約 1,094,592 件
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/660.html
幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(第7話 ドッペルゲンガーの想い) タンタンタンと、リズミカルな足音を鳴り響かせて、ラブが階段を一気に駆け下りる。 ピンクのジャージの上にお気に入りのジャケットを羽織り、スポーツバックを肩に架けて。少しくたびれてきたスニーカーを突っ掛けると、くるりと後ろを振り返った。 いつの間に追い付いたのか、そこには当たり前のようにせつなが立っていた。どんな時だって、ラブの隣がせつなの居場所。でも、今日はなんだかいつもと様子が違う。 ダンスの練習着姿のラブに対して、せつなの方は、赤いカットソーに紺のスカートという普段着姿だった。 二人はしばらく別行動を取ることにしていて、せつなはラブを見送りに来ていたのだ。 「じゃ、行ってくるね、せつな。シフォンとタルトをお願い。何かあったら、すぐに知らせて。変身して駆けつけるからね」 「ええ、わかったわ。こっちのことは心配しないで。いざとなれば、私も戦えるわ」 「うん。そうならないように、頑張るよっ」 互いにしか聞こえないように、二人は顔を寄せて小さな声で囁く。最小限の言葉を交わし、残る想いは視線に託す。 ラブは励ますような、力強い眼差しで。せつなは懇願するような、揺れる瞳で。 「いってきます! せつな」 「いってらっしゃい、ラブ」 ラブは出掛けに殊更に元気な声で挨拶すると、玄関から飛び出して走り去った。 一人になったせつなは、そのまま自分の部屋に戻ろうと、階段に向かう。その様子をこっそり見ていたあゆみが声をかけた。 「ラブはダンスレッスンよね? せっちゃんは一緒に行かないの?」 「あ、うん。今日は苦手なパートの個別練習だからって」 「それにしたって、せっちゃんが居て邪魔になるわけでもないでしょうに……。もしかして、あなたたち、まだ喧嘩してるの?」 「ううん、喧嘩なんてしてないわ」 「そう……そうよね。そんな雰囲気には見えなかったわね……」 考え込むようにそうつぶやいたあゆみは、いきなりポン、と手を打つと、小走りで居間に駆け込み、またすぐに戻って来た。 そしてなんだか得意そうに、手に持った細長い二枚の紙切れを、せつなの目の前でヒラヒラさせてみせる。 「ジャーン! これ、なんだと思う? せっちゃん」 「映画の……チケット?」 「正解! これ、せっちゃんにあげるから、ラブが帰ったら二人で観に行ってらっしゃい」 それは、今話題になっている映画の鑑賞券だった。内容は知らないが、「好きな俳優が主演しているので観たい」と、あゆみが言っていたのを思い出す。 ラブはもともとあまり映画を観ない。おそらくこれは、あゆみが圭太郎と二人で観に行くつもりで手に入れたものなのだろう。 「ダメよ、おかあさん。こんなもの受け取れないわ」 「いいのよ、わたしの分はまた買うから。ラブったらいつもダンスばかりで、せっちゃん、映画館に行ったことないんでしょ?」 「それは、そうだけど……」 「とっても恐い映画なんですって。そういう映画は、二人の距離を縮めるにはもってこいよ。それとも――恐い映画は苦手?」 「映画はわからないけど、テレビを見て悲鳴を上げたことはないわ」 挑発するような笑みを浮かべるあゆみに、せつなは悪戯っぽく、「誰かさんと違って」と付け足す。 おそらく映画の中にだって、今より恐ろしい状況はそうそう無いだろう――ついそんなことを考えそうになって、慌ててもう一度笑顔を作った。 「そう。それなら、お小遣いも少しあげるから、行ってらっしゃいよ。ねっ?」 「ありがとう、おかあさん。でも――」 少し考えてから、せつなはチケットをあゆみに差し出す。 やっぱり遠慮しているのかしら――そう思ったあゆみの耳に、せつなの意外な一言が飛び込んできた。 「私、おかあさんと一緒に行きたい」 「えっ?」 あゆみはびっくりして、せつなの顔をまじまじと覗き込む。その表情は真剣そのものであり、同時に脅えてもいるようだった。 そんなせつなを見て、あゆみは懐かしい記憶を蘇らせる。 それは昔の――幼かった頃のラブの顔。 そう。今のせつなの顔は、小さな子がおねだりする時の、期待と不安が入り混じった顔だった。 あゆみだって、昔は親子で仲良く映画を観に行ったものだった。しかし、ラブが中学生になってからは、一緒に買い物に出かけることすら少なくなった。 そのラブとせつなは同じ歳なんだから、当然、一緒に出かけるなんて恥ずかしいものだと思っていた。ましてや、せつなはラブと違って、遠慮がちで控え目な性格なのだから。 頬を赤くして、それでも目を逸らすまいとするせつなを、あゆみは微笑みながら見つめ返す。 「せっちゃんに、そんな風にお願いされるなんて初めてね。いいわよ。今日はお仕事も休みだし、今から出かけましょう」 「はいっ!」 せつながパッと顔を輝かせ、嬉しそうに大きく頷いた。 それは、彼女が今朝から見せていた無理に作った笑顔ではなくて、心からの喜びがあふれ出た顔だった。 『幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(ドッペルゲンガーの想い)――』 クローバータウン・ストリートの街並みを、せつなとあゆみは並んで歩く。 せつなは、今朝の普段着の上に紺のジャケットを羽織った、いつもの服装で。あゆみの方は珍しくお洒落をしていて、ピンクのカーディガンに、鮮やかな赤のスカートといった出で立ちだった。 せつなよりも、むしろあゆみの方がずっと目立つ格好だ。あゆみは普段のような買い物バッグではなく、小さなハンドバッグを抱えていた。 反対にせつなは、大きなバッグを肩にかけていた。時折ゴソゴソ動いていたが、気付く者はいなかった。 せつなにとって、それは初めての経験だった。 こうしてあゆみと二人きりで出かけることも、後ろではなく、隣りに並んで歩くことも。 目の前の親子連れが仲良く手を繋いでいる。せつなはそれを見て、ピクリと指を動かした。が、それだけで、実際に行動に移すことはできなかった。 自分はもう、小さな子供ではない。本当は、この人の子供ですらない。いや、そもそも―― それでも、あゆみと手を繋いで歩く自分を想像するだけで、なんとなく嬉しくて、自然と顔がほころんでくる。 そんな楽しそうなせつなを見て、あゆみも嬉しそうに笑った。 目的の映画館は、大きなデパートの中にあった。まだ大分時間があるからと、あゆみとせつなは館内のテナントを巡ることにした。 CDショップを回ったり、お洋服を見たり。あゆみは遊びで来ていることを意識してか、実用品を避けるようにウィンドウショッピングを楽しんだ。 あゆみと並んでゆっくりと歩いていたせつなが、ふと足を止める。ある洋服ブランドのニットコーナー。その一角に、色とりどりの可愛らしいレース編みのアクセサリーが並んでいた。 その中の一品に、せつなの目が釘付けになる。それは、二つ組み合わせることで大きなハート型になる意匠が施された、赤色とピンク色のペア・ブレスレットだった。 値札を確認してから自分のお財布を覗き込んで、せつなは深いため息を付く。小物とは言え、そこは高級店のアクセサリー。せつなの所持金では、ペアの片方を買うのが精一杯だった。 「見るだけなら、無料よね」 お揃いで買えないのなら意味が無い。諦めて通り過ぎようとしたものの、やっぱり気になって振り返ってしまう。 (もともと、ウィンドウショッピングなのだから……)と、思い切って手に取った時、あゆみが隣りから、せつなの手元を覗き込んだ。 「あら、可愛いじゃない。どうせなら、付けてみなさい」 「あっ……おかあさん」 「やっぱり! よく似合うわ、せっちゃん。じゃあ今日の記念に、こっちはわたしが買ってあげます」 「待って、私はそんなつもりじゃ……」 慌てるせつなに、あゆみは少し首をかしげるようにして問いかける。 「欲しいんじゃないの?」 「欲しい!」 せつなは身を乗り出すようにして、力いっぱいに頷いた。あゆみはビックリして、一瞬目を見開いてから、やがて嬉しそうにクスリと笑った。 あゆみは赤色のブレスレットを、せつなはピンク色のブレスレットを、それぞれ購入して、プレゼント用に包んでもらう。 「はい! これはわたしから、せっちゃんにプレゼント。そっちはラブにプレゼントして、お揃いで付けるといいわ」 「私から――ラブにあげていいの?」 「そりゃそうよ。だって、せっちゃんが自分で買った物でしょう? 仲直りのしるしに、ちょうどいいんじゃない?」 「だから、喧嘩なんてしてないのに……」 あゆみにからかわれていると気付いて、せつなはちょっと口を尖らせる。 あゆみはクスクスと笑いながら、せつなに赤いリボンの包みを手渡した。 「ありがとう、おかあさん。――大切にする」 「どういたしまして、せっちゃん。さっ、そろそろ映画が始まる時間よ、行きましょう」 「はい!」 せつなは、二つの包みをあえてバッグには入れずに、大事そうに抱えて歩いた。視線が荷物に集中しているからか、足元が少し覚束ない。 そんな姿が、その昔、ラブにウサピョンを買ってあげた時の記憶と重なって、あゆみはせつなを愛しそうに見つめた。 「どうかしたの? おかあさん」 「せっちゃん、本当にそれが気に入ったのね」 「うん、それもあるけど……。プレゼントなんて初めてだから」 「えっ?」 少し寂しそうな、でも、嬉しそうな表情で語られる、小さなつぶやきを耳にして、あゆみが目を丸くする。 せつなはハッとして、自分の失言を誤魔化すように笑った。 「あっ、ううん。あの、ブレスレットをもらうのは初めてだなって」 「ああ、そうよね。次は、そうねぇ……。クリスマス・プレゼントのお楽しみかしら」 なんとか誤魔化せたと、せつなは安堵のため息をつく。「初めて」なんて口にしたのは迂闊だった。 これまでも、日用品以外の物だって色々と買ってもらっているのだから、そんな発言は失礼だ。いつも身に着けているペンダントだって、ラブとあゆみからの贈り物なのだから。 だけど、このブレスレットは違う。自分が直接おねだりして買ってもらった、自分のためのプレゼントなのだから。 (もちろん、東せつなに対する贈り物なのだろうけど……) それでも、買ってもらった記憶があることと、実際に買ってもらったのとでは、まるで違う。 いや、実際には違いなんてわからない。ただ、違っていると――異なる価値があるのだと、思いたいのだろう。 (でも、そんな風に感じるってことは、私が本当にせつなになれるわけじゃないって、自分で認めていることなのかもしれない……) また、暗い思考に沈み込みそうになる。そんな時、あゆみが、まるで独り言のような口調でつぶやいた。 それを聞き取った瞬間、せつなの心臓がドキリと音を立てた。 「それにしても、最近のせっちゃんは、なんだか積極的になってくれて嬉しいわ」 もしかしたら、自分が偽者だと気付かれたのだろうか? 急に口の中の水分が無くなったような気がして、せつなは無理に唾を飲み込み、何でもない調子で問いかけた。 「それって、私の様子がおかしいってこと?」 「ううん、そうじゃないんだけど。でも、私を映画に誘ったり、ブレスレットが欲しいって言ったり。少し前のせっちゃんなら、考えられなかったから」 それだけ、馴染んできてくれたってことよね? と、あゆみは嬉しそうに微笑む。 せつなは返事を避けて、寂しげな笑みを浮かべた。 あゆみの感じた変化。それはきっと、心の奥底に眠っているはずの、ソレワターセの本性の発露だろう。 どれだけせつなを演じたところで、この魂は欲望と邪念で汚れている。 同じ記憶を持ち、価値観を共有したところで、行動や発言を模倣したところで、自分が化け物だと認識してしまった時から綻びは出始めている。 「ごめんなさい、おかあさん。私は何かを欲しがるばかりで、何も返すことができない」 「子供はそんなこと気にしなくていいのよ」 「だけど! あれが欲しい、これも欲しいって、そんなことばかりで……。私はおかあさんに迷惑かけてるんじゃ?」 「せっちゃんは、これまで何も欲しがらなかったものね。むしろ自分の物まで、惜しげもなく与えてしまうような子だった。だから、せっちゃんに何か欲しいって言われたら、わたしは嬉しいのよ」 「嬉しいって、私が悪い子になったことが?」 「ううん。確かに少し変わったとは思うけど、悪い子になんてなってないわ」 「だけど、私は欲しがるばっかりで……」 「人の物を奪うのは良くないことだけど、欲しがるのは悪いことじゃないわ。それだって、大切な幸せなの」 「欲しがる本人にとっては、よね?」 「ううん、そうじゃないわ」 それはどういう……と、聞き返そうとしたせつなを制して、あゆみが前方を指差す。 いつの間にか、最上階にある映画館の前に着いていた。 「さあ、入りましょう。久しぶりだからわたしもドキドキしちゃう」 「あっ……うん。私も楽しみよ」 館内には幾つもの劇場があった。チケットの映画は人気作品のためか、一番大きなスクリーンで上映されるらしかった。 あゆみが、まるで童心に返ったようにはしゃいで先を急ぐ。 その映画は、『ドッペルゲンガー(~もう一人の私~)』というタイトルだった。 時は昔、西欧の国の貧しい家庭に、ダンサーを夢見た一人の少女がいた。 その子は、いつの日にかプロのステージに立つことを夢見て、毎日毎日、厳しい練習を続けた。 無理を言って買ってもらった、一枚の大きな鏡に自分の姿を映し出して、繰り返し踊る姿をチェックして。 レッスンに通うこともできず、コーチから教わることも無く。専用のシューズすら手に入らず、それでも愚痴一つ零さなかった。 鏡の中の自分はずっと見ていた。少女の笑顔も、少女の涙も、流した汗も、描いた夢までも、その全てを―― 幾度も挑戦を重ねた少女は、ついにチャンスをつかむ。その最終選考の前夜、少女は練習用の大鏡に、手鏡を合わせてしまった。 その途端、ずっと少女を見続けてきた、もう一人の自分が牙を剥いた。 鏡の中から抜け出した分身の手が、少女の首にかかる。 分身は少女になりすまし、見事にオーディションに合格した。しかし、態度の急変を怪しまれ、父親に正体を見抜かれてしまう。 依頼された専門家によって、分身の正体は“ドッペルゲンガー”と判明した。彼女は今の生活を守るために、彼らを殺めていく。 そうして、一人、また一人と、疑いを持つ者を次々と手にかけていき―― やがて独りになった少女は、自らの生まれた鏡に自分が映らないことを嘆き、その鏡を割って、破片で自らの喉を突いて死んだ。 物語が進むにつれて、せつなの顔は真っ青になり、体はガタガタと震えだした。暗かったのが幸いして、顔色まではあゆみに気付かれなかったものの、様子がおかしいことは隠せなかった。 せつなは気力を振り絞って最後まで観終えて、エンドマークと同時にトイレに駆け込み、吐いてしまった。 青白い顔のせつなを連れ、あゆみはそのまま帰宅することにした。 せつなは重い足取りで、トボトボと歩く。行きと違って、帰りは口数も少なかった。 「ごめんなさい、せっかくのお出かけだったのに……」 「いいのよ、目的の映画も観られたんだし。それよりせっちゃん、もう大丈夫? ここで少しだけ休憩していきましょう」 クローバータウン・ストリートまで戻ってから、一軒の可愛らしい喫茶店の前であゆみは足を止める。 お腹が空いている時は、暗い気持ちになる。美味しいものを食べれば、明るい気持ちになれる。 『料理は愛情』『食事は幸せ』それは、桃園家の家訓でもあった。 サンドイッチを食べて、紅茶を飲んだせつなに、ようやく少しだけ笑顔が戻る。それを見て、あゆみは敢えて映画の話をすることにした。 家でテレビのホラー番組を観ても、悲鳴を上げて大騒ぎするのは、いつもラブの方だ。せつなは顔色一つ変えずに、そんなラブを慰めたり、からかったりするのが普通だった。 そんなせつなの様子がおかしくなった原因が、映画の内容にあるのならば、ちゃんと話した方がいいかもしれないとあゆみは思ったのだ。 「初めてスクリーンで見るには、ちょっと刺激が強すぎたのかもしれないわね」 「うん……。もう平気よ」 「最後まで、救いの無いお話だったわね。ただのホラー映画だとばかり思ってたけど、そうじゃなかったみたい」 「ねえ、おかあさん。どうして……こんなお話を作ったのかしら? これじゃ、誰も幸せになんて……」 「観た人にそう感じてもらうのが、目的だったのかもしれないわね。でも、なぜドッペルゲンガーはあの子になりすまそうとしたのかしら? もっと恵まれた人なんて、それこそいくらでもいるのに……」 ドッペルゲンガーの気持ち。それは、視聴者の多くが少女に好感を抱いているのと同じ気持ちなんだろう、とせつなは思った。 あゆみの言う「恵まれている人」とは、最初から多くの幸せを持って生まれた人だろう。しかし、何かを手に入れる喜びとは、実はそれを持っていない者だけが感じ取れるものだ。 今の自分がそうであるように、一度それを手にしたら、後は失う恐怖が待っている。そして、最初から持っている人は、自分が恵まれていることにすら気付かないのかもしれない。 幾多の不幸を乗り越えて、熱く、激しく、ひたむきに幸せを追い求める――ドッペルゲンガーは、きっと、そんな少女だから憧れたのだろう。 そして、持っていないことが不幸なら、手に入れることは幸せであるはずなのに、ドッペルゲンガーは幸せにはなれなかった。 (つまり、あの子だって恵まれていた。欲しがることすら許されない、化け物に比べたら……) そして、そんな者たちは、どうやっても幸せにはなれないのだろう。 「それにしても、可哀想だったわね」 「えっ? ええ、そうね。あの子、あんなに頑張っていたのに……」 「ううん。女の子はもちろんだけど、あの子のことよ。なりすますんじゃなくて、一緒に生きればよかったのに」 「それって、ドッペルゲンガーのことを言ってるの? だってあれは、邪悪な化け物なのよ!」 あゆみは、「そうだけど……」と、つぶやいて言葉を詰まらせた。 せつなは、信じられない思いであゆみを見つめる。この人は、一体何を言っているのかと。 この映画が、どういう意図で作られたのかはわからない。だけど、ドッペルゲンガーは、恐怖と憎悪の対象として描かれていたはずだ。 少なくとも、救うべき対象として見ていた人なんて……。それを期待していた人なんて――自分以外に一人でも居るとは思えなかった。 泣き出しそうな顔で厳しい視線をぶつけるせつなに、あゆみは穏やかな視線で応えた。 「本当に、邪悪な化け物だったのかしら? あの子は、あの女の子になりたかったんでしょ? そういう生き方に憧れるなら、本当は同じくらい良い子のはずよ」 あゆみは優しい口調で、せつなに説くように語る。ゆっくりだけど、力強い言葉。深い愛情が感じられる言葉だった。 口先だけじゃなくて、それを実行に移してきた人だった。桃園家にせつなを迎え入れた時も、同じ気持ちだったに違いない。だったら―― 微かに生まれた期待を、頭を振って外に追い払う。迂闊に希望など持てば、その分だけ後が辛くなる。それに、もう自分には後戻りなんてできない。 そう――少女を手にかけてしまった、ドッペルゲンガーのように。 「どうして――おかあさんはそんな風に優しくなれるの? あの女の子の幸せを奪ったドッペルゲンガーのことを、そんな風に言うなんて。私のこともよ。欲しがってばかりいるのに、それも大切な幸せだなんて……」 「ああ、映画を観る前に話していたことね?」 あゆみは思い出して頷くと、逆にせつなに問いかけた。 「だったら、どうしてせっちゃんは、自分の分だけじゃなくて、ラブの分までブレスレットが欲しかったの? 同じ物を身に付けたかったから? それとも、ラブに好かれたかったから?」 「わからないわ。その両方かもしれないし、もっと違う理由があるのかも……」 「本当は、ラブの笑顔が見たかっただけじゃないかしら。プレゼントしたら、ラブが喜んでくれると思ったからでしょ?」 あゆみの言葉に、せつなが小さく息を飲む。 「そうかもしれない。だったら、おかあさんがさっき、『欲しがるのは悪いことじゃない』って言ったのも?」 「そうよ、せっちゃん。与えることだって、幸せに繋がるの。その幸せは、欲しがる人がいてこそ生まれるものでしょ?」 償いではなくて、正義感でもなくて。損得や、善悪と関わりなく、「与える」ことによって生まれる幸せ。そんなものがあるのなら―― (そんなものがあるのなら、自分のような者だって、救われるかもしれない) 一瞬だけそう思って、せつなはもう一度、心の中で激しくかぶりを振った。 「与えることが幸せなら、やっぱりあのドッペルゲンガーのように、奪うことは不幸なのね。それを罪と言うんでしょう?」 「そうなるわね」 「だったら私は、やっぱり幸せになってはいけないのかもしれない」 「そんなことないわ。ひとつひとつ、やり直していけばいいのよ」 一切の躊躇も無くそう言い切るあゆみに、せつなは我知らず、すがるような目を向ける。 「それじゃ、償いきれないくらいの、大きな過ちを犯していたとしたら?」 「勘違いしちゃダメよ、せっちゃん。わたしはやり直せばいいと言ったけど、それは自分の過ちを、自分の手で清算しなさいって意味じゃないわ。過ちを反省して、同じことを繰り返さないようにすればいいと言ったの」 「じゃあ、犯した過ちはどうすればいいの?」 「みんなの力を借りて、助け合って解決すればいいじゃない」 「そんなの無責任だわ……」 「人は誰だって、過ちを犯すものよ。それで幸せになれないのなら、誰も幸せになんてなれないわ」 「それでも! 自分のせいで苦しんだ人がいるなら、やっぱり償うべきなんじゃ……」 苦しげに訴えかけるせつなの目を、あゆみはじっと覗き込んで、穏やかに言葉を続ける。 「ねえ、せっちゃん。こうは考えられない? せっちゃんが過ちを犯したとしたら、わたしたちみんなで償えばいいんだって。その代わりにせっちゃんは、誰かが犯した過ちを、償うお手伝いをするの。そしたら、みんなで助け合って、みんなで与え合うことができるんじゃないかしら」 「それが――みんなで幸せゲットってことなの?」 「ええ、その通りよ。今はラブの口癖だけど、その言葉は、元々はわたしのお父さんの口癖だったの。わたしがお父さんに教わったことを、ラブに伝えて、ラブはそういう子に育ってきた。せっちゃんもそうしてくれるなら、わたしは初めて、親らしいことができたのかもしれないわね」 せつなは、壊れていくのを感じていた。 自分の中で、許せなかった過去が――認められなかった現在が―― 憎んでいる自分を――愛してくれる人がいる。否定し続けた自分を――肯定してくれる人がいる。 そうなりなさいって、笑ってくれる人がいる。 せつなは、祈るような気持ちで、最後の問いを投げかける。 もしも、これも期待を超える答えが得られるのなら――と。 「最後に聞かせて、おかあさん」 「なあに?」 「奪うことが悪いことなのはわかったわ。与えることが幸せなのも。欲しがることが間違いでないことも。だったら、欲しがっても与えられない人は、やっぱり幸せにはなれないのかしら?」 「そういう人がいたら、せっちゃんが与えてあげたらいいじゃない。その代わり、わたしたちがせっちゃんに、できる限りのものをあげるわ」 今にも涙が零れ落ちそうなくらいに潤んだ瞳で、せつなはあゆみを見つめる。 これまでの迷いが、悩みが、靄が、全て爽やかな風で吹き飛ばされて、気持ちが晴れ渡っていくのを感じた。 赤黒い闇の中に、柔らかな光が差し込んでいく。 胸の内に渦巻いていた絶望は、全身を突き動かす希望にとって変わる。 (この人なら、おかあさんなら、きっと本当の私も受け入れてくれる。もちろん、ラブだって!) だったら、自分がすべきことは一つだけだ。ドッペルゲンガーとしての運命を変えてみせる。過ちを繰り返さず、次の幸せに繋げるために! そして、そのためには――急がないと、間に合わないかもしれない。 せつなは、すっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干すと、勢いよく椅子から立ち上がった。 「おかあさん、ありがとう……。私――大切な用事を思い出したの。これからすぐに行ってくる!」 「そう。どこに行くつもりなのかは、やっぱり教えてくれないのね?」 「ごめんなさい。でも、どうしても私がやらなきゃならないことなの。みんなで、幸せゲットするために」 「なら、危ないことはしないって、約束してくれる? それと、必ず無事に帰ってくるって」 「うん、約束する。東せつなは、必ず無事に帰ってくるわ」 「ううん。そうじゃなくて、あなたが帰ってくるのよ」 それを聞いた瞬間、時が止まったような気がした。 何を言われたのかよく分からなくて、心配そうに自分を見上げるあゆみの瞳を、ただポカンと見つめる。 「ごめんなさい。変なこと言って、びっくりさせちゃったかしら? なんだか今のせっちゃんは、別の人のような気がして……。でも、今の積極的なせっちゃんも大好きよ」 「ありがとう。行ってきます――おかあさん」 その一言に、万感の思いを込めて。 せつなは、あゆみを喫茶店に残して、一人で店を出た。そして、ストリートを全速力で走り出す。 目指すはラブたちの元、四つ葉町公園のダンスステージ。 焦りはある――気持ちは逸る。 でも、その足取りは一陣の秋風のように、力強く、爽やかで、そして、これっぽっちの迷いもなかった。 幸せの赤い翼――翼の種子のパッション(イース対プリキュア)へ
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17494.html
戻る カオス・感動系 感動した。 -- (名無しさん) 2012-04-03 01 14 16 夢中になって一気に読んだ。それぞれの登場人物の役割や存在の意味が上手く組まれていて、読者を飽きさせない魅力を感じた。展開が巧というより、登場人物が意思を持って生きて、物語を形取るという印象。とても面白かったです。 -- (名無しさん) 2012-04-03 02 35 54 それからどうなったんだろう。長いのは好きだから良かった。 -- (通りすがり) 2012-04-03 08 48 55 最後付近ハラハラしたけど良かったよ 純△ -- (名無しさん) 2012-04-03 09 32 27 仲間内はともかく それ以外の人達には「死人が蘇った」という異常事態をどう説明するんだろう -- (名無しさん) 2012-04-03 09 46 59 途中読んでるとき自分の背後がすごく気になった 面白かったよ -- (名無しさん) 2012-04-03 16 10 30 “ポニーテール”のドッペルゲンガーってそういう事か…………… 感動した -- (名無しさん) 2012-04-03 20 57 44 名作です…本当に良い話だった! -- (名無しさん) 2012-04-04 01 35 15 最後ら辺でタイトルの意味が分かったZE -- (あずキャット) 2012-04-04 12 32 58 キャラの言動ではなく思考で状況を説明させる手法は全体に少し堅い印象を持たせるけど、 都合良く…となりがちなストーリーに上手く説得力を持たせたと思う。 読み終わって初めてスレタイの意味が分かるのが、 長編を読み終えた満足感にプラスされてとても良かった。 -- (名無しさん) 2012-04-04 14 50 34 ヤマトの沖田艦長も何度も生き返ったし、琴吹財閥なら戸籍くらいなんとかなるのでは? 生き別れの双子とかで誤魔化すとか。一卵性は本当に似てるからな。 しかし面白かった。カネ取れるレベルだ。律ムギも活躍して欲しかった、というのは欲張りだな。 -- (名無しさん) 2012-04-05 00 47 07 いやあ、おもしろかった! タイトルのダブルミーニング、ハラハラさせる展開、ご都合主義と言わせない説得力、どれも素晴らしかったです! こんな力作に出会えてただただ嬉しいよ! -- (名無しさん) 2012-04-05 05 21 18 読後、二期後期ED見ると、感慨深い(本当は全く関係ないけど) -- (名無しさん) 2012-04-10 01 22 50 ↓ああポニテ梓が出てるってことね -- (名無しさん) 2012-04-10 23 44 58 嘘にまみれた物語だと思う。 解決策や自分の気持ちすらも嘘。 嘘でも手に入れたかった幸福。 皆がそれに向け、嘘を吐き続けていたた。 そんな物語だ。 嘘を吐く事に罪はないはずだ。 互いが互いの事を思いやっての嘘であり、幸福になるための嘘なのだから。 嘘を吐き続けた結果、どうにか梓たちは幸福を得ることが出来た。 その後も幸福な未来を得られるはずだ。 しかし、作中は明言されなかったが、ドッぺルゲンガーは蘇りではなく、複製のように思う。 複製された人を愛し、幸福になる事は悪くないと思う。 それも幸福のひとつの形だ。 だが、複製された側の、本物の方はいずれ忘れ去られてしまうのだろう。複製を本物と信じられ、元の存在は消え去ってしまう。 自分でない自分を愛される事。 唯と憂は皆のためならそれも気にしないだろうが、かなしいとでは無いかと思えた。 -- (名無しさん) 2012-04-17 20 50 04 ↓何だこの人怖い -- (ロリコン) 2012-04-22 18 47 41 おもしろかった! -- (名無しさん) 2012-07-01 09 39 20 人が妄想に取り込まれるお話。おいたわしや平沢嬢。 -- (名無しさん) 2012-07-01 19 44 04 今まで読んだ数々のSSの中で1番引き込まれたSSでした。 -- (名無しさん) 2017-04-02 23 28 49
https://w.atwiki.jp/hmiku/pages/30548.html
どっぺるげんがー【登録タグ oQ と 曲 鏡音リン】 作詞:oQ 作曲:oQ 編曲:oQ 唄 鏡音リン 曲紹介 見たら死んでしまうという おきゅーPの7作目 歌詞 正真正銘さ 清く正しく 順当なマイウェイ 神様に誓った 正体を隠した 禁断の扉 醜悪な感情 気付かないふりしても ちらついた影が離れないまま 見上げた先に立ってた 鏡の姿が誘う いつからこんなに脆い自分になった? 階段の途中でまた 最低な夢の先なんて聞きたくない 再三説いた正当性を 挑発的に笑ってた 一度会った僕ら もう戻れない 夢中で積み重ねてた日々が グラグラ 音を立てる 将来有望さ 信じ続けた 貼りついた表象 不確かな誰かの願い 想像力を手にした思考が 生み出した現状 疑念という綻びを 埋めるように駆けた 忘れたい声 汚れた足で立ってた 散らばる過去が もう 滲んでいく 今ではどんな未来も描けないんだ 解答を誤魔化してまた 容易く吐いた言葉がいつか 鎖になる 相反的な生と生が 一つの理想を切り裂いた 再び会った僕ら 何度せめぎ合う 有限の時間の意味を 今すぐ 解き明かして僕を消してよ 忌み嫌っていた理性の外側の世界 この記憶だけは誰にも無くせはしないまま そこに見えた姿が 嘘でも本当でも 闇でも光でも 簡単に届いてしまう距離だ いつからこんなに脆い自分になった? 階段の途中でまた 最低な夢の先なんて聞きたくない 再三説いた正当性を 挑発的に笑ってた 一度会った僕ら もう戻れない 夢中で積み重ねた日々 至る訣別は 始まりか終わりか コメント もっと伸びたら良いのに!! -- 名無しさん (2014-10-15 21 38 17) かっこいい! -- 名無しさん (2016-10-25 13 11 24) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17506.html
そうだ、唯先輩がなぜこっちの街にいたのかも含めて謎だらけだけど、ビンタしただけで解決するわけがない。 純の言う通り、また会う可能性はある。私の事を好いているとするなら尚更だ。 純「理由も原因も何もわからないけど、三角関係を続けるわけにはいかないでしょ?」 梓「それは…当たり前だよ。私の恋人は、憂だけだから」 憂「……梓ちゃん……」 梓「……うん」 唯先輩に好かれて、嬉しくないといえば嘘になる。無理矢理キスをされたのは確かにショックだけど、それでもあの人を嫌いになれない程度には私はあの人の事が好きだ。 それに、仮にドッペルゲンガーになった故の恋心に振り回されているのだとしたらあの人ばかりを責める事も出来ない。そうでなくとも唯先輩は私が憂と付き合っていることは知らないんだから、情状酌量の余地はある。 だとしても、それらは憂の存在には絶対に劣る。比べるまでもない。憂と比べられるものなんてこの世には存在しない。 他にも大切なものは多いけど、一番は憂だ。心からそう思っているし、そう言い切るのが恋人の責務だと思う。 今も隣にある憂の笑顔が、温もりが、私にはずっと必要なんだ。 純「とりあえず唯先輩の目的がわからないのは不安材料だけど、こちらからすることは断ることだけ。わかりやすいね」 憂「それで…丸く収まるかな? 収まったとして、お姉ちゃんはどうなるのかな?」 純「……わからない。それはわからないよ。でも…」 梓「それでも、憂のためにも私のためにも、ちゃんと断らないといけない」 純「……痴情のもつれは怖いからねぇ。ハッキリスッパリ断らないと」 憂「うん……」 憂の顔からは不安の色が滲み出ている。 もちろん私だって不安がないわけじゃない。断ったことで唯先輩と気まずい関係になってしまう可能性はある。 それこそドッペルゲンガーゆえの恋心の変移で唯先輩が私を好いているのだとしたら、唯先輩は何も悪くないのに私にフられるわけだ。理不尽極まりない。私としても申し訳ないという気持ちは尽きない。 憂も、そうして私が苦悩していること、そして唯先輩が傷つくことに心を痛めている。きっと私以上に。 ……誰も傷つかない選択肢があるなら、見せて欲しいと思うけど。それでもきっと、それは叶わない。 大切なものに順位をつけるっていうことは、きっとそういうことなんだ。 一番大事なものを掴み取ろうとするその手で、周囲の誰かを傷つけてしまうんだ。 誰かに恋をする時点でそういうことまで受け入れる覚悟が出来ればいいんだろうけど、それはきっと無理。 ……無理だから、その時にちゃんと覚悟を決めて向き合わないといけないんだ。 純「……できる? 梓」 梓「……できるよ。大丈夫」 それが、世界でたった一人の憂の恋人としての義務だから。 純「――さて、じゃあ次の問題はタイミングだ」 梓「…断る話を切り出すタイミング?」 純「そう。唯先輩が今どこで何をしてるのかはわからないけど、どうせならこっちの都合のいい時間に待ち合わせとかできればいいよね」 梓「まぁ、そっちのほうが心の準備はしやすいよね」 純「梓のバイト先とかに乗り込んでこられても困るだろうしね。あと私も一緒に行きたいし」 憂「純ちゃんもお姉ちゃんに会うの?」 純「憂は来ちゃダメだよ」 憂「な、なんで!?」 純「ちょっと考えればわかるでしょうに…」 質問に答えずに先手を打つ純。さすが付き合いの長い親友だ、憂のことをわかってる。まぁ私だって負けてないつもりだけど。 ともかく憂を行かせないというのには賛成だ。憂のことはいろんな人に隠してきたわけだし、それに相手が唯先輩だし、どう考えてもプラスには転ばないだろう。 最悪の場合は姉妹喧嘩になる。私のせいでそんな風になるのは絶対に嫌だ。仮に私が関係ない場合でもこの姉妹の喧嘩だけは絶対に見たくない。 梓「憂は来たらややこしくなるからダメだってのはわかるけど、純が来たがるのはなんで?」 純「憂の分まで近くで心配しておいてあげようと思って」 梓「……大丈夫だよ」 純「私はそうは思わないけどね。梓だからってわけじゃなくて、別れ話の場なんて大抵一悶着あるもんだからさ」 どんな状況を想定しているのかはわからないけど、冷静でいられなくなった時に間に割って入ってくれる人がいるのは確かに心強い。 冷静さを欠くのが私だったとしても唯先輩だったとしても、純なら適任だろう。事情を把握してるなら軽音部の他の先輩方でも悪くはないんだけど。 それくらいにはみんな信頼できる。でも、それでも私は拒んだ。 梓「……でも、唯先輩に失礼じゃないかな」 やっぱり、別れ話の場に誰かを同席させていいのかという事に対する戸惑いは尽きない。相手に失礼じゃないのか、と。 とはいえ、これば厳密には別れ話じゃない。事情を知らなかったとはいえ私達から見れば悪いのは向こうだ。 だから正当化は出来る。出来るんだけど、それは向こうの事情を汲んではいない…… ……そうして悩む私に、純はまた優しく猶予をくれる。 純「そう思うならこっそりついて行くよ。やっぱり不安だって言うなら隣にいてあげるし。好きなほうを選べばいいよ、その時までにね」 梓「ん……じゃあ、そうさせて」 純「はいはい」 梓「ありがとね」 純「……はいはい」 憂「…むー…」 純「…オホン。まぁ、こうやっていろいろ考えてるけど、唯先輩に連絡がつかないとどうしようもないんだよね」 ……言われてみればそうだ、すっかり忘れてた。今日なんて完全に偶然の遭遇だし。 いや、唯先輩のほうは私がこっちに居るって何故か知ってたようではあるけど、そうじゃなくて。 話し合いの場を設けるために前もってこちらから連絡を取る方法。それが無い事には今の相談も全部意味がない、ということ。 それは非常に困る……んだけど、そこは憂の一言であっさり解決した。 憂「……普通にメールか電話かすればいいと思うよ?」 そう言い、自分の携帯電話を見せる憂。そういえば再会した日も電車の中で携帯電話をいじっていたっけ。 いや、それどころか私も純も何度か憂にメールとかしてるじゃん……何故気づかなかった…… 純「……そういえば憂、普通にケータイ持ってるよね。使えるの?」 憂「うん。家族みんな口座からの引き落としだったからお姉ちゃんも使えてると思うよ」 純「いや、そうじゃなくて、なんで持ってるのかとか、普通死んだら口座のほうも凍結されたりケータイも解約されたりするんじゃないかとか」 憂「……さあ?」 これもまた今まで気づかなかったけど、結構大きな謎じゃないかな…… 口座のお金だけ見ても、遺産として遺族に分配されるとか何かいろいろあるはずだよね、普通は。 純「……今度確かめに行こうか。もしかしたら憂が生き返った時点で、その辺の矛盾自体が『なかったことに』されてるのかもしれないけど」 憂「……どういうこと?」 純「いや、確かめないほうがいいのかな。事実として認識してしまった瞬間にその矛盾が明るみに出てしまって認識が崩壊する可能性もある…か。憂が今バイトできないように。いや、それだって厳密には確かめたわけじゃないけど、でもそう考えると確かめなかった判断はやっぱり正しいということで、これからも確かめずに生きていくべきなんだろうね、私達は。『認識できないものは存在しないのと同じ』なんてよく言ったものだよ、本当に。ん、そういえば――」ブツブツ 憂「……あ、えっと、純ちゃん? おーい?」 ……延々と続く純の独り言からどうにかわかったところだけ抜粋すると、世界自体が矛盾を拒絶し、目の届かない範囲で都合のいいように作り変えることがある。らしい。 本人が気づき、確かめさえしなければ何の問題もなく世界が回る、都合のいい仕組みに。 純のこういう妙な方面の知識には感服するけど、生憎理論までアツく解説されても私には理解できなかったので割愛。 適当なところで声をかけ、こっちに引き戻す。 梓「おーい、純ー」ユサユサ 純「――お、あぁゴメン、えっと、何の話だったっけ」 梓「……とりあえず、携帯が普通に使えてるなら純の作戦で問題はないんだよね」 純「うん、一応ね。電話してみる?」 梓「………」 ……流れでそう言われ、躊躇ってしまった自分に驚く。指が震えた自分に驚く。 憂「……梓ちゃん」 梓「っ…あはは…いや、なんというか…」 純「……メールに決定だね。別にどっちでもいいんだし」 梓「…いや、その……」 憂「仕方ないよ……」 梓「……っ」 情けない。心からそう思う。 電話するだけで怯えているのか、私は。いずれ会わないといけないというのに、声だけでも怯えてしまうのか。ついさっきまで会うときの相談をしていたのに、いざとなれば電話するだけで怯えてしまうのか。 それに何より、嫌いでないはずのあの人をこんなに恐れてしまうのか、私は。 ……本当に、情けない。 でも、怯える理由については誰も口にしなかった。怯えることも二人は許してくれた。 どう言い繕ったって結局はあのキスにショックを受けている、そして罪悪感を覚えている。そんな私を二人は許してくれた。 私は「たかがキスされたくらいで」なんて思いたくない。私にとっては大切なものだったんだ。同時に憂にとっても大切なものであってほしいんだ。 憂も純も、それをわかってくれているんだと思う。そして肯定してくれているんだと思う。 それについてだけは、こんな時でもまた二人に救われたことになる。 そう気づいたら、不思議と指の震えも治まっていた。 ――メールの文面を考え、憂に検閲、推敲してもらい、送信する。 メールに記した内容は、生きていて驚いたこと、キスされて驚いたこと、ビンタしてごめんなさい、でもああいうのは困ります、と臭わせた上で「純と一緒に詳しい話を聞かせてください」で締めて日時を添えた。 憂絡みでややこしくなるのを避けるため、こちら側はドッペルゲンガーの存在を知らないフリをして話を通す。だから唯先輩が生きていたことに驚く体を装わないといけない。これは少し難しいかもしれない。 でも最終的に「好きな人がいるから気持ちには応えられない」というところにどうにか穏便に持っていけばいい。結局のところ目的はそれだけとも言える。難しいけど。 ……そして、すぐに返事は来た。 いつもの唯先輩の軽いノリで、でも互いの現状に深く踏み入ることはしない文章。その最後に「じゃあまた明日ね」と記してあった。 純「……梓、本当に明日でよかったの?」 梓「…早いほうがいいよ。学校終わった後なら純も来てくれるんでしょ?」 純「そりゃ行くけど……」 梓「あまり待たせるのもあれだし、それに…早く諦めてもらわないと」 そう、早く諦めてもらわないと困る。 唯先輩が今何をしているのかはわからないけど、もしこの家が突き止められでもしたら。憂が一緒にいることがバレたら。結局また作戦が全部ムダになるような最悪の事態になってしまう。 憂を守るためにも、やっぱり勇気を出して先手を打つしかないんだ、こっちから。 純「…そっか」 梓「そうだよ」 純「………」 梓「………」 憂「………」 純「」グゥゥゥゥ 梓「ちょっ、お腹すごい音した!」 憂「……あはは、お腹空いたねぇ」 純「今何時だと思ってんのさー……二人だってお腹減ってるでしょ?」 梓「…確かに」 確かに夕食の時間は大幅に過ぎているし、私は走ったし、憂には心配かけたし、純には待ちぼうけを喰らわせたわけで。 一度意識し始めるとダメだね、みんな左手がお腹にいってる。 梓「…食べに行く? 今から作って、なんて言えない時間だし」 憂「私のことは気にしないでも……」 梓「いや、それもあるけどそれ以上に――」 純「待ーてーなーいー」ジタバタ 梓「――というのが居る訳で」 憂「……なるほど」 こんな時間から憂に作れなんて言えるわけもない。 憂なら本人の言う通り苦にしないんだろうけど、今日は迷惑をかけすぎたし私が申し訳ないから内心純に感謝しておく。 梓「でもこれなら外出するのさえめんどくさがりそうだよね」 純「はいはーい、出前がいいと思いまーす!」 梓「また思いつきで適当なことを……」 憂「あ、でも私も出前の味って興味ある…かも。頼んだことないし…」 梓「……ん、憂がそう言うなら…出前取る?」 憂「ほんと? やったぁ!」 純「なんか納得いかないけど……まぁいいや、何にする? お寿司? ピザ?」 憂「お寿司は高いんじゃないかなぁ」 純「じゃあピザね! 帽子! やっほぅ!!」 梓「なんでそんなにテンション高いの……」 ……と、そんなノリで電話をして出前を取ってみたはいいけど、結局届くまでの時間もずっと純はブツブツ文句を言っていましたとさ。 ――その夜。 梓「……あの、憂?」 憂「ん?」 梓「……眠れないんだけど」 一足先に純が寝静まっている横で、憂は何故か私の布団に入ってきてずっと私の頭を抱き締めていた。 憂「…寝ていいんだよ?」 梓「いや、だから……」 憂の胸元に顔を埋める形になって、どうにも興奮する…なんて理由じゃなく。 憂が隣にいる。それだけでヘンに意識してしまうし、それに…… 憂「……ごめんね。何も出来なくて」 ……そんな顔で隣にいられて、眠れるわけもない。 梓「……憂は家に居てくれればいいんだよ。ちゃんと言ってくるから」 憂「……うん。頑張ってね」 そう言って、抱き寄せた頭を撫でてくれる。 でも、一見憂が私を励ましているようでも、そして実際私がそれに励まされているとしても、憂の顔はずっと寂しそうなんだ。 憂「…ちゃんと帰ってきてね?」 梓「当たり前だよ。憂こそ…ちゃんと待っててね?」 憂「当たり前だよ…私の居る場所は、ここしかないんだから……」 もしかしたら私も、同じような顔をしているのかもしれない。 憂を安心させようとして、そして実際憂が私の言葉に安堵していても、私の顔は不安を隠せていないのかもしれない。 それほどまでに、私達の中で唯先輩という存在は大きい。 あの人と再び会えた事は嬉しいこと、喜ばしいことのはずなのに。 その事態を引き起こした誰か、あるいは何かに感謝すべき奇跡、幸運のはずなのに。 それでも、私達はあの人を否定しないといけない。拒まないといけない。 私達が、互いの為に、あの人を遠ざけないといけない。それは悲しくて、心苦しくて、とても怖いこと。 もちろん、私達の考えが間違っている可能性だってあるんだ。 好かれているなんて私の思い上がりで、それを重く受け止めてしまった純が話を膨らませすぎた可能性だってあるんだ。 だけど、その可能性には縋れない。 キスされた私には、キスしてきた唯先輩の顔を間近で見た私には、どうしてもあれが勘違いだったと言い切れないんだ。 それを充分すぎるほどわかっているから純は真剣にいろいろ考えてくれたし、憂はこうしていつも以上に不安がっているんだ。 客観的に見れば可能性があっても、私達から主観的に見れば可能性は無い。だからこそこうして二人で不安に震えるしか出来ないんだ。 梓「……寝よっか」 憂「……うん」 それでも私達は、それ以上の泣き言を言わない。 互いを信じているから。信じていたいから、それ以上の不安をさらけ出そうとしない。 相手のために強くなりたいから、ぐっと堪える。心配をかけたくないから我慢する。 どちらかに余裕がある時なら甘えて欲しいし、支えてあげたい。でもそうでない時なら、せめて二人で同じ思いを抱こうと努力する。 二人で気持ちだけでも共有しようとして、そしてそのままそれぞれ強くなろうとする。自分が強くなった時、相手も同じだけ強くなってくれていると信じながら。 盲目的に信じているばかりで、確証なんてないけど。 二人で乗り越えるというのはこういうことも言うんだと、そう信じていたい。 13
https://w.atwiki.jp/mon_name/pages/258.html
doppelganger(生霊/ドイツ語) ドッペルゲンガー ドッペルゲンガー(独 Doppelgänger)は、「生きている人間の霊的な生き写し」を意味する。 ドッペルケンガーと発音する場合もまれにある。単純な和訳では「二重の歩く者」となる。 ドイツ語の「ドッペル (doppel)」は、英語の「ダブル (double)」に該当し、 その存在は、自分と瓜二つではあるが、邪悪なものだという意味を含んでいる。 以上の意味から、自分の姿を第三者が違うところで見るまたは、自分で違う自分を見る現象のことである。 自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、 「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承もあり、 未確認ながら、数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。 ドッペルゲンガーの特徴として、 * ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。 * 本人に関係のある場所に出現する。 等があげられる。 ( ドッペルゲンガー - Wikipedia ) タグ:ドイツ語 ポケットモンスター
https://w.atwiki.jp/ocg-o-card/pages/7668.html
《D-HERO ドッペルゲンガーガイ》 効果モンスター 星4/闇属性/戦士族/攻 ?/守 ? このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚・リバースされたとき、 このカードを除くモンスター1体を選択する。 このカードの攻撃力・守備力は、選択したカードの攻撃力・守備力と常に同じ値になる。 このカードがフィールド上を離れたとき、選択したモンスターを破壊する。 選択したモンスターがフィールド上を離れたとき、このカードを破壊する。 part18-511 コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17499.html
純「……ところであんたら、いつまで抱き合ってるの?」 梓「うひゃぁっ!? ご、ごめん憂!!」 憂「あっ……」 もたれかかるような姿勢だった憂を押し返して立たせるようにしながら離れる。 ……ちょっとやり方が冷たかったかな? 憂が寂しそうな顔をしてるけど…で、でも、冷静に考えたら凄く恥ずかしいし! 純「そんな過剰に気にするほどのものでもないでしょ、女同士だし」 梓「そ、それでも人の目とかあるし! 長時間すぎだし! そ、それに……抱きしめる側は、あまり慣れてないし……」 って何恥ずかしいこと言ってるんだ私はーー!!! 憂「あ、梓ちゃん……なんか…ごめん、ね?」 梓「い、いや、憂は悪くないし! 嬉しかったし!」 憂「え? う、うん……」 梓「あっ、いや、その、今のは、えっと……」 憂「わ、わかってるよ! 私も嬉しかったし!」 梓「そ、そう?」 憂「う、うん……」 梓「じゃ、じゃあいいのかな……」 憂「…いいんじゃないかな……」 梓「そっか……」 憂「………///」 梓「………///」 純「いやぁ、青春だねぇ。恋愛だねぇ。うんうん」 きっと真っ赤な顔をしている私と、実際目の前で真っ赤な顔をした憂を見て純がしたり顔で何か言っている。 って、あれ? 梓「……よく考えたら悪いのは憂を突き飛ばした純じゃん!!」 憂「そ、そうだよっ!!」 純「いーじゃんいーじゃん。お互いイイ思いしたんでしょ?」 梓「うっ」 憂「それは……」 それは……否定できない。 それに憂のことをずっと遠くから眺めているだけだった私じゃ、積極的に抱きしめるとか抱きつくとか、そういうのはやりづらそうだし…… まぁ、なんというか、刺激的というか、今になって思えばイイ時間だったのは否定できない。純の話に耳を傾けていないで憂のほうに全神経を集中していればよかったと思うほど。 ……そして、たぶん憂も同じように思ってくれてる。それも嬉しい。 純「ね? コイビトっていいもんでしょ?」 ……純に丸め込まれた私達二人は、ちょっとだけ視線を交わしてから真っ赤な顔で頷くしかできなかった。 【#9】 ――それからは慌しい日々が続いた。 新居に着き、管理人さんに挨拶をしたら3人で住むことは了承してもらえた。 特に家賃が上がるようなこともない上、一人暮らしとしては充分すぎる2Kの部屋だったけどさすがに3人もいると手狭になってしまうからいろいろ考えた。 夜は一番広い部屋で布団を敷いて雑魚寝にしよう、とまず純が提案する。 そこをリビング兼寝室にして、残り一つの部屋に私物をいろいろ詰め込もうということだ。場合によってはキッチンのスペースにまで。 プライベートな空間はほとんど無くなるけど、物置のようなその部屋は一応純の個室ということになった。本当に一応程度に。 やっぱり私と憂は純の生活を侵食しているという事実に気後れしたけど、そこは終始純に押し切られる形になった。 純の実家から郵送されてきた荷物を配置したり、足りないものは買い出しに行ったり、そしてなにより私は当面の生活費と純に渡すお金を稼ぐ為にアルバイトを探したり。本当にすることは山積みだった。 ――そして訪れた新年度。 純「――んじゃ私は行ってくるけど……」 大学が始まり、数日後。 新しい環境ゆえの朝の慌しさも無くなりつつある純が私に視線を向ける。 梓「……あー、緊張するなぁ…」 純「…梓、大丈夫?」 梓「…大丈夫だよ。緊張するけど、それだけだよ。純は早く行きなって」 純「はいはい。頑張りなよ?」 梓「わかってるって」 手提げ一つで軽やかに出て行く純は、なんというか悔しいけど大学生っぽい。 適当に手を振って見送り、次は私の番か、なんて、よくわからないけどかっこよさそうなセリフを呟いてみたりする。 そう、今日は私のこっちでの初バイトの日。バイト先はなんてことのない近くのコンビニだけど、一人ぼっちだしそもそも知らない地なので充分プレッシャーというか、緊張の材料だ。澪先輩のようにうずくまったりはしないけど。 梓「………」 ……今頃、先輩達はどうしているのだろうか、とふと思う。 あの頃の落ち込んでいる私に、何度か電話をかけてきてくれたような記憶はある。鳴り響くコール音だけは記憶にある。 もっとも、あの時の私が携帯電話を手に取るはずもなく。そして電池が切れたからといって充電するわけもなく。そのままずっと携帯電話は眠っていたし、私はそれで何も困らなかった。 ……今思えばよく卒業できたなぁ、あの時の私。どれだけ周りの人に迷惑をかけたんだろう。二人の後輩には情けない先輩と思われたかな。先生には迷惑な生徒と思われっぱなしだったかな…… ……まぁ、そうやって振り返れるのも、あの日に私を助けてくれた純と、そして…… 憂「……頑張ってね、梓ちゃん」 梓「うん」 そして『ドッペルゲンガー』とはいえ、憂がいてくれるから。 憂が家で私の帰りを待っている。それだけで頑張れる。 ……いつか純に、あの頃の事を聞こう。 でもそのためにも、今は私のやるべきことをやらないといけない。すなわち……アルバイトだ。 よし、と改めて気合を入れた私の服の裾が摘まれる。 純が出ていった今、憂しかいないのは振り向かずともわかるんだけど、そんなことをされたら振り向かないわけにはいかない。 そして、その行動の弱々しさから予想できた伏し目がちの憂と対面する。 憂「ごめんね、私も働けたら良かったんだけど……」 この数日でわかったこと。それは、憂は働く事が出来ない、ということ。 でも、憂は何も悪くなんてない。事情が事情だったんだ。強いて言うなら…… 梓「……仕方ないよ、それは」 そう、それは仕方ないことなんだ―― ……元々、憂も私と同じように純の家に厄介になる立場。その分お金を入れようとして、そのために一緒にアルバイトを探したことはある。 ただ、コンビニのアルバイト募集を見て履歴書を書こうと筆をとった時…… …… ……… 憂「……私、普通に書いていいのかな?」 梓「え?」 憂「だって、私は……」 梓「……ああっ!?」 すっかり失念していた……というか、考えたこともなかったけど、そうだ、戸籍上は『平沢 憂』は死んでいるんだ。 部屋を借りる時は運よく純の名義だけで良かったけど、アルバイトとなるとそうはいかない。住所、保護者の存在を確かめられるかもしれないし、そもそも名前で気づかれるかもしれない。 後者は稀だけど、前者のような最低限の確認くらいは求められてもおかしくない。 というか、もしかしたら部屋を借りる時に何も言われなかったのも、純か純のご両親の口利きがあったのかもしれない。 要するに、今まで何事も無かったのはただの幸運。そしてこの先、そんな幸運だけに縋って乗り切れるような事は滅多にないだろう。 ……つまり、基本的に『故人』となっている憂の居場所は……この社会には、あまりにも少ないと考えたほうがいい。 就職も進学も、アルバイトすらもおそらく今の憂には叶わないんだ。もっと言うなら『平沢 憂』という名であることさえ…… 梓「………」 それがどれだけ肩身が狭いことなのか、私には想像すらつかない。そんな不自由、私の想像の範疇を超えている。 憂「………」 けど、その現実によって憂が打ちひしがれ、青ざめているという事実を前にして何もしないわけにはいかなかった。 誰だってそう思うだろうけど、真っ先に動かなければいけないのは恋人である私の義務。 梓「……憂」 憂「…梓ちゃん?」 そっと憂の手を包み、目を見つめて囁く。これは恋人の権利。 本来なら抱き締めたりするべきなのかもしれないけど、この前みたいな状態でもない限り私のほうが背が低くてイマイチ格好つかないし……それに、なかなか勇気がいるし。 もちろん、勇気がどうとか言っていられる状況じゃないときは迷わないつもりだけど。でも今はきっと行動よりも言葉が必要なはず。 梓「……ごめんね、憂」 憂「……え?」 梓「…また、憂に家事ばかりを押し付けることになっちゃうかも」 事情が事情だし、無理して働かなくていいよと本当なら言いたいけど、そう伝えたところで憂の表情が晴れるわけがないのは明白だから。 だから、大学とアルバイトで家にいない私達の分の家事を私達からお願いする。その分、憂の家賃は免除、あるいは私が出す。 そういう体裁を装うことにしよう、と。そう暗に伝えたかったんだけど、わかってくれるかな…? 憂「……それで、いいの?」 梓「うん。純も説得してみせるから」 憂「…純ちゃんなら、事情は汲んでくれそうだけど」 梓「もちろんそれならそれでいいよ。でももし万が一の事があったとしても私が何とかする」 だって、私は憂と一緒にいたいから。お互い気後れしない、心休まる時間を過ごしたいから。 だって、私は憂の恋人だから。だから、 梓「憂のことは、私が守るから」 ……… …… ……とまぁ、そんな恥ずかしい事を真顔で言っちゃった日もあったわけだけど。純も憂の言った通り、二つ返事で了承してくれたわけだけど。 それでもその時から気持ちは何一つ変わってない。だから憂にも負い目を感じて欲しくない。 梓「……言ったでしょ? 役割分担だってば。憂こそ…つらくない?」 憂「家事自体は慣れてるから。梓ちゃんこそ……」 梓「私だって、バイトくらいで抵抗は感じないよ。それが憂のためになるなら尚更」 憂「私も、梓ちゃんのために部屋はいつも綺麗にしておくから!」 梓「……うん、きっとそれでいいんだよね」 憂「えっ?」 梓「お互いにお互いを想ってやってることなんだから、私も憂も胸を張らないといけないんだよ、きっと」 相手の為に、相手が気負うことがないようにと頑張る。 それはとても尊い感情のはずなんだ。尊い意思のはずなんだ。 憂「……そっか。「押し付けてごめんね」なんて言い方は、相手の気持ちを踏み躙るようなものなんだね」 梓「うん。私達は二人とも嫌々やってるわけじゃない。ちゃんと相手を好きだから代わりにやってるんだ、って」 互いに負い目を感じるんじゃなくて、互いを思い遣りたい。 きっと世間の夫婦というものも、そういう風に成り立っているんだと思うから。 ……って、夫婦に例えるなんて私……なんか、もう、だいぶ舞い上がってるというか、思い上がってない!? 憂「……? 梓ちゃん、顔赤いよ?」 梓「な、なんでもないですよ!?」 憂「なんで敬語?」 梓「バイトのための特訓だよ」 憂「そ、そう?」 梓「うん。じゃあ行ってくるね!」 憂「いってらっしゃい。がんばってね」 憂の声を背にドアを開け、一度だけ振り返る。そこにはもちろん、笑顔で手を振る憂の姿がある。 ……やっぱ新婚夫婦みたいじゃないかな、これ。 【#10】 ◆ 純「――えー、そうなの?」 「そうだって。超マジ。今度一緒に行かない?」 純「んー、ヒマな時ならね。基本的に忙しいの、私」 「えー? 彼氏?」 純「それは禁句」 「あっはっは」 ……鈴木純は不思議な個性を持っている。 基本的には『世渡りが上手い』部類に入るだろうか。滅多に敵を作らず、一部の親密な関係の友人と、浅く広く接する友人の二種類をちゃんと持っている。 彼女の対人対話能力の高さは折り紙つきだ。事実、ここの大学でも既に広く浅く多くの友人を作っている。 平沢憂のように技術、能力に秀でていて、それでいてそれらを鼻にかけない人間性から好かれるわけでもなく。 中野梓のように真摯に物事に打ち込む健気な姿勢を応援されながら好かれ、見守られるわけでもなく。 二人に比べ一見してわかるほどの長所は無いにも拘らず、二人と変わらぬ輝きを放っていた。それが鈴木純という少女だ。 話せばわかる不思議な魅力を持ち、それでいて話すことを苦と思わせない態度と取っ付き易さも併せ持つ。それらは決して相手に壁を作らせずに言葉を引き出す。 それを誰に対しても行え、そして実際に誰に対してでも行う。その行動力までもを含めた個性が、彼女の彼女たる所以なのだ。 そうして中学時代と高校時代を過ごし、その中で特に息の合う友人を見つけていく。それが彼女のやり方『だった』。 彼女は大学ではそんな位置の友人を作るつもりはない。既に目の離せない大事な友を二人も抱えているから。 勿論それは人付き合いに優劣をつけ、優先順位を考えて行動するということになるのだが、相手にそれを匂わせず可能な範囲で適宜補っていく器用さも彼女の長所だ。 ともあれ、そんな世渡り上手な彼女は大学生活も上手く乗り切っていくのだろう。 本人にその自覚はないが、彼女をよく知る親友二人はその点は心配していない。 純「……ん、と……」 ……だが、彼女はそんな二人のことが心配でたまらない。 彼女は暇を見つけては動き回っている。大学の設備と人の多さ、そして自分の交友範囲の広さ。それら全てを活用して情報を集め続けている。 親友二人の幸せのために。彼女自身の願いのために。彼女は今日も駆け回り、捜し求める。 ――『ドッペルゲンガー』についての情報を。 6
https://w.atwiki.jp/iliasion/pages/69.html
ep.262「祖母の心霊写真」「ドッペルゲンガー」恐怖実話体験談!本当にあった怖い話 朗読怪談 1.「祖母の心霊写真」 2.「ドッペルゲンガー」 参加メンバー Tomo Kimura K-suke その他 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/83452/pages/17498.html
【#7】 ◆ ――思わず駆け寄った。 あんな憂の声を聞いたのは初めてだった。駆け寄って、純を掴んでいた手を離させて引き剥がす。 ……そんな光景だったからつい純に疑いの目を向けてしまうけど、純も純で辛そうな顔をしていたから何も言えなくなってしまい、憂に向き直る。 梓「……そんな物騒な言葉、憂の口からは聞きたくないよ」 瞳に涙を湛えた憂の手を握りながら、出来る限り優しく、諭すように言い聞かす。 どことなくいつもと逆な光景に思えるけど、放ってなんかおけない。 憂「………ごめん」 ……何があったのかはわからないけど、こんな辛そうな憂は見たくない。憂だけじゃない、純も。なんとかしないと。 ……ゴメンね純、ちょっとだけ大目に見て。 梓「…何があったの? 純が学歴のことでイジメた?」 純「こら」 憂「…あはは。そんなことはしないよ、純ちゃんは」 梓「そうだね。純はこんなんだけど、酷いやつじゃないもんね」 純「おい」 憂「……うん。ちゃんと、ちゃんと知ってるはずだよね、私達が、誰よりも」 梓「うん。純は人を悪く言ったりなんてしないよ、絶対に」 純「……なんか怒るに怒れない流れになってきた」 落ち着いたらしき憂が私の手を解き、純に一歩踏み出して向き合う。 ……ちょっと温もりが心惜しいけど、流石にそんなこと言ってる状況じゃない。 憂「ごめんね、純ちゃん。ちゃんと最後まで聞くべきだった」 純「…ん、いや、私こそごめん。もっと気を遣った言い方するべきだった」 梓「……で、何の話だったの? あ、私が聞いちゃいけない話?」 憂の叫び声は聞こえていたけど、当然それまでの話なんて何も聞いてない。 いないほうがいい話だというなら席を外そう。内緒話って好きじゃないけど、この二人なら大丈夫だと思うし。 純「……梓がどこから聞いてたかによる、かな。もうこの場で全部ハッキリさせたほうがいい気もするし」 梓「……そういう話だったの? 憂」 憂「……うん。私は純ちゃんを信じてるよ」 さっきまでの話の流れはわからないけど、結果として動揺し、声を荒げた憂が今ではそう言う。 それなら私も信じるしかない。二人の視線に言葉で答える。 梓「……えっと、私が聞いたのは……そんなわけない!とか、憂が私を好きだとか、あと、こ、殺す…とか」 純「憂がボリューム上げてからほぼ全部聞かれてるね」 憂「うぅ……」 憂が赤くなる。可愛い。……じゃなくて。 やっぱり憂としても恥ずかしいのかな、「殺す」だなんて口走ってしまったこと。あんな物騒な言葉、さっきも言ったけど私も聞きたくなかったし。 「そんなわけない」については話が見えないからわからないし、「好き」については私の好きと憂の好きは違うはずだから。 梓「ま、まぁ憂が嫌だったなら忘れるから。ね?」 憂「え…っ?」 純と憂、両方の視線が集中する。え? 何? 梓「…恥ずかしかったんでしょ? 私に聞かれて」 憂「う、うん」 梓「じゃあ忘れるから、憂ももうあんなこと言わないように気をつけてね?」 憂「………っ」 あ、あれ? 憂が…泣きそうな顔をしてる? なんで? 私何か酷い事言った?? 純「……ちょっと待った。ストップ。梓、あんた何の話してる?」 梓「へ? そりゃ、憂が殺すとかなんとか物騒なこと言ったから……」 憂「……へ?」 純「あー、うん、やっぱりか。話ズレてる、二人とも」 梓「へ?」 えっと、どういうこと? 憂の勘違い? それとも、私が何か間違ってた? 純「……ということは梓は気づいていないわけか。いや、そりゃ気づいてたら喜ぶだろうし。それに気づけないのも仕方ないか、諦めた側なんだし……」 なにやら意味のわからない言葉をブツブツ呟いている純。私も憂も置いてけぼりなんだけど…… 梓「えーと、おーい、純? 何の話?」 純「ん、よし、決まった。順を追って解決していこうか」 梓「純だけに?」 純「うるさいよ」 ロクなツッコミもせず、純は私と憂の腕を掴んで強引に向き合わせた。 憂もイマイチ状況が掴めていないようだけど、逆らうつもりはないようだ。 純「とりあえず憂、さっきの梓の言葉は憂の物騒な発言に対してだから誤解しないように。よく考えたら最初に言ってたしね」 憂「う、うん。ごめんね梓ちゃん、もう言わないから」 梓「あ、うん…」 っていうか元々「そんな自分を殺す」だなんて言葉をどこで使うというのか。 いや、殺すって言葉自体使ってほしくないんだけどね。可愛い憂には似合わないよ。 純「んで、憂。どうやら梓は気づいてないみたいだから憂のほうから言わないといけないみたい」 梓「?」 憂「言うって……もしかして」 純「そのもしかよ」 梓「なにその日本語」 とりあえずツッコミは入れるけど状況は見えない。 とりあえず憂がまた顔を赤くしてて可愛いことくらいしか見えない。 純「まぁ、言葉としては聞いてるのに気づかないんだから行動で示すのもアリかもよ?」 憂「……で、でも…」 純「大丈夫。そりゃ緊張はするだろうけど、恐れることは何もないよ」 憂「う、うん」 梓「……なんかイイ事言ったっぽいのはわかるんだけど、何の話?」 純「梓は黙ってればいいの。この朴念仁」 梓「むっ……」 確かに何が何やらサッパリだけど、蚊帳の外なのは気に入らない。 いや、もちろん目の前で悪巧みなんてする二人じゃないから、信じて待てばいいとはわかるんだけど…ね。 っていうか朴念仁って……何が? 憂「あ、梓ちゃん!!」 梓「は、はい!?」 ちょっとだけ思考を巡らせようとしたところで、憂の大声で中断させられてしまう。 すごく真っ赤な顔をした憂は、その瞳になんかすごそうな決意を宿らせて口を開く。 憂「め、目を閉じて欲しいんだけど!」 梓「な、なんで?」 憂「なんででも! お願い!」 梓「わ、わかった……」 言われるまま目を閉じる。 何をされるんだろう、こっそり薄目開けてようかな、とか悩む間もなく。 唇に何かあたたかいものが押し付けられ、思わず目を開いてしまった。 憂「んっ……」 目の前にあったのは、同じように目を閉じて私に……キ、キスしてる??っぽい憂の顔。 え? 何?? どうして??? 純「…おおう、一気に行ったねぇ」 憂「ん……」 押し付けられ、重ねられていた唇が離れていく。 状況を理解できない私の耳に、もう一つ、理解できない言葉が届く。 憂「あ、あの……梓ちゃんのこと、好き…だから。しちゃった……」 梓「………」 ……何か、もう、あぁ、いいや。何が何だかわからないことだらけだけど、単純に可愛いなぁ、憂は。ははは…… 純「――こらー、戻ってこーい、あずさー」 梓「んはっ」 純「……なんつー声出してんのよ」 梓「…いや、なんか幸せな夢を見ていたような気がする」 純「夢かどうかは、目の前の顔を見てから言ってやんなさい」 目の前? 目の前には……心配そうな顔をしつつも頬を染めた憂。 ……頬を染めた? え? 梓「……まじ?」 憂「ま、まじだよ」 梓「…こほん。ほ、本当に? 憂が、私の事を??」 憂「ほ、本当だってば!」 梓「え、う、嬉しい……けど」 嬉しいけど……そうだ。そんなわけないんだ。 憂はいつだって、誰とでも公平に接してきた。私のことだって友人として支えてくれてた。 そう、あくまで友人として。そのはずだったのに…… 純「……大丈夫だよ、梓」 梓「……純…?」 純「夢でも嘘でもない。本当の気持ちだよ、『憂』の」 訳知り顔な純の言葉が、なぜか私を安堵させる。 ……いや、それも当然か。私だって嘘だなんて思いたくないんだ。両想いでいられるなら両想いのほうがいいに決まってる。 それに、こんな状況で嘘をつく親友なんて持った覚えはない。 憂「……梓ちゃん……」 梓「……憂。ごめん、ちょっと疑っちゃった」 憂「……ううん、仕方ないよ。純ちゃんとしてた話もそういうものだったから」 梓「そういうって、どういう……?」 純「ちゃんと後で説明するから。っていうか早く説明させてほしいから早くしてよ」 梓「早くって――」 何を――と言おうとしたら、ちょっと睨みをきかせたような純のアイコンタクトを受けた。 私から憂に視線を動かすアイコンタクト。それを受けて、私は肝心な言葉を何も言っていないことを思い出す。 心なしか、目の前の憂も不安そうに身を縮こまらせているように見えてくる。いや、本当にそうでもおかしくないんだ。私のバカ。 梓「……憂。あのね…」 憂「……うん」 梓「…憂のこと、ずっと好きだった。気づいた時には好きになってた。なのに言えなかった…」 憂「っ……」 梓「そんな私で良ければ……その、こ、恋人に…なってくれませんか?」 憂「…っ、は、はい……」 梓「……?」 肯定の返事は貰えたけど、なんかちょっと歯切れが悪い憂。また何か私が変なことを言ったのかな…? 純「……ほれっ」ドンッ 憂「ひゃっ!?」 梓「っと! あ、危ないじゃない、純!!」 純に突き飛ばされた憂を抱き止める。私のほうが身長は低いけど、憂が倒れ掛かってくるような形になったのでどうにか胸に収まった。 純に抗議の視線を向けるも、それはより深刻な視線でかき消された。 純「……それが恋人の距離でしょ。んで、次は私の話だから。そのまま聞いて」 梓「…そのまま、って?」 純「そのまま。私が何を言っても恋人の距離のままでいて。お願い」 梓「う、うん……」 珍しく真剣な純の声と、憂が不安げに背中に回してきた手。 それらがもたらす不吉な予感に負けないように、胸の中の恋人をもう一度ちゃんと抱き締めた。 【#8】 純「――まず、さっきの憂にも最初に言っておくべきだったのは、私も梓も『憂』の味方だよ、ってこと」 憂「……うん。わかってる。信じてるもん」 純「ありがと。でもね、やっぱりちゃんと言葉にしておくべきだったんだ」 憂「……純ちゃん…」 純「『平沢 憂』は、今ここに一人しかいないんだからね」 梓「……どういうこと?」 純「『今』はここにしかいなくても、他にも『平沢 憂』は存在した、って可能性が高いってこと」 梓「……憂が、複数いた、ってこと?」 純「まぁ、クローンみたいなもの、って憂本人も言ってたから、そこは梓も納得してるでしょ?」 梓「………」 考えないようにしてきたけど、憂の言ったことを疑う理由はない。 でもクローンといえば、マンガとかではあれだ、培養層の中で育ったとか試験管ベイビーとか、そんな感じのもののはず。 梓「…憂、そんな記憶があったりするの? クローンとして作られた、みたいな…」 胸の中で首を振る。表情は見せてくれないけど、見たくもない。 梓「……純」 純「うん。憂の記憶については憂の言う通りなんだと思う。っていうか疑ってちゃキリがないし、疑う理由もないでしょ」 梓「まぁ、そうだけど」 純「だから憂の記憶通り、『平沢 憂』はああなってその後ああなってここにいる、ってワケ」 言葉にはしなかったけど、一度事故で死んで、そして……私の未練か何かで戻ってきた。 いや、私が求めた、って憂は言ったっけ。とりあえず、憂が電車の中で言った記憶についてはそういうことだったはず。 純「作られた記憶であることを疑うことも出来るけど、それだと梓の声が聞こえてたのが説明できない。っていうかぶっちゃけいろいろ説明できない。だから結局、科学じゃなくてオカルトなんだと思う」 オカルト。超常現象。私達常人の理解の及ばない範囲の非科学的な出来事。 梓「オカルトな……もう一人の憂?」 純「そう。ほぼ同じ存在の、ね」 ほぼ、というのが気になったけど、なんかそういうの、表現する言葉があったような気がする。 しっくりくるというか、現状に当て嵌まるというか。そんな言葉が。単語が。現象が。 純「……もう一人の自分。見た目も全く同じ、ちゃんと自分の意識を持って人間のように歩き回るオカルト」 どこからどう見ても同じ、もう一人の自分。他の誰にも見分けがつかない、影ですらない自分の影。 世間一般的にオカルトに属する、そういう存在。 それは…… 純「……ドッペルゲンガー。そう言うのが一番近いと思う」 ……ドッペルゲンガー。意味は…なんだったっけ。まぁどうでもいいや。 とりあえずオカルトで、人間じゃなくて、そんな存在。自分の恋人がそんなものだと言われて黙っていられる人なんていないだろう。 ……相手が純でなければ。 ちゃんと最初に『憂』の味方だと言ってくれた純でなければ。 梓「……それで? 結局何が言いたいの?」 震える憂を抱きしめ、頭を撫でながらなるべく穏やかに聞こえるように問う。 憂の恋人として、そして純の親友として、私はそうしなくてはいけないしそうしてあげたい。 純「……それだけだよ。前の憂とはやっぱり別人なワケ」 別人。その純の言葉と表情、そして憂の震え。それら全ては結局、私にとって辛い現実を突きつけているということだけを意味している。両想いだと浮かれる前に向き合うべき現実があるということを意味している。 つまり、憂の私に対する好意の変化について。 私が察していた通り、『以前の』憂は私の事を特別視なんてしていなくて、『今の』憂は特別視してくれている。だから別人だ、ということ。 ……つまり、今の私達が両想いなのは、私が憂を振り向かせたとかそういう青春な話ではなくて。 そこには単純に『別人だから』という面白くも何ともない理由しかない。 見た目も、話した感じも、雰囲気も記憶も、何もかもがどう見ても憂だけど、やっぱり別人だと純は言うんだ。 でも。 以前と今で『違い』があるから別人だ、と言われても、純の理論は『以前の憂』と『今の憂』として、『平沢 憂』は複数存在した、というものだった。 つまり。 梓「……それでも、憂なんでしょ?」 純「うん。憂じゃないけど憂なんだと私も思う」 そうだ。どう見ても憂なんだ。何もかもが憂なんだ。心も身体も記憶も、形作るもの全てが。 全てが、私の求めた憂。私がもう一度会いたいと願った憂そのままなんだ。 私の事が好きだというたった一つの小さな違いがあるだけで、大切で大好きな『憂』を否定なんて出来るわけがないししたくない。 だから私は、彼女のことをこれからも憂と呼ぶ。純も同じ想いだから味方だと言うし憂と呼ぶんだろう。 梓「なら何も問題なんてないよ」 純「それをわかった上でそう言うなら、私から言う事も何もないよ」 姿も、心も、思考も感情も、全てが『憂』と呼べるものなら、私には何も問題はない。 私が好きになった憂は、私を好きな憂じゃない。私が好きになったトコロが何も変わってないのなら、それだけで私は充分。 たとえ憂が人間でも動物でも宇宙人でもオカルトでも、愛せる自信はある。 梓「ありがとね、純。心配してくれたんだよね」 純「……ん、まぁ、最近の梓は危なっかしいからね」 梓「…もう、大丈夫だよ」 純「そうじゃないと困るよ。恋人が出来たんだから、そろそろちゃんとしてくれないと」 梓「手厳しいなぁ」 純「頑張りなよ、無職さん」 梓「…はいはい」 ……心配も応援もしてくれる、本当にいい親友を持ったと思うよ、私は。 5
https://w.atwiki.jp/cfvg/pages/2474.html
エトランジェ - ゴースト グレード〈3〉 ノーマルユニット (ツインドライブ!!) パワー 10000 / シールド - / クリティカル 1 起【手札】:[このカードを相手に見せる]あなたのヴァンガードかリアガードを1枚選ぶ。そのターン中、「ドッペル・ゲンガー」は選んだユニットと同じカード名になる。 フレーバー:「お前は誰だ」って?僕は…君だよ。 順位 選択肢 得票数 得票率 投票 1 使ってみたいと思う 0 (0%) 2 弱いと思う 0 (0%) 3 強いと思う 0 (0%) 4 面白いと思う 0 (0%) その他 投票総数 0 コメント