約 83,013 件
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/915.html
415 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 03 58 36 ID THJYuPe3 「それで? どうだった?」 「やっぱり駄目だ。まともな返事なんか一度もしてくれない」 自室から出てきた弟は、首を振ってからそう言った。 仮面の女の襲来の後、夕食もとることなく俺と弟は妹に尋問を行っている。 尋問と言うよりも簡単な問いかけだ。 ――お前は寝ていた弟に何をしようとしていた。 これに妹が答えてくれればいいだけなのだが、如何せん口を噤んだままだから手に負えない。 最初に俺が妹と一対一で話してみたが、あの妹はその場に寝転がって無視しっぱなしだった。 いっそのこと、寝ている妹の上に覆い被さって真上から問い詰めてみようかと思ったりしたが、 そうなったら今度は俺が多くの人間から問い詰められそうなので実行に踏み切らなかった。 妹を強引に押さえつけながら、彼女が弟にした行為を問い詰める兄。 受け取る人間によっては兄妹の仲を疑ってしまうことだろう。 ちょっと強引だが、俺と妹がソッチの関係で、でも実は妹は弟が好きだから寝ている弟に手を出し、 その現場を偶然にも目撃して腹を立てた俺が妹を詰問している……なんてことを考える人間がいるかもしれない。 七割ぐらい嘘が含まれていて、荒唐無稽とも言い切れないのが嫌なポイントだ。 仮面の女の言葉は事実なのか。 もしも事実だったなら、仮面の女が止めていなければ最悪な事態になっていた。 兄妹の関係どころか、家庭崩壊の危機だ。 ああでも、うちの両親はそんな最悪の過程を経ているのだから、なんとかしようとすればなんとかなるのか……? なんとかなるとしても、俺は御免だ。 兄妹でそんなことするのは間違っている。 俺は、弟と妹が男と女の関係になるなんて嫌だから。 「ねえ、兄さん。本当に……そうなの? 妹が僕になにかしたって」 「それが本当かどうか確かめようとしてるんだろ、今」 「そうだけどさ……なんで兄さんはそんなこと確かめたいの? 妹がしようとしてるところを見たの?」 「……まあそんなところだ」 嘘。本当は見ちゃいない。仮面の女がそう言っていただけだ。 上半身が肌着一枚の弟が転がっていた状況からして、信憑性はある。 ちなみに、弟には仮面の女の正体はおろか、彼女が現れたことすら教えていない。 同級生に他人の家へ不法侵入する子がいるなんて知ったら、いくらお人好しの弟でも避けるに違いない。 俺は仮面の女の味方だ。彼女の正体をばらしてはいけないのだ。 「兄さんがそう言うなら、事実なんだろうけど……けど、僕にはやっぱり信じられない」 「妹がそんなことするはずない、ってか? お前もいい加減に危機感を覚えてくれよ。前に澄子ちゃんに捕まったことで懲りてないのか」 「そんな! ……そんなはず、ないじゃないか!」 これはびっくり。弟が吼えた。 「僕だって少しは警戒していたよ! いや、少しどころじゃなくてかなり! 前から……前から、あの子がそういう目を僕に向けていたのには気付いてた。 だけどまだ注意が足りてなかった。あんなことされるんだったら、そもそも、あの子を信用すべきじゃなかった。 呼び出しに応じるべきじゃなかったんだ」 「……悪い。無神経なこと言った」 「ううん、僕こそごめん。兄さんは何も悪くないのに」 どうやら弟は相当酷い目に遭わされたらしい。 何をされたのかは……概ね予想できるけど。 弟が怒るなんて滅多にないことだ。 花火以外の人間にそういうことされるのは、弟にとっては相当なショックだったんだろう。 416 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 03 59 34 ID THJYuPe3 「兄さんは思い出したんだっけ。小学生の頃のことと、伯母さんのこと」 「ああ。つい最近だけど」 「妹はね、先週花火が家に来てようやく思い出したらしいよ。 自分が酷い目に遭ってたこと。伯母さんからかばっていたのが兄さんだってこと。 内容は真逆だよね。間違って覚えるのも仕方ないけど。 あの日の兄さんは、僕から見ても怖かったから。…………あ、ごめん」 「いや、いいよ。自分のやったことはわかってる。 子供の頃の記憶なんて曖昧なもんだからな。妹は悪くない」 俺が暴れた日を境に、妹は怖い目に遭うことはなくなった。 最後に見た恐ろしい人間は――刃物を持った俺。 伯母と俺に対する認識が入れ替わるには十分なインパクトだ。 あの日に妹をかばっていたのは弟なんだから、妹の記憶が全て間違っているわけじゃない。 「昔のことを思い出したなら、もっと理解できないよ。妹が僕にそんなことするなんて」 「どうしてそう自信たっぷりに誤った認識を口に出来る……」 「え、兄さんは僕が間違ってるって言いたいの?」 ……それ以外に何があると? 「お前な、妹に好かれてるって知ってるのか? それも兄弟愛なんてレベルじゃなくて、もっと深い関係を望んでるんだぞ、あいつは」 「ううーん……もしかして、その辺でずれてるのかな」 「何が?」 「兄さんと、僕の考え方。前提が違うっていうか、兄さんが惚けてるっていうか。 ここまで逆の考えになってるなんて知らなかったよ」 「……さりげなく俺を馬鹿呼ばわりするとは。お前って男はつくづく……」 「いや、別に悪気があった訳じゃないんだけど。 ……はあ。こうなったらもう、しょうがないや。 無理矢理にでもわからせるしかないね、兄さんと妹に」 「なぬ?」 417 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 00 10 ID THJYuPe3 弟は妹が待つ部屋のドアを開けた。 さりげなく手招きしてくるということは、俺にも同席しろってことか。 いいだろう。俺とお前、どっちが正しいのか。 白黒つけてやろうじゃないか。 「待たせて悪かったね、兄さんとちょっと話をしてたんだ」 「……自分だけじゃ手に負えないからって、お兄ちゃんに頼るなんて。二人がかりで聞き出そうなんて。 お兄さん、情けない。ずるい。卑怯だわ」 机に突っ伏した妹は振り返りもせずそう言った。 弟よう、やっぱり俺は間違っちゃいねえぜ。 俺の妹はお前が好きなんだよ。俺のことは嫌いなんだよ。 それでも俺が間違っているっていうなら、見せてみろ。 俺が間違っていると言える根拠ってやつを。 「いや、さっきの件についてはもういいんだ。あれは兄さんの見間違いだったんだって」 ――――え? そんなこと言ってないぞ? 「ほら、やっぱりお兄さんが間違ってるんじゃない。 私がそんなことするはずないでしょ」 「うん、そうだね。するはずがないっていうか――できるわけがない、って感じだけどね」 「え……?」 妹が顔を持ち上げた。 弟は自分用の椅子に座り、妹を見る。 驚きを顔に浮かべる妹と、微笑みを浮かべる弟。 弟はたったの一言で優位に立った。 「お兄ちゃん、何を言ってるの?」 「動機がない、そもそも相手が違う、そして……覚悟もない。 やっぱりそうだったんだね、その顔は」 「や、違う。違うの。私、本当は……お兄ちゃんを……」 「僕を、何?」 「……! お兄ちゃんの、ばかあっ!」 418 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 01 40 ID THJYuPe3 妹は椅子を蹴飛ばすと、部屋の扉を乱暴に開いて出て行った。 玄関の開く音、続けて駆け足の音。 なんでか知らないが、妹が家を出て行ってしまった。 「おい、なんかすごい悔しそうな顔で出て行ったぞ、あいつ! お前何言ったんだよ! 全部聞いてたけど!」 「……言い方がきつかったか。まさかあそこまで堪えてるなんて。 兄さん、今ので大体わかった? 妹が何を考えてるのか」 「できるわけがないとか、動機と覚悟がないとか、相手が違うとかか? そんなんでわかるか。ヒントが足りん」 「……やっぱり気付かないんだ。 兄さんは頭の回転は速いのに。記憶力だってすごいのに。大事なことには気付けないんだね」 ええい、どこかで聞いたことのあるような、寒気を催す台詞を口にするんじゃない。 何となく貞操の危機を感じてしまうじゃないか。 「そうだね。兄さんはともかくとして、妹にはそろそろ――はっきり意識させた方がいい。 兄さん、妹を捜しに行こう。もう外は真っ暗だから、危ない目に遭わないとも限らない」 「言われなくてもそのつもりだ。 あてはあるか? あいつの行きそうなところなんて俺にはわからないぞ」 「行き先はきっと兄さんの探しそうな――――いや、なんでもないよ。 僕にもわからないから、手分けして探そう。 もしも万が一、まぐれで僕が見つけたら兄さんに連絡するから」 「おい、万が一とかまぐれとかってなんだ」 「そのまんまの意味だよ。 それで、これはお願いなんだけど。兄さんが妹を見つけたら、僕にはすぐに連絡を入れないで欲しい」 「お前は俺と妹の二人きりでしばらく話をしていろとでも言いたいのか」 「ご名答。その通りだよ」 「あのな、お前――――」 突然向けられた弟の手によって、俺の言葉は止められた。 止めざるを得なかった。 弟の目は真剣そのもので、ふざけている様子が一切なかった。 「兄さん、お願いがあるんだ」 「今日のお前はお願いばかりだな。……言ってみろ」 「僕抜きで、妹と話をしてほしいんだ。 今二人が話さないといけない。じゃないと、妹が壊れていってしまう」 「壊れる? それってどういう意味だ?」 「……今の妹は危ういんだ。誰かが助けないといけない」 「その役にふさわしいのはお前だろ。俺なんかが――」 「兄さん」 弟は椅子から立ち上がり、手慣れた仕草でコートを纏い、こう言った。 「妹を、兄さんと僕のふたりで助けよう」 419 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 02 59 ID THJYuPe3 主人公のことが大好きなヒロインが突然行方をくらました。心に何らかの感情を抱きながら。 話の展開ではクライマックス。 このイベントをクリアすればエンディングだ。 こういう場合のお約束というと、近所の河原とかどこかのベンチに一人でいるヒロインを主人公が発見し、 感情をぶつけ合い最終的にはお互いの気持ちを理解し合う、というものになる。 少なくとも俺はそんなものだと思っている。 というかそうじゃなきゃヒロインが救われない。 配役をうちの兄妹に当てはめた場合、主人公が弟、ヒロインが妹になる。 俺など、主人公に協力を要請されて探しに出かける友人の役に過ぎない。 友人は結局ヒロインを発見できず、ヒロイン発見の報すら知らされず延々捜し回るのだ。 もちろん描写などカット。友人はカメラの外。 友人は大抵良い奴で、翌日にはヒロインが見つかったことを喜び、連絡を入れなかった主人公を責めたりしない。 断じて友人はヒロインを発見してはならない。 繰り返すが、友人はヒロインを発見してはならない。 今の例は、俺が現在置かれている状況と酷似している。 妹が夜中に家を出て行った。 妹に好かれている弟は捜しに出かける。 俺は弟と手分けして妹を捜索する。 うむ。お膳立てされたような整いっぷりだ。 これで弟が妹を発見すれば、晴れてイベントクリア。 二人はハッピーエンドを迎える。もちろん兄妹的な意味で。 それが理想であり、他にあってはならない。 だというのに――――俺は何をやっているんだ。 主人公の友人はヒロインを発見してはいけないのに! なぜ! 俺は妹を発見してしまったのだ! 妹もあっさり俺に見つかるような所にいるんじゃない。 一番近い、といっても到着するまで歩いて二十分以上かかるコンビニ。 そこに向かう途中の坂道の手前にあるバス停のベンチに妹は座っていた。 せめて俺じゃなくて弟に発見されろよ。もしくは友人の家にでも邪魔してろ。 ここから引き返すということも、無視することも、もはやできない。 なぜなら、俺が妹の姿を確認した瞬間、妹と目が合ってしまったのだ。 距離は約一メートル。 まさかここには居ないだろうなんて思って、通り過ぎざまにバス停のベンチに目を向けたらこうなった。 不覚、ここに極まれり。 こんなの、普通では考えられない。 シナリオの最後の最後がこんなんだったら、そこまでプレイしてきたユーザーから脚本を書いた人に苦情が届く。 なんだこの斬新ゲー。 420 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 04 37 ID THJYuPe3 「よう、こんばんは」 「……こんばんは、不審な人物のお兄さん」 「最終が出て行ったバス停のベンチに居るお前も不審だよ、十分に」 「あは、はは……じゃあ、私は不審な人物の妹さん、かな」 妹は俯き、表情を見せない。 案の定落ち込んでしまっている。 話をしてやってくれ、ねえ。 ま、どっちにしてもこのまま放っておくつもりはない。連れ帰ることに変わりない。 「隣、座るぞ」 許可をもらうことなくベンチに腰掛ける。手を着くとざらざらしていた。 ふと、妹が薄着をしていることに気付いた。やはり寒いのか、くしゃみをしている。 いきなり出て行くからそういうことになるんだ。反省しろ。 とは思いつつも、ついコートを脱ぎ、妹の肩に被せてしまう。 仕方ないことだ。風邪をひいたら反省もできないんだから。 「優しいのね、お兄さん。自分が寒くならない?」 体は寒い。だけどお前の近くにいるから心は寒くない――なんて言ったら一気に冷え込むな。やめておこう。 「ちょっとは寒いさ。けど今日は風が強くないから、気にするほどじゃない。 それにほら――お前冷え性だったろ。それでも寒いぐらいじゃないのか」 「そんなことまで知ってるんだ。お兄ちゃんも知らないはずなのに」 …………当たるもんだな、当てずっぽうって。 「じゃ、有り難く借りておくね」 「おう。ところで、まだ帰らないのか?」 「うん。だって家に帰っても、どんな顔してお兄ちゃんに会えばいいのかわからないもの。 いつもみたいにしてればいいのか、それとも……」 「いつも通りでいいじゃないか」 「無理よ。どうしても、絶対に、無理。 もし、ここに来たのがお兄ちゃんだったら、顔会わせられなくて、逃げ出してた。 たぶん、そんなことはないだろうなって、思ってたけど」 「そこまで悲観するなよ。俺が先に見つけただけだ。偶然だ。あいつだって怒ってないぞ」 「そういう意味じゃないの。お兄さんの考えてるのとは、違う。似てるようで、でも違う。 顔を合わせづらいの。あんなことをしちゃったから」 「やっぱり、やってたのか」 「やろうとしただけ。……悔しかったの。花火ちゃんにあんなこと言われて。 勘違いなんかじゃない。私だってお兄ちゃんのこと好きなんだから。 お兄ちゃんが喜ぶようなことができるってことを知らしめてやりたくて」 「でもできなかった、か」 「…………うん。悔しいけど、認めたくなかったけど、どうしても駄目だった。 たぶん、お兄ちゃんはそのことをわかってて、あんなことを言ったのよ」 こりゃ、理由を聞くのは野暮だな。 やっぱり怖いんだろう。男はともかく、下手すると女はかなり痛い思いをするというし。 とりあえずよかった。妹が完全に覚悟を決めない限り弟と肉体関係を結ぶことはなさそうだ。 421 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 06 22 ID THJYuPe3 「ねえ、お兄さん」 「ん?」 「雨がどんな味だったら嬉しい?」 こりゃまた、先の会話と繋がりのない話題を持ってきたもんだ。 「水道水と同じのが一番だ。苦かったり甘かったりするのは勘弁だ」 「じゃあさ、いつもはうっすら苦い味で、時々水道水だったりしたら? 天気予報で曇り時々雨、降水確率四十パーセント、おそらく苦い味がするでしょう、なんて言われたら」 「……絶対に雨に濡れたくなくなるな。傘は毎日手放せない」 「そうなるよね。そしてきっと、みんな当たり前の雨の味なんか忘れてしまって、雨そのものが嫌いになる。 苦い雨が降らなくなってしまっても、きっとそれは変わらない。 雨が降らなきゃ、世界中が干からびちゃうのにね」 「だな。でも、まずそんな世界にはならないだろう……たぶん。 話が大きく逸れている気がするんだが、戻してくれるか」 「逸れてるみたいだけど、ちゃんと繋がってるよ。 だって私はそんな世界に住んでる人たちの気持ち、ちょっとだけわかるから。 何の変哲もないものがどれだけ大事なのかってこと。 たまにとっても苦くてもそれは必要なものだっていうこと」 妹が立ち上がる。 コートの袖に腕を通し、車の一切通らない道路の手前まで進んでいく。 そこで妹は腕を広げ、踊るようにくるりと回った。 まるで、雨が降ることを望んでいるように。 月の出た夜の、冬の寒さの中で、一身に雨を浴びているようだった。 外はこんなに寒いのに、つい真似をしたい気分になってしまったのは、妹のターンが綺麗に決まっていたからだろう。 妹は夜空を見上げながら、楽しそうに、悩みから解き放たれたように踊るのだ。 422 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 07 07 ID THJYuPe3 「私はもう嫌いにならないよ。 普通の雨も、苦い雨も。 全部含めて潤いをくれるものだから。代わりになってくれるものなんかない。 あの日から今日まで、毎日傘を差してきて、晴れた日だけしか笑うことはできなかったけど。 本当は私、どっちかというと雨の日が好きだったの。 朝からずっと降り続いて、空を暗く覆ったりしない、さぁぁっていう音を立てる穏やかな雨が。 今になって、そのことがわかった。 ……帰ろ、お兄さん。お腹減っちゃった」 「それはいいけど、もう大丈夫なのか?」 さっきはあんなに落ち込んでいたのに。 「大丈夫よ、お兄さん。むしろここに居る方が辛いわ。ここ、寒いもの」 「……結局なんだったんだよ、さっきの雨の味が云々っていうのは」 「あれはただの喩え話よ。お兄さん、知らないの? 雨っていうのはね――――」 妹は、俺が久しく見ていなかった柔らかな笑顔を向け、言った。 「もともと、味なんかしないものなのよ」 妹の気持ちも、何を雨に喩えたのかも、いまいち理解できない。 だが、俺の妹の機嫌はころころと変わるんだと、今回の件でわかった。 そう、まるでにわか雨のごとく。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/2373.html
789 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20 33 45 ID fcNgdmpA こんばんは、ヤンデレの娘さんのモノです。 転外の最終パートを投下させていただきます。 もっとも、物語としては「俺たちの戦いはこれからだ!」という感じですが……。 今回にデカいオチを期待されていた方には申し訳ありません。 それでは、投下させていただきます。 790 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20 34 30 ID fcNgdmpA 「ホント。まるで、世界中から『意味あるモノ』をかき集めたような場所だねー」 大英博物館に入った少女は、しみじみとそう言った。 「ココは、初めて?」 「うんー。キミはー?」 「軽く見ただけ。無料なのに広いんだもの」 「じゃー、キミが見きれなかった所を中心に見ようか」 そう言って、英語のパンフレットを広げる。 「そう言えば、君はこっちで暮らしてるんだよね。旅行者とかで無く」 パンフレットで行き先を決めながら、カケルは少女に聞いた。 「そだったよー。計半年くらいだったかなー」 「なのに、こことかに来ようとか思わなかったの?」 「んー、あんまり観光とかするような物好きがいなかったからねー」 さらり、と言う少女だが、近所の観光地を見て回ろうと言うのはごく自然な発想ではないだろうか。 あるいは来たくても来れなかったのか。 そんなことを考えながら、ロゼッタストーンを始め、ギリシャやエジプト、諸処様々な場所から場所から集められた展示品を鑑賞するカケルたち。 尤も、少女の方はカケルを連れまわすのがメインだったようだが。 「折角来たんだから、しっかり見てこうよ」 「そうは言ってもカケル、ココの調度品に関してどれだけの知識があるって言うのさ」 暗に馬鹿だと言われた。 いや、実際カケルも世界史の教科書程度の知識しか無いのだが。 「そう言えば知ってるー?この博物館の所蔵品、随分な量が外国から強奪された物だってー」 壁にズラリと並ぶギリシア彫刻(エルギン・マーブル)を眺めながら、少女は言った。 「ああ、世界史でやったね」 「そうまでして、この建物を『意味あるモノ』にしたかったのかなー」 目を細める少女の内心は、カケルには窺い知れない。 「それが良かったのか悪かったのかは分かんないけどさ。こうしてきちんと保管されたお陰で考古学とかの研究が進んだって言う話もあるし」 「まー、良い悪いはボクにも分からないかなー。ただ、浅ましいとは思うよ」 そう、少女は嗤った。 「今の、ボクみたいで」 自嘲するように、小さく呟いた。 そうして、大英博物館の中をカケルと少女は見て周った。 ロゼッタ・ストーン、ネレイデスの祠堂、シルク・ロードから発掘された諸々の品……。 不用意に展示物を触ろうとしたカケルが怒られたり、絵画に見惚れるカケルを少女が置いていこうとしたり。 そして、その周辺の観光地を周っている間に、気が付けば日も傾いていた。 正直、一連の『デート』の中で、観光地よりも少女との会話の方が、カケルの心には印象に残っていた。 「いやー、今日は付き合ってくれてありがとうねー」 今朝方2人が出会った橋の上で、少女は言った。 「それは、むしろこっちのセリフかな。今まで女の子とこう言うことする機会なんて無かったし」 カケルは、それと同時に安心していた。 少女が、もう一度死んでしまうような、自殺するような素振りを見せなかったことに。 そんなカケルの内心を読み取ったかのように、少女は目を細めて苦笑した。 「ま、これっきりだからぶっちゃけちゃうか」 そう、橋の欄干に手をかけて少女は言った。 791 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20 34 50 ID fcNgdmpA 「今朝、ボクは死ぬつもりでした」 「そっか・・・・・・」 少女の言葉に、カケルは驚かなかった。 むしろ、腑に落ちた想いだった。 「理由は、何なんだろうねー。強いて挙げれば、父親にあたる男からまーた転校しろって言われたからかなー。飽きるほど言われ続けて繰り返し続けて、さすがにもう限界って思って」 転校すれば、改めて人間関係を1から築き直さなくてはいけなくなる。 新しい土地、それも異国でとなればそれは心身ともに大変な労力を必要とするだろう。 その苦労は、経験の無いカケルには想像もつかない。 「それで……」 「うーん、理由というか理由付けっていうのは、ホントに強いて挙げればってカンジなんだよねー」 話しながら考えるように、少女は言葉を紡ぎ、想いを伝える。 「だって、ずっと前から生きるのがしんどかったかしねー。生きてても死んでたようだったしー」 何でも無いことのように、少女は語る。 本当に何でも無いことなのだろう。 生きてるのがしんどいと、生きながらにして死んでいると、感じるのが日常になっていたのだろう。 「生きてても、自分が無意味だと思ってたー。だから、自分を殺すためにこれでも綿密な殺害計画を立ててみたりしてー。あ、それを言うなら自殺計画かなー?」 笑顔のままで、少女は言う。 笑いごとではないのに。 笑えるようなことではないのに。 笑えるなんて、思ってもいないだろうに。 「そんな人殺しの計画を、カケルが阻止した。まるで、推理小説の名探偵みたいに」 つまり、カケルを名探偵とするなら、少女は被害者であり、犯人。 「ま、そんな意味ある人と出会えたのなら、ボクの人生もちょっとは意味があったのかなーなんて、ね」 少女はカケルに向かってにっこりと笑いかけた。 「あった、なんて……悲しい言い方するなよ」 カケルは言葉を絞り出した。 「君の人生は、まだ続いていけるじゃないか!まだ、意味をいくらだって追加していける!何て言うかその……ああ、もう!」 頭をかき、カケルはバッグからペンと、博物館のパンフレットを取り出す。 その大英博物館のパンフレットに、走り書きをする。 「コレ、僕の名前と住所と連絡先!文通するなり何なりすれば形は残る!思い出が残る!意味が絶対残る!だから!」 ずい、と少女に走り書きしたパンフレットを突きだした。 「僕に会って意味を見出したって言うなら!意味が欲しいなら!ここに連絡して!」 カケルのそんな必死の姿に、少女はきょとんと小首を傾げた。 「文通、とかボク長続きできた試し無いけど……それでも良いの?」 「君がしたい時にすれば良い!」 「ウン、分かった」 そうやって、ゆっくりと少女は受け取った。 カケルとの繋がりを。 「僕も、君に出会えてよかったと思う。誰かを助けるなんて、初めてだった。僕も、君のお陰で新しい『意味』って奴を手に入れられた」 ありがとう、とカケルは言った。 「うん、ボクの方こそ、ありが…とう。本当に…ありが、とう」 そう少女は答えた。 その頬には涙がつたっていたけれど、カケルは初めて彼女が心の底からの笑顔を見ることができた。 792 :ヤンデレの娘さん 転外 3×3=9 part3/3 ◆yepl2GEIow:2011/09/08(木) 20 35 09 ID fcNgdmpA おまけ そうして、弐情寺カケルは少女と別れた。 「弐情寺カケル、かぁ」 石畳を歩きながら、改めて少女は彼の名前を反芻した。 無意識に足取りが軽くなる。 自分の中身はむしろ詰まったくらいなのに。 少女は生まれて初めて意味を手に入れた。 弐情寺カケルに意味を与えた、という意味を。 それは、展示物が存在してやっと意味を持つ博物館と同じくらい浅薄な『意味』ではあったが、意味は意味だ。 生まれて初めて、少女がこの世に存在しても良いのだと、思わせるくらいの、意義ある意味だった。 今まで、この世に居ても良いと言ってくれた者が1人だけいたけれど、この世に居ても良いと思わせてくれたのはカケルが初めてだった。 「ずっと誰かとの繋がり続けられなかったボクだけど、彼とは繋がり続けられると、良いな」 フフ、と笑いながら少女は言った。 「……でも」 スゥ、と少女の目つきが細くなる。 否。 鋭くなる。 「千里が、千里がねぇ」 吐き捨てるように、千里と言う名を口にする少女。 「ボクの同類の癖に、誰かとの繋がりを手にして、力にしてるなんて、生意気だよ、ね」 そう語る少女の闇は、病みは、暗く、深く。 深淵になっていくことを理解しながらも、それは無意味なことだった。 彼女は無意味で、そして無力。 そのことを、彼女自身が誰よりも なぜなら、それが、彼女の両親にあたる2人が唯一行った教育と呼べるものだったからだ。 自分には何もできないことを、少女は産まれたときから17年間ずっと教え込まれてきた。 けれども、何もできないと言うことは、何もしたくないと言うこととイコールでは――――ない。 その気持ちを無意味と切って捨てることは、少女には、少しずつ、できなくなってきていた。 少女の心は、だんだんと、あるいは淵々と、軋み始めていた。 カケルに一度救われながら、否、たからこそ、ばらばらになりはじめていた。 少女―――九重かなえの心は。 弐情寺カケル 九重かなえ この2人の無意味で有意味な出会い。 光が闇を際立たせるように。 出会いもまた、ヤミを深くする。 これは、それだけの物語。 ここまでは、それだけの物語。 ここまでだけなら、それで終わる物語。 深くなった彼女のヤミが、闇が、病みが、九重かなえを、弐情寺カケルを、御神千里を、そして、緋月三日をどう蝕んでいくのか。 それを語るには、まだ早すぎる。 カケルとかなえ、2人の出会いが、2人の別れが、本当に『意味』を持つのはもう少し先のことなのだから。 だから、この物語/3×3=9は、この始まりの物語/数式は、未だ解け出したばかり。
https://w.atwiki.jp/pokecharaneta/pages/6826.html
戦国ヤンキー キャラクター コメント 大和田秀樹先生による漫画作品。 キャラクター サザンドラ:織田信長 あくタイプ(不良)なので コメント 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/gods/pages/18210.html
ヤンコントロ 奥アマゾン・ピロ族の神話に登場するアルマジロ。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/1786.html
373 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 03 00 ID 4PrH9vJV 「ジミー君、今から君の家に行ってもいいかな?」 そんな用件の電話が藍川からかかってきたのは、部屋に置きっぱなしにしていた携帯電話の電源を入れてすぐのことだった。 妹の手伝いをする前に、携帯電話も持っていこうと思い部屋に入ったのだ。 弟や葉月さんから電話がかかってくるかもしれないし。 昨日、葉月さんに破壊された携帯電話はスクラップ置き場へ直行している。 あれを直せるような技量は俺にはない。購入した店に頼むにしても、新品を買った方が安いと言われてしまうことだろう。 今手元にあるのは、ちょっと前まで使用していた携帯電話である。 SIMカードを入れ替えるだけで電話番号・メールアドレスを入れ替えられるというのは素晴らしい。 なんとなくもったいなくて、買い換え時に古い携帯電話を捨てず、持ち続けていて良かった。 今後も、いざという時のために予備は控えておくべきである。 前触れもなく、知人から携帯電話を奪われて、止める間もなく真っ二つにされるかもしれないからな。 「藍川、何が目的だ」 「ずいぶんな言いぐさだな。単に君の家に遊びに行きたいと思ったから、電話したのに。 連絡せずに訪ねていって、誰も居なかったら無駄足になるだろう。 ジミー君にはジミー君なりの事情というものがあるだろうし。 先日デパートで会ったジミー君の彼女と、二人きりで遊びに出掛ける予定と被ったら嫌だからな」 ……あ、そういえばまだ藍川は勘違いしたままだったっけ。 「言い忘れてたけど、この間俺と一緒に居た女は妹だぞ」 「そうなのか? ……嘘っぽいな。全然君とは似ていないじゃないか」 「余計なお世話だ。顔が似てない兄弟なんかよく居るだろ。 性格が似てない兄弟はそれ以上たくさん居るはずだ」 弟は父親似、妹は母親似なんだよ。生き写しのように顔がそっくりなんだ。 弟と妹がもっと大人っぽくなったら、男同士と女同士で、ツーペアになってしまう。 風呂上がりや寝起きに、相手を誤って声をかけてしまうおそれあり。 ついでに。 祖母や親戚曰く、俺は祖父に似ているそうだ。 実の父親に似ていなくて安堵している、心の底から。 「そうか。そうだった。忘れてたよ。うん。 いくら血の繋がった姉弟だと言っても、顔や行動が必ずしも似通うわけじゃない、ってね」 「藍川にも兄弟がいるのか?」 「……いいや、居ないよ。今となっては、それ以上でもそれ以下でもない」 「ふうん……?」 何か気になる言い方だな。居ない、の一言で済みそうな話なのに。 実の兄弟ではないけど、兄弟のような存在ならいるとか、そういうことかな。 それについては、後でもう一度聞いてみるとするか。 「で、私は遊びに行っても構わないのかな?」 「ああ。別に構わないぞ。 と言っても、今日は弟が居ないし、特に面白いものもないから、遊びようがないと思うが」 「それならそれで構わないよ。私は君の部屋を物色できればそれなりに楽しめるだろうし。 右腕の怪我で一緒に作れないのが残念だけど、それは怪我が治ってからにしよう。 では、一時間以内に君の家に到着すると思うので、よろしく」 「おう。手土産もよろしくな」 「もちろん。ちゃんと君の大好きな玲子を連れて行ってあげるよ」 ……は? なんで玲子ちゃん? 「ちょっと待っ…………切りやがった、あの女」 すぐにリダイヤルしても繋がらない。携帯電話の電源まで切ったのか。 藍川と一緒に、玲子ちゃんも来る。仕返しのチャンス、到来。 先日は伯母と両親がいたせいで仕返しできなかった。 今日は今日で妹と藍川がいるが……まあ、二人の目を盗んで色々するのなんて簡単だろう。 病院で脛を蹴られた時の恨み、今日こそ晴らしてやる。 大人を甘く見ていたらどうなるか、幼いその身に刻んで教育してくれよう。 374 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 04 26 ID 4PrH9vJV 妹の部屋の前にやってきた。 ここは弟と妹が二人で使用しているので、実際は二人の部屋である。 妹も間もなく高校生になるのだから、そろそろ部屋を分けてほしいと考えているかもしれない。 しかし、我が家の部屋割りは、妹が弟と同じ部屋に住みたいと言ったからこうなっている。 同じ部屋が良いというのなら、止める人間は居ない。もちろん俺も。 最近、妹が俺に心を開いてくれるようになったが、それでも俺と弟で比較すれば、弟の方が好きだろう。 自分の部屋に不満を覚えない俺としては、今のままの部屋割りがいい。 妹が自分だけの部屋がほしいと言い出さないことを願うだけだ。 もしそんなことになったら、弟が俺の部屋に居着くか、弟が俺の部屋に来て俺には部屋無し、ということになる可能性大。 前者ならともかく、後者の場合は、抗議せねばならん。 部屋に詰め込んでいるプラモデルの完成品と工具・塗装ブースをどこにやればいいんだ。 それら一切を捨てるのは無しだ。俺がプラモ作りをやめるのも無しだ。 そうなったら、毎日藍川の部屋に通うことになってしまうじゃないか。 通い妻ならぬ……通いモデラー? にはなりたくない。 扉に向けてノックを二回。すると中にいる妹から返事があった。 「入ってきてもいいわよ。もう着替え終わってるから」 了承を得たので、入室。 部屋の中は、先日花火に荒らされた部屋とは思えないほど、整頓されていた。 弟と妹のそれぞれの机、椅子。使用する人間の性格を表しているような様だった。 妹の机は入学前と言うことで、机の上を片づけたのだろう。筆記用具や参考書が然るべき場所に落ち着いていた。 弟の机には何も乗っていない。机の未使用疑惑。 あいつはちゃんと勉強してるのか。よく二年に進級できたものだ。 本棚。先日は床にダウンしていたが、今では壁に背中を預けて立っている。 それぞれの棚には、本が隙間無く収まっていた。 それ以外の家具・小物など、全て定位置にあった。 だが、破壊された二段ベッドまでは元通りになっていない。 かつてベッドの置いてあった床の上だけが、周りの床から浮いて、色あせていなかった。 375 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 08 13 ID 4PrH9vJV 妹が高校入学前ということで、床上には高校指定の制服やカバンなどが置かれていた。 妹はというと、私服ではなく、女子専用制服を身に纏って立っていた。 「なに、部屋の中じろじろ見てるのよ」 「いや、あれだけ荒らされたっていうのに、よくここまで直ったもんだって思って。 お前と弟の二人で全部片づけたのか?」 「そんなわけないでしょ。お兄さんが入院してる間に、家族全員で片づけたの」 ふうん。両親も花火が部屋を荒らした件については知ってるわけか。 損害の請求とか花火宛てに送ったりしたのかな。 ……送ってなさそうな気がするんだよなあ、あの両親だと。 本人達が社会のルールから逸脱してるせいなのか、面倒な手続きや、社会との接触を避けたりするんだ。 そんな両親なのに、よく俺ら兄妹をここまで育てられたもんだ。 金を払って、近親相姦した人向けアドバイザーでも雇ってるんじゃないのか。 もしそんな人間が居るなら、俺はそいつに感謝しなければ。 第三の親みたいなもんだし。第三の親ってのもおかしな表現だが。 「それで、言うことは部屋の様子についてだけなの?」 「ん。そうだな……」 改めて、妹の全身を捉えてみる。 高校の制服を着た妹を見るのは初めてだ。 中学の制服ばっかり見てきたから、妹が背伸びしてるみたいに見える。 肩幅が合ってないし、スカートが固まったまま動きたがってないように見える。 はっきり言って、違和感有りまくりである。 着慣れていないのだ。妹の体と制服のサイズが合っていないのではなくて。 調和していない。妹の体と制服のそれぞれが自己主張し合ってる。 大昔の皇帝は、人は着ている制服通りの人間になる、と言ったそうだ。 今の妹は制服通りの人間になっていない状態である。 そして、制服の方も妹の体を包もうとしていない。新品の制服はまだ固い。 妹が制服を着て学校生活を送らないかぎり、この違和感は残ったままだろう。 「黙り込んでどうしたのよ。もしかして、無理矢理褒めるところを探してる?」 「違う。そんなことしたらお前、俺に怒るだろ」 「よくわかってるじゃない。その通りよ」 たまに、本当にごくたまになんだが、こいつは妹じゃなくて実は姉なんじゃないかと思ってしまう。 さっきの会話だと俺の方が下の立場みたいだし。 ここは兄としての格好をつけるために、ビシッと言ってやるとしよう。 376 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 10 00 ID 4PrH9vJV 「まあ、はっきり言うとだな。お前の制服姿は様になっていない」 「……そう」 妹が落胆したように視線を落とす。 しかし、まだ俺の言葉は続くのだ。 「でも、それは仕方ないことだと思うぞ。 制服は私服と全然違うんだから、簡単に体に合わないんだ。 何日か制服を着て生活を送って、何回も洗濯して、ようやく違和感なく着られるようになるんだ。 制服着るの、今日で何回目だ?」 「まだ、二回目ぐらい」 「なら慣れるのはまだまだ先だ。気にすんな。弟の制服姿だって去年の今頃は違和感バリバリだったんだ」 「バリバリとか使う人、久しぶりに見たわ……」 「うるさい。ともかく、お前の制服姿が様になってくるのは、高校入学してからだよ。 肩幅が合ってないように見えるとか、スカートにやる気がないとか、 馬子にも衣装という表現もできないとか、全部仕方ないんだ。 高校に通って一ヶ月もすれば違和感もなくなってくるから、それまでの辛抱だ」 「この機会に私をけなそうとしてない?」 「そんなわけないだろう」 けなすつもりだったらもう一言ぐらい付け加えてる。胸の部分について。 「本当かしら。たった今も馬鹿にされたような気がするんだけど」 「それは気のせいだ。それに、違和感はあるけど、お前の制服姿が悪いとは言ってない。 堂々として入学式に行ってきて良いよ。恥ずかしい部分なんか一つもないから」 「……ほんと、お兄さんって変よね」 妹が後ろへ振り返る。 一瞬だけ、もしかしたら錯覚かもと思うぐらいの瞬間に、頬が紅くなっているのが見えた。 今となってはもう、妹の顔は見えないのだが。 「人を落ち込ませたかと思えば、次は持ち上げてさ。 なんにも期待なんかしてなかった、って言えば嘘になるけど。でも、ほとんど期待してなかったのに。 そんなこと言われたら、私は。私は、なんか、もう…………」 妹が何か呟いている。ほとんど聞こえない。 調子に乗って言い過ぎてしまったか? 早いうちに謝っておいた方がいいのでは。 「あー、妹よ。気を悪くしたのなら……」 「お兄さん、ちょっとだけ部屋から出てて。着替えるから。 後でまた呼ぶから、その時は入ってきて」 「あ、ああ」 「絶対、入ってきてね」 377 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 11 18 ID 4PrH9vJV 妹に部屋を追い出され、一人たたずむ。 主人公一人でのRPGの戦闘中に、死刑宣告をされたような気分である。 自分では助言をしたつもりだったが、余計なお世話だったのか。 謝るより先に部屋から追い出されてしまった。着替える、と言われては出て行くしかない。 それに、絶対入ってこい、と言われた。言い換えれば、逃げるな、だ。 暴力を振るわれることについては怖くない。葉月さんに比べれば妹は非力な方だ。 俺が恐れているのは、再び家庭で妹からないがしろにされることである。 せっかく、卒業祝いの食事、入学祝いプレゼントで妹のポイントを稼いできたというのに、ふりだしに戻ってしまう。 実は家庭でないがしろにされるというのは、結構ショックなのである。近頃は妹が優しいから忘れていたが。 今朝妹が朝食を作ってくれていたことだって、実はかなり嬉しかった。 間違いなく、一口ごとに三十回は噛んでいた。幸せを長く噛みしめていたかったのだ。 「それがもう、明日からは……」 やばい。涙腺がやばい。泣きそう。 肘が曲がってはいけない方向に曲がった時だって泣かなかったのに、今ならすぐに涙腺決壊させられる。 ――ええい、泣くな。シスコンめ! 今はどうやって妹の機嫌を直すか考えるのだ。 ひとまず弟を呼び寄せて、妹との会話中に支援させよう。 通話履歴から弟の番号を呼び出す。こうすると電話帳から呼び出すよりも早く電話をかけられるのだ。 呼び出しをかけると、弟はすぐに電話に出た。 「もしもし、兄さん?」 「ああ。悪いけど今から家に帰れるか? ちょっと助けてほしいことがあるんだ」 「何があったの?」 「……妹を怒らせた」 弟が説明を要求してくるので、事細かに説明してやった。 俺が妹のためを思って感想を述べてやったこと。 口が滑ってちょっと言い過ぎてしまったこと。 後になってフォローしてやったこと。 たった今妹は俺を断罪するための衣装に着替えていること。 全部聞き終えると、弟はこう言った。 「それだけじゃいまいちわからないな。事情はわかったけど、妹がどういうつもりなのかが」 「いや、絶対あいつは怒ってる! 頼む、去年のテストの範囲をリークしてやるから、帰ってきてくれ!」 「そこまで言うのならいいけど。あんまり深刻に考える必要もないと思うよ、僕は」 「なんでもいいから! とにかく、早く! ハリー! 」 「はいはい。一応急ぐけど、間に合わなかったらごめんね」 通話を切る。 救済策は一つ確保した。だが間に合うかがわからない。 妹の着替えが終了する時が、タイムリミット。 弟が帰宅するのが先か、妹の着替えが終わるのが先か。待つしかできないのがもどかしい。 叶うなら、起床する時まで時間が巻き戻ってほしい。 もしくは、今日これまでの出来事が夢であってほしい。 379 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 14 38 ID 4PrH9vJV 玄関に座り、叶わぬ事を願いながら頭を抱えていると、話し声が微かに聞こえた。 玄関の向こう側に誰かがやってきたようだ。 話し声がするということは、複数人でやってきている。 妹が怒っている状態でインターホンを鳴らされると、さらに刺激を与える恐れがあるので、自分から応対することにした。 玄関の戸を開ける。 そこにあったのは、我が家の庭と、三人の女の子だった。 「……なんだ、藍川か」 「なんだとは随分失礼な台詞じゃないか。 遊びに来ても良いというから来たというのに、一向に歓迎する気配がないな」 「お前が電話してきてから今まで、いろいろあったんだよ」 「そうなのか。じゃあ今日の所は日を改めた方がいいのかな」 そう言った藍川を押しのけ、代わりに俺と対峙したのは小さな女の子だった。 「……初めまして。君は藍川の知り合いかな?」 「そうやってとぼけて通用すると思ってるの、ジミー?」 「ごめん。君が何を言っているのか俺にはわからないな」 「セイカク悪っ。ジミーって女の子にもてないでしょ?」 「何を! まだキスも済ませたことのない小学生の玲子ちゃんに言われたくないな!」 「ほら、知ってるじゃん、ボクのなまえ」 ちっ。 言葉のやりとりで俺をはめるとは大したものだ、玲子ちゃん。 得意そうに胸を張る姿を見ていると、手で押してひっくり返してやりたくなる。 そのボリュームの足りない胸に照準を合わせて。 「ジミーがすごく怪しい目でボクを見てる……テイソーがあぶないような気がする……」 「貞操なんて言葉を知っているのか。偉いな。 だけどそれは気のせいだよ。ほら、お兄さんのところへおいで」 たっぷりこの間の仕返しをしてやるからさ。 「……ギルティ」 小さな呟き。 少し遅れてやって来た殺気を感じ、左に一歩踏み出した。 体が移動すると同時、さっき立っていた場所を、一筋の光が通りすぎた。 光の通り過ぎた部分。そこには丁度俺の顔があったところだった。 呟きを漏らしたのは誰なのか、そして今の光の正体がなんなのか。 そんな疑問は、この場にいる彼女の存在を認めてしまえば、全て解決する。 「……ちっ。避けないでくださいよ、先輩。アタシの愛を受け入れてください」 「うん。もうちょっとソフトで、心がこもっていたら受け入れないでもないんだけどね。 いきなり凶器を投げるのはやめてくれないかな、澄子ちゃん。警戒してなかったらどこかに刺さってたよ、あれ」 「狙ってたんだから当たり前です。 心はこもってますよ。今のには、先輩への強烈な思いがこもってました」 「……俺は一応、君の好きな男の兄貴なんだけど」 「知ってますけど、それが何か?」 笑顔で首を傾ける澄子ちゃん。彼女の性格を知っている俺にとっては何の感慨も湧かない仕草である。 澄子ちゃんが見た目通り、小柄で可愛いだけの女の子だったら騙されるんだろうけど。 本性を知っている俺は、彼女の行動全てに疑いの目を向けずにはいられない。 そもそも、何をしに来たんだ、澄子ちゃんは。 藍川のついでに玲子ちゃんが来るだけで、俺一人で歓迎できる定員をオーバーしているというのに。 380 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 16 18 ID 4PrH9vJV 「先輩。一言言っておきます。 アタシは小さな女の子に魔の手を伸ばすような男の人には容赦しませんから。 トドメの必殺技を喰らわせて爆殺するまで、アタシは先輩から目を離しません」 「ちなみに君の必殺技は?」 「マウントポジションからの両目への致命的な一撃です。 名付けてジス・イズ・マイペン。然るのち、先輩の身を遠隔操作で爆発させます」 「……あのさ、俺ってそこまで悪いことした?」 「してないとでも、お思いで?」 まあ、冷静になってみれば、九歳児に仕返しする高校生なんて大人げないと思う。 だけど澄子ちゃんの言葉を聞いていると、年齢ではなく、男が女に乱暴するのが悪いのだと言っているように感じる。 俺だって、女性に一方的な暴力を振るうのは良くないと思ってる。 しかし、いつ如何なる場合でもタブーになるとは思わない。 男尊女卑の社会は良くないと言うが、いつまでもそんなことを言っていたら、男は虐げられる側に回ってしまうのではないか。 男女平等の精神が美しいなら、女性が男に叱咤される場合だってあって然るべきだと思う。 「先輩はこれぐらいで凝りましたか? それとも、もうちょっとアタシの愛が欲しいですか?」 「わかったよ。金輪際玲子ちゃんにおかしなことはしない。約束するよ」 「……まあ、いいでしょう。今日の所は許してあげます。 それじゃあ京子。あとはよろしくね」 澄子ちゃんはそう言い残すと背中を向けて家の敷地から出ていこうとする。 「澄子はジミー君の家に上がっていかないのか?」 「彼が居ないなら、先輩の家に用なんか無いわ」 「そんなつれない態度をとるからお前には友達がいないんだ。ちょっとはジミー君と仲良くしろ」 「アタシにはとっくに親友がいるから、これ以上友達が要らないの。 じゃあね。帰りは自分の足で帰るから、待ってなくていいわよ」 澄子ちゃんの親友って――藍川のことだろうな、たぶん。 一緒にこの場に来てるし、この間は病院でも一緒にいたし。 不思議な縁というか、世間は狭いというか。 弟を誘拐するぐらい好きな女の子と、俺と趣味の合う女の子が、親友同士。 全然性格が違うのに、なんでこの二人は仲が良いんだろう。 仲良くなったきっかけとか、聞いちゃっても良いのか? 381 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 22 48 ID 4PrH9vJV 「お兄さんっ! 助けてっ!」 唐突な叫び。家の方から聞こえてきた。 振り向くと、部屋から飛び出した妹が玄関にいる俺の方へ駆けてくるのが見えた。 前触れのなさにも驚いたが、それ以上に妹の格好に驚いた。 こいつ、なんで中学の制服なんか着てるんだろう。 さっきまで高校の制服を着ていたが……着比べしてみたかったのか? 改めて見直すと、中学を卒業したばかりの妹にはやはり中学の制服が似合っている。 もう二度とあの制服姿の妹を見られないんだな、と思うとちょっとばかり寂しくなる。 そんな保護者じみた感慨にふけっていると、妹が俺の懐に飛び込んできた。 「いきなりどうした? 部屋に大量の油虫でも沸いて出たか?」 「違うわよ! 、誰かが……誰かが、窓から着替えてるところ、覗いてた!」 「み、見間違えじゃないのか? 野良猫か何かが通り過ぎていったとか」 「そんなわけないじゃない! あ、あれは……あれは!」 もしも見間違えじゃなければ、この場に居る人間の総力で以て撃退せねばなるまい。 しかし、覗きにしては堂々としている気がする。 窓から覗き込むとか、見つかることを覚悟してやっているとしか思えん。 それとも知恵の回らない近所の小学生か中学生か? まあ、なんでもいいか。 この場には女性の権利にうるさい少女がいることだし、一緒に覗き魔を袋だたきにしてやるとしよう。 「澄子ちゃん、ちょっと手伝ってくれ」 人を失明させてまで信念を全うしようとする熱い少女、澄子ちゃんに声をかける。 次に、振り向く。 382 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 23 32 ID 4PrH9vJV 想定外の事態というものは、必ず、突然やってくる。 突然やってくるからこそ、想定外だと言えるのだ。 俺だって身を以てそのことをわかっていた。 だが、何度経験を重ねても、予兆を感じ取ることはできないし、慣れることはない。 あえて経験が生きていると言える部分があるなら、事態の深刻さを少しだけでも感じ取れるようになったぐらいである。 我知らず、絞られた声が出た。 この場では、それすら難しかったが、なんとか喉が動いてくれた。 「……手伝って、くれないかな」 「そんな暇はありません」 にべもない返事が澄子ちゃんから帰ってきた。 認識が事態に追いついて、状況を理解していく。 己の視界に捉えているその光景が、どれほど緊迫しているかということをじわじわ自覚していく。 生存本能が、この場から急いで逃げろ、と急かしてくる。 逃げようにも妹が抱きついているから逃げられないのだ。 妹の抱擁から逃げるなんて、なんてもったいない! いかん。完全に混乱している。意味不明な台詞ばかり浮かんでくる。 妹が俺の身体に抱きついている理由がわからない。 ――それより何より、弟がこの場に花火を連れてきた理由がわからない。 何しに帰ってきやがった、弟。 帰ってこいとは言ったが、花火を連れてこいとまでは言ってないぞ。 花火と澄子ちゃんが対峙したまま、一向に動かなくなってしまった。 なんとなく想像してた通り、お前の取り合いでこの二人の中は険悪じゃねえか。 どうしてくれるんだこの状況。 お前のせいで、お前のせいで――なんだかもう、いろいろと、最悪だ! 383 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 25 51 ID 4PrH9vJV ***** 花火が兄さんのことをどう思ってるのか。 小さい頃、僕は花火に問い質したことがある。 返ってきた答えは、「お前ら兄妹全員、私は好きだ」だった。 でも、花火の言動をよく観察していたら、その言葉は偽りだということに気付いた。 たしかに、花火は僕ら兄弟に分け隔て無く接していた。そう感じていた。 だけど、実はそれには差があった。 兄さん、僕、妹。その順番に、花火は僕らに親しく接していた。 いいや。もしかしたら、花火にとって、僕と妹は同じような存在だったのかもしれない。 僕は、兄さんじゃなくて、兄さんの代わりだったから。 妹は、小さな女の子だったから。 花火にとって、兄さんは一番だった。 僕よりも優先すべき存在で、妹よりも大事にすべき存在だった。 伯母さんに虐待されているころ、花火が僕らの異常に気付かなかったのは、そのため。 虐待されてからおかしくなったのは、僕と妹だけ。兄さんは唯一人変わらなかった。 兄さんばかり見ていた花火が、僕と妹の変調を悟れなかったのも当然だ。 暗い毎日が終焉を迎えたあの日。兄さんが伯母さんを刺したあの日。 花火はようやく、僕と妹が虐待されていることに気付いた。 伯母さんがどれだけ酷いことをする人なのか、花火にはわかっていなかった。 そして――その時に、兄さんの心がどれだけ追い詰められていたのかも。 兄さんが伯母さんを刺した時、花火は止めに入り、顔に傷を負った。 傷口が大きく開いていたこと、泣き疲れるまでいつまでも泣き止まなかったことを覚えている。 花火がそれから引きこもったのは、その傷が原因だ。 花火は女の子だ。顔の傷を小学校の子供達には見せたくなかったんだろう。 家から出すために、僕は毎日花火の家に通った。 好きだったから。毎日一緒に登校して、遊びたかったから。 花火を励ますために、僕は何でも言った。 初めのうちは何を言っても応えてくれなかったけど、次第に態度は軟化した。 今になって思えば、きっと花火は兄さんに拒絶されたことを気にしていたんだろう。 だから、僕はこう言った。 僕は花火の傍にいるよ。僕が兄さんの代わりになるから――と。 兄さんの代わりで良かった。 花火が立ち直ってくれるなら、兄さんの代わりの人形でよかった。 そう思ってたけど、花火が心を開いてくれることが嬉しくて、僕は花火だけを優先するようになった。 他の人は全て後回しになった。 妹は後回し。一番尊敬している兄さんでさえ後回し。 いつしか僕は――花火の中にある兄さんの居場所を奪い取ろうと、強く思うようになっていた。 花火の中にある兄さんへの未練なんて、全て消し去ってしまおうって、考えるようになった。 兄さんと葉月先輩が付き合いだしたと知ったら、きっと花火の中にある未練は残らず消えるはず。 お願い、兄さん。 花火に、兄さんのことを忘れさせてやって。 そうすれば、花火は幸せになれるんだから。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/339.html
233 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 15 15 ID bxuyQO3U *** 『二月十六日 曇りのち雨 降水確率八十パーセント アタシと彼の同棲生活一日目。 彼ったら、新しい家で暮らすのが嫌だって言うの。 今まで住んでいた家の方がいいんだって。 そんなこと言ってえ。本当はアタシがお願いしたらノーとは言えないくせに。 彼はとっても疲れているみたいだったから、早速ベッドに寝かせてあげた。 そうしたら、口ではなんだかんだ言いつつ、ベッドの上で大人しくなった。 彼はずるい。そんな無防備な状態を見せるなんて、アタシを惑わすつもりかしら。 据え膳食わぬは女の恥。 当然体の隅から隅まで、じっくりねっとり味わわせてもらいましたとも。 具体的に言えば、シちゃいました。合体、連結、ドッキング、フュージョン、みたいな。 いやあ、はしたなくも学校でシたのも加えれば、一日に十回以上として、とっくに三十回は越しちゃった。 少ないと自分でも思う。 彼は性欲漲るぎらぎらした十代の高校生だから、もっと多くたっていいはず。 でも、十四日は初めて一緒になれた感動で泣いちゃったからあまりできなかったし。 十五日は授業に出て、さらにお義兄さんと談笑してたから時間がとれなかった。 今日だって、彼を家まで連れて行くのに手間取ってしまって、家にたどり着いたのは正午をちょっとすぎたぐらい。 ごめんね。アタシの友達、時間にルーズだから。 まあ、車を出してくれるだけありがたいんだけど。 明日は彼を連れて、また友達の車で移動。 もうすぐ、彼の育ったこの町から離れられる。邪魔者は足跡を辿れなくなる。 アタシの夢は、もうすぐ叶う。 これからの一生、好きな人と二人っきりで暮らしていける。 それを、誰にも邪魔なんかさせない。 特に、あの金髪の悪魔には。 』 「今日の分は、これでよし」 日記帳を閉じて、留め金具をはめ、誰にも見られないよう南京錠で鍵をかける。 自分一人が読むだけの、同年代の女の子たちがよくやる日記。 鍵がついてるから見た目は無骨だけど。 これでも小中と学校に通ってきたから、宿題として日記を書いたことはもちろんある。 けど高校生になってからは――――というか、あの事件の後からは、自分だけのために書いたことは一度もない。 書くことがなかったわけじゃない。めんどくさかったわけでもない。 彼を好きになってからは、書きたいこと、不満に思ったこと、嬉しかったことがいっぱいあった。 ただ、それを書けなかった。 自分のことを書こうとするたびに、あの男に犯された記憶が蘇って、気持ち悪くなってしまう。 今、日記を書けているのは、彼の愛のおかげ。 彼に抱かれてから、あの男の記憶が薄れた。 きっと、彼が記憶を上書きしてくれたんだ。 そうじゃなきゃ、こんなに体が軽くて、幸せな気持ちになんかなれないもの。 なんだか若返ったみたい。 いやいや、実年齢だって十分若いけど、そういう面のことじゃなくて、精神的に。 自分が世界で一番幸せとか、自分が世界の中心にいる、みたいに思えるようになった。 そういうこと考えてたのは、小学から中学入りたての時期だった。 それが、高校生になった今頃そう思えるようになったのは、やっぱり。 「彼が、アタシの、アタシだけのものに………………」 あー、もうダメ。 叫ばずにはいられないって。歓喜しないわけないって。机だってバンバン叩いちゃう。 アタシ、彼のお嫁さんになったんだ。彼には、アタシだけしか頼れる人居ないもんね。 本当は彼からプロポーズされたかったけど、状況が状況だから仕方ない。 アタシに告白されて、過程はどうあれ彼はアタシを抱いてくれたんだから、オーケーの返事をもらったようなもの。 それに、たっぷり中に注いでもらったから、子供だってできちゃうかもね。 234 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 16 23 ID bxuyQO3U 「…………そう、だったらいいな」 でも、望みは薄い。 あの男に犯されて、一回だけ堕ろしたことがあるから。 考えないようにしてたけど、やっぱり子供をつくれないかも、っていう不安は堪える。 彼に申し訳ない。そりゃ、簡単に妊娠なんてしないものだけど、いつまでも身ごもれないのはアタシが悪いんだと思われそう。 こんな体になった原因はアタシにはないけど、その原因を彼に話していない以上、アタシの責任に思われてしまっても仕方ない。 でも、これから打ち明ける気にはなれない。 彼に嫌われたくないし、それに――――過去は過去だから。 アタシが努めるべきことは、彼の心の奥の奥まで、彼の体の隅から隅まで、アタシの色に染めること。 真心の籠もった『愛してる』を言わせること。 絶対に、言わせてみせる。 アタシは、彼と一緒に幸せになりたいんだ。 「う……ぁ……」 あ、彼が起きたみたい。 「ううう…………い、やだ……こんなの」 なんだかうなされている。 四肢をベッドに縛り付けているのが原因かな。 でも、この方が色々都合がいいから、許して欲しい。 あなたの身の安全を守るためには、アタシの目が届く位置に居てもらう必要がある。 外に出たら、怖い怖い金髪のホルスタインや、畜生みたいに血の繋がりをあっさり無視する妹さんと遭遇しちゃう。 それに、それに…………アタシ、縛られてるあなたが好きなの! 動けないあなたを犯してるのに、実はあなたに体を貫かれて犯されている、っていうのがいい。 あなたの方からアタシを求めてくれれば、こうする必要なんかないんだけど、ね? 「こんな、つもりじゃ…………なかったのに、ごめ……ん」 それにしても、どんな夢を見ているのかな? なんで謝ってるの? その言い方は何かやらかした人間のものでしょう。 「僕は、僕が…………本当に、好き……のは…………」 あら。あらあら? 寝言で告白するつもり? 理想とはほど遠いシチュエーションだけど、好きだと言ってくれるならば甘んじて受け入れましょう。 ふふふ――――さあ、打ち明けなさい。ドーンと! 「は、なび…………だから、ごめん」 ……あのー、花火をドーンと打ち上げてほしいわけじゃないよ。 違うでしょ。あなたが言わなきゃいけないのは、あたしの名前。 忘れちゃった? なら思い出させてあげる。 「僕は、澄子ちゃんが好きだ。澄子ちゃんが最高に好きだ。澄子ちゃんが欲しい。アイウォント澄子。 澄子ちゃんを抱きたい。澄子ちゃんのためなら死ねる。愛してる、澄子!」 さあ、つられて言ってしまいなさい。 アタシのことが好きだと! 「助けて、花火、にいさん…………」 忌々しい金髪女の次は、先輩? 先輩は助けになんか来てくれないよ。 今頃は誰かに発見されているだろうけど、アタシの跡を追うことは不可能。 先輩はアタシの家がどこにあるのか知らない。行き先なんかもちろん教えていない。 理想郷? そんなもの、どこにもない。どんな場所にでも人が住んでいる限り悪意は潜んでる。 でも、たった二人きりの場所だったら、その限りじゃない。 彼さえいれば、アタシにとってはどこだってユートピアになる。 そう思っているのに、あなたはアタシ以外の女にしか興味を抱かない。 告白しても、アタシの気持ちを疑って、気のある素振りを見せない。 たとえ夢の中でも、アタシの割り込む隙間を作らない。 徹底的に、拒み続ける。 そんなことされたら、いつまでもあなたを好きなままのアタシは、強引な手段をとるしかないじゃない。 235 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 17 52 ID bxuyQO3U 彼の頭の左右に手をついて、上から覆い被さる。 まだ彼は気付かない。眉根を寄せて眉間にしわを寄せている。 なんだかなあ。この体勢の時にそんな顔をされたら、アタシにのしかかられるのを嫌がってるみたいで、気分が悪い。 「悪い子には、おしおき……」 右手で彼の顔を正面に。何度見ても可愛い寝顔。 見るだけで、うずうずして抑えが効かなくなる。 頬が熱くなって、眠りの魔法をかけられたみたいに目がトロンとして、夢中になってしまう。 目を逸らせない。 でも、今は逸らさなくてもいい。以前とは違うんだから。 同じクラスで、遠目にあなたを見ている時は、あなたと目があったらすぐに目を逸らしてた。 片思いをしているに過ぎないアタシには、そうするのが精一杯。 それが今じゃ、あなたの命を握るまでの立場になっている。 生殺与奪――――生かすも殺すもアタシ次第。 たまらない。ゾクゾクする。こんな幸福感、普通じゃ絶対に味わえない。 手を繋いでデートしたり、ムード満点の場所で愛を囁かれることに、憧れなかったわけじゃ、ないけど。 それ以上に、あなたを独占できる今の状況は最高。 やっぱり、アタシはどこかがおかしい。世間からズレている。 いつからおかしくなっていたか。 あの男に乱暴された時から、じゃない。 あなたに出会った瞬間から、でもない。 きっと、あなたを好きになった時からだ。 そして、それからあなたの身は危険にさらされていた。 「自分で言うのもなんだけど…………きっと、アタシに出会ったことがあなたの不幸だったのよ」 彼が目を開けて、アタシを見る。 アタシは、彼の目の色が変わる前に、アタシへの拒絶を浮かべる前に、目を閉じて彼の唇を奪った。 「む……っあ、やめ…………」 顔を逸らそうとしても無駄無駄。 どのみち、アタシからは絶対に逃げられないよ。 「ん、ふ……ぁ……ん…………あっ……ん、ふふふ」 舌を絡め、彼の体に抱きついて、股間を撫でる。 縦に動かしたり、こねたり、握ったりしていると、だんだん固くなってきた。 それはアタシの行動を許可してくれた証拠。体は嘘をつかない。 彼は徐々に、しかし確実に、アタシの唇や匂いに反応しはじめている。 知覚した時には、快楽を味わえる、と。 いわゆる条件反射だ。 そういうのも悪くない。 数を数えれば、彼がどれくらいアタシの色の染まっているかの度合いが分かる。 うふふ、ふふふ。 あははは、は。……ははははは! すぐに、アタシに、アタシの与える快楽の奴隷に、してあげる。 葵紋花火のことなんか、数日の間に忘れさせてあげる。 夢にも見られないようにしてあげる。 あなたは一人しかいないから。 あなた以外に、あなたみたいな人はいないから。 何もせずに、他の女のモノになってしまうのを見ているなんて、絶対にできない。 このチャンスは逃さない。 あなたは二度と放さない。死ぬまで、いいえ、死んでも放さない。 アタシが死ぬ時が、あなたが死ぬ時。あなたが死ぬなら、アタシも死ぬ。 あなたは同じ事を思ってくれないだろうけど。 一方通行な、一蓮托生の誓い。 そう思いこむぐらい、あなたが好き。 十分の一でもいいから、あなたに伝わって欲しい。 そうしたらきっと――――アタシのことを好きになる。 236 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 18 47 ID bxuyQO3U 「お願いだから、アタシのことを好きになって…………ね?」 そう言っても、彼は首を振るばかり。 「ごめん」 「どうして、謝るの」 「何度も言ってるように、僕が好きなのは、花火だから。 澄子ちゃんを選んで、花火から離れるなんてこと、僕にはできない。 好きになってくれたのは嬉しいけど、応えられない。だから、ごめん」 言うねー。 とっても傷つくよ、今の言葉。 でも、でもね。 「謝られても、アタシは諦めない。あなたの心が、折れるまで。 また、気絶するまで気持ちよくさせてあげる」 「やめて、くれ」 「やー、よ」 彼は下半身を唯一包んでいる下着をずらす。 明らかに他の箇所とは違う熱を宿らせた陰茎が、存在を主張する。 それを、可愛がるように手で包む。 彼の顔は、それだけで何かをこらえるように固くなり、そっぽを向いた。 「我慢なんか、しなくていいのに」 「違う……澄子ちゃんにこんなことされたくないって、思ってるんだ」 「正直になりなよ。 あなたが耐えるなら、心が折れるまでアタシは続ける。 最初からさあ、受け入れた方が楽だと思わない? もう二度と、アタシから逃げることなんかできないんだし」 「そんなこと、わからない」 「無駄よ。変な希望を抱くだけ、叶わなかったときのショックが大きくなる。 お別れしましょう。今までの環境から。 両親のこと、お兄さんのこと、妹さんのこと、幼なじみのこと。 そんなもの、重荷になるだけよ」 「そんなこと! そんなの……駄目だ。僕には、花火や兄さんが必要なんだ」 「へえ、そう」 指を動かして、彼の陰茎の裏スジに這わす。 柔らかな部分をひとさし指の腹で責める、というか弄る。 続けていると、時々びくびく動いて、硬さも増してきた。 「う……っあ」 「じゃあ、耐えてみたら? 縄の腐りかけた橋を渡ってるときみたいに、いつかは落ちちゃうってびくびくしながら、アタシの責めに耐え続ければいい。 勝てるはずのない戦いだけど――自分の信念を貫いたなら、屈服しても納得できるよ、きっと。 僕は昔花火のことが好きだった、でも今は好きじゃない、とか言うようになる」 「……ない。絶対に、僕は負けたりなんかしない。 曲げられるものと、曲げられないものがあるんだ」 「かっこいいね。ますます、惚れちゃいそう。 これ以上好きにさせてもらっちゃ、本当にもう、困っちゃうよ」 いつか折れちゃうものを、健気にも守っている彼は、アタシの想像通りの人間。 そして、折れるまでじわじわ追い詰めるのが好きなアタシは、かなりサディスティックだ。 237 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 19 33 ID bxuyQO3U 「覚えてる? 昨日の夜、あなたがなんて言ってたか。 気持ちいいって。アタシの体が欲しくて、仕方なくて、動きが止まらないって言ったのよ。 アタシがやめてって言っても、ずっとやめなかったんだよ」 「そんなの、嘘だ」 「嘘じゃ、ありませんよ?」 ふふん、都合の良いアタシの想像に決まってるじゃない。つまり嘘よ。 まあでも、こう言ったら彼の動揺を誘えるから、悪い手じゃない。 それに、まるっきり嘘でもない。 一昨日に比べて、明らかにアタシの体に慣れて、応えるようになってる。 そういうの、受け入れる側の女からすればわかるんだよ。 「あなたはアタシに傾きかけてる。そして、諦め始めてる。 それでいいの。怖いこととか、不安になることとか、これからは一度も起こらないよ」 「嫌だ。僕は……忘れたくなんか、ないんだ!」 「忘れましょう? あなたは一番幸せになれる道を選んだだけ。 誰もあなたを責めないわ。みんな、笑って許してくれる」 優しく包み込み、彼の後ろめたい気持ちを和らげる。 彼は心配してるだけ。 葵紋花火や、お兄さんに怒られるのを。 「アタシと二人で辛いことを分け合えばいい。 大事な人でも、物でも、目的でも、誓いでも、支えになる何かがあるから、人は強くなれる。 そういうの、アタシは素敵なことだと思う。 たとえ世界中の皆があなたを責めても、アタシだけは味方。 どんなになっても、見捨てたりなんかしないよ。 あなたの全てに、アタシは惚れたんだから」 彼は首を振る。 「僕が望むのは……君との未来じゃないんだ。 花火が居ないと、僕は、僕は………………」 はあ。 こりゃ、まだまだ意志は折れそうにないね。 一昨日の夜から、彼との会話はずっと平行線で、交わることがない。 でも時間はたっぷりあるわけだし。 ゆっくりと、気持ちを変えさせてあげましょう――――いただきます。愛しいあなた。 238 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 20 26 ID bxuyQO3U 「うぅん、そこ、イイ……気持ちいいよぅ………………う、ん?」 閉じていた目を開けたら、いきなり快楽から解放された。 というか、単に夢から目が覚めただけか。 …………ちえ。すっごいもったいないことした気分。 寝る前にもいっぱい中に精液を出してもらったけど、そんなものじゃ足りない。 夢でも妄想でもいいから、もっと彼のことを考えていたいのに。 目の前には彼の横顔。彼もアタシとシている最中に眠ってしまったみたいだ。 今すぐ夢の続きをしてやろうかと考えたけど……安眠を妨げるのも気が引けるし、体力が回復しなかったら困る。 体を起こして、両腕を伸ばして伸びをする。 あくびをすると頭に血が巡り、眠気のもやを追い払った。 「…………ふう、今は夕方、かな?」 窓の外を見る。空に浮かぶ雲は灰色で、夕日まで沈んでいる。 時計の短針は六を指しているから、今日はまだ十六日だ。 一日眠りこけていれば十七日だけど、たぶんそれはないだろう。 携帯電話の画面に映る日付は二月十六日だ。 それに、メールも届いてないし、電話も掛かってきてない。 十七日になったら友達から連絡が来るはずだ。……忘れていない限りは。 「不安になってきたわね…………」 もし向こうが忘れてたら、ここから移動するのが遅れちゃう。 ここに留まっていたら、先輩や葵紋花火、その他のイレギュラーに発見される危険が高まる。 そもそも、アタシの頼んだ通り、明日の朝の五時に迎えに来るかが怪しい。 あの子、朝に弱そうだし。 「……連絡して、確認しよ」 彼を起こさないよう、 ベッドからゆっくりと下りる。 安らかに眠る彼。今はうなされた顔をしていない。 眠りを妨げないよう、額と右頬、最後に左頬にキスをして、部屋を後にした。 239 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 22 21 ID bxuyQO3U 「お断りだ」 なぜか知らないけど、初っ端からお断りされた。友達に。 電話をかけ、相手から開口一番にそう言われては、こっちとしても言葉を選ばなければならない。 どうして友達との電話で気兼ねしなきゃならないんだろう。 「あの、まだ何も言ってないんだけど」 「言葉を交わさずとも、伝わるものがある」 「テレパシー?」 「いいや、お前をよく知る人間としての勘だ」 伝わってないじゃん。頼み事する気なんかなかったのに。 それにいきなり断られるってどうなの? 友達って、そういうものかな? 「で、何の用だったんだ、澄子」 「ああ、あのさ、明日何時に迎えに来ればいいか、覚えてる?」 「もちろん。五時だろう」 ……まあ、さすがに覚えてるよね。 「あと、約一日もあるわけだから、昼寝しても大丈夫だな」 「わかってない! 覚えてないよ! 夕方の五時じゃなく、朝の五時!」 「なに! よりによって日曜の朝に早起きして、しかもヒーロータイムを見逃せと!?」 「約束したじゃん! この間一本三万円するタイヤおごる代わりに協力してくれるって! しかも四本だよ!? 高校生に十二万円も払わせといて契約破棄するつもり?」 「そん、な……そうと分かっていれば、断ったものを。ああ、私のライドピンクの活躍が……」 「しかも断るんだ……時間ずらすよう頼むとか、しないんだ……」 彼もそうだけど、高校生以上の年齢層が夢中になれるほど面白いものなのかな。 アタシなんか小学生の頃でも戦隊ものに興味なかったのに。 「録画しておけば後で見られるじゃない」 「わかってない! リアルタイムで見る興奮をお前はわかっていない! いいか、録画じゃ、興奮が三割減少するんだ!」 「いや、そんなことを主張されても」 「早起きしてテレビの前に座り、CMが明けるまでの待ち遠しさ。 前回のラストシーンから始まり、続けて流れるオープニングテーマを聞いたときの、童心に帰る心地。 番組関連の玩具やソーセージのCMを挟んで見る、流れるような本編の展開。 次回予告を見る時の、もの悲しさと期待。来週もまた元気に生きようって、そう、思えるのに……」 うわあ……結構深刻そう。 そっか。この子にとって、きっとヒーロータイムは、アタシにとっての彼みたいな存在なんだ。 しょうがないなあ、もう。 「わかったわよ。何時からだっけ? 八時?」 「……七時、三十分」 「その時間になったら、途中のサービスエリアに寄って見ていいから」 「…………本当に?」 「本当、本気、真剣、マジ、嘘じゃない。だから落ち込まないの。事故ってもらっちゃ困るし」 「澄子」 「なによ?」 「愛してる」 「あっそう。アタシはあんたじゃなくて、他の男が好きなの。ごめん」 「なるほど、ツンデレか」 「アタシはツンデレじゃないんだけどね……」 あえて言うなら、彼に対してのみデレデレって感じ。 それに、どのへんがツンだってのよ。デレてもいないし。 240 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 24 10 ID bxuyQO3U 「で、電話をかけてきたのは確認のためだけか?」 「え? えーっと、ね」 初めはそのつもりだったけど、今はなんだかお腹が減ってる。 「迎えに来てくれない? 今から」 「お断りだ」 「振り出しに戻らないでよ……」 またさっきの会話をリフレインさせる気はない。 向こうには、試しに会話を振ったらノってきそうな気配がある。 「どーーしても、迎えに来る気はないわけ?」 「最初から約束していたならともかく、澄子の腹の虫の面倒まで見る気はない。 歩いていけばいいだろう。コンビニが近くにあったはずだぞ」 「その距離を歩いているうちに襲われる可能性もあると、思わない?」 「それなら、また去年の文化祭の時みたく、忍者の格好でもして行けばいい」 「……ヤなこと思い出させるわね、こんな時に」 「なんの話だ?」 「いいえ、なんでも」 この子、去年の文化祭でアタシのコスプレ見てるのよね。 その日の晩に衣装ボロボロ、体をボコボコにされたことまでは知らないでしょうけど。 今回先輩を拉致監禁したのはアタシだけど、先輩がばらさない限り葉月さんが襲ってくることはないはず。 先輩の性格からして、アタシをかばって口を割らないのは予想がつく。 ああいう人って優しいから、利用しやすい。 「……ま、いいわ。自転車で行ってくるわよ」 「ああ、気をつけて行ってくるんだぞ」 「そう思うなら迎えに来なさいよ」 この子は、いちいち心にもないことを。 「気をつけて帰ってくるんだぞ。家に帰ってくるまでがお遣いだ」 「あんたは、いちいち心にもないことを!」 叫び、電話を切る。 「あ、やば」 今ので彼、起きちゃったかな? 部屋のドアを開けて見る。……よかった、まだ寝てる。 「ごめんね。ちょっとだけ一人にしちゃうけど、すぐに帰ってくるから。 寂しがらないでね? 帰ったら晩ご飯、食べさせてあげるから」 もちろん、全部あーん、で。 それとも、口移しがいいかなあ? うーん……よし決めた! 出血大サービス。両方やろう。 澄子ちゃんの愛、文字通りお腹いっぱいに味わっていただきましょう。 「うっふふふ。くっちうっつし。くっちうっつし」 足取りも軽く玄関へ。 新婚の旦那さんって、こんな気持ちなのかもなあ。アタシの場合は奥さんだけど。 二月の夜の肌寒さもなんのその。平気、へっちゃらです。 「じゃ、行ってきまーす!」 元気よく言い残し、鍵を掛けて家を出た。
https://w.atwiki.jp/gods/pages/100414.html
ラウルパイヤン(ラウル・パイヤン) フランスのヴァンドーム伯の系譜に登場する人物。 ボーモン副伯。 関連: アガット (妻)
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/566.html
291 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 41 46 ID ATsC7agL *** 私にとっての直接的な驚異となる人間は、一人だけしかいない。 それは、お父さんでもお母さんでも、お兄ちゃんの女友達でもない。 姉。 私よりふたつ年上、お兄ちゃんよりひとつ年上の、長女。 表面ばかりを取り繕った、許し難い悪女だ。 まず、お兄ちゃんより先に生まれているというところから許せない。 だって、お兄ちゃんが生まれたばかりの赤ん坊の頃からあの姉は、お兄ちゃんの傍にいたのだ。 長女だからという理由で、両親公認でお兄ちゃんの面倒を見ることができた。 姉が小さい頃からお兄ちゃんを狙っていたかどうかなんてどうでもいい。 今の姉がお兄ちゃんの心を奪おうとしている。 敵視する理由はそれだけで十分だ。 せめて、私がお兄ちゃんと双子で生まれていたらよかったのに。 そうしたら、お兄ちゃんの一番近くにいることが許される。 誕生日が同じ、感じ方が同じ、身の回りのあらゆるものを共有できる。 そして、最大のメリットは、同じ学校の同じ学年に居られるというところ。 去年まで、私は中学三年生だった。 その頃お兄ちゃんは高校一年生。 別々の学校、別々の通学路、違う生活リズム。 お兄ちゃんと離れて過ごすなんて、許し難いことだった。 私がいない間に姉がお兄ちゃんに手を出すんじゃないかって、去年はずっとずっと心配だった。 同じ高校に通うようになった今は違う。 ただ不安になるだけの思考をする日々は終わり、お兄ちゃんの近くに居て、近づいてくる邪魔者を遠ざけることが出来るようになった。 時に遠回しな手段で、時に自分から動き、私はあらゆる女の意志をへし折ってきた。 しかし、唯一どうにもできなかった相手がいる。 それが、私の姉。 いつもいつも、最後の詰めで私を追い抜く最大の敵だ。 292 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 43 34 ID ATsC7agL 今日もそうだった。 天気予報が大ハズレになった今日の天気は雨。 地面を打つ雨音が会話を遮ってしまうほどの悪天候が、六時間目開始頃からずっと続いている。 今朝家を出るときは、天気予報の通り降り出す気配なんか微塵もなかった。 だから傘は持ってきていない。折り畳み傘まで鞄の中に無い。 きっとお兄ちゃんも忘れているはず。 そんな時こそ、私がお兄ちゃんを助けなくちゃいけないのに。 友達に頼み込み折りたたみ傘一本を借りた後、お兄ちゃんの待つクラスに私は急いだ。 けど、お兄ちゃんは居なかった。 代わりにもならない名前も知らない男子生徒が数人残っているだけだった。 聞くと、お兄ちゃんは数分前に帰ってしまったとのこと。 お兄ちゃんのことだから、雨の中を走って、濡れながら帰るつもりかもしれない。 間に合うことを祈りながら走り、校舎の玄関までたどりついた。 外を見ると、土砂降りの雨の中に、お兄ちゃんの背中がある。 それを目にした途端、声をかけて止めようと口が開いた。 でも、呼び止める前になってあることに気付いた。 お兄ちゃんが傘を差して歩いている。 いいや、傘を持っているのは、お兄ちゃんの左に居る制服姿の女だった。 そう、この雨の中、お兄ちゃんと私以外の女が相合い傘で、濡れないために密着して歩いていたのだ。 もはや傘を差す時間も惜しい。 走った。走って、お兄ちゃんの背中を追いかけた。 激しい雨が体を打つ。一歩踏み出すたびに靴底が濡れる。制服の襟から雨が入り込み、体が冷える。 もうちょっとで手が届く、という距離まで近づいた時、お兄ちゃんの隣で歩く女が振り向いた。 目が合った。 そして、私の足が止まった。 女は――――私の姉だった。 姉は、今日雨が降ることを予知して、傘を用意し、私よりも先にお兄ちゃんと一緒に帰っていた。 姉が再び前を向き、何事もなかったかのように歩き出す。 お兄ちゃんは振り向かない。私に気付いていない。 声をかけることはできなかった。 濡れ鼠になった姿を見せたくない。今更一緒に帰ることはできない。 また、姉に負けた。 無様な私を見ても勝ち誇ることをしない、余裕たっぷりの姿。 傘を少し持ち上げ、お兄ちゃんと会話しながら、楽しそうな顔で笑う。 自分が勝って当然とでも言いたいのか。 私ではお兄ちゃんを手に入れることはできないとでも言いたいのか。 自分が負けないと本気で思っているのか。 この時、私は決めた。 もうなりふり構っていられない。 早急に、確実に、お兄ちゃんを手に入れる手段をとる。 姉にはできない手を用いて、逆転勝利する。 そのために、せっかく友達から借りた折りたたみ傘を差すこともせず、私は帰宅の途に着いた。 293 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 44 55 ID ATsC7agL *** 「おにいさん、タバコ持ってないかい。なんだか、とても吸いたい気分なんだ……」 屋上にいるわけでもないのにそんなことを言い出したのは、なんと俺である。 ここは一人しか入っていない病室で、半径数メートル以内に誰もいないから、もちろん独り言だ。 吸っていて何かいいことがあるのかわからないタバコなどもちろん吸ったことはない。 ちなみにうちの家族は全員吸っていない。全員肺がピンク色、たぶん。 タバコを吸いたいわけではない。 ただ、なんとなく呟いてみたくなっただけだ。 これで良かったのだ。 葉月さんの告白に対する返事を、数ヶ月を経てようやくしたのだから。 いつかやらなければならないことを、たった今やり終えただけ。 これ以上先延ばししなくて良かったと思うと同時に、どうして今まで言わなかったのだと思う。 きっと俺は、葉月さんとずっと仲良くしていたかったのだろう。 振ってしまったら葉月さんが離れていってしまうと思った。 ならばいっそ、付き合ってしまえば良かったのだ。 そうすれば、ずっととは言わずとも、葉月さんが俺に幻滅するその時まで一緒に居られた。 ――――あ、この時点で駄目だ。 幻滅されることを前提に考えている俺が、葉月さんと付き合って上手くいくはずがない。 積極的に好きになったり、絶対に嫌われないようにしようと考えていない。 俺の頭はどうかしているんだろうか。 葉月さんほど容姿のレベルが高くて、一途な性格をした女の子なんて周囲に居ないのに、彼女に惹かれなかった。 中学時代に好きになった女の子は、失礼だが、葉月さんよりは可愛くなかった。 それでも惹かれた。どれぐらい夢中になっていたかは覚えてないが。 「………………………………、わからん」 あのときは何が決め手だったのだろう。 出会ったシチュエーションか、第一印象か、相性か、それともただの気の迷いでしかなかったのか。 あー……弟ならそういうのに詳しいかな。人を好きになる仕組みみたいなもの。 あいつも自分のことならわかるかもしれないし。 なんで花火のことを好きなのか、あいつは自分でわかっているはず。 俺には花火のいいところなんか…………体の一つの部位しか浮かばない。 まさかそこに惚れた訳じゃないよな。 それはそれで、わかりやすくていいんだけど。 294 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 45 57 ID ATsC7agL 「どうしてその人が好きなのか、ねえ…………」 「誰か好きな人いるの?」 「異性としてとなると、居ない。たぶん」 「たぶん? ずいぶん漠然としてるね。本当は居ないんでしょう?」 「うん、まあ断言してもいいのかもね……って」 いつのまにか病室に入ってきて俺のつぶやきに自然な形で紛れ込んできたのは、ちびっ子、もとい……もとい…………? 「誰だっけ、君」 「それ、本気? 本当に忘れてるの?」 「ああ、思い出した。玲子ちゃんだ」 「覚えてるじゃん。まったく、ボクみたいな可愛い女の子のことをぱっと思い出せないなんてどうかしてるね」 「ごめんごめん。あんまり普通の登場の仕方をしたもんだから。 先々週みたいにこけて部屋に飛び込んでくれたら分かったんだけど」 「違うよ! ボクが来た日、全然違う!」 「あれ、もう一週間前だったっけ?」 「それも違う! 昨日だよ、ボクがここに来て話したのは昨日! だいたい、そんなに長く入院してないじゃん!」 「ん? いつ入院したか話したか?」 「日曜日にここの病室に入ったでしょ。ボク、毎日この病室の前を通るから人が入れ替わったらすぐに気づくよ」 毎日病院に来る? ということは、もしかしてこの子……。 「お母さんがちょっと離れた病室に入ってるんだ。学校が終わったら毎日ここに来てる」 「なんだ、てっきり俺は君が病弱なのかと。 よく考えれば、その元気で病院の世話になってるはずないもんな」 「それ言ったら、ジミーだっておんなじじゃん……」 玲子ちゃんがため息を吐く。小学生のくせにため息を吐く動作に慣れているみたいに見える。 それより、この子が今変なカタカナの名詞を口にしたような気がするのだが。 「あ、ボク、ジミーに聞きたいことあったんだった」 「待て、待つんだ。何を普通に、人の名前をジミーに変更してる。俺の名前は……」 「佐藤太郎?」 「それはミステイク! ありふれた名前っぽいけど、佐藤はともかく、今時子供に太郎なんて名前を付ける親は少数派だ!」 「んー、そんじゃ、やっぱりジミーで。 本名が地味だからジミー。ぴったりでしょ? 感謝してよ」 「君に感謝するぐらいなら毎朝憂鬱な気分にさせる冬の寒さに感謝した方がマシだ! そんなあだ名をつけられたのはさすがに初めてだよ……」 高校生相手になんて強気なんだ小学三年生。 もしかして、単に俺が舐められているだけ? いいや、きっと怪我をしていて無理できないと知っているからだ。そうに違いない。 295 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 48 07 ID ATsC7agL 玲子ちゃんから話を聞いたところ、またしても父親に似た男の後ろ姿を確認したという。 その男のことを何か知らないかと訪ねにきたのだ。 俺が知らないと答えたら、どういうわけか俺の左手を握って病室から連れ出した。 一人で面識のない男の近くに行くのが怖いのだろうか。俺の所には堂々とやってきたくせに。 玲子ちゃんは俺を盾に、背後から付いてくる。 不意に、数メートル先にある病室のドアが開き、車椅子に乗った女性が出てきた。 一旦停止して会釈する。車椅子の女性が微笑み、玲子ちゃんが俺の尻にぶつかった。 「なんで止まるのさ、ジミー?」 「交通ルールを遵守したまでだよ。というか、病院内でのマナーかな」 「……むー」 「並んで歩いたらいいのに」 「駄目だよ。そんなことしたら……ジミー、法律に食べられちゃうよ」 「へ? ………………、ああ。大丈夫大丈夫、ここで俺の格好を見て犯罪者と思う人は居ないから」 九歳児の口から発せられた言葉はボケなのか本当の心配なのかわかりにくい。 法律に抵触する、をひらがなで覚えていたのか? 「ま、そんなわけだから」 「ん? ……なに、その手?」 玲子ちゃんは俺が差し出した手を訝しげに見ている。 「はぐれたらまずいから手を繋いでいかないか、と誘ってみたところだけど」 「ば……馬鹿にしないでよね! そんな子供っぽいこと、誰がするもんか!」 「ふうん。じゃあやめとこうか」 どうせ断られるだろうとは思っていたが。 「……で、でも、ジミーがどうしてもっていうんなら、やぶさかでもないよ。 ボクの手を握りたいって欲求を抑えきれないんでしょ」 「ん、あー、うん。そういうことそういうこと」 「うわ、めっちゃ嘘くさい返事。ま、いいや。繋いであげるよ、感謝しろ」 玲子ちゃんが小さな手を絡めてくる。 手のサイズに差がありすぎるせいでいまいち握りにくい。 最終的に俺が玲子ちゃんの手をぶらさげるように握る形に落ち着いた。 「ジミーの手、おっきいよね。今いくつだっけ?」 「十七。でも体のサイズだけなら、年上の人とあまり変わりないよ」 「じゃ、ボクのお父さんも?」 「君のお父さんの身長次第。でも……」 「でも、何?」 「ううん、なんでも」 でも、弟と見間違えたということは身長は同じかもしれない。 父の身長も同じぐらいだし――――ん? 待て待て。今何か閃いたぞ。 昨日玲子ちゃんは、俺の部屋に父親を捜しにやって来た。 だけど玲子ちゃんが見たのは俺の弟だった。 しかし、弟が玲子ちゃんの父親である可能性は低い。 玲子ちゃんが九歳だから、弟が女性とそういう行為に及んだ時にはまだ五六歳。 無理がありすぎる。 弟イコール父親説はあり得ない。 では、別の可能性。 玲子ちゃんが見た人間が弟であったとして、それが勘違いだったとしたら。 玲子ちゃんが普段自分の父親に会っていないのはほぼ間違いない。 会っていない人間の顔を確認する方法といえば、写真とかがある。 その写真に写った男が弟そっくりでも、実はそいつが弟でなかったら。弟そっくりの人間だったら。 導き出される答えは――――すげえ認めたくないものになる。 296 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 53 29 ID ATsC7agL いや、まだ。まだわからない。 否定する材料はある。玲子ちゃんの覚え違い。他人のそら似。 そうさ。そんなドラマみたいな出来事が身近で起きるはずがないんだ。 俺の周囲で起こるのはバイオレンスな出来事だけだ。 あってはならんのだ。これ以上やっかいごとに関わるのは御免だ! 「あ!」 突然玲子ちゃんが背後に回った。 何事かと前方を確認する、と――――居たよ。とんでもないことを隠しているかもしれない、弟そっくりのうちの父親が。 たった今病室から出てきたところで、祖母と母と妹を一緒に連れている。 俺に気付くことなく、一階へ下りる階段へと向かっていった。 「玲子ちゃん、もう隠れないで大丈夫」 「ほ、ホント? さっきの人、もう行っちゃった?」 俺の体を壁にして前方の安全を確認してから出てきた。 「さっきのが、君の……お父さん?」 「ううん。違う、と思う」 「もし良ければそこは断言して欲しいんだけどね」 「だって、実物を見るのは初めてだからわかんないんだもん。……はい、これ見て」 玲子ちゃんがポケットから取り出して渡してきたのは、折り目の付いた一枚の写真だった。 映っているのは男一人に女二人、それと緑の草原と蒼穹。 「そこの真ん中の人が、ボクのお父さん。それで、左にいるのがお母さん」 …………写真中央の男は、髪型と服の趣味以外、まんま弟だった。 写真の中でもハーレム状態にあるところなんか特にそっくり。 この写真を見ただけじゃ、玲子ちゃんが弟を父親だと見間違うのも無理はない。 左の玲子ちゃんのお母さんらしき人物に見覚えはない。 なかなかの美人でにこやかな笑みはいい感じだと思うが、それ以外には何も感想がない。 「右のもう一人の女の人は誰?」 「お母さんの妹。今でもとっても仲良しなのよ、って言ってたよ」 ふうん。妹ね。 なんだか俺の妹にも似ている…………ような? 「――いや、似てねえ! 似てる訳ねえ!」 「わあ! ちょっと、ジミー! 騒がないでよ、迷惑だって!」 「だって、もし似てるとしたら……あの、あの男は…………!」 うちの妹とうちの母は、そっくりだ。うり二つと言ってもよかろう。 女同士で気を遣って髪型で差別化を図っているぐらいだ。 もしも、写真の中にいる妹そっくりの女性が俺の母だった場合、一体どうなるか。 うちの父親は、妹に三人の子供を産ませ、そのうえ、実の妹の姉にまで子供を産ませた―――― 「奴は、しまいどんまんだったんだよ、玲子ちゃん!」 「何言ってんの?!」 「しかもその事実を隠している! かくれしまいどんまんだ!」 「さらにわかんない! ジミー、そんな名前の仲間はいないよ、勝手に作らないで!」 「たぶん語尾にござるとかつけたりするんだよ! つい若気の至りでやってしまったでござる。今は反省しているでござる!」 「ちょっと、あ、ごめんなさい。すぐに静かにさせますから。 もう! ジミーこっちに来て! いい加減にしてよ!」 297 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 55 04 ID ATsC7agL 嘘だ……。 認めたくない……。 うちの父親が、実の妹に手を出していたと知った時には軽蔑したものだ。 だけど、父親としての役目を果たしていたから、時間と共に自分の中で決着を付けることができた。 それなのに、それなのに。 実の姉に子供を産ませて、その事実を俺ら兄妹に黙っていただなんて。 「もう、俺は……どうしたらいいのか……」 「とりあえず落ち着くところから始めて。はい、ウーロン茶」 玲子ちゃんはどうしてこんなに落ち着いているんだ。 俺の心はかつてないほど動揺しているというのに。 「そうか。まだ、自分のことを知らな…………うう」 「自分を見失っているのはジミーじゃないか。もう……どうしてボクがこんなこと。 ほら、椅子用意したから座って」 後ろからシャツを引かれ、椅子に座らされる。続けてウーロン茶を手渡された。 どうやら俺は玲子ちゃんに連れられてどこかの病室にやってきていたらしい。 個室らしくベッドは一つだけ。スペースが広く取られていて、見舞客のためのソファが窓際にある。 備え付けの冷蔵庫とテレビは俺の部屋のものより大きい。 入り口の傍にはトイレまである。個室の待遇はやはり違う。 「ここはボクのお母さんが入っている病室だよ。 お母さん、この人が昨日話したおもしろいお兄ちゃん。 お母さんにぜひお会いしたいって言うから連れてきちゃった」 「あら、そうなの。具合が良くないみたいだけど?」 「ジミーはいつも頭の具合が良くないから気にしないで。 ほらジミー。自己紹介しなさい」 「仲がいいのねえ、二人とも」 ううむ。仲の良い親子の会話が俺の前で行われている。 いまいち混ざりにくい空気だが、ここで名乗らない訳にはいくまい。 顔を上げ、玲子ちゃんの母親の顔を見る。 298 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 55 57 ID ATsC7agL 玲子ちゃんの母親は、思わず息を呑むほどの容姿をしていた。 推測では俺の母親の姉だから、もう少し衰えているのかと思っていたのだが、 なんのなんの、篤子女史より若いんじゃないかってぐらいの綺麗さだった。 入院生活を送っている人間はストレスフリーだから肌の衰えが遅いのか? 一応俺の伯母に当たるから、何か言っておいた方がいいのかな。 言葉を探していると、伯母は一度微笑んだ。 途端に違和感を覚えた。 この人と、会ったことがない? ――そんなはずがない。 会ったことがある。絶対。 今の微笑みは、記憶にないけど鮮明に思い出せる。 「緊張してるみたいですね、ええと……ジミーさん? どう見ても日本人ですけれど、変わったお名前をしてらっしゃいますのね」 「…………あ」 この声も聞いたことがある。 ずっと昔。 記憶を辿る。辿って辿って、壁にぶち当たった。 拒否してる。思い出したらいけないと、必死に俺を止めている。 「私は玲子の母で、冴子と言います」 冴子――――冴子? 知ってる。知っている、覚えている、忘れていない! 記憶の壁が崩壊して、全てがさらけだされた。 冴子。 この名前は、俺が何度も呟き、心の中で浮かべた言葉だった。 死ね、殺してやる、という呪詛の言葉と共に。 ――冴子、死ね。いつか殺してやる。 「あなたの本当のお名前はなんとおっしゃいますの?」 もう、耐えられなかった。 299 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/27(日) 21 56 44 ID ATsC7agL 失礼しますとギリギリで口にして病室を去り、トイレへと駆け込む。 スリッパを履くことも忘れ個室へ入り、便器に顔を突っ込んだ。 戻しもしないのに、吐き気だけがずっと続いている。 「さい、悪だ……」 この止まない吐き気も、喉を詰まらせる怒りも。 あの女だ。 体育館の地下倉庫に監禁されたときに見た夢に出てきた女。 妹を痛めつけて、弟まで傷つけていたのに、両親と話す時だけは平然としていた。 俺が妹と弟をかばっていなければ、あいつはいずれ二人の心を壊していた。 それがあの女の狙いだった。 右手に感覚が甦る。人を刺した時の手応え。 俺が、伯母の冴子の腹を、包丁で刺した時のものだ。 は。……ははは、はは。ははははは。 喉が嗄れて、笑い声も出ない。 どうして今更目の前に現れたんだ。 せっかく忘れていたのに。ずっと忘れたままでいられたのに。 あの時で全て終わったことにできていたんだ。俺の中では決着がついていた。 また小学生の時みたいな気分になっても、どうしようもないんだよ。 今の俺はもう、高校生なんだから。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/315.html
622 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 27 26 ID RXIiPa7U *** 昔話をしながら、思う。 本当に、アタシは何をやっているんだろう。 自分でもよくわからない。 昔の話を先輩にしたところで、何か特別なことが起こるわけじゃない。 あんなに痛くて、惨めで、気持ち悪くて、涙も枯れて、まるごとまとめて最悪な過去を話して、先輩が慰めてくれるとでも? そんなわけない。アタシの昔話を先輩が聞いたところで、傷を癒せるはずがない。 ――あ、そっか。だからか。 アタシは自分でも気付かないうちに、そのことを理解していたんだ。 何を話したところで、先輩は何も変えてなんかくれない。何も言ってくれない。 それが良かった。話し相手として最適だった。 彼にも話せない、彼と出会う前のアタシの有様。 もし彼が知ってしまったら、一体どんな気持ちになるのか。 もともと彼はアタシのことなんか知り合いの一人ぐらいにしか思っていないだろうけど、それを計算に入れてもあの話は重すぎる。 彼は、きっとアタシを嫌ってしまう。 嫌われるのが怖い。 嫌わないで。アタシは何も悪くない。 悪いところがあるというなら、誰かに話す勇気を奮わなかったこと。 でも、仕方ないじゃない。 思い返すのだって嫌なのに、それを言葉にして誰かに話すなんて、絶対に無理だよ。 今ならともかく、昔の――中学の頃のアタシには、難しすぎた。 それに、知られたくもなかった。 誰かに知られたら、そこから周りに伝播していって、もっとひどい目に遭わされそうな気がした。 あの男以外だけじゃなくて、他の見ず知らずの男に好きなようにされるのを想像したら、死んでしまいたくなる。 あの頃に死なず、よく今も生きているな、なんてよく思うのに。 嫌われてしまうかもしれないなら、いっそのこと内緒にして、一切気付かれないよう封印した方がいい。 そのガードを先輩の前で解いてしまったのは――見下していたから、かな。 これじゃちょっと失礼だし、語弊があるか。 もう少し正確に言うと、アタシは先輩をゴールデンレトリバーみたいな感じで見ている、って感じ。 うーん、これもちょっと違う? …………柴犬が一番近いかも。 レトリバーと日本犬じゃ全然違うじゃないか、とか先輩なら突っ込みそう。 でも日本人だから、やっぱり柴犬の方が似合うとアタシは思う。 ぱっと見た感じでは大人しそうで人畜無害。 でも、いざというときには頼りになりそう。 ……なんだけど、いざという時以外には使えそうにない、分度器みたいな存在。 実際、アタシが彼をさらおうとした去年の文化祭の時、誰にも見られずに体育館に彼を連れ込んだ今回のケース、 両方とも先輩は自分の弟を捜して、かなり近くまで接近した。 本当に犬みたい。先輩には特殊な嗅覚が備わっているんだろうか。 さて、先輩の話はこれぐらいにして。 そして、先輩とのお話もこれぐらいにしておきましょうか。 明日アタシは、先輩に限らず、これまでに築いてきた人間関係を全て清算する。 だから、こう見えても実はアタシは忙しいんです。 この辺で話を切り上げたいから、どうか先輩、そんな呆気にとられた顔をしないでくださいよ。 友達の話だって、最初に言ったじゃないですか。 変な勘違いしてアタシに同情なんかしたら、とても表現できない効果音を立てつつ、先輩の額に穴を空けちゃいますよ? そうなったら、先輩は彼のお兄さんという重要なポジションにいるのに、アニメ化されてもビジュアルの問題で登場させてもらえませんよ? 思いやりの心なんて、アタシは欲しくありません。 彼の、それ以外は。 623 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 29 24 ID RXIiPa7U *** 澄子ちゃんが去り、またしても一人きりで閉じこめられた暗闇の中で、思考を巡らせる。 澄子ちゃんの友達の話について。 初めて聞かされる、彼女の友達のこと。 かいつまんで言うならば、その子は過去に暴行を受けていたという。 それも、性的な。 俺が考えていたのは、その話の真偽についてではない。 澄子ちゃんがそんな話をどうして俺に聞かせたのか、そして、俺は話が終わった後になんと言うべきだったのか。 澄子ちゃんは友達の話だと言っていたが、嘘だろう。聞かせやすくするための方便だ。 では誰の話なのか、というと、それは。 「…………信じたくないけど」 澄子ちゃん本人のことだろう。 もちろん確認をとったわけじゃないから俺の誤解かもしれないけど。でも、俺の勘はそう判断した。 中学時代――少なく見ても一年以上前に、ストーカーされ、ある日の帰宅途中に自分の家まで追いかけられ、 そして、未成熟な体と、穢れを知らぬ心に取り返しのつかない傷を負った。 なお悪いことに、同じ目に遭ったのはその時だけでなかったという。 相手は男。逮捕後に分かったらしいが、同じような犯罪を同じ時期に、数件も重ねて犯していたらしい。 そんな外道は死んだ方がいいと思う(澄子ちゃんも同じ事を言っていた)のだが、裁判で男は懲役十余年の刑に処され、今でも服役しているそうだ。 被害者の中には、男と遭遇してから人生を狂わされた人間が多く居た。 世の中の男の全てが恐ろしくなり引きこもった人間。 二度とその男に見つかるまいと自分の顔を跡形も残さず整形した人間。 この世に救いなどないと言い、遺書を残して自ら命を絶った人間。 ほとんどの被害者は女性。中には小学生ぐらいの男の子も含まれていたという。 その中で今でも社会生活を営んでいるのは、親友や恋人や家庭、人でなくても自分を支えてくれる何かを持っていた人。 あと、事件に巻き込まれてしまったせいで希望を失い、悪い意味で諦観してしまった人だった。 誰も信じられないなら、生きていても仕方がない。意味がない。 でも、死んでしまいたくても、死に方が分からない。 自分の家にトラックが突っ込んできて、あっという間に死んでしまえば楽なのに。 そんなことばかり考えて過ごしていたと、澄子ちゃんの友達は言っていたそうだ。 いったいどれほどの絶望感だったのか、想像できない。 こうして一人地下倉庫に閉じこめられ暗闇を見つめていても、だ。 「……いや」 そもそも比べるべくもない。 俺のこの状況はまだ救いがある。校内であれば大声を聞いて不審に思った人がやってきて、地下室から抜け出せる可能性がある。 けれど、話に出てきた男に対して被害者が覚えた恐怖はどんな時でも消えはしない。 手足が自由であっても、どこかで男に遭ってしまえば、また恐ろしい目に遭わされる。 それか、男の方から近づいてくるかも知れない。そして、欲望を満たすためだけの玩具にされる。 そんなのは、覚めない悪夢そのものだ。 あんな傷ましい話を、どうして俺に聞かせたんだろう。 澄子ちゃんが言うには、今の俺を見ていたらその子を思いだした、とのことだったが、はたして本当だったのか。 聞きたかったけど、深く詮索するのも気が引けてしまい、結局はろくなことを言えなかった。 聞きたいことを除いて、思いついた疑問を慎重に選び、おそるおそる聞くだけだった。 友達は今どうしているのか? 事件が終わってから自殺してしまった、止めることも出来なかった、という答えが返ってきた。 警察は動かなかったのか? 友達は怖くて相談していない、自分が事実を知った時には手遅れで、翌日に友達はもう……、という答えが返ってきた。 話に出てきた友達が澄子ちゃん本人なのかどうかは聞いていない。 聞いても応えないだろうし、聞いたら傷つけてしまうだろうし。 澄子ちゃんが去る時、俺は何か言うべきだったのかもしれない。黙っていることはなかったと、なんとなく思う。 本当のところ、俺は話につられて暗い気分になっただけで、かけるにふさわしい言葉なんか何一つとしてなかった。 それでも何か言うべきだと、からっぽの頭の中を探ってはみた。 探してもひと欠片の言葉さえ浮かばず、澄子ちゃんが地下倉庫と校庭を遮るドアを閉めるところを見ているしかできなかったのだけど。 624 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 32 27 ID RXIiPa7U 嘆息し、一旦思考を止める。 すでに澄子ちゃんはいない。だからさっきの話について考え込んでも詮無いことだ。 一応頭の中に疑問のひとつとしてストックしておく。 澄子ちゃんがどうして俺にあんな話をしたのか。また顔を合わせることがあったらタイミングを見て聞き出そう。 ――と、思ったのも束の間。 あることに気付いた。遅いぐらいだけど。 「放置かよ、俺……」 澄子ちゃんを引き留めていればよかった。せっかくの開放されるチャンスだったんだから。 弟を二人きりの理想郷とやらに連れて行ったら解放すると言っていたが、逆に言えばそれまではこのまま、ということになる。 理想郷って、外国とか南の島とかじゃないだろうな。 もしそうだとしたら、二人分のチケットを手配して、いやその前にパスポートを取って……ふうむ、弟を強引に連れて行くのだろうから、 でかい入れ物に梱包して、一人は貨物室、一人は座り心地の良いシートに乗って空の旅を満喫するのか? というより、澄子ちゃんなら弟と二人で木箱の中に梱包されても文句言わなさそう。 いやいや、移動手段はどうでもいいのだ。 問題は、俺がいつ解放されるのかということだ。あまり時間がかかりすぎるとまずい。 まだ腹は減っていない。トイレに行きたい欲求もない。少しだけ眠くはある。 しかし、いつまでもこのままでは必ず破綻する。 具体的にどうなるか脳内でイメージできるが、あえて表現して形にしたくない、そんな有様になるであろう。 自分で突っ込むのもなんだが、ちっとも具体的じゃない。 しかし、何かの光景に喩えたら最初に浮かぶのが動物園の檻の中なんだから、思い浮かべたくもなくなるってものだ。 625 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 35 14 ID RXIiPa7U 自分が置かれている状況を作った原因は、俺にはない。 悪いのは澄子ちゃんである。そして同じくらいに、デリカシーに欠けることをほざいた弟が悪い。 弟がもう少し配慮をしていれば、こうしていることはなかったかもしれない。 最初から澄子ちゃんは弟をさらうつもりでいたらしいから、弟が変なことを言わなくてもこうなった、とも考えられるが。 しかし、弟があんなことを言うとは。 本当は好きじゃないんでしょ、か。……これ、弟に先んじて俺が口にしていたかも知れない台詞だな。 去年、まだ数回話を交わしただけの関係だった葉月さんに告白された時に。 葉月さんが俺に弟のことしか聞いてこないから、てっきり葉月さんは弟が好きなんだろうと思っていた。 あの時に変なことを言わなかったのは――言いたくなかったのは、告白に関する過去のトラウマをほじくり返したくなくて、 早く葉月さんの前から立ち去ることしか考えてなかったからだ。 だから、俺は黙って葉月さんの前から立ち去った。 もしも強引に引き留められ、理由を話すまで返さないと言われていたら。 おそらく、俺はここで二つの選択を迫られたはず。 一つ、振った理由を言える範囲で説明する。二つ、きついことを言って突き放す。 俺は一つ目の選択をするだろうが、澄子ちゃんに迫られた弟が選択したのは、二つ目の選択だった。 わざと傷つけて、自分への興味を失わせようとした、というところだろう。 だけどそれは誤りだった。澄子ちゃんに対しては、最悪の選択肢だった。 もっとも、一つ目の選択をしていたところで無事に済んだとは言えない。 むしろ、相手が悪かったということこそが、さらわれた原因なのかもしれない。 失礼かもしれないが、こう思う。 弟の奴も、タチの悪い女に惚れられたものだ。 「ま、そこに関しては弟は悪くぁ……にゃい、か」 独り言にあくびが混じった。 我ながらなんとも緊張感のないことだが、眠いものは眠いのだ。 暗闇の中は静かだ。やりすぎなくらいに。周囲を囲む壁や天井が外部からの音を全て吸収してしまう。 この分だと俺が叫んでも外にいる誰にも聞こえやしないんじゃないかとも考えられる。 時計がないから現在時刻はわからないが、やはりそれなりに夜は更けているのだろう。 寝よう。起きてても退屈なだけだ。 まだここにぶち込まれて数時間しか経っていないから、脱出不可能な状況を嘆いて舌を噛むには早すぎる。 誰かが見つけてくれないかななんて、他人の手を借りて脱出するしかないこの状況で抱く希望。 叶えてくれる人がいるとして、それは誰になるのだろう。 俺は、誰に助けて欲しいと思っているんだろう。 一番最初に浮かんだのは警察だった。警察にはお礼を言いやすい、という理由で。 では他にはいないのか、と自分の頭に検索をかけてみたものの、これといった相手が決まらない。 誰の顔を浮かべても、この人は巻き込みたくないと除外してしまう。 それ以外に、こいつには助けられたくないということも選別の基準に入れていた。だから誰か決まらないのだ。 我ながら贅沢なことだ。 626 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 37 19 ID RXIiPa7U ***** : : 「ねー、三人とも、好きな人、いる?」 突然聞こえてきた声に総毛立つほどびっくりした。 次に、同じ空間内に人間が居ると思い至り、瞬間だけ安心したのも束の間、幽霊か何かかと思い直して今度は鳥肌が立った。 しかし状況把握に努めると、ただ声が聞こえてきただけであって恐ろしいものが見えていた訳ではなかった。 不気味ではあるが直接的な恐怖はないという、ホラー映画のDVDのあらすじを読んだ後のような気分になった。 聞こえたのは子供の声だった。 高校生が子供だとするなら俺もまだ子供であるが、その前提があったとしてももっと子供っぽいと言える声だった。 声変わりするにはまだまだ遠い、数年はかかりそうな高い声。 推考。――――ふむ、どうやら俺は夢を見ているらしい。 小学生が高校の敷地内に入るわけがない。しかも人の立ち寄らない体育館の地下倉庫に入り込むなどあり得ない。 俺が小学校の頃は高校生なんて、得体の知れない分両親やその他の大人たちより怖かったものだ。 いや、中学生と高校生の区別すらついていなかったかも。 ともかく、俺が聞いた声は小学生のそれであった。そして俺は夢を見ているのだ。 「好きな人?」 「うん、そう。おんなじクラスに居るんじゃないの?」 「えっと……それは……うーん」 また違う子供の声。こちらも高い声だったが、響きが男の子を思わせる。 今のと比較すると、最初の声の主は女の子のような感じがする。 仲の良い友達同士なのだろう。なにせ暗闇の中で会話を交わしているのだから。 ――待て。 何か変だぞ。どうして暗くて一寸先の見えない状況でこの子達は会話をしているのだ? それに、俺の体の上に柔らかな感触がある。適度な重さに、好ましいこの暖かさ。 布団だ。布団が俺の体の上に乗っている。そして俺は敷き布団の上で横になっている。 体が軽く感じられる。溜まっていたものがなくなった感覚と、ちょっとした喪失感。 足を伸ばすと、膝や踵がコンパクトになっているのがわかる。体が相当縮んでいる。おそらく小学生サイズまで。 ということは、今回は夢の中の人物にとけ込んでいるわけか。精神年齢が十七の小学生が誕生だ。 布団に、暗闇に、女の子と男の子と俺。 ――あ、三人が同じ部屋の中で床についているのか。暗いということは夜だから、就寝前だ。 仲の良い三人が集まって、お泊まりをしているわけだな。 これが荒唐無稽な夢じゃなく、過去を体験しているなら嬉しい。 俺にもこんな昔があったわけだ。ちょっとだけ嬉しくなる。 さて、女の子と男の子が誰なのか、であるが。 「はっきり言いなよ。さとみちゃん? みうちゃん?」 「ううん、ちがうよ」 「じゃあ、だれ?」 「えっと…………も、もくひけんを」 「そのけんりはみとめられておりません」 「うー…………ね、ね。兄ちゃん起きて。なんとかしてよ。花火がへんなこと言うよお」 ……女の子は花火で、男の子は弟である、と。 弟は俺に頼ろうと、俺の肩を掴んでいた。弟の手が小さいのも、俺の肩が細いのも変な感じだ。 まあ、なんだ。小学生の俺がどう思っていたかは知らんが、今の俺からすれば、弟にこんな風に甘えられても嬉しくない。 気色悪いと言ってもいいな。 しかしながら、今の俺は小学生。間違っても変なことを言ってはならない。 試しに、高校生になった弟が好きになる相手が誰であるか言ってみたかったが、 この夢がこれからどんな展開を見せるのか気になったので、水を差さないことにした。 627 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 39 07 ID RXIiPa7U 「アニキにたよろうなんて男らしくない。いいから、はくじょうしなって」 「じゃ、じゃあ、言い出しっぺの花火から言ってよ。そうしたらぼくも言うよ」 小学生だから許容できるヘタレぶりである。逃げる気満々だ。 まあ、これぐらいの手なら俺も取るからお互い様か。 あれ、今自分で自分が小学生並のヘタレだって言ったか? そうなのか? 自覚してたのかよ、俺。 「私は、三人」 「三人?」 三人? とちび弟と心の中で台詞をシンクロさせた。 「お前と、アニキと、ちっさい妹。三人とも同じくらい好き」 「ず、ずるいよそれ!」 そうだそうだ、とつい口走ってしまいそうになった。いかんいかん、黙っとけ。 「そういうんじゃなくって、その、もっと、もうちょっとちがう……」 「けっこんしたい相手、とか?」 「……そういう話じゃ、ないの?」 「どうかな? でも私はそういう意味でも好きだよ。三人とも」 えらいませたお子様だな。ちび花火。 仲の良い相手だからこそ言えるんだろうが、まさか小学生の時分で言うとは。超小学生級だ。 「さて、私は言ったから答えてよ。誰が好き?」 「ぼ、ぼくは……」 「んー? ん、ん、んー?」 花火の意地悪な声が聞こえる。明かりを点けたらにやにや笑いの顔が見られるであろう。 「ぼくもは、花、はなはな、花火が、す、す……すき……で…………」 「へー、私のこと好きなんだあ。……じゃあ、けっこんする?」 「え。え、え?」 「う、そ、だ、よ。…………っぷ。あはははっ、おもしろい!」 こやつめ、ハハハ! ハハハ! いやはや、ちび花火は上手だな。弟が手玉に取られているじゃないか。 小学生男子らしい純情な心を持っている弟からすれば、花火の台詞にはどぎまぎさせられっぱなしだろう。 しかし、それは俺にも言えるわけで。遊ばれているのがちび弟じゃなく小さい俺であっても同じ目にあっているはずだ。 628 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 40 43 ID RXIiPa7U 「じゃあ、次。ちっさい妹は? 誰が好き?」 妹? 妹もこの場に居たのか? 全然気付かなかった。 それに、今――夢の時間軸から数年経った頃にはとてつもないブラコンになっている妹が、今のやりとりに入ってこないのもおかしい。 昔と今は違う、ということか。 幼い頃ならば、一年あれば性格が変わるには十分だものな。 妹は物心ついた時からブラコンだった訳ではなく、なんらかのきっかけでああなったのだろう。 それは、この夢の一つ前に見た夢で妹が虐待される光景も関係していたりするのか。 しかし、二つ夢にあまり共通する部分がないからわからない。俺と妹が登場するところしか重なっていない。 「ほら、早く言いなって。……それとも、ねちゃった?」 「……ううん、きいてた」 「じゃあ答えられるよね。ちっさい妹の好きな男の子はだれ?」 「ちょっとまってて。すぐに、いうから……」 ちび妹の声は小さくて、人や草木の眠る時間でなければ聞き逃してしまいそうだった。 中学三年生の妹の声とはまるっきり違う。喋るのを躊躇っている節さえある。 そのせいでどこにちび妹がいるのかわからない。 左を向きながら寝そべっている俺の前には、花火と弟がいる。 その二人の声は聞き取りやすいから位置もわかりやすいが、妹の位置はつかめない。 肩を掴んできたのだから、弟は俺の前にいる。すると、俺から見れば弟、妹、花火の順。もしくは弟、花火、妹の順か。 ふと、息を吸う音が聞こえた。背後から。 え、と? 左を向いている俺の前に弟と花火がいるわけだから、その二人以外、つまり――妹? なんで俺の後ろにいるんだ。妹は俺より、弟のことがずっと、ずっと好きなはず。 だったら、弟のすぐそばで眠りたがるはずなのに。 どうして? 「あたし、おにいちゃんのことが好き。いつも、まもってくれるから」 パジャマの背中の部分を引かれる感触。妹が、俺のパジャマを引っ張ったのだ。 おにいちゃん。妹にとってのそれは、弟のことであるはず。 でも、それは中学生になった妹の話で、もっと幼い頃の妹の事実とは限らない。 じゃあ、もしかして、弟じゃなくて、もう一人のおにいちゃん。 それは―――――――― 629 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 43 49 ID RXIiPa7U 「それじゃあ最後。アニキの番。アニキは、だれが好き? ごまかしはダメだよ。好きな女の子のこと、ちゃあんと教えてね」 話を振られ、思考を止められた。 いいや、頭の中で整理のつかないこの不愉快な感じは止められただけじゃない。 流れを変えられていた。話の流れに遅れないよう、頭が勝手に思考を開始していた。 ちび妹にとってのお兄ちゃんより、花火の問いかけが気になる。どうしようもなく。 かつての自分、小学生の頃の俺が好きだった女の子。今では欠片も思い出せないけど、夢の中とはいえ小学生になっているならわかるはず。 口が勝手に開いた。誰かに操られているように、ぱくぱくと動き出す。 「……同じクラスの、藤原」 と、素っ気ない感じで俺は言った。吐き捨てるようでもあった。 今の答えが、本心からのものではなかったから。夢の中の自分と心がシンクロしているから、そのことがわかる。 俺は誰も好きじゃなかった。 それが真実。同じクラスの藤原という女の子も好きじゃなかった。 嘘でも、無難に妹とか言っておけば良かったのに。 だって、小さい俺は妹を第一に思っていたんだから。 今こうして妹を背にしているのは、守るためだったんだから。 でも、守りたいとは思っていたのは好きだったからじゃない。 妹が傷つくのが、自分のことのように痛くて、悲しくて、辛かったからだ。 妹をいじめるあいつが憎かった。 お父さんとお母さんに挨拶して当たり前のように家に入ってきて、二人の味方でいる振りをして、二人が居なくなった途端に本性を現わす。 力じゃ敵わないことを知ってて、大人のくせに大人げなく、憎たらしそうに弟と妹を見て、殴って、蹴って、わめき散らした。 あいつは言ってた。あなたたちのお父さんとお母さんに似ている、あなたの弟と妹が憎いって。お父さんとお母さんのことも憎いって。 私の気持ちに応えなかった、裏切った。だから憎いんだって。 たったそれだけの理由で、あいつは妹を泣かせていたんだ。 この時に本当に言いたかったのは、俺には大嫌いな人間がいるということ。 だけど言えなかった。だって、お父さんにもお母さんにも、弟にも花火にも、もちろん妹にも言ったことはないんだ。 一度口にしてしまったら、全てを吐き出してしまいそうだった。 バットでめった打ちにして、骨ごとちぎれるまで手を噛んで、動けなくなるまで殴りたいなんて、絶対に言えない。 殺してしまいたいなんて、そんな怖がらせるようなこと、口が裂けても言いたくなかった。 「ねえ」 背中をつつかれた。続けてパジャマをくいくいと引っ張られる。 妹が俺を呼んでいたのはわかっていたけど、今振り向いたら怖がらせてしまいそうだったので、返事の代わりに小さく身動ぎした。 布団の中を移動する音。俺の布団の中に妹が入り込んでいた。 肩に手の感触があらわれた。うなじの辺りに妹の息がかかる。 無反応でいると、やがて妹が小さく呟いた。 「ふじわらって、だあれ?」 聞こえていたが、俺は返事しなかった。何度か肩を揺すぶられたけど、無視した。 この話が早く終わりますようにと願いながら、ただ目を瞑って呼吸を繰り返した。 630 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 45 43 ID RXIiPa7U ***** 「――――て」 ん? 「起きて。起きて」 おや珍しい。寝ている俺を起こしに来る人間が弟以外にいるなんて。 声からして、俺の肩を揺すぶっているのは女の子らしい。 貴重だ。あまりに貴重すぎる。嬉しすぎる。もう少し幸福感を噛みしめていたいので狸寝入りしよう。 「お願い、起きて。……お願いだから、起きてよおっ!」 なんだなんだ。やけに逼迫した感じだな。俺が起きないのがそんなに不安なのか? ――ふうむ。必死になって俺を起こそうとする女の子。可愛いじゃないか。 これは意地でも起きはすまい。この先二度と経験できないかもしれないから。 首をがくがくと上下させられても、まぶたを閉じ続ける。 すると、女の子の声が震えだした。 「いやあ……いや。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対に、やだよ、そんなの! まだ、まだ私、返事してもらってないんだから! 認めないんだから!」 胸の中心部分に手を乗せられた。仰向けに寝そべっていたから、胸は天井を向いている。 「あなたは、死なせない。助けてみせる。絶対に!」 ここまで俺のために必死になってくれる女の子がいることに感動した。そして同時に罪悪感が芽生える。 ちょっとやりすぎたか。そろそろ起きた方が良さそう。 紙一重ぐらいにまぶたを開く。差し込んでくる光に目を慣れさせる。 あれ、光? ってことはひょっとして、地下倉庫から脱出できたんじゃ―――――― 「ふっ!」 ぼっ!? 「ふっ! ふっ! ふっ!」 ぢょ! ごべ! ぶが! 胸が、胸が沈んでる! 死ぬ! 肋骨折れる! 心臓破裂! 声が出ねえ! 「死なせ、ないから! ずっと一緒に、いるんだから! お願い、起きて!」 死んでません意識はありますちゃんと呼吸も出来ます、お友達になりましょう! だから、胸を、押さないで。やめ、て…………。 ――あ、思い出した。 昔、学校に救急隊員の人が講習に来て、心臓マッサージのやり方を実践してくれた時に言ってた。 心臓マッサージは意識のある人には絶対にしないでくださいね、って。とっても危険ですから、って。 そっかあ。こういうことだったんだ。 危険すぎる。ここではないどこかにとんでしまいそうだ。たとえば、三途の川のほとりとか。 ほどなくして、祈りが通じたのか、胸への圧迫が止まった。止めてくれたのだ。 だけど、脳とか内臓とかが穴からはみ出しそうだ。はみ出すというより、皮膚を突き破って飛び出しそう。 今のはきっと、欲望に忠実になって狸寝入りした罰なんだろう。むべなるかな、むべなるかな。俺が馬鹿だったようだ。 631 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 49 35 ID RXIiPa7U 混濁する意識の中、女の子の独り言を耳にした。 「マッサージの次は、たしかこう……首を上に持ち上げて……い、息を…………」 額に手を添えられ、顎を指先で押された。額から手が離れ、鼻をつままれる。いわゆる気道確保。 その次は……………………人工呼吸? 「し、仕方ないよね。時間は大事だから、それにこれは救助なんだから。しっかり、やらなくちゃ」 だめだダメだ駄目だ! 絶対駄目! やっちゃ駄目! 人工呼吸だから、この子から息をもらう。マウストゥマウス、いわゆる口と口が繋げるかたちで。 たしかに、嬉しいよ!? 嬉しいけど、俺の心に邪な気持ちがあったら、またさっきみたいになってしまう。 これまでの経験からして、予想を裏切らない結果になることはわかりきっている。 今度こそ昇天してしまう。嫌だ、まだ俺は死にたくない! お願いだ。心音と呼吸の確認を! 返事できないだけで意識はありますから! 「い、いくよ。いくからね。初めてなんだから、なんだから……責任、よろしく!」 ちくしょう、冗談じゃなく体が動かない。頭をがっちり掴まれてる。 ――もう、俺は駄目だ。 手遅れになってしまった。 ごめん、皆。 父、それと母。先立つ不幸を許してくれ。 高橋、篤子女史とお幸せに。 澄子ちゃん、君がいつか自分の過ちに気付くことを願うよ。 花火、傷つけてしまって、済まなかった。もう一度、ちゃんと謝りたかった。 妹、頼りないお兄さんで済まない。結局弟を連れ帰れなかった。 葉月さん、返事できなくって、ごめん。君のこと、俺は大事な人だと思ってた。 最後に、弟。死ぬんじゃねえぞ。 唇を極上の感触で包み込まれた。予期せぬ形で入り込んでくる息に合わせ、吸気する。 長く長く長く――――――嘘みたいに長く、息を吹き込まれる。 いつまで待っても唇が離れない。入り込んでくる息が強すぎて、吐き出せない。 女の子との初めての接吻は、空気の味がとっても濃厚で。 あっという間に俺の意識は霞み、重さを無くし、たいして強くもない風に吹かれて飛んでいった。
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/20988.html
登録日:2012/02/26(日) 20 30 09 更新日:2021/01/29 Fri 21 06 27 所要時間:約 6 分で読めます ▽タグ一覧 17歳 ちんちくりん ギルティクラウン ダリル ダリル・ヤン ダリル坊や ツンデレ デレル・ヤン←素敵・ヤン ネタバレ項目 ファザコン ライバル? 万華鏡 不遇 優しい子 内山昂輝 萌えキャラ 金髪 闇バナージ 闇一夏 もしかして:織斑一夏 誰が呼んだか 闇 一 夏 ダリル・ヤン(Daryl Yan) ギルティクラウンの登場人物。 CV:内山昂輝 GHQ・アンチボディズに所属する少年将校。 16→17歳。階級は少尉。 誕生日:8月23日。 GHQ司令官ヤン少将の息子。 搭乗機体は 〈シュタイナー〉 ↓ 〈ゴーチェ〉 ↓ 〈ゲシュペンスト〉 ■人物像 通称皆殺しのダリル。 戦闘要員として極めて優秀なエンドレイヴ操縦技術を持ち、若年ながら尉官の位を得ている。 その一方で、忍耐力や自制心が欠落した人格を備えており、友達はいないし部下にも恵まれない。 将校という立場を弁えず、無断で出撃することもあった。 母親はおらず、父親のヤン少将からは「自分の息子であるか否か」を疑われており、親の愛情を受けないままに育って歪んだ。 任務で処分対象を容赦も躊躇も無く殺戮する姿勢から、前述の二つ名で呼ばれる。 物語冒頭では父親の七光りを笠に着た言動で周囲の人間を大いに困惑させている。 アポカリプスウィルス感染者の夫の命を乞う女性に対し、彼女の幼い息子が見てる前で暴力を振るいまくったことで、視聴者にかなりヤバめの人格破綻者の印象を植え付けた。 目鼻立ちの整ったイケメンであることとエキセントリックな精神面のギャップに魅了されたファンは少なくない。 ところが…… ■能力 エンドレイヴ操縦の腕はGHQの中でもトップクラス。 量産機の〈ゴーチェ〉で篠宮綾瀬の駆る最新型〈シュタイナー〉を圧倒する。 恙神涯や桜満集がいなかったら単騎で葬儀社殲滅も余裕かもしれない。 しかしコミュニケーション能力は極めて粗雑で、対人関係を悪化させがち。 ヴォイド 『光学兵器を反射するバリアを張る万華鏡』 第2話にて登場。 エンドレイヴの遠隔操縦座席に寝ていたダリルを集が強襲して取り出した。 見た目は万華鏡というより少し大きめの拳銃といった感じ。 GHQが敷いた布陣を瞬く間にドーム状に覆い、発射された弾丸を悉く反射し、仲間を皆殺しにした。 ……と、キャラクターの濃さを挙げ連ねてきたが、問題はそこではない。 差し当たっての説明は以下の一文に集約される。 本作の放映開始直後は、彼は集と涯のライバルと目される登場人物だった。 だった。 だ っ た。 だ っ た。 うん、過去形。 何の因果か任務に向かう先々で、脚本の魔手か物語の進む先々で、彼の運命は惨憺たる有り様となっていったのだ。 だがしかし、その結果意外な茶目っ気を垣間見せたり、サブヒロインとフラグを建てたり(後述)と人間味を増していった。 数々の不遇を乗り越えた先に待っていたのは、性格が丸くなった自分自身だったとは物語冒頭の彼も予想だに出来なかっただろう。 そして現在、殺伐とした展開が続く本作において、彼は屈指の薄幸の萌えキャラと化している。 ◆ダリルきゅんかわいいよダリルきゅん 以下ネタバレにつき注意。 気絶しているうちにGHQの部隊壊滅 〈シュタイナー〉奪われてしまいました →Σ(゚Д゚;)何だよそれぇ!? 17歳の誕生日パーティー 大きなケーキに蝋燭立ててパパを待つ →(´;ω;`)来ない…… 涯への敵愾心から施設内で発砲 →制御装置故障につき衛星軌道兵器が都内に落下 左遷先の暑苦しい上司の命令で今回のお仕事はミサイルポッドを横に倒すだけ →「何でこの僕がこんなしょぼいことを……」 エンドレイヴの機体識別番号は自分の誕生日 →そんなことも解らないパパは蜂の巣にしてやるァアアア!! ゴースト部隊による民間人の殺戮を見て →+(・ω・´)「殺し方に愛がないよ」 集達の通う高校に潜入していたはずが、文化祭の準備を手伝わされる →お駄賃の林檎飴ぺろぺろ(^ω^*) →(#^ω^)「あのちんちくりん、こんど会ったら絶対いぢめてやる」 鶫達のダミーが殺されるのを目撃 →動揺(;´ω`)… →本人は生きてた →生きてたのかよ!(;゚∀゚)=3 涯様に逆らって鶫達の逃げる時間を稼ぐ →命令違反で拘束される →上官にビンタされたのか、両頬を林檎みたいに真っ赤に腫れ上がらせて失神 なんでこいつはこんなにかわいいんだ!? 活躍なんてまっっっっったく無いがな! ◆鶫(ツグミ)との関係 第14話にて鶫(CV:竹達彩奈)にこき使われたことから、彼女とフラグが急浮上。 彼女のダミーが殺された時には心を痛め、発砲することが出来なかった。 また、鶫の存在をエンドレイヴ越しに再確認すると、文句を言いながらも復活した涯とゴースト部隊から彼女を庇った。 何だただのツンデレじゃないか。 ダリル?「俺のクソ女ァア!!」 お呼びでないよ。 ◆VS桜満集 現在、全戦全敗。 能力発動中の集がエンドレイヴのセンサーに反応しないため、彼を「顔無し野郎」と呼んで目の敵にしていた。 テンプレ:「顔無し野/郎ォオオ!」スパッ ちなみに集のダミーが殺された後、本物の生存を知らされてもあまり気にしていなかった。 ◆VS恙神涯 現在、全戦全敗。 ルーカサイト攻略戦時は生身の涯にエンドレイヴを機能停止させられている。 何度も煮え湯を飲まされてきたため、涯個人に対する敵意は半端無く強い。 このため、後にGHQが涯率いるダァトに服従することになった際には怒りを露にした。 鶫も狙われかねなかったから……か? 実際この時、父親とその愛人を自らの手で殺害した場面がデジャビュっている。 以下最終決戦ネタバレ。 「だって悔しいじゃん? ヴォイドにやられっ放しっての」 「それに――死に方くらい、自分で選びたいしね」 ローワン君(嘘界の部下)と共にダァトと手を組み、葬儀社との決着を付けるため自ら〈ヴォイドゲノムエミュレーター〉の実験に志願。 大型エンドレイヴ〈ゲシュペンスト〉に搭乗し、〈シュタイナーA9〉を駆る綾瀬らの前に立ちはだかる。 エミュレーターで発現させた『万華鏡』で葬儀社側の弾丸を悉く弾き返し、圧倒。 「お前らを殺れば、僕は僕でいられるんだ!」 「皆殺しのダリルでェ――ッ!!」 エミュレーターはまだ試作段階であり、ヴォイドを酷使するダリルの身には徐々にキャンサーが表出していた。 かし涯が集に敗れたことでエミュレーターが作動しなくなり、それに乗じた鶫のバックアップで綾瀬に敗北を喫した。 集が発動した『右手』によってキャンサーは消え、ローワン君には身を呈して救われ、エレベーターで崩壊するタワーから脱出する。 その後の消息は不明。 頼んだぜwiki籠り! ガッツで編集だ! オーケー、冥殿! ここからは俺に任せてくれ! ガッツで追記・修正だ! 冗談じゃないよ…… △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] ローワンが言ってたように親が駄目すぎなだけで本当はいいこなんだろう 小説によると死体は発見されてないとジャーナリストがつぐみに言ってる -- 名無しさん (2013-10-20 15 14 57) 「なあにしやがんだこのアマ!!菌が移るだろうが!!!」 -- 名無しさん (2013-12-24 21 52 20) 二期から突然ヘタレになるのが嫌だった。外道は最後まで外道を演じて華々しく散って欲しかったな -- 名無しさん (2014-02-10 19 29 15) 汚物処理 -- 名無しさん (2015-08-22 15 36 28) 送信ミス -- 名無しさん (2015-08-22 15 37 02) 再編ものの二次創作のほうが遥かにライバルしてるという -- 名無しさん (2018-01-07 14 01 47) 名前 コメント