約 1,037 件
https://w.atwiki.jp/isekaikouryu/pages/2568.html
フタバ=スズキ八代目竜将軍が高級料亭『ハナブサ亭』へやってきたところ、ちょうど屯していた岡っ引たちが引き上げていくところだった。 彼自身はいつものように威厳も何もあったものではない着流し姿である。 それでも役人ともなれば将軍閣下の顔を覚えていない者などおらず、横を通るたび一様に略式ではあるが礼を欠かさず行っていく。 「なんでぇこりゃあ」と気の抜けた声を漏らした将軍はハナブサ亭の白塗りの塀沿いに歩を進め、門を潜ろうとしていた町方同心を捕まえた。 横合いからかかった無遠慮な声に鋭い視線を向けた魚人の同心は将軍と分かると態度を一転、背に鉄棒が入ったように姿勢を正す。 わけを聞かれて同心が口を開いたのと、その“わけ”が運び出されるのはだいたい同じ拍子だった。 岡っ引たちに縄をかけられて連れて行かれるのはいかにもごろつきといった風体の男たちだ。 ハナブサ亭の枯山水で構成される雅な庭園からぞくぞくと運び出されていく男たちは何故か皆氷漬けとなっている。 肉体の一部につららが垂れ下がっていたり、はたまた全身が霜で覆われていたり。それだけで何者の仕業か理解するのに時間はかからなかった。将軍にとっては。 「ガンセのやつ、無茶をしやがって」 苦笑いと共に同心と岡っ引たちを労って店の敷居を跨ぐ。 凍えているせいで威勢の悪いごろつきたちの罵声を背中に聞きつつ岡っ引の最後のひとりとすれ違い、玄関で待っていた女将に「よう」と手を上げて挨拶した。 深々と頭を下げた居住まいの美しい女将とはしばらくの付き合いである。“会合”に『ハナブサ亭』を使いだしてもう久しい。 ハナブサ亭に降って湧いた災難の火種となったのは我々だろうという限りなく正しい推測から女将に謝罪しつつ、ドニー杉で出来た廊下を女将の背を追って渡っていく。 木張りの廊下にひんやりとした空気が漂っているのは普段通りだが、どことなくその温度がいつものそれより低い気がするのは先程のごろつきたちの様子を見たからだろう。 やがて到着した巨大な襖―ハナブサ亭は外来の客のことも考え天井がかなり高い―を女将がしずしずと開けたところ、大規模の会食場には既に3人の待ち人が酒盃を空けていた。 一歩踏み入れて開口一番、将軍はその中のひとりに若干非難めいた口調で声を掛けた。 「おいガンセ!てめぇこの店に迷惑かけてんじゃねぇよ! 店のもん何にも壊さなかったろうな!」 ミズハミシマの陸と海を繋ぐ海神気道橋や祀り舞台を一望できる最も位の高い部屋を雷鳴のような笑い声が満たす。 「は は は は は ! てことは表のを見たかい殿様よォ!安心しろよォ、どいつもこいつも店の門前で片付けてやったぜェ? クロツグの透破どもが張ってるてのに馬鹿な連中だぜェ!」 げらげらと豪快に笑う凶悪な人相の鱗人を含めた、6つの瞳が一斉に将軍の方を向く。 小さな影、大きな影、途方も無く巨大な影。それぞれがフタバ=スズキ将軍を待っていた者たちだった。 「ガンセ……お前な! そういう楽しげなことを一人でやっちまいやがって!どうして俺を待たねぇ! 待てよ、そうか伝令をよこしたのはお前だったなクロツグ?お前か!『少し遅れてやってこい』と俺を仲間外れにしやがったのは!」 「確かに大樹様にそうお伝えしたのは“私ら”のひとつですが、発端は“私ら”ではありません。 そこの図体のでかい腹黒です」 将軍の恨みがましい視線を事も無げに受け流し、小さな影はそのすぐ横に“聳え立っていた”巨大な影をちらりと睨む。 「そりゃあ、まあ、そうでしょう上様。 あんな大立ち回りの最中に上様をお呼びするわけには、まあ、いかんでしょうよ。 いくら上様が喧嘩を買いたげになさっていてもそれをお咎めするのが拙の仕事ですし、それにそもそもの言い出しっぺはガンセですよ。なあ、ガンセ?」 巨大な影が苦笑交じりにじろりと対面の席に座る鱗人に瞳を向けると、若干ばつが悪そうに頬をかきつつその男は釈明を始めた。 「ま、まあなァ? 元を正せば俺が招いちまった連中だしよォ?ケジメつけんのは俺の仕事ってもんよォ、いくら殿様でもそんなことをさせるわけはいかねぇわなァ。 しかし詳しいことは後で話すがァ、これで今日の俺様の『議題』は無くなっちまいやがったぜェ。となりゃあ、俺はここにタダ酒飲みに来ただけってわけだァ! は は は は は は は は !」 男の長く裂けた口がにんまりと歪み、手のひらよりも大きな盃になみなみ注がれた酒を勢い良く喉の奥に流し込んだ。 三者三様、ひとつとして似た性質のない人格たち。席の上座へ向かって畳を踏みながら将軍は喉の奥で笑った。 この凸凹とした三人組こそミズハミシマに名高い三将。水精霊の寵愛を一身に受ける者。フタバ=スズキ八代目竜将軍が懐刀にして最強の切り札たち。 《凍えのガンセ》、《煙りのクロツグ》、《流れのキザン》。 敬意と畏怖を込めて遍く民たちに《三本槍》と称される、万夫不当の猛将たちである。 「そら、いつまでもじゃれてんじゃねぇよ! いつもの《サツキ会》、始めっぞお前ら!とりあえずは好きなだけ飲み食いしやがれ!」 部屋の最も奥に設えられた席へ将軍がどっかと座り込むと、3つの影が一斉に居住まいを正したのだった。 「あの方々の定例報告会、《サツキ会》にあなたがお料理を運ぶのは初めてだったわね」 厨房で料理の配膳を待っていた新入りに女将が再三の忠告を行った。 台所に忙しさはない。今日は貸し切りだからだ。ただ、奇妙な緊張感があった。張り詰めているようで緩んでもいる。 それはあのフタバ=スズキという将軍の人となりが生み出しているものなのか。 「知っての通り、フタバ=スズキ八代目竜将軍と《三本槍》の方々による個人的な近況報告会がサツキ会よ。 公的な会合ではないけれど、ミズハミシマという国の運営の一端を担っている大事なものなの。 あなたはここで働きだして1年だったわね。将軍様が是非新人には経験を積ませよとおっしゃるからあなたにお料理をお届けさせるけれども、くれぐれも注意するのよ。 それから………」 鱗人の女将の口が酸っぱくなるほどの注意を受けた後、ようやく送り出されたのがつい先程のこと。 さぞや真剣な顔つきで話し合いが進められているのだろう―――とは、この料亭の誰もが思わないことだ。 なんせ――――普段のサツキ会は、スズキ将軍の幹部たちの報告会と称した酒飲み会でしか無いのを皆知っている。 「さて、さっきも言った通りよォ。あの残党共が俺の懸念材料としてここに持ち込む議題だったわけよォ。 ヤツらはゴリガシラのジジイの領地で悪どいシノギをやってた極道でよォ、アクロ組てんだがァ…調子にに乗ってこの竜宮城下にも足を伸ばしてきたってわけだ。 勿論乗り込んでぶっ潰してやったんだがちょいと逃しちまっててよォ?そいつがちと心配だったんだがァ…。 何のことはねェ、俺に仇討ちしかけてきやがったがなァ。網を張ってないわけねェってのになァ!は は は は は !」 鱗人の横に座り『瑠璃海老の酒蒸し』を配膳すると「ありがとよ」と男臭い笑い方で礼を言ってそのまま殻ごとばりばり食べ始めてしまった。、 鎧のように分厚く硬質な光を放つ鱗の下に巨岩のように盛り上がった筋肉を閉じ込め、そしてそれと同等かそれ以上にいかつく大きな顎を持った大男。 下は紺色の袴、上は着物を肩に羽織っただけの裸といった装い。着物は金糸をふんだんに使ったひどく派手な錦模様で、男の人となりを示しているかのようだった。 背中側を黒々とした体皮が覆っているが喉から腹にかけては目の覚めるような美しい淡黄色であり、額から盛り上がった瞳には獰猛な荒ぶる意思の中にどこか静やかな知性が宿っている。 それらも相まってただの乱暴な傾奇者と思わせぬ何かを感じさせる男だった。 名をガンセ。ミズハミシマ最大の護りを敷かれる竜宮城下には3つの奉行所『竜宮奉行』があるが、その全体を統括する立場にいる重臣である。 薙刀《轟丸》を有し、水精霊の亜種たる氷精の加護を一心に受ける実力者のひとり。歯向かった者は尽く氷漬け、《凍えのガンセ》。 「ゴリガシラのジジイもカンカンさァ!は は は は ! 手を焼いていた連中がようやく見せた弱みだ、今頃やっきになって潰しにかかってんじゃねェかァ?ゲコゲコうるさく鳴いて奉行所に怒鳴りつけてる最中だろうさァ! なあクロツグ!てめェの“海風”はどういう風向きだァ?」 「……およそあなたの想像通りに“風”は吹いているようだ」 ガンセの対面の席に折り目正しく正座で座っている小さな、とても小さな影からそれは発せられていた。さほど大きくはないのによく通る声だった。 「今ゴリガシラ公の使者がこちらに向かっている。支部壊滅の報を受けて竜宮奉行所とアクロ組撲滅の協力体制を取りたい、という旨を持ってな。 ガンセ、すぐにもあなたの元にも報がやってくるだろう。これはあなたの管轄だ。 “私ら”のひとつによれば、そういうことだ」 空になっているお猪口に酒を注ごうとすると「いただこう」と女はお猪口を片手で支えつつ、己の見解を述べた。 2メトルはゆうにあるだろうガンセと比べれば何回りも小さい。銀糸による飾りがあるので辛うじて喪服には見えぬ黒い着物を来た小さな姿だ。 しかし、その姿もまた特異。服の飾りにある銀糸の美麗さが霞むほど美しい、銀の髪。そこから冷気を発しているように錯覚するほどだ。 公務においては短髪にすら思えるほど複雑に編み込んでいる髪も今は解いて肩口まで垂れ下がっている。誰もが羨むような艶やかな髪。 その髪の中から突き出ているのは髪とはまた違った艶やかさを放つ白亜の角だ。二又に分かれたその角が彼女を竜人なのだということを示している。 褐色のきめ細かい肌を視線でなぞっていけば細面に二つ並んでいる藍色の目に行き当たる。深海のように昏い蒼さに宿る冷たさだけで姿全体から感じる線の細さが引き締められて余りある。 細面から刃の切れ味すら感じるのに纏う雰囲気は深山にかかる濃霧のように不気味さを持った女だった。 華奢で一見若枝のような危うさが四肢にはあるのにその実は手先の指一本、つま先の爪ひとつまで全身が是凶器である。それだけの実力無しにこの席にいることは許されない。 《煙りのクロツグ》、竜宮島における隠密忍軍の頂点。 首長オトヒメと主従関係を結び領地を分けられた諸侯たる『海守』たちの全ての領地に“海風”を飛ばし、それに飽き足らず世界中に“風”を吹かせるミズハミシマの耳の長。 先に話に上がっていたゴリガシラも南部の海守だが、当然その“海風”は彼の元へも吹き付けている。既に届くはずの情報の内容もすっぱ抜かれて使者より先にここへ届いているのがその証拠だ。 ぐい、とお猪口に注がれた酒を飲み干したクロツグは、落としていた視線を上げる。見つめられれば多くの胸をざわめかせる藍の瞳がガンセを見た。 「……………ところで、たった今しがただが。 “私ら”のひとつがお前が吹き飛ばした残党共の残りの行き先を捉えたぞ。 お前、“私ら”が張ってるのを知ってわざと何人か逃したろう」 「………俺が出向くかァ?」 先程からこの部屋には自身しか足を踏み入れていないのに、いかにしてその情報を得たのか――驚く新人給仕を他所にガンセの目が鋭い光を帯びる。 ただそれだけでこれまでの豪快奔放とした態度から冷たい刃の温度まで下がる。火でありながら氷。冷たくありながら熱い。ガンセという男の有り様だ。 上座で腕組みをするフタバ=スズキ将軍と、ぐい呑みを摘んでいたキザンの視線もクロツグに集中する中、ことりと小さな音を立てて膳にお猪口をクロツグが置いた。 「必要ない。“私ら”で処理をする。 追って沙汰は知らせよう。それでよろしいでしょうか、大樹様」 「おう、任せるぜ。“海風”に間違いはねぇだろう。いいな?ガンセ」 「殿様がそう言うなら、俺ァ何も言うことは無ェよ」 「………では、大樹様。途中ながら暫しの退席をお許し召されよ」 クロツグが双方からの断りを得た途端、新人給仕は視界の違和感に目を瞬かせた。 室内に立ち込め始めるは、霧。最初は薄っすらと、しかし白墨が流し込まれるように急激に濃く漂い始める。 やがて視界もおぼつかなくなった。室内だというのに右も左も分からなくなる―――と。 控えめに、だが確かに新人給仕の手を引く力がある。大きい。樫の枝でも差し向けられたかのような。 この濃霧の中ではただひとつの確かな感覚だ。思わずぎゅっと握りしめていれば、霧は徐々に晴れていく。 実時間では20秒も無かったのではなかろうか。晴れた先、新人給仕が見たのはこちらに手を差し伸べるキザンの姿と、その横に座っていたクロツグの空席だ。 「……いつものように霧に“溶けやがった”か。はっは、奴らも不幸だな」 「まったくだぜ殿様ァ。 俺が行ってりゃ氷漬けになるだけで済むってのによォ。クロツグが行きゃァ容赦なしだぜェ」 「まぁ、これで一安心だねぇ。後始末は頼むよガンセ? ああ。もう大丈夫だよ。クロツグは足取りを掴ませないことに関しては徹底しててね。でも、まあ、こうしてみると結構派手だよねぇ」 遥か上、天井すれすれから人を安心させる緩やかな視線が差し向けられ、ようやく我に返って新人給仕は飛び退いた。 2対の手槍、《竹割長光》。それを腰に帯びた《煙りのクロツグ》率いる隠密忍軍は噂ばかりの先行する謎の多い存在だ。 筆頭のクロツグは水精霊でも特殊な亜種と縁があり、時に天候すら操るという眉唾な話もある。 ………しかし謎という点では。その横に座っていたこの巨漢も、さして変わらないかもしれない。 ただ、座っているというよりは聳え立っている、と言ったほうが表現としては近いものだった。 それは小さな山だ。大柄な鱗人であるガンセが横にいても遠近感が狂うほどの巨漢だ。 「まぁ、クロツグが帰ってくるまでに拙の話をしようか。 ……あ、お酒注いでくれる?はは、まあ、ありがとう」 へらり、と気の抜けるような笑顔は新人給仕の頭上2メルトルも上に浮かんでいる。 身の丈3メトル、いや3メトル50サンチはあるだろう。白い格子の中に淡い黄色の斑点を宿した独特の模様で皮膚は覆われている。 服装は華美すぎず質素すぎずといったもので、ところどころ装飾のある乳白色の羽織に黒の袴という出で立ちだ。 例えるなら巨大な巌がミズハミシマの正装を着こなしているようなものだが、圧倒的な存在感にも関わらず見た目ほど圧迫感を感じさせないのはこの巨岩の内面がそうさせるのかもしれない。 ちびちびとぐい呑みを傾けながら全員を見下ろすその瞳は身体に反比例するように小さく、だがしかし険しさはない。穏やかな光を湛えていた。 トロールの平均身長すら超えるこの男は、だがしかしトロールではなく、ミズハミシマでは珍しい高級官吏を担っている魚人である。 猪首から映える扁平とした頭からぐつぐつと大釜が煮立つ音が響く。“小さく”笑っているのである。 「で?キザンよ。 お前からはどうだ?オオミズチノトゲマロの爺さんと顔つき合わせて金ぶん取ってくるのがお前の仕事だが、うまくいってんのかい」 「いやあ、まあ、上様。あの方はさすがですねぇ。 先日海将棋のお手合わせをしたのですが、あの翁公はああ見えて攻めっけの強い戦いっぷりでして」 「うへえ。俺ァ、あの爺様とはなるべく顔合わせたくねェや。 よくやるぜ腹黒野郎。お前じゃなきゃあの爺様の相手は務まんねェ」 「はは。まあ、でも、ある程度は、ね」 ちらりとキザンの流し目が新人給仕に送られる。 口が堅いことで知られるハナブサ亭でも、給仕がいる場所では出来ない話、ということらしい。そこでようやく新人給仕はこの場に居付きすぎたことに気がついた。 慌てて失礼しましたと詫びを入れ退出しようとしたところで、「ところで」とキザンの話が再開した。 「で、ここからは正味の本題。 まあ、来ますよ――――海嵐」 途端、どっと溜息がふたつ上がった。フタバ=スズキ将軍とガンセのものだ。この場にクロツグがいれば…溜息はしなかったかもしれないが、やれやれと頭を振るくらいはしたかもしれない。 嵐たる『海嵐』を察知することなど、誰にもできることではない。だが、この場にいる男は別だ。この、《流れのキザン》は特別だ。 十字槍《波潜》の持ち主キザンは“流れる”水精霊に愛された男である。彼が一声かければ海中の水精霊が耳元に囁くのだ。海流の行方を。 「………やれやれ、いつ来る?」 「4日もすれば勢いも出てくるでしょう。そう水精霊は言ってますよ。 というわけで、お二人はよろしくお願いしますよ」 「そろそろ時期だとは思ってたがなァ………しゃーねーやァ。 ここから帰ったら3つの奉行所に出回りゃなァならねェな。アクロ組残党どころの話じゃ無くなってきちまいやがったァ。殿様ァ?」 「おう。俺の名前で全国に注意報を発布させるぜ。 今年もなんとか乗り切らにゃならねぇな。ガンセ!竜宮城下は頼んだぜ!」 「応よォ殿様、竜宮城の城下じゃなにひとつ損害を出させやしねぇよォ」 「よし。キザン!」 「まぁ、発布する内容の草案を考えなければなりませんねぇ。こっちで考えておきますがよろしいでしょう?上様」 「ああ、任せるぜ。 あとはクロツグが戻り次第………」 会談の場は突如として海嵐の対策会議所となりつつある。 酔漢の顔つきから一転、国の運営を司る者の表情となった三人を後に、失礼しましたと新人給仕は襖を閉めるのであった。 「『あちら』は海嵐の会議の真っ最中、か?」 1本1本運んでいたのでは間に合わないため、酒瓶の入った木箱ごと運ぶ決心を固めた新人給仕に後ろから声がかかる。 誰もいなかったはずの場所からだ。思わず振り返れば、柱の影からどろりと沸き立つような冷ややかな影がある。 装いを変えたクロツグだった。着込んでいた着物ではなく、いかにも忍びといった軽装。 請け負った仕事をもう終わらせてきたというのか。新人給仕の顔を見たクロツグは然りと頷く。 「だろうな。時期が時期だし、キザンが早めに予定を合わせてきたのはそういうことだろう。 “私ら”のひとつを忍ばせても即座に感知する化物しかあの場にはいないが、そのくらい“風”が流れてこなくても予測はつく。 “海風”を全国の海守へ差し向ける必要があるな。毎年のことだが面倒な仕事だ。手配しておくか………」 こりこりとこめかみを揉んでいたクロツグが新人給仕の視線に気づく。 給仕としては、絡繰や人形に似た作り物めいたクロツグが人間らしい仕草をしているのがどこか可笑しかったのだ。 ふん、とクロツグの細面が鼻息をついた。不快そうな感情はない。 「“私ら”とて面倒は面倒さ。海嵐については注意を細部まで行き渡らせよというのが首長オトヒメ様の厳命だ。 本当の意味で全国を駆けずり回らねばならん。“海風”の速度はミズハミシマで一等だからな。全く、忍びが飛脚の真似事とは聞いて呆れる」 物陰で腕組みをしたままクロツグが話を続ける。意外と公的な場以外では饒舌な性分なのかもしれない。 「だが不満はない。大樹様、フタバ=スズキ八代目竜将軍様にはな。 その一点でガンセとキザン、あの人知を超えた化物どもも結束しているのだろうよ。 ……いかんな、喋りすぎだ。秘密は口が裂けても割るつもりはないが、引き換えどうでもいいことなら滔々と喋ってしまうのは“私ら”の悪い癖だ」 気を取り直すように軽く咳払いするとふいに酒瓶の入った木箱をクロツグはひょいと担ぎ上げた。 慌てて止めてもまるで聞き入れもしない。すたすたとサツキ会の面々が待つ宴会場へ歩き去っていく。 鱗人である自分よりひとまわりも小さなその竜人の背を見ながら、新人給仕はふと思う。 ――――もしかしたら、愛想が悪いだけでいい人なのかもしれない。この人も。 久しぶりの将軍配下登場。ミズハミシマ最高戦力の面々もしっかりキャラが立っていて時代劇めいた光景が浮かんでくる。言い回しや語句もしっかりそれっぽくてちょっとほっこりする流れにわむ -- ((代理)) 2016-10-15 21 53 00 適度な騒ぎと緊張感のあるそこそこ平和な世の中のミズハミシマは時代劇のテンプレだな -- (名無しさん) 2016-10-15 23 49 49 三本槍と将軍がそろうと大岩三つに囲まれた細い女性ということに?VIP部屋も思わず手狭に -- (名無しさん) 2016-10-16 20 39 05 上でドンと構えているんじゃなくて細々と働いているのな三本槍 -- (名無しさん) 2016-10-27 06 58 52 今のミズハミシマの治安や統治レベルってどれくらいなんだろうね。いっぱいある島はそれぞれ自治区みたいなものなんだろうか -- (名無しさん) 2016-12-19 08 54 12 異世界の文化レベルや国家体制から成熟度合いは人間が思っている以上に進んでいるのかも知れない。ノスタルジックと現代の合わせたものみたいだ -- (名無しさん) 2017-03-28 19 05 03 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/tousounokeitou/pages/446.html
地球の騎士「天凰輝」誕生』-5 作者・ホウタイ怪人&ユガミ博士 1760 秩父山・赤心寺*** 強敵キアイドーに見事勝利したシグフェルは、 翌日、玄海老師の許に報告に訪れたが…。 玄海「光平君、見事であった!」 光平「玄海老師、ありがとうございます」 玄海「君に引き合わせたい人物がおる。入られよ!」 光平「……?」 本堂へと入って来た青年は、サングラスを外して 玄海老師に対して一礼して正座する。 衛「玄海老師ですね。お初にお目にかかります」 玄海「地場衛殿じゃな?」 光平「地場衛…? それって確かうさぎちゃんの……」 地場衛――またの名をタキシード仮面。 そしてもう一つの名を、地球の次期女王ネオ・クィーン・セレニティの 王配となるべき人物キング・エンディミオンである。 セーラームーン=月野うさぎと将来を誓い合った恋人である。 衛「光平君、君の戦いぶりは確かにこの目で見届けさせてもらった。 今日は君に大事な話があって来た」 衛は、光平に「地球の騎士」の称号について話を切り出した。 光平「地球の騎士…?」 衛「厳密に言えば、女王の騎士(Knight of the Queen)だ。 地球連邦の象徴的存在である歴代国王が代々一人だけ 選ぶことが許される、言ってみれば懐刀みたいなものかな」 光平「それを俺に!? どうしてですか? そんな大事な役割なら水野さんや火野さんが…」 衛「あいにく女王の騎士に任命される資格があるのは、 地球生まれの男性だけなんだ」 光平「それでしたら俺なんかよりも もっと経験豊富で適任の人が…」 衛「いや、君が一番相応しい。うさ子と同世代で歳も近く、 側にいて信頼して心を開ける人間は、他に君しかいない」 光平「買いかぶり過ぎですよ…」 困ってしまう光平。まだ駆け出しの戦士に過ぎない 自分にはあまりにも荷が重すぎる。 玄海「光平君、せっかくの話、受けてみたらどうじゃ?」 光平「玄海老師まで…」 衛「そう難しく考えなくていいんだ。残念ながら 俺は事情があってうさ子の近くには当面 一緒にいてやれない。代わりに君に彼女を 支えてやってほしい。ここは人助けと思って 引き受けてはもらえないか?」 光平は少し考え込んでから、静かに口を開いてこう答えた。 光平「少し…考えさせてください」 1761 PU旗艦 エトワール・ド・ラ・セーヌ*** そして数日後……。 プリンセス・ユニオンの総本山ともいうべき 見目麗しき巨大戦艦 エトワール・ド・ラ・セーヌ内にある大広間において、 ささやかながら「女王の騎士(Knight of the Queen)」の叙任式が執り行われた。 西洋風の甲冑とマントに身を包んだ礼装をした牧村光平が、 ゆっくりと大広間を奥へと進み、上座に立つ次期女王のドレスを来た月野うさぎと 次期王配の礼装をした地場衛の前へと出る。 光平「我は神々と精霊に恩寵を受け、生を賜りし光のしもべ。 我、剣と共に全てを次期女王陛下に捧げます」 衛「………」 うさぎ「………」 光平が差し出した儀礼剣を受け取るうさぎ。 その剣の腹で、光平の肩を叩き、 かしゃり、かしゃりと2回叩く音がする。 うさぎから剣を返された光平はそれを受け取り、 剣を鋭く3回振り払い、鞘に納める。 光平「我が剣、我が力、我が身体、我が魂からの忠誠は 全て女王(Queen)のもの。女王(Queen)こそが我が魂の主人にて、 我が希望の宿り主。その忠義、今ここに我が主と精霊に誓います」 うさぎ「牧村光平、汝を今ここに女王の騎士(Knight of the Queen)に任じます」 こうして叙任式は恙無く終わり、牧村光平は名実ともに ネオ・クィーン・セレニティに仕える騎士となったのである。 衛「光平君、赤心寺に行ってみるといい。 玄海老師がお待ちかねだ」 光平「玄海老師が…?」 秩父山赤心寺*** 光平は再び玄海老師に赤心寺へと呼び出された。 いったい何事だろう?と寺を訪れた光平だったが、 法堂へと案内された彼の目の前で、玄海老師は自ら筆を奮い、 一筆を書いて光平に贈る。その場には志波丈瑠も同席していた。 光平「天凰輝(テンオウキ)…?」 玄海「天に輝く鳳凰の騎士という意味じゃ」 丈瑠「まさに今の光平に相応しい言葉だ」 女王の騎士(Knight of the Queen)となった光平に、 玄海老師が祝福の意味を込めて書いたものだ。 玄海「これからは天凰輝シグフェルと名乗るがよい!」 光平「天凰輝…シグフェル!」 今ここに名実ともに地球の平和を守る新たなヒーロー、 地球の騎士、天凰輝シグフェルが誕生した! 朝倉家・光平の部屋*** 朝倉家へ帰って来た光平は、自室で亡き両親の写真を手にとって 静かに決意を語りかける。 光平「父さん…母さん…。元々思い描いていたものとは少し違っちゃったけど、 これで父さんが志した道に俺もようやく近づけたよ。天国で見ててくれよな…」 1762 永田町・首相官邸*** 土橋「いやあ、めでたいめでたい♪ 光平君の晴れ姿、陽一郎君にも見せてやりたかった!」 光平が女王の騎士(Knight of the Queen)に叙任された事を、 まるで自分の孫の事でもあるかのように喜んでいる土橋竜三。 これによって、これまで光平を一方的に反日危険分子と看做していた 永田町や霞が関の一部上層部も、迂闊に彼に手出しをする事は 出来なくなったのである。 土橋「これでワシも光平君の監視役から晴れてお役御免♪ もう党の長老たちも彼にちょっかいを出すような心配も いらなくなるでしょう」 桃太郎「そうなるといいがな…」 土橋「はい…?」 剣桃太郎は、さっきからずっと執務室の窓から、 何かよからぬ予感しているように、 じっと外の景色を見つめている。 桃太郎「確かに永田町の奥の院も、あの少年に対して下手な干渉は 控えるようになるだろう。だがそれも表向きの話だ…」 優子「総理は"影"が動くと読まれているのですね?」 土橋「まさか……」 今までは表向きの監視状態に置かれていただけだったが、 その牧村光平が公の地位に関わる称号を得たとなると、 表では動きにくくなった以上、これからは影の部分が 代わって動き出すのは、ある意味必然であると言えた。 桃太郎「………」 天童菊之丞邸・茶室*** 聖天子付き補佐官・天童菊之丞が茶を立てている中、 一人の編笠を被った尼僧が茶室の脇へと控える。諸国探索の任務より戻った 天童の女忍者・千坂朱音である。 朱音「御前、ただ今戻りました」 菊之丞「ご苦労であった。では報告を聞こう」 朱音「大阪エリア指導者・斉武宗玄、並びに仙台エリア首相・稲生紫麿、 いずれも東京に対して異心を抱いているのは明白にございます。 特に斉武は京都の仙洞御所に連なる旧華族の何人かとも接触を 繰り返している形跡がございます」 高坂「もし斉武が、京都におわす治天の君と結びつくようなことがあれば、 聖天子様にとっても由々しき事態…」 茶室に同席している天童家の用人・高坂正眼は、朱音の報告を聞き憂慮する。 「治天の君」とは日本国の先々帝であり、当代の聖天子から見て高祖父に当たる人物だ。 天子の位を退いてからは京都の仙洞御所に引き籠り、 すでに御歳は100歳を軽く超えているといわれる。 菊之丞「北陸の様子はどうであった?」 朱音「金沢エリアには、今のところ目立った動きは見られませぬ」 金沢エリアは、大阪や仙台と同様に、日本が道州エリア制を導入してから、 新潟県、富山県、石川県、福井県の4県を統括する上位行政区分である。 首長が大統領的な権限を握っている大阪エリアや仙台エリアとは異なり、 金沢エリアには「北陸宮」と呼ばれる宮家が御輿として招かれており、 現在も名誉職的な存在の首長として公務に励んでいる。 高坂「本日その方を呼び戻したのは他でもない。 そなたに渡す物がある」 高坂が朱音に手渡した大判の封筒の中には、 高校の教員免許が一枚入っていた。 朱音「御用人様、これはいったい?」 高坂「与党の老人どもが閣下に泣きついて参ったのよ。 その方にはこれよりメガロシティにある海防大学付属高校に 教師として赴任してもらう。手続きもすでに済ませてある」 菊之丞「………」 高坂「仔細については追って沙汰を下す。 それまで待て」 朱音「ハハッ」 1763 ○地場衛→牧村光平を「女王の騎士(Knight of the Queen)」に推挙。 ○月野うさぎ→牧村光平を「女王の騎士(Knight of the Queen)」に叙任。 ○玄海老師→シグフェルに「天凰輝」の称号を一筆書いて贈る。 ○志葉丈瑠→玄海老師が牧村光平に「天凰輝」の称号を一筆書いて贈る場に同席。 ○土橋竜三→牧村光平が「女王の騎士(Knight of the Queen)」に叙任された事と 自分が光平の監視役を事実上解かれた事を喜ぶ。。 ○木場優子→これから牧村光平に"影"の手が迫るであろう事を憂慮する。 ○剣桃太郎→これから牧村光平に"影"の手が迫るであろう事を憂慮する。 △天童菊之丞→千坂朱音に海防大学付属高校への潜入任務を命じる。 ○牧村光平/天凰輝シグフェル→地場衛の推挙によって「女王の騎士(Knight of the Queen)」に任命される。さらに玄海老師から一筆を贈られ、以後は変身後のコードネームとして「天凰輝シグフェル」を名乗る。 △千坂朱音→諸国探索の任務から帰還し、東京に戻る。天童菊之丞から教師として海防大学付属高校に 潜入する任務を新たに命じられる。 △高坂正眼→千坂朱音のために教員免許を用意し、海防大学付属高校に新任教師として 赴任できるよう手続きを済ませる。 【今回の新規登場】 △高坂正眼(闘争の系統オリジナル) 天童家の家令(執事長)であり、天童菊之丞に仕える用人。
https://w.atwiki.jp/srwkdm/pages/455.html
31代目スレ 2010/3/18 ◆ 身ひとつに美食を好まず。 宮本武蔵はそう書き表している。 両脚の鋼を床に着け、親指を重ねて正座をする。 背筋を伸ばし、正面を見る。上体を前に傾け、両手を前に滑らせるようにして両膝の前 に着ける。両手の人差し指と親指で三角形を作り、その中央に鼻先を埋めるようにして 頭を下げる。 頭を上げ、両手を足の上に軽く置く。そのまま、しばし黙想する。 しんと静まりかえった道場の空気に香りが加わった。外で咲いている花からだろうか。 その香りを、無視するでもなく心の中から追い出す。 心を無に、ただただ静謐の境地に向かっていく。 長く深く呼吸をして、ゆっくりと右足を立てる。左足を起こし、立ち上がる。 竹刀は左手に持ち、立礼。それから竹刀を腰まで上げ、左手の親指を鍔にかける。3歩 前進し、右手で竹刀を握り左手で柄頭を握って竹刀を構え、蹲踞の姿勢を取る。 蹲踞のまま、ふたたび心を無にする。 俺の名はゼフィア・ゾンボルト。このOG学園高等部で剣道部の主将をしている。ただ し、幽霊部員ばかりでまともに活動しているのは俺一人だ。 ◆ 「あっ、せんぱぁい」 今日も、彼女はぱたぱたと道場に入ってくる。 「礼くらいせんか」 「へ、なんでですか」 道場に入るときには一礼をする。武道をする人間にとっては当たり前のことだ。近ごろ では年数を重ねるたびに礼をしなくなる人間が多いから、嘆かわしいことだ。 「そんなことより先輩、駅前のパチンコ屋に『CRトップをねらえ』が入ったんですよ。 行きましょうよ、ね、行きましょうよ」 彼女の名前はミスティリカ・レックス。生まれも育ちも地球だが、両親はアトリーム というすでに滅亡してしまった惑星で産まれた異星人だ。だからなのか、地球の常識に 少し疎いところがある。 どうやら俺は、彼女に気に入られてしまったらしい。毎日道場に来ては、俺をパチンコ に誘ってくる。 パチンコ。なんと呪わしい言葉なのだろう。あの、銀玉を弾く感触、ヘソ入賞からの 演出、リーチがかかったときの高揚感、大当たりが出たときの虚脱感にも似た達成感。 どれをとっても麻薬のような強制力を持つ。ひと頃、俺は彼女の言葉に乗るままにパチ ンコに熱中してしまった時期がある。痛恨の極みだ。 「パチンコは、もうやらん」 「ええ、なんでですか、やりましょうよ」 「やらんといったらやらん!」 パチンコは恐ろしい遊戯だ。大量の時間とカネを消費し、得るものはあまりにも少ない。 あんなものは、もう2度とやってはいけない。1度でもやってしまったら、またズブズブと あの無為な時期に戻ってしまうような気がする。背筋にぶると悪寒が走る。 「レックス、お前はなぜそう、俺にパチンコをやらせようとする」 「だぁって、剣道やってる先輩も好きですけど、剣道を踏み外した先輩はもっと好きなんですもの」 レックスは裸足でぺたぺたと俺の前まで歩いてくると、すとんと座り込む。当然正座で はなく、膝を崩している。短すぎるスカートから、白い太腿が半ば以上露出していた。 「宮本武蔵は」 「あっ、ちょっと、待って、ストップ。 わたし、まだ『バガボンド』5巻までしか読んでないんですよ。 ネタバレやめてください」 なんと嘆かわしい。 「レックス、お前はまだ若い」 「先輩は見た目若くありませんけどね」 「俺に道を踏み外させようと血道をあけているわけにはいかんだろう」 「まあ、バイトとかしてますけどお」 俺にパチンコの資金を融通していたのは彼女だった。なぜ身銭を切ってまで俺を堕落 させようとするのか理解に苦しむが、事実やっているのだから仕方がない。 「毎日道場に来るなら、どうだ。いっそ剣道部に入ってみないか」 「ええ、ヤですよ。汗臭い」 「いいから、構えろ」 もはや問答無用。彼女をどうにかしない限り、俺は永久にパチンコに誘われ続ける。 ふたたびパチンコという名の魔道に足を踏み入れるわけにはいかない。 俺はレックスに向かって竹刀を放り投げた。 「行くぞ!」 レックスが竹刀を拾い、あたふたと立ち上がった。 「メェーンッ!」 「わっ、わっ」 レックスはばたばたと足音を鳴らしながら道場の中を逃げ回る。 やはり、素人だ。それに、女性な上に年下だ。本気を出すわけにはいかない。軽く面 を一本入れて終わりにしよう。 俺は中段に構え、レックス目がけて踏み込んでいった。 ダメだ。打ち込めない。レックスはまたばたばたと俺の間合いの外に行ってしまう。 「尋常に勝負せい!」 「えぇ~、汗臭い」 「来ないのならこちらから行くぞ!」 「もう来てるじゃないですかぁ」 踏み込む。また、ダメだ。打ち込めない。レックスはばたばたと逃げていく。しかし、 完全に逃げているわけではない。知ってか知らずか、俺の間合いの一歩外という距離を 保っている。経験者であれば、もう10本は打ち返して来るところだ。 素人には違いない。しかし、ひょっとしたら才能があるのかもしれない。 手加減の必要はないのかもしれない。 俺は竹刀を構え直した。左足を前に出し、剣を持った右手を耳のあたりまで上げて左手 を軽く添える。八相の構えに似ているが、違う。示現流、蜻蛉の構え。幕末の昔、新撰組 すらも震え上がらせた構えだ。 「ちえぇぇぇぇいっ!」 裂帛の気合いを込めて打ち込む。外れた。レックスはまたしても避けた。しかも、後ろ にではない。横に滑るようにして避けた。 間合いに踏み込まれた。示現流は二の太刀いらず。一撃をかわされたあとの隙が大きい。 「え? えっと、メン」 コツンと、レックスの竹刀が俺の眉間を打った。 ◆ なんという油断。ビギナーズラックなどではない。純然たる、俺の心に出来た隙、いや、 慢心が原因だ。 ゾンボルト家の道場で、俺は黙々と素振りを繰り返していた。 心を無に、無に。ダメだ。出来ない。翻るスカートから覗く太ももが脳裏をかすめる。 いかん、いかん。こんなことではまったくダメだ。 「愚息」 いつの間にか、道場の上座に親父殿がいた。 父は、示現流の達人だ。今でも軍で剣道を教えている。その父親に、俺はいつか勝ち たいと思っている。もっとも、今の今まで勝てたことは一度もない。 「また負けたのか」 また、というのが癇に障った。そういつもいつも負けているように思われているのか、 俺は。少なくとも公式試合で、同世代の選手とやって負けたことは一度もない。 「構えろ」 言われるままに、俺は親父殿の前で中段を構えた。 「ちぇぇすとぉーっ!」 まさに裂帛の気合いだった。防御の構えをとる時間もない。小手打ち。俺の竹刀は 無様に床の上に転がった。手首がじんと痺れる。 「お前は、なんのために剣を持っている」 「それは、もちろん親父殿を」 「俺は、やがて老いる。お前は俺が老いるまで待つのか」 「そんなわけは」 「俺を負かしたあと、お前はどうするつもりだ」 「それは」 愕然とした。永遠の目標であると思われていた親父殿も、気付けば髪に白いものが 混じり始めている。本人がいうまでもなく、老いる日はそう遠くない。 親父殿に勝つ。それが俺の目標だった。しかし、そのあとは。そう訊かれると、 まったくなにも思いつかない。 「しばらく、剣を持つのをやめろ」 怒っているわけでも失望しているわけでもない。ただ淡々と言い残し、親父殿は道場 から出て行った。 ◆ いったい、俺はどうしてしまったのだろうか。俺はこうまでに弱かったのだろうか。 その日、俺は部活に出るでもなくOG町の真ん中を貫く川の縁に座り込んでいた。 「おう、どうした、坊主」 背後から、ぬっと大きな影がかかった。重震のマグナス氏だった。 重震のマグナス氏は、元はこの地球を侵略してきた修羅という一団の将軍だった。 現在はイスルギという会社で営業の仕事をやっている。大柄ながら動きは素早く、竹刀 を取っても俺はとても敵わない。俺が勝てない人間の一人だった。 「なに黄昏れてんだよ」 どっこいせと俺の横に腰掛けて、重震のマグナスしはショートホープに火を点ける。 美味そうに煙を吸うと、タラコ唇でにっと俺に笑いかけた。 「父に、剣を持つなといわれました」 「へえ、あの親父が、えっらそうに」 「俺は、もうどうしたらいいのか」 「甘物でも食えばいいんじゃねえのかあ」 「しかし武蔵は」 「ムサシ? ああ、この世界で有名な剣の修羅な」 「ご存じでしたか」 「『五輪の書』っつったか。俺様もざっと目を通してみたが、ありゃくだらねえな」 「マグナス氏! いかに氏の御言葉でも、それは」 「だって、あれ、団塊世代の自叙伝みてえなもんだろ」 「ダンカイ?」 「ああ、坊主の歳じゃ知らねえか。 戦後復興とか、学生運動とか、バブル経済とか、全部見た世代をそう言うんだとよ。 そういう連中がな、定年して暇になったら、たいてい自分の人生ってのを振り返るんだとよ。 ムサシってのが『五輪の書』を書いたのも、60のときだろ? 似たようなもんじゃねえのか?」 「しかし」 「いい若ぇモンが、オッサンの昔話に付き合うもんじゃねえよ」 こんな説教するようじゃ、俺もオッサンだな。ぺしんと額を叩き、重震のマグナス氏は からからと笑った。 ◆ 俺はなぜ剣をやるのか。 その答えはまだ出ない。しかし、それでも、俺はまだ剣を志している。 「せんぱーい」 そして彼女は、今日も校門で俺を待ちかまえていた。 「ねえねえ、部活やらないんならパチンコやりましょうよ、パチンコ!」 「パチンコはやらない」 「ちえー」 「その代わり」 「なんです?」 「甘味でも、食べにいかないか」 「は?」 レックスは虚を突かれたような顔をした。 「ちょっと、どうしちゃったんですか。先輩」 「身ひとつに美食を好まず、宮本武蔵はそういった」 「ちょっと話が見えないんですけど」 「宮本武蔵はもう卒業だ。これからは、武士道で行く」 「新渡戸稲造ですか」 「それとも違う」 俺は、俺の人生を歩むしかないのだ。それこそが、俺の武士道なのだ。
https://w.atwiki.jp/legends/pages/779.html
夢と魔法の王国・後編 ≪その2≫ 上質な絨毯が敷かれた廊下の上を、三人と一匹は歩いていた。 それは初めに彼女らが案内された廊下とは異なり、窓が一つもない。 代わりに両脇には一定の間隔でずらりと同じ扉が並び、いずれも古びてはいるがそれらは至って普通のものだ。 ――そのドアというドアが時折ガタガタと震えたり、ノブが回されたり、うめき声が聞こえてくる事を除けば。 そしてもう一つ、決定的な違いがこの廊下にはある。 それは……彼女らの進む先が全く見えない事。 「エンドレスウェイホール、って聞いたことない?」 宙にふわりと浮いた燭台と共に先頭を歩く少年が、不意にそう口を開く。 エンドレスウェイホール……直訳するならば『果てしなく続く廊下』、または『無限廊下』。 まさしく今彼らが歩いている廊下そのものを指す言葉。 しかし、この場所では非常に有名な廊下でもあった。 「ええと……この屋敷、アトラクションの見せ場の一つ、でしたっけ」 「うん、正解」 記憶を辿り、思い出した答えに少年は嬉しそうに頷く。 先程の大笑いの件から徐々にあの芝居がかった仕草が消え、逆に本来の子供らしさがだいぶ明らかになっていた。 どうやらそれがこの少年の素であるらしい。 『ワタクシ存じ上げないのですが、それほどこの場所は有名なのですの?』 「そうさ、すごく人気があるスポットなんだよ! ここを通る人間達は皆、間抜け面でこっちを眺めてるんだ」 ザクロの問いに少年は少し拗ねた調子で答えるが、その様子を思い出したのか、またくすくすと笑い声をあげる。 「たまにこっちを睨みつけてるヤツもいるけど、大抵僕を見つけると顔が真っ青になるんだ! 大の大人が、隣のヤツにしがみ付いてるなんて信じられる?」 試しにその様子を想像してみると、確かに脅かす側としては非常に面白い光景なのだろう。 しかし彼女もまた先程まで脅かされる側の立場にいた身としては、少々複雑な気分でもあったのだが。 「って事は……あなたはやっぱり、その」 ここで驚かす側というならば……答えは一つしかない。 「うん、僕はゴースト……幽霊だよ」 天気の話でもするかのように、軽い調子で少年は答えた。 「気が付いたらここにいたんだ。何でかはわからないけど、ずっとね。最初は僕の方が怖かったけど、でもだんだん人を驚かせるのが楽しくなってきたんだ」 だから周りのゴーストたちからいろいろ教わったのだと、少年は言う。 驚かせるコツ、格好、タイミング――どういった事をすれば人が驚き悲鳴をあげるのかといったテクニックを吸収し、いつしか少年はこの館に数多いるゴーストたちの中でも指折りの知名度を誇るようになった。 『アナタ……やっぱり≪夢の国≫とは別の都市伝説ですわね』 不意に黒犬から掛けられた言葉に、少年はびくりと肩を震わせて立ち止まった。 『ワタクシがこの館に着いた頃……門に押し寄せる人形もどきどもを、誰かが追い返していましたわ。姿は見えませんでしたけど、どうやら何かをぶつけているのだけはわかりましたわ。 少々おかしいとも思いましたけど、その時はそれどころじゃなかったのでワタクシあまり気に致しませんでしたの。でも今こうして改めて考えてみと、やっぱり納得いきませんわ』 少年の頭上に浮かぶ燭台を見つめ、ザクロは丁寧に一つ一つ当時の状況を説明していく。 『あの時お二方を追いかけていたのは≪夢の国≫の人形もどき、それと黒い異形たち……どちらも≪パレード≫と呼ばれて学校町にたびたび現われていた連中ですわ。 そしてこの≪夢の国≫の中にあるお屋敷も当然≪夢の国≫のもの、ならばこの中にいる者たちもやはりあの人形もどきたちと同じ行動に走るはずですわ』 しかし、この館は彼女らを迎え入れ、あの着ぐるみたちを追い払おうとした。 それの意味するところは――。 『つまり、お二方を助けに現われたアナタ……≪夢の国≫に属さないアナタだけが、≪夢の国≫の意に反した行動が取れるはずですの。 そしてワタクシが思うに、このお屋敷の狂った部分を取り除いて本来の姿を取り戻させたのも、アナタじゃありませんこと?』 少年は初めこそ困惑の――どちらかというと畏れ、か――表情でザクロを見つめていたが、やがてそれは純粋な驚きのものへと変わっていた。 「すごいや、やっぱりあの時バレてたんだね。木の陰で、しかも半分ぐらい消えてたのに」 『ワタクシの目と鼻はごまかせませんことよ』 ふふん、と自慢げに黒犬は胸を張る。 「でも一つだけあなたの考えは間違ってる。ここの皆を解放したのは僕じゃないよ」 むしろ取り込まれる寸前だったという話に、今度はこちらが驚く番だった。 「初めは来る人間にただ悲鳴をあげさせれば、驚いた顔を見れれば皆それで満足してたんだ。けどいつからか、それががらっと変わっちゃった」 いつからか、館の中には壮絶な悲鳴が響き渡るようになった。 それは臓器を抜かれる子供たちの苦しみの声、そしてそれを追うように狂ったような甲高い笑い声が館のあちこちから聞こえてくる。 そんな中少年は必死に耳をふさぎ、あの廊下でうずくまっていたのだという。 「これは悪夢だ、早く覚めろ」と、来る日も来る日も願い続けた。 あの優しくて茶目っ気のある主人が、怖いけれども面白いものを見せてくれるあの水晶玉の女性が、そして少年を可愛がってくれる何人ものゴーストたちが戻ってくるのを彼は待ち続けた。 「でもね、待っても待っても何も変わらなかった。そうしたらだんだん子供たちの悲鳴を聞いても、いやな血の臭いをかいでも、何も感じなくなっちゃったんだ」 これが普通、これがこの屋敷の本来あるべき姿なのだと、少年の心もいつしか周りに染まり始めていた。 もしこのままこの惨劇が続けば、少年はこの館をさ迷うゴーストの一人に成り果てていたに違いなかった。 「それが、突然あの首の無い騎士がやって来たんだ」 「ホロウさんが?」 思わぬところで飛び出したパートナーの存在に、思わず口をついた彼女の言葉に少年は目を輝かせた。 「ホロウ? あの騎士はホロウっていうの?」 「あ、はい。正しくはスリーピー・ホロウっていいます」 そう教えてやると、少年は「かっこいい!」と歓声をあげる。 「でも最初はすごく怖かったんだよ、何も言わないし。でも、皆がその騎士……スリーピー・ホロウに一斉に襲い掛かったんだ」 ゴーストたちやゾンビたちが、皆侵入者に対して束になって襲い掛かったのだという。 「でも、あっという間に皆やっつけちゃったんだ!」 そう語る口調はだんだんと熱を帯び、その様子はおとぎ話やテレビのヒーローに憧れる子供となんら変わりない。 「僕、いつの間にか見とれてたんだ。でも気づいたらすぐ目の前にスリーピー・ホロウがいてね」 そびえ立つ巨大な影に、少年は自らもまたあのゴーストたちのように切られるのだと、人形を抱きしめて目をつむった。 しかしいつまでたっても剣の感触も、衝撃もやってこない。 代わりに感じたのは、頭に載せられた大きな手。 「ぽんぽんって撫でてくれたんだ。それがなんだか、すごく懐かしくって」 それは少年の忘れかけていた記憶をも呼び覚ました。 誰かの膝の上でこうして撫でられた記憶、撫でる手はなくても、代わりに心地よい声が聞かせてくれた誰かの歌の記憶、そしてたくさんの存在が少年の周りに居てくれた記憶――。 気が付けば、周りには心配そうに少年を伺うゴーストとゾンビたちとで埋め尽くされていた。 「うー? じゃあみんな戻ったの?」 「うん、どうしてだかはわからないけれど、スリーピー・ホロウにやっつけられたゴーストやゾンビたちは元に戻ってたんだ」 初めは周りのゴーストたちとの再会を喜んでいたのだが、気が付けばあの騎士はいつの間にか姿を消していた。 そしてそれからだんだんと館に満ちていた淀んだ空気が薄れていき――ついには自ら現われた館の主人に会う事が出来たのだという。 「じゃ、じゃあここが元に戻ったのは……」 『あの騎士様のおかげ、なんですの?』 思わぬ真相に驚く彼女らに、少年は得意げに頷いてみせた。 「あとは大体合ってるよ。だから皆は恩人の契約者である君らを招きいれようとしたんだし、僕はあいつらを追い払おうとしてたんだ」 『なるほど……爪が甘かったですわね』 悔しげな様子の黒犬に、少年はにやりと笑みを浮かべる。 「ホロウさん、だから呼んでも来なかったんですね……この館を開放するために……」 一方の彼女といえば、先程の自分勝手な怒りを思い出し、何とも情けない気分に陥っていた。 もしあの時こちらを放って彼女の元に来ていれば、今頃逃げ込む場所もなく状況はもっと酷い事になっていたかもしれない。 「じゃあ落ち込むより早く会いに行っといでよ。僕が会った時すごく心配そうにしてたみたいだし」 そう言って少年が示したのは一つの扉。 初めは皆その意味がわからずそれぞれ首を傾けていたものの、やがて一人があっと声をあげた。 「うー、扉! 扉あけるー!」 「え?」 その言葉に女性陣がさらに困惑した表情を浮かべるが、待ちきれずに「うー!」と少年がドアノブに飛びついた。 「ちょっ、勝手に触ったら――」 危ない、と言いかけった言葉は扉の向こうを見た瞬間どこかへと消えうせた。 『まあ、これは……!』 その光景に、ザクロが歓声をあげる。 彼女らの目の前に広がっていたのは大きなシャンデリアが吊るされた広い一室が広がっていた。 中央には様々な料理が並べられた長いテーブルが置かれ、何人ものゴーストたちが席についている。 その後ろでは男性のゴーストの奏でるオルガンに合わせて、何組ものゴーストたちがドレスの裾をを翻してステップを踏む。 皆楽しげに談笑して笑いあい、端から見ればそれは何とも賑やかな食卓であった。 そんな中、上座に座る男性とその隣に座る首の無い鎧姿を、彼女はようやく見つけ出した。 <To be...?> 前ページ次ページ連載 - 騎士と姫君
https://w.atwiki.jp/hourai2020s/pages/358.html
ジェーン・ドゥと食 トップ > SS置き場 「やっぱりお前、悪魔じゃろ」 「ふざけんな。俺ほど神々しい存在がほかにいるかよ?」 二人は弁天寮の一室で鍋を囲んでいた。 何の因果か隣同士のジェーンとセブンは、こうしてよく互いの部屋で夕食を共にする。 最悪の出会いであった割には、仲がいい二人であった。 「神々しいってお主...作った鍋がこれでよく言うな?」 「好きなくせに」 鍋の中は真っ赤だった。 そこには大ぶりの海老と数種の野菜と厚揚げと福袋と豚肉が放り込まれ、ぐつぐつと煮込まれている。 「好きじゃけども...いや、しかし、赤過ぎじゃろ!儂が好きなのは鍋であってな...」 「うるせぇ!神が作った鍋は黙って喰え!」 セブンがオタマで取り分けた、小鉢を受け取りながらジェーンはなおも抗議する。 「おい!肉が少ない!少ないぞ!もっと入れんか!」 「おかわりすればいいだろ!」 二人は流れる汗を拭いながら箸を進めていく。 鍋も半分になったころ、ジェーンが切り出す。 「して、頼み事とは?」 「ああ...実はな、その場に立ち会ったわけじゃねぇからよくはわからねぇんだけどよ... 妹が言うには...兄貴の嫁が全身から血を吹き出したって話だ」 「え?なにそれ、怖い」鍋から白菜をすくった手が止まる。 「ああ...おれも最初は怖かったさ。だがそれはもうおさまったらしい」 「ああ...よかった...で、そのあとどうなったんじゃ?」 「部屋が爆発したらしい」 「え?なにそれ、怖い」白菜を口に運ぶ手が止まる。 「いや、それも火が出たりとかじゃなくて大した被害はなかったらしい」 「ああ...よかった...で、そのあとはどうなったんじゃ?」 「窓に向かって独り言を言ってたらしいんだ」 「え?何それ、怖い」 「いや、そこはお前の専門だろう?」 「えぇ...」 「なんだよ?」 「お主、陸上選手が全部の陸上競技を得意じゃと思っとるのか?」 鍋の中の肉を探しながらジェーンはそう返した。 「...お前の専門じゃねぇってのかよ?」 「さてのぅ...この目で見てみんことには何とも言えんの」 「...いまからでもいけるか?」 「鍋を絞めてからではだめかのぅ」 「また今度作ってやるから。な?」 (兄貴の嫁...まぁまぁなんと家族思いなことか...はよぅ実家と和解すればよかろうに) すでに玄関で靴を履き終えたセブンがジェーンをせかす。 「かかか!あわてるでない。急いては事を仕損じるというじゃろうが」 「善は急げっていうだろ!」 「果報は寝て待てともいうぞぃ?」 「うるせぇ!」 セブンのパンチがジェーンの肩にはいる。所謂、肩パンというやつである。 「良いからさっさと行くんだよ!」 「せわしないのぅ...靴くらいはかせんか!」 セブンの運転するサイドカー付きのベスパで二人が見て回ったのは、海岸と病院。 ここまでは特に収穫らしい収穫はなかった。 「で、ここは?」 時刻は夜中、最後に行きついたのが笛野の森の中。 目の前には日本建築の門がそびえていた。 「兄貴の嫁が住んでる」 「ずいぶんでっかい屋敷じゃのぅ...兄嫁とやらも金持ちじゃったか」 「いや、ここは俺の妹の屋敷だ」 「ん...なんて?」 「俺の、妹の、屋敷だ」 「かか...金持ちじゃの...かか...いや、待て待て」 「なんだよ」 「妹はこんな豪邸に住んでおって、お主は弁天寮の安部屋か?」 「...」 俯いて黙り込むセブンを見て、てっきり文句を言ってくるだろうと思っていたジェーンは拍子抜けしてしまう。 「妹はよ、良いやつなんだよ...あの鍋の具材だって妹が送ってよこしたやつなんだぜ」 「ほほぅ...出来た妹じゃの」 「ああ...妹だけじゃねぇ、兄貴も姉貴もみんな良いやつなんだよ...だから、あんな顔...もう見たくねぇんだ」 軽く言い放つセブンに「かか 泣くでないセブンよ」 「泣いてない!...お前魔法を使ったのか?」 「かかか...そんなもん使わんでも分かるわい...どれ、泣き虫セブンのためにがんばってみようかのぅ!」 「泣いてないって言ってるだろ!」 「かか!儂がわからぬと思っておるのか!」 「うるせぇ!」 「いった!お主!この!この!」セブンの肩パンを受けたジェーンが超低空のローキックで応戦すると、まるで親子がじゃれているようにも見えるのだが、此処にはそれを指摘する者はいない。 「ふー...暑っいな!誰だあんな鍋作ったのは!」 「お主じゃろが!」 二人は屋敷の周りをぐるりと歩いてひと回り、くたくただった。 7月といえば夏真っ盛り。 いくら夜になったとはいえ南国の宇津帆島では暑いことに変わりなく体力は容赦なく奪われた。 しかも、夕飯に食べたのが激辛鍋である。 セブンは流れる汗を拭き拭き愚痴をこぼす。 ふと違和感を覚えたセブンはジェーンに視線を移す。 屋敷の門灯に照らされたジェーンは暑さを感じさせない涼しげな顔をしているではないか。 「ジェーンさんや」 「おい、昔話の「爺さんや」みたいに言うでない...なんじゃ?」 「暑っいよなぁ?」 「うむ、その通りじゃの」 何気ない顔で返すジェーンの肩を、両手でガシリと掴んでセブンは「なんで、お前をつかんだこの手がこんなにも涼しく感じるんですかねぇ?」 そこにはジェーンを肩車したセブンの姿があった。 ジェーン曰く 「だってこれ一人用の魔法じゃし」嘘である。 「お主が儂を肩車すれば降りた冷気で涼しく成るじゃろう!」歩きたくないだけである。 「なぁに、身体強化の魔法をかけてやろうぞ」流石に申し訳ないと思った結果である。 その時、正門わきの通用門が開きメイドが一人出てきた。 「お屋敷の前で何方がじゃれているのかと思えば...奈菜様ではありませんか」 この時、二人の顔は羞恥に歪んでいた。 こんな時、人は冷静かつ適切な対応をとれず、悲喜劇がしばしばおこるのであった。 ジェーンがとった行動は己のスカートでセブンの顔を隠すという行動であったが、セブンは回れ右してバイクに駆け寄るというものであった。 この二人の行動が合わさってあっちへよたよた、こっちへよたよた。 しまいにはバイクにぶつかって転倒するという事態であった。 結果、ジェーンのスカートは破けるわ、お尻を打つわでさんざんであった。 セブンこと奈菜は、ばつが悪そうな顔で上座に胡坐をかいている。 ここは、屋敷の中、和室の客間の一室。 ジェーンはセブンの横でお尻を出して腰にシップを貼ってもらっている。 (しっかし、あのセブンがのぅ...まさか、葉車一族だったのはのぅ...) ジェーンはコッソリと湿布を這ってくれているメイドに 「セブン...あーいや、あ奴は葉車の何番目なのじゃ?」 「奈菜様はその名前からもお分かりいただけるかと思いますが、第7子、3女でございますよ」 (なるふぉどのぉ...奈菜、ゆえにセブンとは安直じゃの...しかし、子だくさんじゃのぅ) 下座に座ったメイドが口を開く 「奈菜様、使用人の私が口を出すことではないと重々承知のうえで敢て申し上げます。葉車へお戻りくださいませ。九重様をはじめご兄弟の皆様は心配しておいでです」 「知ってるさ...会議のたびに言われるからな」 「でしたら...」 「兄妹じゃねぇんだよ...親父が気に入らねぇんだ」 「旦那様が...」 「そうよ、見ての通り俺はこんな人間だ。葉車だからってなんでパンクじゃいけねぇんだよ」 いらだちを隠せないままセブンの言葉は続く。 「五葉ねぇや六花ねぇだって好きに生きてんじゃねぇか!なんで俺は好きなことやっちゃいけねえんだよ!」 (ふむ、五葉と六花というのはたしか双子の姉妹じゃったか...情報戦を得意としておる位しか知らんが、儂でさえ知ってるということはそれなりに有名なんじゃろうな) 「はい終りましたよ ジェーン様」 「おおすまなんだのぉ」 「いえいえ。可愛らしいお尻で眼福でございました」 ではとお辞儀をして退出していくメイドを見ながら、使用人がこれでは主も一癖ありそうじゃなと思うジェーンであった。 「ところで、セブンよ」 父親への不満を滔々と語るセブンに待ったをかける形で声をかける。 「だいたい親父は...ああ、なんだ?」 「本来の目的を忘れておるじゃろ」まだお尻が痛いので寝転がったまますまんのといいながらごろごろと近寄っていく。 しかし、今夜はもう遅い。 関係者は皆、寝てしまっているために翌日改めてということになった。 その日はセブンともども屋敷に泊めてもらい、翌朝は本格的な日本の朝食を頂くことになった。 朝食には、屋敷の主の九重。 仮住まいの兄弟たち 葉車の三男、三月、その婚約者月陽。 四男の肆楼。 長女と次女の五葉と六花。 そして、セブンこと奈菜。 客人である、ジェーンと使用人たち。 ジェーンからすれば、かつて故郷の神殿に仕えた時のような...或いは修学旅行のような雰囲気にささやかな幸せを感じている。 ちらりと横に座るセブンを見るとやはり楽しそうに、家族を眺めている。 (ホントに、素直じゃないのぉ) 朝食後、当事者たちに話を聞いて回ったジェーンであったが、やはり専門外の事で直接は力になれそうになかった。 しかし、かつては神に仕えた司祭として(例え神にあったことはなくても)アドバイスを贈る事にした。 1、屋敷にあるお稲荷さんを大事にすること。 2、お稲荷さんのお供え物を下げるときにでる物を頂くこと。 3、出た灰を袋に詰めてお守りにしておくこと。 そして最後に該当するだろう専門家への紹介状を書いた。 時刻はすっかり夕食時になっていた。 ジェーンのリクエストの良い肉が食べたいという希望で、A5ランクの熟成肉をつかったしゃぶしゃぶとなった。 「はぁああ とろけるぅ..昨日食べた鍋とは 比べ物にならんわぁ...」 「ああ?あれはあれで上手かったろうが!」 セブンはとなりで幸せそうな顔のジェーンを肘でつついて抗議したが、今のジェーンにそんなことは通用しなかった。 「はぁあこの世の楽園のようじゃぁ 葉車は神であったか」 「おう、じゃあ、俺も神だな!」 「お主は悪魔じゃろ?」 ここに第45回ジェーンvsセブンの戦いが始まったのだった。 了
https://w.atwiki.jp/cozmixdatebase/pages/182.html
6 屋敷の一室に、眼鏡をかけた赤いスーツの女性がいる。彼女の目の前にいるのは、質素なワンピースを着た女性だ。 「新聞の広告を見て、応募してきたという訳ですね」 「はい。まだ学校を卒業したばかりなので、こういうお仕事の経験はありませんが……」 ワンピースの女性はそばかすが残る顔を少し赤らめている。本当に仕事の経験が無いのだろう。 「構いません。経験は積んでいけば済むことです。こちらとしてはすぐにでもお仕事をして欲しいのですが、よろしいですか?」 「ほ、本当ですか?」 「嘘を言っても仕方ないでしょう。明後日のパーティの為に、本当に猫の手でも借りたいくらいなのよ。貴女がいいなら、すぐにでも」 「わかりました! よろしくお願いします!」 「よろしくね、えっと、アエルさん」 「はい! よろしくお願いします!」 アエルは頭を下げた。 カレラ・ミルステラは目の前の少女を気に入っていた。素朴そうだし、何より真面目そうである。パーティが終われば正式に採用して、屋敷のメイドになってもらおう。そう考えている。 「私はこれから仕事があるから、後はキリエさんから話を聞いてちょうだい」 そう言って、カレラは手元のスイッチを入れた。少しして、部屋のドアがノックされる。中に入ってきたのは、髪の長いメイドだった。美しい顔立ちだ、とアエルは思った。 「彼女はキリエさん。うちで働き始めたのは最近だけど、とても優秀なのよ。では、後はお願いするわ」 「かしこまりました」 キリエは深々とおじぎをした。カレラが部屋を出る。 「貴女がアエルさんね。はじめまして」 「はじめまして」 挨拶をすると、キリエは微笑んだ。 「頭が良いのね。ウェリントンスクールといえば名門じゃない」 「そんな。私はまぐれで入れたようなものですから」 「そうは見えないけど。まぁいいわ。まずは制服に着替えてもらえるかしら」 床に置かれていた紙袋から、新品のメイド服が手渡される。 「ここでね」 「……えっ?」 「何よ。女同士だから恥ずかしくはないでしょう?」 キリエは、カレラが座っていたソファに腰を下ろす。 「で、でも」 「早く。早速仕事をしてもらうんだから」 「は、はい……」 アエルは言われた通り、ワンピースを脱いだ。そばかす顔には不釣合いの美しい体つきに、キリエの表情がいやらしいものに変わる。 「いい身体をしているのね。経験は?」 「けっ……!」 アエルは頬を真っ赤にして、手にしていたメイド服で下着姿を隠す。 「冗談よ」 キリエはニヤニヤと笑ったままだ。視線はアエルの全身を嘗め回すように見ている。 アエルは時折先輩メイドを伺いつつ、なんとか着替え終わった。 「じゃあ、早速だけど一緒に仕事をしてもらうわ。お客様が来ているから、お茶をお出ししないといけないの」 「は、はい」 ドアを開けようとした時、背後からキリエがアエルを抱きしめた。 「ちょっ、ちょっと! 先輩っ!?」 「いい感度ね。バージン?」 「やめて下さいっ!」 「ふふ、わかったわ」 キリエから解放され、アエルは床に座り込んでしまった。 それを見ながら、キリエは嬉しそうに微笑んだ。 「初心なのね。そういう子、私は好きよ」 本当に嬉しそうに笑ったのだ。 キリエについて廊下を歩く。カートを押す姿は完璧なメイドだが、アエルはすっかりキリエに警戒心を抱いてしまったらしい。少し離れた後ろを歩いている。 「お茶を淹れるのは得意?」 「得意というほどでは……」 「そう。だったら今日は配るのをお願いするわ」 「はい」 アエルはキリエを追いながら、廊下をキョロキョロと見ていた。調度品は高級品で統一されていて、本当にお金持ちだということがわかる。屋敷も広く、パーティの会場でもあるホールは数百人くらいなら入るだろう。 これなら、代議士夫人も宝石を集めているのに納得がいく。それに「金にものを言わせて」という部分も。一般市民でも知っているレベルの話なのだ。噂話の域を出てはいないが、真実なのだろう。 「アエル」 「は、はい」 キリエが立ち止まっていた。あと少し気づくのが遅れたら、キリエにぶつかっていただろう。 「緊張しなくていいわよ。リラックスして」 「はい」 ドアを軽くノックする。 「お茶をお持ちしました」 「どうぞ」 聞こえたのはカレラの声だ。 「失礼します」 ドアを開けて、カートを押していく。アエルはそれに続いた。 「ご苦労様」 部屋の下座にあたるソファに座っているのはカレラだ。そして、上座にいるのは、スーツ姿の美女が二人。 「……アエル?」 「は、はい」 「申し訳ありません。こっちのメイドは、本日入ったばかりでして」 キリエが頭を下げる。 「パーティの準備で人員募集をかけているんでしたね」 褐色肌の美女が、カレラに訊いた。 「はい。一応、彼女が最後の採用者ということで」 「そうですか」 褐色肌の美女──オリヴィラ・シルヴェイラ特級巡査だ──はそう返事をすると、アエルを鋭い目つきで見た。 7 FLOWERSが予告した日時は明後日に迫っている。代議士のパーティの日を狙ったのだ。 アリシアは警備計画の詰めとして、ここ数日はこうして顔を出していた。それに今日はオリヴィラをカレラに紹介する目的もあった。 「ダージリンティーでございます」 キリエがそう言って、カップに注いでいく。いい香りが部屋に広がる。 アエルがカップをオリヴィラの前に置こうとした時だった。 「あっ」 キリエが突然そんな声をあげたので、アエルは身体をビクッと動かしてしまった。カップが傾き、オリヴィラの膝にダージリンがかかってしまった。白系の色をしたスーツだった為、みるみるうちに染みができる。 「し、失礼しました!」 アエルが慌てている中、キリエは僅かに笑っていた。 (わ、わざとだ!) アエルはそう思いながら、ハンカチを取り出す。すると、オリヴィラはその右手を掴んだ。鋭い視線がアエルを射抜く。 「カレラさん。先ほど、捕縛術が信用できないと仰りましたね」 「え、ええ。やはりこの目で見てみないことには。それより……」 「ならばこの場でお目にかけましょう」 オリヴィラはそう言うと、怯えているアエルを見た。 「貴女、協力してちょうだい。それでこの粗相は不問にしてあげるから」 「は、はい……」 アエルはそう呟く。その次の瞬間、彼女の右手に縄が絡み付いていた。 「え、ええっ!?」 オリヴィラは黙ったまま、アエルの全身を引っ張った。左手も背中の方に回される。手首を縛られていく。 この早業に、見ているカレラもキリエも驚いていた。アリシアは一般人を巻き込んでの行為に眉をひそめている。 「この捕縛術は、警察で使用されていたものを私なりにアレンジしたものです」 説明をしながら、オリヴィラは手を休めることなく、アエルを縛り上げていく。腕も縄で固定されてしまった。 「より少ない手順で、より拘束力を増すにはどうすればよいかを」 アエルが小さく悲鳴をあげた。胸縄が巻きつけられたのだ。 オリヴィラが立ち上がるのと交代に、ソファに座らされる。すばやく足首から膝へと縄が動き、太股も縛られる。 「数年間の試行錯誤の末、完成したのがこの我流の捕縛術です」 ものの数分で、アエルの全身は縄化粧を施されてしまった。アエルは身体を左右に動かすが、縄が緩む気配はない。 「あまり暴れると、より締まるよ」 オリヴィラが低く呟いた。アエルの動きが止まる。 「あ、あの、もう解いて下さい……」 「更に喚きたてる相手には」 アエルの懇願を無視するように、ソファに落ちたハンカチを拾い上げたオリヴィラは、軽く丸めたそれをアエルの口に押し込めた。 「お喋りな口を塞いでしまいます」 「んっ!?」 オリヴィラは左手で自分のネクタイを外し、それをアエルの口に噛ませようとする。 「もう結構です!」 カレラが声をあげた。 「警察の捕縛術がどんなに素晴らしいか、優れているかはわかりました。ですから、大切なメイドを解放してあげて下さい」 「……信用していただき、感謝します」 オリヴィラはアエルの口からハンカチを引き抜くと、微笑を浮かべた。 8 アリシアたちが帰った後、カレラはアエルとキリエを自室に呼んだ。 二人をソファに座らせて、自分はベッドに腰掛ける。 「とんだ初日になったわね、アエルさん」 「全身の血流が止まると思いました」 アエルはキリエを睨みつけながら言った。当のキリエはすました顔である。 「あの後、アリシア警部が謝ってたわ」 「別に……。謝るのは私でしたし」 アエルの手首には、まだ縄の痕が残っている。 「最近の『FLOWERS事件』、警察は防げていないでしょう? 正直言うと、信用できないのよね……」 カレラは小さくため息をついた。 「でも、アリシア警部は無能とかじゃないんですよ」 「ええ。それはわかっているのだけど……」 キリエが、アエルの横顔を見ながら言う。 「……アエル、あの刑事さんのこと熱くフォローするのね」 「いえ、その……昔、ちょっと色々あったものですから……」 「ちょっと、色々、ねぇ……」 その後、少し沈黙があった。 重い。とても重い数秒間だった。 「明後日、FLOWERSが奥様の宝石を狙いに来るのね……」 カレラはそう呟くと、ソファに座る二人のメイドを見た。 「私ね、FLOWERSを憎めないのよ」 「えっ?」 キリエとアエルが同時に声を上げた。 「これまでの被害者って、みんな悪い噂がある人たちばかりだったでしょう? 何か……義賊というか、ね」 カレラは立ち上がると、二人の前にある椅子に座った。 「だから、代議士も奥様も、自分たちが狙われているので不安だと思うのよ。実際、悪い噂もあるし……私の知る限り、完全に否定できないこともあるし」 目を閉じて、カレラは言った。 「私、このパーティがどんな結果になろうとも、代議士の秘書を辞めるつもり」 「……じゃあ、その後はどうするつもりなんですか?」 キリエの質問に、カレラは少し考えた後、 「そうねぇ。FLOWERSの秘書にでも、なろうかしら」 無邪気な笑顔を浮かべて、そう言ったのだった。
https://w.atwiki.jp/83452/pages/7467.html
───全校決起大会・慰問大会後の後夜祭。 校庭の中央に焚かれた火を全校生徒が囲みながら、あちこちでグループを作り、談笑している。 もちろん、私たち軽音部もその中にいる。 「いやー……ひどい発表だったなぁ……」 律先輩が、パイプ椅子に腰を掛けて、義手義足を外してくつろいだまま、 配られた紅白まんじゅうを頬張ってつぶやく。 「そうですか?うまく合ってたと思いますよ?」 「おや、いつも手厳しい中野大先生が褒めてくださるとは珍しいね。 まあ、演奏そのものじゃなくってさ…」 すると、ほうじ茶を飲んでいた澪先輩が苦笑しながら割り込み、ムギ先輩が補う。 「律が本当に言いたいのはそういうことじゃないだろ?」 「会の趣旨として、選曲とか歌詞とかが平気だったのか、ってことでしょう?」 「でも、盛り上がったから大丈夫だよ。結果オーライだよ! みんな号泣してたし、私の名MCのおかげだね!」 一見、相変わらず能天気に、唯先輩が両手首でまんじゅうを器用に挟んで、 両手が使えたとき同様に、皮をポロポロこぼしながら食べている。 澪先輩が不安そうに声のトーンを落として言う。 「でも、"Johnny I Hardly Knew Ye"だけでもまずいだろうに、イングリッシュ・シヴィル・ウォーまでやるのはなあ… いっそオリジナル曲のほうがマシだったんじゃないか?とても決起大会とかに似合う内容じゃないよ…」 が、唯先輩が意地悪く突っこむと、 澪先輩はキャンプファイヤーに照らされた顔をさらに赤らめて赤面する。 「でも澪ちゃんが一番ノリノリで歌ってたよね? "Johnny I Hardly Knew Ye"もメインだったし、ある意味主犯格だよぉ~」 「だ、だって、“赤信号みんなで壊せば怖くない”って律が…」 私はその矛先を律先輩に向けた。 「そうですよ!そもそもイングリッシュ・シヴィル・ウォーは 律先輩がやろうって急に言い出したんじゃないですか! やってしまったことは仕方ないですけど、もはや軍歌と全然関係ないですし…」 「はは、だって和がさあ、“「懲罰」なんだからちゃんとやれ”って カンペ出してたくらいなんだから、和が何とかしてくれるだろ。 メチャクチャきつかったよな!あの鬼畜…」 「誰が鬼畜眼鏡よ。ずいぶんな物言いね。すでに何とかしてあげたわよ。 ところで、お茶のお代わり持ってきたんだけど」 律先輩が恨み言を言っていると、背後から、聞き覚えのありすぎる声が聞こえる。 「ブフォッ!」「ムグっ!」 全員が茶やまんじゅうをむせ込む。澪先輩が驚愕して、声の発せられた方向に振り向く。 「和か!?聞いてたのか…」 「ま、まだ鬼畜までしか言ってないぞ私は!眼鏡なんて言ってないからな!」 うろたえている律先輩を尻目に、和先輩が溜め息まじりに言う。 「律、それ言い訳になってないから…。 この発表、私のクビひとつで済むなら安いもんでしょ? あなたたちは“懲罰”をこなしただけなんだから、何の責任もないし、安心していいわ」 「え?和ちゃん、クビって…」 と唯先輩が状況を確かめようとすると、“元学事課長”はこともなげに、 「さっき、校長先生、じゃなくて教育局長に辞表出してきたの。 不適切な発表内容は私の懲罰房に対する監督不行届きです、って。 それにこの行事で、職権濫用しちゃった。 未承認の予備費とか電力とか、簿外の物資とか、だいぶ使っちゃったし。 講堂の季節はずれの冷房とか、キャンプファイヤーとか、このお茶とか、 おまんじゅうの砂糖や小豆や小麦粉も全部そうなのよ?」 と、隙間の空いた前歯を見せ微笑しながら言う。 全員の、まんじゅうを咀嚼する顎の動きが止まる。 律先輩は、思ったことをそのまま口にした。まんじゅうの皮の欠片がその口からこぼれる。 「…それ、すごいな」 「だって、“役に立つ人”って書いて“役人”よ。私はただみんなの役に立ちたかっただけ。 それに、元々こうするつもりだったから、問題ないわ」 和先輩はさも当然のことをしたように言うが、ムギ先輩が心配そうに眉を寄せる。 「でも、学事課長って、工廠の公職でしょう? それを外れてしまったら、私たちみたいに、前線行きじゃ…」 「そうよ。でもこれで“徴兵逃れ”呼ばわりされなくて済むし、気は楽ね。 後輩と一緒なら張り合いもあるもの」 「ふふ。まあ、この上なく頼れる老兵であることは間違いないな」 澪先輩が、和先輩の言葉を聞いて仕方ないな、とでも言いたげに苦笑する。 「フフ、失礼しちゃうわね。一学年しか違わないのに老兵って。 じゃあ、私、他の人にもお茶のお代わり配ってくるから…」 達成感に満ちたすがすがしい笑みを浮かべ、和先輩は去っていった。 再び、全員がキャンプファイヤーに目線を移す。 唯先輩が、改めて目を輝かせながら言う。 キャンプファイヤーの灯に照らされる瞳は、いっそう輝きを増す。 「でも、“放課後ティータイム”が再結成できてホントによかったよね!」 「はは、今はその名前じゃないだろ。誰かさんが変えちゃったからな!」 光を失ったその目に新たに熱を宿しつつ、澪先輩が失笑して言うと、 私はその勢いを借りて、律先輩にあてこする。 「律先輩のせいで電話屋さんみたいな略称になっちゃいましたよ!どうするんですかこの名前!」 「気付かなかったんだって!実際、放課後じゃないんだからいいだろ…」 唇をとがらせながら恨めしそうに言い返す律先輩。 それを受けて、ムギ先輩が全員の顔を見回して提案する。 「フフ、じゃあ、戦争が終わって梓ちゃんが帰ってきたときに、名前を戻さない? そのときには、放課後も、ティータイムも、復活しているはずよ!」 律先輩が、その提案に賛同してまた笑う。 「そうだな!そしてまた、それぞれの楽器を演奏しよーぜ!」 その言葉を聞いた澪先輩が、ムギ先輩の袖を引っ張って注意を促しながら言う。 「…戦士の心を喜びで満たすために、な」 澪先輩の意図を察したムギ先輩は、 「…そして私たちは、みんなきっと嬉しくなるわ」 と言って、唯先輩に耳打ちする。耳打ちを受けた唯先輩が私に向き直る。 「…あずにゃんが凱旋するときに!」 「………あっ!それ4番の後半の歌詞ですか?"When Johnny Comes Marching Home"の!」 そう言って微笑んで目を細めた私の目尻から、涙滴が一滴絞り出される。 律先輩が、一瞬きょとんとして、その後決まりの悪そうな苦笑を浮かべる。 「…実は全然意識してなかったんだけど、うまく拾ってつないでくれたなぁ。 英語なんか全然わかんなくってさ」 「フフ、律のことだから、そうだろうと思ったけどな。意味も分からず歌えないだろ。 ふと気付いたんだ。意訳だけどなかなか粋だろ。耳はいいんだぞ?」 「あら澪ちゃん、ちょっと前まですぐ見えない聞こえないとか言ってたのに」 「ムギちゃん意外と毒舌になったよね。少し変わった?」 「あらあらヒドいこと言わないで。唯ちゃんも変わったわよ。成長したわ!」 「いやぁそれほどでも~」 以前とは少し変わった先輩方が、以前と同じようにダベっている。 (こんな他愛のないふざけたやりとりも、当分見納めかぁ…) そんな感傷を抱きながら、私は、まんじゅうを飲み込んだ。 甘い甘いあんこの味を、涙の塩気が、さらに甘く引き立てた。 ────その後、冬の訪れとともに、私たち二年生は兵役に就いた。 ──熊本県熊本市北部 そして、今や小隊の戦友となった級友たちとともに、 合志市を経て南に向かう軍用トラックの荷台に揺られながら、私は憂、純と語らう。 一瞬、鼻に焦げ臭さを感じて、幌の隙間から外を覗くと、 休耕田に大破した装甲車が、そのタイヤから黒煙をくすぶらせながら転がっている。 運転席にほど近い荷台の上座で、私たちの様子を眺めながら、 鉄鉢を被った元生徒会長が微笑を浮かべている。 「あー、こうして振動受けてるとお腹が減るよね」 「純はいつでも腹ペコだよね…」 「ふふ、『オツベルと象』みたいだね、純ちゃん」 「野戦なら食料調達は任せてよ!」 「純ちゃん、私たちは市内で市街戦みたいだよ。それに私たちは自然薯堀りが主任務じゃないよ…」 「そうだね。春先はフキノトウとかも採る自信あるよ。意外と街中にもたくさん生えてるし」 「純はたくましすぎるんだって!」 そう言って、私は苦笑した。 戦闘服の胸ポケットに、名刺大のカードが入っている。 先輩方から出征の際にもらったものだ。取り出して眺める。 "When AZUSA comes marching home again, Hurrah! Hurrah! We ll give her a hearty welcome then, Hurrah! Hurrah! YUI will cheer and RITSU will shout MIO and TSUMUGI will all turn out And we ll all feel gay When AZUSA comes marching home! by HTT 改め NTT" 私は苦笑しながら、裏面も見る。 “あずにゃんぶんがたりなくてこっちがしにそうです! ゆい” “やられる前にやってやるですの精神で敢闘せよ! by 律” “恥ずかしい略称を直せるのは梓だけだ。絶対帰ってこい! MIO(代筆律)” “■←ここをこするとバニラの香りがします。帰ったら本物を! 紬より” 何度見ても吹き出しそうになる寄せ書きを見て、カードをポケットに戻す。 「フフ…この人たちには、かなわないなあ」 先輩方は傷つきながらも、約束通り凱旋してくれた。 次は、私が約束通り凱旋する番だ。 そして、本格的に“放課後ティータイム”の活動を再開させるんだ。 (Come back、私!) 軍用トラックの荷台の上で、私は小さくガッツポーズをした。 ───そして、 “梓は戦場へ行った” ┼ヽ -|r‐、. レ | d⌒) ./| _ノ __ノ 制作・著作 ΝΗΚ ───────────────────── http //www.youtube.com/watch?v=bpqs2zIKpjA ED曲 "When Johnny Comes Marching Home" 戻る ※ ラストは一応投げっぱなしではなく、示唆というか後日談というか的な何か。 ピンときてわかった人もいるかもしれないが、わからない場合は“最後の一行”を少し変えてググると吉。 ヒントはスレタイなど。
https://w.atwiki.jp/schwarze-katze/pages/484.html
たんたんたぬきの 第二話 まいにち とんとんとん。 葱を刻む音が台所から響く。 お布団を干してきた僕は手持ちぶさたに朝ご飯を待つ。 ほんとは『セイヤ様にお布団干させるなんて!』って言われたけど、ちょっと無理言ってやらせてもらった。なんか、何もしないなんて申し訳ないし、それにお布団がアレになったのは半分ボクのせいでもあるわけで……。 「おまたせしました~」 襖を開けて入ってきたイナさんがお膳を二つ抱えて入ってくる。 「あ、セイヤ様。そんなところにいないで、上座へどうぞ」 「いや、いいよここで。なんか上座は落ち着かないし」 「でも客人神様をぞんざいに扱うわけには……」 「いいよいいよ。それより早く食べよう?ボクお腹減っちゃった」 「はい。ご飯お代わりありますから」 二人でお膳を向かい合わせて手を合わせる。 『いただきます』 白いご飯に刻み葱入り御味噌汁、煮付けた鮎にお新香。 正直もう一品欲しいけど、贅沢言い出すとイナさん無理しそうだしね……。 「どうでしょう、お口に合いますか?」 昨日も聞かれた質問。本当に心配してるみたいで真剣な顔で聞いてくる。 「鮎がおいしいよ。イナさん料理上手いね」 「や、その、ありがとうございます」 褒められてイナさんが顔を赤くして照れる。 そんな照れる事無いのに。実際ボクと同じぐらいなのに一人で料理やお風呂や洗濯を……あれ? 「そういえば、イナさん」 「はい?」 「イナさんはここに一人で暮らしてるの?」 あ、 言ってしまってから、不味いと気が付いた。 イナさんが箸を置いて、困ったように寂しいそうに微笑む。 「父は、昨年風邪をこじらせて……」 「ご、ごめん!ボクそんなつもりじゃ……」 「いえ!セイヤ様が悪いわけではないですから……。それから一人で社を預かっているのです」 「……イナさんは偉いなあ」 「え?いや、わたしなんてまだまだ修行中です」 そういって手を振って否定するイナさん。でもそれは違うよイナさん。 力量が云々じゃなくて、一人でも頑張ろうとするのが偉いんだ。 「決めた」 「は?」 「イナさん、なんかボクに手伝える事があったら言って」 「ええ?だ、だめですよ!客人神様に働かせるなんて!」 「いいの、ボクが手伝いたいの。それでもダメ?」 「えぅ……それは」 戸惑うイナさんをじっと見つめる。今度はボクが真剣な顔で聞く。 「じゃあ、お願いします……」 「うん、頑張るよ!」 *とってんぱらりのぷぅ* というわけで、まずは朝のお勤めであるお掃除から。と言ってもあまり大きな神社じゃないし普段使わないところしか掃除しなかったりするらしい。……けど。 「イナさん、あっちの建物は掃除いいの?」 「あ、あちらは後でみんなでお掃除しますから」 「ふぅん?」 みんなで? ま、いいか。今やらなくていいなら。 箒ではいたり雑巾で拭いたり(うう、夏でよかったあ。冬もこれやるのかな)してお掃除を終わらせた後は、神様に朝のお参り。本殿でここの氏神様に祝詞をあげるのだとか。 「ねえ、ここの氏神様ってことはボクより偉いって事になるのかなあ?」 「……どうなんでしょう?まあ、客人神様はお客様ですし」 「じゃあご挨拶した方がいいのかな。なんかドタバタしてていままでやってなかったし」 「なら、今日の祝詞はそういった方向でいきましょう」 イナさんが本殿の扉を開けると薄暗い、けどどこか空気が軽く抜けていく雰囲気の空間が見える。 その奧には斜めに差込む朝日に照らされた、注連縄まかれた信楽焼のタヌキが酒瓶と大福帳をもって鎮座ましましていらっしゃった。 ……うん、想定の範囲内だけどね。逆にど真ん中過ぎてボク見送っちゃったよ。 「こちらのご神体にまかり越して下さるのが、氏神様である他化自在命(たけじざいのみこと)様です」 「うわー、そうなんだー」 ネーミングめっちゃ邪神っぽーい。とは思ったけどイナさんの誇らしげな顔の前では言うのを憚られる。相づちだけ打って促されるようにとりあえず正座でかしこまる。 「では、まいります。……とほかみえみため はらひたまへ きよめたもふ まもりたまへ さきはたまふ――」 榊の枝を振りながら、一定のリズムを保ちイナさんの祝詞が小さなお堂に満ちていく。言っている意味は良くわからないけど、荘厳な空気にうたれて自然と背中が伸びている。こうしてみると、タヌキの置物もどことなく神々しく見えてくるような……。 「――かしこみ かしこみ もうしあげるー……」 しゃん。と鈴のように榊の葉が音を奏でる。たっぷりの余韻が静寂に溶けていく。どうやら終わったみたい。うっすらと汗をかいたイナさん、きれい……。 「ふぅ、さてと」 イナさんがボクに向き直ってちょっと真剣な顔になった。何だろ。 「これからちょっと忙しくなりますが、セイヤ様……」 「な、なに?」 「お料理は出来ますか?」 *とってんぱらりのぷぅ* 「イナせんせー、こんにちはー!あー、しらないひとがいるー。みせてーみせてー!」 「に゛ゃーっ!?また増えたあ!」 階段を駆け上がってきた女の子が、子供達にたかられてるボクを見つけて突進してくる。うわーん敵の増援が増えたぁ! 「へんなみみー、だれこれー?」 「まろうどさまだってー」 「さわるとごりやくがあるよー」 「さわらせてー」 「まろうどさまおっぱいちっちゃいー」 「せんせーよりちっちゃいー」 「ボクは男の子だよぅ!あっやっ、つまんじゃらめぇええ!」 「ほんとだきんたまついてるー」 「そこコリコリするのもダメだよぅ……」 「こらー!!」 イナさんが大声で叱ると蜘蛛の子散らすように子供達が逃げていく。(といっても楽しそうだけど)うう、もう少しでボク陵辱されちゃうところだった……。 「もー!客人神様に悪戯しちゃダメでしょー!」 「えー、いたずらしてないよー」 「さわっただけだもんねー」 「まろうどさまおはだすべすべだったー」 「ゆーこと聞かないと、お昼ご飯抜きですよ!」 『ごめんなさーい』 みんな揃ってごめんなさいが綺麗にハモる十余人ほどの子供達。この子達わざとやってるな……。 にしても、イナさんから事前に聞いていたとは言えここの男の子達は……直立した子狸が服着て喋ったり遊んだりする光景ってとってもメルヒェン。 「はい、ちゃんとごめんなさいできましたね。じゃあお手々洗ってご飯にしましょう」 『はーい』 イナさんに連れられて、手を洗った子供達がお堂の中に入る。お堂の中には既に人数分のご飯が湯気を立てていた。(制作イナさん、配膳ボク) この島では、お寺や神社が学校みたいに読み書きとかを教えてて、特にこの村ではみんなでお昼ご飯を食べてから授業をするのが伝統なんだとか。 午後だけの授業で、しかも3才から10才までの期間で大丈夫なのかなあとは思ったけど、最終的に読み書きと四則演算ができれば農家なら困らないらしい。 「はい、じゃあみんなそろいましたね。せーの、いただきます」 『いただきまーす!』 綺麗に揃ったあいさつ、と言うよりかけ声と共に始まる給食の時間。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃやいのやいのとうるさいのは、異世界の異世界人でも変わらないんだなー。 お昼ご飯が終わると、かたづけの後にお勉強。読み書きをならったり、イナ先生のありがたーいお話だったり。(にしても、字もほとんど日本語といっしょなのね。まろうどの書物が元らしいけども、日本語の本ばっかり落ちてくるのかな?) ボクはイナさんの隣で見学。なんとなく教育実習生気分。まあボクが先生やる訳じゃないんだけど手伝えるところはお手伝い。教科書とかそろばんとか配ったりして、ついでにちゃんとありがとうを言えた子は頭を撫でて誉めてあげる。うん、素直な子はお兄さん好きだな。 ああっ!弟とか妹ってこんなに可愛かったんだ!アレな姉しかいなかったから知らなかったよ! VIVA弟!サイコー妹!LOVELOVE愛してる! ……うん、心の声にしてもちょっと言い過ぎた。反省してる。捕まる前に自重する。 日が傾いて来たところで、イナ先生の授業は終わり。お勉強の後はみんなで連れ立って遊びに行ったり、家を手伝いに行ったりと子供達が三々五々帰っていく。 最後の子供を送り出したところで、イナさんが大きくため息をついた。 「ふいぃー……」 「お疲れ様。いつもこんなに忙しいの?」 「やー、今日はセイヤ様が見ていてくれたせいか、みんな少しおとなしかったです。助かりました」 あれで大人しいと申されるか。 普段はどんなだ。 「いつもだとこわーい式を一回ぐらいは使わなきゃいけないんですけどねー」 学級崩壊寸前のようです。たすけてGTO(Great Tsundere Onizuka だったはず)。 「で、これからのご予定は?」 「んー、今ぐらいから夕食までは特に決まってないんですよね……。昨日は山菜採りに行ってセイヤ様と出会ったわけですけど」 「あれ、途中って事は結局山菜取れてないって事?」 「まわろうと思ってた場所には行ってなかったですね……。ならそうしようかな。セイヤ様は山歩き とか平気でしょうか?」 「う゛っ、苦手分野です」 自慢じゃないが体力のなさには自信があるぞ。ボクに出来る事と言えば、漫画を描く事とコスプレ衣装を縫う事ぐらい……。 あ。 「イナさん、もう使わない服とかある?」 「父と母の服がまだありますけど、それがなにか?」 「もらっちゃっていいかな?ボク用に寸直しするから」 *とってんぱらりのぷぅ* 「これで終わりっと」 イナさんが山菜採りに行ってる間に繕い物をちくちくと。ボクの服だけじゃなく、イナさん用にもちょっと作ってみたり。そして時間が余ったからもう一着。アレをイナさん用に寸直ししてちょうど終わったところ。 ……うわ、いつの間にか日が沈みかけてる。イナさんまだかなあ。プレゼントが出来たのに。 「ただいま帰りました~」 おっと、噂をすればだね。 台所の方から声がしたから、裏口から上がったみたい。 「おかえりー」 声を掛けてボクも台所に向かう。さあ、晩ご飯だ *とってんぱらりのぷぅ* 「わわ、もう全部終わってるんですか?」 晩ご飯が終わって、一息ついて、ボクのお仕事をお披露目する時間になった。 「うん。こっちをボクの分にさせてもらったよ。それで、これがイナさんの分」 「え?わたしの、ですか?」 「うん。お母さんの服の寸を詰め直しただけだけどね」 「あ……ありがとうございます!うわー、お母さんの着物……」 おお、イナさんが嬉しそうにためすすがめつしつつ胸に当ててみたりしてる。よもやここまで喜んでいただけるとは、職人妙味に尽きますな。しかし!本命はこれからなのです! 「それでね、イナさん。もう一着イナさんにプレゼント」 「ぷれぜんと?んーと、贈り物の事でしたっけ?」 「そうそう、というわけでこれをどうぞ!」 そう言ってボクはタンスの中に隠しておいた秘密兵器を取り出す。 ふわりと揺らぐ紺のワンピース!あくまで純白のフリル付きエプロン!頭に輝くヘッドドレス! 我が名において今宵彼岸より来たれ、汝の名はエプロンドレス!またの名を――メイド服!! 「え……、えええええっ!?いいんですか?これはセイヤ様がお召しになっていたものでは……」 「いーのいーの、これはもともと女の人が着る為の服なんだから」 「え?女の人が着る服をなんでセイヤ様が着ていたんですか?」 「……ごめん、そこは追求しないでお願い」 「はあ、良くわかりませんが頽れてまで聞くなと言うなら……」 うう、思ったより痛いよ。無垢の刃で黒歴史(生まれてから昨日まで)を掘り返されるのは。 「ともかくも、ちょっとオサレな服としてイナさんにもらって欲しいな、と」 「うわ……でも、こんな貴重なものなんて……」 「いいのいいの。どうせもうボクは着ないし、だったらイナさんに着て欲しいから」 「お気持ちは嬉しいんですけど………お返しできるものがありませんし……」 ううん。イナさん、すっかり恐縮しちゃったみたいでなかなか受け取ってくれない。かといってこのまま腐らせるのもなあ……。 だったら、ちょっと強引に行くか。 「じゃあさ、この服あげるから今着てみてくれない?」 「え? えっと、どうゆうことでしょう?」 「ボクがこの服を着たイナさんを見てみたいなあってこと。ボクからのお願いだけど聞いてくれる?」 「そ、そういうことなら、仕方ないですねえ」 おお、お願いなら聞いてくれるんだ。ううむ、これは思ったよりも気持ちいいぞ。権力欲というものがそこはかとなく理解できた気がする。それにどことなく嬉しそうに隣の部屋に行くイナさんがかわいい。 ……あれ、戻ってきた。 「あ、あの……。これ、どうやって着るんでしょう?」 「あ」 しまった、失念してた。そういえば和服にボタンの概念は無いんだっけ。 ……じゃあ、しょーがないにゃー♪ 「なら、ボクが着せてあげるよ」 「は、はい?」 「だいじょーぶだいじょーぶ、イナさんはじっとしてて。天井の染みでも数えてる間に終わるから」 「え、ちょ、あの……」 *とってんぱらりのぷぅ* 「――完成!」 「あ、あの……完成って」 ケモ耳を邪魔しないようにあえて小さくしたヘッドドレス! スカートは後部を腰まで切り上げ、尻尾を出してからボタンで留めていくという仕様に変更。もちろんロングですよ?当然じゃないですか、ミニなんて邪道です。色気と萌えはちがうんじゃー! 上半身部分はわざとぴっちりめに作って、無いペタをアピールする方向で。 絵元結はあえてボリューム多めの三つ編みに結い直し。 「これがっ!これがっ!これがイナさんメイドモデルだっ!」 「あ、あのー?どなたにおっしゃってるんでしょう?」 「そいつに触れる事は特に死を意味したりはしない!ということで、はい」 姿見をイナさんに見せてあげる。ちょっとびっくりして、マジマジと鏡をのぞき込むイナさん。 「うわー……」 「うんうん、似合ってるよイナさん」 「あ、ありがとうございます。セイヤ様」 ……来た。 ズッキュゥゥゥーンとか効果音が心のど真ん中に来た。 太眉ぽややんなアットホーム系メイドさんに様付けで呼ばれるというこの破壊力! 「……もう一回、名前呼んでくれる?」 「は、はい。セイヤ様」 むう、二回目となるとさすがにさっきほどのインパクトはないな。でもなんかじわーっと来るような愛おしさがこみ上げてくるような。 恐るべきメイド服。これならアジトに這っていけと言われても納得できる。いや、むしろやる。 「あの?セイヤ様?」 ……おおう。なんか気が付いたら目の前で手をヒラヒラされている。そんなにトリップしてたかボク。 「うん大丈夫。ちょっと見とれてただけ」 「み、みとれてただなんて……」 顔を真っ赤にして後ろを向くメイドイナさん。恥ずかしがるのが、かーわーいーいー。……てい。 「ひゃうっ!?せ、セイヤ様なにお……」 思わず後ろからぎゅっ、と抱きしめて耳元に口を寄せる。イナさんも身じろぎするけど特に嫌がってる風じゃない。そのまま囁くような声音で、とりあえず関係ない事から話し始める。 「その服はね、僕らの世界で偉い人に仕える人間が着る制服みたいなものなんだ」 「制服ですか。あ、やん、息がかかりますぅ……」 「そ。だから、イナさんが神様の前で着る白衣と緋袴みたいなものだね」 「はふ、じゃあセイヤ様もあちらでは誰かに仕えてらっしゃったのでしょうか。ん、あつい……」 一瞬否定しようとして、お姉ちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。 ……うん、あれは主従関係。いや、愛玩動物と主人の関係だな。 「うん。横暴な支配者に振り回されていたんだ……。だからボクが偉くなったときには慈悲深くなろうと思ってたんだよ」 そうおもいつつも僕の手は服の上からさわさわとイナさんのお腹を撫でる。ここから上にも下にも行ける。そんなポジションを右手に取らせつつ左手はふかふかの尻尾に伸びる。 「あはぁんっ!」 「わっ!?」 びっくりしたぁ。尻尾を軽く握っただけなのにイナさん大きな声出すんだもの。 ……いや、もしかするとこことか耳とかって感じやすいの? 「イナさぁん」 「や、あ、セイヤ様、声が、いやらし……んくぅ!」 名前を呼びつつ耳を毛繕いするように舐めてみると、くなくなと力無く首を振って逃げようとする。でも尻尾を握った手に少し力を込めると身を固くして耐えようとする。 なんというサイヤ人体質!これは満月を見せるとケモノになるに違いない。 でも今はメイドイナさんを見たボクがケモノです。 「かわいー。イナさん、好きー」 「はうぅん、セイヤさまぁ……」 泣きそうな声のイナさんの膝からついに力が抜ける。 ケガしないように支えながらゆっくり四つんばいの姿勢を取らせてあげる。でも尻尾は離してあげないけどね。 「ゴメンねイナさん。イナさんのかわいい姿見てたらボクのこんなになっちゃった」 ふんどし越しにおっきくなったボクのおちんちんをイナさんの尻尾に押しつけた。直接じゃないからもどかしいけど、その分えっちな体温をじっくり味わえる気がする。イナさんの尻尾も興奮してるのか毛がぶわっと逆立って倍ぐらい大きく見える。 「セイヤ様ぁ、いやらしいですよぉ……」 「でも気持ちいいでしょ?」 応えるかわりに顔を畳に伏せていやいやするイナさん。ふふふ、でもこっちはそうはいってないよお? ちゅく。という音がして、ボクの指がスカートの中の下着に触れる。 この下着も腰巻きじゃないボク特製。まあ特製と言っても小さい手ぬぐいの角に紐を付けて、紐パンみたいにしただけなんだけど。 ともかく、薄い木綿の布地は粘っこい液体で汚れてた。 「ほら、気持ちいいんだぁ」 「やぁん……いじわるです……」 「濡れてて気持ち悪いでしょ?脱がせてあげるね」 「やっ、ああん!」 イナさんが止める前に紐をほどいて脱がせちゃう。そしてスカートを尻尾ごとまくり上げて生まれたままのお尻を突き出す格好にしちゃう。うわ……すじまんなのにこんなに濡れてる……。 もー我慢できない! 「イナさん、いくよ……」 「ひゃ、あ、ああっ!」 急いでふんどしをほどいて、ぷにぷにの割れ目の中にボクのおちんちんを埋めていく。狭いのにほとんど抵抗無くボクを飲み込んでいく。腰がぴったりくっつくまで押し込んでその感触を味わう。 「ふ、うっ…………?」 ぴったりくっついたまま動かないボクに不審を覚えたのかイナさんが首だけで振り向いてこっちを見る。ボクは腰を動かさないままイナさんの尻尾をそっと抱きしめる。 「ふえっ!?」 尻尾の刺激にびっくりしたのか、イナさんの尻尾と身体がよじられる。きついあそこの感触もきゅきゅっと締まる。 さわさわと毛並みに沿って撫でてあげるとまた身体をよじってきゅんきゅん締める。 さわさわ。よじよじ。きゅんきゅん。きもちいい。 「あ……あん、やん…セイ……ヤ…さまぁ…」 昨日は勢いに任せてガンガンやっちゃったけど、今夜はエロスよりも萌エロスを優先させてじっくり味わいたい気分。モフモフな尻尾を可愛がるのって素敵だよね! 撫でるだけじゃなくて、手櫛を入れて梳いてみるとイナさんが甲高い悲鳴を上げて背をのけざらせる。そのたびにおちんちんが違うところに当たって刺激される。くりくりの白いお尻が震えるのも可愛い。イナさんはもう声にならない吐息をはふはふと口からこぼしている。 ……もっと感じさせちゃったらどうなるんだろ。 「えい」 「ひあっ!?」 イナさんの右脚を掲げて大きく広げる。そのまま左腿に乗っかり松葉崩しの体位にもってく。ボクの左肩にイナさんの脚をかけて、左手で尻尾を、右手でクリトリスを触る。 「きゃうっ!?だめ、だめだめですっ!そんな、あっ……!!」 「だめじゃないよ、ほら、きもちいいでしょ?」 「やあっ、やあで……ひぁうっ!!」 尻尾、中、クリトリスの三点責めでイナさんが激しく悶える。刺激が強すぎるんだと思うけど、もうボクの方が止まれない。ヌルヌルに濡れた太腿の上に腰を滑らせて、奧に奧に突き込む。 まくれたロングスカートの中と顔だけを露出した女の子が、これ以上ないってはしたない姿勢で喘ぎ声をあげてる。あげさせてる。 ちゅぱんちゅぱんと腰が当たる音がする。不規則におちんちんが擦られて頭がくらくらする。 「も、もう、だめですーっ!!」 「ああっ、うっ、うっ……」 イナさんが絶叫とすると同時にボクのおちんちんがきつく締め上げられる。 痛いぐらいの締め付けにボクも耐えきれなくなって発射する。 どくん、どくん、どくん……。 脈動とイナさんの痙攣がシンクロする。 そのまま一分ぐらい繋がって息が落ち着いてきたところで、にゅぽんと力の抜けたおちんちんが抜けた。 どろりとイナさんの割れ目からこぼれる粘液が、ロングスカートに落ちて汚した。 *とってんぱらりのぷぅ* 「もう、セイヤ様ったら……」 「ごめん。ホントゴメン」 勢いに任せてやっちゃったから、着たばっかりのメイド服はいろんな液で汚れて皺になっちゃってる。まあ、もちろんボクの服もだけど。だから今は身体を拭いて着替えてさっぱりしたところ。イナさんもいつもの巫女服に戻ったからか、リラックスした感じ。 「その、いやというわけじゃないんですけど、せっかくの新しい服なんですから……」 「いや~、イナさん可愛くて我慢できなかったんだよ」 そういうとイナさんが顔を真っ赤にしてうつむいちゃう。 「も、もうっ!可愛いだなんて……」 あうあう、もっとこの方向でいじりたいけど、そうするともう一戦やらかしてしまう気がするのでちょっと自重。ボクはボクの下半身を信じない。 「洗濯して綺麗にしたら、また着て見せてね。ボクも自分が縫った服を着てもらえるの嬉しいから」 「はい。……それと」 「?」 「ありがとうございます。宝物にします」 そう言って幸せそうに微笑むイナさんを見て、 ボクは「またどこかで布を見つけてコスプレ衣装を縫おう」と思った。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3781.html
前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔 ~優しき右腕~ トリステインに向かえ ジョゼフ王の使い魔召喚騒動から二日経ったその夜。 召喚された一人の青年を持て成すためのささやかな晩餐が、 ガリアの首都に位置する、ヴェルサルテイルの宮殿で開かれていた。 「いらぬのか?遠慮するでないぞ!」 テーブルには豪勢な料理が敷き詰められ、その上座に位置する席にいるジョゼフ王は、 向かいの席で、ガラの悪い格好で座っているネロへ、ニコニコしながら料理を勧めた。 ネロはそれに返事をすることなく、ふてぶてしい態度で、真っ直ぐとジョゼフを睨む。 ジョゼフ王の両サイドを固めていた、王の長女イザベラと、愛人であるモリエール婦人が、 それを見かねて交互にネロを咎めた。 「つつしめ!王の御膳であるぞ!」 「平民の分際で。まあ、何たる無礼な振る舞いですこと!」 その瞬間、ダンッ!と、テーブルに何かを叩き付ける音が、会場に響き渡った。 その音と振動に驚いて、「ひいっ」と声を合わせて短く悲鳴を上げるイザベラとモリエール。 ネロが両足を組んでテーブルの上に乗せたのだった。 ただそれだけだったのだが、イザベラとモリエールを黙らせるには充分なプレッシャーだった。 以後、二人がこの場で口を開くことは無かった。 ネロは召喚されてからこの二日間、宮殿の寝室で泥のように眠っていた。 ジョゼフの城に招待されから聞いた、 自分が使い魔として、別世界に召喚されたという説明を、 帰る方法が無いという事実を、真っ向から否定するために。 夢だと思いたかった。次に目を覚ませば、きっと元の見慣れた世界だ。自分の目覚めを待つ幼馴染に会える、と。 しかし何時まで経っても夢から覚めない。そうだ、夢なんだ。 二つの月が浮かぶこの世界も。魔法だの何だの訳の分からない事をのたまう目の前の連中も。この空腹感も。 この数日で起きた色んな出来事のせいで、疲れてしまった自分が見ている馬鹿馬鹿しい夢だ。 ルーンをその身に刻まず、使い魔とならなかったのが、ネロを頑なにそう思わせる原因なのかもしれない。 平和な日本に生まれた、どこぞの楽観主義な高校生と違って、ネロはとにかく、今この目に映る現実を直視したくなかった。 しかし、これが夢であると、ある程度自分を納得させたネロは、段々と心を落ち着かせてきた模様で、 半ば、自暴自棄の状態とも言えなくも無いが、ジョゼフの言葉も少しずつ耳に入るようになってきていた。 そして今、自分が何の為にここに呼ばれたのか、ネロはジョゼフに聞こうとしていた。 「それで、俺に頼みってのは何だよ」 ジョゼフから見れば、召喚した初日と比べて、今のネロは大分落ち着いた様子でいた。 ジヨゼフは、ネロの機嫌を何とか損ねさせないように、言葉を選びながら慎重に、且つ自分のペースを乱さない会話を試みた。 「うむ。本来ならば私の使い魔として契約してもらう筈なのだが・・・、そんな小さい器に収まる君では無かろう?」 「言いたい事は手短に話せ」 それからジョゼフは、ネロの要望に応えるよう、簡潔に意見をまとめて言った。 「我が国の大使として、隣国のトリステインへ調査にいって来て欲しい」 「・・・それで?」 ネロは、聞いたことが無い国の名前を出されても、反応しようが無い様子だったが、 ジョゼフは構わず話を続けた。 「最近あの国では、少々不穏な動きが見え隠れしてな。見たことも無い様な魔獣が徘徊しているとか・・・」 「それで?」 「本物の"悪魔"を見たとか、な。・・・今では色々と、妙な噂が絶えない国となっておるのだ」 ジョゼフの口から発せられたトリステインの惨状に、イザベラとモリエールの顔が引きつる。ありえない、と。 そんな話は、平民の噂程度にも耳に入ったことが無かったからであった。 しかし、そんなジョゼフの戯言に、ネロは何の疑いも無く、むしろそれが当たり前であるかのように返答してみせた。 「悪魔なんか、その辺の外でも歩けば、ゴロゴロ這いつくばってるだろう?見た事無いのかよ」 「ハハハ。君は私の知らない様な、広い世界を見てきているのだな。羨ましい限りだ!」 この青年はやはり、自分が手引きする"あの組織"が、 近頃から交信が途絶えた事に、何か関係しているのではないか。 そんな思惑を巡らせるジョゼフは、更に心を躍らせるが、昂る気持ちを押し殺す。 それからジョゼフが気がついた時には、ネロが自分から会話の続きを始めていた。 「世間知らずの王様に、悪魔の一匹でも捕まえて見せて来いってか?」 「そうまでして貰えると有難いが、その国を見て来てもらうだけで構わん。観光するのもよいだろう。 君が見たまま聞いたままの情報を、私に持って帰ってきて欲しい」 「それで?」 「それが済んだら君は自由だ。好きにしてよい」 ネロは、王の依頼を確認したと同時に、テーブルの上のパンを一つ手に取ってから、席を立った。 「行ってやるよ。・・・どうせ夢だしな」 ネロの了承を聞いて歓喜したジョゼフが、部屋から出て行くネロの背中を追うように叫んだ。 「そうか!行ってくれるか!? では、ロマリアの客人が、明日の朝トリステインへ向かう。その者へ、君を連れて貰う様に頼んでおこう!」 扉が閉まり、夕食の会場に静けさが漂う。 それから暫くして、ジョゼフの後ろから、ビダーシャルの声が響いた。 その顔は、散々ネロに痛めつけられたというのに、傷一つ無かった。 「いらぬ世話だが、あれと契約せずとも良かったのか?」 それは、使い魔となるかもしれない者を、破格の条件で外に出しても良いのか?という意味も込められていた。 ジョゼフがニヤリとしながら、それに答える。 「あの様な暴君を従わせる術を、余は知らぬ。 それにあの者の、使い魔としての資質は、そう、ガンダールヴであろうな。 そして余が求める使い魔は、"知"の暴君と言うべきか。神の頭脳を持つミューズだ。あれは要らぬ」 その真意からも、ジョゼフはネロが帰ってこようがこまいがどうでもいい、という意図が読み取れた。 ビダーシャルが納得した所で、今度がジョゼフが問い質した。 「お前はあれを悪魔と呼んでいたが、あれがエルフのお前達が言っている、"シャイターン"なのか?」 「違う。あのようなものは、一度も触れたことが無い。ただあの者の腕は・・・」 会話の内容に完全に怯えきっているイザベラとモリエールを、それぞれ一目見てから、 ビダーシャルは言葉を続けた。 「お前達の信仰に用いる悪魔そのものに、私は見える。違うか?」 「フン。神学には興味が無い」 それから「眠い」と言って席を立ったジョゼフは、エルフを連れて、娘と愛人を残し自室へと戻って行った。 そしてその翌朝。 ジョゼフに命じられたメイドの手引きで、ガリア大使としての身分を証明する為の書類を渡されてから、 外に連れ出されたネロは、一人の青年と一匹の竜と対面する。 竜を手懐けている青年が、目の前の生き物を見て呆気に取られているネロに気がつき、 声を掛けながら近付いた。 「やあ、君が噂の大使様だね?」 ロマリアという国から、自らも特命大使として世界を駆け巡っているというこの青年は、 ネロに対して気さくに話しかけた。 「ハハッ、風竜を見るのは初めてかい?紹介するよ。おいで、アズーロ」 「あぁ・・、もう何でも有りだな俺の夢は」 風竜を、頭から尻尾まで舐める様に見るネロの様子が面白くて、青年は冗談ぽく言ってみせた。 「あっはっはっ、大丈夫だよ。噛み付きはしないって」 「別に怖がっちゃいねえよ」 それから、青年はアズーロに颯爽と跨り、左右の色が違うオッドアイの目を輝かせながら、 ネロに右手を差し伸べた。 それに対して、左手で応えるネロ。 青年は首を傾げたが、袖を下ろし手袋をしているネロの右手を見ると、直ぐに納得した様だった。 「さあ出発だ。詳しい話は道中聞かせてもらうよ」 その言葉通り、竜を駆る青年は、空の上で喋りっぱなしだった。 生まれはどこか? 家族は何人か? 恋人はどんな人か? 自分の身の上話も織り交ぜつつ、兎に角、ネロに話しかけきた。 ネロは、それがうざったくて堪らなかったが、 見知らぬ国から国へ連れて行って貰っているという負い目もあったのか、 答えられるものは、言葉少なく答えた。 「君は見たところ、ここの国の人じゃ無さそうだね。一体どこから来たんだい?」 「フォルトゥナだ」 ネロの口から出た地名を聞いて、青年は顎をさすりながら、上に浮かぶ雲を見た。 「うーん。聞いた事が無い国だな。・・・君、ひょっとして新教徒の連中じゃないだろうね?」 「何でそう思う?」 「フフッ、何だか僕らと似通っているけど、それとは違う様な格好を、君がしてるからさ。 背負ってるその剣は相当場違いだけどね。本当に振れるのかい?それ」 ネロは、"場違い"という言い回しにも引っかかったが、 "教徒"というキーワードから、ついこの間までの出来事を鮮明に思い出し、 それまでの心境を独り言のように呟いた。 「教団か・・・。奇麗事を並べてる裏じゃ、人に汚い仕事ばっか押し付けやがって・・・。 どいつもコイツもいい歳して、神様ごっこに夢中だったよ。 気に入らない連中を全員ブン殴って、抜け出したばっかりさ。いや、追っ払ったって所か?」 それを聞いた青年が不意に笑い出した。 「あっはっはっ!それ面白いよ!何だか君とは気が合いそうだね!」 「・・・勘弁してくれよ」 自分の後ろで大層嫌な顔をしているネロを余所に、青年はハッとした顔になって、ネロに自分の名を名乗った。 「自己紹介がまだだったね。僕はジュリオ。これでも神官なんだよ」 ジュリオの名を聞いて、自分も名乗らないといけない様な気がして、 ネロもジュリオに口数少なく名乗った。 「ネロだ」 「ネロか。うん、憶えやすくて良い名前だね。君とは良い友達になれそうだ!」 「・・・勝手にしろ」 風竜は、それぞれ国が違う2人の大使を乗せて、トリステインを目指した。 前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔
https://w.atwiki.jp/teitoku_bbs/pages/2773.html
827 :Call50:2014/03/08(土) 18 22 07 【某大規模施設大広間】 大広間を満たすのは、大勢の人間による喧騒と熱気。 喧騒は少し煩い程度に収まっているが、熱気は広いはずの大広間が狭く感じられる程集まった人間のため、肌寒い11月にもかかわらず暖房が必要ない位だった。 その大広間に集まった人間は、関係者以外から見ると非常に奇妙な格好をしていた。 老若男女・様々な階層の人間が集まっている為、様々な服装が見られたが、別に服装は奇妙でも何でもない。 奇妙なのは、全員がお面をつけていたからである。 ネタ-会合~いつかどこかで行われたかもしれない未来への提言 集まった人間がつけているお面は、3種類あった。 1つは「運営」。 顔全体を覆うお面に「運営」の後に数値や単語が書き込まれていた。彼らは運営役であり、全員が法被をつけて忙しく準備に走り回っていた。 1つは「数値」。 こちらはお面に連番の数字が書き込まれていた。彼らは一般参加者であり、老若男女・様々な階層を示す服装で、大広間のあちこちで雑談に興じていた。 1つは「カオス」 こちらは統一感が見られず、お面には「日本語の単語」のほか「海外言語の単語」やら「12.7mm弾の俗称」やら「某ヨーロッパの自称国名」やら「前世の某艦船娘ゲームの航空戦艦娘の顔イラスト」など…様々なお面をつけているが、服装は「数値のお面」をつけた一般参加者と同じで、彼らも雑談に興じていた。 そんな大広間で「運営」の人間が所定の位置につき、動きを止めた。 それを見た「数値」「カオス」の人間が話を止め、大広間の上座に注目した。 そこに若い女性の声が響いた。 「提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります」 それを聞いた何人かが思わず噴出しかけたらしく、奇妙な「音」が大広間のあちこちに響く中、『会合』の総責任者が大広間に入場して壇上に立った。 828 :Call50:2014/03/08(土) 18 24 15 壇上には「地球を意味する英単語」が書かれたお面をかぶった運営総責任者が立ち、開会の挨拶を行っていた。 「皆様こんにちは。本日『会合』の開会に当たり一言ご挨拶を申しあげます。 会場の老若男女の皆さま、ご多忙のなかご参加いただきましてありがとうございます。 本日の『会合』は、何度も参加していらっしゃる方はご存知と思われますが、夢幻会の大規模会合であり、親睦会であり、有益な議論の結果を集め未来への提言を行う為のものになります。 参加されている皆様の持つ転生前・転生後に培った知識や意見は、そのままでは小さい影響で終わる等の可能性を私は危惧しています。そこで知識・意見を持ち寄り討論による練成を経て、夢幻会内部で認められたものになれば、その完成度によりその意見が採用される可能性は上がり、採用後の影響が大きくなり、その結果として私たちやこの後に続くだろう未来の仲間、国民の生活が向上すると私は信じています。 その為、私は『会合』の結果を間違いなく纏め、有益なものとする事をここにお約束を申し上げ、『会合』に当たりましてのご挨拶とさせていただきます」 総責任者挨拶の後は、他の運営の人間による施設の使用法についての注意や食事、会合のキモである各部屋での討論について説明が行われて開会式は終了した。 830 :Call50:2014/03/08(土) 18 26 30 【某大規模施設大広間】 開会式後 参加者は配布済み冊子の「各部屋で行われる討論の案内」を見ながら、自分がどこに参加すべきかについて話し合いを行っていた。 「せっかくだから俺はこの赤の部屋を選ぶぜ」 そう言うと青年は足早に大広間を出て行った。 それを見た他のベテランらしき参加者たちがそれぞれ首をひねった。 「冊子には確かに赤で『赤の部屋』とあるが、彼はこの部屋のお題が何かわかっているのだろうか?」 「この『赤の部屋』だけは詳細説明がないんですよねぇ」 「しかも『会合』初参加者のようですし…」 そしてベテラン参加者たちは同じ結論に達した。 「『赤の部屋』が共産趣味者の部屋である事をまったく知らないなありゃ」 どうやら『赤の部屋』に新しい『タヴァリシチ』が誕生するようだ。ただ、それが彼にとって幸せかどうかはわからないが。 831 :Call50:2014/03/08(土) 18 28 22 【某大規模施設個別室】 「only my railwayの部屋01」 討議中 部屋の中では『アツい』討議が行われていた。 どれぐらい『アツい』かと言うと、議論が激しすぎたりマニアックすぎて速記者が大変な事になる程度。 そのログの一部はこうなっていた。 ※凡例 (発言者) 発言内容 (475) 鉄道の軌間はどうしますか。日本に金を使わせようとして2140mmを日本に押し付ける腹黒紳士の姿が浮かんだので。 (485) 広軌で良いのではないか。 (475) いや、そこは少しでも多くの資金を使わせるため、ということで。 (487) 軌間が広いだけではそれほど輸送能力は増えません。前世の近畿日本鉄道も阪急も阪神も京阪も琴電も、東で京急も京成もおまけで京王帝都も国鉄在来線と車体の大きさは変わらないわけですし。 逆に1067ミリでも南アフリカのガーラットみたいに機関車の重量が220トンに達しながら、車軸一軸辺りの重量、軸重で考えるなら、十分に国鉄在来線を走らせられる重量です。より条件が厳しいインドネシア国鉄の蒸気機関車は大体の部分で国鉄の蒸気機関車よりも性能は高い。おおむねオランダ製ですが。 脱線しましたが、軌間が広いと有利になるのは高速時の曲線通過能力が一番大きくなります。前世日本の1345ミリ軌間の鉄道は、駅間距離の短さと、減速・加速及び曲線の半径の問題でその恩恵を十分に受けて無いと思われますが。 (490) 逆にどのくらいの断面積、というか最大高さと最大幅を許容できるかから始めたほうが建設的かと。 前世日本の場合、都市部の密度が高く都市間の距離も近いので、鉄道や道路にさける面積もまた問題になりました 前世日本の新橋(汐留)-横浜(桜木町)間の鉄道はその辺の絡みもあって、埋め立て地区や当時海岸だった所に沿いながら作られたそうですし。 個人的には1435ミリ軌間で十分なのではとも思いますが、車両限界は最初から2800ミリを、期間中心間隔は史実新幹線並かそれ以上が望ましいと思います。 大阪と東京の公営鉄道モンロー主義は無しで。 (491) 極めて個人的には日本国内で走り回るキャブフォワード・ガーラットや、単式マレー機関車の群れを見たい所なんですが。 最も東京-名古屋-大阪、京都は関が原が避けられないから岐阜と大津込みで回避ですかね?まぁその間の経路によってはガーラット式蒸気機関車に水タンク車を繋げる位しないと燕は運転できないかもしれません。 (492) 鉄道を引くにあたって大陸日本の山の標高の問題もあります。あんまり高すぎると迂回しなければならないし。 (475) 個人的には蒸気タービン機関車も捨てがたいです。あと蒸気ディーゼル複合型機関車とか (ひゅうが) 地質系の方から伺ったのですが、火山性の第三紀~第四紀地殻か古大陸地殻ですので4000メートルを超えることはめったになく、このため標高なんかは史実とあんまり変わっていません。ただ、地殻変動の結果持ち上げられた中央高地の火山を除く山岳部は古い地殻で構成されていますのでトンネルは掘りにくいですが安定してそうです。 それにしてもマレー式ってまた懐かしい…三段式のもあったとか。動輪数が化け物じみてますけどw (475) この日本だったらターボトレインも実現出来そう (533) 前世で以前、改造であまった部材を活用してでっち上げて模型を作るのに国鉄在来線規格に合わせて、概念設計してみたんですが、軸配置2-E-2・2-E-2の炭水部の前後に操縦席のあるガーラットタイプを想定した場合、D51と比較して牽引両数4倍、乗員2倍、軸受けなどの改良を要するが最高速度120キロの怪物になってしまいました。しかもほぼ同じものが昭和期の南アフリカで量産されていたというおまけも。 それで居て燃費も悪くない。大陸日本で使うには最低限でもタキ3000位の水タンク車を繋いでやる必要はありますが、結構使えるかも。もっとも、長大トンネルが連続する区間は早期に電化する必要があるかもしれませんが。 832 :Call50:2014/03/08(土) 18 30 57 このように、門外漢にはよくわからない話が数多く記録されていた。 だがこの討論と意見を取りまとめた結果が後の各種行政-鉄道、戦車、航空、野生生物保護、農業その他-に多大な影響を与えた。 その陰で、ログを全て記録して腱鞘炎患者が続出した速記者。ログから有益な意見を抜き出して纏めるが、その作業の負荷が高すぎて胃痛に悩む書記。そんな裏方の苦労があった。 なお、書記の中に若き日の嶋田繁太郎がいたという噂があったが、ログや議事録は沈黙している。 833 :Call50:2014/03/08(土) 18 32 10 あとがき 分類としては3次創作になります。 以前書き込んだ「鉄についてのログ」を見たいとの書き込みがあり、使ってみたいという欲求が抑え切れなくてSSを作成してみました。 該当発言をされた方や、ネタにされた方、特に総責任者のearth様。無断でネタにしてしまい申し訳ありません。 また、半分が過去ログの羅列になりましたので、その点につきましてはご容赦を。 投稿掲示板を大規模会場に。スレッドを各部屋での討論に。書き込み実行者の皆様を参加者として、主に大陸日本(時代はあえて定めず)の為に議論を行っているものとしました。 投稿掲示板のみんなが夢幻会メンバーなのです!(電ちゃん風www) 大体の雰囲気はIFCONで、責任者入場シーンはIFCON13の実話です。 名称の『会合』は、私が愛する佐藤大輔「遥かなる星」より、ある意味秘密会な性質なので名称を使いました。