バンの男はすぐに車に乗り込み 走り出した。あたしは車を降りると、 「キョンは!キョンを返してー!」 と叫びながらバンに走って近づいていったが逃げられてしまった。追いつけない ことを確認するとあたしは撃たれたディープスロートのところへ走っていった。 「う・・・嘘でしょ・・・なんで・・・」 撃たれて倒れていたのはディープスロートではなかった。高校時代SOS団副団長、 古泉一樹君だった・・・ 「ハルヒー!」 あたしの後ろからキョンの声が聞こえた。振り向くとキョンがこっちに走って きていた。と、その後ろをみくるちゃんが追いかけて走ってきていた。 「ハルヒ大丈夫か?」 キョンが心配そうに話しかけてきてくれた。 「ええ、大丈夫。でもなぜみくるちゃんがここに・・・」 「訳は後で話す。で、どうなったんだ?」 「キョン、これを見て・・・」 俺はハルヒがどいた先を見つめた・・・そこには銃で撃たれた古泉がいた! 「古泉!何でお前が!?」 「ふふふ、ディープスロートの正体は僕だったんですよ。」 「ディープスロートの正体が?どうやって・・・」 「『彼ら』の技術を使って『機関』が開発した特殊偽装装置を 使いました・・・ぐっ!」 「喋るな、病院へ連れて行くから待ってろ。」 「もう助かりませんよ・・・だからここで話せるだけお話します。」 「なんで・・・なんでこんなことを・・・命をかけてまで・・・」 「僕は以前言いましたよね、『SOS団に危機が迫った時1度だけ機関を 裏切ります。』と。」 「だからって・・・こんな・・・こんなことってあるかよ・・・」 俺は涙を流しながら古泉を抱きかかえた。後ろではハルヒ・朝比奈さんも 涙を流していた。 「『機関』はすでに情報統合思念体の新主流派と接触を持っています。 ありとあらゆるところに根を張り巡らしていることでしょう・・・」 「それで『機関』のスポンサーがアメリカ政府になったのか・・・」 「まあ・・・そんなとこ・・・ろ・・・です。」 抱きかかえる古泉の命が弱くなっていくのを感じる。 「高校時代は・・・楽しかった・・・ですね。」 「ああ、今でも戻りたい気分だ。最初は嫌だったけどな。」 「世界で・・・我々だけですよ、あれだけの・・・楽しみを得られたのは。」 「そうだな。そのことを世界中のやつに自慢してやりたいよな。」 「SOS団に入れて・・・本当によかった・・・です。」 「俺もお前と会えて本当によかったよ。」 古泉の命が今まさに燃え尽きようとしている・・・ 「まさか・・・僕はあの人に撃たれるとは・・・思いま・・・せん・・・でした。 いいですか、涼宮さん、キョン君。これからは誰も・・・信じ・・・ては いけ・・・ま・・・せ・・・ん。」 そういうと古泉は息を引き取った・・・ 「古泉───!」 俺は古泉の体を抱え大泣きした。 「なんで、なんで古泉君がこんな目にあわないといけないの!? キョンどうなってるの!?」 ハルヒが俺に泣きながら問いかけてきた。 「ハルヒ、お前には話していないことがある。とりあえずオフィスへ 戻ろう・・・」 そういうと俺はハルヒの車に古泉をのせハルヒ・朝比奈さんと共に FBIのオフィスに向かった・・・ FBIのX-FILE課のオフィスには俺・ハルヒ・朝比奈さんがいる。 俺は今までのことを全てハルヒに話した。そしてハルヒは落ち込みながら、 「そう・・・やっぱり有希は宇宙人だったのね・・・いつかキョンが喫茶店で 言ってた3人の話って本当だったんだ・・・」 「今まで黙っていて御免なさい、涼宮さん・・・」 朝比奈さんが申し訳なさそうに言う。 「いいのよ、事情が事情だったしね・・・でも、なんで今日古泉君が 撃たれるのを止められなかったの!?未来からならわかるんでしょ!?」 「それは・・・」 「ねえなんで!?、みくるちゃん。なんで・・・」 ハルヒは涙を流しながら朝比奈さんに詰め寄っていた。 「よせハルヒ。古泉が撃たれる事は規定事項だったんだ。これが変わって しまうと未来まで変わってしまう。だから止められなかったんだ。」 「そう・・・よね。ごめんなさい、みくるちゃん。問い詰めたりして。」 「いえ、いいんです。私も止めたかった。でも・・・」 朝比奈さんも泣き出した。 「長門は記憶を取り戻し俺を助けてくれて犠牲になった・・・古泉は 最初から命の危険をおかしてまで俺たちを助けてくれた・・・失った ものが・・・大きすぎる・・・」 「キョン君・・・」 「キョン、でも有希はまだ生きているかもしれないわ。だって宇宙人 なんでしょ。しかも喜緑さんもいたんでしょ。」 「ああ・・・そうだな。まだ希望は捨てられないな・・・いや、またきっと 会える日が来る。」 「みくるちゃんはこれからどうするの?」 「わたしは本来の時空に戻ります。今回はキョン君のサポートとして命令を受けたので・・・」 「そう・・・また会えるわよね。」 「ええ。きっと。それでは涼宮さん、キョン君気をつけて。」 そういうと朝比奈さんは部屋を出て行った。もうこの時空にはいないだろう。 「キョン、真実ってなんなんだろうね・・・」 ハルヒがか弱く俺に問いかける。 「さあな・・・今はわからん・・・でもいつかわかるさ。」 「そうね。」 「今日はもう遅い。とりあえず帰ろう。」 「私はまだもうちょっと1人でここにいるわ。先に帰ってて・・・」 「わかった。あまり考えすぎるなよ。」 「ありがとう。キョン・・・」 俺は天井を向きながら考え事をしているハルヒを残し家に戻っていった。 俺は家に戻りベットに横になって色々考えていた・・・ 長門のこと、喜緑さんのこと、朝倉のこと、古泉のこと・・・などを。 考えながら、うとうとしていると突然電話が鳴った。 「もしもし」 『キョン・・・X-FILE課が閉鎖になることになったわ・・・』 「なんだって!」 『スキナー副長官からの直々の命令よ。私たちはバラバラに 転属になるわ。』 「そんなこと・・・許されるもんか!!」 『あたしは明日もう一度命令の取り消しを求めてみるわ。』 「俺も一緒に行くぞ。」 『ありがとう、キョン。あたしは絶対に諦めないわ、真実を求めるまで!』 「ああ、そうだな。死んでいった古泉のためにもな。」 『じゃあ明日またオフィスで会いましょう。おやすみ。』 「ハルヒ、おやすみ。」 そう言って俺は電話を切った。X-FILE課が閉鎖だと!これも真実に 近づきすぎたためか?俺はやりきれない気持ちで一杯だった。 未来は変えられないのか・・・いやきっといつかこの絶望の未来を 変えてみせる。その時まで俺はハルヒと共に戦う。そう決心した・・・ 最後に俺たちや同じように閉塞した絶望に襲われている人たちに1つの メッセージを送りたい。 ───Fight the future(未来と戦え) <終章・終> 涼宮ハルヒのX-FILES あとがき 涼宮ハルヒのX-FILESを応援してくださった方、ご覧になってくださった方、 支援してくださった方、本当にどうもありがとうございました。 涼宮ハルヒのX-FILESはとりあえず全5話で完結になります。 この各5話は参考ストーリーのシーズンがバラバラですが、一応本家シーズン1を想定 したものとなっています。 最初の発端は「スカリー役のキョンが朝倉に拉致されたら面白いのでは」と言うもの だったのですが、この拉致される本家X-FILESシーズン2からは国家による陰謀色が 強くなり、モルダー役のハルヒでは少々役不足になると考え、陰謀色が薄いシーズン1 のみを想定してSSとして書かせていただきました。 なお、本家X-FILESではシーズン1~6までで1つの陰謀話になっています。 涼宮ハルヒのX-FILESにおいては私の作成能力不足のためいくつか伏線を残す結果と なってしまいました(文章においても変なところが多いですが・・・)。 ただ、これらを回収するにはシーズン2以降の話をかなり書かなければならず、 かなり長くなってしまうため不本意ながら断念しました。 本家X-FILESでは陰謀の絡まない単発ストーリーがまだいくつかあります。 機会があれば短めな外伝としてそれらをSSとして書くことも考えています。 最後になりますが、ある一曲を紹介したいと思います。 それは日本でシーズン3が放映された際のエンディングテーマでTWO-MIXの曲である 「TRUE NAVIGATION」です。 この曲はモルダーとスカリーのお互いの信頼関係がテーマの曲ですが、 ハルヒ・キョンに当てはめてもまったく遜色が無い曲だと思っています。 私はシリアス版ハルヒ・キョンのテーマだと思いながら執筆中に聞いていました。 どんな形になるかわかりませんが、長編次回作が出来ましたらまた恥ずかしながら 発表させてもらいたいと思っています。 それまでは小粒な作品などをちょくちょく書きたいな・・・と。それでは。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2615.html
γ-1 「もしもし」 山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。 ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。 「あんた、風呂入ってるの?」 「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」 「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」 「で、何の用だ?」 「あのさ……」 ハルヒは、ためらうように沈黙した。 いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。 「……明日、暇?」 「ああ、特に何の予定もないが」 「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」 ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。 さっきの間はいったいなんだったんだろうな? 俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。 γ-2 寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。 相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。 「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」 俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか? 「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」 「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」 「それでかまわん」 「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」 「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」 「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」 ほう。お前が弁護に回るとはな。 「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」 まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。 「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」 「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」 「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」 それを覆す切り札がないわけではないがな。 だが、それは諸刃の刃だ。 「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」 「いえ、何もありませんでしたが、何か?」 「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」 古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。 「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」 「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」 「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」 「あのハルヒに限って、それはありえんね」 「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」 「勝手に言ってろ」 古泉との電話はそれで打ち切られた。 次は、長門だ。 今度は、ワンコールで出た。 「…………」 「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」 「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」 即答だった。 「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」 「そう」 「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」 「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」 「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」 「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」 「そうか」 このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。 「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」 長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。 γ-3 ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。 しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。 シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。 γ-4 翌、日曜日。 妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。 「遅い! 罰金!」 もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。 なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。 「なんで、おまえがここにいるんだ?」 ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。 「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」 「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」 ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか? まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。 「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」 「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」 待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ? この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。 「フン。いつものところに行くわよ!」 なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。 ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。 話し合いというのは、何のことはない。 俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。 まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。 なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。 「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」 それが佐々木の感想だった。 なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。 だが、俺はこう答えた。 「ただ単にこき使われてるだけだ」 「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」 次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。 話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。 聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。 「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」 「友人よ」 さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。 「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」 「友人以上ではなかったってこと?」 「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」 どこが違うんだ? 俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。 「はぁ……」 ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。 「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」 おいおい、物騒なこというなよ。 ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。 「僕も同感だね」 佐々木まで賛同しやがった。 俺がいったい何をしたってんだ? 茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。 総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。 そのあと、三人で不思議探索となった。 傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。 そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。 結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。 そして、駅前での別れ際。 俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。 何を話しているかは聞こえなかった。 知りたいとも思わなかった。この時には。 γ-5 月曜日、朝。 昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。 学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。 ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。 また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。 疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。 寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。 昼休み。 なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。 俺の机の上に、弁当箱を置く。 「今日は弁当なのか?」 「そうよ。そんな気分だったから」 机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。 こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。 なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。 ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。 「その唐揚げ、おいしそうね」 ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。 「ひとのもん勝手にとるな」 「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」 ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。 「むぐ」 クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。 とんだ羞恥プレイだな。 こりゃいったい何の罰ゲームだ? 「感想は?」 ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。 「うまい」 実際、それはうまかった。 「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」 そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。 だがな、ハルヒよ。 いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。 まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。 俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。 その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。 いつものように部室に行くのかと思いきや、 「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」 ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。 はて、何を企んでるんだろうね? そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。 まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。 γ-6 部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。 「涼宮さんは?」 古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。 「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」 「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」 「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」 「まあ、それはないでしょう」 そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 「ところで、昨日はどうだったんですか?」 古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。 いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。 俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。 「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」 「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」 「まったく、あなたという人は」 「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」 心配なのは、そこのところだ。 「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」 俺は、長門の方を見た。 「長門の意見はどうだ?」 長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。 「私も、古泉一樹の意見に同意する」 「そうか」 一応、もう一人のお方にも聞いておくか。 「朝比奈さん」 「はい?」 「二月に会った、あの未来人のことですが」 「ああ、はい。覚えてます」 「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」 「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」 うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。 仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。 それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。 その話題は、そこで打ち切りになった。 「どうです、一勝負」 古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。 「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」 俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。 朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。 いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。 それにしても、ハルヒは遅いな。 そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。 「ごめんごめん。待たせたわね!」 部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。 団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。 「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」 そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。 続き 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/884.html
「バンドを結成するわよ!」 そんな声が聞こえた途端、俺は何度目か数えるのも忘れてしまうほどの偏頭痛に襲われた。 ただ今、耳の張り裂けんばかりの大声でバンド結成宣言をブチ上げてくれたのは 我らがSOS団団長涼宮ハルヒその人である。 毎度毎度のことながらハルヒがこのように突発的な思い付きを宣言する時は 決まって何かの騒動に巻き込まれることになる。 それはこのSOS団という得体の知れない団に1年半以上も身を置いてきた俺にとっては 火を見るより明らかな話なのである。 今度は一体何だって言うんだ? 「で、いきなりまたどうしたんだ?」 俺は、これまた毎度毎度になるお決まりの質問を投げかける。 するとハルヒは、満面の笑みで答える。 「文化祭のステージに立って演奏するのよ!」 俺はこれまたこの1年半で何度目になるかわからない溜息をつく。 ふと顔を上げると、すっかりお馴染になったSOS団のメンバー達が思い思いのリアクションを取っている。 朝比奈さんは、急なハルヒの宣言にオロオロしている。 何かイベントとなる度に、またけったいな衣装を着させられ、晒し者になるのを恐れているのだろうか。 俺としては、新しい衣装のバリエーションが見れるのはそれはそれで何とも魅力的な・・・と妄想は置いておこう。 長門は、じっと置物のような静けさを保ったまま、ハードカバーの分厚いSF小説に目を落としている。 その姿には正直リアクションなんてものは認められない。まあ、いつものことだがな。 古泉は、相変わらずのニヤケ顔を浮かべてやがる。 こいつも長門同様、ハルヒの突然の宣言に驚きを見せていない。 ・・・というか急に目配せをするな。俺に向かって微笑むな。気色悪い。 さて、俺も周囲の観察ばかりしていないで、いつものようにクールなツッコミ役に戻らなければならないな。 「ちょっと待て、ハルヒよ。俺達は既に自主制作映画を文化祭で上映する予定じゃないか」 そうなのである。我々SOS団は今年の文化祭に出展するための映画を現在鋭意制作中なのである。 一応去年の映画の続編という位置づけらしい。 が、相変わらず超監督様の考える脚本・演出方針は俺には到底理解不能であり、 相も変わらず頑張りすぎのバニーガール服やウェイトレス服を着させられ、 未来から遣ってきた戦うウェイトレスという普通の感受性を持っているならば 間違いなく失笑モノの役を演じさせられている朝比奈さんのオドオドした姿には同情の念を禁じえない。 まあ、そのキワドイウェイトレス服と舌足らずな台詞回しに俺が微妙に萌えているのはナイショだ・・・。 そして、その映画の撮影自体が超監督の気分と創作意欲の赴くままに行われているため、いつクランクアップするのかは全くの未定である。 仮に無事クランクアップに辿り着いたとしても、その後俺には地獄の編集作業が待ち受けていることは確実であろう。 ちなみに文化祭まではあと1ヵ月と少しというところだ。 「文化祭まではあと1ヵ月しかないぞ。今撮ってる映画だっていつ出来上がるかわからないんだ。 普通に考えて、バンドなどやっている時間なんか無いだろう」 俺は極めて常識的な反論を述べた。しかし、そんな俺の常識論がハルヒに通用しないことはわかりきっていた。 「何よ、1ヵ月もあれば十分じゃない。これしきのことで音を上げるようじゃ団員として失格よ」 ハルヒがそう言ってくるのは予想していた・・・。 「それにバンドをやるったって、俺は楽器なんか何も出来んぞ。」 うむ。これまた常識的な反論だ。しかしハルヒは全く意に介さない。 だったら今から練習すればいいじゃない。1ヵ月あれば楽器のひとつやふたつ余裕でしょ。」 そりゃあお前や長門にとっては余裕だろうが・・・。 「とにかく!コレはもう決定事項なの! 私達SOS団が文化祭のステージをジャックして、 熱い演奏を繰り広げてオーディエンスの魂を揺さぶるのよ!」 この急展開に俺の魂はもう色々な意味で揺さぶられっ放しなのだが・・・。 「そうすれば、私達の宣伝にもなるし――」 既に宣伝の必要もないほどSOS団は有名だ。得体の知れない怪しい集団としてだがな。 「この学校のどこかに潜んでいる宇宙人、未来人、超能力者にもいいアピールになるわ!」 その必要はない。何故ならそれらは既に皆この場所に集まっている。 「さあ、そうと決まったらまずはパート決めね!」 そんな心の中でのツッコミもハルヒに聞こえているはずはなく、 どうやらSOS団でのバンド結成と文化祭出演がいつの間にか正式に決定してしまったようだ・・・。 さて、バンドのパート決めである。 ハルヒがボーカル&リズムギター、長門がリードギターというのは最初から決まっていたらしい。 2人とも去年の文化祭での経験者だしな。 思い起こせばハルヒ&長門が急遽乱入したあのENOZのライブは確かに凄かった。 ここだけの話、普段音楽なんて殆ど聴かない俺でも少し感動してしまったしな。 あのライブの反響はかなり凄まじかったようで、その後、高い評判と共にENOZのデモテープは校内で瞬く間に大量に出回り、 ENOZの面々は北高生なら知らないものはいない程有名人となった。 メンバーが皆3年生のため、今はもう卒業してメンバーは皆バラバラの進路に進んだそうだが、現在でも活動を続けているらしく、 地元のライブハウスでは定期的にライブを行っているらしい。自主制作でCDを出すなんて噂も耳にした位だ。 もしかたらいつの日か彼女達がメジャーデビューするなんてこともあり得るかもな。 それにあの時、まさに熱唱と言っていいパフォーマンスを見せたハルヒは少し輝いて見えた。ほんの少しだけだぞ? そういえばあのライブの後、ハルヒは「今度はSOS団で出よう」的なことを言っていた気がする。 あの時はただの思い付きからの発言でその内ハルヒ自身も忘れているだろうと思っていたが・・・甘かったか。 それで肝心の残りのパート決めの方であるが―― 朝比奈さんがキーボード兼コスプレでの舞台の飾り、古泉がベース、俺がドラムということになった。 ドラム!?俺に出来るのか!?まあ、キーボードでもベースでも同じことなのだが・・・。 因みに俺のこのパート配置の理由はハルヒ曰く、 「なるべくフロントには見てくれがイイ人材が立ったほうがウケがいいでしょ。 だからキョンは後ろでドラム叩いてなさい。」 だとさ。いじけるぞ、チクショウ・・・。 そして、そんな勝手極まりないパート配置に未経験者達の反応はというと―― 「ふええ~。楽器なんか出来ないですよ~。」 と、嘆く朝比奈さん。確かに彼女にはコスプレはともかくキーボードは荷が重そうだ。 女の子なら誰でもピアノとかそれなりに弾けそうなイメージがあるがこの人の場合はカスタネットやタンバリンの方が似合いそうだもんなあ・・・。 「ふむ。さすが涼宮さん、すばらしいパート配置ですね。」 とは偉大なるイエスマン古泉の弁。というかお前、ベースなんか出来るのか? 「未経験ですね。でも男は度胸、何でも試してみるものですよ。きっといい気持ちですよ。」 非常に前向きな姿勢は素晴らしいが、今の台詞に鳥肌が立ったのは俺だけか!? さて、パートが決まってからは、まさに急展開であった。 楽器と練習場所が必要ということになると、ハルヒは朝比奈さんを連れ、軽音楽部の部室に向かった。 数分後、満足げな笑みを浮かべたハルヒと目に涙を溜めた朝比奈さんが戻ってきた。 ご機嫌なハルヒは開口一番―― 「楽器と練習場所は確保できたわよ。親切な軽音楽部の部員さんが私達に貸してくれるわ。 ああ、楽器はもらっちゃってもいいみたいだけどね。」 と、のたまった。 この際、ハルヒが軽音楽部の部室で何をやらかし、朝比奈さんがどんな被害を受けたのかは聞かないでおこう・・・。 そして肝心の演奏曲についてハルヒは―― 「去年ENOZでやったGod Knows...とLost My Musicはセットに入れましょ。 あとオリジナルも必要だろうから私が何曲か適当に作っておくわ。」 と、のたまった。コイツは作曲まで出来るのかよ。 ホント勉強といいスポーツといい才能には困らない奴だよな。少しぐらい俺に分けてくれたってバチは当たらんぞ。 バンド名はこれまたハルヒの案により『SOSバンド』に決まった・・・。そこ、笑っていいぞ。 もう少しマシなネーミングがあってもよかったとは思うが、ハルヒ的にはあくまでも 『S(世界を)O(大いに盛り上げるための)S(涼宮ハルヒの)ロックバンド』でなければならなかったらしい・・・。 こうして我らがSOSバンドは、本格的に文化祭に向けての練習を開始したのである。 さて、とある日の放課後、SOS団の面々はとある空き教室に集まっている。 この教室はどうやらハルヒが練習場所として元々の所有者である軽音楽部から強奪してきたものらしい。 楽器も全て用意してある。勿論これらも全て軽音楽部の部員から強奪したものであろう。 全く、コンピ研からPCを強奪したときから何も成長しちゃいないな・・・。 「さあて、こうして楽器も練習場所も揃ったことだし、早速練習をはじめましょ!」 ハルヒが満面の笑顔で言い放つ。 「ちょっと待て。練習を始めるのはいいが俺や朝比奈さんや古泉は全くの楽器未経験者だ。 いきなり曲を演奏できるわけはないだろう。」 今日の練習に際し、俺達はハルヒから曲の詳細も何も聞かされていないし、楽譜も受け取っていない。 まあ、楽譜があったところで音楽の成績が良くても3である俺には理解不能であろうが。 「そんなのは後でいいのよ。今日はパフォーマンスの練習よ。」 パフォーマンス?俺達はバンドじゃないのか?それともライブはライブでもお笑いライブに出場するつもりなのか? 「いい?ライブにおいて重要なのは演奏の質も勿論だけど、観客の視覚に訴えるパフォーマンスやアクションなのよ。 いくら演奏が上手くても、ボーっと立ちっぱなし、下向きっぱなしじゃ面白くないでしょ?」 まあ確かにな。しかしだからといってパフォーマンスか。 「そこで今日は演奏中のパフォーマンスの練習よ。まずは有希!」 相変わらず無言で突っ立っている長門。肩からは大層重そうなギターをぶら下げている。 なんでもギブソンという有名なメーカーのギターでかなり高価なものらしい。生憎俺には価値はわからないが。 そしてなぜか長門は、映画の衣装であるあの黒ずくめの魔法使いの格好である。確かに去年のライブはこの格好だったが・・・。 小さな身体に不似合いな大きなギターを肩からぶら下げ、黒ずくめで佇む長門の図は何だかシュールだ。 「そうね、有希は黒魔術にご執心の不気味なギタリストという設定でいってもらうわ。 演奏中は黙々とギターを弾いているけどギターソロになるやいなや、歯で弾き出すのよ! そして、最後にはギターに火をつけ、アンプに叩きつけて破壊、アンプも爆破させる! ってのはどうかしら?」 ちょっと待て。黒魔術にご執心まではいいとして、何だ歯弾きってのは。虫歯になるぞ。 それに爆破なんて起こしたらステージどころじゃないぞ。文化祭も中止だ。 しかしそんなハルヒの無理な要求にも長門は眉ひとつ動かすことなく首肯した。 といっても俺にしかわからないような首を2ミリほど動かしただけのものであるが。 「次はみくるちゃんね。そうね、みくるちゃんにはまずバニーの衣装でステージに立ってもらうわ。 可憐な萌え萌えキャラクターながら、凄まじい演奏をテクニックを持つっていう設定よ。 その反面、キーボードを逆さから弾いて最後にはナイフを鍵盤に突き刺すという狂気の演奏をしてもらうわ!」 ずいぶん物騒だなオイ。というかあの天使のようなお方にナイフなんか扱えるのだろうか・・・。 ツッコむところはそこではないだろうとは言わないでくれ。俺も現実を見つめるので精一杯なんだ・・・。 朝比奈さんは相変わらずオロオロとした様子で「ふ、ふぇ~、そんなコワイことできませ~ん・・・」 と、おっしゃている。しかし朝比奈さん、バニーの衣装を着てステージに立つのはアナタ的には構わないのでしょうか・・・? 「古泉君はベースよね。それならライブ中ずっと全裸で演奏する変態ベーシストって設定はどうかしら。 もしどうしても恥ずかしいなら靴下ぐらいなら着けてもいいわよ」 それはもはや警察沙汰だ。というか靴下を着けるって何だよ。履くんじゃないのか。 それに着けるなら着けるで一体どこに? 古泉も古泉だ、「いいですねぇ」なんて普通に受け入れてるんじゃねえ。 次はドラムの俺の番だ。どんなムチャなことを言われるかとドキドキしていると―― 「キョンはドラムでしょ。だったら、ドラムセットごとグルグル空中で回転するぐらいのことは必要ね」 と、当たり前のように言い放ってくれた。なんじゃそれは、サーカスの見世物か俺は。それ以前に物理的に不可能だろ・・・。 「で、お前は何もやらんのか?そのパフォーマンスとやらは」 呆れ果てた俺はハルヒに疑問を投げかけた。するとハルヒはフンと鼻を鳴らし、不敵な笑みを浮かべ 「私はボーカルだからね。フロントマンがそんな小賢しいことしてもしょうがないわ。」 と、当たり前のようにのたまってくれた。じゃあそんな小賢しいことをさせられる俺達は何なんだ。 まあ、こんなトンデモな発言の連続にさしもの俺もこれ以上反論する気力を失ってしまったのだ。 もうなるようになれ・・・。 さて、肝心の演奏の方であるが、流石というべきかハルヒと長門は上手いのだコレが。 長門の指は目にも留まらぬ速さで動きまくり、素人の俺が聴いても凄いとわかるようなフレーズを次々に弾きこなす。 もはやマーク・ノップラーやブライアン・メイどころじゃない。 メロディアスなソロ、攻撃的なリフ回し、どれをとっても非の打ち所がない。 きっとコイツはどんなにハルヒに高度な演奏の要求をされても2秒後には完璧に実践してみせてしまうだろう。 そしてハルヒである。コイツはやはり歌が上手い。 相変わらずの月まで届きそうなほどの澄み切った声である。音程もリズム感もばっちりで俺も思わず聴き惚れてしまう。 それにギターもかなり上手くなっている。正確無比なコードカッティングを次々にキメている。 去年の文化祭の時には「殆ど担いでるだけ」なんて言ってたけど、あれから練習でもしたのだろうか。 それに比べ、肝心の俺達未経験者組はというと――ひどい有様である。 朝比奈さんは、ハルヒの歌と長門のギターにあわせ、何とかキーボードの鍵盤を適当に押さえているだけである。 「ブーカ、ブーカ」と非常にマヌケな音だ。 「ちょっと!みくるちゃん!そこのコード間違ってるわよ!」とハルヒに怒鳴られても 「コ、コードってなんですかぁ~?キーボードのコードならちゃんとコンセントに刺さってますよ~」 と、流石に俺でもわかるコードについて何ともベタな勘違いをしている。 俺のドラムも酷いものだ。ハルヒが言うにはまずリズムキープが出来ていないらしい。 何度も言うように、俺は昔から音楽の授業は苦手だったんだ。 小学校の合唱のときも適当に口パクでお茶を濁していたし、リコーダーのテストだってよく出来た試しがない。 そんな俺にドラマーとして十分なだけのリズム感を求める方が間違っているのだ。 大体、両手両足をバラバラに動かすのなんて無理だ。全部一緒になっちまう。 辛うじて古泉のベースは何とか形になっているもの、俺と朝比奈さんの奏でる不協和音でバンド全体のアンサンブルは滅茶苦茶だ。 ハルヒの機嫌も目に見えて悪くなってきている。 「ああ、もう!2人とも酷すぎるわ!特にキョン!あんた真面目にやってるの?」 勿論真面目にやっているとも。両手両足が一緒に動いてしまうのは仕様なのだ。如何ともし難い。 「こうなったらいっそアバンギャルドなノイズ音楽というコンセプトに変更したらどうだ?」 「だから、アホなこと言ってないで真面目にやりなさい!!」 おお怖い、怖い。もう少しで鉄拳が飛んできそうな勢いである。 ともあれ、前途多難なSOSバンドの滑り出しに俺も正直不安を隠しきれない。 本当に文化祭に間に合うのだろうか? そこからの数日は壮絶を極める多忙な毎日であった。なんせバンド練習と映画撮影の掛け持ちだ。 平日は授業終了後すぐに映画の野外ロケに出かけるかバンド練習、そして土日は丸ごと野外ロケに費やされている。 もはや家にいる時間より、SOS団の活動に費やされる時間の方が長いくらいだ。 そんなある日、バンド練習のため、軽音楽部から強奪した空き教室にSOS団の面々は集まることになっていた。 するとそこで俺は驚くべき光景を目の当たりにすることになる。 あれから、俺のドラムの腕は全くと言っていいほど上がっていなかった。そりゃあ1日や2日でいきなり上手くなるわけはないのだが。 ああ、今日もまたハルヒにヘタクソと怒鳴られるな、と思いながら俺は教室のドアを開けた。 するとそこには古泉がいた・・・。いや、古泉がいるのは別にいいのだが。問題は古泉がしていることだ。 俺より先に教室に来て自主練習に励んでいたと思われる古泉の演奏は凄いことになっていた。 「バチン、バチン」と鋭い音をはじき出すベース。その音を紡ぎ出している古泉の指は目にも留まらぬ速さで動いている。 正直言ってムチャクチャ上手い。最初からコイツはそれなりに形になってはいたが、いつの間にこんなに上手くなったんだ? 呆けている俺に気付いたのか、古泉はアンプのスイッチを切り、俺に視線を向けるとニコリと気味の悪い笑みを浮かべた。 「おや、いらしていたのですか?ああ、今の演奏はですね、スラップと言って親指で弦を弾くようにして演奏する ベースギターの奏法の1つでして・・・。」 俺は古泉の薀蓄を無視して言葉を投げる。 「そんなことはどうでもいい。お前いつの間にそんなに上手くなったんだ?楽器なんか未経験って言ってたよな?」 古泉はニヒルな笑みを崩さず、 「それには深いワケがあるようでして・・・。」 と、なんとも歯切れの悪い反応を寄越してくる。 そして驚きはそれだけではなかった。そのあとすぐにやってきた朝比奈さんのキーボード演奏である。 もうお分かりかもしれないが、朝比奈さんの演奏も凄いことになっていた。 ついこの間までは、指一本で鍵盤を押さえるというどこかのイギリスのニューウェーブバンドの女性メンバーのような 素人丸出しの演奏しか出来なかった朝比奈さんが今では10本の指を駆使し、流麗なフレーズを弾きこなしている。 俺は古泉にしたのと同様の質問を朝比奈さんに投げかけた。しかし彼女も、 「それがよくわからないんです・・・。」 という曖昧なお答えを俺に寄越したのみであった。 その後、その日はクラスの掃除当番で遅れていたハルヒと長門がやってきて全員での練習が行われた。 ベースとキーボードの目を見張るような上達のおかげか、バンド全体のアンサンブルもかなりマシな ものになってきている。俺のドラムは相変わらずヒドイが。 「うん、今日の演奏はなかなか良かったわね!みくるちゃんも古泉君もその調子よ! 映画の撮影も順調だし、我がSOS団が文化祭を牛耳る日も遠くはないわね。」 やっとまとまってきた演奏にハルヒも上機嫌である。 「それじゃあ明日もまた放課後はこの教室に集まって練習よ。私も新しいオリジナル曲を作らなくちゃいけないし 今日はそろそろ帰るわ。それじゃあ解散!」 そう言い残すとハルヒは颯爽と教室を出て行った。 「さて、今度こそ詳しく事情を話してもらおうか」 俺は古泉に詰め寄った。 「お前と朝比奈さんは全くの初心者だったはずだ。いつの間にこんな上手くなったんだ?」 古泉は少し真剣な顔になり、抑えた口調で 「別に特別な練習をした訳ではありません。 あえて言うならば今日この教室に来てベースギターを手に取った時から上達したとでも言いましょうか・・・。」 と答えた。 「それじゃあ何か?今日いきなり上手くなったとでも言うのか?」 「そうですね。まさにそういうことになるかと」 訳がわからん・・・。俺は質問の対象を変える。 「朝比奈さんも同じですか?」 朝比奈さんは肩をすくめ、答える。 「そうです・・・。私も今日この教室に来たときから・・・。 何て言うのかな・・・キーボードを目の前にしたら自然に演奏の仕方がわかったっていうか・・・ 自然と指が動いたというか・・・そんな感じでした」 ますます訳がわからん。それともアレか? 長門のようにいわゆる未来人的だったり超能力者的な力でも使って弾き方を一瞬で覚えたのか? 「そんな力私にはありません・・・」 「同じく僕もですね。しかし、このようになった原因はあなたなら判るのではないですか?」 こうなった原因?俺に判るわけなんて・・・まさか・・・。 「ハルヒの仕業か?」 俺は最も考えたたくない、しかし同時に最も信憑性のある原因を思いついてしまった。 「はい。僕は今回の件は涼宮さんが原因ではないかと踏んでいます」 そうだった・・・。ハルヒの「力」のことを俺は失念していた。 去年の映画撮影の折、朝比奈さんの目から得体の知れないビームを発射させ、 猫に人語を喋らせ、土鳩を真っ白な鳩に変え、秋の川沿いの遊歩道を満開の桜で覆いつくしたのは 誰でもない、涼宮ハルヒがそうなるよう無意識に願ったからなのであった。 今回の状況もそれに似たものなのだろうか。 古泉は静かに語りだす。 「涼宮さんは、僕達の余りの稚拙な演奏に大いに不満を感じたのでしょうね。 そしてその不満以上に、何とかバンドの演奏を素晴らしいモノにしたいという思いが強かったのでしょう。 その結果、僕と朝比奈さんは一晩にしてプロ並みの腕前を持つミュージシャンに改変されてしまった・・・ ということでしょう」 「そうですね・・・。私もそうなんじゃないかって思います」 もう1人の当事者である朝比奈さんも同意した。 確かに古泉の説には一理ある。俺はこの説にさらなる確実性を求め、 最も信頼に足る答えを出してくれるだろう存在へ話を振ってみた。 「長門、お前はどう思う?」 黒魔術師の衣装のまま、それまで一言も発することのなかった長門が静かに答えた。 「涼宮ハルヒが情報の改変を行ったのは事実。 その結果として短時間で朝比奈みくると古泉一樹の演奏技術が向上した。」 参ったねこりゃ。これは本気でハルヒの仕業ということで確定の赤ランプが灯ってしまった。 しかし、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。 そう、朝比奈さんや古泉とは対照的に俺のドラムの腕は全く向上していない。 今日も曲のテンポを乱す度何度ハルヒに睨まれたことやら、というほどだ。 ハルヒは俺達の楽器の腕に不満だったんだろ?バンド全体のレベルを上げようと思ったんだろ? そしたらなぜ俺だけヘタクソなままなんだ? その疑問は予想していましたとばかりに張り切って古泉が答える。 「それはですね、あなたが涼宮さんにとって重要な存在だからですよ」 は?重要な存在だと? 「そうです。涼宮さんはあなたのことを誰よりも信頼している。 だからこそ、どんな無理なことを自分が言い出してもあなただけは自分についてきてくれると思っている。 つまり、あなたならば自分が手を下さずとも、きっと努力の末上達して素晴らしい演奏をしてくれると思っているのです」 いくらなんでもそれは買い被りだろう。 「それでも涼宮さんにとってはそうなんです。 これからの涼宮さんの機嫌如何によっては例の閉鎖空間も発生しかねません。 今後の世界の命運は、あなたにかかっていると言っても過言ではありません。」 文化祭の出し物ごときで世界の危機かよ。情けないな、世界。 「それだけ涼宮さんは今回の文化祭のステージを楽しみにしているということでしょう。 実際、練習初日は我々の演奏の余りの酷さに、その夜小規模ながらも閉鎖空間が発生したのですよ?」 そうだったのか・・・。 「とにかくあなたが涼宮さんの期待に応えることが必須なんです」 古泉の説は正直トンデモ過ぎて俄かには信じられないものだった。 しかし長門も朝比奈さんもどうやら古泉の説に信憑性を感じているらしい・・・。 俺も随分重い責任を背負ってしまったものだ。ああ、頭が痛くなってきた・・・。 ハルヒの力によって楽器の腕がいつの間にかプロ並みになってしまった朝比奈さんと古泉のおかげで 我がSOSバンドの演奏も当初に比べればかなり聴けるものになってきた。 しかし毎日のように続く映画撮影とバンド練習。 前者では雑用係としてこき使われ、後者では一向に上達しないドラムの腕にハルヒからお怒りを受ける。 そんな日々に俺は体力的にも精神的にも限界に来ていた。正直かなりしんどい・・・。 そしてついに決定的な事件が起きてしまった。 文化祭本番もあと2週間程に迫ったある日、SOS団の面々は軽音楽部から強奪した空き教室で バンド練習に励んでいた。今演奏している曲はLost My Music―― ハルヒが去年の文化祭で熱唱した曲のうちの1つである。 あまりにも壮絶な4人の演奏に俺も何とかついていっている。 一応俺だって教則本を読んでみたりとドラムの腕を向上させようと努力をしている。 しかし、やはり限界がある。今だって段々と他の楽器と合わなくなってきている。 まだ両手両足も一緒に動いてしまうし・・・。 もしSOSバンドがメジャーデビューするとしたら俺はアルバム一枚で解雇だろうな。 独裁的なボーカリストとギタリストの兄弟に4文字言葉でこき下ろされて・・・。 って長門はそんなことは言わんだろうし、ハルヒと長門が兄弟なんて事実は無いが。 なんとなくふと思っただけさ。 すると、突然ハルヒがギターをかき鳴らしていた手を止め、腕を上げ、大きく振っている どうやら演奏を中止しろ、という合図らしい。 バンドの音がピタッと鳴り止むとハルヒは俺の方に振り向いた。おお、怒ってる怒ってる。 「ちょっと!キョン!また遅れてるじゃない!」 そう怒鳴るな。唾が顔にかかるだろ。 「そんなのどうでもいいわよ!全く、コレで今日あんたのせいでやり直しは何度目だと思ってるの!?」 俺だって努力してるんだがな。 「結果の伴わない努力に意味は無いわ! 有希やみくるちゃんや古泉君はあんなにいい演奏をしてくれるのに!」 今日のお前はいつに無く攻撃的だな。一体どうしたんだ? 「全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!」 いつもだったらコレぐらいのハルヒの暴言は心の中でツッコミを入れるだけで流すことが出来ただろう。 しかし、何度も言うが今の俺は体力的にも精神的にもヘトヘトだ。 そんな状況で俺も少し気が立っていたのかもしれない。 『全く!キョンにドラムを任せたのは失敗だったかしら!』 この言葉を聞いた途端、急に視界が紅く染まったそうな錯覚に陥り、溜まりに溜まった鬱憤が爆発してしまった。 「じゃあどうしろっていうんだよ!!俺はドラムなんかやったことはないんだ!! いきなり一丁前の演奏をしろだなんて無理があるんだよ!!」 俺の怒鳴り声に場は静まり返る。 古泉と朝比奈さんは呆気に取られた表情だ。長門の無表情さもいつもより機械的になっているようにさえ感じる。 「大体な、俺は普通の人間なんだよ!! お前や長門や朝比奈さんや古泉とも違う一般人なんだよ!!才能に恵まれている奴等とは違うんだ!! そんな俺に1ヶ月でドラムをマスターするなんて無理に決まってるだろうが!! お前の我侭には付き合いきれん!不満だって言うなら解雇にでも何でもしやがれ!!」 朝比奈さんは「けんかはだめなのです~・・・」と震えながら小声でつぶやいている。 古泉は今にもハルヒに殴りかかってしまいそうな俺をいつでも止められるよう、身構えている。 長門は相変わらず静観してことの成り行きをよりいっそう機械的な目で見守っている。 そんな状況が視界に入っていながらも俺の怒りはまだ収まらない。 沸騰したマグマが煮えくり返っているかのように身体の奥が熱い。 そして俺が続けざまに次の怒りの言葉を吐き捨てようとした時・・・ ズンガラガシャーン!! 思わず目を閉じてしまうほどけたたましい音が俺の耳に入った。 目を開けるとそこは天井だ・・・って天井? どうやら俺は仰向けにひっくり返っているらしい。 視点を戻すと、そこには俺の前に仁王立ちしているハルヒ、そしてその後ろにはグチャグチャに崩れたドラムセット。 そしてヒリヒリと痛い俺の顔面。鼻血も出ているかもしれない。 ここまでの状況から推理するにどうやら俺はハルヒにドロップキックをお見舞いされたらしい。 ドラムセット越しにか。どうやらさっきの音はハルヒがドラムセットに突っ込んだ音だったようだ。 ってハルヒよ、痛くないのか・・・? 何だか急に冷静になってしまった俺と対照的に、尻餅をついたまま見上げるハルヒはワナワナと震えている。そして・・・ 「このバカキョン!!!!」 耳をつんざくような怒鳴り声。俺はもう一撃ドロップキックを食らうこと覚悟した――が ハルヒはそのまま背を向けるとスタスタと歩いていき、乱暴にドアを開閉する音のみを残し、教室から出て行ってしまった。 シーンと静まり返る教室。 どうやら事態は最悪の展開を迎えてしまったようだと、俺は急激にクールダウンしていく脳ミソで考えていた。 「やってしまいましたね」 その静寂を破ったのは古泉だった。 「これでは去年の映画の時と全く同じ展開ですよ。あなたはもっと冷静な人だと思っていましたが。 おっと、この台詞も2度目ですね」 ああ、そういえば去年も同じようなことがあったな。 「状況もあの時とまさしく一緒です。閉鎖空間を生みかねない行動は慎んでほしかったのですが・・・」 五月蝿い。俺だって我慢の限界だったんだ。 「それでもです。前にも申したようにあなたは涼宮さんにこの上なく信頼されているんです。 その信頼を裏切るような真似をしてもらっては困るのですよ」 ドロップキックが信頼の現われってことか? 「まあ確かにあなたの気持ちもわかります。今日の涼宮さんの怒り具合は少々異常でしたし・・・。 とりあえず現段階では閉鎖空間の発生は確認されてないようですが・・・安穏とはしていられません。 去年と同様になるべく早いうちに仲直りしてください」 俺の意志は無関係なのか?お前はハルヒが良ければ俺のことなどどうでもいいって言うのか? せっかく収まりかけた怒りが古泉の発言のせいで再燃してしまった。 俺は古泉にまたもや感情的な言葉を吐き捨てる。 「とにかく無理なものは無理だ。俺は解雇されたってことでいいだろう。 ハルヒのドロップキックもそれを肯定したってことで俺は理解した。 アイツの我侭に付き合うのも限界だ。後は勝手にやってくれ。 ドラマーも軽音楽部の部員から適当に代役を立てればいいだろう。 お前はせいぜい灰色空間で巨人相手にハルヒのご機嫌取りでもしてろ」 再燃した怒りは止まらない。 「そういう訳だ、俺は抜けさせてもら・・・」 パシンッ!!! 乾いた音が静まり返った教室に響く。 その音が朝比奈さんが俺の頬を叩いた音だと気付くまで数秒かかった。 その細腕で平手打ちを食らったところでさっきのドロップキックに比べれば蚊が止まったくらいの痛みしか感じないはずである。 そのはずなのに、何故だろう、叩かれた頬がどんな屈強なレスラーの平手打ちを食らうよりもヒリヒリと痛いように感じるのは・・・。 見れば朝比奈さんは目に涙を溜めている。 「そんな言い方はあんまりです!!涼宮さん、泣いてましたよ!?」 そうなのか・・・気がつかなかった。 「涼宮さんは決してキョン君に悪気があった訳じゃありません!私にはわかります! 涼宮さんは本当にキョン君のことを信頼しているんです!絶対です! 確かにちょっと言い方は酷かったかもしれないけど・・・。 それでもキョン君だけは涼宮さんの気持ちをわかってあげなきゃいけないんです!」 朝比奈さんがここまでストレートに己の感情を吐露するのは初めて見る。 その驚きに俺の怒りは再度クールダウンしかけてきている。我ながら単純な精神構造をしていると思う。 「キョン君はそんな投げやりなことは言いません!言わないんです!」 そう言い終えると、朝比奈さんも駆け足で教室を出て行ってしまった。 俺と古泉と長門。3人だけになった教室は朝比奈さんが出て行ってしまったことでまた静寂さを取り戻した。 「すいません。僕も少々言い過ぎました」 その静寂を破ったのはまたしても古泉だった。幾分申し訳なそうな口調である。 「結局のところ、これはあなた自身の問題なのかもしれません。 僕がいくら口を挟んだところで肝心なのはあなた自身の意思。 今日、家に帰ったらもう一度よく考えてみるといいかもしれませんね・・・」 そんな言葉を残し、古泉も出て行ってしまった。 残されたのは俺と長門。 それまでずっと機械的な目をしてことの成り行きを見守っていた長門に 冷静になった俺は急に質問を投げかけたい気分になった。 「なあ、俺の言ったこと。お前も間違ってたと思うか?」 数秒の無言の後、長門は静かに答える。 「わからない。 でもあなたが涼宮ハルヒに信頼されていること、そして涼宮ハルヒに とって重要な人物であるということは確か」 「ということは、お前も俺がハルヒの信頼に応えるべきだと思っているということか?」 「情報統合思念体の方針からすれば、それが望ましい。 現在の涼宮ハルヒの精神状態では危険な情報爆発を生む可能性がある」 やはり、お前もそうなのか。 「ただ――」 長門は言葉を続けている。 「ただ?」 「一個体としての私は、あなたを信頼している。 あなたならこの状況を打破できると、信じている」 そう言い残すと長門も教室から出て行ってしまった。 教室に残されたのは俺1人。ドロップキックと平手打ちを食らった顔面がヒリヒリと痛む。 それ以上に胸の奥がヒリヒリと痛む、そんな錯覚にするにはリアル過ぎる感覚を俺は感じていた。 1人教室に残された俺。 朝比奈さんの、古泉の、長門の言葉が頭から離れない。 そしてハルヒ。朝比奈さんはアイツが泣いていたと言っていた。 もしそれが本当なら、俺がハルヒを泣かしたことになるのだろうか・・・。 そんな自問自答をしてみても、熱くなってみたり冷めてみたりとさっきから忙しすぎる程 グルグルと回っている俺の思考回路じゃ考えもまとまらない。 とりあえず俺も帰ろう。それで古泉の言うようにもう一度良く考えてみよう。 そう思い、俺はドアに向かってトボトボと歩き出した。 ふと視線を落とすと、床に何かが落ちている。 ほとほと疲れきっている今の俺の洞察力では本当ならそんな落し物には気付かないはずだった。 しかし何故だろう。自分でも不思議なのだがなぜかその落し物はまるで俺の視界の範囲内に 急に現れたのかのように、それでいて最初からそこにあったかのように床に転がっていた。 それは1枚のMDだった。MDにはラベルが貼られている。 『文化祭 新曲』 とシンプルに、それでいて勢いに任せて書きなぐったような字で書いてある。 そこまで確認して、俺はこのMDの落とし主が誰であるかすぐに思い当たった。 このMDはハルヒのものだ。 あいつはバンド結成&文化祭出演に際し、オリジナル曲の作成を宣言していた。 これはきっとそのオリジナル曲のデモテープか何かなのであろう。 これまた自分でも不思議なのだが、俺は無意識の内に当たり前のようにそのMDを拾い上げ、鞄の奥に滑り込ませていた。 家に帰り、トボトボと自分の部屋への階段を上がる。 途中、俺の帰ってきたことに気付いた妹に声をかけられたようだが、正直返答する気力もない。 そんな憔悴しきった俺を見かねたのか、 「キョンくんどうしたの、何だか元気がないよ~?」 妹は妹なりに心配してくれているらしい。 すまんな。俺にも色々と事情があったんだ。それでも心配してくれるのは兄としてちょっと嬉しいぞ。 俺は妹の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。 「キョンくん、くすぐったいよ~」 どこぞのマンチェスターの不良兄弟にもコレぐらいの兄弟愛を見せてほしいものだ。 部屋に入り、バネの壊れたブリキのおもちゃのごとくベッドに座り込んだ俺は鞄の中からさっきのMDを取り出す。 この中にはハルヒが作曲したオリジナル曲が入っているに違いない。 よく見ると、ラベルには『文化祭 新曲』という文字以外にも小さな字で何やら書いてある。 どうやらそれはハルヒが考えた曲のタイトルのようだった。 1.パラレルDAYS 2.冒険でしょでしょ? 3.ハレ晴レユカイ ・・・何ともハルヒらしいぶっ飛んだタイトルばかりである。 そして俺はまたもや無意識の内に自分のポータブルプレイヤーにそのMDをセットしていた。 ――結論から言うと、ハルヒの才能には感服するしかない。 俺が聴いた3曲はどれもまだあくまでもデモテープの段階であり、 内容としてはハルヒがギターやピアノの弾き語りでメロディーを口ずさんでいるものだった。 歌詞も殆ど出来上がっていない未完成な演奏ながらも、その3曲をバンドで演奏した時のイメージもありありと浮かぶほどだ。 そんな俺の脳内イメージ基準では、どの曲もオリコン10位以内になら入ってしまいそうな程、そのクオリティは高い。 しかしハルヒはこの短期間に3曲も仕上げてしまったのだろうか?アイツの突発的な性格は俺もよくわかっているし、 バンド結成宣言をブチ上げるまでに書き溜めていた曲ということはないだろう。 この2、3週間映画の撮影とバンドの練習に追われていたのはハルヒも似たようなものだ。 (勿論、体力的・精神的な疲弊の度合いは俺の方が上ではあるが) そんな短い、しかも多忙を極めたこの期間にこれだけクオリティの高い曲を書いたハルヒ。 一体お前をそこまで突き動かしているものは何なんだ? それともお前にとって、このただの思いつきの産物としか思えないバンド活動はそこまで大切なものなのか? 俺は完全に冷静さを取り戻した思考回路をフル活用してこの青春の悶々とした悩みについて思索を巡らせている。 すると少しずつ、ハルヒに対する罪悪感が生まれてきたような気がする。あくまで少し、だがな。 「しかし全部で5曲か・・・。 いくらなんでも未だ初心者レベルの俺にはやはりちとキツイのではないか?ハルヒよ」 そんな独り言を嘆いたところで答えは返ってこない。 悶々とした夜は更けてゆく・・・。 明くる朝、そんな悶々とした気分は晴れることもなく学校へと着いた俺はクラスの教室の前で立ちすくんでいた。 俺の懸案事項はただ2つ、ハルヒは学校に来ているのか? もし来ているならばどう接したものか?ということである。 考えていても仕方ないと思い切ってドアを開けると・・・ なんのことはない。ハルヒはいつもの席に座っていた。 ちなみに予想はついているかもしれないが一応補足しておく。 俺とハルヒは2年時も同じクラスであり、そしてなぜか席の配置も1年時と全く同じなのである。 古泉が言うには 「涼宮さんがまたあなたと一緒のクラスに、そしてまたあなたの真後ろの席になることを望んだからですよ」 とのことらしい。 その割には国木田や阪中といった面々、 そしてハルヒ自身もあんなにウザがっていた谷口も同じクラスなのは一体どういう訳だか。 ハルヒは頬杖をついて窓の外を眺めている。 その行動自体はいつものことだが、やはり今日は不機嫌なオーラがどことなく出ている。 その証拠に俺が前の席に腰掛けてもハルヒは何のリアクションも示さない。 これは触らぬ神に祟りなし、だな・・・。 その後4時間目の途中まで、ハルヒは窓の外を見つめたままであったようだ。 ようだ、というのは俺は前の席なもんだから後ろの様子がよくわからないからである。 やはりハルヒはまだ怒っているのか・・・そう確信を強めた時、 バイブレータの振動が俺の携帯にメールの着信を告げた。 送信者は古泉。 「昼休みに中庭まで来ていただけませんか?」 だとさ。 昼休みである。俺は古泉の呼び出しに応じ、中庭へと歩を進めている。 ちなみにハルヒは昼休みになるや否やどこかへ行ってしまった。 しかし古泉には昨日散々叱責を受けたはずだが。まだ何か言い足りないことでもあるのだろうか。 中庭が見えてくる。おお、居た居た。相変わらずのムカツク程の爽やかな笑みで古泉は俺を待っている。 ただいつもと違うことがあった。 古泉と一緒に、なぜか我が愛しのエンジェル朝比奈さんもセットでついてきている。 昨日俺は朝比奈さんにも涙ながらのご叱責を受けている。しかも平手打ちのオマケつきだ。 正直いってかなり気まずいな・・・更に歩を進めながらそう考えていると 「お待ちしていましたよ。わざわざご足労頂きまして恐縮の極みです」 お前の社交辞令じみた挨拶などどうでもいい。それよりなぜ朝比奈さんもいるんだ? 「それは、私が無理行って古泉くんについてきたからです。 昨日はキョンくんの気持ちも知らずひどいこと言って・・・しかも叩いたりまでして・・・ごめんなさい」 朝比奈さんは申し訳なさそうに小さな身体を折り曲げる。 「いえ、俺の方こそ申し訳ありません」 俺も素直に謝罪の意を示す。 「あと今日こういう場を設けたのは謝るためだけじゃないんです・・・」 朝比奈さんは言葉を続けようとするが・・・。 「実はですね――」 急に話に割り込んできた古泉がその笑みを途端真剣な表情に変え、語り出す。 「昨夜、閉鎖空間の発生が確認されなかったのです」 そうだった・・・アレだけハルヒを怒らせたんだ。灰色空間の1つや2つ発生してもおかしくない状況だったろう。 そんなことまで失念していたなんて本気で昨日の俺はどうかしてたらしい。 「まあ、そのこと自体は我々機関にとっては喜ぶべき事実です。 しかし、この事実は違う意味を持ってもいるのですよ」 何だって言うんだ。もったいぶらずさっさと言え。 「涼宮さんはあなたを信頼していた、そしてあなただけは何があってもついてきてくれていると信じていた。 しかし、昨日のあなたはその期待を裏切ってしまった。その時の涼宮さんの怒り、悲しみ、絶望は いかほどのものだったでしょう?想像も及びません」 俺だって少しは反省している。説教なら聞き飽きたんだがな。 「まあ、聞いてください。 とにかく涼宮さんのあの時の感情の起伏は凄まじいものでした。 正直あの後、僕はすぐにアルバイトに駆けつけなくてはいけないことも覚悟しました。 しかし、閉鎖空間は発生しなかった。このことが何を意味するかお分かりですか?」 全くわからん。 「つまり、涼宮さんは『力』を失ってしまったのかもしれないということです。 普通、あれだけの感情の起伏や不満が観測されれば閉鎖空間どころか世界の崩壊だって ありえますからね。しかしそのような自体にはならなかった。涼宮さんの『力』が消失したためだ、 と考えるのは当然の帰結というものです。僕にも俄かに信じられませんでしたが・・・。 機関の上層部はこの『何も起こらない』という不気味さに戦々恐々としていますよ」 俺は呆然としていた。ハルヒが『力』を失っただと? 今まで俺達、いや特に俺をアレだけ何度となく騒動に巻き込んでくれたあの『力』を? そんな話、信じろと言われて「はいそうですか」と信じられるもんか。 しかしあの灰色空間が発生しなかったのは何よりの証明のなんじゃないのか・・・? いや・・・しかし・・・そんなまさか・・・。 「と、まあそんな話は嘘なんですけれどもね」 おい、古泉一発殴らせろ。というか黙って殴られろ。直立不動で歯を食いしばれっ! 「ここから先は朝比奈さんに説明していただきましょう」 今にも古泉に殴りかからんか、という俺を尻目に朝比奈さんはおずおずと前に出てきて 戸惑った表情を見せつつも、ポツポツと静かに語りだした。 「キョンくんに涼宮さんの本当の気持ちを知ってもらおうと思ったんです・・・。 昨日は私もどうかしちゃってて・・・落ち着いて話せなかったから・・・」 ハルヒの本心ですか・・・。俺も考えてはみたんですがね・・・。 「涼宮さんがまだバンド結成すると言い出す少し前、部室で偶然2人きりだった時、私に話してくれたんです・・・」 『涼宮さ~ん・・・今度の撮影でもまたあの衣装を着て外に出なくちゃいけないんですか~?』 『当たり前じゃないのよ、みくるちゃんは2作連続での主演女優よ?光栄に思いなさい!』 『ふえ~ん、恥ずかしいですよ~』 『泣き言言わないの。それに今回の文化祭は映画だけじゃない、取って置きのサプライズプランを考えてあるんだから!』 『・・・さぷらいずぷらん、ですか?』 『今はまだ言えないけど、きっと成功すればあたし達SOS団が文化祭での主役になること間違いなしよ! 皆の驚く顔が目に浮かぶわ、特にバカキョンなんて余りの驚きにアゴが外れるんじゃないかしら?』 『それは、私もやらなきゃいけないことなんですか・・・?』 『勿論よ!今回のプランはあくまでもSOS団団員全員が揃って初めて意味があるんだから!』 『映画の撮影は・・・』 『勿論、同時進行よ。まあちょっと時間的にきついかも知れないけど高校生活のたった3年間、2度と訪れない青春の 1ページなんだからそれくらいの無茶はなんてことないわ!』 朝比奈さんの回想をまとめると、大体こんな感じの会話が交わされたそうだ。 「きっとそのサプライズプランがこのバンドのことだったと思うんです。 あの時の涼宮さんは、本当に楽しそうな笑顔でした。この1年半、涼宮さんの色んな表情を見てきましたけど その中でも1番って言えるくらいでした」 俺は朝比奈さんの話に黙って耳を傾けていた。 朝比奈さんは更に続ける。 「それに涼宮さんは『SOS団の団員全員でやらないと意味がない』って言っていました。 私達皆でやらないと意味がないって・・・。 私、それでわかりました。涼宮さんはどうしてもSOS団の全員で文化祭のステージに立ちたいんだなって。 そしてそれが実現することを何よりも楽しみにしているんだなって」 朝比奈さんは語りは止まらない。 「確かに昨日の涼宮さんは凄い怒っていたかもしれません。古泉くんの言うように世界が崩壊してしまっても おかしくないくらいだったかも知れません。それでもそうしなかったのは涼宮さん自身のどんな大きな不満や 怒りなんかよりも全員でステージに立ちたいっていう気持ちの方がずっと強かったからなんじゃないかって思うんです・・・」 朝比奈さんはそこまで語り終えると小さく息をつき、真剣な眼差しで俺を見つめた。 「つまり今の話を要約しますとですね、涼宮さんは閉鎖空間を発生・拡大させ、この世界を崩壊させてしまうことより SOSバンドとして文化祭に出場するためにこの世界を守ることを選んだ、という訳ですね。 まあ、僕も朝比奈さんからこの話を聞くまでは、正直本気で『力』の消失を疑っていたのですが。 そういう訳ならば僕も納得がいきます。実際その『力』のせいで僕のベースの腕前は未だプロ級を保ったままですしね」 古泉がすかさず解説を入れる。 朝比奈さんの熱弁を受け、俺はなんとも複雑な気持ちだった。 「俺はどうすればいいんでしょうかね・・・」 「涼宮さんに謝ってあげてください。きっと涼宮さんもキョンくんには悪いと思っているはずで・・・ 素直になれないだけなんだと思います。それで『また一緒に練習頑張ろう』って。 そう言ってあげてください」 俺は、ハルヒがなぜアレだけバンドにこだわったのか、どうしてあんな短期間の内に3曲も書くほどの熱意を見せたのか、 その理由がわかった気がした。 「わかりました、俺、ハルヒと話をしてみます」 俺がそう答えると、朝比奈さんの真剣だった表情が天使かと見紛う程の嬉しそうな顔になった。 「本当ですか?」 「ええ、昨日は俺もどうかしてました、何とかハルヒと話をして、謝ってみます」 「よかった~。キョンくんならきっとわかってもらえると思いました」 朝比奈さんは本当に嬉しそうだ。 そして古泉はやれやれといった表情を浮かべ、 「話もまとまったようですね。いやはや良かったです。 実は僕もですね、演奏しているのが何だか楽しくなってきてしまってですね、 こんなことでバンドが解散、なんてことになるのはいささか悲しかったんですよ」 よく言うぜ、お前はハルヒのご機嫌取りが最優先だろうに。 「そんなことはありません。機関の思惑やその一員としての使命感を抜きにして・・・ いちSOS団の団員として、僕は文化祭でのバンド演奏を成功させたいと思っていますよ それにベースを弾くのも楽しくなってきましたしね。何と言っても重低音がいいですね。 下半身にこう、グッと響きます。なんとも気持ちのいいものですよ」 古泉のその台詞が何とも変態的に聞こえたのは気のせいだろう。 「私もです。最初はキーボードなんか弾けないって思ったけど、 皆で演奏してたら、何だか楽しくなってきちゃいました。 本番のために、鍵盤に突き刺す用のナイフも買ったんですよ?」 本気にしてたんですか・・・朝比奈さん・・・。 「冗談です♪」 「僕も涼宮さんの言うとおりにステージ用の靴下を新調しましたよ。 ただ困ったのが、なかなかサイズに見合うものがなかったことですね。 こうなったら着けないで出演しようかと考えたくらいですよ」 五月蝿い古泉。お前は黙っていろ。大体何だサイズって。そんなにデカイのかよ。 とにもかくにも、俺がハルヒに謝るということで話は何とかまとまった。 「そういえば――」 俺には1つ疑問に思っていることがあった。 「長門がこの場に来ていないのはなぜだ?」 そうである。今後の世界の行く末にも関るかも知れないという非常に重要なこの昼休み会合だったはずだが、 なぜかそういった事情に一番精通しているはずの長門の姿が見えない。 「長門さんは一応お誘いはしたんですがね・・・」 古泉は溜息をつき、答える。 「行く必要はない、と断られてしまいましたよ。理由を聞いたんですがね、 『彼を信じている』と、ただ一言。それだけですよ。 あなたを信頼しているのは涼宮さんだけじゃない、ってことです」 昨日、教室で呆然としている俺に同じ台詞を言った長門の姿が思い出される。 そうか、ありがとな長門よ。お前の信頼にも応えてやらなきゃな。 教室戻った俺はハルヒを探した。 しかしその姿を見つけることは出来ない。 結局、その日は放課後までハルヒは教室には戻ってこなかった。 もしかして帰ってしまったのか? タイミングを逃したのかもしれない・・・。 そう考えながら、廊下を歩いていた俺の視界に見覚えのある人影がうつった。 「長門・・・」 その人影とは誰あろう長門であった。 長門はいつもの液体ヘリウムのような目で俺をみつめ、静かに言葉を吐き出した。 「涼宮ハルヒは軽音楽部の部室にいる」 「ほんとか!?」 どうやら帰ったって訳じゃなかったみたいだ。 「涼宮ハルヒはあなたを必要としている。行ってあげて」 俺はその一言で完全に決心がついた。 「重ね重ね済まないな。長門よ」 「いい」 ふと気付くと長門は手に筒状の何かを持っている。 「ところでそれは何だ?」 長門は表情1つ変えず答える。 「ダイナマイト。ステージでアンプを爆破するために調達した」 オイオイ・・・。長門もハルヒに言われたことを本気にしていたのか・・・。 それにしても・・・。 「お前も文化祭の本番を楽しみにしているのか?」 俺は何気なくそんなことを聞いてみたい気分になった。 「それなりに」 俺はそんな言葉を呟いた長門の表情の中に少しの期待を見出すことが出来た。 そして俺は今、軽音楽部の部室兼SOSバンドの練習室の前に立っている。 長門の言うことが正しければ、ハルヒはこの中にいるはずだ。 ふと気付くと、教室の中から何かが聞こえてくる。 それは聞き覚えのあるメロディー、昨日俺が聴いたハルヒのオリジナル曲に相違なかった。 意を決して中に入る。 するといた。ハルヒである。 ハルヒは背を向け、アンプに腰掛けてギターをつま弾いている。 そのメロディーは、昨夜俺が聴いた3曲の中の1曲、 確か『ハレ晴レユカイ』とかいうタイトルの曲だ。 俺はしばらくハルヒの弾くギターの音色に聴き惚れてその場に立ち竦んでいた。 しばらくして、演奏がピタッと止んだ。どうやら俺が入ってきたのに気付いたらしい。 ハルヒは首だけ振り返り、俺の姿を認めるとすぐにまた背を向けてしまった。 気まずい沈黙が流れる。俺は再度意を決して言葉を発する。 「今の良かったぞ。何て曲だ?」 知ってるくせにな。我ながら白々しい。 ハルヒは背を向けたままだ。無視されているのかと思いきや、静かに口を開いた。 「何よ、あんた脱退したんじゃなかったっけ?」 何とも厳しいお言葉だ。しかし俺はめげない。 「その筈だったんだがな。どうもこのままだと寝覚めが悪い――」 ハルヒは黙って俺の言葉を聞いている。 「そりゃあ俺は音楽的な才能もないし、いつまで経ってもまともに演奏できてない。 だから、お前の要求はいくらなんでも無理だろうって思う時もある。 でも・・・それでも俺はこのSOSバンドでの文化祭を成功させたいと思ってる。 朝比奈さんや長門や古泉と一緒に・・・、 そしてハルヒ、お前と一緒に・・・文化祭のステージに立ちたいと思ってる。 だから・・・昨日は済まなかった。俺にもう一度ドラムを叩かせてくれ」 俺がそこまで言い終えると、相変わらず背を向けたままのハルヒが口を開く。 「何よ、そんなこと言って、あんだけ取り乱したあたしが何だかバカみたいじゃない・・・」 抱えていたギターをアンプに立てかけ、ハルヒはこちらを向く。 「でもまあ、あんたがどうししてもって言うなら・・・許してあげないこともないわ!」 「ほんとか?」 「た・だ・し!団長に逆らった罪は重いわよ! これからあんたには罰として寝る暇も惜しんでドラムの練習に励んでもらうわ! 勿論映画の撮影に力を抜くことも絶対許さないだからね!」 かなり重い罰を課されてしまったようだがそれでも俺は心底安心していた・・・。 その安心感が俺に不用意で思い出すだけでも恥ずかしい一言を言わせてしまった。 「よかった。これでまたお前の歌が聴けるんだな・・・」 言った瞬間顔から火が出そうな恥ずかしさに襲われた。 手元にショットガンがあったなら、すぐにそれを口にくわえて引金を引きたいぐらいだね。 そうして涅槃の境地に到りたいくらいさ。 「ふ、ふんっ!SOS団団長の神聖なる歌声をタダで聴けるのよ! 少しはありがたく思いなさいよねっ!」 ハルヒも心なしか顔を赤らめているように見えるし・・・。 俺は気を取り直し、ハルヒに話しかける。 「実はな、さっきお前が弾いてた曲は既に知っていたんだ。 昨日お前が落としてったMDでな」 ハルヒは特に驚いたこともなく答える。 「何よ、無い無いと思ってたらあんたが持ってたってわけ?」 「別に悪気があったわけじゃないんだがな。まあとにかく曲聴いたぞ」 「ふん、せいぜい私の作った曲のクオリティの高さに驚いたでしょうね」 ハルヒは吐き捨てるように言う。 「ああ、凄かったよ。アレならオリコン10位以内だって狙える」 これは俺の本音だ。 しかし、ハルヒは一層顔を赤らめる。茹で上がったエビみたいだ。 「あ、当たり前じゃないっ!今の日本の音楽業界は腐ってるわ! あんな有象無象のクオリティの低い曲が売れるぐらいならそれくらい当然よ! むしろ1位を取って然るべきね!」 それは流石に無理だろうが、ハルヒの機嫌も何とか少しは上向きになってくれたようだ。 「とにかく! あたし達SOSバンドが文化祭のステージをジャックするにはまだまだ練習が足りないわ! 今からすぐに練習よ!キョン!そうとなったら今すぐに他の団員達を招集しなさい!」 こうしてSOSバンドの活動再開が高らかに宣言されたというわけだ。 そこからの数日はこれまで以上の多忙を極めた。 まずは映画の撮影。文化祭本番3日前に何とかクランクアップしたものの、 超監督の理解不能な撮影方針によって取り溜められた映像の殆どが訳のわからないものであり、 ギリギリのウェイトレス衣装で未来人的なナゾのビームを目から発射させられている朝比奈さんや スターリングインフェルノとかいうショボイ棒切れをくるくる振っている黒ずくめの悪い宇宙人長門、 やっとのことで自分の持つ超能力を自覚したはいいものの、ニヤニヤ笑ってるだけで存在感のない古泉、 その他、再度脇役で登場した鶴屋さんのぶっ飛んだアドリブ、国木田や谷口のビミョーな演技、 今回は人語を話すという暴挙は犯さなかったものの、 それではタダの猫であり劇中に登場する意図が全くわからないシャミセンのあくび、 訳もわからずはしゃぎまわるだけの俺の妹、といったようなものであった。 こんなものを編集させられる俺は一体どうすりゃいいんだ? 本当にこれなら朝比奈さんのプロモーションビデオを作った方がマシってもんだ。 まあ、そのくらいにヒドイ出来だったわけである。 そんな状況に頭を抱えていた俺ではあったが、ハルヒも何だかんだいっては手伝ってくれた。 しかしそれでも映画としての体裁を整えるにはほど遠い。 これはもう本気で今年こそ朝比奈プロモーションクリップにするしかないと思っていた俺に救いの手が差し伸べられた。 それは誰あろう長門である。何か長門に頼ってばかりだよな・・・俺。 長門は大量のビデオテープを目の前にし、ウンウン唸っている俺を見かねたのか 「貸して」 と言うと全てのテープを家に持って帰ってしまった。 するとびっくり、次の日には長門は全ての映像編集を完成させてしまっていた。 朝比奈さんの目から出るビームのCGや効果音、BGMまでばっちりだ。 「完成した」 そう言ってマスターテープを俺に手渡す長門、これまた去年も同じようなことがあった気がするな・・・。 そして問題のバンドである。 ハルヒの作ったオリジナルの3曲が既存の2曲と共にセットリストに加わり、 SOSバンドは殆どのメンバーが初心者にも関らず、5曲も演奏しなければならないという重荷を課せられた。 いや、初心者といってもハルヒのトンデモパワーでプロ並みの腕前になってしまった古泉と朝比奈さんはまだいい。 結局初心者のままの俺は、毎日ヘトヘトになるまでドラムを叩き続けていた。 God Knows...とLost My Musicの2曲に関しては何とか形になってきたものの、更に3曲を覚えるのは相当にキツイ。 しかしハルヒにアレだけの見得を切ってしまった以上、俺も諦めるわけにはいかない。 とにかく毎日、暇を見つけては軽音部の部室に出向き、寝食を忘れてといっていいほど練習を繰り返した。 そのおかげかこれまでペンダコすら出来たことのない俺の指には立派なマメが出来てしまったりもした。 更に、ドラムのことは同じドラマーに聞けばよいと考えた俺は週末、映画の撮影の後、独りで駅前のライブハウスに足を運んだ。 そう、あのENOZのライブを見に行ったのである。 率直に言って彼女達の演奏は相変わらず素晴らしかった。 狭いライブハウスではあったがその分観客の熱気も凄まじく、演奏中はあちらこちらでモッシュ&ダイブまで起こっていた。 そしてGod Knows...とLost My Musicに関しては彼女らが本家であり、岡島さんのドラム演奏は非常に参考になった。 俺はライブ終了後、挨拶も兼ねて彼女達の楽屋を訪ねた。 ENOZの面々は初め俺を見たときは誰だかわからなかったようだったが、ハルヒの名前を出すや否や、合点がいったらしい。 俺はSOS団がバンドとして文化祭に出演すること、彼女達が本家である2曲をカバーさせてもらうこと、 ハルヒが作ったオリジナル曲のこと(勿論デモテープも聴いてもらった。すこぶる好評だった)等をつらつらと話した。 「そうかー、あの涼宮さんがねー」 ドラムの岡島さんが感慨深げに呟く。 「涼宮さんならきっとまたスゴイ演奏をしてくれると思うよ」 「私達、ほんと涼宮さんには感謝してるんだ。 あのステージが無かったら私達の曲を皆に知ってもらうこともなかった思うし・・・。 きっと卒業してメンバーも皆バラバラになって、バンドも自然消滅してたかも知れない・・・」 ベースの財前さんは遠い目をして語る。 「今私達が4人で活動を続けられるのもあのステージがあったからだと思う。 本当、涼宮さんには足を向けて寝れないわ。勿論ギターを弾いてくれた長門さんもね」 ひとしきりの会話を終え、俺は本題でもあるドラム演奏についてのアドバイスを求めてみた。 するとドラムの岡島さんはひとしきり考えた後・・・ 「口で言ってもわからないところがあるし・・・。そうだ! 実際に叩いてみるのが手っ取り早いと思うよ?」 と言うと、客のいなくなったステージに俺を上げてくれ、実演を交えた指導を行ってくれた。 時々、「ここの叩き方はこう!」とか言ってスティックを持つ俺の手を握られたりしてしまうなど、 何とも気恥ずかしいば場面もあったりもしたが、岡島さんは流石本家だけあり、非常に的を得た指導だった。 「本当にありがとうございました」 俺は懇切丁寧なアドバイスをくれた岡島さんはじめとするENOZの面々に頭を下げた。 「いいのよ、このくらい。私達が涼宮さんに受けた恩に比べればなんてことないわ」 岡島さんが恐縮する。なんて腰の低い良い人達なんだろう。少しはハルヒに見習わせたいね。 「最後に1つだけアドバイスさせてほしいんだけど・・・」 「何でしょう?」 「バンドっていうのは、メンバーが誰ひとり欠けても成り立たないものだと思うの。 私達も今でもこの4人でやれてることに凄い喜びを感じてるしね。 だから君もバンドのメンバーを・・・SOS団のメンバーを大切にしてあげてね。 そうすれば技術とか関係なく、きっといい演奏が出来ると思うよ」 朝比奈さんや古泉が同じようなことを言っていたのが思い出される。 SOS団のメンバー全員で・・・か。俺にもやっとハルヒの気持ちがわかってきたのかもしれない。 俺はもう1度彼女達に謝辞を述べ、帰途につこうとした。 すると財前さんがニヤニヤとした表情で近寄ってきて、俺に耳打ちをしてきた。 これまたちょっと恥ずかしいな・・・。 「そういえば・・・その後涼宮さんとはどうなのかな?『オトモダチ』の関係から進展した?」 「はぁ?」 俺は何とも間の抜けた声をあげてしまった。正直彼女の質問の意図するところが掴めない。 そんな俺の間抜けな表情を見て、彼女達は意外そうな表情を浮かべたかと思うと、 一様にやれやれと両手を挙げ首を振るジェスチャーをしている。「だめだこりゃ・・・」なんて言葉も聞こえたりする。 まだ状況を良く掴めないまま呆けてる俺に財前さんは更に言葉を続ける。 「まあ、君のペースでやればいいんじゃないかな? そんな所も君の味だと思うし・・・。 でも女の子を余り長く待たせるのは感心しないよ~?」 「はあ・・・??」 最後まで彼女達の言わんとするところはわからぬまま、その日は終わった。 そしてとうとう文化祭の当日になるわけだが、実はこの前日ちょっとした問題が発生していた。 というのも文化祭のステージにおいて何らかの出し物をする際は文化祭の実行委員と生徒会の許可を取らなくてはならないのだ。 俺達はバンド練習と映画撮影に夢中でそんな当たり前のことも忘れていた・・・。 出し物の申請期限はどうやら一昨日だったらしい・・・。あの時は映画の編集で忙殺されていたからな・・・。 さて、この事実をハルヒが知ったらそれこそ世界崩壊一直線だ・・・。 しかし、この件に関しては生徒会長と「太いパイプ」とやらを持つ古泉の口利きによって何とかなり、 特別に申請抜きでも文化祭のステージに出演できる運びとなった。 古泉には感謝したいところだが、そもそもそんな基本的なミスをお前が犯すとはな・・・。 俺達がどれだけバンドと映画だけに集中していたかが伺えるというものだ。 ちなみにあの毒舌生徒会長は、 「フン、またあのおめでたい女のご機嫌取りの為に使われるのはいい気はしないが、 今度はバンドだろ?せいぜいマトモな演奏になるように願うぜ。 まあ、あの女にはマジで音楽の才能はあるみたいだしな――」 と、相変わらずハルヒのご機嫌取りに利用されるのに不満げながらも 「そうそう、古泉。お前ステージで全裸になるんだって? あの女の歌を聴いているのも癪だし、お前がぶら下げている方の『ベース』でも見に行ってやるよ」 と、煙草をくゆらせながらのたまってくれた。 というか生徒会としては文化祭のステージでストリーキング行為を行うことにはお咎め無しなのか? 古泉も古泉だ。「是非楽しみにしていてください」なんて言ってんじゃねえ。 さて、本当の問題はこのことではない。 実は、俺の腕が限界に来ているということだ。 端的に言うと、凄く痛い。 この1ヶ月、慣れないドラムという楽器を叩きに叩きまくり、 特にこの数日間は寝食も忘れて練習に没頭していたこともあり、とうとう腕が悲鳴をあげたというわけだ。 「何も前日にこんなことになる必要はないじゃないか・・・」 風呂の中で腕をマッサージしながらひとりごちた。 果たして、明日のステージを無事こなせるだろうか・・・。 文化祭当日である。結局腕の痛みは取れないままだ。 勿論、このことはハルヒはじめ他の団員には話していない。 後で考えれば、長門あたりに頼めば一瞬で治療してくれたりしたのではないかとも思うが、 残念なことにその日の俺はそこまで頭が回らなかった。 ステージでの出し物が行われるのは午後からである。 それまで俺は去年と同じように谷口と国木田と共に校内をグルグル回っていた。 視聴覚室では俺達が制作した映画が上映されているはずだが、 あんなわけのわからない映画を、しかも編集段階でイヤというほど見たものを、 改めて見に行くほど俺はヒマではない。 「まあとりあえずはナンパだろ。今年は結構他校からも女の子が来てるからな」 相変わらず谷口はナンパにしか興味がないらしい。成功率ゼロのくせによく懲りないもんだ。 「それより僕はお腹が空いたな。なんか食べに行こうよ」 とは国木田の弁である。 「そういえばキョン、今年は朝比奈さんのクラスの出し物の割引券とか貰ってないの?」 そうだった。去年と同様、朝比奈さんのクラスは焼きそば喫茶をやるらしく、その割引券をしっかり今年も貰っていたのだ。 ついこの間朝比奈さんが鶴屋さんと共に俺のクラスまでわざわざ足を運んでまでくれたのに失念していた。 「おお!マジか!今年も朝比奈さんのあの衣装が見れるっていうならこりゃナンパどころじゃないな!」 谷口も飢えた魚のような食いつきを見せる。 うむ。確かに朝比奈さんと鶴屋さんのあの麗しいウェイトレス姿を見れるというのならば行って損はない。 もしかしたら余りの麗しさに俺の腕も癒されたりしてな。 結論から言うと、今年も朝比奈さんのクラスの焼きそば喫茶は素晴らしかった。 何が素晴らしいって、ウェイトレス姿の朝比奈さんと鶴屋さん以外にない。 基本的に去年の衣装と似たものだったが、それをベースに更なるバージョンアップを施したものらしい。 しかし、本当に朝比奈さんのクラスにはプロ並みのデザイナーか何かがいるに違いない。 これがSSなのが残念だね。是非皆にお見せしたいくらいさ。 ちなみに、食券のもぎり役である朝比奈さんは少し恥ずかしそうな面持ちであったが、 それとは対照的に今年も廊下にまで出て客引きをしていた鶴屋さんは何とも元気であった。 「お、キョンくんとそのオトモダチ!いらっしゃいっ!」 「今年も盛況ですね」 「去年があんだけ大繁盛だったからねっ!味を占めて今年もまったく同じ出し物にしたのさっ! いやぁほんとにボロ儲けだよっ!笑いが止まらないねっ!」 「鶴屋さんや朝比奈さんがいますからね」 「ありゃー、キョンくんも上手いこというねっ!おねえさん感激にょろよっ!」 いやいや、本心ですよ。 「そういえばキョンくん、今年はバンドやるんだってねっ!みくるから聞いたよっ! めがっさ頑張るにょろよっ!あたしも見に行くよっ!」 「ありがとうございます」 鶴屋さんは台風が過ぎた後の晴れ渡った青空のような笑みでそう言うと、俺の腕をバンバンと叩いた。 正直、痛めていた腕にはかなりの衝撃だったが俺は何とか表情を崩さずにいた。 その後、ナンパをしに行ってしまった谷口と他のクラスの出し物を見に行ってしまった国木田と別れ、 俺は独りで校内をブラブラとしていた。午後のステージまではまだ時間がある。 ちなみに、朝比奈さん以外の団員達のクラスの出し物についてもここで紹介しておこう。 長門のクラスは今年も占いの館とやらをやっている。 どうやらこちらも去年好評だったのに味を占めたようだ。 黒ずくめの悪い魔法使いの衣装に身を包んだ長門が相変わらず、一歩間違ったら未来予知とも言えるような 具体的過ぎる占いをして、客を引かせてしまっているのではないかとの心配もしたが、 チラッと覗いてみた感じ、何とかしっかりやっているようだ。 古泉のクラスは今年は演劇ではないようだ。 「映画にバンドに演劇、いくら僕でもちょっとこれは厳しいですしよかったですよ」 なんて古泉は前に言っていたが、果たしてアイツのクラスでは何をやっているのかというと―― 何と、『執事喫茶』であった・・・。これはアレか、所謂メイド喫茶の男版みたいなもんか・・・。 パリッとしたタキシードに身を包んで接客をしている古泉、ムカツクが似合っている。 「お帰りなさい、お嬢様」とか白々しい台詞まで吐いてやがる。 客層も女の子が殆どで、他校からきたと思しき子も見受けられる。 その殆どが古泉のタキシード姿に見とれているようだ。やっぱりムカツクな。 というかよく執事喫茶なんてやろうと思ったな。それだけ古泉のクラスにはイイ男が多いってことか。 古泉は俺の姿を見つけるや否や気味の悪い笑みを浮かべ、こう言った。 「バンドの出番までにはまだ時間がありますからね。 今までそちらの活動で忙しく、クラスの出し物の準備に貢献できなかった分、 こうして午前中だけでもクラスのために奉仕している、というわけです。 せっかく来たんですし、お茶でも飲んでいきませんか?」 断る。野郎に「お帰りなさい、ご主人様」とか言われて喜ぶような特異な性癖は持ちあわせちゃいない。 「それは残念です。 実のところ、今回の出し物は当初は執事喫茶ではなく『自動車修理工喫茶』に僕はしたかったんですけどね。 ウェイトレスの衣装はタキシードでなく全員ツナギでね。勿論ターゲットとする客層は男性です。 でもその意見はクラス会議で却下されてしまったんですよね・・・」 当たり前だ、変態め。大体何だツナギって。そんなもん喫茶店じゃねえ。ハッテン場になっちまう。 そんな変態古泉を無視し、更に俺は校内をブラブラしていた。 しかし特に目につくような出し物はない。 正直、それでもこうしてブラブラしていないと午後のステージのことが気にかかってしまう。 そして腕の痛み。コイツはとうとう最後までどうにもならなかったみたいだ。 そして午後、俺はステージに出演する生徒の控え室である舞台裏の楽屋に足を運んだ。 そこには俺以外の面子が既に顔をそろえていた。 「ちょっと遅いわよ!キョン!」 そう言うハルヒは何とバニーガール姿でギターを抱えている。どうやら去年と同じ衣装でステージに上がるらしい。 ちなみに長門は相変わらずあの黒ずくめの魔法使いの衣装。 当初はハルヒとお揃いでバニーガール服のはずだった朝比奈さんは、映画で着ていた戦うウェイトレスの衣装である。 ハルヒいわく映画の宣伝の一環らしい。 そして全裸での出演を宣言していた変態古泉はなぜかさっきの執事の衣装である。 「本当は全裸のはずだったんですが・・・急遽文化祭実行委員の方からクレームが入りましてね。 土壇場での衣装変更ですよ。靴下を着けても駄目だそうです・・・」 残念そうに語る変態。実行委員の皆さん、グッジョブです。 しかし、俺だけ普通に制服か。逆に浮くんじゃないか、コレ? 「いよいよ本番ね!あたし達SOSバンドが文化祭を牛耳る日がとうとうやってきたのよ! みんな、気合入れていくわよ!」 張り切って叫ぶハルヒ。 「練習の成果を見せるときです~!」 意気込む朝比奈さん。 「全裸でないのは物足りないですが、やるだけのことはやりましょう」 ニヒルに微笑む変態古泉。 「・・・」 無言ながらその瞳の奥には燃える意気込みが感じられる、ように思える長門。 「みんな準備はいいわね!さあSOSバンドの華々しいデビューの瞬間よ!」 最後にハルヒが俺達に再度気合を入れる。 準備は整った。こうなったら俺も覚悟を決めるしかない。 腕の痛みを忘れるくらい叩いて、叩いて、叩きまくってやるさ。 俺達、SOS団のためにも。 そして、何よりもこの日を楽しみにしていたハルヒのためにもな。 舞台の袖、俺達は出番を待っている。 さっきまで興奮気味だったハルヒも黙っているし、朝比奈さんも幾らか緊張したような面持ちだ。 ニヤニヤ笑っていた古泉も真剣な表情になっている。 長門は・・・相変わらずだろう。生憎、トンガリ帽子と舞台袖の暗さによって表情は伺えないが。 舞台では俺達の前の出番である軽音楽部のバンドが演奏している。 メンバー皆がデーモン小暮みたいなケバケバしい衣装を着込んで、グロテスクなフェイスペイントを施し、 騒音とも思えるような大きな音にのせて「SATSUGAIせよ!」とか「下半身さえあればいい!」とか連呼している。 オイオイ、物騒なバンドだな。というか、コイツら去年も出てなかったけ? サクラと思しき一部の男達は盛り上がっているが、正直それ以外の観客はドン引きだ。 会場の空気も薄ら寒いものになっている。 オイオイ・・・俺達の出番の前になんてことしてくれるんだよ・・・。 「テンキュウ!」 曲が終わり、ボーカリストが吐き捨てる。 やっと終わってくれたみたいだ・・・。 次が俺達SOSバンドの出番である。緊張が高まる ステージではいったん幕が閉められ、楽器やアンプ、音響のセッティングが行われているようだ。 朝比奈さんも古泉も長門も誰一人言葉を発しようとしない。 そんな中、ハルヒは緊張した面持ちを更にグッと引き締め、ウサミミのヘアバンドを揺らしながら じっと舞台の床に視線を向けたり、虚空を見つめたりしている。 こいつがここまで緊張するのははじめて見るんじゃないか? 「ハルヒ、緊張しているのか?」 俺は思わず聞いてしまった。ハルヒは俺の方へ振り返ると―― 「そんなわけないでしょ、それよりキョン!今日こそはショボイ演奏は許されないんだから、 しっかり叩きなさいよねっ!」 ああ、わかってるさ。その為に一度は脱退したこのバンドに戻ってきたわけだし、今日まで練習してきたんだからな。 今日こそはハルヒ、お前の信頼とやらに応えてやろうじゃないか。 「続いては、一般参加の『SOSバンド』の演奏です」 放送部の女子部員によるアナウンスが流れる。いよいよ出番だ。 観客は『SOSバンド』という珍妙な名に反応しているようで、少しザワザワしている。 クスクスという失笑もあちらこちらから聞こえたりして・・・まあ予想はついたがな。 そんな会場の雰囲気もどこ吹く風、ハルヒはギターを抱えて颯爽とステージへと歩いていく。 それに続いて朝比奈さん、同じくギターを抱えた長門、ベースを抱えた古泉、 最後に俺、がステージへと上がっていく。 観客が意外に多い・・・。それにステージってこんなに高かったのか? 俺は今更ながら、多くの観客の前に立ち、演奏をするという行為にどうしようもない緊張を感じていた。 チクショウ、足が微妙に震えてやがる。 ハルヒや長門、古泉といったギター組はシールドをアンプに接続し、チューニングを行っている。 朝比奈さんはキーボードの前に立ち、念入りに鍵盤の感触を確かめている。 俺は、ドラムセットに座ると、1つ息をつき、前を見た。 観客席となっている体育館のフロアにはいつのまにか大勢の人が集まっている。 この全ての人間の視線が自分に向くんだ。これで緊張しない方が嘘ってもんだぜ。 そしてこの位置だと、俺の真正面にはギター&ボーカルのハルヒが立つことになる。 正直言って、ハルヒはバニーガール服を着込んでいるわけであり、ここからだとお尻のラインや 露出しているキレイな肩などが丸見えであり、目のやり場に困るところである・・・。 メンバーの配置は観客から見て左から―― キーボードの朝比奈さん、ギターの長門、ギター&ボーカルのハルヒ、ベースの古泉 そしてハルヒの真後ろにドラムの俺、という形である。 と、そんなこんなしている内にギター組のチューニングも完了したようだ。 相変わらず観客はざわついている。そりゃそうだろう。 『SOSバンド』なんて変な名前の集団が出てきたと思ったら、 見た目だけは文句のないバニーガールに妖精のように可憐なウェイトレス、 置物のように静かに佇む黒い魔法使いにタキシードの変態執事がいるんだもんな。 去年の文化祭でハルヒと長門のステージを目撃している人間なら少しは驚きが少ないかもしれないが・・・。 ふと気付くと、メンバー全員が俺へ視線を向けている。 朝比奈さんは女神のような微笑を浮かべ、長門は相変わらず無表情ながらも真摯な瞳で、 古泉はコレまでにないくらい気持ち悪いニヤケ顔で・・・。 それぞれがこのステージに立てたことに言いようのない満足感を覚えていることがそこから伺えた。 そして、ハルヒ。客席に背を向け、俺を見つめるその顔は―― おそらく一生忘れることも出来ないだろうというくらいに、優しい、優しい笑顔だった。 ハルヒが俺に向かって頷く。ウサミミが揺れている。 その仕草をみた朝比奈さん、長門、古泉は途端に真剣な表情になる。 どうやら演奏開始の合図らしい。 俺はハルヒに向かい、黙ったまま頷き返し、スティックを振り上げた。 さあ、SOSバンドのライブの始まりだ。 1曲目は――『パラレルDAYS』 ハルヒ書下ろしの新曲だぜ。 『パラレルDAYS』は1曲目に相応しい疾走感のあるロックナンバーだ。 しかしこの曲、ドラムの難易度は半端じゃない。 なんせ曲の入りが俺のドラムからなのだ・・・! しかし、思い切って叩き出したビートは、自分でもびっくりするくらい、素晴らしい出来だった。 ドラムをしばき倒す打撃音が体育館の壁に反響し、俺の鼓膜にまで返ってくる。 よし!イントロ成功だ。 即座にキーボードが、ギターが、ベースが、俺のビートに一気に覆いかぶさってくる。 長門のギターが流れるようなメロディラインを、ハルヒのギターが正確なリズムカッティングを刻み、 古泉の弾き出す重低音がそれを支え、そして朝比奈さんのキーボードが色とりどりの彩色を加える。 今まさに、バンドが走り出したんだ。 そしてハルヒがスタンドマイクの前に歩み寄り、歌い出す。 体育館の天井を突き破って、空の先まで、月まで、届きそうな程の伸びやかで美しい輪郭を持った声。 今日のハルヒはどうやら絶好調らしい。 ああ――この歌声を聴くために俺はドラムを叩いているんだ―― いつか思わずハルヒにこぼしてしまった失言も、この歌声を聴いた今は本音だって胸を張って言えるね。 観客はハルヒの歌声、長門の超絶ギター、朝比奈さんと古泉のプロ並みの演奏に驚いている。 俺のドラムも何とか4人についていけている。 そして曲はサビへと展開する。 『おいで忘れちゃダメ 忘れちゃダメ 未来はパラレル―― どーんとやってみなけりゃ 正しい? いけない? わからない!』 まさにハルヒを象徴するような歌詞だ。 俺は夢中にドラムを叩きながらも、最初は驚きに静まり返っていた観客が 曲に合わせ手拍子を鳴らし、拳を振り上げ、声をあげる様子を視界の端に認めることが出来た。 そして俺の真正面に立って、マイクに向かい、天上の美声を紡ぎだすハルヒが普段よりずっと大きく見えた。 そして曲は間奏の長門のギターソロパートへと進む。 ココは『パラレルDAYS』における最難関とも言えるパートである。勿論長門はどんなに難しいソロであろうと 完璧に弾きこなしてしまうだろう。問題は俺である。 ドラムのソロパート(しかも叩きまくり)がある上に、長門のソロのバックではツーバスという高等技術を披露せねばならない。 ツーバスとは、ドラムセットの中で最も大きく、足でペダルを蹴って低い音を出すドラムのことだが、 通常は1つのこのドラムを2つセットし、両足でドカドカ連打するのである。 (※こんなの http //www.cozypowell.com/images/kit1981.jpg) 要するにムチャクチャ高度なテクと体力が必要って訳だ。 正直、あのENOZの岡島さんですら「このパートはちょっと難しいね~」とおっしゃっていた。 つまるところ、1曲目から初心者ドラマーであるこの俺に最大の山場が訪れてしまったというわけだ。 ハルヒの歌が止み、古泉が軽やかなフレーズをベースで刻む。そしてドラムソロ―― 「うおりゃーっっ!!!!」 思わず声に出てしまう程の力を込めてドラムをしばき倒す。スムーズさはイマイチだったが何とか成功! するとハルヒが流れるようなピックスクラッチ(※弦に対してピックを垂直に当てて滑らせることにより独特の効果を得る奏法) を決め、それに呼応するかのように長門がスッと前に出てソロを取り始める。 さあ、こっから俺はツーバス連打だ。動け!俺の両足よ! 『ドカドカドカドカドカ・・・・・・』 自分でも不思議なくらい両足が動く!そんな俺に触発されたのか、長門のソロにも一層熱がこもる。 古泉も朝比奈さんもノリノリで身体を揺らしながら演奏している。 ハルヒは最大の難所を越えて見せた俺の方にちらりと顔を向けると満足そうな笑みを浮かべた。 そして、再びマイクに向かい、サビを熱唱する。 観客の熱気も1曲目にして最高潮だ。アウトロの『ラララ~』のパートもハルヒと共に合唱までしてくれている。 所謂シングアロングってやつだ。そしてそんな熱狂を保ったまま、長門の再びの超絶ギターソロと共に曲は終了する。 湧き上がる拍手と歓声。当初はその珍妙な名と衣装から好奇の目を向けられていた俺達SOSバンドは、 1曲目にして完全に観客に受け入れられたようだ。 間髪置かず、ハルヒの合図と俺のスティックのカウントから2曲目が始まる。 2曲目はこれまたハルヒ書下ろしの新曲『冒険でしょでしょ?』だ。 1曲目とは打って変わってのポップなミディアムナンバーである。 『パラレルDAYS』の主役が俺のドラムだとするならば、この曲の主役は朝比奈さんの表情豊かなキーボードプレイと ハルヒの情感のこもったボーカルが主役だ。 俺や古泉は黒子に徹し、堅実にリズムキープに勤める。長門は朝比奈さんのキーボードにあわせコードを鳴らす。 その朝比奈さんは何と左右2台!のキーボードを両手を使い、引き倒す。まさに神業だ。 (※こんな感じ http //www.messyoptics.com/bird/ELP-1.jpg しかもキーボードを弾きながらバックコーラスまで付けている。ただし、歌声は相変わらずポンコツだがな。 そしてハルヒはあの閉鎖空間の神人でさえ、聞き惚れて破壊活動を止めてしまいそうな程の歌声を体育館中に響かせる。 『冒険でしょでしょ! ホントが嘘に変わる世界で―― 夢があるから強くなるのよ 誰の為じゃない』 とうとうあの長門までも、曲のリズムに合わせて微妙に身体を揺すり始めた。 俺にしかわからないぐらいに微妙な、小さな揺れではあるが。 あの長門をもノらせてしまうとは、音楽の力とは何と恐ろしいものだろう。 観客はハルヒの歌にあわせ、手拍子を叩く。大勢の人間が一度に手を叩くとこんなにも大きな音になるモノなのか。 正直、その微妙にズレた手拍子に何度かリズムを狂わせかけられた俺ではあったが、 その度毎に古泉が気味の悪いアイコンタクトを俺に送ってリズムを修正してくれる。 そういえばヤツは「バンドにおいてはベースとドラムのコンビネーションが大事」なんて言ってたが、こういうことだったのか。 まあ、さすがに一心同体にまでなる気はないがな。 そして、曲はエンディングを迎える。一層に大きくなる観客の歓声と拍手。 歌い終えたハルヒは肩で息をしている。2曲続けてあれだけの熱唱をしたんだ。疲労も当然だろう。 それと同じくらい疲労している俺も備え付けのペットボトルの水に口をつける。 そういえば懸念されていた腕の痛みは今のところ感じない。何とか持ったみたいだな。 ハルヒは息を整えると、再びマイクに向かって歩み寄る。事前の段取りではここで一旦MCが入るはずだが・・・。 「えー、こんばんは。SOSバンドです――」 ハルヒが観客に向かって語り出す。 「もしかするとあたしとこっちの有希は去年の文化祭の時に見たことあるっていう人がいるかも知れないけど、 そう、去年ENOZのステージに急遽出演させてもらいました。あの時はホントに急の出演で・・・ あまり準備する時間も無かったんだけど・・・今回は自分達のバンドでこうして出演しています」 ハルヒはウサミミを揺らしながら一言一言搾り出すように話す。何というか緊張しているみたいだ。 アイツでも緊張するなんてことがあるんだな。 「私達SOSバンドは殆どのメンバーが楽器初心者で・・・さっきの演奏も上手く出来たかどうか自信ないけど、 練習だけはしっかりしてきたからそんなに恥ずかしくない出来だったんじゃないかしら」 いや、あの観客の盛り上がりを見れば恥ずかしくない出来どころか、とんでもなく素晴らしい出来だったと言えるだろう。 「ああ、ちなみに今演奏した2曲、『パラレルDAYS』と『冒険でしょでしょ?』は・・・ 実は今回の文化祭のためにあたしが作ったオリジナルの曲です。 作曲なんて今回が殆どはじめてみたいなものだし・・・イマイチだったかもしれないけど、 皆凄い盛り上がってくれて・・・ホントにありがとう」 先の2曲が実はハルヒの作詞作曲だったことが判明し、観客は一様に驚いているようだ。 そりゃそうだろう。ハルヒ自身は珍しく謙遜しているが、 2曲共オリコンランキングに入ってもおかしくないくらいのクオリティであり、 そんな曲を一介の女子高生が作ってしまったことには驚きを隠せないってのが普通だ。 「えっと、それじゃあバンドのメンバーを紹介したいと思います!」 さて、文化祭バンドの定番、メンバー紹介である。 事前の打ち合わせでは、ハルヒにコールされたメンバーは各自自分の楽器で短いソロを披露しなければならない、 ということになっている。 「キーボードはあたし達SOS団の萌え萌えマスコット!未来からやってきた戦うウェイトレスにして 狂気のキーボードプレイヤー、みくるちゃん!」 「ふええ~!?いきなり私ですか~!?」 いきなりハルヒに振られた朝比奈さんはまさか最初に自分がコールされるとは思っていなかったらしく、酷く狼狽している。 観客席からは「ウオーッッ!!!」という主に朝比奈ファンクラブの男子連中が構成すると思われる野太い歓声が沸く。 その歓声の中には谷口の声なんかも聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。 朝比奈さんは戸惑いながらもキーボードの鍵盤に両手を添えると流麗なフレーズを弾いてみせた。 その音色はまさに天使の歌声のような甘さを持って、体育館中に響いた。 まあ、弾いているのが天使のようなお方だからな。 「みくる~っ!!めがっさかっこいいにょろよ~っ!!」 この歓声は鶴屋さんに相違ない。あの人もしっかり見に来てくれているようだ。 「ちなみにみくるちゃんは私達が制作した映画『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE01』にも主演しているわ。 みんな是非是非見に行ってね!みくるちゃんの歌う『恋のミクル伝説~第2章~』も聴けるわよ!」 そしてちゃっかり映画の宣伝までしているハルヒであった。 「ベースはSOS団のクールな副団長!古泉君!」 朝比奈さんに続き、ハルヒのコールを受けた古泉は相変わらずのニヤケ顔でベースを構えると、 目にも留まらぬスピードでファンキーなフレーズを次から次に弾き出した。 いつかアイツが披露して見せたスラップ奏法というヤツである。 弦が古泉の指に弾かれる『バチン バチン』という音が響く。 そしてそれを受けて上がる歓声。その殆どが女子の黄色い歓声である。 やっぱりムカツクな。古泉ファンの皆さん、騙されないでくれ。 ソイツは全裸でステージに上がろうとした真性の変態だぞ。 「ギターはSOS団が誇る最強のオールラウンダーにして無口キャラ!有希っ!」 長門はコールを受けはしたものの、ピクリとも反応しない。 オイオイ長門よ、そこは何でもいいからギュイーンといつもの超絶ギターソロをかます所だぞ。 まあ、何と言うかその無反応は予想通りではあるが。そもそも黒魔術にご執心の不気味なギタリストって設定だし、 コレくらいの不気味さやナゾを抱えていた方がちょうどよいのかも知れない。 「ドラムはSOS団のヒラ団員にして雑用係!キョン!」 そして俺の名前がコールされるが・・・なんか随分他の3人と差があるな。 一応そのコールに呼応する形で、適当にドラムソロを叩く。 おお、それでも観客は沸いてくれているみたいだ。その歓声の中に国木田や谷口の声も聞こえる。 アイツらも見に来てくれていたのか・・・。 「そしてボーカルとギターはあたし。去年はギターは殆ど担いでるだけだったけど、今年は少し練習しました。 なので、去年よりはギターの方も少しはマシになっていると思うわ」 そして最後に自分の紹介をするハルヒ。いつもの傲慢な態度はおくびも見せず、 至極恐縮しきった自己紹介である。何かハルヒらしくないな。アイツもやはり緊張していたのだろうか。 そんなことを考えている内に、ハルヒは更にMCを続ける。 どうやら次に演奏する曲の紹介をするようだ。 「それじゃあまた曲をやります!次は・・・皆も知っていると思うお馴染の曲をやるわ。 今回の文化祭出演にあたり、オリジナルのENOZ本人達にも演奏の許可をもらいました。 あたしにとっても去年の文化祭ではじめて歌った思い出の曲です。 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 2曲続けていくわよっ!!!」 『God Knows...』と『Lost My Music』―― 今回の文化祭で最もみっちり練習してきた曲だし、ENOZのドラムである岡島さんから アドバイスまで受けた曲だ。いくら俺でもこの2曲を失敗するわけにはいかない。 「シャンシャン」という俺のシンバルによるカウント。 それに反応した長門のギターが火を噴く――まさに神業と形容するに相応しいソロである。 去年より正確に、そして更に速くなっている。まさにギターの鬼だ。 そんな長門のフレーズにハルヒの刻むリズム、朝比奈さんの紡ぐメロディ、古泉の重いベースが覆い被さり、 まるで音が鉄の塊のような質量を持って体育館を揺さぶる。 俺はそんな音の洪水に流されぬよう、必死にビートを叩き出す。 『私ついていくよ どんな辛い世界の闇の中でさえ きっとあなたは輝いて―― 超える未来の果て 弱さ故に魂こわされぬように my way 重なるよ いまふたりにGod Bless...』 サビを熱唱するハルヒ。 観客のボルテージも最高潮に達している。地鳴りのような歓声が響く。 俺達5人の演奏に人々がこんなにも熱くなっている。 ――なんて快感なんだろう。音楽ってこんなにもキモチイイものだったのか。 そして、SOS団の5人で演奏することは――こんなにも楽しいものだったのか。 『あなたがいて 私がいて ほかの人は消えてしまった―― 淡い夢の美しさを描きながら 傷跡なぞる』 搾り出すように歌詞を吐き出すハルヒ。 もはや熱唱というより、絶唱という表現が相応しいかも知れない。 ドラムセットから見るその後姿には冗談じゃなく後光がさしているように感じられた。 そんなハルヒに引っ張られるように長門はギターを加速させ、朝比奈さんは鍵盤を叩き壊さんかという勢いで掻き毟る、 古泉はとうとうヘッドバンキングまで始めやがった。 俺も飛び散る汗を気にもせず、無我夢中で両手両足を動かす。 そして曲は再度長門の超絶ギターソロに導かれ、終わりを迎える。 俺は言葉に出来ない快感が体中を電撃のように走り抜けていくように感じていた。 俺の今までの十何年間のどちらかと言えば無難だった人生で、ここまで『自分が今何かを成し遂げている』、 という感覚を味わったことはない。 そんなこれまでの俺の人生の体たらくぶりが恥ずかしくなるような体験を、こうしてステージの上で、 長門や朝比奈さんや古泉、そしてハルヒと共有しているのだ。 こんな体験が出来るなら今までの苦労もどうってことはない、本気でそう考えていた。 次の曲は『Lost My Music』である。 『God Knows...』と同じく曲は俺のシンバルでのカウントから始まる。 長門の流れるようなフレーズで曲の開幕を告げる。まるで戦いの始まりを告げるファンファーレのようだ。 ハルヒが腕を回すようなストロークでコードをかき鳴らす。その動きに合わせてウサミミも揺れる。 古泉はそれまでの指弾きからピックに持ち替え、弦を力いっぱい叩く。 朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、彩りを添える。 『星空見上げ 私だけのヒカリ教えて―― あなたはいまどこで 何をしているのでしょう?』 ハルヒの歌声に導かれ、バンドは更に加速する――と、その時、 俺は急に自分の腕に違和感を感じた。収まっていたはずの痛みがここにきて再発したのだ。 まるで腕が千切れそうな、熱い、苦しい痛みが俺を襲う。 なんてんたってこんな時に・・・。さっきまでは何ともなかったハズだぞ? それともこれまで練習でも4曲ぶっ続けで演奏したことがなかったことが災いして、 とうとう限界が来てしまったのだろうか? とにかく痛い。腕の感覚がなくなりそうだ。 曲の方は今にもサビに入ろうかというその瞬間―― 自分でも全くその感覚がわからなくなってしまっていたが――気付けば俺はスティックを落としてしまっていた。 急に刻まれるのを止めてしまったビート。 最初にその異常に気付いたのは長門だった。ギターを引く手を止め、俺の方に振り返る。 ヤバイ・・・!!早く替えのスティックを取って演奏を再開させねば・・・!! 焦る俺であったが・・・全く持って腕が動かない。どうやら痛みで神経もマヒしてしいるようだ。 他の3人もドラムとリードギターの演奏が急に止まるという異常事態に気付いたようだ。 ビートを失ったバンドは失速し、とうとう演奏自体が止まってしまった。 急に静まり返るステージ。俺の落としたスティックはころころと転がっていき、 ハルヒのマイクスタンドにこつんと当たってその動きを止める。 観客もその異常事態を察知したのか、さっきまでの熱狂はどこへやら急に静まり返ってしまった。 腕の痛みに顔を歪める俺に最初に声をかけたのは古泉だった。 「大丈夫ですか!?」 いつもニヤニヤしている古泉の顔に恐々とした緊迫感が見て取れる。 「ふええ~!?キョンくん、一体どうしたんですか~!?」 そういって駆け寄ってきたのは朝比奈さん。 さっきまであんなに威厳たっぷりに演奏していた彼女も当惑している。 「ちょっとキョン!いきなり演奏止めるなんてどうしたのよ!? って、もしかしてアンタ腕を・・・」 その先は言うなハルヒよ。今まで隠していた俺が馬鹿みたいじゃないか。 長門は液体ヘリウムのような目で事の成り行きを見守っている。しかしその瞳の中には心配の色も見て取れる。 相変わらず静まり返ったままの観客。 そして、ハルヒ達は一様に当惑した表情を浮かべている。最悪の展開だ・・・。 チクショウ・・・俺のせいで・・・演奏が止まっちまいやがった。 しかもこんな最悪の形で・・・。 俺は胸の中を掻き毟られるような憤怒に駆られていた。 それは大事なところでスティックを落としてしまう不甲斐ない自分への憤怒であった。 それでも・・・俺は諦めきれない。こんな形でステージを・・・SOSバンドを終わらせてたまるか! クソッ!動け!俺の腕よ!あと2曲だ、それぐらい何とかなるだろう! それに俺はもう火がついちまってるんだ!腕がぶっ壊れたって構いやしない!最後までドラムをブッ叩いてやるんだ! 必死に俺は腕を動かそうと力を入れる。 「キョンッ!あんた腕を怪我してたんでしょ!?何でもっと早くそのことを言わなかったのよ!?」 と、俺を見つめ、怒鳴るハルヒ。俺はそんなハルヒを見つめ返し、言い放った。 「ハルヒ、演奏を続けるぞ。早くマイクに戻れ。他の3人もだ、早く演奏再開の準備をしてくれ」 そんな俺の発言を聞き、驚いたように目をひん剥いたハルヒは 「あんた馬鹿!?自分の状態をわかって言ってるの!?そんな腕じゃ演奏なんて無理に決まってるじゃない!」 しかし俺は止まらない。 「わかってるさ。俺の腕は限界だ。さっきから痛くて痛くて仕方ない。 でもあと2曲ぐらいなら何とかなる。だから演奏を続けるぞ、ハルヒ」 「何とかなるって・・・」 「そうですよ~キョンくん・・・これ以上演奏するのはムリですよ~・・・」 「僕もそう思います。これ以上は本当に危険です。早く病院に行くべきかと・・・」 朝比奈さんや古泉も俺を説得しようと言葉を投げかける。しかし俺の気持ちは揺らがない。 「俺が大丈夫と言ったら大丈夫だ。それにだ、ここでやめちまったら一生後悔が残る。そんなのは耐えられん」 俺の決意がよほど固いとみたのか、その言葉を聞くや否や長門はスッと黒装束を翻し、自分の立ち位置に戻る。 「アンタ・・・どうしてそこまで・・・」 「それはお前のほうがよくわかってるだろ、ハルヒよ。俺は今このバンドで、このメンバーで演奏するのが 楽しくて楽しくて仕方ないんだ。この瞬間の1分1秒たりとも無駄にしたくないんだ。本当だ。 その気持ちはハルヒ――お前も同じだろ?」 「・・・・・・」 ハルヒも俺の真剣さに気付いたのか、神妙な顔つきをして黙り込んでいる。 朝比奈さんと古泉は互いを見合わせて「どうしたものか」といった表情を浮かべている。 その時、静まり返っていた観客席から声が上がった。 「キョンくんっ!頑張れっ!!」 この声は・・・ENOZの岡島さんの声だ・・・! 見れば岡島さんはじめ、財前さん、榎本さん、中西さんのENOZ全員の姿が客席の最前列にある。 皆今日のステージを見に来てくれていたのか・・・。 「キョンくん負けるな~!頑張るにょろよ~っ!!」 この声は鶴屋さんだ・・・。 「キョン!頑張れーっ!」 この声は国木田・・・。 「立て!立つんだ!キョン!」 谷口まで・・・。 そしてその歓声はやがて観客全体へと広がっていく。 気付けば体育館中に響き渡る「頑張れ!頑張れ!」の大合唱だ・・・。 「ほら見ろ、ハルヒ。観客は俺達の演奏を聴きたがってるぞ。 ここまで来て止めるなんて選択肢は俺には存在しないが」 相変わらずダンマリのハルヒ。俺は更に続ける。 「それにハルヒ、お前の歌、やっぱりスゴかったよ。正直鳥肌が立ったくらいさ。 だからこそ俺はあと2曲、お前の歌が聴きたい。 そしてそんなお前の後ろで俺もドラムを叩きたいんだ。 ヘタクソな演奏だけど・・・それでもこのドラムでバンドを、お前を支えたいんだ。」 そう言いながら俺は痛みに震える腕を何とか動かし、替えのスティックを手に取り、握りしめた。 後から冷静に考えれば、自分で言っていて余りのクサさに卒倒するような台詞だったかも知れない・・・。 しかし、恥ずかしい話、言っていた俺は真剣そのものだった。 ハルヒは一瞬顔を赤らめたものの、頭をブンブンと振ってすぐに表情を戻した。 そしてこれまで以上に真剣な眼差しで俺を見つめ、一言、 「わかった」 とだけ答えた。 そして朝比奈さんと古泉に目配せをする。2人も状況を察したのか、ひとつ頷くとそれぞれの演奏位置に戻った。 長門は既にスタンバイしている。 最後にハルヒがもう一度マイクスタンドの前に歩み寄り、態勢は整った。 観客もその様子を見届けると再び熱狂を取り戻し始めた。 さあ、仕切りなおしだ! 再びビートを刻みだす俺。腕はヒリヒリと痛み続ける。 力が入らないためか、音も随分弱々しくなっている。テンポも遅れている。 しかしそれでも長門のギターが、朝比奈さんのキーボードが、古泉のベースが、 そしてハルヒの歌声が、そんな俺を盛り立てる。 『大好きな人が遠い 遠すぎて泣きたくなるの―― あした目が覚めたら ほら希望が生まれるかも Good night!』 ああ、ハルヒよ。本当に希望が生まれてるぞ。 今にも腕が引き千切れそうな俺だが、それでも何とか叩けているのはこの歌声に引っ張られてるからなのかも知れない。 『I still I still I love you! I m waiting waiting forever―― I still I still I love you! とまらないのよ Hi!』 ああ、本当に止まらないね。例え本当に腕が千切れてもな。 やがて曲は再度の熱狂に包まれながら終了した。 俺は放心状態だった。腕の感覚は正直言って、無いに等しい。 途中から自分がどんなフレーズを叩いていたのかも記憶に無い。 ただ、熱唱するハルヒと必死に楽器をかき鳴らす長門、朝比奈さん、古泉の後姿が見え、 熱狂する観客の歓声が耳に届いていただけだ。 ああ、今すぐにでも大の字になってぶっ倒れたいくらいだぜ・・・。 ハルヒは曲が終わるや否や俺のほうに振り返り、心配そうな視線を向けている。 意識も飛んでいってしまいそうなぐらいに疲弊していた俺だったが、 何とかハルヒの目を見据え、言葉を発することが出来た。 「さあ、最後の曲だ。思い切ってかましてやろうぜ、ハルヒ」 ハルヒは小さく頷き、振り返ってマイクに向かい、語りだした。 「演奏を止めてしまってごめんね、ちょっとトラブルがあったけどもう大丈夫! 気を取り直して・・・次が最後の曲です。今回SOSバンドで文化祭への出演を決めてから最初に作った曲で・・・ この曲をこのSOSバンドのメンバーで演奏することを本当に楽しみにしていました・・・。 歌詞もこのSOS団のことを思い浮かべて書きました・・・」 切々と語られるハルヒのMCに観客は静かに聞き入っている。 「今回こうしてこの曲を皆で演奏できることを本当に嬉しく思っています・・・。 それにこんな大勢の人の歓声まで受けて・・・本当にありがとう! そんな感謝の気持ちも込めて、一生懸命演奏します! それでは聴いてください!『ハレ晴レユカイ』!」 ハルヒがそう叫ぶや否や、沸き上がる観客。 ギターを構える長門、鍵盤に指を置く朝比奈さん、俺の方を見てタイミングを伺う古泉、 そして、メンバーを見渡し、ひとつ大きく頷いたハルヒ。 さあ、本当に最後の曲だ――思いっきりブチかましてやろうぜ!! ハルヒの合図に従い、感覚の無い腕で思い切り俺はドラムを叩く。 唸りを上げる長門のピックスクラッチ。朝比奈さんが2台のキーボードを駆使し、イントロのメロディを紡ぐ。 古泉のベースがステージの床を振動させる。 『ナゾナゾみたいに地球儀を解き明かしたら みんなでどこまでも行けるね』 ハルヒのパート、とうとう5曲通してこの伸びやかで張りのある歌声は輝きを失わなかった。 『ワクワクしたいと願いながら過ごしてたよ かなえてくれたのは誰なの?』 何と驚くことなかれ、ここは長門のパートだ。というかあの長門が歌えることは意外の極みだが、 もともとこの『ハレ晴レユカイ』はハルヒ、長門、朝比奈さんの女性メンバーが交互にボーカルを取るという 異色の一曲である。練習では殆ど歌ってくれなかった長門だったがここにきてやっとその神秘的な歌声を披露してくれた。 何と言うか・・・こんな歌声だったのか。地声と全然違うな・・・。 『時間の果てまでBoooon!! ワープでループなこの想いは――』 朝比奈さんのパート、正直言ってポンコツな歌声だが俺としては萌えるから別に良いのだ。 しかも2台のキーボードで主旋律を奏でながら歌うんだから、まさに神業である。 『何もかもを巻き込んだ想像で遊ぼう!!』 そして3人のユニゾンだ。観客の盛り上がりも最高潮。最前列ではとうとうモッシュの波まで起こっている。 ハルヒと長門のギター、朝比奈さんのキーボード、古泉のベース、俺のドラム、全ての楽器の音がひとつになりステージを揺さぶる。 まさに窓ガラスを割らんばかりの音圧だ。というかマジで割れてるし・・・。 『アル晴レタ日ノ事 魔法以上のユカイが―― 限りなく降り注ぐ 不可能じゃないわ――』 まさに魔法以上のサウンドだ。腕の痛みより先にこの高揚感でぶっ倒れてしまいそうだ。 『明日また会うとき 笑いながらハミング―― 嬉しさを集めよう カンタンなんだよ こ・ん・な・の――』 3人の歌声が体育館に響く。 後姿に汗が飛び散るハルヒ、意外に楽しそうに身体を揺らす長門、身体と一緒に胸も揺れる朝比奈さん。 俺と古泉は必死に3人の歌と演奏を盛り立てる。 古泉は何か変な境地に達したようで、光悦とした顔になってやがる。 ムチャクチャ気持ち悪いぞ。まあその気持ちはわかるがな。 『追いかけてね つかまえてみて――』 俺は感覚の無い腕で必死にドラムを叩く。感覚が無いから叩いたときの感触も手ごたえもわからない。 それでも俺は、今叩き出しているビートが、ハルヒ達の歌声に、そして演奏にジャストフィットしているという不思議な確信があった。 『おおきな夢&夢 スキでしょう?』 ああ、大好きだね。やっと認める気になったよ。 まさにこの瞬間、俺達の夢そしてハルヒの夢が叶ったんだ。 この5人で、バンドとして、ステージに立って演奏して、観客を沸かせる、という夢がな――。 とどまることを知らない大歓声。タカが外れたかのように腕を振り上げる観客。 俺達の演奏は止まることを忘れたかのように体育館に響き渡り続けた・・・。 後日談 あの文化祭の後、即刻病院へと担ぎ込まれた俺は、見事に腱鞘炎との診断を受け、 しばらくの間、ドラム演奏は禁止との旨を医者に宣告された。 まあ、俺としても限界だということはわかっていたんだがな。 しばらくはサポーターをつけて、腕に負担がかかることは避けて生活せねばならなくなってしまったわけだ。 あの後、俺達SOSバンドの評判は凄まじく、全校あらゆる所から演奏のデモテープを求める声がどこからともなく上がってきた。 それに気を良くしたハルヒは当初、 「こうなったらCDを作りましょう!そしてゆくゆくはメジャーデビューよ!」 なんて息巻いていたが、俺の怪我であえなくその案は立ち消えになってしまった。 俺としてはホッとしたのと少し残念なのが半々というところだ。 そんなこんなで今日も今日とて、放課後にSOS団の部室に出向き、 今こうして朝比奈さん特製のお茶を美味しく頂いているところだ。 うーん、やはりこうした何も起こらない安穏とした日常が一番落ち着くのかもしれないな。 「キョンくんがスティックを落としちゃったときは本当にびっくりしました」 いつものメイド服に身を包んだ朝比奈さんが俺に語りかける。 「ほんと、もうダメかと思ったんですよ?」 いやいや、あなたに心配をかけるくらいなら俺は何度でもゾンビのように生き返って見せますよ。 「でも、やっぱり楽しかったな~。 私、歌もあんまり上手くないし、昔から音楽の授業も苦手だったけど、文化祭での演奏は本当に楽しかったです。 それにあの時のキョンくん、凄くカッコ良かったです」 あなたにそう言ってもらえるのならば、腱鞘炎にまでなった甲斐があったというものです。 むしろいくらでもなってやりますよ。 「涼宮さんも凄く満足してたみたいですし。これも皆キョンくんのおかげですね。 やっぱりキョンくんは、涼宮さんの期待を裏切りませんでした」 いやいや、買い被りですよ。 「あと・・・実は鍵盤にナイフを突き刺すタイミングをずっと伺ってたんですけど・・・結局出来なかったですね」 やっぱり本気だったんですか・・・朝比奈さん。 「実はですね、僕達のあのパート配置は偶然ではなく必然だったのかもしれません」 ニヤケ顔で古泉が話しかけてくる。必然って何がだよ。 「僕達のパート配置はそのままSOS団での僕らの役割とリンクしてしていた、ということです。 団長の涼宮さんが花形のボーカル、天才型のオールラウンダーである長門さんがリードギター、 団に彩りを添える朝比奈さんがキーボード、そして彼女達を影から支える僕とあなたががベースとドラムです」 まあ、たしかに考え方によってはそうかも知れんな。 「特に、涼宮さんがあなたをドラムに抜擢したのはまさに必然ですよ。ドラムはバンドにおける根幹、 縁の下の力持ちです。あなたはまさにSOS団を支えるキープレイヤーであり、その認識が涼宮さんにも勿論あります。 だからこそ、あなたはドラムを担当したのですよ」 偶然だろ、偶然。 「良いですか?バンドというものはいかにボーカルが上手かろうと、ギターが超絶テクニックだろうと、 ドラムがしっかりしていないと全く魅力のないものになってしまう、と言われています。 だからこそ、あなたがいかにこのSOS団にとって大切な存在か、ということです。 言い換えれば涼宮さんにとって大切、ということでもありますけどね」 いい加減、お前の薀蓄は聞き飽きたぜ。 「まあ、何にせよ、あなたのおかげで僕にしましても非常に有意義な文化祭になりましたよ。 前も言いましたけど、機関の思惑は抜きにして、楽しみたいと思っていましたからね。 涼宮さんの精神状態も安定していますし、言うことなしですよ。これ以上のハッピーエンドは望めません」 そうかい、そりゃあ良かったな。 「ただ、ひとつだけ後悔しているのは、やはり何としても全裸でステージにあが(ry」 五月蝿いぞ、変態。 「・・・マッガーレ・・・」 長門は今日も相変わらず、部室専用の漬物石のようにパイプ椅子に鎮座し、静かに本を読んでいる。 俺は何となしに文化祭の話題をふってみることにした。 「長門、文化祭のステージで演奏した感想は?」 俺の急な質問に、本に向けていた視線を上げる長門。 しかしじっと答えを待つが、沈黙が流れるのみ。俺は質問を変えてみた。 「楽しかったか?」 長門は本に視線を戻ってしまったものの、ポツリとした声で、 「それなりに」 と答えた。 俺は更に続ける。 「というかお前歌えたんだな、なかなか良かったぞ。お前の歌」 長門は表情を変えず、コクンと小さく頷いた。その頷きがどういう意図かはわからん・・・。 「また、来年も出てみたいと思うか?」 その質問に対する答えは返ってこなかった。 しかし俺は、長門の手が時折本から離れ、その指がステージで見せたように―― 目にも留まらぬ速さで動いているのを見逃さなかった。 その日、SOS団の部室にはいつになってもハルヒがやってこなかった。 今日は掃除当番でもなんでもないはずだし、一体どうしたのだろう? いつものアイツならいの一番にこの部室にやってきて、朝比奈さんをオモチャにしたり、 ネットサーフィンに励んでいるというのに・・・。 「涼宮さん、今日は遅いですね・・・」 心配そうな朝比奈さん。 「俺、ちょっと探してきますよ」 そう言い残し、俺はハルヒ探索の校内行脚へと向かった。 結論から言うと、ハルヒは中庭の芝生にゴロンと寝転がって空を見つめていた。 こんな光景は確か去年も見たような気がする。 「よう。こんな所で何してるんだ?団長ともあろうものが活動に顔を見せなくてもいいのか?」 そう声をかける俺にハルヒは空をボーっと見つめたまま答える。 「何よ、あたしの勝手でしょ。 それよりキョン、あんた腕の具合はどうなのよ」 「どうもこうもない。前に言ったとおり腱鞘炎で絶対安静だ。ドラムなんかしばらく叩けんぞ」 俺は苦笑しながら答える。 「あっそ」 そう呟くとハルヒはまた空をボーっと見つめ始めた。 俺はふとハルヒにこんな質問を投げかけてみた 「なんでバンドなんかやろうって言い出したんだ?」 ハルヒは少しムッとして、 「何よ、あんたまだ不満でもあるの?」 「いや、別に。何となくだ」 それからしばらく黙って空を見つめ続けていたハルヒだったが、 急に思い立ったように語りだした。 「去年、あたしと有希が飛び入りでライブをやったでしょ――」 ああ、そんなこともあったな。 「あの時、ろくな準備も出来てなくて、本物のENOZに比べたら全然稚拙な演奏だったかもしれないけど――」 そんなこともなかったと思うけどな。 「凄い楽しかったのよ。それで『自分が今何かをしてる』って、心底そういう気分になれたの――」 「お前はいつも何らかの騒動を巻き起こしているし、十分何かをしてる気分を味わってるんじゃないのか?」 「そうだけど・・・っていちいち揚げ足取るんじゃないわよ!」 スマンスマン。 「とにかく、あんなに楽しくて充実感を味わった経験はこれまでになかったのよ」 ハルヒは一層遠い目をして空を見上げる。 「それで単純に、あの楽しさと充実感をあたしと有希だけじゃなくてSOS団の皆で味わいたいなって。 そう思っただけよ」 なるほどな。 俺はやっとなぜここまでハルヒがバンドに熱意を注いだのか、俺にドロップキックを食らわせるまでに夢中だったのか、 その理由が完全に理解できた気がした。だからこそその後の台詞もすんなりと吐き出せた。 「俺は楽しかったぜ。腱鞘炎も気にならなかったくらいに、な。 長門も朝比奈さんも古泉もきっと俺と同意見さ」 ハルヒはフンと鼻を鳴らし、 「当たり前でしょっ!この私の完璧な計画に狂いはないのっ!」 と言い放つ。 起き上がるハルヒ。俺は続けざまに言葉を投げた。 「それでお前は――楽しかったか?」 「当たり前でしょ!!」 満面の笑みである。 ぶっ倒れそうなくらいの疲労と腱鞘炎の代償がこの笑顔だって言うなら―― きっとお釣りが来るぐらいだね。 立ち上がり、急に俺に顔を近づけるハルヒ。 オイオイ、顔が近すぎる!息がかかるって! 「今回の文化祭であたし達SOSバンドの評判はうなぎ上りだわ! キョン!あんたの腕が治ったら早速デビューアルバムのレコーディングよ!」 マジかよ・・・。 「そうすると、スタジオを借りなきゃいけないし、レコーディングの仕方も学ばなきゃね。 早速軽音楽部に言って色々聞いてきましょ」 オイオイ、いくらなんでも気が早いんじゃないのか? 「何よ、今度はあたし達SOSバンドが日本の音楽シーンを変革させるときが来たのよ! あんたもドラムが叩けないならその間機材の使い方でも勉強しなさい!」 んな無茶な。 「さあ、SOSバンドの活動はまだまだこれからよ!!」 ハルヒが俺の手首を掴み、引きずっていく。コレも去年と同じ光景だ。 ただ去年と違うのは、俺の手首を握るハルヒの力が少し強かったことと、 俺がどうしようもなく気恥ずかしかったことだがな。 この後、SOSバンドのデビューアルバムがレコーディングされることは無かった。 別に、ドラマーが一生ドラムを叩けないほど腱鞘炎が悪化したからとか、 ベーシストがワイセツ物陳列罪で逮捕されたからとか、 そんな理由からではない。 要はハルヒの興味が完全に別のことに移ってしまったからなのである。 俺達がステージで最後に演奏した『ハレ晴レユカイ』は、 5曲の演奏曲の中でも最もその反響が大きかった。 それに目をつけたハルヒがこの曲のPVを作成してDVDに焼いて売り出そうとか言い出したのだ。 そもそも音源が無いじゃないかという俺の主張は、後に演奏を別取りして被せるということで却下されてしまった。 まあ、別にPVを作るのはよい。ドラムを叩くよりはラクだしな。 ただ・・・なぜに俺達がPVで珍妙なダンスを踊ることになってしまったのであろう!? ハルヒ考案の振り付けは正直無茶苦茶恥ずかしい・・・。 そして今日も今日とて、部室では振り付けの特訓が行われている。 「ちょっとみくるちゃん!今のタイミング遅れてたわよ!」 「ふええ~、振り付けなんてムリですよ~、身体が動きませ~ん・・・」 「古泉君!最後のジャンプは画面のフレームから首から上が外れるくらい高く跳躍しなさい!」 「団長の仰せのままに」 「有希!あんた振り付けは完璧だけどその無表情をもうちょっと何とかしなさい!画面栄えしないわよ?」 「・・・・・・」 こんな感じである・・・。 「ちょっと、キョン!また間違ったわよ!やる気あるの!?」 ハイハイ、真面目にやってますよ・・・。 この珍妙なダンスを収めたPVがどういった形で世に出るのか・・・。 そしてそれが出てしまったら最後、本格的に俺達は変人の烙印を押されてしまうのではないか・・・。 そんなことを考えながら、今日も元気な団長様の声に耳を傾けている。 古泉は俺が、『SOS団の縁の下の力持ち』だと言った。 ああ、そうさ。俺はこのSOS団を、ドラマーのように、後ろからしっかり支えていく運命にあるんだよ。 だからな、ハルヒ。お前がどんな無理難題を言い出そうと俺は後ろから支え続けるぞ? 無論、腕がぶっ壊れようとな。覚悟しとけよ? そして、まあそんな日が万が一、億が一にも来るかはわからんが、 いつの日か、お前の後ろじゃなくて―― お前の隣に立って―― どこまでも支えていってやりたいなんて―― そんな柄にもない恥ずかしいことを考えたりして、な。 ―――END―――
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3985.html
八章 ………不愉快だ。何だ、この体の芯から湧き上がってくる黒い感情は。 吐き気がしてくる。この暗闇が、他人の家特有の匂いが、目の前にいる男の寝息と寝言が、とてつもなく不愉快。 オレは何のアクションも起こすことなく、その場にしゃがみ込み、ただ呆然としていた。 わかってる、何をすべきかは。オレのやるべきは彼を警察に通報すること… やっとの思いでオレはケータイを取り出した。 だが……… ――なぜ裏切った!古泉ぃ!!―― あいつの言葉が脳裏をよぎり、邪魔をする。オレは…また親友を… 違う!!今回はあの時とは違うんだ!これが最良の……… 突然オレのケータイが鳴りだした。 電話の相手は、さっきから彼が名前をつぶやいている二人の女性のうちの一人。 春日美那……… 「もしもし、古泉くん?ごめん、寝てた?」 「いえ………」 控え目に聞いてくる彼女にオレは吐き捨てるように否定を述べる。 「そう、よかった…あのね?今日のこと謝ろうと思って。」 「…………」 「ご、ごめんね?古泉くんのこと薄情者みたいな言い方しちゃって… 古泉くんは悪くないよ!悪いのはいつまでも引きずってるあたしだから…だから全然気にしないで!あはは…」 「ああ…そうですか……」 もっと他に謝るべきことがあるだろう。 「ね、ねえ!!来週暇な日あるかな!?久し振りに遊びたいな~、なんて思っちゃったりして…」「今彼の家にいます。」 「え…」 「明日話がある、場所は…今日のパーティ会場の近くにある喫茶店にでもしましょうか…」 「え!?ちょ、ちょっと!!…」 ガチャリ!!と、電話機を叩っ切るような勢いでケータイの電源ボタンを押す。 ふう、さて、次はこの目の前の男をどうするかだな。 「………きろよ……」 まいったな、涼宮さんに何て伝えればいいんだ。 「おき…ろよ………!」 第一涼宮さんはどこまで知っているんだ。あの電話ではいまいち分からない。 「起きろって言ってんだよ!!!」 それは警察に通報するのを先送りにしたいという理由からきた行動かもしれないし、 単純に彼を許すことが出来なかったからなのかもしれない。 オレは彼の胸倉を掴み、無理矢理直立体勢にした。にも関わらず、 彼は未だ今回の騒動の発端を春日さんとする、確たる証拠を垂れ流しているだけだ。 「クソ、こんなもの!!」 彼が離すまいと指を絡めるように掴んでいる注射器を、無理矢理奪い取ったそのときだった。 「返せッッッッ!!!!」 声としてギリギリそう聞き取れる叫びをあげながら、彼が目を醒ました。 「返せ!なんで奪って行くんだ!!!返せよ!ハルヒを…………返せぇぇぇ!」 今までにない吐き気が襲った。ハルヒを………返せ?それって……… ドゴ! 「ガフッッッッ!」 人の力は通常時は強く抑制されていて、実はその半分程も発揮されていない。 人体の研究が進んだ現代において、それは周知の事実だろう。 しかし、そのリミッターのはずれた力を身をもって体感した人間は、そう多くないはずだ。 機関に鍛えぬかれたオレの体は彼のたった一発のボディーフックによって、床に沈んだ。 思わず手からこぼれ落ちたそれを、彼はとびつくかのようにつかんだ。 「ハルヒ!!」 !!!!!! ダメだ!こいつは一発殴ってやらなくちゃ気がすまない! 思考が先か、体が先か、オレは体勢を持ち直し、すでに彼の顔面を殴っていた。 しかし、吹っ飛び、倒れながらも彼の手は『奴』を離すことはしない。 「はぁ、はぁ…俺にはこいつが…ハルヒが必要なんだ………!そうだ誰よりも!!誰よりもなぁぁ!!!」 誰か…教えてくれ…かつて彼の口から出ることを願ってやまなかったその台詞を今、オレはどうやって受け止めればいい? 「それ以上涼宮さんを愚弄するな!!」 ……………… 彼がガバッと上半身を起こした。 「俺がハルヒを…?」 その表情には驚きと困惑がはっきりと見てとれた。 「そうだ!あなたが掴んでいるそれは悪魔だ!人の心を惑わし、偽者の快感を与え、蝕んでいく 最低最悪の悪魔だ!そんなのと…そんなのと涼宮さんを一緒にするな!」 その言葉を最後に、沈黙がリビングを支配した。しばらくすると、彼が口を開いた。 「こ、古泉…」 彼がすがるように呼んでくる。 「たす…けて…………うわあああ!」 『奴』を投げ捨てながら彼が後ろに飛び退いた。 「うわ!虫、ムシが…」 その言葉だけで今、彼がどういう状態なのか大いに想像できた。 腕や足…体中を払う手の力は次第に強くなり、掻きむしる形に移行しようとしている。 「やめてください!」 とっさに彼を押さえ付けようとするが今の彼に力で敵うはずなく、押し返され、尻餅をついた。 彼は先程自ら投げた注射器を再度掴もうとしていた。 …その時だった。 「なに…これ…」 一瞬時間が止まったかのように思われた。そこに響くはずのない声が聞こえてきたからだ。 思わずリビングの入口に顔を向ける。そこには朝比奈さんと長門さんを連れた涼宮さんが立っていた。 「ハルヒ…なんで…」 「古泉くん!!!!」 「…は…はい!!」 彼女の唐突な呼び掛けに変な声を出してしまった。リビングに入ってくる涼宮さんのおぼつかない足取りを、朝比奈さんと長門さんが支える。 「説明して!何であんた達がこんな真夜中に取っ組み合いのケンカをしてるのか! そこにいるバカキョンはあたしに何を隠してるのか!! 春日さんが…どうしてあたしをここに向かわせたのか!!!」 なに? 「涼宮さん、どういうことですか?」 「病室にいたら春日さんから電話がきたわ。ケータイの番号なんて教えた覚えないんだけどね。 キョンの言葉の本当の意味が知りたいならこいつの家に来いってね。」 「他の方たちは?」 「とっくに帰ったわ。」 オレの考えていた以上に呆然としていた時間は長かったようだ。 「早く質問に答えて!」 この暗闇の中でも彼女の表情ははっきりと分かる。しっかりと前を見据えた表情だ。 ここに来るまでに相当な覚悟をしたのだろう。これはごまかせそうにないな。 「彼は…覚せい剤を服用しています」 ……………………………… ……………………… 長い沈黙がとても居心地が悪い。涼宮さんは無表情のまま、何か言葉にしようと口を開け、 すぐにやめる動作を繰り返している。 先に話し出したのは朝比奈さんだった。 「はは、何言ってるんですか?古泉く…」 「古泉くん…」 涼宮さんは表情を無表情から一気に苦悶の表情に変えると、朝比奈さんの言葉を遮り、ようやく話し出した。 「ウソ…ドッキリなら…今のうちになら……白状するなら…ビンタ50発で許してあげるから…… あげるから………教えて………………それは本当?」 昔の、力を持っていた涼宮さんなら確実に世界を滅ぼしていただろう。それほどまでに彼女の表情は歪んでいた。 「本当の…ことで…」 「うわあああああああ!!!」 その声に驚き、振り向くとオレに最後の句を言わせまいとばかりに彼がこちらに突っ込んでこようとしていた。 オレは目を瞑り、来たる衝撃にそなえようとしたが一向にそれは訪れなかった。 目を開くと涼宮さんが彼を優しく、包みこむように抱き締めていた。 「大丈夫だから…怖くないから…安心して。今まで怖かったよね…気付けないで…ごめんね…」 震えた声で、にもかかわらず優しく、彼女は言った。 「ハ…ルヒ……本物の…ハルヒ…………」 「自分から家に上げといて何が出ていけよ。何が二度と姿表すなよ。 あんたが言ったことなんて全部却下よ!却下…あんたとずっと一緒にいるから… すぐにもと通りのあんたに治してあげるから…」 ちょ、ちょっと待て… 「涼宮さん、それは警察に通報せず、僕達で彼を何とかするということですか?」 「当たり前じゃない!こんな時こそSOS団の出番よ!団長のあたしにかかれば麻薬なんてどうってことないわ!!異論は許さないわよ!」 やめてくれ…そんな絶望の中から必死で希望を見つけようと、もがくような澄んだ目で見ないでくれ。 決心が…………揺らいでしまう。 「ふざけないでください!!!!」 オレは彼女に対して初めて怒鳴り声を上げた。 古泉くんは今まであたしに見せたこともないような憤怒と困惑を混ぜた表情であたしを怒鳴りつけた。 ごめん、あなたの言いたいことは分かるわ。 「覚せい剤ですよ?彼は覚せい剤を乱用していたんです!!!罪は…………償わなければならない……」 本当に言いたいことを押し殺しているような、歪んだ表情で古泉くんはいう。 「それだけ?」 突然有希が、一言呟くように言った。 「古泉一樹……あなたが言いたいのは本当にそれだけ?真実を伝えないで自分の言い分を通そうとすることほど愚かなことはない。 大丈夫。彼女はちゃんと受け止めてくれるはず。」 有希のその言葉で、古泉くんの表情から迷いが無くなったような気がした。 「まったく、あなたには敵いませんね。全てお見通しですか……なら……涼宮さん」 古泉くんがあたしに向き直った。 「もう一度考えなおして下さい。彼のことを想うなら、尚更です。」 「何でそう思うの?」 「僕は知ってます。麻薬に侵された人の末路を。」 「それは何?」 「…………自殺です。」 「よく聞く話ね。」 そこで古泉くんはまた一瞬迷ったように顔を伏せたがすぐに立ち直るとまた話し出した。 「僕の親友でした。」 その言葉であたしは今まで古泉くんが何を迷っていたのかを理解した。 「……機関で出来た親友ね。」 「!!!!!…………はい…」 「原因は神人狩りによるストレス?」 「…………は、はい。」 「それと春日さんが関係してる………これは復讐ということね。」 「はい……僕は親友……河村の最期を見ました……麻薬はあなたが思っているほど甘くはない。」 そういうことか。古泉くんが通報することに固執するわけ………… 「それを聞いてますます通報する気が失せたわ。」 古泉くんが驚いたように顔を上げる。 「つまり、今回のことの大本はあたしが原因だったということね。なら、落とし前はあたしがつける。」 「ですが……」 「信じて!!こいつの強さを……絶対に元通りにしてみせるから…罪を償うのはそれからでも遅くないでしょ?」 気がついたらキョンはあたしの腕の中で寝ていた。とても安らかな表情で… 「……涼宮さん、一つだけ約束して下さい。もし、彼があと一回でも覚せい剤を使用したら、僕は警察に通報します。」 動揺したように目をあちこちに揺らしていた古泉くんはしばらくすると 目を厳しくしながらも、いつものような暖かい笑顔でそう言った。 「ええ……分かったわ。それから……ごめんね……」 我慢出来ない。もう、泣いてもいいよね…… 「ごめんなさい…ごめんなさい!!……あなたの…春日さんの………本当に…本当にごめんなさい……う…うわあああん!!!」 後ろから、あたしとキョンの二人分をそっと抱き締めてくれたみくるちゃんの体は、とても柔らかくて暖かかった。 九章へ