約 1,352,477 件
https://w.atwiki.jp/eef_kenta/pages/17.html
dummy
https://w.atwiki.jp/tesu002/pages/5530.html
戻る 何とも言えない読後感…淡々とした雰囲気とシュールな展開でちょっと好き というかどれも刑事事件絡みじゃねーかww -- (名無しさん) 2013-05-01 09 24 27 面白い 純ちゃんが主人公ってのがまたいいな -- (さくにゃん) 2013-05-06 20 17 53 純にはこういう、日常に潜む非日常の話がよく合うな -- (名無しさん) 2013-05-07 07 35 13 物騒な町だな -- (名無しさん) 2013-05-14 07 14 26 Fが唐突過ぎるだろ… Mには安心したが。 -- (名無しさん) 2015-11-25 22 59 29
https://w.atwiki.jp/jasagiri/pages/21.html
このアイデアはIRC、暗い路地、汗まみれのダンスホール、法廷で語りつくされたのを知っています。 こんな風に SQLを書く代わりにRubyで書いてください。カーテンの後ろでSQLを生成してください。 例えばこれ User.detect { |u| u.name == Jericho u.age == 22 } またはこれ User.select { |u| [1, 2, 3, 4].include? u.id } さもなくばこれ User.select { |u| u.name =~ rick }.sort_by( age) 本当にすごいでしょう? 誤解しないでください。私たちは既にRubyでクエリを書くことが出来ます。 ez-where や Squirrel その他もろもろがありますが。しかしこれらは Ruby ぽい DSLs クエリ で Ruby ではありません。私は単に大好きな Enumerable を使いたいだけです。 古風だと呼んでください。 Ambitious の仕事 Erlang の Mnesia データベースは私が欲しいものに似ています。: 素の Erlang で書かれたあなたのクエリは構文木によって Mnesiaクエリ を翻訳されます。 よく出来た仕組みですが、聞いてください。: Ruby にも構文木があり、ParseTree のおかげで簡単に手に入れられます。 それでは、Ambition の始まりです。 $ sudo gem install ambition -y コンソールを使って ActiveRecord のロギングをハックして楽しんでください: $ script/console ActiveRecord Base.logger = Logger.new(STDOUT) = # Logger 0x2814134 ... require ambition = [] バックグラウンドで実行された SQL によって ActiveRecord モデルが使われるいくつかの例: User.first SELECT * FROM users LIMIT 1 User.select { |m| m.name != macgyver } SELECT * FROM users WHERE users.`name` macgyver User.select { |u| u.email =~ /chris/ }.first SELECT * FROM users WHERE (users.`email` REGEXP chris ) LIMIT 1 User.select { |u| u.karma 20 }.sort_by( karma).first(5) SELECT * FROM users WHERE (users.`karma` 20) ORDER BY users.karma LIMIT 5 User.select { |u| u.email =~ ch% }.size SELECT count(*) AS count_all FROM users WHERE (users.`email` LIKE ch% ) User.sort_by { |u| [ u.email, -u.created_at ] } SELECT * FROM users ORDER BY users.email,users.created_at DESC User.detect { |u| u.email =~ chris% u.profile.blog == Err } SELECT users.`id` AS t0_r0 ... FROM users LEFT OUTER JOIN profiles ON profiles.user_id = users.id WHERE ((users.`email` LIKE chris% AND profiles.blog = Err )) LIMIT 1 など。README にたくさんの例をリストで確認できます。 Kicking Around Data A good thing to keep in mind is that queries aren’t actually run until the data they represent is requested. Usually this is done with what I call a kicker method. You can call them that, too. Kicker methods are guys like detect, each, each_with_index, map, and first (with no argument). Methods like select, sort_by, and first (with an argument) are not kicker methods and return a Query object without running any SQL. As such, you can garner some information from a Query object user = User.select { |u| u.name == Dio } = (Query object call #to_sql or #to_hash to inspect...) user.to_sql = SELECT * FROM users WHERE users.`name` = Dio user.to_hash = { conditions= users.`name` = Dio } user.first # = SQL is run = # User 0x36896e4 ... Note the to_hash—Ambition doesn’t actually run any SQL, it just hands this hash to ActiveRecord Base#find. Anyway, kickers have useful implications for Rails apps. Take this controller class BandsController ApplicationController def index @bands = Band.sort_by( name) end end Since no kicker method is called, @bands is just a Query object—no SQL run. The SQL is only run once we call each in our view Rocktastic Bands % @bands.each do |band| % %= band % % end % a) キャッシュの断片 と b) クエリの再利用をしたいと言うでしょう。 Standard stuff. Two birds, one stone Rocktastic Bands % cache do % % @bands.each do |band| % %= band % % end % % end % Rails がキャッシュを見つけたなら、SQLは何も実行されません。 滑らかにしてください。(キャッシュしないでください?) The Catch This is pretty new, so watch the sharp edges. While we aren’t good at executing arbitrary Ruby inside the block, we can handle variables. Practically speaking, instead of writing User.select { |u| u.created_at = 2.days.ago }.first Write date = 2.days.ago User.select { |u| u.created_at = date }.first インスタンス変数と単純なメソッド呼び出しはきちんと動いています。今後のリリースで完全に Ruby をサポートするつもりです。(誰かがパッチを提供してくれると早く実現するかもしれません) Big Dreams 理想的には、データベースにおける Rack のようなものになったと思います。 Query DataMapper や Sequel や ActiveRecord は Ruby の素の jane Enumerable API を使っています。 Hey, maybe we can thrown an OODB or two into the mix? 容疑者としていつも名前が挙がること: Report feature requests, shortcomings, bugs at Lighthouse. SVN’s at svn //errtheblog.com/svn/projects/ambition Code at http //projects.require.errtheblog.com/browser/ambition RDoc at Rock ここ数日私は Cheat で実行していて、動くようになっています。 @sheets = Sheet.sort_by( title) のような恐怖がないかソースをチェックしてください。 ambition がちょっとわかってきたら次のスペースを見てください。 Update Oh yeah, KirinDave came up with the name Ambition. Thanks. Update 2 Okay, added some stuff tonight You can now do cross-table sort_bys User.sort_by { |u| [ u.profile.name, u.ideas.karma ] } これは以前動いていませんでした(笑)。 私はバックエンドで a COUNT する any? や all? や empty? といったクエリサポートを追加しました。狂った状態を与えてください。3つともすべて kickers です。(?) entries と to_a kickers も加えられました。 User.to_a は User.find( all)と同じです。 万能 kicker としての仕事、 too—User.select { |u| u.name == ‘kicker’ }.to_a など。 最後に, slice は [] の別名です。 PJ へ感謝してください。 新しい gem はりリース済みです。私は破壊的で建設的ないくつかの空の仕様を加えました。危険な考えであることはわかっています。またお会いしましょう。
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/39613.html
登録日:2018/05/26 Sat 12 03 13 更新日:2024/07/18 Thu 13 24 22 所要時間:約 4 分で読めます ▽タグ一覧 2ch DQ返し アレルギー マジキチ 修羅の家 国際最上級裁判所 夫が役立たず 脅迫状 裁判所 国際最上級裁判所とは、一部の人々の間でだけ知られている非常に強力な権限を持った裁判所。 この裁判所に訴えた場合、即座に審理が開始され、例え被告側が反論せずとも有罪・無罪が確定する。 ただし、被告側が原告側に心からの謝罪を行い、原告の要求を呑むことで訴えは退けられる。 その審理の迅速さ・権限の強力さは「宇宙最高裁判所」に次ぐと言っても過言ではないだろう。 追記・修正お願いします。 △メニュー 項目変更 -アニヲタWiki- * * * + うそです n ∧_∧ n+ (ヨ(*´∀`)E) Y Y * 本当は、2chの「義実家にしたスカッとするDQ返し」25スレ目に降臨した「茹で汁嫁(元)」の報告に存在した謎のワード。 その強烈なインパクトにより住民を大いに沸かせた。 ◆主な登場人物 茹で汁嫁(元) 報告者。報告は彼女の視点で進む。 天ぷら油事件の際は、娘をかばって全身やけどを負うカーチャンの鑑。 義実家で度重なるDQNな目に遭っていたが、ある日ブチ切れて トメに1.5リットルのスパゲッティのゆで汁を呑ませる という暴挙に出る(一応冷めてはいたようだ)。 小柄だが、握力は48あるらしい。 やけどの跡を晒したまま近所を練り歩き、近所の人々に義実家をヒソヒソさせるなどなかなかの策士。 茹で汁事件からそのまま義実家を出奔し離婚届提出。実家に逃げ帰った後に「国際最上級裁判所」と書かれた手紙を受け取る。 終始冷静な語り口なのが妙に印象に残る人。 娘 アレルギー持ち(何のアレルギーかは不明)。 そのことを何万回も茹で汁嫁が繰り返していたのに、トメがアレルゲンを食わせようとしたことが茹で汁事件の発端となる。 息子 妊娠8週間で母体ごと熱々の天ぷら油を浴びせられるという波乱万丈な出生譚の持ち主。 トメ 姑。諸悪の根源。 長男至上主義者であり、 熱々の天ぷら油を孫娘に浴びせかける という行為で既に殺人未遂で刑務所に入った前科持ち。 6年前に蕎麦アレルギーを発症している癖に「アレルギーなんて気の持ちよう」が持論。 茹で汁嫁に「蕎麦の茹で汁」と思い込まされてスパゲッティのゆで汁を飲ませられることに。 ウト 舅。「授乳しているところにわざわざ近寄って来る」などのセクハラを茹で汁嫁に繰り返し、鼻に肘を入れられて鼻血を出した情けない過去があるらしい。 トメの暴挙により、早期退職して退職金と貯金の大半を慰謝料に当てる羽目になった可哀想な人。 もっとも、「国際最上級裁判所」を送って来た張本人なのであまり同情する余地はないが。 (元)旦那 アホ。マザコン。 色々と精神的に不安定なようで、毒親から逃げきれずリストカットを繰り返していた過去がある。 毒親から嫁と子供を守ることもできず、アルコールに逃げて暴力をふるったことがあり、天ぷら油事件もあって一度離婚しているが、その後反省した(素振りを見せた)ことと娘が父親を恋しがったので再構築。 その際に「今度はいつ離婚してもいい」という意思表示として記入済みの離婚届を嫁に預ける。 だが、再構築後たったの2か月で茹で汁事件が勃発。 なお、その時は3時のおやつで揉めて家出中だったので事件の詳細も自分が離婚されたことも知らなかった 。 その後行方不明になり警察沙汰になるが、 家族の思い出の詰まった東尋坊に旅行していただけ のロマンチストに見せかけたノータリン。 ……と思われていたが、本当は 友達の家でふて寝していただけ らしい。東尋坊云々は嘘だったようだ。 弁護士 嫁が雇った弁護士。 「国際最上級裁判所」の手紙で腹筋を破壊される羽目に。 ◆国際最上級裁判所 実家に逃げた茹で汁嫁の下に送られてきた謎の脅迫状(?)。筆者はウト。 ウトによると、嫁は既に「元旦那の誘拐罪」「ウトメへの脅迫・詐欺・金をだまし取ったこと・名誉侮辱罪・尊親離反罪」により 国際最上級裁判所により有罪が確定 しているとのこと。 謎な罪名は原文ママ。 ただし、 まだ訴えてはいない ので「嫁が心を入れ替えウトメに誠心誠意仕えること」「嫁が不当に奪ったウトメの金(慰謝料?)を返すこと」「旦那と跡取り孫を返すこと(娘はいらん)」「誤解された近所や親せきに土下座して謝ること」「ウトが辞職させられた責任を取ってウトを嫁実家の会社に役員待遇で迎えること(嫁父親より下の役職は却下)」をすれば許してくれるらしい。 有罪が確定しているのにまだ訴えていない とは何のこっちゃ、と誰もが思うだろうが原文ママなので仕方ない。 ◆余談 ちなみに「国家の最高裁判所よりも上に位置するともとれる国際的な裁判所」というのがないわけではない。 国際司法裁判所 国連の常設機関であり、国家間の法律的紛争の調停や、国連総会や安全保障理事会の採決に基づく勧告を出したりする。 活動内容から分かるように関わる主体は「国」であり、個人間の事件について取り扱うことはない。 国際刑事裁判所 国際関心事である重大な犯罪について責任ある個人を訴追・処罰する裁判所。 性質上扱う事件の範囲は(一般的な国内の刑事裁判に比べて)狭くなっており、その代わり条件を満たせば国家元首に対しても逮捕状を発行し、執行することができる。 国際海洋法裁判所 海洋法条約に基づき、海洋法条約の解釈・適用から生ずる紛争を取り扱う。 その性質上陸の上での生活がもっぱらな人間にはあんまり縁がない。 欧州司法裁判所 EUにおける憲法と国内法の整合性についての最終判断を行う機関。 刑事事件についても一部取り扱うが、原則としてはEUというシステムの管理人という趣旨が強い。 欧州人権裁判所 欧州人権条約を守るため、EUにおける人権侵害事件についての訴訟を取り扱う裁判所。 その性質上被告は常に国家となるが、個人や特定グループも原告となることができる。 追記・修正は国際最上級裁判所に訴えられないようにお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] どういうことなの… -- 名無しさん (2018-05-26 12 46 44) 作成者の方には申し訳ないのですが、これはネタ晒しや中傷を目的とした項目でしょうか?内容的に見ても身内ネタとしか言いようのないものであると思います。 -- 名無しさん (2018-05-26 19 00 18) ↑少なくとも「伝説の92」とか「海水男」と同じぐらいには知名度あるネタだと思う。「身内ネタだからダメ」というならあの辺もまとめてアウトじゃないかな -- 名無しさん (2018-05-26 19 04 03) ↑まあ検討してみるしかない。というかこの作成主は毎度毎度こういう記事を相談無しでの作成ばっかりして問題ありじゃないのか -- 名無しさん (2018-05-26 19 07 40) すまない。作成しますとは言ってた。申し訳ないです -- 名無しさん (2018-05-26 19 08 12) 後で追記修正する予定があるんだよね?用語と登場人物の軽い解説だけでどういうネタなのかがさっぱりわからない。 -- 名無しさん (2018-05-26 19 56 58) 知名度はともかく、せめて伝説の92の項目のように事件の概要は必要かと -- 名無しさん (2018-05-26 20 06 04) てっきりダブルクロスリプレイ・ジェネシスの“ジャスティス”神崎正義(PL.師走トオル)の事かと。 -- 名無しさん (2018-05-26 23 51 07) 最上と三隅と鈴谷と熊野がえっちな裁判してくれるところじゃないのか -- 名無しさん (2018-05-28 09 34 23) ↑憲兵「提督殿、国際海洋法裁判所までご同行願います」 -- 名無しさん (2018-06-03 10 45 51) 文面こそバカ丸出しとはいえ、裁判所騙って金せびってるわけだから訴えたらそれなりの罪状付けられそうな気はする。多分労力に割に合わないだろうけど -- 名無しさん (2020-10-14 10 37 59) 何!?1番艦の子に主砲が生えてるかどうかを争う場ではないのか!? -- 名無しさん (2020-10-14 16 21 09) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/fadv/pages/2556.html
絶対聖域 刑事花房京子 題名:絶対聖域 刑事 花房京子 作者:香納諒一 発行:光文社 2023.7.30 初版 価格:¥1,700 本作には二つの際立った特徴がある。『刑事コロンボ』を代表格とする、いわば犯罪者の側から語ってしまう倒叙ものであること。これは花房京子シリーズに課せられたシリーズとしての約束ごと。シリーズ読者であればそこにこそ期待するわくわく感が最初から期待させられる。 もう一つの特徴は、本作に限っては全編刑務所を舞台にしていること。それも刑務所の祭典として一般公開されるばかりか女性歌手までがステージに上がって美声を披露してくれるという特別な日を事件にあてがっていることである。 事件そのものは、早い段階で読者の目に曝される。殺意がどこにあるのか? コアとなる部分は既にオープンになってはいるものの、なぜこの殺人者がこの被害者をターゲットに選んだのか? は当面謎というかたちで我らがヒロイン花房京子の捜査がスタートする。殺人が実行されたのは、刑務所の祭典のさなか。映像化した作品も観てみたくなるようなある意味スケール感のあるプロットである。 読者の目の前に曝された殺人事件の裏側を読み解くのが、そもそも本作の推理小説としての醍醐味なのだが、いくつかミスリードを誘う伏線なども仕掛けられていてなかなか一筋縄ではゆかない。刑務所という一種のアニマルファームが舞台であるからこそのカオスがあり、それを律する職業に携わる者たちの規律の重要さは決して軽くないように見える。 例によって花房京子の眼のつけどころこそ物語の鍵であり、そこに気づいてゆく真犯人の苦渋が読者目線での読みどころにもなってしまうのは、倒叙ミステリーの構図そのものである。 ちなみに少し前にぼくはアンデシュ・ルースルンド『三年間の陥穽』のレビューをネットにあげたのだが、レビューした作品は小児性愛犯罪の世界的ネットワークを根絶せんとする警察官と潜入捜査官の物語であった。本書『絶対聖域』では、小児性愛犯罪が殺人の重要なファクターとして描かれている。世界でも日本でも、一般社会の中に隠れた異常性愛による犠牲者が存在することを、またも垣間見せられる。こうした異常者は犯罪を犯すそのこと以上に、むしろ異常性を隠蔽することに心血を注ぐ。どちらの作品でもそうした傾向が見られたことに、現代の隠された罪の情景を見せられた想いである。 花房京子が暴く真実は相当に痛い。倒叙型ミステリーとしての形だからこそ書けたであろう犯人側の苦悩の深さが痛いのだ。被害者側の屍が曝される場所と本作タイトルとの関わり方を読者としては想像してゆきたい。 さて本書の一番の個性だが、それは作品の舞台となる刑務所そのものであろう。刑務所の地図が冒頭に示され、読者は公開当日の一般客の目線で刑務所のなかに足を運び入れる。そちらの面白さも格別なのが本書の特徴なので、改めて刑務所のそのような祭典についてネットで調べてみた。 ちなみに東京拘置所(旧小菅刑務所)では、コロナ前には「矯正展」という形で受刑者の作品展示と、刑務所棟の外観見学のみが行われていたようである。ちなみにコロナ後に開催される2023年12月に実施される矯正展は、東京国際フォーラムで実施されるそうだ。本書を読んだ後では相当に残念な場所であるように思う。拘置所見学という機会は、今のところ残念ながら失われてしまっているようである。刑務所や拘置所を見学したことのある方、興味のある方は、本書でしっかりその雰囲気を味わって頂きたいと思う。入所された経歴をお持ちの方はもちろん別として。 (2023.07.22)
https://w.atwiki.jp/guide/pages/1522.html
いつもご利用頂きありがとうございます。 @wikiではスパム対策の強化を継続して行っており、 本日スパム対策について比較的大きなアップデートを行っております。 スパム対策は、@wikiでも重要な問題と捉え、 引き続き調査・対策を行ってまいります。 お気づきの点などございましたらこちらからお気軽にお問い合わせください。 これからもどうぞよろしくお願いいたします。
https://w.atwiki.jp/hidamari774/pages/139.html
最終話 希望を胸に すべてを終わらせる時…! K・R・C第5巻は、3/27発売です。 蒼樹うめ 夏目「チクショオオオオ!くらえ2年生!新必殺音速ツンデレ斬!」 宮子「さあ来い先輩!実はあたしは一回刺されただけで死ぬぞオオ!」 (ザン) 宮子「グアアアア!こ このザ・ヨシコと呼ばれる四天王の宮子が…こんな脇キャラに…バ…バカなアアアアアア」 (ドドドドド) 宮子「グアアアア」 ゆの「宮子ちゃんがやられたようだね…」 乃梨「フフフ…先輩はひだまり荘の中でも最弱…」 なずな「脇キャラごときに負けるとは主役の面汚しです…」 夏目「くらええええ!」 (ズサ) 3人「グアアアアアアア」 夏目「やった…ついに下級生を倒したぞ…これでヒロさんのいる101号室の扉が開かれる!!」 ヒロ「よく来たわねソードマスターナツメ…待っていたわ…」 (ギイイイイイイ) 夏目「こ…ここが101号室だったのか…!感じる…ヒロさんの魅力を…」 ヒロ「夏目さん…戦う前に一つ言っておくことがあるわ あなたは沙英をオとすのに『素直な心』が必要だと思っているようだけど…沙英はすでに調教済みよ」 ヒロ「な なんですって(///)!?」 ヒロ「そして沙英のコーヒーに一服もって来たので今ごろ体が火照ってしかたないはず あとは私を倒すだけねフフフ…」 (ゴゴゴゴ) 夏目「フ…上等よ…私も一つ言っておくことがある この私の一期の出番が少なかったような気がしていたが別にそんなことはなかったぜ!」 ヒロ「そう」 ヤマト「ウオオオいくぞオオオ!」 ヒロ「さあ来い夏目さん!」 夏目の愛が沙英を救うと信じて…! ご愛読ありがとうございました!
https://w.atwiki.jp/jap0/pages/48.html
はじめに 塾や予備校で現代文を教えている先生に送るメッセージです。 まず最初に伝えておきたいのは、 現代文は、生徒の人間力を高めることができる科目である という点です。 現代文を、単に「現代日本語の読解力を伸ばす科目」とだけ捉えるのは非常にもったいないことだと思っています。本当にそれだけなら、大学に入って抽象度の高い論文を読むときぐらいしか現代文は役に立ちません。 しかし、ほとんどの人は、大学にいる時間よりも社会で過ごす時間のほうが長いはずです。そして、社会で仕事をする際に間違いなく必要になってくるのは「コミュニケーション能力」です。現代文の力が役に立つのはむしろここではないでしょうか。 近年、便利なSNSがさまざまな形で発達しており、コミュニケーションそれ自体は非常に容易にできるようになってきています。しかし、それと比例するかのように、非常に低レベルな論争や口論が起こっていたり、あるいは人間関係が悪化したりといった現象がいろんなところで見られるようになってきました。(まあ、時代性が理由なのかどうか、明確にはよくわかりませんが。) いずれにしても、コミュニケーションが下手だと、周囲の人間との関係を悪くします。仮に悪くしなかったとしても、相手にストレスを感じさせてしまう、ということは十分にあり得ます。 自分が何か思いを伝えようとして意見を発信しても、相手には伝わらない。これって非常にもどかしくないですか? 私自身はそういう人をたくさん見てきました。 この人、省略が多くてわかりにくいなあ。相手の視点に立って話せないものか。想像力をちょっと働かせればいいだけなのになあ。 この人、日本語の使い方が変だなあ。主述は対応していないし、助詞の使い方には違和感があるし… この人は一体何が言いたいんだろう?趣旨がよくわからない。いろんなことを言っていて話は一貫していないし…ごちゃごちゃしていてよくわからん。 この人、なんで今更こんなことを言うんだろう?そんなことはもうみんな知っているし、今更…。誰に対して言っているんだろう?現状把握ちゃんとできているのかな? などなど、あげればキリがありません。特にTwitterを見ていると多いですね。 こういう人がたくさんいると、その人が属している集団の雰囲気を悪くしたり、その集団における調和が乱れたりと、マイナスの連発です。 逆にこのような事態を少しでも減らしていけば、皆さんの人生は豊かになると思うんですよね。つまり、コミュニケーションが円滑であるがゆえに幸せを感じる機会が増える、ということです。 そして、現代文という科目がそういう機会を作り出せるのではないか。私はそう思います。 したがって、現代文の指導においては、 一人の人間が自分の思いを伝えるときに、どのような技術を用いるのか(どのような書き方をすることによって、思いが伝わるのか)というメカニズム 一人の人間が書いた文章を読むときに、どのように読解していけばミスなく正確に読めるか。 逆に自分から文章を発信するときには、どんな点に注意してやれば相手にストレスを与えない文章が書けるか こういったことを意識して指導することが大切だと考えます。 そして、こうした指導をするために大事なことをいくつかあげておきます。 テクニックの排除。 →「すべて」というワードが含まれている選択肢は誤りだ、とか、その手のテクニックは排除すべきだと思います。読解問題を解くにあたって最も重要なのは、筆者の思考に向き合おうとすることです。「すべて、とまでは言ってないよなあ。だって筆者はこう言っているから」と判断してほしいですよね。そういう読み方、解き方ができるようになってほしいです。 構造的読解。文章を整理するという視点を与える。 →これは外せないですね。例えば、「ここからここまでは、量としては10行もあるが、言っていることはこれだけだ。この一つのことを言うためだけに、具体例や比喩を用いて内容を読者に分かってもらおうとしている」という具合に。ぐちゃぐちゃしている文章をスッキリ明晰に理解させる、という点は徹底したいですね。 文章を「味わう」という観点も忘れない。 →構造的読解ばかりやっていると、設問を解答する能力は飛躍的に向上しますが、文章を「味わう」という観点が抜けてしまいがちです。文章の要点が整理できるという第一の段階がクリアできたら、その先にある「文章をじっくり味わう」という段階を目指してみてもいいのではないでしょうか。解く際は、具体例や比喩はそぎ落として考えればいいんですが、それを完全に「スルー」するという態度もどうかなと。それらは、せっかく筆者が思いを読者に伝えようとして用意したものなのですから、「いいこと言うな」「いい表現を使うな」と思ってみたり、あるいは「この表現はちょっと…」とときには批判してみたり、そういう読みもときには必要なのかなと思います。それが結局はその人の心を豊かにすることにもつながります。 とまあ、つらつら書いてきましたが、いずれにせよ、現代文という科目を通して、 ①誰かが言っていることを的確に理解し、 ②それを踏まえたうえで自分のメッセージを分かりやすい日本語で発信していく ということができるようになれば、最高ですよね。生徒がそうなっていくように私は指導していますし、皆さんにもそういうことを意識して指導していただきたいなと思っております。 現代文研究用コンテンツ 僕がこれまで作ってきた現代文研究用コンテンツを載せておきます。 現代文で答えが1つに決まる理由 文法の学習 例文スペシャル 宮田泰三先生の解法まとめ 現代文指導者のための勉強法 小池陽慈先生のツイート整理 現代文の覚書 解きに徹する現代文 「現代文のエッセンス」 https //drive.google.com/file/d/1MfATkCFajyYe5YtvHpGsVf0TKScATcUM/view?usp=drive_link 現代文解法探求 現代文読解法探究セミナー ~現代文解法における汎用性と再現性~ 二〇一九年(令和元年)七月二〇日(土) @初台センタービル 本日のMENU ① 私のこれまでの葛藤 ② 我々の目指すもの ~汎用性と再現性~ ③ 具体的方法論 ~心情・換言・理由~ ① 私のこれまでの葛藤 今回のセミナーでは、「現代文解法」、もっといえば現代文の入試問題をどのように解いていくのか、ということについてお伝えします。私自身、これまでオンラインでの配信授業、家庭教師、塾講師など、さまざまな形で現代文という科目を教えてきました。そのなかで、やはり現代文の解法については「教えにくいなあ」という印象を持っています。それはなぜだろう、と考えてみると、行きつく先は「再現性」と「汎用性」です。「こういう手順で解くと正解にたどりつけるよ」という方法論が確立しにくいのです。一定の手順で解けない。 それはそれで大切なことだとは思うんですね。一定の方法で解けないというのは数学の問題と似ています。頭を使います。 しかし、それゆえ困ってしまうのは生徒です。生徒は、問題を解いた経験が我々よりも少ないので、パターンをそんなに持っていません。また、文章への理解度も薄いのがふつうです。となれば、「どうやって解くの?」「どうやって読むの?(読めないんだけど!)」となるのは当然のことです。そういう生徒を見ていると、こちらとしてもやはり何かしらの「法則」「パターン」「テクニック」を伝えたくなります。しかしそれでは本当の意味での読解力は上がらない…。しかも、パターンやテクニックにはふつう限界があります。つまり、それまでにない傾向の問題が出たときに対応できなくなります。 こうした葛藤に私はかれこれ5年以上悩まされてきました。 そして、いろいろ考えて出した結果、以下のようなスタンスで解法を確立することにしました。 ①手順は細かいところまでは定式化できないので、「ざっくり」まとめる (参考:富田一彦『試験勉強という名の知的冒険』) ②具体的な対応方法(「こういうときはこうする」という「パターン」)をオプションとしてたくさんまとめておく 要するに、「ざっくりとした手順をもとに進めて、詰まった場合は、たくさんあるパターンの中からその場に合ったものを選択していく」という感じです。手順もパターンも用意しているので国語が苦手な人もついてこられます。また、手順をざっくりさせておくことで、汎用性が一気に高まります。つまり対応力もUPします。この考え方は、アルゴリズム(完全なる手順に基づく解決)ではなくヒューリスティック(閃きによる解決)に解く、という立場でもあります。 そういうわけで、本日は、私が考えてきた現代文の解法を、「ざっくりした手順」と「具体的な対応方法」に分けて提示していきたいと思っています。 具体的には、①心情、②換言(「どういうことか」)、③理由(「なぜか」)、という3つの問いへの対処法を伝えていきます。(私の最近の研究テーマは③なので、そこに時間を割くと思っておいてください。) ② 我々の目指すもの ~汎用性と再現性~ 私がどのような葛藤を抱えていて、それをどう乗り越えたかに関しては右で述べたとおりです。そして、結論として「手順をざっくりまとめる」「オプションをたくさん用意する」ということを述べました。このような結論を出したのには、わけがあります。それは、「汎用性と再現性」という観点を常に私が意識しているからです。 私が普段勤めている会社の研修でも、このことはよく言われます。両者を定義するならば、次の通りです。 汎用性=どの問題でも通用する解法である。 再現性=誰がやっても使える解法である。 両者をきちんと区別し、両方大切にする、という姿勢が大事だと考えます。片方だけではダメです。例えば、「汎用性」はあるが「再現性」のない解法はまずいです。「手順が細かく具体化されており、覚えられない」という状態などは、まさにそうです。また、「再現性」はあるが「汎用性」のない解法はまずいです。「パターン数が少ない」状態がこれにあてはまります。例えば、「指示語が出てきたら前を見る」しか武器を与えていないと、指示語のない問題には当然ながら対応できません。武器自体は使えるものであっても、使えない問題(=例外)が出てきては意味がありません。となれば、パターンを増やすだったり、より広い枠組みを用意するだったりといったことが必要です。 これに関しては本当に苦労しました。私は現在、小中学生を対象とした集団授業を勤務先で担当しているのですが、昨年度(二〇一八年度)の中三に「どういうことか」と「なぜか」の解法を以下のように指導しました。これは本当に失敗だったな、と反省しているものです。 どういうことか まず傍線部中に言い換えるべき表現(ターゲット)を探す→「指示語・入れ物表現・筆者独自の表現・主語の省略・イコール表現・対比」 なぜか 「間を埋める」問題。傍線部中にスタートとゴールを定め、スタートの説明を傍線部外から探していく。 この二つ、それぞれ何が欠陥か分かりますか? 前者は「再現性」の観点から問題があります。後者は「汎用性」も「再現性」もない、使えない解法です。 どうダメなのかは、これから示していく、新たに開発した解法と比較すれば分かるかと思います。 ③ 具体的方法論 ~心情・換言・理由~ 3大アプローチ そもそも論として、現代文の問題へのアプローチ法には大きく分けて以下の3つがあります。教える側がこれを自覚・意識することはかなり大切だと考えます。 ①文章構成(論理展開)からアプローチ → 文学的文章なら心情の変化、説明的文章なら筆者の主張をむき出しにする(当然、そこが解答根拠になりやすい) ②設問要求(出題者の条件設定)からアプローチ → 「この問題が出たらこういう手順で解く!」といったものを意識する ③選択肢からアプローチ → ①②が出来ていることが前提。拾った根拠と選択肢を同定する。選択肢判断のときならではのテクニックもある 心情 →小説に出てくる「心情」「様子」「理由」の問題はすべて以下の手順で処理可能。 ◎手順(ZAC!) ①設問:ターゲットとなる人物の確定(「誰の」?) ②傍線&周辺:「状況→心情→外面描写」を確認 ※気持ちのねじれ → 2つの要素が必要 ◎「状況」のパターン ①他人の外面描写(特に、直前のセリフ・行動) ②自分の状況の変化 ③自分の回想・想像 + ④自分の性格・経験 (特に、①~③の原因が心情に直結しない場合、特殊な事情があると考えて④を拾う) ◎心情のパターン ①喜怒哀楽表現(慣用句含む) ②心内文(心の中のセリフ) ③具体的な心情・意図 → 傍線部が「意図的な行動」の場合、これ! ◎外面描写のパターン ①表情 ②セリフ・口調 ③行動・態度 ④情景 (例題①)傍線部のときののび太の心情は? ジャイアンに殴られて、のび太は①泣いた。そして②ドラえもんのところへ行った。道具を出してもらった。 (例題②)傍線部の理由は? 僕は居間でテレビを見ていた。そしたらお母さんが、宿題をなかなかやり始めない弟を叱っていた。僕はあわてて自室にもどり勉強をはじめた。 傍線部分析 ~4点チェック~ 論説文における傍線問題では、傍線部を見たときに以下の4点を確認することが必要。 「傍線部から離れると正解から離れる。正解から離れると合格から離れる」 (1)主語・述語を押さえる ※構文変換する場合あり (2)省略を補う ※主語「~は(が)」や条件「~においては」など (3)注目すべき表現を確認 ※指示語、接続語、その他もろもろ (4)対比の有無を確認 換言 「どういうことか」 ◎手順 ① 傍線部を分析し、方針を立てる (1)4点チェックの徹底 (2)注目した表現について、その言い換えを探すことを意識! (3)直行型か経由型かを意識! 直行型 = 傍線部→選択肢 経由型 = 傍線部→前後→選択肢 ※「中身を明らかにすべき言葉」があるときはこれ! (4)聞かれている部分が、傍線部の全体か部分か、も意識! ② 根拠を拾う 理由 「なぜか」 ◎「なぜか」の本質 →傍線部単独では、理由の説明が必要になる(=非自明性がある)場合に問われる。 →したがって、「どういう前提を足せばそれが帰結するか」「何を補足すればスムーズにつながるか」といった方向で考えるのが基本。 →ギャップを埋める(2つの要素を結びつける)のが基本解答方針、と言ってもよい ◎手順 ① 傍線部を分析し、方針を立てる (1)4点チェックの徹底 → 必要に応じて言い換える/対比がある場合、それに応じた対応を! (2)結果(論証責任が生じている言葉)を強く押さえる ※基本は主語+述語 (3)結果につながる条件(理由の一部を構成するもの)があれば押さえる→そこから説明をスタート ② 根拠を拾う (1)因果関係を表す表現は必ず押さえる … 接続語タイプ:「だから〈傍〉」「〈傍〉~から」 熟語タイプ:「原因」「背景」「影響」「関係」 (2)因果関係の成立を確認 … 拾った根拠に「だから」をつけて傍線部につなげられるか? ◎ 根拠の拾い方 (1)文章構成からアプローチ (2)対比は整理(ないしは対比相手の説明をカット) →選択肢の切り分けが容易になる (3)具体例はカット(ないしは抽象化) (4)シンプルに「探す」「追いかける」 ※理由の場合 → Aの説明・結果、Bにつながる説明を探す → 因果関係の成立を確認 ◎文章構成からのアプローチ →傍線部がその意味段落内で前置なのか後置なのか。 *前置=これから詳しく説明することを先にまとめている=オープン(これから開く) *後置=これまで説明したことをまとめている=クローズ(そこで閉じる) *よくある型として、以下の論展開を押さえておく。 一般論→逆接→(問題提起)→主張A→具体例・理由→主張A ※「具体例・理由」の部分で、一般論と主張のギャップを埋めている。 ◎構文変換 ①強調構文「~のは(のが)Aだ」→Aは~する。(例)残ったのは悔しさだけだった。→悔しさだけが残った。 ②無生物主語構文「AはBにCさせる」→AによってBはC ◎注目すべき表現とそれへの対応 言い換えるうえで重要な表現 (1)中身を明らかにすべき言葉 指示語→指示内容を明らかに ※「指示語」が決め手になる問題とならない問題(指示内容が薄いときなど)があるので、 訓練しながら慣れること! 入れ物表現 「○○って何?」(Aの性質、本質、特徴、意味)→Aの中身を探す 形容詞・形容動詞的な表現 「どう○○?」(価値判断)「Aだ」→何がどうAなのか レトリック(主に比喩)→一般化 類比表現(似ている、同じ)→共通点を考える 「AもBも~」 (2)それ自体の意味を明らかにすべき言葉 慣用句→一般化 筆者独自の表現、専門用語→言い換えや定義を探す 対比のバリエーション 露骨な対比表現(対立、違う・異なる)→相違点 「Aは~だが、Bは…」 一般論と筆者の主張(AではなくB、AしかしB)→Aを打ち消すような説明、Bにつながる説明を探す 否定表現(Aは誤り、間違い、Aでは不十分、Aではない)→デメリットと本来のあり方(肯定)→「BはダメでAがヨイ」(〇✕の図式) 逆説表現(不思議、Aと同時にB)→「本来AなのにB」「AだがB」(対応する対比を別の箇所に探す) 変化(変化、変更、〇〇化、ようになる)→AからBへ(矢印の図式) 理由問題なら変化のきっかけ・タイミングを探す ◎「条件(理由の一部)」のパターン ①AはBだ、AとはBだ→Aの説明かつBにつながる説明を探す ②AするとBだ、AならばB、AしてもB→Aの結果かつBの原因を探す(途中を埋める) ③Aにとって、Aにおいて→Aの立場・状況についての説明を探す ④Aが[こそ]必要・大切・不可欠、Aすべきだ、Aしなければならない→Aのメリット・目的を探す orAしないデメリット 例題1 あなたは、いまどこにいるのだろうか。 あなたがいまいるのは、本屋さんだろうか。図書館だろうか。カフェだろうか。それとも自分の部屋だろうか。どこが一番落ち着いて本が読めるのだろう。 シーンという耳鳴りみたいな音が聞こえてきそうな静かな図書館でないと落ち着いて本が読めない人もいるし、逆にカフェのバックグラウンド・ミュージックがかかっていないと落ち着いて本が読めない人もいる。ぼくの町のコーヒー店には、毎日のように夕方になると本を読みに来るおじいさんがいる。家に本を読む場所がないのではなくて、たぶんそのコーヒー店がいいのだろう。 電車の中でも本が読める人は多い。ぼくもそうだ。通勤電車の中では、幅を取らない新書を、しかも自分の専門外の新書を読むことにしている。電車の中は、会話もろくにできないくらいうるさい。うるさいのに落ち着いて本が読めるのはどこかヘンな気もしている。「落ち着いて本が読める」とはどういうことだろう。それは、周りが気にならないということだ。では、その「周り」とはなんだろう。周りの人のことだろうか。ちょっとした雑音のことだろうか。たぶん、そうではない。①本を読むぼくたちにとって一番「うるさい」のは自分の体だ。だから、ふつう自分の体を気にしなくてもいいような姿勢を整えてから、ぼくたちは本を読む。本に没頭しているときには自分の体を感じていない。体がかゆくなったりくすぐったくなったりしたら、読書に集中できない。読書に体はじゃまなのだ。 もっとじゃまなものがある。それは、自分の意識だ。そもそも自分の体がじゃまだと感じるのは、意識が体に向かっているからである。しかし、本の世界に入り込んでいるときには、ぼくたちは自分の体どころか、自分が自分であることさえ忘れてしまっている。つまり、自分を感じていない。自分の意識が全部本の中に入ってしまって、自分を感じるゆとりもないはずだ。そういう状態を作るためにわざわざ音楽をかける人もいる。別に音楽を聴いているわけではないだろう。意識が自分に向かわないようにすればそれでいいのだ。それが「読書に没頭する」ことだ。 (平成23年 八王子東高校〔四〕 石原千秋「未来形の読書術」) 問1 傍線部①「本を読むぼくたちにとって一番「うるさい」のは自分の体だ。」とあるが、その理由として最も適切なものを、次のうちから選びなさい。 ア 落ち着いた場所で本を読もうとしても、それにふさわしい場所は、そのときの自分の体の調子に影響されてかわるから。 イ 自分では本を読もうと思っていても、自分の体は他のことをしたがっていて、本に意識を集中することが難しくなるから。 ウ 落ち着いて本を読もうとしても、周囲の雑音が絶えず自分の耳に入ってきて、どうしても自分の体を意識してしまうから。 エ 本を読むことに集中しようと思っても、まず自分の体に意識が向かってしまうと、なかなか本の世界に没頭できないから。 例題2 次の文章を読み、あとの問いに答えなさい。 詩歌などの創作は個性の表現であると、一般には考えられている。二十世紀になってそれに対して、異論を提出したのが、T・S・エリオットである。 エリオットは「伝統と個人の才能」で言う。詩人はつねに、自己をより価値のあるものに服従させなくてはならない。芸術の発達は不断の自己犠牲であり、不断の個性の消滅である。芸術とはこの脱個性化の過程にほかならない。 そういうことをのべたあとで、エリオットは有名なアナロジーをもち出す。 「詩の創造に際して起るのは、酸素と二酸化炭素(亜硫酸ガス)とのあるところへ、プラチナのフィラメントを入れたときに起る化学反応に似ている」、というのである。後年、この化学的知識は正確でないと言われたけれども、それはともかく、これは触媒反応といわれるものである。 (中略) 詩人は自分の感情を詩にするのだ、個性を表現するのである、という常識に対して、自分を出してはいけない、とした。個性を脱却しなくてはならないというのである。それでは、個性の役割はどうなるのか。そこで、触媒の考えが援用される。 酸素と亜硫酸ガスをいっしょにしただけでは化合はおこらない。そこへプラチナを入れると、化学反応がおこる。ところが、その結果の化合物の中にはプラチナは入っていない。プラチナは完全に中立的に、化合に立ち会い、化合をおこしただけである。 詩人の個性もこのプラチナのごとくあるべきで、それ自体を表現するのではない。その個性が立ち会わなければ決して化合しないようなものを、化合させるところで、"個性的"でありうる。 これは、それまでの芸術的創造の考えに一石を投ずることになり、エリオットの"インパーソナル・セオリー"(没個性説)と呼ばれて有名になった。 欧米では、この考え方は斬新であったけれども、われわれの国の文芸では、さして珍しいものではない。 もともと、わが国の詩歌は、主観の生の表出を嫌い、象徴的に、あるいは、比喩的に心理を表出する方法を洗練させてきた。その端的な例が俳句である。 俳句では、主観は、花鳥風月に仮託されて、間接にしかあらわれない。自然事象の結合は、俳人の主観の介在によってのみ行なわれるけれども、主観がぎらぎら表面に出ているような作品は格が低くなる。主観が積極的に作用しているのは、小さく個性的な作品を生み出す。 真にすぐれた句を生むのは、俳人の主観がいわば、受動的に働いて、あらわれるさまざまな素材が、自然に結び合うのを許す場を提供するときである。一見して、没個性的に見えるであろうこういう作品においてこそ、大きな個性が生かされる、と考える。 (2012年 立川高校〔四〕 外山滋比古「思考の整理学」) 問 傍線部について、その理由として最も適切なものを次のうちから選びなさい。 ア 欧米では一つの事象を個性的に表現することを重視したが、日本では主観を積極的に作用させる技法がもてはやされたから。 イ 欧米では主観が個性を表現するものと考えられてきたが、日本では客観的な表現の中だけに個性が表れると考えられたから。 ウ 欧米では主観を排して間接的に表現する技法が未発達だったが、日本では象徴的に心理を表す方法を洗練してきたから。 エ 欧米では主観を象徴的に表現するという伝統があったが、日本では個性は必要とされずむしろ邪魔だとされてきたから。 例題3 人間とは、「人間とは何なのか、私とは何なのか」と絶えず問う存在である。頭の中で問わないまでも、こころの中で問うている。とすれば常に出会い、常に傍らにあるモノや人や場所があってはじめて、われわれは自己の役割を知り、自分が何ものかの役に立つことを知り、自分が世界の一部であることを知るだろう。こうしてようやくそれなりの自己確証をえることができるだろう。 ヘーゲルが述べたように、人間が社会的な存在であるのは、人は他者から承認されることで初めて自分自身になるからである。「人間というものは、小さな、理解の届く集団の中でこそ人間でありうる」という*シューマッハーの言葉は、決して通俗的なヒューマニズムの表明ではなく、人間存在の基本的な条件を述べたものであった。だから、われわれは、一方では、市場経済の無限拡張であるグローバリズムや情報網の世界的な拡張を受け止めると同時に、他方では、小規模な地域、組織、場、集団、仕事を保持してゆかなければならない。「そこで、数多くの小規模単位を扱えるような構造を考えることを学ばなければならない」というわけである。 ひとつの地域は、ただそこに住民票をおいたものが漫然と生活しているのではなく、その土地への愛着や愛郷心によってつながっているはずである。相互に相手がどのような人間であるかを理解でき、地域ぐるみで子供に対して一定の価値観や道徳基準を教育するものである。「共感」があり、その「共感」のうちに自然と道徳心が生じるのが、地域共同体というものである。 組織や集団においてもまた、ただ仕事の分担によってのみ人々はつながっているのではない。仕事によってつながるためにも、ある程度は他人の性格や人柄を知らなければならないだろう。さらにいえばそれだけではなく、ある他人の別の他人に対する関係も知っておかなければならない。一人一人のお互いに対する関わり方もわかっている必要がある。そうして初めて組織や集団はうまくゆく。これは、巨大組織では無理であって、それが可能なある適正な規模というものがあるのだ。こうした相互に信頼できる仲間があって初めて、人は「組織人」「集団人」として何とかやってゆけるであろう。 逆にいえば、この種の、相互に信頼でき、相互に相手の性格や事情を了解できる組織や集団を作れない社会では、人々は、日常の中で神経をすり減らし、人間関係はとげとげしく、創造性に欠け、仕事への責任感を持ちえないであろう。組織と仕事は、人々の道徳性の母体にもなるのである。多くのものが、道徳性や規律を身に付けるのは、個人主義によってではなく、適切な組織においてである。 問 「小規模な地域、組織、場、集団、仕事を保持してゆかなければならない。」とあるが、筆者がこのように述べたのはなぜか。その理由として最も適切なものを、次のうちから選べ。 ア 人間は地域社会の中で一定の価値観や道徳基準を与えられるため、個人主義的な規律で作動しているような会社組織を知るだけでは上手に人間関係を作っていけないから。 イ 人間は経済や情報の拡張や世界の普遍性について理解を深めるとともに、適正な規模の地域社会や組織の中で価値観や道徳性を身に付けて社会的な存在となっていくから。 ウ 人間は相互に相手を理解できる地域との一体感によってつながっており、居住している土地への愛着心が生まれることによって一定の価値観や道徳心が育まれていくから。 エ 人間は相互に信頼したり事情を了解できる適正な規模の組織や集団があって円滑に暮らしていけるので、とげとげしく創造性に欠ける社会の中では生活していけないから。 例題4 いわゆる自然派というヨーロッパ近代文学思想の移入(あやまれる)以来、日本文学はわが人生をふりかえって、過去の生活をいつわりなく紙上に再現することを文学と信じ、未来のために、人生を、理想を、つくりだすために意欲する文学の正しい宿命を忘れた。 単にわが人生を複写するのは綴方(つづりかた)の領域にすぎぬ。そして大の男が綴方に没頭し、面白くもない綴方を、面白くない故に 純粋だの、深遠だの、神聖だなどと途方もないことを言っていた。 小説というものは、我が理想を紙上にもとめる業くれで、理想とは、現実にみたされざるもの、即ち、未来に、人間をあらゆるその可能性の中に探し求め、つかみだしたいという意欲の果であり、個性的な思想に貫かれ、その思想は、常に書き、書きつづけることによって、上昇しつつあるものなのである。 けれども小説は思想そのものではない。思想家が、その思想の解説の方便に小説の形式を用いるという便宜的なものではな い。即ち、芸術というものは、たしかに絶対なもので、小説の形式によってしかわが思想を語り得ないという先天的な資質を必要とする。 小説は、思想を語るものではあっても、思想そのものではなく、読物だ。即ち、小説というものは、思想する人と、小説の戯作者と二人の合作になるもので、戯作の広さ深さ、戯作性の振幅によって、思想自体が発育伸展する性質のものである。 明治末期の自然派の文学以来、戯作性というものが通俗なるもの、純粋ならざるものとして、純文学の埒外(らちがい)へ捨て去られた。それは、実際に於ては、むしろ文学精神の退化であることを、彼らは気付かなかった。 即ち彼らは、戯作性を否定し、小説の面白さを否定することが、実は彼らの思想性の貧困に由来することを知らなかった。 彼らには思想がなかった。理想がなかった。人生を未来に託して、常により高く生き抜こうとする必死な意欲を知らなかった。 「思想性が稀薄であるから、戯作性、面白さと、だき合うことができなくて、戯作性というものによって文学の純粋性が汚されるような被害妄想をいだいたわけだが、本当のところは、戯作性との合作に堪えうるだけの逞しい思想性がなかったからに 外ならぬ。 (坂口安吾「理想の女」より) 問 傍線部のように言うのはどうしてか、わかりやすく説明せよ。 (解答例1 三木作成) 明治末期にヨーロッパ近代文学思想たる自然派が日本に誤解されたまま移入されて以来、自身の過去をありのままに再現することを目指す文学観が肯定されると、小説の面白さたる戯作性が純粋性なき通俗なるものとして否定されるようになったが、この事態は、実のところ、理想を求めて意欲するという文学本来の宿命が看過され、作家自身の持つ思想性が、戯作性と併存不可能なほどに乏しくなっていく状況を露呈したものだと言えるから。 (解答例2 河合塾) 戯作性と思想性とが相即しながら、より高い人間精神の表現へと発展してゆくのが文学精神の本質であるのに、過去の人生を表現するにとどまり戯作性を通俗的で不純なものとして排除する自然派以降の文学傾向は、未来に向けて思想を発展させる契機を自ら捨て去っているものであるから。 付録 ~「読む」「解く」とはそもそもどんな作業か~ 【読む】 ・設問にたどりつくまでの読解に関しては、「大まかな内容把握」ができればよい。「大まか」に基準を設けるならば、「どこに何が書いてあったかがわかる(本文を必要に応じて参照できる)」ことができたかどうか、です。 ・そして、大まかな内容把握をするためには、ただ読むだけではダメです。最低限、以下のような意識付けは必要ではないでしょうか。 小説文(物語文) 〈主人公の心情の変化を描いた文章〉 → 「どんな状況(場面)で、誰がどんな心情を抱き、それがどのような描写として描かれているか」といったことを追いかける。 小学生に指導するなら、低~中学年には「状況」の把握をまずは徹底させ、高学年には「心情」や「描写」の把握も加えてやらせられればよいでしょう。 説明文・論説文・評論文 〈何かを主張、ないしは説明するために書かれた文章〉 → 小説と異なり、主流(=筆者の主張)と傍流(=具体例・比喩・引用文)にある程度分けられます。 そうした「強弱」を意識しながら、筆者の主張を押さえていくような読みが必要でしょう。 随筆文 〈筆者が自分の体験をもとに意見を述べた文章〉 → 前二者の中間、と捉えればよいでしょう。体験ベースで書かれますから、まずはそこでの筆者の心情を小説文読解と同じスタンスで追いかけます。 そして、体験を踏まえて筆者の意見がその後述べられるはずですから、そこでの主張を、説明文や論説文と同じスタンスでくみ取ります。 【解く】 ・設問要求への意識をまずは高めるべきです。 特に「どういうことか」「なぜか」といった問題が何を問うているのか、きちんと区別しましょう。 ・設問に付加された条件設定への意識を高めることもまた重要です。 特に抜き出し問題に関しては、問題文の中の条件をきちんとインプットすることで解答の探しやすさがアップします。 ・次いで、傍線部や空欄といった、設問設置箇所とその周辺をじっくり分析することが大切です。 そりゃそうですよね。傍線問題は、傍線に関連して問いが作られます。空欄問題は、空欄の前後の情報から空欄に入る言葉が推測できるからこそ設置されます。 (傍線問題の中には、傍線部を分析したところであまり発展性がないというような問題もたまにありますが。) ・傍線部や空欄あたりを分析したときに、どの言葉に注目するのかはかなり重要になってきます。 「注目すべき言葉」をある程度体系的に示してあげることは重要です。そこを起点としてアプローチしていくわけですから。 「読む」とはどんな作業か 「読む」=「読解」=読みながら意味を考え、理解する。時には立ち止まり、俯瞰的に展開を整理する。 (評論文においては、筆者の伝えたいメッセージを理解すること) →そのためには… ①文章と対話するつもりで読もう。 ②「抽象と具体の往復」を意識しよう。 →特に、抽象的な内容に対して具体例を考えたり、 自身の体験を想起したりすることが重要。 ↓ 字面をただ追うという受動的な作業は、決して読解とは言えない! ↓ 主体的かつ能動的な姿勢で本文を追いかけることによって、内容が理解できる。そして、解答の根拠の発見が非常に容易になる。(この逆、「ウォーリーを探せ」的な解き方が非常に危険) 読み飛ばすはNG、読み流すはOK 100%の理解を目指す必要は全くない。 基本線を捉えるような感覚で読もう。 まずテーマ(何について話しているか)がざっくり捉えられること。 次に、論理関係を意識して読むこと。 特に「抽象―具体」「対比」への気付きは非常に重要。 →それだけで誤答選択肢が切れることも多い 解きながら理解を深めていく、という観点も忘れない (もちろん、100%読める力のある人はそのスタンスで問題も全問正解してほしい) 設問ありき 筆者と出題者がおり、出題者の設定した問いに答えていくゲーム
https://w.atwiki.jp/nira_warechu/pages/38.html
2057年7月、石井亜連社長より終結宣言が出される http //www.isiiaren.co.jp/zyagaimobasuta-zu-ware.html 弊社ソフトウェアの違法ダウロード事件についての顛末 2057年7月4日、コンピュータソフトウェア倫理機構事務局内にて、 弊社作品「じゃがいもバスターズ」違法ダウンロードの件に関して、当該人及び保護者との面談を行い、謝罪を受けました。 本件は、じゃがいも県警察本部じゃがいもサイバー犯罪対策室のご尽力により捜査が終了したことを受け、 当該人及び保護者の希望により実現いたしました。 当該人より提出された始末書と顛末書の内容によると、当該人は、じゃがいも県警により調べられた結果、 弊社作品を含む違法ダウンロード等を行なっていたことを認めるものでした。 以後、再び著作権を侵害する行為やそれに準ずる行為を行った場合、当該人は、 刑事・民事にて提訴をされても非は免れないとし、保護者と連帯して責任を負うことを 署名押印した誓約書を頂いております。 コンピュータソフトウェア倫理機構とも協議したところ、当該人による謝罪と誓約をもって本件については終結とし、 今後も違法なダウンロード及びアップロードについて注意啓発を行っていく所存です。 日頃より弊社ソフトウェアをお買い上げ頂いている皆様、 また、本件について応援頂いた多くの皆様に改めて感謝の意を申し上げます。 今後とも石井亜連corporationをよろしく御願い申し上げます。 https //twitter.com/#!/shuki1026 sumomokirai http //shukifans.web.fc2.com/ 株式会社 石井亜連corporation 石井亜連
https://w.atwiki.jp/c291/pages/92.html
ケーブルテレビと地デジの問題 地上デジタル放送に関する全国的な問題としては「ホントに2011年に地デジに完全移行なんて出来るのか?」なんだろうが、福井をはじめとする田舎が抱える当面の重要な問題はこれ。 現在ケーブルテレビで見れる北陸朝日放送(HAB)や北陸放送(MRO)は2011年以降も継続して視聴できるのか? http //www.fctv.jp/fctv/catv_support/q_and_a3.html ↑によると現在の状況は Q10 地デジの区域外再送信(MRO,HAB)はどうなるの A10 ケーブルテレビで地上波の再送信をするためには、その放送局の再送信同意が必要となっています。しかし ながら現在(2006年10月)は金沢局の同意が得られていません。 当社としても、地デジの区域外再送信は最重要課題と認識しており、一刻も早く同意が得られますよう努力致しますので、今しばらくお待ち下さいますようお願い申し上げます。 これは福井ケーブルテレビの項とか座・タイムリーふくい(20070721)の項でもチョットだけ触れてた域外再送信の問題なんだが、最近こんなニュースがあった。 http //news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-31X068.html?C=S CATVに地デジ番組供給を=区域外向けで民放に指示へ-総務省 2007年7月31日(火)19 54 時事通信 総務省は31日、民放各局に対し、放送区域外のCATV局から地上デジタル放送の番組供給を求められれば原則として応じるよう指示する方針を固めた。民放各局はアナログ放送の番組送信には基本的に応じてきたが、CATVの競争力が高まったことなどから地デジ送信は拒否する姿勢を強め、各地で両者の対立が表面化している。 同省は、民放側が無料で行ってきた送信を有料化することで解決可能と判断。民放側の意図に反した番組の一部カットなどがない限り、送信に応じるよう指示する。 民放キー局などは、系列局のない地方で視聴者の便宜を図る目的などから、CATVに番組を無料で送信し、自らの放送区域外での放送を認めてきた。しかし、CATVが「キー局の番組が視聴できる」などと宣伝して営業を強化したため、地元ローカル局との摩擦が激化。地元局は地デジ対応投資で経営が厳しくなったこともあり、CATVへの反発を強めていた。 これに対し、CATV側は「地デジ送信を拒否されれば、アナログで可能だったサービスの提供が将来的にできなくなる」と反論。折り合いが付かない大分、長野両県では、CATV側が総務相に裁定を申し立てた。このうち大分については、情報通信審議会(総務相の諮問機関)の専門部会が、8月上旬にも「基本的に送信に応じるべきだ」との結論を出す見通し。 民放側は、送信を指示する大臣裁定が出た場合、電波監理審議会への異議申し立てや行政・民事訴訟などで対抗していく方針だ。(了) まだ総務大臣裁定が出たわけではないので予断を許さない状況だが、最悪の事態は避けられそうだ。まあアナログ放送でOKだったのに、地デジで突然ノー!では当然理解は得られない。場合によっては、テレビ局の思惑とは逆に水平分離の方向に一気に議論が進む可能性もあるなあと思っていたのだが、一応日本的な曖昧な結論に落ち着きそうだ。 今回はたまたま見つかったが、この手のテレビ局にとって都合の悪い情報って、ニュースではめったに扱われない。系列局を抱える新聞とかにもなかなか出てこないので、気を付けないと見落としてしまう。まあネットの話題で見つかることが多いんだけど、今後の動向によっては総務省に直接問い合わせてもいいと思う。 ちなみに水平分離とは、ざっくり簡単に言えば番組制作部門と電波送信部門を分けることみたい。地デジっていうぐらいで中身はデジタルデータなんだし、テレビ局は番組制作だけやって、送信はIP方式で光ファイバーとかでやるのもいいんじゃね?って意見があるんだが、そもそも番組は制作会社がつくっててテレビ局が製作してないことも多いし、社内の間接部門や技術部門の社員の問題もあるしで、いろいろ大変らしい。 IP方式の導入で、データ送信についてはNTTやドコモなどの通信事業者でまかなえるだろうし、まじめに構造改革するならテレビ局の大リストラということになるんだろうが、さすがに最強の既得権者であり抵抗勢力であるテレビ局相手では難しいかもね。 福井ケーブルテレビへの要望 よく考えてみれば、福井のような田舎に住んでいるからって、いつまでも民放2局しか見れないのは不条理なことだ。現在はかろうじて福井ケーブルテレビでHABとMROを見れるが、そのために10万円近い初期投資に加えて毎月結構な額の料金が必要で、加入していない家庭もまだまだ多い。デジタルだろうがアナログだろうが、なんで地上波受信にそんなに高い料金を取られるのか、正直納得はいかない。 で福井ケーブルテレビへ要望なのだが、MROとHABに加えて、石川テレビとテレビ金沢も再送信して欲しい。大分県では福岡県の民放放送を全部再送信したりしているようなので、不可能ではないはずだ。まあ石川テレビと福井テレビは同系列なので実際には必要ないんだが、福井放送のクロスネット編成と低レベルの自社番組にウンザリしている県民は少なくないと思うので、テレビ金沢の再送信は是非実現して欲しい。 とは言ってもケーブルテレビが無かった時代に比べれば、地域格差も随分と縮小したのも事実なんで、既存の民放局の損得勘定の問題で昔に逆戻りはご勘弁。とりあえず「民放2局しか見れないような惨めな田舎はもう嫌だ!」って若者が都会にどんどん流出中なので、「テレ東系以外は有料ケーブルテレビで一応視聴可能」という最終防衛ラインだけは死守したいところだ。 (以上越070803) 2007/8/9追記 その後、あんまり動きが無いので心配したが、朝日も書いてた。 ケーブル局へのデジタル放送転送 民放へ同意求め裁定へ 2007年08月09日06時11分 地方のケーブルテレビ局が、地上波のデジタル放送を転送(再送信)することへの同意を求めて民放と対立している問題で、総務省は「民放は同意すべきだ」との裁定を下す方針を固めた。まずは、大分県のケーブル4社と福岡県の民放4局の対立について、情報通信審議会の部会が民放の同意を求める答申を9日にまとめ、近く総務相が裁定を出す予定だ。 答申には、番組著作権への配慮の必要性など民放側の主張も留意事項として一部付記する。 (asahi.com) 大手メディアにも厳しく対応している菅総務大臣がいるうちに話が進めばいいが、次にテレビ局寄りの訳の分からない人が総務大臣になったらマズイなあと思っていたところだったが、朝日新聞も再送信同意の方向で書いてるので、まあそろそろなんだろう。問題は民放側の主張が答申にどれくらい盛り込まれるかだな。 (以上越070809) 2007/9/1追記 地デジ再送信に同意を 福岡の民放への大分のCATV申請 総務相が初裁定 http //www.business-i.jp/news/ind-page/news/200708180010a.nwc しばらく忘れてたが、国としては再送信OKの方針になったようで一安心。民放側が素直に応じるかどうかの問題はあるんだけど。 福岡の民放局は色々ヘ理屈言ってるみたいだが、視聴者が増えるわけだから本来は再送信される側にとってはプラスのはず。マイナスをこうむる大分のローカル局に配慮しているのは明らかなのだが、よく考えれば変な話だ。だってサークルKやローソンに迷惑がかかるからって理由で、ファミマが出店を見送るか?最後の護送船団と言われるテレビ業界の歪んだ構図って感じ。 福井にいると良く分からないが、県外のCATV局って結構派手だ。大分のCATVでいえば福岡の民放局全て見れるようになっている。福岡と金沢では格が違うとはいえ、MROとHABだけの再送信にとどめているFCTVなんてかわいいもんだ。 繰り返しになるがFBCの訳の分からない編成と低レベルな番組制作能力の問題もあるし、どうせならここは一気に石川の民放4波を全て再送信を要望したい。 石川テレビとの競合もあって福井テレビが可哀相な気もするが、石川さんよりイヤイヤちゃんの方がカワイイし、女子アナはじめアナウンサー陣も見劣りしないし、なにより俺は石川テレビの竹内章アナは生理的に受け付けないので、両方受信できてもあまり石川テレビは見ないだろう。 あっ、でも「N-18」は見たいかなあ。村田陽子さんは年齢不詳の大御所って感じでいい番組だ。座・タイムリーふくいにもいえる事だが、継続は力だねえ。 つーか石川テレビと福井テレビも、自社製作番組はガチンコで勝負すれば良いだけだ。まさに競争原理でよりよいサービス提供につながる。何のことは無い、普段ニュースで他の民間企業や役所に求めていることを自分たちもやれば良いだけのことで、きっと双方にプラスに働くだろう。 地域免許制度も時代遅れで、いくらなんでも規制緩和すべきだ。いままで色々な業界が規制緩和で大変な思いをして今に至っているのだが、そろそろマスコミにお鉢が回ってもいい頃だろう。 (以上越]070901) 2007/10/5追記 最近こんな研究会が地味に始まった。 有線放送による放送の再送信に関する研究会 http //www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/yusen/index.html 予想はしていたのだが、民放側の巻き返しが始まるみたいだ。役所や既得権者の定番手口だとすると、結論ありきでその結論にまとまるような研究会構成員を選んでるんだろう。なんか民放テレビ局に有利な方向で報告書がまとまってしまいそうな予感。構成員の大学教授等が各々どんな見解なのかは知らないのだが、まあ公正中立をうたいながら何故か権力者に都合のいい結論が出る仕組みを観察できるよい機会とも言える。とは言っても、事が事だけに福井市民にとっては影響は小さくない。予感が外れれば良いんだけど。 (以上越071005) 2007/12/20追記 「有線放送による放送の再送信に関する研究会」の2回目の議事要旨でも読んでから書こうと思ってたんだけど、総務省はいつまでたってもUPしない…。まあボチボチ、チェックするわ。 んで、一ヶ月も前の記事でいまさらなんだけど、2007年11月18日付けの日刊県民福井に↓の記事が載ってた。 CATVで見られるの!? 県外のデジタル放送 http //www.chunichi.co.jp/kenmin-fukui/article/economy/CK2007111802165345.html 内容は概ねこの項で指摘してた内容なんだが、「えっ!」ていうか「おっ!!」と思ったのは以下の箇所。 ところが、テレビのデジタル化が思わぬ障害となっている。地上デジタル放送が始まって四年がたち、県内でも視聴可能な地域が着々と増えているが、県内の民放テレビ局一社が石川県や京都府のデジタル放送の「再送信」に同意しないため、県外の地デジ放送を提供できずにいるという。 県内の民放テレビ局二社じゃなくて、県内の民放テレビ局一社。有体に言えば福井テレビか福井放送の2社のうちどちらか1社って事だ。俺はすっかり福井の民放テレビ局がグルになって県民の利益を無視した保身に走っていると思っていたんだが、どうも違うみたい。再送信に反対しているのはたった1社らしいのだ。 この記事を読んで以来、インターネットに繋がっていないという強烈なハンデを背負いながらも、俺なりにあらゆるチャネルを使って情報収集した結果、再送信に反対しているのはFBCらしいという情報にたどり着いた。 民放2局体制ゆえに全国屈指のCATV普及率を誇る福井で、再送信拒否の姿勢を続ければどんな事になるのか、どうも世の大人たちは事の重大さを理解してないようだが、地デジ一揆やケーブル騒動に発展する危険性さえある、極めて憂慮すべき事態だと思う。 そして再送信が実現しない理由がイマイチ漠然としたまま、ウヤムヤになっていくのが一番困るなあと思っていたんだが、誰が悪者なのかはっきり分かって良かった。 敵は大和田にあり!! 合言葉はこれで決まりだね♪ (以上越071220) 2008/1/25追記(その1) 「有線放送による放送の再送信に関する研究会」その後…http //www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/yusen/index.html 一応、第5回会合(平成19年12月21日)までの資料と議事要旨を見てみた。現場を見たわけじゃないので何ともいえないんだけど、議事要旨を眺める限りでは、無制限の再送信は別としても、少チャンネル地域については少なくとも4波になるまでは隣県からの再送信を認めるべきだろうという方向性を感じる。フジテレビ、日本テレビ、TBS、テレビ朝日の4系列はナショナルミニマムというコンセンサスが漠然と形成されている印象だった。 ここで問題になるのは福井放送がクロスネット局ってこと。FBCだけで2系列と数えられたらたまらない。まあさすがにそんなバカな話にはならないと思うけど、権力者っていやらしいから要注意だ。 それでサイトだけで文句を言っても仕方ない面もあるんで、総務省の「有線放送による放送の再送信に関する研究会 中間とりまとめ(案)」に係る意見募集 に↓の意見を送ってみた。一旦は民放2局地域の悲哀を伝えるべく幼少時の悲しい思い出を中心に情緒的な長文を書いてみたんだけど、よく見たら1000字以内ってことで、あれこれ削っていったら何だか堅苦しい文章になった。 それにしても意見を送るには、自分の住所・氏名・電話番号を書かないといけない。公開時に匿名にすることは可能とは言え、普通はチョット躊躇するよなあ。ホントに広く意見を募りたいなら改めて欲しいところだが、要するに面倒な意見はノーサンキューってことなんだろうか? (以上越080125) 意見書 今や人口割合で見ると民放2局以下の地域は、極少数の情報弱者だ。住民は長年、地域情報格差に耐えてきたが、近年は徐々に緩和されつつあった。多くの場合、有料CATV加入が必要となるが、視聴手段が確保されただけでも感謝している地域住民は多い。 本来、主要民放5局が制作する番組は国民的文化基盤であり、あまねく全国で視聴可能にすべきだ。キー局を支えるのは大企業の広告だが、その広告費は企業の商品やサービス価格に転嫁されている。つまり少チャンネル地域住民も間接的にキー局運営費用を負担している。その費用で制作された番組を田舎という理由で視聴出来ないのは、同じ日本国民として不公平だ。 地デジの再送信には道路インフラ整備のように、巨額の投資が必要なわけでもない。都市と地方の均衡ある発展を目指すためにも、地デジ再送信による情報格差の是正は必須だと考える。 民放連は『「地方の放送文化」、「地域に根ざした放送サービス」の維持発展を難しくする』というが、CATV局は地元局を排除してはいない。地元の無料地上波ではカバーできない分を、有料CATVで補完するという補助的手段が、地元放送文化の発展を阻害するとの主張は理解に苦しむ。 民放連の主張は「視聴率低下による広告収入低下の懸念」に集約されると思うが、地元の局という有利な条件があるのだから、それを武器に地元の支持を得るべく切磋琢磨する中で解決すべきで、視聴者の選択肢を奪うことで経営の安定を図ろうとする姿勢は極めて不健全だ。 アナログ停波により地上波再送信がストップするなら、スムーズな地デジへの移行は不可能だし、CATV加入者も激減する。情報隔離と格差の再来により、住みにくい地域に逆戻りすることこそが、地元の発展を阻害すると思う。 また、民放連の「再送信先の民放事業者の意見を最大限に尊重すべき」との主張は、放送の公共性を軽視した傲慢な考えで到底容認できない。最大限に尊重すべきは「再送信先の地域住民の意見」だ。 テレビ局員の給与水準や経費の使い方を見るにつけ、合理化余地は十分すぎるほどある。テレビ局員の好待遇は、地元住民を犠牲にしてまで守るべきものか再考をお願いする。また地元テレビ局の自己保身のために肝心の地元が地盤沈下すれば、結局は地元テレビ局も損をすることを理解していただきたい。 2008/1/25追記(その2) CATV業者の手先みたいな言動が目立つ俺だが、CATV業者…というか福井ケーブルテレビ(FCTV)にも言いたい事はある。それは大方の予想通り…FCTVがデジタル化をネタに便乗値上げの件。 あと、それに加えてFCTVで福井ローカル局の地デジ放送を見るにはデジタルパックに変更しないといけないと勘違いしている人が、パススルーとかトランスモジュレーションとか言われてもピンとこない層を中心に、地デジ対応テレビの普及に伴い激増してるんじゃないかって問題。契約変更ってだけなら別に問題ないが、何しろデジタルパック導入には値上げが伴う。このあたりは是非、福井新聞や北陸中日新聞がフォローして欲しい。 デジタルパックは追加される「日テレG+」や「MTV」とかに興味があるか、「日経CNBC」や「コミュニティチャンネル」などアナログでも視聴できるチャンネルを、デジタルの鮮明な画面で見たい場合に必要な契約。北陸朝日放送(HAB)や北陸放送(MRO)の視聴を目的としてFCTVを導入している人には不要な契約だ。その辺りを納得した上での契約なら問題ないけど、周囲を眺めた感じではそうでもないような…。 性質が悪いのはFCTVがアナログの新規契約受付を終了している点。これって、勘違いでデジタルパックを契約しちゃったけど、やっぱり元に戻したいと思っても戻れないって事なのでは?そのあたりは事実関係を確認していないので何ともいえないけど、何しろFCTVの動きには全体として業者のエゴを強く感じる。 とはいえ再送信の話もあるし、とりあえず今はFCTVに頑張ってもらう局面。デジタルパックに関連した一連のことは、地デジ再送信の話が決着したら別項目を立ててゆっくり書くわ。 (以上越080125) 2008/7/15追記 この前、蟹に一部のケーブルテレビ局ではHABとMROが見れるらしいという話をした件だが、久々に色々見てみたら、なんかこの問題はクライマックスを迎えているみたい。何だかんだ言っても2chが一番状況を把握しやすいので、↓参照。 http //tv11.2ch.net/test/read.cgi/cs/1001950280/l50 2chによると、FBCがFCTVに対してだけ再送信を認めないみたいなことが書いてあるんだけど、現実問題としてそんなこと可能なのかなあ。周辺のCATV局の再送信を認めた以上、あまり変なことするといろんな意味で損するのは、これから24時間テレビの季節を迎えるFBCだと思うんだけど。 (以上越080715) 2008/7/31追記 今日(7/30)の日刊県民福井によると、8月からFCTVでも地デジの再送信が始まるらしい。記事によると結局FBCからの同意は取れなかったものの、HABやMROの同意をもとに送信に踏み切るって感じの内容。地方民放局仲間とはいえ、さすがにHABもFBCと心中は出来ないという結論に至ったんだろう。これもオリンピック効果の一つって感じかなあ で、↑の2chのスレを見てみたら、なんだかもう送信開始している様子。ためしにチャンネルスキャンしてみたら・・・ 映った!! 結構アッサリで拍子抜けしたが、チャンと映ってる!!いや~やっぱ良いわ地デジ。何が良いって、番組表をまとめて見れるのがスゲー楽。 しかし、1年もこの問題に執着し、お役所に意見書まで送って本腰をいれてた割には、結末はアッサリしたものだったが、とりあえず望んでいた結論を出すことが出来て良かった♪ この件は福井新聞が書いたこともあったみたいだけど、俺の印象では日刊県民福井がマメにこの問題を取り上げてたイメージ。そう考えると日刊県民福井→北陸中日新聞の関連→本拠地金沢っていうのも金沢のテレビ局の決断を後押ししたような・・・まあ想像だけど。 と言うわけで、別にデジタル契約しなくてもFCTVでアナログ契約していればMROとHABの地デジは見れるから、蟹も早く諦めてプラズマとか買ったら? (以上越080731) プラズマ購入は検討中だが、その前に個人的には多少心残りがある。 越もここで書いたことだが、オレ達の夢、 「民法4局を観る為にテレビ金沢の再送信を!」 が叶えられていないぞ! まぁ別に中京テレビでもよみうりテレビでもどこでもいいんだけど、とりあえずは全国の皆さんと同じようなノーマルな日本テレビが生活の基礎として用意されていてほしい。 この一件に関してのみ、オレは「地元愛が無い」と後ろ指をさされても構わん。 (以上蟹080903) でかい文字なんで突っ込みにくいが、一応・・・民放ですけど。 (以上越080904) ゲッ!・・・そっと校正しておいてくれよ。ここ、インターネットだぞ(笑) (以上蟹080904) 関連項目 デジタルパック問題