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「焔火達が!?それは本当か!!?」 「 はい!!寒村先輩と同行している春咲林檎の念話通信で、界刺先輩達が焔火さん、朱花さん、鏡子さんを捕捉したとの連絡が!! 」 「緋花・・・!!しゅかん・・・!!鏡子・・・!!」 破輩が焔火・朱花・鏡子の生存を伝える緊急連絡に再度確認の声を挙げ、彼女達159支部の後方支援を担当する佐野は簡潔明瞭に応える。 一方、176支部リーダー加賀美は3者の生存と捕捉に感極まる声を漏らす。 「それで!?界刺達は!?」 「 すぐに突入すると・・・ 」 ドカーン!!!!! 「「「「「!!!」」」」」 高速飛行している風紀委員達の耳に轟音が突き刺さる。その方向に目を向ければ、光球に照らされた建物の一角から土煙を上げている光景が見える。 おそらくは、『シンボル』が突入したのだ。連中の目的は鏡子奪還だろうが、そこに焔火と朱花が居るのだ。位置がわかっている以上、自分達も急行しないわけにはいかない。 「閨秀!!あそこだ!!あそこに焔火達が居る!!」 「わかってるっすよ、破輩先輩!!」 破輩に応えるかのように、閨秀は『皆無重量』の速度を上げる。『ブラックウィザード』側もこちらの意図は看破しているだろうが、対策を講じさせる暇など与えない。 「稜!!突入したらすぐに戦闘になるよ!!準備はいい!?」 「もちろんだ!!テメェ等もだよな!?」 「「「当然!!」」」 加賀美の注意に176支部のエース神谷は『閃光真剣』を展開することで了解の意を示し、彼の檄に斑・鏡星・姫空が応える。 焔火姉妹及び鏡子と一番関わり合いが深いのは176支部である。彼女達の救出は176支部の責務でもある。気合いが入らないわけが無い。 「そらひめ先輩ーい!!もうすぐですよー!!」 「あぁ!!界刺達が先行してくれてるんだ!!あたし達が下手をこくわけにはいかねぇ!!皆!!いくぞ!!」 「「「「「おぅ!!!」」」」」 土煙を上げる建物まで300mを切り、戦闘体勢に入る風紀委員達。役目は終わったとばかりに光球は消え失せている。 突然の事態に対処が遅れているのか『ブラックウィザード』の妨害も無い中、焔火達の救出に確かな光明を見出した少年少女達。 ゾクッッッ!!!!! 「「「「「!!!!!」」」」」 そんな彼等彼女等の期待を、目的を、命を脅かす“強大なる存在者”の殺意が突如として空間に満ち溢れる。 「破輩先輩!!!」 「来るぞ!!!」 電磁波レーダーで捉えた湖后腹と水蒸気の展開で感知した固地が『ほぼ同時』に警戒の声を挙げる。挙げてしまう程の飛来速度。そして・・・“来た”。 ビュン!!! それは繭。糸の反発力と念動力を用いて急加速しながら『皆無重量』の無重量空間内に突っ込んで来た白の弾丸。 「閨秀!!一厘!!」 「チィッ!!」 「ハァッ!!」 グン!!! 弾丸を瞳に映したと同時に指示を出した破輩の声に、閨秀と一厘が展開済の『皆無重量』と『物質操作』による二重の念動力を行使して強襲を食い止める。 「(やっぱ念動力か・・・!!)」 「(と、止められた・・・?)」 自身の念動力によって干渉した感覚で繭(糸)の表面に念動力が纏っていることを確認した閨秀と一厘。椎倉の読みは見事的中していたのだ。 「真面!!『発火能力』で少しでもいいから糸を焼き払え!!」 「了解!!」 「湖后腹!!雷撃の槍で繭を貫け!!」 「わ、わかりました!!」 「香染!!『光子照射』を!!」 「・・・・・・潰す!!」 固地・破輩・加賀美が真面・湖后腹・姫空に命令を下す。蜘蛛糸とて万能な存在では無い。電流は流れるし、耐熱にも限度はある。 「“ご苦労だったな・・・真面、殻衣”」 「「!!?」」 「「えっ!!?」」 だが、機先を制するかのように“存在者”は彼に取って歯牙にもかけない弱者である真面と殻衣の個人名をわざと出して敵の動き―正確には演算―を阻害する。 現に、火の玉を浮かべていた真面と隣に居る殻衣は“存在者”の指摘に虚を突かれる。湖后腹と姫空も思わず真面達の方に視線を向けてしまった。何故か?それは裏切りの可能性。 殺し屋は知る由も無いが、風紀委員会の中に『ブラックウィザード』の内通者―網枷―が存在した以上トラウマに近い思念が各風紀委員に刻み付けられていたのだ。 「俺が何故ここに来ることができたのか・・・その“仕掛け”を知りたくはないか?本来であれば、念動力で作られた糸を感知できる能力者が貴様等には居るというのに」 「何だと・・・!?」 「念動力!?そ、そんな筈は・・・!!」 閨秀と一厘も驚愕の表情を浮かべる。“存在者”の言葉通りなら、殺し屋は真面と殻衣に念動力で作成された糸を仕掛けていたということだ。 だが、それなら念動力を操作する閨秀と一厘が調査できない筈が無い。特に、精密さに長けている『物質操作』なら尚のこと。 そもそも、殺人鬼と遭遇した真面と殻衣が発信機の類が仕掛けられていないかを確認していた際に、糸(念動力)が仕掛けられていないかを2人は調査しているのだ。 念動力による感知は念動力が発生していなければ為し得ることはできない。そして、成瀬台からここに来るまでに閨秀・一厘共に念動力を風紀委員全体へ展開していた。 「真面!!湖后腹!!姫空!!惑わされるな!!さっさと・・・」 わざわざタネ明かしをする意図が自分への攻撃の手を鈍らせることにあると気付いた固地の怒声が響くが、最後まで言葉に出す前に殺し屋が高らかに宣言する。 「“仕掛け”は・・・こうだ!!」 ヒュン 「「ッッッ!!!」」 何が起こったのかを理解したのは念動力を展開していた閨秀と一厘のみ。念動力を展開している彼女達の感覚は、確かに新たな念動力の出現と消滅を感知した。 放ったのは無論目の前の殺し屋。放った先はもちろん彼が操作可能な蜘蛛糸。場所は・・・真面と殻衣の腕に身に付けられている風紀委員の腕章。 正しくは、所々がボロボロになっている腕章の傷から見えている基布部分・・・その奥に混在している糸と呼んでいいか疑問さえ浮かぶ極小の粒糸。 「ククッ。起きた事象を理解できないという反応だな」 「ど、どういうこった!?」 「嘘・・・!!!」 但し、どういうカラクリなのかを今の2人は理解できていない。この動揺が周囲の風紀委員にも伝染する。思考が硬直する。タネ明かしをしよう。 『蛋白靭帯』は、念動力と人体にあるタンパク質等を用いて蜘蛛糸を作成・操作する能力である。言い換えれば、タンパク質の原料であるアミノ酸に念動力を干渉させることもできるのだ。 “仕掛け”用の蜘蛛糸を作成する時は、念動力系能力者による調査に引っ掛からないように蜘蛛糸の表面に念動力を纏わせるのでは無く、内部のアミノ酸に念動力を纏わせるのだ。 (この『切り離された』“仕掛け”用の糸の場合、体内時とは違って『数個』のアミノ酸にしか展開不可。この制約を超えた瞬間アミノ酸に込められていた念動力が糸全体に広がった後に消失する。 そして、上限である『数個』とは【1本につき数個】では無く【切り離した糸全ての中で数個のみ】という意味である。故に、“仕掛け”用の糸は片手の指を下回る数が限度である) 表面や全体に念動力を纏わせる状態と比べて感知能力は格段に低下し、具体的な糸の操作も満足にできず、通常の意識では“仕掛け”が何処にあるのかも判別が付かない。 しかし、体内のアミノ酸をマイクロメートル単位で繊細に操る程の意識―仕事時―を振り向けば糸の居場所や表面から伝わる衝撃等は感知でき、何より隠密性に非常に優れている。 これは、アミノ酸の貯蔵・凝縮のために無意識に展開・維持している念動力の応用でもあるが、やはり体外へ『切り離される』とこの性能も大幅に劣化することに本人は不満を覚えている。 念動力とは、基本として念動力という『力』を物質の表面に付着させることから始まる。そこから物質を動かしたり捻じ曲げたり浸透したりetcという使い方である。 言い換えれば、表面に念動力が纏っていない以上捻じ切ったり等の破壊干渉をしなければ内部にある別種の念動力の存在には気付かない。 しかも、“仕掛け”に用いた糸は太さ・長さ共に赤血球サイズの大きさである、一厘の『物質操作』の精度の高さは折り紙つきだが、さすがに赤血球サイズの物体の輪郭や感触はわからない。 わからなければ精密な調査も操作も行うことはできない。そのために、念動力という観点(常識)から一厘と閨秀は調査・注意を行って来た。だが、“存在者”は彼女達の上を行った。 今彼がやったのは腕章に仕掛けていた糸の分解である。分解のためにウェインが放った念動力によってアミノ酸に干渉させていた念動力は糸全体へ広がり、 消失前に放たれた念動力と合わさり分解の一助となった。ちなみに、この“仕掛け”は焔火の腕章にも仕掛けられていた。 以前の戦闘時に、投げたナイフがボロボロの腕章を掠めそうで掠めなかった時に柄に付着させていた極小の粒糸―本命―を布の傷口から侵入させていた。 この能力と『紫狼』に所属するメンバーの協力もあって、迅速且つ的確な補足に至ったという形だ。 「まぁ、そんなことはどうでもいいか。一応断っておくが、そこの2人は裏切り者では無いぞ?弱者の手など俺は積極的に借りんし、『借りた』と貴様等に思われるのは心外だ。 強者である俺が無知な弱者を利用しただけのこと。そして、貴様等『全員』が愚かにも俺の罠に引っ掛かっただけだ。では、借りを返そう・・・・・・哀れな弱者共」 「「「「「!!!??」」」」」 繭に覆われた殺人鬼の表情は、風紀委員側から察することはできない。わかるのは、戦慄する程の殺気が更に増したこと。 「(“糸に”糸を・・・!!?)」 そして、精度に優れる『物質操作』によって一厘だけが詳細な仕組みに気付いた―閨秀は途中までしかわからなかった―殺し屋の秘密の一端。 知らず知らずの内に空中へ『切り離されていた』目にも映らぬ極小の糸―今度は『物質操作』でギリギリ感知できる太さ・長さ―の1つに繭から伸びた同程度の大きさの糸が『繋がる』。 ギュイン!!! そして、瞬く間に大きな槍が形成される。念動力を纏い、穂先がドリル状になっているソレの狙いは・・・この無重量空間を形成する支配者。“花盛の宙姫”・・・閨秀美魁。 「死ね!!!」 長槍が閨秀―及び背中にしがみ付いている抵部―に向けて放たれた。 「「ッッ!!?」」 止まらない。止められない。閨秀の『皆無重量』は念動力の強さとしてはレベル3程度でしか無く、一厘の『物質操作』は持てる馬力に欠ける。 そんな―それ故の―両者の二重干渉を『蛋白靭帯』はものともしない。研ぎ澄まされた強大なる爪は、少女達を貫こうと狂音を響かせながら突進する。 ブオオオオォォッッ!!!!! 命の危機を知らせる本能がままに、破輩は『疾風旋風』で束ねた強大な風の塊を全て長槍の横っ面にぶつける。 ハリケーンに耐え切る性質上槍の形成自体を崩すことはできないが、長槍の軌道をずらすことはでき・・・ 「温い!!!」 「なっ!!?」 切らない。殺人鬼の統御力は桁が外れている。その集中力を1つに集めれば、抵抗力も飛躍的に増す。すなわち・・・穂先が“曲がり”、そして“伸びる”。 破輩・閨秀・一厘の力で、確かに胴の真ん中を貫く最悪の軌道を逸らすことはできた。即死は免れることができた。だがしかし・・・ ズガガガガッッッ!!! 「ガアアアアァァァッッ!!!??」 ドリル状の穂先が閨秀の左肩―首に腕を回していた抵部の左腕を念動力で外した直後に―を抉る。 抵部の『物体補強』で補強していたのにも関わらず、閨秀の肩口から大量の血飛沫が噴出する。否、補強していなければ間違い無く閨秀の左腕は肩口から吹っ飛んでいた。 シュン!! 「「「「「ッッッ!!!??」」」」」 無重量空間が消滅する。多大な演算を用いて形成される関係上、閨秀が演算を乱す状態に陥れば無重量空間は維持できなくなる。 「そらひめ先輩!!!」 ショックで気を失った閨秀を、後背に乗る抵部が抱きかかえながら『物体補強』を強く保持しながら落ちて行く。 破輩が放った暴風の影響で、2人は風紀委員達と大きく離れてしまう結果となった。 「殻衣!!『土砂人狼』展開準備!!!」 「は、はい!!!」 同じく破輩が放った暴風の影響を受けた178支部は、固地の指示の下殻衣の『土砂人狼』にて着地の準備に入る。 「くそっ!!・・・一厘!!鉄枷!!湖后腹!!私から離れるなよ!!!『疾風旋風』で何とかする!!!冠!!お前もだ!!」 「離れるなって・・・!!」 「空中で・・・!!」 「俺は磁力を操作して着地します!!冠先輩!!掴まって下さい!!」 「閨秀・・・!!!抵部・・・!!!すぐに助けに行くから!!!」 閨秀への一撃を防ぎ切れなかった破輩は、悔しさを露にしながらも仲間に着地の手段―落下を利用して風を束ねる―を提示する。 また、位置の関係から159支部と共に着地の準備に入る花盛支部リーダー冠は、撃墜された仲間の身を案じる。 「麗!!私の『水使い』とあなたの『砂塵操作』で不時着するよ!!いいわね!!?」 「はい!!」 「野郎・・・!!!」 加賀美は鏡星と共に176支部全員の着地準備に入る。一方、“剣神”神谷は再び現れた殺人鬼の凶行に怒りの感情を抑えられずに居た。 「・・・・・・」 “世界に選ばれし強大なる存在者”・・・浮遊する繭を解いてその上に乗っているウェインは、散りじりになって落下して行く風紀委員達を一瞥する。 借りは返した。ここから先は、己の仕事を邪魔する時のみ殺す。巻き添えは知らない。それは単に運が無かっただけ。むしろ、“障害物”らしい死に様だ。 そう考えた後に繭から糸を飛ばす。飛ばした先は・・・粉塵を上げる建物。閨秀を撃墜した長槍を右方に従え、糸の反発力を利用して突貫する。 あそこに奴が居る・・・予感がする。巨大な光球を生み出した者が。かつて自身との殺し合いで生き残ったあの碧髪の男が。 「(どうして・・・・・・?)」 涙に溢れた瞳に映った光景を認識した瞬間に思ったことは『疑問』だった。 「緋花ああああああぁぁぁぁっっ!!!!!鏡子おおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」 自分の名を呼ぶ碧髪の男・・・“閃光の英雄”界刺得世。彼が自分を命懸けで『助けに来た』ことに対する『疑問』。 「(あなたが・・・私を・・・?)」 まるで自分の悲鳴(さけび)に応えるかのように・・・かつて経験したあの光景のように・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』のように現れた“ヒーロー”。 「(違う・・・。あなたはそんな“ヒーロー”じゃ無い・・・。あなたは・・・あなたは・・・)」 少女―焔火緋花―が思う“英雄”は『自分を最優先に考える“ヒーロー”』である筈だ。それなのに、何故自分を『助けに来た』? “英雄”の忠告通り、“ヒーローごっこ”に終始した挙句無様な醜態を晒している自分を、何故命を懸けてまで『助けに来た』? 己を最優先に置いたまま自分(しょうじょ)を助けることを優先できる程の何かが焔火緋花にあるというのか? 「(あなたは・・・一体・・・!?)」 混乱する思考。答えの出ない問答。だが、現実はそんな暇を与えてくれなどしない。ここは・・・戦場。生き死にが懸かった世界。 ギーン!!! 「「「グウウウゥゥッッ!!!??」」」 「界刺さん!!?不動さんに仮屋さんも!!?どうしたんだ!!?」 突入して来た界刺・不動・仮屋が突然蹲り、風路だけが何が起こっているかわからずうろたえている。 3人の頭に鳴り響く異音。超能力発現のために必要な演算を阻害する音・・・『キャパシティダウン』。 「 ふぅ・・・。間一髪って言った所かな? 」 調合屋が安堵の声を漏らす。彼は咄嗟に『キャパシティダウン』発生装置に繋がっているイヤフォン―焔火の耳にセットされている―を外し、 音波を操作する能力を持つ“手駒達”の力を用いて自分や智暁達に影響が及ばないように操作している。念動力によって空気を制御する『念動飛翔』を持つ仮屋なら、 『キャパシティダウン』の影響を防御することも可能であった。だが、複雑な演算制御が必要な飛翔状態であったこと、音波を操作する“手駒達”が居たことが重なり、 結果として『キャパシティダウン』の影響を喰らってしまった。現在『キャパシティダウン』の影響が及んでいるのは界刺・不動・仮屋。位置の関係上、 焔火は『キャパシティダウン』の影響は及んでいないものの、薬の影響でまともな演算能力を発揮できない精神状態にある。 「グウゥゥッ!!」 界刺が耳を押さえる。だが、その程度では『キャパシテゥダウン』の影響を排除することなどできない。 「風路!!私達のことはいい!!鏡子を!!」 「お、おぅ!!」 「させますか!!朱花!!」 バリバリ!! 「うぉっ!!?」 不動の指示を受けて風路が鏡子の下へ向かおうとするが、智暁の指示を受けた朱花の電撃が風路の前方すぐにある地面に衝突し、動きを阻まれる。 「むむ?電撃が地面に?・・・さっきの『キャパシティダウン』の影響かな? イヤフォンを引き抜いたタイミングと“手駒達”の音波操作が行使されたタイミングの間に少しだけタイムラグがあったからなぁ」 智暁の言う通り、“手駒達”の朱花や薬物中毒者の鏡子達は少しだけ『キャパシティダウン』の影響を受けてしまっている。緊急事態であったため致し方無かったが。 「まぁ、いいでしょう。あなた達『シンボル』の企みは潰させてもらいます。皆!緋花をここから離脱させて!」 「!!!」 焔火の目が見開かれる中、智暁が持っている装置によって彼女を拘束していた枷が解除される。 「(ガシッ)」 「ヒグッ!!!」 媚薬剤の効果はまだ抜けていない。担がれるだけで過剰な刺激が少女の体を駆け巡る。 程無くして女達に担がれる焔火が離脱する前に、余裕ができた幼き調教主はとびっきりの仕置きを彼女に与えることを決める。 「でも・・・その前に。朱花!あの“『シンボル』の詐欺師”を高圧電流で撃ち抜きなさい!!緋花の瞳に焼き付けるように、盛大に!!」 「(なっ!!?)」 「・・・・・・」 智暁の命令を受けて、朱花は強力な電撃を放つために力を溜める。狙うは・・・『キャパシティダウン』の影響で蹲っている『シンボル』のリーダー。 「朱花が戦場に出るという意味を緋花にしっかり認識させる良い機会です。その後は、“詐欺師”に調合屋さんの薬で思いっ切り地獄を見せてあげるってのはどうですか?」 「 いいね。その結果として“手駒達”として強力な兵隊にするのもいいし、俺個人的な実験材料として使い潰すというのも悪く無い。今なら人質として有効活用もできる 」 「や・・・やめ・・・て・・・」 「・・・口答えは許しません。緋花の顔を固定して、ちゃんと瞳に映す角度を保って!!」 「ぐううぅぅっ!!」 力が入らない焔火は、担がれた姿勢のまま中毒者の手によって無理矢理固定される。そして、己の姉が他者を傷付ける様を見せ付けられようとする。 「さぁ!!朱花!!界刺得世を撃ち抜きなさい!!」 「・・・・・・」 「お、姉・・・ちゃん・・・!!駄、目・・・!!!」 命令は下された。朱花の体から迸る高圧電流が界刺に襲い掛か・・・ ピカッ!!! 「!!?」 らなかった。電撃を放つ直前、朱花の両目に複数の光球が・・・ビー玉サイズでしか無い光球が襲い掛かったのだ。 痛覚が潰されたわけでは無い朱花は光の刺激によって一時的な失明に陥り、同時に演算を阻害されたため電流を放つことができなかった。 「なっ!!?」 「 『キャパシティダウン』の影響は確かに及んでいる筈・・・!!そもそも、この装置はプロトタイプを改良して性能を高めているんだぞ!? 」 智暁と調合屋は驚くことしかできない。この改良型『キャパシティダウン』の影響下で能力を行使できる者はまず居ない筈。 だが、目の前の“詐欺師”は揺るがぬ事実として能力を行使した。これが意味するのは・・・演算強度の図抜けた頑強さ。どんな環境でも自分の力を十二分に発揮できる強靭さ。 そう・・・何時かのプールにて水楯と春咲の同席の下特訓した、否、それ以前から日常的に鍛錬して来た意味がここで出たのだ。 「んふっ・・・んふふふっっ・・・!!」 「界刺さん・・・アンタ・・・!!」 「得世・・・!!」 「界刺クン・・・!!」 智暁と調合屋の驚愕を余所に、命の危機にあった碧髪の男は風路達の言葉を耳にしながらゆっくり立ち上がる。胡散臭い笑い声を漏らしながら。 『じ、自殺行為だよ、それって!!』 『いんや、違う。自殺ってのは俺がすごく嫌いな行動だし。それに・・・俺には“保険”がある。あ~、あんまり使いたくなかったんだけど、しゃーねーか。 確かに、無能力者(これ)はキツイなぁ。あのお嬢さんの言った通りかもしれねぇ。こりゃあ、俺の“根本”にある考え方をちょっと見直す必要があるな、うん』 1ヶ月以上前に、界刺は春咲桜という少女に応えるために己が能力を封印して戦場に臨んだ。その時に得たモノ。“根本”の改めて見直し、見方の追加を決断するに至ったモノ。 つまり、『無能力者や低位能力者は“その時点”では取れる手段が限られるために辛い思いをする。この事実から当人も高位能力者も目を背けてはいけない』。 ようは、『能力が上がらずとも他(勉学や身体能力の向上etc)で代用する』という選択肢とは別に、『能力』に限定した選択肢を選んでいる人間について注視する必要があるということ。 界刺自身、レベル1の頃に己の能力について悩みに悩みまくった経験がある。上記で言うならば後者の選択(悩み)が主。それ等を経て一気にレベルが上がったという結果付きで。 だからこそ、見落としていたとも取れる部分があった。一気に上がるということは、一気に上がらない人間の気持ちがわからないということでもある。 例えば、低位能力者(レベル2)の春咲は現在進行中で己が能力の研磨に努めており、着実な成長を見せている。 これはレベル1で燻っていた時期はあったものの、高位能力者(レベル4)に上がってから成長が緩やかになった界刺にはわからない領域である。 似たような感覚はわかるかもしれないが、所詮似ているでしか無い。千差万別。才能の差は確実に存在する。それによって、当人の“根本”が変化してしまうこともあるだろう。 以前の春咲がそうであったように。『世界が不平等に分配した結果』が齎すモノは、齎された当人以外には真に理解できないのかもしれない。 界刺としては、無能力者・低位能力者の甘ったれた戯言を許容するつもりは無い。だが、苦しみながらも能力の研磨に努めている者達に関しては、 彼等彼女等がそれ(=辛い思い)に至った感情についてはもう少し理解の意思を向ける必要があるのではないか? たとえ言葉に出さずとも、たとえ当人に伝わらなくても、たとえ『どうでもいい』という判断を下すことになろうとも、可能な範囲で理解レベルの向上に努めなければならないのではないか? 決して軽く考えていたわけでは無いが、高位能力者の1人として駆け抜けた救済委員事件はそれをより深く捉え直す良い機会であったと今の界刺は思う。 かつて、低位能力者であるレベル1で苦しんでいた者として。世界の一部足る存在として。見極める必要がある。自分のために。安易に手助けをすることは『助け』にはならない。 その上で決断する。『力を貸す』という決断も『切り捨てる』という決断も何もかも。その決断に・・・後悔の2文字は無い。 『ちくしょー・・・。こんなビー玉くらいの光を出せて何の意味があんだよ・・・』 そして、証明する。『能力』が上がらずとも・・・レベル1でも・・・低位能力でも・・・ビー玉サイズの光球しか生み出せなくても・・・確かな意味があることを。 当人の選択次第で訪れる不条理な結果を変えることができる力があることを。諦めなければ、『能力』についても先を切り開くことができる可能性が存在することを。 但し、あくまで可能性の領域である。可能性を高めるための努力を欠かす者・・・選択するべき可能性を履き違える者・・・時と場合と己を考慮せずに無謀な可能性を選択する者・・・。 これ等は、持ち得る確かな意味を己が手で消してしまう可能性が高い者達である。己が意志と力を証明したければ・・・考えるしかない。 可能性を。選択を。己が存在意義を。甘えず、腐らず、怠らず。只管考え抜くしかない。それ等を成し遂げて来た人間の1人が・・・今ここに立っている。 「こんなモン!!春咲林檎(わがままむすめ)の音響攻撃に比べたら、屁でも無ぇ!!!」 「(界刺・・・さん・・・!!!)」 林檎の『音響砲弾』最大出力に比べれば、『キャパシティダウン』の音波攻撃はまだ温い。無論、いかな界刺と言えども行使できる能力は精々レベル1程度だが。 だが、その不屈の意志を示すかの如き眼光に虚ろな瞳を浮かべる焔火は衝撃を受ける。朦朧としていた意識が・・・少しずつ覚醒し始める。 「 何て奴・・・!!早く焔火を!! 」 「皆!!お遊びはお終い!!早く緋花を離脱させて!!抵抗したらやり過ぎない程度に実力行使してもいいから!!」 一方、界刺の底知れぬ実力に危機感を抱いた調合屋と智暁は中毒者に焔火の離脱を命じる。 「(動け・・・動け・・・動いて・・・私の体!!!せめて・・・能力を・・・!!!少しでいいから!!!)」 焔火は殆ど力の入らない体を、頭脳を動かそうと懸命にもがく。界刺達が自分を『助けに来た』のに、当の本人が抵抗1つもしないまま連行されるのは・・・絶対に嫌だ。 「例えば・・・こういう風にね!!」 「アン!!!ヒャウ!!!クンッ!!」 もがくが、智暁が焔火の意思を見越して快楽の刺激を与え、それに倣うように中毒者も同様の行為を行う。それだけで、焔火の体や頭は掻き乱される。抵抗する力が奪われる。 「・・・成程。大方媚薬か何かの薬でも投与されて喘いでるって感じか」 「そうよ。何たって、緋花は私の愛玩奴隷なんだから。こうやって媚薬や他の薬をしこたま投与されて、喘いで、ヨガリ狂って。その乱れようったら、本当に処女なのかどう・・・」 焔火の体に何が起きているのかにおおよその見当を付けた界刺に、調教主の智暁が挑発混じりの言葉を放ち始める。だが・・・ 「黙ってろよ、クソガキ!!!俺はテメェとなんか話して無ぇんだよ!!!」 「ッッ!!!」 『本気』の一喝が調教主の言葉を封じる。智暁は元来気弱な性格である。普段は頑張って不良ぶったり、相手が下手に出ていれば調子に乗ったりする。 最近は永観の影響もあってかサド気の方に熱心だったが、いざ相手に強気に出られた時は地が出てしまう。他方、耳喧しい戯言を封じた“英雄”は焔火の瞳を捉える。 「緋花・・・。言っとくが、俺はテメェやテメェの姉貴をこの手で『助けに来た』わけじゃ無ぇぞ?んなモン他の連中の仕事だ。 俺は、事の“ついで”にテメェへ一言二言言葉を掛けに来ただけだ!!だからよぉ、さっさと用件を済ませるぜ!!」 「ハァ・・・ハァ・・・界・・・刺さ、ん・・・ヒグッ!!」 「んふっ。情けねぇな・・・クソガキ?」 「!!!」 一言目。それは、焔火の意識を悦楽の刺激から引き戻しかける程の重い一撃。子供(クソガキ)のままで居たくないという少女の“我”―殆ど潰れていた―をブン殴る言葉。 そして、二言目が“閃光の英雄”の口から『“ヒーロー”になりたい』という夢を持つ“一般人”に向けて放たれる。 “詐欺師ヒーロー”として少女に放った言葉を、今度は“閃光の英雄”として確と放つ。 「『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』」 「!!!!!」 それは、焔火緋花の意識を完全に覚醒させる程の思いが込められた・・・少女の“我”を泥沼の底から引き上げる程の想いが込められた・・・彼女にとって人生最大の“痛み”だった。 「さっさと連れて行きなさい!!!」 直後、智暁の怒声によって焔火は中毒者の手によって運ばれて行く。この部屋に残るのは界刺・風路・不動・仮屋・智暁・調合屋・朱花・鏡子・調合屋が引き連れて来た複数の“手駒達”。 「・・・にしても、思った以上に早ぇな。“手駒達”化がよ」 ダークナイト を手に持つ界刺は、朱花が“手駒達”化していることに気付いていた。頭にくっ付いているチップにも同じく。 「 知っていたのか・・・。フフッ。誤算だったかい? 」 「あぁ、誤算だったね。他の“手駒達”とは違って『痛覚が存在している』こともな」 「 !! 」 加えて、新“手駒達”の特性も先程発生させたビー玉サイズの光球で看破していた。 「2日程度で“手駒達”化に至るスピードを実現させた弊害か?よっぽどあの殺人鬼にビビってると見える。んふっ」 「 ・・・それがどうした。君達が絶体絶命な状況なのは変わり無いよ?俺が従えている“手駒達”は全員能力者だ。君達が碌に能力を発動できないことはお見通しだ 」 「(・・・『閃烈底』を使うタイミングを間違え無いようにしねぇと)」 「 (焦っていない・・・。何か他に手があるな。ここには居ない他の仲間か?それとも・・・。くっ、それを引き摺り出さないとこちらも下手に動けない!) 」 界刺と調合屋は、互いに腹の探り合いを交わす。 「鏡子!!俺だ!!兄ちゃんだぞ!!わかるか!!?」 その間に、風路が大きな声で妹の名を呼び続ける。焔火が離脱したのを機に、心身共に固まっていた風路の枷が外れたのだ。 「うるさいですねぇ。風路さんは渡しませんよ!風路さんも大好きな薬が貰えるこの『ブラックウィザード』に残っていたいですよねぇ?・・・風路さん?」 智暁は事ここに至るまで気付いていなかった。調合屋も気付いていなかった。 鏡子が風路の姿を見て以降、『キャパシティダウン』による痛みも合わさって意識が正常に近い状態になっていたことに。 「お、お・・・兄ちゃ、ん?えっ・・・えっ・・・」 風路形慈の姿を目に映し、その衝撃から目を背けたくて思考停止していたことに。薬物に冒されながらも、風路鏡子の頭脳は風路形慈という兄をしっかり覚えていたことに。 だが、図らずも風路と智暁が鏡子の思考停止を解いた。解いてしまった。 『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』 昔は兄妹仲睦まじき関係を築いていた。至極普通の生活を送っていた。しかし、今の自分の姿は何だ。薬物に依存し、中毒者として碌に清潔を保つことも無い。 薬が無いと自分を抑えられない。薬を手に入れるために、網枷達の言うことなら何でもした。余計な思考を放棄し、また忘れるために薬へ逃避するだけの存在に・・・自分は成り果てた。 目の前に現れた兄は、きっと自分(わたし)を元の世界へ引き揚げるために必死になっている。嬉しいという感情が少しでも残っていたことに驚いた。 「い、嫌・・・・・・嫌・・・・・・」 だが、それ以上に自分の醜さに耐えられなかった。薬に塗れたみすぼらしい女に堕ちた自分を兄に見られたく無かった。見て欲しく無かった。 兄が自分を誇りに思ってくれる程愛していることを妹は知っていた。時に心配性が行き過ぎることもあったが、妹として期待を掛けてくれる兄に応えようと思った。 その期待を自分は裏切ってしまっている。『不正を許さない』自分を誇りに思っていた兄に対し、今の自分は不正に塗れている。そもそも、自分は風紀委員を辞めさせられたのだ。 親愛なる兄に対する最悪の裏切り。鏡子がずっと目を逸らしていたこと。そして、この瞬間に嫌という程自覚させられたこと。皮肉にも兄の行動が・・・妹が暴走する切欠となった。 「嫌ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」 『風力切断』が暴発する。罪悪感が爆発する。目の前の現実を全て否定するために。現実を認識することを拒否するために。今まで摂取した薬の影響も深く、鏡子は自暴自棄状態となる。 「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」 「風路さん!!?」 「鏡子!!!」 鏡子の変貌に智暁と風路は愕然とする。このタイミングでの暴発は、双方にとって最悪と言ってもいい程の事象である。 「薬!!薬は何処!!?薬はああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」 鏡子は、自分の精神状態を安定させる何時もの薬を強く望む。感情が昂ぶっている状態に安定―固定―させる薬を。 「調合屋さん!!風路さんに薬を!!」 「 くっ!! 」 智暁の要請に調合屋がポケットから何時もの薬を取り出す。そのカプセルを瞳に映した鏡子は・・・暴挙に出る。 ズサッ!!! 「 ぐあああぁぁっ!!!!! 」 「調合屋さん!!?」 暴走状態にあった鏡子が、調合屋の左腕を『風力切断』で斬り付けたのだ。 暴走しているために『風力切断』の出力が不安定だったことが幸いして切断とまでは行かなかったが、骨の中ほどまで斬り付けられているために大量の血が流れている。 「薬・・・!!こ、これで・・・これで・・・!!!(バクバク)」 一方、自分が行った凶行を全く気にもしていない鏡子は調合屋が落とした薬を拾い集め、網枷の根回しで抑え目だった通常の服薬量以上の量を摂取する。 その周囲で、調合屋に危害を加えた鏡子に対して“手駒達”が攻撃の構えを見せる。 「だ、駄目ですよ!!風路さんを攻撃しちゃ駄目です!!!」 それを止めたのは、薬物を摂取している人間―“手駒達”含めて―に対して強い影響力を持つ智暁の制止。 さすがの智暁も電波で動く“手駒達”を完全に制止できることはできないが、彼女は『ブラックウィザード』の構成員である。 “手駒達”は『ブラックウィザード』の操り人形である以上、その命令を無視することはできない。 「鏡子!!!落ち着け!!!お、俺のせいか・・・俺のせいで・・・!!」 得世!!どうする!? 『キャパシティダウン』を破壊するかこの部屋から出るしか無いんだけど、俺達が下手に動きを見せれば向こうも黙っちゃいねぇ!! それに、風路の奴が鏡子のことで今は頭が一杯だ!!とてもじゃ無ぇけど、『閃烈底』を使った奇襲なり脱出なりができる状態じゃ無い!! 妹の暴走の切欠に自分がなってしまったことに強く動揺する風路の後方で、界刺と不動が念話通信を用いて今後の動き方を論じる。 しかし、一旦暴走を始めたモノが急に止まるわけも無い。周囲の思惑など無視して更なる暴走を始める。 「ハハハ!!ハハハハハハ!!!!!ハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」 「鏡子・・・!!」 薬を摂取したことでハイテンションになる鏡子。しかも、先程の衝撃のせいで完全に暴走した状態が更に酷くなった水準で固定される。 「皆・・・皆・・・私を・・・私が・・・・・・否定・・・嫌・・・嫌い・・・助け・・・・・・私が・・・全部・・・ハハハハハハハハハ!!!!!」 情緒不安定のレベルでは無い。おそらく、鏡子本人も自分が何を喋っているのかわからない状態なのだ。 「ハハハハハハ!!!・・・・・・・・・クスッ。ようはさぁ~・・・・・・皆がさぁ~・・・・・・居なくなっちゃえ~ば・・・フフッ。・・・・・・いいんだっつーの!!!!!」 ドドドドドン!!!!! 「鏡子!!!」 今の鏡子は薬を摂取したことでレベル4相当の出力を行使できるようになっている。5つの噴射点から噴出した風の刃が部屋の壁を破壊し、文字通り当ても無く暴走する。 「消えろ!!消えろ!!何もかも・・・全部・・・全部・・・・・・消えろおおおおおおおぉぉぉぉっっっぁぁあああああ!!!!!」 「風路さん!!!くっ!!朱花!!風路さんを止めますよ!!」 「・・・・・・」 「 智暁!!? 」 「調合屋さん!!この場は任せます!!では!!!」 部屋を駆け出した鏡子を取り押さえるために、智暁は朱花を連れ立って走り去って行く。機会があれば『ブラックウィザード』を抜け出したい気持ちが存在する智暁にとって、 『ブラックウィザード』のメンバーでは無い調合屋がどうなろうと知ったことでは無い・・・そう心の奥底では思っていた。それが、今この時に顕現した。 「 智暁の奴!!!俺は『ブラックウィザード』がどうなろうと関係無い人間だってのに!!! 」 所持している止血剤と鎮痛剤を左腕にかけながら悪態を吐く調合屋。彼もまた『ブラックウィザード』がどうなろうと知ったことでは無い人間の1人である。 しかし、彼は『ブラックウィザード』に深く関わり過ぎた。例えて言うなら、風紀委員に関わり過ぎている界刺のように。 『ブラックウィザード』の薬物事情を背負う外部の人間として、被験体でもある鏡子から行動不能に近い一撃を受ける様はまさに因果応報である。 得世!! 界刺クン!! あぁ!!連中の片割れが去った今がチャンスだ!!仕掛けるぞ!! 不動と仮屋の意思を汲み取るかのように界刺は決断する。風路は未だに鏡子のことで頭が一杯のようだが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 『閃烈底』による奇襲で『キャパシティダウン』を破壊する。だが、その行動へ移る直前に・・・ ゾクッ!!!!! 奴が・・・“来た”。 ドゴーン!!!!! 「また会ったな・・・“変人”」 先程までかろうじて形を保っていた部屋は半壊状態となった。それどころか部屋の外にある通路や他の部屋までもが粉塵を上げながら瓦礫と化している。 「殺人鬼・・・!!!」 この惨状の元凶・・・“怪物”ウェイン・メディスンは、以前邂逅した時と変わらずその視線を界刺達に振り向けずに地面へ彷徨わせていた。 そんな彼の傍では調合屋・・・だったモノが存在する。彼と彼に付き従っていた“手駒達”は蜘蛛糸でできた巨大な長槍で全員肉塊と化した。 幸か不幸か、彼の一撃で能力者の演算を阻害していた『キャパシティダウン』発生装置が破壊されている。 位置的に焔火や鏡子、智暁や朱花達は九死に一生を得たと言ってもいいだろう。あのままこの部屋に滞在していれば、十中八九調合屋と同じ運命を辿っていた。 「光球がこの建物の上に浮かんでいたのでな。貴様がこの戦場に来ているという予感を抱いたのだが・・・どうやらアタリだったようだ」 「・・・そうかい」 「アンタ・・・!!」 「・・・成程。妹を助ける手管としてその男に頼ったというわけか。ここに居る以上、貴様の選択は賢かったというわけだ」 さすがの風路も、殺人鬼の出現を受けて冷静さを取り戻していた。否、取り戻させられた。それ程までに、目の前の男から溢れ出している殺気は尋常では無かった。 真刺。仮屋様。風路。いいか?・・・・・・・・・ わかった OK 了解したぜ 念話通信でこの後の動きを打ち合わせる4人。この場で殺人鬼と戦闘を開始するわけにはいかない。何故なら、ウェインの一撃の影響でこの部屋が今にも崩れそうになってるからだ。 「『次に相見える時は全力で殺してやる』・・・覚えているか?」 「さぁ?そんなこと言ってたっけか?テメェに制服を台無しにされた記憶はあんだけど。そもそも、俺はテメェに殺される謂れなんて無ぇ筈なんだがな」 「そうか・・・。まぁ、貴様が俺の全力を出すに値するかは今一度見極めてからでもいいが・・・」 ドゴッ!! 「覚えていないと言うのなら、『死』という名の結果をもってすぐに思い出させてやろう」 界刺の顔面目掛けて不意打ちの糸の砲弾が放たれた。無論界刺は『光学装飾』による探知能力でもってかわし、かわされた砲弾は壁を撃ち砕いた。 明確な殺意をもった能力による攻撃・・・これで正当防衛の基本的要件が揃った。これを受けて、“『シンボル』の詐欺師”は最大の武器である話術をもって応対する。 「・・・ハァ。まっ、慌てんなっつーの。何も、俺はテメェと絶対に戦わないって言っているわけじゃ無いんだぜ?俺の方から戦いたく無いって言ってるだけだし」 「ほぅ。あの時は『断る』と言っていた貴様が・・・どんな心境の変化だ?」 「口で言っても、テメェは俺を殺しに掛かるのを止めねぇだろうが」 「そうだな。仮に貴様が『断った』末に無抵抗で俺の手によって肉塊へ変貌させられた暁には、その判断を愚か極まる愚考と断じてやろう」 「即答。・・・ハァ。全く、とんでもねぇ野郎に目を付けられたモンだぜ」 「・・・成程(ボソッ)。ククッ、正当防衛を主張したくばすればいい。どうせ、貴様等が耳に装着している通信機でこの会話も筒抜けなのだろう? 録音機能ももれなく付いてそうだ。先の会話も、正当防衛の材料取得が狙いか。まぁ、好きにしろ。・・・この俺に殺されなければの話だがな」 「・・・視線を地面に彷徨わせてる癖に、見てるとこは見てやがるな。・・・んふっ、俺も俺なりに見極めたいことができてね。 どうせ殺され掛けるんなら、どうせ避けられないんだったら精々の抵抗として俺もテメェを利用させて貰おうと思ってさ」 「・・・俺の到来を待ち望んでいたとでも?」 「・・・さてな」 今の彼の心意を正確に表すなら・・・『風紀委員達に殺人鬼の「本気」が向かわないように、可能な限り自分へ釘付けにする』。 「にしても・・・もうすぐ崩れそうだな、この部屋。どう思うよ?」 「知ったことか。俺にとってはこの部屋が崩れようが別に何の支障も無い」 「んふっ。それにさぁ・・・お邪魔な人形達がもうすぐ来るぜ?俺達を殺しによぉ?」 「!!」 『光学装飾』で看破した事実。幹部が指示を下したのだろう。この部屋に“手駒達”―朱花のようなチップ型のアンテナが付いている新“手駒達”では無い―がもうすぐ来る。 そして、界刺はすぐに決断を下す。この場から離脱することを。自分達を殺そうとやって来る“手駒達”を『見捨てる』ことを。 たとえ、“手駒達”の中に無理矢理“手駒達”にされた者が居たとしても『どうでもいい』。戦場でそんなことを一々確認できるわけが無いし、するつもりも無い。 最優先―自分―を最優先で失くすモノは・・・切り捨てる。この決断が絶対に正しいとは思わない。格好良いなんて微塵たりとも思わない。 唯そうする。自分を最優先にした上で、優先順位という秤で他者を量った結果として。彼にとって、既存の“手駒達”の優先順位は間違い無く低位置にある。 「つーわけで、俺達はお暇させて貰うぜ!!」 「!!」 直後、 ダークナイト の底から『閃烈底』が地面に落ちる。『光学装飾』でウェインの瞳には映らないようにした爆音付き閃光弾が、その真価を発揮する。 ピカッ!!ガリガリ!! 強烈な爆音と閃光が部屋全体に広がる。『光学装飾』で自分達の行動―仮屋は『念動飛翔』地上運用型“どすこいモード”による音波という『空気の振動』を制御・防御、 それ以外は目と耳を塞ぐ―を殺人鬼に映らないようにした界刺達は、一目散に部屋からの脱出を図る。 先導するのは、閃光の影響を受けない界刺とだて眼鏡を“サングラスモード”にした不動。風路は界刺が担ぎ、仮屋は不動が『拳闘空力』の噴射を用いて突入して来た穴へ飛び込む。 「仮屋!!風路を!!」 「わかった!!」 「頼むぜ、『樹脂爪』!!」 仮屋が『念動飛翔』を用いて風路を掴み、不動は宙を蹴りながら降下し、界刺は『樹脂爪』を何度も用いて地面に落下して行く。 「仮屋様!!“どすこいモード”で涙簾ちゃん達と合流するんだ!!」 「了解!!」 不動と風路を両脇に抱え、界刺が仮屋の背中から首にしがみ付く。地上での高速移動を実現する“どすこいモード”で、速やかな離脱に掛かる『シンボル』。 そのリーダー足る“『シンボル』の詐欺師”の体に殺人鬼が放った1つの“目印”がくっ付いたまま。 「やれやれ。スタングレネードとはな。光学系能力と組み合わされると、こうも厄介か。敵意・殺意共に希薄であったし」 閃光が消えた一室で、ウェインは軽い耳鳴りを訴える鼓膜を無視してボヤく。“変人”に付けていた“目印”によって光学偽装と実際の動きの差にはすぐに気付いた。 光学系能力である以上、以前のように目に仕掛けて来るものだと予測し地面へ彷徨わせていた目を瞑った。だが、“目印”が知らせた“変人”の動きは『耳を塞ぐ』というモノだった。 その瞬間碧髪の男の狙い全てを看破し耳へ糸を噴出させたが、『閃烈底』の爆音を完全に防ぐまでには至らなかった。簡潔に言えば、極至近距離故に防御が間に合わなかったのである。 そのせいで、連中への追撃をすぐに仕掛けることは叶わなかった。もし、連中が逃走せずに自分へ攻勢を仕掛けていれば仕留める自信はあったのだが。 「しかも、奴のいいように動かされているこの現状・・・中々に腹立たしい」 ウェインが放った感知用の極小の糸が、数十秒後に“手駒達”が来襲することを伝えていた。まんまと“変人”に殿として利用されている現状が気に入らない。 「折角ストレスを発散できたという矢先にこれか。・・・ククッ。ならば、少しは八つ当たりというモノをしてみるか。遅かれ早かれ『ブラックウィザード』は殲滅するのだから」 懐に入れてある箱を取り出し、能力に使用するアミノ酸等が含まれたサプリメントを口にするウェイン。耳鳴りもほぼ収まった。能力行使には何の支障も無い。 ダッ!!! 長槍で破壊した壁から糸を用いて建物の上空―光球は既に消滅している―へ一気に躍り出るウェイン。骸骨と蜘蛛が合体したかのような刺青が刻まれている左手を振り上げる。 ボバアッッ!!! それは、巨大な弓と矢。クロスボウのような形状の弓に、合計10本の矢が縦一列にセッティングされている。矢として用いるのは、いずれも先程使っていたドリル状の長槍である。 ジャキッッ!!! 左手を標的へ向ける。感知用の糸が、“手駒達”が今まで居た部屋に突入していることをウェインに知らせる。 「さて、貴様等には今ここで死んでもらう。それが貴様等の運命だ!!」 ドドドドドドドドドドン!!! ドリル状の穂先が回転している巨大な矢が次々に射出される。10連撃を受けた建物はその後の暴虐も加わって、強襲を仕掛けて来た“手駒達”の全滅という結果と共に無残にも崩落した。 「皆さん!!大丈夫ですか!!?」 「何とか。とりあえず、今後の方針を速攻で立てるぜ!!」 水楯達と合流した界刺達。周囲からは戦闘音が聞こえて来る。なので、春咲の気遣いもそこそこに界刺は『光学装飾』で警戒をしながら状況の分析+今後の方針を立て始める。 「念話通信でも伝えた通り、鏡子は薬を服用してレベル4並の力を発揮して暴走している。生存をしっかり確認できたのは喜ばしいことかもしんねぇけど、面倒なことにはなってる」 「そして、危惧していた殺人鬼が出現した。私達が予想していた中では、かなり早いタイミングだ。 『キャパシティダウン』が破壊された後に得世の『光学装飾』で鏡子達の行動は判明していたのだが、彼女を追えば進行方向的に十中八九殺人鬼との戦闘に巻き込まれる。 そうなっては話にならないのと態勢を立て直すためにも一時撤退を決断した。林檎。あの男が風紀委員達を襲ったそうだな。もう一度簡潔明瞭に説明してくれ」 簡潔明瞭って言われても・・・。寒村さんの話だと、風紀委員を運んでいた“花盛の宙姫”をその殺人鬼が襲って墜とされたらしいんだ。 何とか即死は免れたようだけど、左肩をやられたみたい。音信も不通。“宙姫”にくっ付いてるらしい抵部って風紀委員共々マズイ状態になってるんじゃないかって見立てが挙がってる。 他の風紀委員は、全員無事に不時着したって報告もあった。それ以外の情報はあたしにもわからない。 寒村さん達成瀬台の風紀委員は、他の皆と共にもう車を飛び出して行っちゃったから。一応念話回線は繋いだままだけど、連絡を取ってみる? 「いや。いいよ、林檎ちゃん。おそらく、サーヤの『物体補強』で美魁達は何とか生きてるだろう。風紀委員のことは風紀委員が勝手に何とかするだろうさ」 「サーヤ・・・!!」 林檎からの報告で、風紀委員達の身に何が起きたのかを再認識する。特に、抵部とライバル関係を築いている月ノ宮の表情はとても険しいモノとなっていた。 「林檎ちゃん。ヒバンナと彼女の姉貴のこと、そして新たな“手駒達”化のことはちゃんと寒村先輩達に伝えたね?」 うん 「よし。これで、一番槍として最低限の役割は果たせたかな。林檎ちゃん。俺と涙簾ちゃんは、これから『音響砲弾』範囲外に行くからね? それと、わかってるとは思うけど珊瑚ちゃん共々花多狩姐さんの言うことをちゃんと聞くんだよ?」 わかってる!! 「君は君の意思でここに居る。姉である桜のため・・・そして変わろうと懸命に頑張っていた君自身のために。その覚悟は・・・俺も認めてるよ、林檎?頼りにしてるぜ!!」 ッッ!!!・・・・・・お兄さん達も・・・気を付けて!! 「あぁ」 林檎の感極まった+毅然とした声を聞きながら、界刺達は念話通信を閉じる。 「真刺。仮屋様。2人は、銃器を持つ『ブラックウィザード』の構成員及び『六枚羽』の対処を。俺達のような能力者の天敵に近い存在が、銃器を持った人間だ。 炎とか電撃を放った所で銃弾を完全に防げるわけが無い。明かりの少ないここだと、何処から狙ってくるかわからない。 だから、真刺のだて眼鏡の機能を使って怪しいと思ったら片っ端からぶっ潰せ。どうせ、こっちが何もしなくても向こうから仕掛けて来る筈だ。 後は『六枚羽』。美魁が戦闘不能状態になってる今、アレとまともにカチ合えるのは仮屋様の『念動飛翔』しか無い。真刺と組めば俺ん時より回避性は落ちるけど攻撃範囲は上がる」 「わかってるよ。不動と一緒なら恐いモノ無しさ」 「仮屋・・・。フッ、私も仮屋と組めば恐れるモノは無い!!」 ある意味、この戦場で一番キツい役割を与えることになる銃器所持の人間+『六枚羽』の迎撃。だが、小学生時代からの付き合いである2人は威勢の良い答えを示す。 「頼む!!次に・・・桜とサニー。君達には、美魁達の救助に向かって貰う」 「「えっ!!?」」 瞠目する春咲と月ノ宮。『風紀委員のことは風紀委員が勝手に何とかする』と先程言ったばかりなのに・・・。 「美魁が戦闘不能のままってのはマズイ。傷の度合いにもよるけど、勇路先輩の『治癒能力』で戦線復帰が可能ならそれに越したことは無い。 真刺達が返り討ちを喰らう可能性も0じゃ無い。だったら、『皆無重量』を持つあいつにゃあキバって貰わないと困る。全く、早々におネムになってどうすんだっつーの」 「で、でも風紀委員のことは風紀委員にって・・・」 「それが筋なんだけどね。・・・この戦闘音を聞くとそうも言っていられない。不時着した風紀委員達は、“手駒達”や構成員の攻勢を受けている可能性大だ。成瀬台支部もたぶん」 この敷地のあちこちで轟音が発生しては消え、発生しては消えている。これは、風紀委員と『ブラックウィザード』が戦闘状態に入った証拠と見ていい。 戦闘によって少なからず足止めを喰らってる以上、その間に閨秀達に『ブラックウィザード』の攻勢が及ぶ可能製は低く無い。 地の利は『ブラックウィザード』にある。故に、界刺は懐からあるモノを取り出す。それは・・・お守り。 「このお守りは、サーヤに渡した赤外線通信機付きお守りの兄弟機だ。これはサーヤのお守りに専用の赤外線が飛ぶように設定されている。 但し、会話する機能は無い。無い代わりに赤外線を飛ばした先のお守りの位置や距離を割り出す機能が付いている。はい、サニー」 「わっ!」 界刺は、抵部のライバルである月ノ宮に彼女達を救う切り札を放り投げる。 「サニー。サーヤのことが心配で心配で堪らないんだろう?」 「界刺様・・・!!」 「桜も、風紀委員へ命の危険が迫っている状況に居ても立っても居られないんだろう?停職中の風紀委員として」 「得世さん・・・!!」 「んふっ。ライバルや仲間をその手で守ってみせろよ。命を懸けて。『太陽の園』で俺に見せた覚悟を、ここでもう一度見せてみろ!!桜!!向日葵!!」 「「はい!!!」」 『東雲真慈討伐』における主役を風紀委員会に背負わせる以上、その重要な鍵である“宙姫”を初っ端から失うわけにはいかない。 界刺は、単に月ノ宮や春咲の想いを汲んだわけでは無い。そこには彼なりの理由が存在する。彼なりの思考の下様々な決断を下すのだ。 「風路!!お前はもちろん鏡子救出だ!!」 「あぁ!!わかってる!!」 風路は覚悟の灯を瞳に宿す。さっきは鏡子の変貌振りに茫然自失に近い状態となったが、今は違う。 妹は苦しんでいる。自分のことを呼んだ時の鏡子の顔に浮かんでいたのは・・・戸惑いと悲愴。それは、きっと鏡子自身が一番よく理解している矛盾。 正義感に溢れたかつての自分と、今の薬漬け状態の自分との差に妹は押し潰されようとしている。ならば、そんな妹を救うのは兄として絶対に成し遂げなければならないことだ。 「形製!!お前は風路に付け!!何でかは言わなくてもわかるな!!?」 「暴走状態の鏡子を『分身人形』で止めるため・・・そして万が一風紀委員や警備員と戦闘状態になった時の説得要員・・・だよね?」 「あぁ!!風路は直情的過ぎるきらいがあるかんな。そこを上手くフォローしてやってくれ!!」 「わかった!」 「ううぅぅっ!!お、俺だってやる時はちゃんとやるぜ・・・」 形製に宛がわれた役割は鏡子の暴走を抑えるのと、彼女と戦闘状態になった風紀委員・警備員の説得である。 風路は重度のシスコンである。もし、鏡子に風紀委員達が危害を加えようとしている場面を見た時に果たして理性を保っていられるかどうかは怪しい所だ。 「風路。形製を頼む。こいつは、戦闘経験自体は空っきしも同じだ。その手のことは、お前の方が経験豊富だろう」 「界刺!」 「本当のことだからしゃーねーだろ。後、前に突っ込む癖があるから注意してくれ。まぁ、妹のことになると危なっかしいお前と組ませて互いに注意し合うようにってのが狙いなんだけど」 「・・・わかった!形製さんは俺が絶対に守る!!」 「・・・その言葉、信じてるぜ?見事守り切ったら暁にはよぉ・・・借りは全部帳消しにしてやるよ」 「!!!」 『借り』。つまり、鏡子救出他諸々の懇願等で発生した界刺達への『借り』を全て無かったことにするということ。 「俺はお前という1人の人間のために動いた部分が大きい。そして、お前には形製という1人の人間を守り切って貰うことを頼んでる。これでおあいこだ。んふっ」 「界刺さん・・・!!アンタって人は・・・!!!」 どう考えても釣り合わない。少なくとも風路からしてみれば。でも、界刺は帳消しでいいと言ってくれている。 これは、覚悟を示した風路に対する界刺なりの応え方。未だに風路は知らない、内臓を質に得た彼の借金を帳消しに動いたのも同じ意味である。 「・・・わかった!!絶対だ!!絶対にアンタとの約束は守る!!!」 「あぁ。それじゃあ・・・行け!!!『赤外子機』と『音響砲弾』で連絡は緊密に取るんだ!!いいな!!?」 「「「「「「おぅ!!!」」」」」」 界刺の檄を受けて、不動・仮屋・春咲・月ノ宮・風路・形製は各々の役割を遂行するために戦場へ駆けて行く。 己が意志で、責任で、信念で世界に馳せる者・・・『自発者 サポーター 』。彼等彼女等の後姿は、神々しい程に光り輝いていた。 束の間の静寂が訪れる。この場に残るのは界刺と・・・・・・水楯。 「涙簾ちゃん」 「はい」 彼女が何故界刺の傍に居るのか。それは彼女の揺るがぬ意志。『界刺に危害を加える者は誰であろうと許さない』という強靭な意志が、今の彼女には満ち溢れている。 「俺が言ったことは・・・理解したかい?」 「はい」 本当なら春咲・月ノ宮組か風路・形製組のどちらかに加わって欲しかった―説得もした―のだが、水楯は頑として首を縦に振らなかった。 重徳事変や救済委員事件の時は、界刺が戦場で命を懸ける行動を許容できた。だが、今回は許容できない。 殺人鬼の存在、『ブラックウィザード』の存在、そして・・・敵対する可能性がある風紀委員会の存在が水楯の意志を固めに固めてしまったのだ。 「守れるかい?」 「命に代えても」 界刺のためなら命すら惜しくない少女に少年はある“頼み”をした。その“頼み”と引き換えに、彼は彼女の意志―界刺から離れない―を認めた。 「涙簾ちゃん」 「はい」 「何回も言ったけど、俺の戦闘範囲にはなるたけ近付かないでね。君が見ている間にヤバくなったら話は別だけど。俺が君を信じるように、君も俺を信じてくれ」 「・・・・・・・・・はい」 「ハァ・・・。その上で、君にもう1つお願いしたことがあるんだ。聞いてくれるかい?」 「?何でしょう?」 「それまでは・・・俺の背中を守ってくれ!!!」 「ッッ!!!」 『背中を守る』。それは、真に信頼の置ける存在にだけ認められる偉大な証。その証を、狂おしい程愛する男から与えられた。初めて・・・与えられた。認めてくれた。 「界刺さん・・・(コツッ)」 「いてっ!」 水楯は界刺の背中に自分の背中を預ける。頭も預ける。とてもじゃ無いが、真正面から愛おしい男性(ひと)と対峙することはできない。顔がニヤけてしまっている。 だから、背中越しに言う。告げる。伝える。界刺でさえ見たことが無い、水楯涙簾が浮かべる満面の笑みを形作る一部から言の葉が夜の風に舞い上がる。 「わかりました。界刺得世の背中はこの水楯涙簾が必ず守り抜いてみせます」 「よぉ・・・意外に遅かったな。てっきり、速攻で殺しに来るかと思ってヒヤヒヤしてだぜ?」 「・・・貴様に俺の糸が1本付いていたからな。急いでも急がなくとも、貴様を殺しにここへ来ることができた俺としては何の問題も無かったぞ?」 「なっ!?マジかよ!?クソッタレ・・・きっちりサーチしとくんだったぜ・・・!!」 「・・・ククッ(まぁ、“そういうことにしておこうか”)」 「チッ!!そんなことなら施設外へ移動するべき・・・とも言い切れねぇか。部隊を展開中の警備員と接触する可能性がデケェし」 ここは、施設内南西部に位置する空き地的な場所。そこで『閃光剣』を展開しながら胡散臭い言葉を吐く界刺に、咥えていた煙草を吐き落とすウェインは陰気に返答する。 この場に水楯は居ない。正確には離れた位置から見ている筈だ。だが、彼女はもうすぐ“見る”ことができなくなる。 界刺は水楯に嘘を付いた。彼女が界刺の『背中を守れる』わけが無い。彼の『本気』は、そんな“甘っちょろい”勇姿を認めない。 「一応確認しとくけどさぁ、テメェの目的は『ブラックウィザード』の殲滅なんだろ?俺に構ってる余裕なんてあんのかよ?」 「確かにそうだが、やり方は俺の好きなようにしていいということだ。貴様との殺し合いの最中に『ブラックウィザード』の大半が壊滅していることも十分に有り得るだろう? 何せ、弱者共が群れを成してわざわざ俺の獲物を追い詰めてくれるのだからな。巣の主である俺としては、座して待った後に餌を食すだけだ。一応“保険”もあるしな。 だが、貴様は違う。貴様は俺の巣に掛からない。貴様なら、手早く事を済ませて離脱してしまいそうだ・・・と最初は思っていたのだがな。どうやら違ったようだ」 「・・・・・・」 「それに・・・いい加減人形との戯れも飽きていた所でな。俺の牙から“障害物”を守ろうとするどこぞのお人好しが出した折角の『招待状(チケット)』だ。受けない理由はあるまい?」 「・・・んふっ。成程な」 殺人鬼の返答は納得のいくモノだった。圧倒的実力を持つ者だけが言葉にできる、それは強者の証。高位能力を持つ幾人もの風紀委員を打ち破って来た“怪物”の実力。 想定はしていた。驚きは無い。今の所は。だからこそ、この時のために準備をして来た。覚悟もとうの昔に決めてある。故に、界刺は『赤外子機』の電源をほんの少しだけ切る。 ここからの幾つかの会話―紛うこと無き本音―を、通信機越しに待機している少女(みずたて)に聞かれたく無かったから。ちなみに、『赤外子機』の録音機能は既に切ってある。 「テメェ・・・名前は何て言うんだ?」 「・・・ウェイン・メディスン。貴様は?」 「界刺得世ってんだ。別に覚えなくていいぜ?“正当防衛になろうが殺人罪になろうが”テメェはこの“私闘”で死ぬんだからな。んふっ。それじゃあ・・・殺すよ?」 「その言葉、そっくりそのまま返そう。貴様は俺が殺す」 「生憎だが、俺が死んだら仇を取ろうと自分の意志で動く人間が色々居やがる。俺よりもお人好しな連中がこぞってな!!わかるか、ウェイン!?『俺が死んだせいで』が発端になるんだ!! 俺がテメェに挑んで無様に返り討ち喰らって『自殺』した結果、そいつ等が自分の意志でテメェを潰しに掛かる!!『自殺(ころされる)』のがわかっていても!! 風紀委員達だけじゃ無ぇ、正真正銘の一般人も行動を起こしやがる。俺の問題なのに、あいつ等は絶対に動く!!俺とは違ってクソ優しい連中ばっかだからな!! んでもって、結果的に俺の大事なモンがテメェの手で壊されちまうって話だ!!それだけは認めないし、認められねぇな!!何せ、俺は『自殺』ってヤツが大嫌いだからよぉ!! 俺は絶対に生き残る!!『自殺(おれをころす)』ことで俺の大事なモンまで『自殺』に追いやろうとするテメェだけは、“戦鬼(ほんき)”を出してでも俺の手で始末を着ける!! そして、俺は俺の目的を果たす!!俺がここへ来た意味を!!価値を!!その先にあるモノを、俺は必ず見出してみせる!!」 「ならば、躊躇せずに来い。全力で来い、界刺得世。果たして、貴様は本当に俺が全力を出すに値する強者なのか・・・それとも。ククッ、その答えはすぐに出るか」 始まる。2度目の『光』と『闇』の交錯が始まる。“閃光の英雄”と“世界に選ばれし強大なる存在者”。世界の一部足る両者が今度は『本気』で殺し合う。殺し合うのだ。 「んふっ。さて・・・そんじゃま、ここは“ヒーロー”らしく必殺技的な台詞の1つでも言ってみるか」 それは、“閃光の英雄(ヒーロー)”界刺得世の『本気』。目に視える世界を・・・目に映らない世界を・・・己の法則(ルール)が支配する世界に塗り替える“絶望”の異界。 「『光学装飾 イルミネーション 』・・・」 通常の『光学装飾』が“希望”を司るなら、“戦闘色”の『光学装飾』は“絶望”を司る。能力が爆発的に伸びる―限界を超える―ことなど無い。できることをする。唯それだけ。 「“戦闘色 バトルモード ”・・・」 兵共よ。“希望”に縋るのなら、ゆめゆめ“絶望”に満ち溢れた異界に足を踏み入れるべからず。踏み入れし者よ。閃光の支配者が齎す“絶望”の群星(ひかり)をその身に受けよ。 『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ。 ふぅ。上手く言えました(ボソッ)。・・・うん?・・・サッパリ意味不明的な顔をしていますね(ボソッ)。もっと格好つけないと駄目かな(ボソッ)?にしても、この少年・・・大丈夫だよね? なぁ、少年。私は現状が気に入らない。「科学」と「魔術」。相反する存在が私の想いを抑え付ける。私はどちらにも縛られたく無い。私は望む。「科学」と「魔術」の融合(カオス)を。 少年よ。偉大なる輝星よ。私の望みが叶うかどうかを君で試させて貰う。混沌の中で揺るがぬ力を持ち得る君になら・・・果たせるかもしれない。私も力を貸そう。 全ては最新望遠鏡で星を目一杯見るた・・・ゲフン、ゲフン。あぁ~、さすがに学園都市には魔道書を持ち込めなかったですもんねぇ。 私の本領である7つの星そのものの力は、今ここでは行使できない・・・そもそも写本とは言え魔道書の内容を一般人には・・・(ブツブツ)』 そう・・・殺人鬼との邂逅も、風路形慈との出会いも、風紀委員会と『ブラックウィザード』の対決に誘われたのも、それ以外の偶然必然も。 全ては、“あの”星空の下で発生した遭遇―『科学』世界を生きる碧髪の少年界刺得世と『魔術』世界を生きる赤髪の少女リノアナ・サーベイの昔日の交錯―が基点。 『具体的には、魔術師リノアナ・サーベイが魔術・・・「惑星の掟 パーソナルプラネット 」の導きと加護を君に授ける。 すなわち、守護星足る金星(きみ)が守る「十二宮」が二宮、「金牛宮 タウルス 」と「天秤宮 リブラ 」が少年の力となる』 『惑星の掟』という名の導きと加護を『背負わされた』哀しくも勇ましき“英雄”よ。 幾星霜もの歴史を積み重ねて来た偉大なる世界に詠え。 幾何億もの星々が爛々と光輝いた広大なる世界に謳え。 『君と私を引き合わせたこの世界の運命(さだめ)に・・・願わくば確かな意味があることを祈ろう。偉大なる輝星・・・科学で“未知”な少年・・・界刺得世』 其が名は・・・ 「【閃苛絢爛の鏡界 せんかけんらんのきょうかい 】」 界刺得世VSウェイン・メディスン and more… Ready? continue!!
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「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」 「!!!」 『あなたは・・・どうして自分の力を誇示しようとしないの?どうして他人の力を簡単に認めることができるの?どうして平然と他人に任せられるの!?』 『んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ』 かつて成瀬台のグラウンドで耳にした言葉。敬愛する2人が交わした問答。あの言葉の意味を・・・月ノ宮は“まだ”完全には理解していない。碧髪の男視点では。 理解できないという事象は、普通に起こり得る事柄だ。他人を100%理解することなどできるわけが無い。過ごした境遇。価値観の相違。譲れぬモノ。十人十色。千差万別。 それが人間である。『人間だから』である。理解しようとする行為を否定はしない。しかし、理解できる限界は存在する。今の光景がその証明だ。 「(サニー。君の感性は正しいんだよ。間違ってなんかいないんだよ。君の言う『口が裂けても言えないこと』を平然と口に出せる俺の方が異常なんだろうさ。 でもね、“あの”殺人鬼は君が思っている程甘くは無いんだよ。あいつは異常なんだよ。だから・・・異常な俺が居る時に来てくれりゃあ色んな意味で願ったり叶ったりなんだよ。 んふっ、本当ならこの願ったり叶ったりは正当防衛の範囲を逸脱しかねないモノなんだけどね。駄目押しで言っておかないと、いざって時以外でも連中が参戦しそうだからさ)」 殺人鬼はきっと現れる。その現実が到来した場合、あの男を自分の力で可能な限り『利用(=制御)できる範囲内に抑える』ことが求められる。 抑えられなければ死が訪れる。そうなれば、何時でも死神の鎌が誰かの首を刎ねるだろう。そもそも自分が居なければ、それだけで大量の犠牲者が発生する可能性が高い。 故に望む。己が戦場に居る間に殺人鬼が襲来することを。そうすれば・・・。その思考が異常だと断じられても、その感情が非情だと断じられても、迷わず進む。 これも『人間だから』の1つ。様々な可能性を秘めた存在の真価。 「サニー。これから始まるのは・・・言わば“血祭”ってヤツだ」 「“血祭”・・・!?」 「そう。血に塗れた殺し合いが彩る宴。言っとくけど、何の犠牲も無しにこの件が解決するなんて甘ったれた幻想を抱いているなら家に帰ってろ。そんな奴は足手纏いにしかならねぇ」 「ッッ!!!」 月ノ宮と対峙する“変人”は、戦場というモノを完全に理解していない少女に説く。 「向日葵。テメェには馴染みが無いってことはわかってる。理解している。だが、こっから先はそんな言い訳が通じる世界じゃ無い。 一度足を踏み入れたら、文字通り命のやり取りをしなきゃいけねぇ。周りに仲間が居ないってことも有り得る。テメェ1人で戦わなきゃいけねぇこともある。 今さっきのように、何時も俺達の加護があるなんて思うな。テメェが明日の日の出を絶対に見られるなんて思うな。テメェの命は・・・今回の件で潰える可能性はある!!」 「ッッッ!!!」 月ノ宮が、無意識の内に目を逸らしていた可能性。考えないようにしていた可能性。すなわち・・・死。人生の終焉。 「命は助かったとしても、腕の1本2本吹っ飛ぶ可能性だってある。一生歩けない事態になる可能性もある。身動き1つままならない状態に陥る可能性がある。 向日葵。テメェは・・・そんな可能性が現実になることに・・・本当に耐え切れるのか?」 「わ、わた、私・・・私・・・は・・・・・・」 「・・・ハァ。そんな反応になるとは思ってたよ。・・・チッ。オラッ!!」 「うわっ!!?」 “カワズ”は、茫然自失に近い状態になっている月ノ宮を労わるように、背後に回ってその震えるちっぽけな体を抱く。優しく、唯優しく。 「界刺・・・様・・・!!」 「・・・向日葵。戦場ってのはそういう場所だ。命の保障なんてあるわけ無ぇんだ。だからさ・・・テメェがそういう反応をすることは・・・別におかしく無ぇんだ」 「(ッッ!!界刺様・・・あなたは・・・わかっていらっしゃるのですね?わかった上で、あのような言葉を申されたのですね?ということは・・・・・・そうか!!)」 月ノ宮の髪を撫でながら、戦場の非情さを説く。少女は理解する。自分を抱く男が、自分の感性の正しさをしっかり認識していることを。 その上で男は『口が裂けても言えないこと』を平然と述べた。考え無しの発言なんかじゃ無い。戦場が、必ずしも正しさが通用する場所では無いことを知っているが故の断言。 故に、男は殺人鬼が自分の目の前に現れることを望んでいる・・・そう悟った。『口が裂けても言えないこと』として述べたのも、 殺人鬼の相手を務めることに対する負い目を他者に感じさせないため。これは、月ノ宮だけに説いているわけじゃ無い。この場に居る全員に向けての言葉でもあるのだ。 「そういう反応は大事にするんだ。それは、テメェの優しさの表れだ。なぁ、向日葵。今なら引き返せるぞ?・・・お家に帰るか? そうすれば、少なくとも今回の件でテメェが命を失うことも無いだろうし」 「・・・それは、『シンボル』を辞めろってことですか?」 「そう解釈して貰ってもいい。今回の件で、良くも悪くも『シンボル』は目立つ。事前に言った通り対策は考えてるけど、その弊害がテメェの身に降り掛かる可能性は0じゃ無い。 それ以上に、今から『シンボル』は戦場へ突入する。俺や真刺、涙簾ちゃんや仮屋様、バカ形製に桜の命だって保障されていない。死ぬ可能性は・・・ある。 戦場に近付かない選択を、俺は否定しない。自分のことを最優先に考えた上での決断なら、俺はその選択を尊重する。月ノ宮向日葵・・・テメェはどうする?」 「サニー先輩・・・!!」 「・・・・・・」 真珠院の心配そうな声を耳にしながら、月ノ宮は『シンボル』のリーダーに突き付けられた選択肢を吟味する。真剣に。より真剣を重ねて。そして・・・結論を出す。 「界刺様。私は・・・・・・あなた達と共に行きます!!行かせて下さい!!!」 言葉は少々、しかしそこに込められた想いは途轍も無く重いモノ。自分を抱く腕を両手で掴みながら、月ノ宮は己の覚悟を示す。 「・・・いいんだね?後悔しないね?」 「はい。・・・私は強くなりたいんです。誰かを守れるような、そんな強さを手に入れたい。これは・・・私の根幹です。ここで退いたら、私は絶対に後悔します」 「『暴力』を振るうことだけが、守るってことじゃ無いよ?そもそも、『暴力』=守るじゃ無いって意見も普通に存在するし」 「わかっています。でも・・・『暴力』で守れるモノもきっとある。今のように。だったら、私は手に入れたい。『暴力』・・・いえ、『いわれある暴力』を。 そのためなら・・・私は・・・私は・・・・・・この命を懸けます!!私が生きている意味を・・・証を・・・この大きな世界に示すために!!!」 「・・・そうか」 ちっぽけな少女は、その胸に大きな覚悟を宿す。その覚悟を自分が憧れた人間に伝えるために体を振り向かせる。その首に腕を回し、今の自分のありったけを余さず伝え切る。 「そのためにも、界刺様達を失うわけにはいきません!!何時かあなたを越える・・・私はそう決めているんです!!あなたにこの月ノ宮向日葵の想いを示す!! だから、私は死ねません!!界刺様達も死にません!!・・・絶対に死なせない!!もし・・・もし・・・それでも・・・死が訪れても・・・この想いだけは私が死ぬまで否定しません!!!」 「・・・成程。死の可能性を考えないわけじゃ無い。大怪我する可能性を考えないわけじゃ無い。考えた上で・・・それを防ぐために頑張る・・・そういうことだね?」 「はい!!」 「・・・・・・わかった。サニー。俺達と共に・・・行こう!!」 「はい!!!」 ちっぽけな少女の大きな覚悟を見極め、『シンボル』のリーダーは受け入れる。これもまた・・・『人間だから』できること。 「この際だ。テメェ等にも一応確認しとこっか?」 「「「「「!!!」」」」」 その見極めを行う視線を、他の人間にも振り向ける。 「まずは・・・押花。テメェは免力・盛富士と共にここへ残れ」 「ッッ!!」 「さすがに、この場に風紀委員が1人も残っていないってのは具合が悪い。この後に警備員に連絡入れてここに来て貰うけど、免力と盛富士だけじゃ荷が重い。 『太陽の園』で起きた事件は、決して軽く無い。事情を説明できる奴が“生き残らないと”、万が一の時の対策が打てないって話だ」 「・・・・・・」 「当然、テメェの戦闘能力も加味しての判断だ。役割分担って言ってもいいし、足手纏いをここに残すって解釈もアリ。どう、寒村先輩?」 「・・・・・・押花。済まんが・・・」 「・・・・・・了解っす。確かに・・・界刺先輩の言ってることは正しいっす。先輩方・・・どうかご無事で・・・!!」 「・・・あぁ!!!」 押花は、喉から出そうになる色んな想いを飲み込む。誰かがしなければならないこと。それを、自分がやることになっただけ。 ならば・・・やるだけだ。治安組織の一員である以上、不平不満は零さない。 「さっきの戦闘もそうだけど、これから向かう戦場は普段“表”でのほほんと生活している人間には想像できない世界だ。だけど、紛れも無くこの学園都市に存在する世界だ。 今夜の件で犠牲者無しってのはたぶん無理だ。絶対に犠牲者は出る。殺人鬼が参戦すれば、より多くの人間が死ぬだろう。 その人間の中に風紀委員、警備員、『ブラックウィザード』、俺達が含まれる可能性は当然存在する。テメェ等が死ぬことは有り得る。俺が死ぬことは有り得る。人間何時かは死ぬ。 俺が殺人鬼を抑えるっつっても、完全に抑え切れる確証は無い。俺も死に物狂いで挑まなきゃ、きっと殺される。その余波で大怪我したり死んだりする奴も出て来るかもしんねぇ。 俺1人が暴れた所で、全てが解決できるわけが無い。まぁ、『本気』の俺はそんな凄惨な戦場でも平気で殺し合いができるタチだけどさ。利用できるモンは何でも利用するし。 それがテメェ等であってもだ。断言するぜ。俺はテメェ等を頼るし利用もする。俺がやりたいことにな。 俺が最優先だ。そして、優先するべき事柄は順位通りに優先するよう心掛けるし、最優先を最優先で失くすモンは切り捨てる。優先順位を付けるってのは、そういうことでもある。 んふっ・・・どうするよ?逃げ出すなら・・・今の内だぜ?」 確認。ここがデッドライン。この線を越えれば、そこはデッドオアアライブの世界。冷酷無慈悲なルールが支配する世界へ・・・足を踏み入れる勇気と意志はあるか!!? 「へっ!今更過ぎらあぁ!!俺は、絶対に緋花を助けるってこの拳に誓ったんだ!!!テメェが何考えていようが関係無ぇ!! 俺は“俺”を貫く!!何時だってな!!死ぬのが恐くて逃げるくらいならよぉ・・・今ここで死んでやらあぁぁ!!!」 「荒我君の覚悟を・・・」 「舎弟(おれたち)が裏切れるわけが無い!!!」 一番槍は・・・やはりこの男。荒我拳率いる“不良”3人組。 「荒我拳の言う通りだ!!お前がどう思っていようが、この俺の心を熱く燃え滾らせる炎に些かの衰えも無い!!! そして、朱花嬢についてはこの啄鴉に任せるがいい!!!必ずや、この手で彼女を救い出してみせる!!!覚悟はいいな、ゲコ太!!志道!!」 「合点!!」 「承知!!」 次いで言葉を発したのは啄鴉率いる十二人委員会の面々。 「子供がこんだけの覚悟を見せてるんだ。大人の俺がズコズコと引き下がるわけにもいくめぇよ・・・!!!」 「同じ子供として、私も負けていられないわ!!灰土さん。一緒に頑張りましょう!!」 穏健派救済委員も続く。 「死闘・・・か。とりあえず、『願ったり叶ったり』はあやつお得意の胡散臭いペテンとして聞き流しておこう。勇路。速見。絶対に気を緩めるで無いぞ?」 「あぁ、わかってるさ」 「僕の“速見スパイラル”で解決できないことは無い!!」 成瀬台支部の風紀委員も気を引き締める。 「俺は、最初っから鏡子のために命を懸けてんだ!!あいつを救うために・・・俺は・・・!!」 「桜姉ちゃんも居るし、個人的事情もあるからあたしは最後まで付き合うけど・・・珊瑚はどうするの?」 「林檎さん・・・。フッ、私も最後までお付き合いさせて頂きます。サニー先輩程の覚悟を持てなくて・・・あの方の隣に並び立てるわけが無い!!」 風路・林檎・真珠院も、各々の覚悟を決める。 「私達の場合は・・・」 「皆まで言う必要は・・・」 「バリボリ(無いね~)・・・」 「『シンボル』として・・・」 「それ以上に自分が決めたことだから・・・」 「「「「「後悔しない!!!!!」」」」」 『シンボル』は・・・言わずもがな。 「・・・!!!やっぱり、『シンボル』に入って良かったです。『自分が決めたことだから後悔しない』。だから・・・私は『シンボル』に入ったんです」 「全く、揃いも揃って命知らずな連中ばっかだぜ。・・・・・・・・・んふっ」 その様子―予測していた光景―を目にした月ノ宮は感極まり、“カワズ”は呆れにも似た―そして何処か嬉しそうな―溜息を吐く。 「それを言い出したら、界刺様は極め付けの命知らずですよ」 「へぇ・・・言うね、サニー?」 「・・・あんな言い方をしなくても皆に伝えられる方法はあると思います。いえ、界刺様はすぐに私へ優しい言葉を掛けて下さいました。自らの本音を語ってくれました。 でも・・・あなたはそれを最初から選ばない。嘘を付いたり人を不愉快にさせたり・・・。どうしてですか?何故最初から選ばないんですか?あなたならきっと・・・」 「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」 「・・・・・・」 「何を選ぼうが俺の自由だ。何を努力しようが俺の勝手だ。そんなモン、俺以外の人間にゴチャゴチャ言われたくらいで変えるかよ。変える時は、全て俺の意志の下で・・・だ。 そもそも、俺はこの『個性』を気に入っているし。嫌々でやってないし。望んでやっているし。世界に生きる人間全員が平凡な性格ばっかになったら面白く無ぇだろ? 色んな性格が存在するからこそ、人間ってのは面白い。ねぇ、サニー?俺が自分の『個性』を嫌っている風に見える?見えないだろ?つまりはそういうことさ」 「・・・でしょうね。あなたは・・・本当にそれでいいんですか?ウソツキで意地悪な性格を改善すれば、あなたはもっと色んな人達から容易に慕われ・・・」 「別に、俺は誰かに無遠慮に慕われたくて動いているわけじゃ無い。誰かに無神経に好かれたくて言葉を吐いているわけじゃ無い。 つーか、俺みたいな人間を無条件に慕ったり好きになるなって言いたいね。あぁ、珊瑚ちゃんや嬌看達は違うよ?彼女達なりに短い時間の中で考えてくれたみたいだし。 そんな俺が動く時、それは『俺の“信念”が正しいことを世界に証明する』時だ。その行動の結果は全て自業自得として俺に返って来る。それだけの話さ。んふっ」 「(・・・・・・全く、あなたという人は)」 “カワズ”の言葉には、些かの揺らぎも存在していなかった。頑強だ。途轍も無く硬い“壁”だ。元からそういう性格だったのか。過去に何かあったのか。 彼は“すぐにできる”のに。“選ぶことができる”のに。彼は“すぐにしない”。“選ばない”。それが自然・当然であると言わんばかりに。強靭極まる“我”だ。 少女から見れば、そのウソツキでムカつく『個性』を矯正すればもっと色んな人達に彼は慕われる。中には無条件に慕う人も居るかもしれない。 だが、彼はそれが嫌だと言う。おそらく、きちんと考えた上で慕ったり好きになったりしろと言いたいのだろう。他者に考えさせるためなら、自分が嫌われてもいいのだろう。 先程の溜息もこの考えが根底にあるのは間違い無い。素人考えでも、ストレスや鬱憤が溜まる在り方だ。彼が本当に情を持たないのなら、自分は今ここには居ない。 確かな情を持つ人間だからこそ、月ノ宮向日葵は界刺得世に憧れた。彼が『極論』・『究極的』という言葉を使って非情な言葉を吐く時は、彼自身はそれを望んではいない表れだ。 それでも吐くのは、現実として起こり得るからだ。故に、他者に嫌われても突き付けしっかり考えさせるのだ。この在り方を選択した彼の強固な意志に、少女は少しだけ心を痛める。 「それに、君が言う『あんな言い方』は別に頓珍漢なことを言っているわけじゃ無い。真実の1つだ。そして、あれもまた他者を量るやり方の1つだ。 君のような人間からしたら異論を挟みたがるのもわかるけど、俺は俺の意志で選んだモノを絶対に否定しない。この俺が選んだんだからな。 第一、光学系能力の『基本』は騙してナンボ・欺いてナンボだ。所持する能力が当人の性格に影響するって噂もあながち間違いじゃないのかもね。 まぁ、そんな俺でも君のような天真爛漫な性格は結構羨ましくもあったりするんだ。その在り方が俺と付き合う中で決定的に損なわれないことを祈っているよ」 「・・・選ばないんですね?」 「あぁ」 「逃げていませんか?」 「いんや。逃げていないね。俺は選んでいるだけ。俺だけが・・・俺を創る。もちろん『自分が決めたことだから後悔しない』よ、サニー?」 『逃げている』という指摘が今の彼には通じない。自業自得という信条があるために。『証明』という名の結果を出し続けていることも大きい。彼の言葉は決して間違ってもいない。 『俺だけが・・・俺を創る』という言葉もそうだ。言葉だけを切り取ってみれば酷く独善的な体に見えてしまうが、この男にしてみればそれは違う解釈なのだろう。 「(『最後に決めるのは他の誰でも無い俺だ』・・・そういうことですね、界刺様?他人の意見を最初から無視するのでは無く、 きちんと考えた上で自分の考えや意見に反映するかどうかを決めるよう努める。確かにその思考はご立派だとは思いますが・・・・・・つくづく面倒臭いですね。本当に。 自己完結型の行き着く先・・・とでも言うのでしょうか。ここまで突き抜けられていると、こちらとしても認めざるを得なくなってくるじゃありませんか。 自分が持つ長所も短所も美点も欠点も何もかも・・・あなたは心の底から愛しているんですから)」 欠点の矯正を働き掛ける側からすれば、彼の思考は面倒臭いにも程がある。なにせ、彼自身に『矯正が必要』だと考えさせなければならないからだ。 他の誰でも無いあの界刺得世にである。自分が持つ長所も短所も美点も欠点も何もかも愛して止まない碧髪の男にである。 親友の不動でさえ矯正し切れない、そんな彼を慕い憧れた自分に少し苦笑いが零れる。頑強にも頑強な彼を追い越そうとする自分の欲に、少し以上の笑みが零れる。 『自分が決めたことだから後悔しない』。この在り方にも表裏が存在することを少女は確と認識する。 敬愛する人間の真実をまだまだ知れていないという事実も現在進行中で痛感する月ノ宮は、それでも愚痴の1つ2つを零さずにはいられなかった。 「ハァ・・・超弩級の頑固者ですよ、あなたは。モットーの『気張らず、はしゃがず、しなやかに』は何処へ行ったんですか?」 「早くその状態に戻りたいねぇ。モットーを外れる『本気』の予行演習っつーか馴らし運転をしていたのも、全てはあの殺人鬼に狙われているのが理由だし。 それと、『しなやかに』を『何でも受け入れる』と思っているならそれは間違いだ。そして、俺は頑固であっても思考硬直状態じゃ無い。ちゃんと考えた上で今の俺が居るんだぜ?んふっ!」 「形製様へ贈り物をした時もそうでしたが、普段の界刺様は本当に自分勝手ですね。普段のあなたを見ていると、“線引き”が完璧にできているとはとても思えないんですけど?」 「・・・かもね。てか、日常シーンでも“線引き”を意識し続けるってのはしんど過ぎらぁ。そもそも、俺ってば普段は不真面目ぐーたらダラダラだぜ? んでもって、俺の地は『気が利かない』人間だぜ?だから、真刺と昔死闘を繰り広げることになっちまったし。君達がどう思っているのかは知らないけどさ」 「あの頭が回る界刺様が『気が利かない』?・・・確かに、普段の界刺様はてんで『気が利かない』ですもんね。・・・ダラけてるんじゃないんですか? 怠けているんじゃないんですか?弛んでいるんじゃないんですか?頭が固いんじゃ無くて、根本的に面倒臭がりなだけじゃないんですか?」 「・・・ホントズバズバ言うね、サニー」 「こんなことは、苧環様始め色んな人達が至極普通に考えていることです。というか、自慢するようなことじゃありません。ていっ!・・・(ポコッ)」 「うっ!?実力行使とは・・・やるね、サニー。的確且つ良いツッコミだ。あぁ・・・にしても、ホント早く普通の生活に戻りたいぜ」 「・・・『女の子にモテたい』と言って他者(ひと)の意見を素直に聞き入れて頑張っていた頃もあったと不動様からお聞きしましたけど?」 「あれは気の迷いだ。俺としたことが血迷った。あん時の俺は、女達に正面切って笑われたことが思いの他ショックで不貞腐れていた。んで、『モテたい』という思考になった。 でも、本当にモテたいならちゃんと自分の中で色々考えた上で動かないといけなかったんだ。他者の言葉に唯乗っかっただけじゃ意味が無い。それを、あの頃の俺は怠ったんだ。 反省材料が多い出来事だったねぇ。そのおかげで当時は筋肉ダルマにストーキングされる羽目になったし、どっかの光マニアに泣き喚かれる羽目になったし」 「うううぅぅっ!!!」 「能天気にダラダラし続けているのも考えモンだよねぇ。碌に考えず興味本位に手ぇ出して痛い目を見る典型例だったよ。・・・まぁ、後悔は無ぇけどよ? 良い経験になったし、あぁいう傍から見るとバカ丸出しな言動でもそれはそれで楽しいさ。そこから掴めるモノもあるかもしれないし、無かったとしても面白けりゃそれはそれで。 にしても、久し振りだなぁ・・・このピリピリした感覚は。血が騒ぎそうな・・・身体が踊り出しそうな・・・このゾクゾク感は。やっぱ殺人鬼のせいか?ハハッ!!」 「ッッ!!」 本能的・・・とでも言うのか、月ノ宮は“カワズ”の奥に居る碧髪の少年の雰囲気がガラリと変わったことを感じ取った。 「なぁ、向日葵?」 「・・・何ですか?」 「散々ツッコミを入れてくれたけどさぁ・・・1つだけ俺もツッコミを入れさせて貰っていいか?まぁ、ツッコミつーか確認みたいなモンなんだけどな。ハハハッッ」 「・・・・・・何ですか?」 端的に言うなら、笑い声に宿っていたモノが確かに変わった。鳥肌が立つような殺気が宿った“嗤い”に変わったのだ。 「今の俺がさぁ・・・“血祭”に赴くこの『本気』の俺が自分や他者のことを碌に考えていない風に見えると、まさかテメェ自身が心底思っちゃいねぇよな・・・!!!??」 「ッッッ!!!・・・・・・・・・思いません。思っていません。思ったりなんかしません。決して」 「ハハハッッ!!そうかそうか。なら・・・いい」 「(界刺様・・・)」 イライラしている。ピリピリしている。間違い無く気が立っている。戦場というものに疎い月ノ宮でもわかる程に、目の前の男が抱く緊張の糸がピンと張り詰めている。 殺やなければ殺られる。少なくとも、今から彼が立つ戦場はそんな世界。・・・殺人鬼と邂逅したあの夜からか。常に飄々としていた彼の雰囲気の中に殺気が宿り始めたのは。 それに伴い言葉遣いも荒くなり始めた―昔の言葉遣い―のは。月ノ宮自身全く予想していなかった彼の変化。きっと、それは彼自身が眠らせていた“何か”が蠢き始めた胎動の証。 “何か”・・・すなわち殺し合いの最中に冷酷な笑みと瞳を浮かべられる程の修羅と称される界刺得世の『本気』が目を醒ましたのだ。 殺人鬼に勝つために彼が己の『本気』が必要と判断したのだ。これ等己が感じ取った事実の連なりは、これから向かう戦場の苛烈さを否が応でも自覚させられる代物であった。 余裕など一切無い。自分が憧れた人間が。だがしかし、それでも少女は少年へ気丈にも愚痴を零す。そうすることで、彼の苛立つ気を少しでも和らげてあげられるように。 たとえ、目の前の男が『何をした』としても自分は絶対に見限らないという決意も込めながら。 「・・・あぁ言えばこう言いますね。しかも、いたいけな女の子を脅すなんて界刺様は女性の扱い方というものを全くわかっておられないようですね」 「自分のことを『美人だ』・『美しい』・『いたいけな』なんて言っている女の方が、俺からしたらどうかと思うぜ。バカ形製でもあるまいし」 「その形製様からすれば、自分のことを『ウソツキだ』・『気が利かない』・『不真面目ぐーたらダラダラ』なんて言っている男の方にとやかく言われたくないことだけは確かですね」 「うるせぇ。・・・・・・・・・あんがとよ、向日葵。気ィ遣ってくれて」 「!!!・・・『気が利かない』んじゃ無かったんですか?・・・・・・やれやれです。私もですが、苧環様他皆さんの苦労が今から偲ばれ・・・あれ?」 「ん?どした?」 「着ぐるみが・・・」 「!!!」 首に腕を回していた月ノ宮の言葉を受けて、“カワズ”は抱いた予感のままに確かめる。そして・・・予感は当たっていた。 一度着込めば数日は脱ぐことが不可能な清廉止水製作の特別製スーツ・・・“カワズ”。その『中の人』が・・・真の姿を現す。 「よっしゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!脱げたああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!! よしっ!!!!!とにもかくにも風呂だ!!!『ブラックウィザード』の件は後回し!!!テメェ等!!!10分待ってくれ!!!そんじゃ!!!!!」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ちょっと待てェー!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 “閃光の英雄”界刺得世が。“希望”と“絶望”の光を宿す、『自分を最優先に考える“ヒーロー”』が。 「網枷。警備員達の動向は?」 「多少の動きはあった模様ですが、“裏”から手を回したことで何とか。風紀委員会の面々も成瀬台に集合したようですが、目立った動きは無いという報告が50分程前に。 もうすぐ1時間ごとの定時連絡の時刻になるので、最新の情報も手に入るかと。動きがあれば、至急連絡するように“手駒達”に命令してあります」 「網枷君・・・ごめんなさい」 「伊利乃・・・。今回は私にも責任がある。君だけが気に病むことでは無い」 日付が変わってもうすぐ8月15日午前1時を差す頃、第17学区にある『ブラックウィザード』の本拠地には先程まで『太陽の園』にて激闘を繰り広げていた東雲達が帰還していた。 彼等は網枷の援護もあり、警備員達に気取られること無く無事に本拠地へ帰って来ることに成功したのだ。 「その通りだ。現在の『ブラックウィザード』は、東雲さんでは無く“辣腕士”の指揮下で動いているのだから」 「永観・・・」 「君の実力は僕も認めているが、その弊害が起きているのではないかな?東雲さんは、君と同等以上の指揮能力を持っている。 だが、君が辣腕を振るうことによってその能力が鈍ってしまっていたのではないのかな?僕が知っている東雲さんなら、このような失態は犯さない。そうは思わないか、阿晴?」 永観の冷たい指摘が作戦会議室に響き渡る。この部屋には、東雲と幹部5名が揃って存在していた。 「おう!!永観の言う通りだ!!網枷!!テメェが出しゃばってっから、東雲さんや伊利乃さんが危ない目に合ったんじゃねぇのか!?」 「阿晴君・・・それは違・・・」 「確かにその通りだ。今回の件は、全て私の不徳の致す所だ。済まない」 「網枷君・・・」 阿晴の言葉を否定しようとした伊利乃に先んじて、網枷が謝罪の言葉を口にする。今作戦は、網枷自身の意見も組み込まれていたのだ。故に、その責は網枷にも重く圧し掛かる。 「・・・まぁ、今回までは大目に見よう。東雲さん達は無事なわけだし。だが・・・今後は君の意見が全て通ると思わないことだ。 反論すべき点があればきっちり反論させて貰う。君の愚策で僕達が命の危険に晒されるのは今回までだ。いいね?」 「・・・・・・わかった」 「だそうだ。阿晴。蜘蛛井。今回までは網枷を許してあげようじゃないか?」 「・・・フン!次は無ぇからな!!」 「(ククッ。これで、網枷の影響力は大分減った。伊利乃の影響力も同様に。東雲のリーダーとしての資質も少なからず問われてくる。良い傾向だ。ククッ)」 「(とか思ってんだろな~、永観の奴は。まぁ、ボクにはどうでもいい話だけど)」 網枷の失態を許す阿晴・永観・蜘蛛井の3名。その心の内は、それぞれで違っているが。 「東雲さん。今後の“手駒達”の調達方法も見直しが急務ですね」 「あぁ」 「以前僕の部下が愚かにも早まって実行してしまった“表”への関与ですが、そろそろ再検討する時期に入っているのではないかと思います。 今回の“決行”程大規模なことは早々できるものでは無いにしろ、従来の『置き去り』を主軸に置いた調達は難しくなるでしょうし」 「あぁ」 「伊利乃。君もそう思うだろ?」 「・・・・・・えぇ」 永観がここぞとばかりに、かつて却下された自身の主張を披露する。今回の件で、“手駒達”を『置き去り』から調達することは困難になったことは明白である。 故に、以前は反対していた伊利乃も永観の主張に反論できない。それを好機と見た永観は、もう1人の反対者・・・網枷にも言葉を向ける。 「網枷。君はどう・・・・・・網枷?」 だが、当の網枷は永観の言葉を聞いていない。彼の視線は、手に持つ通信機に注がれていた。 「おかしい・・・。定時連絡が来ない。異常が無くても、『異常無し』という報告をするように命令していた筈。・・・・・・まさか・・・」 “辣腕士”が脳裏に思い浮かべている光景は、すぐさま他の者達も思い浮かべた。すなわち・・・ 「監視に感付いた風紀委員会に潰された・・・あるいは無力化された可能性があるね。でも、連絡は各地に散らばせた“手駒達”を経由してここに連絡が入ることになっている。 きっと、他の“手駒達”も連絡が来なくて確認作業をしているんじゃないか?仮に成瀬台に寄越した“手駒達”の電波を傍受したとしてもここには辿り着けないよ、網枷」 「・・・そうだな。永観。君の言う通り・・・(ピピピ)・・・だな」 永観の冷静な指摘に網枷が頷いた直後、彼が手に持つ通信機に連絡が入った。内容は・・・『異常有り』。予測通り、成瀬台に寄越した“手駒達”と連絡が着かなくなった。 「小型アンテナや送信している電波に異常があればボクがすぐ気付くし、どうやら力尽くで押さえ込まれたみたいだね」 「連中も馬鹿では無かった・・・か。とは言っても想定の範囲内だけどね。無能力者の“手駒達”数人失った所で、『ブラックウィザード』全体としては痛くも痒くも・・・」 「東雲さん!!!」 「「「「「「!!!??」」」」」」 蜘蛛井と永観が分析していた最中に作戦会議室に入って来た怒声。それは、索敵室に居る構成員からの緊急事態を知らせる報告。 「ここから約1km先の上空に正体不明の光源が幾つも浮かび上がっています!!!また、光源発生直後第17学区へ侵入する影が複数確認されました!!!」 「真珠院さん!!そろそろ車を下ろしてくれ!!地理的には警備員やってる俺の方がよくわかってるし、浮遊したまんまじゃ狙い撃ちされる!!ガキ共、しっかり捕まってろよ!!!」 第17学区のアスファルトにタイヤを下ろし、激走するのは灰土操る大型車。窓ガラスは外から中を窺い知ることができない仕様となっているそれに乗っているガキ共は、 荒我・梯・武佐・啄・ゲコ太・仲場・花多狩・真珠院・林檎・寒村・勇路・速見の面々。 「第17学区の奥地では無く、比較的他学区に近い場所であったか!!成程!できるだけ、別会社の監視網に映りたく無かったというわけだな!!」 「・・・よしっ!お兄さん達と念話回線再接続成功!!」 寒村が『ブラックウィザード』の狙いについて分析している最中に、林檎が『シンボル』+αと念話回線を繋ぐことに成功する。 地理情報さえわかっていれば、他人と念話回線を繋ぐことはできる。空に浮かぶ光源は、本拠地の位置を知らせると共に『音響砲弾』に必要な地理情報そのものでもあった。 「灰土先生!貴殿等とはもうすぐお別れである!!我輩達成瀬台支部は風紀委員会の面々と合流しなければならぬのでな!!」 「わかってらぁ!!武運を祈ってるぜ!!」 「貴殿等も!!無事を祈る」 この中には、再び生きて会うことができない人間が居るかもしれない。それがわかっていながらも行く。己が決意に従って。 だから、これ以上の言葉は要らない。寒村の言葉にガキ共は無言で頷く。その瞳には、揺るがぬ光が爛々と輝いていた。 「 皆!!気を抜いたら駄目っしょ!! 」 「 俺達は後方支援と“手駒達”を操作するメインコンピュータ破壊のために別行動に入る!!繰り返すが、必ず生きて帰って来い!!! 固地!!破輩!!加賀美!!冠!!現場での指揮権はお前達が預かることになる!! 俺や橙山先生の指示が最優先になることもあるが、基本的にはお前達の考えを尊重しよう!!皆を頼む!! 」 「「「「了解!!」」」」 第17学区の上空を飛んでいるのは、固地・真面・殻衣・秋雪・破輩・一厘・鉄枷・湖后腹・加賀美・神谷・斑・鏡星・姫空・冠・閨秀・抵部の風紀委員会戦闘部隊である。 閨秀の『皆無重量』にて飛行している彼等彼女等は、連続して発生し続けている光源を頼りに移動していた。 「抵部!!『物体補強』を緩めちゃいねぇよな!?」 「もちろんですよー!!」 「一厘!!閨秀!!何か念動力のようなモノは働いているか!?湖后腹!!怪しい電波関係の類は発生しているか!?」 「・・・いえ!!『物質操作』で何回も確認していますけど、それらしき力は何も!!」 「精度の高さだとあたしは一厘にゃあ負けてんだけどなぁ・・・一応『皆無重量』でも調べてるっすけど、あたしと一厘以外の念動力は感じねぇっすわ!!」 「破輩先輩!!俺もずっと気にしてますけど、ここに居る面々から怪しい電波は感知しないっす!!電磁波を使ったレーダー網にも反応無しっす!!」 先程『皆無重量』にて輸送していた警備員の主力部隊及び風紀委員会後方支援部隊を降ろした閨秀達が気を配っているのは、神出鬼没な殺人鬼の動向。 『ブラックウィザード』の本拠地に突入するのは『シンボル』が一番手である。自分達の動向は、監視カメラ等を通じて『ブラックウィザード』側には割れている筈だ。 割れている以上何らかの迎撃策を打ち出してくるだろうし、それに対する対策も準備している。破輩が『疾風旋風』で既に風を集めているのも、その表れだ。 だからこそ、一番厄介なのは動向が全く読めない殺人鬼の動き。風紀委員会と敵対する可能性も放置される可能性もある殺し屋。 発信機の調査に加え湖后腹が電磁波レーダーを展開しているのも、怪しい動きをしている者が居れば一刻も早く捕捉するがためである。 「(あれだけ派手な目印があれば、雅艶達もわかりやすいか。『暗室移動』の性質上、すぐに本拠地へ近付くのは難しいだろうが)」 固地は心中で協力者の動向を予測する。過激派救済委員である雅艶・麻鬼・峠にも事の詳細は伝えている。 彼等も峠の空間移動系能力『暗室移動』にて第17学区を移動しているだろうが、“変人”が目印として浮かべた光源の影響がある限り速攻で辿り着くことは困難だ。 おそらく、比較的短距離の空間移動を繰り返した後にその足で向かうのだろう。位置自体は判明しているだろうし、いざという時は雅艶の『多角透視』もある。 「緋花・・・しゅかん・・・鏡子・・・待ってて!!!必ず、あなた達を助け出して『ブラックウィザード』を倒してみせるから!!!」 「網枷・・・!!!」 加賀美が決意を再確認し、神谷が裏切り者の名を口にする。176支部の人間が大きく関わってる以上、その後始末を拭くのは176支部の責務でもある。 各々覚悟を決め、少年少女達は只管突き進む。治安組織の一員として、この件に携わっている者として、事件解決という『目的』を果たすために。 「橙山先生!!ポイントには後どのくらいで着きますか!?」 「後15分っていった所!!到着直後から早速準備に取り掛かるわ!!『ブラックウィザード』の襲撃から身を守るためにも、ここが最適なポイントっしょ!!」 周囲を駆動鎧で固めた警備員の専用車両に乗り込んでいるのは、橙山・緑川・椎倉・初瀬(電脳歌姫)・佐野・葉原・鳥羽・一色・浮草の面々である。 この車両は佐野の『光学管制』によって偽装している。『ブラックウィザード』の監視の目を欺くためである。 (この『光学管制』による偽装は、そもそも『ハックコード』を操る初瀬が『阻害情報』で意識を電脳空間へ介在している間の隙を守るためにと想定されていた自衛手段である) いずれ成瀬台の単独行動組(寒村・勇路・速見)が合流する手筈となっている彼等が何故成瀬台に残って後方支援を行わなかったのかと言えば、 一昨日の二の舞を避けたかった+“手駒達”を操るメインコンピュータを潰すためにも前線近くに出動する必要があったためである。 「初瀬!!お前の『阻害情報』と『ハックコード』が“手駒達”攻略における一番の鍵になる!!俺達の命運・・・お前に全て託すぞ!!」 「は、はは・・・・・・」 「キョウジなら大丈夫!!私も一緒だシ!!!」 「姫!!?」 「さっさとこんなメンドーなこと終わらせて、また『シークハンター』に行こうヨ!!キョウジ。私との約束・・・もしかして忘れタ?」 「・・・いや。忘れてねぇよ。そうだな・・・さっさとこんな面倒臭いこと終わらせて、パーっと遊ぼうぜ、姫!!」 「うン!!」 今回の戦闘で鍵を握るのは、“手駒達”の無力化。そのためには、初瀬の働きが全てを握る。彼は電脳歌姫の励ましもあり、自分に課せられた役割を全うすることをもう一度誓う。 「電脳歌姫。もし、初瀬が意識を電脳空間に介在している間にこの現実世界に何か起きた時は、『ハックコード』に本体を宿す君がすぐに初瀬にその情報を知らせてくれ」 「了解!!」 また、電脳世界における初瀬の相棒(と彼女が勝手に主張している)の電脳歌姫も自身に宛がわれた任務を培った思考能力で捉え、その重みを彼女なりに理解する。 「・・・よし。浮草は178支部を、一色は花盛支部を、鳥羽は佐野と共に159支部を、葉原は176支部の後方支援に就いてくれ!!成瀬台支部は俺が兼任する!!」 「わかった。・・・やるぞ!!」 「花盛支部の麗しき乙女達は、この一色丞介が命に代えてもキッチリ支援するぜ!!」 「佐野先輩・・・俺・・・できる限りのことをします!!後悔したく無いから!!だから・・・よろしくお願いします!!」 「わかってますよ。そう固くならずに・・・と言っても難しいでしょうが。一緒に全力を尽くしましょう!!」 「はい!!」 潤滑な後方支援は、支部間・本部―支部間との意思疎通に重大な影響を及ぼす役割である。椎倉の指示に、各支部の支援を担当する少年達は気を引き締める。 「椎倉。駆動鎧を中心とした主力部隊の大半は、『ブラックウィザード』の本拠地包囲に向かわせるっしょ!! 寒村達が合流すれば、緑川君と共に前線突入して貰う可能性も大!!特に、『治癒能力』を持つ勇路には縦横無尽の活躍をして貰わないといけない!!わかってるっしょ!?」 「はい!!緑川先生!!あいつ等をよろしく頼みます!!後方支援には俺が就きます!!」 「わかった!!俺が責任を持ってあいつ等を守る・・・というかあいつ等と力を合わせて戦う!!俺もあいつ等を守るが、あいつ等にも俺を守って貰おうか!! 『筋肉探求』で筋肉を苛め抜いた成果を、今回の戦闘で見せて貰うとしよう!!ガハハハハ!!!」 通常では有り得ない多数の駆動鎧を投入しているのは、『ブラックウィザード』側の“手駒達”対策だけでは無く、旧型駆動鎧や『六枚羽』等への対処も念頭にあるからだ。 加えて、あの殺人鬼対策としても駆動鎧が投入されることが決まっている。『六枚羽』の流用を表沙汰にしたくない上層部の意向で航空戦力が投入できない中、これ等が最高の戦力である。 比例的に重い責任を背負う指揮官達。そんな彼等へ向けられた緑川の豪快な笑い声に、椎倉や橙山達はこれから立ち向かう大きな敵に対する勇気を貰う。今夜全てが終わる・・・筈だ。 「(お願い・・・!!お願いだから・・・・・・“戦わないで”!!!)」 そんな笑い声響く車中で、1人目を瞑って祈る少女が居た。少女の名前は・・・葉原ゆかり。 『えっ・・・?今何て・・・・・・!?』 『聞こえなかったかい?えっとね・・・改めて君がしたことの意味を説明しただけだよ?火遊びの結果をね。 “俺が”殺人鬼対策の仮想シュミュレーションと銘打って、君が「書庫」で調べてくれた各風紀委員の戦闘データが風紀委員にとって致命的となる可能性がある。 だって、あの殺人鬼が来る可能性が高いから。俺と野郎がぶつかる可能性が高いから。そこに、風紀委員や警備員が介入して来る可能性があるから。 油断でもしていたかい?それとも、可能性レベルだとしても考えたく無かったのかい?目を逸らしたかったのかい?だから・・・緋花を助けることだけに思考を集中していたのかい? それが、“俺にとって”どんな意味を持つのかってことに・・・優秀な君は内心気付いていたんじゃないのかい?それは・・・「本気」の俺の手によって命を失うかもってことだ』 『!!!』 数日前に“閃光の英雄”とスパイ契約を結んだ少女。彼女は・・・見誤っていた。あの男を・・・見くびっていた。軽んじていた。甘く見ていた。 ブツクサ文句を言いながらも、自分が最優先と言いながらも、結局は自分達のために動いてくれる。助けてくれる。焔火の件もそう。成瀬台襲撃の件もそう。『太陽の園』の件もそう。 彼は・・・私達の味方だ。困っている“一般人”を最優先にして動いてくれる“ヒーロー”だ。そう・・・履き違えていた。否、“思いたかった”。 『君が風紀委員で居られなくなる云々みてぇなちっぽけなことじゃ無い。緋花を助けるためならと・・・彼女を助けるためにって・・・優秀な君はその可能性を意図的に黙認した!! まぁ、そんな事態になってもこっちには“3条件”もあるし。君に限らず、他の連中だって気付いてるでしょ?俺があんだけ警告したんだからさ。こんだけ譲歩してるんだからさ。 君の処遇に関しては心配する必要は無いよ。スパイ契約は“3条件”に入ってるからね。もし「裏切り者」って仲間に糾弾されても、俺が庇ってやるから安心しなよ。 “今”は有能な駒を失いたくないし、そもそも俺の警告を無視して邪魔をした君の風紀委員(なかま)の自業自得だし。なるたけ死なせないように俺も努力はするけど』 『そ、それは・・・!!で、でも・・・!!・・・・・・くっ!!』 「(あの人と・・・・・・“閃光の英雄”と殺人鬼が戦う場所に・・・・・・足を踏み入れないで!!!)」 『その反応だと君なりに戦っていたんだね。自分の心が抱く葛藤と。“君”の戦いを。君が“英雄”と見做す俺を何としてでも「ブラックウィザード」の件に繋ぎとめておくために。 それでも唯一認められない「俺の凶手が君の仲間に及ぶこと」が現実にならないように。・・・必死に』 『ッッ!!・・・・・・そこまでわかっていながら・・・何で・・・どうして・・・あなたは!!どんな時も敵に回さない判断は無いんですか!!?選べないんですか!!? それが「自分を最優先に考える“ヒーロー”」なんですか!!?私達のことも考えた上での、それが“閃光の英雄”の正しい決断だって言うんですか!!?信じられない・・・!!!』 『・・・んふっ。んふふっ。んふふふふっっ。相手が悪かったね。俺は“俺”だよ?まさかとは思うけど・・・俺を世間一般的な“ヒーロー”って思ってるんじゃ無いだろうね? “他者(おまえら)のために”、文句一つ言わず一生懸命頑張る責任を持たされる「他者を最優先に考える“ヒーロー”」って思ってるんじゃ無いだろうね・・・葉原ゆかり(裏切り者)?』 『ッッッ!!!』 『“ヒーロー”に色んなモン押し付けて、自分の責任を軽くするつもりか・・・!!?責任逃れするつもりかよ・・・!?俺と契約を結んだ時の覚悟はどうした・・・!!? 俺を舐めんじゃ無ぇぞ・・・!!?俺はテメェ等の都合のいい人形じゃ無ぇぞ・・・!!?俺は俺のために動く!!テメェ等なんぞのためだけに、この命を懸けるつもりは無ぇ!!!』 “閃光の英雄”は、『他者を最優先に考える“ヒーロー”』では無かった。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』だった。わかり切っていて・・・わかりたく無かったこと。 すなわち・・・その行動原理は全て『自分』に帰結するのだ。自業自得の名の下に。そこに『他者』が入り込む余地など無い。 確かに『他者』を優先することもあるだろう。だが、決して『他者』が最優先になることは無い。『自分』こそが最優先なのだ。“閃光の英雄”の優先順位は決して変わらない。 否、かつての“英雄”は『自分だけ』であった。それに比べれば、彼は成長したのだろう。変わったのだろう。それは否定しない。 だが、『自分』を最優先に置くために優先順位の低い『他者』を切り捨てることは・・・有り得る。優先順位の本質の1つは・・・間違い無くそれなのだから。 だから、今の“閃光の英雄”は誰よりも『他者』の心を量ろうとする。仮に切り捨てたとしても・・・切り捨てる時の“線引き”を誤差無く引くために。 そんな“英雄”の真摯な想いを葉原は裏切った。『どうして』と疑い、『信じられない』と嘆いた彼女は“英雄”を信じ切ることができなかった。 これは風紀委員に対する裏切りでは無い。自分から希った“閃光の英雄”に対する裏切りである。故に、“英雄”は少女を裏切り者と称した。 『テメェにだけ教えてやるよ。俺が考える“英雄”ってのは、血みどろの戦渦が顕現した世界に必要とされる“戦鬼”の象徴だぜ?平和から一番遠い位置に居るのが“英雄”だぜ? 戦渦が終結した後に訪れる平和を謳歌する人間から真っ先に棄てられる可能性大なのが“英雄”だぜ?棄てられる時は一瞬さ。儚いよねぇ~。まるで・・・“閃光”のようだよ。 緋花は気付いて無かったけどよ、平和を愛しむ風紀委員(にんげん)が平和から遠ざかる“ヒーロー”になる意味はすっげぇ重いんだぜ?少なくとも、俺はそう考える。 俺が“ヒーロー”になりたく無いのは、それが一番の理由だ。本当に安穏とした平和を享受したいのなら、“ヒーロー”に・・・“英雄”にはならない方がいい。 それこそ、“一般人”の範疇に居るべきだ。俺からしたら「風紀委員だから」、「警備員だから」はまだ“一般人”だよ?“ヒーロー”は、平和を齎せても享受することはできない。 何故なら、“ヒーロー”は次の戦渦に誘われるから。連鎖するから。“ヒーロー”の居場所は戦場だ。つまり、“ヒーロー”は勝っても負けても茨の道だ。平坦な道なんて有り得ねぇ。 なるならなるで一時的に収めるべきだし、実際“英雄”ってのは一過性の現象でしか無いと思うよ。一過性だから・・・安易に考える。押し付ける。自分勝手な願いを。罪悪感も無く。 “英雄”は「戦う時」にしか求められないことがよくわかんだろ?“一般人(テメェ)”が“英雄(おれ)”を求めたようにな。その癖して、俺の決断にあれこれ文句を付ける。 「どうして」って・・・「信じられない」って・・・俺がテメェ等のことを考えていないとでも?ハハハハハッッッ・・・・・・舐めんじゃ無ぇぞ!!!クソガキ!!!』 『ひぃっ!!!』 『「“ヒーロー”というものを、“どんな時も他者のために命を懸けて動くことができる立派な人間”」みたいに考えているんじゃないだろうね・・・とも言われました』 「(緋花ちゃんが指摘されたって言ってた界刺先輩の言葉の心意はこれだったんだ・・・!!緋花(たしゃ)のためにって採った行動が・・・“英雄(たしゃ)”を苦しめていた・・・!! “英雄”なら『何とかしてくれる』って・・・『どうとでもできる』って・・・心の何処かで思ってた。“英雄”だって人間なのに・・・私達と変わらない世界の一部なのに!! “一般人(わたし)”が“英雄”へ『安易』に縋ることそのものが“英雄(たしゃ)”を最優先に考えていないことで・・・“一般人(じぶん)”を最優先にしている表れで・・・!!! しかも・・・『どんな時も命懸けで助けてくれる』っていう固定観念を罪悪感も無く、あるいは罪悪感を押し切ってでも“英雄”に押し付けるからか!! 押し切ってる時点で自分を最優先にしている・・・“英雄”が背負うモノを真摯に考えていない!!私・・・馬鹿だ。界刺先輩の方がよっぽど私達のことを考えてる!!背負ってる!! 謝っても謝り切れない!!!私は・・・あの人を裏切っちゃった!!!あの人を信じ切れなかった!!!・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・界刺先輩・・・!!!)」 少女は突き付けられた。目を逸らしたい現実を。“英雄”が敵に回る可能性を。それなのに“英雄”に縋る想いが消えない事実を。想いを背負わされる“ヒーロー”の哀しさを。 ちなみに、“英雄”は葉原が自分へ縋る―“彼女”の戦い―のは彼女が前線で戦うことができない人間なのが大きな原因であることを見抜いている・・・というか聞かされた。あの公園で。 前線で何らかの挽回ができる実力があれば、ここまで縋ることは無かっただろう。親友と腹を割って話し合った時のままであれば、ここまで依存することは無かっただろう。 しかし、あの日に起きた殺人鬼との邂逅が少女の心境を劇的に揺さ振った。実際に殺されそうになったあの路地裏で、少女は仲間の足手纏いにしかならなかった。 無能力者の限界を改めて叩き付けられた。親友の暴走すら止めることができなかった。だが、そんな自分を“英雄”は認めてくれた。褒めてくれた。フォローしてくれた。 故に、少女は殺人鬼と戦うと宣言した“英雄”へ必要以上に憧れ、縋ってしまった。仲間の情報を漏らしてまで結果を出し続けている碧髪の男に依存した。 焔火の失踪を経て、依存に益々拍車が掛かった。彼女自身理解していて、それでも止められなかった。優秀と言っても中学2年生の女の子である。完璧な人間では絶対に無い。 だからこそ、少女は甚大な罪悪感に包まれてしまったのだ。もちろん、“英雄”はそれを見越した上で己が本音を突き付けた。無論・・・本音に嘘は混じっていない。 「(皆・・・皆・・・!!お願いだから・・・界刺得世を敵に回さないで!!皆の想いを背負わされる“ヒーロー”を・・・『戦う時』にしか必要とされない“戦鬼”を怒らせないで!!!)」 保身では無い。純粋な心配。懸念。この想いは風紀委員・・・警備員・・・そして“英雄”に対するモノ。界刺得世が最後に残した言葉を反芻させながら、葉原ゆかりは唯祈る。 『・・・たかだか一高校で2ヶ月程度しか“英雄”をやっていない俺が言っても説得力は無いかもだし、「偉そうに語るな」って意見もあるだろう。“ヒーロー”にも色々あるだろう。 俺の“ヒーロー”像が絶対正しいってわけじゃ無いし、根本的に俺が間違っている可能性もある。 でも、その2ヶ月はずっと戦いの連続だった。ずっとずっと戦っていた。目に見えない戦いならそれ以上にやった。自分を見失うことも・・・あった。 責任は俺にある。全部じゃ無ぇがそれを望んだのは俺だ。利用したのは俺だ。“選んだ”のは俺だ。本気で“英雄”になるつもりが無かったのになっちまったのも、俺の自業自得だ。 だけど、今回俺は“自分のために”・・・“ヒーロー”ってヤツと向き合うために一夜限りの“閃光の英雄”になることを“選んだ”。この延長線上が、俺の「本気」ってヤツだ。 この決断がテメェ等風紀委員会にとって「幸」か「不幸」かはわからねぇ。殺人鬼次第でどっちにでも転がるし、両方が顕現するかもしんねぇ。 基本的に俺はテメェ等に手を出すつもりは無いぜ?テメェ等が、今まで俺にどれだけ迷惑を掛けてるのかってのも無視するつもりだぜ? お互い様的な部分もあるしな。前にも言ったけど俺って優しいだろ?だが・・・こんだけ警告や譲歩をしたのに・・・ それでも“戦鬼(おれ)”の邪魔をする風紀委員会(やつら)に限っては、敵としてブッ潰してやるよ。その結果が死でも・・・そいつの自業自得だ』 「・・・・・・」 数多の思惑が犇めき合う中、“仕掛け”の動向を察知した『闇』濃い“怪物”は空を翔け抜けながら“血祭”が開かれる戦場へ急速に接近していた。 「界刺得世か・・・!!!どうやってここの位置を!!?東雲さん達の行動は最善だった筈なのに!!?」 “辣腕士”が頭を抱える。索敵室に居る構成員から報告される数々の情報は、『ブラックウィザード』の本拠地が『シンボル』や風紀委員会に割れていることを示していた。 「網枷君!!今はそんなことより迎撃に集中するべきよ!!ここからの離脱も念頭に考えて!!蜘蛛井君!!」 「わかってるよ!!とりあえず、“手駒達”は総動員だね。今日仕立て上げたばかりの新“手駒達”は・・・まだ出撃させないよ?人質という役割もあるし。 調整も完全とは言えないし、何より薬で鈍くしているとは言え痛覚は存在するからね。永観。お前の意見は?」 「僕も蜘蛛井と同意見だ。新“手駒達”には、ここからの離脱手段にその力を振るって貰おう。殺人鬼対策の彼等を、風紀委員会にぶつけたくは無い。役割分担だ。 『六枚羽』や旧型駆動鎧もある。その過程の中で、ここを特定した手段についても調査した方がいいだろう」 伊利乃の言葉に蜘蛛井と永観が意見を同調させる。当然のことながら、伊利乃と蜘蛛井・永観の考えは相違している。 伊利乃は、全力でもって今の対処に力を注ぐべきという考えだ。対して蜘蛛井・永観は後々のこと・・・つまり自分達が『ブラックウィザード』の頂点に君臨する時を考えて、 折角手に入れた新“手駒達”をここで失いたく無かった。そのために、『役割分担』という建前を前面に出す。 「そ、それはそうだけど・・・!!あ、網枷君はどう・・・」 「・・・焔火緋花は何処に居る?」 「えっ?」 「焔火緋花を監禁している部屋は何処だ!!?」 「ちょ、ちょっと待って!!阿晴君!!焔火緋花を監禁している部屋の場所を!!」 「わ、わかりました!!」 “辣腕士”の絶叫にも似た問いに伊利乃は戸惑いながらも、阿晴に焔火を監禁している部屋のデータを液晶画面に映し出させる。 彼女を監禁している部屋は、調教主である智暁が自分に宛がわれた部屋に近いという理由で希望した場所で、敷地の中心からやや南西に位置していた。 「この部屋・・・型板ガラスがある!!!あの“変人”なら・・・焔火の居場所を突き止められるぞ!! 永観!!至急監禁部屋に居る智暁に連絡を!!そこには、今日東雲さん達に刃向かった風路形慈の妹の鏡子も居る筈だ!!早く彼女達を他の場所へ移させろ!!」 「わ、わかった!!」 網枷が語る事実のまずさに気付いた永観は、作戦会議室の電話機から智暁や焔火達が居る部屋へ連絡を取る。しかし・・・ 「網枷!!監禁部屋の受話器が離れているようだ!!繋がらない!!智暁め・・・調教に夢中になり過ぎて、受話器を元の位置に戻していないな!!?」 「(あっ・・・そういや“貸し出した”ままだ・・・ヤバッ)」 「そういえば、昨日真昼が智暁の携帯にまず電話を掛けた時もマナーモードにしていて全然繋がらなかったって言ってたわ!!あの娘・・・!!」 「くそっ!この作戦会議室から監禁部屋までは距離がある!!」 「・・・あっ!!確か、この近くの部屋に調合屋が居たわよ!!」 「!!永観!!調合屋に連絡を着けて、智暁の下へ向かわせろ!!調合屋には、数名の“手駒達”が付いていたな!?」 「あぁ!!」 「万が一の時は・・・焔火の能力を封じている“アレ”と“手駒達”の能力を併用して使えと伝えろ!!蜘蛛井!!すぐに“手駒達”を動かせ!!」 「言われなくてもわかってる!!」 「東雲さん!!」 「・・・俺は、ここでもう少し事の次第を見る。目の前の事態『以外』のことにも気を向ける必要がありそうだからな。それと・・・・・・」 差し迫る危機を実感し、『ブラックウィザード』も揺るぎ始める。一度揺らぎ始めたことによって生じたうねりは、止まることを知らない。 数日前の成瀬台襲撃や200名もの一般人及び焔火緋花の拉致を1つの“Xデー”とするなら、今から起こる“血祭”こそがもう1つの“Xデー”だった。 「界刺さん。それではご武運を!!」 「バカ界刺!!絶対に生きてよ!!」 「界刺様!!すぐにお会いしましょう!!」 「得世さん!!得世さん達が戻られるまでは皆は私が守ります!!頑張って下さい!!」 仮屋の『念動飛翔』に水のロープで繋がっていた水楯・形製・月ノ宮・春咲が降下して行く。 『ブラックウィザード』の本拠地に突入した『シンボル』は、界刺の『光学装飾』によって鏡子の位置を捕捉することに先程成功した。 故に、万が一の時に備えて女性陣をバックアップのために降下させたのだ。ここまで来るのには、界刺の『光学装飾』及び月ノ宮の『電撃使い』をふんだんに用いている。 「私達への言葉は無かったな・・・」 「言わなくてもわかる的なヤツじゃないかなぁ?」 「鏡子・・・!!すぐに行くからな!!!」 「・・・何で最初にあいつを見付けるのが俺なんだろ?しっかしまぁ・・・はしたねぇ格好してやがるな。だが・・・・・・生きていたか」 一方、水楯の『粘水操作』によって未だ仮屋に繋がったままの不動と風路は各々の胸に抱く感情を述べる。 そして、水楯に代わって仮屋の背に乗った碧髪の男は露骨に渋い表情―微かな笑みを口に―を作っていた。 「・・・まっ、これも成り行きかねぇ。あの感じだと、あいつも大層痛い目を喰らったって感じか。 風路と同じように、もうどうしようもねぇってヤツでもある・・・か。・・・・・・いいぜ。事の“ついで”に、言葉の1つや2つくらい掛けてやるぜ!!」 が、男は考えを改める。自分の信念に従って。そして・・・躊躇無く決断する。 「真刺!!あそこの壁をぶち抜け!!そこに鏡子と・・・緋花と緋花の姉貴が居る!!」 「何!?彼女達もあそこに・・・!?得世・・・!!」 「時間も無ぇしな!!敵さんも居るぜ!?気ィ抜くなよ!?行くぜ、テメェ等!!!」 「わかった!!」 「了解!!」 「頼む、界刺さん達!!」 風路鏡子と・・・監禁されている焔火緋花が居る部屋へ突入するという決断を。不動の『拳闘空力』が、鉄筋コンクリートでできた壁を貫く。 ドカーン!!!!! 界刺・風路・不動・仮屋は、破壊されて粉塵を撒き散らしている部屋に突入する。 その先にある光景―涙を浮かべた少女・・・拘束されている焔火緋花―を一番早く目に映した“閃光の英雄”は、“ヒーロー”を目指す少女へ耳を劈くような大声を掛ける。 「緋花ああああああぁぁぁぁっっ!!!!!鏡子おおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」 continue!!
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「俺達は『ブラックウィザード』討伐を最優先にする。新“手駒達”に関しては、159支部・176支部及び南部・西部の駆動鎧部隊が対処することになった。 比例的に、俺達に課せられるモノは重くなった。北部から侵攻している成瀬台支部及び『協力者』合同チームとも合流して当たることも有り得る。各自気を引き締めろ!!」 「「「「了解!!!」」」」 『土砂人狼』にて北東部から中心部へ移動している178支部。その前線指揮を任されている固地の言葉に、焔火・真面。殻衣・秋雪が了承の意を示す。 先程の宣言―新“手駒達”―で混乱し掛けたが、素早く固地が椎倉達と意思疎通を図り、指示を受け取ったことで収束した。 「寒村達に協力している連中って、『太陽の園』の『協力者』のことよね、進次?」 「そうです、秋雪先輩。『太陽の園』での結果を見るに、相当腕が立つんでしょうね。あのカエル軍団は」 「一般人の協力を正式に仰ぐ決断。・・・。覚悟の上・・・か。・・・。朱花さんが例の一団に含まれているかいないかは天のみぞ知る・・・ね」 秋雪・真面・殻衣が、成瀬台支部と共に行動している『協力者』について議論を交わす。 特に、真面は『マルンウォール』で“ヒーロー戦隊”と会っているので彼等が示した結果に結構驚いている。 他方、殻衣は一般人の協力を正式に仰いだ椎倉達の決断に風紀委員としての責務を重く認識すると同時に、焔火の姉である朱花の位置予想に思考を巡らせる。 「(界刺さん・・・)」 そんな中、焔火は戦場に舞い降りた“英雄”のことを考えていた。朱花への想い―心配―は、殻衣のように今は天に預けている。現時点でどうこう言おうがどうにもならない故に。 固地から説明は受けた。事情は理解した。網枷の宣言後は、その事情が顕現する可能性大であると自分でも判断している。椎倉達の苦渋の決断を否定する気は毛頭無い。 風紀委員として、一個人としても絶対に譲れない一線だ。『わかっている』。それでも・・・それでもやり切れないモヤモヤが胸を締め付ける。 「(“それ”がわかっていながら・・・あなたは来たんですか?何て・・・何て覚悟・・・!!!)」 界刺は『わかっている』。『わかって』ここへ来た。今の焔火はそう考えている。買い被りかもしれないが、そうとしか今の焔火には思えない。 自分が目指すモノとは違う“ヒーロー”。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』が抱く覚悟の重さに少女は敬意を表する。心の底から。 「(私は『ブラックウィザード』に囚われた人々を助けたい。だから、こうして『ブラックウィザード』の上層部を叩くために動いている。 そこに、新“手駒達”が居る可能性が高いから。でも・・・その新“手駒達”の大半がその上層部に切り捨てられた。死地へ送り込まれた。 本当なら・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』なら真っ先に駆け付けないといけないんだけど・・・今からじゃ間に合わない)」 “ヒーロー”は、何でもかんでも人々を救える神様の如き存在では無い。1人の人間でしか無い以上限界はある。但し・・・“1人なら”。 「(でも・・・皆が居る。私1人じゃ無理なことも、仲間が居れば無理を無理で無くせる。今の私にできることは、皆を信じること。そして、私に課せられた任務を遂行すること)」 結果欲しさに逸らない。できることとできないことを正確に区別し、そこに激情を持ち込まず、自分はできることを行い、自分にできないことは他者に任せる。 “ヒーロー”も“一般人”も同じだ。万能な存在では無い以上、それを補う方法を明確に意識しておかなければならない。それでこそ、より良い結果を生み出せる。 「(あの人はキッチリそれを遂行したから、成瀬台が襲撃された時も『太陽の園』での奪還作戦の時も結果を生み出せた。そんな人が・・・排除されるのかもしれないのか。 しかも、“それ”を『わかっていながら』ここに来た以上・・・自分を最優先にする以上、界刺さんは絶対に反撃する!! 私があの人の立場なら・・・きっと抵抗の1つや2つはする。さすがに殺したりはしないけど。・・・殺すなんて嘘ですよね、界刺さん?何時ものペテンですよね? ハァ・・・今もあの人は命を懸けてあの殺人鬼を『抑えている』。そんな人を私達は・・・か)」 今の焔火は、冷静に全体を見通す眼力を養いつつあった。一方向からでは無く、様々な視点から物事を見ることができるようになった。猪突猛進では、いつか不条理に阻まれる。 現に阻まれた。何度も。故に、不条理を越えるために彼女は固地に師事を仰ぎ、苦難の道を経て、今の思考を手に入れたのだ。 その思考が告げる。椎倉達の決断と行動が無ければ、新“手駒達”は殺される可能性が大だと。それが、“閃光の英雄”を敵に回すことに繋がろうともやり抜かなければならない。 椎倉達とて、本音ではこんなことをしたく無い筈だ。『シンボル』を敵に回したく無い筈だ。彼等が抱く葛藤が焔火にも理解できた。痛いくらいに。 「(これが最優先の・・・もう1つの一面か。最優先と優先の区別。時と場合によって求められる優先度の違い。私は、間違い無く界刺さんを切り捨てる側に片足を突っ込んでいる。 『切り捨てていない』なんていう風に言葉を取り繕うことはしない。『想いを拾う』なんていう風に別の言葉に置き換えない。 時と場合によっては、拉致された人々を救うために私達は界刺さんを・・・界刺さんの想いを・・・全部にしろ一部にしろ・・・き、切り捨て・・・る。 他者を最優先にするために、別の他者を最優先に置かない・・・これが決断の重さか。・・・・・・・・・痛い・・・痛いよ。苦しいよ。・・・・・・。 全部丸ごと救えるようになりたい気持ちはある。この気持ちを絶やしちゃ駄目なのもわかっている。でも、現実は待ってくれない。決断しないといけない時はある。あるんだ!! 逃げたら駄目だ・・・逃げたら駄目だ!!上司任せじゃいけない!!私自身が決めないと!!・・・・・・・・・決めた)」 無知では無い。色んなことを考え、熟慮した上で焔火緋花は決断を下す。この戦場における、揺るがない―揺らがせない―“線引き”を行う。 「(私は・・・(ゴクッ)・・・界刺得世を・・・・・・“閃光の英雄”を最優先にしない!!私は・・・私が最優先にするのは拉致された人達を救い出すこと!! 『ブラックウィザード』を討伐するという目的の下で、私はそれを最優先にする!!討伐だって最優先と同じくらいに優先する!!・・・・・・・・・してみせる!!!)」 焔火緋花は界刺得世を最優先にしない。拉致された人々―新“手駒達”―の救助を最優先にする。これは、界刺を鎮圧するかもしれない仲間達の行動を認めるということでもある。 同時に、仲間達が界刺のことも考えて行動すると信じている―結果がどうなろうとも―ということでもある。以前までの彼女なら板挟みになって迷いに迷っていたであろう事柄。 それを苦しみながらも短時間で決断する意志の強さを構築できたのは、ひとえに彼女の努力と経て来た経験の賜物である。 「(・・・・・・)」 椎倉達の議論を黙って耳にしていた176支部後方支援担当の葉原は、心中で1つの諦念を抱いていた。 すなわち、“英雄”と“怪物”の死闘が繰り広げられている戦場へ風紀委員と警備員が介入する―してしまう―現実を認めた。 「(駆動鎧部隊は・・・強力なのは間違い無い)」 一番先に到着するであろう駆動鎧部隊には、橙山が両者の戦闘に介入する前に“やれるべきことをやる”ように命令を下している。 具体的には、新“手駒達”の捕捉後両者に彼等彼女等が襲撃する直前で食い止めることを命令してある。 いざという時は、装備してある対隔壁用ショットガン―旧型駆動鎧が所持しているモノとは違い実弾と空砲を切り替え可能―による空砲の使用も許可している。 このリボルバー方式の対隔壁用ショットガンは、現在開発・調整が進んでいる次世代の駆動鎧HsPS-15『ラージウェポン』の主要武器である。 既存の駆動鎧でも追加装備を装着することで使用可能なため、今作戦に導入されている。159支部と合流した東部侵攻部隊も、これを用いて激戦を繰り広げていたりする。 界刺からの情報で、新“手駒達”には痛覚が存在していることがわかっている。たとえ頭部にめり込んでいるチップを破壊できなくても、痛覚が存在する以上行動不能にすることは可能だ。 「(殺人鬼への実弾の発砲許可も・・・下りている)」 もし、それでも防ぎ得なかった場合警備員は界刺と殺人鬼の戦闘に介入することを許可されている。殺人鬼に対しては、殺害止む無しとも指示を出している。 対隔壁用ショットガンの実弾は、一発で戦車を、至近距離でなら数発で核シェルターの扉を抉じ開けると謳われている程強力だ。 如何にあの殺人鬼と言えども、そんな実弾を数発浴びれば蜘蛛糸をもってしても防ぐことはできないだろう。 そもそも、殺人鬼へは警備員が主導で当たることになっている。でき得る限りの準備はして来た。 一方、界刺には威力を落とした空砲を用いるように命令が下されている。風紀委員会にここまで助力してくれている以上、警備員としても彼を殺すわけにはいかないのだ。 そんなことをすれば、治安組織の体裁が完全に崩れてしまう。恩を仇で返すのと同義だ。故に、彼が反撃して来た場合でも実弾使用は禁止であるという厳命を下している。 それに、彼の光学系能力を遮る手段も持ち合わせている。状況が逼迫すれば、それを用いて界刺を無力化・確保に動くこと―ほぼ決定事項―も選択肢の1つに組み入れられている。 ここに176支部や159支部が加わるのだ。実力も員数も、現状ではこれが最善の選択である。 「(でも・・・“とてもじゃ無い”けど抑え切れるとは思えない)」 葉原は、自分でも驚く程冷徹に思考を行っている。今回の介入は、下手をすれば界刺と殺人鬼、そして新“手駒達”を同時に相手取るようなモノだ。 そして、こちらは新“手駒達”に気絶以上の攻撃・・・すなわち重傷を負わせることはできない。これに関しては、空砲や湖后腹の力があればまだ何とかなるかもしれない。 しかし、界刺と殺人鬼はそうはいかない。界刺は、こういう事態になることも予測していた筈だ。だから、自分に風紀委員の戦闘データを要求した筈だ。 ならば、警備員への対策とて怠っているわけが無い。風紀委員会に警備員が含まれているのは、とっくの昔にわかっていたことだ。 殺人鬼に関しては、実際に彼の『暇潰し』における実力をその瞳に映している。殺し屋が、そう簡単にくたばるとは到底思えない。 「(『陽(たいよう)』の光は時に疎まれることもある・・・か)」 眩し過ぎる光は、時として疎まれる要因になる。この意味を、葉原は心底実感していた。“英雄(ヒーロー)”の哀しさも同時に感じることで、抱く切なさはどこまでも広がって行く。 彼の手を血で汚させないために、殺人という罪を背負わせないために鎮圧する行為は、結局の所裏切りと同義である。 幾ら言葉を取り繕った所で、自分達や新“手駒達”の命を危うくする強大な“英雄”を疎ましく思う心が風紀委員会に全く存在しないなんてことも有り得ない。自分もその1人だった。 だからこそ、椎倉や橙山の議論―界刺への裏切りに込められた心意―を耳にしていた少女は自分達の想い―抱える悪意を超える善意の意志―が少しでも“英雄”に届くことを祈る。 決して、平和を享受する人間から棄てられはしないことを。“一般人”も“英雄”を救おうと必死になっていることを。 「(・・・緋花ちゃん)」 ここには居ない親友の名を呼ぶ。今も“ヒーロー”を目指し続けているのは、戦線復帰したことからも明らかである。 焔火は諦めていない。 “ヒーロー”になることを。自分の身に降り掛かった様々な苦難を経た今でも・・・決して。 『緋花ちゃんが目指す在り方を、私はこの目で見たいの!私も、緋花ちゃんが目指そうとする在り方は正しいと思ってるから!!』 「(・・・あの頃の私は、本当の意味で理解していなかったんだ。正しい・正しくない関係無く、“ヒーロー”は安易に『憧れて』いいモノじゃ無い。 その無邪気な『憧れ』が“ヒーロー”を苦しめる要因になる。“ヒーロー”という存在は、皆の想いを背負わされる。だから・・・覚悟が要る。とても重い覚悟が)」 殺人鬼との邂逅直前に焔火に伝えた言葉を振り返る葉原。あの時は完全に理解していなかった。安易に考えていた感は否めない。 界刺が当時の焔火を認めていなかったのは、“ヒーロー”になること・・・否・・・『なり続ける』ことが並大抵の覚悟では務まらないことを知っていたからかもしれない。 “ヒーロー”は戦渦に誘われる。平和の受容から遠ざかる。今の焔火ならそれなりの覚悟を持ち得ているかもしれない。でも・・・ 「(・・・“線引き”はしないといけない。ずっと“ヒーロー”になっているのはマズイ。この件がどうにか終わったら・・・緋花ちゃんと話そう。真正面から。 親友として。・・・・・・風紀委員としてじゃ『無くなっている』かもしれないけど)」 葉原は、親友のために色んなことをして来た。それが、風紀委員を裏切ることに繋がっていても。故に・・・ケジメを着ける。 この事件の結果を鑑みて・・・全てが終わってからもう一度考えて進退を決める。裏切り者・・・葉原ゆかりのケジメ・・・『風紀委員を辞めるかどうか』の決断を。 「不動!!どんな感じになってるの!?」 「南部と西部の駆動鎧部隊が界刺達の居る南西部へ向かっている。あの様子だと、南部の駆動鎧部隊が一番乗りだ!!」 本拠地上空を飛行している『シンボル』の不動・仮屋組は、銃器を持つ『ブラックウィザード』の構成員を片っ端から叩き潰していた最中に網枷の宣言を聞いた。 その宣言の意味・・・新“手駒達”が玉砕前提で南西部の死闘に首を突っ込むこと及び風紀委員会がそれを阻止するために動くことを数十秒で理解した。 今は、不動のだて眼鏡を“暗視 遠視モード”に切り替え戦場内の動きを探っていたのだ。 「確か、新“手駒達”と思われる人達も動いてるんだよね!?」 「あぁ。この目で確認したからな。マズイ・・・色んな意味でマズイ・・・!!」 不動達は、これから起こり得る可能性の中にある最悪の可能性を脳裏に過ぎらせる。もし、その可能性で無くとも、このままでは多くの犠牲者・負傷者が出かねない。 「水楯も、おそらくこの宣言を聞いている筈だ。・・・仮屋!私達も南西部へ向かうぞ!!界刺や水楯を守るためにも!!」 「うん!!」 ここに至って、不動は界刺達が居る南西部へ急行することを決断する。新“手駒達”に、界刺達を襲撃させないためにも直行しなければならない。しかし・・・ 「ッッ!!?仮屋!!急降下しろ!!!」 「ッッッ!!!??」 “暗視 遠視モード”で“その”姿を確認した不動が、すぐさま急降下の指示を仮屋に出す。言われるままに仮屋が『念動飛翔』を操り急降下を開始した直後・・・ ドドドドドドドンンン!!! 超耐熱金属弾『摩擦弾頭』の嵐が、直前まで不動達が居た空間へ放たれる。不動が気付いてなければ、仮屋が『念動飛翔』を操作するのが少しでも遅れていたら・・・ 「あれは・・・!!!」 「『六枚羽』・・・!!!」 不動と仮屋が瞳に映したのは、左右三対の『羽』を供えた無人攻撃ヘリ・・・『六枚羽』。 『ブラックウィザード』の本拠地を掴んだ代償として未だ健在な凶悪兵器が、不動達を『敵』と認識する。 「くそっ・・・こんな時に!!」 「こうなったら、一刻も早く『六枚羽』を叩き潰さないと!!もし、あの無人ヘリが界刺クン達の所へ向かったら・・・」 「・・・新“手駒達”は切り捨てられたも同然だ!!連中を巻き込んで銃撃やミサイルを叩き込んでもおかしくは無い・・・か!!」 最悪の可能性の更に上をいく可能性が、目の前の無人ヘリにはある。この無人ヘリを叩くことは、本来自分達に与えられていた役目でもある。 死と隣り合わせの空中戦。様々な感情を抱く人間と柔軟性を排した最適化が為されている兵器の戦闘が今、その幕を開ける。 不動真刺 仮屋冥滋VS『六枚羽』 Ready? 「形製さん・・・いいのか?」 「・・・うん。あたしは界刺を信じているから。あいつも、こういう事態になることは予測していたと思うし。傍には水楯さんも居るしね。 それと、さっきの宣言は『赤外子機』の録音機能でバッチリ保存したから。これは、界刺の正当防衛を証明できる大きな可能性の1つになる」 施設内西部で動いているのは鏡子救出に向かった風路と形製である。少女が先程の宣言を耳に装着している通信機で録音した事実を傍らの少年へ伝える。 何故2人が西部に居るかというと、『光学装飾』で鏡子が西部方面へ向かったことがわかっていたからだ。 「春咲さんとサニーは自分達が動かないことを条件に勇路さんの足止めと、もしも界刺が重傷を負った時の治療を約束させることに成功した。 不動さんと仮屋さんは、『六枚羽』との戦闘についさっき入った。『ブラックウィザード』に『六枚羽』が渡っている事実を隠したい学園都市の『上』から圧力が掛かっていて、 警備員も航空戦力を投入できない以上不動さんと仮屋さんには頑張って貰わないと。あぁ、早く“花盛の宙姫”が復帰しないかな・・・?」 「灰土さんの車に乗っている連中は何て?」 「林檎に確認したけど、戦闘の轟音で網枷の宣言は聞こえてなかったみたい。寒村先輩に後方から入った通信で初めて知ったって。 それにしても、『ブラックウィザード』のリーダーは一体何を考えているのかな?あたしだったら、こんなリスクが大き過ぎる真似なんか絶対採用しないけど。 この采配だと、『ブラックウィザード』そものもが瓦解しかねない。絶対に幹部連中から反対されているだろうし。そもそも自分の身を危うくする・・・」 「自信満々だな。まるで、昔で言う軍師みたいだぜ」 「これでも、その手の書物を集めるのが趣味の1つなんだ。色々教えてあげようか?」 「い、いや・・・遠慮しとく」 形製は、軍略的思考に関するうんちく語りが大好きである。ファッションとは別の趣味なのだが、歴史上の偉人が描かれている書物を買い漁り、その情報を語るのが大好きなのだ。 彼女が『シンボル』に加入して以降、他メンバーは形製の無駄に長いうんちくに辟易した。なので、不動が直々に要請・手控えるよう指示を出したため形製は余り語らなくなった。 だが、全く語らなくなったわけでは無い。むしろ、語りたくて語りたくて日頃からウズウズしている。 そんなウズウズ感を“わざと”出しているのは、彼女もまた相当な緊張状態にいるからである。 「そう。・・・とにもかくにも早く鏡子を見付け出さないと」 「あぁ。・・・にしても、全然『ブラックウィザード』の構成員とか“手駒達”に鉢合わせしないのはどういうことだろうな?」 「攻勢は東部からが中心だしね。そっちに戦力を割いているから、こっちは手薄なんだよ。とは言っても、そろそろこっちにも現れる頃合いだね」 「・・・逃げるためにか?」 「うん。斥候なりなんなり出してくると思う。そこが狙い。風路。ちゃんと、界刺の言う通りあたしを守ってよ?」 「おぉ!!絶対に守るぜ!!」 形製の軽口に、同じく緊張状態にある風路も威勢良く応える。激流の如く翻弄される戦場の中で、少年少女は自分達の為すべきことに全神経を集中して行く。 「・・・というわけだ!!湖后腹!!私とお前は、何としてでも南西部へ向かう必要がある!!いいな!!?」 「りょ、了解っす!!」 「冠!!一厘と鉄枷を頼む!!」 「わかった!!」 破輩の命令に湖后腹が頷き、彼女の依頼に同じリーダーを務める冠は了承する。彼女達は、破輩の指示で戦線を一時的に離脱していた。 施設内東部における風紀委員会と『ブラックウィザード』の激闘自体は、現状では風紀委員会側が有利に傾きつつある。 しかし、159支部リーダー破輩と湖后腹が離脱するために再び拮抗状態に戻る可能性が大きかった。 どうやら、旧型駆動鎧はこの東部戦線に全て(or大半を)投入しているようで、駆動鎧部隊をもってしても数が中々減少しないのだ。 「破輩先輩!!ぶっちゃけここは俺達で何とかするんで、心配せずに向かって下さい!!」 「破輩先輩!!・・・その・・・あの・・・」 「わかってるよ、リンリン。“気を付ける”。だから、ここは任せるぞ?」 「・・・わかりました!!お気を付けて!!」 鉄枷の激励を有難く受け取る破輩は、“色んな意味”で心配そうな表情を浮かべる一厘を気に掛ける。その気遣いを受け取った一厘は、一転毅然とした態度でリーダーを送り出す。 能力者次第では、駆動鎧も万全とは言えない。そのために、ここには能力者が数人残る必要があった。この東部戦線の勝敗は、他部隊の動向に大きく影響する故に。 「よしっ!!それじゃ行くぞ、湖后腹!!」 「はい!!」 湖后腹に声を掛ける破輩は、『疾風旋風』でもって飛翔準備に入る・・・その瞬間に“ソレ”は飛来した。気付いたのは、偶々視線をそちら―3階建ての建物の屋上―へ向けていた一厘のみ。 ビュン!!! 「ッッ!!!」 “ソレ”・・・コンクリでできたブロックを『物質操作』で止めようとする一厘。しかし、ブロックは念動力を纏っているらしく、馬力不足の『物質操作』では即座に止められない。 結果的にブロックは止まったが、一厘の体から僅か30cm離れた位置まで突っ込まれた。瞬間的に、一厘はこの能力―『加速弾丸』―を保持する人間に見当を付ける。 「破輩先輩!!急いで下さい!!西島放手があっちの方向に居る可能性が大です!!」 固地を尾行していた戸隠に話し掛け、朱花達を連れ去った大型トラックに乗っていた西島の情報は風紀委員会全員の頭に叩き込まれている。 「スマン、一厘!!湖后腹!!」 「うおっ!!?」 西島の存在に破輩は、『ブラックウィザード』が自分達の足止めを図ろうとしていると考え、即座に離脱することを決断する。 風を操作する『疾風旋風』によって背中に9つの竜巻を生み出し、足下にも強い気流を発生させた後に湖后腹を抱きかかえ飛び立って行った。 銃撃の懸念から飛翔し続けることは不可能だが、南西部へ向かうに当って大幅なショートカットを実現できる。 「よしっ!破輩先輩と湖后腹君は行ったね!!」 「あぁ!!こっからは、俺達の問題だぜ!!」 「西島が居るということは・・・・・・」 破輩と湖后腹を見送った一厘・鉄枷・冠は、西島の存在からこの戦場に居る他の構成員を警戒する。 無論、西島と行動を共にしていた者達の情報も同じようにインプットしてある。その可能性に思考を向けた冠と鉄枷が、後方から聞こえた“足音”に反応する。 ガキン!! 距離的に一番近かった鉄枷が、手に持つ警棒によって逆手に握られた非金属製の短剣を防ぐ。 「ぁはぁ、あはははぁぁは、んぁぁあはぁあぁはぁ」 「(何だ、コイツ!?気色悪ぃー!!)」 耳、鼻、眉毛等顔中をピアスで飾っている金髪―風間鋲矢―は摂取した薬の影響もあって盛大に気色悪い声を漏らし続ける。 「いいぜ・・・いいぜえええぇぇ・・・その反応・・・・・・気に入ったあああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」 「クッ!!?」 空いているもう片方の手をポケットに突っ込み、そこから非金属製のサバイバルナイフを取り出した風間はハイテンションのままに刃物を振るう。 その無茶苦茶さ加減に体術に秀でている鉄枷も面食らう。面食らうが、体は冷静に風間の攻撃を警棒でもって受け流す。 「鉄枷!!」 近くに居た冠が鉄枷の応援へ向かおうとする・・・が!! ズン!!! 物陰に潜んでいた―気配を全く悟らせなかった―黒い手袋とマスクを身に付けた少年が、耐熱仕様のセラミック製クナイを冠の脇腹へ突き刺そうとする。 「!!?」 反応が遅れた冠はクナイをまともに脇腹に喰らう。だが、彼女の体には届かない。着用している特注のライダースーツは防刃性能も併せ持つ万能品である。 「『突き刺せず』。成程・・・確かに厄介。情報通り、グローブとブーツもスーツと同じ仕様だろうな」 「お前は・・・!!」 成果が全く無かった現実をさして気にも留めていない黒装束の少年―戸隠禊―に、冠は敵意の視線を送る。 戸隠が何故スーツ等に覆われていない冠の首以上を狙わなかったのかと言えば、反射神経的に腕を交差することで防御することがわかっていたから。そして・・・それ以上に・・・ 「『迷わず』。俺は俺の為すべきことをするだけだ。冠要。貴様は俺の手によって地に伏す。この運命に何の変更も無い」 「・・・面白い。やれるものならやってみろ!!」 あからさまな挑発を行う戸隠に心をクールにしながらも、戦意を掻き立てられた冠は『炎熱装甲』を発動する。 そんな彼女を尻目に、戸隠はポケットから至極普通のライターを取り出す。マスクをしている以上、煙草を吸うわけでも無いだろう。 よって、あのライターに何か仕組まれている可能性を考えた冠の視線がライターに逸れた瞬間、 ボフッ!! 仕組まれていた高圧ガスによってライターから噴出した麻酔銃が、目にも止まらぬ速さで近距離という間合いに居た冠の首目掛けて放たれた。 皮膚に当たれば卒倒する効果がある銃弾は、体表温度が500度まで上がる『炎熱装甲』の上からでも効果を及ぼせる。不意打ちに近い攻撃に冠の反応は遅れる・・・ ピタッ!! が、一厘の『物質操作』で銃弾が冠の首へ直撃することは無かった。半径30m内にある固体に念動力を掛けられる『物質操作』で警戒していたのが功を奏した形だ。 銃弾の存在を遅れて認知した冠はすぐに動き、戸隠への警戒を最大限に強めながら仲間の手助けに感謝の言葉を放つ。 「一厘!!ありがとう!!」 「どういたしまして!!にしても・・・この距離じゃ西島の独擅場ね!!何とか近付かないと・・・!!」 鉄枷と冠から少し離れた場所で、西島の『加速弾丸』を防ぎ続けている一厘が冠の言葉に応える。彼女の目下の役割は、飛来して来る物体を押し留めることであった。 西島の能力では、一度に射出できる固体は1個である。しかし、次弾射出までのタイムラグは余り無い。 もし、能力を上昇させる薬物を摂取すれば『物質操作』でも飛来して来る物体を止められる保障は無い。 「カカカ。やるなぁ、あの常盤台生。・・・一回ぶっ潰してみたかったんだよなぁ。箱入りお嬢様の甘々な理想像ってヤツをよぉ・・・!!!」 対して、3階建ての建物の屋上から一厘を攻撃し続けている西島は彼女が常盤台に通うお嬢様であることに邪な感情を抱く。自身が抱く悲惨な過去は、未だ彼の心を縛っている。 『ブラックウィザード』に加入して戦闘に明け暮れる中、現れた夢見がちなお嬢様。花盛学園以上とも謳われる名門常盤台中学に通う風紀委員・・・一厘鈴音。 西島放手が、風紀委員会に参加しているメンバーの中で一番腹を立てている人間。勝手に且つ筋違いな苛立ちを抱いている彼の前に、偶然にも彼女は現れた。 この世が甘く優しいモノと考えていそうな箱入りお嬢様が、風紀委員として自分達を罰しようとしている。・・・ムカついた。心の底からムカついた。だから・・・潰す。徹底的に。 「一厘鈴音・・・。テメェの甘ったるい理想を、俺の『加速弾丸』で粉々にしてやるよ・・・!!!」 一厘鈴音 鉄枷束縛 冠要VS西島放手 風間鋲矢 戸隠禊 Ready? 「新“手駒達”と思われる生徒達を確認!!数67!!距離250!!」 「よしっ!殺人鬼達と接触前に何としてでも食い止める!!全員が能力者、しかも薬で強化されている可能性大だ。 抵抗が激しいようなら空砲使用の許可も下りている!!各自気を引き締めてかかれ!!」 「「「「「了解!!!」」」」」 施設内南西部に人型の機械群が雪崩れ込む。警備員で構成された駆動鎧部隊、この本拠地を包囲するように行動していた一角である南部侵攻部隊である。 彼等は、風紀委員会における警備員全体を指揮する橙山の緊急指示を受けてここへ来た。主目的は、新“手駒達”を無力化・救助することである。 そのための障害として、以前より警戒に当たっていた殺人鬼との戦闘(殺害許可も下りている)と『シンボル』のリーダー界刺得世の鎮圧・確保も最終手段として許可されている。 「界刺得世の能力と思われるドーム方面への警戒も怠るな!!新“手駒達”の確保の邪魔になるようなら、彼の鎮圧も選択肢の1つとして採る。 奴は、1年以上前に成瀬台で当時の警備員が取り押さえられなかった程の猛者だ。但し、実弾は厳禁だ!!新“手駒達”と同じく空砲と暴徒鎮圧用のスモークで無力化を図る!! 」 南部侵攻部隊の指揮を取る部隊長は、風紀委員会に多大な貢献を果たしている『シンボル』のリーダーへの対処を改めて徹底する。 警備員として、危険極まる殺人鬼を一般人(と呼べるかどうかは異論はあるが)の、しかも学生に任せたことに対してここに居る者達は全員歯痒く思っていた。 子供を守るのは大人の役目である。如何に界刺が強大な能力者と言えども、子供であることには違いない。 暴力的な手段は好ましく無いが、それで彼を危険から遠ざける―新“手駒達”に手を出させないことも一緒に―ことが叶えばそれに越したことは無い。 これは、本来は治安組織足る自分達の役目だ。殺人鬼への対処も自分達が行う。正義の遂行者として。 「最後に。この付近を漂う『極小の蜘蛛糸』にも細心の注意を払え!!159支部の風紀委員一厘鈴音の推測が正し・・・」 部隊長が最後の念押しとして、駆動鎧のセンサーが捉えている『極小の蜘蛛糸』―振り払いながら走行している―について注意喚起を行おうと言葉を口に出しかけた・・・ ズオオオォォッ!!! 途中で“ソレ”は凄まじい速度で突入して来た。 「なっ!!!??」 「うわっ!!!??」 部隊の先頭を走っていた駆動鎧目掛けて、距離が離れているドームから糸の奔流が殺到した。センサーにより感知した駆動鎧は咄嗟に回避行動を取ったものの初動が遅れた。 もとより、あのドーム内は可視光・赤外線共に界刺によって歪められているため駆動鎧のセンサー群では電波を用いたモノくらいでしか内部の動向を確認することができない。 そして、電波では可視光・赤外線センサーより分解能はどうしても劣ってしまう。詳細な動き―初動に潜められた繊細な挙動―を識別できないのだ。 しかも、回避先を読むかのように奔流は正確に駆動鎧を追尾し、抜群の機動性を誇る駆動鎧が何機も飲み込まれる。 「糸を撃ち抜け!!!」 「了解!!!」 先頭付近の駆動鎧が奔流に飲み込まれる。危機感を抱いた部隊長の命令で、部下が即座に対隔壁用ショットガンを糸の奔流に向けようとする。しかし・・・ ギチギチギチ!!! 銃身が上がらない。否、“上げられない”ように白の渦巻きが銃身を包み、糸が地面へその触手を伸ばした後に楔として打ち込まれる。 駆動鎧の出力をもってしても持ち上げることが叶わない糸の枷。他の駆動鎧も銃身や腕を抑えられている状態に陥っている。 「(これが、一厘鈴音が言っていた殺人鬼の秘密か!!)」 部隊長の脳裏に聞こえるのは、実際に殺人鬼の能力に触れた159支部風紀委員一厘鈴音の報告を受けた橙山が喚起した声。 『あの殺人鬼は、蜘蛛糸を念動力で作成してるっしょ!でも、奴の能力にも弱点はある。その最たるモノ・・・奴は材料となるアミノ酸が無ければ糸を大きくすることはできない。 そのために、奴は自分の体から「切り離した」糸を大きくする時は自分の体もしくは自分の体と繋がっている糸を接触させる必要がある!! もしかしたら、操作の利便性にも大きく影響しているかもしれない。繋げている状態は、繋げていない状態に比べて操作の複雑性や強度が増したりとか』 閨秀を撃墜される直前、一厘は精密さに優れる『物質操作』によって空中へ『切り離していた』極小の蜘蛛糸に殺人鬼が繭から伸ばした糸を繋げた瞬間を感知している。 その直後、漂っていた極小の蜘蛛糸は大きな槍に変貌した。これ等のこと、そして体内のアミノ酸を用いて蜘蛛糸が作成されていると予想されていることを鑑みて、 一厘は橙山や椎倉達に糸を大きくする時は、殺人鬼自身or殺人鬼の体から噴出している糸と接触している必要がある可能性が大だと報告した。 一厘の推測の妥当性は椎倉や橙山も頷いている。故に、すぐに風紀委員会全員にこの推測が伝達されている。 「(銃身に付着していた極小の蜘蛛糸にあの奔流から伸びた極小の糸を繋げ、操作しているのか!!)」 あのドームを中心に結構な範囲に極小の蜘蛛糸が無数ばら撒かれていた。駆動鎧部隊も振り払いながら走行していたのだが、粘着物質を帯びた糸は完全には取り払えない。 空砲で吹き飛ばすという手段も、新“手駒達”にこちらの位置が完全にバレてしまうことへの懸念から決断することができなかった。 グン!!! その隙に奔流が動く。駆動鎧を巻き込んだ糸が逆流し、幾何学模様が浮かぶドームに引き摺り込まれて行く。 「隊長おおおおぉぉぉっっ!!!」 「う、うわああああぁぁぁぁっっ!!!」 「何だ、この空・・・・・・ぎゃああああぁぁぁっっ!!!」 通信機越しに聞こえて来る部下の断末魔。そして・・・ ドカーン!!!ドゴーン!!! 戦場に木霊する爆発音。駆動鎧を動かす燃料によるモノだろう。生命反応も途絶えた。それは、仲間の死を明確に告げる非情な轟音と消音であった。 「・・・・・・!!!」 「た、隊長!!新“手駒達”があのドームへ更に接近しています!!」 「ハッ!!くっ・・・。本部と西部侵攻部隊の隊長に伝達!!殺人鬼の攻勢により、駆動鎧部隊に死亡者発生!!これより、殺人鬼の殺害を前提とした行動を起こされたしとな!!」 「りょ、了解!!」 『呆気無い』と形容していい程数十秒で死んだ部下の惨状に数瞬呆然としていた部隊長を、別の部下が新“手駒達”の接近という事実で奮い立たせる。 あの殺人鬼には、駆動鎧でさえ命の保障は無い。そこに新“手駒達”が襲撃すればどうなるか。最大級の危機感が部隊長の全身を走り、的確な指示を出した後に疾走する。 まるで、死ぬことが決まっている死地へ飛び込むような何とも言いようが無い感覚を伴いながら。 「・・・この程度か」 【閃苛絢爛の鏡界】内に佇む殺人鬼ウェインは、先程始末した駆動鎧数機に対して落胆の感想を述べる。 数千トンもの超重量を容易に吊り上げる強度を誇る3cmの蜘蛛糸+念動力を用いた攻勢は、強大な装甲を誇る駆動鎧さえ駆逐する。 「・・・やっぱ、持って来てたか。こりゃ、俺対策も考えた上での装備だな。まぁ、新“手駒達”に対しても有効だが」 他方、“閃光の英雄”界刺はウェインが破壊した駆動鎧が装備していた缶ジュースのような容器を掴み上げ、自身の推測が正しかったことを実感する。 情報販売から手に入れた最近の警備員の装備・・・それに符号する1つがこの容器なのだ。地に伏している警備員の亡骸の傍で確認作業を行う界刺にウェインが声を向ける。 「・・・で?“お色直し”は終わったのか?」 「あぁ。ようやっと。ハハッ、“お色直し”って言葉は適切じゃ無ぇけどよ。さすがに、この乱れた服装のまんまテメェと戦り合うってのはちょっとな~」 「・・・つくづく不可思議な奴だ。以前も、そうやって己の命より服装のことへ気を向けていたな」 ウェインの呆れ声に界刺は快活な笑い声を交えながら返答する。現在は一時休戦中なのだ。申し出たのはもちろん界刺である。 『奇遇だな!!俺も同じ気分だよ!!!・・・・・・あっ!!ちょっとタンマ!!“お色直し”したくなったから、ちょっとの間休戦な!!』 『はっ?“お色直し”?』 死闘の最中だというのに意味不明な言葉を吐く界刺に意表を突かれるウェイン。その後の説明で、死闘でボロボロになった上に乱れた服装を直したいということであった。 一時休戦の証として、ウェインが目を開ける状態にした。その旨を伝えて速攻“お色直し”を始めた界刺に、ウェインは興を削がれた面持ちとなった。 最初に出会った時も、殺し合いの最中に焦げた制服の新調云々を自分の前で愚痴っていた碧髪の男の変わらぬ姿に溜息しか漏れ出なかった。 「まぁな。俺はファッションに妥協しないし。しっかしまぁ、本当にウゼェよな。新“手駒達”も近くに迫って来ているし、警備員共もこっちに近付いている。 どうせ、風紀委員も来るんだろうなぁ・・・。いっそのこと、纏めてブッ潰すか?どう思うよ?」 「その意見には同意する。邪魔する者達をさっさと始末したいのは俺も同じだ」 軽口を交わす界刺とウェイン。この間に界刺は『閃光大剣』を解除し、冷却ジェルにて膨大な熱を冷まさせている。できるだけ長く使用できるように。 故に、先程のウェインの攻勢―駆動鎧への―を止めることはしなかった。できなかったとも言えるが、判断として界刺は警備員を切り捨てた。 自分を最優先にさせなくするモノは切り捨てる。この殺人鬼を相手にしている以上、他者に気を向ける余裕は殆ど無い。 対するウェインも、糸で感知する【閃苛絢爛の鏡界】外の動きの把握に努めていた。その延長線上が、駆動鎧の破壊―警備員の殺害―である。 無関係の人間は『無闇』に殺さない。ようは、無関係の人間を絶対に殺さないというわけでは無い。結局は、ウェインの気分次第なのかもしれない。 「だが、いいのか?風紀委員や警備員を敵に回すことと同じだぞ?」 「テメェに心配されるようなこっちゃ無ぇよ。つーか、テメェの方こそいいのかよ?このままだと、『ブラックウィザード』の上層部は揃いも揃ってトンズラこくかもよ?」 「・・・然程懸念はしていないが、可能性としては否定できるものでは無いな。さっさと、貴様との勝負を終わらせて仕事に戻るとしよう」 声色が変わる。雰囲気が一変する。【鏡界】内に再び両者が醸し出す殺気が溢れ始める。 界刺が『閃光大剣』の準備を始め、ウェインはアミノ酸等を補給するために―界刺から見えないように―【獅骸紘虐】の内側で糸を器用に使ってサプリメントを摂取する。 「・・・そのためにも、ここへ向かって来る弱者共が邪魔だな。黙々と『ブラックウィザード』を追い詰めていればいいものを。 巣の主に刃向かうのであれば即刻抹殺してくれよう。貴様との勝負は、弱者共の介入で左右されたくは無いからな」 「・・・だったら、こういうのはどうよ?・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 “英雄”と“怪物”が、この勝負を邪魔する要素になり得る存在達に対する対処方法を話し合う。 この提案は“英雄”にとって千載一遇のチャンスであり、賭けでもあり、何としてでも“怪物”に呑ませたい代物であった。 「・・・・・・ククッ。その条件を俺に呑めと?そもそも、敵である貴様の提案を呑まなければならない理由は俺には無いが?」 「別にいいじゃねーか。テメェの主義には反しないだろ?そもそも、俺はテメェの仕事とは『無関係』の人間だ。厳密に言えば、今回の件において俺はテメェの敵でも標的じゃ無いし。 もっと言えば、風紀委員も警備員も新“手駒達”も『無関係』って言えるぜ?“障害物”の排除に手を抜く必要は無ぇが、どうせやるならもっと効率的に動いたらどうだ?」 「無理矢理な解釈だな。俺を殺そうとしている貴様が言えた台詞では無いのは確かだが?」 「ハハハッッ!確かにそうだ。だがよ、俺の提案はテメェにとっても損ばかりじゃ無ぇ筈だぜ?別に何が何でも殺すなって言ってるわけじゃ無ぇだろ?ハハッ!」 冷酷に嗤う“戦鬼”の提案にウェインはしばし沈黙する。提案の内容には確かに頷ける部分はあった。少なくとも、ウェイン自身の主義に反することでは無い。 むしろ、本来の仕事へ復帰するための早道になる可能性も高い。“続出”させれば、それだけこちらへ介入する流れを削ぐことにも繋がる。 「・・・・・・いいだろう。今回は俺にも利があるしな。貴様が生きている限り考慮はしてやろう。 皆殺しの結果、却って収拾が着かなくなって長期化する恐れは俺としても避けたい所だ。連中にもみすぼらしいメンツはあるだろうしな」 「あんがとよ、ウェイン」 「礼を言われる筋合いは無い。貴様が死んだ時点で提案は効果を失くす。・・・貴様は俺の手で殺す」 「へいへい」 「・・・大変だな、貴様も。弱者の面倒を見ながらというのは、些か以上にしんどいだろう?」 界刺の提案を受諾したウェインは。その提案の真意から“英雄”の気苦労を察する。強者と認める者が、弱者の都合で振り回されている。 自身も、仕事で無ければ弱者の都合など全て蹴散らしている。だからなのか、目の前に居る強者の考えをつい知りたくなった。 先の提案を自分が呑んだ理由も、実はそこにあるのかもしれないとふと思った。互いの性質が、何処か似通っているのも関係しているのかもしれないが。 「弱者かどうかは知らねぇが・・・しんどいっつーか、クソ重ぇよ。やっぱ、“ヒーロー”ってのはメンドクセェ。それを再認識しただけでも結構な収穫だ。 プレッシャーもすげぇし、俺以外の人間の生死も必要以上に気を掛けなきゃいけねぇし。俺って、ここまで人の死にビクビクするようなタチじゃ無いんだけどなぁ~」 「ならば、何故“ヒーロー”を辞めない?義務も義理も無い余計な他者(モノ)を背負って何になる?貴様が吠えた大事なモノ以外の存在など唯の重荷だろう?」 「大事なモノだろうが重荷だろうが何だろうが、今回は可能な限り背負おうって決めてんだよ。まぁ、切り捨てる時は優先順位に照らし合わせた上で躊躇無く切り捨てるけどな。 例えば、俺は今テメェが殺した警備員を切り捨てた。正しくは『自分が殺されるからできなかった』だけど、結局は切り捨てたも同じだ。 戦場に足を踏み入れている以上死んだ奴等も覚悟の上だろうし、自業自得だし。俺は俺で自分を最優先にした結果だし、明確な俺の非が発生するわけでも無ぇし、 別に後悔も無いけどよ。“俺が”背負おうと思った分、ズシンと心に来るモンはあるな。勝手に背負ったモンを勝手に切り捨てた俺の独り善がり的な行為も同然だから、 あんま偉そうに言えないのはわかってるけど。ハァ・・・普段ならここまで感傷的にはならねぇな」 「ほぅ・・・。切り捨てる決断に『後悔は無い』と来たか。俺からすればどうでもいいことだが・・・仮にも“ヒーロー”なのだろう?“ヒーロー”がそんな決断をしていいのか?」 「俺は俺だ。界刺得世だ。誰かさん曰くの『界刺さん』だ。それ以上でもそれ以下でも無い。それは“ヒーロー”であっても変わらねぇ。だから、今の俺がここに居る。 だからこそ、その時の俺が『そうする』と決めたことを後悔はしねぇ。それは“ヒーロー”である時も変わらねぇ。反省はしょっちゅうするけどな。 『切り捨てる』という判断も『どうでもいい』という判断も『関係無い』という判断も『手を貸す』という判断も『助ける』という判断も、一度下した以上後悔は無ぇ。 そんな俺なりに、今回は色々背負ってんだよ。できる限り背負ってここに立ってんだよ。ブッ殺したいくらいにムカついてても、俺はなるたけその衝動を抑えなきゃいけねぇ。 テメェと同じ気分でも、俺は可能な限り放り出すわけにはいかねぇ。自分を最優先にした上で、その背負った先に見えるモンを見たくて・・・俺はここに居んだよ。 そのために、たとえ背負ったモンの一部を俺の意志で切り捨てたとしても、最優先に置く『俺』は絶対に生きなくちゃなんねぇ。理解したかよ・・・ウェイン・メディスン?」 “閃光の英雄”として、『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として界刺得世はここへ来た。昔の自分と今の自分の違いを見極めたくてここへ来た。 かつては、己のことだけを考えて動いていた自分。あの頃と比べて自分は本当に変わったのか・・・それを確かめに来た。偽者の“ヒーロー”では無く、本物の“ヒーローとして。 『背負わされても』自分から『背負わなかった』偽者の“ヒーロー”では無く、色んなモノを『背負い』、そして『背負わされる』本物の“ヒーロー”として界刺得世は立つ。 人間何時かは死ぬ。ならば、その何時かくらいは自分で決められる程度には足掻いてやる。 背負って、足掻いて、その先にあるモノを見極めてやる。この真理を見通す瞳で。 そのためにも・・・可能な限り新“手駒達”をウェインに殺させるわけにはいかない。全ては自分のために。そして・・・必ず生き残る。戦場から帰還してみせる。 故に、自分を最優先で無くすモノは容赦無く切り捨てる。それが、己が意志で『背負う』モノであったとしても。 言い換えれば、“英雄”が最優先に居る限り今の彼は可能な限り他者のことも考えた上での行動を採る。そのための“線引き”を行い、優先順位を設定し、それに基づいて行動する。 その行動が、本当に他者にとって全て都合の良いことに繋がるかどうかはその時次第・当人次第ではあるが、そこまで考えるつもりは無い。 世界の愚痴(プレゼント)をどう受け取るか、最終的には―誰であっても―『自分』に帰結するのだから。 「・・・ククッ。ならば、すぐに見せてやろう。界刺得世。貴様に訪れる『死』という名の運命を!!!」 揺るがぬ“英雄”の言葉を受けて“怪物”は更なる戦闘意欲を駆り立てられる。ここまで自身と渡り合って来た強者を心底認めるかのように、 【獅骸紘虐】の“領域”に含まれる己が能力のもう1つの“真価”を発揮する。本質が念動力系能力者である彼が肉体系能力者に分類される“真の価値”を。 「(【精製蜘蛛 プロテインドープ 】・・・チロシン及びセリン放出開始。カテコールアミン濃度をレベル3まで上昇。グリシン操作レベル2にて適切に抑制しつつ、 セリン放出にて新陳代謝をレベル4まで上昇。次いで、縫合箇所にフィブロインを集中させ治癒活動を強化。 加えて、身体各所に貯蔵していた酸素吸収済みヘモグロビンを部分的解放。再生途上の細胞活動を促進)」 蜘蛛糸の原料であるアミノ酸の1つチロシンを操作、摂取したサプリメントや凝縮貯蔵していた分も用いることで神経伝達物質であるカテコールアミンを増加させる。 血液供給量や筋肉の素早さ、痛覚抑制や認識作用等を上昇させる神経伝達物質を抑制性神経伝達物質であるグリシンにより調節しつつ、 新陳代謝で重要な役割を持つセリンの増加によって新陳代謝を活性化させる。同時にフィブロインそのものを傷口へ集中させることで治癒速度を上昇させつつ、 本来骨髄から放出されるタンパク質ヘモグロビン(=赤血球の『ようなモノ』。今回は酸素吸収済み。赤血球はヘモグロビンとヘモグロビンを運搬する『膜』にて構成されており、 『膜』代わりとして念動力を使用している)を、血流を阻害しないように血管各所へ繊細に調整作成された念動力製貯蔵部から再生途上の細胞へ供給し活動を促進させる。 原則として『蛋白靭帯』では蜘蛛糸しか作成することはできない。そう・・・『意図的』に作成することができるのは蜘蛛糸関連のみである。 しかし、『蛋白靭帯』の能力応用術として原料であるアミノ酸を念動力で操作することで、他物質との化合を『自然』に行えやすい“環境”を作り出すことは可能だ。 そして、アミノ酸(物質に含まれたアミノ酸含む)を念動力によって操作することで新陳代謝や神経伝達物質等の循環を促進し、運動・演算・回復能力等を強化(ドーピング)する。 『今』のウェインは無意識にでも覚醒・沈静等を行えることもあり、不測(=無理矢理)の意識障害勃発時における回復手段(=『通常』状態への回復)としてだけでは無く、 場合によっては精神系能力者への対抗策にもなり得る時もある。特に、思考に干渉する能力者に対し神経伝達物質や血中酸素濃度の操作によって思考操作に対抗する事が可能なのだ。 (上記からわかるように、ウェインが蜘蛛糸関連以外で操作可能なタンパク質もといアミノ酸は体内+分子レベルのモノに限る) 強化レベル次第では、糸を自身に繋いでいなくとも繋いでいる状態に並ぶ演算強度(=強度や操作における複雑性の上昇)を実現させることができる。 とは言っても、元々の繋いでいない糸の強度・操作力はレベル4相当である。そして、自身と糸を繋いでいる糸の強度・操作力はレベル4最上位である。 この自身に糸を繋いでいない利点から、【獅骸紘虐】で用いる『最硬』の糸を最高強化レベルで用いる場合に限って学園都市第三位の御坂美琴が放つ超電磁砲を防ぐことも可能。 (正確には、超電磁砲における砲弾が戦車で用いられる弾丸クラスなら終速マッハ6(速度的には学園都市製滑腔砲の砲口初速)程度までであれば直撃してもノーダメージで防御可能、 終速マッハ6程度を超える場合速度や砲弾の重量次第では逸らす動作を行うことで『最硬』の糸を削られながらも防御可能(逸らさなくても防御可能だがダメージ有り)だが、 絶対では無い。重量や速度次第では防ぐことも逸らすこともできずに突破される。ちなみに、上記の防御性能が【獅骸紘虐】の実態である) また、レベルを上げるごとにアミノ酸の消費量も増える点に留意して使用する必要がある。 「(・・・完了(コンプリート))」 だが、そんな試行錯誤などとうの昔に済ませてある。放出量・場所・時間等々データは全て“怪物”の頭に刻み込まれている。 他にも非金属製の拳銃に込める『特注』の銃弾として合成樹脂製弾頭を念動蜘蛛糸でコーティングした(=金属は用いられていない)【鋏角紘弾 ヤーンブリット 】を使用、 射程及び破壊力増大・自身に電流が届かない有効性の他に強大な念動力や磁力を操る能力者に対する『目標への確実な着弾』における有効な狙撃手段として用いたり、 蜘蛛糸を柄の内部に組み込んだ絶縁性及び耐熱性を有するセラミック製ナイフによって電気系及び火炎系能力者に対しても確実な刺突に繋げる等の手段も持ち合わせている。 これが、他に類を見ない特殊にも特殊な肉体系能力者・・・“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンの“真価 アウトレイジ ”。 『本物』とは、何時如何なる場合でも己が能力を十全に発揮できる『実行力』を備えている強者である。抱える弱点すら『実行力』によって弱点としない強き者である。 対して、“怪物”の迸る殺意が込められた言葉に抗うかのようにもう1人の『本物』は凛とした言葉を眼前の敵へ叩き付ける。 「ハハッ!!さてさて、それはどうだろうな。あのクソムカつく赤毛女が刻んだ『惑星の掟』ってオカルトが、そう簡単に運命(さだめ)を導いてくれるとはてんで思えねぇよ!!!」 それは、再開の合図。再び始まった死闘の先に訪れる未来を懸けて、“閃光の英雄”と“世界に選ばれし強大なる存在者”は全力を賭して己が存在意義を世界に示し続ける。 continue!!
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「仮屋!!下がるぞ!!」 「うん!!」 施設内南東部上空にて激戦を繰り広げているのは『シンボル』の不動と仮屋。そんな彼等の内『念動飛翔』による空気圧に包まれている搭乗者―不動―の指示を受け、 仮屋は咄嗟に搭乗者の前面へ空気圧を集中させる。そこに『拳闘空力』を伴う不動の突きが放たれた。 ボパアァッ!!! ドドドドドドドド!!! 何時もより強大な“噴射”を発生させた『拳闘空力』を、強大な制御力を有する『念動飛翔』で強化・拡散させることで無理矢理バックする2人。 直後彼等が辿る筈であったコースへ学園都市最新鋭無人攻撃ヘリが放った『摩擦弾頭』が幾発も通過する。 数瞬、2500度にも達する凶弾を何発も浴びた建物が爆発・崩壊して行く。その余波は、無理矢理後退したがために幾らかの反動を受けている2人にも及ぶ。 「ちぃっ!!」 「不動!!『六枚羽』が!!」 「わかっている!!」 反動で動きが鈍くなっている『念動飛翔』の隙をつくかのように『六枚羽』がミサイルを次々に放つ。 無論そのまま喰らうつもりは無い。それを証明するかのように、不動の連打によって発生した衝撃群が続々とミサイルへ衝突・撃破して行く。 「仮屋!!爆風を利用して地上運用型へ!!」 「うん!!」 撃破によって先程の余波とは比べ物にならない程の爆風が発生するが、それを見越した不動の意を汲んだ仮屋は身を包む―身を叩く―空気圧を調整し、 いち早く地上へ着陸する。刹那、地上運用型“どすこいモード”に切り替えた“仏様”は『念動飛翔』の深奥の一端を現出させる。 ビュン!!ビュン!! ドドドドドドドド!!! 『Hsシリーズ』故の抜群のバランス制御を誇る『六枚羽』は、己が放ったミサイル群の爆風を物ともせずに機銃を上方から撒き散らす。 しかし、『摩擦弾頭』は標的を撃ち抜くことができない。網枷が『書庫』で調べ上げた仮屋の『念動飛翔』には掲載されていない性能であったがために。 “どすこいモード”では、飛翔中は浮遊・推進・バランス等に空気圧の制御を割かなければならなかったために出来なかった運用手段が行使可能である。 その一端、地上においては飛翔速度(時速100km)以上の俊敏な行動を可能とする。『拳闘空力』とは違って動きは直線的になってしまいがちな弊害はあるものの、 身を叩く空気抵抗すら高次元での空気圧制御により負荷を軽減した上で高速移動を実現させた。 そんな底力が何故『書庫』に載っていないかと言えば、ひとえにクラスメイトから“どすこいモード”行使をストップさせられているからに他ならない。 彼が通う塔川学校はスポーツ工学系であり、スポーツの結果が学績に大きく反映される。そのためか、スポーツ競技に能力を組み合わせる生徒も多い。 もちろん、学校側が出すスポーツ試験では平等という観点から能力の行使にはある程度の制限が課されているものの、全てというわけでは無い。 仮屋自身普段の学内のスポーツ競技では能力行使を控えているのだが、食べ物が報酬になると一変、ぶっちぎりで一番を目指す(曰く“真剣モード”)ようになるのだ。 食べ物と言っても「金品~」等という大層なモノでは無く、「昼休みに弁当を分ける」や「学食を奢る」等というレベルなので警察沙汰になることも無い。 しかしである。逆に言えば、他クラスから自クラスを上回る報酬の食べ物があれば本気を出さないので、学内では仮屋へのお供え(報酬)競争が後を絶たないのだ。 金品の賭け事まではいかないために、彼が1年時であった頃から教師側も頭を悩ましている仮屋の特徴だが2年生に進級してからは比較的収まりつつある。 『冥滋!!あなたは、少し限度というモノを自覚しなければならないようですね!!栄養学という観点から見ても、あなたの食生活には多大な疑問を覚えますし!!』 『え~。いいじゃん。ボクはそれで幸せだよ~。そういう千金楽チャンこそ、そんな食生活で不満を覚えたりしないのぉ?』 進級と共に席が隣同士になったある女子生徒から、仮屋は度々注意をされ始めるようになった。 彼女の食生活とは真逆の生活を送っている仮屋を見て―お供え競争含め―我慢ができなくなったそうで、2人のやり取りが今ではクラスの風物詩になった感もある程だ。 そのせいか、仮屋は2年になってから学内のスポーツ試験や『身体検査』時の実技試験にて“どすこいモード”を行使したことが無い。 つまりは、『書庫』にデータとして掲載されている“どすこいモード”は1年生の時のデータであり、『六枚羽』が記録しているデータもそれである。 「『六枚羽』の演算機能が学習するまでなら何とかしてみせるよ!!」 「あぁ!!しかし、『六枚羽』の敵性設定がまさか『敵対者全て』とはな・・・」 「予測でしかないし、さすがに幹部級は入っていないとは思うけどね」 ミサイルによる爆風や機銃によって上方より落ちて来るガラスや壁の破片を『念動飛翔』で砕きながら、“猛獣”と“仏様”は自分達の推測の妥当性を改めて量る。 界刺達の援護へ向かおうとした際に急襲して来た『六枚羽』。柔軟性を排した最適化が為されている兵器の標的を、 2人は当初『「ブラックウィザード」への敵対者』に『捨て駒とした新“手駒達”』を加えていると判断していた。 そのために、空中戦を可能とする自分達で『六枚羽』を迎撃するため―南西部へ近付けさせないため―にあの手この手でこの南東部へ誘導した。その最中に・・・ 『ギャアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!』 『何で「六枚羽」が俺達を撃っ・・・ガアアアアアアァァァッッ』 『ブラックウィザード』の構成員が『六枚羽』の機銃によって蜂の巣になった。彼等は、『六枚羽』と戦闘している不動・仮屋コンビの撃墜を狙っていた。 つまりは、『六枚羽』の味方。『六枚羽』に楯突くクソ生意気な敵を殺害しようと動いたのだ。 だが、彼等の目論見はすぐに破綻する。何と、『六枚羽』は己が戦闘に介入して来た構成員を『敵』と認識し、直後に掃討へ打って出たのだ。 余りにも予想外な行動に不動と仮屋は面食らい、結果として構成員への暴虐を見てることしかできなかった。 そして、『敵』を駆逐した無人ヘリは再び不動と仮屋の駆逐へ動き出したのだ。何故『六枚羽』がこんな行動を取ったのか? もっと言えば、何故“そういう”プログラミングになっていたのか?答えは『ブラックウィザード』のリーダー東雲の判断。 “『シンボル』の詐欺師”によって『六枚羽』へ何か細工を施されたと判断した彼は、この戦場で『六枚羽』を使い潰す腹積もりであった。 そのために、『六枚羽』の敵性設定を『幹部級以外で己へ危害を加える可能性のある者達全て』にした。構成員や“手駒達”が蔓延るこの施設において、 『六枚羽』の性能を思う存分活かすためには、却って彼等の存在は邪魔である。もし、『敵』の近くに構成員達が居れば『六枚羽』は攻撃を仕掛けられない。 そんな『愚行』で多額の投資をして購入した『六枚羽』を失うつもりは毛頭無い。それが、『ブラックウィザード』の頂点に立つ“弧皇”が下した決断であった。 「わかっている!だが、あのままでは余計な人的被害が出てしまう可能性も高いしな!現状において、一番人気が無さそうな南東部(ここ)に誘導したのは正解だったようだ」 不動の指摘通り、現在施設内において一番人気が無い戦域はここ南東部である。以前176支部がここで『ブラックウィザード』の構成員達と戦闘を行った際は、 鎮圧した彼等を駆動鎧に搭乗する東部侵攻部隊の一隊が回収した。当初のプランではそのまま南東部から中央部へ侵攻する手筈だったのだが、 網枷の演説によって南部侵攻部隊が新“手駒達”救出へ動いたためにできた穴を埋めるべく南部方面へ回って行った。その結果が現状の人気の無さである。 「だね!『念動飛翔』による旋回と不動のだて眼鏡でこの一帯に誰も居ないことが確認できたし!ここでなら・・・ボクの“とっておき”が使えそうだよ・・・!!」 「“とっておき”・・・か」 仮屋の声色が変わる。その音色を聞いて、不動は己が友が“シリアスモード”になったことを悟る。 確かに、ここでなら彼の“とっておき”を使うこともできるだろう。普段は周囲への被害も含めてまず使うことは無い。彼の性格も含めて。 「そのためにも、“どすこいモード”で撹乱している間にどうにかして『六枚羽』の動きを制限する方法を見出さないと!」 「全く、大した性能だ。羽を展開したあの形態でも時速300kmを叩き出すゲテモノを相手取るのは骨が折れる!!」 “どすこいモード”と飛翔モードの併用まで用いて『六枚羽』を撹乱している仮屋だが、いずれはそのパターンも見極められる。 相手はこの学園都市が開発した『Hsシリーズ』の一端。そんじょそこらの兵器とは比較にならないゲテモノだ。 ドドドドンン!!! そんな効率性を極めた最適化を施された無人兵器が、己が存在意義を示すかのように最適な演算を弾き出す。 「ミサイルを・・・!!!」 直線的移動に縛られる“どすこいモード”を封じるために、仮屋の行動予測から計算した全てのコースに『六枚羽』が大量のミサイルを発射する。 ドコォォン!!!ズガガガガッッッ!!! 着弾した地面が爆発する。被弾した建物が凄まじい勢いで倒壊して行く。大量の粉塵が、強烈な爆風が、強大な爆炎が不動と仮屋へ襲い掛かる。 「仮屋!!飛ぶなよ!!?」 「わかってる!!」 不動の警戒に仮屋は応答する。おそらく、『六枚羽』の狙いは倒壊する建物やミサイルによって発生した爆風・爆炎を避けるために仮屋が空中へ飛翔する所を狙い撃ちするつもりなのだ。 ならば、相手の誘いには乗らない。否、相手の予測を上回る行動に打って出る。仮屋が身を包む空気圧の多くを不動の右拳へ集中させる。そして・・・ 「「ハアアアァァァッッ!!!!」」 ドオオオオオンンン!!!! 何時かのコンテナターミナルの上空でも放った『拳闘空力』と『念動飛翔』の合体技。不動が放ち、仮屋が指向性を高めた大衝撃波が倒壊する建物を屠る。 鉄筋コンクリートでできた壁は容易く崩れ、粉塵や爆風は吹き飛ばされた。2人が放った大衝撃波が通った道には、彼等を妨げる障害物など存在しない。 「いくぞ!!」 「うん!!」 大技を放ったために消耗が激しいが、そんなことを言っている暇は無い。様々な労力を必要とする飛翔時に比べれば、まだ“どすこいモード”は効率的に運用できる。 弱まった空気圧を制御し、急いでこの場からの離脱を図る2人。しかし・・・ ドドドンン!!! 「「グアッ!!?」」 2人の前方に『摩擦弾頭』が着弾・強大な衝撃波が2人を襲う。弱まった空気圧では、発生した衝撃波を相殺し切れない。 仮屋は後方へ吹っ飛ばされ、搭乗者である不動も衝撃によって仮屋から離れてしまう。 ブーン ステルス仕様故に殆ど音を立てずに滞空する『六枚羽』が羽に備わった機銃を不動と仮屋へ向けていた。 そう・・・『六枚羽』の演算機能は“こういう”事態も予期していた。最適化とは効率の局地であると同時に、優先順位通りに行動を起こすことでもある。 AI特有ともされる『端から順番に潰す』とは、まさに優先順位のことを指す。今回の『六枚羽』の標的は『幹部級以外で己へ危害を加える可能性のある者達全て』である。 これは、『どんなことをしてでも速やかに敵を駆逐せよ』という意味である。すなわち、最短コースor最短コースに“限り無く近い”コースの選択。 先程の攻撃の狙い(=最短コース)は、不動達の予測通り『ミサイルによる一帯への多重攻撃によって空中へ燻り出した敵を駆逐する』ことである。 そして、最短コースに“限り無く近いコース”として『能力等によって倒壊する建物やミサイルの爆風・爆炎を乗り越えて脱出を図る敵を狙い打てるように、 ミサイル発射後に滞空の位置取りを所定のポイントへ移し、そこから狙撃する』ことであった。人の関節のように動く羽を有する『六枚羽』だからこそ可能な芸当。 「不動・・・大丈夫!?」 「何とか・・・と言いたい所だが・・・」 相殺し切れなかったとは言え軽減はできたために比較的軽傷に収まっている2人の頭上に、死刑宣告を告げる『六枚羽』の銃口があった。 「・・・!!界刺クンのサーチ能力の凄さを実感するね」 「・・・あぁ」 仮屋の言葉に同意しかできない不動。光(=電磁波)をレーダーとする『光学装飾』がこの場にあれば、『六枚羽』の挙動も察知できただろう。 しかし、現実として不動と仮屋には『六枚羽』の挙動を正確に察知できる術は無かった。とは言え、自ら発生させた強大な爆炎・爆風のために赤外線・電波レーダーの精度が狂い、大量の粉塵のために可視光線による照準も甘くなった『六枚羽』も、 彼等と同じく『敵』の挙動を正確に察知できず、己が放った『摩擦弾頭』を不動と仮屋へ直撃させることができなかった。 「(どうする!?この状況では、『拳闘空力』による歩法術を使っても避け切れない可能性が限り無く高い・・・!!)」 「(“どすこいモード”で避けれたとしても、2人共に離脱するためにはボクが不動の下へ行かないといけない。きっと、『六枚羽』も予測済みだ・・・!!)」 嫌な汗が背中を流れる。額にはそれ以上の汗が吹き出ている。これは、決して周囲に存在する爆炎のためだけでは無い。 絶体絶命。こちらに打つ手無しと判断すれば、今すぐにでも『六枚羽』はその機銃を吹かすに違いない。 それをして来ないのは、予測不可能な行動への対処を計算しているためか?狂った機銃の照準精度を調整しているせいか。 いずれにせよ、時間は無い。動かなければ殺される。動いても殺される可能性が高い。そして・・・2人は動けない。 ガシャッ!!! 「(躊躇する余裕はもはや無し!!こうなったら・・・!!)」 「(動くしか無い!!)」 今度こそ、『六枚羽』の機銃全てが不動と仮屋へ向けられた。いよいよもって窮地に陥った2人は、一か八かの行動に打って出ようとする。 「「そりゃさあああああああ!!!!!」」 グアーン!!!!! 「「!!!??」」 そこへ突如猛烈な速度で飛来して来たのは鉄筋コンクリートの大群。『六枚羽』が居る高度より高い地点から飛んで来た群れの行き着く先に居るのは・・・無人攻撃ヘリ『六枚羽』。 しかしながら、レーダーによって己への強襲を察知した『六枚羽』は即座に機銃の照準を不動達から飛来する鉄筋コンクリートへ変更・迎撃する。 バババババババババンンンンン!!! 機銃が火を吹き、『摩擦弾頭』の嵐が鉄筋コンクリートを全て撃墜した。 「不動!!」 「おぅ!!」 その隙に仮屋は“どすこいモード”で不動の下へ直行・彼を抱え猛スピードで死地から離脱する。 「不動!!あの鉄筋コンクリートの大群は・・・」 「あの遠慮の無い攻勢・・・・・・もしや!」 不動さん!!! 「むっ!?春咲か!?」 “どすこいモード”から通常の飛翔形態になった仮屋が自分達を救った攻撃の意図を図り、不動は“以前に”自分達も味わった強烈な攻勢を脳裏に思い浮かべる。 その予感の正しさを証明するかのように、『赤外子機』から仲間―春咲桜―の声が流れて来た。 ようやく繋がった!さっきまで、電波や赤外線を操作する『ブラックウィザード』の構成員達の妨害を受けて携帯や『赤外子機』が・・・ 「また、そっちに『ブラックウィザード』が!?」 えぇ!でも、サニーや勇路先輩『達』の力もあって何とか撃退できました!それに・・・ 「・・・それに?」 春咲の声は何処か弾んだモノとなっていた。まるで、今の情勢を激変させる可能性を見出したように。 彼女がこのタイミングで自分へ連絡を入れて来たこと。そして、春咲・月ノ宮・勇路が“そこ”に『居る』理由・・・否・・・『居た』理由を鑑みれば、 先程自分達の窮地を救った大量の鉄筋コンクリートを飛来させた主に見当が付けられる。そして、不動の予測通りの言葉を春咲が告げる。 「“花盛の宙姫”が・・・閨秀さんが戦線へ復帰しました!!!」 「そらひめ先輩・・・大丈夫ですか!?」 「何度目の質問だ、抵部?ほらっ、この通り平気だっ・・・痛っ!」 「・・・無理しちゃダメですよ?」 「はいはい」 周囲に大量の鉄筋コンクリートを侍らせながら高度を下げている花盛の制服を着た灰髪の少女・・・閨秀美魁が、後背に乗る抵部莢奈の心配そうな声に応えようとして・・・失敗した。 彼女はこの戦場に突入した直後に殺人鬼の暴虐によって深手を負い、後輩に守られる中意識を手放した。 その後抵部の手当てや『シンボル』の手助け、何より成瀬台支部所属勇路映護の『治癒能力』による懸命の治療の甲斐もあって、何とか戦線復帰可能な状態にまで回復した。 『何とか』である以上、無論左肩に負った傷は完治などしていない。いかに勇路の『治癒能力』をもってしても、この短期間の内に完治へ持って行くことは不可能であった。 それだけの傷を負いながら、しかし“花盛の宙姫”は意識を回復・事態を理解した直後に戦線復帰を望んだ。 『あたしは戦える・・・!!これ以上の醜態は絶対に晒さねぇ!!』 『わ、わわ、わたしもそらひめ先輩と一緒に戦いますー!!』 完治していない傷を推して戦線復帰を望む先輩の覚悟を、後輩である抵部が支えた。『六枚羽』という脅威が未だ存在する以上、 高度な空中戦が可能な『皆無重量』を操る閨秀の存在はやはり欠かせない。そう椎倉が判断し、彼女の戦線復帰を認めた。 その先駆けとして、春咲や勇路と共に『ブラックウィザード』の構成員を鎮圧した彼女に戦線復帰の条件として椎倉が挙げたのは・・・唯の1つ。すなわちそれは・・・ 「『「シンボル」の不動と仮屋と協力して「六枚羽」を墜とせ』・・・か。これもまた運命ってヤツかねぇ・・・」 「あのコンテナターミナルでたたかった時は、まさか協力することになるなんて夢にも思わなかったですー!!」 かつて、閨秀と抵部は救済委員入りをした春咲桜を逮捕するために穏健派救済委員と過激派救済委員が激突した戦場へ介入した。 その際に自分達を食い止めんがために互角の空中戦を繰り広げたのが『シンボル』の不動と仮屋である。 いずれ機会があれば決着を着けようとも思っていたが、まさか直に協力して―しかも、春咲桜とも共闘している―敵を潰すことになるとは夢にも思わなかった。 とは言っても、成瀬台を『ブラックウィザード』に強襲された時に既に不動達と共闘していたが。 「全くだぜ。風紀委員や警備員でも無い部外者がスキルアウトの制圧を行う行為を酷く嫌っているこのあたしが・・・だもんな。・・・・・・“ここ”があたしの転機なのかもなぁ」 「ん?ん?ん?よ、よくわかりませんー!!」 「・・・ハハッ。まぁ、小難しいことはこの事件を解決してから改めて考えようかって話さ!!なぁ、不動!!仮屋!!」 複雑な表情を浮かべながら話す先輩の真意を後輩はイマイチ理解することができない。そんな後輩を見て少し笑った先輩は、前方から急接近して来た2人の男達を見やる。 「・・・と言われてもな。私達にはお前達が何を話していたのかなどさっぱりわからないのだが?」 「やっぱり閨秀チャン達だったねぇ。ありがと~」 “宙姫”が言う所の部外者・・・『六枚羽』と戦っていた『シンボル』の不動が困惑の表情を浮かべながら返答し、仮屋が満面の笑みを浮かべながらお礼を言う。 「・・・へっ!まぁ、積もる話はあのゲテモノ兵器をブッ潰してからにしようぜ!!」 返答を受けた閨秀は抱いた感情を悟られないように目元を前髪で隠しながら、自分達を駆逐せんと接近して来る無人攻撃ヘリへの対処を促す。 「あぁ!!あのゲテモノは、私達の手で葬り去らねば!!!」 「『皆無重量』を操る閨秀チャンなら『六枚羽』の動きを・・・」 「こ、今度は絶対にそらひめ先輩をわたしの『物体補強』で守りぬいてみせますー!!!はなざかり支部の準エースの名にかけて!!!」 「あぁ!!頼むぜ、抵部!!さぁ・・・『殲滅』でお相手すんぜ、『六枚羽』!!!」 運命の悪戯か、かつて空中を戦場としてぶつかり合った者同士が今度は同じ空戦にて運命を共にする。 不動・仮屋・閨秀・抵部の眼前で関節の如き羽を動かすは、学園都市が誇る最新鋭兵器が一角・・・『六枚羽』。戦場は新たなステージへと移り、更なる熾烈な空戦が幕を開けた。 「さぁ、潰れろやああああああぁぁぁっっ!!!」 夜空で繰り広げられる凄まじい空中決戦(ステージ)の演者は4つの生き物と1つの機械。 その内の生き物側・・・“花盛の宙姫”の『皆無重量』にて凝縮した鉄筋コンクリートの塊が『六枚羽』目掛けて射出される。 ボン!!!バリバリ!!! しかし、衝突する数秒前に『六枚羽』は砂鉄ボールを射出・直後に20m四方に広がった『面』に高圧電流を放つことで形成した電磁エリアにて、飛来して来るコンクリートを破砕する。 「まだまだぁ!!!」 「仮屋!!閨秀達を援護するぞ!!」 「うん!!」 自身の攻撃を防がれることを予期していた閨秀は破砕されたコンクリートの粉塵を隠れ蓑として―不動達の援護も重ねて―『六枚羽』へ急接近、 『皆無重量』による無重量空間発生範囲である半径50mに『六枚羽』を収めた瞬間に自分と抵部を覆っていた無重量空間を最大範囲まで拡大した上で、『六枚羽』に念動力を貼り付ける。 「今だ、不動!!!」 「おう!!!」 レベル3程度の念動力でしかない『皆無重量』では『六枚羽』の機動力を封じ込めることは不可能だ。だが、鈍らせることなら可能だ。 故に、閨秀は貼り付けた念動力の制御に集中・衝撃波による援護をしてくれた不動に追撃を要請する。 “宙姫”の意図はすぐさま“猛獣”と“仏様”にも伝わる。無重量空間外に居た彼等は、『合体技』である大衝撃波を放つ準備を速攻で整える。だが・・・ ブオオオオオオオオォォォォォンンンンン!!!!! 「何ぃ!!?」 己への危害を防ぎ得るために『六枚羽』に搭載されている演算機能が選択した行動・・・すなわちそれは『フルパワーによる念動力からの脱出』。 通常『六枚羽』は関節のような羽を展開した状態では時速数百kmしか出すことはできない。マッハ2.5に達するための動力である2基のロケットエンジンを持ちながらも、 最大出力を出すためにはどうしても展開している羽を収納しなければならない理由は、単純にフルパワーの機動力にミサイルや機銃を搭載した羽が耐えられないからだ。 そんな普通なら絶対に取ることの無い選択をした『六枚羽』の演算機能。これまた理由は単純で、『皆無重量』の念動力を貼り付けられている状況では、 羽を収納することができなかったからだ。もちろん、閨秀はそれを見越して念動力を仕掛けた。故の『暴走』である。 ガキッ!!!ドカーン!!! 「「「「ッッッ!!!」」」」 マッハ2.5を叩き出すロケットエンジンをフルパワーで動かしたことで発生した強大な機動力は、閨秀の念動力を弾き飛ばした。 同時に、羽を展開したままで最大出力を出した反動で6枚の羽の内2枚が折れ曲がり、破損した。 刹那、搭載していたミサイルの一部が反動+消去するまでの念動力による抵抗を受けたことで爆発した。 「抵部!!『物体補強』を緩めんなよ!!!」 「あいあいまむ!!!」 『六枚羽』と50mと距離が離れていなかった閨秀達は、爆発の熱風をその身に浴びる。しかし、抵部の『物体補強』によって致命的なダメージを負うことは無い。 ドドドドドドドドド!!!!! 持てる機動力全てを使って無重量空間から脱出した『六枚羽』は速度を落とした後に残る4枚の羽に搭載された機銃を全て起動させ、閨秀達に2500度に達する凶弾の嵐を見舞う。 「仮屋!!あたし達の後ろへ!!」 「了解!!」 熱風の勢いを利用して不動達に接近していた閨秀は仮屋に指示を出した後にすぐさま侍らせていた鉄筋コンクリートの大質量を前面へ凝縮展開する。 「抵部!!」 「はいです!!」 展開したコンクリートと自身の右腕を繋いだ花盛支部エースの号令を受け、花盛支部準エース(自称)は能力による補強を鉄筋コンクリートの塊に展開する。 ズガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!! 『摩擦弾頭』とありったけの鉄筋コンクリートで形成された大質量が衝突する。『皆無重量』にて浴びせられる凶弾の何割かを何とか逸らし続けてもいる閨秀は、 束の間の会話可能な時間を最大限に活かすために衝突音が鼓膜を叩く中において『シンボル』の2人に大声で話し掛ける。 「不動!!仮屋!!どうするよ!!?このままじゃ、ジリ貧もいいトコだぜ!!?」 「わかっている!!だが、今の『六枚羽』は羽を展開していても躊躇わずに持てる機動力をフルに行使している!! 逆にフルに行使させ続けて残る4枚を自壊させる手もあるにはあるが・・・」 「さすがに、そりゃ『六枚羽』だって望んちゃいねぇだろうよ!!今の間合いだって、あたしの無重量空間指定範囲の外にきっちり居やがるしな!! 幾ら抵部の『物体補強』でも、生身に『六枚羽』の『摩擦弾頭』を喰らったらシメーだ!!」 「ううううぅぅ・・・」 「・・・それはこっちも同じだ。幾ら仮屋の『念動飛翔』とは言え、さすがに『六枚羽』の機銃は防御し切れない。飛翔中なら尚更・・・な」 閨秀と不動の会話を耳にしながら、抵部は己の力量不足を責める。所詮はレベル2でしかない―弱点さえ解消すれば間違い無くレベル3上位判定―『物体補強』に覆われた生身では『六枚羽』の機銃を防げない。 現在の防御は凝縮させた鉄筋コンクリートの硬度や『皆無重量』による圧縮も加わってこそ実現している。そして、『物体補強』で補強している筈の盾は現在進行中で削られつつある。 「・・・だが、先程の攻防で付け入る隙は確かに生まれた。羽の破損でさすがの『六枚羽』も旋回機能については従来通りにはいかない筈!! その証拠に、ミサイルの爆風によって確かに『六枚羽』は機体バランスを崩していたぞ!!」 「おそらく、『六枚羽』はあたしの無重量空間範囲外からの攻撃に終始するだろうな。言い換えれば、あのゲテモノは自らあたし達に近付こうとはしない筈!!そこを・・・」 「・・・不動。閨秀チャン。ボクにいい案があるんだ」 「マジかよ、仮屋!?」 「仮屋・・・」 状況の打破のために情報の精査を行っていた不動と閨秀の耳に仮屋の低い声が届く。“宙姫”は協力者の言葉に飛び付き、“猛獣”は己が親友が“シリアスモード”・・・つまり“魔王”に変貌したことに気付く。 「うん。さっきまでの状況じゃ使うに使えなかったんだけど、閨秀チャン達が居る今ならボクの“とっておき”で『六枚羽』をこの南東部を『巻き込んで』潰すことができると思う」 「・・・・・・『巻き込んで』?」 仮屋の低い声が意味する不穏にも不穏な言葉に閨秀は眉を顰める。 「そう。さっきまでの戦闘で、南東部(ここ)にはもうボク達以外に人が居ないのは確認できたし。そうでしょ、不動?不動のことだから、今の今まで確認はしていたでしょ?」 「あぁ・・・。確かに居ないな」 “魔王”の確認に“猛獣”は渋い表情を作りながら頷く。仮屋の言う通り、閨秀との共同戦線を張っていた最中もだて眼鏡の機能を使って人の所在を確認していた不動。 その結果として、ここにはもはや自分達以外に人は誰も存在しないことを確認できた。つまり・・・仮屋の“とっておき”を解禁する条件がクリアされたのだ。 「ん?ん?か、かりやさん!?」 「ん~?何かな、抵部チャン?」 「かりやさんの『念動飛翔』ってわたしの『物体補強』と同じリクツですよねー!?ほ、本当にそんなことってできるんですかー!!?」 閨秀の後背に入る抵部は、仮屋の自信あり気な態度に疑問の声を発する。彼女が言うように、『念動飛翔』と『物体補強』の根幹は同類である。 根幹とは・・・『自身の周囲にある空気を制御する』こと。そして、レベル2である抵部は一度能力を自身に行使すると動けなくなる弱点を抱え、 対するレベル4の仮屋は何の問題も無く動くことができる。わかっていた。自分と彼とでは、レベル差もできる事柄も大きく違っている―劣っている―ことに。 それでも、言葉として表明―抗議―することを抑えられなかった。先の閨秀と不動の会話にて、自身の力不足を再認識させられた。 それ以前に、『ブラックウィザード』の構成員が自分達を襲って来た時にも認識させられたが故の・・・幼き少女の嫉妬(ていこう)。 「・・・できるよ」 「・・・!!!」 「抵部!!気ぃ抜くな!!」 「は、はい!!!」 そんな少女の心中にあるわだかまりを見極めぬまま、“魔王”は少女に告げる。他人の心境を正確に見極める余裕など、今の状況下ではあろう筈も無い。 あっけらかんという体で告げられた仮屋の言葉に抵部は内心動揺してしまったが、先輩の檄を受けて慌てて気を引き締め直す。 他方、“魔王”と化した巨漢は自分達に銃弾の嵐を浴びせ続けている機械に向けて殺意すら帯びた視線を向けながら・・・宣告する。 「見せてあげるよ、抵部チャン。ボクの“とっておき”を。かつて、“閃光の英雄”と“猛獣”を黙らせた力を。そして、その時より強大になった“とっておき”の威力を」 その時、『六枚羽』は目の前の光景に対して機械的な疑問を覚えた。己が標的である4人の生き物は、今まで常に2人1組で行動していた。 4人の能力詳細は全部とまではいかずとも把握している。実際の戦闘で、更に情報は収集できた。男2人のペアは、互いの能力を組み合わせることで攻撃力を大幅に強化させている。 また、女2人のペアは能力を組み合わせることで攻防にバランスの取れた戦闘方式を構築している。 しかし、今という瞬間にセンサーで捉えたのは男2人ペアの解消。飛行を担当していた人間が突如として搭乗者をほっぽり出して上方へ最大速度にて昇って行く。 一方、放り出された搭乗者は地面へ落下せずに今尚空中に佇んでいる。探知の結果、無重量状態を操る女の能力が男に行使されていることを瞬時に把握する。 ジャキッ!!! リスク判定として、上昇して行く男の能力単体では己へ致命的な損傷を負わすことは不可能。しかし、何らかの攻撃を仕掛けて来る可能性は十分に存在した。 致命的では無くとも、それなりの損傷を負わせられる可能性もあった。故に、盾から飛び出した男を狙って、1枚の羽を動かしながら上昇する男へ照準を合わし・・・ ブン!!! 切れなかった。仲間を凶弾から守るために、盾の側面から飛び出した男の回し蹴り―閨秀の念動力による勢いも付加―によって発生した鋼鉄さえも切り裂く衝撃波が『六枚羽』を襲ったのだ。 狙いは、『六枚羽』の上部にある回転翼(プロペラ)。センサーによって身を襲う凶行を察知した機械は、咄嗟にロケットエンジンを吹かし高度を下げることで衝撃波を避ける。 これは、ある意味想定範囲内の出来事。閨秀達が参戦する前も、こうして衝撃波を繰り出す男の『挙動』を観察することでタイミングを計り、『敵』の攻勢を掻い潜って来た。 ガキッ!!ガガッ!!!ギギギ!!! だがしかし、高度を下げるためにロケットエンジンを吹かしたことで前方下面へ機体が流れてしまったために、上昇し続ける男への照準がズレてしまった。 照準を調整し直そうにも、女の無重量空間から脱出するために無理をしたせいで羽の関節が上方へ上がり切らない。 こういう時は機体そのものを制御することで調整すればいいのだが、衝撃波を避けるために前方下面へ流れたこと、 そして6枚の内2枚の羽が破損したために『六枚羽』の機体バランス能力が低下したことが原因で照準調整が叶わない。 ドドドドドドドドド!!!!! 前方へ流れたことで標的3人との距離が縮まる。『摩擦弾頭』と能力で補強された鉄筋コンクリートの盾が織り成す狂音が熾烈さを増す。 それに比例して、コンクリートの盾が続々と削られて行く。事ここに至って、最適化を組み込まれた『六枚羽』の演算機能は眼前の脅威の排除を最優先にすることを決めた。 攻撃力という面では、上昇中の男に比べれば目の前の3人達の方が勝っている。女の無重量空間範囲内まで後数mという位置取りだが、それは優先して回避すべき命題では無い。 むしろ、ロケットエンジンによるフルパワーにて急迫した後に至近距離から機銃を見舞った方が『敵』を仕留める可能性は高い。 こちらの損害も無視できないモノになるだろうが、『どんなことをしてでも速やかに敵を駆逐せよ』というプログラムが為されている『六枚羽』にとっては、 己がどうなろうとも最終的には“どうでもいい”。作戦遂行能力保持のスプリクトは設定されているものの、敵を駆逐できるのであれば自壊も受け入れる。 そうプログラムされた命無き機械だからこそ可能な、ある種の最適化の極地を実現する無人ヘリがいよいよ捨て身の行動へ移ろうとする。 ピピピピピ!!!!! それは想定外の一言に尽きた。最大級の警戒音(=情報)が『六枚羽』の演算機能に届く。各種センサーが捉えた警戒すべき『敵』の所在は・・・遥か上方に居る男。 グウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!! 能力によって遥か上空へ昇っていた人間が上昇を止め下降して来た。まるで、能力を解除したかのような状況。それは当たり。そして外れ。 猛烈な速度で下降して来た男は、確かに飛翔能力を解除していた。だが、能力全てを解除したわけでは無い。 それが証拠に、男の右手には途方も無い勢いで続々と『圧縮』されるモノがあった。それは・・・空気。 『自身の周囲にある空気を制御する』能力を持つ男は、自身の手に凄まじい量の空気を―プラズマを生み出す程では無いにしろ―『圧縮』しつつあった。 『六枚羽』は即座に計算する。あの『圧縮』された空気がもし解放されれば・・・この一帯がどうなるかを。 ピピピピピピピピピピ!!!!! 計算結果は・・・『多くの破損を抱える現在の南東部全体が強大な爆発によって甚大な被害を受ける』。 指向性が決まっている衝撃波を放つ男や無重量空間を操る女の攻撃は、基本的には『一面』である。 無重量空間範囲内にさえ居なければ、所詮は『一面』の攻撃に終始する『敵』の行動は『六枚羽』の機動力によって回避することは可能である。 しかし、『あの』空気爆弾は最悪『全方面』への爆発を生み出す。しかも、途轍も無い破壊力を秘めた爆圧を。 つまりは、即刻回避行動を取らねば『逃げ場が無い』。自壊も辞さない攻勢へ打って出ようとした『六枚羽』の演算を乱した男は・・・攻撃準備を終了させた。 ガシッ!!! 『六枚羽』は前面への攻撃を中断・作戦遂行能力保持のため即座に回避行動を取るため2基のロケットエンジンをフルスロットさせようとするが、この土壇場で『敵』が動く。 銃撃が止まった瞬間に無重量空間を操作する女が、距離を縮めていた『六枚羽』へ接近し無人ヘリを全力の念動力にて縛る。 無論、『六枚羽』としても念動力の束縛を振り切るために最大出力を瞬時に叩き出そうとする。 シュッ!!! だがしかし、ここで思わぬ邪魔が入る。女が念動力にて凝縮していた鉄筋コンクリートの塊の隙間から『矢』が射出されたのだ。 だて眼鏡を掛けた男の“隠し玉”である『吹き矢』である。特注の組み立て式吹き筒を極短時間で構築し、望遠機能付き眼鏡と無重量空間内の主からの照準調整の教授、 そして己が能力で生み出した“噴射”によって猛スピード且つ寸分違わないコントロールにて向かった先は・・・『六枚羽』の吸気口。 エンジンを動力源とする機械は、燃料を燃焼させるために吸気口から空気を取り込む必要がある。 逆に言えば、何らかの要因で吸気口から空気を取り込む構造に異常を来たせば機械全体への異常に発展させることができるのだ。 シュウウゥゥゥッッ・・・ 当然ではあるが、そういう異常事態を避けるために『六枚羽』の吸気口内部にもフィルターは設置されている。そして、『矢』は結果としてフィルターを破壊することはできない。 それでも、放たれた以上『六枚羽』の演算機能は吸気口に突っ込んで来る『矢』に対するリスク判定に時間を取られる。 猛スピードとは言っても、銃弾には遠く及ばない速度である。瞬間的にとは言え、分析する時間はある。“あってしまう”。 その結果、最大出力を叩き出そうとしたロケットエンジンの起動が僅かに遅れてしまった。最適化の弱点がここで露呈したのだ。 ドパッ!!! その僅かな隙を・・・下降中の男は逃さない。赤外線による通信を取り合う“魔王”は、最良のタイミングで己の手に『圧縮』した一点集中型空気圧弾を下方―『六枚羽』目掛けて―へ射出した。 窮地から脱出するための起動が遅れた『六枚羽』付近まで『圧縮』が保たれた圧縮空気は・・・遂に大爆発を迎える。 バアアアアアアアァァァァァァッッッッンンンンンンン!!!!!!! ガラスが割れる。ボロボロの壁が粉砕される。爆発地点を震源地とし、多大な破損を抱える施設内南東部全体に強大な爆圧・爆風が満ち溢れる。 『圧縮』によって蓄積されていた膨大なエネルギーが一気に解放されたために起きた凄まじい爆発。その余波は、遂には南東部を越えた域にまで及んだ。 ドーン!!!!! 震源地である爆発地点付近に居た無人攻撃ヘリ・・・『六枚羽』は、圧縮空気が解放される直前にロケットエンジンを起動させたが時既に遅し。 強大な爆発をまともに喰らった『六枚羽』は地面へ叩き付けられた直後に搭載していたミサイルの起爆により爆破・炎上した。 様々な感情を抱く人間と柔軟性を排した最適化が為されている兵器の戦闘は、前者の勝利にて幕を下ろすこととなった。 「ゴホッ、ゴホッ。す、すげぇな・・・仮屋の“とっておき”はよ・・・!!」 「ゲホッ、ゲホッ。奴の“とっておき”は威力だけなら『合体技』より強大なのだが、何分周囲への被害が尋常では無い。『圧縮』の時間も必要だ。 何より、『合体技』とは違って指向性の制御が利かんからな。威力の調整次第とは言え、滅多に使えるモノでは無い」 「た、確かに・・・」 構築していた鉄筋コンクリートの盾の殆どが削げ落ちている傍らで咳き込んでいるのは、様々な感情を抱く人間側である閨秀達。 彼等は多少のダメージを受けながらも、何とか仮屋が放った“とっておき”の衝撃波から身を守り抜いていた。 具体的には、一点集中型空気圧弾の起爆前に閨秀が『六枚羽』への念動力を解除し、『皆無重量』の全力による盾の構築へ舵を切り、 後背に居る後輩―その後背には不動がしがみ付いていた―の『物体補強』の全力によってでき得る限りの防御体勢を取っていた結果、何とか五体満足を保持することができた。 「・・・動~。・・・秀チャン~。・・・部チャン~。大丈夫~?」 そこへ、のんびりとした声を放ちながら緩やかに降下して来た“仏様”・・・仮屋冥滋は左手に持つ棒スティック状の菓子を食しながら命を共にした仲間へ接して来た。 彼も一点集中型空気圧弾による衝撃波をその身に浴びていたが、『念動飛翔』による防御能力によってこちらも五体満足を保っていた。 「仮屋・・・お前、そんなモノを何処に隠し持っていた?」 「ポケットの中だよ~。非常食代わりに、『太陽の園』から持って来たんだぁ」 「・・・・・・ハァ。呆れて物も言えん」 「・・・プハハッ!まぁ、いいんじゃねぇか?とりあえず、あたし達に課せられていた最低限のノルマは達成できたんだしよ」 満面の笑みを浮かべながらおいしそうに菓子を頬張る親友を見て頭を抱えながら溜息を吐く不動に閨秀は全身に駆け巡る確かな達成感と共に明るい声を掛ける。 「・・・・・・ハァ。だが、気は抜けん!『六枚羽』撃墜を知ったのだろう、早速敵が集まり始めた。・・・いけるか、閨秀?」 「・・・・・・まぁ、何とかなるだろうさ。てか、何とかしてみせるぜ!なぁ、抵部!?」 その必要以上に明るい声に、不動は閨秀が痛む傷に今も苛まれていることを察する。だが、“宙姫”は弱音を吐かない。 眼下に視線を向ければ、『ブラックウィザード』の構成員達が銃器を持って南東部へ進入し始めていた。まだまだ、やるべき事柄は残っているというわけだ。 「・・・・・・」 「ん?どうした、抵部?もうヘバっちまったか!?」 「んんん!!?い、いえ!!!わたしはまだまだがんばれますー!!!」 そんな先輩の声に無反応な後輩を怪訝に思った閨秀は、続けて声を放つ。そして、今度はちゃんと反応を見せた後輩に少し安堵しながら気合を入れ直す。 「よっしゃああああぁぁぁっっ!!!さぁ、行こうぜ!!!」 「うむ!!」 「うん!!」 「・・・・・・」 閨秀の号令に不動と仮屋が力強く応答する。『念動飛翔』の飛翔限界時間を少しでも節約するために、戦闘開始までは『皆無重量』にて共に行動をすることにした4名。 その中で・・・やはり反応を示さなかった少女は、『六枚羽』との激突の中で垣間見た同系統且つ自身よりレベルが上の巨漢の背中を凝視し続ける。 正確には、『念動飛翔』を操る『シンボル』のメンバー仮屋冥滋が為した数々の力を。 「・・・・・・」 本当ならば、意識を切り替えて事件解決に全力を注がなくてはならない。でも・・・それでもこの時の抵部莢奈は凝視し続ける己が瞳を逸らすことが・・・どうしてもできなかった。 continue!!
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ズガガガガガガガ!!! ここは、施設内東部方面に位置する倉庫街。ここへ不時着した159支部+花盛支部の冠に向けて、『ブラックウィザード』の構成員達が建物の影から機関銃を連発する。 それ等を一厘の『物質操作』及び鉄枷の『金属加工』で作り出した金属の盾をもって防御する。 バリバリ!!! ブオオオオォォッ!!! 湖后腹が放った雷撃の槍と破輩の『疾風旋風』で束ねた強風が機関銃を操作する構成員達を迎撃する。 両者共レベル4の高位能力者。その威力は構成員達を薙ぎ払うことを容易にした。 ドン!!ドン!! そこに突入して来たのは、成瀬台を襲った旧型駆動鎧の群れ。機械の手が握っている対隔壁用ショットガンが破輩達・・・では無く彼女達の上方にある建物に向けられる。 ドガガガガン!!! ショットガンが噴火し、建物の壁を瞬く間に破壊する。その瓦礫が破輩達に降り注ぐ。 ピタッ!! 無論、瓦礫の落下を待つ道理は無い。一厘の『物質操作』で15kg以下の瓦礫を浮遊させ、それ以外の瓦礫は湖后腹が電撃で破壊して行く。 ドーン!!! ブオオオォォッッ!!! 動きが止まったのを好機と見た駆動鎧の群れは大量の炸薬によって衝撃波を発生させる空砲の引き鉄を引く。 それに対抗するように破輩が『疾風旋風』で固めた暴風の塊を解き放つ。衝突する衝撃波。馬力は・・・破輩が上回る。 ブオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!! 勢いを増した暴風が駆動鎧の群れの中核を吹き飛ばす。但し、吹き飛んだ先に建物が無いよう大まかに調節してである。その光景に駆動鎧の動きが鈍る。だが・・・ ズガガガガガガガ!!! 再び機関銃の轟音が風紀委員達を襲う。態勢を立て直した構成員が再度の攻勢を仕掛けて来たのだ。 先程からこの繰り返しである。おかげで破輩達は一向に先へ進めないでいる。 「くそっ!!私達を閨秀達の所へ向かわせないつもりだな!!?」 物陰に退避した風紀委員。その中で冠が苛立ちを露にする。『心はクールに』を信念とする彼女がここまで苛立っているのは、『ブラックウィザード』の狙いを看破しているからである。 彼女の『炎熱装甲』は、主に近距離戦に特化した能力である。着用しているライダースーツは耐熱耐冷耐電防刃防弾の機能を備えてはいるものの、衝撃波を防ぐことはできない。 旧型駆動鎧が放つ空砲は、冠にとって天敵のようなモノである。 「湖后腹!!ぶっちゃけ、お前の能力で“手駒達”を操作してる電波を撹乱できねぇのかよ!?」 「・・・“手駒達”はここには居ません!!あの駆動鎧の群れに乗っているのも、『ブラックウィザード』の構成員だと思います!!」 「何だと!?」 「きっと、電波を操れる俺対策だと思います。旧型駆動鎧を俺達159支部にぶつけているのもその一環だと」 「もしかして、私の『物質操作』への対策でもあるのかも!機関銃を操作している人間が“手駒達”なら、私の念動力でアンテナを外すことができたかもしれないし!!」 「私達のデータは、網枷の手によって全て『ブラックウィザード』に渡っている。それに応じた布陣か・・・。厄介だな・・・!!」 159支部の面々は、それぞれ渋い表情を作る。奇襲とは敵に対処の暇を与えない内に打撃を与えるからこそ効果を発揮する。 しかし、殺人鬼の一撃で風紀委員達の目論見は半ば破綻してしまっている。『ブラックウィザード』に対処の暇を与えてしまったのだから。 「本当なら、旧型駆動鎧ごと『疾風旋風』で周囲一帯を吹き飛ばした方が早いが・・・」 「・・・『疾風旋風』の本領を発揮し難い状況ですね。何せ、どの建物に拉致された人・・・・・・新“手駒達”が隔離されているかわかりませんから」 「早過ぎる・・・・・・が、現実逃避するわけにはいかない。拉致されたと思われる人間は、既に“手駒達”化している」 破輩・一厘・冠は、一番槍の界刺からの情報―『音響砲弾』を通じて寒村、そこから椎倉→破輩という流れ―で朱花が“手駒達”になっていることを知った。 『痛覚が存在している』ことも合わせて。可能性の1つとしては考えていた。だが、低いとも考えていた。その可能性を・・・考えたく無かった。 「仮に『疾風旋風』で吹き飛ばしたとして、その後のフォローがこの暗闇では困難だ。気流を操作して地面へ安全に着地させる芸当は、今の状況だとかなり難しい」 「・・・『殺すつもりなら問題無い』ってことですか?」 「リンリン・・・!!」 「別に朱花さん達のことを言ってるんじゃ無いよ、鉄枷?私が言いたいのは・・・」 「『ブラックウィザード』の人間・・・ということだな?」 「・・・そうです」 一厘は、少し前に常盤台学生寮で行われた“講習”を思い出していた。あの時、“常盤台バカルテット”を相手に少しだけ『本気』を出した碧髪の男。 彼としては彼女達を殺すつもりは全く無かったそうだが、自分達はそう取らなかった。それだけの殺意を・・・示威行為をあの男は行った。 その結果、自分達は冷静な思考を保てなくなった。合理的な行動を取れなくなった。 「『ブラックウィザード』の攻勢が緩まないのは、そういうこともあるんじゃないですか?『風紀委員は自分達の命までは取らない』って・・・甘く見られてるんじゃないですか? 唯でさえ、“手駒達”とは違って自分の意思で薬物に手を出しているような人間です。薬の影響で、その辺りの“線引き”があやふやになっていてもおかしくは無い。 というか、平気で機関銃を撃って来る辺り私達の命なんてどうでもいいんだと思います」 「リンリンさん・・・。でも、俺達は命を奪うのが目的じゃ無いんですよ!?」 「わかってる!!でも、破輩先輩がさっき『疾風旋風』で駆動鎧を吹っ飛ばした時は確かに動きが鈍った。それは、『死の恐怖』を少なからず実感したからじゃないの!?」 一厘は、もう1つの光景を脳裏に思い描いている。それは成瀬台で起きた惨状。爆発物を処理した直後に一厘は仲間と共に成瀬台に足を踏み入れた。そこに広がっていたのは・・・ 『あ、ぁぁぁああああぁぁ・・・・・・・』 『ガフッ・・・・・・ゴフッ・・・・・・』 何人もの警備員達が瀕死の状態に陥っている惨状。風輪の騒動で厳原が似たような状態になったが、その時は直に彼女の瞳には映らなかった。 協力を仰いだレベル4の1人が血塗れになって風輪学園のグラウンドに伏していたのは見た。それでも、深い傷は数える程でしか無かった。 だが、今回目にした光景は・・・重傷『しか』存在しない状態・・・・・・すなわち重篤の状態であった。目に映した瞬間、余りの吐き気に気を失いかけた。 こんな光景を生み出せる人間の気が知れないと、素直に思った。独り善がりのままに人を殺めることができる存在を・・・憎いと思った。 「破輩先輩と湖后腹君が構成員を吹っ飛ばした時・・・あれは手加減をしていた一撃だった。だから攻勢が緩まない。『ブラックウィザード』は私達を殺しに掛かってる!! 私だって人を殺めたく無い。絶対に殺めたく無い!!でも・・・このままじゃあ守れるモノも守れなくなる!!」 「リンリン・・・!!」 鉄枷は一厘が抱く矛盾を理解する。人を守る力と人を殺める力。この両者は相反するモノでもあり、同一のモノでもある。 超能力は一歩間違えれば人を殺める力になり得る。だからこそ、使用者には厳然足る“線引き”が求められる。でなければ後悔する。 今の一厘は、その“線引き”が乱れかけている状態なのだ。守るモノ―閨秀と抵部―が殺されようとしている可能性に。 自分達を阻む存在―『ブラックウィザード』―が存在する現実に、少女は抵抗する。どんな手を使っても。風輪の騒動で行使したあの“禁じ手”を使ってでも。 「せめて、相手に明確な『死の恐怖』を与えるくらいの攻勢を私達が示さないとずっとこのままです!!何とかしないと・・・何とか・・・!!」 抑止力。『死の恐怖』による絶対的な抑止力。正義の味方である風紀委員が出していい言葉では無いのは百も承知。普通なら『あなたは間違っている』と指摘されること請け合いだ。 だが、ここは戦場。普通が通用しない世界。普通のままでは命が失われる可能性がある現実。 破輩先輩!! 「!!佐野か!?」 そんな切羽詰った風紀委員達に、力強い仲間の声が聞こえて来た。成瀬台を強襲された時に軽くない傷を負った佐野馬波の凛とした声が。 今の戦況はどうですか!? 「足止めを喰らってる状態だ!!このままだと・・・」 閨秀先輩達には、成瀬台の勇路先輩が向かいました!! 「勇路達が!?」 はい!!通信機の位置はわかっていますから。唯、通信機を装着していたために2人共に携帯電話の電源を入れていないようで、GPS機能を利用した位置捕捉はできていません。 とにかく、その周辺に閨秀先輩達が居ると思われます。到着までにはもう少し時間が掛かるでしょうが、破輩先輩達よりは早く着くかと。 なので、先輩達は思う存分足止めを堪能して下さい。勇路先輩の疾走を邪魔する連中すら巻き込んで 「よ、よかった・・・!!」 「リンリンさん・・・」 「リンリン・・・」 佐野の朗報を受けて、一厘の緊張で凝り固まった体を少しだけ弛緩させる。勇路の身体能力なら、猛スピードで閨秀達の下へ辿り着けるだろう。 何より、勇路には『治癒能力』がある。その場での治療がすぐにでも可能な存在が彼女達の下へ疾走している。 「冠!!」 「あぁ!!」 破輩の掛け声に冠が強く応える。今までは何としてでも閨秀達の下へ急行しなければならない事態に慌てていたが、その必要が無くなった。 佐野のある意味非情な言葉―チンタラしている自分達より勇路達の方が早い―は風紀委員達に冷静さを取り戻させた。同時に、彼女達が為すべきことも付随させて。 勇路達が迎撃される可能性は0じゃ無い。しかし、今の自分達では閨秀達の下に辿り着くまでにどうしても時間が掛かる。物理的障害も立ち塞がる。 ならば、自分達が為すべきことは勇路達のバックアップである。彼等に差し迫る危害を、自分達の手で取り除く。それが、閨秀達を救う大きな一助となる筈だ。 何より、勇路を信じられなくてどうするのだ?仲間を信じられなくてどうするのだ? 信じられなかったから、自分達は殺人鬼の言葉に惑わされたのではないのか?あの醜態を繰り返すわけにはいかない。 「よっしゃ!!こうなりゃ、この足止めってヤツを『俺達の』足止めじゃ無くて『連中の』足止めに変えてやらぁっ!!!」 「ですね!!駆動鎧相手なら俺もそう手加減する必要は無いですよね。よーし、佐野先輩の言う通り思いっ切り堪能しましょうか!!」 「湖后腹君が駆動鎧なら、私は構成員ね!!手加減はしない!!『DSKA―004』の恐ろしさを思い知らせてやる!!」 鉄枷・湖后腹・一厘も各々の覚悟を固める。一厘の言うことももっともだ。自分達は完全に舐められている。 殺す・殺さないは別にして、敵に対して『死の恐怖』を示すこともできない存在だと捉えられている。・・・黙ったままでは居られない。風紀委員の矜持に懸けて。 『では、借りを返そう・・・・・・哀れな弱者共』 自分達は哀れな存在では無い。弱者でも無い。それを証明する。この冷酷無慈悲な戦場で必ず。 「お前等・・・フッ。なら、私も『疾風旋風』の真髄を連中に見せ付けてやるとするか。お前等、私の操作する暴風に巻き込まれるなよ!?命の保障はしないからな!!」 「えっ!?ちょ、ちょっと待って下さいよ!!」 「リンリン・・・お前が私に言ったんじゃないか。『「殺すつもりなら問題無い」ってことですか?』って」 「私達を殺してどうするんですか!?全く・・・(ブツブツ)」 「・・・フッ。どうだ、リンリン。少しは緊張が解れたか?」 「えっ・・・。あっ・・・」 一厘は、破輩が自分のことを気に掛けてくれた上での言葉だったことに気付く。 「私だって人を殺めたくは無い。それはお前と一緒だ、リンリン」 「破輩先輩・・・」 「だから、リーダーとしてお前達と共に成し遂げたい。人を殺めることでは無い方法でこの事件を解決するというハッピーエンドを」 ハッピーエンド。それが誰にとってのハッピーエンドになるかはわからない。幾人もの重傷者・重体者が出ている現状では、そもそもハッピーエンドが存在していないのかもしれない。 しかし、それを目指さない理由は何処にも存在しない。少なくとも、ここに居る面々はそう考えた。 「は、はい!!私もハッピーエンドを目指したいです!!諦めたく無いです!!」 「お前達も・・・だよな?」 「「「(コクッ)」」」 「よしっ!それじゃあ、この足止めを吹っ飛ばして勇路達の応援に回る!!気を抜くな・・・」 ピカッ!!!!! 今後の動きについて指示を出していた破輩の言葉を中断させたのは・・・閃光。暗闇の世界の中に突如として出現した直径数百mにも及ぶドーム状の異界。 幾筋もの幾何学模様で覆われた表面に日食を模した漆黒の太陽が複数浮かび上がり、更に各々の中心から巨大な眼球が瞬きを繰り返しながら浮かんでは消えて行く。 唐突に現れた異界に気を取られてしまったのか、戦場に木霊していた轟音がピタリと止んだ。誰もが戦闘行為を中断せざるを得ない事象・・・抑止力足る『死の恐怖』。 明確に人を殺める力。“絶望”の異界。『光学装飾』の“戦闘色”・・・【閃苛絢爛の鏡界】。破輩達が目指すハッピーエンドを否定しかねない『いわれある暴力』。 同時にこの光景が示す事態―殺人鬼の存在―も否が応でも認識させられる。あの男もまたハッピーエンドとは対極の位置に存在する“怪物”。 「あれは・・・!!」 「界刺・・・だな。おそらく、殺人鬼と戦闘状態に突入したんだろう。あれが奴の『本気』か・・・!!」 「界刺さん・・・!!」 湖后腹の問い掛けに破輩が応える傍で一厘が自身恋する少年の名前を呼ぶ。事前に界刺から『「本気」を出す時は合図を送る』という言伝があった。 そこに、薄気味悪い幾何学模様が浮かんだ異様なドームの出現である。彼からの合図と判断するには十分な代物である。 「何度も言うが、界刺と殺人鬼の戦闘には『私が許可しない限り』は首を突っ込むな!!下手をしなくても、私達の命が危ない!!これは厳命だ!!」 「わ、わかりました!!」 「ぶっちゃけ、あの奇妙奇天烈な模様が浮かんでる空間に突っ込みたくないぜ!!中で一体何が起きてんだ?」 「界刺さん・・・どうかご無事で・・・!!」 「“閃光の英雄”界刺得世・・・か」 駄目押しとばかりに破輩が厳命を下し、湖后腹、鉄枷、一厘、そして花盛支部リーダーの冠は思い思いの言葉を呟く。 界刺があの殺人鬼を抑えられるか―もしくは返り討ちを喰らうか―によって、この戦場の大勢は大きく変動する。 自分達の手には負えない可能性大の殺人鬼を部外者である人間に任せている屈辱は、風紀委員会に所属する人間全員の共通認識であった。 「界刺さん・・・!!」 【鏡界】の圏外にある5階建ての建物の屋上に身を伏せているのは、界刺から背中を任された―という嘘を付かれた―水楯。彼女は、今目の前で起きた光景に目を瞠っていた。 「(このドーム・・・全然中の様子が見えない!!)」 水楯は不動から貸して貰った予備のだて眼鏡を掛けている。今の状態は“暗視 遠視モード”。僅かな可視光線や赤外線を用いた暗視を実現させるモード。 だが、【鏡界】の中を見通すことができない。何故なら、【鏡界】へ降り注ぐ可視光線がグチャグチャに歪められ、また新たな可視光線が塗り替えているからだ。赤外線も同様に。 先程少しの間だけ通信が途絶えた界刺の『赤外子機』は、【鏡界】展開直前に回線が復帰した。しかし、今の状況では赤外線通信によるやり取りさえ不可能な状態に陥っている。 「(界刺さん・・・。私に『背中を守ってくれ』って言ってくれた言葉・・・あれは嘘だったんですか!?)」 水楯は歯噛みするのを止められない。自分は戦闘準備を万全にしている。近くにある水道管に傷を入れて、そこに『粘水操作』で操作する水を繋いでいる。 界刺の身に何かあればすぐにでも飛び込めるように。なのに、この【鏡界】は水楯の侵入を阻んでいる。もし、不用意に侵入すればそれが界刺にとっての致命傷になりかねない。 それがわかっているから水楯は動けないでいる。自分の行動が界刺を危険な目に繋がっては本末転倒だ。 「(・・・・・・こうなったら方針を改める。このドームが形成されている限り、界刺さんは生きている。 だったら、私は外部からの攻撃対処に万全を尽くす。それは、界刺さんの背中を守ることに繋がる筈。・・・誰が相手でも私はあの人を守り切ってみせる!!)」 方針を改めた水楯は、決意を再確認した後に外部からの攻勢に気を払う。位置的に、本拠地東方から攻め入った風紀委員が真っ先に攻めて来る可能性は低い。 有り得るとすれば、『ブラックウィザード』と四方から囲むように攻め入る予定の警備員駆動鎧部隊における西方・南方侵入部隊である。 但し、“激涙の女王”にとって界刺を脅かす者は誰であっても同じである。彼女が“そう”判断したのなら・・・誰だろうが潰す。 「【閃苛絢爛の鏡界 せんかけんらんのきょうかい 】」 “英雄”が“私闘”の開幕を告げる。瞬間、【閃苛絢爛の鏡界】が顕現する。 ビュン!!! 「ほぅ・・・」 “怪物”が目に映る光景に少々の感嘆を混ぜた息を吐く。顕現した世界に映っているのは・・・星。星々。流星群。“英雄”にとって生涯忘れることの無い“あの”星空。 プラネタリウムのようにドームの『壁』にしか映っていないわけでは無い。銀河に見立てた多種多様な光球が空間全体に浮かび、廻り、奔っている。 “怪物”の瞳には“英雄”はおろか周囲にあった筈の建物や地面さえも映らなくなった。“英雄”以外―この場ではウェイン―は己の体すら瞳に映らない。視えるのは星々が移ろう世界。 まるで、体を無くした精神が銀河の中を漂っているような感覚。これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“月”の【月譁紋様 げつがもんよう 】。 太陽の光を照らす月のように、【鏡界】内に閃光の支配者が顕現した光の『幻惑』を溢れさせる。『幻惑』とは・・・すなわち『眩惑』。 【月譁紋様】に『眩惑』を加えれば、生物を失明に至らせる程の強力な可視光線を顕現させることも可能。 『六枚羽』と戦闘した際に用いたサーモグラフィーやドップラー・ライダーのような感知能力等も【月譁紋様】の領域である。 「(以前俺の視覚を封じた手段とは違うな。状況から見て、俺個人を対象にしたのでは無く外部からの攻勢にも備えて一定領域ごと能力で覆ったか。 目に映る・映らないを組み合わせて、距離感や平衡感覚を狂わせる。この空間がどれ程の広さなのか、たとえ糸を用いても容易には測らせないということ。面倒ではあるか・・・)」 “怪物”は目の前の光景から“英雄”の狙いを量り、目を瞑った後に周囲へ念動力に包まれた極小の糸を散布する。 視力に頼れない以上、感知用の糸は“怪物”にとって生命線になり得る重要な手札である。 サングラスや暗視装置を使った所でこの男には通用しない。信を置けるのは己の力のみ。 「では、始めるとしようか。界刺得世・・・貴様の『本気』を・・・・・・ッッ!!?」 ジュアアアァァッッ!!! “英雄”の殺気を感じ取った直後に起きた異変。顔が、首が、手が『焼ける』。露出している皮膚全てがたちどころに。周囲に散布していた極小の糸も全て焼け落ちる。 一方、露出していない部分には予め体と服の間に直径2cmの蜘蛛糸を纏わせていたために影響は無い。 「クッ!!!」 殺気を感じた瞬間から動いていた“怪物”が、露出部分から糸を射出し防護+【鏡界】顕現前に近くの建物へ飛ばしていた糸の1つを拡大・操作し、後方へ離脱する。 これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“花”の【千花紋様 せんかもんよう 】。自身より最大で半径15m内を赤外線加熱炉化する赤の陣形。 通常発生させるモノとは桁が違う強大熱量を及ぼす赤外線を用いる。加熱炉内に存在する物体は最高で1300度に達するが、赤外線を自在に操る“英雄”には何の影響も無い。 通常の燃焼のように空気(酸素や水素等)が反応するわけでは無いので、燃焼における弊害(例 燃焼で酸素が奪われて息苦しくなる)は発生しない。 最初の殺し合いの際に、糸でグルグル巻きにされた“英雄”が瞬間的な赤外線輻射で危機を乗り切った力の真の姿がこの【千花紋様】であり、水楯の侵入を拒んだ理由の1つである。 但し、半径15mを越えた強大熱量を齎す赤外線はそのままでは自動的に消滅する・・・というか維持できなくなる。それが演算による赤外線加熱炉の限界範囲なのだ。 ゾクッ!!! 加熱炉外に離脱した“怪物”は感じ取る。“英雄”の殺気が更に膨れ上がった瞬間を。 反射的に蜘蛛糸による緊急回避―体に纏う糸の念動力をも操作して―を行う。しかし・・・ ビュッ!!! 「グゥッ!!!」 “怪物”の左脹脛を目に映らない光線が焼き貫く。蜘蛛糸を纏っていたのにも関わらずである。また、姫空の『光子照射』をかわしたあの“怪物”が今度は避け切れなかった。 これこそが【鏡界】の真実足る【雪月花】の一角・・・“雪”の【雪華紋様 せっかもんよう 】。 “超近赤外線”を用いた“親指大”サイズの不可視光線で、最多で10条もの光線を放つことができる。 自身より半径15m内に発射地点を設置可能(【千花紋様】の限界である半径15mを超えるために赤外線を一転集中した結果である)。射程距離は『光学装飾』の制御範囲内。 照射時間(=破壊力のある光線という性質を保てる時間)1.1秒。インターバル3秒。1条の最高温度は約2000度に達する。集束することで威力は更に上がる。 そして、【雪華紋様】の最大の特徴は殆ど威力を減衰させないまま光線を意図的に『屈折』させることができる点にある。 直進性に特化しているレーザー及びレーザー系能力者には真似することが困難な芸当を、光学操作の『基本』を極めている“英雄”は実現させた。 その分、直進性を極めている高ランクのレーザー系能力者に比べれば威力や照射時間等は一歩劣るが(ちなみに、【雪月花】はそれぞれ単独で行使可能)。 “怪物”も放たれた光線が直進するだけなら回避することはできた。だが、“英雄”は【月譁紋様】にて“怪物”の挙動や糸の設置場所から動きを何パターンか予測し、 予測に沿って様々な角度から放った光線をそれぞれ屈折させることで命中確率を上げたのだ。これこそが、トリッキーに秀でた光学攻撃の真髄。 不動・水楯・仮屋に比べて全体的に直接的な攻撃力に欠けていた男が編み出し、研磨し、進化させた戦闘方法・・・欠陥が目立った昔とは違う強大な力・・・【雪月花】。 「(何て野郎だ!!1条しか当たんねぇのかよ!!順序立てて隙を作ったってのに!!)」 しかし、“怪物”に確かな攻撃を与えた“英雄”は内心で舌を巻いていた。何しろ、放った10条の光線の内明確に命中したのは1条だけなのだから。 やはり、“親指大”という光線サイズの小ささがネックなのか。内ポケットに潜んでいた拳銃を他の1条で撃ち貫けたのは良しとしても、これは決定的な有利には働かない。 “怪物”の体にくっ付いていた複数の回避用の蜘蛛糸の位置も含めて計算し、必殺の十撃を放った筈なのに。本来であれば、この攻撃で“怪物”は死んでいなくてはならない。 「(反射神経のレベルじゃ無ぇ!!俺の攻撃するタイミングがわかってねぇと、あんな回避はできねぇ!! さっきの【千花紋様】の時もそうだったが、一体どんなタネを使ってやがる!!?糸の牽引力も想像以上だったから、計算外のコースへ逃げられちまった!!)」 それはタイミング。“怪物”は10条の光線が放つ直前の刹那から回避行動を取っていたのだ。こちらの攻撃するタイミングがわかっていなければできない芸当である。 また、【雪華紋様】の最大の特徴である『屈折』にも幾つか制限がある。例えば、『屈折』の角度に限界は存在するということ。最大でも90度弱が限度である。 そして、それ以上に重大な制限が『「屈折」的光線は照射前(=インターバルの3秒)に予め演算していたコースを走る』というもの。この制限は、言葉以上に厄介であったりする。 通常の直線的光線は照射開始から1.1秒間は上下左右に振ることができるが、『屈折』的光線の場合はそれができないのだ。 照射中の1.1秒間に新たな屈折パターンを計算・実現することが不可能故に。加えて、光速の『屈折』は演算がとても複雑なために『屈折点』を4~5つ程度に抑えている。 すなわち、これが実戦で使える数なのだ。当然ながら『屈折』的光線が1.1秒も持つわけも無く、実質的に刹那の運用に限られる。 「(タネはわからねぇ・・・が、このまま押し切る!!)」 “英雄”は再び【雪華紋様】を発動する。インターバルの3秒を経て、10条の目に映らない『屈折』的光線が“怪物”に襲い掛かる。 ジジジジジジ!!! 「!!!」 今度は“英雄”が瞠目する側となった。【雪華紋様】発射前から“怪物”は対策を打っていた。それは、『蛋白靭帯 スパイダーズスレッド 』の“真価 アウトレイジ ”の一端。 『蛋白靭帯』で作り出す蜘蛛糸の中で最大の直径3cmの糸が羽織るコートを内側から破り、“怪物”の全身を何重にも覆う。 繭では無い。それは、まるで獅子の化物が白骨化したような白の異形であった。強靭な念動力も合わさった『蛋白靭帯』最硬の鎧を身に纏った“怪物”へ“英雄”が放つ2000度の光線が10条直撃し・・・結果・・・耐えられた。 「マジか、よ・・・!!!」 思わず声に出してしまった。驚愕の態度を露にしてしまった。それだけ、目の前の光景が信じられない証拠。 同時に、驚愕によって見開いた瞳に映った光景から“英雄”はある救済委員の顔を思い浮かべる。 「(こりゃ、少なく見積もっても金属操作並の念動力使いだな。同系統の鉄枷の助けがあったとは言え鴉達がよく勝てたなって今でも思うぜ。金属操作も大概反則野郎だ。 念動力って、超能力の代表的存在なだけあってバリエーションが豊富だわ。金属操作にしろ涙簾ちゃんにしろ仮屋様にしろ珊瑚ちゃんにしろ、やっぱパワー型の念動力系はクソ面倒臭ぇ!!)」 「ククッ・・・クククククッッッ!!!俺の“真価”を引き出させる攻撃に一切の躊躇が存在しない殺意・・・か。 成程・・・これが貴様の『本気』か!!ククッ、確かに貴様は俺の全力でもって相手をするに相応しい敵のようだ!!界刺得世!!!」 “英雄”の驚愕をよそに、宙に浮遊する“怪物”の愉悦交じりの笑い声が【鏡界】に響き渡る。迸る凄まじい殺気はそれ以上に【鏡界】を揺るがす。 負傷した左脹脛は、制菌作用や細胞促進作用を持つ蜘蛛糸で縫合した。そして、念動力で動く蜘蛛糸に覆われている以上脚の力は然程必要無い。 そんな『蛋白靭帯』で作り出した蜘蛛糸は、太さ・念動力・アミノ酸配列における各性質を飛躍的に高める分子レベルでの最適化を行うことで強靭な接続・保護・固定を成し、 加えて太陽等から放射している紫外線を蜘蛛糸(アミノ酸)に吸収させておくことで、糸の強度を更に増すことを可能とする。 蜘蛛糸には紫外線を吸収するものと反射するものがあるが、今回使用しているのは前者の方である。この最硬モードに用いられる糸は特に衝撃に対する防御能力に秀でており、 学園都市製の大型ガトリング砲や滑腔砲(APFSDS等)ですら貫通することが叶わず、ハリケーン等の強大な衝撃さえ“怪物”の体に至らすことができない。 『皆無重量』を操る閨秀美魁の十八番でもある超重量物体の射出・投擲といった大質量攻撃も、束ねた糸で数千トンもの超重量を支え切れる性質故に効果は望めない。 その上高温に対しても相当の耐性を持ち、あの『六枚羽』が放つ2500度にも達する『摩擦弾頭』に耐え得ることができる(逆に言えば、この温度を超える規模なら耐え切れなくなって来る)。 『蛋白靭帯』は、総合力という観点ではレベル4において最上位クラス―レベル5に近い―に位置すると言っても過言では無い。 他には、穏健派救済委員である金属操作が繰る『金属操作』や風輪学園第6位の黒丹羽千責が操る『状態変化』等もこれに該当する。 「(チッ・・・とりあえずは、【雪華紋様】の集束光線・『閃熱銃』・『閃光大剣 カリバーン 』をぶつけてみるしか無ぇ!!あの感じだと【千花紋様】は決定打にならねぇ!! 後は『樹脂爪』の電撃くらいなモンか。【千花紋様】で極小からある程度の太さの糸を、【月譁紋様】で視覚を封じられているのが救いだが・・・。 博打も博打な『アレ』を切るタイミングは絶対に間違えるわけにはいかねぇ!!ハハハッッ・・・文字通りの“怪物”だな、ウェイン!!!)」 “閃光の英雄”は流れる冷や汗を実感しながらも『閃光剣』状態の ダークナイト を連結し、更なる対抗策を練りながら・・・“嗤う”。修羅の如き冷酷な瞳と笑みを浮かべながら。 他方、先端がドリル状になっている糸の尾を腰から垂らし、ボサボサの黒髪を鷲羽根を模した白い糸で一本の鬣に束ね、両肩には雷神鳥の顔面を表顕した肩当てを形成し、 両手・両足には糸で形作られた鋭利な狼爪を構え、死鳥を象ったスリムな最硬の鎧を体中に纏い、顔に獅子と骸骨が融合したかのような糸の仮面を装着する“怪物”は、 『蛋白靭帯』の更なる“真価”を示すかのように蜘蛛糸でできた巨大な長槍を作成した後に、“英雄”へ向けて声高らかに死刑宣告を行う。 かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す存在として語り継がれる蜘蛛(トリックスター)の如き横暴を込めながら。 「【獅骸紘虐 しがいこうぎゃく 】を・・・この俺の『本気』を出すに値する強者と巡り会えた世界の理に感謝しよう!! さぁ、ここからは強者しか生き残れない残酷な世界のルールが支配する領域だ!!ククッ・・・死ね!!!」 閃光の群と暴虐の嵐が【閃苛絢爛の鏡界】に吹き荒れる。戦場全体の命運が懸かった最大の“死闘”が・・・本当の意味で始まった。 「・・・・・・ギリッ」 敷地のあちらこちらで戦闘音が響く中、薬物中毒者の手によって焔火は別の場所―方向的には北部へ―に運ばれていた。 殺人鬼の猛攻で建物の一角が崩落したことを受け、もっと離れた場所に移そうと薬物中毒者は中庭を駆け抜ける足を早める。 「ギリッ・・・ギリリッッ・・・ギリリリリリッッッ・・・!!!」 下着姿のまま運ばれている焔火は、今の自分のあられもない姿など気にも留めていなかった。薬物によって意識が朦朧としているせいでは無い。意識ならもう覚醒している。 『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』 歯が潰れるくらいに噛み締める。その軋む音が周囲に聞こえる程に。それだけの“痛み”を、“我”を無理矢理叩き起こされる程の衝撃を“閃光の英雄”から与えられた。 「(私は・・・私は・・・また逃げていた!!!目の前に降り掛かって来る理不尽に打ちのめされて・・・・諦めて・・・・・・尻尾を巻いて逃げていた!!!)」 『自分を最優先に考える“ヒーロー”』に突き付けられた“痛み”。彼が示した不条理な現実を打ち砕く不屈の意志は、本来は自分が持ちたかった―示したかった―尊きモノ。 図らずもその尊きモノを見せ付けられた形となった少女は、自身の不甲斐無さに怒りまくっていた。 「(仲間に裏切られた・・・仲間が死んだ・・・お姉ちゃんが操り人形にさせられた・・・そんな理不尽な現実から目を背けていた!!!逃げていた!!! たとえ・・・たとえその原因が全部私にあったとしても!!私は逃げちゃいけなかったんだ・・・!!目を背けちゃいけなかったんだ・・・!!)」 『本物』の風紀委員は、『本物』の“ヒーロー”はとても重たいモノを『背負う』。それが自分の手で生み出した最悪な結果だとしても、絶対に目を背けることは無い。 最後の最後まで背負って・・・その結果を次に活かす。自分の信じる信念を貫くために。 「(ムカつく!ムカつく!!ムカつく!!!あの人に・・・“閃光の英雄”にまた指摘されるなんて!!私が目指す『他者を最優先に考える“ヒーロー”』とは違う“ヒーロー”なのに!! なのに・・・なのに・・・他者(わたし)が立ち上がる切欠を確かにくれた・・・!!間違いに気付かせてくれた・・・!!悔しい!悔しい!!メチャクチャ悔しい!!! 私・・・ボッコボコにされてばかりじゃない!!あの人に・・・『自分を最優先に考える“ヒーロー”』に負けてばっかりじゃない!!)」 今の焔火の頭の中を占めているのは、“閃光の英雄”に対する敵愾心(ライバル心)と自身に対する凄まじい怒りである。 「(あの人の言うことは正しい!正しい!!正しい!!!でも、その正しさに私が恭順しなきゃいけない謂われは無い!!私には私の信じたい道がある!!あの人とは違う道を!! 緑川先生に与えられたモノがたとえ“偶像”であったとしても、その“偶像”のおかげで今の私が居る!!後悔は微塵も無い!!!・・・・・・。 ま、まぁ、あの人は私に恭順を強要はしていないんだけど・・・私が目指す“ヒーロー”に『なりたくない』って言ってるだけなんだけど・・・ハァ。 私はまだあの人に何も示せてない・・・そうよ、私が不甲斐無いからあの人がツケ上がる!!だから、私の目指すモノがあの人の望むモノより劣ってるって敵に思われちゃうのよ!!)」 火花の如き迸りが少女の瞳に宿る。調教による肉体的・精神的負担は健在だ。すぐに解消されるようなモノでは無い。 弱音を吐いた。絶望の感情を抱いた。自殺まで考えた。だが、少女が抱いた負の念全てを蹴散らす程の威力があの“閃光の英雄”の光臨にはあった。 「(ムカつく!!不甲斐無い私自身に!!いえ・・・『私』に!!!何へこたれてんのよ・・・何諦めてんのよ・・・何絶望してんのよ・・・『私』!!!恥ずかしいったらないわ!!! 自殺なんかして何が解決するって言うのよ!!?現実から逃げてるだけじゃない!!!見たく無いモノから逃げてるだけじゃない!!! 愛玩奴隷なんかになって何の意味があるの!!?お姉ちゃんへの償いなんかになるわけ無いじゃない!!!甘ったれんじゃないわよ、『私』!!!くそっ!くそっ!!くそっ!!! こんな媚薬如きで動きを封じられたままで居られるか!!何の結果も生み出せないまま終われるか!!界刺得世に・・・負けたままで居られるか!!!)」 青白い電流が少女の体を疾る。“閃光の英雄”の意志と言葉は、焔火に凄まじい活力を与えていた。 それは、彼女が夢に抱く“ヒーロー”がこの世界には確かに存在することを証明してくれたから。 少女の夢である『“ヒーロー”になりたい』という想いを、今の状況でも“英雄”が否定しないでくれたから。 何より・・・恥ずかしかった。『“ヒーロー”になりたい』という夢を抱いて風紀委員になった自分を知る“英雄”に、夢を殆ど諦めていた姿を見られたことがとても恥ずかしかった。 「(『助けに来てくれた』って思ったのに・・・。『私の悲鳴に応えてくれた』ってほんのちょっぴり期待しちゃったのに・・・。 『テメェやテメェの姉貴をこの手で「助けに来た」わけじゃ無ぇぞ?』ですって?『俺は、事の“ついで”にテメェへ一言二言言葉を掛けに来ただけだ!!』ですって? 何て自分勝手・・・!!何て独り善がり・・・!!何て気障でムカつく胡散臭い笑み・・・!!私なら・・・私があの人の立場なら!!!)」 焔火の動きに、彼女を運んでいた薬物中毒者が能力等をもって動きを封じようとする。だが、時既に遅し。今の彼女は・・・盛大に怒り狂っている。 「『この焔火緋花が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!』の一言くらい叫んで思いっ切り格好つけてるわよ!!!!!」 バリバリバリ!!!!! 怒りが爆発した焔火の放った電流は、薬物中毒者全員を気絶させる程に強力なモノだった。 ドン!!! 「ぐぅっ!!」 当然の帰結として自分を担いでいた中毒者を気絶させた以上、焔火自身も中庭の土の上にその身を叩き付ける。 土の匂いが鼻腔を擽る。下着姿の体のあちこちに土が付着している。その冷たさが、想像以上に心地良かった。 その上、怒りに満ち満ちていた思考が一旦クリアになったことで耳を叩く遠方の轟音を認識できるようになった。 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。グウウウウゥゥゥッッ!!!!!」 体にはまだ上手く力が入らない。性感帯化している体は少しの接触、少しの刺激で焔火の体を鈍らせる。それでも少女は這いずる。這いずりながら進む。 「ングッ・・・・ハァ・・・この、まま・・・このまま終われるか・・・!!」 這いずる度に土の付着が増加する。顔も土だらけ。口の中にも少し混じっている。彼女が目指す“ヒーロー”とはかけ離れた姿。にも関わらず、少女は進むのを止めない。 「私は背負わないといけない・・・仲間の死を。立ち向かわないといけない・・・裏切った先輩に。しっかり認識しないといけない・・・敵の操り人形になっている姉の現状を。 あの人は・・・界刺得世は界刺得世なりの理由で戦っている。きっと“閃光の英雄”として!!『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として!! あの人にできて・・・私にできない筈が無い!!『本物』の風紀委員に・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』に・・・・・・私は絶対になるんだああああぁぁぁっっ!!!」 泥臭くなっても、土塗れになっても、少女は地べたを這いずりながら進む。土から芽を出した植物が花を咲かせようと懸命になるように。その先に自分が憧れた姿があると信じて。 「過去は・・・変えられない!!私が馬鹿で独り善がりだったことも!!私が風紀委員会に加わったことも!!私のせいで傷付いた人や死んだ人が出たことも!! でも、未来なら変えることはできる!!今の私次第で!!お姉ちゃんの手を血で汚させないように!!仲間の犠牲をこれ以上増やさないように!!裏切った先輩の凶行を止めるように!! 全部・・・全部私の手で変えることができるかもしれないんだ!!!だったら・・・私は進む!!進み続ける!!!この身に・・・『死』という重い咎を背負ってでも!!!」 自分が生み出した結果に唯絶望していては何も変えることなどできない。ならば、どんな結果に行き着くにせよ変えるためにできることをする。 「真面・・・殻衣っち・・・・・・(グスッ)・・・ごめんなさい・・・!!!私・・・・・・行くね」 ここには居ない仲間に一言だけ謝罪する。一言だけだからこそ、そこに込められた想いは途轍も無く重い。 死んだ者が生き返るわけでは無い。傷を負った過去が変わるわけでは無い。それでも進む。無視するのでは無い。背負って・・・背負い切って・・・この手で未来を変える。 バン!!! 焔火の視線の先―建物の扉―から幾人もの人間が現れた。彼等は・・・『ブラックウィザード』の“手駒達”。おそらく焔火を捕獲しに来たのだろう。 「(早速、不条理な現実が現れたわね!!網枷・・・先輩といい今回といい・・・世界はつくづく私の足を引っ張るのが好きなのかしら?でも・・・グウウウゥゥッッ!!!)」 焔火は何とか身を起こそうとするが、どうしても力を保つことができない。力が抜けた腕が曲がり、再び顔が地面へ落下する。 「(ガッ!?・・・くそっ!!捕まるわけにはいかない!!いかないのに・・・!!!)」 “手駒達”がすぐ傍までやって来た。薬のしぶとい効果に焔火が苦渋の顔色を浮かべる。しかし、その瞳の力は失われていなかった。 動けないのなら電撃で迎撃する。今の状態では連発できるかどうかも怪しいが、それでもやる。このまま終わるのは・・・諦めてしまうのは・・・もうこりごりだったから。 「私は・・・私は・・・・・・絶対に諦めない!!!」 ズサッ!!!ズサアッ!!!ズバッ!!! 当初、焔火は何が起こったのかを理解することはできなかった。何故なら、空間移動で突然現れた黒い包帯で顔を巻いた人間が、 閃光を先端に宿した幾つもの小針を“手駒達”の脚に投射した後に髪ごと小型アンテナを切り捨てたという光景だったからだ。 「・・・・・・」 「(あ、あの“剣”は・・・!!)」 少しして理解が思考に追い着いた。見間違える筈が無い。6月の終わりに荒我と共に対峙した救済委員の1人。 自分の“先輩”を名乗る男に打ち負かされた際に目にした、鉄爪から伸びる・・・光の“剣”。『閃光小針』と呼ばれる神谷の『閃光真剣』と同系統の能力を持つ男の名は・・・ 「麻鬼・・・天牙・・・!!!」 元176支部風紀委員にして現過激派救済委員の1人・・・麻鬼天牙。救済委員事件以来の出会いは、両者に何を齎すのであろうか・・・。 continue!!
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時間は過ぎ、太陽も地平線に沈み、夜の闇が世界を覆った今の時刻は午後8時半を回った頃。 “ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と成瀬台風紀委員単独行動組は、晩飯を食べ終えて一息吐いたばかりであった。 「啄君の作ったモヤシ炒め、すごくおいしかったよ」 「そうだろう!!勇路と言ったか!お前とは気が合いそうだ!!ハーハッハッハ!!!」 「ゲコ太マスク!!貴殿が作りしこの肉じゃがは、中々に美味であったぞ!!なぁ、押花よ!!」 「確かに・・・。俺も、今度作ってみようかな。今時の男は、少しは料理を齧っておかねぇといけないっぽいし」 「その折は、是非拙者も参加させて欲しいでござる!!押花殿の作った肉じゃがを、拙者も食してみとうなった!!」 「オムレツって、僕の大好物なんだよね。仲場君。すっごくおいしかったよ」 「そうか!!いや~、旨そうに食って貰えるのは料理を作った側としては最高に嬉しいぜ」 今日の献立について話しているのは、啄・ゲコ太・仲場の救済委員達(十二人委員会)と勇路・寒村・押花・速見の風紀委員達であった。 本来であれば、穏健派とは言え両者が馴れ合うのは余りよろしくなかった。そもそも、啄達が救済委員であることを風紀委員は知らないから成り立っているとも言えるが。 「(啄さん達は、相手が対立している風紀委員であっても臆する所か積極的に関わって行ってる。だから・・・かな。あの人達がすごく輝いて見えるのは)」 だが、それを抜きにしても和気藹々と会話を繰り広げている光景は新鮮である。少なくとも、風路形慈にはそう思えた。ちなみに、風路は啄達が救済委員であることを教えられている。 「免力君達は、これからあのクソガキの所へ行くんだよね?」 「・・・そうだよ、林檎さん」 「だね~」 「だったら、一発キツイのをぶちかまして来て!!あたしの分をさ」 「・・・そ、それは・・・」 「・・・フフッ。冗談だよ。あいつは、あたしが正面からぶっ潰す!!あんにゃろう!!明日は絶対に負けないんだから!!」 「全戦全敗なんだよね~、林檎ちゃんって~」 「・・・えっ、まだ1回も勝ててないの?・・・臙脂君に?」 「・・・何だよ?何か文句でもあんのかよ、うん?」 「・・・い、いや・・・」 風路のすぐ近くでは、免力・盛富士・林檎がこれまた賑やかに(風路視点)話している。ここ数日で、免力や林檎の顔が変わって来たことを風路は認識していた。 「(・・・俺も変わらないとな。界刺さんの協力を仰ぐため・・・なんかじゃ無い。俺個人として、俺自身が変わりたいって・・・今の俺は思ってる)」 自分でも驚いている。己が心中に、こんな想いが存在していたことに。鏡子のために出口の見えない迷宮を彷徨っていた頃には、こんなことは思いもしなかった。 「(1人の人間として・・・1人の兄貴として・・・鏡子の前に立つに相応しい男になる。今日の訪問は、その試金石だ。あのボウズは、俺と同じだ。 意地を張って、当人に確認する勇気が無ぇ臆病者だ。そんなあいつの背中を俺が押せたら・・・きっと俺にもできる。風紀委員に頼ることが・・・きっと)」 今の風路は、風紀委員に対する嫌悪感は殆ど無くなっている状態であった。勇路達成瀬台の風紀委員と直に触れ合ったこと、界刺や啄の姿を目に焼け付けたこと、 林檎や臙脂の悩み苦しむ姿を瞳に映したこと、それ等が何時しか風路の心を浄化していったのだ。後は・・・自分が動くだけ。 もうすぐ、『ブラックウィザード』が『太陽の園』に来る可能性が高いと聞いている。何時までも立ち止まってはいれらない。少年は・・・覚悟を持って臙脂勇に会いに行く。 「・・・(ソ~)」 「・・・(ドキドキ)」 「ていやっ!!グアッー!!ババかよぉ!!!」 「勇君の負け~」 「勇君って、この手のゲームは弱いよねぇ」 時刻は午後10時を回った頃。『太陽の園』の一室―この教室には電話機も置かれている―でババ抜き勝負をしているのは、臙脂及びその友達2人。 彼等は、夕食と風呂が済んだ後はこうして色んな遊びをするのが日常であった。さすがに午後11時には就寝しなければならないが、それまでは思い切り遊ぶ。 特に、今日は臙脂にとっては内心緊張しまくりの夜なのである。 「(“ゲロゲロ”達・・・遅いな。10時前には来るって言ってたのに)」 「ねぇ、勇君」 「おおっ!?な、何だ!?」 「もう少ししたら・・・この『太陽の園』ともお別れになっちゃうね」 「・・・そうだな。まっ、しゃーねーよ。爺さんだってすっげぇ頑張ってたのはお前等だって知ってるだろ?」 「うん。何時も『節約、節約』って言ってるのに、僕達がこうやって夜に電気を付けて遊ぶことを許してくれてるし」 「明日の夜は皆で盛大にお別れ兼感謝パーティーするけど、そこでお爺さんにありったけの感謝を言おうね!『今まで僕達を育ててくれてありがとう』って! “ゲコ太マン”お手製のキャンプファイヤーの準備も終わったし。お爺さんにも明日くらいは思いっ切り楽しんで貰わないと!」 3人は、すごく優しい―でも耳が遠いので時々イラッとくる―施設主の顔を思い浮かべる。きっと、自分達の知らない所ですごく苦労していたんだろうと思う。 なのに、自分達と接する時は苦しそうな顔一つ見せなかった。何時も優しそうな笑顔を浮かべていた。 「そうだな!明日は俺が中心になって、爺さんを盛り立ててやるぜ!!それが、せめてもの恩返しってヤツだ!!」 「さすが、勇君!!勇君とは、一時的に預けられる先でも一緒だしね。僕も安心だよ」 「僕も、僕も!」 「お前等・・・!!」 臙脂は、友人達の明るい笑みと自分への信頼を受けて心がざわめき出す。確かめたくなる。 果たして自分は、頼りになる“ヒーロー”で無くても同じ笑みと信頼を向けるに値する男なのか。だが・・・ 「(・・・ゴクッ!!・・・・・・あぁ、くそっ!ここまで来て口に出せない自分にムカつく!!)」 言葉に出せない。やはり、恐いという感情がどうしても出て来る。勇ましくない自分に腹が立つ。だから、少年は“ヒーロー”達に助力を頼んだ。 「(“ゲロゲロ”達はまだかな・・・?あいつ等の・・・“ヒーロー”達の力を借りれれば・・・俺は・・・) ブン!!! 「「「!!!」」」 そんな“甘ったれた”未来予想図は、突如として起きた停電によって消し飛んだ。 「少し遅くなっちまったなぁ。キャンプ地と『太陽の園』が離れ過ぎてるってのがメンドーだ」 「・・・確かに。・・・僕も連日の往復で足がパンパンです」 「免力君~、ガンバ~」 『太陽の園』が停電に見舞われる数十分前、その近辺・・・と言うには離れている道を“ゲロゲロ”・“ケロヨン1号”・“2号”が小走りで移動していた。 「免力も、これで少しは体が鍛えられたんじゃねぇか?」 「・・・だといいんですけど」 「僕も少しは痩せたかな~?どう思う~?」 「「・・・・・・」」 着ぐるみの上からどうやって判断しろと言うのか?少なくとも、あの大食いの仮屋と一緒に食事をすることが多かった“2号”が痩せたとは思えない。 ピピピピピピピピ!!! 「!!!」 「・・・今の電子音は・・・?」 「風路先輩のナップサックからかな~?」 そんな平和的な会話は、ある者達の接近を知らせる電子音で断ち切られた。それが証拠に、“ゲロゲロ”から醸し出される雰囲気が一変した。 「ま、まさか・・・・・・もう来たのか・・・!!?」 「・・・何が来たんですか?」 「『ブラックウィザード』が!!」 「「!!!」」 “ゲロゲロ”がナップサックから取り出したのは、何時も使っている携帯電話。だが、それは情報販売の手によって改造された特注品。 彼は、『ブラックウィザード』の居所や活動場所を掴むために情報販売から情報を買った。その情報とは・・・電波。“手駒達”を操作している特定の電波。 半径100m以内まで拾えるように改造してあるそれは、“手駒達”が感知範囲内に入れば自動的に電子音(又はバイブ音)を鳴らす仕組みになっていた。 “手駒達”を操作する電波は数多くあるという観点から不確実極まりない探知方法だったが、今回は入手した電波の1つで操られている“手駒達”が含まれているようだった。 「(もし、成瀬台を襲った規模の戦力を持って来てたら俺1人でどうこうできるレベルじゃ無ぇ!!レベルの高いガキ共を拉致して・・・それ以外の奴は・・・殺される・・・!!)」 『太陽の園』には、『置き去り』であるにも関わらず比較的レベルの高い(レベル2~3)生徒が多かった。それは、施設主の粉骨砕身の努力振りが現れていると言っていいだろう。 そこに『ブラックウィザード』は目を付けた。このままでは、レベルの高い子供は拉致された挙句に“手駒達”化、それ以外の子供は証拠隠滅のために殺される可能性が極めて高い。 「(それは駄目だ!!絶対に駄目だ!!あのボウズとも約束したんだ!!俺達があいつの背中を押してやるって!!)」 約束を交わした少年に起こり得る悲惨な結末を、全力で否定する“ゲロゲロ”。そんな結末だけは、絶対に認められない。あの少年を、自分の二の舞にだけはさせたくない。させてたまるか。 「・・・界刺さんや啄さん達に早く連絡を取らないと!・・・・・・つ、繋がらない・・・!!」 「電波妨害を仕掛けてるのか!!・・・・・・」 “1号”の言動から、事は一刻を争う事態になりつつあることを自覚する“ゲロゲロ”。世界は、今まさに彼へ『選択』を突き付けた。 『何で、他の風紀委員とかに通報しなかったの?今だって、できない理由って無いよね?』 何をするべきなのか? 『俺以外に頼れない?嘘付け。お前は、見栄を張ってるだけだ。かつて、自分の懇願を一蹴した連中を二度と信じたくないだけだ。 その原因の一端が、証拠も碌に出せない自分にあることから目を背けているだけだ。本当に恥も外聞も捨てて頼むなら、風紀委員にだってもう一度頭を下げられる筈だ』 誰を頼るべきなのか? 『もし、君が良いんだったら僕が力になるよ!本当になれるかどうかはわからないけど、君達兄妹のために人肌を脱ぐ所存さ。 僕じゃ力になれなくても、僕の同僚なら君の力になれるかもしれない!最後は君と妹さん次第になると思うけど、それまでだったら他人の僕等でも力になれると思うんだ!!』 誰を信じるべきなのか? 『え、えっとそれじゃあ・・・今日の夜に「太陽の園」に来てくれる?』 何を守るべきなのか? 『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』 そんなのは・・・もう決まり切っていた。故に、風路形慈は決断する。己を縛るトラウマという名の鎖を、己の意志で引き千切る。一歩を・・・踏み出す。 「2人共・・・すぐにここから離れろ。そんでもって、どうにかしてこの電波妨害から抜け出した後に応援を頼むんだ」 「・・・風路さん・・・!!」 いざ言葉に出してみれば、思った以上にすんなりと行った。彼は苦笑する。今までこんなことに苦労していた自分。如何に意地を張っていたのかが、如実にわかってしまった。 その苦笑と共に、“1号”・“2号”へ自分の決意を託す。 「このことを・・・・・・成瀬台の風紀委員や界刺さん達に伝えてくれ!!皆が来るまでは、俺が何とか頑張るから!!」 「風路さん・・・!!!それって・・・!!」 「時間が無ぇ!!早く行け!!俺達の存在に勘付かれている可能性もある!!だから!!」 「わ、わかりました!!盛富士君!!」 「うん~」 “ゲロゲロ”が何を抱えているのか、それを“1号”達は知っている。だから、その決断に驚愕し・・・同時に嬉しく思った。 彼の決断を無為にはできない。自分達は自分達にできることをする。これも、ここで学んだこと。通報という自分にとっての最大の抵抗を。 「勇君!!」 「心配すんな!!俺が付いてるからよ!!それに、真っ暗けっけってわけでも無ぇだろ!!」 「星明りのおかげだね。・・・『太陽の園』全体が停電になっちゃってるみたい」 場面は変わる。臙脂達は、突然の出来事にも冷静さを保っていた。『太陽の園』は高地に建設されているため、周囲に他の建物が無い。 つまり、人工的な光が殆ど無いので相対的に星空の光が地表に降り注ぎやすいのだ。少年達は教室の窓から身を乗り出し、施設全体の電灯が消えていることを確認する。 「・・・まさか、お金に困って電気代を納めてなかったんじゃあ・・・!!それか、忘れてたりとか・・・!!」 「・・・有り得る!!あの爺さん、もういい歳だし。俺達にも責任があるよな・・・」 「それにしては、差し止めの時間が中途半端だね」 3人は、今回の停電は施設主が実は電気代を納めていなかったことが起因だと結論付ける。それから十数分後、目も完全に慣れた少年達は今後の行動指針について協議する。 「とりあえず、どうしようか?お爺さんの所に行く?」 「そうだな・・・うん?」 「?どうしたの、勇君?」 そんな時、臙脂は持ち前の視力の良さからある違和感を感じ取っていた。それは、暗闇の中を蠢く何か。それも、1人2人のレベルでは無い。 「誰か居る・・・しかも十人単位で」 「・・・足音も微かに聞こえるね」 「もしかして、“ゲコ太マン”達かな?ドッキリとか大好きらしいし」 「かもね!それか、明日のキャンプファイヤー用の組み木を確認しに来たのかな?」 「(“ゲロゲロ”達?・・・“ゲコ太マン”達も誘ってくれたのか?タイミングが悪いな・・・停電かよ)」 少年達は、“ヒーロー戦隊”の登場を予感する。『太陽の園』に暮らす者以外でここに来るのは、最近では彼等しか居ない。 「・・・ん?あれは・・・“ゲコ太マン”達じゃ無いぞ。それに・・・何かを担いでい・・・」 だが、臙脂は見抜く。目に映る人影達が“ヒーロー戦隊”では無いことを。その直後・・・ ドーン!!! 「「「グアアアアァァァッッッ!!!!!」」」 臙脂達が居る部屋―電話機が設置されている他の部屋も同時に―を幾重もの電撃が貫き、破壊され、屋根が崩落した。 「希杏。間違い無いな?」 「えぇ。これで、電話機は全て破壊したわ。今尚コンセントを抜いていたなんて、さすがの倹約振りと言った所かしら?」 あちこちから粉塵が立ち上る『太陽の園』のグラウンドに居るのは、『ブラックウィザード』のリーダー東雲と幹部の伊利乃。そして、“手駒達”の一部。 彼等は、施設に済む『置き去り』の回収予定を前倒しにしてここに訪れたのだ。 「複数の洗脳能力を行使して『置き去り』達が反抗する力を奪う。電気系能力で連絡網を遮断し、光学系能力で監視網を偽装する。ンフッ、網枷君らしい慎重な策だよね」 「それを警備員の監視網にも使っているしな。あいつらしい慎重な策だ」 今回の作戦で動員している“手駒達”は、主に精神系・電気系・光学系で占められている(他にも視覚系や念動力系は数人含まれている)。 その狙いは、ズバリ偽装である。警備員の監視網を欺くのを例に挙げれば、警備員自体を洗脳し一時的な記憶欠落に陥れる。レーダー等の電子装置は電気系能力で改竄する。 監視カメラ(衛星監視含む)等は光学系及び電気系能力で偽装し、“裏”からの圧力も加えて監視網を突破する。事実、この第19学区に来る道程でそれ等を実行している。 「どうやら、“変人”達は居なかったようね。真慈としては、少し残念だった?」 「・・・別に。俺達の目的は回収だからな。それがスムーズに行くに越したことは無い」 東雲達の視界には、“手駒達”が次々に洗脳状態にある『置き去り』達をトラックに積んでいた。 もちろん、全員を連れて行くわけでは無く、リストアップした子供のみ―視覚系能力で位置を把握済―を運んでいる。 念動力を用いて運ぶ者、抱える者、果ては洗脳されている子供自身が歩いて行く姿もあった。 彼等は、トラックに積まれた後に強制的に眠らされている。一度眠ればその後の覚醒は本人に委ねられるが、反面精神系能力を行使できるストックが元に戻るという利点もある。 洗脳能力は、本拠地への帰還時にも必要となる。もし覚醒した場合は、念動力を操る“手駒達”がすぐ感知する仕組みになっている。 「さすがに、全ての人数を洗脳下に置くことはできないからな。リストアップから漏れた中で洗脳ができなかった子供には、気絶するなり建物の下敷きになって貰ったが・・・」 「・・・別に気にしていないわ。最後に破壊した電話機のある部屋にだってその子供が居た。それをわかっていながら、私は“手駒達”に破壊を命じたわ。 綺麗事だけで、この世界は渡って行けない。それは・・・重々承知しているし」 「そうか・・・」 東雲は伊利乃の応えを受けて気を引き締める。まだ、回収作戦は途上である。どんなイレギュラーが発生するのかは東雲にもわからない。 故に、イレギュラーに対する万全な対応を行うために『六枚羽』も待機させている。そして回収が8割方済んだ十数分後・・・イレギュラー発生の一報が東雲と伊利乃に届く。 東雲達の近くで周囲の監視を行っていた視覚系能力を持つ“手駒達”が声高に叫ぶ。 「東雲様!!伊利乃様!!『太陽の園』へ駆け上がってくるバイクを1台捕捉しました!!」 「本当!?乗り手の格好とかわかる!?」 「はい!!伊利乃様の仰っていた通り、カエルの着ぐるみを身に付けた者です!!」 「真慈・・・!!」 「光学系能力を持つ“手駒達”を使って、スロープから落とせ!!それを乗り越えて来るのなら・・・奴の可能性が高い」 「了解しました!!」 東雲の指示を受けて、“手駒達”は即座に行動を開始する。光学系能力で生み出された目も眩む光が、『太陽の園』まで続くスロープを覆い尽くす。 「界刺得世・・・かもしれないわね。どうする、真慈?」 「決まっている。俺を害するなら殺すだけだ」 緊張の表情を浮かべる伊利乃と、喜色さえ浮かべる東雲。2人共に、光学対策用の暗視ゴーグルを身に付ける。 「・・・駄目です!!止まりません!!『太陽の園』到着まで、後10秒!!」 「門を通った瞬間にこの光学能力を解除しろ!希杏・・・下がっていろ」 「真慈・・・」 “手駒達”の報告を受けた“孤皇”は、右手に装着している金属製のアームガードにも似た武器の使用を決断する。 名は『武器形成』。警備員でも少数採用されている武器で、最近では“裏”の世界にも出回り始めた学園都市製の兵器である。 各関節部と掌に無数の小さな穴が、腕を覆う部分に大きな穴が開いており、合成樹脂の入ったスプレーを大きな穴にセットすることで中のパイプを通り、全体に広がる。 予め所持者の電気信号パターンと形状を登録しておくことにより、何時でも任意に各部の穴から合成樹脂が噴出され、硬化することで武器が形成される仕組みとなっている。 高い強度を持ち、登録したパターン次第では鉄を斬るような切れ味を持たせることも出来る『武器形成』から選ぶのは・・・釘。 内部で圧力を高めることで噴出の威力を挙げた釘の大群を、迫る敵に向かって放つ。そして・・・敵は来た。 ドルルルルルルルンンンンン!!!!! 唸り声のような音を立てて『太陽の園』に侵入して来たバイクの搭乗者―暗視ゴーグルを掛けた“ゲロゲロ”―が直後に横っ飛びでしてバイクから離れたのと、 東雲が釘の大群を放ったのはほぼ同時であった。 ドカーン!!!!! 釘の濁流をマトモに受けたバイクが爆発を起こす。その衝撃と熱風に東雲達が気を取られた瞬間に、“ゲロゲロ”は地面に転がりながらも体勢を立て直す。 即座にナップサックから取り出したのは2つの焼夷手榴弾と、液体が入ったペットボトル。 その1つのピンを引き抜き、東雲達・・・では無く東雲達が居る場所から数メートル離れた地点に投擲する。 ドカーン!!! 自分達に向けられたモノでは無い手榴弾に些か疑問を抱くも、その余波を喰らわないように東雲達は咄嗟に移動し、事無き終えた。 だが、移動してしまった。それこそが、“ゲロゲロ”の狙い。独力で『ブラックウィザード』を倒すためでは無い。『ブラックウィザード』から子供達を守るための最善の方法を選択したのだ。 すなわち、もう1つの手榴弾を東雲達が離れた位置にあるキャンプファイヤー用の積み木に向けて投擲する。 ドカーン!!! 手榴弾の爆発に伴い、積み木も燃焼を始める。啄達が気合を入れて作った大掛かりな積み木。そして、ここ数日の天候から湿度は相当低いモノとなっていた。 湿度が低ければ、それだけ木材は燃えやすくなる。火事の要因の1つ。その上、そこへ液体の入った蓋を外したペットボトルも投げ付ける。その液体とは・・・バイクのガソリン。 ブアアアアアァァァッッ!!!!! ガソリンの投下により、積み木へ一気に燃え広がった炎の柱。それは、仲間を呼び寄せる目印。 如何に光を操作する光学系能力と言えども、上空何百メートルにまで立ち上る火の粉や煙まで偽装できるとは思えない。あの“詐欺師”レベルでは無い限り。 そう予測し、それは見事的中している。光学系能力を持つ“手駒達”は、操作範囲が直径50mにも満たない―且つ繊細な操作には各々でバラツキのある―レベル3の集まりであった。 “手駒達”の中で、光学系能力者の割合は下位クラスであった。実戦においては、念動力系・電気系・発火系・水流系能力者等が重宝されるからである。 今回動員されている光学系能力者は、その数が全員である。“決行”においても、光学系能力者は対象に入っていなかった。“手駒達”の中では、重要度が低いというのがはっきりわかる。 今の“ゲロゲロ”に迷いは無い。自分にできることは、仲間が駆け付けるまで耐え忍ぶこと。自分に求められているのは、時間稼ぎ。故に、頭の被り物を勢い良く取っ払う。 「俺は風路形慈!!『ブラックウィザード』!!テメェ等だけは絶対に許さねぇ!!俺の妹・・・風路鏡子は絶対に無事に返して貰うぜ!!!」 ここに居る可能性がある―無い可能性大なのを承知の上で―妹の名前を叫び、自分の正体を暴露する。これは兄として、そして男としての一世一代の大勝負である。 「・・・風路形慈?・・・あぁ、鏡子の兄か。まだ野垂れ死んでいなかったのか」 「何だ。“変人”じゃ無かったんだ。風路形慈・・・網枷君が時々『鬱陶しいハエがうろついている』って愚痴ってたわね」 暗視ゴーグルを外した東雲と伊利乃は、風路の宣言に半ば呆れながら自分達に喧嘩を売って来た男に目を向ける。両者共に風路との面識は無い。 何故なら、風路のゲリラ活動は主に“手駒達”とその周囲に居る構成員に行われていたために、リーダーや幹部級にはその刃が全く届いていなかったからである。 “孤皇”は、“手駒達”の報告と風路が取った行動から少なくともこの近辺には風路の仲間は居ない可能性が高い・・・つまりは(偶然を起因とする)単独行動の可能性が高いと判断した。 「テメェ等!!鏡子は何処だ!!?ここに居るんだろ!!?」 「・・・確かにうるさいハエだ。しかも、見当違いも甚だしい」 「んだと!!?」 「ンフッ!あなたがお求めの鏡子なら、ここには居ないわよ?」 「嘘付け!!“手駒達”に陥れたのはテメェ等だろうが!!?ここには、“手駒達”がうようよ居るじゃねぇか!!?」 「ンフフッ!本当にお馬鹿さんだこと。鏡子を無事に助けるって言ってるくせに、自分の愛する妹が“手駒達”になってるって最初から諦めてるんだから。矛盾もいいトコよねぇ」 「な、何・・・だ、と・・・!?」 風路の言葉が揺れた。その隙に、伊利乃が胸の谷間から暗器の1つである匕首を引き抜き風路目掛けて投射する。 「グアッ!!アアアアァァッッ!!!」 すんでの所で回避行動を取る風路であったが、暗闇で視界が悪いこともあってか避け切ることはできず、左腕に喰らってしまう。 着ぐるみの上からであったのでそこまで深く刺さったわけでは無いが、“蹲る”。伊利乃は体や服の至る所に暗器を忍ばせており、これによる戦闘やお仕置きを得意としていた。 「さっきの顔・・・呆気に取られてるって感じだったわねぇ。ンフッ」 「グウウゥゥ・・・!!ま、まさか・・・そもそも“手駒達”じゃ・・・無い!?単なる・・・薬物中毒者として、テメェ等の下に居る・・・!?」 「アタリ♪」 「希杏・・・余り遊ぶな。幾ら電波妨害を含めた監視網を敷いているとは言え、以前に『シンボル』はその網を突破している可能性が高いんだ。さっさと・・・」 「ってことは!!鏡子は自分の意志でテメェ等の薬物を摂取したって言うのかよ!!?網枷の野郎に騙されたんじゃ無いのかよ!!?」 「・・・本当にお馬鹿さんだこと。論理の過程がスッ飛んでるわ」 東雲の急かしの声に覆い被さるかのように―否、“覆い被せた”―風路が絶叫する。その支離滅裂さに、伊利乃は哀れみの視線を向ける。 冥土の土産代わりに、この愚かな兄に真実を告げてやるくらいはいいのかもしれない。どうせ、すぐに殺すのだから。これは、鏡子に対する丁度良い土産話にもなりそうだ。 「ど、どういうこった!!?」 「妹を奪われた余りに、頭がイカれちゃったのかしら?確かに、鏡子を陥れたのは網枷君よ?彼が鏡子を騙して薬物を摂取させたわ。 でもね。別に“手駒達”にしなくたって戦力にはなり得るわよ?私達の命令に逆らえない方法は他にもある」 「まさか・・・薬の中毒か!!?」 「その通り。鏡子は中々に有能な『家族』よ?私も可愛がってあげたこともあるし。ハッ!!」 「グハッ!!!」 「まぁ、こんな可愛がりの仕方じゃ無いけどね?ンフッ」 風路の顎に蹴り上げる伊利乃は、兄の最期を看取るために髪に付けていた小さな簪を手に取る。これも暗器の1つであり、彼女は風路の首筋に突き立てるつもりなのだ。 「そんなモンが・・・ウッ!!?」 「これは・・・念動力。真慈・・・」 「さっさとしろ。これ以上の時間の浪費は許さん」 「はいはい。わかりましたよー」 「く、くそっ・・・!!」 東雲の指示で、念動力を操る“手駒達”の力で風路の動きを封じる。『置き去り』の回収がほぼ終わったために、伊利乃の援護に回したのだ。これで、風路には為す術が無くなった。 「さぁて、何か言い残すことはある?鏡子に伝えてあげてもいいわよ?但し、10秒以内で」 伊利乃が告げる死の宣告。それを受けて、為す術の無い兄は・・・ 「・・・それじゃ、これだけ伝えといてくれよ」 笑みを浮かべていた。その態度に伊利乃が危機感を抱いた瞬間・・・兄から妹に向けられた誠心誠意が込められた言葉が放たれる。 「『皆で必ず助けに行くから、安心して待っていてくれ』ってな」 ドーン!!!ドーン!!! 「キャッ!!?」 「何っ!!?」 東雲と伊利乃を襲った衝撃波。それは、『太陽の園』から約600m近く離れた上空から放たれたモノだった。 衝撃波自体はまともに浴びなかったものの、伊利乃は風路から離れてしまい、風路を縛っていた“手駒達”は衝撃波の余波をまともに喰らってしまった。 結果風路―少し前から『音響砲弾』による念話回線が繋がれていた―は念動力の呪縛から解き放たれ、その場を離脱して行く。 「(この監視網を潜り抜けて来た・・・か。ということは・・・来たか・・・!!)」 『太陽の園』は高地にあるために、電磁波レーダーや視覚系能力による監視を行う“手駒達”の配置図は必然的に『太陽の園』内部となる。 何故なら、外部(=スロープ状の道路)では低地となるため能力者を中心とした監視網に凹凸が発生するためである(この問題は、視覚系能力者が当て嵌まっていた)。 それをカバーするために近隣に電磁波を放つ監視用の装置を置いていたが、逆に言えば装置では能力者の干渉を100%感知することはできない。 すなわち、『シンボル』に所属する月ノ宮向日葵の能力『電撃使い』によって装置から放たれる電磁波を逸らしていたのだ。 電磁波によるレーダーは、対象物に電磁波が当たり、それが反射して初めてレーダーとして機能する。ならば、反射しないように電磁波に干渉すればいい。 月ノ宮は電撃系能力を不得意としていた。これは、単純に威力のある放電現象を起こすことを苦手としているということである。 その一方で、磁力や電磁波関係の操作には秀でていた。彼女は、集中力を高めれば視力内で電磁波や磁力線を視認することができるため、 該当の電磁波が機械によって生み出されたものか能力者の演算によって生み出されたものかの判別を付けることができる。 よって、能力者が発生させた電磁妨害・監視網は『太陽の園』を範囲に納めながら、それを中心に半径280mの球状網が周回していることが判明していた。 これは、月ノ宮自身の視力上昇を促した『光学装飾』と併用して可能にしたものである。 実は、月ノ宮は網枷が『書庫』にて唯一調査することができなかった『シンボル』のメンバーであった。 月ノ宮(+界刺)と焔火の邂逅の折に網枷は同席せず(他の176支部メンバーも焔火達の会話、特に月ノ宮が『シンボル』へ加入するくだりは全く聞こえておらず、 焔火自身も直後に固地への頼み込みに向かい、その翌日から数日間178支部へ出向して厳しい指導を受けていたのですっかり失念していた。 つまりは、仲間達にも話していなかった。その結果が、界刺宅への訪問の際に椎倉達の反応である)、 椎倉達の計略もあってその事実を知ったのは焔火を自白させた時である。その自白でも、『月ノ宮は常盤台(=レベル3以上)の「電撃使い」』という情報しかわからなかった。 『電撃使い』は、その多種多様さから何ができて何ができないのかを判別するのがとても難しい能力者である。よって、月ノ宮は“辣腕士”の不安材料の1つになり得ていたのだ。 同時に、装置に付随していた赤外線を傍受する機能も『光学装飾』で自分達から発せられる赤外線の波長等を減衰・偏向させ、 自然界に存在する赤外線をも操作することでノイズを引き起こし、傍受機能を無効化していた。更には、周囲の僅かな可視光線すら偽装し接近する姿を隠蔽していた。 「(『シンボル』・・・もしくは風紀委員達・・・!!あるいは・・・その両方!!)」 しかし、実質的に500m以上の監視網が構築されていた上に光学操作による偽装も施されていた。偽装への干渉は、即座に“手駒達”が看破する。 風路が仕掛けたキャンプファイヤーの目印は隠し切れないが、それ以外は外部からの目視を封じていた。なのに、どうして風路達の正確な位置がわかったのか? それは、『光学装飾』の進化。約2ヶ月掛けて制御範囲の移動や拡大に力を注いだ結果、半径250mだった知覚・制御範囲は半径300mにまで拡大した。 しかも、その球(範囲)を自身が含まれていることを条件に移動させることも可能にしたのだ。これによって、最大600m先まで能力を及ぼすことができるようになった。 “手駒達”による500m以上の電波監視網外からの把握も、月ノ宮の視力上昇も、『音響砲弾』と『拳闘空力』を正確に誘導できたのも、ひとえにこの努力の賜物である。 そして、如何に光学操作で可視光線の偽装を施しても、人間や物体から放たれる赤外線の偽装まではできていなかった。 理由は、光学系能力を持つ“手駒達”は全員ある一定のレベルを超えると可視光線と赤外線の併用ができなくなるから。 『光学装飾』による観測でそれを看破し、上空に立ち上る火の粉と煙も手伝ってすぐさま林檎に風路の位置情報を伝えた。 林檎は目視で無くとも位置情報さえ理解していれば念話回線を繋ぐことができる。そして、『太陽の園』の全体図は林檎の頭の中に収められていた。 『光学装飾』による誘導も手伝い、見事風路との回線を繋ぐことに成功したのだ。この現実が、薬で無理矢理強化された“手駒達”との差。 彼等は、広大な『太陽の園』を覆い隠す可視光線の操作を実行するのが精一杯で、赤外線にまで作用を及ぼせなかった。 これが『光学装飾』なら、赤外線を含めた偽装は実現可能である。薬によって無理矢理引き上げられた能力と、努力と研磨によって極められた能力。 どちらに軍配が上がるのかは・・・火を見るよりも明らかである。 ドドン!!! 瓦礫からの子供達救出のために『太陽の園』へ降り立つ者達―不動・水楯・形製・春咲・林檎・免力・盛富士・勇路・押花―とは別に、 いずれもカエルの着ぐるみに身を包んだ者達が念動力によって浮かんでいる空中から東雲や伊利乃達を見下ろしていた。 “ゲコ太マン”が吠える。 「許さん・・・許さんぞ!!『ブラックウィザード』!!!」 “ゲコ太マスク”が決意する。 「必ずや、この手で罪無き子供達を救ってみせるでござる!!!風路殿!!よくぞ持ち堪えられた!!!」 “ゲコ太”が歯噛みする。 「こうなる前に何とかしたかったけど・・・なっちまったもんはしょうがねぇ。俺達の手でひっくり返してやる!!!」 “ゲコっち”が怒りの視線をぶつける。 「絶対に許せない・・・いえ・・・許さない!!!」 “ゲコゲコ”が緊張を隠しながら目を見開く。 「私がここに居る意味を・・・絶対に示してみせる!!!」 “ゴリアテ”が“シリアスモード”に変貌する。 「誤って殺しちゃうかもしれないねぇ・・・!!!」 “ゲコイラル”が宣言する。 「“ゲコイラルラッシュ”の真の力で、必ず子供達を取り返す!!!」 “ゲルマ”が背負った重責をしっかり受け止める。 「あれが『ブラックウィザード』のリーダー・・・東雲真慈か。さて・・・」 そして・・・ 「東雲真慈!!!」 カエル軍団の中心、“ゴリアテ”の背に乗り ダークナイト を両手に携える“ヒーロー”が“孤独を往く皇帝”に向けて言葉を放つ。 「その声・・・ククッ、久し振りだな。界刺得世!!!」 「いんや!俺は界刺得世じゃ無いぜ!!」 「何・・・!?」 “孤皇”の訝しむ声に、“ヒーロー”はしたり顔(着ぐるみなのに)で応える。そう、今空中に浮かんでいるのは『シンボル』でも風紀委員でも無い。その正体とは!! 「俺は“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』のNo.11!!“詐欺師ヒーロー”の“カワズ”だ!!!んふふふっ・・・おいでませ、悪党共!!!歓迎するぜ!!!」 continue!!
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5 「あ~、クソッタレ。何が楽しくて俺ぁ星嶋の奴の援護に回らなくちゃならねぇんだ?」 寒空の下、全崩は腕をさすり鼻をすすりながら、遠くから轟音が響いてくる研究所にやって来ていた。 「面倒くせぇ……。『戦闘に入ったということは想定外の事態が起こる可能性があるということ。特に星嶋はそうした「想定外」に弱いタイプの戦闘スタイルだ。機械だからな。念の為様子を見に行ってくれ』とか……。持蒲の奴、俺があのババァと折り合い悪いの知らねぇのか? ……いや、俺基本的に『テキスト』の女子メンバー全員と折り合い悪いよな……」 そう言って溜息を吐く全崩。持蒲ともそこまで良好な関係とは言えないが、それでも会話は出来る。女子メンバーに至っては対面どころか目を合わせることさえ厳しいのだから、彼のヘタレっぷりもよっぽどである。 「オイ部下A。そうだ。そこのテメェだよ。状況はどうなってやがんだ?」 適当そうな全崩の声に頷いた死人部隊(デッドマンズ)の男は、しばし考え込むようにするとやがて話し始めた。死人部隊(デッドマンズ)は脳に埋め込まれたマイクロチップからの指令によって動いているため、その指令を応用することで無線機を介さずデータを同期することができるのだ。 「……現在、星嶋さんが手駒達(ドールズ)の指揮を執っていると思われるリーダー格の女を倒そうとしていますが、手駒達(ドールズ)にいる『能力者』の妨害によってなかなか上手く行っていないのが現状です」 「能力者……? ……ああ、そう言やぁ、あの連中の主な兵力はクスリで頭ぶっ壊したガキどもだったか」 「はい。我々死人部隊(デッドマンズ)にも『能力者組』はいますが、工場の破壊を目的として能力者との戦闘を考慮していなかった星嶋さんの部隊には『能力者組』はおらず、星嶋さん(ファイブオーバー)だけでは決定打が得られないというのが現状です」 「そこで、ただの強能力者(レベル3)である俺に白羽の矢が立ったってわけだ。…………っざけんなバーカ!! んなもん俺に出来るわけねぇだろうが!! なめんな!! 強能力者(レベル3)なめんな!! 俺知ってんだぞ!? あのババァが使ってる『ファイブオーバー』!! たかだか大能力者(レベル4)程度のガキどもだけならともかく、あの荷電粒子砲が飛び交うような戦場、流れ弾だけで一〇回は死ねるっつぅの!!」 「訂正させてもらいますと、計算では一〇回ではなく三〇回は死ぬことになります」 「そぉいうこと言ってんじゃねぇんだよ!! これだから死体野郎は!!」 はーはー、と肩で息を吐いた全崩は、気を取り直して歩みを進めていく。爆音の元も近い。戦闘の余波は既にそこまで近づいてきていた。いつまでもおちゃらけていて荷電粒子砲の流れ弾でジュッ!! など、笑い話にもならない最期だ。 「さて、連携を取るためにもまずは星嶋のババァと連絡を取るかね……」 そう呟いて、全崩が無線機を取り出した瞬間だった。 ジュワッ!! という音を立てて、光の奔流が全崩のすぐ隣の壁と一緒に彼と行動していた死人部隊(デッドマンズ)の一人を呑み込んだのは。 「ぎゃー!! ぎゃーぎゃーぎゃー!! !! 馬鹿! もう馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーっ!! オイテメェクソババァ、いきなり殺す気か!! っていうかこっちは部下が一体消えたぞ!! 文字通り!! 暗部(ブラック)ジョークにしてもボケ一つで荷電粒子砲ぶっ放すってどぉいう神経してんだコラ!!」 突然の光に意味もなく右手で目を擦りながら、全崩は手に持った無線機に絶叫する。誰が撃ったかなど分かりきっている超能力者(レベル5)の中でも第一位、第三位、第四位……まあ後は第七位とかくらいしか放てないだろう光量。考えるまでもなく星嶋の『ファイブオーバー』である。 「……チクショウ、まだ目がチカチカしやがる……。オイ、どうした応答しやがれよ」 しばらく応答のなかった無線機だが、やがてガガガ、と音を立てて相手方から返答が来た。 『「……全崩さん、いたのですか」』 感情のない、機械的な女性の声だった。 「……あん? 何だテメェ。死人部隊(デッドマンズ)か? 俺ぁ星嶋に無線連絡したんだが」 『はい。星嶋さんは全崩さんと連絡を取り合うことを拒否しましたので、止むを得ず私が仲介に入って連絡をとることになりました。私の言葉は即ち星嶋さんの言葉だと思って頂いて構いません』 「チクショウあのクソババァ!! 人を殺しかけといて謝罪どころか人形寄越すってか! ナメやがって、」 『ちなみにこの会話はダイレクトで星嶋さんも聞いています』 「ゑ?」 『「謝罪代わりに荷電粒子砲を撃ち込んで差し上げましょうか?」』 「ひぃぃぃ!! ごめんなさいごめんなさい!! ババァじゃないですお姉さまです超美人です超結婚してください!!」 『「必死なのがキモいです、全崩さん」』 「ちくしょう!! 元が九州弁で言われてると思うと腹立つが敬語で言われるとなんかこうグッと来る!!」 馬鹿なことを言いながら、全崩は自分の位置情報を教えることでこれ以上無駄な被害を出さないように努める。一瞬『教えた位置情報を元に狙い撃ちされるんじゃね?』とも思ったが、相手も暗部のプロだ。流石にそれはないだろうと思い直した。 「とりあえず、持蒲さんからのお達しだ。そっちが『ブラックウィザード』のカスどもを惹きつけてる間に俺が背後から敵を潰す」 『「できるんですか? あなたに」』 「俺にしか出来ねぇ仕事だろうがよ。ハッ、相手はたかが大能力者(レベル4)程度の有象無象だ。超能力者(レベル5)ならいざ知らず、潰すのなんざ訳ね、ッ!!」 根拠もなく自信満々に言い切った全崩は、そう言ったところで急いで体を建物の陰に隠した。 『「……どうしました?」』 「敵と遭遇した。今から潰しに行くから、援護射撃でうっかり殺しちまったとか言うのは勘弁してくれよな」 『「それは良い案ですね、思いつきませんでした」』 「チクショウ!! 本当に勘弁してくれよ!!」 半分本気で泣き叫びながら、全崩は建物の陰にもぐりこむ様にして敵集団に気付かれないよう密かに接近していく。 近くで見てみると、相手がどうやって『ファイブオーバー』の攻撃を回避しているのか分かった。 リーダー格の女に付き従っている男たちは、それぞれ荷電粒子砲は電撃使い(エレクトロマスター)が、迫撃砲や機関銃は念動使い(サイコキネシスト)や火炎使い(パイロキネシスト)がそれらの能力をフルに使って狙いを逸らしている。その動きは、死人部隊(デッドマンズ)の機械的な動きよりもよっぽど効率的であるように感じた。 まるで、兵隊そのものが『リーダー格の女を助けたい』という熱い意志に従っていることが原因で普段以上のスペックを発揮しているような……。 「いや、それは流石にギャグだろ」 一瞬思いついた想像を半笑いで切り捨てると、いよいよ全崩は行動を始めた。 全崩が懐から取り出したのは、野球ボールくらいの大きさの鉄球だ。それを握る感覚を確かめながらガン! と鉄球に一発拳を叩き込むと、慎重に握りを確認しながら建物の陰から少し顔を出す。 狙いはリーダー格の女だ。 「しっかし、こうして見るとブッ殺すのが勿体無くなるくらい良い女だなぁ……」 取り巻きの男たちの中心にいるリーダー格の女を見て、全崩は軽く溜息を吐いた。 リーダー格の女は一〇代後半くらいの少女だった。腰くらいまであるだろう茶色がかった黒髪を一つにまとめてアップにしているが、ヘアピンらしいヘアピンが見られないのが特徴だった。大方、結った髪で髪自体を押さえているのだろう。服装は、薄ピンクのタンクトップにちょっと前の硬派な不良が着ていそうな蛮カラを羽織り、蛮カラと同系色のミニスカートにハイニーソという出で立ち。 オタク(そっち)の文化に疎い全崩でも分かる。何かのキャラのコスプレだった。……手駒達(ドールズ)の何人かが前かがみになっているのは偶然だと思いたい。 「まあ、殺すんだけど」 一通り観察を終えた全崩は、それで見納めとでも言うかのように一瞬リーダー格の女から視線を逸らすと、鉄球を握る拳に力を込める。 「いっくら俺様の能力がすげぇからって、体も鍛えてねぇ訳じゃないんだぜ、っとぉ!!」 ブン!! という音を立てて、鉄球は空気を引き裂いて飛来する。しかし、そんな攻撃に誰も気がつかないはずがない。鉄球の接近に気がついた念動使い(サイコキネシスト)の一人が、鉄球に力場を叩きつけることで攻撃を防ごうとする。 「……が、俺様の二重衝撃(ダブルウェーブ)の前では無力なんだよなぁ!!」 瞬間、ただでさえ加速していた鉄球が急速に加速し、その動きに追いつけなかった念動使い(サイコキネシスト)の防御網を抜けてしまう。 「はッ! 見たかバーカ!! この技を身に着けるためだけにわざわざ無回転のナックルボールまで習得したんだぜ!? 食らいやがれ!」 最早鉄球を防ぐものは誰もいない。プロのスポーツ選手並みに鍛えた全崩の肩から投げられたボールは、少なくとも時速一〇〇キロ以上のスピードは叩き出している。このまま行けば、反応しても回避できないリーダー格の女の頭部にヒットし、遠目からでも分かるほどに可愛らしいその顔をグチャッと潰してしまうことだろう。 しかし、そうはならなかった。 リーダー格の女の胸の谷間から飛び出したフライパンが、鉄球をアッパーカットするように弾き飛ばしてしまったからだ。全崩は自分の投げた鉄球が弾かれた事実よりも、胸の谷間からフライパンが飛び出すという事実の方に驚愕した。 「ど、どっから出たそのフライパン!?」 「ムネからだけど?」 「どんなトリックだ!! 空間移動(テレポート)系!? それともアポートか!? いや、にしても今のは明らかに『飛び出して』来てたぞ!? おっぱい削れないのねえおっぱいせっかくのおっぱいなのに!!」 「……タネも仕掛けもないよん♪」 「んな馬鹿なッ……、」 おっぱいを連呼するおっぱい全崩に対し、一瞬表情を凍りつかせたリーダー格の女だったが、すぐに持ち直すとにっこりと微笑んだ。普通にリーダー格の女とやり取りしていた全崩だったが、ふとそこで我に返る。リーダー格の女の周囲の男たちの様子がおかしい。 「あらあらー? どうやらこのコ達の逆鱗に触れちゃったみたいね?」 能天気そうな調子で笑うリーダー格の女の周囲には、悪鬼の如く顔を歪めた男たちの姿があった。 そこには、まず最初に後悔があった。守るべきものを守りきることが出来なかった後悔。狂おしいまでの後悔がそこにある。しかし、彼らはそこで止まらない。後悔だけでは終わらない。ずっと前に誓ったのだ、何があろうとこの少女を守ると。たとえ命を捨てることになったとしても、この少女の笑顔を守りきると……!! だから、彼らはそこで止まらない。後悔だけでは終わらない。もう二度と同じ過ちは繰り返さない!! そう心に誓って、もう一度立ち上がる!! あとおっぱい連呼するとか完全セクハラだろブッコロス!! !! !! 思わずそんな心情描写が垣間見えてしまう手駒達(ドールズ)がそこにいた。 「む……、」 ともするとどこぞの騎士団などよりもよっぽど男気に満ち溢れた集団を見て、全崩は思わず後ずさりして、 「む?」 「無理ゲーすぎんだろコレぇぇぇぇぇぇ!! !!」 さっさと逃げ出した。 6 「死ぬって!! 絶対死ぬってコレ!!」 はーはーと肩で息をしながら、それでも全崩は全力疾走を続ける。時折背後から食らったら確実に四肢のうちどこかが吹っ飛ぶような圧力の塊が飛んできたり、掠りでもしたら炭化しそうな炎の玉が飛んできたりしてきたが、奇跡的に全崩はまだ無傷でいられることが出来ていた。 『「全崩さん、何を逃げているんですか。移動しているだけで防備が全然崩れていませんよ?」』 「無茶言え!! あんな連中相手にしてんだぞ!? 死なないだけマシだと思え!!」 唐突に来た無線に、全崩は噛み付くように答える。 『「……分かりました。もう貴方は頼りにしません。諸共に潰します」』 「は!? 待て、待て待て待て!! 分かった、やるから!! 話せば分かる!!」 『「もう遅いです」』 瞬間、ドンッッ!! !! という轟音と共に、地面が縦に揺れた。 「なッ――」 『「荷電粒子砲を地面に照射することで地中一〇メートルほどの地点で大爆発を起こしました。この距離ならば、移動に専念している手駒達(ドールズ)の方々による能力の妨害を受けることもありません」』 手に持った無線機から機械的な声が響き、 『「――早く逃げないと、あなたも『第二波』に巻き込まれますよ?」』 それに対し全崩が具体的な行動を起こす前に、全てが弾け飛んだ。 何分が経っていただろうか。何時間かもしれないし、何秒かもしれない。とにかく、それだけの間全崩は意識を飛ばしていた。 「ぐ、」 ぼんやりと起き上がった全崩はまず自分の五体満足を確認した後、無線機の無事を確認した。 「く、クソが!! ふざけんな!! おい、何とか言いやがれ!! いきなりぶっ放しやがってぇぇ!!」 『「うるさいですよ、全崩さん」』 噛み付くように無線機に叫んだ全崩だったが、伝言でも分かる冷気さえ伴っていそうな殺意に思わず凍り付いてしまう。 「クソ……。連中はどうなったんだ? 死んだのか?」 『……星嶋さんが「教える義理はない」と仰っているので私が代わりに伝えますと、生死不明です。現在死人部隊(デッドマンズ)を二人ほど斥候に出しているので、自ずと結果は分かるでしょう』 死人部隊(デッドマンズ)の女の言葉に『星嶋が教えないって言ってるのにテメェが教えたら意味ねぇだろうが』と思いつつ、全崩は頷いた。荷電粒子砲が直撃したのならともかく、地面が爆発しているだけなのに死体が出てこないというところを見ると、おそらくリーダー格の女を含む手駒達(ドールズ)の集団は生きているのだろう。 正直このまま雲隠れして、星嶋が殺されるのを手伝っても良いとさえ思う全崩だが、それをやればおそらく彼は持蒲の報復によって死ぬよりも恐ろしい目に遭わされる。どっちにしても、戦うしかないのだった。 「……手持ちの武器は……鉄球一個と、『コントローラ』、それに拳銃か」 一応、彼も暗部として生きている。学園都市の薬物によるドーピングで鍛えられた肉体での格闘戦などは、そこらのアスリートなどよりもよっぽど優れていることだろう。しかし、相手は肉体の通用しない能力者。彼の『二重衝撃(ダブルウェーブ)』もどこまで通用するか、といったものである。 と、そこまで考えて全崩はあることに気がついた。 「……いや、待てよ。おい星嶋代理」 『ご用件は』 「確か、テメェらは脳みそにブチこまれたマイクロチップによって情報をやりとりしてるんだったな」 『はい。そうですが』 「じゃあ、向こうの手駒どもはどうなってんだ? 話を聞く限りテメェらの下位互換って話だが」 『……情報によると、「手駒達(ドールズ)」構成員の頭皮には電気信号を送る為の小型アンテナが設置されており、別地点から送られている命令に従って動いているようです。尤も、精度が低い為それでもある程度彼ら自身の意識は残っているようですが、今回の場合はそれが私達にとってマイナスに働いています』 死人部隊(デッドマンズ)の女の報告に、全崩は軽く表情をゆがめる。 「……クソッタレ、無気力な肉人形を覚醒させるとかあの美人の姉ちゃんはどんな魔法を使ってんだか……、……魔術?」 悪態を吐いた全崩は、そこで間抜けな顔をしながらボソリとそんなことを呟いた。 今は学園都市の『闇』の中で蠢いているが、『テキスト』の本来の業務は学園都市の外部の敵との戦闘である。つまり、それは学園都市以外の『異能を扱う組織』――魔術師との接触がある、という意味だ。 そのご他聞に漏れず、全崩もまた魔術の存在を知る数少ない人間の一人だった。 『「くだらない事を言っている暇があったら手を動かしてください。今すぐに貴方を殺してもいいのですよ?」』 「チクショウ! いきなり従順とドSのギャップを発動させてんじゃねぇぞ! せめて順序を逆にしやがれ!」」 死人部隊(デッドマンズ)の女越しに感じる星嶋の殺意に慄(おのの)きながらも、全崩は懐から『コントローラ』を取り出しながら走り出す。 『「何をするつもりですか?」』 「ああ? それは今はどうでもいい!! っていうかさっさと終わらせてぇんだよ、俺は!! 頼みがある!! 向こうの手駒どもの命令に使われてる電波の周波数を調べてくれ!! ご自慢の『ファイブオーバー』の走査能力ならどうにでもなるだろ!!」 『「……私に、命令するんですか? 貴方が」』 「お、おおおおお願いですお願いですお願い!! 命令なんてとんでもないこれが最善だから仕方なくですよーハハハー!!」 『「……まぁ、分かりました。失敗しても貴方が死ぬだけですし。……『ファイブオーバー』を小間使いにするんですから、失敗は許されませんよ」』 「もももっ、勿論でございますサー!!」 『「……私は女です」』 「イエスマムっ!!」 ガクガクガクガク――っ!! と情けなく震えながら、通信を切った全崩はそこで一気に全身の緊張を解いて呟いた。 「……チクショウが。さっさと終わらせねぇと、マゾヒストにジョブチェンジしちまうぞ、俺」 7 最初に敵を発見したのは、念動使い(サイコキネシスト)の能力を持つ手駒達(ドールズ)の男だった。 先ほど屠殺場の豚よりも情けない悲鳴を上げて逃げ出した白い男が、何故だか不敵な笑みを携えて戻ってきている。 「……伊利乃様」 手駒達(ドールズ)の男は、とても薬物中毒者とは思えない落ち着き払った声で奥の廃材に座り、爪の手入れをしていた彼らの主――伊利乃希杏に声をかけた。普段は言葉にもならないうめき声をあげるしか出来ない彼らだが、アンテナからの電波を受け取り、指示に沿った行動をしているときだけはこうした態度をとっている。尤も、彼女のそばにいるときはそれを差し引いても理知的すぎるような気がするのだが。 「来た、みたいだね」 「おう。テメェを掻っ攫いにな、お姫様」 すっくと立ち上がった伊利乃に、全崩はクズらしい下卑た笑みを浮かべる。 無論、彼にこの場で伊利乃を乱暴するなどといった意志はない。確かに伊利乃は美人だがそんなことをしようものなら星嶋に文字通り消されるし、何より彼はこんなところでそんなアホなことを考えるほど平和ボケしてはいない。 殺せる相手は殺せるうちに殺さないと逆に殺されてしまう、そんな世界で生きているのだ。手加減など有り得なかった。 「きゃー、私攫われちゃうんだって」 しかし、そんな不敵な笑みを浮かべる全崩にも伊利乃は余裕を崩さず、きゃっきゃと笑いながら両手を頬に当てて体をくねらせた。彼女の言葉に呼応して、周囲の手駒達(ドールズ)が一斉に殺気立つ。明らかに全崩のことをナメきった態度だが、不思議とそうしている間にも彼女に隙はない。 (……か、格上か!?) 彼女が高位の能力者という報告はなかったが、そもそも『ブラックウィザード』は能力開発用の薬物を横流ししている組織である。独自に開発を行うことで高位の能力を手にしている可能性も否定できなかった。 そして、全崩と言う人間は格上に対してあまりにも弱い。 「流石に私も攫われたくないからぁ……、ガンバってっ! 勇者さん☆」 「「「「ぐォォォおおおおおおおッッッ!! !!」」」」 にっこりと、魔性の笑みを浮かべた伊利乃の言葉に呼応するように、周囲の手駒達(ドールズ)は一斉に行動を始めた。 いくらヘタレとはいえ、一応全崩も暗部の端くれだ。理性を失っている高位能力者の複数人くらいなら捌くことは出来る。 しかし。 全崩が念動使い(サイコキネシスト)の圧力を、火炎使い(パイロキネシスト)の炎弾を、電撃使い(エレクトロマスター)の電撃を回避しているその時。彼の視界の端で、伊利乃が身じろぎする。それだけで、既に彼女に対して心を折っている全崩は目に見えて動揺してしまう。 (な、何かが来る!? 俺の対応できない攻撃か!? ここは回避……いや、それじゃ攻撃が、う、ああ!!) そして、いくら理性がないとはいえ伊利乃の為という目的の下に立ち上がった手駒達(ドールズ)相手に、片手間の思考で対応できるはずもない。 ――瞬間、訪れる衝撃。 「ごっ……がァァァあああああッ!?」 直撃ではなかった。念動使い(サイコキネシスト)の攻撃によって削られた地面の破片が、その余波を伴って全崩の腹に衝突しただけだ。しかし、それだけで全崩は枯葉か何かのように数メートルも吹っ飛ばされた。 (なん、何が!? 俺は今何をされッ……、ぐ、腹が!! 腹が燃えてるみてぇに熱い!! 発火能力(パイロキネシス)を食らったのか!? ちくしょうちくしょうちくしょうッッ!! もうやだ、こんなの嫌だ、帰りてぇっ!!) 地面を転がりながら、全崩はそんな情けないことを考える。しかし、この場から逃げることは許されない。そんなことをしたら最後、遠距離からこの場を監視しているだろう星嶋にピンポイントで荷電粒子砲を打ち込まれることだろう。 (まだか……、まだなのか……ッ!?) 焦燥で二、三歳ほど老けて見える全崩は、今度こそ攻撃を食らわないようにと過敏すぎるくらいに周囲への注意に精神を尖らせる。注意するあまり、体は中腰にして両手を左右に広げたその体勢は滑稽以外の何者でもなかったが、その場で彼を笑う人間は一人としていない。 「チ……、クソがァァあああッ!!」 思い切り三下のようなことを口走りながら、全崩は拳で鉄球を殴りつけると、それを思い切り手駒達(ドールズ)の一人に投げつけた。当然、そんな馬鹿正直な攻撃は念動使い(サイコキネシスト)の男に抑えられ、圧力により鉄球はバラバラに砕け散る。 しかし、これこそ全崩の狙いだった。 「……ッ! 吹き飛べぇ!!」 すぐさま襲い掛かってきた電撃や炎弾を回避する為に物陰に飛び込んでいた全崩は、そう言って頭を両腕で庇う。必要のない動作だが、精神的に弱い彼にとっては必要な動作だったのだ。 瞬間、ドガガガガッ!! という音の後に、いくつかの破裂音が飛び散った。 (……二重衝撃(ダブルウェーブ)の応用、ってな……) 投げつけた鉄球が砕かれるのは、先ほど同じような手を使って念動使い(サイコキネシスト)のことを出し抜いていたこともあって分かりきっていることだった。同じ相手に二度同じ策を使うということは、その時点で既に愚策なのである。 だからこそ、砕かれたことによってばらばらになった鉄球に二重衝撃(ダブルウェーブ)を発動させることにより、乱雑な方向に破片を飛び散らせる即席の手榴弾にしたのだ。尤も、所詮拳による衝撃なので大した威力にはならないが、至近距離だった念動使い(サイコキネシスト)の男くらいはこれでダウンしているだろう――と、そう考えて陰から顔を出した全崩は思わず絶句した。 そこにいたのは、無傷で佇む手駒達(ドールズ)だった。 それだけではない。 手駒達(ドールズ)の中にいる電撃使い(エレクトロマスター)の男の周囲には、バラバラに砕け散っていた鉄球が衛星のように浮かんでいた。 (……ッ!! 磁力か!! ちくしょう、抜かった!!) そう考えるのとほぼ同時に、全崩は殆ど飛び込むような勢いで物陰に飛び込んだ。 ズガン!! という音が、地面に鉄球がめり込んだ衝撃とほぼ同時に全崩の耳に届く。 (クソッタレ!! 鉄球はこれで品切れ、拳銃もあの分だと通用するはずがねえ、徒手空拳であとどこまでやれる!?) 思わず、逃げてしまおうかという思いが彼の脳裏に去来する。 しかし、逃げるわけにはいかない。先ほどにもいったとおり、彼の背後に退路は存在していなかった。 彼は、しばし自分の置かれた状況について考え、そして静かに自分の次の手を決断する。 「……、……ええいもうやぶれかぶれだッ!!」 ヤケになったかのように叫ぶ全崩は、そのまま物陰から身を躍らせた。 当然、そんな全崩は手駒達(ドールズ)にとって格好の獲物だ。念動使い(サイコキネシスト)、火炎使い(パイロキネシスト)、電撃使い(エレクトロマスター)などの男達が各々自分の出せる最高の技術を以って彼をボロ雑巾に変えようとする。 ……最初に違和に気がついたのは、彼らを従える伊利乃だった。 「……どうしたの、皆? 動きが止まってるよん?」 手駒達(ドールズ)の男達は、それぞれ自らの周囲に能力を発現させた状態のままで動きが固まってしまった。まるで、それ以上どう動けばいいのか(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)分からないとでも(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)言うように(ヽヽヽヽヽ)。 「……流石は劣化死人部隊(デッドマンズ)、だな」 今までのヤケになった表情はどこへやら、どこか安堵したような表情で全崩は呟いた。 「……うーん、キミ。どうやってこのコ達のアンテナをおシャカにしちゃったのかな?」 少し困り顔で、伊利乃は全崩に問いかけた。その声色と表情には相変わらず余裕があったが、全崩はそれを空元気だと断ずる。 「ハッ。まあいい、教えてやるぜ。コイツだよ」 そう言うと、全崩は懐から携帯ゲーム機のような端末――『コントローラ』を取り出す。 「『コントローラ』、正式名称『痛覚遮断(ペインキラー)性電波干渉装置』。ウチの不死者の姫君(アンデッドプリンセス)をお手伝いする為の装置なんだがよぉ、複数ある痛覚遮断(ペインキラー)の電波の内、特定の人間に効く電波『だけ』を遮断する必要性がある関係上、コイツは『上』の遠隔操作で『干渉する電波の周波数』を変更することができるんだよ」 そして、痛覚遮断(ペインキラー)による電波への干渉を目的としているとはいえ、同じ電波である以上はこの装置で干渉できない道理などない。 「……もしかして、このコ達の頭についてるアンテナ全部ジャミングしちゃった……とか?」 余裕のない笑みを以って答えにした全崩に対し、伊利乃はたらーりと冷や汗を浮かべるコミカルな反応で返した。そんな伊利乃に対し、全崩は蔑みと嘲りを前面に出した笑みを浮かべて言う。 「良いのか、そんな風に余裕を晒してよぉ。妨害がなくなった以上、お前にこっちの最終兵器を止める手段はないんだぜぇ?」 勝ち誇る全崩に、伊利乃は一瞬だけ呆れたような苦笑を浮かべつつ言う。 「うん……、まあ、いっか。それじゃあ最後に良いものを見せてあげるよ」 そう言った入りのは、ステージに立つように軽やかな足取りでバックステップして手駒達(ドールズ)から距離をとる。 「さぁ~って! 見ててよ~……! タネも仕掛けも、ありません、っとっ!!」 そう言った瞬間だった。 ジャオッッ!! !! という熱したフライパンに油を敷いたときのような音と共に、光の奔流が手駒達(ドールズ)と伊利乃を包み込んだのは。 「おんぎゃあああああ~~~~~~っっ!? !? !?」 次の瞬間、全崩は伊利乃の意味深な言葉も敵に勝利した喜びもかなぐり捨てて、強力な光にやられた目を抑えてもんどりうった。ごろごろごろごろ、と転がりながら、全崩は意味がないと知りつつも痛みを誤魔化す為に両目を擦り続ける。 「ちくしょうっ!! あの野郎さっきまでの余裕の態度はこれが目的か!?」 そう言いつつ、全崩はそうではないと確信していた。 最後の瞬間、伊利乃は両手を広げて荷電粒子砲による消滅を受け入れたように見えたが、実際はそうではない。 光の奔流が伊利乃を飲み込む一瞬前、彼女は自ら虚空に(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)吸い込まれていた(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)のだから。 「それこそ『種も仕掛けもなく』……」 まだ少しだけ目を擦りながらも、少しだけ立ち直ってきた全崩は、体を起こしながら無線機を耳元にやる。 『「首尾はどうです?」』 すると、即座に無線機の向こうから声がかかってきた。 「お人形さんは全部壊れた」 『「お人形遊びが趣味のお嬢さんは?」』 無線機の向こうから聞こえる無機質な声に、全崩は気が滅入る思いを感じながら呟いた。 「…………種も仕掛けもない脱出マジックを成功させやがったよ」 8 「……ははーん。上がどうして俺らを使おうとしてたのかいまいち腑に落ちなかったが、こういうことなら納得が行くな。相手が『魔術』に一枚噛んでるなら、俺ら『テキスト』の出番が回ってくるのもある意味当然だし」 全崩がまとめたデータを一瞥して、持蒲は興味深そうに頷いた。 結局あの後、全崩と星嶋は別々に第七学区にある『テキスト』の隠れ家に戻っていた。星嶋は既に『ファイブオーバー』を脱いでいるが、ライダースーツのような駆動鎧(パワードスーツ)はそのままだった。 隠れ家には両手を真っ赤に染めたままの超城と、どこか憔悴している様子の陵原が既に休んでいる。状況を見るに、超城と陵原でコンビを組んで別の工場を叩き潰していたのだろう、と全崩は床を見ながら思った。 「どういう経緯でそうなったのかは不明だが、その『リーダー格の女』……『伊利乃』はまず魔術師、あるいは何らかの霊装を持っていると見て良いだろう。空間移動(テレポート)系の応用という可能性もあるが、その場合は魔術師よりも対応自体は簡単だから考えなくて良い」 「『魔術』との境界を割ってる可能性はなかと?」 持蒲の言葉に、元々軍人であり学園都市の対外関係に敏感な星嶋が問いかける。 「それに関しちゃ問題ないだろうさ。もしそんな実験があったなら、もう既に実験体ごと他の連中が叩き潰してる。それがなかったってことは、『境界は割ってない』っていう判断を上がしたんだろうさ」 星嶋の問いに軽いノリで答えながら、持蒲は『それより』、と続ける。 「全崩の『手駒達(ドールズ)の電波を逆算して妨害する』という作戦だがな、これが意外に良い結果を残した」 言いながら、持蒲はノートパソコンの画面を翻して他の『テキスト』の面々に見せる。 「逆算の際に入力した手駒達(ドールズ)の操作用電波のデータを用いて、電波の発信位置を逆算してみた。……結果はこの通りだぜ」 ノートパソコンには第一〇学区のものと思わしき地図が表示されており、その一角に大きな赤い丸が点滅していた。 「……手駒達(ドールズ)の親玉の所在地、だね?」 「……これで、仕事が、随分、楽に、なるの……。……全崩、お手柄なの」 ずい、と体を前に倒して画面を食い入るように眺める陵原の隣で、超城はふっと体の力を抜いて全崩に向かって言う。他の女子メンバー二人と違って根本的なところで全崩に嫌悪感を抱いていない超城は、割と普通に彼に話しかけていた。尤も、当の全崩は超城の醸し出す人を眉一つ動かさず殺せる雰囲気が怖くてまともに相手もできないのだが。 「(……情けなくびびりよって、ほんまに駄目な奴やね)」 そんな全崩に、自分のことは軽く棚に上げて星嶋は呟く。先ほど何故あんな連携が出来たのか不思議に思うほどの扱いだった。いや、無線から伝わってくる彼女の態度は大体こんな感じでもあったのだが。 そんなカオスを軽く一瞥し、持蒲は軽く咳払いをする。それだけで全員、空間が数段引き締まったような錯覚を感じた。 先ほどの軽い口調から一転、闇に属する人間の雰囲気を漂わせた持蒲は冷たい口調で言う。 「ともかく、だ。とりあえず研究所破壊の邪魔をし、内部に魔術師もどきの能力者を擁している疑惑のある『ブラックウィザード』のガキどもを潰すのは確定。それなら、まずは奴らの手足を潰すところから始めなくちゃならない。……クイーンに関しては星嶋と全崩のファインプレーでとりあえず引っ込ませることはできた。……今度は、キングを潰すぞ」 言いながら、持蒲はとん、と指先で赤い丸を叩く。 学園都市の闇の底を盤にしたゲームは、まだ始まったばかりだ。 第一章① 目次 行間
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「・・・・・・」 「・・・・・・」 無言。静寂。今の状況を表すとすれば、それ等の言葉が相応しい。荒我が緋花を部屋へ入れた直後から、2人共にずっと言葉を発しない状況が続いていた。 「(な、何だってんだ!!この何とも言えない緊張感はよ!!?確かに、昨日俺の部屋に来てもいいって言ったけどよ!!昨日の今日とは、こっちも全然予想してねぇっつーの!!)」 「(お、お姉ちゃんに手本を示すためにって思ったけど、いざ来てみたらすごく緊張するー!!!何話せばいいのかわかんなくなっちゃってるよー!!!)」 ちゃぶ台を真ん中に向かい合ってかれこれ15分。ずっと俯いたり視線を逸らしたり意味不明な呻き声を挙げたりしてる2人。 場の空気が痛い。気まずいなんてモンじゃ無い。閉塞感バリバリである。 「・・・・・・い、今まで仕事だったのかよ?」 「えっ!?う、うん!!」 なので、とりあえずこの状況を脱するために荒我は風紀活動から話を始めて行く。 「そ、そりゃ大変だな。昨日も思ったけどよ」 「そ、そうなんだよねぇ。アハハ」 「そ、そうか。ハハハ」 「アハハ・・・・・・」 「・・・・・・(ぜ、全然続かねぇ!!!もう少し話を広げろよ、緋花!!!)」 しかし、その話題もすぐに尻切れトンボになってしまう。 「・・・・・・そ、そういえばさっき梯君や武佐君が来たって勘違いしてたみたいだけど、どうして?」 「うんっ!?あ、あぁ・・・ゲームの続きをしに来たと思っただけだぜ」 なので、とりあえずこの状況を脱するために焔火は舎弟話から話を始めて行く。 「あ、あぁ。昨日電話越しで武佐君が言ってたゾンビゲームか」 「そ、そうなんだよ。ハハハ」 「そ、そう。アハハ」 「ハハハ・・・・・・」 「・・・・・・(ぜ、全然続かない!!もう少し話を広げてよ、拳!!!)」 しかし、その話題もすぐに尻切れトンボになってしまう。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 再び訪れる沈黙。気まずい。気まず過ぎる。 「・・・・・・あのよ!!」 「・・・・・・ね、ねぇ!!」 「「!!!」」 「・・・・・・な、何だよ?」 「・・・・・・け、拳の方こそ何よ?」 「お、お前から先に言えよ」 「拳の方から言ってよ」 「い、いや。お前から・・・」 「拳から・・・」 「お前・・・」 「拳・・・」 「「・・・・・・」」 客観的に言わせて貰おう。じれったい!!じれった過ぎる!!!初々しいってレベルじゃねーぞ!!! 「・・・ククッ」 「・・・プッ!」 「ククッ・・・ククッ・・・」 「・・・フフフ」 「ククッ・・・な、何笑ってんだよ!?」 「フフフ・・・拳だって、何で笑ってるのよ!?」 「いや・・・このおかしな空気っつーか状況に耐え切れなくてよ。『何でこんな空気になってんだ?』って冷静に考えてみた途端におかしくなっちまった」 「フフフ・・・私も。うわっ?手が汗でビッチョビチョ!・・・どれだけ緊張してるのよ、私」 どうやら、当人達もこのじれったい空気に耐え切れなくなったようである。 「とりあえず、何か冷たいモンでも持って来るわ。麦茶でいいよな?」 「う、うん」 変な空気のせいか喉が異様に乾いていた荒我は、麦茶と2人分のコップを取りに水場へ向かって行った。 その間に、焔火は深呼吸を繰り返す。今日ここに来た目的。それを見事果たすためにも、今は落ち着かなければならなかった。 「拳の部屋って整理整頓されてるね。何だか意外・・・」 「・・・・・・かもな」 「そうだ。今日リーダーのお見舞いに行ったんだ」 「へぇ。リーダーの調子はどうだった?」 「元気だったよ。お見舞いに持って行ったケーキに目を輝かせてた」 「そうか。そりゃ良かった」 「・・・宿題とかやってる?」 「・・・・・・少なくとも半分以上は残ってんな。緋花は?」 「・・・・・・殆どやってない」 「・・・忙しいモンな」 「・・・うん」 荒我と焔火はベッドの支え部分に背を預け、麦茶を飲みながら雑談していた。今の話題は、最近の出来事についてである。 「・・・拳と初めて会ってから、まだ2ヶ月ちょいくらいだよねぇ」 「・・・そうだな。紀長の屋台で偶然バッタリ会ってからだモンな」 「何だか結構昔のように感じられて、少し笑っちゃう。あれから・・・色んなことがあり過ぎたからかなぁ・・・」 「緋花・・・」 隣に居る少女が遠い目をしていることに少年は気付く。何を見ているのかは少年にはわからない。きっと、それは少女にしかわからないこと。 そう思い、荒我は焔火の方に顔を向けないままずっと正面を見ていた・・・その時。 コテン! 「!!!」 「・・・・・・」 自分の肩に感じた重み。それは、焔火の顔が荒我の肩に乗ったことを意味していた。しばしの沈黙の後、少女はポツリポツリ言葉を漏らし始める。 「・・・でも。昔のように感じていても・・・それは絶対に色褪せることは無い。貴方と出会えた偶然に、私は心の底から感謝してる」 「・・・!!」 「・・・貴方が居てくれるから、私は頑張れる。もちろん、リーダーやゆかりっち・・・お姉ちゃんや176支部の皆・・・それ以外の人達の力も大きいよ? それでも・・・今の私が立ち上がれる一番大きな力は・・・貴方なの・・・拳」 硬直してしまっている荒我には、焔火がどんな顔をしながら話しているかは窺い知れない。 唯、ボヤっと予測くらいはできた。きっと・・・彼女の顔はとても赤くなっているんだろうな・・・と。 「・・・・・・拳。こっち見て!」 「!!?」 焔火の手が荒我に伸びる。その手で無理矢理顔を少女の方に向かされる。そこには・・・予測通り顔を真紅に染めた1人の恋する乙女の姿があった。 「・・・私は・・・私は・・・まだ貴方のように強い人間じゃ無い。馬鹿で独り善がりで情けなくて・・・自分でも何でこんなにガキっぽいんだろうって思うくらいの人間なの。 でもね・・・それでも貴方はいいって言ってくれた。私の長所も欠点も何もかも見てくれた上で!!・・・すごく嬉しかった!!」 「・・・!!!」 「私は・・・貴方に成長した私を見て欲しい!!今までのガキっぽい私じゃ無くて、一人前の1人の女として貴方に見て欲しいの!! 今回の件で、私は必ず結果を出してみせる!!今まで必死に頑張って来たことを、全てぶつける!!」 互いの吐息が掛かる程に接近している2人。正に、2人だけの空間が成立している状態だ。 「・・・緋花。お前が今日ここに来たのは・・・」 「・・・・・・気付いてるんでしょ?ここまで言ったんだから」 「・・・ゴクリ!」 「・・・この際、はっきり言っちゃうか!ス~ハ~・・・」 気付いてる。ここまで思いの丈をぶつけられては。そして、自分の心にある恋心にも。そこに、最後の駄目押しが放たれる。 「私は・・・・・・・・・貴方が好きなの。荒我拳が・・・大好きなの!!」 「・・・!!!!!」 告白。焔火緋花が荒我拳に自身の恋心を打ち明けた瞬間である。瞬間なのだが、告白された側の少年はその瞬間に受けた衝撃の大きさで思考硬直を起こしてしまった。 純情そのものの荒我は、今まで女性に告白したことは無かった。その逆もである。故に、いざその現場に立つと何を話せばいいのかわからなくなってしまうのだ。 さっきから彼の口数が少ないのも、それが理由である。漢としては情けないにも程があるが。 「・・・・・・」 「・・・お~い」 「・・・・・・」 「気を失ってる・・・とかじゃ無いみたいだけど・・・完璧に思考硬直を起こしちゃってる。むむむ・・・」 だが、そんな事情は告白した少女にとっては与り知らぬ事柄である。 折角、一大決心して恋する少年に告白に踏み切った少女。なのに、その後の反応が全く無いのでは拍子抜けの感がどうしても露になる。 「・・・・・・」 「・・・このままだと、私が告白するために振り絞った勇気とか何とかが・・・。まさか、拳がここまでウブだったとは・・・!!わ、私も人のこと言えないけど・・・。 それにしたってねぇ・・・う~ん・・・どうしたら・・・・・・・・・!!!!!」 事ここに至って、少女はある行動を頭に思い浮かべる。それは、今日の時点ではするつもりが無かったこと。 少女自身、今日は告白することしか頭に無かったのでその先の行動にまで考えが及んでいなかった。 「・・・・・・」 「・・・・・・こ、ここ、こうなったら・・・・・・け、拳を目覚めさせるためにも・・・・・・や、やや、やるしかないか!!! こ、告白したんだし!!や、やや、やってもいいよね!!?(拳の)答えは聞いてないけども!!!」 真紅に更なる真紅を重ねたような顔でブツブツ独り言を零す焔火。少女は決意する。未だに放心状態の少年を現実に引き戻すためのトリガーを引くために。すなわち・・・ ムニュ 「!!!!!」 「・・・!!!!!」 口付け。互いにとってのファーストキス。少女から行った接吻により、少年は現実世界へと帰還して来た。 「・・・ひ、ひひ、緋花・・・!!!お、お前・・・!!!」 「・・・・・・わ、私だって今日するつもりは無かったんだからね!!?け、拳が余りにも反応無いって言うか男としてどうよ?的な状態だったから仕方無く・・・!!」 「し、仕方無くでキスしたのかよ!!?」 「ち、違うわよ!!?そういう意味で言ったんじゃ無いわよ!!?」 「じゃあどういう意味なんだよ!!?」 「ど、どういう意味って・・・・・・そ、そんなこと・・・拳と・・・拳とキスしたいからしたに決まってるじゃない!!!」 「!!!!!」 絶句。重ねて言うが、荒我は恋愛に関しては純情を地で行く男である。つまり、真正面からの猪突猛進ラブアタックにはたじたじになってしまうのだ。 「も、もぅ。こんなこと、改めて言わせないでよ!!」 「・・・す、済まねぇ・・・」 真っ赤な顔をしている焔火のジト目に、荒我は唯謝ることしかできない。情けない。1人の男として自分を情けなく思ってしまう。 しかし、ここまで少女にさせてしまったからにはハッキリ答えを示す必要がある。それが誠心誠意というモノだ。 「・・・・・・お、俺は・・・」 「・・・待って!」 「緋花・・・?」 告白された身として返事をしないわけにはいかない。そう考えて混乱しながらも荒我は言葉を出そうとするが、それを焔火が遮る。 「・・・貴方の返事は・・・私が関わっているあの件が終わってから聞きたい」 「ど、どういう意味・・・?」 「さっきも言ったよ?『貴方に成長した私を見て欲しい』って。私は・・・私が成長した姿を見た貴方の言葉が欲しいの」 それは、1人の女としての願い。好きな男に最高の自分を見て欲しいという欲求。焔火緋花の“我”。 「必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!」 「・・・・・・そういうのってやり逃げって言うんじゃ・・・。紫郎が時々漏らしてた言葉だけど」 「ブッ!!ヤリ逃げって・・・!!な、何卑猥なこと言ってんのよ!!?」 「ブブッ!!や、やり逃げの何処が卑猥だ!!?」 「お、女の私に説明させる気!!?な、何だか失望しちゃう・・・!!拳ってそんな男の子だったんだ・・・!!」 「ふざけんな!!!お前・・・一体何を勘違いして・・・・・・ハッ!!そういうことか・・・!!緋花・・・お前・・・」 「な、何よ!?その哀れむような目は!!?」 「ガキみたいって言葉は訂正するぜ。お前も大人の階段を駆け上がってるんだなぁ・・・」 「なっ!!?・・・ハッ!!あ、貴方~~~!!!」 互いに顔をゆでだこ状態にしながら文句を言い合っている2人。何やら根っこのトコで変な勘違いが発生していた模様である。言葉とは難しいモノだ。 「まぁ、いいや。・・・わかったぜ、緋花。お前がそう言うんだったら、俺はお前を待つぜ」 「さ、最初からそう言えばいいのよ!!」 「(正直、今の俺の状態じゃあ何を言うかわかったモンじゃ無いからな。冷却期間を貰えるってのは、スゲー有り難い。緋花の本気の想い・・・絶対に無下にはできねぇ!!!)」 本音を言えば、返事はもう決まりきっている。だが、その言葉が少女の想いに応えるために相応しいモノかどうかがすぐには判断できなかった。 だから、束の間の冷却期間の内に整理しなければならない。自分が抱く少女への想いを。 「・・・それじゃあ、私はお暇するね。少しは夏休みの宿題もしないといけないし」 「・・・あぁ」 そう言って、焔火は玄関へと歩いて行く。荒我も見送りのために付いて行く。 「気ィ付けて帰れよ」 「うん。拳・・・」 「何だ?」 「大好きだよ!」 「ッッ!!?」 「フフッ。それじゃあ!」 少女は満面の笑顔を浮かべながら荒我宅を後にする。その後姿を目に焼き付けた少年は、リーゼントを掻き毟りながら―そして少しだけ笑みを浮かべながら―ドアを閉めたのだった。 「“アレ”は明日までに調整が終わる予定です。その後は手筈通りに。・・・戸隠には固地の尾行を取り止めるように伝えました。やはり、何かを仕掛けている可能性があるので」 ここは、数ある『ジャッカル』の一店舗。そこに、『ブラックウィザード』の“辣腕士” 網枷双真は居た。 「・・・それは西島が?・・・わかりました。その件については伊利乃に調べさせます。彼女はその手のことに関しては敏感ですし。・・・はい」 網枷は、『ジャッカル』内に備え付けられている専用の回線を使って通話をしている。相手は・・・“孤皇” 東雲真慈。 「・・・網枷」 「はい」 「今回の“決行”のアレンジなんだがな・・・以前には無かった不確定要素が入っていないか?私情が混じっているとも取れるんだが」 「・・・・・・」 「お前は176支部の風紀委員を利用するつもりだが、もし奴等から情報が漏れることがあれば・・・俺達『ブラックウィザード』に害が及ぶんじゃないか? お前の辣腕ぶりを否定するわけじゃ無いし、他の幹部達も今の所はお前の判断にケチを付けるつもりは無いだろう。だが、万が一ということもある」 「・・・・・・」 東雲は、自分にとって有害な存在は誰であろうと切り捨てる(時と場合によってはこの限りでは無いが)。そこに、一切の躊躇も無い。 「今日のお前の調査で、風紀委員の一部・・・というか結構な数が内通者の存在に気付いていることが“確認”された。おそらく、お前がそうだと気付いている者も数名居るだろう。 阿晴と共同で焔火達を罠に掛けることに成功したのと引き換えに、加賀美雅にも正体が割れた。・・・網枷。お前は俺に害を及ぼすのか?お前は俺に殺されたいのか?」 声に殺意が混じる。網枷の返答如何では、東雲はすぐにでも網枷を切り捨てることを選択するだろう。だが・・・ 「あなたの理想が叶うならば、私は喜んで捨て駒にもなろう。あなたの思想が果たされるのならば、私は望んでこの命を捨てよう。これ等が私の思いです・・・東雲さん」 “辣腕士”は揺るがない。自身が抱く信条を、自分を変えた存在へと伝える。 「ククッ。俺の思想・・・か。“『力』こそ全て”。つまり、お前が抱く風紀委員(げんそう)を『力』でもってねじ伏せることが、俺の思想と合致していると言いたいのか?」 「・・・・・・」 「何故、お前があの時鏡子を薬物中毒に陥れたのか?それは、当時のお前が己の胸に在った風紀委員の在り方を幻想にしたかったからだ。 裏切り者(じぶん)の所業に気付かない風紀委員など、信じるに値しないまやかしだという挑発と慟哭を込めて。そんなお前が何故未だに鏡子を“手駒達”にしないのか? それは、お前の思惑通りに鏡子が風紀委員という幻想から解き放たれた以上“仲間”へ薬物中毒以上の非人道的な扱い・・・例えば完全な人格破壊を齎せたくは無かったからだ。 鏡子を中毒に陥れた網枷(おとこ)の物言わぬ言い訳としてはこんな所か。網枷。お前は、お前が思っている程冷酷でも無慈悲でも無い人間だ。お前は心の何処かで裁かれたいと思っている。 加賀美雅を“わざと”焚き付けたのも、お前の私情が為したモノじゃないのか?あの女は、お前が風紀委員を裏切る『理由』じゃ無かったからな。 『理由』の吐露なら不自然じゃ無いが、そうで無い以上“わざと”らしさが俺には見て取れるぞ?それとも・・・余りに鈍い幻想に怒りを抑えられなかったか?ククッ。 それに・・・頭が切れるお前なら、俺達『ブラックウィザード』が万が一にも殲滅された後のことを考えていないわけが無いからな。俺に心酔しているとしても。 いや・・・俺に心酔しているからこそお前は『力(おれ)』を試している。ある意味お前は俺をも裏切り、利用しているわけだ。無論、俺を害しない程度の“線引き”は引いているが」 東雲の声に喜悦の色が見える。人の心を読むのに長ける彼は、網枷の内心に巣食う矛盾―悪意の中に潜む正義を信じる欠片―に気付いていた。 「お前は、心の何処かで幻想に期待しているんじゃないか?まやかしだと思っている存在が、俺達『ブラックウィザード』に打ち勝つ程の何かを見せ付けたのならば・・・と。 だから、お前は俺の『力』になった。連中に立ちはだかる“壁”として。もちろん、それが占める割合は1%にも満たないだろうが。 今回のアレンジも、その思いから派生したモノが無いとは言えないな。まぁ、非情にも非情なアレンジだが。・・・やはり、お前も人間だな」 「・・・・・・だとしたら?私を今ここで殺しますか?命令さえあれば、何時でも私は・・・」 「何故、俺がお前の言うことを全て聞かなければならないんだ?お前は俺の『力』だ。生殺与奪権は、全て俺の手中にある。 お前は、己の『力』をこの世界に証明したいんだろう?何が目的であれ、どんな形であれ。俺もそうだ。俺の目的で、俺はこの世界に負けない程の『力』を俺なりの形で示したい。 お前の期待通りに行くと思うなよ?俺は俺を害する者を全て排除する。網枷。お前もお前の『力』を証明するためにも幻想に容赦するつもりは無いんだろう? これでも、俺はお前の覚悟は理解しているつもりだ。だからこそ言おう!思う通りにやれ!全力で幻想をねじ伏せろ!その先に、お前が望む答えの1つがある筈だ!!」 東雲は、己が『力』を本気で証明したい人間には寛容である。戸隠の時と同様に。自分に害が及ぶ時は切り捨てるが、そうで無いのならばその者の『力』を尊重する。 その上で、東雲真慈の『力』として取り込む。取り込まれた時点で、それは“孤皇”の『力』となる。すなわち、『ブラックウィザード』=東雲真慈とも言えるのだ。 「答え・・・。フッ、その種類がどのようなモノなのかはその時にならないとわかりません・・・か。 果たして期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなのか・・・。どちらにしろ、今回の件でようやく私も心の整理ができそうです」 「そうだな。それを見極めたければ、精々俺を害しないように気を付けるんだな。“自浄作用”にまで俺は寛容になるつもりは無いぞ、『黒き力』の一員?」 『風紀委員?警備員?そんなモノに頼るな。依存するな。この世で唯一頼れるのは「力」のみ。俺は「黒き力」・・・「ブラックウィザード」の頂点に居る男だ』 『あの方こそが、この腐った世界を変えてくれる唯一の存在だ。俺は・・・私は、あの方に・・・あの人の隣に在りたい!!』 『ンフッ。網枷君って、見た目によらずちょっと中二的発言が多いわよねぇ。そういうお年頃なのかしら?』 「えぇ。わかっています。・・・やはりあなたはいい。あの時、あなたと出会えた偶然を・・・これ程嬉しく思ったことは無い。私の一番はあなたですよ。今も・・・これからも」 「褒めても何も出ないがな」 「もし、先程指摘があったアレンジや私の正体の件で東雲さんにまで害が及ぶのなら、その時は私を切り捨てて下さい。 もっとも、正体の件について不都合が発生した時は自分で始末を着けるつもりですが」 「いいだろう。その時が来たら、俺の手で殺してやろう・・・親友」 その後幾つかのやり取りをした後に網枷は東雲との通話を切り、『ジャッカル』を後にする。少年少女が描く物語は、いよいよ激動を迎える直前に差し掛かっていた。 continue!!
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「“ゲルマ”先輩」 「むっ?・・・“カワズ”か・・・」 午後3時を回り、幼子達が“ヒーロー”と共におやつタイムに突入している。“ゴリアテ”等のグループに居た子供達は、お腹が満腹のために飲み物だけを手に持っている。 「言っとくけど、俺は“手駒達”の材料に『置き去り』が含まれている可能性があったなんて知らなかったからな」 「・・・それは真か?」 「あぁ。噂でスキルアウトとかを中心に漁ってたくらいしか耳にしていないよ?俺は、薬物なんかに手を出す人間に興味なんて無いからね。 一々調べようとも思わないし。そっちが買い被るのは勝手だけど、俺だって『ブラックウィザード』について全部知ってるわけじゃ無いよ?」 「・・・確かに」 そんな中、部屋の片隅で立って話しているのは“カワズ”と“ゲルマ”。展開的には、“カワズ”の方から話し掛けている。 「“ゲオウ”先輩達も、内通者とかの詳しい情報は知ってるの?」 「いや。我輩だけだ。椎倉への連絡も我輩が行っておる」 「そう。・・・椎倉先輩に伝えといて。『俺を気にし過ぎるな』ってさ」 「んっ?」 「俺がそっちに味方するか敵対するかはさておき、今の段階から俺の動向を気にし過ぎるのは良くないよ?本当は、俺なんかより内通者の動向に気を払うべきだ」 「むぅっ・・・」 “カワズ”の指摘に“ゲルマ”は唸る。“ゲルマ”自身も、秘かに胸に抱いていた懸念。電話越しで話す椎倉の言葉の端々には、“詐欺師”の影が見え隠れしていた。 敵対する可能性もある『シンボル』のリーダーの動向を気にするのは、ある意味では当然である。だが、それは最優先すべき事柄なのか? 自分達が今相手取っているのは、『ブラックウィザード』である。そして、そのスパイが風紀委員会の一員として居るのである。 本当に最優先に考えなければならないのは・・・果たして・・・ 「俺が仕向けた面もあるから余り言えた義理じゃ無いんだけど、俺を気にし過ぎだ。気にする程度ならいいけど、過度は良くない。違う?」 「・・・その通りだ。椎倉達も頭ではわかっておるのだろうが、やはりここ最近の貴殿の働きに内心ビクついておるのやもしれぬ。 貴殿等が我輩等と敵対する可能性もあるのだ。上に立つ者としては頭が痛いであろう」 「・・・するかもね。最悪の場合は、そっちの命は保証しないから」 「・・・本気か?」 「あぁ。まぁ、その時が本当に来たら即死させないようには気を付けるけどね。勇路先輩も居るんだ。重篤でも無い限り何とかなるでしょ?」 「・・・それは、どういう場合を想定した言葉だ?」 「殺人鬼と殺し合ってる時に、風紀委員達が『本気』の俺を“邪魔”する場合。数日前に言った通り、“3条件”で言った通りさ。これも、椎倉先輩に伝えといて」 「(・・・ということは、風路兄妹のために・・・という場合は『本気』では無いということか・・・。ならば、やりようはあるか。 もし、件の殺人鬼と界刺が殺し合ってるとしても、我輩達は『ブラックウィザード』にだけ集中しておれば良いのだ。身に降りかかる場合は全力で対処し、逃げ切る。 それを徹底すれば、殺し合いに巻き込まれる恐れは低い!風路兄妹に関わる時は、こちらもできるだけ慎重に事に当たらねばならぬが)」 “ゲルマ”は“カワズ”の言葉から自分なりの推測を立てる。椎倉の言う通り、両者の戦闘に正面切って介入しないことを心掛ければ何とかなる可能性は低くない。 戦場が戦場なために、『ブラックウィザード』との戦闘もある。それについても命懸けになるだろうが、あの殺人鬼と同時に戦闘を行う可能性は避けなければならない。 風路兄妹(特に鏡子)に関しては、戦場で相見えた場合は可能な限り傷を負わせないようにすれば『シンボル』との本格的な戦闘に発展する可能性は高くない。 『シンボル』が参戦する理由があるとすれば、それは風路兄妹である。ようは、鏡子を救おうとする彼等にとっての“邪魔”レベルの介入をしなければいいのだ。 逆に、こちらが先に鏡子を救い出してしまえば『シンボル』と敵対することは無い。後は、殺人鬼との戦闘場所に近付かないように心掛ければいい。 一見理路整然として見解だが、この見解にはある盲点が存在する。それに“ゲルマ”は気付かない。表立った実害が発生していないためにまだそこまで考えが及ばないが故の死角。 風紀委員達が、東雲という男のことを伝聞でしか知らない―界刺は実際に対面し、その本気度を知っている―ために発生した盲点。“ゲルマ”が殺人鬼と対面していないのも大きい。 そして、実際に東雲と対面した“カワズ”もあえて言わない。まだ可能性の段階である。そもそも、“カワズ”は『風紀委員達の仲間では無い』し『完全な味方でも無い』。 何より、そのことを指摘すれば自分に対する注意が更に増して、『ブラックウィザード』の捜査に支障が出かねない。そうなれば本末転倒である、 「・・・わかった。椎倉達には、そのように伝えておこう」 「・・・そう。なら、しばらくはお互いに“ヒーロー”業を頑張りましょうかね」 「・・・“閃光の英雄”としてか?」 「・・・いんや。“詐欺師ヒーロー”として」 “ゲルマ”は、“カワズ”がかつて“閃光の英雄”と呼ばれたことを知っていた。その時はまだ風紀委員では無かったが。 「・・・そうか。ならば、それまでは我輩達は同士ということだな。ならば・・・」 「わかってる。可能性は・・・低くない。動くかどうかはその時次第だけど、これに関しては俺達も完全無視だけはしないつもりさ。同行の理由上ね」 それは、『太陽の園』のこと。この施設に住む『置き去り』達は、もう少しすれば一時的に別の施設に預けられる。 つまり、その時を『ブラックウィザード』が狙って来る可能性がある。また、買収側or売却側orその両方が『ブラックウィザード』と繋がっている可能性も考えられる。 「それで十分。本来であれば、これは我輩達の責務である。貴殿等に負担を掛けることは可能な限り避けねばな」 「・・・やっぱり、アンタはしっかりしてるな。真刺が世話になってるだけのことはある」 「褒めても何も出んぞ?」 「・・・俺は、自覚と責任をしっかり持ってる人間には力を貸す。椎倉先輩だったり、破輩だったり、アンタだったり・・・。 持ち切れていない人間には不十分に力を貸す。全く持ってない且つ持とうとさえしていない奴には、力を一切貸すつもりは無ぇ。 その中でも、アンタは人一倍しっかりしている。アンタみてぇな人間ばっかりが風紀委員だったら、俺に惑わされずにもっとガンガン仕事に励んでるだろうに」 「我輩みたいな人間ばかりでいいのか?」 「・・・いや、やっぱ撤回するわ。筋肉ムッキムキばかりの職場なんて、想像しただけで暑苦しい」 「だろう?人間誰しも違っていて当然!!だからこそ、面白い!!」 「だね。色んな奴が居るからこそ、世界ってのは面白い」 “カワズ”と“ゲルマ”は互いに笑いを零す。一方は苦笑いを。もう一方は柔和な笑みを。 「・・・この件が終わったら、『シンボル』の活動はしばらく休止するつもり」 「・・・・・・それは、我輩達にも責任があるのか?」 「うん。てか、大半が」 「即答だな・・・。済まぬな」 「・・・そう思うのなら、1つ頼めるかな?この件が終わった後でいいからさ」 「むっ?何だ?」 「え~と・・・(ゴニョゴニョ)」 「・・・・・・」 元々小さな声で会話していたそれが、更に小さくなる。内容については・・・いずれ別の機会に語られることとなるだろう。 「・・・・・・・・・わかった。貴殿の頼み、確かにこの“ゲルマ”が承った」 「・・・注意してね?」 「あぁ。先方にもしっかり伝えておく」 「・・・ありがとう」 「・・・にしても、大した用心深さである。普段から、そういう思考を癖付けておるのか?」 「どうかな?まぁ、色々考えてるのは事実だけど。アンタが、毎日筋力トレーニングをしてるのと同じことかも」 「普段からの行いか・・・。確かに、それはとても重要なことだ」 普段からできていないことを、いざ本番の時にできるわけが無い。“カワズ”も“ゲルマ”も、普段から励んでいるからこそ何時でもその力を発揮できるのだ。 「さて。とりあえずは、“ヒーロー”業の傍ら『太陽の園』を買収する会社や担当者の名前を探らないと」 「施設主が直接交渉をしておるらしいな。その方にそれとなしに聞いた方が・・・」 「その前に、俺の『光学装飾』でサーチしてみるよ。もしかしたら、机の上とかに名刺みたいなのがあるかもしれねぇし」 「成程」 「もちろんわかった段階で調査はするけど、それを施設主とかに教えちゃ駄目だよ?連中を引っ掛けるためにも・・・」 「事が起こる直前までは動いてはいかん・・・ということだな。わかっておる。危険を伴うが、我輩達が今最優先すべきことは『ブラックウィザード』の尻尾を捉えること」 「次に優先しなきゃいけないのは、一般人の安否だね。最優先とほぼ同レベルだけど、それでも念頭に置かなきゃいけないのはここに来た“目的”だからね」 「・・・貴殿も中々に辛辣であるな。そのことを、何故あの娘にも教えてやらぬのだ?」 「・・・教えてもわかんねぇだろうからさ。あの馬鹿は、命の危険を味わうくらいの衝撃が無いと心底理解できねぇタイプだと思ってるし。 んふっ・・・俺とあいつが言ってることって実は殆ど同じなんだよ。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。『“目的”や“信念”の下』って言葉が頭に付くけどね」 「『“自分”が望んで“他者”のために戦う』・・・か」 “カワズ”の言葉を復唱する“ゲルマ”。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。これはとても大事な根本であり、重要な根幹でもある。 「そんでもって、最優先をどちらに置くかってだけの話なんだよ。これは、時と場合によっても変動するかもしんねぇけど。所謂優先順位ってヤツだね。 んで、最優先するのが“自分”だろうが“他者”だろうが、それは最優先にするってだけの話だ。無視するってことじゃ無い。優先するように心掛けるよ? 極論を言えば、“目的”・“信念”や状況次第で最優先をどっちに置いてもいいんだ。選ぶのは当人の自由さ。俺の場合は、“自分”にばっかり重さの無い重りを付加してるけど。 俺の“目的”はいっつもこうさ。『俺の“信念”が正しいことを世界に証明する』。だから“自分”を最優先にする。だからさ・・・俺は風紀委員になりたくないんだよね。んふっ♪」 「・・・つまり、貴殿もあの娘が抱く想い自体は否定せぬのだな?」 薄々は気付いていた。あの部屋でこの男は焔火にこう言った。『俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない』と。 そう・・・なりたくないのだ。なりたくないだけなのだ。焔火緋花が目指す“ヒーロー”の存在自体を否定はしていないのだ。 『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い。俺は、そう考えているからね』とも言っていたが、これもこの男がそう捉えているだけなのだ。 焔火緋花がこの意見に恭順する必至は無い。自分の想いを歯牙にかける必要は『本来』無い。彼女が本当に“他者”を最優先に考えられるだけの確固たる信念を持っているのならば。 「・・・んふっ。抱いている想いが偶像でなかったら、ここまで言わないけどね。あの部屋で言った時からそんな匂いがしてたからな。 つーか、あの時言った『俺はなりたくない』てのは、あいつが目指す“ヒーロー”が形だけで中身が無い在り方だったってのもあるし。 でもね、戦う理由を全て“他者”に預けちゃいけないよ。じゃないと必ず行き詰る。これだけは絶対に譲っちゃ駄目だ。だからこそ自分の行動に納得できる。どんな結果でも後悔はしない。 その点、今のあいつは“自分”が極端に弱ぇ。そのせいで、戦う理由を“他者”に依存している。バランスが崩れてる。あいつが目指してる“ヒーロー”の性質上、それはマズイ。 “ヒーロー”ってのは、殊更“他者”に求められ、望まれる在り方だ。だからこそ、“他者”と“自分”の境界線はキッチリ引かないと。でないと、“自分”を見失う羽目になる。 あいつの場合は、抱いてるモンの根っこが偶像だからお話にならねぇ。最初から自分だけの“信念”を持ってねぇ。・・・あいつだけのせいじゃ無いってのはわかるんだけどな」 「よくよく、貴殿は“他者”を最優先にするのを嫌っておるな。その徹底振り・・・過去に何かあったのか?・・・・・・“閃光の英雄”と呼ばれていた時期・・・か?」 「さてね。それにさ、戦う理由を全部“他者”に預けてどうすんだよって話だ。そういう奴に限って窮地になった時に“他者”を僻むんだ。世界を怨むんだ・・・と俺は思ってる。 殊更“他者”に戦う理由を預けてる今のあいつなら、抱いた矛盾に気付いた時点で自分を許せなくなるだろうな。 献身も行き過ぎりゃあ“他者”にとっては迷惑でしか無くなる。本当に“他者”を最優先に考えるなら、“線引き”をしっかりやらねぇと」 「(・・・やはり、“閃光の英雄”時代に何かあって“他者”より“自分”を最優先するようになったのか? 椎倉が言うには、内実自分勝手で独り善がりだったそうだが・・・“自分だけ”だったそうだが・・・。“ヒーロー”・・・か)」 “カワズ”は、苦笑いも程々に自分の考えを述べ続ける。葉原から話を聞いた限り、焔火が“ヒーロー”に憧れる切欠となった緑川に対して幾つか注文を付けたいとは思った。 風紀委員になったからといって、それだけで“ヒーロー”になれるわけが無い。そこら辺を、もっと丁寧に教えてやるべきだったのだ。 幼いから理解できないという可能性はわかるが、そのせいで焔火は偶像を心に深く刻み付けてしまった。だから、今彼女は苦しんでいる。 「あいつ自身が本当に理解した上で納得するには、一度あいつの根本をギリギリまでぶち壊す必要がある。その上で、あいつ自身が歯ぁ食いしばって自分の根本を建てる必要がある。 これは短期的な方法だ。長期的になら徐々にってのも1つの方法だけど、そんな甘っちょろい流れじゃ無ぇだろ?今の状況はよ? あいつは、未だに偶像から完全に抜け出せていねぇ。あれは与えられたモンだ。自分が見出したモンじゃ無ぇ。そこに気付けるかが・・・鍵だ。 根付いているモノを短期間で除去するってのがどんだけメンドイのかは、“負け犬根性”を根付かせたバカなお嬢様相手に実践済みだけどね。 あの時は“講習”だったけど・・・今度はモノホンの戦場だ。どうなるか・・・まぁ、俺には関係ないけどね」 「・・・本当に辛辣であるな。貴殿とて、様々な者に影響を与えているだろうに。・・・もしや、その“線引き”を区分けするために意図して嫌われるような手法を採っているのか?」 「・・・・・・どっちかっていうと、それは俺じゃ無くて債鬼だな。まぁ、俺もその手の方法を採る場合はあるけど。反面教師って言葉が最適だな」 「(いや・・・貴殿は貴殿で壊滅的なファッションセンスや常の態度によってそれ相応に嫌われておるぞ?)」 「何せ、そいつに負けないように必死こいて自分なりの考えを求めるからな。弊害とかもあるけど。わかっててやってる分、そいつには相応の覚悟ってのが根付いていると思うよ? そもそも、全面肯定して他者の色に染まるよりかはよっぽどマシだ。思考停止してる奴に成長は望めねぇ。陰口叩いて傷を舐めあうようなことを本気でしてる奴等は、それこそ大馬鹿だ。 自分(テメェ)が、そいつが一体何をしてきたのか。生み出した結果が何を齎すのか。それを考えりゃ、自ずと答えは出る。あの真面目そうな真面(ヤツ)は、そこら辺に気付けるかな? そして、他者の長所に“しか”注目しねぇあの焔火(バカ)は他者依存にド嵌り中ってこと。短所ってのは目に見えやすい分殊更注目しない場合が多い。あいつはその典型例だ。 本当の意味でヤバイ短所は、見え難い長所以上に注目しないとわかんねぇこともある。そんなあいつも、債鬼や葉原達のおかげで何とかもがけているって感じかな?」 2人の脳裏に浮かんでいるのは、意図せずに与えられた“ヒーロー”という名の偶像から抜け出せていない少女。 あの部屋に居た者として、“カワズ”に指摘されて顔を蒼白にしていた少女の姿を“ゲルマ”は何時でも思い浮かべられた。 「おそらくは、貴殿の言葉も大きいと思うぞ?貴殿風に言うならば、固地の辛辣極まる言葉に親友である葉原の温かい言葉。両者の内、どちらが欠けてもいけない状態であった。 そこで、固地の離脱。本当であればバランスが崩れる筈だった天秤が何とか保っていられるのも、貴殿の檄のおかげではないのか?昨日のように」 「・・・椎倉先輩から聞いたの?」 「あぁ。貴殿や固地のおかげで、あの娘は他者の短所にも目を向け始めた。長所と短所。人間たる者、完璧な存在は有り得ぬ。故に、その2つをしっかり認識する必要がある。 全部を把握するのは無理かもしれんが、その努力は怠るべきでは無い。フッ、あの娘も少しずつではあるが成長しておると思うぞ?それは、貴殿にもわかっているのではないか?」 「・・・・・・」 “カワズ”は返答しない。照れ臭いのか、認めたくないのか、あるいは・・・。 「“カワズ”よ!!」 「うおっ!?“ゲコ太マン”!!?」 そんな最中に声を掛けて来たのは、“ヒーロー戦隊”のリーダーである“ゲコ太マン”。 「少し話したいことがある!一緒に来てくれ!!」 「・・・わかった」 そう言って、2人はこの場から離れて行く。その姿を見送った“ゲルマ”は、これからどう動くべきかを慎重に考え始めていた。 「準備できたよぉ」 「い、勇君・・・。む、無茶しないで・・・グスン」 「男なら泣くんじゃねぇー!!こうなったら、俺が手本を見せてやるぜー!!白黒ハッキリつけたらあー!!」 「“ピョン子”!何で相撲勝負になってんだ!?」 「あ、あたしだってわかんないよ!!あの生意気なガキンチョが急にしゃしゃり出て来たと思ったら、仮・・・“ゴリアテ”さんが『勝負なら相撲』なんて言い出して・・・」 日照りに若干の翳りが見えて来た頃、ここ『太陽の園』にある運動場ではいち早くおやつを食べ終わった子供達と“ヒーロー”達で賑わっていた。 「・・・“ピョン子”ちゃん。・・・“ゴリアテ”先輩は、最近あった相撲の全国大会でも優勝したんだって」 「マジ!!?スゲー!!!」 「一見脂肪だらけに見える身体に秘められたパワーか・・・。僕や“ゲルマ”も負けてらんないな」 彼等彼女等が今から行おうとしているのは、即席の相撲勝負。先程“ピョン子”が泣かしてしまった子供が、同学年のガキ大将に泣きついたのが切欠である。 その大将―臙脂勇―が、“ピョン子”に決闘を申し込んで来たのだ。 『“ピョン子”!!この臙脂勇と決闘しろー!!!』 おやつタイムの前に、“ゲコ太マン”達と一緒に偽者のヒーロー“カワズ”を叩きのめしたことが臙脂の心にある種の自信を付けたのかもしれない。 彼は特撮モノが大好きな子供で、特に主人公―つまりは“ヒーロー”―になりきることが彼にとって何より重要なことであった。 現に、今の臙脂はある戦隊モノの主人公のお面を被っている。 「ボクが行司を務めるからね。能力の使用は×。さぁ、両者共前に」 「よっしゃー!!!」 「たりーな。こんなガキンチョ相手に・・・(ブツブツ)」 “ゴリアテ”の合図を受けて、臙脂と“ピョン子”は土俵の上で相対する。事前の作法等は省略し、いきなり雌雄を決する。 「はっきょーい・・・」 「(いくぜー!!!)」 「(幾らあたしが小さいからって、小学低学年の奴に負けるわけが・・・)」 「のこった!!!」 「だああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」 「ぐおっ!!?」 勢い良く突っ込んだ臙脂の思わぬ力に、“ピョン子”は驚愕する。自分が想像していた以上に、このガキ大将には力があった。 それもその筈、臙脂は運動神経が抜群で暇さえあれば趣味の昆虫採集のために方々を駆け回っている。喧嘩も同学年の中でもかなり強い。 対する“ピョン子”は学績・能力強度には抜群の結果を出すものの、運動面においては体格もあってか同学年のレベルを下回っていた。 本人としても、己が体格の貧相さを気にしていても汗水垂らして体を鍛えようとまでは思ってこなかった。対等な喧嘩なんてまずやらない。故に・・・ 「どりゃー!!!」 「キャッ!!?」 ドスン!! 「そこまで!!勝者・・・臙脂勇!!!」 「勝ったぞー!!!」 「「「うおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」」」 「そ、そんな・・・」 決まり手は外掛け。見事勝利をもぎ取った臙脂に、観戦していた子供達が集まって行く。一方、自分より年下に敗北した“ピョン子”は失望感に苛まれていた。 「(く、くそ!!くそ!!あ、あんなクソガキ・・・あたしの『音響砲弾』でやっちまえば、すぐにでもぶっ倒せるってのに!!!そうだ。こうなったらマジで『音響砲弾』を・・・)」 「大丈夫かい、“ピョン子”ちゃん?」 「うわっ!!?」 邪な心に覆われていた“ピョン子”の傍に“ゲオウ”が近付いて来た。 「もし、何処か怪我とかしてたら遠慮無く言うんだよ?傷の度合いにもよるけど、『治癒能力』ですぐに治してあげるから」 「・・・・・・」 純粋な親切心からの申し出。それが心底理解できたからこそ、“ピョン子”は自分に苛立ちを募らせる。 今までの自分なら、こういう時にこそ愛嬌を振り撒いてチヤホヤして貰っていた。相手の顔色を伺い、自分の印象を相手が望む方向に変化させ、結果として自分にとって都合の良い形にする。 それが今までの春咲林檎。何時ものパターン。身に付いた癖が顔に表れようとする。それを懸命に抑えようとして、ストレスが溜まる。堂々巡り。 でも、今の自分は優しい言葉を掛けてくれた“ゲオウ”に対して取り繕うとは思わなかった。 『自信を身に付けたいんなら・・・逃げるんじゃない』 それは、かつて碧髪の男に心身共にボコボコにされた日から変化してしまったモノ。 春咲桜という少女のために、己が能力を封じてまでケジメを付けた“変人”の有り様に、林檎は甚大な衝撃を受けた。 『確固たる自信』を持つ男。その生き様に確かな憧憬を抱いた。今までの自分が酷く惨めに思えた。逃げてばかりの自分で・・・居たくなかった。 だから、こうやって同行している。今までやったことのないボランティア活動は、とてもストレスが溜まる。内心では逃げたくて堪らない。 でも、ここで逃げたら終わりだ。そう、自分の心に語り掛けて来る“声”がある。故に、彼女は踏み止まる。自分を変えるために。 「ムカつくことばっかりで、イライラするよ。・・・自分を変えるのって、こんなにしんどいんだなぁ・・・」 「・・・変わりたいのかい?」 「うん。・・・今のあたしは、自分の悪い所を直してる最中。“ゲオウ”さんの言ってることとはズレてるけど、『なおす』ってのは並大抵じゃないんだって痛感してるよ」 「・・・」 「あのお兄さん風に言うなら自業自得だから、文句を言っても始まらないのはわかってるんだ。言い訳ばっかり言ってるのも自覚してる。そんな自分に辟易してる。 こんなことなら、もっと早くに気付いときゃよかったよ。そうすれば、自分の素をもっと前面に押し出せたのに。あたしってバカ。 “ゲオウ”さんや“ゲルマ”さんみたいに、早くに気付いていればもっと体も鍛えてただろうし。あんなガキンチョに負けることもなかったのに・・・くそ!」 「クスッ。でも、君の言う素はこうやって僕に見せられているじゃないか」 「・・・これでも意識的にやってるんだよ?意識してないと、どうしても言い訳を言っちゃうから。今の言葉だって言い訳がましいし」 「成程。大変だね」 「ホント大変。苦労ばっかりしてる。でも・・・何でかわかんないけど新鮮な気持ちが湧いて来るんだ。ムカつくことばっかりなのに・・・何でだろ?」 “ピョン子”は自分の胸に手を置く。今抱いている思いを確かめるように。その思いに尊さを感じているために。 「・・・実はね、昔の僕ってすごく貧相な体だったんだ」 「えっ!!?嘘っ!!?」 「本当。幼い頃は病弱だったことが原因で、碌に外で遊ぶこともできなかったんだ。さっきのように外で遊ぶ同年代の子供達を見て、すごく複雑な気持ちを抱いていたよ。 『何で、僕はあそこに居ないんだ』、『何で、僕はこんな体で生まれてきたんだ』って」 勇路映護。今では美しい筋肉美を誇っている彼も、幼い頃は病弱でまともに外で遊ぶこともできなかった。 当然体付きは華奢で、それが原因でイジメも受けた。そんな自分を変えるために、勇路は自身の体を鍛えることを決意する。 もちろん、病弱なのを考慮して最初は軽めのトレーニングから始めた。徐々に、トレーニングの負荷や量を増やしていった。 時々無茶をして、その度に体を壊した。それでも、彼は諦めなかった。自分を変える。そう固く決意したからこそ為せる業であった。 「能力のレベルが上がったこともあってか、自分の体は逞しくなった。病気もしなくなった。貧相な体から・・・僕は脱却した」 「すごいね。“ゲオウ”さんは、ちゃんと変われたんだね。自分の力で」 「でも、天は僕に更なる試練を与えた」 「えっ?」 「僕は変わった。貧相な体から、逞しい体に。でも、周囲から聞こえてくるのは僕が変わったことに対する落胆の声だった」 トレーニングに一定の目処が着いたのは、成瀬台高校2年生の秋頃であった。生まれ変わった自分。風紀委員にもなった。これで、誰からも苛められることは無い。 そんな彼に待ち受けていたのは、これまでの道程に対する落胆の声だった。勇路は、同姓から見ても美青年の部類に入る少年であった。 但し、鍛えに鍛えた筋肉が美顔と些かアンバランスであった。その理由をクラスメイトに尋ねられた勇路は、これまでの自分の努力を語った。 『何て勿体無いことを』 返って来た最初の反応は惜しみの声であった。別段、クラスメイトに悪気があったわけでは無い。素直な感想を述べただけのこと。 もう少し筋肉を落とせば、それこそ勇路は顔・体共に抜群のスタイルを誇る超美青年になれる。そう思ったからこその言葉。 だが、勇路からすればその感想は自身の努力の否定と同義であった。彼等が言うことも理解はできる。だが、心では納得できるわけが無い。 幼い頃の経験から、今まで必死になって努力して来たことを否定される。温厚な彼は、その怒りを誰かにぶつけるようなことはしなかった。 但し、その頃からある奇行が発生するようになった。それは、体の露出。 本人に露出癖は無いのだが、怪我人の止血の時に服を破いたり、犯人との抗争で服が破けたり、立てこもり犯との交渉のときに丸腰になるために 服を脱いだりなど、 何故か事件に関わると最終的に全裸になるというジンクスを抱えてしまうようになった。 『学園都市一全裸の似合う男』、『裸で出歩いても許してしまいそうな肉体美』、『成瀬台の裸王』等の不名誉な異名を面白半分で付けられ、内心では酷く憤慨した。 だが、露出癖は一向に改善しない。この癖で、更に自分の行いに落胆(=否定)する生徒が増えた。様々な思いを抱えていたある日、あの男が成瀬台支部の門を叩いた。 『今日から成瀬台支部に所属することと相成った寒村赤燈である!!よろしく頼む!!!』 今年に入ってから成瀬台支部に所属した寒村赤燈に出会ったのが、勇路の転機であった。同学年ながらクラスが違っていた2人は、それまで会話したことも無かった。 勇路自身、ものすごい筋肉ダルマが同学年に居るというのはかねがね耳にしていた。 行事の折にその姿を見掛けることはあったものの、やはり別クラスであったために接触の機会が無い。特段問題を起こす人間では無かったため、風紀委員としても。 そんな彼が同じ支部に来た。体を鍛えているという点から、2人が親友と呼べる間柄になるまでに時間は掛からなかった。 筋肉をこよなく愛し、筋肉信望者であり、筋肉の素晴らしさを語る親友に勇路は心に底に溜まっていた邪念が溶けて行く感覚を得た。 寒村は、勇路の歩んで来た道を心の底から認めてくれた。それが・・・途轍も無く嬉しかった。 「唯、1つだけ気掛かりなことがあった。それは、『どうして、事あるごとに裸になってしまうのか』。自分ではなるつもりが無いのに、それだけが理解できなかった。 だから、寒村の薦めもあって緑川さんという警備員に相談しに行った。あの人も筋肉を愛する先達者だったから、僕も遠慮無く自分の思いを吐くことができた」 あれは、同僚の速見の強化作戦が失敗した直後だった。『筋肉探求』という筋肉を鍛えるための青空教室を開いている緑川強に、寒村を連れ立って会いに行った。 1人の大人としても尊敬できる緑川に、勇路は思いの丈を全て伝えた。数十秒後、緑川は勇路にとんでもない檄を放った。 『隠せないなら隠すな!!むしろ、隠そうとするな!!お前の本当の姿を・・・ありのままの姿を見せてやれ!!』 緑川は、勇路の思い全てを理解していたわけでは無い。言うならば、本能的な勘。その言葉が今の勇路には必要だと思ったがために、有りのままの本音を伝えた。 実は、勇路には心の何処かで自分が変わった姿を周囲に見せ付けたいという欲求があった。過去の経験から生じる無意識の欲求が、彼が全裸になる原因になっていたのだ。 この理由は、緑川・勇路共に明確に理解はできていない。だが、緑川の言葉に勇路は感動した。自分の意思や在り方を見守ってくれる大人の勇姿をそこに垣間見た。 勇路(と寒村)にとって、その瞬間に緑川は師匠的存在となった。以降、勇路は自分のありのままの姿を曝け出すことを信条とした。 周囲の意見に殊更左右されるのでは無く、自分の裸の姿を曝し続ける。そうすれば、自分は自分で居られる。そう、信じ切れる何かを親友と恩師から受け取ったから。 「・・・“ゲオウ”さんもすごく苦労したんだね」 「うん。でも、そのおかげで今の自分が居る。たゆまぬ努力と、それを色んな意味で嗜め、認めてくれる存在に出会えるか。人が成長するには、この2つが重要なポイントになるんだと思う。 君は・・・誰に認めて貰いたいんだい?君自身が必死になって変わろうとしている努力をさ?」 「・・・・・・」 自分を認めて欲しい存在。それなら、誰でもいいから認めて貰いたい。特に、姉である躯園や桜、両親には自分が変わった所を見て貰いたいと思う。 でも・・・何故だろう?今頭に思い浮かべているのは、そのいずれでも無い。脳裏に現れたのは・・・胡散臭い笑みを浮かべる碧髪の男。 「・・・あのお兄さんに認めて欲しい。あのお兄さんと出会ったから、あたしは変わりたいと思うようになった。 本当なら家族に認めて貰いたいって思うのが普通なんだけど、今のあたしにはその資格が無いや。だから・・・」 「・・・そうか。なら、頑張るんだ。きっと、彼も君のことをちゃんと見ていると思うよ?」 「うん。それはわかってる。何せ、あたしと同じくらい面倒だった姉ちゃんに最後まで付き合ってたくらいのお人好しだもん。 あたしの素を事も無げに引き出したスッゲェ人だもん。あのお兄さんがくれた機会を・・・絶対に無駄にはしない。よ~し!!やってやる!!」 そう決意した“ピョン子”は、未だにワイワイうるさくはしゃいでいる子供達の輪に突き進んで行く。 「オラァ!!勇ってガキンチョ!!!もう一度あたしと勝負しろぉ!!!もちろん、能力を使わずになぁ!!!」 「おぉー!!“ヒーロー”からの再挑戦状だー!!うし!!受けて立ってやる!!」 「“ピョン子”と勇君がもう一回勝負する・・・!!皆ァー!!集まれェー!!!」 “ピョン子”の挑戦を受けて立つ臙脂。その情報は、瞬く間に子供達に広がり、輪が更に大きくなって行く。 「・・・あの女も色々抱えてたんだな・・・」 「“ゲロゲロ”?」 仮面を外して荒ぶっている“ピョン子”に目を細くしていた“ゲオウ”に、“ゲロゲロ”が話し掛けて来た。 実は、“ゲロゲロ”は木陰に隠れて2人の話を聞いていた。ちなみに、“ゲロゲロ”の正体を“ゲオウ”・“ゲダテン”・“ゲコイラル”は知らない。 「・・・人ってのは、たとえ肉親相手でも隠してたり引け目に思ってる部分があったりするモンなのかもな」 「・・・かもね」 「アンタも、相当苦しんでたんだな」 「余り主張するようなことじゃ無いんだろうけどね。あの娘を見てたら、他人事じゃ無いなって思っちゃってね。つい、自分の苦労話を語っちゃった」 「・・・俺も似たような気分だよ。あのくらいの女を見てると・・・どうしてもな」 「ん?それは?」 「・・・俺の妹さ」 “ゲロゲロ”が手に持っているのは、男女1組が腕組みをしながらピースしている写真であった。男の方は照れ臭そうに、女の方は満面の笑みを浮かべて。 本当なら、風紀委員なんかに見せるべきものではないのかもしれない。自分が嫌う存在に。だが、それでも彼は写真を見せた。彼もまた、必死に変わろうとしている人間だったから。 「可愛いね」 「当たり前だ。俺の妹なんだぜ?」 「お兄さんに懐いているんだね。腕組みをしてる所から見ると」 「・・・何か、腕組みをしてなきゃ仲が悪いみたいに聞こえるが?」 「思春期の兄妹は、色々と難しい面があるんじゃないかなって思っただけだよ。気を悪くしたのならごめん」 「いや・・・そうかもしれねぇ。俺も、妹のことを全部わかってたかって言われたら・・・そんな自信は無ぇよ。 思春期が理由というか、妹の頼みもあってこいつの部屋に行く回数も減ってたしな。何か深い悩みを抱えている・・・かもしれねぇ」 もしかしたら、能力が向上しないことを原因として己が妹は自分の意思で薬物を服用した可能性がある。 そんな彼女に、兄である自分は何もしてあげられなかった。気付いてあげられなかった。それは、紛れも無い事実だった。 「そこまで考えているなら、今からでもいいから妹さんのために動いてあげたらいいんじゃない?」 「・・・一応色々と動いてはいるんだけどな」 「・・・その感じだと、余り芳しく無いみたいだね?」 「・・・あぁ」 「ふ~む。余り家族関係に他人が首を突っ込むのはよくないんだろうけど・・・こうなったら人肌脱ぐか!!」 “ゲロゲロ”の言葉から事の深刻さを感じ取った“ゲオウ”は、少しでも彼の力になってあげようと言の葉を紡ぐ。 「アンタ・・・」 「もし、君が良いんだったら僕が力になるよ!本当になれるかどうかはわからないけど、君達兄妹のために人肌を脱ぐ所存さ。 僕じゃ力になれなくても、僕の同僚なら君の力になれるかもしれない!最後は君と妹さん次第になると思うけど、それまでだったら他人の僕等でも力になれると思うんだ!!」 「(・・・あの人の言う通りなのかもしれねぇ。確かに、成瀬台の風紀委員は俺でも信じることができる人間なのかもしれねぇ。 葉原って176支部の風紀委員から俺のことを聞いた上で、俺を引き入れるような演技をしてる風にはとてもじゃないが見えねぇ。 こいつは、間違い無く本音を言ってる。こいつ等、俺のことを知らされてねぇのか?単独行動とか言ってたから、それも有り得るのか・・・?)」 “ゲオウ”の言葉に、嘘偽りは感じ取れなかった。心の底から自分達を心配し、自分達の力になろうと立ち上がる漢の姿は、“ゲロゲロ”の凍った壁を溶かしつつあった。 「・・・もしかしたら・・・頼むことになるかもな」 「何時でもいいよ?あぁ、今の僕等は色々立て込んでいるからタイミングが合わない時があるかもしれないけど。その時はごめんね」 「わかってる。・・・ありがとな」 人は積み重ねることでしか成長できない。それは、努力であったり、偶然・必然を含めた経験であったり。だからこそ、人は茨の道を歩む。己が手に掴みたいモノがある故に。 continue!!
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蝉の声が相変わらずけたたましく鳴り響いている休暇明けの今日、 ここ成瀬台高校には[対『ブラックウィザード』風紀委員会]に参加している各風紀委員支部が何時ものように集まっていた。 「おい、椎倉。寒村達は何処に行ったんだ?」 「寒村達には、早朝から“別件”で出て貰っている。というより、数日間は戻らない」 「・・・早速の単独行動というわけか」 「また、報告できる段階になれば皆にも伝える。ちゃんと、橙山先生の許可も取ってある」 だが、休暇前とは違う光景もある。それが、『成瀬台支部の単独行動』である。 浮草の質問に答える椎倉は現在所属している支部員の内、押花・速見・勇路・寒村を“別件”と称して出張させていた。 「ゆかりっち・・・何処に行ったんだろう?何時も一緒にここへ通っていたのに・・・」 「・・・私には連絡があった。『どうしてもそっちに行けない用事が』とか言ってた。けど、どうしてか理由を言わなかったんだよな。ゆかり・・・」 一方、176支部の焔火は親友が欠席している現実を憂い、リーダーである加賀美も部下の行動を心配する。 一昨日の椎倉が放った檄が効いたのか、体調を崩している者等は今日の捜査には参加していない。 ちなみに欠席者は、159支部から湖后腹、176支部から葉原と網枷、178支部からは固地と秋雪、花盛支部からは渚、警備員から緑川という面々である。 「さて、これから捜査に向かって貰う前に橙山先生から報告がある」 各支部の面々に緊張が走る。今朝ここに来た時から、橙山から大事な報告があると耳にしていたからだ。 「では、橙山先生。よろしくお願いします」 「うん!それじゃあ、皆よく聞いてっしょ!!居眠りしてる奴には、容赦無くタマをぶち込むから(ニコッ)」 「タ、タマって!?チョークをすっ飛ばして、いきなりタマって!?」 「大丈夫っしょ!タマって言ってもゴム弾だし!」 「そういう問題じゃ無いですよ!!」 初瀬のツッコミが会議室に響き渡る。橙山は、警備員の中でもトップクラスの射撃能力を有している。 それが幸い(災い)しているのか、授業中居眠りしている生徒を起こすために、彼女はチョークをブン投げている。百発百中で。 なのに、今日はいきなりタマ(ゴム弾)である。チョークでは無く。 「まぁ、それは冗談として・・・私もちょっと苛立ってんしょ!」 「・・・今からされる報告に何か関係が?」 「・・・まぁね」 このやり取りの後、橙山の口からある報告が為される。それは、昨日の午前中に発生した狙撃事件。場所は・・・第7学区。 『マリンウォール』の近くの路地裏で、『ブラックウィザード』の“手駒達”と思われる人間3名が脚を焼き貫かれているのを一般人が発見し、警備員に通報した事案である。 「・・・ということっしょ!“手駒達”の脚は骨ごと焼き貫かれていたっしょ!路地裏には監視カメラも無かった。付近の監視カメラにも怪しい人影は無し。 倒れてた道の上空はビニールで覆われてたから、衛星による監視も意味無し。これらのことから、遠距離からの狙撃と見て間違い無い・・・と思われるっしょ!」 「・・・『思われる』ということは、何か断言できない理由があるのですか?」 報告が一通り終わった後に、花盛支部の六花が橙山の言葉の最後に疑問を抱く。狙撃に関しては、橙山と並ぶ知識を持つ者は然程多くない。 その彼女が、言葉を濁す。それには、何か理由がある筈。そう、六花は考えた。 「・・・小型アンテナが無かったんだよ」 「えっ!?」 橙山の代わりに、事前に報告を聞いていた椎倉が口を開く。 「“手駒達”は、頭部に取り付けられた小型アンテナを受信機とし、『ブラックウィザード』に操作されている。つまり、小型アンテナが無ければ操作は不可能だ。 だが、現場に居た警備員からの報告では小型アンテナらしき物は見受けられなかったそうだ。その代わり・・・頭部にくっ付いていた何かを毟り取った形跡はあった。 他にも、周囲にはカメラの残骸らしき物も幾つか発見されていた。つまり・・・“手駒達”を襲った者は、奴等の性質に熟知している者と思われる」 「・・・付近の監視カメラには誰も映っていなかったのに・・・ですか?」 「あぁ。だから、橙山先生も遠距離からの狙撃と断定できていない。一応、付近の監視カメラにハッキングの形跡がないか調査してるが、それらしき痕跡は今の所見付かっていない」 「・・・なぁ、椎倉。その監視カメラには、どういう機能が付いていたんだ?」 椎倉と六花のやり取りに、159支部リーダーである破輩は口を挟む。昨日『マリンウォール』に居た者として、彼女はある予感を抱いていた。 「・・・通常のカメラ機能に、夜間でも使用可能にするために赤外線機能が付いている」 「赤外線・・・光・・・光!?」 同じく『マリンウォール』に居た焔火が、破輩の抱く予感に気付く。 「・・・そういえば、この路地裏の近くって昨日私や緋花が『マリンウォール』に行くために通った道だよね?」 「・・・!!」 「加賀美・・・焔火・・・。そして、破輩に一厘。 お前達が昨日『マリンウォール』へ遊びに行ったことは、監視カメラの分析でわかっている。そこに・・・界刺達が遊びに来たこともな」 「「「「!!!」」」」 会議室に驚愕と更なる緊張が走る。 「あの人・・・私を遊びに連れて行けって拳に言ったんだよ・・・。私達が『マリンウォール』に行くことも、あの人は知っていた・・・。ま、まさか・・・!!」 「・・・“手駒達”は、きっと債鬼君にしたように休暇中の私達を監視するか危害を及ぼすつもりだった。それを・・・あの“変人”が食い止めたってこと!?」 「そういえば・・・あの時の界刺さんって待ち合わせ時間のギリギリに来た。 界刺さんがギリギリなのは何時ものことらしいけど。・・・・・・まさか、“そっち”も?(ボソッ)」 「奴なら監視カメラを欺いて行動することができる。・・・あの時から仕組んでいたってことか?一応、私も注意していたが・・・。休暇で気が緩むことも計算尽くか。 時間帯的に、私達が『マリンウォール』へ入って数十分後に“手駒達”は発見されている・・・。奴なら、発見される時間を調節する程度の小細工は造作も無い・・・か」 焔火・加賀美・一厘・破輩は頭を抱える。もし、自分達の推測が正しいならば、あの碧髪の男は『ブラックウィザード』に対する警戒を全く怠っていなかったことになる。 自分達は、休暇ということで無意識の内に気が緩んでいた・・・かもしれない。 それは、否定し切れない可能性。それを、『ブラックウィザード』が突いて来る可能性はあった。あったのだ。 それを見透かすように、否、見透かしていたからこそあの男は先手を打ち、焔火達を誘導し、可能性の実現―“手駒達”の出現―の排除という行動に出たのではないか。 風紀委員でも無い男が。本来なら風紀委員こそが警戒しなければならないのに・・・である。 「・・・椎倉。その界刺という男には・・・」 「・・・念のため今朝の内に奴の部屋に行ってみたが、不在だった。奴の親友である不動にも尋ねてみたが、行き先は知らないそうだ」 「・・・あの野郎」 浮草の問いに椎倉が答え、神谷が毒づく。この感じだと、もしかしたら昨日は自分達にも『ブラックウィザード』の監視の手が及んでいたかもしれない。 何も起こらなかったのが不幸中の幸い・・・と安易に片付けていいものなのかどうか、今の彼等彼女等には判断が難しかった。 「あの・・・。1つよろしいですか?」 「うん?何だ、佐野?」 そんな思案に耽る最中に挙手したのは、159支部の“ゴーストアイ”こと佐野馬波。 「界刺・・・さんと同じく可視光線や赤外線等の電磁波を操作できる者として、1つ確認したいことがあります」 「ほぅ。何だ?」 「もし、“手駒達”を仕留めたのが界刺さんだとして、その手段・・・つまり『脚を焼き貫く』ために、あの人はどういう方法を取ったのでしょうか?」 「・・・そこなんだよ、佐野。俺も橙山先生も首を傾げているのは」 「うーん!?ど、どういうことですかー!!?」 佐野と椎倉の話題をよく理解できていない抵部が、大声で疑問を放つ。 「抵部さん。例えば、私の『光学管制』は太陽の光に含まれる可視光線や赤外線を集約して紙や衣服、果ては人間の皮膚等を焼くことができます。 しかし、それぐらいが限度です。とてもじゃ無いですが、人間の肉体を骨ごと焼き貫くような光線の類は到底不可能です」 「な、なるほどー!!」 「抵部・・・お前、本当に理解してんのか?」 「そ、そういえば姫っちの『光子照射』は鉄の板を貫けるレーザーを放てるんだよね?」 「・・・・・うん。・・・・・・でも、それ以外はできない。・・・・・・あの“変人”みたいに色んな光を自在に操れない。・・・・・・くそっ」 「うっ・・・。姫っちの機嫌が悪い・・・」 「これも念のためにだが、『書庫』で奴の『光学装飾』のデータを見てみた。だが、奴には姫空のようなレーザーを放てる能力は無いようだ。 あくまで使用できる光は、可視光線及び赤外線。そして、人体を焼き貫くような出力を出せるという記録は無い」 「ハァ・・・。つまり・・・あの“変人”の仕業と断定することはできないってことか、椎倉先輩?」 「・・・その通りだ、神谷。奴らしいと言えばらしいんだが・・・ハァ」 佐野のわかりやすい説明に頷く抵部に閨秀がツッコミを入れ、思い付いたことを姫空に質問して逆に機嫌を悪くさせてしまった焔火はうろたえる。 また、椎倉の発言に神谷が溜息混じりに確認を取り、椎倉も溜息を吐く。あの“変人”の意図が掴めない。 もし、今回の事案があの男の仕業なら、自分達に協力はしないと言っておきながら風紀委員に利のあることを行っていることになる。 仮に、自分の都合だったとしてもそれが何なのかがわからない。“手駒達”を襲い、小型アンテナを奪い去る。 小型アンテナを解析でもするつもりなのか?しかし、光学系能力者に自分で解析する術等無い。界刺自身に、そんな技術があるという情報は聞いたことも無い。 なら、それに関する伝手でもあるのか?一昨日に返された盗聴器等からはデータが抽出されていた。 しかも、受信側の機材には界刺が台所へ行った辺り以降の映像が残っていなかった。それ等に対する対策を、界刺は能力外で持っていると見て間違い無い。 それは、一体何なのか?誰の助力を借りたのか?・・・簡潔に言えば、わからないことだらけである。それが・・・風紀委員達の心を無性に苛立たせていた。 「撚鴃。その界刺という男は、お前から見てどういう人間なんだ?」 少しばかりの沈黙を破ったのは、椎倉の元カノである冠。 「・・・何が言いたい?」 「例えばだな・・・普段から成績優秀だったとか、普段から奇行ばっかり繰り返しているとか、普段から不真面目な人間だとか・・・その辺りのことだ。 私は、その男に会ったことが無い。データや人伝でしか人物像を量れない。だから、心の何処かでその“変人”を過大評価しているかもしれない」 「・・・!!」 椎倉は冠の言いたいことを理解する。それは、適切な評価。 「何事も、過大評価や過小評価をするのは避けるべきだ。それは、自分の判断を鈍らせる引き鉄になるかもしれない。必要なのは、適切に評価すること。 主観的じゃ無く、客観的に。そして、お前ならそれができるだろう?だから、私はお前の意見が聞きたい。どうなんだ?」 「(フッ、そうだったな。不動の言葉を忘れるな、私!!揺らぐな、破輩妃里嶺!!あいつが、この手のことに関して優れているのはわかり切ってたことだろう!?)」 それは、何時しか自分達の心に根付いた“恐れ”。重徳力や救済委員、そして今回の件にてその力をまざまざと見せ付けられたことに対する“誤解”。 冷静な思考を奪われ、きちんと人物を見極めることができない状態になっていた。それが、各風紀委員にも広がることを冠は危惧したのだ。 同じく、159支部リーダーの破輩も自身に活を入れる。あくまで、客観的に現状を認識するべき事柄であるが故に。 「そうよ・・・。もし、能力テストとかで手を抜いていたら記録に残るわけがないわ。こ、こんな簡単なことを思い付かなかったなんて・・・」 「梳。『心はクールに』・・・だぞ?」 幾凪の言葉に、冠は改めてアドバイスを送る。『心はクールに』。これは、冠要の信念でもある。 「(あの男と最初に出会ったのは・・・・・・・・・)」 その間に、椎倉は過去へ思いを馳せる。そう、あれは確か・・・ 「・・・ククッ。ククッ、ククッ・・・・・・」 「ん?どうした、撚鴃?急に笑い出して」 「い、いや・・・すまんすまん。かつてのあの男の姿を思い出していたら、今とは全然違っていたモンだから、つい笑ってしまったんだ。 すっかり忘れていたな・・・。まさか、今のような胡散臭い笑みを浮かべるぐーたら人間になるとは、あの頃は考えもしなかったな。ククッ」 「???」 冠は、元カレの思考が読めない。それは、他の風紀委員も同様。だが、椎倉は気にも留めない。 あの頃の姿を、一つ残さず記憶の海から掬い上げるために。そして・・・作業は完了する。 「そうだな・・・。客観的に話せる自信は無いが、俺から見た界刺得世は・・・奴の能力風に言えば、閃光のように激越な・・・唯の“不良”だった」 去年の4月に、成瀬台高校は新入生を迎えた。その頃の椎倉は、一風紀委員であった。成瀬台高校は、レベル関係無しに生徒を受け入れる。 数少ない男子校ということもあってか、毎年気性の荒い人間や所謂“不良”と呼ばれる生徒もそれなりに入って来る。 その中でも、特に異彩を放つ人間が1人居た。名は界刺得世。入学当初からレベル4であった彼は、成瀬台に根強く蔓延っていた“不良”人間を片っ端から叩き潰した。 周囲からは、『暴力』で物事を解決しようとする界刺は“不良”と捉えられていた。だが、それだけでは無かったのも事実であった。 「・・・それって、風紀委員の補導対象にならなかったんですか?」 「界刺が上手いのは、必ず相手に先に手を出させた所だ。カツアゲされそうになっている生徒を助けるためとか。つまり、正当防衛だ。 特に、奴の場合は光を操るという傍目には何をしているかよくわからない能力だったから、仮に界刺が先に手を出していたとしても証拠が無い。俺も、全く気付かなかった。 だから、俺を含む当時の風紀委員は界刺の行動にやきもきしながらも、何処か尊敬の念を抱いていたような気がする。 弱きを助け、強きを挫く・・・まるで正義感溢れる“ヒーロー”のような男だと」 「“ヒーロー”・・・」 界刺は、ゴールデンウィーク前には成瀬台で問題を起こしていた不良共を一掃した。 一掃とは、つまり病院送りである。全て正当防衛にした手腕は、風紀委員の間でも驚愕として受け止められた。そして、椎倉はある行動に出た。それは、界刺と接触すること。 風紀委員として“やらなければならない”ことを自分達の代わりに成し遂げた形となった界刺に、お礼の一言でも言ってみるかと気紛れに思ったのだ。 もしかしたら、“ヒーロー”と呼ばれる人間の考え方がわかるかもしれない。自分も、学園都市の平和を守る風紀委員の一員として日夜励んでいる(昼行灯である椎倉基準で)。 何処かに共通する部分でもあれば・・・そんな思いを抱いたが故に。だが、そんな椎倉の期待を界刺は即座に切り捨てた。 『俺は、別に正義だの“ヒーロー”だのに憧れてもいねぇし、恭順するつもりも無ぇ!!俺は見極めているだけだ!!世界が許す「暴力」ってのは、一体何なのか!? 風紀委員・・・!!テメェ等だって例外じゃ無ぇぞ!!世界を軽視してその「暴力(せいぎ)」を振るっていたら、何時かこの世界に叩き潰されるぜ!!!』 「・・・そう言って、奴は俺の前から立ち去った。界刺は、弱きを助け、強きを挫く・・・そんな正義感溢れる“ヒーロー”では無かった。 そんな奴の姿を見て、俺は失望しながらも何処か気になっていた。 自分勝手で、独り善がりで・・・だが何かを確かめようと必死にもがいている・・・そんな“不良”だったから」 「・・・不動さんも言っていました。『以前のお前は、まるで閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈だった』って」 「確かに、その通りの人間だった。尖り過ぎていたと言ってもいいのかもしれない。 閃光のように激し過ぎる光を纏いながらがむしゃらに直進する姿は、失望して尚見惚れてしまう何かがあった。 だから、ぶつかった。“不動”というものを体現した男に。不動真刺という男に」 「(まさか・・・!!昨日、不動達が零していた・・・)」 ゴールデンウィーク明けの初日のことである。何が切欠なのかはわからないが、突如として成瀬台の一角にて殺し合いが始まった。喧嘩では無い。殺し合いである。 『「己の正義の下、悪は全て許さず」。界刺・・・貴様は“悪”だ。この不動真刺が、貴様を地獄の底へ叩き込んでやろう!!』 『テメェが“正義”?ハッ、世界の一部でしか無ぇ野郎が、何を偉そうなことをほざいてやがる。いいぜ。来いよ、不動。テメェは、俺の「本気」でぶっ殺してやる!!』 死闘を演じているのは、同じクラスに所属する界刺得世と不動真刺。窓ガラスは砕け散り、壁は吹っ飛び、様々な光が乱反射する中で、それでも死闘は収まらない。 椎倉達風紀委員だけでは手に負えず、対能力者仕様の警備員まで出勤する羽目になった。だが、それでも完全には抑え切れない。 両者共レベル4の能力者。一方は、光を支配する“閃光の英雄(ヒーロー)”(当時の成瀬台生間で流行した異名。瞬く間に不良達を一掃したことが起因である)。 一方は、障害になる者全てを衝撃波でねじ伏せる“猛獣”(当時の成瀬台生間で流行した異名。その暴れっぷりが起因である)。そんな両者の死闘は、遂に成瀬台を飛び出した。 「・・・その後は、こっちも行方が掴めなくてな。一晩中探し回ったんだが見付けられず、仕方無しに成瀬台へ登校したら、なんとその2人も普通に登校していたんだ」 「・・・何ですか、その展開?」 「一応、その後すぐに停学処分が与えられたんだが、それでも2人は無視して成瀬台に通った。そして・・・毎日のように殺し合いを演じた」 「・・・そういえば、私も聞いたことがあったな。『成瀬台で、2人の“不良”が意地とプライドを賭けて死闘を演じている』と」 「・・・破輩の言う通り、2人の死闘は周囲の学校にも広まった。俺達風紀委員も、何とか仲介しようとしたんだが2人は聞く耳を持たなかった。 下手に手を出そうとしたら、こっちまで巻き添えを喰らいかねなかった。一応、一般生徒には被害が出ていなかったから、警備員も様子見を決め込んだ」 「・・・ぶっちゃけ、最初に取り抑えられなかったから、これ以上恥をかきたく無かったんじゃ・・・」 「そうか・・・あの時の・・・。フッ、緑川君が(力尽くで)仲介したいって当時はしきりに言ってたわね」 毎日成瀬台で死闘を演じる2人に、さすがに学校側も怒った。つまり、『これ以上成瀬台で騒動を起こすようなら、2人共退学処分とする』ということである。 それを突き付けられた2人は、成瀬台に通わなくなった。その足取りも不明なまま。噂では、別の場所で相も変わらずに殺し合いを繰り広げているとのことだった。 風紀委員やそれ以外の生徒も気を揉む中、5月の最終日に2人が登校して来た。互いにボロボロであったが、構わずまっすぐに校長室へ向かい、2人揃って頭を下げた。 学校側としては、界刺のおかげで校内の不良活動が沈静化したことも事実であったので、最も重い退学処分にまではしなかった。その代わり、6月一杯の停学処分を与えた。 そして、停学明けに登校した2人を見て成瀬台の全生徒(教師陣含む)は一様に驚愕した。何と、界刺と不動が親しげに会話を繰り広げているのだ。 聞く所によると、2人は友達になったらしい。まさに、拳で語る友情とでも言うのか。この結末に、皆脱力してしまったのは言うまでも無い。 「・・・とまぁ、そんな大騒動だったんだ。ある意味、風輪で起きた騒動並に凄まじかったぞ?何せ、毎日目の前で殺し合いが繰り広げられていたからな。 途中からは慣れてしまったのか、どっちが勝つか負けるかの賭けまでするようになっていたな」 「・・・・・・かもな。あの2人が『本気』で暴れたら、私達159支部でも抑え切る自信は無い」 「・・・親友の矯正ってそういうことだったのか。というか、矯正されたのは自分じゃないの?・・・もしかしたら、176支部(ウチ)の問題児集団よりヤバヤバだったのかも」 「拳と拳で交わす男の友情・・・ハァ、ハァ。これは、あの“変人”達に対するイメージを変更しなければならないかも!!ハァ・・・ハァ・・・」 「牡丹・・・お前・・・」 椎倉の回想に、破輩や加賀美はそれぞれの感想を抱く。六花は、またもや妄想の世界へ飛び立ち、友人の閨秀が毎度のツッコミを入れた。 「ハッ!!ゴ、ゴホン!!そ、その後はどうなったんですか?」 「・・・それからの界刺は、何に対しても基本的に無気力な人間になった。校内の“不良”にも喧嘩を売ることもしなくなったし、騒動を起こすようなこともしなくなった。 まぁ、奇抜極まるファッションセンスを披露し始めたくらいか?騒動と呼べるのは。 その奇行のせいで、界刺は“閃光の英雄”から“成瀬台の変人”へモデルチェンジしたんだよ」 「(それって、モデルチェンジじゃ無くて・・・)」 「(完全なランクダウンなんじゃ・・・)」 「(“閃光の英雄”・・・!!“ヒーロー”・・・!!!)」 “閃光の英雄”から“成瀬台の変人”へ変貌した界刺に対する椎倉の言葉に、真面と殻衣は疑問付を付ける。 一方、焔火は当時の界刺が“英雄(ヒーロー)”と呼ばれていたこと、本人がどう思っていようが周囲からは“ヒーロー”として扱われていたことに、強い衝撃を受ける。 「・・・不動と死闘を演じたことで、奴なりに掴めたモノがあったようだな。だが、そのせいもあってか学業面にもやる気を見せなくなった。 唯でさえ、1年の1学期は騒動や停学でテストをまともに受けなかったのに、2学期以降は何とか進級できる程度の勉強しかしないと聞いている。 これは、不動が時々寒村にぼやいていたのを傍で聞いていた俺の情報だ」 「その無気力人間の動きが、今になって活発化し始めているということは・・・」 「あぁ。あの頃の界刺が帰って来たのかもしれん。閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈な、それでいてあの時とは違う在り方を抱いた唯の“不良”がな」 「撚鴃・・・。フッ、結局は唯の“不良”ということか?その界刺という男は?」 「そうだ。何処にでも居るような、唯の“不良”。色んな壁にぶつかりながらも乗り越えて来た、唯の人間。それが、界刺得世だ。つまり・・・」 「私達が、あの人の居る場所に届かないわけじゃ無い」 椎倉・六花・冠の応酬に飛び込んだのは、176支部の焔火。 『まぁ、俺だったら“ヒーロー”にはなれるかな?名前は・・・“詐欺師ヒーロー”とか?』 「(あの人はあの人なりに必死にもがいた末に今の姿があるんだ。きっと、今のあの人なら何時でも“ヒーロー”にはなれるんだろうな。 あの人なりの“ヒーロー”に。“閃光の英雄”か・・・。カッコイイ異名じゃないですか、界刺さん?)」 “ヒーロー”とは何か? 『んふっ、別になりたくもないけど。ならせてあげるって言われても、こっちから願い下げだ。“ヒーロー”なんかに縛られたく無いし』 「(でも、あの人は“ヒーロー”になりたく無いって言う。私がなりたくて堪らない“ヒーロー”に。“ヒーロー”と呼ばれていたあの人は、その場所で一体何を感じていたんだろう? “ヒーロー”になるつもりも無い人間が、周囲から“ヒーロー”扱いされる気持ちって一体どんなモノだったんだろう? 私がその意味を知るには・・・“ヒーロー”になるしか無い。ならないと・・・きっとわからない。単純な私らしい発想だけど)」 “ヒーロー”になりたい者と、“ヒーロー”になりたく無い者。“ヒーロー”になれていない者と、“ヒーロー”になろうと思えばなれる者。両者の違いとは一体? 『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな? 馬鹿だねぇ・・・そんなこともわからないのかい?わからない?あっそ。なら、仕方無いね。 少なくとも、俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない。羨ましくもない。俺からしたらだけど』 「(私が目指す“ヒーロー”像・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』。あの人が考える“ヒーロー”像・・・『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。 私は、あの人の理想像を受け入れたくない・・・というかなりたくない。非情過ぎるから。でも・・・その存在は認めるしかない・・・のかな?・・・わからない。 考えてもわからないなら、やってみるしか無い。あの人も自分の命を懸けて掴んだんだ。だったら、私も命懸けで。そうしないと、何時まで経っても掴めない!!)」 『他者を最優先に考える“ヒーロー”』と『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。この2つに、どんな違いがあるのか?それを、焔火緋花は命懸けで確かめる決意を固める。 「・・・やるしか無いです。あの人の言動に必要以上に戸惑う必要はありません。適切な判断が、今の私達には必要だと思います。 今の私が言えたことじゃ無いですけど・・・それでもやるしか無いです。進むしか無いんです。その決意だけは・・・絶対に揺らいだら駄目だと思います」 「・・・私も焔火に同意見です」 「一厘・・・」 焔火に同調するのは、159支部の一厘。破輩の声を聞きながら、一厘は己の決意を強く握り込む。 脳裏に思い浮かぶのは、一昨日の常盤台での出来事。界刺が金束戦で使用した警棒・・・ ダークナイト の機能。 「・・・実は、心当たりがあるんです。さっき話題に挙がった“手駒達”の脚が焼き貫かれていた件に」 「・・・それは、界刺の仕業を意味するのか?」 「・・・私が言えるのは、『心当たりがある』ということだけです。私も確証は持てていませんし」 「・・・・・・そうか。・・・わかった。もう、いい」 「・・・はい」 一厘の言葉に含まれた真意に、椎倉達風紀委員は悟る。これは、“3条件”の1つ目。『行動の黙認』。おそらく、3つ目の『黙認』の回数には入らない。 何故なら、風紀委員を助けるためだと言い張るから。きっと、それを承知の上であの“変人”は動いたのだ。 確証が無いと言っていることから、一厘自身も界刺の仕業かどうかは断定できないのだろう。 だが、『心当たり』を説明する口を封じているのは、おそらく“3条件”が要因であることは容易に想像が付く。 「・・・唯の“不良”で片付けるには、些か度が過ぎる男だな。自分の都合次第で、俺達に利がある行動も害がある行動も取る・・・か。タチが悪いな」 「浮草・・・」 「まるで、固地を相手にしているような感覚だ。切り札を何枚も持っていそうな奴を相手にするのは、正直しんどい。 まぁ、固地にしろその“変人”にしろ、それだけのモノを積み重ねて来たのは間違いないんだろうが。だが・・・やるしか無いな。時間は待ってくれない。そうだろ?」 「・・・あぁ!!」 この後に、各支部の外回りは揃って成瀬台を後にする。とりあえずは、“手駒達”が倒れていた『マルンウォール』近くの現場へ一緒に向かう。 そこでの確認作業が終わった後に、各支部単位の捜査活動を行う予定である。 『ブラックウィザード』による監視の目が届かないように、閨秀の『皆無重量』にて高速輸送される風紀委員達。 各構成は、159支部(破輩・一厘・鉄枷)、176支部(加賀美・焔火・神谷・斑・鏡星・一色・姫空)、178支部(浮草・真面)、花盛支部(抵部・閨秀・冠)の面々。 程なくして、『マリンウォール』前に到着する。ここからは、徒歩で現場へ向かう・・・筈だった。だが、そんな彼等彼女等の足を釘付けにした集団が居た。それは・・・ 「ハーハッハッハ!!!俺は“ゲコ太マン”!!!将来有望な幼子達よ!!弱者を救い、悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)を見るがいい!!!」 No.1“ゲコ太マン”(啄鴉。着ぐるみの上からマントを羽織り、模造剣を二振り身に付けている“暗黒ヒーロー”) 「師匠!!その暗黒闘気を、拙者にも分けてくだされ!!!」 No.2“ゲコ太マスク”(ゲコ太マスク。カエルにレスラー的服装を着色させたような姿をしている“レスラーヒーロー”) 「そらっ!!“ピョン子”も一緒に!!」 No.3“ゲコ太”(仲場志道。髭とスーツが着ぐるみに着色されたような姿をしている“ゲコチックヒーロー”) 「な、何でこんなことに・・・!?」 No.4“ピョン子”(葉原ゆかり。カエルの頭に赤色の髪留めがプリントされたような姿をしている“サークルヒーロー”) 「葉原先輩・・・ファイトです・・・!」 No.5“ケロヨン1号”(免力強也。唯のカエル) 「免力君の言った通り~、葉原先輩って優しそうな人だな~」 No.6“ケロヨン2号”(盛富士泰山。カエルに花柄のエプロンを着色させたような姿をしている“ぷよぷよヒーロー”) 「は~い!!良い子の皆さんには、私が集めたキラキラピカピカ感溢れるこの素晴らしい石をプレゼントしちゃいます!!」 No.7“ゲコっち”(月ノ宮向日葵。カエルにキラキラピカピカが着色されたような姿をしている“キラピカヒーロー”) 「これも、良い経験になる筈!!外界を恐れていては、成長はできません!!」 No.8“ゲコゲコ”(真珠院珊瑚。口紅が着色されたタレ目のカエルの姿をしている“お嬢様ヒーロー”) 「俺・・・何でこんなことをしてるんだ・・・?」 No.9“ゲロゲロ”(風路形慈。カエルとフランケンシュタインが合体したような姿をしている“暴れん坊ヒーロー”) 「盛富士クンって、ボクと似たようなヒトだなぁ。うん、良い友達になれそう~」 No.10“ゴリアテ”(仮屋冥滋。橙色のガエルの姿をしている“大食いヒーロー”。何時もお菓子片手にムシャムシャしている) 「暑い・・・蒸し暑い・・・モロ暑い・・・。ゲコ太の奴、わざと隠してやがったな。てか、俺が適当に言った“詐欺師ヒーロー”入りの名札を速攻で作ってんじゃ無ぇよ」 No.11“カワズ”(界刺得世。新時代の“ヒーローガエル”。“詐欺師ヒーロー”という名札が、胸の真ん中に付けられている。着ぐるみなのに表情がコロコロ変わる) 「「「「「「「「「「「「「「「(何、あれ!!!??)」」」」」」」」」」」」」」」 幼子達の期待と夢を背負う、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』のメンバー。新時代の“幕開け”を飾るに相応しい“ヒーロー”達・・・なのかは甚だ疑問である。 c,continue??