約 8,752 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/2295.html
駆け抜ける不協和音 「なのはママー……」 真っ暗闇の森の中に、か細い女の子の声が響く。 今にも泣き出しそうな程に震えた声。助けを求め、最も信頼出来る人の名を呼びながら歩く。 だが、その呼び掛けに返事が返される事は無く、かえって少女を不安にさせるだけだった。 少女……ヴィヴィオは、つい先程まで、母親である高町なのはと激闘を繰り広げていたのだ。 そして、正直言って普通の人間ならば何よりも怖いと感じる筈の、なのはの全力全壊スターライトブレイカーを受け…… 気付けば訳のわからない広間にバインドで拘束されていた。 それがたった数分前の出来事。自分が目を覚ました次の瞬間には、目の前で一人の人間の頭が爆ぜた。 いくら「強くなる」と約束したヴィヴィオでも、このような状況に陥って平常心でいられる訳が無かった。 だが、それでも随分と成長した方だ。過去のヴィヴィオなら恐らく、何も出来ずに大声で泣きわめいていた事だろう。 なのはを探す為に、自分から行動を起こす事を選んだヴィヴィオは、子供ながらに立派と言える。 「なのはママー……フェイトママー」 呼び掛けながら、木を掻き分け進む。 ヴィヴィオは気付かなかった。この行動で引き寄せられるのは、なのはやフェイトのような善人だけでは無いという事に。 ヴィヴィオは気付かなかった。ゲームに乗った人間までもが、ヴィヴィオの声に引き寄せられている事に。 ◆ 「さて……どうしたものか……」 矢車想は考える。 一体このゲームの真意は何だ? 人間同士で殺し合わせて何になる? 非常に合理的な性格の矢車には、利益も無くこんな無意味な戦いを強要する意味がさっぱり解らない。 「プレシアとかいったか……あの女、一体何者なんだ……?」 右手を頬の近くに、左手を右肘に、矢車特有の“考える人”の動きを見せる。 ネオゼクトやワームを掃討する為ならば、矢車は容赦無く相手の命を奪う。 だが、それ以外の人間は矢車にとって護るべき存在だ。理由はどうあれ、プレシアとかいう女の思惑通りにゲームに乗る訳には行かない。 そして何よりも、矢車にとっては「誰かの掌で躍らされる」のがたまらなく悔しいのだ。 ならば、矢車の取る行動は一つ。 「完全作戦……パーフェクトミッションにおいて、プレシアを倒す。」 矢車は、ボソリと呟いた。次に、左腕に装着したザビーブレスを触ろうと…… 「……何?」 おかしい。そこに有るべき物が無い。スーツの袖をめくり、もう一度確認する。 が、ザビーブレスの姿はどこにも見当たらない。いつ如何なる場合の敵襲にでも対処出来るように、外した事など無い筈なのに。 「どういうことだ……?」 慌てた矢車は、確認の為全身のポケットをまさぐる。それでも見当たらない。探しても探しても。 ややあって、思い出した。プレシアの言葉を。 ――あなたたちの武装は全て解除して、こちらで用意したいくつかの道具と混ぜてランダムで支給するわ―― 矢車の頭の中で蘇るプレシアの言葉が、矢車の表情を青ざめさせてゆく。 「何て事だ……! 命よりも大切なザビーゼクターを、あんな奴に……」 ややあって、矢車は力任せに近くの木を殴りつけた。その表情は、悔しさと焦りに歪み。 無理も無い。ZECT本部から支給された大事な大事なザビーブレスを、あんな訳の解らない女に奪われてしまったのだから。 力を失ってしまった矢車にはどうする事も出来ないのだろうか? いや、そんな事は無い。矢車は仮にもZECTのエリート。一部隊の隊長なのだ。 例えザビーゼクターが無くとも、脱出する方法ならいくらでもある筈だ。 「(そうだ……まずは仲間を集めるんだ)」 ゆっくりと顔を上げる。考えても見れば、いきなりあんな訳の解らない説明を受けて直ぐにゲームに乗る人間がいる筈が無い。 そんなことをしても、自分にとって何の利益も無いからだ。 ……と、そこまで考えた矢車はふと、思い出したように首元に手をやった。 「(いや……だがこの首輪がある限り逆らう事も出来ないか……)」 そう……忘れてはならないのが、この首輪の存在。目の前で爆破の瞬間を見せられた以上、迂闊に逆らう訳にも行くまい。 だとすれば、嫌々ながらに人を殺す人間が現れても仕方が無い。 そんな人間が現れた場合は……悪いが、そこでトドメを刺させて貰う。 そんな人間を救出した所でチームの不協和音になるのは目に見えているからだ。 完全なる調和の元に完全なる作戦を遂行する矢車にとって、そんな人間をチームに入れるのは御免被りたい。 「(よし……そうと決まれば、まずは仲間を集めるんだ。そして、機会をみてプレシアに反撃する)」 矢車の頭の中で構築されていく作戦。完全過ぎる。自分が恐ろしくなる程に完全過ぎる。 完璧に完全なパーフェクトミッションのプランを立てた矢車は、デイパックを持ち上げ、歩き始めた。 「ん……?」 しばらく歩いた所で、矢車は立ち止まった。声が聞こえる。小さな小さな、聞き逃してしまいそうな声が。 矢車は立ち止まり、耳を澄ませる。 「……はママー……」 ――子供の声……だと? 聞き取れたのは“ママ”という単語、そして声のか細さから、声の主が小さな女の子であろう事は容易に想像がついた。 だが、だとすれば危険過ぎる。ゲームに乗った愚か者が何処に潜んでいるかも解らないこの状況で、あんな大声で動き回るのは自殺行為もいい所だ。 矢車は、大きなため息を落とした後、足速に声の元へと歩き出した。 ◆ 遠くから、だんだんと近付いてくる足音。 「なのはママ……?」 これだけ呼んだのだ。なのはママが来てくれない筈は無い。ヴィヴィオの表情は、一気に明るくなった。 「なのはママー!」 安心感からか、大声を出しながら足音に向かって疾走するヴィヴィオ。 ……だが、そこにいたのは、ヴィヴィオが望んだ相手では無かった。 「なの……はママ……?」 「…………」 相手は明らかに男。それも、身長はかなり高い。なのはと比べれば20cm以上の差がある。 蛇柄のジャケットを羽織り、鉄パイプを引きずったその男は、何も言わずにヴィヴィオを見下ろしている。 「……ガキか……」 「え……?」 ややあって、男は小さくそれだけ言うと、ヴィヴィオから目線を外し、反対の方向へと歩き出した。 なのはでは無いものの、彼はようやく出会えた人間。まだ幼い子供であるヴィヴィオに、再び一人ぼっちになれというのは少々酷だ。 「あ……待ってー」 「……ぁ?」 結果、ヴィヴィオは立ち去ろうとする男を追い掛け、その脚にしがみついた。 この状況で最初に出会えた人間。一人ぼっちで心細かったヴィヴィオが、初めて口を聞いた人間。 そんな人間に着いて行きたくなるのは、幼いヴィヴィオにとって当然の事だった。 「ヴィヴィオも一緒に行く!」 「………………」 男――浅倉威は、ちらっとヴィヴィオの顔を見た後、そのまま無視して歩き出した。 ◆ 「(ちからが……はいらん……)」 神・エネルは、どんぶらこどんぶらこと、力無く川を流れ続けていた。 「(神である私が……こんなことで……)」 あの女……あの無礼な女に不意打ちを喰らった為に、今の自分はこんな不様な姿を曝してしまっているのだ。 許せん。あの女は絶対に許せん。エネルは、内心であの橙頭の女に憎しみの念を抱いた。 「(あの女……いつか絶対に神の裁きを与えてくれる……!)」 ……と、考えるのは自由だが、今の自分にはゴロゴロの実の力を十分に発揮する事が出来ない。 先程の女の蹴りを受ける際に雷化出来なかったのがその証拠だ。それだけでは無い。“ヴァーリー”の威力も間違い無く落ちている。 MAXで何Vまで発揮出来るかも些か疑問だ。 そんな事を考えながらしばらく歩いていると―― 「ねーおにーさん、人が流れてるよー」 ――声が聞こえて来た。 小さな女の子の声。だが、今のエネルには首を声の方向へと回す力も無く。声を出す力も無い。 だが、それから直ぐにエネルの上半身は水から上がる事が出来た。 「(……何だ……?)」 目を動かし、自分の体を持ち上げている何かに目を向ける。自分の体を持ち上げているのは、蛇柄のジャケットを着た茶髪の男だった。 ◆ 「――それでね、なのはママはすっごく優しくって、いつもいい子いい子してくれるの!」 「(……戦える奴はいないのか……?)」 ヴィヴィオに付き纏われ、たまらなくウザいと感じながらも、浅倉は戦えそうな人間を探していた。 しかし、歩いても歩いても誰もいない。ようやく人を見付けたと思えば、明らかに戦えなさそうなガキ一人。 まぁこのガキは人の引き付け役にもなるだろうと、着いて来ても無視を続けているが。 「――だからね、ヴィヴィオもなのはママをいい子いい子してあげるの。そしたらなのはママも元気に……あれ?」 「………………」 そこで、さっきから一人で聞いてもいない事を長々と語ってくれるヴィヴィオの声が途切れた。 それに気付いた浅倉は、ゆっくりとヴィヴィオに振り向く。 見ればヴィヴィオは立ち止まり、川に流れる何かを指差していた。 「ねーおにーさん、人が流れてるよー」 浅倉がエネルに気付いたのは、ヴィヴィオに呼び掛けられてからだった。 エネルの筋骨隆々とした肉体を見るや否や、浅倉は不敵に笑い始めた。 「(あいつなら……少しは戦えそうか?)」 浅倉の目的は、戦う事。戦う事こそが、戦う目的なのだ。故に、エネルを助ける。戦う為に。 浅倉は、エネルの体を引っ張り、乱暴に河原へと放り投げた。 「ぐぉっ……!」 「……お前なら、少しくらいは戦えそうだ……」 小さく呻いたエネルに、浅倉は不気味に笑いながら言った。対するエネルは、見るからに浅倉に対して怒っている。 エネルは眉をしかめ、その鋭い眼光で浅倉を睨み付けた。 「少しくらいは……だと? 貴様……口を慎めよ、我は神なるぞ……!」 「ククククク……なら戦え……戦えよ! 神様なら、戦って俺を負かしてみろ……!」 浅倉の笑みを見たエネルもまた、小さく笑い出した。こいつはバカだ とでも言わんばかりに、ニヤニヤと。 だが、目は笑っていない。そのギャップが、余計にエネルの表情を恐ろしく見せる。 「ヤッハハハハ……よかろう。 貴様に、私を助けた事を後悔させて……」 「喧嘩は駄目ーーーっ!」 と、そこで今まで黙っていたヴィヴィオが、二人の会話に割り込んだ。 エネルと浅倉は、二人共ゲームに乗った人間……しかも元の世界では何人もの人間を殺している。 そんな二人に喧嘩をするなと言った所で無駄な事だろうが、ヴィヴィオはまだそれを知らない。 言ってしまえば、ヴィヴィオは今二人の殺人鬼に囲まれているのだ。 ヴィヴィオの声が周囲に響いた後、エネルは一度浅倉から視線を外し、再び不敵な笑みを浮かべた。 「良いのか? ……今の大声で、何者かがこちらに近付いているぞ?」 心網―マントラ―による敵の位置の把握能力。エネルは、こちらに近付いて来る人間がいるとの情報を浅倉に伝えた。 浅倉は頬を吊り上げるような不気味な笑いを見せた後、直ぐに立ち上がり、鉄パイプを構えた。 敵が来るという事実だけ、何となくにだが把握したヴィヴィオも二人の殺人鬼の背後に身を隠す。 ヴィヴィオは知らなかった。 今こちらに向かっている男こそが、真にヴィヴィオを救おうと駆け付けた“仮面ライダー”である事に。 ヴィヴィオは気付かなかった。 今自分が頼っているこの男こそが、自分を囮に利用し、この殺し合いを楽しむ事が目的の“仮面ライダー”である事に。 ◆ 矢車は、デイパックの中身を確認し、武器になりそうな物を探した。 そして最初に見付けたのが、用途不明のカード型デバイス。 このデバイスにはクロスミラージュという名前があるのだが、矢車そがれを知る筈も無く、すぐにデイパックに戻した。 次に見付けたのが、銀のベルト。矢車の良く知るゼクトバックルだ。 だが、変身前にゼクトバックルを持っていたとしても何の意味も無い。これも正直不必要なアイテムだろう。 矢車はそれをデイパックに戻し、再び歩き始めた。 ちなみにこのゼクトバックル、資格者が使えばホッパーへと変身する事が可能だが、ホッパーの資格条件は絶望。 良い部下達に恵まれ、エリートの地位を持ち、戦果を上げ続ける矢車にとっては無縁のゼクターなのだ。 「武器は何も無い……やはり信じられるのは自分の腕だけか」 矢車はそう呟き、再び歩を進めようとした、その時であった。 ――喧嘩は駄目ーーーッ! 「……!?」 突如聞こえた少女の声。間違いない。先程の女の子の声だ。 喧嘩……? 彼女は今、戦いに巻き込まれているのか……? そう考えた矢車は、直ぐに走り出していた。一人の小さな命を救う為に。 走り続けて数分、木を掻き分け進んだ矢車は、このエリアを流れる河原の近くに出た。 「あれは……」 矢車の視線の先にいるのは三人の人影。 鉄パイプを構え、笑っている男が一人。力無く横たわる半裸の男が一人。 そして脅えた表情で小さく隠れる金髪の女の子が一人。なるほど、矢車はすぐに状況を飲み込んだ。 あの蛇柄の男が半裸の男を襲い、あの少女は戦いに巻き込まれてしまったのだろうと。 これ以上少女に恐ろしい思いをさせる訳には行かない。返答次第では、この男を倒す。矢車はそう決意し、口を開いた。 「ねぇ、君はその女の子をどうするつもり?」 「……ククク……ハハハハハハッ!!」 「な……ッ!?」 聞いた自分がバカだった。男は、質問に答える事なく、鉄パイプを振りかぶり、襲い掛かって来たのだ。 もう間違いない。この男はこの馬鹿げたゲームに乗っている。しかも1番質の悪い、快楽殺人の類だ。 矢車は、振り上げられた鉄パイプをかわし、アウトボクシングスタイルで構える。 「チッ……完全調和を乱す不協和音め……!」 矢車は浅倉と距離を取り、策を考える。相手が長い得物を持っているなら、素手で戦う自分は圧倒的に不利だ。 だが、矢車とてエリート。不利なら不利なりの戦い方がある。矢車は、アウトボクシングスタイルで構えたまま、軽くステップを踏み始めた。 「ッらぁ!!」 「……っ!」 浅倉が振り下ろした鉄パイプを後方に回避、そのまま下に振り切られた鉄パイプを左手で掴むと、矢車は大きく踏み込んだ。 浅倉の顔面に、凄まじい速度での右フックが入る。それも矢車が狙ったのは相手の顎。 自分の掌底で、浅倉の顎を叩き付けたのだ。素手で相手を殴る事の危険性は矢車自身が1番良く分かっている。それ故の行動だ。 対する浅倉は、矢車の攻撃を受けたにも関わらず、不敵な笑みを崩さない。 「……しまっ!?」 「らぁっ!!」 「ぐっ……!?」 気付くべきだった。この男はダメージを恐れていないという事に。 矢車は、再び振り上げられた鉄パイプの一撃を左脇腹に受けてしまう。刹那、体に鈍い痛みが走る。 「こんなもんじゃねぇよなぁ!?」 「チッ……!」 咄嗟に後方へと跳び上がり、再び構える矢車。やはり素手で武器を持った相手に挑むには不利過ぎたか? 嫌な汗が矢車の首筋を這う。 ――最初の一撃で落とせなかったか……賭が外れたな。 矢車は構えたまま、自分の甘さを呪った。本来ならば一撃で意識を奪うくらいは出来る筈の打ち込みで、勝利を得られなかった。 相手もまた相当に修羅場を潜って来たのだろう。 ――……一度見せたこの手、奴は二度と掛からないだろう……どうする? 思考を巡らせる。鉄パイプを持った相手に対抗するには……どうすればいい? ――初手をかわして……入るしかない! 再び振り下ろされた鉄パイプ。矢車はすんでの所でそれを回避し、再び浅倉の顔面に掌底を打ち込もうと踏み込む。 「……ぐぅッ!?」 いや、踏み込めなかった。先程脇腹に受けた一撃が痛み、シフトウェイトの瞬間に力が抜けてしまったのだ。 結果、矢車の拳には力が全く入らず、容易に浅倉に受け止められてしまう。 そして、再び突き出された鉄パイプ。 「オラァッ!!」 「ぐぁっ……!」 矢車はその直撃を受け、数歩のけ反る。が、浅倉の攻撃は留まる事無く、隙だらけになった矢車に更なる打撃を加える。 地べたに這いつくばった矢車は、荒い息で浅倉を睨み付けた。 「終わりだ……死ねよ」 「…………ッ!」 浅倉は、力一杯矢車へと鉄パイプを振り下ろした。 「神の裁き……エル・トール!」 「「……ッ!?」」 その時だった。鉄パイプが矢車の頭を叩き潰す寸前に、青白い稲妻が駆け抜けたのだ。 空から降ってきたかのようにも見える雷の衝撃に、浅倉と矢車は一気に逆方向へと吹っ飛ばされた。 なんとか立ち上がった矢車と浅倉は、雷の発生点を睨み付ける。 「……やはり少し弱いな。たかが人間二人殺せんとは」 そこにいるのは、背中から太鼓を生やし、異常に長い耳たぶを持った男。先程まで横たわっていた筈の、神・エネルだ。 「ヤハハハ……まぁいい。随分と待たせたなぁ? 感謝しろ、虫けら。私が直々に裁いてやる」 「クックック…………ハハハ……ハハハハハッ……!」 浅倉にはもはや矢車など眼中に無かった。今最も興味を引かれるのは、目の前の神を名乗る男のみ。 鉄パイプを引っ提げ、エネルへと突進する浅倉。 「愚かな……神を愚弄する愚かさ、身を持って知るがいい」 再びエネルの腕が青白く輝き始める。再びさっきの電撃を放つつもりらしい。 「おにーさん! 危ない!!」 物影に隠れていたヴィヴィオは、浅倉のピンチに大声で叫んだ。が、浅倉の突進は止まらない。 ならば、と、ヴィヴィオは慌てて自分の周囲を探り始める。何か武器になるものは無いのか? と。 何でもいい、エネルを止められればそれでいい。なのはと約束したのだ、「強くなる」と。 ここで逃げてばかりでは、その約束も守れない。そんなヴィヴィオが咄嗟に掴んだのは、10cm程の河原の石ころ。 こんなものしか無いのか……と、普通なら思うのだろうが、今のヴィヴィオにそんな贅沢を言っている余裕は無い。 「この……っ!!」 ヴィヴィオは、エネルに向かって力一杯石ころを投げ付けた。あの電撃を放たせない為にも。 「ん……?」 呟くエネル。石が当たった瞬間、一瞬だが光が消えた。 しかし、やった! と思ったのもつかの間。エネルの冷たい視線に睨まれたヴィヴィオは、凍り付いたようにその場で固まってしまった。 「ハハハハハァッ!!」 そんなヴィヴィオの努力を知る由も無く、浅倉はエネルの胴体に鉄パイプを振り下ろす。 鈍い音が響き、エネルの肩付近に鉄パイプが減り込む。 「やはり……雷にはなれんのだな」 「……あ?」 本来のエネルならば、こんな鉄パイプによる一撃など受ける筈も無い。雷になれば済む話だからだ。 だが、その雷に変化することが出来ない。恐らく、変化出来るのは腕や脚、一部の技だけなのだろうと判断。 それならそれで戦いようは有る。エネルは、浅倉の鉄パイプを右手で握り締めた。 「グローム……――」 そして、力を右腕に集中させる。エネルの右腕は再び光り輝き。 「――パドリングッ!」 鉄パイプへと、凄まじいまでの電流が流れた。流された電流により、鉄パイプは凄まじい熱を帯びる。 「ぐぉっ……あぁぁぁああああっ!?」 エネルの電撃により、右手に伝わる激しい痛みと熱。浅倉は咄嗟に手を離した。 見れば、右手の平はまるで火の中に突っ込んだように焼け爛れている。 「ヤッハハ……金では無く鉄というのが残念だが……十分だ」 鉄パイプは、既に原型を留めてはいない。エネルに流された電流により、高熱を帯びたパイプは、エネルの望む形――三股の矛へと変わっていた。 「ヤッハッハ!」 エネルは、作り出した矛で浅倉を突き上げた。これで浅倉の命も終わり…… 「ん?」 「ククク……ハハハハ……楽しいなぁ……戦いってのは」 いや、まだだ。体に刺さる寸前に、浅倉はエネルの矛の柄を掴み、動きを止めたのだ。 「ほほう、しぶといな」 「ククク……ッらぁ!!」 浅倉はエネルの矛を下方へといなし、エネルの顔面に重いハイキックを炸裂させた。 「くっ……」 のけ反るエネル。浅倉はエネルから距離を取り、再びニヤニヤと笑い始める。 どうやら浅倉もまだそれほどダメージは受けていない様子だ。 とは言っても、第三者から見れば、この戦いは長引けば明らかに浅倉の敗北となるのは明白。 ヴィヴィオはともかく、矢車にはそれが手に取るように分かった。あの男では奴には勝てない……と。 そう判断した矢車は、直ぐに体勢を立て直し、叫んだ。 「何をしてる! 早く逃げろ!」 「……あ?」 矢車の叫び声に、振り向く浅倉。 「解らないのか! そんな奴と戦っていたら命がいくつあっても足りない!」 「…………チッ」 浅倉は、矢車とエネルを数回見比べた後に、仕方ない と言わんばかりに舌を打ち、走り出した。 確かにこのまま戦うのは辛いと感じたのだろう。エネルとは反対の方向に向かって、浅倉は疾走する。 そんな浅倉を見届けた矢車も、急いでヴィヴィオに駆け寄った。 「早く、逃げるぞ……!」 「嫌っ! 離して!」 「なっ……!?」 ヴィヴィオは矢車の手を払い、矢車から距離を取る。どうやらヴィヴィオは矢車を完全に敵だと思っているらしく、明らかに敵意を表している。 「ヴィヴィオ、おにーさんと一緒になのはママ探すの!!」 「なのは……だと!? 待て……ッ!」 矢車はヴィヴィオを追い掛けようとするが、ヴィヴィオは既に浅倉の立ち去った方向へと走り始めていた。 ふとエネルを見れば、蹴られた頭を抱えながらも、その鋭い眼光でこちらを睨み付けている。 「チッ……仕方ない……!」 あんな化け物に目を付けられては命がいくつあっても足りない。 今から自分とは反対方向に逃げた浅倉を追い掛けていては、間違いなくエネルに追い付かれてしまう。 そう考えた矢車は、不本意ながらも、ヴィヴィオとは反対の方向へと走り出した。 今はただ、エネルから逃れる為に。 ややあって、誰も居なくなった河原で、エネルは一人呟いた。 「ヤッハッハ……なるほど、こういうゲームか。面白いじゃないか……!」 今の戦い。そして逃げ惑う人間共……浅倉・矢車・ヴィヴィオ。一応シャーリーも含めてやってもいい。 ここまで来て、エネルはようやく気付いた。 このゲームは、神である自分が逃げ惑う人間共を追い掛け、殺し、優勝するまでの、言わば狩猟ゲーム。 この戦いに参加する者を皆殺しにし、この国を支配するという考えは元より変わり無い。 ただ変わったのは、支配者になるまでの過程を楽しむという事。歯向かう者はなぶり殺しにし、逃げる者は追い掛けて殲滅する。 それがこのゲームの、エネルなりの捉え方だ。 まさに神の為のゲーム。神のみが楽しめる至高の退屈凌ぎ。 「ヤハハ……ヤーッハハハハハ……!」 ゲームの目的を再確認したエネル。深夜の河原に、そんなエネルの不気味な笑い声が響き渡った。 【1日目 深夜】 【現在地 C-7】 【エネル@小話メドレー】 【状態】しばらく陸に上がった事で回復、蹴られた事による頭痛 【装備】鉄の矛 【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3 【思考】 基本 主催者も含めて皆殺し、この世界を支配する 1.まずは誰から神の裁きを与えてやろうか…… 2.やはりあの蛇の男(浅倉)からだろうか 【備考】 ※シャーリーを優先して殺すつもりでしたが、どうせ全員殺すので、いつ殺しても同じだと判断しました ※エル・トールの稲妻により、B-7、C-7、C-6で発光現象が発生しました。 【現在地 C-7】 【浅倉威@仮面ライダーリリカル龍騎】 【状態】右手に激しい火傷、疲労(小) 【装備】無し 【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3 【思考】 基本 戦いを楽しむ。戦える奴は全員獲物 1.一先ずエネルからは逃げる 2.他の参加者の引き付け役としてヴィヴィオを利用する 3.ヴィヴィオがウザい 【備考】 ※自分からヴィヴィオに危害を加えるつもりはありません ※最終的にはヴィヴィオも見捨てるつもりですが、もしかすると何らかの心変わりがあるかも知れません 【現在地 C-7】 【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 【状態】健康 【装備】無し 【道具】支給品一式、ランダム支給品1~3 【思考】 基本 なのはママや、六課の皆と一緒に脱出する 1.なのはママを探す 2.おにーさん(浅倉)に着いて行く 3.おにーさんはヴィヴィオを守ってくれる 【備考】 ※浅倉の事は、襲い掛かって来た矢車から自分を救ってくれたヒーローだと思っています ※浅倉を信頼しており、矢車とエネルを危険視しています。 【現在地 C-7】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【状態】左脇腹に鈍い痛み、疲労(小) 【装備】無し 【道具】支給品一式 ホッパーのゼクトバックル@魔法少女リリカルなのはマスカレード クロスミラージュ@魔法少女リリカルなのはStrikerS ランダム支給品0~1 【思考】 基本 仲間を集め、完全なる作戦でプレシアを倒し、脱出する。 1.一先ずエネルからは逃げる 2.あの女の子(ヴィヴィオ)が心配だ 3.なのはママ……? 高町の事か? 4.とにかく仲間と情報を集めなければ 【備考】 ※クロスミラージュの用途に気付いていません ※戦いに乗った者は容赦無く倒すつもりです ※ヴィヴィオの「なのはママ」という発言から、ヴィヴィオが高町なのはと何らかの関係があると考えています 【共通の備考】 ※浅倉・ヴィヴィオと矢車がそれぞれどの方向に逃げたかは後続の書き手さんに任せます ※この場にいた全員がエネルの危険性を知りました。 二人の兄と召喚士 本編時間順 Heart of Iron 二人の兄と召喚士 本編投下順 Heart of Iron GAME START! 浅倉威 - GAME START! 矢車想 - GAME START! ヴィヴィオ - 少女の泣く頃に~神流し編~ エネル -
https://w.atwiki.jp/nanoharow/pages/197.html
駆け抜ける不協和音 ◆gFOqjEuBs6 「なのはママー……」 真っ暗闇の森の中に、か細い女の子の声が響く。 今にも泣き出しそうな程に震えた声。助けを求め、最も信頼出来る人の名を呼びながら歩く。 だが、その呼び掛けに返事が返される事は無く、かえって少女を不安にさせるだけだった。 少女……ヴィヴィオは、つい先程まで、母親である高町なのはと激闘を繰り広げていたのだ。 そして、正直言って普通の人間ならば何よりも怖いと感じる筈の、なのはの全力全壊スターライトブレイカーを受け…… 気付けば訳のわからない広間にバインドで拘束されていた。 それがたった数分前の出来事。自分が目を覚ました次の瞬間には、目の前で一人の人間の頭が爆ぜた。 いくら「強くなる」と約束したヴィヴィオでも、このような状況に陥って平常心でいられる訳が無かった。 だが、それでも随分と成長した方だ。過去のヴィヴィオなら恐らく、何も出来ずに大声で泣きわめいていた事だろう。 なのはを探す為に、自分から行動を起こす事を選んだヴィヴィオは、子供ながらに立派と言える。 「なのはママー……フェイトママー」 呼び掛けながら、木を掻き分け進む。 ヴィヴィオは気付かなかった。この行動で引き寄せられるのは、なのはやフェイトのような善人だけでは無いという事に。 ヴィヴィオは気付かなかった。ゲームに乗った人間までもが、ヴィヴィオの声に引き寄せられている事に。 ◆ 「さて……どうしたものか……」 矢車想は考える。 一体このゲームの真意は何だ? 人間同士で殺し合わせて何になる? 非常に合理的な性格の矢車には、利益も無くこんな無意味な戦いを強要する意味がさっぱり解らない。 「プレシアとかいったか……あの女、一体何者なんだ……?」 右手を頬の近くに、左手を右肘に、矢車特有の“考える人”の動きを見せる。 ネオゼクトやワームを掃討する為ならば、矢車は容赦無く相手の命を奪う。 だが、それ以外の人間は矢車にとって護るべき存在だ。理由はどうあれ、プレシアとかいう女の思惑通りにゲームに乗る訳には行かない。 そして何よりも、矢車にとっては「誰かの掌で躍らされる」のがたまらなく悔しいのだ。 ならば、矢車の取る行動は一つ。 「完全作戦……パーフェクトミッションにおいて、プレシアを倒す。」 矢車は、ボソリと呟いた。次に、左腕に装着したザビーブレスを触ろうと…… 「……何?」 おかしい。そこに有るべき物が無い。スーツの袖をめくり、もう一度確認する。 が、ザビーブレスの姿はどこにも見当たらない。いつ如何なる場合の敵襲にでも対処出来るように、外した事など無い筈なのに。 「どういうことだ……?」 慌てた矢車は、確認の為全身のポケットをまさぐる。それでも見当たらない。探しても探しても。 ややあって、思い出した。プレシアの言葉を。 ——あなたたちの武装は全て解除して、こちらで用意したいくつかの道具と混ぜてランダムで支給するわ—— 矢車の頭の中で蘇るプレシアの言葉が、矢車の表情を青ざめさせてゆく。 「何て事だ……! 命よりも大切なザビーゼクターを、あんな奴に……」 ややあって、矢車は力任せに近くの木を殴りつけた。その表情は、悔しさと焦りに歪み。 無理も無い。ZECT本部から支給された大事な大事なザビーブレスを、あんな訳の解らない女に奪われてしまったのだから。 力を失ってしまった矢車にはどうする事も出来ないのだろうか? いや、そんな事は無い。矢車は仮にもZECTのエリート。一部隊の隊長なのだ。 例えザビーゼクターが無くとも、脱出する方法ならいくらでもある筈だ。 「(そうだ……まずは仲間を集めるんだ)」 ゆっくりと顔を上げる。考えても見れば、いきなりあんな訳の解らない説明を受けて直ぐにゲームに乗る人間がいる筈が無い。 そんなことをしても、自分にとって何の利益も無いからだ。 ……と、そこまで考えた矢車はふと、思い出したように首元に手をやった。 「(いや……だがこの首輪がある限り逆らう事も出来ないか……)」 そう……忘れてはならないのが、この首輪の存在。目の前で爆破の瞬間を見せられた以上、迂闊に逆らう訳にも行くまい。 だとすれば、嫌々ながらに人を殺す人間が現れても仕方が無い。 そんな人間が現れた場合は……悪いが、そこでトドメを刺させて貰う。 そんな人間を救出した所でチームの不協和音になるのは目に見えているからだ。 完全なる調和の元に完全なる作戦を遂行する矢車にとって、そんな人間をチームに入れるのは御免被りたい。 「(よし……そうと決まれば、まずは仲間を集めるんだ。そして、機会をみてプレシアに反撃する)」 矢車の頭の中で構築されていく作戦。完全過ぎる。自分が恐ろしくなる程に完全過ぎる。 完璧に完全なパーフェクトミッションのプランを立てた矢車は、デイパックを持ち上げ、歩き始めた。 「ん……?」 しばらく歩いた所で、矢車は立ち止まった。声が聞こえる。小さな小さな、聞き逃してしまいそうな声が。 矢車は立ち止まり、耳を澄ませる。 「……はママー……」 ——子供の声……だと? 聞き取れたのは“ママ”という単語、そして声のか細さから、声の主が小さな女の子であろう事は容易に想像がついた。 だが、だとすれば危険過ぎる。ゲームに乗った愚か者が何処に潜んでいるかも解らないこの状況で、あんな大声で動き回るのは自殺行為もいい所だ。 矢車は、大きなため息を落とした後、足速に声の元へと歩き出した。 ◆ 遠くから、だんだんと近付いてくる足音。 「なのはママ……?」 これだけ呼んだのだ。なのはママが来てくれない筈は無い。ヴィヴィオの表情は、一気に明るくなった。 「なのはママー!」 安心感からか、大声を出しながら足音に向かって疾走するヴィヴィオ。 ……だが、そこにいたのは、ヴィヴィオが望んだ相手では無かった。 「なの……はママ……?」 「…………」 相手は明らかに男。それも、身長はかなり高い。なのはと比べれば20cm以上の差がある。 蛇柄のジャケットを羽織り、鉄パイプを引きずったその男は、何も言わずにヴィヴィオを見下ろしている。 「……ガキか……」 「え……?」 ややあって、男は小さくそれだけ言うと、ヴィヴィオから目線を外し、反対の方向へと歩き出した。 なのはでは無いものの、彼はようやく出会えた人間。まだ幼い子供であるヴィヴィオに、再び一人ぼっちになれというのは少々酷だ。 「あ……待ってー」 「……ぁ?」 結果、ヴィヴィオは立ち去ろうとする男を追い掛け、その脚にしがみついた。 この状況で最初に出会えた人間。一人ぼっちで心細かったヴィヴィオが、初めて口を聞いた人間。 そんな人間に着いて行きたくなるのは、幼いヴィヴィオにとって当然の事だった。 「ヴィヴィオも一緒に行く!」 「………………」 男——浅倉威は、ちらっとヴィヴィオの顔を見た後、そのまま無視して歩き出した。 ◆ 「(ちからが……はいらん……)」 神・エネルは、どんぶらこどんぶらこと、力無く川を流れ続けていた。 「(神である私が……こんなことで……)」 あの女……あの無礼な女に不意打ちを喰らった為に、今の自分はこんな不様な姿を曝してしまっているのだ。 許せん。あの女は絶対に許せん。エネルは、内心であの橙頭の女に憎しみの念を抱いた。 「(あの女……いつか絶対に神の裁きを与えてくれる……!)」 ……と、考えるのは自由だが、今の自分にはゴロゴロの実の力を十分に発揮する事が出来ない。 先程の女の蹴りを受ける際に雷化出来なかったのがその証拠だ。それだけでは無い。“ヴァーリー”の威力も間違い無く落ちている。 MAXで何Vまで発揮出来るかも些か疑問だ。 そんな事を考えながらしばらく歩いていると—— 「ねーおにーさん、人が流れてるよー」 ——声が聞こえて来た。 小さな女の子の声。だが、今のエネルには首を声の方向へと回す力も無く。声を出す力も無い。 だが、それから直ぐにエネルの上半身は水から上がる事が出来た。 「(……何だ……?)」 目を動かし、自分の体を持ち上げている何かに目を向ける。自分の体を持ち上げているのは、蛇柄のジャケットを着た茶髪の男だった。 ◆ 「——それでね、なのはママはすっごく優しくって、いつもいい子いい子してくれるの!」 「(……戦える奴はいないのか……?)」 ヴィヴィオに付き纏われ、たまらなくウザいと感じながらも、浅倉は戦えそうな人間を探していた。 しかし、歩いても歩いても誰もいない。ようやく人を見付けたと思えば、明らかに戦えなさそうなガキ一人。 まぁこのガキは人の引き付け役にもなるだろうと、着いて来ても無視を続けているが。 「——だからね、ヴィヴィオもなのはママをいい子いい子してあげるの。そしたらなのはママも元気に……あれ?」 「………………」 そこで、さっきから一人で聞いてもいない事を長々と語ってくれるヴィヴィオの声が途切れた。 それに気付いた浅倉は、ゆっくりとヴィヴィオに振り向く。 見ればヴィヴィオは立ち止まり、川に流れる何かを指差していた。 「ねーおにーさん、人が流れてるよー」 浅倉がエネルに気付いたのは、ヴィヴィオに呼び掛けられてからだった。 エネルの筋骨隆々とした肉体を見るや否や、浅倉は不敵に笑い始めた。 「(あいつなら……少しは戦えそうか?)」 浅倉の目的は、戦う事。戦う事こそが、戦う目的なのだ。故に、エネルを助ける。戦う為に。 浅倉は、エネルの体を引っ張り、乱暴に河原へと放り投げた。 「ぐぉっ……!」 「……お前なら、少しくらいは戦えそうだ……」 小さく呻いたエネルに、浅倉は不気味に笑いながら言った。対するエネルは、見るからに浅倉に対して怒っている。 エネルは眉をしかめ、その鋭い眼光で浅倉を睨み付けた。 「少しくらいは……だと? 貴様……口を慎めよ、我は神なるぞ……!」 「ククククク……なら戦え……戦えよ! 神様なら、戦って俺を負かしてみろ……!」 浅倉の笑みを見たエネルもまた、小さく笑い出した。こいつはバカだ とでも言わんばかりに、ニヤニヤと。 だが、目は笑っていない。そのギャップが、余計にエネルの表情を恐ろしく見せる。 「ヤッハハハハ……よかろう。 貴様に、私を助けた事を後悔させて……」 「喧嘩は駄目ーーーっ!」 と、そこで今まで黙っていたヴィヴィオが、二人の会話に割り込んだ。 エネルと浅倉は、二人共ゲームに乗った人間……しかも元の世界では何人もの人間を殺している。 そんな二人に喧嘩をするなと言った所で無駄な事だろうが、ヴィヴィオはまだそれを知らない。 言ってしまえば、ヴィヴィオは今二人の殺人鬼に囲まれているのだ。 ヴィヴィオの声が周囲に響いた後、エネルは一度浅倉から視線を外し、再び不敵な笑みを浮かべた。 「良いのか? ……今の大声で、何者かがこちらに近付いているぞ?」 心網—マントラ—による敵の位置の把握能力。エネルは、こちらに近付いて来る人間がいるとの情報を浅倉に伝えた。 浅倉は頬を吊り上げるような不気味な笑いを見せた後、直ぐに立ち上がり、鉄パイプを構えた。 敵が来るという事実だけ、何となくにだが把握したヴィヴィオも二人の殺人鬼の背後に身を隠す。 ヴィヴィオは知らなかった。 今こちらに向かっている男こそが、真にヴィヴィオを救おうと駆け付けた“仮面ライダー”である事に。 ヴィヴィオは気付かなかった。 今自分が頼っているこの男こそが、自分を囮に利用し、この殺し合いを楽しむ事が目的の“仮面ライダー”である事に。 ◆ 矢車は、デイパックの中身を確認し、武器になりそうな物を探した。 そして最初に見付けたのが、用途不明のカード型デバイス。 このデバイスにはクロスミラージュという名前があるのだが、矢車そがれを知る筈も無く、すぐにデイパックに戻した。 次に見付けたのが、銀のベルト。矢車の良く知るゼクトバックルだ。 だが、変身前にゼクトバックルを持っていたとしても何の意味も無い。これも正直不必要なアイテムだろう。 矢車はそれをデイパックに戻し、再び歩き始めた。 ちなみにこのゼクトバックル、資格者が使えばホッパーへと変身する事が可能だが、ホッパーの資格条件は絶望。 良い部下達に恵まれ、エリートの地位を持ち、戦果を上げ続ける矢車にとっては無縁のゼクターなのだ。 「武器は何も無い……やはり信じられるのは自分の腕だけか」 矢車はそう呟き、再び歩を進めようとした、その時であった。 ——喧嘩は駄目ーーーッ! 「……!?」 突如聞こえた少女の声。間違いない。先程の女の子の声だ。 喧嘩……? 彼女は今、戦いに巻き込まれているのか……? そう考えた矢車は、直ぐに走り出していた。一人の小さな命を救う為に。 走り続けて数分、木を掻き分け進んだ矢車は、このエリアを流れる河原の近くに出た。 「あれは……」 矢車の視線の先にいるのは三人の人影。 鉄パイプを構え、笑っている男が一人。力無く横たわる半裸の男が一人。 そして脅えた表情で小さく隠れる金髪の女の子が一人。なるほど、矢車はすぐに状況を飲み込んだ。 あの蛇柄の男が半裸の男を襲い、あの少女は戦いに巻き込まれてしまったのだろうと。 これ以上少女に恐ろしい思いをさせる訳には行かない。返答次第では、この男を倒す。矢車はそう決意し、口を開いた。 「ねぇ、君はその女の子をどうするつもり?」 「……ククク……ハハハハハハッ!!」 「な……ッ!?」 聞いた自分がバカだった。男は、質問に答える事なく、鉄パイプを振りかぶり、襲い掛かって来たのだ。 もう間違いない。この男はこの馬鹿げたゲームに乗っている。しかも1番質の悪い、快楽殺人の類だ。 矢車は、振り上げられた鉄パイプをかわし、アウトボクシングスタイルで構える。 「チッ……完全調和を乱す不協和音め……!」 矢車は浅倉と距離を取り、策を考える。相手が長い得物を持っているなら、素手で戦う自分は圧倒的に不利だ。 だが、矢車とてエリート。不利なら不利なりの戦い方がある。矢車は、アウトボクシングスタイルで構えたまま、軽くステップを踏み始めた。 「ッらぁ!!」 「……っ!」 浅倉が振り下ろした鉄パイプを後方に回避、そのまま下に振り切られた鉄パイプを左手で掴むと、矢車は大きく踏み込んだ。 浅倉の顔面に、凄まじい速度での右フックが入る。それも矢車が狙ったのは相手の顎。 自分の掌底で、浅倉の顎を叩き付けたのだ。素手で相手を殴る事の危険性は矢車自身が1番良く分かっている。それ故の行動だ。 対する浅倉は、矢車の攻撃を受けたにも関わらず、不敵な笑みを崩さない。 「……しまっ!?」 「らぁっ!!」 「ぐっ……!?」 気付くべきだった。この男はダメージを恐れていないという事に。 矢車は、再び振り上げられた鉄パイプの一撃を左脇腹に受けてしまう。刹那、体に鈍い痛みが走る。 「こんなもんじゃねぇよなぁ!?」 「チッ……!」 咄嗟に後方へと跳び上がり、再び構える矢車。やはり素手で武器を持った相手に挑むには不利過ぎたか? 嫌な汗が矢車の首筋を這う。 ——最初の一撃で落とせなかったか……賭が外れたな。 矢車は構えたまま、自分の甘さを呪った。本来ならば一撃で意識を奪うくらいは出来る筈の打ち込みで、勝利を得られなかった。 相手もまた相当に修羅場を潜って来たのだろう。 ——……一度見せたこの手、奴は二度と掛からないだろう……どうする? 思考を巡らせる。鉄パイプを持った相手に対抗するには……どうすればいい? ——初手をかわして……入るしかない! 再び振り下ろされた鉄パイプ。矢車はすんでの所でそれを回避し、再び浅倉の顔面に掌底を打ち込もうと踏み込む。 「……ぐぅッ!?」 いや、踏み込めなかった。先程脇腹に受けた一撃が痛み、シフトウェイトの瞬間に力が抜けてしまったのだ。 結果、矢車の拳には力が全く入らず、容易に浅倉に受け止められてしまう。 そして、再び突き出された鉄パイプ。 「オラァッ!!」 「ぐぁっ……!」 矢車はその直撃を受け、数歩のけ反る。が、浅倉の攻撃は留まる事無く、隙だらけになった矢車に更なる打撃を加える。 地べたに這いつくばった矢車は、荒い息で浅倉を睨み付けた。 「終わりだ……死ねよ」 「…………ッ!」 浅倉は、力一杯矢車へと鉄パイプを振り下ろした。 「神の裁き……エル・トール!」 「「……ッ!?」」 その時だった。鉄パイプが矢車の頭を叩き潰す寸前に、青白い稲妻が駆け抜けたのだ。 空から降ってきたかのようにも見える雷の衝撃に、浅倉と矢車は一気に逆方向へと吹っ飛ばされた。 なんとか立ち上がった矢車と浅倉は、雷の発生点を睨み付ける。 「……やはり少し弱いな。たかが人間二人殺せんとは」 そこにいるのは、背中から太鼓を生やし、異常に長い耳たぶを持った男。先程まで横たわっていた筈の、神・エネルだ。 「ヤハハハ……まぁいい。随分と待たせたなぁ? 感謝しろ、虫けら。私が直々に裁いてやる」 「クックック…………ハハハ……ハハハハハッ……!」 浅倉にはもはや矢車など眼中に無かった。今最も興味を引かれるのは、目の前の神を名乗る男のみ。 鉄パイプを引っ提げ、エネルへと突進する浅倉。 「愚かな……神を愚弄する愚かさ、身を持って知るがいい」 再びエネルの腕が青白く輝き始める。再びさっきの電撃を放つつもりらしい。 「おにーさん! 危ない!!」 物影に隠れていたヴィヴィオは、浅倉のピンチに大声で叫んだ。が、浅倉の突進は止まらない。 ならば、と、ヴィヴィオは慌てて自分の周囲を探り始める。何か武器になるものは無いのか? と。 何でもいい、エネルを止められればそれでいい。なのはと約束したのだ、「強くなる」と。 ここで逃げてばかりでは、その約束も守れない。そんなヴィヴィオが咄嗟に掴んだのは、10cm程の河原の石ころ。 こんなものしか無いのか……と、普通なら思うのだろうが、今のヴィヴィオにそんな贅沢を言っている余裕は無い。 「この……っ!!」 ヴィヴィオは、エネルに向かって力一杯石ころを投げ付けた。あの電撃を放たせない為にも。 「ん……?」 呟くエネル。石が当たった瞬間、一瞬だが光が消えた。 しかし、やった! と思ったのもつかの間。エネルの冷たい視線に睨まれたヴィヴィオは、凍り付いたようにその場で固まってしまった。 「ハハハハハァッ!!」 そんなヴィヴィオの努力を知る由も無く、浅倉はエネルの胴体に鉄パイプを振り下ろす。 鈍い音が響き、エネルの肩付近に鉄パイプが減り込む。 「やはり……雷にはなれんのだな」 「……あ?」 本来のエネルならば、こんな鉄パイプによる一撃など受ける筈も無い。雷になれば済む話だからだ。 だが、その雷に変化することが出来ない。恐らく、変化出来るのは腕や脚、一部の技だけなのだろうと判断。 それならそれで戦いようは有る。エネルは、浅倉の鉄パイプを右手で握り締めた。 「グローム……——」 そして、力を右腕に集中させる。エネルの右腕は再び光り輝き。 「——パドリングッ!」 鉄パイプへと、凄まじいまでの電流が流れた。流された電流により、鉄パイプは凄まじい熱を帯びる。 「ぐぉっ……あぁぁぁああああっ!?」 エネルの電撃により、右手に伝わる激しい痛みと熱。浅倉は咄嗟に手を離した。 見れば、右手の平はまるで火の中に突っ込んだように焼け爛れている。 「ヤッハハ……金では無く鉄というのが残念だが……十分だ」 鉄パイプは、既に原型を留めてはいない。エネルに流された電流により、高熱を帯びたパイプは、エネルの望む形——三股の矛へと変わっていた。 「ヤッハッハ!」 エネルは、作り出した矛で浅倉を突き上げた。これで浅倉の命も終わり…… 「ん?」 「ククク……ハハハハ……楽しいなぁ……戦いってのは」 いや、まだだ。体に刺さる寸前に、浅倉はエネルの矛の柄を掴み、動きを止めたのだ。 「ほほう、しぶといな」 「ククク……ッらぁ!!」 浅倉はエネルの矛を下方へといなし、エネルの顔面に重いハイキックを炸裂させた。 「くっ……」 のけ反るエネル。浅倉はエネルから距離を取り、再びニヤニヤと笑い始める。 どうやら浅倉もまだそれほどダメージは受けていない様子だ。 とは言っても、第三者から見れば、この戦いは長引けば明らかに浅倉の敗北となるのは明白。 ヴィヴィオはともかく、矢車にはそれが手に取るように分かった。あの男では奴には勝てない……と。 そう判断した矢車は、直ぐに体勢を立て直し、叫んだ。 「何をしてる! 早く逃げろ!」 「……あ?」 矢車の叫び声に、振り向く浅倉。 「解らないのか! そんな奴と戦っていたら命がいくつあっても足りない!」 「…………チッ」 浅倉は、矢車とエネルを数回見比べた後に、仕方ない と言わんばかりに舌を打ち、走り出した。 確かにこのまま戦うのは辛いと感じたのだろう。エネルとは反対の方向に向かって、浅倉は疾走する。 そんな浅倉を見届けた矢車も、急いでヴィヴィオに駆け寄った。 「早く、逃げるぞ……!」 「嫌っ! 離して!」 「なっ……!?」 ヴィヴィオは矢車の手を払い、矢車から距離を取る。どうやらヴィヴィオは矢車を完全に敵だと思っているらしく、明らかに敵意を表している。 「ヴィヴィオ、おにーさんと一緒になのはママ探すの!!」 「なのは……だと!? 待て……ッ!」 矢車はヴィヴィオを追い掛けようとするが、ヴィヴィオは既に浅倉の立ち去った方向へと走り始めていた。 ふとエネルを見れば、蹴られた頭を抱えながらも、その鋭い眼光でこちらを睨み付けている。 「チッ……仕方ない……!」 あんな化け物に目を付けられては命がいくつあっても足りない。 今から自分とは反対方向に逃げた浅倉を追い掛けていては、間違いなくエネルに追い付かれてしまう。 そう考えた矢車は、不本意ながらも、ヴィヴィオとは反対の方向へと走り出した。 今はただ、エネルから逃れる為に。 ややあって、誰も居なくなった河原で、エネルは一人呟いた。 「ヤッハッハ……なるほど、こういうゲームか。面白いじゃないか……!」 今の戦い。そして逃げ惑う人間共……浅倉・矢車・ヴィヴィオ。一応シャーリーも含めてやってもいい。 ここまで来て、エネルはようやく気付いた。 このゲームは、神である自分が逃げ惑う人間共を追い掛け、殺し、優勝するまでの、言わば狩猟ゲーム。 この戦いに参加する者を皆殺しにし、この国を支配するという考えは元より変わり無い。 ただ変わったのは、支配者になるまでの過程を楽しむという事。歯向かう者はなぶり殺しにし、逃げる者は追い掛けて殲滅する。 それがこのゲームの、エネルなりの捉え方だ。 まさに神の為のゲーム。神のみが楽しめる至高の退屈凌ぎ。 「ヤハハ……ヤーッハハハハハ……!」 ゲームの目的を再確認したエネル。深夜の河原に、そんなエネルの不気味な笑い声が響き渡った。 【1日目 深夜】 【現在地 C-7】 【エネル@小話メドレー】 【状態】しばらく陸に上がった事で回復、蹴られた事による頭痛 【装備】鉄の矛 【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3 【思考】 基本 主催者も含めて皆殺し、この世界を支配する 1.まずは誰から神の裁きを与えてやろうか…… 2.やはりあの蛇の男(浅倉)からだろうか 【備考】 ※シャーリーを優先して殺すつもりでしたが、どうせ全員殺すので、いつ殺しても同じだと判断しました ※エル・トールの稲妻により、B-7、C-7、C-6で発光現象が発生しました。 【現在地 C-7】 【浅倉威@仮面ライダーリリカル龍騎】 【状態】右手に激しい火傷、疲労(小) 【装備】無し 【道具】支給品一式、ランダム支給品0〜2 【思考】 基本 戦いを楽しむ。戦える奴は全員獲物 1.一先ずエネルからは逃げる 2.他の参加者の引き付け役としてヴィヴィオを利用する 3.ヴィヴィオがウザい 【備考】 ※自分からヴィヴィオに危害を加えるつもりはありません ※最終的にはヴィヴィオも見捨てるつもりですが、もしかすると何らかの心変わりがあるかも知れません 【現在地 C-7】 【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】 【状態】健康 【装備】無し 【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3 【思考】 基本 なのはママや、六課の皆と一緒に脱出する 1.なのはママを探す 2.おにーさん(浅倉)に着いて行く 3.おにーさんはヴィヴィオを守ってくれる 【備考】 ※浅倉の事は、襲い掛かって来た矢車から自分を救ってくれたヒーローだと思っています ※浅倉を信頼しており、矢車とエネルを危険視しています。 【現在地 C-7】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【状態】左脇腹に鈍い痛み、疲労(小) 【装備】無し 【道具】支給品一式 ゼクトバックル(ホッパー)@魔法少女リリカルなのはマスカレード、クロスミラージュ@魔法少女リリカルなのはStrikerS ランダム支給品0〜1 【思考】 基本 仲間を集め、完全なる作戦でプレシアを倒し、脱出する。 1.一先ずエネルからは逃げる 2.あの女の子(ヴィヴィオ)が心配だ 3.なのはママ……? 高町の事か? 4.とにかく仲間と情報を集めなければ 【備考】 ※クロスミラージュの用途に気付いていません ※戦いに乗った者は容赦無く倒すつもりです ※ヴィヴィオの「なのはママ」という発言から、ヴィヴィオが高町なのはと何らかの関係があると考えています ※ホッパーゼクターの資格は持っていません 【共通の備考】 ※浅倉・ヴィヴィオと矢車がそれぞれどの方向に逃げたかは後続の書き手さんに任せます ※この場にいた全員がエネルの危険性を知りました。 Back 二人の兄と召喚士 時系列順で読む Next Heart of Iron Back 二人の兄と召喚士 投下順で読む Next Heart of Iron GAME START 浅倉威 Next 勇気のアイテム(前編) GAME START 矢車想 Next 残酷な神々のテーゼ(前編) GAME START ヴィヴィオ Next 勇気のアイテム(前編) Back 少女の泣く頃に〜神流し編〜 エネル Next 残酷な神々のテーゼ(前編)
https://w.atwiki.jp/yugiorika/pages/96.html
《不協和音ノイズ》 儀式・効果モンスター 星6/闇属性/ドラゴン族/攻2800/守3400 「不幸のメロディー」により降臨。 ①:シンクロモンスターがフィールドに存在する限り、このカードは戦闘では破壊されず、他の効果を受けない。 ②:このカードがフィールドに存在する限り、このカードのコントローラ以外はシンクロモンスターを特殊召喚できない。 関連カード 《不幸のメロディー》 《ノイズアウル》 《ノイズキャンセラー》
https://w.atwiki.jp/akatonbowiki/pages/12875.html
このページはこちらに移転しました 不協和音~box of the noise~ 作詞・作曲/ミヤコ 不協和音~box of the noise~(アカペラ) (歌詞と各パート歌音源)
https://w.atwiki.jp/wiki13_cocktail/pages/940.html
条件バードアドリブLv1
https://w.atwiki.jp/onirensing/pages/855.html
アーティスト:欅坂46 レベル:8(レギュラー版第26回は7) 登場回数:2(レギュラー版第26回、第40回) 挑戦結果 挑戦者なし
https://w.atwiki.jp/aaarowa/pages/352.html
第97話 不協和音 (4) 迂闊だった。バーニィシューズという強力なカードを手に入れたせいで、楽観的になっていた。 少し考えれば分かることじゃないか。何故この事に思い至らなかったのか。 『秘仙丹を飲み爆死した友人を見て怒りに駆られたチェスターが、俺と出会った場所まで復讐を果たすためにやってくる』 ホテルに戻らなければ簡単に避けれたはずの些細なトラブル。 だが、遭遇してしまった“些細なトラブル”は“何としても崩さねばならない高い壁”へと切り替わる。 奴は情報を握っている。俺が殺し合いに乗ったという情報を。 その情報は、スタンスを偽り殺し合う気のない者の中に潜伏することを不可能にする最悪のカード。 これを使われると話が通じるかどうか怪しい殺し合う気の者のみとしか手を組めなくなる。 ただでさえ少ないカードをこれ以上減らされては堪らない。奴は始末する。今、ここで! (とは言ったものの、俺はこれ以上近付けないからな……あちらさんから来てもらうとするか) 考えてる内にチェスターの後姿が炎の中へと消えそうになる。これ以上中に入られたらまずい。 ガソリンのせいで近付けない以上、あちらから近づいてもらう必要がある。 放っておいて炎でやられるのを待ってもいいんだが、正面口以外から脱出された場合が厄介だ。 こちらは炎に近付けないせいで遠回りをしながら奴を追いかけるはめになる。 だから俺は足もとから適当にそれなりの大きさの石を拾い上げる。 コントロールには自信がないが、背中を狙えばどこかしらには当たるだろう。万が一外したとしても何かを投げられたことには気付くはずだ。 肉弾戦を主にやってるため遠くまで飛ばすだけの肩の力くらい持っている。 そして大きく振りかぶり、チェスター目掛けて投げつけた。 結果は予想外の大当たり。頭部という名の急所に当たるとは思わなかった。 当然こちらに気付いたチェスター。 思わぬ不意打ちを受けたからか、間抜けにも棒立ちになっている。こういう時に遠距離用の武器があればな……いや、なくてもガソリンさえなければ首枷で仕留めてやったのに。 「よう、数時間ぶりだな。金髪の兄ちゃんには会えたかチェスター?」 とにかく今はこちらに来てもらわない事には始まらない。 そう思い、これみよがしに笑顔を作り皮肉を言う。 金髪の青年の事を聞いた時の反応からして、チェスターは簡単に熱くなるタイプだ。ここまで小馬鹿にされてればキレて飛びかかってくるだろう。 手ぶらであるし、遠距離攻撃をされはしまいと踏み、木の陰から姿を現しとどめの一言を口にする。 「どうだ、俺の自慢の秘仙丹は効いたかい?」 しばしの沈黙。飛びかかってくるかと身構えていた俺には予想外の事だった。 チェスターが顔を上げる。くしゃくしゃになったその顔は、憐れになるほどみっともなかった。 「俺、俺……すまねぇ……あんたが折角くれたってのに、無駄にしちまった…… アーチェの奴が疲れてるみたいだからあげたら、すでにクロードの奴に何かされてたみたいで、爆発……しちまった……ッ!」 一体何を言っている? クロード、だと? もしかしてこいつは、俺が渡した秘仙丹の正体に気が付いてないのか? 何故クロードの仕業だと思っているのか分からないが、俺に対する敵意は全く感じられない。 それどころかむしろ俺の事を信頼しているようにも見える。 (おいおい、ひょっとしてこれはカミサマの贈り物ってやつか?) よほど辛い出来事だったのか、チェスターはアーチェという奴の死を口にすることで感情のコントロールが効かなくなったらしく、その場でしゃがみ込んでしまった。 おいおい、泣きながら地面を叩くとか、そういう青臭い事はもう少し安全な場面でやった方がいいんじゃないのか? 「おい、まずはこっちに来い! そのままじゃ焼け死んじまうぞ!」 折角手に入れたカードをみすみす手放すことなど出来やしない。まずはチェスターを安全な場所に移してからゆっくりと同盟を結べばいい。 奴は俺を疑ってはいないようだし、クロードの情報を与えれば喜んで仲間になりそうだ。 「チサトもガルヴァドスも死んだ! 俺だけはガソリンを引っ被りながらもガルヴァドスの技のおかげで助かったが、他の二人は助からなかった!」 最初にチェスターと会った時、あいつはホテルの方から来た。チサトと情報交換をしている可能性はかなり高い。 が、ガルヴァドスの方は見た目が見た目だ。どんな効果のある技を使えるのかまで把握してるほどコミュニケーションはとっていないだろう。 「ガルヴァドスによって脱出させられたなら、どうしてガルヴァドスが死んだと断言できるんだ」と言われたら反論できないのが難点だが、その時は単身チェスターに確認に行ってもらうだけだ。 チェスターという手駒を失うのは痛いが、そうなっても俺自身には被害は出ない。 もっとも、精神的に参っているらしいチェスターは「そうか……」とだけ呟いてとぼとぼと歩いて来たのでそんな考えは全くの徒労だったわけだが。 というか、分かったならサクサク動いてもらいたい。チンタラしてたら焼け死んでしまうぞ。 ……こんな状態じゃあガルヴァドスのデイパックは諦めた方が良さそうだな。 まぁそれでもいいさ。大して労せず仲間を得ることが出来たんだ。お釣りは十分くる。 まずは話を聞いてやり、それに合わせて二人の死をクロードのせいにする。それからクロードを倒すためという名目の元で協力させる。 ……悪く思うなよ、クロード。どうせお前は乗っちまってるんだ。恨むなら自分が乗ったことを知る人間を生かした己の甘さを恨んでくれ。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ (いたぶって遊ぶようなマネは論外だよなあ、百害あって一利なしって感じだし) ホテル跡を目指しながら、僕は今後の戦い方を考える。 これまでのように自分が楽しむかのような戦い方をするわけにはいかない。あれは隙も大きくなるし無駄な体力を使ってしまう。 自分の命は、プリシスのために使わなくてはならないのだ。 自分の体力は、プリシスの夢を叶えるためだけに使わなくてはならないのだ。 弱者をいたぶる際の細やかな満足感のために時間とMPを使うなど、あってはならないことである。 (……それに、惨殺してやりたいほどの恨みがあるわけじゃないしね) 感情の高ぶりに身を任せて必要以上にいたぶった事には罪悪感を感じている。 そもそも、こんなことにならなければ恨みもない人間を自ら襲うなんてしない。人を斬ること自体別にそんなに好きじゃないのだ。 だからその点においても反省はしているし、悪かったなとも素直に思う。 素直に思うが、殺さなければよかったとは露ほども思わない。だって彼女達を殺したのは大切な人の笑顔を守るためなのだから。 (次からは首なり心臓なりを狙って楽に殺してあげなくっちゃ。そうすれば相手も苦しまないで済むし、僕も迅速に次の行動に移れる。うん、一石三鳥だ!) だから僕は決意する。もう二度と遊んだりなんかしないと。無駄な事は絶対にしないと。 そうでもしなくちゃ、プリシスの笑顔は守れないから。 「……そうだ。次の放送でどの道立ち止まらなきゃいけないし、その時にでも遺書を書こう!」 「ふぎゃ!?(遺書!?)」 「ふぎゃっふー!(何を考えているんだアシュトン!)」 あ、2人とも怒ってる。もしかして遺書を書いてすぐに死ぬとでも思っているのだろうか。 プリシスを置いてさっさと死ぬわけなんてないのに……ずっと一緒にいるんだから、そんなことぐらい言わなくっても分かってほしいな。 「考えたんだ、僕が殺しちゃった人達にお詫びをする方法を。 それでね、思い付いたんだけど、彼らにも家族や友達がいると思うんだ。 だから、あの旅で稼いだ僕のお金を、全額僕が殺しちゃった人達の大切な人が受け取れるように遺言を書いとこうかなと思って」 勿論、そんなことで罪が消えるわけではないけれど、やらないよりはいいだろうと思った。 殺したくないけど殺さなくっちゃいけないのなら、せめてこれくらいはしなくっちゃね! 「ふぎゃー……(アシュトン、お前……)」 「ふぎゃ、ふぎゃふ!(待て、誰かいる、それも二人だ!)」 何だ、生きてたのか。それが正直な感想だった。煙が立ち込めてたし、てっきりもうチサトさんは死んでるものだと思ってたけど。 まあでも、生きてたなら生きてたで利用法はある。さっきまでと違って、今の僕なら何でも上手く利用できる気がしている。愛の力は偉大ってことかな? とにかくチサトさんは生かしておこう。そしてクロードの誤解を解いて釜石村まで連れていくんだ。 そうすればきっとプリシスは喜んでくれる。プリシスの幸せが僕の幸せなように、クロードの幸せはきっとプリシスの幸せなんだ。 だからクロードの誤解を解いたことが分かれば喜ぶはずだし、目の前で首輪を取れば自分が殺したわけでもない死体から回収するなんてズルをしてないって証明にもなる。 チサトさんは道中で首輪集めるのに利用して釜石村でプリシスの目の前で死んでもらうとしよう。 勿論、痛くないように配慮して殺してあげる。それが誰にとっても幸せな選択肢だ。 (……それに、プリシスが変な誤解をして傷ついちゃったら嫌だしね) クロードはいい奴だ。ずっと旅してきたからよく分かる。彼は自分のために殺し合いに参加するような奴ではない。プリシスもそれは分かっているだろう。 だからもしクロードが殺し合いに乗る場合、それはやはり自分ではなく“他の誰か”のためなんだ。そしてその“誰か”は、まず間違いなくプリシスじゃない。 だからプリシスがその事を考えないよう、クロードが殺し合いに乗ってるなんて誤解は片っ端から解かねばならない。 そして、万が一耳に入ってた時の事を考えて誤解だったと証明してあげなくてはならない。 まったく、罪作りな男だね、クロードは。 「あれ……? ボーマンさん?」 敵意はない。そう示そうと敢えて堂々姿を見せたはいいものの、そこにいたのは見慣れぬ男とボーマンさんの二人だった。 化け物とやらの姿は勿論、チサトさんの姿もない。 「アシュトンか……」 どこか警戒したような雰囲気を出すボーマンさん。まあこの島では妥当な反応だろう。 隣にいる男はどこか呆けたようにこちらを見ている。その男の髪色は、クロードが言っていたチサトさんと共にクロードを襲った奴のそれだった。 (確かこの青い髪の男は殺し合いに乗ってない確率が高いんだったっけ……っていうことはボーマンさんも殺し合う気はないのかな?) 冷静に分析しながら二人を見る。 ボーマンさんはこちらの出方を窺うように、青髪の男は何かを考え込むようにしながら僕の方を見つめていた。 「アシュトン……お前はこのゲームに乗ってるのか?」 当然のように尋ねられる質問の答えを用意してなかった事に今更ながら気付いてしまう。 まいった、どうしよう。不誠実だろうがここは嘘をついて「乗っていない」と答えた方が得策だろうか。 悩んでいると、青髪の男が急にその目を見開いた。 「ドラゴンを……背負った男……ッ!」 男の顔が見る見る内に怒りに染まる。おかしいな、君とは初対面のはずなんだけど。僕、君に何かやったっけ? 考える間もなく、青髪の男が掴みかかって来た。勿論ぼけっと突っ立ってやられてあげるつもりはない。 バックステップで男と距離を取り、迎撃態勢に入る。 本当ならここで放ったドラゴンブレスが当たるものだと思っていたけど、ブレスを出すのが若干いつもより遅かったせいで当たらなかった。 もしかしたら二匹とも、僕にずっと付き合わせてたせいで体調不良なのかもしれない。 「いきなりどうしたんだチェスター!」 チェスターと呼ばれた青髪の男を押さえつけ、結果的に数秒遅れのドラゴンブレスからチェスターの命を救うことになったボーマンさんがチェスターに問う。 そこでチェスターから飛び出したのは、思いがけない言葉だった。 「そいつだ! アーチェを、アーチェを襲いやがった野郎は! 龍を背中に生やした男なんだッ!」 ……やれやれ。反省した途端、調子に乗って時のツケがきた。僕って本当についてないなあ。 まあ、今回は高い授業料だと思っておこう。実際アーチェとかいう女を逃がしたのは僕の責任でもあるんだから。 だからとりあえずチェスターとやらを説得して、それが無駄なら……さっき決めたように、素早く手際よく殺しちゃおう。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ こんなにも幸運が続いていいのだろうか? チェスターは俺が思う以上にいい情報を持っていた。 (おいおい、あのアシュトンが乗ってたってマジかよ……) アシュトンはてっきり殺し合い反対派だと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。 チェスターが叫んでいる言葉を鵜呑みにするなら、アシュトンはアーチェとやらの仲間を二人も惨殺したらしい。 見たところ使い慣れていないであろう両手剣なのに二人もの人間を殺せたのなら上出来じゃないか。正直、ここで手放すには惜しい存在だ。 アシュトンには少しでも多く殺してもらわなくちゃいけない。 すでにこれだけの傷だ、俺と戦う事になる前にはくたばってくれるだろう。万が一死ななくても重症のアシュトンになら勝てるはずだ。 「待て、チェスター、落ち着くんだ! お前は実際にアシュトンが殺すところを見たわけじゃあないんだろ?」 「くっ……確かにそうだけどよ、アイツは言ってたんだ、二匹の龍を背負った男に襲われたって!」 先程から叫んでいる内容は、アーチェという少女から聞いたものに過ぎないようだ。それも、外見的特徴しか聞いていないらしい。 「あのなぁチェスター。お前さんの常識ではどうか知らんが、背中に龍を背負った奴なんて山一つ越えりゃたくさんいるぞ」 呆れたような声を出す。少しわざとらしすぎた気もするが、チェスターはその事に違和感を覚えることなく「どういう意味だよ」と返してきた。 「お前の住んでる地域ではどうなのか知らんが、俺の住んでる国には龍を背負ったタルルートっていう種族がいるんだよ」 勿論嘘だ。そんな部族はいやしない。種族の名前なんざアシュトンが樽好きだったことを思い出して咄嗟に付けた適当極まりない名前だ。 だが、チェスターにはそんなこと分かりっこない。言っちゃ悪いが頭の方は良くなさそうだし、世界中の民族を暗記しているなんてことまず無いだろう。 「……くそっ、悪かったよ!」 バツが悪そうにチェスターが言う。どうやら疑いながらも納得してくれたようだ(もっとも、納得がいかなくてもこう言うしかないだろうが) 「……ボーマンさん?」 不思議そうにアシュトンが呟きを漏らす。まあそれも仕方がないだろう。嘘をついてまで殺し合いに乗ってると言われた人物を庇う理由など普通はないのだ。 「ま、これから俺達は仲間になるんだ。仲良くやろうじゃないか」 その疑問を解決するため、チェスターの肩に手を置いてからアシュトンの方へと歩み寄る。 そして耳元で囁いてやった。「事情は分からないが、信じているからな」と。 これでいい。これでアシュトンは俺の事を“限りなく怪しくてもかつての仲間をどんな信じようとする馬鹿”と見てくれるはずだ。 それでいい。アシュトンには『利用しやすい奴』と思い込ませておく。 「いつでも始末出来て、今はまだ使えている」と思われてるうちはアシュトンに襲われる事もないだろう。 アシュトンへの耳打ちを終えると、わざとらしく肩を組みチェスターの所まで連れて行く。 「今さっきの事は互いに忘れろ。もう俺達はチームだ。強敵であるクロードを倒すための、な」 「……ああ、そうだな。悔しいが、俺一人じゃアイツを倒せそうにねえ。力を貸してくれ」 弱弱しく頭を下げるチェスター。その無様な姿がとても憐れで、クロード討伐ぐらいは本当に付き合ってやろうとさえ思えてきた。 「ああ、勿論だ」 当然こう返事をしておく。ようやく強者ともそれなりに渡り合えるカードを手中に収めたのだ、自らカードの機嫌を損ねる事はない。 「……そう、だね」 アシュトンの返事が歯切れ悪い。相手がクロードということもあって気圧されたか? もしくはチサトを殺すまでの俺みたいにかつての仲間を殺めることには抵抗があるのか…… まぁどちらだろうが関係ない。戦闘で壁としてきっちり働いてもらえばいいのだ。 「ああ、そうだ、誰か弓支給されてないか?」 思い出したようにチェスターが呟く。が、生憎二人とも首を横に振るだけだった。 「……なあ、チェスター、言わなくちゃいけないことがある」 「ん?」 「俺達は弱い。仲間を守ってやれる余裕なんかないほどに。だから今こうしてチームを組んでクロードに挑もうとしている」 チェスターにハッキリ言わなくてはいけないこと。それはチームを組む最大のデメリットである支給品の再分配について。 チーム全体の利益が最大になるよう分配すると、アシュトンにバーニィシューズを譲渡するはめになる。下手したらフェイトアーマーもだ。 折角得たバーニィシューズを手放す程俺は馬鹿じゃあない。 「俺達は戦闘の時自分の身を自分で守らなくちゃならない。なら支給品をどうするかは各自の自由だ。自分の身を守るのに必要だと思う者は無理に譲らなくてもいい」 「で、でもよ、折角仲間になったんだから……」 「ああ、だからまずは要らないと思った物だけを互いに挙げよう。そして合意が取れればそれらを交換すればいい」 あくまで等価交換。その言葉にチェスターは不満そうだが気に留めず話を進める。 「で、俺はパラライチェックと七色の飴玉とかいうアイテムを要らないと思ってる。チェスターは何かないのか、交換に出してもいいアイテムは」 効果が期待できないパラライズチェックとどんな成分なのか一切不明な怪しい飴玉。 後者はともかく、うまくいけば前者の方は何かしらと交換できるかもしれない。 「……俺は弓も持ってないし、何でも交換していい」 そう言ってチェスターはデイパックからアイテムを出す。 地べたに置かれたアイテムは、スーパーボールに、それから…… 「エンプレシアか」 エンプレシア。レナが使っていたナックルだ。 サイズが若干きついかもしれないが、ナックルは俺の待ち望んでいた武器だ。これを逃す手はない。 「チェスター、悪いがこいつをパラライチェックと交換しないか? 何なら飴玉も全部やる」 気分が明るくなる薬物でも仕込まれているであろう飴玉は砕けば調合に使えたかもしれないが、エンプレシアと交換なら惜しくない。 何としてもここは武器を手に入れなくては…… 「ん、ああ……あんたに任せるよ」 「おいおい……いいのか、そんな適当で」 言いながらもしっかりエンプレシアを試着する。 うーん、やはり少しばかりきついな。あまり長い間装備していると拳を痛めそうだ。 「ああ、ここ来るまでの旅じゃ仲間に要らないアイテムを譲るのは当たり前だったからよ…… まあ、今思えばそういう風潮もクレスがリーダーをやってたからかもしれねえけど、俺はそういう方が気楽だから」 どうやらチェスターはかつての冒険の時と同じように在りたいらしい。甘い考えだ。 言えばスーパーボールもくれそうだが、そうしてしまったらチェスターが戦力外になるのでやめておく。 この場でチェスターを殺してアシュトンとだけ組んでもいいが、アシュトンが俺を殺そうとしてきた場合サシだと少々分が悪い。 チェスターには最小限の武装だけを与えておくのが得策だろう。 「ああ、そうだ。この飴玉は今舐めておけ。気分が明るくなるそうだ。仲間が死んで辛いのは分かるが、塞ぎ込んでちゃやれるものもやれなくなる」 足を引っ張らないように、というのもあるが、それ以上にこの怪しいアイテムの実験台にするためにチェスターに七色の飴玉を勧める。 チェスターは特に警戒をすることもなく言われるがままに飴玉を舐めはじめた。即効性はなさそうだが……まあ様子見だろう。 「アシュトンは何かないのか、要らない物」 「……ないですよ。それに僕は今の武器でも何とかやれますから」 やれやれ、殺し合いに乗ってるだけあって上辺の付き合いもする気はないってか。 ま、確かに上辺だけでも仲良くしちまうと殺すのがつらくなるからな……だが俺はもう躊躇わない。家族の元に帰るためなら何だってやってやるさ。 「それより早く移動しましょう。平瀬村には人もいそうですし、放送までには探索を終えちゃいたいですから」 アシュトンの提案に反対する理由は特にない。実際拠点にもってこいな村には獲物が少なからずいるだろう。 貧弱な武装で釜石村に向かおうとした時と違い、今の俺には仲間も武器もある。よほどの強敵と当たらない限り死ぬことはないだろう。 チェスターが殺し合いに乗り気じゃないっぽいのが難点だが……思考能力は低下しているようだし、うまく言いくるめられるかもしれない。 「あ……悪い。俺、平瀬村には行きたくねえんだ」 が、平瀬村行きは予想外にもチェスターの反対にあってしまう。アシュトンが露骨に不満を顔に出した。こんな状況でも分かりやすい奴だ。 「その、仲間が二人ほどいるんだけどよ、なんっつーかさ、あの二人は俺なんかより全然凄いっていうか、見てるものが違うっていうか…… 脱出のため何を優先すべきかが分かってるって言えばいいのかな。 とにかく、今の俺じゃあ奴らの力になれそうにないんだ。それどころか足を引っ張るかもしれない。だから合流したくねえ。 それに、俺はクロードの野郎を倒したいんだ。二人は平瀬村を拠点にするみたいだから、一緒にいたらそれもできねえ。 ……だから、悪い。俺の我儘だけど、出来れば俺に付き合ってくれ」 再び頭を下げるチェスター。正直長々と喋られてもその気持ちはよく分からない。 だが反殺し合いの人間で、頭脳的で、なおかつ強大な力を持っているのだとしたら、そんな奴とは関わらない方がいいに決まっている。 自分が何人も殺した事に感づかれる恐れがあるうえに、最後の一人になるために“抜ける”ことが出来なさそうだからな。 かと言って十賢者すら蘇らせるような奴を倒せるとも思えないし、そもそも自分を倒せるような奴を参加させるほどルシファーとやらも馬鹿じゃあるまい。 そんな連中と組むにはリスクばかりが高すぎる。アシュトンは不満なようだが、平瀬村は避けた方が賢明だろう。 「おいおい、そんな顔するなよアシュトン。仲間が頭まで下げたんだ、付き合うしかないだろ」 「……分かりました。じゃあ、とりあえずは菅原神社ならどう?」 殺し合いに乗っているとはいえアシュトンはアシュトンか…… あのアシュトンが殺し合いに乗ったって言うから、てっきり「従わなければ殺す」ぐらいに理性がぶっ壊れたのかと思っていたが、意外とそうでもないらしい。 どちらの方が利用しやすいのかは分からないから素直に喜んでいいものか微妙だが。 「ああ、悪いな……俺はそれでOKだ」 「俺も異論はない」 さて、チーム全体の方針は決まったな。あとはチェスターをうまく騙して人数を減らしていくだけだな。 ……待ってろよ、ニーネ、エリス。絶対家に帰るからな。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ (やれやれ、困ったな) ホテル跡を離れ数十分。アシュトンは一人考えていた。 ボーマンにより二人と組む事になったのは構わない(むしろ有難い)のだが、如何せん彼らはクロードを敵対視している。 クロードの性格上、自分が生きて帰るために殺し合いに乗ることはまずないだろう。 だから「クロードが殺し合いに乗った」と聞いた者は誰しもが「クロードはレナのために殺し合いに乗った」と考える。 おそらくプリシスの耳に入った場合、プリシスだってそう思うだろう。そしてその心はきっとどうしようもないぐらい傷つくのだ。 その事がアシュトンには許せないのだ。その後自分の物になりやすいとしても、プリシスが傷づかないに越したことはない。 そのためにも、プリシスの一番になれるまではクロードがゲームに乗ったと耳に入れさせてはいけないのだ。 唯一の救いはプリシスとの合流まで時間があることだが、それまでに誤解を解けるかどうか…… (だけど……悪いことだけじゃなかったし、うまくやれば今まで以上にプリシスの役に立てるかもしれない) 殺し合いに乗ったからと言って気が強くなるわけでもなければ発言力が強くなるわけでもない。 アシュトンがチームの行動方針を無理矢理決めることはほぼ不可能だ。だが…… (ボーマンさんは僕達に嘘をついている) 考えていることを予測出来れば、個人単位でならそれとなく誘導できるかもしれない。 情報を武器と扱うなら、アシュトンの手には今『クロードの正体』いう最強の武器がある事になる。 先程チサト達がどうなったかを聞いた際にボーマンから引き出せた「二人はクロードに殺された」の言葉――これが嘘だということは、二人の死亡時刻にクロードと一緒に居た自分自身が一番良く分かっている。 そして、こんな嘘をつく理由なんて猿にだって分かる。嘘を吐いたボーマンこそがチサトとガルヴァドスを殺害した犯人なのだ。 それはつまり、クロードの無実を晴らすと同時にボーマンを敵に回すことを示している。 だが今のアシュトンにとって同盟を結びプリシスの笑顔のため利用できる参加者は貴重である。 クロードの無実をどのタイミングで晴らすべきか。そのことだけをアシュトンは考える。 早く解かねばならないが、極力長い事ボーマンを利用したい。さて、最良のタイミングは一体いつだろうか? (やれやれ、なかなか一人っきりにはなれそうもないし、これじゃあギョロとウルルンに意見を聞くこともできないや) そう、アシュトンは今ギョロとウルルンとコミュニケーションを取ることが出来ない。 二匹の声はボーマンたちには理解できないが、アシュトンの声は普通に聞こえてしまうのだ。 だから、彼らは一つになれない。二匹にとって目の前にいるのは、今までのように“言葉にしなくても考えの理解できるアシュトン”ではないのだから。 『首輪を狩る』 それが、彼らを繋ぐ共通の目的。 『プリシス・F・ノイマン』 それが、彼らに不協和音をもたらす存在。 (ふふ、でも頑張るよプリシス……君が笑顔でいてくれるなら、僕は何だって我慢できる…… 僕が“一番”になれるまでプリシスの笑顔を守れる人がクロードしかいないって言うのなら、僕はよろこんでクロードを君に会わせるよ。 僕の“一番”は君なんだから。君の幸せは全部僕が叶えてあげるよ) ――プリシスのためなら死ぬことさえ辞さないアシュトン・アンカースは、およそ9時間後に訪れるであろう再会を糧に歩を進める。 (どうする……? アシュトンには悪いが、人間のために命を無駄に捨てる気はない。 ……何を考えているのか分からない以上、プリシスに会うのは得策じゃないだろう。下手なフォローは裏目に出かねない。ウルルンもそこは分かっているだろう。 赤髪の女を殺した後のように、なんとかしてプリシスに会わせないようにしなくてはな…… さっさと死んでくれるといいのだが……) ――死ぬつもりなど毛頭ないギョロは、プリシスが死ぬまでどのようにアシュトンを引き離しておくかを考える。 何かしら理由を考えてアシュトンを鎌石村から遠ざけなければならない。アシュトンがプリシスのために自殺するのを避けるために。 そして同時にプリシスを失った際にどうフォローするかも考える。アシュトンがプリシスの後を追わないように。その後、プリシス蘇生のために優勝を目指すバーサーカーになるよう誘導する言葉を。 (クロードか……不味い事になったな。最後に数人での乱戦に縺れ込ませてその隙にプリシスを消すつもりだったが…… 仮に本当にプリシスが殺し合いに乗っていたとしても、アシュトンと同じように『愛しい人を生き残らせる』ことを考えてる場合、その場にはプリシスだけでなくクロードもいることになる…… 12時間経つというのに、奴は大きな傷を負っているように見えなかった……プリシスはともかく、クロードをどさくさで殺すのは骨が折れるぞ…… しばらく放置して消耗させた方が殺しやすくなるかもしれないが、奴は殺し合いを止める気でいる……与えた時間で仲間を集めて立ちはだかれては分が悪い…… アシュトンが何を考えているのかは分からないが、クロードとプリシスはすぐにでも殺させてもらう、鎌石村でッ) ――死ぬつもりなど毛頭ないウルルンは、アシュトンの生存の枷になる二人を如何にして殺すかを考える。 次で鎌石村で会った時に、アシュトンに咎められぬよう出来るだけ事故を装うような形で殺す方法を。 そしてプリシスの蘇生を仄めかし、自分自身の生存を第一目標にさせる方法を。 彼らは、プリシスを中心にバラバラになりつつあった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ したくもない殺し合いを命じられた。別に誰が悪いわけでもないさ。 そう、バラバラの道を行く彼らだけど、根本にあることは何も変わっちゃいないんだ。 一人の勇者は同じ失敗を犯さないように何が何でも一人の大切な仲間を信じると決めて、 一人の剣士は二度と大切な人を失わないように折れかけの心に鞭を打ち、 一人の女性は大切な人を一人でも多く救うために感情を殺そうとし、 一人の夫は大切な家族を泣かせないために最善の選択を取り、 一人の青年はせめてこれ以上大切な者を殺されないように憎悪と殺意を原動力にし、 そして一人の男と二匹の龍は大切な者の笑顔と生存のために尽力しようとしている。 ただそれだけなのだ。誰もが皆、大切な人のために行動しているだけなのだ。 この中に誰か明確な悪人がいるわけじゃあない。これは倒すべき絶対悪がいる物語ではない。 ほんのちょっぴり個々の想いが強すぎて、不協和音を奏でてしまう。 要するに、これはそれだけの話なのだ。本当にただ、それだけの話。 【E-04/真夜中】 【アシュトン・アンカース】[MP残量:100%(最大130%)] [状態:疲労小、体のところどころに傷・左腕に軽い火傷・右腕にかすり傷(応急処置済み)、右腕打撲] [装備:アヴクール@RS、ルナタブレット、マジックミスト] [道具:無稼働銃、レーザーウェポン(形状:初期状態)、???←もともとネルの支給品一つ、首輪×3、荷物一式×2] [行動方針:第4回放送頃に鎌石村でクロード・プリシスに再会し、プリシスの1番になってからプリシスを優勝させる] [思考1:プリシスのためになると思う事を最優先で行う] [思考2:チェスター・ボーマンを利用して首輪を集める] [思考3:菅原神社に向かう] [思考4:プリシスが悲しまないようにクロードが殺人鬼という誤解は解いておきたい] [備考1:ギョロとウルルンは基本的にアシュトンの意向を尊重しますが、プリシスのためにアシュトンが最終的に死ぬことだけは避けたいと思っています] [備考2:ギョロとウルルンはアシュトンが何を考えてるのか分からなくなるつつあります。そのためアシュトンとの連携がうまくいかない可能性があります] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【チェスター・バークライト】[MP残量:100%] [状態:全身に火傷、左手の掌に火傷、胸部に浅い切り傷、肉体的、精神的疲労(重度)、クロードに対する憎悪、無力感からくるクレスに対する劣等感] [装備:パラライチェック@SO2、七色の飴玉(舐めてます)] [道具:スーパーボール@SO2、チサトのメモ、荷物一式] [行動方針:力の無い者を守る(子供最優先)] [思考1:クロードを見つけ出し、絶対に復讐する] [思考2:アシュトン・ボーマンと協力して弱い者や仲間を集める] [思考3:今の自分では精神的にも能力的にもただの足手まといなので、クレス達とは出来れば合流したくない] [思考4:菅原神社に向かう] [備考:チサトのメモにはまだ目を通してません] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【ボーマン・ジーン】[MP残量:40%] [状態:全身に打身や打撲 ガソリン塗れ(気化するまで火気厳禁)] [装備:フェイトアーマー@RS、バーニィシューズ] [道具:エンプレシア@SO2、調合セット一式、七色の飴玉×2@VP、荷物一式*2] [行動方針:最後まで生き残り家族の下へ帰還] [思考1:完全に殺しを行う事を決意。もう躊躇はしない] [思考2:アシュトン・チェスターを利用し確実に人数を減らしていく] [思考3:菅原神社に向かいながら安全な寝床および調合に使える薬草を探してみる] [備考1:調合用薬草の内容はアルテミスリーフ(2/3)のみになってます] [備考2:秘仙丹のストックが1個あります] [備考3:アシュトンには自分がマーダーであるとバレていないと思っています] [現在位置:ホテル跡周辺。西] 【F-02/夜中】 【クレス・アルベイン】[MP残量:30%] [状態:右胸に刺し傷・腹部に刺し傷・背中に袈裟懸けの切り傷(いずれも塞がっています)、HPおよそ15%程度、何も出来ていない自分に対する苛立ちと失望(軽度)] [装備:ポイズンチェック] [道具:なし] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つ] [現在位置:平瀬村内北東部] 【マリア・トレイター】[MP残量:60%] [状態:右肩口裂傷・右上腕部打撲・左脇腹打撲・右腿打撲:戦闘にやや難有] [装備:サイキックガン:エネルギー残量[100/100]@SO2] [道具:荷物一式] [行動方針:ルシファーを倒してゲームを終了させる] [思考1:平瀬村を捜索し、武器(出来れば剣がいい)や仲間を集める] [思考2:拠点になりそうな建物を探してそこで脱出に向けての話し合いをする] [思考3:チェスターが仲間を連れて帰ってきてくれるのを待つが、正直期待はしていない] [思考4:移動しても問題なさそうな装備もしくは仲間が得られた場合は平瀬村から出て仲間を探しに行くつもり] [現在位置:平瀬村内北東部] 【G-05/夜中】 【クロード・C・ケニー】[MP残量:85%] [状態:右肩に裂傷(応急処置済み、武器を振り回すには難あり)背中に浅い裂傷(応急処置済み)、左脇腹に裂傷(多少回復)] [装備:エターナルスフィア@SO2+エネミー・サーチ@VP、スターガード] [道具:昂魔の鏡@VP、首輪探知機、荷物一式×2(水残り僅か)] [行動方針:仲間を探し集めルシファーを倒す] [思考1:神塚山を反時計回りに移動するルートで仲間を集め、第4回放送までに鎌石村に行きアシュトンとアシュトンの見つけた仲間達に合流する] [思考2:プリシスを探し、誤解を解いてアシュトンは味方だと分かってもらう。他にもアシュトンを誤解している人間がいたら説得する] [思考3:アーチェを追って誤解を解きたかったが何処へ逃げたか分からないうえ行動に疑問を感じているので、今はただ会える事を祈るのみ。会えたら誤解をちゃんと解こう] [思考4:第一回放送の禁止エリアの把握] [思考5:リドリーを探してみる] [現在位置:G-05、G-05とG-06の境界付近] [備考1:昂魔の鏡の効果は、説明書の文字が読めないため知りません] [備考2:第一回放送の内容の内、死亡者とG-03が禁止エリアという事は把握] 【残り29人】 第97話(3)← 戻る →第98話 前へ キャラ追跡表 次へ 第97話(3) アシュトン 第103話 第97話(3) チェスター 第103話 第97話(3) ボーマン 第103話 第97話(3) クレス 第104話 第97話(3) マリア 第104話 第97話(3) クロード 第98話 第97話(3) ノエル ― 第97話(3) ロウファ ―
https://w.atwiki.jp/aaarowa/pages/350.html
第97話 不協和音 (2) 顔には出さないが、ギョロはめまぐるしく変わる状況に僅かながら混乱していた。 アシュトンがウルルンが叩き起こされた際に見せた表情は、以前のアシュトンのそれだった。 別にアシュトンに人殺しをやめられたら困るからというわけではない。 見ず知らずの人間が死のうが生きようがどうでもいいし、人を殺そうが殺さまいがアシュトンの自由だ。 ギョロにとって問題なのは、アシュトンが自分自身を殺すこと。ただそれだけだ。 アシュトンの命が自分の命と直結しているからではない。 ギョロに取っては短いが、とても濃い時をアシュトンと過ごし、アシュトンの事が好きになったから。 口には出さないが、アシュトンとウルルンとの生活があればギョロは満足だった。 だから別に、アシュトンが殺戮に走った時も「意外だな」と思いつつも特に止めようとは思わなかった。 長々と落ち込まれる方が見ていて辛いし、日頃我儘を言わせてもらっている分この島では極力アシュトンの意思を尊重するつもりだった。 だからもし「やっぱり改心する」と言われても、「そうか」とだけ頷くつもりだ。 ――だが、「僕は何てことをしてしまったんだ」と塞ぎ込み自殺を考えるのだけは困る。 自分やアシュトンの命を落とすつもりは更々ない。 だから、アシュトンが“戻った”時には正直焦った。 『罪悪感を消すためにハイになって無茶な行動を取ったが、休みを挟み気持ちが落ち着くと急に罪悪感が蘇ってきて塞ぎ込む』 ありえない話ではない。 (…………大丈夫、なのか?) アシュトンの瞳は、もう先程までの狂気に染まったそれではない。 楽しそうに上擦っていた声も、今やすっかり元通りだ。 「…………これからどうするんだ?万全じゃないようだが、まだ休むか?」 なのに何故だろう。アシュトンからは先程よりも狂気を感じる。 目に見えない、もっとおぞましい狂気を。 「そうだね……まだ大人数との戦闘は避けたい所だし、一旦移動しよう。ここじゃあ町へ行く人間に見付かるかもしれないしね」 「……具体的にはどこへ行くつもりだ?」 まだアシュトンは首輪を集める気なのだろうか? いつもの口調が――平和な世界の台所でエプロンをつけながら「そうだね、今日はいい卵が入ったし、オムライスにしよう」と言う時と変わらぬ口調が、ギョロの頭を更に混乱させていく。 「禁止エリアの近くはどうかな?あんまり来る人もいなさそうだし……」 「……なるほど、確かに人の来る方向が限られるそこなら我らも人の接近を感知しやすいな」 ギョロは、相棒ゆえにアシュトンを理解しようとし続け、とうとう理解が出来なくなった。 だからギョロは迷っている。 これ以上ゆっくりと考え事をする時間を与えていいものかと。 これ以上頭を冷やさせると、アシュトンは己の行いを悔いて立ち止まってしまうのではないかと。 (立ち止まらせるわけにはいかない……この島で立ち止まる事とは、死に直結する!) だからギョロは考える。 アシュトンがウルルンと話し合って決めた目的地まで行く間、ずっと頭を悩ませる。 (……どうすれば、アシュトンを先程までのバーサーカー状態に戻せる?) ウルルンは、ギョロと同じくアシュトンの異変に気付きながらもさほど問題視はしていなかった。 アシュトンは弱い。いい奴故に弱い。だから仮に冷静になったとしても、新たな“逃げ道”を考えつくだけでさほど問題にはならないと。 それよりも問題はプリシスだ。今プリシスに死なれるのは非常に困る。 勿論個人的な感情を言ってしまえばプリシスなど所詮は『仲間の仲間』にすぎないし、別に死んでしまっても「ああ、死んでしまったのか。黙祷」くらいの感情しか抱かないだろう。 だがアシュトンは違う。プリシスの死が崩壊に繋がるかもしれないのだ。 今までのような崩壊なら問題にはならないが、自ら命を絶つ方向に走られたらさすがに困る。 アシュトンも放送で呼ばれないかと心配していたようだが、実力が未知の大男のお供だけではいつ死んでもおかしくない。 (素敵なご褒美、か……) 先程の放送で告げられた『ご褒美』とやらがどんなものかは分からない。 それこそ角砂糖を三つ投げられて「よ~しよしよしよし。ご褒美をやろう!」と小馬鹿にされる可能性もある。 だが、もしルシファーが真面目に褒美とやらを寄越す気がある場合、その『褒美』とやらを狙う価値は十分にある。 何せ奴は殺人劇の役者に十賢者や奴らを倒した光の勇者御一行様を選んだのだ。 まさか褒美が金や地位ということはあるまい。役者は皆それらを十分に持っているのだから、そんなものは角砂糖三個と大差ないのだ。 一番高い可能性は役者が誰一人として持たない未知の技術を与えられる、ということだろう。 有能な部下を得るための殺し合いだった、というのなら殺し合わせた理由にもなるし、褒美に奴の持つ技術を与えられてもおかしくはない。 そもそも奴は「優勝者は生きて帰らせて元の生活をさせてやる」とは言っていなかったしな……奴の配下にされてもおかしくはない。 まぁ奴の軍門に降るのは癪ではあるが、知人が皆死んだエクスペルに留まる理由も特に無いし、それはそれでありだろう。 そして十賢者を蘇らせた事を見るに、死者蘇生術も奴は持っている(それもレナのように“瀕死の人間”でなく“完全なる塵芥と化した者”を蘇生する力だ) つまり、奴が『褒美』として死者蘇生術を使わせてくれるのなら、プリシスに死んでもらって一向に構わないのだ。 それどころかアシュトンに“最後の一人”への執着心を強めてもらうためにさっさと死んでくれた方が有難い。 プリシスが死に、プリシスを蘇らせるためにアシュトンが勝ち残り、蘇らせたプリシスと二人仲良くルシファーの下で働く。 おそらくこれが現時点で考えられるベストエンドだ。 もっとも、この殺し合いの意味を否定していると取られても面倒なので、プリシス以外は蘇らせるわけにいかないのだが。 まぁその辺は大した問題じゃないだろう。今のアシュトンはプリシスのために仲間を切り捨てることを選択したからな。 あとはどのタイミングで「ルシファーは死者を蘇らせられる」と伝えるかだ…… 出来れば次の放送で伝えてほしいが、先程と同じように放送の最後に言われ尚且つプリシスが死んでいた場合、取り乱してロクに聞かない恐れもある。 『動転した直後に差しのべられた救いの手に飛びつく』か、『気が動転して話も聞かずに“壊れてしまう”か』…… 放送まで待つとギャンブルを強いられる事になる。 かと言ってプリシスが死ぬ可能性から敢えて目を反らしているように見えるアシュトンに死者蘇生の話をすべきかどうか…… 「プリシスは死なないから関係ない!」などと怒鳴られるだけならともかく、その後拗ねられてチームワークに乱れが生じては困る。 互いに信頼し合い一丸となってこその“アシュトン・アンカース”なのだ。 そして自分達の前に立ちはだかる最大の壁。恐らくはギョロも分かっていることだろう。 “プリシスは、このゲームには乗っていない” 冷静になって考えれば誰にだって――それこそアシュトンにだって分かる。 あの時先に仕掛けたのはこちらなのだ。かつての知人が殺し合いの場で襲って来たらまずは無力化してから話を聞こうとするだろう。誰だってそーする。俺もそーする。 実際プリシスの攻撃に殺意はなかった。アシュトンは攻撃されたことにショックを受けてそこまで頭が回らなかったようだがな…… とにかく、今もっとも問題なのはプリシスをどうすべきかだ。 アシュトンが蘇生の可能性を信じる前に死なれても困るし、かと言って生き延びてアシュトンと会われても困る。 プリシスに会わないよう、プリシスの気配を察する度にそれとなくプリシスと会えないルートに誘導してきた。 三人の参加者を減らす機会を捨ててまで、プリシスからは引き離してきた。 だがそれももう限界に近づこうとしている。 あの時取り逃がした三人と合流を果たしている可能性が高く、もうプリシスにはアシュトンが殺し合いに乗ったことが伝わっているはずだ。 複数人での生還を果たすため、説得なり殺害なりしようとこちらを狙って動くだろう。 説得されそうになったら、プリシスを殺さなくてはいけない。 『愛しい人のため』という名目をもって行われた殺戮を愛しい人に咎められては、アシュトンの心は壊れてしまうだろうからな…… とりあえずプリシスを殺してもアシュトンが発狂しないような言い訳を何か考えておかねばな…… 見知らぬ場所で死んでくれるか、アシュトンに気付かれぬ内に消し炭に出来ればいいんだが…… (……まったく、世話が焼けるやつだ。我々が無事に帰るため、ここまで苦労しなくてはならないとはな) やれやれと思いながらもウルルンは決して顔に出さない。 顔に出さず、アシュトンに気付かれないように事を終えることこそが友情である。 少なくともウルルンはそう考えた。 だからこそ、人間に好感を持ち始めた今でも冷静にプリシスの殺害計画を考えられるし、 「アシュトン! アシュトンじゃないか!」 こうしてギョロと二人でクロードに息吹で攻撃を仕掛けることだってできる。 火炎と吹雪。それを見て、慌ててクロードはスターガードで両者を防いだ。 ガード時に飛び出してきたものはアシュトンがヒラリと回避する。 全快でないとは言え、やはり動きにキレが戻ってきている。 最小限の動きで回避したことを見るに、冷静な思考を取り戻して手に入れたのはデメリットだけじゃないみたいだ。 「あぁ……なんだ、クロードか」 アシュトンが笑みを浮かべる。 そうだ、お前の恋敵だ。レオンの時のようにバッサリと斬り伏せてやれ。勿論今回は急所を外さないようにな―― 「ごめんごめん、ちょっとピリピリしててさ。駄目だよ二人とも、クロードに攻撃しちゃあ」 なん……だと……? アシュトンが、ギョロと俺を制止しただと……? いや、戦略的に見ればさほどおかしい事ではない。スターガードの構えを解かせるため仲間を装うのは有効な手段と言えるだろう。 だが、先程までのキリングマシーンと化したアシュトンにそこまでの知能は無かったはずだ。 罪悪感から逃れる事と相手を殺す事だけに全神経を集中させていた男が、急に戦略を練るようになった。 勿論、ありえない話ではない。休息を取って頭が冷静になったのだから、策略を練るくらいの余裕はあるだろう。 「まったく、気をつけてくれよ」 口ではそう言いながらも顔を綻ばせて駆け寄るクロードを、アシュトンは一太刀の元に斬り捨て――なかった。 これ以上ないであろうチャンスにも関わらず、だ。 これにはギョロも驚いたらしく、露骨に動揺の色を瞳に浮かべる。 こちらを信頼している様子なためプリシスにはまだ会っていないと思われるが、会話でおかしなことにならないといいのだが…… だがアシュトンの狙いが分からぬ以上、下手な手出しは危険である。 ギョロもそれは分かっているらしく、戸惑いながらもクロードへの攻撃を控える。 「ごめんごめん。それよりクロード、今まで……」 「ごめん、アシュトン。今は時間が惜しいんだ……あの煙が上がっている場所に、チサトさん達がいるかもしれない」 「……チサトさんが? もしかしてクロード、チサトさんと会ったの?」 「ああ……詳しくは行きながら説明する。ついてきてくれるか?」 焦りの色を浮かべながらも、真剣な表情でクロードが問う。 その言葉に、アシュトンは微笑み――邪悪なものでなく、かつての冒険中に見せていたような微笑みだ――を浮かべながら返事をした。 「勿論だよ。だって僕らは親友じゃないか」 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 『アーチェ殺害の犯人はクロード』なんて、心にもないことを言って悪かったとは思う。 だが仕方がないのだ。大切な人を亡くし冷静さを失った者に冷静さを取り戻させるのは難しい。 今はそんな時間も惜しいのだ。彼が犯人を倒したいというのなら、遅かれ早かれ倒さねばならない者を倒してもらうほうが手っ取り早いし効率的だ。 それに、どの道ある程度村を見て回ったら『村で人が来るのを待つ組』と『仲間集めと殺し合いに乗った者の討伐のため島中を移動する組』とに分散するつもりだったんだ。 彼には討伐組の役目を果たしてもらうとしよう。 ――そんな打算的な思惑通りにいくほど、この殺し合いは甘くはなかった。 チェスター君に頼みはしたものの、正直宛てにはなりそうもない。 そのうえチェスター君を行かせてしまった私にクレス君は少なからず不満を抱いたと思う。 「マリアさん……僕は……間違っているのでしょうか……」 そして何よりの失策はクレス君の自信を喪失させた事。折角仲間の死を乗り越えられたというのにこれでは不味い。 生き残っている仲間を救うためにも、復讐ではなく脱出のための策作りを優先する。そのこと自体は正しい。むしろ最善の選択だ。 かと言って、このままチェスター君を放っておいて見殺しにするのが善であるわけでもない。 あちらを立てればこちらが立たず。難しい問題だ。 「いいえ、間違っていないわ。貴方も、そしてチェスター君も」 正義の反対はまた別の正義である。非常によく聞く言葉だ。それこそ野球ゲームですら聞けるフレーズだろう。 だが、頻繁によく耳にするという事はそれ相応の理由があるからだ。 つまり、この考えは正しい。少なくとも大衆が支持する程度の正しさは持っている。 「チェスター君と意見がぶつかるのはこれが初めて、なんてことはないはずよ。共に冒険をしていれば衝突することぐらいある。 ただ今までと違うのは、どちらかが折れるまで話し合う時間がないことと、どちらかを後回しに出来るほどの時間もないということ。 まったくこの殺し合いはよく出来てるわ……今までの冒険と違って圧倒的に時間がない。パーティー全員の要望を聞けなくすることで、最終的な目標が同じ者同士を分断させる狙いがあるのかもしれないわね」 この殺し合いのルールは非常によくできている。腹立たしいが、そう評価せざるを得ないだろう。 これが普通の旅ならば、優先順位で揉めることはあれど基本的に最後は全員の希望を叶えられる。 だがここではそうも行かないのだ。仮に複数のやりたい事があって、それらがまったく同じであっても、それらの優先順位が違う者とは決して共に行動出来ない。 だからこそクレス君には念を押していたのだ。仲間が死んでも、その優先順位を変えないように。私と別れ、敵討ちや仲間の埋葬に行ったりしないように。 「仲間の仇を討とうとする気持ちも、仲間の死を乗り越えて生きてる仲間を救おうとする気持ちも、正しい事に変わりはないわ。 ただその二つの優先順位が、貴方とチェスター君とで違っちゃっただけ。それだけの話よ」 未だにクレス君は俯いている。これでいいのかと自問自答しているのか、無力感に打ちひしがれているのかは分からないけど。 それでも、彼には立ち上がってもらわなければいけない。私一人でどうにか出来るほど、ルシファーは甘くないのだから。 「……チェスター君を追いたい気持ちは分かるわ。だけど、私達の怪我じゃ何も出来ない。出来るとしたら足を引っ張ることぐらいよ」 「こんな怪我ぐらい、気になりません」 「……クレス君、落ち着いて。貴方も本当は分かっているはずよ。怪我人二人がサイキックガン一つでどうこう出来るわけがないって。 分かっていて、“何かが出来るのに何もしなかった”と思い込むのはやめなさい。自分を責めるのは簡単だけど、それで行動を起こす事を止めるのはただの逃げよ」 クレス君は喋らない。きつい言葉で凹んでいる、ということなら可愛らしいの一言で済むのだが、そういうわけでもなさそうだ。 おそらく彼は、頭の隅に浮かんでしまった邪な考えを振り切れずにいる。感情の赴くままにそれを叫びたくなっている。 それでも彼の理性がそれを押し留めているのだろう。仲間の死に呆然とするだけだった先程までと比べると、それは成長とも取れた。 『救えるかも分からない見ず知らずの人間の命よりも、目の前にいる大切な人の命を守りたい』 その考えは、決して責められるものじゃない。人間なら誰もがそう思うだろう。 クレス君の仲間だから信頼はするつもりだったが、チェスター君にかつての仲間達ほど思い入れがあるかと聞かれれば勿論ノーだ。 彼はつい1時間前に出会ったばかりの会話もろくすっぽした事のない、言わば“知人の知人”なのだ。私は彼がどんな音楽が好みなのかも知らないのだ。 そんな彼とかつての仲間を対等に扱っては、かつての仲間に失礼というものだ。 だけどそれは決して口に出してはならない。その考えは、一歩間違えれば『他者を犠牲にしてでも生かしたい者を生かす』という思想に繋がる。 それになにより口に出されて良い気はしない。無用な不信感は与えないべきだ。 クレス君もそれが分かっているからこそ、口に出さずにいるのだろう。 『大切な親友を見殺しにして、見知らぬ者達と共に脱出することに意味なんてない。今すぐにでも彼を追う』と。 だから私もその考えを言葉に出して否定はしない。それがおそらく、その考えを押し殺す彼に対する礼儀というやつだろうから。 「それに、アーチェを追って来なかった事から察するに、クロードはすでに移動を始めているはずよ。こちらには現れなかったし、おそらく次の獲物を求めてアーチェとは違う進路を選んだんでしょうね。 あれからそこそこ時間も経っているし、よほど運が悪くない限りすぐには遭遇はしないはずよ」 「……今思えば、どうしてそのクロードって人が追って来ないのか、ちゃんと考えるべきでしたね……」 クレスが自嘲めいた笑みを浮かべる。どうやら彼は責任感が強すぎるらしい。 「アーチェが死んだか確認にも来なかったほどだもの、よほど自信のある技だったんだと思うわ。彼女がここに辿り着いた時には、おそらく既に手遅れだった」 そうは言ったものの、大がかりな準備もなしにそんな事が本当に出来るのか怪しいものだ。クロードが犯人じゃない可能性も大いにある。 だからこそ次にボーマンに会っても無条件で信頼したりはしないし、むしろ疑ってかかるべきだと思っている。 もっとも、今のクレス君にはこれ以上負担をかけるわけにいかないので当分ボーマン犯人説は胸の内にしまっておくが。 とは言え、クロードを警戒しておくに越したことはない。彼が殺し合いに乗っていることは確実なのだ。最悪の事態を想定しておいて損はない。 仮に本当にアーチェがクロードによって殺害されていた場合、それはクロードから逃亡することは不可能ということ指し示す。如何に不利な状況になろうと、先程の戦いのように逃走することは出来ない。 いずれクロードは倒さねばならないが、その時までには万全の準備をしておきたいものだ。 出来れば、接近せずに倒せるような策も欲しい。 「……そう、ですね。すみません、くだらないことを言って」 「気にしないで。それより、この村で使えそうなものがないか探しましょう。私達にも出来ることが、きっとあるはずよ」 「……はい!」 やはりクレス君は強い。もう少しウジウジされるかと思ったけど、彼は素直に従ってくれる。 おそらく彼の胸には強い決意が秘められているのだろう。決して挫けないという、強い決意が。 (……その決意が砕けないよう、気をつけなくちゃね) 強い決意程、“決意を破らねば決意を貫き通せぬ場面”に弱い。今回のように大勢を救うために仲間を見殺しにする可能性が高い行動を、彼は次も選べるのだろうか? 仲間のために決意した意思を貫くため、彼は仲間を犠牲にするような非情な選択を出来るのだろうか? 答えはまだ、わからない。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 「アシュトン! アシュトンじゃないか!」 それは全くの偶然だった。ホテルを目指し走り始め、間もなく見慣れた横顔を発見したのだ。 だがしかし、ここは過酷な殺し合いの場。不意に声をかけたのがいけなかったのか、ドラゴンブレスで迎撃される。 が、これはなんとかスターガードで防ぐことができた。ジャックの遺品を持ってきたのは正解だったようだ。 その際にエネミーサーチが警告を発してきたが気にしない。 ただの警戒レベルでも反応してしまうということはアーチェの件で学習済みだ。 ここでアシュトンに剣を向けて今までと同じ失敗を犯す程馬鹿じゃない。 「あぁ……なんだ、クロードか」 ほら、こうして剣を向けず敵意がない事をきちんと示せば、ちゃんと相手にも伝わるんだ。 アシュトンはギョロとウルルンを制止し、バツが悪そうに眉を下げた。。 「ごめんごめん、ちょっとピリピリしててさ。駄目だよ二人とも、クロードに攻撃しちゃあ」 「まったく、気をつけてくれよ」 返す言葉に怒りの念は含めない。ただただ軽い、冗談を飛ばす口調で言う。 みんなで旅していた頃の事を思い出し、自然と顔が綻んだ。 「ごめんごめん。それよりクロード、今まで……」 「ごめん、アシュトン。今は時間が惜しいんだ……あの煙が上がっている場所に、チサトさん達がいるかもしれない」 そう、誤解を与えずアシュトンと合流できた今、一刻も早くチサトさんの所に戻らなくては。 アシュトンがいればチサトさん達の誤解も簡単に解けるだろう。 「……チサトさんが? もしかしてクロード、チサトさんと会ったの?」 「ああ……詳しくは行きながら説明する。ついてきてくれるか?」 不安が全く無かったと言えば嘘になる。ここはこんな島だ。ろくすっぽ説明もされずついてこいと言われたら拒絶したっておかしくない。 それでもアシュトンは微笑んでくれた。話を聞く前から、頷いてくれた。 「勿論だよ。だって僕らは親友じゃないか」 「ありがとう。さ、行こう!」 ああ、そうだな。普段はどこかヘタレてるのに、こういう時は本当に頼もしく思えるから困る。 ……ありがとうアシュトン。急いでたから適当に喋ってるように聞こえたかもしれないけど、本当に感謝しているよ。 さすがは僕の親友だ。 「……チサトさんの他に仲間はいるのかい?」 移動しながら、アシュトンが聞いてくる。まぁ当然の質問だろう。仲間は多いに越したことはないのだから。 「いや、それが……分からないんだ」 誤解を解くためにも、どの道アシュトンには真実を伝えねばならないだろう。 アシュトンにまでいらぬ誤解を受けぬよう言葉を選び、正直に告白を始める。 「実はチサトさんには誤解を受けちゃってね……僕がこの島で人を殺して回ってるって」 「何でまたそんな誤解を?」 「いやさ、化け物からチサトさんを助けようとして攻撃したんだけど、それが原因みたいなんだ」 思わず苦笑いが漏れる。 確かに短絡的だったかもしれないが、仲間を守るための行動がまさかここまで話を拗れさせる事になるとは。 「あ、そうそう、これは仲間の話に繋がるんだけど、その時青い髪の青年にも襲われたんだ」 「青い髪の青年?」 「ああ。何でか知らないけど僕が女の子を殺したって言って、チサトさんと一緒になって襲ってきたんだ。 一応正義感は強いみたいだったし、チサトさんと一緒にいるとは思う。誤情報を流したいだけの悪者って可能性もないわけじゃあないけど、ちょっと考えにくいかな? あと、倒したはずの化け物も普通に起き上がって僕を攻撃してきたから、共通の敵を持った者同士ってことで一緒にいる可能性も……」 「はは、クロードも敵が多いんだね」 おかしそうに笑みを浮かべるアシュトン。苦笑いならともかく普通に笑みを浮かべられたことに違和感を感じるが、どうおかしいのか上手く表現できそうにないので口に出さないでおいた。 まったく、笑い事じゃないんだけどな…… 「……ん? クロード“も”?」 そこで気づいた。クロードも、という表現に。 もしかしてアシュトンも僕と同じように誰かから誤解を受けたのだろうか? アシュトンなら大いにあり得る。というか誤解を受けない方が難しいだろう。 「ああ、うん。ピンクの髪の女の子を逃がしちゃってね」 「……まさか、アーチェか!?」 驚いたな。まさか同じ人物に誤解されているなんて。 逃がしちゃって、という事は僕と同じように誤解を解こうと追い回したのだろう。 彼女があれだけ怯えていたのは、凶暴そうなドラゴンを背負った青年に追いかけまわされてたからなのかもしれない。 「……クロードの知り合いなの?」 一瞬、アシュトンの目が凍てつくような冷たさになった。いや、なった気がしただけかもしれないが。 それでも、やっぱり何かおかしい気がした。もっとも僕もこの島に来てからどうも空回りばかりしているから、この島独自の雰囲気が人を変えてるのかもしれないけど。 だからアシュトンの異変は特に気にしないことにした。きっとチサトさんの目に映った僕も今までの僕とは違うのだろうし、それが原因でまた仲間と仲違いなんて御免である。 「あー、うん、知り合いっていうか何って言うか……僕の事も誤解してる娘なんだ。 ジャックっていうアーチェの仲間が誤解を解いてくれるはずだったんだけど……」 ジャック・ラッセル。この島にきてまともに会話できた最初の人物。 彼が死んだのは僕の失策のせいだと言えるだろう。あの時僕が付いて行ってれば、今頃は…… 「そう……死んだんだ、彼……」 どうやらアシュトンもジャックの事を知っているらしい。どの程度の知人なのかは分からないが。 「ねえ、クロード」 「ん?」 もう二度とジャックの時のようにはならない。 そう誓った矢先だった。アシュトンから、思いがけない言葉が聞けたのは。 「ごめん。僕達ここで別れよう」 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 第97話(1)← 戻る →第97話(3) 前へ キャラ追跡表 次へ 第97話(1) アシュトン 第97話(3) 第97話(1) チェスター 第97話(3) 第97話(1) ボーマン 第97話(3) 第97話(1) クレス 第97話(3) 第97話(1) マリア 第97話(3) 第97話(1) クロード 第97話(3) 第97話(1) ノエル 第97話(3) 第97話(1) ロウファ 第97話(3)
https://w.atwiki.jp/aaarowa/pages/351.html
第97話 不協和音 (3) まったく、俺はネーデ人に何か縁でもあるのだろうか? あと数時間で禁止エリアになる場所に留まる奴はいないだろうと判断し通り抜けようとしたD-04で、俺はノエルと再会した。 仲間に会うのはこれで二人目。これで目出度く二人しかいないネーデ人の知り合い両方に再会したことになる。 もっとも、ノエルの方はとうの昔に冷たい体になっているのだが。 (……念のため診ておくか) 時計で時間を確認する。大丈夫だ、禁止エリアになるまでにはまだ時間がある。 本格的な検死なんて勿論無理だが、ゆっくり死体を眺められるほど安全なエリアなどそうそうない。 殺害犯の獲物ぐらいしか得られる情報はなさそうだが、情報はあって困るものじゃないからな。 ――俺は弱い。この先生き残るためには、その事実を素直に受け入れるしかないだろう。 紋章術者のようにデカい一発も持ってなければ、剣士のようにリーチがあるわけでもない。 これが殺し合い開始直後なら、得意武器を持てなかった剣士くらいになら勝てるのだろうが、すでに12時間も経っている。 武器を得られなかった者達は既に全滅しているだろう。そして彼らを殺した強者達は、奪った支給品でさらに強力になっているはずだ。 そんな連中に真っ向から挑んで勝てると思う程、俺は自信過剰じゃない。そんなものは己の命を縮めるだけだ。 大事なのは現状をしっかりと把握すること。そしてその把握した手札をうまく使ってゲームを進めることだ。 そして今の俺の手札は、正直相当なものである。勿論悪い意味で。 大富豪の最強カードが11だった時に感じる「何だこれ」という感想をそっくりそのまま抱けるだろう。 まず自分の支給品がアクアベリーオンリー。子供の遠足のリュックサックにだってもう少し何か入っているぞ。 しかもそのアクアベリーすらアドレー相手に無意味に消費してしまった。いや、残っていても特に使い道はなかった気もするけど。 しかしアドレーの支給品だけは唯一のアタリと言っていいだろう。普通の人にとっては使えない代物かもしれないが、薬剤師の自分にとってはこの上なく有難いアイテム。 実際調合セットに含まれたアイテムを利用して先程2人も殺すことが出来た。まさに大富豪における八切りの8。弱い手札の中じゃ実質一番強いカードだ。 しかしこのカードはもう切れない。アルテミスリーフが半分ほど残っているだけなのだ。 そこまでして得たものは、正直割に合わない物ばかり。 まず七色の飴玉。これは論外。舐めると楽しい気分になるとか。アホか。 そしてパラライチェック。本来ならばアタリアイテムに思えるが、チサトが装備していなかった事が引っかかる。 もしこれが本当に自分の良く知るパラライチェックだとしたら、装備しない理由が特に思い付かないのだ。 もしかすると、このパラライチェックは自分のよく知るソレの劣化版なのかもしれない。 いや、それかもっと想像もつかない別のモノである可能性もある。 しかし、読み終わった後適当な場所に放っておいたままなのか、デイパックには説明書が入っていなかった。 故に、効果を断言できる日は一生来ないと言えるだろう。 そして、これが呪いやトラップの類だという『最悪の可能性』を考慮すると、『装備してみる』という選択肢は消滅する。 単なる紛い物という可能性があるだけで全幅の信頼はおけなくなっているのだ、ならばもう装備する理由はない。 といっても捨てる理由も特にないので、残しておいて何かの交渉の道具にでも使うとするのが一番だろう。 最後の一つはフェイトアーマー。装備しているとHPが少しづつ回復するというよく分からない仕組みの鎧だ。 凍結も無効にするらしく、紋章術師との戦いに非常に有効に思われるが、如何せん武器がない。 これだけ付加効果のある鎧なのだ。素手で撲殺する間敵の攻撃を防ぎ続けてくれるほど頑丈な出来ではないだろう。 一応痛みを和らげるために装備はしとくが、過度に期待して無茶をすることはよした方がよさそうだ。 やはり今一番必要なのは武器だ。どう考えても武器がいる。素手なのとナックルがあるのとじゃ天と地ほどの差があるからな…… だがしかしそう簡単に武器など手に入るものだろうか? 先程も言ったように、この殺し合いももう中盤に入っている。武器を持った人間を殺して奪うのには骨が折れることだろう。 チサト達にやったように騙し打ちで毒を盛ろうにも盛るための毒物がない。それになにより、俺を信用してくれる奴があとどれほどいると言うのか。 チサトとノエルだけでなく、すでにセリーヌとオペラが死亡している。クロードはゲームに乗っている。ディアスはかつての仲間ってだけで信用してくれるほどお人よしではないだろう。 つまり無条件で俺を信じれくれそうな人間は残すところあと5人。レナにアシュトン、レオンにプリシス、それからエルネスト。 俺を除いて現在生存者が33人と仮定すると、俺を信じてくれそうなのはだいたい6人に1人ということになる。 俺の予想ではこれは殺し合いに乗った奴と遭遇するよりも低い確率である。 そして未だに殺人鬼には会っておらず、無条件で信頼してくれる者には会ったばかり。確率からいって無条件で信頼してもらえる仲間には当分会えないと思った方がいい。 だとしたら誰かとの同盟を考えるべきなのかもしれない。信頼を得ることは難しいが、利害が一致する人間を見つけることは容易いはず。 人間的に信頼できなかろうが構わないのだ。すでに周りは敵だらけで、これ以上悪い事にはなりようがない状況なのだから。 「ん……? こいつは……ッ!」 数多くつけられたノエルの傷。それらを見ながら視線を足もとまでずらしていき、そして気付いた。 バーニィシューズ。 普段走り回らない紋章術師だろうとバーニィ並みの俊足を得られる魅惑のアイテム。これを求めてバーニィレースで破産する者も少なくはないらしい。 (ノエルを殺した奴はバーニィシューズの効果を知らなかったのか?) とすると、ノエル殺人犯への認識を改める必要がある。てっきりノエルすら一撃でしとめられない人間だと思っていたが、どうやらバーニィシューズを履いたノエルを逃がさない程の実力者のようだ。 正直俺ならバーニィシューズを履いた奴にあっさりと逃げられる自身がある。犯人は機動力に優れているのか…… バーニィシューズを頂くとするが、これで安心だとは思わない方がよさそうだ。特にこの傷の大きさに合う剣を持つ機動力の高い殺人鬼と戦う際は逃げるという選択肢を消した方が良さそうだ。 そうなった時に一人ではやはり不利。俺が生き残るのに仲間の存在は必要不可欠だ。 だが一枚岩の大集団ではいけない。優勝狙いとばれた途端、その結束力で俺の前に立ち塞がれる。 利害関係のみで成り立っている集団か、もしくは武器はよくても本人に運動能力のない集団が望ましい。そういう所なら裏切る際にも勝算がある。 とりあえずノエルから脱がせたバーニィシューズを履き、金髪の青年の死体を診る。 大きな刺し傷以外に特に傷は見受けられず、大した情報は得られそうにない。 若干痙攣の後が見られるが、短い時間で道具もなしじゃ麻痺攻撃を食らったのかは分からなさそうだ。まあだが麻痺攻撃を警戒しとくに越したことはないだろうな。 「さて……行くか」 目的地は変更だ。本当ならここを突っ切って鎌石村まで行きたかったが、今の手札じゃあそこに行くメリットがない。 拠点にぴったりの場所に潜む殺人者がいる場合そいつの狙いはまず間違いなく奇襲であり、それはすなわち話を聞く気がない事を指す。 殺し合いをする気のない者がいる場合は集団と見ていいだろう。 『前衛が少ない場合は前衛になると言って武器を貰い、前衛がいる場合は前衛の連中が消耗するまで守ってもらう』というのが当初の作戦だったが、この作戦ももう使えない。 仮に後者になった場合、まず間違いなく前衛の奴にバーニィシューズを譲渡するはめになる。 現段階でバーニィシューズは俺の手札の最強カードになったのだ。それを早々に手放すわけにはいかない。 武器の譲渡をしなくて済みそうな、本当に利害関係のみのチームを組む。そのために俺は今から森へと引き返す。 生に執着し傷ついた奴が単独でいるとしたら、他者に見つかりにくい森の中だろう事が一点。 そして予想以上に煙を上げるホテルには自然と人が集まるであろうことが一点だ。 現れたのが話の通じない相手の場合今の装備ではピンチになるが、例の逃走が不可能そうな剣士が相手じゃない限りバーニィシューズで逃げられるはずだ。 まだガソリンが付着したままだから逃走経路が限られるが……その程度のギャンブルは仕方がないと割り切るしかあるまい。 山分けという条件を持ちかけて取りに行ってもらえば回収し損ねたガルヴァドスの支給品も手に入るかもしれないのだ。 この賭けのリターンは決して低いものじゃない。どちらかと言えばローリスク・ハイリターンな方。 だったら答えは決まっている。コールだ。鬼が出るか蛇が出るか、その賭けに乗ってやる。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 「別れようって……一体どうして!」 「クロードは誤解されてるんだし、その方がいいよ。」 誤解されているんだから、一緒に行かない方がいい。 かつて僕がジャックに提案し、そして後悔する原因になった提案を、今アシュトンはしてきている。 「駄目だ! この島では何があるのか分からないんだ、別行動なんて危険すぎる!」 アシュトンに悪気がないのは分かっているのに、つい声を荒げてしまう。 また同じミスを犯すわけにはいかないんだ! 「心配しないでよ。これでも一応クロードの足は引っ張らずにきたつもりだけど?」 「分かってるよ、アシュトンが弱いだなんて思っちゃいない。でもこの島には十賢者だって……」 「だから別れるんだよ、クロード」 アシュトンが急に立ち止まる。置いて行っては本末転倒なので、仕方なしに足を止めた。 「ねえクロード。プリシスを見てないかい?」 「いや……見てないけど……」 「僕は会ったよ。殺し合いが始まってすぐに、池の近くで」 プリシスに会った。それは素直に喜べることだ。プリシスは大切な仲間の一人だし、首輪を外せる可能性がある数少ない人物だ。 だけど、どうしても喜びの言葉が口から出ない。 プリシスに会ったのなら、何故アシュトンは単独行動をしているのだろう? いつもの彼なら、プリシスを一人になんかしないはずなのに…… 「でもね、僕は拒絶されちゃったんだ。だから傍にはいられない。心配だけどね」 馬鹿な……プリシスがアシュトンを拒絶したって? 確かにアシュトンに恋愛感情を持ってるってわけじゃなかったのかもしれないが、少なくとも嫌ってなんかいなかったはずだ。 それなのに、どうして…… 「ああ、いいんだよクロード、そんな顔をしなくても……この島は“そういうルール”なんだもん。かつての仲間だって拒絶される可能性はあるよ」 確かにそうだ。一人しか生き残れないというルール上、仲間だろうが手放しでは信用できない。 積極的に仲間を殺して回る人がいなくても、疑わしい仲間を避けるのは当然のことと言える。 それでもやっぱりプリシスがアシュトンをっていうのは考えにくいけど、僕とチサトさんの前例がある。 何かしらの誤解を受けて拒絶されたという可能性もあるだろう。 「それよりも、クロードにはプリシスの護衛を頼みたいんだ」 「プリシスの……?」 「うん。変な大男が傍にいたみたいだけど、彼一人じゃちょっと心配だからね。クロードなら実力的に申し分ないし、プリシスに拒絶される心配もないからさ」 そう言ったアシュトンの表情はどこか悲しそうだった。 本当は自分で守ってあげたいんだろう。だけど、きっと彼はそれが出来ないでいるのだ。 理由は聞けない。見ただけで分かる戦闘の痕が、おそらく関係してくるのだろう。 僕のように戦闘する姿を見られたか、もしくは……誰かを殺すところを見られたのかもしれない。 暗いうえに服の色に溶け込んでいてわかりづらいが、アシュトンの体には血痕が付いている。 とはいえ、さっきからアシュトンが僕を襲って来ないことからも分かる通り、アシュトンに自ら仕掛ける気などない。 おそらくはあの冒険の時みたいに襲ってきた者を倒したにすぎないのだろう。 だがそんなことただの目撃者には分からない。分からせようにも逃げられたらどうしようもない。 僕がアーチェやチサトさんの誤解を解けなかったように、アシュトンもまた誤解を解くのに失敗したのだろう。 「だから、チサトさんは僕に任せて、クロードはプリシスの元に向かってほしいんだ。 クロードが言ったように、十賢者みたいな強い奴らがたくさんいる今、プリシスの護衛は多いに越したことがないからね」 「でも、だからって……」 「頼むよ、クロード…………君にしか出来ないんだ」 君にしかできない。 そう言われて、僕の心は揺らぎ始めた。 確かに、もう12時間近く経っているのだからのんびりしている時間はないし、アシュトンには倒すとまでは行かなくても十賢者から逃げ果せるだけの実力がある。 その怪我の原因かもしれない馴れない両手剣が不安材料ではあるが、ギョロとウルルンのおかげで奇襲には対処できるだろう。 実際僕と違い自力で修羅場も乗り越えてきたように見える。 ……あれ? むしろ未だに修羅場を乗り越えたことがない僕の方がおかしいのか? ま、まあとにかく、確かにアシュトンの言う通り僕は心配しすぎなのかもしれない。 何よりアシュトンの誤解を解けるのは、実際にアシュトンが殺し合いに乗っていないと知ってる僕だけかもしれないんだ。 それぞれ仲間がいなくて誤解までされている身。誤解は広まりつつあるのかもしれないし、被害を少しでも減らすよう一刻も早く誤解を解いて回り仲間を作るか? それこそ、今やらなければ後悔する事なのかもしれない。被害が大きくなりすぎてどうにもならないことになったら目も当てられない。 ジャックの時のように間抜け面して待っているのではなく、かと言って非効率的にも固まって行動するでもなく、僕は僕にしか出来ないことをやるべきじゃあないのか? 「……プリシスはどこに?」 「今は分からない。けど、僕もクロードも見てないってことは氷川村の方にはいないんだと思う」 「そうか……じゃあ、こうしよう。もうちょっと行けば確か分かれ道があるはずだ」 デイパックから地図を出して確認する。G-05で道が二股に別れていた。 「僕はここを右に行こうと思う。神社を覗いて、それから山を反時計回りに移動しながらプリシスを探す」 「……なるほど。じゃあ僕はホテル跡に寄って、それから平瀬村やらを覗いて反時計回りに移動してくよ」 決まりだ。一旦ここで別れて、それぞれ自分にしか出来ない事に全力を出す。 そして仲間を集めて合流し、プリシスと一緒に首輪を外す方法を考える! 「待ち合わせ場所は、そうだな……鎌石村にしよう。どんなに遅くても次の次の放送までには鎌石村に来ること」 「オーケイ、分かったよ。9時間後にはプリシスと会えるんだね……頑張らなくちゃ」 いや、僕がプリシスを見つけられるとは限らないんだが。 そう思ったが口には出さない。やる気を出してるならそれを殺ぐことはないだろう。 「ああ、そうだ、これ……使ってないし、アシュトンに渡しておくよ」 そう言って、ジャックの形見のレーザーウェポンを差し出す。 アシュトンの事を誤解したまま死んでしまったジャックは僕を恨むかもしれないが、これからのアシュトンの行動を見ていればきっと許してくれるはずだ。 「使い方はまだよく分かってないんだけど、ジャックが装備してたものだから使えるものだと思うんだ」 「……いいのかい? クロードにだって必要かもしれないじゃないか」 「いいさ。僕には愛用の剣があって、楯もあって、そのうえ敵意のある者を教えてくれるアイテムなんかも持っているんだ。これ以上僕が持ってたら罰が当たっちゃうよ」 そう言って、半ば強引にアシュトンへ押しつける。 これで少しでもアシュトンが生き残る確率が上がればいいな。 「それじゃ、僕は行くよ。後悔しないよう少しでも早く行きたいから」 「あ、うん、分かったよ。クロードの事を誤解してる人がいたら、ちゃんと誤解を解いておいてあげるから安心して。 ……クロードが殺し合いに乗った、なんて聞いたら、きっとプリシスは泣いちゃうもんね」 「アシュトン……」 寂しそうにアシュトンが笑う。それからすぐにアシュトンは僕に背を向け走り出した。「それじゃ」と、ただそれだけ続けて。 「僕も……僕もちゃあんと誤解を解いて回るから! だから、だから死ぬなよ、アシュトーンッ!」 危険を顧みず大声で叫ぶ。素直な気持ちを伝えたかったから。声が届いたかは分からないけど。 アシュトンの誤解は解いておくから、アシュトンの居場所は作っておくから、無事にもう一度再開したい。 この気持ちに嘘はない。だから僕も走り始める。もう二度と同じ過ちを繰り返さないように。 迷いも吹っ切った。頭は冷静になった。僕にしか往けない道を見つけた。だったら後は走るだけだ。それでいいんだよね、父さん、ジャック―― 放送の内容を聞き忘れた事を後悔するのは、それから数十分後の事だった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 煙を見せつけられたのは、一体これで何度めだろうか。 走り始めてしばらくすると、木々の上に見える夜空に煙が立ち上るのが見えた。 最初に思い出したのはあの日襲われたトーティス村で、次に浮かんだのは焼け落ちた学校。 それからアミィ、名前も知らない女の子の亡骸、そしてアーチェ。 憎悪が腹の底から溢れ出し顔面に現れるのが自分でも分かるようだった。 「あの野郎……ッ!」 あの煙で分かった。奴はあそこにいる。あいつがまた誰かを焼き殺そうとしてやがるんだ。 そしてその場所も大体の見当がついている。 「くそっ、待ってろよ、チサト!」 あの時一緒にクロードと戦った一人と一匹。 あいつらは決して悪い奴なんかじゃなかった。時間があればゆっくり話もしたかった。 いや、過去形なんかじゃない。もう一度あいつらと話して、出来れば一緒にクロードの野郎と戦いたい。 だけどもうそれは難しい事なのかもしれない。 前回は準備が出来ていなかったからか何もすることなく撤退したが、クロードはご丁寧にアーチェを爆殺するほどの残忍な男。 目撃者は全員消すぐらいのことを平気でしかない男なのだ。 その男が俺達三人を野放しにしてくれるはずがなかったんだ! 「くそっ、くそっ」 もっとだ、もっと速く走るんだ俺! もう二度とあんな想いはしたくないんだろ! 救える命を救いたいんだろ! 必死の思いで草を掻き分け前へと進む。走りやすい道を探す時間も惜しい。 ただ今は、今度こそ誰かを救えると信じて足を動かすだけだった。 どれだけ時間が経ったのか分からない。ただ恐ろしいまでに長く感じた。 頭の隅で、冷静な自分がこう告げる。「クロードの野郎はもう行っちまってるよ。チサト達は諦めて、息を整えたらクロード探索を始める方がいいんじゃないか」と。 それでも俺は止まらなかった。止まれなかった。 クレスみたいに完璧じゃないけど、時空の戦士の出来損ないもいいとこだけど、それでも何かが出来る筈だって。そう思いたくて、俺は森を駆け抜ける。 するとようやく森を抜け、俺の細い目に爛々と輝く炎が映った。 残念ながら見間違いの類ではない。どこからどう見てもあの時のホテルだ。 「ちく……しょおォ!」 この現実に動揺したのか、はたまた全力疾走したツケか、心臓が破裂するんじゃないかと思う程胸はバクバク言っている。 それでもそんなことを気にする余裕、俺にはなかった。 足に鞭打ちホテルの中に飛び込んで、精一杯声を出す。 「おい、誰か……誰かいないのか……!?」 その時だ。頭にコンと何かが当たった。クロードかと思い慌てて振り向く。 『男の腕には若干きついため火傷した手に優しくない』 そんな理由でエンプレシアを拳から外していたことを一瞬後悔し、石を投げた人物の姿を見てそれが徒労だったと知った。 ホテルからそれなりに離れた木陰から小石を放ったその影は、全く予想していなかった、だが予想出来ないわけじゃなかった人物のものだった。 「よう、数時間ぶりだな。金髪の兄ちゃんには会えたかチェスター?」 ボーマンの口元が笑みを形作る。その歪みが邪悪なものに見えたのは、おそらくは揺らめく炎のせいだろう。 そんな風に見えてしまうとは、どうやら俺は相当疲れているらしい。 「どうだ、俺の自慢の秘仙丹は効いたかい?」 その言葉に、俺の胸がチクリと痛んだ。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 短い眠りから目を覚まし、冷静になった頭で今までの行いを思い出して以来、アシュトン・アンカースは猛烈に後悔していた。 遊び間隔で男の傷口を抉ったことを。 紋章術師と思われる女性をいたぶるように何度も何度も斬りつけたことを。 変った服を着た少女の頭部を踏み潰したことを。 そして、レオンに対して行ったことを。 それら全てを、アシュトンは心の底から悔いていた。 (僕は馬鹿だ。何てことをしたんだ……) 休息を取る間は警戒をギョロとウルルンに任せ、自身は極力神経を摺り減らさないようにするはずだったが、“呑気に他事を考えられる程度の余裕”はアシュトンに冷静さと深い後悔を与えてしまった。 その事に気付いていたがずっと黙っていたギョロが、ようやくその口を開き本人へと尋ねてみた。 「……ふぎゃー(……どうした、アシュトン) ふぎゃふぎゃ、ふぎゃっふ(ホテルのある方向には既に火の手が上がっている。疲労が溜まっているなら無理してチサトを殺しに行く必要はない) ……ふぎゃっふぎゃぎゃ(……それとも、何か気になることでもあるのか?)」 気になること。それの中身が、今の二匹は気になっている。 アシュトンは今、何を考えている? 一体今のアシュトンはどうしたいんだ? 「ううん、そうじゃないよ…………ただ、今まで僕が殺してきた人達の事を考えちゃってさ」 「…………」 「少し、後悔してる。あの時の僕は馬鹿だった。ギョロ達にも迷惑だったよね、ごめん」 二人に申し訳なさそうに頭を下げ、これからのことを考える。 (ちゃんと反省しなくちゃな……) 情けなく眉を下げ、かつて光の勇者ご一行の台所番として活躍していたころのアシュトンの表情で。 アシュトンは、心の底から反省をする。 (次からは遊ばないでさっさと殺さなくっちゃね) ――致命傷を与えた後で首を撥ねずに暢気に男をいたぶったせいで、紋章術師に反撃の余地を与えてしまった。 ――紋章術師を嬲り殺しにすることに時間を裂いたせいで、獲物を一人逃がしてしまった。 ――少女の首を意味なく踏み砕く事に時間を使い、残りの人間を殺す時間を失ってしまった。 ――レオンに要らない事をペラペラ喋るのに体力を使い、レオンを仕留め損なった。 “それらの事を”アシュトンは猛烈に後悔している。 後悔し、そして悪魔は成長する。 バーサーカーモードが解けて失ってしまった破壊力をカバーするように、頭はだんだん冴えてくる。 プリシスも大男という協力者を使っていた。光の勇者を始めとする歴代の英雄達には、必ずパートナーがいた。 一人で偉業は成せないのだ。むしろ仲間を上手く使ってこそ、ヒーローはカッコよくなれるのだ。エクスペルを救ったクロード・C・ケニーがそうであったように。 そこから殺人鬼は習んだのだ。仲間を作る事は大切である、と。 もっとも、彼がクロードを仲間にしようとしたのはそういった理由からではない。 理由は簡単。クロードに言った通り、今クロードが死ぬとプリシスが悲しむから。 プリシスに好かれたいと思っているという事は、未だにプリシスはクロードの事を想っているのだと認めている事になる。 その事に気付いてしまえば、クロードの死がプリシスに何を齎すのか予想するのは簡単だった。 そして、アシュトンは決めたのだ。クロードだけはまだ殺さないと。 クロードを殺すのは、集めた首輪を見せてプリシスの一番になってからだと。そうすれば、プリシスは泣かないで済む。だって一番はクロードじゃないのだから。 (そうさ、僕は君のためならどんなことだって出来る) 今のアシュトンは、ギョロとウルルンが思った以上に強かった。 確かにレオンを斬りつける時まではプリシスを“殺人の言い訳”にしている節があった。毎回毎回プリシスの事を口に出していたのもそのためだ。 だが今の彼はそうではない。冷静に考えて、“彼は自分が誤っていることを認めた”のだ。 それでもなお、彼はプリシスのために殺し合いに乗ろうと決めた。泥を被ってでもプリシスの望みを叶えたいと思った。 何故なら彼はプリシスの事が好きだから。 だからアシュトンは無理矢理手プリシスを手に入れようとはしなかった。プリシスが笑ってくれなければ、奪い取っても意味がないと思ったから。 プリシス自らが自分を好きになってくれないと意味がないのだ。 ――プリシスも、きっとそうなのだろう。 冷静になりプリシスの行動の不可解さに気付いたアシュトンは、ある一つの結論を出した。 それは『プリシスは最後の一人になるつもりなど無い』というもの。 もし仮に最後の一人になるともりでいるのなら、何故裏切るかも知れない大男を傍に置き、自分に惚れていると分かっている男を遠ざけようとするのだろうか。 告白した時の反応からも、特別自分が嫌われているわけじゃないことくらいは分かっていた。 理由は考えたらあっさりと出てきた。僕を殺す気などなかったのだ。そもそも最後の一人になりたいのなら、あそこで追いかけてくるのが自然である。 つまり賢いプリシスは一人だけしか生き残れないと分かって『この戦いに生き残りたい』と考えたのではなく、『一番好きな人を生き残らせたい』と考えたのだ。 自分と同じ事を考え、本当は人を殺したくないけどクロードを生き残らせるために仕方なく人を殺すことにした。 見るからに危なそうな自ら手を下す踏ん切りのつかないプリシスが雇った戦闘狂といったところか。 だとしたらプリシスが殺し合いに乗ったと広めてしまったのはプリシスにとって不本意かもしれない。 だが、それによってプリシスが殺し合いに乗れるのなら、それは喜ばしい事なのだ。踏ん切りをつけさせてあげられるなんて、こんなに嬉しい事はない。 『プリシスに好かれる事』と『プリシスに嫌われるかもしれないがプリシスの役に立てること』なら、迷いなく後者を選ぶ。 それがアシュトン・アンカースという男であり、それが新たな彼の行動方針を支えている。 今は嫌われてもいいからプリシスの役に立ちたいと。あの日プリシスが言ったように、いつか1番になれる日がくるのだから、その時まではどれだけ泥を被ろうが構わないと。 (プリシスは気付いているんだ。クロードに想いは届かないって。だから2番目に好きな僕に失恋の辛さを受け止めてもらおうと、あの時生かしておいたんだね) 軽快か足取りで、アシュトンはホテル跡へと向かっていく。 大切な人の笑顔を、なんとしてでも守り抜くために。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 第97話(2)← 戻る →第97話(4) 前へ キャラ追跡表 次へ 第97話(2) アシュトン 第97話(4) 第97話(2) チェスター 第97話(4) 第97話(2) ボーマン 第97話(4) 第97話(2) クレス 第97話(4) 第97話(2) マリア 第97話(4) 第97話(2) クロード 第97話(4) 第97話(2) ノエル 第97話(4) 第97話(2) ロウファ 第97話(4)
https://w.atwiki.jp/dx3rd_idnotes/pages/97.html
Case12/不協和音のディスクリプト ちょ、ヤメ、ダメっス~!それ公文書~見るなっス~!! あるアクシズエージェントの報告書 朝倉 桐也拘束計画の顛末 定期的に行なっていた報告から、アクシズは那珂沢における事態を危険視。原因となっている可能性が最も高い朝倉 桐也の那珂沢からの排除を命令。それを受けた現地に逗留中のアクシズエージェント竪町 茜、涼城 武およびストライクハウンドの一部隊が実行部隊に任命された。 エージェント2名での協議の結果、まずは本人への一時的退去の勧告。その後経過の悪化や情報収集の結果次第で実力行使もやむなしという方針になんとかいいくるめ 纏めあげる。もっとも那珂沢支部は個人主義の傾向が強くアクシズならびに上層部の命令にというものにそれほど強制力を感じるとは思われず。以前からの報告の通りかなり危険性の高い集団だとは思われるが、以降の矯正に関しては別件とする。 予想通り朝倉 桐也本人は返答を保留したため、情報収集を継続。その過程で失踪中と報告を受けていた朝倉 宗一郎が接触。いくつかの重要な情報提供と事後におけるアクシズへの出頭を申し出てくる。朝倉 宗一郎自身への対応はまた別件とし、提供された情報を精査。事態が一刻の余談もならないと判断した涼城により、朝倉 宗一郎が別に渡りをつけたらしいストレンジャーズの現地部隊と共に実力行使が決定される。 投入戦力はストレンジャーズのキシュウに精鋭一部隊。および涼城 武、竪町 茜にストライクハウンドの一部隊。結果としては敗北。詳細な戦闘状況はまた別のレポートとし、評価は上層部に一任する。なお当の朝倉 宗一郎は朝倉側の勢力であろうオーヴァードの足止めを行い戦線離脱、また戦力としてカウントしていたキリトなるオーヴァードも使い物にならなかった模様。 実行力の欠如により本計画の停止を進言する。 レネゲイドビーイング・ヤギリに関する情報 正体は初代朝倉の当主。いかなる方法を用いたかに関しては不明ながら、人からレジェンドのレネゲイドビーイングへと転化している模様。情報操作と封印術により大きくその力を減じていたが、朝倉の血筋の中にヤギリに関する記憶と記録が残っているために封印が完全ではなく、情報操作と術式の効果が減じたことにより力を取り戻して再び実体化しようとしている模様。 実体化後の脅威に関しては調査中。ただ何らかの形で大規模な影響が那珂沢全域にもたらされることが確実視されており、レネゲイドの秘匿という意味においてはその一事だけで脅威と断定できる。現状においては確かに本人の供述などから朝倉 桐也をコアとしていることは事実のようであり、その隔離と共に経過を観察するという方策は妥当と思われるが朝倉 宗一郎らが主張する朝倉 桐也の殺害による事態の沈静化に関しては何点かにおいて個人的に疑問が残ると言わざるを得ない。 那珂沢支部は今後もヤギリへの対処に行動する様子であり、今後も経過を逐次報告する。並行してプランBの開始を進言する。 あるエージェントの言い訳と捕捉 あ、嘉納さんの疑惑がどうとか、成り行きでマスターブレイズと手を組みそうとかそのあたりは省いたっス。上への説明が面倒っぽかったので。 まあ、そういうわけで私はアクシズの肝入りだったわけですな。手元に置いとく限り上への報告はさせてもらうっスけど、逆に今まで通り働くものは働くっス。まあ、個人的には色々問題もあると思うっスけど、基本的にはこの件の解決までは皆さんの為にある程度までなら便宜も計るっスよ? なお実は私、同時に人事査定なんかも兼務してたっス。ふふふ、やましい心当たりのある支部の面々はこれでまさか私のことを徒や疎かにはあつかえま…………なんスか、その“お仕置きルーム”とか名前付けれそうな暗室は? (以下、断末魔が響いたとか響いてない(*1)とか) コメント一覧 名前 コメント すべてのコメントを見る