約 5,085,067 件
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/2009.html
東雲真慈は学園都市の人間では無い。正確には、学園都市における戸籍を所持していない人間と言った所か。 当然だが、彼は学園都市に住まう子供なら余程の例外が無い限り平等に受けられる能力開発そのものを施されていない。 当人も能力開発を受けるつもりで『科学』の世界に足を踏み入れたわけでは無い。理由は簡潔明瞭。彼は『力』を求め、見出した己が『力』を知らしめるためにこの世界へやって来たのだ。 『真慈は私とは違って才能豊かなんだから、真面目に能力開発を受ければ絶対に高位の能力者になれるよ!!何なら、私からも先生にお願いしてみようか?』 『悪いな、希杏。俺は能力などと言う先の知れた「力」には興味無い。むしろ、能力という「力」すら管理し、凌駕する「力」を俺は求めてここへ来たんだ』 自分を『科学』の世界へ招き入れる切欠となった親友―伊利乃希杏―の膨れっ面に、東雲は唯々クールに返答する。 彼女は『置き去り』で、今はある研究所暮らしであった。実を言うと、東雲自身も早い内に両親を失くし施設暮らしの毎日を『外』で過ごしていたという事情があった。 自分1人の『力』では毎日を満足に生きていくことすらできない状況に東雲は内心腹を立てていた。 『皆で助け合って』という思考に全く同意せず、『独力で生き抜く』ことを旨としていた東雲は施設を管理する大人達の手を何時も煩わせていた。 そんな折、施設へ入る以前に近所に暮らしていた親友の伊利乃から手紙が届いたのだ。そこに書かれていた学園都市の有り様にいたく興味を惹かれた。 最初は超能力というわかりやすい『力』に強い関心を持った。つまりは伊利乃と同じ感覚である。 東雲は、親友の手紙を切欠に施設を管理する大人達に『学園都市へ入りたい』という意向を伝えた。 『君が・・・東雲真慈君かな?伊利乃君も君が学園都市へ入ることをすごく喜んでいたよ』 『コイツのように・・・強大な能力者を管理できる程の「力」を手に入れることができれば・・・俺は・・・』 入学費用さえ払えば、後は奨学金等で生活していける学園都市の制度。加えて、東雲は『置き去り』と同じ待遇が受けられることが判明した。 学園都市には親が居ない『置き去り』に生活の場を提供したり資金援助を受けられる保護制度も存在した。 施設から連絡を受けて派遣された壮年の男性・・・伊利乃を含めた『置き去り』に寝食の場を提供している彼との話し合いで東雲は学園都市へ足を踏み入れることとなった。 この時、東雲は彼の立場―『置き去り』という能力者の管理を任される立場―に興味の視点を変更していた。 彼が言うには、彼が運営する研究所に居る『置き去り』の中にも既に高位能力者が複数存在するとのことであった。 そんな実力者を管理する人間の『力』に東雲はより強い関心を抱いた。強大な能力者を支配する人間の『力』は、言い換えればそれだけの権力を有する証明でもある。 『何時か俺も・・・』。東雲は戸籍管理を含めて学園都市で世話になることとなった壮年の男性を、ひとまずの“参考資料”と見做すことにした。 『先生は、どんな研究を為されているのですか?』 『私か?そうだな・・・一言で言えば生体に関する分野と言った所かな。義体等のサイボーグ技術の向上や予め小分けした生体パーツの生産技術の向上とか。 もっともサイボーグに関しては下火もいい所ではあるがね。今は「外部」からのアクションによって人体をどう動かすかといった研究にも力を入れているよ』 『置き去り』達が集う研究所で生活を始めた東雲は、普通なら早期に受ける能力開発に手を出さなかった。 通常では、能力開発も含めた一通りの教養を数年間掛けて身に付けた子供は新しく通うこととなる各学校の寮に移ることとなっていたのだ。 壮年の男性が『置き去り』達の意思を尊重する性格であったため東雲は“目論み通り”に能力開発を蹴ること―ひいては男性の興味を惹くこと―に成功した。 東雲は、壮年の男性が手掛ける研究分野について深く深く勉強するようになった。権力を持つ人間が身に付ける知識を貪欲に吸収するべく、研究所の外にも出ず毎日夜遅くまで勉強した。 『東雲君・・・いいんだね?』 『はい、先生!!俺の右目を・・・先生の研究に役立てて下さい!!』 様々な知識を学習していく中で、『力』を求める少年は自身の眼球さえ手放した。彼の手で生体パーツの生産技術が向上すれば、自分達を管理する彼の『力』は益々増大するだろう。 いずれは自分の体に戻って来る可能性の高い研究程度に躊躇するようでは、この学園都市では成り上がることなどできない。 彼が成り上がることが、自分が成り上がる際に有益になればいい。子供ながらにして他とは一線を画する思考を持つ東雲は・・・何処までも自分のことだけしか考えていなかった。 『あの野郎!!俺との契約を一方的に破棄しやがって!!!しかも、研究所に残されていたデータを全部消去しやがって!! 俺がどれだけ苦労してここに居るガキ達を能力強度の高い順に薬物中毒状態へ陥らせた上で安定供給してやっていたと思ってるんだ!!許さん!!絶対に許さん!!!』 彼がまだ『甘かった』研究所暮らしは唐突に終わりを迎える。ある日の深夜、常のように夜遅くまで勉強していた東雲が喉の渇きに痺れを切らして、 禁止事項の1つであった『夜11時以降は部屋の外へ出ることを禁じる』というルールを破った際に東雲は見てしまった。彼の本性を。聞いてしまった。彼の本音を。 『だが、甘いな!!この俺が『闇』に属するお前達に対して何の対策もして来なかったとでも思ってやがるのか!!? どうせ、俺のやり方に気付いたあの新リーダーが死んだ前リーダーと結んでいた契約を破棄したんだろうがな!!残念だが、お前達の技術は既に大方判明している!! 再現方法も個人的に繋がっているコネクションの力を借りて俺は秘かに見出した!!それ等のデータが入ったチップは、東雲から取り出した”眼球”の中に組み込んである!! 移植用として外部からの影響をシャットアウトした“眼球”の場所を知るのは、この俺と興味本位で付いて来た東雲のみ!! まぁ、このままいけば遅かれ早かれ俺は殺されるんだろうが、その前にテメェ等も道連れだ!!!ハハハハハハハハ!!!』 ほんの少しだけ開いていた扉の向こうで狂ったように高笑いをしていた彼が語る内容は、眼帯を右目に付けた東雲に甚大な衝撃を与えていた。 但し、これは余りのドス黒さに意気消沈したというのでは無い。逆である。東雲真慈は学園都市のドス黒さに“興奮したのだ”。 『この研究所に残ってるガキは東雲と伊利乃だけか!!・・・こうなったら、2人共今の内に始末しておくか。伊利乃は俺に懐いているから簡単だが、東雲は・・・な。 わざわざ前リーダーに頼み込んで『闇』や『書庫』に東雲の情報が載らないように改竄して貰ったんだが・・・。奴は他のガキ共とは違う!!俺には最初からわかってた!! 奴の独善的思考は俺の後釜に相応しい逸材だ!!金と引き換えに素体としてガキ共を提供する契約の例外として前リーダーと密約を結んだ・・・それなのに!! あぁ、惜しい!!惜しいが仕方無い!!いざという時のために研究所や生体パーツの保管庫を爆破させる起爆装置もここにある。フフッ、誰も彼も全員道連れに・・・グオッ!!?』 『・・・・・・』 全てを道連れに『自殺』しようとしていた壮年の男性に背後に音も無く忍び寄った東雲は、躊躇せずに人体に存在する急所を攻撃する。 生体研究に詳しい彼から習った知識通りに行動する少年は、近くにあったハサミを倒れた彼の喉下へ迷い無く突き刺した。 『真慈・・・!!!』 『希杏。詳しい話は後だ。すぐにここから離脱するぞ。幸い、研究所内の監視カメラは警備会社のモノでは無くこの研究所が独自に設けたモノだ。 俺はずっとこの男に付いていたからな。データには無い研究所の内実までよく知っている。たとえば、「移植用の生体パーツが保存されている保管庫へ続く隠し道」とか・・・な』 壮年の男性の断末魔を耳にした伊利乃に軽く説明した東雲は、彼女と共にこれから必要な物資を身に付けた後に自身が知る隠し道を伝って研究所から離脱した。 彼が言う所の“眼球”も手に入れた東雲は、あらゆる証拠を揉み消すために起爆装置を用いて研究所を爆破した。 『これからどうするの、真慈?』 『とりあえずは、この“眼球”を破壊して取り出したチップの解析。そして、あの男が繋がっていたコネクションと接触を持つことが何より先決だな』 『・・・大丈夫なの?』 『俺達の動きが「闇」にバレていれば、遅かれ早かれ俺達も始末される。そんなことを考えていても仕方無い。 もし、俺達の行動が露見していなければコネクションと接触することで“共犯関係”となれる。そうすれば、身を隠すことくらいはできるだろう』 『その後は?』 『コネクションにとって、俺達が有益な存在であることを示す。そして、いずれはコネクションすら実質的に動かせる程の「力」を手に入れる!!』 『・・・何だか楽しそうね、真慈?』 『・・・フッ。確かに楽しい・・・のかもしれない。この「科学」の世界には、まだまだ俺の及ばない深奥が存在するようだ。 俺は手に入れる。学園都市の深奥すら支配する「力」を。そして、俺の「力」を証明する過程でこの「科学」の世界を俺の思うように変えてやる!!』 『・・・!!!』 『どうする、希杏?今ならまだ間に合うかもしれないぞ?俺を「売れば」お前の命だけは助かるかもしれない。きっと、俺は自分が生き残るためにお前を切り捨てるぞ?』 『・・・ンフッ。そんなことしてどうするの?どうせ「置き去り」の私じゃ、狂った大人達の変な実験の被験者に回されるのがオチよ。 「家族」同然だった皆がそうであったように。だったら・・・あなたと共に往く方がよっぽどいいわ。たとえ、あなたに切り捨てられたとしても』 『・・・わかった。なら、これからお前は東雲真慈の一部だ。いいな?』 『そう。・・・右目はどうするの?』 『爆発で試作パーツは全部吹き飛んだ。義眼という手もあるが・・・この「今」を忘れないためにも敢えてこのままにしておくつもりだ』 『・・・そう』 こうして、東雲と伊利乃はチップの中身を解析・コネクションと接触を持ち、下働きのような立ち位置を手に入れた。 コネクションは『闇』や学園都市上層部との繋がりも持っており、別の『闇』から狙われていた東雲達にとってはとても都合が良かった。 長い潜伏期間を経て東雲はスキルアウト『ブラックウィザード』を立ち上げ、その戦力として伊利乃がチップを解析した結果手に入れた『闇』の技術を応用した“手駒達”を提案した。 供給源は『置き去り』。コネクションとも利害の一致を見て、『ブラックウィザード』は勢力をどんどん拡大していった。 いずれは学園都市上層部と直接的に繋がり、彼等の私兵として結果を出し、ゆくゆくは『闇』に代わって学園都市の深奥を支配する。 それが“孤独を往く皇帝”東雲真慈の目的。故に、彼は・・・彼等はぶつかった。急成長の弊害。世界を牛耳ろうと目論んだ“弧皇”を倒すべく現れた世界の一部足る存在と。 「ぬおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」 「フン!!」 筋肉の神に愛された男の猛攻に“弧皇”は『武器形成』を用いて対抗する。『筋肉超過』による驚異的な自然治癒能力を誇る寒村には生半可な攻撃は通じない。 かと言って、無策で挑んだ所で圧倒的な身体能力を持つ寒村相手では如何に“弧皇”でも分が悪い。ならばどうするか? 東雲が採った対抗策は能力者に対する有効な策の1つ・・・『相手の能力を逆に利用する』。 ガシッ!!! 右腕に装備している『武器形成』から飛び出た合成樹脂が棘付き鞭の形を取る。予め登録しておいたパターンに基づいてうねり始める鞭は、 猪突猛進に突っ込んで来た寒村の右腕を容赦無く絡め取る。当然棘が寒村の剛腕に突き刺さり、常時発動型である『筋肉超過』が発動する。 「グウウウゥゥゥ!!!」 「(自然治癒力を高めるとは言っても痛覚までは防ぐことはできない。我慢するという方法にも限界はある!!)」 しかし、ずっと突き刺さったまま―傷口に傷の原因が存在する状態―であっては『筋肉超過』による治癒も活きてこない。 治癒力単体で硬化された合成樹脂を排除できるわけも無い。そして、『筋肉超過』は痛覚を遮断する能力では無い。 「これしきのことで我輩が止まるとでも思うか、“弧皇よ”!!?ハアッ!!!」 「ッッ!!」 もちろん、寒村も自身の弱点は熟知している。よって、その対策も常に備えている。つまり、自身の傷を広げてまで強引に鞭を排除する。広がった傷はすぐに治癒されるために問題は無い。 「(『書庫』による情報よりコンマ数秒程だが治癒速度が速いな。『武器形成』内の登録情報を変更しておくか)」 寒村の怪力に巻き込まれる前に左腕に装備した『武器形成』から造形した剣によって鞭の根元を叩き斬った東雲は、 金属で覆われた5本の指を“ある一定のパターン”通りに動かし、眼前から得られた新たな情報を『武器形成』にインプットする。 所持者の電気信号パターンから予め登録された武器を形成する『武器形成』の応用として、東雲は“ある一定のパターン”・・・ すなわち特定の電気信号パターンを『武器形成』に送ることで合成樹脂の噴出or形成etcの速度等を随時変更できるようにしている。 今の攻防も、寒村の能力の有り様を少しでも探るべく仕掛けたモノである。弱点である脳や心臓を真っ先に狙わないのも、仕損じる可能性を考慮している故である。 「それにしても、その細身で我輩とここまでやり合えるとはさすがであるな!!貴殿が極悪人で無ければ、共に『筋力』を鍛える同志になれたやもしれぬな!!」 「生憎、俺はそんな『力』に興味は一切無い。俺の欲する『力』はお前が論じるような底が知れているような代物では無い」 「フン!!貴殿はやはり初心を見失っておるようだな!!よかろう!!貴殿を捕らえる前に、この寒村赤燈が『筋力』の素晴らしさを今一度思い出させてやろう!!」 『力』に対する理解と解釈の違いから、何処までも平行線を辿る東雲と寒村。片や、『科学』の世界そのものを牛耳ろうと企む男。 片や、世界の一部足る人間に備わりし筋肉を愛して止まない男。最初からわかり合える筈が無いのかもしれない。 それでも、寒村は目の前の男に『筋力』という初心を思い出させるべく自らの肉体美を最高に輝かせるとっておきのポージングを次々に披露する。 「見よ!!我が上腕二頭筋の逞しさを!!その眼に焼き付けよ!!我が大胸筋の張り具合を!!活目せよ!!我が腹直筋のバリバリさを!! 目を瞠らせ!!我が棘腕筋の艶加減を!!心眼を開眼せよ!!我が心筋の鼓動を!!他にも・・・・・・」 「・・・・・・」 身長2m越えの巨漢が見せ付けてくるボディパフォーマンスに東雲は押し黙る。本音を言えば、呆れて物が言えないと言った所か。 今まで様々な人間と接して来たが、この男程能天気で馬鹿丸出しの人間は居なかった。何故、こんな男が自分の前に立ちはだかったのか。 天が齎した巡り会わせに疑問しか湧かない“弧皇”は、この直後静かに『武器形成』から幾多の釘を射出した。 「まさか、この状況でも実弾を使わないなんて私も随分舐められたモノね!!」 「ガキ相手にはゴム弾で十分だ!!いざという時は、この身体に全て委ねるだけだ!!」 「それが舐め腐ってるって言ってるのよ!!!」 東雲と寒村が戦闘している場所から少し離れた所で、伊利乃と緑川は所持する銃にて銃撃戦を行っていた。但し、緑川の方は実弾を使わずあくまで鎮圧用のゴム弾を用いている。 「別に舐めてはいない!!普段の俺ならゴム弾なんぞ使わずに、この拳骨でガキ共をブン殴っているぞ!? そんな俺が銃を使っているんだ!!酔って銃を乱射する女でもあるまいしってな!!それだけお前を警戒している表れだ!!」 「・・・本当に甘ちゃんだこと。こんなゴリラが治安組織の一員だって言うんだからお笑い種もいいトコね」 鉄筋コンクリートの壁を盾に一進一退の銃撃戦を繰り返す。だが、ゴム弾である以上“裏”の世界を渡り歩いて来た伊利乃は全く脅威を感じていない。 「ガハハハハ!!それは悪かったな!!何せ、俺は警備員とは言っても予備役みたいな立場だからな!!普通の警備員だって俺と一緒くたに見られたくは無いだろうな!! だが、これでも就活に勤しむれっきとした人間だぞ?何処かの保育園で先生を務めたいと思うくらいに人間だぞ?・・・子供からゴリラ呼びされるのはもう慣れちまったな」 「子供、子供って・・・本当にムカつくわね」 「うん?」 代わりに“魔女”が感じているモノ・・・その正体は“怒り”であった。東雲とは違い学園都市入学と共に親が蒸発、 『置き去り』となった伊利乃は大人に対してとても強い不信感を抱いていた。あの『先生』に加えて、“裏”で活動していく中で垣間見た大人達のドス黒さが“魔女”の不信感を確固たるモノとした。 故に、『ブラックウィザード』に加入する子供を『家族』と呼んだ。心の底では『家族』という有り様を強く強く望んでいた伊利乃の心意がここにある。 大人のドス黒さを何度も見て来た伊利乃にとって、所詮は子供である敵対組織の人間を懐柔すること等造作でも無いことであった。 周囲のちょっとした変化等に目聡くなったのも、全ては過去の経験が原因である。いや、元凶とも言えるかもしれない。そんな元凶足る大人が自分を阻む。許せない。許せるわけが無い。 「私はね・・・大人がどれだけ醜い生き物なのかをよく知ってるわ!!だから、アンタのような子供を『ガキ』としか見ない大人が心底大っ嫌いなのよ!!!」 「なっ!?手榴弾!!?くそっ!!」 “魔女”の逆鱗に触れた緑川の近場に手榴弾が放り込まれる。ゴリラ顔の巨漢は、慌ててその場から離脱する。 図らずも何時もの口調が相手を怒らせてしまった事実を反省する緑川は、この交錯を期に伊利乃が抱える『闇』を少しずつ理解していくのであった。 「“孤皇”よ!!貴殿に改めて問おう!!!」 「何だ、風紀委員?」 「『力』とは何ぞや!!?」 「世界すら変容させるモノ。変革と言ってもいい。そして、その『力』を支配する『力』もまた俺が求めるモノ」 「それが『ブラックウィザード』か!!?」 「そうだ。『ブラックウィザード』とは、言うなれば俺そのものだ。俺が生み出した『力』・・・様々な他人を制し、俺自身の辣腕によって生み出した『力』。 勘違いするなよ?俺はお前達が持つ『超能力』をハナっから求めてなどいない。俺が求めるのは『超能力』さえも牛耳る『力』だ」 「・・・それが“手駒達”というわけか」 「そうだな。確かに、あの人形達は俺が求めた『力』の一形態だ。だが、あくまで一形態でしかない。あれが使えなくなったとしても、別の手段を見出せばいいだけの話だ」 「(フム。どうやら界刺の見立ては当たっていたようだな。椎倉や橙山先生も指摘していたが、これ程までの独善者で無ければ今回のような捨て身の策を講じれはしない・・・か)」 寒村の問いに東雲は寸毫の躊躇もなくスラスラと返答する。彼等は物理的な戦闘の他に言葉により精神的な戦闘も行っていた。 持ち得る信念を何処まで貫き通せるか。これは相手の“芯”を圧し折る攻防でもあるのだ。 「では、こちらも問おう。お前が求める『力』とは何だ?」 「『筋力』である!!!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・それで?」 「これ以上の言葉が必要であるか?」 「(・・・・・・言語の通じない脳筋とは言葉を交わすだけで疲れるな)」 筋肉を鍛えることしか頭に無いと言わんばかりの寒村の返答に、心中で溜息を吐く東雲は下手をすれば気が抜けかねない己の意識を維持することに集中する。 先程の意味不明なポーズと言い今の返答と言い、どうにも緊張感を維持することに苦労する。東雲自身、こんなタイプとの戦闘は初めてである。 真剣なのか馬鹿なのかが判別付かない、しかし確かな戦闘力と信念を持つこの筋肉ダルマは“孤皇”にとって何ともやり辛い相手であった。 「ムゥ・・・この言葉だけで理解ができんとは、やはり貴殿は筋肉の鍛錬が足りぬのだ!!筋肉を鍛えよ!!筋肉があれば何でもできる!!」 「ほぅ・・・ならば筋肉があれば世界を変革できるとでも?」 「世界を変える必要など皆無である!!故に、『何でも』の中に世界の変革は含まれぬ!!」 「(・・・・・・疲れる)」 まともに会話が成立しない。意思疎通ができない。犬や猿の方がまだマシかもしれない。 「不満そうな顔だな?」 「俺のような表情をする人間の方が殆どだと思うが?」 「それは、貴殿が筋肉の声に耳を傾けていないからだ!!我輩には聞こえるぞ!?『天から授かりし己を思うがままに変革せよ』という声無き声が!!」 「・・・・・・」 だというのに、筋肉ダルマが発した言葉から何故あの“詐欺師”が投げ掛けた言葉を連想してしまうのだろう。 『お前がどう解釈しようが勝手だけどな、俺は世界に屈したつもりも世界の奴隷になったつもりも無ぇぜ?俺は世界ってヤツを認めているってだけの話だぜ? 世界に生み出された「力(おれ)」を、この俺が認めているってだけの話だぜ?世界は生み出しただけだ。後は俺だ。俺だけが・・・俺を創る』 寒村が放った言葉が指す意味・・・自身が認めた“詐欺師”が示した言葉が指す意味・・・両者に共通するのは『己の変革』。『世界の変革』では無く。 「鍛えれば鍛える程に筋肉の悲鳴が聞こえる!!鍛錬を積めば積む程に筋肉の歓喜が聴こえる!!積み重ねた分だけ己が変わる実感を得る!!!これを変革と言わずして何と言う!!?」 「・・・それは唯の自己満足だろう?」 「如何にも!!だがしかし、貴殿の“ソレ”とて自己満足以外の何物でもあるまい!!悪辣非道を繰り返した先に辿り着いた境地か・・・我輩には理解しかねるが」 「それは俺の台詞だ。俺はお前の言う境地を理解することができない。その能天気さには唯々呆れるばかりだ」 互いが目指し、辿り着いた境地は種類が違えどどちらとも自己満足であることに変わりない。そう・・・自己満足。これを他人が真に理解することなどできはしない。 「我輩とて、貴殿の思考には呆れて物が言えんわ。東雲真慈よ。何故にそのような『力』を欲する!?そのような『力』を得た先に何を望む!?」 「お前に理解できるとは思えないが・・・俺はこの学園都市を変える。『闇』が深奥にまで根付いた『科学』の世界の有り様を変革する」 「その先に何を見出す!?」 「・・・何も」 「・・・何だと?」 寒村の表情が一変する。『変革』とは何かしらの目的があって初めてその行いに価値を持たせられる。明確な目的意識が無ければ、それは価値を失う。 なのに、“弧皇”は『何も無い』と断言したのだ。これだけのことをしておきながら。『世界の変革』を望みながら。 「“『力』こそ全て”。俺は『力』を求めるのであって、結果を求めているのでは無い。学園都市を変えるのも、『科学』に満ちたこの世界を変革するのも、 ようは俺が持ち得た『力』の試行程度の価値しか無い。東雲真慈という『力』にこの世界が屈した時は、また別の世界を牛耳る『力』を求めるだけだ」 「貴殿は・・・『力』の奴隷か!?」 「違うな。俺は『力』を制する側だ。この右目を失う前から俺はその境地を目指している。『ブラックウィザード』を立ち上げたのも、 自分がこの世界のどのランクに立つのかを確認するためというのが大きな理由だしな。風紀委員。俺は徹頭徹尾この有り様を貫いているぞ? 証明するのは俺の『力』。世界すらこの手に収める『力』。『力』を生み出し、世界を制する『力』。そのためならば何でもしよう。 フッ・・・こう表現するとお前と同じように見られるかもしれんが、お前とは絶対に違うとだけは言っておこうか」 「(界刺よ・・・貴殿の言う通り、こやつは証明するものを間違えた人間であるようだな)」 既に存在しない右目に装着した眼帯に手を当て、笑みを浮かべながら持論を並べ立てる“弧皇”に、寒村は哀れみの視線を向けながら“詐欺師”の忠告を思い出す。 この男は『力』を欲する余りに人間として大事な要素を手放し、結果歪みに歪んだ。そんな男に、これ以上の問答は今は必要無いと寒村は判断する。 言葉だけでは“弧皇”の意志を揺らがすことはできないと実感した故に。これは“正しさ”を競うモノでは無い。つまり・・・ 「よかろう。東雲真慈!貴殿の言葉と我輩の言葉のどちらが“勝る”か、この勝負にてはっきりさせようぞ!!!」 「・・・フッ。ここで“正しいか”と言わなかったことだけは評価してやろう。来い、風紀委員!!」 寒村赤燈と東雲真慈、どちらの信念が相手の信念を上回るかの勝負なのだ。 「全く、近頃の子供は一丁前の武器を平然と使いやがる!」 「『ガキ』って見下してるアンタが単に子供の成長に追い付けていないだけじゃないの?ンフッ!」 「こんな成長は全然望んでいないんだけどな!よっと!!」 手榴弾を危うく回避した緑川―所々に掠り傷は見受けられるが―は、伊利乃の銃口が火を吹く一歩手前で近場の物陰へ退避する。 直後強烈な発射音が鳴り響き、コンクリートを陥没させるサブマシンガンの威力に顔を青褪めながらも大人足る彼は子供足る彼女へ言葉を投げ掛け続ける。 「なぁ!そんなにガキ扱いされることが嫌いなのか!?」 「えぇ、大嫌いよ!!」 「何を隠そう、俺もゴリラ扱いされることが嫌いでな!お嬢ちゃん!確か、俺のことを『ゴリラ』って呼んだよな!?これって、お互い様ってヤツじゃねーのか!?」 「だって、アンタって見るからにゴリラっぽいし」 「・・・出会う子供の殆どに近づくだけで逃げられて泣かれるわ、泣かれなくてもゴリラ呼ばわりされるわの俺の気持ちがまた傷付いたぜ」 「・・・・・・えぇと」 「そうだよ・・・こんなんだから保育園や老人ホームの面接を受けても落とされるんだよ・・・ましてや結婚なんて・・・(ブツブツ)」 「(子供だけじゃ無くてお年寄りからもってことよね?あぁ、確かに悲惨だわ・・・・・・って何同情してるのよ私!!)」 ゴリラ顔の25歳独身男緑川強の悲哀漂う身の上話に危うく感化してしまいそうになった伊利乃。相手の心を見抜くことに長けた弊害とでも言うべきか。 それだけゴリラ男の口調に悲哀さが漂っていたとも言えるが。命のやり取りをしている最中において場違いな話を吹っ掛けてくるせいで、 そして久し振りに大人相手に単独且つ実戦を行うせいで何時もの調子が出ない“魔女”へ彼からある言葉が投じられた。 「お嬢ちゃん!!アンタ・・・伊利乃希杏だよな!?」 「・・・やっぱり『太陽の園』の件でバレてたか~。えぇ、そうよ!それが何!?」 「アンタは結構前にあった研究所爆発事故で行方不明になっていた『置き去り』の娘だよな!? そんな娘が『ブラックウィザード』に居る理由も気になるが・・・どうしてアンタみたいな娘が“手駒達”を容認してるんだ!?俺には理解できんぞ!!」 「・・・・・・アンタ、両親居る?」 「・・・あぁ。俺が面倒を見てる」 「ふぅん・・・。だったら理解できないわよ。親に見捨てられた人間・・・『置き去り』のことなんか!!」 言葉による応酬が続くのも、互いが次の攻め手を考える時間稼ぎでしか無い。故にこそ、この僅かな時間を使って胸に秘めし感情を曝け出す。 こんなことを口に出せる機会はまず無い。両者共、それを重々理解しているからこそ、嘘など交えずに真剣に応酬を繰り広げるのだ。 「お嬢ちゃん・・・」 「私達『置き去り』が頼れるのは、親とは違う大人と学園都市だけ!!その大人と学園都市が私達を裏切る!!裏切り続ける!!私達が無知なのをいいことに!! だから変えるの!!私達子供の手で!!『ブラックウィザード』の力で、この『科学』の世界を変革するの!!」 「だから・・・『ブラックウィザード』に居るのか?」 「えぇ!!私は真慈を信じる!!彼ならこの世界を変えられるって信じてる!!それに必要なのが“手駒達”・・・そのためなら『置き去り』を使い潰すことも私は厭わない!!」 「(固い・・・な。この強固な意志は東雲をどうにかしないと崩せないな)」 伊利乃の断言に緑川は顔を顰めざるを得ない。この手のタイプは、信を置く存在をどうにかしない限り止まらない。 物理的に止めることはできても、その心を止めることは不可能。それだけのモノがあの“弧皇”にはあるのだろう。 彼女が言い放った別の事柄についても気になる点はあったが、今は詮索する余裕が無い。否、詮索すれば“自分の立ち位置が危うくなりかねない予感がする”。 「・・・なら、俺がするべきことはお嬢ちゃんが信を置く東雲真慈を捕まえることだ!!」 「させないわ!!私の命に代えても!!」 束の間の言葉の応酬が終わりを告げ、再び暴力の嵐が戦場に吹き荒れる。言葉で解決できないのであれば、暴力によって解決を図る。 原始的手段。最後の手段。善人が採るべきでは無い手段。言葉で言い表せる単語は幾つかあるが、世界はこの手段を完全否定していない。 それは、今まで人類が歩んで来た長い歴史が証明している。たとえ泥沼になろうとも、たとえ暫定的な解決にしかならなくとも、本能として人は暴力から抜け出すことはできないのだ。 『武器形成』にて生み出した釘を連射する東雲に、持ち前の身体能力を用いて俊敏にかわしていく寒村は『武器形成』の破壊を狙う。 能力者では無いと推測する“弧皇”にとって両腕に装備する『武器形成』は生命線とも言える武装である。 東雲を捕縛するにはあの武装を何とかしなければならない。能力上遠距離攻撃手段に欠ける寒村は“弧皇”が叩き斬った鉄筋の残骸を軽々と持ち上げ、投擲武器として用いる。 ビュン!!ビュン!! 脇に抱えながら鉄筋を次々に放つ寒村に、さしもの“弧皇”も釘の射出を中断せざるを得ない。怪力による速度が付加された投擲だ。 『武器形成』で叩き斬った所で反動によって動きが制限されるのがオチである。よって、先程とは逆に東雲の方が回避に専念する状況となる。 「(今だ!!!)」 この状況をチャンスと見た寒村は東雲へ一気に詰め寄る。残っていた鉄筋2本を牽制として投擲し、東雲の体勢を狙い通りに崩す。 鍛え抜かれた剛腕が左手の『武器形成』へ肉薄する。このタイミングでは『武器形成』の硬化は間に合わない。寒村とて、単に戦闘を行っていたわけでは無い。 相手の武装の特性をきっちり分析し、次に活かせるように頭をフル回転させているのだ。 ブシュッ!!! とは言え、頭の回転ではやはり“弧皇”に分がある。東雲は『武器形成』の硬化が間に合わないと見るや、即座に対処法を実施する。 すなわち、材料である合成樹脂を硬化させずに霧状に噴出し、目潰しとして用いたのだ。寒村は“弧皇”が繰り出した予想外の対処に、それでも超人的な反射神経を発揮し、 詰め寄る速度を活かしてわざと前方へこけるように体を傾けることで目潰しを回避する。そんな彼が次の瞬間目にしたのは・・・ グサッ!!! 右腕に装備された『武器形成』から噴出させた大きな釘―噴出先には寒村の右手があった―を東雲が足で踏み付けた光景であった。 先の先を読む“弧皇”は寒村の回避行動も頭に入れた上で目潰しを仕掛けている。当然この後に行う『釘の連射で寒村の体を蜂の巣にする』という行動も頭にある。 手ごと地面に突き刺さってる状況では、いかに怪力無双とは言えすぐに回避行動を取ることは不可能だ。 激痛で顔を歪める寒村に冷徹な視線を向ける東雲は、“後方へ跳びながら”射出の構えに入った。 ダダダダダダダダダッッッッッ!!!!! そこへ撃ち込まれるゴム弾の嵐。振り向かずともわかる。伊利乃と交戦していた緑川が教え子の危機を救うために“魔女”を振り切って銃の引き鉄を引いたのだ。 東雲と伊利乃は寒村達が現れる前に、互いの危機を知らせる装置を懐に忍ばせていた。この装置には別の意味もあり、その意味とは『相手の危機を知らせる』というモノである。 装置から放たれる振動パターンによって状況に応じた警告を成立させた装置によって、東雲は介入者の存在にいち早く気付くことができたのである。 「フッ!」 「なっ!!?」 故に動じない“弧皇”は親指・人差し指・小指を“ある一定のパターン”通りに動かし、射出物を釘から手錠へ即座に変更した後に射出する。 師範の援護の隙に突き刺さった釘を抜こうとしていた左手の親指と釘が貫いた右手の親指を捕らえ、次いで両手首を捕らえる手錠も射出し両腕の拘束に成功する。 「真慈!!!」 「撃て、希杏!!」 “弧皇”と“魔女”が互いに声を交わし、それぞれ『武器形成』とサブマシンガンを寒村へ向ける。 頭や心臓を撃ち貫けば終わる。『書庫』からの情報で判明している弱点を一気に攻める。こんな所でこれ以上足踏みしている暇は無い。即刻叩き潰す。 「寒村よ!!己が『筋力』を信じよ!!!」 「ウオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」 対して、筋肉の信望者達は今まで培って来た『筋力』を信じ抜くことに全力を注ぐ。周囲から見れば、酷く滑稽に映るかもしれない。 『何を馬鹿なことをやってんだ?』と言い捨てられるかもしれない。だが、彼等は至って大真面目である。 筋肉をこよなく愛し、『筋力』を己が相棒と自負している彼等にとって窮地から脱するために信じるモノは『筋力』を置いて他に居ない。 それを証明するかのように師範の檄を一身に浴びた寒村は、全力で右手を“上げる”。 ギギギギッッッ!!! 激しい摩擦音と血肉が擦れる音と共に地面へ突き刺さっていた釘がようやく外れる。もちろん突き刺さったままなので治癒はできていないが、 今は自分へ向けられた凶弾から逃れることが最優先である。寒村は無我夢中で脚を動かし、合成樹脂でできた釘の連射を掻い潜る。 「ゴリラ如きが邪魔すんじゃ無いわよ!! 「うるせぇ!!暗器まで持ち出して来やがって・・・これは本格的に拳骨だけじゃ済まないかもな!!」 伊利乃のイラついた声に緑川も声を荒げる。先の攻防において、東雲と共に伊利乃がマシンガンを無事に放つことができていれば今頃寒村の命は失われていたことだろう。 それを防いだのは“筋肉の覇王”の妨害。“魔女”が胸の谷間から取り出した煙幕によって彼女を見失った緑川は、寒村の身を案じてここへやって来た。 そこに伊利乃の声が劈き、彼女がマシンガンの銃口を愛しき教え子へ向けていることに気付いた“覇王”は狙いを“弧皇”から“魔女”へ切り替えた。 伊利乃としても緑川の注意をこちらへ引くためにわざと大声を出したこともあり、大して動揺せずに暗器を用いて応戦している。 撹乱用として煙幕を仕掛けた途端に標的を東雲へ変更した緑川の判断の早さ―自分の不用意な発言のせいだろう―にはイラついていたが。 激闘を続ける両者は、互いに似た思惑を持っていたためか戦いの果てにそれぞれ行動を共にする者の下へ辿り着いた。 「グウウゥゥッッ・・・!!!」 「寒村!!」 「わざと貫通しない程度の威力に抑えてやった。急所に当たらない限り仕留められないというのであれば、仕留められる機会を増やすだけだ」 「・・・ふぅ。やっぱり、真慈の手際の良さには敵わないわねぇ」 治癒ができない状況―急所は避けているものの釘が体の至る所に刺さったまま―に追い込まれた寒村へ血相を変えて声を掛ける緑川。 “魔女”が妨害を受けていることを確認した瞬間から方針を改めた東雲の手際の良さに伊利乃は安堵感と共に感心の声を挙げる。 全体の攻防では『ブラックウィザード』側が不利であることは明白。故に、個々の戦い・・・より正確には“弧皇”の戦い振りが際立つ。 否、『ブラックウィザード』を自分そのものと捉える東雲にとっては明確なデッドラインを区切った上で自分が奮戦している限り全体の不利など“どうとも思っていない”。 世界へ挑戦する少年は、己を潰そうと躍起になる世界へ反抗し続ける。“孤独を往く皇帝” 東雲真慈は、『力』を証明するために“独り”戦い続ける。 「(真慈。結構危険だけど、この際精神系“手駒達”達が搭乗している逃走用車両付近へ連中を誘い込んで、車に積んである『キャパシティダウン』を使ったらどうかしら? あのゴリラは無能力者だから効かないし、『キャパシティダウン』より“手駒達”の力を使った方が効率は良さそうだけど例の空間移動攻撃もあるし・・・)」 「(確かに、痛覚を潰してある奴等なら能力が使えずとも普通に動くことは可能だろうな。・・・一応蜘蛛井に伝達しておけ。 但し、空間移動系能力者の所在をはっきりさせてからだ。能力の特性上戦場から離れた場所に居る筈だ。 そして、俺達を攻撃してこない中途半端な仕掛けを行ったことから風紀委員会所属の人間では無く、『太陽の園』で風紀委員会を手助けした『協力者』のような存在の中に能力者が居る可能性が高い。 この仕掛け方・・・風紀委員会の完全な味方では無い気がする。そんな奴等が風紀委員会と表立って行動を共にするとは考え難い。 おそらく、全体行動とは別に単独行動のような妙な動きをしているだろう。健在の“手駒達”の力でもって蜘蛛井に調べさせろ。連中の気は俺が引き付ける)」 「(わかったわ)」 『キャパシティダウン』を用いた罠の実行許可を得た伊利乃は携帯電話を使って蜘蛛井が指揮を取る車両へメールを送る作業に取り掛かる。 本当なら直接会話した方がこちらの意図が伝わるのだが、敵を前にそんな真似ができる筈も無い。蜘蛛井ならメールだけでも意図を掴むことはできるだろう。 そのためにも、“弧皇”は“魔女”の前へ立つ。彼女がポケット内で携帯を操作していることを悟られないためにも、 建物を盾にしながら身を潜めている敵の目をリーダーである自分へ注意を引き付ける必要がある。 「どうした、風紀委員会?大見得を切った割には大して結果を挙げられていないようだが?」 「おのれ・・・釘が完全に埋没しておるわ。こうなれば・・・」 「寒村・・・!!」 “弧皇”の長髪に寒村が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼の手錠をこの戦場で初めて用いた実弾でもって排除した緑川は教え子が“何を思い浮かべているのか”を悟る。 合成樹脂製の釘は、完全に寒村の筋肉に埋没している。取っ掛かりが全く存在しないのだ。これも『武器形成』の為せる技と言った所か。 「その状態では満足に歩くこともできまい。お前が吠えた『力』とは合成樹脂でできた釘程度に破られるような代物か?フフッ」 「「・・・!!!」」 笑われた。鼻で笑われた。よりにもよって自分達の努力の結晶である筋肉を・・・『筋力』を嘲笑われた。 それを自覚した瞬間から湧き上がるマグマの如き憤怒が筋肉の信望者達の厚き胸板を焦がすに焦がす。『絶対に“弧皇”を許すな』という声が胸の奥から聞こえて来る。 「師範・・・」 「何だ、寒村?」 「我輩・・・己の不甲斐無さに心底悔しく、同時に憤りを覚えざるを得ません。故に・・・奴に証明せねばなりません。我輩達が愛するモノの『力』を」 「・・・やるんだな?」 「はい!!そして・・・お願い申し上げます!!!」 「・・・わかった!!共に分かち合おうではないか!!肉体的・・・そして精神的苦痛を!!」 「感謝致します、師範!!」 「(・・・?何をするつもり・・・)」 「(真慈。蜘蛛井君からメールが返って来たわ)」 明らかに声色が変わった敵の企みを警戒する東雲の耳に伊利乃の陽気混じりの声が入って来た。何処か彼女の声が弾んでいるように聞こえるのは東雲の思い違いでは決して無い。 「(・・・で?)」 「(『これから準備する。完了次第メールする』って。蜘蛛井君ってば、意外に余裕があるのね。まぁ、あれだけ気合い入ってたし護衛の“手駒達”も屈強揃いだからかしら?)」 「(・・・そうか)」 「(後は、あの筋肉バカ達をどうにかして・・・)」 「グアアアアアアアアアァァァァァァッッッッ!!!!!」 「ウオオオオオオオオオォォォォォォッッッッ!!!!!」 「「!!!??」」 蜘蛛井の返事を確認した東雲と伊利乃がこれからの動きに思考を割こうとした瞬間に木霊した絶叫。悲鳴と言い換えてもいい程の野太い男達の声。 「ングウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!!」 「耐えろ!!耐えるんだ寒村!!!ヌオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!!!」 「ね、ねぇ・・・真慈?アイツ等・・・一体何をやってるの・・・!!?」 「・・・・・・!!!」 鼓膜が破れるかと思うくらいの絶叫を挙げ続ける男達が何を行っているかに勘付き始めた“魔女”は、完全に気付いている“弧皇”に敢えて問う。 他方、問われた“弧皇”も言葉を失っていた。方法としては確かに“ソレ”が有効だ。だが、それを風紀委員如きに・・・警備員如きが実行できるとは正直思っていなかった。 “ソレ”の実行を防ぎたくても、緑川が実弾を所持している以上万が一を考えれば突っ込むに突っ込めない。 巨漢の“覇王”が所持する銃は巨躯に見合う程の大型銃なのだ。下手をすれば、『武器形成』の盾でも突破されかねない。 時間にすれば1分前後・・・体感時間としては数十分にも感じられた時間が過ぎ・・・“ソレ”を実行した者達は遂に姿を現す。 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」 「よくぞ耐えた、寒村!!!そして、済まなかった!!!本当に済まなかった!!!」 「師範のおかげで、ようやく我輩は戦闘続行状態に戻れたのです。謝罪は必要ありますまい。むしろ、感謝の念が我が心に満ち溢れておりますぞ!! 数度気絶し掛けた折に意識を保つことができたのは、全て師範の檄があったからこそ!!ありがとうございます!!!」 「自らの手で釘ごと筋肉を毟り取ったのか・・・!!!」 「手で毟れなかった所は・・・ゴリラとの合わせ技で無理矢理ってワケ!!?」 出て来た男達はいずれも全身血塗れであった。付近には筋肉と思われる血肉が幾つも転がってた。 そう・・・寒村と緑川は釘の摘出のために『筋肉の削除』を敢行した。『筋肉超過』の性質上、負った損傷が大き過ぎると傷跡が残ったり体に穴が空いたままになってしまう。 そのため、損傷を最小限にするために握力を活かした“抓り”で釘ごと筋肉を引っ張り挙げた後に毟り取った。 位置の関係で“抓り”までしかできなかった部位に関しては緑川の力を借りて削除した。全ては『筋肉超過』あっての超荒業である。 そして、こんな超荒業を敢行できたのもひとえに筋肉を通して培って来た信頼関係の賜物である。 「どうだ、“弧皇”よ!!貴殿が嘲笑った『筋力』の底力は!!?」 「お前・・・自分がしたことがわかっているのか?お前は『力』の源を“捨てたんだぞ”?フッ・・・それで何が底力だ。笑わせるな」 「フッ・・・それは我輩の台詞だ。東雲真慈。貴殿は『筋力』の境地というモノを全く理解しておらぬわ!!」 “弧皇”の的外れも甚だしい意見を受けて、寒村は血塗れの筋肉を月光でもって照らす。『筋肉超過』によって回復途上の部位もある血肉の生々しさを見せ付ける。 「『筋力』とは、鍛え上げれば鍛え上げる程にその輝きを増す。その源泉とも言うべき筋肉 は、ヒトを構成する重要器官である!! 筋肉があるからこそヒトは運動を行うことができる(例外有り)!!筋肉があるからこそ、ヒトは今の生活を得ることができた!! つまり、『筋力』とはヒトが培い、開花させて来た文明の根源が1つである!!貴殿が鼻で笑ったモノが如何に重要なモノであるか、これで少しは理解できただろう!!?」 「・・・・・・」 「そして、筋肉とは再生と進化の象徴である!!!鍛えるとはすなわち傷付けるということである。そして、筋肉は傷付いた分だけ再生し進化する。 ヒトもそうだ。ヒトは傷付かずにして成長することは叶わぬ!!他人(がいぶ)との触れ合いで傷付き、項垂れ、迷走する。それがヒトだ。 しかしだ!!めげずに、諦めずに、他人の力さえ己が血肉に変えて踏ん張り続けたその先には輝かしき栄光が待っている!! 我輩もそうだ!!師範の声が無ければ我輩は筋肉を毟り取っている最中に気を失っていただろう!!我輩を立ち続けさせたのは師範の声と・・・己が筋肉達だ!! 毟り取るのも筋トレも我輩にとっては同じようなモノだ!!我輩自身の意思で傷付けるのだからな!!それでも筋肉達は我輩を裏切らない!! 我輩を信じ、我輩の声に応え、時には我輩の予想を超える姿を見せてくれる!!『後は頼んだ!!』・『もっと来い!!』・・・そう呼び掛けて来る!!今この時も!!!」 回復途上の剛腕を突き上げ、『筋力』と共に磨き上げて来た『心力』を“弧皇”へ突き刺す。 「我輩は『筋力』の源を捨てたのでは無い!!更なる『筋力』を得るために筋肉を傷付けたのだ!!それを我輩や筋肉達も心から望んでおる!! 貴殿のように己を害するような他人(そんざい)を無闇に排除したりもせんわ!!その害さえ、己が血肉としてやろう!!我輩は・・・貴殿のように“独り”で在りはしない!!!」 「・・・その先に何を望む?」 「言ったであろう!!?『己の変革』よ!!!それ以外に何を望む!!?」 「(コイツ・・・!!!)」 笑えなかった。鼻で笑えなかった。“弧皇”は遂に寒村赤燈を笑えなくなった。馬鹿馬鹿しいと思った・・・最初は。理解を及ぼす価値も無いと考えた・・・途中までは。 だがしかし・・・眼前で見せ付けられた光景と血塗れの漢が豪語する『力』の有り様をここに来て無視することができなくなった。 あの“詐欺師”に抱いたモノと類似するモノ。筋肉ダルマから発せられる確かな『力』の脈動を自身の感覚が感じ取った。 もう一度確認しよう。両者に共通するのは『己の変革』。東雲真慈が目指す『世界の変革』では無く。 「(何だ・・・この虚脱感は?俺と連中が目指す『力』の種類が違う・・・唯それだけの筈だ。なのに・・・何故こんな感覚が心の内から湧いて来る!?)」 “弧皇”は界刺と寒村の有り様に『揺らがされた』。『潰された』のでは無い。逆に、『潰しに掛かって来る』のであれば反発心も発生しやすい。 しかし、これは『揺らぎ』である。『潰す』という他人(がいぶ)からの働き掛けが主では無い。己(ないぶ)が主の『揺らぎ』である。 東雲はまだ気付かない。それは目的意識の差異であることを。『変革』のために『力』を鍛える界刺や寒村とは違って『力』のために『変革』を行う東雲には“先が無い”。 何故なら『力』には限界があるから。何故なら『変革』には無限の可能性があるから。界刺も寒村も東雲も理解している。 しているのに目的をどちらに置くかによって見える景色は一変する。してしまう。証明するものを間違えた。登る山を間違えた。界刺や寒村ならこう指摘するだろう。 「何偉そうに語ってるのよ!!それだけ血を流したってことは、もしかしなくても出血多量でヤバいんじゃないの!?『筋肉超過』は血液とは全く関係無い能力よね!?」 「ムゥ・・・!!」 東雲の様子の変化を敏感に察知した伊利乃は、彼に代わって前に出る。妙な雰囲気を取り除こうと話の方向転換を図る。 「ならば、この俺が寒村をフォローすればいいだけの話じゃないか、お嬢ちゃん?」 「ゴリラ・・・!!」 「ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ・・・・・・ハァ。わかってはいたが、この分だと一生付き纏うな。いっそ、動物園にでも履歴書を送ってみるか?」 「動物園で飼われるの間違いじゃないの?」 「それは勘弁しろ。俺は人間だ」 そんな“魔女”に対抗するかのように寒村の前に出たのは“筋肉の覇王” 緑川強。彼は先程までの教え子の姿にいたく衝撃を受けていた。 寒村があそこまで覚悟と意地を示したのだ。師である自分も負けてはいられない。1人のゴリ・・・では無く人間として。 「お嬢ちゃんは、こう言ったよな?『私は真慈を信じる!!彼ならこの世界を変えられるって信じてる!!』って。気の毒だがそれは無理な気がする。今のソイツの顔を見てるとな」 「な、何を根拠に!!?」 「俺の勘だ」 「勘!!?」 腕組みをしながら物凄く自信満々に『俺の勘だ』発言をした緑川に伊利乃はずっこける感情を抑えるのに精一杯となる。『だからどうした』状態である。 とは言え、ゴリラと揶揄されるためとでも言うべきか、野性味溢れるせいとでも言うべきか緑川の勘はそうそうに馬鹿にできない。 かつては焔火や同じ同志である勇路の望むモノを勘で悟りアドバイスをしたこともある。まぁ、そのアドバイスに多少の問題があるのは否めないが。 「言っちゃ何だが、俺のような人間からしたら少年漫画のようにガキが世界を救えることがあったとしてもガキが世界を変えられるとは思えない」 「ハン!それも勘かしら!?」 「あぁ、勘だ。だってよぉ・・・世界ってガキが“独り”で変えられるようなモンか?さっき言った『ガキが世界を救える』も、“独り”じゃ絶対に無理だろ? 俺達は神様じゃ無いんだ。ガキにしろ大人にしろ、皆の力を合わせてってのが王道だろ?だが、ソイツは“独り”だ。そんなガキが立てた今回の捨て身の作戦・・・お嬢ちゃんは納得してんのか?」 「・・・ッッ!!」 「・・・納得してねぇな。俺の勘だと、ソイツに付いたお嬢ちゃんの判断は間違ってると思うぞ?」 「何も知らない大人が、勝手なことばかり並べ立てるな!!!」 「だったら何故教えなかった?本当は大人に頼りたかったんだろ?もし、お嬢ちゃんが大人に裏切られたせいで大人を頼ることを諦めて・・・、 その上で『ブラックウィザード』に入って悪辣非道を繰り返していると言うなら、それは他でも無いお嬢ちゃんが下した判断だ。 お嬢ちゃんの言葉の正当性はお嬢ちゃんを裏切った大人達『のみ』に成立する。それ以外には成立しない。例えば・・・俺には成立しない」 緑川の脳裏に今も集中治療室で“生”へしがみつこうと懸命に闘っている同僚達の顔が現れては消えていく。 どいつも現場で一緒に働いたことのある好漢達ばかり。そんな大人達を重篤に追い込んだ責任から逃れさせないために、“覇王”は言葉の暴力を止めない。 「くっ・・・!!」 「俺から言わせれば、お前のようなガキが何を知ってるんだって話だ。勝手なことばかり並べ立てているのはお前も同じだろう? お前だって理解した上でやってるんだろう?『置き去り』の件も薬物中毒の件もなにもかも。俺には『置き去り』のこともお嬢ちゃんのことも完全に理解することは無理だ。 なにぶん頭が悪いんでな。だから・・・馬鹿でゴリラ顔の俺にできることは、この拳骨でオイタをした大人ぶってるガキの頭を思いっ切り叩いてやることだけだ」 寒村の血で染まった拳を強く握り締める緑川。血塗れの拳を見ていると、昔拳骨1つで返り討ちにした強盗話を思い出す。 よく生きて帰って来れたと当時の自分でも思ってしまう程の傷だったが、それでも生きていられたのは、『必ず生きて帰って来る』という意志を最後まで持ち続けたからだろう。 今病室で懸命に闘っている同僚達も同じ意志を持っているだろう。故に、今尚死んでいない。彼等の想いも背負う“覇王”は声高らかに宣言する。 「俺は脳筋でゴリラ顔の人間だ!!だから、俺はお嬢ちゃんの心の『闇』をどうにかできるなんて大層なことは言えない!!それでも俺はこの拳で示してやりたい!! バカをやったガキをちゃんと叱ってやれる大人がこの学園都市に存在することを!!子供のために、一生懸命に頑張れる大人がこの『科学』の世界にも沢山居ることを!! そのためにも・・・伊利乃希杏!!俺はここでお前に拳骨を喰らわせる!!俺の拳骨は格別に痛いから覚悟しろよ!!寒村!!東雲真慈はお前に任せるぞ!!」 「承知!!東雲真慈よ!!これが最後の勝負ぞ!!互いに悔いの無いよう、尋常に雌雄を決しようぞ!!!」 「真慈・・・!!」 「構えろ・・・来るぞ」 ここに来て何と銃を捨てて拳骨を喰らわせる体勢に入った緑川と同じく血に塗れた拳を強く握る寒村を、『揺らがされた』“弧皇”と“魔女”は迎え撃つ。 この戦場で最後の交錯となる2対2の勝負・・・その先駆けとして突貫して来る緑川に伊利乃はサブマシンガンを向けた。 ドンッ!!! ここで思わぬ奇襲が仕掛けられる。緑川が捨てた大型銃を後方に居た寒村が掴み取り、伊利乃目掛けて全力で投擲したのだ。 直前に役割分担―東雲には寒村が、伊利乃には緑川が―を明言した故の油断が“魔女”の反応を僅かに鈍らせる。 ズドドドッッッッ!!! 危うく避けた伊利乃の眼前に緑川が迫る。事ここに至っては正確に照準を定める余裕は無い。サブマシンガンの連射力に物を言わせた銃撃を行う“魔女”。 防弾ベストやプロテクターが銃弾を防御したとしても衝撃だけはどうしようも無い。それ以外に命中すれば少なくとも体勢の立て直しを図れる時間を稼げる。 そう甘く考えていた彼女は知らない・・・というより信じていなかった。目の前の巨漢が数年前に幾多の銃撃をその身に浴びながらも生還した人並み外れた生命力の持ち主である事実を。 ガシッ!!! 銃弾は防弾ベスト等の他に緑川の腕にも命中した。だが、“筋肉の覇王”は経験慣れをしているが故に怯まずマシンガンの銃身をガッシリと掴む。 ベストを襲った衝撃も、以前の強盗団を抑え込んだ一件に比べればどうということは無い。ゴリラ3頭分に匹敵すると謳われる身体能力を存分に見せ付ける緑川に逆に怯む伊利乃。 この男相手に動きが制限された状況下での接近戦は不利にも不利である。暗器を用いた接近戦も、身軽さを活かした立ち回りに終始していたからこそ対抗できたのだ。 それに比べて、今回は重要な武装であるサブマシンガンを掴まれた状況である。それでも伊利乃は咄嗟の判断で掴まれたマシンガンを手放し、 護身用の銃を取り出す暇を何としてでも作るために匕首を緑川の顔面目掛けて投擲する。 ガギッ!!! 鈍い音が響く。固い物同士がぶつかる音がする。その意味を理解した時伊利乃は驚愕した。何故なら、間近で投擲した匕首の刃を緑川が歯で受け止めていたからだ。 そのゴツい容貌を表現するならやはりゴリラ顔が一番的確であろう。そんなゴリラそのものな漢は確と足を踏み込む。 ズガッ!!! 逞しき腕から放たれた拳骨が“魔女”の顔面を捉えた。“覇王”に比べれば十分以上に華奢な伊利乃は容易に吹っ飛んでいく。 この一撃にて意識を刈り取られる程の威力を受けた“魔女”が右横を通り過ぎていくのを、“弧皇”は寒村と交戦しながら左目にて確認した。 本来の“弧皇”であれば、緑川が伊利乃の顔面へ拳骨をぶちかます前に援護射撃することは可能であった筈だ。それが無かった時点で東雲も十全では無いことは明らかだ。 グン!!! その確認が隙を生む。危難は連鎖する。元々右目を失っている東雲は常人に比べて遠近感を掴み難い弱点を有していた。 これを補うために、実戦では相手をこちらの術中に嵌めることに集中するようになった。頭を使った計画通りの戦闘を行うようになった。 イレギュラーが発生すれば即座に修正するようにした。これ等を一挙に成し遂げて来た根幹こそが、彼を支える“『力』こそ全て”という信念である。 その信念が『揺らいだ』。根幹が『揺らいだ』。『揺らぎ』は波及する。波及した結果、今まで成し遂げて来たことを不可能に追いやる。 すなわち、“弧皇”が伊利乃に目を向けた隙を突いて100mを3秒で走り切ると謳われる寒村が全速力によるショルダーアタックを仕掛けたのだ。 馬鹿正直に真正面から突っ込んで来たがために“却って遠近感が掴めない”東雲は、『武器形成』による最適なタイミングでの迎撃を逃してしまった。 ズガアァッ!!! 体重が500kgを超える巨漢のショルダーアタックをまともに喰らった東雲もまた物凄い勢いで後方へ吹き飛んでいく。 何度も地面をバウンドし、転がり続け、ようやく止まった先で・・・眼球の刺繍付き眼帯が外れた“弧皇”の年相応な少年っぽい素顔が意識を手放した状態で晒け出されていた。 “弧皇”と“魔女”共に意識を失ったことを確認した寒村と緑川は、2人を拘束する傍らで風紀委員会本部へ連絡を入れる。 連絡を受けた橙山はほぼ同じタイミングで新“手駒達”全員の救出に成功―中円真昼からの情報もあって具体的人数等も確認済―した旨の報告もあったことから、 現場に居る北部方面の駆動鎧部隊を率いる部隊長へ指示を出した。命令を受けた部隊長は高揚する気持ちそのままに駆動鎧に備わったスピーカー機能を活かした宣言を戦場へ響かせた。 「『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功!!!繰り返す!!!『ブラックウィザード』のリーダー東雲真慈の確保に成功!!! 同時に拉致された一般人全員の救出にも成功!!!これより、『ブラックウィザード』の残党を確保することに傾注されたし!!!」 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1394.html
「“ゲルマ”先輩」 「むっ?・・・“カワズ”か・・・」 午後3時を回り、幼子達が“ヒーロー”と共におやつタイムに突入している。“ゴリアテ”等のグループに居た子供達は、お腹が満腹のために飲み物だけを手に持っている。 「言っとくけど、俺は“手駒達”の材料に『置き去り』が含まれている可能性があったなんて知らなかったからな」 「・・・それは真か?」 「あぁ。噂でスキルアウトとかを中心に漁ってたくらいしか耳にしていないよ?俺は、薬物なんかに手を出す人間に興味なんて無いからね。 一々調べようとも思わないし。そっちが買い被るのは勝手だけど、俺だって『ブラックウィザード』について全部知ってるわけじゃ無いよ?」 「・・・確かに」 そんな中、部屋の片隅で立って話しているのは“カワズ”と“ゲルマ”。展開的には、“カワズ”の方から話し掛けている。 「“ゲオウ”先輩達も、内通者とかの詳しい情報は知ってるの?」 「いや。我輩だけだ。椎倉への連絡も我輩が行っておる」 「そう。・・・椎倉先輩に伝えといて。『俺を気にし過ぎるな』ってさ」 「んっ?」 「俺がそっちに味方するか敵対するかはさておき、今の段階から俺の動向を気にし過ぎるのは良くないよ?本当は、俺なんかより内通者の動向に気を払うべきだ」 「むぅっ・・・」 “カワズ”の指摘に“ゲルマ”は唸る。“ゲルマ”自身も、秘かに胸に抱いていた懸念。電話越しで話す椎倉の言葉の端々には、“詐欺師”の影が見え隠れしていた。 敵対する可能性もある『シンボル』のリーダーの動向を気にするのは、ある意味では当然である。だが、それは最優先すべき事柄なのか? 自分達が今相手取っているのは、『ブラックウィザード』である。そして、そのスパイが風紀委員会の一員として居るのである。 本当に最優先に考えなければならないのは・・・果たして・・・ 「俺が仕向けた面もあるから余り言えた義理じゃ無いんだけど、俺を気にし過ぎだ。気にする程度ならいいけど、過度は良くない。違う?」 「・・・その通りだ。椎倉達も頭ではわかっておるのだろうが、やはりここ最近の貴殿の働きに内心ビクついておるのやもしれぬ。 貴殿等が我輩等と敵対する可能性もあるのだ。上に立つ者としては頭が痛いであろう」 「・・・するかもね。最悪の場合は、そっちの命は保証しないから」 「・・・本気か?」 「あぁ。まぁ、その時が本当に来たら即死させないようには気を付けるけどね。勇路先輩も居るんだ。重篤でも無い限り何とかなるでしょ?」 「・・・それは、どういう場合を想定した言葉だ?」 「殺人鬼と殺し合ってる時に、風紀委員達が『本気』の俺を“邪魔”する場合。数日前に言った通り、“3条件”で言った通りさ。これも、椎倉先輩に伝えといて」 「(・・・ということは、風路兄妹のために・・・という場合は『本気』では無いということか・・・。ならば、やりようはあるか。 もし、件の殺人鬼と界刺が殺し合ってるとしても、我輩達は『ブラックウィザード』にだけ集中しておれば良いのだ。身に降りかかる場合は全力で対処し、逃げ切る。 それを徹底すれば、殺し合いに巻き込まれる恐れは低い!風路兄妹に関わる時は、こちらもできるだけ慎重に事に当たらねばならぬが)」 “ゲルマ”は“カワズ”の言葉から自分なりの推測を立てる。椎倉の言う通り、両者の戦闘に正面切って介入しないことを心掛ければ何とかなる可能性は低くない。 戦場が戦場なために、『ブラックウィザード』との戦闘もある。それについても命懸けになるだろうが、あの殺人鬼と同時に戦闘を行う可能性は避けなければならない。 風路兄妹(特に鏡子)に関しては、戦場で相見えた場合は可能な限り傷を負わせないようにすれば『シンボル』との本格的な戦闘に発展する可能性は高くない。 『シンボル』が参戦する理由があるとすれば、それは風路兄妹である。ようは、鏡子を救おうとする彼等にとっての“邪魔”レベルの介入をしなければいいのだ。 逆に、こちらが先に鏡子を救い出してしまえば『シンボル』と敵対することは無い。後は、殺人鬼との戦闘場所に近付かないように心掛ければいい。 一見理路整然として見解だが、この見解にはある盲点が存在する。それに“ゲルマ”は気付かない。表立った実害が発生していないためにまだそこまで考えが及ばないが故の死角。 風紀委員達が、東雲という男のことを伝聞でしか知らない―界刺は実際に対面し、その本気度を知っている―ために発生した盲点。“ゲルマ”が殺人鬼と対面していないのも大きい。 そして、実際に東雲と対面した“カワズ”もあえて言わない。まだ可能性の段階である。そもそも、“カワズ”は『風紀委員達の仲間では無い』し『完全な味方でも無い』。 何より、そのことを指摘すれば自分に対する注意が更に増して、『ブラックウィザード』の捜査に支障が出かねない。そうなれば本末転倒である、 「・・・わかった。椎倉達には、そのように伝えておこう」 「・・・そう。なら、しばらくはお互いに“ヒーロー”業を頑張りましょうかね」 「・・・“閃光の英雄”としてか?」 「・・・いんや。“詐欺師ヒーロー”として」 “ゲルマ”は、“カワズ”がかつて“閃光の英雄”と呼ばれたことを知っていた。その時はまだ風紀委員では無かったが。 「・・・そうか。ならば、それまでは我輩達は同士ということだな。ならば・・・」 「わかってる。可能性は・・・低くない。動くかどうかはその時次第だけど、これに関しては俺達も完全無視だけはしないつもりさ。同行の理由上ね」 それは、『太陽の園』のこと。この施設に住む『置き去り』達は、もう少しすれば一時的に別の施設に預けられる。 つまり、その時を『ブラックウィザード』が狙って来る可能性がある。また、買収側or売却側orその両方が『ブラックウィザード』と繋がっている可能性も考えられる。 「それで十分。本来であれば、これは我輩達の責務である。貴殿等に負担を掛けることは可能な限り避けねばな」 「・・・やっぱり、アンタはしっかりしてるな。真刺が世話になってるだけのことはある」 「褒めても何も出んぞ?」 「・・・俺は、自覚と責任をしっかり持ってる人間には力を貸す。椎倉先輩だったり、破輩だったり、アンタだったり・・・。 持ち切れていない人間には不十分に力を貸す。全く持ってない且つ持とうとさえしていない奴には、力を一切貸すつもりは無ぇ。 その中でも、アンタは人一倍しっかりしている。アンタみてぇな人間ばっかりが風紀委員だったら、俺に惑わされずにもっとガンガン仕事に励んでるだろうに」 「我輩みたいな人間ばかりでいいのか?」 「・・・いや、やっぱ撤回するわ。筋肉ムッキムキばかりの職場なんて、想像しただけで暑苦しい」 「だろう?人間誰しも違っていて当然!!だからこそ、面白い!!」 「だね。色んな奴が居るからこそ、世界ってのは面白い」 “カワズ”と“ゲルマ”は互いに笑いを零す。一方は苦笑いを。もう一方は柔和な笑みを。 「・・・この件が終わったら、『シンボル』の活動はしばらく休止するつもり」 「・・・・・・それは、我輩達にも責任があるのか?」 「うん。てか、大半が」 「即答だな・・・。済まぬな」 「・・・そう思うのなら、1つ頼めるかな?この件が終わった後でいいからさ」 「むっ?何だ?」 「え~と・・・(ゴニョゴニョ)」 「・・・・・・」 元々小さな声で会話していたそれが、更に小さくなる。内容については・・・いずれ別の機会に語られることとなるだろう。 「・・・・・・・・・わかった。貴殿の頼み、確かにこの“ゲルマ”が承った」 「・・・注意してね?」 「あぁ。先方にもしっかり伝えておく」 「・・・ありがとう」 「・・・にしても、大した用心深さである。普段から、そういう思考を癖付けておるのか?」 「どうかな?まぁ、色々考えてるのは事実だけど。アンタが、毎日筋力トレーニングをしてるのと同じことかも」 「普段からの行いか・・・。確かに、それはとても重要なことだ」 普段からできていないことを、いざ本番の時にできるわけが無い。“カワズ”も“ゲルマ”も、普段から励んでいるからこそ何時でもその力を発揮できるのだ。 「さて。とりあえずは、“ヒーロー”業の傍ら『太陽の園』を買収する会社や担当者の名前を探らないと」 「施設主が直接交渉をしておるらしいな。その方にそれとなしに聞いた方が・・・」 「その前に、俺の『光学装飾』でサーチしてみるよ。もしかしたら、机の上とかに名刺みたいなのがあるかもしれねぇし」 「成程」 「もちろんわかった段階で調査はするけど、それを施設主とかに教えちゃ駄目だよ?連中を引っ掛けるためにも・・・」 「事が起こる直前までは動いてはいかん・・・ということだな。わかっておる。危険を伴うが、我輩達が今最優先すべきことは『ブラックウィザード』の尻尾を捉えること」 「次に優先しなきゃいけないのは、一般人の安否だね。最優先とほぼ同レベルだけど、それでも念頭に置かなきゃいけないのはここに来た“目的”だからね」 「・・・貴殿も中々に辛辣であるな。そのことを、何故あの娘にも教えてやらぬのだ?」 「・・・教えてもわかんねぇだろうからさ。あの馬鹿は、命の危険を味わうくらいの衝撃が無いと心底理解できねぇタイプだと思ってるし。 んふっ・・・俺とあいつが言ってることって実は殆ど同じなんだよ。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。『“目的”や“信念”の下』って言葉が頭に付くけどね」 「『“自分”が望んで“他者”のために戦う』・・・か」 “カワズ”の言葉を復唱する“ゲルマ”。『“自分”が望んで“他者”のために戦う』。これはとても大事な根本であり、重要な根幹でもある。 「そんでもって、最優先をどちらに置くかってだけの話なんだよ。これは、時と場合によっても変動するかもしんねぇけど。所謂優先順位ってヤツだね。 んで、最優先するのが“自分”だろうが“他者”だろうが、それは最優先にするってだけの話だ。無視するってことじゃ無い。優先するように心掛けるよ? 極論を言えば、“目的”・“信念”や状況次第で最優先をどっちに置いてもいいんだ。選ぶのは当人の自由さ。俺の場合は、“自分”にばっかり重さの無い重りを付加してるけど。 俺の“目的”はいっつもこうさ。『俺の“信念”が正しいことを世界に証明する』。だから“自分”を最優先にする。だからさ・・・俺は風紀委員になりたくないんだよね。んふっ♪」 「・・・つまり、貴殿もあの娘が抱く想い自体は否定せぬのだな?」 薄々は気付いていた。あの部屋でこの男は焔火にこう言った。『俺は今の君が考える理想の“ヒーロー”なんかになりたくない』と。 そう・・・なりたくないのだ。なりたくないだけなのだ。焔火緋花が目指す“ヒーロー”の存在自体を否定はしていないのだ。 『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い。俺は、そう考えているからね』とも言っていたが、これもこの男がそう捉えているだけなのだ。 焔火緋花がこの意見に恭順する必至は無い。自分の想いを歯牙にかける必要は『本来』無い。彼女が本当に“他者”を最優先に考えられるだけの確固たる信念を持っているのならば。 「・・・んふっ。抱いている想いが偶像でなかったら、ここまで言わないけどね。あの部屋で言った時からそんな匂いがしてたからな。 つーか、あの時言った『俺はなりたくない』てのは、あいつが目指す“ヒーロー”が形だけで中身が無い在り方だったってのもあるし。 でもね、戦う理由を全て“他者”に預けちゃいけないよ。じゃないと必ず行き詰る。これだけは絶対に譲っちゃ駄目だ。だからこそ自分の行動に納得できる。どんな結果でも後悔はしない。 その点、今のあいつは“自分”が極端に弱ぇ。そのせいで、戦う理由を“他者”に依存している。バランスが崩れてる。あいつが目指してる“ヒーロー”の性質上、それはマズイ。 “ヒーロー”ってのは、殊更“他者”に求められ、望まれる在り方だ。だからこそ、“他者”と“自分”の境界線はキッチリ引かないと。でないと、“自分”を見失う羽目になる。 あいつの場合は、抱いてるモンの根っこが偶像だからお話にならねぇ。最初から自分だけの“信念”を持ってねぇ。・・・あいつだけのせいじゃ無いってのはわかるんだけどな」 「よくよく、貴殿は“他者”を最優先にするのを嫌っておるな。その徹底振り・・・過去に何かあったのか?・・・・・・“閃光の英雄”と呼ばれていた時期・・・か?」 「さてね。それにさ、戦う理由を全部“他者”に預けてどうすんだよって話だ。そういう奴に限って窮地になった時に“他者”を僻むんだ。世界を怨むんだ・・・と俺は思ってる。 殊更“他者”に戦う理由を預けてる今のあいつなら、抱いた矛盾に気付いた時点で自分を許せなくなるだろうな。 献身も行き過ぎりゃあ“他者”にとっては迷惑でしか無くなる。本当に“他者”を最優先に考えるなら、“線引き”をしっかりやらねぇと」 「(・・・やはり、“閃光の英雄”時代に何かあって“他者”より“自分”を最優先するようになったのか? 椎倉が言うには、内実自分勝手で独り善がりだったそうだが・・・“自分だけ”だったそうだが・・・。“ヒーロー”・・・か)」 “カワズ”は、苦笑いも程々に自分の考えを述べ続ける。葉原から話を聞いた限り、焔火が“ヒーロー”に憧れる切欠となった緑川に対して幾つか注文を付けたいとは思った。 風紀委員になったからといって、それだけで“ヒーロー”になれるわけが無い。そこら辺を、もっと丁寧に教えてやるべきだったのだ。 幼いから理解できないという可能性はわかるが、そのせいで焔火は偶像を心に深く刻み付けてしまった。だから、今彼女は苦しんでいる。 「あいつ自身が本当に理解した上で納得するには、一度あいつの根本をギリギリまでぶち壊す必要がある。その上で、あいつ自身が歯ぁ食いしばって自分の根本を建てる必要がある。 これは短期的な方法だ。長期的になら徐々にってのも1つの方法だけど、そんな甘っちょろい流れじゃ無ぇだろ?今の状況はよ? あいつは、未だに偶像から完全に抜け出せていねぇ。あれは与えられたモンだ。自分が見出したモンじゃ無ぇ。そこに気付けるかが・・・鍵だ。 根付いているモノを短期間で除去するってのがどんだけメンドイのかは、“負け犬根性”を根付かせたバカなお嬢様相手に実践済みだけどね。 あの時は“講習”だったけど・・・今度はモノホンの戦場だ。どうなるか・・・まぁ、俺には関係ないけどね」 「・・・本当に辛辣であるな。貴殿とて、様々な者に影響を与えているだろうに。・・・もしや、その“線引き”を区分けするために意図して嫌われるような手法を採っているのか?」 「・・・・・・どっちかっていうと、それは俺じゃ無くて債鬼だな。まぁ、俺もその手の方法を採る場合はあるけど。反面教師って言葉が最適だな」 「(いや・・・貴殿は貴殿で壊滅的なファッションセンスや常の態度によってそれ相応に嫌われておるぞ?)」 「何せ、そいつに負けないように必死こいて自分なりの考えを求めるからな。弊害とかもあるけど。わかっててやってる分、そいつには相応の覚悟ってのが根付いていると思うよ? そもそも、全面肯定して他者の色に染まるよりかはよっぽどマシだ。思考停止してる奴に成長は望めねぇ。陰口叩いて傷を舐めあうようなことを本気でしてる奴等は、それこそ大馬鹿だ。 自分(テメェ)が、そいつが一体何をしてきたのか。生み出した結果が何を齎すのか。それを考えりゃ、自ずと答えは出る。あの真面目そうな真面(ヤツ)は、そこら辺に気付けるかな? そして、他者の長所に“しか”注目しねぇあの焔火(バカ)は他者依存にド嵌り中ってこと。短所ってのは目に見えやすい分殊更注目しない場合が多い。あいつはその典型例だ。 本当の意味でヤバイ短所は、見え難い長所以上に注目しないとわかんねぇこともある。そんなあいつも、債鬼や葉原達のおかげで何とかもがけているって感じかな?」 2人の脳裏に浮かんでいるのは、意図せずに与えられた“ヒーロー”という名の偶像から抜け出せていない少女。 あの部屋に居た者として、“カワズ”に指摘されて顔を蒼白にしていた少女の姿を“ゲルマ”は何時でも思い浮かべられた。 「おそらくは、貴殿の言葉も大きいと思うぞ?貴殿風に言うならば、固地の辛辣極まる言葉に親友である葉原の温かい言葉。両者の内、どちらが欠けてもいけない状態であった。 そこで、固地の離脱。本当であればバランスが崩れる筈だった天秤が何とか保っていられるのも、貴殿の檄のおかげではないのか?昨日のように」 「・・・椎倉先輩から聞いたの?」 「あぁ。貴殿や固地のおかげで、あの娘は他者の短所にも目を向け始めた。長所と短所。人間たる者、完璧な存在は有り得ぬ。故に、その2つをしっかり認識する必要がある。 全部を把握するのは無理かもしれんが、その努力は怠るべきでは無い。フッ、あの娘も少しずつではあるが成長しておると思うぞ?それは、貴殿にもわかっているのではないか?」 「・・・・・・」 “カワズ”は返答しない。照れ臭いのか、認めたくないのか、あるいは・・・。 「“カワズ”よ!!」 「うおっ!?“ゲコ太マン”!!?」 そんな最中に声を掛けて来たのは、“ヒーロー戦隊”のリーダーである“ゲコ太マン”。 「少し話したいことがある!一緒に来てくれ!!」 「・・・わかった」 そう言って、2人はこの場から離れて行く。その姿を見送った“ゲルマ”は、これからどう動くべきかを慎重に考え始めていた。 「準備できたよぉ」 「い、勇君・・・。む、無茶しないで・・・グスン」 「男なら泣くんじゃねぇー!!こうなったら、俺が手本を見せてやるぜー!!白黒ハッキリつけたらあー!!」 「“ピョン子”!何で相撲勝負になってんだ!?」 「あ、あたしだってわかんないよ!!あの生意気なガキンチョが急にしゃしゃり出て来たと思ったら、仮・・・“ゴリアテ”さんが『勝負なら相撲』なんて言い出して・・・」 日照りに若干の翳りが見えて来た頃、ここ『太陽の園』にある運動場ではいち早くおやつを食べ終わった子供達と“ヒーロー”達で賑わっていた。 「・・・“ピョン子”ちゃん。・・・“ゴリアテ”先輩は、最近あった相撲の全国大会でも優勝したんだって」 「マジ!!?スゲー!!!」 「一見脂肪だらけに見える身体に秘められたパワーか・・・。僕や“ゲルマ”も負けてらんないな」 彼等彼女等が今から行おうとしているのは、即席の相撲勝負。先程“ピョン子”が泣かしてしまった子供が、同学年のガキ大将に泣きついたのが切欠である。 その大将―臙脂勇―が、“ピョン子”に決闘を申し込んで来たのだ。 『“ピョン子”!!この臙脂勇と決闘しろー!!!』 おやつタイムの前に、“ゲコ太マン”達と一緒に偽者のヒーロー“カワズ”を叩きのめしたことが臙脂の心にある種の自信を付けたのかもしれない。 彼は特撮モノが大好きな子供で、特に主人公―つまりは“ヒーロー”―になりきることが彼にとって何より重要なことであった。 現に、今の臙脂はある戦隊モノの主人公のお面を被っている。 「ボクが行司を務めるからね。能力の使用は×。さぁ、両者共前に」 「よっしゃー!!!」 「たりーな。こんなガキンチョ相手に・・・(ブツブツ)」 “ゴリアテ”の合図を受けて、臙脂と“ピョン子”は土俵の上で相対する。事前の作法等は省略し、いきなり雌雄を決する。 「はっきょーい・・・」 「(いくぜー!!!)」 「(幾らあたしが小さいからって、小学低学年の奴に負けるわけが・・・)」 「のこった!!!」 「だああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」 「ぐおっ!!?」 勢い良く突っ込んだ臙脂の思わぬ力に、“ピョン子”は驚愕する。自分が想像していた以上に、このガキ大将には力があった。 それもその筈、臙脂は運動神経が抜群で暇さえあれば趣味の昆虫採集のために方々を駆け回っている。喧嘩も同学年の中でもかなり強い。 対する“ピョン子”は学績・能力強度には抜群の結果を出すものの、運動面においては体格もあってか同学年のレベルを下回っていた。 本人としても、己が体格の貧相さを気にしていても汗水垂らして体を鍛えようとまでは思ってこなかった。対等な喧嘩なんてまずやらない。故に・・・ 「どりゃー!!!」 「キャッ!!?」 ドスン!! 「そこまで!!勝者・・・臙脂勇!!!」 「勝ったぞー!!!」 「「「うおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」」」 「そ、そんな・・・」 決まり手は外掛け。見事勝利をもぎ取った臙脂に、観戦していた子供達が集まって行く。一方、自分より年下に敗北した“ピョン子”は失望感に苛まれていた。 「(く、くそ!!くそ!!あ、あんなクソガキ・・・あたしの『音響砲弾』でやっちまえば、すぐにでもぶっ倒せるってのに!!!そうだ。こうなったらマジで『音響砲弾』を・・・)」 「大丈夫かい、“ピョン子”ちゃん?」 「うわっ!!?」 邪な心に覆われていた“ピョン子”の傍に“ゲオウ”が近付いて来た。 「もし、何処か怪我とかしてたら遠慮無く言うんだよ?傷の度合いにもよるけど、『治癒能力』ですぐに治してあげるから」 「・・・・・・」 純粋な親切心からの申し出。それが心底理解できたからこそ、“ピョン子”は自分に苛立ちを募らせる。 今までの自分なら、こういう時にこそ愛嬌を振り撒いてチヤホヤして貰っていた。相手の顔色を伺い、自分の印象を相手が望む方向に変化させ、結果として自分にとって都合の良い形にする。 それが今までの春咲林檎。何時ものパターン。身に付いた癖が顔に表れようとする。それを懸命に抑えようとして、ストレスが溜まる。堂々巡り。 でも、今の自分は優しい言葉を掛けてくれた“ゲオウ”に対して取り繕うとは思わなかった。 『自信を身に付けたいんなら・・・逃げるんじゃない』 それは、かつて碧髪の男に心身共にボコボコにされた日から変化してしまったモノ。 春咲桜という少女のために、己が能力を封じてまでケジメを付けた“変人”の有り様に、林檎は甚大な衝撃を受けた。 『確固たる自信』を持つ男。その生き様に確かな憧憬を抱いた。今までの自分が酷く惨めに思えた。逃げてばかりの自分で・・・居たくなかった。 だから、こうやって同行している。今までやったことのないボランティア活動は、とてもストレスが溜まる。内心では逃げたくて堪らない。 でも、ここで逃げたら終わりだ。そう、自分の心に語り掛けて来る“声”がある。故に、彼女は踏み止まる。自分を変えるために。 「ムカつくことばっかりで、イライラするよ。・・・自分を変えるのって、こんなにしんどいんだなぁ・・・」 「・・・変わりたいのかい?」 「うん。・・・今のあたしは、自分の悪い所を直してる最中。“ゲオウ”さんの言ってることとはズレてるけど、『なおす』ってのは並大抵じゃないんだって痛感してるよ」 「・・・」 「あのお兄さん風に言うなら自業自得だから、文句を言っても始まらないのはわかってるんだ。言い訳ばっかり言ってるのも自覚してる。そんな自分に辟易してる。 こんなことなら、もっと早くに気付いときゃよかったよ。そうすれば、自分の素をもっと前面に押し出せたのに。あたしってバカ。 “ゲオウ”さんや“ゲルマ”さんみたいに、早くに気付いていればもっと体も鍛えてただろうし。あんなガキンチョに負けることもなかったのに・・・くそ!」 「クスッ。でも、君の言う素はこうやって僕に見せられているじゃないか」 「・・・これでも意識的にやってるんだよ?意識してないと、どうしても言い訳を言っちゃうから。今の言葉だって言い訳がましいし」 「成程。大変だね」 「ホント大変。苦労ばっかりしてる。でも・・・何でかわかんないけど新鮮な気持ちが湧いて来るんだ。ムカつくことばっかりなのに・・・何でだろ?」 “ピョン子”は自分の胸に手を置く。今抱いている思いを確かめるように。その思いに尊さを感じているために。 「・・・実はね、昔の僕ってすごく貧相な体だったんだ」 「えっ!!?嘘っ!!?」 「本当。幼い頃は病弱だったことが原因で、碌に外で遊ぶこともできなかったんだ。さっきのように外で遊ぶ同年代の子供達を見て、すごく複雑な気持ちを抱いていたよ。 『何で、僕はあそこに居ないんだ』、『何で、僕はこんな体で生まれてきたんだ』って」 勇路映護。今では美しい筋肉美を誇っている彼も、幼い頃は病弱でまともに外で遊ぶこともできなかった。 当然体付きは華奢で、それが原因でイジメも受けた。そんな自分を変えるために、勇路は自身の体を鍛えることを決意する。 もちろん、病弱なのを考慮して最初は軽めのトレーニングから始めた。徐々に、トレーニングの負荷や量を増やしていった。 時々無茶をして、その度に体を壊した。それでも、彼は諦めなかった。自分を変える。そう固く決意したからこそ為せる業であった。 「能力のレベルが上がったこともあってか、自分の体は逞しくなった。病気もしなくなった。貧相な体から・・・僕は脱却した」 「すごいね。“ゲオウ”さんは、ちゃんと変われたんだね。自分の力で」 「でも、天は僕に更なる試練を与えた」 「えっ?」 「僕は変わった。貧相な体から、逞しい体に。でも、周囲から聞こえてくるのは僕が変わったことに対する落胆の声だった」 トレーニングに一定の目処が着いたのは、成瀬台高校2年生の秋頃であった。生まれ変わった自分。風紀委員にもなった。これで、誰からも苛められることは無い。 そんな彼に待ち受けていたのは、これまでの道程に対する落胆の声だった。勇路は、同姓から見ても美青年の部類に入る少年であった。 但し、鍛えに鍛えた筋肉が美顔と些かアンバランスであった。その理由をクラスメイトに尋ねられた勇路は、これまでの自分の努力を語った。 『何て勿体無いことを』 返って来た最初の反応は惜しみの声であった。別段、クラスメイトに悪気があったわけでは無い。素直な感想を述べただけのこと。 もう少し筋肉を落とせば、それこそ勇路は顔・体共に抜群のスタイルを誇る超美青年になれる。そう思ったからこその言葉。 だが、勇路からすればその感想は自身の努力の否定と同義であった。彼等が言うことも理解はできる。だが、心では納得できるわけが無い。 幼い頃の経験から、今まで必死になって努力して来たことを否定される。温厚な彼は、その怒りを誰かにぶつけるようなことはしなかった。 但し、その頃からある奇行が発生するようになった。それは、体の露出。 本人に露出癖は無いのだが、怪我人の止血の時に服を破いたり、犯人との抗争で服が破けたり、立てこもり犯との交渉のときに丸腰になるために 服を脱いだりなど、 何故か事件に関わると最終的に全裸になるというジンクスを抱えてしまうようになった。 『学園都市一全裸の似合う男』、『裸で出歩いても許してしまいそうな肉体美』、『成瀬台の裸王』等の不名誉な異名を面白半分で付けられ、内心では酷く憤慨した。 だが、露出癖は一向に改善しない。この癖で、更に自分の行いに落胆(=否定)する生徒が増えた。様々な思いを抱えていたある日、あの男が成瀬台支部の門を叩いた。 『今日から成瀬台支部に所属することと相成った寒村赤燈である!!よろしく頼む!!!』 今年に入ってから成瀬台支部に所属した寒村赤燈に出会ったのが、勇路の転機であった。同学年ながらクラスが違っていた2人は、それまで会話したことも無かった。 勇路自身、ものすごい筋肉ダルマが同学年に居るというのはかねがね耳にしていた。 行事の折にその姿を見掛けることはあったものの、やはり別クラスであったために接触の機会が無い。特段問題を起こす人間では無かったため、風紀委員としても。 そんな彼が同じ支部に来た。体を鍛えているという点から、2人が親友と呼べる間柄になるまでに時間は掛からなかった。 筋肉をこよなく愛し、筋肉信望者であり、筋肉の素晴らしさを語る親友に勇路は心に底に溜まっていた邪念が溶けて行く感覚を得た。 寒村は、勇路の歩んで来た道を心の底から認めてくれた。それが・・・途轍も無く嬉しかった。 「唯、1つだけ気掛かりなことがあった。それは、『どうして、事あるごとに裸になってしまうのか』。自分ではなるつもりが無いのに、それだけが理解できなかった。 だから、寒村の薦めもあって緑川さんという警備員に相談しに行った。あの人も筋肉を愛する先達者だったから、僕も遠慮無く自分の思いを吐くことができた」 あれは、同僚の速見の強化作戦が失敗した直後だった。『筋肉探求』という筋肉を鍛えるための青空教室を開いている緑川強に、寒村を連れ立って会いに行った。 1人の大人としても尊敬できる緑川に、勇路は思いの丈を全て伝えた。数十秒後、緑川は勇路にとんでもない檄を放った。 『隠せないなら隠すな!!むしろ、隠そうとするな!!お前の本当の姿を・・・ありのままの姿を見せてやれ!!』 緑川は、勇路の思い全てを理解していたわけでは無い。言うならば、本能的な勘。その言葉が今の勇路には必要だと思ったがために、有りのままの本音を伝えた。 実は、勇路には心の何処かで自分が変わった姿を周囲に見せ付けたいという欲求があった。過去の経験から生じる無意識の欲求が、彼が全裸になる原因になっていたのだ。 この理由は、緑川・勇路共に明確に理解はできていない。だが、緑川の言葉に勇路は感動した。自分の意思や在り方を見守ってくれる大人の勇姿をそこに垣間見た。 勇路(と寒村)にとって、その瞬間に緑川は師匠的存在となった。以降、勇路は自分のありのままの姿を曝け出すことを信条とした。 周囲の意見に殊更左右されるのでは無く、自分の裸の姿を曝し続ける。そうすれば、自分は自分で居られる。そう、信じ切れる何かを親友と恩師から受け取ったから。 「・・・“ゲオウ”さんもすごく苦労したんだね」 「うん。でも、そのおかげで今の自分が居る。たゆまぬ努力と、それを色んな意味で嗜め、認めてくれる存在に出会えるか。人が成長するには、この2つが重要なポイントになるんだと思う。 君は・・・誰に認めて貰いたいんだい?君自身が必死になって変わろうとしている努力をさ?」 「・・・・・・」 自分を認めて欲しい存在。それなら、誰でもいいから認めて貰いたい。特に、姉である躯園や桜、両親には自分が変わった所を見て貰いたいと思う。 でも・・・何故だろう?今頭に思い浮かべているのは、そのいずれでも無い。脳裏に現れたのは・・・胡散臭い笑みを浮かべる碧髪の男。 「・・・あのお兄さんに認めて欲しい。あのお兄さんと出会ったから、あたしは変わりたいと思うようになった。 本当なら家族に認めて貰いたいって思うのが普通なんだけど、今のあたしにはその資格が無いや。だから・・・」 「・・・そうか。なら、頑張るんだ。きっと、彼も君のことをちゃんと見ていると思うよ?」 「うん。それはわかってる。何せ、あたしと同じくらい面倒だった姉ちゃんに最後まで付き合ってたくらいのお人好しだもん。 あたしの素を事も無げに引き出したスッゲェ人だもん。あのお兄さんがくれた機会を・・・絶対に無駄にはしない。よ~し!!やってやる!!」 そう決意した“ピョン子”は、未だにワイワイうるさくはしゃいでいる子供達の輪に突き進んで行く。 「オラァ!!勇ってガキンチョ!!!もう一度あたしと勝負しろぉ!!!もちろん、能力を使わずになぁ!!!」 「おぉー!!“ヒーロー”からの再挑戦状だー!!うし!!受けて立ってやる!!」 「“ピョン子”と勇君がもう一回勝負する・・・!!皆ァー!!集まれェー!!!」 “ピョン子”の挑戦を受けて立つ臙脂。その情報は、瞬く間に子供達に広がり、輪が更に大きくなって行く。 「・・・あの女も色々抱えてたんだな・・・」 「“ゲロゲロ”?」 仮面を外して荒ぶっている“ピョン子”に目を細くしていた“ゲオウ”に、“ゲロゲロ”が話し掛けて来た。 実は、“ゲロゲロ”は木陰に隠れて2人の話を聞いていた。ちなみに、“ゲロゲロ”の正体を“ゲオウ”・“ゲダテン”・“ゲコイラル”は知らない。 「・・・人ってのは、たとえ肉親相手でも隠してたり引け目に思ってる部分があったりするモンなのかもな」 「・・・かもね」 「アンタも、相当苦しんでたんだな」 「余り主張するようなことじゃ無いんだろうけどね。あの娘を見てたら、他人事じゃ無いなって思っちゃってね。つい、自分の苦労話を語っちゃった」 「・・・俺も似たような気分だよ。あのくらいの女を見てると・・・どうしてもな」 「ん?それは?」 「・・・俺の妹さ」 “ゲロゲロ”が手に持っているのは、男女1組が腕組みをしながらピースしている写真であった。男の方は照れ臭そうに、女の方は満面の笑みを浮かべて。 本当なら、風紀委員なんかに見せるべきものではないのかもしれない。自分が嫌う存在に。だが、それでも彼は写真を見せた。彼もまた、必死に変わろうとしている人間だったから。 「可愛いね」 「当たり前だ。俺の妹なんだぜ?」 「お兄さんに懐いているんだね。腕組みをしてる所から見ると」 「・・・何か、腕組みをしてなきゃ仲が悪いみたいに聞こえるが?」 「思春期の兄妹は、色々と難しい面があるんじゃないかなって思っただけだよ。気を悪くしたのならごめん」 「いや・・・そうかもしれねぇ。俺も、妹のことを全部わかってたかって言われたら・・・そんな自信は無ぇよ。 思春期が理由というか、妹の頼みもあってこいつの部屋に行く回数も減ってたしな。何か深い悩みを抱えている・・・かもしれねぇ」 もしかしたら、能力が向上しないことを原因として己が妹は自分の意思で薬物を服用した可能性がある。 そんな彼女に、兄である自分は何もしてあげられなかった。気付いてあげられなかった。それは、紛れも無い事実だった。 「そこまで考えているなら、今からでもいいから妹さんのために動いてあげたらいいんじゃない?」 「・・・一応色々と動いてはいるんだけどな」 「・・・その感じだと、余り芳しく無いみたいだね?」 「・・・あぁ」 「ふ~む。余り家族関係に他人が首を突っ込むのはよくないんだろうけど・・・こうなったら人肌脱ぐか!!」 “ゲロゲロ”の言葉から事の深刻さを感じ取った“ゲオウ”は、少しでも彼の力になってあげようと言の葉を紡ぐ。 「アンタ・・・」 「もし、君が良いんだったら僕が力になるよ!本当になれるかどうかはわからないけど、君達兄妹のために人肌を脱ぐ所存さ。 僕じゃ力になれなくても、僕の同僚なら君の力になれるかもしれない!最後は君と妹さん次第になると思うけど、それまでだったら他人の僕等でも力になれると思うんだ!!」 「(・・・あの人の言う通りなのかもしれねぇ。確かに、成瀬台の風紀委員は俺でも信じることができる人間なのかもしれねぇ。 葉原って176支部の風紀委員から俺のことを聞いた上で、俺を引き入れるような演技をしてる風にはとてもじゃないが見えねぇ。 こいつは、間違い無く本音を言ってる。こいつ等、俺のことを知らされてねぇのか?単独行動とか言ってたから、それも有り得るのか・・・?)」 “ゲオウ”の言葉に、嘘偽りは感じ取れなかった。心の底から自分達を心配し、自分達の力になろうと立ち上がる漢の姿は、“ゲロゲロ”の凍った壁を溶かしつつあった。 「・・・もしかしたら・・・頼むことになるかもな」 「何時でもいいよ?あぁ、今の僕等は色々立て込んでいるからタイミングが合わない時があるかもしれないけど。その時はごめんね」 「わかってる。・・・ありがとな」 人は積み重ねることでしか成長できない。それは、努力であったり、偶然・必然を含めた経験であったり。だからこそ、人は茨の道を歩む。己が手に掴みたいモノがある故に。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1690.html
両者が会ったのは、偶然の産物であった。今年の5月のある日、『ブラックウィザード』のリーダー東雲と『シンボル』のリーダー界刺は人気の無い工事現場で邂逅した。 『その眼帯・・・んふっ。こんな所であの「ブラックウィザード」のリーダーの顔を拝めるとはねぇ』 『・・・そうか。無駄に光ってるという噂は本当だったようだな・・・「シンボル」のリーダー?』 当時の『ブラックウィザード』は凄まじい勢いで勢力を拡大している最中であったので、そのリーダーである東雲の名は“裏”の世界に轟いていた。 一方、同時期にスキルアウト間の噂で無駄にキラキラ光る“変人”が居るボランティアグループが風紀委員の真似事をしているという話が聞こえるようになっていた。 故に、両者は相手の素性を即座に看破した。だが、戦闘になることは無かった。両者共に戦闘の意思が無かったからである。害を加えるのなら両者共に迎え撃つ覚悟ではあったが。 『その眼帯の刺繍・・・結構イカしてんな。俺も、今度似たようなのをやってみようかな?』 『“変人”に評価されても、何の感慨も湧かん』 『そういやぁ、お前を害する人間は仲間でも殺すって本当かよ?』 『そうだ。俺を害する者は、誰であっても抹殺する。俺のためなら、“手駒達”だろうが仲間だろうが躊躇無く切り捨てる。 それが、どんなに貴重でも大事でも俺という存在を生かすためなら迷い無く使い潰そう。俺の『力』の礎として・・・な』 どちらからともなく路地裏へ歩を進め、土管が無造作に並べられている空き地に腰を掛け、色んな話をした。対等な関係として。 東雲も界刺も、相手を格下とは見ていなかった。簡潔に言えば、只者では無い的な雰囲気を互いに嗅ぎ取っていたのだ。 話は意外にも弾んだ。東雲も界刺も、正義感とは別の倫理で動く人間である。それに、『力』を持つ者として心の何処かで相手を認め始めていたからかもしれない。 『「ブラックウィザード」を立ち上げた理由? 俺が一体、世界でどの程度のランクに居るかを判断するためだよ』 『ふ~ん。世界から見た人間のランク付け・・・ねぇ。それって、意味あんの?俺には、お前がやっていることって無意味な努力にしか見えないんだけど?』 そんな折に、界刺は東雲に『ブラックウィザード』を立ち上げた理由を興味本位で尋ねた。その問いに東雲は率直に返答し、界刺は東雲の思考を速攻で否定した。 『人間は世界の一部であり、人間が齎すいわれなき暴力は世界に潰される。東雲・・・お前も何時までもくだらねぇことに精を出していたら、この世界に叩き潰されるぜ?』 界刺は、世界という巨大な『力』を受容していた。創作モノによくある「こんな世界・・・この手で変えてやる」的な思考を一切持っていないのだ。 世界に身を委ね、世界に従い、世界の手先となる。それを甘んじて受け入れている“変人”に・・・“弧皇”は失望した。 東雲は、己が生み出した『力』をもっていずれは世界さえをも牛耳ってみせる気概を持っていた。『力』を抑えようとしないにも関わらず、その『力』を制す。 ここで言う「制する」とは、『抑える』では無く『支配する』という意味である。この辺りに、『力』に狂う東雲の―相反しているとも取れる―危機管理能力の高さが現れている。 “『力』こそ全て”。この世界に東雲真慈という『力』を知らしめるために、彼はこの科学の世界に来た。 『所詮その程度の男だったか・・・界刺得世。世界という「力」に屈した人間・・・世界の奴隷として手足を動かす人形に成り下がった愚か者・・・それがお前だ。 フッ、甘んじて「力」に屈し、受容しているお前と、「力」を生み出し、「力」を制している俺とでは話にならない。時間の無駄だったな』 そう吐き捨て、“弧皇”はその場を後にした。だが、何故か“変人”の言葉は完全に忘れることができなかった。 『お前がどう解釈しようが勝手だけどな、俺は世界に屈したつもりも世界の奴隷になったつもりも無ぇぜ?俺は世界ってヤツを認めているってだけの話だぜ? 世界に生み出された「力(おれ)」を、この俺が認めているってだけの話だぜ?世界は生み出しただけだ。後は俺だ。俺だけが・・・俺を創る』 それは、自分の言葉を受けても一切揺るがなかった碧髪の男の―世界の奴隷では無い―『力』を内心では評価している証明であったことに気付いたのは極最近である。 東雲は『力』を示す、示そうとする人間が大好きであった。だから、裏切りに繋がる可能性を飲み込んで『ブラックウィザード』に多くの自分勝手な人間を取り入れた。 どいつもこいつも自分勝手で独り善がり。だが、どいつもこいつも己が『力』を証明したい人間ばかり。そんな『黒き力』―『ブラックウィザード』―を“弧皇”は心から愛した。 愛するからこそ・・・自分にとって害になるモノは例え仲間や親友であっても排除する。“自浄作用”の名の下に。『ブラックウィザード』とは、東雲真慈そのものなのだから。 『太陽の園』を舞台に、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と『ブラックウィザード』が激突する・・・その口火を切るであろう男2人。 「・・・相変わらず、ふざけているのかふざけていないのかわからない男だ・・・界刺得世。今更、『正義の味方』気取りか?」 『ブラックウィザード』のリーダー・・・“孤独を往く皇帝”・・・東雲真慈。 「戦隊物で『中の人』を暴露するのは反則だぜ、東雲?それに、今の俺は世間一般的な『正義の味方』を演じないといけないんでね。ようするに、詐欺(ペテン)ってわけ」 “詐欺師ヒーロー”・・・“カワズ”。反則を犯してあえて『中の人』に言及するならば・・・“『シンボル』の詐欺師”・・・界刺得世。 「・・・ククッ。確かに、『中の人間』に『正義の味方』などという役は似合わんな。・・・世界の一部足る存在として、俺を潰しにでも来たか?」 「さてね。今の俺は“詐欺師ヒーロー”としてやることをやるだけさ」 「そうか・・・。それは、俺を害することか?」 「そんなもん、お前が決めることだろ?」 「ククッ・・・確かにそうだ。ならば・・・・・・俺の好きなようにさせて貰う」 右目の眼帯に手を置きながら、“孤皇”は忍び笑いを漏らす。この再会に・・・感謝する。己が『力』を証明する絶好の敵が目の前に現れたのだから。 ブーン 空中に浮かんでいる“ヒーロー戦隊”と対になるかのように殆ど音を立てずに飛来したのは、学園都市製の最新鋭兵器・・・『六枚羽』。 風路が『太陽の園』に接近していることが判明した直後に、東雲が『六枚羽』を格納している大型トラックに居る“手駒達”に『六枚羽』の出動を命じていたのだ。 「希杏・・・回収は完了した。手筈通りに」 「・・・了解」 東雲と伊利乃は、網枷が考案した対『シンボル』+風紀委員・警備員時のプランに着手する。これ以上時間を浪費している暇は無い。 デッドラインを見抜くことに長ける“孤皇”らしい判断。『力』の証明は、何も正面切って戦闘することだけで示すモノでは無い。その合図は・・・『六枚羽』のミサイル。 「お前の『力』を・・・俺に示してみろ。もし俺に届かなければ・・・やはりその程度の男だったということだ」 「むっ!!待て!!!」 「逃げんな!!」 東雲と伊利乃達は、念動力を操る“手駒達”の力を使って『置き去り』を回収したトラックの屋根に乗る。 逃走に移ると判断した“ゲルマ”と“ゲコ太”が声を荒げるが、そんなモノは“孤皇”には届かない。 「(『太陽の園』を覆っていた光学操作が解除された・・・)」 同時に、“カワズ”は『太陽の園』の光景を偽装していた光学系能力が解除されたことに気付く。これは、十中八九『光学装飾』に対するためだろう。 「やれ!!『六枚羽』!!!」 『太陽の園』を出発する東雲が『六枚羽』に命令を下す。直後、『六枚羽』のミサイルの照準が“ヒーロー戦隊”に向けられる。 成瀬台襲撃時と同じように、電波妨害下での運用を考慮した赤外線センサーによる照準故に『光学装飾』で軌道を逸らすことはできる。 だが、光学系能力を持つ“手駒達”がそれを妨害する。操作する光を赤外線のみに限定、数人掛かりの干渉に『光学装飾』でも無影響とはいかない。そして・・・ミサイルは放たれた。 ドドドドンン!!! 「散開!!!」 “カワズ”の号令を受け、“ゲコゲコ”が念動力を操作し散開させる。だが、赤外線ロックを掛けられてる以上、ミサイルは対象物に誘導され・・・ 「舐めんな!!!」 ドン!!ドン!!ドン!! なかった。『光学装飾』の底力は、薬で能力を底上げしたレベル3が複数集まって結集させた力程度では揺らぎなどしない。 干渉を全て跳ね付け、人体から放たれる赤外線より強い波長を発生・操作することで、放たれたミサイルを全てグラウンドに堕とす。 盛大な爆風が発生し、生み出された風圧が“ヒーロー戦隊”の体を叩く中“カワズ”は『六枚羽』が“何故か”後方へ退避した姿を目に映しながら肩を並べる“ヒーロー”に進捗状況を尋ねる。 「“ゲコっち”!!電磁波への干渉はどうなってる!!?」 「駄目です!!『六枚羽』の電磁波レーダーに干渉している複数の力があります!!どうやら、他の電磁波より『六枚羽』の探知機能保全に力を集中しているようです!! 私の力量じゃあ、他の電磁波を何とか捻じ曲げることはできても、『六枚羽』が放つ電磁波に干渉している力を排除することはできません!!」 「チィッ!やっぱり、そう上手くは行かねぇか!!」 “ゲコっち”の悔しがる声が『赤外子機』越しに聞こえる。実は、ここに来る前に『六枚羽』対策として可視光線・赤外線・電磁波による索敵機能を無効化する作戦を事前に立てていた。 それを実行できるのは、“カワズ”の『光学装飾』と“ゲコっち”の『電撃使い』だけである。 だが、ここに動員されている複数の電気系“手駒達”が『六枚羽』の電磁波レーダーに干渉しようとする“ゲコっち”を妨害しているのだ。 「す、すみません・・・!!」 「なーに、まだ手は色々ある。網枷の野郎が俺達の情報を知れるスパイだった事実を逆手に取ってやる!さっきのミサイル誘導の際に、片鱗は確認したしな。 “ゴリアテ”様!!『六枚羽』の“目”を完全には潰せない以上、あのデカブツとガチで戦り合うことになるぜ!?覚悟はいいな!!?」 「問題無いよ。機械相手なら・・・遠慮する必要は無いし」 「へっ!“シリアスモード”は久し振りだなぁ!!程々で頼むぜ!?」 “カワズ”を乗せる“ゴリアテ”の冷めた声が、彼の本気度を表している。それを確認した後、“カワズ”は『音響砲弾』による念話通信で矢継ぎ早に指示を出す。 「“ゲコゲコ”!!皆に掛けている念動力自体は解除しなくていいけど、浮遊状態だと力を発揮できない奴も居るから臨機応変に!! “ゲコっち”!!“ゲコゲコ”と一緒に“ゲルマ”先輩に付け!!タイムラグを考慮して『赤外子機』を主な通信手段にするけど、不備発生時には『音響砲弾』による念話通信を代用する!!」 「「はい!!!」」 「“ゲルマ”先輩!!トラックの方はアンタ達に任せる!!俺と“ゴリアテ”様は『六枚羽』を何とかする!!」 「承知した!!“ゲコイラル”!!貴殿の力も必要になるかもしれん!!共に来るのだ!!」 「了解!!」 「“ゲコ太マン”達は、風路と合流しながら『太陽の園』に残っている“手駒達”を片付けてくれ!!捨て駒だから、容赦無く襲い掛かって来るぞ!! まだ起きていないようだけど、きっと別働隊の方にも向かうだろう!!念話通信を上手く使って、真刺達と連携して当たってくれ!!」 「あぁ!!」 「承知!!」 「・・・子供達を頼むぜ!!」 各人威勢の良い声で応答する。この戦いが、この先にある戦いへ繋げるための重要な分岐点となる。失敗は・・・許されない。絶対に。 ジャキッ!!! “カワズ”の視線の先にあるのは、先程の光景から搭載する演算機能により攻撃手段をミサイルから機銃に変更することを決定した『六枚羽』の姿。 「そんじゃま・・・行くか!!!」 「うん!!」 『念動飛翔』を発動し、『六枚羽』との戦闘に突入する“カワズ”と“ゴリアテ”。『六枚羽』の標的照準を自分達に合わせるために、『念動飛翔』による空気圧弾を放つ。 それを避け、『摩擦弾頭』をばら撒く『六枚羽』に『念動飛翔』を“双翼モード”にして対抗する“ゴリアテ”。 『光学装飾』によってミサイルを使用不可能にし、光学照準を無効化させ、『六枚羽』にレーダー探知のみを強いる“カワズ”の戦略も合わせて、空の戦いは次第に熾烈さを増して行く。 「真慈!!界刺達が!!」 「問題無い。『六枚羽』の速度を舐めるな」 スロープ故に速度を上げずに疾走している大型トラックの上に鎮座している伊利乃が視覚系能力を持つ“手駒達”の報告を聞いた後に敵の接近に対する警鐘を鳴らす。 だが、念動力で車体ごと即座に下方の道に降ろすという手段もあったのにも関わらず、その最中を万が一にも敵に狙われた際に発生するリスクを考えて採らなかった東雲の思考は至って冷静だ。 ドドドドドドドンンン!!! 東雲の見立て通り『六枚羽』の機銃音が鳴り響き、敵の接近を許さない。『羽』を展開していても時速数百キロもの速度を叩き出せる『六枚羽』にとって、 飛行速度として最大時速100kmまでしか出すことができない『念動飛翔』に直線距離で負ける筈が無い。 しかも、機銃の射程上にトラックを重ねようとする敵の戦略すら見越して、速度を活かした最適な位置取りを確保する。さすがは、学園都市の兵器と言った所か。 「予め、『太陽の園』に居た光学系能力を持つ“手駒達”に念動力を掛けていて正解だったな。あの人数で無理ならば、あそこに残しておく意味は無い。 このトラックに残る光学系“手駒達”と力を合わせれば、如何に奴の力と言えども完璧には妨害できまい。唯でさえ、『六枚羽』との戦闘に集中しなければならないしな」 「今の所は、こちらに光学操作による幻惑を仕掛けていないみたいね。やっぱり、『六枚羽』ってすごいのねぇ」 伊利乃は、東雲と網枷が交渉で手に入れた戦力に感嘆の念を述べる。能力者と対等以上に戦える兵器・・・それが『Hsシリーズ』。 「でも・・・何で『六枚羽』の銃弾が掠りもしないのかしら?機銃は電磁波レーダーによる精密射撃よ?しかも学園都市製。ねぇ!何か強力な電波とかが連中から発信されている!?」 「いえ!そのような電波は何も!」 「・・・考えられるのは、赤外線によるレーダーだな。電磁波と同じく、赤外線にもレーダー的機能がある。 連中が戦っているのが光学系“手駒達”の操作範囲外だから、断言することはできないが」 「・・・それを『光学装飾』で実現したとしても、『六枚羽』の高速且つ不規則な動きに対応できるものなのかしら?」 2人共に無能力者である以上、“能力を行使した者の体感”までは実感することができない。もっとも、東雲の推測は当たっているが。 ジャキッ!!! 「 南南東70 」 「!!」 ドドドドド!!! “カワズ”が『光学装飾』で実現しているのは、俗にドップラー・ライダーと呼ばれる光線における反射波の変移を観測して目標物を捕捉するレーダーシステムである。 対象の位置や性質、移動速度を観測できるこのシステムは大気中の気体や塵等に照射・分析することで温度や湿度、風の位置や速度さえ把握することを可能とする。 現在“カワズ”が使用している光線は、人の目に映らない近赤外線である。遠赤外線を観測するサーモグラフィーでは無く、 “超近赤外線”領域を含めた近赤外線を照射することで暗闇下でも鮮明な映像を視認することを可能とした。 ちなみに、サーモグラフィー探知も同時に行っている。具体的には、右目でサーモグラフィー探知映像を、左目で近赤外線照射を用いた暗視映像を取得している。 更に言うのなら、『六枚羽』の高速且つ不規則な軌道をプロペラによって発生する風の速度をも含めて看破・予測し、機銃の方向や銃撃の前後で発生する熱等も探知・分析している。 『光学装飾』によって『六枚羽』の赤外線送受信部付近の赤外線を掌握しているために、『六枚羽』に装備されている赤外線探知はまともに機能しなくなっている。 可視光線は言わずもがな。更に、『六枚羽』の関節駆動範囲やその死角も考慮した上で最適な位置取りを瞬間的・継続的に弾き出す。 何故“カワズ”がここまで『六枚羽』の詳細な情報を知っているのか?それは、『Hsシリーズ』開発に携わっていた清廉止水から情報を提供されていたからである。 「 北西40・・・から南西70 」 「!!」 ドドドドド!!! ドップラー・ライダーを用いて観測・分析した情報から導き出される行動(方角・速度等)を、即座に ダークナイト の機能『赤外機』によって“ゴリアテ”の『赤外子機』に伝達する。 単純な速度では『六枚羽』に大きく劣る『念動飛翔』でも、旋回機能を高めた“双翼モード”でなら『光学装飾』によるサポート込みで何とか渡り合えるのだ。 どうしても避けられないタイミングが発生した場合は、直前に空気圧弾をばら撒き『六枚羽』を攻撃・牽制することで機銃の射線から脱する。 更には、偽装した光学情報を『六枚羽』の送受信部に与えることで挙動を制限する。『六枚羽』が学習能力を経た対処を行うまでは通用するだろう。 特に、『光学装飾』の真価を恐れているであろう『ブラックウィザード』側からすれば事前に『六枚羽』に“あの”情報をインプットしていてもおかしくは無い。 何せ、網枷が風紀委員会の一員として活動していたのだ。数日前に『マルンウォール』付近で“手駒達”が何らかの手段で焼き貫かれたことも彼は知っている。 同時に、首謀者が“『シンボル』の詐欺師”である可能性が高いことも。『六枚羽』は重要な戦力である。みすみす失うような悪手を冒す筈が無い。 「 今だ!仕掛けろ! 」 「OK!!」 “カワズ”と“ゴリアテ”は、事前の打ち合わせ通り『六枚羽』に肉薄した後に仕掛ける。すなわち、 ダークナイト を連結し、『送受棒』によるジャミングを敢行する。 シュン・・・ 今まで使っていた電磁波に対して最大威力のジャミングを仕掛けられたために、『六枚羽』に挙動が緩む。 『六枚羽』のレーダーに干渉している電気系“手駒達”も、突如出現した強力なジャミング電波に対処するために数秒のタイムラグが発生した。 「(今!!)」 “カワズ”は、千載一遇のチャンスを逃すまいと速攻で ダークナイト の先端を『六枚羽』へ向ける。そして、 ダークナイト に備えられたあの機能を実行・・・ ボン!!! する前に『六枚羽』が自衛行動に出た。機体からソフトボールのような“何か”を“カワズ”達に向けて発射する。 その“何か”は“カワズ”達の付近で破裂、内部から噴出したのは・・・砂鉄。 「 “ゲコっち”!!!“ゴリアテ”様を!!! 」 発射直後にその正体に気付いた“カワズ”が、地上に居る―『赤外子機』によって位置を把握していた―仲間に助勢を頼む。 そして・・・『六枚羽』から砂鉄に向けて高圧電流が放たれる。 バリバリバリ!!! 砂鉄と高圧電流による電磁エリアの形成。20m四方を『面』とするそれは、本来であれば飛来して来るミサイルの迎撃等のために使用される。 だが、今回は緊急避難用として“カワズ”達に向けられた。砂鉄に塗れていた“カワズ”と“ゴリアテ”は・・・ 「 “カワズ”様!!“ゴリアテ”様!!ご無事ですか!!? 」 「ボクは大丈夫だよ~」 「俺は着ぐるみだけがボロボロさ。断続的にジャミングは続けるから、間接的にはそっちの手助けもできる筈だ。頑張って!“ゴリアテ”様!!気を抜くなよ!!」 「うん!!」 無事であった。その理由は、近くの森林地帯に居た“ゲコっち”(及び“ゲコゲコ”・“ゲルマ”・“ゲコイラル”)の『電撃使い』による磁力操作で砂鉄を移動させたからである。 磁力操作が一番得意な“ゲコっち”を“ゲルマ”が持ち前の筋力で神速の如き速度でブン投げ(無論、“ゲコゲコ”の念動力による制御下)、 『電撃使い』を行使できる範囲内に“カワズ”達を収めた瞬間に能力を行使した。だが、電流が流れる前に砂鉄を取り除けたのは“カワズ”の下半身まで。 “カワズ”の上半身は、盛大に高圧電流の暴力に晒された。だが、そこは清廉止水製作の絶縁性機能付き特別スーツ、『中の人』には全く影響を及ぼさない。 「“ゲコっち”!只今戻りました!!」 「うむ!ご苦労!!さぁ、急いでこの場所を離れるぞ!!“ゲコっち”の全力で“手駒達”が放つ電磁波レーダーを何とか逸らしていたが、先程の行動でここの正確な場所は割れた!! 我輩達の狙いはトラックである!!“カワズ”の調査で位置は割れた!!レーダーから逃れた後に、超特急でそちらへ向かうぞ!!」 「わかっています!!皆さん、行きますよ!!」 「了解!さぁ、僕の“ゲコイラルラッシュ”の登場は近い・・・!!」 “ゲルマ”達は、隠れていた森林地帯からの即座の離脱に移る。この位置は、トラックの上に居る視覚系“手駒達”には割れていなかったのだが、 電気系“手駒達”による電磁波レーダーは周囲を飛び交っていた。先程までは“ゲコっち”の全力で何とか捻じ曲げていた(=つまり、捻じ曲げている大まかな場所は割れていた)が、 “カワズ”達を助けるために動いた以上正確な位置は割れてしまった。そのため、“ゲコゲコ”の念動力で急いで離脱する。その直後、元居た場所に電撃の槍が数条飛来した。 「やはり、“変人”以外の別働隊も居るか。そいつ等の位置は?」 「数分前にレーダー監視外へ出ました。おそらく、念動力による移動と思われます」 「その念動力の使い手って、対象物に触れないと念動力を行使できないタイプなんじゃ無い?」 「だろうな。でなければ、俺達に念動力を使わない理由が無いからな。まぁ、使った所で俺達には“手駒達”の念動力が掛かっていたが」 「精神系“手駒達”の力で、『シンボル』の精神系能力者への対策もバッチリ決めてるしね。ンフッ」 東雲と伊利乃は、少し前に暗視ゴーグルで目にした光景から敵の狙いや能力を分析していた。 彼等が乗る大型トラックはスロープを抜け、廃ビルが立ち並ぶ―その結果多少入り組んだ―平地を猛スピードで走っている。 “手駒達”の監視網は大型トラックを中心に展開されているので、進行次第でその範囲は当然のことながら移り変わって行く。 「それにしても、『六枚羽』の電流が効かないなんてね・・・。あの着ぐるみ・・・唯の着ぐるみじゃ無かったんだわ」 「・・・まだ気を抜くなよ?」 「わかってるって。さっき、網枷君に電話したら同じことを言われたわよ」 「なら、いい。“手駒達”!!周囲の監視を怠るな!もう15分も走れば、車両変更ポイントに到達する!!風紀委員や警備員の増援部隊が近くに展開している可能性もある!! 網枷が“裏”のルートを使って連中の動きを可能な限り妨害するよう尽くすが、それも完璧じゃ無い。いいな!?」 「「「了解」」」 東雲の指示に、“手駒達”が承諾の意を伝える。 「真慈。『六枚羽』の離脱はどうするの?予定だと『六枚羽』を積んで来たトラックに格納する運びだけど、 万が一の時はステルス機能とマッハ2.5を活かした超高速離脱を指示することになっているわ。 でも、今の『六枚羽』の目的は“変人”達の排除と私達の護衛。言い換えれば、『六枚羽』の行動が私達の居場所・・・つまりこのトラックの位置を奴等に伝える危険性がある」 「それは、『光学装飾』の監視範囲外に出て初めて議論ができる代物だ。俺達に衝撃波を見舞った距離を鑑みて、最低でも550m以内を監視下に置いていると推測できる。 せめて、奴から550m+数百m離れなければ光学操作による車両の偽装もできない。機械による光学監視なら何キロでも関係無いが、こればかりは・・・な」 「成程。『六枚羽』から送られて来る情報だと、今の“変人”達の位置はここから400m程離れてるわ。向こうもそれがわかってるから近付こうとしているけど・・・」 「『六枚羽』と渡り合うだけで精一杯だな。それに・・・懸念事項の1つだった『人体を焼き貫く手段』を未だに使わない所から見ると、時間が掛かる代物である可能性が高い。 つまり、『六枚羽』との戦闘中では使う余裕が無いんだ。網枷の進言で、予め『六枚羽』に想定と対応に関する情報を入力していたが杞憂に終わったかもな。 それに、俺達の前に姿を現した前後に使用しなかったのは射程の問題か光学系“手駒達”の妨害を恐れた可能性が高い。 『人体を焼き貫く手段』が、熱を生み出す赤外線を利用したレーザーの類なら・・・の話だが」 「きっと、真慈の推測は当たってるわよ。・・・『六枚羽』の電磁波レーダーをサポートしている“手駒達”も、そろそろストップを掛けないとね。 月ノ宮って言う電気系能力者に探知されたら意味が無いもの。『六枚羽』のステルス性を活かすためにもね。ンフッ!」 「・・・・・・」 伊利乃に何時もの余裕が戻って来たのを確認した東雲は、今後の動きに思考を巡らせる。伊利乃の言う通り、『六枚羽』の電磁波レーダーのサポートはそろそろ潮時だ。 これからは、こちらの位置が割れかねない電波の放出では無く展開している可能性のある風紀委員や警備員の電波を傍受する方向に切り替える。“手駒達”や機械の力を使って。 “変人”との位置は約550mにまで広がった。もう少しすれば・・・ 「東雲様!!!」 「「!!?」」 だが、突如聞こえて来た“手駒達”の通信で“弧皇”の目算は狂い出す。誰にとっても予測不可能な―“弧皇”が忌み嫌う―『力』を持つ世界が・・・満を持して動き始める。 「風路殿!!まずは手当てを・・・!!」 「んなことより、ボウズ達を助けねぇと!!」 「鴉!!」 「今の俺は“ゲコ太マン”だ!!風路の心意気を買おう!!とにもかくにも、臙脂達が日頃から遊んでいる教室とやらに向かわねば!!」 場面と時刻は変わって、“カワズ”達が離れた『太陽の園』―“ゲコ太マン”の『分裂光源』で発生させた光源に照らされた―では負傷した風路の下へ“ゲコ太マン”・“ゲコ太マスク”・“ゲコ太”が合流していた。 ドーン!!バリバリ!!ボコーン!!! 「・・・“ゲコ太マン”!!どうやら、ここに居る“手駒達”は電気系能力者が多いみたいだぜ!?」 「油断するな!!他の能力者も混じっている可能性は十二分にある!!」 「不動殿を中心に応戦しておるようでござる!!拙者達も気を付け・・・」 「伏せろ!!」 「「「!!!」」」 バリバリ!!! 風路の一喝に即座に反応した“ヒーロー”達。彼等4人が伏せた刹那に通り過ぎたのは、電気系“手駒達”。そして・・・ グン!!! 崩れた建物の残骸を浮遊させる念動力系“手駒達”。この“手駒達”は対象に触れなくても念動力を行使できる能力者なのだが、その力を風路達に及ぼすことができない。 理由は“ゲコゲコ”の念動力が4人を包んでいるから。自由行動の観点から、風路達の動きを念動力で縛ってはいないが作用自体は保持している。 そのため、敵の念動力と拮抗・排除することを可能としている。 「我が『閃劇』をその目に焼き付けるがいい!!」 “手駒達”が更なる攻撃を仕掛けようとした瞬間に“ゲコ太マン”が敵の周囲に発生させた等身大の光像群。 ゲコ太の仮面を被ったそれ等の出現にうろたえる“手駒達”の隙を“ヒーロー”達は見逃さない。 「射抜け!!『水竜丸』!!!」 まずは、“ゲコ太マン”が持つ模造剣の先から高圧のウォーターカッターが電気系“手駒達”の小型アンテナを切断する。 これは、十二人委員会の新規メンバー鉄こころ自作の『水竜丸』。当初彼女がウォーターカッターを仕込んだのは普通の木刀であったのだが、 “ゲコ太マン”が興味を示したことを切欠に(半ば無理矢理に)彼が持つ模造剣二振りに同様の機能を付加したのだ。ちなみに、一回使用するごとに注水が必要。 彼女は“ゲコ太マン”の『中の人』に心酔しており、様々な発明品を穏健派救済委員に提供している。但し、どの発明品も一癖二癖あるので扱うには十分に注意しなければならないが。 「「「うおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」」」 お次は風路・“ゲコ太マスク”・“ゲコ太”の男3人。彼等が取った行動は至って単純で、3人一緒に念動力系“手駒達”に体当たりをぶちかました。 自分達に念動力が作用しない、加えて『閃劇』で隙を見せた以上速攻で動きを封じて小型アンテナを毟り取るという考え。それは見事的中した。 「よっしゃあああぁぁっ!!!」 「・・・他にはいねぇな」 「師匠!!先を急ぎましょうぞ!!」 「ああ!!」 風路・“ゲコ太”・“ゲコ太マスク”・“ゲコ太マン”は、一息吐く間も無く全速力で臙脂達の下へ向かう。数十秒後、臙脂に教えられた教室―崩壊している―に辿り着いた。 「・・・ウズ。ボウズ!!生きてんだろうな!!?返事しやがれ!!ボウズ!!!」 「臙脂殿!!!そのご友人達も!!!大丈夫でござるか!!?」 「俺達の手で瓦礫を排除する!!“ゲコ太”!!周囲の監視と共に念話回線で“ゲオウ”に救援要請を!!」 「やってる!!だけど、あっちもあっちで重傷者の治療に当たってるらしくて、すぐには来れないみてぇだ!!」 「ボウズ!!ボウズ!!!」 左腕の負傷すら度外視し、風路は仲間と共に必死に瓦礫をどけていく。二次災害を防ぐために、火急の中に慎重さを混ぜながら。 そんな“ヒーロー”達の思いが通じたのか、風路が求めていた少年が瞳に映った。 「ボウズ!!!大丈夫か!!?おいっ!!!」 「・・・・・・うっ」 「息はあるでござる!!!」 体のあちこちから出血しているが、命に別状は無さそうだった。その数分後、臙脂の友達も瓦礫の中から救い出した。2人共臙脂と同じくらいの傷を負っている。 「よかった・・・。とりあえずは、止血と消毒を・・・」 「・・・うっ。・・・・・・あ、れっ?・・・俺・・・」 「気が付いたか、ボウズ!?」 「そ、の・・・声・・・・・・“ゲロ・・・ゲ、ロ”・・・?」 「あぁ、そうだ!!“ゲロゲロ”・・・・・・の『中の人』だ!!所謂変身前ってヤツだ!!」 「・・・へっ。・・・何だよ、それ・・・」 風路に腕に抱かれた臙脂が目を覚ます。彼は、頭上から聞こえて来る声から風路を“ゲロゲロ”と判断する。 「“ゲロゲロ”だけでは無い!!俺や“ゲコ太マスク”、“ゲコ太”もここに居るぞ!!」 「“ゲコ太マン”・・・“ゲコ太マスク”・・・“ゲコ太”・・・」 「臙脂殿!!拙者達がわかるでござるか!?“ゲロゲロ”殿は、おぬし達を助けに一番槍として『太陽の園』へ突入したでござるよ!!」 「“ケロヨン1号”・“2号”も、お前達を助けるために精一杯頑張ったんだぜ!?そんでもって、“ヒーロー戦隊”が助けに来た!!もう心配いらないぞ!?」 臙脂の瞳に、“ヒーロー戦隊”達が映る。自分とは違う本物の“ヒーロー”。だから・・・気になった。 「ねぇ・・・“ゲロゲロ”?」 「おぅ!何だ!?」 「も、しかし・・・て・・・・・・“カワズ”も・・・?」 「もちろんだ!!あの人が中心となって、悪者を退治しに来たんだ!!今あの人は、命を懸けて悪者の兵器と戦っている!!皆を守るために!!皆を助けるために!!」 「・・・そう。・・・・・・」 「・・・ボウズ?」 風路は、何故“カワズ”の名前が今ここで出たのかを訝しむ。そして気付く。抱きかかえている少年が、悔し涙を流していることに。 「・・・俺・・・俺・・・・・・何もできなかった・・・!!あいつ等が『苦しい』って・・・『助けて』って・・・俺に助けを求めているのに・・・何もできなかった・・・!!!」 『勇君・・・助けて・・・!!!』 『苦しい・・・苦しいよ・・・!!ど、どうして・・・来てくれないの・・・?勇、君・・・!!!』 友人達は気を失う直前まで臙脂の名前を呼んでいた。頼りになる友を・・・自分達の“ヒーロー”をずっと呼び続けていた。 だが、“ヒーロー”は友の声に応えることができなかった。軽くない傷を負った“ヒーローごっこ”に勤しんでいた少年は・・・己の無力さを痛感しながら気を失った。 「ボウズ・・・!!」 「俺、は・・・友達失格だ・・・!!“ヒーロー”失格だ・・・!!!“カワズ”に大見得を切ったのに・・・何も・・・何もできてねぇ・・・!!!」 『俺は、昔“詐欺師ヒーロー”とは違う“ヒーロー”だった。その時でさえ、自分を保つことに苦労した。“ヒーロー”は、皆の期待を一心に背負う。勝手に背負わされる。 そして、その期待は一つ間違えれば失望に変わる。“ヒーロー”の行動1つで。現に、君達が目撃した“ヒーロー”になりたがった女の子は・・・その途中で堕ちた』 『俺は逃げねぇ!!俺は背負い切ってみせる!!“カワズ”!!お前みたいな“ヒーロー”からトンズラこくような男に、俺は絶対にならねぇ!!!』 “詐欺師ヒーロー”の言葉が、少年の心に深く突き刺さる。自分は期待された。窮地という環境からの救いの手を。他ならぬ少年の友に。 その期待に、自分は応えられなかった。ビー玉程度の光しか生み出せない少年に、友と同様に傷付いた自分に一体何ができるというのか。 「全然・・・背負い切れて無ぇ・・・!!!あいつ等を・・・あいつ等に何もしてやれなかった・・・!!あいつ等を・・・きっと失望させちまった・・・!!!」 反面、“ヒーロー”から逃げたと断じた“カワズ”は悪者を退治するために戦っている。様々な“ヒーロー”達を引き連れて、中心となって、まるで“ヒーロー”のように戦っている。 その肩に乗っかっているモノは、一体どれ程重いのか。少年はようやく気付く。重責を担う本当の辛さを。それを貫ける意志の強さが如何に尊きモノなのかを。 “カワズ”は・・・偽者の“ヒーロー”では無かった。自分は・・・自分が・・・偽者の“ヒーロー”だった。 「・・・ボウズ。それを言ったら俺もそうだったぜ?」 「えっ・・・?」 失望という奈落の底に落ちようとしている少年を、風路は―自分でも信じられないくらい―穏やかに諭す。彼もまた、碧髪の男に糾弾されて色んなことに気付いた人間だったから。 ここに居る“ヒーロー”達と短いながらも濃密な時間を共に過ごしたことで、他者との繋がりの尊さを思い出した人間だったから。 「実はな・・・俺の妹がここを襲った悪者に攫われちまってんだ」 「えっ!!?」 「随分前にな・・・。俺は、もしかしたら妹を失望させちまったかもしんねぇ。大事な肉親を助けられない兄貴に対して・・・な。 そんでよぉ・・・馬鹿な俺は一度の失敗で風紀委員(ヒーロー)みたいな活動をしている人達を信じなくなっちまった。見栄を張って、1人で突っ込んで・・・。 そんなことをしても、状況なんて好転しなかった。益々悪くなるばかりだった。それでも、自分しか信じていなかった。俺は・・・“ヒーロー”を信じなくなっていた」 「・・・!!!」 臙脂は驚くことしかできない。“ヒーロー”である風路が“ヒーロー”を信じていなかったのだ。矛盾。撞着。それ等を語る男の顔は・・・落ち着いていた。 「そんな時によぉ・・・出会ったんだ。あの人に・・・“閃光の英雄”にな」 「・・・・・・それって、“カワズ”のこと?」 「あぁ、そうだ。あの人は、昔そう呼ばれていたんだ。実際どんな“ヒーロー”だったのかは知らねぇけどな」 情報販売から買った情報で、風路は邂逅を果たした。かつて“閃光の英雄”と呼ばれた『シンボル』のリーダーと。 「“カワズ”はすっげぇ厳しくてな。俺の間違ってる部分にズバズバツッコミをぶちかまして来たんだ。最初は俺も憤慨した。ムカついた。でも・・・それは当たっていた。 そんでもって、なりゆきで俺は“ヒーロー戦隊”の一員として今ここに居る。初めは、俺自身“ヒーロー”なんてモンになるつもりは無かった。 自分のことを“ヒーロー”だって思えなかったし。『“ヒーロー”なんてメンドクセー』って正直思ってた。 でもよ・・・今のボウズを見てるとよ・・・“ヒーロー”で良かったと思ってる。だってよぉ・・・“ヒーロー”としてこうやってボウズを元気付けてやれるんだからな!!」 今の臙脂に必要なのは、1人の人間としてでは無く、“ヒーロー”としての言葉。“ヒーロー”だから贈れる言葉。風路は、今ここに居る運命を誇りに思う。 「“ヒーロー”だって失敗の1つや2つはする!!“ヒーロー”は万能な存在なんかじゃ無い!!完璧な存在なんかじゃ無い!!“ヒーロー”やってる俺やお前がケガってるのが良い証拠だ!! 助けを求めている奴等をどうしても救えない時もある!!応えられない時もある!!世界ってヤツは、そんな優しいモンじゃ無い!! でもよ!!それがどうしたんだ!?それが、“ヒーロー”にふさわしくない理由なんかになっちまうのかよ!!?」 「“ゲロゲロ”・・・!!」 以前までは、唯妹を救うことだけが彼の唯一の目的だった。そのために、色んなモノを犠牲にして来た。だが・・・それは正しかったのか?鏡子は、そんな兄の姿を求めているのか? 『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』 愛しき妹が兄に求めたのは・・・優しさ溢れる存在。例え世界がどれだけ非情な現実を突き付けて来たとしても、人間足る自分は揺らいではいけない。優しさを失ってはいけない。 「ボウズ!!結果だけが全てじゃ無い!!でも、過程だけでもいけない!!俺もお前も、“ヒーロー”としては半端者なんだろうぜ!!“ヒーローごっこ”なんだろうぜ!! でもよ!!そんな俺達でも何かできることがある筈だ!!もし、今はできなくても近い将来何かを可能にすることはできる筈だ!!だから・・・絶対に諦めちゃいけねぇ!! “ヒーローごっこ”なら・・・それを“ヒーロー”にすりゃあいいだけの話だ!!ボウズはボウズの、俺は俺がなりたい“ヒーロー”を目指せばいいだけの話だ!! 俺は、必ず妹を救い出す!!以前のような妹じゃ無くても・・・俺は絶対に背負い切ってみせる!! ボウズ・・・お前はどうなんだ!?お前は、一度の失敗で全部諦めちまうのか!?“ヒーロー”になるって意志はもう消えちまったのか!!?」 「お、俺・・・は・・・」 「勇君は・・・“ヒーロー”だよ・・・」 「「!!?」」 風路と臙脂が、同時に声がした方向に顔を振り向ける。それは、“ゲコ太マスク”と“ゲコ太”によって手当てが為された臙脂の友達2人。 何時からかは知らないが、彼等は意識を回復していた。そして、風路と臙脂の会話を聞いていたのだ。 「勇・・・君・・・。ご、ごめん・・・ね」 「なっ、何でお前等が謝るんだよ!!?」 「だって・・・僕、達・・・勇君のことを・・・・・・考えていなかったから」 「勇君だって傷付いてた筈なのに・・・僕達は・・・・・・勇君の状態なんか考えていなかった。唯・・・『助けて』しか言わなかった・・・」 「ッッ!!!」 『・・・君達のことだ。“ヒーロー”ってのは、皆のために・・・他者のために自分を犠牲にしてでも頑張らなくちゃいけない責任があるって思ってそうだね。 んふっ、何を馬鹿なことを言ってるんだ?“ヒーロー”に全部押し付けて、自分の責任を軽くしてるのは何処のどいつだ・・・!? 責任逃れをしてんのは、“ヒーロー”じゃ無くて君達“一般人”なんじゃねぇのか・・・!?』 「“カワズ”の言う通りだった・・・。僕達・・・勇君の苦しみを・・・・・・わかっていなかった」 「自分達のことばかり考えて・・・・・・だから・・・ごめん」 「お、お前等・・・!!!」 責任逃れ・・・という程では無い。窮地に陥って誰かに助けを呼ぶ行為は、極当たり前のことである。だが、それは助ける側の事情を無視している側面は確かにある。 状況がわからないのだから致し方無いとは言え、この一面は確実に存在する。しかも、今回の場合は臙脂も傷付いていると予測できたが故に友人達の心は重たかった。 先程の臙脂の独白を聞いていた身として、尚更自分達の言動が臙脂を苦しませていたことに悔恨の念を覚えざるを得ない。 「勇君は・・・そんな僕達のために泣いてくれた。助けようと必死にもがいてくれた。それだけで・・・僕達の“ヒーロー”だよ。そうだよね・・・?」 「うん・・・。僕達の大事な友達・・・そして“ヒーロー”・・・。ありがとう、勇君」 「ッッッ!!!」 それは、臙脂勇という少年が一番欲しかった言葉。確認したかった答え。『大事な友達』。“ヒーロー”だけじゃ無い。それ以前に・・・『友達』として臙脂を認めてくれていた。 意気地が無かったのは自分の方なのに・・・それでも・・・こんな自分を『友達』として・・・“ヒーロー”として認めてくれた。すごく・・・すごく嬉しかった。 だから、少年は風路の腕から身を起こし、痛む体をおして『大事な友達』の下へ辿り着く。そして・・・ 「ごめん・・・ごめんな!!!俺・・・俺・・・もっと強くなるから!!!お前等が助けを求めた時は絶対に助けられるような、そんな“ヒーロー”になるから!!!」 「僕達もごめん!!僕達も・・・勇君を支えられるような人間に絶対になってみせるから!!!」 「そうだよ!!皆で一緒に頑張ろう!!!皆で頑張れば・・・きっとなれるよ!!!」 少年達は顔をくしゃくしゃにしながら抱き合い、共に成長することを誓う。間違いを犯しながらも、壁が立ちはだかっても、皆で頑張ることを約束する。 「風路・・・見事だったぞ」 「“ゲコ太マン”・・・」 「お前の決意、確とこの胸に焼き付けた!!今のお前なら、必ずや妹を救い出すことができるだろう!!今度こそ・・・鏡子を背負うのだ!!」 「・・・ありがとよ。アンタ等には本当に世話になった。あぁ、そうだ。鏡子が自分の意思で薬を服用していないことも、“手駒達”として扱われていないことも証拠として残せたぜ」 「証拠?」 “ゲコ太マン”が疑問の声を挙げる中、風路は首からぶら下げていた携帯電話を着ぐるみの外へ出した。 「実はよ、連中の幹部らしき女が鏡子について色々喋っていたのをこの携帯に搭載された録音機能を使って保存したんだよ。これで・・・界刺さんに証明できる」 今の風路の瞳には力強い光が宿っていた。以前は碌な証拠も出せずに界刺や固地に一蹴されたが、今度は違う。 確たる証拠をこの手に掴んだことで、今度こそ妹の身に起きたことを証明できる。 「そうか!ならば・・・うん?」 「・・・これは・・・念話通信・・・?」 あー、あー。皆に報告!!不動さん達が、『太陽の園』に残ってた“手駒達”を全て潰したよ!!救助活動も何とか終了!!幸い死者は出ていないけど、重傷者が何名か出た。 とは言っても、勇路さんの『治癒能力』で治療してるけど。とりあえず、一旦集合ってことで。後、形製さんがここに残ってる“手駒達”の記憶を調査したんだけど、収穫無し。 どうやら、ここに残した“手駒達”は『太陽の園』へ到着後に意識を覚醒させたみたい。そもそも記憶とかがぶっ壊れてるし、そこら辺は敵さんが抜け目無いね。 “手駒達”には形製さんを想定してか精神防壁がされていた所から見ても、凄く対策してるって感じ。まぁ、その防壁を潰した形製さんの力はもっと凄いけど。そんじゃ、レッツ集合!! この直後、林檎の『音響砲弾』による念話通信で『太陽の園』内の戦闘が終了したことを皆が知る。 後は、東雲達に攫われた子供達の奪還のみ。それを主導するのは・・・“詐欺師ヒーロー”。 キキッ!! 「「「「!!!」」」」 そんな最中に『太陽の園』へ突入して来た大型車。その音とライトに気付いた風路・“ゲコ太マン”・“ゲコ太マスク”・“ゲコ太”は警戒する。 だが、車のドアからいの一番に飛び出して来た人間を見て警戒は解除された。何故なら・・・十二人委員会の面々がよく知るリーゼント風の“不良”であったが故に。 continue!!
https://w.atwiki.jp/m-server/pages/537.html
特になし ブラックウィザードローブ
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1648.html
「やっぱ厳重だな。どう思うよ、利壱、紫郎?」 「中に入り込むのは難しそうでやんすね」 「ここは、俺の『思考回廊』で思考を覗いた方がいいかもね。できるなら、知っている人間がいいね」 成瀬台の周囲を警備している警備員の姿を遠目に覗うのは、荒我・梯・武佐の“不良”3人組。彼等は昨夜に成瀬台で起きた戦闘音を直に耳にしている人間達だ。 当初、荒我達は母校で何が起こっているのかを確かめに行こうとしたのだが、とんでもない戦闘音に対する恐怖と周囲に居た警備員(に扮した“手駒達”)に排除されたこともあって、 ずっと踏み込めないで居た。 今朝の新聞やテレビで、ようやく成瀬台で何が起こったのかを知ったくらいなのだ。 「おそらく、『ブラックウィザード』が成瀬台に攻撃を仕掛けたでやんすね。報道だと、『シンボル』のおかげで死者は出なかったようでやんすけど」 「緋花ちゃんやゆかりちゃんと連絡が着かないのは、機密事項を漏らさないようにするためでもあるのかな?報道じゃ『ブラックウィザード』の名前自体が出ていなかったし」 「でもよ!せめて、安否くらいは気になるってモンだ!!それだけは、何としてでも確認しねぇと!!」 舎弟達の分析を聞きながら、荒我は多少以上に焦っていた。報道には、風紀委員にも重傷者が幾人も出たとある。その中に焔火達が含まれている可能性は否定できない。 自身焔火から告白を受けた者として、またかつて『ブラックウィザード』に辛苦を舐めさせられた者として、じっとはしていられなかった。 「荒我君の気持ちは、十分にわかってるでやんす!そろそろ昼休みの時間帯でやんすから、もしかしたら隙ができるかもでやんす!」 「だね!その隙を逃さないようにしよう!荒我兄貴も!!」 「おう!!」 3人組は、虎視眈々と警備網の隙を覗う。その行動の先に、非情な現実が待っているとも知らずに。 「・・・もしもし。不動か?」 「・・・・・・ハァ」 「む!?ど、どうした!?いきなり溜息なんか吐いて!?」 「・・・どうしたもこうしたもあるか!何だ、この偏向報道は!?酷いというレベルじゃ無いぞ!? どうして、私達の報道に紙面の半分以上が割かれているんだ!?テレビでも似たような報道だ!何らかの圧力が掛かったとしか思えない!おかげで、私は成瀬台寮に居られなくなった!!」 「あぁ・・・」 破輩が掛けた電話先で、不動の困惑とも怒りとも取れる声が聞こえる。 「・・・そういえば、今何処に居るんだ?」 「春咲の家にお邪魔している。あの報道には、春咲の名前だけが挙がっていなかったからな。これも偏向報道・・・と見せ掛けた圧力だろう。 春咲桜という名前を大々的に報じたくない理由は想像できるしな。逆に、形製の名前が堂々と出てしまった。ハァ・・・」 「別にいいじゃないですかー!これで、あたしも堂々と『シンボル』の活動に参加できるようになったんだし!!」 「流麗・・・おめでとう」 「こういうのを、不幸中の幸いって言うのかな?それとも、ポジティブシンキング?」 「お前等・・・私の気苦労を・・・!!」 「ハハッ・・・」 近くに形製・水楯・春咲が居るのか、彼女達の声も聞こえて来る。努めて明るく振舞っているのも、気落ちしている破輩への配慮の念故だろう。昨夜はこの4名に助けられた。 「で?何の用だ?」 「・・・・・・ありがとう。本当にありがとう・・・!!そして・・・済まなかった。本当に済まなかった・・・!!」 「破輩・・・」 お礼と謝罪。今回の件が、『シンボル』に与える影響の大きさを少し前に自覚したがために出た言葉。 「お前達のおかげで・・・救われた命が多くある。159支部としても、お前達のおかげで記立や佐野の命が救われた。これは、何をもっても代え難い結果だ・・・!!」 「・・・2人はどうだった?」 「佐野に関しては、無理をおして現場に復帰している。動けない怪我では無いからな。唯、記立は脚にも重傷を負ったから・・・入院することになった」 「そうか・・・」 「・・・記立が救急車で運ばれて行く際に、私にこう言ったんだ。『あなたの心遣いに応えられなくてゴメンネ。でも・・・私なりに頑張ったよ?風輪の時とは違う結果を・・・出せたかな?』って」 担架で運ばれて行く厳原の傍で、破輩は彼女の精一杯の笑顔を見た。体中を駆け巡る痛みで、笑顔なんて浮かべられる余裕は無い筈なのに、それでも少女は親友のために笑顔を見せた。 この時、破輩は風輪の二の舞を避けるために厳原を後方へ置いた心遣いに当人が気付いていたことを知った。その笑顔と強い意志が込められた言葉に・・・力を貰った。 「私は・・・本当に臆病な人間だよ!でも・・・そんな人間を・・・あいつは全部わかっててくれていた!!・・・幸せ者だよ・・・私は」 「・・・そうだな。ちなみに、“ソレ”は159支部の他のメンバーにも打ち明けたんだろうな?」 「あぁ・・・。ちゃんと打ち明けた・・・さっき打ち明けることができたよ。皆・・・わかってくれたよ・・・!!」 「・・・そうか」 「だからこそ、お前達に迷惑を掛けてしまったこと・・・そして、これからも迷惑を掛けることを・・・とても申し訳無く思っている。 言葉だけでは何の証にもならないが・・・それでも・・・伝えたかった!!」 「・・・あぁ。わかっている。そうだろ、お前達?」 「うん!!」 「えぇ」 「はい!!」 今の破輩にできる精一杯の言葉を、不動・形製・水楯・春咲は確かに受け取った。受け入れた。故に・・・ 「・・・いい機会だ。破輩。そして、お前達にも1つ言っておく。これは、懸念事項と言ってもいい」 「「「「???」」」」 「得世が『本気』になる時が近付いているかもしれん」 「「「「!!!」」」」 『本気』。敵と見做せば、誰彼構わず見境無く殺そうとする可能性大の状態。界刺得世の・・・『本気』。 「この流れ・・・私としても些か以上に懸念を募らせている。おそらく、今回のことで得世は風紀委員達に対して怒り心頭だろう。 昨日も感じたことだが、奴も不承不承の末の決断だったのだろう。今のあいつなら・・・切欠があれば『本気』を出した上で躊躇無く風紀委員達を敵に回す可能性がある。 それが、例え風紀委員達が『ブラックウィザード』討伐に専念している時でさえ構わず敵に回し・・・・・・最悪は邪魔する者達(おまえたち)を殺しに掛かる。 しかも、今回『ブラックウィザード』に関わっている人間の中で確実に得世を『本気』にさせる者が1人だけ居る」 「あの殺人鬼か・・・!!」 「そうだ。破輩。くれぐれも注意しろ。奴が『本気』になった時は、すぐにその場を離れろ!!もし、件の殺人鬼と得世がぶつかった時は必ずそれを徹底しろ!! 正直な話、私達でも『本気』の得世を止められる保証は無い。私が知っているあの『本気』なら、止めようとする私達すら敵と見做し、牙を向く可能性も否定できん」 「・・・界刺得世という人間は、一度『本気』状態になれば完全にスイッチが切り替わってしまうタイプということか?」 「私の知る限りではな。敵対する者の生死に気を払わなくなる。もっと言えば・・・奴の本質の一部分が露になる。親友の私が言うのも何だが・・・奴は何処か狂っている。 殺し合いの最中に冷酷な笑みと瞳を浮かべられる程の修羅が垣間見えるぞ?少なくとも、“閃光の英雄”と呼ばれていた頃の奴はそういう人間でもあった」 「ッッ!!!それで、よく“英雄”と呼ばれていたな。“ヒーロー”と言うより“鬼”のようじゃないか。それにしても・・・そんなにヤバイのか?界刺の『本気』は?」 「・・・ヤバイです、破輩先輩」 「春咲?」 不動と破輩の会話に、春咲が割り込む。彼女は知っている。数日前、『マリンウォール』で当人から特訓の内容とその主目的を(大まかに)教えられている。 これは、水楯・形製・不動も知っていることだった(形製にはリフォーム作戦時に(大まかに教えられた)水楯が教えていた。ついでに、不動にも春咲の家に転がり込んだ時に教えている)。 「下手をすれば・・・秒殺です。正面から戦り合うとして・・・『光学装飾』による多彩な『幻惑』を使用できる得世さんなら・・・殺す覚悟を持つ『本気』の得世さんなら。 強大な風を起こすのに、どうしてもタイムラグが出る『疾風旋風』だと・・・おそらく破輩先輩でも・・・。 あの“花盛の宙姫”と謳われる閨秀さんでも、きっと『本気』の得世さんは止められない。条件次第では、2人共に違う結果になる可能性もありますけど」 「・・・!!!」 「例えば・・・風輪のレベル4の中で確実に勝てるとしたら、風輪第1位の吹間君くらいだと思います。条件次第で、これも確実とは言えなくなりますけど」 「吹間くらい・・・!?あいつの『快眠誘導』は、ある意味反則技だ。・・・そうか・・・それはヤバイな・・・!!」 吹間の『快眠誘導』は、精神系能力の中でもかなり強力な部類に入る強大な能力だ。反則的能力とも言える吹間なら、“変人”に勝利する可能性は高い。 だが、それ以外では可能性がグッと低くなると春咲は言うのだ。それは・・・能力もさることながら、殺す覚悟を持つか持たないかの差が一番大きい。 同時に確信したこともある。おそらく、碧髪の男には光を使った明確な攻撃手段があるのだ。具体的には、姫空のようなレーザー系の能力が。 「・・・いいな、破輩?切欠さえ作らなければ、得世もお前達には手を出さないだろう。得世の主目的は風路の件、そしてそれに付随する可能性のある殺人鬼の排除だ。 お前も知っている通り、殺人鬼対策のために得世は特訓を重ねていた。厳密にはもっと前から鍛えてはいたが。 つまり、その成果をお前達に向けて来るということだ。風紀委員を一蹴したあの殺人鬼と戦うための術をだ。 その術がどれだけ危険なものか、皆まで言わずともお前ならわかるだろう?何故得世が『本気』を出したがらないのか・・・それは持てる力の危険性を十二分に理解しているからだ」 「あぁ・・・。だが、果たしてあいつは本当に殺人鬼に勝てるのか?あの殺し屋は、姫空のレーザーさえかわしたんだぞ?原理は不明だが」 「・・・破輩先輩」 「・・・水楯?」 「そのレーザーは・・・“真っ直ぐ”放たれたんですよね?そして、それを避けられたんですよね?」 「あぁ。というか、そもそもレーザーというのはそういうモノだろう?指向性・・・つまりは直進性に特化した光だ。 大気による散乱や埃や水蒸気でレーザー光が吸収されたりして威力が多少減衰してしまうが、そこは出力そのものでカバーを・・・」 「でしたら・・・界刺さんの光学攻撃は通用する可能性はあります。数多の光操作を究めた界刺さんだからこそできる芸当が」 「芸当・・・?レーザー・・・指向性・・・“真っ直ぐ”・・・・・・ッッ!!!ま、まさか・・・!!!」 破輩は気付く。そして驚愕する。そんな芸当を意図的に行使するのは架空の世界の出来事だと思っていたが・・・。だがしかし、ここは学園都市。異能の能力を実現させる街。 「光学系の中でもレーザー系の能力を持っている方々は、すべからくその威力や正確性を高めるために指向性・・・つまりは直進性を重点的に向上させる努力を為されます。 また、拡散についても同様に。そうしなければ、レーザーの威力が保てなくなる可能性があるからです。それだけ、レーザー系の能力は取り扱いが難しい。 ですが・・・界刺さんは違う。あの人は光学操作の『基本』、すなわち『幻惑する』という在り方を基に自らの光学攻撃に『基本』を付加させることができるんです。 それによる威力の減衰は殆ど起こり得ない。また、大気の散乱も水蒸気等の吸収も『基本』によって把握・制御・突破することができます。 これ等は、一部を除いた多種多様な光操作を完全に統御している界刺さんだからこそできる芸当です」 「・・・それは、つまり『幻惑』そのものを行使していても・・・使えるということか?」 「今の界刺さんなら。界刺さんは、光学攻撃ありきで『基本』の光学系能力を鍛えてはいません。光学系の『基本』あっての光学攻撃です。この2つは似て非なるモノですよ? 前者の場合は、後者より威力や範囲が大きい光学攻撃を放てます。一方、後者の場合は前者よりトリッキーな光学攻撃を放てます。 もっと言えば、前者は光学攻撃を主体的・それ以外を補助的に扱うのに対し、界刺さんは全てを同時・並列的に扱うんです。 6月の初旬に私達『シンボル』が成瀬台の風紀委員の方々とスキルアウトを潰した折も、界刺さんは普通にこなしていましたよ?ウソツキで努力家な界刺さんらしいとは思いませんか?」 「・・・・・・恐ろしいな。そこに、殺す覚悟が加わるんだろ?下手をしなくても、私達の命が危ない。・・・成程。それなら、あの殺人鬼を相手取ると豪語する自信も頷ける」 「もし、巻き込まれてしまったら即断即決で叩き潰すしか無い。演算不能に追い込めなければ返り討ちだ。刹那の躊躇が生死を分かつ。大出力の『疾風旋風』を行使できたなら、 得世の能力も十全には働かない可能性も低くない。破輩。奴との殺し合いを幾度も経験した私が許す。迷うな。問答無用で潰せ。死にたくなければ」 「そうなったら、私が破輩先輩を潰しますけど」 「わ、私は・・・破輩先輩と得世さんを・・・止めたい・・・と思います」 「あ、あたしは・・・・・・『本気』の界刺を見たくないなぁ・・・」 「水楯・・・春咲・・・形製・・・。ハァ・・・まぁ、まずは逃げろ・・・というか敵対するな。つまり、奴には“近付くな”。“近付けば”・・・巻き込まれるぞ?」 「・・・プッ。お前達・・・私にあいつをどうしろと言いたいんだ?逃げろと言ったり潰せと言ったり・・・全く。お前達らしいと言うか何と言うか・・・」 自身体が震えているのを破輩は自覚しながらも、意図した笑いを発しながら気丈に声を張る。 ようは、『本気』のあの男に関わらなければいいだけの話だ。それを、周知徹底させればいいだけの話だ。 これは、椎倉の号令―殺人鬼に手を出すな―と合わせてやればいいだけの話だ。昨日の晩に、当人からも言われたのだから。 「済まないな(全く、本当に気苦労を掛ける困ったリーダーだ。・・・・・・【閃苛絢爛の鏡界】も惜しみなく使うのだろうな。【雪月花】の顕現・・・か。 しかも、私がさっき知ったばかりのモノを含めて進化している筈。対策も無しに“近付けば”一巻の終わりだ。得世・・・本当に風紀委員達まで殺すつもりか?)」 不動は、破輩達には明かさないもう1つの懸念事項に思考を傾ける。不動自身今の今まで失念していたこと。 【閃苛絢爛の鏡界】という言葉と実態を知っているのは、不動の知る限り自分と当人以外では1人を除いて仮屋しか居ない。 あれを見たのは1年以上前のこと。それ以降無気力人間になった親友も一切話題に出さない。時折ある戦闘でも全く出さない。 この1年間は騙してナンボを極めていたこともあってか、親友の自分さえすっかり忘却していた事柄。 「(“超近赤外線”による新たな光学攻撃開発も、ようは【鏡界】の延長戦上でしか無い。 春咲達の話通りなら、本当は“近付いて”も“遠ざかって”も【鏡界】内に居る限りマズイ・・・!! 当時は力量不足から来る使い勝手の悪さが目立っていたそうだが・・・今の奴なら“超近赤外線”と共に改善・強化させているだろう。加えて、 ダークナイト の存在もある。 得世から口止めされている以上、破輩にも明かせないモノだが・・・。“戦闘色”の『光学装飾』の操作範囲外に居るか、敵対しないことを祈るしか無い・・・か)」 とは言え、かつての【鏡界】を知る不動や界刺の話を“聞いた”だけの春咲達は今の界刺の『本気』を正確には量れていない。今の『本気』を見ていないのだから当然だが。 つまりは憶測。与えられた情報を元に自分達の中で想像しているだけである。例に挙げた勝敗の可能性とて、何処まで真に迫っているかは実際に直面しなければわからないのだ。 「・・・わかった。お前達のアドバイス・・・無駄にはしない。とりあえずは・・・逃げるとしよう。私達の目的は界刺と戦うことじゃ無いしな」 「破輩・・・・・・頑張れよ。無事を祈る」 「あぁ、ありがとう。・・・そうだ、不動。・・・・・・」 会話の終わりになって不意に思い付いたことを実行するために、破輩は不動に理由を言ってメールのやり取りを行った。 その最中において、少女の表情は以前より引き締まったモノとなっていた。ここからが、正念場。誰にも読めない戦場へその身を投じることになる中で、 リーダー足る自分が為すべきことは多くある。それを現在進行中で実感する破輩は、手に持つ携帯を操作しメール送信の準備に入る。 「(さて・・・)」 相手は・・・不動の親友である“変人”。先程の不動とのやり取りで、彼のアドレスを送信して貰ったのだ(界刺には不動から連絡が行ってある)。 少女は、九野が開いた“特別講習”にて彼の苦渋の決断を認識した時から連絡を取るつもりであった。礼や侘び諸々を伝えるために。 しかし、電話によるやり取りを行うことを破輩は躊躇した。怒り心頭であろう彼を自分の言葉・声色で更に怒らせてしまうことを恐れてしまった。故に・・・ 『界刺。昨日はありがとう。そして・・・済まなかった。お前の・・・お前達の置かれている立場を昨日の私はハッキリ認識できていなかった。 今朝の偏向報道に関する議論を経て寒気がするくらい実感させられた。それ所では無かったというのは言い訳にしかならないが・・・本当に済まなかった。 風輪の騒動も含め、学園都市の治安への認識を改めさせられているよ。情けないと思うと同時に負けてたまるかという闘志も湧いて来る。・・・お前達を守りたいと思う程に』 メールで自分の気持ちを伝えることにした。卑怯と糾弾されるかもしれない。それならば、今度は電話にてハッキリ伝える腹積もりだった。数分後・・・彼から返信が来た。 『何で真刺と話をした時に協力を頼まなかったの?』 予想外の内容。それは、先日の『マリンウォール』にて彼の口から発せられた『事実』。確かに、昨日の件が発生する前に不動へ助力を頼むことは可能だった。 “変人”の疑問に、少女は嘘偽りの無い本音を文字に表し・・・電子回線にて送信した。 『不動から「シンボル」が私達の敵に回る可能性を指摘された。そんな時にお前達へ助力を頼むことなど私にはできなかった。 そもそも、お前達の助力を最初から当てにしていたわけじゃ無かったしな。一風紀委員としての矜持に懸けて。・・・今言っても全く説得力が無いがな』 数分後・・・返信が来た。 『助力じゃ無くて協力。・・・で?それだけ?』 文面を見た瞬間、息が詰まった。心臓がドクンと跳ねた。その意味を・・・考えた。考えて・・・出て来た言葉を送った。 『不動達を巻き込みたく無かった・・・のかもしれない。自ら関わっているお前とは違って、不動達はあの時点では私達が抱える案件に殆ど関わっていなかった。 だから・・・いや、それが私のもう1つの本心だったんだろう。友を・・・友の傷付く姿を見たくは無かった。私の頼みがその切欠になることを恐れたんだ。 結果的に、それは杞憂に終わったがな。強いな・・・不動は。さすがは、お前の親友だよ』 今度は1分程で返信が来た。 『そりゃ、俺と死闘を繰り広げた男だしな。まぁ、今回は真刺の意思に俺は従っただけさ。あいつの意思を尊重しないとね。 お前の気持ちも理解したよ。そっちはそっちのやることに集中しろよ。事件解決までは気を抜くなよ?』 気遣いの言葉が連なっている。・・・おかしい。何故糾弾や愚痴の言葉の1つも送って来ないのだ?九野や不動の見立てでは、彼は今腸が煮え繰り返っている筈なのに。 昨日の忠告もそうだ。言葉は脅しを含めて厳しいモノばかりだったが、そこに自分達を糾弾する言葉は1つも無かった。 我慢しているのか、己の感情の挙動を悟られたく無いのかとにもかくにも不自然さを感じ取った少女は意を決して言葉を送る。 『界刺。私達に遠慮しているのか?今のお前は、私達のせいで怒り心頭なんだろう?メールという卑怯と指摘されても仕方無い手段を取っている私が言えた義理じゃ無いが、 私でよければお前の感情の捌け口になるぞ?それでお前達に借りを返せるなんて思ってはいない。計算も罠も無い。唯そうしたいと思ったんだ。どうだ?』 5分後・・・最後の返信が来た。 『んなモンお互い様だろうがよ。俺がお前等を振り回していることを忘れてんじゃ無いって。その配慮は俺みたいな部外者なんかじゃ無くて傷付いた仲間に向けてやんな。 それに、今愚痴をお前に零した所でどうにもなんねぇよ。どうにもなんねぇのに、愚痴なんていう無駄口を他人に叩いている暇は俺には無いよ。真刺達の行動を否定させないためにも。 そんなどうにもなんねぇことを何とかするために、今の俺は色々考えている最中でね。まぁ、何とかしてみせるさ。これが最後のメールだ。破輩。後悔の無い選択をしろよ? その中で俺達のために何かしたいってんなら、何でもしろよ。もっとも、そんな余裕があればの話だけど。そんじゃね』 最後のメールを破輩は数分凝視し続けた。拒絶の中に存在するキーワードに込められた想いを読み解くために。 「(『俺がお前等を振り回している』・・・か。確かにそうだな。“3条件”といい、風路の件といいお前は私達の面目を潰して回る。正直言ってムカついているさ)」 “3条件”を筆頭に、あの“詐欺師”にはこれまでに何度か辛酸を嘗めさせられた。振り回された。 『ブラックウィザード』の件にしても、こんな事態になる前にもっと早く情報を開示していてくれれば・・・という気持ちは確かに存在する。だが・・・ 「(だがな、界刺。どんな理由であれ、お前が動いてくれたからこそ救われた存在は居る。救済委員事件では春咲や一厘を、今回は不動達と共に風紀委員会を救ってくれた。 そもそも・・・そもそもだ。救済委員事件も風路兄妹の件も網枷の件も『ブラックウィザード』の件も、本来であればお前や『シンボル』には関係の無い事柄だ。 本来であれば全ての責任や元凶が私達に存在する事柄だ。そんな私達にお前が馴れ合う義理や義務は無い。情報開示にしたって、お前の自由なんだよな。 私達の都合に振り回されないために。なのに、結局はお前達にその責任というか後始末を負わせるばかりかそれ以上の負担を今後掛けさせてしまう可能性が高い・・・んだろ?)」 事の発端は、紛れも無く風紀委員にある。元凶の1つは間違い無く風紀委員である。決して“変人”や『シンボル』では無い。そこを履き違えてはいけない。 様々な感情を宿した表情を浮かべる破輩の脳裏に思い浮かんでいるのは、先程の“特別授業”で固地と九野が口に出した不穏極まる言葉。 『・・・知らない方がいい。この情報をお前達が知れば・・・死ぬ危険性がある』 『正確に言ってあげなよ。殺される可能性がある・・・だろ?』 彼等曰くの“あれ”は、その実態を知れば殺される可能性を伴う危険極まりない存在のようだ。その上、学園都市規模の情報規制すら容易に行える力を持っている。 その正体まではわからないものの、現時点の情報から学園都市の中枢部が関わっている可能性が高いと破輩は見ている。そして、それはおそらくあの“変人”も知っている筈だ。 だからこそ、あの碧髪の男は警戒していたのだろう。『シンボル』に“あれ”の影響や脅威が降り注がないように。しかし・・・結果的に彼の目論見はご破算となった。 「(どうにもならないこと・・・か。それでも『何とかしてみせる』とあいつが言った以上、何らかの策はあるんだろう。・・・ハァ。 そんなことをさせてしまっている時点で落第点もいい所だ。九野先生の言を信じるなら、“あれ”による直接的な影響までは行かないようだが・・・影響は波及する。必ず)」 影響は波及する。これは風輪の騒動でも散見された事柄。『アヴェンジャー』と名付けられた集団によるカツアゲの影響で、彼女自身一般生徒から『無能』と揶揄されたこともある。 九野(+固地)が鳥羽への評価として表現した言葉と同じモノ。だがしかし、そこに込められた意味―深謀遠慮―とは懸け離れた唯の不平不満の捌け口として吐き出された言葉だった。 当時はショックの色を隠せなかった破輩だが、今は冷静に当時を振り返ることができるようになった。 言葉を発する側の意図や言葉を受け取る側の感じ方次第で、辿り着く結果は千変万化と化す・・・という解を導き出せる程に。 「(人間って生き物の面倒臭さを感じずにはいられないな、全く。その上で・・・『後悔の無い選択』・・・か。 界刺。お前は、『今は事件解決を最優先にしろ』と言いたいんだな。お前や『シンボル』のことは後回しにして。最優先・・・か。・・・・・・。 こうなったら、一刻も早く事件を解決して界刺達のフォローに回れるようにしないと!!事件終息後、できるだけ早い時期に界刺達と正面から話し合おう!! 私達の行動で、『シンボル』と私達の関係を更に勘違いされたり深読みされたりする可能性はある。だが・・・このまま何もしないのは嫌だ!! 今後あいつ等に起こる悪影響を、可能な限り私達の手で取り除く。ボランティアを守って何が悪い!!悪くさせる連中は、この私が命を懸けてブッ飛ばしてやる!!!)」 風輪学園第2位足る“風嵐烈女”は、その瞳に、その身体に、その心に熱く滾る誓いを刻み付ける。 同じリーダーとして、彼が懸念する事柄は十二分に理解しているつもりだ。あくまで、彼等がボランティアでしか無いことも再認識した。 だったら、この手で守ろう。この事件が解決した後に彼等に降り掛かるかもしれない悪影響を、正式な治安組織の一員である己が力でブッ飛ばす。 ズブズブの関係じゃ無い。敵対関係でも無い。『正義』と『正義の味方』という主従関係では決して無い。同じ世界を生きる人間として、いずれ真に対等な関係を築く。 それを・・・この世界に認めさせてみせる。少女はこの決意をメールという形で最後に送信する。送信先は、もちろん・・・ 『わかった。お前の言う通り何でもしよう。界刺。少なくとも、私はお前達をこの命を懸けて守るつもりだ。どうせ、お前のことだから鬱陶しがるのは目に見えている。 それでも私は1人の風紀委員として、1人の人間としてお前達を守りたい。治安組織やボランティアという括りを越えて、お前達と対等な関係を築きたい。 どちらが上でも下でも無い、真の意味で対等な関係を。だから・・・遠慮せずにお前の好きなようにやってくれ。・・・その結果として私がどうなろうとも文句は言わない。 私は受け入れるよ。その代わり、私も私に課せられた使命を果たす。自分の信念を貫こう。願わくば・・・同じリーダーとしてお前と肩を並べて立つ日が来ることを祈っているよ』 「これが、電脳歌姫か・・・。私、生で見るのは初めてかも」 「ぶっちゃけ、俺もだぜ。湖后腹は?」 「俺も生で見るのは初めてっす。“学園都市レイディオ”は、毎週聞いてますけど」 「おおおぉぉッ!!マサルは私のファンなんだナ!!」 「こんな近くにファンが居たのか・・・知らなかった」 「えてしてそういうモノですよ、初瀬?」 多目的ホールの中で昼食を取っているのは、159支部の一厘・鉄枷・湖后腹・佐野に成瀬台支部の初瀬である。 昨日から色んなことがあったせいで気分もガク落ちだったのだが、『ハックコード』内に居る電脳歌姫がその雰囲気に耐え切れずに姿を現した辺りから空気は変わりつつあった。 無論、雰囲気を変えたかったのは周囲の人間達も一緒であった。気分が滅入った状態のままでは好転するものも好転しない。だから、歌姫の言葉に各々は自発的に乗って行く。 「ウハ・・・怪我は大丈夫?」 「まぁ、何とか。痛い痛いとも言ってはいられませんからね」 「そうカ・・・。早く良くなるといいネ!」 「はい」 「・・・姫。俺には労わりの言葉は無いのかよ?」 「・・・キョウジはキョウジだかラ。うン!」 「意味わかんねぇ!何だ、その理屈は?」 佐野への態度とは打って変わってそっけない歌姫の態度に、初瀬は結構憤る。これでも、命を懸けて守ったというのに。 昨日の件を知った“学園都市レイディオ”のスタッフから浴びせられた怒涛の質問を何とか答え切った(=騙し切った)というのに。 「・・・初瀬」 「うん?」 「あなたも鈍いですねぇ。こういうのをツンデレって言うんですよ?」 「!!!」 「ツンデレ?でもなぁ・・・姫って色んなキャラを演じられるらしいし。イマイチ説得力が・・・って姫?何で顔が赤くなって・・・」 「う、うるさイ!!!キョ、キョウジのバカバカバカ!!!」 「はいっ!!?」 佐野の言葉に半信半疑な初瀬だったが、当の歌姫にとっては図星だったらしい。学園都市の技術が無駄に使い込まれたバーチャルアイドルは、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。 「・・・確認だけどよぉ、ぶっちゃけ電脳歌姫ってAIだよな?何で、あんなに感情表現が豊かなんだ?もっと、機械っぽい部分があってもいいと思っちまうぜ」 「電脳歌姫は、柔軟性を極めに極めたAIが使用されているって話っす。学園都市の兵器に使われるAIは柔軟性を極力排した最適化モデルで、そっちの方が有名っすね」 「湖后腹・・・詳しいな」 「・・・ゴホン!そ、それに佐野先輩の説明だと、色んな経験を蓄積して思考する自己成長型プログラムみたいですからね。経験次第では、あぁいうこともできるようになるんでしょう」 「機械が人間のような思考を持つ・・・か。ロマンチックな話よねぇ。そこに感情なんてモノが生まれたらもっとロマンチックよねぇ・・・」 「リンリンには無縁な話だよなぁ~」 「ブッ!!う、うるさい!!鉄枷には関係無いでしょ!!」 湖后腹の説明を受けて一厘が口に出した妄想話を冗談半分―本気半分―で茶化す鉄枷だったが・・・ 「やっぱり図星だったか。まぁ、俺が敬愛する春咲先輩ならロマンチックな出来事も・・・」 「その春咲先輩は、界刺さんに告白 キス済みだけどね」 「何ぃー!!!??」 思わぬ逆襲を喰らい・・・ 「えっ!?鉄枷先輩、知らなかったんですか!?」 「なっ!!?湖后腹・・・それってどういう・・・」 後輩の驚きの声に驚愕する羽目になり・・・ 「相変わらず鉄枷は頭が回りませんねぇ。あなた以外の159支部の人間は、全て知っていたことですよ?哀れですねぇ」 「なっ・・・なっ・・・なっ・・・!!!」 佐野にトドメを刺されることとなった。結果として鉄枷は茫然自失状態に陥ってしまい、呻き声しか挙げられなくなった。 「まぁ、そんな鉄枷は置いておくとして・・・歌姫さん?」 「・・・何?」 「一応お礼は言うべきではありませんか?初瀬は、あなたのことを命懸けで守ったんですよ?昨日は、あなたもそのことを言っていたではありませんか?」 「・・・・・・」 「姫が・・・?」 佐野の促しは、初瀬にとっては初耳であった。自身気絶していたのだから仕方無い話だが。 そんな彼の視線の先に現出している3D映像の少女が、佐野の言葉を受けて・・・ようやくお礼の言葉を口に出す。 「・・・・・・キョウジ」 「・・・お、おぅ」 「・・・・・・昨日は・・・・・・その・・・・・・わ、私・・・を・・・守ってくれて・・・あの・・・あ、ああ、ありが・・・・・・とう・・・ネ」 「・・・お、おぅ」 「「「・・・」」」 何ともたどたどしいやり取りに、外野(=一厘・佐野・湖后腹)は何故か甘酸っぱい気分になる(鉄枷は1人真っ白な灰になっているので枠外)。 その後食事を再開するも、これまた何故か気まずい空気が流れる羽目になった。物事とは万事思い通りにはいかないものである。 「浮草先輩・・・さっきはすみませんでした」 「私も・・・すみませんでした」 「別にいいよ。九野先生が仰ったことは正しいし。なぁ、秋雪?椎倉?」 「私としては、イマイチ納得していないけど」 「それだけ、固地の平時の態度は酷いとも言えるしな。だから、九野先生もそこは注意されていた。 だが、逆に言えば傲岸不遜な態度が無ければ固地の意見は1つの正論として捉えられていた。正論を放つだけの努力もしていた。そうだろう?」 「・・・そうだな。やっぱり・・・努力しないといけないよな」 成瀬台の中庭付近で昼食を取っているのは、178支部の浮草・秋雪・真面・殻衣、そして成瀬台支部のリーダー椎倉である。 「フン!!私は今でも債鬼は嫌いよ!こればっかりはすぐには変わらないわ!」 「秋雪・・・」 「・・・ま、まぁ、それを仕事にまで持ち込んだら駄目ってのは今回のことで重々思い知らされたけど。仮にも、治安組織の一員なんだし」 認める所は認め、駄目な所は指摘する。全てを納得はできないが、それでも割り切らなければならない時はある。秋雪の顔には、それが如実に現れていた。 「本音を言えば、別にこの支部の先導者が年上だろうが年下だろうが関係ないかな。能力や人格で後輩に馬鹿にされることなんて学校で嫌って言うほど味わってきたし。 ・・・・・・んなことより大事なのは私の恋愛のほうよ! ねえ浮草さん、知り合いにイケメン居ない!?」 「ガクッ!!!せ、折角『秋雪って変わったなぁ』って思ってた所なのに・・・。というか、この前分相応の相手でもいいって言ってた筈じゃあ!!?」 「複雑な乙女心ってヤツですよ!」 「お前の乙女心はよくわからねぇ・・・」 秋雪のコロコロ変わる恋愛観に着いていけない浮草。乙女心とは、かくも見極めが難しい事柄なのか? 「今回の件で、俺も色々痛感させられました。まぁ、現在進行中ですけど」 「・・・というと?」 「固地先輩をぎゃふんと言わせたいなら、正攻法でぶつからないと駄目だってことが!!」 「あの固地をぎゃふん!!?」 真面の発言に、椎倉が目を瞬かせる。声には出さなかったが、浮草も椎倉と同じ気持ちであった。そんな両先輩に向けて、後輩達がずっと考えて来た己の意見を述べる。 「そうです!俺だって、秋雪先輩と同じでまだ固地先輩の全部を認めたわけでも好きになったわけでもありません!きっと、認められない、好きになれない部分は残ると思います。 でも、それを見極めるためにも固地先輩に真正面からぶつからないといけないと思うんです。九野先生がそうしたように」 「私も、真面君と同じ気持ちです。・・・。あの人から逃げたら駄目です。・・・。諦めなければ・・・きっと固地先輩とも本当の意味で分かり合えると思うんです」 真面と殻衣は、今回の件で自身の力不足や固地の凄さ 面倒臭さというのを改めて認識した。同時に、固地の欠点とどう向き合うのかという選択も迫られた。 その結果、2人は固地と真正面から向き合うことを選択した。“天才”と呼ばれる九野が・・・あの焔火がそうしたように。 自分達の心の中に確かに感じる固地を頼る気持ち。これから、目を背けてはいけない。何故、固地を信じる気持ちがあるのか。どうやったら、固地の欠点を矯正できるのか。 後輩として、傲岸不遜な先輩にしてあげられることとは何か。これ等を自分達は耳目を塞がずに考えなければならない。その努力を怠ってはいけない。そう・・・思ったから。 「・・・成程。なぁ、浮草?後輩がこれだけやる気を見せてるのに、先輩且つリーダーのお前は何もしないのか?」 「・・・わかってるさ。俺だって、このまま突っ立ってるだけで終わりたくない・・・今日の“特別授業”でそう思ったよ。俺も・・・向き合わないといけないな」 椎倉の言葉に、浮草は苦笑いを浮かべながらもハッキリ答える。九野が言ったことは、全て図星だった。だから、何も反論できなかった。 九野は浮草にこう言いたかったのだ。『このままでいいのか?』・・・と。その声無き声を、浮草は確かに聞いた。聞いて・・・『このままは嫌だ』と・・・そう思った。 “お飾りリーダー”じゃ無い、本当のリーダーとして頑張りたい。自分の中にこんな熱い思いがまだ残っていたとは浮草自身も知らなかったが、同時に嬉しく思った。 自分もまだまだ捨てたモンじゃ無い。九野がそうして来たように、自分も“人才”として活動して行きたい。そう、心の底から望んだ。 「浮草先輩!秋雪先輩!今回の件が終わったら、固地先輩の欠点を抜本的に矯正させるための対策会議をしましょうよ!固地先輩抜きで!」 「おっ!それ、いいな!どうだ、秋雪?」 「願ってもない素晴らしい提案ね!私も参加する!萎履は?」 「もちろん、参加します」 「どうせ、固地先輩のことだからそんな場に引っ張り出されたら、俺達の欠点も指摘して来るに違いないですから、事前準備はしっかりしておきましょう!え~と、それから・・・」 「(・・・皆気丈に振舞ってくれている。本当なら俺への非難が溢れていただろうに、それを九野先生が抑えてくれた。 『唯後ろを振り返るよりも今は後ろから得た情報を基に前を見ろ』という、言葉無き言葉を贈って頂いた。俺も負けてられないな。寒村達との連携をしっかり取らないと!!)」 固地対策として178支部の議論が活発化する中で、椎倉は気丈に振舞う仲間の“気遣い”に感謝する。 今回の件は、抱えていたリスクが発現したモノだ。リスクの高い作戦を取っていたのだから、これはなるべくしてなったと言ってもいい。その責任は、決断した椎倉にも圧し掛かる。 九野が会議に割り込んでいなければ、その辺りの責任追及は更に過激なモノとなっていただろう。風紀委員会の空中分解も現実味を増していた筈だ。 彼の指摘通り、今後第三者的諮問機関の性質を持つ別の風紀委員会や警備員上層部等がこの失態に関する[対『ブラックウィザード』風紀委員会]への責任追及及び処分を行う筈だ。 自分も覚悟している。故に、風紀委員会を纏める者としてこれ以上の失敗は許されない。椎倉は、内心滾る闘志を燃やし続けていた。 「・・・・・・ハァ」 「元気無ぇな、抵部?そんなんじゃあ、あたし達のために色々取り計らってくれた界刺が文句言ってくるぞ?」 「ッッ!!わ、わかりましたー!!わたしは元気ですー!!・・・・・・ハァ」 「余り無理しなくていいぞ、抵部?その気持ちはよくわかる。閨秀も、無理強いは感心しないな」 「ちぇっ。あたしが悪者みたいになっちまった」 成瀬台の屋上で昼食後の休憩に入っているのは、花盛支部の抵部・閨秀・冠の3名。ここには、『皆無重量』にて飛んで来た。 「月理ちゃん・・・かおりん・・・皆・・・今頃どうしてるかなぁ・・・」 「意識自体は皆あるからな。今頃は、ベッドの上で暇を持て余しているんじゃないか?それか、痛む体に唸っているか・・・」 「2学期の始業式までに退院できるといいんすけどね」 「・・・そうだな」 昨夜の件で一番被害を被ったのは花盛支部である。メンバー8人の内、半数以上の5名が重傷を負い入院した。 幸い命に別状は無かったものの、5人共今年の夏休みの残りは病院にて過ごすことになりそうだった。 「今日の帰りに寄ってみるってのはどうですか?急用が入らなければっすけど」 「わ、わたしも皆の顔が見たいですー!!」 「・・・あぁ。そうしよう」 「やったー!!」 抵部の―空元気な―声が空に放たれる。先程閨秀に元気が無いと言われての反応であることは、誰の目から見ても明らかであった。 「・・・抵部。ちょっと来い」 「な、何ですか?」 「いいから。んでもって、ここに座れ」 そんな落ち込んでいる少女を閨秀が呼び付ける。ワケもわからずテクテクと歩いて閨秀の前に座る抵部。すると・・・ ハグッ!! 「!!!」 「色々あり過ぎて、ガキのお前は気持ちの整理が追い付いてねぇだろ。今は休憩中だからよ、気を抜け」 「そらひめ先輩・・・!!」 緊張し続けているか細い後輩を、後ろから優しく抱き締める先輩。閨秀の体温が、抵部の体に伝わる。張り詰めていた気持ちが・・・和らいで行く。 「引き摺ったまんまでも困るしな。抜ける時はきっちり気を抜いて、しっかり気持ちを切り替えるんだ」 「そうだな。閨秀の言う通りだ」 「かん先輩・・・!!」 閨秀に倣って冠も抵部に近付き、その頭を自分の胸に抱き寄せる。 「頑張ろう。風紀委員である以上、私達は今回の事件から尻尾を巻いて逃げるわけには行かないんだ。皆で・・・力を合わせて・・・この困難を乗り越えよう!!」 「わ、わわ、わかりましたー!!!わたし・・・がんばります!!!」 「おぅ!その意気だ!」 少女達は体を寄せ合い、傷を癒し、士気を高めていく。これは、絶対に逃げるわけにはいかない事柄。 束の間の休息を、自分達の力に変える。目の前に立ち塞がる困難を乗り越えるために。 「こうやって、債鬼君と一緒にご飯を食べるなんてすっごく久し振りのことだよね?」 「・・・そうだな」 「そういえば・・・そのお弁当は“誰”が作ったの?」 「・・・・・・立川だ。一度だけ学生寮に戻った際に、彼女が待っていてな」 「・・・ふ~ん」 「・・・何だ?」 「餌付けされてるなぁって思って」 「餌付け!?」 夏休みなので一切使われていないある教室の一角で、固地と加賀美は向かい合って昼食を取っていた。 「・・・ちょっと食べさせて貰っていい?」 「あぁ。どれでもいいぞ?」 「それじゃあ・・・この出し巻き卵を・・・(パクッ)・・・・・・美味しい・・・!!」 「確かに、立川が作る料理はどれもこれも旨いものばかりだ。日頃から料理研究をしているとか言ってたし、相当努力をしているんだろう。絶品と言ってもいいかもしれん」 加賀美は、立川の料理の腕に感嘆の念を述べる。これ程までに料理上手だったとは・・・。餌付けされるのも致し方無いのかもしれない。 「・・・・・・債鬼君」 「うん?」 「私の作った出し巻き卵・・・食べてみて。作り置きだから、少し味が落ちてるかもしれないけど」 「・・・・・・」 「・・・食べて」 「・・・・・・ハァ。・・・(パクッ)・・・・・・」 「ど、どう?」 「普通に旨いな」 「『普通に』・・・?・・・・・・普通・・・か。確かに、あの出し巻き卵・・・私より美味しかったモンね。ハハッ・・・」 「ん?何を落ち込んでいる?」 「・・・・・・何でもないよ。ハハッ」 料理の腕で負けるというのは、一般的な女性にとっては相当ショックな事柄であることを私生活ではズボラな男である固地にはよくわからない。 「・・・意外だな」 「・・・何が?」 「焔火の件で、いてもたっても居られない状態に陥るかと思ったが。意外に冷静じゃないか」 「・・・冷静だと思う?」 「いや。全く思わない。無理をしているのがバレバレだ。その上で、冷静で居ることを振舞っているお前が意外だと言ってるんだ」 「・・・九野先生の言った通りだね。債鬼君って本当にわかりにくいんだから」 無理をしているのがバレている。それは・・・好都合でもあった。今ここに居るのは2人だけ。固地の前でなら・・・素を出せる。 「・・・・・・(グスッ)」 「・・・・・・」 「・・・ック。・・・・・・ヒック。・・・・・・配だよ・・・。心配だよ・・・。緋花ァ・・・!!しゅかん・・・!!」 俯き、泣き、敵の手に堕ちた友と部下の身を案じる加賀美。苦しくて・・・痛くて・・・とても辛い。心が張り裂けそうな程に。 「・・・俺を責めないのか?」 「・・・・・・」 「俺は『ブラックウィザード』の構成員と会う可能性を鑑みて、焔火達が居た場所へ向かった。その時連行中だった朱花を俺は見捨てた。 真面達が殺人鬼に救われた件に関しては、俺が向かわずとも真面なら戦わない選択を取っていた可能性は高いからな。・・・あくまで可能性だが」 固地は、淡々と事実を述べる。天秤の秤にそれぞれ焔火と朱花を救えた可能性を乗せ、固地は焔火の方を選択した。『ブラックウィザード』の構成員を捕まえるために。 結果としては、両者の可能性は可能性で終わった。乗っていた可能性は2つ共現実にはならなかった。そうなる可能性もわかっていて・・・固地は非情な決断を下した。 「・・・・・・本音を言えば、ちょっぴり思っちゃった。しゅかんの方に債鬼君が行っていれば、今の状況はもしかしたら変わっていたんじゃないかって」 「・・・かもな」 「でも・・・そんなことは言っても仕方無いことだって・・・九野先生の言葉を聞いて心底思った。『たられば』は先に繋がらないことだって。 それに、債鬼君はしゅかん達のことを見捨ててなんかいないよ?橙山先生に事情を的確に説明して“託した”じゃない? 進次達にしたって、意識を回復する前にあの殺人鬼の手で殺されていた可能性はある。そして、その可能性が現実にならなかったのは債鬼君の苦渋の決断があったから。 だから、進次達は今日を生きることができている。そんな現実を・・・私はしっかり受け入れないといけない。そうしなきゃ、何時まで経っても前に進めない」 「・・・かもな」 「ねぇ・・・。債鬼君は、自分が下した決断を・・・後悔しているの?」 「いや。後悔などしない」 「・・・ムフフッ。ねぇ。さっきの会議・・・私を庇ってくれたんでしょ?内通者を出したリーダーの責任問題に言及される前に、わざと自分に敵意の方向を向かせてさ。 九野先生の言う通り主観を主張するのはいいけど、公私を混同し過ぎるのはよくないよ?だから狐月達と似たような失敗をしたんだし。・・・ごめんね」 「・・・お前も知っただろ?俺が風路の訴えを退けてしまったことを。それ自体、今にしてみれば重大な失態だ。 他にも、網枷が『ブラックウィザード』の手先である証拠を掴めなかった俺の不手際もある。お前と同じ・・・いや、それ以上とも取れるかもしれないレベルだな。 俺が何も言わなくても、さっきの会議の場で槍玉に挙げられるのはお前じゃ無くて俺だった可能性も十分に有り得たぞ?何せ、俺は軋轢を生む存在だからな。 そもそも、安易な庇い合いは組織の崩壊を生む。斑達はそれをした。だから物を申した。そこに私情を挟んだつもりは無い。斑達と同じレベルに見られるのは遺憾だな」 「まぁ、人間なんだから私情を全部排することはできないだろうだけど・・・。たとえ、狐月達と同じレベルじゃ無くても失敗は失敗だし。 債鬼君にしては珍しいよね。不器用だよね。筋金入りの優しさベタだよね。要矯正点だよね」 「むぅ・・・」 「7月の初めにあった風紀委員会で緋花を外すように言ったのも、こうなることを予想していた・・・とか?」 「過ぎたことを言っても何もならない。それを前提とするなら・・・その可能性も考慮していたとだけ言っておく。全く、悪い可能性程現実になるもんだ」 「・・・そうだね。債鬼君って・・・本当にわかりにくいね。だから、九野先生に叱られるんじゃない?私が通訳になってあげようか?純粋な親切心で」 「余計なお世話だ」 あの時、斑達が椎倉に抗議していたこと―176支部が囮に使われたこと―は、逆に言えば内通者そのものを出してしまった176支部の責任問題にも発展しかねない危ういモノであった。 常日頃から行動を共にしていた支部の人間が、敵対する組織のスパイの存在にずっと気付かなかったというのは全く話にならない事柄であった。 あのまま斑達が抗議を続けていれば、リーダーである加賀美に対して批判が発生しかねなかった。 だから、固地は先手を打った。打って、自分への糾弾に話を逸らそうとした。そう、加賀美は“特別授業”を終えた後に思い立った。固地らしいわかりにくさである。 焔火の件も同じくわかりにくい配慮であった。固地は固地なりに焔火を心配していたのだ。それが当人や周囲に殆ど伝わらないのだから、この男も大概である。尖り過ぎも考えモノだ。 「まさか、鏡子のお兄さんが界刺さんを頼っていたなんてね・・・。そうか・・・鏡子は生きてるかもしれないのか・・・」 「・・・嬉しいのか?生存を諦めていたお前からすれば」 「・・・わかんない。鏡子が失踪して・・・自分なりに何ヶ月も探して・・・それでも見付からなくて・・・・・・諦めて。 もし、諦めてなかったらって思いは確かにあるの。『たられば』は意味が無いというのはわかってるんだけど。だから・・・嬉しいというよりは・・・腹立たしいって感じかな」 かつての自分が諦めてしまったことが、今になって希望と共に姿を現した。その現実に、加賀美は嬉しさよりも腹立たしさを覚えていた。困惑という表現が正しいかもしれない。 「債鬼君も、色々頑張ってくれていたんだね。・・・ありがとう」 「俺は、俺なりのケジメを着けるためにやっていただけの話だ。当時の俺の失態だからな」 「ケジメか・・・。私も・・・ケジメを着けないとね」 「・・・何のケジメだ?」 「・・・もし、緋花やしゅかんが・・・・・・取り返しの付かない状態になっていたら・・・私は・・・そんな状態にした双真を・・・・・・絶対に許さない。 もし・・・もし・・・これ以上私の大事な仲間を傷付けるのなら・・・・・・私は・・・双真を・・・・・・殺してでも止める!!!」 「・・・!!」 固地は、僅かながら瞠目する。自分が知っている加賀美雅という少女からは絶対に聞くことが無いと思っていた単語が、その声に混じっていたが故に。 「・・・前にね、『マリンウォール』で界刺さんに会った時に聞いたんだ。自分の部下が内通者だったらどうするかって。あの人は言った。必要なら『本気』で殺すって。 当時の私は、とてもじゃ無いけどそんなことはできないって思ってた。捕まえるにしても、できるだけ穏便なやり方で決着を着けるって。 それは、双真が内通者だって確信した時も変わらなかった。もしかしたら、最終的には双真を説得できるんじゃないかとも思ってた。そんな・・・有りもしない希望に縋ってた。 だから・・・こんな結果になっちゃった。緋花やしゅかんを奪われた。色んな人が傷付いた。警備員には重体者も出ちゃった。全部私が甘かったからだ。覚悟が足りなかったからだ。 これ以上・・・私のせいで誰かが傷付くのを見たくないの。そんな状況にしてしまった私を許せないの。私はこうなった責任を取らなくちゃいけない。だから・・・だから・・・」 「加賀美!」 「!!?」 罪悪感の迷宮に入り込もうとしている加賀美を、固地は無理矢理踏み止まらせる。彼女の顎を己が手に乗せる形で。 「よくそんな体たらくで、バカ師匠へ弟子入りしようと考えたな。身の程知らずと言ってもいい。そんなんじゃあ、弟子入りしてもすぐに破門だぞ?」 「・・・!!」 「後悔を吐き出すことは、まぁ偶にはいいだろう。兄弟子としてそれくらいは聞いてやるのも吝かじゃあ無い。だが・・・気に入らないな。 お前は・・・諦めているのか?焔火や朱花が取り返しの付かない状態になっていると・・・お前は100%考えているのか?」 「だ、だって・・・!!!」 「言っておくが、俺は諦めてなんかいないぞ?想定はしているが、あくまで可能性にしか過ぎん。お前も知ってるだろう?可能性が現実にならないこともあると。 現に、俺は昨日その可能性を2つも現実にすることができなかったしな。『たられば』は、決して悪手ばかりじゃ無い。それだけ、色んな可能性を考えているということだからな。 大事なのは、想定した可能性のいずれかが現実になった場合でもそれに応じた行動を即座に取れるかだ。『たられば』を意味あるモノにするのは、『たられば』を考えた当人次第だ。 加賀美。諦めたらそこで終いだ。諦めなければ・・・自分が望む可能性を現実にすることも不可能じゃ無い。少なくとも、俺はそう信じている。 その上で聞こう。お前は・・・諦めるのか?諦めたいのか?」 固地の真剣な瞳が、加賀美の瞳を捉える。加賀美の涙で潤んだ瞳が、固地の瞳を捉える。 少女は知る。目の前の男は全く諦めていないことを。それは、“特別授業”で既にわかっていたこと。 少女は知る。自分はまた諦めようとしていたことを。鏡子の時と同じように。故に・・・ 「・・・たくない。・・・諦めたくない!!緋花やしゅかんを取り戻したい!!絶対に・・・絶対に!!!」 「だったら、そのための行動をしろ。それだけの話だ。何を悩む必要がある。お前の悪い癖だぞ・・・加賀美? それにな・・・今回の件は俺にも重大な責任がある。最初に風路の訴えについて、俺がもっと調査を積み重ねていればという忸怩たる思いは俺にもある!!」 「債鬼君・・・!!」 「お前が網枷の上司としての責任があるのなら、俺にも同等レベルの責任は存在する!!だから・・・その・・・なんだ・・・・・・共にその重みを背負って・・・歩こう。 逃げずに・・・立ち向かうんだ。結果がどうなるかはわからないが、今度こそ俺達の手でこの事件を解決に導くんだ!!」 「・・・うん!!」 加賀美雅は固地債鬼に宣言する。必ず、大事な人達を取り戻すと。それを果たすまでは絶対に諦めないと。焔火と神谷を殺人鬼の魔手から守ったように。 対する固地債鬼は、加賀美雅の誓いを静かに聴く。そして交互に幾つかの言葉を発した後・・・2人は共に微かに笑い合った。 「・・・何だかみっともない所を見せちゃったね」 「別に。どうでもいいことだ」 「素直じゃ無いなぁ・・・。にしても、今日の債鬼君って妙に優しいね。普段ならボロクソに叩くのに」 「・・・・・・」 涙も引っ込んだ加賀美が、思い出したように疑問を口にする。今日の固地は妙に優しい。師匠の九野の影響だろうか? 「(いや・・・九野先生が登場する前から私を庇ってくれていたんだから他に要因が?・・・でも、債鬼君は成瀬台に来る前まで九野先生と一緒に居たらしいし・・・)」 「・・・約束したからな」 「??誰と?」 「・・・立川と」 「ッッ!!!(な、何でここで立川さんが出てくるの!!?)」 疑問への回答として、固地の口から発せられた立川の名前に加賀美は驚く。彼女と一体何を約束したというのか。加賀美はどうしても気になってしまう。 「あいつの言葉をそのまま引用するなら・・・『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』とな。 立川は、お前もその1人だと言っていた。そういう人間を大事にしろとも言っていた。昔から付き合いがあるお前や朱花とは違って、立川は今年度に入って知り合った関係だ。 そんなあいつが言っていることはお前達とはさして違わないが・・・何だろうな。強く響くモノがあった。あそこまで俺の心にズカズカ入って来るのはあいつくらいだからかな? 俺も、あいつ相手だと勝手がわからないという面もあったにはあったんだが・・・付き合いが浅いが故にとでも言うんだろうか? 新鮮というか・・・驚きというか・・・。俺が、疲労やその他諸々のことでへばっていたからかもしれないが」 「立川さんが・・・!!」 「あぁ。まぁ、バカ師匠にガミガミ言われたことも影響しているな。こういうのはやはり疲れる。 普段ならまずしない、過ぎた公私の“混同”までしてし・・・・・・まったようだしな。お前目線では。バランスが難しいし、進んでしたいとは思わない苦労だな」 「(立川さんが・・・。な、何ていうか・・・すっごく手強そうな人だ・・・!!)」 固地の言葉から、加賀美は立川という少女を強敵と認定する。“何の”強敵かは、加賀美自身よくわかっていないが。 「慣れないこと・・・か。そういえば、あの“変人”に近付いて行った時も似たような感覚だったな」 「界刺さん?・・・あっ!確か、前に界刺さんにちょっかい出したんだっけ?その時は・・・え~と・・・水楯・・・さん?に邪魔されたんだよね?」 「そうだ」 「・・・そういえば、界刺さんは債鬼君のことを結構知ってる風だったけど?」 「あの男とは、腕試しに失敗した後にそこらの喫茶店によって色々話したんだ。『シンボル』というのが、一体どんな目的をもって動いていたのかがよくわからなかったからな。 特に、あの男は奇抜過ぎる服装を見せびらかしていたという話だったから、尚更目的がわからなかった」 「あぁ・・・。確かに、あの人の部屋に飾っていた服とかは私にもよくわかんないセンスだった」 「とりあえず、話を聞いて行く内に『こいつは本物の“変人”だ』という答えに行き着いた。ちなみに、界刺の隣に居た水楯も俺と同じ感想を持っていたようだった」 「『シンボル』の中でも不評なんだねぇ・・・。そりゃそうだよねぇ・・・」 「その後、色々話して『シンボル』は俺達に進んで害を与えないという結論を当時は出した。その過程で、“変人”が俺にあれこれ質問して来たからそれに答えて行った。 まるで、こちらの心を見透かすかのような態度だったから内心では俺も驚いていた。その昼行灯っぷりにな。『油断ならない奴』だという結論も同時に出した」 「成程。だから、あの人は債鬼君のことを知っていたんだね」 固地と界刺の出会い話を肴にしながら、残っていた昼食を急いで口に運んで行く2人。もうすぐ、昼休憩が終わるのだ。 「とりあえず、成瀬台の単独行動組と界刺達が『ブラックウィザード』の尻尾を捕まえることを祈ろう。 俺達は大々的に動けない。圧力という名の脅しが潜んでいるかもしれないからな。加賀美。俺達が最優先にするのは、『ブラックウィザード』を潰すことだ。 そうすることで、焔火や朱花を含めた拉致された者達を救い出すことができる。いや、拉致された人々の救出それ自体も最優先だな。今回はこの2つの両立が求められる。 但し、前後の状況を考えずに下手に人質だけを最優先すれば網枷達の罠に嵌るぞ?時と場合をキッチリ見量らないと・・・な。 身代金目的では無く“手駒達”化が目的の拉致活動であると推測される以上、交渉の余地は一切存在しない。時間も無い。 『太陽の園』における作戦の成否次第だが、おそらくは危険を伴う強行作戦に打って出ることになるぞ?」 「・・・わかってる!私も、これ以上罠に嵌るつもりは無いよ。リーダーとしても、私個人としても!あくまで優先順位なんだから!私は緋花やしゅかんを見捨てない!! 時と場合を考えた上で2つの事柄を両立してみせる!!できない時は仲間を頼る!!信頼の置ける部下や仲間にこの想いを“託す”!! 今の私達にできることは、尻尾を捕まえた後に速やかに『ブラックウィザード』のアジトを強襲すること!圧力なんか・・・吹っ飛ばしてやる!!」 「だな。にしても・・・」 「どうしたの?」 「寒村の話だと、もし尻尾を捕まえたとしてその追跡方法・・・つまりアジトを突き止める方法は界刺が用意すると言ったそうだ」 「へぇ・・・。そうだ!『シンボル』には形製さんっていう読心能力を持つ人が居るから、彼女の力を使うのかな?」 「・・・それは厳しいかもしれないな」 「???どうして?」 「形製の情報は、おそらく焔火から抜き出している筈だ。自白剤を使ったり、精神系能力を使ったり・・・それ以前に2人きりになった時に焔火がペラペラ話しているかもしれん」 「!!!」 「焔火は界刺の部屋に居たしな。網枷なら、その辺のことに抜かりは無いだろう。当然その対策は行う筈だ。 連中が『シンボル』の存在に気付いていなければ有効だろうが、万が一勘付かれている場合を界刺なら想定しているだろう。その時、奴はどうするつもりだ? 発信機は電気系能力者で無くとも、専用の機械を使えば丸分かりだ。赤外線の類も、感知される可能性は低くない。他に、誰かその手の能力を持つ協力者が居るのか?・・ふむ」 固地は、界刺が用意する追跡手段について頭を捻くり回す。その手段は、寒村達にも明かされていない。おそらく、風紀委員達には知られたくない方法なのだろう。 「そういえば、あの人の交友関係とかがはっきりしないって破輩先輩が愚痴ってたねぇ」 「確かに厄介だ。・・・考えても仕方無いか。今はできることに集中するか」 「そうだね!それと・・・」 「ん?何だ?」 「『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』。これを実行し続ける努力が債鬼君に求められるね」 「ッッ!!?」 固地の表情が引き攣る。九野の指摘通り、固地も色んな課題を抱えている。不器用だとか性格的な問題とか色々あるが、それが改善しない理由にはならない。 あの九野でさえ中々矯正できない固地の悪癖を、固地自身の意志で改善させてみせる。立川は、見事にそれを成し遂げている。ならば、自分だって“負けていられない”。 「・・・債鬼君。私にズバズバ言った癖に、自分に当て嵌めないのは卑怯だよ。私は、そんな卑怯者を兄弟子に持つつもりは無いよ? あっ、言っとくけどそれは178支部の皆に対しても行わなきゃいけないんだよ?仲間でしょ? 地の性格だから仕方無い部分はあるかもしれないけど、だからって傲岸不遜ばっかりじゃいけないよ?厳しい指摘とそれは違うでしょ?」 「・・・・・・」 「きっと、債鬼君がそっち方面も努力すれば皆も少しは心を開いてくれると思うよ?『本物』になりたいんでしょ?だったら、今のままじゃいけないよ? 緋花だって・・・緋花だって債鬼君の指導のおかげで成長した部分はある。それなのに、指導する側の債鬼君はそのままでいいの? もし、そのままでいいって言うなら・・・緋花や浮草先輩達のことをとやかく言えないんじゃないの?それで・・・いいの、債鬼君?」 「・・・・・・」 「債鬼君は、事件解決のためなら何でもするって何時も言ってるけどさ。前から思ってたけど、別に何でもしてるわけじゃ無いよね? 結局は、自分が楽をできる方法を選んでるだけじゃないの?よく『悪評』を使ってるトコなんか、まさにその通りじゃない?九野先生の言う通り『偏った最善の努力』だよね? 本当に何でも使うなら、『悪評』や悪辣な態度抜きのモノを容赦無く使ってもいいじゃん!!それで、最善の結果に繋げることだってできる。私の知る債鬼君ならできるよ!! というか、その方法を試さずによく『何でも使う』って言えるよね?別に楽な方法を絶対に取るなって言わないけどさ、バランス感覚を磨くためにそっち方面の努力だってしてみてもいい・・・」 「・・・・・・言うなぁ」 止まらない加賀美の言葉に、固地は反論する所か感嘆の声を挙げてしまう。久しく見て、聞いていなかった加賀美雅の本気の反論。 彼女が176支部のリーダーになる前・・・自分と同じ立場に居た時によく見た『他者の領域に確と踏み込み反論する』姿に固地は目を細める。 5月の下旬頃だったか、偶々互いに非番でこれまた偶然出会った時に『悪評』に関して口論になったこともあったが、あの時と今とでは肝の据わり方が違う。 去年の件でリーダーとしての実力不足を気にしてか、他者への指導の際に確と踏み込むことを恐れていた少女。それは、自分に対しても同じだった。 自分の言葉に負けずにガシガシ喰らい付いて来た少女の姿はそこには無かった。固地自身も何かアドバイス的なことをしようと思ったこともあったが、 持ち前の天邪鬼の性格が災いしてかどうしても喧嘩腰となってしまった。それすらも“悪用”して、必要以上に煽って、怒らせて、無理矢理自分の領域に踏み込まそうとした。 しかし、彼女は踏み込まなかった。お手上げ状態と“偽って”踏み込まなかった。歯痒かった。加賀美に優しくできなかった、否、優しくしなかった自分が。 きっと、加賀美も友である自分に対して助けを求めていた筈なのに。言い訳のできない固地債鬼の失態である。 だが、今日この時加賀美雅は自身の不足を認め、不条理に懸命に立ち向かうことを決意した。友として何もしていなかったも同然な固地の前で、その勇敢な姿勢を露にした。 その契機の1つが、固地の不慣れな優しい言葉のおかげであることを互いに理解していた。少年は反省する。『もっと早くこうするべきだった』と。少女は感謝する。『ありがとう』と。 加賀美は固地の心意を理解し、自身の素直な想いを口にする。その誠実さこそ、加賀美雅のリーダー足る所以。個性豊かな176支部を纏められるのは、彼女を置いて他にいない。 「うん!言うに決まってるじゃん!私は債鬼君を・・・大事に想ってるんだよ?債鬼君だって、私を大事に想ってくれているんでしょ?だったら、私は言う!何度だって言う!! もう、ビクビクなんかしない!!きちんと考えた上で指摘する。私は176支部のリーダーよ!!他支部のリーダーの『部下』を指導しても別におかしくないし!!というか、同期だし!!」 「指導・・・?お前が・・・俺を?・・・・・・フッ、フフフッッ・・・」 「な、何がおかしいの!!?」 「・・・・・・何時もと逆だと思っただけだ。そうか・・・・・・俺はお前に指導されたのか。・・・・・・・久し振りだな。リーダーに指導されるのは」 「そ、そう。良かったじゃない!!これで・・・・」 「と思ったら、椎倉にこの前拳一発と共に指導されたな。今日の浮草を入れたら、全く久し振りじゃ無いな」 「な、何よそれ!?」 「フッ、残念だったな」 「誇ることじゃ無いし!!」 「だが・・・お前にきちんと指導されるとは思わなかった。やはり、お前はリーダーだな」 「債鬼君・・・」 普段とは逆の形になっているやり取りは、それだけ加賀美雅という少女の本気度を・・・それ以上にその成長振りを表している。 そして、固地は彼女の本気度を肌で感じ取る。指摘されるまでも無い。自分でも“わかっていた”。それを改善せずに“悪用”していたことが一種の逃げと取られても仕方無いことも。 代表的なモノはその態度や口調だろう。今までは直すつもりは更々無かった。九野の指導の下、矯正しようとして自爆したことも大きな理由である。 彼は選んだのだ。自分の力を最大限発揮できる術を。その結果として起こり得ること―失態含め―を全て背負う覚悟も決めていた。 しかし、心優しい立川の指摘を切欠とし、改めて加賀美達―他者―と触れ合う中で自身の弱点が浮き彫りになったことが彼の心境を変化させた。 今回の件で、固地は色々な失敗を重ねている。未熟さも痛感させられている。今までのやり方だけでは、最善の結果を出せないことを突き付けられているような感覚だ。 根幹―目的を果たすという結果を出すために最善の努力を行う―を揺るがすつもりは無い。この根幹は間違いじゃ無いと一貫して捉えている。 だからこそ、その方法をもう一段階成長させるためにも自身を見詰め直した上で弱点の改善に努めなければならない時期に差し掛かっている。 そう判断し・・・覚悟を決める。そして・・・示す。176支部リーダーであり、親友である加賀美雅に。立川と共に、その誠実な優しさでもって自分を支えてくれていた存在に。 「・・・・・・・・・善処する」 「・・・本当だよね?嘘じゃ無いよね?」 「・・・あぁ。だが、俺は俺の信念を違えるつもりは無いぞ?」 「それはまた別の話・・・あっ!あの気色悪いオカマみたいな態度は止めてよね?幾ら優しくするって言っても、あの態度は背筋が寒くなって・・・」 「誰がオカマだ!!」 「ムフフッ・・・よしっ!」 「(・・・!!!『あなたを理解しようとしてくれる人間を、1人でも多く作らないと!それはきっと、あなたのためにもなると思うから!』・・・か。有難い・・・な。 フッ、どちらが兄弟子かわからんな。俺もまだまだだ。本当にまだまだだ。努力不足も甚だしい。立川・・・・・・ありがとう。この想いに気付かせてくれて)」 示した相手・・・加賀美雅の笑顔を受けて、固地は立川の言葉を脳裏に思い浮かべる。これが立川の思い描く世界。そして、加賀美が望む世界。 その有り難味を再認識し、固地は自身の弱点と向かい合う決意を固める。『傲岸不遜』を『厳しい指摘』にするために。 「それじゃあ、行こっ!」 「あぁ。・・・加賀美」 「何?」 「苦労を掛けた」 「・・・私もだよ」 「『ブラックウィザード』討伐と共に、必ず焔火や朱花達を助け出す可能性を実現させるぞ」 「うん!!」 弁当箱を片付け、多目的ホールに戻る固地と加賀美。両者の瞳に曇りは無い。唯、やることをやるだけ。そんな意志に溢れた光を放っていたのであった。 「はい、タコさんウィンナー」 「あ、ありがとうございます。鏡星先輩」 「俺の天ぷらやるよ」 「あ、ありがとう。丞介さん」 「・・・・・・プチトマト」 「姫空さん・・・ゴメン。俺・・・トマト苦手で・・・」 「仕方無いな。私からも、このギョーザを恵んでやろう」 「斑先輩・・・意外に庶民的ですね」 「・・・・・・・・・」 「神谷先輩はハンバーガーだけですし、別に構いませんよ。皆・・・ありがとうございます。あっ、そうだ。神谷先輩。 後ろにある綺麗に包装された箱は何ですか?さっきから気になってたんですけど」 「これか?・・・今朝麻美が俺の部屋に来て・・・くれたんだ。アイツ・・・こんなバカ高ぇモンを俺なんかのために・・・」 「あのぅ・・・・・・私にはくれないんですか?」 「「「「「「(豪華過ぎて無理!!!)」」」」」」 昨日爆破された会議室のすぐ近くで、176支部の葉原・鳥羽・神谷・斑・鏡星・一色・姫空の7名は食事を取っていた。 件の問題児集団(神谷除く)は、凹んでいる鳥羽を元気付けるために持って来た弁当の一部を彼に分け与えている。 その光景に葉原は不満を漏らすが、葉原が持って来た弁当が豪華過ぎてとてもじゃ無いがあげようとは思えなかった。これで作り置きだというのだから恐れ入る。 「・・・焔火ちゃん・・・朱花さん・・・生きているかな・・・?」 「・・・生きているわよ。・・・きっと・・・」 一色が『ブラックウィザード』の手に堕ちた焔火姉妹の身を案じ、鏡星は希望を口にする。 「網枷・・・!!絶対にボコボコにしてやる・・・!!」 「・・・私の落度でもあるな。今まで見抜けなかった自分が情けない。九野先生の仰る通り、『たられば』は無しだ。 今回の件も、結果として起こり得る全ての責任を椎倉先輩達は背負っている。部下として、苦痛を伴ったあの人達の真剣な想いを無視するわけにはいかない」 網枷と同学年の神谷と斑は、裏切り者に対する憤怒と自分達の失態に対する怒りを同時に露にする。特に、神谷は網枷と同期であったので、その怒りは凄まじい。 「斑は・・・納得しているの?私達に情報が伏せられていたことをさ」 「鏡星・・・。まぁ、本音を言えば納得し切れるモノでは無い。だが、日頃から色々問題を起こしていた私達にも原因はある。 私達は、網枷のことを伝えられても問題無く行動を起こせるという信頼を椎倉先輩達に示せていなかった。日頃の行いの重要性を、今の私は痛感している」 「・・・そう。私もよ。ハァ・・・信頼を生み出すって難しいわよねぇ」 斑の本音を耳にした鏡星は、彼と同じ気持ちを抱いていることを打ち明ける。正直な話、九野の言葉に全部は納得していない。あれは大人の意見だ。部外者の意見だ。 当事者である自分達からしてみれば、どうしたって納得できない部分は残る。すぐには許せない部分が発生する。リスクに目を瞑っていたという事実は変わらないからだ。 だが、納得した部分も多くある。椎倉達の考えや覚悟の重さが痛い程に理解できた。そして、感情のままに文句や愚痴を吐き続けていても、事件は何も解決しないことも痛感した。 貴重な時間を徒に浪費することで、仲間や罪無き人々を取り返しの付かない状況に追いやることに繋がるかもしれない。 加えて、椎倉達が我慢したおかげで敵のおおよその居場所を掴むことができた。確定とは言えないが、そこに限り無く近い結果を出した。 その一端を担った九野の言葉には、自分達が示せていなかった確かな信頼が宿っていた。これが結果であり、結果を出すための過程ということだ。 仮に碌な結果を出せていなければそれこそ怒り狂っていたかもしれないが、出た以上は黙るしか無い。 それ以外の方法で同じような結果を出せたかと問われれば、自信は無い。日頃の行いを含めて、治安組織の一員足る少女は背負うモノの重さ・複雑さを再認識する。 「・・・・・・よくわからなくなって来た。・・・・・・人を助けるためだったら何でもしていい。・・・管轄外や命令なんか関係無い。・・・そう思って来た」 「姫空さん・・・」 「・・・でも、それだと駄目なこともある。・・・そのせいで、178支部の人達は敵の罠に掛かった。あの殺人鬼の時もそう。・・・私達の勝手な行動で加賀美先輩は傷を負った」 「姫空ちゃん・・・。それは、きっとその時々なんだと思うよ?それを見極められるように、私達は努力しないといけないんじゃないかな? 椎倉先輩達の覚悟もそう。私が言える義理じゃ無いけど、あれも皆に肯定されるような代物じゃ無い。事件解決のために、起こり得るリスクに目を瞑ったと見られても仕方無いわ。 でも、それを実行に移すに至った覚悟を私達はできる限り理解してあげないといけないんじゃないかな?先輩達も、すごく苦しんだと思うよ?」 「・・・難しいね」 姫空の独白を鳥羽は神妙な面持ちで聞き入り、葉原は自分の考えを素直に述べる。 「・・・ゆかりさん。ゆかりさんって、本当に強いですね。さっきの廊下で話してた時も思いましたけど。 さすがは、緋花さんの親友・・・なのかな?・・・上手い言葉が見付からないや」 後輩に気を掛ける少女に、鳥羽は尊敬の心持ちすら抱く。やはり、親友の無事を信じられるだけの何かを築いて来た証なのだろうか? 「・・・強くなんか無いよ。私は・・・支えられている。緋花ちゃんも・・・間接的には」 「??支え?」 「うん・・・。それにしても、まさか加賀美先輩があの時点で気付いていたなんてね。・・・相対評価で判断してたのかな、私? これが、相対評価の欠点か・・・。あの人の言う通りになっちゃった。ハァ・・・」 鳥羽の疑問顔に、葉原はブツブツ独り言を呟きつつバッグの中から携帯電話を取り出す。多種多様な機能の中から、取り込んだ音楽のタイトル画面を表示できるトコまで操作する。 「私と緋花ちゃんって、緋花ちゃんが風紀委員として176支部に配属された時が初対面だったのは鳥羽君達も知ってるよね?」 「うん。初日だから右も左もわからない緋花さんを、ゆかりさんが手取り足取り教えてたのはよく覚えてる」 「そういえば、初日に神谷へ勝負を挑んだんだっけ?」 「・・・あぁ。随分なじゃじゃ馬が入って来たと当時は思ったな」 「・・・・・・人のことは言えない」 「・・・お前もな」 葉原と鳥羽の会話に、鏡星・神谷・姫空も加わる。遅れて斑や一色もその輪に加わって来た。 「俺も思い出した!当時も麗しき加賀美先輩が、焔火ちゃんと神谷先輩の勝負にすごくあたふたしてたなぁ」 「新入りが突然支部のエースにガチンコ勝負を挑んだ形だからな。私が加賀美先輩の立場でも、些か以上に困惑しただろうな」 「勝負自体は、神谷の勝利だったわね。焔火も結構粘ったけど」 「あの姿から、緋花さんは外回り向きだって一発でわかったなぁ。確か、しばらくはゆかりさんが緋花さんと同行してたんだっけ?」 「うん。緋花ちゃんはあっち行ったりこっち行ったりするから、付いて行くのが大変だった。仕事の帰り道に屋台のラーメン屋にも寄ったこともあったなぁ・・・」 その屋台で、成瀬台の荒我達とも出会った。今では、友達として付き合っている気のいい人達である。 「葉原は焔火の勉強も見ているそうだな?私から言わせて貰うなら、それくらい独力でしろと言いたいくらいだが」 「まぁ、それだけ小川原のテストは難しいですし。特に、緋花ちゃんはボーダーラインギリギリだったんで」 「・・・・・・葉原先輩は頭いいんでしょ?」 「ま、まぁね。一応学年でベスト3・・・だね」 「・・・・・・すごい・・・!!」 姫空は、葉原の学績に素直に驚嘆する。余り口数の多くない(=積極的にコミュニケーションを取らない)姫空は、支部員の情報については知らないことも多かった。 「ゆかりさんに勉強を教えてもらえる緋花さんは幸運ですね」 「・・・かもね。・・・風紀委員としで出会ってから、学校でもよく話し合うようになった。緋花ちゃんは・・・私にとって“初めて”の親友だった」 「えっ?そうなの、葉原ちゃん?意外だねぇ」 「・・・普通にお話するクラスメイトは居たわ。でも・・・私は無能力者だったから」 「ゆかりさん・・・。それって・・・」 「・・・学園都市特有の潜在的な差別なのかな?小学校の時から勉強はできても能力開発の方面が空っきしだった私は、『勉強だけができる奴』って周囲に思われていた。 私に話し掛けてくる人達は、大概勉強のことを教わりに来る人ばっかりだった。・・・悔しかった。能力開発には私なりに一生懸命取り組んでいたけど、どうしても芽が出ない。 それは、今でも・・・ね。鳥羽君・・・実は、私だって無能力者の自分に不満は持っているんだよ?あの殺人鬼と邂逅した時だって・・・(ギリリッッ)・・・」 葉原の口から語られる衝撃的告白と明確に歯噛みする荒々しい態度に、鳥羽を始めここに居るメンバー全員が瞠目する。 普段の振る舞いとは完全に矛盾している思考と態度。だが・・・それ故に人間だ。 「・・・中学受験の時も、本当は映倫中が第一志望だったけど当然無能力者の自分は受験する資格すら無かった。だから、小川原に行った。小川原は学力重視の学校だから。 ここなら、無能力者の自分でも大丈夫。そう思って受験した。小川原では、楽しいことも一杯ある。それでも、中々親友と呼べる存在ができない。 小学生時代の差別の影響か、私も中々他人に踏み込めなかった。それは、風紀委員になってからも」 「(・・・!!お、俺と同じ・・・だったのか・・・!!)」 「オペレーターとして、私は風紀活動に励むようになったのも一因だったのかもしれない。ずっと支部に居るから、他人との接触の機会が限られて来る。 私自身、内心では苛立っていた。自分を変えられない自分に。そんな時に・・・緋花ちゃんと出会った」 後ろに纏めた髪がピョンピョン動く、世話の掛かる新入りの教育を任された。最初は、ちょっぴり面倒だと思っていた。初日から支部のエースに喧嘩を売るじゃじゃ馬。 自分とは性格が全く違う同い年に対して、幾らかの不安を抱いていたのは確かだ。でも・・・接して行く内にそんな思いは何時の間にか消えていた。 「緋花ちゃんって感情表現が激しくて、笑ったりしゅんとしたりで騒がしいの。無鉄砲な所も一杯あった。遠慮も無い。そんな彼女は・・・私が無意識に作っていた“壁”をぶち壊した。 私に近付いてくれた。私を心の底から必要としてくれた。これは、皆は違うって言いたいんじゃ無いの。唯・・・その意志をすごくわかりやすい形で緋花ちゃんは示してくれたの。 さっき九野先生が言ったのを当て嵌めると、緋花ちゃんがやったことは相手の内面を全然見抜けていなかったことになる。でも、私はそれに救われたの。 ハァ・・・難しいね。九野先生の言うように、その行動が正解なのか間違いなのかは本当にその時次第、その人次第なんだよね」 『今日から、“ゆかりっち”って呼ぶね!親友同士、ニックネームで呼び合うっていうのもいいと思うし!ゆかりっちも私に何かニックネームを付けてよ!』 出会ってたかだか3日で親友宣言をした能天気な焔火に正直呆れてしまった葉原だが、内心では嬉しさの余り焔火の如く飛び跳ねたい気持ちで一杯だった。 切望に切望を重ねていた親友と呼べる存在ができた。臆病な自分に、無鉄砲な少女が突っ込んで来てくれた。とても・・・とても嬉しかった。 葉原が焔火にニックネームを付けることは無かったが、そのかわり焔火の勉強を見るようになった。公私共に交流を深めて行った2人は、本当の親友と呼べる間柄となった。 「そうだったんだ・・・」 「うん。・・・・・・だから、絶対に緋花ちゃんを助けないといけない。親友の私が・・・絶対に!!」 「葉原ちゃん・・・」 「・・・と言っても、私に前線で戦えるような力はありません。神谷先輩達の足手纏いになるだけです。私は・・・私の戦いをします。そのために・・・私は・・・」 「・・・・・・葉原先輩?」 急に言葉が途切れた葉原に、姫空が怪訝な視線を向ける。その視線に気付いた葉原は、操作していた携帯電話からある音楽を流し始める。 謳え~♪謳え~♪~~~~♪ 「・・・この歌は?」 「『Love song’s loads』。・・・儚げで、哀しげで、それでいて確かな心の強さを感じる恋人や愛する人達の想いが溢れた歌。・・・界刺先輩に教えて貰った歌なの」 「界刺・・・!?」 神谷のムッとした声に苦笑いしながらも、葉原はこの音楽を流した理由を話す。独白にも似た告白を。 笑え~♪笑え~♪~~~~♪ 「私は・・・界刺先輩に上手く説明できない感情を抱いていたの。恋とも愛とも違う感情。別種の感情。 尊敬のようで、信頼のようで、恐怖のようで、でも全然違うような気もする・・・そんな感情を。それは、まるでこの歌に込められた想いのようだった。 私は、この歌に込められた想いがよくわからなかった。離れ離れの2人。二度と会えないかもしれない2人。それが・・・わかっている2人。 待ち人は目が覚めれば何時も泣いていて、愛する人のために笑顔でいようとしても辛くて涙が滲む。 そんな境遇で、それでも笑っていようと思えるだけの決意は何処から湧いてくるのか。私にはよくわからなかった。私だったら、絶対に無理だと思ったから」 「「「「「「・・・!!!」」」」」」 葉原の独白は、今まさに現実となっていると他のメンバーは思った。思ってしまった。焔火緋花と葉原ゆかり。親友と呼べる2人は、非情で無慈悲な世界によって引き裂かれた。 届け~♪届け~♪~~~~♪ 「・・・それは唐突だった。緋花ちゃんが『ブラックウィザード』の手に堕ちて、私は自宅待機を命じられても一睡もできなかった。不安で不安で堪らなかった。 『もし、緋花ちゃんが・・・』。そればかり考えてた。体の震えが止まらなかった。何も見たくなかった。何も聞きたくなかった。起きた現実から・・・逃げたくて仕方無かった。 そんな時・・・この歌を聴きたくなった。まるで、今の状況がこの歌の世界と同じように感じられたから。だから・・・聴いた。何回も繰り返した。100回以上聴いたと思う。 ある時、唐突にわかった。どうして、待ち人はずっと笑顔でいられたのか。それがわかった瞬間・・・体の震えが・・・涙が止まったの」 「・・・それは・・・?」 鳥羽が核心を質問する。そして・・・葉原は力を込めて言葉を発する。偶然にも流れている歌と、ソレは重なった。 「『陽(たいよう)』!!!」 「『陽』・・・?」 「そう。『陽』。2人を支えていたのは・・・待ち人が希望を持てたのは・・・『陽』が居たから。その暖かな『光』で2人を照らしていてくれたから。『陽』という存在があったから。 何も見えない、何処に行けばわからない『闇』の中を歩いていても『陽』が・・・『光』があったから2人は希望を捨てなかった。捨てずにいられた。希望が・・・生まれた。 私にとって、その『陽』が界刺先輩だったの。私や緋花ちゃんを照らしてくれた・・・『光』。“閃光の英雄”・・・界刺得世」 「“閃光の英雄”・・・!!」 “閃光の英雄”。“ヒーロー”と呼ばれた男。『シンボル』のリーダー。葉原自身、その目で見たことが無い“英雄”に希望を懸けている。 つまりは・・・“偶像”。焔火が緑川に抱いたモノと同種のモノ。そして・・・界刺得世が嫌悪する、“ヒーロー”に対する“一般人”の『罪深き』要求も同時に抱く。 余裕の無い少女は、“ヒーロー”に依存している(迷惑を掛けている)事実に気付きながらそれでも頼りたい気持ちを抑えられない。 矛盾撞着・・・つじつまが合わないことを一切しない人間など存在しない。矛盾、清濁、善悪、全てを併せ持ってこそである。醜くも綺麗な生き物・・・それが人。 葉原ゆかりは―現状薄々と感付いてはいるが目を逸らしている―後に思い知る。自分が希望を懸けた“閃光の英雄”が、一体どんな“ヒーロー”なのかを。 彼と契約し、己が希望を懸けたことが齎した“反動”・・・その代償を。『陽』の光は何時も優しいとは限らない。時に苛烈な閃光を放つこともある。 “一般人”足る少女の覚悟が試される刻(とき)は・・・すぐそこまで来ていた。 「あの人が居てくれる。まだ・・・“閃光の英雄”が居てくれる!だったら・・・私は諦めない。諦めずにいられる。・・・私も緋花ちゃんのことは言えないなぁ。 完璧にあの人に依存しちゃってる。甘えちゃってる。このことを知ったら、あの人は怒るだろうなぁ・・・」 「・・・それだけ、ゆかりさんは界刺先輩を信じている証拠なんじゃないかな?」 「本当は、余りあの人に迷惑を掛けたくないの。あの人も相当怒ってたし。それに・・・あの人が敵に回る可能性は0じゃ無い(ボソッ)」 「えっ?ゆかりさん。最後の方がよく聞き取れなかったんだけど・・・」 「う、ううん!え、えっとね・・・ようは、今はあの存在が居てくれないと駄目なの。あってくれなきゃ駄目なの。我ながら情けないと思ってるけど」 これは、尊敬でも信頼でも恐怖でも無い。そんな言葉では言い表せない。唯そこに居る。存在が在る。それだけで絶大な希望―僅かの絶望―が尊敬・信頼・恐怖と共に湧く。 そう、敢えて言葉で表すとしたらそれは希望なのだ。葉原ゆかりは界刺得世という存在に希望を抱いているのだ。次から次へと溢れ出る底無しの希望を。願望を。切望を。 自分勝手とも取れるこんな感情を抱くのは、葉原自身生まれて初めてだ。いや・・・こんな感情を抱いてしまう存在こそが“ヒーロー”というモノなのか・・・そう葉原は思う。 「・・・俺達って信用されてねぇのかな?」 「神谷先輩・・・。確かに、無茶をするという点では余り信用していません」 「ガクッ!!」 「・・・フフッ。でも、いざって時は頼りにしていますよ?もちろん、他の皆も」 「・・・そ、そうか」 「でもですね、そんな信用とか信頼とかとは種類が全く違うんです。界刺先輩に抱いているこの想いは。言葉で説明するのは難しいですけど・・・存在するだけで力を貰えるというか」 「それって好きとかじゃ無い・・・のよね?」 「鏡星先輩・・・。そうですね。そういうのとは違うと思います。う~ん・・・敢えて言葉に表すなら、空で輝きを放っている太陽のような存在・・・でしょうか?」 「太陽・・・ね。“ヒーロー”らしいっちゃあ、らしいのか?」 何というか不釣合いもいい所な表現のような気もするが、案外そうかもしれないと思ってしまうのが“『シンボル』の詐欺師”の面倒な所だ。 「・・・葉原。鳥羽」 「はい?」 「何ですか、神谷先輩?」 「おそらく、『ブラックウィザード』に奇襲を仕掛ける時は、お前等2人共後方支援に入ることになると思う。・・・頼りにしてるぜ?」 「「神谷先輩・・・!!!」」 「その分、俺達もお前等に頼られるように頑張るからよ。加賀美先輩の指示通りに・・・な。だから・・・必ず焔火達を救い出して、『ブラックウィザード』を潰そうぜ!!」 それは、176支部のエースとしての檄。今まで無茶ばっかりして来た人間に芽生え始めた、責任感という名の矜持。 神谷稜という少年の確かな成長。昨日の件や今日の“特別授業”を経て、少年も少しずつ大人への階段を昇り始める。 「「はい!!」」 「あの神谷がこんな檄を飛ばすなんてね・・・雪でも降って来るんじゃないかしら?」 「私の推測では、雪ではなく霰だな」 「霰というか雹じゃないですかねぇ」 「・・・・・・カミナリが神谷先輩に降る」 「「「それだ!!!」」」 「お前等・・・!!!」 「ちょ、ちょっと!!喧嘩は止めて下さいよ!!折角良い雰囲気だったのに!!」 「・・・あっ!ちょっと、私お手洗いに行って来ますね」 問題児集団達で何時もの喧嘩が始まりそうになっているのを鳥羽が抑えようとする中、葉原はお手洗いへと向かった。単に、巻き込まれるのを嫌ったとも言えるが。 「・・・で、収穫は?」 「それがさァ、江刺ちゃんは連中のアジトについては教えられてないみたいなんだよォ。そん代わり、幹部や構成員の顔や能力についてはバッチリ吐かせたぜェ」 「まぁ、仕方無い。一応“仕掛け”は行った。そこから『ブラックウィザード』のアジトを見つけ出せる可能性もある」 ある隠れ家にて、『紫狼』の現リーダー外野と彼に雇われた傭兵ウェインが今後の方針について話し合っていた。 目下の話題は『紫狼』と『ブラックウィザード』を掛け持ちしていた江刺の処遇についてである。 「そうかァ。お前が見付けるのが先か、奴等が見付けるのが先か・・・クククッッ。どっちにしても、お前が『本気』で暴れるのには違い無ェ。 でも、どうするよ?江刺ちゃんがゲロった情報だと、200名もの一般人を拉致したって話じゃん?そいつ等を“手駒達”に仕立て上げてお前にぶつけようとしてる。 当然、風紀委員や警備員も黙っちゃいねェ。絶対にそいつ等を助けようとする。ウェイン。『無闇に』無関係な人間を殺さない主義のお前は、この状況をどぅ判断する?」 「俺に刃向かって来るなら殺す。刃向かわなければ殺さない。それだけの話だ。もっとも、風紀委員については借りがあるからな。借りを返した後に、それが当て嵌められる」 「ったくお優しいことで。つっても、お前の『本気』に巻き込まれなければの話だけどな」 「その辺りは世界が判断することだ。俺には関係無い」 江刺に吐かせた情報から、『ブラックウィザード』の対策とそれに付随する“障害物”対策にも話は及ぶ。 「・・・江刺は始末しないのか?」 「あァ。あいつの能力は結構貴重だしィ。ちゃんと脅しも掛けたから、今後俺を裏切るような真似はできないと思うぜェ?」 「どうせ、俺の名前を出したんだろう?」 「駄目だったかァ?」 「別に」 「まぁ、アジトのハッキリした場所はわからなくても、お前ならもう大体の見当は付いてんだろゥ?」 「あぁ。俺が、何故“手駒達”の保管場所を優先的に潰したと思っている?もっと言えば、その保管場所を調べ上げた時に保管場所の使用履歴に目を向けていないとでも思っているのか? 『ブラックウィザード』の本拠地は、十中八九第17学区にある。だが、あそこはオートメーション化されているために、機械による数多くの監視体制が整えられている場所だ。 正確な位置がわかっていなければ、取り逃がす可能性も高くなって来る。俺の面も割れている。ならば、どうするか。偶然を利用すればいい。 ククッ。まぁ、それまでは俺もゆっくりさせて貰うさ。無駄な体力やタンパク質の消費を抑えることも、昨日の件で可能になったわけだしな。 これで、少しはナイフを台無しにされたストレスも解消できるというものだ。もっとも、借りはキッチリ返すがな。ククッ」 「・・・大した奴だぜェ、お前はよォ。まァ、第17学区に隣接する各地区に『紫狼』のメンバーを秘かに置いているからそれと併用してくれェ。 後、“仕掛け”先の1人・・・柵川中の女なんだけどよォ、調べたら何と同じ学生寮に住む鏡ちゃんの『透視能力』で監視できる範囲にある部屋に住んでいるんだよ。 鏡ちゃんに覗きの趣味は無ェけど、一応監視を頼んであるぜェ。“仕掛け”じゃわからねェ妙な初動があったら、すぐに報告するよう伝えてある。 お前は弱者の力を借りるのを好まねェが、これは依頼主である俺の判断だ。依頼主の俺だって、少しは頑張らねェとな。別に構わねェだろ?」 「あぁ。わかった」 外野は、全く抜け目の無い強者足る傭兵に何度目かの感嘆の念を抱く。これだけの力を持った男と出会えた僥倖を、彼は天に感謝する。 この男と出会わなければ今の自分は居ない。それだけは確信をもって言える。数ヶ月にも及んだウェインと『ブラックウィザード』の戦いの終幕は・・・近い。 「さて、俺は外出する。煙草が切れた」 「了解。にしても、よくそれだけ吸えるなァ。お前くらいのヘビースモーカーは俺も初めてだぜェ」 「そうか?・・・俺の故郷では煙草は重宝されていたからな。その影響かもな。専用の道具もあったが、俺個人的には吸い難かったという感想しか湧かなかった」 「へェ・・・。お前の故郷・・・ねェ」 外野はウェインの口から零れた『故郷』という言葉に反応する。殺し屋という職業柄、己の身元を特定されかねない言葉は慎むべきだと外野は捉えていた。 だが、当のウェインがそれに該当する言葉を出した。雇い主としては意外としか言いようが無い。 「・・・何だ?」 「いやね、お前が生まれた故郷ってどんなトコかなァってさ。日本じゃ無ェんだろ?」 「あぁ。だが、今はもう存在しない。無くなったからな」 「(『無くなった』・・・か)」 『無くなった』という言葉の真意を外野は測りかねる。本当に『無くなった』のか、それとも『無くした』のか・・・どちらにでも取れる言葉だった。 「なァ、ウェイン」 「何だ?」 「お前が言う『世界』ってのは一体何だ?お前のような強者が当たり前のように居て、俺のような弱者も存在が認められる、そんなバカデカい存在のことをお前は言ってんのか?」 「・・・・・・」 外野は問う。質問する。問い質す。彼を雇って依頼、幾度か耳にするようになった傭兵の『世界観』について。 強者足る彼は、契約が無ければ自分のような弱者を歯牙にも掛けないと常から言っている。外野自身も理解している厳然足る真実、その先に潜む本意をつい知りたくなった。 「言っておくが、俺は強者であっても絶対強者では無いぞ?そこまで世界は浅く無い」 「はっ?」 そんな彼が返した言葉は・・・己が絶対強者では無いという、これもまた揺ぎ無い真実。 「立場が変われば何もかもが一変する。お前でもわかりやすい例を挙げるなら・・・この学園都市には強者足る7人のレベル5が存在するだろう?」 「あ、あァ。何でも『1人で軍隊と戦える』実力を持つって言われる、とんでもねェ化物共だろ?俺のような無能力者からしたら、天と地程の差もありそうな連中だぜェ」 レベル5。学園都市に7人しか居ない最高レベルの能力者。『超能力』という冠が付く学園都市独自の能力開発において、『超能力者』という冠が付くのはこの7名しか存在しない。 「その中でも最強と呼ばれるのが学園都市第一位・・・あらゆるベクトルを操作する能力を持つ一方通行という男だ。俺も、以前『別件』で世話になったことがある」 「一方通行・・・第一位・・・!!そんな奴とお前が・・・!!?」 「とは言っても、直接の面識は無いがな。俺の蜘蛛糸を生み出す能力は、どちらかと言えば未知なる物質を生み出す『未元物質』を有する第二位の垣根帝督に通じるモノがあった。 だが、能力の根本が無から有を生み出す創造能力であったために第二位は最初から選択肢に入れることも叶わなかった。 その点、第一位の方は不満足も甚だしいが修練の結果少々は活かすことが叶った。言っておくが、第二位とも直接の面識は無いぞ?世話にもなっていないしな。ククッ」 「・・・!!」 外野は瞠目することしかできなかった。直接的な面識が無くとも、彼が学園都市の誇るトップランカー足るレベル5と接点を持っていたとは予想だにしていなかったために。 「そんな連中からしてみれば、俺は弱者と見られるだろう。事実、能力戦闘を行えば俺は第一位や第二位に敗北するだろうな」 「マ、マジか・・・!!?」 「何を驚く。俺はレベル4。奴等はレベル5。如何に俺がレベル4の中で最上位に入る実力を持つとは言っても、レベル5との間には確かな差が存在する。 第三位の『超電磁砲』や第四位の『原子崩し』が相手ならば搦め手を使えばまだ戦り合えるかもしれんが、第一位や第二位ともなればそれも通じまい。 片やあらゆるベクトルを手中に収める破壊の権化。片やこの世の物理法則を捻じ曲げる創造の化身。この両者に俺の蜘蛛糸が通じる隙間は存在しない。俺は最強では決して無い」 「・・・!!!」 ウェインの吐く言葉の数々に、外野は己の想像以上に混乱している自分が居ることを自覚する。確かにレベル5の存在は知っていた。学園都市に住む人間ならば誰もが知っている。 レベル5が意味するモノを。だが、いざ目の前の傭兵から突き付けられた真実に頭が眩む自分が居る。この男より上が存在するという当たり前の事実に衝撃を受ける自分が。 「ククッ。だが、だからこそ面白い。面白いんだ・・・この世界はな」 「・・・??」 だがしかし、“世界に選ばれし強大なる存在者”ウェイン・メディスンは喜ぶ。歓ぶ。悦ぶ。自分の思い通りにはいかない世界の理を堪能するかのように言葉を連ねて行く。 「そうでなくてはならない。世界とは、俺が絶対強者に君臨してしまう程度の浅さではいけない。むしろ、俺を弱者にしてしまう個が居ることがこの世界が正常である証なんだ」 「・・・?お前の考えは、イマイチ理解できねェ部分が多いぜェ・・・」 「ククッ、強者の気持ちを真に理解できるのは強者だけだ。弱者の気持ちを真に理解できるのは弱者だけだ。故に、例えば強者(おれ)は弱者(おまえ)の気持ちを真に理解できん。 また、俺を上回るレベル5(きょうしゃ)はレベル4(じゃくしゃ)の気持ちを真に理解できん。理解できるとすれば同じ立ち位置に居る強者同士、あるいは弱者同士となる。 これが、些か以上に難儀でな。そんな存在は中々居ない。何せ、単純な実力だけでは推し量れんモノがあるからな。 幾ら能力が強大であろうが、それを扱う者が愚かでは話にならない。・・・果たしてあの男は俺が認める存在になり得るか・・・。次に相見える時があれば決して逃さん・・・!!」 「・・・・・・ムカつかねェのか?自分が弱者と見られることがさァ。単純な疑問だけどよォ」 「ムカつくとも。腹立たしいとも。だからいいのだ。この世界にはお前という弱者が居て、俺という強者が居て、俺を弱者にしてしまう強者が居る。 この流れは無限のように連なり、広がっている。全ての存在がこの世界では認められている。平等だ。確かに平等だ。無慈悲なまでに平等だ。 上下関係や主従関係が存在しようとも、優劣や強弱が存在しようとも、この世界において各々の存在が等しく認められているんだ。 ククッ。これが平等・・・これが世界の定めた本当の真理か・・・・・・面白い。実に面白い」 「・・・それって不平等とも言えんじャね?」 「そうだな。表裏一体とはつくづく至言だ。・・・平等を唱える故郷の住人の中で異常者と蔑まれ、疎まれた俺だけが裏である不平等の存在を唱えた。 その行き着く結果として・・・故郷は『無くなった』。その時俺は悟った。俺が間違っていたのだと。あの光景さえも世界は等しく、無慈悲なまでに平等に認めていたのだと。 そして理解した。俺は異常なモノでは無い。世界の一部足る存在として立つ正常な生けるモノなのだと。 “世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”を冠するウェイン・メディスンという個の存在は、当の昔から世界に認められていたのだと」 「(やっぱり・・・!!)」 独白にも似た“存在者”が語る言の葉を受けて、雇い主は理解した。この男は、己が手で故郷を滅ぼしたのだと。おそらく・・・血縁関係であった者さえもその手に掛けたのだと。 また、同時に納得した。『こうでなければ』殺し屋なんて職業に身を置くことはできないのだろうと。必要とあらば、肉親であっても手に掛ける精神性が無ければ。 「語り過ぎたな。では、俺は出掛けるぞ」 「・・・あァ。もしかしたら・・・・もしかしたら、お前もその『世界』ってヤツに滅ぼされるのかもしんねェな」 買出しに出掛けようとする傭兵の背中に雇い主は最後の問いを発する。自分が抱いた率直な想いを。 「・・・ククッ。それもまた世界の理ならば。だが、俺は黙して滅びの運命を受け入れるつもりは無い。いや、その運命すら覆してみせよう。 俺の故郷に伝わる神話に存在する、神々さえも惑わせた蜘蛛の如く。科学の世界に浸るお前のような人間には馴染みの無い話かもしれんがな」 雇い主に問われた質問へ背中越しに答える傭兵は直後隠れ家を後にする。その去り際の背中には、言葉では表し尽くせない何かが宿っていた。 「固地・・・」 「・・・」 昼休みがもうすぐ終了する頃、多目的ホールへ足を進めていた固地と加賀美は同じく向かっていた浮草と椎倉と廊下で鉢合わせした。 「(債鬼君・・・)」 「(浮草・・・)」 無言のまま視線を交わす178支部に所属する2人に、同行者2人は期待と不安の感情を抱く。 これからは、更に熾烈な任務に就かなければならない。故に、不協和音の発生を許容できる余裕は全く無い。 九野の言葉を受け、各々なりに考えたであろう2人がここでどんな反応を示すのか。加賀美と椎倉は固唾を呑んで見守る。そして・・・ 「浮草」 「・・・何だ?」 “お飾りリーダー”とリーダー格が言葉を交わす。最初に言葉を発したのは・・・リーダー格固地債鬼。 「長い間・・・・・・手間を掛けた」 「(ガクッ!!債鬼君・・・そこは、素直に『迷惑を掛けてすみませんでした』でしょ?)」 「(固地らしいと言えばらしいが・・・。こりゃ、真面達も相当苦労するぞ)」 固地の上から目線的な謝罪(?)に加賀美はほとほと呆れ、椎倉は先輩の性格の矯正に努めると意気込んでいた真面達に近く訪れるであろう苦労を偲ぶ。 2人共に、まさか固地の方から謝罪(?)するとは思っていなかったので、それに対する驚き自体はあったが。 「・・・・・・なってないな。人に謝る時はもっと誠意を込めて、言葉遣いもちゃんとして謝らなければならないぞ、固地?」 「・・・・・・」 「俺は・・・これからは率先してお前の態度の矯正に当たるつもりだ。“お飾りリーダー”じゃ無い。 178支部リーダーとして、俺はお前のために指導を行う。もちろん真正面から・・・継続して」 「(浮草先輩・・・)」 「(浮草・・・お前・・・)」 固地の謝罪(?)に落第点を点けた“お飾りリーダー”浮草宙雄は、胸に秘めた決意を己の『部下』に余さず伝える。 これは“お飾りリーダー”としてでは無く、1人のリーダーとしての決意表明でもある。 『浮草・・・。アンタはそこで止まってしまうのか?俺は天魏との一件を無駄にはしない。俺は、アイツが風紀委員を辞めてしまった責任を取る。そのためにも、俺は止まらないぞ?』 『固地・・・』 そして・・・『あの時』の回答でもある。 「・・・随分待たせたな。確かに、俺はお前が落胆するに値する情けないリーダーだった。事なかれで、流されるままの“お飾りリーダー”だった。・・・悪かった。 だから・・・今度は・・・今度こそ俺は『本物』のリーダーになるための努力をする。継続する。お前が認めざるを得ないくらいのリーダーになってみせる!! その過程で、俺は『部下』であるお前の指導にも全力で当たる!真面達の指導にも全力で望む!二度と“お飾りリーダー”なんて椅子に座るか!!俺が178支部のリーダーだ!! ハァ・・・ハァ・・・つまり・・・その・・・お前に今言いたいことを簡潔に纏めればこうだ!!『必ずぎゃふんと言わせてやる』!!!覚悟しとけ!!!」 「(浮草先輩・・・すごいやる気だ・・・!!)」 「(浮草・・・真面の言葉をパクってどうすんだ?)」 浮草の決意表明に加賀美は感銘を受け、椎倉は後輩の決意表明をパクった先輩に多少以上に呆れる。今の言葉を当の真面に聞かれたらどうするつもりだ? 等と同行者達が思案に耽っている中、178支部リーダーの意志と決意を聴いた『部下』は唯一言のみを返事として呟いた。 「・・・・・・そうか」 そして、浮草の脇を通り過ぎていく。その表情に少しばかりの笑みを形作りながら。その返事に僅かばかりの満足を込めながら。 固地が去って行った後に残ったのはリーダー3人。彼等は、『部下』の返事と表情に宿る意味を確と自覚していた。 「債鬼君・・・」 「・・・椎倉」 「・・・何だ?」 「もっと早くにこうするべきだったって今更ながらに思うぜ。部下(あいつ)から逃げていたリーダー(じぶん)が・・・本当に情けねぇ・・・!!!」 悔恨の声色が浮草の口から漏れる。過去は変わらないことを十分理解していながらも、どうしてもその言葉を止めることはできなかった。 「・・・その気持ちを忘れずに励めば、今からでも遅れを取り返せるさ。あいつも、少しずつだが変わり始めているみてぇだし。そうなんだろ、加賀美?」 「はい。ちょっとずつですけど、債鬼君も新しい努力を始めています。浮草先輩。債鬼君のこと・・・どうかよろしくお願いします」 「・・・・・・あぁ」 落ち込むリーダーを他のリーダー達が励まし、その背中を押すように想いを託す。リーダーにも色んなタイプが居る。その人間だけの色が存在する。 その色を磨き上げるための努力を怠ってはいけない。どんなに辛くても、どんなに険しくても。だからこそ、リーダーは様々な色を持つ部下達を統率することができるのである。 「(・・・緋花ちゃん)」 手洗いでさっと顔を洗った葉原は、水滴が垂れた状態のまま歩く。どうせ、この陽射しならあっという間に乾いてしまう。 「(必ず助けに行くから!!『ブラックウィザード』から緋花ちゃんを・・・緋花ちゃんを含めた拉致された人達全員を絶対に助け出してみせるから!!)」 今の葉原に迷いは『殆ど』無い。取り返しの付かない状態になっている危惧は、頭の片隅には存在する。だが、それを考えてもしょうがないことはわかり切っていた。 今自分に課せられたことは、嘆き悲しむことでは無い。親友として、一風紀委員として、事件を解決するために最善の努力を尽くすこと。それのみであった。 ガサッ!! 「ッッ!!?だ、誰!!?」 だから、いけなかったのかもしれない。 「・・・ゆかりちゃん・・・!!」 「武、武佐君!?梯君も!?」 だから、気付かなかったのかもしれない。丁度、その時“不良”3人組が警備員の目を盗んで校舎内に進入して来たことに。 「こ、この思考は・・・どういうことでやんすか!!?」 『思考回廊』によって、先程葉原から読み取った思考を自身の思考として後ろの2人に見せる武佐。その思考に梯が憤り・・・そして・・・ 「緋花が・・・『ブラックウィザード』に拉致された・・・!!?」 「荒我君・・・!!!」 彼が知る。告白を受けた少年が知る。告白をした少女が、かつて自分の居場所を潰した組織の手に堕ちたことを。 「ど、どういうことだよ!!!??なぁ!!!??」 荒我の絶叫が葉原の耳に突き刺さる。彼女の口から事情を説明された少年は・・・少女の制止を振り切って一目散に駆け出した。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1296.html
「速見!!押花!!準備はできたか!!?」 「「OKです!!」」 「テント用品とかのレンタル料もそんなに高くなくて良かったよ。余り支部費を注ぎ込むわけにはいかないからね」 ここは、ある駅のチケット売り場前。椎倉により“別件”を任された成瀬台支部の寒村・勇路・速見・押花は、各々の背にリュックサック等を背負っている。 着ている服装も成瀬台の制服では無く、何処ぞの探検隊風の着衣となっていた。 「押花。貴殿が言う友達とやらとは連絡は着いたのか?」 「問題無いっす!!明日の朝、現地から少し離れた場所で合流予定っす!! フフッ、今に見てろよ・・・!!今回の任務で結果を出して、あの“変人”の鼻を明かしてやる!!」 「勇路先輩・・・押花君が・・・!!」 「恋とは、実っても破れても当人を変えるモノさ」 寒村の質問に押花が必要以上にやる気満々な声で答える。その様子に速見がただならぬ気配を感じ取り、しかし勇路は冷静に受け止める。 「では、これより“別件”任務を開始する。各々、気を抜くでないぞ!!?」 「「「了解!!」」」 寒村の檄に、他3名は声を合わせて応える。彼等に与えられた任務は、『ブラックウィザード』に関わる捜査で相当重要な位置を占めるモノである。 その重責に携われることを、彼等は誇りに感じている。同時に、絶対にやり遂げなければならないという強い使命感をもって任務に当たる。 切符を買った後に電車に乗る4名。彼等は、押花の伝手を用いて現地である人物達と合流することとなっている。 本来であれば、押花は“別件”任務から外れていた。(椎倉の)その判断を変更させた押花の伝手。風紀委員は、明日会う人物達に期待と不安の両方を抱きながら旅立って行った。 ここは、『マリンウォール』近くにある喫茶店。176支部の面々は、ここで軽い昼食を取っていた。 というか、軽食しか取れない状態と言った方が正しい。理由は言わずもがな。あの“詐欺師ヒーロー”のせいである。 「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」 「(な、何て重たい空気・・・!!)」 176支部リーダー加賀美は、思った以上にどんよりしている仲間の状態に些か以上に困惑する。 「(今まであんな風にズバっと一刀両断されたことが無かったから、私の想像以上にショックだったのかも・・・!!)」 176支部の中でも問題児集団と認識されている神谷・斑・鏡星・一色・姫空は、各々に欠点を抱えていた。 神谷ならぶっきらぼう+無茶ばっかり、斑はエリート意識が強過ぎ、鏡星はイケメン喰い、一色は女性喰い、姫空は神谷そっくりの無茶さ加減である。 最近はここに焔火までもが片足を突っ込んでいる状態なので、加賀美としては頭が痛い所では無かった(この中では、鏡星と一色はまだマシな方である)。 なまじ実力が高いこともあり、今まではそれでも何とかなって来た。幾ら苦情が寄せられようが、結果で周囲を黙らして来た。まるで、固地の“一面”を見るかのように。 そんな人間を一刀両断できるのは、同じく結果を出した人間・・・しかも揺るがぬ信念を抱く者だけである。 「(ある意味、あの人って緋花だけじゃなくて稜達も焚き付けたんだよね・・・ハッ!!それって、私の仕事量が増えただけなんじゃあ!!?)」 加賀美は気付く。これって、結局リーダーである自分の仕事が増えただけなのではないかということに。このクソ忙しい時に限って。 「(あ、あの人・・・!!さっき携帯の番号はゆかりに教えて貰ったし、こうなったら文句の1つでも言ってやらな・・・)」 「加賀美先輩・・・」 「う、うん!?な、何、丞介!?」 焔火の件だけならまだしも、それ以外の仕事も増やされた事実に加賀美がワナワナ震えている最中に、変態紳士である一色が声を発した。 「俺達って、加賀美先輩に何かしてます?」 「はっ?」 それは、予想外過ぎる一言。 「いやね、さっきからずっとあの“変人”が言ったことを考えてるんですけど、よくわかんないんですよ。 世の女性全てを愛して止まない俺が、加賀美先輩のご迷惑になるようなことをする筈ないじゃないですか!幽霊部員だった頃は、そりゃ迷惑を掛けましたけど。 でも、今は焔火ちゃんのおかげでバリバリ働いていますし!!他の人達は知りませんけど」 「(な、何て自分に都合のいい解釈をしてんの!?変態紳士か!?変態紳士的思考って言いたいのか!?)」 加賀美は一色の余りにも都合のいい解釈に心中でツッコミを入れる。働いてるって言っても、暇さえあれば通り掛かる女性に声を掛けてる(=ナンパ)のは何処のどいつだ!! そのくせ、男性を助ける時はやる気がダダ下がりになる悪癖は未だに直っていないのに!! 「・・・私も一色と同感だわ。幾ら私がイケメン喰いって言っても、ちゃんと巡回とか仕事とかはしてるし」 「(た、確かにしてるけど!!『逝けメン死すべし』って暴れる悪癖は直ってないし!!未だに177支部の巡回ルートに侵入したりしてるし!!)」 「フン。鏡星と気が合うのは珍しいな。エリートである私も、あの“変人”の言葉は理解できん。加賀美先輩の指示はちゃんとこなしているつもりだしな。 全く、部外者が好き勝手をほざくとは・・・何様のつもりだ?こうなれば、あの“変人”を風紀委員に刃向かう犯罪者として・・・」 「(それが一番マズイでしょーが!!!冗談だとしても、風紀委員が出していい言葉じゃ無いよ!?)」 「・・・・・・潰す」 「(『潰す』って何!?)」 「・・・・・・チッ」 「(稜はまだ自覚がありそうね。でも、自覚があっても止まらないのよね。・・・本当にこの中(神谷以外)に内通者が居るのかな?・・・居る・居ないを決め付けない方がいいわね。 今は、ちゃんと見極めることに集中しよう!!ここには居ない双真や帝釈も、これから注意深く見なきゃならないわ!! もし居たら・・・・・・その時は私も覚悟を決めないといけない!!どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、最後までやり遂げなきゃ!!)」 問題児集団の反応に、リーダーは心の中で立て続けにツッコミを入れる。これを言葉にできないのが、加賀美の欠点である。 ある一定のレベルまでは加賀美も注意や指導はできるのだが、そのレベルを超えると途端に言葉として表明することができなくなる・・・というかしなくなる。 故に、リーダーの力で問題児集団に歯止めを利かすことができないという大きな問題と化しているのだ。 加賀美としては、この欠点がもしかしたら内通者を生んだ可能性があるのではないかと考えていた。自分の悪癖は、今尚直っていない。 ならば、これは自業自得。責任は、リーダーである自分が取らなければならない。そう、悲愴な決意を固め始めていた。 「・・・・・・」 「緋花ちゃん・・・」 一方、焔火と葉原は加賀美達とは違うテーブルに腰を掛けている。単純に、座れる人数の関係からこうなっている。 「・・・ごめんね、ゆかりっち。何か私のことで気を遣わせてるみたいで」 「気にしなくていいよ。私が自分の考えでやってることだから」 2人は親友と呼べる間柄である。助けたり助けられたり。そんなことを繰り返しながら、互いに友情を育んでいった。 「・・・界刺さんに何か言われたの?」 「・・・言われたっていうか・・・独り言を延々と聞かされていたって感じかな?私を置いてけぼりにして」 「・・・クスッ。あの人らしいね」 「そうだね」 2人は、同時にジュースを喉に流し込む。この会話で焔火は確信を得た。葉原が、自分のことで界刺に何かしらのアクションを取ったことを。 葉原も気付いた。焔火が、自分と界刺の間で何かやり取りがあったことに薄々感付いていることに。だから、ある程度のことは正直に話すつもりでいた。 「・・・昨日?」 「・・・うん」 「・・・今日私が怒られたのもそれが関係しているの?」 「あれは・・・私も予想外。あの人は、緋花ちゃんに何もするつもりは無いって言ってたから」 「・・・ということは・・・」 「・・・」 「余程私の態度がムカついたってことなのかな?」 「・・・・・・かも」 2人の間に流れる空気は、何時の間にか冷たいものとなっていた。これは、断じて喫茶店にあるエアコンが送る冷風では無い。 「・・・ゆかりっちにはわかってるの?」 「・・・何が?」 「私の駄目な所」 言葉が冷たい。 「・・・うん。でも・・・言えない」 「・・・どうして?」 「・・・緋花ちゃんが自分の力で掴まないといけないから。これは、きっとそういうモノだと思う」 「それも・・・界刺さんの指示?」 「違う。これは、私の意志。・・・界刺先輩も同意見だったけど」 「・・・その言葉はさ、界刺さんの部屋に行った時も言われたんだ。『自分で答えを出してみなよ』って」 「そう・・・なんだ」 「・・・辛いね。・・・苦しいね。・・・それ以上に、自分の馬鹿さ加減が頭にくるわ・・・!!」 「緋花ちゃん・・・!!」 焔火は、自分の額に両手を持って行き、テーブルに肘を着ける体勢となる。 「・・・わかってるんだ。きっと、あの人は正しいんだってことは。ううん、正しさの1つを持っているってことは・・・か。 それに引き換え、私は間違ってばかり。まるで、出口の見えない迷路を彷徨っているみたい。リーダーも経験してるって言ってたけど、これはキツイよ」 「・・・本当にそう思ってるの?」 「・・・?」 葉原は踏み込む。最初くらい、あの人の力を借りずに自分の力だけで。 「緋花ちゃんは・・・界刺先輩の言ってることに本気で納得しているの?・・・私には言い訳がましく聞こえるんだ、今の緋花ちゃんの言葉って」 「ゆかりっち・・・」 「緋花ちゃん・・・。今日の午後だけでいいから、私に緋花ちゃんの本当の姿を見せて! 固地先輩の指導や緋花ちゃん自身の努力で身に付けた、今の緋花ちゃんの姿を!界刺先輩の言葉は気にしなくていいから! 緋花ちゃんが目指す在り方を、私はこの目で見たいの!私も、緋花ちゃんが目指そうとする在り方は正しいと思ってるから!!」 「!!!」 正しい。焔火緋花が目指す在り方は正しい。そう・・・言った。確かに、そう言った。己が親友・・・葉原ゆかりは。 「嘘じゃ無いよ?この気持ちは絶対に嘘なんかじゃ無い!!私は、緋花ちゃんならその在り方を見出せるって本気で信じてる!!」 「・・・!!」 「でも・・・今みたいに言い訳をしている緋花ちゃんじゃあ、きっと無理。何時まで経ってもその在り方に辿り着けない・・・そんな気がする」 「・・・言い訳・・・か」 「うん。おそらくだけど、このままじゃ無理だと思う。これ以上詳しくは言えないけど、今の緋花ちゃんじゃあ心に根付いちゃってる・・・その・・・あの・・・」 「・・・いいよ。思いっ切り言ってよ。その方が、私もスッキリする」 「・・・・・・幼稚な反抗期から抜け出すのは、本当に難しいと思う」 『テメェが独り善がりのクソガキだって事実は、何一つ変わっちゃいねぇ!!』 「・・・・・・フッ。フフッ。ゆかりっちにまで言われるとは・・・ね。・・・・・・・・・くそっ・・・!!!」 零した笑い声と漏れる言葉に、焔火が一体どんな感情を込めていたのか。葉原には量り切れない。 「・・・ごめん」 「ううん。謝らなくていいよ、ゆかりっち。だって、ゆかりっちは私の親友でしょ?親友が間違った方向に行こうとしてるなら、それを止めるのも親友の仕事でしょ?」 焔火は俯く顔を上げる。その表情には、ほんの少しばかりだが吹っ切れたような色が浮かんでいた。 「ハァ~。こんなにも色んな人に支えて貰ってるのにねぇ。本当に申し訳無いよ」 「・・・どうせわかってないでしょ?私や界刺先輩が言ってることの本当の意味を」 「・・・はい。ゆかりっちの言う通りです。我儘とか言ってるつもりは無いんだけどなぁ・・・・・・言ってる?」 「言ってる。しかも、無意識に。加えて、無意識に勘違いしたまま」 「・・・でも、最近はゆかりっちやリーダーにも連絡とか入れてるよ?単独行動を取る時は、ちゃんと仲間の許可を・・・」 「それも、もしかしたら独り善がりの成分が含まれてるかもしれない・・・そう界刺先輩は言っていたよ?」 「・・・マジ?」 「マジ。私も、先輩に指摘されて初めてそうかもって思ったことだから、今の緋花ちゃんには絶対わからないね。 でも、だからと言って私達に連絡を入れる必要は無いってわけじゃ無いよ?そこの違いは、緋花ちゃん自身が見極めないといけない」 『君達に連絡を入れたり許可を取ったりすること自体を、彼女のガキ部分が自分の行動に対する“免罪符”あるいは“言い訳”に利用しているのかもしれない。無意識的に。 これは面倒だよ?何せ、行為自体は否定される事柄じゃ無いから。唯、だからと言ってそれを暴走する“言い訳”に使うのは許されることじゃ無い。まっ、お気を付けて』 葉原は先輩から指摘された事柄を思い出す。確かに、目の前に居る今の少女の状態なら、“免罪符”or“言い訳”に使う可能性は大いに有り得る。これは要注意だ。 「ガクッ!!・・・くそぅ。私って本当に馬鹿」 「馬鹿だね。私も、緋花ちゃんがこんなに馬鹿だったなんて思いもしなかったよ」 「・・・ハッキリ言うねぇ」 「言ってもわからないんだから、言わなきゃもっとわからないでしょ?だったら、ハッキリ言ってあげた方がまだマシと思うけど?」 「・・・ごもっとも」 何時の間にか、冷たい空気は何処かに流れていった。今2人の間に流れているのは、温かかな空気。互いに本音をぶつけ合ったが故に生み出された、覚悟の証。 「・・・わかった。そんじゃ、午後からはゆかりっちに私の行動をチェックして貰おうかな?」 「ちゃんと見てるからね?」 「望む所。馬鹿馬鹿言われてる私だって、少しは成長してる所をゆかりっちに見せ付けてあげるんだから!!」 「フフッ。それは楽しみだね」 「・・・・・・ねぇ、ゆかりっち?」 「うん?」 「まさか・・・これも界刺さんの狙い通りってわけじゃ・・・無いよね?私とゆかりっちが、こうやって本音をぶつけ合うことも読んだ上での提案なわけ無いよね?」 「・・・わかんない。私は界刺先輩なら有り得るって思っちゃう。昨日や今日の言動を見てると」 「だって、あの人と会って話したことなんて数回程度だよ?」 「でも、そんな人に緋花ちゃんは丸裸にされてるみたいだけど?」 「ううぅ!!た、例え方が・・・!!で、でも、わかりやすい例え方だね。・・・恐いわぁ~、あの人。特に、真意が読めないって意味で」 「私も同感。界刺先輩は、絶対に敵に回したく無い相手だね~」 等というやり取りの後に、176支部の面々は喫茶店を後にする。ここからは、『ブラックウィザード』の捜査開始である。 「こうやって、浮草先輩と外回りするのって初めてです」 「そうだな・・・。俺は基本1人でブラブラしてるのが好きだからな」 「ブラブラ・・・?」 「・・・遊んでなんかいないからな?・・・基本的には(ボソッ)」 ランチタイムを終えた178支部の浮草と真面は、早速捜査を開始していた。 「・・・お前や殻衣は、固地が引っ張り回していたからな。固地のことだ。『あんな“お飾りリーダー”と居ても何も学べん」とか何とか言ってたんじゃないか?」 「・・・・・・」 「・・・本当に言ったのか?」 「・・・それに近いようなことは。『但し、あんな“お飾りリーダー”でも一応リーダーという席には座っているから必要な連絡等は入れるように』・・・とも言ってましたけど」 「ハァ・・・。本当にわかりやすい奴だな」 浮草は苦笑いを浮かべる。あの男程傲岸不遜な人間を浮草は知らない。 「・・・浮草先輩って固地先輩のこと嫌いですよね?」 「うん。嫌いだな。お前は?」 「嫌いです。ちなみに、殻衣ちゃんはどっちつかずみたいですね」 「秋雪は完全に嫌ってるな。下克はわからんが・・・固地を嫌っていない人間を探す方が難しいんじゃないか?」 「それにしては、一昨日の緊急会議の時や今日とか固地先輩を気遣ったり認めてるような言葉を言ってましたよね?」 「・・・一応リーダーだからな。他支部に向けて、せめてポーズくらいは取らないといけないだろう?仲間割れをしてる風に見られたら、それこそ捜査に支障が出ないか?」 「確かに。俺も焔火ちゃんが出向している時は、固地先輩をできるだけ立てていましたよ。特に、固地先輩の目が届かない時とか。 でも、そういう時に限って焔火ちゃんに固地先輩の悪辣非道なやり方をぶちまけようと心の何処かで思っちゃうんですよねぇ・・・。 まぁ、そんなことしたら絶対に固地先輩にバレると思いましたからやりませんでしたけど」 「・・・」 「・・・」 「「フフッ」」 2人同時に笑みを零す。固地がいないだけで、何と穏やかな気持ちになれることか。できることなら、この空気が何時までも続いてくれることを願わずにはいられない。 「一昨日の件で、“風紀委員の『悪鬼』”も少しは丸くなっていればいいんですけどねぇ」 「固地が“『悪鬼』”?そうかなあ~?俺は、あいつほど自分を偽り続ける哀れな奴はいないと思うよ。あれではいつか身を滅ぼす。一昨日のは、それが的中した形だな」 「『偽り続ける』・・・ですか?」 浮草の言葉に、真面が怪訝な視線を向ける。 「あぁ。偽る・・・というよりは仮面を被っていると言った所かな。“風紀委員の『悪鬼』”として内外から恐れられる固地債鬼・・・という仮面をね」 「あれが、全部ポーズだって言いたいんですか?」 「そうは思わないけど、固地の場合は自分の横暴な態度に対する他人のリアクションも計算している筈だ。それはもう仮面を被っていると言って差し支えは無い」 仮面。固地債鬼という仮面。その奥にある真の姿を、今の浮草はもう忘れてしまっている。元々固地は自分の内面を晒さない男だったから、余計に。 「あいつを昔から見てる俺でも、未だにあいつが心の底で何を考えているのかを全て把握しているとは言えない。・・・わかっていれば、あんなことには・・・(ボソッ)」 「・・・?ま、まぁ、他人の心を完璧に把握できるわけが無いですからね。読心能力でも無い限り」 「・・・それもそうだな。逆に、能力も無しに心の内を見透かされれば、それはそれで居心地も悪いな。下克でもあるまいし」 「ホント、そうですよ・・・・・・!!」 浮草の言葉に同意を示そうとした真面が、途中で口ごもる。浮草は、彼が言葉に詰まった理由に心当たりがあった。 「・・・あの“変人”のことか?」 「・・・はい」 「俺も、176支部の連中に対する奴の言動には驚かされた。固地とはまた違った意味で厄介だな」 「というと?」 「奴の場合は、真顔と仮面の境界があやふやなんだ。何時でも仮面を被るし、何時でも真顔になる。固地の場合は、ずっと仮面を被りっぱなしという体だが・・・。 奴はごく自然にあれを使いこなしてる。おそらく、誰が相手でも関係無い。まず、普通の人間には無理だ。なりたくも無いけど」 「・・・着ぐるみを着てたのに、よくそこまでわかりますね?」 「・・・固地を散々見ているからな。そういうのに敏感なんじゃないか?他支部にも、その手の人間は居るみたいだし」 「・・・説得力が違いますね」 「なぁ、真面。固地の鼻を明かしてやろう。奴がいない間に。どうせ、休暇明けまでに俺達が結果を出せなければ、また奴の偉そうな嫌味が飛んでくるぞ?」 「・・・ムカつきますね。こうなったら、俺達の手でぎゃふんと言わせてやりましょう!」 「「フフッ」」 また、2人同時に笑い合う。真面も、浮草とこうして話すことは支部内でも殆ど無いため新鮮だった。それは、浮草も然り。 「(余り浮草先輩と話したことは無かったけど、俺とすごく気が合う先輩かもしれない。・・・こんな人が内通者なわけが無い。 それに、あの“変人”が言ってることが正しいなら、固地先輩は内通者が誰なのかがわかってる筈だ。もし、浮草先輩が内通者ならあの固地先輩が苦戦する筈が無い! 殻衣ちゃん達にだってそう!同じ支部員の好き勝手をあの人が見逃す筈が・・・っておい!何で俺、人として嫌いな固地先輩をさも信じてるような考えを・・・!? 確かに仕事面だけは認めてるけど・・・これも仕事だけど・・・・・・いかんいかん!こんなんだから、何時まで経っても固地先輩のドヤ顔が収まらないんだ!! 浮草先輩の言う通り、固地先輩の鼻を明かすためには仕事面で結果を出さないと!!これ以上、あの人の憎ったらしい顔を見るのは勘弁だ!!)」 真面が抱く矛盾。それは、無意識の内に彼の思考に顔を見せる。 「さて、世間話もこれまでにして!今日は、俺の捜査方法を伝授してやろう。固地のせいで、風紀委員会では事務仕事ばかりやっていたからな。良い機会だ」 「浮草先輩の捜査方法・・・!!ど、どんな方法なんですか!?」 真面の期待が溢れた視線が浮草に向けられる。普段の活動でも浮草は単独で巡回等を行っていたので、真面は浮草の捜査方法は今まで知る由も無かったのである。 「学園都市には、治安維持の目的で多くの監視カメラや警備ロボットの巡回が存在していることは知ってるな?」 「は、はい!」 「だが、どんな監視網にも必ず穴というのは存在する。これを見てみろ」 「こ、これは・・・!?」 浮草がナップサックから取り出したのは、第7学区の地図に色んな色のマーカーでラインが引かれていた。 「この地図は監視カメラが無い、もしくは時間帯によって警備員や警備ロボットが巡回していないコースを色分けしてある。 今まで『ブラックウィザード』は、俺達風紀委員の捜査の網を悉く掻い潜っている。つまり、俺達の手が届かない方法を使っていると見て間違い無い」 「・・・・・・」 「1人で外回りするようになってから、この捜査方法を使い出したんだ。俺も、この手のことを調べて身を隠しているスキルアウトを現に捕まえたこともあるしな。 『ブラックウィザード』がこの経路を利用していると決まったわけじゃ無いが、この辺りを調査するのも1つの足掛かりになるかもしれないぜ?」 「・・・・・・」 浮草の指摘は、有用性のあるモノであった。確かに、『ブラックウィザード』が秘密裏に動いているとして、この経路を使用している可能性は否定できない。 この経路付近を調査すれば、何かしらの手掛かりが見付かるかもしれない。 「どう思う、真面?俺も、偶にはリーダーらしいことをするだろ?さすがの固地も、今までその手の捜査はしてこなかったようだし。 まぁ、あれだけの仕事量をこなしていればこんなことに気付く筈が・・・」 「・・・・・・」 「うん?どうした、真面?」 浮草は、さっきから反応を示さない部下の様子を訝しむ。その部下は、直後に己のナップサックを漁り出し、浮草にあるモノを見せた。 それは・・・地図。複数の色分けがなされている地図。これが意味するものは・・・ 「ま、まさか・・・!!」 「・・・固地先輩がボコボコにされた日の前日に、『今度からは、監視カメラの無い道及び警備ロボットが巡回しない道も洗い出すぞ』という指示があって・・・それで・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 バツが悪いとはこのことか。互いに無言になった後に、そそくさと地図に沿った捜査に移る2人。2人共に、嫌いな固地の鼻を明かすにはまだまだ実力不足のようであった。 「一色君!!何で一々女性の方にばっかり視線が泳ぐの!?しかも、さっきは2人組の女性に用も無いのに声を掛けるだなんて!!捜査中だよ!?」 「あ、あれは映倫中の後輩が居たから声を掛けただけだよ!!葉原ちゃんって、そんな怒りっぽいキャラだっけ?あ~、でもそんな葉原ちゃんもグッド!!」 「ふざけないの!!鏡星先輩もすれ違う男性を一々イケメン・フツメン・ブサメン・逝けメンに分けなくてもいいんですよ!?というか、しないで下さい!!」 「だって!!さっき見た坊主頭の顔って、ブサメンの中でも特に酷いブサメンだったんだから!!」 「他の人にもやっていたでしょ!?」 「全く。葉原に指摘されるとは鏡星らしいな。まぁ、エリートである私には指摘される隙も無い・・・」 「斑先輩!!界刺先輩を風紀委員に刃向かう犯罪者に仕立て上げるなんて、言語道断ですよ!!」 「き、聞いてたのか!?何という地獄耳・・・!!」 「あぁ!!もう!!普段は後方支援で支部に居るから詳しくはわからなかったけど、現場だとこんなにも酷い問題児集団だったなんて・・・!!」 「「「(毒舌っぷりがすごいな・・・)」」」 先程からカミナリを落としっぱなしの葉原に、一色・鏡星・斑が青ざめる。 葉原のカミナリは支部で加賀美がふざけた時に見るくらいだったが、ここに来て連発しまくっている。それだけ、問題児集団の言動が酷いとも言えるのだが。 「お、おい!神谷と姫空にも何か言うことは無いのか!?」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「あの2人は、さっきからずっと黙ったままですから。何を考えているのかを自分から明かさない人間とはコミュニケーションは取れません」 「な、何気に一番酷いことを言ってるな・・・」 止まることを知らない葉原の駄目出しに、斑は冷や汗をかく。確かに神谷と姫空は普段から口数が少ないので、何を考えているのかがイマイチ読み取れない節があった。 「(・・・『黒い着衣品』。さっきの坊主頭の男と一色君の後輩らしい女の子も身に着けていたわね。・・・こういう時も油断しちゃいけない。 下手をしたら、何処かで『ブラックウィザード』の構成員と遭遇しているかもしれない。 今の私が心掛けるべきは、調査に気付かれないように極自然に目線を動かすこと。体も同じように。これは、尾行の応用。私が固地先輩達から学んだこと。 気を抜くな、私!頑張れ、焔火緋花!!もう、誰かに怒られるのはこりごりよ!!)」 「(・・・でも、それだけじゃあ何の証拠にもならない。他にも『黒い着衣品』を身に着けている人は他に幾らでもいたし・・・。 もぅ!!事情を知らないとは言え、接触した時に丞介があの女の子の手首のサポーターを調べていれば!! 女性の手に臆せず触るくらいなら、着衣品についてもアクションを取って欲しかったわ!!)」 一方、焔火と加賀美はすれ違う人間が身に着けている着衣を注意深く観察していた。正確には『黒い着衣品』を。 『ブラックウィザード』の構成員は、すべからく『眼球印の黒い着衣品』を身に着けているという界刺の情報を頼りに2人は目を忙しなく、しかし自然に動かしていた。 ちなみに、この情報は現在の所界刺の部屋に居た者以外には3人を除いて知らされていない。 その3人とは、1人は警備員の橙山憐、1人は花盛支部の冠要、もう1人は・・・。これ等は、所謂内通者対策である。 「緋花ちゃん」 「うん?何、ゆかりっち?」 そんな折に、問題児集団に駄目出しを喰らわせていた葉原が焔火に話し掛けて来た。 「何だか、緋花ちゃんを見るって言うよりは一色君達を見てる感じだよ」 「え~。折角私もその気でいるんだから、ちゃんと見ててよ?」 「うん!だから、ここに来た」 「(うわ~。ゆかりって、私よりリーダーに向いてるかもって時々思っちゃうんだよなぁ。・・・自信が無くなるわ~)」 葉原の言葉を受けて焔火が後方を振り返ると、一色達が何となく疲れているような雰囲気を醸し出していた。 その光景を生み出した部下に、176支部リーダーである加賀美は羨望の眼差しを向ける。 「(あちゃ~。ゆかりっちを怒らせると、すっごくキツイんだよね・・・)」 「・・・緋花ちゃん?何か失礼なことを考えていない?」 「えっ!?そ、そんなわけ無いよ!?」 「・・・ふ~ん」 「そ、そんなことより!!ちょっと、そこの路地から続いている道に入りたいんですけど・・・いいですか、リーダー?」 「ん?どうしたの、緋花?何かあるの?」 「実は・・・数日前に178支部の真面達と夜遅くまで居残って作っていたヤツなんですけど・・・」 「これは・・・第7学区の地図だよね?」 「ええ。正確には、監視カメラの無い道や時間帯によって警備ロボットが巡回しない時間帯ごとに区切った道をマーカーで色分けした物です」 焔火は、加賀美と葉原に自分が手に持っている地図を説明する。 数日前に固地の指示の下、巡回任務が終わった直後に作成を命じられた。出向していた焔火は、真面や殻衣と共に夜遅くまで成瀬台に居残って色分けしていった。 (この日とその前日は、調子を崩していたこともあって浮草は休みを取っていた) 「きっと、真面達も今日はこれを使って捜査してそうな気がするんだよね。後で連絡を取ってみてもいいかも」 「そうだね。調査しているコースが被らないように、連絡を取った方がいいかも。緋花ちゃんも、少しは考えるようになったんだね~」 「ま、まぁね・・・///」 「でも、固地先輩の指示が無かったら思い付かなかったでしょ?」 「・・・はい。その通りです」 「調子に乗ったら駄目だよ~?」 「・・・了解です」 「(・・・私も、ゆかりや債鬼君に負けないように頑張らないと!!自分の欠点を克服しないと!!・・・でも、あの問題児集団・・・)」 葉原の毒舌に焔火があえなく撃沈し、加賀美は同じリーダーとして自分が抱える問題児集団との接し方に頭を悩ませる。 その後すぐに、176支部の面々は焔火がマーカーで区分けしたコースに沿って路地裏を歩いて行く。 人通りも無くひっそりとした路地裏には、所々に蜘蛛の巣が見受けられる。道路の舗装も比較的ボロボロで、砂利等が浮き彫りになっている そんな日も差さない薄暗い影に覆われた道を、風紀委員達は物怖じもせず歩いて行く。 「あっ!もしもし、真面。焔火だよ」 「焔火ちゃん?どうしたの?」 「えとね・・・単刀直入に聞くけど、あの地図に沿って巡回してる?」 「うん、してる。・・・もしかして焔火ちゃん達も!?」 「その通り。やっぱりそっちも同じことを考えていたか・・・」 「まぁ、あんだけ必死こいて作った物を活用しない手はないよ」 「同感」 携帯電話にて、焔火は真面とやり取りを重ねる。目下の話は、176支部と178支部の捜査コースが被らないようにすること。 「・・・てことは、もうすぐ焔火ちゃん達と鉢合わせするね」 「だよね。ふぅ、前もって連絡しといてよかった。出会い頭にバッタリ会ってお互いにビックリすることも、これで無くなったね」 「・・・178支部の人達がこの近くに居るんですね」 「みたいだね。・・・後方でのんびり歩いている稜達も、もっとシャキっとして!!他支部の人達にまで、だらしない姿を見せちゃ駄目だよ!?」 「・・・了解」 焔火と真面の会話で近くに178支部の真面・浮草が居ることを知った葉原と加賀美。 特に、リーダーである加賀美は他支部の人間にまで問題児集団の奇行を見せるつもりは無かった(手遅れ感がハンパ無くとも)。 その問題児集団の中で、神谷だけが加賀美の檄に応えた。後の4名は皆マイペースに歩を進めている。 「リーダー。ゆかりっち。タイミング的に、あそこの角を左に曲がったら真面達が向こうの方から顔を出すみたいな感じみたいですよ?」 「そうなの?それじゃあ、合流してみよっか!?」 「「はい!」」 真面との通話を終えた焔火の言葉に、加賀美は178支部との合流を提案する。合流した後に、路地裏における捜査コースの分担も決めたいとも考えていた。 「これで、真面君に連絡を取っていなかったらビックリしたかもね?」 「ゆかりっちの言う通りだと思うよ?やっぱり、出会い頭の遭遇ってビクっとしちゃうモンだよね」 「だよね~」 微笑ましい談笑を交わしながら、176支部の面々は178支部の面々と合流するために十字路を左に曲がる。 それとほぼ同じタイミングで、178支部の真面と浮草も反対方向から姿を現した。対面する176支部と178支部の面々。互いにその姿を確認した。 「・・・えっ・・・?」 だというのに、互いに声も交わさない。普通この手の出会いでは、遠くからでも大きな声でもって呼び掛けても不思議では無い。 「・・・へっ・・・?」 その原因は路地裏の一角、すなわち176支部の面々と178支部の面々との間―およそ中央地点―に居る“怪物”をその瞳に映したからだ。 漆黒のコートで身を包み、火の点いた煙草を口に咥えている背の高い男を見てしまったからだ。 「嘘っ・・・!!!」 それは、『シンボル』のリーダー界刺得世から忠告されていた超危険人物。 こと殺し合いにおいては、風紀委員達が勝つ確率は限り無く低いと界刺に言わしめた殺人鬼。 「・・・・・・」 “世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・傭兵ウェイン・メディスンとの邂逅。今この瞬間から、日の差さぬ路地裏は風紀委員にとって命を賭した戦場へと移り変わる!! continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1450.html
「 ・・・よしっ!ウィルスチェック完了・・・と 」 「 へェ~。キョウジの『阻害情報』って、そんなこともできるんだネ 」 「 まぁな。ネット社会は常に進化し続けているから、新しいコンピュータウィルスとかも次々に出て来る。 そういうのに対処するためにセキュリティソフトとかがあるわけだけど、俺の能力はそういう性質もあるから有効活用するためには日頃から鍛えておかないといけないんだよ 」 「 成程。キョウジって見た目によらず努力家だったんダ 」 「 ・・・お前のプログラムも『阻害情報』で書き換えてやろうか? 」 「 ヒィッ!!キョ、キョウジって見た目によらず鬼畜だったんダ!! 」 「 ・・・ハァ 」 ここは、成瀬台学生寮の一室。部屋の主は成瀬台支部に所属する初瀬。彼は、今『阻害情報』を用いて所持しているノートパソコンに意識を宿していた。 ドアの鍵は閉めているとはいえ、現実世界の自分が完全無防備状態になるため本来であれば滅多にしない行為だった。 それを何故できているかと言えば、『ハックコード』に居る電脳歌姫がスマートフォンのカメラ機能等を用いて現実世界を監視しているためだ。 そんな彼女は、『ハックコード』からノートパソコンに伸びているケーブルを伝って、電脳世界にアクセスしている初瀬を捉えている。 初瀬が歌姫と電脳世界で交信のようなやり取りができているのは、『阻害情報』が情報そのものをダイレクトに操作できる能力だからである。 「 それにしてモ・・・ 」 「 うん?何? 」 「 こういう電脳世界に意識をアクセスする時の人間の姿って全裸がデフォだと思ってたんだけド? 」 「 ブッ!! 」 確認しておこう。電脳歌姫の性別は、プログラム上一応女である。 「 全く、キョウジは悉く期待を裏切るよナ!!全裸のキョウジを見た私が恥ずかしさの余りに悲鳴を挙げるチャンスを奪うなんテ!!視聴者の好感度が全然上がらないじゃんカ!! 」 「 視聴者って何!!?ラジオじゃ無ぇんだし、ここには俺とお前しか居ねぇよ!!意識をここに駐在させるために、能力として俺っていう『カタチ』が発生するだけだし。 つーか、お前が何で俺の隣に居るんだ?ちゃんと、現実世界を監視してるんだろうな? 」 「 それなら問題ナッシング!!キョウジの隣に居る“私”は、『ハックコード』に居る私が作り出したモノだかラ!! 」 「 ・・・やっぱり、自己増殖型コンピュータウィルスか・・・ハァ 」 「 ギャー!!またまたまたまたまたこの私を侮辱したナ!!ムキー!! 」 今日1日だけで何十回も繰り返された侮辱(電脳歌姫視点)に、怒髪天状態になる電脳歌姫。わかりやすく、顔がゆでだこ状態だ。 「 あー、うるさいうるさい。お前さぁ、もうちょっと静かに・・・ 」 「 お前お前って、私には電脳歌姫ってちゃんとした名前があるんだゾ~!!ちゃんと、名前を呼べヨ~!! 」 「 ・・・おでんちゃん? 」 「 ブッ!!私は食べ物カー!! 」 「 ・・・あのうさん? 」 「 ブブッ!!こそあど言葉に「う」を付けただけじゃんカー!! 」 「 ・・・はなうたちゃん? 」 「 何で鼻が前に付ク!!? 」 「 ・・・姫っち? 」 「 それは、別の奴の呼び方!! 」 「 ・・・他に何て呼べばいいんだ? 」 「 肝心要の名前そのまんまが残ってるじゃんカー!!わざとカ!?わざとボケてんのカ!!?ムキャー!!! 」 初瀬の怒涛のボケに、電脳歌姫が怒涛のツッコミで返す。こうして見ると、中々に相性が良いコンビと言えるかもしれない。 「 はいはい。わかったよ。そんじゃあ・・・姫。これでいいだろ? 」 「 ・・・!!ま、まぁキョウジにしてはそこそこじゃないかしラ? 」 「 そこそこっつーか、全然捻って無いんだけどな。強いて言うなら・・・短いから 」 「 ブブブッッ!!!お、おのれェ・・・!!キョウジは、正真正銘の鬼畜野郎だゼ!!純真無垢な私をここまで弄ぶなんて・・・!!酷イ!!酷いですワ!!シクシク・・・ 」 「 俺からしたら、ころころキャラが変わるお前の方がよっぽど恐いよ。よくそんなんで、ファンとかが付いたな。スタッフ様々じゃね? 」 電脳世界でリアルに嘘泣きするプログラムというのも、中々に見られない光景だ。突如として現れた同居人に、初瀬は溜息を吐きながらも内心では少々のドキワク感を抱いて話を続ける。 「 ・・・・・・ 」 「 ・・・ん?どうした? 」 「 ・・・ファン・・・カ。言っとくけど、私はファンなんて見たこと無いヨ? 」 「 はっ? 」 「 だって、私はいっつも閉じ込められてるんだもン。高性能且つ自立成長型プログラムの私は、今のように自分の分身みたいなモノを他の端末に飛ばすこともできル。 それは長所でもあり、短所でもあル。そう、私自身が勝手に動いてスタッフ達の手に負えない事態にだってなりかねなイ 」 急に無表情になった歌姫から語られるのは、すなわち裏側。バーチャルアイドルとして名を馳せている彼女自身にしかわからない“記号”。 「 だから、私は番組の時以外は外部接続が立たれたコンピュータに閉じ込められル。その中で、スタッフ達と会話したりすル。その繰り返シ。 ファンが本当に存在するかなんて、私にわかるわけが無イ。私は、結局は人間の操り人形でしか無イ。 彼等は、いざとなったら私を消すことができる人間達ダ。最近は、私の後継機みたいなバーチャルアイドルも登場しタ。 もし、人間から用済みと判断されたら私はデリートされル。そうならないためにも、私は彼等の言うことを受け入れるしか無イ 」 「 ・・・!!! 」 初瀬は、歌姫が淡々と紡ぐ言葉に衝撃を隠せない。自分にも似たような経験はある。新しいソフトをインストールするために、既存のソフトをアンインストールする。 それは、使用者である人間の都合で如何様にもできる。もし、これを歌姫に置き換えるなら・・・。 「 ・・・クスッ。だからさ、こうやって伸び伸びできるのって生まれて初めてなんだよ、キョウジ。『生まれて初めて』って言葉が私に相応しいかはわからないけド 」 「 ・・・ 」 「 キョウジの言う通り、私にはファンなんて本当は居ないのかもしれなイ。スタッフ達が見せてる幻影なのかもしれなイ。何せ、今日会った人間1人もファンにできないんだもン。こりゃあ、後継機に抜かれるのも時間の問題・・・ 」 「 ・・・“学園都市レイディオ” 」 「 えッ? 」 「 ・・・今度聞いてやるよ。どうせ、何週間か前に収録済みなんだろ? 」 アイドルとファンは切って離せないモノ。アイドルがファンを魅了するのならば、ファンはアイドルを支える。否、ファンで無くとも支えたいと思う存在は居る。 「 そ、それはそうだけド・・・ 」 「 それを聞いて・・・もし俺の気に入る所があったら・・・お前のファンに・・・なってやらなくも無い 」 「 キョ、キョウジ・・・!! 」 「 何油断してんだ、姫。今だって、ファン獲得ミッション続行中じゃないのか?こういう機会を利用して、ガンガン自分の魅力を押し出して行こうぜ 」 「 ッッ!!!ほ、本当にキョウジは卑怯だナ・・・!!厳しいだけじゃ無くて、甘い言葉さえ巧みに使って来るなんテ・・・!!! 」 歌姫は初瀬から顔を背ける。初瀬は彼女の顔を見ようとは思わない。そこに浮かんでいる感情という名の記号を見たいとも思わない。 そもそも、感情自体が存在していないかもしれない。だが・・・それでも初瀬は歌姫の“感情”を察しようと思う。 彼女は、ずっと1人ぼっちだったのだ。成長するために生み出されたモノが、よりにもよって生み出した側からその成長を妨げられている。何と言う皮肉だ。 「 ・・・よし!姫。今日は、俺が何時もアクセスしている電脳世界に一緒に行こうぜ 」 「 キョウジ・・・? 」 「 そこで、思う存分アピールしてファンを増やすんだ!俺も手伝ってやるからさ! 」 だから、少年は決めた。この巡り会わせを絶対に無駄にはしない。自分にできることがあれば、する。とある淋しがりな少女のために。 「 ・・・うン!!・・・か、勘違いしないでよネ!!キョ、キョウジがどうしてもって言うから仕方無く付いて行ってあげるんだからネ!! 」 「 ・・・プッ。今度はツンデレキャラかよ。・・・でも、案外似合ってるかも 」 「 ッッッ!!!そ、そこはツッコミを入れる所だロ!! 」 かくして、初瀬と歌姫はある交流サイトへ赴いた。そこは、多種多様なアバターがそれぞれ交流を持っている匿名サイト・・・通称『シークハンター』と呼ばれる電脳世界であった。 「『レベル0だろうとくじけるな!俺もレベル0だっ!とある高校の先生はレベル0こそ無限の可能性があると仰っていた!』っと・・・」 「うん?何やってるの、免力君?」 「うわっ!?」 夜の闇に覆われたここ第19学区の一角で、『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と成瀬台支部の面々が一緒にキャンプを張っていた。 「ムムッ?これは・・・アバター?」 「・・・そ、そう。・・・『シークハンター』っていう会員制の交流サイトなんだ。」 「へぇ~。免力君って、ネットでは熱い口調なんだね。まるで、猫被りしてるあたしみたい」 「・・・・・・」 「・・・まぁ、匿名の世界だしね。この世界でくらい、自分の思いをぶちまけたいとは私も思うな」 手持ちの携帯で『シークハンター』にアクセスしている免力と、それに興味津々な林檎が思い思いに会話する。 「・・・林檎さん」 「・・・こう見えても、あたしも結構ストレス溜めてるんだぜ?」 「・・・僕もですよ。・・・でも、それでも少しでいいから前に進まないといけないんですよね」 「・・・だね。あたしも頑張らなきゃ」 2人は、上空に燦然と輝いている星空を見る。廃れたここ第19学区では、人工的な灯りは然程無いので星々がよく見える。 2人共に、自分に劣等感を抱いている人間である。そんな2人は、周囲の助力も借りながらも何とか前へ進もうと頑張っている。 「・・・そういえば、“カワズ”さんは?」 「誰かから電話が掛かって、1人どっかに行っちゃった。回線を繋ぐ間も無く消えちゃったよ」 「・・・そうで・・・」 「免力よ!!そこで、何をしておるのだ!!?」 「「!!?」」 免力が林檎に“カワズ”の行方を尋ねていた時に、大声を出して割り込んで来たのはもちろん啄鴉。後ろには、他の面々(風紀委員含む)の姿が見える。 「(・・・な、何か・・・)」 「(面白そうな予感・・・!!)」 それ等の姿を目に映し、免力と林檎はある予感を抱く。もっとも、2人が感じた予感は別種であったが。 「は~い。こちら“詐欺師ヒーロー”の“カワズ”ですよ~。どちら様ですか~?」 「・・・プッ。何、その応答は?それに、誰が掛けて来たかなんてわかってるんじゃないの?」 「・・・結局掛けて来たんだね」 「・・・ごめんなさい」 「・・・他の奴に相談とかしたの?例えば・・・同期の債鬼とか?」 「ブッ!!な、何で債鬼君と私が同期だってことを・・・」 「君んトコの部下から聞いた」 「ゆかりの奴か・・・!!さ、債鬼君なら今頃クラスメイトの女の子とのデートで忙しいんじゃないの!!フン!!」 「・・・何怒ってんの?」 「お、怒ってない!!」 キャンプから多少離れた所で電話による会話を行っているのは“カワズ”。相手は176支部リーダーの加賀美である。 「・・・まぁ、いいか。それで、何の用かな?」 「・・・内通者が誰か・・・わかった・・・と思う」 「・・・そうか」 小細工無しの真っ向勝負。加賀美は余計なことを言わずに、最初から自分の心根を吐露する。 「界刺さん。私ってさ・・・リーダーに向いてると・・・思う?」 「いんや。今の君なら、よくて中間管理職って言った所かな?」 「即答・・・。クスッ。だよね~。私って向いてないよね~。だからさ・・・・・・部下を裏切り者にしちゃうんだよ・・・!!!」 抑えていた思いを正直に吐き出す。何があっても最後までやり抜くために。 「な、何で・・・何でなんだろう・・・!!裏切りなんてさせたく無いのに・・・!!どうして・・・!!私、私って・・・今まで何を頑張って・・・!!」 「(あ~、この感じ・・・前にリンリンの懺悔を聞かされた時と同じ匂いが・・・)」 “カワズ”は、以前にも経験した他者の懺悔を多少以上に辟易しながら耳にする。耳にしながら、そんな言葉の連なりに付き合いたく無かったので話の流れを変えるための言葉を吐く。 「・・・麻鬼天牙」 「!!!」 「・・・風路鏡子」 「ッッ!!!」 「そして・・・網枷双真。君が去年の9月に176支部のリーダーになってから風紀委員を“辞める羽目”になっている人間だ。3人か・・・客観的に見れば異常だね」 「・・・・・・あなたって本当に底知れないわね。“誰が”漏らしたのかは大体予想は付くけど・・・やっぱりあの娘もあなたを頼ったの?」 「そうだ。俺が君より物事を量れる人間だからってことで」 「・・・・・・だよね~。そりゃ、ゆかりから見たら私って頼りないモンね~。リーダーになってから、これで3人目だモンね~。ムフフッ。ムフフフッ・・・」 「・・・」 少女の乾いた笑いが“カワズ”の耳に入って来る。そこに込められた怒りと嘆きの思いが手に取るように理解できた。 「ムフフッ・・・ムフフッ・・・」 「・・・加賀美」 「・・・何?」 「辞めるか?リーダーも・・・それこそ風紀委員もさ?今ならまだ間に合うかもしれねぇぞ?」 「・・・・・・」 だから、“詐欺師ヒーロー”は心の中で泣き崩れている少女に選択肢を与える。リーダーとして、これ以上傷付かない方法を掲示する。 「・・・・・・今は・・・嫌」 「何で?」 「だって・・・“詐欺師ヒーロー”と約束したもん。何があっても最後までやり抜くって」 「(・・・もし、あの時俺がアクションを取っていなかったら本気でヤバかったかもしれねぇな、こりゃ。これだから“ヒーロー”はメンドクセェ。・・・身から出たサビだけど)」 震える声で宣言する少女に“詐欺師ヒーロー”は過去の己の行いを振り返る。 あの時は偶々加賀美と“ゲロゲロ”が居る場面に立ち会っただけである。その偶然が、今や少女の支えとなっていることを“カワズ”は理解する。 「・・・何なら、その約束を取り消そうか?それなら、後腐れなく辞められるだろ?」 「えっ!!?そ、それは・・・そんな・・・!!!」 「・・・・・・嘘だよ。“詐欺師ヒーロー”らしいペテンだろ?」 「も、もぅ!!人が真剣に悩んでいるのに!!」 「君は・・・風紀委員として・・・そしてリーダーとして在りたいんだね?今の反応からすると」 「なっ!!?わ、私を引っ掛けたわね!!?」 「そうだよ。んふっ」 “カワズ”はお得意のペテンを使って、少女の本音を無理矢理引きずり出す。彼女は、まだ未練を持っている。風紀委員に・・・そしてリーダーに。なら・・・ 「加賀美」 「な、何よ!?」 「君が今までリーダーとして果たすべき責任の多くをこなせていなかったのは事実だろう。さっき言った3人の軌跡が、それを物語っている。ある意味では、君はリーダー失格だ」 「・・・・・・」 「でも、君がリーダーだったからこそ果たせた責任もあった筈だ。昨日の問題児集団や緋花だって、君がリーダーだったからこそ付いて来ている面は確かにあると思う。 今のあいつ等はそれが甘えに繋がってるけど、裏を返せばそれだけ君の部下で居たがっているんだ。これは人望がある証拠だ。君は人を惹き付けるだけの誠実さを備えている。 これで部下をキッチリ指導できるようになれば君は立派なリーダーになれる。今の君はそれができていないから、俺は君を『リーダーに向いていない』って言ったけどね。 人望があっても、そこから先が中途半端だからブツクサ言われる。でもね、加賀美。俺からしたら、君は『本物』のリーダーになれる素質の一端を確かに持っている女の子だよ?」 「私が・・・!!!」 「加賀美。人間ってのは完璧にはなれないんだ。聖人君子になんかなれねぇんだ。完全なんかあるわけ無い。誰だって不完全。俺も不完全だ。 だから・・・誰もが必死になって、泥まみれになって、ボロボロになりながらも努力するんじゃないか?そして、君は君なりの努力をして来た筈だ。今も・・・ね。 それを君が否定すんなよ。過去を否定すんなよ。君自身が可哀想だ。まぁ、結果に結び付いてりゃ文句無しなんたけど・・・まだまだ努力不足みたいだね」 「・・・だね」 “ヒーロー”として、迷いに迷っている子供に光を差し伸べる。 「ス~ハ~。ス~ハ~。加賀美雅!!!」 「痛っ!!?きゅ、急に大きな声を・・・」 「君は!!!176支部のリーダーだ!!!!!」 「ッッッ!!!!!」 “ヒーロー”として、泣き崩れている少女に持てる声の限りを尽くして訴える。 「誰に認められなくても、この“詐欺師ヒーロー”が君をリーダーとして認めてやる!!!『本物』のリーダーかどうかは保証しねぇけどな!!! だが、君が『本物』のリーダーになろうと懸命に努力するのなら、『本物になろうとする』のなら、俺は持てるペテンの限りを尽くして君を認めてやる!!! 網枷の野郎に何言われたか知らねぇが、んなモン知ったことか!!裏切り者が何ぬかしてやがんだって話だ!!網枷の野郎だって、君達を裏切る前に全力を尽くしたのかよ!? 君が全部間違ってて網枷が全部正しいのかよ!?違ぇだろ!?君達を裏切って『ブラックウィザード』に入ってる時点で、あの野郎は間違った手段を取っていると俺は考える!! おそらく、“わかってて”その手段を取ってるんだろう!!その根本にある理由まではわかんねぇけど、それが君を全否定する理由になんかなんねぇ!!違うか、加賀美雅!!?」 「界刺・・・さん・・・!!!」 「俺は君達風紀委員の多くに嫌われてる!!『間違ってる』ってよく言われる!!否定もズバズバされる!!俺も自分のやっていることが客観的に全部正しいなんて思わない!! でも、俺は後悔しない!!後悔していない!!誰に認められなくても、この俺が俺自身の行動を認めているからだ!!加賀美雅!!君はこんな俺を全否定するか!!?」 「・・・ない。・・・しない。あなたを全否定なんて・・・・・・私は絶対にしない!!!」 「そうか。なら、今度は君の番だ。君が君自身を信じろ!!自分の行動がどんな結果に結び付くにしても、それは君の自業自得だ。受け入れて・・・背負って・・・次に活かせ!! 俺は君を全否定しない!!加賀美雅を全否定しない!!俺の信念に懸けて!!だから頑張れ!!意地を見せろ!!何があっても最後までやり抜け!!!いいな?約束だぜ!!?」 「・・・う、うん・・・!!うん!!ぜ、絶対に守る!!あなたとの約束は・・・絶対に守り抜く!!何があっても!! そして・・・私も誓うよ!!誰が認めなくても、私があなたを認める!!私はあなたを全否定しない!!界刺得世を全否定しない!!私の・・・信念に懸けて!!」 改めて交わされた“ヒーロー”と子供の約束。界刺得世と加賀美雅の約束。それは、前以上の太さを持って固く結ばれた。互いの信念を約束の糸に編み込んで。 「・・・界刺さん」 「ん?」 「双真とは・・・私が決着を着ける。これは、176支部のリーダーとして果たさなきゃいけない責任だと思うの」 「・・・かもね」 「双真は、今日のお見舞いの一件で私が彼の正体に気付いていることを察している筈。 緋花や帝釈が知らなくてゆかりが知っている所から見ると・・・椎倉先輩を筆頭に一部の風紀委員にだけ知らされていると思うの」 「・・・妥当な予測だね」 「私に教えてくれなかったのは、私だと動揺みたいなモノが露骨に出ちゃうから・・・?」 「それは間違い無い」 「ガクッ!!・・・ま、まぁ妥当な判断だとは思うけどさ。でも・・・もうそんなことは関係無くなった。きっと・・・近い内に仕掛けてくる筈。私を始末するために。 何たって、私が双真の正体を予測していることを双真自身が気付いている筈だから。176支部の後方支援をしている双真なら、私の行動は予測できる筈。それを・・・逆手に取る」 加賀美は、自身の決意を“カワズ”に伝える。己が部下の不始末はリーダーである自分自身の手で断ずることを。 「椎倉先輩達には伝えないの?」 「・・・これは、私が着けなきゃいけないケジメなの。我儘なのはわかってる。でも・・・」 「椎倉先輩には伝えろ!!」 「ッッ!!」 「君1人の問題ならまだしも、これは風紀委員会全体の命運が懸かっているかもしれない事柄だ。力不足のリーダーが1人で背負えることじゃ無い」 「くっ・・・!!」 「君の思いもわかる。だけど、こういう時こそ慎重になるんだ。用心深くなるんだ。それがいい結果に繋がらなくても、裏目に出たとしても、それはそれで仕方無い。 大概、そういう場合は被害が出ても最小限に抑えられるモンだ。でも、勇み足で失敗したら大火傷になる可能性が高い。これは確率の問題だよ? 俺が救済委員事件で穏健派の指揮を取った時は、その辺りの“線引き”はキッチリしたぜ?」 「・・・そして、ちゃんと結果を出した?」 「客観的に見ればね。被害も想定内で済んだし。俺っていう主観的な観点でも結果は出せたと思ってるし」 同じリーダーとして、“カワズ”は逸る加賀美を優しく叱る。結果という動かし難い事実でもって。 「・・・・・・わかった。椎倉先輩には伝える」 「うん。それがいい」 「・・・止めないんだね」 「それは君の自由さ。さっきも言ったけど、その結果がどうなろうとリーダーである君の自業自得だ。俺には関係無い」 「・・・そうだね。ごめんなさい。・・・あなたって、やっぱり“ヒーロー”だよ。あなたがそう思っていなくても、私から見たら“ヒーロー”だよ。 緋花にも話したけど・・・辛いんでしょうね、あなたは。私のような人間を背負っている・・・いえ、背負わされるんだから。 それをわかっていて頼っているんだから、本当ならこんなことを言える資格は私に無いんだけど・・・言わせて。本当にごめんなさい。そして・・・本当にありがとう」 「・・・・・・」 「確かに、あなたは非情なのかもしれない。しれないけど・・・あなたはちゃんと地に足が着いている。それだけ安心感がある。それに比べてあの娘は・・・。 緋花も、あなたに負けないくらいの・・・『他者を最優先に考える“ヒーロー”』になれるのかな・・・?」 「“ヒーロー”に勝ち負けなんてそもそも無いと思うけど・・・つーか、やっぱ諦めて無ぇんだな?」 加賀美の言葉に焔火の名前が出て来たことに反応する“カワズ”。“ヒーロー”を目指し、足掻きに足掻きまくっている少女。 彼女の上司である加賀美は、今の焔火の成長具合を彼に伝える。こうして“ヒーロー”と話している機会を活かして部下の意思を伝える。 「うん。辛い目に遭ってるのに・・・逃げずに頑張ってる。何処か不安な感じはするけど・・・あの娘なりに懸命に頑張ってる。 あの娘なりに成長もしてるよ?『自分を最優先に考える“ヒーロー”』の意味もちゃんと理解してたし。長所と短所の見極めについても気を付け始めたし。 独り善がりについてはまだ理解できていなかったけど・・・。これは徐々にって感じなのかも。でも、私が思っている以上に成長速度が速いというか・・・」 「やっぱ辿り着いたか・・・。やるじゃん」 「そうでしょ?あなたの言う通り、今あの娘が色々経験した上で自分なりに考えているのは確かに糧になっている・・・」 「なら、そろそろ“偶像”に気付く頃合いかもな(ボソッ)」 「えっ?」 「いや・・・。君も頑張れよ」 「・・・うん。それじゃあ」 「あぁ。おやすみ(ガチャ)」 「・・・・・・ハァ~」 “詐欺師ヒーロー”との通話を終えた加賀美は、思いっ切り背伸びをした後に後方にある枕に頭を預ける。つまりは寝転がった。 「・・・・・・ムフフッ。やっぱり、電話して良かったぁ」 涙さえ浮かべている少女の顔に表れているのは、ある種の満足感。自分の言葉に応えてくれるという期待通りの言葉を与えてくれた“ヒーロー”に対する感謝の思い。 「・・・・・・やっぱりあるんだなぁ。『リーダーでありたい』って思いが。・・・だったら・・・何時までもへこたれてちゃいられない!! 今の私は、色んな方面で力不足なのは間違い無い!!でも、こんな私をリーダーとして見てくれる人達が居る!!私は、その人達の思いに応えたい!!よーし!!やるぞー!!!」 少女は確かな決意を固める。先程固めた決意とは温度が違う決意。何処か温かな決意が胸に広がって行く。だからこそ、ふと思い出してしまったのかもしれない。 あの男に自分が176支部リーダーに抜擢されたことを言いに行った在りし日の姿を。 『お前がリーダーか。俺より先になるとはな・・・面白い。俺の言葉に正面切ってぶつかって来たお前なら、「本物」のリーダーになれるかもしれん!! 待っていろ!!俺も自分の実力に更なる磨きをかけた暁には、お前と同じ位置に立ってみせる!!』 「(そういえば・・・債鬼君より先にリーダーになったんだよなぁ。まぁ、年功序列みたいな感じでリーダーになることが決まったんだけど。 それでも、債鬼君は私が『本物』のリーダーになれるかもしれないって言ってくれた。彼ならお世辞なんか言わない・・・筈。だったら・・・尚更頑張らないと!!)」 今最優先すべきは、身体の回復。なので、加賀美は早々に睡眠作業に入る。夕方に網枷達が来たのを切欠にずっと気を張り詰めていたせいか、すぐに眠気が襲って来た。 少女は、良い夢を天に願ってスヤスヤと吐息を吐き出す。これからが本番。それに備えての束の間の休息に加賀美雅は身を委ねた。 「もしもし。花多狩姐さん?今大丈夫?」 「えぇ。何かしら?」 加賀美との通話を終えた直後に、“カワズ”はある女性に電話を掛けた。電話の向こうに居るのは、かつて救済委員事件の折に一緒に戦った穏健派救済委員の1人・・・花多狩菊。 「実はね・・・(ゴニョゴニョ)」 「(ゴニョゴニョ)」 「(ゴニョゴニョ)」 「(ゴニョゴニョ)」 「(ゴニョゴニョ)」 「・・・わかったわ。まさか、貴方や啄達が『ブラックウィザード』の件に関わっているなんてね」 「まだ本格的には関わっていないけどね。あくまで準備としてだよ」 “カワズ”は花多狩にある依頼をした。それは、今後に備えての準備作業の一環である。 「はいはい。灰土さんは、確か明日から夏季休暇に入るから大丈夫だと思うわ。鉄の発明品は慎重に取り扱わないと。いきなり爆発されたら堪ったモンじゃ無いわ」 「こころちゃんの発明品か・・・。俺も実際に見たのは一昨日の深夜だったけど、あれは確かに取り扱いに注意しないとね」 「貴方も大忙しね。息が詰まっているんじゃない?鉄じゃ無いけど、折角の夏休みなんだし学園都市の『外』にでも気晴らしに行ってみたらどうかしら?」 「・・・一応その選択肢も夏休み前から考えてはいるんだよね。3枚ある申請書も殆ど書いてるし。唯、行きたい場所が無いのがねぇ。保証人も居るからメンドイし。 そしたらこんな流れでしょ?もう、どうでもよくなってきた。おとなしく部屋でダラダラしとこっかな?」 「怠けてると余計にしんどいわよ?フフッ」 通常、能力者である学園都市の学生が『外』へ赴くためには結構な手順を踏まなければならない。3枚の申請書を教師に提出、保証人の同行、体内に極小の機械を注入等々。 花多狩も『外』へ出るための手続きの面倒臭さは知っているので、苦笑いを抑えられなかった。そのついでに・・・1つ気に掛かっていることを質問する。 「・・・羽香奈のことは全然気に掛けないのね?」 「あれはもう終わったことだよ。俺の『詐欺話術』に腰が抜けた彼女の自業自得だ。あの程度でビビるんなら、最初から手ぇ出すなって話だ。 桜ん時の顛末を農条から聞いた時も思ったけど、あの娘ってそこら辺の覚悟が軽いよね~。また今度指導してあげようか?」 「・・・それは止めておいた方がいいわね。あの娘の精神状態が持たないわ。それにしても・・・『絶対挑発』が効かないなんてね・・・」 「そりゃ、俺の『本気』だぜ?あんなヤワな覚悟しか持っていない女の精神干渉なんて効くわけ無いだろ? まぁ、能力次第じゃ無理なモンは無理なんだけどな。あの娘の場合は、自制心の強い人間には効かない場合があるみたいってことは聞いてたからね」 “カワズ”と花多狩の会話に出て来る少女―穏健派救済委員の1人である羽香奈琉魅―を巡る話題に関しては、いずれまた別の機会で語られることになるだろう。 「ハァ・・・。まぁ、いいわ。あの娘のフォローはこっちでやるから」 「そう。そんじゃお願い」 「それにしても・・・もしこれで『ブラックウィザード』が貴方達の手で潰れるようなことがあれば・・・『シンボル』の名は更に轟くことになるわね」 花多狩は、感心の念すら抱いて通話相手に感想を述べる。救済委員事件に『シンボル』が関わっていたことは、今や“表”や“裏”を問わずに結構広まっていた。 『シンボル』が味方した穏健派が勝利したこと、その勝利は『シンボル』の力が大きかったことも同時に。 これで、巨大スキルアウトである『ブラックウィザード』殲滅に『シンボル』が関わり、見事それを果たした時はいよいよもってその名が轟くことは疑いようが無かった。 「・・・本音を言えば、それはそれで困るんだけどね」 「えっ?」 「出る杭は打たれるって言うだろ?有名税ってのは、後から面倒臭くなるんだよ。 影響が強ければ強い程、それを妬んだり警戒したりする奴が現れる。少なくとも、今回の件は風紀委員や警備員を主役にしねぇとな。 もし、俺達が間接的にでも関わることになったとしても、対外的には『風紀委員や警備員に追従したorおこぼれを頂戴した』って形にしねぇと」 「・・・用心深いのね」 「そもそも、『シンボル』はボランティアだっての。・・・そういう形にしておけば、俺達が主役じゃ無くなる。脇役なら、その手の影響も最小限に抑え切れる。 『「シンボル」は風紀委員や警備員に頭が上がらない上に利用されてる』って形に収めりゃ、無意識的にでも俺達を見下す形になる。見下すってことは軽んじるってことだ。 侮蔑の視線を向けられようとも、軽視の視線を向けられても、それはそれで結構だ。それでそいつ等の気が治まってくれりゃあ儲けモンさ。 仮に、『追従』っていう態度が気に入らなくてどっかのバカ共が俺達にヤキを入れに来たとしても、俺達を舐め腐ってる以上どうとでもできると思うよ」 「(そこまで先を読んだ上での依頼・・・か。警備員でもある灰土さんを頼るのもその辺りに理由があるのかも。以前も思ったことだけど、指揮官としては見習うべき点が多いわね)」 “カワズ”の用心深さと先を読む力に、穏健派救済委員の指揮官的役割を受け持つ花多狩は感嘆する。 「・・・なら、ついでに1つ情報をあげるわ」 「へぇ。何?」 「以前から、峠が『ブラックウィザード』について調査していることは知ってるわよね?」 「あぁ。何時かの会合でも言ってたね」 「彼女から聞いた話だけど、昨日から雅艶と麻鬼が峠と共に『ブラックウィザード』の調査をしているようなの」 「雅艶と麻鬼が?確か、『ブラックウィザード』の調査は峠1人でやってた筈だよね?」 「なんでも、春咲さんの処分に心を砕いてくれた風紀委員の依頼で雅艶と麻鬼が・・・」 「桜の?・・・ちなみにその風紀委員は?」 「これは、他の人には内緒よ?・・・“風紀委員の『悪鬼』”よ」 「(債鬼・・・か!!)」 『シンボル』のメンバーの1人である春咲の処分に関わっていた風紀委員の1人が固地であることを、“カワズ”は今初めて知った。 あの“『悪鬼』”が何の理由も無しに救済委員であった春咲の処分に心を砕くとは到底思えない。考えられるとすれば・・・ 「姐さん。もしかして、その“『悪鬼』”と雅艶ないし麻鬼は以前からやり取りしているのか?」 「それは私にもわからないわ。峠も今回初めて知ったらしいし」 「・・・そうか。・・・あいつ等も関わって来る・・・か。まぁ・・・何とかなるか。桜が居る以上あいつ等も敵対心剥き出しにはならねぇだろう。 そうだ。姐さん。今度穏健派や過激派の連中を集めて飯でも食いに行こうぜ。あれ以来、面と向かって話したことなんて無いよね。峠は桜に謝りに来たけどさ」 「・・・そうね。それもいいかもしれないわね。わかったわ。セッティングは私がするから、準備ができたらまた連絡するわ」 「了解」 「それじゃあ、おやすみなさい」 「おやすみ(ガチャ)」 そう言って、“カワズ”は通話を切る。上空を見やれば、星の海が広がっていた。あれだけの数を包み込む世界の一部たる存在として、界刺得世は静かに闘志を燃やす。 今日をもって“超近赤外線”も完全にモノにしたことにより、“戦闘色”である【閃苛絢爛の鏡界】は更なる進化を遂げた。 ダークナイト への“追加実装”も、以前のプールと夕方の電話にて手配済。戦力や後始末として、現状使える手も殆ど打った。 後は、風路の決断と情報販売との接触。できるなら、後始末の一助となる可能性を考慮して情報販売の伝手を使って“彼女”とも交渉しておきたい所。 「(緋花・・・。テメェが本当に“ヒーロー”になりたかったら、“ソレ”は避けて通れない代物だ。“偶像”じゃ無い、テメェだけの“ヒーロー”ってヤツを確立しなきゃなんねぇ。 だけど、それは一時的に収めないといけねぇ。“ヒーロー”になるにしても一時的に収めるべきだ。緑川だって、ずっと“ヒーロー”をしてるわけじゃ無い筈だぜ? 一度“ヒーロー”になったら、否が応でもそれに纏わり付かれる。今の俺のように。“線引き”をしっかり引かねぇと、後々面倒臭いことになるぜ? 今のテメェは理解してねぇし、今後も理解することはできないのかもしれねぇけどよ・・・“英雄(ヒーロー)”は良いモンじゃ無ぇぞ?俺が知る“英雄”は・・・“戦鬼”だからな)」 昨日『マリンウォール』で破輩に言ったことは本心そのものである。色んな結果を出すために、誰よりも深く、深く思考している。 だから、思い出したのかもしれない。上空に広がる光景が“あの”星空の下での交錯を連想させたのかもしれない。 生涯忘れることの無い赤髪の少女との出会い。碧髪の少年は、痛い思いをした尻を摩りながら当時のことを脳裏に思い浮かべる。 『なぁ、少年。私は現状が気に入らない。「科学」と「魔術」。相反する存在が私の想いを抑え付ける。私はどちらにも縛られたく無い。私は望む。「科学」と「魔術」の融合(カオス)を。 少年よ。偉大なる輝星よ。私の望みが叶うかどうかを君で試させて貰う。混沌の中で揺るがぬ力を持ち得る君になら・・・果たせるかもしれない。私も力を貸そう。 全ては最新望遠鏡で星を目一杯見るた・・・ゲフン、ゲフン』 「魔術・・・超能力とは違う異能の力らしいが・・・。所謂オカルトだよな。今もろくすっぽ信じちゃいないが、あの赤毛女が嘘を付いているようには見えなかったんだよなぁ。 そういや、あの時魔術師とか何とか言ってたなぁ。・・・もしかして、あの後に言ってた言葉があいつの名前か?確か・・・リノアナ・サーベイだったか? リノアナ・・・か。キメ顔でわけわからん長話をするわ、股間を蹴り上げられるわ、銅を持たされた状態でブン投げられて尻を汚されるわ、散々な目に遭ったな。ハァ・・・。 あいつの言うオカルト・・・“お呪いみたいなモノ”・・・『惑星の掟 パーソナルプラネット 』とやらは、果たして今回の件でどんな光景を俺に見せてくれるのやら。 語感的に、超能力を発現するのに必須な『自分だけの現実 パーソナルリアリティ 』のようなモンか?よくわからん。・・・まっ、“その時”が来ればわかるか。んふっ!」 “その時”が来れば、偶然・必然全てを利用して可能な限り成し遂げてみせる。全ては自分に降り掛かって来る世界の愚痴(プレゼント)に応えるために。後は・・・なるようになる。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1586.html
ピピピピピ!! 「う、うわっ!?」 「んっ!?おい、抵部!携帯か!?」 「ち、違います!!わたしのケータイの着信音じゃありません!これは・・・」 ここは第7学区の上空。花盛支部の閨秀と抵部は、爆発事件に巻き込まれた人達が居ないか上空から観察していた。 また、リーダーである冠は地上で警備員と協力しながら事の収拾に当たっていた。 「・・・かいじさんがくれたお守りからです」 「何!?」 そんな最中に鳴った着信音。その発信源は、以前『マルンウォール』で抵部が碧髪の男から貰ったお守りであった。 そこから流れる着信音に不審がる閨秀を余所に、不思議がる抵部がお守りのあちこちを触っていたある瞬間、内蔵されていたあるボタンを押す。 「抵部準エース殿!!」 「かいじさん!!?ど、どど、どうしたんで・・・」 「すぐ近くに美魁は居るか!?居たら代わってくれ!!」 聞こえて来たのは“変人”の声。声色からして、彼が真剣であることが容易に察することができる。 「あたしはここに居るぜ、界刺!!やっぱり、そのお守りは発信機のようなヤツか!!」 「美魁か!!言っとくけど、これは発信機や盗聴器とかの種類じゃ無いから。赤外線を用いた通信機だからな。つまりは、携帯電話みてーなモンだ」 「赤外線・・・?そういや、赤外線はそういう風にも使えるんだっけか」 閨秀は、聞こえて来た“変人”の説明に合点が行った。やはり、これは六花の言う通り花盛支部とのパイプの役割を持っていたのだろう。 「んなことはどうでもいい!!簡潔に言うぜ!!すぐに成瀬台に戻れ!!今、『ブラックウィザード』の襲撃にあってる!!」 「何!!?」 しかし、そんな推測が吹き飛ぶくらいの衝撃的事実を閨秀は知らされる。 「真刺が言う分には、成瀬台を『六枚羽』と旧型の駆動鎧が襲ってるって話だ!!“手駒達”も近くに居る!!」 「『六枚羽』!!?何でそんなバカ高い兵器を『ブラックウィザード』が・・・!!?」 「それも後回し!!どうやら、成瀬台を中心にジャミング網が敷かれているみたいだ!!だから、携帯電話とかの電波形式の連絡網が無効化されている!! 真刺が俺に連絡して来れたのは、赤外線を用いた通信方法だったからだ!!」 「ッッ!!!」 「そんな状況下で“手駒達”が動けるとしたら、それは“手駒達”の中に電波を操作できる電気系能力者が居ると見て間違い無い!! それと、何処かに“手駒達”を操ってる機材を積んだ車両の類もある筈だ!!もしかしたら、そこにさっき言った電気系能力者が居る可能性もある!!」 「そらひめ先輩!!成瀬台に電話が通じません!!月理ちゃんやかおりんのケータイにも・・・!!」 「ヤベェ・・・そいつはヤベェ!!!」 通信機から発せられる説明と抵部の切羽詰った声に、閨秀は大きな危機感を抱く。 「美魁!!とりあえず、真刺達が現場に向かってる!!あいつ等なら駆動鎧や“手駒達”に十分対抗できる力を持ってるけど、『六枚羽』だけはこっちに不利だ!! あれの機動性に対抗するなら、こっちも飛行可能な能力者じゃ無いと!!例えば・・・『皆無重量』みたいな念動力系能力者とかな!!」 「あぁ!!わかってる!!」 「椎倉先輩達がどうなったのかはわからねぇ!!こればかりは生きてることを祈るしか無ぇ!!」 「わかってる!!!」 「そらひめ先輩・・・」 「・・・わかってるって。あたしが何とかするよ。絶対に!!」 激昂しながらも心の何処かで冷静な思考を保てるのが閨秀の優秀な所であった。彼女は、今にも泣き出しそうな後輩を元気付けるかのように大きな声を発する。 「とりあえず、すぐに冠先輩のトコに行く!!そして、最大スピードで成瀬台へ向かう!!いいな、抵部!!?」 「もちろんです!!!」 「よし。・・・そういうことだからそっちもすぐに戻れよ、破輩!?」 「あぁ!!!」 「破輩先輩・・・?」 「閨秀!!私は、界刺から掛かって来た一厘の携帯電話で今までの話を聞いている!!距離的には第7学区に居るお前達より私達の方が近いが、何分車両だ!! 警備員の車を使ってはいるが、道路を無視することはできない!!障害物を無視できるお前の『皆無重量』の方が早く着くだろう!!」 それは、“詐欺師”の携帯電話―スピーカーフォン設定にしている―から聞こえて来た159支部リーダー破輩の声。 彼女は、現場の外で警備員の手伝いをしていた最中に部下の一厘の携帯電話を鳴らした壁髪の男から成瀬台襲撃の話を聞いた。 聞いた直後、破輩は一厘・鉄枷・湖后腹を集め、対処に当たっていた警備員に事情を説明し超特急で成瀬台へ向かっていた。 「一厘達には他の支部に連絡を取らせているが、すぐには戻れないだろう!! それと、警備員から聞いた話だと成瀬台から多少離れた複数の場所でも爆発事件が発生している。そして、それ等の応援に成瀬台に駐在していた警備員の主力部隊が向かった」 「てことは・・・まさか!!!」 「あぁ。それが陽動だったんだ!!成瀬台の警備網を手薄にさせ、私達が現場に釘付けになることを狙っての計画的犯行だ!! 橙山先生達は現場に突入しているせいで、直ちに戻れないと部下の警備員から連絡があった!!」 「くそっ・・・!!」 「破輩!!美魁!!口は動かしてもいいけど、手も動かせ!!特に美魁!!さっさと動け!!」 「わ、わかった!!」 “詐欺師”の叱りを受け、閨秀は急いでリーダーである冠に接触。事情説明も程々に、『皆無重量』にてフルスロットルで成瀬台へ向かう。 「界刺!!」 「何?」 「何故、お前が私達風紀委員にここまで助力するんだ!!?お前は・・・私達に助力するつもりは無いと言ってたじゃないか!?」 「何だよ。知らせない方がよかったか?真刺達を止めた方がよかったか?あぁん!?」 「そ、それは・・・」 発信機から聞こえて来るやり取りに、閨秀は耳を傾ける。確かに、碧髪の男は風紀委員に協力するつもりは無いと言った。 だが、現にこの男は自分達に利があることを行っている。その逆もしてはいるが。今回の件も、『シンボル』の助力が無ければ・・・・・・そこから先は考えたくも無かった。 「・・・んふっ。俺は真刺の指示に従っただけだし。つーか、俺的には助力じゃ無くて協力だし。これは・・・“3条件”の2番目さ」 “3条件”の2番目・・・『時には「シンボル」の要請に協力する』。 「今回の助力が・・・“3条件”に?」 「そうさ。何たって、『シンボル』のリーダーである俺が通っている学び舎が破壊されてるって話じゃないか。お前等、俺に2学期から青空教室で勉強をしろとでも言うつもりかい? いい加減、“カワズ”のせいで汗だくだく状態なのによぉ。勘弁してくれ。これ以上汗まみれになる機会を増やさないように、利用できるモノは何でも利用しないとな」 「ッッ!!!・・・お前という奴は・・・本当に・・・本当に・・・!!!」 あっけらかんと屁理屈を付ける“カワズ”に、破輩は呆れているのか、笑っているのか、それとも泣いているのかすらわからない、非常に曖昧な声色で言葉を発した。 「界刺!!!」 「うおっ!?何さ、美魁?」 「ありがとよ!!!」 「・・・それは仲間を救ってからにしたら?」 「あぁ!!言われなくてもそうするさ!!!」 「かいじさん!!わたしからもお礼を言わせてください!!本当に、ありがとうございました!!!」 「界刺・・・ありがとう!!!」 「破輩まで・・・・・・やれやれ。まっ、健闘は祈っといてやるよ。それと、これだけは覚えとけ。俺からの最後通牒みてぇなモンだ」 「・・・何だ?」 「俺はお前等の完全な味方じゃ無い。仲間でも無い。俺が『本気』で“判断”した時は、お前等でも容赦しねぇ。下手したら・・・殺すぜ? “3条件”もあるしな。テメェ等・・・“判断”を見誤るな。『本気』の界刺得世の邪魔だけはするな。・・・いいな?絶対に忘れるなよ!?俺の手で死にたく無かったらな・・・!!!」 「・・・!!!わ、わかった。肝に銘じておこう」 「かいじさん・・・恐いです・・・!!」 「抵部・・・。わかったぜ、界刺。あたしも気を付けるよ。お前を敵に回す余裕は、今のあたし達には無さそうだしな」 閨秀と抵部、そして破輩から礼を言われた“詐欺師ヒーロー”は冷酷極まりない声を表に出しながら『本気』の忠告をした―内心では『怒り狂っていた』―後に通話を切った。 これ以降は本当に当事者次第。今回の件で風紀委員がどうなろうとも究極的には知ったことでは無い。非情と断じられても、それがこの男の本音の1つである。 それは、不動が界刺宅で改装をしていた女性陣の様子を覗きに行った時だった。リフォーム作戦もあらかた完了しており、後は細部の調整という段階だった。 聞けば、女性陣はまだ晩御飯を食べていないということだったので、不動がピザの注文をしようと携帯電話を取り出したのだ。しかし・・・ 「むっ?通じない?」 電波状況が悪いのか、はたまた自身が持ってる携帯電話の調子が悪いのか、何度掛けても繋がらないのだ。 その状況を見た女性陣も各々の携帯電話を取り出しコールしてみるが、彼女達の携帯電話も繋がらない。窓から乗り出して掛けてみても同様の結果になる。 「皆の携帯電話で同じ症状が出ているということは、電波の方に問題があると見ていいね」 「でも、どうしてこんな状態に?30分前には問題無く使えたのに。メーカーの方で何か問題があったのか・・・でも、皆の携帯電話って全部が同じメーカーじゃ無いし。 ということは、基地局の方で問題が発生したのか、それとも近くに電気系能力者が居るのかな?」 「携帯が使えない・・・電波・・・無線・・・妨害・・・・・・不動先輩。これって・・・」 「・・・・・・成瀬台には、現在風紀委員会が設置されている。・・・まさか!!」 ボコーン!!!ドガーン!!!バァーン!!! 「「「「!!!??」」」」 水楯の言葉から、ある可能性を思い浮かべた不動。そんな彼等の耳に強烈な爆発音が複数突き刺さった。 それは、成瀬台高校がある方角から聞こえて来た。その瞬間、不動は己が抱いた可能性に確信を持つ。 「水楯!!戦闘に用いる水を用意しろ!!そうだな・・・水道の水を使え!!」 「わかりました」 「春咲!!風紀委員時代に使っていた対外傷キットは持ってるか!!?」 「は、はい!!改装中に誤って怪我をしたらいけないと思って、数人分なら!!」 「形製!!戦場では“参謀”として全体の把握・指揮に努めて貰う!!いいな!!?」 「了解!!」 「よし!!私は『赤外子機』を使って得世と連絡をして来る!!その間に、できる限りの準備をしておけ!!事は一刻を争うぞ!!」 「「「はい!!」」」 ここに居るメンバーは、今成瀬台で起こっている事態についてすぐに理解した。『ブラックウィザード』が、成瀬台に居る風紀委員会に強襲を仕掛けたのだと。 「では、行って来る!!」 『シンボル』のまとめ役である不動は窓から外に飛び出し、“宙を蹴り”、学生寮の屋上へと降り立った。 使うのは、『赤外子機』と呼ばれるマイクロフォン。これは、 ダークナイト の機能の1つ『赤外機』に付属しているモノで、マイクロフォン同士での通信も可能であった。 もちろん、それは『赤外機』の機能を持つ ダークナイト にも通信を繋げることができる(戦闘との兼ね合いから、界刺自身も『赤外子機』を所持している)。 「電磁ノイズを受けない『赤外子機』ならば・・・!!」 確実な通信を行うために、不動はマイクロフォンから出ている赤外線を最大出力まで引き上げる。内蔵バッテリーとして使用しているのは銅ナノワイヤ技術によって高伝導効率を実現した次世代型である。 従来のバッテリーよりも遥かに効率の良いモノや他の最新技術を用いることで、『赤外子機』の長時間使用や蓄電時間の大幅短縮に繋げているのだ。 「あれは・・・『六枚羽』!!?あんなモノまで・・・!!」 同時に、だて眼鏡を“暗視 遠視モード”に切り替え成瀬台の現状を覗う。そこには、学園都市が誇る最新鋭兵器の1つである『六枚羽』の姿があった。 「どうした、真刺?携帯電話じゃ無くて『赤外子機』を使ってるってことは・・・何かあったのか?」 「得世か!!」 不動は、ようやく連絡が取れたリーダーに事の詳細を説明する。一刻を争う非常事態の発生を。 「おそらくだが、『ブラックウィザード』が成瀬台に強襲を仕掛けた。周囲一帯に強力な電波妨害網も敷かれている!!しかも・・・連中はあの『六枚羽』まで持ち出してるぞ!!」 「『六枚羽』!!?・・・・・・現状は?」 「遠視で見ているから、風紀委員達がどうなったのかまではわからない!!だが、応戦している警備員が『六枚羽』に蹴散らされている!! 『六枚羽』の攻撃を受けたためか、校舎にも火の手が広がっている!!・・・・・・あれは・・・!!」 「どうした!?」 「成瀬台の校門前に着いた車両から、駆動鎧が20機以上出て来た!!型的には旧型だが、その後方に“手駒達”とおぼしき人間が数十人!!手に凶器の類を所持している!!」 「一気にカタを着けるつもりだな。・・・・・・チィッ。真刺!!『シンボル』としての行動を決める決定権、今回はお前に譲るよ」 「得世・・・」 それは、リーダーからメンバーに委譲された組織の決定権。『シンボル』は、必ずしもリーダーに組織運営に関わる決定権が固定されているグループでは無い。 「俺は現場には居ない・・・つまり当事者じゃ無い。なら、当事者に決定権を譲った方がいいだろ?俺はお前の決定に従うぜ? リーダーつっても、俺だって『自発者 サポーター 』の1人であることには違い無ぇし。まぁ、理由次第じゃ反論するけど。さぁ、どうする!?」 「・・・・・・いいだろう。では、『シンボル』としての行動を決定する。私、水楯、形製、春咲の4名はこれより成瀬台を強襲した『ブラックウィザード』の鎮圧に赴く!! 得世。お前は一厘の携帯電話番号を知っているな?すぐに、彼女にこのことを知らせろ!!その後のことは、お前に一任する!!」 「『シンボル』が“わざわざ”前面に出て鎮圧に向かう理由は?」 「・・・私達が通う学び舎を破壊されることの意味を考えれば、自ずと理解できるだろう?」 「・・・成程。最後の質問。その助力は、今この時より前に破輩から請われていたりするのも要因の1つか?」 「ん?破輩から助けなどは請われていない。情報のやり取り自体はしたがな。例えば、お前が風路という男と共に居るとか・・・な」 「そうか・・・。わかった。了解した」 「うむ!!」 リーダーに指示を出した不動は、急いで界刺宅へと戻る。そこには、準備万端な『シンボル』のメンバーが居た。 「私は、“宙を跳んで”現地に先行している。お前達は、水楯が操る水にトランクでも何でも使って乗って来い!!ショートカットだ!! 『ブラックウィザード』が、成瀬台までの道を塞いでいる可能性があるからな。心して掛かれ!!」 「「「了解!!」」」 『シンボル』が明確に動き出す。理由は各々の胸にあるモノ。それを確と掴み、『自発者』達は行動を開始する。 その1番手は・・・・・・“猛獣”。 「ハアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」 不動の『拳闘空力』が、近くに居た“手駒達”を吹っ飛ばす。その姿に敵意を剥き出しにする旧型の駆動鎧が、対隔壁用ショットガンを不動に向け・・・ ズサッ!!!ドカーン!!! られなかった。何故なら、不動が放った手刀による衝撃波がショットガンを真っ二つに裂いたからだ。 込められていた弾が爆発し、駆動鎧の動きが大きく制限される。その隙に・・・ グン!!! “猛獣”は、尋常では無い速度で駆動鎧の懐に飛び込んだ。これは、『拳闘空力』による歩法術。 地面を踏み込む角度・威力を調節した上で衝撃波を生み出し、それを移動速度の上昇に繋げる。 ダン!!! 不動の掌底が駆動鎧の腹にぶち込まれる。その刹那、発生した衝撃波によって駆動鎧は遠方に吹っ飛ばされる。 『拳闘空力』は、発生させた衝撃波を一直線にしか飛ばせないという欠点がある。だが、何も衝撃波の種類が1つとは決まっていない。 不動が放つ衝撃波には、大きく分けて2つの種類がある。1つは“破壊”。拳や手刀等で発生させた衝撃波は、対象物を貫通したり切断したりする。 もう1つは“噴射”。掌底や吹き矢使用時、歩法術等で発生させた衝撃波は“噴射”として対象物に強大な推進力を与える。 ダダダダダダン!!! “猛獣”が地面を縦横無尽に闊歩する。地上での速度としては仮屋の『念動飛翔』に劣るものの、縦横無尽という意味では『拳闘空力』に分がある(『念動飛翔』は直線的)。 常人では有り得ない移動に、駆動鎧の演算機能が追い付かない。旧式という点(改造・補強は、あくまで対隔壁用ショットガンに耐えるためのモノ)、 そして操縦者は“手駒達”であるという点から自明であったこと。それでも、5機の駆動鎧が敵を潰すために空砲を一斉に撃ち放つ。対する“猛獣”は、横一線に放つ回し蹴りで応酬する。 ドドドドドーン!!! 駆動鎧が所持している対隔壁用ショットガンは、次世代の新型駆動鎧に装備予定の元型である。威力自体は正式採用のモノには多少劣るが。 そのショットガンから放たれた5つの衝撃弾が打ち負かされた・・・どころか“猛獣”が放った衝撃波の余波がショットガンを襲い爆発し、機体にも浅からぬ傷を付けた。 これも自明の道理。パンチとキック。どちらの方が威力は高いのか。技や身体能力によって威力が増減する『拳闘空力』なら尚更である。 ドッドッドッドッ!!! 余波を喰らってよろけた駆動鎧が目にするのは、“宙を駆ける”人間の姿。これは先程の歩法術の応用で、 空中で歩く動きをした時に脚の筋肉が伸び切る=蹴りを放つ状態と同じであることを利用して“噴射”を発生させているのだ。 地面とは違い不安定な空中で、そして身体への負担からそう長い時間は維持できないが短時間なら問題は無かった。 ドーン!!!!! 空中で回転しながら駆動鎧の頭部に踵落としを喰らわせる不動。その衝撃は、駆動鎧の頭部から下を地面に埋没させる程の威力だった。 3次元的闊歩により駆動鎧を翻弄する不動。では、近くに居た生身の“手駒達”はと言うと・・・ 「ブクブク・・・」 「ガハッ、ボコッ・・・」 「・・・・・・」 『自発者』の2番手・・・“激涙の女王”に翻弄されていた。如何に“手駒達”が痛みを感じないと言っても、息ができなければ意識を保つことさえできない。 水楯は、問答無用・一気呵成にプールの水を上空から瀑布の如き勢いで“手駒達”へ叩き落とした。 “手駒達”も念動力を用いて食い止めようとしたが、水の操作という点において水楯を上回ることはできない。 水に飲み込まれた“手駒達”は、窒息寸前にまで追い込まれる。そして・・・ ザアアアアアァァァッッ!!! 命の危険一歩手前で、水楯は“手駒達”を解放する。ほぼ同時に、頭部に付いている小型アンテナ目掛けてウォーターカッターを噴出、本当の意味で“手駒達”を無力化する。 アンテナを破壊され気絶している“手駒達”に“激涙の女王”は目もくれない。この惨状を生み出した者達に対する怒りは、止まることを知らない。 「うっ・・・」 「佐野君!!気が付いた!!?」 「は・・・春咲先輩・・・?」 不動と水楯の活躍で何とか会議室から敵を遠ざけた中、『六枚羽』の攻撃で左腕を酷く裂傷した佐野が目を覚ました。 「とりあえず、一番酷い左腕に対外傷キットを使ったよ。数が足りないから、他の傷には回せないんだけど・・・」 「・・・い、いえ。それで十分ですよ。・・・それより、どうしてここに?」 「皆を助けに来たに決まってるよ!!仲間じゃない!!」 「・・・ハハッ。そう・・・でしたね。・・・グッ!!」 「佐野君!?む、無理しないで・・・」 春咲の制止を振り切って、佐野は身を起こす。何故自分が生きているのか?何故春咲が助けに来たのか?それ等を考えた場合、可能性は1つしか無かった。 それを確認するために、激痛に苛まれながらも体を起こした佐野の瞳に映ったのは・・・予想通りの光景だった。 「『シンボル』の方々に・・・また助けられましたね」 不動が『拳闘空力』で駆動鎧をぶっ潰し、水楯が『粘水操作』で“手駒達”の動きを封じている。 しかも、距離的に互いをカバーできる絶妙な間合いを保ちながら戦闘を行っていることに佐野はこんな時に感嘆すらしてしまう。 「うん・・・」 「・・・あぁ。今は春咲先輩も『シンボル』の一員でしたね。ありがとうございます」 「・・・それだけ言えるなら、佐野君は大丈夫そうだね」 「はい。・・・他の皆さんは?」 佐野は、ようやく自分以外の風紀委員の安否に気を配る。余裕そうな態度は形だけ、彼も内心では全く冷静では無かったのだ。 「詳しいことはお医者さん次第だけど、今の所風紀委員で死者は出ていないようね」 「厳原先輩!?」 「厳原さん!?動いちゃ駄目だって!!」 佐野の質問に答えたのは、2人の後方に居た厳原。彼女も、右腕と左脚に酷い火傷を負っていた。頭から血も流している少女が何時も掛けているメガネは、何処かへ吹っ飛んでいた。 そんな彼女が手に持っているのは・・・『ハックコード』と呼ばれるスマートフォン。 「傷的には、花盛支部の女の子達がかなり酷い。早く病院へ運ばないといけないレベル。 鳥羽君と葉原さんは、比較的軽症よ。 位置的に一番危なかった椎倉先輩は、初瀬君のおかげで軽症とまではいかないけど重傷は回避したわ。・・・そうなんでしょ、歌姫さん?」 「・・・そうだヨ」 「えっ!?な、何であの電脳歌姫がこんな所に!!?」 「春咲先輩・・・これには深い事情が・・・」 「・・・キョウジが自分トコのリーダーを守るために飛び込んで・・・そして・・・私を守るために・・・体を張っタ・・・!!」 あれは、『六枚羽』が会議室目掛けてミサイルを発射した時だった。佐野の『光学管制』でミサイルの軌道を会議室外へ逸らしたが、着弾ポイントに一番近い位置には椎倉が居た。 そのままでは爆風によって発生した壁だったモノの破片群をその身に受けていた椎倉を、初瀬が体ごと飛び込んで離脱させた。直後巻き起こった爆発と爆炎。 初瀬は、首からぶら下げていた『ハックコード』を守るように爆風と爆炎に対して背中を向けた。 その衝撃に体が吹っ飛んでも、服越しに『ハックコード』を掴み外部からの衝撃等から守り通した。意識を手放した時でさえ。 その一部始終を、『ハックコード』を通して電脳歌姫は見ていた。失いたくない。そう思った。 自分のために頑張ってくれる人間を、所詮人間に生み出されただけのプログラムを命を懸けて守ってくれた初瀬恭治を絶対に失いたくない。 どうやら、『シンボル』というグループのおかげで危機は脱しつつあるようだった。初瀬も、春咲という少女に手当てをして貰った。でも、まだ安全じゃ無い。 だから、彼女は遂に初瀬との約束を破って『ハックコード』から声を出した。不動・水楯と『ブラックウィザード』の戦闘音に掻き消されながらも出した声に、 同じく春咲の手当てを受けて近くで休んでいた159支部の厳原が気付いた。 「・・・私にできることがあれば何でもすル!!キョウジを安全な場所に連れて行くためなら、何だっテ!!」 「・・・でも、ジャミングによって電波通信を封じられているから連絡の取りようが・・・」 「・・・そうでも無いですよ」 「えっ?」 春咲の懸念に、佐野は力を取り戻しつつある表情でキッパリ応える。 「こういう時のために、『ハックコード』があるんです!!歌姫さん!!確か、あなたは『移動先のコンピュータの性能を使って従来の性能を発揮する』んですよね!? ということは、『ハックコード』の機能も使用可能ではないのですか!?通話の類は無理にしても、傍受や逆探知なら!!」 「で、できるヨ!!」 「やはり!!では、歌姫さん!!今流れているジャミング電波を傍受、逆探知して発生源の位置を特定してみて下さい!!私も『光学管制』でフォローしますから!!」 「わかっタ!!!」 佐野の依頼を受け、電脳歌姫は『ハックコード』の機能を行使する。様々な電波が傍受可能な上に、高精度且つ長距離の逆探知を仕掛けられるように改造されたスマートフォン。 対『ブラックウィザード』の切り札。それを、風紀委員や警備員とは関係無い・・・もっと言えば人間では無い存在が使用する。 「・・・電波の数が多過ぎル!!通常の無線領域に、色んな種類の高出力ジャミング電波が右往左往していル!! それに、電波自体が不可解な動きをしていて発生源が特定できなイ!!これハ・・・」 「きっと、それは電気系能力者の仕業だね!!」 「形製さん!!」 「形製?・・・あぁ、彼女が一厘さんが言っていた『シンボル』の・・・」 歌姫が逆探知に手こずっている折に姿を見せたのは、『シンボル』の“参謀”形製流麗。彼女は、『赤外子機』で不動・水楯のフォローをしながら春咲と共に手当てに勤しんでいた。 ちなみに、その際に手当てをした厳原と電脳歌姫の会話を耳にしている。 「おそらくだけど、電気系能力者がこの一帯に広がっている多種多様の電波をある空間内で反射・振幅させているんだ。だから、逆探知ができないんだよ」 「佐野君!!」 「・・・・・・確かにこの動きはおかしいです。でも、これ程の規模の電波を発生させて、しかも反射・振幅を行える電気系能力者はそうそう居るものではありませんよ?」 「そうだね。だから、これも推測だけどジャミング電波自体は機械で生み出して、その操作を能力者がしているんじゃないかと思うんだ」 「となると・・・電気系能力者やジャミング装置を積んだ車両関係は・・・」 「きっと、その空間外だよ。歌姫さん!!その不可解な動きをしている電波の範囲は調べられる!?」 「ま、待っテ!!すぐニ・・・」 「 形製!!春咲!!前を見ろ!! 」 「「!!?」」 ジャミング対策にのめり込んでいた一団に、1機の駆動鎧が近付いていた。不動と水楯のカバーは、他の駆動鎧や“手駒達”の命懸けの妨害で間に合わない。 走りながら駆動鎧が構えた対隔壁用ショットガンが形製達を捉えた・・・その瞬間。 ドカーン!!! ショットガンが爆発した。予想外の出来事に一瞬動きが止まった駆動鎧に・・・ スガガガガガガッッッ!!! 不動の連打による衝撃群が叩き込まれ・・・ ドォーン!!! 水楯が操作する渦潮に囚われた後に、遠方に吹っ飛ばされる。 「今のは・・・!!?」 「私の『物体転移』で、あの銃に瓦礫を空間移動させたんだよ」 「『物体転移』!?でも、春咲さんの『物体転移』って対象物が静止していないと行使できなかったんじゃあ・・・」 「厳原さん・・・。確かに、“以前”の『物体転移』はそうだった。でも、“今”の『物体転移』は相手が静止していなくても行使できるんだよ」 厳原の疑問に、春咲は己が努力の結果を示す。風輪の大騒動が終結して以降、自身の力をずっと磨いて来た。自身の可能性を信じて、ひたすら努力を積み重ねて来た。 風紀活動に充てていた時間を、能力向上のために費やした。通信教材の助けも借りながら、少女はある弱点の解消に集中的に取り組んだ。 その弱点とは、“対象物(相手)の静止”。“以前”までの『物体転移』では、対象物が静止していなければ手元に引き寄せることも、また対象物に物体を空間移動させることもできなかった。 だが、“今”の『物体転移』は“対象物の静止”という縛りは解消された。空間移動を行う場合、自身は動けないという弱点はまだ解消されていないが。 これは、春咲桜の1つの成長。自身の可能性を信じて頑張った少女の輝かしき結果。 「・・・努力したのね」 「・・・うん」 「危ない危ない。ここは戦場。気を抜かないようにしないと。歌姫さん!!」 「・・・できタ!!この成瀬台を中心に半径280mに渡って不規則な反射が発生していル!!」 「成程。では、その半径280mの外に発生源は居ると見て間違いないですね」 「・・・それにしても、何故あの人達は成瀬台に入って来ないんでしょう・・・?」 「厳原先輩?『透視能力』で何か見付けたんですか?」 ジャミングの範囲が判明した最中、痛む頭を抱えている厳原が『透視能力』にて看破した不可解な事実を漏らす。 能力によるショートカットで成瀬台に向かった『シンボル』のメンバーには知り得ていなかったこと。 「え、えぇ。成瀬台の周囲に警備員の人達が待機しているの。テープを張って、近隣の住民が立ち入れないようにしてるんだけど・・・」 「警備員が?そ、そんなことをしている暇があるなら応援に・・・!!いや、確かに無関係な人達が入り込まないようにするのも大事なことですけど!!」 「・・・厳原さん。その警備員の“頭部”を透視できますか!?」 「ッッ!!!ちょ、ちょっと待って!!」 形製の依頼を受け、成瀬台の周囲の道路を塞ぐように数箇所で待機している警備員・・・の制服を着用し、いずれもがヘルメットを被っている人間の“頭部”を厳原は透視する。 「・・・アンテナ!!あ、あれは“手駒達”!!」 「やっぱり!!他の人間が立ち入れないようにしてるんだ!!」 「ッッ!!そ、それだけじゃ無い!!近くにある警備員の専用車に偽装した車両に、大量の爆弾が載せられている!!」 「・・・!!そうか!!戻って来た警備員なり風紀委員なりと接触した時に起爆させて、道連れにするつもりですね!!“手駒達”なら、それすらも容易に行えます!!」 幾重にも張り巡らされた策の数々に、『シンボル』及び風紀委員は戦慄する。こうなれば、手段を選んではいられない。 「ジャミング電波の発信源叩きは後回し!!あたしは、今からすぐにバカ界刺と連絡を取ってこのことを伝える。 あいつなら外回りしている支部とも連絡を取ってる筈だから、不動さん達と連携して成瀬台の周囲にある“手駒達”と爆弾を積んである車両を同時に無力化させる!!」 「爆弾は、電波による遠隔操作が可能と見ていいでしょう!!万が一の時は、私の『光学管制』の範囲内である半径25m内に車両を集めて下さい!!厳原先輩!!車両の数は!!?」 「全部で3台よ!!もしかしたら、劣勢をひっくり返すためにあの車両が中に突っ込んで来るかもしれないわ!!何か妙な動きがあったらすぐに知らせるわね!!春咲さん!!」 「わかってる!!気絶している椎倉先輩達を移動させないと!!警備員の方々の手当ても急がないと!!歌姫さんは厳原さんと一緒に!!」 「うン!!わかっタ!!」 1分1秒を争う切羽詰った世界に身を投じる少年少女達。彼等彼女等は、自分にできる最大限のことをこなしていく。不条理を押し付けるこの世界に自身の信念を示すかのうように。 そして・・・ 「3・・・2・・・1・・・GO!!!」 形製の号令の下、成瀬台にて最後の戦いが始まる。 「ハアアアアアァァァッッ!!!!!」 遥か上空に待機していた閨秀・抵部・冠が急降下、“手駒達”に気取られた瞬間に車両ごと無重量空間に収める。 直後無重量空間を分離、車両をすぐさま成瀬台のグラウンド上空へ運んで行く。また、『皆無重量』でヘルメットが外された“手駒達”のアンテナを冠が排除して行く。 「ダアアアアアァァァッッ!!!!!」 一方、ジャミング範囲内に突入する直前に“詐欺師”から事の詳細を知らされた159支部の面々が取った行動はシンプルであった。突入のタイミングは、不動が放つ衝撃波。 猛スピードで道路を突き進む警備員車両の屋根に破輩が陣取る。彼女が振り落とされないように、鉄枷が『金属加工』にて車の屋根を変形、破輩の両足を掴む。 車の両窓からは、『DSKA―004』を車外に全て浮かばせている一厘と、超電磁砲を何時でも発射可能な態勢の湖后腹が上半身を乗り出していた。 そして、現場に到着するや否や一厘が操るスタンガンの群れと湖后腹が放った超電磁砲で“手駒達”を叩き、同時に足を掴んでいた金属が解除された破輩が跳躍、 猛スピードで走る車を利用して十分に集めた風を『疾風旋風』で纏め上げ、爆弾が詰まれた車両を成瀬台のグラウンド上空に吹き飛ばす。 「ハッ!!!」 他方、成瀬台の中に居た水楯は操作する渦潮を限界まで凝縮・圧縮し、解放した勢いそのままに校外に出る。 引き連れた水のロープで踏み止まった水楯が上空から“手駒達”を水に取り込み、また大量の水で車両を持ち上げ成瀬台のグラウンド上空へ放り投げる。 「フン!!!」 最後に、成瀬台のグラウンドの中心で待機していた―隣には、万が一に備えて佐野が居た―不動が、真上に上がった3つの車両目掛けて思いっ切り拳を振り上げる。 『拳闘空力』にて発生した衝撃波が車両の1つを貫通した。その結果・・・ ドカーン!!!!! 積まれていた爆弾が爆発を起こし、両隣にあった車両に詰まれた爆弾も誘爆した。 大爆発と言っていい規模の爆炎・爆圧を竜巻クラスの『疾風旋風』で押し返し、『粘水操作』と『皆無重量』にて残骸等を捕獲する。 これによって、校舎に攻め入った駆動鎧及び“手駒達”、周囲に居た者達含めて全て鎮圧した。 直後、ジャミング電波はストップした。おそらく逃走に移ったのだろう。但し、ストップ直前に駆動鎧が搭乗者―“手駒達”―諸共全て自爆した。 車両に詰め込まれた爆弾代わりとでも言うべきか、そもそも鹵獲された時の対策として設定されていたのか。 鎮圧+爆弾処理直後で佐野も油断しており、効果範囲内の電波を妨害することができなかった(とは言っても、防げたであろう駆動鎧の自爆は3機だけだったが)。 総合的な結果としては、風紀委員会は『シンボル』の大き過ぎる助力もあって何とか崖っぷちで踏み止まることに成功した。 「・・・う、うぅん。・・・・・・ここは・・・?」 「あっ!!加賀美先輩!!鳥羽が目を覚ましたよ!!」 「帝釈!!帝釈!!!」 「丞介・・・さん?加賀美先輩・・・?」 救急車のサイレンが鳴り響く成瀬台の一角にて、176支部の鳥羽は意識を取り戻した。 「鳥羽君!!大丈夫!!?私のことわかる!!?葉原だよ!!?」 「ゆかり・・・ちゃん・・・」 「全く・・・軽症のくせに一番最後に気が付くなんてな。少したるんでるんじゃないか?」 「あれぇ?176支部(わたしたち)の中で、誰よりも早く成瀬台に突入して行ったのは何処の誰だったかしら、神谷?しかも、すごい形相で」 「う、うるせぇよ、鏡星」 「その上、もう終わっていたという始末だったからな。エリートである私から見ても無様という他無かった」 「斑・・・テメェ、喧嘩売ってんのか?」 「神谷先輩・・・鏡星先輩・・・そうか・・・俺・・・」 担架に乗せられて運ばれる途中の鳥羽の周囲には、176支部の仲間達が居た。同じく怪我を負った葉原は、何とか立って歩くことはできるようだった。 「こら!!こんな時まで喧嘩しないの!!!帝釈・・・よかった・・・!!生きていてくれて・・・本当に・・・!!!」 「加賀美先輩・・・。俺・・・俺・・・とんでも無いことを・・・!!!」 「帝釈は悪くない!!私が悪いんだよ!!!私が・・・私が・・・!!!」 「網枷・・・!!!」 鳥羽の懺悔に加賀美は自分を責め、神谷は同期の裏切りに憤慨にも憤慨する。 「・・・ひ、緋花・・・さんは?」 だが、世界は時として無慈悲なまでに非情である。 「あっ・・・。それが、緋花に連絡しようにも繋がらないの。あの娘、携帯をマナーモードにでもしてるのかしら?もしかしたら、捜査に集中し過ぎて気付いていないのかも」 「・・・!!!!!」 「事は緊急を要するモノだった。本来なら焔火と合流したかったのだが、159支部の破輩先輩から聞かされた事態の深刻さを鑑みれば、 あいつを置いてでも成瀬台に直行しなければならないとエリートである私を含めて意見が一致した。後で説教をしなければな」 「そういえば、緋花ちゃんって何処に行ったんだろう?178支部へ出向中に作ったルートに沿って捜査してるんだよね?鳥羽君・・・緋花ちゃんから何か聞いてない?」 非情の上に無情である。 「・・・今・・・何時?」 「へっ?」 「今何時!!!??」 「鳥羽君!!?え、えっと・・・午後8時45分を回った所・・・」 「・・・危ない」 「えっ?」 「緋花さんが危ない!!!!!」 廻る周る世界が回る。冷酷無慈悲な世界が少年少女達を惑わし、弄び、拐かす。天邪鬼な世界は、今日もまた巡り巡る。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1358.html
ここは、第7学区にある静かな公園。人通りが殆ど無いこの場所に176支部の“剣神”神谷稜は立っていた。 『一身上の都合』として風紀委員会を休んでまで彼が何をしているのかというと・・・ ビュン!! ヒュン!! それは、音速領域まで加速された石。何処からともなく飛来して来た凶器を神谷はギリギリでかわす。 フワフワ お次は亀が歩く程度の速度で飛来して来た小石の群れ。それ等は神谷を取り囲むようにゆっくりと近付いて行く。 緊張しているせいか、神谷の顔に一筋の汗が流れる。そして・・・ ビュン!!ビュン!!ビュン!! ヒュン!! ビュン!!ビュン!! ズサッ!! ビュン!!ビュン!!ビュン!! ザッ!! 急加速する群れ。ご丁寧に時間差で。それ等をかわしまくる神谷。それを見越していたかのように、群れの操り主は“剣神”がかわせないタイミングを見極め・・・ ビュン!!! 手元に残していた石を神谷のこめかみ目掛けて放つ。もちろん、音速領域で。 ザン!!! 放つ前から避けられないと反射的に理解した神谷は、手に持っていた針から『閃光真剣』を現出し、居合いの如き速度で石を叩き斬る。 以前と変わらない、神谷のずば抜けた戦闘能力を見せ付けられた格好になった操り主―火川麻美―は感嘆の言葉を口に出す。 「全然衰えてないね、稜?私の『速度調節』にきっちり対応してるし」 「まだだ。こんなんじゃあ、あの野郎に勝てねぇ・・・!!麻美、次を・・・」 「ちょっとタンマ!私は稜みたいに体力があるわけじゃ無いよ?」 「何情けねぇこと言ってやがる。昔は俺が嫌だって抗議しても、お前は嬉々として特訓を強いて来たじゃねぇか?」 「昔は昔!今日も暑いし・・・少し休憩しようよ?ね?」 「・・・・・・チッ」 火川の訴えを渋々聞き入れる神谷。今回は自分から頼んでいることなので、神谷も強く出られない。彼女は、神谷の戦闘技術を高めた張本人である。 手に持っている物を音速領域の速さから陸亀程の遅さまで自由自在に変化させて当てることができる火川の『速度調節』によって、神谷は何度も痛い目を見た。 特訓とは名ばかりのイジメのようにしか当時は感じられなかったが、今では感謝している。決して口には出さないが。 「プハー!!やっぱり“抹茶ミルク”はおいしいねー!稜も飲んでみる?」 「そんなマズそうなモンいるか。俺はこの“ヤシの実サイダー”で十分だ」 「私からしたら、そっちの方がマズそうに見えるけど・・・」 公園内にある休憩所で冷えた缶ジュースを飲む2人。こうして2人一緒に居るというのは、夏休みになって初めてのことである。 「・・・珍しいね。稜から特訓のお誘いが掛かるなんて。今まで一度も無かったことよね?」 「・・・そうか?」 「うん。・・・詳しくは聞かないけど・・・そんなにヤバイの?今回の任務は?」 「・・・・・・あぁ」 影で休憩している2人の間に冷たい風が流れて行く。 「・・・私、信じてるから。稜なら絶対に生きて帰って来るって。何時ものように、ぶっきらぼうな態度で駆け寄って来る私を鬱陶しがるって」 「・・・悪かったな。ぶっきらぼうで」 「ぶっきらぼうじゃ無かったら稜じゃ無いよ」 「・・・ハァ。お前の世話焼き具合はこれからも続きそうだよな」 「もちろん!」 互いに軽口を言い合う神谷と火川。その言葉に込められた想いの密度は、果たしてどれ程のモノであったのか。それは、当人達にしかわからない。 「よし!麻美!休憩は終わりだ。次は、もっと厳しいヤツを頼む!!」 「OK!私の攻勢に何時まで耐え凌げるか・・・見せて貰いましょう!!」 神谷の掛け声を期に、再び炎天下の空の下に出る2人。これから昼食までは、ぶっ通しで特訓に集中するつもりだ。 「(今の俺に求められるのは・・・強さ!!現場の最前線で仲間達を守り切れる強さ!!敵の力を打ち砕く強さ!! 椎倉先輩が言う『自分の正義や信念を貫く行動』は、自分の強さを磨き上げることでも見出せるモンだ!!その上で周囲を見る!!昨日の二の轍は踏まねぇ!! 『ブラックウィザード』にしろ、あの殺人鬼にしろ、ここぞと言う時は連中に負けない強さが絶対に必要になる!!俺は・・・もっと強くなってみせる!!)」 神谷が誓うソレは、自分なりに考えた『自分の正義や信念を貫く行動』。正直な話、椎倉が実践したような『行動』は、自分では中々に困難だ。元からの性格もある。 時間も無い。敵は待ってくれない。付け焼刃の強さでは肝心な時に役に立たない可能性が高い。 ならばどうするか?できるだけ自身を客観的に分析した末に出した結論は、『今ある己を磨き上げる』こと。 神谷の言う通り、現場では強さが求められる。それは精神的なモノ、そして実際に対抗できる実力。その点において、昨日の戦闘ではあの殺し屋に後れを取った。 故に、自身をとことん磨き上げる。風紀委員会を欠席したのも全てはそのため。その上で、昨日のような猪突猛進はしない。あんな思いは、もうしたくない。 だから、神谷は無我夢中で剣を振る。大事なモノを守るために。これもまた、神谷稜という少年の1つの成長である。 「押花君の知り合いか・・・。何か緊張して来た」 「別に緊張する必要ないっすよ、速見先輩!2人とも俺と同学年ですし」 「でも、押花君の顔の広さってすごいよね。まさか、今回の任務に関係する人間とも知り合っていたなんて」 「うむ!これも、普段の実生活で押花が作って来た交友関係が実を結んだということ!」 「そ、そんな大層なモンじゃないっすよ」 ここは、第19学区にある自然公園。成瀬台支部の単独行動組は、ここで押花の知り合いと待ち合わせをしていた。 「『置き去り』の施設・・・特に個人がやってるモノは土地単価の安い場所に施設を作っている場合が多い。 その条件と合致しているのが、ここ第19学区。再開発に失敗した学区で、廃墟ビルや寂れた店舗が多いここは、逆に言えば他学区に比べて土地を安く買い上げることができる」 「『ブラックウィザード』がもし『置き去り』を“手駒達”として使っているのならば、個人経営の施設を狙うであろうな。露見し難いという1点で」 「椎倉先輩の見立てだと、その手の施設を買収して攫うみたいな手段を取っている可能性もあるって言ってましたね」 「それに、この学区は他学区に比べると『置き去り』の行方不明事件が殆ど起きていない・・・というか報告されていないんすよね。・・・怪しいっすよね。 もちろん、第1学区とか第8学区とかもそうなんすけど、あそこら辺は特殊ですからね」 勇路・寒村・速見・押花は、これから本格的に活動して行くに当たっての状況整理を行う。 押花が言った通り、この第19学区で起きた行方不明事件の中に『置き去り』は殆ど含まれていない。それが、逆に怪しいと椎倉は睨んだ。 固地も椎倉と同意見だったが、何分施設の数が多過ぎるので彼1人では調査にも限界がある。そのため、体力自慢の成瀬台支部が抜擢されたのだ。 「ネットでも調べましたけど、第19学区は特に施設が乱立してますよね。それだけニーズがあるということなのか、単なる補助金狙いなのか・・・」 「制度を悪用したケースも結構あるみたいだね。後は、やっぱり土地単価の安さを狙った競争合戦かな?」 「押花!我輩達は、自身が風紀委員であることを悟られるわけには行かぬ!『ブラックウィザード』と関連する者がここに居るやも知れぬのだからな!」 「それについては、俺の友達に妙案があるみたいで。昨日も確認してみたんですけど、『これなら~、押花君達も大丈夫~』って言ってました!」 寒村の懸念は至極当然である。自分達が『置き去り』の調査をしていることを、万が一にも『ブラックウィザード』に感付かれるわけにはいなかいのだ。 寒村自身、風紀委員会に存在する内通者―網枷双真―の存在を知っているからこそ余計に。 「そうか!!ならば、押花の友人を信じると・・・」 「お~い~!!押花君~!!」 「あっ!!この声は!!」 押花の耳に届いたのは、今回協力してくれる友の声。その方向に押花が視線を向ける。そこに居たのは・・・・・・ 「免力君~。押花君だよ~」 「・・・そうだね。・・・直に会うのは結構久し振りかも」 「ハーハッハッハ!!!そうか!!“ゲコっち”もキャンプファイヤーの魅力に魅入られたか!!」 「はい!!今度学生寮の庭で盛大にファイヤー!!してみようと思います!!」 「焚き火は、一種の神秘なのさ・・・」 「焚き火とは、一種の人生でござる・・・」 「焚き火ってのは、一種の魔力だぜ・・・」 「焚き火・・・一種の儚き陽炎・・・」 「「「「焚き火っていいよなぁ~」」」」 「バリボリ(今日も暑いねぇ)」 「むむ?誰か知らないけど、筋肉ムッキムキの男の人達が居る・・・。あれが、もやしっ子の免力君が言ってた知り合い?意外だね~」 「・・・世界ってのは、そうまでして俺を本格的に風紀委員(あいつ等)と関わらせたいのか?にしても・・・『置き去り』の施設に連中がどうして・・・?・・・・・・・・・」 “ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』。彼等の手にはカエルの着ぐるみが複数抱えられていた。 「お、押花君。あれが君の友達?」 「そ、そうっすね!こ、声を聞いた限りだと間違い無いっすけど・・・」 「・・・これは、僕も裸になるしかないようだね(キリッ)」 「(・・・椎倉よ。貴殿が言っておった『かなり低い可能性』が、正に現実となったぞ。・・・偶然とは恐ろしいモノよ)」 対する成瀬台単独行動組は、“ヒーロー戦隊”の登場に様々な感情を抱く。偶然が結んだ両者の出会いは、後に物語に大きな影響を及ぼすこととなる。 「キョウジの『ハックコード』ってすごいネ!!私の機能を80%くらい発揮できるシ!!タブレットデバイスを併用したら殆ど100%だシ!!」 「・・・あのさぁ」 「ン?何?」 「君って誰?」 「ガクッ!!あ、あなタ!!さっきの説明聞いて無かったのかヨ!!?」 「いや、聞いてはいたんだけど、俺って“学園都市レイディオ”って存在自体知らなかったし」 「なん・・・だト!?」 「3D映像にしてはリアルさがすごいですね。学園都市の技術も、遂にここまで来ましたか・・・!!」 太陽の日差しが本格的に強くなって来た頃、『超世代技術研究開発センター』を出た初瀬と佐野は『ハックコード』から飛び出している3D映像―電脳歌姫―と会話していた。 「うんうん、ウハはわかってるネ!!キョウジももうちょっと気の利いた台詞が言えないと、女の子にモテないゾ!!」 「う、うるさい!!クソッ!緊急脱出用プログラムを発動したから、最低1週間は『ハックコード』から移動できないってのが厄介だぜ!!」 「人を厄介者扱いすんナー!!」 簡潔に纏めるとこうだ。 電脳歌姫とは、学園都市の最先端の技術をエンタメ方面に活用した結果生まれたバーチャルアイドルである。 3D技術によって髪の毛一本まで精密に立体化した映像に学園都市の念動力と発火能力、の技術応用による触感、体温が加わり、 まるで二次元のアイドルが画面から飛び出したような出来になっている。声はもちろん専用の機械を用いているので、どんなテンポ、音程でも対応可能。 これぞまさに“最先端技術の無駄遣い”なのだが、思いの外一部のコアなファンがつく程の人気ぶりになった。 その切欠が“学園都市レイディオ”であり、今日彼女が『超世代技術研究開発センター』に来たのは後継機の躍進に危機感を抱いた一部の番組スタッフの独断なのだ。 その後の紆余曲折を経て、彼女―正確には彼女を構成するプログラム―が初瀬の持つ『バックコード』に移って来たというわけだ。 「それにしても、『移動先のコンピュータの性能を使って従来の性能を発揮する』・・・か。しかも、それをプログラム自身が判断して行うとは・・・!!」 「俺からしたら、自己増殖型コンピューターウィルスと一緒みたいな感覚だけど」 「ガー!!また私を侮辱したナー!!」 電脳歌姫を構成するプログラムには、様々な効果を発揮する計算式が詰め込まれている。 その中で特に大きいのが、『プログラム自身が学び、同時に成長する』という“自立成長型プログラム”である。 バーチャルアイドルである彼女は、あくまでプログラムである。生きているわけでは無い。 そんな彼女がこうして人間と会話を行えているのは、ひとえにこの“自立成長型プログラム”のおかげである。 “学園都市レイディオ”での活動やスタッフ等との会話(実際の会話やプログラムの打ち込みetc)を経て、 電脳歌姫は1人の人間と呼んで差し支えない程の思考能力を手に入れた。そこに感情が宿っているかは不明だが。 「にしても、そんなんでよくバーチャルアイドルが務まってるね。俺だったら、絶対に付いていけないわ」 「ふ~ン!!私に求められているキャラ像は全部把握済みだからネ!!プリティーキャラから毒舌キャラまで、幅広い用途を取り揃えていますヨ!!フフフ!!」 「うわ~、ドン引き・・・」 「ホントにキョウジは私を侮辱するのが好きだナ!!Sカ!?キョウジはSなのカ!!?」 「あ~、うるさいうるさい」 電脳歌姫の抗議に取り合わない初瀬。初瀬自身、こういうキャラは二次元・三次元問わず余り好きでは無い。 折角自分のスマートフォンが帰って来たと思ったら、とんだ余所者が入り込んで来たモンだ。 「駄目ですよ、初瀬?女性の扱い方には気を使わないと」 「ウハ!!やっぱり、ウハは最高だヨ!それに比べてキョウジは・・・」 「ふ、ふん!!俺だって、これからすごいプレッシャーを抱えながら仕事しなきゃなんないんだからな!! もし『ハックコード』に何かあって君に異常が発生したら、あの人達の首が本当に飛ぶんだからな!!」 「馬鹿スタッフは、やっぱり馬鹿だったってわけネ。やれやレ」 初瀬が言っているのは、独断行動した挙句に他者のスマートフォンにプログラムが移動する結果を作ってしまった番組スタッフのことである。 緊急脱出用プログラムが発動したらどうなるのかは部下である人間は理解していたが、生憎と上司は知らなかった。 なので、上司は初瀬から『ハックコード』を取り上げようとしたのだが、そこは風紀委員。任務に必須な『ハックコード』を持っていかれるわけにはいかないと抵抗した。 警備員の緑川の存在も功を奏したのだろう。彼の説得(上司からしたら脅迫)に折れた上司は、『プログラムに異常を来たさない』ことを条件に、渋々引き下げて行った。 こちらとしては、『何様のつもりだ』と文句の1つでも言ってやりたかったが、話が拗れるだけなので我慢した。 それに、電脳歌姫に何かあれば番組1つが飛ぶのである。そこに関わっているスタッフにも悪影響が発生することは避けられない。 故に、初瀬にとっても彼女の取り扱いには細心の注意を払うつもりだったのだが、いざ彼女と会話してみるとその気を失わせるようなことばっかり言って来る始末なのだ。 ちなみに、彼女には自分の素性や任務のことについて掻い摘んで説明してある。そうしないと、彼女が騒ぐことで任務の邪魔になりかねないからだ。 「・・・ハァ。頼むから仕事中は静かにしてくれよ?君・・・というか『ハックコード』の存在は今の所一部の風紀委員以外に教えちゃいけないんだから」 「ムー?何デ?」 「成瀬台支部(ウチ)のリーダーの命令だから」 「ムムー?何でいけないノ?仲間に教えても別にいいんじャ・・・ハハ~ン!!わかったゾ!!」 「えっ?」 「つまり・・・キョウジは自慢したがりでウザイ人間だって思われてるんダ!!だから、口外禁止のお触れが出たんだネ!!納得納得!」 「納得すんな!!つーか、そんなわけあるか!!支部や警備員の単独行動を認めたんだから、その独立性みたいなのを保持したいだけ・・・」 「男の言い訳は見苦しいネ」 「う、うるせぇ!!口の減らないアイドルだ!!こうなったら、電源を落としてやる!!」 「なッ!?ま、待っテ!!わ、私が悪かったヨ!!だからそれだけハ!!」 『ハックコード』を媒体として、現実世界で喧嘩する人間とバーチャルアイドル。見ようによっては、とことん奇妙な光景である。 「(・・・でも、歌姫さんの指摘ももっともなんですよね。 何故今回の行動の詳細や『ハックコード』の存在を他の風紀委員に教えてはならないのか。 この行動も、表向きは176支部の面々が後方任務に就くということで、椎倉先輩から『交渉下手な緑川先生の手助けに』と私達2人が指名されたんですよね。 緑川先生は頭がゴリラですから横に置いとくとして、幾ら単独行動の独立性を保つためとは言え・・・成瀬台支部の単独行動も思い返せば急な印象が否めない。 あの時は、“手駒達”の件や“変人”の昔話で場の流れが変わってしまったので、何とも思わなかったですが・・・。もしかすると・・・。いや、深読みは禁物ですね。 しかし・・・これは、私達の知らない所で色んな策謀が渦巻いている可能性がありますね。おそらく、地が気弱な破輩先輩も関わっているのでしょう)」 一方、もう1人の同行者である佐野は電脳歌姫の指摘を切欠に、風紀委員会内の出来事・行動を思い返していた。 全ては、あの“変人”の部屋に椎倉達が足を踏み入れた後から動き始めている。今までの沈滞っぷりが嘘のように、自分達の見える・見えない部分で動きが活発化している。 「(・・・可能性としては思い付くんですよね。何せ、風輪の騒動で私達159支部は体験済みのことですから。 あの時と違うのは、破輩先輩が“ソレ”を知った上で動いている可能性があること。・・・まてよ。・・・あの時はリンちゃんさんや鉄枷も同行していた筈。・・・フフッ。 仲間外れみたいな感覚は正直好みませんが、その理由も理解できるのが痛し痒し。湖后腹とかは、絶対に顔に出そうですし。 これは、私も覚悟した上で任務に当たった方がいいですね。事が動けば、否応無しに破輩先輩からも説明があるでしょう。それまでは目の前の任務に全力を注ぐのみ!!)」 佐野は1つの可能性を思い浮かべ、それに対する覚悟を決め、その上で目の前の任務に全力を尽くすことを決意する。 自分の考えていることは、きっと破輩達も考えている筈。ならば、自分の役目は彼女達の足を引っ張らないように全力を尽くすのみ。それが、佐野の下した判断であった。 「こうやって、むつのはな先輩ややまと先輩と一緒に外回りをするのは初めてかもですねー!!」 「そうですね。普段は撫子や渚達と共に事務仕事に就いていますから」 「暑い・・・。帽子を持って来た方が良かったかな?」 「かもな。撫子にはこの炎天下はキツイか・・・」 昼も近くなって来た頃合いに外回りをしているのは、花盛支部の少女達。メンバーは、抵部・篠崎・六花・山門・閨秀の5名である。 風紀委員会でも事務仕事ばかりやっていた六花や山門が何故外回りに同行しているのかというと、ひとえに176支部の問題児集団に振り回されたくなかったからである。 葉原のイラツキ具合を見てわかる通り、自分達に余計な火の粉が降り掛かって来るのは目に見えていたので事前に避難したというわけだ。 なので、成瀬台に残っている花盛支部員は渚・冠・幾凪の3名なのだが、彼女達(特に冠)ならあの問題児集団ともやっていけると判断されている。 「大丈夫ですよー、やまと先輩ーい!!わたしが先輩たちの分まで頑張りますからー!!」 「・・・ありがとう」 「フッ、抵部の元気の程を私達も見習わなければなりませんね」 「それにしても、抵部さんって元気ですよね。休暇明けからは特に」 「篠崎もそう思うか?あたしも同感」 抵部の元気っぷりに、他の面々は元気付けられるのと同時に少しの疑問を抱く。篠崎の言う通り、休暇明けからの抵部はその元気っぷりに拍車が掛かっているように見える。 『ブラックウィザード』の捜査が中々進展しない中、馬鹿以外の理由(オイ!)でよくもまぁそんなにはしゃげるものだと感心さえしてしまう程だ。 「ふふ~ん!!何たって、わたしには心強いおま・・・・・・な、何でもないですよー!!」 「・・・牡丹。撫子。篠崎」 「「「(コクッ)」」」 「わわわ!?な、何するんですかー!?」 花盛支部員は知っている。抵部がこういう態度を取る時は、決まって何かを隠していることに。 よって、閨秀の『皆無重量』で抵部を捕縛し、人気の無い路地裏へ移動する。 (ちなみに、内通者関連情報の口外禁止については閨秀の説得(という名の脅し)で抵部の脳裏に深く刻み込まれているために今の所はバレていない) 「抵部。お前は隠し事には基本的に向いてねぇよ。だから、さっさと吐け!お前の隠し事って、後々に引き摺ることが多いからな!!」 「ぜ、ぜったいにイヤですー!!」 「・・・そういえば、抵部さんの体から風紀委員会に属していない男の方の匂いがするんですよね。休暇明けから」 「なっ!?」 篠崎のカミングアウトに閨秀は動揺を隠せない。篠崎は、『芳香散布』という己の能力のせいか嗅覚面で常人より優れた働きを見せる。匂いフェチとも言い換えられるが。 「お、お前・・・ま、まさか・・・こ、ここ、恋人ができたってのか!!?そ、そんな・・・そんな!!」 「美魁!!お、落ち着いて!!まだ、そうと決まったわけじゃ無いわ!!」 「・・・私には心から理解できない感情ね」 彼氏いない暦=年齢である閨秀にとって、自分が可愛がっている後輩に先を越されるのは絶対に認めることができない現実である。 「な、何言ってるんですかー!?わ、私とかいじさんが恋人なわけないじゃないですかー!!」 「・・・・・・界刺?」 「あっ」 抵部莢奈という少女は、基本的に馬鹿である。基本とはすなわち根本である。 「篠崎。その匂いってのは何処からするんだ?」 「・・・・・・彼女の首筋からです」 「そういえば、休暇明けから抵部は何か首にぶら下げていましたね」 「・・・さっさと終わらせよっか。任務中だし」 閨秀の問いに篠崎が憮然とした態度で答える。そして、山門が抵部の首に掛かっているモノを取ろうとする。 「だっ!!」 「!?」 それを止めた、否、止めさせられたのは抵部の『物体補強』。彼女は首筋と胸に手を持って行き、『物体補強』によって己が体を固めてしまったのである。 (閨秀は、無重量空間に囚われた抵部に殆ど念動力を掛けていなかった) 「抵部・・・」 「これは、かいじさんからもらったお守りです!!世界のかごがあるかもってくれたんですー!!ぜったいにはなしちゃダメだって言ってたんですー!! それに、これはかおりんとかいじさんを会わせる約束代わりのようなモノですー!!」 「えっ!?そ、そうなんですか!?」 「そうだよ、かおりん。わたしが一昨日『根焼』のアルバイトで『マリンウォール』に行った時に、たまたまかいじさんとバッタリ会って・・・それで・・・」 「抵部さん・・・!!私のお願いを果たそうと・・・!!」 「(これは・・・)」 「(何だか・・・)」 「(面倒な流れに・・・)」 抵部の言動に篠崎が揺り動かされる。同時に、閨秀・六花・山門は場の流れが変わったことに感付く。 「・・・先輩方!!ここは、どうか見逃してあげてくれませんか!?私からも・・・お願いします!!」 「かおりん・・・!!わ、わたしもお願いしますー!!これは、きっとかいじさんとわたしたちをむすぶお守りだと思うんですー!!」 「・・・ちょっと待ってろ。少し話し合って来るから」 抵部と篠崎の懇願を受けて、閨秀達3人は少し離れた位置に移動して話し合う。 「緊急会議の時も耳にしたけど、何で篠崎はあの野郎に会いたがってるんだ?」 「そ、それについては何も話さないんですよ。渚にも打ち明けていないみたいで」 「まさか、抵部があの『マリンウォール』で界刺得世と会っていたなんてね。・・・どう思う?」 「どう思うって・・・。撫子から言えよ」 「偶然だとは思うんだけど・・・それにしたって色んなモノが重なり過ぎている印象を抱くわ。 159支部・176支部・そして花盛支部の人間が、一昨日の1日だけであの“変人”と遭遇しているし。まぁ、159支部は自ら望んでで、176支部は界刺に誘導されたみたいだけど」 「撫子の見立てだと、花盛支部・・・つまり抵部は偶然の部類というわけですか・・・。あのお守り・・・どう見ます?」 六花の視線の先にあるのは、『皆無重量』から解き放たれた抵部が首から出したお守り。抵部は、隣に居る篠崎にそれを見せている最中のようだ。 「・・・何か仕込んでそうだよな。発信機とか盗聴器とかそういう系の。だけど・・・」 「そう断定した場合、あの“変人”の狙いが益々わからなくなるんですよね。盗聴などが目的として、そんなことがバレればどうなるのかを理解できない人間では無い筈。 しかも、あの隠し事が下手な抵部に渡すリスクを考えると、おいそれとそんなモノを渡せるわけが無い。だから、その線は薄いと見ていいでしょう。 でも、それ以外の目的・・・例えば風紀委員に対する助力のためにという可能性などはもっと意味不明です。あの男は、私達に協力するつもりが無いと言ったんでしょう?」 「・・・まぁな(風路の件も考えると、あいつは何が何でも協力しないって人間じゃ無い。あいつなりの考えで、協力するかどうかを決める。抵部はそれに合致したってことか?)」 「協力しないのに、抵部に何かを仕込んでいそうなお守りを渡す・・・か。ふむ・・・。 もしかして・・・個人的に気に入られたとか?風紀委員にじゃ無くて、抵部莢奈本人に力を貸すみたいな」 「・・・かもしんねぇ。あたし達が抵部を可愛がっているのと同じ感覚を、あの野郎も抱いてんのかもな。抵部も野郎に懐いているみたいだし」 「私情ですか・・・。厄介ですね。特にあの“変人”の私情となると、読み難いにも程があります」 抵部莢奈という少女は、基本的に馬鹿である。だが、その馬鹿っぷりが先輩達の母性本能的な何かを擽っているというのも事実なのだ。 「・・・どうする?」 「あのお守りを含め、“変人”に私達風紀委員へ害を与える目的があるなら、その手先として抵部を選ぶ可能性は低いと思います。抵部は、その手のことに向かない人間です。 何かが仕込まれているであろうあのお守りは、きっと私達花盛支部とのパイプみたいな役割も持たせているのでしょう。抵部を個人的に気に入った線が濃厚とは言え」 「牡丹と同意見。今は様子見。篠崎の件もあるし、ここで強硬手段を取ったら支部内の調和に亀裂が入りかねない。今は、それは好ましく無い」 「・・・わかった。支部の中では、あたしが一番抵部と組んでいる時間が長いからな。注意しとくよ」 短い協議を終え、3人は抵部達の下へ歩いて行く。先輩の接近に気付いた後輩は、瞬間的に体を固くする。 「抵部」 「・・・はい」 「とりあえず、今の所はお前の希望を呑んでやるよ。但し、そのお守りの存在があたし達に危害を加えるってんなら、その時は取り上げる。いいな?」 「そんなこと、ありえるわけが無いですよー!!これは、わたしとかいじさんの約束のあかしですからー!!」 「(・・・やっぱ、バカカワイイな。バカワイイな)」 後輩の純真無垢と馬鹿の紙一重的な態度を目に映し、閨秀は改めて母性本能を擽られる。 「閨秀先輩」 「ん?何だよ、篠崎?」 「抵部さんから聞いたんですけど、このお守りの存在は口外禁止みたいなんです」 「・・・で?」 「ですから、このお守りの存在を知っているのは私達花盛支部の面々だけにして欲しいんです」 「・・・つまり、他支部の人間や警備員には伝えるなってことか?」 「そうです」 もう1人の後輩である篠崎が、先輩である閨秀と対峙する。その瞳には、常に無い力強さが宿っていた。 「篠崎・・・貴方は、どうしてあの“変人”にこだわるんですか?」 「六花先輩・・・。すみません。詳しいことは言えないんです。誰にも。唯・・・」 「・・・唯?」 「・・・見極めたいんです。あの人が抵部さんにこんなアクションを取ったってことは、何が目的にしろ今後私達に関わって来る可能性が高くなったってことです。 これは、絶好のチャンスなんです!私が今後風紀委員を続けて行く1つの指標になるかもしれないんです!!」 「かおりん・・・?」 「(篠崎・・・貴方・・・!!)」 篠崎の言葉を聞いていると、今のままでは風紀委員としては居られないとでも言いたいかのように聞こえて来る。 彼女は元来心根優しい子なのだが、よくドジを踏むのが自他共に悩みのタネであった。 例えば、風紀委員の書類に関してドジを踏み同僚に迷惑をかけたり、現行犯で逮捕した相手が実はなんの関係もない一般人だったりと、度し難いドジを踏む。 噂では、『医療目的で出した芳香剤が、便臭と間違えてケガ人にぶちまけた』こともあるそうだ。 その時は、『あんな優しい子が悪臭を持ち歩くわけが無い』『第一便臭とかどこで手に入れた』と擁護する声もあり、 本人に問い質しても曖昧に返されたこともあってか真実は判明していない。あまりのドジ率に、支部の後輩から敬語を使われない不遇な活動を行っている。 風紀委員としての実力自体は高いのだが、ドジが全てを台無しにしている。そんな人間をむざむざ外回りに出せるわけが無い。これは、先輩達の総意であった。 よって、能力も関係してのことかトイレ掃除やゴミ掃除をよくしている・・・というかさせられている(支部リーダーである冠の掃除好きの影響もある)。 本人的には、掃除ばかりを任されることをあまり苦にはしていない様子だったのだが、今の意思表明を見る限り彼女にも彼女なりに思う所が色々あったのかもしれない。 おそらく、普段は心の底にこの思い(ジレンマ)を眠らせながら己に宛がわれた役割を遂行していたのだろう。黙って、黙して、黙々と。 『もしこの場に居るのが俺では無く、界刺なら!この場に居る風紀委員の何人かが「シンボル」のメンバーなら!!この事件は、もうとっくに解決していただろう!!!』 だが、その眠らせていた思いが伝聞で聞く“変人”の活躍に触発され、少女の視線を己が先輩から部外者である人間に向けてしまった。 風紀委員でも無い一般学生が、優秀な風紀委員と同等以上の活躍を繰り広げている。それに比べて、風紀委員である自分は一体何をしているのか。何ができているのか。 そんな疑問を抱き、考え、結果として“自分のため”にあの男の在り方を見極めるという選択肢を胸に抱いてしまったのではないか。 「ですから・・・今はあの人の思う通りにさせてあげて下さい。もちろん、お守りが原因で私達に危害を及ぼすようなことがあれば、その時は厳正な対処をするべきです。 ですが・・・今は・・・。どうか、お願いします。私にあの人の在り方を見極めさせて下さい」 そう言って、篠崎は頭を下げる。その姿に、後輩を導く立場である人間達は苦笑いをするしか無い。 「最近はショックなことばっかりだな。後輩がこんなに悩んでいることに気付かなかった自分が情けなくなってくるぜ(ボソッ)」 「私もです。本来であれば、先輩である私達が彼女の悩みに気付き、諭し、指導しなければならなかった。 それを疎かにした結果、後輩が私達では無くあの“変人”に希望を見出してしまった。・・・悔しいですね(ボソッ)」 「ある意味、これは私達の普段の行いが招いた事態というわけか。なら、私達に彼女を叱る権利は無いのかもしれないね(ボソッ)」 言葉は違えど、先輩に共通するのは後輩の在り方をきちんと指導して来なかった己に対する憤り。これは、自業自得。ならば・・・ 「・・・わかりました。篠崎。貴方の言う通り、このことは花盛支部内の人間だけが知る所にします。 但し、貴方の言う通りそのお守りが原因で私達に危害があるようならその限りではありません。よろしいですね?」 「はい!ありがとうございます!!」 「よかったね、かおりん!!」 「うん!!」 六花の許可を受けて、篠崎と抵部は互いに手を取り合って喜び合う。自分達の希望を、条件付ながら先輩が聞き入れてくれたのだから。 「さて、これが吉と出るか凶と出るか・・・」 「結果的だとしても、私達に協力する気があるのか・・・それとも・・・」 「・・・あれこれ考えても仕方無いよ。『ブラックウィザード』の捜査に関わって来ると決まったわけじゃ無いし。 唯・・・それなりの覚悟はしておくべきだね。後は、後輩の悩みに気付けなかった反省も」 「・・・だな」 「・・・ですね」 山門の言葉に、閨秀と六花は揃って頷く。彼女達の選択が今後どう出るかは・・・今はまだわからない。 continue!!
https://w.atwiki.jp/indexorichara/pages/1328.html
朝日は昇り、新しい1日が始まる。ここ小川原学生寮の一室に住む焔火緋花と焔火朱花は、軽めの朝食を取っていた。 「(ボ~)」 「(・・・・・・)」 焔火姉妹がこの一室で生活するようになってから、家事全般は姉である朱花が担っている。最近は真夏日が続いていることもあり、朝食は軽食で済ますことが通例となっていた。 「(ボ~)」 「(『マリンウォール』で、あの啄って人と会ってからずっとこの調子・・・。昨日もカラオケに行ってたみたいだし。マズイ・・・これはマズイ・・・!!)」 しかし、それを差し引いても最近の食事は大雑把な物となっていた。家事を担っているせいか食事作りにもうるさい朱花にしては珍しい献立。 その原因が、朱花を褒め称えていたあの啄鴉にあると焔火は睨んでいた。簡潔に言ってしまえば、己の姉があの“変人”に淡い想いを抱いてしまっている可能性が高いのだ。 「・・・あっ!プチトマトが地面に・・・。勿体無い・・・」 「(ひ、人の恋路を邪魔しちゃいけないのはわかってるんだけど・・・で、でもあの人はさすがに・・・)」 自身恋する乙女である焔火が言えた口では無いのは当人もわかっている。 昨日『マリンウォール』で見た啄と神谷のやり取りから、啄鴉という男が唯の“変人”では無いことも理解できた。 だが、あの男が姉の隣で意味不明な高笑いをしている将来像を思い浮かべると、どうしてもゲンナリしてしまうのだ。 「(こ、こうなったら私がお姉ちゃんにお手本を示すしか無い!!恋人がいない私が言っても、お姉ちゃんが納得しないのは目に見えている!! よ、よ~し!!が、がが、頑張っちゃうぞ~!!・・・きょ、今日・・・いきなり・・・う、う~む・・・むむむ・・・)」 「・・・愚妹。時間、時間」 「へっ!?あ、もうこんな時間!!」 内心であーだこーだ考えていた焔火に朱花が注意する。時計の針は、風紀委員会で定められている出席時刻に間に合うか間に合わないかの位置を指し示していた。 「・・・今日も1日頑張って来なさい」 「わ、わかった!!それじゃあ、行って来ます!!!」 そう言って焔火を見送る朱花。騒がしい妹に苦笑いを浮かべながら台所へ向かい、洗い物を済ました後に、すぐに外出の準備を整える。 行き先は『ジャッカル』。あそこに“1人”で行かなければならない・・・そんな気がするから。否、“1人”で来るように命令されているから。 「・・・今日も思いっ切り歌うわよ」 朱花は部屋を後にする。その瞳は、何処か焦点の合っていない様相を浮かべていた。 「では、これより数日間に渡る“界刺さんの部屋を思いっ切りリフォームしちゃおう作戦”を開始します」 「気合い入ってますね、水楯さん。もちろん、あたしも気合を入れてますよ!」 「これが得世さんの部屋・・・人外魔境に足を踏み入れたみたいな感覚を覚えちゃう・・・」 「・・・・・・」 ここは、成瀬台学生寮にある界刺の部屋。ここに今、『シンボル』の水楯・形製・春咲・不動が居た。 「・・・水楯。どうやって、得世の部屋に入ったんだ?」 「合鍵を使ってです。界刺さんと寮監さんの許可も貰っていますし、別に何の問題も無いですよ?」 「成瀬台の寮って本当にエアコンが無いんだね。常盤台の寮じゃ考えられないな。まっ、水楯さんが居るからそこら辺は余り問題無いか」 「しばらくは、ここで寝泊りするもんね。得世さんのベットで・・・・・・んふっ」 「春咲・・・得世の笑い方が・・・。というより、私はお前達がここに数日間寝泊りするということを今知ったんだが?」 「だって言ってないですし。ね~」 「「ね~」」 「・・・・・・ハァ」 女子3人組の行動に、不動は溜息を吐く。不動が水楯達の行動を知ったのは、今朝の朝練が終わって寮に帰って来た時にこの3人を見掛けた時である。 何でも、3日前に界刺の部屋がムチャクチャになった後に水楯が界刺に部屋のリフォームを何度か打診していたのだ。 そして、昨日界刺から水楯の携帯に連絡があり、許可が下りたため形製と春咲とも相談した結果、こうして泊り込みで部屋のリフォームをすることを決めたのだ。 「バカ界刺が仮屋さんやサニー達と一緒に遠出している今こそが、あいつの美的センスを一変させるチャンス!!」 「私達の力で得世さんに思いっ切り衝撃を与えてあげましょう!!そうすれば・・・」 「界刺さんのファッションセンスも少しはマトモになるかもしれない。こういう機会は滅多に無いし・・・。頑張りましょう!!」 「・・・余り騒がしくするなよ?・・・それじゃ」 持ち込んで来た各種のリフォーム材料を取り出している女子3人組に一応の注意をして、不動は界刺の部屋を後にする。 朝練から帰った直後に水楯達と遭遇したので、まだ朝食を取っていないのだ。足早に自室へ向かう不動。 「よっ、不動」 「破輩・・・か」 すると、そこに居たのは159支部リーダーである破輩。何時からドアの前に居たのかはわからないが、どうやら不動を待っていたようだった。 「何か用か?私は今から朝食なのだが?」 「今から?それは悪かったな。まぁ・・・ちょっとした確認って所かな?」 「・・・・・・言っておくが、今の所私達『シンボル』はお前達にこれ以上手を貸すつもりは無いぞ?」 破輩の歯切れの悪い言葉に、不動は警戒の言葉を放り投げる。これは予防線。『シンボル』が他者の都合で振り回されないための。 「心配するな。お前達をどうこうするという話じゃ無い。それに、これは私達の問題だしな」 「ならば・・・」 「だが、その問題に界刺が首を突っ込んでいるとしたら?」 「・・・探り合いは面倒だ。言いたいことがあるならハッキリ話せ。私の言葉を求めるのなら、正直に話せ。 もし『シンボル』の人間に話せない内容も含まれているのなら、さっさとここから立ち去れ。時間の無駄だ。 情報を小出しされるのは、こちらとしても気に入らん。意図的に惑わされるのはもっと気に入らん。・・・あの男の真似をするなと言った筈だぞ、破輩?」 「・・・・・・さすがというか、清々しい程の両断っぷりだな。・・・わかったよ、不動。ちゃんと話す。だから・・・聞いてくれ」 破輩の言葉を一刀両断する不動。“不動”足るこの男だからこそ、界刺得世と死闘を繰り広げられることもできたし、親友になることもできた。 「・・・残念だが、その件に関しては私も知らない。何時も通り、奴の独断だな。前にも言っただろ?『私に何の相談も無しに勝手に物事を決める』と」 「だと思った。・・・その時も内心では思っていたが、よくそんなんでリーダーが務まっているな?」 「その辺りの見極め自体はちゃんとできているからな、あいつは。それと、得世の交友関係は私にも全てはわからん」 「それは本当か?」 「あぁ。私とて奴の全てを知っているわけでは無い。当たり前だろう?」 「・・・それもそうか(『全ては』と表したのがミソだな。だが、これ以上追及しても不動は答えないだろう。今は、引き出せるモノを無理無く引き出す時!!)」 破輩は、不動に昨日までにわかった件を一通り話す。本来なら風紀委員として、部外者に情報を漏らしてはいけない。 これは借りを返しただけ。先日界刺から齎された情報に対する彼女なりの感謝の表れ。159支部の“借金”も未だ返し切れていない中、少しでもという思いがあった。 “3条件”を差し引いたとしても、完済には遠い。それに、目の前の男なら絶対に口外しないと信頼できる故に。当然ながら、不動から情報を得るためでもある。 「・・・あいつは確信をもって動いているのか?『ブラックウィザード』の“手駒達”にスキルアウトや『置き去り』が使われて可能性があることを見越し・・・」 「それは無いな」 「えっ!?」 「スキルアウトはともかく、『置き去り』が“手駒達”に使われている可能性など得世は知らないと思うぞ?風路から情報を得ているのであれば話は別だが。 何より、奴は薬物中毒者を嫌っているからな。“手駒達”も同じ意味で。そんな連中の成り立ちを、あいつが率先して調べるとは思えない。むしろ、どうでもいいと考えてる筈だ」 不動は断言する。自分が知っている親友は、“本当に”どうでもいいと考えていることに関して自ら進んで調査するような男では無いと。 「もし奴がそこまで考えているのなら、もっと前に調査した上で私達にも知らせる筈だ。だが、それを奴はしていない。つまり、どうでもいいんだ。 自分の邪魔をするなら潰す。それだけなんだろう。得世だって、『ブラックウィザード』について全てを知ってるわけじゃ無いぞ?無論、それは私も同じだ」 「・・・・・・そうだな。・・・・・・その矛先は私達にも?」 「・・・お前の考えている通り、奴が一度容赦しないと決めたら相手が風紀委員でも関係無い。もし得世が『本気』なら、お前達を殺すないし重傷を負わせる可能性も当然ある。 また、私とお前が戦場で相見える可能性も否定できん。お前達に退けない信条があるように、私達『シンボル』にも退けぬ信条がある」 「・・・可能性の段階で収まることを願ってるよ。何せ、そっちには“3条件”があるんだからな」 昨日椎倉達と話し合った、風路兄妹を巡る風紀委員と『シンボル』の衝突。その可能性を当の『シンボル』のまとめ役にも肯定されたことに、破輩は渋い表情を作る。 「私も同意見だ。それにしても・・・」 「あぁ。お前と私達の推測が当たっていたとすると、これも偶然なんだな」 「・・・偶然が起き過ぎているとも思うがな」 不動と破輩が指摘しているのは、碧髪の男の周囲で起きている偶然―殺人鬼との邂逅・風路形慈との出会い・ボランティアで『置き去り』の施設に赴く可能性高etc―の多さである。 これ等は、いずれも風紀委員や『ブラックウィザード』に関係している事柄ばかりである。 まるで、あの男を両者の対決に誘っているかのようにさえ感じられてしまう偶然の重なり。唯の偶然と片付けるには、重なり具合が半端無い。 「・・・と。時間だな。私はそろそろ行くよ」 「あぁ」 「・・・不動」 「む?何だ?」 「・・・いや、何でも無い。じゃあな」 破輩は喉まで出掛かっていた言葉を飲み込む。それは、昨日“カワズ”から言われた『シンボル』の助力についてである。 いざという時は・・・とは破輩も考えてはいるが、今この時に言うのは憚られるものがあった。ついさっき、敵対する可能性まで不動に肯定されてしまったこともあって。 よって、彼女は成瀬台学生寮を後にする。もうすぐ、本日の風紀委員会活動が始まる。今日はあの男も出席する。内通者・・・網枷双真が。 「焔火・・・」 「何ですか、網枷先輩?」 「・・・何だ、この光景は?僕は夢でも見ているのか?」 「・・・残念ながら、これは夢じゃありません」 「なら、これは悪夢か?」 「・・・かもしれません」 本日の風紀委員会活動が始まった直後に、網枷から漏れ出た言葉。それが意味するのは・・・ 「葉原ちゃん!!このファイルは何処に置くのかなぁ?俺、位置とか全然わかんなくてさぁ?そして、今日も葉原ちゃんの美顔はサイコー!!」 「何ふざけてるんですか!?ファイルの位置ならさっきも説明したじゃないですかー!!」 「葉原。新しい手錠が届いたみたいだけど、何処に置いたらいいの?」 「そ、それは椎倉先輩の指示を仰いで下さい!!」 「葉原。何故エリートである私が床磨きをしなければならんのだ!?」 「それは、斑先輩が“黒糖サイダー”を零したからに決まってるじゃないですかー!!?」 「葉原先輩・・・・・・神谷先輩は?」 「何で皆私にばっかり聞いてくるの!!?神谷先輩なら『一身上の都合で休む』って連絡があったよ!!この忙しい時に何よ、『一身上の都合』って!! 全く、神谷先輩に限らずどいつもこいつも面倒事ばっかり引き起こすんだから!!!」 「「「「・・・・・・」」」」 昨日の件で2日間の事務仕事を言い渡された176支部のメンバーの姿。 特に、問題児集団の面々は日頃から集中して事務仕事を行ったことが無かったため、その手のエキスパートである葉原に頼りまくりであった。 つまり、比例的に葉原の負担とイラツキは増すばかりである。 「キレッキレだね、ゆかりさんは」 「鳥羽君・・・私もゆかりっちが言った『どいつもこいつも』に入っているのかな・・・?」 「・・・・・・」 「無言・・・!!や、やっぱそうだよね・・・」 「それを言ったら、病欠しがちな僕も入ってるぞ」 焔火と網枷は、揃って葉原の怒りっぷりを離れた位置から見やっている。鳥羽を含めた3人は、今しばらくはあの中に入らないほうが無難だと判断する。 「それにしても・・・僕が休んでいる間に色んなことがあったんだな。 まさか、リーダーが入院する羽目になっていたとは・・・。今日にでも見舞いに行った方がよさそうだな」 「・・・すみません」 「ん?どうして焔火が謝るんだ?風紀委員として、殺人鬼を許せないと思うのは当たり前なんじゃないのか?」 「そ、それはそうなんですけど・・・。やり方がまずかったなぁって。今も反省しまくりですよ?」 網枷の疑問に焔火は昨日のことを思い返す。自分が取った行動の危うさを見極めるように。 「・・・少し変わったな、焔火」 「・・・そうですか?」 「あぁ。鳥羽はどう思う?」 「俺も網枷先輩と同じですよ。前までの緋花さんだったら絶対に連絡を入れないだろうなって時でも、今ならちゃんと連絡を入れてますし。 昨日の件だって、ずっと反省しっ放しでしたから。網枷先輩の言う通り、少しずつ良い方向へ変わって行ってるんじゃないですか?」 「・・・あ、ありがとう」 同僚達に自身の変化を認められて、焔火の心も軽くなる。自分が歩んで来た道程は決して無駄では無いのだと実感する。 「これは、何時も1人でパトロールしている鳥羽も負けてはいられないな?な?」 「うっ!!」 「そういえば、鳥羽君って支部だといっつも1人でパトロールしてるよね?風紀委員会では一緒だけど」 「そ、それは・・・」 網枷と焔火の追及に、鳥羽は思わず口ごもる。彼は、葉原と共に今年の1月に176支部の門を叩いた人間で、温厚で且つ誰とも仲良くなれる性格である。 その一方で、無能力者ということにコンプレックスを感じており、能力者の神谷達やレベルの高いバックアップやオペレートのできる同期の葉原に嫉妬することもある。 そんな自分を最悪だと自覚はしているために、決して内面は腐ってるというわけではないが。 しかし、上記の理由により自分だけ場違いに近い思いを抱いており、そんな思いから逃げるかのようによく一人でパトロールに出ている。 但し、今回の風紀委員会では支部単位で動くことが多いので、それに応じて一緒に行動を共にすることが多くなっている。 「まぁ、以前の焔火とは違ってちゃんと連絡も入れてるし、パトロールがてら奉仕活動にも力を入れているから、そういう意味では焔火には負けていないな」 「・・・そ、そうですか?でも、俺ってゆかりさんみたいにオペレートをこなそうとしても、何時も四苦八苦してますし・・・」 「それはそれだろ?お前の奉仕活動だって、ちゃんと一般の方の力になってるって」 「そうです・・・か?」 「あぁ」 「私も今回の捜査が終わったら、そっち方面にも力を入れようかなって思ってるんです。 178支部の真面も、奉仕活動に力を入れているみたいですし。そうだ!鳥羽君!その時は一つ指導をお願いしてもいいかな?」 「お、俺が緋花さんに指導!?」 鳥羽は、思いがけない提案に驚愕する。今まで指導されることはあっても指導する立場になったことは無かった(奉仕活動での道案内等は除く)。 無能力者である自分が自分よりレベルが数段上の人間へ指導する。その現実を、今の鳥羽は実感できない。 「うん!!176支部(ウチ)の支部員の中でマトモに奉仕活動を行っている人って鳥羽君くらいしかいないし」 「そ、それはそうだけど・・・」 「・・・私ってさ、今まで色んなコトを見てなかったし、気付いてもいなかった。だから、私はそんな無知で馬鹿な自分から脱却したいの! 鳥羽君や真面みたいに、誰のアドバイスも受けずに奉仕活動を思い付いて実践してる人って私からしたらすごいなって思うんだ」 「すごい・・・?」 「そう」 焔火の屈託無い笑顔が眩しい。こんな風に自分を認めてくれる同年代の人間には会ったことが無かった。自分の思いを打ち明けたことが無かったのがそもそもの原因だが。 だが、網枷の言葉を切欠に自分の行いを心の底から認めてくれる人間が居ることに気付いた。自分の行いは、同僚にちゃんと評価されることだったと理解した。 「わ、わかった。俺でよかったら・・・」 「ホント!ありがとう!!」 焔火と鳥羽。立場や境遇は違えど、ある意味では似た者同士だったということだ。そんな人間の頼みを断れるわけも無い。断ろうと思う筈が無い。 「よかったな、焔火。それに・・・鳥羽も」 「・・・今日は何時に無く饒舌ですね?」 「まぁな。僕も・・・色々悩んでいるからな。そのせいかもしれない」 「・・・網枷先輩って・・・」 「何時も無表情だからな・・・」 「・・・本当に失礼な後輩達だな」 「「プッ」」 網枷の不平に思わず笑ってしまう焔火と鳥羽。網枷の鉄仮面のような無表情っぷりは、支部員の中でも有名である。 顔色一つ変えずにツッコミを入れたりボケたりするので、ある種の気持ち悪さを放っているのだ。 「す、すみませんって!・・・ちなみに、その悩みって何ですか?」 「・・・色々ある。例えば・・・リーダーが入院する羽目になっているのに、僕は何をしているんだ・・・とかな」 「そ、それは仕方無いですよ!何事も体が資本ですし!」 「だからこそだ。本当は、自分の体に自信が無い人間が風紀委員になるべきでは無いのかもしれんな。肝心な時に力になれないのでは・・・」 網枷は無表情なりに悔しさを露にする。彼自身、支部内で葉原と共に後方支援に就いているが、その技能は後輩の葉原に劣る。 しかも、病欠しがちで支部員に心配と迷惑を掛けてしまっている。その苦悩が、焔火と葉原には見て取れた。 「網枷先輩・・・」 「・・・あぁ、すまん。つい愚痴ってしまったな。気にしないでくれ。これは、自分で何とかしなければならない問題だ」 「で、でも・・・」 余計な心配を掛けまいとする網枷に焔火が食い下がる。それは、彼女の優しさ・・・そして・・・悪癖。 「いいんだ、焔火。今のお前は自分のことで精一杯なんだろう?だったら、自分のことにだけ集中するべきだ。僕のことは・・・」 「そんなことできません!自分のことばかり気にする余りに、先輩の苦悩に気付かない人間に私はなりたく無い!」 「そうですよ!俺も、網枷先輩が悩んでいるなら力になりたいですよ!なれるかどうかはわかんないですけど・・・」 「お前達・・・」 焔火と鳥羽は網枷に尚も食い下がる。特に、焔火は絶対に譲らない構えだ。 今の彼女にあるのは、燃え滾る決意の炎。今度こそ間違えない。自分の信念で、自分のやり方で最適な行動と結果を出してみせる。 加賀美の時のような失敗は、絶対に繰り返さない。そう、強く念じる。 「・・・わかったわかった。まぁ、すぐに解決すべき問題でも無いだろうし、今は他に重要なことがある。お前達の協力を仰ぐことになっても、徐々にという流れだな」 「網枷先輩・・・」 「ふぅ。こんな悩みが湧いてでたのも、全てはその殺人鬼のせいだ。・・・確か、あの“変人”が相手をするって意気込んでいるんだったな。 全く、そこまでやる気があるのならリーダー達と遭遇する前にカタを着けて欲しかったな」 話題転換。よくよく注意すれば、その不自然さに気付いたかもしれない。だが、この時の焔火と鳥羽は気付かなかった。唯、それだけの話である。 「あ~・・・しばらくは望み薄だと思いますよ?」 「ん?どうして?」 「界刺さんなら、昨日からどっかにボランティアで出掛けていますから。数日帰って来ないみたいですし」 「俺も緋花さんから聞いて呆れちゃいましたよ。殺し屋と戦うって息巻いてる癖に、そんな暇があるのかって。まぁ、本人としては不本意だったみたいですけど」 「不本意?」 「何でも、知り合いの“変人”に騙された挙句に強制参加させられたみたいで。そのせいか全然やる気が無いモンだから、近くに居た子供達にボコボコにされてましたよ」 「事の顛末を聞いて、“変人”の知り合いは“変人”しか居ないってつくづく思いましたよ。ハッハッハ」 「・・・ねぇ、鳥羽君?それは、私も“変人”だって言いたいのかなぁ?うん?」 「ビクッ!!?い、いや、そういう意味じゃ無いよ!!」 「(奴はしばらく居ない・・・か。これは、こちらにとって好都合だ。如何に風紀委員に従順しないと言っても、その存在があるだけで目障りなのには変わらないからな。 欲を言えば、あの殺人鬼を処理してから出掛けてほしかったが。あの男さえ居なければ・・・・・・)」 恐い笑顔を浮かべながら迫る焔火に顔を青ざめる鳥羽。それ等を余所に、網枷は沈黙する。沈黙した後に、口を開く。 「そういえば、一昨日の・・・“手駒達”の件もその“変人”が関わっているという見方が濃厚と聞いたが?」 「そ、そうなんですよ!!で、でも確証が全然無くて!!」 「あっ、逃げた」 「焔火・・・。本人も否定したんだよな?」 「えぇ。私達がどうなろうと知ったことじゃ無い的な台詞さえ言い放ちましたよ」 「本当にムカつく奴だよな。これ以上あの男に借りを作りたく無いね」 「うん!私も色んな意味でお世話になってるけど、これ以上はあの人の力を頼らない!!それは、ここに居る人達の総意じゃないかな?」 「俺もそう思う」 「(フム。やはり、俺の見立ては正しかったか。これなら、少なくとも『シンボル』に助力を請うことを躊躇うだろう。させる時間を与えるつもりも無いしな。 後は・・・やはり“手駒達”の件か。あの“変人”が、唯風紀委員を助けるためだけに行動を起こすわけが無い。 脚を焼き貫く方法やジャミングの手段を持っていることも気に掛かるが・・・現段階では情報が少な過ぎるな。奴なら、風紀委員に己の手札を明かすわけも無いし。 こうなれば、奴が不在の間に事を進めてしまうのが吉だ。“決行”が済んだら、表立って動くことはあの殺人鬼に対する対処以外では無いだろうからな。 いかに奴が『軍隊蟻』とのパイプを持っている可能性があるとしても、俺達の正確な居場所や行動を予測し切れるわけは・・・)」 「そこの3人!!何をボーっと突っ立っているんですか!?」 「「「!!?」」」 様々な思考や言葉を流している3人に声を掛けたのは、159支部に所属する厳原記立。彼女の手には、大量の書類が抱えられていた。 「貴方達は176支部の風紀委員ですね?慣れない事務仕事なのは承知していますが、イコールサボリを認めたわけじゃありませんよ?」 「そ、それもそうですね!」 「ゆかりっちの機嫌は直ってるかな~?」 「鳥羽。とりあえず、彼女の荷物を半分持ってやれ」 「了解です!!」 網枷の指示を受けて鳥羽が厳原の荷物を半分持つ。そして、3人揃って所定の部屋に戻って行く・・・その後姿を厳原は『透視能力』によって観察していた。 「(『眼球印の黒い着衣品』・・・。今の網枷はそれ等を一切身に着けていないようね。鞄の中にも無かったし。私が居るんだから、当然と言えば当然の対策だけど)」 内通者の存在を知る残りの2人の内の1人が、彼女厳原記立である。風紀委員会設置初日に178支部を“手駒達”が尾行していたことが発覚した後は、 彼女の『透視能力』は、『ブラックウィザード』の監視に対する大きな対抗策となっていた。 そして、一昨日破輩と共に椎倉から聞かされた内通者の存在。彼女は驚愕と共に椎倉の指示を受け入れていた。 それは、網枷の監視。彼に気取られないように、『透視能力』をも用いてできるだけ監視を続けること。 「(ある意味、私にとっても綱渡りになるわね。網枷が警戒する人間の上位に『透視能力』を持つ私は含まれる筈。いざと言う時は・・・ブルッ!!)」 それは、かつてのおぞましき経験。風輪での騒動の折に、自分は敵に生死の境を彷徨う重傷を負わせられた。 今では体の方は全快しているものの、その時に負った精神的ダメージは未だ脳裏に焼き付いている。 本当ならば、『ブラックウィザード』の構成員が着けているとされるシンボルーマーク入りの着衣品を見付ける最有力も厳原であったが、彼女は前線に出ていない。 それは、破輩の希望。『透視能力』以外の戦闘力は並の風紀委員レベルでしかない厳原は、上記にもある通りかつて戦闘力で勝る敵によって瀕死の重傷を負わされた。 その光景を二度と繰り返したくない厳原の親友破輩は、網枷の監視という“お題目”を挙げることで彼女の前線参加を阻止しているのだ。 もちろん、この任務も結構な綱渡りではあったが、それでも仲間の多い本部に居れば・・・という思いが破輩にはあった。そして、そんな親友の心遣いを厳原は理解していた。 「(・・・!!こ、こんなコトで負けちゃ駄目!!風紀委員になると決めた時から、そういう事態になることだって覚悟していたでしょ!! 私にしかできないことがある!!だったら、それを遂行しないと!!妃里嶺達だって頑張ってる!!気を使ってくれている!! 私も、何時までもあんなコトに囚われてはいられない!!私は・・・乗り越えてみせる!!)」 震え出す肩を抑えながら厳原は歩き出す。これは、自分との戦いでもある。今後も風紀委員で在り続けるためには、避けては通れない道。 これは、彼女に限ってのことでは無い。少年少女達は、誰もが色んな経験を経ることで成長して行く。これは、その過程の途中でしか無いのだから。 「おい!!バージョンアップのために組んだプログラムはまだか!!?」 「す、すみません!!只今持って来ました!!」 「機械が不調気味!?今日しか時間が取れないんだぞ!?やる気があるのか!?」 「も、申し訳ありません!!い、今は何とか落ち着いていますが・・・」 「最近はVersion.2に押され気味だからな!!今こそ俺達の力を結集して彼女を支えなければならないんだ!!」 「「はい!!」」 「・・・何だか、お取り込み中の所をお邪魔しちゃったみたいだな」 「初瀬。君や私が気にするような事柄では無いと思いますよ?ねぇ、緑川先生?」 「佐野の言う通りだ!!向こうよりこちらの方が先約なんだからな」 ここは、第8学区にある研究所『超世代技術研究開発センター』。 外の世界とは2、30年程の差があると謳われる学園都市の最新技術を、更なる上の次元に押し上げようと日夜研究に励んでいるこの施設に、 成瀬台支部の初瀬、159支部の佐野、警備員の緑川の3名は居た。そんな彼等の前に、茶髪碧眼の男が現れた。 「待たせて済まなかったな。何分飛び入りの仕事が飛び込んできたモンで。と言っても私の管轄では無いがな」 男の名はアルバート=コリングウッド。この研究所で働く研究員であり、『電撃使い』関係の能力を応用したテクノロジーを用いた兵器の開発を特に研究している人間である。 風紀委員会は、この男に今回の『ブラックウィザード』捜査で重要なキーとなるであろう“手駒達”を操作している小型アンテナの分析を依頼していた。 「あれって何ですか?」 「私も詳しいことは知らないが、ここのOBがメディア関連で仕事をしているようでな。そのOBの上司の命令で、急遽この研究所の機材を使いたいと言って来たんだ」 「成程。世知辛いですね」 「まぁ、他のことはどうでもいい。君達の依頼をさっさと果たそうじゃないか。私も暇では無いんだ」 「それは済まなかったな、コリングウッド。それじゃあ、さっさと始めるか!!」 若干不機嫌そうなアルバートに緑川が詫び、ここに来た目的の迅速な遂行を目指す。 「初瀬。これが、君のスマートフォンを改良した新型スマートフォン『ハックコード』だ。 スマートフォンの機能向上はもちろん、これで様々な電波が傍受可能な上に高精度且つ長距離の逆探知を仕掛けられるように改造してある。 電波を使わない環境下におけるパソコンやカメラ等にも、万能を期した専用のケーブルを繋ぐことでアクセス可能だ。タブレットデバイスも用意してある。 これに君の『阻害情報』と組み合わせることで、より大きな効果が望めるだろう。君達が現在当たっている任務においても。 但し、ジャミング機能は搭載していない。精密を期した逆探知機能に容量を取られたこともあるが、本来この機能は風紀委員と言えど学生が持つべきモノでは無いからな」 「『ハックコード』・・・生まれ変わった俺の相棒・・・!!やっぱり自分のスマートフォンってのはいい。 こいつを改良に出してからは代用品で我慢してたからな。今後ともよろしく頼むぜ、『ハックコード』!!」 「“手駒達”を操作している装置が1つとは限らない以上、ジャミングより捕捉に力を入れたのは正しいと思いますよ。 初瀬の能力も十分活かせそうですし。・・・能力者の力と組み合わせることで相乗効果を生み出す・・・か」 「それが、私が専門としている『能力兵器』の在り方だからね」 「言っておくが、俺はそちらの考えを認めたわけじゃ無いからな?」 「わかっている。この分野は、色んな問題が付随して来る。だが、それが研究を中止する理由にはならない。それだけの話だよ、緑川先生?」 『能力兵器』。学園都市の技術を以ってしても実現不能な兵器を、超能力による現象で補うことで使用可能にするという身も蓋もない学問、もしくはそれによって作られた兵器。 但し、学生を兵器の一部にすることへの倫理的問題、量産の難易度、昨今の科学技術の躍進などから、少なくとも“表”では余り盛んな学問ではない。 その数少ない“表”の研究者がアルバートなのだ。 「まぁ、これで少しは捜査に役立つというものでしょう」 「だな。これからは行動を共にすることも多くなるだろうけど、よろしく頼むよ」 「こちらこそ」 初瀬と佐野は握手する。これは、椎倉と破輩に橙山が加わって協議した結果生まれた“手駒達”に対する対抗手段なのだ。 “手駒達”を完全に無力化するためには、彼等を操作している装置全てor装置を管理している大元のメインコンピュータを潰すしか無い。 そのために必要な足が『ハックコード』で、必要な手が初瀬の『阻害情報』なのだ。 『阻害情報』は、様々なネット(通信網)に意識を介して自在にプログラムの書き換えやハッキングなどを行える能力である。 初瀬の場合は、スマートフォンを媒体にしてネットに自分の意識をアクセスさせている。但し、能力を使用している間は完全に無防備状態になるため本人は余り使いたがらない。 その無防備状態を守るのが佐野の役目。加えて佐野は様々な電磁波を操作する『光学管制』という能力を持つため、両者がタッグを組むのは単なるプラスだけには止まらない。 また、『ハックコード』の存在やこの2人が組むことを知っているのは椎倉・破輩・固地・橙山・緑川の5人だけである。これは、『警備員主導の単独行動』という解釈なのだ。 「うわああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」 「「「「!!!??」」」」 そんな時に聞こえて来たのは、男の叫び声。それは、先程部下をガミガミ怒鳴り付けていた男の声。彼は、一目でわかる程にうろたえていた。 「バ、バージョンアップ用のプログラムに不具合があったようです!!他のプログラムにも次々に影響が・・・!!!」 「負荷が掛かり過ぎて、コンピュータの方にも不具合が!!」 「マ、マズイ!!バックアップはこのコンピュータにあるんだぞ!!」 「ハァ!!?な、何でそんなこと・・・あっ!!USBの中身がコンピュータの方に!!?」 「ま、まさかさっき『自分にもちょっと触らせてくれ』って言った時に・・・!!アンタ、うっかりバックアップまでコンピュータに移して、しかもその事実を忘れてたな!!? だから、コンピュータに詳しくない畑違いの企画者が現場に命令出すなってあれ程・・・!! 他の人の許可も後で取るって聞かないし、バックアップ用プログラムも勝手に持ち出すし!! そもそも、バージョンアップ用のプログラムだってこんな短期間で組めるわけが・・・!!」 「う、うるさい!!は、早く何とかしないと俺達の首が飛ぶぞ!!」 上司と部下の非難合戦を目にする初瀬達。内容自体は意味不明だが、ようはコンピュータ内にあるプログラムを何とか取り出せばいいという話だ。 「初瀬。これは、『ハックコード』の性能を試す丁度いい試金石になるのでは?」 「だね。コリングウッドさん。お願いします」 「ハァ・・・。まぁ、私の作った機械の性能に君の能力を組み合わせた結果を早速拝見できるんだ。いいだろう」 アルバートの同意を取り付けた初瀬達は、未だ非難の応酬を繰り広げている上司と部下を説得、早速初瀬が『ハックコード』とコンピュータをケーブルで繋ぐ。 能力的には『ハックコード』を使わずとも直接コンピュータから『阻害情報』を仕掛けることはできるが、 初瀬の場合はスマートフォンからアクセスした方が効率(=演算)が良いのだ。 「じゃあ、行って来ます!!」 初瀬は『阻害情報』を発動する。『ハックコード』に意識を介在させ、ケーブルを伝ってコンピュータ内部に入り込む。 「 うわ~。こりゃメチャクチャだ。急いでバックアップで取ってあるプログラムを見付けださないと!! 」 初瀬は、バージョンアップ用に作り、不具合が発生しているプログラムに冷や汗をかく。 今も尚不具合が広がりつつあるこの状況では、一刻も早い救出が求められる。 「 見付けた!!これを、『ハックコード』に避難させる!! 」 程無くして、初瀬はバックアッププログラムを見付ける。幸い、不具合はまだ及んでいないようだ。 初瀬の『阻害情報』なら、このプログラムを傷付けずに他の機材に移すことが可能だった。『ハックコード』を用いた第2の理由が、この避難誘導である。 全ては順調。数十秒でプログラムを『ハックコード』に移した初瀬は電脳世界で一息吐く。 「 思った以上に早く移ったな。まるでひとりでに・・・。まぁ、いいか。後は、意識を現実世界に戻してあの人達に返す。それで全部が・・・ 」 これで、終わ・・・ 「 眠いなァ。今何時だヨ、スタッフ? 」 「 へっ? 」 らなかった。 「・・・へっ?」 現実世界に戻って来た初瀬が、己の『ハックコード』から出現している3D映像に目を瞠る。 「・・・あレ?もしかして、本番だったりすル?」 それは、バックアップ用プログラムに備え付けられていた緊急脱出用プログラム。 保存・管理してあるコンピュータに“万が一”のことがあった場合に発動するモノで、自主的に他のコンピュータに移動、 移動先の性能をフルに活用して従来通りのパフォーマンスを発揮するよう組まれた学園都市最先端のプログラム。 今回で言うならば、バージョンアップ用プログラムの暴走が“万が一”と判断され、コンピュータに繋いでいた『ハックコード』にプログラムが自主的に避難して来たのである。 初瀬がスムーズに事を運べたのには、このプログラムの影響が大きい。 ここに居る面々(バージョンアップを果たそうとした関係者含め)の誰もが虚を突かれた現実に、3D映像の美少女は何を勘違いしたのか・・・ 「み、みんナ~!こんばんワ!みんなの架空のアイドル!電脳歌姫だヨ!今日も“学園都市レイディオ”を聞いてくれてありがとウ!」 笑顔・キメ台詞・キメポーズの3段活用を表現する。初瀬恭治の下へ突如現れた電脳世界からの使者―電脳歌姫―の登場で、物語は徐々に混迷の色を深めて行く。 continue!!