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前ページ次ページ銀の左手 破壊の右手 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドがレコンキスタへと身を投じたのはそう最近のことではない。 その理由は単純だ。 なにもかも嫌になったからである。 なんの咎もないと言うのに理不尽に散る命がいる傍ら、その者達から絞った血と肉で笑いながら肥え太っていく輩がいる。 特に王宮はそんな人でなし共の巣窟だ、この国の為、トリステインの為、と謳いながら果たすべき責務を果たさず表に裏に暗闘を繰り返す豚共で溢れ返っている。 ワルドそんな泥沼のような環境であまりにも永く時を過ごしすぎた。 もはやかつて未来を夢見、腐った国をよりよく変えていこうと義憤に溢れていた青年はどこにもいない。 今、ワルドのなかに満ちているのは暗い情念と力に対する渇望だけだった。 何もかもまっさらにして、初めからやり直したかった。 かつて愛した物が薄汚く汚れて堕ちて行く姿を見たくなどなかったのだ。 そしてかつて愛した物が二目と見れない姿になる前に、せめてその幕引きくらいは己が手で引こうとワルドは思った。 それがかつてトリステインでグリフォン隊の隊長を務めたワルドが力を求める理由であり、そして唯一の生きる目的であった。 ――だから“絶対たる力”を求める彼の手に、“ソレ”が引き寄せられて来たのはある意味当然の結果だったのかもしれない。 「い、いやぁ、さすがだよワルドくん。『閃光』の二つ名が霞むようだ」 ワルドの背後からクロムウェルは震える声で投げ掛け、ワルドの右手に視線を落とす。 そこには歪に捻じ曲がった金属の塊のようなものだ、ところどころに罅が入り今にも折れてしまいそうなその塊はしかし凶暴なまでに眩い銀の光を放っていた。 見ようによって剣にも見えるその物体が王党派が立て篭もるニューカッスルの城を跡形もなく消し飛ばしたのだと信じられる者が果たして一体何人いるだろう? 「兵士たちには私の虚無の力と説明しておくことにしよう! 次もこの調子で頼むよ」 そう言って肩を叩いたクロムウェルの手をワルドは乱雑に振り払う、顔を歪めたワルドの姿にこれからアルビオンんの玉座に座る筈の男は子供のように怯えた。 「ひぃ!?」 ワルドは塊を持った右手を左手で押さえ、苦痛に耐えるようにゆっくりと息を吐く。 暫くしてワルドの様子が静まったことを確認し、クロムウェルはおずおずと言った様子で問いかける。 「大丈夫、なのか?」 「――勿論、ですとも」 真っ青な顔で苦笑するワルドに、クロムウェルはただ引き攣った顔で「そうか」と言うことしか出来なかった。 本当は全然大丈夫ではなかったとしても、である。 「ただいまテファ!」 「お帰り、姉さん!」 ワルドが独り自嘲に溺れるその目と鼻の先で、一組の姉妹が久方ぶりの再会を喜び合っていた。 片方は稀代の盗賊土くれのフーケ。 もう片方は人類の敵と呼ばれるエルフとアルビオンの王族との間に出来た娘。 嬉しそうに抱き合うその姿を見れば誰だって分かるだろう、血のつながりはなくとも二人は間違いなく本当の姉妹なのだと。 そんな二人の様子を子供たちと一緒に眺めている者がいた。 黒髪黒瞳の少年でありこのあたりでは珍しい仕立ての蒼い色の服を着ている。 フーケ――もといマチルダも今更ながらに気になったのだろう、少年に露骨に警戒を含んだ口調で詰問する。 「だれだい、あんたは?」 少年はその言葉に僅かに顔を顰めると、胸を張って堂々と己の名前を名乗った。 「俺は才人、平賀才人と言います」 ティファニアの話によると最近物騒になったのでいざと言う時の護衛をしてくれる使い魔さんを呼び出したら彼が出てきたのだと言う。 頭を抱えるマチルダの前にさらにティファニアの爆弾発言は続く。 「それにね、もう一人友達が出来たのよ」 ほら、と言いながらティファニアが指し示した先。 そこには辟易した様子で寝転ぶ紫色の狼が、子供たちにもっふもふにされていた。 ――話は少し前、トリステイン魔法学院に遡る。 「“土くれ”め、まさかこの魔法学院を狙って来るとは」 「なんと言うことだ、当直の教師は一体何をやっていた!」 「こんなことが王宮に知られたら……」 狭い学院長室に喧騒が満ちる、トリステイン魔法学院はいまや上へ下への大騒動であった。 原因はただ一つ、巷を騒がす土くれのフーケが宝物庫から 破壊の杖 が盗み出されたからである。 以降フーケの行方は要として知れず、保身を第一に考える教師たちは蒼くなったり赤くなったり忙しいと言う訳だ。 「ええい、落ち着きたまえ諸君」 静かな声であったが、その一言でぴたりとざわめく教師たちは静まった。 伊達に学院長を務めている訳ではないのだな、とこれまで蚊帳の外に置かれて居た者達は驚嘆する。 もっとも、その代表であるはずのルイズは無言の迫力を醸しだす学院長を前にしてカッチカチの石像になっていたのだが。 それを見てアナスタシアは微笑んだ。 端から見ていて精一杯ない胸を張っているのが丸分かりで、大切な友人であり妹のような存在のそんな態度が微笑ましくも誇らしかったからである。 「して君たちかね、フーケの犯行現場を見たと言う生徒は」 「は、はい、オールドオスマン。昨日の夜、使い魔であるアナスタシアと夜の散歩の最中にゴーレムが宝物庫の壁を殴っているところを……」 「ほうほう、して君はどうしたのかね?」 オスマンの問いかけにルイズは舌を噛みながらも懸命に返答する。 「えっと、すぐに教師の方が駆けつけてくれると思い、アナスタシアの提案で必死に牽制を……」 ルイズの言葉に周囲からの鋭い視線が突き刺さる、彼女が ゼロ のルイズだと言うことは周知の事実である。そしてまたヴァリエールの令嬢だと言う事も。 事なかれ主義の教員たちがルイズを見る瞳には“無能な働き者”に対する蔑みと安堵の色があった、破壊の杖が盗まれただけではなくヴァリエールの令嬢に怪我でもさせたとなれば自分達の職は愚か命すら危ない。 だが周囲の視線にも気づかず、ルイズはきゅっと唇を噛み締めた。 「そして――やってきたミスロングビルは私を庇って……」 ルイズの心の中にあるには、偏に自分の代わりにフーケの人質としてゴーレムに連れ去られたミスロングビルの姿があった。 実際にはそのミスロングビル自身が怪盗“土くれ”のフーケであり、破壊の杖を盗んだ後自分に疑いが向かないようにする演技でもあったのだがルイズにはそんなこと分からない。 ルイズから見れば、自分が余計なことをしたせいで顔見知りの相手が“土くれ”の手に落ちたと言う表面上の事実だけ。 「成程のう……ミスロングビルがか」 思うところがあったのかオスマンは沈痛な表情で顔を伏せた。 そんなオスマンに向かって、ルイズは叫ぶようにして言う。 「だからどうかお願いですオールドオスマン! 私にミスロングビルを救出に行く許可をください」 「しかしのぉ、何処に居るかもわからんのに……」 「――分かります」 周囲の空気を凍らせたのは、アナスタシアの一言だった。 「ルシエドが、わたしの大切な友達が後を追ってくれていますから……」 希望に満ちた内容だと言うのに、そう告げるアナスタシアの声はどこか暗く沈んでいた。 ヴァリエールの屋敷には、その屋敷の大きさに相応しい大きな池がある。 元からあったものではなく数多くの土メイジを動員して作らせたその池は、幼いルイズの秘密の場所になっていた。 ルイズは悲しいことがあるといつも此処に来る、魔法が使えない貴族である彼女に世間の風当たりはあまりにも冷たいから。 「ルイズ、泣いているのかい僕のルイズ」 そんなルイズを迎えに行くのは、いつも彼の役目だった。 「ワルドしゃま」 泣き腫らした目でしゃくりあげながらルイズは言った、彼はそんなルイズの体を優しく抱きとめるとゆっくりと背中を撫で擦る。 「泣かないでおくれ僕のルイズ、その愛らしい顔を涙で腫らさないでおくれ」 「でも、でもわたし……」 それでも尚愚図るルイズに向かって、ワルドは言った。 「君はまだ幼いじゃないか、魔法が使えないくらいどうと言うことはないよ。それに僕は思うんだ、君のなかには凄い力が眠っているんだとね」 「でも……」 「それにもし君が大きくなっても魔法が使えなかったとしても心配はいらない、その時は僕が必ず守ってあげるから。君の前に立ち塞がる有象無象共の罵声や愚かな嘲笑のすべてから君を守り抜いてみせるから……」 ――だからルイズ、僕の愛しいルイズどうか顔を上げてくれないか? 暫しのまどろみからワルドは目覚めた、頭を振って脳裏にこびり付いた夢を吹き飛ばす。 寝台の側に立てかけられた鏡には自慢の髭をぼさぼさにしたやつれた気味の青年が、驚いた顔で塗れた頬に手を当てていた。 「今更、懺悔のつもりか。お前は本当に度し難いな、ワルド」 ワルドは鏡のなかの自分にそう吐き捨てる、鏡から目を背けたワルドの顔にはもはや僅かたりとも夢見の残滓は残ってはいない。 そこにはただ野心と憎悪に身を焦がす、独りの青年がいるだけであった。 青年の右手には剣がある。 あまりにも大きな力を暴走させばらばらの破片となった剣の一部が、青年の肉に食い込み同化を始めている。 その剣の名は ガーディアンブレード と言う。 かつて一人の青年によって新たな時代を開く 創世の剣 として命ある金属より削り出された一振りの剣。 ――ワルドは知らない。 絶対たる力 と呼ばれるその剣が、その剣を鍛えた青年の祈りを裏切って星の未来を葬り去った 葬世の剣 だと言う事を。 それが世界を滅ぼすだけの力を持っているとも知らずワルドは尚も力を求める、世界を変える力を、腐った世界をやり直す力を。 異形のものと変じた、破壊の右手で掴もうとしている。 ――かくて運命の歯車は回る。 一つは、未来を掴む銀の左手 一つは、世界を葬る破壊の右手 一つは、猛き守護獣の牙、欲望の顎 ――そして最後にもう一つ。 白の国を覆う暗雲を吹き散らす、希望の西風はまだ、吹かない。 前ページ次ページ銀の左手 破壊の右手
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「だめか……」 ぼそりと呟くフーケ。 まあ、ここは仮にも王立魔法学院の宝物庫なのだ。 王宮ほどでは無かろうが、それでも歴史的にも貴重な“お宝”の数々が貯蔵されているはずだ。 『アンロック』や『練金』ごときで、容易く扉が開くとは思ってはいない。 だから、彼女は焦らない。 これでも『土くれ』のフーケといえば、トリステインはおろか、ハルケギニア全土に跨る神出鬼没の怪盗として鳴らしたものだ。 この程度の警備は何度も潜り抜け、無事標的を手中に収めている。 焦らず、逸らず、じっくりと機会を待てばいい。なんせ、今の自分は学院長の秘書なのだから。 フーケは、そう思い、きびすを返した。 その時だった。 廊下の窓から、何かが見えた。 何か、打ち上げ花火のようなものが、深夜の上空に発射されるのが。 フーケは、上空を見つめるが、煌煌と輝く双月の夜光の中でも、それらしいものは見えない。 しかし、見えるものもあった。 月下の中で、それを打ち上げたとおぼしき一人の男。 ――あれは、確か……ルイズ・ラ・ヴァリエールの使い魔? 黒革の上下に身を包んだ、長身の男が、そこにいた。 V3ホッパー。 仮面ライダーV3が携帯する、超小型の偵察ロケット。 静止衛星軌道上まで一気に上昇し、そこから捉えた映像を、逐一、正確に、V3に送信する。 普段は、V3のアンテナを通して送受信が為されるが、別に変身前でもデータを受信する事は可能だ。 だが、そのホッパーから送られて来た映像は、やはり昨晩からのものと変わらなかった。 ハルケギニアと呼ばれる地は、衛星軌道上から観測すると、ヨーロッパ大陸に酷似している。 が、風見志郎にとってそんな事はどうでもいい。 ここが地球でないことは、彼はもはや歴然たる事実として認識していたからだ。 彼が見たい映像は、いわゆる、エルフたちが住まうとされている『聖地』の座標だった。 しかし、見れない。 昨晩と同じく、分厚い雲が邪魔をして、おそらく『聖地』と思われるポイントだけが、どうしても見ることが出来ない。 風見が、オスマンから『聖地』の話を聞いたのは、昨日の事だ。 始祖ブリミルが六千年前に降臨したという、伝説の地。 しかし、数千年前から、強大な魔力と進んだ技術を持つというエルフ族によって、その地は封印され、何度も“十字軍”が編成されたにもかかわらず、依然として、聖地を奪回するには至っていない。 現在『聖地』がどうなっているのか、それを知る人間は、ハルケギニアには誰もいないという。 しかし、話がただそれだけならば、風見はたいした興味も抱かなかっただろう。 彼からすれば、そんなハルケギニア版“パレスチナ問題”など、まさに関心を抱く価値すらない事だったから。 だが、オスマンはこう言った。 エルフたちは、『聖地』を“シャイターンの門”と呼んでいると。 “門”という呼称が、何を意味するのかは、エルフ以外誰も知る者はいないが、それでも風見の表情を動かすには充分だった。 もしも、その“門”と呼ばれる地が、この世ならぬ地へのゲートを意味するならば……。 人間たちより、はるかに優れた魔力と文明レベルを誇るというエルフをして、敢えて封印せざるを得ない“門“。 ――希望的観測を抱くには、充分すぎる情報だ。 風見は、オスマンに礼を述べると、その地の場所を聞き、早速V3ホッパーによる観測を実施した。 が、……結果は芳しくない。 ホッパーの性能をしても、この積乱雲と見紛う分厚い雲を、透視する事は出来なかったからだ。 偶然ではない。 明らかにこれは、エルフたちが意図して行っている、上空からの監視対策であろう。 しかし、この世界が、いかに魔法という非常識な神秘に包まれていると言えど、まさか気象まで自在に操作するほどの力が、彼らにあるというなら、――ここは、自分が想像したよりもはるかに、恐ろしい世界なのかも知れない。 それほどのエルフが、敵に回ったら。 それほどのエルフに、命を狙われたら。 俺は、V3に変身すべきなのだろうか。変身せずに戦えるのだろうか。 その思いは、風見を慄然とさせた。 月光が眩しい。 ハルケギニアは月が二つある。 あの月が、仮にフォボスとダイモスであるとしたなら、ここはテラフォーミング終了後の超未来の火星ということになる。 なら、地球はどこだ? ホッパーの性能なら、ひょっとして観測が可能かも知れない。 そう思って、風見は苦笑した。 未来の火星に移住した人類が、科学を忘れ、技術を失い、六千年にもわたる停滞した封建世界の中に生きている。 ――真顔で考えるには、あまりにも馬鹿馬鹿しい発想だった。 風見は、ホッパーからの受信回路を切ると、歩き出した。ここでは月光が明るすぎて目立ちすぎる。 先日、例の決闘騒動のあったヴェストリの広場。そこで彼は足を止めた。 左手を見る。 やはり、そのルーンからは、止めどなく“力”が流れ込んでくる。 風見はその左手を握り締めると、目を閉ざし、周囲の気配を読んだ。 ――誰も、いない、か……。 そう見極めると、風見は全身の力を解放した。 革ジャンの腰部に、忽然と現れる変身ベルト“ダブルタイフーン”。 「ぬぅんっ!!」 左腕と右腕を、まっすぐ右横に伸ばす。 そのまま両手を頭上までゆっくりと回転させ、左肘を腰に、そして右腕を左斜め上方に伸ばす。 その瞬間、ダブルタイフーンが回転を開始し、その風車のエネルギーが、彼の姿を“戦闘形態”へとチェンジさせる。 そこには、トンボをモチーフにしたという、異形の者が立っていた。 風見志郎――V3は、ゆらり、と振り向いた。 そこには、学院の敷地をぐるりと囲む形で、城壁のような高い塀がそびえている。 走った。 飛んだ。 塀を飛び越え、――物凄い勢いで、V3の眼前に大地が迫ってくる。着地と同時に、また走り出す。 瞬発力・跳躍力ともに、以前とは比較にならない。 着地の衝撃を殆ど感じなかった事から、恐らく筋力も相当アップしているはずだ。 身体能力の上昇値は、おそらく3割から5割。いや、もしかするとそれ以上かも知れない。 ルーンの光が、白い手袋を通してさえ見えるほど輝いている。 流入してくるパワーも、変身前と比べて段違いだ。 「トゥ!!」 十二分に加速をつけ、再び跳躍する。 そのスピードとパワーを右足に乗せ、大地に叩きつける。 V3キック。 爆発音が響き、その威力で、地面が直径十数メートルにわたり、クレーター状にえぐれてしまう。 ――これは、異常だ。 V3は、そう思わざるを得ない。 身体能力が5割増しだとしたら、技の威力は5倍増しといったところか。 だが、これは単純に喜ばしいだけの事態ではない。 スペックが上がるという事は、ボディにかかる負担もまた倍増するという事だ。 この地での文明レベルから鑑みて、再改造など、逆立ちしても不可能である以上、解決策は二つしかない。 肉体に負担をかけない力加減を覚えるか、もしくは急激な身体機能の向上に耐えられるだけの基礎体力の強化を、一からやり直すか。 「なんなの、アレ……?」 フーケは体の震えが止まらなかった。 いま、彼女は数十メートルはあるゴーレムを錬成し、塀の上に立ち、月下の草原を走り回る“ばけもの”を見ていた。 男が、――いや、ラ・ヴァリエールが召喚した者たちが、ただの平民でないことは聞いていた。 ドットクラスとはいえ、魔法も使わずメイジと決闘し、なんと複数の、しかも金属製のゴーレムを剣で斬り捨てたという、一流傭兵並みの剣士。 いずれは、情報を集め、金になるかどうか、利用価値があるかどうか確認するつもりだった。 だから、男を尾行した。 彼女クラスの盗賊ならば、自分の気配を絶つことなど、さしたる難事ではない。 そして、……彼女は目撃してしまったのだ。 ヴェストリの広場で、奇妙なポーズとともに『正体』をあらわした怪人の姿を。 しかし……しかし、これは一体、どういう悪夢だ!? あの男は人間ではなかったのか!? しかし、あんな奇妙な姿をした亜人は見たことも無い。 あの昆虫のような顔といい、パワー・スピードといい、どう考えても人間ではない。いや、おそらくは亜人レベルですらない。 フーケは、ヴェストリの広場で、腰を抜かすほどのショックを受けながらも、それでも呼吸を乱さなかった自分に、拍手を送りたいとさえ思った。 もし、男が変身直後に、自分の『正体』を見られた事に気付いたら、あの場でひねり殺されていてもおかしくは無いのだ。 いや、それは何も、あの場だけの話ではない……? その瞬間だった。 フーケは気付いた。 それまで、まるで自分の身体を試すように、走ったり飛んだりを繰り返していた『ばけもの』が、自分の視界から消えているのを。 そして、それと同時に、背後から感じる、刺すような視線を。 フーケは振り向く事が出来なかった。 何故逃げなかったのだろう。 ヴェストリの広場で、男の『正体』を見た瞬間、いや、男が自分に気付かなかった瞬間に、逃げ出していれば、こんな事にはならなかったのだ。 この『生物』が、一体何をしようとしているのか、見極めようなどと好奇心を起こさなければ、今この瞬間に、無防備な背後を『ばけもの』に取られるなどという事態は無かったはずなのだ。 フーケは、激しい後悔とともに、振り向いた。 可能な限り、ゆっくりと。 男は、いた。 いつの間に移動したのか分からないが、ゴーレムの右肩に屹立し、こっちを見下ろしている。 その姿は、人間の姿に戻ってはいたが、その凄みのある双眸から放たれる眼光は、まさに物理的なまでの恐怖を彼女に与えた。 「貴様……見たのか……」 フーケは笑った。 骨が鳴るような震えとともに、止めどなく流れる涙とともに、しかし彼女は、自分が笑っていることも、泣いている事も、震えている事も気が付かなかった。 そして、全ての感情が恐怖で麻痺した時、彼女の胆(はら)は、奇妙なほど座っていた。 「……へへ、そりゃあ、……あんだけ派手に、やられちゃあ、ねえ……」 前ページ次ページもう一人の『左手』
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作者:Elika おかえりー、疲れただろ? メシ作ってあるから、一緒に食べようぜ。 あ?なーにバカなこと言ってんだよ、お前が帰ってくるの待ってたんだよ。 なんで?なんでって、いつものことだろ?いまさら何を……あ、そうだ。 今日はお土産あるんだ、ちょっとそこ座って待ってろよ。 ん?いいからいいから。 はい、お前の好きなチョコレートムースロール。 正直さー、『スイーツ(笑)』とか言ってバカにしてたんだけど、やっぱこれはケーキ、とかじゃなくてスイーツだよな。 ほら、食べようぜ?お前と一緒じゃないと食べられないんだよ。 …だって、ほら。いつも、一緒だっただろ?それにさ…… やっぱ、右利きとはいえ、左手ないと食べづらいんだわ。
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前ページ次ページもう一人の『左手』 『ゼロ』のルイズが召喚した、もう一人の“平民”。 黒革の上下に身を包んだ、目付きの悪い長身の男。 確かにさっきの、一人目の平民とは、何やら纏う雰囲気が違うが、それでも所詮、平民は平民。 いや、考えようによっては、ルイズを相手に大人気ない真似をするよりは、見世物としては、はるかにマシだろう。―― そう思って、ワルキューレによる攻撃を開始した瞬間、 「――なっ!!?」 ワルキューレは宙を舞っていた。 それも、三つの鉄槐に寸断されて。 ギーシュには、何が起こったのか分からない。 彼がその目に捉えるには、あまりにも、風見の剣さばきが速過ぎたからだ。 無造作に繰り出されたワルキューレの拳、風見はそれを首を振って躱すと、そのままワルキューレとすれ違うように踏み込みながら、その胴を寸断し、返す刀で、燕返しに戦乙女の首を刎ね飛ばした。 ――剣の遊びだ。曲斬りだ。 「ぃぃぃっ!!」 頭に血が上ったギーシュは、今度は6体ものワルキューレを同時に錬成し、風見に向かわせた。 それでも、すべての戦乙女を攻撃に差し向けず、2体を自分の直衛につけたのは、軍門の生まれらしい慎重さか、はたまた生来の臆病さ故の思い切りの悪さか、それとも、意識の底ではまだ敵を平民と侮る気持ちがあったのか。 まあ、どっちにしろ関係ない。 風見に向かった4体のワルキューレは――今度は、剣や槍で武装していたにもかかわらず――風見の振るう剣に、一合すら交わす事無く、叩き斬られてしまったからだ。 ヴェストリの広場は、再び、沈黙に包まれた。 . 風見志郎は、そのまま剣を見、そして左手を見た。 手袋を外していないので分からないが、確実にルーンがまたたいているのが分かる。 ルーンから、ある種の、熱のようなものが体内に流れ込んでくるのを感じるからだ。その熱は、圧倒的な力となって迸り、まるで身体が羽になったように軽い。 コルベールに研究室で語った現象が、この剣を握った瞬間、さらに加速したようだ。 いまなら、例えこの姿のまま怪人を相手にしたとしても、負ける気がしない。 ――いや、それだけではない。 風見は、空手・柔道といった格闘技の心得はある。あるが、剣道の経験は無い。竹刀ならぬ真剣――それも日本刀以外の――を握るなど、今日が生まれて初めてだ。 しかし、分かるのだ。 太刀筋、タイミング、力加減……それらを内包した圧倒的な量の『剣技』の情報が、ルーンから、脳に送信されてくるのを感じる。 ――これが、先生の言うところの、『ガンダールヴ』の力なのか……。 そう思った瞬間、さらにルーンの力に対する興味は大きくなる。 ルーンは、何も剣を持った瞬間から輝き始めたわけではない。その前から光を放っていた。ならば――。 風見は剣を捨てた。 「なっ!!?」 二体のワルキューレの陰に隠れていたギーシュが、ぽかんとした声を出す。 そのまま、目付きの悪い男はこちらを向き、歩き出す。 決闘の最中とも思えない、まるで散歩のような歩み。 ギーシュは、一瞬、事態が読めなかった。 男が、まるで大根でも切るかのような無造作さで、自慢のワルキューレを5体も斬り捨てた。 それは分かる。 認めたくは無い現実だが、眼前で起こった出来事だ。認めないわけにはいかない。 だが、その剣を男は捨てた。 何故……!? いや、その疑問と同時に、疑問よりも先行する形で、その解答が浮かんだ。 ――こいつは、剣なしでも僕に、いや、僕のワルキューレに勝てる気なんだ……!! ――お前の実力はよく分かった。分かった以上、もう剣は必要ない。そう言いたいんだ!! . そう思った瞬間、かつて経験した事が無いほどの屈辱が、ギーシュの身を包んだ。 「かかれぇっ!!」 そう思った瞬間には、ワルキューレたちに号令を出していた。 貴様はメイジを、貴族を嘗めたっ!! そんな激情だけが、彼を支配していた。 青銅製のワルキューレが、凄まじいスピードで、こちらに向かってくる。 しかも、その踏み込みには、才人を嬲っていた時のような“遊び”は無い。 術者のギーシュが、自分に完全な殺意を持ったのだろう。 そう思った瞬間、風見は、目を閉じていた。 目を閉ざし、耳を閉ざし、心を閉ざす。 ルーンに導かれるまま、自分の身体を預ける。 そして、……。 ぎぃんっ!! ぎぎぃぃん!! 金属が金属を切断する、いやな音が広場に響いた。 風見がゆっくりと目を開いた時、二体のワルキューレは、四つの破片になって、地面に転がっていた。 風見の手ではない。 彼は1mmたりとも動いてはいない。結果として、目を閉じ、その目を開いただけだ。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」 苦しげに肺を上下させ、さっき風見が放棄した剣を握る左手は、彼と同じルーンこそ輝いているが、断続的に痙攣を続けている。しかしながら、その眼光に込められた感情は、いささかも衰えていない。 「平賀……!」 この決闘の、本来の担当者が、そこに立っていた。 睨むような眼差しと、ルーン輝く左手に握る剣を、ギーシュではなく、風見に突きつけて。 「何やってるんだよ、あんた……!?」 「なに……?」 「あんたは……ヒーローなんだろ……? 仮面ライダーなんだろ……!? あんたの拳は、こんな一般人に向けていい拳じゃないだろう……!!」 「……」 「それに、――それにこれは、おれの、おれたちのケンカだっ!! 頼んでもいねえのに、野暮なまねすんじゃねえっ!!」 . 「どっ、どうなってんの……!?」 ルイズは自分の目を疑った。 風見が放棄した剣。それが才人の手元に転がってきた時、瀕死のはずの彼は、イキナリ瞼を開いた。 そして、まるでゾンビかグールのように、むくりと起き上がったのだ。 左手にいつの間にか剣を握っていた事も、その手に刻まれたルーンが、閃くような輝きを放っていた事も、ルイズには気にならなかった。 ただ、信じられなかったから。 起きれるはずの無い者が起き、立てるはずの無い身体で立ち上がり、そのまま矢のようなスピードで走り出し、――いかなる理由でかは知らないが――瞑目を続ける風見に襲い掛かるワルキューレを、見事な剣さばきで斬り伏せた。 さらに、その後、この広場にいる全ての者が理解できない罵声を風見に浴びせ、睨み合う。 ――ここではない、同じ世界の同じ国を故郷とする、異邦人同士のはずなのに。 ――同じルーンを、同じ箇所に刻み付けられた、使い魔同士であるはずなのに。 が、二人の異世界人の対峙はそこまでだった。 才人の気力は、今度こそ、そこで尽きた。 彼は脱力し、くずれおち――風見はそんな才人を抱き止め、抱え上げた。 「――ヴァリエールっ!!」 風見のその声で、ようやくルイズは我に返った。 「医者だ! 早く医者を呼べっ!! 早く処置をしないと、こいつは死ぬぞっ!!」 . 瞼を刺す強烈な陽光が、閉ざされた闇の底から、彼の意識を刺激する。 「……ん、んんん……!!」 才人は目を開けた。 その瞬間、電流のような激痛が全身を貫く。 その痛みが、明確に彼の意識を覚醒させる。 ――ここは……? 周囲を見回す。 自分が、今まで見た事も無いほど豪奢な寝台に寝かされていた事に気付く。 いや、豪奢なのはベッドだけじゃない。 素人目に見ても、値段の見当がつかないほどのアンティーク家具が、12畳ほどの部屋に、所狭しと並んでいる。 才人は、ベッドから降りる。 包帯だらけの全身がまだ引きつるが、どうやら普通に動く分には、不自由は無さそうだ。 彼は、そのまま窓を開いた。 早朝の冷気と、眩しいばかりの光が、火照りの消えない身体に心地良かった。 しかし、それ以上に、そこから見える風景は、いやでも彼に事実を思い知らせる。 ここは地球じゃない。日本じゃない。目が覚めたら終わりの――夢じゃない。 「サイト……?」 振り返ると、寝間着姿のルイズが、ソファから身を起こして、こっちを見ていた。 「よぉ」 「サイト……サイト……サイト!!」 驚く暇も無かった。 ルイズが、くしゃりと顔を歪ませると、いきなり胸元に飛び込んで来たからだ。 「ばか……ばか、ばか!! 死んじゃうかと、死んじゃうかと思ったんだからねっ!! 三日も眠りっ放しで、ひとを散々心配させて、『よぉ』って何よ! 『よぉ』って!?」 「ごっ、ごめん……」 「ごめんって、……ばかばかばかばかっ……ばかぁ……っ……ぅぅぅっ……」 . お世辞にも、分厚いとは言いがたい才人の胸板を、少女は身体を押し付けて、ぽかぽかと殴るが、無論痛みは感じない。むしろ心地良いものすら感じる。そのうち、ルイズは感極まったか、全身を震わせて泣き始めた。 才人は、そっとルイズの頭を撫でる。 「お前って……結構よく泣くよな……」 「ちょっ、調子に乗らないでよっ!! ――わたしは、その……そう、御主人様として、当然の心配をしてあげただけなんだからっ!! あんたなんか、あんたなんか、別になんとも思っちゃいないんだからねっ!!」 という言葉とは裏腹に、頬を真っ赤に染め上げて叫ぶと、そのまま部屋を走り出てしまった。 その突然の変わり身に対応できず、ぽかんと彼女の背を見つめる才人を残して。 「何なんだ……あいつは……?」 「照れくさかったんだろう。ただ単に、な」 「風見、さん……!」 ルイズが出て行ったドアを閉めながら、入って来たのは、風見志郎だった。 「あの……風見さん……あの時は、その、剣なんか向けて偉そうなこと言っちゃったけど、その……」 「気にするな。――お前が言った事は、本当の事だ」 「……そう言ってもらえると、助かります」 「礼だったら、ヴァリエールに言うんだな。お前がいま生きているのは、確実にあの子のおかげなんだからな」 「え?」 「体調はどうだ?」 「ああ、はい。……あれ?」 確かに体は動く。まだ少し痛みが残ってはいるが、それでも日常生活には、もはや全く問題ないだろう。 けど、おかしいな。確かあいつは、三日も眠りっ放しって、――三日っ!? たったの!? . 「そうだ。いくら何でも、あのケガが三日で完治するなんて、ありえない」 そう言いながら、風見は手に持ったトレイ――かなり豪華なメニューが乗せてあった――を、テーブルに置くと、 「食べろ。この世界には点滴が無い。栄養補給の手段は食事しかない」 「あの……いったい、どういう事なんスか? よくよく思い出してみれば、俺のケガって、結構シャレにならないレベルだったはずですよね? 改造手術でも受けたんですか、俺は?」 風見は、トレイから自分のパンを手に取ると、これまでの経緯を説明した。 このハルケギニアには、内科・外科といった、いわゆる近代医学療法が存在しない事。 その代わり、魔法による治癒呪文が、その役割を担っている事。 その威力は、治療分野にもよるが、場合によっては近代医学をはるかに凌駕する事。 しかし治癒呪文は、『秘薬』と呼ばれる触媒が無ければ、その効果を十二分に発揮できない事。 そして、その『秘薬』は、おそろしく高価である事。 「じゃあ……!?」 「そうだ。お前の『秘薬』代を肩代わりしたのがヴァリエールだ。いや、金を出しただけじゃない。あいつはお前が目覚めるまで、三日三晩、ほとんど眠らずに看病していた」 「……」 「あいつはあいつなりに、お前に対して責任を感じているんだろう」 「……そうすか」 才人は、しばらく黙っていたが、やがて、静かに立ち上がった。 「おれ、あいつを捜してきます」 「食事はいいのか?」 「メシよりも優先でしょう、この場合は。――あ、でも、後で食うから、おれの分は残しといて下さいね」 「だったら、もう一人にも礼を言いに行け。ヴァリエールの持ち合わせで足らなかった分を、出した奴がいる」 「え? それって、誰です?」 風見は、その精悍な瞳に、めずらしく優しい光を浮かべる。そして、その名を聞いた才人は、その意外さに目を見開いた。 . 今は昼休みか何かのようだ。 生徒たちが、校庭のテラスで、メイドたちが給仕するケーキをつまみながら、楽しそうに雑談に勤しんでいる。 その中に、彼――ギーシュ・ド・グラモンもいた。 傍らに、彼の後輩らしい初々しい少女を伴い、相変わらずな愛の言葉を囁いていた。 ――が、その時、テラスにざわめきが走った。 「おい、あいつ……!?」 「何だ? 何しに来やがった?」 「いや、ひょっとして、アレだ。リベンジしに来たんだよ、多分」 「――平民のクセになめやがって……!!」 いかに思い当たるフシがあるとは言え、平民から過ちを指摘されて素直に認められるほど、彼らは大人ではない。いわんや、ベンジョムシ呼ばわりまでされたのだから。 しかし、平賀才人は、それらの真っ白な視線を全く無視して、校庭を横切り、足を止めた。 勿論、ギーシュの前に、である。 「ギーシュ様……!!」 少女が、ギーシュにもたれかかり、不安そうに、才人を見上げる。 「聞いたよ」 「何を?」 「助けてくれたんだってな、おれを」 「微力ながら、だけどね。――で、その件に関して、何か文句でもあるのかい?」 そう言われて、才人はにやりと笑うと、 「ありがとう。お前のおかげで死なずに済んだ」 ぺこりと頭を下げた。 周囲にいた連中は、――ギーシュの隣の少女を含めて――あんぐりと口を開いた。 「いいさ、頭を上げてくれ。互いに戦いあった決闘者に、礼を尽くすのは、貴族として当然のマナーだ」 「……そっか」 才人は頭を上げると、 「礼を言った直後に、こんなこと言うのもなんだが……もうルイズを馬鹿にするなよ。またやったら、今度はおれから『決闘』を挑むぜ」 . その言葉で、周囲は再び緊張したが、ギーシュは冷静だった。 「いや、安心したまえ。公衆の面前でレディを侮辱するなんて、考えてみれば、この『青銅』のギーシュらしからぬ振る舞いだったよ。君が怒るのも当然だ」 そう言ったギーシュの笑顔は、意外に人懐っこいものだった。 彼は彼なりに、『決闘』で、才人を認めるところがあったのだろう。 才人は、この少年が、意外に好人物である点を認めざるを得なかった。 「なあ、あいつ――いや、ルイズを見なかったか?」 「いや、僕はずっとここにいたからね」 「そうか……。まあ、いいや。邪魔したな」 そう言って、才人はきびすを返したが、何かを思い出したように首だけで振り向いた。 「ああ、さっき、頭を下げた時に、転がってるのを見つけたんだが、コレお前のか?」 そう言ってかざしたガラスの小壜に反応したのは、意外にもギーシュ本人ではなく、傍らの少女だった。 「ギーシュ様……、まさかあれって、モンモランシー様の香水……?」 「へっ!? いっ、いやっ、何を言ってるんだケティ!?」 「じゃあ、じゃあ、やっぱりギーシュ様は、モンモランシー様と……!!」 「ノン! ノン! ノン! ノン!! 何を勘違いしているんだケティ!! 僕の心に住んでいるのは君だけだって、何回も――」 その様子を凝視しながら、才人は溜め息をつく。 ――まったく、どうしようもねえなあ、こいつら……。 「ああ、すまねえ。どうやらこれ、おれのだ」 へ? と言った表情で才人を振り向くケティ。 だが、才人は――いかにも取って付けたような演技ではあったが――いかにも一人で納得したように喋り続ける。 「これ、あれだ、その、――そうそう『秘薬』、『秘薬』だ。おれの治療に使ったやつ。その残り。うん、だから、これはそいつの物じゃない。安心していいぜ、カノジョ」 そう言って小壜をポケットに詰め込むと、才人は飄然と、背中を見せた。 ――ぽかんと呆気に取られるケティと、助かったという表情をしたギーシュを、後に残して。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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PY/S38-080 カード名:いつからか左目と左手がヘン シグ カテゴリ:キャラ 色:赤 レベル:1 コスト:0 トリガー:0 パワー:4500 ソウル:1 特徴:《ぷよ》?・《虫》? 【永】 他のあなたの《ぷよ》のキャラが2枚以上なら、このカードのパワーを+1000。 【自】 このカードがアタックした時、クライマックス置場に「かったのか」があるなら、そのターン中、このカードのパワーを+2000。 【自】 このカードがアタックした時、クライマックス置場に「かったのか」があるなら、あなたは相手のキャラを1枚とそのキャラの特徴を1つ選び、そのターン中、そのキャラはその特徴をすべて失う。 それより、ムシがきになる… レアリティ:C ぷよぷよ収録 ・対応クライマックス カード名 トリガー かったのか 2
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「ガンダールヴ?」 「ああ、やはり思った通りだ。カザミさん、このルーンは間違いなく、伝説の始祖の使い魔ガンダールヴのものだよ!!」 「分かるように言ってくれ。あんたも知っての通り、俺はこの世界の常識が無い」 「あ、――ああ、そうだったね。では始祖ブリミルの説明からした方がよさそうだ」 始祖ブリミル――フルネームを、ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。 六千年前、東方の聖地よりこの地に降臨し、風火地水の四大系統からなる『系統魔法』の技術を人々に伝え、現在のハルケギニア文明の、ほぼ根幹を創り上げた大聖者。 だが、本人はその四つの系統のいずれでもない、零番目の系統『虚無』の使い手であったとされ、その力は、生命の組成から時空間への干渉まで及んだという、伝説のメイジ。 また、三人の子と弟子の一人によって、四つの国家を建国させた、偉大なる為政者であり、そして、六千年前から今にも伝わる『ブリミルの教義』を完成させ、布教した、偉大なる宗教家。 このハルケギニアにおける、あらゆる価値観、思想、風習、典礼、――いや、それらを内包する社会構造の全てが、彼の存在を抜きにして語ることが出来ない。 「なるほど、……ハルケギニア版イエス・キリストってわけか」 「いえす……? それは?」 「いや、こっちの話だ。続けてくれ」 「つまり、そのブリミルが引き連れていた4人の使い魔の一人、それがガンダールヴであり、そして君とサイト君の左手に刻まれたルーンが、まさしく古文書に記されたガンダールヴのものと一致する」 コルベールは、『コントラクト・サーヴァント』の時に書き写した、紙をかざして見せる。 「しかし、――やけに簡単に分かったものだな。あたりをつけていたのか、先生?」 「まあね。歴史上、人間を使い魔として使役したメイジは、始祖ブリミルただ一人。そして、複数の使い魔と同時に契約を交わしたのも、やはり始祖ブリミルただ一人。――そうなると、次に何を調べるべきかは、子供でも分かる理屈だ」 「……あんた、何を言ってるのか分かってるのか? それはつまり、あの少女が、始祖とやらの後継者だと、証明したようなものなんだぜ」 「そうとも!! そうともそうとも!! 問題はそれだ!! 確かにミス・ヴァリエールは魔法に関しては、我が校一の劣等生だ。だがそれが、未だ彼女が自分の能力に覚醒していないだけの話だとしたら……!!」 興奮の余り、椅子から立ち上がり、大変だ、大変だ、と騒ぎ続けるコルベールを見て、風見は静かに溜め息をついた。 「で、先生、話を戻そう。――その、問題の『ガンダールヴ』とは、一体何者なんだ?」 「あ、――ああ。コレは失礼」 コルベールは、落ち着きを取り戻すと、再び席につき、 「……伝説によると『ガンダールヴ』とは、あらゆる武器を使いこなし、呪文詠唱中の虚無の担い手を、直接護衛する存在といわれている」 「護衛?」 「ああ、何しろ呪文詠唱中のメイジは、完全に無防備になるからね。呪文が完成する前に、矢でも飛んできたら、一巻の終わりさ。どんな威力のある魔法でも、――いや、威力のある魔法ほど、その詠唱は長くなるものだからね」 中でも、虚無の系統魔法は、詠唱が一際長かったと伝えられている。と、コルベールは言った。 「つまり、戦闘において、虚無の呪文が完成するまでの間、主たるメイジを、あらゆる武器・闘技をもって護衛する。それに特化した使い魔こそが……」 「そう、それが虚無の使い魔『ガンダールヴ』だ」 「そうか……ならば、納得は出来る、か」 「え?」 風見は、コルベールには答えず、左手を包む革手袋を外した。 そこには、例のルーン文字が、煌煌と輝いていた。 「……これは!?」 「光りっぱなしなのさ。俺が気付いてから、ずっとな。――いや、それだけじゃない。ここに来てから異常なほどに体調がいい。まるで凄まじいパワーが、全身を駆け巡っているようだ」 風見は、コルベールに左手を差し出すと、 「あらゆる武器を使いこなす、というのが、このルーンから与えられた力ならば、それも当然だ。俺の体は、例え変身せずとも、武器のカタマリみたいなものだからな」 風見は、硬い表情のまま、自らの異形なる肉体をそう表現する。 「武器のカタマリ……ねえ……」 しかしコルベールには、まるで鉄面のように表情を崩さぬ、風見の胸中を窺い知る事は出来なかった。 「まあ、とにかく私は、いま現在判明している事を、学院長に報告してくるよ」 そう言いながら窓を開け、部屋の空気を入れ替えようとした時、コルベールは、ふと、その騒ぎ声に気付いた。 「何だ? 騒がしいな」 その歓声は、ヴェストリの広場の方角から聞こえてきたようだった……。 ギーシュ・ド・グラモンは、眼前の平民に――いや、この戦闘に、いまや大いに戸惑いを感じていた。 最初は、彼ご自慢のワルキューレを見せ付けてやれば、びびってすぐに逃げ腰になるだろう。そう思っていた。少なくとも、動揺はするだろう、と。 あとは、何発かワルキューレにぶん殴らせて、歯の5・6本も叩き折ってやれば、すぐに土下座して詫びを入れてくるに決まっている。そう信じて疑わなかった。 何故疑わなかったのか? 理由なんて無い。強いて言えば、平民とは、そういうものだからだ。 いくら強がっていても、所詮は口だけ。メイジたる自分がちょっと可愛がってやれば、すぐに貴族の偉大さを思い出すだろう。 そう思っていた。 しかし、その予想は、半分当たり、半分外れた。 半分当たりというのは――才人がギーシュの予想通り、ワルキューレに驚き、腰を引かせた事。 そして、半分外れというのが――才人がワルキューレに何発殴られても、何度倒されても、立ち上がってきた事だった。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」 12回目のダウンから立ち上がった才人の顔は、原形を止めぬまでに腫れ上がっていた。 プロボクサー並みの威力を持つ青銅の拳。才人はそれを20発は喰らっていただろう。 左眼はふさがり、鼻は曲がり、唇はズタズタで、前歯奥歯を含めて何本折れているのか、もはや才人自身分からない。 いや、その凄まじいダメージは顔面だけに留まらない。 肋骨にも何本かヒビが入っているだろうし、右腕の感覚はもはや無い。腹筋は電流を浴びたように痙攣と激痛を送信し、血混じりの吐裟物と土埃で、服はどろどろだった。 また、切れた唇と折れた歯から断続的に続く出血、そして鼻血は、彼の呼吸を限りなく困難な状態にし、それでなくとも減少した体力を、さらに削ぐ。 しかし――それでも彼の戦意が失われる事は無かった。 そして、そんな彼の姿に、さっきまでギーシュを囃し立てていた観客たちの歓声も、次第にどよめきになり、そしていまや声を失いつつあった。 この“決闘”が、その名を借りたリンチである事は、このヴェストリの広場に集まった、全ての者たちが知っていた。 全寮制であるこの魔法学院には、基本的に娯楽が少ない。学生とはいえ、傲慢な貴族の子弟たちにとって、身の程知らずな平民を、同級生が叩きのめすと聞けば、それは見逃す事の出来ない絶好のショーなのだ。 だから彼らは、互いに誘い誘われ、ここに来た。 生意気な平民が、その矮小な誇りを投げ捨て、彼ら貴族を前に、ブザマにひざまずく瞬間を、リアルタイムで共有するために。 だが――。 才人は、奥歯の破片と血の混じった唾液を激しく吐き捨てると、不明瞭な声で言った。 「どした……攻撃が来ねえが……降参か……?」 「何故だ……?」 「……あン?」 「何故、そこまでワルキューレの攻撃を喰らって、立ち上がれるんだ?」 「……」 「そもそも君がケンカを売ったのは、主たるルイズが、僕に侮辱されたからだろう?」 「……」 「しかし、それでも君は、今日の『サモン・サーヴァント』で召喚されたはずだろう? いくら主といえど、今日初めて会ったような貴族に、そこまで忠誠を誓う義理がどこにある?」 「……」 「それとも、その不可解な忠誠こそが『コントラクト・サーヴァント』の力だと言うつもりかい?」 「……」 「貴族が直々に問うているんだ! 答えたまえ!!」 広場の観衆たちは、固唾を飲んだ。 ギーシュが才人にした質問。それこそが、平民への階級的偏見を当たり前に抱く、彼ら貴族が今、最も聞きたい事であった。 曰く、平民は誇りを持たない。 曰く、平民は忠誠心が薄い。 曰く、平民はメイジを恐れる。 その常識から生み出される平民への感情的蔑視。 しかし、いま彼らの前で、戦い続ける才人の姿は、彼らが持つ平民への常識を大きく覆すものだったからだ。 くっ、――。 くっ、くっ、くっ、くっ、くっ……。 才人は、笑った。 それは嘲笑であり、失笑であった。 実際には、ずたずたになった唇を、僅かに歪ませただけ――ただそれだけの行為ですら、今の才人には、多大なる激痛をもたらした――だったが、ギーシュには、才人の笑いの意味は、十二分に伝わった。 「平民だの、忠誠だの、……まだそんなズレたこと言ってやがるのか……」 「なっ、なにい……?!」 「さっき、教えてやったろうが……女の子を傷つけて恥じないようなクソ男は……俺は気にいらねえ、ってな。――それだけさ」 その途端、周囲の野次馬たちがザワついた。いや、他ならぬギーシュが、誰よりも動揺していた。 「……そんな、そんな事のために……? ただ、それだけの理由で……ここまで戦ったっていうのか……!!?」 「――そんな事、だと!?」 その瞬間、笑いを帯びていた才人の目が、カッと開かれた。 「このゲス野郎が!! 人を思いやる事も出来ねえテメエの、人を傷つける事しか知らねえテメエの、一体どこが貴族だってんだっ!!」 「……っ!!」 「いや、テメエだけじゃねえ!! テメエも、テメエも、そこのお前も!!」 そう叫びながら才人は周囲の人垣を見回した。 そこにいた貴族たちの、見覚えのある顔一つ一つを睨みつける。 彼らは、廊下でルイズを嘲弄した連中。 そいつらと目が合うたびに、才人の脳裡に、小さな肩を震わせ、屈辱に耐える少女の、小さな背中が目に浮かぶ。 そのたびに、目が眩みそうな怒りが迸る。 「テメエらは貴族なんかじゃねえ! 便所這ってる虫ケラだっ!!」 才人はそう叫ぶと、口中に溜まった赤い唾液を吐き捨てた。 観客たちは、もはや、しわぶき一つ立てられない。 その沈黙の中を、 「……どうした、来いよベンジョムシ……!!」 才人は重い足取りを、一歩一歩進ませる。――顔面蒼白になったギーシュの方へ。 いまや呼吸するだけで、身体がバラバラになりそうな衝撃が走る。 しかし、今の才人には、その激痛さえ、もはや気にならなかった。 だが――、 喉元まで込み上げた何かを感じた瞬間、 「ぇぼっ!!」 才人の口から、おびただしい血ヘドが、彼の足元に撒き散らされた。 例え、どれだけアドレナリンが分泌されようと、これ以上の活動を続けるには、彼がその身に負ったダメージは、余りにも深過ぎた。 あたかもボロキレのように力なく、才人はその場に崩れ落ちた。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「逃げろ?」 ルイズが、きょとんとした表情で、V3が言った言葉を鸚鵡返しに聞き返す。 当然、その言葉に従うための復唱ではない。 言われた言葉の内容を、さらに確認し直すための質問である。 ルイズだけではない。 残りの二人も、その瞬間、何を言われたのか分からない顔をし、そしてキュルケが口を尖らせた。 「なに言ってるのよ、あんた? さっきまでフーケの小屋に着いてからの段取りを、散々話し合って――」 「それは中止だ」 「ちゅっ、中止って、――分かるように言いなさいよっ!!」 そう言われて、V3は、彼女たち三人に向き直るが、無論、少女たちに、その赤い仮面の下にある表情は伝わらない。 ここは地上数十mの上空にある、風竜の背の上。 ハリケーンを乗り捨てたV3は、タバサに頼み、シルフィードの背に同乗させて貰うと、早速、空を移動しながら、作戦会議を開いた。 いかに『土くれのフーケ』が、優れたメイジであっても、複数の巨大ゴーレムを同時に錬成し、操作することは困難だ。しかも、彼女は今宵、V3を相手に大立ち回りを演じたばかりなのだ。それほどの魔力が残っているとは、とても思えない。 ならば、ギーシュのように、小型のゴーレムを錬成して、集団行動を取られたら――いや、それはあり得ない。少なくとも、等身大のゴーレムでは、束になってもV3の相手にはならない。それくらいは理解しているはずだからだ。 ならば、女に出来る事は、もはや限られてくる。 そう思って仮説を立て、役割を決め、結論を出した。 ――まさに、その時だった。 V3ホッパーは、今もなお、リアルタイムでフーケの山小屋を監視している。 そして、その映像を受信した瞬間、V3は、これまでの“軍議”が、この一瞬で、完璧に意味を為さなくなった事を知ったのだ。 体内に核爆弾を内蔵した、デストロンの自爆テロ怪人――カメバズーカ。 いま“現場”で何が起こっているのか、それを説明する時間は無い。 だいたい、何故あの場にカメバズーカがいるのかも、V3には分からない。 だが、分かる事はある。 カメバズーカが自爆すれば、山小屋から半径数十kmの範囲で、全てが吹き飛ぶという事だ。 才人とフーケは、物凄いスピードで、怪人から逃亡中であり、今すぐにでも、彼ら二人を回収し、全速力で避難しない限り、まず全員助からない。 だが、――繰り返すようだが、それを理解して、納得してもらう時間は無い。 向かい風に吹き飛ばされないように、竜の鱗にしがみ付きながら、こっちを窺っている三人娘に、そこまで大人の洞察力を期待するのは、どだい無理な話だ。 ましてや、この“子供たち”は、未だにこの自分――V3の能力を疑っているのだから。 そう思った瞬間、タバサという名の少女が、口を開いた。 「何かあった?」 「ミス・タバサ、だったか」 「なに?」 「このドラゴンの背には、あと何人、人を乗せられる?」 「二人までなら。でもその分、速度は遅くなる」 ふたり――と聞いた瞬間に、V3は、この寡黙な少女が、自分の考えを、ほぼ予測している事を理解し、思わず仮面の下の口元をほころばせた。 タバサの言う二人は、確実に、才人とフーケを指している。そうでなければ、この状況で、敢えて『二人』という人数を口に出すはずが無い。 何が起こったのかは知るまいが、何かが起こった、という事を察してくれるだけで、V3にとっては充分だったからだ。 騒がしい他の二人とは違う。このタバサという少女は、おそろしく冷静だ。 その幼い外見に似合わず、おそらく、相当の場数を踏んでいるのだろう。 自分たちを、ひたすら放置して話を進めるV3とタバサに、キュルケは再び、口を尖らせようとしたが、 「――サイトっ!!」 そう、下を見て叫ぶルイズの声に、遮られる。 「えっ!?」 あわててシルフィードの背から、下を覗くキュルケ。 ――なるほど、確かに、ルイズの使い魔と思しき少年が、腰を抜かしたらしい女性を抱えて、脱兎のごとく駆けてくる。 (でも、――あれって、たしかミス・ロングビル……?) ミス・ロングビルこそが『土くれのフーケ』その人ではなかったのか? カザミやコルベールが、学院長相手にそういう話をしていたはずだが、ならば何故、あの少年は、自分を人質にして攫った女を連れている……? (フーケから、ではなく、フーケとともに逃げている。――何から……?) 「タバサ!! 早くサイトを、サイトを助けてっ!!」 ルイズが叫ぶ。 あなたに言われるまでもない。――そういう表情こそしていなかったが、ルイズが、金切り声を上げるよりも早く、タバサはシルフィードに急降下の指示を出していた。 ふわり。 ほとんど体重を感じさせない優雅さで、風竜が、才人の眼前に舞い降りる。 突然目の前に現れた怪獣に、才人もさすがにギョッとするが、 「サイトぉっ!!」 耳元にイキナリ飛び込んできた悲鳴のような呼び声に、瞬時に胸を落ち着かせた。 暇さえあれば怒鳴りあい、四六時中喧嘩ばかりしていたはずなのに、こんな危機的状況で聞ける事に、妙な嬉しさや懐かしささえ覚えてしまう、その声。 「ルイズ……おれを助けにきてくれたのか……!」 が、次の瞬間、 「平賀、乗れっ!! 一刻も早くここから離れるんだっ!!」 そう言って、自分と、脇に抱えたフーケを、風竜の背に放り投げた男の声。 人間を、まるでヌイグルミのように軽々と扱う、人ならぬパワー。 赤い仮面の異形の男――仮面ライダーV3。 その瞬間、才人は自分たちを取り巻く、信じがたいほどの危機的状況を思い出していた。 「かっ、風見さんっ!! かっ、怪人が――デストロンの改造人間が!!」 「あぶないっ!!」 全体重、そして背に乗った5人の体重をプラスし、その時のシルフィードの体重は、数トンはあったであろう。それを軽々と突き飛ばしたのは、V3であればこそだ。 だが、シルフィードを突き飛ばしたために、さっきまで“彼女”が居た着弾地点に、丁度V3が立つ事になり、その結果、まともに彼は喰らってしまった。 一人の少年、三人の魔法少女、そして一人の女盗賊を、ドラゴンの幼生ごと木っ端微塵にするはずだった、カメバズーカの直撃弾を。 「きゃあああああっ!!」 深夜に響くキュルケの悲鳴は、ドラゴンごと突き飛ばされた事に対するものか、それとも、その後に続いた、謎の大爆発に対してか。――しかし、その叫びも、月下に響く地獄のうめき声を前に、跡形も無く消し去られた。 「ズゥゥゥゥゥカァァァァァッ!!」 「――な……なに……あれ……!?」 ルイズが、思わず呟く。 煌煌と輝く月光の下、ゆっくりと――だが、一歩一歩踏みしめるような足取りで、こちらに近付いてくる、一匹の“ばけもの”。 一同は、凍り付いていた。 このハルケギニアには、確かに人ならぬ身でありながら、人を凌ぐ力を持つ存在がいる。 エルフを頂点とした亜人たち。 韻獣と呼ばれる神獣、霊獣、幻獣ども。 だが、この怪物は、そのいずれでもない。 見た者の心胆を瞬時に寒からしめる、凄まじい妖気。まるで伝説のエルダードラゴンの咆哮を聞かされたようだ。 冷静無比なタバサでさえ、自らを襲う激しい恐怖に、抗う事も出来ない。他の女たちの精神状態など、もはや言うを待たない。 その中で、才人だけが、唯一マシと言える心の平衡を保っていた。 それゆえに、彼は周囲を見回し、――目撃してしまう。 カメバズーカの直撃弾を喰らって、ボロキレのように大地に横たわる男の姿を。 この場にいる六人目となるはずの人物。 あの怪物と戦うことの出来る、唯一の存在。 (かっ……風見さん……っっ!!) 仮面ライダーV3――風見志郎。 しかし、いかに直撃弾とはいえ、並みの榴弾砲くらいなら、仮面ライダーが一撃で立てなくなるほどの傷を負うなど、少し考えにくい。 ――だが、 (あの時、風見さんは、……おれを助けようとして、ゴーレムに蹴り飛ばされていた……) そのダメージなのか。 そう思った瞬間に、奥歯が鳴った。 「おれのせいだ……!!」 未だナタを握りっぱなしだった、才人の左手のルーンが、激しく輝いた。 「まてえっ!!」 少年は立ち上がった。 「これ以上、みんなに手は出させねえ」 自分自身に対する、どうしようもない無力感。その無力感に対する怒りが、恐怖を凌駕していた。 その手に携えるは、とうてい切れ味鋭いとは言いがたい、赤錆びたナタ。 「サイト……!?」 直撃弾を回避したとはいえ、衝撃波をもろに喰らって、眼を回しているシルフィード。 そして、そんなドラゴンの背から放り出され、恐怖に声を上げることさえ出来ない女性たち。 そんな彼女たちを庇うように、才人はナタを構えた。 彼曰く、無理やり召喚され、臣従を誓う義理さえないはずの主のために、見るからに頼りなげなナタ一本で、悪夢のような“ばけもの”相手に立ち向かわんとする、この少年。 ルイズには、自分の目が信じられなかった。 才人は、風見とは違う。 自らの肉体に、絶対的なパワーを宿す改造人間ではない。 ――魔法すら使えない、ただの『平民』なのだ。 「うわぁぁぁぁぁあああああっ!!」 何かが、口を突いて、少年の中から吐き出されていた。 それは、あえて退路を絶たれた、手負いの獣の絶望だったかも知れない。 だが、叫んだ瞬間に、才人の身体は動いていた。 眼前の“ばけもの”に、せめて一矢報いるために。 こんな薪割り包丁一本で、“怪人”と戦えるなどと、彼も正気で思ってはいない。だが、もはや才人の脳髄は、完全に思考を放棄していた。 「サイトぉぉっ、止めなさい、逃げてぇぇぇぇっ!!」 もはやルイズの声も、彼の耳には届かない。 ガンダールヴのルーンが、彼の身体能力を向上させ、その一撃に、更なる力を付与する。 赤錆びたナタが、鉄兜ごしに頭蓋すら叩き割る威力を持って、いま、怪人の脳天に振り下ろされた!! 「!!」 その瞬間、才人の目は捉えていた。 亀の頭部が、瞬時に甲羅の中に引っ込み、その一撃を甲羅で防御するように、カメバズーカが少しばかり、うつむいたのを。 鉄骨が砕け散るような、耳障りな金属音が、闇に響いた。 才人の手に握られたナタは……文字通り、木っ端微塵に砕け散っていた。 赤錆びた、薪割り用のナタでは、ルーンによって増幅された才人の腕力と、戦車装甲のごとき甲羅の硬度に、とても耐えられなかったのだ。 カメバズーカの手が、するすると伸び、才人の右手を捕らえる。 「ぐっ!?」 捻り上げられ、柄だけになったナタが、才人の手からこぼれ落ちた。 頭部を甲羅に引っ込めたままなのに、何もかも見えているように、動きに無駄が無い。 それだけではない。 この手首を鉄環で締め付けられたような、このパワー! 改造人間だから当然とも言えるが、才人は全身に電流を流されたような激痛を前に、息すら出来なくなってしまう。 だが、それでも才人は諦めない。 いまだ戦意を失わない目で、眼前の怪人を睨みつけた。 「ズ~~カ~~、大したもんだぜ小僧。まさか、こんなチャチなエモノ片手に、俺様に向かってくる人間がいるなんてなぁ。――しかも」 その時才人は気付いた。 甲羅の穴から、妖光を放つ二つの目が、自分を睨み据えているのを。 ずずっ、ずずずず~~~。 粘着質な音を立てて、亀の頭部が、甲羅からゆっくりとせり出されてくる。 吐き気さえ催させる眺めであったが、――それでも才人は、カメバズーカの眼光をはね退けた。 「――こぉんな状況でまだ、そんな目ができるなんてなぁ」 ごきり。 怪人に握り締められた右手首の骨が、聞こえよがしな悲鳴をあげる。 (っっっ!!) 「いま謝れば、命だけは助けてやるぜぇ」 亀裂のような笑みを浮かべながら、カメバズーカが笑う。 だが、才人は唇を噛みしめて、呻き声すら上げなかった。 いや、たとえ、この場で八つ裂きにされたとしても、悲鳴一つ上げる気は無かった。 声を上げれば、必死になって自分を奮い立たせている最後の意志が、砂のように崩れ落ちてしまいそうだったから。 また、力を振るう事に喜びを覚えている、このカメ野郎の目が、いつかのギーシュと同じ、とても傲慢な光を帯びているように見えたから。そして、その目の色は、才人自身がこの世で一番嫌う感情の光だったから。 「お前に謝るくらいなら……死んだるわい……!!」 才人は、いまだ自由な左手で、眼前の敵を殴りつける。 右手を万力のような握力で締め付けられ、捻り上げられ、とうていパンチに力がこもるような体勢ではなかったが、それでも構わない。 いうなればこれは、彼の最後の意地であった。 その時だった。 数発目かの才人の拳が、カメバズーカに触れた途端、左手のルーンが再び光を放った。 (これは……!?) あの時と同じだった。 カメバズーカの正体を知らず、フーケに命令されて『破壊の杖』を触った時。 その時と同じ、圧倒的なまでの情報が、才人の脳に流れ込んできたのだ。 生きながら、『兵器』と呼ばれるに恥じない肉体に改造された男。その男の情報が。 「俺の息子も、お前くらいホネがあれば、一安心なんだがなぁ」 そう呟いたカメバズーカから溢れ出してきた“情報”は、記憶。 まだ彼が、デストロンに誘拐される以前―― 一人の普通な、どこにでもいる健康な父親だった頃の、人間の記憶……。 「平田……拓馬……?」 カメバズーカの瞳が、ふっと翳った。 「小僧……お前、なんでその名前を……!?」 「サイトぉぉ、逃げてぇぇぇ!!」 その時だった。 ルイズの悲鳴のような叫びが鳴り響くと同時に、カメバズーカの背後の地面が、突如、大爆発を起こしたのだ。 彼女が気力を込めて振り出した『ファイヤーボール』の結果だった。 「ぐおっ!?」 カメバズーカは、才人ともつれるようにして、前方へと吹き飛ばされる。 さすがに、背後から爆風を喰らった程度では、彼の甲羅はびくともしない。 だが、口に入った土を吐き出しながら、顔を上げた瞬間、カメバズーカは見てしまった。 かつて自分を、地獄に叩き送った者たちの片割れを。 よろめきながらも立ち上がり、その射るような視線を自分に向けてきた、その男。 ――誰が忘れる事が出来るだろう。その赤い仮面を。 「そこまでだ……カメバズーカ……!!」 その瞬間、カメバズーカの思考は消えた。 あるのはただ、圧倒的なまでの破壊衝動――そして、歓喜。 なぜ奴がここにいるのかは分からない。 だが、奴はここにいる! 自分を殺し、存在意義であった『東京都破壊計画』を失敗させた、憎むべき“敵”の姿が、ここにある!! 「仮面ラァァァァイダァァァァV3ィィィィッッッ!!」 後方からの爆風に煽られてなお離さなかった才人を、まるで人形のように放り出すと、カメバズーカは、その名に似合わぬ、弾丸のようなスピードで、V3に襲い掛かった。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページ次ページもう一人の『左手』 「サイトぉっ!!」 「どいてぇっ! ――いいから――どきなさいよぉっっ!!」 人垣の中から、野次馬を掻き分けて、桃色がかったブロンドの少女が飛び出し、才人のもとへと走り寄り、その血まみれの頭を抱きかかえる。 「しっかりしてサイトっ!! 死んじゃダメ、死んだら……死んだら、絶対に、許さないんだからねっ!!」 「……よお」 才人は、うっすら右目を開くと、ほんの少しだけだが、微笑んだ。 ギーシュに見せた、唇を歪ませた皮肉な笑みではない。人が心落ち着かせたときに見せる、安らかな表情。 ――それは、ルイズが見る、彼の初めての笑顔だった。 ルイズには何故か、才人の、その笑顔の意図を正確に汲み取る事が出来た。 お互い出会ってから、まだ数時間しか経っていないというのに。いや、それどころか、口を開けば、諍いばかりだった自分たちなのに――。 (やっと俺を、名前で呼びやがったな) その瞬間、ルイズはホッとした余り、腰が抜けそうになった。 「なっ、何よ……!! 調子に乗るんじゃないわよ、生きてるなら生きてるって、ちゃんと……御主人様に心配かけるんじゃないわよっ!!」 そんなツンデレ的怒声を浴びせかけるルイズを、眩しそうに見上げながら、才人は、震える左手を、彼女の顔に伸ばし、――涙を拭った。 (泣くんじゃねえよ) 「なっ、泣いてないわよっ!! だいたいアンタ、平民のクセにそういうところが生意気だって――」 「お取り込み中のところ申し訳ないがね」 そこには、ようやく顔色を取り戻したギーシュが立っていた。 しかし、先程までの“決闘相手”ではなく、その主を名乗る少女に向けられた眼差しは、微妙な媚びと、それ以上の傲慢さが混合された、粘っこい光を放っていた。 「なあルイズ……主のキミから言ってやってくれないか、この強情な“使い魔”君に」 「ギーシュ?」 「痩せても涸れてもこの『青銅』のギーシュ、いかに決闘とはいえケガ人をいたぶる趣味は無い。君も知っての通り、僕は本来、穏やかな男だからね」 ルイズは怒りで骨が震えそうになった。 何を言っているのだろう、この男は……!! さっきまで嬉々として、彼をいたぶっていたくせに、『穏やかな男』? 『ケガ人をいたぶる趣味は無い』!? いまさら何を寛大ぶって、よくもまあ、ぬけぬけと……!! 「まあ、こう言っては何だが、『ゼロ』の君が召喚した使い魔にしては、大した男だったよ。そこのところは認めてあげよう。うん」 そして、事ここに及んでも、まだ自分を『ゼロ』と罵るのをやめない。 才人が、まさしく血を吐くようにして言った言葉を、こいつは、次の瞬間にはもう、存在すらしていなかったように受け流している。 こんな男のために、才人は、ここまでの傷を負わねばならなかったというのか。 「だから、彼に命じたまえと言ってるのさ、僕に謝罪せよと。――君だって、折角の使い魔をむざむざ殺したくは無いだろう?」 ルイズは、生まれてこの方、この瞬間ほど自分の無力を、神に呪わなかった事は無かった。 もし自分に今、この瞬間にでも、自在に使える攻撃魔法があれば、この男を――自分のみならず、自分のために命を賭けて戦ってくれた、彼を侮辱しようとする――この男の下品な口を塞いでやれるものを!! 「そうだな、なんなら、彼の代わりに君が謝罪してくれても、僕は全然構わないよ」 限界だった。 正直言ってしまえば、ルイズとしても、これ以上才人を戦わせるくらいなら、土下座でも土下寝でもするつもりだった。彼女の頭にあったのは、ただひたすら、才人を死なせたくないという、その一念だけだったから。――さっきまでは。 「ギーシュ・ド・グラモン……!!」 怒りに震える声で、眼前のキザ男を睨み据えると、ルイズは、膝枕に抱きかかえた才人の頭を、ゆっくりと、可能な限り優しげに、地面に置いた。 「……この決闘、わたしが引き継ぐわ」 「え?」 「この使い魔に代わって、わたしがアンタの相手をしてやるって言ってるのよっ!!」 ギーシュは、数秒ほど目をぱちくりさせると、やがて、呆れたように大声で笑い始めた。 「――だっ、だめだよルイズっ、いくら何でも、女の子と決闘なんて出来ないよ!!」 だが、彼の哄笑を塞いだのは、ルイズの手から投げつけられた、一枚の手袋。 「怖いの? だったら、わたしとサイトに謝罪しなさい。そうすれば許してあげてもいいわ」 ギーシュは、そうまで言われて一瞬、真顔になったが、次の瞬間には、やれやれと肩をすくめるポーズをとり、周囲の観客を見回した。 「そういうわけだ、諸君っ! これから行う決闘は、僕から仕掛けたんじゃない。ルイズが望んだものだ。――それを立会人として承知してくれるかいっ!?」 その声を受けて、さっきまでの才人の怒号にフリーズ状態だった聴衆たちも、その意外な成り行きに、おおいに盛り上がった。 その歓声の中に、ルイズを応援する声は、いっさい無い。 「さて、それじゃあルイズ、決闘に際して、一ついいものを上げよう」 彼は、少女に、いやらしい流し目を送ると、『練禁』で一振りの剣を練成し、彼女の足元に放り投げた。 「……何の真似よ、これ」 「決まっているだろう、“武器”だよ。君は女の子で、しかも『ゼロ』だ。たとえ名門公爵家の令嬢ではあっても――メイジじゃない」 その瞬間、ルイズは屈辱で顔が紫色になった。 しかし、ギーシュは尚もやめない。半ば哀れむように言い続ける。 「そこの平民ならともかく、貴族が、メイジでもない女の子を相手に決闘しようと思ったら、せめてこの程度の気は遣ってあげないと、格好がつかないだろう」 「……ギー、シュ……!!」 「僕の、優しさと気遣いは汲んでくれるよね? マドモアゼル」 いかにルイズといえど、こうまで正面きって、貴族としてのアイデンティティを否定された事は無い。 余りの屈辱に、眼前に投げ出された剣をギーシュに蹴り返そうとした時だった。 「もう、いい加減にしておくんだな」 才人の声ではなかった。 いや、ルイズ以外の、このヴェストリの広場にいた全ての人間が、聞き覚えの無い声だった。 その精悍な相貌に相応しい、低く響く、錆びを帯びた声。 『サモン・サーヴァント』で彼女に召喚された、もう一人の“平民”。 「それ以上、何かをしたいなら――」 そこで言葉を切った男は、ちらりとルイズに目をやると、 「“主”を立たせるまでも無い。平賀に代わって、俺が相手になってやる」 そう言って、投げ出された剣を拾った。 風見志郎が、そこに立っていた。 前ページ次ページもう一人の『左手』
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前ページ神の左手は黄金の腕 そこは屋敷の庭じゃなかった。 自慢の池もボートもそこにはありはしない。 あるのは割れんばかりの拍手と喝采、大声援。 舞台を取り囲むように満員の入場者が彼等に注目する。 ステージがあるべき場所は視界が開ける程に広く、一面に緑色が広がる。 そこに集うのは十数人の鋼鉄の選手達。 その中に、見知った彼の姿があった。 ……いや、違う。 こんなにも嬉しそうなゴールドアームの表情は知らない。 沸き立つオイルが体中を巡り、彼の全身に力が漲っていく。 向かい合う赤いユニフォームの選手に何事か叫びながら彼の脚が高々と上がる。 稲光にも似た閃光を放つ渾身の直球。 それは振り抜かれたバットさえも溶解させた。 キャッチャーのミットにボールが納まった瞬間、 観客からボールの熱にも負けぬ大歓声が上がった。 同様に私の心にも熱い何かが迸る。 ……だけど素直に熱狂する事は出来なかった。 私は気付いてしまった。 ゴールドアームが居るべき場所はハルケギニアじゃない、 このスタジアムの、マウンドの上なんだと…。 そうして私は目を覚ました。 部屋の端にはいつものようにゴールドアームがいる。 その光景に安堵と共に罪悪感が沸いた。 寝起きの顔に手をやると、そこには温かい雫が溢れていた。 「ご苦労じゃったのう」 自慢の顎鬚を撫でながらオールド・オスマンが居並ぶ面々を労う。 秘書に裏切られたにも拘らず、平然を装う学院長の姿にゴールドアームは感心を覚えた。 飄々とした人物でありながらも、心の内に秘めるその芯は強い。 その彼の姿は、あのシルバーキャッスルの監督を思わせる。 学院長の机に置かれているのは『破壊の杖』を収めたケース。 しかし、それも度重なる衝撃で砕けて中身を露出させている。 ルイズ達は『破壊の杖』が何か判らなかったがゴールドアームには見覚えがあった。 アイアンソルジャーが扱う物にしてはサイズが小さいが、 この『破壊の杖』は間違いなく旧式のロケットランチャーだ。 軍事兵器が何故ここにあるのかは考えるまでもない。 自分と同じ様にあの場所へと呼ばれた物が流れ着いたのだろう。 しかし、オスマンの次の言葉が彼の予想を覆した。 「これは命の恩人の形見でなあ」 「……命の恩人だと?」 問い返すゴールドアームにオスマンは自分の過去を明かした。 若かりし頃、その恩人は危機に陥った彼を『破壊の杖』で救ったという。 その人物は怪我が元で既に亡くなったという事だったが、 ゴールドアームにとっては大きな発見があった。 “この世界に呼ばれるのは兵器だけではない” 尤も彼にとってはどうでもいい事だ。 アイアンリーガーとしての確信を取り戻した今となっては……。 「どうしたのよゴールドアーム?」 「なに、下らない事で悩んでたのがバカらしくてな」 珍しく笑みを浮かべる彼に、ルイズが不意に訊ねる。 その頭をポンポンとグラブで撫でながら何にもないように振舞う。 突然の子供扱いに、ルイズの顔がむくれる。 二人のやり取りにクスクスと笑いながらキュルケが口を挟む。 「ほら、機嫌直しなさいってば。今夜は『フリッグの舞踏会』があるのに、 いつまでもそんな顔してたら誰も寄り付かないわよ」 「別に! 誰かさんみたいに男漁りとかしませんから!」 フンと鼻を鳴らすルイズと憤るキュルケ。 そんないつもの光景をタバサが眠そうな眼で見守り、 ギーシュがやれやれと肩を竦めている。 それは下らなくも楽しい時間だった。 多分『向こう』に帰った後もそう思えるだろう。 ゴールドアームが昼間の事を思い返す。 見上げた先には地球では考えられぬ二つの月。 ゴールドアームはルイズに全てを打ち明けるつもりでいた。 自分の過去、そして決着を付けなくてはならない相手の事を……。 舞踏会が中盤に差し掛かってもルイズが現れる気配はない。 女性の身支度には時間が掛かると聞いたがメンテナンスでも受けているのだろうか。 ふとそんな突拍子もない事を考えていると入り口の衛士が彼女の名を呼んだ。 振り返るとそこには豪奢なドレスに身を包んだルイズの姿があった。 平時の彼女の姿しか知らない者が見ればきっと驚いたに違いない。 「どう? 似合ってる?」 「ああ。馬子にも衣装ってヤツだな」 「何よソレ! ケンカ売ってるの!?」 「…悪ぃ。褒めたつもりだったんだが口が悪くてな」 がぁーと凄い剣幕で怒るルイズに、ゴールドアームもたじろぎを見せた。 彼に見せる為に精一杯おめかししたのに、この言われようである。 ルイズの怒りも尤もであった。 彼女の喧騒を余所に、演奏の終わった楽士達が次の音楽を奏で始める。 それを耳にし、ルイズも気を落ち着けながら彼に話し掛ける。 「……ゴールドアーム、一緒に踊ってくれる?」 「ああ。いいぜ」 ダンスなんてやった事もないが丁度良い機会だ。 ここで話を付けようと彼はルイズの手を取った。 ぎこちないステップを踏むゴールドアームをルイズがリードする。 野球の時とは全く逆の立場になった事に可笑しさが込み上げる。 「………なあ」 「判ってる。ここから出て行くんでしょ」 言葉の先を取られたゴールドアームの目が仰天に見開く。 何かしら悟られるような気配があったのだろうか。 それとも、これが使い魔と感覚を共有するという事か。 答えなど出る筈もなく彼はルイズの罵倒を覚悟し押し黙った。 しかしルイズは何も言わずにその体を抱き寄せた。 触れ合った彼女の体が僅かに震えていた。 気付けば目元の化粧が落ちて赤く腫れ上がっているのが見えた。 泣き腫らした跡を隠すのに時間が掛かったのだろう。 きっと彼女はこれが最後だと知っていた。 それでも最後まで主らしくあろうと振舞っている。 「本当に……大したガッツだぜ、お前さんはよ」 髪を纏めた彼女の頭を撫でる。 それに反論する声も振り払おうとする手も出ない。 ただ一心に彼の為すがままに身を任せる。 「だがな、別れる時は笑顔だ。俺達はいつも繋がってる、ここでな」 「……うん」 トントンと彼は自分の胸を親指で突付く。 自分の回路が他の誰かの回路と繋がる感覚を彼は覚えている。 彼女達の言う精神力が心の持つ力だというなら不思議ではない。 強く願えばどんなに離れていようと再会だって出来る。 決して帰って来れない戦場からアイツが戻ってきたように。 「今度会う時には俺の魔球を教えてやる。 だからそれまでお前も自分を磨いておけ、約束だ」 「……うん」 それはかつて自分が交わした約束。 今度は俺が約束を果たす番だ。 何年掛かろうとも俺はもう一度ここに戻ってくる。 自分が受け取ったボールを彼女へと手渡す為に。 その時はまたキャッチボールでもやろうか……なあルイズ。 前ページ神の左手は黄金の腕