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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十話『愛に全てを』 「で…アンリエッタが消えてから直ぐにここに来たって訳ね…」 「はい、女王陛下からは何か有事の際にはあなた方を頼れと…城内の誰よりも、あなた方お二人は信ずるに値する唯一無二の親友であると私は聴いております…故に、恥を忍んでお願いしたい!どうか、女王陛下の捜索にご助力を!!」 惚れ薬の解毒も完了し、先日のラグドリアン湖での一件がようやく片付いたと思えば間を置かず現れた新たな面倒事にミントは露骨に肩を落として項垂れた… 双月が空を彩る頃、魔法学園のルイズの部屋にアンリエッタ消失の報を持って突然訪ねてきたのは女王近衛隊、通称『銃士隊』の隊長であるアニエス・シュバリエ・ド・ミランだった。 元平民にして先のタルブ開戦の武勲からシュバリエの称号を承けて、現在、メイジ延いては貴族不信に半ば陥っているアンリエッタの側近として徴用された女傑である。 既にアニエスとミント達は以前に城で面通しが行われていたので互いの事情は良く知っている… 「で…どうする、ルイズ?」 ミントは腰掛けた椅子の背もたれに寄りかかり、首をだらりと後方へと寝かせてベッドの上で寝間着から制服へと大慌てに着替えて身支度を調えるルイズに訪ねる。 「決まってるでしょ!?直ぐにお城に向かうわ!!」 「はい、はい…それじゃあ、あたしはタバサにシルフィード出して貰えるように頼んでくるわ。ここでこの間のタバサへの貸し一つチャラになるのは勿体無いけどそうも言ってられないしね…」 「えぇ、お願いねっ!!」 黒色のタイツにその細い足を通しながら、まるで食堂に食事にでも向かうかのようにいつもと変わらない足取りで部屋を出て行くミントをルイズは見送った…と、同時に慌てて着替えていた弊害か、タイツを穿いている姿勢でベッドへと倒れ込んだ… 「ミス・ヴァリエール、女王陛下の事何とぞお願い致します…」 「えぇ、任せて!!何があろうと陛下は私達が取り戻すわ!!」 畏まるアニエスにルイズは締まらない姿勢のまま力強く答えたのだった… _____ トリステイン領 ラグドリアン湖周辺上空 あの後、タバサは二言返事でミント達にシルフィードの貸し出しと任務への協力を申し出た。同時に、その時偶然一緒に居たキュルケも共に行く事になったのだが… 国家の大事に外国からの留学生二人をも巻き込む事に難色を僅かに示したルイズだったがミントの身もふたも無い一言に納得せざるを得なくなる… 「ていうか、この四人でトリステインの人間あんただけじゃん、今更何言ってんの?」 そんな訳で、シルフィードの最高速度でトリステイン王城に辿り着いた一行は、ルイズの女王付き女官の特権から魔法衛士隊の隊長から捜査状況等の一切合切を聞きだした… 曰く、王女は賊に連れ去られ、又その賊に対してアンリエッタが抵抗した様子は見られず、直ぐに異変に気が付いた女中の報告でラグドリアン方面へと逃げた賊を追い、現状でのトリステイン最速のヒポグリフ隊が追撃を行い、逃亡する賊の足を止めているであろう事… ラグドリアン湖方面への街道に沿って、四人を乗せたシルフィードは全速力で飛行し続け、また、タバサもシルフィードの疲労を和らげる為、魔法を使い続けていた… 一行に不安と焦りが見え隠れする中、一刻が経過した頃、街道の脇に数頭のヒポグリフと幾名かの魔法衛士隊の隊員が倒れている姿をシルフィードが発見した… 「酷い…」 ルイズは口元を覆いその凄惨な光景を見回す…余程激しい闘いになったのであろうか、街道は焼け、抉れ、また地に伏した隊員達は皆一様に深い致命傷を負って絶命していた… 「ぅ…う…」 そんな中でもたった一人だけ、辛うじて息がある隊員がいた… 「大丈夫っ!?何があったの??姫様は!?」 直ぐさまルイズ達はその隊員へ駆け寄り、応急処置を行いながら声をかける。すると、隊員は激痛に苛まれながらも辛うじて言葉を紡ごうと口を開き始めた… 「確かに…首を落としたのに、うぅ…心臓だって…あいつ等はなんで死なないんだよ…」 まるで魘されるようにそう言い残すと隊員は気を失ってしまった…何にせよ周囲には馬の足跡が残っている以上、賊は引き続き王女を連れて逃亡をしている事が覗える… (首を撥ねても死なない?…嫌な予感しかしないわね…) 隊員の言葉に全員が困惑を浮かべる中で、ミントはタバサを急かすようにいち早く、シルフィードの背に飛び乗ると未だ予断を許さないこの状況に対し、忌々しそうに唇を噛んだ… それからしばらくシルフィードで賊を再び追っているとラグドリアン湖の湖畔近くで今度こそターゲットである賊の一行を全員の目が捉えた… 先日精霊を訪ねた場所とは大分離れた場所ではあり、これより先は木々も深く、捜索も追跡も難易度が格段に上がる事となる。ここで追いつく事が出来たのはミント達にとっての行幸だ。 「あんた達、止まりなさーい!!」 賊の進路を塞ぐように、先回りしたシルフィードの背からミントとキュルケはそれぞれ炎の魔法で馬を狙い、嘶きながら馬は火に囲まれた事によって目論見通りに足を止める。 そうしてようやく同じ大地に足を揃えて賊と相対してみれば、賊の先頭に立つフードで顔を隠したリーダーらしき男の乗る馬の背には確かに顔を伏せて震えるアンリエッタの姿があった… 「姫様!!お助けに参りました!!」 「どこの誰だか知らないけど舐めた真似してくれたわね。アンリエッタを返してもらうわよ!!」 「ルイズ…ミントさん…」 ミントとルイズの言葉にアンリエッタは一際大きく震え、顔を上げると二人の姿を確認した。しかし、アンリエッタはその事で安堵をしたと言うよりはますます憂いと困惑をその顔へと浮かび上がらせる… そのアンリエッタの様子にミントは少々違和感を覚えたもののアンリエッタの奪還を行うと言う事に変わりは無い。ミントが戦闘態勢に移りデュアルハーロウを構えるとルイズ達も杖を抜いて賊の一行へと最大限の警戒へと移った。 それに会わせて誘拐犯達もリーダーを除き、馬から降りて杖を構える…その数は5名。普通に考えて魔法衛士隊の一個小隊を圧倒するには余りに戦力が少ない。 と、ここで続けてリーダーらしき人物もゆっくりと馬から下りる… 「久しぶりだね…ミント君、ミス・ヴァリエール…」 フードで顔を隠した男は言いながら両の足で地面を踏み締め、アンリエッタにも馬から下りる事を促すよう、紳士的に手を差し出した。 その手をアンリエッタは俯いたままおずおずとしながらも自らとって馬から下りる… 「フフフ…こうして僕が再びアンと出会えたのは君達がしっかりとアンを守ってくれていたお陰なのだろうね…」 「あんた…まさか…」 アンリエッタと並び立つ男の声と言いぐさにミントは覚えがあった…だからこそ解せないとばかりに表情は硬く強張る… ミントのリアクションが期待した物だったのか男は不敵に笑いながら、ゆっくりと頭を覆っていた外套のフードを外しはじめた。 じっとりとした緊張感の最中、現れたのは鮮やかな金の髪、端正な顔立ち…見間違える事等あり得ない、それはあの日ワルドによってルイズの目の前で殺されたはずの紛う事無いウェールズ・テューダーその人の姿であった… 「ウェー…ルズ…皇太子」 驚愕に染まり、限界まで瞳を見開いたルイズが辛うじてその名を呼ぶ… 「ちょっと、どういう事よ?ウェールズ皇太子って死んだんでしょ?それが何で…」 キュルケが口にした疑問はこの場に居る誰もが思っている事であった。 「ウェールズ様、何故お亡くなりになった筈の貴方がこの様な事を!?」 「簡単な事だよミス・ヴァリエール。君達がアルビオンを発ってからあの後、私は偉大なクロムウェル皇帝の虚無によって再びこの世に生を受けた。残念ながら大恩ある皇帝は獄中死されてしまったらしいがね… その恩に報いる為に、そして、神聖アルビオン帝国、延いてはハルケギニアの明日の為に、僕は愛するアンリエッタを迎えに来たんだよ。僕たち二人ならばそれが出来る。」 言ってウェールズはニヤリと笑みを溢すとその手でアンリエッタの肩を抱く。 アンリエッタも一度ビクリと身体を震わせるも、結局はウェールズへとその身体を委ねてしまい、まるでルイズ達に会わす顔が無いと言わんばかりに唯々その視線は足下を泳ぎ続ける… 「お願い、愚かなわたくしを許してルイズ…」 「そんな…姫様!」 アンリエッタの言葉にルイズの表情からは血の気が引いていく… この状況、幾ら他国の人間とはいえ、キュルケとタバサにとっても余りに大きすぎる…場を絶望が覆おうとしていた… だが、ルイズとアンリエッタがどれ程、苦しもうが悩もうがそんな物は一切関係の無い少女がこの場には居た… 「で?」 突如、何の前触れも警告も無く、ミントは『アロー』の魔法で誘拐犯の一人の胸部を貫いた。人の頭程の大きさの穴を胸に穿たれて生きている人間が居ようはずも無く、アローの直撃を受けたメイジの身体は地面に伏せる… 「そりゃああんたがあのウェールズでアンがそれを望むなら、このままどこへでも行けば良いけど、あんたはウェールズじゃないわ。『アンドバリの指輪』に操られてる唯の人形よ。 少なくとも、あたしが知ってるウェールズの中身はあんたじゃ無いし、アン、あんたもこのまま付いてけばどうなるか位想像つくでしょ?」 言ってミントは自信満々な態度を示すようにデュアルハーロウを手の中でクルリと遊ばせると再び構えをとって魔法の照準をウェールズへと向けた。 「ミントさん!!」 これに反応したアンリエッタは思わず反射的に水晶の杖を震える手でミントへと向ける… アンリエッタにもミントが言った様に解っているのだ…この自分の目の前のウェールズがまやかしであるという事は。しかしそれでもアンリエッタはそのまやかしに縋り付かざるをえないのだ… 「良い覚悟ね、アン…こういう事になったのは残念だけど、あたしはウェールズの心とあんたを助ける為にも全力で行くわよ。精々壁でも作って自分とウェールズを守りなさい。」 「やれやれ仕方ないな…僕とアンの道を阻むならば、残念だが君達にはここで死んでもらうとしよう。」 ミントに対してウェールズも不敵な笑みを絶やす事無くアンリエッタを庇うように一歩前へと進み出ると杖を抜いて構える。続いてウェールズへと随行していた内、無事な4人のメイジもそれぞれ杖を傾けると呪文の詠唱を始めた… だが次の瞬間、突然ミントの両脇をすり抜けるかのような軌道で、街道を走る強烈な熱を帯びた鎌鼬がウェールズとアンリエッタを避ける形でアルビオンのメイジ達を襲う! 「愛しあう王族二人の逃避行…この演劇、応援したいのは山々ですが、残念ながらわたくしが見たいのはハッピーエンドですの、アンリエッタ王女殿下。」 「…このままじゃ色々台無し。」 キュルケとタバサは再び杖を構えてミントの隣に並び立つ…と、先程の魔法によるダメージの少なかったメイジの一人がが立ち上がろうとした瞬間、その身体は突如爆発に包まれ後方へと吹き飛んだ… ミントはその光景にニヤリと口元を緩める… 「…勝手に話を進めないでよね…陛下をお救いするのは私なんだから。」 「あんたが変に悩んでるからでしょうが。」 キュルケとミントの間からズイとルイズが歩み出る。その瞳には迷いも戸惑いも無い… ミントもタバサもキュルケも知っている…こういう目をした時のルイズの心は本当に強いのだと言う事を… 「ルイズ…貴女までわたくしの邪魔をするの?わたくしはただウェールズ様と共に居たいだけなのに…」 「…はい、申し訳ありませんがこのまま女王陛下を行かせる訳には参りません。真の忠誠と友情を尽くす為に、このルイズ・フランソワーズ、今この時だけはこの杖を女王陛下へ向けさせて頂きます!!」 ルイズははっきりと言い切るとその杖の切っ先をウェールズとアンリエッタへと向けて又一歩を踏み出す…それに会わせてアンリエッタはルイズのその行動にショックを受けたのか口元を押さえて一歩ヨロヨロと下がる… 「アン…心配する事は無い。君は僕が必ず守るから…だから君は唯僕にその身を委ねてくれれば良いんだ。それにアルビオンの勇者達はあの程度では倒れないよ…絶対にね。」 アンリエッタの不安を拭うようにウェールズが言うと同時に後方でタバサ達の魔法の直撃を受けて倒れていたメイジ達が立ち上がる。 そればかりかミントの魔法で致命傷を受けていた一人までもが平然と立ち上がる…それだけでも十分異様だが、さらに不可思議な事に彼等全員は既に傷一つ無い健全な身体を取り戻していたのだった… 「嘘…」 「これがあの隊員さんが言ってた事なのね…」 「…………」 「フフフ…これが、クロムウェル皇帝の虚無の力さ…」 「アンドバリの指輪の力でしょう?」 ウェールズの含み笑いをミントは鼻で笑う。ウェールズが指輪の力を虚無の力だと本気で信じているのなら滑稽な話だ… ミントはそんなウェールズと睨み合うとデュアルハーロウを構え直す… アンリエッタの事をミントはバカだと思う…それでも…だからこそこの様な…死者を冒涜し、乙女の恋心を陵辱するような真似がミントには許せなかった… そう、唯許せなかったのだ… 正義の味方でも愛の使者でも無いミントが戦う理由は唯一つ、レコンキスタのやり方が陰険で陰湿で腹が立つからなのだから… 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第十八話『亡国の宴』 ルイズ達一行にその正体を明かした空賊の頭。その正体は部隊を偽装し、貴族派への補給部隊を襲撃していたウェールズだった。 極限られた人間しか知るものは無い秘密の航路を使用し、アルビオン最後の軍艦イーグル号は硫黄を積載したマリーガラントと共にルイズ達の最終目的地であるニューカッスル城へと到達する事が出来た。 その優れた航海術と秘密の軍港を褒め称えたワルドに対しウェールズは「最早我等はまさしく空賊なのだよ。」と自嘲めいた冗談を溢しながら… 現在そのウェールズに案内され、ルイズ達はニューカッスル城のウェールズの自室へと招き入れられていた。 「…宝物なんだ。」 ウェールズはそう言って愛おしそうにアンリエッタの肖像が描かれた小箱から件の手紙を取り出してルイズへと手渡す。 ルイズの手に収まった手紙はウェールズの手によって何度も読み返されたのだろうか、隅の方は随分とすり切れており手紙についた折り目の癖がどれだけ大切にされていたか…それを雄弁に語っていた。 ルイズはアンリエッタからの密書を読んでいたウェールズの表情と回収した手紙から二人の間にあるであろう想いを察してしまう。 「恐れながら殿下…王党派に勝ち目は?」 「無いよ。こちらは300、向こうは50000だ。もはや我々は勝つ為に戦うのでは無い…名誉ある死の為に、誇りと勇気を示す為に戦うのだ。」 聞くまでも無いルイズの問いにウェールズは何の躊躇いも無くキッパリと答える。 「殿下も戦死なさるおつもりなのですか?!」 「当然だ。私は王族の務めとして真っ先に死ぬつもりだ。」 ミントは気難しげな表情でずっと二人のやり取りを黙って見守っている。ウェールズの語る王族の誇りや正義、それが全く分からないと言う程ミントも外道では無いがそんな物はくそ真面目な妹のマヤの分野だ… 「殿下、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます。」 「ふむ…聞こう。」 「殿下、何とぞトリステインへと亡命なさいませ!!アンリエッタ姫殿下もきっとそれを望まれております!」 「ルイズ。」 熱を上げてウェールズに語るルイズをワルドが一言制止の意味を込めて呼びかける。 しかしルイズは構う事も無く訴えを続けた。 「お二人が恋仲で在らせられたのならば姫様は絶対にあなたを助けようとなさるはずですっ!!私が姫様より預かった手紙にもそう書かれていたのではありませんか!?」 「それはあり得ない話だよミス・ヴァリエール。何故なら私は既に心を決めている。 それに一国の王女が個人的な感情でその様な文を手紙に書くと思うかね?私の亡命を受け入れると言う事は貴族派、つまりはレコンキスタのトリステインへの進行を助長するだけだ。 君達はそれを妨げる為にここに来た。それでは本末転倒では無いか。」 そうキッパリと語るウェールズの表情は僅かに曇っていた… 「ぁ…………ぅ…」 しかしだからこそルイズはそこに果てしない強固な意志と苦悩を見いだしてしまいそれ以上は言葉を上手く紡げなくなってしまった。 分かってしまったのだ…もはや説得などではどうしようも無いと言う事が… 「さて、そろそろパーティーの時間だ。君達は我がアルビオン王家にとって最後の客、是非とも今夜のパーティーに出席して頂きたい。」 沈んだ空気を払拭する様にウェールズが明るく言うとワルドとルイズはミントを残してウェールズに一礼をして部屋を出て行った。 「…………さて、ミント王女殿下お待たせしたね。」 部屋に残されたのはミントとウェールズの二人。 「悪いわね王子様。時間無いってのに。」 手紙の話の前にミントはウェールズに身分を明かし、事前にやり取りを行っていたのだ。 「構わないさ。さて、早速だが我が王家に伝わる始祖の秘宝及び秘伝だけど秘宝は二つある。 一つはこの『風のルビー』。君達が預けられた『水のルビー』と同様の物だ。これは明日君達がこの城から脱出する際に他の宝物と一緒に差し上げよう。奴らにくれてやるよりも君達に貰ってもらった方が遙かに良いからね。 次に『始祖のオルゴール』なのだが残念ながら以前我が国で起きた騒動によって管理を行っていたサウスゴーダ領から紛失しているんだ。これについては諦めてくれ。まぁ元々壊れているのか音が鳴らないって事で有名だった代物だよ。」 親切丁寧なウェールズの説明にミントはしきりに頷く。 「それと君の国がどうかは知らないが口頭のみで伝えられる様な秘伝らしい秘伝という物は残念ながらアルビオン王家には存在しないよ。」 「そう。それじゃあ最後に…始祖関係で『遺産』『エイオン』『ヴァレン』この言葉に聞き覚えはあったりする?」 ミントの問いにウェールズは瞳を閉じて頭を捻ると真剣に自分の記憶を探す。 だが、それらに該当する知識は生憎ウェールズは持ち合わせていなかった。 「申し訳ないが特には思い当たらないな。」 「そう…残念だわ。」 言いながらミントは真摯に対応してくれたウェールズに満足そうに微笑む。正直遺産の情報などそう簡単には手に入らない事など分かっているのだから。 「わざわざありがとう。それじゃあまた後で。」 「あぁ、パーティーを楽しんでくれたまえ。」 ___ニューカッスル城 セレモニーホール 『全軍前へっ!!全軍前へっ!!アルビオン万歳!!!』 玉座に座る国王ジェームズ一世の演説を終えてアルビオンの最後のパーティーに参列している兵士達は今最高の盛り上がりを見せていた。 その様子をミントは並べられた晩餐を無遠慮に腹に収めながら見つめていた。誰も彼もが明日には命を捨てる…その光景は勇ましくも儚げでミントの食欲を僅かに削がさせる程悲しい物だった。。 「どうだろう、楽しんでくれているかい?」 そんなミントに不意に声がかけられる。 声の主はウェールズで差し出されたのはグラスに注がれた赤ワイン。 「楽しくは無いわ。料理もはっきり言って不味いし。」 ミントの物言いに流石にウェールズも苦笑いを溢すしか無い。アルビオンの料理の不味さはハルケギニアでも有名なのだから。 「ハハ…だが、このワインはどうだろうか?これはレコンキスタの奴らに渡すには惜しいヴィンテージ物でね。自信を持ってお勧めするよ。」 「ん…頂くわ。」 普段積極的にアルコールを飲む事は無いミントも今日は素直にグラスを受け取りウェールズの持つグラスと乾杯を交わすとそっと口を付ける。 芳醇な香りに深い味わい、確かにそうはお目にかかれないであろう良いワインだ… 「あんた…明日死ぬのね…」 「あぁ…先程も言ったが真っ先にね。不躾な頼みだがアンには最後まで勇敢だったと伝えて欲しい。」 そう言ってウェールズはワインを一息に飲み干す。 「男ってのは何でそんなに恰好付けたがるのかあたしには分からないわ…ほんとバカみたい、って言うか間違いなくバカよ…」 ミントもウェールズに倣いグラスの中身を空にする。ミントがこのパーティーを楽しく感じていないのは偏にこの目の前のバカのせいなのだ。 既に想い人の願いをも振り切って自ら死に向かうこの男をミントには説得する術は無い。それでもそれはどこか悲しい話だ… そんなミントの胸中を知ってか知らずかウェールズは再びミントと自分のグラスにワインを注いだ。 「バカ、か…不思議な物だね明日死ぬというのに生まれて初めて言われたよ。………王族というのは中々に生き難いものだ。このバカな男にそんな真っ直ぐな言葉をぶつけてくれる友も居ない。君も王族ならば分かるだろう?」 酔いが回っているのかほのかに赤い顔でウェールズはワインを呷りながら自嘲めいた笑いを浮かべる。確かにアンリエッタに面と向かってバカだと罵る様な人間もトリステインにはいないだろう。 「ハッ、あたしをあんたみたいなのと一緒にしないで貰える?そんな物は言い訳よ。あたしは遺産を手に入れていつか世界を征服して見せるんだから。」 「言い訳か…確かにそうだ。しかし世界征服とは大きく出たね、君は侵略を是とするのか?」 「あたしのする事にかぎってはそれは問題ないわ。だってあたしが世界を征服すれば世界は必然的に平和になるじゃない? それでもあたしの事を邪魔するって奴が居るならボコボコに叩きのめしてやるし、もし反乱なんかが起きるって言うならその前に圧倒的な力を見せつけてそんな気起こさない様にしてやるわよ!! 勿論、この国もトリステインもいつかはこのあたしの物にしてみせるわ。」 自信満々に何の迷いも無く言い放ったミントの言葉にウェールズは思わず目を見開いて呆気にとられてしまう。 何という力押しな解決法だろうか…しかしそれは絶対的な真理でもあるだろう。 「くくく…ハハハ……君とはもっと早く出会いたかったよ。」 「あら、何それ?もしかしてあたしに惚れちゃった?しょうが無いわね~・・・」 「いやいや、そこは否定させて貰おう。僕の心はアンだけの物さ…何、世界とは言わずとも君がアルビオンを征服していてくれていたならばこの様な結末を迎える事も無く僕は唯のウェールズとしてアンと生きていけたのか等と夢想してしまってね。 あぁ、やはり僕は馬鹿だ。ミント王女、いや我が友ミントよ、いつか必ず世界を征服してくれたまえ。僕はそれをヴァルハラで楽しみにしておくよ。」 「言われるまでも無いわ……さて、それじゃあたしはご主人様捜しに行ってくるわ。多分今頃泣いてると思うし。それじゃあねウェールズ。」 ミントはウェールズにウィンクをしてホールを離れて行く。アンリエッタの男で無かったなら景気づけとして最後に頬にキス位はしても良かったかも知れないと少し思う。 「さようならミント…………アンを頼むよ。」 ___ニューカッスル城 庭園通路 「あぁ……居た居たルイズ。」 レコンキスタ軍の度重なる砲撃によって破壊されたのだろう…かつて美しかったであろう庭園を見下ろせる通路の窓辺でルイズは月に照らされてミントの予想通り一人泣いていた。 二人の男女の悲恋と300の人達の無念を想えばルイズはとてもパーティーには出席できる気分では無かったのだ。 「……何でみんな逃げないのよ……死にたがりばっかり…姫様が逃げてって言ってるのに……そんなに名誉が大事なの…?」 そうとう今回の事がショックなのだろう…ミントが辛うじて聞き取れる様な声でルイズはそう呟く。 そしてミントはそのルイズの言動に思わず心の底から呆れ返ってしまった。 「はぁ?あんたがそれを言う?フーケの時も、空賊に捕まった時も、敵を前に逃げたりする位なら死んだ方がマシってあんた啖呵切ってたじゃ無い。」 ルイズに対しての慰めなど一切無い、ミントのその尤もな言葉にルイズは思わず顔を落とす。 「……………そうだけど…でも…死ぬなんて…」 消え入りそうな声でルイズは言った…無論ルイズにも分かっているのだ。 しかしミントもそれを察して慰めてやる様な大人の対応をしてやれる程今は心の余裕など持ち合わせては居ないのだ。だからついきつく言ってしまったのだ。 「あんたさ~…この際はっきり言っておくけどちょっと甘えてんじゃないの? 少なくともあたしは意地でも叶えたい目的の為に命張ってそれこそ化け物を蹴散らしてきたわ。そう、全ては世界征服の為に!! いい?ここに残った人達も自分の為に命張ってんのよ、本人が腹を括ったからにはあんたがそれを否定する事は出来ないの!!」 ミントのその言葉にルイズは勢いよく顔を上げミントをボロボロと涙を溢しながら真っ赤な目で睨み付けた。 「私は甘えてなんか無いっ…何よ!?世界征服??バッカじゃないの!?あんたがやろうとしてる事は結局は侵略でしょ!?レコンキスタの連中と変わらないじゃ無い!!」 売り言葉に買い言葉とも言うべきか…二人の間に冷え切った空気が流れる。 「もう知らない!!ミントなんて!!」 一瞬の間を置いて子供の様な捨て台詞を残しルイズはその場を逃げ出した。 「………全く…」 ミントは肩を落とし明かりの外に消えていくルイズの背中を見送った… これがマヤであったならばこの後は肉体言語による討論へと移るのだろうがどうにもルイズはへたれ過ぎる。 「余り彼女を責めないでくれたまえ。」 ふと背後から声がかけられる。振り返ればそこにはこちら側にゆっくり歩いて来ているワルドの姿があった… 「盗み聞きってのは感心しないわね。」 「それは素直に謝罪させて頂く。しかしどの様な会話が行われていたかまでは聞いてはいないさ。」 「どうだか……」 ミントは苦笑いを浮かべるじワルドをじと目で睨む。 「で?何か話があるんでしょう?」 「あぁ…実は明日、僕はルイズとここで結婚式を挙げようと思う。先程ウェールズ皇太子に結婚の媒酌をお願いしてある、快く引き受けて頂けたよ。」 「はぁっ!??急すぎるでしょ?」 ワルドの突然の話に驚いているミントに構わずワルドはその佇まいを突然正した。 「そう言われるとは思っていましたが是非とも私はあの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたかったのです。 そこで是非ミント殿下にも式に出席して頂きたいのですが一つ問題がありまして…出席して頂いた場合、イーグル号もマリーガラント号も出航してしまい帰りの足が無いのです。 私とルイズの二人ならばグリフォンで滑空すれば問題なく戻れますが…」 ワルドは少し申し訳なさそうにミントに頭を下げた。それはミントに先にアルビオンを発てと言う意味だ。 「あたしはそんなに重くないって-の…まぁ事情は分かったわ。それじゃああたしは先に戻るからラ・ロシェールの宿で落ち合いましょう。」 呆れながらもミントはワルドの頼みを了承する。ウェールズが引き受けたならば結婚などは本人同士の話なのだ。一応使い魔とはいえミントには関係ない。 「感謝致します。それでは…」 そう言ってワルドはミントに会釈すると振り返り来た道を戻って行く。 「ねぇ…ワルド!」 しかし、ミントにはどうしても一つ気がかりがあった… 「何でしょう?」 振り返るワルド。 「おめでとう。ルイズの事、泣かしちゃ駄目よ。」 ミントは微笑むでも無く意味深にそう淡々と言ってワルドに背を向けた。 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十四話『戦う理由』 「ねぇ…まだ食べちゃ駄目なの~?早かろうが遅かろうが結局はあたしの胃袋に入るのは変わらないじゃん…」 ミントは目の前に並ぶ豪華な料理を前にうんざりとした様子でルイズに問う。 「我慢なさい…それともあんた、あのお母様のお叱りをまた受けたいの?」 ルイズも又小声でミントにそう注意をするとチラリと母カリーヌを見やった…厳しい視線はバッチリとミントを捕らえている。 その様子に同じく厳しい視線を送るのはミントをまだ唯の異国のメイジとしか認識していないエレオノールで柔らかくニコニコと見つめるのは一つ下の姉カトレア。 ミントがルイズの実家を訪れて既に一夜が明け、ミントは朝食を摂る為に既に豪華な料理が並んだダイニングルームに招かれルイズと並んで席へと着いている。と、扉が開かれ一人の男性が堂々とした態度で現れた。 端正な髭を蓄え、モノクルを付けたまさに上流貴族、公爵としての威厳に満ちた風格。 ミントは一目でその男性がルイズの父ヴァリエール公爵である事を理解した。 「おぉ、久しぶりだねルイズよ。」 「お久しぶりですわ、お父様。」 何故ならルイズの姿をその目にした瞬間、公爵はその威厳が吹き飛ぶ程にデレデレと頬を緩めたからだ。 「さて…」 キリッと音を立て、公爵の鋭い視線が蘇りミントの姿を値踏みする様に見つめる。それを受けてミントも腰掛けていた椅子から立ち上がると公爵へと澄ました笑顔を向けた。 「初めまして、公爵さん。アンからはどういう風に聞いてるかは知らないけどあたしがミントよ。一応ルイズに召喚された使い魔のね。東方のメイジって事になってるわ。」 「あぁ、初めまして、ミス・ミント。君の事は陛下からは既に三度のトリステインの危機を内々に救った『救国の英雄』でありルイズと共に『大切な親友』だと聞いているよ。 一応ルイズの使い魔と言う事からヴァリエール家預かりの国賓として扱って欲しいとは伺っている。君には迷惑を掛ける形にはなるがこれからも陛下とルイズを頼む。」 「えぇそのつもりよ。一応帰る方法の目処が付くまではね。」 公爵はミントの堂々としたその物言いにアンとマザリーニから聞いて以来半信半疑であったミントが王族であるという話に真実味を感じ取っていた。 「待たせてすまなかった、それでは食事にしよう。」 厳かな雰囲気での食事が一段落付いた頃、唐突に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。 「ルイズ、学園での生活はどうだ?」 極普通にありふれた質問、しかしそれは子を持つ親としては当然の心配であった。 「はい、相変わらず系統魔法に関しては失敗続きですが貴族としての何たるかはミントと共に学園で精一杯学ばせて貰っております。」 ルイズはナプキンで口元をそっと拭いながら父親の問い掛けに当たり障り無く答える。内心嘘を吐く事の後ろめたさと自分の系統が伝説の虚無である事を声を大にして自慢したかったがそれは出来ないのでグッと堪える。 「なーにが貴族としての何たるかを学んでるよ…ついこないだ覚えたのは皿の洗い方でしょうが…」 そんなルイズの内心を知らずミントは隣に座っているルイズにしか聞こえない程の声で意地悪く呟いてクククと笑う。ルイズは引き攣った微笑みは崩さない… 「ふむ、そうか…陛下はお前を高く評価していたがお前のそう言った所を評価して下さっていたのだな…しかしそんな陛下を唆しおって…全くあの鳥の骨め。」 ヴァリエール公爵が苛立たしげに口にしたのはマザリーニ枢機卿の所謂詐称であった。 「何かありまして?」 「先日、ゲルマニアとの共同でのアルビオンへの侵攻が決行される事が正式に決まったのだ。まだ年若い陛下をあの鳥の骨が唆したに決まっておる!!そもそもアルビオンを屈服させるのにこちらから攻め入る必要など無いのだ。 包囲線を密にしいてしまえば浮遊大陸であるアルビオンは直に音を上げるはずだ。今開戦しては兵力も国財をも悪戯に消耗するだけなのだ。」 ヴァリエール公爵はトリステイン国内でも良識ある貴族であるし国境を守り受ける立場にある、故に戦においては必勝を得る為に慎重な意見を持つ。それは決して悪い事では無い。 それでも… 「お父様は開戦には反対なのですか?」 ルイズの意外な問い掛けに一瞬公爵は目を丸くする。 「当然だ、わざわざ攻め入らんでも戦は幾らでもやりようがある。…………ルイズ、お前はまさか戦場に行きたいなどとは考えておるまいな?」 「…私は姫様に忠誠を誓いました。故に姫様が戦場に赴かれるならば共に行きます。」 公爵の言葉にルイズはそうはっきりと答える。予てより既にアンリエッタと共に闘いに赴く事はルイズは心に誓っているのだから… これがルイズにとっての父親への初めての明確な反抗だった… 「駄目よっ!!戦場なんて男の行く所よ、魔法も使えない貴女が戦場に行って何になるというの?」 「ルイズ…私も貴女の意思を尊重したいけどやっぱり心配よ…」 二人の姉からも同様に厳しくと優しくとそれぞれルイズを心配する声が上がる… そして母カリーヌはじっと厳しい視線でルイズを見つめ続けた。 「…ミス・ミント貴女もルイズが戦場に向かおうとしている事を止めないのですか?使い魔であるならば当然貴女もルイズと共に行く事になると思いますが?」 そして以外にもカリーヌが次に声をかけたのはこれまで我関せずといった様子をとっていたミントであった。 当然突然ミントにお鉢が回ってきた事で全員の視線がミントに集中する。 「ミント…」 ミントならば自分を肯定してくれる…そう思うと同時にルイズの脳裏には不安がよぎる。 「そうね…あたしも今アルビオンに攻め入るのは正直どうかと思うわ。」 「ほう?」 「あたしなら…そうね、ここから三年よ。三年あればゲルマニアとの同盟を利用した軍事改革で一気にトリステインの戦力を5倍…いいえ、10倍には出来るわ。勿論やるからにはアルビオンの連中は徹底的にボコボコよ。」 「「……………………」」 軽い調子で語られるミントの馬鹿げた構想にダイニングルームからは一瞬言葉が消え、ルイズは頭痛を抑える様に目頭を押さえて天を仰ぐ… それでもミントはそこで一度切り替えるかの様に表情を引き締めるとその視線をそのままヴァリエール夫妻へと向けた。 「…とは言っても、それはあくまで真っ当な戦争だったらの話よ。あたし達が本当にやっつけなきゃいけない奴は他にいるわ。それには残念だけどやっぱりアルビオンには今攻め込まないといけないと思うわ。 勿論あたしもルイズも前線で戦う訳じゃ無い、狙うのはこの戦争の裏でコソコソと卑怯な真似をしてる黒幕よ。」 ミントのその物言いに先程まで呆れていた夫妻が些かに興味を抱いたらしく崩れた姿勢を正す様に椅子に座り直し視線で続きを促すと静聴の姿勢をとった。 「あいつ等が水の精霊からちょろまかしたアンドバリの指輪を持ってる限りいつ誰がいきなり操られるか何て分かった物じゃないし、死人だって無理矢理操られて戦わされる事になるわ…あのウェールズみたいな事はもうあっちゃいけないの。 あんなふざけた悪趣味な真似をしてくる様な奴らを野放しに出来る?あたしには無理よ。だからアンも戦うって決めたんだろうし、ルイズだってそうでしょ? ルイズやアンが行くからじゃない、まして他の誰かの為なんかじゃ無い、結局あたし達はあいつ等のやり方が気に入らないから自分の意思で戦うのよ。」 「むぅ……アンドバリの指輪とな…」 公爵の表情が一気に曇る。先日のウェールズによるアンリエッタ誘拐未遂事件の顛末は聞いていたが成る程確かにミントの話を信じるとしてアレの存在を失念してはどの様な策も内から崩されるだろう。 「お父様…」 ルイズの思いを勇ましく代弁してくれたミントと同じように、ルイズは決意の籠もった視線を父に向ける。 しかし公爵はしばし唸る様に思案を続けた後に頭を大きく横に振ったのだった。 「ならんっ!!ルイズよ確かにアンドバリの指輪は驚異だ。ならばこそそれを鑑みた戦を我々が考え、トリステインを守るのが務め。 思う所もあるであろう…しかし!!わざわざお前達が進んで危険に飛び込む必要は何処にも無い。 ルイズ、お前はあのワルドの件で少しばかり荒れているのだ…戦が終わるまで屋敷に残れ、そして良い機会だ。婿を取れ、そうなれば自然と落ち着きもするだろう。」 「お父様っ!?」 「この話は以上だ!!わしはお前が戦に向かうのを何があろうと許す気は無い!!」 にべも無く強い口調で言い切って公爵は足早にダイニングから退室していく。ルイズは横暴とも言える父の態度に尚も抗議の声を上げたが二人の姉からそれぞれ嗜める声を受けて結局顔を伏せてしまった。 (…全く…) ミントもヴァリエール公爵の去って行く背を冷ややかに見送る。ルイズもそうだがその父親も不器用極まりないものだ…娘が心配なのは解るがあれを自分の親父がやったらと思うと段々と腹が立ってくる。 結局朝食はそのままお開きになり、ルイズは沈み込んだ気持ちのまま屋敷の自室で無為に一日の時間を過ごし、ミントは殆どその日一日カトレアにせがまれて身体の弱い彼女の話し相手になってやっていた。 自分の見聞きした話、学園でのルイズの話を面白おかしく語り、カトレアからは幼かった頃のルイズの話を聞く。 ついでにお世辞にも良好とは言えない自分のクソ生意気な妹マヤの事を語った際にはカトレアは「それはあなたに良く似てとても素敵な妹さんね。」等と随分的外れな事を言っていた。 ベッドの上から儚げな微笑むカトレアは髪の色と言い、纏っている天然でふんわりとした雰囲気と言い何となくだがエレナに良く似ているなとミントは感じた。 (親父やマヤ…ルウにクラウスさん達元気にしてるかな?………………ベル達やロッドは間違いなく元気ね…) ___ ヴァリエール邸 深夜 「起きなさい…起きなさいルイズ。…ったく、いい加減起きろ、このッ!!」 「ゲフッ!!」 双月が天上に輝く深夜、突然に自室で寝ていた所をミントに無理矢理に叩き起こされたルイズがベッドから蹴落とされた状態からノロノロと立ち上がり、寝ぼけ眼でミントを睨む。 「何なのよミント…こんな時間に人を叩き起こして…」 そう不平を言うルイズだったがそれも当然だろう。しかし、ミントは腰に手を当てたまま呆れた様にルイズを見下ろしたままだった。 「今からここを出て魔法学園に帰るわよ。シエスタにはもう昼間の内にあたしがこっそり用意した馬の所で待たせてるから、あんたも早く出発準備済ませてよね。」 「はい?」 何が何だか解らないと言いたいルイズを尻目にミントがルイズの荷物をさっさと鞄へと詰め始める… 「このままじゃあたし達マジでここに軟禁されるわよ。要するに家出よ。それとも何?あんたここに残って誰とも知らない男と結婚する?何もしないまま。」 「そんなの嫌よ!!」 ここでようやく起き抜けのルイズの思考の靄も晴れてくる…意地悪く言いながらミントはいつの間にか自分の出発準備を整えてくれていた。 ミントに放り投げる様に渡された自分の制服と杖が「ボスッ」と音を立ててルイズの手の内に収まる… 「そう、だったらさっさと行くわよ。」 言ってミントはルイズの返答に対して満足そうに笑った… ____ ヴァリエール邸 大正門 ルイズとミントはこっそりと屋敷を脱して何とか三頭の馬を連れたシエスタと合流を果たした。 道中何名もの遭遇するであろうヴァリエール家の衛士達についてはどうするのかというルイズシエスタ両名の疑問にミントは「眠っててもらうわ。」 と答えていたが結局正門前までそれらしき人物には遭遇する事も無く辿り着いてしまった。 「これは幾ら何でもおかしいわ…ここにはいつだって見張りの人間が居るはずよ。それなのに誰もいないだなんて…」 「でもお陰で誰も傷付けずに済んで良かったじゃないですか~。」 首を捻るルイズに対してシエスタは心底安心した様な表情を浮かべる…幾らミントとルイズの為とはいえヴァリエール家の人間に危害を加えるなど考えただけでも恐ろしい話だからだ。 「……残念ながら、そうでも無いみたいよ…」 「えっ?」 と、ミントは風に流された雲の隙間から覗く月明かりに照らされた暗がりの正門の向こうに立ちふさがる一人の人影を発見して手綱をグイと引くと馬の足を止めさせた。それにならってシエスタとルイズも己の馬の足を止める。 「恐らくはこの様な事だろうと思いました…見張りの者達は今晩は引き上げさせています……彼等ではいざという時に邪魔にしかなりませんからね。」 その静かな物言い、聞き慣れた声ににルイズの心臓はまるで鷲掴みにでもされているかの様な錯覚を覚え、顔中から脂汗が吹き出しそうになる… 「か…母様…」 そして、思わずミントの背中にも冷や汗が伝う…それほどの威圧感が目の前に立ちはだかる人物からは放たれていた。 「己の意思を貫くは尊き事…ですがそれには伴った力が必要なのです。貴女達が行く道は厳しき茨の道、それを思えばこの『烈風』という障害程度…見事乗り越えてみせなさい。」 『烈風』といえば生きた伝説のメイジ、一度その名が戦場に響けば敵は恐れおののき竦み上がり、味方は高揚するどころか巻き添えを恐れてその場から撤退を始めるという… その正体はルイズの母親カリーヌ・デジレであり、引退したとはいえ未だハルケギニア全土でも並ぶ者のいない無双の勇士。それを己を程度と評し今ミント達の前に立っている… 烈風が杖を振るい、風が夜を裂く様に踊る… ミントはいつの間にかすっかり乾いていた自分の唇をペロリと舐めるとデュアルハーロウを構えて馬から飛び降り、背に背負ったデルフリンガーの鯉口を切る… 「起きなさいデルフ、あんたの出番よ。」 「…起きてるよ、相棒。あんだけやばい相手を前にして寝てられるかよ。」 そうして遂に鉄仮面で口元を隠しているルイズの母親と対峙するのだった… 「…上等よ…………出し抜いてやろうじゃない…」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第二十話『新たな魔法』 「ワルドォッ~~~~~~~~~~~~!!!!!!」 窮地に陥っていたルイズの耳に聞き慣れ親しんだミントの声が聞こえた。 何故アルビオンを発っているはずのミントが此処に居るのか?何故ワルドを既に敵視しているのか?等、疑問を浮かべようとすれば幾らでも思い浮かぶだろうがルイズは今そんな些末事を気になど出来ない。 ルイズの視界の先で礼拝堂の扉を蹴破ったミントは脇目もふらず走り出すとワルド目掛けて跳躍し、必殺の跳び蹴りを放つ。 (ミント…来てくれた。) その勇ましい姿が安堵を与えルイズのギリギリまで張り詰めていた緊張の糸を緩め、目からはまるで関を切ったかのように止めどなく涙が溢れ出した。 ミントの跳び蹴りをワルドは半身を反らせる様に最低限の動作で回避し、驚きもそこそこに油断無く目の前の少女へと杖の先端を向ける。 「これはこれはミント王女、随分と乱暴な登場ですな…船には乗船されなかったので?」 華麗に着地したミントはその場でくるりとターンするとワルドに向き直り、チラと蹲るルイズを目視した後、手にしたデュアルハーロウを突きつける。 「ルイズ、生きてるわね!?」 「うん…うん!!でもウェールズ皇太子殿下が…」 しゃくり上げる様なルイズの声を聞き、ウェールズの姿をその目にしたミントの頭に血が上る…その度に左手に刻まれたルーンは熱く激しく脈動した… 「ワルド…あんた、あたしを怒らせたわよ。」 「それはそれは……恐怖のあまり身ぶるいが止まりませんな。」 ワルドはそう言って言葉とは裏腹に余裕ありげに肩を窄ませ含み笑いを浮かべる。 「それはそうとミント王女、私から君に提案がある…この話は本来ならばルイズをこの手にすると同時に持ちかけようと思っていたのだが…」 「提案??」 「その通りだ。ミント王女、私と共にレコンキスタの元に来るつもりはないか? 我等レコンキスタは国境を越えた正しき貴族の連名。その最終目的は全ての国家を統合しエルフ共がブリミルより奪った聖地の奪還という崇高な使命にある。 私は余りこう言った品の無い直接的な言い方は好まぬが、君の目指す世界征服と我等の目指す国家の統合…本質的には似ているとは思わないか? そして君は始祖の使い魔である『ガンダールブ』のルーンをその身に宿す人物だ、我等レコンキスタは間違いなく諸手を挙げて君を歓迎するだろう。」 ワルドはそう言って杖を持たない左の腕をゆっくりとミントへと誘う様に差し出した… 「それに直に此処にはレコンキスタ五万の兵が押し寄せる。どちらにせよ最後の脱出船に乗らなかった以上、君が生き残るにはこの私の誘いを受ける以外に術は無い。」 そう、ワルドの言う通り既にミント達にはアルビオンを脱出する手立ては事実上無くなっているのだ。 その様な条件を突きつけられ、ミントのワルドへの返答は決まり切っていた… 「はっきり言ってやるわ!!お断りよ。ワルド、あんたのやり方ってば陰険で陰湿で、いちいちムカつくわ! 味方の振りなんてして裏ではこそこそこそこそと余計な手を回して!!挙げ句の果てには乙女の純情踏みにじって結婚詐欺!!? あんたみたいな、ふざけた奴はボコボコにしてやらないとあたしの気がすまないのよ!! それにいっとくけどアルビオンもトリステインもいつかはこのあたしが支配するの。つまりあんた達はあたしの国を土足で踏み荒らしてくれた訳よ! レコンキスタだかレンコンスキダだか知らないけど、この落とし前…きっちり付けさせて貰うわ!!」 ミントはそう言い放ち、ずいと一歩ワルドへと歩を進める。 ワルドはミントの物言いに思わず目眩を覚える感覚に陥り、呆れる様に溜息が零れる…内心説得に応じるとは思っていなかったが目の前の少女はもう言っている事が無茶苦茶だ… 「フッ…残念だよ、やはり結局はルイズと同じで我等に与する気は無いか…しかし結果としては逆に君の様な馬鹿げた人物を受け入れなくて済むのは良かったのかも知れない。 最後の情けだ…全メイジで最強と謳われる風のスクウェアたる私がこの手でウェールズの様に此処でルイズ共々始末してやるぞガンダールブ!!」 「ケリをつけてやるわ、ワルドっ!スクウェアだかなんだか知らないけどあたしの魔法で……ボコボコよっ!!!」 ミントが叫ぶと同時に両者が魔法を撃ち出す… 結果として相殺した両者の風の魔法によって向かい合った二人の間で空間が強烈な衝撃波を伴って弾けた。 ミントとワルドはその衝撃波を合図にして、申し合わせたかの様にそれぞれ同時に後退し、互いの距離をとって睨み合う。 ミントは自分の後方に居るどう見ても戦えそうに無いルイズをこれから戦闘に成るであろう空間から退避させる為。 ワルドはより長い詠唱を必要とする自身の扱う最強の呪文の詠唱を行う為に… 「ルイズ、立てるわね?後はあたしに任せて下がってて。」 「………うん。」 ルイズは素直にミントの言葉に従ってヨタヨタとした足取りで礼拝堂の隅へと移動する。途中自分の杖を見つけはしたが損傷が激しくもう使えそうには無かった。 「小手調べとはいえまさか私の風の魔法を相殺させるとわな…王女よ、やはり君を相手取るのに油断は出来そうに無い。故に何故風のメイジが最強と謳われるかを見せて差し上げよう。…ユビキタス・デル・ウインデ!」 詠唱を終えたワルドは自身を睨みながらデュアルハーロウを構えたミントに対し口上を上げると呪文を唱える。 だが、ミントはそんなワルドにいちいち付き合う義理は無いと言わんばかりに構わず魔法を撃ち出す。 ミントの魔法によってワルドの丁度頭上に現れた無数の氷の槍…タバサが得意とする『ジャベリン』に酷似したその魔法の名前は『アイシクル』。自分の周囲では無く直接標的の頭上で生み出されるというその性質の違いがワルドの虚を突いた。 だがワルドは杖を振るうと風を纏い、アイシクルを素早い反応で身を捻りながら大きく後方へと飛び上がる様に回避する。 そして再び地に足を付けると次の瞬間には何故かワルドの姿は空間ごとぶれる様に歪み、ミントの目の前で五人に増えていたのである。 「なぬっ?!増えた??」 その光景に驚き、思わず魔法を放つ手を止めたミント。 「風のユビキタス……俗に偏在と呼ばれる魔法でね、風の吹くところ、何処となくさまよい現れ、その距離は意思の力に比例する…」 五人に増えたワルドから発せられた声が礼拝堂にこだまする。そしてその中の一人がまるでミントに見せつけるかの様に懐から何かを取り出した。 それは見覚えがある白い仮面。 その仮面を被るワルドの所作…ミントはそれを一目見て全てを察した… 「あの仮面のメイジもあんただったって訳ね…」 「その通りだ。君にはあそこで退場して貰いたかったんだがね…」 言って五人のワルドが杖を振りかざし一斉に散開しミントに躍り掛かる。ワルドの最早この戦力差は覆す事など出来はしないだろうという確信と油断を持っての行動だ。 だが、ミントはその状況を冷静に見極めると引く事も怯む事も無くそれと違わぬタイミングで一つの魔法を発動させた。 黒色の魔法タイプ 『ハイパー』 かつて怪炎竜ウィーラーフが恐れ、封印を施した程の凶悪な魔法… 魔力を帯びた暗黒の閃光がミントを包んだと思った瞬間、ミントの足下が爆発する様に弾け、ミントの姿はその場から消えさる。結果としてワルド達が放ったエアハンマーとエアカッターは正に空を切る事になった。 そして次の瞬間にはミントに対して迂闊にも丁度真正面の位置を取っていた仮面を付けたワルドの顔面が無残にもデュアルハーロウの殴打によって仮面もろともに力任せに打ち砕かれる。 『闇の一撃』と名付けられたその魔法は一瞬の間だけではあるが限定的にミントの身体能力を桁違いに跳ね上げる効果を持つ。 無論、その効果には落とし穴もある。一つはハイパーの魔法全般に言えるが燃費が極端に悪いのだ。もう一つ、効果の維持が本当に瞬きする程度の時間でしかない事だ。 またその間の行動はミント自身の反応速度を明らかに超えてしまう。その為魔法の発動中、その行動ははっきり言えば真っ直ぐ突っ込んで敵を全力で殴るという使い方以外実質出来ない。 「チッ…ハズレか…」 仮面を付けていたワルドの身体が風に溶ける様に消滅するのを見てミントは舌打ち混じりに周囲を警戒しながらその場から直ぐに離れる。 ミントは様々な場所で無数のモンスターと、時にはゴロツキや別の冒険者等と多数を同時相手に一人で戦ってきた。そういう状況で一番不味いのは完全に包囲された状況だ。 ミントはワルドの魔法の的にならぬ様、礼拝堂の柱と壁を利用しながら足を止める事無く走る。 ワルドもまたミントを追うようにして二人を、待ち受けるようにして残った二人をと意思統一の出来た偏在だからこそできる抜群のコンビネーションでミントを追い詰めていく。 その間にミントの放った追尾性能の高い雷の魔法『トライン』がワルドの偏在の一人を焼いたがやはり攻撃に移ったミントのその隙を逃さず、ワルドの放ったウィンドブレイクがミントを吹き飛ばし、その身体を容赦無く壁へと叩き付けた… 「げふっ…!!」 「ミントッ…」 ルイズは不安に押しつぶされそうになりながらも立ち上がろうとするミントからは目を離さず始祖へと祈り続ける。もはや自分に出来る事はミントを信じて祈る事だけだ。 普通の人間なら間違いなく決着となっていたであろうウィンドブレイクの直撃を受けて尚、歯を食いしばり立ち上がったミントに対してワルドは偏在の一人をエアニードルの魔法を使わせて突貫させる。 「その首貰うぞ!ガンダールブ!!」 内心ワルドはミントの戦闘能力に対して驚愕していた。未だかつて全力で相対して自分の偏在を二人も打ち破った敵などワルドにとっては初めてだった… ここでわざわざエアニードルで近接戦闘を行うのも偏にミントへの評価の表れだ。エアニードルがミントを貫けばそれで良し、 思わぬ魔法なり方法なりでこの窮地を凌いだならば控えた本体ともう一体の偏在のライトニングクラウドで確実な止めを刺す!! 魔法の発動は間に合わないと即座に判断し、偏在のエアニードルをミントは両手持ちしたデュアルハーロウで袈裟切りに力任せに打ち払う。 杖を折られながらもワルドの偏在はそのミントの行動に対しニヤリと勝ち誇ったように笑った。 杖を持っていなかったワルドの左手は振り抜かれたデュアルハーロウのミントが握る方とは反対側をを握り込む。既にライトニングクラウドは発動体勢にある。 「魔法は使わせん!逃しもせん!さぁ、私と共に雷雲に焼かれ「離っせ!!」イィッッ!!!!!!!!」 突然ワルドの偏在は何とも切ない悲鳴のような声を上げて泡を吹きながら全身から力を失い膝を突く… ワルドの股間にはミントの足が深々とめり込んでいた。偏在を通し本体のワルド自身にも男として薄ら寒い感覚が背中を走る… 「だが、とったぞ!!」 「ミントッ、危ない!!」 二人のワルドの杖から同時に強烈な紫電がほとばしる…同時にルイズの悲鳴にも似た絶叫がミントの耳に届いた… (やばっ…!!!!) そう思うとほぼ同時にミントは雷を逸らす為デュアルハーロウを放り投げようとしたが、ある意味で死んでしまったワルドの偏在が最後の力を振り絞り未だそれを邪魔している。 しかし万策尽きたと思われたその瞬間、ミントの背中でデルフリンガーが鍔を鳴らした… 「相棒!!俺を抜けぇっ~~~!!!!」 デルフリンガーの叫びと同時にワルドの杖からはライトニングクラウドが撃ち出された… 「燃え尽きろガンダールブ!」 ミントはあれこれ考える間もなく咄嗟にデュアルハーロウを手放しデルフリンガーの言葉に従うように背にした鞘からデルフリンガーをするりと引き抜いた。 ライトニングクラウドが迫る中、なんとミントの手に握られたデルフリンガーはその錆び付いた刀身でワルドのライトニングクラウドをまるで当たり前のように吸収してみせる。 そしてライトニングクラウドを飲み干した瞬間、デルフリンガーの刀身が眩い光を放ち、錆び付いていた刀身はまるで今磨き上げたばかりだというような輝きを放ち始めた。 「な…に…?」 その光景にワルドを始め、その場にいる全員が呆気に取られている。 「いやぁー忘れてたぜ!これが俺のほんとの姿だった!かつて六千年前にガンダールヴに振るわれていた伝説の剣!!それがこのデルフリンガー様よ!!」 デルフリンガーは愉快そうに再び鍔を鳴らした。 「ちょっと…あんたそんな便利な能力あるんだったらさっさと教えなさいよ。」 言ってミントはデルフリンガーの刀身をじと目で睨む。助けられはしたが腹が立つ剣だ。 「んなこと言ったって忘れてたんだから仕方ねえだろう。思い出させたのはお前さんだぜ、相棒。さっきからビンビン来てたお前さんのとんでもない心の震えが俺の記憶を呼び覚ましたんだ。」 「心の震え?あんた確か前もそんな事言ってたわね…」 「ああ。怒り、悲しみ、愛、喜び……。何だっていい大きく心が震えれば、それはそのままガンダールヴの力になる。」 「ふーん……」 デルフリンガーに改めてそう言われてミントは納得した。 不思議な事にワルドとの戦闘中、ミントは魔力を結構消費していたがそれ以上に沸き上がるような勢いで魔力が回復しているのだ。 「あんたって…もしかして遺産だったりしてね…」 改めてデルフリンガーを眺めてミントはそんな冗談を呟いて口元を緩める。 「相棒っ!!」 デルフリンガーの反応に合わせてミントは自分へと襲いかかってきた突風を切り裂く。 ミントの視線の先ではウインド・ブレイクを放った姿勢のまま、ワルドがわなわなと震えていた。 「何だ…その剣は!!魔法の吸収等……」 「へっ…吸収だけが脳じゃ無いぜ!!相棒、お前さんになら解るだろう?俺様の力がよ!!」 饒舌なデルフリンガーに対してミントは答えを返さないままただ口角をつり上げる… (だが…奴は魔法の要を失った。である以上!!) ワルドは再び冷静さを取り戻すと杖にエアニードルの魔法をかけて偏在と共にミントへと接近する。 「魔法の渦の中心に杖がある以上、この魔法は吸収できまい!そして閃光と謳われた私の剣技、それもそれが二人同時だ!…もはやこれまでだ。」 一人目のワルドの放つ青白く輝く杖の初手をミントは素早く回避して見せる。続いて二人目の斬撃をデルフリンガーの刀身で容易くいなしてみせる。 ワルドの推察通り、杖を中心とした魔力をデルフリンガーは吸収しきれなかった様だったがミントにとっては最早そんな事はどうでも良かった。 「貰ったぁ!!…??」 再び一人目のワルドが踏み込もうとする…だがそれは視界を遮るように突然巻き起こった炎によって阻まれる事になる。 「何っ、炎だと?」 予想外の事態にワルドが怯んだ次の瞬間、ワルドの胸を燃えさかる炎を纏ったデルフリンガーの刃が貫いた。 「何…だと…そんなバカ……な……ぐぁぁぁっ!!!!」 胸を貫かれ、身体の内から焼き尽くされたワルドの最後の偏在の身体が消滅する… ミントは最後のワルド…必然的に本物へと向き直るとデルフリンガーの切っ先を突きつける。その刀身は先程まで燃えさかっていたにも関わらず今は既に何やら黒い靄の様な物を纏っていた。 「聖地の奪還だかなんだか知らないけど……。ひとたび、あたしを怒らせたらワルド、あんたに勝ち目はカケラもないっ!ボコボコよ!! 魔法【デルフ】をゲット! 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第二十四話 『開戦』 タルブ村からミント達がヘキサゴンを接収して戻ってきて数日が過ぎた。 今日はトリステインとゲルマニアの同盟調印式の日である。つまりはアンリエッタとアルブレヒト3世の結婚式の日でもある。 それは取り敢えず置いておいて… やはりミントが予想していた通り、オスマンが保管していたカノンオーブはタルブのヘキサゴンに合致していた為、ミントの交渉術によってカノンオーブは何事も無く無事オスマンから譲り受ける事に成功した。 問題のヘキサゴン自体はオスマンが施していた固定化の御陰で劣化も少なくコルベールとギーシュを筆頭に大勢の人間がガンダールブの能力を発揮したミントの指示によって整備と改修を行っていた。 そして… ___魔法学園 早朝 「やぁ、おはようギーシュ。…今、君はそれは一体何をしているんだい?」 魔法学園の敷地の隅にあるコルベールの研究室の前に広がる広場を訪れたマリコルヌは安置されたヘキサゴンの下に潜り込んでゴソゴソと作業を行うギーシュに声をかける。 「おや、おはようマリコルヌ、見ての通りさ。外装に痛みや歪みが無いか調べているのさ。 知っての通りこいつも昨夜ようやく起動実験に成功したんだよ。僕が個人で出来る事と言えばこれ位だからね。」 額に浮かんだ汗を拭って爽やかな笑顔でギーシュは友人であるマルコリヌに語る。 「所でマリコルヌ、君は王女殿下の式典に参加するんだろう?こんな所でゆっくりしていていいのかい?殆どの生徒が昨日には魔法学園を発っているというのに…」 「それは僕の台詞だよギーシュ。僕は父上と母上が王都に向かう途中馬車でここに立ち寄る予定だから乗り合わせていくんだ。だからまだまだ平気なんだよ。」 「成る程ね…僕は、フフフ…トリスタニアには完成したばかりのこいつでミント君と向かうんだよ。」 ギーシュは誇らしげな笑みを浮かべて朝露に濡れたヘクサゴンの黄土色のボディを見上げる。 「へぇ~そいつは凄いね!!僕は最初君がこんな怪しげな物に夢中になっていた事に驚いたけど今じゃ心から羨ましく思えて仕方が無いよ。」 「ハハハ…ヘクサゴンならきっと君もいつか乗せて貰えるさ。何なら僕からミント君に頼んで上げるよ。」 ギーシュと共にヘクサゴンを見上げるマリコルヌはそのギーシュの提案に微妙に表情を曇らせる。 「ありがとう、でも僕が君を羨んでいるのはそれだけじゃ無いんだよ。」 「と言うと?」 「君はモンモランシーと付き合っているだろう?それなのにミス・ミントとアルビオンに向かったと思えば今度は宝探しの冒険、それにここ最近はずっと一緒にヘキサゴンをいじっていたじゃないか。 そして君は多分学園の誰よりもミス・ミントと親しい。」 「マリコルヌ、まさか君はミント君に…」 「いやっ、そうじゃないんだ!そうじゃない、ただ毎日が充実しているようで君が羨ましいなと…僕もヘキサゴンの修復作業に参加しておけば良かったと今更ながらに思うよ…」 慌てて否定しながらも顔を赤くしたマリコルヌの言葉の語尾はどんどん小さくなっていく。 「ふむ、ミント君は確かに魅力的な女性だからね…ところでマリコルヌ、こいつを見てくれ。 どう思う?」 ギーシュは友の悩みに無粋に踏み込む事をせずただ視線をヘキサゴンへと向けた。次いでマリコルヌもヘキサゴンを改めて見上げる。 「すごく…大きいです。」 言ってマリコルヌは無意味に頬をほんのり朱に染める… 「いや………大きさの話じゃ無くてね……少々、この色では彼女が搭乗するには無粋というか…地味だとは思わないかね?」 「う~ん、確かにそうだね。」 「今からでも遅くは無いさマリコルヌ、僕一人ではこいつを彩るには些か苦労するかも知れない。 だが、君が一緒なら心強いんだがね。」 ギーシュは言って近くの資材小屋に目配せした。そこには本来使用人達が使用する塗装用品が保管されていた。 「ギーシュ………うん!素晴らしいアイデアだよ。色は彼女の緋色の髪をイメージして赤色が良いんじゃ無いかな?」 マリコルヌはギーシュの提案に笑顔で答えると用具倉庫へと我先にと駆けだした。 「あぁ、素晴らしいよマリコルヌ!!そうだ、考えたらヘキサゴンという名前も少々無骨ではないか?彼女の為にもっとエレガントでスペシャルな名前をこいつに付けてあげようじゃ無いか!!」 「ギーーーーシュッ!!それ、最高にCOOOOOOLLLだよっ!!!」 こうして昨晩も遅くまで作業を行って疲れ果てていたミントがルイズの部屋で爆睡している間に暴走した二人の少年の魔の手がヘクサゴンへと伸びていたのだった。 でっ!! 「何よこれ…」 ヘキサゴンの変わり果てた姿を目にして思わずミントはそう言葉を漏らす… 「どうだい?君の髪の色をイメージして鮮やかな赤で仕上げてみたんだよ。おっと、これはマリコルヌのアイデアでね、彼はこいつを仕上げる為にとても頑張ってくれたんだよ。」 爽やかに髪を掻き上げるギーシュと照れたように頭を掻くマリコルヌ… 「あ…そう。ありがと…」 ミントは未だ呆然と赤く染まったヘキサゴンを見上げたまま気の抜けた礼を二人に返す。別に塗装をしてくれるのは構わない、しかし流石に驚いた… 「そして、こいつにはヘキサゴン改め、新しい名前を付けさせて貰ったんだ!」 「えっ??(嫌な予感しかしないんだけど…)」 『その名も!!』 さらにギーシュとマリコルヌの暴走は止まらない。二人して無駄に格好いいポーズを取ると高らかに新たなヘキサゴンの名を叫んだ。 「スカーレット!!」 「タイフーン!!」 「エクセレント!!」 『ガンマさ!!』 「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………却下。」 ミントは二人の少年を一言でバッサリと切り捨てた… (ハァ…何でこうも男ってのは訳の分からない名前をつけんのよ…) そのミントの一言に命名者の二人はガックリと肩を落とすが本当に肩を落として項垂れたいのはミントだ…二人は知らないが『スカーレットタイフーンエクセレントガンマ』という乗り物は既にミントの世界にあるのだ… 「おい相棒、いそがねぇと不味いのにこんなにのんびりしてて良いのかよ?」 っと、突然ミントの背でデルフリンガーが鍔を鳴らし、ミントは今はこんなにのんびりしている場合では無い事を思い出した。 「あ、そうだった。あのさ、詳しい事は分からないけど結婚式に参列する予定だったアルビオンの艦が攻撃されてトリステインとアルビオンが交戦始めたらしいから結婚式中止らしいわよ。 あたしはこれからヘキサゴンでアンリエッタの所に行くわ。きっとルイズも一緒にいるだろうからね。」 『なっ……なんだって~~~~!!!!??』 現在トリステイン城は蜂の巣を突いたような騒動に陥っていた… トリステインとの不可侵条約を結んでいたアルビオンの艦隊が今回の結婚式典に参列する為に新皇帝『オリヴァー・クロムウェル』を乗せた旗艦『レキシントン』の一団がラ・ロシェールの上空に現れたのは数刻前… その際、レキシントンから放たれた礼砲に対する返礼の砲をトリステインの艦が撃った時に事件は起きた…実弾を伴わない空砲に会わせ、アルビオン側の戦艦が何故か一隻爆発、炎上したのだ。 これに対し、アルビオン側はそれをトリステインからの宣戦布告と見なし、レキシントンの誇る長射程大砲で旗艦『メルカトール号』を含むトリステイン艦隊を壊滅させた。 無論、この一連の出来事はアルビオン側のトリステインのゲルマニアとの同盟阻止の為の卑劣な陰謀であったが最早事実などは関係なく、 アルビオンの軍は驚異的な進軍速度でタルブ村とラ・ロシェールの上空を制圧し、既に開戦は避けられぬ状態に陥っていた。 ___トリステイン城 軍議室 トリステイン王宮に、国賓歓迎のためにラ・ロシェール上空に停泊していた旗艦『メルカトール』号を含むトリステイン艦隊が全滅したとの報と共にアルビオン政府から宣戦布告文が王宮に届けられた。 『貴国ハ不可侵条約ヲ無視シ、理由モ無ク我艦ヲ攻撃シタ事ニ、神聖アルビオン共和国政府ハ憤慨ノ意ヲ表ス。自衛ノ為神聖アルビオン共和国政府ハ、トリステイン王国政府二対シ宣戦ヲ布告ス』 結婚式の為にゲルマニアへのアンリエッタの出発でおおわらわだった王宮はその突然の事に騒然となり、すぐさま大臣や将軍達が集められ会議が開かれた。 しかし、会議は紛糾するばかりで少しも進展しない。 口々にアルビオンに急使を送りトリステインの先制攻撃が誤解である事を正すべきであるとか、ゲルマニアに使いを派遣し軍事同盟に基づいて軍の派遣を要請すべきだ。等無難な意見は出ても誰もが結論を出せぬまま悪戯に時間ばかりが流れてゆく。 その会議室の女王マリアンヌの隣にはウェディングドレス姿のアンリエッタの姿もあった。 既に不毛な緊急会議が開始され三時間近くが経過している。 「我が方は礼砲を発射しただけだと言うではないか!偶然による事故であると言う事を早急にアルビオンに打診すべきだ!」 「そうだな、全面戦争へと発展する前に、アルビオンに特使を派遣し、双方の誤解が生んだ遺憾なる交戦であったと言う事を明らかにして置くべきだ。」 現在トリステインの政務を取り仕切っているマザリーニ枢機卿も、このアルビオンに特使を送る案が最も妥当であろうと結論付けると早急に特使の手配を決定した。 「お待ちなさいマザリーニ!!」 しかし、これに異を唱えたのはこれまで黙して会議の成り行きを見守っていたアンリエッタだった。会議に参加していた貴族達はやおらアンリエッタへと視線を集中させる。 一喝と共に立ち上がったアンリエッタの瞳は今強い決意と意思を秘めていた。迷走する会議の間その指先に填められた風のルビーを見つめてずっと考えていたのだ… 「あなた方は恥ずかしくないのですか?国土が敵に侵されていると言うのに、同盟だの、特使だのと騒ぐ前にする事があるでしょう?」 「しかし、姫殿下、我らは不可侵条約を結んでおったのだ、これは偶然の事故が生んだ誤解から発生した小競り合いですぞ…」 恰幅の良い貴族がアンリエッタを宥めるように進言する。するとアンリエッタはキッと強い視線でその貴族を睨み付けた。 「チェレンヌ殿、偶然の事故とは随分と都合の良い物なのですね、アルビオンに味方する傭兵が偶然集結していたと仰るのですか? もとより条約を守るつもりもなかったのでしょう。時を稼ぎ、条約など我々の虚を突くための口実に過ぎません。アルビオンは明確に戦争をする意思を持って、全てを行っていたのです!!」 「しかし、姫殿下……」 「我らは何のために王族、貴族と名乗っているのですか?こうしている間にも民の血は流され、大切なものを奪われていくのです!その力無き彼らを守るために我ら貴族の務めではありませぬか?」 そのお飾りの姫と暗喩されていたアンリエッタの口から出たとは思えぬ勇ましい言葉にもはや誰も、言葉を返せなかった。 「あなた方は怖いのでしょう?アルビオンに敗れる事が。そして敗戦後、反撃を率いた者として責任を取らされたくないと。ですが、そうしてアルビオンに恭順して生きながらえ、傷ついた民の前に立ち、尚も貴族と名乗るつもりですか?」 「アンリエッタ…」 母マリアンヌは娘のその剣幕に圧倒されながら娘へとおずおずと手を伸ばす。だがアンリエッタはそんな母の手を振り払うように言葉を続けた。 「よろしい、ならば軍をわたくしが率いましょう。あなた方は好きなだけこの会議室で踊っていればよろしいですわ!わたくしの馬車を!近衛!参りなさい!」」 マザリーニや数名の貴族が会議室を飛び出そうとする王女を押しとどめようと立ちはだかる。 「なりませぬ!姫殿下!お輿入れ前の大事なお体ですぞ!」 「退きなさい!!結婚一つで今ある危機を救う事ができますか?今この国を!民を守れるのは杖を手にする貴族だけです!!!」 アンリエッタは叫んだ。 そのアンリエッタの言葉に賛同するかのように魔法衛士隊の面々が集まり、一斉に杖を掲げて敬礼して会議室の扉を開いた。 そして… 扉の先にてアンリエッタを待ち受けるようにかしずいていたルイズはゆっくりとその顔を持ち上げる。 「姫様…この不祥ヴァリエール家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエール、是非とも姫様のお供をさせて頂きたく存じます。よろしいでしょうか?」 「ルイズ…えぇ、頼りにさせて貰います。」 ___ 「ルイズ…わたくしは将軍達が特使だの交渉だのと話している間、ずっと考えていました。」 アンリエッタは純白のドレスの裾を乱暴に裂いて自分専用の幻獣ユニコーンに跨がる… 「何を…でございますか?」 「彼女…わたくしと同じ王女であるミントさんならばどうするかをです…彼女ならばきっと…」 アンリエッタは視線を空へと向ける…その先には小さくではあるがレキシントンの巨体が映っていた。 「…決まっています。」 ルイズは確信の言葉を持って頬を少しだけ緩めると自慢の使い魔の顔を思い浮かべる… 「始祖よ、我等に加護を。ウェールズ様わたくしに一時の勇気を……これより全軍の指揮をわたくしが執ります!各連隊進めっ!」 アンリエッタは風のルビーに祈りを捧げると水晶の杖を振りかざした…ユニコーンの嘶きと兵士の怒号が城門を揺らす。 トリステイン対神聖アルビオン共和国 【開戦】 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第九話『土くれのフーケ参上』 ミントを召喚してからルイズの周りには少しずつではあるが確実に変化が起きてきていた。 今までルイズをゼロと罵っていたクラスメート達はギーシュとミントの決闘を見た事によってルイズの使い魔の力をその目に畏怖の心と共に焼き付けた。 メイジの実力を計るなら使い魔を見ろと言われるがミントの力を見ればその主であるルイ ズは只者では無い事になる。 その為公然とルイズを蔑む様な真似をする様な者は明らかに減っていた。 またそのミントが意外にもキュルケやタバサを始め、他の生徒や使用人達にも交友関係を地味に広げているのだ。 ただしミントに喧嘩を吹っかけたりその逆鱗に触れた事でボコボコにされた生徒も何人かはいるが… またルイズの方でもミントを介してキュルケとタバサと過ごす時間が増えた為今までの様にくだらない揉め事を起こす機会も減っていた。 そして… 「デル・ウインデ!!」 呪文の詠唱と共に起きる爆発… 授業が終わり、日が暮れてからここ最近は毎日中央塔の真下の広場で断続的な爆発が続いていた。 「相変わらず駄目駄目ね、ルイズ。」 「煩いわね、自分でも分かってるわよ。」 爆発の原因はやはりルイズでありそれに駄目出しをしているのはキュルケだ。 しかしルイズはもうキュルケに爆発を笑われても気になどしない。 ミントが以前言った様にこれはあくまでも爆発魔法の成功なのだ、かと言って系統魔法の使用を諦めた訳でも無い。 とにかく周りを見返すにはこの爆発を完璧にコントロールするか普通に魔法を成功させるしか無い、そう結論づけて以来ルイズはめげる事無く毎日こうして魔法の特訓に明け暮れていた。 「ファイアーボール!!」 そしてまた爆発。 その間ミントは何をしているかと言えばそれは意外にもタバサと読書である。 しかしミントはハルケギニアの文字が読めなかったのだがここで意外な解決策があった。 「で、ブルミルが残したのが四つの国にそれぞれ伝わる指輪と秘宝なんだとよ…」 「ふーん…あたしの経験と勘じゃそれって多分何かの封印とかの解除の鍵ね。それにしてもあんたを買って正解だったわ。」 そう、デルフリンガーである。 デルフに本を朗読させてミントは本の内容を頭に入れる。 「俺は今お前に買われて逆に失敗だったって思ってるぜ相棒。ひたすらブリミルの伝説や財宝に関する本を読まされ続けるなんて生まれて6000年想像だにしてなかったぜ。」 「はいはいご苦労さん。」 愚痴るデルフを鞘に収めてミントは本を閉じる。正直こういう勉強のような事は性に合わないが今は必要な事だと割り切る事にする。 「おーいルイズー、そろそろ上がるわよ~。」 「そうね…今日はここまでかしら。」 日も沈み、きりも良い頃だ。 幾らタバサが周囲にサイレントの魔法を掛けていてもそろそろ爆発の光と振動に文句を言う生徒も現れる頃だ、ミントの切り上げを促す声にルイズも額の汗を拭って答える。 そんな四人の様子を草むらの影から覗いていた人物が居た。 (さて、やるなら今夜かね?) その人物の名はミス・ロングビル、又の名を怪盗土くれのフーケと言う。 ここ数日のルイズの魔法特訓の事は最早学園中に知れ渡っている、 つまり例えフーケが巨大なゴーレムを使って中央塔の宝物庫の壁をぶち破ろうとした所で目視で無い限りはルイズの訓練の一環と周囲は思うだろう。 こんな強引な手は避けたかったが魔法学園の宝物庫は掛けられたロックの魔法と固定化の魔法が強固過ぎてフーケの練金ではどうにもならない、 コルベールから引き出して得た情報では突破はやはりゴーレムによる壁の破壊しか無い。 フーケ個人の都合として早く仕事を終えて待たせている妹のような少女の元に戻らなければならない以上決行は早い方が良い。 様々な思いと思考が巡る中ロングビルことフーケが杖を抜き放ち地面に向かって詠唱を始めると地面が盛り上がり、あっという間に広場に巨大なゴーレムが現れた。 「何あれ…」 一番最初にそれに気が付いたのはタバサだった。 だがそれを口に出したのはミント、次いでミントの一言にルイズとキュルケも月を隠す様にそそり立つゴーレムを見上げる。 「何ってゴーレムよね…」 呆然としながらルイズが呟いた瞬間、巨大なゴーレムはその手を大きく振り上げてその拳を中央塔の宝物庫の壁に叩き付けた。 振動だけの音の無い轟音が数度響く、既にタバサはサイレントを解除している以上それは明らかにゴーレムを嗾けている者の仕業だ。 「あれってもしかしなくても最近街で噂の土くれのフーケって賊じゃ無い?」 キュルケの指さした先には成る程、暗い色のローブで全身を隠した人物がゴーレムの肩に立っている。 「取り敢えず逃げるわよ!!あんなのに踏みつぶされたりしたらたまらないわ!」 ミントの提案にタバサとキュルケが頷くとゴーレムの足下から全力で離れる様に走る。 だがルイズだけは違った。 「学園に賊が侵入してるのよ。逃げるなんてあり得ないわ!!食らいなさいファイアーボール!!」 一心不乱に壁に拳を叩き付けるゴーレムに向かってルイズは勇ましく駆け寄ると呪文を唱えて杖を振る。 その爆発はさっきまで壁を叩いていたゴーレムの右拳を爆散させた。 「やったわ!!」 その光景を間近から見ていたフーケは思わず舌を巻いた。 話程度にはルイズの爆発の事は聞いた事があったが予想していたよりも遙かにその威力は強力だ。 「鬱陶しいね、小娘が…」 あれをそう何度も叩き込まれたら溜まった者では無い、万が一自分に命中したらそれこそ命に関わる。 フーケは即座にゴーレムの攻撃目標をルイズへと切り替えた。 こんどは無事なゴーレムの左手の平が振り上げられるとルイズに向けて振り下ろされる。 フーケ自身これを当てるつもりは無い、あくまでルイズの戦意を折る為の威嚇の為の目の前への叩き付け。 その叩き付けとほぼ同じタイミングで二度目のルイズの魔法が爆発を起こした。 「きゃっぅ………」 ルイズ自身は叩き付けられた掌の衝撃の余波に吹き飛ばされ気を失って土煙に撒かれながら地面を転がる。 『ルイズッ!!!』 ミント達は悲鳴にも似た叫びを上げると慌ててルイズの元へと駆け寄った。 「あいつっ!!」 そしてゴーレム自身には全くダメージは無い それもその筈、ルイズの魔法の爆発は今度はゴーレムに命中する事無く宝物庫の壁を爆破していたのだ。 頑強な宝物庫に入ったひびを見てフーケは思わず笑顔を浮かべる。 「アハハ何て偶然だい、感謝するよお嬢ちゃん。」 フーケはそのひびをゴーレムの拳で打ち抜くと素早く宝物庫に入り込み目的の品に手を伸ばす。 それは手の平だいの大きさの燃える様な色の不思議な宝玉。 「『紅蓮の宝珠』確かに頂戴致しましたっと。」 言うが早いか宝物庫の壁面にそう練金の呪文でメッセージを刻みつけてフーケは掌に収まった緋色の宝玉を見つめてほくそ笑む。 だがのんびりともしていられない、思考を切り替えてフーケは再びゴーレムに飛び乗ると ミント達を見下ろした。 するとミント達は気を失っているルイズを回収し既にゴーレムからは離れている。 (あっちもあの様子じゃ無茶な追跡をする気も無さそうだね。) 唯一タバサが使い魔と共につかず離れず自分を追跡してきているがそれは予想の範囲内、撒く自信はある。 学園の外にゴーレムの歩を進ませながらフーケは安堵の溜息を吐く。 「意外ねミント…あなたの事だから戦おうとすると思ったわ。」 フーケのゴーレムの姿が消えてキュルケはミントにどこか皮肉混じりに言う。 「こいつが居たからね……ったく、引く時は引くってのは戦いの基本だってのに。」 言いながらミントは気を失ったままのルイズの脇腹を軽く足で蹴飛ばす。 「同感ね…この子ったらプライドばっかり高くって困った者よ。」 仮にも主人であるルイズへのミントの仕打ちに呆れた様子でキュルケはルイズをレビテーションで浮かせてやると寮塔まで運んでやる事にした。 既にフーケの追跡をしていたタバサもフーケを見失った為、魔法学園に向かって帰還している。 そうしてフーケ襲撃事件の夜は明けていった。 翌朝。魔法学院では、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。 巨大なゴーレムで壁を破壊するという派手な方法で『紅蓮の宝珠』が盗まれたのだ、それも当然である。 既に破壊された宝物庫には学院中の教師が集まりざわめいている。 そして当然と言うべきか昨晩現場に居合わせたルイズ達も事情の聴取の為この場に呼び出されている。 しかしルイズ達の目の前で教師達は事情の聴取どころか何と責任の押し付け合いを始めていた。 「このような事が我が魔法学園で起きるなど…あぁ困った…」 「これだから平民の衛士等役にたたんのだ!当直の教師は誰かね!?何をしていたのだ!!」 一際声を荒げているのは教師疾風のギトー。そしてそのギトーの言葉に顔色を青くしたのはシュヴルーズだった。 「そ…その、当直は私でした。」 「ならばあなたは何をしていたというのだね!?いや、最早何をしていたか等関係は無いですな。」 「うむミセス、残念ながらこれはあなたの責任だ…」 「そ、そんな…」 (眠いわ…ったく人の事叩き起こしといて何なのよこいつ等は…) ミントが不機嫌そうに重い瞼で教師達を見つめているとここでようやくオールド・オスマンがこの場に現れた… 「待たせて済まなかった。しかし先程から聞いて居れば情けない…教師の怠慢については我々全員が責任を感じ折り入って恥じるべきじゃろう!が、しかし、今はそれを議論する場では無いっ!!」 オスマンのその強い口調と気迫に教師全員が押し黙る。 「さて、目撃者の生徒は…フム、君達三名か、見たままで構わん説明を頼めるかの?」 オスマンは一転して柔らかくルイズ達に問いかける。 因みにミントはあくまでこの場では使い魔でしか無い為証人としては数には入れられていない。 そして、キュルケとタバサは面倒だと言っていたため、その場はルイズが代表として説明をする事になった。 ~ルイズ説明中~ 「……………という次第でフーケと思われる人物は取り逃がしてしまいました。申し訳ありません。」 ルイズは説明を終えて深々とオスマンへ頭を下げる。 「ミス・ヴァリエール顔を上げなさい。誰も君らを責めはせん。何より君等が無事で本当に良かった。」 オスマンは優しく諭す様にルイズに言って今度はキョロキョロと周囲を見回した。 「所でミス・ロングビルの姿が見えんの?誰か知らぬか?」 その問いに教師全員が首を捻っていると丁度ゴーレムによって開けられた大穴から何者かがフライの呪文を使用して宝物庫へ入ってきた。 それは丁度さっきまで話題に上がっていたロングビルだ。 「遅れて申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたので。」 「調査とな?」 「はい、明朝にこの異常事態に気づいた為急ぎ近隣にて聞き込みを行って参りました。」 ロングビル曰く、学院近在の農民から聞き込みを行い、近くの森の中にある廃屋へと入っていったローブ姿の怪しい人間を見た、 という情報を得たらしい。 そして、そこがフーケの隠れ家ではないかという推測をオスマンらに伝えていた。 「ローブで正体を隠した人物?フーケです!間違いありません!」 と、話を聞いていたルイズが叫ぶ。 「成る程の…してそこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日、馬なら四時間といった所です」 努めて冷静にロングビルが報告を終えるとオスマンの後ろへと下がるとオスマンは教師達に改めて向き直り杖を高く掲げた。 「では、これより捜索隊を編成する。我こそはと思うものは杖を掲げよ」 オスマンの言葉に、教師達は困ったように互いに顔を見合わせるだけで誰も杖を掲げない。 「ん? どうした? フーケを捕えて名を上げようと思う者はおらんのか!?」 だが教師達は相変わらず互いに目配せをするばかりで一向に杖を掲げる気配すら無い。 そんな中一本の杖が堂々と高く掲げられる。 一瞬の内に宝物庫の中に居る全ての人物の注目はその杖を勇ましく掲げる人物に注がれた。 「私が行きます。必ずやフーケを捕らえ紅蓮の宝珠を取り戻します!!」 そう宣言したのはルイズだった。 「ミス・ヴァリエール、君は生徒ではありませんか!ここは教師に任せておきなさい。」 「誰も杖を掲げないでは無いですか!!」 「っ……」 シュヴルーズの制止にルイズは二の句も無く教師達を切り捨てる。 教師達も確かに我が身可愛さに誰も杖を掲げていない以上、何も言う事は出来ない。 そうしている間にもう一つ、杖が高々と掲げられた。 「ミス・ツェルプストーまで!!何を考えているのですか!?」 「私はヴァリエールにだけは負けるわけには参りませんので。」 胸を張りそう宣言し、キュルケは挑発的な微笑みをルイズに向けた。 すると再びもう一つ杖が掲げられた。 「ミス・タバサまで……」 タバサは無言のままその意思の堅さを示す様にまた一段と高く杖を掲げる。 「タバサ、これは私とルイズの問題じゃ無い…あなたまで危険な目に遭うのは…」 キュルケの言葉にタバサは首を横に振るとキュルケ、ルイズの順に指を指して小さな声ではっきりと言った。 「友達、二人が心配。」 タバサのその一言にルイズとキュルケは思わず感激に打ち震える。 「ねぇじいさん、ちょっと良い?」 と、ここで沈黙を守っていたミントが挙手しオールド・オスマンの注意を自分に向けた。 「ほっほっほ、何かね使い魔君。」 「ミントよ。ちょっと聞きたいんだけどさ土くれのフーケって有名な怪盗なんでしょう?捕まえたら賞金とか出たりする?」 ミントの問いに周囲から厳しい視線が注がれた。 唯のルイズの使い魔だと思っている人間にはこの尊大な態度は目に余るものがある。 ルイズはミントが本来王女である事を知っている以上正直あまりミントの態度や素行に対して口を出しづらい。 とりあえずオスマンはその様子に少々困り顔ながらも髭を摩って答えることにした。 「まぁ、出るじゃろうなぁ…恐らくは10000エキューはあるんじゃ無かろうか?」 オスマンの言葉にミントは上機嫌に笑うとその目に闘志を滾らせガッツポーズを見せた。。 「ぃっよし、ルイズあたしも行くわ!!報酬はあたしが7残り3があんた達!!」 「はぁっ!?明らかに計算おかしいわ!そもそも一応あんた使い魔でしょう?そこは私を助ける為に行くって言いなさいよ!」 「そうよ!!普通に考えて私たちとあんた達で5:5でしょうが。びっくりするわ…」 「これは酷い…」 平然とそんな無茶苦茶を言うミントにルイズとキュルケ、小さくタバサまでが流石に抗議の声を上げる。 「ちっ…………冗談よ。とにかくあたしも行くわ、あたしの目の前でお宝かっぱらって行くなんて真似されたんだもの…フーケって奴ボコボコにして地獄巡りさせてやるわ。」 (絶対本気で言ってた。) 三人は内心そう想いながら言っても仕方ないのでスルーする。 「ふむ…話は纏まったようじゃな。では諸君等に紅蓮の宝玉の奪還をお願いするとしよう。 うむ優秀なトライアングルのメイジが二人に………将来有望なヴァリエール家の息女、そしてドットメイジを容易く制したその使い魔殿。戦力的には申し分あるまい。 ミス・ロングビルは彼女達に同行してくれたまえ。」 「はい、もとよりそのつもりです。」 オスマンがそう言えば最早他の教師には口を挟む事も出来ない コルベールもここはオスマンの判断を信じることにした、何せミントは伝説の使い魔の可能性がある、それをも加味すれば確かに戦力は十二分だ。 「では魔法学園は諸君等の健闘に期待する。」 「杖に掛けて。」 オスマンの言葉に三人が揃ってそう杖を掲げて唱和する、ミントは勝手が分からなかったので取り敢えず見よう見まねでデュアルハーロウを掲げて見る。 こうしてミント達はフーケの討伐へ向かう事となった。 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第二十九話 『アンドバリの指輪』 「来るとしたらそろそろかしらね。」 ミント達が水の精霊の依頼を引き受け数刻、ラグドリアン湖には既に夜の蚊帳が降りていた… そうして襲撃者を待ち、湖畔の森の茂みの影に一行が身を隠したまましばらくの時間が経過した所で精霊の情報通りローブを纏った怪しげな二人の人物が現れた。 一人は小柄な体格で身長を上回る大きな杖を持ち、もう一人は背の高めな女性。ローブを纏っていてもその女性らしい体型で女生と十分に判別できる。 「来たわね…さっきも説明したけどギーシュはワルキューレで陽動、襲撃者の注意を引いてる間にあたしが裏から攻めて一気にけりをつけるわ。」 「任せてくれたまえ、君の為ならば僕はど「それじゃあ、あたしはもう行くわよ。ルイズとモンモランシーはギーシュが役に立たなかったら片方を何とか引きつけて。」」 ミントはギーシュを完全に無視しながらそう言い残すと襲撃者の背後を取る為に音も立てず、軽やかな動きで森の中へと消える… その場に残されたルイズに対しモンモランシーは不安げな様子で近寄るとルイズのマントをクイクイと引っ張った。 「ねぇ…本当に大丈夫なの?さっきの作戦もはっきり言って無茶苦茶適当じゃ無い?それに…」 モンモランシーはチラリと己の脇に立ち造花の薔薇を手にして格好いいポーズを取っているギーシュをジト目で見つめる。 「モンモランシー、あんたの言いたい事は分かるわ。でも…ま、ここはミントを信じましょう。」 ルイズは言ってぎこちなく笑う… (そうよ…ミントはあのワルドだって倒したんだから…) 「さて、モンモランシー、ルイズ、ではそろそろ行こうか…我が忠誠と愛を示せ僕のワルキューレ!全てはミント様の為に!!」 ミントが回り込むだけの時間を十分に待ったとみて、立ち上がったギーシュが七体のワルキューレを練金するとワルキューレを二人組の襲撃者へと一気に突撃させる。 そのワルキューレ達の動きはまさに一斉突撃であり、それはギーシュのミントへ良い所を見せたいという非常にわかりやすい単純な思考故であった。 それに素早く反応した二人組の襲撃者はほぼ同時に呪文を唱え、接近するワルキューレをそれぞれ火と風の魔法のコンビネーションで次々と迎え撃った… 積極的に前に出る火のメイジに対し風のメイジが確実な援護を行い、数分の攻防を経て既にワルキューレはその数を4体にまで減らす。 「さてと…そろそろ行こうかしら。」 「お?やっと俺様の出番かい相棒?」 その光景を草陰に隠れたまま、しばらく見守っていたミントはデルフリンガーを握りしめ軽く一声をかけると草陰から素早く飛び出した。 ミントの動きにいち早く気が付いたのは小柄な風のメイジ…風の流れや物音に対する持ち前の敏感さは流石と言えるか、躊躇う事も無く直ぐ様ミントに迎撃のエアハンマーが襲いかかる。 だがミントはそれをデルフリンガーの力で消し去るとより一層素早い踏み込みでローブを纏った風のメイジに肉薄し、デルフリンガーの峰を叩き付ける様に振るう。 「…っく!」 襲撃者の風のメイジから苦悶の声が漏れる…剣は魔法の刃を纏った杖と交錯し、ミントの一刀を辛うじて堪える形となった。 そのままミントが生来の物に加え、ガンダールブの効果による少女とは思えぬ怪力で風のメイジを力でねじ伏せようとする。 溜まらず片膝を付いた様に見せて、自らに掛かる負荷をいなしたメイジは余程実践馴れしているのか…そこから流れるような軽やかな身のこなしでミントの足下を蹴り払い、体勢を崩したミントから地面を転がるようにして距離を取ると体勢を素早く整えてた。 「ぅわっ…と!…結構やるわね…」 ___ 早鐘のように鳴る心臓の鼓動を沈める為に、咄嗟に雑木林に飛び込んだ風のメイジは何度か小さく息を吸っては吐く… それは何もさっきの一瞬の攻防の緊張から故と言う訳では無かった。 さっきの一瞬の攻防でミントの視線は上から見下ろす形であった、それ故ローブのフードに隠されたメイジの顔は見えなかった…だが、逆にメイジはミントの顔をしっかりと見た。 (何で…ここに彼女が?) 水の精霊への襲撃者の正体、それは自らの家事情によってガリア王国から任務を受けたタバサとその親友を手伝おうとしているキュルケだったのだ。 まさかそんな任務の最中に突然自分達に襲いかかってきた人間が学園の友人だとは思っていなかったタバサは内心で少なからず動揺した。ここで自分がフードを外し、ミントの名を呼べばお互い戦う必要は無い。 (だけど…) タバサは又一歩ミントから距離を取って考える… 今、キュルケはワルキューレを相手にしているがドットとトライアングルの力差は明白、彼女の勝ちはもはや時間の問題だ。そしてそう間を置かずキュルケもミント達の正体に気づいてこの闘いは終わるだろう… (ならば…) タバサは思考を纏めて自分の導き出した結論に従って再び杖を構えて呪文を紡ぐ… (私は本気で彼女と戦ってみたい…) 魔力で編まれた風が一度足下で円を描くとタバサは腰を落とす…握りしめられたその杖には今鋭い風の刃が付与されていた… ___ (…それにしてもあの動きと反応の良さ…何か引っかかるのよね~?) 距離を取ったタバサに対してミントは何とも言えぬ違和感を感じつつ、あえて再び距離を詰める事を選んで前進をする。 メイジにとって最悪とも言えるデルフリンガーの吸収能力…普通のメイジならば何かの間違いだろうとそれを断じて再び魔法の迎撃を選ぶだろう。 しかしタバサは違う、実際にデルフリンガーの力を知っているし、仮に知らずともそんな楽観視からの手を打つ愚は犯さない。 「おりゃぁぁっ!!」 「っ…!」 風の刃を纏った杖が大剣となって再びミントの気合いの掛け声と共に振り下ろされたデルフリンガーと鍔競り合う。 力と技、そして早さもやはりミントが上である以上無理はせず、再び斬撃を受け流したタバサは間合いを放すと悟られぬよう小声で詠唱していたウィンディアイシクルを杖先から解放した。 「うわっと!来た来た!!」 自分に襲いかかってくる氷柱に対し、ミントは落ち着いた様子でステップを交えながら、右片手持ちに切り替えたデルフリンガーを前に突き出す形で防御する。 と、同時に空いた左手でデュアルハーロウを纏めて掴むとデルフリンガーをその場に突き立てた。 「予測通りね。食らえっ!!」 ミントが言って、意地の悪い笑顔を浮かべる。刹那、最も発射までの時間が早い『バルカン』の光球が連発してデュアルハーロウから撃ち出された。 ミントは敵と再び競り合いになった場合、メイジである以上、敵は一度後退して魔法を撃ち込んで来るであろう事を予想して動いていた。そこをデルフで凌ぎ、魔法を唱え終えて最大の隙を晒して居るであろう敵を魔法で仕留める。 それがミントが描いた一連の立ち回り、ハルケギニアのメイジは魔法に絶対の自信を持っており、まさか剣で接近戦を挑んできた相手が魔法を使う等とはまず考えないだろう。その心理を完全に逆手に取った立ち回り。 しかし、それは一つの誤算で防がれる事になる。 それは敵対しているメイジが自分の手の内を知っているタバサだったと言う事だ。 ミントの放った魔弾を前に更に一手先を読んでいたタバサはウィンディアイシクルを放った直後から唱えていた魔法『ウォーターシールド』を解き放つ。 (間に合った!!) 次々と青銅をも容易く打ち抜く魔力の弾丸が分厚い水の障壁に着弾し、消滅するのを確認しタバサは内心安堵する。それと同時に、呪文の詠唱を行いながら水の壁の脇から飛び出した。 実際タバサにとってミントを魔法で狙えるのはデルフリンガーを手放している今しか無い。 夜の湖畔の暗さと、水の障壁の目隠し効果によってタバサが飛び出した事にミントが気が付いたのはその油断も相まってか、タバサが『ウインドブレイク』をミントに向かって唱えた直後だった。 「げっ…!!」 気づいた時にはもう遅い。雑木林の細い木々をへし折りながら強烈な風の鎚が軽いミントの身体をまるで紙細工のように大きく吹き飛ばす。 咄嗟の事とはいえ、ミントはデュアルハーロウを交差させ身を守る体勢をとっていた為ダメージ自体は問題はさして無い。 「やばっ!!?」 それでもその衝撃は空を飛べないミントの軽い身体を森の外へと弾き飛ばすには十分過ぎた。そして湖畔の雑木林の外には一体何があるか? 答えは当然、ラグドリアン湖である… 「へぶっ!!がぼっ!!っ、…ぶはあぁぁっ!!!!」 タバサの放ったウィンドブレイクの勢いがついたまま、数度の水面への衝突の後、派手にラグドリアン湖の水面へと叩き付けられたミントはややあって水中から水面へと顔を飛び出させ、大きく息を吸う。 濡れた髪は頬へ張り付き、お気に入りの一張羅はビショビショで不快極まりない… 「あいつ…もう許せない…絶対ボコボコにしてやるわ。」 呪詛のように呟いて黒いオーラを纏った様なミントはフラフラと重い足取りでラグドリアン湖の浅瀬から岸を目指す。 しかしそのミントの怒りは思わぬ人物によって削がれる事となった。 「ミント~、大丈夫~?」 声の主はキュルケで彼女の隣にはルイズ、モンモランシー、ギーシュがそれぞれキュルケ同様ミントに声を送っている。 「キュルケ…何であんたがここに?」 ミントは思わず何故、今ここにキュルケが居るのかと目を丸くして四人の元へと浅瀬の中足を取られながらも駆け寄った。 「私達にも事情があるのよ。そっちの事情はルイズ達から聞いたわよ。あんたも災難ね。」 と、言ってキュルケが笑うと同時にさっきまで戦闘が行われていた雑木林の中からガサガサと音を立ててフードを外したタバサが現れる。その手には先程ミントが落としていたデルフリンガーが握られていた。 「いよ~相棒、この娘っ子にしてやられたな~!」 「タバサ!!まさかさっきのメイジってあんただったの!?」 再び大きな驚きにミントは口元を手で隠す。それもつかの間、さっきの恨みを忘れようも無いミントは凄まじい剣幕でタバサへと詰め寄るとデュアルハーロウはタバサの鼻先にビシリと突きつけた。 「どういうつもりよタバサ!?あんたのせいであたしはビショビショよ!!」 「ごめんなさい、貴女だと気が付かなかった。暗闇な上こちらも必死だった。」 しれと言ってタバサはミントにデルフリンガーを返却して軽く頭を下げる。勿論タバサの言葉は嘘であるが。 タバサのその返答を聞いてミントは非常にふまんげな表情を浮かべた。敵が友人だったのならミントの沸き上がる怒りは誰にぶつけろというのだろうか…これが赤の他人ならば本気で地獄巡りだ… 「ったく…わかったわタバサ。この怒りは後でモンモランシーとギーシュにぶつけるから…でもその代わりあんた達の精霊への襲撃は止めさせてもらうわよ。」 それでもやはりじっと真っ直ぐに自分を見つめる小柄な少女をぶっ飛ばすのも気が引けるミントは妥協案として諸悪の根源へとその矛先を向ける事とした。ミントのその言葉にタバサも何処か満足そうに無言で頷いた。 「ほら、約束道理あんたを襲ってた奴らとは話付けたんだからさっさと秘薬の材料頂戴。」 「うむ、約束だ…我が肉体の一部を授けよう、受け取るが良いガンダールブ。」 再びモンモランシーが水の精霊を呼び出すと先程と同じくモンモランシーの姿を模した水の精霊の指先から虹色の大きな水滴がフワフワと移動してミントの持つ小瓶へと収まった。 「やったわ!!これで解毒薬が作れるわ!!」 「フム…これだけの量の高純度の精霊の涙…末端価格は凄まじい値が付くだろうね…」 「ハ~…一時はどうなるかと思ったけど…何とかなったわね…」 そのハラハラとしたミントと水の精霊のやり取りが無事完了した事で一同に安堵の溜息が漏れる。 これでミントの目的は達成出来た訳ではあるが、だがまだタバサとキュルケの方の問題が残っている。続けてミントは水の精霊にそもそも何故ラグドリアン湖の水かさを上げているのかを訪ねる事にした。 「あ、それとさ~あんた何で湖の水かさなんて増やしてんの?この子の実家とか困ってるのよ…悪いんだけどやめてくんない?」 タバサを指さしたミントの言葉に反応し、水の精霊はしばらくフルフルと身体を震わせて何か考え込んでいるかのような印象を見せた。 「…ふむ…お前とその周りの単なる者たちに話して良いものか我は悩む。しかし、ガンダールブ、お前は我に力を示し、また我と交わした約束を果たした…ならばこそ信用して話しても良いことと我は判断する。」 「そりゃどーも…」 そこまで深刻な様子を見せられてもミントとしては正直困る。まぁ話してくれるならば特に問題はない…厄介事の予感はするが。 佇まいを正すかのように水の精霊はぐねぐねと形を変え、今度はミントの姿を模すと湖の水かさを増やし続ける理由を話し始めた。 「……数えるのも愚かしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」 「秘宝!?」 秘宝という言葉にミントの瞳が邪にギラついたのをルイズは見逃さず、そんなミントに半ば呆れつつ視線を向ける…そんな事を気にした様子も無く、水の精霊の語りは続く… 「そうだ。我が暮らす最も濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど交差する前の夜の事だ…我はただ、秘法を取り返したいと願い水を増やした。 ゆっくりと水が浸食すれば我が知覚はいずれ秘宝に届くだろう。水が全てを覆い尽くした時、秘宝は我の元に戻る…無論、その暁には水かさは元に戻そう。」 『…………………』 語り終えた水の精霊に対して六人の反応は正に絶句の一言だった。人間の時間の流れではあり得ない行為を精霊はさも当然の如く行おうとしているのだ… 「そういえば、私お父様から聞いた事があるわ、水の精霊が守り続けている秘宝。確か名前はアンドバリの指輪…強力な水の先住の力を秘めた指輪だと。」 「そう、その通りだ。我が秘宝アンドバリの指輪は生命を操る…偽りの生命を死者に与え、心を操るその指輪を持ち出したのはそなた達の同胞たる三人のメイジ…一人はクロムウェルと呼ばれていた。」 続けられる精霊の言葉に一同は再び絶句する。 「クロムウェルって言ったら…アルビオンの…」 「たしか…新皇帝よね?でもタルブ開戦で捉えられてた筈よね?」 ルイズに続けてキュルケも自らの知りうる情報を口に出して整理する… 「そんなの何でも良いわよ!!とにかく、そんな危ない指輪がアルビオンにあるんでしょう?どうせ今回の戦争だって裏でその指輪が使われてるのは間違いないのよ!!」 「ミント…」 まるで自分の事のようにアルビオンの卑怯なやり方に怒りを露わにするミントにルイズは思わず胸を打たれる… 「指輪は絶対にあたしが取り戻すわ!!そんな凄いマジックアイテムがあれば世界征「水の精霊よ、指輪は私達が責任を持ってお返しします。」」 「ふむ…解った。我はそなた達に期待する。では湖の増水も止めるとしよう…」 グッと手を握ったミントの不穏な言葉をルイズは遮って、水の精霊との間に指輪の捜索と返却の約束が成立する。ミントはルイズを不満げに睨んだがルイズは更に険しい剣幕でミントを睨み付ける… (ったく、折角の遺産級のお宝を…勿体ない…) まぁミント自身、今現在、身を持って人の心を操る事の愚かさを味わっている以上、アンドバリの指輪は精霊の手の届く所に置いておく事に異論は無いのだが… その後幾つかの細かい問答やミントの遺産関係の質問、タバサの湖に置ける誓いの伝承の疑問に答えた事で水の精霊はその姿を再び湖の中へと沈めていった… こうしてようやくミントの惚れ薬問題とタバサの任務である湖の増水問題も全て解決したのであった… 「何にしても…」 ミントは美しい夜の湖畔をぼんやりと眺めると深く溜息をついた… ギーシュとモンモランシーのせいでここまで来て、結果としてはそこそこに壮大な問題の解決に尽力した訳だが…ミントにとっても未だかつてこれ程馬鹿馬鹿しい理由の冒険は経験した事は無かった… 「…疲れたわ。」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページデュープリズムゼロ 第三十五話 『逃げろ!!脱兎の如く。』 「ちょっと、ミント…あんた正気?」 母カリーヌに向かっての交戦の意思を露わにしたミントに対してルイズは召喚して何度目かは覚えていないが思わず正気を疑ってしまう。生きる伝説烈風カリンに挑むと言う事はハルケギニアのメイジにとっては死に等しい行いだ。 「あったりまえでしょ。第一ちょっと前まであんた貴族は敵に背中は見せないって偉そうに言ってたじゃないの。」 「うぐ…確かにそうだけど…」 「諦めろ、嬢ちゃん。俺様だって腹は括ってんだからよ。」 カチャカチャと鍔を鳴らしてデルフはルイズを何処か的外れな言葉で励まそうとする。ルイズは内心「腹なんて無いじゃない」と思ったがそれを口に出す元気がもう無い。 互いのやり取りの間にも母親から刺さる厳しい視線…それだけでルイズからは生きた心地が消えていく… と、ここでミントは両手を広げたままに一歩ずいと前に出る。 「とは言ったものの…取り敢えずこのシエスタだけは先に行かせてもらって良いかしら?巻き込んで怪我させてもいけないし、それ位は良いでしょカリーヌさん。」 「勿論です。元々この様な事に平民を巻き込むなど以ての外ですからね。ただしルイズとミス・ミント、貴女を唯で通すつもりはありませんよ。」 これは大切な事だ。ミントの申し出にカリーヌは当然だと二つ返事の了承を返し二人を通す気が無い事を改めて明確にする。 その間、馬上で自分がどうすれば良いのか解らないままだったシエスタは戸惑いながらもミントに促されるままに馬を進ませる。 「シエスタ、道なりに進んだ所に農村あったでしょ?後であそこで落ち合いましょう。」 「あ、はいっ。ミントさんもどうかご無事で。」 シエスタの馬がカリーヌの脇を通り過ぎ石造りの門をくぐり暗がりへと徐々にその姿を眩ませる。 その間はその場の全員の注目はチラチラとこちらを気にしながら戦場を離れるシエスタに集まり、取り敢えずは本格的に戦うまえの下地作りというか適度な緊張感がある剣呑な雰囲気が辺りを包む。 そして… 「あんたもよ…行きなさい。」 シエスタの避難もそろそろ十分かというタイミングでミントが呟く… その声は最早口にしたミント自身しか聞き取れない様な小さな呟き声でミントは未だにルイズを背に乗せたままの馬の臀部を強く叩き、シエスタの馬に続く様、前進を促す。 「へっ?」 「ヒッ、ヒヒィィィ~~~~~ンンッッ!!!!!!」 「キャアァァァァァーーーーーーッ!!!!!」 突然の衝撃に驚いた馬はそのまま嘶きをあげ、本能的に前を行くシエスタの馬を追う形に真っ直ぐカリーヌに向かって暴走を始める。無論混乱のまま悲鳴をあげるルイズを乗せたまま… 「?!!」 この全く予期せぬ展開にカリーヌはほんの僅かに一瞬戸惑ったがこのままルイズを行かせる訳にはいかぬとウィンドブレイクの呪文を素早く唱えてルイズに杖を向け迎え撃とうとした。 そのまま放たれた風の鎚はルイズとその馬を間違いなく一撃で戦闘不能に出来るだろう桁違いの威力を誇ってはいた…しかしその風の鎚は直撃の瞬間不可思議な事に力無く消失し唯のそよ風となる。 「……………」 カリーヌは無言のままながら目を僅かに細めて一体今己の魔法に何が起きたのかを知ろうとする。 そしてその答えは直ぐに判明した。 「嬢ちゃんそのまま止まるなよ、馬を走らせろ!!」 すれ違いざま確かに見えた、声を張り上げる馬の鞍にまるで突き刺すかの様に強引に取り付けられた白銀の刀身…それは先程までミントの手の中にあったデルフリンガーだった。 (魔法をレジストする剣?!) 一瞬、本当に一瞬…カリーヌの意識はデルフと走り去ろうとするルイズへと捕らわれてしまった。 行かせないとばかりに次いでの魔法による追撃を放とうとしたその瞬間、今度はカリーヌの足下が青白く照らされた… 「もらったぁ!!」 ミントの声がカリーヌの耳に届いた次の瞬間、一筋の電光『ボルト』が天からカリーヌの頭上へと走る… 「シッ!!」 それと違わぬ刹那のタイミングで魔法の予兆を敏感に感じ取っていたカリーヌは雷光を纏った杖で打ち下ろされたボルトを人間離れした反応で切り払う。 「…正直驚かされました。」 「まぁ、そりゃこの程度で倒せる相手じゃ無いわよね…でも。」 雷光と雷光が弾けた閃光の一瞬が開け、一度紫電を纏った鈍い銀色のタクト状の杖を振るって佇まいを正したカリーヌに対し、魔法を撃ち出した姿勢のままのミントがそれぞれ相手の一手に言葉を添えた。 「ミントッ~~~~あんた、覚えてなさいよっーーーーー!!!!!」 そして暴走する馬が消え去った暗闇の向こうから遠ざかって行くルイズの絶叫がこだまする… 「そうですね…これでルイズはまんまと逃げおおせたという訳ですか…まさかあの様なタイミングでルイズをあの様に扱うとは…」 「ルイズはあれ位しないと離れてくれなかっただろうしね。そのくせ戦う気が折れてる奴が側に居てもしょうが無いじゃ無い。」 暗黙の中であったとはいえお互い交戦の意思が整っていない最中で清々しい程の不意打ち。(無論カリーヌもそれを卑怯とは言わない。) それも仮にも自分の主人であるルイズを陽動の為にあたかも捨て鉢の如く敵に突撃させるという無茶苦茶。保険としてデルフというカードを切る形にはなったが… だが、ミントは見事『烈風』を出し抜いた…貴族として感心は到底出来ないやり方だが戦士としてならばルイズの門壁突破というこの結果、認めざるを得ない。 「まぁ良いでしょう。確かにルイズは逃がしてしまいましたが貴女を行かせなければそれは結局は同じ事です。」 言いながら再び構えたカリーヌの杖先に風が纏い付く。余程の魔力が渦巻いているのだろうかその風はもはや実体を持っているかの様に視角化されている。 「シッ!!!」 掛け声と共に振り下ろされた杖、撃ち出されたのは巨大な風の刃、詠唱は最早無い。いや厳密にはカリーヌは詠唱をきちんとしているのだがそれが誰よりも早く正確で小声なのに加えミントには口元が鉄仮面で見えないのだ。 「『トライン』」 ミントもカリーヌとほぼ同時に魔法を発動させながら風の刃を転がる様に回避した。直後背後では風の刃が木を砕き石畳を割る音がミントの耳に響く。 ミントから放たれた以前にはワルドの偏在を仕留めた三つの雷撃はそれぞれが弧を描く様にカリーヌへと襲いかかる。 (面白い魔法ね…) ミントの魔法に対してそう思いながらカリーヌは続けて杖を横薙ぎに振るい風の魔法を放つ。 風で編まれた龍とでも形容すべきかその驚異の破壊力を持ったエアハンマーはあっさりとトラインの一つを飲み込むと体勢を立て直したばかりのミントへとその牙を突き立てようと食らいつく。 と、同時に簡単な風を巻き起こすだけの魔法で残りのトラインを相殺してみせる。(決してトラインが弱い訳では無い。) 「げげっ!!」 その光景がミントの目にどう映ったかは定かでは無いがミントはその圧倒的とも言える力差を前にしながらもその往生際の悪さを遺憾なく発揮してエアハンマーをも回避した。 カリーヌはこれにも内心驚かされた。正規の訓練を受けた軍人でもしっかり当てるつもりで放った今のエアハンマーを回避できるものは少ないだろう。無論これは自惚れでも何でも無い事実だ。 「危ないわね~お返しよ。」 次いでミントは手数で勝負と言わんばかりに素早く『サテライト』を発動させ『バルカン』を同時に撃ち出す。ガンダールブの加護を用いれば同系統の魔法の同時施行位は何とかなる物だ。 ミントが放つ圧倒的な密度の弾幕、それに対してカリーヌは突き出した杖から同じく威力を落とし連射性を高めた風の弾丸を斉射し確実に相殺していく。 自然と二人の弾幕勝負は拮抗する…その間ミントの頬を嫌な汗が流れる…実際戦って感じたが残念な事にどうにもこのルイズの母親に勝てるビジョンが浮かんでこない。 勇気の光ならば確実にカリーヌの魔法を凌げるだろうがアレは攻撃に移る瞬間にどうしても無防備な瞬間が生まれてしまう。使うなら使うでタイミングが鍵となる。 そしてその僅かな均衡は直ぐに再び破られた。 「ここまでです。」 「なぬっ!?」 ミントが二つの魔法を同時使用した様にカリーヌもまたミントに悟られぬ様に長い時間を掛けて同時に強力な魔法を唱えていた。 ミントの目の前を塞ぐ様に巻き上がった風の壁、それは怪炎竜ウィーラーフの巻き起こす竜巻に似ていた。違いがあるとすればカリーヌの竜巻『カッタートルネード』はミントを目として発生している事だ。 (……これはやばいわね…) カリーヌの意志に従ってルイズのトラウマ、カッタートルネードはミントを追い詰める様に徐々にその範囲を狭めていく。勿論風の勢いはそのまま、むしろより強い勢いを得ながらである。 「『ゲイル』『インパルス』『フレア』『リップル』『グラビトン』!!!!」 ミント自身も徐々に近づいてくる風の壁に対し、様々な魔法を撃ち込んで脱出を試みるもそれは流れ落ちる流水に穴を穿つかの様な事でありそれは叶わなかった… (あ~………………ちょっとこれは勝てそうに無いわね…正真正銘の化け物だわこの人…) 通常の魔法を粗方撃ち込んだミントは内心でそう愚痴をこぼす…カリーヌに比べればワルドなどどれだけ容易い相手だったか… だが…それでもミントの表情に諦めは決して無かった… カリーヌは完全に周囲の風その物を掌握したままゆっくりと収縮していく自らの唱えた『カッタートルネード』を油断無く見つめていた… 時折、風の障壁を貫いたり激しい閃光を放つミントの魔法に風が破られそうになるがそれをこのトリステインにおける最強は許しはしない。 そうしてミントの無駄とも思える足掻きがしばらく続いたがある瞬間からそれはピタリと止まった。 「何が…」 抵抗が無くなればこのまま竜巻は収縮を終えて最終的には周囲の一切合切と共にミントを上空へと巻き上げて決着となるだろう。 しかしカリーヌがその最中に覚えたのは奇妙な風の気配だった… この一帯の完全に制御している風の中に明らかに異質な風の存在を感じる…例えるならばまるで水の中に浮き続けてている一欠片の溶けない氷の様な異質さ… それもその場所はまさにミントが居るであろうカッタートルネードのど真ん中。何かがおかしいとカリーヌの中の戦士の感が警戒をしろと告げる。 「とりゃぁぁぁあああーーーーー!!!!」 次の瞬間、気合いの掛け声と共にカッタートルネードをぶち抜いて飛び出してきたのは二つのデュアルハーロウを揃え頭上に構えたミントの姿だった。 「なっ!?」 カリーヌにとってもこれはとても信じがたい光景だった…己のカッタートルネードを身体一つで突破するなど到底信じられた物では無い。触れれば鉄さえ寸断し、巻き込めば大岩ですら天に打ち上げる。そんな暴風を身体一つで突破など… (それも全くの無傷で…) カリーヌが見上げる様な高さで器用にも空中で身を捻ったミントはまるで重力を無視するかの様に軽やかで華麗な動きで天地を逆転させる。そうしてその勢いに身体を任せたまま大きくデュアルハーロウを振りかぶる。 ミントの姿がカッタートルネードから飛び出してその瞬間までは時間にして3秒も無かっただろう… 自分の頭上に今振り下ろされようとしている黄金のリングに対し、カリーヌは鉄仮面の下に隠された口元を思わず笑みで歪ませていた。これ程に闘争を楽しませてくれた敵が嘗ていたであろうか?否、いない!! 『ブレイド!!』 振り下ろす様な形で叩き付けられたデュアルハーロウに対してカリーヌは最速で発動させた魔法によって刃となった自らの杖で切り上げる様な形で迎え撃つ… 「ちっ!!」 「はぁっ!!」 魔力と魔力の衝突による凄まじい閃光が二人の得物の間で刹那、明滅する… 強烈な一撃に競り負けたと感じ取ったカリーヌは自分の杖を握る右手に強い痺れを感じながら思わず顔をしかめる… そして一方で上空に弾かれ、鳥の羽の様にミントの身体が軽やかに再び宙に舞ってはカリーヌが背にしていたヴァリエール領の大門の真正面に着地していた。片膝を地面に着き、両手で体重を支える様な前屈姿勢で… そこからは二人のとった行動は極めて早く、極めて対照的だった… 所謂クラウチングスタートの姿勢から一切振り返る気配も見せず、無防備な背中を躊躇いなく晒してまさに脱兎の如く全力疾走でその場から逃げ出すミント。 その気配を察してか僅かな時間でつぎ込めるだけの魔力をつぎ込んで最大級の且つ範囲を絞り込んだ『ウィンドブレイク』をミントに向けて発射したカリーヌ。 その結果は… 「じゃあねっ、カリーヌさん!」 まるでカリーヌの超弩級のウィンドブレイクを追い風とするかの様にしてあっという間に走り去ったミント… 「まさか…本当に出し抜かれてしまうとは…」 驚きも隠せず最早更地と言える程に荒れ果てた門前に一人残されたカリーヌはミントが走り去って行った方向を見つめる。 最早追おうとは思わなかった…正確に言えば追う事は出来なかった。 「思えば闘いに負けるというのは初めてですね…」 カリーヌの右手に握られた銀の杖からビシリビシリと不快な音が響く… ミントからの強力な一撃を防いだ際、この杖にはどうやら限界が来ていたらしくその上で最後のウィンドブレイクを放った際に遂に折れてしまっていたのだ。 端から見れば逃げ出したミントの負けにも思えるが杖を折られるというのはメイジにとってはこれ以上無い敗北の証、そこをこの生粋の武人は誤魔化す気にはなれなかった。 「まさかこの様な結果になるとはな…私はお前を前にして大人しく屋敷に戻ると思っておったが…」 ふと、初めての敗北の余韻に浸っていたカリーヌの背中に声がかけられる。それは少々離れた場所で始終を眺めていたヴァリエール公爵だった。 「えぇ、それなりの力を示しさえすれば行かせるつもりではありましたが…少なくともミス・ミントは我々が思っていた以上のメイジですわ。策の打ち方、引き際の潔さ、彼女は間違いなく戦の相手にはしたくない相手です。しかし、まぁ是が非でももう一度手合わせは願いたいですわ。」 言いながら砕けて折れた杖を公爵へと掲示してカリーヌは率直な感想を述べる。これにはヴァリエール公も目を丸くした。 「まさか教練用の杖とは言えお前の杖を折ってしまうとは………ルイズの奴とてつもない使い魔を呼び出した物だ…とにかく無事であれば良いのだが…」 「…そうですね………戦に参加すると言う事には思う所は多々ありますが…今はルイズとミス・ミントを信じましょう。ブリミルの加護があらん事を…」 ヴァリエール夫妻は己の娘とその使い魔の前途への加護を祈るのだった。 ___ 森の街道 「はぁ~~~………………流石にここまで逃げれば大丈夫よね…」 精も根も尽き果てたといった様子で道脇の木に手をついたミントはチラリと背後を見やり呼吸を整えるともう一度さっきの闘いを振り返ってゾッとする。 「て言うか何なのよあの人…何とか逃げ切れたけどあれは完敗だわ。」 ミントは知らないがカリーヌの方もミントと同じように負けたのは自分だと思っていたりしている。 ミントが最後に使った魔法は『緑』の魔法、タイプ『ハイパー』、名は『疾風の如く』風を身に纏い自身すらも風と同化し、一切の攻撃を無効化するというある意味で反則じみた魔法。一言で言うならば『すてきに無敵』というやつである。 勿論ハイパーの例に漏れず燃費がすこぶる悪く、城門を突破してから本当に直ぐにミントの魔力は底をついてしまっていた… 「それにしても…世の中上には上がいるもんね…さて、早い所ルイズ達に追いつかなきゃ…」 気を取り直して顔を起こしたミントは再び走り出した。 ミントはまだ知るよしもなかったがこの辛勝は後にミントにとっての大きな心労の種となるのだった… 前ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十二話 『夏期休暇は割と大忙し』 「トレビア~~~ン!!と~ってもよく似合っていてよミントちゃん!」 「はいはい、どうも…」 心底げんなりとした表情でミントは自分のウェイトレス姿を褒めてくれた酒場『魅惑の妖精亭』のマスタースカロンを軽くあしらうと足早にカウンターに向かい、客の待つテーブルに運ぶべきお酒と料理の乗ったトレーを両手と頭の上に器用に乗せてみせた。 その様子を厨房から見ていたスカロンの娘ジェシカが感心した様子でミントに声をかける。 「ミントほんと、あなたって器用ね~。それ、全部6番テーブルだから溢さないようにお願いね。」 「オッケー」 今日も返事は朗らかに、足取りも軽くミントは魅惑の妖精亭でウェイトレスとしてのアルバイトに精を出す。全ては自分に会えるのを楽しみにしてお店に足を運んでくれるお客様の為に… 等と言う事は無く、ミントがこんな事をしているのにはきちんとした経緯があったのだった… ____ 数日前 魔法学園 「ミント、姫様から指令が下ったわ。貴女も協力しなさい。」 唐突に一枚の指令書らしき羊皮紙をミントの眼前にルイズが突きつけたのはあのアンリエッタ誘拐の夜から数日が経過し、学園が夏期長期休暇に差し掛かると同時だった。 ミントが得ている風の噂で聞けばアンリエッタはあれから積極的と評するよりは取り憑かれたかのように王女として魔法、政治、兵法あらゆる学問を学びんでいるそうだ。 そんなアンリエッタからの指令書には城下での市井に流れている噂、情報、それら女王という立場からは直接には得がたい物をどうか自分に届けて欲しいという物であった。 溜息混じりにミントはルイズを見やる…ルイズの瞳はまさに今使命に燃えていた。 (駄目だわ…完全にやる気満々ね…仕方ない…) 「ねぇルイズ、この指令書には諸々の費用として400エキューが用意されてるって書いてるけど少なくとも半分はあたしが貰って良いのよね?いっとくけどただじゃあたしは動かないわよ。」 「仕方ないわねー…まぁ、とにかくこれからしばらくは街で身分を隠して情報収集よ!!姫様の期待に応える為に!!」 張り切るルイズの様子にミントは一抹の不安を抱く… ミントの知る限りルイズはべらぼうにプライドが高くて我が儘だ。それに加えて世間知らずな癖にその事実を認めようとすらしないのだから手に負えない。 (ハァ~…面倒な事になりそうね…) 案の定、ミントの不安は的中した… アンリエッタから支給され、ミントと折半した結果の400エキューに対し、ルイズがまず言った一言は 「これじゃあ足りないわ。」 だった。曰く服は絹をふんだんに使った仕立てでは無いと嫌だの、宿泊する宿は最高級じゃないと寝られないだの、挙げ句何に使うつもりかは分からないが馬を買う必要を説いたり… 「だったらあそこで増やせば?」 そう言って、ルイズの様子に呆れ果てたミントが世間の厳しさをルイズに教える為に進めたのは『絶対勝てる』を謳い文句にしているカジノだった。 ___ 城下町 噴水広場 黄昏を受けて町並みは美しい緋色に染まる。そこには全ての資金をすり尽くし、酷く憔悴した様子のルイズが両手で顔を覆って項垂れていた… 「絶対勝てるって書いてたのに…」 「最初は勝ってたじゃない、そんな物よ。で、これからどうするの?」 「ねぇ…ミントォ…あなたまだ陛下から頂いた200エキュー持ってるのよね…」 「えぇ、持ってるわよ。でもこのあたしが貸すと思う?まぁそりゃルイズとも長い付き合いだし、考えてあげないでも無いけどあたしからお金を借りると言う事がどういう事かはあんたは分かってるとあたしは思うけど?」 「うぅ…」 ミントをよく知る人物ならばここでルイズがミント金融に手を出そうとしたならば「絶対に止めろっ、破滅したいのか!??!」と全力で止めるだろう…誰だってそうする。ルイズだってそうする。 「まぁ、一回位野宿してみれば?この季節なら死にゃしないわよ。」 そう言って良い笑顔を浮かべるミントに対してルイズは今にも泣きそうな表情を浮かべてただひたすらに恨めしげな視線をミントにぶつける。 「あらん、イヤだ~そこに居るのはミントちゃんじゃないの!!」 と、そんな二人に妙にねっとりとした男の声がかけられた…声のする方に注目した二人の視界に映ったのはこちらに向かってやたらナヨナヨとしたステップであるいてくる一人の男性… その者紫のレオタードを纏い、鍛え抜かれたその逞しい身体はレオタードによってより見る物を圧倒する… トリステインでは珍しい黒色の頭髪はポマードによってガチガチに固められ、香水の香だろうか、その身体からはギーシュと同じく薔薇の体臭が放たれていた… 「お、お久しぶりね…スカロン店長。」 「いや~ん、スカロンじゃなくてミ・マドモワゼル、よ!!」 「ちょっと、まさかとは思うけどミントの知り合い?」 不意打ち気味の登場によるそのインパクトに軽く引きながらも律儀に挨拶を返したミントに、しばらく呆然としていたルイズが耳打ちするように小声で問い掛ける。 少なくともルイズはミントにこんな妙ちきりんな知り合いが居る事は知らない。 「まぁね…良く遺産とかお宝の色んな情報集めるのに世話になってる酒場のマスターなのよ…こんなだけど色々とやり手なのよ。」 「そういえばあんた、頻繁に私に黙って授業サボってトリスタニアに何かしに行ってたもんね…」 ルイズは言ってミントをジト目で睨む… 「所でミントちゃんと、お隣の子はお友達?見た所何か困ってるみたいだけど?」 いちいち腰をクネクネと振りながらミントに問いかけるスカロンにやはりミントは眉を寄せ、ルイズは込み上げる吐き気のような物を何とか堪えた… 「うーん…まぁ、ね…事情があって何日かこの辺で宿を取ろうと思ってたんだけどこの娘が宿代含む全財産ギャンブルで全部すっちゃってね…」 「ちょっとっ!!?」 ルイズは慌ててミントの言葉を止めようとするがそんな事は知った事では無いとミントはルイズの失態を当然の様にスカロンに暴露する。 「あらあら、それは困ったちゃんね~…それなら丁度良いわ、二人とも私のお店に来なさいな。ミントちゃんとそのお友達ならお部屋を用意して上げるわよん。」 「本当!?」 スカロンのこの申し出に沈んでいたルイズの表情に光が戻る。そしてミント自身も元々情報収集という目的の為にスカロンの元は訪ねるつもりでいたのだから都合も良い… そんな訳でルイズは野宿という最悪の事態を避ける為、ミントはまぁカローナの街の時みたいでこれも良いかと言う軽いのりでスカロンことミ・マドモアゼルの提案に乗る事にしたのであった。 ____ 魅惑の妖精亭 「で、なんであたし達までこんな恰好をしなきゃならない訳?」 そんな訳でスカロンに招かれて開店準備で忙しそうな店内にホイホイと通された二人はなんやかんや気が付けばホールスタッフである妖精さんの際どい衣装を身に纏っていた。 ひらひらとした極めて短いスカートからはミントの程良い肉付きの健康的な足とルイズの細身の美脚が並び、身体のラインを強調させ露出が多い特製のビスチェの二人はそれはもうトレビアーンの一言に尽きた… 「あらん、何も私もタダで泊めてあげるだなんて一言も言っていないわよ。働かざる者食うべからず。 うちの妖精さんが一人急にお店を辞めちゃって実は今大忙しなのよ~、勿論お給金だって弾むし忙しい夕方から夜の間だけで構わないから手伝ってよ~。」 「嫌よ!!何でこの私がこんな下品な恰好でよ、よ、よ、よりにもよって平民に給仕やお酌をしないといけない訳!?」 スカロンの頼みにルイズはにべも無く首を横に振った。最近ミントに散々振り回された影響でルイズの視野は大分広がったし心のあり方にも変化はあった。それでもこんな扇情的な恰好で平民のおっさんの相手などルイズに出来よう筈も無い… 「……………………」 ミントはここでしばらく黙して思案する… 別に少々過激な恰好ではあるがウェイトレスの真似事など大した苦では無いし、この魅惑の妖精亭はミントが持っている情報源でもかなり有益な部類だ。 それより何よりこのまま何も考え無しのルイズの任務の手伝いをする方が間違いなく気苦労等は圧倒的に多いだろう。今更ほっぽり出してしまうのも憚られるし。 しばしの思考を終えてミントが出した結論は… 「…理由は詳しく言えないけどあたしとこのルイズは色々と情報や市井の噂なんかを集めたいの。その辺りも協力してくれるならしばらくお世話になるわ。」 「ちょっとっ!?ミント!!」 まさかあの我が儘なミントがこんなアルバイトの様な真似をするとは思っていなかったルイズは驚愕のあまりヒステリックに声を上げる。 「しょうが無いでしょ、あんたがアンがくれたお金を全部ドブに捨てたんだから。それに、情報を集めるのにこれ程適した仕事も無いもの。」 「でもっ!!」 「それとも今日のあんたの失態をあたしがアンやキュルケに伝えて欲しいのかしら?あたしの口は軽いわよ~…」 「………………お世話になります。ミ・マドモワゼル。」 ミントから簡潔な理由の説明を受けながらも尚、抗議の声を上げようとしたルイズであったがミントの無慈悲な一言に覚悟を決める。なまじプライドが高いとこういう時に困る物だ。 と、ここで話は纏まったと言わんばかりにスカロンが一度大きく手を叩く… 「お話は決まったわね、う~ん…実にトレビア~ン、二人とも色々と複雑な事情があるみたいだけどこれからよろしくね。」 ____ 「納得いかないわ…」 早速魅惑の妖精亭での仕事を始めて数時間、忙しくホールを走り回るミントに対してルイズはホールでの接客では無く、キッチンの奥で乱暴且つ不器用に皿洗いに勤しみながら早速不満を溢す。 それというのもプライドの高いルイズにはそもそも平民相手の接客等まともに出来るはずも無く、胸が小さいだの言ってきた客にはワインボトルを叩き付け、小ぶりなお尻に手を出してきた客には罵声と平手打ちをetc.… 「そりゃああんだけお店やお客さんに迷惑かけたら迂闊に表には出せないわよ。それよりももっと手を動かすスピード上げて、接客が出来ないならこれ位は完璧にこなして貰うわよ。」 ルイズを叱責するのはルイズへの指導を買って出たジェシカである。そのジェシカの手の動きは凄まじく速く、口を動かしながらでも一瞬で汚れた食器類が綺麗になっていく。その綺麗になった皿をルイズに見せつけてジェシカは悪戯な微笑みを浮かべた。 ジェシカのその露骨な挑発にルイズの表情はますます不機嫌になっていく。 「まっ、お皿洗いなんてやった事すら無いでしょうからこんな事すら出来なくてもしょうが無いんですけどね~。貴女、かなり良いとこの貴族なんでしょう、ルイズ?」 皮肉たっぷりなジェシカの言葉にルイズの皿を拭く手が停止する。 「なっ…」 「何でこんな事してるのか詮索するつもりは無いけど貴女を見てれば隠してるつもりなんだろうけど色んな仕草でバレバレよ。それにあのミントの友達ならそう考えた方が自然だしね~。」 ルイズのその分かりやすい動揺する姿にジェシカはニヤニヤと笑みを浮かべる。 「あんた、私が貴族だって分かっててさっきからそんな態度取ってるだなんて…どういう神経してんのよ?」 「あら、このお店で働いている限りはあなたがどんな人間かだなんて関係ないわ。それにミントが連れてきたならそんな事を気にする人じゃ無いって思ってたんだけど違うかしら?」 悔しいがジェシカの言う通りだ。最近のルイズは色々と型破りなミントの影響なのか以前程身分の差という物に捕らわれなくなっている…相変わらずジェシカの皿洗いの手は止まる事無く動き続けるのでそう考えながらルイズもそれにならって皿を洗う。 「う~……て言うかあんたもそうだけどスカロン店長もやたらミントに親切だけどさ~、あいつ一体ここで何した訳?」 ルイズはそもそもミントがやたらとこの店の店員に馴染んでいる事が疑問だった。それどころか接客態度は普段と変わらず不遜な態度でありながら一部の客からは既に指名が入り、何やら仲よさげに談笑している。 どうやら元々顔見知りの客なのだろうか…遠目に見ても話は弾んでいる様子で確かに情報収集という任務と接客をミントは苦も無くこなしているようだった… 「ま、ミントは元々ちょくちょく家のお店には顔を出してたのよ。儲け話やお宝の情報は無いか~。ってね…他にも人の捜し物を手伝ったり、店の子にブローチをあげたり。 私達も最初はミントをただの凄い性格の平民だと思ってたんだけど、ある日この一帯の徴税官っていう立場を悪用して好き放題してる貴族が来てる所に偶然ミントがやって来てねー、一悶着あってお付きの兵隊共々その貴族を魔法でボコボコにしちゃってさ…」 「はぁっ?!そんな話私聞いてないわよ!!」 ルイズが思わず声を上げる。話を聞く限りその徴税官に非がありそうだがまさか自分のあずかり知らない所でそんな騒動が起きていただなんて… 「いやっ、私達も最初これは不味い事になるなーって青い顔してたんだけど何かミントがそいつ等に書類を見せつけてさ、その途端そいつ等がもう、もの凄い勢いで謝り始めて…あれは傑作だったわ。 それ以来ミントはこのお店じゃ有名人なの。それにミントってば書類一つで徴税官を振るい上がらせるような凄い貴族なのに私達にも他の平民のお客さんにも今までと全然変わらない態度で接してくれてさ… 正直、やっぱり私達平民は貴族の事をあんまり良くは思ってないのよ。それでもミントみたいな素敵な貴族がいつか国を動かしてくれたらきっと今よりも毎日が楽しくなりそうだなって私は正直思うよ。」 先程までの意地悪な笑みでは無く、ジェシカは屈託の無い笑みでミントの事をルイズに語る。貴族としては到底聞き逃せない様な際どい言葉も聞こえた気がするがルイズは気にしない事にした。 まさか自分の知らない所でミントがこんな風に他人に思われていたなんてと気恥ずかしいような誇らしいような何とも言えないが悪くない気持ちとそんなミントに負けたくないという気持ちになる。 「ルイズ、これ、洗い物追加よ!!」 と、両の手にトレーを持って厨房に戻ってきたミントがルイズの脇に設置された水の張られた桶にドチャドチャと皿や器を置いていく。その表情は疲れた様子ながら生き生きとしていた。 「うへ~…」 それに対してルイズはうんざりとした表情でミントによって運ばれてきた洗い物の山を見つめ、そのまま恨めしそうな視線をミントにぶつけようとしたが既にミントは新たなトレーを手にホールへと向かおうとしていた。 「ちょっと!ミントもこっちを少しは手伝ってくれたっていいでしょっ!!」 「こっちだってあんたと代わりたいわよ!!「ミントちゃ~ん。」は~い、今行くわ~!」 ホールからの呼び声に答えてミントはルイズの相手もそこそこに、短いスカートを翻して厨房を後にする。 (何よ…ミントったら。) 「ほら、ルイズ手を動かさないといつまで経っても終わらないわよ!!ほら、半分こっちに回して。」 そんなルイズにいつの間にか自分の桶を空にしていたジェシカがルイズの洗い物を掠め取る… 「……………………ぁりがと…」 ごく小さな声でルイズはジェシカに礼を言って固く絞った布巾を皿に押し当てた。 (それにしても…姫様が知りたかった情報…街の人達の声…か…) 意外な形ではあったがルイズは平民の声を聞いた…こうして思えば平民の陰口等では無い正直な言葉というのを聞かされたのは初めてかも知れない… 意外な事にミントは愛されていた。思えば学園でも、アルビオンに行った時にも、ミントの周りには気づけば人が集まっていた… 従えるのでは無く、慕われる…そういう人の上への立ち方もあるのだと言う事をルイズは皿の洗い方以上にその日学んだのだった… 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第二十五話 『閃光』 「フム…圧倒的ですな陛下。」 眼前にて繰り広げられるトリステイン軍と神聖アルビオン王国軍の戦闘を見やり裏切りの子爵ワルドは冷酷な笑いを浮かべて同じく戦場を見つめるクロムウェルへと声をかけた。 「あぁ、だが予想よりもトリステイン軍は健闘しておるようだな。どうやら王女自ら前線に立っている事が奴らの士気を高めておるのが大きいか。」 「ですが既にレキシントンある限り制空権は絶対的に我等の物です。それに…ククク…私よりも腕の立つ幻獣のりはトリステインには居りませんからな。」 「ハハハ、頼もしいな子爵。」 ワルドの言にクロムウェルは上機嫌に笑う。神職に就いていたこの男には戦の事はよく分からない部分であったが自軍が圧倒的に有利なのは素人目から見ても理解が出来る。 もはや制空権を奪われたトリステインはそれを覆さぬ限りどれだけ勇猛果敢に奮戦しようと勝てる見込みはあろう筈も無い… 「フム…しかし子爵、君はどこか退屈そうに見えるな。」 「はい、恥ずかしながら私はどこまで行っても所詮戦士ですからこれ程までに一方的な戦は些かに退屈でして…」 「ハハハ、勇ましい事だな。」 曖昧な取り繕った笑顔でクロムウェルにそう言ったワルドは義手で強く拳を握ると視線は遠く、地平線に隠れそうな魔法学園を恋い焦がれるような思いで見つめていた… (どうしたガンダールブ、ルイズ生きているのならば私の前に現れて見せろ!!) 「『ハッ……クシュンッ!!!』……う゛~…誰かあたしの噂でもしてんのかしら…」 盛大なクシャミを一つしてミントは高高度の冷えた風を浴びて思いの外冷えた自分の身体を抱くようにして前方の船団を睨みながらヘクサゴンを飛ばす。 「それもこれも全部あいつ等のせいよ…ボコボコの地獄巡り決定ね。」 ミントの乗るヘクサゴンは魔法学園からこの戦場へと直行してきた為、偶然とは言え丁度トリステイン軍と真正面から戦闘を行っているアルビオン軍の柔らかい横腹をつくような形で戦域へと進入している。 当然とも言えるが真っ赤に塗装されたヘクサゴン(スカーレットタイフーンエクセレントガンマ)の姿は晴れ渡った青空に良く映え、アルビオン艦隊の一隻が自分達に結構なスピードで接近するミントは捉えて迎撃態勢へと移行する。 「未確認飛行体本艦へと接近!!」 「伏兵か!?少なくとも味方では無い、カノン砲発射、用意急げよ、打ち漏らした場合は速やかに火龍隊で迎撃に当たれ!!」 見張りの報に艦長は素早く判断を下すと適切と思われる指示を風の魔法に乗せて全乗組員へと伝える。 「アイサー!!」 統率の取れた動きでカノン砲が接近する目立ってしょうが無い目標へと向けられると接近するヘクサゴンが射程範囲に収まるのを船員達は今か今かと待ち構えるのだった。 「よぉ相棒、やっこさんこっちに気が付いたみたいだぜぇ。」 ミントの背中で暗にこのまま行くのか?とでも言いたげにデルフが鍔を鳴らす。勿論目の前の軍艦が側面にずらりと並んだ砲塔をこちらに向けている事などミントも判っている。 だが、高度を上げるのも下げるのもまして転身後退などという選択肢はミントは持ち合わせてはいない。前進突破あるのみ、立ちふさがる物は撃滅必至!!いつだって多少の狡猾な打算と共にミントはそうしてきた。 軍艦から轟音と共に吐き出された鋼鉄の砲弾は何かしらの魔法の補助なのか、はたまた砲兵の練度の高さ故なのか幾つかの砲弾がミントへの直撃の軌跡を描いて飛来する。 「ヘクサゴン!!」 ミントの声紋に反応してヘクサゴンはその一対の蛇腹の豪腕を振り上げミントの乗る背中を守るように交差させる。 『ズドォォォ~~ンッ!!!!!!!』 という轟音と共に揺さぶられた足下にミントはぐらついた足を踏み込んで体勢を整える。 「危ない危ない、結構揺れるもんね…」 事も無げに言ってミントは前方の軍艦を睨む。直撃を受けたヘクサゴンの腕部といえば… 「命中、直撃です!!」 ヘクサゴンへの砲撃の着弾を確認した観測主が喜色入り交じった声を上げる。すると軍艦の内部で、歓声と口笛が沸き上がり、隣に立つ戦友とハイタッチを交わす砲兵達。 「良くやった!!だが警戒を怠るな!!」 その様子を満足げに見つめていた艦長はだが一度声を張り上げると各船員達へ檄を飛ばす。 有能な軍人である彼の言葉に喜びもつかの間、船内に再び程よい緊張と覇気が満たされ各員が再びそれぞれの軍務へと戻る…そして… 「艦長!!未確認飛行物体、尚も接近中です!!………しかも……ダメージ、ありません!!!!」 「何だとぉっ!!!」 観測主の報告に艦長は驚愕を隠す事も無く声を上げた… ミントは砕け散った砲弾から発生した独特の匂いのする煙を突き抜け、一気に自分の魔法の射程距離まで軍艦へと接近する事が出来た。最早射角の都合上カノン砲は役には立たない。 「相変わらずこいつは頑丈ね。」 ミントはデュアルハーロウを構えながら足下を、つまりはヘクサゴンの背中をみやり呟いた。 かつて何度かベルが自分にヘクサゴンを差し向けてきた時も全力の蹴りをぶちかまそうが強烈な魔法をぶち込もうが結局ヘクサゴンにはダメージらしいダメージを与える事すら出来なかった。 そんなヘクサゴンが唯の砲弾の直撃ごときでどうにかなろう筈も無い。『ヘクサゴンに弱点は無いよっ!』とはベルの言葉だったが結局の所ヘクサゴンを止めるには背に陣取った操者を倒すしか無いのだ。 「相棒、上から来るぞっ!!」 デルフの声に従ってミントは魔力の螺旋を頭上に掲げる…そこには目の前の軍艦から出てきたのであろう火龍に乗ったメイジが二組急速接近していた。 「上等よ!!」 火龍の口から放たれた灼熱の吐息…それを容易く霧散させ、ミントの放った『緑』の魔法タイプ『サークル』『サイクロン』立ち上る竜巻は火龍の巨体二体を纏めて錐揉み状に吹き飛ばし、その意識を刈り取った。 ___トリステイン軍 本隊 「このままじゃ…」 ルイズは戦装束を身に纏ったアンリエッタの直ぐ側で歯痒そうに上空を見上げて言葉を漏らしていた。 『このままじゃ負けちゃうわ。』そう最後まで言葉にはしなかった物のルイズの…否、アンリエッタにも慌てて戦列に加わったマザリーニ卿にも戦場に居る誰もがその事を悟り始めている… 太陽を遮り、影を大地に落とす軍艦の群れ…陸上では何とか均衡を保てているようでも砲撃と火龍等の航空戦力の前では碌な準備も出来ていないトリステイン軍には些かに厳しい闘いであった。 前線は後退し、国内に残されていた魔法衛士隊の幻獣達も傷つき戦列を離れていく… それを認め、アンリエッタも無論マザリーニを始め各将校達の表情は苦い… ルイズはその戦場という物を恐怖と共に体感しながら少しでも強く始祖への祈りが届くようにと水のルビーを身につけ、始祖の祈祷書を抱いて瞳を閉じると祈りを捧げる… 『おぉぉっっ!!!』 と、突然兵士達の間に歓声に近いような響めきが響いたことでルイズは目を開く…周囲の人達の視線は一様に上空、ルイズ達から見て左舷の方向へと向けられていた。 「あれ…は?」 ルイズの目に映ったのは燃え上がるメインマストに、まるでゴーレムの豪腕で抉られたように傷ついた船体が徐々に高度を下げながら積載していた火薬類に火が回ったのか派手に爆散していく光景だった。 その光景によって火が付いたように兵達の歓声が沸き上がる。 アンリエッタも少しの困惑と大きな安堵に絶望に打ちひしがれそうだった気持ちを何とか繋ぎ止めた。 全員の視線は自然、何があのアルビオン艦に起きたのかを確認しようとその周囲の空を注視するがそんな中、誰よりも早くその姿を発見したのはルイズだった。 空を行く赤い巨体は接近する火龍や風龍を叩き落とし、あるいは握りつぶし。迫る砲弾さえ意に介さずひたすらに敵陣中央を突破していく。 「ヘク…サゴン…」 ルイズはそれが先日までミントが自分を置いて冒険した末に何処かから拾ってきたガラクタだと認識するとその名を口にする。 (でも何で赤いのかしら…?) そしてルイズの呟き、それを耳ざとく聞いていたのはマザリーニだ… 「諸君聞け!!空を行くあの紅の暴風こそかつてエルフすら震撼させたブリミルの遺産『ヘクサゴン』だ。我がトリステインの危機にブリミルが答えたのだ!!この戦勝てるぞ、各々今一度奮い立て!!」 無論マザリーニはそもそもヘクサゴンが何なのか知りもしない。口から出たのは戦意を高揚させる為だけの出任せである。 『ウオオオォォォォォ~~~~~~!!!!!』 士気が低下していた兵士達に再び闘志が宿る。 「マザリーニ様、あれは「ヴァリエール嬢、アレが例え何であれ今は関係ないのですよ。」」 マザリーニはそう言ってルイズの言葉を遮ってまるで誤魔化すように気恥ずかしそうに軽く笑った。ルイズは何とも言えぬ思いを抱きながらも高揚する兵士達に気圧されて呆れた様な苦笑いを浮かべるしか無い。 「ルイズ、もしやアレは?」 「はい。恐らくミントです姫様。」 ユニコーンの背から馬上のルイズの耳元に口を寄せたアンリエッタの問い。それは答えに半ば確信めいた物を持っていた。 そしてルイズもそれが他の兵達に伝搬しないよう小さな声で、しかし力強くアンリエッタに答えると上空を見上げる。また一隻、アルビオンの軍艦の船底にヘクサゴンの豪腕が突き入れられた… 「やはりそうですか……」 「姫様…わたくし…」 ルイズはアンリエッタを真っ直ぐに見つめ、アンリエッタもまたルイズのその真っ直ぐな瞳から何を伝えたいのかを何となく理解していた。 「えぇ、ここまでわたくしに付き添ってくれてありがとうルイズ。行って下さい、メイジと使い魔は一心同体。いえそれ以上にわたくし達の友人の為に…わたくしはここまでに貴女達に十二分に勇気を分けて頂きましたから。」 「はっ!!ありがとうございます!……行ってきます姫様。」 戦場に似つかわしくない柔らかで暖かい笑顔でルイズを促すアンリエッタ。それにルイズは臣下の礼と友人としての態度を持って答えると意を決し、馬の腹を蹴る。 手綱をグイと力を込めて引いた。ルイズを背に乗せた馬は前脚を擡げて嘶くと引き絞られた矢のように戦場へと駆けだしたのだった。 ___レキシントン甲板 ワルドは伝令より伝えられたその情報に両の手を握りしめ微かに震えていた…怒りでも恐怖でも無く、無論歓喜でも無く…もしかするとその全てであったのかも知れないがとにかくわるどの身体は闘いを前に溢れ出る感情に打ち震えていた… 伝令の報告は__曰く、空を飛ぶ赤いゴーレムの進撃を受けている。 曰く、物理攻撃は一切通用せず、さりとて魔法を放てども魔法は何故か何かに吸い込まれるように掻き消されてしまいその勢いは留まる事を知らないと。 曰く、ゴーレムの背では剣を背負い、一対の金環を手にした少女があり得ぬ魔法を行使して艦を落としていると… ワルドは己の心の赴くままに足を運び始める。その先はレキシントンの甲板後部、火龍や風龍を係留しているエリアである。 報告と予想だにしていなかった緊急自体に狼狽えるクロムウェルが何か訴えるように声をかけてくるがもはやワルドの耳には夜耳元で飛ぶ蚊の羽音並みに鬱陶しいだけであった。 臣下の礼はとっているもののワルドはクロムウェルを皇帝の器と認めてはいなかった… 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!風龍で出るぞ!!」 勇ましく出陣の名乗りを上げてワルドは風龍の手綱を引いた。ハルケギニア最速の飛行生物はその翼を広げて真っ直ぐ情報へと飛翔する… 「フハハハハハッ待っていろ…ガンダールブッ!!!」 アルビオンで切断された右腕…本来痛みなど最早感じぬ義手となった筈の右腕に走る確かな痛みに口元を歪ませてワルドは笑いながら戦場へと飛翔した。 水蒸気の塊である雲の中、ミントは濡れた髪が頬に張り付いてくる事を煩わしく感じながらもアルビオン艦隊の中央を唯々強引に圧し進む!! 「見つけた、あれが本命ね!?」 幾つかの軍艦を墜として雲を抜けたミントはようやくレキシントン号のその巨大な姿をはっきりと視界に捉えた。 しかしミントとて流石にずらりと並ぶ砲門からの斉射は怖いのでレキシントンよりも高い高度を維持する。もっとも恐れるべきは振動故のヘクサゴンからの落下なのだから。 「見つけたぞ、ガンダールブ!!!」 と、レキシントンを見下ろす形を取っていたミントの更に上空から何者かの怒声と共に凄まじい速度で風龍がミントの視界を横切った。 「あんたは…ワルドッ!?」 一瞬とは言えミントははっきりとそれが誰で在るかを確認していた。自然と表情は不機嫌な物になる、生きているとは思っていたが出来れば二度と出会いたくは無かった男だからだ。 「嬉しいぞガンダールブ、再び相まみえる事が出来るとは!!」 「しつこいわよ!!」 ワルドが放ったエアカッターをミントはデルフで吸収するとヘクサゴンのソーサルドライブを全開にしてワルドの駆る風龍を追う…現状、ミントの魔法の射程範囲には若干遠いし追尾性の高い魔法でも風龍相手では分が悪い… しかしハルケギニア最速は伊達では無い…ヘクサゴンではスピードにおいて風龍との間に埋まりそうに無い差が存在していた。 そしてさらにミントにとって喜ばしくない事態が迫る。 「ワルド殿!!助太刀します!」 ワルドの後を追って出て来たのであろう如何にも練度の高そうなメイジがそれぞれ飛龍に乗って四人ワルドの援護に現れたのだ… ミントはこの厄介な状況に内心歯がみした… しかしここでミントの予想だにしない事態が続けて起きる事となった… 「邪魔を…するなっ!!!」 ワルドは自分に追従する編隊を組む為に近づいてきた部下に当たる筈のメイジ達をあろう事か、一瞬の内に発生させた偏在達でそれぞれ首を撥ね、心臓を貫き、その飛龍達を強奪したのだった。 まさか味方に攻撃されるなどとは思っていなかったメイジ達は「何故?」等という言葉を残す間もなく眼下に広がる緑の大地へと落下していく。 「あんた相変わらずね…」 ワルドの外道な行いに憤りを隠せずミントは避けられる事を承知で魔法を放つ。 「フン、どうせ奴らはクロムウェルの虚無で人形として蘇る!!死ぬ事で私の役に立てるのだ…哀れに思うなら素直に首を差し出せガンダールブ!!」 「ふざけた事いってんじゃないわよっ!!」 魔法による五方向からの同時攻撃、ヘクサゴンのボディがワルドのエアハンマーとウインドブレイクで大きく揺れる… ミントも自身に襲いかかるエアカッターをデルフで凌ぐがここまで統率が取れた連携を相手にするのは骨が折れるであろう事は容易く察する事が出来た。 「ガンダールブ、貴様がフライを使えぬ事を私は知っているぞ!!そんな貴様が空で私に勝てる通りは無い!このまま奴らのように地面に叩き付けてくれる!!」 「くそっ…一対一で戦いなさいよ!!この卑怯者!!」 四方向からの同時攻撃を何とか凌ぐミント…だが 「相棒、上だ!!」 ミントの認識の外からの攻撃にデルフの注意が響く。 「とったぞっ!!!」 詠唱しながら飛龍の背から飛び降り、自由落下を駆使した偏在ワルドの上空からの特攻… ミントは咄嗟にデルフリンガーを振るったがワルドが唱えていた魔法は『エアニードル』唯一デルフの魔法吸収を凌ぐ魔法… 刹那の交差… ワルドの偏在は霞に消えた… そして… 「げげっ!」 「あ~れ~~~。」 一度高く舞い上がった後で空を切り裂くように真っ逆さまに落下していくデルフリンガーの間抜けな声が戦場に響いた。 「ここまでだなガンダールブ。」「切り札を失った貴様はもう終わりだ。」「まずは腕を切り落とす。次は足だ。」「散々なぶった後で一思いに地面に叩き付けてやろう。」 四人となったものの勝利を確信したワルドが口々にそんな下卑た言葉をミントに向けてイヤらしく笑う。その姿はもはや貴族では無く唯の外道だ。 「何言ってんの…切り札?デルフが?」 「何?」 とさっきまで少なくともワルドから見ても狼狽えたような調子だったミントが再び冷静な様子を取り戻す…否、それは闘いの中でする賭けに対し腹を括った様に見て取れた。 ミントは素早くデュアルハーロウを構えるとそのままいつでも魔法が放てる体勢に移行する。 「ライトニングクラウド…討ってきなさい。あたしの魔法とあんたの魔法どっちが早いか勝負しようじゃない…」 「…良かろう、この『閃光』に早さで挑むか…おもしろいではないか。」 ワルドは知らず感じた圧力と精神の高ぶりにに思わず唾を飲み込むと、本体含め全員でライトニングクラウドの詠唱を行う。幸いと言うべきかミントの真正面のワルドは偏在なのだ… 次の瞬間、トリステインの上空には轟音と共に以降、『裁きの雷』と評され伝説とされる小さな紫電を伴った『眩き閃光』が走った。 前ページ次ページデュープリズムゼロ