約 1,871,737 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8418.html
前ページ次ページ使い魔は四代目 リュオは返答に詰まった。そもそも、なぜメイドがドラゴンを探すのかわからないのだ。 どう見ても何の変哲も無い只のメイドだし、怯えきったその様子をみても「凶暴なドラゴン」を退治にきた一攫千金を目指す冒険者、という線は無いだろうが… リュオは少し逡巡した後、浮かんだ疑問をそのまま返す事にした。 「あ~その… もし、その凶悪なドラゴンとやらを見つけたら、どうするつもりだったのかな?」 「そ、そしたら逃げるに決まってるじゃないですかっ!だって、ドラゴンですよ!火をボウって吐くんですよ!ドラゴンは!」 「…そうじゃな。じゃぁなんでドラゴンを探してたんじゃ?」 「いや、だって、危険が危ないドラゴンがいるならみんな逃げないといけないじゃないですか!だって、ドラゴンですよドラゴン!」 「……そうじゃな、ドラゴンじゃな。…要するに、もしドラゴンがいるならみんなと避難しないといけないから怖いけど確かめに来た、という事で良いのか?ちなみにそのモップは?」 「掃除中だったんです。もしもの時、素手だと心細いので…」 「………ええと、逃げる気だったんじゃよな?」 「当たり前じゃないですかっ!だって、ドラゴンですよ!重いぞ硬いぞしつこいぞのドラゴンですよ!」 メイドはこんらんしている! 「そりゃゴーレムじゃろ!あんな輩と一緒にするな!…はっ、いかんいかん。あー、まあ落ち着きなさい。 危険は去った。もうそのドラゴンはおらん。…わしが倒し…いや違うな。あー、その、何だ、なだめた?」 随分苦しい言い訳じゃ、とリュオは思わないでもなかったが、メイジで通すことにした矢先にいきなり正体をばらす様な真似はしたくなかったし、 メイドは見るからにかなりの興奮状態のようだからこれでも充分通用するだろうと判断した結果である。 仮に疑念を持たれたところでそのドラゴンはもういないのだから露見する心配は無い。多分。 「なだめたんですか!凄いです!どうやって!?」 「…えーと…なぁに、人もドラゴンも知的生物同士、誤解さえ解ければ案外上手く行ったりするもんなんじゃよ」 「す、凄いです!凄いメイジ様だったんですね! あ、申し遅れました。私、ここでメイドとしてご奉公させていただいておりますシエスタです」 「む…わしはリュオ。ルイズの使い魔を今日より勤める事になった。しばらくここに留まる事になる故、これから世話になることもあるだろう。よろしく頼むぞよ」 「はい、よろしくお願いします!…え、使い魔?ええ、メイジ様が?」 ころころとよく表情の変わるメイドじゃなぁ、と微笑ましく思いつつ、リュオは今日ルイズに召喚されて使い魔になった、と軽く事情を説明した。勿論肝心な部分は伏せてある。 「ところでシエスタよ、いつまでもここにいて良いのか?仕事の方は大丈夫なのかな?」 「ああ、そうでした!わぁ、また怒られちゃう…くすん。…すみません。これで失礼します…」 先程までとは一転し、沈んだ様子で立ち去ろうとするシエスタが気の毒になり、リュオは呼び止めた。 「待つんじゃ、サボってたわけでもなし、叱られるのは気の毒じゃ。これも何かの縁、シエスタが何をしてたか証言してやろう」 「そ、そんな!悪いです。そんな事で貴族様の手を煩わせるわけには」 「これこれ、良いんじゃよ。わしが言い出した事なんじゃから…とは言っても納得してなさそうじゃな。じゃあこうしよう。 わしは今言ったとおり、今日ここに来たばかりでどこに何があるかさっぱりわからん。案内を兼ねて、と言う事で頼む。 ああそれと。わしは貴族ではないぞ。普通に接してくれるとわしとしてもそっちの方が楽なのじゃが」 「…分かりました。じゃぁ案内しますね。あ、行き先は厨房ですけどそれでも良いんですか?」 「かまわんかまわん。では、頼むぞよ、シエスタ」 文字通り駆け足で通り道上にある学院施設等をリュオに案内しながらシエスタは厨房へ戻った。 そして、手早く身嗜みを整えると、手を洗いながら声を張り上げる。 「すみません、マルトーさん!遅くなりました!」 その声に、厨房の奥の方から怒声が返ってくる。 「シエスタ!晩の仕込みで忙しいこの時にどこで油売ってやがった!早く手を動かせ!」 「は、はいぃ!」 夕食に向け数百人分の食事を用意すべくフル回転で動く厨房はまさしく戦場であった。シエスタも素早くそこに突入し、仕事を片付けていく。その凄まじさにリュオが気圧されていると、 「…おや、こんな所に貴族様が何の用ですかな?済みませんが、ご覧の通りの慌しさでして、手短にお願いしますよ」 先程怒声を上げたマルトーと呼ばれた恰幅のいい男がリュオに気付き、話しかけてきた。言葉遣いこそ普通だったが、彼の口調には明らかにリュオに対する嫌悪の響きがあった。 が、リュオには召喚されたときの生徒達の尊大な態度を見れば「貴族様」とやらが彼等にどんな態度で接しているのかは容易に想像ができたのでそれは当然の事と受け止めた。 「ま、そう言うでない。わしは貴族じゃないぞよ。毎日生意気な小童どもの相手でうんざりするのは分かるがそう邪険にしないで欲しいのぉ。 それにシエスタはすぐ近くに凶暴なドラゴンが出たという話を聞いたので確認しに行ったんじゃ。本当にいたらすぐに逃げねばならんじゃからな。むしろ大した勇気だと褒める所じゃないかね?」 「…シエスタ、そうなのか?」 「…はい。でも大丈夫でした。このリュオ様がドラゴンをなだめて追い払ったそうですよ」 「…なだめた?」 「…うむ。まあ、その、そういう事じゃ。じゃからそのドラゴンはもう立ち去った。危険はもう無いぞよ」 「へぇ、こいつぁ驚いた!…にしても、その割にはここはいつも通りでしたがね。普段大口叩いてる貴族様は何をしていたんですか?」 「…あー、なんと言うか、その場にいた連中は腰を抜かすものが大半でのう、まるで使い物にならん。まあお子様には刺激が強すぎたな。 結局、わしが事態を収めた。その上にほれ、連中はプライドだけは高いじゃろ。無様を晒したなんて自分から言えやせんわ」 あの場にいた者の殆どがまともな行動が取れる状態でなかったのは事実だし、事態が収まったのはリュオが冗談だと明かして人間の姿に戻ったからである。 だから、リュオが事態を収めた、と言っても嘘ではない。色々と肝心な事実―そもそもは茶目っ気を出して正体を披露したせいだ―をすっ飛ばしているが。 「ああ、だからこっちまでは伝わってこなかったのか…いやすまねぇリュオさん。シエスタが世話になった上に恩人にぞんざいな態度をとっちまった。シエスタもだ。悪かった。」 「気にしないでください、マルトーさん。私も様子を見に行く前に一言言っておくべきだったんです」 「わしの事も気にせんで良いぞ。わしとて、生意気なだけの貴族連中とは関わり合いになりたくないからのぉ、無理もないわ」 「全くだぜ。…しかし、その格好、本当に貴族様でないんで?」 「まぁ、見た目どおりに魔法は使うがな。貴族ではない。わしのいた所じゃ魔法使い、ってのはただの職業じゃ。 お主がコックやってるのと同じ感覚じゃよ。大体、今のわしはルイズの使い魔じゃ」 「すげぇ…」 「ん?何がじゃ」 「いやだって、リュオさん。あんたは魔法が使えて、しかも凶暴なドラゴンを宥めて追い払うような実力を持ちながら決して奢った所が無い! おまけに平民のシエスタを気遣うその寛大さ!貴族崩れのように荒んでもいない!見たかお前ら! これが真の達人ってやつだ。聞いてるかお前ら!達人は決して己を誇らない!」 「聞いてますよ親方!達人は誇らない!」 マルトーが振り向き大声を張り上げると、それに答えて厨房のコックが一斉に唱和した。どうやらこの厨房を仕切るだけあって、中々に人望はあるようだ。 「はっはっは、いや、そんな、大げさな、なぁ」 若干引きつった笑いを浮かべるリュオに構わず、マルトーは逆に盛り上がっていくのだった。 「いや、そうやって謙遜するところがまた凄い!そうだ!あんたは今日から『我らの杖』だ!」 「我らの杖」の称号を手に入れた! 「わ、我らの杖?」 「シエスタ!感謝と敬意の印だ。アルビオンの古いのを持って来い!出し惜しみ無しだ!」 「はい!リュオ様、今上物のワインをお出ししますね、座ってお待ちください」 「…いや、別に、そんな、気遣わんでも良いのじゃが…それに、その、何じゃ、今は忙しいんじゃぁ」 「かぁ~この気配り!さすが『我らの杖』は違う!なぁに、これ位で支障が出るようじゃ魔法学院のコック長はとうてい勤まりません! ささ、こちらへ。こっちの事は気にせずにくつろいでください。さぁシエスタ、つまみを出すんだ」 「おつまみは最初はチーズでよろしいですか?種類は色々取り揃えておりますから、好みの味があるなら遠慮なくお申し付けくださいね」 「…う、うむ…」 心酔しきった眼を向けるマルトーと、晴れやかな笑顔でワインをグラスに注ぐシエスタを見比べて、もうどうにでもな~れ、と、リュオは半ば自棄になりつつ座った。飲み込んだ溜息の味は、とても苦かった。 授業を終え、部屋に戻ってきたルイズは、部屋に漂う芳香に気付くなり、眉を顰めた。 「今戻ったわ。…何この匂い。昼間っから飲んでたの?」 「ルイズか…ふぅ、酒では酔えんかったが善意に悪酔いしてな…」 「…何よそれ、全然分からないんだけど」 「気にせんで良いぞい。ああ、酷く疲れたわい…」 「え、そんな遠くまで出歩いてたの?」 「いや、そうじゃなくて.な…はぁ、まぁいいわい。さて、色々決める事もあるんじゃろ。それじゃ、早速始めるか?」 「んー、そうしたいところだけど…。ちょっと間を置きましょ。私だって、一息つきたいし、今日の復習もあるし、 …そもそもあんたが酔いを醒ましてからでないとね。色々決めたは良いけど酔ってて何も覚えてません、ってのは勘弁よ。 …ったく、なんで使い魔になっていきなり一人で飲んだくれてるのよ…」 ぶつぶつ呟き始めたルイズに対し、リュオは全く酔っておらんのじゃがなぁ、 と若干遠い眼をしながら思ったが、この状況で何を言っても説得力が無いのは分かっていたので口には出さなかった。 そんなリュオを見ながらその後もしばらく愚痴り続けていたルイズは、やがて、気を取り直したか、あるいは諦めたか、 ともかくも日課である復習の為ノートを取り出し、開くとすぐに黙り込み没入していった。その自然な様子に取り繕った所は一切無く、この事が習慣と化していることをリュオに伺わせた。 真面目な努力家である事は間違いないようだ。 あの時、コルベールが必死に食い下がってきたのも頷ける、これだけ熱心ならいずれ魔法が使えるようになるんじゃないか? とリュオは思いつつ、集中しているルイズの邪魔にならないように黙して見守っていた。 そのまましばしの時間が流れると、ルイズを見守っていたリュオの表情が、突然怪訝なものに代わり、扉の方を振り向いた。そして、少しあってノックの音が響き、扉越しに声が掛けられた。 「失礼します、ロングビルです。ミス・ヴァリエール、学院長より頼まれた倉庫の備品の目録をお持ちしましたが」 その声に、ルイズは復習の手を止め、伸びをすると、立ち上がりつつ答えた。 「今開けます。少し待ってください、ミス・ロングビル」 「ありがとうございます、ミス・ヴァリエール。さて、こちらが倉庫の備品の目録となります。不完全な物ですが、それでも良いという事でしたので…」 そこで、ルイズに目録を手渡すと、ロングビルは言葉を切り、リュオに向かい礼をした。 「始めまして、リュオ様。私はオールド・オスマンの秘書を勤めさせていただいているロングビルと申します。 リュオ様のことは学院長から聞きましたわ。何か御用がありましたら遠慮なくお申し付けください。それでは失礼します」 と、簡潔に用件を済ませ退室していった。 「聞こえてたわよね?はい、目録よ。何か気になる物はある?」 「…む、これは…」 「な、何?何なの?」 リュオは、ルイズに手渡された目録を眺めつつ、まるで別の事を考えていた。それは、かつてカインに引き合わされた一人の男の事であった。 その男の名は、リオス。かつてムーンブルクでならした盗賊である。盗賊でありながら飄々として、抜け目無くもどこか憎めないこの男は、奇妙な縁で何度かカインの手助けをしている。 そのリオスと、今会ったばかりの秘書、ロングビルに似ている所があるのだ。 部屋に近づいてきた時の足音―というか気配―を殺した歩き方とか、身のこなしとか、注意の配り方とか、そういった諸々の事が。 と、いう事はこのロングビルという女、かなりの食わせ者かもしれぬ。 …どうやら、この学院も色々波乱がありそうじゃなぁ、何事も無ければ良いのじゃが… そう思ったが、口にしたのはまるで別の事だった。 「…済まぬ。字が全く読めん」 「…あ、あのねぇ…」 思わせぶりな態度にルイズは思いっきり脱力するしかなかった。 前ページ次ページ使い魔は四代目
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2635.html
前ページ / 豆粒ほどの小さな使い魔 / 次ページ 買い物 知識では知ってる。人間が買い物しているのをこっそりと自分の目で見たことだってある。 ただ、コロボックルには、そういう習慣はない。 矢印の先っぽの国ができてから、私たちの習慣は大きく様変わりしてきた。一番大きいのは、やっぱり電気だろう。 私は電気がなかった頃の話は想像でしか分からなかったけど、ここに来てようやくお爺ちゃんが言ってたことの意味が分かったし。 変わり続けてるコロボックルだけど、頑なに取り入れない制度もある。 買い物、貨幣制度もその内の一つだ。 欲しいものがあったとき、何かに困ったとき、どうやってそれを手に入れるか、助けてもらうのか、それは一人一人が考えること。お金は、それをものすごく簡単にしてしまうんだって。 だけどね、お爺ちゃん。 ルイズのお財布の中にある、金色のお金。 それが一体どんな物に変えられるのか、考えるのって、もの凄く楽しいよ。 * * ハヤテは、今日はハンカチの服じゃなくて、昨日洗濯したマメイヌ隊の服を着ていた。 初めての王都、何があるか分からないものね。 ちょっと緊張してるみたい。 「大丈夫よ。裏通りに迷い込まなければ、それほど危なくないし。ただ姿は見せない方がいいと思うわ」 ん? それともマントに止まってじっとしていれば、飾りにしか見えないかも。 「ポケットノ中カラ、コッソリ見テルカラ」 「うん、今日はそうして」 可愛いドレス……ううん、動物の着ぐるみを着たハヤテが、澄まし顔で人形飾の振りをしてるところを想像して、吹き出しそうになっちゃった。 「悪いわね、シエスタ」 「いいえ、とんでもありません」 故郷で経験があるからと、シエスタは危なげなく手綱を捌き、馬車は軽快に道を進む。 「それで、何を買うのか目星は付けているんですか?」 「とりあえずハヤテのベッドと、あとは適当に小物を見て回るつもり」 私の肩に座ったハヤテが、邪魔にならない程度の大きさで笛を吹いてくれているのに合わせて身体を揺らす。 実は笛を4本作っていて、どれが一番できがいいか確かめているところなのだ。 一本目は、ちょっと高音で音が割れる気がした。今は二本目を吹いている。 「聞いたことない曲ですけど、いい感じですね」 「結構レパートリーが広いのよハヤテって、お目覚めの曲から子守唄まで何でもござれなんだから」 シエスタに自慢したら、笛がピポーと音を外した。 ぺちぺちと首筋を叩かれるけど、全然痛くないし。 「ル、ルルルルッ」 「そんなことないです、とても素敵ですよ。それに笛が吹けるって羨ましいです」 シエスタもいつの間にかハヤテの早口を聞き取れるように……違うか、今のハヤテ分かりやすいし。 照れてるだけで、ハヤテだって本気で怒ってるわけじゃない。 コロボックルは、笛の他にも色んな趣味を楽しんでるそうだ。 絵を描いたり彫刻に凝ったり。歌や踊りも、それは見事なんだそうだ。 「オ母サンノ妹ハ、くるみノ一族デ、踊リガイチバン、ジョウズ」 叔母さんといっても、ハヤテとは年もさほど離れてないし、まだ結婚もしてないから、ハヤテはお姉さんと呼んでいたそうだ。 色々な出来事から歌や踊りが生まれていて、子供たちはそういうのを聞いているうちに、いつの間にかコロボックルの歴史や祖先の物語を覚えていく。 「素敵ですね、そういうのって」 「そうね。しかめっ面の家庭教師が呪文みたいに唱える歴史なんかより、よっぽど頭に入りそうだわ」 ハヤテが吹いてくれてるこの曲には、どんな歌がついてて、それはどんな物語なんだろう。 「っと、いけない。あんまりのんびりしてたら、帰りが遅くなっちゃうわ」 「は、はい」 お昼は王都で、そこそこ上品な、だけどシエスタもそんなに気兼ねせずに入れるお店に案内してくれるというので、楽しみだ。 着いたのが丁度お昼時だったので、私たちは時間を少しずらして、先に遊具屋に向かうことにした。 貴族御用達の店だと、子供のおもちゃと言っても高価なものはそれこそ天井知らずの値が付いてたりするけど、ハヤテはそんなの喜ばないことはとっくに知ってる。 それにこの通りにあるのは、そんな気取ったお店じゃない。私の、学生のお小遣いでも―― 「うぎゃっ!」 何事かと慌てて振り向いたら、後姿の男の人が手を押さえてて。 周りの人が呼び止める間もなく、走って行っちゃった。 「どこかにぶつけたんでしょうか?」 「さぁ? でもごちゃごちゃしてるから、きっとそうね」 走れるんだから、大した怪我でもないんだろう。そんなことより、 「結構買い物には来るんだけど、遊具屋は行ったことないわ」 「私もです。と言うか、子供のおもちゃって、買いに行くの恥ずかしいと思ったり」 「気が合うわね」 いつぐらいからか、おもちゃを買ってもらうのが恥ずかしくなって。 遊具屋は、小さくてちょっとおしゃれな、いかにも小さな女の子が好みそうな店構えだった。 自分の身長が、年よりも子供に見られることを知ってるから。こういう店に入っても違和感がないと見られるのが、 あれ? シエスタはどうして恥ずかしいのかしら? 「その……自分の子供のおもちゃを買いにきたんだと思われたらどうしようって」 思っても見なかったその言葉に、恥ずかしさも吹き飛んだ。 「いくらなんでも、気が早くない?」 「私の村だと、私と同い年で嫁ぐ子もいましたから」 知らなかった。なるほど、農村だとシエスタくらいのお母さんもいるのか。 つい目線が胸に行ってしまったことに気がついたんだろう。 「もうっ ルイズ様、行きますよ」 先に立って店に入ってしまった。 間口は狭かったけど、奥行きは意外とあって。それに店内には思ってたよりも色んな年頃の女の子がいた。 男の人は、流石に父親と思われる人が少しいるだけで、ちょっと居心地悪そうだったけど。 「小さな子だけってわけじゃなかったんですね」 シエスタが、明らかにほっとしたという調子で囁いてきた。 それに頷いて、店内をぐるっと見回す。 覚えがあるような遊具に混じって、見たことのないものも沢山ある。 そういうのを見ているだけでも楽しそうだ。 「あ、私これで遊んでました」 シエスタが棚から手に取ったのは、きらきらとした飾りのついた毬だった。 「誕生日に買ってもらって、凄く嬉しかったなぁ。私が持ってたのは、ここが緑のやつですけど」 ずっと長く続いている、子供に人気のあるデザインなのかも知れない。 手にとって見ると、ふわっとした感触、それに、 「中に鈴が入ってるのね?」 振ると、優しい音がする。 「ええ。ですから子供に持たせて置くと、少し目を離していても音で大体どこにいるか分かるんです」 それに気がついたのは、自分が子守を手伝うようになってからですけど、とシエスタは苦笑い。 「妹の腰に、紐でこの毬を繋いであげてたんです。それでかくれんぼとかしてたんですよ」 それは、確かに笑うしかない。 他のお客さんの迷惑にならないように、小さな声でクスクスと三人で笑って、 「じゃあ、ハヤテのベッドを探しに行きましょうか」 「了解です」 「ウン」 人形と言っても、大は子供の半分くらいあるのから、親指くらいのまで種類は様々。 順番に見ていくと、丁度ハヤテくらいの人形が並んでるところが見つかった。 シエスタと二人で肩を寄せて、胸ポケットから覗くハヤテが周りから見えないようにする。 「ハヤテよりも少し大きいのね。でも顔とかは断然ハヤテの方が可愛いわ」 「ルイズ様ったら。でも、しょうがないですよ。このくらい細かい細工だと、本当に出来がいいものは、貴族様向けのお店にしか並ばないでしょうから」 そうかもしれない。 素朴なにこにこ顔の人形たちは、これはこれで可愛かったけど。 ただ、洋服が、人形本体に糊で布を貼りつけてあったのはちょっと残念。 「ハヤテの着替えは、ここにはなさそうね」 「自分デ、何トカ作ッテミルカラ」 「あ、家具はこの棚ですよ」 定番のベッドから鏡台、炊事場まである。 「これって、お風呂セット? どう、ハヤテ使ってみる?」 おもちゃだけど、湯船と手桶は本当に使えそうだ。 「でしたら、お湯をポットでお持ちしますから、いつでもおっしゃってくだされば」 ほっとくと遠慮してしまいそうなハヤテだから、多少強引に進めることにした。 だって生まれた国からこんなに遠くに連れてきちゃって、なのに一生懸命してくれるんだもの。できることなら、何でもしてあげたい。 「ウ……るいず、しえすたモ……アリガト」 ぎゅうって抱きしめてあげたいくらい、可愛かった。 「そ、そうだわ、ベッド。ハヤテはどんなのが……あ、それよりも、ちょっと自分で寝て確かめてみたら?」 我ながらいい考えだと思う。湯船と違って、見た目じゃ分からないんだから。 きょろきょろと周りを見てから、ぴょんと胸ポケットから飛び出したハヤテが、一つずつベッドを確かめてる。 何故か私もシエスタも息を殺して見守ってしまったのは、ハヤテの表情がかなり真剣だったからだろう。 「ンン……コレデ寝ルノハ、チョット」 「そっか」 一通り試してみたけど、私から見ても、あまり寝心地はよくなさそう。 「アノネ、サッキ、向コウニ、ヨサソウナノガアッタノ」 「え? あっちは、もっと大きな人形ですよ?」 あのサイズだと、ベッドはふかふかでも、本棚のハヤテの隠れ家には置けないと思うけど。 ハヤテの指し示す方に向かった私たちが見つけたのは…… 鳥の香草焼きのランチを食べ終わって、紅茶のお代わりを口に運ぶ。 学院ほどじゃないけど、まぁまぁ悪くない。 「いいんでしょうか、私の分まで」 「案内してくれたお礼だし、それに御者もしてもらったんだから、遠慮しないで」 観葉植物と買ってきた荷物の影で、ハヤテも食事を楽しんでくれたと思う。 それにしても、 「ハヤテのベッドが、靴下なんてねぇ」 一番大きな人形の靴下なら、そりゃハヤテだってすっぽり入るだろう。 縫い目もしっかりしてるし、ぽんぽんの飾りも可愛らしい。 「ヒモデ吊ルシテ、ハンモックニスルノ」 よっぽど気に入ったんだろう。にこにこと笑ってる。 それに何に使うのか分からないけど、小物もいくつか購入した。ハヤテの部屋がどんな風になるのか、今から楽しみだ。 「ね、模様替えしたら私にも見せてね」 「わ、私もいいですか?」 「ウン、イツデモ」 ……実は、シエスタには言えないけど、考えたことがある。 ハヤテの視界を借りて見せてもらおうって。 そう思うだけで、紅茶が何倍も美味しくなったような気がした。 前ページ / 豆粒ほどの小さな使い魔 / 次ページ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2198.html
一章六節 ~使い魔は千鳥足を踏む~ 適度に間隔を開けて連なる窓から投げ込まれる日の光は、気だるさの漂う冷たい石の廊下に、ゆるゆるとした温もりを与えていた。昨日と同じでよく晴れた青い空は、悠々広がって澄み渡り、霞一つない。 リキエルはミス・ロングビルの後ろについて歩きながら、窓の外を、茫洋たる空を眺めている。フロリダの空も意味なく見上げてしまうほどに大きかったが、この世界の穏やかに広がる青空にも、不思議と目を引き付けるものがあった。 今二人が歩いているのは、リキエルとルイズが教室に行くために通った廊下とは違う、あまり生徒達が使わない狭い通路である。こちらの方が、食堂へは近いのだという。空腹感が異様に高まっているリキエルにとっては、ありがたいことだった。 しばらくして、連なった窓が途切れる。と思えば外に出た。柔い風があった。 と、目の端で動くものにリキエルは気づく。その場所は少し遠く、どうやら広場になっているようで開けていた。 目を細めてみて、リキエルは驚いた。塔の影になって見えづらいが、そこには、およそこの世のものとも思えない光景が広がっていたのである。考えてみれば、ここはリキエルのいた場所とは常識が全く異なるのだから、その眺めも当然といえば当然なのだろうが、まだ耐性のつききっていないリキエルにはそうも言えなかった。 電柱ほどもある太い大蛇が、血の滴り落ちるほどに新鮮な餌を丸呑みにしていた。かなりショッキングである。 蛸足つきの妙齢女性と、角の生えた人っぽいなにかが険悪に睨み合っていた。三流シネマチックである。蛸足の方は授業でも見かけたが。 テレビなどで紹介されていた想像図よりも、よほど難解不可思議な格好のUMA達が寝そべっていた。なんとも感無量である。 二昔ほど前のサーカスの出し物のような、リアルな胡散臭さがそこには存在し、否定しようもない現実感も、その空間に同居しているのだった。 「う、ぉ……」 「なにか?」 リキエルは思わず声を上げ、それに一拍遅れてロングビルが振り向いた。 「いや、デカルチャーというか、仰天の異文化圏というのか、あまりお目にかかったことがないもんで。ああいった生き物には」 「使い魔たちですか。確かにあそこにいるのは皆、人里には訪れないものばかりだから、驚くのも無理ありませんわね」 リキエルの隣に立ち、それらを見やったロングビルは、軽くうなずいてそう言った。それから、横目でちらりとリキエルに目配せし、ゆったりと歩き出す。リキエルもそれに倣った。 「授業に見たやつらで、全部ではなかったわけか。まあ仕方がないよなァ、あんなにでかいんじゃあな」 「ああ見えても、そう力の強いものはいませんわ。勿論、人間が素手で立ち向かうには手に余るものばかりだけど。中の上といったところかしら」 「くくれば中ほどだって? ……あれが?」 「単純な膂力以外にも、魔力の有無といったものがありますから。竜のように強力な幻獣を使い魔に、ともなれば、相当な実力を持ったメイジということになりますわ」 「相当……」 ロングビルの言うところによれば、使い魔の力はメイジの実力に比例するということである。となれば、やはり何の力もない人間を呼び出したルイズは、ゼロを言い過ぎとしても、決して優秀とはいえないのだろう。 ――熱心では……。 あるみたいなんだがなァ。授業での態度を間近で見ていれば、それがよくわかった。 ふとリキエルの脳裏に、人知れず努力し杖を振るい、その度に爆発を起こして唇をかみ締める、桃色髪の少女の幼い後姿が浮かんだ。リキエルにはそれが、自分の単なる想像とは思えなかった。閉じられた右目のまぶたの裏には、同じ少女が椅子に座り込み、うなだれている姿が残っている。そうしながらも、決して諦めないと言った声は、まだ耳の奥で響いているようでもある。 それらの姿は、自分の中の何かを呼び起こそうとしているように、リキエルには感じられた。同じものを、掃除の時やパニックを起こしていたときにも、一瞬だけ感じた気がする。それは憐憫の情や侮蔑的なものではなく、奇妙なことだったが、一種の…………。 ――なんだったか。 そこから先が詰まる。その感情の記憶は、脳に刻まれた皺の隙間にでも吸い込まれてしまったのか、思い出そうとすればするほど、掴みどころなく離れていくのだった。犬歯と前歯の間にニラが挟まったような、手袋の薬指の場所に小指まで突っ込んでしまったような、その気になればすぐにも解消できそうなもどかしさは、その感情が決して無意味なものではなかったことを告げてくるのだが。 「どうかなさいましたか?」 ロングビルの声は、静かだがよく通る。リキエルは慌てて前を向いた。思考にのめり込むあまり、周りを見ていなかったらしい。 「は……ええとなんだったか、すいません。聞いていなかった」 「いえ、難しい顔をしてらっしゃったので」 微笑むわけでもなかったが、穏やかな表情でロングビルは言い、また歩き出した。 「……」 リキエルは、五歩ほど遅れてロングビルに続いた。そこで、今までの思考がどこかへ失せてしまっていることに気づく。必死になって掴み取ろうとしていた何かを、指の先が引っかかった途端に取りこぼしてしまったような、強い喪失感をリキエルは感じた。試しに頭を二、三度ぐらぐらと振ってみたが、それでどうにかなるわけもない。 なんら落ち度の無いロングビルを責めるわけにもいかず、リキエルは憮然とした気持ちになって、溜息をつく代わりに、自分のこめかみに人差し指を当てた。 もうしばらく歩いて、本塔の入り口が見えてきた頃、強い風が吹いた。腐ち草が舞い上がり、しばらく渦を巻いてから散り散りになる。気を抜けば、よろけてしまいそうになるほどの風だった。ロングビルは咄嗟に、その長い髪を左手でおさえたが、おさえきれるものでもなく、乱れ髪となってしまう。 「……」 軽く嘆息し、手櫛で髪を梳くロングビルを、リキエルはぼんやりと見つめた。といっても、見とれているわけではなかった。ロングビルを美人だとは思うが、それで露骨な視線を投げるほど、リキエルは不躾な人間ではない。 リキエルはロングビルに、少し前からちょっとした違和感を抱いている。それがなんなのか、手探りをしているのだった。そしてその違和感の正体が、今わかったのである。 ――どうしてこの秘書さんは、オレを助けたんだ? ミス、あるいはミセス・ロングビルは恐らくメイジだろう。生徒達や吹っ飛ばされたシュヴルーズ同様、マントを羽織っているし、腰に杖らしきものが差してあるのも見た。 こちらの世界で貴族がかなりの幅を利かせていることはわかっており、自分――平民の扱いが粗雑であることも既に明らかだ。ルイズの態度が殊更にそれを強調するようだったので、わかりやすい。 ――だっていうのに。 メイジであるロングビルは自分を気に掛けた。こんなことは初めてだった。 パニックを起こせば、周りの人間は嘲笑うか避けるかで、介抱は大袈裟にしても、声をかけ、真摯な態度で接してくれた者など皆無である。あまつさえ、人を呼んでくれる者さえなかった。リキエルが人生にまいってしまった理由の一端は、ここにもある。 あった、といった方がいい。今のリキエルは、そのあたりのことに関して、少しだけ見方を転換させている。転換の切欠は、ミス・ロングビルだ。 メイジや平民だののへったくれを差っ引いても、手を差し伸べてくれる人間がいることは証明された。元いた世界でも、ロングビルのような人間は案外いるのかも知れないと、リキエルは思うようになっている。助けてくれる人間などいない、という風に悲観することもないのかもしれないと、そう思い始めたのだ。たった一度、軽い親切心に触れただけのことだが、リキエルにとってはそれが、重要な事柄だったのである。 ちなみに、昨日の夜、ルイズのときにそう思えなかったのは、ルイズが微妙な例外だからだ。その件に関して感謝の念はあるが、何せ当初から目にしているようなあの態度である。赤の他人状態の自分が街中でパニクっていた場合、見向きもしないということはないだろうが、駆けつけて手を差し伸べようと考えるかはかなり怪しい、というのが、リキエルのルイズに対する評価だ。 閑話休題。 ただ、疑問は残る。その疑問とは、ロングビルの態度のことである。秘書であるからなのかも知れないが、平民に、しかも使い魔である自分に敬語まで使うものだろうか。その敬語にしても、時折無理に使っているような違和感が気になる。単に慣れていないだけなのかもしれないし、たまに頭を覗かせる普通の物言いが、ごく自然なものに見えるので、それと比べたときの単なる差であるのかもしれないが。 腐ち草のように吹けば飛びそうに見えて、その疑問は以外に頑固だった。いっそ本人に聞いてみようかとも思う。だが、こんなことを聞くのもおかしい気がする。そもそも聞いてどうするというのか。それにしても腹が減った。そういやコッチに来てから考えてばかりだな。しかも堂々巡りばかり、我ながらよくやるもんだ。頭使うと白髪できるっていうよなァ。いや、自分の場合髪が――。 「あ? ええと……ミス? ロングビル」 思索の合間を縫って奇襲をしかけてきた空腹のため、一気に正常な働きを失ったリキエルの脳は、それでも今度は視覚野を頑張らせていたようで、本塔の入り口を通過したことをリキエルに知らせる。 リキエルは“ミス”の部分を少しぼかしてロングビルに呼びかけた。ミセスであれば多少なりとも失礼であると思ったのだ。セの字の有無は、場合によっては女性にとって重要な部分である。 「はい、なんでしょう?」 振り向いたロングビルは、レンズの向こうの琥珀にも似た瞳に、掛け値なしに小さく喜色を浮かべていた。どうやらミスで合っていたらしい。しつこいようだがこの正否は、場合によっては重要なのである。 「食堂は本塔の一階って聞いてたんだが……」 「食堂の裏に厨房があって、私、たまにそこで食事をとるんです」 「は~、なるほど。しかしなんでまた?」 「あまり大勢のいる場所はその、少し煩わしくて……。今日も厨房でまかないをもらおうと決めていたんですよ。それと、これは少し言いにくいのだけど」 ロングビルは、今度はリキエルの顔を窺うような、曖昧な渋みを顔に浮かべた。実に多彩な表情を持つ有能秘書である。 「言いにくい?」 「はい、言いにくいことですが……平民は食堂には入れないという決まりがあるんです」 「食事処の出入り禁止……ここまで来るとまるで黒人差別だな、考え方とかがよォー」 ぼそりとしたリキエルの一言に、ロングビルはきょとんとした顔になったが、すぐにもとの表情に戻り、いつも通りの静かな口調で言った。 「なので厨房でとった方が、あなたにとって無難でもあるんです」 「確かにそうかもしれないな。すいませんね、気を使わせて」 「いえ……では行きましょうか。と言っても、直ぐそこですが」 クスリ、と珍しくも笑うロングビルの顔は、天頂間近の日の光の下にあって、リキエルにはなお輝いて見えた。 「……」 その輝きに目を瞑ったわけでもないが、リキエルは、先ほどまでロングビルに抱いていた疑問は気にしないことにした。 ◆ ◆ ◆ 厨房には独特の熱がこもっているようだった。それは熱気というよりも、働きまわる人間のいる場所特有の、外界との温度差である。 「こんにちはミス・ロングビル……ってあれ? リキエルさん?」 「ン、シエスタか」 厨房でリキエル達を出迎えたのは、今朝洗濯の手伝いをしてくれたシエスタだった。リキエルは手を挙げて軽く挨拶する。 「今日は二人分のまかないを頼めるかしら?」 「あ、はい」 ロングビルの後ろにリキエルがいるのを見て、シエスタは不思議そうに首を傾げながら答えた。それからみるみる顔を青くして、リキエルの前に小走りでやってきたかと思うと、「すみませんです――――ッ、私のせいで、その、あのっ」 前傾四十度で頭を下げた。 下げられているリキエルとその隣にいるロングビルは、シエスタの唐突な行動で呆気にとられた。 「すいませんリキエルさん私朝うっかり食堂に向かわせるようなことを言ってしまって平民が入れないことわかってたのにすいません本当にわざとじゃなかったんですごめんなさいでも私分かってたのにああリキエルさん貴族の方に何か言われませんでしたかもしかして酷い目にあいませんでしたかそうでしたらほんとうに私申し訳が申し訳で申ぢちちッ!?」 そこまで息継ぎもせずに来て、シエスタは思い切り舌を噛んだ。リキエルとロングビルが顔をしかめるほどに、である。 しかし、濁流のように流れ出る謝罪の連続だったのだ。それでいて一言一言に誠意がこもっているのだからたいしたもので、口内が例え血の池になったとしても、そこは誇るべきである。 「大丈夫?」 涙目で肩を震わせ、口を押さえるシエスタの顔を覗き込むようにして、ロングビルが声をかけた。 「はひ。すふぃましぇん」 「……ごめんなさい。喋らせない方がよかったわね」 リキエルは呻いた。シエスタが顔を上げたので、リキエルにはちらとだが、シエスタの口の中が見えたのだ。案の定、舌は異様な赤に塗れており、痛みに耐えかねて悶えていた。 ――血湧き肉踊る……。 思わず、そんな間違った表現がリキエルの頭に思い浮かんだ。 「よくもまあ、言えたもんだな。そこまで噛まずによォ。良いアナウンサーになれるんじゃあないか? それはいいとして、オレが言うのもなんだが落ち着け、とりあえず」 「ああはひ、さふですね。いへでもしかしやっぱり本当にこれがまただふも――」 「落ち着きなさいって。少し舌を休ませないと」 「……ふゃい」 ロングビルに目で謝ってから、シエスタはようやく見るも痛々しい口を閉じたが、それでも気遣わしげな視線を、リキエルの顔のあたりにさまよわせている。リキエルが何か言わなければ、いつまでもそうしていそうだった。 優しさから来る、行き過ぎた心配性とでも言おうか。シエスタは単なる言いそびれをよほど気に病んでいるらしい。リキエルにしてみれば今朝の洗濯の件があるので、そのことについてシエスタを責める気は、勿論毛頭全く皆無である。 「オレはどうにもなってない。やばいぐらい腹が空いてる以外にはな。朝は時間に間に合わなかったんだ。食堂に入る入らない以前の問題で――ってまた謝ろうとするんじゃあない。お前は何も悪くないだろうがよォ~」 リキエルはそう言ったが、口を押さえながらシエスタはまた、首の骨が心配になるくらいに頭を上げ下げした。あまり人に頭を下げられることのないリキエルは、辟易して渋面を作る。 見かねたロングビルが、シエスタの肩を優しく叩いた。 「何があったか知らないけど、リキエルさんもこう言ってるんだし顔を上げて、ね? この話はこれくらいにしましょう」 シエスタはもうしばらくの間ガクガクと頭を振り、ロングビルとリキエルの顔を交互に見やってから、ぱたぱたと調理場に駆け込んでいった。 残った二人はそれを見送ってから、厨房の片隅にあった席に腰を下ろした。 「それにしても驚きました。まさかミス・ロングビルと一緒とは思いませんでしたから」 「話すとちょっとややこしいんだが、教室で会ったんだ、偶然な。それで腹が減ってると言ったら、ここまでつれて来てくれたってわけでな」 「その節はまことにもって本当――」 「だから言ったろう、謝らなくていいってよォ」 昼食を終えたリキエルは、シエスタを話し相手に一息ついている。ロングビルは食後の紅茶を淹れてくれるということで、しばし席を外していた。 厨房は、リキエル達が来たときよりも忙しさを増していた。食事の最中に気づいたが、食堂へと通じる通路から伝わってくる空気も、いくらかの騒がしさを孕んでいるようだった。生徒達も、昼食の時間が始まったのだ。 「洗濯の手伝いだってしてくれただろう。干すのは全部押し付けちまったしなァ。旨いシチューも十分食べさせてもらった。感謝してるくらいだ、オレは」 「感謝だなんてそんな。でもシチュー、お口に合ってよかったです」 花が咲かない程度の軽い雑談をしていると、ロングビルが三つのティーカップの乗った、銀のトレイを持って戻ってきた。それを卓の上に下ろし、それぞれの席にカップを置いていく。簡素な造りながら、淡い着色が趣味の良いカップだった。 「すみませんミス・ロングビル。私までご馳走になってしまって」 「こちらこそ、いつもまかないをありがとう。紅茶はそういう意味にしておいて」 すまなそうにするシエスタに微笑みかけながら、ロングビルは手馴れた動きで紅茶を注いでいる。板についたその動きには、秘書の仕事が活きているように見えた。 注ぎ終わってから、ロングビルはシエスタの隣――リキエルの対面に座る。してからリキエルに微笑みかけた。 「どうぞ、飲んでみてください」 「どうも。じゃあ遠慮なく、いただきます…………うっ!」 カップを口元にまで持ってきて、リキエルの手が止まる。そんなリキエルを見てロングビルの目がキラリと光り、シエスタが微笑む。 リキエルはカップを少しだけ口から離し、また近づけた。薄く立ち昇る湯気が、リキエルの鼻先を湿らせる。 「どうかしましたか? 何か『変なもの』でも入っていまして? それともヌルイのは嫌だったかしら? 直ぐ飲めるよう、温度を調節したのだけれど」 変わらない表情で問いかけてくるロングビルを、リキエルは鋭く見返す。その顔には軽い驚きが浮かんでいた。 「何か入っていたかだって? それはこっちの台詞だ、ミス・ロングビル。こいつは紅茶なんですか? 本当に『ただの紅茶だ』とそう言うってわけですか?」 「ええ、それは『ただの紅茶』です。……さ、遠慮せずどうぞ」 顔を上げて、ロングビルはリキエルも顔を真正面から見返して、言った。リキエルの顔が、いよいよ驚きに染め上げられていく。 不敵な色に彩られたロングビルの視線と、驚きに塗れたリキエルの視線が交わる。 リキエルはロングビルから視線を外し、手に持ったカップに戻す。しばし、そうしていたかと思うと、素早い動きで口元まで運び、グイィィ――ッと一気飲みに仰いだ。 緩慢な動きでカップを置いたリキエルの顔に、ふと笑みが浮かんだ。頬の筋肉がほんの一瞬、引き攣れたような感じになってうまく笑えず、皮肉っぽい笑い顔になった。思えば、この世界に来る以前から、随分と久しく笑っていなかった。 「オレはあまり紅茶には詳しくないし、匂いがキツイんで好きなわけでもない。手間がかかるだけの飲み物だと思っていた。だが今、紅茶を愛飲するやつらの気持ちがわかったぜ。……ミス・ロングビル、あんたの淹れた紅茶の『香り』に、紅茶の『苦味』はなじむ。実にしっくりと、よくなじんでいたぞ。うまかったぜ、要するになぁ」 それを聞いて、リキエルの顔を注視していたロングビルは、撫で下ろすように胸のあたりに手を置いた。褒めちぎられたからか、息苦しそうにも見える顔になっている。 ロングビルは蝙蝠の羽音ほどの、静かな息を吐いた。 「自分で淹れるのは、ここに勤めてから始めたばかりの素人芸で、ちょっと不安だったのですが、よかったわ。でもそんなに言われてしまうと、ちょっと気恥ずかしいわね」 「謙遜することないですよ。ミス・ロングビルの淹れてくれる紅茶、とても美味しいです。厨房の皆もそう言ってますし」 「……ありがとう」 屈託なく笑うシエスタに、ロングビルは嬉しそうな、それでいて困ったような微笑を返す。やはり恥ずかしいのだろうか。 そこで、はたと気づいたといった具合に、ロングビルは時間を確かめた。 「あら、もうこんな時間だったんですね。ゆっくりしすぎましたわ。シエスタ、私はそろそろお暇させて貰うわね。リキエルさん、機会があればまたご一緒しましょう」 慌てるほどではないが、リキエルたちがここに来てから、それなりの時間が経っていた。 「こちらこそ。それとすみませんでしたね、色々とよぉ」 「お仕事がんばってくださいね、ミス・ロングビル」 ロングビルは席を立ち、居住まいを正してから、シエスタ以下厨房の面々に礼を言いながら出て行った。 ――さて、オレはどうしようか。 昼食は馳走になった。食後の紅茶まで飲ませてもらった。これ以上自分が厨房に居座っても、邪魔になるだけだろう。リキエルはそう思った。居座ったところで、シエスタは嫌な顔一つしないだろうが、だからといって何もせずにだらだらとしていられるほど、無人な振る舞いができるわけもない。 ――なら。 「シエスタ、なにかオレに手伝えることはないか?」 「手伝い、ですか?」 シエスタは朝と同じように、きょとんとした顔でリキエルに問い返した。 「洗濯と昼食の礼がしたいんだ。あんまり出来ることはないがな」 「そうですか? なら、デザート運びを手伝ってくださいな」 「それだけでいいのか? そこまで出来ることがないわけじゃあないぜ」 「じゃあお言葉に甘えて、紅茶のポットもお願いできますか?」 頷くリキエルを見てシエスタは、ありがとうございます、と元気に笑い、厨房の奥へと歩いていった。リキエルは憮然としたような面持ちで後に続いた。 リキエルは、この手伝いにはあまり気が進まない。というよりも、進まなくなっていた。手伝いをしたいのは本当だ。雑巾がけだろうが厨房の掃除だろうが、できる限りの労働しようとリキエルは思っていた。 しかし、配膳となると話は別である。デザートを運ぶということは、食堂へ行くということだった。先ほどまでは空腹で、そこまで頭が回らなかったが、つまりは人混みの中へ入っていくも同然なのだ。 リキエルは人の多い場所が苦手だった。それは生理的な嫌悪感ではなく、公衆の面前でパニックの発作が起きたらどうする、という不安から来るものである。朝の授業にしても、これも空腹でそれとは思い当たらなかったが、あまりいい気分とはいえなかったのだ。 だが、自分から申し出た手前、やりたくないなどと言えるわけもないし、やめるつもりもなかった。さっさと終わらせばいいことだ、とリキエルは思い直すことにし、いつのまにやらこもっていた、肩の力を抜いた。 ――そういえば、あいつはどうしているんだろうな。 ルイズのことをさっぱり忘れていたのを、リキエルはぼんやりと思い出した。ぼんやりとしていたので、シエスタの持ってきた紅茶のポットの胴をうっかり掴み、危うく火傷しそうになった。 またあわあわと騒ぎ出すシエスタをなだめながら、リキエルは苦い笑いを浮かべる。それがまた皮肉げになったのは、もともとがそういう笑い方なのかも知れなかった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1697.html
前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形 若干の性描写がございます。注意して下さい。 なお、気分を害したとしても当方は一切責任を取りません。 「良いじゃねぇか……! どうせ誰も来やしねぇよ」 夜食を運んだメイドを抱きすくめて、衛兵は耳元で囁いた。 メイドも満更ではないらしく、顔を朱に染めはするが激しい抵抗はない。その薄い唇を割って、衛兵の舌がメイドの口内に差し込まれる。 やわやわと胸をいじる手は止まることを知らず、いやいやと身体をよじるメイド に官能の火をともしていく。 「交代まであと一時間はある……へへ」 「あ・・・んっ、だめ、子供が見ているわ」 「子供?」 「ほら後ろにいるじゃない」 そうはいうものの、相手に身を委ねるメイド、スカートがたくし上げられる。されるがままに、だがその瞬間、メイドの眼前に赤く濡れた剣が突き出される。 突然の出来事に何が起きたのか理解できない。理解できるのは一つの命の華が散ってしまったということだけだ。 剣は男の背中から、下から突き上げるような形で心臓を貫かれていた。その剣がいまゆっくりと引き抜かれ、崩れ行く男の背後から現れたのはあの少女だった。 少女の手には男の命を絶った凶器が握られている。一瞬、少女と目が会った。少女はにこりと微笑む。 屋敷を巡回していた二人の衛兵はある音に気づく。 「おい、聞こえたか」 「ああ聞こえるぜ。どうせまたあいつだよ」 二人の衛兵は毒づきながらも部屋の扉に手をかける。ドカドカと何かをぶつける音が響いている。 扉を開けた瞬間、男たちは声を詰まらせ剣を引き抜いた。 目にした光景は異様だった。小さな黒髪のメイドの少女、アンジェリカが左手で同じメイドの女性の頭をつかみ、壁に何度も打ち付けている。壁は真っ赤に染まり、打ち付けられているメイドの頭はもはや原型を留めていない、もはや生きてはいないだろう。 メイドを打ち付ける手が止まり、こちらに振り返り笑いかけてくる。 「うぉあー!」 よく分からない、恐怖にも似た感情に突き動かされるように叫びだし、剣を大きく振りかぶる。 アンジェリカは左手に掴んだメイドを投げ捨てると、優美に右手に持つものを構える。 あまりにも緩慢な男の動作。剣が振り下ろされるのよりも早く、アンジェリカは引き金を引いた。 小気味よい破裂音と共に数発の死が男を貫く。崩れ行く男、銃口から立ち上る硝煙、アンジェリカはまた一つ、命の蝋燭を吹き消す。 「ひぃっ」 その光景を見たもう一人の衛兵は小さく悲鳴をあげた。手に持つ剣が細かく震える。 アンジェリカはその様子を一瞥すると、引き金を引く。 銃口から放たれた2発の弾丸は衛兵の右手を抉る。カランという剣の落ちる硬い音と共に落ちた二本の 指、吹き出る血。アンジェリカは能面の表情でそれを見詰める。 「モ、モット伯様ぁー!」 恐怖に負けた衛兵は血の吹き出る手を押さえながら走り出す。アンジェリカの標的たるモット伯のところへと。 天使の姿をした暗殺者が迫る中、当のモット伯はといえば、シエスタをベットに引きずり倒し、今まさに襲わんとしていた。 ベットに押し倒されたシエスタに抵抗する手段はない。モット伯の太い指が彼女の体を這いずり回るのに身を任す。 シエスタは息を飲み込んだ。まるで虫が這っているかのような、おぞましい感触が身体を強ばらせる。 何も言わぬシエスタに気をよくしてか、まさぐる手つきはより大胆になっていった。 レースをあしらったメイド服に手を差し入れ、奥に隠された柔らかな双丘を撫でる。 ぐい、と引かれて、そのメイド服はあっけなく破り取られた。 「ひ……っ!」 押さえきることもできず、声が漏れた。恐怖感が足先から身体を震わせていく。そして気がつけばポロポロと涙を零していた。 涙を流すその表情を見て愉悦に顔を歪ませ、涙を舐めとる。シエスタの美しい顔を汚す。そしてシエスタのスカートの中にその手を入れる。 その瞬間、激しく扉が開かれた。 Episodio 11 Una marea di battaglia 戦闘潮流 前ページ次ページZero ed una bambola ゼロと人形
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3644.html
前ページ次ページゼロの魔獣 「決闘だ!決闘を申し込む!!」「望むところよ!あたしの魔法でギッタギタにしてやるわ!!」 突然振って沸いた決闘騒ぎに、食堂は熱狂に包まれる。 騒ぎの敬意は実に些細な事だった。 その日給仕を務めていたシエスタは、香水のビンを拾い、落とし主であるギーシュに届けた。 ところが、それが原因でギーシュの二股が発覚、結果ギーシュは二人から袖にされてしまう。 面目を失ったギーシュは怒りのハケ口をシェスタに向けた。 まあ、よくある話である。 そこに、同じくストレスのハケ口を求めるルイズがたまたま通りがかった。 ルイズは真理阿直伝の正攻法でもってギーシュを責める。(というか、当り散らした) その後、壮絶な舌戦が繰り広げられ、ついには決闘、である。 「お待ちなさい」 凛とした声が響き、場が静まる。声の主は真理阿だった。 ルイズはここぞとばかりに、真理阿に喰ってかかる。 「何よ!使い魔の分際で口を出そうっていうの? 侮辱を受けているのは、あなたの大切なお友達なのよ!」 その言葉を聞き、シエスタの体がピクン、と震える。 真理阿は一瞬彼女に目をやり、穏やかにルイズの方に語りかける。 「もちろん彼女の名誉は守られねばなりません けれども メイジ同士の決闘は禁止されているのでしょう ですから・・・」 そこで言葉を一度きり、今度はギーシュの方に向き直る。 「この決闘 私がお受けします! 主を守るのは使い魔の務め それに 平民の名誉は平民の手で守られるべきです」 オオオオと、再び食堂が沸く 「ギーシュとルイズの使い魔の決闘だ!!」「平民が貴族の喧嘩を買ったぞ!!」 あまりに意表をついた発言に、ルイズは声も出ない。 一方、ギーシュの方は、平民に決闘を挑まれる屈辱で、かえって冷静さを取り戻していた。 「殊勝な心がけだね、マリア。平民、それも女性に手を挙げるのは本意ではないが、 僕にも守らねばならぬプライドはある。 ヴェストリの広場で待っているよ」 言い放ち、ギーシュは食堂を後にする。ギャラリー達も我先にと広場に走り出す。 後に残ったのは、ルイズと真理阿、シエスタの3人だけだ。 「な!な、な、な何勝手な事言ってんのよアンタ!?」「そうですよ真理阿さん!!」 ルイズとシエスタが同時に食って掛かる。 「いい!魔法の使えない平民じゃ、メイジ相手に勝ち目なんてないんだから、 いますぐギーシュに謝ってくるのよ!!」 ルイズが叫ぶ。 「真理阿さん!私なんかの為に無茶はしないで下さい」 シエスタが泣く。 2人の言葉を遮りながら、真理阿はバツが悪そうに、しかし、あくまで穏やかに言った。 「ごめんなさい こんなの本当は良くないって、私も分っているの けれど こういう場面ではどうしても 血が騒ぐのを抑えられなくって」 血が騒ぐ・・・? そんなのはいつもの真理阿からは間違っても出てこない言葉だ。 ルイズはまじまじと真理阿を見つめる・・・。 背はルイズより低い。あくまで華奢な平民にしか見えない真理阿だが、 ピンチの時はナイスバディの剣士に変身して大活躍・・・とでもいうのだろうか? 「大丈夫ですよ だって・・・私」 怪訝そうな表情のルイズに対し、真理阿は笑う。 「こう見えて とってもカンが鋭いですから」 前ページ次ページゼロの魔獣
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/976.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 二九六 体力点一を失う。 砂の持ち合わせはあるか? なければこの術の効果はないので、一六一へ戻って選びなおせ。 君が青銅ゴーレムたちの足下の地面に砂を投げると、途端に地面が泡立ちはじめ、流砂が青銅ゴーレムの足をとらえる。 六体の青銅ゴーレムは次々とその場に倒れ、重い青銅の躯体はみるみるうちに沈んでいく。 あっという間にその姿は見えなくなり、やがて流砂は、もとの固い地面へと戻る。 「≪土≫系統だ!」 「杖もなしに、あれだけの魔法を……?」 周りを囲んで見物していた生徒たちが、思いもよらぬ結果に驚きざわめくなか、君は決闘の相手であるギーシュを正面から見据える。 少年の顔は青ざめ、戦意を喪失しているのは誰の目にも明らかだ。 「き、君も≪土≫のメイジだったのか!?」 ギーシュが震える声で問いかけてくる。 君はどう答える? この世界とは原理の異なる、異国の魔法の使い手だと打ち明けるか?・四五へ 魔法の道具を武器にする平民だと答えるか?・一二五へ なにも答えず剣を構え、ギーシュに一撃を浴びせるか?・二二六へ 一二五 「君の国では、こんな恐ろしいマジック・アイテムを平民が使えるというのか。 どうりでメイジを恐れないわけだ」 ギーシュは君に怯えながらも、非常に感心した様子だ。 君が白刃をちらつかせながら、まだ決闘は終わっていないぞと言うと、 「もちろん、僕の負けだ! 参った!」と、 慌てて茎だけになった薔薇を放り投げ、頭を下げる。 先刻、理不尽に叱りつけたシエスタに謝罪するのかと尋ねると、 「あれは、完全に僕の八つ当たりだった。 貴族として恥ずべきことだ、すぐにでも謝罪しに行く」という、 思った以上に潔い答えが返ってくる。 敗北を認めたギーシュに対し、君は食堂での非礼を彼に詫びることにする。 祖国の運命のかかった重大な任務の途中で突然、わけのわからぬ世界に連れ込まれた困惑と苛立ちが、君に食堂でのあの挑発的な 言動をとらせたのだ。 考えてみればもっと穏便に諌めることもできたのに、大人げない行為だと反省する。 君の謙虚な態度にギーシュは感謝し、騎士道的な行いを褒めたたえて、握手を求める。 貴重な知り合いができた。 強運点二を加え、一五四へ。 一五四 食堂に戻って、ギーシュがシエスタに真剣に謝罪するのを見届けた君は、ギーシュに続いてその場を離れようとするが、背後から呼び止められる。 「わ、わたしなんかのために、本当にありがとうございます!」 頬を紅く染めたシエスタが、君に何度も頭を下げる。 君がギーシュ相手に決闘を行ったのは、半ば憂さ晴らしのためだったのだから、ここまで感謝されるとかえって心地悪い。 たいしたことではないから気にするなと食堂を出ようとするのだが、シエスタは、ぜひ他の使用人たちにも会ってほしいと言う。 君はシエスタの頼みを聞くか(一一九へ)? 断って、ルイズの姿を探すか(二七八へ)? 一一九 シエスタに導かれ、君がやってきたのは食堂の裏手、調理場だ。 昼食の時間が終わってまだまもないため、大皿、匙、グラスなど大量の食器が運び込まれ、水を張った大桶に漬けられている。 食器が洗われているいっぽう、夕食の下ごしらえも行われているが、大半の料理人は手が空いているようだ。 シエスタが料理長らしき太った中年の男に君を紹介し、事の顛末を説明すると、マルトーという名の料理長は狂喜し、他の料理人たちも 歓声をあげる。 彼らは以前から貴族の横暴を腹に据えかねており、魔法の道具を使ったとはいえ、一介の平民である君が貴族の魔法に打ち勝ったというのを、 わが事のように喜んでいるのだ。 調理場は君を質問責めにするマルトーを中心に、お祭り騒ぎになる。 マルトーは君の前に豪勢な料理とワインを並べ、好きなだけ食べてくれと言う。 暖かな料理を口にした君は、食材の良さを抜きにしても、マルトーの料理の腕前は君の知る限り最高のものだと確信する。 今日まだ食事をしていなかったら体力点四を、すでにどこかで食べていれば体力点二を加えよ。 マルトーは、君がギーシュの青銅ゴーレムを葬った謎めいた魔法の道具を話題にあげる。 「そんな凄いものが、あんたの国じゃあ平民の手に渡っているのか」 君が背嚢から出した品々を眺めつつ、唸るように言う。 「なあ、いくらでも出すから俺にも売ってくれよ! 貴族連中が癇癪を起こしたときの護身用に欲しいんだ」 君は、右も左もわからぬこの土地では、これらの魔法の道具が命綱も同然なので、残念ながら譲るわけにはいかぬと答える。 実際は、魔法使いの術と併用しなければなんの効果もあらわれないうえ、道具自体はハルケギニアでも簡単に調達できそうなものばかりなのだが。 なおも道具を買い取ろうと粘るマルトーとシエスタに食事の礼を述べ、君は足早に調理場を立ち去る。四○へ。 四〇 君は調理場を出て、午後の授業に出席しているはずのルイズを探すが、考えてみればどこになんの教室があるのかを君は知らない。 五つの塔がそびえ立つ広大な学院内を、手当たり次第に探すわけにもいかぬだろう。 君は、誰か通りかかった人間に、教室の場所を尋ねるか(一八〇へ)? それとも、寄宿舎のルイズの部屋まで戻り、彼女の帰りを待つか(一三三へ)? 一八〇 本塔の周囲を歩き回る君は、ふたつのマントを羽織った人影を目にする。 一人はやや頭の禿げ上がった、学者風の中年の魔法使い。 昨日の草原の一件で、生徒たちを率いていた男だ。 もう一人は、緑がかった髪と眼鏡が目立つ、美しく理知的な女だ。 なにやら巻物の束を抱えている。 君はどちらに話しかける? 中年男(一三三)か、美女か(二七二)? 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2165.html
「テファ、こっちのお芋はいくつ剥けばいいの?」 「籠の中に入っている芋、全部よ」 「解ったわ」 ルイズ達がウエストウッド村に到着した翌日、ティファニア達の住む孤児院で、ルイズ達がティファニア達の仕事を手伝っていた。 朝、子供達とマチルダは野菜を収穫しに出かけ、ワルドは薪を集めると言って森に入っている。 ルイズはと言うと、孤児院の台所で野菜を刻んでいた。 つい先日まで勤めていた『魅惑の妖精亭』に比べると、かなり小さいが、そこにはティファニアとマチルダの思い出が詰まっていると聞いていた、石畳と釜戸はマチルダがテファに合わせて練金したものらしい。 魅惑の妖精亭で働いていたルイズは、台所が手狭に感じられたが、同時にその小ささに安心感を感じていた。 大きな台所といえば、魔法学院の厨房に一度だけ入ったことがある、吸血鬼になって間もない頃、包帯を貸してくれたシエスタの姿を見かけたので、声をかけに入ったのだ。 適当に挨拶を交わしただけなので、特に何を言ったかは覚えていない。 あの魔法学院の厨房は、今思うととても大きかった、働いている料理人の数もかなりのもの、オールド・オスマンが何処かから引き抜いたという料理長は、料理だけでなく人を使うのも上手かったらしい。 また魅惑の妖精亭の厨房は、注文を受けてから素早く料理を出せるように、保存食の置き場や調味料の置き場に工夫が凝らされていた。 ワルドが『遍在を四人出せるな』と冗談交じりに呟いていたので、あそこは四人程度が理想的な人数だったのだろう。 ここ、ウエストウッド村の孤児院は違う、本当に小さな釜戸と、申し訳程度の棚しか作られていない。 しかし、すべてがティファニアのために作られ、調節されている、この台所から感じられる不思議な安心感は他には無い。 マチルダは、ティファニアと二人で台所に立つつもりだったのだろうか?そう考えると、ルイズの胸に暖かいものが感じられた。 「ごめんなさい、お客さまなのに、手伝って貰っちゃって」 「そんなこと無いわよ、お世話になってるんだから、これぐらい手伝わないと」 ルイズが微笑むと、ティファニアも笑みを返した。 しばらくして芋の皮むきが終わると、ティファニアの指示に従って鍋の中に放り込む。 薪の燃える音と、沸騰した水の音…そして孤児院で暮らす子供の声だけが聞こえてきた。 しばらく火加減を調節していると、不意にティファニアがルイズの側に寄ってきた。 「石仮面さん。…あの、ちょっと聞きたいことがあるの。あんまりこんな事を聞いちゃいけないって、解ってるんだけど」 「どうしたの?」 「アルビオンとトリステインって、戦争してるのよね。 それって、わたしのせい?」 「え」 胸の前で両手を合わせ、申し訳なさそうな瞳でルイズを見るティファニア。 その仕草はとてもいじらしくて、見ているこっちの方が申し訳なくなるような気がした。 「ティファニアのせいじゃないわよ、何でいきなり、そんなことを聞いてきたの?」 「だって、私の魔法、とんでもないものだって石仮面さんが言ってたから……」 ルイズは「ああ」と呟いて納得した、ティファニアはウェールズを除いて唯一、アルビオン王家の血筋を継承する存在であり、しかも伝説とまで言われた虚無の使い手なのだ。 「確かに貴方の魔法は、ハルケギニアでは伝説とまで言われるものだけど、この戦争とは関係ないわよ」 「そうなの?」 「そうよ、………」 むしろ関係があるのは私の方だ、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。 マチルダ達が野菜を取ってから戻ると、それを受け取って調理を続ける、丁度お昼になる頃にワルドが戻り、料理も出来上がった。 昼食は子供達と一緒に食べることになった、ティファニアの誘いをルイズ達が受けたのだが、それは予想以上ににぎやかで、楽しいひとときだった。 15人がテーブルを囲み、野菜と芋を煮込んだスープを食べている中、5歳ぐらいの金髪の少年がお椀を手に持って、テファの顔をじっと見つめ 「テファ姉ちゃん、おかわりしてもいい?」 と、スープのお代わりをねだっていた。 「よく食べるねえ、みんなの分も考えて食べなさいよ」 マチルダがいなすと、ティファニアがあらあらと言葉を続けた。。 「大丈夫。おかわりはまだあるわよ、今日はちょっと沢山食べても大丈夫だからね」 「「「はーい!」」」 木製のお椀を差し出す子供達を見て、ルイズがクスッと笑みを漏らした。 「本当に、にぎやかなのね」 子供達に囲まれた食卓というのも、ルイズにとっては初体験であった、ルイズが貴族のままであれば、こういった食事の機会など一生巡ってこなかったかもしれない。 「騒がしくてごめんなさいね、ほらみんな、ちゃんと行儀よく食べなきゃ駄目よ」 ティファニアがお代わりをよそりつつ、子供達を注意する、その様子を見て今度はマチルダが笑みを零した。 「ティファニアもいつの間にか、一人前だね」 「そんなこと無いわ。私、マチルダ姉さんから教えてくれたテーブルマナーとか、よく覚えてないもの」 「そう?」 「うん」 ティファニアもまた、マチルダに笑みを返している。 きっとこの二人だけの思い出があるのだろう、マチルダの優しい笑みはルイズが初めて見る笑顔だった。 「おじちゃんはお代わりしないの?」 子供の一人がワルドを指さして呟く、するとワルドは子供の指先を見て、右を見て、左を見て、ついに自分に行き当たってしまった。 「…あ、ああ。一杯で十分だよ」 「遠慮しないで食べたらどうだい、おじさん。みんなもそう思うだろ?」 マチルダがニヤニヤと蛇のような笑みを見せ、おじさん、の部分だけ強調する。 それを聞いたワルドは頬をピクピクと痙攣させつつ、無理矢理笑顔を作り出し、子供達に向かってこう言い返した。 「ハ、ハハハ。マチルダおばさんにもスープのおかわりを勧めたらどうだい」 「……!」 不意に、カチャカチャという食器の音が止まった。 子供達は何かを感じ取ったのか、ある者は器をテーブルに置き、ある者はスプーンを口に運んだポーズで止まっている。 おかしな雰囲気に気付いたルイズがマチルダの顔を見ると、口の端はイビツにつり上がって不気味な笑みを見せているのに、目はそれとは正反対に大きく見開かれていた。 ちらり、と横目でティファニアを見ると、ティファニアもおろおろと狼狽えるような視線でワルドとマチルダを交互に見ている。 マチルダに視線を戻すと、いつの間にか手には長さ25サントほどの細身の杖が握られていた、練金でワルドを圧死させるつもりだろうか。 次の瞬間には『針串刺しの刑だッ!』と叫びながらワルドを蜂の巣にしてしまうかもしれない、痴話げんかは勝手にしてくれればいいが、子供やティファニア、そして自分が巻き込まれるのは避けたかった。 この殺気を薄れさせるにはどうしたら良いか、その方法は意外と簡単に思いつくことができた。 「奥さんに向かって“おばさん”なんて、酷いじゃない。ねえティファニア」 「「!?」」 ルイズの唐突な発言に、ワルドとマチルダが慌てて視線をルイズに向けた。 ティファニアは咄嗟のことで返答に困ったのか「え?えっ?」と困惑の目でルイズを見たが、すぐに気を取り直してマチルダとワルドを交互に見つめた。 「え……そうだったんだ。だからマチルダ姉さん、ワルドさんを一緒に連れて帰ってきたのね」 「ななななな何言ってんだいテファ!あたしがどうしてこんな似合わない口ひげと!」 「なっ、何だと!父上に習ったこの口髭をバカにするか!」 「ちちうぇ? はっ、あんた母さん母さん言ってただけじゃなく、ファザコンでもあるのかい!いいかいテファ、こんな奴とは何でもないんだよ?」 少し早口で、ティファニアに言い聞かせるマチルダだったが、マチルダにとっての不運は『母さん』という単語にあった。 「でも、マチルダ姉さんもおばさま(マチルダの母)と同じ髪型よね。そっか、二人ともお父様お母様が大好きなのね」 「ちょちょちょっと!ティファぁぁぁあ!あんたいいかげんに…ってルイズ!あんた何笑ってるんだい!」 クックック、と噛み殺しきれない笑い声が漏れたルイズに、皆の視線が集中した。 「そうだルイズ!君は何を考えて居るんだ、こんな粗野な女を奥さんなどと!」 「粗野だってぇ!?その言葉そっくりそのまま返してやるよ裏切り者!」 ギッ、とワルドとマチルダがにらみ合った所で、ルイズの隣に座っていた女の子がルイズの袖を引っ張った。 それに気付いたルイズは、きょとんとした顔で自分の顔を見つめる、銀髪の女の子に顔を近づけた。 「どうしたの?」 「おねえちゃん、うらぎりものって、なに?」 「それはね、あの人一度レコン……他の人に浮気したのよ。だめなお父さんよね」 「えー。だめなおとうさんなんだー」 「さ、そんなことより早く食べちゃいましょ、夫婦喧嘩は仲が良い証拠だから」 「うん!」 「「夫婦じゃないッ!!!」」 マチルダとワルドの叫びは、これでもかと言うほど息が合っていたらしい。 「悪夢だ…」 「悪夢よ…」 「二人とも何突っ伏してるの」 夜。 孤児院の子供達が眠った頃、孤児院の一室でルイズ、ワルド、マチルダの三人が集まっていた。 あの後、マチルダは『お母さん』と呼ばれ、ワルドは『お父さん』と呼ばれ、怒るに怒れない状態で食事が終わった。 ティファニアにルイズの名が知られてしまったが、この際仕方がない、『ルイズ』というのは昔の名だと教えておいた。 机に突っ伏しているマチルダとワルドの二人は、頭を抱えるような形で両手を後頭部で組んでいる、ルイズはその様子を見て思わず『やっぱりお似合いじゃない』と思い、ほくそ笑みながら二人を見ていた。 「ほら気を取り直して、ワルド、薪拾いの成果は?」 ワルドはむくりと身体を起こし、ふぅとため息をつく、懐から一枚の紙を取り出してテーブルに広げると、ある一カ所を指さした。 「ここがウエストウッド村、僕たちの居る場所だ。この街がサウスゴータ、そしてこっちがロサイスだ」 テーブルの上に広げられた紙は、アルビオンの地図だった。ワルドは朝の薪拾いの時点で、遍在を各方面に飛ばしていたのだ。 「ルイズが以前見た時は、サウスゴータは洗脳されていたそうだな。今日見てきた限りでは洗脳されているとは思えなかったが、都市の規模に比べて活気がなさ過ぎる、かなりの人数が徴兵されたか、労働力として連れ去られたらしい」 「ったく、胸くそ悪いね」 マチルダが吐き捨てるように言うと、ルイズも無言で歯を噛みしめた。 「それで、一つ気が付いたんだが…竜騎兵が四六時中飛び回っていたんだ、アルビオンの竜騎兵はタルブ戦でほとんど失われたはず、だが今日だけでも、風竜一頭に火竜四頭を目撃した。 街道沿いに向かった遍在と、サウスゴータに向かった遍在が同じ風竜を見ている、これはおそらく住民を監視しているのだろう。 そして他の火竜だが、竜騎兵を戦闘に無人の竜が三匹従っていた、しかも幼いように見える。 おそらく火竜山脈か…どこかで羽を休めている火竜を見つけ、戦力にしようとしたんだろう、幼い竜でも戦力としては十分だからな」 ワルドが言葉を句切ると、ルイズが地図の上を凝視した。 そこにはワルドの遍在が調査した、風竜の飛行ルート、ならびに関所とも言うべき臨時ゲートの位置が記載されている。 「今、遍在は…三体、位置は微妙ね。ニューカッスルには近づけそう?」 「無理だな。街道からではとても近づけないし、森の中も難しい、風竜より目の良いグリフォンが配置されている、見つかりそうになって慌てて一体を消したぐらいだ」 「…クロムウェルを直接叩きたいけど、そのためには森の中か…うーん」 ルイズは腕を組んで、地図とにらめっこを開始した。 風竜の機動力、グリフォンの目、これだけでもニューカッスルに接近するのは厳しい。 もしレコン・キスタが、地下の臭いに敏感なジャイアントモールや、風の臭いに敏感な狼、夜の気配の察知にやたら敏感なバグベアーなどの使い魔達を配置していたら、ますます接近は難しくなる。 「……サウスゴータで情報を集めましょう。明日の朝出発するわよ。マチルダはここに残って、テファにものしもの事が無いよう備えて」 「元からそのつもりさ、クロムウェルを暗殺するのには手を貸せないよ、相手が大きすぎるからね」 あっけらかんとした態度でマチルダが答えるが、決して軽い気持ちで言っている訳ではなかった。 「…守りは、攻撃の五倍の兵力が必要…だったっけね。あたし一人でどこまでできるか解らないよ。捕まってもせいぜいゲロすんじゃないよ」 「解ってるわ。ティファニアを守ってあげてね」 ルイズの言葉を聞いて、マチルダは笑みを浮かべた。そしておもむろに立ち上がると、部屋を出て自分の部屋に帰っていった、マチルダの部屋はティファニアと同室で、今日は久しぶりに一緒に寝るらしい。 「…なあ、ルイズ」 「何?」 マチルダが出て行った後、静かになった部屋の中で、ワルドが口を開いた。 「君も人を踊らせるのが上手くなったな、まあ、子供達の前で魔法合戦を繰り広げずに済んだが…」 「ああ、お昼の事ね。マチルダの殺気ったら凄かったもの。あとでテファに聞いたら、おばちゃんって言われてゴーレムでお仕置きしたこともあるんですって」 「子供相手に容赦がないな」 「ええ、まったくね。 ……ワルド、貴方は部屋で寝ていて、今夜は私、見張りをするわ」 「君が見張りを?いや、僕がやるよ」 「だめよ、貴方には遍在をいくつも使わせてるんだから、ちゃんと体力を回復させてよね」 そう言うとルイズは、壁に立てかけていたデルフリンガーとローブを掴み、窓から外へと飛び出していった。 『……』 カチャ、と音が鳴る。 ルイズは孤児院の屋根の上に乗り、デルフリンガーを枕代わりにして、仰向けに寝そべっていた。 デルフリンガーの金属部分が月光に反射し、目立ってしまうのは困るので、デルフリンガーにはローブが巻き付けられ金属部分が覆い隠されている。 『……』 再度、カチャリと音が鳴る。 「何か言いたいことでもあるの」 ルイズが呟くと、デルフリンガーが鍔を小さく鳴らして、小声で呟いた。 『何か言いたいことがあるのは、そっちじゃねえのか』 「…………」 ルイズは図星を疲れたのか、息を止めて黙ってしまった。 たっぷり一分間の沈黙の後、ふぅと大きなため息をついて呼吸を再開し、身体を横に向けた。 眼前には、デルフリンガーの鍔があった、ルイズはそこに顔を近づけ、囁く。 「人間は、人間と結ばれるべき、そう思うでしょ」 『まあ同種族ってのが健全ではあるなあ』 「吸血鬼に惹かれる人間なんて、あってはならないの、それが愛情であっても、憧れであっても」 『おめえ、寂しがり屋のくせに、よくそんなことが言えるな』 「前にも言ったでしょ、私が欲しいのは友達よ。私を、対等に扱ってくれる、友達」 『じゃあ何か、ワルドがおめえを上に見てるから、わざと意地悪な冗談を言ってやったってことかい』 「……うん」 『難儀だな』 「でもね、意地悪じゃないの、二人は、決して仲が悪いとは思えないの。ワルドさまは自分で自分の未来を閉ざそうとしてる。私、初恋の人を、巻き添えにしたくない……」 『……』 「今回の任務だって、ワルドさまを連れて行くの、怖かったの……もし、もしこの任務でワルド様が死んだら、私のせいよ。わたしは必要なら、あの人に死んで来いと命令しなきゃならないの……」 『嬢ちゃん、おめえ、優しすぎるよ』 月が雲に隠れ、辺りが暗くなった。 暗闇の中でルイズが呟く。 「わたしは、わたしは、ただのばけものよ」 デルフリンガーは、少女に虚無を授けた原因、始祖ブリミルに悪態を突いてやりたくなった。 自分の身体が人間なら、この少女を抱きしめてやりたいとすら思った。 でも、ブリミルはもういない、デルフリンガーの身体はただの剣。 そして何もかも忘れて眠ることも、剣なる身ではできないので、デルフリンガーは沈黙することしかできなかった。 「かんぱーい!」 「あらあらジェシカったらもうそれで十杯目よ。シエスタちゃんも遠慮せずどんどん飲んでね」 「あ、あの私こんなに食べ切れません…」 時間は少しさかのぼる。 王宮に水の秘薬を献上したカリーヌ・デジレ達は、そのまま魔法学院に立ち寄り、シエスタとモンモランシーを送り届けるはずだった。 しかし、モンモランシーは此度の功績を聞きつけた両親に連れ去られてしまった。 カリーヌはシエスタ一人でも送り届けようとしたが、シエスタはそれを断り、ある場所へ立ち寄ることにした。 ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌの誘いを断るのは、トリステインの貴族達には考えられぬほどの無礼として写りかねない、しかし生まれついての貴族ではないシエスタには、そんなことは解らなかった。 また、カリーヌ自身もシエスタを咎める気など無く、むしろシエスタを後押しするという立場を取った。 『魅惑の妖精亭』は、カリーヌのような高級貴族に一生縁のない場所ではあるが、それがシエスタの親戚であると言うのなら話は別。 それに魔法学院に来る前には、ジェシカに城下町を案内され、危険から身を遠ざける知恵などを教えて貰っている。 お世話になった親戚に晴れ姿を見て貰いたい、その言葉に、カリーヌは微笑んだ。 「らによー、もう、しゅう゛ぁりえになるならぁ、もっと早くお店に顔出しなさいよぉ」「ジェシカったら飲み過ぎよー、ほらお水」 時間は夜、既にお店は開いており、ジェシカはシエスタを祝うため、仕事を店長のスカロンに任せて、二人っきりでお酒を飲み、料理をつまんでいた。 ジェシカは既に顔を赤くし、目も座っている。 二人がお酒を飲んでいる個室は、住み込みで働いている女の子達のために『魅惑の妖精亭』で準備した部屋であった。 酔っぱらったジェシカの話では、ついこの間お店を止めていった兄妹が、この部屋を使っていたらしい。 「んぐっ、んぐっ…らにこのお水、美味しい…ふわぁ…」 「ほら、もう眠いんでしょ、ジェシカ」 シエスタから渡された水を飲むと、ジェシカの目つきが急に眠そうなものに変わる。 そもそもジェシカが酒に酔うこと自体あまり考えられない、子供の頃からジェシカはお酒の量を知っていた、お店で働く以上必要なスキルかもしれない。 だか今日は、酔っぱらう程祝ってくれている、シエスタはそれが嬉しい反面、やはり申し訳ない気持ちもあった。 波紋入りの水を飲んだジェシカは、すぅ、すぅとそのまま寝息を立ててしまう、シエスタはジェシカの身体を持ち上げるとベッドに寝かせ、そのまま波紋を流した。 二日酔いにでもなったら困るので、身体に負担が残らぬ程度まで、波紋で解毒をする、お酒も毒の一種だと気付いた時はシエスタも苦笑せざるを得なかった。 「ありがと、ジェシカ。わたし頑張るからね」 そう言ってジェシカの身体を横に向ける、万が一寝ながら嘔吐した時、窒息させないためだ。 そっと布団を被せ、シエスタはジェシカの髪の毛を手櫛ですいた、自分と同じ黒髪でも、ジェシカのは若干硬く、そして艶やかに見えた。 「ロイズぅ……また来てよぉ」 「ロイズ?」 ジェシカの寝言が意外だったのか、シエスタは寝ているジェシカに聞き返した、しかしジェシカが返事するはずもない、すぅすぅと寝息を立てている。 「……ロイズ、かぁ」 名前が似ているだけ、たったそれだけのことで、ある人のことが思い出されてしまう。 魔法学院の昼食時、『ありがとう、美味しかったわ』と言ってくれたルイズの姿が、シエスタの脳裏に浮かび上がった。 「まさか、ね」 自嘲気味に呟いて、部屋に備え付けられた鏡台を開き、椅子に座る。 ルイズはもう居ない、居たとしたらそれはもうルイズではない…はずなのだから。 鏡台の引き出しからブラシを取り出す、誰かが使っていたものらしく、ブラシには茶色い毛が絡まっていた。 気のせいか、髪の毛は地面に掘り出されたミミズのように、うねっ、と動いた気がした。 「やだ、私まで酔ったのかな」 そう思ってブラシを置き、顔を両手で挟み込む、深呼吸をして身体と意識を落ち着かせると、もう一度ブラシを掴もうとして……思いとどまった。 「……」 そっと、今度は確かめるように、何か確かめてはいけないものを確かめるように、恐る恐る、波紋の通った手で髪の毛に触れた。 ガチャリと扉の開く音がして、スカロンが振り向く。 倉庫からワインの入った箱を取り出そうと、腰をかがめたところだったので、身体をくねらせるようにしてシエスタを見た。 「スカロンさん」 「あらシエスタちゃん、どうしたの?」 「今日中に帰らなければいけないので、今日はこれで失礼します」 スカロンは残念そうに唇をとがらせ、手を胸の前で組み、くねくねと動きながらシエスタの側に寄った。 「あら、魔法学院は忙しいのね。今日は泊まっていって貰えれば良かったのよ」 「ごめんなさい、どうしても急いで帰らなくちゃならないんです」 「じゃあ馬を手配するわね、少し待ってて」 「大丈夫です、手配して貰えるよう頼んできましたから」 「そっか、じゃあシエスタちゃん、またいつでも遊びに来てね」 「はい。……あの、一つ聞きたいことがあるんです。ジェシカが泥酔しちゃって、ロイズって人の名前を呟いたんですけど…」 スカロンが驚いたのか、目をぱちくりとさせた。 ジェシカがロイズの名を出したことに驚いたのか、それとも泥酔するまで酒を飲んだことに驚いているのかは解らない。 「あら~、あの子ったら、かわいい妹分が出来たみたいで喜んでいたのよね。ロイズちゃんはこの間辞めていったの、ちょっと訳ありで、旅を続けているんですって」 「そうですか…あの、もしかして、その人に火傷の痕はありませんでしたか?」 「ううん。見えるところに火傷は無かったと思うわよ」 シエスタが俯く、なぜかその拳は握りしめられていた。 「……わかりました、ありがとうございます。これはおまじないです」 「おまじない?」 スカロンが聞き返すと同時に、シエスタはスカロンの手を握った。 ぼんやりと身体が輝くと、スカロンの身体は少しずつ軽くなっていく気がした、いや、実際に身体が軽く感じるので、驚いたように自分の身体を見渡した。 「スカロンさん、働き過ぎですよ、いろんな筋肉が凝り固まっていました」 「あらーそうなの、これがシュヴァリエを賜った『技術』なのね?」 「はい。でも人には言わないでくださいね」 「ええ、わかってるわよ」 スカロンがにっこりと微笑むと、シエスタも微笑みを返した。 だがその微笑みの下には、言いようのない罪悪感と困惑が渦巻いていた。 ダダダッ、ダダダッ、と、馬が蹄の音を鳴らして駆けていく。 馬上ではシエスタが、魔法学院の方向を一心不乱に見つめていた、早く到着しろ、早く到着しろと叫ぶかのように、手綱を握る拳が固められていた。 シエスタの左腕には、丸くなったマントが抱えられている。 マントの中には『魅惑の妖精亭』から失敬した、拳が難なく入る程度の瓶が包まれている。 その瓶の中には、ロイズという人物が使っていたであろうブラシが入っている。 ブラシには、染料で茶色く染められた、ピンク色の髪の毛が絡みついていた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/sinsougou/pages/1250.html
仮面ライダーW 第9話『暴走のH/惑星(ほし)の本棚』 「おりゃッ!」 サイトがデルフリンガーを振るう。 「グオオオオォォォ!?」 その身を切られ、痛みに声を上げるオーク。 「ブオオオオオオ!!」 仲間をやられた恨みからか、もう一体のオークがこん棒を振り上げる。 「『エア・ハンマー』」 が、風の鉄槌によって、吹き飛ばされる。 「シン、サンキュッ!」 「こっから出るぞ!目的は達したんだ、あいつ等に構う暇は無い!」 そう言い、洞窟から逃げ出す二人。 何故、こんな場所にいるのか? 事の始まりは、昨日の事である。 「宝探し?」 サイトと共に特訓をしていたシン。 サイトの頼みから三日が経過し、広場で実戦同様の特訓をしていた時である。 キュルケが宝探しに行きましょう、と言ってきたのである。 「そうよ、ロマンがあると思わない?」 キュルケが言う。 「面白そうじゃん。行かねぇか、シン」 興味があるのか、サイトは賛成する。 「まぁ、たまには息抜きもいいかもな」 悩んだ末に、シンも賛成する。 「決まりね♪」 その後、シンとサイトに飲み物を渡そうとしたシエスタに、シンがシャルロットに、サイトがルイズにこの事を知らせると、三人共に、付いていくと同意した。 シルフィードにも了解を得た。 そして、宝探しへと来た一行だが、地図が示す各場所は、オークなどの怪物達の住処となっていたのである。 「もう少しで出口だ!」 洞窟の出口から光が差し込んでいる。 「追いかけてきてるわ!速く!」 キュルケの言うとおり、オーク達はシンとサイトをペシャンコにしようと、こん棒を構えている。 だが、 「へっ、知能の低い連中だぜ、地下水」 『あいよっと』 「『マッド・フォール』」 泥沼によって、オークの動きが止まる。 抜け出そうと暴れるが、どんどんと沼へと沈んでいく。 「グオオオオオオ!」 「安心しろ。もう少し経ったら解除してやる」 そう言い残し、その場を去っていった。 夜 「結構な場所を回ったけど、お宝なんて呼べるものなんて無かったじゃない」 ルイズがぼやく。 その言うとおりに、さっきのオークの住処だった場所には、薄汚れた銀貨や水簿らしい装飾品のみであった。 「まぁ、宝探しってのは探す過程が面白いからな。そう易々と手に入ったら面白みが無いだろ」 「そんなものなの?」 「そんなもんなんだ」 その時、シエスタの元気な声が響く。 「みなさーん、お食事ができましたよー!」 鍋の中でグツグツという音と、美味しそうな匂いを漂わせるシチューをよそい、各々に配る。 「おっ、うまいな。肉に味が染みてていい感じだ」 「…美味」 「ホントね。これは何の肉かしら?」 キュルケがシエスタに尋ねる。 シエスタが微笑んで言う。 「オーク鬼の肉ですわ」 瞬間、全員が唖然としてシエスタを見る。 「あ、じょ、冗談です!本当は野ウサギで、皆さんが宝探しをしている時に罠を仕掛けて捕まえました」 「冗談か。俺は本気でオークの肉を調理したかと思った」 「すみません…?シンさんって、オークの肉を食べたことがあるんですか?」 意味深なシンの呟きにシエスタは尋ねる。 「あぁ、一度だけ依頼を受けて探し物を探すためにかれこれ一週間…食料を探し、飢えをしのぐ為に襲ってきたオークの肉を調理したが、生臭い脂や筋しかない肉を食うのは如何せん無理だった。あの後に食った蛇の肉が異様に美味かった記憶が…」 「シン、もういい。分かった、分かったから」 遠い目をしていたシンを、慌ててサイトが止める。 「あ、アイツ何気に厳しい生活してたのね」 「ダーリン、貴女に召喚されてよかったんじゃないかしら?」 「…それには同意する」 シンのスパルタすぎる生活に、ルイズ達三人は驚愕した。 「しかし、うまいな。なんてシチューなんだ?」 「ヨシェナヴェっていうんです。父から教わって、父はおじいちゃんから教わったんだそうです。今では、私の村の名物になっているんです」 そういう風に話題に華を咲かせていると、キュルケが地図を出す。 「後残っているのは…」 何枚かの地図を真剣に見ていくと、徐に二つの地図に手を伸ばす。 「これ等よ!これでダメだったら学院に帰りましょ!」 「どんなお宝なんだ?」 ふふん、と鼻を鳴らす。 「一つは、『竜の羽衣』」 その時、シエスタが咽る。 「そ、それ本当ですか?」 「あら、貴女知っているの?タルブの村の近くってあるけど、何処なの?」 シエスタが焦った声で呟く。 「ラ・ロシェールの向こうです。私の故郷なんです」 「じゃあ、知っているの?お宝のこと」 「知ってますけど…大したものじゃありませんよ。それを纏う者は自由に空を飛べるって言われてますけど、そんな話はインチキです。実際に飛んだ事実なんて無いんですよ」 「そうなの。ま、見ない事には始まらないわ」 その様子を見て、シンがキュルケに尋ねる。 「でだ、キュルケ。もう一つのお宝ってなんなんだ?」 「それなんだけど、これもお宝になるか分からないけど、面白そうだからって事で選んだの」 えーと、と言いながら、地図を見る。 「これこれ。『竜の頭蓋』ってやつよ」 その言葉に、シンとシャルロットがピクリと反応する。 「『竜の頭蓋』?」 「そ。何か『竜の羽衣』と似てそうな感じだったから選んでみたの」 「そんな理由で、安直過ぎるわよ」 「いいじゃない。別に」 「いや、これは案外早く見つかるぞ」 シンの言葉にシャルロットが頷く。 「あら、もしかして…ダーリン知ってるの?」 「知ってるも何も、それは俺の所有物だ」 翌朝 シルフィードに乗った一行は、とある大きな洞窟にやって来ていた。 「ここに『竜の頭蓋』があるのね」 キュルケがワクワクしながら言う。 「さて、行こうか」 シンを先頭に、洞窟へと入っていく。 洞窟には生き物の気配は無く、洞窟の奥へ奥へと進んでいく。 そして、一行は洞窟の最奥へと来るが、 「なによ、何も無いじゃない」 ルイズの言うとおり、『竜の頭蓋』と呼ばれる物は見当たらない。 「まぁ、見てろって」 そう言うと、シンは洞窟の壁を模索する。 「おっ、ここだな」 そこには、無色の水晶のような物質が無機質に輝いていた。 ショートソードで、その水晶を叩く。 すると、その水晶の内部が光りだす。 その瞬間に、行き止まりと思われた壁が姿を消していく。 「な、何だったの、今の?」 「アレは特殊な石で作られてんだ。『欺き石』って言ったほうがいいのかな?それによって、行き止まりの壁を『幻影』で見せてるんだ。解除するにはこの石を叩けばいいが、始めて此処に来てこれに気づく奴は少ないはずだからな。それが今まで見つからなかった理由だろうな」 そして、壁の幻影が消えると、 「さぁ、これが『竜の頭蓋』、いや…」 その姿が見える。 両目に赤き眼を光らせ、 巨大かつ、黒きその身が輝き、 その背にはリボルバーを思わせる回転式ハンガーを乗せている。 「リボルギャリーだ」 「おい、シン。これって…車じゃねぇか」 サイトが驚いた表情で聞く。 「そして、ただの車でもない」 そう言うと、シンはスタッグフォンを取り出し、操作する。 入力が終わると、リボルギャリーのハッチが開く。 「バイク?」 ハッチが開かれた中央には、Wと同色の、前輪部分は黒と後輪部分は緑のバイクが置いてあった。 「W専用のバイク、ハードボイルダー。それがあのバイクの名前だ」 「ねぇ、あれは一体何なの?」 聞いた事がない単語に、キュルケ達が尋ねる。 「あれは、バイクっていう俺達の国にある一種の移動手段に使う物なんだ。速さはそうだな…最高速で竜にも負けない速さで移動できる」 「そんなに速いんですか!?」 「そんなの信じられないわよ。ていうか、こんな鉄の塊が本当に動くの?」 シエスタが驚き、ルイズはシンの言ったことを否定する。 「まぁ、信じられないのも仕方ないな」 「でも、ダーリンが言うからには動くんでしょ?だったら見てみたいわ」 「そうだな…機会があったらだな」 「なぁ、シン。気になったんだけど、あのハンガーにある二つは何なんだ?」 サイトの言うとおり、リボルギャリーの後ろに乗せているハンガーには、二種類のユニットが格納されている。 「あれは、ハードボイルダーのバックユニットで、換装することで陸海空全ての場所に対応できるんだ。でも、そいつらを見たいって言うのは止せよ。その二つはWじゃないと扱えない」 「結構危ないのか?」 「触ってみれば解るぞ、お前なら」 サイトが、上って二つのユニットに触る。少しして戻ってくると、 「無理だな」 冷静に突っ込む。 サイトに流れたのは、断片的に、超音速航空機形態であるハードタービュラーの最高速度はマッハ1.2、高速艇システムであるハードスプラッシャーは水上を時速約250kmで移動でき、さらにオートバイのような機敏な動きができるという情報であった。 片や空中でマッハ1.2、片や水上を250kmでオートバイの機敏さ…万が一があっただけでも命の危険がある。 「よし、いくか」 「…って、これどうすんのよ?」 「何だ?持って行けってか。どうやってだよ?」 リボルギャリーを持っていくのは、あまりにも無理がある。 「一応はコイツで呼べるから、置いといたって構わないさ」 スタッグフォンを見せる。 「それに、今度はタルブの村に行くんだろ。コイツを連れて行ったら、大騒ぎで宝探しどころじゃなくなるぞ」 「残念ね。見てみたかったのに」 キュルケが残念そうに言う。 「じゃ、今度はタルブの村か。案内頼むぜ、シエスタ」 「はい、分かりました」 欺き石を再び叩き、幻影を再度展開して、洞窟を後にした。 シルフィードに乗り、タルブに着いたのは日が西へと傾く途中あたりだった。 一行はシエスタの案内によって、『竜の羽衣』が安置されている寺院へとやってきた。 寺院の形は一言で簡素に言えば、サイトの住んでいた日本の神社であった。 その形を見たサイトは懐かしさを感じる。 そして、中に入るとくすんだ濃緑の塗装を施された『竜の羽衣』が鎮座していた。 固定化の魔法によって、錆びることも風化することもなく、そのままの姿を見せている。 興味なさそうに見るキュルケとルイズ。 興味深そうに観察をするシャルロット。 そして、『竜の羽衣』を見て、目を見開くシンとサイト。 「あ、あの、どうかしましたか?シンさん、サイトさん。私もしかしてまずいものを見せてしまいましたか?」 二人の様子を見て、シエスタが心配そうに言うが、二人は黙って『竜の羽衣』を見つめる。 「これが飛ぶなんて信じられないわよ」 ルイズが言う。 「確かに、インチキね。こんな羽じゃ飛ぶこともできないわ」 キュルケも続ける。 「サイト、見間違えなければこれは…」 「あぁ、…シエスタ」 「は、はい何でしょうか?」 「この『竜の羽衣』はいったい誰のだったんだ?」 サイトが質問する。 「え、えと、私の父のおじいちゃんのものだったらしいです」 「これ以外にも他に残したものは?」 「え~と、たいしたものは…あっ、お墓と遺品が少しだけ」 「それを見せてくれ」 来たのはこの村の共同墓地。 白い石で出来た墓石の中に、一つの墓石が異していた。 黒い石によって作られた墓石、そこに墓碑銘が刻まれていた。 「ひいおじいちゃんが死ぬ前に、自分で作った墓石だそうです。異国の文字で誰も読めなくて、なんて書いてあるか分からないんです」 文字を見ていくが、誰もが難しそうに顔をしかめる。 「なんの文字よ、これ?」 「シャルロット、貴女も分からない?」 「見たこともない…」 その中、 「『海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル』」 「えっ?」 そう、すらすらと言ったのは、サイトであった。 シエスタが驚き、目を丸くする。 「シエスタ、君のその髪と目、ひいおじいちゃん似だって言われなかった?」 「は、はい!どうして分かったんですか?」 再び寺院へとシンとサイトは来ていた。 サイトが『竜の羽衣』に触れる。 すると、ルーンが光り出し、サイトに情報を与える。 「(やっぱり、コイツは……)」 触れると、構造、操縦法、機関砲の取り扱いなどのシステムがサイトの頭へと流れ込んでいく。 「(間違いない。俺はコイツを飛ばせられる)」 「俺が知らない形だが、これも一種の戦闘機か」 「あぁ、俺の世界のものだ」 燃料タンクを探し出し、コックを開ける。 予想通り、そこは空っぽだった。 「やっぱりガス欠か」 「あぁ。いくら腐敗しなくても、燃料がなくちゃ飛ばせないな」 そこに、シエスタがやって来た。 「はぁ~、予定より帰るのが早かったから皆に驚かれました」 そう言い、持ってきた物をサイトに手渡す。 それは古ぼけたゴーグル。 この世界に来る前、海軍少尉であったシエスタの曽祖父の遺品。 破壊の杖の持ち主と、サイトとシンと同じように、異世界へと来てしまった異邦人。 「ひいおじいちゃんが残した物はこれぐらいで、日記も書かなかったそうです。…でも、遺言を残したそうなんです」 「遺言?」 「私の墓石に書かれた文字を読めるものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにと」 「じゃあ、俺にその権利はあるのか」 「そうですね。村の人達にもそのことを話したんですが、お渡ししてもいいと言っていました。今では、村のお荷物ですし、使われたほうがこの『竜の羽衣』も、ひいおじいちゃんも喜ぶはずです」 「じゃあ、ありがたく……」 「ちょっと待ってくれ!!」 声が聞こえ、振り向くと茶髪に身長170位の一人の青年がいた。 「あっ、ホセですか?」 「シエスタ、久しぶりだな。いや、それよりもさっきの話だ」 ホセという青年は、サイトとシンに顔を向ける。 「この『竜の羽衣』を持っていってはいけない!」 「何でだ?」 シンが問う。 「これは村を護ってくださるありがたい護身像様なんだ!それを無断にッ!」 「でも、シエスタの曽祖父は墓石に刻まれた文字を読める者に『竜の羽衣』を渡すと遺言で言っている。その権利はサイトにあるはずだ」 「そんなもの関係ない!護身像様を勝手に持っていくな!」 「ホセ…」 シエスタが止めようとする。 「村の人達は了承しました。それに、『竜の羽衣』もその方が幸せだと…」 「煩い!!」 「きゃ!?」 「シエスタ!」 突き飛ばされたシエスタを、シンが受け止める。 「いいか、護身像様を持っていったらただじゃすまないぞ!」 そう言い残し、去っていく。 「何だ、アイツ?」 「私の4つ上の幼馴染で、ホセっていうんです。昔から『竜の羽衣』を凄く気にしてて」 「何かと宗教団体みたいな奴らにはああいう崇拝者は多くいる。あのホセっていうのも、そんな感じだな」 「おや、シエスタちゃんじゃないかい。もう帰って来たのかい?」 また、別の声が聞こえる。 「あっ、ベムおばさん。違います、学院の人に誘われて宝探しをしていたんです」 「おぉ~、宝探しかい。私も、昔は夫と一緒に無茶な冒険もしたもんだよ」 そう言い、ほっほっほっ、と笑うベムという女性。 「おや、そっちの二人は誰かね?」 「サイトさんにシンさんです。学院の厨房で、お手伝いをしてくれてます」 「おや、そうかい。…で、シエスタちゃんはどっちが好きなんじゃ?」 不意に、時が凍る。 「べ、ベルおばさん!?な、ななななな何を言ってるんですか!?」 「おや、違うのかい?」 「ち、違うといいますか、わ、私は、その、なんていうか、そんな、あの…」 「おぉ、どっちかに脈ありか。じゃが、どっちもいい男じゃのう。私があと50若かったら、お近づきになりたかったのう」 「あ、あはははは」 サイトは苦笑いを浮かべ、シンはやれやれといった感じになっていた。 「まぁ、ゆっくり観光していってもらいたいが、それもあまりかなわなくての~」 「えっ、どうしたんですか?」 「実は、近頃『暴れ馬人』とやらがあらわれてね~」 「…『暴れ馬人』?」 「何ですか、それって」 シンとサイトが聞く。 出身であるシエスタも、首を傾げる。 「私は見たことはないんじゃが、馬の頭で体が人の姿をしている怪物がこの村に突如現れてな、時々村人を襲うそうなんじゃ。何人もその犠牲となっていて、ほとほと手に困っておるんじゃ。もしかしたら亜人かもしれないと噂になっておって、村人はビクビクしておるのじゃ」 「シン、もしかしたら…」 「ドーパントって可能性も、0じゃない」 「傭兵にも頼んだんじゃが、その傭兵も倒れてしまっておる。……そうじゃ、どうだお主達。村の用心棒をしてもらえぬか?」 「俺達が、ですか?」 「ふむ、そうじゃ。報酬は私が払おう。引き受けてくれるか?」 「いや、ていうか…報酬とか別にいいですよ」 「ならん!私の気がそれでは治まらん!」 その一括により、シンとサイトは『暴れ馬人』を退治する、用心棒を引き受けた。 「さて、本当にやってくるのか?その『暴れ馬人』てのは」 日が暮れた頃、自主トレーニングをしていたサイトが愚痴る。 シエスタの家に泊めさせてもらうことになったシン達。 シエスタの両親に礼をして、始めに洗礼を受けたのは、子供達からだった。 年が離れていても関係ないという風に、子供達はシンやサイトに構っていった。 そんな子供達を見て、遊ぶことに関しては喜ぶ現代っ子のサイトに、妹がいたこともあって、年下との交流は人並み以上にできるシンは、同心に帰ったかのように、遊び通した。 その後は家に戻って、大人数での食事会が行われた。 子供達と一緒に騒いだり、シエスタの両親と話したり、そんな楽しい時間は、風のように過ぎていった。 そして、子供達が寝静まった夜。 「ふっ、ふっ、ふっ」 強弱をつけながらの素振りを繰り返す。 ――ガサッ 「……?」 不意に聞こえた葉擦れの音。 振り向くと一瞬、影が跳躍。 「なっ!?」 咄嗟にその場から離れる。 だが、影は地面についた後、素早い切り返しでサイトに迫る。 腕を伸ばし、首を掴む。 「ガッ…ア、アァァァ……」 首が絞まっていき、呼吸が苦しくなる。 サイトは暴れるが、振り解くことはできない。 「「『エア・ハンマー』」」 突如、影が吹っ飛ぶ。 見れば、シンが地下水を、シャルロットが杖を構えて、呪文を詠唱したのである。 「ゲホッ…ゴホッ…サ、サンキューな、シンにシャルロット」 「ちょっと、大丈夫サイト!?」 何時の間にか、ルイズ、キュルケ、シエスタも来ている。 「あいつは……」 月光が場を照らす。 馬を象ったシルエットと鬣。 馬の最大の特徴、武器でもある脚力を表現したかのような腕と足。 右手には馬の尻尾のような鞭。 『馬』の記憶のガイアメモリによって変身した、ホースドーパント。 『ブルルルゥ!』 威嚇をするように声を上げるホースドーパント。 「闇討ちしに来たかは知らないが、ほっとく訳にはいかねぇな」 ダブルドライバーをセットし、メモリを起動。 【JOKER】 シャルロットも続き、メモリのスイッチを押す。 【CYCLONE】 「「変身」」 【CYCLONE/JOKER】 シンはWへと変身。 シャルロットの体が倒れるが、キュルケが支える。 『ありがとう…』 「倒れたままじゃ、レディの顔が汚れるからね」 Wがホースドーパントへと向き直る。 「さぁ、いくぜ」 Wが走り出す。 跳躍し、拳を突き出す。 ホースドーパントは難なくかわす。 風の力を纏う蹴りや拳を与えていくが、ホースドーパントは余裕そうに避ける。 『早い、身軽さならサイクロンの力に匹敵する』 「あぁ、ものの見事にかわされる」 ホースドーパントが攻勢に出る。 手に持つムチを振るう。 ムチが、Wの左手に巻きつく。 「しまッ!?」 『グオオオオ!!』 ムチを回し、Wを木々に叩きつけようとする。 【LUNA/JOKER】 だが、Wは右手でスロットにルナメモリをインサート。 「オリャアアアア!!」 ルナメモリによる伸縮自在の足を強引に伸ばし、ホースドーパントに打ち込む。 『グオッ!?』 怯み、ムチによる回転が緩む。 『貴方は無茶ばっかり…』 「悪い。説教は後にしてくれ」 【TRIGGER】 タイミングを見計らい、左のスロットにトリガーメモリをインサート。 【LUNA/TRIGGER】 ルナトリガーとなり、左胸のトリガーマグナムを右手に持ち、引き金を引く。 『グギャアアアア!?』 幾つもの光弾がホースドーパントへと直撃。 【CYCLONE/JOKER】 再び、Wはサイクロンジョーカーへと変身。 そして、ジョーカーメモリをマキシマムスロットへとインサート。 【JOKER MAXIMUMDRIVE】 スロットが音を立てて、ジョーカーメモリの記憶を高速で読み取る。 Wを中心に発生する暴風によって、Wは空中へと昇りあがる。 宙に停滞すると、マキシマムスロットを叩く。 「『ジョーカーエクストリーム!!!』」 一気に加速し、ホースドーパントへと迫る。 直前に、Wの半身が割れ、さらに加速。 だが、ホースドーパントはそれさえも上回る速さでその場を逃走。 必殺技は不発に終わった。 「シン、アイツは?」 「逃げた。馬だけに、逃げ足も速いらしい」 Wの変身を解除。 「本当にいたんだな、『暴れ馬人』」 「明日、詳しく調べる必要があるな」 翌日 シン達はタルブの村の人々に聞き込みを始めた。 初めに訪れたのは、『暴れ馬人』に襲われた人々。 シンは、シンとサイトの前に雇われた傭兵に話を聞いた。 「『暴れ馬人』について、知っていることがあるなら教えて欲しい」 「なんだ、元用心棒か。…そのことは口に出したくはないんだが、事態が事態じゃ仕方ないな」 「助かる」 「あん時は、確か…この村にある『竜の羽衣』を見にいったんだった。それでよ、その夜に『暴れ馬人』が現れたんだ。俺はオークのような亜人は見たことはあったが、あんなに人間に近い亜人は始めて見た。それからはこの様を見れば分かる話だ」 「嫌な事を思い出させてすまない、そして教えてくれたことに感謝する」 その後は襲われた他の人からも話を聞き、次に訪れたのは昨日会ったホセの家。 「あんた等か、何しに来たんだ?」 ドアを開けたホセは、シンとサイトを睨む。 その態度にムカッときたルイズ達を静めて、シンが話す。 「『暴れ馬人』について知ってる事があるなら話して欲しいんだが」 「…あぁ、村の人達が騒いでる噂ね。でも、噂なんだから本当はいないんじゃないの?」 「だが、襲われた人や目撃者は多数いる。俺達も、昨日襲われた」 「へ~、いるんだ。ま、僕は会ったことはないから分からないよ」 「そうか…邪魔をしたな。さ、いくぞ」 怒りが収まらないのか、グゥーと唸るルイズをサイトが宥め、その場を去っていく。 「やっと行ったか…」 ホセが愚痴る。 「護身像様を持っていこうとするあいつ等なんて、見たくもない」 うざうざしい奴らだ、と小声で呟く。 「ほう、中々の憎悪だ」 「ッ、誰だ!?」 家の影から出てきたのは、ワルドだった。 「そう驚くな。手を貸そうと思ってな」 「なんだと?」 「あいつ等が憎いだろ、あいつ等を殺したいだろ?」 「(あぁ、護身像様を持っていくなんて、貶した奴らよりも憎い)」 ホセの黒い感情が大きくなる。 「その話、詳しく聞こう」 ホセの言葉に、ワルドは心の中で口を吊り上げた。 「もー、何よアイツのあの態度!」 帰りの中、ルイズはやり場のない怒りを大声に変えて叫ぶ。 「昔は、もっと優しい人だった筈なのに…」 信じられないという風に、シエスタが呟く。 「結局、分からずじまいかぁ」 「……なぁ、シャル」 「私も、何か引っかかるものがある」 「じゃあ、戻ったら”アレ”だな」 「…分かった」 「?」 意味深なシンとシャルロットの会話に、キュルケは疑問を感じる。 シエスタの家に戻り、シン達は部屋へと入る。 「ねぇダーリン、何をするの?」 先ほどの会話を聞いていたキュルケは不思議そうにしていた。 「これからやることは多分…お前達にとっての未知だ。シャル、頼むぜ」 シャルロットが頷く。 そして、持ってきた一つの本を取り出す。 目を閉じ、体の力を抜く。 と、周りが突然として、薄暗くなる。 「「「「えっ?」」」」 驚く面々だが、気にすることなく続ける。 そして、シャルロットの目の前には白い空間。 と思った瞬間に、無限とも思える本棚が現れる。 ここは、シャルロットにある知識という無限の情報を持つ場所。 ――【惑星(ほし)の本棚】 『シン、検索を始める…』 「一つ目のキーワードは、『暴れ馬人』」 シャルロットの目の前に、検索するためのキーワードが浮かび上がる。 途端に、本棚が動き、本棚は減少する。 無限と思えた本棚は既に十数個となった。 『急に減った…』 「まぁ、限定してあるからな。二つ目は、『竜の羽衣』」 再び、キーワードが浮かび上がる。 それによって、本棚は無くなり、本は数冊残っただけである。 「三つ目は、『崇拝者』」 最後のキーワード。 残った本は、1冊。 『当たり…』 そう言い、シャルロットは本を読み始める。 そして、シャルロットは目を開ける。 持っている本を開く。 だが、本には文字など一文字も書いておらず、一面真っ白である。 「『暴れ馬人』が所持しているメモリは【HORSE】。被害者達が襲われたのには共通点がある。『竜の羽衣』を貶し、馬鹿にした事。もう一つは、襲われたのは『竜の羽衣』を貶したその後。つまり、目立たない夜を狙ってくる…」 真っ白な本を指でなぞり、暗記しているかのように、シャルロットは話していく。 「犯人はよほどの『竜の羽衣』の崇拝者…そして、その人物は…」 「「ホセ」」 シンとシャルロットの声が重なる。 「ちょ、ちょっと…さっきのは一体何なのよ!?」 ルイズが何が何だか分からないという表情で聞く。 サイト達も何が起きたか理解できないという風である。 「今のは、シャルにある脳内図書館【惑星(ほし)の本棚】だ」 「…私の頭の中には、この惑星(ほし)の全ての記憶が内包されている」 「惑星?記憶?」 何を言っているのか分からない、というような感じで首を傾げる一同。 だが、サイトは漠然とだが、言っている内容を理解する。 「なぁ、もしかして…惑星って、この世界の?」 「あぁ。シャルには、この惑星が持つ全ての知識が頭に詰まっている」 惑星(ほし)。 今ある生命を創り上げた源とも呼べる記憶が、シャルロットの頭の中にある。 あまりにも壮大すぎる話に、サイトは愕然とする。 「簡単に言えば、この世界が持つ様々な起こった出来事が、シャルの頭の中に存在しているって事だ」 「そ、そんなことが……」 「Wやドーパントを見れば、分かるだろ?」 シンの言うとおり、Wやドーパントはこの世界にとっては、信じられないほど謎がある存在。 そういう意味では、惑星(ほし)の本棚も嘘話ではない。 「まぁとりあえずは、ホセの奴に、灸を添えてやる」 そう言うと、シンはドアに手を掛け、ホセのいる場所へと足を運ぶ。 to be countinued. 次回、仮面ライダーW 「俺はお前達が憎い!!」 「憎しみが、ガイアメモリの力を強める」 「元の貴方に戻って下さい!」 「絶対にお前の思い通りにはさせない」 「これは素晴らしいですぞー!」 「俺とお前の、通り名だ」 第10話『暴走のH/その名は仮面ライダー』 これで決まりだ!
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2017.html
++第十話 使い魔の決闘④++ 花京院は驚いていた。 剣を握ってからの自分の変化に。 左手に刻まれたルーンが光っている。 体が羽のように軽い。空を飛べそうなほどに、軽い。 その上、左手に握った剣が体の一部のように馴染む。 ……不思議だ。剣を使ったことはないのに。 眼前に立つギーシュが、ゆっくりと剣を振りかぶった。 右足で踏み込み、そのまま振り下ろすつもりだ。 右肩から左脇にかけて、いわゆる袈裟切りというやつだ。 そんな推測する余裕さえあった。 相手の剣の軌道上に自分の剣を構える。 剣と剣がぶつかる瞬間、剣を傾ける。 攻撃を受け流され、力んでいたギーシュはバランスを崩した。 その隙に足を引っ掛ける。 ゆるやかに過ぎていく視界の中で、ギーシュの体が大きな弧を描く。 ギーシュは仰向けに倒れた。 状況が理解できていないようで、ぽかんとした表情で花京院を見上げている。 花京院は無言で剣を突き立てた。 ギーシュの頭……ではなく、そのすぐ横に。 「続けるか?」 「……僕の負けだ……完全…敗北だ」 剣を放り投げ、ギーシュは両手を上げた。 それを見届けると、花京院は剣から手を放した。 ――あの平民、やるじゃないか! ――ギーシュが負けたぞ! などと見物していた連中から歓声が巻き起こる。 戦いが終わったからか、急に全身に疲労を感じた。 騒がしい観客たちに背を向けて、花京院は歩き出そうとした時、 「何やってんのよ!」 歓声を割くような一声が、その場に響いた。 全員の視線が一点に注がれる。花京院も目を向ける。 そこには怒気をまとったルイズが仁王立ちしていた。 「ルイズ……」 花京院は続いて何を言おうか迷った。僕は勝ったぞ、と言いたいわけではない。迷惑をかけたな、……そうでもない。ただ一言、言いたいだけだ。 足を引きずりながら花京院はルイズの前に立った。 「……すまなかった」 ルイズは目を引ん剥いて花京院を見た。 花京院は小さく微笑むと、歩き出そうとした。 しかし、花京院はまさに満身創痍、限界ぎりぎりの状態だった。 足がもつれ、体勢を崩してしまった。 倒れる寸前に花京院は何かにしがみつき、体勢を維持することに成功した。 ほっとしたのは一瞬だった。 「……こ、こここ」 ルイズの声が耳元で聞こえる。 朦朧とする意識の中で、花京院は事情を理解した。 どうやら倒れそうになった自分は思わずルイズに抱きついてしまったらしい。 いくら疲れていてもどうなるかはわかる。 花京院は脱力しながら次の絶叫を聞くことにした。 「こ、ここ、このバカー!!」 花京院の右の頬に鋭い痛みが走る。 見事な平手打ちだった。 今の一撃がとどめとなり、花京院は完全に意識を失った。 + + + 朝の光で、花京院は目を覚ました。 体中の包帯を見て、思い出す。 ……そうだ。僕はギーシュと決闘をして勝った後、気絶したんだ。 起き上がろうとすると、身体の節々が痛んだ。 どれぐらいの間寝ていたのかはわからないが、傷はまだ完治してないらしい。 なんとか起き上がって、周囲を見回す。 ルイズの部屋だった。どうやらルイズのベッドで寝ていたようだ。 視線を落とし、左手のルーンを見る。 決闘の最中にこのルーンが光り出したら、体が羽のように軽くなり、体の一部のように剣が動いたのだ。 今、左手のルーンは光ってはいない。 ……なんだったんだ、あれは。 そんなことを考えながら左手を見つめていると、ドアがノックされた。 「どうぞ」 花京院が答えると、ドアが開いて一人のメイドが入ってきた。 ここでは珍しい黒髪とその顔には見覚えがあった。 「シエスタじゃないか」 「お目覚めですか? カキョーインさん」 「ああ。ところで、あの後……?」 「あれから、ミス・ヴァリエールが、ここまであなたを運んで寝かせたんですよ。先生を呼んで『治癒』の呪文を、かけてもらいました。大変だったんですよ」 「『治癒』の呪文?」 「そうです。怪我や病気を治す魔法ですよ。ご存知でしょう?」 「いや……」 花京院は小さく首を振った。ここでの常識は異世界から来た花京院には通じない。 それにしても、魔法とは随分種類が豊富なようだ。治療するのもあれば、土人形を動かしたり、炎や風を操ることもできる。 もしかすると、そんなメイジと戦うことがあるかもしれない。そのために対策を立てておいたほうが良いかもしれない。 「あ、でも、治癒の呪文のための秘薬の代金は、ミス・ヴァリエールが出してました。だから心配しなくていいですよ」 黙っているから、お金の心配をしていると思われたらしい。 「秘薬の代金ってやっぱり高いのかい?」 「まあ、平民に出せる金額ではありませんね」 また一つ借りが出来てしまったようだ。 ここに召喚し、命を救ってくれたこと。 そして、秘薬の代金を払い、怪我を治してくれたこと。 いずれこの世界を去るときには返すつもりだが、今はまだ借りておこう。 花京院は立ち上がろうとして、顔をしかめた。 「ぐっ……」 「まだ動いちゃダメです! あれだけの大怪我では、『治癒』の呪文でも完璧には治せません! ちゃんと寝てなきゃ!」 手を貸そうとするシエスタを制して、花京院はベッドに座った。 体はまだ本調子ではないので、無理は控えておく。 「お食事をお持ちしました。食べてください」 シエスタは銀のトレイを花京院の枕元に置いた。 「ありがとう。僕はどれぐらいの間寝ていたんだ?」 「三日三晩、ずっと寝続けていました。目が覚めないんじゃないかって、みんなで心配してました」 「みんな?」 「ええ。厨房のみんなです……」 シエスタはそれからはにかんだように顔を伏せた。 花京院はその不思議な行動を見つめる。 「どうしたんだ?」 「いえ、あの……、すいません。あのとき、逃げ出してしまって」 「謝るほどのことじゃないだろう。それに、平民と貴族の立場を考えれば仕方ないとも……」 「い、いえ!」 花京院の言葉をさえぎり、シエスタは大きな声を出した。 きょとんとして見つめる花京院に照れるようにシエスタは赤くなる。 「確かに前は怖かったです……けど! もう、そんなに怖くないです! 私、感激したんです! 平民でも、貴族に勝てるんだって!」 興奮するシエスタを見て、花京院はふと思う。 なぜ、あの時勝てたのだろう。僕はあの時既に限界だった。しかし、剣を握った瞬間、何かが起きたんだ。剣を握った瞬間……? ふと視線を落とし、花京院は左手のルーンを見つめた。 「……ん?」 「どうかしましたか?」 「いや、なんでもない」 シエスタに答えながら花京院はもう一度左手を見た。 剣を握った瞬間、光を放ったルーン文字。それがわずかにではあるが、薄くなっているような気がした。注意して見なければ気付かないほどの違いだ。 あの時もこれが影響したのか? それで、何かの力を使ったから薄くなった……? 考えてみようにも情報が足り無すぎるので、今は深く考えないことにした。 何気なく頭を掻いて、右腕も治っていることに気付いた。痛みは残っていたが、折れた骨はくっついているようだった。 「この腕も魔法で?」 「ええ、そうですよ」 「たった三日で……」 複雑な気持ちで包帯を撫でて、花京院は呟く。 「カキョーインさん。魔法に驚くのもいいですが、ミス・ヴァリエールにお礼を言っておいた方がいいですよ。看病してくれていたのは彼女なんですから」 シエスタは視線を机の方に向ける。 ルイズは椅子に座り、机に突っ伏して眠り込んでいた。 「ルイズが?」 「はい。包帯を取り替えたり、顔を拭いてあげたり……。ずっと寝ないでやっていたから、お疲れになったみたいですね」 静かな寝息を立てながら眠っている。長い睫毛の下に隈が出来ていた。 相変わらず、寝顔は可愛らしい。年相応の可愛さがある。 ふと、ルイズが身じろぎした。 「ふぁああ」 大きなあくびをして、伸びをする。それから、ベッドの上の花京院に気付いた。 「あら。起きたの」 「あ、ああ。色々とすまなかった。それと、看病ありがとう」 「怪我は?」 「痛みはあるが動けないほどでもない」 「そう。だったら……」 ルイズは頷くと、顎の先で机の上を示した。 机の上には籠があり、洗濯物の山が積まれている。 訳がわからず、ルイズに視線を戻すと、「洗濯」と一言言った。 要するにそれを洗えという意味らしい。 「ミス・ヴァリエール! カキョーインさんはまだ――」 「黙りなさい」 「そんな……」 「ギーシュを倒したからって待遇は変えないわよ」 シエスタの言葉をあっさり切り捨て、ルイズは花京院を睨みつける。 今にも噛み付かんばかりのルイズの形相に花京院は内心苦笑する。 ……優しいのか、厳しいのか。よくわからないな。 どうやら、それは表情に出ていたようだ。 「何笑ってるのよ!」 「いや、なんでもない」 慌てて、花京院は首を振る。 一見険悪にも見えるその二人の様子に、シエスタはおろおろしながら花京院を見た。 大丈夫、というように花京院が頷くと、シエスタはルイズと花京院の顔を交互に見てから部屋を出て行った。 部屋にはルイズと花京院だけになった。 なんだか興奮しているルイズにどう対処すべきか花京院が考えた時、ルイズが言った。 「いい? 忘れないで! あんたはわたしの使い魔なんだからね!」 指を突きつけ、勝ち誇ったように胸を張っている。 子供が背伸びしているようなその光景に、花京院はやはり苦笑するしかなかった。 『わたしの使い魔』。彼女はそう言ったが、それはいつまでのことなんだろう。明日までか、一週間後なのか、それともこのままずっとか。予測することすら難しい。 けれど、それまでは彼女の使い魔でありたい。 密かに花京院はそう思った。 To be continued→
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1614.html
「……一体、これはどういう事だ?」 場所は『女神の杵』亭の中庭。 かつては貴族たちが集まり、トリステインの王が閲兵を行ったという練兵場跡で、ワルドはDIOと向かい合っていた。 しかし、ワルドが決闘に備えて緊張した趣であるのに対し、DIOはいつもと変わらない佇まいである。 何よりの違いは、DIOの放つ空気だった。 決闘などする気など全く感じられない、緩かな雰囲気。 その代わりに、DIOの隣に立つ一人の少女が、全身に闘気を纏わせているではないか。 これでは、まるで少女の方が決闘に臨むかのようである。 「ワルド、来いって言うから来てみれば、そのメイドとチャンバラする気なの?」 思ったことをそのまま述べたのは、ルイズであった。 彼女はこの決闘の介添え人として、ワルドに呼び出されたのであったが、 早い時間に起こされた彼女は、機嫌がよろしくなかった。 遊んでる場合じゃないでしょうが……と、じと目で呟くルイズに、ワルドは慌てて否定した。 「いや、ルイズ待ってくれ。これにはちょっとした事情が……!」 「うむ、子爵の言う通り。やむにやまれぬ事情があるのだ」 ワルドの台詞を横取りする形で、DIOが言った。 上手い言い訳が思いつかないワルドにとっては、ありがたい横槍と言えた。 しかし、DIOに出しゃばらせるのは癪と思うワルドは、即座に抗議の声を上げた。 「使い魔君……レディを代理に立てた挙げ句自分は高みの見物とは、紳士としてあるまじき振る舞いだぞ。 君には、男としての名誉を尊ぶ精神が無いのか?」 『名誉を尊ぶ』などという建て前が、ワルドの口から出た途端、ルイズは吹き出しそうになってしまった。 あのDIOが、そんな使い古された常套文句にいちいち反応するなんて有り得ないと、痛いほどに分かっていたからだった。 それを証明するかのように、DIOは薄く笑った。 猫がネズミをいたぶる時のような彼の笑みの意味を、ルイズはこれまたよく分かっていた。 「勿論これにはきちんとした理由がある。 私としても、子爵と剣を交えるのはやぶさかではないのだが、生憎と、今の私は療養中の身なのだ。 子爵が退室した後に思い出したのだが、過度に飛んだり跳ねたりする真似は絶対にするなと、 私は医者にキツく言われていたのだよ」 本当に悲しそうな顔をして、釈明を始めるDIO。 嘘八百とはこの事ね、とルイズがぼやいた。 しかし、その声は小さく、その場にいた者に聞かれることはなかった。 DIOの説明は続く。 「しかし、それでは折角私の部屋に出向いてまで決闘を申し込みに来てくれた子爵に対して、礼を失することになってしまう。 そこで、彼女を代理に立てるという形で、子爵の礼に最大限応えようという結論に達したわけだ。 断腸の思いだった。 私の腕前を子爵に披露することが出来ない無念を、『紳士的に』理解してくれると有り難いな、子爵。 だが、安心してくれ。 代理とはいえ、彼女の腕前は確かだ。私が保証する」 「しかし、う………むぅ…」 立て板に水を流したようなDIOの説明に、ワルドはすっかり閉口してしまった。 これでは、当初の計画における目的が、十分に達成できない。 今無理やり場の流れを変えようとしても、白々しく映ってしまい、ルイズの心証を悪くしてしまう。 最早ワルドに選択の余地はないのだが、それでもワルドは諦めきれなかった。 目の前に悠然と佇むあの男、どう見てもそんな重傷患者には思えない。 ワルドはそこを突いてみることにした。 「り、療養中といったね、使い魔君……。 ならば、今この場でその証拠を見せることは出来るかい?」 ワルドの最後の足掻きに対して、DIOは無言で己の首筋を見せつけた。 自然と、その場にいた人間の視線を集めることになる。 そこには、まるで一度切り落とした首を無理矢理肉体(ボディ)と繋ぎ合わせたような生々しい傷跡が、くっきりと刻まれていた。 「船の爆発事故に巻き込まれた時の傷だ。 似たような傷が、体中至る所にある」 やや忌々しげに傷の説明を加えるDIOに、ワルドはとうとう諦めた。 こうなった以上、自分にとって出来る限り最善の結末を迎えることを狙わうしかないと、ワルドは自分の心を切り替える。ルイズがいる手前、無様な姿だけは決して見せられない。 「うう、む…………仕方あるまい。 レディ相手に杖を振るというのも気の進まない話だが……」 内心の決心とは裏腹に、取り敢えずの躊躇いを見せるワルドに対して、シエスタは律儀に答えた。 「余計な心配でございます。 DIO様はわたくしに『一切を任せる』と仰いました。 従って、子爵様。大変畏れ多いことですが、わたくしをDIO様と思ってお相手をなさって結構でございます」 そう言いつつ、シエスタは懐から何やら取り出して、己の両拳に嵌めた。 今回は剣は使わないらしい。 金属で作られているのであろうソレは、昇りきった朝日の光を照り返し、ギラリと危険な輝きを放っている。 一見すると連なった四連の指輪のようにも思えるが、どうやらアレが彼女の武器のようだ。 魔法衛士隊隊長であるワルドですら、見たことの無い一品である。 拳で握り込む物であるらしいことだけは見て取れた。 だが彼に限らず、魔法を使うメイジ達には、ソレが何なのかを知る機会など皆無であっただろう。 ソレは魔法の使えない平民の武器であった。 ソレは、人々から煙たがられるゴロツキ達にとって、また、拳で語る漢達にとっての心強い味方。 その名をメリケンサックといった。 一度それを手に嵌めれば、使い手のパンチ力を反則的なまでに引き上げてくれる素敵アイテムである。 ましてやシエスタは、『固定化』の魔法をかけられた壁を素手で破壊する腕力の持ち主(ワルドは知らないが)。 そんな彼女がメリケンサックを嵌めたとなれば、その威力たるや、五臓六腑に響き渡るだろうことは想像に難くない。 運悪く脳天を直撃でもすれば、彼の頭蓋は地面に落としたワイングラスにも負けないくらい粉々に砕け散るだろう。 だが、彼女の怪力を今一つ実感することが出来ないワルドは、 どこか現実感の無い視線をシエスタに投げ掛けるだけである。 そんなワルドをよそに、シエスタは何度かメリケンサックの微妙な位置調整をした後、 両の拳を胸の前でガツンガツンと叩き合わせた。 見るからに闘志全開、意気揚々、殺る気満々という風情であった。 それもそのはず、彼女は自分の主の敵になる者は、例えお遊びであっても微塵の容赦もしないのである。 軽やかなステップと共にファイティング・ポーズを取ったシエスタは、視殺戦をワルドに仕掛けた。 真っ向から殺気を向けられて、相手が本気だとわかると、ワルドの顔が徐々に厳しいものになっていく。 「……なるほど、言うだけの事はあるな。 気迫だけはなかなかのものだ」 それは魔法衛士隊隊長としての、そして歴戦の戦士としての顔であった。 腰に下げてあった愛用の杖をやおら引き抜き、フェンシングの構えのように前方に突き出す。 「いざ、尋常に勝負といこう!!」 ワルドの掛け声を合図に、シエスタが地面を蹴り、流星のようにワルドに接近した。 (早い! ……が、直線的だな。 昨日の剣の使い方といい、やはりド素人か!) 凡そ華奢な少女の肉体では出せないほどのスピードにワルドは内心驚愕したものの、 長年の経験を生かし、顔色一つ変えずに迎え撃った。 ―――そう、迎え撃ってしまったのである。 得意げな顔をして杖を構え、衝撃に備えるワルドの姿を見て、ルイズは思わず叫んでいた。 「ワルド! 避けなさぁあああぁあい!!!」 だが、一足遅かった。 金属と金属がぶつかる鈍い音が響き渡り、火花が散った。 。 初合の勢いを殺しきれなかったのか、シエスタはバランスを崩して転倒してしまった。 ズザザーッ! と激しい砂埃をあげながら地面を滑るシエスタを、ワルドは油断無く見やる。 初撃をスマートに受け流す事が出来たとばかり思い込み、口端を吊り上げずにはいられなかった。 だが、転倒したシエスタに追撃を加えるために杖を振ろうとした時、彼は自分の右腕に起きた変化に気がついた。 ピクリとも動かない上に、右肩から先の感覚が全くないのだ。 恐る恐る自分の右腕を見る。 「おや?」 あらぬ方向にねじ曲がった右腕が、杖を握ったまま風もないのにぶらぶら揺れていた。 余りに想定外な出来事に、ワルドはどこか他人事のような顔をした。 しかし、徐々に右腕から走り出してくる激痛に、ワルドの意識は容赦なく現実に引き戻された。 「うおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおお!?!?」 すれ違いざまのシエスタの一撃は、杖による防御を無視して、ワルドの右腕を破壊していたのであった。 見慣れたはずの自分の腕が、目も当てられない醜い姿に変わり果ててしまえば、誰だって叫び声をあげるだろう。 それは、王宮ではいつも冷静沈着で通っているワルドですら例外ではなかった。 「あのバカ……どういう技なのか見切れないのかしら」 技も何も、実際の所シエスタは、ただ力任せにぶん殴っただけである。 別にワルドがとんでもなく浅慮だったというわけではない。 むしろ、右腕粉砕という程度で済んだワルドの肉体のタフネスを誉めてやるべきだった。 常人なら腕を吹っ飛ばされていたに違いないのだが、そんな言い訳はルイズには通用しない。 喉よ裂けろとばかりに叫ぶワルドに冷たい視線を送りながら、ルイズは呆れ半分、怒り半分と感じで呟いたのだった。 to be continued……