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「おじゃましま~す」 「プッ。何よ、その余所行きの挨拶は?さっき入ったばかりなんだから、気にしなくていいよ?」 「そ、そりゃあ個人面談ですからね。緊張の1つはしますよ」 焔火が少しオドオドしながら病室に入って来る。その姿に、加賀美は思わず吹いてしまう。 「まっ、いっか。そこの椅子に座って」 「わかりました。・・・網枷先輩とは何を話されたんですか?」 「うん?・・・あの子の体調とかそこら辺の話。最近双真は体調を崩していたみたいだし、それを私達に隠していたから改めてお説教を」 「な、成程」 喫茶店に網枷が来た際には聞けなかったので、焔火は加賀美に質問する。その返事を聞いて、自分にも似たような説教が来ることを想像してしまう。 「せ、説教ですか?」 「う~ん・・・。説教っていうか、色々話したいなと思っただけよ」 「話したい?何ですか?」 イマイチ具体的では無い個別面談の目的に、焔火が首を傾げる。 「そうだなぁ・・・緋花は、昨日の件についてどう思ってる?」 「!!!」 『昨日の件』。つまりは、殺人鬼との邂逅。そして、リーダーの病院送り。 「・・・・・・すみませんでした」 「・・・何が?」 「・・・あれは、私の完全な判断ミスです。状況や周囲のことを碌に考えずに突っ込んで・・・結果としてリーダーが負傷してしまいました。 最良の結果を導く行動でも自分の信念を貫くための最適な行動じゃありませんでした。唯の・・・暴走でした」 「・・・私としては、殺人鬼の存在を許せないっていう正義感は評価してるんだけどな。私だって同じ思いだったし」 「でも!それを、結果として出せなかったら意味が無いです!」 「意味ならあるよ?その気持ちを持ったこと自体は、かけがえの無い意味があるモノだよ?」 「・・・例えそれに意味があったとしても、表現できる力が無いと意味が喪失してしまいます!!」 「うん!そうだね」 焔火への問いは、彼女の思いを再確認するためのモノ。本当に反省しているか、本当に理解しているのか。 人のことは言えない。言えないが、それでも自分にできることをやり切ろう。そう、加賀美は心に誓っていた。 「リーダー・・・」 「前に言ったじゃない?私も色々悩んでいるんだよ?昨日の件についてもさ。自分の中に意味あるモノがあっても、それを表現できる力を鍛えないと意味が消えちゃう。 私も私なりに頑張ってたつもりだったんだけど、何だか自信が無くなって来ちゃった」 「・・・!!」 「でも、何とか踏ん張ろうとは思ってる。何があっても最後までやり抜くって・・・約束したから」 「約束?誰とですか?」 「・・・・・・“ヒーロー”と」 「!!!」 “ヒーロー”。その言葉を聞いて焔火が真っ先に思い浮かべるのは、あの碧髪の男。“ヒーロー”と呼ばれ、そして“ヒーロー”になりたくない人間。 「・・・“ヒーロー”が背負う物って重いんだろうなって今更ながら思ってる。私のような人間の思いを幾つも背負って歩く。 普通1人の人間の思いを背負うことだって大変な筈なのに、“ヒーロー”は背負う。背負わされる。その無垢な思いに雁字搦めになって、身動きが取れなくなる・・・と思ってる。 私は“ヒーロー”じゃ無いから、その辺のことは本当の意味で実感できない。あの人は、それを実感したんだろうね」 「・・・かもしれません」 「昨日、椎倉先輩からあの人の昔の話を聞いた時は、正直『“ヒーロー”と呼ばれることから逃げたんじゃ?』って少しだけ思った。でも、違うんだよな。 あの人は“選んだ”んだ。“ヒーロー”としてじゃなくて、1人の人間として歩くことを。自分の意志で。今は“詐欺師ヒーロー”っていう被り物をしてるけど」 加賀美は、現在焔火が抱えている問題点について直接指導することは無い。それは、彼女のためにもならない。 だから、間接的に指導を行う。焔火自身が、昨日の件で少しずつ良い方向に変わりつつあることを先の会話で感じ取ったからこそ。 「・・・リーダー?」 「うん?」 「『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?』。この言葉の意味が、何となくですけどわかってきました」 「・・・言ってみて」 「切欠は、椎倉先輩が言われたことでした。『今回お前達がやったことは正義でも何でも無い!!唯の暴走だ!! 自分の正義を貫くための最善の行動を取らなかったお前達が、殺人鬼に敗北するのは当たり前だ!!』・・・と。そして、他の言葉からも・・・」 『何言ってるんだ、神谷?その殺人鬼は「ブラックウィザード」の周辺をうろついているんだろ? いずれ、再び対峙する可能性もある。止むを得なく戦闘する可能性も否定できない。だったら、今回の戦闘で得た貴重な情報を元に対策を考えるのは当然のことだろう? お前が何を勘違いしているかは知らんが、優先順位を付けるとは言っても無視をするなんてことは一言も言ってないぞ、俺は?』 『何時俺が「それ以外の案件」に殺人鬼を含めているなんて言ったんだ?あの殺人鬼は、『ブラックウィザード』の捜査に間接的に関わって来る不確定要素じゃないか。 同じく、一般人の命を守るというのも無視はしないぞ?風紀委員として、1人の人間として。時と場合によっては、優先順位が変動するだろうが』 「・・・最優先。つまり、一番大事なのをてっぺんに持ってきて、そこから優先順位を割り振って行く。切り捨てるんじゃ無い。時と場合に応じて優先する順位を付けるだけ。 私は、今まで最優先という言葉を勘違いして受け取っていました。確かに・・・私は大馬鹿ですよ。こんな初歩的なことにさえ気付かなかったなんて」 己の中で最優先に据え置くモノは、人それぞれだろう。だが、それ=他のモノを無視したり切り捨てることでは無い。優先事項は存在している。 これも、人それぞれの手によって“選ばれ”、順位付けされていく。これは、自分が取るべき行動を見出す時の指標となる、とても大事なモノ。 「自分を最優先にすると言ったって、それは他者を無視することにはならない。自分のことしか考えないことにはならない。・・・違いますか?」 「・・・そうだと思うよ」 「・・・緑川先生の言った通りですね。私が考える“ヒーロー”像と、界刺さんが考える“ヒーロー”像にさしたる違いは無い。 違ってるのは、自分が一番に優先するモノを何処に置くかということと、優先事項の順位付けくらい。形としては一緒みたいなモノ・・・ですよね?」 「・・・そうだね」 「・・・ハァ。勘違いしまくりですね、私」 焔火は、思わずベットに頭を突っ込む。そんな後輩の姿を、加賀美は愛おし気に見やる。 この娘は、確かに成長しつつある。自分の想像以上のペースで。やはり、逃げてはいけない。立ち塞がる“壁”から逃げるわけにはいかない。 立ち向かわなければいけない。自分自身が。その決意を加賀美は秘かに胸に宿す。 「・・・そんな緋花は、最優先に何を置くの?」 「・・・『他者』です」 「・・・『自分』じゃ無いんだ?」 「・・・それだけは譲れません。私は、あの人みたいに非情にはなれません。椎倉先輩の判断も非情っぽい所はありましたけど、それでも温情を感じました。 でも、界刺さんは非情過ぎます。“閃光の英雄”だった頃の話を聞いても、そう思いました。あれが『自分』を最優先にしている結果だとしたら、私は到底受け入れられません」 「・・・界刺さんの欠点・・・ということ?」 「少なくとも、私はそう思います。これは、固地先輩にも言えることですね。私・・・ちょっと長所ばかり見過ぎていたのかもしれないです。 人には、長所もあれば欠点もある。長所ばかり見ていちゃ駄目なんですね。欠点もちゃんと見た上で、その人を判断しないと。 まぁ、固地先輩の指導がキツ過ぎたからというか、あの人の在り方を全部認めたく無いというか・・・それが大元だったりするんですけど・・・」 「だったら、債鬼君に面と向かって言ってみれば?きっと、喜ぶと思うよ?」 「い、嫌です!!!夏休みの初日にそれを言ったら、次の日からもっと酷くなりましたから!!」 「私は喰らい付いて行ったけど?緋花も、それくらいは覚悟してたんじゃあ?」 「で、でも・・・!!む、むむぅ・・・そ、そうなん・・・ですけ、ど・・・むむぅ~」 加賀美の(イジワルな)質問に、頭を悩ませる焔火。確かに、固地に土下座して懇願した時は何でも受けて立ってやるくらいの気概はあったが、現実に直面するとパキパキと折れる音がする。 見立てが甘かったと言われればそれまでだが、それでも弱音や愚痴は幾らでも出て来るというモノだ 「ムフフッ。でもさ・・・債鬼君のことを全部は否定しないんだね?」 「・・・・・・はい。先輩の指導や言葉が無かったら、今の私は居ません。それは変えようが無い事実です。それに・・・」 「それに?」 「あの人の根幹・・・あれだけ周囲の批判を喰らっていても動じない精神力というか、信念めいたモノの原動力って一体何だろうって興味が・・・」 「(まぁ、いいか。絶対口外禁止じゃ無いし、これも緋花のため)・・・原動力はわからないけど、その力を成長させたのは債鬼君の師匠だろうなぁ」 「師匠!?固地先輩に師匠なんか居たんですか!!?」 「うおっ!?わ、私も詳しくは知らないけど、債鬼君をしごいてしごいてしごきまくって、毎度の如く泣かせ続けた人らしいね。泣かした本人曰く。 そういえば、『何でこんな天邪鬼になっちゃったんだろうね?師匠として恥ずかしいよ』とも言ってたなぁ・・・」 「固地先輩が泣く姿・・・(ブルッ!)・・・そ、想像しただけで鳥肌が・・・!!」 焔火は、あの“風紀委員の『悪鬼』”を泣かせ続けた師匠の存在に驚愕し、固地の無く姿を想像して異様な寒気を覚える。 そんな人間が居るとすれば、その性格や態度たるや“『悪鬼』”以上のモノを持っているとしか考えられない。 「ち、ちなみにその師匠って・・・」 「常盤台学生寮近くにある女子中学校に勤務している教師兼警備員の方だよ。名前は九野獅郎先生。“天才”として知る人には知られている方だよ?」 「“天才”・・・!!そんな人が居るんだ・・・!!)」 「私も1回しか会ったことは無いけど、漂って来る威圧感が凄かった。あの先生は、ある意味債鬼君以上に厳しい人だよ。まぁ、師弟関係なんだから当然と言えば当然なんだけど。 債鬼君の話だと、初めて会った人間でも遠慮せずにズバっと指摘することが結構あるらしいし、九野先生に泣かされた人も多いって。フォローもちゃんとするみたいだけどね。 『その指摘が、当人にとって目を逸らしたい事実なのを見抜く力がずば抜けている。そして、それを躊躇せずに口に出せる豪胆さも兼ね備えている』って債鬼君が呟いてたなぁ」 「固地先輩より厳しい!!?・・・い、嫌な汗が・・・!!」 焔火は、噴出してきた嫌な汗を拭く。固地以上に厳しい?何の冗談だ?そんな教師の存在がこの世界に存在する現実に焔火は思わず身震いしてしまう。 「・・・話が逸れたね。ねぇ、緋花?あなたは・・・まだ“ヒーロー”になるつもりなの?」 「・・・はい」 「すごく苦しいことだと思うよ?それでも?」 「はい!!『他者を最優先に考える“ヒーロー”』。これは私の根幹。これは絶対に譲れません!! 私は、困っている人達を助ける“ヒーロー”になりたい!!そんな人達を最優先に考えたい!!そのためにも!!」 「独り善がりという指摘は理解したの?解決したの?」 「うううぅぅっ!!!そ、それについては・・・まだ。で、でも、だからと言ってそれを理由に他者を最優先に考えちゃいけないってことにはならないんじゃない・・・か、と」 「(・・・何だろう、この不安感は?何処か危ういっていうか・・・緑川先生が言ってたことと変わらない筈なのに・・・)」 焔火の決意表明(最後は尻すぼみ)に、何処か不安を覚える加賀美。その元凶が、焔火が抱く根幹が緑川から与え付けられた“偶像”にあることに、176支部リーダーは気付けない。 成長しつつある焔火自身も、未だに気付いていない。自分自身が見出したモノでは無い“ヒーロー”像に・・・欠陥は否めない。 「・・・まぁ、その辺りも徐々にって感じかな?うん!緋花は着実に成長してると思うよ!」 「ほ、本当ですか!?」 「もちろん!!まだ2ヶ月そこそこしか経ってないのに、腕章がこんなに傷だらけになるくらいだもん。緋花が体験した色んな経験は、絶対に無駄にはなっていないよ」 「・・・!!!成長してる・・・私が・・・成長してる!!!」 「(・・・顔がニヤけてるわねぇ。気持ちはわかるけど。嬉しくて嬉しくて堪らないんだろうな)」 ブツブツ言いながら顔がニヤけっぱなしの焔火の表情から、加賀美は彼女の思いを把握する。人間誰だって褒められたら嬉しいモノだ。 今まで苦難の道程を越えて来た人間にとっては、殊更嬉しいのだろう。だが、引き締めは必要だ。そう考えた加賀美が部下に声を掛けようとした瞬間・・・ コンコン 「ん?何だろう?」 「・・・あぁ。夕食の時間だね。きっと、看護師さんが食事を持って来たんだ」 「成程。なら、私が取って来ますね」 加賀美の予想通り、看護師が夕食を持って来た。焔火がそれを受け取り、加賀美の元まで運んで行く。 「それじゃあ、私は帰りますね」 「そ、そうね。・・・皆にもよろしく伝えといて」 「わかってますって!明後日、成瀬台で」 「うん!」 そう言って焔火は病室から去って行った。加賀美は、運命の悪戯によって引き締めの言葉を送るタイミングを逸した。逸してしまったのだ。 「あれぇ?網枷先輩・・・何処に行ったんだろ?一緒に帰るって話だったのに」 病院から出た直後、焔火は己が先輩の行方を探していた。喫茶店で会った際に、一緒に帰る旨を網枷から伝えられていたのだ。 「ちょっと面談が長かったかなぁ?追い着くといいけど」 焔火は、『電撃使い』による身体強化後疾走する。映倫中と小川原付属は比較的近い位置に建っており、必然的に学生寮も比較的近かった。 病院からの帰り道は、焔火の頭にインプットされている。その道程の中途で帰宅途中であろう網枷と会えると考えていた。 「や、やめろ・・・!!」 「うるせぇ!!風紀委員風情が、俺に指図すんじゃ無ぇ!!!」 「!!?」 そんな疾走中に聞こえて来た複数の叫び声。そこは、監視カメラも無く警備ロボットの巡回時間から外れている『闇』の世界。 「(い、今の声って・・・網枷先輩!!?)」 焔火は、すぐさま声がして来た方へと向かう。日も地平線の彼方に殆ど沈み、『闇』に覆われた路地裏に彼等は居た。 「網枷先輩!!?」 「ほ、焔火・・・!!」 「あぁん!!?何だ、テメェはよ!!?」 人数は全員で5人。1人は網枷、取り巻きと思われる3名には生気というモノが全く感じ取れなかった。 そして、もう1人・・・網枷の頬をその足で踏み付けている坊主頭の男が焔火に顔を振り向ける。 「あ、あなたは・・・!!」 「あぁん!?」 その顔には見覚えがあった。昨日、あの殺人鬼と遭遇する前に見掛けた黒いウィンドブレイカーを着た坊主男。 だが、昨日の時とは明確な相違点があった。それは・・・ 「(『眼球印の黒い着衣品』!!!ということは・・・この男は『ブラックウィザード』の構成員!!!) ウィンドブレイカーの右の袖口に刺繍されている『眼球印』。“詐欺師”からの情報にあったソレが、目の前の男を『ブラックウィザード』の一員と判断する材料となっていた。 「(他の3人は・・・“手駒達”か!!)」 生気の無い顔色から取り巻きは“手駒達”と判断した焔火は、ポケットに入れていた風紀委員の腕章を身に着けて宣言する。 「私は、176支部に所属する風紀委員です!!あなた達を暴行容疑として連行します!!」 「へぇ・・・風紀委員か。こりゃ面白ぇ。こんなクソの役にも立たねぇ人間のために体を張るなんて、大層な心意気じゃねぇの」 「(!!!・・・落ち着け・・・落ち着くのよ、私!!冷静に!!)」 坊主頭の挑発に焔火は乗らない。網枷には目立った外傷は無く、意識もあるようだがグッタリとしている。頼れるのは己の体のみ。 こういう戦場は麻鬼と戦って以来だ。人知れず、焔火はかなり緊張していた。あの時のように無様な姿になりたくない。その一心が、彼女を緊張と冷静の間で揺り動かす。 「その心意気を買ってやりてぇ所だが、こちとら薬の売買で忙しいんだ。テメェみたいな雑魚と遊んでる暇は無ぇしよ。ウサ晴らしも済んだことだし、トンズラさせて貰うぜ」 「なっ!?に、逃がすか!!」 坊主頭が放った退却宣言に、焔火は電流の鎧を纏って追い縋ろうとする。だが・・・ パシャッ!!! 「なっ!!?」 それは、坊主頭の後方にあった幾つものペットボトルから放たれた水。“手駒達”の中に水流操作系能力者が居るのだろう。 その水が狭い路地裏に降り掛かる。焔火や網枷を巻き込んで。 「(だ、駄目!!これじゃあ、電流の鎧を纏えない!!電撃なんか放ったら・・・網枷先輩に・・・!!)」 「じゃあな!!」 ボン!! 「くっ!!?」 それは簡易型の発炎筒。その煙が焔火の視界を塞ぐ。焔火は急いで発炎筒を周囲に出来た水溜りに突っ込み、坊主頭達を追ったが・・・ 「・・・!!!くそっ!!!こ、こんなんじゃあ・・・!!ど、どんなに成長したって言われても、肝心な時に結果を出せなくて一体何時結果を出すって言うのよ!!!」 そこには、誰の姿も無かった。ずっと追って来た『ブラックウィザード』の構成員を捕まえるチャンスを逃がした。その事実は、焔火の心をとても重くするモノであった。 明確な間違いを犯したわけでは無い。唯、成長が結果に結び付かないのだ。絶対に諦めないという気持ちが現実に届かないのだ。 これは・・・ある意味では間違いを犯すことよりも辛い事実。自分自身を揺らす・・・漣の如く。 「網枷先輩!!大丈夫ですか!?」 「な、何とか・・・な。助かったよ、焔火」 「そ、そんな・・・。わ、私は何もできなかったですよ・・・!!やっと『ブラックウィザード』の尻尾を捕まえたと思ったのに、私は・・・私は・・・また!!」 「・・・・・・」 構成員を取り逃がした後に、焔火は倒れている網枷に駆け寄った。露出していない部分で目立った傷は見受けられない。 網枷の申告では腹部にダメージを受けたようだが、軽症ということで焔火の介抱の手は借りなかった。踏まれたことで頬に付着した砂を払いながら、先輩は後輩に語り掛ける。 「・・・そう、自分を卑下するな。お前が来なかったら、僕はどうなっていたのか。下手したら、殺されていたかもしれない。だから・・・ありがとう、焔火」 「網枷先輩・・・!!」 網枷が掛けてくれる優しい言葉に焔火は感動の心さえ抱く。結果を残せなかった自分に感謝の言葉を贈ってくれる先輩に後輩は感謝する。 「それに、お前が自分の無力さに苛立つように、僕だってこんな体たらくを演じた自分自身に腹が立ってるんだ。 僕も、体を鍛えるだけじゃ無くて格闘術とかを磨いていればあんなデカブツに負けなかったかもしれないのに」 「そ、そういえば、網枷先輩はどうして・・・」 「・・・お前とリーダーの面談が長くて暇を持て余していたんだ。だから、時間潰しに病院の外に出たら、気色悪い刺繍が入った黒いウィンドブレイカーを着たデカブツと・・・」 「『眼球印の黒い着衣品』ですね!」 「・・・・・・」 「・・・あれっ?でも、何で網枷先輩がそのことを・・・」 「・・・居るんだろ?僕達風紀委員の中に」 「ッッ!!!あ、網枷先輩・・・知ってたんですか!!?私達の中に『ブラックウィザード』の内通者が居ることを!!?」 それは、敵を取り逃がした事実+先輩の優しい言葉に揺れ動いていた焔火が、無意識の内に口を滑らしていることに“辣腕士”が気付いた―狙ってのことだが―が故のこと。 そして、先んじて内通者の存在を仄めかすことで自身に内通者の嫌疑を掛けられないようにする。 網枷自身、『○○が居る』の○○(=主語)は口に出していない。焔火が勝手に置き換えているだけである。 そして、焔火自身が置き換えたためにその内容に対して思い浮かべられる筈の疑問を彼女は一切抱かない。 「・・・確証は無かったんだが・・・」 「わ、私もです!というか、椎倉先輩達もだと思います!でも、網枷先輩でさえもそういう推測を立てているとなると・・・やっぱり界刺さんの予想は当たっていたのか・・・」 「・・・“変人”か?」 「そうです。あの人が風紀委員の中に内通者が居るんじゃないかって指摘を。界刺さん自身も確証は無かったみたいですけど」 「・・・成程」 網枷は、意図して言葉の文字数を抑える。そうすることで、自分の言葉を相手が勝手に置き換えてくれる。 焔火自身、内通者が居る可能性には否定的であった。“変人”の言う可能性の内容は頷けるモノだったが、それでも信じたくない心が彼女にはあった。 もし、内通者が存在したとしてもそれは176支部では無い。そう考えていた。今まで苦楽を共にして来た仲間を疑いたくない心が、彼女の心の大勢を占めていたのだ。 「・・・だったら、これは使えるかもな」 「えっ?」 網枷は、手に持っていた携帯電話に掛けていた『偏光塗装』を解除する。焔火の肉眼に映るようになった携帯の画面に映し出されていたのは、1つの紙。 「これは・・・?」 「あの坊主頭が持っていた紙を、僕が『偏光塗装』で隠した携帯のカメラで撮ったんだ。殴られながらだったから、うまくは撮れていないみたいだけどな」 画面に映し出された紙に書かれている文字は、所々不鮮明で読み取れない。だが、大方の内容は読み取れた。 「どう思う、焔火?」 「これは・・・薬の売買日時と場所を表したモノだと思います。明後日の・・・時間帯はPM ・・・くそっ、字が潰れていて読み取れない」 「それなら僕は見たぞ。確かPM 8 00と書かれていた筈だ」 「網枷先輩・・・!!」 「あぁ。ようやく、『ブラックウィザード』の尻尾を掴んだということだ。焔火。今日のミスを挽回するチャンスだぞ」 「はい!!」 文面からは、『ブラックウィザード』が薬の売買を行う内容が書き連ねられていた。手放してしまったと思われた尻尾を再び捕えるチャンスが生まれたことに、焔火は高揚していた。 「焔火。ここで一度整理して置きたいんだが、いいか?情報の疎通に乱れがあってはいけないと思うし」 「いいですよ?私も全部を知ってるわけじゃ無いですけど」 「それならそれでいい。後で、僕が椎倉先輩達に確認するよ。今の所、内通者の存在に気付いているのは?」 「え~と。成瀬台支部では椎倉先輩と寒村先輩、159支部では破輩先輩・鉄枷先輩・一厘先輩、178支部では固地先輩と真面君、花盛支部では閨秀先輩と抵部先輩、 そして176支部(ウチ)では私・リーダー・神谷先輩という感じですね。今言った人達は内通者じゃありません。ちなみに、ゆかりっちも内通者じゃ無いことは確認が取れています」 「そうか・・・。これは僕の勘だけど、176支部には内通者が居ないと“思っている”。焔火は?」 「私もです!もし居たとしても、それは176支部(ウチ)じゃ無いと思っています」 「そうか。僕の勘も捨てたモンじゃないな。・・・それ以外の風紀委員に知らされていないのは・・・」 「内通者の存在に私達が気付いていることを悟られないためにです。正確には、固地先輩以外に気付いている風紀委員が居ることを悟られないようにするためです」 「・・・順当だな。そういえば、焔火は固地先輩から指導を受けていたんだったな。最近は、何か連絡があったりするのか?」 「いえ。何一つ連絡はありません。あの人らしいと言えばらしいですけど」 「・・・フッ。それもそうだな」 話の主導権を網枷が握る。この手の化かし合いでは、焔火は不利にも不利だ。自分が抱く矛盾にすら気付かない人間に、相手の心理の奥底を読むことを期待するのは酷である。 「・・・椎倉先輩達は、まだ内通者が誰なのかには心当たりを付けていないんだろうな」 「そうですね。もし、心当たりを付けていても泳がせる意味も込めてしばらくは放置するでしょうけど」 「・・・1つ提案があるんだが、聞いてくれるか?」 「提案?何ですか?」 “辣腕士”が仕掛ける。 「この件・・・“基本的”に僕とお前とで当たらないか?」 「・・・どういう意味ですか?」 「僕が思うに、椎倉先輩達はまだ内通者が誰なのかを突き止めきれていないんだと思うんだ。 捜査情報をリークされて、僕達風紀委員が危険な目に合う危険性に目を瞑りながら、内通者が尻尾を出すのを辛抱強く待っている。それは非情な判断だとも言える」 「・・・はい」 「今回手に入れた情報は、そんな危険性を排除できる切欠になるモノだ。僕達は売買現場に踏み込み、奴等の情報を得る。無理はしない。ヤバイ時は速攻逃げるさ。 でも、この情報を正式に報告した場合内通者に動きを察知される危険性がある。焔火。この場合、どうしたらいいと思う?」 「・・・内通者の存在を知っている人間だけでこの売買現場に踏み込む・・・ですか?」 少女は、“辣腕士”の言葉が意味する所を想像する。自分が現場に踏み込み『ブラックウィザード』をやっつける姿を。・・・想像して・・・しまった。 「半分当たりで半分ハズレだな。確かに、内通者の存在を“知る”人間だけで動くべきだ。でも、大勢で動けばそれとなく匂いを嗅ぎ取られる危険性がある。 椎倉先輩達が、何故支部単位の単独行動を認めたのか・・・その本当の意味がわかるか?」 「・・・ハッ!そうか・・・こういう時のために、本部の許可を一々取らずに動けってことだったのか!」 「そうだ。だが、今の176支部はリーダーが負傷中だ。売買日時である明後日には復帰予定だけど、病み上がりのあの人にこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。 昨日の二の舞だけは避けないと。今度は・・・数日の入院だけでは済まないかもしれないぞ?」 「・・・!!!」 昨日176支部を襲った偶然―殺人鬼との邂逅―すら利用して、出口の1つを塞ぐ。 「さっきも言ったように、176支部には内通者が“居ない”。だが、他の支部には居るかもしれない。もしかしたら、単独では無く複数居る可能性もある」 「そ、そうですね・・・」 何時の間にか、176支部には内通者が“居ない”とされていることに少女はまたもや気付かない。気付けないように“辣腕士”は話を運ぶ。 「今の所176支部内で内通者の存在を知っているのは、僕、焔火、葉原、神谷、リーダーの5人。 売買現場に踏み込むに当たって、リーダーは病み上がりだから除外するとして・・・神谷と葉原も除外する。どうしてか・・・わかるか?」 「・・・・・・わ、わかりません」 「第一に、リーダーから神谷が離れてどうするんだ?あいつは176支部のエースだぞ?いざという時に、リーダーを守れる一番手はあいつだ。 鳥羽からも聞いたが、昨日は散々椎倉先輩に絞られたんだろう?なのに、またリーダーの意思に反した行動をあいつに取らせていいのか?」 「!!そ、それは駄目です!!そんなことをしたら、それこそ昨日の二の舞です」 「だろ?リーダーに関しては、性格上このことを知ったらどんな形であれ首を突っ込むことは目に見えている。お人好しだからな、あの人は」 「た、確かに・・・」 「葉原を除外するのは、あいつが本部で後方支援を担当するからだ。もし、後方支援組に内通者が居た場合、葉原の動きでこちらの動きを読まれる可能性がある。それは駄目だ」 「ふむ・・・ふむ・・・・・・わかりました。網枷先輩の言う通りですね」 一気呵成に叩き込む会話の銃弾に、焔火は相槌を打つしかできなくなる。思考速度で、今の彼女が“辣腕士”に勝つことなどできはしない。 「わかってくれたか・・・」 「でも、それだと現場に行くのは私だけですよね?網枷先輩は後方支援担当ですし・・・」 「それについても考えている。鳥羽に協力して貰う。もちろん、理由を全て話してな」 「鳥羽君に・・・ですか!?」 焔火は、予想外の名前が出て来たことに目を丸くする。こういう時は思考硬直に陥りやすいのを“辣腕士”は十二分に心得ていた。 「あぁ。今朝のあいつの姿を見ていると、ここらでデカイ手柄をあいつに取らせてやりたい。同期の葉原に負けないくらいの活躍を。 それは、きっとあいつのこれからに繋がると思うんだ。焔火。お前にとっても」 「網枷先輩・・・!!」 「・・・僕には、これくらいのことしかできない。僕は、神谷のように最前線に立って戦うことはできない。 神谷とは同期なのにさ。あの坊主頭の言ってることは、本当は正しいんだ。肝心な時に役立たずなのには変わりないし。だから、せめてお前達には・・・」 「あ、網枷先輩は凄いですよ!!!私が取り逃がした『ブラックウィザード』に関する決定的な情報を手に入れたり、私達後輩のために必死に考えてくれている!! 先輩は役立たずなんかじゃ無い!!あなたは、私が尊敬できる人間ですよ!!」 「焔火・・・」 気落ちしている風に見える網枷に、焔火は必死に自分の素直な思いを訴える。先程の件で網枷も落ち込んでいる。そう、焔火は捉えた。 でも、何もできなかったも同然の自分よりも、確実に敵の手掛かりを手に入れた先輩が『これくらいのことしかできない』なんて言葉を吐いて欲しく無かった。自分を否定して欲しく無かった。 「だから・・・自分のことを役立たずなんて言わないで下さい・・・!!」 「・・・そうだな。・・・なら、ここらで僕も手柄の1つでも取りに行ってみるか!」 網枷は握り拳を作りながら立ち上がる。それに釣られて焔火も立ち上がる。少女の目から見て、今の網枷の表情にはやる気の色が浮き彫りになっているように感じられた。 「焔火。お前は、頃合いを見計らって支部活動から抜け出るんだ。鳥羽には、当日は僕や葉原と共に後方支援に就いて貰う。 そして、お前は鳥羽に連絡を入れるんだ。そうすれば、仲間の了解は取ったことになる。 僕は、頃合いを見計らって理由を付けて抜け出る。僕もお前も、抜け出た後は本部にもそれ以外の人間にも連絡は入れない。連絡を入れるのは、僕とお前の相互間でのやり取りだけ。 そうすれば、内通者に僕達の動きを察知される可能性はまず無い。いや・・・携帯のGPS機能とかを悪用されて追跡される可能性はあるか。 僕達の携帯は、いざという時にGPS機能を使って皆の位置が本部のコンピュータで特定できるようにしているし。 それを悪用されてこちらの位置が漏れたりすれば、逆に罠を仕掛けられる恐れもある。・・・よしっ、万が一のことを考えて当日に僕とお前が使う代替用の携帯も用意しておくよ。 それと、159支部が使用している発信機付きの手錠は使わないように。理由は、さっきのGPSで言った通りだ。わかったか?」 「は、はい・・・何とか」 「今回のことと一緒に、椎倉先輩には僕から詳細を伝えておこう。もちろん、全ては椎倉先輩の許可を貰ってのことだ。だけど、今回は許可をもぎ取る。交渉は全部僕に任せろ。 伊達に、何週間も椎倉先輩と共に後方支援に就いていない。許可が下りたらお前達に内密に伝える。くれぐれも、このことが“他に悟られる”真似は慎んでくれ」 「はい。・・・あっ。それって・・・ようは私と網枷先輩の2人で乗り込むってことですか?」 「そうだ。・・・やっぱり不安か?・・・そうだよな。やっぱ鳥羽の方がいいよな・・・。僕なんかじゃ足手まとい・・・」 「そ、そんなこと無いですってば!!何時も無表情な網枷先輩なら、何があっても動じないと思いますし!!」 「・・・おい、焔火。それって、僕のことを馬鹿にしていないか?」 「さ、さぁ~?か、勘違いじゃないですかね~?」 網枷の追及に、汗をダラダラ流しながらシラを切る焔火。葉原とのやり取りでもよくあることだが、突っ込まれた時や慌てた時に出る口の滑りようは彼女の大きな欠点である。 「・・・まぁ、いい。もし、“僕が成瀬台を抜け出るのが遅れた場合”は1人で行動して貰う可能性は“否定できない”。“その覚悟はしておいてくれ”」 「りょ、了解です!」 「焔火・・・。お前が力になってくれるなら、僕は何でもできそうな気がするよ。僕のことを『凄い』って言ってくれたお前なら・・・きっと結果を出せる筈だ」 「ッッ!!!」 最後の駄目押し。 「確か、お前は“ヒーロー”を目指しているんだってな」 「どうしてそれを・・・?」 「葉原が零していたのを偶々耳にしただけ。・・・お前なら、きっと“ヒーロー”になれる。僕が保証しても意味は無いのかもしれないけど・・・少なくとも僕はそう思う」 「ほ、ほほ、本当・・・で、す・・・か?」 「うん。だから・・・頑張ろうな、焔火。悪者の『ブラックウィザード』を叩き潰して、誰からも認めて貰える・・・そんな“ヒーロー”にお前は・・・なるんだ!!」 「は、はい!!!」 その後、鳥羽と打ち合わせをするために映倫中及び小川原付属から多少離れた柵川寮に足を運ぶ焔火と網枷。来たるXデーは、確実に刻一刻と近付いていた。 continue!!
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時は少し遡る。 「・・・誰だ!?」 「俺だよ、俺。声だけじゃ不安なら、はいこの光」 「あー、その声にその無駄にキラキラしてる姿・・・兄(あん)ちゃんか!?何だよ、その奇妙な格好は!?また、わけのわからないファッションを俺に自慢しに来たのか!?」 「いや、俺だって好きでこんな姿で居るわけじゃ無ぇし。それより、さっさと護衛に銃を下ろさせろよ」 ここは、第4学区との境にある第5学区のあるビルの内部。入り口は、5階にある男及び女トイレの掃除用具入れの壁。 複数個所を規則的に触れることで開く通路の先にあるのが、数多の情報を売買する仕事に従事している情報販売の隠れ家。 もうちょっとすれば深夜に差し掛かろうとする時間帯に訪れたのは、“カワズ”というカエルの着ぐるみを着た“変人”・・・界刺得世であった。 「あー、あぁ・・・。お前等・・・下がってろ。まー、VIP客だ」 情報販売の命令を受けて、護衛するボディーガード達が各々に持つ凶器を下げる。 「んー、兄ちゃんがここに来たってことは、何か仕入れたい情報があるんだな?」 「あぁ。ここじゃあ話しにくい。奥の部屋で」 「・・・・・・」 「ん?先客でも居んのかよ?」 「・・・ま、まぁね」 彼を知る界刺は、冷や汗をかく情報販売の姿が珍しく映った。この男は、基本的に誰が相手でも軽薄な態度を崩さない。 「そんじゃあ、ちょっと待たせて貰うか。さっさと終わらせて来いよ」 「・・・そ、そうだね。そー、そろそろ戻らないとキレかねな・・・」 「グルアアアァァッ!!!情報販売!!!何時まで私を待たせんだ!!?来客は断れっつってんだろうがー!!!」 「「!!!??」」 突如男2人の前に奥の部屋へと繋がる扉を蹴破って現れたのは、黒髪ロングに水色メガネを掛けたそこそこの美少女。 だがしかし、着用しているのが牛模様で正面に『Yes or Die』とプリントされたシャツ・裾がギザギザ灰色一色のミニスカート・赤色のヒールという、 『女の子のファッションとしてどうよ?』的な格好をしている少女・・・樫閑恋嬢。そんな少女は、完璧にキレてる状態でズカズカと歩いて来た。 「この隠れ家に繋がる通路のシステムを遮断しろって言っただろうーが!!テメェは、そんなに金が欲しいのか!?金の亡者め!!そんな亡者の餌食になりに来たのは何処のどいつ・・・」 「(“お嬢”!!?)」 「・・・その無駄にキラキラ光ってるのは・・・・・・・・・得世!!!??」 何と、“カワズ”状態の界刺の正体を一発で見抜いた樫閑。さすがは、『ブラックウィザード』に並ぶ大型スキルアウト組織『軍隊蟻』のNo.3を務めているだけのことはある。 そこ!そんなの関係無ぇと言ってはいけない。わかりやす過ぎるだろと言ってはいけない。 「ナリヨ?ダレデスカ?オレノナマエハ“カワズ”ダヨ?」 「・・・まさかとは思うけど、『軍隊蟻』の“指揮官”を務める私にそんなカタコトが通じるとでも思っているの・・・得世?」 「・・・“お嬢”」 「だから、私のことは“姐御”と呼べって言ってるでしょうーが!!!」 「グヘッ!!」 樫閑の蹴りが“カワズ”の横っ腹に叩き込まれる。その美しい脚線美は、樫閑自身内心では自信を持っていたりする。 「だ、だって・・・下の名前で呼んだら駄目って言われたし、“レンちゃん”・“レンレン”・“ジョウレン”って渾名も不評だったし・・・」 「当たり前でしょうーが!!最後の渾名なんて有り得ないわ!!私は、アンタの常連客じゃ無いのよ!!」 「だろ?だから、仕方無く“お嬢”で・・・君の部下達もそう呼んでたし。別にいーじゃん」 「あ、あれはあいつ等が勝手に呼んでるだけよ!!何回指導しても一向に直らないんだから!!」 「(ふー、これが“怒れる女王蟻”か・・・何時見ても騒々しいなぁ)」 界刺と樫閑のやり取りを眺めながら、情報販売は“怒れる女王蟻”の暴虐を目の当たりにする。 自身も過去に何度か彼女を怒らせてしまったことはあるにはあるが、ここまで容赦無く実力行使に出たことは無い。器物損害なら幾らでもあるのだが。 「君が先客か・・・・・・。まぁ、いいか」 「・・・何がよ?」 「どうせ、情報販売の伝手を使って君とも話をしたかったし丁度いーや。情報販売。彼女と同席の下で話したい。いいかい?」 「むー、先客がOKなら」 「・・・どうだい、“お嬢”?」 「・・・・・・そうね。フッ、いいわよ。私も、アンタと会ったら色々話したいことがあったし」 樫閑の瞳が、“指揮官”の色に変わる。人を動かす天才として、長点上機学園でもトップクラスの優秀さを持つ彼女の頭脳は凄まじい。 「よしっ。そんじゃそういうことで。それにしても・・・その服いいね。何処で買ったの?後で俺にも教えてよ」 「これ?これはね、第5学区にある・・・」 「・・・あぁ、あそこか。あの店、そんなのも仕入れてたのか。男物もあるかな?」 「確かあったわよ。他にも骸骨が阿波踊りをしている水色の服とか・・・」 「ほぅほぅ。そうだ、実は俺も最近新しいお気に入りの古着店を見付けてさぁ・・・」 「へぇ。アンタの紹介してくれた古着店って、まずアタリだから気になるわ。何処、何処?」 「えっとねぇ・・・第4学区の・・・」 「ふむふむ・・・」 「(はー、この2人・・・仲が良いのか悪いのかさっぱりわからない)」 凄まじいのだが、事ファッションの話になると途端に熱中してしまうのが樫閑の悪い癖であった。 それは無理も無いのだ。樫閑自身、己のファッションセンスには絶大な自信があったのだが、周囲からは全く認めて貰えないのである。 それは『軍隊蟻』でも同じ。No.1、No.2、そして部下からも私服の着用をストップさせられた。むしろ『制服でいてくれ』とメンバー全員の総土下座を喰らう羽目になった。 なので、普段の『軍隊蟻』での活動の際は長点上機学園の制服を着用しているのだが、本人的には不満だったりする。 そんな彼女が、ある古着店で邂逅した“不良”。まだ、『軍隊蟻』に所属して居なかった頃・・・“閃光の英雄”という名がほんの一部に広がり始めた去年の4月の終わり頃に少女は彼と出会った。 『フン!!テメェとは、色々趣味が合うのかもしれねぇな。友達になりてぇ人種とは思わねぇが。恋嬢・・・テメェは頭が良過ぎる』 『何を偉そうに・・・。まぁ、私の話について来られる人間はアンタが初めてよ。それと、私を下の名前で呼び捨てにしないでくれる?不愉快なんだけど?』 自分と趣味の合うファッションセンスを語る“英雄”の棘々しくも楽しげな雰囲気に・・・時折混じる殺意すら込められた瞳に・・・樫閑は興味をそそられた。 とてもじゃ無いが“ヒーロー”と呼ばれる人種じゃ無い。それなのに“英雄”と呼ばれるのは何故か?何故“英雄”になってしまったのか? 薄っぺらい外側の観点(こたえ)なんかに興味は無い。その内側にこそ本質がある。だが、中学時分からその頭脳のキレ具合が凄まじかった少女にもわからない。 何故なら、少女は“ヒーロー”に会ったこともなったことも無いから。自分にわからないことがあるのが、少女には我慢できなかったと同時にワクワクする気持ちに溢れた。 5月に入り、“猛獣”と呼ばれる男との死闘に明け暮れた界刺を樫閑は怯えながらも見ていた。この頃に少女はスキルアウト等の実態を知った。 ボロボロになっている界刺に着替え用の服や差し入れを持って行ったりもした。邪険に扱われることばっかりだったが、少女的にはそれで良かった。 学園都市のレベル至上主義に徐々に反発し始めていた樫閑にとって、無能力者を相手に差別無く接する高位能力者は界刺が初めてであった。 この頃の界刺は、そんなことよりもっと大事な“あること”を確かめたくて動いていたので当然と言えば当然ではあったのだが。 『何で、テメェは“ここ”まで俺について来るんだ?死んでも知らねぇぞ・・・恋嬢?』 『死ぬつもりは無いし、そんな恐怖を越えた欲求があるの。今の私にとって、危険を冒してでも得世の傍で色んなモノを見る方がよっぽど生き甲斐を感じるわ。 学校の授業だけじゃ知り得ないモノが・・・“ここ”にはある。“閃光の英雄”には・・・ね。反面教師的な意味も含めてだけど。後、私を下の名前で呼ぶなって言ってるでしょうーが』 樫閑は、“閃光の英雄”の傍に居場所を求めていた。小学生時代までは学園都市外に居た樫閑にとって、中学に上がってからの生活は色々不満や鬱憤が溜まるモノであった。 無能力者である自分は、それだけで評価が落ちてしまう。後に長点上機学園を目指したのも、自分の能力を開花させたくて目指したという動機が大きい。 高位能力者だけで無く低位能力者にすら嫉妬や劣等感を抱き始めていた少女。そんな自分の近くに、無能力者を差別しない高位能力者が居る。恥ずかしいと思った。情けないと思った。 加えて、それが自分にはわからない“ヒーロー”と呼ばれる人間であったこと(+趣味が合う)も重なり、彼女は“英雄”にのめり込んだ。 だから、“ヒーロー”の傍に居たくて去年の5月は学校をサボることが多かった。それだけ・・・界刺に期待していた。憧れていた。 だが・・・程無くして碧髪の男は“閃光の英雄”と呼ばれなくなった。その姿も見当たらなくなった。 彼に何があったのか?界刺に会いたくて方々を探し回っていた樫閑がようやく見付けたその先に居たのは・・・ 『やぁ、“お嬢”。久し振りだねぇ・・・んふっ。梅雨ってヤツは、ジメジメしてて嫌だねぇ。・・・・・・えっ?“閃光の英雄”? あぁ、あれは辞めだ辞め。そもそも、俺は“ヒーロー”になりたいと思ってなかったし。勝手に周囲が呼んでただけだし。んふっ』 後に“成瀬台の変人”と呼ばれるようになる無気力ぐーたら人間の界刺得世であった。 しかも、死闘相手の“猛獣”と友達になったと言うのだ。自分のことは、友達としてさえ扱ってくれなかったのに。 閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈では無くなった男に・・・“ヒーロー”では無くなった男に・・・少女は失望と裏切りの思いを抱いた。 それ以降、彼女は界刺の前から姿を消した。再び会ったのは、『軍隊蟻』に加入してから。その時には、既に『軍隊蟻』という居場所を得ていた樫閑は“変人”と普通に接した。 向こうも、あの別れた時とは変わらずの態度で接して来た。ファッションセンスの好みが合うこともあり、普通に接することができた。普通以上は・・・無理だった。 「さて、これでようやく落ち着いて話せるかな?(チラッ)」 「あー、俺としてもそうなることを祈ってるよ(チラッ)」 「・・・何か文句でもあるの?」 「「別に」」 樫閑に言われた通りに、これ以上の来客を遮断する処置を施した情報販売はVIP客2名を奥の部屋へと通す。 この部屋を使えるのは、情報販売が重要顧客と認めた者だけである。 「それにしても、『シンボル』が大活躍してるじゃない?おめでとう」 「・・・皮肉かい?」 「まぁね。アンタも、あそこまで風紀委員会に肩入れしたく無かったんでしょう?深入りし過ぎよ」 「んー、俺も同意見だね。あそこまで大々的に報じられたら、今後『シンボル』は風紀委員達より厄介もしくはズブズブの関係として見られかねない。『正義の味方』の代表的な。 悪意のある無しに関わらず、“線引き”ができなくなる可能性が出て来る。兄ちゃんにしては珍しく下手を打った・・・と言いたい所だけど」 「・・・『闇』が関わってるでしょ?これって」 「・・・だろうね。間接的にしろ、このタイミングでの『闇』の介入は卑怯だよねぇ」 ここに居る者達は知っている。学園都市には“表”と“裏”・・・そして『闇』と呼ばれる人間が居ることを。 「『ブラックウィザード』の件で俺達『シンボル』が表立って風紀委員達に助力した以上、最後まで責任を果たせって暗に言いたいんじゃない? 成瀬台が襲撃された折に『シンボル』が参戦したのを、連中はこれ幸い的にほくそ笑んでいるんじゃねぇかな。自分の手を汚さない効率的な手法だよねぇ。 それに、今回の件を『シンボル』そのものを『観察対象』or『殺害対象』に区分けする1つの指標としているのかもな。 ったく、神経使い過ぎて頭が破裂しそうだぜ・・・。綱渡りみてぇに、1歩でも踏み外せば即死レベルのプレッシャーだわ。 “表”にしろ“裏”にしろ『闇』にしろ、全方面に対して先んじた対策・対処を現在進行中で打っていかないといけねぇんだからよぉ・・・ハァ」 「得世・・・」 「・・・んふっ。それか、今回は暗部でさえ容易には動けないのかもしれない。権力闘争ってな具合でさ。情報販売。『闇』の人間は、一昨日の襲撃以降変わった動きを見せていないだろう?」 「まー、その通りだね。俺が掴んだ情報の限りではだけど。不気味だよねぇ。『闇』の手口なら、速攻で潰してもおかしく無いし。兄ちゃんの推測は当たってるかもね」 「『ブラックウィザード』が、“裏”の研究機関と複数結び付いているって情報は耳にしてるけど・・・その“裏”が『闇』と関わっている可能性が高いわね」 「“お嬢”。その研究機関は、具体的にはわかっているのかい?」 「フン。苦労しているアンタには悪いけど、ここは守秘義務を行使させて貰うわ。『軍隊蟻』の“指揮官”が泣き落とし作戦に乗ると思わないことね」 「そうか。わかってないんだな。まぁ、それならそれでいい」 「あら・・・どうして、そんなことが言えるの?」 「君が嘘を付く時の癖を知ってるから」 「「ッッ!!!」」 聞き捨てならない言葉を吐く界刺に、樫閑・・・と情報販売は揃って反応する。 「兄ちゃん!!それ、俺にも教えてよ!!『軍隊蟻』のNo.3の情報なら、百万単位で買うよ!?」 「ど、どうせお得意のペテンでしょ!?」 「君が俺に付き纏っていた頃から変わらない癖だよ?全然気付いていなかったんだねぇ。情報販売。さっきの言葉は本音かい?」 「あー、本音だ!!300万でどうだ!!?」 「嫌」 「くー、なら500万!!」 「もう一声」 「そ、それなら・・・」 「・・・・・・得世」 「ん?」 “怒れる女王蟻”の癖を巡って、百万単位の商談を開始した界刺と情報販売の間にワナワナ震えている樫閑が(物理的に)割り込む。 “カワズ”の着ぐるみを両手で掴み、怒りに染まった形相で言葉を放つ。 「今すぐ、その癖とやらを私に教えなさい!!!情報販売に聞こえないように!!!でないと、このまま一本背負いを決めるわよ!!!」 「ちょっ、ちょっとストップ!!つか、一本背負いって何だよ!?そんな技、一体何処で身に付けたんだ!!?」 「そりゃあ、仮にも『軍隊蟻』に所属してるんだから自分を守る術は身に付けて置かないと!!寅栄や仰羽にも喰らわしたことがあるんだから!!」 「あいつ等にも!!?つっても、俺はあの2人には会ったこと無いけどさ。実際に会ったことがあるのは真刺と仮屋様だし。そういや、2人共元気にやってんの?」 「ま、まぁね」 「・・・その様子だと、君も上手く馴染めているようだね。・・・良かった」 「・・・何が『良かった』よ。アンタがあの時私を・・・」 「もう、終わったことだよ。過去を否定するのは良くないけど、区切りは付けないとね。今の君の居場所は『軍隊蟻』だ。それは間違い無い」 「(あー、この2人って色々あったっぽいなぁ。後で調べてみるのもいいかもね)」 「あー、そうだ。情報販売・・・“これ”は手出し無用だぜ?」 「もし出したら・・・『軍隊蟻』総出であなたを潰すわよ?ところで・・・さっさと癖を教えなさい」 「ヘイヘーイ・・・(ゴニョゴニョ)」 「そんな癖が・・・!!」 「(・・・この2人、本当は仲が良いんじゃない!?)」 こういう空間はキツイものがある。3人の内、2人は昔に何かあった付き合いで残る1人はそれに関してはノータッチである。 情報販売は、今まさにそういう境遇に身を置いてしまっている。貴重なツッコミ役とも言えるが。 「・・・そういえば、“お嬢”。煙草先輩から聞いたんだけど・・・まだあの件を根に持ってんの?何か、俺の首を欲しがってるって言ってたんだけど」 「・・・あの件は、アンタが余計なことをしたせいでしょ?『「軍隊蟻」に加入したって風の噂で聞いたから、ちょっとお節介してみただけだよ』なんてヘラヘラ笑ってたけど。 アンタが、“わざと”『軍隊蟻』の武器を保管してある場所を他のスキルアウトに知らせたモンだから大騒動になったんじゃない!!」 「スキルアウトにしろ救済委員にしろ、俺は別に全肯定しているわけじゃ無い。実際に俺も救済委員に潜入していたからわかるけど、あの連中だって『危うい』よ? せめて、『シンボル』みてぇに風紀委員や警備員とだって表立って+普通レベルに付き合えるくらいの落とし所をこれから図っていかないと、遅かれ早かれ行き詰る。 穏健派にしろ過激派にしろ・・・ね。事情的にすぐには無理かもしんないけど、融通を利かしていかないと」 「・・・この前あった穏健派と過激派の衝突に首を突っ込んだ理由の1つがそれ?1つの行動に色んな理由や目的を潜めているアンタらしいやり口だけど」 「・・・んふっ。まぁ、その話は横に置いておくとして。『軍隊蟻(スキルアウト)』で、しかも必要以上に武装化してる連中なんざまかり間違っても善だけの存在なんかじゃ無い。 例え、それが多くの能力者を人形として保持している『ブラックウィザード』の台頭が起因だったとしても。そうだろ・・・“怒れる女王蟻”?」 「・・・・・・」 「だから、君が『軍隊蟻』なんつースキルアウトで本当にやって行くだけの度胸があるのか確かめただけさ。 唯でさえ寅栄達の働きで結構な量の武器を保持していたらしい『軍隊蟻』が更なる武装化に走った理由の一端が存在する君の覚悟を。 まぁ、『軍隊蟻』の秘密を知ったスキルアウトが追い詰められて風紀委員や警備員に通報しちゃったのが余計だったねぇ。治安組織側も『軍隊蟻』の力は脅威と見ていたし、 行動が迅速だったよねぇ。だから、俺も俺なりの穴埋めはしたじゃないか。もし、俺の力が無かったら『軍隊蟻』の軍事力の一端が表沙汰になっていたよ?」 「最初からすんじゃ無ぇよ!!!その首・・・今でも絞め切ってやりたい~!!」 樫閑が『軍隊蟻』に加入してから1ヶ月程が経った今年の5月中旬に事件は起きた。 新たな銃火器の入手ルートの確立や卓抜した指揮能力等その才覚をメキメキと表していた樫閑に試練が訪れた。 何処から情報が漏れたのか、『軍隊蟻』が保有している銃火器の保管庫の場所が他のスキルアウトに割れてしまったのだ。 “指揮官”として銃火器の移動作戦を任された樫閑は、人員を動員してスキルアウトを黙らせつつ銃火器の安全且つ迅速な移動に励んでいた。 そこに、予想外の乱入者が現れる。それは、『軍隊蟻』に一蹴されつつあったスキルアウトの足掻き。何と、近隣の風紀委員や警備員が突入して来たのだ。 彼等は、『スキルアウト同士の抗争が勃発した』という情報しか知らされていない。だが、その事実を『軍隊蟻』側が知る由も無い。 銃火器の量は相当多く、これを守りながら戦闘するのは困難である。窮地に陥った樫閑達。そんな彼女達に助け舟を出したのが、“変人”であった。 彼の『光学装飾』で、風紀委員や警備員は大いに幻惑された。その間に、樫閑は辛くも銃火器ごとその場を離脱することに成功したのだ。 後に衣服店で再開した折に、『保管庫をスキルアウトにバラしたのは俺なんだよねぇ、んふっ!』と言われた時は怒りの余りに膝蹴りを鳩尾に見舞った。 また、これを教訓として樫閑主導の下『軍隊蟻』は5月下旬頃に風紀委員・警備員と不可侵条約を結んだのだ。 「ハァ・・・こりゃ、やっぱり“お嬢”から女難が始まってると見て間違いないかなぁ。あ~嫌だ嫌だ」 「・・・何が女難よ、この“ハーレムメーカー”」 「はい?“ハーレムメーカー”?」 「数多の女の子達を侍らせているアンタのことを言ってんのよ!昔は彼女はおろか友達1人も作らなかったくせに」 「・・・君、俺の私生活を覗いてたりすんのか?それにさぁ、今の俺は絶賛女性不信状態なんだけど?」 「女性不信・・・?ハッ、都合の良い言葉ね」 「・・・ハァ。まぁ、いい。それより・・・情報販売。風路に俺の情報を売ったよな?」 「・・・かー、さすが兄ちゃん。気付きそうだとは思ってたけど。まー、アイツは自分の内臓を質に入れて金を用意したからねぇ。それ相応の情報を売っただけだぜ?」 「・・・お前のおかげで、俺達がここまで深入りすることになっちまった部分は確かにあるぜ?まぁ、これ以上はとやかく言うつもり無いけど。まだ、引き受けてねぇし」 「おー、“さすが兄ちゃん”。わかる人間で助かるよ」 棘が含まれた界刺の言葉に、情報販売は邪な意を含んだ笑みを浮かべる。あくまで、これは商売である。そこに、私情や事情は持ち込まないのが彼のポリシーでもある。 「同じ大型スキルアウトの『軍隊蟻』が、“ヒーロー”の如く『ブラックウィザード』を倒してくれてりゃ言うこと無かったのにさぁ。なぁ、“お嬢”?」 「私達は専守防衛が基本戦略よ?向こうが仕掛けてこない限り、こちらから手を出すつもりは無いわ。それに・・・“ヒーロー”はもう居ないし。寅栄は“ヒーロー”じゃ無いしね。 “ヒーロー”って呼ぼうと思ったら呼べる人だし、私自身彼を尊敬してるし憧れてはいるけど・・・あいつは“喧嘩番長”って呼び方の方が似合うわ。 何処かの誰かさんのように、“ヒーロー”に裏切られたくないわ。もう・・・二度と」 「・・・それで、『シンボル』にお鉢が回って来たと。全く、面倒臭いったら無ぇ」 界刺は、樫閑と情報販売の意見や情報を下に今後の対策を練り始める。 「“お嬢”。これは可能な限りでいいけど、『ブラックウィザード』が潰れた場合はそれが切欠でスキルアウトの間に混乱が起きる可能性が高いから『軍隊蟻』の力で抑制してくれ。 専守防衛つっても、燃え広がる火種は消火して置くに越したことは無ぇだろ?」 「言われなくても、それくらいは考えているわよ?まぁ、『ブラックウィザード』が潰れた場合は・・・ね」 「それと同時に、警備員の上層部に圧力を掛けてくれ」 「圧力?・・・『シンボル』の処遇に関すること?」 「そうだ。今回の件で、『シンボル』の名前は良くも悪くもバーンと拡がる。これは抑えようが無い。そして、警備員の中には1つだけ“面倒臭い”部署がある。だろ、情報販売?」 「むー、それは“姐御”に売るために取って置いたネタだったのに・・・」 「・・・どういうこと?」 「実は・・・」 怪訝な表情を浮かべる樫閑に、界刺と情報販売は警備員の中にある“面倒臭い”部署の説明を行う。 「・・・ふ~ん。そんな部署がねぇ・・・・・・得世。アンタの狙いがわかったわ。報道から読み取れる可能性の1つに、潰し合いに対する期待が含まれているのね? そして、もし『シンボル』が勝ち残ればいよいよもってその脅威度が跳ね上がる。今は、治安活動に勤しんでいるアンタ達でも何時反抗に転じるかわからないと相手方は見る。 “3条件”を呑ませたことからもわかる通りに、『シンボル』は絶対的な味方じゃ無い。それを部外に居る“面倒臭い”部署がどう見るか・・・。 難癖付けて・・・『闇』の力を使って火種を鎮火させようとするかもしれない」 「そう。俺としては、『殺害対象』レベルまでの引き上げは何としてでも防がないといけない。暗部関係の人間は、面倒臭いことこの上無いし。 それに、『シンボル』のリーダーである俺が通うのは、第5学区にある成瀬台高校だからね。 その成瀬台も、『ブラックウィザード』が操る薬物中毒者・・・“手駒達”による強襲で大きな被害が出た。 第5学区を縄張りとする『軍隊蟻』としては、その中で一生懸命頑張っている人間達を無下に扱ってもいいのかい? “義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”っていうスローガンを掲げる君達がさ?」 「『ブラックウィザード』のアジトを掴む当てでもあるの?」 「まぁね。やり方は教えないけど」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 “指揮官”と“詐欺師”の交渉。“指揮官”の『専守防衛』という壁に、“詐欺師”は『被害』という槍を付き刺す。 “義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”というスローガンに、“薬物中毒者の強襲”という事実を叩き込む。 更に・・・大きな脅威である『ブラックウィザード』を『軍隊蟻』の代わりに『シンボル』と風紀委員会で叩き潰すから、その後始末くらいには協力しろという脅し。 “指揮官”は、“詐欺師”の提案を鑑みる。『軍隊蟻』には、被害はまず無いと言っていい。 『ブラックウィザード』を潰してくれるのなら有り難いし、できなくても連中には大きな被害が出る。弱体化は免れない。 “詐欺師”曰くの後始末に加われば風紀委員・警備員に恩を売れるし、更なる勢力拡大も見込める。自分達としても、無用の混乱は望まない。 『最初の助力依頼を断っておいて』と警備員は思うかもしれないが、そんなことはどうでもいい。馴れ合いをするつもりは無い。それを、相手にわからせただけで価値がある。 その上で、今度は協力を申し込む。この綱引きこそが・・・“指揮官”足る自分の役目。自分の・・・居場所。数分の沈黙の後に、『軍隊蟻』のNo.3は結論を下す。 「いいわよ。アンタの依頼、この樫閑恋嬢が引き受けるわ。引き受けた以上は・・・絶対にやり遂げてみせる!!」 「・・・ありがとう。これに関しては、俺も色んな対策を考えてあるから後で伝えるよ。・・・本当にありがとう、恋嬢」 「ッッ!!!・・・・・・久し振りね」 「ん?」 「私の・・・名前を呼んだのは。あの頃以来ね・・・・・・何だかくすぐったいわ」 樫閑は、“閃光の英雄”時代にずっと呼ばれ続けていた名前を久し振りに界刺の口から聞いて体がくすぐったくなる。 学校においても、『軍隊蟻』においても下の名前で呼ばれたことは無い。彼女自身が下の名前で呼ばれることを好ましく無いと思っているからだ。 だから、『軍隊蟻』の部下には“姐御”と呼ばせている(“お嬢”と呼ばれることが殆どだが)。同じ幹部にも名字で呼ばれている。そう、樫閑恋嬢を下の名前で呼ぶのは・・・この男のみ。 「そうだったね・・・。あの頃は俺なりに必死にもがいていた頃だったけど・・・君が傍に居てくれたことには感謝してるんだよ?今まで言ったこと無かったけど」 「・・・そうなの?」 「あぁ。君が居てくれた頃は友達なんか1人も居なかったし、ずっと独りだった。君との会話は、俺にとっては心休まる時でもあった。恥ずかしくて言わなかったけど。 それに、君はあの頃から頭がキレてたからねぇ。頭の回転じゃあ負けてたつもりは無かったけど、それでも『スゲェ・・・!!』って思ったことは何回もあったし。 だからさ、今後の自分のためにも成長真っ盛りの君に後れを取りたく無いって思ってさ。真刺との死闘を経た後からずっと磨いて来たんだ。ダラダラしながらだけど1年くらい。 本当なら、君と一緒にあーだこーだ言い合いながらやりたかったんだけど、君は姿を消しちゃったからねぇ。まぁ、俺に責任があったから見掛けても声を掛けなかったよ。 君が『軍隊蟻』に入ったって聞いた時は、実はホッとした所もあったんだ。あそこなら、そこまで間違った方面へは行かないだろうなって思ったし。だから確認しに行ったし。 良い機会だね。これも区切りだ。・・・ごめんな、恋嬢。君の期待を・・・裏切っちまって。そして・・・良かったよ。君が居場所を見付けることができて・・・さ」 「ッッッ!!!」 それは、少年にとって心残りであったこと。自分探しの真っ最中に足を踏み入れて来た少女に対して、自分は何もしてあげられなかった。 時には邪険にあしらい、時には無視して・・・そして最後は彼女を裏切った。自分が見出した答えだ。後悔は無い。だが、そのせいで1人の少女を裏切ってしまったのは事実だ。 普通以上に接することができなかったのは、少年もまた同じであった。だから・・・言う。この数ヶ月で、少年は色んな経験を積んだ。だからこそ言える言葉を。今度は自分から。 「・・・・・・アンタ・・・が・・・アンタが声を掛けてくれたら・・・私は・・・私は振り向いたかもしれないのに・・・!!」 「・・・ごめん。俺も・・・勇気が無かった。・・・本当にごめん」 「・・・私も・・・ごめん。アンタの思いを・・・・・・あの頃の私は察してあげられなかった。自分のことばっかり考えて・・・・・・だから・・・ごめん」 「・・・あぁ。わかってる。それに・・・あの頃の俺は、本当の意味で“ヒーロー”じゃ無かった。そんな偽者の“ヒーロー”の傍に・・・恋嬢を置くわけにはいかなかった。 これは、今さっきふと認識しちゃったことでね。あの頃の俺は、それを本能的には理解してたんだろうけど言葉として説明できる程理解はしていなかったと思う。 最近は、俺も“ヒーロー”について改めて考える機会が多くてね。如何に、あの頃の俺が自分のことしか考えてなかったのかが身に染みてわかって来た。 やっぱり、君は俺の傍に居るべきじゃ無かったよ。少なくとも、あの頃の俺の傍には・・・ね。寅栄達に出会えて・・・良かったな、恋嬢」 「得世・・・それでも当時のアンタは私にとって“ヒーロー”だったことには変わりないのよ・・・!!」 「(・・・あー、俺って存在自体が抹消されてない!?何、この光景!?情報として扱いたく無ぇー!!思い出す度に不快になるぜ!!)」 眼前で繰り広げられる元カレ・元カノのような会話に苛立ちが隠せない情報販売。存在自体を無視されているかのような扱いを受けているので、尚更ムカつくのである。 ちなみに、今も昔も2人の間に恋愛感情というモノは1ミリたりとも存在しない。『“不良”と優等生が織り成すフクザツな関係』という表現が一番適当か。 「・・・んふっ。ところで、情報販売?」 「うおっ!?」 「お前って、確か『霞の盗賊』と繋がりがあったよな?」 「・・・それが?んー、あそこに今回の件で依頼でもするのかい?」 「ちげーよ。『ブラックウィザード』とは関係無い話だ。今から言うことを調べて欲しい。もし、知っている情報があればここで全部教えろ。まずは・・・」 界刺の依頼。それは、『霞の盗賊』と呼ばれるスキルアウト討伐を専門とした無能力者狩り集団に関することと、それに付随すること、そして『最新の情報』であった。 「・・・あー、俺が今知っている情報はこれくらいだ。後は、随時調べておくよ」 「相変わらず立ち上げ人の毒島拳と家政夫を中心に動いてやがんのな。それと・・・やっぱりあのチェス好きっぽいオッサンは一癖二癖ある人間みてーだな。 つーか、最近の警備員の武装も色々進歩してやがるな。俺が真刺と戦り合っていた頃に比べると格段の進歩だ。『連中を相手取る』時は、初動を見逃さないようにしねーと」 「得世・・・。確かに、『霞の盗賊』が今回の件を踏まえて『シンボル』に危害を加える可能性は0では無いけど・・・連中を敵に回すつもり?」 「さてね。俺的には、少し“気に入らない”だけだし。余り突っ込むつもりは無いよ。唯、相手があの家政夫だからねぇ。 勘も良さそうだし、金次第で高位能力者を相手取るかもしれない。何せ、登録メンバーの中に風輪第6位の人間を精神障害に陥らせたお金持ちも居るしね。可能性はある。 “表”対策は、『シンボル』の活動休止他で何とかなる。『闇』対策は、今回の件で風紀委員会を主役にしながら治安維持に積極的に協力することで『観察対象』に留まらせる。 “面倒臭い”部署の常套手段である暗部への依頼は、活動休止・治安維持協力及び恋嬢と筋肉ダルマへの依頼で阻止する。 そして・・・“裏”で活動する組織の中で今後俺達に危害を加える可能性が高い筆頭格が『霞の盗賊』だ。実績もあるしね。なら、連中への対策として情報収集は必要だろ?」 「ふむ・・・妥当な判断ね。“例の”スキルアウトについては、さっきも言ったように私達も無関係じゃ無いから調べておくわ。 お互い、連中と偶発的な衝突が起こり得るかもしれないし。情報代は・・・アンタしか知らない穴場の服屋でどう?」 「OK。・・・『ブラックウィザード』という大型スキルアウトが潰れれば、無能力者狩り集団や他のスキルアウトの動きも活発化する可能性がある。 下手をしたら、情報販売の指摘通り『軍隊蟻』ともガチでカチ合うかもねぇ。お互い注意した方がいい。それと・・・情報販売。 これから色々面倒なことが起こるかもしれないから、俺に関する情報は俺の許可が下りるまでは絶対に売るな。そして漏らすな。いいな?」 「えー、わかったよ。兄ちゃんには、前に命を助けて貰ってるしな。やっぱり、命に勝るモノは無いね~」 現在得られる情報を把握した界刺は、樫閑の懸念に明るく応える。今回の『ブラックウィザード』の件で痛い目を見ている者としては、余り冒険したくない事柄であるが故に。 もちろん、冒険する場合の手立ても考えている。何せ、風輪学園は成瀬台と同じく第5学区にあるのだから。 ピロロロロロロロ~ 「うん?誰だ・・・?ちょっと失礼・・・」 そんな折に界刺の携帯電話に着信が入った。画面に表示された名前は・・・免力強也。 「はい。もしもし。どうし・・・」 「界刺さん!!やっと掛かった!!今何処ですか!!?」 「・・・どうした?」 「『ブラックウィザード』が『太陽の園』に!!!」 「『ブラックウィザード』が!!?」 「「!!!」」 免力から告げられた言葉を反芻する界刺。そして、その言葉に樫閑と情報販売の表情が変わる。 「僕と盛富士君は今、何とか電波妨害網から脱出した所だと思います。風路さんが、僕と盛富士君を逃がしてくれて・・・!!!」 「免力!!風路が『太陽の園』に居るのか!!?」 「はい!臙脂君のために、僕達3人が『太陽の園』に向かって・・・そしたら風路さんが『ブラックウィザード』の手先に気付いて・・・僕に言ったんです! 『このことを・・・・・・成瀬台の風紀委員や界刺さん達に伝えてくれ!!皆が来るまでは、俺が何とか頑張るから!!』って!!」 「風路が・・・!!」 免力の言葉に嘘は感じられなかった。風路は、遂に決断したのだ。風紀委員の力を頼るという決断を。ならば・・・ 「免力!!他の連中への連絡は!!?」 「まだです!!界刺さんに繋がったことで、電波妨害網から抜け出たことを知りましたから!!」 「それじゃあ、すぐに他の連中へ連絡を取れ!!具体的には、鴉か寒村先輩に!!その後に、お前達はなるたけ安全な所に逃げつつ皆と合流しろ!! 間違っても、2人で『太陽の園』へ突っ込むなんて真似はするなよ!!いいな!?」 「わ、わかりました!!」 「それと!!林檎ちゃんの念話回線を全員に繋げておくように伝えろ!!このタイミングで連中が動いたってことは、“手駒達”の中に精神系能力者が居る可能性が高い!! 林檎ちゃんの念話能力なら、それに対する強力な防御壁になる!!俺達もそれに対する準備は整えておくから、そっちもキッチリしとけ!!」 「はい!!」 免力に命令を出した界刺は電話を切る。その表情は、何時に無く真剣なモノとなっていた。 「得世!」 「『ブラックウィザード』が動いた。俺達の存在に気付いたのかもしれねぇ。チッ、つくづく物事は思い通りにならないぜ!!情報販売!!」 「あー、何だい?」 「風路形慈がお前に貢いだ金を全部本人に返せ!!つーか、お前が代理人でいいから風路が質に入れた臓器分の金をお前が利子ごと立て替えろ!!」 「はー!!?何でそんなことを・・・!!?」 「その代わり、俺がお前の命を助けたことの借りってヤツを帳消しにしてやる!!命に勝るモンは無ぇんだろ?だったら、それで等価交換だ!!」 「兄ちゃん・・・何でアンタがそこまで・・・!?」 情報販売は、界刺が何故風路のためにここまでするのか理解できなかった。会って数日しか経っていない人間のために、この男は今から命を懸ける。 「『軍隊蟻』風に言うなら、“義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”ってヤツさ!風路は打てる手を全て打った!この短期間で打てるようになった!! だったら、俺が応えないわけにはいかねぇ!!俺はあいつに力を貸す!!その先はあいつ次第だが、あいつのおかげで俺も自分を振り返ることができた部分がある。 その借りを返すだけさ。それ以上に、お前のあくどい商売には腹が立ってたんだ!!ちったぁ、痛い目見とけ!!」 「いや・・・痛い目見てんのは兄ちゃんの方・・・・・・大したお人好しだよ。全く・・・」 確実に損をしているのは風路では無く界刺の方だ。風路は借金が消え、質も帳消し。一方、界刺はこれからは金を支払わなければならない。他者の厄介事も今から引き受ける。 つまりは『他者のために』。それ以上に『自分のために』。『いわれなき暴力』を潰すという己が信念のために、命を懸ける。だが・・・これはこれで界刺らしいのかもしれない。 『な、何で俺を助け・・・た・・・?』 『気紛れだよ。何か助けておいた方がいいと思っただけさ。話は聞いてたけどさ、どっちもどっちだろ?なのに、お前だけ殺されるってのは何だか気に入らなくてね。 とりあえず、早く病院へ行くぞ。闇医者でも何でもいいから、さっさと教えろ!情報屋なんだろ?』 自分を助けた時も、唯単に情報をタダで得るために動いたんじゃ無い。情報販売という1人の人間を界刺なりに量って―『気紛れ』という名の己が意思の下―動いたのだ。 同時に己への危険をきっちり量り、その責任は己が負う。界刺は、己の選択に一切の後悔を抱かない人間だ。言い換えれば、選択の結果を他者のせいには絶対にしない人間だ。 だからこそ、この男は他者を積極的に助けない。無条件に救わない。キッチリ量ってから動く。全ては、己の選択がどんな結果に行き着こうと絶対に後悔しないようにするために。 少なくとも、情報販売(じぶん)の時はそうだった。ある意味では残酷で・・・ある意味ではとても優しい・・・そんな変わり者。そんな生き方が・・・ちょっとだけ羨ましくなった。 「・・・兄ちゃん」 「うん!?」 「あー、兄ちゃんに情報を売る時は、特別に割り引いてやるよ」 「・・・何か変なモンでも食ったの?」 「うー、失礼だなぁ。俺は、兄ちゃんのようなVIP客を失いたくないだけだよ」 「・・・そうか。サンキュ」 だから、そのちょっとだけを割引という形で現実に還元する。偶にはこういうのもいい。この直後、界刺と樫閑は情報販売の隠れ家を去って行った。 「得世!!その様子だと、今夜一気にカタを着けるつもりなのよね!?」 「あぁ!!そのために、色々準備をして来たんだ!!あの人の家に待機している姐さん達には連絡済。車を持ってるあの人の住まいが第4学区だったのは僥倖だな。 真刺達は、珊瑚ちゃんの能力で待ち合わせ場所へ向かってる。仮屋様の飛翔限界時間を浪費するわけにはいかねぇ。鴉や風紀委員会には、一応俺からも掛けておくか。 この時間帯だと、風紀委員達は帰宅してそうだな。サーヤに連絡取って、美魁と一緒に皆を迎えに行かせるか。それと、矯正ついでにあの娘の覚悟を試させて貰うか。 安易な火遊びの恐さを俺の問いと本音で実感してくれるといいんだけど・・・。優秀過ぎるから却ってドツボに嵌りそうなんだよなぁ。・・・後でフォローが必要かも」 界刺と樫閑は、足早にビルを降りて行く。ちなみに、ここに来る際は『光学装飾』によって“カワズ”の姿を隠していた。 ものの数分で、ビルの入り口から出た2人はここで最後の言葉を交わす。 「そんじゃあ、行って来るよ」 「えぇ。これは『軍隊蟻』の“指揮官”としてじゃ無い・・・私個人の気持ちよ。・・・頑張って」 「あぁ。ついでに・・・俺なりの区切りも付けて来るよ」 「区切り?」 「“ヒーロー”ってヤツの」 かつて、自分は“閃光の英雄”と呼ばれた。だが、あの頃の自分は“自分のことしか考えない無責任な英雄”だった。それが原因で、1人の少女を裏切ってしまった。 それを今日樫閑と再会し、思い出した。正確には自然公園でその一端は思い出していたが、今この時に明確に思い出すことができた。 思い出した以上はケリを着けなければならない。少女のために。そして・・・自分のために。少年の纏う空気が・・・一変する。 「今の俺は“詐欺師ヒーロー”って設定でね。嘘でも何でも付いて子供達を守るのさ。だったら・・・今夜はペテンの大判振る舞い、一夜限りの“ヒーロー”大復活祭だ!!」 「“閃光の・・・英雄”・・・!!!」 「あの頃の俺と今の俺がどう違っているのか・・・自分は本当に変わったのか・・・それを確かめて来る。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として。 ハハハッッ!『テメェ』にその勇姿・・・【閃苛絢爛の鏡界】の進化した姿を見せられないのは少し残念だけどよぉ。まっ、勘弁してくれよな?」 「・・・!!!」 帰って来た。あの“ヒーロー”が。かつての自分が憧れた“閃光の英雄”が。あの頃とは違う信念を抱いて樫閑の目の前に再臨した。 【閃苛絢爛の鏡界】・・・かつて樫閑恋嬢が界刺得世の戦い振りを見て名付けた『光学装飾』の“戦闘色”と“ヒーロー”という言葉を口にした・・・故に少女は“英雄”の帰還を確信した。 (樫閑恋嬢曰く、「【閃苛】には『戦火』・『戦禍』・『戦渦』を、【鏡界】には『境界』を掛けている」、「閃光の支配者によって齎された、絢爛華麗な、そして残酷無残な異界」とのこと。 ちなみに、【雪月花】については界刺が趣味のファッションにおいて『紋様』という装飾をあれこれ調べていた関係で適当 覚えやすいように付けた名前である) その口調、その佇まい、その殺気・・・全てが懐かしい。思わず、“英雄”の手を両の手で握ってしまった程に。 「帰って・・・帰って来たのね・・・得世・・・!!私が最初に憧れた・・・閃光のように苛烈で、峻烈で、激烈な・・・・・・素敵な人!!」 「一夜限りの儚い夢(ペテン)だけどね」 「それでも・・・それでもアンタは帰って来てくれた!!本当の意味で私を最初に認めてくれたアンタが・・・今ここに居る!!」 「別に、君のためだけに帰って来たわけじゃ無いよ?それに、『帰って来た』って表現が正しいかどうかも不透明さ」 「・・・フフッ。そうね。だったら・・・得世。アンタの『生まれ変わった』姿を・・・新しい“閃光の英雄”を・・・この世界に思う存分見せ付けて来なさいよ!!!」 「・・・んふっ。そうするよ。まぁ、それが『幸』か『不幸』かは受け取る人間次第かな?」 「・・・可能な限り背負うつもりなのね?『シンボル』もアンタの仲間も知り合いも依頼人も風紀委員会も丸ごとひっくるめて。アンタなりのやり方で彼等を守るために。 新しい“閃光の英雄”に・・・“ヒーロー”になるってことはそういうこと。あの時とは違う『本物』の“ヒーロー”として、『背負わない』という退路を絶ってアンタは戦場に立つ。 どうせアンタのことだから、間違ってもバカ正直にそんなことを周りへ言わないんでしょうけど・・・」 「・・・俺なりの都合や計算も多分に含まれているよ?切り捨てる時は躊躇無く切り捨てたりもするだろうし」 「わかっているわよ。アンタは、自分の都合や計算に情や義を含めることができる人間だし。それが、どれだけ苦しいモノなのかを今の私はわかっているつもりよ。 だから・・・死なないでよ?背負うモノの重さに潰されないでよ?アンタの覚悟の証を・・・後でちゃんと私に報告しなさい!!」 「・・・・・・んふっ。・・・そうだ、恋嬢。久し振りに“アレ”をやってよ。景気付けにさ」 「・・・わかったわ。それじゃあ、後ろを向きなさい」 “ヒーロー”の促しを即座に理解した少女は、込み上げる何かを堪能しながら手を動かす。指を動かす。人差し指を動かす。 樫閑(じぶん)の想いも『背負う』という“ヒーロー”の真意を瞬時に理解した少女は、自分の言う通りに背を向けた“ヒーロー”へ自身の想いを込めて書き記す。 『いっつもボロボロになって帰って来るなんて情けない!!それでも“閃光の英雄”なの!!?』 『うるせぇ・・・。テメェには関係無ぇだろ。友達気取りしやがって・・・鬱陶しいったらねぇ』 『大アリよ!!・・・こうなったら、私が気合いを入れてあげる!!』 『気合い・・・?こりゃまた、テメェらしくも無ぇ頭の使わなさっぷりだな・・・恋嬢?』 『下の名前で呼ぶな!!くそっ、何回言っても無視して・・・!!私の言うことなんか全然聞かないんだから!!』 『何で、俺がテメェの言うことなんざ聞かなきゃいけねぇんだ?俺は誰かに恭順するつもりは無ぇよ。俺は俺の思うように生きる』 『そんなんだから・・・アンタは放っておけないのよ(ボソッ)』 『あん?何か言ったか?』 『う、うるさい!!テメェには関係無ぇだろ!!』 『・・・俺の口調が混じってんぞ?つーか、テメェが『テメェ』って言葉を使うのは初めてだな。俺の口調は荒いからよ。伝染しても知らねーぞ?』 『そ、そんなことより!!今度から、“猛獣”との決闘前までは私も付いて行く!!そこで気合いを入れてあげるわ!!』 『・・・どんな気合いの入れ方だ?火打石みたいなモンか?』 『違うわよ!!えっとねぇ・・・』 “Yes or Die” 「“Yes or Die”・・・“自分の信念を貫き通せ。さもなくば死を”・・・か。“Yes”には“肯定する”って意味もあるし・・・何より君らしい檄だよね。 この文字を決闘前に君の指で背中になぞって貰うのが、死闘の最後の方では通例になっていたねぇ」 「そうね。・・・昨日のことのように思い出せるわ。あの頃の光景を」 着ぐるみの上から、樫閑は檄文をなぞり上げた。あの頃のように。“英雄”と共に夢中で走り続けた在りし日々のように。 結局は2人共に当時(いま)だけを考え、己が未来について深い考えを持たずに生きる『蛬(キリギリス)』だった昔のように。 かつて見飽きる程凝視した背中を光景に重ねながら、未来についても深く考える『蟻(アリ)』となった少女は“ヒーロー”に決まり切った言葉を告げる。 同じく『蟻』となった“ヒーロー”も。そこに込められたモノは・・・やはり2人にしかわからない。騒々しくも一瞬一瞬が煌く日々を駆け抜けた『蛬』達にしか。 「『得世・・・行ってらっしゃい!!』」 「『あぁ・・・行って来る!!』」 かくして、“閃光の英雄”は少女の檄を背負って出陣した。その身に“詐欺師ヒーロー”という仮面を被りながら。 continue!!
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「斑!!援護頼むぜ!!」 「わかっている!!」 施設内南東部で『ブラックウィザード』の構成員と戦闘しているのは、風紀委員176支部の面々である。戦闘開始から数十分は経っており、状況的には176支部が押している。 そんな中、残った機関銃や超能力で殲滅を図ろうとする敵に、“剣神”神谷稜は『閃光真剣』二刀流モードで迷い無く突っ込む。 「舐めやがって!!」 「ハチの巣になりやがれ!!」 176支部のエースの無謀さに腹を立てた構成員は、迷わず銃弾の嵐を叩き込む。しかし・・・ ブオッ!! 斑が神谷の背中と両脹脛に仕掛けた『空力使い』の噴射によって、突進スピードが上がる。以前加賀美に行った時とは違い、体に掛かる負担を考慮しての作戦である。 根本的に、神谷の方が加賀美より肉体的負荷に耐えられる体作りをしていることも、今作戦実行の是非を考慮する要素に入っていた。 「「なっ!?」」 「遅ぇー!!」 「ぐあっ!!」 「ぎゃあぁっ!!」 銃弾の軌道に入らず懐に潜り込まれた構成員の驚きの声を無視するかのように、双剣が振るわれる。 爆薬に反応しないように機関銃は切り裂かれ、続けざまに構成員を斬り捨てて行く神谷。機関銃の時とは違い、威力としては死なない程度の温度に保った斬撃である。 構成員達の護衛として少人数の“手駒達”も投入されているようで、その中の1人が砂鉄の剣をもって神谷の『閃光真剣』に抗おうと腕を振るう。 パッ!! 「!!?」 振るった砂鉄の剣が接触する瞬間、プラズマブレードが消失した。鍔迫り合いのようなかちあいを予想していた“手駒達”は虚を突かれる。 『閃光真剣』が消失した空間を斬り払うかのように砂鉄の剣が軌道を描いた・・・ ブン!!! 「ハアアアァァッッ!!!」 「ガッ!!!」 その瞬間、再び『閃光真剣』が形成される。砂鉄の剣の間合いを見切っている神谷は必殺の軌道に入ること無く体を動かし、逆にその勢いのままプラズマブレードを“手駒達”に振るう。 相手の武器(ナイフや鉄バットetc)をすり抜けるように攻撃を加える神谷の高等技術である。相手の攻撃を見切る+避けるor対処することができて初めて可能とするもので、 “手駒達”も『閃光真剣』の一撃をまともに喰らった後に小型アンテナを潰された。但し、短い棒(今は針)の先端(=『閃光真剣』の根元)から伸ばすようにプラズマを形成するので、 剣先―障害物―根元(=短い棒の先端)のように中途で障害物のようなモノが存在しているとそのモノを破壊しない限り完全な形成はできないという弱点もある。 「麗!!香染!!行くわよ!!」 「「了解!!」」 リーダーである加賀美の号令に、鏡星と姫空が応える。直後、『水使い』・『砂塵操作』・『光子照射』による遠距離攻撃が構成員達に向けられて放たれた。 ザアアアアァァァッッ!! ザザザザザッッッ!! ビュン!!ビュン!!ビュン!! 大量の水に押し流され、砂の行進に視覚を封じられ、レーザーで残る武器を全て焼き貫かれる。 自ら薬物を摂取している構成員達は、命の危機を薄めるくらいに気分が高揚しているが故に冷静な判断を行うことが少々以上に困難になっているというリスクを抱えている。 神谷と斑の作戦で行動が乱れたのもそれが一因である。離れている加賀美達の耳にも聞こえて来る敵の悲鳴によって、ようやくこの場での戦闘が終結したことを風紀委員は悟る。 「稜!!狐月!!戻って来て!!今後の行動指針を立てるから!!」 「「了解!!」」 加賀美の指示が神谷と斑に伝わり、彼等は素直にリーダーの指示に従う。施設内のあちこちで戦闘音が響く中、程無くして176支部の面々が集合する。 それを確認したリーダーは、後方支援を担当する仲間に通信を入れる。 「ゆかり!!緋花が債鬼君達と行動を共にするってホントなの!?さっきは戦闘中だったから、詳しいことが聞けなかったけど!」 は、はい!!固地先輩の持っていた解毒剤を緋花ちゃんに投与したことで、緋花ちゃんの戦線復帰が可能になりました!! 万全とまではいかないみたいですけど、固地先輩が責任をもって対処すると!!浮草先輩や椎倉先輩、橙山先生も許可しました!! 「債鬼君・・・!!」 加賀美は固地の決断に心が震える。あの薬の重要性は当の固地本人から聞かされている。それを焔火の戦線復帰に用いることを決断した彼の判断に、何とも言いようの無い思いが溢れて来る。 ここに居る面々は、焔火の確保を知らされた時点で気勢がグーンと上がっていた。先程の戦闘でも、そのプラス的影響が如実に現れていた。 「そりゃまぁ、焔火だってお姉さんが捕まっているんだから引けないでしょ!!女が一度本気で決めた覚悟は・・・舐めちゃ駄目よ」 「フン。鏡星に同意するのは些か不本意ではあるが、私としても焔火の心情は理解できる。固地先輩が付いているのなら心配は無いだろう」 鏡星と斑の声も何処か上擦っている。神谷と姫空は無言を貫くが、2人とて悪い気分では無いだろう。 「・・・わかった。ねぇ、ゆかり。閨秀先輩達の方はどうなってるの!?」 そ、それはまだ!!何分、破輩先輩の『疾風旋風』の影響を喰らった閨秀先輩達が墜ちたと思われる場所が、緋花ちゃんが監禁されていた場所に比較的近いんです!! 加賀美先輩達も轟音とかで気付いているとは思いますが、あの殺人鬼が緋花ちゃんを監禁していた建物を粉々に破壊したあの場所に近いんです。 椎倉先輩達の見立てだと、仮に『ブラックウィザード』の手が閨秀先輩達に及んでいないとしたら、殺人鬼が暴れ回ったことが大きく影響しているんじゃないかということです 「・・・あの轟音と崩落して行く様はぼんやりとだけど私達にも見えたよ。あそこに敵が居たら、きっと・・・・・・全滅しているモンね」 界刺の情報により、少なくとも彼等が離脱する直前までは朱花のような新“手駒達”はあの建物内には居なかったことが知らされている。 それ自体は喜ばしいものの、言い換えれば従来の“手駒達”は全滅―死亡―しているのだ。中には『ブラックウィザード』の手によって無理矢理“手駒達”化された者も居る筈だ。 それをわかっていた界刺は、それでも躊躇無く離脱した。自分があの場に居れば彼と同じ判断ができていたかどうか。・・・できなかった可能性もあった。 「(難しいよね。でも・・・私はそれをこなさないといけない。リーダーとして)」 彼の判断が正しいのか正しく無いのか、その是非を決めるつもりは毛頭無い。“そんなことより”、自分が彼と同じ立場になった時に後悔の無い決断を下せるかが重要である。 「そうなると、あの建物内に居た敵の戦力は全て殺人鬼によって潰されているのよね。・・・成程。だから、敵も慎重になってるのかも。周囲に罠が張られている可能性は0じゃ無いし」 はい。だからこそ、『治癒能力』を持つ勇路先輩が向かっています。159支部の人達も、勇路先輩の援護もかねて施設内東部にて旧型駆動鎧と交戦中です 「・・・私達も行った方がいい?」 いえ。距離的な問題もありますし、何より勇路先輩が先に辿り着くでしょう。先輩を信じましょう。閨秀先輩達を信じましょう。 加賀美先輩達は、本来の目的である『ブラックウィザード』の討伐任務及び新“手駒達”になっている人達の救助に当たって下さい 加賀美の加勢の申し出を葉原は断り、本来風紀委員会が果たさなければならない任務に従事するように仲間を促す。 現在、加賀美先輩達が居るのは施設南東部です。そこから南部、南西部へと捜査の範囲を広げて行って下さい。 固地先輩率いる178支部の人達は、北東部から北部、北西部へと捜査の範囲を広げる予定です 「南西部・・・・・・ということは、やっぱり『あそこ』に行かなきゃいけないかもしれないのね」 加賀美の瞳に映るのは、この戦場に居る者達がまずその目に映しているであろう異界・・・【閃苛絢爛の鏡界】。 15分程前から出現したあのドームの中で界刺と殺人鬼が戦闘を行っていることは、加賀美達にも理解できた。あの方向から幾度にも渡る轟音が響いていることも理解の一助になった。 ・・・はい。あの付近に新“手駒達”が囚われている部屋なり何なりがあった場合、界刺先輩達の戦闘に巻き込まれる可能性大です。 今の界刺先輩は・・・『本気』です。“邪魔”する者は誰であっても潰します。下手をすれば・・・殺します。おそらく、正当防衛という形で 「・・・うん」 そうで無くとも、今のあの人なら殺人鬼を利用して襲い掛かって来るかもしれない新“手駒達”を潰そうとしても不思議ではありません。崩落した建物内で非情な判断をしたように 「・・・・・・うん」 私達としては、新“手駒達”に重傷を負わせるわけにはいきません。百歩譲って勇路先輩の存在があるとしても、死亡という結果だけは何としても阻止しなければなりません。 その結果として、彼の矛先が新“手駒達”を救おうとする私達に向けられる可能性が極めて大です。少なくとも、私達は重傷を覚悟しなければなりません。 いえ・・・死を覚悟しなければなりません。あの殺人鬼も居るんですから。私個人としては・・・・・・いえ、何でもありません 「ゆかり・・・。私だって同じ気持ちだよ。あの人と戦いたくなんか無い。でも、それでも決断しないといけない時はあるんだと思う。 どんなに苦しくても。どんなに辛くても。私達にとっても、これは絶対に譲れない一線なんだよ。仕方無い・・・という言葉は言いたくないけど・・・仕方無い・・・のかな。 きっと、界刺さんもわかってる筈だと思う。その上で・・・あの人は“邪魔”をしようとする私達に牙を剥く。覚悟の上で。その時が来たら・・・私達も相応の覚悟が要るね」 ・・・・・・・・・はい 葉原の悲痛な声色に加賀美が顔を顰める。顰めながらもリーダーとしてフォローするが、界刺の心意を当の本人から聞かされている葉原にとっては余り意味が無い。 風紀委員の中で葉原だけが“英雄”の心意を知っている。“英雄”が背負わされるモノを教えられ、理解し、その結果として身勝手なのは風紀委員(じぶんたち)の方であると判断した。 “英雄”に色んなモノを背負わせながら、風紀委員(いっぱんじん)の都合で“英雄”を切り捨てる可能性を抱いている。自分達の都合を最優先にしようとしている。 それが風紀委員として譲れないことであったとして、では自分達は“英雄”のことを真剣に考えているのか?考え尽くしているのか?“英雄”に糾弾された葉原には答えられない。 今まで風紀委員達は界刺についてあれこれ文句を言って来た。端的に言えば『自分勝手だ』と。・・・何が自分勝手だ。自分勝手なのは風紀委員の方ではないか。 “英雄”に甘えているという事実に目を瞑り、この戦場においても『仕方無い』という理由で有耶無耶にするつもりなのか?・・・ふざけるな。そんな怒りの感情さえ芽生える。 “英雄”が自分勝手なら、風紀委員だって自分勝手だ。今の葉原はそう思う。他者のために“英雄(たしゃ)”を排除することは果たして許されることなのか。少女の中で堂々巡りが続く。 (界刺が破輩に伝えたようにお互い様的な部分は両者に存在するのだが、実質的に初めて界刺と対面したのが『マリンウォール』での遭遇だった葉原は、 伝聞でしか彼の評判の悪さを知らなかったこと(=実感が無い)、焔火の件で部外者である界刺に無理を言って頼ったこと等もあってその辺りの意識が酷く希薄であった。故の苦悩である) 彼女達が悩み苦しんでいるこの可能性は、九野が色々アドバイスをしてくれた日の午後に椎倉が気付いたものであった。 『皆に質問する。よく聞いてくれ』 椎倉が問い掛ける。もし、連れ去られた人達―奇襲を仕掛ける前に判明している行方不明者数が100人以上に上っている―が界刺と殺人鬼との戦闘に巻き込まれた場合どうするか。 これが、仮に表立った被害―今回の拉致活動―が出ていなかった場合、つまり与り知らぬ人間・・・従来の“手駒達”であれば非情な決断を下す選択肢もあっただろう。 どんな批判があろうとも、どんな異論があろうとも、『ブラックウィザード』を討伐するという最優先目標を妨げる可能性は排除しなければならない。 『椎倉』 『あぁ・・・わかっている。こっちとしても引くわけにはいかない』 だが、今回はその選択肢を選ぶわけにはいかない。風紀委員会としては、『ブラックウィザード』討伐を最優先にした上で、同時に拉致された人達を絶対に救助しなければならない。 すなわち最優先になり得る目的。最優先と最優先の両立が求められる事態。可能なら無傷での確保。無理でも軽症レベルに抑える。 間違っても重傷以降にはしない。風紀委員会として、黙って見ているだけなど認められるわけが無い。 しかし、それは2人の戦闘の“邪魔”をすることと同義である。厳命である『殺人鬼との自発的な戦闘行為禁止』を破棄するのと同義である。 たとえ界刺が拉致された人々を無遠慮に傷付けるような男では無いとしても、たとえ殺人鬼が仕事に関係の無い人間を殺さない主義であったとしても、物事に絶対は無い。 仮に、連れ去られた一般人が能力でもって反撃でもしようものならその時点でアウトだ。少なくとも、殺人鬼はその人間を殺すだろう。戦闘の余波で死ぬことも有り得る。 この可能性を論じていた会議の中、固地の問い掛けに椎倉は遂に決断を下す。『原則支部リーダーの許可が下りた場合に限って、殺人鬼との戦闘行為を認める』という決断を。 無論、殺人鬼の方から仕掛けて来た場合は別である。また、178支部と成瀬台支部はリーダーが後方支援に就く関係で、火急の時は前線で指揮を取る固地と寒村の判断に任せることとなった。 『となると、一番面倒なのが・・・』 『“3条件”を持つ界刺さん・・・ですね』 佐野や一厘他風紀委員達の頭を悩ます存在・・・それは“3条件”を持つ『シンボル』のリーダー界刺得世の存在である。 彼や彼等には幾つもの借りがある。助けて貰った。命を救ってくれた。彼等の働きが無ければ、こうして会議を開くこともできていない。 しかし、その彼が風紀委員達の命を脅かす強大な敵になる可能性が大なのだ。“3条件”を盾に、彼はゴリ押しをすることも可能である。 破輩が不動達から得た情報で、界刺が『幻惑』を用いながら姫空のようなレーザー系能力、しかも直線では無く屈折可能な光線を放つことができる可能性大なのを知った彼等は頭を抱えた。 暴力的な解決手法だが、実力で排除するという選択肢もあった。だが、その選択肢を切るカードが界刺の方にあるのだ。不条理にも程がある。 対策も無しに正面からぶつかれば、風紀委員会に所属する風紀委員は界刺得世1人に敗北する・・・というより殺される可能性が存在する。堪えた。想像以上に。 『かと言って、私達が事前に界刺さん対策をするということはそれこそ「シンボル」を敵に回すのと同じになりますよね?「太陽の園」での協力作業に影響必至ですよ?』 『・・・不動は「潰せ」と言っていたが、いざ戦闘になれば私達を攻撃することも厭わないだろうな。巻き込まれるのでは無い、私達が自発的に行動を起こすんだからな。 それと・・・そうなった場合、確実に1人私達を潰そうと行動を起こす水楯(おんな)が居るな。電話でも脅されたよ』 加賀美と破輩は、更なる危険性を脳裏に浮かべる。それは、『シンボル』全体が風紀委員会に牙を剥くことである。特に、水楯は容赦無く牙を剥くに違いない。 また、『シンボル』には形製という強力な読心系能力者が存在する。事前に界刺対策を施そうとする風紀委員会の行動を彼女に読まれたりでもしたらマズイ。 界刺のことである。その辺りまでの推察はしている筈だ。『太陽の園』での協力作業も控えている。命を救って貰った恩義もある。 何より、『シンボル』に所属するメンバー7人の内5人がレベル4の高位能力者である。彼等全員と敵対したくは無い。心情的にも物理的にも。 故に、界刺対策は行わなかった。行えなかったという表現が正しい。そもそも、彼の実力全てが判明しているわけでは無い。更に奥の手の1つ2つ隠し持っていても不思議では無い。 ましてや、相手は界刺だけでは無い。あの殺人鬼も居るのだ。当の界刺から風紀委員会全員がかりでも返り討ちを喰らうかもしれないと忠告され、実際に体感した殺し屋の実力。 それ自体が『本気』では無い可能性大なのだから堪らない。界刺共々ふざけるなである。そこに『シンボル』全体が加わった日には勘弁してくれ状態である。 『この言葉を俺が言うのは本来であれば好ましく無いが・・・・・・なるようにしかならん。その時々の最善を尽くせ。後は・・・時の運だ』 椎倉のこの言葉が、風紀委員会全体の苦悩振りを示している。最初は現場で対策を立てやすく、“3条件”の範囲外に『できる』警備員(駆動鎧)が当たるという方針は一応定めたが、 状況によっては風紀委員も事に当たらなければならない。『シンボル』そのものを敵に回す可能性も勘案しながら。 『太陽の園』での結果、『ブラックウィザード』の本拠地発見、焔火緋花の捕捉や新“手駒達”の存在、殺人鬼の相手をしてくれる等々、彼の働きは全て風紀委員会の利となっている。 だから苦しい。ある意味では新“手駒達”を救うために戦闘を行わなければならない苦汁の決断以上の苦しさを感じる。 客観的に見て、一連の事件で一番活躍しているのは『シンボル』、ひいては界刺である。自分達の決断は、彼に対する裏切りなのではないか?そんな負い目すら感じる。 否、裏切りなのだろう。あれだけ警告や譲歩をしてくれたのにも関わらず、自分達は彼を排除しようという思考を抱えている。 しかし、風紀委員としてここで引くわけにはいかない。いざという時は・・・界刺得世を敵に回す。文字通り命懸けで。そんな非情な想いを胸に、各風紀委員は戦場へ赴いていた。 「駆動鎧に包まれている警備員ならまだしも、私達は丸腰だしねぇ。銃器を相手取ってる身が言うことじゃ無いのはわかってるけどさ。 狐月以上の気流を操作できる破輩先輩の『疾風旋風』なら、強力な風で大気を掻き乱すことで界刺さんの光学攻撃を散乱させられるかもしれない。 もちろん、『光学装飾』で光線が制御されている以上明確な散乱は期待できないしそんなに都合良く運ぶとも思っていないけど、複雑な演算が必要になるのは間違い無いわけだから、 少なくとも弱体化や遅延は可能かもしれない。それでも・・・先輩が一瞬でも油断すれば光速の殺人光線が襲って来るんだよな。 油断・・・『幻惑』・・・界刺さんの専売特許だよね。・・・まさに命懸けだわ」 ・・・ですね。本当ならそんな場所に入らないで終わるのが一番なんですけど・・・覚悟だけはしておかなければなりませんからね 「香染の『光子照射』とは違って、頑強な障害物を盾にしようとしても屈折可能なレーザーを放たれればアウト。第一、そのレーザーの威力や射程も不明。 そもそも、界刺さんの『光学装飾』の全容がわからない。あそこに見える薄気味悪いドームの正体も光学系能力で発生させたこと以外はわからない。 きっと、あれが破輩先輩の言う『幻惑』なんだろうけど生理的に受け付けないよね。何、あの変な模様。気味が悪いったらないわ」 唯、こういう見立てもあります。拉致された人達が新“手駒達”として既に『ブラックウィザード』の戦力となっている以上、無理は犯さないんじゃないかという推測です 「・・・詳しく」 『ブラックウィザード』としては、私達風紀委員会に『シンボル』、そして殺人鬼の強襲を受けてまずは“逃走”に思考が集中する筈です。 この三者の攻勢はキツイ所じゃありません。態勢を立て直すためにも、そして生き残るためにも“逃走”を第一に考える筈です。具体的には逃走手段の確保やそれに応じた迎撃です 如何に『ブラックウィザード』と言えども、現在の状況では“逃走”を第一に行動している筈である。ここに踏み止まれるとはまさか思ってはいないだろう。 昔の篭城戦は現代では通用しない。アジトが割れた以上、速やかに“逃走”に打って出る筈だ。 私達風紀委員が東部方面から攻めている以上、逃走ルートとしては西部方面になります。警備員の駆動鎧部隊が回り込んでいるので、それも容易ではありません。 それを覆すためには、能力者の力が必要です。具体的には、強力な能力者・・・“手駒達”の力が 「確か、あの殺人鬼によって従来の“手駒達”は大幅に削られているのよね。さっきも潰されたし。ということは・・・」 はい。人質としても、今後の戦力としても新“手駒達”は『ブラックウィザード』の上層部と行動を共にする可能性が高い。上層部が潰れれば元も子も無いですからね。 ですが、それが私達にとっては界刺先輩と殺人鬼が戦闘している場所から新“手駒達”を遠ざけることに繋がります これは可能性が高い予測である。殺人鬼によって“手駒達”が少なくなっていると思われる以上、手に入ったばかりの新“手駒達”は連中も大事に扱うに違いない。 人質としても使える彼等彼女等は、上層部を守る堅牢な盾となる。本来であれば風紀委員会側としてはマズイ展開も、 界刺達の殺し合いに巻き込まれないという観点から見れば受け取り方が違って来る。態勢を立て直したとして、新“手駒達”が壊滅していれば向こうとしても本末転倒である。 新“手駒達”が人質となっている状況下で風紀委員会がここまで強硬に出張っている理由の1つが、この両者の殺し合いに新“手駒達”を巻き込ませないためである。 無論拉致された人々が新“手駒達”になる前に救出しなければならなかった時間的制約や、モタモタしていれば結局は殺人鬼と新“手駒達”が衝突するのが目に見えている現実、 今となっては現実に至らなかった可能性の1つだが、“手駒達”化の最中に殺人鬼の襲撃を受ける可能性もあった。 そもそも、今回の拉致は政治的目的でも身代金目的でも無い。“手駒達”という兵隊化が目的である。つまり、最初から交渉の余地等存在しないのだ。故の強行作戦である。 「私達が事前に想像していた動けない状態じゃ無い、電波操作で動ける状態だからこそ『ブラックウィザード』は逃走用として、そして後々のことを考えて重宝する筈・・・だね?」 はい。ですが、彼等の逃走ルートに界刺さんと殺人鬼の戦闘範囲が被さってくれば、少々の人数は切り捨てるでしょうけど。迎撃用として 「言い換えれば、『ブラックウィザード』の方から界刺さん達の戦闘に茶々を入れる可能性は低いのよね?」 だと予想されています。現状では両者が互角に戦闘を繰り広げていると思われる以上、もっと言えば両者が健在である以上、そこに貴重な戦力を差し向ける真似はしないでしょう。先の建物の件で、その傾向は益々強くなる筈です。向かわせるなら『六枚羽』が有力です。ですから、上層部の討伐と新“手駒達”の救助を優先して下さいってことなんです 上層部の討伐と新“手駒達”の救助は繋がっている可能性が高い。だから、彼等の居場所を早急に捕捉する必要がある。 そのためにも176支部は南から、178支部は北から捜査の範囲を広げるべきだ。葉原―椎倉や橙山―はそう言っているのだ。 「・・・わかった。それじゃあ、私達はこのまま南側から捜査して行くね。何か状況が変わったら、すぐに連絡を頂戴!私達の方も、何かわかったらすぐに連絡するから!」 了解です。それと・・・ 「ん?」 連絡の連携を確認した後に、葉原は通信を加賀美だけに絞り小声で『忠告』する。“英雄”の心意を知っている唯一の風紀委員として、彼の心を少しでも代弁できる者として。 彼を裏切った償いになるなんて思っていない。だから、これは別の裏切り。そもそも裏切っているのだ。風紀委員を自分は。何を今更躊躇する必要がある。 いざという時は覚悟して下さい。“閃光の英雄”は・・・『本気』で怒っていますよ。怒り狂っていますよ。皆の想いを押し付けられているのに、皆から切り捨てられるんですから。 ホント・・・ふざけるなですよね。もしかしたら、緋花ちゃんも同じような目に遭うんですかね?全く・・・ 「ゆかり・・・?」 “英雄”の心意を碌に理解していない、平和ボケしている風紀委員(あなたたち)には理解できないかもしれませんが 「ッッッ!!!」 『・・・知れていますか?本当に?僕が無口で無表情という性格を、リーダーは自分が他人の気持ちを量れない言い訳にしていませんか?』 何故だ?何故そんな言葉を吐くのだ?何故葉原ゆかりがそんな言葉を吐くのだ?まるで、あの病室で網枷双真―裏切り者―が自分に言い放った言葉と同じではないか。 「ゆかり・・・あなた、界刺さんから何か聞いているの?」 直感的。加賀美は葉原の言葉と声色から、彼女が界刺の心意を知っていることを悟る。自分と同じように界刺を頼っていることは知っている。 その折に彼から何か重要なことを聞いたのではないか。そう考えた加賀美に、『風紀委員(あなたち)』という言葉の中に実は自身も含めている葉原は・・・ 今更言った所でどうしようもありません。加賀美先輩の言う通り、界刺先輩も『わかっているでしょう』。私達の・・・新たな戦渦を呼び起こしてしまう無知で愚かな押し付けを。 望まなくてもそうなってしまう。あの人は・・・“英雄”は平和を享受することができない。否応無しに戦渦へ巻き込まれる。彼は『覚悟しています』。私も『知りました』。 だから覚悟して下さい。『戦う時』にしか必要とされない“戦鬼”を、『仕方無い』と言いながら『押し付けた』側の私達の都合で敵に回すことがどれ程の裏切りなのかを。では 回答を拒否する。その拒否の中に“英雄”の心意を混ぜながら、裏切り者は通信を切る。 「・・・・・・」 数秒間、加賀美は放心状態となった。彼女の言葉の意味を、そこに込められていた怒りを感じ取ったが故に。 これが“英雄(ヒーロー)”の業。これが“一般人”の業。幾星霜繰り返して来た歴史の一端。それは、今も尚続いている。 「(『戦う時』・・・か。“戦鬼”・・・か。・・・確かにゆかりの言う通りね。無知で愚か・・・か。まだまだあの人を理解できてないわねぇ、私。やっぱ、双真の言葉は当たってるわね。 しかも、いざって時は私達の都合であの人を敵に回すんだよな。普通の裏切りじゃ無い、盛大な裏切りよね。・・・・・・・・・苦しい・・・な)」 色々助けて貰った。風紀委員として、そして個人的にも。そんな彼を『仕方無い』という理由で敵に回す。 譲れない一線であることが事態を複雑にしている。椎倉の提起から、自分とてずっと悩んでいた。戦いたく無い。今もそう思っている。でも・・・譲れない。 「(・・・・・・・・・殺されても文句言えないかも)」 種類の違う、しかし譲れない一線同士がぶつかればどちらかor両方が妥協しない限り和解など生じない。両方をありのまま尊重することなど有り得ない。 『わかっている』者同士の戦闘。否、殺し合い。加賀美は思う。もし殺されたとしても、文句を言える筋合いは無いのではないか・・・と。 「(相応の覚悟じゃ足りない!絶対の覚悟が要る!!『殺されても揺らがない覚悟』が!!!リーダーである私に!!!)」 不測の事態は有り得る。自分や仲間が死ぬことも有り得る。そんな現実に直面した場合でも、決して揺らがない覚悟がリーダー足る自分には求められている。 「(ごめんなさい、界刺さん。今から謝っておきます。許してくれるとは思っていません。『許して』と言うつもりもありません。唯謝るだけです。本当に・・・ごめんなさい。 私は・・・176支部リーダー加賀美雅は進みます。たとえ、あなたを敵に回すことになっても。たとえ、あなたを裏切ることになっても私はあなたとの約束を守り抜いてみせます)」 『本物』の風紀委員になると誓った。最後までやり抜くことを誓った。それ等誓いを揺らがせるわけにはいかない。 ここが分岐点。そして、176支部リーダーは迷わず進む。それを、“英雄”も望んでいるだろうから。 「・・・加賀美先輩?さっきから何ボーっとしてるんですか?」 「うん?あぁ、ごめんごめん。ちょっと、気合いを入れ直してた所。緋花を救助できたことで気が緩んでたかもだし」 「・・・・・・注意された?」 「・・・バレた?」 「「「「ハァ・・・」」」」 鏡星と姫空の質問に、加賀美は誤魔化しの返答を行う。部下に余計な心配を掛けたくは無い。これくらいのことを背負えずして、何がリーダーか。 特に、これからは事態が様々に動くであろう。取り残されるわけにはいかない。臨機応変に対処していかなければならない。 「み、皆!そういうわけだから、迅速且つ慎重に捜査を進めるよ!それと・・・もし界刺さんやあの殺人鬼と戦闘になった場合は覚悟を決めなさい!!絶対の覚悟をね!!」 「「「「了解!!!」」」」 リーダーの指示に部下は声を揃える。本番はまだ始まったばかりである。解決しなければならないことは山積みだ。 焦らず、それでいて速やかな行動が要求される。これから先の失敗は・・・命取りになる。 「そらひめ先輩・・・そらひめ先輩・・・!!」 抵部の悲痛な声が倉庫内に響き渡る。彼女の傍で横たわっているのは、殺人鬼の強襲によって重傷を負って気絶している閨秀。 彼女達は『皆無重量』の消滅後、破輩の生み出した暴風の影響をモロに受け施設内中央部付近まで吹き飛ばされた後に、ある倉庫の屋根に墜落したのだ。 『物体補強』で2人共に墜落のダメージを抑えることができたが、屋根との接触時の体勢が悪かったために耳へ装着していた通信機―視界外で『物体補強』が僅かに弱かった―が弾け跳んだ。 屋根を付き抜け倉庫内に墜ちた2人。抵部はすぐに対外傷キットによって閨秀の左肩の血止めに掛かる。だが・・・ 『傷が大き過ぎる・・・!!』 キットに付属しているジェル状の薬剤でも出血を抑え切ることができない。それ程の深手。『物体補強』による補強が無ければ左腕が軽く吹っ飛んでいたくらいの威力である。 このままでは出血死すら有り得る。そう考えた抵部は無我夢中で己が能力を行使する。 『「物体補強」で・・・ジェルを固定する!!』 自身、あるいは触れた物体の周囲を覆う空気を分子レベルで固定することで補強する『物体補強』を閨秀に掛ける。 本来であれば薬剤を塗っている左肩だけに必要な処置だが、彼女のレベルでは物体全体を覆う形となってしまう。 ともあれ、抵部は閨秀自身が所持しているキットも持ち出した上でジェルの補強を行ったことで、何とか閨秀の血止めを維持することに成功した。 『と、とりあえずかん先輩に助けを・・・』 ドドドドドドドドドドン!!! 『ひいっ!!?』 少し落ち着いた抵部が、着信音等でこちらの位置を捕捉される危険性から電源を切っていた携帯電話で支部リーダーである冠に連絡を取ろうとした直後に響くは、殺人鬼の凶行。 続けざまに鼓膜を叩くのは建築物の崩壊音。もう一度確認するが、抵部達が墜落したのは施設内中央部付近である。そこには焔火が監禁されていた建物があり、殺人鬼も居た。 危機感しか募らせない轟音が抵部の思考を硬直化させる。防衛本能が少女に警鐘を鳴らした結果・・・ 『ッッッ!!!』 抵部は自身に『物体補強』を掛けた。一度掛ければ耐久力上昇と引き換えに指さえ動かせなくなる状態になったのだ。 救援を呼ぶための行動を犠牲にする判断。しかし、生存する確率を上げるための判断。鳴り止まない轟音―殺人鬼の暴虐―が少女を更に追い詰める。能力の維持を強要する。 それは、殺人鬼が去った後も続いた。近くでは発生していない戦闘音も、遠くから聞こえて来るのである。 何より、絶大な信頼を寄せる“花盛の宙姫”が撃墜された事実が抵部を恐怖という奈落の底に突き落としていた。 「どうしよう・・・どうしよう・・・」 目・鼻・口は『物体補強』下でも動かせる抵部は、先が見えない現状に不安だけを募らせて行く。 自分が今行っているのはあくまで現状維持である。このまま何かが解決するわけでは無い。閨秀が負った傷が治るわけでも無い。すぐに治療をしなければならない。 そのためには、今からでも救援を呼ぶために自身に掛けている『物体補強』を解くべきである。 しかし、解いて救援を呼ぼうとしている最中に敵に攻撃されたら・・・『また』あの殺人鬼の強襲を受ければ・・・そんな思考ばかりが頭に思い浮かぶ。 恐怖心が判断を鈍化させる。今の抵部はまさにその状態だ。 「そらひめ先輩・・・起きて下さいよぉ・・・」 この状態に陥った者が取る行動の1つに、自身が『信を置く者』に頼るというモノがある。抵部にとっては、閨秀がその『信を置く者』に該当する。 風紀活動では一番コンビを組んでいる中である。互いの性格を知り尽くしていると言っても過言では無い。 しかし、現在その『信を置く者』は重傷を負った上に気を失っている。頼ることができないのだ。そんなことは抵部にもわかっている。 それでも彼女を頼る言葉が漏れるのは、それだけ抵部が追い詰められている証拠である。 ドーン!!! 「!!?」 恐怖に苛まれている少女を更なる窮地に陥らせる爆破音が木霊する。首の動かない抵部の視線の先で倉庫のシャッターが爆発した。 「あれか!?“花盛の宙姫”って野郎は!?」 「いや・・・倒れてる奴がそうだ。あの茶髪は・・・同じ支部の抵部って女だな」 殺人鬼の暴虐及び罠を恐れて及び腰になっていた『ブラックウィザード』の構成員と“手駒達”が、遂に抵部達を強襲したのだ。 「(『ブラックウィザード』・・・!!ま、まずい・・・!!)」 抵部は動転しそうになる意識を必死に抑える。ここで自分が立ち向かわなければ、慕う先輩の命さえ危うい。 しかし、今自分が閨秀から離れればまた出血が再開される。自分が取れる選択肢は限られている。 「やっぱ、あの殺人鬼に攻撃されたダメージがデケェようだな。一応“手駒達”を用意して来たんだが、必要無かったか。おい、どうするよ?」 「んなモン決まってるだろ?・・・悪いがお嬢ちゃん・・・死ね」 「!!!」 薬を服用して気分が高揚している構成員の1人が、ポケットから拳銃を取り出す。あの銃で自分達を殺すつもりだ。 そう判断した抵部は、自身に掛かっている『物体補強』を解除し閨秀に覆い被さる。そして・・・ ガン!!ガン!! 「グウッ!!」 再び『物体補強』で自身を包んだ直後に構成員が放った銃弾が飛来する。能力によって銃弾が抵部達の体を貫くことは無い。あの不動と仮屋の合体技を防いだ程である。 しかし、抵部は気付いていない。閨秀の背中に乗っていたあの時は、大衝撃波をまともには食らっていない。喰らったのは閨秀である。 幸いにも演算や態度を乱すことは無かったが、軽減されたダメージは閨秀の体を駆け巡っていた。そして今、銃弾を身に浴びた抵部の体は防ぎ切れない銃弾の威力に呻き声を挙げる。 「へぇ・・・。レベル2の念動力系にしてはやるじゃねーの。その様子だと、威力自体は完全に防げてねぇみたいだけどよ。オラッ!!」 「ッッ!!ッッッ!!!」 構成員達が放つ銃弾の連撃を背中に浴びる少女は、声にならない声を漏らしながら耐える。否、耐えることしかできない。だが・・・ 「グアッッ!!!」 最後の発砲が抵部の右脇腹を抉る。抉るとは言っても掠った以上のレベルでは無い。但し、抉ったということは『物体補強』が破られたことを意味している。 自分の視界から外れる部分は補強が弱くなってしまう弱点がここで出た。自身の脇腹から血が流れていることを認識した抵部は、『死の恐怖』を実感する。 「メンドイな。こうなったら、“手駒達”を使って手早く済ませようぜ」 「だな。あの女の能力は、演算処理が追い着かないレベルの攻撃だと空気の固定が弱まるみてぇだしな。 例えば・・・薬で強化された“手駒達”の高圧電流を浴びせ続けたら死ぬわな!!電流なら、空気を固めていても関係無ぇし!!」 「!!!」 『物体補強』の性質が割れている。網枷が『書庫』で抵部の能力を調査している以上、それは自明の道理である。 「(どどどどうしよう!!このままじゃ・・・わたし・・・わたし・・・!!!)」 近付く死神の鎌。聞こえる死神の足音。自分の能力では防ぎ切れない。頼れる者は居ない。援護も無い。絶体絶命。 「一撃で決めろよ、“手駒達”!!」 「・・・・・・(バリバリ)」 電気系“手駒達”が高圧電流を放つ準備をする。敵は待ってくれない。自分達を殺すために容赦無く死の刃を振り下ろそうとする。 「やれぇ!!!」 死の宣告。 「(ぐうぅっっ!!!)」 目を瞑る。訪れる現実を見たく無かった。慕う先輩が死ぬ様を。自分が死ぬ様を。『物体補強』で震えることもできない少女に非情で無慈悲な現実が・・・ 「サーヤアアアアアァァァッッッ!!!!!」 訪れなかった。 ドゴーン!!! 「キャッ!!?」 「うおっ!!?」 「うわっ!!?」 抵部と構成員が対峙していたその横っ面を盛大に破壊したのは、何時かのコンテナターミナルで少女が見た『合体技』。 倉庫外に“手駒達”が鎮座しているのを確認した男達が敵を吹き飛ばすために使用した大衝撃波が、ついでに倉庫の側面をも吹き飛ばしたのだ。 「チッ!新手か!?」 「“手駒達”!!早くその女達を殺せ!!」 新たな敵の出現に焦る構成員の命令が電気系“手駒達”に下る。直前の衝撃波で攻撃が中断した“手駒達”が発生させた高圧電流が、再び抵部達を襲おうとする。 ビュン!! 「・・・・・・(バタッ)」 「なっ!!?」 だがしかし、電撃が放たれる直前に電気系“手駒達”を操る小型アンテナを『物体転移』による空間移動攻撃で破壊したことで“手駒達”は気を失う。 「サニー!!」 「はい!!」 『物体転移』という空間移動系能力を持つ『シンボル』の一員春咲桜の合図を受けて、同じく一員である月ノ宮向日葵が周囲に渦巻かせている『砂鉄の渦潮』を構成員へ振り向ける。 「「ガアアッッ!!!」」 砂鉄の行軍をモロに受けた構成員は後方へ弾き飛ばされる。その隙に月ノ宮と春咲が抵部の下へ駆け付ける。 「サーヤ!!大丈夫!!?」 「サニー・・・!!どうしてここに・・・?」 突然に次ぐ突然の事態に思考が追い着いていない抵部。一方、ライバルと認定した相手に『心配したから』とは言えない月ノ宮は回答に数瞬迷い・・・ 「あ、あなたは私のライバルなんですからね!!こんな所で死なれたら受けて立った私が馬鹿みたいじゃないですか!!そ、そんなこともわからないなんて、これだからサーヤは・・・」 「ムキー!!何かよくわかんないけど、またわたしを馬鹿にしたなー!!馬鹿なサニーの癖に!!」 「馬鹿なのはあなたの方でしょー!!」 「サニーの方に決まってるでしょー!!」 ツンデレ的言い訳をしてしまったことで、『どちらが馬鹿なのか』議論に発展してしまう。そんな2人の様子を呆れて見ている春咲がたまらず注意する。 「サニー!サーヤ!ここは戦場よ!?遊びじゃ無いんだよ!?わかってる!?」 「「ご、ごめんなさい」」 とは言っても、抵部は閨秀への『物体補強』を継続しているし、月ノ宮は不動達の一撃に巻き込まれなかった“手駒達”を操る電波を撹乱中である。 他に居るらしき電気系“手駒達”の妨害で完全な撹乱はできていないものの、“手駒達”の攻勢が止まっているのは月ノ宮の働きが大きい。 「不動さんと仮屋さんは別方面の敵を駆逐しているわ!!気を抜かないで!!とりあえず、閨秀先輩を運びましょう。サーヤ。手伝って!サニーは『砂鉄の渦潮』で援護を!」 「わ、わかりましたー!」 「はい!」 春咲の的確な指示が抵部と月ノ宮へ飛ぶ。この辺はさすが年長者と言った所か。不動・仮屋・月ノ宮・春咲は、ここに来るまでの間『ブラックウィザード』の妨害に遭っており、 それ等を打破して来た結果抵部達をすんでの所で救助することができた。紙一重の結果だが、戦場とはそういうものである。 「な、舐めやがって・・・」 「殺す・・・!!」 「たかが女3人・・・ぶっ殺す!!」 「「「!!!」」」 『砂鉄の渦潮』で吹き飛ばされた構成員達が体勢を立て直す。後方にも行動可能な“手駒達”が控えている。 「“手駒達”!!あの砂鉄の動きを止めろ!!」 「ッッ!!!」 生き残っている電気系“手駒達”が、月ノ宮が操る『砂鉄の渦潮』を妨害するために磁力を飛ばす。同じ電気系能力者の綱引き。 軍配は磁力操作を得意とする月ノ宮に上がるが、それでも影響全てをねじ伏せることができない。『渦潮』の動きが緩慢になる。 「(まずい!!私の『物体転移』は止まらないと行使できないし、サーヤの『物体補強』も自分自身に掛ける場合は動きが止まっちゃう!!)」 閨秀を運んでいる春咲の背中を嫌な汗が流れる。現状の『物体転移』は春咲自身が停止しなければ行使できず、また抵部が自身へ『物体補強』を掛けると動けなくなってしまう。 敵側としては格好の標的となる。月ノ宮も電気系“手駒達”の妨害で万全とはいかない。 「よしっ!いくそ、テメェ等!!」 「「「おうっ!!」」」 構成員と“手駒達”が銃や能力を従えて突撃して来る。人数では春咲達が不利。 月ノ宮が近くにある鉄製品に磁力を飛ばして銃弾の防御を、春咲が移動を止めて迎撃のための『物体転移』を発動しようとした・・・その瞬間!! 「さあ!!マッスル・オン・ザ・ステージの開幕だ!!皆、思う存分楽しんで逝ってくれ!!!」 「「「「「!!!??」」」」」 ボロボロの赤褌一丁姿の美青年・・・成瀬台支部員勇路映護が今にも崩れそうな屋根に空いた穴―抵部と閨秀が墜落した時にできた―から降臨した。 「「「キャアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!」」」 無論、降臨した時に発生した空気抵抗という名の不可抗力で褌が捲れ、彼の輝かしき漢(おとこ)の証が露になる。 勇路の声がした方向へ視線を泳がせた抵部・月ノ宮・春咲は、バッチリその証を目撃した。それ故の悲鳴である。月ノ宮に至っては2度目の目撃である。 重徳事変の折に、苧環が月ノ宮と共に界刺達と同行する決断を取り下げた最大の理由・・・『教育上の問題』がまた現出した。苧環の懸念は見事当たっていたというわけだ。 「あ、あいつは・・・『成瀬台の裸王』!!」 「何ィ!?事あるごとに最終的に全裸になるって言う、あの『学園都市一全裸の似合う男』か!?」 「『裸で出歩いても許してしまいそうな肉体美』とも言われてるらしいぜ!!『書庫』にそう書かれていたんだってよ!!」 「な、何でそんなことまで『書庫』に記録されてるのよ・・・?」 構成員達の驚き様に、春咲がゲンナリとした声色でツッコミを入れる。一体全体『書庫』への登録基準はどうなっているのだ? 「大丈夫かい、君達!?」 「大丈夫じゃないですよー!!!」 「やはりそうか。抵部ちゃん。怪我は・・・その右脇腹だね?それ以外は?」 「そんなことより、せいしんてきダメージの方がデカイですー!!」 「そうですよ!!何であなたの・・・あなたのアソコを2度も見ないといけないんですか!!?」 「月ノ宮ちゃん。何故怒ってるんだい?というか、君達が何故ここ・・・」 他方、抵部と月ノ宮は受けた精神的ショックから抗議の意思を勇路へ示すが、肝心の勇路は彼女達の抗議をイマイチ理解していない。そんなことよりも・・・ 「・・・これは酷いね。すぐにでも治療を始めないと」 閨秀の容態を見て、早急な治療―『治癒能力』の行使―を行わなければならないと判断した勇路は即座に決断する。“邪魔”になる者の排除を。 「そのためにも・・・さっさと逝って貰わなければならないようだ」 「「「ビクッ!!!」」」 勇路の言葉に含まれた敵意を、彼の体から湧き上がる闘志に構成員達が寒気を覚える。 「抵部ちゃん」 「な、何ですかー!?」 「来るのが遅くなってゴメンね。色んな妨害に遭って、ここに来るのが遅れてしまったんだ。『シンボル』の人達にまたまた感謝だね」 「えっ?・・・あっ」 勇路の神妙な言葉を聞いた抵部は、勇路の格好―ボロボロの赤褌―と合わせて気付く。彼が、ここに来るまでに『ブラックウィザード』の攻勢を幾度も掻い潜って来たことを。 少女は知る由も無いが、これは159支部の援護もあっての“最高速度”である。 着衣は、受けた攻勢によって使い物にならなくなったので脱ぎ捨てている。常人なら怪我だらけな筈の身体も、『治癒能力』にて治癒しているだけなのだ。 それでも、『成瀬台の裸王』は毅然とした態度を崩さない。今自身に求められているのは、治癒の必要な『安静な場所』作りである。 「君達をマッスル・オン・ザ・ステージの終幕へいきなりご招待しよう!!」 「「「!!?」」」 それは、喩えるなら筋肉のワルツ。華麗に宙を舞い、優雅に足技を放っていく姿は、まるで肉のバレエダンサー。 それは、喩えるなら“柔”の極み。気品溢れるその一挙手一投足に誰もが魅了されて止まない筋の微笑。 「さぁ!!フィナーレへ逝きたまえ!!!」 その男―勇路映護―こそ、筋肉の女神に愛された漢。女神の愛撫を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。 continue!!
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「も、もしもし・・・。緋花だけど・・・」 「おう!どうした、緋花!?早速俺への相談か!?今忙しいんだけどよ、緋花の頼みならしゃーねーな」 「な、何で忙しいの?」 「いやな、夏休みの宿題に没頭しててよ!利壱と紫郎と一緒にレポート課題を・・・」 「ギャー!!武佐君の奇襲が通じないなんてー!!」 「こ、このゾンビ軍団に俺の作戦を破れる知能があるわけ・・・!!」 「・・・・・・ねぇ、拳?」 「・・・・・・な、何だ?」 「大の男が見栄を張る姿って格好悪いと思う」 「ガハッ!!」 焔火の容赦無いツッコミが荒我の胸にクリティカルヒットする。もちろん、夏休みの宿題なんかしているわけが無い。 そんなモン、開始5分で放り投げた。今は荒我の部屋で梯・武佐等と共にゾンビゲームに熱中していたのだ。 「クスクス。拳達らしいっていうか・・・」 「・・・・・・」 電話の向こうで浮かべている荒我の表情が容易に想像できた焔火は、笑い声を隠し切れない。 「・・・ねぇ、拳?」 「お、おぅ・・・」 「詳しくは言えないんだけど・・・今日もまた色々トチっちゃった」 「そ、そうなのか・・・」 「うん。“詐欺師ヒーロー”にボロカスに言われるは、殺人鬼には力の差を見せ付けられるは、リーダーが入院する羽目になるわ・・・ホント散々だったよ」 「“詐欺師”ヒーロー・・・殺人鬼・・・・・・!!!・・・・・・リ、リーダーは無事なのかよ!!?」 荒我は焔火の言葉から一昨日の件を思い出す。あの時に聞いた単語ばかりだったからであるが故に。 「うん、大丈夫。リーダーが入院したのは、ある意味自傷行為みたいなものだったから。2日くらいで退院できるってさ」 「そ、そうか・・・。他には・・・!?」 「リーダー以外には誰も死傷者は出なかったよ」 「・・・ふぅ。そいつは良かった」 荒我は安堵の息を吐く。最近会ったばかりの人間が傷付く姿など、荒我とてその目に映したくは無い。 「また、あの野郎にブツブツ言われたのかよ?」 「うん。胸倉を掴まれて怒られた」 「何!?あ、あの野郎・・・!!」 「・・・最近というか、あの救済委員事件以来ずっと私は誰かに怒られている。ガミガミうるさいお姉ちゃんでも、ここまでしつこくは無いな~」 「・・・お前の姉貴ってそんなにガミガミ言うのか?」 「結構言うね~。でも昨日・今日はボーっとしてるけど。・・・あの“変人集団”のトップとの交際だけは阻止しないと(ボソッ)」 「ん?最後の方が良く聞き取れなかったんだけど、何て言ったんだ?」 「うん!?き、気にしないで!唯の独り言だから!!」 「そ、そうか」 ついポロっと出た企みを誤魔化すように、焔火は荒我に対して言葉を紡ぐ。 「え、え~と、何処まで話したっけかな・・・あっ、そうだそうだ!・・・だからさ、私の不幸度が今とんでもない数値になってると思うのよねぇ」 「かもな。まぁ、俺も緋花と同じような期間に突入していた頃があったし。他人事とは思えねぇな」 「自分のせいでどんどん悪循環に嵌るし」 「何やっても上手くいかねぇし」 「自分を取り巻く環境も厳しくなるし」 「周囲の環境のせいでどん底に叩き落されたり」 「「ハァ・・・」」 タイミング良く溜息を吐く焔火と荒我。似たような境遇を経験する両者の相違点と言えば、焔火は現在進行中、荒我は過去の出来事であるということ。 「でも・・・諦めたらいけないんだよね?」 「そうだな。何度叩きのめされようが、何度不貞腐れようが、その足を止めなかったから今の俺は居るんだって、最近の緋花を見てると余計にそう思うぜ」 「経験者は語るね~」 「別に誇ってるわけじゃ無ぇけどよ」 ベッドの上でパジャマ姿になって寝転がっている焔火は、荒我の言葉に力を貰う。ある意味部外者である荒我だからこそ意味のある言葉を、己の胸にしっかり刻む。 「・・・そういえば、最近ようやく気付いたことがあるんだ」 「ん?何だよ?」 「・・・わ、わた、私・・・が・・・そ、その・・・あの・・・ば、ばば、馬鹿だって・・・ことに・・・」 「・・・・・・・・・・・・今頃!!?」 「な、何よ!!?よ、予想通りだけどさ、その反応は!!!で、でも・・・ム、ムカつくー!!!」 『お前・・・今頃になってそれに気付くって・・・』的な反応を予想していた焔火は、荒我がその通りの反応を示したことに頭を掻き毟る。 「お前・・・今頃になっ・・・」 「そ、それ以上は言わないで!!!というか、私の予想していた言葉のまんまを吐くんじゃ無いわよー!!!」 「だ、だってよぉ・・・」 「だっても何も無い!!こ、これじゃあ小川原に頑張って入った意味が薄れちゃう!! も、もぅ!!何よ!何なのよ!!最近はムカつくことばっかりが目の前に現れるんだから!!」 「・・・ガキみたいな癇癪だな、緋花?」 荒我は電話の向こうにいる焔火が癇癪を起こしていることに呆れながらも、何処か温かな感情を抱いていた。 「ふんだ!!どうせ、私はガキですよ!馬鹿で独り善がりなクソガキですよ!!」 「・・・・・・」 「・・・け、拳?ご、ごめん。ちょっと不貞腐れ過ぎたね」 「・・・い、いや・・・そういうんじゃ無くてよ・・・」 「うん?」 急に黙り込んだ荒我に焔火は己のみっともない言動に気付き謝罪するが、荒我は別のことを考えていたようだ。 それは、当の荒我にとっても予想外な思考。だから、つい口走ってしまう。後戻りのできない言葉を。 「え、え~とよ・・・・・・か、可愛い・・・って思っちまった。癇癪を起こしてるお前をよ・・・」 「ッッッ!!!!!」 瞬間、焔火の体温や血圧が上昇する。顔が真紅に染まる。まさか、こう切り替えして来るとは思わなかった。それは、焔火にとって予想外な上にド直球の言葉。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・う、嘘じゃ無ぇぞ?ほ、本気で・・・そう思っちまった。自分でも何でかわかんねぇけど」 「・・・・・・しい」 「ん?」 「・・・恥ずかしい」 「恥ずかしい?」 焔火は、今途轍も無い羞恥に心を染められていた。癇癪を起こしている自分が可愛いと男性に言われたことに、焔火はいたく刺激を受けていた。 「そうだよ。恥ずかしい・・・すごく恥ずかしい。これなら、まだ固地先輩や“詐欺師ヒーロー”みたいにボロクソに怒られる方がマシ・・・」 「な、何で俺がそいつ等よりお前に酷いことをしてる風に言われなきゃなんねぇんだ!!?」 荒我は憤慨する。自分は素直な感想を言葉に出しただけなのに、何故焔火にここまで言われなければならないのか?今の荒我にはサッパリ理解不能だ。 「・・・いけない。こんなんじゃいけない。私は・・・ガキのままで居たくない。こんなことで『可愛い』なんて言われたく無い!! あ、貴方に・・・拳に・・・こんなことで『可愛い』なんて言われたく無い!!」 「緋花・・・」 言葉に必死が宿る。 「・・・貴方に何時までもこんな姿を見せたくない。拳には私が成長した姿を見て欲しい。その姿を見た・・・貴方の言葉を聴きたい」 「・・・言っとくけど、俺への相談とかを取り止めるなんてのは認めねぇからな」 「・・・うん。それはわかってるよ。だって・・・貴方の言葉を耳に入れるだけで私の心はすごく落ち着くんだもの。止めるわけが無いよ」 焔火緋花という少女にとって、荒我拳という少年の存在は何時の間にかこれ程までに大きなモノとなっていた。 そんな存在を自分から切り離すなんて選択肢が出る筈が無い。何故なら・・・ 「・・・今度さ、拳の部屋に行ってもいい?」 「う、うん!?お、俺の部屋!!?」 「そう。今は成瀬台に通ってるからさ。その帰りとかに寄ってみたいなぁって。・・・駄目?」 「だ、駄目なんかじゃ無ぇよ!!」 「そう。・・・それじゃあ、タイミングが合えば寄らせて貰うね。・・・そこで色々話したいこともあるし・・・」 「お、おぅ・・・」 焔火は荒我の部屋に訪問する約束を取り付ける。そこで、彼に話さなければならないことがある。絶対に。 「・・・それじゃあ、そろそろ切るね」 「・・・また、何時でも相談に乗るぜ?」 「・・・ありがとう、拳。私の・・・・・・ううん、何でもない。それじゃ!」 何かを言いかけようとした焔火が言葉を濁し、直後に通話を切った。荒我は焔火が何を言おうとしたのかをその場で考え出した。 「武佐君・・・。これは、オイラ達が邪魔しちゃいけないでやんすね」 「そうだね。ここは荒我兄貴を信じよう、梯君」 そんな荒我を遠目から見ていた梯と武佐は、互いにアイコンタクトを交わしながら舎弟としての役割を悟る。一方・・・ 「・・・私の・・・好きな人・・・」 焔火はベッドに寝転がりながら、先程言いかけた言葉を改めて呟く。これは、今言うべき言葉では無い。荒我と直接会った上で、告白として言わなければならないこと。 「拳・・・。私・・・絶対に諦めないから。自分も・・・仕事も・・・恋も・・・何もかも!!!」 ベッドから降り、彼女が使っている机に向かう。椅子に腰を据える。横に掛けている鞄からノートを取り出す。最近習慣になりつつあるそれは、所謂反省ノート。 「そのためには・・・まずは今日の反省!!私があの殺人鬼に突っ込んだのが切欠で、最終的にリーダーの入院という結果になってしまった!! これは固地先輩や椎倉先輩の言う通り、最良の結果を導く行動でも自分の信念を貫くための最適な行動じゃ無かった!! 唯の暴走!!ガキの癇癪!!私は・・・私は脱却する!!成長してみせる!!もし、それでも間違いを起こしたとしても、私は絶対に諦めない!!」 荒波に曝され続けている少女に秘かに宿りつつあるのは、意志の強さ。我儘でも癇癪でも無いソレ―“我”―は、成長への足掛かりとなる根幹。 加賀美が“我”と判断したモノ・・・それは“我”では無く、実は我儘であった。どうやら、加賀美は“我”と我儘を混同しているようである。 “カワズ”が加賀美に求めていたのは、自分の言葉を今の焔火がどう受け止めて動いたのか―反動。文字通り、『反応して動くこと』―に対するアフターケアであり、 成長しようとする“我”を見極め、リーダーとして彼女が誤った方向に伸びないように叱咤激励を・・・である。我儘を正すのは当然なので、改めての忠告はしていないのだ。 前者を我儘(=結果。焔火の場合は錯誤含む)の是正とするなら、後者は“我”(=過程。同じく焔火の場合は根幹含む)の矯正と言った所か。 “我”とは、決して悪しきモノでは無い。“我”を通すということは、決して我儘ばかりでは無い。但し、“我”と我儘の境界線は非常にあやふやである。 だからこそ、方向性や判断を間違えれば“我”は何時でも我儘に移り変わる。今の焔火には感得し得ていない感覚故に、“カワズ”は加賀美にフォローを促したのである。 だが、リーダー2人の思惑を余所に焔火は思いも寄らぬ方向から痛烈なフォローを喰らった。 それが起因で、1人立ちした女性として見て貰いたいという欲求が彼女の“我”を強く刺激した。もちろん、今までの経験も大きな刺激になっている。 焔火緋花は、決意する。様々な人に支えて貰いながら、幾度にも渡る逆境を経験しながら、それでも少女は足を止めないことを改めて決意する。 それは・・・確かな自立への一歩。 「ふ~ん。災難だったねぇ」 「・・・・・・それだけですか?」 「俺の忠告を無視したそっちの自業自得。最優先に考えなきゃいけないことを見誤ったそっちのポカ。死者が1人も出なかったことを不幸中の幸いだと思うんだね」 「・・・です・・・ね」 「・・・お兄さんらしい毒舌だね」 所変わって、ここは“ヒーロー戦隊”がキャンプを張っている廃墟の一角。“カワズ”と林檎は、スパイ契約を結んだ葉原から色んな報告(主に殺人鬼関連)を受けていた。 (ちなみに、“カワズ”の携帯電話をスピーカーフォンモードにしているので、林檎も参加している) 「にしても、あの殺人鬼の実力が思った以上にヤバイな。しかも、それで『本気』じゃ無いんだろう?」 「おそらく・・・ですけど」 「・・・あたしの『音響砲弾』とかも効かないのかな?」 「いや。林檎ちゃんの『音響砲弾』はあいつにも効くと思うよ?念話系の強みは、空間移動系と同じ防御無視の攻撃にあるから。 でも、林檎ちゃんって戦闘慣れしてないでしょ?環境次第じゃ返り討ちを喰らうよ?俺が君を病院送りしたのと同じように」 「そ、それならお兄さんと一緒に戦えば・・・」 「それも1つの手だけど・・・。う~ん・・・気が進まないなぁ。林檎ちゃんって能力を除いたら、戦場では唯のお荷物だしなぁ・・・」 「うううぅぅ!!」 「容赦無いお言葉・・・さすがですね、界刺先輩」 人を平然と荷物扱いにする“カワズ”に林檎は落ち込み、葉原は恐怖する。 「まぁ、その話は後で考えるとして・・・予想通りの暴走具合だな。ヒバンナと言い神谷君達と言い。加賀美も面倒臭ぇ部下を持ったもんだ」 「・・・はい」 「・・・ハバラッチ。ヒバンナについて、俺は少し様子を見るよ?」 「・・・その理由は?」 「君の努力を評価してるのと、殺人鬼との邂逅がどんな影響を与えるのかを見極めたいからさ」 「えっ!?」 葉原は予想もしない“カワズ”の言葉に疑問を抱く。特に、『君の努力』という言葉。“カワズ”が緋花の暴走を止められなかった葉原の努力を評価していることに対して。 「わ、私は緋花ちゃんを止められなかったんですよ!?な、なのに・・・」 「ヒバンナのことなんかどうでもいいんだよね、究極的に言うと」 「・・・で、できるならわかりやすく教えて頂けませんか?」 「君が自分の意思で動いたことを評価してんの、俺は。あんだけ『自分には緋花ちゃんを矯正させるなんてことはできない』とか言って身売りするような真似をしておいてさ。 これなら、スパイ契約なんかハナっから結ばなくても良かったんじゃない?」 “カワズ”はハッキリと言葉に出す。自分を大事にしない少女を矯正させるために。 「そ、それはあなたにばっかり頼るなってあなた自身が・・・」 「そうだよ。俺はそう言った。そして、君と取引をした。んで、君は俺にヒバンナのことで頼る前に自分の意思で動いた。俺は取引後のことを言ってるんだよ? んふっ!やるね、葉原ゆかり?やっぱり、持つべきモンは親友と店長・・・いや、店長は除外しよう」 「私の・・・意思」 「そう。君の意思だ。きっと、君の言葉は無駄になんかなっていない筈だ。今はまだ結果に結び付いていないけど。でも、この積み重ねが大事なんだよね。 これくらいのこと、小川原に通う優等生様にだってわかってんじゃないんですか?」 “わかっている”。言葉上では。でも、実際に直面してみると本当に難しいし、何より自分の覚悟が問われる場面が多い。“百聞は一見にしかず”とはよく言ったもの。 「・・・難しいというのはよく“わかりました”。特に今日とかは、文字通り命が懸かっていましたから」 「そればっかりは、どうしようも無いね。世界がそういう判断を下したのなら、その一部でしか無い人間の意思なんざ軽く吹っ飛ばされることもよくあるし。 徒労に終わるなんてこともザラにあるだろうね。逆に、頑張った奴や意地を見せた奴には世界が微笑んでくれることもあるし。そこら辺は、世界の機嫌次第だね。 唯、あの野郎みたいな人間は何時か世界に滅ぼされるさ。世界の一部足る人間の手によって・・・ね」 「・・・似たようなことを、その殺人鬼も言ってましたよ?何だか、界刺先輩と通じる部分が見受けられますね」 「・・・俺をあんな野郎と一緒にすんじゃ無ぇ。心外過ぎだぜ、うん?」 “カワズ”の声が重くなる。その言葉に怒りの色が見えたために、葉原はすぐに話の転換を図る。 「ビクッ!!え、え~と・・・その殺人鬼との邂逅による影響というのは、具体的にどんなものなんですか?」 「・・・ふぅ。幾らあのヒバンナが馬鹿なクソガキだったとしても、今日直面した色んな事実を無視することはできないと思うんだよ」 「・・・それは、殺人鬼に負けたこととか加賀美先輩の入院とか・・・」 「そう。それに俺が言った言葉や君とのやり取りなんかも含めた色んなこと。特に、自分の力ではどうしようもできない存在とぶち当たった事実は大きい。 ガキの我儘でどうにかなるような問題じゃ無いからな。しかも、自分の行動が切欠でリーダーを入院させる結果を生み出してしまったことで、 『見て見ぬフリをする』という退路が塞がれた。そこに、俺や君の言葉が外堀を埋めて来る。だから、考えざるを得ない。・・・良い流れだ。 んふっ。もしかしたら、今日君達があの男と戦ったのはヒバンナにとってすごく幸運なことだったのかもしれないね?」 「・・・あれを幸運だとは思えないですけどね・・・・。でも、緋花ちゃんが良い方向に変わる切欠になる・・・いえ、切欠にしなきゃいけませんね!!」 活かせるモノは何でも活かす。それが、殺人鬼との邂逅であったとしても。ネガティブにばかり捉えていては、物事は好転しない。 「そうだね。しばらくは、君の思う通りにしてみるといい。俺からは特段何かを言うつもりは無いから。俺も忙しいし」 「界刺先輩・・・」 「君は、もっと自信を持っていいと思うよ?どうせ、ヒバンナのことや内通者を見破れなかったこととかが理由で自信を無くし気味になってるんでしょ?」 「・・・はい」 “カワズ”の言う通り、今の葉原は自信喪失気味である。理由も“カワズ”が言った通り。 「・・・頑張れ、葉原ゆかり。親友の君にしかできないこともある筈だ。俺だって、ヒバンナのことを全部知ってるわけじゃ無い。むしろ、君の方が知ってる筈だ。 どうせなら、君の力で親友を矯正し切ってみせるくらいの意地を見せてみろよ。まぁ、契約は契約だから、ヒバンナのことで困った時は相談くらいには乗るよ?」 「・・・頼もしいですね。“詐欺師ヒーロー”の言葉なのに何故か信じられる、信じてしまう魔力みたいなのを感じますよ」 「これが、自分に自信を持つってことだよ、ハバラッチ?」 「・・・いいんですか?利用する相手にそこまで肩入れして?」 「利用する駒をより有能な駒にするのも、“詐欺師”の腕の見せ所さ」 「・・・やっぱり、私だけの力じゃ無いですよ。あなたが後ろに居るからこそ、私は安心して動ける。今日の行動だって、きっとそう」 葉原は、頼りになる“詐欺師ヒーロー”に礼を言う。自分のこと。そして、焔火のことに対する礼を。 「ありがとうございます。あなたは・・・本当に優しい人ですね。色んな女性が、あなたを好きになる理由が何となくわかる気がします」 「・・・満席だからな。一応忠告しとくぜ?」 「・・・惜しいですね」 「・・・冗談だな?」 「はい。冗談です」 「ふぅ。なら、いい。それと、俺が優しい人間ってのは的を射ているぜ?何せ、俺に利用されているにも関わらず情報を隠しているスパイの行動を見逃してやってるんだからな」 「ッッ!!!」 “カワズ”の的を射た言葉に、葉原の心臓がドクッと動いた。言葉に・・・詰まった。 「俺が気付かないとでも思ったかい?風路の件が椎倉先輩達に伝われば、どんなことになるのかを俺が予想していないと本気で思っているのかい?」 「そ、それは・・・!!」 「もし、俺の行く道を風紀委員が邪魔するってんなら・・・容赦はしない。そう、椎倉先輩達に伝える・・・わけにもいかないか。 俺と君の繋がりを先輩達は知らないからね。んじゃ、君の心の中に留めておくといい。どうせ、これくらいのことを先輩達が予想していない筈が無いだろうから」 「あなたは・・・とても恐ろしい人でもありますね。絶対に敵に回したくないです」 「そんじゃあ、そうならないように努力するんだな・・・何処ぞのスパイらしく」 「・・・・・・わかりました」 そう言った後に何度かやり取り(何故か“カワズ”が免力を呼んだので、彼とも少しだけ話した)をし、“カワズ”との通話を切った葉原はベッドの上にダイブする。 そして、手持ちの携帯電話(スマートフォン)から繋いでいるイヤフォンを自分の耳へ持って行く。 携帯に取り込んでいる音楽から選択するのは、昨日買ったばかりの曲・・・『Love song’s loads』。 「謳え~♪謳え~♪~~~~♪」 イヤフォンから聞こえて来る曲と歌声に合わせて、葉原は歌う。 『儚げで、哀しげで、それでいて確かな心の強さを感じる恋人や愛する人達の想いが溢れた歌』・・・そう、かつて抱いた初印象そのままに少女は歌う。 「笑え~♪笑え~♪~~~~♪」 この歌を歌えるのは・・・誰のおかげか。この歌に込められた想いや、登場人物の境遇に想いを馳せる葉原。 自分にとって愛おしい存在・・・焔火緋花。“初めて”の親友。守りたい少女。彼女を守るためなら、自分は何だってする。そう、決めた。だから・・・した。 まるで、この歌の登場人物が心に強く誓った想いを連想させる覚悟。それを容赦無く、でも優しく認めてくれたのは・・・ 「届け~♪届け~♪~~~~♪」 恋とも愛とも違う感情。別種の感情。この歌に込められた想いをまだ理解し切れていないの同じように、あの人に抱くこの想いはまだ理解し切れていない。 尊敬のようで、信頼のようで、恐怖のようで、でも全然違うような気もする。“詐欺師ヒーロー”とは言いえて妙か。 だから、1つだけ決めた。この声が届かなくても、この想いが届かなくても、それでも歌おうと。 この歌に出てくる気高き女性のように、自分の信念(ことば)を愛しき人に歌い続けようと。 あの人の声がある限り、私は・・・頑張れる気がする。あの人の声がしなくとも、私は・・・決して歩みを止めない。 そうすれば、愛しき人を助けることができる気がする。そうすれば・・・あの人のような揺るがない自信を身に付けることができる気がする。 そう思ったから、葉原ゆかりは歌い続ける。声が枯れても歌い続ける。――を理解するために。 「まさか、私が入院するとはねぇ」 ここは、ある病院の一室。そこに176支部リーダー加賀美雅は入院していた。 斑の『空力使い』を背中に設置したために負ったダメージが原因である。とは言っても、2日程で退院できる程度の軽症である。 加賀美自身、動けば多少痛いもののそこまで苦痛という程のものでは無かったために、今の彼女は暇を持て余していた。 「これじゃあ、緋花への指導も稜達との触れ合いも内通者の見極めも全然できないじゃないの。自業自得とは言え、情けないなぁ・・・私」 加賀美は気落ちしている自分の心を把握する。気合を入れ直して望んだ1日目で即入院という結果に、想像以上に落ち込んでいた。 「・・・こんなんじゃあ、界刺さんにも電話できないわ。絶対にブツクサ文句を言われる。それに、こんなことで一々電話してちゃあリーダーとしてどうよ?って話になる」 加賀美の独り言は収まる気配を見せない。個室を宛がわれた関係から、誰にも自分の愚痴を聞かれる恐れが無いからである。 「稜達に電話したら、かえって余計な心配を掛けちゃいそうだし。・・・債鬼君なら心配よりも文句の方が多そうだけど、生憎私用の携帯アドレスを知らないのよねぇ。 債鬼君って、仕事用と私用とで携帯電話を分けてるみたいだし。この前、緋花の出向のことで話し合った時も教えてくれなかったし。 風紀委員会が結成されてから仕事用の番号がわかったから何度も掛けてみたけど、私のコールに出た試しが無いんだよなぁ。・・・もしかして、私って嫌われてる!!?」 今更のように、固地に嫌われてる可能性を考える加賀美。 「・・・そ、そんなことは無い筈!!わ、私と債鬼君は同期なんだし!!しゅかんと一緒に遊んだこともあるし!! こ、こうなったら駄目で元々!!か、掛けてみよう!!・・・(ポチポチ)」 色んな言い訳を呟いた後に、固地の携帯電話(仕事用)に掛けてみる加賀美。すると・・・ 「はい!立川です!!」 「・・・・・・はい?」 通話は繋がったのだが、出たのは固地では無く立川という少女であった。 「・・・ま、間違えたみたいです!!ご、ごめんなさい!!」 「む~?間違い電話。・・・あっ!固地君!!固地君に電話だよ!!間違い電話みたいだけど!!」 「固地君って・・・えっ?えっ?」 「・・・てるんだ、立川!?他人の携帯に勝手に出るとは・・・!!」 「(債鬼君の声だ!!)」 「だって、ずっと鳴り続けてたから急ぎの用かなと思って」 電話の向こうでは、焦り気味の声を放ってる固地と立川の問答が聞こえて来た。 「全く!一体誰か・・・・・・・・・加賀美・・・か?」 「・・・・・・そうだけど?誰?今の女の子は?」 無意識の内に、加賀美の声に棘が現れる。 「・・・俺のクラスメイトだ。今日は彼女に連れ回されている」 「『連れ回されて』って酷いよ、固地君!!私は全然遊べていない固地君のためを思って、夏休みの宿題も放り投げて一緒に遊んであげているんだよ!?」 「それは、単なる現実逃避なんじゃないのか!?宿題より遊びを取っただけなんじゃないのか!?」 「でも、1つだけ残念なことがあるの」 「人の話を聞いて・・・残念なこと?何だ、それは?・・・俺が何かしたのか?」 「固地君と一緒に遊べば日焼けできるかもって期待したんだけど、結局できなかったの」 「それは、まず理屈がおかしい!!」 「・・・・・・」 電話の向こうで聞こえて来る痴話喧嘩(加賀美基準)に、電話を掴む手に力が入る加賀美。 「そんなわけで、今も固地君と遊んでるの!!さっきまでは、2人で夜景が綺麗なレストランで食事してたんだ!!え~と・・・加賀美さん・・・だっけ、固地君?」 「・・・そうだ。俺と同じ風紀委員で、小川原中学付属高校に通う1年生だ。部署は違うが」 「そうなんだ!!私や固地君と同じ学年なんだね!!それじゃあ改めて・・・立川奈枯って言います!!よろしく、加賀美さん!!固地君がお世話になってます!!」 「世話になんかなってない!!」 「・・・・・・加賀美雅です(債鬼君が押されてる!?というか、尻に敷かれている!?だ、だらしない!!それでも、“風紀委員の『悪鬼』”なの!!?)」 立川のマイペースに翻弄されまくりの固地に、段々とムカっ腹が立って来た加賀美。自分には、常に上から目線でズバズバ言うくせに。 「もぅ。固地君ってプライドがすごく高いんだから!!人付き合いは、日頃の行いが大事なんだよ? 私が一学期の途中から固地君の為にお弁当を作ってあげていたのも、固地君と少しでも仲良くなりたかったからなんだよ?」 「お、お弁当!!?えっ?えっ?」 「そうなんだよ、加賀美さん。固地君って私生活は結構ズボラなんだよ?昼食とかは、いっつもパンと牛乳だけだったし。 そんなんじゃあ体を壊すって思ったから、私が一学期の途中から固地君の弁当も作ってあげるようになったの」 「た、立川!!そ、その辺で・・・!!」 「この際だから、同僚の加賀美さんにも知って貰っておいた方がいいよ!!今は夏休みだから、私の目も届き難いし」 加賀美が知らない固地の一面が次々と明るみに出る。固地にとっては、羞恥プレイにも等しい所業である。 「・・・随分、債鬼君のことを見てるんですね?」 「うん!!国鳥ヶ原に入ってからなら、きっと加賀美さん以上に」 「・・・・・・(ピキッ)」 天然マイペースは、こういう時は本当に恐ろしい。 「そういえば、加賀美さんは固地君とは何時からお知り合いなんですか?」 「・・・中学1年生の頃から。だから、債鬼君が実はズボラなのも知ってるんだ」 「へぇ。矯正とかしてあげなかったんですか?知ってたのに?」 「そ、それは・・・!!」 容赦無いツッコミがズバズバ入る。こんな彼女だからこそ、固地さえ尻に敷いてしまえるのかもしれない。 「そうか・・・昔からか。わかりました!!加賀美さんは別の学校だし、これからは私が固地君のズボラを矯正していきますから!!安心して下さい!!」 「(な、何なのよ、この娘!!さも自分の方が債鬼君のことをわかってるって言いたげな言葉ばっかり!! わ、私だって債鬼君のことなら・・・・・・そ、そりゃわからない部分もあったりするけど!!するけど!!!)」 立川の「これからは自分に全部任せて下さい」的発言に、加賀美は憤りを隠せない。隠せないが、言葉に出せないのが加賀美の加賀美足る所以である。 「ということで!!今からもう一遊びしますから、この辺で!!」 「えっ!?ま、待って・・・」 「立川!?ちょっと待・・・」 そして、通話は唐突に切れる。呆気に取られた加賀美がそれでも再度のコールを試すが、今度は一向に出る気配が無い。なので・・・コールを切った。 「・・・・・・ムカつく」 ここは個室なので、加賀美がどんな愚痴を零そうが誰かに聞かれることは無い。 「何よ!!何なのよ、あの娘は!!債鬼君も、何であんな娘に尻に敷かれてるのよ!?情けない!!一昨日の件と言い、最近だらしが無さ過ぎるんじゃないの!!?」 愚痴を延々と零す加賀美。彼女は、何故自分がこれ程までにイラついているのかが自分でもわかっていない。 「休暇で完全に腑抜けてるわね、債鬼君!!情けない!!本当に情けない!! こうなったら、彼が休暇中の間に文句1つ言えない結果を出して目に物を見せてくれるわ!!・・・なのに、何でこんな時に入院してんのよ、私!!」 髪を掻き毟りながら、己の不甲斐無さを嘆く加賀美。このままでは、固地に目に物を見せる前に彼が復帰してしまう。 「今の私にできること・・・入院している間にできること・・・。とりあえず、今日の反省というか分析をしよう!!寝てばっかりじゃ、お話にならない!!」 そう言って、彼女は腕組みをしながら考え始めた。今日の出来事から見出せるモノを少しでも掴むために。 「(あの殺人鬼に関しては、きっと椎倉先輩達が色々考えてる筈。緋花の指導は、あの娘と直接接しないと駄目。稜達との新しい関係構築も同様に。 ということは・・・内通者の割り出し・・・か。・・・仮に、私達176支部に『ブラックウィザード』の内通者が居るとする。 『シンボル』の形製っていう精神系能力者の調査で、緋花、ゆかり、稜は除外される。残るは狐月、麗、双真、丞介、帝釈、香染の6名。 う~ん、私達の支部って人数が多いからなぁ。個性的にも個性的過ぎる面々だし。だから、あの殺人鬼とも戦闘に・・・・・・・・・まてよ)」 そこまで思考を進めた時に、抱いた1つの疑問。それは、あの殺人鬼のこと。『ブラックウィザード』を追っているという殺し屋の目的。 「(も、もし私があの殺し屋の立場なら、標的としている『ブラックウィザード』の人間が目の前に居れば何らかのアクションは取る!! 仲間の情報を吐かせたり、必要ならば・・・殺す。きっと、あいつは私達より『ブラックウィザード』の情報を持っている筈。 それなのに、あいつは『会ったことは無い』って・・・『用は無い』って言った!! それってつまり・・・あの場に居た人間の中に内通者は居ないってことを示すんじゃ・・・!!)」 もちろん、この推測は穴だらけである。殺人鬼が『ブラックウィザード』の情報を全部知っているわけが無いだろうし、構成員の人間全てを覚えているわけも無いだろう。 そもそも、風紀委員の中に『ブラックウィザード』の内通者が居ること自体知らない可能性の方が高い。 だから、これはあくまで仮定である。仮定を元に、現状を分析するだけ。 「(・・・この仮定が正しいとして、あの場に居た狐月、麗、丞介、香染の4名は除外される。残るのは双真と帝釈。・・・そういえば、双真は結構休みがちよね。 体が弱いみた・・・・・・・・・まてよ。確か、私達が『ブラックウィザード』に対抗するために風紀委員会を結成した、その口火を切ったのは・・・双真!!)」 網枷双真。普段は物静かで、目立たず、リーダーである自分にも何を考えているのかがわからない人間。 そんな人間が、あの時は自ら進んで発言した。それが切欠で風紀委員会は立ち上がった。 あの時は落ち込んでいる焔火のためや、救済委員事件で傷付いた風紀委員の名誉挽回的な意味で発言したとばかり思っていたが・・・。 「(・・・!!!界刺さんの言ってることが正しいなら、あの債鬼君が尻尾を掴めない程の内通者。内通者と言えば・・・目立たないことが重要な要素になる!! 双真は・・・内通者としてはうってつけのポジション!!後方支援担当で、情報に精通しているポジションでもある!! 風紀委員会でも同じ!!後方支援で、こちらの捜査情報は手に取るようにわかる!!ま、まさか・・・!!)」 確証は無い。そもそもの仮定が穴だらけである。自分の支部に内通者が存在しているとは限らない。そんなことは、百も承知だ。 「(・・・これは、あくまで仮定。穴だらけの推測でしか無い。きっと・・・界刺さんに聞いても答えてくれない。 でも、午前中のあの人の反応は・・・私達の支部に内通者が居ることを知っているようにしか見えない反応だった!!・・・やっぱり、覚悟は居るみたいね。 本当なら、こんな覚悟はしたく無かったんだけど・・・・・・これも自業自得ってヤツかな。天牙の時と言い、鏡子の時と言い、ショックを受けるようなことばっかりだわ)」 手は震えている。瞑る瞼に力が入り過ぎている。だが、彼女は気にも留めない。そんなことに、気を取られている余裕は無い。 「(・・・ホント、何もかも投げ出したくなるわ。もし、あの子が内通者ならこれで“3人目”になる。私が176支部のリーダーになってから風紀委員を辞める人間が。 まだ、リーダーになってから1年も経っていないのに。誰が見ても異常だわ。『176支部のリーダーは何をしているんだ』って言われて当然のことよね)」 麻鬼天牙、風路鏡子、そして、仮定が正しければ・・・網枷双真。 加賀美雅がリーダーとなってから176支部を辞めた、あるいは辞めさせなければならないかもしれない人間達。 『・・・頑張れよ。こっからが本番だ。きっと、君の抱えるモノは凄く重いと思う。だからこそ・・・頑張れ。意地を見せろ。何があっても最後までやり抜け・・・!!』 「(でも・・・何があっても最後までやり抜かないと。“詐欺師ヒーロー”との約束だもの。それに、本当に困った時は相談していいって言ってくれたし。 “ヒーロー”で“リーダー”か・・・。私はあんな風にはなれないけど、それでも学べることはきっとある筈。 ムフフ、本当なら私があの人の立場じゃなきゃいけないんだけどな。まだまだ修行不足だね。・・・いざって時は頼りにさせてもらいますよ、“詐欺師ヒーロー”?)」 加賀美は、“詐欺師ヒーロー”の姿を思い浮かべながら頭を枕に乗せる。彼と交わした約束が、今の加賀美を支えている原動力の1つになっていることに少女は気付いていた。 大きい存在。頼れる存在。本当なら自分がそうでなければならない立ち位置に居る“ヒーロー”。そんな“ヒーロー”に思いを馳せながら、少女は眠りへと誘われた。 「・・・どうやら、戸隠は完全にここから離れたみたいだな」 「そうか。どうやら後一歩で間に合わなかったようだな、峠?」 「仕方無い的なことは慣れてるわ。それに、今回はあの娘に対する借り的な物を返す意味もあるし、一々不満的なことを言うつもりは無いわ」 ある建物の屋上で会話を繰り広げているのは、過激派救済委員である雅艶・麻鬼・峠。 彼等は、固地達に張り付いている戸隠がここから離れたことについて議論を交わしていた。 「雅艶。俺達の監視に気付いた可能性は?」 「無いな。そんな素振りは一切見せなかった。何か別の用事があったのか、唯単に引き下がっただけなのか・・・可能性は半々だな」 「それで、どうするの?今夜は国鳥ヶ原の学生寮に張り込む的な活動に終始するの?」 「それが無難だな。国鳥ヶ原の学生寮は中等部・高等部の男女別に分かれているが、高等部だけなら俺の『多角透視』の監視範囲内ギリギリだ。 奴の動き次第では何処から帰ってくるのかがわからない場合もあるが、立川という少女の周囲を見張るという意味でも止むを得ないだろう」 「・・・覗きはするなよ?」 「・・・覗き的なことは厳禁よ?」 「・・・何故、覗きがいけないんだ?・・・固地への連絡はまた後でだな。今のままでは、電話の仕様が無い」 等と言い合った後に、峠の『暗室移動』にて国鳥ヶ原学生寮に向かう過激派救済委員達。ちなみに、固地と立川はゲームセンターで遊びまくっていた(立川主導)。 「網枷さんから電話がありました!もうすぐ到着するみたいです!!」 「・・・それだけかい?会議の時間に間に合わない理由とかは言っていなかったかい?」 「そ、それは・・・何も・・・」 「東雲さんと同行していた人間の言葉とは思えないな。これは、幹部を務める者として由々しき問題だ。そうは思わないかい、阿晴?伊利乃?蜘蛛井?」 「そうだな!!網枷は幹部としての自覚が・・・」 「別にいいんじゃないかなぁ。そんな細かいことで真慈は怒ったりしないって」 「・・・まぁ、今回は大目に見てやろう!!」 「阿晴・・・。相変わらず伊利乃に甘いね。・・・何時かボクの手で智暁共々・・・ブツブツ」 「・・・僕の質問は何処に行ってしまったのだろう?」 時間も11時を回った頃、ここ第7学区にあるカラオケ店『ジャッカル』で最大の収容人数を誇る一室を借り切っているのは・・・『ブラックウィザード』の面々。 今回の会議には幹部が全員揃っていることもあり、何時に無く真剣な雰囲気が部屋に充満している。 ちなみに、先程片鞠榴の連絡を受けて話し合っていたのは、永観策夜・阿晴猛・伊利乃希杏・蜘蛛井糸寂の4名。いずれも『ブラックウィザード』の幹部である。 もちろん、幹部だけが集まっているのでは無い。この一室には会議に参加するために集合した構成員の一部も居る。 ―仰羽智暁が―「風路さん!もうすぐ網枷さんが来るんですって!」 ―風路鏡子が―「そ、そう!!あ、あの、あの人・・・は、早く、早くこ、来ないかな!!?」 ―中円真昼が―「最近は色々あったもんね。網枷君も用心しているのかも」 ―戸隠禊が―「『違わず』。相手が殺し屋ならば、それ相応の注意は払わなければならない!!」 ―西島放手が―「うおっ!相変わらず戸隠の“忍者モード”は急に来るな。この姿を知ってる奴は、この場に居る奴等だけなんだよなぁ。カカカ」 ―江刺桂馬が―「あっ。ウーロン茶が無い・・・」 ―風間鋲矢が―「おおおおおおぉぉぉいいいいいぃぃぃ!!!片鞠いいいいぃぃぃ!!!江刺のウーロン茶が無えええええぇぇぇぇぞおおおおおぉぉぉぉ!!!」 この数分後・・・遅れている3名が姿を現す。 「待たせて済まなかったな、諸君。これは私の落度だ。予め謝っておこう」 『ブラックウィザード』の誇る“辣腕士 ハスラー ”・・・網枷双真。 「 こういう会議は、件の殺人鬼に関わる最初の対応を話し合った時以来かな 」 『ブラックウィザード』への協力者・・・調合屋(バーテンダー)。 そして・・・ 「網枷・・・始めろ」 “孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。『ブラックウィザード』の主要メンバーが勢揃いしたこの『ジャッカル』で、事は静かに動いて行く。 continue!!
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「あれ?緋花は?」 夜間活動に突入した176支部外回り組の中で、最初に焔火の不在に気付いたのはリーダーである加賀美。 丁度手分けして聞き込みとかをしていた最中だったので、加賀美の傍に居るのは神谷と一色だけであった。 「そういえば見掛けないな。焔火の奴・・・何処に行った?まさか・・・また勝手にどっかに・・・?」 「でも、最近の焔火ちゃんは単独行動する時はちゃんと俺達や後方に居る葉原ちゃんとかに連絡してますよ?ねぇ、加賀美先輩?」 「そうね。・・・とりあえず、ゆかりに連絡が来てないか確認してみる」 一色の進言は的を射ていたので、加賀美も慌てずに成瀬台に連絡を入れる。 通常は成瀬台支部に繋がる電話番号は1つ限りだが、風紀委員及び警備員間にだけ知らされている特別な番号がある。 そこに掛ければ、該当支部のオペレーターに直接繋ぐことができるのだ。 「あっ!ゆかり。今大丈夫?」 「はい、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」 数コール後、176支部のオペレーター葉原ゆかりと回線が繋がった。 「えっとね、緋花から何か連絡入ってない?さっきから姿が見えなくてさ」 「緋花ちゃんが?いえ、私には何も。・・・ちょ、ちょっと待って下さい。鳥羽君にも聞いてみますから!」 「・・・わかった」 どうやら、葉原には焔火から何の連絡も入っていないようだ。その事実に、加賀美は嫌な胸騒ぎを覚える。あの“変人”が言った言葉を思い出しながら。 『俺が敵方なら、まずはあの娘から篭絡する・・・というか潰す』 「(そ、そういえば双真が私を狙ってくる可能性ばかり考えていたけど、あの人の見立てだと緋花もすごく狙われやすいんだよね。ま、まさか・・・ね。いや・・・でも・・・)」 「加賀美先輩!」 「う、うん!?どうだった!?」 今まで忘れていた可能性の実現性について冷や汗をかきながら考えていた加賀美に、部下である葉原が言葉に安堵の色を混ぜながら言葉を放つ。 「鳥羽君に連絡を入れていたみたいです。どうやら、178支部へ出向中に真面君達と作ったルートを辿って行くみたいです。何だか気になる所があるみたいで」 「そ、そう。・・・緋花の奴、少し功を焦っている感があるね。後で指導しないと!」 「ですね。私からもそれとなく言っておきます」 「そうね。よし、わかった!それじゃあ、後方業務よろしくね!」 「はい。先輩達も頑張って下さい!」 「うん!」 事情を把握した加賀美は、葉原との通話を切る。どうやら、自分が抱いていた危惧とは違っていたようだ。 「どうでした?」 「帝釈に連絡を入れての単独行動ね。178支部の子達と作ったルートに沿って調べたいことがあるみたい」 「そうですか!この暑い中張り切っていますね、焔火ちゃん!」 「そういう一色は、見るからにやる気が無いように見えるけどな」 「そういう神谷先輩だって、ずっと仏頂面だからやる気があるかどうかもわから・・・」 「ほぅ。なら、俺のやる気を感じてみるか?物理的に」 「ビクッ!!い、いやだな~。冗談ですよ、冗談」 地雷を踏んでしまった一色に、神谷が『閃光真剣』を片手に(脅迫という名の)証明をしようとする。なので、慌てて弁解する一色。 そのやり取りを見て、加賀美は笑いを零す。先程抱いていた嫌な思いが霧散するのを、確かに感じていたために。だが・・・ ドガーン!!!!! 「「「!!!??」」」 それ―安堵―もすぐに霧散する。 「破輩先輩!!あれ・・・!!」 「やはり、さっきの音は爆発か・・・!!湖后腹!!お前は、すぐに警備員に連絡を!!鉄枷!!一厘!!私達は、現場へ突入するぞ!! 『疾風旋風』で煙をできるだけ吸い込まないように調整するつもりだが、完全には防げないかもしれん!!ガスへ引火する可能性もある!!慎重に行くぞ!!」 「「「了解!!」」」 ここは、第5学区のビル街の一角。破輩率いる159支部の面々は、夜間活動中にあるビルの一角で起きた爆発事故に遭遇した。 当時は少し離れた場所に居た彼女達の耳に突き刺さった、2つの大きな爆発音。破輩達は、とりあえず距離が近い方の爆発音へと向かった。 そして、目にしたのはビルの5階から爆炎と煙が上がっている惨状。他のフロアを巻き込んでいるようで、中は黒煙のせいでどうなっているか不明。 あの中に、まだ生存者が居るかもしれない。『ブラックウィザード』の捜査中ではあったが、この惨状をみすみす放置するわけにはいかない。 「(とにもかくにも、中の様子を確認しないと動くに動けない。もし、あそこに人が居れば湖后腹が連絡した警備員と共に救出作業に当たらなければ!!)」 内心焦りながらも、冷静に現状を分析する破輩。彼女の判断は正しい。非難される代物では絶対に無い。 だが・・・こう仮定した時に彼女の判断はどう思われるだろうか?『この爆発事故それ自体が、外回りをしている風紀委員を釘付けにする罠であったとしたら?』・・・と。 「椎倉!私と緑川君は、近隣で起きた連続爆発事故への増援に行って来るっしょ!!後のことは任せていい!?一応、最低限の人数は残して行くから!!」 「了解しました。早く行って下さい!!人命が関わっている可能性が高いですし!!」 慌ただしく動く、成瀬台に駐在する警備員達。橙山が言う通り、今の彼女達には仲間からの応援要請が届いていた。 ここ成瀬台から結構離れた場所―しかも数箇所―で起きた爆発事故。タイミングから、これ等は同一犯が行った連続爆発事件として捉えられていた。 一刻も早い現場把握、そして救命作業が求められる可能性が高い事案として、ここに居る警備員達にも応援要請が届いたのだ。 成瀬台の警備として配備していた駆動鎧の機能を存分に発揮し、現場へ向かう消防隊と連携して事に当たることとなっていた。 「それじゃあ、行って来るっしょ!!緑川君!!」 「おう!!」 真剣な表情で会議室を出て行く橙山と緑川。程無くして、警備員専用の車両が何台も成瀬台を後にする。 「物騒ですね、椎倉先輩」 「あぁ。近くに居合わせた159支部と176支部も、現場で警備員の手伝いをしているようだ。俺達は、今回の事件で死者が出ないことを祈るしかない」 「椎倉先輩。どうやら、私達花盛支部も現場に。丁度上空を飛んでいた美魁が、爆発音と爆炎を目撃したみたいで」 「六花・・・。まぁ、閨秀の『皆無重量』なら上空からの観察も容易だしな」 橙山達が出て行ってから数十分経ち、会議室内は沈滞の空気が漂っていた。 そんな中初瀬の問いに椎倉が答え、それに六花が乗っかる。計画性を疑われる犯行について、どうしても気になってしまう部分があるのだ。 風紀委員会に所属する風紀委員が、現場で動いていることが余計にそうさせる。後方支援に就いている他のメンバーも、椅子を椎倉の方に向けている。 「この調子だと、今日の夜間活動はこの爆発事件に時間を取られる形になるわね」 「山門先輩・・・。冠先輩、大丈夫かなぁ・・・?」 「大丈夫だって。幾凪も知ってるでしょ?いざという時の冠先輩は、すごく頼りになるって!ねぇ、香織?」 「そうですね。閨秀先輩も現場に居るんですし、きっと大丈夫ですよ」 「こう言っては語弊がありますが、破輩先輩達も災難ですね。これから、夜間活動の本番だというのに」 「佐野君・・・。妃里嶺なら、どんな時も全力で事に望むでしょうね。全力を出し過ぎて、消耗しなければいいんだけど」 「物騒だな・・・。そういえば・・・葉原。確か、“焔火”は“単独行動中”だったな。・・・“大丈夫か”?」 「!!!・・・(スチャ)」 「ま、まぁ、大丈夫だと思いますよ?案外、爆発音を聞いて加賀美先輩の所に向かってるんじゃないですか?」 今日の夜間活動は、実質打ち止め。それを自覚した面々は、ほんの一時だけ気が緩む。緩んでしまったために・・・鳥羽の行動を見過ごしてしまった。 プシュン!!! 「えっ・・・!?」 「これは・・・!!?」 音に気付いた渚と、1人コンピュータの画面から目を離していなかった佐野が驚愕する。何故なら、今まで使用していたコンピュータの画面が突如として消えたからだ。 もちろん、それは全てのコンピュータに波及している。この現状に誰もが瞠目する中で、一番驚いていたのは・・・ 「あ、網枷先輩・・・!!こ、これってどういう・・・!!?」 176支部メンバー鳥羽帝釈。彼は、先輩の指示通りにある3つのキーワードが放たれた後に、預かったUSBをコンピュータに接続した。 後方支援組に内通者が居る可能性を考慮して、敢えてコンピュータ関係に疎い自分がその存在を割り出すプログラムをインストールする。 インストール後は、プログラムが秘かにアクセス状況を把握し、怪しい行動が無いかを監視・分析する。有事であるため、これは止むを得ない措置だという説明を受けていた。 椎倉も許可した作戦。それなのに、現実で起こっているのはコンピュータの強制シャットダウン。まさか、自分が何か間違えてしまったのか?極度の不安に陥る後輩を尻目に・・・ 「今日は、夜風が涼しそうだ」 先輩は窓際へと向かい、窓を開いた。冷房の効いた会議室に、生暖かい夜風が入って来る。 「網枷・・・!!!」 「皆に1つ謝らないといけないことがあるんだ。これは、椎倉先輩以下一部の風紀委員は既に知っていて、それを一部の風紀委員には“意図的に”知らされていなかったことだ」 椎倉は、網枷の声色の変化に臨戦態勢に入る。『真意解釈』で感じ取ったその声色に含まれた感情は・・・憤怒。 「実は・・・俺は『ブラックウィザード』の一員なんだ」 「・・・・・・へっ?あ、網枷先輩・・・・・・へっ?そ、それって・・・どういう・・・?」 「悪いな、鳥羽。お前には、厳原先輩の『透視能力』で身動きが取れない俺に代わって、 風紀委員会のコンピュータ網に蓄積されている全データの抹消及び強制終了の実行役になって貰った。 バックアップがあるコンピュータとの回線も、俺の方で別ウィンドウを開いて繋いだからそこから通じてオジャンだ。まぁ、データの抹消は然程重要では無いけどな。 ククッ、さすがは俺の後輩だ。見事にその役目を果たして貰ったよ。全く・・・扱いやすいったらない」 そう。鳥羽が差したUSBに含まれていたのは、コンピュータに差し込むだけで該当コンピュータ及びそれに繋がれている情報網(プログラム)を潰すコンピュータウィルスであった。 『ブラックウィザード』の幹部である蜘蛛井が開発した特別製のウィルス。外部からのハッキングを警戒して、風紀委員会のコンピュータは全て独立していた。 『書庫』等にアクセスする時も、所定の手続きをした後に繋ぎ、事が終わればネットワークを切っていた。 バックアップを保管してあるコンピュータも同様。故に、鳥羽は網枷の話―アクセス状況の調査によって、内通者を割り出す―を信じた。 コンピュータ関係に疎い自分でも、網枷の説明はわかりやすかった。自分がすることは、USBを差すことだけ。 後のことは椎倉達が主導的に。それだけで自分は・・・。そんな甘い―誘導された―考えに“辣腕士”はつけ込んだ。 アクセス状況の調査など、固地が自分の正体に気付いた頃から既にやっていただろうに。椎倉も、ずっと監視していただろうに。 そんな考えすら抱かなかった後輩に、網枷は哀れみの視線を送る。 「よく踊ってくれた。鳥羽・・・お前は今回の件のMVPだよ。自分で自分達の首を絞めたんだからな」 「そ、そんな・・・・・・そんな・・・!!!」 「と、鳥羽君!?しっかり!!!」 己がしてしまった醜態極まる行動に、鳥羽はその場にへたり込む。そんな同僚を、葉原が何とか支える。 「網枷!!」 「椎倉先輩。監視活動ご苦労様です。これで、あなたも重圧から解放されるでしょう? それに・・・あなたならわかっている筈だ。俺が、何故自分の正体を明かしたのか・・・その意味を」 「(・・・!!近くに『ブラックウィザード』の構成員や“手駒達”が居るのか!?だが、ここは警備員達が・・・・・・!!!!!)」 そこまで思考を張り巡らせた椎倉が、愕然とした表情を露にする。それを予期していた網枷は告げる。 「想像通りですよ、椎倉先輩。さっき話題になっていた連続爆発事件ですが、あれは陽動です。ここに居る警備員を手薄にするため。そして、外回りの風紀委員を釘付けにするため。 タイミングの調整には苦労しましたが、159支部の風紀委員が持つ手錠に発信機を埋め込んでいましたから、それを利用させて貰いました。 佐野先輩には、以前2人きりになった時にシステムへのアクセス方法を教えて貰いましたから、それを“俺達”の仲間が存分に使わせて頂きましたよ。 当然、ここのコンピュータからもアクセスできますし、俺が使っていたコンピュータはUSBが差し込まれる直前にそこにもアクセスしていましたから、同時に感染しましたね」 「私達のシステムを悪用したのか!!」 「くっ!!!」 「あぁ、そうだ。彼等に連絡は取れませんよ?有線網には細工をしましたし、無線網は成瀬台を中心とした周囲一帯に強力なジャミング電波を発しています。残念でしたね」 網枷は、不敵な笑みを浮かべながら説明する。それは、無表情という仮面を脱ぎ去った彼本来の姿。 鋭利な視線を向ける“辣腕士”に、いよいよ最大級の危機感を抱く風紀委員達。まだ、網枷が『ブラックウィザード』の一員であることを信じられない人間も居る。 だが、目の前に聳え立つ現実は網枷が敵であることを示すモノだった。 「お前が正体を明かしたということは・・・構成員や“手駒達”が近くに居るのか!!?」 「居るのは“手駒達”だけですよ。唯・・・今回は俺なりのアレンジを加えてましてね。“アレ”があるんですよ」 「“アレ”!?それは一体・・・!?」 「椎倉先輩!!」 「ッッ!!どうした、厳原!!?」 突如後方に居た厳原―『透視能力』で“アレ”を見た―が放った悲鳴にも似た大声に、椎倉を初め他の風紀委員が目を向けた。 その隙を逃さず、網枷は“手駒達”―別の“手駒達”の使用する光学系能力で姿を隠していた―の念動力で宙に浮く。そして、別れの言葉を言い放った。 「では、手向けの花を受け取って下さい。では」 「ま。待て、網枷!!!」 椎倉の制止を気に留めるわけも無く、網枷は会議室を脱出した。その直後目に映したのは・・・網枷が零した“アレ”。 「な・・・ん、だと・・・!!!」 それは、『Hsシリーズ』と呼ばれる学園都市が誇る最新鋭兵器群の1つ。 「馬鹿・・・な・・・!!!」 機体の左右に機銃やミサイルを搭載した『羽』を持つ、通常は第23学区・制空権保全管制センターより発進する学園都市最新鋭の無人攻撃ヘリ。 ガシャッ!!! HsAFH-11、通称『六枚羽』が搭載しているミサイルの照準を会議室へと向ける。そして、それ等は躊躇無く一斉に放たれた。 「くそっ!!」 『六枚羽』が今回搭載しているミサイルの照準には赤外線が用いられている。今回の作戦ではジャミング網を敷くに当たって多種多様の電波を氾濫させているために、 ミサイルロックにおける電波照準に狂いが生じる危険性があった。風紀委員会には、湖后腹という強力な『電撃使い』も存在する。 もし、彼が後方に残っていたら・・・その可能性を考慮して彼が扱えない赤外線ロックを採用したミサイルを用いた。 そんな敵の意図を知りようが無い風紀委員の中で咄嗟に反応したのは佐野。彼は電波や赤外線の向きを操作することができる。 故に、『光学管制』にて操作範囲内にある赤外線全てを用いてノイズを発生、加えて人体以上の熱を持っているコンピュータから放たれる赤外線を利用して、 会議室外へミサイルが誘導されるように操作する。電波照準が用いられていないことを『光学管制』で看破していた彼の機転で、何とかミサイルの直撃だけは防ぐ。 ボコーン!!!ドガーン!!!バァーン!!! 「キャアアアアアァァァッッ!!!!!」 「ぐあああああぁぁぁっっ!!!!!」 しかし、ミサイルの破壊力は凄まじい。会議室外に着弾したミサイルの爆風が会議室の壁を破壊し、同時に爆炎が巻き起こる。 そもそも、『光学管制』ではミサイルを破壊することはできない。『六枚羽』のミサイル照準に赤外線を用いた理由の一端はそこにある。 会議室という逃げ場が一切無い状態を狙われた奇襲に、風紀委員は爆炎に包まれ、翻弄され、吹き飛ばされる。 「くそっ!!何で『六枚羽』がここに!!?」 「駆動鎧で何とか応戦を・・・!!」 成瀬台に残り校舎の外で警備していた警備員達が手に機銃を持ち、応戦体勢に入る。 無線が妨害されて混乱していた最中に突如現れた脅威に、2機だけ残っていた駆動鎧に乗り込むために他の警備員が走る。だが・・・ ドドドドド!!!!! ドカーン!!!ボコーン!!! 『六枚羽』は、駆動鎧に向けて機銃を打ち放つ。弾丸に特殊な溝を刻み、空気摩擦を利用して2500度まで熱した超耐熱金属弾『摩擦弾頭』を何発も打ち込まれた瞬間、 2機の駆動鎧は膨張し、オレンジ色の輝きに侵食されて一気に爆発した。更に、周囲にある色んな機材が詰まれた車両にも『摩擦弾頭』が叩き込まれる。 「駆動鎧が・・・!!!」 「ボーっとするな!!来るぞ!!」 駆動鎧だったモノの惨状に呆然とする同僚を叱り付け、何とか応戦を試みる警備員達。そこへ・・・ ドン!!ドン!!ドン!! 何機もの駆動鎧が姿を現した。 「あ、あれは増援か!!?近くを通ったどっかの警備員支部が応援をよこしてくれたのか!!?」 「よ、よし!!これなら何とか・・・・・・うん?あの駆動鎧・・・『Hsシリーズ』じゃ無いぞ!!あれはMPS-79だぞ!!何で旧型の駆動鎧がここに・・・!!」 「それに、あれはマニュアルで見たのと形が違うような・・・」 それは、警備員達が使用する『Hsシリーズ』の駆動鎧では無かった。それは、第10学区にある学園都市唯一の少年院を警備しているタイプの駆動鎧であった。 各所が補強・改造されているそれが、何故このタイミングでここに現れたのか?その疑問はすぐに解けた。 ドン!!ドン!!ドン!! 「何いー!!?」 「ギャアアアアァァァッッ!!!」 旧型駆動鎧が手に持っていた対隔壁用ショットガンが火を吹いた。駆動鎧ごとに、ショットガンに実弾が込められたモノと込められていないモノが存在しているようだ。 込められていないと言っても大量の炸薬によって発生させた空砲の破壊力は高く、一撃で複数の人間を薙ぎ倒すのは容易であった。 背中にある金属製リュックとショットガンがパイプのようなモノで繋がっている。あれで銃弾や炸薬を補充しているのだろう。 重傷者が幾人も発生している現状を観察していた『六枚羽』は、万が一敵方に捕捉される危険性を考慮して成瀬台から離脱する。 『ブラックウィザード』が使用するこの『六枚羽』は、電磁波に対するステルスに特化した特別製であるため、通常のレーダー探知網に掛かり難い利点があった。 出所はコネクションを持っている研究機関。該当機関が非合法な手段―修復不可能な故障と偽証・廃棄ルートの改竄etc―を用いて手に入れていた『六枚羽』を『ブラックウィザード』へ横流ししたのだ。 但し、それと引き換えに極最近になって正式版に備えられ始めた“ある部品”が装備されていないが。 (“ある部品”は新規モノから優先的且つ秘かに装備され始めた+隠密犯行であったため+“ある部品”を開発・装備する会社が別なために新装備に関わる情報を取得できなかった) 離脱後、旧型駆動鎧がショットガンを放ちながら成瀬台校舎を蹂躙して行く。目的は・・・息のある人間の始末。 後方に銃やナイフを携える“手駒達”を従えた機械の群れは、『六枚羽』によって破壊された会議室周辺へと赴く。 「・・・・・・うっ」 焼け焦げた匂いが周囲を覆っている中、花盛支部の山門は意識を回復した。 「・・・こ、こは・・・痛っ!!」 何故自分がここに居るのかを考え始めた瞬間に、足元から伝わった激痛に顔を顰める。見れば両足が瓦礫の下敷きになっており、結構な量の血を流していた。 「・・・そ、うか。私・・・・・・ハッ!み、皆は・・・・・・!!!」 現状を把握した山門がここに居た仲間達の安否を心配し、痛む体をおしながら上半身を起こし、首を左右に振り向ける。そこには・・・ 「ガ・・・ハッ・・・!」 「・・・・・・」 「い・・・たい・・・。痛・・・い・・・!!」 誰も彼もが血塗れになって倒れている地獄絵図があった。全員生きているかどうかさえわからない、もし生きていても重傷は免れない・・・そんな直感を抱いた。 「・・・・・・」 事ここに至っても、山門は冷静な思考を保っていた。常人ならば発狂してもおかしくない惨状を目に映しても、彼女の心は動かない。そんな自分に嫌気が差す。 「(本当に・・・私って薄情者だ)」 常に無表情で、何事にも動じない強靱な精神を持っているとよく言われるが、一応人並み以下の感情は持ち合わせている・・・つもりだった。 感情が無いわけじゃ無い。これは、半ば無意識的に感情を抑圧しているため。自分のためには動かないが、他人のためには動くので薄情なわけでもない・・・そう考えていた。 幼少期に両親を亡くした故に、『両親が天国でも心配しないよう、自分は強くならなければいけない』と考え、何が起きても動じないために能力を使ってでも自らの感情を抑え込んだ。 感情を殆ど抑圧している、つまり体験をしたことも無いため、恋や愛、人が死ぬ悲しみなど感情を頭では理解できても心では理解できない。それでも、頭では理解はしているつもりだった。 「(・・・何が、『頭では理解している』よ・・・。こんな光景を目にしても、私の心は全然揺れていない。・・・これで、どうやって『頭では理解している』って言えるのよ!?)」 だが、果たしてその解釈は正しかったのか。今の彼女にはわからなくなった。死者が出ている可能性がある現状にさえ、自分の心にはさざ波1つ立たない。 薄情過ぎる自分の在り方に、彼女自身が腹を立てていた。だが、現実は彼女の葛藤など知るかとでも言うかのように動き出す。 ドン!!ドン!!ドン!! 山門が首を向けると、そこには銃口をこちらに向けている旧型駆動鎧があった。それを認識した瞬間、山門は覚悟した。自分を含めたここに居る風紀委員の死を。 「(・・・私の人生・・・こんな形で終わるの?・・・これで終わっちゃうの?・・・・・・何だか・・・嫌・・・だ、な。でも・・・仕方無い・・・のか、な? お父さん・・・お母さん・・・私・・・そっちに行くよ。こんな不出来な子供で・・・ゴメンネ)」 少女は気付いていない。自分の瞳から、一滴の涙が零れていることに。それは、彼女に感情が存在していることを明確に表す証。 それに気付いていない山門は、静かに目を瞑る。自分が生きて来た意味を、最期の瞬間までは考えていたかったから。 「・・・さようなら!!」 それは、誰に向けての言葉だったのかは本人しかわからない。その言葉が夜風に舞い踊る。ショットガンの引き鉄に掛けられていた駆動鎧の指が動こうとする・・・その瞬間!! 「この世界に別れを告げるのはまだ早いぞ!!!」 それは、凛とした男の声。その声を認識し、閉じていた瞳を見開いた瞬間にあったのは、銃口を向けていた何機もの駆動鎧が遠方に吹っ飛んで行く姿。 「やれやれ。得世の奴め・・・私に決定権を譲るとはな。それならば、もっと早くに伝えておけという話だ」 山門の前に立っているのは、背の高いスポーツ刈りの男の背中。その背中に・・・山門は何故か心を強く揺さぶられた。 その背中は、かつて幼少期に幾度も見ていた父親の背中。様々なモノを背負う漢の背中。自分を救った男の後姿に、山門は在りし日の父の姿を重ねる。 「お・・・・お、父さ、ん・・・?」 それは、本能的に発してしまった言葉。それを耳にしただて眼鏡を掛けた男は、背中越しに困った風な声を出す。 「なっ!?わ、私はまだ父親になれる年齢では無い!!全く・・・血を流し過ぎて思考能力が落ちているのか!?形製達はまだか・・・」 「不動さん!!!」 「酷い・・・!!」 「形製!!春咲!!ようやく来たか!!」 「春咲・・・?」 男の言葉の中に何処かで聞いた名前があった山門は、自分の後方から聞こえた2人の女性の声に目を向ける。 そこに居たのは、かつて救済委員事件の元凶の1人として無期限停職を言い渡された風紀委員。その隣には、常盤台中学の制服を着た少女も居た。 「春咲!!お前は椎倉先輩達の手当てを!!形製!!お前は『赤外子機 パルスチルドレン 』越しに戦場の把握及び指示を頼む!!」 「わかりました!!」 「了解!!」 男の指示に、少女2人―春咲桜と形製流麗―は確と応える。急に現れた乱入者に戸惑っている駆動鎧及び“手駒達”。そこに、更なる乱入者が現れる。 ゴオオオオオオォォォッッ!!!!! それは、水。成瀬台高校に設置されているプールの水全てを引っこ抜いて現れた碧髪の少女・・・“激涙の女王”水楯涙簾。 渦潮となって暴れ狂う水流は、少女の怒りの程を表しているかのようだった。追加された乱入者に、『ブラックウィザード』の一群は気を取られる。 「水楯も準備ができたか!!よし!!」 「あ、あなたは・・・」 仲間の加勢に気合いを入れ直す男に、山門は声を掛ける。そんな少女の足に被さっている瓦礫を、水楯に敵が気を取られている隙に男は取っ払う。 「今は、私のことよりも自分の体のことを心配しろ。後は、私達に任せろ!!それにしても、私と得世との死闘以外で校舎が破壊される姿を目の当たりにすることになるとはな。 2学期からは、私達に青空教室をしろとでも言うのか!!?『ブラックウィザード』め・・・!!許し難し!!!」 「あ、青空教室・・・?」 愚痴の内容が、何処か世間話をしている風に聞き取れた山門が疑問を発するが、男は気にも留めない。ここは戦場。これ以上の無駄口を叩いている暇は無い。 『ブラックウィザード』が見誤っていたとすれば・・・それは“『シンボル』の詐欺師”を過大評価していたこと。 かつて、“閃光の英雄”と互角の死闘を繰り広げていた“猛獣”・・・不動真刺の存在を過小評価していたこと。 リーダー格である界刺得世の指示や命令が無くとも・・・界刺得世の意思・意志から外れようとも・・・『シンボル』は組織としての行動を迷い無く取れるということに気付かなかったこと。 「では、これより鎮圧行動を開始する!!我が学び舎に危害を加えた・・・それだけで私が戦う理由には事足りる!!この不動真刺が、貴様等を成敗してくれよう!!!」 continue!!
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「・・・・・・・・・悔しいです」 界刺の問いに、ポツリと言葉を漏らした葉原。その瞳には、涙が浮かんでいた。怒りの涙か、悔し涙か、それとも・・・。 「まさか、私達の支部の人間が『ブラックウィザード』の一員だったなんて・・・。そんな人間の存在に、今まで気付かなかった自分の不甲斐無さが許せません」 「・・・風路が言ってることが全部嘘って可能性は否定できないけど?」 「・・・そんなわけありませんよ。それじゃあ聞きますけど、あなたは風路さんが言ってることが嘘だと思っていますか?」 「いんや。思ってない」 「ほら。即答じゃないですか。ホント・・・本当に・・・・・・ッッ!!!」 歯を食いしばる。拳を握り込む。涙が流れ落ちる。 「くそっ・・・!!くそっ・・・!!何時も後方支援で一緒に仕事をしていたのに・・・!!今だってずっと・・・!!なのに・・・!!なのに!!!」 葉原と網枷は、176支部における主要な後方支援メンバーである。ここに時々鳥羽が入ることもあるが、基本的には2人である。 網枷は体が弱いのか時々風紀委員活動を休むこともあるため、いざという時は葉原が1人で全てを取り仕切る場合もある。 そんな彼女に網枷は何時も礼を言っていた。自分より年下の葉原を、必要最低限のことしか喋らないあの網枷がずっと褒めちぎっていた。 葉原自身も、自惚れないまでも悪い気はしなかった。先輩に頼りにされている。その実感を胸に抱いて仕事に励んでいた。 だが、それが唯の演技だったとしたら。『ブラックウィザード』の一員として、己の正体に気付かない自分達をずっと嘲笑っていたのだとしたら。 「・・・この情報は椎倉先輩だけに伝えるんだ。それから、他の人間に伝えていいかとかの指示を仰ぐんだ」 「・・・理由は何ですか?」 「俺が、内通者を炙り出すために椎倉先輩に色々提案したんだ。きっと、椎倉先輩はそこに自分の考えもいれて動いている筈だ。 今は『ブラックウィザード』に関する情報が圧倒的に少ない。だから、内通者を無闇に捕えるわけにはいかない。つまり、しばらくは泳がせるってこと」 「・・・風路さんは言ってましたよね?『ブラックウィザード』に挑み続けてるって。だったら、彼等の活動範囲とかはわかるんじゃないんですか?」 「・・・だそうだよ、風路?」 「・・・悪ぃが、俺は176支部の人間に教えることは何一つ無ぇよ。俺はまだ、風紀委員を信じたわけでも認めたわけでも無ぇ。 だから、テメェ等の力になるつもりは今の所は無ぇ。まぁ、さっきナイフを突き付けたことは謝る。・・・すまなかった」 「・・・いえ。こちらこそ、本当にごめんなさい。176支部の一員として、あなたとあなたの妹さんにどうしたら償いを果たせるのか・・・今の私には判断ができません」 風紀委員には協力しないという風路の言葉を、葉原は強く受け止める。自分が風路の立場だったら、同じことを考えただろうから。 「・・・君はこれからどうするの?きっと、君はしばらく網枷と同じ職場で働かなきゃいけないよ?彼に悟られずに、仕事とかってできるの?」 「・・・今の状態だと、すぐには無理だと思います。よりにもよって、活動は明日からですし。私の精神・・・ボッコボコ状態ですよ?」 「だろうね」 葉原は天を仰ぐ。周囲に建物が無いこの公園では、夜空に浮かぶ星空の光がよく見えた。 穏やかながらも、確かな強さを持つ星の光。そんな光を放つ人間なら・・・ここにも居る。 「こうなったら、やっぱりあなたを味方に付けるしか無いですね。『シンボル』のリーダー・・・“閃光の英雄”・・・界刺得世先輩?」 「・・・やっぱり、それが狙いか。それってさ、ヒバンナのことも込みでしょ?」 「えぇ。だって、他でも無いあなたが言ったんですよ?昨日のプールの中で。『暴走が始まってる』って」 時は昨日の午後に遡る。ここ『マルンウォール』内で、葉原は界刺に対して自分が知っている焔火のことについて一通りに説明を行っていた。 「・・・という感じです。緋花ちゃんは、今風紀委員としての在り方にすごく悩んでいる状態です。 本人的には、『周囲に迷惑を掛けたく無い。自分1人で答えを出す』らしいですけど。・・・・・・界刺先輩?」 「・・・・・・」 葉原は、界刺の表情を見て内心驚きを漏らす。何故なら、界刺の表情が物凄く険しいものとなっていたからだ。 「・・・確認だけど、最近の緋花は自分の行動について、仲間やリーダーにキッチリ連絡を入れて了解を取るようになったんだよな?」 「はい」 「その緑川っていう警備員に助けられたことが、緋花が“ヒーロー”に憧れる切欠になった。そして、それを体現するために教えられたのが風紀委員だった。そういうことか?」 「え、えぇ・・・」 「んでもって、緋花の相談に緋花自身が“ヒーロー”と考える緑川は、俺の考えを否定する所か肯定した。意味的にはズレてるけど。 だが、肯定したことには違いねぇ。そして・・・“よりにもよって”緋花はすんなりと聞き入れた。反発らしい反発を見せずに。そうだな?」 「は、はい。・・・“よりにもよって”?」 「最近は、緋花自身が主に債鬼のせいで激動の日々を過ごしていた。救済委員にボコられて、債鬼にボロクソに言われたことで失った自信はまだ戻っていない。 取り戻す術自体を見失っている。だから、その術を見出すために債鬼を頼った。自分が所属する支部のリーダーにじゃ無く。 176支部のリーダー加賀美雅は、債鬼とは正反対のタイプ・・・ってことか?」 「・・・加賀美先輩は、どちらかと言うと支部員の個性や考え方を尊重するタイプですね。余り部下を縛るのは好まれない人ですが・・・。それが?」 「きっと、債鬼に指導を願ったその判断は正しい。だが、その債鬼がこのタイミングで居なくなる・・・。 抑え付けてた重石が消える・・・。中途半端な指導と隙間だらけの根幹(じしん)・・・。そこに、部下の考え方とかを尊重する上司・・・。 暴走するピースが揃ってやがる・・・!!いや、もう暴走が始まっているのか・・・!?」 「えっ・・・?」 界刺の口から漏れる不吉な言葉。さっきも思ったこと。この碧髪の男が言えば、それが現実に起こり得そうな気がしてならない。 「・・・緋花は純真無垢なガキのままだ。そのガキが、超えられない壁にぶつかったことで自信を無くした。んで、度を超えて周囲に敏感になっているって感じか? 自分で“線引き”ができなくなってやがるな。混同なんて甘っちょろいモンじゃ無ぇ。完全に依存してやがる。依存して、自分の都合に置き換えてやがる。 相手の長所を素直に認める性格が、今回は仇になってんのかもしんねぇ。自分を卑下する余りに、周囲への評価が過大になってやがんな。 なのに、『自分1人で答えを出す』?・・・ガキの我儘か?聞く耳を持ちたく無いっていう無意識の表れか?・・・重石が無くなったことで、ガキが反抗し始めたって所か? だから・・・緑川の言葉に反発しなかったな!?緑川には、絶対に自分を否定されたく無かったから!!・・・逃げたな、焔火緋花・・・!!!」 界刺は、焔火の状態に危機感を抱く。自身の経験―最近だと、春咲桜が考えを改めるまでにかなりの紆余曲折を経た―から、焔火の異常性を察知したのだ。 焔火は、意識的には周囲の意見に耳を傾け反省をしながらも、無意識的には自分の主張をぶり返しているのではないか?そう、界刺には思えてならない。 「少なくとも、緑川には絶対に俺の考えを否定して欲しかった筈だぜ!?だが、緑川は否定しなかった。否定してくれなかった。なのに、その緋花の反応はおかしいだろ? 幾ら自分が理想とする緑川が正しくても、そこは反発するのが普通だろ?自分の根幹に関わることだぜ!? 自分が小さい頃から抱いて来た根幹と対立する意見を自分が目指す人間に肯定されて、はいそうですかって納得する奴はいねぇ!! 他人の長所を認めるって言っても、それを自分にも当て嵌めるのかって話になったらそれは違ぇだろ!!そもそも、根幹で対立する意見をそう簡単に受け入れるわけが無ぇ!! むしろ、『自分は間違っていない』っていう反発心を絶対に抱くモンだ!!きっと・・・聞き入れただけで本心ではまだ納得していない筈だ!! だが、それを表に出さない?あの感情豊かそうな緋花が?・・・異常つーか面倒臭ぇ。なまじ自信を失ってるから、反発する気力が萎えてんだな。 でも、反発心自体が消えたわけじゃ無い。むしろ、溜まってやがる!!今は見ないフリをしていても・・・何時か爆発しかねないぞ、こりゃ」 『・・・・・・やっぱりかって思った!あの人の言うことって、本当に私の盲点ばかり突いて来るもんだから中々理解できないわ~。 でも、やっぱりあの人の言葉は正しいのか・・・いや、正しいというより、そんな考え方があるってことか。そうか・・・そうか・・・』 「(・・・!!!これが・・・“『シンボル』の詐欺師”!!!)」 今更ながら、葉原は疑問に思う。自分が“ヒーロー”を体現するために風紀委員になる切欠となった緑川が、 焔火が抱く“ヒーロー”像と真っ向からぶつかっている界刺の指摘を認めたことに対して、彼女がやけに素直な反応を示したことに。 そして、彼女は・・・自分の考え―焔火(ガキ)が抱く誤った偶像―に間違っている部分があるとは認めていない。界刺や緑川のような考え方があるとしか言っていないのだ。 つまり・・・界刺や緑川の指摘に明確な返答をしていないのだ。これは・・・。そして、それにすぐに気付いた碧髪の男に葉原は希望を見出す。焔火緋花を救う希望を。 「周囲に依存してる癖に、自分で答えを出したがる・・・。自分のことをわかってない癖に、他者の力になりたがる。・・・立派な独り善がりだな。 混同・・・依存・・・利用・・・債鬼・・・加賀美・・・弊害・・・。そして・・・行き着く先は無意識による“反動”の顕現。 あんにゃろう、全然わかってねぇ。気付いてねぇ。債鬼から何を学んでやがったんだ!?自立する術を学んでたんじゃ無かったのか!?このままだと・・・」 「・・・どうなるんですか?」 「・・・まぁ、いいか。自業自得だし。俺には関係無い」 「(ガクッ!!・・・本当にぶっ飛んだ人。普通そこまで行ったら、『~だよ』とか『俺も力を貸すぜ』みたいな言葉が出てもおかしくないのに・・・。 “線引き”が厳格過ぎるっていうのも、考えものね。でも・・・でも・・・!!)」 焔火の在り方について議論を交わし続ける界刺と葉原。その後携帯電話の番号を交換した2人は、プールの中を共に漂っていた。 「・・・言っとくが、俺はヒバンナに対してこれ以上アドバイスを送るつもりは今ン所は無ぇぞ?」 「今の所・・・。フフッ、なら可能性はありですね」 「・・・自分でフォローするんじゃ無かったのかよ?」 「私の勘が言うんです。あなたとの繋がりを持つべきだって。緋花ちゃんのためにも、私自身のためにも。 例え、その可能性が限りなく低いとしても0じゃ無ければもしかしたらがあります。もちろん、無償というわけじゃありませんよ?」 「というと?」 「あなたの依頼があれば・・・風紀委員として可能なことは何でもします。私はオペレーターをする関係で、何時でも『書庫』とかにアクセスできたりします。 これは、他の風紀委員の皆には内緒ですよ?皆、あなたへの対抗心剥き出し状態ですから」 つまり、他の風紀委員には内緒で『シンボル』―正確には界刺―に情報を横流しすると言っているのだ。 これは、所謂スパイ。かつて、春咲の件絡みで一厘がしていた行為。それを、今度は葉原が行うと言っているのだ。 もちろん、こんなことがバレれば風紀委員を辞めなければならない事態に発展する可能性もある。だが、それでも葉原は突き進む。 「・・・必死だな。網枷と似たようなことをやるって言ってんだぜ、君?それに、176支部(なかま)のことは眼中に無ぇのかよ?わざわざ、部外者の俺を頼・・・」 「網枷先輩と一緒にしないで下さい!!・・・必死に決まってるじゃないですか。私の大事な親友が、あなたの言うヤバイ状態になってるのかもしれないんですよ? しかも、同じ支部員の手で今後緋花ちゃんや他の人達が危ない目に合うかもしれない。特に、今の緋花ちゃんは危ない。 176支部の人達の中で、あなた以上に物事を量ることができる人間は・・・残念ながらいません。リーダーである加賀美先輩でも、緋花ちゃんを指導し切るのは無理でしょう。 私だって・・・きっと無理。唯でさえ、スパイが入り込んでいる上での『ブラックウィザード』の捜査。下手をしなくても、命の危険があるかもしれない状況。 私は、前線に居る緋花ちゃんの傍には居てあげられない。他の支部や警備員の人達に緋花ちゃんのことをお願いするなんてこと、できるわけが無い。 そんな特別扱いが許されるわけが無い。そもそも、そんなことを状況自体が許さない。緋花ちゃんを厳しく指導していた固地先輩は、しばらく休暇に入ります。 緋花ちゃんのお姉さんである朱花さんや友達の荒我君達にだって、捜査に関わることを言えるわけが無い。 だったら・・・あなたしかいない!!私が縋れるのは・・・結果を出し続けている『シンボル』のリーダー、界刺得世しかいない!!」 目が血走っていた。声に緊迫感を滲ませていた。それだけ、今の彼女は切羽詰っていた。この瞬間を逃せば、何か大事なモノが掌から零れ落ちる・・・そんな予感がしたから。 優秀な・・・優秀過ぎる少女は、現状の逼迫さから絶対に今この時を逃すわけにはいかなかった。例え、自身の立場を危うくしたとしても。“詐欺師”の言いなりになったとしても。 「・・・本当に君の力でできないと思っているのかい?」 「はい!!無理なものは無理です!!だったら、逆に聞きます!!私なら、緋花ちゃんにはっきりと断言せずに彼女の在り方を矯正させることができると思いますか!?」 「・・・ふむ。・・・きっとだけど、完全に矯正させるのは無理だと思うよ。長期的ならまだしも、短期的には」 「・・・!!!」 「実際に言われるとショックかい?」 「・・・・・・はい」 項垂れる。自分で言ったことなのに、他人に改めて無理だと言われると、どうしても気落ちする。 「でも、君の力でもある程度までは矯正できると思うよ?」 「・・・」 「にしても、君んトコのリーダー・・・加賀美つったか?よっぽど、部下の指導が下手糞なのか?」 「・・・これは、網枷先輩から聞いた話なんですけど・・・。後で自分でも確認を取ったから事実ではあるんですけど・・・」 「・・・何?」 葉原はこんなことを言っていいものかどうか迷う。迷うが、それでも言う。界刺への告白が、自分達を利することに繋がるかもしれないから。 「加賀美先輩が176支部のリーダーになって1ヶ月くらい経った頃に、1人の支部員が風紀委員を辞めたそうなんです。私は、まだその頃は風紀委員では無かったんですけど」 「・・・んで?」 「それまでの176支部では、重い病気や怪我でも無い限り支部員の自主退職が発生したことは一度も無かったそうです。その支部員の名は・・・麻鬼天牙」 「なっ!?」 「麻鬼!?」 「あいつが・・・元風紀委員!?」 「えっ!?あ、麻鬼先輩のことを知ってらっしゃるんですか!?」 葉原が出した麻鬼という名前に、迂闊にも反応してしまう啄・ゲコ太・仲場。そんな彼等を葉原は訝しむ。 「・・・麻鬼とは、以前に何度か会ったことがあってね。あいつは自分のことを余り話さないから、ちょっと驚いただけだよ」 そこに、界刺がフォローを入れる。彼も内心では驚いていたが、同時に納得する所もあった。 以前の会合の際、金属操作に風紀委員並の情報収集力だと褒められた際に、麻鬼が不機嫌になったことを覚えていたために。 「んで?話はそれだけ?」 「え、え~と・・・。麻鬼先輩は、風紀委員を辞める理由を質した加賀美先輩に向かって『あなたには、一生理解できないことだ』って言い放ったそうなんです」 「・・・リーダーにとっちゃあ、その言葉はキツイね。ちなみに、それって何時?」 「・・・去年の10月上旬ですね。加賀美先輩は、去年の9月から176支部のリーダーになったんです」 「・・・その約1ヶ月後に今度は鏡子の件が発生してんのか。・・・・・・成程。 『支部員の個性や考え方を尊重するタイプ』って考え方は、それが影響してる可能性が大だな。きっと、心の何処かで加賀美自身が自分の指導力に疑問付を持ってるんだ。 だから、支部員に対して中々踏み込めない。本当の意味での指導ができていない。・・・葉原。確か、君が彼女の代わりにメンバーを纏めることもあるんだっけ?」 「はい。加賀美先輩って結構軽い性格なんで、おふざけとかが過ぎた時は私が怒ったりして皆を纏めたりしています。でも、私は一支部員でしかありませんから・・・。 もちろん、加賀美先輩が纏め役ですし、普段は大体纏まるんですけど、どうしても纏まり切らない時があるんです。特に、大事な時に限って。 連絡面というか連携面とかも最低限必要なレベルでは取れてるんですけど、それ以上が・・・。そのせいで苦情も多くて・・・」 葉原は、普段の176支部を脳裏に描く。神谷を筆頭とした問題児集団に対して、加賀美が悪ふざけで色んな提案を行い、それを自分が正すというのは割とよくある光景だった。 「・・・恐がってるんだな。リーダーである自分のせいで支部員が辞めたりするのに、もう耐え切れないんだな だから、殊更フレンドリーな接し方をする。部下の身勝手な行動も許容する。時には悪ふざけて自分を批判の対象にすることで、部下の優越感を刺激させたりしている。 でも、中身は伴っていない。いざって時に、ビシっと命令ができない。部下が部下なら、上司も上司か・・・。面倒臭ぇ」 「・・・プールの中であなたと話し合った後から、私もそれをずっと考えていました。もしかしたら、あれは加賀美先輩なりの処世術なんじゃないかって」 「ある意味、債鬼と似たような手法を取ってんだな。方向性は違うけど。だが、あいつに比べたら脇が甘ぇ。・・・正直な話、加賀美はリーダーには向いてない人間だよ。 もし彼女がリーダーを務めるのなら、それを支える強力な部下が必要だ。だけど・・・」 「・・・私もその部下の一員なので、何も言えません」 「君の言を借りるなら、『加賀美にしか、あの問題児集団は扱い切れない』だったか。確かにそうだろうな。自由奔放が過ぎる人間の集まりみたいだし。 だけど・・・自覚が足りねぇな。上に立つ者の心情ってヤツを、下の連中が本当の意味で理解してねぇ。所謂“烏合の衆”ってヤツか?176支部ってのは?」 「・・・すみません」 “烏合の衆”。今回の[対『ブラックウィザード』風紀委員会]の中でも最大戦力を持つ176支部が。この指摘を176支部の一員である葉原は否定することができない。 それどころか、己の力不足さを思い知らされるかのようで居た堪れない。だが、逃げ出すわけにはいかなかった。己のために。親友のために。仲間のために。 「しかも、その中に『ブラックウィザード』のスパイまで居るんだもんな。“烏合の衆”より、尚酷ぇな」 「・・・・・・」 「・・・・・・ふぅ。いいだろう。椎倉先輩に突き付けた“3条件”の範囲内で使えそうな駒が増えるんだ。君の覚悟に少しだけ応えてあげよう」 「ほ、本当ですか!!?」 「但し、俺が関わるのは焔火緋花の件についてだけだ。そして、君が俺のアドバイスの下緋花を矯正させて行くんだ。優秀な君なら俺の言ってる意味はわかるだろう?」 「・・・『ブラックウィザード』の件には関与しない。例え、緋花ちゃんが『ブラックウィザード』との戦闘でどうなろうと関係無い・・・ですね?」 「そうだ。そして、俺は基本的にアドバイスしかしない。そこから、君がどう考えて緋花に接し、彼女を矯正させて行くのか。最終的な判断は、君がするんだ」 「・・・!!!」 「俺は、甘くないよ?全部、俺に押し付けられるのは勘弁だ。それは、自分の責任を軽くする行為だからな。 これも言っとくけど、俺がアドバイスをした所で、君がどれだけ頑張った所で、緋花を矯正させられる保証は無い。それでいいなら、君との取引に応じよう」 界刺の言葉を受けて、葉原はもう一度冷静に考える。自分の行動、風紀委員としての矜持、緋花の現状、自分達を取り巻く切迫した環境etc・・・。 そして、彼女は大きく息を吸う。承諾すれば、後戻りはできない。・・・できなくてもいい。絶対に後悔しない。親友を救えるのなら、私は・・・ 「わかりました!!その条件でお願いします!!」 「・・・自分を大事にしないねぇ。こりゃあ、君の矯正もしないといけないかもな(ボソッ)」 「えっ!?」 「んふっ・・・。さっきも言ったけど、ここ最近は本当に風紀委員の連中が俺に面倒事を持って来るな。その癖して、俺へのフォローも殆ど無ぇしよ。 君に言っても仕方無いのかもしれないけど・・・いい加減にしろよ、コラ・・・!!?俺はテメェ等の都合のいい人形じゃ無ぇぞ・・・!!?」 「ッッ!!!・・・・・・な、何も返す言葉がありません」 「まぁ、いいや。・・・これで、明日は何とかなりそうか?」 「・・・わからないです。けど、これ以上あなたにご迷惑を掛けるわけには・・・」 「それなら、俺に名案があるぞ!!!」 「うわっ!?」 「鴉!?」 キレ気味の界刺と葉原が何とかやり取りを続けている中に、啄が割り込んで来た。 「明日の夕方までなら、ハバラッチを内通者の脅威から守ることができる良い案がある!!」 「えっ!?ほ、本当ですか!?」 「(・・・余り良い予感はしねぇな・・・)」 「風路!!お前も来るがいい!!他者の心を量る絶好の機会となるぞ!!?」 「お、俺も!?」 啄は蚊帳の外に居た風路まで呼び付ける。もちろん、悪い予感しかしない。 「いきなり風紀委員の心を見極めると言っても、今のお前ではやはり難しいのではないのか!?」 「そ、そりゃそうだが・・・」 「だったら、俺達と来い!!界刺も参加することになっているぞ!?上手くいけば、奴へのアピールにもなるんじゃないか!?」 「・・・そ、そうか?・・・界刺さんも参加するのか・・・。よし、わかった!!」 「(俺も参加・・・?てことは、ゲコ太の・・・)」 さすがと言うべきか、風路を一気にその気にさせた啄の演説っぷりは目を瞠るものがある。重ねて言うが、悪い予感しかしない。 「ハバラッチも、拙者達と共に行くでござる!!」 「鴉の言う通り、明日の夕方くらいまでならお前を匿えるぜ?その間に、気持ちの整理を付けるってのはどうだ?」 「そ、そうですね・・・。界刺先輩も・・・か。わ、わかりました!私も、啄さんの提案に乗ります」 「(・・・俺だって肝心なことを聞いてないのに。後で後悔しそうだな・・・)」 次いで、ゲコ太と仲場の説得により葉原も承諾してしまう。ダメ押しで言うが、悪い予感しかしない。 「そうか!!よし!!これで、頭数は揃った!!今ここに、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』が誕生したのだ!!ハーハッハッハ!!!」 「「「“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』???」」」 界刺・葉原・風路は、啄の誕生宣言(高笑い付)に首を傾げる。 界刺でさえ詳しいことは聞いていない事の詳細は、この直後に説明された。反論は啄によって一蹴された。『固地並の一蹴ぶり』とは、風路の零した言である。 (界刺がゲコ太から聞いたのは、『施設の子供達を笑顔にするための催しに数日間協力して貰えぬか?』である。 ちなみに、月ノ宮と真珠院が加わったのは界刺の陰謀である。騙されやすい+文句を言わない2人を選び、彼女達に幼い子供達の相手を押し付けようと目論んだのだ) 時は今に戻る。 「えっ・・・?」 加賀美は、去って行く“ゲロゲロ”の言葉を上手く理解できなかった。 「(『リーダー失格』?『最低最悪な人間』?な、何であのカエル人間にそんなことを言われないといけないの!?ど、どうして私のことを知ってるような口振りなの!?)」 加賀美はうろたえる。“ゲロゲロ”が発した声に、彼女自身何処かで聞き覚えがあったがために余計に。 「わ、私が居なくてもあ、網枷先輩が・・・」 「それが、今日はお休みなんだよ。だから、鳥羽君が1人で慣れない事務作業をしてるんだよ、ゆかりっち?」 「えっ!?い、居ないの!?な、何で!?」 「うおっ!?え、え~と・・・病欠だね。一昨日から調子が悪かったみたいだし、念のためのお休みみたい」 「(わ、私は昔の私じゃ無い!!ちゃんと、部下の気持ちを理解しようと頑張ってる!!緋花の件だって、私なりにフォローに努めてる!! なのに・・・何であの男はあんなことを言うの!?それに部下の悪行って何!?な、何を言って・・・)」 少し離れた場所に居る焔火と葉原が大きな声で行っているやり取りさえ、今の加賀美は聞こえていない。 『もし、風紀委員の中に「ブラックウィザード」と通じている人間が居る・・・としたら?』 「(・・・!!!な、何で今あの“変人”の言葉が出て来るのよ!!?まだ、完全に内通者が居るって決まったわけじゃあ・・・)」 「ふぅ。ガキ共はいなくなったか」 「うわっ!?」 延々と考え込んでる加賀美の傍に、“カワズ”が出現した。とは言っても、加賀美以外には“カワズ”の姿は見えていないが。 どうやら幼子達が居なくなった頃合いを見計らって、一応不可視状態に身を置いてこの場に戻って来たようだ。 「・・・“ゲロゲロ”が言ったことを、よく覚えておくといい」 「!!あ、あなた・・・やっぱり何か知って・・・!?」 「俺は何も言わない。それは、リーダーである君が答えを出さないといけないことだ。例え、君の身に何が起きようとも」 「・・・!!」 “カワズ”は、加賀美に顔を向けること無く語り掛ける。界刺得世では無く、“カワズ”としてできる限りの言葉を贈るために。 「部下の暴走。部下の悪行。それは部下の自業自得でもあり、君の自業自得でもある。君が今後もリーダーとして在り続けるなら、避けては通れない道だ。 いずれ君にもわかる。その時がもうすぐ来る。・・・踏ん張り所だよ、加賀美雅?世界の零す愚痴(プレゼント)をどう受け取るかは、君次第だ。 んふっ!ここは“詐欺師ヒーロー”らしく、空気を読んだ言葉で締め括ろうか?・・・頑張れ、加賀美雅!応援してるぜ?」 「・・・プッ!・・・嘘くさ~い。あなたから応援されるなんて・・・。背筋が何だかムズ痒くなって来ちゃった。嘘だってわかってるのに」 「酷ぇな。こっちが珍しく気を利かせてやったのに」 心外そうな“カワズ”の雰囲気に、加賀美も笑みが零れる。そして・・・確認する。心が痛くて堪らないが、それでも断行する。ひとえにリーダーであるが故に。 「・・・居るの?しかも・・・・・・私の部下に?」 「サァ?オレハナンニモシラナイ」 「・・・あなたなら・・・どうする?・・・この仮定なら?」 “カワズ”のカタコトを無視して、リーダーは問い掛ける。自身と同じリーダーに。 「・・・大事になる前に潰す。容赦はしない。必要なら・・・『本気』で殺す。どんな手を使ってでも」 「・・・!!!」 「・・・と言いたい所だけど、今は無理だねぇ。状況的に。泳がせる意味でも、こちらが目に見えるアクションを起こすわけにはいかない」 「・・・そ、そうだ・・・ね」 無意識に拳を強く握っていることに、少女は気付かない。心臓の鼓動が早まっていることにも。 「・・・あなたは少しの間どっかに出掛けるんだよね?」 「うん」 「・・・・・・ハァ(ボソッ)」 「・・・・・・一応、葉原と携帯の番号は交換してある。あいつから俺の番号を入手すればいい。期限は俺が“カワズ”で居る間だけ。 その間なら・・・リーダーについての相談くらいには乗ってやる。参考になるかは保証しないけど。 但し、俺からの情報提供はしない。それが、君達にとって生死に関わるようなことでも俺は伝えない。・・・基本的にな。ちなみに、今言ったことは全部ペテンな?」 「あ、あなた・・・!!」 “カワズ”の提案。それは、加賀美に対する極限定的なアドバイザーに“カワズ”がなるということ。 自業自得を信条としているあの“変人”の思考なら、まず有り得ない折衷案。そう考えた加賀美の疑惑の目線に応えるように、“カワズ”はその理由を述べる。 「“詐欺師ヒーロー”だからな。嘘を付こうが、騙そうが、利用しようが、最終的には子供達を守ってるって設定だし。鴉の奴にも設定を貫けって言われてるし」 「・・・プッ!子供・・・か。・・・・・・それじゃあ、“詐欺師ヒーロー”のペテンに引っ掛かってみようかな?」 「本当にいいのかい?」 「だって・・・今のあなたは“ヒーロー”なんでしょ?緋花が目指す姿とは違う、“自分を最優先に考えるヒーロー”。 あなたは・・・独り善がりじゃ無いね。自分のことばかり考えてる人間にそういう真似はでき・・・・・・そうか・・・そういう意味か・・・!!」 “詐欺師ヒーロー”の言葉に加賀美は“自分を最優先に考えるヒーロー”の真意に気付く。同時に、己の部下が盛大な勘違いをしていることにも。 「・・・気付いた?」 「うん。成程・・・そういう意味だと、確かに緋花は独り善がりだわ。これは・・・あの娘が自分で気付く必要がある。じゃないと、あの娘は成長できない。 私も、今まで気付かなかったというのが情けないけど・・・。これを今後の指導に活かさないと!・・・ありがとう・・・“ヒーロー”」 「ふ~ん。色々考えてんのな。意外~」 「・・・そこは心外なんだけど?私だって、色々考えて動いてたりするんだよ?」 「あんまり上手くいってないようだけど?」 「ううぅ・・・!!」 間髪入れずのツッコミに怯む加賀美。本人的にも、自分の処世術が上手くいっていないことを気にしているようだ。 「忠告1つ。ペテンに頼り過ぎると、痛い目見るぜ?」 「実感が篭ってるね。・・・わかってるよ。これは・・・私の覚悟が問われてるんだから!」 「・・・頑張れよ。こっからが本番だ。きっと、君の抱えるモノは凄く重いと思う。だからこそ・・・頑張れ。意地を見せろ。何があっても最後までやり抜け・・・!!」 「『何があっても』・・・か。うん、わかった。絶対に最後までやり抜くことを“詐欺師ヒーロー”に約束するよ。子供なら、“ヒーロー”との約束は絶対に守らなきゃね」 加賀美は、“詐欺師ヒーロー”の歩み寄りに感謝する。きっと、これから先は自分にとってもキツイ試練が待ち構えている。そんな気がしてならない。 本当は、独力で何とかしなければならないだろう。でも・・・やっぱり人間である以上、何かに寄り掛かりたくなってしまう。 その先が“詐欺師ヒーロー”というのは何の冗談だと自分でも思っているが、それでもその存在自体があると無いとでは大違いだ。 何より、この“ヒーロー”は今までに数々の実績を残している。目に見えるものもあれば、見えないものもある。共通するのは、過程と結果を高レベルで両立させていること。 もちろん、頼り過ぎたりしない。焔火への指導や捜査、そして・・・内通者の割り出し。 風紀委員である以上、176支部のリーダーである以上、部外者にばかり頼ることは絶対に許されない。 「・・・できるだけ、あなたには頼らないようにするよ。あなたには、あなたのやらなきゃならないことがあるんでしょ?」 「あぁ。そうしてくれると、こっちとしても助かる。後、俺ばかりを頼るんじゃ無くて別の奴にも頼れよ?そうすりゃ、俺が君に関わることも・・・」 「・・・いざという時は連絡するかも」 「・・・ハァ。その時が来ないことを祈ってるぜ?あぁ、それとおたくの娘はお返しするよ。代わりを見付けたから」 「代わり・・・?」 “カワズ”の申し出に、加賀美は疑問符を浮かべる。だが、その疑問はすぐに解決する。 「お、お前はああああああぁぁぁっっ!!!??」 「うっさいわね!!何いきなり大声を挙げてんのよ!!?」 一色の驚きの声が一帯に広がり、すぐ近くに居た鏡星が文句を付ける。何故一色が驚きの声を挙げたのか? それは、彼の視線の先に居る金髪のツインテールの少女に原因があった。リンゴの髪留めをした少女は、姿を消している“カワズ”に向けて声を放つ。 「お、お兄さん!頼みたいことってな~に!?は、早く教えてよ!!」 少女の名は春咲林檎。かつて、救済委員事件で界刺によって病院送りにされた少女は、今再び物語の表舞台に立つ!! continue!!
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「荒我兄貴!!ようやく追い着いた・・・!!」 「荒我君!!落ち着くでやんす!!!無闇に駆け回っても、緋花ちゃん達を見付けられないでやんすよ!!」 「馬鹿野郎!!落ち着いてなんかいられるか!!!緋花が・・・緋花が『ブラックウィザード』に捕まったんだぞ!!?もしかしたら・・・もしか・・・」 「ま、まだ緋花ちゃんが死んだとは決まってないでやんす!!!」 陽射しの強さに翳りが見え始めた頃、ここ第7学区の一角で“不良”達が激しい論争を繰り広げていた。 その中心に居るのは、焔火が告白した少年・・・荒我拳。彼は、焔火の親友である葉原から昨日起こった事の詳細を説明された直後、脇目も振らず駆け出した。 思い浮かべるのは焔火緋花のことのみ。彼女の声が・・・笑顔が・・・もう二度と見られなくなる。そんな可能性を自覚したために、彼は舎弟の制止の声も振り切って奔走した。 それは理性的な行動では無い。当ても無い本能的な疾走。葉原から、『ブラックウィザード』の本拠地の正確な場所は未だにわかっていないことを知らされている。 風紀委員が見付けられていない以上、荒我1人にどうやって見付けられると言うのか。そんなことは不可能に近い。だが、それでも少年は走った。じっとなんかしていられなかった。 そんな兄貴に、舎弟である梯と武佐がようやく追い着いたのが今この時である。 「荒我兄貴!!兄貴の気持ちは俺達なりに理解してるつもりだぜ!!?俺や梯君だって、緋花ちゃんや朱花さんの身が心配で堪らない!! だからこそ、今は無闇に動く時じゃ無い!!俺が救済委員である兄貴に色んな情報を伝えているのも、荒我兄貴がその拳を存分に振るえるようにって気持ちなんだぜ!!?」 「武佐君の言う通りでやんす!!オイラ達で緋花ちゃん達を救うにしても、そのためには冷静でいなきゃいけないでやんす!!!」 矢継ぎ早に荒我に苦言を呈する武佐と梯。実を言うと、舎弟達だってかなり混乱しているのである。それこそ、今の荒我並に。 だが、それをいの一番に表に出した親分の姿を見て舎弟2人は若干の落ち着きを取り戻していた。自分達まで冷静さを欠いてはいけない。尊敬する兄貴のために。 「・・・・・・があああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」 舎弟の厳しくも暖かな忠言を感じ取った兄貴は、胸を駆け巡っている激情を思いっ切り吐く。それで、少しでも冷静さを取り戻すために。 「ハァ、ハァ・・・。ス~、ハ~。・・・悪ィ。みっともねぇ姿を晒しちまったな。兄貴失格だ・・・」 「荒我君・・・」 「荒我兄貴・・・」 「お前等の言う通りだ。自分を見失ってちゃ、取り戻せるモンも取り戻せなくなる。利壱!紫郎!俺に知恵を貸してくれ!!」 「「もちろん(でやんす)!!」」 “不良”3人組は、ようやく冷静な思考を取り戻した。今自分達が為すべきこと。それを見出すために、3人の頭脳をフル回転させる。 「緋花達の安否は、この際横に置く。安否云々よりも、そこへ辿り着くための手段が今求められている!! 葉原の説明だと、『ブラックウィザード』の本拠地は風紀委員でも掴めていねぇようだからな」 「荒我兄貴。斬山兄貴に連絡を取ってみたらどうかな?あの人なら、何か有力な情報を持ってるかも・・・」 「それもいいが、確か『ブラックウィザード』のことを集中して調べてんのは峠だった。最近は、過激派のメンバーが一同に集まる機会は無ぇし。つか、俺はその1人に喧嘩売ったし」 脳裏に思い浮かべた人間・・・喧嘩を売った男・・・麻鬼天牙。かつて焔火と共に対峙し、自分達2人を打ち負かした過激派救済委員。 「そういえば、一応斬山さんと荒我君は“裏切り者”という判断を免れたんでやんすね」 「あぁ。だが、そんなことがあった以上中々会いに行こうって気分にはなれねぇわな。こんなことなら、もう少し積極的に顔を出す・・・・・・」 そこで、気付いた。葉原が口に出した言葉にあった救済委員だった男の名を。 「・・・荒我君?」 「・・・今回の件には『シンボル』も・・・あの“変人”も絡んでやがるんだよな?」 「“変人”・・・界刺先輩のことでやんすか?」 「あぁ。あいつは・・・救済委員だった。穏健派救済委員の1人として、春咲桜っていう風紀委員と共に活動していた。 てことは・・・穏健派の救済委員なら奴への連絡手段を持ってる筈だ!!ここは・・・何学区だ!!?」 「第7学区だよ、荒我兄貴!!」 「荒我君・・・自分が何処を走っていたのかもわからなかったでやんすか?」 「うううぅぅ!!ま、まぁそんなことはどうでもいいじゃねぇか!!この学区には・・・穏健派が集まる集合場所がある!!いくぜ、テメェ等!!」 荒我達は、携帯のGPS機能を使って自分達の現在位置を確認、穏健派が屯っている場所を目指し疾走する。 「あの野郎なら、風紀委員以上に『ブラックウィザード』に関する情報を持ってる可能性がある!!『ブラックウィザード』のリーダーとも話したことがあるらしいしな!!」 「そうでやんすね!!界刺先輩が風紀委員に全面協力するなんて姿は想像できないでやんすから!!もしかしたら、先輩独自の情報を隠し持ってる可能性があるでやんす!!」 「でも、荒我兄貴!!界刺先輩相手に口で対抗できるの!!?あの口達者な先輩にさぁ!!?」 「口で無理なら拳で語るだけだ!!!」 「「荒我兄貴(君)らしいお言葉(でやんす)」」 舎弟は兄貴の発言に半ば呆れながらも感心していた。一度決めたら、意地でも貫き通す。迷い無くその拳を振るえる。そんな漢だからこそ、自分達は舎弟になった。 「(あの野郎に頼るのは癪だけどよぉ・・・今はなりふり構っていられねぇ!!おそらく、斬山さんや峠以上にあの“変人”が『ブラックウィザード』の情報を持ってる可能性が高ぇ。 緋花達を助け出すためには、紫郎が俺にしてくれるように確実な情報が要る!!その情報を何としてでも・・・)」 一方、兄貴は舎弟の忠言から冷静な思考を纏めて行く。そして・・・3人は息も絶え絶えに穏健派の集合場所に雪崩れ込んだ。そこに居たのは・・・ 「荒我・・・どうしたの?そんなに息を切らして・・・」 「花多狩さん。このリーゼントは・・・?」 「灰土さん。彼は、私達と同じ救済委員よ。但し、過激派だけど」 「過激派か・・・。大抵『過激』なんて言葉が付く組織にはロクな奴が居ないと、オジサンは思っちゃうなぁ」 この辺りの穏健派救済委員達を纏める花多狩菊と、最近穏健派に加入した現職警備員灰土勇の2人であった。 この2名は、“変人”からある依頼を承っている。その打ち合わせを現在進行中で行っていた。そこに乱入して来た荒我達は、すぐに花多狩に事情を説明する。 そして、花多狩は荒我の意を受けて依頼主に連絡を取った。改めて彼と打ち合わせを行う救済委員達の上空を星空が覆い・・・今日という日が過ぎて行った。 第17学区にあるオートメーション化された『ブラックウィザード』の本拠地は、総合病院のように複数の建築物が集まって形作られている広大な建物群であった。 その一角で、『ブラックウィザード』に協力する男―調合屋―は暢気な足取りで通路を歩いていた。 一昨日の“決行”により、彼にとっては百名単位の実験体が手に入ったも同然だったので内心では少しはしゃいでいる。 とは言っても、その実験体を迅速且つ強力な“手駒達”に仕立て上げなければならないので、好き勝手にできないのが少々不満でもあった。 「 まぁ、その不満はあの風紀委員にぶつけてるからトントンかな 」 独り言を漏らしながら、男はある一室に向かう。そこに居るのは・・・ 「 入るよ? 」 「どうぞ」 「フフ~ン♪フフ~ン♪」 幹部の永観と蜘蛛井。彼等は、拉致した200名もの一般人を“手駒達”に仕立て上げるための意見交換を行うために調合屋を呼び付けたのだ。 「調合屋。君の作った被暗示性の強い薬は、やはり効果テキメンだ。薬の吸収率という面でも、高い数値を弾き出している」 「 電波で人間を操作する以上、余計な思考は極力中断させなければならない。かと言って、今までの“手駒達”のように薬によって記憶や人格を破壊することは、相応のデメリットがある。 各個人によって、能力発動の際に使用する演算・・・つまり脳波は違って来るからね。無闇に人格とかを破壊すると、その発掘が面倒だ 」 「何より、それって時間が掛かっちゃうんだよね。如何に中程度の薬物中毒にするかってのがカギだし」 人間を“手駒達”に仕立て上げる従来の方法は、下記の通り。 ①快楽性・中毒性の強い薬を投与・摂取させ、能力発動に支障が出ない中程度の薬物中毒にする(ここで急性薬物中毒に発展してしまうと、後々の作業に支障が出るため気を配っている)。 ②脳波を計測する機具を頭部に取り付け、その人間の普段の行動や能力使用時の脳波等を記録する。 ③記録後、更なる薬物投与で人格や記憶を破壊し、操作用の小型アンテナを取り付ける。 この方法のデメリットは大きく2点。1点目は、①にもある通り急性薬物中毒にしてしまった場合、使い物にならなくなる可能性が大きいことである。 アレルギーや個人差等で、適量の薬物投与でも急性中毒を引き起こす場合が結構ある。そうなった場合、使用している薬の関係で脳神経を傷付けるリスクが比較的高かった。 そうなっては、操作に必須の脳波測定が不可能になってしまう。特定の電波を脳波に関与する電気信号に変換する機能が備わっている小型アンテナは、測定が前提である。 2点目は、全体的に時間が掛かることである。薬の調合1つとっても細心の注意を払わなければならない。火急な今、その鈍さは致命的であった。 「故に、被暗示性の強い薬と風間の『個人解明』が今作戦の要でもあった」 「薬を服用した時の風間は、能力強度だけじゃ無くてDNA情報の深い部分まで分析可能だからねぇ」 それ等を解消するために“決行”作戦で用いられたのが、調合屋が『薬物合成』にて作り出した被暗示性の強い薬と風間の『個人解明』である。 被暗示性の強い薬は、服用した者に強い暗示を掛けることが可能な代物であった。一種の洗脳である。 この薬は、風紀委員や警備員等に事が露見するのを防ぐためだけに使われたのでは無い。具体的に言うと、記憶や人格を破壊せずとも思考を単一化させてしまう作用があった。 単一化=他の思考をしないということである。限られた選択肢(行動パターン)に必要な脳波を計測し、“手駒達”に用いて来た特殊な電波でその選択(暗示)を強制させる。 この方法なら、一々大量の脳波を測定して操作しなくても勝手に操作される側が思い込み(暗示)によってこちらの思う通りに行動してくれる。 もちろん、被暗示性の薬だけではその暗示は解けてしまう可能性も低くない。よって、能力強化も兼ねて何時も使っている中毒性の強い薬も抑え目に投与している。 抑え目にしている理由は、急性中毒予防と被暗示性の薬に該当の薬物を人体に吸収させる手助けをする(吸収効率を高める)効果がある成分が含まれているためだ。 全体的な中毒の程度としては低~中の間程。吸収効率の高さ故に、誤って急性中毒にしないために何時も用いている薬物投与を抑制しなければならないのが暗示薬の弱点であった。 更に、吸収効率にも個人差があるためそれを見極められなければ元の木阿弥になる可能性がある。 そこで、風間の『個人解明』の出番である。薬を服用した状態での『個人解明』なら、DNA情報を深く分析することが可能であった。 この分析を基に調合屋が事前に薬の配分を予測・調合し、控えめに投与することで急性・重度の薬物中毒を発症させずに“手駒達”化する作業時間の大幅な節約に至ったというわけだ。 「 やっぱり、重度の薬物中毒にすると安定しないからね。普通の行動ならともかく。戦闘の時に痛みすら感じさせない状態にできるっていうメリットもあるけど、 能力発現の効率を計測したデータを見る限り、どうしても非効率さが目立つよね。能力強化の観点から見れば、やっぱり中程度の薬物中毒が一番効率的だ 」 「薬は、何度も投与されていてはその効果は薄れる。人格が破壊される程の薬物中毒者に至っては、それが極まってしまうのだろうねぇ」 「おまけに、薬のせいで体にガタが来るし。まぁ、ボクのボディーガートを務めている“手駒達”は、その辺の心配は無いけどね」 「 そもそも、今回用いた暗示薬も何時も使っている薬も麻薬のように一度手を出したら一生止められなくなるという代物じゃ無い。 能力開発に用いられている薬の成分が多く含まれている、そしてその成分を活かすために2つ共にどうしても依存性を削らざるを得なかったからね。 鏡子とかもそうだけど、構成員の中に居る中程度の薬物中毒者達でも身体的・精神的治療をキッチリ行えば時間は掛かるけど完全治癒も不可能じゃ無いしね。 新しい“手駒達”なんか中毒レベルが中より下だから、今の医療技術ならそれこそ早期に治る可能性が高い。 慢性でも何でもない上依存症もまだ発症していないし。にしても、学園都市の医療技術はやっぱりスゴイね。色んな意味で惚れ惚れしちゃうよ 」 「それでも、調合屋のおかげで随分快楽性や中毒性が増しているがね。まぁ、だからこそその依存症を継続させる手っ取り早い方法として“手駒達”の場合は思考を粉々にした。 だが、今回の“手駒達”にはその手が使えない。急性や重度にならない程度の定期的な薬物摂取。そして、暗示と電波による強制によって動いて貰わなければならない」 「 暗示薬のせいで、これ以上の薬物投与は現状では厳しい状態だ。少し間を空けて、しかも抑え目に。元々の方針もある。 つまり、思考を破壊できない以上思考の単一化が解ける可能性は否定できない。また、単一化って言ってもある目的をやらせるって形だから複雑な行動を実行させると個人差が出ると思う 」 「その点は然程問題無いよ。そうなんだろう、蜘蛛井?」 「まぁね。今度の200人には、この新型のアンテナを取り付けてあるから」 蜘蛛井の手に握られていたのは、チップ型のアンテナ。これが新しい“手駒達”の頭部に装着されることになっている。 「このチップ型のアンテナは、並大抵のことじゃあ引き剥がせない。皮膚に直接埋め込んであるし。 今までの小型アンテナは、コスト面の理由から受信できる電波が1種類だけだったけど、今度のアンテナは色んな電波を受信できるよう改良されている。 前までのようなジャミングが何時までも通じると思うなよってこと。チップに内蔵されているバッテリーの出力自体も強力になっているし。フフッ」 蜘蛛井の非道な笑みが部屋に染み渡る。これだけのことをして、全く罪悪感を覚えていないあたり、3名の狂人さが現れている。 「 成程。だったら心配無いね。もう、脳波データは大方計測済みなんだろう? 」 「あぁ。もうちょっとで終わる。これだけの人数を一斉に“手駒達”化するのは初めてだったから、中々に慣れないよ」 「ボクとしては、嬉しいけどね。これだけの人数を操作できるし。あぁ・・・そういえば。 調合屋。あの風紀委員はどうしてるの?一昨日に捕えた頃から、ずっと智暁が色々やってるのは知ってるけど」 「 今もやっているよ。俺にはソッチ方面の趣味は無いから彼女の気持ちはよくわからないが、すごい熱の入りようだ。女が女に行う調教の真髄というのを垣間見た気がする 」 「少量の筋弛緩剤を投与した後に自白剤で色々聞き出した時も、智暁は衝動を我慢し切れていなかったねぇ。百合というのは、かくも人を虜にしてしまうものなのか・・・」 「そういえば、愛しの彼に告白したばっかりだったらしいね。智暁は百合の中でも鬼畜系が好みだし、拘束されている今の焔火の状態なら一線を越えない程度に好き勝手やってそうだね」 「・・・よく知っているね、蜘蛛井?智暁のことが嫌いなんじゃ無かったのかい?」 「・・・嫌いさ。嫌いな人間程よく知っちゃうんだよ」 「ふむ。そういうものか・・・」 永観・蜘蛛井・調合屋は、焔火が構成員の中でも変わった趣味を持つ智暁の餌食になっている様に微かに同情する。 智暁自身焔火に電撃を喰らっているので、その仕返しとばかりに焔火の調教に熱を入れているのだ。 「・・・一応質問するが、智暁は“アレ”を外してはいなかったかい?」 「 それについては心配無いね。彼女も痛い目を見ているし。能力を使わせないためにも、“アレ”は外さないよ。 まぁ、“アレ”が無くても今の焔火緋花はまともに演算できる思考状態じゃ無いよ。智暁に渡した複数の新薬でずっと喘ぎまくっているし。 今回の新薬は快楽性を追及した媚薬剤でね。智暁が以前から所望していたのを聞いていたから少々張り切って作ってみたよ 」 「映像媒体に録画して“裏”に回したらいい金づるになりそうだけど、智暁はそういうのを嫌うっていうか、肝心の一線は越えられないんだよね。 薬物中毒者の女達に対してもそうだったし、調教部屋に付いていた監視カメラも外させたし。あれで鬼畜系を語っているんだからお笑い草さ。甘い甘い」 「・・・よく知っているね、蜘蛛井?智暁のことがすごく嫌いなんじゃ無かったのかい?」 「・・・すごく嫌いさ。すごく嫌いな人間程よく知っちゃうんだよ」 「ふむ。そういうものか・・・」 「 (永観・・・君は、時折真面目な顔してものすごいボケを晒すね。自覚が無いというのがまた・・・) 」 調合屋は、部屋に漂い始めたボケの空気から抜け出したくなったために、さっさとここから退散することを決める。 「 それじゃあ、俺は退散するよ。夕方にまた 」 「あぁ。よろしく頼む」 永観の言葉を受け、白衣の男は部屋を後にする。殺人鬼の襲撃が続いた当初は『ブラックウィザード』から手を引くことも考えたが、中々どうして魅力的なことを行う。 しかも、それをキッチリ完遂するのだからまだまだ捨てたモノじゃ無い。あの風紀委員には、後々に他の新薬の実験台になって貰うつもりだ。 だからこそ、網枷に彼女の管理を任された智暁の機嫌を取っている。その機嫌を取る手段を自ら講じた調合屋は、マスクに隠した唇をわずかに緩めながら去って行った。 「・・・永観」 「・・・何かな?」 「・・・まだ、我慢するのかい?今は、絶好のチャンスでもあるんじゃないの?東雲の首を取って、お前が『ブラックウィザード』の頂点に君臨するための・・・さ?」 「・・・フッ」 調合屋が去った後に、蜘蛛井が永観に語り掛ける。この部屋に設置されている監視カメラは蜘蛛井が弄ってあるので、この会話が録画・録音されることは無い。 それは、反逆。『ブラックウィザード』のリーダーである“孤皇”東雲真慈を討ち、永観策夜が新しきリーダーに上り詰めるということ。 「確かに、今はその好機だ。件の殺人鬼の猛攻で、あの“孤皇”も少なからず揺らいでいるだろう」 「お前が『ブラックウィザード』に入ったのも、東雲に魅力を感じていたんじゃ無い。 『ブラックウィザード』が持つ数々のコネクションに惹かれたこと、そして数多くの他人の苦しむ顔が見れること・・・だったっけ?」 「そうだ。フフッ、そうだとも。この組織を牛耳ることができれば、僕は更なる他人の苦痛をこの目に映すことができる!!それは、僕にとって至上の贅沢だ・・・!!」 永観の瞳が愉悦に染まる。彼にとっては、敵・味方関係無くその苦しむ顔を見ることが至上の幸せだった。その快楽を極めるために、彼は謀反を企てさえいる。 蜘蛛井や智暁、中円に風間等に対してそれとなく話を持ち掛けているのも、来るべき反逆の時に味方へ引き入れるためである。 実際に永観の反逆の意志を知っているのは、現状では蜘蛛井と・・・他1名のみ。 「・・・だが、あの殺人鬼の猛攻は僕としても予想を遥かに超えるモノだった。もし、内紛状態に『ブラックウィザード』が陥れば、僕は東雲共々殺人鬼の牙に掛かるだろう。 東雲だけならともかく、僕にまで影響が及びかねない。好機に拘り過ぎて共倒れになってしまっては意味が無い」 「へぇ・・・。まぁ、お前の勇み足で風紀委員達にも嗅ぎ付けられたしねぇ。面倒臭い所は、全部東雲に押し付けてからってこと?」 「そうだ。・・・君は僕の陣営なんだろう?」 「今の所はね。本当は『ブラックウィザード』にそこまで興味は無かったんだけど、“手駒達”っていうオモチャを放り出すのは惜しいし。 実際、網枷のバカや東雲の命令があったら“手駒達”を思うように動かせなくなるし・・・」 「僕が頂点に立った暁には、君に“手駒達”の全権・・・とまでは行かずとも相応の権限を与えよう。『守護神』への復讐にも、全面的に力を貸そう」 「フフッ。期待しているよ、永観?にしても、焔火緋花を通常の手段で“手駒達”化しないなんてどう考えても網枷の私情だよね。 人質として扱いたければ人格をブッ壊す“手駒達”化が一番良いのに。何時も使っている薬も投与しているけど、量的には大したこと無いから低レベルの中毒しか発症していないし。 智暁の調教を認めたのも、大見得を切るだけで肝心要の一線を越えられないあいつの性格を見越した上でボク達の手が及ばないように段取りしたものなのかもね」 「とは言っても、僕の教えで智暁も大分突っ込むようになったがね。そういえば、『調合屋の機嫌を取るためにも1つくらいは被験体を』とも言っていたな。 最もらしい『言い訳』だ。やはり、176支部出身者には少なからず情が移るのかもしれないな」 「鏡子もだよね。大量の薬を摂取しているにも関わらず重度化していないのも、網枷の根回しで薬1つ1つの含有量を減らしているからだし。・・・ムカつくね。 おかげで、焔火朱花の調整にも余計な手間を掛けることになったよ。しかも、『手探り』の調整なモンだからまだ絶対じゃ無いんだよねぇ」 「あぁ。・・・そういえば、あの倉庫で江刺達と道連れにしようとした178支部の2人が生きていたようだな。目撃情報が上がっていた」 「みたいだね。大方江刺がパニくって『優先変更』を解除しちゃったから、殻衣の『土砂人狼』で何とか逃げたんだろうね。片鞠と江刺は“手駒達”共々死んだから別にいいけど。 それより、成瀬台強襲の件だよね。重体者は何人も出ているようだけど、死者が1人も出ていないって拍子抜けだよね。 まぁ、これで伊利乃も評価が落ちる。ボク達には都合が良い形になったからあえて文句は言わないけど」 「・・・フッ。全くだ」 急成長した組織というモノには、必ず何処かに歪が生まれる。『ブラックウィザード』もまた、その例外では無い。 今は、殺人鬼の討伐という目的があるが故に矛を懐に収めている人間も居る。自らに降り掛かった危機が、自身に潜む反乱因子を抑え込んでいるのは何とも皮肉である。 「それにしても、昨日・今日の阿晴さんのニヤけ顔は気色悪いを通り越しませんか?」 「いいんじゃない?阿晴君もいい気分なんだし。誰だっていい気分で居たいものよ。まぁ、真昼はちょっといい気分にはなれないわよね。江刺君の件で」 「・・・い、いえ。裏切り者に対する正当な罰が与えられたとは思いますし。片鞠君も巻き込まれたって聞いた時は、ちょっと心穏やかでは居られませんでしたけど」 「『巻き込まれた』・・・ね」 「・・・伊利乃さん?」 「いえ・・・・・・この話題は禁句だったかしら?ごめんなさいね、真昼。いい気分が吹っ飛んじゃったわね」 施設内北部の通路を歩いているのは、幹部の伊利乃と構成員の中円。2人は、リーダーの東雲と幹部の網枷に会いに行くために歩を進めている。 「いえ!!もう終わったことですし!!それに、このことは一部の人達しか知らない事実ですから、あたしの雰囲気で他の皆に悟られないようにしないと!! そのためにも・・・いい気分・・・いい気分・・・そういえば、智暁はどうしたんですか?まさか・・・まだあの部屋に?」 「ご名答♪智暁もあの娘の調教に熱中しているみたい。私が教えたテクを実践しているんじゃないかしら?」 「テク!?伊利乃さん・・・智暁にそんなことを!?」 「あら?『そんなこと』ってどんなことかしら、真昼?」 「えっ!?そ、それは・・・・・・///」 「ンフッ。まぁ、智暁も色々ソッチ方面を勉強してたし、私の教えと相俟って今頃はあの純情な女の子を快楽の坩堝に陥れてると思うわよ? そのために、調合屋から専用の薬も幾つも貰ってたし。調合屋の作る薬は効き過ぎるから、すぐに壊れなきゃいいけど」 「あれっ?心配しているんですか?」 「それは心配よ。だって、私が楽しむ機会が無くなっちゃうじゃない?」 「あぁ・・・そういう意味ですか」 等と言い合いながら、2人は東雲と網枷が居る作戦会議室へと辿り着く。扉を開くと、そこには予想通り『ブラックウィザード』のリーダー東雲と“辣腕士”網枷が居た。 「ヤッホー♪真慈。網枷君も。ちょっといい?」 「・・・・・・」 「伊利乃・・・中円も。何の用かな?」 伊利乃に話し掛けられても無口を貫く東雲の代わりに、網枷が訪問の意図を尋ねる。 「『太陽の園』の件で話があるのよ」 「『太陽の園』?明後日の午前中に回収予定の件か・・・それが?」 「えっとねぇ・・・それ変更!」 「はっ?」 「え、えっとね・・・網枷君。伊利乃さんは、今日の夜に回収へ向かいたいって言うんだ」 単刀直入且つ言葉が圧倒的に少ない伊利乃の提案に網枷が困惑している横で、中円が説明を付け足す。 「今日の夜?・・・伊利乃。どうして今日なんだ?」 「う~ん・・・女の勘!」 「それでは、何の説明にもなってないんだが?報道等を見ている限りでは、『シンボル』の話題が前面に出ていること以外は事前の予想通りだ。私達の名前も表沙汰になっていない。 秘かに警備員達が学園都市中に検問という名の網を張ってはいるようだが、それも精神系・光学系・電気系能力者達を随行させればどうとでもできる。 “裏”から圧力も掛かっているために、警備員の体制は今の時点でも穴が存在しているが・・・どうして回収を急ぐんだ?」 網枷は、伊利乃の判断に疑問を抱く。“辣腕士”と謳われる網枷でも、彼女の思考は完全には読み切れない。 「・・・希杏」 「・・・何?」 「まさかとは思うが・・・焦っているんじゃないだろうな?先日の“決行”作戦で、お前に課せられた『風紀委員会本部の殲滅』を果たせなかったがために。 網枷が遂に覚悟を決めて“裏”の世界に本格的に足を踏み入れる切欠の場で、お前達は作戦を遂行し切れなかった」 「・・・・・・」 「負い目を感じるのは勝手だ。失敗を取り返そうというのなら好きにすればいい。だが、そのために動くのなら本人にはキッチリ説明をしてやれ。例え、それが女の勘だとしても」 東雲は、伊利乃のほんの僅かな気負いに勘付いていた。彼女とは『ブラックウィザード』結成前からの付き合い・・・いや、自身を学園都市に導いた親友だからこそわかる。 「・・・ふぅ。真慈には敵わないねぇ」 「伊利乃・・・」 「・・・何だか嫌な予感がするの。網枷君、言ってたよね。“『シンボル』の詐欺師”が変な着ぐるみを身に付けて、大勢の人間を連れ立ってボランティアに向かったって」 「・・・あぁ。どんな着ぐるみを身に付けていたかまでは知らないがな。176支部の問題児集団によって発生した余計且つ多量の事務仕事に巻き込まれて、そこまで聞き出せなかった」 「・・・『太陽の園』の施設主と今朝電話が通じたの。本当に偶々。私としては、明後日のお迎えの時の打ち合わせをしたかったから運が良かったって思ってた。 そしたら・・・施設主がこう言ったの。『カエルの着ぐるみを着た大勢の人間が、「太陽の園」にボランティアに来てる』って」 「何っ!!?」 網枷の背中に、嫌な鳥肌が立つ。成瀬台の強襲時に風紀委員達を殲滅できなかった最大の理由・・・『シンボル』。 伊利乃が言いたいことはこうだ。『太陽の園』に、その『シンボル』のリーダーが居る可能性があること。そして、自分達を待ち構えている可能性があること。 「あの“詐欺師”が、私達の情報を掴んでいるとは限らない。でも、その存在は必ず邪魔になる。もし、私達の影に気付いていたら罠を張っている可能性は限り無く高いわ」 「・・・『シンボル』の数名が風紀委員に協力していることは、報道でも確定している。その伝手で、伊利乃が勤めているとしている会社がダミーだと気付いている可能性は高い。 下手をすれば、『太陽の園』に風紀委員達も待ち構えている可能性がある・・・!!」 「あたしは、それだけ危険なのがわかっているんだから『太陽の園』の回収は諦めた方がいいんじゃないかって伊利乃さんに言ったんですけど・・・伊利乃さんは『回収はする』って・・・」 「・・・希杏。もしかして、留守番電話に自分の声を残していたりするのか?」 「・・・えぇ。私も迂闊だった。施設主は、あの『太陽の園』の運営を1人で担う程の忙しい日々を送っていたから中々連絡が繋がらなかったの。 私としても、できるだけ対面を避けたかったというのもあって電話に拘った。でも、財政難を抱えるあの老人は予想以上に厄介だった。 携帯電話さえ持っていない耳の遠い老人で、しかも電気代の節約のために使用時以外はどの電化製品もコンセントを抜くって徹底振りだったから。 だから、施設主がコンセントを抜き忘れた時に1、2回留守番電話に音声メッセージを残しているわ。回収する時に“手駒達”を使って潰せばいいとも思っていたから。でも・・・」 「それはマズイな。『書庫』には、音声記録も登録されている。もし、“詐欺師”が私達の存在に気付いているのなら、伊利乃の情報は既にバレていると見て間違い無い」 「そんな・・・!!伊利乃さん・・・!!」 中円は、事ここに至って伊利乃が何時に無く真剣であった理由を察する。先日の強襲だけでは無い。それ以外でも失態を重ねていた可能性に彼女は気付いていたのだ。 「・・・仮に、私達の存在に気付いていなくてもそれはそれで面倒なの。施設主の話だと、カエル軍団は私達のお迎え時まで居るようなの。 そんな状況でも、“手駒達”を使った音声データの確実な消去は施設に近付かないと難しいわ。電気系能力を使って地下ケーブルからという手も、コンセントを抜かれていたら意味無いし。 でも、そんな暗躍をあの“詐欺師”が気付かないとは思えない。正直な話、界刺得世を出し抜くのはどんな状況でも難しいわ。万全の準備をされていたら余計に」 「・・・君の言いたいことはわかった。界刺得世が居ない場合もしくは居ても『ブラックウィザード』の影に気付いていない場合、 後々に引き摺る原因になりかねない留守番電話の音声データを早期に消去する必要がある。 施設主が音声データを消去しているという確認が取れれば杞憂で終わるが、これにも落とし穴がある」 「落とし穴って・・・網枷君・・・?」 「界刺がその場に居て、尚且つ『ブラックウィザード』の存在に気付いていた場合だ。 例えば、こちらから音声データの有無を確認する電話を掛けた場合、もしかしたら施設主を説得して音声データを消去しているという嘘を付かせるかもしれない。 今現在、『ブラックウィザード』に言葉を聞いただけで心理状態を読める能力者は居ない。変声器でも使って奴が施設主に成り代わっていれば・・・」 回答を述べた後に独り言のようにブツブツ言葉を垂れ流す網枷を、中円は奇妙なモノを見たかのような視線で目に映す。そんな可能性まで考慮しなければならないのか・・・と。 「網枷君。それは、考え過ぎじゃない・・・?」 「中円・・・あの“詐欺師”を甘く見るな。『シンボル』を甘く見るな。伊利乃に任せた強襲の件で、俺は『シンボル』は手を出さないと踏んでいた。 リーダーの性格や不在、“3条件”の件からそう判断した。しかも、成瀬台を中心に強力なジャミング網も敷いていた。有線にも細工をしていた。 だが、『シンボル』は強襲を打ち砕いた。しかも、ジャミング網を敷いていたにも関わらず『シンボル』は外回りをしていた風紀委員と連絡を図っていた節がある。 駆動鎧へ攻撃を仕掛けた時間帯から、その場に居た『シンボル』のメンバーは成瀬台学生寮に居たと予測できる。つまり、連中も電波を使った連絡手段や有線網の利用は不可能だった。 だが、爆弾を積んだ車両の迎撃の実行者及びタイミングは事前に打ち合わせをしていなければ絶対に無理な業だった。 おそらく、連絡不能範囲外に居たあの“詐欺師”が裏で糸を引いていたんだろう。しかも、奴等独自の連絡手段を用いて俺達の作戦を完璧にさせなかった」 「・・・!!!」 何時もは無表情な網枷が珍しく苛立っていた。それは、自分が作った作戦を『シンボル』に乱された影響か。 否、それは風紀委員に『シンボル』が手を貸したこと自体に対する怒り。東雲が言う所の・・・『答え』。それを見極めるのに『シンボル』という存在は邪魔なのだ。 単に『ブラックウィザード』に対する脅威として面倒な存在であることも確かである。網枷としても、『シンボル』によって自分達が追い詰められる事態は絶対に認められないのだ。 「・・・話を戻す。“詐欺師”が私達に気付いていた場合、伊利乃の素性は割れ、『シンボル』及び風紀委員達の待ち伏せを喰らう可能性が高い。 知っているとは思うが、強襲前において成瀬台支部のメンバーの大半が単独行動をしていた。 それがここに結び付いている可能性は低いが、無事な戦力として急遽回される可能性は否定できない。 それ以上に、“手駒達”の材料として『置き去り』を使用していることに気付かれた可能性が高い。もし、このまま回収を止めたあるいは延長したとあればそれはそれで疑われる。 一方、奴が居ないもしくは私達の存在に気付いていない場合伊利乃が残してしまった音声データがネックになる。これは、早急に潰さなければならない。 潰すためには、『太陽の園』に侵入する必要がある。そのためには・・・」 「・・・網枷君。私としては、その確認も込めて今日の夜に向かいたいって思ったの。施設主の話だと、カエル軍団は夜には『太陽の園』から離れるみたいなの。 もし、私達の影に気付いていたとして、一番警戒するのはお出迎えする明後日の筈。時間帯がわかっているから、それに合わせた準備を行っている筈。 風紀委員会も、一昨日の襲撃でまだ完全には立ち直っていないわ。“裏”からの情報だと、成瀬台に集まっている風紀委員・警備員は守りを固めているみたいだし」 「確かに、伊利乃さんの言う通り強襲で大被害を被った直後に攻めに転じることはそうそうできませんよね」 「今なら、まだ準備が整っていない可能性が高いわ。成瀬台支部のメンバーだけなら、まだ対処の仕様はある」 伊利乃の説明は一理ある。如何に無事な戦力とは言え、成瀬台単独ならば“手駒達”で十分対処は可能だ。 『シンボル』が本格的に関わるか関わらないかは、そこに居るかもしれない“詐欺師”次第。 「・・・中円。智暁と調合屋に連絡を取れ。焔火なら知っているかもしれない。自白剤を用いて吐かせろ」 「そ、それなら精神系能力持ちの“手駒達”を使ったほうが早い・・・」 「どうせ、どう動くにしても時間は掛かるからな。それに、あの人質にそんな遠慮は要らない。さっさとしろ!!」 「・・・!!わ、わかった」 網枷の冷淡な声にビクつきながらも中円は、携帯電話を取り出して両者に連絡を取るために部屋を出て行った。 「・・・その上で回収を目指すのは・・・・・・意地か?」 「真慈・・・」 「元『置き去り』として・・・他の暗部組織に『置き去り』達を使い捨てられるのが我慢ならないか?あの『太陽の園』は『闇』の人間も狙っていた。 その情報を入手したお前が陣頭に立って、『太陽の園』との売買契約にまで至った。俺達も、やっていることには変わりは無い。 そんな矛盾を抱えてでも・・・お前は動くのか?『家族』と見做す片鞠を始末する作戦を提案した蜘蛛井の判断を認めた俺に、お前は今も従うのか?」 心を見透かす東雲の興味深げな言葉と視線が少女に突き刺さる。そして、それ等を伊利乃は真正面から受け止める。 これは、少女の秘めたる歪な覚悟の再確認。“魔女”の覚悟を“弧皇”が再び確認しているのだ。故に・・・伊利乃希杏は正真正銘の本音で応える。 「・・・私は、手駒達”を生み出すことをあなたに提案したわ。『力』を証明したいあなたにうってつけの駒を・・・その供給源を元『置き去り』である私が提案した。 あなただって、本当は『闇』の人間が嫌いでしょう?私も大嫌いだわ。このまま私達が『太陽の園』の回収を取り止めたら、間違い無く『闇』の人間が動く。動いて使い潰す。 それは、絶対に認められないわ。それを認めるくらいなら・・・真慈。あなたの礎として使い潰した方がマシだわ。 あなたなら・・・いずれこの学園都市を変えられる。私は・・・そう信じている。そのためなら・・・『家族』を切り捨てることも私は厭わない!!」 「伊利乃・・・!!」 「・・・ンフッ。それに・・・網枷君の船出に泥を塗っちゃったしね。挽回したい気持ちも無くは無いのよ」 網枷は、初めて伊利乃希杏の本当の姿を垣間見た気がした。出会った当初から、ずっとお姉さんぶっていた年長の女性が初めて見せた本音の本音。 その本音が、自分と同質であると知った。知ったからには、その思いに応えないわけにはいかない。例え、リスクを抱えてでも。己が『力』を証明するために。 「伊利乃。前に言った通り、君に『六枚羽』を貸そう。先にも言ったが精神系・光学系・電気系能力者等で固めた“手駒達”なら隠蔽は可能だ。 フッ、このくらいの想定外を楽しめないようでは“裏”の世界では生きて行けないんだろう?」 「網枷君・・・!!」 「伊利乃。私は君と同じ思いだ。東雲さんなら、学園都市を変えられる。そんな君の気持ちを無下にはできない。私も、『闇』の人間は心底嫌いだ。この手で殺したいくらいにな。 今日の夜、『太陽の園』の『置き去り』を回収する。中円の確認待ちだが、もし“詐欺師”が私達の存在に気付いて邪魔をしたとしても、『六枚羽』の力があれば蹴散らすことも可能だ。 “手駒達”も数十名動員する。“裏”からも手を回しておこう。今後『置き去り』の拉致が難しくなるが、もしバレているのならどっちみち一緒だしな。 連中の準備が整っていない可能性が高い今、『太陽の園』の『置き去り』だけでも回収し“手駒達”として東雲さんの礎となって貰おう!!」 組織として、本来であれば取るべき選択では無いのかもしれない。だが、譲れないモノがある。自分達は、組織に所属したくて『ブラックウィザード』に居るのでは無い。 理不尽なこの世界を打破したくて、己の意思を貫きたくて、『力』を証明したくてここに居るのだ。それを体現する男がここに居るから、自分達は集った。 「・・・話を勝手に進めるな。お前等・・・俺に殺されたいのか?」 「真慈・・・」 「東雲さん・・・」 『ブラックウィザード』のリーダー・・・“孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。 「・・・・・・フッ。『俺』の中に居る人間は、自己主張が激しい奴が多いな。・・・だが、俺らしいと言えばらしいか。俺も、自己主張が激しいからな」 「・・・確かに」 「・・・誰よりも」 「・・・いいだろう。中円の確認が済んでからだが、今日の夜の回収・・・許可しよう。但し・・・その指揮は俺が執る。俺が陣頭に立つ」 「「!!!」」 伊利乃と網枷は驚愕する。東雲が陣頭指揮を執ることは、まず無いと言っていい。あの殺人鬼を潰すために部隊を展開した時も、指揮は網枷に任せていた程だ。 「俺も、唯待っているだけというのはつまらん。最近は、『力』を証明する機会も無かったからな。何処かの“辣腕士”が出しゃばって」 「・・・」 「それに・・・あの“変人”がそこに居る可能性があるんだろう?それだけで、俺が出る理由ができた。あの男には、もう一度会いたいと思っていたしな。機会があればだが」 「真慈・・・ありがとう」 「礼を言うのは、作戦を完遂してからにしろ。あの“変人”が邪魔をするのなら、完遂自体が困難だぞ? 網枷!お前はここに残れ。逃走ルートのフォロー等は全てお前に任せる。いいな?」 「了解です」 「真慈と共同作戦か・・・何時以来だろう?・・・ンフッ。これは、頑張らないと!」 このやり取りの十数分後、中円が部屋に戻って来た。自白剤で以って焔火に吐かせた情報は、伊利乃の予想通り―懸念通り―“変人”が『太陽の園』に居ることを示していた。 故に、それに応じた作戦を練り・・・行動は開始される。 「(こういう展開は好ましくないなぁ。予想外な攻勢だったのはわかるし、破輩のメールを見てもやっぱり真刺達を巻き込みたく無かったんだろうし・・・。 俺達を守りたいという真摯な想いもわかる。でも、結局はこうなった。そのせいで俺の仕事がまた増えた。・・・増えたっつーか、絶対に成功させないといけなくなった。・・・。 やっぱムカつくな。クソムカつく。ブッ殺したいくらいに風紀委員(あいつら)ムカつく。折角この件が終わったら『シンボル』の活動を休止して大人しくしてようと思ってたのに。 まさか、今回の真刺達の『活躍』が『シンボル』にとって有益なモンだとは思って無ぇよな?。・・・・・・破輩のメールを見る限りそれは無い・・・か。でもよぉ・・・ガァッ!!)」 場面は変わって、ここは第19学区にある自然公園。『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と『太陽の園』の子供達は、虫取りのためにこの公園へ赴いていた。 「(この度を超えた偏向報道を見る限り、“裏”・・・というか『闇』が関わっているのは確実だな。いくら破輩でも、『闇』連中のことは具体的には知らねぇだろう。俺も全部知らないし。 あいつの気持ちは有難いんだけど、対処療法でしか無いんだよな。予防できなかった時点で敗走モードだ。どっちにしろ『シンボル』としての活動はしばらく休止するが・・・チッ。 自業自得だってのはわかっちゃあいるが、余り目立ちたく無いなぁ。『闇』に本格的に目を付けられるのは面倒にも面倒だ。救済委員事件で桜の自首が改竄された辺りからか・・・? 今は学園都市の治安維持に貢献しているって形だから『観察対象』レベルで収まってるだろうけど、『殺害対象』レベルへの引き上げに繋がるようなことだけはしないようにする)」 各“ヒーロー”と子供達が触れ合っている中、1人だけベンチに腰を下ろしている“ヒーロー”が居る。名は“カワズ”。理由は、仲間ハズレである。 先日“ゲコ太マン”と共に『光学装飾』で色んな見世物をしてみたのだが、それだけで子供達の“詐欺師ヒーロー”に対する印象は完全には変わらない。 “詐欺師ヒーロー”と積極的に関わろうとする者・遊ぼうとする者なんてまず居ない。それをするくらいなら、他の“ヒーロー”と遊んだ方が面白いと子供達は考えている。 「(そもそも、今回の件で学園都市の上層部は『ブラックウィザード』を『殺害対象』レベルに引き上げてもおかしくは無い。 つまり、暗部連中が一気に動いてもおかしく無い。なのに、それらしい動きが無い。寒村先輩達を含めた風紀委員会が“自由”に動けているのがその証拠だ。 普通、暗部が動く時は表の治安組織に悟られ無いよう工作する筈。工作して、一気に調査・殲滅に掛かる筈。勝敗は別にして。 怪我人が多発している今なら、排除の理由は何とでも付けられる。・・・動けない理由があるのか?『ブラックウィザード』が『闇』関連の何かと繋がっている可能性は高い。 だけど、それでも動かないのは不自然だ。・・・・・・まさか、俺達『シンボル』が表立って参戦したからか? あわよくば、『正義の味方』と『ブラックウィザード』を衝突させて潰し合いって腹か?この報道・・・。 『「観察対象」で居たければ「正義の味方」として自分達の代わりにキリキリ働け。途中下車は許さないぞ?』的なメッセージも含まれているのか?)」 “カワズ”は、今回の偏向報道の奥深くに潜んでいた深意を読み取る。風紀委員会に『シンボル』が表立って助力した以上、最後まで協力しろというメッセージ。 深読みかもしれないが、それが有り得るのがこの学園都市という街。科学に支配された世界である。むしろ、自身の自惚れであってくれた方が何倍もマシである。 「(確かに、手段を選ばない暗部連中も効率は考えるしな。工作活動もタダじゃ無い。自分達の手を煩わせる前に、利用できるモノは何でも利用するだろう。 連中だって、風紀委員や警備員のように学園都市の秩序を守っている組織であることには違いない。・・・今回の件を利用して俺達『シンボル』の動向『も』見極めてそうだな。 もしそうなら、当初の予定通り『正義』的存在の風紀委員会を主役にして今回の件を解決すれば、少なくとも暗部に命を狙われる『殺害対象』への引き上げは免れられるか? 学園都市に反旗を翻す脅威にはなりませんよー的なアピールを事の終わりまでし続ければ・・・一押し足りないな。警備員の中にある“面倒臭い”部署がネックだ。 あの部署は、場合によっては暗部の人間を依頼という形で動かせる。暗部連中にその気が無くとも、あそこがでっちあげでも何でもいいから主導して事を動かせば・・・だからな。 “3条件”を警備員に適用しなかった理由の1つなだけはある。本当にメンドクセェ。やっぱり、寒村先輩に頼んだこと以外の保険として“協力”を絶対に取り付けないといけねぇか。 ハァ・・・真刺に決定権を委ねたこと自体は後悔しねぇけど、余計な面倒事を抱えちまったぜ。風路の件や『太陽の園』の件で協力したことにはなるかなぁ。 ここまで来たら、いっそのこと一部を除いて主役にならない範囲で積極的に協力することで“面倒臭い”部署の動きをなるたけ封じる方向へ・・・)」 「おい!!!」 「んっ!!?な、何!?」 「どうだ!!この獲得数は!!?」 「・・・おおぉ。こりゃ大漁だね」 1人思案に耽っていた“カワズ”の傍に、臙脂勇とその友達数人が現れた。臙脂の持つ虫かごの中には、何匹もの蝉が入っていた。 虫取りが大得意の臙脂にとっては、このくらいの獲得数は朝飯前と言った所か。 「だろ!!なのに、何で“カワズ”はそこで座ってばっかりなんだよ!!?」 「勇君の言う通りだ!!たるんでるぞー!!」 「こうなったら、また『暗黒時空』で“カワズ”を・・・」 ピカー!!! 「「「うわっ!!?」」」 臙脂達を襲ったのは、『光学装飾』で発生させた光球。直後にその光球は虹色に変わる。光の強さを調節し、眩しくない程度に抑えた“カワズ”はデタラメで返答する。 「この虹色の光球を君達に見せたくてね。丁度虫取りに夢中になってたから、一息吐くのを待っていたんだよ」 「そ、そうなの!?」 「あぁ。“ヒーロー”は嘘を付かないさ」 「・・・でも、“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”なんでしょ?嘘を付くんでしょ?」 「幾ら“詐欺師ヒーロー”つっても、毎度毎度嘘を付くわけじゃ無いよ?」 確かに毎度毎度嘘を付いているわけじゃ無い。しかし、今現在吐いた『虹色の光球を見せたい』という言葉は嘘であり・・・ある意味では本当でもあった。 「・・・・・・」 「勇君?どうしたの?急に黙っちゃって」 「んん!?べ、別に何も無ぇよ!!」 「そ、そう・・・」 臙脂の顔に陰が差していると思った友人は気遣いの声を掛けるが、ガキ大将は気丈に振舞う。 「そういえば・・・勇君。前に、ここで『“ヒーロー”になりたい』って叫んでた年上の女の子が居たよね?」 「お、おぅ!!そうだったな!!お前等と一緒に虫取りにここへ来た時に、ゴリラみてぇなゴリラに堂々と宣言してた人が居たよな!!綺麗な人だったよな!!」 ふと思い出したという体で、かつて出会った女性のことを話題に出したもう1人の友人の言葉をこれ幸いとし、臙脂は意識をそっちに集中する。 「ゴリラみたいなゴリラ?それって本物のゴリラ?ここにゴリラなんて居るの?」 「そうじゃ無いよ!正確には、ゴリラみたいな大人って表現が正しいんだ!」 「余り変わらないような気が・・・というか酷い表現だ・・・・・・ゴリラ?“ヒーロー”?・・・・・・なぁ、臙脂?」 「な、何だ!!?」 「その『“ヒーロー”になりたい』って宣言した女の子って・・・もしかしてこの娘かい?」 臙脂達の言葉に何かが引っ掛かるような感覚を抱いた“カワズ”は、ある予感と共に臙脂達に光像を見せる。小川原の制服を着用した、背の高い黒髪の少女・・・焔火緋花の姿を。 「おおおぉぉっ!!?こ、この人だぜ!!?“カワズ”!!お前の知り合いか!!?」 「・・・まぁね」 「・・・ま、まさか!?この人がなりたい“ヒーロー”って・・・!!?」 「違う違う。この娘は、俺のような“ヒーロー”にはなりたくないってさ。この娘の友達から聞いた話だけど」 「そ、そうなんだ。ハァ・・・よかった」 友人達は、焔火が目指す“ヒーロー”が目の前に居る“詐欺師ヒーロー”とは違うモノだとわかって安堵する。こんな“ヒーロー”は、正直な所居て欲しくない。 未だに“カワズ”を偽者の“ヒーロー”と考えている子供達が今こうやって普通に会話できているのも、“ゲコ太マン”の檄の影響が大きい。 「そりゃそうだろ!!“カワズ”のような“ヒーロー”ばっかじゃあ、“ヒーロー”を信じられなくなるぜ!! 嘘を付いて、人を騙す偽者の“ヒーロー”だもんな!“ゲコ太マン”とは違って、困っている人に“救いの手”を差し伸べようとしない“ヒーロー”だもんな!!“カワズ”はよ!!」 「だよね!!その女の子も、きっと勇君が大好きな“ヒーロー”に憧れてたんだよ!!」 「私達にとっては、勇君も“ヒーロー”だけどね!!」 「そ、そうか!!そうか!!ハッハッハ!!」 友人達の言葉に気を良くする臙脂。それをずっと見詰めているのは・・・“詐欺師ヒーロー”。 臙脂達が脳裏に思い浮かべる少女が『なりたくない』と言った『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。 「“ヒーロー”ってのはそんな生易しいモンじゃ無ぇよ?」 「ん?何だよ、“カワズ”。お前だって一応は“ヒーロー”なんだよな!?何情けねぇこと言って・・・」 「“ヒーローごっこ”に興じてる君にはわかんねぇだろうな」 「!!!」 “詐欺師ヒーロー”が、ベンチから腰を上げる。そして、臙脂の目の前で中腰になる。目線を合わせる。 「俺は、昔“詐欺師ヒーロー”とは違う“ヒーロー”だった。その時でさえ、自分を保つことに苦労した。“ヒーロー”は、皆の期待を一心に背負う。勝手に背負わされる。 そして、その期待は一つ間違えれば失望に変わる。“ヒーロー”の行動1つで。現に、君達が目撃した“ヒーロー”になりたがった女の子は・・・その途中で堕ちた」 「「「!!!」」」 「彼女がその時どう思っていたのかは、俺にはわからない。何かに気付いたのかもしれないし、何一つ気付けなかったのかもしれない。 1つだけはっきりしていることは、“ヒーローごっこ”に興じてた彼女は“ヒーロー”になれずに・・・敗北した。“ヒーロー(敗者)”の末路は・・・言わなくてもわかるだろう?」 “カワズ”は、“ヒーローごっこ”に興じている子供に現実を教える。“ヒーロー”に夢を、憧れを抱く子供達に容赦無く事実を叩き付ける。 「“カワズ”は・・・その人が心配じゃないの?きっと、その女の子は助けを求めているんじゃないの?“救いの手”を求めているんじゃないの?」 「心配じゃないってのは嘘になるけど・・・今の俺はそれ所じゃ無いんだよ。色んな意味で。これは、ウソツキな俺の確かな本音の1つだ。 そもそもさ・・・何で“ヒーロー”が他者へ絶対に“救いの手”を差し伸べなきゃいけないんだろう?」 「何でって・・・!!」 「“ヒーロー”だから、誰でも救わなきゃいけない義務があるのかい?“ヒーロー”だから、誰かの期待に応えないといけない義理があるのかい?その先に・・・何があるんだい? 勝者になっても敗者になっても、“ヒーロー”の行く末は茨の道さ。それが、“ヒーローごっこ”なら尚更ね。 彼女の場合は、見事なまでに転落しちゃったねぇ。まぁ、これも自業自得かな?ご愁傷様」 「お、お前!!それでも“ヒーロー”かよ!!?」 「“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”さ。それ以上でもそれ以下でも無い。人1人をそう簡単に背負えると思ってるのかい?・・・君達のことだ。 “ヒーロー”ってのは、皆のために・・・他者のために自分を犠牲にしてでも頑張らなくちゃいけない責任があるって思ってそうだね。んふっ、何を馬鹿なことを言ってるんだ? “ヒーロー”に全部押し付けて、自分の責任を軽くしてるのは何処のどいつだ・・・!?責任逃れをしてんのは、“ヒーロー”じゃ無くて君達“一般人”なんじゃねぇのか・・・!?」 「「「・・・!!!」」」 それは、“詐欺師ヒーロー”としての言葉では無い。“閃光の英雄”としての言葉。“ヒーロー”は反論する機会を与えられない。結果を出せなければ非難を喰らう。 それなのに、期待や憧れだけは勝手に背負わされる。“一般人”による『罪深き』要求を。そこに秘められた危うさを知っているからこそ、“英雄”は断言する。 これは、まがりなりにも“ヒーロー”になった―なってしまった―者にしかわからない感情。それは、“ヒーローごっこ”止まりの臙脂や“一般人”足る友人にはわからない感情。 「そ、それでも“カワズ”は“ヒーロー”なんでしょ!?だったら・・・」 「・・・さっきも言ったけど、今の俺はそれ所じゃ無いんだよなぁ。俺なりに先のことを考えて色々動いているし」 「“カワズ”は、『それ所じゃ無い』って理由で人を見捨てるの!?今確かに助けを求めているかもしれない人を、何で助けようとしないの!? 『ご愁傷様』って言って高みの見物を決め込むだけなの!?何だよ、それ!!?おかしいだろ!!?屁理屈ばっかり言って!!!」 「先のことを考えて、今のことを大事にしないのは間違っているよ!!今確かに困っている人を救えるなら、先のことなんかどうでもいいだろ!? 誰にも先のことなんかどうなるかなんてわからない!!だったら、はっきりしている今に集中して・・・」 「正しいけど無責任だねぇ・・・自分に。まぁ、年齢も年齢だししゃーねーのは理解できるけど。・・・当時の緑川(ゴリラ)の気持ちもわかる気がするわ。 しかしまぁ、こういうのを見ると親友(ダチ)が俺の考えをわかった上で自分の考えを貫いた重さってのがよくわかるわぁ。だから、俺も頷いたんだし」 「「!!!」」 臙脂の友人2人が矢継ぎ早に叩き付けた正論を、しかし“詐欺師ヒーロー”は一刀両断する。今の彼等は思い付かない。彼が、そんな正論を考えていないわけが無いことを。 「君達の言っていることは正論さ。正しい。ある意味では。確かに、君達が言うように俺が間違っているかもしれないし、おかしいのかもしれない。 その上で言うよ。俺は、別に今を軽んじてなんかいない。当然先のことを軽んじてもいない。俺は俺なりの秤でどっちも考えている。感情的にも理性的にも」 「・・・どういうこと?」 「俺は、自分が『本気』で為したいと思うことには責任を取るつもりだ。だから、必死になって考える。考えている。今この時も。後悔しないために そんな『本気』の俺からしたら、『先のことをほっぽりだして今のことだけを考える』なんて考え方は自分に対して無責任としか言いようが無い。 『自分のことをほっぽりだして他者のことだけを考える』なんて真似は死んでもゴメンだ。自分のことを軽んじる奴なんかに、蔑ろにする奴なんかに俺は絶対になりたく無い。 遊び・冗談半分・気紛れレベルならまだ理解できるしやってもいいとは思うよ?普通の日常生活を送る中でならそこまで大きな問題にはならないだろうからね。 でも、真剣に考えている時や本当に大事な時なら俺は絶対にやらない。選ばない。そう心掛けている。 俺は、基本的に無条件で人を助けたりはしない。無条件・・・つまり考え無しで人を助けはしない。きちっと『助け』を見極めた上で動くんだ。だから、俺は後悔しない」 「・・・!!」 「感情を軽んじるな。理性を軽んじるな。正論を軽んじるな。理屈を軽んじるな。目的を軽んじるな。手段を軽んじるな。過去を・・・今を・・・未来を・・・絶対に軽んじるな。 全部考えろ。瞬間的にでもいいから考えろ。考えて選べ。自分の在り方を。自分の意志で。望む未来を掴むために。望まない未来を掴んでも絶対に後悔しないために。 唯『助けたい』という気持ちだけで動くな。現在の自分が今この瞬間に取った行動が先にある未来(じぶん)に何を齎すのかまできっちり考えた上で動け。責任を全うするために。 その結果として、他者が何を感じたかまでは負わなくてもいい。そんなモンは十人十色だ。千差万別だ。 感じ方自体は当人の責任(いし)だ。混同は禁物だぜ?・・・と俺は考えているわけだ。他の誰でも無い、この俺がそう考えているんだ。 だから、君達には強要しないさ。あくまで俺の考えであって君達の考えじゃ無いからね。俺の言葉をどう受け取るかは君達次第さ。んふっ」 「(な、何だろう・・・この“強さ”は!!?)」 「(僕達の言葉は間違ってなんかいないのに・・・自分勝手で我儘ばっかり言っているのは“カワズ”の方なのに・・・どうして!!?)」 理解が追い着かない。自分達は決して間違ってなんかいない。そう思っているのに、どうして言い負かされているような感情を抱くのか。 相手が口達者な“詐欺師ヒーロー”だからなのか?真摯な言葉でも薄情な言葉でも何でも吐けるウソツキだからか?わからない。わからない。わからない。 そんな彼等故にこそ考えが至らない。彼が、『無条件で人を助けたりはしない』と言い放った言葉の裏側を。『絶対に人(焔火緋花)を助けない』とは一言も言っていないことを。 「つまりさ、“ヒーロー”には責任が付き纏うのさ。他の誰よりも。その責任を自覚した上で行動を取らないといけないんだ。俺は俺の責任で動く。 俺は彼女のためだけに動かない。場合によっては、自分を最優先にした上で彼女のために動くかもだけど。今回の場合は・・・『利用価値』次第かな? 自分を最優先に置く以上他者から命令される筋合いも無く、俺の意思以外で助ける義務も義理も存在しない彼女のために俺が命を懸ける程の何かが“それ”にあるかどうか。 俺が命懸けで確かめたいと思う程の『利用価値』が“それ”にあるかどうか。その価値次第じゃ、事の“ついで”に動いたりするかもね」 「『利用価値』・・・。やっぱり、“カワズ”は“詐欺師ヒーロー”なんだね」 「さっきも言ったじゃん。それ以上でもそれ以下でも無いってさ。俺は変わりモンでね。『利用価値』で物事を量る時もあったり無かったりするんだよ」 「そもそもさ。『利用価値』って“何の”『利用価値』を言っているの?“それ”って何なの?」 「そこら辺は、君達のご想像にお任せするよ」 「やっぱり・・・」 「ね・・・」 子供達は、無条件に他者を助けない“詐欺師ヒーロー”に失望する。だが、それだけでは無い感情が湧いて来る感覚も同時に抱く。それが何なのか・・・幼い子供達には判別できない。 「・・・俺は、“ヒーローごっこ”で終わらせるつもりは無ぇ!!」 「勇君・・・」 その中で、臙脂だけが“カワズ”に対して凄まじい対抗心を抱いていた。“ヒーローごっこ”と断じられた彼は、自身偽者と判断する“詐欺師ヒーロー”に宣言する。 「俺は逃げねぇ!!俺は背負い切ってみせる!!“カワズ”!!お前みたいな“ヒーロー”からトンズラこくような男に、俺は絶対にならねぇ!!!」 「・・・好きにしなよ。言っとくけど、俺は逃げたつもりは全く無いから。親友との死闘の果てに選んだだけだから」 「そんなモン、俺からしたら同じようなモンだ!!」 「そうかい?んふっ」 「お前等!!これ以上ここに居ても仕方無ぇ!!さっさと行こうぜ!!」 「「うん!!」」 そう言って、臙脂達は足早に去って行く。その後姿を“カワズ”は目に映しながら、敵の手に堕ちた“ヒーロー”になれなかった少女に思いを馳せる。 かつて“英雄”と呼ばれていた頃・・・少年少女が目指し、憧れる“ヒーロー”だった頃の記憶を掘り起こしながら。 「んふっ・・・お子ちゃまは世間知らずでいいねぇ。まるで、君を見ているようだよ・・・緋花。もし、生きていたら君も臙脂のように反論するかい?・・・きっとするんだろうな。 全く・・・そんなに“ヒーロー”ってのは憧れるモンなのかねぇ?良いことなんて碌に無いのにさ。理解に苦しむよ。 真刺と死合う直前の頃の俺なんか、“閃光の英雄(ヒーロー)”って肩書きから逃げたくて逃げたくて仕方が無かったのにさ。・・・・・・・・・」 何時の間にか目を閉じていた。記憶を掘り起こしていたからだろう。そう・・・掘り起こしていたからこそ、少年は次々に思い出す。まるで、自らそれを望んだかのように。 『逃げてんじゃねぇよ、焔火緋花!!』 数日前に自分がある風紀委員へ言い放った言葉を思い出し・・・考える。彼女の覚悟を。 「『逃げ』・・・か。緋花は逃げなかった・・・か。周囲の助けを借りながらも、“ヒーローごっこ”を繰り返しながらも、“ヒーロー”に真正面からぶつかった・・・か。・・・・・・」 『何故、お前はそんなにも“ヒーロー”になりたがらないのだ?』 同じく数日前に“ヒーロー戦隊”のリーダーが己に問い掛けた言葉を思い出し・・・思案する。“ヒーロー”の意味を。 「“ヒーロー”・・・ねぇ。果たして、“それ”にどこまでの『利用価値』があるのか・・・改めて見極めてみる必要があるか?桜の時と同じように・・・自分のために。 誰に指図されるわけでも命令されるわけでも無い、義理でも義務でも無い、『自分の意志』で色んなモノを『背負う』“ヒーロー”。『背負う』ことを決して後悔しない“ヒーロー”。 『背負わされる』モノから目を背けずに足掻く“ヒーロー”。『自分の意志』である以上、『背負う』モノを可能な限り背負わないといけねぇ“ヒーロー”。・・・まるで呪いだな」 『銅と明星、女神に象徴されるは金星。意味するものは、愛、調和、芸術。混沌とした世界に存在する真理を見通す偉大なる輝星。故に少年よ、君に光あれ』 約2年前、自身の在り方に大きな影響を与えた赤毛の魔術師の言葉を思い出し・・・耽る。“本質に光を当てる”『光学装飾 イルミネーション 』を体現するように。 「呪い・・・“お呪い”か。んふっ、どうしても文字繋がりでそれを連想しちまうわな。気紛れと経験でリノアナが言っていた感覚は会得したけど、 “お呪い”と一緒に試したことは無いなぁ。碌すっぽ信じてねぇし、不穏な言葉もあったし。 そんなあいつ風に言えば、『宿命にも似た導きと加護を一身に背負いながらも足掻く故に、“ヒーロー”は“英雄”足り得る』か? その『利用価値』を。その先にあるモノを。この真理を見通す目でもう一度見極める・・・か。もうすぐ“詐欺師ヒーロー”の出番も来るし、丁度いいかも。 面倒事の解決にも一役買いそうだし。ハァ・・・やっぱ“ヒーロー”ってなるよりなっちまう方が圧倒的に多いよなぁ。実は、俺が思っている以上に複雑怪奇なのかも」 『“カワズ”!!お前みたいな“ヒーロー”からトンズラこくような男に、俺は絶対にならねぇ!!!』 先程“詐欺師ヒーロー”に大見得を切ったガキ大将を思い浮かべ・・・改めて実感する。その重さを。選択の先にある厳然足る現実を。 「“閃光の英雄”時代はそれに十分気が回っていたとは言えないし、改めて真正面から向かい合うってのも悪くないのかもしれねぇ。緋花や臙脂とかにも偉そうに言っちまったし。 まぁ、それで発生する責任は俺なりのやり方で背負うってことになるけど。『殺さなかったんだから大目に見てくれよ』って言ったら理解してくれるかな?・・・どうだろ。 せめて、『○○を助けたんだから』とか『○○のためを思ってやったんだ』とかをプラスしないと不承不承+“3条件”を踏まえても理解してくれなさそうだ。 『こちとら、テメェ等のせいで命がヤベェっつーのに何様のつもりだ!!?』って言いたいけど、理性を吹き飛ばすのが感情ってモンだからなぁ。 破輩はメールで色々書いていたけど、そんな覚悟を貫ける奴の方が希少だってーの。そもそも、環境的に殺人鬼以外を俺の手で殺すわけにはいかねぇんだよ。ハァ・・・気が重ぇ。 自分勝手にやっていた頃が懐かしいぜ。あん時は自分のことだけを考えてりゃ良かった。無責任で居られた。独り善がりで居られた。独りで・・・居られた。 辛い目にも遭ったし、逃げたかったし、『背負わされる』苦しみも味わったけど、『背負う』苦しみを味わうことは無かった。・・・重てぇなぁ。本当に・・・・・・クソ重てぇ・・・!!!」 『死ぬつもりは無いし、そんな恐怖を越えた欲求があるの。今の私にとって、危険を冒してでも得世の傍で色んなモノを見る方がよっぽど生き甲斐を感じるわ。 学校の授業だけじゃ知り得ないモノが・・・“ここ”にはある。“閃光の英雄”には・・・ね。反面教師的な意味も含めてだけど。後、私を下の名前で呼ぶなって言ってるでしょうーが』 そして・・・1年以上前に『裏切った』少女の何処か嬉しそうな顔を閉じた瞼の裏に思い浮かべ・・・目を開ける。 着ぐるみに隠れて外からは見ることが叶わないその瞳に映るのは・・・光。確かな意志と覚悟を宿した・・・閃光。 「“閃光の英雄”・・・“自分のことしか考えない無責任な英雄”・・・か。そういや、あいつを当時の俺は結果的にしろ裏切っちまったっけか。偽者だったもんなぁ・・・今思えば。 はてさて、今の俺は“閃光の英雄”・・・『本気』の中身を『自分だけ』から『最優先』に切り替えて使いこなせるかな?まぁ、切り捨てる時が来れば躊躇せずに切り捨てるけどな。 優先順位にそういう側面があることから目を背けちゃいけねぇ。順位付けってのは、時と場合に応じて背負うモノと切り捨てるモノを区別する“線引き”だし。 それに、『本気』の“英雄(おれ)”が、邪魔する奴に容赦する理由なんて存在しないし。現状に即した俺なりのやり方で遠慮無くブッ潰させて貰おうか。 んふっ・・・やっぱ俺はリンリンの言う所の『界刺さん』だな。世間一般的な“ヒーロー”とはかけ離れてるわ。んふっ!」 丁度その時、“カワズ”の携帯電話が鳴った。相手は、自分が“追加実装”を依頼していた人間からの連絡。 故に、“カワズ”はこの場から一時的に離脱する。学園都市の兵器開発に関わっていた彼にしか聞けないこともある。自分が果たすべき責任のために、今の彼は只管突き進む。 『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな?』 彼は、確かに世間一般的な“ヒーロー”では無いのかもしれない。とは言っても・・・“ヒーロー”と一口で言ってもこの世界には色んな種類の“ヒーロー”達が存在しているが。 『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』・・・『過去に大きな過ちを犯し、その罪に苦悩しながらも正しい道を歩もうとする者』・・・ 『誰にも選ばれず、資質らしいものを何一つ持っていなくても、たった1人の大切な者のために“ヒーロー”になれる者』・・・。他にも色々あるのだろう。 そんな多種多様な“ヒーロー”達の中でも、もしかしたら彼は特異と見られるのかもしれない。 『“自分”が望んで“他者”のために戦う』 それは、ある意味では『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』と根幹が似通っているかもしれない“ヒーロー”。 己が信念や感情に従い、行動し、結果として他者を救う。自身が納得できれば手段は何でもいい。自分が後悔しないのならどんな方法だって選ぶ。 しかし、確かにそれとは違う“ヒーロー”。かの“ヒーロー”は、『助けたい』という想いだけで己に降り掛かるであろう様々な危険を顧みず躊躇無く行動を起こすことができる。 他者が助けを求めているのならば、どのような過程を踏んでも最終的には迷い無く強大な敵と戦うことができる。 小難しい理屈をブチ殺し、効率等のご高説をブチ壊し、助けを求める他者に“救いの手”を差し伸べようとする。そして、それを確かな結果へと結び付けることができる。 かの“ヒーロー”にとって、その想いこそが最適な理屈であると同時に唯一無二の戦う理由である。すなわち・・・かの“ヒーロー”は“他者”を最優先にするのだ。 『極論を言えば、“目的”・“信念”や状況次第で最優先をどっちに置いてもいいんだ。選ぶのは当人の自由さ。俺の場合は、“自分”にばっかり重さの無い重りを付加してるけど』 一方、彼は『助けたい』という想いだけでは動かない。他者が助けを求めていても、第一に考えるのは自分のことである。 自身の信念に従い、己の選択が自分に対してどのような影響を齎すのかをきっちり納得した上で動こうとする。 その過程において自分を最優先で失くすと判断すれば、求められた助けが他者のためにならないと判断すれば迷うこと無く動かない。 他者のため・・・転じて自分(たしゃ)のため。“ヒーロー”と同じように、『助け』にも色んなモノが存在する。それを、彼は彼の価値観で見極めた後に実行しようとする。 そのための判断材料として、湧き出る感情の他に様々な理屈や理由を引っ張り出した後に己が意志で選び・・・他の選択肢を切り捨てる。 『君はさ、あのお嬢さんを助けたくないの?』 『わ・・・私には、そんな資格なんてありません!!こんな私に・・・。それに、あなただって言ったじゃないですか。“今”は先輩を助けないって!!』 『・・・ったくメンドくさい奴だなあ、君は。助ける資格?風紀委員失格?んなことはどうでもいいんだよ! 確かに君はあのお嬢さんを知らず知らずの内に差別していたのかもしれない。自分のために利用していたのかもしれない。 だが、それがどうしたってんだ!!あのお嬢さんを救う理由にそんな付属品が必要なのかよ! これが最後の質問だ。5秒以内に答えろ!・・・お前は、春咲桜を救いたくはねぇのか!?答えろ、一厘鈴音!!』 『た・・・助けたい。助けたい!!先輩を、春咲先輩を救いたい!!!』 かつて、彼は一厘鈴音と『人の助け方』について議論を行ったことがある。その時の彼女は、『春咲桜を助けたい、救いたい』という本気の想いを己が醜態を理由に押さえ込んでいた。 見極めでも選択でも無い、唯罪悪感に打ちひしがれていただけの少女を彼は檄でもって奮い立たせた。彼が選んだモノとは違う理屈を、他でも無い彼が『提案』した。 何故なら、一厘鈴音は界刺得世では無いから。彼女が彼の考えに恭順する義務も義理も無いから。彼女が彼の言葉を受けて反省はしても自分を否定する必要は一切存在しないから。 何より、罪悪感に苛まれていた一厘鈴音自身が彼の『提案』を本当は心の片隅で望んでいたから。だから、懺悔を聞き続けたくない彼はそれを引っ張り出した。 『界刺得世の立場における優先順位』を叩き付けられて思考停止状態に陥った彼女に代わって、『一厘鈴音の立場における優先順位』を部外者の独断で振り分けた後に『提案』した。 そして、それを彼女が受け入れただけの話。それが、当時の彼が彼なりに考えた上に選んだ『助け』。彼女を思っての言動。 近いタイミングで言い放った『なるようにしかならない』も、彼はちゃんと考えた上でそういう結論に至っている。 もし、彼が当時の彼女の立場―春咲桜の同僚―なら付属品についてきちんと考えを張り巡らせ、秤に掛け、優先順位を定め、それに応じた選択肢を選んでいただろう。 『あなたの言う通り、私は「間違っていた」。私は・・・自分の「正しさ」を証明するために春咲先輩を助けようとしていた』 『「俺の“信念”が正しいことを世界に証明する」ために、自分のために、俺なりのやり方で春咲桜を己の足で立ち上がらせてみせる』という選択肢を。 当時の一厘鈴音が嫌悪した―自分のために―選択肢を。彼女はこの選択肢を“差別”と捉えた。彼はこの選択肢を“当然”だと捉えた。どうして、両者で捉え方が違うのか。 それは、結局は『人の助け方』における自分の想いをきちんと“線引き”していたかしていなかったかの違いでしかない。 『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』も似たような悩みを抱え、後に“線引き”をして乗り越えた難題。 当時の風紀委員一厘鈴音は、春咲桜に“救いの手”を差し伸べようとした。だが、彼女は春咲桜が抱く感情と己の想いを混同していた。 その結果、“線引き”をしっかりしていなかった己の差別的感情に気付き、『助けに行く資格なんて無い』と吠え、醜いと判断した自分を否定した。 一方、風紀委員界刺得世なら春咲桜に“自分で立ち上がる足”を持たせようとしただろう。そのためにしっかり“線引き”を行い、責任の所在を明確に区分けしていただろう。 その結果、自分を最優先にしつつ春咲桜のために迷い無く行動を起こすことができただろう。行動そのものの是非はともかくとして、彼が自分を否定することは無かっただろう。 『シンボル』のリーダー界刺得世として春咲桜に関わった時と同じように動いただろう。但し、“自分のことしか考えない無責任な英雄”時の思考であればその限りでは無いが。 何せ、自ら責任を背負おうとしなかったのだから。彼もまた、様々な苦悩を乗り越えて来た人間である。 『現在進行中、つまり“今”お嬢さんを助けに行ったら、今までの俺の努力が全て水の泡になる。 これは、彼女の問題だ。彼女自身で解決しなきゃならないことだ。たとえ、どんな結果になろうとも。 なのに、誰かが助けたら・・・それこそあのお嬢さんは今度こそ悟るだろう。『自分が無力』だってな。それじゃあ・・・話にならない。 春咲桜に必要なのは・・・“救いの手”なんかじゃ無い。“自分で立ち上がる足”だ!!』 そう、界刺得世は“救いの手”を早々望まない。“自分で立ち上がる足”を・・・『自立』を強く望む。何処の誰であっても、自分の足で立ち上がることができないのなら『助からない』。 だから、言う。何度でも言う。自分を軽んじるな。自分を蔑ろにするな。まずは自分のことを考えろ。自分のことを考えてから他者に目を向けろ。これが、彼の揺るがぬ信念の1つ。 『人間は世界の一部である』・・・『自分を否定しない』・・・『いわれなき暴力を振るわない強者で居ること』・・・これ等と並ぶ1柱・・・・・・『助かりたいなら己が足で立ち上がれ』。 そうすることで、初めて“自分”は“他者”を救うことができる。それは、行動を起こす側の“ヒーロー”も例外じゃ無い。故に、彼は“自分”を最優先にするのだ。 『最優先をどちらに置くかってだけの話』 似て非なる両者に差は存在しない。優劣などある筈が無い。あるのは差異のみ。その最足るモノが、 『“自分”が望んで“他者”のために戦う』における“自分”と“他者”のどちらを最優先にするか。 それ等を踏まえた上で、仮に今―ある決意を固めた―の彼を“ヒーロー”という括りで語るのならば・・・こうだろう。 『誰よりも自分を愛し、誰よりも己を信じ、誰よりも自身を見極めようと世界の一部足る存在として閃光のように苛烈に、峻烈に、激烈に煌こうとする者』 「・・・・・・ハァ」 「何溜息なんか吐いてんだ、ボウズ?」 「うおっ!?」 “意図的”に友人と離れ、公園に設置されている公共トイレの近くで溜息を吐いていた臙脂に、“ゲロゲロ”が声を掛ける。 後ろには、“ケロヨン1号”と“2号”も居た。実は、彼等は先程の臙脂達と“カワズ”のやり取りをこっそり眺めていたのだ。 「“ゲロゲロ”・・・“1号”に“2号”も・・・」 「・・・“ゲコ太マン”から聞いたよ。・・・レベルで悩んでるって。・・・さっき“カワズ”が虹色の光球を生み出した時に難しい顔をしていたのはそのせい?」 「な、何でそれを!!?」 「“ゲコ太マン”だからね~。子供の思うことは何でもお見通しなんじゃないかな~」 「・・・・・・やっぱ、本物の“ヒーロー”は違うな」 臙脂は、自分の悩みを見事看破した“ゲコ太マン”に感嘆する。もちろん、『“ゲコ太マン”だから』という理由では無いし、そもそも“カワズ”から教えられたことである。 「ボウズの悩みはわかる気がするぜ。俺なんか無能力者だし」 「えっ!?そうなの!?」 「あぁ!」 「・・・僕も無能力者です」 「僕はレベル1の『塩味欺舌』って能力だけど~、感じる塩味を少しだけ調整するだけの能力だから殆ど意味無いね~」 「・・・!!」 臙脂は、目の前に居る“ヒーロー”(1人だけ“一般人”ポジション)が自分と同じかそれ未満の能力者であることに驚愕する。 「そんなんで“ヒーロー”になれるの?」 「何だ、ボウズ?確かお前・・・自分のことを散々“ヒーロー”だって言ってたじゃねぇか」 「そ、それは・・・」 「・・・やっぱり、自信が無ぇのか?」 「・・・・・・・・・うん」 幼い子供は“ヒーロー”達に吐露する。本当は、“ヒーロー”になる自信が自分には無いことを。『レベル1の自分』に“ヒーロー”になる資格があるのかどうかを。 「最近クラスメイトの何人かが俺よりレベルが上になったんだ」 「・・・」 「・・・焦った。俺に付いて来てくれた連中が、そっちに流れちまうんじゃないかって。俺はレベル1の『光学操作』から全然上がらないし」 「・・・友達なんでしょ?・・・だったらレベルの上下なんて関係無いと思うけど」 「・・・あいつ等は気のいい奴等だってことはわかってんだ。でも、それは俺があいつ等の先頭に立っているからって気持ちがあったんだ。 先頭に立つからには、強くなきゃ駄目だ。皆を引っ張って行ける男じゃねぇと」 「・・・その方法が・・・“ヒーロー”?」 「うん。戦隊物が大好きだったし、そこに出て来る“ヒーロー”ならあいつ等を離さずに引っ張って行けるんじゃないかって思った。 やってみたら・・・皆俺に付いて来てくれるようになった。友達が・・・できた。嬉しかった」 “1号”の質問は、臙脂の抱いている気持ちを正確に射抜いた。ガキ大将は、単に恐かっただけなのだ。 友達作りのために偶々使ったのが“ヒーロー”というお面。戦隊物のお面を幾つも持っている臙脂が幼いながらも身に付けた処世術。 だから、臙脂勇は“ヒーロー”というお面を外すわけにはいかなくなった。“ヒーローごっこ”を辞めるわけにはいかなくなった。少なくとも、当人はそう思ってしまった。 『身体検査』の結果がわかってからは、その気持ちが益々強くなった。故に、“ヒーローごっこ”にのめり込んだ。 「だから・・・焦った。ビー玉サイズの光球を生み出した所で、強さには全く関係無い。レベル1じゃレベル2や3の奴等より下に見られる。 あの・・・あの“カワズ”くらいに色んな光を生み出せないと・・・俺は・・・」 「・・・それは、ボウズのダチに確認したのか?」 「・・・・・・」 「・・・してねぇな。・・・それは駄目だぜ?ちゃんと当人に確認しねぇと。自分の思い込みで自分を追い詰めてちゃ、自滅もいいトコだぜ? “ヒーロー”とかそんなことは関係無ぇ!!ボウズがボウズとして、ダチに認められているかってことが一番重要なんだ!!」 「“ゲロゲロ”・・・」 “ゲロゲロ”の言葉が、臙脂の旨に染み入る。幼い子供は、単に意地を張っていただけなのだ。強がっていただけなのだ。恐れていただけなのだ。勇気が無かっただけなのだ。 一方の“ゲロゲロ”は、自戒の念を込めて臙脂に思いを伝える。まるで、今の自分の姿を臙脂に見ているようだったから。 「・・・“ゲロゲロ”の言う通りです。・・・臙脂君。・・・確かめましょう」 「そうだね~。僕もそれがいいと思うよ~」 「・・・・・・わかった。やってみる。・・・ありがとう」 “1号”と“2号”の後押しも受けて、臙脂は感謝の言葉を述べる。こうやって、誰かの後押しを貰いたかった。幼い子供の甘えでもあるそれを、“ヒーロー”達はしっかり受け止める。 「よしっ!それじゃあ、早速確かめに・・・」 「待って、“ゲロゲロ”!!ほ、他の奴が見てる中じゃ・・・」 「あぁ~。確かに聞き難いな。ダチも、こんな所じゃ腹割って話せないかもしれねぇ」 「え、えっとそれじゃあ・・・今日の夜に『太陽の園』に来てくれる?」 「『太陽の園』に?」 「うん。あいつ等とは、晩飯と風呂が終わってから寝るまである教室で遊んでるんだ。トランプとかしながら。その時なら落ち着いて話せると思う」 「・・・やっぱり俺達も一緒か?」 「・・・駄目?」 「・・・まぁ、いいけどよ。“1号”と“2号”は?」 「・・・大丈夫」 「僕も~」 「よっしゃ!決まりだな!!ボウズ!!ちゃんと本音をぶつけろよ!?」 「うん!!」 少年は“ヒーロー”達に勇気を貰う。“ヒーロー”としてでは無く、臙脂勇として友達に本音をぶつける。 それは、皮肉にもあの“詐欺師ヒーロー”が選択したモノ―“ヒーロー”を辞めることを選んだ“英雄”―と同類であることに少年は気付かない。 「ってことで、俺・“ゲコゲコ”・“ゲコっち”・“ゴリアテ”はちょっと所用で席を外すから。“ゲコ太マン”。ちょっとの間任せるぜ?」 「わかった!」 自然公園から『太陽の園』へ戻るために子供達が公園の噴水近くに集合しつつある中、“カワズ”は“ゲコゲコ”達を連れ立ってグループからの一時離脱を宣言した。 「よしっ!“ゲコゲコ”。君の念動力で、向かって欲しい所があるんだ。いいかい?」 「了解しました!」 「うん。それじゃあ、早速行こう!」 この後に、“カワズ”達は“ゲコゲコ”の念動力によって飛び去って行った。『ブラックウィザード』の魔手がすぐそこまで迫っていることに気付かないまま。 continue!!
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『ブラックウィザード』の幹部を務める蜘蛛井糸寂は、かつて小規模の能力者狩りチームの情報担当であった。 勢力拡大中の『ブラックウィザード』の対抗勢力として、様々な手段を用いて『ブラックウィザード』と衝突を繰り返していたチーム。 その要とも言える蜘蛛井の電子戦は、多少なりと『ブラックウィザード』の手を焼かせていた。 『大丈夫。ボクの力なら、「書庫」のセキュリティを突破することくらいわけないって』 故にこそ驕ったとも言えるのか。蜘蛛井は、『ブラックウィザード』の情報収集の一環として風紀委員や警備員等一部の者達にしか閲覧することが許されない『書庫』に手を出した。 『ブラックウィザード』が、蜘蛛井が仕掛ける電子戦に対する防御策―“手駒達”―を講じたために思うような戦果を挙げられなくなったために採った逆転策。 蜘蛛井には自信があった。たとえ『書庫』のセキュリティでも自分のハッキングソフトなら突破できると確信していた。だが・・・ 『くそおおおおおおおおおおおおおおおおお!ボクの計画が狂うはずないないないないないないないぃぃぃぃ』 彼の目論見はすぐに破綻した。『書庫』にハッキングを仕掛けた当日に発信元を特定され、数日も経たない間にチームの根城へ警備員が突入して来たのだ。 『電子情報に対する不正行為』における刑罰は『20年以下の懲役or5千万円以下の罰金』であり、捕まれば大きな十字架を背負うこととなる。 特定された直後から蜘蛛井達能力者狩りチーム内では蜘蛛井に対する擁護派・糾弾派に分かれ、答えの出ない不毛な議論に陥った。蜘蛛井自身が非を認めなかったのも大きかった。 そのために警備員への対処に関しても意思疎通を図ることができず、チームとしての規模を縮小することとなる“分裂”という状態に陥った。 そうこうしている内に突入して来た警備員から逃れるためにまともな作戦も立てないまま逃走を図るチームだったが、 その途上で情報漏洩を防ぎたい思惑で動いた『ブラックウィザード』と対峙・交戦し、チームは完全敗北。 “分裂”メンバーも事前に敵の手に陥っており、結果としてメンバー全員が『ブラックウィザード』に捕まった。 『コ、コイツか!!ボクの計画を無茶苦茶にしたのは・・・!!「守護神」・・・!!!』 『そうだ。以前俺達が管理する“手駒達”のハッキングも破られた。これがその時の流れだ。念のために割れてもいい場所・機材で行ったために被害らしい被害は出なかったが』 『ブラックウィザード』の軍門に下った蜘蛛井にリーダーである東雲から告げられたのは、蜘蛛井達が窮地に陥る切欠となった『書庫』へのハッキングに関わる真実。 丁度蜘蛛井がハッキングを仕掛けた時期は『書庫』への電子的攻撃が盛んに行われていた頃で、その対策として様々な策が講じられていた。 その一環が『守護神』の参戦。学園都市十指に入る実力を持つ凄腕ハッカーの存在。都市伝説としてならハッカーである蜘蛛井の耳にも届いていた。 そんな噂程度の信憑性しか存在しない者に自分は負けた。ショックだった。殺したいくらいにショックだった。 恨んだ。この手で完膚無きまでに叩き潰した後に見も心もズタズタに引き裂いてやりたいくらいに恨んだ。 『いずれ、お前に「守護神」へ復讐する機会を与えてやろう。それまでは、「ブラックウィザード」の幹部としてその実力を思う存分振るうといい』 『“手駒達”・・・ようはオモチャか。・・・いいね。「守護神」の末路としてはうってつけの結果だ。ハハハハハ!!!』 東雲の采配により、蜘蛛井は『ブラックウィザード』の情報全般を取り仕切る幹部に抜擢された。その手段として、“手駒達”の管理も任された。 薬物中毒にした後に電波を用いて人形の如く操作する“手駒達”の在り方に少なからず蜘蛛井は驚いた。 何処ぞの『闇』が用いているモノのダウングレード版という説明があったが、その情報を手に入れた経緯については今でも説明されていない。 しかし、蜘蛛井にとっては究極的にはどうでもよかった。必要なのは“手駒達”の『力』。『守護神』と再戦する時に必要な強大な『力』。 新“手駒達”に搭載したチップ型アンテナ開発も、全ては“手駒達”の『力』を底上げする一環でしか無い。 東雲に乗せられた感があるのは否めないが、それで『守護神』を討伐できるのであれば何の問題も無い。 幹部連中との付き合いも山あり谷ありではあった。特に、自身が目を付けた風路鏡子に関して『重度の薬物中毒になれば“手駒達”入りさせる』という約束を結んでいたのにも関わらず、 薬の分量を控え目にすることで中程度の薬物中毒に抑え、何時までも“手駒達”入りを阻止している網枷とは最初こそウマが合っていたものの最終的には険悪な間柄となった。 しかし、それでも蜘蛛井は我慢した。『守護神』を完膚無きまでに叩き潰すために。だからこそ、こんな所で躓いている暇なんか無い。 『・・・いいよ。そこまで言うなら、見せて貰おうじゃ無い。その初瀬って奴の「力」をさ!! 「守護神」と戦う前の前哨戦だ!!この蜘蛛井糸寂が完膚無きまでに叩き潰してあげるよ!!』 そう・・・これは前哨戦。相手は『阻害情報』を持つ風紀委員初瀬恭治。情報を直接操作する能力を持つ厄介な能力者だが、こちらにも同系統の“手駒達”が居る。 “この程度”の相手に負けるようでは『守護神』に再戦した所で勝てるわけが無い。だから、全力で勝ちに行く。これは、蜘蛛井糸寂の命運を懸けた戦いなのだ。 「橙山先生・・・」 「えぇ・・・これで初瀬達の支援に“彼等”を向かわせられるっしょ!」 中央ハブ変電施設にて風紀委員会全体の指揮を取る椎倉と橙山は、先程の『連絡』を受けて拮抗に近い現状を打破するための策を練った。 この他にも施設内南西部にて発生・継続している死闘の経緯や元176支部風紀委員風路鏡子の確保、 178支部の殻衣や真面達の猛攻にて続々と新“手駒達”の救出等の情報も断続的に入って来ている。無論、死傷者等の情報も全て。 「佐野!鳥羽!東部戦線に居る冠達に戦場を離脱するように伝えろ!一厘達の救援要請時の様子や救援に向かった警備員達から伝わる情報も考えると、 今の彼女達が被った肉体的・精神的ダメージは大きい。今後は警備員のみで東部戦線を突破する!」 「・・・わかりました」 「りょ、了解!」 椎倉の命令が159支部の後方支援を務める佐野と鳥羽に伝わる。椎倉の言葉が意味するモノ―西島と風間の死亡―を理解し、 同時に対戦相手であった一厘・鉄枷が今抱いているであろう想いに何も応えられない己に歯噛みしながら早急に行動へ移る。 『佐野先輩!!早く、早く警備員をここへ!!西島が・・・西島が!!!』 『くそったれ!!勝手にぶっ倒れてんじゃねぇよ!!!』 突然の救援要請、しかも憎き敵である『ブラックウィザード』の構成員の容態が戦闘中に急変したというモノ。 両者共薬物のようなモノを摂取した直後だったことから現時点では薬の服用によるモノではないかと予想されている2人の最期に、しかし一厘と鉄枷は酷く狼狽していた。 本当なら『ざまぁみろ』の一言でも吐き捨てることくらいあってもいいのかもしれない。今なら神様だって『ほれ見たことか』の一言くらい許してくれるかもしれない。 それでも、一厘と鉄枷が取った行動は救援要請だった。そこに2人の人間としての有り様が現れているのだろう。 話を聞く限りでは、冠が一厘達の下に到着した時には既に西島と風間は心肺停止状態であり、その直後到着した警備員によって2人は運ばれた。 未だ激しい戦闘が続く中一厘と鉄枷は茫然自失状態から立ち直れず、冠も戸隠から喰らったダメージが残っている。 よって、椎倉は統率者として必要以上の私情を挟まずに冠・一厘・鉄枷の撤退を決断・命令したのだ。 「一色!閨秀達は間に合ったっしょ!?」 「は、はい!先程不動先輩達と合流したようで、とうとう『六枚羽』と戦闘状態に入りました!!」 「よしっ!浮草!真面達にはくれぐれも油断しないように再度徹底を!北部方面には駆動鎧部隊が少ないから、そっちに任せる部分が大きいってね!」 「了解しました!」 「葉原!斑達は西部侵攻部隊に一任する!!これから、お前は電脳歌姫と共に『ハックコード』から齎された情報を使って勇路達をナビゲートするんだ!! 加賀美と神谷には、現状では連絡を取り合う暇を与えることが致命的な隙になりかねない。さっき加賀美に伝えた神谷達の言葉をもってこちらからの連絡は一時中断だ!」 「はい!」 橙山と椎倉の指示が飛び交う。刻一刻と変化する戦場において、瞬間瞬間の決断や指示が自軍の運命を大きく左右する。 故に、統率者には大きな責任が発生する。そして、その責任を背負うだけの覚悟を椎倉と橙山は持ち合わせていた。 「電脳歌姫!君の力を頼らせて貰うぞ!」 「ヒネモス!!キョウジも居るヨ!!」 「あっ・・・」 「さっきも似たようなやり取りがあったばっかじゃン!!さては・・・メチャクチャ緊張してるナ!!?深呼吸、深呼吸~だヨ!!イェイ!!」 「・・・悪ィ」 『ハックコード』から現出している3D映像こと電脳歌姫のツッコミ(Vサイン付き)に、バツが悪そうに頭をかく椎倉。 見れば、頭をかく掌には何粒もの汗が浮かんでいた。それだけ緊張している証拠。人の命を・・・敵方の命すら左右する行動の指揮を取っている人間だからこその重責。 「椎倉。緊張するなとは言わないっしょ!気が抜けてなんかいたらお話にならないしね。だから・・・皆で緊張しまくるっしょ!!」 「それはいい妙案ですね。誰かが緊張し過ぎれば、他の人が指摘する。そうすることで互いの緊張を解す。 ということで、今から緊張しまくりますので後のことは任せましたよ鳥羽君。破輩先輩への的確な指示を期待しています」 「えええぇぇっ!!?そ、その役割は俺ですよ佐野先輩!!」 「フン。固地のことで胃痛を繰り返していた俺にとって、これしきの緊張なんか屁でもねぇ!!」 「フフッ。麗しき花盛の少女達を思えば、この程度の緊張なんか屁のカッパ!!」 「浮草先輩。一色君。わざとだとは理解していますが、一応ツッコミを入れさせて貰いますね。・・・人並み程度に緊張しろよ、ウン!!?」 「「調子に乗ってごめんなさい葉原サン」」 「お前等・・・」 「・・・フフッ。いい仲間だね、ヒネモス?」 「・・・あぁ」 そんな彼の重荷を少しでも肩代わりするように、橙山・佐野・鳥羽・浮草・一色・葉原が順々に言葉を放つ。 場違いにも程がある、一厘達のことを考えればある意味では不謹慎とも受け取られかねない彼等彼女等の言葉の心意を椎倉は確かに受け取った。 「(統率者である俺が緊張し過ぎたままの状態では、誤った決断を下す可能性がある。それを防ぐために・・・か。ありがとな)」 正直な所、少し前までは余りの緊張に脚がガクガクと震えていた。少しでも気を抜けば、この震えは周囲に気取られるくらいにまで発展していただろう。 それが、皆の言葉を受けてから止まったのだ。きっと、これは皆が自分を思って紡いでくれた言葉のおかげ。椎倉は感謝する。素晴らしい仲間と共にこの戦いへ臨めたことに。 「ス~ハ~、ス~ハ~。・・・よしっ!!やるぞ!!!」 「「「はい!!!」」」 たっぷり気合いが込められた言葉を放ち、椎倉達後方支援組は一丸となって対『ブラックウィザード』攻略に没頭する。 必ず、絶対に、どんな手を使ってでもこの事件を解決してみせる。そのための“存在”こそが自分達風紀委員会 カンファレンスジャッジ なのだから。 ここがメインコンピュータか・・・ キョウジ・・・気を付けてネ あぁ 電脳歌姫の心配気な声が初瀬に届く。2人は、サブコンピュータからの回線を伝ってとうとう“手駒達”を管理するメインコンピュータへ踏み込んだ。 いざという時に即離脱できるようにプログラムは改竄済。もちろん、敵がそう易々と侵攻も離脱も許してくれるとは思っていないが。 まずは、俺から行く。姫はセキュリティソフトの検知を OK! 初瀬はセキュリティソフト襲来に備えて『カタチ』に仕組まれているハッキングプログラムを起動する。 『阻害情報』はまだ使わない。自分の予想が当たっているのならば、このハッキングに応じて『対処』してくる筈だ。そして、その予想は寸分の狂いも無く当たっていた。 ギィン!!! ・・・・・・ ・・・へっ。予想通りだな これが、キョウジの同類・・・カ 驚きと納得の言葉を電脳世界に放つ初瀬と歌姫の先に出現したのは、『阻害情報』発動時に出現する初瀬のような『カタチ』。 初瀬の同類・・・すなわち情報をダイレクトに操作する能力者。偶然か必然かはわからないが、相手も初瀬と同じ『カタチ』を電脳世界に現出させている。 姫!あいつの相手は俺がする!!その間に姫はできる限りここの情報を奪取してくれ!! うン!! よし!じゃ、同類同士白黒ハッキリ着けようぜ!! 初瀬は歌姫に指示を出した後に『阻害情報』を発動する。対象は・・・自分。『カタチ』が消滅してしまえば終わりなのだから、同類相手の対抗策としてこの判断は必然とすら言える。 相手が干渉できる対象が単一とも限らない。その場合、共に居る歌姫に魔の手が及ぶ可能性は十分にある。 彼女にも『阻害情報』を掛けているが、相手の技量次第では突破される可能性も否定できない。 作戦として・・・一個人としてそんな凶行を許すわけにはいかない。その上でもう一度ハッキングプログラムを起動する。 ギィィィイインン!!! ・・・・・・ やっぱ、そっちもハッキングプログラムを仕込んでいるよな 『阻害情報』とハッキングプログラムの合わせ技を仕掛けた初瀬に対抗するかのように相手も能力とプログラムの併用で臨んで来た。 ここからは能力そのものの実力と、『カタチ』に仕込んできたプログラムの数及び性能がモノを言う。 キョウジ・・・頑張っテ!! 相棒が戦う様子を確と認識する歌姫は、自身に宛がわれた役目を遂行するためにハッキングシステムを起動・メインコンピュータへ干渉を開始する。 当然メインコンピュータのセキュリティプログラムが発動し歌姫を駆除しようと働くが彼女特有のブロッキングシステムも併用することで干渉を続行する。 歌姫は知っている。初瀬が作戦とは別に自分を守るために必死に戦っていることを。作戦のため『だけ』では無い。自分の『ため』に必死に戦っていることを。 『俺なんかの頭じゃ、何も思い付けないかもしれない。それでも、最初から諦めるのだけは嫌だ。最後の最後まで考えて、考えて、考え抜いてやる!! 姫が思う存分動ける環境を・・・お前が幸せになれる環境を・・・俺はお前が「ハックコード」から出て行くまで考え続ける!!』 (キョウジ。私は・・・アナタを絶対に守ってみせル) だから、彼には言わない。この考えを。この想いを。プログラムでしか無い自分が『想い』と表現するのは間違っているかもしれない。 でも、表現したかった。初瀬と共に過ごしたこの数日間で学んだ結晶として、電脳歌姫は『想い』と表現する。 ここに居るのは、所詮は『ハックコード』の中に居る本体から分かたれた分身(アバター)でしかない。 初瀬はそうは思っていないだろうが、いざという時はどんな手を使ってでも初瀬を守り抜く。そう、プログラムである彼女は決めたのであった。 「状況は五分・・・か。初瀬とは別に動いているプログラムがあるな。連中の隠し玉かな?」 いずれも屈強な“手駒達”を傍に控えさせている蜘蛛井は、画面上の攻防を観察しながら思い思いの言葉を呟く。 電脳世界上でいよいよ戦闘に突入した初瀬と“手駒達”の攻防は、情報関連の一切を取り仕切る蜘蛛井にとっていたく興味をそそられる代物だった。 そこに、無能力者の嫉妬が含まれていることにすぐに気付いた蜘蛛井は舌打ちを発した後に当事者へ問いを投げ掛ける。 「チッ・・・。で、どうなの?初瀬の実力はさ」 「情報にダイレクトに干渉するという意味では、私の能力と『阻害情報』は現状では若干私が不利です。もっとも、あちらは私のように意識を分割することはできないのですが」 「ふ~ん」 「現実世界との交信が途絶えている以上、初瀬恭治がメインコンピュータの情報を持ち帰るには無線ないし有線を使った『経路』が必要となります。 さすがにレベル3程度が記憶できる情報量ではありませんし、私との攻防も考えるとハッキングしたプログラムの多くはその中身を精査できないでしょう。 手当たり次第に近い形でプログラム内の情報を精査せずに奪取するモノと思われます。なので、電脳世界に現出している『カタチ』を潰せば連中の目的も同時に潰せるかと」 その当事者足る“手駒達”は抑揚の無い淡々とした声で主の問いに返答する。この“手駒達”は初瀬とは違い、意識を分割することが可能な能力者であった。 初瀬の場合は電脳世界に現出させた単一の『カタチ』に奪取したプログラムを詰めるタイプなのに対し、この“手駒達”は電脳世界に現出させられる『カタチ』が単一では無い。 また、現実世界と電脳世界とで意識を分割することもできる。意識の分割は最大で3つまで。分割に応じて能力強度も低下する。 今回は現実世界・初瀬と戦闘している『カタチ』・自身が持つ改造済スマートフォンのそれぞれ意識を分けている。 『経路』としてのリンク手段には施設内中央付近に居る電気系“手駒達”の力を使用している。“手駒達”を操作する電波への妨害に対する対抗策と併用する形で。 「そう。それじゃ、あの隠し玉については?」 「少なくとも、初瀬恭治の能力では無さそうです。しかし、このような動きをするプログラムは既存では考え難い。かと言って、能力者特有の“気配”も感じられません」 「つまりは、ちんぷんかんぷんってことか」 「申し訳ありません。しかし、能力では無い以上蜘蛛井様のセキュリティソフトでも十分対抗可能かと思われます」 蜘蛛井の指摘に顔を曇らせる“手駒達”。ここに居る“手駒達”は、蜘蛛井が指名した選りすぐりの精鋭達である。 通常の“手駒達”のように薬物によって記憶等を破壊しているとは言え、その後のアフターケアは万全を尽くしている。 摂取させる薬物量も繊細に調節し、人体への悪影響を最小限にし、できるだけ長く“使用”できるように配慮している。 “手駒達”をオモチャとしか見做していない蜘蛛井の、この配慮が最大限なのかどうかは横に置くが。 「ようは、初瀬をメインコンピュータ内で処理すればいいってことだね?」 「はい」 「そうかそうか。だったら・・・話は早い!!」 自身の推測にお墨付きを貰った蜘蛛井は、邪な笑みを浮かべたままキーボードを叩き続ける。彼が所定の作業を終えるのにそう時間は掛からなかった。 「ボクの合図で、お前はここにある意識と『阻害情報』解析専用としてスマートフォン内に分けていた意識を統合した上でメインコンピュータへ差し向けて退路を塞ぐんだ。 地力ならお前の方が上なのはわかったからね。あの隠し玉と一緒に初瀬を葬ってやろうよ」 「恐れながら。総合的な地力では私の方が上なのは間違いありません。しかし、『阻害情報』によって改竄された『経路』をすぐに再改竄することは難しいと思われます。 やはり、相応の時間は必要となります。万が一サブコンピュータに退避され逃走に移られた場合・・・」 「お前に指摘されなくてもわかってんだよ、んなことは!!」 “手駒達”の正当な指摘に、今度は怒りの表情を浮かべながら机を叩く蜘蛛井。もう一度言おう。蜘蛛井は“手駒達”をオモチャとしか見做していない。 替えの利く操り人形という認識。そこに人間の尊厳がある筈も無い。残虐なガキの性質は、事ここに至っても全く変わっていないのだ。 「ボクは連中の『経路』を潰せとは一言も言っていない!!退路を塞げと言ったんだ!!お前の能力で初瀬なりあの隠し玉なりを足止めする間にボクが始末を着ける!!わかったか!!?」 「も、申し訳ありません」 「今度口答えしたら、すぐにお前へ発信している電波を止めて気絶させてやるからな!!お前はボクの指示通りに動いていればいい!!それ以外の行動は全て反逆と見做すよ!!?」 「わかりました」 「ハッ!!これだからオモチャは・・・。まぁ、いいや。どうせ、メインコンピュータの電源を切れないようにもしてるんだろう。 そこを切り崩してもいいんだけど・・・そんな結末じゃつまんないよね。全然つまらないよね、初瀬?」 罵倒が済んだ操り主は、憎き『守護神』の前哨戦として戦っている相手・・・初瀬に届く筈の無い疑問を贈る。 そんな彼が操るコンピュータの画面に映し出されたプログラム・・・その名称は『オメガシークレット』。 学園都市のネット上で開催された絶対暗号コンクールにて最優秀評価を受けたゲテモノプログラム。 メインコンピュータ内の情報を1つ残さず暗号化する悪魔の如きプログラムの起動を蜘蛛井は躊躇無く決断し、起動した。 「さぁて、この『オメガシークレット』にお前はどう対抗するんだ、初瀬!!?まぁ、答えはわかり切ってるんだけどね!!アハハハハハハ!!!」 蜘蛛井の嘲笑が車内に響く。切り札は切られた。バックアップはここにある。元々メインコンピュータは切り捨てていく代物だった。所詮は余興。『守護神』と戦う前の前哨戦。 蜘蛛井は実感する。これが、かつて防護側の『守護神』が抱いた感覚なのか。だったら、これは凄まじい快感である。これは止められない。 だからこそ憎い。自分との戦いでこんな感覚を抱いた『守護神』が。故に、今度こそ潰す。蜘蛛井糸寂は今、醜い笑い声を放ちながら快感と憎悪の境界線に立っていた。 この間、『オメガシークレット』が発動・継続している眼前の光景に一切の興味も抱いていなかった蜘蛛井。それが、致命的な隙になるとも知らぬまま。 な・・・んだ、これ? キョウジ!!やばいヨ!! 電脳世界にて“手駒達”と壮絶な戦いを繰り広げていた初瀬は、突如としてメインコンピュータ内に起きた“暗号化”に瞠目する他なかった。 眼前の“手駒達”すら意識から外れた彼の意識を叩いたのは、今までハッキングを仕掛けていたことで初瀬よりもこの光景を理解することが叶った電脳歌姫である。 姫!!これは一体・・・ たぶん『オメガシークレット』だよ、こレ!! 『オメガシークレット』!!? 歌姫の推測に、益々驚くしかない初瀬。『オメガシークレット』はコンピュータ内のファイルを凄まじい速度でもって暗号化するトンデモプログラムである。 とにかく解けないことでその名をネット上に知らしめたことからもわかる通り、一度暗号化されたファイルは学園都市のスーパーコンピュータを用いても解読までに200年掛かると言わしめる。 大きいファイル、小さいファイル関係無くそれぞれにランダムな乱数処理が為されるために一定の解読パターンなどは存在しない。 1つずつに200年の歳月が掛かるという実用性が全く存在しない傍迷惑プログラムをここで使って来たということは・・・ メインコンピュータごと俺達を潰そうって腹か!! 初瀬は予想外の攻め手―単純なメインコンピュータの切り捨てや電源喪失は予期していた―に動揺する意識を抑え切れない。ここで自分達が潰されても、本体には影響は無い。 但し、“手駒達”と戦闘しながらも隙を見付けては奪取していた情報やセキュリティソフトと格闘しながら只管情報を集めていた電脳歌姫の情報を持ち帰ることができなくなる。 初瀬の場合は記憶している限りの情報なら持ち帰ることは可能だが、“手駒達”と戦闘していたこともあって取得した情報の精査が全くできていないために、 果たして自分が取得した情報が事件解決に結び付く有益な情報がどうかを判別することが不可能なのだ。 キョウジ!『阻害情報』でどうにかならないノ!? 今からじゃ、何処に『オメガシークレット』のプログラムがあるかを探す時間が無ぇ!こうなったら、一時的にサブコンピュータに退避するぞ、姫!! わかっタ!! 初瀬は、一時的な退避をすぐに決断する。サブコンピュータは、全て『阻害情報』によって改竄・掌握済みであり、 他のサブコンピュータを経由して電子攻撃を受けないようにアクセスを遮断している。今回の『オメガシークレット』敢行も、 『阻害情報』によって改竄されていないメインコンピュータだからこそ可能な手段である。これが、サブコンピュータであれば話は別だ。 ・・・・・・ って、そう簡単に逃がしちゃくれねぇよな。姫。先に行け!奪取した情報量ならお前の方が多い!だから!! で、でモ・・・ いいから、早く行け!!最悪、『阻害情報』を纏っている俺なら『オメガシークレット』の影響を遮断できると思うから!!さぁ!! わ、わかっタ!! 当然敵方も予測していたのだろう、同類である“手駒達”が初瀬達の退避を阻むために立ち塞がる。 電脳世界が『オメガシークレット』によって崩壊していく中、初瀬は多くの情報を有する―加えて個人的感情も多分に含めて―歌姫の避難を最優先にする。 『阻害情報』の有効性も示すことで渋る歌姫に退避を決断させることに成功した初瀬は、生き残りを懸けた戦いに臨もうとする。 しかし・・・ ガッ!!?・・・ギギギ、ガガ・・・グガガガ・・・ 姫!!? ・・・・・・ 退路である『経路』へ向かっていた歌姫の挙動が急変する。アバターを構成していたプログラムが崩れ、電脳世界における言葉もおかしくなる。 驚愕の色を隠せない初瀬は見た。相対している“手駒達”の『カタチ』とは別の『カタチ』が歌姫を見下ろす位置に出現している光景を。 くそっ!! 初瀬はすぐに歌姫へ掛けている『阻害情報』に力を割く。それが何を意味するのかは当然わかっていたが、それでも初瀬は行動を起こす。 目の前で苦しんでいる大事な存在を救うために。電脳歌姫をこの手で守るために。 ガガ・・・・・・。キ、キョウジ・・・? よかった・・・間に合った どうやら、歌姫を襲った『カタチ』は今まで戦っていた『カタチ』より上の実力だったようだ。 それでも、歌姫を構成するプログラムを熟知している初瀬の技量で歌姫が回復するのにそう時間は掛からなかった。 まるで寝起きのような歌姫の呆け振りに苦笑する初瀬。そんな彼の隙を、敵である“手駒達”が見逃す筈も無い。 ギィィンン!!! グッ!!! キョウジ!! 初瀬という『カタチ』に“手駒達”の情報改竄能力が差し向けられる。初瀬に掛かっている『阻害情報』の力が薄まっているために、どうしても侵攻を許してしまう。 『カタチ』の形状に大きな変化は無いものの、時間が経てば『カタチ』が潰されるだろう。 何より、このまま身動きが取れない状態が続けば『オメガシークレット』に巻き込まれる。 敵方としては、別に巻き込まれても何の支障も無い。むしろ、このまま道連れ覚悟で初瀬達を妨害し続けることこそが最重要とも言える。 ちなみに、意識全てを統合すれば初瀬を上回る“手駒達”が何故統合しないのかと言うと、ひとえに隠し玉(=電脳歌姫)を恐れているからである。 初瀬を上回れるとして、しかしその影響を完全打破することは不可能。しかも、結構な影響を受けると予測されている中彼との戦闘中にできるであろう隙を、 隠し玉が突いて来ることは普通に有り得る。更に、初瀬を打ち破ることに集中して隠し玉に退避されれば元も子もない。 変電施設を押さえている以上、隠し玉が健在であればそれを目印として短時間の内に初瀬が再びここに向かって来る可能性がある。蜘蛛井の命令もある。 薬を使ってもレベル4には至れなかったこの“手駒達”は、その希少性だけで蜘蛛井のボディーガードとなった。つまりは、地力では初瀬とそう差は無いということだ。 蜘蛛井が2つの『カタチ』の状態で初瀬達の足止めに徹するよう命じた背景には、分裂した状態なら干渉する力の数に限りがある『阻害情報』を抑えられるという観点があった。 リスクを冒す必要は無い。安全策に徹すれば、初瀬達の目論見を打破できる。そう確信しているのだ。 は、やく・・・退避するんだ できないヨ!!苦しんでるキョウジを置いて逃げるなんて絶対にできなイ!! 姫・・・俺がここで消えても姫さえ居ればすぐにここに向かえるんだ。だから・・・ それだと“ここ”に居るキョウジを救えなイ!!! ッッ!! 自分の力が及んでいる間に退避するよう歌姫に促す初瀬。彼の言葉には、確かな妥当性があった。 歌姫のサブコンピュータへの退避さえ達成できれば、再び変電施設から延びる回線を伝ってここへ向かうこともできる。 絶対に安全とは言えないが、高い確率で再び会うことができると初瀬は踏む。だが、歌姫は譲らない。初瀬という人間の『想い』を理解しているからこそ彼女は拒否を貫くのだ。 今だって、キョウジは苦しんでいる私のために身の危険を無視して助けてくれたじゃン!キョウジはそういう人間なんだヨ! 大事なモノのために危険を冒してでも助けにいク。それが、本体から分かたれたアバター(じぶん)でモ!違ウ!!? 姫・・・ そんな優しい人を置いてなんていけなイ!!私は・・・私はアナタを守ル。絶対ニ!! 駄目・・・だ。お前の力じゃ、能力者の力は防げない。だから、早く・・・逃げ・・・ だったラ!!最後まで一緒に・・・一緒に戦おうヨ!!! ッッッ!!! 『だから・・・お前も最初から諦めてたら駄目だ。一緒に考えよう。俺だけじゃ無理でも、お前だけじゃ無理でも、2人の力を合わせたら何とかなるかもしれないだろ?違うか?』 そう・・・人間の手によって作られた電脳歌姫が自身の『想い』と貫くと決めた根幹にあるのが、他ならぬ“人間”初瀬恭治なのだから。 キョウジは言ってくれタ!!『俺だけじゃ無理でも、お前だけじゃ無理でも、2人の力を合わせたら何とかなるかもしれないだろ?』っテ!! キョウジは私を守りたいのと同じくらいに私はキョウジを守りたいんダ!!私は・・・私は初瀬恭治の相棒ダ!!! 相棒を見捨てるくらいなら・・・私は私をデリートすル!!!この数日間で培って来た『想い』も全部纏めてデリートしてやル!!! 姫・・・!!! 私は恭治のおかげで今の自分が居ル!!恭治と出会えたから今の私が居ル!!恭治が居なかったら・・・私はずっと1人ぼっちだっタ!!恭治は私の勇者(ヒーロー)なんダ!! 私は・・・そんな恭治と居たいんダ!!恭治と一緒に培って来たこの『想い』を、一部でもあんなヤツラに潰されたくないんダ!!!だから・・・だか・・・ ・・・わかったよ、姫 歌姫の怒涛の訴えに、初瀬は自分の不甲斐無さにようやく気付く。『自分は彼女にあんな顔をさせてしまう程に弱気になっていたのか』・・・と。 崩れゆく電脳世界に浮かぶ電脳歌姫の表情が初瀬の意識に焼き付く。今尚“手駒達”から干渉を受けている意識を叩き起こす。 キョウジ・・・ 自分から放った言葉を自分から違えてどうするのだ? ごめん。どうやら、随分弱気になってたみたいだ。ありがとう・・・姫 自分は己を犠牲にすることで彼女の笑顔を守ろうとでもしていたのか? ・・・う、うぅン!!私こそ、助けてくれて・・・その・・・ありがとウ 本物の感情が宿っているように見える歌姫の歌(こえ)が勇者(はつせ)を奮い立たせる。姫を守るのは勇者だと昔から相場が決まっている。 そして、今ここでその相場を一新してやる。姫は勇者に守られるだけの存在では無い。勇者と歌姫、互いに守り守られる関係を作れることをこの場で証明してやる。 ・・・姫。俺に・・・俺に力を貸してくれるか? うン!!! 自力で現状を打開できる術が見付かったわけでは無い。むしろ、状況は悪化の一途を辿っている。だが、勇者と歌姫に不安や後悔の色は全く無い。 隣に彼(彼女)が居る。それだけで湧いて来る『何か』がある。歌姫が言う所の『想い』とでも表現すべきか。 それは、『オメガシークレット』にて崩壊中の電脳世界の中であっても色褪せることの無い輝かしき結晶となった。 初瀬と歌姫がこの苦境をどうやって打破するか、残された少ない時間で必死に考える。考え・・・考えて・・・考え続けたその果てに・・・ ズザザザザザザザザザザザザ!!!!! “ソレ”は来た。 切欠は、鏡子を救出した結果自由に動けるようになった湖后腹の存在である。彼は、破輩を見送った後に到着した勇路(+月ノ宮+春咲)の『治癒能力』にて応急処置を受けた。 その最中に、変電施設に陣取る椎倉達からある指令を受けた。その内容は、『施設内中央付近に居ると思われる電気系“手駒達”の無力化及びハッキングによる初瀬達の援護』。 高位の電気系能力者である湖后腹は、電子を操る能力にて機器へのハッキングを仕掛けることも容易であった。 彼の実力であれば、“手駒達”を操作する電波経由で直接メインコンピュータへハッキングを仕掛けることもできる。 たとえ、該当電波を制御している“手駒達”であっても湖后腹なら押し切れる。そう判断したがための作戦。 『湖后腹君の脚はまだ全快じゃ無い。だから、ここは僕に任せてくれたまえ!!マッスル・オン・ザ・ステージのアンコールだ!!!』 『『『『何か嫌な予感が・・・』』』』 事は一刻を争う。湖后腹や風路兄妹の全快を待っていられる余裕は無い。それも見越した上で、椎倉達は勇路を湖后腹達の下へ向かわせた。 『治癒能力』を用いた応急措置も終わり、風路兄妹は停職中とは言え風紀委員を務める春咲他形製・月ノ宮の『シンボル』組に任せることとなった。 他方、湖后腹は勇路と共に葉原のナビゲートに従って『ハックコード』の傍受機能から割り出した予測ポイントへ急行した。すごく綺麗な笑顔を浮かべる勇路におんぶされる形で。 常人では考えられない疾走に湖后腹は幾度か気分を悪くしたが、ポイントに近付くにつれ急速に思考を集中していった。 『あれか!!!』 疾走の果てに湖后腹と勇路の瞳に移ったのは、複数の電気系“手駒達”の姿。椎倉達の推測通り、電気系“手駒達”の力でもって該当電波の安定を保持していたのだ。 電波によるレーダーを使える以上“手駒達”側も湖后腹達の接近に気付いており、各々が電撃の槍や鋼鉄の塊を侍らせて何時でも迎撃できるように準備していた。 『俺の超電磁砲を舐めるなよ!!!』 だがしかし、湖后腹は電気系“手駒達”が対処できないであろう超電磁砲の衝撃波で敵の迎撃の芽を摘んだ。 10mという短い射程距離は勇路の身体能力で一気に距離を詰めることでクリアした。後は、ジャミングにより電気系“手駒達”の受信機能をシャットアウト。 更に、勇路の手によってアンテナを破壊することで完全無力化を果たした。これで、“手駒達”を操作するメインコンピュータから発せられる電波は『無防備』となった。 『準備はいいっすか!!?』 『勿論!!待っててよ、キョウジ!!今行くからネ!!!』 鎮圧前に該当電波を分析していた湖后腹は、『ハックコード』に居る電脳歌姫が派遣―送受信には通信機を使用―した追加アバターと共にメインコンピュータへのハッキングを敢行する。 ウィルス攻撃やセキュリティソフトの防壁も2人の実力なら突破可能。そう信じて送り出した湖后腹と歌姫が向かった先に・・・“2人”は居た。 な、何じゃこりャ!!?ファイルが次々に暗号化していってやがル!!? あれは・・・追加アバターか!!? おい、私のアバター!!さっさと私と情報共有しやがレ!!恭治!!『阻害情報』で共有ヲ!! わ、わかった! 誰にとっても思いもよらない侵入者―初瀬側にとっては救いの手、“手駒達”側にとっては災いの手―の来訪にいち早く気付いた初瀬と歌姫。 その片割れである初瀬が追加アバター来訪の意味を考える間に、歌姫が追加アバターとのリンクを敢行する。 初瀬は『阻害情報』によって、歌姫(追加アバター)は共有機能ですぐに情報を共有し終える。その直後、歌姫(追加アバター)は“手駒達”を叩くために湖后腹へ電子情報を送付する。 マサル!!あの『カタチ』2つへ電子干渉ヲ!!恭治達がマサルの無線を伝って『ハックコード』へ脱出する時間を作っテ!!! 「了解!!!」 歌姫から齎された電子情報を受けて、湖后腹は“手駒達”の『カタチ』へ向けて全力をもってハッキング攻撃を仕掛ける。 一方、初瀬達に干渉能力を向けていた“手駒達”は湖后腹の攻撃から身を守るために能力を自分へ行使・・・することは無かった。 蜘蛛井の命令は初瀬と歌姫2人の足止め。念押しされた上での命令に反逆することはできない。故に、湖后腹と歌姫(追加アバター)の二重干渉をマトモに食らう羽目となった。 姫!!俺達もいくぞ!!! おゥ!任せとキ!! 湖后腹達の攻撃を受けて『カタチ』が大きく崩れ出したために干渉が弱まった隙を逃さないように、初瀬と歌姫も湖后腹達に加勢する。 4者の集中攻撃を受けた“手駒達”は、蜘蛛井の命令が仇となって『カタチ』を統合することも無く遂に崩壊を迎える。 プツン!!! テレビの電源を切るかのように、停電で電灯が切れるかのように、最後は実に呆気無い程の瞬時の消滅であった。 さぁ、さっさとトンズラだァ!!! 『オメガシークレット』が侵略する電脳世界を初瀬達は離脱していく。湖后腹の助力もあって、初瀬と歌姫は見事役目を果たした後に後方部隊へ帰還したのであった。 「う、嘘・・・だ」 その瞬間、逃走用の車両の一角にて“手駒達”を取り仕切る蜘蛛井は眼前の結果を理解することができなかった。 「嘘だ・・・嘘だ・・・・・・嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!」 もはや、錯乱していると言っていいかもしれない。それ程までに蜘蛛井の思考は混乱していた。 初瀬達の『力』に情報をダイレクトに操作する“手駒達”は敗北した。自前のソフトも悉く突破された。 しかも、外部からの干渉―湖后腹―によりデータを持った初瀬をまんまと脱出させてしまった。 これは、同時にジャミング対策等で有効な働きをしていた強力な電気系“手駒達”が排除されたことを意味する。 一ハッカーとして・・・虎の子の“手駒達”を使っての敗北は、『守護神』との再戦前の前哨戦と位置付けていた今の彼に甚大なダメージを与えていた。 「な、何であんなヤツに・・・あんなヤツに!!!クソがあああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」 「蜘蛛井様!!」 「落ち着いて下さい!!サブコンピュータにまで影響が!!」 「うるさい!!!うるさい!!!オモチャ如きが、このボクに意見するなああああぁぁぁっっ!!!!!」 「「「!!!」」」 机上にあった機器をブッ飛ばす。周囲にある大事な機材を踏み付ける。手持ちの機材によって警護の“手駒達”を気絶させ喧しい抗議を黙らせる。 何とかサブコンピュータへの危害は免れたものの、蜘蛛井の錯乱はボディーガード役の“手駒達”の機能停止という暴挙にまで発展した。 「ハァ・・・ハァ・・・。クソッ!!こ、こんなことになったのも全ては東雲達がもっとマシな“手駒達”の供給経路を開発しなかったからだ!!あの能無し共が!!! こ、こうなったら“手駒達”を使って変電施設に居る本人に直接奇襲を仕掛けるか・・・それとも・・・(ブツブツ)」 責任転嫁した挙句、どう考えても無理筋な作戦を立て始める蜘蛛井。それだけ『守護神』に・・・初瀬達に敗北したトラウマやショックは凄まじいということ。 爪をガリガリ噛み、苛立たしげに髪をかく彼は自身の命運が懸かった戦いに敗北した。 ガチャ!! 「だ、誰だ・・・ってお前か、戸隠。驚かすなよ。というか、東部戦線に居たお前が何でこんな所に・・・?」 「『生かさず』。“弧皇”達の首級を」 「・・・あぁ、そうか。遂に東雲や伊利乃を殺すんだな。そりゃそうだ。こんな事態を招いたのも、全ては東雲達の責任だ。 これで、永観も晴れて『ブラックウィザード』の新リーダーか。アイツなら、東雲と違ってお前の雇い主の機嫌もちゃんと取るだろうね。 このドサクサが首を取る絶好の・・・そうだ。戸隠。お前は忍者なんだろ。東雲達を殺した後でいいからさ、ボクに恥をかかせた初瀬達の首も・・・」 そう・・・敗北したのだ。 グサッ!!! 「ガッ・・・?」 「『二度は言わず』。『達』に貴様が含まれていないとは一言も言っていない」 セラミック製クナイが喉に突き刺さり地に伏せる蜘蛛井を、冷徹な戸隠の瞳が眺める。助けの声を挙げようにも喉をやられたためにまともな声も出ない。 盛大に噴出する赤い液体を目に映し、生気を失っていく蜘蛛井の耳に最期の言葉が投げ掛けられる。 「もっとも、精神系“手駒達”によって俺の目論見が貴様や永観に割れた当時は標的に貴様達は入っていなかった。 それは・・・今もだ。故に、これは今しがた下した俺独自の判断だ。貴様の性格からして、怒りの余り警護役の“手駒達”を機能停止にしたのは明白だ。 そんな愚か者に利用価値は無い。却って邪魔だ。そして、愚か者の死に様は総じて無様なモノだ。蜘蛛井糸寂。貴様は、愚か者としての本分を全うした。唯それだけだ」 戸隠が自論を語り終える頃、蜘蛛井は息を引き取った。まずは1人。そして、本命が後に控えている。 現状“手駒達”を操作できる唯一のサブコンピュータに仕掛けを施しながら戸隠は呟く。黒マスク内で唇を歪めながら。 「『死なず』。俺はこの戦場を必ず生き抜く。何時の日か忍者が表舞台に立つその日が来るまでは・・・必ず」 continue!!
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「ご苦労だったな、“ジョーカー”」 「・・・フン」 『ブラックウィザード』の討伐という仕事を終え、第17学区から離脱したウェインは智暁の入った糸袋を抱えたまま空を高速移動・手に持つ携帯電話を用いてある男と会話をしていた。 「・・・機嫌が悪いな。あぁ・・・お前が仕事外で戦っていたあの少年を殺せなかったことに腹を立てているのか」 「・・・別に。用が無いなら切るぞ」 不機嫌を丸出しにしているウェインの意図を看破し、何処か呆れながら確認を取る電話の男。両者は知らぬ仲では無い。何せ・・・ 「おいおい。折角俺が監視衛星の情報をお前に伝えたり何なりして『ブラックウィザード』の討伐を支援してやったってのに、何だその言い草は? 仮にも、俺はお前の『元』上司だぞ?前々から思っていたが少しは敬意というのを表す努力をしてみることを薦めるな、“ジョーカー”?」 「知るか。そんなことは俺にとってどうでもいいことだ。・・・相変わらず前リーダーから引き継いだ暗部のリーダーという中間管理職を存分に満喫しているようで。よかったよかった」 「ひでぇ言い草だな。俺は元々暗部に協力する研究者でしかなかったってのに、あれよあれよという間に暗部のいちメンバー、 終いには暗部のリーダーになっちまった。あぁ、しんどー。誰か代わってくれねぇかな~」 元は上司と部下の関係であったのだから。学園都市の『闇』を形成する組織・・・暗部という集団のリーダーと部下という関係。 ウェインは、『紫狼』に雇われる以前はこの暗部に所属していた。“ジョーカー”という異名も暗部時代に所属するリーダーから面白半分本気半分で付けられたモノである。 とは言え、電話の相手足る『元』上司に敬語を使ったことなど所属していた時分含めて一度も無いのだが。 「・・・まぁ、“保険”は“保険”で役には立った。それだけは言っておこう・・・『テキスト』がリーダー・・・持蒲鋭盛」 「・・・それで礼を言ったつもりか」 電話の相手・・・暗部組織『テキスト』のリーダー持蒲鋭盛は、変わらぬ『元』部下のタメ口にもはや異議を唱えるのも無駄と判断した。 この『元』部下の頑強足る有り様は、自身の異名である『能力殺し ブレインブレイカー 』をもってしても崩すことができなかった程である。 「しかし・・・学園都市外を専門とする『テキスト』のお前が内部の事情に関わって来るとはな。どういう風の吹き回しだ?」 「・・・今更聞くことか?そんなことは、本拠地に襲撃を掛ける前に俺が連絡をした時に聞くことじゃないのか?」 「大方の予想は付くからな。“手駒達(ドールズ)”と“死人部隊(デッドマンズ)”。この両者の類似点を上層部に突かれたのだろう? 超城の『痛覚遮断』再現を含めて根本的に独自色の強い薬物を使用した代償だろう、能力を別にした性能面では“死人部隊”の方が上だったな。まぁ、どちらも退屈な人形には変わりないが」 「・・・ハァ。まぁ、お前なら“死人部隊”と“手駒達”の類似点・・・その保存方法にも気付いていると思っていたよ。 全く、何処から“死人部隊”の情報が漏れたんだか。これだから情報化社会は恐い恐い」 ウェインと持蒲は、『ブラックウィザード』の“手駒達”と『テキスト』の“死人部隊”の類似点を話し合う。 会話からわかるように、“死人部隊”とは『ブラックウィザード』の“手駒達”のような存在である。 「どうせ、もうアテはついているのだろう?」 「・・・フッ。まぁな。直に『ブラックウィザード』に協力していた“裏”の連中は処分される。 バックの『闇』や統括理事会のお偉方も今回の件を受けて見放すみたいだしな。こんな専門外の仕事はさっさと終わらせるに限る」 「だから、偶然にも『ブラックウィザード』討伐を依頼された俺を利用した・・・と言った所か。今回の件で、『テキスト』の損失は0だからな」 「あぁ。そのために、“保険”としてお前を支援したんだし。良い働きをしてくれた、“ジョーカー”。 褒美として・・・『殺人鬼ウェイン・メディスンは死んだ』ということにしてやろう。準備ももうできている。データを送るから指定ポイントまで足を運べ」 「・・・・・・」 「今回の件でお前は風紀委員会直属の警備員を殺している。その上で取り逃がしたとなれば、表の治安組織は血眼になってお前を探すだろう。 それはお前にとっても都合が悪い筈だ。何、『テロリスト専門の部隊を投入して交戦・殺害した』とでも言えば何とでもなる。 対『ブラックウィザード』で失態を犯している風紀委員会に介入や反論の口実は与えない。怪しんだとしても、『死』という“解決”を打ち出せば何もできやしない。 どうせ、頭が回るお前のことだ。俺が連絡した時点でそこまで予見していただろう?しばらくは大っぴらに“表”へ出られなくなるがな。 お前は、これからも『紫狼』に雇われた傭兵の1人として動けばいい。『紫狼』への疑惑も、俺達に任せておけ。悪いようにはしない」 「・・・・・・狙いは何だ、持蒲?」 『ブラックウィザード』討伐の褒美として様々な支援を打ち出す持蒲に問うウェイン。電話の先に居るこの男は、ウェイン自身が強者と認める男だ。 何の能力も持たない大人・・・しかし、それ故に数年間もの間暗部組織のリーダーを務めている凄まじさが引き立つ。 『テキスト』が本来受け持つ学園都市外の『勢力』への対処も任されていることからして、持蒲鋭盛の実力の高さが垣間見える。 「・・・何だと思う?」 「・・・・・・『軍隊蟻』か?」 「・・・フッ。ご名答」 ウェインの回答に持蒲は軽く笑いながら正解を告げる。『軍隊蟻』・・・『ブラックウィザード』に匹敵する大型スキルアウト組織。 先進国の一個大隊並の軍事兵器を所有すると謳われる、『ブラックウィザード』とは別の意味で“厄介な”集団。 「・・・成程。暗部組織が一々“表”のスキルアウトを潰すという真似はしない。するとすれば、それは学園都市への明確な反逆の意思がある場合だ。 だが、『軍隊蟻』には学園都市に反逆する意思が無い。つまり、口実が無い。確か、今年に入ってあのスキルアウトには長点上機の肝いり女が加入したと聞く。 『闇』と深く関わる長点上機の意向もあって暗部は手が出しにくい。手を出せば、激闘から自ずと暗部の仕業と勘付かれる。しかし、保有する火力は有事の際に脅威となる。 ならば、どうするか。・・・『同じスキルアウトとの抗争に巻き込まれた挙句壊滅した』ことにすればいい。 『ブラックウィザード』に代わる対抗馬として『紫狼』という成長中のスキルアウトを利用して。単純に『軍隊蟻』を抑え付ける意味もある。違うか?」 「・・・フッ。フフッ。まさにその通りだ。丁度お前が背負っている『ブラックウィザード』のメンバーは、奇しくも『軍隊蟻』の幹部の親戚だ。 どうせ同じ可能性を考えた『紫狼』のリーダーに捕獲を命じられたんだろうが、俺にとってもお前の取った行動はとても都合がいい。 “義を以って筋を通し、筋を通せぬことを生涯の恥とせよ”を掲げる『軍隊蟻』にとって、『血筋』を完璧に無視することはできないだろうからな」 「・・・その上で『紫狼』も共倒れになる展開が一番望ましい。依頼者足る現『紫狼』リーダーが死ねば俺との契約関係も潰える。 そして・・・最終的には俺を『テキスト』に戻したい。ククッ・・・まだ諦めていないのか?俺は言った筈だぞ?『「テキスト(ここ)」には戻らない』とな」 『軍隊蟻』と『紫狼』をぶつける策を練っている持蒲の心意を見抜くウェイン。そう・・・ウェインは自らの意思―我儘とも言える―で『テキスト』を抜けた。 自分の都合で暗部組織から抜けることがどれ程命知らずの行為なのか、それを全て承知の上でウェインは『闇』から抜けた。 それなのに、自身に『闇』・・・具体的には抜けた『テキスト』からの刺客はついぞ現れない。理由は明白。誰かがウェインを庇っているからだ。 その誰か・・・『テキスト』のリーダーは軽い口調に幾分かの真剣さを込めながら言葉を紡ぎ始める。 「・・・やはり、お前の力は惜しいからな。女のように関係の清算を手早く済ますという気にはなれないな。暗部を抜けたお前の処分も未だ保留状態だ。 俺達を支援する上層部も、お前の価値をよく理解してくれているぞ?今回『ブラックウィザード』討伐を果たしたことで、彼等にお前の存在価値を改めて示す良い機会になった。 しかも、内部には比較的手を伸ばしていない俺達に代わって傭兵という立場で『開拓』してくれているしな。さっき言った褒美も上層部から提案して来たんだぜ?」 「お前達のためにやってるわけでは無いがな。・・・そっちがこの件に関わった本当の理由か?」 「さぁな。しかし、お前のあんな活き活きとした姿は初めて見たかもしれない。『テキスト』の立場上、派手には動けないからな。 切り札(“ジョーカー”)足るお前の存在は『テキスト』の学園都市外を主に担当する性質上、上層部を除けば内部を担当する他の暗部組織にもよくは知られていない。 【精製蜘蛛】や【意図電話】等、『蛋白靭帯』の真髄を知る者となれば実質的に俺くらいしか居ないだろう。 だから・・・お前にとっては不満も大きかっただろうな。あの頃のお前には、前線に出る場合もなるべく『本気』を出さないように命じていたし」 「・・・フン」 「【獅骸紘虐】だったか・・・お前の『本気』は俺でさえ一度しか見たことが無かったからな。衛星カメラからの映像は、俺にとっても些か衝撃的だった。 しかしまぁ・・・【獅骸紘虐 しがいこうぎゃく 】は相変わらず言いにくいな。『蛋白靭帯 スパイダーズスレッド 』という本来の名前のままでもいいと思うが。 他にも色んな名前を付けているよな、お前。【精製蜘蛛 プロテインドープ 】に【鋏角紘弾 ヤーンブリット 】や【意図電話 ストリングラフィ 】・・・。 確か、自由度の高い能力の『基準点』として名付けているということだったが・・・本当に『言葉』が『基準点』になるのか?」 持蒲は自身『自分だけの現実』を専門とする研究者であることから、『元』部下の有り様に久方振りの疑問を抱く。 本来自由度の高い能力の『基準点』としてはリモコンや懐中電灯等『物体』が用いられるケースが多い。 一方、ウェインは『基準点』として『言葉』を用いている。以前から疑問視していた。そんなことで、本当に『基準点』足り得るのか。 「・・・言霊というのを知っているか?」 「・・・言葉に宿る霊的な力。『科学』に染まるこの街では非科学的と断じられるのがオチだな」 「俺の祖先は、数世紀前までは絵文字以外の文字が存在しないという一族だった。故に、『言葉』というのはとても重要な意味を持っていた。 『言葉』には偉大なる力が存在する。俺達の一族には言霊の文化がある。言葉とすることで、それを現実化させるという強い意志が存在する。 どうだ、持蒲。『言葉』は、そんな一族の血を引く俺にふさわしい『基準点』と思わないか?」 「・・・成程。確かにお前に相応しい能力応用術の『基準点』かもな。『攻』の【鋏角紘弾】、『防』の【獅骸紘虐】、『疾』の【精製蜘蛛】、『感知』の【意図電話】、 そしてそれ等を統べる『操』の『蛋白靭帯』か・・・研究者として中々に興味を抱かされる事例だ。・・・今は変わり者の大統領があの国を治めているんだったな。 “ジョーカー”・・・いや・・・ウェイン。その一族の血を引く者として、今の状況はどう思う?以前にも聞いたことがあったと思うが・・・やはり憎いか?」 「別に。強者が弱者を虐げた。それだけの話だ」 持蒲の言葉に陰気に返答するウェイン。『元』上司は『元』部下の辿って来た“歴史”を知っている。無論、彼が“何の”血を引いているのかも。 「相変わらず素っ気無い回答だな。まぁいい。お前は、その手で故郷を滅ぼしているんだしな。その回答にも納得がいく。 あぁ・・・そうか。だから、お前は『紫狼』に雇われたのか。お前の一族にとって、『狼(コヨーテ)』というのはとても重要な意味を持つモノだからな」 「・・・・・・」 「かの神話において物語や秩序を掻き乱し、災いを齎す存在として語り継がれるトリックスター・・・『蜘蛛(イクトミ)』。『蛋白靭帯』を持つお前に相応しい有り様だな」 「・・・・・・」 「【獅骸紘虐】他『基準点』として付与した『言葉』は『4』つ。お前の一族は『4』という数字を最重要の1つに置いている。 【獅骸紘虐】で表顕した骸獣は『狼』・『雷神鳥』・『死鳥(ふくろう)』に本当なら“含まれない”『獅子』を加えた『4』つ。『獅子』が示すモノも見当は付く。 『死』の匂い薫る暗殺業も、レベル『4』という数字もお前にとってはさぞかし大事なモノなんだろうな」 「・・・・・・フン」 今度は持蒲がウェインの心意を的確に当てて行く。暗部時代もこんなやり取りが何度も繰り返された。その懐かしさに、図らずも2人共に浸る。 ドクン!!! 「グッ!!!」 「ウェイン!?」 そんな折に、急に呻き声を挙げるウェイン。声で『元』部下の異変に気付いた持蒲はレベル5に近い実力を持つ“怪物”の欠点を思い出す。 「【精製蜘蛛】を使い過ぎたな!!最高強化レベルの使用継続時間の制限を超えたのか!!?」 「ハァ・・・ハァ・・・いや。制限は超えていない・・・な」 高速飛行していたウェインは、すぐさま近くにある建物の屋上に着地する。荒い呼吸を吐きながら、【精製蜘蛛】によって頭痛や動悸・吐き気を沈静化していく。 「今の最長継続時間はどれくらいだ?」 「・・・最高強化レベルで40分程度か。主に身体面や回復面を一定程度上昇させる通常の強化レベルならまだ何とかなるのだがな」 持蒲の確認に素直に返答するウェイン。これが、【精製蜘蛛】の弱点である強化(ドーピング)の反動。ドーピングとは、すなわち本来『以上』の力に押し上げるということである。 当然身体に与える負担は比例的に増加する。念動力を用いた通常の流れとは違う神経伝達物質及び血管内の物質の多種多様な操作に負担が存在しない筈が無い。 通常の強化レベルならともかく、自身と離れている糸に糸を繋いでいる状態と同程度の強靭さを付与する最高強化レベルの【精製蜘蛛】の連続使用時間は40分程度が限界である。 断続的に使用する場合―【精製蜘蛛】の中断や強化レベルを通常に下げる―は自然回復含めてこの限りでは無い。しかし、限界時間に近付けば近付く程反動は大きく、 仮に限界ギリギリまで継続した場合は、反動によってその場でうずくまって行動不能になる状態に陥ってしまう。 「・・・思いの他延びているな。『テキスト』に所属していた頃は20分弱が精々だったと記憶しているが」 「ハァ、ハァ・・・“ある事情”で【精製蜘蛛】を集中的に鍛錬した結果だ。それに、反動を恐れて使用しないのであれば何時まで経っても時間の延長は為しえん。 それが屈辱を発端にしたモノであったとしても、暇潰しの戦闘下であったとしても試行できる時にしておかねば・・・な」 「・・・ふむ」 「ハァ、ハァ。それに・・・『別件』で得た力も大きいな。反動からの回復に大きく役立ってくれる。こればかりは、正しくお前に感謝しないとな」 「・・・あれは痛ましき偶然の産物だ。被験者の手によって研究者全員が殺害されるという結果になった・・・あの『暗闇の五月計画』関連はな」 荒い吐息を整えているウェインの反応に持蒲が口に出した『暗闇の五月計画』とは、学園都市の『闇』で行われた非人道プロジェクトの1つである。 学園都市第一位の超能力者一方通行の精神性及び演算パターンの一部を被験者に直接植え付けることで能力の強化を目論んだプロジェクトで、 攻撃性に最も秀でたとされる被験者の手によって関わっていた研究者全員が殺害されたために計画は破綻した。 そんなプロジェクトの『成果』が・・・ウェインが言う所の『別件』が彼に齎した波及効果とは? 「あの計画には俺達『テキスト』と関わっていた研究者も含まれていた。彼も黒夜海鳥という被験者の手によって殺害されたが、 その成果が記されたレポートを俺達が彼の自宅から秘かに回収した。そして・・・お前は一方通行の演算パターンを参考に己が能力の強化を目論んだ」 「あぁ・・・。まぁ、奴の演算パターンを直接組み込むことはできないからな。我流もいい所ではあった。 結局我流込みで新たに得ることが叶ったのは、『アミノ酸等の貯蔵・凝縮のための念動力自動展開』等極々僅か。 俺が望んだ『無意識下における蜘蛛糸の自動展開』や『超精密ベクトル操作による【精製蜘蛛】無しでの全蜘蛛糸強度の上昇』等を得ることができなかった時点で不満足も甚だしい。 例えば、敵意・殺意を知覚できるとは言えやはり自動展開と比べると刹那の差で遅れてしまう。安定度含め、この差は戦場では致命的となり得る」 「(いや・・・それは高望みだろう。それができたら、お前はレベル5の1人に数えられる可能性が出て来る。 そもそも、無意識下での能力行使が可能な能力者がどれだけ存在するのかという話でもある。『暗闇の五月計画』で言えば、防護性を植え付けられた絹旗最愛が該当するか。 彼女の『窒素装甲』は自身の意思に関係無く窒素が凝縮され壁となる。文面だけを見ればアミノ酸を凝縮貯蔵するお前と同じように感じられるが、内実は大きく違う。 彼女の『自動防御能力』は、一方通行の演算を参考にした最適化によって為されたベクトル操作が根本にある。 そのため自動展開される窒素の塊が彼女を傷付けることも無いし、窒素が不足しても周囲に存在する窒素を自動的に補給し壁を再形成する・・・つまりベクトル操作が自動的且つ精密に働く。 対して、お前の場合は念動力が根本にある。そして、実現できた『アミノ酸等の貯蔵・凝縮のための念動力自動展開』は“それだけしかできない”代物だ。 当然一度場所を決めて作成した『保管庫』そのものを移動させることは自動では不可能だし、保管庫内にあるアミノ酸等が不足したからとは言え自動的に補給することもできない。 自動展開状態に置くと言っても、最初は意図的に念動力でアミノ酸等を包むという工程を経てようやく条件が整う。 もし、何らかの理由で膜が維持できなくなったり保管庫が破壊された場合自動的には制御できない。 意識的・無意識的演算のいずれにしろ制御するためには『新たな』演算が必要となり、演算負担等が一気に増加する。 挙げていけば色んな欠陥が浮き彫りになるが・・・それを極一部でも実現し、独自の応用を見出したお前の才覚にはやはり戦慄すら覚えるぞ。 その実現により、自動での材料貯蔵が可能となったお前の能力の総合力は大幅に強化された。あのレポートが無ければ、今のお前は存在しないと言ってもいい。 反動があるとは言え、自身から離れている糸強度をドーピングによって一時的に底上げする術もお前は持っているしな)」 ウェインの無念が迸る声に持蒲は内心で呆れてしまう。この男の貪欲さには以前も今も目を瞠らされるばかりだ。 かつて『レポートを貸してくれ』と言われた時はまず徒労に終わると思っていた。如何に被験者達―黒夜海鳥や絹旗最愛等―から採取したデータの洗練度の高さがあったとは言え、 如何に『一方通行の戦闘法の分析による新たな性能獲得の可能性』が理論上あったとは言え、極一部であろうと徒労に終わらせなかった“怪物”の執念と才覚には舌を巻かされた。 「(だが・・・レベル5となる者はどんな能力でも同系統の能力者を圧倒して然るべきだ。その点、お前の場合は切り離した糸がレベル4相当より上にはいけないために、 優秀な念動力系能力者が相手の場合は“拮抗”もしくは“押し負けてしまう”。『軍隊レベル』では無く『戦術レベル』規模の能力者に強度でレベル5が負ける筈が無い。 空間移動系のような特殊な事例は別にして、これが第三位の御坂美琴ならどの分野でも同系統のレベル4に後れを取ることは無い。 自分の体を使わずに物体を動かすのが『大原則』の念動能力において、『自身と繋がって』初めて最大出力を出せる『蛋白靭帯』はレベル5の観点から見た場合大きな減点要素だ。 【精製蜘蛛】とて、結局の所“手駒達”や『幻想御手』のようなドーピングによる一時的強化でしか無い。しかも反動付き。 そこまでしても、同系統の中で特に優秀な者に干渉される可能性は否定できない。念動力とは超能力の代表的存在の1つであり、 他に比べて多岐に分かれる能力であるためかレベル5とレベル4を分ける基準として見掛け上の“結果”に目が行きがちになる。 本当の基準は、“結果”では無く持ち得る『自分だけの現実』や出力に直結する演算能力等にあるというのにな。同じ代表的存在である『電撃使い』の頂点に立つ御坂美琴は、 そういう意味ではやはりレベル5に相応しい力の持ち主なのだろう。そもそも、ドーピングを必要とする時点で超能力者の1人としては認められないし、 演算能力等もお前はレベル5の域には達していない。実際、今のお前でもレベル5と正面から能力戦闘を行えば・・・。 とは言え、『4』という数字を重要視するお前は最初からレベル5になるつもりは無いだろう。それに自分の弱点を知り尽くしてるからこそ、様々な戦略を立てる『眼』が養われたとも言える。 『蛋白靭帯』における数々の能力応用術がその証明だし、過去にはそのレベル4相当の出力しか出せない弱点を逆手に取ったこともある。 『本気』を出させない俺の命令が、逆にお前の能力応用術を進化させたということでもあるな)」 「・・・・・・チッ」 「まぁ、できなかったモノはしょうがないじゃないか。仮に自動展開を実現できていたとして、お前の殺気知覚能力が衰える可能性は大とも言えるぞ? 便利なモノは、他の便利なモノを衰えさせる要因となる。“死人部隊”を使ってお前の知覚能力を鍛えた意味が無くなるぞ、ウェイン?」 「・・・あぁ。そうだな」 持蒲の声に『普通』に答えるウェイン。『別件』等で進化させた【精製蜘蛛】による回復によって10分弱で『通常』状態に戻った“怪物”は、屋上に存在する金属網に背を預けながら『元』上司との最後の会話を行う。 「持蒲。最後に確認しておくが、あの“変人”には手を出すなよ?奴は、いずれ俺の手で殺す」 「言うと思った。お前は知らないかもしれないが、今回の件は界刺得世と彼がリーダーを務める『シンボル』の危険性を量るためのモノでもあった。 そのために、今回の件への対処を任された俺達『テキスト』は彼等の“勇敢なる行動”を大々的に公表して“わざと”深入りさせた。 一応『ブラックウィザード』はスキルアウトという体裁だったこともあって、俺の“持論”にも引っ掛からないという判断の元でね」 「ほぅ・・・」 「その結果・・・『観察対象』のままに据え置くことにした。彼等の働きは『本当に』見事だったしね。個人的にも、あの“変人”君には興味があるし。フフッ」 「・・・?」 「(まさか、2年くらい前に赤毛の魔術師が学園都市に入って来た時に彼女と接触したあの少年が・・・ね。何とも、面白い巡り会わせだ)」 ウェインの疑問付の付く吐息を耳にしながら、持蒲はかつて己が担当した『事案』を思い出す。これもまた運命というものか。 「まぁ、後のことは“表”の連中がどうにかするだろう。まぁ、多少は圧力を掛けるつもりだけどな。 とりあえず、今回の件を担当した『闇』としての総意は、『観察対象』のまま治安維持のために『シンボル』を利用した方が得策ということだ。 『闇』に落とすのも1つの手ではあるが、あぁいうタイプは無理強いをさせるより“自主的”に活動させる方が良く働いてくれるモノだし、その方が俺の“持論”とも合致する」 「・・・わかった」 「そうそう。“表”と言えば、数ヶ月前から風紀委員の方で面白い動きがある。事のついでだ。お前にも知らせておこう」 「ほぅ・・・何だ?」 「風紀委員と警備員の上層部が治安維持強化の名目の下、各支部の風紀委員から優秀な生徒を選抜し部隊化したんだ。 まだ公的な部隊では無いから『風紀委員【特別部隊】』なんて言う仮の名称のままだし、現在進行中で警備員の指導を受けながら合宿中だが、 選抜されたリストを見る限りかなり優秀な人材が集まっているな。個々人レベルでは、基本的に今回お前が戦った風紀委員会直属の風紀委員よりも強い。能力面においては・・・だがな。 どうせ、お前のことだ。風紀委員会を一括りに弱者と見下しているんだろうが、風紀委員だからと言って何時までも一括りに考えていると何時か足下を掬われ・・・」 「いや・・・今の俺は風紀委員全員を弱者とは見ていないぞ?少なくとも、ある1人は今回の殺し合いで弱者では無くなった。ククッ・・・これだから世界は面白い。 この短期間であそこまで成長するとは俺にとっても予想外だった。実に面白い。あの男は今後更に強くなるだろう。ククッ。 そして、あの男より強いのだとしたら俺も気を抜けんな。もし、相見える時あらば俺も今より能力を進化させた上で臨むとしよう。 まぁ、俺は相手が弱者だからと言って驕ったことなど“一度も無い”がな。でなければ、連中に【精製蜘蛛】の最高強化レベルを用いるものか。 これでも、俺は立場というモノを弁えた上で言動を行っている。事実を言っているだけだ。連中は大いに勘違いしていたが」 「(・・・俺の耳でも、お前の言葉は人を見下しているようにしか聞こえないけどな。その言動で驕っていないなら、何を驕っていると形容すればいいのかわからなくなるが?)」 「結局は“いつも通り”に為すべきことを為すだけだ。相手が強者でも弱者でも、俺は俺に課せられたモノを全うする。驕らず、油断せず、最善を尽くす。 そのための修練をこれからも継続する。必要ならば幾らでも策も講じよう。まずは、更なる耐熱対策を・・・そうそう、今回初体験した『キャパシティダウン』対策もこれから必須になるな。 音波の振動パターンは採取したが、【意図電話】であれを再現するのは難しそうだ。まぁ、丁度『紫狼』に属する傭兵の中に特注の耳栓を持っている男も居る。 代えの拳銃を仕入れるついでだ。浅見にも連絡を入れて早速対策を立てよう。全てはこのウェイン・メディスンの存在意義のために・・・な」 「・・・フッ。これだから、『進化』する“怪物”は恐ろしい。・・・またな、ウェイン」 「・・・・・・あぁ」 『再び』を約束したウェインと持蒲は通話を切る。夜風が彷徨う屋上に1人佇む“怪物”は懐から煙草の箱を取り出し、その内の1本を口に咥える。 「・・・フゥ」 火の点いた煙草の先から紫煙が燻る。今回の件は、些かの不満点を除けば中々の達成感を味わうことのできた仕事であった。 「持蒲・・・。この感覚は“死人部隊”を前面に出して“ジョーカー”足る俺に『本気』を出させなかった『テキスト』に居た頃には決して味わうことができなかった代物だ。 “世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・それが俺だ。ウェイン・メディスンだ。ならば、俺は存在を示さなければならない。 “世界に選ばれた者”と名付けられた一族の末裔として。・・・・・・『創生ノ主ヨリ生マレイデシ道化師ヲナゾル。 生キトシ生ケルモノ全テヲ抱擁スル環ノ紘ヲ乱ス蜘蛛ガ骸ヲ以テ、災イトイウ名ノ夢幻ヲ万物ヘ授ケヨ。 北ノ赤ヲ、東ノ黄ヲ、南ノ白ヲ、西ノ黒ヲ、四方ヨリ虐グ四聖ヲ欺キ、平等ヲ謳ウ大イナル主ヘ燻ラセル紫煙ト共ニ己ガ存在ヲ刻マン』・・・だったか。俺に遺していった言霊は。 懐かしい・・・本当に懐かしいな・・・ククッ。にしても・・・まさか、この世界で魔術(アレ)を目にすることになるとはな」 己が心意を言霊に乗せて放つ“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”は、夜空に浮かぶ星空に視線を向けながら自身目にした異世界の力を思い出す。 生粋の『科学』の住人が使用するとは思いもしなかった異能の力・・・魔術。瞳に映したその光景に僅か笑みを浮かべながら“怪物”は、世界の真理に思考を傾ける。 「ククッ・・・これも『創世の主 グレイトスピリッツ 』の成せる御業といった所か」 世界の真理・・・一族が崇拝する創造主の名を発しながら、“存在者”は指定ポイントへ行く前に主との対話を図るために煙草の紫煙を星空へ立ち昇らせ続ける。 その表情は、常の陰気とは違い何処か晴れやかな・・・そして何処までも純粋な貌であった。 どんな悲惨な事件があっても日は相変わらず昇る。【『ブラックウィザード』の叛乱】から数日が経ったここ第8学区の『超世代技術研究開発センター』で、 “学園都市レイディオ”のスタッフ達が様々な機器を研究所に持ち込んでいた。夏の暑さに負けない熱気を体から立ち上らせる鋭気溢れるスタッフ達。 その理由はある偶然から風紀委員の少年に預けることとなったラジオの看板娘が、スタッフ達の想像を遥かに超えた感情表現を身に付けて帰って来たことに尽きる。 「恭治~。何かスタッフ達の目がやる気に満ち溢れてるネ。フフフ」 「・・・まぁ、結果論だけどお前が前に比べたら割と自由に動けるようになって良かったよ。コリングウッドさんに感謝しろよ?」 「うン!!」 『ハックコード』から3D映像として出現している電脳歌姫と成瀬台支部員の初瀬が、バタバタとせわしなく動き回るスタッフ達を見やりながら会話を繰り広げる。 そもそも、何故ラジオスタッフ達がこの研究所へ色んな機材を持ち込んでいるのかというとアルバートの提案と説得によりこの研究所を、 “学園都市レイディオ”を録る 電脳歌姫の調整+保管場所とすることに決定したからだ。 『初瀬と電脳歌姫には「ハックコード」の機能を十全に発揮させて貰ったからね。私が専門としている「能力兵器」のヒントも得ることができたし、これはほんのお礼だよ』 電脳歌姫が元の居場所に戻っても色んなことができる環境作りについて当の本人と初瀬が延々考え続けた結果、2人が出会う切欠になった場所で働く研究員へ相談することにした。 『超世代技術研究開発センター』出身のOBが“学園都市レイディオ”スタッフとして働いていることは以前のやり取りで判明している。 初瀬と歌姫はその伝手に一縷の望みを懸けるべくアルバートへこの話を持ち込んだ。その時の彼の返答が上の言葉である。 アルバートは以前のバージョンアップ試行の折に不調であった研究所の機材を無理矢理使ったためにオシャカになったことも踏まえて頑固上司の説得に当たった。 当初はそれでも渋っていたのだが、初瀬の下へ預けていた歌姫の感情表現プログラムの目覚しい成長振りとスタッフの熱意に加えて、 最近活躍しているVersion.2に対抗し得るバックアッププランを披露されたことで遂に首を縦に振った。 センター側としてもラジオのCMで自分達が研究するあれこれを宣伝する絶好の機会と捉え、話はトントン拍子で進んだ。 こんな所でも学園都市の『最新』更新速度が遺憾無く発揮されたというわけである。そのおかげで、歌姫はセンター内限定で自由に動く環境を得た。 本体(=プログラム)はセンター内に保管され、現在『ハックコード』から出現している歌姫は『ハックコード』とセンター内のコンピュータとをケーブルで繋いだ故のモノである。 「週に数回は足を運ぶつもりだけど・・・前みたいに毎日『シークハンター』とかへ一緒に行くようなことはできなくなったな」 「ううン!!恭治のおかげで私は以前とは比べ物にならないくらいの自由を手に入れタ!!『外出許可』を得たら、『ハックコード』限定でまた恭治と行動を共にできル!! これ以上を望んだらバチが当たるヨ!!本当に・・・本当にありがとウ!!」 「・・・そっか」 歌姫の笑顔が眩しい。これが感情そのものでは無くプログラムによる計算式故のモノであるとは初瀬にはとても思えない。 まぁ、その辺の小難しい所へのツッコミは野暮と言うもの。今ある彼女の笑顔を見ることができただけで満足だ。 「じゃあ、俺はもう行くぞ?またな、姫」 「うン!!!」 別れの挨拶を交わした2人は、それぞれ自分達の居場所へ帰って行く。現実世界を生きる人間と電脳世界を“生きる”歌姫は奇妙な偶然を経て出会い、 幾多の困難を共に乗り越えながら望む未来を手に入れることができた。こんな光景が見られるのも、『科学』の頂点に立つ学園都市ならではと言った所である。 「橙山ちゃん!!椎倉君!!」 「九野先生!!」 「最終報告帰りかい?とりあえずお疲れ様・・・かな?」 「・・・はい」 連日変わらない炎天下の中風紀委員会を取り仕切っていた橙山と椎倉が成瀬台の校門をくぐろうとした所へ、前方から“天才”の大声が聞こえて来た。 強襲を受けて現在補修・改築中の警備員達や業者達へアイス等の差し入れを持って来た九野が、丁度帰ろうとした所に橙山達が帰って来たというわけである。 「はい、これ差し入れのアイス。ちゃんと冷凍バッグに入れてあるから、冷え冷え真っ盛りさ。俺も食おうっと」 「あ、ありがとうございます」 「こんな炎天下の中で話すのはしんどいし、影のある所へ行こうか」 九野の提案で成瀬台の中に入ってアイスを食べる3人。しばし無言が続いた後に沈黙を破ったのはやはり“天才”であった。 「今回の【『ブラックウィザード』の叛乱】は、外部から侵入した過激派テロリストと内部に潜んでいた潜在的テロリストによる仕業ということになったようだね? メディアでもそう報道されてるし。まぁ、人間を薬と機械を使って人形化した時点でスキルアウトの枠からはみ出ているとは思うが」 「・・・はい」 「とりあえず、成瀬台強襲時に重篤となった警備員は峠を越したようだね」 「・・・・・・はい」 「能力者のDNA情報取得や人体実験等を目論み200名もの一般人の拉致した過激派テロリスト達を警備員主導の下で少々の犠牲を払いながらも一掃した。 一般人は全員無事に救出・・・“表”に出てる情報はこれくらいかな。後は学園都市お得意の情報操作が余すトコなく発揮された。 拉致された学生達が薬のせいで記憶が酷く曖昧なのを利用して。殺人鬼の件も網枷双真の件についても」 「・・・・・・・・・」 「あぁ、勘違いしないでくれたまえ。君達はちゃんと事実の全公表を訴えたであろうことは予測してるし。“交換条件”を付けられたがために苦渋の決断を下したんだとも思ってるし」 「・・・さすが九野先生ですね」 “表”へ公表された情報操作済みの今回の顛末に内心では歯噛みしているであろう2人の心境を見抜いた“天才”の観察眼に椎倉は舌を巻く。 同じく九野の言葉に恐れ入った橙山は、提案された“交換条件”も込みで自分達と上層部の話し合いの顛末を語り始める。 「今回の件で警備員には幾人もの死者が出ました。そんな事件のありのまままを公表しないことに私は反論しました。 確かに上層部にとっては表沙汰にしたくない案件だったでしょう。それでも全部公表するべきだと訴えましたが・・・聞き入れられませんでした」 「殺人鬼や網枷の件を非公表に“できた”理由はどういうものだい?」 「殺人鬼に関しては『テロリスト専門の部隊を投入して交戦・抵抗激しく止むを得ず殺害した』の1点張りでした。蜘蛛糸を焼き払うべく強大な火力兵器を投入したそうで、 DNA情報を滅する程に焼き払ったために死体は残らなかったそうです。一応交戦記録を参照してみたのですが、 確かに交戦場所で強大な爆弾のようなモノが使用された痕跡がありました。ですが、その専門部隊がどの部署の者達なのかは非公表で・・・」 「・・・つまり、殺人鬼が上層部の人間によって殺されたか殺されなかったかを君達には判断できない・・・そういうわけだね?」 「はい」 橙山の苦虫を噛み潰したかのような表情に、苛立ちを隠せない心境が現れている。やはり、あの殺人鬼の存在を学園都市上層部は知っている。 今回の件で邪魔と判断されて殺害したのか、それとも自分達の目から逃れるために死んだことにしているのか。 どちらの可能性も十分有り得る故に、明確な情報を当事者達に明かさない上層部のやり方は『気に食わない』の一言に尽きる。 「では、網枷双真に関しては?」 「実は成瀬台が強襲される直前に、風紀委員の上層部宛にあるデータが送られて来たそうなんです。発信主は網枷の寮にあるパソコン。 おそらく手動切り替え可能な自動発信であろう暗号化されたデータファイルの件名にはこう記されていたそうです。『内部告発』・・・と。当時は網枷以外のスパイの存在を懸念して、 風紀委員上層部にも彼の件を知らせていませんでしたので、上層部は私達へ確認の連絡等をよこさなかった。まぁ、有線等に細工されていたのでどっちみち連絡は無理でしたが」 「ふむ」 「とにもかくにも『内部告発』ですから、まずは暗号を解除しなければなりません。暗号化を施している以上それだけ大事が起きているのではないかと疑って当然ですし。 ですが・・・暗号解除に数日を要した結果、そこにあったのは何と退職届でした。つまり・・・」 「『ブラックウィザード』として強襲を仕掛ける前に退職届を上層部へ出した以上、彼はその時より176支部風紀委員では無い。 よって、強襲以降の彼の行いの責任は全て彼にある。故に、176支部リーダーである加賀美ちゃんの責任は生じないという理屈・・・か。 退職届はしかるべき立場の手に渡った瞬間効力を発揮する。上層部は彼の退職届を利用して最悪でも『「元」風紀委員の過激派テロリストが強襲等を仕掛けた』ことにしたかったと。 現役のままよりは確かに何倍もマシだし、現にこの真相は一部の人間にしか知らされていない。箝口令も当然敷かれているだろう。 君達の責任等を問う風紀委員会も今回は開かれないようだし。対外的には、『風紀活動を行う中で様々な悩みを抱えていた人間が風紀委員を辞めた挙句自殺した』のまま行きそうだね」 「はい」 「そして、そんな情報操作を呑まされたのは『「シンボル」他「協力者」達の“全て”の行いを非公式にするから目を瞑れ』・・・という“交換条件”を突き付けられたからだろう? 加賀美ちゃんの性格なら、こんな条件でも無い限り自主的にリーダーを辞めちゃいそうだし」 「・・・・・・その通りです」 せめてもの罪滅ぼしのつもりなのか、網枷は成瀬台強襲前に退職届を風紀委員上層部へ送信していた。強襲以降の責任が形式的にでもリーダーである加賀美へ発生しないように。 上層部の思惑もあって、網枷の顛末は対外的には『ブラックウィザード』とは切り離された上で、 『風紀活動を行う中で様々な悩みを抱えていた人間が風紀委員を辞めた挙句自殺した』という形となった。 この形なら、加賀美自らがリーダーを辞する以外に彼女がリーダーから外されることは無い。無論様々な批判は喰らうだろうが、 少なくとも『現役風紀委員の過激派テロリストが強襲等を仕掛けた』よりかは何十倍も何百倍もマシである。 風紀委員上層部としては、この形で何とか決着を図りたかった。これ以上の漣を立たせたくは無かった。そのためには加賀美達に『うん』と言わせる要素が必要だった。 そこで目を付けたのは、『シンボル』他『協力者』達の“全”行動の非公式化。彼等の風紀委員会や『ブラックウィザード』等への行いは、 見方を変えれば暴行罪や器物損壊西等立派な犯罪行為として立証できるモノであった。何故か『シンボル』のリーダーの意思で“3条件”撤回と、 固地の悪手を記録した媒体の全返却が為されたこともあり、総合的に彼等の行動を不問にすることを“交換条件”とした。 事件解決に協力してくれた『協力者』達に多大な恩義のある風紀委員会の人間達―ここでは橙山や椎倉―は、 上層部が提案した“交換条件”をもって頷く他無かったのである。とは言え、この“交換条件”ですら温情采配ではあるのだろう。いざとなれば押し切ることもできた筈なのだから。 「・・・どうだい、椎倉君?風紀委員に幻滅したかい?」 「・・・・・・そうですね。今回の件は正直堪えました。危うく風紀委員に幻滅しそうになったのは事実ですね」 「ということは・・・幻滅はしなかったんだね?」 「はい」 “天才”の容赦無い指摘に椎倉は毅然と返答する。彼の脳裏には以前神谷と問答を繰り広げた光景が浮かんでは消えていた。 風紀委員として何を為すべきか。風紀委員として何を信じるべきか。“交換条件”を突き付けられて危うく自分が所属する組織に幻滅しそうになった己を踏み止まらせた光景。それは・・・ 『風紀委員ってのは・・・正義じゃ無ぇんだな』 『・・・お前は、風紀委員そのものに自分の正義を預けるのか?』 かつての自分の言葉。自分が信じる正義。『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』という風紀委員の矜持。 「俺は俺のやり方でこれからも風紀活動に努めようと思います。今度は・・・上層部に介入されるような余地を作らないように!! 今回200人の一般人の命を守れたように、風紀委員として守れるものが確かにあるんだってことをこれからも証明し続けようと思います。俺が信じる正義のために」 少年はまた一歩大人への階段を上がる。凄まじい経験をしたからこそ、納得できない経験を積んだからこそ今度はそんな事態にならないように努める。 幻滅して放り出すことは何時でもできる。でも、そこから先は無い。ならば、苦しくとも先がある在り方を望み、そして進む。 「・・・フフッ。橙山ちゃんも椎倉君には負けてられないね」 「はい。私も今の活動を放り出したりはしません。苦しくとも、辛くとも、納得できなくとも前を進む。ここで放り出したら死んだ同僚に合わせる顔がありません」 「・・・そうか。健闘を祈ってるよ、2人共。君達が歩む人生に少しでも幸があることを願う」 「「はい!!!」」 橙山と椎倉の決意の表れを目にした九野は微笑を浮かべながら2人へ檄を贈る。2人のような信念強き人間が居れば、まだまだこの学園都市は大丈夫だ。 様々な思惑が交錯するこの『科学』の世界で、彼等のような人間が少しでも輝けることを“天才”は願いながら去っていく。 そして、“天才”の背中を見送った2人は強き決意を心中で固く握り締めながら補修工事に従事している仲間の下へ歩を進めるのであった。 「うー、これから『ブラックウィザード』に関する情報の値段は下降線を辿っていくな~」 相も変わらず首からスマートフォンを提げている情報販売は第5学区の隠れ家にて【『ブラックウィザード』の叛乱】の顛末から、 商売品の価値が現在の最高値からどんどん下がる一方な情勢に愚痴を零す。連中に命を狙われたこともあったが、商売的には“良商品”であったことには違いなかった。 何せ、自身の臓器を質に入れても『ブラックウィザード』の情報を買い漁った兄が居たくらいである。まぁ、ソイツの借金を肩代わりすることになるとは思っていなかったが。 「あー、結局今回はどの暗部が介入して来たのかその断片すら掴めなかったな~。何時もなら正体は掴めなくても断片くらいは見付かることが多いのに」 仕事柄暗部の情報も取り扱う彼の腕を持ってしても、今回の件に介入してきたであろう暗部の情報を全く掴むことができなかった。 今まで蓄積して来たパターンのどれにも当て嵌まらない今回の暗部勢力は、最近できたばかりの新興暗部組織なのか・・・それとも。 「はー、『紫狼』が雇った傭兵についても誤情報を掴まされていたみたいだねぇ。蜘蛛糸じゃ無くてワイヤーだし、発火能力系統みたいだし、何より男じゃ無くて女らしいし。 これが『闇』による偽装って可能性も無くは無いけど、そもそも風紀委員会を圧倒する人材をスキルアウトに置いておく合理的な理由が無いしなぁ。 『紫狼』を庇うよりも『紫狼』を潰して、人質なんかの脅迫手段を用いて強引にでも戻して使い潰すみたいなやり方の方がよっぽど『闇』らしい。『闇』なら造作も無いだろうし。 それか、『闇』の命令を受けた殺人鬼が『紫狼』に雇われたフリをして俺達の視線を『紫狼』に向けてる間に『ブラックウィザード』を潰す腹積もりだったっていう方が信憑性は高い。 派手になることは避けられなかっただろうしな。こりゃ、『軍隊蟻』も一歩間違えたらヤバいなぁ。殺人鬼と『闇』が一斉に潰しに掛かったら、唯じゃ済まないぞ」 新たに集まった―錯綜も甚だしい―情報によると、『紫狼』が雇った傭兵はワイヤーに発火能力系統を織り交ぜた戦法を採る女であるらしいことがわかって来た。 何者かによる偽装のせいか、『紫狼』におけるリーダー交代劇以降の情報がどれもこれも確証が持てない代物であったことが判明したのは昨日のことである。 件の殺人鬼のバックに『闇』が関わっている可能性は高く、バックを含め殺人鬼の行動の読めなさに情報販売も頭を悩ませていた。 「ふー、まぁ兄ちゃんの目論見は大体達成したかな?“裏”では『調子に乗った「シンボル」のリーダーが「ブラックウィザード」と風紀委員会の戦闘に首を突っ込んで、 逆に返り討ちを喰らって風紀委員会のお世話になったそうだ』という根拠の無い噂が広がり始めたねぇ。見方を変えれば大体合ってるけど」 独り言を呟き続ける情報販売の脳裏を過ぎったのは、胡散臭い笑みを浮かべた碧髪の男が激痛に苦悶している(と情報販売が勝手に想像している)表情。 彼の目論見である『大活躍によって風紀委員達より厄介な存在に見られないように抑える』が彼自身が負った負傷でもって何とか成り立った。 幾ら情報規制をしようが噂は発生する。火の無い所に煙は立たぬ。『ブラックウィザード』の掃討の一報を受ければ、“裏”の人間なら誰だって『シンボル』を注目する。 成瀬台強襲時に大活躍した非公式グループの動向を。そして、そこに『調子に乗った「シンボル」のリーダーが「ブラックウィザード」と風紀委員会の戦闘に首を突っ込んで、 逆に返り討ちを喰らって風紀委員会のお世話になったそうだ』という根拠の無い噂が流れた。流したのは、もちろん・・・ 「かー、俺の命を『ブラックウィザード』から守ってくれた恩人に対するお礼としてはこれくらいはしないとな。フフッ」 “詐欺師”のような胡散臭い笑みを浮かべながら、情報販売は今夜の情報売買の現場へ向かうためにボディーガード達へ連絡を入れる。 “裏”や『闇』の世界を渡り歩く情報屋は、今日も命の危険をその身に感じながら己のポリシーを貫くために危ない橋をノリノリで渡りにいく。 「おっ?・・・仲間の様子はどうだ、冠?」 「・・・経過は良好だ。そっちは?」 「こっちも良好だ。自分の状態を含めてな」 第7学区にある病院にて車椅子を操る159支部リーダー破輩と花盛支部リーダー冠は病院内にある2階の休憩室にてバッタリ遭遇した。 159支部員の厳原と花盛支部員の篠崎・幾凪・渚・六花・山門も入院しているこの病院に破輩も入院しており、彼女は親友の厳原と同じ部屋に入院していた。 重傷を負った彼女達の経過は良好であり、それについては破輩も冠も胸を撫で下ろしていた。 ちなみに、振り分け方として彼女達を含む傷を負った風紀委員はこの病院へ、警備員達は別の病院へ入院する形となっていた。 「破輩はこれから昼食か?」 「あぁ。記立と一緒に休憩室で食べようと思ってな。私は席の確保係だ」 「そうか・・・」 「一緒に食べるか?」 「・・・いや。私は梳達と一緒に食べるよ。閨秀や抵部も梳達の部屋に集まってる」 「・・・そっか」 昼食に誘う破輩の掛ける声に何処と無く暗い雰囲気を醸し出しながら返答する冠。その理由に見当が付いている破輩は、厳原が来る前の僅かな時間を使って彼女へ話し掛ける。 「・・・なぁ、冠?」 「・・・・・・私のせいである事実には変わりない。私はあの時油断して戸隠を捕まえることができなかった。そのせいで死んだ人間が居る。その事実には・・・変わりない」 破輩の声を遮るように暗い雰囲気を更に悪化させる冠がいち早く責任の所在が自分にあることを吐露する。 結果論など彼女にとって慰めにもならない。実際に戸隠と対峙し、結果として戸隠を逃してしまった己の責任。戸隠の蛮行で警備員に死者が出た揺るぎ無い事実。 子供である彼女が背負うモノとしては重過ぎるかもしれない業。その重さが花盛支部リーダーの両肩に重く圧し掛かる。 「・・・『ブラックウィザード』に属する人間の内、幹部連中に近い構成員含めて確保できたのは風路鏡子を除けば中円真昼のみ。 東雲、伊利乃、網枷、永観、蜘蛛井、戸隠、西島、風間、調合屋と呼ばれていた男の死亡は確認された。仰羽智暁については消息不明・・・か。 結果だけ見ると『ブラックウィザード』討伐が叶って喜ぶべきか、主要メンバーの殆どを死なせてしまった事実に憤るべきか私もすごく悩むよ」 「風路形慈は簡単な取調べを受けているが、すぐに解放されるだろう。・・・中円真昼は、『テロリストに無理矢理命令されていた』ことになったんだったか。 あの状況ではすぐに取り調べなどできる環境でも無かったが」 「あぁ。最初の自首内容ではハッキリ『ブラックウィザード』の一員と供述していたんだが・・・疲弊した警備員に代わって取り調べを担当した警備員の調査で・・・な」 「・・・似ているな」 「・・・あぁ。救済委員事件や風輪の大騒動と似た“匂い”を感じる」 「共通するのは・・・」 「“風輪学園に通う生徒”・・・だな。我が母校ながら何とも胡散臭い。これは、本腰を入れて調査する必要がありそうだ」 破輩と冠は、中円に対する取調べとその結果に対して何とも胡散臭い“匂い”を感じた。救済委員事件や風輪の大騒動でも片鱗は見え隠れしていたのかもしれない。 それは、『生徒の不祥事に対する風輪学園の関与』。最近発生した風輪生の不祥事における罪が相当に軽減されている違和感。 これ等の発生源が風輪学園そのものではないのかと2人は疑っているのだ。 「・・・そのためにも一厘や鉄枷には今回の件を乗り越えて貰わないとな」 「・・・済まない」 「何を謝る?誰だって完璧な対応なんかできるわけが無い。私だってそうだ」 2人のリーダーの頭には、今回の件で今尚ショックから脱し切れていない159支部に属する2人の男女の顔が浮かんでいた。 『もっと早くに決着を着けていれば』・・・『他にできたことがあるんじゃないか』・・・そんな自問自答を今も繰り返している一厘と鉄枷は、佐野や湖后腹と共に午後から見舞いに来ることになっていた。 「破輩・・・」 「お前が戸隠を捕まえられなかったことで死者を出したことを悔いているのなら、私は殺人鬼を抑えられなかったことが一番の反省材料だ。 あの男を抑えられなかったことで、殺人鬼の手によって死者を出してしまった。この事実に変わりない。だが・・・私は後悔しない。絶対に」 “風嵐烈女”も冠と同じ立場である。殺人鬼を抑えられなかったことで、最後の局面で警備員に犠牲者を出してしまった。 本当なら悔いるべきなのだろう。後悔して然るべきなのだろう。だが、破輩妃里嶺は後悔しない。『こんな過去なんて無くしてしまいたい』なんて思考を絶対にしない。 「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くがごとし”。様々な犠牲を払って歴史を変えた偉人の言葉だが、今ならその意味がわかるような気がする」 「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を行くがごとし”・・・か」 「冠。今回の件で出た犠牲者の責任を自分に当て嵌めている人間は風紀委員・警備員問わず多く居るだろう。 直接的にしろ間接的にしろ、【『ブラックウィザード』の叛乱】に関わった者達の一挙手一投足が犠牲者発生に繋がった。 私にお前に一厘に鉄枷に誰も彼もに、犠牲者発生へ繋がる行動があった。・・・認めよう。認めて・・・背負うんだ。目を背けずに背負い切るんだ。それが・・・明日に繋がる」 「破輩・・・!!!」 「全力を賭して駄目だった。犠牲者が出た。なら認めるしかない。認めて、そこで立ち止まらない。反省して、次は犠牲者が出ない行動を心掛ける。全力で。 私達の人生はここで終わりじゃ無い。明日も明後日もその後もずっと続いていく。死んだ者達が失ってしまった未来を私達は歩む責任がある。冠。1つの責任に囚われ過ぎるな。 これは忘れるということでは無い。忘れては駄目だ。忘れず、反省して、前へ進め。 後悔するな・・・とまでお前に押し付けるつもりは毛頭無い。これは私の考えだしな。だから・・・一緒に乗り越えよう。 もし、背負った荷を抱えられそうになくなったら私も背負ってやる。同じリーダーとして。きっと、お前の仲間達も背負ってくれるだろう。お前は1人じゃ無い。それを忘れるな」 冠は同じ年で同じリーダーである破輩妃里嶺の覚悟と意志の強さに目を瞠る。彼女とて、内心では様々な葛藤を抱えている筈だ。 自分のこと、一厘や鉄枷のこと、風輪学園のこと、他にもあるかもしれない。それでも、彼女は前へ進むと明言した。 死者が出た行動を悔やむ余り前を見ようとしなかった自分に活を入れてくれた・・・気がする彼女へ、冠は1人の人間として為すべきことを為す。 「破輩・・・ありがとう」 「いや・・・本音を言えば、私だってビクビクしてるんだ。何時何処で後ろ指を指されるか恐いよ、正直。最近だと風輪の騒動でもあった」 「歴史の偉人も、今の私達のような感情を抱えていたのかもな」 「かもな。でも、かの偉人も1人の人間だ。彼に乗り越えられたのなら、私達にだってできない筈は無い。だろう?」 「あぁ・・・。破輩」 「うん?」 「私は今回の件を目一杯後悔する。反省もするが、それ以上に後悔する。『こんな過去なんて無くしてしまいたい』という強烈な感情が、私を前へ進める原動力となる。 本当に無くすつもりは無い。というか、無くなるわけが無い。だからこそ、その揺るぎ無い『指標』が私を突き動かす。 逃避するのでは無く・・・前へ進む力へ私は変えてみせる。『心はクールに』・・・でな」 「・・・そっか。なら、お前の思う通りにすればいいよ」 冠要は破輩妃里嶺とは別の信念でもって今回の件を乗り越える決意を示す。後悔も、時には前へ進む大きな力となる。見方を変えれば、己を突き動かす大きな原動力となる。 そんなリーダーの凛々しい顔付きに破輩が安堵した直後厳原が車椅子の車輪を転がしながら姿を現し、破輩は彼女と昼食へ、冠は仲間が待つ病室へ戻っていく。 様々な責任を抱える少女達は、それでも立ち止まること無く重き荷を負いながら人生を歩む。それが、犠牲者達へのせめてもの誠意の証となることを願いながら。 「こうやって、緋花とサイちゃんとベッドを並べる日が来るなんて想像もしてなかったわ」 「ねぇ、お姉ちゃん?前も聞いたと思うけど、その『サイちゃん』って何時から呼んでるの?」 「・・・まぁ、いいか。中学時分からよ。性悪で天邪鬼なこの傲岸不遜男が少しでもマイルドになればなぁって思って」 「そうなんだ。じゃあ、私も今度からそう呼んでみようかな。どう思う、真面?殻衣っち?」 「『サイちゃん』・・・か。ププッ!」 「わ、私は遠慮しとく。・・・。笑い過ぎてお腹が痛くなりそう。・・・。プッ!」 「・・・・・・・・・」 朱花と焔火の『サイちゃん』談義に真面と殻衣が漏れ出る笑い声を抑えられずにいる中、姉妹に挟まれるような形でベッドの上で寝ている固地は唯々沈黙していた。 風紀委員達が入院しているこの病院には、今回の件で傷を負った固地と薬物除去等を目的に焔火と朱花も入院していた。 「ククッ・・・にしても、勇路の頑張りには一生分の感謝をしないといけないな」 「浮草さんの言う通りね。先輩の頑張りが無かったら、現場に居た他の警備員達も危なかったわ」 「そうだよ、債鬼君!勇路先輩の死力を尽くした治療が無かったら、命が危なかったかもしれないし!!」 「・・・・・・わかってる」 浮草と秋雪が当時の状況を思い出した意見を述べ、加賀美の促しもあって今日の午前中にようやく意識を回復した固地が口を開く。 3人の言う通り固地の傷は相当な深手であった。他の警備員達の多くも深手を負った中褌一丁の美青年の登場で状況はガラリと変わる。 『この命尽き果てようとも・・・救える命は全部救う!!!』 『治癒能力』という強力な治療能力を持つ勇路は限界を超越する程に能力を行使し、結果として彼が到着する前に死亡もしくは重篤であった人間を除く全ての人間を治療し切った。 さすがに全快とまではいかないが、命に別状は無いレベルにまで治癒させることに成功した勇路はその場で意識を失った。 彼もまたこの病院へ入院して治療を受けている。意識はあるものの、しばらくは能力を使わず頭を休ませる必要があるのだ。 「・・・そうだ。サイちゃん」 「・・・何だ?」 「“私達姉妹”を助けてくれてありがとね」 「私も。固地先輩。ありがとうございました」 「・・・・・・俺は」 「サイちゃんが寝てる間に大体の話は聞いた。他言無用を条件に無理矢理ね。・・・操られていたとは言え、緋花には姉としてとんでもないことをしちゃったみたい。 詳しい話は緋花が全然してくれないし、私もその辺の記憶が酷く混乱してるからすごく歯痒いんだけどね」 「お姉ちゃん・・・」 朱花には妹へ行った行為について全くと言っていい程自覚が無い。記憶喪失と言っていいかもしれない。新“手駒達”化の弊害故に。 そのためにと言うべきかそのせいでと言うべきか、朱花は焔火へ大きな負い目を感じていた。妹も口を固く閉ざす。その気持ちは理解できるが、姉としては歯痒くて仕方無い。 「・・・確か、2人共薬物除去自体は終わったんだったか?」 「えぇ」 「はい」 「なら、この後は禁断症状対策と精神ケアが重要になってくるな。学園都市なら腕利きのカウンセラーが何人も居るだろう。 薬物中毒は薬を除去した後が本番だと言ってもいい。2人の場合は中毒レベルが低いから、集中的に治療すれば短期間で治療可能だろう」 「サイちゃん・・・?」 「焔火が受けた精神的ショックは、本人の努力と周囲のフォローが鍵となる。こればかりは短時間でというわけにはいかんだろうな。 薬物治療とカウンセリングを組み合わせ、徐々にショックを和らげた上で取り除いていく。バカ師匠の伝手なら優秀なカウンセラーをすぐに見付けられる」 「固地先輩?」 「起きたことをグダグダ言っても仕方無い。起きたことに関して単にグダグダ言うくらいなら、『起きたこと』と『これから何をするべきか』を組み合わせてからグダグダ言え。 朱花。焔火。俺はお前達を『助けた』かもしれないが、同時に『助けられなかった』。『助けられなかった』事実から得たモノと『助ける』ための方策を組み合わせた結果、 色んな偶然や他の人間の努力にて結果的に助けることができたというだけだ。俺はお前達が許さない言動を行ったし、そんな俺がお前達に何度も礼を言われるのは・・・ガフッ!!?」 目を瞑る固地の口から淡々と述べられる『俺はお前達に礼を言われるようなことをしていない』的な言葉の連なりにイラっと来た焔火姉妹は、 両側から固地の顔目掛けて手に持つ枕を叩き付ける。こういう言動を大真面目に行ってしまうのが固地の欠点の1つである。 「相変わらずのサイちゃんだねぇ。自分に酔ってるんじゃなくて、大真面目に言ってるのがわかるから更にムカつくんだよなぁ」 「これは先輩の要矯正点だなぁ。私達の気も知らないで・・・本当に腹立つわぁ」 「モゴモゴッ・・・プハッ!!お、お前等・・・!!」 「ねぇ、先輩?私が・・・私やお姉ちゃんや・・・リーダーや浮草先輩や秋雪先輩や真面や殻衣っち達が、 風紀委員の中で唯一今日の午前中まで意識が戻らなかった先輩をどれだけ心配したと思ってるんですか?」 「ッッ!!!」 焔火の真剣な瞳と声に固地は声に詰まる。見れば、朱花も加賀美も浮草も秋雪も真面も殻衣も真剣な表情で固地を眺めていた。 あの夜から唯一意識が回復しない固地をここには居ない者を含めた風紀委員全員が心配していた。誰もが固地債鬼を心配して、彼の回復を祈りながら言の葉を贈り続けた。 特に、彼が深手を負う切欠になってしまった焔火は眠り続ける彼へずっと語り掛けていた。治療で意識をある程度回復した朱花も無理をおして彼へ言葉を掛け続けた。 時には涙声になりながら、ずっとずっと声を紡ぎ続けた。彼の意識が少しでも早く戻るように・・・と。 「先輩が・・・固地先輩がもしこのままずっと目を覚まさなかったらって・・・!!すごく・・・すごく心配で・・・!!! 『私を庇わなかったらこんなことにはならなかったかも』って・・・ずっとずっと考えちゃって・・・頭がこんがらがっちゃって・・・でも、でも声だけは掛け続けようって。 私にできることはこんなことくらしか無いから・・・お姉ちゃんも夜中に起きて先輩へ声を掛けてくれて・・・リーダーも浮草先輩も秋雪先輩も真面も殻衣っちも他の皆も。 皆先輩の回復を願ってくれて・・・誰も私を責めなくて・・・・・・私が、私の方が責められるべきなのに・・・お姉ちゃんの異常にも気付かなかった私が・・・私・・・」 「・・・・・・朱花」 「サイちゃん。私だって、サイちゃんが緋花へ行った言動にはムカついてるし許せないという感情はあるよ?緋花にも当然あるでしょうね。 でもね・・・・・・“それだけじゃないのよ”。私も風紀委員ってヤツを・・・この学園都市で治安維持に従事する人達の立場ってヤツを甘く見ていたわ。 被害者になって、操り人形とは言え加害者になって、初めてそんな人達と接するサイちゃん達の背負うモノってヤツを心底理解できた気がする。 ねぇ、サイちゃん。今のサイちゃんが緋花にしてあげることって何?サイちゃんは緋花を指導してたんでしょ? だったら最後まで面倒みなさい。今の私にはできないことを。サイちゃんだからできることを。それ次第で、許してあげないことも無いわよ?」 「・・・・・・あぁ」 友である朱花の重い言葉を確と胸へ刻んだ固地は、自分のためにずっと声を掛け続けてくれた少女に相対する。 自責の念を強く持つ焔火の泣き顔へ、普段なら絶対に見せることの無いとびっきりの“笑顔”で言葉を吐く。 「焔火。責められたいか?」 「・・・・・・はい!!!」 「だったら・・・この“風紀委員の『悪鬼』”がお前をとことん責めてやろう!!!まずは、その単純バカな頭が一番の問題だな!! 要矯正どころの話じゃ無い。外科手術が必要ではないかと思うくらいのバカっぷりだ!!お前、本当に小川原生なのか!?」 「・・・・・・」 「その負けん気は認めてやらんでもないが、それにしてはすぐにコケるな。コケてコケて、コケまくる。転ばぬ先にお前は杖じゃなくて溝でも掘ってるのか!? 自分からドツボに嵌っていくスカイダイバー顔負けの転落っぷりは呆れを通り越して笑いしか出ないぞ!!」 「・・・・・・(ピキッ)」 「人に乗せられやすいし、転がされやすい性格は今尚健在のようだな!!感情表現豊か過ぎるのも、相手に読まれやすい要因となっている!! モアイ像を見習え!!アイツ等の石像っぷりを再現できるのなら、少しはマシになるんじゃないか!!?」 「・・・(ピキピキッ)」 「後は・・・そうだな。今回の件で思ったことなんだが、お前・・・」 「(ブチッ!!)」 「債鬼君!!」 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」 少女の要望通りに怒涛の責めを行っていた固地へ加賀美が警告の声を挙げる。だが、時既に遅し。 友の声を受けて固地が視線をそちらへ向けた瞬間ブチ切れた焔火が持っていた枕を振り上げてそのまま少年へ叩き落す。 ガシッ!!! 「うっ!!?」 「・・・だから、お前は乗せられやすいし転がされやすいと言ったんだ。ハァ・・・何が責めて欲しいだ。全然我慢できていないじゃないか。自虐も大概にしろ」 だが、少女の一撃は少年に掴み取られる。具体的には、焔火の手の甲を掴むことで一撃を防いだ。その手を今一度『掴めた』ことに固地は目を細める。 かつて、自分を救ってくれた師のように自分を目覚めさせるために声を掛け続けてくれた少女と・・・皆へ感謝の言葉を贈る。 「・・・この手をもう1度『掴めた』ことに感謝する。俺の『掴む』という想いをお前は・・・お前達が守ってくれた。本当に・・・・・・ありがとう」 「ッッッ!!!!!」 「ありがとう、焔火。こんな性悪な先輩のために、お前は何度も涙を流してくれた。お前が居なければ、今の俺は居ない。 そんなお前を“見当違い”のことで責めはしない。現にお前は俺の想いを守ってくれた。自分を責め過ぎるな、焔火。お前は・・・マゾじゃ無いんだろ?」 「ち、違います!!!絶対に!!!」 「だったら、もうその辺にしとけ。『守れなかった責任』に拘り過ぎるな。お前は俺や朱花を守った。責を負うのなら、『守れなかった責任』では無く『守った責任』を果たせ」 「な、なら先輩も『助けられなかった責任』では無く『助けた責任』を果たして下さいよ!!私やお姉ちゃんを『助けた責任』を!!! 偉そうに言ってますけど、自分もできてないじゃないですか!!?私のことをとやかく言えませんよね!!?」 「・・・!!!」 「・・・!!!」 「「(本当に“似た者同士”!!!??それだけは勘弁!!!)」」 言葉の応酬の果てに“似た者同士”な部分が出て来たために一気に気まずくなる焔火と固地。双方共にこれだけは認めたく無い。絶対に。 「(ど、どう、しゅかん?許す気になった?債鬼君自身は、しゅかんにすぐには許されたくないからあんな言い方をしたんだと思うんだけど)」 「(う、う~ん。許す許さないの前に、2人が“似た者同士”に見えた自分の目に唖然だわ。性格とか考え方とかは全然違う筈なのに・・・。 関わり合いを続けることで、どちらも相手に引っ張られてる部分があるのかも・・・・・・あっ)」 「(しゅかん?)」 「(そういえば、確かに2人に共通点があったわ。私自身今まで全然自覚が無かったけど)」 「(えっ?それは・・・?)」 「(どっちも世話が焼ける暴れん坊)」 「(あ~。・・・・・・あれっ?私・・・緋花が自分と似てるって前に言ってたんだっけ?・・・・・・つまり私も債鬼君と“似た者同士”ってこと?い、いや有り得ない。絶対無い無い)」 一方、加賀美と朱花の親友コンビは焔火と固地の会話から、2人が“似た者同士”な部分を持っていることを垣間見てしまう。 前者は自分も固地と“似た者同士”と見られることを警戒し、後者は全く違うと思っていた2人に共通点が意外にあることに気付いてしまった己の勘の良さに項垂れる。 「『傲岸不遜ポイント』3点追加・・・と。・・・。あれでもマシになった方かな」 「やっぱり、何かの拍子に地が出ちゃうんだなぁ。・・・もうすぐ最初の罰ゲームだね、殻衣ちゃん?」 「フフッ。もうすぐ債鬼の苦渋に染まった顔が見られる。フフッ」 「全く・・・アイツの矯正は骨が折れそうだ」 他方、178支部員達は着実に溜まる『傲岸不遜ポイント』を眺めながら、もうすぐ到達する最初の罰ゲームへ思考を向ける。 すぐには直らないことは織り込み済み。故にこそやりがいがあるというもの。『固地債鬼の矯正』に懸ける各々の決意は並々ならぬ熱さを持っているのだから。 「ゴホン!!と、とりあえず俺もお前も気を付けるということでこの話は終わりだ。いいな?」 「ゴホン!!そ、そうですね!!それがいいです!!私も無理の無い範囲で罵倒してもいいですよって言いましたし!!おあいこです!!」 「よしっ。・・・・・・加賀美」 「う、うんっ!!?な、何債鬼君!?」 「・・・・・・よくリーダーを辞めなかったな。良ければ、その理由を教えてくれないか?」 「・・・・・・・・・いいよ」 とにもかくにもこの話は終わりということにした固地が、個人的に気になっていたことの1つを加賀美へ問い質す。 網枷の死と公表情報の改竄という少女にとっては受け入れ難い苦痛を味わって尚彼女はリーダーの座に居ることを決めた。その覚悟を・・・加賀美は静かに語り始める。 「一番の理由は双真との約束かな。双真が上層部へ送った退職届も含めて、彼が私がリーダーであることを望んだから」 「・・・・・・」 「彼は最期に私を『リーダー』って呼んでくれた。加賀美雅をリーダーとして認めてくれた。なら、私はリーダーで居る。『本物』のリーダーになるって決意した私の想いも含めて」 「・・・・・・辛いか?」 「・・・・・・辛いよ。でも、私は乗り越える。もう、このことで泣かないって決めたんだ。流す涙も涸れちゃったしね」 表情を強張らせ、握り締める拳に力が入り過ぎている少女の姿から容易に察することができる。彼女は納得なんかしていない。全くもって納得していない。 それでも亡き部下の願いを叶えるため、そして自分の決意を果たすためにリーダーで居ることを決断したのだ。 「リーダー・・・」 「大丈夫・・・とは言えないけど、私なりに頑張るよ。・・・今の緋花は双真のことをどう思ってる?」 「・・・・・・・・・今は『許せない』って気持ちの方が強いですね」 「・・・だよね。うん、それでいいと思うよ。双真のやったことは許されることじゃ無い。決して。でも・・・でも、ね・・・・・・それでも私は双真をこの手で助けてあげたかったよ」 複雑な感情を吐露する焔火の心境を理解する加賀美は窓辺へ歩を進め、雲1つ無い晴天を見上げる。 あの世というモノがあるとしたら、今頃は網枷も自分達を眺めているのだろうか・・・そんなことをふと考えながら。 「・・・何の本を読んでいるんですか?」 「星占いというか占星術ってヤツ?俺もよくわかんね」 「何ですか、それ?・・・病院の売店にそんな本無いですよね?」 「うん。さっき許可取って外出した時に近くの書店で買った。怪我で本を取るのも一苦労な俺を手伝ってくれた女の子に選んで貰ったんだ」 「・・・物凄い回復ぶりですね?」 「そんだけあのお医者さんの腕が化物級ってことだよ。あの人、マジ化物じゃね?」 3階の休憩室の一角で占星術の本を難しそうな顔をしながら読んでいる界刺の前には176支部所属の葉原が居る。 自販機で買ったオレンジジュースの箱へストローを差しながら、彼女は碧髪の男の回復ぶりに驚愕していた。 それもその筈、あの戦場で重傷を負った界刺は勇路の『治癒能力』を施されておらず、警備員の手によって第7学区の病院―カエル顔の医者が腕を振るう―へ担ぎ込まれたのだ。 そこでカエル顔の医者が担当する緊急手術を受けた界刺の回復ぶりは凄まじく、諸々の事情で風紀委員達が入院するこの病院へ転院して来た頃には、 許可を取れば近場まで外出できる程にまでなっていた。 「まぁ、さすがにこの左腕だけは時間が掛かるようだけど」 「一番酷かった箇所ですからね。それでも、時間が経てば以前の状態に戻るんですよね?」 「うん。・・・やっぱ化物じゃね、あのお医者さん?」 「・・・かもしれません」 ギプスで固められている左腕へ視線を向ける2人。界刺が負った怪我の中で一番深刻と思われた左腕も、カエル顔の医者の話では完治可能という話だった。 手術を受けた当人も俄かに信じ難い内容だったが、悪い話では全く無いのでとりあえずは喜ぶことにした。今も少し信じられないというのが本音ではあるが。 「俺って昨日移って来たばかりだからまだ全員とは話せてないんだけど、皆の具合はどうなの?」 「ここに入院している風紀委員は全員意識を回復しました。朱花さんもここに入院しています。他の一般人の方は別の病院で全員意識を回復したとのことです」 「そうか・・・」 「・・・・・・色々お世話になりました」 「ん?何そのお別れみたいな台詞?そりゃ俺も最初はミイラみたいな格好してたけど、ちゃんと生きてるぞ?」 「・・・これを加賀美先輩へ提出しようと思います」 和やかな雰囲気だった今までを自ら壊すかのように、葉原は懐からある封筒を取り出した。そこに書かれていた文字は・・・『退職届』の3文字。 「・・・・・・」 「もう少し落ち着いてからですけど・・・あなたにだけは前もってお知らせしておこうと」 「何で?」 「・・・私は裏切り者ですから。結果的に風紀委員の皆が死ぬことは無かったですし、あなたもそれだけは回避してくれましたが・・・これは私のケジメです」 葉原は、表向きは平静を保ちながら退職届の理由を述べていく。目の前の男には色んな意味で世話になった。 だから、この届出を提出する前に彼へ自分の想いを打ち明けたかった。裏切って尚。我儘であることは承知の上で。 「火遊びは程々にしておくべきだったんですよね、ホント。私は仲間を裏切って、仲間の命が危うくなる可能性に目を瞑りながら独り善がりを押し通した。 “英雄”の気持ちを押し切って自分の都合を押し付けた結果・・・あなたを裏切ってしまった。馬鹿ですよね、私って。・・・こんな人間が風紀委員で居ちゃいけないんです」 「ヒバンナのことはどうするの?君がフォローするんじゃなかったの?」 「別に風紀委員としてじゃ無くても緋花ちゃんとは普通に接することはできます。・・・確か、“3条件”も撤回されたんですよね?」 「うん」 「なら、もうあなたに私は庇って貰えないということです。あぁ、心配しないで下さい。界刺先輩にご迷惑をお掛けするようなことはしません。 リーダーである加賀美先輩には申し訳無いですけど・・・・・・これだけはケジメとして・・・」 「ありゃ?君・・・何も話を聞いていないのかい?」 「・・・えっ?」 自虐の言葉を連ねていく少女の心は固まっている・・・筈である。少なくとも、自分としては固めに固めたつもりだった。 仲間を裏切り、頼った“英雄”さえ裏切ってしまった己に風紀委員で居続ける資格は無い。自分を庇ってくれる“3条件”も撤回された。 いや、“3条件”は建前でしか無い。葉原ゆかりは自身が行ったことの責任を取るために、風紀委員を辞める決意を・・・・・・ 「『葉原ゆかりは、その先見の明でもって176支部風紀委員として界刺得世と協力し、犠牲者発生を最小限に食い止めるべく情報交換を行った』・・・そうだよね、ハバラッチ?」 他の誰でも無い、己の都合で裏切った“閃光の英雄”に崩される。彼女が風紀委員で居続けられる配慮を界刺得世がハッキリと示す。 「・・・へっ?」 「どうやら、君は“3条件”が今回の事件にまで適用されてから撤回されたことを知らなかったみたいだねぇ。破輩の奴、ちゃんと説明してなかったのか?やれやれ」 「ど、どういう・・・!!?」 「つまり君が独断は黙認され、君が行ったことは176支部の総意の下で行われたことになってんの。んで、今回の『不問』の中には“これ”も含まれてるの。なぁ、神谷君?」 「ッッ!!!」 「・・・・・・」 界刺の発言の衝撃で上手く頭が回らない葉原を更に驚愕させる人物達が、隠れて聞き耳を立てていた176支部員達―神谷・斑・鏡星・一色・鳥羽・姫空―が休憩室へ足を踏み入れる。 界刺は葉原に呼び出された直後から『光学装飾』にて神谷達が後を着いて来ることに気付いていた。 おそらく、彼等も葉原の動向をずっとマークしていたのだろう。その理由に当然ながら見当が付いている“英雄”は混乱中の葉原を無視して平然と言葉を紡いでいく。 「優秀な後輩を持てて良かったなぁ、神谷君。ハバラッチのおかげで、君達があの戦場で死ぬリスクが確実に減少した。他のリスクも同様に。 彼女の働きが無ければ、事件は未だに解決していなかったかもしれない。犠牲者を出しながらも今回の事件を数日前に終わらせることができた要因の1つは間違い無く彼女にある」 「・・・・・・葉原」 「神谷先輩・・・(ポカッ!)・・・痛っ!?」 「・・・・・・独断専行をやった俺達も人のこと言えないから、今回のお前の行動にはとやかく言わねぇよ。だがよ・・・逃げんなよ、葉原?」 「!!!」 碧髪の男の擁護をちゃんと耳に入れながら、176支部のエースは後輩へ1発拳骨をかました後に彼女の本心を突く。 葉原の件―今回の件で何らかの行動を採る気配があった―に関しては、リーダーである加賀美から一任されている。彼女自身網枷のことで手一杯なのは神谷も理解している。 これは、リーダーの弱音だ。神谷とて同期の網枷の件で精神的ショックを喰らっている。他のメンバーもそうだ。その上で加賀美は神谷を頼ったのだ。 自分を信じてくれるからこそできた依頼。ならば、エースとして為すべきことを為す。神谷は斑達にも相談し、今日この時を待っていたのだ。 「俺達も辛ぇよ。加賀美先輩も斑も鏡星も一色も鳥羽も焔火も姫空も、今回の件で正直参ってる部分はある。でもよ・・・俺達はそれでも逃げないって決めたんだ。 逃げずに乗り越えようとしている加賀美先輩を俺達の手で支えて、一緒にこの苦難を乗り越えようって。なぁ、お前等?」 「神谷の言う通りだ。私自身、今回の件で己がエリートとは程遠い人間であることを痛感させられても居る。だが、ここで私は立ち止まらない!!」 「同じ女として、加賀美先輩を支えてあげないとって私も強く思ってる。斑じゃ無いけど、自分なりに力不足も痛感させられたしね」 「傷心し切っている女性を支えてあげることこそが、今の俺に求められている役割さ(キラッ!)」 「丞介さん・・・。え、えぇと、ゆかりさん。俺も今回の件で風紀委員を辞めようかって思ったことは何度もあります。でも、九野先生が教えてくれましたよね? “人才”という可能性を。俺はその可能性を信じたいんです。信じ続けてみたいんです。皆と・・・ゆかりさんと一緒に!」 「皆・・・(クイッ!)・・・うん?ひ、姫空ちゃん?」 「尻尾巻いて逃げるのなら・・・・・・撃つ」 「(何を!!!??)」 神谷の声を受けた斑・鏡星・一色・鳥羽・姫空達が、それぞれの胸の内を葉原へ明かす。最後の方に何やら物騒な言葉が出たことには目を瞑るとして、 結局は誰もが傷を負い、誰もが負った傷を乗り越えようと懸命に頑張っているという話である。その輪の中に、葉原ゆかりが居なければならないというだけの話なのだ。 「俺達は俺達の正義で動く。たとえ、色んな圧力があってもどうにかして1人でも多くの罪無き人々を救う。 独断専行もその内の1つだが、他にもやり方が色々あるってことを今回の件で学んだ。葉原。お前は俺達を裏切ったんじゃ無い。界刺・・・先輩と組んで俺達を守ったんだ」 「・・・!!!」 「ま、まぁ、それでも今回のような真似は余りすんじゃねぇよ。今回は何とかなったけど、後々面倒臭くなることもあるだろうし。俺自身あんま好きじゃねぇし」 「で、でも・・・私は・・・」 「あぁ・・・俺達はそれでいいんだけど、この男にはちゃんと謝らないとな。葉原・・・ひょっとしてちゃんと謝ってないんじゃねぇのか?」 「・・・あっ」 「・・・んふふふっ」 神谷達の言葉に心を強く揺さ振られていた葉原は、今更のように気付く。そういえば、裏切った“英雄”へ自分はきちんと謝罪していない。 これもまた、自分のことしか考えていなかったということなのだろうか。ケジメを着けることに拘る余り、 最優先でしなければならないことを怠った少女に後方から聞き慣れた笑い声が聞こえて来る。 「成長目覚しいな、神谷。これなら問題児集団って呼ばれなくなるのも時間の問題だ。加賀美だけじゃ無くて、緋花や葉原も引っ張ってやれよ?176支部のエースとして」 「アンタに言われなくてもそのつもりだ。・・・『救済委員の』麻鬼とは何時から知り合ってたんだ?」 「桜の件でね。まさか、元176支部員とは思ってもみなかったけど。直接会話したことは殆ど無いけどな。・・・捕まえるのか?」 「いや・・・今回は『協力者』に関しては全部不問だからな。アイツが焔火を助けたって話も聞いてる。まぁ、実際に俺達の前で問題を起こすんなら容赦無く捕まえるけど。 アンタの知り合いの何処までが救済委員なのかも言及しないでやるよ。アンタと関わった連中なら、そこまで無茶はしないだろうからよ」 「俺は防波堤か何かか?前の座敷童扱いと言い、俺を何だと思ってやがるんだ?」 「「「「「「“ヒーロー”」」」」」」 「・・・冗談でも勘弁してくれ。もう“ヒーロー”はこりごりだよ」 うんざりした声と表情が何時に無く真剣な界刺の顔を見て、神谷達は内心で笑う。今回の件で受けたあれこれについては、今の表情で一応は清算してやるつもりだ。 常から胡散臭い碧髪の男のこういう表情はレアである。これくらいの嫌がらせなら罰は当たらないだろう。 「さっ、葉原。きっちりケジメを着けろ」 「あっ・・・えっと・・・うんと・・・」 「ねぇ、葉原?俺に謝罪する前に神谷達に謝罪するべきはないのかな?」 「うっ!?」 「いや、俺達よりアンタへの謝罪の方が先決だ」 「いやいや、ここは仲間に対してケジメを着けることが何より重要だ。俺みたいな部外者は後でもいい」 「むー・・・あー・・・・えー・・・・・・(ピキッ)」 仲間の促しを受けて、混乱する頭を必死に整理しながら界刺へ謝罪をしようと口を開き掛けた葉原を、当の界刺が『仲間への謝罪が先』として一旦拒否する。 彼の指摘を受けて言葉に詰まる少女など無視するかのように、界刺と神谷の間で『どちらへ謝罪するのが先か』議論が唐突に勃発、 置いてけぼりの少女は意味不明な言葉を挙げることしかできない・・・というか謝罪する張本人を無視する2人に段々腹が立って来た。 「それは違う。部外者だからこそ、先に謝罪が必要・・・」 「・・・・・・(ピキピキッ)」 「それがおかしい。付き合いの長い仲間へこそ・・・」 「・・・(ブチッ!!)」 「・・・!!!」 「・・・!!!」 「(ブチブチッ!!)」 「チッ、頭の固い野郎だ。そうだ。葉原。お前は俺の意見に賛同してくれ・・・」 「ハァ、相変わらずの頑固君だ。そうだ。ハバラッチ。優秀な君なら俺の言葉を理解でき・・・」 「わ・た・し・を!!!無視するなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」 「「グアッ!!!??」」 遂に少女の堪忍袋の緒が切れた。都合の良い時だけ話を振ってくる神谷と界刺の脛を蹴り、屈強な男2人を蹲らせた葉原の後背には、鬼のような気配が現出していた。 一応怪我人の界刺へは加減したが、神谷に至っては全力で蹴った。彼女が本気で怒れば、先輩であっても容赦しないのが葉原ゆかり足る所以である。 「ようは、纏めて謝罪すればいいだけの話でしょ!!?ごめんなさい!!!皆さん、本当にごめんなさい!!!これでいいですか!!!??」 「あぁ・・・いいぜ、葉原。ジンジン響くぜ」 「お、俺怪我人・・・。破輩と言い葉原と言い、『はばら』って名字の女は全員凶暴だったりすんのか?ハァ」 怒声を交えた全力の謝罪を吠えた葉原に脛の痛みがジンジン響いている神谷はぎこちない笑顔で応え、 『はばら』という女性に頬を抓られたり脛を蹴られたりした怪我人界刺は溜息を吐くしかない。だが・・・これでケジメは着いた。 「・・・んふっ。まぁ、これでケジメは着いたかな。・・・葉原。君は、本当は風紀委員を辞めたく無かったんだろう?」 「ッッ!!!」 「本気で風紀委員を辞めたければ俺なんかに断りを入れずに、速攻で上層部へ退職届を提出すりゃ良かった。それをしなかった君の本音は、最初から丸分かりだったよ?」 「・・・俺達も、『葉原がアクションを起こすならまず界刺先輩へ』・・・と意見が一致していたな。お前・・・結局先輩をずっと頼ってたじゃねぇか。 『裏切った』なんて嘆いてたお前は、今でもずっと先輩を求めてたじゃねぇか。『風紀委員を辞めたくありません。だから助けて下さい』ってな」 「・・・!!!」 「俺の見方はちょっと違うかな。葉原。君は、優秀過ぎる人間が一歩間違えると却ってドツボに嵌る典型例状態だったんだ。 んで、俺は君が“そうなることがわかってた”から今こうやってフォローしてるんだ。そして、君も心の何処かでは期待していた筈なんだ」 「界刺先輩・・・!!」 「でも、俺の力だけじゃ君が依存から抜け出せないのもわかってたし。君だって無意識ではわかってた筈だ。だから・・・何かが起こりそうな俺の下へ来た。 丁度神谷達が来てくれて俺としても・・・何より君としても助かった。・・・今の君は俺と神谷達の力でケジメを着けることができたんだから。 まぁ、神谷達が来なくとも俺の方から葉原を神谷達へ誘導していたかもしれないし。んふっ・・・君の狙い通りだね、葉原?俺の推察通り、君は緋花以上のじゃじゃ馬だよ」 「そ、そんなこと・・・・・・・・・あ、あるかもしれませんね。自分の心すらまともに制御できていなかった私ですから、 そういう黒い計算を働かせていたかも・・・です。ハァ・・・緋花ちゃん以上のじゃじゃ馬か・・・ちょっと以上にショックかも」 「それでも俺を裏切ったことを悔やむのなら、『今』の俺が望んでいることを裏切るな。優秀な君なら、“英雄”だった俺が望んでいることくらいすぐに想像できるだろう?」 “閃光の英雄”として、界刺は自身を裏切った少女の面倒を最後まで見ることを決めていた。かつて、自分が裏切ってしまった少女が感じた気持ちを少しでも理解したくて。 そんな“英雄”と神谷の言葉でようやく少女は理解した。否、理解することを拒んでいた。理解してしまえばケジメを着けられなくなる。そう無意識の内に考えていた。 『風紀委員を辞めたくありません。だから助けて下さい』。これは界刺へのモノとあると同時に神谷達へのモノでもあった。 葉原ゆかりは界刺得世だけでは無く、神谷稜達へも助けを求めていた。故に、界刺と神谷の言葉によって自分の本心を表へ出すことができたのだ。 「・・・『風紀委員として、“ヒーロー”を求める緋花ちゃんを責任持ってフォローしろ』・・・ですね?」 「そうだ。その上で頑張れ。君も加賀美を支える大きな力だ。176支部全体でリーダーを支えてやれ。・・・火遊びは程々にでな」 「・・・は、はい!!!」 「んふっ・・・んじゃ、俺は部屋に戻るわ。じゃあね」 本心とケジメの間を揺れ動いた少女のフォローに成功した“英雄”は、今回の事件を経て交流を深めた176支部員達へ一先ずの別れを告げる。 彼等なら、どんな逆境でもリーダーを支えていけるだろう。界刺も神谷の言葉と覚悟の影響を受けたりもした。もはや、今の彼等は唯の問題児集団などでは無い。 そう断言できる程の何かを【『ブラックウィザード』の叛乱】を通じて得ることが叶った彼等の今後に少々の期待感を抱く“英雄”は、脛の痛みを我慢しながら休憩室を後にした。 「まさか、あの雰囲気の中に“変人”が現れるなんて・・・」 等とブツブツ愚痴を零しながら病院の階段を上がっているのは、突如病室へ乱入して来た“変人”が醸し出すヘンテコリンな雰囲気に巻き込まれるのを嫌がった焔火である。 彼女が何故憂鬱な顔をしているのかと言うと、網枷の話題で途轍も無くシリアスな雰囲気が漂っていた自分達の部屋へ・・・ 『ハーハッハッハ!!!!!朱花嬢!!!具合はどうだ!!?』 『啄さん・・・///』 『(いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!)』 “変人”こと啄鴉率いる十二人委員会の者共が高笑いを挙げながら出現、その中心人物を瞳に映した己が姉の頬が朱に染まったからである。 未だに啄に対する姉の淡い感情に納得できない―それでも、以前に比べれば拒否感が薄れて来ているのは彼のおかげで朱花を救出できた揺るぎ無い事実があるから―妹は、 同時に入って来た顔馴染みの“不良”2人から聞いた“彼”の言伝をこれ幸いとして“『悪鬼』”に劣らぬ甲高い笑い声を挙げる“変人”の居る部屋から脱出したのだ。 「しかし、『屋上庭園へ来てくれ』なんてね。まぁ、具体的には一番上の屋上じゃ無くて別棟の屋上にある緑化庭園にだけど。・・・あぁ、緊張するなぁ」 焔火は待ち合わせ場所の緑化庭園に居る、そして自分へ言伝を送った“彼”の意図を図りかねると同時に今からあの少年に相対することに緊張の色を隠せない。 『私は・・・私が成長した姿を見た貴方の言葉が欲しいの。必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。 その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!』 あの言葉が脳裏を過ぎる。これは、あの時の言葉を実行する時でもあるのか。それを“彼”も理解した上で自分を呼び出したのか。 どちらにせよ、呼び出された以上行くしかない。単純にあの少年に会いたいというのも本心ではあった。 「何独り言をブツブツ呟いてんの、ヒバンナ?」 「・・・・・・“変人”の噂をすれば“変人”が現れる・・・か。世の中って不条理だわ~」 そんな彼女の前へ別の“変人”が現れた。正確には、考えごとをしていたために上から下りて来る界刺に焔火が気付いてなかっただけの話ではあるが。 2人は、2階と3階を繋ぐ階段の踊り場にて対峙する。これもまた必然なのかもしれない・・・そう少女は考える。 『まぁ、俺だったら“ヒーロー”にはなれるかな?名前は・・・“詐欺師ヒーロー”とか?』 『(あの人はあの人なりに必死にもがいた末に今の姿があるんだ。きっと、今のあの人なら何時でも“ヒーロー”にはなれるんだろうな。 あの人なりの“ヒーロー”に。“閃光の英雄”か・・・。カッコイイ異名じゃないですか、界刺さん?)』 “ヒーロー”とは何か? 『んふっ、別になりたくもないけど。ならせてあげるって言われても、こっちから願い下げだ。“ヒーロー”なんかに縛られたく無いし』 『(でも、あの人は“ヒーロー”になりたく無いって言う。私がなりたくて堪らない“ヒーロー”に。“ヒーロー”と呼ばれていたあの人は、その場所で一体何を感じていたんだろう? “ヒーロー”になるつもりも無い人間が、周囲から“ヒーロー”扱いされる気持ちって一体どんなモノだったんだろう? 私がその意味を知るには・・・“ヒーロー”になるしか無い。ならないと・・・きっとわからない。単純な私らしい発想だけど)』 “ヒーロー”になりたい者と、“ヒーロー”になりたく無い者。“ヒーロー”になれていない者と、“ヒーロー”になろうと思えばなれる者。両者の違いとは一体? 『自分のことを最優先に考えられない“ヒーロー”に、一体何を救えるんだい?例え救えたモノがあったとしても、その“ヒーロー”は納得し続けられるのかな? 馬鹿だねぇ・・・そんなこともわからないのかい?わからない?あっそ。なら、仕方無いね。 少なくとも、俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない。羨ましくもない。俺からしたらだけど』 『(私が目指す“ヒーロー”像・・・「他者を最優先に考える“ヒーロー”」。あの人が考える“ヒーロー”像・・・「自分を最優先に考える“ヒーロー”」。 私は、あの人の理想像を受け入れたくない・・・というかなりたくない。非情過ぎるから。でも・・・その存在は認めるしかない・・・のかな?・・・わからない。 考えてもわからないなら、やってみるしか無い。あの人も自分の命を懸けて掴んだんだ。だったら、私も命懸けで。そうしないと、何時まで経っても掴めない!!)』 『他者を最優先に考える“ヒーロー”』と『自分を最優先に考える“ヒーロー”』。この2つに、どんな違いがあるのか? それを、命懸けで確かめる決意を固めた焔火緋花が文字通り命懸けで掴んだ答えをこの男へ告げるために。 「ねぇ、界刺さん?」 「何だい?」 「私・・・“ヒーロー”になれましたよ?“『緋桜』のヒーロー”に!!ほんのちょっとの間ですけど!!」 「そう。なってみた感想は?」 「すごく嬉しかったです!!何よりそれが一番でした!!!」 嬉しかった。風紀委員を目指した切欠・・・困っている人達を守り、救える“ヒーロー”に少しの間だけでもなることができたのが本当に嬉しかった。 「それだけかい?」 「・・・すごく大変なんだってことも同時に感じています。ずっと“ヒーロー”のまま居たらブッ倒れたりズッコケたりしそうだなとも思いました。 必要な時に必要なことをする。当たり前のことなんでしょうけど、それを実行することがどれだけ難しいのかを知ることができました」 「ふむ」 「私の『他者を最優先に考える“ヒーロー”』像とあなたの『自分を最優先に考える“ヒーロー”』像に差異は殆ど無い。 でも、ほんの少しの差異が全体像を変えてしまうこともあるんだなって今の私なら理解できます。・・・“ヒーロー”って奥が深いですね」 「同意するよ。俺も今回の件で“ヒーロー”のことをまだまだ知れてなかったんだって痛感した。君とは違う感覚だろうけど、“ヒーロー”って重いなぁって感じる」 “閃光の英雄(ヒーロー)”と“『緋桜』のヒーロー”。『自分を最優先に考える“ヒーロー”』と『他者を最優先に考える“ヒーロー”』のやり取りが踊り場で繰り広げられる。 どちらも“ヒーロー”になった経験があるからこそ、他の人間(ヒーロー)より“ヒーロー”というモノについて思考を働かせた2人だからこそできる会話には確かな重みがある。 「・・・謝るよ、緋花」 「えっ・・・」 「君は“ヒーローごっこ”気取りの女の子じゃ無い。れっきとした“ヒーロー”になった女の子だ。 そこに潜む危うさにも君は考えを及ぼしている。これは俺の判断ミスだね。ごめんな、緋花」 「・・・・・・いえ。私が“ヒーローごっこ”をやっていたのは事実です。物凄く辛かったですけど、今ならあなたの言葉の意味も本当の意味で理解できます。 あなたが“ヒーロー”になりたく無いのも、あなたが自分を最優先に置く理由も。・・・でも、私はあなたとは違う道を行きますよ? あなたに私の“ヒーロー”像を証明するためじゃ無い。“ヒーロー”を求める人達へ“ヒーロー”の尊さを伝えるために私は“ヒーロー”になります」 「・・・・・・んふっ。初めて会った時に比べたら、本当に様変わりしたねぇ。それまでの経緯は決して平坦なモノじゃ無かっただろうけど。 んふっ・・・わかった。焔火緋花。君の思う通りに頑張ってみるといい。君以上のじゃじゃ馬の手綱を君がしっかり握ってあげるんだ。いいね?」 「は、はい(じゃじゃ馬?・・・神谷先輩のことかなぁ?)」 予期せぬ界刺の謝罪と応援に焔火は面喰らいながら自分の培った想いを全て彼へ伝える。言い換えれば、自分はこの男にここまで言わせる程に成長したんだと実感する。 それが堪らなく嬉しかったこともあり、彼が言う『じゃじゃ馬』をよりにもよって成長目覚しい神谷のことを指していると勘違いしてしまう少女。 本当は少女の一番の親友がそれに当ることに全く気付いていない辺り、まだまだ修行不足と言った所か。 「じゃ、俺は行くよ。じゃあね」 「あっ・・・界刺さん!」 「うん?」 「1つだけ・・・最後に1つだけ聞いてもいいですか?」 「どうぞ」 「あなたがあれ程嫌がっていた“ヒーロー”に・・・“閃光の英雄(ヒーロー)”にどうしてあの夜だけなったんですか?」 会話を打ち切り、満足気な表情を浮かべながら階段を下りようとする界刺へ焔火はずっと疑問に思っていたことを口にする。 自分なりの答えはある。でも、それが彼の考えと同じなのかが全く自信が無かった。だから聞く。そして・・・界刺得世は胡散臭い笑みを浮かべながらハッキリと答えた。 「んふっ。んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ」 「『んふっ。んなもん決まってるじゃん。人間だからだよ』・・・でわかるか!!!ていうか絶対に理解させるつもり無いよね、あの人は!! これも、あの人特有の嫌がらせなのかな!?あぁ、釈然としない~!!くそぅ、消化不良だ~!!!」 界刺が残した最後の言葉が全く答えになっていないことにムカッ腹が収まらない焔火は、ブツブツ呟きながら緑化庭園へ足を踏み入れる。 彼の言わんとしていることの断片くらいは予想できるが、そこまでしか教えてくれない“英雄”の意地悪さには今も昔も腹が立つ。 「・・・もしかして、あの人も照れ臭かったり?私も最近そんなことしたし・・・う~む」 仮に照れ臭いが故に言葉を濁したのであればまだ可愛げは残っている。というか、そう信じたい。あの人にもまだそういう素直さは残って欲しいものだ。 「・・・よ、よぅ」 「あっ・・・」 そんなことをつらつらと考えていたのが悪かったのだろう。何時の間にか、自分の足は“彼”・・・荒我拳が居る待ち合わせ場所まで辿り着いていた。 陽射し避けの屋根にベンチが備えられている休憩所でずっと立ちっぱなしだった少年の緊張濃い表情を見て、少女も心臓の鼓動が早くなる。 「・・・け、怪我の具合はどう?」 「あ、あぁ。速見先輩と勇路先輩と・・・麻鬼と峠のおかげで」 「麻鬼!?」 「あぁ。アイツ等が俺と速見先輩を空間移動で運んでくれたんだ」 少年の口から出た名前に瞠目する焔火へ荒我は当時の状況を改めて説明する。速見のおかげで命の危機から脱出することは叶った自分は、地面との衝突で気絶しまっていた。 あの爆発の大半を速見が肩代わりしてくれており、彼も身動きが取れない状況で必死に椎倉へ網枷の情報を後方支援部隊へ送っていたのだが、 血の流し過ぎたのか彼もまた意識を失った。そこへ麻鬼と峠が現れ、“仲間”である荒我と事のついでとして速見を『暗室移動』にて、西部及び南部侵攻部隊付近へ移動させた。 そして、2人を発見した―発見しやすいように細工した―警備員によって勇路の下へ運ばれ治療が行われたというわけだ。 ちなみに舎弟である梯と武佐は自首した中円と共に戦場を無事離脱していた。 「そ、そうなんだ」 「治療費も出してくれるらしいから金の心配も無いぜ?利壱と紫郎の心配顔が今でも忘れられないぜ」 「・・・だろうね」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 沈黙が流れる。周囲からうるさく鳴り響く蝉の声が鼓膜を叩くだけ。呼び出した少年も呼び出された少女も中々口を開かない。 口の中が酷く渇く。これは、決してこのうだるような暑さのせいだけでは無い。とは言え、このまま何時までも無言を貫くことはできなかった。少なくとも、呼び出した当人は。 「なぁ、緋花?お前・・・前に言ったよな?『私は・・・私が成長した姿を見た貴方の言葉が欲しいの。必ず私は成長してみせる。結果を出してみせる。 その後に・・・私は貴方に返事を貰いに行く。だから・・・もう少しだけ待ってて!!』って」 「う、うん」 「でもよ、やっぱりそりゃ漢が廃ると俺は思っちまう」 「・・・?」 「・・・なんてな。こりゃ後付けも後付けだ。俺はお前が『ブラックウィザード』に攫われたって聞いて動転した。利壱や紫郎のおかげで何とか落ち着いて・・・ 花多狩姐さんやあの“変人”の力を借りることで『ブラックウィザード』へ・・・網枷に殴り込みを掛けた。緋花に手を出した落とし前だけじゃ無くて、 俺個人的な落とし前も乗っけて野郎と戦った。だけど、お前の・・・えぇと・・・『元』先輩を引き摺って来ることができなかった。・・・悪かったな、緋花」 「拳・・・」 「引き換え、お前は姉貴をその手で助け出した。結果を出してみせた。成長を俺に見せ付けた。情け無ぇよ、俺は。結局何の落とし前も着けることができなかった。 あの野郎は勝手に自己満足して逝きやがった。アイツは、最後まで自分の間違いを認めなかった。俺が・・・俺が認めさせられなかった・・・!!!」 自分が意識を失う前に見て聞いた網枷の曇り無き『笑顔』と笑い声が、どうしても荒我の頭から離れない。 しかも、最後の最後に『爆発物(起動のため)の光学偽装』を行ったことから奴は完全な卑怯者になることを望んだのだ。 それが“弧皇”への忠義を表したモノだったのか、それとも唯自分の意地を示したかったのか荒我には判別できない。 わかるのは自分が落とし前を着けられず、網枷双真を引き摺ることができなかったために彼が間違った想いを抱えたまま死んでいったこと。 「・・・!!!」 「へっ・・・こんな俺がお前に相応しい漢とはとても思えねぇ。だからさ・・・あの申し出を俺は受けられ・・・(ガシッ!!)・・・ッッ!!!」 荒我拳はずっと後悔していた。勇んで殴り込みを掛けて結果はこの体たらく。こんな人間が、きちんと結果を出した少女に相応しいとは思えない。 少年が少女をここへ呼び出した理由・・・それは『少女の申し出を無かったことにすることを提案する』であった。そんな少年の言葉を・・・少女は彼を抱き締めることで押し留める。 「・・・・・・」 「緋花・・・!!!」 「拳は知らない。私がお姉ちゃんを助けられた時に思い浮かべた言葉を。・・・知りたい?」 「な、何だ?」 「ス~ハ~・・・“為せば成る”!!!」 「!!!」 『“為せば成る”。俺は、この諺が大好きだ。結局、諦めたらそこでシメーなんだよな。だから、俺は諦めない。 もし、俺が諦めようとしても俺の体が勝手に動いてくれる。この掌で何かを掴めって・・・この拳で何かをぶっ壊せって・・・ずっと俺に伝えて来やがる』 少女が伝えた言葉・・・それは、かつてあのプールにて荒我自身が焔火へ伝えた諺。どんなことも、己が強靭な意志でもって必ずやり遂げる決意の強さを示したモノ。 「私は、この言葉でお姉ちゃんを救えた。結果を出せた。“ヒーロー”に・・・なることができた。貴方の言葉で私は今ここに居る」 「・・・!!!」 「ねぇ、拳?あのプールで私が言った諺を覚えてる?」 「え、えぇと・・・“握れば拳。開けば掌”だっけ?」 「そう・・・(ニギュッ!)・・・」 焔火は、荒我の固く握り締まった拳へ手を添える。緊張で固まっている指を1本1本解いていき・・・完全に開いた状態にした後に手を絡める。 指と指を絡めるその握り方は・・・俗に『恋人繋ぎ』というヤツである。 「緋花・・・!!」 「物事は状況や当人の気持ち次第で色々変化する。確かに、拳は今回失敗しちゃったのかもしれない。気分が滅入るのも仕方無いのかもしれない。 でもね、私が惚れた荒我拳って漢はどんな逆境や苦境でも拳1つで乗り越えていく猛々しい漢よ!!! 貴方にはまだまだ色んな可能性がある!!“為せば成る”って言葉を体現した貴方を私は好きになった!!ねぇ、拳!?貴方は私に後悔させちゃうの!!? 『荒我拳という漢に焔火緋花が惚れた』ことが間違いだったって可能性を私の未来に持って来るつもりなの!!?」 荒我の気持ちは痛い程にわかる。自分も同じような気持ちを抱いた。でも、それだけに拘り過ぎて掴めるモノを掴めなくなる未来を到来させるのは絶対に間違っている。 “為せば成る”。“握れば拳。開けば掌”。いずれも、到来する可能性を己が手で掴み取る決意の強さを示唆する言葉。人間が作り上げた、人間のための言葉。 「・・・!!!」 「あぁ、もう!!ウジウジすんな!!拳が抱え切れないなら私も抱えてあげる!!貴方が背負い切れないなら私も背負ってあげる!! 私が惚れた人間は世界中で唯1人しか居ない!!!ここまで来たら、貴方も漢を見せろ!!!私に相応しいかどうかは私が決める!!!いい!!?」 「(・・・・・・あぁ。本当にみっともねぇな、俺。何を勘違いしてたんだ、荒我拳。相応しい云々は緋花が決めることじゃねぇか。 結局俺もあの野郎のように自己満足に浸りたかっただけってことか。後悔を建前に。・・・情けねぇ!!!)」 少女の怒涛の物言いに、少年は己の間違いを悟る。落とし前を着けられなかったことを建前に、少女の申し出を拒否するのは“間違いである”。 自分が為すべきこと。自分が成したいこと。そんなことはとっくの昔にわかっていた筈なのに。 「ねぇ、聞いてるの!?拳・・・ちゃんと私の目を・・・!!!」 「緋花!!!」 「うおっ!!?」 少年は恋人繋ぎを自ら解き、無骨な両手で少女の肩を掴む。絶対に離したく無い。自分の掌で彼女を包んであげたい。あんな思いは・・・もう二度とごめんだ。 「・・・・・・悪かった。ホント、緋花は成長したんだな」 「・・・ま、まぁね」 「だったら・・・俺もお前に漢を見せ付けてやらねぇとな。この荒我拳様の全力全開の漢っぷりを!!」 「拳・・・!!!」 「ス~ハ~。・・・いいか?」 「・・・うん」 互いに紅潮する己の顔を自覚する。鼓動の早さが最高潮に達する。荒我拳と焔火緋花。いつかの屋台で偶然出会った2人は、 数ヶ月を経た今1人の男と女として新たなる決意を示す言葉を紡ぐ。一生忘れることのない言の葉を、一言一句聞き漏らさないよう全神経を『今』に集中する。そして・・・遂に・・・ 「俺はお前が好きだ!!!緋花!!!俺の・・・俺のオンナになってくれ!!!」 「・・・・・・はい!!」 旧い時代(エピソード)が幕を閉じ、あるいは過去からの使者となることで、その幕を開いた新たな時代(ゲートウェイ)が齎した夏の一幕は、 漢足る少年の告白を受け止めた少女の満面の笑顔と2人の『誓い』にて一先ずの幕を下ろした。“希望”と“絶望”が、『光』と『闇』が交錯した少年少女の熱き戦いは、 それぞれの胸へ苛烈な傷跡(へんかく)を刻むこととなった。しかし、誰も彼もが予測できない喧騒激しき未来はまだまだ続いていく。 世界に生きる少年少女達よ。己が信念を世界に示し続けよ。さすれば・・・世界は変わる。世界の一部足る存在・・・人間が瞳に映す世界は・・・・・・きっと。 end!!
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「だ・か・ら・・・・・・フフフッッ・・・風紀委員なんてモンが・・・・・・この世から消えて無くなったらいいんだよおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」 「くっ!!!」 レベル4の出力を誇る『風力切断』暴走状態が生み出した風の刃が、咄嗟の身動きが取れない破輩に襲い掛かる。 『疾風旋風』で風を束ねるには、数秒のタイムラグがどうしても発生する。今の破輩は無防備状態に等しいと言っていい。 錯乱している鏡子が、目の前の風紀委員を叩き斬ろうと風の刃を生み出している両手を振り下ろそうとする。 ピカッ!!! 「キャッ!!?」 「ッッ!!?」 だが、突如発生した光球の眩い閃光に鏡子は怯んでしまう。一方、光球を発生させた者が誰なのかを瞬時に看破した破輩は左太腿の怪我をおして湖后腹を抱きかかえる。 「ま、待てえええぇぇっ!!!」 怯みから立ち直った鏡子は、再び風の刃を破輩達へ振り下ろそうとする。しかし、その数秒のタイムロスが『疾風旋風』を行使するのに必要な時間を与えることとなった。 ブオォッ!!! 瞬間的に強風を発生させた破輩は、その風圧で鏡子の刃をかわす。虚空を切った風の刃は、破輩の後方・・・屋上に張り巡らされていた金網を叩き斬る。 「ハアアアアァァァッッ!!!」 激痛に苛まれながらも、破輩は『疾風旋風』で制御した小型竜巻を自らに浴びせるように発動し、『風力切断』による切断で脆くなった金網に体当たりする。 ズサッ!!! 「グッ!!!」 体当たりにより鉄網が背中を強く引っ掻くのを無視し、破輩(+湖后腹)は屋上から落下する。落下することで発生する新たな“風”を『疾風旋風』で束ね、背中に渦巻かせる。 合計5つの竜巻を背中に形成した破輩は不安定ながらも飛翔を実現し、その場からの離脱を図る。だが・・・ 「逃がすかあああああぁぁぁっっ!!!」 「!!!??」 屋上から鏡子が飛び降りて来た。そのままでは地面に墜落してしまうが、指先から『風力切断』を形成する噴射点5つから全力で空気を噴射することで何とか着地を果たす。 「今の状態だと・・・逃げ切れないか・・・!!!」 「風紀委員は・・・この手で叩き斬る!!!」 湖后腹を抱えながら、しかも万全の『疾風旋風』を行使できない破輩は鏡子から逃げ切ることの困難さを認識させられる。 方向的には界刺達の居る場所から遠ざかる方角に離脱して行く風紀委員に、元風紀委員は追い縋る。 「・・・・・・これは、私に何とかしろというメッセージか・・・界刺?」 破輩は、先程発生した光球―界刺の『光学装飾』―に込められたメッセージを読む。『シンボル』の目的は風路鏡子の救出。その彼女が破輩を追い縋っている。 これは、逆に言えばチャンスでもある。周囲には『ブラックウィザード』の手の者は見受けられない。 彼女は現在暴走状態にある。つまり、彼女自身から『ブラックウィザード』へ連絡を取ったりする可能性は100%じゃ無い。今なら・・・。 また、光球で自分達を助けた以上今の界刺はたとえ『本気』でも風紀委員会の人間を殺そうとしていないと『確実に』判断できる。あれ程の咆哮を挙げた直後にこの冷静さ。 その自制心の頑強さに破輩は呆れを通り越して笑ってしまい・・・少しだけ羨んだ。あれこそ、風輪の騒動でリーダー足る自分が為さなければならなかった心のコントロール。 「・・・不動の言う通りだな。本当に・・・人遣いが荒い!!」 それにしても、『シンボル』の目的である鏡子の救出を新“手駒達”の救出に向かっていた自分へ押し付けて来る辺り、同じリーダーでも自分以上の人遣いの荒さだ。一厘の苦労もわかる。 破輩の人遣いの荒さにブー垂れていた鉄枷当りがあの男の下に付いたら、3日も立たない内に自分の下へ戻って来そうだ。『破輩先輩!!偉そうなこと言ってすみませんでした!!』と言いながら。 愚痴を零しながらも、“風嵐烈女”は気丈な笑みを浮かべる。これ―風路鏡子の境遇―は風紀委員として見過ごせないモノである。本来であれば、彼女の救出は自分達の役目なのだ。 「・・・いいだろう!!『初めて』託されたお前の本気の想い・・・この私が必ず果たしてみせよう!!!絶対に・・・絶対に後悔しないために!!!」 そして、元風紀委員風路鏡子の救出を現役風紀委員・・・そしてリーダーである破輩妃里嶺に“託した”界刺(リーダー)の想いに応えるべく、少女は宙の道を翔け抜けて行く。 「(危ねぇ・・・『本気』で殺す所だった。冷静に冷静に・・・)」 顕現した【閃苛絢爛の鏡界】内で、界刺はついさっきの行動について人知れず冷や汗を掻いていた。 「(“講習”の時も片鱗があったけど、『本気』になったら歯止めが利かなくなる瞬間が出て来やがる。事前のイメージトレーニングが功を奏したか。 だが、新“手駒達”に有効な手を打てるあの2人を戦線離脱させちまったのはマズかったな。クソッタレ・・・だから『本気』の俺の邪魔をするなって言ったんだっつーの)」 破輩と湖后腹へ放った【雪華紋様】は鏡子への対応を念頭に置いたモノでは無く、殺人鬼の魔の手から逃れさせるためでも無く、 瞬間的に沸騰した怒りそのままに2人を殺すつもりで放とうとした一撃だった。それを発射寸前で減衰・軌道をずらすことができたのは、事前のイメージトレーニングの成果。 『殺そうとする一瞬手前でずらす』イメトレを繰り返していたことと、1年以上かけて磨いて来た自制心(ペテン)により何とか殺さずに済んだ。 如何に腹立たしかったとは言え、怒髪天を衝く程の怒りを抑え切れなかった己を界刺は心の中で叱咤する。 「(冷静にならねぇと、あの野郎と殺し合いなんてできねぇぞ!?・・・とりあえず、破輩達は鏡子との接触でこの場には来られなくなった。 破輩なら鏡子への対処を任せられる。じきに風路と形製も・・・。あの光球でさっきの一撃をチャラにでき・・・いや、2人には後でキッチリ謝っとくか。 まぁ、結果的にウェインとの戦闘で取り返しの付かない事態に発展する可能性は排除できた。破輩・・・悪ぃが鏡子を頼む。さて・・・問題はこいつ等か)」 界刺は本当にウンザリしながらも、現状を何とか打破するために『送受棒』による“察知”を鑑みて行動を開始することを決断する。ここで1つ確認しておこう。 もし、界刺が躊躇無く『本気』で風紀委員を殺すつもりであったならば、159支部も176支部もとっくに全滅している。その片鱗が破輩達への攻撃だ。 ならば、どうして『本気』状態の界刺は邪魔をする彼等を殺さないのか?答えは自制心。これは、『本気』の界刺が『本気』の“自分自身(本能)”とも戦っている証拠である。 彼の本能は怒り狂っている。自業自得・自業自得で無いあらゆることが今の彼に圧し掛かっているために。背負うモノの重さは確実に界刺の本能を蝕み、暴走に走らせようとする。 だが、しかし、だからこそ今まで培って来た理性の力で本能を捻じ伏せる。己が意志で歩む轍を否定しないために。それができるからこそ・・・界刺得世は界刺得世足り得るのだ。 「“変人”!!こりゃあテメェの仕業だろ!!?さっさと解きやがれ!!!」 「・・・・・・ハァ。どうだ、この【月譁紋様】は?綺麗だろ?」 「うるせぇ!!早く解け!!!」 神谷の戸惑いと怒りが篭った大声が【鏡界】内に木霊する。今の彼は、完全に平衡感覚を狂わされている状態だ。何せ、瞳に映るのは銀河・銀河・銀河である。 それ以外は自分の体さえ映らなくなった。精神と身体が切り離されたような錯覚に陥る神谷は、このままでは碌に戦闘をこなせないことを自覚しているのだ。 「斑!!何処よ!!?」 「私はここだ!!くそっ・・・これでは動けない!!」 「これが・・・『光学装飾』!!!」 それは、他の176支部メンバーも同じ。鏡星と斑は、文字通りの地に足が着かない感覚に陥ったために見えない地面に手を置き蹲っている。 他方、レーザー『しか』発生させることができない姫空は同じ光学系能力である『光学装飾』が描く星々が移ろう世界に甚大な衝撃を受ける。 「隊長!!光学センサーが!!」 「電波センサーに頼る他あるまい!!だが、新“手駒達”の中に居る電気系能力者の影響か、レーダーが上手く働かん!!センサーに用いる電波は、逐一別波長に切り替えるように!!」 「「「はっ!!!」」」 西部侵攻部隊は【鏡界】内では光学センサーに正常な働きが見込めないことを察し、不完全な電波センサーによる感知に頼らざるを得ないことを自覚する。 「・・・界刺得世よ。“何をした”?」 そして、機先を制されたと“悟った”ウェインは『小休止』も兼ねて強烈な殺気を自分では無い『誰か』に放った界刺へ敢えて問いを発する。 「別に~。あぁ。唯よぉ、『デケェ灯り』の下で破輩達が風路鏡子っていう元風紀委員の襲撃を受けたことは確認できたけどな」 「風路!!?」 「そうだぜ、神谷。鏡子の奴が暴走して錯乱状態に陥ってんのはテメェ等も知ってるだろ?その余波が破輩達を襲ったってこった。だから、あいつ等はここには来れねぇ」 「風路鏡子・・・・・・。ほぅ、あの男の妹か。確か、『ブラックウィザード』の魔の手に堕ちた元風紀委員だったか。ククッ・・・偶然とは時として非情な出会いを齎すな」 「そうだ。その元風紀委員が現役風紀委員を襲ってんだ。結構な皮肉だわな。まぁ、そういうわけだからよ・・・ウェイン。テメェが連中に手を下す必要は無くなったわけだ」 「(コイツ・・・破輩先輩達や風路を殺人鬼の標的から外そうとしてやがんのか!?野郎が叫んだ時に感じた殺気は・・・先輩達を狙おうとした殺人鬼へ向けてのモノだったのか!?)」 神谷は、界刺と殺人鬼のやり取り―ある事実が伏せられている―から“変人”が破輩・湖后腹・風路への危害を防ぐためにギリギリの交渉を行っていることを察する。 自分達のように、武力をもって問答無用で殺し屋を排除しようとしているのでは無い。武力『と』他の術を用いて発生するかもしれない被害を少しでも減らそうと努力しているのだ。 「・・・・・・そうだな。折角世界の理が齎した出会いだ。その皮肉に俺が殊更首を突っ込むのは野暮というもの。それに、貴様の『言動』は理解しているつもりだしな」 「・・・・・・おぅ」 「(・・・『本気』だったら、見境無く敵を殺そうとするんじゃ無かったのかよ?・・・そうだ。野郎から“話し掛けられた”時点でおかしかった筈なんだよ。 本当に敵を見境無く殺すってんなら、鎮圧に動いた俺達をその時も今この時も生かしておく必要なんて無ぇ筈なのに。保身のためか?・・・本当にそれだけか?)」 事前に聞かされていた情報との相違に神谷は混乱する。界刺としても、当初は神谷の想像通り武力を用いて問答無用でウェインを殺そうとした。 しかし、ウェインの実力が想像以上― ダークナイト が無ければ殺されている―だったこと、拉致された人間―襲撃して来る新“手駒達”―が想像を大幅に超えていたこともあって、 途中から得意の話術を交えながら死闘を繰り広げている。神谷や他の人間がどう思っていようが、界刺はこれでも必死なのである。必死―死に物狂い―で戦っているのだ。 「・・・神谷よぉ」 「・・・何だ?」 「言っとくけど、この【月譁紋様】が無かったら俺は今頃あの世行きだぜ?」 「ッッッ!!!」 そんな混乱の最中に居た“剣神”に“英雄”が語るのは、真実という名の断言である。 「あの野郎の視覚を封じられてっから、俺は野郎の『本気』と何とか渡り合えてる。それなのに、テメェ等の都合で解除なんかできるかよ」 「・・・だったら、俺達だけでも何とかしろよ!!アンタだったらできるだろ!!?」 「できなくは無いけど、それってどれだけ俺の負担が増すかわかってる?動き回るテメェ等の目に入る可視光線を逐一操作しなきゃなんねぇんだぜ? しかも、“あの”殺し屋と戦っている最中だぜ?ざけんじゃねぇよ。俺が、どうして広範囲に渡って光を塗り替えてると思ってんだ?その方が俺の負担が軽減されるからだぜ? あの野郎と戦える余力を少しでも捻出するためなんだぜ?だから、俺は自由に戦える『単独』って戦法を採ってんだぜ?」 神谷に語り掛けている内容は、水楯の参戦を拒んだ理由でもある。【鏡界】内で自分以外の他者の瞳に入る可視光を逐一操作して戦闘に参加させるのは、界刺にとっても重い負担なのだ。 今回の場合は、自分より強い殺人鬼相手である。尚更負担の掛かるような真似はできないし、そもそも【鏡界】は外部―例えば新“手駒達”―からの攻勢を鈍化させる役割もある。 「ぐっ・・・!!」 「・・・まぁ、1人くらいならやり様によっちゃあ野郎と殺し合っている中でもできないことは無いかもだけど?どうするよ、176支部の諸君?」 「「「「ッッッ!!!」」」」 界刺は告げる。『1人』だけならこの【鏡界】内で戦う権利を与えられる事実を。そして知る。殺人鬼がいい加減痺れを切らしている事実を。 「つっても、もう決まってんだけどな。“剣神”神谷稜。どうしても残るってんならテメェだけが残れ。 他の連中は、さっさと新“手駒達”の救助に向かえ。俺は、わかり切った『自殺』なんざ見たか無ぇんでな」 「なっ!?貴様!!さっきから聞いていれば、私を差し置いて勝手なことば・・・」 「オラアアアアァァァッッ!!!」 ブン!!! 「・・・!!!」 「テメェには『聞こえて』んだろ?俺がテメェの首元に突き付けたモンが何かってことくらいよぉ?にしても相手が俺でよかったな、斑? これがあの殺人鬼なら、テメェはとっくに死んでるぜ?能力柄仕方無ぇのはわかるが、もう少し反射神経や格闘能力も磨いた方がいいぜ?ハハッ!」 「斑!!?」 故に、即断即決で戦う『意気』を潰す。『樹脂爪』の先端(鉤爪)だけを ダークナイト の先から出し、 そこへ高性能PMTによる光発電で生み出した高圧電流を蹲りながら抗議の声を挙げた斑の首元に突き付ける。 ちなみに、界指が大声を挙げながら攻撃をしているのは電撃の音を隠すための小細工である。 「心配すんな。物分りの悪いエリートもどきに説教してるだけだ。テメェはどうだよ、イケメン食い?この際、俺がテストしてやってもいいぜ?」 「な、舐めんじゃ無いわよ!!!何を偉そうに・・・!!ハン!!テストできるモンなら・・・やってみなさい!!!」 「ッッ!!」 界刺の冷酷な声が鏡星に向けられる。己に迫る危機感から、鏡星は『砂塵操作』によりクレーターのような穴が幾つもある地面から引き出した砂を界刺に巻き付けようとする。 目視が利かなくとも声で界刺本人の居場所は大体予測ができる。また、『砂塵操作』で空中に浮かばせたいた微量の砂で、周囲に居る人間や駆動鎧の居場所をある程度は察知できていた。 但し、それが誰なのかはわからない。そのために、【鏡界】が顕現した瞬間に不覚にも転んでしまった斑の位置を呼び掛けで確認したのだ。 気絶させる目的なら致命傷を与える攻撃は来ないと予測して、大量の砂を操作する鏡星。しかし、界刺の対処―光速―は砂の速度をはるかに越えている。 「【千花紋様】・・・もどき」 「熱ッッ!!?」 界刺は、自身から鏡星に向けて赤外線加熱炉・・・もどきを顕現する。最高で1300度を誇る【千花紋様】だが、無論そんな“異常”な殺人光線を少女に浴びせはしない。 成瀬台グラウンドや常盤台学生寮でも示したように、『光学装飾』の制御範囲内なら“通常”の赤外線加熱は何処でも行使可能である。 今回は熱量的に熱湯程度、時間的には数秒と言った所。但し、鏡星の露出部分―皮膚―全てに突き刺さる断続的光線が操作する砂を含めた少女の挙動を封じ込める。 「ちゃんと威嚇程度に調節してやってから安心しな。んで、そっちが受諾したんだからお互い様って感じか。 しかしまぁ、こんな体たらくであの殺人鬼と戦うつもりだったのかよ?ハハッ!命知らずにも程があらぁ」 「くうぅぅっ・・・!!」 「んで・・・最後はテメェだ、中二病!!」 「ッッッ!!!」 斑と鏡星の挙動を封じ込めている界刺の声が掛かった最後の1人・・・姫空に対し、界刺は何を思ってか彼女の視界に入る可視光を操作し、界刺自身の姿が見えるようにした。 姫空自身装着しているゴーグルの機能の1つである暗視装置を作動していたが、可視光・赤外線が歪められていたり塗り替えられていたりしていたために使い物になっていなかった。 「どうした。俺の強さにビビっちまったか?こんな時のために、一撃必殺の『光子照射』があるんじゃねぇのかよ?」 「くっ!!!」 「ビビってんじゃねぇよ。テメェはレーザーぶっ放すことだけが取り得なんだろ?視界は確保してやった。 ほら、撃ってみろよ?もっとも、テメェのレーザーなんざ俺にもあの殺人鬼にも全く通じねぇけどな。ハハッ!」 「ッッ!!!」 界刺の挑発が姫空の胸に突き刺さる。自分がここに居る存在価値―レーザー照射―を根底から揺さ振られる。 風紀委員として新“手駒達”を救助し、『ブラックウィザード』を叩き潰す。そのためには、あの殺人鬼が相手でも退かない。そんな少女の想いを碧髪の男が妨害する。 「・・・たら」 「うん?」 「だったら、今ここで証明してやる!!私がここに居る存在価値を!!!」 事ここに至って、姫空は『光子照射』を界刺に向けて放つことを決断する。理由など、斑や鏡星への行為だけで十分だ・・・そう判断した。 後方に下がることで発射までに必要な1秒のインターバル―発生させた光を収束してレーザーとして放つ以上、光を収束する時間(インターバル)が必ず発生する―を確保し・・・遂に放った。 グイッ!! 「えっ・・・?」 しかし、それは界刺へ直撃することは無かった。何故なら照射直前に『光学装飾』による干渉を受け、放ったレーザーを『屈折』させられたからだ。 光学操作の『基本』を極めている“英雄”だからこそ可能なレーザーの『屈折』。直進性を極めているレーザー系能力者の放つレーザーでも、 1、2回程度の『屈折』なら実現可能なのだ。能力の細かな制御が利かない『光子照射』なら、尚更可能である。 界刺がわざわざ姫空に姿を見せたのは、彼女の『光子照射』が細やかな制御不可+“眼前”からしか放たれないという情報を葉原から得ていたこと、 自分という明確な標的に向けて発射させることで周囲を巻き込む『的外れなレーザー照射』を防ぐこと、この2点が主な理由である。 「まっ、こんなトコか。やっぱ、大したこと無ぇな。ハハッ!」 「そ、そんな・・・そん・・・キャッ!?」 「というわけで、このゴーグルは没収~。力不足ちゃん達は、さっさとこの【鏡界】から出て行け出て行け~ってな」 『光子照射』を捻じ曲げられたショックで茫然自失に陥っている姫空に近付いた界刺は、レーザー照射に重要な役割を持つゴーグルを奪う。 その後、西部侵攻部隊の部隊長の駆動鎧へ176支部員の姿を“見せる”。新“手駒達”確保のために重要な役割を持つ者達へ3人を『託す』ために。 「おい、警備員!!さっさと、神谷以外の風紀委員共を連れてけ!!こんな奴等でも、新“手駒達”確保には役に立つだろ!!」 「貴様・・・彼等に何を・・・!!!」 電波センサーを新“手駒達”に乱されている影響もあって176支部の面々に起きた状況を声でしか把握できなかった部隊長は、 光学センサーに映る気絶した176支部員らしき反応を見て碧髪の男が彼等に危害を加えた可能性から手に持つショットガンを“英雄”に向ける。 ビュン!!! ドゴォォン!! 「なっ!!!??」 「ヒィッ!!・・・こ、断っておくけど、今のは故意じゃ無いからな?な、何せ引き金に指を掛けた状態で人間なんか一瞬で殺せる馬鹿デカイ銃を急に向けられたんだ。 さ、さすがの俺もビビっちまって思わず反応しちまって能力を使っちまった。す、すまねぇな警備員のオッサン!!さ、さっきオッサンを殺人鬼から助けた分でチャラにしてくれよな!?」 「(シ、ショットガンが・・・!!こいつ・・・やはりレーザーを放てるのか!!?・・・成程。あの殺し屋の能力を打破する超高温度のレーザー・・・。 ショットガン等の類では決定打にならない所か防がれる可能性が高い相手に対する相性面の強みもあるが、この男・・・殺人鬼と単独で戦えるだけの実力をやはり備えているのか。 今の一撃も、自分にそれだけの戦闘力があることを示すためのモノ。しかし・・・何というわざとらしさだ!!“詐欺師”という評判は本当のようだな!!)」 “英雄”の凄まじい程のわざとらしい物言いと共にウェインの攻撃によって銃身の半身が破壊され、 その後に付近に落ちていた仲間のショットガンが焼き貫かれたことを駆動鎧自体のセンサーが部隊長へ告げる。 碧髪の男の態度に呆れている部隊長は、同時に身に起きた現実から『光学装飾』はレーザーを放つことができる能力であると確と判断する。 「にしても、よく動かなかったなぁ・・・神谷?」 「・・・アンタが考え無しでやったわけじゃ無いのがわかっていたからな。殺気も全然感じなかったし。 それでも、一応理由を聞かせてくれるか?アンタの判断と行動を風紀委員(おれ)が説明するためにも」 返答の無い部隊長の心情を察して、界刺は近くに佇んでいる神谷に声を掛ける。対する神谷の声は、威嚇範囲ギリギリとは言え色んな意味で仲間を傷付けられた今も平静を保っていた。 今の神谷は、界刺が自分達の身を考慮して―殺気を感じた瞬間に動くつもりではいた―動いたことに一定の理解を示していた。 殺人鬼の『本気』と直に渡り合って来たからこそ界刺は非情な判断を下し、冷徹な行動を起こした。彼は、斑達では殺人鬼の『本気』に対抗できないと判断したのだ。 その重みを彼と接する中で“剣神”は理解した。これが、リーダーから託された仲間を守る手段の1つであると―全部には納得できていないとしても―心の底から思った。 「3人共、能力そのものが『本気』のあいつには通じねぇんだよ(ボソッ)」 「・・・姫空の『光子照射』もかよ?(ボソッ)」 「姫空のレーザーは温度的に約2200度が今の限界なんだろ?細かな制御が利かないし、弾き出せる最高温度の顕現は完全にランダムとは言え、中1にしちゃあ破格な出力だよな。 中1の頃の俺なんか、ビー玉サイズの光球でさえ1つも浮かべられない無能力者だったし。将来的な伸び代にも期待できるかもしんねぇな。まぁ、可能性でしかないけどさ。 んで、その温度じゃ今のあいつの鎧を貫けねぇ。それに、これまた3人共に近距離戦じゃ野郎に大きく劣ってる。 駆動鎧のような頑丈な装甲も無いし、一撃でも喰らったらヤバイ。俺の【月譁紋様】との兼ね合いもあったから、悪いけど3人にはここから退場して貰うしか無いんだよ(ボソッ)」 「そうか・・・。姫空はアンタの『光学装飾』を羨ましがっていたぜ?“この事件が終わったら後で伝えておくよ”。『伸び代に期待が持てるって言っていた』ってな。・・・必ず(ボソッ)」 「・・・伝えるなら『可能性でしかないから鵜呑みにすんな』も追加で(ボソッ)」 「あぁ。それじゃあ・・・俺を残すのは何でだ?(ボソッ)」 「テメェの戦闘能力の高さ・・・そして、温度的に姫空の『光子照射』を越える『閃光真剣』の最大出力があの野郎に通じるからだ。もちろん、俺の『本気』があってこそだけど(ボソッ)」 「・・・・・・『あいつ』か?(ボソッ)」 「・・・・・・そうだ(ボソッ)」 界刺の言葉から、そして今まで見聞きしていた後輩の態度―“英雄”への依存―から、神谷は『あいつ』―葉原―が界刺に対して風紀委員のデータを横流ししていることに気付く。 “詐欺師”の顔も持つこの男なら、葉原に対して交換条件を持ち出さなかった方が不自然だ。おそらく、こうなることを『わかった』上で葉原に横流しを命じたのだろう。 「(狙いは・・・きっと2つ。1つは、『俺達と衝突する時に事を有利に運ぶため』。そして・・・もう1つは『全力の殺人鬼と俺達との実力差を正確に量るため』。 実際に殺人鬼の『本気』と相対した野郎だからわかる本当の実力差。それを見量ることで、俺達の中から犠牲者を発生させないように斑達を追い詰めた・・・んだろう)」 そう・・・『わかった』上で葉原に横流しを命じ、実際に殺される可能性が相当高いと判断した斑達3名を実力行使によって気絶―『意気』を絶やさせるという意―に追い込んだ。 これは、決して深読みなんかじゃ無い。短い付き合いでしか無いが、それでも自分が知る界刺得世なら絶対にそこまで考えて行動を起こしている筈だ。 「・・・・・・」 「本当なら、邪魔するテメェ等を完璧に潰すために聞き出したんだけどな。まぁ、容赦無く潰したけど」 「『容赦無く潰した』って・・・思いっ切り手加減してんじゃねーか」 「でも、戦う『意気』を潰したことには変わりないじゃん?その過程でテメェの仲間を傷付けたことには変わりないじゃん?容赦するってんなら、力尽くでなんて方法は採らねぇよ。 テメェ、後で加賀美にドヤされるぜ?『何界刺さんの空気に呑まれてんのよ!?』ってな具合で。ハハハ」 「『本気』の野郎と戦ったアンタの見立てを無視して戦う方が、よっぽど加賀美先輩にドヤされるぜ。俺個人の意志としても、あいつ等をみすみす死なせるわけにはいかねぇしな」 「(最初は俺の意見なんざ無視する気満々だった癖に・・・『俺は、俺の物差しで測る。テメェの物差しに、俺が付き合う義理は無ぇな』って俺の部屋で宣言した癖に・・・。 『テメェだけ残っていい』って言ったらこれかよ。良く言えば、ようやく俺の意思を理解できるようになったってことだが・・・果たしてそれだけか?・・・さては、完全に懲りてねぇな? 俺の苦戦ぶりを見て仲間を死なせたくない気持ちが昂ぶった結果、俺の力を借りられる『絶好』の流れに乗じて自分1人で何とかする気満々だな? 葉原の言う通り、大した頑固っぷりだ。涙簾ちゃんや斑達をここから遠ざけようとする今の俺も、実は神谷のことをとやかく言えないかもしれねぇけど、 自覚してやっている分まだマシだな。いや、タチが悪いとも言えるか?でも、神谷は見て見ぬフリをしているっぽいからなぁ。・・・ハハッ。随分冷静さが戻ったな、『本気』の俺?)」 「そもそも・・・アンタ、『本気』なら見境が無くなるんじゃ無かったのかよ?敵なら誰でも殺すんじゃ無かったのかよ?結局デマカセかよ?」 「昔の俺だったら殺ってるだろうな?神谷。テメェだって、もうあの世へ旅立ってるぜ?」 「・・・・・・何で殺さない?保身のためか?」 「それもあるし他にもあるけど・・・・・・一番デカイのは、ここに新“閃光の英雄(ヒーロー)”として来たってことだな。 ほらっ、“ヒーロー”ってのは『自分の意志』で色んなモンを背負うし。自分が選択した方法で、できるだけ“一般人”を守るし。 限界はあるしどうしようも無いこともあるけど・・・その先にあるモンを見極めたくて俺はここに立ってる」 「(やっぱり・・・最初から俺達や新“手駒達”を殺すつもりは無かったんだ。背負って・・・守って・・・失って。何だよ・・・結局譲れないモノは一緒だったのかよ・・・!! いや・・・結構割り切っているよな。斑達みたいに、殺さない以外の手段なら新“手駒達”相手でも躊躇せずに使いそうだ。切り捨てる可能性も0じゃ無い。 だけど・・・それが最悪の事態を防ぐ選択肢の1つ・・・か。そこまで背負わしちまってんのか・・・俺達は)」 昔の“閃光の英雄”と今の“閃光の英雄”の違いを見極めたい。一夜限りの“ヒーロー”を貫き通した先にある“何か”を確かめたい。 “ヒーロー”を目指す少年少女の意志に触れ、過去において偽者だった“ヒーロー”の言動で裏切ってしまった少女に謝罪し、様々なモノを『自分の意志』で背負ってここに居る。 『自分を最優先に考える“ヒーロー”』として、界刺得世は“一般人”の最大の脅威足り得る“怪物”に挑んでいる。 そんな“ヒーロー”に対して、神谷は当初碧髪の男に抱いていた対抗心や敵愾心が霧散して行く感覚を覚える。 界刺は、“ヒーロー”として風紀委員会や新“手駒達”をも背負っている。確実に。『シンボル』が・・・界刺得世が風紀委員会に齎した数々の利、 そして目の当たりにした“ヒーロー”の決死の覚悟から、神谷稜は“一般人”として界刺得世(ヒーロー)を助けたいと思った。心の底から。 「・・・・・・“ヒーロー”に守って貰いっぱなしってのも癪だな」 「だから、“剣神”だけが残ってもいいって言ったんだ。生き残る確率が一番高い風紀委員がテメェだから。 これでも妥協してんだぜ?加賀美に任されたモンの一部をテメェが貫けるように・・・な。ほらよっ!」 「!!」 神谷の視界が界刺を捉えたと同時に、彼から姫空が装着していたゴーグルを受け取る。 「そいつは暗視装置も付いているらしい。【月譁紋様】下では、赤外線による視覚を確保しなきゃなんねぇ。 それでも、塗り替えたり歪めたりしているからアテにならねぇ。まぁ、そこは俺が何とかカバーしてやるよ。さっさと装着しろ。これ以上は野郎も待っちゃくれねぇぞ?」 「あ、あぁ」 界刺に言われるままにゴーグルを装着し、暗視モードを発動する神谷。白黒の世界に似た光景ではあるが、界刺の補助もあって殺人鬼の姿等がハッキリ見て取れた。 同時に、殺人鬼が放つ戦慄する程の殺気が増したことも感覚として感じ取った。ここからは“明確な”死と隣り合わせの世界。 「そういうこった、ウェイン!!このじゃじゃ馬が言うことを聞かねぇから、メンドクセェけど混ぜてやることにした!!手加減はいらねぇぜ!?」 「・・・・・・貴様は弱者の手を借りるのか?」 「弱者かどうかは知らねぇけど、“一般人”には“一般人”の譲れねぇモンがあるんだろうよ。 俺は使えるモンは何でも使うタチだ。もちろん、警備員への牽制としても単なる囮としても使わせて貰うがな!!」 「・・・言ってくれるな!!ったく“法螺”も大概にしろってんだ!!」 少し苛立ち気なウェインと界刺が会話を行っている間に、神谷は加賀美に与えられた使命と信頼に神谷なりに応えるために、界刺に文句1つ呟いた後に西部侵攻部隊隊長へ声を放つ。 「オッサン!!斑達をここから退避させてくれ!!たとえ、殺人鬼相手がやばくても新“手駒達”への対処なら十分力を発揮する筈だ!!」 「「神谷・・・!!」」 「神谷先輩・・・!!」 「神谷稜!!貴様・・・!!」 「それと、176支部リーダー加賀美先輩に伝えてくれ!!『俺は与えられた使命を果たすために、“閃光の英雄”と共に戦うことを決断しました』って!! この“法螺”ばっかり吹く“ヒーロー”に俺達と明確に敵対する意思は無い!!この俺が敵対させない!!だから・・・頼むぜ、警備員!!!」 斑達の離脱を警備員に依頼した神谷は、耐熱仕様の手袋を身に付けた後に殺人鬼に対抗できると言われた『閃光真剣』の最大出力を引き出す。 普段人間相手に行使している低温プラズマでは無く、鋼鉄等を叩き斬る時に行使する高温プラズマ。その中でも最大の出力。常時使っている鉄製の針では無く、 タングステンとコバルトを混合した超硬合金製の針―幼馴染である火川麻美からの贈り物―を用いた『閃光真剣』最大出力時におけるプラズマブレードの温度は・・・3000度に達する。 通常(例 鋼鉄を叩き斬る)はプラズマブレードの根元、つまり手に持つ鉄製の針にプラズマ熱の影響が来ないように根元付近のプラズマは低温プラズマ状態とし、 以降のプラズマを高温プラズマ状態としている。しかし、最大出力を出す場合はそういった器用な真似(=演算)ができないので耐熱仕様の手袋と、 プラズマ熱に耐えられる材質でできた細い棒が必要となる。前者は自身で用意した。後者は幼馴染が用意してくれた。 『閃光真剣』は常から細くて比較的短い棒状の物体を能力発現の指標としている(発現だけなら己の体表から可能)ために、複雑な演算も合わせて高出力以上を発揮する場合は必ず該当する物体を必要とする。 加えて、最大出力時に取れる『閃光真剣』の形態は“剣”or“マット”状の何れかに限られるという制限がある。 故に、右手に『閃光真剣』最大出力を、左手に高出力の『閃光真剣』を携える。そんな“剣神”の姿を横目に“英雄”は加賀美と同じリーダーを務める者として離脱する者達に檄を放つ。 「斑!!鏡星!!姫空!!」 「「「!!?」」」 「テメェ等は一体ここへ何しに来たんだ!!?俺や殺人鬼と戦いに来たのか!!?違ぇだろ!!?新“手駒達”の救出だろうが!! 野郎の殺気に中てられてんじゃ無ぇよ!!自分が何をすべきなのか見失ってんじゃ無ぇよ!!加賀美に託されたモンって奴を自分(テメェ)から無為にしてんじゃ無ぇよ!!」 声を掛けられた3人は知る。自分達を見下すような態度を取っていた先程とは違い、何処までも真剣に真剣を重ねた態度と声を“英雄”が放っていることに。 それは、以前にもあったこと。『マリンウォール』にて加賀美のために怒った時と同じモノが込められた言の葉が再び斑達に突き刺さる。 「最優先を違えるな!!加賀美(リーダー)から託されたモンを履き違えるな!!テメェ等の今の実力でできる最大限のことを最適の機会に最善を尽くして成し遂げる!! テメェ等の戦場は“ここ”じゃ無ぇ!!テメェ等にしかできねぇこともあんだろ!!本当にリーダーの意志を継いでんなら、“ここ”は俺と神谷に任せてさっさと行け!! 行って、リーダーの意志を部下のテメェ等の手で実現させてこい!!・・・きっと、それを加賀美も望んでる筈だぜ?」 「「「・・・!!!」」」 リーダー足る加賀美に託されたモノ。譲れないモノ。貫き通さなければならないモノ。それは、“英雄”や“怪物”と戦うこと・・・などでは無い。 逸っていた・・・気が。中てられていた・・・“怪物”の殺気に。呑まれていた・・・今の危機的状況に。だから、最優先である新“手駒達”救出を最優先に“していなかった”。 本当に自分達の実力を量っているのであれば、真正面から殺人鬼と戦う選択肢を採る筈も無い。それができていない時点で自分を見失っていたも同然である。 図らずも上司と同じ身分に居る“英雄”に指摘されたこと、同僚でエース足る神谷の言葉もあってようやく3人は自分達の為すべき『本当のこと』を見出す。 同時に、神谷を除く176支部員達は各々で決断を下す。リーダーの意志を受け取った176支部最強のエースと同じリーダーを務める“英雄”の言葉の重さを心に刻みながら。 「(・・・フッ。これ程のリーダーシップを見せ付けられるとはな。まぁ、そうでなければ我等風紀委員会と渡り合うことなどできはせんか。 これが『シンボル』のリーダー・・・界刺得世か。神谷稜や他の176支部風紀委員達も目の色が変わった。・・・・・・止むを得んか)」 同時に、眼前の子供達に秘められた覚悟や闘志を部隊長は確かに感じ取り・・・“剣神”の実力も十分知っている上で・・・決断を下す。 「・・・斑狐月!鏡星麗!姫空香染!どうする!!?」 「・・・わかりました!!私達は新“手駒達”への対処に当たります!!」 「斑に同じく!!」 「・・・・・・私も」 「わかった!!では、新“手駒達”への対処に共に当たって貰う!!その途上で貴様等の声で176支部リーダー加賀美雅に神谷稜の言葉を伝えるがいい!!」 「「「了解!!」」」 斑・鏡星・姫空は殺人鬼との戦闘から離脱する。部隊長の指示を受け、部下が不完全な電波センサーを頼りに斑達を抱え【鏡界】から去って行った。 たとえ、彼等の実力が殺人鬼に及ばないとしても新“手駒達”相手なら話は別だ。同じ風紀委員会の一員として、共に戦場に立つ仲間として、彼等の想い全てを無下にはできない。 子供を守るのが大人なら、子供の意志を尊重するのも大人の役目だ。 「西部侵攻部隊隊長へ伝達!!南部侵攻部隊の戦線を突破した新“手駒達”21名がドームへ接近しています!! 尚、電気系能力者は複数居る模様です!!光学センサーで捉えた位置を転送します!!」 「くっ・・・」 「・・・また来たか。オッサン!!さっさと新“手駒達”を何とかしろ!!【鏡界】に入って来たら、命の保障はできねぇぜ!? 俺なら心配いらねぇよ!!何せ、176支部最強の“剣神”様が助っ人してくれるってんだからさ!!これなら、俺も野郎を“殺さずに済みそうだぜ”!!」 「いけしゃーしゃーと・・・!!」 「早く行け!!それが、きっと誰にとっても最良に近い結果に繋がる筈だ!!この“『シンボル』の詐欺師”が明言してやるぜ!?」 「・・・くそっ!!全機に告ぐ!!これより、転送されたデータに基づき新“手駒達”の無力化及び確保に動く!! もし、新“手駒達”がこのドームに侵入した場合は命に代えても彼等を守り通せ!!我等の行動を妨げるモノは、全て排除しろ!!」 「「「了解!!!」」」 「神谷稜!!界刺得世は任せるぞ!!」 「あぁ!!」 「界刺得世!!一般人に問答無用の鎮圧を仕掛けたこちらにも非はある!!先程の『助け』から、貴様に我等へ明確に敵対する意思が無いこと自体はわかった!! だが、貴様の“法螺”に付き合うのも限度に近い!!いざという時は躊躇無く行動を起こす!!貴様が殺人鬼を殺せば身柄を拘束する!!わかったか!!?」 「へいへ~い」 切迫した状況や外部の情報取得に難がある【鏡界】内に居る現状を総合的に判断して、部隊長は苦渋の決断を下す。 【鏡界】を一旦脱出し、想像以上の強さを発揮しながら死地へ接近する新“手駒達”を取り押さえることを。 南部侵攻部隊と西部侵攻部隊の半数でも、新“手駒達”の猛攻を抑え切れない。ならば、ここに居る部隊を回すしか無い。最優先するべきは新“手駒達”の確保である。 無論、譲れない部分は譲らない。【鏡界】に新“手駒達”が侵入した時は界刺や殺人鬼を敵に回しても、この命に懸けて新“手駒達”を守り抜いてみせる。 本当であれば、この場で界刺を確保したい。だが、現状では抵抗する界刺を相手取る余裕は正直言って全く無い。殺人鬼に対しても同じく。 故に、今は傍に居ることを許された神谷に界刺の護衛を任せ、一般人である界刺と共に殺人鬼への対処を託す。界刺が、進んで新“手駒達”に危害を加えないと判断したが故の妥協。 センサーに対する妨害で、警備員として176支部員への界刺の行為を『見る』ことができなかった―その状況下で風紀委員に明らかな傷を加えなかった―ことも大きい。 これは、界刺の手を汚させたく無い気持ちを一時的に『切り捨てた』上の決断。しかし、新“手駒達”の無力化・確保が進めば、自分達もここへ戻って来る。そして殺人鬼を討伐する。 その決意の重さに部下は応え、猛スピードで【鏡界】を脱出して行く(殺人鬼によって軽く無い傷を負った者達は、治療のために別方向に向けて脱出して行く)。 「・・・・・・ククッ。見事な手際だな、界刺得世。話術と行動でもって物事を動かす。仕事を円滑に進めるためにも、少しは俺も見習わないといけないか? にしても・・・貴様の話術を見ているとある男を思い出す。あの男も貴様と同じく強者足る者の1人だから・・・かもな。ククッ」 現在【鏡界】に残っているのは界刺、神谷、ウェインの3名のみ。その1人であるウェインは、死闘を邪魔する者達を一時的にとは言えキッチリ排除した界刺の手腕に賞賛の声を贈る。 「まぁ、これで多少は気兼ね無く殺し合いができるというモノだ。・・・その風紀委員は貴様と同じく殺しても構わんのだろう?」 「俺はいいけど・・・どうよ、神谷?俺は、いざって時はテメェを切り捨てるぜ?ここに居たいなら、テメェの責任が発生する。結果がどうなろうが自業自得だ。どうだ?」 「上等だ。殺される前に・・・俺が野郎を討つ!!」 「「!!!」」 同じ強者である“英雄”を立てていた“怪物”に、“剣神”が己の想いを吠える。 「界刺得世!!アンタの手を汚させるわけにはいかねぇ!!アンタは野郎を殺すな!!殺すなら・・・風紀委員(おれ)が殺る!!!」 「ほぅ・・・大きく出たな。ククッ、ならば示してみろ。貴様が弱者では無いという証明を。さて・・・『小休止』も終わりだ。 正真正銘俺の『本気』で相手をしてやろう。この俺が『本気』を出す以上・・・俺が気紛れを起こすか偶然が味方しない限り俺の牙から弱者は逃れられんぞ?ククッ」 治安組織の一員として、殺害という行為を“ヒーロー”に行わせるわけにはいかない。こんな当たり前のことを、今の今まで口に出せなかったことを“怪物”の声を耳にする神谷は悔やむ。 心の何処かで“怪物”に対する恐れを感じていた。心の何処かで“英雄”に対する気後れを覚えていた。だから言えなかった。認めよう。認めて、それを前へ進む足掛かりとする。 確かに実力では2人に劣っているのだろう。しかし、それが何だというのだ。それが、“ヒーロー”にその手を汚させる決定的な理由にはならない。否、ならせない。 それだけで勝敗は決まらない。否、決まらせない。それを証明する。己が信じ、己を信じてくれるリーダーの意志と共に。埋まらない差は、文字通りこの命でもって埋めてみせる。 『職に殉じる』という言葉を、今程理解できた瞬間は無い。風紀委員として・・・神谷稜として・・・“閃光の英雄”界刺得世を自身が考える最善の行動でもって守り抜いてみせる。 そのためになら、己が手を血で汚すことも覚悟する。否、まともに喰らえば即死の『閃光真剣』最大出力を引き出した時点でもう覚悟は決まっていた。 「嫌だね」 しかし、“英雄”はにべもなく神谷の申し出を断る。その表情に僅かな笑みを混ぜながら。 「なっ!!?」 「妥協した俺が言うのも何だが、俺のカバーありきで何偉そうなことをほざいてんだ、神谷?幾らテメェが殺す気でも、1人じゃウェインに殺されるぜ?わかってんだろ? 俺の見立てを無視してんのはテメェも一緒だろうが。斑達のことをとやかくは言えねぇな。・・・テメェの決意と行動は、結局は蛮勇って批判を免れるようなモンじゃ無ぇぞ?」 「・・・!!」 「まぁ、テメェなりに色んなことをキチっと考えた上での決意ってことは認めてやる。だが、人間そう簡単に変わりゃしねぇ。どうしても染み付いた“地”ってヤツは出て来る。 テメェの場合は、無謀な面がひょっこり出て来るな。だからもう一度言ってやる。俺の補助があったとしてもテメェだけじゃ殺されるし、無かったら1分も持たねぇ。 テメェの心意気は正直大したモンだとは思うけど、現実はそう甘くねぇ。テメェ1人じゃウェインを殺せねぇ。そして、俺の場合は殺すつもりでいかないと野郎には届かねぇ現実がある。 だから・・・殺そうとする。殺しに掛かろうとする。死に物狂いってのはそういうことだ。必死ってのはそういうことだ。まっ、テメェ“等”の気遣いは有難く受け取っておくよ。 テメェと言い破輩と言い加賀美と言い椎倉先輩と言い俺の周囲に居る人間と言い、クソムカつくくらい意地やお人好しが過ぎらぁ。・・・だが、悪くねぇ。こうでなくっちゃいけねぇ。 昔の“英雄”時代には感じることができなかった対等な意志の連なりってヤツをビンビン感じちまうぜ!!ヤベェ・・・ゾクゾク感が増して来やがった!! このムカつき加減こそが、本能と理性のぶつかり合いこそが俺が変わったかどうかを試す絶好の物差しだろうがよ!!キレてんじゃ無ぇよ、俺!!むしろ、望む所だろうがよ!!!」 「お、俺はお人好しなんかじゃ無いぜ!!・・・ヤケになってねぇか、アンタ?大丈夫か?」 「そりゃ、少しくらいはヤケになってるだろうがこんなモン許容範囲内だっての。完全にヤケになっていたら、それこそ血飛沫の嵐だっての。 理性でコントロールするにしても、時々はガス抜きをしねぇとな。言っちゃなんだが、俺の自制心を舐めちゃいけねぇぜ?お人好しの神谷君?」 「ッッッ!!!そ、それよりアンタ!!さっきの『殺さずに済みそうだ』って言葉はどうしたんだ!!?」 「あんなモン、嘘に決まってんだろう?まぁ、時と場合によっちゃあトドメの一撃はテメェに譲ってやるくらいの妥協はするかもな。 テメェ等の想いは確かに受け取ったぜ?状況的に100%反映するつもりは無ぇが、0%にするのは俺の手を汚させないために動いてくれているテメェ等に失礼だろう?」 「・・・!!」 「だから、テメェをここに残したんだ。どうしても俺に殺させたくなかったら、俺の補助の中でテメェの言葉を俺より先に実践するんだな。 テメェの手で俺より先に野郎を討つことができれば、その瞬間から蛮勇は勇気になる。無謀は深謀になる。俺の見立ても覆せるぜ? 結果を出せば、その瞬間から見えるモンは変わる。良くも悪くもな。さぁ・・・どうする、神谷稜!!?」 界刺は神谷に告げる。俺の手を汚させたくなければ、先に殺人鬼を殺せと。神谷稜がその手で殺せと。その覚悟が本当にあるのか・・・問い掛ける碧髪の男の眼光は何処までも鋭い。 喉が不自然に震える。口内がカラッカラに乾いている。取るべき手段を、心に誓った決意を実際に言葉に出すだけでここまで緊張したのは今回が初めてだった。 「・・・・・・・・・わかった。そうするぜ」 その頑固っぷりに、界刺は内心で苦笑を漏らす。加賀美の苦労もわかる。そして決意する。でき得る限り、この男をウェインに殺させるわけにはいかない・・・ということを。 事の成り行きで“剣神”というパートナーを得た“英雄”は、『閃光大剣』を構えながら・・・そして嗤いながら“怪物”へ吠える。 「・・・やれやれ。『重てぇ』な~、ハハッ!ウェイン!!下らねぇ邪魔が入る前に、さっさとケリを着けようぜ!!?」 「形製さん・・・!!」 「・・・あの光球があった付近に鏡子が居るんだ!!」 施設内西部を捜索していた形製と風路は、『赤外子機』から聞こえて来た界刺の言葉と先程まで浮かんでいた光球―『デケェ灯り』―から鏡子の居る場所を知らされる。 「まさか、界刺と殺人鬼が戦っている付近に居たなんてね!!」 「形製さん!!その、破輩っていう風紀委員は大丈夫なのかよ!!?」 「破輩さんは159支部のリーダーだよ!!レベル4の実力者だし!!きっと、鏡子のことも考えて動いてくれる筈!!・・・双方共、無傷のままで居られるかはわからないけど」 「クッ・・・!!」 形製の分析に風路は複雑な感情になる。薬のせいで暴走状態にある鏡子を無傷で止めるのは難しい。レベル4という力はそれだけ大きいのだ。 破輩も今の鏡子と同じレベル4の力を持つ能力者だが、そんな2人がぶつかればどちらも無傷とはいかない可能性大だ。 「風路!!今は走ることだけに集中しよう!!足を動かさないと!!」 「・・・あぁ!!」 2人は、鏡子達が居るであろう南西部へ向かう。最悪の事態になる前に止める。兄として妹の暴走を止める。この命に懸けて。 「おい!中円さんは何処へ行ったんだ!?さっきから姿が見えねぇが!!」 「確か、警備員の包囲網を突破するためのハッキング機器を取りに行くって・・・」 「そ、そうか!あの人ならその手の専用機器を自前で持っててもおかしくねぇモンな!!」 「以前居たスキルアウトでも情報の取り扱いの優秀さでそれなりの地位に着いていたらしいし、伊利乃さんも信頼を置く程だからきっととっておきの機器を持って来るだろうよ!!」 『ブラックウィザード』の構成員達が、突如姿が消えた中円について激しく議論を交わす。東雲に包囲網突破における情報収集を命じられた網枷と中円。 この内網枷は『内側』における収集を、中円は『外側』における収集を担当することとなっていた。 普段は情報関連の一切を取り仕切るのは蜘蛛井である。だが、今の彼は“手駒達”及び新“手駒達”の制御や初瀬達への対処に全力を注いでいる。 このため、両者の働きは『ブラックウィザード』の生き残りにかかる生命線となっていた。 「ハァ・・・ハァ・・・」 その両者の片割れ、中円真昼は唯1人北北西方面へひたすら走っていた。手に持つ専用のハッキング機器を用いて警備員の通信を傍受しながら走り続けていた。 「(くそっ!こんなことなら、さっさと見限って雲隠れするんだった!!)」 今の中円に東雲の命令に従う意思も、『ブラックウィザード』を守る意思ももはや存在していなかった。彼女は、別に『ブラックウィザード』に忠誠を誓っている人間では無い。 あくまで寄生場所の1つであり、自身が危うくなれば何時でも抜け出す意志はあった。そんな彼女も、今までは裏切りによる報復を恐れて実行には移していなかった。 しかし、事態は一変した。このままでは、残虐非道を繰り返す『ブラックウィザード』の一員として自分の身にも危険が及ぶ。 中円自身、他の人間のように他人を殺したことも重傷を負わせたことも無い。ずっと、後方に控えて情報を収集・精査するだけ。ある意味では一番楽な立ち位置に居た少女。 だが、このままでは自分も他の人間のように“人殺し”の汚名を背負わされる危険性が極めて高い。 「(状況は間違い無く『ブラックウィザード』に不利!!一か八かの作戦に『加担』したら、それこそ自分の首を自分で絞めることになる!!)」 故に、中円は事ここに至って『ブラックウィザード』を裏切る決断を下した。このまま逃れられるなら良し、逃れられない場合は自首をすることで身の安全を警備員に保障させる。 風紀委員会にとって有益な情報を齎せば、その分罪も軽くなるかもしれない。打算的思考が少女の頭を駆け巡る。 「(いざって時はハッキング機器も放り捨てて投降する!!“人殺し”なんて汚名を着せられて堪るモンか!!)」 歪な笑みを乾燥した唇が形作る。酷く乾いていることに切羽詰っている中円は全く気付かない。それだけ追い詰められているのだ。 「(ハッ!!こ、この持たされた拳銃もか!!もし、誰かがあたしの行動に気付いたら・・・その時は・・・撃つしかない・・・!!)」 ズボンのポケットに入っている護身用の拳銃―いざという時はハッキング機器と共に捨てる―を握りながら、中円は走り続ける。安全圏への脱出を果たすために。生き残るために。 ガタン!! 「だ、誰!!?」 そんな彼女を・・・そんな打算的な少女の行動を・・・何の責任も負わないままのうのうと安全圏へ逃げようとする中円真昼(ひきょうもの)を・・・世界は認めない。 「『撃つしかない』・・・か。君も・・・『ブラックウィザード』の一員かい?」 「武佐君!あの娘・・・きっと拳銃を持っているでやんすよ!!気を付けるでやんす!!」 中円の近くにある物陰から姿を現したのは、金髪スポーツ刈りの小柄な男と茶髪ドレッドヘアのマスク男。 彼等はある漢の舎弟達。敬愛する兄貴を支援しつつ、事態を打開するために何か有益な情報がないかと『思考回廊』で探査していた“一般人”。 「(なっ!!?あたしの思考を・・・能力者か!!?しかも・・・こいつ等風紀委員会じゃ無い!!)」 「女の子には手を挙げない主義だけど・・・事情によってはそうもいっていられないよ?」 「荒我君の邪魔をするでやんすなら、オイラも鬼になるでやんす!!」 各々の名は梯利壱・・・そして武佐紫郎。熱き漢の魂を受け継ぐ舎弟達が、戦場という世界の一角にて卑怯者を容赦無く断罪する。 梯利壱 武佐紫郎VS中円真昼 Ready? 「・・・・・・」 逃走用の車両があった倉庫にて、『ブラックウィザード』の誇る“辣腕士”網枷は携帯機器を片手に冷静に事態を分析していた。 東雲の狙い通り、北部方面の駆動鎧部隊が西部及び南部方面へ増援を向けたために包囲網が手薄となった。 東部方面も今尚一進一退の攻防を続けている。施設内北部に配置した監視カメラが何者かの手によって殆ど壊滅させられているのはやはり気掛かりだったが、 理由が特定できない現状―初瀬の『阻害情報』で施設機器はまず使用不可―では必要以上に思考を割く余裕は無い。今は速やかな戦場からの離脱が最優先である。 「後は中円さえ戻ってくれば・・・か。遅い・・・な」 包囲網を潜り抜け、その後の安全ルートを導き出すためにも『外部』を担当する中円の存在は必要不可欠である。 蜘蛛井に次ぐハッキング能力を持つ彼女の力は、こういう時に活きるのだ。だがしかし、その彼女がハッキング機器を取りに行ったまままだ帰って来ないのだ。 「“手駒達”を傍に置かずに行くとは・・・やはり彼女も焦っているか。事態が事態だしな」 この緊急事態に動揺しているのは網枷も同じ―故に、『裏切り』という可能性を思い付かない―である。 いや・・・おそらく『ブラックウィザード』に所属する人間の殆どが少なからず動揺している筈である。・・・ある1名を除いては。 『風紀委員?警備員?そんなモノに頼るな。依存するな。この世で唯一頼れるのは「力」のみ。俺は「黒き力」・・・「ブラックウィザード」の頂点に居る男だ』 『あの方こそが、この腐った世界を変えてくれる唯一の存在だ。俺は・・・私は、あの方に・・・あの人の隣に在りたい!!』 「フッ・・・。さすがは、東雲さんといった所か。・・・東雲さん。私はあなたを生かすためなら、喜んでこの命を捧げますよ」 “弧皇”の揺らがぬ姿を脳裏に思い浮かべる“辣腕士”は、微かな笑みを浮かべながら自身の誓いをもう一度認識する。 『お前は、己の「力」をこの世界に証明したいんだろう?何が目的であれ、どんな形であれ。俺もそうだ。俺の目的で、俺はこの世界に負けない程の「力」を俺なりの形で示したい。 お前の期待通りに行くと思うなよ?俺は俺を害する者を全て排除する。網枷。お前もお前の「力」を証明するためにも幻想に容赦するつもりは無いんだろう? これでも、俺はお前の覚悟は理解しているつもりだ。だからこそ言おう!思う通りにやれ!全力で幻想をねじ伏せろ!その先に、お前が望む答えの1つがある筈だ!!』 『答え・・・。フッ、その種類がどのようなモノなのかはその時にならないとわかりません・・・か。 果たして期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなのか・・・。どちらにしろ、今回の件でようやく私も心の整理ができそうです』 それは、数日前に“弧皇”との問答で浮き彫りになった“辣腕士”が心の奥底で望んでいたモノ。『答え』。 網枷は直感的に想う。おそらく、この戦場で無意識に己が求めていた『答え』の一端を垣間見ることができるのではないかと。 「『答え』・・・か。期待通りなのか・・・それとも期待ハズレなの・・・」 「 網枷さん!! 」 「!!?」 自問自答していた網枷の鼓膜に、携帯機器から聞こえる構成員の焦り声が突き刺さる。我に返った“辣腕士”は部下の声色から顔を険しくさせる。 「どうした!?」 「 178支部及び成瀬台支部に駆動鎧・・・そして『協力者』達が遂に攻め入って来ました!!事前のプラン通り、永観さんを中心に新“手駒達”も動員して事に当たります!! 」 「来たか・・・!!」 遂に攻勢がここまで来た。予測していた事態ではあるものの、いざ現実のモノになるとやはり背筋が僅か以上に震えて来る。 生き残り。これは、『ブラックウィザード』の生き残りを懸けた死闘である。その意味を十二分に知る網枷は傍に立て掛けていた銃を手に持った。 普段は前線に立つ機会は無い参謀自らも戦闘行為を行わなければならない可能性が高い。まさに死に物狂いである。 「 幸い、蜘蛛井さんが居る場所とは離れていることもあって現時点では“手駒達”の運用に支障は・・・(プツン!!) 」 「むっ!!?どうした!?応答しろ!!」 現状報告を続けていた部下の通信が突然途絶えた。途絶音的に、ジャミングによるモノでは無く通信機そのものを破壊された可能性が高い。 「・・・フゥ。『俺』も覚悟を決めるか。この先にある『答え』を垣間見るためにも!!」 網枷は、ある特殊な溝が刻まれている銃弾を内包した弾倉を銃に装填する。試作段階も試作段階であるこの銃弾を敢えて用いるのは、その利点の大きさに尽きるからだ。 今の網枷の周囲には“手駒達”も新“手駒達”も居ない。伊利乃の反対を押し切って、自分に回される予定だった人形達は全て東雲の傍に置いた。 全ては東雲をこの場から必ず離脱させるために。そのためなら、己が命を投げ打つ。それだけの覚悟はとうの昔から決めていた。 つまりは、網枷は自身を殿としているのだ。『太陽の園』での失態の責任を取る、最新の情報は既に東雲へ送っている、いざという時は蜘蛛井が主導する、中円も健在であるという事実や予測等の下に。 ドォン!!! 「!!!」 大きな爆発音と共に倉庫の壁が破壊される。手榴弾でも用いたのであろうその爆発に驚きながらも、網枷は『偏光塗装』にて銃に光学偽装を施す。 この爆発からして相手は警備員が操る駆動鎧か・・・それとも特別に手榴弾程度の爆発物の所持を許可された風紀委員か。 いずれにしろ、“表”の治安組織と戦うことで『答え』の一端を垣間見える。そう認識した網枷の思考は・・・ 「あ、危なかったねぇ・・・。間一髪で弾き返せてよかったよ」 半分アタリで・・・ 「ま、まさか最後のあがきで手榴弾をブン投げて来やがるとは思わなかったぜ。ナイス、先輩!」 半分ハズレだった。 「お、お前は・・・!!」 予想外にも予想外過ぎる闖入者の登場に、網枷は動揺を隠し切れない。彼の瞳に映るのは成瀬台支部所属風紀委員である速見翔。そして・・・ 「おっ!?・・・・・・ほぅほぅ。あのツラは、確か緋花を騙した網枷ってヤツだな。・・・ギリッ、ギリリッッ・・・!!!」 黒髪リーゼントでキメた“不良”。如何なる困難も己が拳で打破する熱き魂を持った漢。名は・・・荒我拳。 かつて、自身が所属していたスキルアウトを潰された漢。そして、今また己に告白した少女を誑かされ、貶められた漢。 その元凶足る1人を眼前に置く“不良”は、猛る怒りそのままに拳を胸の前に置きながら吠える。 「だったら、話は早ぇ。網枷双真!!“俺の”オンナに手ぇ出した落とし前・・・ここでキッチリ着けさせて貰うぜ!!!」 荒我拳 速見翔VS網枷双真 Ready? 「永観さん!!どうしますか!!?」 「急ぎ状況の把握を!!新“手駒達”が集中して狙われている以上、このままでは防衛線が持たない!!万全を期して、“手駒達”を伴って行くんだ」 「わかりました!!」 部下の焦った問いに声を荒げながら指示を出す永観。彼は、東雲の命令によって中円や網枷達の警護及び北部方面から攻め込んで来る風紀委員会との戦闘指揮を執っていた。 銃器を有する構成員に能力者で固められた“手駒達”及び新“手駒達”の力を結集すれば、短時間であれば十分に防衛線を築き続けられると推測した永観の考えは・・・外れた。 「永観さん・・・これって・・・」 「あぁ。推測でしか無いが、どうやら風紀委員会か『協力者』の中に遠方から精密狙撃を可能とする能力者が居るようだ。 もしかしたら、空間移動系能力者の仕業かもしれないな。この暗い施設では座標計算も難しい筈なんだが」 「やっぱり・・・」 傍に控える智暁の心配げな質問に、内心では苛立ちながら努めて冷静に振舞いながら返答する永観の手には応答相手の居ない通信機が握られていた。 指揮を執る永観の通信機に入って来た別の部下の焦った声が、今尚永観や智暁の耳から離れない。 『 周囲に居る新“手駒達”のアンテナが次々に破壊されています!!人影や狙撃音のようなモノはありません!!まるで、突然アンテナが破壊され・・・(プツン!!) 』 人質あるいは戦力としても使える新“手駒達”に装着されているチップ型アンテナが突如破壊されたという報告の途中で通信は途絶えた。 おそらく通信機が破壊されたのだろう。唯でさえ、北部方面の監視カメラの類は破壊され尽くされていたために状況の把握が困難である。 下手をすれば、気絶している新“手駒達”を容易に回収されてしまう。なので、永観は早急に新“手駒達”を無力化している能力者の探索指示を出したのだ。 「永観さん。一旦、新“手駒達”をここへ集めてみればいいんじゃないでしょうか?」 「いや。そんなことをすれば防衛線がまず持たなくなる。少数とは言え、風紀委員会は駆動鎧もここへ投入している! “手駒達”も減少している今、新“手駒達”を防衛線から退けば連中が一気に雪崩れ込んで来るぞ!!」 「ひっ!ご、ごめんなさい・・・」 「・・・いや。僕の方こそ声を荒げて済まなかった」 永観の怒声に案を出した智暁は身を竦ませる。普段からそこまで頭を働かせない少女にとって、永観や網枷以上の策など思い付く筈も無い。 それを承知の上で意見したのは、それだけ彼女が精神的に追い詰められている証拠である。もっとも、それは永観にとっても同じことではあるが。 「(こ、こんなことになるくらいだったら、さっさと『ブラックウィザード』から抜け出して穏健派の『軍隊蟻』に鞍替えするんだった!!私のバカバカバカ!!)」 「(こんな所で僕は躓けない!!何としてでもこの戦場から無事に脱出する!!そのためなら・・・いっそのこと東雲を囮に・・・くそっ!! こんな時に蜘蛛井が東雲の口車に乗せられるとは!!奴が動けなければ、“手駒達”の同士討ちになってしまう!!)」 智暁は自身の優柔不断さを嘆く。裏切りや報復を恐れて『ブラックウィザード』を抜け出す決断を下せなかった少女は、己が過去の判断を悔やみに悔やむ。 永観は“同胞”が“弧皇”の口車に乗せられた現状に歯噛みする。東雲の予測通り、永観には来たるべき時には“手駒達”の力で東雲を始末する腹積もりがあった。 そのために重要な鍵を握る蜘蛛井が、よりにもよって“弧皇”の挑発に乗って身動きが取れなくなっている。 現状で事を起こせば、“手駒達”の同士討ちという本末転倒な事態となってしまう。今でさえ、戦力は下降の一途を辿っている。 東雲を討って『ブラックウィザード』の新たなトップに立とうとしている永観にとって、“手駒達”の同士討ちだけは絶対に避けなければならないのだ。 「フゥ。・・・智暁」 「・・・はい」 「・・・とりあえず、朱花だけは死守しないといけない。東雲さんが言った通り、人質に数の多い少ないは関係無い。 連中にとって、新“手駒達”の確保は死守命令にも等しい作戦の筈だ。朱花は、僕達にとって切り札となる。ここに居るのは僕と君と朱花の3人だけだ。 他は、全て防衛線に出張っている。あの“巨人”を抑えるために阿晴達も増援で来る。だから、朱花を守るのは僕達2人の役目だ。いいね?」 「・・・はい!」 施設内の機材が使えない以上、必然的に永観達は施設の外に居る。それでも、永観や智暁達が居るのは戦闘の前線では無く比較的安全な後方である。 そんな2人と共に居るのは新“手駒達”の一員である焔火朱花。相も変わらず虚ろな瞳を浮かべている彼女の“価値”は、永観と智暁を安堵させる大きな要素となっていた。 ちなみに、“手駒達”を含めた他の構成員達を全て最前線に出張らせたのはそうしないと防衛線が持たないという単純明快な理由―そして、死活問題でもある―からである。 「・・・来た。数は2人」 「「!!!」」 傍受の危険性から電波レーダーでは無く砂鉄を地面に敷いてレーダー代わりとしていた朱花が、ここへ近付く敵を察知した。 防衛線を潜り抜けて来た敵を迎え撃つように智暁は右手に持つセラミック製警棒の先に『熱素流動』による熱エネルギーを集中させる。 「2人・・・か。誰だろうね、智暁?」 「・・・・・・」 緊張の色を濃くする永観の言葉に、智暁は自分の手元から逃げた愛玩奴隷の顔を思い浮かべる。姉である朱花を取り返すということであれば、候補に挙がる1番目は彼女しか居ない。 「・・・まともに動けるんですかね?」 「・・・まともに動けるとしたら、薬を中和できる解毒剤のようなモノを投与されたと考えるべきかな。こちらにとっては予想外の『速度』だけど」 「・・・なら、もう1人は誰だと思います?」 「・・・僕達2人の能力を考えるなら、相性的にあの男が第一候補に挙がるね」 永観の『発火能力』も智暁の『熱素流動』も、主に熱を武器にする能力である。この2つに対抗するならば、『熱を抑える』能力者が第一候補に挙がる。 そして、北部方面から攻め入った風紀委員の中で『熱を抑える』ことに長ける能力者はあの男しか居ない。 「まぁ、あの男は相性的に『電撃使い』である朱花とは相性が悪い。・・・朱花。2人が姿を見せた瞬間に、タイミングを合わせて電撃の槍をぶつけろ!」 「・・・・・・」 永観はここに向かって来る敵の弱点を確と把握し、その迎撃のため朱花に攻撃を命じる。 砂鉄を踏み締める足を正確に把握する朱花は、いよいよ近付いて来た敵を迎撃するために電撃の溜めに入る。 「・・・っと待て!!」 「・・・せんよ!!」 「「ん??」」 それは、永観達が迎撃準備に勤しんでいた中で聞こえて来た怒声の応酬。わざわざ、こちらに急襲をバラすような行動を起こしている2つの声に疑問付を浮かべる永観と智暁。 「・・・た方が、気合いが入るってモンです!!機先を制するという意味でも!!どうせ、お姉ちゃんの能力で私達の接近はバレているでしょうし!!」 「・・・でも、わざわざ大声を張り上げながら正面突破する馬鹿が何処に居る!!」 「ここに2人!!」 「俺を勘定に入れるな!!」 近付くにつれ声が鮮明になる。声は女と男の2つ。その内、片方は永観や智暁にも聞き覚えがある少女の声であった。 どうやら、2人はどんな策略があるのか馬鹿正直に正面から乗り込んで来るようだ。しかも、大声を挙げながら。 「先輩!!女も男も度胸です!!どうせ、今の私にはこの度胸くらいしかお姉ちゃんに張り合えるモノは無いですしね!!」 「いや!!度胸の他にもあると思うぞ!!というか、姉以上のモノが・・・ハッ!!何を言っているんだ俺は!!?」 「えっ!?それって・・・背丈のことですか!?確かに、私って結構前から背丈でお姉ちゃんを超えていますけど・・・うん?」 「(緋花・・・!!!)」 「(何だ!?これも“『悪鬼』”の策略の1つか!?)」 聞く者にとっては何ともマヌケな会話を行っているようにしか聞こえない男女の会話に智暁は苛立ち、永観は敵である“『悪鬼』”の策略かと訝しむ。 そうとでも考えなければ、今の状況に論理的な説明を付けられない。ましてや、あの“『悪鬼』”が考えも無しにこんな茶番染みた真似をする筈が無い。 「そ、そうだ!お前は身体的な面で姉を上回っているんだと言いたかったんだ!!」 「・・・本当ですか?何か怪しいんですけど?最近の私って疑心暗鬼が染み付いちゃってて、先輩のような態度を鵜呑みにできないんですけど?」 「ほ、本当だとも!!『身体的な面で姉を上回っている』!!この言葉に嘘は無い!!」 「・・・あぁ。そういうことか。確かに嘘じゃ無いですよねぇ・・・(ジ~)」 「ぬっ!?」 「いやぁ。先輩って本当にデリカシーに欠ける上に女心に疎いですねってことを再確認しただけです。真面のことを馬鹿にできないんじゃないですか?」 「グッ!!」 一方、場違いにも程がある会話を繰り広げている2人は迷うこと無く自分達が立とうとする戦場へ疾走する。 朱花が砂鉄をレーダーとしたように、こちらは水蒸気をレーダーとしている。“巨人”の出現で構成員達が出払った今がチャンスと判断し、結果として今に至るのだ。 「まぁ、いいや。後で真面達にチクろうっと。『先輩が私とお姉ちゃんの体を思い浮かべて卑猥な想像をしていた』って!!」 「お、おい!!」 「・・・クスッ。冗談ですよ。これも、敵を欺く私なりに考えた手の1つです。にしてもムンムンしますねぇ~」 「(お前の冗談は心臓に悪い)」 「・・・固地先輩。お願いします。私にお姉ちゃんを・・・焔火緋花に焔火朱花を助ける『力』を下さい」 「・・・“あの技”の使い所は絶対に見誤るなよ?“あれ”は、おそらく『今』のお前にしか使えない技だ。『今』のお前の状態でしか・・・な。 無論、お前にとっては恥辱にも恥辱な出来事だっただろう。だから・・・“逆に良かったじゃないか”などとは言わん。 精々敵の失着を『姉を助けるため』に思う存分“利用してやれ”。他の誰でも無い『お前自身のため』に。 フッ・・・この“風紀委員の『悪鬼』”を扱き使うんだ。俺の前で無様を晒すなよ・・・風紀委員焔火緋花?」 「ッッ!!・・・・・・はい!!」 1人の風紀委員として認められた証をもう一度言葉として贈ってくれた少年に少女は確かな『力』を貰う。 何時か・・・何時か自分も彼のように仲間に『力』を贈れる存在になりたい。真面達は今の自分でもちゃんと『力』を贈れていると言ってくれる。 でも、自分としては自覚が無いせいかよくわからない。仮に、自分なりの『力』を他者に贈れているとしてもきっとそれは今自分が貰った『力』とは別種なのだろう。 焔火緋花は切に望む。今自分が受け取った『力』を自分の意志で他者に贈れるような人間になりたい。だから・・・学ぶ。学ぶために彼に師事を仰いだ。 「ここまで来たら仕方無い!!いけ、焔火!!お前の意志を敵に見せ付けてやれ!!!」 「はい、固地先輩!!!」 師事を贈る少年・・・固地債鬼の何処か呆れが入った命令が師事を仰ぐ少女・・・焔火緋花に伝わる。 命令が伝わった少女は少年の前に出た後に右手へ集中する。演算の構成を基礎から掘り起こすように。この先には、きっと朱花が迎撃として電撃を見舞って来る可能性が高い。 そう予期しているからこそ集中する。薬によってレベル4相当の出力を有しているとも予測される姉の電撃に対抗するために。 バチッ!!! 妹の予測と違わずに、“ソレ”は来た。姉が放った強力な高圧電流が妹へ正確に飛来する。だがしかし、迫る脅威に対する焔火が採った行動は至極単純であった。 すなわち・・・身体強化を為した後に臆すること無く飛来する電撃の槍に同じく電流を纏った己が右拳を叩き付ける。その右拳の先に『電気の網』を展開しながら。 「おりゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」 バチィッッ!!! 「「なっ!!?」」 朱花が放った高圧電流が逸らされたことに永観と智暁は目を瞠る。幾ら同じ『電撃使い』とは言え、 薬物強化を含めた力の差は存在している筈だ。姉の一撃を妹がまともに喰らう展開とて普通に存在していい筈なのに。 「ハァ・・・ハァ・・・・・・ヒグッ!!」 「・・・『いける』か、焔火?」 「・・・はい!」 雄叫びを挙げながら電撃の槍を逸らした焔火は、荒い息を吐きながら『今』の自分の状態に確かな“有用性”を感じていた。 この状態は、きっと時間が経つごとに薄れて行く。そのために、余り時間は掛けていられない。反動もある。短時間での決着が『今』の自分には求められている。 後方から掛けられた固地の言葉の真意もきちんと理解している。彼に師事を仰いだ意味も・・・この戦場で必ず証明してみせる。 「・・・・・・」 焔火と固地を新“手駒達”である朱花は何の感情も表に出さずに眺めている。そんな少女の後ろには臨戦態勢に入った永観と智暁が居る。 ここからが本番。ここからが本当の勝負。故に、焔火は自身に活を入れるために“あの”言葉を少しアレンジして放つ。 『他者を最優先に考える“ヒーロー”』になるために。『本物』の風紀委員になるために。 自分を助けるために命の危険を冒してまでこの戦場に来てくれた“彼”の前へ立つために。 176支部風紀委員焔火緋花は腕に身に付けた風紀委員の腕章に手を添え、凛とした言の葉を眼前に立つ者達へ宣戦布告として叩き付ける。 「この・・・この焔火緋花と固地債鬼が来たからにはこれ以上悪者の好き勝手になんかさせないわ!!覚悟しなさい、『ブラックウィザード』!!!」 焔火緋花 固地債鬼VS永観策夜 仰羽智暁 焔火朱花 Ready? 「希杏。覚悟はできてるな?」 「えぇ。勿論。ここまで来たら、もうバタバタしないわ。何としてでもここから離脱する。その邪魔をするなら、誰であっても排除する。それだけよ」 「フッ・・・それでいい」 遂に北部方面から攻め入ってきた風紀委員会と戦闘に突入した『ブラックウィザード』の本隊、 そのトップである東雲と幹部である伊利乃はそれぞれ得物を手にしながら気を張り詰めていた。 永観が主導して敵に対処しているために、未だ東雲達の下に敵対勢力は現れていない。精神系“手駒達”を始めとした偽装組の“手駒達”は逃走に必要不可欠故にこの場から離れさせている。 「網枷君には悪いけど、彼が回してくれた新“手駒達”は“居なくなっちゃった”のよねぇ。ハァ・・・」 「おそらく、風紀委員会か『協力者』の中に空間移動系能力者が居るな。直接俺達を狙って来ない意図は理解できないが。 他の連中に付けてある“手駒達”や新“手駒達”は未だ健在な所からして、その中途半端さには益々理解に苦しむが」 “魔女”の溜息と“弧皇”の的確な分析が夜の空気に染み渡って行く。己が身の危険を冒してまで網枷が配慮した東雲警護用新“手駒達”は、突如として姿を消した。 故に、東雲達は新“手駒達”に起きた現象から敵対勢力の中に空間移動系能力者が存在していることを察知する。 「一応応援は呼んだけど、何処も戦闘状態に突入しているから望み薄よね」 「自分の身は自分で守る。基本中の基本だな」 「えぇ」 伊利乃は暗器である匕首とサブマシンガンを、東雲は右腕に装着している『武器形成』を刀状に、 加えて予備用の『武器形成』を左腕にも装着した上で遠距離攻撃用の釘を形成していた。他にも使える武器は全て動員する。必ず生き残るために。 「“孤独を往く皇帝”東雲真慈!!!」 「「!!!??」」 その障害足る敵対勢力の声が、“弧皇”と“魔女”の頭上から降り掛かる。その声は『太陽の園』で聞いた野太い男の声。 「貴殿は『力』を制し、生み出しているそうだな!!それが『ブラックウィザード』か!!?」 「・・・?」 だが、その声の主は妙な質問を投げ掛けて来た。治安組織の一員として罪状を突き付けて来るモノとばかり思っていた“弧皇”は少々不意を突かれた。 そのかわり、彼の傍で最大級の警戒をしている“魔女”が“弧皇”の心意を代弁するように声を張り上げる。 「えぇ、そうよ!!!それが何だって言うの!!?」 「やはり。・・・なっておらん。・・・つくづくなっておらん!!!」 「はっ!!?」 「あの者達の思考をどう思われる、緑川師範!!?」 雲に隠れていた月が顔を覗かせ、月光が頭上―建物の屋上―に立つ漢2人を妖しく照らす。そこにあったのは・・・輝かしき『力』の結晶。『力』の結晶足る『筋肉』。 「温い・・・全くもって温い!!!巨大な『力』を欲する余り、人間なら誰しもが備えている『力』に見向きもしない脆弱者!!それが奴等だ、寒村よ!!!」 「同感ですぞ、師範!!こうなれば、我輩達の手で初心を忘れ去っているあの者達に今一度思い出させてやりましょうぞ!!!『筋力』という名の素晴らしき『力』の結晶を!!!」 それは、ある観点からすれば当然の衝突であったのかもしれない。世界に対抗するための『力』に狂う“弧皇”に立ち塞がるのは、巨大な『力』を有する世界・・・とは限らない。 世界の一部足る存在に立ち塞がる可能性を有する者・・・すなわち同じ世界の一部足る存在。『筋力』という名の『力』を欲して止まない漢達の存在が居ることを“弧皇”は失念していた。 片や筋肉の神に愛された漢・・・寒村赤燈。片や、神の祝福や女神の愛撫を受けずとも己が粉骨砕身の努力にて王道を歩み続ける漢・・・“筋肉の覇王 マッスルエンペラー ”緑川強。 “弧皇”と“魔女”に立ち塞がるは筋肉の探求者達。どちらの『力』に軍配は上がるのか・・・この死闘にて明らかになる。 寒村赤燈 緑川強VS東雲真慈 伊利乃希杏 Ready? 「俺に続け!東雲さんに逆らう馬鹿どもを醜く斬り刻んでやる!」 「「「おおおおおおぉぉぉ!!!」」」 構成員達に檄を飛ばしているのは『ブラックウィザード』が幹部の1人阿晴猛。腰には常のように数本の刀を提げており、その鞘から愛用の刀を手に取っていた。 「(人形が頼りにならねぇ今、東雲さんや伊利乃さんの殿を努められるのは俺くらいなモン・・・だ!!必ず、あの人達をここから脱出させてみせる!!)」 心中で決意を再確認する阿晴。当初は東雲直々に護衛任務を言い付けられた彼が前線に出張って来たのは、 風紀委員の能力と思われる“巨人”によって“手駒達”を含めた北部の防衛線が突破されかねない事態に陥ったからである。 現場の構成員からの連絡―その連絡も途中で途絶えた―によると、敵は新“手駒達”ごと構成員を攻撃していると言うのだ。まさに、なりふり構わない風紀委員会の攻勢。 このままでは、東雲達が戦場を脱出する前に防衛線が突破される。この事態に阿晴が前線参加を志願し、今に至るというわけである。 「(東雲さんが居るからこそ今の俺が居る!!あの人のためなら、俺は命すら惜しくねぇ!!)」 かつて、『ブラックウィザード』との抗争にて破れたスキルアウトのリーダーであった自分を受け入れた東雲に阿晴は心の底から忠誠を誓っていた。 だから、ソリが合わなくても・・・好き嫌いで言えば途轍も無く嫌っていても・・・しかし自分と同じく忠誠を誓っている―実質的に殿を務めている―網枷を心中では認めていた。 それだけ、彼の中で東雲という男は絶対的基準となっていた。故に、彼に危害を加える者はたとえ仲間であったとしても容赦無く斬る。それだけの覚悟を阿晴は持ち合わせていた。 「阿晴さん!!」 「あぁ!!あれが、噂の“巨人”ってヤツだな!!」 構成員の声を耳にしながら阿晴は前方に聳え立つ“巨人”を瞳に映していた。“巨人”の肩付近には複数の火球が浮かんでいる。 おそらくは、178支部に所属する風紀委員の能力。下方では、“手駒達”や構成員が応戦している轟音が聞こえる。 「俺達はあそこで戦っている連中の応援だ!!『ブラックウィザード』の底力を奴等に見せ付けてやれ!!」 「「「おおおぉぉっ!!!」」」 他のスキルアウトとの抗争では切り込み隊長を務める阿晴の豪快な声に、構成員達は気勢を挙げながら彼と共に戦場へ突入しようとする。 短気で能筋な彼を慕う構成員は、実は結構な数に上る。吸収合併された後も『ブラックウィザード』に居残る元部下も含めて。 この辺りは、さすがはリーダーを務めていたといった所。彼の性格は、こういう危難を乗り越える場面では大きな力を発揮するのである。 ブオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!! 「「「なっ!!!??」」」 今まさに“巨人”が聳え立つ戦場へ先駆けとして突入しようとした構成員を、幾多の葉を伴った強烈な風が襲う。 毒も含まれる葉の嵐に構成員の足が止まる。地面にある砂さえ巻き込んだ砂の嵐が構成員の視界を奪う。 「師匠!!ここは拙者達に任せて、あの幹部らしき男をお頼み申します!!」 「俺達のことは心配すんな!!なんたってべっぴんの風紀委員が付いてくれてるんだからな!!」 「お、お姉さんをからかうんじゃないわよ!!ま、まぁ嫌な気はしないけど!!」 複数の聞き慣れない声が阿晴の耳に届く。風紀委員という単語から、そして先駆けの構成員達がその者達と戦っているであろう戦闘音から阿晴の血が騒ぎ出す。 最近の戦闘は“手駒達”が前面に出ており、切り込み隊長である自身が現場で思いのままに刀を振るう機会など殆ど無かった。 これは、東雲達を逃がす殿としての役目とは別の思考。阿晴猛の本能とも言い換えられるかもしれない。 「ハーハッハッハ!!!臆せずよく来たな!!『ブラックウィザード』の者共よ!!」 そんな阿晴の眼前に葉と砂の嵐の中から登場したのは、この暑苦しい熱帯夜に黒いコートで身を包むしかめっ面男。 自分と同じく腰から西洋剣と日本刀を提げている敵に、阿晴は直感的に好感を抱く。刀を振るう者としての直感は案外馬鹿にはできない・・・とは彼の弁である。 「テメェは俺達の敵か?」 「そうだ!!貴様等には、俺の大事な嬢を攫われたからな!!時間も惜しい。まずは、幹部らしき貴様を倒して彼女の居場所を吐かすとしよう!!」 「ケッ!!時間が無ぇのは俺も同じだ!!テメェ・・・その腰に提げている得物は、まさか飾りなんかじゃ無ぇよな?」 「勿論!!貴様の方こそ、手に持つ刀はまさか飾りではあるまいな!?以前戦った“剣神”のように俺を失望させるなよ!!?」 「“剣神”・・・!!あの神谷稜のことか!!?」 言葉の応酬の中に混じった“剣神”という単語に阿晴は反応する。阿晴とて、“剣神”の噂くらいは重々知っている。 網枷から齎された『書庫』のデータも見た。176支部最強のエース神谷稜の剣の腕前は図抜けている。 そんな“剣神”を単語として出した敵の言葉を吟味する阿晴。目の前の男からの口振りは、まるで・・・ 「あぁ、そうだとも!!あの男は以前俺と雌雄を決しようとした際、あろうことか俺に叶わないことを自覚した瞬間恥をかきたくないがためにわざと負けるという愚行を犯したのだ!!」 「何・・・だ、と!!?あの“剣神”が!!?」 「今思い返してみても腹立たしい!!あの男もこの戦場を経験することで、少しは成長するといいのだがな」 「・・・へぇ。そりゃ、いいこと聞いたぜ」 「むっ?」 『マリンウォール』で行った“剣神”との一騎打ちについて未だ納得していない―未だ自身が壮大な勘違いをしていることにも気付いていない―啄の言葉に、 阿晴はニヤける顔を抑えられない。この男には、刀を振るう者として絶対に負けられない。あの“剣神”に勝ったというのであれば、相手にとって不足は無い。 「お前等!!この男は俺が相手する!!あの“剣神”に勝った程の男だ!!お前等じゃ分が悪ぃ!!ここは俺に任せて、お前等は“巨人”の方へ向かえ!!」 「は、はい!!」 「了解っす!!」 「阿晴さん・・・ご無事で!!」 「おぅ!!」 一方、切り込み隊長として冷静な判断―これも冷静沈着な参謀網枷の影響―から部下を“巨人”と応戦している仲間への応援に向ける。 そのためには、あの葉と砂の嵐を超えなければならないが阿晴は己が部下を信じる。このくらいのことを超えられなければ、殿としての役目すら務められない。 他方、啄は必ず助けると誓った朱花の居場所をこの幹部から何としてでも聞き出す腹積もりであった。178支部を前線で纏める風紀委員の『予測』は絶対では無い。 ならば、有益な情報を持つであろう幹部をこの手で打ち倒して彼女の居場所を吐かせるというの有効な手段である。 互いに退けぬ理由を持つ2人の男が、尋常なる一騎打ちにて雌雄を決する。片や手に鉄鋼の刀を、片や手に炭素鋼の西洋剣を携えた男達の瞳には一点の曇りも存在しない。 「俺は『ブラックウィザード』の幹部阿晴猛だ!!何者かは知らねぇが、俺の刀の錆び落としくらいは務めてくれよ!!!」 「自己紹介が遅れたな!!俺は啄鴉だ!!・・・しかし、こうやって風紀委員達と協力して事に当たるのは2回目か!!いずれも、まさしく『呉越同舟』というヤツだな!! ハーハッハッハ!!!それもまた面白い!!阿晴猛よ!!弱者を救い、悪を刈り取る我が“剣”が放つ暗黒闘気(オーラ)をその瞳に焼き付けるがいい!!!」 啄鴉VS阿晴猛 Ready? continue!!