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1.組閣名簿 国務大臣(敬称略) 内閣総理大臣 泉こなた 内閣官房長官 柊かがみ 総務大臣 小早川ゆたか 法務大臣 黒井ななこ 外務大臣 魔天ぱとりしあ(旧名パトリシア・マーティン、帰化済み) 財務大臣 高良みゆき 文部科学大臣 田村ひより 厚生労働大臣 岩崎みなみ 農林水産大臣 柊つかさ 経済産業大臣 日下部あやの(旧姓峰岸) 国土交通大臣 桜庭ひかる 環境大臣 天原ふゆき 防衛大臣 兄沢命斗 国家公安委員会委員長 成美ゆい 金融担当大臣 八坂こう 沖縄及び北方対策担当大臣 魔天ぱとりしあ(外務大臣兼務) 国務大臣以外の主な役職(敬称略) 内閣総理大臣補佐官 日下部みさお、にゃもー 内閣官房副長官(政務) 泉そうじろう 内閣情報官 高良ゆかり 内閣危機管理監 成美きよたか 内閣官房副長官補 柊ただお、柊いのり、柊まつり 内閣総務官 柊みき 内閣広報官 小神あきら 内閣広報室企画官 白石みのる 内閣総理大臣秘書官(政務担当) 泉かなた 2.記者会見 「政府は今後、国民総オタク化、外国へのオタク文化の大放出、『貧乳はステータスだ、希少価値だ』キャンペーンの展開などを、精力的に進めていきたいと……」 パシン。 かがみがハリセンで、こなたの頭をたたいた。 「ぬぉ、かがみん。ひとがせっかく盛り上がっているところに何をする!」 「なに馬鹿なこといってるのよ」 かがみが、こなたをのけて、会見席についた。 「総理大臣の今の発言はジョークですので、本気にしないように。内閣の基本的な方針は、多様な文化の発展、コンテンツ産業の振興及び海外輸出の促進、偏見・差別のない社会の確立などに必要な諸施策を推進していくことです」 「そういう言い方すると、中身が同じでももっともらしく聞こえるよね」 「余計なこというな」 かがみは小声でこなたを制し、再び記者たちに視線を戻す。 「みなさん、何か御質問は?」 記者の一人が手を上げた。 「どうぞ」 「総理大臣秘書官が幽霊だという噂があるのですが本当でしょうか?」 「そんなのは根も葉もない噂です」 「あと、総理大臣補佐官のにゃもー氏も人間ではないという噂が……」 「それも単なる噂です。そのような戯言に惑わされるようでは困りますね」 3.内閣官房 「柊さん。そちらの娘さんがたには巫女服で働いてもらうというのはどうですかね?」 そうじろうの唐突な提案に、 「いや……それは、政教分離の原則からしてもまずいような気がするんですが……」 ただおが困った顔をしていると、 「なにしてるのかしら? そう君」 そうじろうが振り向くと、そこにはかなた(幽霊)がいた。 「あっ、かなた……いや、これはそのう……。ところで、こなたにはついてなくていいのか?」 「こなたにはかがみちゃんがついてるから大丈夫よ。で、なにをしていたの?」 「それは……ははは……」 そうじろうは、冷や汗を流しながら固まっていた。 「これはこのあきら様が世界進出を果たすためのチャンスなのよ! というわけで、白石!」 「はい」 「あたしをプロデュースするための企画をさっさと作れ」 「いや、あきら様。広報室はですね、政府の政策を広報するためにあるわけでして……」 「そんな細かいことはどうでもいいわよ。さっさとやれ」 「そうなんですか。それは大変ですね」 「そうなの~」 みきとゆかりはのほほんと世間話をしている。 「ねえねえ、姉さん。これなんかいい感じじゃない?」 「そうね。今度買っておこうか。機密費で」 まつりといのりは、ファッション誌を見ながら盛り上がっている。 「補佐官ってなんか暇だよなぁ。なんかやることねぇかなぁ~」 みさおがぼやく横で、にゃもー氏は丸まって眠っていた。 「大丈夫なんだろうか、この内閣……」 きよたかのつぶやきは、誰にも聞かれることはなかった。 何ともやる気のないメンバーたちの中で、官僚出身の事務方だけが黙々と仕事をしていた。 4.各大臣 総務省大臣室。 「えい、えい」 ゆたか大臣は、書類に一生懸命ハンコを押してた。 「やほー、ゆたか。遊び来たよ」 いつもの調子で入ってきたのは、ゆい委員長にほかならない。 「あっ、お姉ちゃん。今日はお仕事終わったの?」 「公安委員会なんてたいして仕事ないから」 「そうなんだぁ」 その後、姉妹の会話で盛り上がり、書類の決裁が滞って総務官僚たちは困り果てていた。 法務省大臣室。 「なんかこう、書類の決裁っちゅうもんはめんどくさいもんやな」 ななこがそうぼやくと、事務次官が、 「国の仕事は書類主義でございますので」 「まあ、そういうのも分かるんやけどなぁ。もう少し簡単にならへんもんかなぁ」 「では、この書類だけでも早急にお願いいたします。これの決裁が終わらないと、趣味的少数派侮辱罪を新設する刑法改正法案の今国会への提出が間に合いません」 『趣味的少数派侮辱罪』などといういかめしい名称になっているが、世間一般では『オタク侮辱罪』と言われている(というか、こなた総理がそういっているから、世間にもそれが広まった)。 外務省会議室……。 「オタク文化保護条約を作って世界中の国を加盟させるのデース」 ぱとりしあ大臣が明るくそう宣言する中、会議に列席している官僚たちは、困った表情で顔を見合わせていた。 財務省大臣室。 みゆき大臣は、書類を見ながらため息をついていた。 「みなさん、精力的に政策を推進するのはいいのですが、予算のことは考えてくれているのでしょうか」 事務次官が相槌を打つ。 「まったく、そのとおりです。大臣からも泉総理に言っていただけませんか」 「そうですね。今度の閣議で、私から泉さんに言っておきます。でも、その前にかがみさんに話を通しておいた方がいいでしょうね」 文部科学省大臣室。 「ふふふ、全国各地でコミケの開催を義務付けるッス。二次創作を全部合法化するッス……」 やばい目つきでブツブツつぶやくひより大臣を前にして、事務次官は青ざめていた。 原稿締切前は精神に変調をきたしてやばいとは聞いていたが……。 厚生労働省大臣室。 「豊胸手術への健康保険適用。すぐにやって」 みなみ大臣の最初の指示は、それだった。 「それは、内閣の貧乳保護政策に反するのではありませんか?」 事務次官がそう述べると、 「かまわない。責任は私がとる」 農林水産省大臣室。 「これは、かくかくしかじか……」 「うーん、難しいね。もう一回説明してくれるかな?」 「ええっとですね。これは……」 農林水産官僚たちは、つかさ大臣へのレクチャーに四苦八苦していた。 経済産業省大臣室。 あやの大臣は、精力的に仕事をこなしていた。 さっさと仕事を終わらせて、愛する夫のもとに帰りたかったから。 一通り終わったら、明日のスケジュールを確認する。 明日は省内の検討会議がある。 会議の議題が記された紙切れを眺める。 『オタク産業を大いに盛り上げる計画』の文字が取消線で消されて、『コンテンツ関連産業振興計画』と書き直されていた。訂正の筆跡はかがみのものだ。 おそらく、こなたが印刷した原稿をかがみが訂正したのだろう。 「柊ちゃんも大変よね……」 国土交通省大臣室。 「泉からの指示だ。この計画の具体案をさっさとまとめろ」 ひかる大臣から紙切れを一枚受け取った事務次官は、書かれている内容を一読した。 『全国乙女ロード整備計画』の文字が取消線で消してあり、『コンテンツ関連産業集積地幹線道路整備計画』と書き直されていた。 「かしこまりました。持ち帰って検討いたします」 事務次官が退室したあと、ひかるは積まれている書類の山に目をやった。 「さっさとすませるか」 環境省大臣室。 ふゆき大臣は淡々と仕事をこなしていた。 この内閣の下では、この省の官僚たちがもっとも幸せなのかもしれない。 内閣から無理難題を押し付けられることもなく、大臣もマシな方だから。 防衛省会議室。 居並ぶ防衛省幹部・自衛隊幹部たちを前に、命斗大臣は訓示を行なっていた。 「諸君! 防衛に必要なものとは何か!? それは、情熱、訓練、そして防衛費だぁー!! これらのものなくして、わが国の防衛を語ることはできない! そして……」 訓示が延々と続く中、防衛庁幹部・自衛隊幹部たちは直立不動の態勢を維持し続けていた。早く終わらないかなぁ……などと思いつつ。 金融担当大臣室。 「生徒会で会計やってたから金融担当大臣、っていうのもめちゃくちゃよね」 こう大臣がそんなぼやきをもらしていると、金融庁長官がやってきた。 「お呼びでしょうか」 「総理からの指示よ」 こうは紙切れを一枚渡した。 長官は一読して、眉をひそめた。 『ツンデレ融資制度』の文字が取消線で消されて、『民間金融機関におけるコンテンツ関連産業への低利融資に対する優遇策の検討』と訂正されていた。 「これは……?」 「具体案まとめて」 「……かしこまりました。持ち帰って検討させていただきます」
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私は彼の背中を見た事がない。 もちろん、比喩的な意味でだけど。 彼はいつも、私と顔を突き合わせて話をしてくれた。 黙って付いて来いとか、背中で語るなんてことは一切しなかった…似合いもしなかったし。 どんな些細なことでも、どんなくだらない話でも、私の嫌な部分も、いい部分も、いつも面と向かって受け止めてくれていた。 だから私は彼を好きになった。 最後のこの瞬間まで、好きでいられた。 だから私は彼に託そうと思う。 私の命の輪が終わるその時に、その繋がりと満ちる幸せの全てを。 「ん…目が覚めたかい?」 彼がそう言いながら、私の顔を覗き込んだ。どうやら私は少し眠っていたみたいだった。 「もう、起きないかと思ったよ」 「…うん、ごめんね。心配かけて」 誰かのすすり泣く声が聞こえる。 私はもう長くない。この部屋にいる誰もが、それを理解している…いや、たった一人だけ理解していないかも知れない。 「あなたの夢を見ていた気がするわ…」 「…そうか」 最後に見た夢が最愛の人のものならば、私は最後の瞬間まで幸せなのだろう。 伝えたい。そう強く思った。 「…こなたはいる?」 「ああ、ここに」 少しだけ首をめぐらすと、愛しい娘の姿が見えた。私を見て微笑んでいる。 多分、この子だけが私のことを理解していない。 「ごめんね、こなた…あなたのお母さんでいられなくて」 きっと、それは悲しいこと。逝ってしまう私には分からない悲しさ。 「あなたは、私みたいにならないでね?ちゃんと生きて、いつかあなたがお母さんになって欲しい…私の出来なかったことを、あなたにして欲しい…」 自分でも酷い我儘だとは思う。この言葉が、この子の重荷になるかもしれないというのに。 「…そう君」 「…なんだ?」 「私、幸せだったよ…」 そう、いつの日も。あなたと出会ってから、今のこの瞬間までずっと。 「私があなたと繋いだ輪は、幸せに満ち溢れてる…それをちゃんと次へと託せるってことは、凄く幸せなことだと思うの」 「…ああ、なら俺はそれを繋ぎ続けて見せるよ…ちゃんと次に託せるまで」 「うん…お願いね」 瞼が重くなる。自分の終りが、すぐそこまで来ている。 微笑んでるつもりなんだけど、ちゃんと笑えてるかな? 「…かなた?」 彼の声が遠い。最後まで、私と向かい合ってくれている、彼の声が。 「…おやすみ…かなた」 うん…おやすみなさい…そう君…。 - 命の輪の終わりに - お父さんが酒を飲んで荒れているところを、一度だけ見たことがある。 お母さんの名前を何度も呼んでいた。 小学生だったわたしには、何故そんなことをするのか少しも理解できなかった。 でも、今は分かる気がする。 お父さんがそうしたかった気持ちが、今のわたしには分かる気がするんだ。 やりきれないんだ。誰も悪くないのに。何も悪くないのに。 誰かの泣く声だけが、ずっと聞こえるんだ。 命の輪の終わりは、きっとそういうものなんだ。 「…目が覚めた?」 わたしは、お父さんの顔を覗く込みながらそう言った。 「俺は…寝てたのか?」 「うん…もう起きないかと思ったよ」 「そうか…すまないな」 誰かのすすり泣く声が聞こえる。 もう、お父さんは長くない。この部屋にいる誰もが、それを理解している。 「かなたの夢を見ていたよ」 「…うん」 最後に見た夢が、最愛の人の夢なんだから、きっと今のお父さんは幸せなんだろう。 なにか伝えなきゃいけないことがあったのに、どうしてか思い出せない。 「俺は…幸せだったのかな」 そんな事、言わないで欲しい。あなたは、間違いなく幸せだったはず。ずっと傍にいたわたしが、そう思うのだから。 「そんなの、自分で決めるものだよ」 そう言ったわたしの言葉に、お父さんは深く頷く。 伝える言葉は、まだ思い出せない。 「そうだな…こうしていられるのは、幸せだよな」 わたしは伝える言葉を思い出そうとしながら、お父さんの言葉を待った。 お母さんの夢を見たときに、思い出したことがあったのだろうと思って。 「俺が繋いだ輪が、まだ幸せに満ちているのなら、それを次に託せるのは、凄く幸せなんだろうな」 託されるのは、わたしだ。 「ということを、確かかなたが言ってたな」 余計なことを付け足す。どうしてこの人は、最後までかっこつけていられないのだろうか。 でも、おかげで伝えることを思い出した。 「お父さん」 「ん、なんだ?」 「…大好きだよ」 「初めて、聞いたな。それ」 「うん、初めて言ったからね」 お父さんは満足そうに頷いた。そして、目を閉じた。 「…ありがとう、こなた」 お父さんは幸せそうに微笑み、深く息をついた。 「そろそろ、休ませてもらうよ…」 「…うん」 「おやすみ…こなた」 「おやすみなさい…お父さん」 誰かの泣き声が、大きくなった。 通夜の晩。わたしはお父さんの棺に付き添っていた。 夫は娘の傍についている。 娘も、人の死が分からない歳じゃない。だからこそ、傍にいてあげる人が必要なんだ。 棺の中のお父さんは、綺麗な顔をしている。いつも生えてた無精髭も、綺麗に剃られていた。 抱きつかれた時のチクチクとした感触を、わたしは思い出していた。 ふと、人の気配を感じてそちらを向くと、ゆーちゃんが立っていた。 「こなたお姉ちゃん、大丈夫?少しなら代わってあげれるけど…」 「大丈夫だよ。徹夜なんて慣れっこだから。ゆーちゃんこそ、ちゃんと寝とかないと葬儀の時に居眠りしちゃうよ?」 「…うん、そうだね」 答えながらゆーちゃんは、わたしの隣に来た。座布団の上に座り、お父さんの棺に手を合わせた。 さっきまで泣いていたのだろうか。ゆーちゃんの目が少し赤い。 「お姉ちゃんは、泣かないんだね」 わたしの方を見て、ゆーちゃんがそう言った。 お父さんが事切れた時も、通夜の時も、わたしはずっと泣いていない。 「わたしはね、ゆーちゃん。泣く時と泣く場所を、ちゃんと決めたんだ…だから、いまはまだ泣かないんだよ」 「…そうなんだ」 「うん…ねえ、ゆーちゃん。ほんとにちゃんと休んだほうがいいよ?」 ゆーちゃんの顔色が、少し悪い気がする。多分、精神的に参っているのだろう。 ゆーちゃんが高校時代にこの家で過ごした三年間は、わたしが思っている以上に幸せな思い出だったのかもしれない。 「…うん、ごめんねお姉ちゃん。わたし、泣いてばかりで、なんにも出来なくて」 「そんな事、気にしなくていいよ…今泣くのは、きっと悪いことじゃないから」 ゆーちゃんはもう一度「ごめんね」と呟くと、立ち上がり部屋を出て行こうとした。 「…お姉ちゃんは、やっぱり凄いね」 ドアをくぐる時に、こちらを振り向いてそう言った。 それは違うよゆーちゃん。わたしは逃げてるだけなんだ。 嫌なことは後回しにする、いつものわたしの悪い癖なんだよ。 今泣くことは、きっと悪いことじゃないはずなのに。 「…全部、終わったな」 座り込んだわたしの肩を抱きながら、夫がそう言った。 「…うん」 わたしはそれに頷いて答える。 お父さんを送る儀式は全部終わって、明日からまたいつもの日々が始まる。 家にお父さんがいないだけの、いつもの日々が。 「もう、いいだろ?」 そう言う夫に、わたしは黙って頷くと、その胸に顔を埋めた。 泣くべき時は今。泣くべき場所はここなんだ。 でも、どうしてかわたしは泣けなかった。 「…泣かないな」 夫がそう言う。 「…泣けないね」 わたしが答える。 まるで泣き方を忘れてしまったかのように、一滴も涙がこぼれない。 「思い出してみたらどうだ?お養父さんのこと、なんでもいいから」 「…うん」 わたしは目を瞑り、お父さんのことを思い出そうとした。 色々なことを思い出した。 そして何か一つ思い出すたびに、涙が溢れてきた。 「…大きな声、出してもいいかな?」 わたしがそう言うと、夫は黙って頷いてくれた。 「…う…あ…うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 わたしは泣いた。大きな声で、小さな子供のように。 お父さんと、何度も呼びながら。 わたしはお父さんの背中を見た事がない。 もちろん、比喩的な意味でだけど。 お父さんはいつも、わたしと顔を突き合わせて話をしてくれた。 黙って付いて来いとか、背中で語るなんてことは一切しなかった…似合いもしなかったし。 どんな些細なことでも、どんなくだらない話でも、わたしの良いところも、悪いところも、いつも面と向かって受け止めてくれていた。 だから、わたしはお父さんが好きだった。 最後にそれを伝えられたことは凄く嬉しかった。 だからわたしは、お父さんから繋がり託された輪を、しっかりと守っていこうと思う。 わたしの命の輪が終わり、次へと託すその時まで。 - 終 -
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この物語は『呪縛』を既に読んでいることを前提に作りましたので注意して下さい。 二年の後半が過ぎようとしてたある日でした。私は放課後、学級委員の議題について調べ物を図書室でしていた。調べ物は思いのほか早く終わり、 図書室を出ようとした時だった。何気に本棚を見ると一風変わった本があるのを見つけた。何気に私はその本を手に取った。 古い感じの本。タイトルは『おまじない集』と書かれていた。頁を捲ると大きく貸し出し禁止と印が押されていた。更に頁を捲ると、古今東西の呪術が事細かに 紹介されていた。興味を持ったのが普通のおまじないの本と違い、解き方も書かれている事や使用上の注意書が書いてあることだった。 それにこの本のおまじないはほぼ全てに図形を書くようになっている。不思議な本だった。私は夢中になって本を読んだ。そこに気になるおまじないをみつけた。 『一緒のクラスメイトになるおまじない』……このおまじないを見て直ぐにかがみさんの顔が浮かんだ。高校になって二年、彼女と一緒のクラスになった事がない。 一緒のクラスになりたい。そう思った。そういえば、つかささんも泉さんもそれを望んでいた。この本のおまじないに願いを込めるのも悪くないかもしれない。 ???「すみません、もう図書室を閉めたいのですが……」 みゆき「はっ、すみません、もうこんな時間だったのですか」 図書委員が私に話しかけてきた。もう終業時間がきてしまった。私は夢中でこの本を立ち読みしていたようだった。 図書委員「その本借りますか?」 みゆき「そうしたいのですが……貸し出し禁止のようです」 図書委員「すみません、今日はそこまでにして下さい」 みゆき「そうですね、それでは失礼します」 私は本を元に戻し、図書室を後にした。 次の日、私は図書室に筆記用具を持って行った。貸し出し禁止の本ならば写すしかない。図書室に着くと早速目的の本を取り写し始めた。 呪文に必要な項目を写していると、おまじないの注意と叶った後の注意の二種類あるに気が付いた。どうせおまじないをするなら完璧にしたい。 私はそう思い、本を全て写すことにした。全て写すのに一週間もかかってしまった。この本を写して気が付いた事があった。 この本のおまじないは呪文を唱えるものは一切ない。紙に図や絵を書いて願いや呪いを込めるものだった。 私は早速『一緒のクラスメイトになるおまじない』をした。紙に図を写し願いを込める。ただそれだけ。気休めみたいなもの。月日は流れていく。 私はクラス替えの時がくるまでおまじないをした事さえ忘れていた。 そして、その日がきた。 こなた「お、つかさ、みゆきさん、私達一緒のクラスじゃん」 つかさ「本当、やったー!、こなちゃん、ゆきちゃん、三年連続だね」 みゆき「また一年間よろしくお願いします」 こなた「さてと……かがみはどうなっているかな……お、一緒のクラスじゃん」 つかさ「やったー」 飛び跳ねて喜ぶつかささん、両手を握りガッツポーズをしている泉さん、この二人の顔を見て私はおまじないの事を思い出した。 まさか、あのおまじないの効果?。そう考えた方が良さそう、私は心の中で喜んだ。かがみさんが来た。 こなた「お、かがみ、今来たね、私達、一緒のクラスだよ」 かがみ「……そうね」 つかさ「お姉ちゃん、嬉しくないの?」 かがみ「……嬉しいわよ、ただ最近だるくて」 みゆき「具合が悪いのですか?」 かがみ「最近寒暖の差が激しかったからかしらね」 こなた「鬼のかくらん……」 かがみ「こなた、クラスが一緒だと、言っておくけどもう教科書とか、貸せないから、覚悟しなしよ」 こなた「あれ?、怒らない、どうして、本当に体が悪いみたいだ」 かがみ「そんな事で試すな!」 いつもの泉さんとかがみさんのやり取りが始まった。この一年、一段と楽しくなりそうな。そんな気がした。 つかさ「お姉ちゃん!、お姉ちゃん」 こなた「かがみ、かがみ」 いきなり倒れた。二人がかがみさんを呼ぶ。しかしかがみさんは反応しない。クラスの皆が駆け寄る。先生もそれに気付きかがみさんに近づく。 新学期が始まり最初の体育の授業だった。まるで力が抜けたように倒れた。私はかがみさんを起こそうと触った時だった。まるでストーブのように熱かった。 すぐに保健室に搬送された。しかし保健室では手に負えないのでそのまま病院へ運ばれた。付き添いにつかささんが同行した。 数日が過ぎた。 こなた「白血病?……」 つかささんは黙って頷いた。 こなた「つかさ、悪い冗談を、かがみがそんな病気になるはずないじゃん……冗談だよね……冗談だって」 つかさ「私も、冗談だったらどれほど……」 つかささんの真剣な表情を見て泉さんはかがみさんの状態をようやく理解したようだった。私はつかささん達になって言っていいのか思い浮かばなかった。 こなた「な、何で?、そんなの聞いてないよ、かがみがそんな病気だなんて」 つかさ「最近お姉ちゃんがおかしいのは何となく分かってたけど……そんな病気だんて」 みゆき「白血病は血の病気、確か治療法は全く無いわけではないかと」 つかさ「そう、骨髄移植をすれば助かるって」 みゆき「確か血液の型が合わないと、血縁関係が深いほど型が合うと聞きましたが……」 つかさ「そう、私とお姉ちゃんは双子、二卵性だけど珍しく血の型が同じなんだって……一ヵ月後、骨髄移植することになったんだよ……」 こなた「それじゃ、助かるの?」 つかさ「うん……」 歯切れの悪い返事をする。 こなた「それじゃ、お見舞いに行かないといけないね」 つかさ「それは……治るまで会いたくなって、ゆきちゃんも……」 こなた「なんで」 つかささんは黙ってしまった。 つかさ「ごめん、もう私、お姉ちゃんの所に行かないと」 逃げるように教室を出て行った。泉さんは納得がいかないようだった。 こなた「私、何かかがみ悪い事したかな」 かなり落ち込んでいる様子だった。 みゆき「おそらく、かがみさんの本心は泉さんに会いたいのではないかと」 こなた「それじゃ何で会いたくないだなんて……」 みゆき「骨髄移植をするには、かがみさんの悪くなった骨髄をまず完全に消さなければなりません、それには放射線を照射したり、強い薬を使用します、 その影響でかがみさんの髪の毛はすべて抜けてしまいます、それに免疫も下がってしまうので無菌室での入院になると思います、 直接会うことは出来ません、もちろん家族とも、それに薬の副作用でかなり苦しい治療になると思われます……そんな姿を見せたくなではないかと」 こなた「……さすがみゆきさんだね、そこまで知ってたなんて、私達が出来ることって何もないの?」 みゆき「祈ることぐらいでしょうか……」 こなた「祈る……か、何も出来ないのと同じだね、つかさがだけがかがみを救えるのか、その手伝いも出来ないなんて、ごめんみゆきさん、私も帰るよ」 泉さんも教室を後にした。 ふとおまじないの本を思い出した。確かあの本に病気を治す方法も書いてあった。今日はかがみさんの代理で学級委員の会議に出席する。 帰りに図書室で本を見てみよう。 図書室に入り、本棚を見て愕然とした。本が無い、丁度その本が置いてある所にが空いていた。思い出した。願いが叶うと一年間消えてしまうって書いてあった。 まさかその通りになるなんて。そうだ、家に帰れば写したノートがある。 私はノートを見て唖然とした。写したはずのノートは真っ白になっていた。書いた跡すら見られなかった。一週間もかけて写したはず。あれは全部夢だった?。 あ、そうだ、おまじないの時に使った図形を描いた紙があったはず。机の引き出しを開けて奥にしまった紙を探した……在った。図形を描いた紙は確かに在った。 私はおまじないをしていた。夢じゃない。そのまま図形を描いた紙をしまった。 私はもう一枚、白紙の紙を取り出し机に置いた。病気を治すおまじないに使用する図形を思い出そうと試みた。しかしその図形はかなり複雑で思い出せない。 諦めるしかない。この本は一年で一回しか使えないようになっている。そんな気がした。かがみさんの病気を事前に知っていたら私は病気を治すおまじない を選んでいた。事前に知る?。今叶っているおまじないを解けばおまじないが叶う前に戻ることが出来る。そうすれば改めてあの本を使って……それはできない。 おまじないを解くと三つのペナルティが課せられることを思い出した。その中の一つに二度と本を見つけることが出来ないと書いてあった。 八方塞だった。私はとんでもない本を使用してしまったのかもしれない。 済んでしまったことをどうこう考えても仕方が無い。今はかがみさんの回復をただ祈ろう。 二ヶ月が過ぎた。かがみさんは一般病室に移るまでに回復をした。面会も許可されたので私達は早速お見舞いに行くことにした。しかし、泉さんだけは 用事があると言うので欠席した。 かがみ「皆、悪いわね」 つかさ「お姉ちゃんはそんな事気にしないで、元気になる事だけを考えて」 かがみ「そうだったわね」 みゆき「思ったより元気そうでなによりです」 つかさ「そういえばこなちゃんどうしてお姉ちゃんのお見舞い欠席したのかな、あれほど行きたがっていたのに……」 その理由に心当たりがあった。 みゆき「すみません、私がいけないのかもしれません、かがみさんの治療の話を泉さんにしたのですが、それが原因かと思います」 かがみ「あいつがそんな繊細な心があるとは思えない、気にするなって」 みゆき「それなら良いのですが……」 つかさ「あ、そうだ、食器を片付けるね」 そう言うとつかささんは食器を持って病室を出て行った。私とかがみさんだけになった。するとかがみさんは私に一枚の紙を渡した。 みゆき「手紙、ですか?」 かがみ「つかさが居ないから今のうちね、今朝、こなたが来てね、これを置いていったわ、そして直ぐに帰った」 みゆき「泉さんはお見舞いには行かないと言ったのですが」 かがみ「……こなたは、つかさに知られたくなかった、だから別行動をした」 かがみさんの言っている意味が分からなかった。 かがみ「つかさが帰ってくるといけないからそのまま手紙を持ってて」 みゆき「持っているのは良いのですが、内容は私が読んでもいいのでしょうか?」 かがみ「つかさに内緒って書いてあるだけだから構わないわ」 するとかがみさんの目が潤んでいた。 かがみ「あいつ、こなたは私よりも重い病気だって書いてあった、私が退院するが先か、こなたが亡くなるのが先か……別れの手紙だったわ」 みゆき「なっ?、」 かがみ「私はそんな手紙なんか受け取らないって言って、でも、つかさにはこの事は言わないで、それだけはこなたと同じ意見だから……」 かがみさんはそのまま布団の中に潜り込んでしまった。私は硬直して動けなかった。 つかさ「ただいま……って、お姉ちゃんどうしたの?、具合でも悪いの、ナースコールしようか?」 つかささんはベットに駆け込んだ。 かがみ「なんでもないわよ、久しぶりにみゆきが来たから……ちょっと疲れただけ……」 みゆき「すみません、長居しすぎました、今度は泉さんも連れてきますので」 つかさ「あ、ゆきちゃん……」 つかささんの制止を振り切り私は病室を出た。事態は私が思っているより悪い方向に向かっている。まさかあのおまじないのせいなのでは?。 おまじないの効果を切ることはいつでも出来る。しかしそれによるペナルティが私にとっては重過ぎる。まだなにか打開できる方法があるかもしれない。 次の日の昼休み、私は泉さんを屋上に呼んだ。 こなた「みゆきさんが私をこんな所に呼び出すなんて、しかも二人きりなんて」 私は黙って昨日の手紙を泉さんに差し出した。流石の泉さんも驚いた様子だった。 みゆき「この手紙の内容、冗談や嘘ならこの場で破いて下さい」 私も泉さんの冗談であって欲しいと願った。しかし泉さんは破ろうとしなかった。 こなた「かがみ、この手紙受け取らなかったんだね……そうだよね、いつも私は嘘や悪戯ばっかりやってるから……自業自得だね」 この言葉は私が一番聞きたくなかった。 みゆき「……本当なのですか、何時からなのですか?」 こなた「三年なってすぐかな……気付いたの」 おまじないの願いが叶った時期と一致している。私は確信した。あのおまじないせいでかがみさん、泉さんがこんな事になってしまった。 こなた「私、これからどうすればいいかな?、何していいか分からないよ……」 みゆき「えっ?」 励ましの言葉をかける?、それとも慰めの言葉……、病気で死んでいく人になんて言葉をかける?。何も思い浮かばない。 みゆき「と、とりあえずこの事をつかささんにも……」 こなた「それは止めたほうがいいと思う」 みゆき「しかしながら、時が経てば必ず分かってしまいます」 こなた「そうだね、でも、出きれば私が死ぬ直前までつかさには知られない方がいい、みゆきさんだってそう思ったからこんな所に私を呼んだんでしょ、 ここに人が来るのはゲームでは告白か自殺の時くらいだよ、みゆきさん」 私は無意識につかささんを避けていたことに気が付いた。泉さんもかがみさんも同じことを考えていた。もうこの話は続けなくていいかもしれない。 みゆき「すみません、泉さんのこれからどうすればいいと言う質問に明確な答えを私は持っていません、でも、もう一度、かがみさんに会われてみては?」 こなた「近いうちにね、いくらみゆきさんでも、即答できる質問じゃないことくらい分かるよ……もう戻ろうか、あまり遅いといくら鈍感なつかさでも怪しまれるよ」 みゆき「戻りましょう……」 私は逃げてしまった。答えを出せないから代わりにかがみさんに答えてもらおうとしていた。かがみさんもそれどころではないはずなのに。 教室に戻ると……つかささんの姿が見えなかった。 こなた「あれ?、つかさはどうしたんだろ?」 クラスメイト「あっ、泉さん、高良さん、さっき黒井先生が来てつかささんを連れて行ったよ、何か先生、慌てていたよ」 私と泉さんは顔を見合わせた。まさか……私達は職員室へ急いだ。職員室に着くとすでに先生とつかささんは病院に向かったの事だった。 かがみさんの容態が急変したようだ。泉さんは教室に戻るように言われた。私は学級委員代理として病院に行くように言われた。 みゆき「私は昨日すでにかがみさんと会ってきました、今、かがみさんが一番会いたいと思っているのはおそらく泉さんだと思います」 こなた「みゆきさん、私は……」 みゆき「手紙を返却された、それなら本人の言葉で伝えなければ、これが最後かもしれません……私は構いません、泉さん!」 先生「それなら二人とも行ってきなさい、と言いたいが他の生徒の示しもつかない、どうするかね」 こなた「みゆきさん、ごめん、私、行ってくる」 みゆき「いってらっしゃい」 泉さんは駆け足で走り去った。私はそれを見送った。 午後の授業を終え私は病院に向かった。病室に入ると、日下部さんと峰岸さんが既に居た。いや柊家のご家族の方々も揃っている。まさか……。 つかさ「お姉ちゃん、ゆきちゃん来たよ……もうちょっと早ければ逢えたのにね」 その場で泣き崩れるつかささん、黒井先生もがつかささんを支えている。 みゆき「かがみさん……まさか」 みさお「一足遅かったな、最後に会いたいって言ってたぞ」 頭が真っ白になった。昨日はあんなに元気だったのに。峰岸さんが私をかがみさんの所へと手を引いた。ベットに横たわるかがみさん、 顔には白い布がかけられていた。 あやの「高校になって高良ちゃん達と一緒のクラスになりたいって何度も言ってた、何か言ってあげて」 みゆき「かがみさん、私、今来ました……」 これ以上言えなかった。しかし何故か涙はでなかった。冷たい女だと思われそう。しばらく私達は悲しみに包まれた。 一通りの手続きが終え、私達は病室を出て控え室に移った。ふと気が付くと泉さんの姿が見えない。 みゆき「泉さんは……どうしたのですか?」 つかささんは泣き崩れていて私の質問など聞こえないようだった。 みさお「ちびっ子なら学校へ戻るって言ってたぞ、なんでも屋上へ行くって、何でだろう」 屋上へ、泉さんの言葉が浮かんだ『屋上に行くのは告白か自殺くらい』……自殺……この言葉が頭の中に響いた。 みゆき「早まってはいけない!」 私は叫んで病院を飛び出した。そして学校に向かった。 屋上に着くと私は辺りを見回した。屋上の端に泉さんが立っていた。一歩足を出せば落ちる位置に立っている。 みゆき「泉さん!」 叫んだ。しかし泉さんは振り返ろうとはしなかった。 こなた「やっぱりみゆきさん来たんだ、流石だね、屋上での会話で私が何をするか分かるなんて」 みゆき「そんな事はどうでもいいです、早まった事は考えないことです」 こなた「私の命と引き換えにかがみが助かるなら……そう思った、でもそれも無理だった、それに私に残された時間も無い」 みゆき「そんな事はありません、私とつかささん、いえ、泉さんが知りうる全ての人の為に、生きていて下さい」 こなた「つかさ……自分の身を削ってまでしても助けられなかった、今の私じゃつかさの支えどころか余計に苦しめるだけ」 みゆき「違います、違います」 こなた「かがみ、一人じゃ寂しいよね、一緒に行ってあげる……」 泉さんは私の目の前で屋上から飛び降りた。それから先はよく覚えていない。救急車が来た。それから暫くして屋上に先生と警察が来た。 そして何時間か職員室で質問された。質問の内容も答えた事もあまり覚えていない。夜遅くなり、お母さんが迎えにきた。 そこで初めて泉さんが亡くなった事を知った。それでも私は涙がでなかった。一日に二人の友人を亡くしたと言うのに……。 もう真夜中の三時を過ぎていた。家族は皆寝静まっている。気が付くと私はおまじないの紙を持って台所に立っていた。そしてコンロの前に居る。 私はおまじないの効果を消そうとしていた。そう、この紙を燃やせば元に戻れる。かがみさんと泉さんの笑顔がまた見られる。 いや、まだ燃やす事はできない。あの本の正体を知りたい。そして、燃やす事によって課せられるペナルティも消したい。私は紙を燃やすのを止めた。 私は紙を貯金箱の中に入れて鍵を閉めた。おまじないの効果を消す期限は一年間とあの本には書いてあった、まだ半年以上残ってる。 それまでに全てを元に戻す方法を見つける。私は固く誓った。亡くなった二人の為に。 それから私は学校の図書館を始めに街中の図書館を調べた。最終的には国立図書館まで足を伸ばした。しかし、あの本と同じものは無かった。 似たような本はあったが図形が曖昧だったりしている。この本はかなり古いものだった。二千年前の中国で書かれたものの写しらしい。 おそらく学校にあった本が原本と思った。少なくともあの本は二千年前より古い。それと、全てのおまじないは火を使うことによって 解除できる。おそらくあの本を燃やせば全ては解決する。分かったのはそれだけだった。 つかさ「ゆきちゃん、最近忙しそうだけど、体大丈夫なの?、黒井先生に居眠り注意されてたし」 心配そうに私に話しかけてきた。あれから三ヶ月、つかささんは少し元気を取り戻してきた。とは言っても事あるごとに涙ぐむことはしばしばあった。 みゆき「ご心配なく」 つかさ「ゆきちゃんは凄いよね、また学年で一位だったんでしょ、希望通りの大学も行けそうだし」 みゆき「私は、ただ調べるのが好きなだけです」 つかさ「私はね、料理関係の専門学校に行くことに決めたよ」 みゆき「つかささんなら、お料理は上手いし、手も器用なので良いと思いますよ」 つかさ「ゆきちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな……私が作った料理、お姉ちゃん喜んで食べてくれた、誰か知らない人もそんな喜んで食べてくれるような 料理を作りたい、私にはそれしか出来ない、ゆきちゃんは医者になるんだよね、こなちゃんやお姉ちゃんの病気なんかすぐ治せるお薬作って、 そうすれば、だれも悲しまなくて済むから……」 つかささんの料理を喜んで食べてくれたかがみさん、それを聞いて私は初めて目から涙が出た。私はあのおまじないの本と戦っていた。 おまじないを解く事はあの本の力に屈服したとことになる。そう思っていた。でもつかさんの言葉を聞いてそんな事はどうでもよくなった。 私に課せられるペナルティなんて、泉さんやかがみさんの苦痛に比べれば大したことじゃない。それにこれ以上あの本の正体に迫れそうにない。 みゆき「そうですね、泉さんとかがみさんの笑顔、もう一度見たくなりました、つかささんありがとう」 目を涙に潤ませたつかささんに私はそう答えた。今日、おまじないを解こう。 家に着くと私は貯金箱の鍵を開けて紙を取り出した。そして庭で紙に火をつけた……。 気が付くと私は学校の教室に居た。泉さん、かがみさん、私がつかささんの机を囲むように立っている。教室のカレンダーで今の日付を確認した。 二年の二月だった。 こなた「それでね、そのルートを選ぶとヒロインに振られちゃうんだよね」 つかさ「そんな、それじゃそのゲーム終わっちゃうよ」 かがみ「もう、ゲームの話は止めて帰らないか?」 久しぶりに聞いた泉さん、かがみさんの声だった。 何故だろう、あの時はまったく涙が出なかったのに、今にになって溢れるように涙が出てきた。そしてこみ上げてくる感情、抑えられない。 みゆき「泉さん、かがみさん……」 思わず二人の名前を呼んだ。 こなた「ちょ、みゆきさん、いきなりどうしたの」 慌てて私の元に駆け寄った。 かがみ「……、こなた、あんがあんな事言うから、昔の事を思い出したんだわ、みゆき……」 こなた「……ごめん、まさかみゆきさんが失恋……」 かがみ「ばか、何も言うな、こうゆう時は何も言わない……」 かがみさんは私をやさしく抱き寄せた。そのやさしさに私は声を出して泣いた。 あの悪夢は私だけの胸に、そして本は永遠に見つからない所へ……。これで良い。これで……。 そして、クラス替えの日が来た。今度はもうおまじないの効果はない。かがみさんには申し訳ないけどもうクラス割の結果は分かっている。 つかさ「やったー」 つかささんの喜ぶ元気な声が響く……クラス割表を見て自分の目を疑った。 何故?、どうして?、かがみさんが一緒のクラスになる?、そんなはずはない。あのおまじないの効果で一緒のクラスになった。その効果がないのなら 必然的に逆の結果になるはず。誰かが私のおまじないを解いた後、あの本を使った……。いや、ペナルティであの本は見つからない所に移る。 つかさつかさ「やったー!、お姉ちゃん、一緒のクラスだよ、小学校からの夢が叶ったよ、この前のお……」 途中で会話を中断したつかささんだった。 みゆき「どうしたのですか?つかささん」 つかさ「うんん、なんでも……ないよ」 かがみ「つかさ、はっきり言っていいわよ、こなたとまた同じクラスになって先が思いやれるって」 こなた「つかさ、はっきり言っていいよ、お姉ちゃん、学校まで一緒になって鬱陶しいって」 つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、私は……」 みゆき「ふふ、楽しいクラスになりそうですね、私は学級委員の引継ぎがありますので」 確かにつかささんの態度が急に変わった。もしかしたら……引継ぎは嘘。私はそのまま図書室に向かった。確かめたい事があった。 図書室であの本があった本棚を確認した。一冊分の空間が空いている。おまじないを解いてからも何度か図書室は使って、その度にこの本棚は確認 しているけどこの場所には違う本が置かれていた。違う本?。まさか、見つけられないと言うのは私の事だった?。別に違う場所に移ったわけじゃない。 私の目にはあの本は別な本に見える。それならば別人がおまじないの本を使う可能性がある。それがつかささん。つかささんならこの本に興味を持つ のは理解できる。いや、まだつかささんがおまじないをしたと言う確証はない。まだ泉さん、かがみさん本人がいる。直接聞きたいけど、それは出来ない。 聞いてしまったらおまじないの事を知ることになる。それだとおまじないを解除できなくなってしまう。悪夢が蘇った。これはおまじないなんかじゃない。 呪い。呪縛。この呪いでまた悪夢を見るのでは。もうそんなのは沢山。何とかして呪いを行った本人を特定して。真実を話して本を燃やしてもらわないと。 でも、一度呪いを解いた人が本の内容を他人に伝えると、伝えた人はこの世から消えてしまう。このペナルティが私を最後まで呪いを解くことを躊躇させた。 失敗は許されない。 私の心配とは裏腹に楽しい日々が続いた。確かにかがみさんと泉さんが以前よりも喧嘩が激しくなった感じはあるけど、それはクラスが一緒になったから、 そう思っていた。そんなある日、私は泉さんから屋上に来るように言われた。屋上……。いやな予感がした。 屋上に着くと、泉さんの他にかがみさんが居た。泉さんは私だけを呼んだのではなかった。 みゆき「お待たせしました」 かがみ「……みゆきも呼んだの?、つかさは、何故つかさは呼ばないのよ」 二人の顔は暗い表情だった。もう泉さんが何を言うかは想像できた。 こなた「かがみだって分かってるでしょ、つかさが知ったらどうなるくらい……」 かがみ「……分かるわよ、でも、それじゃつかさが、つかさが……」 みゆき「あのー、詳しくお話していただけますか?」 二人は既に話し合っているようだった。と言うよりは意見の違いがある。そんな感じだった。 こなた「……」 かがみ「どうしたのよ、みゆきに話しなさいよ、私に話したように……」 泉さんは話す様子がなかった。じれったくなったのかかがみさんが話し始めた。 かがみ「……こなたね、病気なの、もう末期らしいわ……」 同じだった。あの時と同じ。状況は微妙に違うけど同じことが起きている。あの時は涙はでなかった。何故か今は自然と涙が出てきた。 泉さんは同じ苦しみを二度も受けることになるから。 こなた「ごめん、みゆきさん、みゆきさんには知ってもらいたかったから、今後の事も相談したかった……」 かがみ「それでつかさには教えなくていいって言うの?、おかしいじゃない」 こなた「それじゃかがみから話して、出来る?、話したらきっとつかさ、自殺しちゃう、死なないまでもいままでのつかさじゃなくなっちゃう、そうでしょ?」 二人の話を聞いて思い出した。亡くなったかがみさんの側で泣きじゃくるつかささんの姿を、誰の話を聞こうとしないほどの激しさで泣いていた。 みゆき「私も泉さんの意見に賛成です、今話すのは早いような気がします、しかしこのままではいつかは気付かれてしまいす、何か対策が必要かと」 かがみ「みゆきがそう言うなら……」 こなた「ありがとう、みゆきさん、で、その対策って?」 みゆき「そ、そこまでは考えていませんでした、すみません」 かがみ「それなら、私とこなた以前DSの事で大喧嘩したでしょ?、喧嘩で絶交した事にしない?、それならつかさだって気が付かないわよ」 こなた「喧嘩ね、それほど大喧嘩じゃなかったけど……それはいいけどお昼とかはどうするのさ、少しでも話しかければ喧嘩してないのバレちゃうよ」 かがみ「そうね……お昼は私、日下部達のクラスに行くわ、それでいいかしら?、みゆきは中立的な立場でいれば問題ないじゃない?」 こなた「つかさが喧嘩の内容とか聞いてきたらどうするのさ」 かがみ「そんな所まで話し合わないといけないのか」 みゆき「そうですね、つかささんに内緒にしたければ出来るだけ合わせた方がいいと思います」 かがみ「逆に喧嘩の内容を話したらつかさが何かしようとしてややこしくなるわ、喧嘩の内容は内緒にしましょ」 みゆき「それで良いと思います」 こなた「決まったね、さすがみゆきさんが来ると話しが早いね、これからお茶でも飲んで解散しない?」 かがみ「いいわよ」 みゆき「はい」 こなた「それじゃいつもの喫茶で、先に行って席とっておくよ」 泉さんは駆け足で屋上を後にした。かがみさんはため息を一回ついた。 かがみ「ふぅ、あいつ本当に病気なのか、まったくもう……」 みゆき「まだ不満があるのですか?、今のうちに解決しておいた方がいいですよ」 するとかがみさんは私を睨み付けた。 かがみ「みゆきが賛成するとは思わなかった、つかさの何を知ってるって言うの?、話すのは早い?、見てきたような言い方をして!」 珍しく私に感情を露にした。見てきたような言い方……確かに私は見てきた。でもそんな事、言えるはずもない。 我に返ったのかかがみさんは直ぐに元の口調に戻った。 かがみ「ごめん、みゆき、私は内緒にする自信がない、こなたやみゆきは学校と放課後だけつかさと一緒にいればいい、でも私はつかさの家族なの、 放課後、朝、夜、休日、つかさと一緒の家で生活しているのよ……一人っ子のあんた達じゃ分からないわね、行きましょ喫茶店」 私は黙って頷いた。かがみさんが病気を秘密にするのを反対していた理由が分かった。 喫茶店では雰囲気は変わった。さっきまでの暗い話とは違って、いつもの話題で楽しい時間が過ぎていった。泉さんが時計を気にした。 こなた「ごめん、薬の時間になっちゃた、もうお開きにしよう」 みゆき「あ、もうこんな時間ですね、私も帰ります」 かがみ「あっ、いけない、まつり姉さんから買い物頼まれていたの忘れてた、みゆき悪いけど付き合ってくれない?」 みゆき「買い物、ですか、構いませんが……」 こなた「悪い、私急ぐから、今日は私のおごり、そのまま出ちゃっていいから」 泉さんは伝票を鷲づかみにするとレジに向かった。 買い物に同行して欲しいと言っていた。しかしかがみさんは商店街の方向とは逆に歩き始めた。そして寂れた公園に入り立ち止まった。 みゆき「あの、買い物は……」 かがみさんはそのまま立ち止まったままだった。 かがみ「あいつ、薬の時間だ、って言った」 みゆき「言いましたけど、それが何か?」 かがみ「病気なんだな、あいつ、今まで半分冗談かと思ったけど、あの言葉で初めて実感した」 みゆき「そうですか……」 かがみ「みゆきなら分かるよね、末期の患者が使用する薬」 みゆき「強力な痛み止め、モルヒネ、後は……」 かがみ「ばか、本当に答える奴がいるか!、私は、私は、そんな事聞いているんじゃない」 かがみさんの目が真っ赤に腫れていた、 かがみ「もうあいつを見ていられない」 そう言うと私に抱きつき、泣き始めた。 かがみ「泣かせて、もうつかさの前で泣くことも出来なくなる、だから……」 かがみさんの覚悟を感じた。私はやさしくかがみさんを抱き寄せた。呪いを解いたとき、かがみさんが私にしてくれた様に。 どのくらい時間が経ったか、かがみさんは我に返ったように私から離れた。 かがみ「ごめん、みゆき、もう気が済んだわ、ごめん」 みゆき「私こそ、何も気が付きませんで」 かがみ「まずい、本当に閉店しちゃう、急がないと」 みゆき「……買い物の件は本当だったのですか?」 かがみ「まあね、あれで忘れたなんて言うと凄いんだから、まつり姉さん、それでいつも喧嘩よ」 みゆき「それじゃ、急ぎませんと、それにどこかで顔を洗った方がいいですよ、涙の跡が……」 かがみ「分かってるわよ、悪いけどここで別れましょ」 挨拶代わりに片手をあげて走り去って行くかがみさんを見送った。 姉妹か……。お姉さんの事を良く言っていないのに私に話しているときは自慢げだった。確かに親子とは違う関係、一人っ子の私には理解できない。 羨ましいと思った。 次の日の放課後、私は先生の依頼で日誌の整理を図書室でしていた。三年前の日誌がどうしても見つからなかった。本棚を探していた。 ???「何の本を探しているのですか」 突然後ろから声をかけられた、後ろを向くと男子生徒が立っていた。 ???「一時間も探していたので、図書委員が何の為にいるのか分からなくなります」 みゆき「そうですか、三年前の日誌を探しているのですか……」 図書委員「管理番号はわかりますか?」 みゆき「管理番号?、二年前の日誌はあるので、これですか?」 私は二年前の日誌を図書委員に見せた。すると図書委員は受付の方も向いてもう一人の図書委員に管理番号を告げた。 図書委員「この番号からすると倉庫の方にしまってあると思いますよ……」 みゆき「そうですか、ありがとうございます」 図書委員「昨日も終業時間まで探している子がいて、あれは可哀想でした、せめてタイトルくらい覚えててくれてば……」 就業時間まで本を探していた子?、そういえば昨日、つかささんとは別行動だった。 みゆき「その人、どんな人でしたか?」 図書委員「貸し出し禁止の本って漠然と言ってたから印象に残った……ショートヘアーでリボンをしていた女の子、多分三年生だと思いますけど」 間違いない、つかささんだ。タイトルを教えなかったのは本の内容を読んでいるから、でもおかしい、本の内容を読んでいるのなら就業時間まで探すのは 不自然、願いが叶うと一年間は消えてしまうと書いてある。どうしてだろうか。 図書委員「はい、お探しの日誌です」 私は日誌を受け取った。 先生の依頼を全て終え、教室にもどった。教室には誰も居なかった。今日は一人。そういえばつかささん、二年生の時、図書室に何回行っただろうか、 私が知る限り、数回くらい?、内緒で行ったとしても私と同じか早い時間に帰宅している。私はあの本を写すのに二週間、つかささんは丁寧に書くから 全て写すには倍以上の時間がかかるはず。すると短時間で要点だけを写しておまじない、いや、呪いを行ってしまった。するとつかささんは 注意書きを全て読んでいないことになる。ペナルティの事、呪いの解き方。そうか最初の願いが叶うまで内緒にすると言うのをそのまま守っているだけかも。 それなら好都合、黙って呪いを解除されたら本を燃やす機会を失ってしまう。しかし、つかささんに全てを話して私の言うと通りに行動してくれるかが問題。 気が動転して失敗してしまうかもしれない。これ以上何も考えることができなかった。つかささんには悪いけど、全てを託すまでの気持ちにはなれなかった。 それから何週間か経ったか、私、泉さん、かがみさんで帰宅途中の時だった。 こなた「昨日、つかさ、怒っていたね……」 みゆき「ええ」 かがみ「昨日?、どうしたのよ、つかさは昨日の事は何も言ってなかったわよ」 こなた「私とかがみがあまり会っていないから何故って聞かれて……打ち合わせ通り喧嘩の事内緒にしたら怒った」 かがみ「つかさは言われたことを真に受けるから、今思えばもう少し考えるべきだったか」 こなた「本当にこれで良かったのかな」 かがみ「何今更言ってるのよ、言い出したのはこなたの方でしょ、もう後戻りできないわよ……ってそのつかさが来てないけど?」 みゆき「何か用事があると言っていました、先に帰っていいと、それに、泉さんとかがみさんはつかささんの前では一緒に居ない方がいいと思いまして、承知して つかささんと別れました」 何か泉さんの歩き方が辛そうに見えた。 みゆき「それより泉さん、辛そうですけど大丈夫ですか?」 こなた「大丈夫、って言いたいけど、ちょっと辛いや」 かがみ「ちょっとここで休みましょ」 皆が足を止めた時だった。 ???「お嬢ちゃん達、何してるのかな」 ???「この制服、陸桜学園じゃないか、私立金持ち高校、金もってそうじゃないか」 二人組みの男達が私たちの目の前に立ちはだかった。私は畏縮してしまった。私の前にかがみさんが立った。 かがみ「何よ、あんた達!」 チンピラA「威勢のいい姉ちゃんだ、何、ちょっとばかり金を恵んでくれれば直ぐに立ち去るさ」 かがみ「あんた達に渡すお金なんか無いわ」 こなた「あのー、かがみさん、そんな強気で大丈夫ですか?」 チンピラA「痛い目見ないとわからんようだな……ぐえっ!!」 何がなんだか分からなかった。男が振りかぶった瞬間泉さんが何かをしたようだ。男はその場に倒れ込んだ。 チンピラB「やってくれたな」 こなた「いや、そっちの方が先だったよ、正当防衛だよ」 男は懐からナイフのような武器を取り出した。 こなた「……流石に武器は辛いな……逃げて」 私は震えて動けない。かがみさんが私の手を引く。男は泉さんではなく私達の方を目掛けて突進してきた。私は目を閉じてしゃがんだ。 何も音がしなかった。 チンピラB「お、俺は知らないぞ、お前たちがいけないんだからな」 走り去る足音が聞こえた。私はゆっくり目を開いた。 かがみ「こ、こなた」 こなた「技、失敗しちゃった……」 泉さんはその場に倒れた。泉さんの腹部に男の持ってたナイフが突き刺さっている。 かがみ「こなた、しっかりしなさいよ、こんなの取ってやる」 かがみさんは刺さっているナイフに手をかけた。 みゆき「触ってはいけません、そのままにして下さい」 そう、刃物を無理に引き抜くと余計に出血が酷くなるを何かで聞いたことがあった。わたしはかがみさんにハンカチを渡し、傷口を直接押さえるように言った。 通行人が通報してくれたのか、すぐに救急車とパトカーが来てくれた。それから泉さんはベルトコンベヤーのような流れ作業のように病院に搬送された。 私達もパトカーで病院に向かい、病院の待合室で警察官の質問を受けた。一通りの質問を終えると、大半の警察官はその場を去った。 犯人がまだ逃走中とのことなので数人の警察官が残った。 かがみ「応急処置がよかったせいか、なんとかなったみたいね、さすがみゆきね」 みゆき「いいえ、通報が早かったからです」 かがみ「私がいけなかった様ね、勝算のないから威張りで……」 みゆき「聞くところによるとあの二人組みは凶悪犯のようです、どんな対応しても結果は同じだったのかもしれません、しかし、何故あんな事を?」 かがみ「あんな連中にこなたと会える短い時間を取られたくなかった、それだけよ」 急に弱気な声になった。 みゆき「かがみさん……」 かがみ「今朝も、さっきもこなたの辛そうな姿、もう見ていられない、薬も利かなくなってきてるみたいだし、それなのに私たちをかばうなんて……」 私は何も言えなかった。 かがみ「頭冷やしてくるわ」 かがみさんはそのまま病院を出てしまった。私はそれを引きとめることができなかった。 しばらくすると日下部さんが駆け込んできた。辺りを見まして私に気付くと近寄ってきた。 みさお「眼鏡ちゃんじゃないか」 みゆき「いったいどうしてここに?」 みさお「いや、校庭で柊の妹とはなしてて、うちの生徒が刺された話が来てね、まさか、ここに眼鏡ちゃんがいるってことは?」 みゆき「はい、泉さんが、刺されました」 みさお「柊!!!、なんでちびっ子を刺すんだよ!」 日下部さんの言葉を聞いて驚いた。なぜそんな話になっているか。 みゆき「日下部さん、何の話ですか?」 みさお「え?、違うの?柊の妹が、柊とちびっ子が大喧嘩してるって聞いて、その矢先にこの事件、タイミング悪すぎる」 みゆき「泉さんは今重態です、しかし、刺したのは他の人です」 みさお「そうか……犯人が柊じゃないだけでも良かったと言う事か」 するとつかささんが息を切らせて入ってきた。 みさお「柊の妹……、刺された人は泉こなた……やっぱりちびっ子だったぞ」 私を見て真っ青な顔になっている。日下部さんと同じ勘違いをしているに違いない。 みゆき「出血は止まったようですがまだ予断を許さない状況だそうです……つかささん、実は……」 つかさ「やめてー!、」 つかささんは両手で耳を塞ぎながらまた病院を走り去っていった。私はそれを追いかけようとすると日下部さんが私の腕を掴み止めた。 みさお「ちょっと話が聞きたい、柊の妹について……」 みゆき「しかし、つかささんが……」 みさお「柊の妹はそのまま放っておいても大丈夫、それより何故こうなったか聞きたい」 日下部さんは真剣な顔で私を見ている。私は待合室の奥に案内して椅子に座った。そして経緯を話した。 みさお「それで柊の妹に嘘をついた?、口裏合わせて?、眼鏡ちゃん、三年もクラスが一緒で……その程度の仲だったのかよ」 そんな言い方をするとは思わなかった。 みゆき「どうゆうことですか?」 みさお「それって、ハブるって言うんだぞ」 みゆき「そんな事していません、ただ、つかささんが泉さんの病気を知れば……」 みさお「知ったらどうする?、本当に柊の妹が死ぬと思ってる?、私が柊の妹だったら何故ちびっ子の病気の事を教えてくれなかったって死んじゃうぞ」 私は黙ってしまった。反論できなかった。 みさお「いつも仲良く楽しいときは一緒に笑って、悲しいときは別だなんて、柊の妹それを知ったら怒るぞ、部室に来た時の柊の妹の真剣な表情、 あれだけ真剣に仲直りさせようとしている柊の妹の心を三人で踏みにじった、違うかい?、眼鏡ちゃん」 私達は間違っていた。都合が悪いときだけ仲間はずれだなんて、本当につかささんの事を考えていなかった。 みゆき「私は、どうすれば……」 みさお「ここで待ってればいいと思う、柊の妹は戻ってくる、それに眼鏡ちゃんが居ないとちびっ子も寂しがるぞ」 どのくらい待ったか、つかささんはかがみさんを連れて帰ってきた。泣き崩れたかがみさんをしっかり支えながら病院に入ってきた。 すると、後から泉家の方々が続々と入ってきた。特におじ様の取り乱しようは見るに耐えがたかった。 その後、しばらく待ったが今日はもう面会できないので泉家以外の人は帰ることになった。皆が待合室を出るとかがみさんが私を呼び止めた。 かがみ「私、つかさに助けられた……」 みゆき「どうしたのですか?」 かがみ「私がこなたの死んでいく姿は見られないって言ったら何て行ったと思う?、私がこなたを刺した方がよっぽど良かったって言いった、 それならやり直しも仲直りもできるって、それを聞いたら私は……自殺する気が無くなった、それに、嘘をついた事を少しも怒っていなかった、 私達はつかさを子供だと思ってたけど、つかさの方がよっぽど私達より大人、つかさには悪いことした」 かがみさんはそのまま退室した。 つかささんがかがみさんの自殺を止めた。もし、泉さんが自殺しようとしていた時、つかささんが居たら同じように止められたかもしれない。 そういえば私が呪いを解く切欠を作ってくれたのもつかささんだった。もしつかささんの言葉が無かったら期限内に呪いを解いただろうか。 意固地になって本の正体を調べ続けていたかもしれない。そして一生あの本の呪いに苦しみ続けたかもしれない。何故もっと早く気が付かなかった。 つかささんは苦境に見舞われてもそれを跳ね除ける力がある。もう迷いは消えた。私の全てをつかささんに託す。そして呪縛を解く。 次の日の放課後、つかささんを自習室に呼んだ。つかさんは泉さんのお見舞いに行きたがっていたが無理に呼んだ。自習室は滅多に人が来ない。 これから行う事を誰にも邪魔されたくなかった。念のために私はお昼に自習室を貸し切るように先生に頼んだ。チャンスは一回しかない。 出来るだけ万全を期したい。 私が自習室にはいると既につかささんが席に座ってまっていた。 みゆき「おまたせしました」 つかささんは私の声に反応した振り返ろうとした。 みゆき「振り向かないで、そのまま後ろ向きの姿勢でいて下さい」 つかさ「これじゃ話し難いよ、なんでこのままなの?」 みゆき「すみません許してください……、これからつかささんにいくつか質問をします、ですが、つかささんは一言も答えなくていいです、 そのまま私の話を聞いているだけでいいですから、いいですね?」 私はあえてつかささんを後ろ向きにさせた。つかささんに何も答えさせたくなかった、うっかり事故を防ぐため、それに正面だとつかささんの顔を見ながら 話すとお互いに感情が湧き、話が続けられなくなる、そう思った。沈黙が続いた。つかささんは私の質問を理解してくれた。 みゆき「ご理解いただき、ありがとうございます……、つかささん、私は泉さんを助けたいと思っています、それにはつかささんの協力が不可欠なのです、 でも……これにはかなりの危険が伴います、失敗すれば命の保障ができません、それでも、私の話を聞く覚悟はありますか、もし、 少しでも疑問に思うのでしたら、私に話しかけて下さい……」 つかさ「……」 これでつかささんが拒否したら私はこの計画を中止する。かがみさんもこれから発病をするかもしれない。そしてわずかな時間かもしれないけど泉さん、 かがみさんと一緒に生きる時間を大切に過ごしたい……。つかささんは沈黙を守ったままだった。 みゆき「これからは後戻りできません、続けます……つかささん、図書室で『おまじない集』と言う本を探しませんでしたか」 つかさ「……」 つかささんのからだがピクリと震えた。これは最後の確認。つかささんはこれで驚いているはず。 みゆき「つかささんはもっと以前にその本を見て、おまじないを試しましたか」 つかさ「……」 これで私があの本を知っていることが分かったはず。 みゆき「その試したおまじないは『一緒のクラスメイトになるおまじない』ではなかったですか」 つかさ「……」 呪いの内容まで当てたようにつかささんに印象付けたかった。これで私の話に集中するはず。 みゆき「最後の質問です、そのおまじないの解き方を知りませんね」 つかさ「……」 なんの反応もない。やっぱりつかささんは最小限度の情報しか知っていない。 私の計画。まず私がつかささんに自分の呪いを解いてもらう、そして本を燃やしてもうらう。それだけではつかささんは本を燃やすことはできない。 呪いを解いたつかささんには別の本に見えてしまう。それをつかささんに教える。。つかささんが呪いを解けば今の私は消えても呪いを解いた私が 復活しているはず。その時つかささんは私が何故泣いたか本当の意味を知るに違いない。後は全てつかささんに任せる。 つかささんが本を置いてある場所を忘れていたら……そんな事はどうでもいい。 例えつかささんが失敗しても私は後悔しない。 私はつかささんに説明した。途中、私が体験した呪いの出来事を話した。感極まって声が詰まりそうになった。 つかささんと正面で話していたら、顔を見ながら話していたら。私は話を続けられなくなっていた。 そして呪いの解き方を教えた。もう消えてもいい時間、最後につかささんが私には出来なかった素晴らしい事をした事を教えたかった。 みゆき「かがみさんから聞きました、かがみさんの自殺を止めたと、つかささんならきっと本を燃やすことが出来ると確信しています」 突然目の前が真っ白になった。 気付くと泉さんとかがみさんが立っていた。二人は人形のように静止していた。 周りを見ると駅前に居る。ここは……柊家最寄の駅……。駅に居る人々も同じく人形のように動いていない。いや人だけじゃない、電車も、車も、全てが 止まっている。 ???「今、貴女は高校二年の二月に居ます、そして柊かがみと泉こなたと共に柊家に向かっています」 わたしは声のする方を向いた。ギリシャの神話に出てきそうな服を着た女性が立っていた。 みゆき「どちら様でしょうか?」 ???「私は悪い魔法使いに封印された妖精、私は六千年もの間呪いの本に封印されていました、今、本は燃やされ封印は解けた」 みゆき「本が燃えた、それでは、つかささんは本を燃やしたのですね」 妖精「そうです、見事でした、貴女に多くの説明は無用なようですね、ペナルティを逆に利用するとは、今まで誰も思いつかなかった方法です、 例え思いついても自分を犠牲にしてまで実行する人は稀でしょう」 私は泉さんとかがみさんの事が気がかりだった。 みゆき「妖精さん、教えてください、泉さんとかがみさんは今後どうなるのでしょうか」 妖精「……、二人の病気は本の呪いとは一切関係ありません、今後、二人は確実に発病するでしょう、しかし、呪いの影響で病気の進行が早くなったのは 否定しません……今、柊つかさが私に同じような質問をしました、どうでしょう、貴女と柊つかさの勇気を称え、二人の病気を治してあげましょう」 みゆき「ありがとうございます、しかし、何故、今回、かがみさんは病気にならなかったのですか?」 妖精「柊かがみの発病の時期が遅れただけです、この世は同じ条件でも必ず同じになるわけではありません、貴女なら理解できるはずです、それより、一つだけ 頼みたいことがあります、簡単な事です、それにこれは貴女しか出来ない事です」 みゆき「私に出来ることなら……」 妖精「燃やされた本は完全に灰にはなりませんでした、柊つかさが早く焚火を消してしまったのです、そして私は三日後にまたあの本に封印されてしまいます、 もう私は封印されたくありません、自由でいたい、しかし私達妖精は私利私欲の為に力を使うことを禁じています、だから貴女に頼むのです」 この妖精さんは未来の事まで分かってしまう力を持もっている。そんな妖精さんを封印した魔法使いってどんな人なのだろうか。 妖精「私は日食の日は普通の人間になってしますのです、その時に封印されてしまいました」 私の心までも読んでいる。妖精さんと言うよりは女神様のような気がした。 妖精「貴女は焚火から離れる時、一言、柊つかさに言うのです、『まだ焚火が燻っていますね、消さなくていいのですか?』 と、柊つかさは全てが灰に なった事を確認するはず」 みゆき「それだけでいいのですか?」 妖精さんは頷いた。 妖精「忘れなさい、この本の関わることの全てを、そして、封印を解いたことにより開かれた新しい道を歩みなさい、貴女達にはその資格がある」 こなた「みゆきさん、みゆきさん」 みゆき「えっ?、何ですか?」 こなた「さっきから空見上げて、何か見えるの?」 空は青く透き通っていた。まるで今の私の心を映しているようだった。 みゆき「楽しい時も、悲しい時も、皆で分かち合う事ができたら、素晴らしいとは思いませんか」 かがみ「みゆき、いったい何を言ってるの?、やぶから棒に」 みゆき「えっ?、私、何故言ったのでしょうか?」 かがみ「みゆき、大丈夫か?、こなたの近くにいるからボケが移ったか」 こなた「かがみー、酷いよ……でも、さっきのみゆきさんの言った言葉、何故か心に響いたよ」 かがみ「……楽しい事だけの友達じゃ寂しいじゃない、さっ、行こうか、つかさが何か用意して待ってるらしい、メールがきたわ」 こなた「つかさの作ったデザートは美味しいからね、楽しみだ、って?、つかさが何で私たちより先に家に帰ってるの?」 かがみ「何故って……私達ゲームセンターで遊んで……つまらないから家にでもって……みゆき、つかさから何か聞いてない?」 みゆき「用事があるから……と言っていた気がしますが」 こなた「つかさが用事?、こんなに早い用事は、さては告白してふられたな……まっ、いいか、行こう!」 先ほど何故あんな事を言ったのかは思い出せない。でも、泉さんとかがみさんの反応を見て分かった。掛け替えのない物を私達は手に入れたと。 終 ご感想は呪縛の方にお願いします。
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ID JD84J+LaO氏による小ネタ つかさは、柊家に嫌気がさして家出したようです つかさ「眼鏡割ってあげるからしばらく泊めて」 みゆき「帰れ」 ------------------------------------------ 闇。 暗くどこまでも続きそうな漆黒の中で、さらに黒を上塗りするようなやり取りが続いていた。 月に照らされる二人の人物は共にパジャマであり、それだけを見れば少女達の微笑ましい逢瀬にも思える。 しかし、シチュエーションというのは時に期待を裏切ることがある。 見る人が見れば、その綺麗に飾られた玄関が戦場の一角に見えたはず。少女達は目をそらさない。 「そう‥‥」 殺気。 その言葉が、この場の全て。一部の人を印象付ける一片の言の葉。 ひらり、とショートヘアの女の子がバックステップした。 片足で着地。そして着地した衝撃をバネにして再び目の前の人物へと目標を定めると、 「なら、全身の骨ぇ音がしなくなるまで割ってやるよっ!!」 突進。さらに左の拳が前へと突き出された。 静まり返った街中にその拳の命中音は聞こえない。見ると、指2本分くらいの差で避けている。 間一髪。しかしそれは同時に無駄の一つも見当たらない回避行動だ。 相手が自分の左をすり抜ける。そのスキを逃さず、取り出されたのは一筋の鈍い煌き。 鉄。警棒のような、相手を打撃で倒すためのシンプルな武器。 「甘いですよ、つかささん」 あくまで淡々と。 まるで子供に童話を語りかけるような抑揚のついた口調で、その凶器を相手の後頭部に向かって振り下ろした。 刹那、金属音が響く。それは繰り出した一切の無駄の無い攻撃が受け止められた証拠だ。 「そんなもので私に勝てると思ってるの?」 「ふふっ‥‥あまりに早く決着がついてしまっては面白くないではありませんか」 「上等っ!」 片方は鉄棒、そしてつかさの手にあるのは・・・杖のような、木の棒。 だが鋼の一撃に耐えているところを見るとかなりの硬度なのは間違いない。みゆきの手にある鉄棒と何ら遜色ないだろう。 こうなるとお互いの持ち物については五分と五分。 しかし、一対一(サシ)の対決においては大きな差となるこの状況。 体勢。 つかさは突っ込んだ時に力を込めるため、姿勢を低くして相手へと向かっていった。 そこに武器が振り下ろされて。当然、その反動を受け止めなければならない。 しかし未だ低い体勢のつかさが足で踏ん張ることは不可能。防衛手段として、とっさに片ひざをついてしまった。 一方で、攻撃を受け止められたとはいえ、あと数センチで命中していたという状態のために上から全体重をかけることの出来るみゆき。 ぎりぎりぎり、と鉄と木が奏でる擦り潰すような音。 「ふっふ、いつまで持ちますかね‥‥?」 「・・・っ!ちょっとこれは見くびってたかも、ね・・・」 でも、と呟いた彼女は少し深く息を吸い込んで、 「‥‥其は地を這いし大蛇。憑き絡み喰らう者とする。我が手に携えしは虚空の煌き。目覚めよ、白き光華!」 「‥‥っ??!」 とっさに後退。先ほどのつかさのように玄関から外へとバックステップをしたその瞬間。 鼓膜を貫くような音が走った。 「ライジングラウンド!!」 ばきん。 紡がれた言の葉が威として弾けた。 威力は丁度つかさのもっているステッキを点とした時の半径一メートルほど。しかしその射程内にあった家具やドアは全て一つの色へと変わっていた。 黒。焼き尽くされた後に残る黒。それは狭い範囲とはいえ当たってしまえば絶命は避けられないと相手に悟らせるには十分すぎるものだ。 「危なかった‥‥」 炎に属した呪文かと思ったが、目に写ったのは閃光。 全てを焼ききるほどの雷撃だった。 「これは‥‥私も手加減などとは言ってられないみたいですね‥‥!」 持っていた鉄棒を目の前へと投げ捨てた。 己の背へと手をやる。 再び腕を伸ばした時、その手には先ほどとはまた違う煌きを放つ武器が月光を浴びていた。 甘かった。武器に杖を持ち出したのは、攻撃のためではなく術の力を強めるためか。 しかし今のやりあいで相手の主な攻撃手段は術だと判明した。加えて相手の武器の素材。 「行きますよ」 そう言って更に距離を離すと、一息ついてから構えた。 刀。斬り、付き、二通りある攻撃方法のどれもが相手に致命傷をもたらしかねない一撃必殺の日本刀。 相手の攻撃手段が詠唱不可欠な術だと分かった以上、こちらが接近戦に持ち込み詠唱するヒマを与えなければいい。 更に相手の武器は木で出来ている。幾ら硬度の高い木であれ、鉄と比べれば次元が違うはず。 杖で応対してきたのなら、その杖ごと斬り伏せればいい。 「地鍔爪斬(ちがくそうざん)!」 刀を地面に這わせ、つかさに走りよる。 この技は通常の剣の間合いよりも1メートルほど離れた場所でも発動可能だ。切り上げと同時に地のエネルギーを自分と相手の間に壁を成すようにして吹き上げ、攻防一体の攻撃となる。 つかさは迎え撃とうとしているのか、少し構えを取っただけでそれ以上の動きは見せない。 致命傷とはならなくとも、敵の第一波は確実に防げる上に後々の攻撃に繋がる非常に有利な形で終わらせることが出来る。 隙が出来れば、相手をこの凶器で切り刻むだけだ。 あと三歩、あと二歩、あと一歩。 射程距離に近づいていく刹那、敵の声を聞いた。 「何勘違いしてるのゆきちゃん、まだ私の攻撃は続いてるよ?」 瞬間、足元に何かが絡みつく感触。 痛み。 「っあ!!」 足元を見る、そこには先ほど捨てた鉄棒が電気を帯びてパチパチと光を放っていた。 動けない。体が痺れる。 「どう?あの呪文は雷撃のほかにも周りの鉄や水を帯電させることが出来るんだ。すごいよね~」 無邪気な笑みを浮かべたのも一瞬。終わりの呪文(ことば)が聞こえてくる。 「狂気の集約、地の慟哭。紅蓮の焔より賜りし法は揺らぐこと無き絶対の絆。連鎖の理、普遍への回帰。我ここに断罪となりし戒めを示さん。汝の楽園は苦と熱波と死の先にあると知れ‥‥ボルケーノドライブ!!」 唸るようにして地から炎が吹き上げたかと思うと、みゆきへと襲い掛かる。 しかしその目に絶望は無く、未だ闘志がぎらぎらとまるで視野できるかのようだった。 「‥‥鉄。刀だって、鉄なんですよ」 全身に力という力を込めてようやく立ち上がると、地面に刺したままの剣を振り上げた。 剣にまとわりつく、眩いばかりの光。 「まさか、私の地電流のエネルギーを全部刀に集約して‥‥」 「いきますっ!!」 光り輝く刀を、その何十倍もの体積を持つ炎へと振り下ろした。 ずずん、という地鳴り。 つかさが事態を把握した頃には、既にエネルギー同士が衝突していた。 力はまさに五分と五分。散っていた力を集約した刀と、強大なエネルギーの奔流。 「くく・・・っ」 汗が滴り、ぽたぽたと落ちていく。 エネルギーを纏っているとはいえ、相手の術をこらえるための刀を握っているのは自分以外の何者でもない。 となると当然握っているみゆきに負担が生まれる。 ふと。 背後に殺気を感じた。目の前の炎に勝るとも劣らない、強烈な殺気。 「なっ、つかさ‥‥さん‥‥」 術を唱え終わったつかさが背後にいた。勿論、杖を構えて。 一方で術を必死で抑えているみゆきには成す術が無い。 しかし杖という殺傷能力の低い武器なら。 術者が元いた場所を離れたということは、もうこれ以上術の威力が強くなることはない。弱まる一方だ。 つかさがみゆきの身体を行動不能にするまで殴打するのが先か、それともみゆきが弱まっていく炎を押し切って未だ纏ったままの雷の剣でつかさを貫くのが先か。 しかしその半分同士の確率論は、次の瞬間意味のないものへと化した。 つかさが杖を抜く。 正しくは、鞘から引き抜いていく。 そう、つかさが持っている杖というのは術の威力を強化するという術者に特化したタイプの武器。 その実態は、中に刀が用意されている仕込みの杖。 「じゃあね、ゆきちゃん」 細い杖に用意されていただけあって普通の刀よりも細身になっているそれは、やすやすとみゆきの身体を貫いて。 同時に、先ほどまでみゆきが必死に支えていた術が正しく命中し─── 物凄い地鳴りと爆発音と共に爆ぜた。 「・・・ふぅ」 もはや廃墟と化したみゆきの家。 あたりを見渡す。住居という原型はもはやとどめていない。 「これじゃあ泊まれないよね‥‥ぁ、そうだ!」 困り果てたつかさだったが、もう一つの選択肢が現れた。 この家のすぐ近く、2つ離れた後輩の家へと───。 ‥‥つ づ き ま せ ん。
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気付くと駅の改札口の前に立っていた。病院から道一本だから私でも辿り着ける。吸い寄せられるように切符を買って駅の中に入った。帰ろう、もう峰さんの事は考えたくない。 駅のホームでベンチに座って電車を待った。だけど時間になっても電車は来なかった。 『お客様に申し上げます、只今、信号トラブルにて全線で運転を見合わせていただきます、重ねて申し上げます……』 昨日に引き続き電車は来ない。流石に今度ばかりは歩いて帰れる距離ではない。信号が直るまで待とう。 アナウンスが終わると列に並んで電車を待っている客の中から一人、また一人と駅の改札に向かう。きっとバスやタクシーに乗り換えるのかもしれない。 列から少し外れて話し合う人、携帯電話をかける人、私と同じようにベンチに座る人、新聞や本を読み始める人……同じ出来事なのに反応は皆違う、私はそんな光景を ぼんやりと眺めていた。 「ちょっと、どうなっているのよ、昨日といい、今日といい、いい加減にしてよね!!!」 女性の甲高い声が響いた。峰さん……私は声のする方を向いた。そこにはOL風の女性が駅員さんに食って掛かっていた。 女性「いつになったら動くのよ、はっきりして」 駅員「い、今の所、調査中でして、復旧の見込みは当分さきだと……」 凄い権幕だ。峰さんと勝るとも劣らない迫力、駅員さんは必死に対応していた。その様子を遠目で客が見ている人だかりが出来ていた。 そうか、そうなのか。私はその時気が付いた。駅員さんは峰さんの怒鳴り声が聞こえていなかった。姿も見えていなかった。だから無視しているように私には見えていた。 お客さんも気付く訳はない。私の会っていた峰さんは幽霊みたいなものだったのかもしれない。 犬に吠えられたのも私に吠えたのではなく、私の陰に隠れていた峰さんを吠えていた。私の飲みかけのジュースを断ったのはジュースを持つ身体が無かったから受け取れないから。 私は幽霊さんと会っていた。全然恐くない幽霊さん。霊感も超能力も無い私がなぜ見えたのかな。もうそんなのも興味が無くなった。 私がコスモスを摘もうとしていたのを止めたのもきっと、正体を隠すために適当に言ったに違いない。徹夜までして作った造花……もう峰さんの事は考えないって決めたのに、 まだ私は考えている。もう忘れよう。たった数時間の夢だった。そうだよ、夢。これは夢なんだ。 かがみ「やっと見つけた、いきなり飛び出してビックリしたわよ」 見上げるとお姉ちゃんが立っていた。お姉ちゃんは携帯電話を取り出してかけた。 かがみ「……もしもし、日下部か、見つけたわよ」 …… かがみ「うん、もういいわ、病院に戻ってもいいわよ、ありがとう、峰岸にもそう伝えておいて」 …… かがみ「……私はつかさと一緒に帰るわ……うん、うんん、いいの、私が居たって………」 …… 携帯電話から日下部さんの声がまだ出ているのにお姉ちゃんは電話を切った。溜め息を一回ついた。そして私の直ぐ隣に座った。 かがみ「別に隠すつもりはなかった」 つかさ「いいの、帰っちゃって、峰さんの所に戻らなくて」 かがみ「……電話の話ね、良いのよ……」 それからお姉ちゃんは黙ってしまった。私も何も話すつもりはなかった。お姉ちゃんと二人でこんなに静かなのは初めてかもしれない。 かがみ「峰さおり、私が一年の時にクラスが一緒でね……」 お姉ちゃんは私を見ずに話し出した。私も駅の乗客を見ながら聞いた。 かがみ「性格は、つかさの言うように私に似ているわね、学級委員になった私の意見をいつも反対して口論ばかり、それでも何故かが気は合ってね、お昼休みや 放課後なんかはお話をしたりして楽しんだわ、日下部と峰岸も自然に会話に入るようになった」 つかさ「でも、私は本当の峰さんを知らない……」 そんなに仲が良かったら私に紹介して欲しかった。ちょっと皮肉を込めて言った。 かがみ「……私は幽霊とか幽体離脱なんかは信じない、昨日つかさが会った人が誰かなんて興味はない、でもね、つかさの話を聞いていたらさおりを思い出してね、 まさかとは思ったけど、名前を聞いて愕然としたわ……」 つかさ「私が会ったのは峰さんの幽霊だよ……」 かがみ「幽霊か……」 お姉ちゃんはまた黙ってしまった。 『お客様に申し上げます、信号のトラブルは依然復旧の見通しが立ちません、お急ぎの方は……』 またアナウンスが響いた。今まで並んでいた客も一斉に改札口の方に向かって行った。電車は当分来そうにない。 かがみ「つかさ、さおりはどうだった、変わりはなかった?」 今度は私の顔を見て話をしだした。 つかさ「お姉ちゃんは幽霊を信じていないよね、どうしてそんなの聞くの、それに変わっていたって聞かれても答えられない、変わる前を知らないから」 かがみ「そうよね、そうだった……さおりは一年の後半で病に倒れてね、二年になってからは殆ど登校していない、三年A組とはなっているけど形だけ……私は暫く彼女の 声を聞いていない、二年は入退院の繰り返し、お見舞いに行ってもどんどん病状は酷くなるばかり、三年になってからは殆ど病院よ……つかさ達にも紹介したかった、 もっと話がしたかった……つかさが羨ましい、留年していた話も、好きな花がコスモスって話も私は知らなかった、つかさより時間はたっぷりあったのに……」 何だろう、お姉ちゃんがこんなに感情を込めて話しているなんて。怒っている時以外はいつも冷静なのに。 つかさ「そんなに大切な人なら、病院に戻った方がいいよ」 私もお姉ちゃんの方を向いて話した。お姉ちゃんは俯いてしまった。そして肩が震え始めた。 かがみ「今夜、さおりの家族の立会いの下で維持装置の電源を切るそうよ」 つかさ「電源を切るって、顔色も良かったし……どうして……」 かがみ「もう充分だからって、ご家族の判断よ、電源を止めて自力で呼吸をしなければ……もう終わり、終わりなのよ、そんなの私……見ていられないよ……うう、 つかさ、私、どうすれば良い、病院に戻っても、このまま帰っても、彼女を救うことなんか出来ない、どうすることも出来ない……」 俯いたお姉ちゃんの顔からぽたぽたと涙が零れるのが分かった。膝の上に置いた手の甲に何滴も涙が落ちた。 峰さんの言ったお別れってこの事だった。峰さんは私ではなく、お姉ちゃんにお別れを言いたかった。そんな気がした。お姉ちゃんに会いたかったけど幽霊を信じない お姉ちゃんじゃ峰さんは見えない。だから私に会って、私を通してお姉ちゃんにお別れを言いたかった。 それならお姉ちゃんはこんな所に居ちゃいけない、もちろん私も。お別れはお婆さんになってからだよ。 峰さん、これからお姉ちゃんを連れて行くよ、お別れじゃなく、お見舞いでね。私は幽霊じゃない峰さんに会いたいから。 つかさ「お姉ちゃん、病院に戻ろう、私も行かないといけないし」 お姉ちゃんは俯いたまま肩を震わせてまだ泣いていた。 かがみ「こ、この期に及んで、何をするの……」 つかさ「お姉ちゃん、泣くのは峰さんが亡くなってから、峰さんはまだ生きているよ、だから行って元気付けないと」 お姉ちゃんは顔を上げて私を見た。目が真っ赤で鼻も出ている。 かがみ「つかさ、見たでしょ、あの状況で何を元気付けるのよ」 つかさ「大丈夫だよ、きっと元気になるって言えば良い、あとは笑顔でいれば病気なんかどっか行っちゃうよ」 私はにっこり微笑んだ。 かがみ「大丈夫……もしかして言霊の事を言っているのか」 つかさ「そうだよ」 かがみ「ふざけるな、そんなの私は信じない……」 つかさ「信じる、信じないじゃないよ、家は神社でしょ、お仕事だから、お姉ちゃんだってお守り誰かに売ったでしょ、それと同じだと思って」 お姉ちゃんは私をじっと見ている。 つかさ「峰さんの病気は治る……はい、言って」 かがみ「さ、さおりの病気は治る」 棒読みで全然感情が籠もっていない。 つかさ「そんなんじゃダメだよ、そうだね……一年の時、峰さんと一緒で楽しかった時の事を思い出して、もう一度」 かがみ「さおりの病気は治る、そして病院を退院する。また一緒に語り合う……」 今度は違う。今度は祈るように一言、一言、に心が籠もっている。 つかさ「どう、病院に行きたくなったでしょ?」 かがみ「そうね……確かにさおりはまだ生きている」 お姉ちゃんは立ち上がった。 つかさ「あっ、その前にお手洗いに行かないと、お姉ちゃんのその顔……凄いよ」 かがみ「わ、分かってるわよ……」 私達は駅を降りて病院に向かった。 病室の前に私達は着いた。でもお姉ちゃんはドアを開けようとはしなかった。 かがみ「……出来ない、笑顔で入るなんて、やっぱり出来ない」 折角顔を洗ったのに目が潤み始めた。 つかさ「無理はしなくていいよ、峰さんの回復だけを祈ってて、それだけでもいいよ、私は峰さんに渡すものがあるから」 私はドアをノックして病室に入った。 日下部さんと峰岸さんが私たちを見て驚いた。 みさお「柊の妹、柊も、帰ったんじゃなかったのか?」 つかさ「そう思ったけど、私は峰さんに用事があるから」 日下部さんと峰岸さんは首を傾げた。 あやの「用事って、妹ちゃん、峰さんといつ知り合ったの?」 みさお「そうそう、どう考えたっておかしいぞ、会う機会なんてあるはずない」 つかさ「昨日会ったばかりだけどね」 みさお・あやの「えぇ??」 二人は顔を見合わせて驚いていた。二人には後でゆっくり話そう。私は峰さんの寝ているベッドへと近づいた。 つかさ「こんにちは、昨日ぶりだね、逃げちゃってごめんね、だってこんなになっているなんて思わなかったから、驚いちゃったよ、ちゃんと言ってくれれば良かったのに」 鞄の中から造花を取り出した。 つかさ「生花じゃ嫌がると思って、作った造花、峰さんの好きなコスモスだよ」 造花を峰さんの目元まで持って行った。目を閉じているから見えないのは分かっていた。だけど見て欲しかったから。 つかさ「それじゃ、病室の窓際に飾っておくから」 造花を窓際に持って行こうとした時だった。私の腕を掴んで止めた。その手は峰さんだった。峰さんを見ると目を開いて私を見ている。掴んでるけど力は弱弱しい。 口にチューブを付けているから喋られない。だけど何を言いたいのか分かった。私を掴んでいる手に造花を手渡してあげた。 造花でも重そうに手を震わせながらゆっくりと胸元まで持ってきてまた目を閉じた。お姉ちゃんが飛び込むように近づいてきた。 かがみ「さ、さおり、分かる、私が分かる、ねぇ」 峰さんは目を閉じながらゆっくりと頷いた。 かがみ・みさお「さおり……」 あやの「峰さん……」 三人はベッドを囲うようにして何度も名前を呼んでいた。三人とも目には涙がいっぱいに溜まっていた。私も貰い泣きしそうになってしまった。 同じ泣でも嬉し泣きは良いよね。今はお姉ちゃん達の再会を優先しよう。私はゆっくりベッドから離れて病室を出た。 すると数人の人が私と入れ替わるように病室に入って行った。きっと峰さんの家族に違いない。暫くすると歓喜の声がドアの隙間から聞こえた。 そのまま待合室でお姉ちゃん達を待った。 その夜、私達は最終電車で家に帰った。 かがみ「おーい、こなた帰るわよ」 放課後、お姉ちゃんが私の教室に入ってきた。 こなた「ちょっと待って、今重要なところだから」 お姉ちゃんは周りを見回した。 かがみ「何が重要な所なのよ、全く分からん」 こなた「それで、この場面ではどうするの?」 さおり「この選択肢では『大好き』を選んだらダメだから、バットエンドになるわよ」 こなちゃんは必死にメモを取っていた。 かがみ「何を話してるの?」 質問に答えない。話に夢中になっている。私が代わりに答えるかな。 つかさ「なんでもクリアできないゲームがあって、それについて教えてもらってるみたい」 かがみ「う~ん、まさかこなたとそこまで息が合うとは思わなかった」 するとゆきちゃんが、スーっとお姉ちゃんの間に割り込むように入ってきた。 みゆき「すみません、ここの公式のYの意味が分からないのですが……」 さおり「あ、ここね、ここはね……」 峰さんはゆきちゃんになにやら呪文のような話をしだした。ゆきちゃんは頷きながらメモを取っていた。後から聞いた話だけど大学の予習をしていて分からない所があったって。 ゆきちゃんでも分からない所があるのだと驚いたけど、峰さんがその内容を知っていて更に驚いた。病院では何もする事がないので、ゲームや読書を沢山したからって 峰さんは言っていた。だからゲームも勉強も凄く詳しくなってしまったらしい。 あの時、意識が戻ってから見る見る病気は良くなった。止まっていた治療も再開して、峰さんは一ヶ月前に退院した。病気は治った。体力はまだ回復していないので よく保健室のお世話になっていた。退院してすぐにこなちゃんとゆきちゃんを紹介した。すぐに意気投合、仲良くなった。 完全に蚊帳の外に追いやられたお姉ちゃん。私もこなちゃんちゃゆきちゃんの話に付いていけない。 かがみ「ふぅ、私の質問なんか眼中にないのか、これならさおりを紹介するんじゃなかった」 私の座っている席の隣に座って呟いた。 つかさ「そうかな、賑やかになって楽しいよ」 私は楽しそうに話している峰さん達を見ながら答えた。 かがみ「まだつかさに聞いてなかったわね、何故、さおりの意識が戻って直ぐに病室をでたの?」 つかさ「お姉ちゃん達が嬉しそうだったから……」 かがみ「それだけで」 つかさ「うん」 お姉ちゃんは溜め息をついた。 かがみ「ばかね、ああゆう時は独占しちゃっていいのよ、もうそろそろ欲を出してもいい頃だと思う、いつまでも爪を隠してばかりで使わないと取れるわよ」 つかさ「爪?取れる……何の事?」 かがみ「能ある鷹は爪隠す、知らない?」 つかさ「知っているけど、それがどうかしたの?」 お姉ちゃんはまた溜め息をついた。 かがみ「つかさ、あんたは何をしたのか分かってるの、奇跡とまでは言わない、でも、誰もできなかった事をした、そう思わない、さおりの命を救った、言霊を心理的に 利用してね、無意識にしたとしても正解だったわよ」 つかさ「私は何もしていない、出来たのはお姉ちゃんを病院に戻しただけだよ、峰さんの命を救ったのはコスモスの花だよ」 かがみ「コスモス、つかの作った造花ね」 つかさ「うんん、道路脇に咲いていた、私が摘もうとして峰さんが止めて助けたコスモスの花」 お姉ちゃんは微笑んだ。 かがみ「つかさらしいわね……でも、それも在りかな、私達人間に人の生死は制御できない」 お姉ちゃんの言っている意味が難しくて分からなかった。 気付くと、いつの間にか日下部さんと峰岸さんが峰さん達の会話に加わっていた。 こなた「おまたせ、かがみ帰ろうか」 今度はこなちゃんが話題に付いていけなくなったみたい。 かがみ「今更遅いわ、つかさと色々話していたら、もう少し居たくなった」 こなた「えー、つかさはかがみと同居でしるから何時でも話せるでしょ」 かがみ「ここに、こうして居る時間は今しか無いわよ、今は話をしていたいのよ」 こなた「えー、約束の買い物は~」 こなちゃんは口を尖らせて怒った。 かがみ「買い物こそ、何時でもできるじゃない」 こなた「限定品があるんだよ、そこには今しか買えない物もあるんだよ」 かがみ「買い物ってそっちかよ、付き合いきれんわ、どうせ私のポイントが狙いなんで……ん?」 クスクスと笑い声が聞こえた。皆はお姉ちゃんとこなちゃんを見ていた。 みさお「さおり、あれが名物の柊とちびっ子の喧嘩だ」 さおり「ふふ、聞いているのと見るのとでは違うわね……」 二人の言い合いが止まった。二人の顔が真っ赤になった。 さおり「あら、いいのよ、気にしないで続けて」 ふざけ半分でからかう峰さん。 かがみ「う、うるさい、見世物じゃない!!」 お姉ちゃんの怒号が飛び交って暫く沈黙が続いた。そして一斉に皆で爆笑をした。 かがみ「まったく、何が名物よ、日下部、部活はどうしたんだ」 まだちょっと怒り気味のお姉ちゃん。 みさお「もう部活はない、明日から自由登校だろ」 あやの「そうね、もう私達、卒業だから……」 皆の顔が急に沈んでしまった。 さおり「なに皆沈んでいるのよ、私の身にもなってよ……私はね、私はもう一度……」 え、まさか、また病院に戻るの、そんなの嫌だ。せっかく助かった命なのに…… さおり「私はもう一度、三年生をやり直すのよ、昨日先生に言われたわ、流石に日数半分以上欠席じゃしょうがない」 つかさ「よかった!!」 かがみ「バカ、何が良かったのよ、失礼よ」 お姉ちゃんが慌てるように私を叱った。私は峰さんの留年を喜んだわけじゃないのに…… さおり「ふふ、そう言わないで、そうね、そうよ、私は二年も留年するの、でもそれで良かった、だから皆とこうして出会えたのだから……そうでしょ、つかさ」 笑顔で返す峰さんだった。 つかさ「それじゃ、明日、また登校できる?」 さおり「するけど、いろいろ手続きもあるし……なんで?」 つかさ「今度二年生になる、ゆたかちゃん達を紹介しようと思って」 みゆき「そうですね、少しでもお友達は多いほうが良いです、私も明日登校しましょう、私もその中に紹介したい人がいるのです」 さおり「その人達ってどんな人?」 つかさ「みんな良い人だよ」 さおり「そう言うと思った……」 笑いながら峰さんは窓の外を見た。 こなた「さて、これから皆で買い物行こうよ~」 かがみ「だから今日はもう行かないって言ってるだろ、行きたいなら一人でいけ」 みさお「また始まった」 …… …… 私達は話し続けた。卒業まで残り少ない日々を惜しむかのように。そこには新しい友達が一人座っている。彼女はもう2年間も病気で留年してしまった。その病気の中で私と 出会った、不思議な出来事。 居眠りで二駅乗り過ごしたのが始まりだった。峰さんの乗り過ごしは二年間。私より失った時間は大きい。でももっと大事な物を手に入れたと私は信じたい。 これからもっと大事な物をこれから手にはいるかもしれない。それは私達次第かな。私達を乗せた列車は発車したばかり、その電車の終着駅はまだ決まってない。でも走り続ける。 生きている限り。これから大きな事故や故障がありませんように…… 就業時間を知らせるチャイムが鳴っても私達は帰ろうとはしなかった。窓からに真っ赤な夕日が射して教室が真っ赤に染まる。誰も居ない校舎に私達の笑い声だけが 木霊のように響いていた。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント いい話だった! -- 名無しさん (2017-05-21 17 20 05) 凄く良かった、つかさが出来る子だと 実はかがみ以上にシッカリしてる、あ る意味聖母ですね!感動しました。 -- チャムチロ (2014-03-17 23 42 49)
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一. 今日もいつもどおりの朝が来て、いつもどおりの晴れた日で、そしていつもどおり私は遅刻寸前で、今私はグラウンドを駆け抜けているところだった。 昨夜の深夜アニメはいつもどおりに面白かったものだから、ひと段落して寝ようと思っても興奮して眠れなくなってしまったのだ。 まったく、アニメのせいだ。別に私が悪い訳じゃないよね?うん、うん。 校舎に駆け込み、ロッカーから上履きを抜き出し、放り投げ、すばやく履き替えた。これもいつも通りの動作だった。 廊下を走るな、と言う張り紙をガン無視して突っ走り、3年B組と書かれた表札の前で急停止する。 さすがにもう夏だ。汗が体中から噴出し、髪の毛から雫が垂れる。 この扉を開けると、やはりいつもどおりの風景が広がっているのだと思った。 「せんせーっ!遅刻じゃないです!白いセールスマンに契約して魔法少女にならないかって頼まれまして、何でも叶えるって言うんですけど胡散臭くて、断ろうとしているうちにこんな時間になってしまいました」 いつもどおりだと思っていたら、少しだけ違った。 「ほう、先週は魔女に襲われた言うてたな」 「あれ?」 つかさがどんな顔してこっちを見ているのか気になったのだが。 「あれ?やない。早う、席付け」 「つかさも遅刻ですか?」 あいにく、つかさのいる筈の席には誰もいなかった。 かわりにみゆきさんと目が合うと、困ったような顔をしてつかさの席のほうへと視線をずらした。 私は先生の方へと顔を向けた。しかし、先生まで困った顔するのだった。 そして生徒達の方へと向き、少し息を吸い込んでから声を上げた。 「あー、聞いてくれるか?」 騒がしかった教室が、突然凍った様にシンとなった。 どうしてだろう。走ってきたからと言って、こんなにも胸が苦しいものなのだろうか? 「今日来てないから不思議に思った奴もおると思うけど、柊つかさなんやけどな、病気で暫くの間、入院する事になった」 女子の声で、何かヒソヒソと話しているのが聞こえる。男子の一部はもっと大きな声で騒いでいるのがわかった。 「今、精密検査を受けているところやから、詳しい事は分からんけど、良くなるように願ってやってな」 知らなかった。そんな事、聞いていなかった。いったい昨日は何があったと言うんだろう? 胸が苦しい理由は、このことを暗示していたのだろうか?まだ苦しい。締め付けられているみたいだ。 二. 「つかさの部屋はここよ。個室だけど、病院の中だから静かに頼むわよ」 かがみの案内で、つかさが入院している部屋へと通された。 かがみたちの通学路の途中に病院があったので、みゆきさんの家とは正反対の方向に来てしまった。 つかさは起き上がったベッドの背もたれに上半身をもたれながら、隣に座るつかさのお母さんと談笑していたところだった。 つかさの腕には点滴の針が刺さり、足の指には何かのセンサーが付けられているのが見えた。 いつも着けているリボンはなく、いつもと違うつかさに不安を覚えた。 「あ、お姉ちゃんだ。それにゆきちゃんに、こなちゃんも」 「あらみなさん、わざわざありがとう」 つかさとかがみのお母さんにお辞儀をされ、私は軽く頭を下げた。 垂れた自分の髪の隙間から、ふと隣を見ると、きれいなフォームで深々と礼儀正しくお辞儀をするみゆきさんがいたため、それにならって私は慌てて深く頭を振り下ろした。 「つかささん、こんにちは。突然の入院と聞いてビックリして来たんですよ」 「心配かけてごめんね。すぐに私、元気になって学校に行くからね」 「無理するんじゃないわよ。あせってまた体長をこじらされちゃ堪らないんだから。私たちは別に急いでなんかいないわよ」 「オホホ?かがみんに連れられてきたんだけど、一番あせってたのは結局かがみんだったみたい。病院の中で迷子になりかけたんだよ。いやぁ、みゆきさんがいなかったら未だにたどり着けなかったかもしれないね」 それを聞いたかがみは、急に顔を赤く染め、そっぽを向いてしまった。 「うっさいな、いいじゃないの無事に着いたんだから」 場所は違えど、今話していることや、ハイテンション具合やらは、いつもと変わらない日常だった。 つかさの身に何が起こったのか、詳しい事はかがみから聞いた。 それによると、昨日の夕方の下校途中から腹痛をうったえ始め、家に着いた頃には既に自力で立つのがやっとの状態だったと言う。 慌ててこの病院に連れて来たところ、そのまま入院となったのだそうだ。 今は点滴の投与で落ち着いているが、それは薬のお陰で今の状態を保てているだけで、今の元気なつかさは仮のもの言うことだ。 精密検査は今日一日かけて行われた。結果は早ければ今日中に分かる。 その時になれば、家族ではない私とみゆきさんは、ただのお邪魔虫になってしまうわけだ。今日は長居出来ない。 もとより、みゆきさんの家が遠いため、夜遅くまでいる事はそもそもはそもそも出来ない。 病人に負荷をかけることもない。 かがみも含めて、私たちは病院を後にしたのだった。 みゆきさんと二人で、電車に乗った。お互い口数は少なく、でも無理して何かを言おうとするわけでもなかった。 「明日、かがみさんが、つかささんの事について、また詳しいことを教えてくれるはずです。それまで待ちましょう」 みゆきさんが、ポツリと無言の空間を切り開いた。 「うん、きっとすぐ治るよ」 「はい」 当たり前だと思った。病気を治すために病院にいるのだから。 問題はすぐに治るのかどうか。 しかし、常識的に妥協したこの願いさえ、裏切られる事となった。 三. 次の日、かがみは登校しなかった。 何度も携帯に電話やメールを送っているのにまったく返信が来ない。 せっかくこの私が珍しく、携帯電話を活用していると言うのに、かがみは一体何をしているのか。 何をしているのか、それをイメージしようとして、頭をブンブン振って一旦脳味噌をシャッフルした。 なんせ昨日の今日だ。検査結果は既に出ているのだろう。 だから授業中は、何も考えない。 「なんや泉。今日はえらい集中しとるやないか」 「え?」 「え?やないわ。目ぇ開けながら寝とったんやないやろな。ゲームも大概にしときぃよ」 周りから笑い声が聞こえる。笑えない、まったく面白くない。 ただ砂時計の砂を眺めているような、途方もなく無益な時間に思えた。 授業が終わり、私はみゆきさんと下校していた。これから二人で、また病院へ向かうのだ。 校門を出て、左に向きを変えると、石垣に持たれかかりながら、地面を見つめるツインテールの少女がいた。 あんなところで待っていたんだ。いつから?ひょっとして朝からいた訳じゃないだろう。 おそらく、病院を経由してここへ来たんだろう。 「かがみ!どうしたのさ。電話したんだよ」 「ごめん、こなた、みゆき」 「かがみさん、顔色が、優れませんよ?」 「うん……」 「その、つかさがどうかしたの?いつもどおり登校できるのは、いつになるの?」 「もう、戻れないの」 「え?」 ずっと地面を見つめていたかがみが、私に抱きついた。 膝を地面に付けて、顔を私のお腹に押し付けて、ただかがみがプルプルと震えているのが感じられた。 嗚咽が暫く続いた。かがみが続きを喋られるまで、そっと傾けられた頭を抱きしめる。 しっとりとした紫色の髪が、柔らかく私の指に絡んでいる。 「変わっちゃった。私、もういつもみたいに、笑えないかも知れない……。いつもどおりには二度とならない」 「どういう、ことですか?ゆっくりで良いです」 「つかさはね……、つかさはねっ……」 「うん」 また暫く、嗚咽があった。かがみの顔は見えないが、今どんな表情なのかは簡単に想像できた。 「つかさは……。ガンなんだって。もう……、治らないんだって」 みゆきさんも、そして私も、何も言わなかった。いや、何を言えばいいのかわからないのだ。 かがみはいつもの冷静さを取り戻しながら、声を低くして唸るように言葉を続けた。 「レントゲン写真を見せられながらお医者さんに言われたの。リンパ管にガンが出来てたの。そこを中心にしてもう、全身に転移し始めてた。お腹を痛がっていたのは、胃ガンのせい」 「そんなのって……。つかさは?つかさはこの事を知ってるの?」 「ううん、その事は伝えてない。すぐに治る病気だと思ってる筈よ。だって不安を煽るだけじゃない。それを自覚して出来る事は少ないわ。なぜならつかさの寿命は、たったの数週間」 四. 「よっ、つかさ、お見舞いに来たわよ」 「おぉっ、大所帯でやって来たね。ああ、いまつかさは寝てる所だよ」 病室の奥を見ると、かがみとつかさのお姉さんであるまつりさんが座っていた。 そう言えば、代わりにお母さんがいないようだ。家に帰ったのだろうか。 「ま、そこに座りなよ」 「気持ち良さそうに寝ていますね」 みゆきさんがじっとつかさを見つめている。 私とかがみはまつりさんの言うとおりに。ベッド横の椅子に腰掛けた。 「かがみ、うちの神社にリボンが落ちてたけど、これあんたの?」 「うん?違うわね、これはつかさのリボンよ。なんで神社に……、あぁ、病院に来るときに落としたんだ」 「……、そうだ。かがみん、ちょっとそのリボン貸してよ。つかさが起きないように、それを結ぶからさ。ちょっとみゆきさんどいて」 私は半ば強引にリボンを奪うと、つかさの方へと手を伸ばした。 なにやらまつりさんもノリノリのご様子で、ニヤニヤしながら私といっしょに席を立った。 ひらひらとはためいたリボンが、みゆきさんの小ぶりで可愛い鼻に直撃したのが見えた。 「は……はひぃ、ひく、く、くしゅん!」 あぁ……。 「う、うん……。あれ?」 「つ、つかささん。起こしてしまい、申し訳ありません」 「みんな、来てたんだ。あ、こなちゃん。それ私のリボン」 「あ?これ?ヌハハハハ。まつりさんが神社で拾ったんだって。あ、そうだ。ならベッドに結んどくよ」 「ありがとう、まつりお姉ちゃん」 「いやあ、目立つからね。黄色は」 「それをあんた、つかさが普段付けてるリボンだったこと、わかってなかったじゃない」 「ぐぅ……」 「えへへ、ごめんね。私すぐに良くなって、お礼にクッキーたっくさん、焼くからね」 いいや。つかさは二度とクッキーを焼けない。 「そ、そうだね、楽しみにしてるから」 「つかささん、無理しないでくださいね」 「大丈夫だよ、今は外出禁止だけどさ。私、こんな病気すぐに治しちゃうから。そしたらさ、新しく出来たケーキバイキングのお店に行こうよ」 「ええ」 きっと、ケーキも二度と食べられない。 「そうだ、海に行きたいな。去年みたいに、皆でさ。成実さんの運転はちょっと怖かったけど」 もういやだ、こんなの耐えられない。だって、つかさはもう、海を見ることは決してない。 でもその事は言わないと、かがみとみゆきさんと約束したのだ。 ぐっと握った拳に、汗でねっとりとした感触が気持ち悪い 「ごめん、つかさ、みんな。ちょっと急用を思い出しちゃった。ごめん、先に帰るね」 私は逃げるように病院を飛び出したのだった。 五. 私は家に帰らなかった。 お父さんには、今日はかがみの家に泊めてもらうと電話を入れたのだ。 携帯電話が便利だと言うのが、ようやく理解できてきた気がする。 私は今、病院の近くのマンガ喫茶にいる。時間はもうすぐ夜の九時。そろそろ良いだろう。 結局、マンガを読むのに集中できず、どんなストーリーだったのかまったく頭に入っていない。 マンガ喫茶の会計を終えると、私は病院へと再び足を向けた。 夜の病院と言うのは、意外にも不気味さなどは少なく、人の気配も感じられて安心感がある。 それもそのはず、灯りはぽつぽつと点いている。 そもそもこの施設の中には大勢の患者さんや、夜勤中のナースやお医者さんがまだいるのだから。 ホラーの中でも定番中の定番の場所設定だったが、あれは廃病院とか、そういった類だっただろうか?まあ、どうでも良いや。 私は堂々と、いっさいの不信感を感じさせずに、玄関にいる警備員をスルーして病院へと突入した。 ナースとすれ違ったが、軽くお辞儀をして(泊り込みで付き添いをしている者ですが、なにか?)という雰囲気をかもし出しながら闊歩した。 そして難なくつかさの部屋にたどり着くと、そうっと、スライドドアを開いた。 そこにはベッドで安心したように眠るつかさの姿があった。 だまって入院していれば、自分は必ず回復すると信じているつかさ。 その寝顔が、私には怖かった。夏だと言うのに、汗をかいているというのに、急に寒くなった気がした。 「つかさ、つかさ。起きて、つかさ」 私はつかさの肩を叩いた。 「う、うぅん?」 目をこすりながら、私の顔を見つめようとする。 そこで気がついたが、こんなに暗かったら私が誰かわからないのではないか。 「こなちゃんの声?どうしたの?」 「つかさ、私がわかる?」 「うん、こなちゃんだよね?どうしたの、まだ真っ暗だよ?」 「つかさ、だまって、聞いてほしいんだ」 私は、今日の夕方にかがみから聞いた、つかさの本当の現状をありのまま全てを、つかさにゆっくりと言い聞かせた。 ガンだと言う事、治らないということ、そしてつかさの命は、残り数週間で終わりを迎えるということを。 真実を伝えるというのが、こんなに簡単なものだとは思っていなかった。 一度口を開いたら、後から後から残酷な言葉を吐き出す自分の口が、自分のものではない様に思えた。 全てを語った。暗くてつかさの表情が分からない。 「こなちゃん、それは、私のためを思って、教えてくれたんだよね?」 「うん……」 「ありがとうこなちゃん。本当に辛かったのは、みんなだったんだね」 「違うよ!私たちの事なんて考えなくていいから。だからさ、自分の事を考えて良いんだよ。つかさが私に甘えてくれれば、それだけで良いんだよ」 「ありがとう……」 相変わらずつかさの表情は分からないが、言葉の端が震えているのが、つかさが泣いているのだとわかる、ただ一つの証だった。 何気なくベッドの手すりに手を添えると、手になじむやわらかい物に当たった。 今日の夕方に自分で結んだ、つかさの黄色いリボンだった。こんなに暗くても、鮮やかな黄色が闇を弾いている様に良く見えた。 このリボンを付けて、元気良く登校して、なんの不安もなく当たり前の日常を、当たり前に謳歌していた、あの頃のつかさが脳裏によぎった。 かがみは言っていた、いつもどおりには二度とならない、と。 「酷いよね、酷すぎるよね。つかさはまだ「待って」」 ハッとした。私の小さな同情は、ますますつかさを傷つける。今の言葉はただの毒だ。 つかさはまだやりたい事たくさんあるよね。そう言ってなんになる?出来る事は限られている。 「私、せめて一つだけやりたい事があるの。こなちゃんお願い、叶えて」 六. 金曜日。結局、その日は眠れなかった。 だから寝坊はしなかったものの、頭が働かずにボーっとする。 自分の席について、うつらうつらしていると、かがみが教室に入ってきて私の席の前にやって来た。 みゆきさんが不思議そうにこちらを見ているのがわかる。 ちょっと来なさいと、私の手を引いて人のいない会議室の中に連れ込まれた。何をするつもりなのかと、寝ぼけた頭で考えた。 バシンッ 強烈な衝撃が、寝ぼけた脳天を貫いた。大きな音が無人の会議室に響く。 訳が分からないまま、私は会議室の床にしりもちを着いた。 暫く呆然としていたが、頬がじんと痛くなって、初めてかがみに頬を叩かれたのだとわかった。 「な、なんのつもりさ!」 「昨日の夜、つかさから電話がかかって来たわ。あんた、つかさに言ったわね?秘密にするって約束したじゃない」 「それは……」 「なにをしたのか分かってるの?あんたのした事は、ただの逃避よ。つかさに対して黙って、嘘をついて、自分に罪を被せられるの嫌になったんでしょう?この約束を破った時に、一番苦しむのはつかさなの!あんただけ楽になろうなんて、許さない!」 「かがみ、私は……」 私は必死で言い訳を考えている。あぁ、かがみの言っている事は正しい。言い訳なんて出来る訳ない。 私はうつむいた。 「ごめん、ごめん、なさい……」 涙がこぼれた。私が泣いている。何年ぶりの事だろう? 「謝らなくていいわ。私にも、つかさにも、今さらその言葉はどうでもいいの。ただ、その気持ちは忘れないで。あんたにはやるべき事があるわ。私も、そしてみゆきにもお願いするから」 私はゆっくりと顔を上げた。かがみと目が合うと、ばつの悪そうな顔をして吐き捨てるように言った。 「つかさが、海に行きたいって言ってる」 七. 携帯が鳴った。かすむ目をごしごしとこすり、携帯を開くとかがみからだった。現在早朝の三時。モーニングコールだ。 夜九時に、前と同じくつかさの部屋に侵入。そのままベッドの隣にあった長椅子の下に潜り込み、一夜を過ごした。 きゅうくつな場所から体をひねり、ズルズルと這い出す。再び夜の病院。この光景を目のあたりにしたものは、ホラー映画も真っ青だ。 ベッドではつかさがまだ眠っていた。 「つかさ、起きろ~」 「あと五分……」 申し訳ないが、布団をひっぺ返してつかさをたたき起こした。 部屋の片隅には車椅子が置かれていた。 つかさがすでに自力では立てないほど脚力を失っていた事を知ったのは、つい昨日の事だった。 しかし今回、この車椅子を使う事はしない。私はつかさを背負い上げた。 都合のいい事に、今はつかさに点滴は投与されていない。 つかさと私の身長差はある。誰かがこの様子を見れば、きっと不恰好なのだろうが、そもそも誰にも見られないように病院を抜け出す事が今のミッションだ。 「こなちゃん、なんだか緊張するね」 「しーっ、静かに。敵はどこに潜んでいるか分からないからね」 ベッドに結わいであったつかさの黄色いリボンが、今日は久しぶりにつかさの髪を縛っている。 ナースも誰もいない廊下。つかさに負荷を掛けないように、走る事はしない。 ただ目立たないように、黒いジャージを上下に着込み、闇にまぎれて廊下を突き進む。 エレベーターは誰かが使用しているかもしれないため、非常階段を使って一階に降りる。 また少しの距離を廊下を進まなければならない。しかしすぐに出られる。そんな時に、背中のつかさがピクリと動いた。 「こなちゃん、後ろから足音が聞こえる」 「むむっ、トイレに隠れよう」 私たちは、二人で女子トイレの個室に隠れた。もちろん、鍵もかけて。 女子二人でトイレに篭る。一人は無防備。なんかエロい……。もちろん何もしないが。 足音が通過していき、しんといっさいの物音がしなくなった。 体力には自信があるが、さすがに体格差もあって、つかさを支える腕が限界に近づいている。 「よし、行こう」 トイレを出たなら、すぐにガラス張りの廊下が見える。ガラスの向こうは、病院の中庭だ。その廊下の一番すみっこに、非常用の扉があった。 鍵がかけられていて、外からは鍵がなければ開かないが、内側からなら誰でもサムターンを回せば開けられる構造だ。 私たちはそれを開いて、外へ出た。まだ太陽は顔を出していないが、空がすでに白んでいた。とびっきりの快晴だった。 「きれい……」 つかさが耳元でささやく。百パーセント同意だった。 中庭を抜けて、病院の駐車場に行くと、予定通りの場所にステーションワゴンが一台、駐車してあった。 車の隣には、みゆきさんとかがみが立っている。 「さあ、乗ってください。海へ行きましょう」 次のページへ
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お誕生日は、大切な日。 だれでも知っていることだけど、それでも私には特に。 冬に生まれてくるには、私の体はちょっとだけ小さかったみたいで、だからお 母さんはとっても苦労したんだって、物心ついた頃におねえちゃんから聞いた。 最近はだいぶ良くなったっていっても、それでもたまにわがままを言ってしま うこの体のことだ。小さい頃なんて、もっともっと大変だったんだろう。そう 思ってお父さんとお母さんにごめんねって言ったら、笑いながら頭を撫でてく れたから安心した。 だから私は、他のひとよりも少しだけ、誕生日を大切に思っている。お母さん だって、お父さんだって、お姉ちゃんたちだって、今朝家の前を通り過ぎたネ コさんだって、がんばって生まれてきて、がんばって育ててもらったに違いな いのだから。そんな私も、とても健やかに、とはいかないけれど、二度目の制 服に袖を通すくらいに大きくなった。なかなか出来なかったお友達もできて、 新しい学校にもすっかりなじんだ………と思う。 最近買ってもらった携帯電話に、お知らせのメッセージが一つ。少しだけ暑さ を忘れる夏の夜、私は窓から星空を見上げながら。 「どうしようかなあ―――」 そう呟いた。 * 「誕生日プレゼント?」 「うん、考えてみたんだけどなかなか決まらなくて………」 「ふーむ」 急な相談にも頭を悩ませてくれているのは、同じクラスでお友達の田村さん。 体のこともあって、中学校の頃からなかなか人と遊ぶことができなかった自分 と、入学してからずっと仲良くしてくれている人だ。今でも人とお話しするの が少し苦手だから、こうやって相談できる友達がいるというのは自分にはとて も嬉しいこと。 「んー、でも、私よりも小早川さんのほうが、岩崎さんと仲いいしなあ。私じ ゃあ中々決められないかもだー」 そもそも私リアルでの人間関係狭いしなー、って涙を流しているけど、私なん かよりよっぽど人付き合いは上手いと思う。こなたお姉ちゃんとだってすぐに 仲良くなっていたし―――お姉ちゃん曰く、「ルイトモだよゆーちゃん」と言 っていたけれど―――、だからきっと私に思いつかない考えを出してくれるか も、と思ったのだ。 「それにしても、随分早くから誕生日のこと考えるんだねー。たしか岩崎さん の誕生日って、九月だったよね?」 「うん、そうなんだけど………ほら、私ってドジとかよくするから」 周りの人には迷惑をかけていると思うし、それを抜きにしてもいつも「ありが とう」の気持ちでいっぱいだ。だから、その分「ありがとう」をできる時には、 目いっぱいの感謝を込めたいと思っていたりする。それに加えて、私はあまり 要領が良くないから、お誕生日に間に合わせるためには少し早くから行動して おかないといけないというのもあったり。 「センパイならそういうの、『萌え要素だ!』って言うんだろうけどねー。っ ていうか、岩崎さんもそうだと思うんだけど、私は別に迷惑をかけられてるな んて思ってないんだヨ?知ってるかな、『友情は見返りを求めない』ってや つ」 「あはは、それは知らないけど、なんとなく分かるよ」 「うんうん、それならいいのさ」 なぜか知らないけど、田村さんは嬉しそうだった。それから色々考えてみたけ ど、やっぱりなかなかいい案は浮かばない。三人寄れば文殊の知恵って言うけ ど、いつもの三人が集まったらこっそり相談している意味が無くなってしまう。 今決めなきゃいけないことじゃないけど、でも後に伸ばしていたら、喜んでも らえるものが―――ありがとうって伝えるのに一番いいものが、思い浮かばな くなってしまうかもしれないし。どうしよう、どうしよう。うんうんと声を出 してみるけど、それだけじゃどうにもならなかった。そうすること二十分くら い、田村さんが顔を上げる。 「―――ダメダメ!このままじゃアレだよ、存在が固定行動に固着しちゃうっ てヤツになっちゃうよ」 難しいことを言っていた。アハハ、最近やったゲームのウケウリなんだけど、 と照れて、一息。 「やっぱ私たちだけじゃ、すぐにはムリかもしれないよね。だからさ、頼りに なるセンパイに意見を聞いてみるってのはどうかな?」 * 「うーん、文殊の知恵かと思ったんスけど」 「甘いわね、ひよりちゃん。女三人寄れば姦しいって言葉もあるのよ」 「船頭多くして船山登る、ということわざもありますし………」 ううーと田村さんが頭を抱えているのは、いい案が思い浮かばないからじゃな くて、お姉ちゃんの部屋で繰り広げられている終わりの見えない話し合いにつ いてだった。田村さんをフォローしていたかがみ先輩と高良先輩も、議論がま た湧いていると見るやそちらに参加して、ベッドの上には途方にくれている私 と田村さんが残されている。 「私はやっぱり、何かお料理を作ってもらうとかがいいかな」 「あのねーつかさ、プレゼントっていうのは後に残るから価値があるのよ。料 理とかはあくまでプラスアルファ!」 「にひひ、さっすがかがみん、プレゼントにコダワリアリ、だねー。近いうち に誰かにあげたりするのカナー?」 「う、うっさい!別に他意は無いわよ!っていうか、そういうアンタこそどう なのよ」 「うーん、やっぱカーディガンとかカナー、キャラ的に」 「あんたの意見はなんか裏の意図が有りそうで嫌だわ………」 「ゆきちゃんは何がいいと思う?」 「そうですね、みなみさんは読書が好きですから、やはり本を贈ると喜ばれる のではないかと―――」 「ちっちっちっ、みゆきさん、それじゃフラグは立たないよ?こう、大事な時 には意外性のあるプレゼントで興味を惹くことによって」 「あんたねー、和やかな誕生日になんて妄想を抱いてんのよ」 誰かが意見を出して、それにかがみ先輩がつっこみを入れて、お姉ちゃんがか らかって、みゆき先輩が軌道修正。それの繰り返し。私は、さすがお姉ちゃん たち、色んな意見が出るなあと思って見ているんだけど、田村さんは「今は同 人のネタはいらないんスよー」と言ってうなだれていた。自分も何か意見を出 さないと、と思って考えてはみるんだけど、そう思えば思うほど頭の中はこん がらかってしまって、どうにもまとまらない。ただ、みなみちゃんに「ありが とう」を伝えられるものを渡さなきゃ、という思いだけが強くなってくるのだ。 お姉ちゃんがつかっている、ふわふわの枕を抱いてみる。こんな風にあったか くて柔らかいものを思いつくことができたらいいのに。 白熱する議論で、中々まとまりが出ないことに疲れたのか、かがみ先輩が大き く息を吐いた。 「ふう。こういうのって難しいわよねー、やっぱ相手がいるってだけで重みが 違うわ」 「ですね。自分が欲しいものを相手が欲しがっているとも限りませんし」 プレゼントで悩んだことがあるのは、私だけではないみたい。やっぱりみんな、 仲のいい人にモノを贈るなら喜んでもらいたいし、逆にがっかりさせてしまっ たらとても落ち込んでしまうことになるんだろうなあ。私もこれまで何度かプ レゼントを贈ったけれど、簡単に決めることができたのは一度もなかった。い つだって、その人が何が好きだったかとか、何を欲しがっていたかとか、いっ ぱい考えていたと思う。私の場合は、贈る相手は家族ばかりだったから、調べ るのも大変じゃなかったんだけど。 「うんうん、そうだよー。私もみんなにプレゼントあげるときはすごく悩むん だから」 「こなちゃんに貰ったのって確か―――」 「マニアックな意図が込められたものばっかだった気がするわね」 意図を理解できるセンパイはそれを受け取る資格があるんスよ、と田村さん。 他の人も否定しないところを見ると、きっと本当のことなんだろう。 「でもでも、それも基本的にはちゃんと喜んでもらうこと前提に選んでるんだ からねっ、その辺は勘違いしてもらっちゃ困るよかがみん」 「はいはい。応用的にはそうじゃないとしても、ちゃんと感謝してるから大丈 夫よ」 泣き付いたお姉ちゃんの頭を撫でて、かがみ先輩はこっちに向き直った。 「でも、こなたじゃないけど、やっぱり大切なのは気持ちだと思うわよ、ゆた かちゃん。私はみなみちゃんとそんなに話したことがあるわけじゃないけど、 いい子だって事は分かったからね」 「ええ、私は小さい頃からお付き合いさせてもらっていますけど、とっても思 いやりのある子です。きっと、こんなに自分のために考えてくれていることを 知ったら、すごく喜ぶんじゃないかと」 もしかしたら、恐縮してしまうかもしれませんけど、と言って高良先輩は笑う。 他の先輩たちも同意見みたい。そんな中、こなたお姉ちゃんが田村さんを見て、 「おっ、何か嬉しそうだねえひよりん。何か思うところがあるのかな?」 そっちを見ると、どこか照れくさそうに笑っている田村さん。 「なはは、センパイにはお見通しッスねー。いや、私は誕生日もう過ぎてるん スけど、その時の事を思い出しまして。私はすっごく手の込んだ絵本を貰った んスけど、今みたいに色々考えて作ってくれたんだなーと思うと、こう、込み 上げて来るモンがあるんスよー。最初に相談してもらえたのも嬉しいですし。 あー、ゆたかちゃん好きだー!」 「ひゃあっ」 急に横から抱きつかれて驚いてしまう。でも、こんなに喜んでもらえたなんて 私も嬉しいから、 「私もひよりちゃんの事好きだよー」 抱きつき返して、抱き合った。プレゼントってやっぱりすごいんだ。今まで仲 の良かった人と、もっと仲良くなれてしまう。 「めでたしめでたし、これにて一件落着!」 「アンタがまとめるな!それに、結局プレゼントは決まってないんだし。―― ―まあ、でも」 「これなら、私たちがいなくても決められそうですね」 「やっぱり一件落着だね、こなちゃん」 「うむ!」 微笑ましく視線を送られてちょっぴり恥ずかしかったけれど、嬉しいほうが大 きかった。ひよりちゃんはとってもあったかくて、ずっと抱き合っていられそ うな気がした。だから、 「うん、そうしよう」 すんなり、考えはまとまったのでした。ありがとう、お姉ちゃんたち。 * 一ヶ月は短すぎるくらいで、要領の良くない私は、その日に向けて必死にがん ばった。プレゼントするものを決めて、ひよりちゃんにその事を話して、せっ かくだから二人で合わせようと言う事になって、今日はみなみちゃんの家で誕 生会。みなみちゃんのお母さんの作ってくれたケーキとごはんをご馳走になっ て、少し犬と遊んで。 「お誕生日おめでとう!」 「おめでとうー!」 みなみちゃんの部屋で、改めてもう一度おめでとう。 「うん………ありがとう」 大げさではないけれど、喜んでくれているのがわかる。ひよりちゃんは前に 「怖そうに見える」って言っていたけど、今はみなみちゃんがどう思っている かちゃんとわかっているみたいで、私と顔を見合わせて笑った。 「それでね、プレゼントなんだけど―――」 後ろ手に持っていた紙袋を前に出す。ひよりちゃんも、同じ紙袋。でも、中身 は少し違うのだ。みなみちゃんもさっきから気になっていたみたいで、気取ら れないようにしているけれど、それもわかってしまうのは、それだけ付き合っ てこれたことの証。 「ゆたかちゃんと一緒に作ってみたんだー。慣れてないからちょっと出来には 自信がないんだけど」 「開けてみて、みなみちゃん」 二つの袋を手渡す。うん、と言って開けられたその中には、 「マフラーと、手袋………」 「えへへ、ちょっと季節はずれだけど。マフラーは私、手袋はひよりちゃんだ よ」 取り出して、みなみちゃんはその感触を確かめるように胸に抱いている。喜ん でくれたみたいだね、とひよりちゃんに目を向けると、満点だよっ、と親指を 立てていた。何をプレゼントしよう、手作りの方が気持ちを込められるよね。 そう思って頭に浮かんだのが、前の冬に見たみなみちゃんの姿だった。あの時 みなみちゃんはマフラーをしていなくて、ちょっと寒そうだなあと私は思って いたのだ。お姉ちゃんの部屋で抱き合っていた時に考え付いたから、やっぱり お姉ちゃんたちのおかげだ。嬉しそうにしてくれているのを見ながら、私たち はもう一組の紙袋を取り出す。 「それでね、ちょっと趣向を凝らしてあるんだよ、みなみちゃん」 「うん、これ思いついたのはひよりちゃんなの」 私の袋からは、さっきと同じマフラー。ひよりちゃんの袋からは、さっきと同 じ手袋。それを二人で交換する。みなみちゃんは頭にハテナマークを浮か べている。 「ふふふ、これで三人お揃い!ペア………じゃなくて、トリオルックの完成だー!」 言ってひよりちゃんは、前に私にしたようにみなみちゃんに抱きついた。おろ おろしているみなみちゃんがおかしくて、助けを求めるようにこちらに視線を よこされるけど、いじわるして私も抱きついてしまう。こうなるとみなみちゃ んもどうしようもなくて、真っ赤になりながら、おずおずと私たちの背中に手 を回していた。傍から見たら変に見えるかもしれないけれど、私はとても幸せ だった。 「次はゆたかちゃんの誕生日だからさ、みなみちゃん」 「あ………うん、分かった。それで、ちゃんとお揃い」 「楽しみだなー、早く冬にならないかなあ」 九月の半ば、手袋をした私と、マフラーをしたひよりちゃんと、両方を身に着 けたみなみちゃん。私は、三人で揃って歩く冬の日を、とても待ち遠しく思っ たのだった。 お誕生日、おめでとう。
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クズのような自分なんかとは、ちっとも釣り合わない彼女ができたら、どうする?wwwwww 考えてみ?wwwwwwwwwwww 頭が良くて、美人で、スタイルが良くて、運動も出来てさwwwwwwww 全然、もう全然自分なんかとは毛色の違う人なんだよwwwwwwww 君だったらどうする?wwwwwwwwwwww 俺の場合は、有頂天になったねwwwwwwwwwwwwww 朝、通学路を歩く俺は、目の前に愛しの彼女を見つけたwwwwwwwwww テンションが一気にMAXwwwwww思わず駆け寄って、その細い背中に声をかけたwwwwwwww 「みゆきさんwwwwwwwwwwwwドゥフッwwwwwwドゥフッwwwwwwwwww」 肩をぽんっと叩くwwwwwwww 桃色の髪を跳ねさせて、彼女は振り向いたwwwwww 大きなめがねと、ぱっちりとした瞳wwwwww そして、弾むような爆乳wwwwwwwwww そう、皆のアイドルwwwwww みゆきさんだwwwwwwww 「ああ、おはようございます」 みゆきさんはふわりと笑ったwwwwww俺も釣られて笑うwwwwwwエフッwwwwエフッwwwwwwww 「珍しいですね、今日は遅刻しないんですか」 「みゆきさんに一刻も早く会いたかったからさwwwwwwビックバーンwwwwww」 というと、みゆきさんは照れたように笑って、顔を伏せたwwwwww その頬は紅く染まっているwwwwwwww俺もつられて紅くなるwwww自分で言っといてwwww自分で言っといて紅くなるからwwww みゆきさんと俺は、最近付き合いだしたwwwwwwwwwwww ある日、突然みゆきさんが、俺に告白してきたのだwwwwwwww それはもう驚いたねwwwwwwwwなんてったって、憧れの女性から告白されたんだからwwwwww 俺はもうはしゃぎまくりでOKしたwwwwwwww そして今に至るwwwwwwww そうそう、とみゆきさんは俺に顔を向けたwwwwwwww 「この間ですね、こなたさんと面白い出来事がありまして」 「泉の野郎がどうかしたんですか?」 「こなたさん、突然『私、かがみんと付き合うことになったから』と言い出しまして」 「ありえそうですね」 「私驚いてしまって、動揺するやら、おめでとうと言うやら、それはもう、慌てたのですが」 「慌てるみゆきさんも可愛いですよ」 「実は、それは嘘だったんですね」 オチも何もない話wwwwwwwwだが、俺はげらげら笑ったwwwwwwみゆきさん可愛いよwwwwww 「だけど、泉の野郎、太い奴ですね。みゆきさんに嘘を吐くなんて」 と俺が言うと、みゆきさんはぼそぼそ唇を動かしたwwwwwwww 「あの、私だけ抜け駆けしてしまったから、こなたさん、ちょっと驚いてしまったようで……」 「抜け駆け? どういうことですか?」 あの、その、とみゆきさんはしどろもどろwwwwwwドロヘドロwwwwww面白いよねwwwwwwww 「私だけ、恋人ができてしまったから……」 心臓が跳ね上がったwwwwwwそういう彼女は、とても美しかったwwwwwwwwwwww ひらりと桜が待ったwwwwwwwwwwそういえば、もうそんな季節だwwwwwwww みゆきさんの頭に、桜の花びらがついたwwwwww俺はそれを目で追いながらwwwwww 「俺は、みゆきさんに絶対、嘘なんか吐きませんよ」 と言ったwwwwwwwwww言ったったwwwwwwww みゆきさんの顔は、桜よりも紅くなって、はい、と呟くと、さらに俯いたwwwwwwwwwwww 学校に到着して、俺とみゆきさんはそれぞれのクラスに向ったwwwwwwwwww 机のうえに鞄を置くと、勝手に顔が笑ってしまうwwwwwwww 何て幸せなんだろうwwwwwwふわふわして、現実感がないwwwwww ずっとこんな日々が続けばいいのになぁwwwwwwwwwwwwwwww と、思っていた矢先、腹に激痛が走ったwwwwwwww ぐるぐると腹が鳴るwwwwwwwwぐるぐるぴーぴーwwwwwwww どうやら、腹を壊しているwwwwwwww 恐らく、朝にカレーを食べたせいだろうwwwwww 調子に乗ってコーラとか飲んだからwwwwwwwwww俺の馬鹿wwwwww 俺は慌てて、トイレに向ったwwwwwwwwwwww だが、トイレは全部空いていなかったwwwwwwwwww 朝にうんこする奴多すぎwwwwww家で済ませろやwwwwwwって俺もかwwwwwwww 一人つっこみをいれてる間も、腸内運動は激しいwwwwwwwwww 元気なそれは、もう入り口まで迫っていたwwwwwwwwww 俺は、やむをえず、女子トイレに駆け込んだwwwwwwww 幸い、女子トイレには誰もいなかったwwwwwwww 俺は個室に飛び込んで、臨戦体勢wwwwwwww うんこは軽やかに飛び出たwwwwwwwwww えも言われぬ快感の後、さあっと血の気が引いたwwwwwwww これ俺変態じゃんwwwwwwww女子トイレでうんこするとか完全なる変態じゃんwwwwwwww 俺は、慌ててトイレから脱出を試みたwwwwwwww だがそのとき、がやがやと、誰かがトイレに入ってきたwwwwwwww 俺は慌てて個室に隠れたwwwwwwww 女子ってのは、何でこうも集団でトイレに行くのかwwwwwwww 聞くつもりもないが、自然に会話が聞こえてきたwwwwwwww 「ねー、くさいよねー。……って、本当に臭くない?」 「ハンバーグみたいな匂いがするねぇ~」 「ちょっ、つかさ、表現が生々しい……」 どうやら、トイレに入ってきたのは、みゆきさんたちと仲が良い、泉と、柊姉妹の三人のようだったwwwwwwwwww 三人はトイレはしないで、洗面台のところで雑談しているwwwwwwwwww 俺は何となくその会話に聞く耳を立てたwwwwwwだって気になるんだもんwwwwwwww 「みゆきさんもやるよねー。まさか本当にするだなんて」 「ね、私、すっごく驚いたよぉ」 どうやら、みゆきさんのことを話しているwwwwwwww ますます聞く耳を立てた俺の鼓膜に、衝撃的な言葉が飛び込んだwwwwwwwwww 「罰ゲームとはいえ、まさか本当に告白するとはねー」 罰ゲーム?wwwwwwwwwwwwww どういうことだ?wwwwwwww みゆきさんは、俺に罰ゲームで告白したのか?wwwwwwwwww その瞬間、頭の中で、ジグゾーパズルが完成したみたいな感覚がしたwwwwwwwwwwww そうだwwwwwwwwww考えれば、当たり前だwwwwwwww 俺のような劣等生を、みゆきさんが好きになって、あまつさえ彼女から告白してくるなんてwwwwwwww ありえないんだwwwwwwwwそんなことwwwwwwww 俺は、がちゃりと扉を開けたwwwwwwwwひぃっ、という短い悲鳴が上がって、三人はこちらを見たwwwwwwww 俺は彼女たちには一瞥もせず、溜息をついて、トイレから出たwwwwwwwwwwww その日の帰り道、後ろから声をかけられたwwwwwwww みゆきさんだwwwwwwwwww 笑顔で、駆け寄ってきたwwwwww俺は、その笑顔に、胸が痛んだwwwwww 全部、嘘の癖にwwwwwwww頭が良い人は、演技も上手いのかなwwwwwwww みゆきさんは言ったwwwwwwwwww 「今日の夜、暇ですか? お話したいことがあるんです」 ほらきたwwwwwwと、俺は心の中で言ったwwwwwwwwww 「坂の上の、桜の木の前で待っていて欲しいんです」 その場所は、俺がみゆきさんから告白を受けた場所だwwwwwwww よりにもよって、そんなところを選ぶなんてwwwwwwwwww 嫌味な人だよwwwwwwまったくwwwwwwww 「来てくださいね」 みゆきさんは、暗い顔の俺を覗き込んだwwwwwwwwww 俺は、無理に笑顔を作って、 「ええ、行きます」 と言ったwwwwwwwwww みゆきさんは照れくさそうに笑うと、ぽてぽてと、走り去ってしまったwwwwwwww 俺はその後ろ姿を見ながら、自嘲的に笑ったwwwwwwww 「振られるってわかってるのに、行くかよ」 次の日、みゆきさんは学校に来なかったwwwwwwwwwwww ぽっかり空いている机を、廊下から見て、俺は苛立ったwwwwwwww 何であんたが、逃げるんだよwwwwwwww 逃げたいのは、俺だwwwwwwww ぬか喜びさせて、本当は嘘だったなんてwwwwwwww 俺は馬鹿みたいじゃないかwwwwwwwwwwいや、馬鹿なんだけどwwwwwwww そのとき、がつん、と後頭部を殴られたwwwwwwww 驚いて振り向くと、柊姉妹の、姉が俺を睨んでいるwwwwww その後ろには、妹と、泉がいたwwwwwwww二人も、俺を睨んでいるwwwwww 「なんだよ」 「なんだよじゃないわよ。あんた、昨日みゆきの約束ほったらかしたわね」 「ああ、そうだよ」 「そうだよ、って、あんたねぇ」 「うるさいな」 俺は、きつい口調で言ったwwwwwwww 「全部、嘘だったんだろ。罰ゲームだったんだろ。何で行かなきゃいけないんだよ。どうせ、振られるのによ」 俺よりもきつい口調で、柊姉は怒鳴ったwwwwwwww 「馬鹿!」 廊下を歩く人たちが、皆一斉に俺たちを見たwwwwwwww そんなこともお構い無しに、柊姉は言うwwwwwwww 「みゆきみたいに初心な子が、例え罰ゲームでも、好きでもない男に本当に告白すると思う?」 「ど、どういう意味だよ」 「あの子はね、前からあなたのことが好きだったのよ。それを、いつまでも悩んでいるから、私たちが無理矢理告白させたの!」 ぐらりと頭のなかが回ったwwwwwwww 天地がひっくり返ったようだったwwwwwwwwww 心臓がばくばく鳴って、ぐるぐる混乱するwwwwwwww 柊姉は教室を覗き込むと、言ったwwwwwwww 「みゆき、来てないの?」 「あ、ああ、今日は、来てない」 「昨日連絡したときは、もう帰る、って言ってたのに。まさか、あの子……」 俺は、柊姉の次の言葉を待たずに、走り出したwwwwwwwwww みゆきさんはきっと、まだ、あそこで待っているwwwwwwww 俺は確信を持って、そう思ったwwwwwwwwww 何故なら、俺はみゆきさんに言ったからだwwwwwwww 俺は絶対に、嘘なんか吐かない、とwwwwwwwwwwwwww 桜が雨みたいに舞っているwwwwwwww その下に、みゆきさんはいたwwwwwwwwこちらに背をむけて、ぼうっと立っているwwwwww 坂を全力で疾走した俺の心臓は、はちきれそうだったwwwwww ぜいぜいと息を吐きながら、俺はみゆきさんの細い背中に、声をかけたwwwwwwww 毎朝、そうしているようにwwwwwwwwww 「みゆきさん」 みゆきさんは振り返ると、少し驚いて、それから、ふわりと笑ったwwwwwwww 「来てくれたんですね」 「すみません、みゆきさん。俺」 「謝らないでください」 ぴしゃり、と遮られるwwwwwwww みゆきさんの目の下には、隈ができていたwwwwww 昨夜から、今まで、彼女はずっと、俺を待っていたのだwwwwwwww 胸がずきりと痛んだwwwwwwwwww 深呼吸するみたいに、あるいは桜の香りを楽しむみたいに呼吸して、それからみゆきさんは話し出したwwwwww 「昨夜、私はあなたに別れ話を持ちかけようとしていました」 当然だwwww俺のような馬鹿男wwwwwwふられて当然だwwwwww だけど、何でだ?wwwwww当然だと思うのに、すごく、悲しいwwwwwwww みゆきさんは、言葉をつむぐwwwwww 「そして、また、正式に告白しようとしていました」 みゆきさんの桃色の髪が、桜の花びらに混じって、風に流れたwwwwwwww 「だって、私は、いつだって正直なあなたに、嘘を吐きたくなくなかったんです。きっかけの罰ゲームは、私の意志ではない。だから、この関係は、一旦リセット。そして私は、罰ゲームでなく、あなたに、本当の気持ちを伝えたいのです」 聞いてくれますか……? みゆきさんは静かにそう言ったwwwwwwww ぱっちりとした、だけど少し疲れた目が、俺を真っ直ぐに見据えるwwwwwwwwww 俺の答えは、決まっているwwwwwwwwwwwwww 桜が、頑張れ、とでも言うみたいに、風に傾いだwwwwwwww 終わり
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ゆたかの実家にお邪魔させてもらえると言う事で、今私はゆいさんが運転する車の後部座席にゆたかと並んでいた。 普段住んでいる泉さん宅とは違うもう一つのゆたかの家を目指していた。 私とゆたかの座高の差が大きいものだから、ゆいさんいわく「あはは、ゆたかとみなみちゃんを見てると姉妹みたいに見えるよお!でも本当のお姉さんは私だかんね!?」だそうだ。 それを聞いたゆたかは「またお姉ちゃん、そうやって私を子ども扱いするぅッ!」と、雪見大福みたいに、ほっぺをまん丸くぷく~っと膨らませるのだった。 高校初めての夏休み。 太陽はギラギラと輝き地面をちりちりと焼いていて、時折吹く風が何とかそれを冷まそうとするも、結局それが原因で風までもが炎のように熱を持って暴れまわっている。 それに対してこの車の中はよくエアコンが利いていて、外界の熱波など今の私たちには全然関係ない。快適そのもの! の、はずなんだけど、どうしてだろう……。ゆいさんの車に乗ると、すごくめまいがしてくるように感じるんだ……。 そもそもはゆたかの体調を気遣った結果、涼しく快適になってるはずんだけれど、あれ?この車、タイヤがキュルキュル言いいながらカーブを曲がってるよ?。 なんだか目が回ってくるから、遠くの景色を見ようと窓の外を覗いてみた。 元気よく作物が育ちつつあるのどかな田園風景と、青々とした低い山々に囲まれた、私が住んでいる都会の住宅街とは正反対に、自然ゆたかな町並みが広がっていた。 あ、今私、ダジャレを言ったかもしれない。ふふ、「自然ゆたか」なんてね……。 ん?……うあっ、ゆたかが腐ったバナナを見るような目でこっちを見てるっ。ひょっとしたら知らず知らずのうちに声が出ていたのかも。うわ~、やっちゃった~……。 「みなみちゃん、顔が真っ赤だよ。もしかして暑い?」 「えっ?う、ううん、心配いらないよ。ゆたかこそ冷房が効き過ぎて寒くはない?」 「全然。大丈夫だよ。あのね、もうすぐ私の家なんだ」 少しだけ山を登り、何件かの家が並んでいる中の、外壁が薄いピンク色に塗装された少しおしゃれな家が、ゆたかの家だった。 私や泉さん宅ほど大きな建物ではないものの、庭の広さは私の家の庭よりもずっと広くて、都会の窮屈さを思い知らされた。 「ふいー、到着ー!我が家に着いたよ~」 「ゆいさん、ありがとうございます」 「みなみちゃん、こっちだよ!」 ゆたかの母親であるゆきさんとの挨拶も終え、私はゆたかの部屋に案内されていた。 私の殺風景な部屋とは違い、とても女の子らしい部屋だ。 デスクの上にはノートパソコンが置かれ、ぬいぐるみがいくつかベッドに並んでいた。 私の部屋にもこのくらい沢山のぬいぐるみがあったらいいのに。 「ここすごく田舎でしょ?キツネもたまに出るんだよ」 「それはすごいね、一度見てみたいな。いい所だと思うよ。私の家じゃ、あり得ない」 「えへへ。でもね、あんまりお外には遊びに行けなくて、いつも家にこもってパソコンとかしてたから……」 「そっか……」 ゆたかの趣味がパソコンと言うのは、初めは違和感があったけれど、そうなるのも無理は無いのかもしれない。 私は立ち上がり、ゆたかの部屋を一望した。 机の上には中学時代の頃の写真や、泉さんと一緒の写真などが飾られている。 幼いゆたかは今以上に幼くて、あぁ、本当にゆたかったらかわいいなあ。 本棚の中には何冊もの絵本がしまわれていた。 そのうちの、背表紙の無い奇妙な一冊。画用紙の端をひもでまとめ、本のように閉じられた手作りのものがある。 「あ、みなみちゃん。じつはそれ、私が始めて書いた絵本なんだ……」 「絵本?……本当だ、かわいいね。読んでもいい?」 「うん、読んでみて。妖精さんのお話だよ」 私は絵本を読み終え、窓の外を覗いた。 あれだけ強く輝いていた太陽も、すでに山の裏に隠れてしまい、雲を真っ赤に染めていた。 空高くに見える飛行機雲が、とても涼しそうに浮かんでいる。 まあ、飛行機雲が浮かんでる高度なら、涼しいを通り越して極寒だと思うけど。 「ねえ、みなみちゃん。ちょっと外に散歩に行かない?見せたいものがあるんだ」 「いいよ。私もここを冒険してみたい」 ゆたかはカッターナイフをポケットにしまうと、小さくやわらかい手で私の手を引っ張り、家の玄関を出た。 相変わらず外の空気は蒸し暑く、私が着ているシャツが少しべとつく。 ゆたかと繋いだ手も同じように汗で濡れ始めて、お互いの汗が混ぜ合わさって……。 あ、これ以上なにか考えると、田村さんと同じになりそうだからやめよう。 ゆたかは山に続く道路を進んでいく。 周りの森の中だけはすでに夜みたいに暗くなっていて、人が入り込むのを拒んでいるように見えてならない。 大きな岩を目印にして、ゆたかは不気味な森の中の獣道へと私を連れて行く。ここまで来るともう、人間の来るべきところでは無い気がしてくる。 「ゆたか、どこへ連れて行くの?」 「秘密の場所。みなみちゃんだけにしか教えてあげない、私しか知らない場所だよ」 ゆたかは大きなブナの木の前で立ち止まった。樹齢はもしかしたら千年以上たつかも知れないほどの、とても巨大な大木だ。 でもなんだろう?ゆたかの見せたいものって。この木の事なんだろうか? 「みなみちゃんみなみちゃん。ここだよ。この穴をくぐって行くの」 「え?この根っこの隙間の穴?こんな所に入るの?」 「うん……。見せたいものがこの中にあるの。信じて、みなみちゃん」 もちろん。 ゆたかがこんな所にまで連れてきたのだから、よっぽどすごいなにかがここにあるはずだ。 ゆたかがそうまで言うなら、何を疑うと言うのか。 私は迷うことなく、木の根元にぽっかり口を開いた穴の中に、四つんばいになりながら頭から突っ込んだ。 暗い、前が何も見えない。土のにおいが鼻をつく。冷たい地面が、私の火照った手のひらから熱を奪う。 長いトンネルを潜り抜けると、赤く染まった夕焼けと、草原と、それから目の前には町があった。 私に続いてゆたかが愛くるしい顔をひょっこりと穴から出した。 「ようこそ!みなみちゃん、ここは妖精の国だよ!」 「妖精の国!?」 町から人が飛び出してくる?ん?人?あれは……飛んでる!?ミツバチみたいに小さな妖精たちが、こっちの方へ向かってくる! 「お帰りなさいませ、女王様」 「ただいま、みんな」 本当に、妖精の国……。 「ゆたか、ここはどこなの?」 私は妖精たちが作ってくれたスープを飲みながら、ゆたかにたずねた。 ゆたかはサラダを食べる口を一旦とめて、うんとね、と口元に指を当てながら悩んだ。 「私もはっきりした事はわかんないんだけどね、多分、私たちが暮らしてる世界とは違うと思うんだ。ここには日本みたいな森もあるし、川も流れるし、雨も降るんだけど、やっぱりちょっと違うんだよ。 最初にここに来たのが、幼稚園年長さんのときにお母さんに連れられて来たの。 あの時は私は、どこかの遊園地だと思ったんだよ。でも、小学生になって世の中の事が少し分かってきた頃に、ここがどれだけ特別な場所なのか分かったんだ。 最近はこなたお姉ちゃんの家に暮らしてるから、なかなか来れなかったけど、その前はいつもここに来て遊んでたんだよ」 「じゃあ、女王様っていうのは?」 「女王様は、代々受け継がれてるの。私はお母さんから……。この町はね、私が作ったんだよ」 歓迎される私たちに、妖精3匹が自分の体よりも大きなビーフシチューを運んでくる。 この妖精の国のお城の中には、沢山の妖精たちがいた。 ゆたかに聞きたいことや突っ込みたい事は、百も千もあったものの、それよりまず私の心がこの異常事態に対応仕切れておらず、心臓バクバク。 でも、なんだか楽しい。ここはひとまずそれでいいか。 時間が過ぎるのを忘れて、もう真っ暗な夜になっていた。 「みなみちゃん、こっちに来て!」 「うん!」 「ほらきれいでしょ?ここからこの町が一望できるんだよ!ほら、あそこには公園があって噴水もあるんだよ!それからあそこには観覧車があって……、あっちにはね湖もあるんだよ!全部私と妖精さんたちで作ったの」 「湖まで作ったの?すごい」 「そうだ!みなみちゃんの銅像をあの公園に立てよう?」 「え?い、いいよ。ちょっと恥ずかしいし……」 「大丈夫だよ、妖精さんたちはやさしいし、外の世界とは別々だし。それに直ぐに出来るよ」 「う、うん。じゃあ……立てて」 ゆたかの一言で作業は始まった。 手際のいい妖精たちの仕事はあっという間だった。 銅像を作るために私の体を妖精がじっと見つめている。そんなに見られると、妖精とは言え、すごく恥ずかしいよ……。 一時間後には、私がドレスを着た姿の銅像が、公園の広場に立てられた。 見ていて、顔から火が出そうなほど立派な銅像が……。うぅっ、私こんなに美人じゃないよ……。 そんな時間もあっという間に過ぎ、ゆたかがそろそろ帰ろうか、と言う一言で私は現実の世界を思い出した。 また穴をくぐって、大きなブナの木の根元から這い上がった。 しんと静まり返った森の中は、あの妖精の国の賑やかさを夢だったかのよう思わせる程不気味で、冷たい現実が私に強引にでも目を覚ませと耳元で訴えているような感覚だ。 「みなみちゃん、どうだった?」 「すごく、わくわくした。こんな所があったなんて、今でも信じられない……」 「私はお母さんにこの場所を教えてもらったの。それ以来私は、誰にもここは教えてこなかったけど、みなみちゃんだけには教えてあげたかったんだ」 「ありがとう、でもすごすぎるよ。こんなの秘密にするなんて、私、自信がないよ」 「大丈夫だよ。あのね、みなみちゃん、私はお母さんから女王様を受け継いだの、だから次は、みなみちゃんに女王様になってもらいたいの」 「え!?そんな……、私、無理だよ……。どうして?ゆたかはもう、女王様は嫌なの?」 「ううん、そうじゃないんだけど……。いつまでも私じゃあいけないと思うんだ。私はもう十分楽しんだんだよ。だから次はみなみちゃんに、なって欲しいの」 「ん……。でも、私の家からじゃ遠くて」 「ここに来るのはたまにで良いんだよ、一年に一回でもいいし、十年に一回でもいいの。だから、みなみちゃんにこの国をあげる」 ゆたかはポケットに入れていたカッターナイフを使い、ブナの木に何かを刻み始めた。 暗くてよく見えないため、途中から私の携帯で照明を照らした。 ブナの木の表面には「岩崎みなみ」と、文字が刻まれていた。 そしてその文字が、杉の木に吸い込まれるようにすうっと消えてしまった。 「あれ?みなみちゃんここどこ?」 「ゆたか?そんな、ゆたかがここに連れて来たんだよ?」 「え?あれ?あれ?みなみちゃん、怖いよ……」 そんな、そんな。女王が受け継がれれば、先代女王は今までの事を全部忘れてしまうって言うの? なんて悲しいんだろう。いや、本当は私の夢だったんじゃないだろうか?全部私一人の妄想だったんじゃないか? もういい。何も考えないで帰ろう。 わたしはゆたかの肩を抱いて、ゆたかの家へと戻った。 やっぱり、家族の人は私たちが帰るのが遅い事を心配して、私とゆたかは黙って謝った。 ゆきさんに妖精の国のことをさりげなく聞いてみたが、何の事か分かっていない様子だった。 私はゆたかの部屋にひかれた布団の中で、今日の事を思い出していた。 ゆたかはどうして私に、あの国を託したんだろう? 明日また、あそこに行ってみよう。 「ここだ……」 私はまだ日が昇るか昇らないかという早朝に、ゆたかの家族に気づかれないようこっそりと家から抜け出し、大きなブナの木の前に立っていた。 やっぱり根元にはぽっかりと穴がある。私は大きく息を吸うと、柔らかな土の穴の中へと潜っていった。 穴を抜けると、広い草原があった。夢じゃない。 ただ、昨日見た町も、湖も、お城も、そして私の銅像も何も無い。ひたすら地平線の向こうまで続く野原が広がっていた。 「女王様、いらっしゃい!」 どこからか妖精たちが私のところへ集まり、私を迎え入れてくれて、ちょっとうれしい。 そうか、今度は私がここの国を建てなくちゃいけないんだ……。 でもね、ゆたか。私にはゆたかみたいな創造力や、創作意欲はないんだよ。 私にはお城や町を作れる程の意気込みはないんだ……。 妖精たちには悪いけれど、この国はしばらく草原のままだと思う。 ごめんゆたか。本当に……。でもここは好き。 本当に一年に一回しか来れないかもしれないけど、誰か継承者が出来るまでいつまでもここの女王になり続けるからね。 ~これは昔のおはなし。 お友達がつくれない、ひとりの女の子がいました。 それは体がよわく、いつもびょうきにかかっていたので、いえのそとにでられないからです。 お友達がいないので、いえのそとに出たいとも思っていませんでした。 いえの中からそとを見ると、男の子たちが走りまわっていました。 でも女の子は、どうせ私は走れないから、と思ってそとに出ようともしませんでした。 ある日のよる、ようせいさんが女の子のいえの中にこっそりはいりこみました。 「ねえねえ、私たちの国においでよ、びょうきなんてふっとんじゃうよ」 女の子はようせいさんにつれられて、ようせいの国にやってきました。 そこではようせいさんたちがいっぱいいて、女の子をかんげいしました。 この国では、女の子は走りまわることができました。 ようせいさんたちと、のはらをかけまわりました。 「ほら、走るってたのしいでしょ?みんなとあそぶっておもしろいでしょ?」 おんなのこはようせいの国からかえっても、いえのそとで走りたくて、しかたありませんでした。 だから、いえからとびだし、ようせいの国のようには走れなくても、走りました。 するとたくさんの子供たちが、女の子にはなしかけます。 「ねえ、いっしょにあそぼうよ!」 女の子には、あっというまにお友達ができました。 女の子はしあわせでした。 ようせいさんは、森の中から、そんな女の子のようすを、いつまでもいつまでも見つづけました~ 私は隣で眠る娘に、絵本を読み聞かせていた。 今年で5歳になる、私の大切な宝物だ。髪は緑色で、私に似ていて、本当にかわいいたっらもう、ゆたかと比べようがないくらい! このゆたかが描いた絵本は、昔、初めてゆたかの家に行ったときに読ませてもらったものだった。 今ではこの絵本が出版されていて、多くの子供たちに夢を与えている。ゆたかの夢は叶ったのだ。 「ママ、この妖精の国、私知ってる!行ったことあるよ」 「ふふ、本当?」 「うん!あのね、ゆたかおばさんの家の近くなの」 「そう。またおばさんの所に行こうね」 この子も、ゆたかみたいに夢のある子に育ちそうだなぁ。 妖精を見たことがあるなんて、言うんだから。 あぁ、私も妖精に会ってみたいな。こんな絵本みたいにどこかに妖精の国があったら、どんなに楽しいだろうな。 「それでね、私が女王様なんだよ?覚えてないの?」 「そう、さ、そろそろ寝よう」 この絵本を読むとなんだか、とてもなつかしい感じがする。 お休みなさい、妖精の国の女王様。
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いかにも梅雨らしい、今日はそんなぐずついた空模様の日だった。 予報通りの曇り空からは雨がぽつぽつと控えめに落ちてきている。 雨に濡れないように、苦心して歩く人々の視線が空に向くことはない。 そんな、どこか物憂げな大気に包まれた街のファミリーレストラン。 その一角で、私は怒りに声を荒げていた。 「……でも!そんなのってないじゃない!」 「ま、まあまあかがみん、落ち着いて。ここ、外、外」 時刻はそろそろランチタイムも終わろうかという頃。 平日のせいか雨のせいか閑散として、それでも親子連れやカップルで それなりに賑わう店内、気がつけば私は全員の注目の的となっていた。 キッチンの奥からも、エプロン姿の渋い男性が苦い顔を覗かせている。 当然、私は意気消沈して、握り締めた拳からは力が抜けていき、続いて耳の熱くなる音が聞こえた。 「よろしいよろしいー、羞恥に戸惑うかがみんもかわいいよ」 テーブル対面のこなたがニヤニヤと私を見つめる。 蛍光灯に照らされた肌はひどく不健康な色をしていた。 聞けば、大学も2年目に入って手の抜き方を完璧に覚えたらしく、 最近はネトゲ三昧の生活を送っているとのことだ。 しかし、試験期間になると他大の私に泣きつくのはどうかと思う。 「……気色わるい言い方すんな」 お祭りの、そのあとは 「―――さて、それでは話を整理しようか………どったの?かがみん」 「いや…アンタがそんな物言いをするなんて、って……」 「ああこれ?いやー!最近ハマってる探偵物のアニメがあってねー」 「…………」 「あれ?もしかして呆れてる?」 「……いや、アンタのことだからどーせそんなとこだと思ってたわよ」 「さっすがかがみん!あたしのことよーーっくわかってるねえ」 「もう、いいから続けて」 「りょーかーい。さて、それでは話を整理しようか……」 「もういいって……」 「で、かがみんがそんなに怒ってる理由だけどさ」 そう、とにかく私は怒っている。 「つかさが一人暮らしを始めることにしたから、じゃなくて」 つかさは次の春に専門学校を卒業する。 早々と都内で就職先を見つけたつかさは、その近くで一人暮らしをすると言い始めた。 まあ、都内と言っても職場から家まで1時間もかからないし、 わざわざ引っ越さずに実家から通えばいいとは思った。 でも自立するのは悪いことじゃないし、それは怒った理由じゃない。 「急な話だったから、でもなくて」 つかさは、夏休みに入ったら、つまりあと一ヶ月もしたら一人暮らしを始めると言った。 そして、それを聞かされたのが今朝。 まあ、今の学校もバイト先も引っ越せば近くなるし、 早くから生活の基盤を作っておくのも悪くないと思う。 急な話だったけど、つかさは働いて自力でお金も貯めてたみたいだし、 無計画なわけじゃないから、それも違う。 「ひとえに……なんの相談も無かったから、ってこと?」 ……そうよ。 そんな話、つかさは一言も私には話してくれてなかった。 お母さんやお父さんに、いのり姉さんまつり姉さんにだって相談していたのに。 そんなのって、あんまりじゃない。 「つかさはかがみんに話したら止められる、って分かってたんじゃない?」 たしかに、そうかもしれない。。 私ならたぶん…ううん、絶対にまず反対したと思う。 それでも、つかさが本気で考えてることなら、私だって一緒に考えたい。 キツいこと言うかもしれないけど、手助けもしてあげたい。 けど……だけど、つかさがそれを拒むんだったら……私…… 本当は、つかさに嫌われてるんじゃないかって思えて。 そう思うと、頭ん中がぐしゃぐしゃになって…… 「で、つかさとケンカして家を飛び出して、愛する私に頼ってきたんだね」 愛する、は余計よ。 呟いて少し目線を上げると、いつものようなどこか泰然とした笑顔で、こなたが私を見澄ましていた。 不意に、その少し細めた瞳に心臓が衝き動かされ、私は慌ててコーヒーカップに手を伸ばした。 カップの中でスプーンがカラカラと音をたて、一口にも満たない冷めたコーヒーが喉を通り過ぎていく。 そうして平静を装った次の瞬間にはもう、こなたの表情はいつもの剣呑なものに戻っていた。 雨音が、少しだけ耳に障る。 「でも、かがみんは仲直りがしたいんだよね? なら今言ったことをつかさにも話せばいいじゃん」 かがみんの気持ちを素直に伝えればいいんだよ、と芝居がかった調子でこなたは言う。 たしかに、それを伝えればきっとつかさは私を許してくれるし、 つかさが理由を話してくれたらきっと私だって理解できる。 姉妹なんだから、ずっと一緒だったんだからそれくらい分かってる。 でも、なぜだろう。 わからないけれど。 「……それは、イヤなの」 心底驚いた、というようにこなたは目を見開いた。 構わず私は続ける。 「なんでだろ、わかんないわよ。 頭の中ぐちゃぐちゃで全然わかんない……だけど……だけど、イヤなのよ」 私の気持ちが、その素晴らしい解決策を良しとしなかった。 胸の中のモヤモヤが疼いて、心がざらついて、私は自分の本音をつかさに伝えることを拒んでいた。 隠していたつかさが悪いと思ってる? ひょっとして、自分が姉だからなんて思ってる? それは一体なぜなのか、次々に仮定を浮かべてはそれを否定していく。 初めての戸惑いに、私の感情は闇に囚われたように出口を見失っていた。 「なるほどねー」 そんな苦悩もどこ吹く風といった調子で、こなたは妙に納得したように頷いていた。 「……は?」 当然、ワケが分からず私の口からは疑問の声が洩れる。 「いやーかがみんがなんで怒ってるのかわかっちゃったのだよ。それはもう、ピコーンと」 こなたは口を猫のように丸めながら、人差し指を立てた両手を頭の上でぐるぐると回している。 その動作にツッコむ気力は、今の私には無い。 「聞きたい?ねえ、聞きたい!?」 楽しくてしょうがない、そう顔に書いてある。 その屈託の無い笑顔は、まあ嫌いじゃないけど。 けど、今はムカつく! 「……自分で考える」 その答に満足したようだったこなたは、すぐに震える携帯を手に席を外した。 私はと言えば、まるで見当もつかない答を探してさ迷っていた。 今までの会話を探っても、あらためて自分に問いかけても、それらしいものを見つけることはできない。 なんでつかさに謝れないのだろう、このモヤモヤは一体なんなのだろう。 頭を抱えても抱えても思考の道筋すら見つけられず、ついに、私は震える左手を伸ばした。 「すいません……この豆乳仕立てのミルクレープを一つお願いします」 ケーキがテーブルに届けられ、私が紅茶を淹れたところでこなたが席に戻ってくる。 黙ってテーブルに着くと、フォークを片手にした私をじっと見つめた。 「……言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」 なんというか。 「……それで頭が回るなら、いいと思うよ」 見透かされてるなあ、私。 「…ちょっと食べる?」 「うん、ありがとー」 心持ち大きめににケーキを切り分けて差し出す。 それを一口でほおばって、こなたは喋り始めた。 「…ひょっと……聞ひたいんあけど……」 「いや、どっちかにしなさいよ、ほら」 紅茶でケーキを飲み下し、再びこなたは喋りだす。 「いやごめんごめん……んでさあ、かがみんとつかさってケンカしたことあるの?」 私が目をぱちぱちさせていると、少し慌てたようにこなたは続ける。 「いやーだって私の知る限り二人のケンカなんて初めてだったからさ。 そこんとこ、どーだったのかなーって思って」 「ケンカねえ…」 何か拾い物もあるかもしれないし、糖分が頭に回るまで時間もかかるし、 少しくらい脱線してもいいかな。 そんなことを、考えていた。 「どうだったかな……あ!そうそう、一度だけあったわね」 「おおー!聞かせて聞かせて!ね、ね!」 身を乗り出して、目を輝かせてこなたは私につっかかる。 その姿を視界に収めながら、私の意識は既に記憶の海へと没入していた。 あれはたしか…… 「えっと……あれは、ちょうど今くらいの季節で、たしか小1だったかしら……私は……」 ………… あたしは、つかさが嫌いだった。 このかわいらしい妹はどこへ行くにも後ろからついてきて、 でも一緒にいたらかわいがられるのはつかさばっかり。 あたしがお守りしないといけないし、そのせいであたしは好きなことできないし。 こないだだって、あたしがかわいいって言われた髪形マネされて、けっきょくつかさがほめられてた。 だからね。 「おねえちゃーん、おまつり楽しいね!」 絶対に、今日は一緒にいてあげないんだから! 「…お母さん、あたしちょっと一人で色々見てくるね!」 「ま、待ってよお、おねえちゃーーん」 お母さんの注意する声からも、追いかけてくるつかさからも逃げて、あたしは走り出す。 待って、待ってというつかさの声も遠くなり、あたしはお祭りの騒ぎの中でやっと一人になれた。 おこづかいの1000円を握りしめて、 どんな楽しいことをしてやろうかと考えると胸がドキドキする。 射的とか、わなげとか、かたぬきとか…くじびきじゃちょっともったいないな。 わたあめもおいしそう、だけどたぶん後でお母さんが買ってくれる。 お祭りの魔法があたしの胸をいっぱいにして、見える景色がぜんぶキラキラかがやいていた。 そしてそんな中であたしの心はいつしか、ある屋台に吸い寄せられていた。 「おっ!お嬢ちゃん一人?一回三百円だよ!やってくかい?」 勇気を出して、期待に心おどらせて、あたしのチャレンジが始まる。 初めての金魚すくい。 もらった一枚のアミはすぐ破けてしまい、あたしのチャレンジは終わった。 「やったあ!取れた!取れたよおかあさん!」 となりで、あたしと同じか少し小さいくらいの女の子が大声をあげた。 彼女はお母さんに頭をなでられながら、幸せそうに笑っている。 あたしはその姿を、自分と重ねていた。 「おじさん、もう一回やります!」 アミとおわんを両手に抱いて、あたしは注意深く水面を見つめた。 さっきの失敗でわかった。 やみくもに振り回してたら、アミはすぐに破けてしまう。 だから、アミは横にしてなるべく水とぶつからないように、狙いを定めてすぐに金魚をつかまえる! さっと水中にアミを差し込むと狙い通り、あたしは金魚をすくい上げた。 「やった―――あ!」 小さな水音を残して、金魚はプールへ帰って行った。 「惜しかったねえ、お嬢ちゃん!掬ったらすぐお椀に入れないとな!」 「おじさん、もっかい!」 すぐにあたしは最後の300円を差し出す。 「毎度あり!特別だ、お嬢ちゃんに教えてやろう!お椀はもっと水に近づけたら簡単だぜ!」 おじさんの言葉にしたがって水面ギリギリまでおわんを近づける。 再び狙いを定めて、さっきよりも鋭くアミを水の中へ。 一匹の金魚をアミからおわんのなかへ滑り込ませる。 アミは破けたが、もう金魚が落ちていくことはない。 そしてあたしは勝者のようにおわんを掲げた。 あたしはとうとう、金魚をすくったのだ! 「おめでとう、お嬢ちゃん!今袋につめてやるからな!」 おじさんが金魚をビニール袋に入れている間に、あたしの頭はぐるぐると回っていた。 名前はどうしようか。 どこで飼おうか。 池がいいかな? 水槽のほうがいいかな? あ、お母さんもお父さんも許してくれるかな? みんななんて言うかな? ほめてくれるかな? ほめてくれたら…いいな! 「はいよお待たせ……おや、またかわいらしいお嬢ちゃんが来たな!」 ……? 「おねえちゃん、やっと見つけたー!」 ……つかさ。 「わあー、金魚、おねえちゃんが取ったのー?すごいね!」 「……ま、まあね」 「いいなー、わたしもやってみたいなー!」 「じゃ、じゃあコツを教えてあげる!」 「ホント!?ありがとう、おねえちゃん!」 「いい?アミはこう、横にして…おわんは水に近づけるの…」 「ははは、毎度あり!お姉ちゃんはすっかり金魚掬いの達人だな!妹ちゃんもがんばれよ!」 このときあたしは喜びのあまり、いつも抱いていたつかさへの気持ちをすっかり忘れていた。 全てが楽しいことにさえ思えていた。 つかさにほめられることも、頼られることも。 あたし自身がつかさにお姉ちゃんとして接するのも。 屋台のおじさんの軽口さえも。 そしてつかさはすぐに3回のチャレンジに失敗して、あたしに泣きついてくる。 「おねえちゃん、わたしダメだったよー!」 「あはは、しょうがないわねー」 あたしが取った一匹がいるから。 そう口に出す、その瞬間だった。 「ははは、しょうがない!たくさん遊んでくれた、かわいらしい妹ちゃんにサービスだ!」 そう言って、おじさんは金魚を2匹ビニール袋に入れてつかさに押しつける。 つかさがとまどいながら嬉しそうに、とてもとても嬉しそうにそれを受け取ると、 あたしの中で何かが弾けた。 仲良くやれよー、とあたしたちを見送るおじさん、手に持った金魚、 となりを歩くつかさ、全てが遠くに感じた。 あたしには1匹、つかさには2匹。 あたしはすくって、つかさはもらって。 つまりは、そういうことなのだと思う。 ―――つかさちゃんお姉ちゃんと同じ髪にしたの?やっぱりかわいいわね――― ―――つかさちゃんまたかわいくなって、浴衣も似合うのねえ――― かがみちゃんはしっかり者で偉いわ。 お姉ちゃんなんだからつかさちゃんを守ってあげないとね。 「―――あ!お母さん、お父さん!」 気がつけば、あたし達は両親のもとへ帰り着いていた。 かけ足でつかさはお父さんに飛びつき、お父さんはつかさの頭をなでる。 「見て見てお父さん!かわいいでしょー」 お父さんは2匹の金魚とつかさを交互に見て、ほほえんだ。 「ああ、かわいい金魚だね。二匹も取るなんてすごいぞ」 いつの間にかそばにいたお母さんが、あたしに喋りかける。 「かがみも、かわいい金魚ね。つかさのこと見てくれてありがとう」 耳鳴りの向こうで、つかさの声が聞こえる。 違うよお父さん、お姉ちゃんは取ったけど、わたしは取れなかったから… お父さんがあたしを見てほほえむ。 つかさはお日様のように笑う。 あたしの手から、ビニール袋がこぼれ落ちていった。 水がざあっと流れ出して、石畳に広がっていく。 お母さんは、何か喋りながら慌ててしゃがみこんだ。 「―――ない……!」 金魚が水を求めて必死に跳ね回り、みんなが疑問の顔をあたしに向ける。 「―――いらないよ!そんなの!」 やがて金魚は力尽きて、その動きを止めた。 「なんで!なんでいっつもつかさばっかり!そんなのずるいよ!」 お父さんお母さんが何か言っていたが、何も耳に入らなかった。 「やだ、もうやだ!お父さんもお母さんも嫌い!嫌い!」 あたしはただ、つかさを睨み続けていた。 「……つかさなんて、つかさなんて……」 その顔は驚き、そして怯えていた。 そして次の瞬間のつかさの表情を、たぶん、私は一生忘れられない。 「つかさなんて、大っ嫌い!」 あたしは走り出した。 お祭りの人波から人波をぬって、お父さんお母さんから逃げるように。 誰よりも、つかさから逃げるように。 つかさは涙をぽろぽろとこぼしながら、あたしを見つめていた。 あたしには、それが何よりも恐ろしかった。 何か大切なものを壊してしまったような気がして、胸がずきずきと痛んだ。 その気持ちの正体を知るのは本当に怖くて、 瞳に焼きついたつかさの泣き顔を忘れるために、あたしはただ走り続ける。 でも、どれだけ走ってもそれはあたしの心から離れない。 そのうちに疲れきってしまったあたしは、川のほとりでフェンスに背中を預けて腰を下ろした。 泥まみれの足にスリ傷がたくさんついていて、じわじわと痛む。 買ってもらったばっかりの浴衣は、すそが破けてしまっていた。 なんだか不意に泣けてきたので、上を向いて鼻をすする。 すると、あんまりにも星空が綺麗で、なぜかあたしはつかさのことを思い出していた。 そのうちに視界がぼやけてきたので、浴衣の袖で顔を拭う。 拭っても拭っても涙は止まらないので、あたしは体育座りになって膝に顔をうずめた。 喉から声が漏れ出して、止まらなくなる。 我慢できなくなって、あたしは大声をあげて泣きだした。 遠く遠くのほうからお祭りの声が聞こえる。 夜の静寂とかすかな喧騒に包まれながら、 いつまでも、いつまでもあたしはその場所で泣きじゃくっていた。次のページへ