約 8,172 件
https://w.atwiki.jp/tamakagura/pages/113.html
コダマ名 HP 攻撃 防御 特攻 特防 速度 合計 属性1 属性2 スキル1 スキル2 てゐ - - - - - - - 岩 闇 - - スキル -(Lv25習得) スペル スペル名 属性 分類 威力 命中 消費 詳細 習得Lv - - - - - - - 初期 - - - - - - - 15 - - - - - - - 20 - - - - - - - 30
https://w.atwiki.jp/orz1414/pages/217.html
『樵と兎』 それは幻想の中であった昔話。 昔々ある所に、お爺さんとお婆さんはいませんでした。 代わりになんとも形容しがたい一人の青年がいます、真に残念ながら少女ではありません。 そんな彼は樵を生業として暮らしながら、人里を転々としていました。 「何処だ!? 何処に俺の運命の人がいるんだ!? 」 人里を転々とする樵の青年は、まだ会えぬ運命の人を探して転々としていたのです。 少し夢見がちな青年(年齢不詳)でしたが、樵としての腕は確かでしたので何とか生活していました。 人里から人里へと移る際に妖怪に襲われもしましたが、凶悪なまでの願望が彼を生かします。 「運命の人に会える前に食われてたまるか! むしろ食う! 」 斧を血だらけになりながら振り回すその様は、妖怪も裸足で逃げ出すほどの恐ろしさ。 素晴らしい樵としての腕前でした。 そんな素晴らしい腕前の樵が、近々村総出の土木作業をするとの事で、とある人里に来てくれと請われた時の事です。 樵の青年は、普通の樵で普通の人間だったので勿論空を飛ぶことは出来ません。 なので移動は徒歩、時々川を泳いだりもしますが基本的に愛用の斧(銘:キッコリー)を背負って歩きます。 春になり花粉症気味な青年がとある店で買った防粉マスクを付けて歩く様は、まるで新種の妖怪のようでした。 とにかく歩いて移動する青年が、途中の竹林で真っ直ぐ歩いていた筈なのに道に迷った頃、一匹の兎を見つけました。 長い耳と紅い眼の、兎の妖怪を見つけました。 実はその妖怪兎、因幡てゐと言う名前の『人間を幸運にする程度の能力』を持つ妖怪なので、それを見つけた青年はその幸運で竹林から出れる以上の幸運を授かります。 けれど、迷っている間は『早く此処から抜け出したいい』と考えていた青年は妖怪兎を見た途端に思考は別のベクトルに駆け抜けました。 「ちょっとそこ行くお嬢さん! 君はもしすると俺の運命の兎!? 」 ナンパし始める青年は、驚いて逃げる妖怪兎を『残念』だと思います。 そして幸運発動、何故か飛び出ている筍に妖怪兎が転んだのです。 「く、黒!? 」 何かを見た青年は驚きのあまり叫ばずにはいられませんでした、いわゆる外面と内面の違いに重度の精神的衝撃を受けたのです。 そして、その後樵の姿を見たものは居ない。 5スレ目 497 ─────────────────────────────────────────────────────────── てゐが騙すことに罪悪感を持ちかねない勢いで心底尽くしてあげたい。 6スレ目 406 ─────────────────────────────────────────────────────────── “クリスマスは大切な人と――” 作:眼帯兎 【http //arukadesu.hp.infoseek.co.jp/】 ◆ 空は凍ったように薄暗く、冷たかった。 それでも、幻想郷に住む人々に、不満の色はない。 もちろん、四季として受け止めていることもあっただろう。 死と隣り合わせの人間にとって、冬は畏怖の対象だが嫌がるものではない。 しかし、所々で楽しげな雰囲気の笑い声が聞こえるのは、少々変わっているのかもしれない。 冬を待ちわびた氷の妖精や、冬の季節妖怪でもなければ、厳しい寒さを喜ぶ者はそうは居ないだろう。 それでは何故、こんなにも嬉々とした空気が漂っているのか。理由は明確だった。 雪も近くなってきた空の下、幻想郷はクリスマスムードに包まれていたのである。 「明日はクリスマスイヴか」 そして、竹林の中の拓けた草原に、背を合わせて座る二つの影にとっても、例外ではない。 「てゐは何がほしい?」 俺は振向くこともなく、背後に座る因幡てゐへと声を掛ける。 僅かに背の影が揺れた、恐らくは、何か考えているのだろう。 「なんでもいいよ。私が喜ぶものなら、ね」 三つほど数えられる間を置いて、てゐはそう口にした。 大層意地の悪い笑みを浮かべているのだろうと、顔を見なくても分かった。 素直に悩んで、喜ばせてみろということなのだろう。 「それじゃあ、俺が一緒に居るってのがプレゼントで」 「それもいいけど、ちゃんと物もちょうだいね?」 自惚れと思いつつも、そんなことを呟くと、予想通りやんわりと却下される。 「……俺の前で、猫を被る必要も無いんじゃないか?」 「そう、それじゃあ……自惚れるんじゃないわよ」 率直な返答が返ってきた。 きっと最高の笑顔で言っているのだろう、分かっていながらも、少し気が滅入った。 「まぁいいや、頑張ってみるよ」 「……うん、楽しみにしてる」 「じゃあ、また明日な」 立ち上がると同時、背の温もりが寒空の下、霧散していく。 同時に感じた喪失感は、いつになっても堪えがたい。 これも、惚れた弱みと言うものだろうか。 最後にと振り返ってみたが、てゐはもう背を向けて帰路へと着いている。 俺は溜息を一つ吐いて、小さく手を振ってから帰路へと急ぐ。 妖怪と逢瀬していると知れたら、里にも居られなくなってしまうのだから。 ◆ 俺はとある商人の下働きとして日々を生きている。 店の番や配達などの雑用が主な仕事だ。 クリスマスと言うことで、店には普段よりも客が多い。 恐らくは、大切な人への贈り物なのだろう。店主が買い集めてきた雑貨が飛ぶように売れていく。 「え、真夜中まで、ですか?」 「あぁ、予想以上に冬の蓄えが少ないんだ……すまないが今日のうちに稼がないと……」 「いえ……わかりました」 そのせいか、日の沈む頃には終わる予定の店番も、急遽延長されることになってしまった。 てゐとの約束は、日の沈んだ頃だ。 店主にも待ち合わせがあると事前に伝えてはいたが、冬の蓄えは出来るときにしなければならない。 逢瀬と蓄え、下働きの俺に、選べる選択肢は無かった。 俺は店主に一言断って、待ち合わせ場所である広場に包まれたプレゼントを置いた。 書置きとして、来られなくなったことを書いたが、首を振って握り締めてしまった。 何となく滑稽に思えたのだ、待っても居ないのに、そうすることが。 明日は店主も店を休む。てゐも、プレゼントさえあれば、納得するだろう。 手紙を握り締めたまま、俺は店への帰路を急いだ。 ◆ 日が落ちていく、紅く染まった空が妙に眩しかった。 熱心に洒落た装飾に見入る客へと言葉を交わしつつも、考えるのはてゐのことばかりだった。 そろそろ、待ち合わせの時間だ。妙に時間に拘るてゐは、店主の気紛れで上がりが変わる俺よりも早く待っている。 今日も、待っていてくれるのだろうか。 首を振って、自惚れた妄想を掻き消していく。 悲しいことに、てゐにとって、俺はそこまでの奴じゃ無い。 「これ、包んでくださる?」 綺麗な声に意識が引き戻される。 目の前に居るのは装飾品に見入っていた、お得意様のメイドだ。 紅い夕焼けに映える銀髪、従事服でなければ、更に美人に思えただろう。 しかし、何故か彼女にはメイド服が一番似合っているように思えた。 本職のメイドとは、そういうものなのかもしれない。 「贈り物でしたら、このカードもいかがですか?」 「え、ええ……そうね」 送る相手は誰なのか、美女だからだろう、何となく気になって覗き込んでしまう。 宛名は、美鈴。恐らくは女性の名前だろう。 「御友人に、ですか?」 「そ、そうね」 顔を上げたメイドさんの顔は、戸惑いを残した笑顔だった。 そこに朱が混じって見えたのは、はたして夕焼けのせいなのだろうか。 ◆ 日は暮れて、里には夜が昇っていく。 遠くに見える山の竹林は、もはや暗くて見えない。 てゐはどう思っているだろうか、プレゼントは、喜んでくれただろうか。 明日になれば、またあの笑顔を見られるのだろうか。 衰えない客足に汗を流しながらも、気づけば彼女のことばかり考えている。 本当に、俺はてゐに惚れこんでいるのだった。 「……○○」 呆然としていた意識を、またも客の声に引き戻される。 しっかりしなくてはと思いながらも、何か、違和感を覚えた。 目の前には帽子を深く被った少女が立っている。 今、この子は俺の名前を呼ばなかっただろうか。 忘れもしない、忘れられるわけもない、聞き覚えのある声で。 「……ばか」 帽子が少しだけ上げられる。 影から出てきたのは、涙の浮んだ綺麗な瞳。 愛しい兎の、可愛らしい顔だった。 「てゐ? なんで、ここに」 「なんでじゃないわよ……ばかぁ」 声が震えている、大粒の涙が、綺麗な白い肌を伝っていく。 何故、この子は泣いているのだろう。 俺は慌てて店から飛び出すと、てゐの元へ駆け出した。 幸い、客足も途絶えた頃だった、てゐもそれを見計らって来たのだろう。 「ごめん、冬の蓄えの為にも、店を抜けられなかった」 「……なんで、書置きもなにもないのよ。これだけ置いて行かれたら、嫌われたのかって、会いたくなくなったのかって……!」 胸に抱かれた包み紙は、渇きかけた涙の跡で汚れていた。 待っていて、くれたのだろうか。泣きながら、一人で。 「一緒に居てくれることの方が、嬉しいに決まってるじゃない。ばか……」 声が細くなっていく。涙が止め処なく溢れていく。 気づくと、俺はてゐを抱きしめていた。そうしていいような気がした。 細い腕が腰に回る、か弱い手が、力いっぱいに抱き寄せてくる。 どのくらい待っていてくれたのだろうか、てゐの身体は、冷え切っていた。 「プレゼント、一つじゃ駄目なんだから」 「あぁ」 「明日は、ちゃんと。ずっと一緒に居ないと許さないから」 「……分かった」 「好きな人と一緒じゃないと、クリスマスじゃないんだから……」 「うん。俺も、てゐと一緒に居たい」 腕の中で、てゐは微かに、泣き顔の中で笑みを溢した。 唇に温かいものが触れる、一瞬のことで何かも気づけないまま、俺はもう一度てゐを抱きしめていた。 「……おい、そいつ……妖怪じゃないか!」 背後から声がかかる。 背筋が凍るようだった。聞き覚えのあるその声は、人間の、店主の声だった。 ◆ 「長い間、世話になってきた。それでも……分かるだろ?」 「……はい」 「手荒なことはしたくねえ。他に知れる前に、里を出てくれ……すまん」 「いえ、ありがとうございました。本当に、長い間……」 頭を下げて、暗くなった山道へと踏み出す。 隣には、困惑したてゐの顔があった。 「私の、せいだよね……」 「いや、禁を破ってたのは俺だから」 妖怪と抱き合っているところなんて見られたら、殺されたっておかしくない。 無傷のままこうして歩いていること事態、幸運だったのだ。 妖怪と人間が一緒に居るというのは、里の者にとって禁忌に他ならない。 故に、俺がてゐに惚れた時点で、こうなることは覚悟していたのだ。 「それに、俺はお前と一緒に居たいから。後悔はしてないよ」 「……ばか」 薄暗い山道、いつもの広場に腰掛けて、今度は背中合わせではなく、向かい合う。 月明かりに照らされたてゐは、綺麗だった。 白い肌は月光に蒼く照らされて、瞳は涙で美しく輝いている。 この子の傍に居られるのならば、本当に後悔は無かった。 「好きだよ、てゐ」 「うん、私も……好き」 月に照らされた二つの影が、ゆっくりと重なる。 時にして二秒程度の行為、俺達は互いに、気持ちを確かめ合った。 唇に残った微かな感触が、気持ちの証拠だ。 「ずっと、一緒に居よう」 ◆ 「と、いうわけで。今日から因幡に混じって雑用係に加わる、○○よ」 「よ、よろしくお願いします」 百を越える兎耳が、乱れることなく整列する光景を目にしながら、深く頭を下げる。 人間に対して嫌悪感を募らせるかと思ったが、兎達は概ね、快く迎えてくれているようだった。 自己紹介を終えてすぐ、俺の周りに兎達の壁が出来る。 やれ何が好きか、人参は好きか、何が出来るか、質問は様々だった。 薬に対しての体性はあるかと言う質問には、大きく首を振るも、看護師の格好をした女性は好都合と微笑むだけだった。 「皆離れなさい、一気に話しかけたら大変でしょう」 「じゃあ、恋人とかはいるのかー?」 てゐの号令に、静まる兎達の中からそんな声が上がる。 隣で、てゐが目を見開いて驚いているのが見えた。 「あー、うん。大切な人が、居るよ」 「な、何言って――」 「隣にね」 ざわめきが広がっていく、てゐの顔は、見たことも無いほどに真っ赤だった。 黒い髪の姫と呼ばれる女性が楽しそうにてゐを囃し立てている。 看護師の格好をした女性が、離れてクスクスと笑みを溢している。 「――○○の……ばかぁ!」 俺は生涯、この子の隣に居るのだろう。 本当に、楽しくなりそうだ。 メリー・クリスマス。 6スレ目 571 ─────────────────────────────────────────────────────────── 永遠亭に遊びに行こうと竹林に入ったら、てゐが出迎えてくれた。 「今日も可愛いね」って挨拶したら、 「今日がエイプリルフールだからって騙されないもん」って得意げな顔された。 しばらくてゐの後についてって永遠亭が見えた所で、「大好きだよ」って告げたら 「そ、それも嘘なんでしょっ!?」ってえらく慌ててた。 帰り道、永琳さんの指示で渋々てゐが竹林の外まで送ってくれた。 別れ際、「大っ嫌いだもん!」って厳しい一言を言われたけど、今は手を繋げるくらいには仲良しです。 6スレ目 976 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「ん…?」 いつの間にやら寝てしまっていたらしい。 畳から身を起こし 大きく体を伸ばすと、凝り固まった間接がコキコキと音を立てて軋む。 開け放したままの窓から、風に揺れる竹林と夜空に掛かった月が見えた。 中々風流な光景じゃないか。 永遠亭に居候してからはゆっくり夜空を 見上げたことなど殆どない。 主に注射とか投薬とか人体実験とかで…。 「…思い出したら気分悪くなってきた」 ため息とともに嫌な記憶を吐き出して、再び四角く切り取られた空を見やる。 一枚の絵のような光景をしばらく眺めていた俺の頭を、一つの考えが過ぎった。 「月見酒ってのもいいな」 口に出したが最後、無性に酒が欲しくなってしまった。 『思い立ったら即行動』が信条の俺はすばやく宛がわれた部屋を出、 足取りに気を遣いながらも一路永遠亭の厨房を目指したのだった。 「「…あ」」 しかしそこには先客がいた。 俺の姿に気づいて口を開けると、 銜えていたニンジンの欠片がポロリと落ちて床に転がる。 勿体ねぇな。 「○○ッ…?」 「…何やってんだ、てゐ」 まぁ、何となく分かる。 おそらく俺と似たよーなモノだろう。 俺は珍しくもじもじしている(だがニンジンは手放さなかった)彼女の 脇をすり抜け、厨房の一角を漁りだす。 「…どうしたのよ」 「何がだ」 がさがさ。 「…大声で『盗み食いだぁー!』とか言うと思ってた」 「まぁ俺も共犯っつーか…同業者みてーなモンだしな」 ごそごそ。 「…ニンジンなら手前の籠よ?」 「残念、俺が探してるのは…っと」 奥まった場所にあった一升瓶を引っ掴み、返事の代わりにてゐへと突きつける。 「お酒?」 「ああ、夜空が綺麗だったからな。 月見酒だよ」 「…ちょっと似合わないわね」(こりこり) 「やかましい」 悪態をついたのも束の間、頭の中で閃いた考えのまま、俺は彼女に問いかけてみる。 「…なぁ、てゐ」 「な、何?」(もごもご) 「晩酌に付k」 「ノゥ!」 言い終わらない内に否決された。 「せめて最後まで言わせろよ!?」 「最後まで言ったとしても! 絶対にノゥ!」 幾らなんでもそこまで言うことないんじゃないのか…。 いつもならここで引き下がる俺だが…てーちゃんよ、今の状況分かってるのか? 頑なな態度を取る彼女に向け、俺は自信満々な笑みを浮かべてみせる。 「では君の心変わりを誘発しよう…」 「な、何よ?」 思わせぶりな様子の俺に怪訝そうな目を向けるてゐ。 「なーんか、急に大声あげたくなってきたなぁー」 「っ!?」 すーはー、すーはー、と深呼吸のマネゴトなんぞを してみせると、てゐの顔がはっきり分かるほど青ざめた。 よしよし。 「寝てる皆には迷惑だろーけど、仕方ないよなー」 「あ…あぅ」 ここまでビビるてゐの姿を見るのも珍しいよな、などと思いながら俺は、 「てゐ、晩酌に付き合ってくれるか?」 先ほどよりも少し声音を落として訊いてみる。 彼女はしばらく石のように黙り込んでいたが、やがて小さく頷いて見せた。 …少女(と青年)移動中… 「ありがとなー、てゐ」 「脅迫しといてありがとうもないでしょ?」 「心外だなそれは。 交渉と言え交渉と」 「あ、アンタねぇ…!」 「…別に酌をしろとまでは言わないよ、隣に居てくれりゃ」 「えっ…」 「肴は多いほうがいいだろ。 月とか星とか…女の子とか、な」 「…! …それより、ちゃんと黙っててくれるんでしょうね!?」 「当然。 日本男児は紳士なんだぞー?」 「…意味分かんないわよ?」 するすると襖を開き、青白い月光に照らされる窓際まで歩を進める。 俺を見下ろす月は先ほどよりもやや高くなってはいたが、美しさは依然そのままだ。 ゆっくりと腰を下ろした俺の隣にてゐも座り込み、同じように夜空を見上げる。 「…そんなにキレイなもの?」 「少なくとも俺にとっては、な」 苦笑混じりのため息を吐いて、俺は持ってきた瓶の中身を猪口に注いだ。 揺らめく水面には、不規則に形を変える月が写っている。 それをしばらく眺めた後、 俺はゆっくりと酒を喉へと流し込んだ。 「…ふぅ」 「オヤジ臭いわね」 「うっせぇよ」 自分でもちらっと思っただけに指摘されると腹が立つ。 俺は続いて二杯目を飲み干し、 いざ三杯目を注ごうとしたところで、ふと頭を掠めた考えに手の動きが止まった。 「なぁ」 「何?」 「てゐも飲むか?」 「…うん」 小さく頷くてゐに猪口を手渡し、続いて瓶の中身をゆっくり注ぐ。 こくこく、と何度かに分けて酒を飲み終えたてゐが満足そうな息を吐くのを見て、 俺の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。 「…ありがと」 「なーに、お気になさらず」 「そう言われれば、そうよね」 互いに笑いあう。 酒のせいか、それとも窓から見える月のせいか。 彼女との距離が その声がが途切れたとき、てゐは神妙な顔つきで切り出した。 「ねぇ、○○」 「うん?」 「私が、さ」 「お前が?」 いつもの彼女らしくない、たどたどしい口調。 「貴方を好きだって言ったら、信じる?」 「…それが嘘なら流石に悪質すぎるなぁ」 くくく、と喉でだけ笑って見せる。 「どういうこと?」 言ってしまって構わないだろう。 見てるのは彼女と、月だけなのだし。 「だって、両思いになるんだからな。 俺たち」 「え」 「悪戯されてばっかだったけどさ」 それがいつしか。 「俺も、お前と居るのが楽しくなってたから」 俺は、彼女のことが好きになっていたのだろう。 てゐはとん、と猪口を置き、 「私も…○○と一緒に居るのが楽しかった」 同じようにクスクスと笑う。 「私を追いかける時は、私だけ見ててくれてたから」 「はは…てゐはいじめっ子タイプだったか」 「…どういうこと?」 「俺に構って貰いたかった、ってコトだろ?」 「…うん」 「随分と素直じゃないか」 珍しいこともあるものだ。 これが夢だったら恨むぜ、神様? 「素直な私は…嫌い?」 「嫌いじゃないが…俺はいつも通りのてゐが好きだな」 「嘘つきでも?」 「嘘つきで悪戯好きな詐欺師でも」 「あ、ひっどーい」 「今までのツケだ。 ありがたく受け取っといてくれ」 「踏み倒させて貰いますわ」 もう一度、二人して笑う。 この上なく心地いい。 「さて、そろそろお開きに…ってほど飲んでないな」 「逆に考えれば? またこうして飲めるって考えるの」 「おまえあたまいいな」 「誰かさんが言うように詐欺師ですから」 「…むぅ」 やっぱり口では彼女が上手のようだ。 俺は苦笑しつつも立ち上がり、 「そろそろ部屋に戻れよ、夜更かしは健康の敵だろ」 「此処で寝ていい?」 「…お前、襲われても文句言えねぇぞ」 「日本男児は紳士なんでしょう?」 それに、と悪戯っぽい-俺の好きな笑顔を見せててゐは続ける。 「襲うつもりならわざわざ警告したりしないわよね?」 「はぁ…ホンット、お前にゃ敵わねぇな」 「そりゃあ年季が違うからね」 「うるへー。 俺はもう寝ます!」 負け惜しみ以外の何者でもない叫びを上げつつ、俺は布団に倒れこむ。 少ないながらもアルコールの回った脳味噌へと侵攻してくる 睡魔に抗えるはずもなく、俺はあっという間に眠りの世界に落ちていく。 意識が途絶える瞬間、頬に柔らかな何かが触れた。 そんな気がした。 「んぁ?」 目を開けると、横倒しになってはいるものの見慣れた自分の部屋。 のそのそと起き上がり、6割がたぼやけたままの頭を何回か振っていると、 朝の清涼な空気が俺の頬を撫でた。 ふむ、今日も良い天気のようだ。 続いて脳裏に浮かんだのは、今や夢とも現ともつかない夕べの出来事だった。 「どうだったんだろ…」 時間が経つに連れ自信がなくなってくる。 やたらとハッキリ覚えている割には 隣で寝ている(と言っていた)てゐの姿も見えないし。 と、いきなり強い風が 開けっ放しの窓から吹き込んできた。 春も終わりが近いとはいえやはり朝の風は 冷たい。 思わず手で顔を覆い…指の隙間からあるものを認めて。 「…ははは」 知らず知らずの内に笑みを刻んでいた。 放ったらかしの酒瓶と猪口。 どうやら俺はまだ、神様を恨む必要はないらしい。 尤も、これからも 楽しい毎日が続きそうではあるから、永遠にその機会はないかも知れないが。 「…さて、と」 まずは、酒を持ち出した言い訳を考えないといけないな。 拾い上げた猪口を手の平の中で弄びながら、俺はそんなことを考えていた。 7スレ目 710 ─────────────────────────────────────────────────────────── ~好きだよなんて言わずとも~ 「愛するものはいずれ去りゆく。だが人は、逝きし者を懐かしみ、そして愛するのだ。 記憶は永遠ならずとも、帰るべき場所は消えることはないからである」 ---無名の詩人 -------------------------------------------------------------------------- 「むぅ、迷ってしまった」 幼馴染である健太の趣味、それは彼の年齢(25)に似合わず、筍狩りというシロモノ。 それにつき合わされ、兵楼県は神生市・笹姫町のとある竹やぶに来ていたんだけど・・・。 (くそ、これじゃまったく樹海じゃないか! ぼくはここで・・・) ふと、TVで見た、富士の樹海の餓死死体を思い出す。ぼくは震え上がった。 「……っ!」 時は弥生の半ばを過ぎたころだろうか。暮れかけた日が、聳え立つ竹林の影の闇色を強める。 季節柄…いや、土地柄、もまだ冬の名残があるのか、肌寒さが身にしみる。 (これはやばいぞ) そもそもなぜ迷ったのだろうか。 というのも、健太は「ちょっと向こうの筍を刈ってくる」と言い、数メートル離れた場所で作業を始めた。 ぼくは彼に背を向け、ちょうど切り落としかけていた筍に向かい、それを切って背中の袋に入れる。 物音がして振り返ると……彼はいなかった。かわりに、一瞬、日傘を持った婦人の姿が見えたような気がする。 (おかしい。ぼくがあれを切る時間はものの十秒ほどだったはず…どこかに歩いていく足音も聞こえなかったし) ぼくはバックパックに入れていた懐中電灯を取り出す。 (電池は…昼に新品を入れたばっかりだ。もつかな…) もつ? ここから生還できるとでも思っているんだろうか。 「ふ」 嘲笑に近いため息が漏れた。生きて帰ったとして、そこに何の楽しみがあるというのだろう? 追われるような仕事、崩壊した人間関係、持病の悪化。 (でも、ぼくは) 生きたいと思う。ここで死ぬというのはあまりにあっけなく、そして心残りだ。 何しろ、構想4年・製作3年、300ページにわたる超絶クオリティな同人誌 --- これをコミケ参戦の主砲としたのだけれど、 まだ参加OKが来ていない。(爆 主人公はもちろん、因幡てゐ。彼女の壮大な冒険を哀歓ともに綴ったロマン派大作なのだが。 (DL販売にするべきだったかな……) カサッ。 (?) 物音がして振り向いた。 「健太?」 返事はない。イタズラだとすれば度が過ぎる。何しろあれからもう数時間経っているのに… 「健太?」 だが、そこから出てきたのは……… 「迷ったのね」 年の頃17,8といった体格と面持ちの少女だった。 短めの袖をもつ淡い紅色のワンピースを羽織り、体の半分はあろうかという巨大な杵の柄を肩に掛けている。 「やっと会えた」 (!?) その仄かな微笑は、どこかで見た感じのする懐かしさの漂う雰囲気を身に纏っていて。 しかも、ふんふんという鼻歌まじりの振る舞いの中に、時折ふと見せる妖艶なまなざし。 (かわいい) ぼくは彼女の奇抜ないでたちに驚く間もなく、 「こ…ここは?!」 コロコロとした子気味良い声色で、彼女が答える。 「ん、幻想郷の、永遠亭に近い場所だよ」 「幻想郷? どういうこt……」 そこでぼくの脳に、衝撃の事実が隕石のごとく落下してきた。どうして今まで気づかなかったんだろう! あれほどファンだったというのに…… (い…い……いな………いなば………!!) 「て……てゐさん?! あの、いな、因幡てゐさん?! そんな、」 ぼくは遠慮せず彼女に近づいてゆき、その兎耳をさわってみる。ちょっと力を入れると、 (あれ、取れない!) 「いてて、本物だってば!」 あわてて、 「ご、ごめんなさい……コスプレかと」 「あたしは、因幡てゐ。やっと気づいたのね、おバカな、」 彼女はぼくの名を呼んだ。 「ど、どうして知ってるんですか?!」 「隙間からのぞかせてもらったことあるの。花映塚だっけ? あれでよくあたしのキャラ使う人がいるって有名だったから。 あ、もちろんあたしを自機とする人はゴマンといるんだけど、あなたの笑顔が……」 言うと黙り込み、下を向いてしまうてゐさん。頬がちょっと紅潮している。 「と、とにかく、幻想郷に来ちゃった以上、次の隙間が開くまでに時間があるだろうしさ」 手を差し伸べてくるてゐさん。 「こちらにどうぞ♪」 ぼくも手を伸ばす。半ば刺すような涼しさの中、二人の指と指がふれあい、指の先がからみあった。 (あったかい) だが、 「う、うわぁぁ」 体が宙に浮いた! 「ど、どうなってるんだぁぁぁ」 ぐんぐん遠くなってゆく地面。筍の畑、竹林、町の区画。少しばかり静かだったてゐさんが口を開いた。 「手ぇ離しちゃだめよ」 「離すと、どうなるんですか?! くっついてる間だけ力が供給されてて、」 ぼくは好奇心から、 「手を離したりすると、」 (手を離す) 落下。 「うあああぁぁぁぁ」 上のほうから、「言わんこっちゃない!」とかわいらしい声が聞こえて来、全速力で降下してきたてゐさんに抱きとめられる。 「もう、子供みたいなことしないでよ」 「す、すみません…試してみたくなっちゃっ……」 二人の顔…それは、恋人同士のように接近している! と、突如真っ赤になったてゐさんは、 「いやぁ」 と素っ頓狂な声を上げ、ぼくを突き放す! 「うわああぁぁぉぉ」 そしてぼくは再び落下をはじめたのだ。もちろん、てゐさんはちゃんと助けにきてくれたけど。 数十分ほど、手を手をとりあっての飛行が続いただろうか。 ぼくは彼女とタメ口で話すように言われた。実際の年齢で言うと大先輩だけど、見た目は僕が上だから、との理由だ。 「しかしこの竹林、えらく大きいんだね」 「そう? ……もうすぐ着くよ」 着く? 幻想郷の竹林の中にある場所といえば…それは、永遠亭だ。 「それより、ここは現実世界と比べてどんな感じ? 空気とか、違うの?」 「え、えっ」 ふふ、と笑うてゐさん。 「あたし…どうじんし? とか、ふらっしゅ? とか、言うんだっけ。そこに描かれてるのと、違う?」 「んー…」 「狂気のなんとか、とかいうふらっしゅも、好きなの?」 年頃の高校生といった興味津々さで、ぼくを矢継ぎ早に質問攻めにするてゐさん。 「いや、それは、なんとも…」 空いている手で頭をかく。 「見た目はこんなのだけど…現実には、あたしも相当のおばさんよ。それでも……」 言うとてゐさんは、僕の手をとる力を少し強めた。そして、 (!) ぼくの手の指と指の間に、そのやわらかな指をからめてくる。 「それでもいい?」 両想いということ。 顔は飛行の方向に向けられているものの、細められた眼がこちらを艶かしく見やっている。 (……!) このてゐさんという女性、現実世界ではありえない存在だ、とぼくはつくづく思う。 少女でありながら、長い年月を経た、しかも妖怪であるというひと。 その彼女が、ぼくの手をとっている。 その彼女が、ぼくの想い人。 これは夢なのだろうか。消えてしまい、いずれは忘れてしまう幻なのだろうか… そんなことを思っていると、大きな屋敷が眼に入った。次第に高度をさげてゆくぼくたち。 地面に降り立つと、ぼくたちは絡められた手をちょっと意識したのか、恥ずかしそうにゆっくりと解いた。 玄関先を見渡すと、そこに居るのは…… 「みんな、知ってるよね」 てゐさんの従者たちであろうか、兎たちと、兎耳をつけた -- 変化した兎だ -- 護衛らしき女性ら、 そして着物をばっちり着こなした輝夜さま、永琳師匠に、優曇華院さん。 地面に降り立ったてゐさんは開口一番、 「もー、なんでみんな勢ぞろいしてるんですかぁ」 姫さまが口を開く。 「久しぶりに迷い子が入ったって知らせがあったからね。楽しみだったの。 それにあなたのお気に入りの男性と聞いちゃ・・・黙っていられないから」 凛とした、透き通るような声。よくある時代劇のお姫様といった顔立ち、という表現がしっくりくる。 「なかなか興味深い殿方ね。これはいい実験台になりそう」 (ちょ、実験て) 言ったのは永琳師匠か。見るからに科学者といったオーラに、さらに理知に富んだ顔つきと声の音色。 さらに、腕組みをして何も言わずにこちらをじっと観察している制服姿は、うどんげさんだろう。 先輩、といった感じが伝わってくる。 みんなの顔をみながら軽く会釈していると、姫さまが、 「堅苦しい挨拶はいいから、中に入って頂戴。ちょうどお夕飯の時間なの」 「あ、はい」 「それに、背中から見えてる筍…現実世界のものね。一度食べてみたかったの。永琳?」 呼ばれた師匠は、いつの間にかぼくの背後にまわっていた。 「ほぅ、なかなか美味しそうですね。早速炊事場に廻します」 姫さまはといえば、ささ、とこちらに歩み出てきて、手のひらを上にしてぼくに差し出す。 「?」 「私が直々にお連れするわ」 その華奢な手をとると、少しばかり体が浮かぶのを感じた。 狭めの応接室に通されたぼくは、そこで、姫さまと師匠、そしてぼくとてゐさんの四人で夕食をとることになった。 優曇華院さんは護衛のシフトがあるから、今はちょっとこれないそうだ。 現実世界の流行について、そして現実世界で言われている事と幻想郷の現実との違いについて、 果ては霊夢さんが最近開発した『賽銭防御システムA801』などについて談笑する。 きれいな食べ方をする隣のてゐさんを見ていると、さすが良家のガード役というのも頷ける。 夜もずいぶん更けてきたころ、姫さまはお箸を置くと、 「お粗末な食事で申し訳ないわね」 確かに、ご飯・味噌汁、そして幻想郷で取れるお魚の塩焼きに季節の野菜、というメニュー。 「そんなことないですよ。おいしくいただけました」 ぼくのとってきた筍も、ちょこんと添えてあった。 「最近、てゐの稼いでくるお賽銭が少ないの。だから…」 ぼくはふと思い出すことがあり、 「姫さま、それは姫さまが働かないk…」 言いかけたところで、太ももに激痛を感じた! 「っ」 見ると、てゐさんがにこやかな表情でぼくをつねっている! 姫さまは全く動じることなく、穏やかに 「ともかく、あなたはまたここに来ることがあるでしょうから、今度からは筍狩りをお願いしようかしら。 おいしいものがとれる場所の地図を渡しておくわ。現地調達のほうが楽だし」 (…ここ、人、というか兎、足りてるのか…?!) ぼくは苦笑いする。 食事の後は、みんなで(お粗末ながら)お菓子を食べる時間。 師匠が竹の葉にくるんだお団子を出してきた。親指の先ほどの小ささだが、とてもボリュームある味。 「あ、そういえば」 ぼくはある事を思い出し、バックパックからそれを取り出す。 「現実世界のお菓子で、ポッO-といいます」 姫さまたち三人はキャッキャと色めきたった。師匠はぼくが渡したパッケージを手に取り、 「姫さま、これがあの噂のポッO-というやつなんですね」 輝夜さまは両手を可愛らしく合わせて、 「長くて細い…そして、甘いの!」 てゐさんは僕を呼び、 「ねぇ、これはどうやっていただくの?」 ぼくが「いや、普通に、チョコついてないとこを持って・・・」と説明をはじめようとすると、 姫さまと永琳師匠が顔を見合わせ、ニヤリとする。 師匠は封を開けたところから一本取り出し、その端をくわえた。 「こうやるのよ」 「永琳も好きねぇ」 と、姫さまも反対側をくわえる! (ど、どこでこんな遊び方を……) ポッO-をくわえた姫さまは、そのままで 「お二人もやりなさい」 (命令!?) てゐさんの顔をさっと見ると、もう真っ赤だった。彼女は恥ずかしげに視線を斜め下に逸らす。 が、パッケージから一本、しなやかに取り出すその姿を見て、ぼくは言葉に出来ない感情に囚われた。 いやとは言えない……でも、しかし…いくら大好きとはいえ、初めて会った女性と! 合コンの経験なんて一度しかないし、そんな大胆なことはなかなかできないのがぼくの性格だ。 しかし見ていると、姫さまと永琳師匠の唇が近づいてゆく! ぱりぱりぱりぱり・・・。 接近する二人の唇 --- ぼくは、恥ずかしさに眼を逸らす。しばらくの後、輝夜さまと師匠は笑い上戸になっていた。 永琳師匠が、ぼくの赤面に気づいたのか、 「さぁ、二人もやってみなさい」 姫さまもそれを後押しするように、 「さぁ!」 てゐさんが本当に恥ずかしそうにポッO-をくわえると、輝夜さまはぼくを指し、 「さ、あなたもくわえなさい。姫の命令よ」 (なんちゅう命令だよ…) ぼくは反対側の端に口をやる。 (こんなに近くなるんだ……) てゐさんの円らな瞳は恥じらってばかりだ。ぼくの眼をちら、ちらと見るものの、ふふ、と笑って視線を避ける。 「はーやーく! はーやーく!」 シラフのはずの姫さまが、お祭り状態になっている! てゐさんまでも、煽るようにぼくの名前を呼び、 「はやく」 ぼくは意を決した。 ぱり。ぱりぱり。 「おぉ~」 師匠と姫の歓声がユニゾンとなって部屋に響きわたる。途中あたりまで食べ進めたところで、突然二人が立ち上がった! 「じゃ永琳、私はちょっと用足しに」 「では姫様、私も例の実験の準備が」 スタスタ(歩く音)、サーッ トン(ふすまが閉じる音)。 こちらを見ることなく二人は部屋から出て行ってしまった。 (………) 部屋に残されたぼくたち二人。 ぱりぱり。 (!) 進んできたのはてゐさんのほうだった。両目をそっと閉じていて。 ぽりぽり。 (てゐさん…) 眼を閉じると、ぼくの両肩に腕が置かれた。やがて両手の平がぼくの頭の後ろにもっていかれ、優しく包むように。 ぱりぱり。 (……) ぼくはためらいながらも腕を動かし、てゐさんのくびれた腰を探しあてる。そこに手をそっとそえて、 ぽりぽり。 ぱりぱり。 ぱり。 そして。 ヴァッタァァン!! という擬音が画面に浮かび上がりそうな大音量とともに、襖が倒れてきた! ビクッとして飛び上がるぼくたち。そこには姫さま、師匠、そしてうどんげさんの姿が。 てゐさんはポッキーの残りをくわえたまま、赤かった顔をさらに染めて、 「ひ、ひどいです、のぞきなんて…」 ぼくも視線をそこらじゅうに泳がせる。姫さまが本当に惜しそうに、 「残念だなぁ…もうちょっとだったのにぃ」 三人の後ろに立っている、日傘を手にした女性は……見覚えがある。紫さんだ。 彼女が口を開く。 「そろそろ準備が出来たわよ。彼ももうすぐ帰らないと思ってるんじゃなくて?」 「待って」 言ったのはてゐさんだった。八雲さんを見据えたまま、ぼくの手を探し当て、しっかりと握ってくる。 「そんなに急がなくても…帰るための境界だっていつでも、それに…時間軸は、」 「いや、てゐさん」 てゐさんがはっとした顔でぼくを見る。 「ぼくも、健太が心配だ。こうしていたいけど、戻ってあいつを探さないといけない」 紫さんは諭すように、 「彼なら大丈夫。私があなたを神隠ししたのは、あなたが背中を向けた瞬間だから」 「えっ、じゃあ……」 「今回はあまり、その……ある兎さんがせがむもんだから。 それに、あなたの想いが強いみたいだったから、ちょっと強引に隠したの」 手が強く握られるのを感じた。 「次からは直接あなたに訊ねることにするわね」 「…あいつ、俺を探してるんじゃないですか?」 「しばらくはそうだったみたい。でも実は、彼も別のところに飛ばしてるの。 今回は彼には、幻想郷は文字通りの夢だったと思ってもらうことにするわ」 と、ぼくは急に眩暈を覚えて倒れこんだ。駆け寄ってきたのはてゐさんだろうか。 「大丈夫?!」 朦朧とする意識の中、永琳師匠の声がして、 「…まだ、ここの空気に慣れてないみたいね。しばらくは現実世界に戻って静養する必要があるわ…… ……いえ、その前にちょっと処置しておきましょう。今ちょっと怪我しちゃったみたいだし。 てゐ、彼と来なさい」 今、ぼくは永遠亭の医務室にいる。横たわるぼくの傍に座っているのは、てゐさんだ。 ふと自分の右手を見やると、小指に包帯が巻かれている。彼女が巻いてくれたものだ。 ここまで負ぶって(浮かんで)来てくれたのもてゐさん。 指を動かそうとすると鈍い痛みが走った。 「てゐさん……次、いつ、逢えるかな」 「わからない。あなたも、ここの空気に慣れる必要があるし……」 間。 「ぼくは、」 「あたしは、」 彼女に譲る。 「あたしは……あなたに逢えて、話せて、嬉しい。ずっと待ってたから」 「無理言って、境界開いてもらったんだよね」 「うん」 ぼくの足に手をそっと置くてゐさん。 「八雲さんは次からぼくに尋ねるとか言ってたけど…それも、彼女次第だよね」 「うん」 「いつ逢えるか、本当にわからないんだね」 哀しげな面持ちになるてゐさん。 「ねぇ」 と、彼女。 「ん?」 「さっき言ったの、嘘よ」 「どういうこと?」 「あなたよりいい人なんて、いくらでもいるから」 ぼくから視線をはずす。 「別にあなたじゃなくてもいいの。あたしは人気あるから。崇拝する男どももワンサカいるのよ」 嬉々とした顔の中には、しかしながら、哀切を帯びた瞳があった。 「……ぼくは、」 動かせる手で、てゐさんの手を包む。 「そんなてゐさんが、」 「……」 「…偶然とは思いたくないけど、東方って世界に出会った。最初はチャットで、東方アレンジをしてる人に出会って、 CD紹介されたんだ。それでゲーム買ってみて、お店でアレンジCDとか勝って、自分で作ったりなんかして。 花映塚で、てゐさんのキャラ見て……それにここが実在……幻なんだろうけど、本当にあるとこで、」 ぼくは唾を飲み下す。 「よくわからないけど、ここでてゐさんに逢えた。本当にいるんだってわかった」 「………」 「それに、ぼくみたいな奴でも見ててくれてたって」 てゐさんは視線を逸らす。 「ここでの記憶は…いつか、薄くなって、消えてしまうかもしれない。幻みたいに。でも、」 「キャラを好きな気持ちは消えないってわけ? あたしはずっとここで、」 ぼくをきっと睨むように、 「あなたを待つのよ?」 彼女の眼を見ることはできない。 「気まぐれなあのおばさんが次に気まぐれ起こすときまで……待つの」 言うと、ぼくの膝の上あたりに顔を横たえるてゐさん。腕を伸ばし、その頭をなでてあげる。 彼女はぼくを見ながら、 「あたしは、でも……忘れられても、いいかな」 ぼくは体を起こした。同時にてゐさんも椅子に座りなおす。 「どうしたの?」 「てゐさん、ぼくは記憶力がいいほうじゃない。人の顔も名前もよく忘れるほうだ」 「……」 「じゃあ、こんなぼくなのに、どうして選んでくれたの」 てゐさんは再び視線を床にやる。僕は寝台に腰掛け、彼女と向き合った。 「どうせなら、ぼくを選ばなきゃよかったのに。ぼくなんて奴を選ぶのが間違ってるんだよ。 じゃあ何? ぼくのほうも、東方なんか、てゐさんなんか知らなきゃよかっ」 パシン。 (ぶたれた?!) 事態を把握しようとした次の瞬間、てゐさんがぼくの頬に両手をそえて、その顔を近づけてきた。 丸い眼はゆったりと閉じられていて……。 気がつくと竹林の中に居たぼく。気配にさっと振り返ると健太が立っていた。 「お、健太。探したんだぞ。どこいたの」 「なんかよくわからんが、むちゃくちゃ眠くなったんで寝れそうな場所を探してたんだ」 (やはり、ぼくだけが記憶を…) 「いい夢みたか?」 「ん、よく覚えてない。…それよりお前、小指、ケガしたんか?」 手を見ると、そこには確かに、彼女が巻いてくれた包帯がしてあった。 触れてみると、 「いてっ」 だが痛みと同時に脳裏をよぎったのは、あの愛らしい笑顔。 うpろだ308 ─────────────────────────────────────────────────────────── てゐとお月見してゐたら ------------------------------------------------ 幻想郷を定期的に訪れるようになってはや五年。 多くの人間や妖怪たちとの人間関係もそれなりに出来、お気に入りの風景もあり、今では現実世界よりも好きな場所である。 ・・・というのも、好きな妖怪(ひと)ができちゃった、というのが正解かな。 彼女の名は、因幡てゐ。僕よりはるかに長生きだけど、顔かたちはかわいい女の子。もちろん兎耳もついてる(本物)。 今日もぼくは、いつものように、輝夜さまのおわす永遠亭に向かった。 十五夜の下、お菓子をつまみながら歌詠みの会が催されることになっているからだ。 (今夜披露する歌は・・・これにしよう。カラオケでも練習したし、本番っていってもカラオケみたいなもんだし) 境界から出てきた僕は、地面に足が着くと同時に、手にしていたカンペを浴衣の懐にしまいこんだ。 目指すは竹林、姫さまと彼女の従者たちの住まうあの場所。 (前来たのは1ヶ月前、か・・・前々回の訪問から3ヶ月。サイケな壁紙に変わってないといいけど) 何度入っても迷いそうになる竹林。ここへの入り口というものは幾度来ようが未だにわからない。 でも僕はここ一帯でそれなりに有名らしくて、来る度、てゐさんの忠実な僕(と、彼女は呼んでいる)が案内してくれる。 (よくできた先輩ウサギなんだなぁ・・・かっこいいところもある) よくできた、とぼくは書いた -- しかしながら、一度、こういうことがあったのを忘れてはならない。 その日、やたらとてゐさんについて褒め殺しの文句を紡ぎまくるウサギ(最近変化した新人らしい)に案内されたぼくは、 行き止まりと思しき、竹藪が文字通り壁のようになった袋小路にたどり着いた。彼女の言葉を思い出す。 『壁の下らへんに小さな穴があります。そこから潜りこめば、てゐさんのお気に入りのお昼寝場所に着けます』 すこしばかりニヤリとするぼく。 (だめだだめだ!) 次々と襲いくるあられもない甘い妄想をふりふり振りほどき、体をかがめる。 「うへぇ、ちょっと狭いな~」 ほふく前進を続ける。 「あれ。ここ・・・温泉?」 あたりにはもくもくと湯気がたちこめている。頭がようやく小穴から出たところで、 カチャッ。 何かが頭に突きつけられた。 (・・・冷たく、丸い・・・・・・・銃口?!) 覚えのある、鋭く透き通った声がぼくの耳にやさしく入ってきた。 「度胸あるわね」 鈴仙さん?! 「私の沐浴現場を大胆にも覗くとは・・・てゐに言いつけるわよ」 ゆっくり顔を横にすると、毛布で体を覆ったうどんげさんが見えた。 「こ・・・・これにはわ、わけ、その、教えてもらったうさぎさんがぁぁ」 ニッコリとしているレイセンさん。これは、まずい!! 微笑みを顔一面に湛えたまま、手際よくロックをはずす彼女。 そしてぼくは、ピチューンという音とともに、ポイント加算に貢献したのだった。 「今回は大丈夫だよね」 ぼくがそう独りつぶやくと、背中をつつくものがあった。てゐさんをそのまま小さくしたような、かわいらしい兎・みるさんである。 人間で言うと7,8歳あたりだろうけれど、五十年ほど前に変化した妖怪。もちろん僕より大先輩なのだ。 「あ、あの、今日は、みるが、案内、ですの」 「みるさん、また会えたね。今日も待っててくれたの?」 先輩相手にタメ口は躊躇われるけど、みるさんは『でも、みるのほうが、見た目は子供だから・・・ですの』と言って 妹のように接することを望んでいる。ちょっと微妙だけど、これはこれでかわいい。 見ていると、みるさんは手を振袖の中に入れ、なにやら文のようなものを取り出した。 「てゐ先輩が、これを・・・・」 「なんだろう」 ぼくはそれをそっと受け取り、手の中でいたわるようにして開いた。 たけのこ取ってきてくれないかな。前取りそびれたでかいのがあるから。区画・東ヰ45947cあたりにあるやつ。お願い 「・・・・・」 コミケの配列かと見まがう記載だが、ぼくはなぜかこの場所だけは知っている。 手を背にやると、 「のこぎり・・・」 来訪ごとに何かお使いをさせられている気がするが、気のせいだろう。気のせいかな。そうだといいな・・・・・ ともかくぼくは、東(中略)に向かった。 てくてくと足を進めると、やがてたけのこ畑に到着する。 「これが・・・そうか」 人間の片足ほどの太さの巨大なたけのこ。 「これほど育つと普通は不味いけど、ここ・幻想郷産のは不思議と美味いんだよなぁ」 永琳師匠によると、どうやら特殊な製法と幻想の空気があいまって、熟成されるとのことだ。 ぼくはのこぎりを手にし、その根にえいっと歯を立てる。 「てゐさん、いますか?」 だが、ぼくを迎えたのは輝夜さまだった。仄かに笑みを浮かべつつ、 「あら、ちょっと遅かったじゃない。もうはじまってるわよ」 「す、すみません。ちょっとコレ」 言うと、背中にしょっていたたけのこを示し、 「とってたもんで」 姫さまは両手をそっと合わせ、顔を傾けて、 「あ~、ちょうど料理にたけのこが入用だったところなのよ。永琳が、足りない足りないってうるさくてね。ありがとう」 輝夜さまはぼくを見てずっとにっこりしている。 営業スマイルとも、友人との再会の喜びともとれない、不思議な微笑みだ。 不死のわびさびを知り尽くしているからといってしまえばそれだけなのかもしれないけど。 また見たいと強く思わされるけど、見るとどこか余所余所しいものを感じる・・・そんな、笑み。 「どうしたの? お入りなさい」 「あ、はい」 華奢な手を伸べてくる姫さま。ぼくがいつものようにその手をとると、 (つめたい) 広間に続く回廊に導かれる。 ふんふんと鼻歌を歌いながらぼくをエスコートする輝夜さま。 (もうすっかりペットになっちゃったな) 広間の襖の前に来ると、ぼくたちの足がとまった。姫さまはぼくをちらっと見て、 「彼女、待ってるわよ」 一瞬何のことかわからなかった。 「えっ?!」 「ふふふ」 響き渡る大音量のロックサウンド。兎たちはみな、えーりん、えーりん! と叫びつつ腕を上げ下げしている。 ぼくの席はてゐさんの隣に確保されていた。 (やった!) 毎回ランダムで席順が変わるようなのだが、今回は何かのまぐれだろうか。嬉しいことに間違いはない。 隣に来たぼくに気づくと、なつかしい声が響いた。 「もぅ、遅いっ」 えーりん、えーりん。 合唱が終わり、拍手と歓声がひと段落すると、ぼくの名前が呼ばれた。 「さ、行ってきなよ」 「うまく、歌えるかな・・・」 「何甘えてんの」 「練習でも失敗ばっかだったし」 情けなくそう言うと、てゐさんが両手を広げ、ぎゅっとぼくを抱きしめた。 耳元で、 「久しぶりに会えたんだから、ちょっとは成長したとこ見せて」 (積極的に・・・なってる?) ステージに上がったぼく。唾をのみこみ、目を閉じて、 (てゐさん・・・ヘタだけど、てゐさんのために、歌うよ) ポーズを付け、マイクをかっこよく目の前にもってきて、目をカッと見開く。 てゐさんは (こっち見てないじゃんorz) 歌の集まりの後は宴と決まっている。 メロンの仲間みたいな名前の妖怪さんが持ち寄ったお酒、脇が見えてる巫女さんが神社から運んできたお酒。 色んな種類の飲みものをあおりながら、一級品の料理をいただくんだ。 「うわー、おなかいっぱいになりました」 驚くなかれ、これはすでに三次会なのだ。ぼくは思わず声をもらす。 隣に座っていたてゐさんを見ると、その横の兎となにやら楽しそうに談笑している。 宴会もそろそろお開き。四次会としてお月見というオプションがあるけれど、参加する人はいつも数名である。 (てゐさん、お酒あんまり飲まないみたいだけど、こういう雰囲気は楽しいんだろうな) 見ていると、兎は立ち上がって部屋を出て行ってしまった。 片付けに帆走している兎たちを除くと、部屋にいるのは、姫さま、永琳師匠、そしてぼくとてゐさんだけだ。 (ん?) ちら、ちら、と、ぼくに視線がやられるのがわかる。てゐさんがぼくを見ているんだ。 それが気になっていないフリをしつつ、ぼくはあえて姫さまと師匠のほうを見る。 ニコニコ。ニヤニヤ。 二人は何やら、ぼくらのぎこちない態度を話のタネにして愉しんでいるようだ。 (・・・・) ぼくは何も言わず、てゐさんの手をとって --- 自分から、手を差し伸べて --- 縁側に出る。 垂らした足をぶらぶらさせ、月を眺めながら団子をほおばるてゐさん。 といっても、お腹はすでにいっぱいのようで、それについた餡を舐めているだけだ。 ぼくはちょっと恥ずかしくなり、視線を逸らす。 「てゐさん・・・」 「なぁに?」 「こうやってずっと会えないと、寂しいとか思わない?」 「うーん」 団子をお皿に置くと、 「兎たちが世話してくれるからね。友達もいるし」 (そういう問題じゃないんだけど・・・) 「でも、ぼくは・・・」 続けようとするぼくを遮るてゐさん。 「それは仕方が無いよ。お互い時間がいつもとれるわけじゃないでしょ?」 「そうだけどさ・・・」 「じゃあ何、毎日でも会いたい?」 そんな冷徹な声色を聴くのははじめてだった。 「毎日会ったら飽きると思うんだけど」 「・・・・」 (なんでこんなに冷たくなったんだろう。さっきまではあんなに・・・、それまで、今までこういう・・・) 「てゐさん、」 「お互いを縛り付けるのはよくないと思う」 ぼくは、ぎり、と歯をかみ締める。 「だって考えてもみてよ。あたしは永遠亭まわりの雑魚妖怪退治で忙しいし、あなたは現実世界で仕事に追われてる」 「・・・・・」 「これくらいがちょうどいいのよ」 視線を意図的に避けている彼女。ぼくはわざとおどけて、 「ちょうどいいって・・・どうして? 久しぶりに会えてうれしいな~、とか、もうずっと離さないわ~、とか言っても、」 「そんなクサいセリフとか態度、」 ぼくの中の何かがふっきれた。 「ちょっとまってよてゐさん。ぼくの・・・ぼくの気持ちだって、」 再び団子を舐め始めたてゐさんは、こちらを見ようともせず、 「スキスキ~、ってなったら負けよ」 「えっ」 「ほどほどが一番ってこと」 「そうだけど・・・そんな風に、言わなくてもいいだろ」 ぼくはてゐさんを見る。だが彼女の視線は、依然として円い星に注がれていて・・・ 「てゐさん! ぼく、もう帰るよ。こんな会話しに来たんじゃない」 立ち上がりかけると、すっ、と彼女がぼくを横目で見るのがわかった。 (やっと見てくれた) その唇の端が、ゆっくりと悪戯っぽくゆがむ。あの懐かしい、いつもの、かわいらしいイタズラっ娘の顔だ。 「ふふ、必死なところ、かわいいんだぁ」 ぼくは半泣きになりながら、 「ひどいよ、てゐさん・・・!」 彼女は見た目はちょっと年下とはいえ、やはり「おばさん」である。頭が上がるはずもない。 「ちょっと女王様が過ぎたかな」 声の調子も普段のそれを取り戻した。痒い所をさらにこしょこしょとこそばすような、甘酢っぱい色だ。 「女王様プレイにしては、ちょっとセリフが生々しすぎたと思います」 てゐさんは舌をちろりと出し、 「てへっ、ごめんね」 「てゐさんのイタズラ好きには困るなぁ」 月明かりが、彼女の無垢な(?)笑顔を照らしている。 「でも、そういうところがぼくは・・・」 言って、彼女の僕を見つめる瞳の様子がちょっと変なことに気づいた。 「てゐさん・・・?」 潤んだ目で僕を見つめる因幡さん。ぼくが何かを言おうとすると、かがむようにしてひざに飛び込んできた。 「てゐさん?!」 「ホントは・・・いつだって会いたいの!」 長い耳をそっとなでてあげる。ヴェルヴェット調のステキな肌触り。これにどれほど長い間、触れてなかっただろう・・・・ 「ぼくだって、」 「あなたは何もわかってない」 ぼくの両膝に手をついて顔を上げ、 「あなたに会ってから四年・・・あたし、ずっと同じでしょ? 年とってないように見えるでしょ?」 「・・・」 「でも、あなたはどんどん死に近づく。いずれ、あなたは・・・・あたしは、」 ぼくはもう、彼女にそれを言わせたくなかった。 「てゐさん」 彼女の頬を両手で包む。 「あたしは、あなたを失いたく・・・」 「てゐ」 彼女の唇の甘さ・・・その切なさは、あまりに残酷で。 9スレ目 27 ─────────────────────────────────────────────────────────── 漆黒の空の下、瑠璃色の浴衣姿のてゐさんの肩を抱き、闇を刹那に照らす華を見上げる。 「やっぱり幻想郷一といわれる玉家さんのは、最高だね」 と、ぼく。 「うん」 と、てゐさん。目の前でかわいらしくあわせている手の薬指には、白銀の指輪。 「うん」 ぼくは彼女の腰に回した腕をもっとひきよせて、 「てゐ」 「なぁに?」 とどろく花火の音。それは、はじめて聴くのに懐かしいような音。 「ぼくは、てゐさんが、」 やがて向かい合う顔と顔 --- 近づく顔、閉じられる目。 瞼の裏に、光り輝く一時の陽が映った。 てゐさんに唇を重ねたぼくが思い出すのは、一週間前の出来事。 夏の暑い夜。ぼくとてゐさんは手をとりあい、半年ぶりに竹林を散策していた。 「ねぇ・・・・・あなた、変わったよね」 「どこが? 普通だよ」 だが、ぼくの心境は普通どころではなかった。 真夜中に次から次へとかかってくるクライアントからの電話。 親しくしていた健太の交通事故死。 持病の悪化によって諦めた、大好きな趣味。 こんな状況で幻想郷に来た所で、ぼくは癒されるのだろうか。 今日来たのは、「いつもの」来訪ではない。 てゐさんとの最後のデート以来、八雲さんはそれこそ毎日のように僕を幻想郷に誘っていたが、 僕は避けるようにしてその申し出を断ってきたのだ。 (色々立て続けて起こりすぎたから。・・・・・でも、それだけが理由?) てゐさんのことは忘れることはできなかった。でも、会っても何をしていいのかわからない。 何を告げるべきか、彼女の想いにどう答えてあげるべきか。 忙しさとあいまって、会うことを避けてきた。 そんなある日のこと。現れた八雲さんはいつものように、 「・・・今日こそ、行ってもいいんじゃない?」 ぼくは今見ていたTVを消した。 「もちろん、イヤならいいんだけど?」 思い出すてゐさんの微笑。 意を決したぼくは、開かれたスキマから幻想郷へと足を踏み出す。 どれだけ二人の沈黙が続いただろうか。 永遠亭に到着して彼女の顔を見てから、交わした会話は「散歩しようか」「うん」という二言だけ。 静けさの中、てゐさんの丸い声がぼくに届く。 「・・・・・あたしに会いにきてくれたんだよね?」 「うん。」(本当は、どうしようか)「そうだよ、」(迷い続けてた)「会いたかったから」 「・・・・・気遣ってくれてるの?」 「・・・・・・」 「時間がないとか・・・疲れてるのならわかる。それに」 彼女のつぶらな瞳。 「精神的に余裕がないなら、無理しなくてもいいんだよ?」 ウソつきのプロだからこそできること・・・・それは、他人を見抜くということ。 (ぼくはなぜここに来ているのだろうか。ぼくの本当の気持ちは・・・) 「あたしはあなたのことが好きだし、お互いのことを想ってるならそれで、」 ぼくは遮るようにぼそりと、 「遠距離・・・」 「?」 「遠すぎるよ。やっぱり、無理なんじゃないかな? ぼくたち」 てゐさんの足がとまる。彼女は地面をにらみつけ、 「・・・・・それが理由? じゃあ、どうして来たの」 そこではじめててゐさんの語調が強まった。 「そんなことを言いに来たの」 「・・・・・・」 「それなら・・・・・いっそのこと、もうこなけりゃよかったのに」 ぼくはてゐさんの目を見ようとするけど、彼女の視線は固定されたままだ。 「そんなんじゃないんだ」 「だったらどんなの? ねぇ?」 懇願するような目つきでぼくを見やる彼女。 はるかに年上の、でもぼくより少し背の低い、すてきな女性。 そのひとは、ゆっくりと確認するように言葉を紡ぎはじめた。 「・・・・もう逢いたくないの、かな」 「・・・・・」 「・・・・・・あたしは所詮、幻なの、かな」 「・・・・・・・・・」 「あなたに逢えなくなるなんて・・・さみしいな」 ぼくは口をこじあけるようにして、 「だから、最近忙しいんだ。もう来れない。じゃなくて、」 強い言い方になるぼく。 「来てるヒマがないんだ。来たくないとかじゃないんだけど、」 (ほんとは、どうしていいかわからない) てゐさんの僕の手を握る力が強まり、はっとした表情で、 「来たく・・・ないの?」 心の奥底を見透かすような彼女の眼。 「ね・・・・来たく、ないの?」 泣きそうに声が上擦っている。 「ね? あたしに・・・・・もう、逢いたくないの? 逢ってもどうしていいか、わからないの?」 「・・・・」 「あたしは、あなたのものなの。何をしてもいいの」 「・・・」 「でも、逢えなくなるのは・・・・」 ぼくは目線を引き剥がす。見る方向を変えるのに、こんなに力が必要だっただろうか。 「あなたの終わりは・・・あたしの終わりよりも、早くくる」 また、それか。もう聞きたくない。だからぼくは、意識して、わざと嫌味にこう言う。 「時間軸の違い? しつこいよ。てゐさん」 (・・・・酷いことを言った) 視線の片隅で彼女が哀しく微笑むのが見えた。 「あなたにはよく分からないかもしれないけど・・・ここは、幻想の郷。 外界のあなたたちにとっては夢と幻の世界。 でも・・・・・あたしにとっては、ここは紛れも無い現実なの。『幻』という現実なの、」 ぼくは、ぎりっ、と歯を食いしばる。 「あなたが好きだっていう、この想いも」 「・・・・・」 「・・・・だから、今だからこそ、伝えたいことがあるの。あなたがもう来なくなってしまう前に。 あたしとの出逢いも、二人の思い出も・・・あなたにとっての幻となって・・・消えてしまう前に」 「・・・・・」 突き刺さるような彼女のまなざし。 「どうしてあたしを見てくれないの?」 「・・・・・」 やさしく、 「あたしを見て」 「・・・・幻想の世界の住人に惚れた俺が、間違いだったのかもな」 言ってしまったあとで、ぼくははっとして視線を泳がせる。 ながながとした沈黙が横たわり。 暫くすると彼女は、ぼくの名を、いたわるように、包み込むように、ゆっくりと二度呼んだ。 耐え切れなくなったぼくは、ついにてゐさんの顔を見る。 その、細められた眼からは、大粒の涙が溢れ出ていた。 「帰っちゃう前に言わせて。またここに来るときがあったら、そのときは・・・・・ううん、 あなたはもう来たくないのかもしれない。でも、これだけは言っておきたいの。 この想いは、真実だと思うから」 言うとてゐさんは、ぼくの背中に手をまわし、ぎゅっと抱きしめてくる。ほんのり苦しいほどだ。 そして耳に届いた、その言葉。 「返事をしてくれなくてもいい。頷いてくれなくてもいい。・・・・・・・・・あたしを、」 「あなたのお嫁さんに、してくれないかな?」 うpろだ318 ─────────────────────────────────────────────────────────── まだ明るい日中、長い木の廊下を暗い顔して歩く影があった。 「あ~胃が痛え」 のそりのそりと、足を引き摺るように歩くその影は、腹を擦りながら漫然と天井を眺めていた。 「直に昼か。でもなんも食いたくねえなあ」 「そんなあなたに永琳印のこのお薬!」 テンション高く、どこともなしに永遠亭の薬師が現れる。 何時もどこにいるのだろうかと、影は会うたびに思うがいつも考えるのをやめてしまう。 どの道考えたところで答など出はしないし、考える意味も無いからだ。 「大丈夫。変な成分なんて入ってないから安心よ」 聞いてもいないことを喋りたてるが、肝心なことを話さない。 「……永琳さん、それ何の薬なんですか?」 「……1回3錠とりあえず飲んでみて頂戴」 「はぐらかさんで何の薬か教えてくださいよ!」 「いいからいいから、永琳を信じて」 手に持った薬を口元に押し付けながらにこやかに、かつ強引に飲ませようとしてくる。 「得体の知れん薬なんぞ飲めるか!」 そう言いながら抵抗するが、いかんせん胃が悪く物も碌に食えない体で、 健康体に勝てるはずも無く、徐々に押されていた。 「なあにお薬を飲むのが怖いの? なら飲ませてあげようか、口移しで」 「いらね~」 右手で器用に両腕をまとめ、永琳が薬と水(どこかから出した)を口に含む。 ところでゆっくりと水を溢しながら体を傾けていった。 「危なかったね」 倒れ伏す永琳の後ろから、大きな杵を持ったウサ耳少女が現れた。 「全くだ」 言いながら、そちらに近づく。 「大分手荒いけど、なんにせよ助かったよ」 「そう思うなら」 少女は手を後ろに回し、ごそごそと何かを探っている。 「あれ。あれれ」 が、どうにも探し物は見つからないようだ。 「ありゃ、賽銭箱を忘れちゃったみたい」 「それは残念。それじゃ……」 「まあ、なら私の部屋までおいでよ」 言って、服の裾を掴んで引っ張る少女。 助けられた手前抵抗する気もせず、部屋に連れ去られた。 障子を開けてはいれば、そこは存外多くの物であふれていた。 しかしあるのは幸せになれる壷やら霊験あらたかな塩やら、およそ胡散臭いものばかりである。 「座りなよ」 そう言って座布団を差し出してくる。さて座っていいものか逡巡していると、無料だから、と声が掛かった。 躊躇っていたのはそんな理由ではないんだが、と思いながらも腰を下ろした。 「はい賽銭箱」 数分後にどこかから賽銭箱を堀り出してきて、言ってくる。 「十円でも百円でも好きな額を入れてね」 「そうは言うが今手持ちは無いぞ」 それを聞いた兎はショックを受けたそぶりをし、そのままよよと泣き崩れる仕草をした。 「いや、そんなことしても無いものは無いから」 そもそも俺には給料なんて出ない。学生だからむしろ払う方だ。 「しょーがないなー」 けろっとした顔で言ってくる詐欺兎。本当に食えん奴だ。 「じゃあちょっと頼み事聞いてくれる?」 なぜ俺はこんなところで座椅子の代わりをやっているのだろう。 それは借金の形だ。俺は震える胴を腕で差し押さえている。 この間背もたれのある椅子が壊れちゃって、と言っていたが、プラじゃ無くて木ならすぐに直せるじゃないか。 「直そうと思って外に出していたら、いつの間にかなくなってて」 燃やしちゃったかもしれない。黙っとこ。 今てゐは膝の上で心理学の本を読んでいる。大方また何か詐欺にでも使うのだろう。 人間の心理学が妖怪相手に通じるのかは甚だ疑問であるが、読まないよりはマシか。 しかし目の前にウサ耳があるとこそばゆくてしょうがない。いっそ噛み付いてしまおうか。 それも面白いかもしれない。いや、耳の付け根を押してみるか。 普段髪に隠れている、人間なら耳のある位置に外耳はあるのか、それを確かめるのもいいだろう。 「ねえ」 てゐの頭に顎を近づけたあたりで声が掛かる。 「さっきなんでお師匠様に絡まれてたの?」 「うん? 胃が痛いってぼやいてたらどこかから出てきたんだよ」 声に変化は無い。これならばれていないはずだ。ミッション第2フェーズに入る。 ゆっくり上体を起こし重心を移動させる、と同時に右腕を床から離し自由にする。 膝上のてゐが肩を揺さぶるような素振りを見せたため体を動かすのを一旦停止し、右腕を背側の床に着地させる。 腕に力を込め体の位置を戻してやり、また右腕を解放する。 てゐはまた本に目を移しており、こちらに注意している感は無い。ミッション最終フェーズへの移行を承認する。 しかし、すぐに動いては拙いことになるだろう。ここは幾らか慎重になるべきか。 「ねえ、さっきからどうしたの」 ! 感づかれた! 「いや、なんでもないよ」 そう言いながら極自然に右手を、てゐの右側頭部にかけそのまま髪をかき上げる。 事前に感づかれることを想定しておいて良かった。我ながら自然な仕上がりだ。 「うひゃあ」 存外かわいい悲鳴を上げるてゐ。ついでにウサ耳の付け根にも触っておく。 「なにするの」 「いや、ここに耳は付いているのかと思って」 むっとした表情をするてゐにしれっと答える。 「もーせっかく胃痛を治してあげようと思ったのに」 「無理だろ。永琳さんでもすぐには治せないんだから」 裏を返せば時間をかければ治るという事である。重症でないのだからゆっくり、他の臓器に負担を掛けない様にした方がいい。 「大丈夫、この液を飲めば。さあ口を大きく開けて」 何処より取り出だしましたるは青い液体、別名ポーション(旧)。死ねる。 「それはやばい。それはやばいからしまおうよ」 「大丈夫一日三回一週間飲んでれば治るよ。サービスで飲ませてあげるから」 「サービスって。無理だから青色一号は見た目にもきついから」 「平気だよ。私が飲ませてあげれば運良く治るよ」 「運良くとかそう言う不確定要素はやめようよ。特に医療で」 「薬飲むのが怖いの? なら口移しで飲ませてあげるよ」 「さっきの永琳さんと同じ事言ってるじゃないか!」 膝上で反転してこちらに向き直り言うてゐ。 その瞳に思わず俺はてゐの頭をそっと胸に抱くと、フェイスロックを決めてしまいそうになる。 「さあいってみようか」 そう思っている間にもポーションは俺の頬にピタピタとくっつけられる。 覚悟を決めた俺はてゐの頭に掛けていた手を解き、そのまま腕を下に持って行きまた力を加える。 すなわちてゐの体をかかえる様にして言った。 「口移し……できるものならやってみろ!」 そのときのてゐの表情の変化は随分と見物であった。 目を見開き口をぽかんとさせたかと思うと、すぐに目線を横にやり、顔を赤くした。 また数回体を振って逃げようとしていたが、廻した腕が多少緩んだだけで徒労に終わった。 「このままじゃ届かないよ」 幾らか後にてゐが言ってくる。こちらの胸に頭が当たる程度なのだから、そうだろう。 おどけた調子で腕をほどき解放するや否や、てゐが立ち上がる。 負けじとこちらも立ち上がる。すぐに座る。 「どうしたの?」 怪訝な顔をして見つめるてゐ。 「足が痺れた……」 子供程度の体重でも四半時程膝上に乗せていればこうもなるだろう。 「ということは……」 詐欺師が笑う。どうにも嫌な予感のするので、痛むが正座してすぐに膝で立てるようにはしておく。 「今ならやり放題?」 予感的中。 頬にぐいぐいとポーションの壜を押し付け、やれ飲めと催促してくるてゐ。 覚悟を決めて息を大きく吸い込み、その青い液体を一時に飲み下すと、喜ぶてゐの唇に口をつけ含んだ液体を流し込もうとする。 てゐも初め口を開けずにいたが、やがては口を開き液を受け入れた。 しかし双方嚥下することは無く、液は二者の間を行ったり来たりすることになる。そこに、 「ちょっとてゐ!」 機械仕掛けの神は何処かで見ていたか、スパーンと勢い良く障子戸が開かれ永琳が入ってくる。 それに驚き、双方共に口の中の液体を勢い良く噴出する。 「え、なにどうしたのかしら?」 突然のことに流石に戸惑う天才。 「いえ、何でも無いです」 咳き込みながら返す。 「それでお師匠様、ご用は何でしょう」 てゐも答える。 「あー、いえとりあえずこの子持って行くわね」 歯切れの悪い返事をしながら、俺の襟首をむんずと掴む永琳。 「さあ、さっきの薬飲んでもらいましょうか」 どうやら諦めていなかったらしい永琳は俺も捜していたらしい。 てゐに杵でどつかれたことは後で起こる腹積もりなんだろうか。 いってらっしゃい、とでも言うように暢気に手を振るてゐ。 「あ、そうだ」 俺が引き摺られていく最中、唐突に声が掛かる。 「一日三回だからまた後で来てね」 にこやかに言ってくるてゐ。 その笑顔に俺は今度は葛湯を持って来ようと決心した。 10スレ目 389 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「口下手なんで一言だけ、好きだてゐ」 7スレ目896 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「てゐ!俺はロ○コンでも良い!俺はお前のその毒気に惚れたんだ!」 8スレ目 403 ─────────────────────────────────────────────────────────── 「なあ鈴仙、俺てゐに嫌われてるのかなぁ」 「え?なんで?」 「バレンタインにチョコくれたんだけど、『わさび仕込んだろ?』って言ったら図星だったのか怒っちゃってなぁ」 「ひょっとして、まだソレ食べてないでしょ?」 「当たり前だろ?わさび入りと解ったら食わないよ。 その外にも、『〇〇、本当は好きなの』と言ってきたから『はっはっは。金目当てなら他をあたってくれ』って返したよ」 「…………それって、てゐが一ヵ月帰ってこなかった前日じゃない?」 「そうだよ? きっと急にまとまった金が必要だっだんだろうなぁ……金策に一ヵ月もかかるなんて」 「てゐを泣かせてる自覚ある?」 「あぁ、もちろん。 俺はてゐの嘘を見破るスペシャリストだからな。天敵として見られてるんだよ でも、俺としては嫌われたくないんだよなぁ」 「ちょっと彼岸で裁判長に、乙女心を傷つけまくった罪を裁いてもらったほうがいいわよ」 10スレ目 56 ─────────────────────────────────────────────────────────── やけに広く感じられる四畳半のド真中、俺は床に伏していた。 「…ああ、こんな事ならもっと友人作っておけばよかった。誰か見舞いに来ても良さそうなものの、朝から誰一人来やしねえ」 寂しさの余り切ないことを口走った途端、タイミングを見計らったように戸があいた。 「邪魔するよ」 黒髪、クセっ毛、そして兎の耳── こういう時には来なくていいタイプの人(?)が来た。 「そういうのは口に出して言うものじゃないね。はい、薬」 そう言うとてゐは、タンスの上に薬の壜を置く。 俺は重い頭をゆっくり持ち上げ、タンスの薬を取って蓋を開けた。 「ツッコむ気力もねーよ。…これ、八意さんとこの?」 薬を手にとってふと、張ってあるラベルがなにやらおかしい事に気づいた。 よく分からない文字が並び、大きな髑髏が書かれている。 「そう。どんなしぶとい人間も、それ一錠でイチコロだって」 適量が分からなかったのでとりあえず一錠出し、ふらふらと台所で水を注いで一気に飲む。 しばらくしても死ななかったのでとりあえず安心だ。 「…ありがと。正直、まさかお前が見舞いに来るとは思わなかったよ」 その言葉を聞いて彼女は笑顔を浮かべ、 「賢い将は、敵が弱りに弱りきったところを討ち取るものなの」 と、言ってのけた。 「…の割には、毒薬もただの風邪薬。ま、これがてゐなりの見舞いって事かな」 「ね、確か戸棚に人参あったでしょ。食っていい?」 聞いてねえ。 「駄目。それは今度野菜炒めにしようと──」 「そっか、それじゃ仕方ないよね」 と言いつつ戸棚に顔を突っ込むてゐ。 「…聞けよ、人の話」 いや、聞いたからこうなったのか。 その後はしばらく、人参を齧るてゐとの他愛ない会話になった。 ってか、てゐが帰らないようにと戸棚にダンボール三つ分の人参貯めといた俺も俺だ。 「…なあ、てゐ」 「何?」 「お前、俺のこと嫌いだろ」 「うん。考えるとさぶいぼ立つ。話してると吐き気もする」 「俺が風邪ひいたって知ったとき、どう思った?」 「んー…一番最初、「よっしゃ!」って思った。すぐに「殺るなら今だ!」と考えた」 「…この薬は?」 「「○○を毒殺したい」って永琳さまに言ったら、結構反対された。けど説得してもらってきた」 「………じゃあ、最後。お前は嘘つきか?」 「何言ってるの?私、嘘なんかついた事もないよ?」 「……あ、そ」 セリフが流石に恥ずかしかったのか、てゐの頬が染まり始めていた。 「ああもう、ホント素直で可愛いなあお前は」 なんかが限界に達した俺は、半ば強引にてゐを布団の中に抱き寄せた。 てゐの方も抵抗せず、むしろ体を預けるように擦り寄ってくる。 「○○………ん…大好き」 ふと、ものすごく小さな声で放たれた、てゐの本心。 本来なら喜ぶべきその言葉を聞いたとき、ほんの一瞬ギョッとした。 この日の風邪は病気だったようだ。俺は既に「因幡病 末期」にかかっていた。 ※因幡病…他人の言動の意味をすべて逆にとらえてしまう病気。 薬についてのてゐのセリフから、風邪薬を欲しがるてゐと○○にあげるのかと冷やかす永琳、 そして必死に否定するてゐが見えたら貴方はもう末期。 うpろだ1039 ─────────────────────────────────────────────────────────── 紫の企画した神無月旅行、多くの少女達が、パートナーと共に、外の世界を満喫している。 そしてそのうちの一組が、海へ向けて走っていた。 ーー鳥取県、砂丘 「おーい○○、早く早くー」 「ま、まってくださいよてゐさん・・・・・・」 「なさけないぞー、男の子でしょ?」 「荷物全部背負わせて・・・・・・それはないでしょう・・・・・・?」 ここに居る少女は、永遠亭の兎、因幡てゐ。トレードマークの耳こそ、優曇華が弄って、 見えないようにしているものの、その特徴的なウェーブの髪と、同伴者をおもちゃのように扱うその性格は、 知る人が見ればすぐに彼女だとわかるだろう。 「ぜい・・・・・・・ぜい・・・・・・」 「やれやれ、ま、とりあえず休憩っと」 「は・・・・・・はひ・・・・・・」 息も絶え絶えで、ようやく男は、てゐに追いつく。そこは海を一望できる、見晴らしのいい丘だった。 もう秋も深いというのに、ダラダラ汗を流しながら、男は座り込み、荷物の中にあった水筒から、水分を補給している。 「まったく・・・・・・一体どうしたんですか? 鳥取に行きたいなんて」 「ちょっと思うところがあってね~」 「・・・・・・砂丘にいたずら書きは駄目ですよ?」 「しないわよ、もう~。私が来たのは、もっと高尚な目的のためよ!」 「てゐさんが・・・・・・高尚ですか・・・・・・?」 「あーもう、五月蝿いな~。黙ってついてくる! ほら、次はあっち行くよ!」 「ちょ・・・・・・まって・・・・・・せめてもう少し・・・・・・」 男の懇願には耳を貸さず、てゐは何かを探すように走り出す。男は、悲鳴をあげる体に鞭打ち、 必死でそれについていった・・・・・・ ーー数時間後 「・・・・・・死ぬ・・・・・・」 日も暮れかけたころ、ようやくてゐは走り回るのをやめて砂丘に座りこみ、○○は、砂丘に突っ伏していた。 それでもとりあえず、てゐに抗議の声を上げる。 「まったく・・・・・・一体・・・・・・何だって・・・・・・?」 だがその声は途中で止まることになった。てゐが、それまで見たことの無いような、どこか寂しげな表情を浮かべていたのに 気付いたからだった。 「・・・・・・どうしたんですか?」 「なんでもない・・・・・・」 「そうは見えませんが・・・・・・」 「なんでもないよ・・・・・・ただ、昔をね・・・・・・」 「思い出したんですか?」 「逆・・・・・・思い出せないのよ」 「・・・・・・?」 起き上がり、てゐの横に座る。やがててゐは、自分の過去について、ポツポツと、語り始めた。 「因幡の白兎、ってさ、知ってる?」 「ええ、島から、鮫を騙して海を渡ろうとして・・・・・・」 「そう。それね、私のことなんだ」 「・・・・・・そうだったんですか」 「あの時は、ひどい目にあったわ~、服は剥れるし、神には騙されて大怪我するし」 「はあ・・・・・・しっかり覚えてるんじゃないですか」 「最後まで聞け。でね、あの時、私が渡ろうとしたのが、因幡の国・・・・・・丁度、この辺りなのよ」 「へえぇ・・・・・・ですが、何故その・・・・・・あんまりいい思い出のない土地に?」 「・・・・・・故郷」 「故郷?」 「そう、あんたが時々、自分の故郷の話してて、それで、自分の故郷はどんなとこだったっけなって思って・・・・・・ でも、思い出せなくてね。ここに来れば、何か思い出せるかなって思ったんだ。どんな景色だったとか、 家族や仲間はどれだけ居たとか、楽しかったこととか、辛かったこととか、色々話そうと思ったんだけど・・・・・・思い出せないの」 「何も、思い出せないんですか?」 「淤岐島って所から、渡ろうとしたのは覚えてるんだ。けど、その前辺りからが、全然・・・・・・もう千年以上も前の話だから、仕方ないのかもしれないけどね」 「てゐさん・・・・・・」 「・・・・・・いつかさ、○○が死んじゃって、ずっと、ずうっと経ったらさ・・・・・・こんなふうに○○のことも、忘れちゃうのかな・・・・・・」 「・・・・・・」 「こうやって、景色を見ても思い出せないみたいに・・・・・・○○の写真とか見ても・・・・・・誰だっけて・・・・・・ 思っちゃったりして・・・・・・こうやって話したりしてるのも・・・・・・全部・・・・・・」 てゐの声が、少しずつ涙混じりになってくる。長く生きる妖怪には、人間には思いもつかないような、悩みがあるのだろう。 てゐが泣くこと自体は、本人の嘘泣きやら何やらで、よく見ているが・・・・・・こうやって、感情を吐露するような泣き方は、初めてかもしれない。 「てゐさん・・・・・・」 「何・・・・・・?」 「その・・・・・・上手く言えませんが・・・・・・私は人間で、てゐさんは妖怪。そこにある隔たりは、大きいと思います」 「・・・・・・」 「けど、その・・・・・・てゐさんに取っては、悪い思い出でしょうが・・・・・・鰐との話や、大国主神との話は、覚えているのでしょう?」 「うん・・・・・・」 「だったら、私もそれと同じようになります。千年、万年経っても忘れないような、思い出に・・・・・・それも、最高にいい思い出に」 「○○・・・・・・」 「だからその・・・・・・ええと・・・・・・」 「・・・・・・口説き文句くらい、最後まで考えておきなさいよね」 「あ、あはは・・・・・・」 「でも・・・・・・気持ちは伝わった。ありがと・・・・・・」 「・・・・・・はい」 「・・・・・・目ぇ、閉じて?」 「・・・・・・」 言われるまま、○○は目を閉じる。そして、その口に・・・・・・ ジャリッとした食感が飛び込んできた。 「ぶっ!?」 「やーい! 引っかかった引っかかった!」 「このタイミングでこう来ますか!?」 砂団子をかまされ、うろたえる○○と、してやったりという表情で笑うてゐ。そこには先ほどまでの泣き顔は無かった。 「騙される方が悪いのよ! 悔しかったらつかまえてみなさい~」 「こ、この・・・・・・!」 言うと同時に、てゐは自分の荷物を抱え、走り出す。それを追い、○○もまた砂丘を走る。 「まったく! いつになったらその悪戯癖は治るんですか!?」 「一生治らないよ! ずっと付き合ってもらうからね!」 「ああもう、困った兎ですよ、本当に!」 「引っかかった時の間抜け面、、全部覚えておいてやるからね! 覚悟しときなさい!」 夜の迫る砂丘に、二人の声が響く。その声は二つとも、とても楽しげだった。 新ろだ57 ───────────────────────────────────────────────────────────
https://w.atwiki.jp/chemblem/pages/32.html
てゐ 加入条件:ステージ開始時に加入 初期装備:はがねの剣 初期能力 Lv クラス HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 移動 武器レベル 4 傭兵 21 6 0 8 10 14 5 0 7 剣D 成長率(%)【試行回数100回】 HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 86 32 0 46 56 7 28 9 ステータス上限 クラス HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 勇者 60 25 ? 30 26 30 25 ? 特徴 HP、技、速さは高くなる。幸運はまったく伸びないが初期値が高いので気にしなくていい。 同じ傭兵である妹紅と比べて守備は上がるが、力が伸び悩む。 低い力を補うためにもクラスチェンジ後は斧をメインで使っていくのがお勧め。 支援相手が強者ぞろいなのも特徴。 支援会話 鈴仙 (レベル3MAX時) 永琳 (レベル2MAX時) 輝夜 (レベル2MAX時)
https://w.atwiki.jp/tohogyokureiki/pages/148.html
コダマ名 HP 攻撃 防御 速度 合計 属性1 属性2 攻撃属性 弱点 耐性 スキル 必要アイテム ちびてゐ 75 80 60 65 280 地 - 地岩 水樹氷 雷毒岩 - てゐカード Sてゐ 95 90 75 120 380 地 岩 地岩炎闇 水樹氷闘地鋼 雷毒無炎風岩 幸運の素兎 疾風の霊珠 Hてゐ 120 100 85 75 380 地 炎 地炎岩 水地 雷炎毒虫鋼然 幸運の素兎 祝福の霊珠 Aてゐ 85 125 80 90 380 地 闇 地闇炎岩 水樹氷闘虫然 雷理毒岩霊闇 幸運の素兎 力の霊珠 ADてゐ 105 120 75 100 400 地 理 地理炎岩闇 水樹氷虫霊闇 雷闘毒理岩 幸運の素兎 一夜の霊珠 ※青文字は属性一致、赤文字は重複弱点、緑文字は重複耐性、灰色は無効、(括弧内)はスキル効果あり ちびてゐ.gif Sてゐ.gif Hてゐ.gif Aてゐ.gif ADてゐ.gif ちびてゐ Sてゐ Hてゐ Aてゐ ADてゐ スキル 幸運の素兎 受けるダメージをSLv×2%減少します。 スペル スペル名 属性 威力 消費 詳細 必要銭 ちびてゐ Sてゐ Hてゐ Aてゐ ADてゐ 開運大紋 地 80 20 通常攻撃(初期) 3000銭 ○ ○ ○ ○ ○ エッシャーフォール 地 100 30 相手の速度を20%下げます。 20000銭 ○ ○ ○ ○ ○ 地 120 40 相手の速度を30%下げます。 禁呪 - ○ ○ ○ ○ 狡兎三窟 地 - 10 先行になります。3ターンの間、攻撃スペルのダメージを半減します。交代しても効果は継続します。 150000銭 - ○ ○ ○ ○ 兎玉 岩 80 20 通常攻撃 3000銭 ○ ○ ○ ○ ○ 因幡の素兎 岩 100 30 自分の防御を20%上げます。 20000銭 - ○ ○ ○ ○ 岩 120 40 自分の防御を30%上げます。 禁呪 - - ○ ○ - フラスターエスケープ 岩 120 40 自分の防御を30%上げます。 100000銭 - ○ - - - 岩 150 50 自分の防御を100%上げます。 禁呪 - ○ - - - 大穴牟遅様の薬 水 - 0 味方全員のVPを50%回復します。 50000銭 - - ○ - ○ 兎煙は月まで 炎 80 20 通常攻撃 3000銭 - ○ ○ ○ ○ ブラッシュプリント 炎 100 30 相手の防御を30%下げます。 20000銭 - ○ ○ ○ ○ 炎 120 40 禁呪 - ○ ○ ○ ○ ラビットトリック 闇 80 20 通常攻撃 3000銭 - ○ - ○ ○ エンシェントデューパー 闇 100 30 自分の攻撃を20%上げます。 20000銭 - ○ - ○ ○ 闇 120 40 自分の攻撃と防御を20%上げます。 禁呪 - ○ - ○ - 兎角詐欺 理 100 30 自分の攻撃を20%上げます。 20000銭 - - - - ○ 舌先三千世界 理 120 40 自分の攻撃を30%上げます。 100000銭 - - - - ○ 理 150 50 禁呪 - - - - ○ カード効果 アイテム名 装備時効果 契約コダマ 入手(金額) 備考 てゐカード 速度が30増加します。 ちびてゐ 中吉印の福袋・アイテムショップ(1000000銭) 11-7クリアでショップ追加
https://w.atwiki.jp/theiam/pages/59.html
てゐ 成長率 HP MP 攻撃力 防御力 素早さ 10 10 9 10 10 習得スキル スキル名 習得SP 消費MP 属性 効果 うさぎの嗅覚 50 20 - 全体鼻 フラスターエスケープ 80 40 物 単体攻撃+ゴールド獲得 開運大紋 100 50 - 自分の性格が幸運になる 因幡の素兎 120 40 - うさぎを2体召喚する エンシェントデューパー 140 50 魔 敵単体攻撃+全体動封 すすむをした際に宝箱が2個固定? 全体鼻にくわえて2体召喚もあるので、前職や前々職に置いておくと素材探しに便利 開運大紋は言わずもがなレベルを上げる際に有用
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/873.html
てゐ4 好きだよなんて言わずとも(うpろだ308) ~好きだよなんて言わずとも~ 「愛するものはいずれ去りゆく。だが人は、逝きし者を懐かしみ、そして愛するのだ。 記憶は永遠ならずとも、帰るべき場所は消えることはないからである」 ---無名の詩人 「むぅ、迷ってしまった」 幼馴染である健太の趣味、それは彼の年齢(25)に似合わず、筍狩りというシロモノ。 それにつき合わされ、兵楼県は神生市・笹姫町のとある竹やぶに来ていたんだけど・・・。 (くそ、これじゃまったく樹海じゃないか! ぼくはここで・・・) ふと、TVで見た、富士の樹海の餓死死体を思い出す。ぼくは震え上がった。 「……っ!」 時は弥生の半ばを過ぎたころだろうか。暮れかけた日が、聳え立つ竹林の影の闇色を強める。 季節柄…いや、土地柄、もまだ冬の名残があるのか、肌寒さが身にしみる。 (これはやばいぞ) そもそもなぜ迷ったのだろうか。 というのも、健太は「ちょっと向こうの筍を刈ってくる」と言い、数メートル離れた場所で作業を始めた。 ぼくは彼に背を向け、ちょうど切り落としかけていた筍に向かい、それを切って背中の袋に入れる。 物音がして振り返ると……彼はいなかった。かわりに、一瞬、日傘を持った婦人の姿が見えたような気がする。 (おかしい。ぼくがあれを切る時間はものの十秒ほどだったはず…どこかに歩いていく足音も聞こえなかったし) ぼくはバックパックに入れていた懐中電灯を取り出す。 (電池は…昼に新品を入れたばっかりだ。もつかな…) もつ? ここから生還できるとでも思っているんだろうか。 「ふ」 嘲笑に近いため息が漏れた。生きて帰ったとして、そこに何の楽しみがあるというのだろう? 追われるような仕事、崩壊した人間関係、持病の悪化。 (でも、ぼくは) 生きたいと思う。ここで死ぬというのはあまりにあっけなく、そして心残りだ。 何しろ、構想4年・製作3年、300ページにわたる超絶クオリティな同人誌 --- これをコミケ参戦の主砲としたのだけれど、 まだ参加OKが来ていない。(爆 主人公はもちろん、因幡てゐ。彼女の壮大な冒険を哀歓ともに綴ったロマン派大作なのだが。 (DL販売にするべきだったかな……) カサッ。 (?) 物音がして振り向いた。 「健太?」 返事はない。イタズラだとすれば度が過ぎる。何しろあれからもう数時間経っているのに… 「健太?」 だが、そこから出てきたのは……… 「迷ったのね」 年の頃17,8といった体格と面持ちの少女だった。 短めの袖をもつ淡い紅色のワンピースを羽織り、体の半分はあろうかという巨大な杵の柄を肩に掛けている。 「やっと会えた」 (!?) その仄かな微笑は、どこかで見た感じのする懐かしさの漂う雰囲気を身に纏っていて。 しかも、ふんふんという鼻歌まじりの振る舞いの中に、時折ふと見せる妖艶なまなざし。 (かわいい) ぼくは彼女の奇抜ないでたちに驚く間もなく、 「こ…ここは?!」 コロコロとした子気味良い声色で、彼女が答える。 「ん、幻想郷の、永遠亭に近い場所だよ」 「幻想郷? どういうこt……」 そこでぼくの脳に、衝撃の事実が隕石のごとく落下してきた。どうして今まで気づかなかったんだろう! あれほどファンだったというのに…… (い…い……いな………いなば………!!) 「て……てゐさん?! あの、いな、因幡てゐさん?! そんな、」 ぼくは遠慮せず彼女に近づいてゆき、その兎耳をさわってみる。ちょっと力を入れると、 (あれ、取れない!) 「いてて、本物だってば!」 あわてて、 「ご、ごめんなさい……コスプレかと」 「あたしは、因幡てゐ。やっと気づいたのね、おバカな、」 彼女はぼくの名を呼んだ。 「ど、どうして知ってるんですか?!」 「隙間からのぞかせてもらったことあるの。花映塚だっけ? あれでよくあたしのキャラ使う人がいるって有名だったから。 あ、もちろんあたしを自機とする人はゴマンといるんだけど、あなたの笑顔が……」 言うと黙り込み、下を向いてしまうてゐさん。頬がちょっと紅潮している。 「と、とにかく、幻想郷に来ちゃった以上、次の隙間が開くまでに時間があるだろうしさ」 手を差し伸べてくるてゐさん。 「こちらにどうぞ♪」 ぼくも手を伸ばす。半ば刺すような涼しさの中、二人の指と指がふれあい、指の先がからみあった。 (あったかい) だが、 「う、うわぁぁ」 体が宙に浮いた! 「ど、どうなってるんだぁぁぁ」 ぐんぐん遠くなってゆく地面。筍の畑、竹林、町の区画。少しばかり静かだったてゐさんが口を開いた。 「手ぇ離しちゃだめよ」 「離すと、どうなるんですか?! くっついてる間だけ力が供給されてて、」 ぼくは好奇心から、 「手を離したりすると、」 (手を離す) 落下。 「うあああぁぁぁぁ」 上のほうから、「言わんこっちゃない!」とかわいらしい声が聞こえて来、全速力で降下してきたてゐさんに抱きとめられる。 「もう、子供みたいなことしないでよ」 「す、すみません…試してみたくなっちゃっ……」 二人の顔…それは、恋人同士のように接近している! と、突如真っ赤になったてゐさんは、 「いやぁ」 と素っ頓狂な声を上げ、ぼくを突き放す! 「うわああぁぁぉぉ」 そしてぼくは再び落下をはじめたのだ。もちろん、てゐさんはちゃんと助けにきてくれたけど。 数十分ほど、手を手をとりあっての飛行が続いただろうか。 ぼくは彼女とタメ口で話すように言われた。実際の年齢で言うと大先輩だけど、見た目は僕が上だから、との理由だ。 「しかしこの竹林、えらく大きいんだね」 「そう? ……もうすぐ着くよ」 着く? 幻想郷の竹林の中にある場所といえば…それは、永遠亭だ。 「それより、ここは現実世界と比べてどんな感じ? 空気とか、違うの?」 「え、えっ」 ふふ、と笑うてゐさん。 「あたし…どうじんし? とか、ふらっしゅ? とか、言うんだっけ。そこに描かれてるのと、違う?」 「んー…」 「狂気のなんとか、とかいうふらっしゅも、好きなの?」 年頃の高校生といった興味津々さで、ぼくを矢継ぎ早に質問攻めにするてゐさん。 「いや、それは、なんとも…」 空いている手で頭をかく。 「見た目はこんなのだけど…現実には、あたしも相当のおばさんよ。それでも……」 言うとてゐさんは、僕の手をとる力を少し強めた。そして、 (!) ぼくの手の指と指の間に、そのやわらかな指をからめてくる。 「それでもいい?」 両想いということ。 顔は飛行の方向に向けられているものの、細められた眼がこちらを艶かしく見やっている。 (……!) このてゐさんという女性、現実世界ではありえない存在だ、とぼくはつくづく思う。 少女でありながら、長い年月を経た、しかも妖怪であるというひと。 その彼女が、ぼくの手をとっている。 その彼女が、ぼくの想い人。 これは夢なのだろうか。消えてしまい、いずれは忘れてしまう幻なのだろうか… そんなことを思っていると、大きな屋敷が眼に入った。次第に高度をさげてゆくぼくたち。 地面に降り立つと、ぼくたちは絡められた手をちょっと意識したのか、恥ずかしそうにゆっくりと解いた。 玄関先を見渡すと、そこに居るのは…… 「みんな、知ってるよね」 てゐさんの従者たちであろうか、兎たちと、兎耳をつけた -- 変化した兎だ -- 護衛らしき女性ら、 そして着物をばっちり着こなした輝夜さま、永琳師匠に、優曇華院さん。 地面に降り立ったてゐさんは開口一番、 「もー、なんでみんな勢ぞろいしてるんですかぁ」 姫さまが口を開く。 「久しぶりに迷い子が入ったって知らせがあったからね。楽しみだったの。 それにあなたのお気に入りの男性と聞いちゃ・・・黙っていられないから」 凛とした、透き通るような声。よくある時代劇のお姫様といった顔立ち、という表現がしっくりくる。 「なかなか興味深い殿方ね。これはいい実験台になりそう」 (ちょ、実験て) 言ったのは永琳師匠か。見るからに科学者といったオーラに、さらに理知に富んだ顔つきと声の音色。 さらに、腕組みをして何も言わずにこちらをじっと観察している制服姿は、うどんげさんだろう。 先輩、といった感じが伝わってくる。 みんなの顔をみながら軽く会釈していると、姫さまが、 「堅苦しい挨拶はいいから、中に入って頂戴。ちょうどお夕飯の時間なの」 「あ、はい」 「それに、背中から見えてる筍…現実世界のものね。一度食べてみたかったの。永琳?」 呼ばれた師匠は、いつの間にかぼくの背後にまわっていた。 「ほぅ、なかなか美味しそうですね。早速炊事場に廻します」 姫さまはといえば、ささ、とこちらに歩み出てきて、手のひらを上にしてぼくに差し出す。 「?」 「私が直々にお連れするわ」 その華奢な手をとると、少しばかり体が浮かぶのを感じた。 狭めの応接室に通されたぼくは、そこで、姫さまと師匠、そしてぼくとてゐさんの四人で夕食をとることになった。 優曇華院さんは護衛のシフトがあるから、今はちょっとこれないそうだ。 現実世界の流行について、そして現実世界で言われている事と幻想郷の現実との違いについて、 果ては霊夢さんが最近開発した『賽銭防御システムA801』などについて談笑する。 きれいな食べ方をする隣のてゐさんを見ていると、さすが良家のガード役というのも頷ける。 夜もずいぶん更けてきたころ、姫さまはお箸を置くと、 「お粗末な食事で申し訳ないわね」 確かに、ご飯・味噌汁、そして幻想郷で取れるお魚の塩焼きに季節の野菜、というメニュー。 「そんなことないですよ。おいしくいただけました」 ぼくのとってきた筍も、ちょこんと添えてあった。 「最近、てゐの稼いでくるお賽銭が少ないの。だから…」 ぼくはふと思い出すことがあり、 「姫さま、それは姫さまが働かないk…」 言いかけたところで、太ももに激痛を感じた! 「っ」 見ると、てゐさんがにこやかな表情でぼくをつねっている! 姫さまは全く動じることなく、穏やかに 「ともかく、あなたはまたここに来ることがあるでしょうから、今度からは筍狩りをお願いしようかしら。 おいしいものがとれる場所の地図を渡しておくわ。現地調達のほうが楽だし」 (…ここ、人、というか兎、足りてるのか…?!) ぼくは苦笑いする。 食事の後は、みんなで(お粗末ながら)お菓子を食べる時間。 師匠が竹の葉にくるんだお団子を出してきた。親指の先ほどの小ささだが、とてもボリュームある味。 「あ、そういえば」 ぼくはある事を思い出し、バックパックからそれを取り出す。 「現実世界のお菓子で、ポッO-といいます」 姫さまたち三人はキャッキャと色めきたった。師匠はぼくが渡したパッケージを手に取り、 「姫さま、これがあの噂のポッO-というやつなんですね」 輝夜さまは両手を可愛らしく合わせて、 「長くて細い…そして、甘いの!」 てゐさんは僕を呼び、 「ねぇ、これはどうやっていただくの?」 ぼくが「いや、普通に、チョコついてないとこを持って・・・」と説明をはじめようとすると、 姫さまと永琳師匠が顔を見合わせ、ニヤリとする。 師匠は封を開けたところから一本取り出し、その端をくわえた。 「こうやるのよ」 「永琳も好きねぇ」 と、姫さまも反対側をくわえる! (ど、どこでこんな遊び方を……) ポッO-をくわえた姫さまは、そのままで 「お二人もやりなさい」 (命令!?) てゐさんの顔をさっと見ると、もう真っ赤だった。彼女は恥ずかしげに視線を斜め下に逸らす。 が、パッケージから一本、しなやかに取り出すその姿を見て、ぼくは言葉に出来ない感情に囚われた。 いやとは言えない……でも、しかし…いくら大好きとはいえ、初めて会った女性と! 合コンの経験なんて一度しかないし、そんな大胆なことはなかなかできないのがぼくの性格だ。 しかし見ていると、姫さまと永琳師匠の唇が近づいてゆく! ぱりぱりぱりぱり・・・。 接近する二人の唇 --- ぼくは、恥ずかしさに眼を逸らす。しばらくの後、輝夜さまと師匠は笑い上戸になっていた。 永琳師匠が、ぼくの赤面に気づいたのか、 「さぁ、二人もやってみなさい」 姫さまもそれを後押しするように、 「さぁ!」 てゐさんが本当に恥ずかしそうにポッO-をくわえると、輝夜さまはぼくを指し、 「さ、あなたもくわえなさい。姫の命令よ」 (なんちゅう命令だよ…) ぼくは反対側の端に口をやる。 (こんなに近くなるんだ……) てゐさんの円らな瞳は恥じらってばかりだ。ぼくの眼をちら、ちらと見るものの、ふふ、と笑って視線を避ける。 「はーやーく! はーやーく!」 シラフのはずの姫さまが、お祭り状態になっている! てゐさんまでも、煽るようにぼくの名前を呼び、 「はやく」 ぼくは意を決した。 ぱり。ぱりぱり。 「おぉ~」 師匠と姫の歓声がユニゾンとなって部屋に響きわたる。途中あたりまで食べ進めたところで、突然二人が立ち上がった! 「じゃ永琳、私はちょっと用足しに」 「では姫様、私も例の実験の準備が」 スタスタ(歩く音)、サーッ トン(ふすまが閉じる音)。 こちらを見ることなく二人は部屋から出て行ってしまった。 (………) 部屋に残されたぼくたち二人。 ぱりぱり。 (!) 進んできたのはてゐさんのほうだった。両目をそっと閉じていて。 ぽりぽり。 (てゐさん…) 眼を閉じると、ぼくの両肩に腕が置かれた。やがて両手の平がぼくの頭の後ろにもっていかれ、優しく包むように。 ぱりぱり。 (……) ぼくはためらいながらも腕を動かし、てゐさんのくびれた腰を探しあてる。そこに手をそっとそえて、 ぽりぽり。 ぱりぱり。 ぱり。 そして。 ヴァッタァァン!! という擬音が画面に浮かび上がりそうな大音量とともに、襖が倒れてきた! ビクッとして飛び上がるぼくたち。そこには姫さま、師匠、そしてうどんげさんの姿が。 てゐさんはポッキーの残りをくわえたまま、赤かった顔をさらに染めて、 「ひ、ひどいです、のぞきなんて…」 ぼくも視線をそこらじゅうに泳がせる。姫さまが本当に惜しそうに、 「残念だなぁ…もうちょっとだったのにぃ」 三人の後ろに立っている、日傘を手にした女性は……見覚えがある。紫さんだ。 彼女が口を開く。 「そろそろ準備が出来たわよ。彼ももうすぐ帰らないと思ってるんじゃなくて?」 「待って」 言ったのはてゐさんだった。八雲さんを見据えたまま、ぼくの手を探し当て、しっかりと握ってくる。 「そんなに急がなくても…帰るための境界だっていつでも、それに…時間軸は、」 「いや、てゐさん」 てゐさんがはっとした顔でぼくを見る。 「ぼくも、健太が心配だ。こうしていたいけど、戻ってあいつを探さないといけない」 紫さんは諭すように、 「彼なら大丈夫。私があなたを神隠ししたのは、あなたが背中を向けた瞬間だから」 「えっ、じゃあ……」 「今回はあまり、その……ある兎さんがせがむもんだから。 それに、あなたの想いが強いみたいだったから、ちょっと強引に隠したの」 手が強く握られるのを感じた。 「次からは直接あなたに訊ねることにするわね」 「…あいつ、俺を探してるんじゃないですか?」 「しばらくはそうだったみたい。でも実は、彼も別のところに飛ばしてるの。 今回は彼には、幻想郷は文字通りの夢だったと思ってもらうことにするわ」 と、ぼくは急に眩暈を覚えて倒れこんだ。駆け寄ってきたのはてゐさんだろうか。 「大丈夫?!」 朦朧とする意識の中、永琳師匠の声がして、 「…まだ、ここの空気に慣れてないみたいね。しばらくは現実世界に戻って静養する必要があるわ…… ……いえ、その前にちょっと処置しておきましょう。今ちょっと怪我しちゃったみたいだし。 てゐ、彼と来なさい」 今、ぼくは永遠亭の医務室にいる。横たわるぼくの傍に座っているのは、てゐさんだ。 ふと自分の右手を見やると、小指に包帯が巻かれている。彼女が巻いてくれたものだ。 ここまで負ぶって(浮かんで)来てくれたのもてゐさん。 指を動かそうとすると鈍い痛みが走った。 「てゐさん……次、いつ、逢えるかな」 「わからない。あなたも、ここの空気に慣れる必要があるし……」 間。 「ぼくは、」 「あたしは、」 彼女に譲る。 「あたしは……あなたに逢えて、話せて、嬉しい。ずっと待ってたから」 「無理言って、境界開いてもらったんだよね」 「うん」 ぼくの足に手をそっと置くてゐさん。 「八雲さんは次からぼくに尋ねるとか言ってたけど…それも、彼女次第だよね」 「うん」 「いつ逢えるか、本当にわからないんだね」 哀しげな面持ちになるてゐさん。 「ねぇ」 と、彼女。 「ん?」 「さっき言ったの、嘘よ」 「どういうこと?」 「あなたよりいい人なんて、いくらでもいるから」 ぼくから視線をはずす。 「別にあなたじゃなくてもいいの。あたしは人気あるから。崇拝する男どももワンサカいるのよ」 嬉々とした顔の中には、しかしながら、哀切を帯びた瞳があった。 「……ぼくは、」 動かせる手で、てゐさんの手を包む。 「そんなてゐさんが、」 「……」 「…偶然とは思いたくないけど、東方って世界に出会った。最初はチャットで、東方アレンジをしてる人に出会って、 CD紹介されたんだ。それでゲーム買ってみて、お店でアレンジCDとか勝って、自分で作ったりなんかして。 花映塚で、てゐさんのキャラ見て……それにここが実在……幻なんだろうけど、本当にあるとこで、」 ぼくは唾を飲み下す。 「よくわからないけど、ここでてゐさんに逢えた。本当にいるんだってわかった」 「………」 「それに、ぼくみたいな奴でも見ててくれてたって」 てゐさんは視線を逸らす。 「ここでの記憶は…いつか、薄くなって、消えてしまうかもしれない。幻みたいに。でも、」 「キャラを好きな気持ちは消えないってわけ? あたしはずっとここで、」 ぼくをきっと睨むように、 「あなたを待つのよ?」 彼女の眼を見ることはできない。 「気まぐれなあのおばさんが次に気まぐれ起こすときまで……待つの」 言うと、ぼくの膝の上あたりに顔を横たえるてゐさん。腕を伸ばし、その頭をなでてあげる。 彼女はぼくを見ながら、 「あたしは、でも……忘れられても、いいかな」 ぼくは体を起こした。同時にてゐさんも椅子に座りなおす。 「どうしたの?」 「てゐさん、ぼくは記憶力がいいほうじゃない。人の顔も名前もよく忘れるほうだ」 「……」 「じゃあ、こんなぼくなのに、どうして選んでくれたの」 てゐさんは再び視線を床にやる。僕は寝台に腰掛け、彼女と向き合った。 「どうせなら、ぼくを選ばなきゃよかったのに。ぼくなんて奴を選ぶのが間違ってるんだよ。 じゃあ何? ぼくのほうも、東方なんか、てゐさんなんか知らなきゃよかっ」 パシン。 (ぶたれた?!) 事態を把握しようとした次の瞬間、てゐさんがぼくの頬に両手をそえて、その顔を近づけてきた。 丸い眼はゆったりと閉じられていて……。 気がつくと竹林の中に居たぼく。気配にさっと振り返ると健太が立っていた。 「お、健太。探したんだぞ。どこいたの」 「なんかよくわからんが、むちゃくちゃ眠くなったんで寝れそうな場所を探してたんだ」 (やはり、ぼくだけが記憶を…) 「いい夢みたか?」 「ん、よく覚えてない。…それよりお前、小指、ケガしたんか?」 手を見ると、そこには確かに、彼女が巻いてくれた包帯がしてあった。 触れてみると、 「いてっ」 だが痛みと同時に脳裏をよぎったのは、あの愛らしい笑顔。 てゐとお月見してゐたら(9スレ目 27) てゐとお月見してゐたら ------------------------------------------------ 幻想郷を定期的に訪れるようになってはや五年。 多くの人間や妖怪たちとの人間関係もそれなりに出来、お気に入りの風景もあり、今では現実世界よりも好きな場所である。 …というのも、好きな妖怪(ひと)ができちゃった、というのが正解かな。 彼女の名は、因幡てゐ。僕よりはるかに長生きだけど、顔かたちはかわいい女の子。もちろん兎耳もついてる(本物)。 今日もぼくは、いつものように、輝夜さまのおわす永遠亭に向かった。 十五夜の下、お菓子をつまみながら歌詠みの会が催されることになっているからだ。 (今夜披露する歌は・・・これにしよう。カラオケでも練習したし、本番っていってもカラオケみたいなもんだし) 境界から出てきた僕は、地面に足が着くと同時に、手にしていたカンペを浴衣の懐にしまいこんだ。 目指すは竹林、姫さまと彼女の従者たちの住まうあの場所。 (前来たのは1ヶ月前、か・・・前々回の訪問から3ヶ月。サイケな壁紙に変わってないといいけど) 何度入っても迷いそうになる竹林。ここへの入り口というものは幾度来ようが未だにわからない。 でも僕はここ一帯でそれなりに有名らしくて、来る度、てゐさんの忠実な僕(と、彼女は呼んでいる)が案内してくれる。 (よくできた先輩ウサギなんだなぁ・・・かっこいいところもある) よくできた、とぼくは書いた -- しかしながら、一度、こういうことがあったのを忘れてはならない。 その日、やたらとてゐさんについて褒め殺しの文句を紡ぎまくるウサギ(最近変化した新人らしい)に案内されたぼくは、 行き止まりと思しき、竹藪が文字通り壁のようになった袋小路にたどり着いた。彼女の言葉を思い出す。 『壁の下らへんに小さな穴があります。そこから潜りこめば、てゐさんのお気に入りのお昼寝場所に着けます』 すこしばかりニヤリとするぼく。 (だめだだめだ!) 次々と襲いくるあられもない甘い妄想をふりふり振りほどき、体をかがめる。 「うへぇ、ちょっと狭いな~」 ほふく前進を続ける。 「あれ。ここ・・・温泉?」 あたりにはもくもくと湯気がたちこめている。頭がようやく小穴から出たところで、 カチャッ。 何かが頭に突きつけられた。 (・・・冷たく、丸い・・・・・・・銃口?!) 覚えのある、鋭く透き通った声がぼくの耳にやさしく入ってきた。 「度胸あるわね」 鈴仙さん?! 「私の沐浴現場を大胆にも覗くとは・・・てゐに言いつけるわよ」 ゆっくり顔を横にすると、毛布で体を覆ったうどんげさんが見えた。 「こ・・・・これにはわ、わけ、その、教えてもらったうさぎさんがぁぁ」 ニッコリとしているレイセンさん。これは、まずい!! 微笑みを顔一面に湛えたまま、手際よくロックをはずす彼女。 そしてぼくは、ピチューンという音とともに、ポイント加算に貢献したのだった。 「今回は大丈夫だよね」 ぼくがそう独りつぶやくと、背中をつつくものがあった。てゐさんをそのまま小さくしたような、かわいらしい兎・みるさんである。 人間で言うと7,8歳あたりだろうけれど、五十年ほど前に変化した妖怪。もちろん僕より大先輩なのだ。 「あ、あの、今日は、みるが、案内、ですの」 「みるさん、また会えたね。今日も待っててくれたの?」 先輩相手にタメ口は躊躇われるけど、みるさんは『でも、みるのほうが、見た目は子供だから・・・ですの』と言って 妹のように接することを望んでいる。ちょっと微妙だけど、これはこれでかわいい。 見ていると、みるさんは手を振袖の中に入れ、なにやら文のようなものを取り出した。 「てゐ先輩が、これを・・・・」 「なんだろう」 ぼくはそれをそっと受け取り、手の中でいたわるようにして開いた。 たけのこ取ってきてくれないかな。前取りそびれたでかいのがあるから。区画・東ヰ45947cあたりにあるやつ。お願い 「・・・・・」 コミケの配列かと見まがう記載だが、ぼくはなぜかこの場所だけは知っている。 手を背にやると、 「のこぎり・・・」 来訪ごとに何かお使いをさせられている気がするが、気のせいだろう。気のせいかな。そうだといいな・・・・・ ともかくぼくは、東(中略)に向かった。 てくてくと足を進めると、やがてたけのこ畑に到着する。 「これが・・・そうか」 人間の片足ほどの太さの巨大なたけのこ。 「これほど育つと普通は不味いけど、ここ・幻想郷産のは不思議と美味いんだよなぁ」 永琳師匠によると、どうやら特殊な製法と幻想の空気があいまって、熟成されるとのことだ。 ぼくはのこぎりを手にし、その根にえいっと歯を立てる。 「てゐさん、いますか?」 だが、ぼくを迎えたのは輝夜さまだった。仄かに笑みを浮かべつつ、 「あら、ちょっと遅かったじゃない。もうはじまってるわよ」 「す、すみません。ちょっとコレ」 言うと、背中にしょっていたたけのこを示し、 「とってたもんで」 姫さまは両手をそっと合わせ、顔を傾けて、 「あ~、ちょうど料理にたけのこが入用だったところなのよ。永琳が、足りない足りないってうるさくてね。ありがとう」 輝夜さまはぼくを見てずっとにっこりしている。 営業スマイルとも、友人との再会の喜びともとれない、不思議な微笑みだ。 不死のわびさびを知り尽くしているからといってしまえばそれだけなのかもしれないけど。 また見たいと強く思わされるけど、見るとどこか余所余所しいものを感じる・・・そんな、笑み。 「どうしたの? お入りなさい」 「あ、はい」 華奢な手を伸べてくる姫さま。ぼくがいつものようにその手をとると、 (つめたい) 広間に続く回廊に導かれる。 ふんふんと鼻歌を歌いながらぼくをエスコートする輝夜さま。 (もうすっかりペットになっちゃったな) 広間の襖の前に来ると、ぼくたちの足がとまった。姫さまはぼくをちらっと見て、 「彼女、待ってるわよ」 一瞬何のことかわからなかった。 「えっ?!」 「ふふふ」 響き渡る大音量のロックサウンド。兎たちはみな、えーりん、えーりん! と叫びつつ腕を上げ下げしている。 ぼくの席はてゐさんの隣に確保されていた。 (やった!) 毎回ランダムで席順が変わるようなのだが、今回は何かのまぐれだろうか。嬉しいことに間違いはない。 隣に来たぼくに気づくと、なつかしい声が響いた。 「もぅ、遅いっ」 えーりん、えーりん。 合唱が終わり、拍手と歓声がひと段落すると、ぼくの名前が呼ばれた。 「さ、行ってきなよ」 「うまく、歌えるかな・・・」 「何甘えてんの」 「練習でも失敗ばっかだったし」 情けなくそう言うと、てゐさんが両手を広げ、ぎゅっとぼくを抱きしめた。 耳元で、 「久しぶりに会えたんだから、ちょっとは成長したとこ見せて」 (積極的に・・・なってる?) ステージに上がったぼく。唾をのみこみ、目を閉じて、 (てゐさん・・・ヘタだけど、てゐさんのために、歌うよ) ポーズを付け、マイクをかっこよく目の前にもってきて、目をカッと見開く。 てゐさんは (こっち見てないじゃんorz) 歌の集まりの後は宴と決まっている。 メロンの仲間みたいな名前の妖怪さんが持ち寄ったお酒、脇が見えてる巫女さんが神社から運んできたお酒。 色んな種類の飲みものをあおりながら、一級品の料理をいただくんだ。 「うわー、おなかいっぱいになりました」 驚くなかれ、これはすでに三次会なのだ。ぼくは思わず声をもらす。 隣に座っていたてゐさんを見ると、その横の兎となにやら楽しそうに談笑している。 宴会もそろそろお開き。四次会としてお月見というオプションがあるけれど、参加する人はいつも数名である。 (てゐさん、お酒あんまり飲まないみたいだけど、こういう雰囲気は楽しいんだろうな) 見ていると、兎は立ち上がって部屋を出て行ってしまった。 片付けに帆走している兎たちを除くと、部屋にいるのは、姫さま、永琳師匠、そしてぼくとてゐさんだけだ。 (ん?) ちら、ちら、と、ぼくに視線がやられるのがわかる。てゐさんがぼくを見ているんだ。 それが気になっていないフリをしつつ、ぼくはあえて姫さまと師匠のほうを見る。 ニコニコ。ニヤニヤ。 二人は何やら、ぼくらのぎこちない態度を話のタネにして愉しんでいるようだ。 (・・・・) ぼくは何も言わず、てゐさんの手をとって --- 自分から、手を差し伸べて --- 縁側に出る。 垂らした足をぶらぶらさせ、月を眺めながら団子をほおばるてゐさん。 といっても、お腹はすでにいっぱいのようで、それについた餡を舐めているだけだ。 ぼくはちょっと恥ずかしくなり、視線を逸らす。 「てゐさん・・・」 「なぁに?」 「こうやってずっと会えないと、寂しいとか思わない?」 「うーん」 団子をお皿に置くと、 「兎たちが世話してくれるからね。友達もいるし」 (そういう問題じゃないんだけど・・・) 「でも、ぼくは・・・」 続けようとするぼくを遮るてゐさん。 「それは仕方が無いよ。お互い時間がいつもとれるわけじゃないでしょ?」 「そうだけどさ・・・」 「じゃあ何、毎日でも会いたい?」 そんな冷徹な声色を聴くのははじめてだった。 「毎日会ったら飽きると思うんだけど」 「・・・・」 (なんでこんなに冷たくなったんだろう。さっきまではあんなに・・・、それまで、今までこういう・・・) 「てゐさん、」 「お互いを縛り付けるのはよくないと思う」 ぼくは、ぎり、と歯をかみ締める。 「だって考えてもみてよ。あたしは永遠亭まわりの雑魚妖怪退治で忙しいし、あなたは現実世界で仕事に追われてる」 「・・・・・」 「これくらいがちょうどいいのよ」 視線を意図的に避けている彼女。ぼくはわざとおどけて、 「ちょうどいいって・・・どうして? 久しぶりに会えてうれしいな~、とか、もうずっと離さないわ~、とか言っても、」 「そんなクサいセリフとか態度、」 ぼくの中の何かがふっきれた。 「ちょっとまってよてゐさん。ぼくの・・・ぼくの気持ちだって、」 再び団子を舐め始めたてゐさんは、こちらを見ようともせず、 「スキスキ~、ってなったら負けよ」 「えっ」 「ほどほどが一番ってこと」 「そうだけど・・・そんな風に、言わなくてもいいだろ」 ぼくはてゐさんを見る。だが彼女の視線は、依然として円い星に注がれていて・・・ 「てゐさん! ぼく、もう帰るよ。こんな会話しに来たんじゃない」 立ち上がりかけると、すっ、と彼女がぼくを横目で見るのがわかった。 (やっと見てくれた) その唇の端が、ゆっくりと悪戯っぽくゆがむ。あの懐かしい、いつもの、かわいらしいイタズラっ娘の顔だ。 「ふふ、必死なところ、かわいいんだぁ」 ぼくは半泣きになりながら、 「ひどいよ、てゐさん・・・!」 彼女は見た目はちょっと年下とはいえ、やはり「おばさん」である。頭が上がるはずもない。 「ちょっと女王様が過ぎたかな」 声の調子も普段のそれを取り戻した。痒い所をさらにこしょこしょとこそばすような、甘酢っぱい色だ。 「女王様プレイにしては、ちょっとセリフが生々しすぎたと思います」 てゐさんは舌をちろりと出し、 「てへっ、ごめんね」 「てゐさんのイタズラ好きには困るなぁ」 月明かりが、彼女の無垢な(?)笑顔を照らしている。 「でも、そういうところがぼくは・・・」 言って、彼女の僕を見つめる瞳の様子がちょっと変なことに気づいた。 「てゐさん・・・?」 潤んだ目で僕を見つめる因幡さん。ぼくが何かを言おうとすると、かがむようにしてひざに飛び込んできた。 「てゐさん?!」 「ホントは・・・いつだって会いたいの!」 長い耳をそっとなでてあげる。ヴェルヴェット調のステキな肌触り。これにどれほど長い間、触れてなかっただろう・・・・ 「ぼくだって、」 「あなたは何もわかってない」 ぼくの両膝に手をついて顔を上げ、 「あなたに会ってから四年・・・あたし、ずっと同じでしょ? 年とってないように見えるでしょ?」 「・・・」 「でも、あなたはどんどん死に近づく。いずれ、あなたは・・・・あたしは、」 ぼくはもう、彼女にそれを言わせたくなかった。 「てゐさん」 彼女の頬を両手で包む。 「あたしは、あなたを失いたく・・・」 「てゐ」 彼女の唇の甘さ・・・その切なさは、あまりに残酷で。
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/875.html
てゐ6 新ろだ429 握り飯を振り回しつつ、迷いの竹林へと歩を進める。 本日の目的はただ一人、嘘を生業とする白兔因幡てゐに会う事だ。 しばしうろうろと歩くと、竹の間を縫って見慣れた長い耳がぴょこいらと顔を出した。 因幡──と、言おうとしたがそれは引っ掛け。里に薬でも売りに行くのか、鈴仙うどんげがそこにいた。 「あっ、○○さん…」 「…よぉ鈴仙、久しぶりだな」 「あれ?昨日会ったばかりですよね?」 はて、というふうに首を傾ぐうどんげ。 「いや、挨拶なんぞに意味はない。実は少し、この竹林に用があってな」 「はあ…師匠にですか?」 「いや違う。俺の目的は……鈴仙、お前に会いにきたんだ」 なっ…と、息を飲むような声が一瞬聞こえる。 「いやなに、昨日会ったばかりだが…まあ、鈴仙の顔なら毎日見ても飽きないからな」 ななななななな…という声も聞こえる。頬が朱色に染まってきた。 「…そうだ、今日会ったら伝えなきゃならない事があったんだ。……鈴仙、俺はお前が───「バカーーーーっ!」 セリフはこの場にいる二人のどちらとも違う声で遮られた。 ハッとして声のするほうを振り向く。そこには俺の最愛の白兎(笑)、因幡てゐが目に涙を浮かべて叫んでいた。 「バカっ、バカバカバカッ、○○のバカっ!私の気持ちも知らないで…バカバカバカバカバカーーーーッ!」 「て、てゐ!?ちょっと、それってまさか……」 慌てふためく鈴仙。 一瞬、俺は唇の端を吊り上げてニヤリと笑う。見様見真似の大袈裟な手振りで、俺はセリフを続けた。 「てゐ……分かってくれよ!俺は鈴仙の事が……本当に、好きなんだよ!」 「嘘つき!どうして気づかないのよ……どうして応えてくれないのよ!私の想いに!」 「俺だって…俺だって好きな人くらいいるさ!分かってくれよ…頼むから!」 「分かんないわよそんな事!そんな…そんな…うどんげのバカーーーッ!」 「ええっ!?わ、私っ!?」 「鈴仙…頼む…嫌なら嫌でいいんだ、ただ…答えを聞きたい!」 「○○さんっ!?え、えと、その………」 「はっきりしなさいよ、駄目兔!」 「わ、わた、私はその、えと、ええと………ああああああああどうしろって言うのよもーーーっ!」 俺とてゐの修羅場のど真ん中にいたうどんげは、やがて重圧に耐え切れなくなって光の彼方に飛んでいった。 彼女の描いた飛行機雲を消えるまで眺め、俺とてゐは顔を見合わせる。やがてどちらからともなく──。 「「だーいせーいこーう」」 ハイタッチ。 「いやあ、人妖問わず騙したけど、やっぱうどんげが一番騙し易いわ」 「根が真面目だからなあ。俺とお前で何億と騙したけど、今回も随分アッサリ引っ掛かったよなあ」 はははははと顔を見合わせて笑いあう俺ら。流石だよな俺ら。 ひときしり笑い終えた後、てゐは落ち着きを取り戻すようにこほんと咳払い。 手ごろな石の上に飛び乗り、打って変わって静かな口調で始めた。 「───それで、何の用?」 「用がなくちゃ来ちゃいかんのか?」 「困るわね。あんたに来られると私困る。何故って、私あんた嫌いだから」 「そりゃお互い様だ。てめえみたいなチビ兔、こっちだって大嫌いだね」 互いの間に無言の微笑が交わされる。いつの間にか、竹林は元の静けさを取り戻していた。 「四月一日だからな。お上公認で嘘がつける日だし、今日くらいはお前に真実を語ってやってもいいと思った」 「あら、愛の告白?やってみなさいな。その場で蹴り飛ばしてあげるから」 「図に乗るんじゃねえアホ兔。だーれがテメエなんぞ相手にするかい。お前に比べりゃまだ毛玉の方が可愛いね」 「のらくらのらくら五月蝿い事この上無いわね。言いたい事があるなら、さっさと言ったらどう?」 石の上に腰掛けたてゐは驚くほど穏やかな笑みを表情に浮かべていた。 こちらも同じように微笑み返したつもりだが、上手く笑えた自信が無い。彼女は俺の顔が可笑しかったのか、口元に手を当てくすくすと笑った。 「表情作るのは得意みたいね。まるで牛の笑いみたい」 「あーそうですか。お前の悪魔の微笑みに比べりゃちったあマシだと思うが?」 けらけらけらと笑いあう。俺は不意に石の上に足をかけ、てゐの横に腰掛けた。 自然と近づく体。照れ臭いのは彼女も一緒らしく、少しばかり頬を染めてけれど顔を背けようとはしなかった。 「てゐ……」 「○○……」 数秒、見詰め合う。 俺はてゐの首筋を持ち上げ、彼女の唇に自分のを素早く重ねて、そして離した。 「俺は、テメエの事が、世界で、誰よりも、一番大嫌いだ」 「私も、○○の事が、世界で、誰よりも、大っ嫌いよ」 竹林に、二人の笑い声が響いた。 新ろだ529 男:たぶん幻想郷住人 そんな設定でおねがいします・・・ てゐ「おじさん、もしかして年増好みの・・・マザコン?」 この少女との出会いはこんな感じだった。 ○○「・・どうしてそう思うんだ?」 てゐ「だって結構わがままだよね?わがままはマザコンって相場が決まってるしー」 ○○「・・俺はマザコンでもロリコンでもない。 ちなみにまだ、おじさんでもないよ・・・」 てゐ「じゃあ兄さん。はい、手を出して」 ○○「いい・・・一人で立てる」 俺は3日前から風邪をこじらして寝込んでいた。 そこにこの妙な少女が現れて薬を売りつけようとした。 俺は…手持ちの銭がなかったという理由もあるが…うさんくささを感じて 少女の薬を受け取る事を拒否した。 そうすると少女は何を思ったのか、師匠ならすぐ治せるのだからついて来いという。 初めは半信半疑だったが、たしかにいつまでも寝込んでいるわけにはいかない。 俺はその師匠とやらに会いに行く事にした。 てゐ「ほらほら、足がふらふらだよ。 これじゃ家から出る前に日が暮れるって」 ○○「まだ昼だ・・ろ」 立ち上がると床が沼のように沈み、視界が陽炎のように歪む。 恐らく熱が出ているのかもしれないが、自分で額を触っても どれだけの熱が出ているのかがわからない。 てゐ「あー、もう見てられないっ!」 そういうと少女は俺の腹部へまっすぐと拳を突きたてた。 とたんに呼吸が苦しくなり、俺は布団の上に倒れこむ。 てゐ「マザコン野郎はそこでおとなしくしてな」 気がつくと夕日が窓から差し込んできている。 なんということだ。いくら病気で弱っていたからとはいえ、 あんな小さな子供に気絶させられるなんて。 俺は布団から起き上がると辺りを見回した。 どうやらあの少女は帰ったようだ。 ふと、枕元に見たこともない透明の壷に入った液体があることに気がついた。 おそらくあの少女の言っていた薬なのだろう。うっかりと忘れていったのかもしれない。 しかしこれは本当に薬なのだろうか。もしかするとその辺りの草汁を 絞って入れただけのいたずら・・・そう、いたずらかもしれなかった。 だが今はどちらでもかまわなかった。喉が渇きは限界まで来ており、 とにかく喉を潤す事ができれば、その中身が何であれどうでもよかった。 俺はその透明の壷に口をつけた。飲み下すのに骨が折れたが何とか喉を潤すことはできた。 てゐ「・・・おじさん、飲んだね?」 もう少しで心臓が口から飛び出すところだった。 あの少女だ。あの少女が入り口から俺を観察していた。 そしてしばらく真顔で俺を見つめた後、急に顔中に笑みを浮かべ、 桶を担いで部屋の中へ入ってきた。 てゐ「ここは川から遠くて嫌になるよ。・・はい、手ぬぐい出して」 ○○「こ、この薬・・・」 てゐ「知ってるって。ほら手ぬぐい」 めんどくさがるように手を伸ばしたかと思うと、俺の額にへばりついた手ぬぐいを 引き剥がし、それを桶の水の中へざぶりと落とした。 そしてそれを何度か水の中で泳がせ、きつく絞る。 てゐ「寝てくれないと手ぬぐいをおけないよ~」 俺は言われるがままに布団に身を横たえた。 てゐ「はい、完了~」 俺は言いづらい事をこの少女に伝えなければならなかった。 すなわち銭がないこと。銭の代わりになる金品を持ち合わせていない事。 ○○「・・あの、申し訳ないが。薬代は・・」 てゐ「うんうん、ないんだね?」 ○○「いま・・家に銭がない。・・そう、その通りなんだ」 てゐ「いいよ、今度で」 ○○「そうか・・いくらに・・なる?」 てゐ「そうだな、米俵20コ分くらいかな?」 俺は絶句した。 米俵20俵は、うちの畑から取れる年間量のざっと10倍だったからだ。 ○○「・・わかった。ただしすぐに用意する事が出来ない。 最低10年はかかる。それまで・・待ってほしい」 てゐ「うわぁ・・おじさん強情だね。 頼み込んでくれれば、ゆるしてあげてもいいのに」 それはわかっている。だが俺にも自尊心というものくらいはある。 俺は黙って首を横に振った。 てゐ「・・そ、そうね、言う事を聞いてくれれば米一粒で手を打つけど」 またもや俺は絶句した。 この少女は何を言っているんだ? どこの世界に米20俵が米一粒に変化する売り物があるというのだろう。 てゐ「お姉ちゃん・・・」 ○○「・・・ん?」 てゐ「お姉ちゃんって呼んでくれたら米一粒でいい・・・」 ○○「今何・・」 てゐ「いいから、どっちにするの!?」 どうやらこの少女は『お姉ちゃん』と呼ばれるだけで 破滅の値段から破格の値段に下げると言うのだ。 見れば少女は消え入りそうに体を丸め、水桶の中を不愉快そうに凝視している。 ○○「・・・本当なのか?」 喉がかすれて小さな声になってしまった為か、俺の声は少女には聞こえていないようだった。 いや、実際は聞こえていたはずだ。だって少女は俺の枕元に座っているのだから。 つまり少女は同じ事を二度も言う気がないのだろう。 俺は咳払いをした後、意を決してできるだけ大きな声で言う事にした。 ○○「お姉ちゃん」 てゐ「や、やぁ、照れるなー。 よしよし、何か他に、ほしいものはあるの?」 ○○「・・・いや、ないよお姉ちゃん」 てゐ「仕方ない、おかゆ位作ってやるかー!このマザコン野郎め~」 そういうと少女は立ち上がり、炊事をする為か、そそくさと表に行ってしまった。 俺は唖然としたままこの成り行きを見守るしかなかった。 夕日はそろそろ沈み始め、あたりは鈴虫やらコオロギが小さな合唱をはじめていた。 てゐ「はい、おかゆ。気をつけて食べてよ。熱いからね」 俺は無言で用意された箸を持つと、粥に手を伸ばした。 少女も無言で粥が入った土鍋を持ち上げ、俺から遠ざける。 てゐ「いただきますは?」 そういえば俺はずいぶん昔から一人暮らしが染み付いて、 食事の前に『いただきます』だなんて言葉を言うことも忘れていた。 なんということだろう。だが素直に恥を認めなければならない。 ○○「いただきます」 今度は丁寧に粥が入った土鍋にお辞儀をすると、再度箸を持ち直した。 が、少女はなぜか土鍋を俺から遠ざけたままだ。 ○○「・・・あの」 てゐ「なに?」 ○○「どうして・・・」 そのとき俺は思い違いをしていたことに気がついた。 お辞儀は粥が入った土鍋にしても意味がなかったのだ。 感謝は粥を作った人にこそするべきだった。 ○○「お姉ちゃん、いただきます」 てゐ「よしよし。わかってるね」 少女は土鍋を俺のそばに置いた。 しかし少女はその上からがっちりと蓋を押さえつけている。 このままでは開けて食べる事が出来ない。 ○○「・・・あの」 てゐ「なに?自分で蓋も開けられないの!? ・・・仕方ないなー」 ○○「・・いや、別に・・」 てゐ「はいどうぞ、召し上がれー」 納得のいかないまま、箸を持ち上げ、粥に手を伸ばした。 が、その時になって、ようやくおかしなことに気がついた。 俺は今まさに粥を口にしようとしている。 それなのに、何故、箸を持っているんだ? 箸で掬える米の量なんてたかだか数粒程度じゃないのか? ○○「・・・あの、お姉ちゃん?」 てゐ「うんうん」 ○○「これだと・・・食べられないというか・・」 てゐ「ああ!どこまで甘えんぼなんだよこのマザコン~ しかたないねー・・」 そういうと少女はあらかじめ用意していた匙…もちろん俺の家にあったもの…を 懐から取り出し、粥を一掬い持ち上げて、息を吹きかけて見せた。 てゐ「さあ、口をあけてー」 いくらなんでも、これはさすがに恥ずかしかった。 なぜなら、というか何故もくそもない。これじゃまるで赤子の扱いだ。 俺は強引に箸で粥を食おうと手を伸ばした。 てゐ「米俵・・・30コ・・・だっけ?」 俺はその瞬間体が硬直した。固まった。30俵?ちがうだろう、20俵のはずだ。 ○○「20・・・!」 その瞬間、匙が俺の口の中へ勢いよく飛び込んできた。 ガチリと前歯に当たるのもお構いなしだ。 てゐ「お姉ちゃんの言う事は聞かないとダメだよねー」 少女はもう一度土鍋を掴むと、俺の死角になる背後へ置いてしまった。 そしてくわえたままの匙を力強く引き抜くと、何事もなかったかのように もう粥を掬って見せた。 てゐ「はい、あーん」 俺は負けてはいけないものに負けた。 それは自尊心とかプライドとかそんな小さなものかもしれないけれど、 絶対に折れてはいけないものを強引にへし折られてしまった。 子供相手になにをしているんだ?今まで一人で生きてきたという不屈の心はどこへ捨ててしまったんだ? 俺はこの少女にかまう事をやめた。 米俵20俵?どうでもいい。その為に一生今日の事を思い出して身悶えるよりは 10年かかろうと15年かかろうと借金を背負って誇り高く生きるほうがましだ。 俺は布団からはいずりだすと、少女の背中に置かれた土鍋目指して手を伸ばした。 てゐ「ちょ、ちょっと、こっちにこないでよ、このマザコン!」 ○○「俺はマザコンじゃない」 てゐ「じゃあロリコンだ、襲われるー」 ○○「ば、ばかか、襲ってるんじゃない、ちがうよ」 てゐ「まさか・・お姉ちゃん・・って事はシスコン?」 ○○「ちがうよ!」 俺は少女の体の上から背中にあるはずの土鍋を手探りで探した。 が、なにぶん熱い土鍋だ。無造作に掴むわけにはいかない。 その為かすこし遠慮がちに背中の死角を探っているのだからなかなか見つからなかった。 てゐ「このエロエロ!マザロリコン!」 その内、声に少しずつ涙が混じり始めた。 俺は心臓が止まったと思った。そして少女の顔をおそるおそる見上げた。 馬鹿だった。浅はかだった。大の大人が子供相手に何をしているのだろうか。 この少女はおままごとのように姉を演じていただけだ。 決して俺に悪意があったわけではない。今までの行動もそうだ。 薬を与えたのは一体誰か?粥を作ったのは一体誰なのか? 一時の怒りに身を任せ、恩を仇で返すほど俺は小さな人間なのか。 ○○「・・・ごめんなさい」 しかし少女は先ほどより大きな声で泣き始めてしまった。 何の罪もないものが涙を流す。しかも俺のせいでだ。 ○○「ごめんなさい、・・・あの・・お姉ちゃん」 するとどうだろう。先ほどまで鼻まですすって泣いていたはずの少女は 顔を上げてみると涙の一滴さえこぼしていず、満面の笑みをこちらに向けた。 てゐ「わかればいいのよ、さ、残さず食べてねー」 俺は一体何が起きているのかわからなかった。 確かに少女は泣いて・・・そうだ、泣いていたはずだ。だが泣いてなどいない。 穴の開くほど少女の顔を見つめても・・・やはり泣いていた形跡など欠片もない。 そして嬉々とした表情のまま、口を半開きにしてぼんやりとしている俺の口の中に 粥が運ばれてくる。 てゐ「はい、よく噛んでー」 俺は何も考えず粥を噛みしめた。 てゐ「はい、口あけてー」 以後、土鍋の中から完全に粥がなくなってしまうまで、 俺は何も考えず粥を噛んでは飲み、言われるがまま口を開いた。 そして土鍋の奥に残った最後の一粒を少女はぺろりと口に入れると、 にやにやといやらしい笑いを俺に向けた。 てゐ「これは報酬ね」 ○○「あ・・」 てゐ「ごちそうさまでした」 ○○「ごちそうさまでした・・・」 脱力した体に疲労だけが残った。気がつくと体中汗をかいている。 もう終わったのだ。なにもかも。 この俺はこんな子供に馬鹿にされたのだ。 そうして一生、今日という日を悔やみながら生きていくのだ。 俺の人生は終わってしまった。こんな小さな少女に蹂躙されて粉々に・・・。 そのとき、家の外から誰かを呼びかける声が聞こえた。 そういえば先ほどから聞こえていた気もするが、 自分の苦悩に夢中で気がつかなかったのかもしれない。 てゐ「やばっ・・くる」 どんどん、と控えめに家の扉が叩かれた。 こんな時間に誰だろう。だが今の俺は何もかもがどうでもよかった。 誰でもいい。消えたらいい。 ??「すみませーん、このお宅に小さな女の子が来ませんでしたかー?」 小さな女の子?それならここにいる、小さな悪魔が。 目線を移すと、屈辱を与えた少女は窓から逃げようとしている。 何が起きているかはわからない。だが、これは俺にとって有利な状況だとわかった。 俺はすぐさま布団を跳ね上げ、少女の足首を掴んだ。 てゐ「お願いお兄さん、ここは見逃してー」 ○○「・・・お兄さん?」 てゐ「おねがい、じゃないと私・・・」 ??「あのー、誰かいますかー?」 やっぱりだ、あの外にいる声の主とこの少女は知り合いなのだ。 そして恐らくだがこの少女の保護者か何かに違いない。 ○○「少し待ってくれ、今開ける」 俺が外に声をかけると、外の主は…どうやら女二人組のようだが…何かを話し合っているようだ。 そしてその話し声が聞こえたとたん、目の前の少女はいてもたってもいられないらしく、 掴まれた足首を何とかほどこうと、懸命にもがいている。 てゐ「ね、薬もあげたでしょ?だから・・・」 ○○「そうだな、それは本当に感謝してるよ。 あの薬のおかげで、もう体調もよくなっているし」 てゐ「そうだよね、じゃあ離してよ」 ○○「いいだろう。そのかわり約束をしてくれないか」 てゐ「なんでもいいから、はやくー」 ○○「今度、俺の家に・・・その、また来てくれよ」 てゐ「くっ、ロリマザコン」 ○○「なんだと?」 てゐ「なんでもないよ~、それだけでいいの?」 ○○「うん、それだけでいいよ」 一瞬少女は抵抗をやめて考え込んだ。 そして先ほど見せたいやらしい笑いを顔に浮かべてこう言った。 てゐ「一回だけなの?それとも何回も?」 ○○「それはまかせるよ。ただ・・・」 俺は少女の足首から手を離した。 ○○「次はだまされない。今度は俺が勝つ」 てゐ「いいよ、その挑戦うける」 というと、少女はするすると壁を登り、窓の外に消えていった。 そのあと俺は外で待っていた二人…えらい美人だった…に、 そんな少女は家に来ていないと説明し帰ってもらった。 あれから丁度一週間が経とうとしている。 今のところあいつと俺は引き分けだ。だから必ずやってくるに違いない。 だが、あの約束自体だましていて、もう二度と現れない、という場合もありうる。 いや、あの少女は挑戦を受けると言った。受ける側の人間が逃げたままということはないだろう。 そうだな、家がどこにあるかはあの美人に聞いたのだから乗り込んだってかまわないはずだ。 その時は完全に勝てるよう主導権を俺が握らないといけない。 もうそろそろあの時のように陽が暮れかけている。 俺は農具を手に持ち、小さな畑から収穫した野菜を手に帰路に着いた。 その時だ。天が持ち上がり、地面は宙を舞った。 世界はひっくり返り・・・とどのつまり俺は落とし穴に落ちた。 なるほど、ずいぶんと古典的じゃないか。 落とし穴なんて俺がガキのころ腐るほど掘っていたし、もちろん落とされてもいる。 そんな余裕が俺を冷静にし、反撃のアイデアを生み出す結果になった。 てゐ「・・・マザコン野郎め。どうだ思い知ったか!」 あの少女が穴の上から顔をのぞかせる。 さて、薄目をあけてあいつの青ざめる顔でもゆっくり観察してみようか。 てゐ「え・・・うそ・・・。なんで?」 きっとあいつは頭から血を流して動かないでいる俺を見て、びっくりしているのだろう。 だが、この血は先ほど収穫したトマトで偽装しているだけだ。 しかしこの暗い穴の中で赤い液体が血かどうか、はっきりとは判別できないはずだ。 てゐ「おい、ロリマザコン!・・・お兄さん?・・・お兄さん!」 案の定、穴の中を必死に見つめている。 意外と気づかれないものだが、早く気づいてくれないと息を止めているのも大変だ。 俺の予想ではびっくりした少女はあの美人のうちどちらか一人、もしくは二人ともを呼びに 家へ戻るはずだ。そうしたら俺は何食わぬ顔をしてここから出て、この穴を埋め、 家でのんびりと待てば、その後の展開しだいでもう一度騙す事も可能になるだろう。 てゐ「やだ・・・そんな・・・わぁぁぁ」 どういうわけか少女は穴の中に滑り込んできた。これでは俺の予定と違ってしまう。 しかも近寄られたら血のからくりもばれる恐れがある。 てゐ「ほんの冗談だったのに・・・ね、起きてよう」 だが、俺の心配とは裏腹に、少女は俺が死んだと思っているのか 胸倉を掴んで強くゆすってみたり、…それが無意味だとわかると… 俺の頬に往復ビンタをなんどもくらわせてきた。 こんなに痛い思いをしては、騙しているとはいえない。これでは俺の利点がまるでない。 仕方なく俺はにやにや笑いながら目を開く事にした。 ○○「いやー、襲われるぅぅ。助けてぇぇ」 その時気がついた。少女は泣いていたのだ。 俺が死んだからとかではなく、恐らく殺人の恐怖からなのだろうか、 俺を必死に凝視した目からあふれた出た涙は頬を伝い、涙のとおり道ができていた。 ○○「俺の・・・勝ち」 それだけ言うのがやっとだった。少しやりすぎてしまったのかもしれない。 少女は濡れたままの顔を俺の胸板に押し付けると、ぽこぽことわき腹を殴りながら、 てゐ「このロリコン、シスコン、マザコン野郎!」 と、何度も繰り返し、しばらくすると何故かすやすやと寝てしまった。 その後、声をかけてみてもゆすってみても頬を強くつねってもパンツ脱がすと脅しても 鼻の中にミミズを入れると言っても実はロリコンだいやマザコンだと言っても 一生ここで二人で暮らそう実は殺人鬼なんだキスするぞワンワンニャーォと言っても、 いっこうに起きる気配を見せない。俺は少女に抱きつかれたまま、ほとほと弱ってしまった。 つまり俺は少女をおぶって穴から脱出しなければならなくなったということだ。 そうしてもちろんの事だが、野菜や農具などは穴の中に置いていかなければならない。 なんてことだ。俺の勝ちのはずが穴に落とされビンタされ、わき腹をなぐられ、 痛い思いをしたのは俺だけだった。しかも最後に二人分の重量で穴から脱出しなければならない。 俺は必死の思いでなんとか穴から抜け出した後、何故か眠ったままの少女をあぜ道に横たえさせ、 農具と野菜を回収するためにもう一度落とし穴の中へ戻らねばならなくなった。 その時を狙っていたのだろう。 俺は後ろからものすごい勢いで突進してきた少女に、もう一度穴の中に落とされてしまった。 先ほどもそうだったのだが、今度も体を強打して一瞬息が苦しくなった。 穴の底でうめき声をあげている俺を、上から泣きはらした目の少女が仁王立ちでこういった。 てゐ「ばーか、今回はこれくらいで許してあげるけど、次は負けないから」 そしてどこかへ走り去ってしまった。 おれは苦笑いをしながら、次回はどんな手で来るのかと楽しい想像を膨らませ帰宅した。 てゐのきもち(新ろだ670) てゐのきもち (白映 -White Vision-) どうも。 永遠亭のアイドル、因幡てゐです。 最近、○○の彼女(自称)になれました。 ……勿論、ウソですが。 ちくしょう。 さて、今日のお話は、私が好きな「○○の表情」について。 私と一緒に居るとき、いつも見せてくれる、楽しそうに笑う○○の顔。 イタズラをされて怒ってるけど、実はもう許してくれてる○○の顔。 幸運のお守りをプレゼントしたとき、嬉しそうに照れる○○の顔。 ……でも。 今みたいに、暗く悲しい顔をして泣いてる○○は好きじゃない。 貴方にはいつも笑っていて欲しい。 「笑う門には福来たり」って言うじゃない。 ○○が笑ってないと、私は○○に幸せを渡せない。 それだと私も幸せになれない。 だから……泣き止んで、○○。 ね、○○。 これからもずっとよろしくね? そうでないと私、寂しくて悲しくて死んじゃうかも……ウサっ。 え、このウサはウソの意味じゃなくて! その、ただの照れ隠し! そう、照れ隠しなんだから! あ、やっと笑った~よかったっ。 ○○も幸せ、私も幸せ、永遠亭のみんなも幸せ。 鈴仙だけ微妙にまだ不幸してるけど、最近は○○のお陰で幸せそう。 やっと幸運の素兎の面目躍如かな。 ん、眠いの? ああ、泣き疲れちゃったのね。 いいよ、おいで。 お姉さんが優しくしてあげるから……。 -おまけ?- 「あ、ウドンゲ。こんなところに居たのね」 「何ですか、師匠」 「さっき居間で、てゐとお茶で一服してたのだけれど。 縁側の方から嗚咽が聞こえて来たのよ。 覗いてみたら、○○が泣いていたわけなんだけど……貴女、何かした?」 「してません! いえ、それより何があったんですか!? ○○は大丈夫なんですか!?」 「一応、今はてゐに○○を落ち着かさせてはいるけど……うーん、大丈夫かしら」 縁側に来ると、○○はてゐに膝枕してもらっていた。 「ちょっと、てゐ! 私の○○に何で膝枕なんてしてるの」 「○○に膝枕してもいいのは、別に鈴仙だけじゃないでしょーよ。 ……それより騒がないで、やっと寝かしつけたんだから」 ○○の顔を覗き込むと、涙の跡があり、目元は腫れて赤くなってはいるものの、安心した様な寝顔だった。 泣き疲れて眠ってしまったのだろう。 「珍しいわね、てゐがお姉さんらしく振舞うなんて」 後から現れた師匠が呟く、確かに珍しい。 「辛そうにしてる子を見かけたら、甘えさせてあげるのも大事でしょ。 ……あと、こう見えても、一応えーりんの次か次くらいに年長者なんだけど……私」 その後、三人で○○が泣いていた理由について話し合ったが答えは出ず。 後で本人に聞こう、という結論になった。 話し合いは○○の寝顔を愉しみながら、だったが。 縁側は少し寒いので、師匠が毛布を持って来てくれた。 今日はここで皆で寝るのも良いかもしれない。 新ろだ2-054 「てゐ、今日は一緒に寝てくれないか?」 「……見下げた変態ね。そんな直球に情事を求めてくるなんて」 「違う! そういう意味じゃなくて。あのー、なんだ、添い寝をしてくれないかなーと」 「それであわよくばソッチへ持って行こうと、ね」 うししし、と笑うてゐ。いや、本当に俺はそういうことを望んでいるわけではなく、もふもふしながら寝られたら気持ちいいかなーと思っただけで。 「いやだから――」 「まあ、いいわ、しかたなく。本当にしかたなーく一緒に寝てあげる」 え? ダメで元々と思っていたが、流石てゐさん気前いいですわ! 「まあ条件があるけれど?」 「ですよねー」 「しっぽ触っちゃ駄目だよ? もちろん耳も」 「どう……いうことだ……。てゐ、それが俺に対してどれほどの効力を発揮するか判って言っているのか?」 「もちろん! だって○○、いつもいつも後ろから抱きついてくるし、しっぽ撫でるし、耳もふもふするし。………………恥ずかしいのに」 そのことを思い出したのか、少しだけ顔を赤らめて、パジャマの裾をぎゅっと下に引っ張る。 「あ、だからいっつも顔真っ赤にしてたのか」 「気付きなさいよバカ!」 いやもちろん気付いていたのだけれど。 「だから今日は普通にして、ね?」 そう言って、俺の腹の辺りに抱きついてくる。俺の眼下には白い柔らかそうな耳がある。 耳を触りたい! しっぽも触りたい! 「だからダメだって」 無意識に伸ばしてしまっていたらしい手をてゐが払いのける。 「だって……いつも○○がしてるのは、ペットを愛でてるみたいじゃない」 ……ああ……なるほど、そういうことか。 「てゐ……」 「ん?」 「ごめんな」 「気付いてくれたのなら、別に」 「てゐ……愛してる」 「あ、あいっ!? え、えぇっ!? ちょ、ちょっとまっていきなりそんなこと」 真っ赤な顔をした困惑顔のてゐを見て、笑顔が零れて、愛しさが溢れて。火照っているてゐの両頬を両手で捕まえて、そのままキスをする。 「んっ! んぅ、……ぁ、も、もう、いきなり、なんだから……」 「ごめん、しっぽも耳も触ったりしないから、今日は一緒に寝てくれ」 「ん」 返事の言葉はなくとも、てゐは俺の手を引いて床まで導いてくれる。 「てゐ」 「なによ」 「俯いてないで、顔を上げてくれよ」 恥ずかしいからなのか顔を上げてくれない。 「イヤよ」 そう言って、布団へ潜りこんでいく。 「お、おいてゐ」 「ほ、ほら、添い寝」 だから入ってきなさい、とくぐもった声が聞こえた。 「入るぞ」 普段は冷たいはずの布団が、今はてゐが入っているから暖かい。 「……てゐ?」 なにやらもぞもぞと動いている、ってうぉっ? 「いきなり腕を回してどうした?」 「だ、だから添い寝」 ぐりぐりと顔や頭を胸やお腹へと押し付けてくる。これじゃあ、顔が見えない。 「あ、もしかして相当恥ずかしがってる、とか?」 「――――っ!」 そう言うと、てゐの抱擁が一層強くなった。 「全く…………かわいいなあ、てゐは」 「…………ばか」 少しだけ見えたてゐの顔は、今まで見たどれよりも、真っ赤に染まっていた。 Megalith 2011/12/06 夜、とても静かな夜。 永遠亭の縁側に、一人の老年の男が座って星空を眺めていた。 そんな彼に近づく少女がいた。 少女は断りを入れることも無く、黙って老人・・・○○の隣に腰掛けた。 「てゐか…」 「どうしたの、こんな所で」 「昔を思い出していた。ワシらが結婚した時からの事をな」 「結婚した時か…若かったね、あの頃の○○か。それにヒゲだけじゃなくて髪もあったわ」 「言うな。お前に習って健康に気を使ってはいてもワシは人間だ、流石に衰えもする」 「それでも、人間にしては上出来よ」 「…嫌いか? こんなジジイになったワシは?」 「ボケたの? 嫌いならさっさと永遠亭から蹴り出してるわよ」 「ふっ、それもそうだな」 「…逆、逆よ。私は好き。あなたの固いしわしわの手も、その長くて白いひげも。あなたが生きて積み重ねた物が全て…」 「物好きな兎だ」 「奇人変人の多い場所だからね…当てられたのよ」 「良い女房をもったよ、ワシは」 「今更よ…ふふっ」 てゐは○○に体を預ける。 ○○は厳つい手でてゐの癖のある髪を撫でた。 「戻るか、体が冷えるとお腹の中の子に障る」 「そうね…それにしても、衰えない所もあるのね」 「兎の色欲がうつったのだろう」 「言う様になったわね、生意気よ」 「お前程でもない。それにしてもこれで何人目だったか」 「…忘れたわ、多すぎて。最初の子達が生まれたのって、いつだったかしら」 「八十年前だ。ワシらが一緒になって次の年に生まれたからな」 「だったかしら…あんた、お師匠様に変な薬盛られてるんじゃない? 健康に気を使ってるって言っても流石におかしいと思うんだけど」 「ありえるな、あの方は赤子を取り上げるのを楽しまれている節がある」 「はぁ…何やってんだか」 そう言うと、てゐは珍しく呆れた顔をして、眉間に指を当てる。 「よっ!」 「えっ!?」 てゐに珍しく隙が出来ているのを見つけると、○○は好機とばかりにてゐを抱き上げた。 「ちょっ、いきなり何するのよ!?」 「こういう所も衰えてはおらんよ」 「もう…」 口では不満を表してはいたが、てゐの表情には至福が浮かび上がっていた。 ○○は大事にてゐを抱えながら、部屋へと戻った。 ・ ・ ・ 「そう言えば、鈴仙が婿を取ると言っていたな」 「そういえば言ってたわね。あんたと同じ人間だっけ、また騒がしくなるわ」 「部屋を増やさねばならんな」 「そういうのは鈴仙達にやらせればいいのよ」 「それもそうだな」 うpろだ0021 「今日もいい天気だなぁ…」 「そうねぇ…」 てゐと二人で竹林を歩きながら話す 「竹林を散歩ってのもなかなかいいアイデアだな」 「まぁ別にやる事も無いし…」 「でも最近物騒なんだろ?」 「えぇ、人食い妖怪が出てるらしいわね…たぶん」 「たぶんって…せめて八意先生に聞いてから出てこいよな」 「彼氏とのデートだ~って言ったら即答で了解を得たから良いのよ」 「…あの人人の恋愛見てて楽しいんだろうか…」 「さぁ?年増の感性は分からないわ」 「だな」 長い間生きてる人の感性はよく分からない…まぁ… 「…何も言わないの?」 「ん?何に対して?」 「私これでも千年は生きてるんだけど…」 「いいだろそのくらい」 「いや貴方に比べれば年齢や経験が随分多いのよ?だから別に年増って言っても…」 「…んな事かよ…呆れた」 此奴を好きになってからそんな事は考えなくなっていた。まぁ最初は考えたりしてたのは秘密だ 「そ、そんな事って貴方ね…女性にとって年齢と体重は聞いちゃいけない二大タブーなのよ?分かってる?」 「じゃあてゐは年増って言われたいのか?」 「そうじゃない…けど…」 「じゃあ別にいいじゃないか」 「…貴方には呆れるわ」 「はぁ?」 「いいえ、随分私思いなのねと思って」 「当たり前だろ?こんなに可愛い彼女を年増とか言う彼氏が居たら俺はそいつを殴り飛ばしてやりたいね」 「あ、改めて言われると照れるわね」 「お前が望むなら俺は何度でも愛を叫ぶぜ?」 「キザねぇ」 自分でも言った後後悔している 「男はカッコいい物に憧れる生き物なんだよ」 「貴方ほどカッコいい人も居ないけどね」 「あ、あぁ…そうだな」 「な…何よ」 「い、いや…少し驚いただけだ」 「それはどういう事かしら?」 「いやそんな満面の笑みを浮かべて質問されても」 「今なら落とし穴に落ちるだけで…ってきゃあああああ!」 「てゐの霊圧が消えたッ!?」 「…(じとーっ)」 一度やってみたかったりする、冗談は置いといて 「すいませんでした。ほれ、捕まって」 「ありがと…ッ!」 「ん?どうした?」 「足…挫いたみたい」 「あーあ…上がれるか?」 「うーん…無理ね」 「無理…か、どうするか…」 「鈴仙か師匠に薬を持って来るように頼んでくれる?」 「え?応援呼んでから出ようってのか?」 「?当たり前じゃない」 「……」 一つ思い当ってしまった、それは本当に些細な事だけど 「早くして?足が痛むのよ」 「ちょっとスペース空けろ」 「え?ちょ何する気?」 「下りて救出するんだよ」 「…何言ってるのよ、早く師匠か鈴仙の所行って呼んできて」 「嫌だね」 「なっ…何言ってるのよいきなり!」 「もしも・・・だ」 「?」 「もしも俺が助けに行ってる間にお前が…襲われたらどうするんだ」 我ながら何故今そういう事を思ってしまったのかは分からない でも思い立ってしまった物は仕方ない 「…襲われるってあんたねェ…」 「てゐが妖怪に襲われて無残な姿で俺が出会った時には…」 「随分心配性ねェ、あんたも」 「あ…そうか…まだ付き合って1年にもなってないからそりゃ無理な相談だn(ぺしっ)…?」 「ほらほら、あんたの大切な嫁さんを家までエスコートしな」 「…ふぁい?嫁さん?」 いきなり不意を突かれるようなことを言われた 「何よ、自分から言っておいてその呆けた顔と返事は」 「お、俺なんかが旦那でいいのか?」 「はぁ…馬ー鹿、貴方以外考えてないわよ」 「…指輪買わなきゃな」 「気が早いっての」 「そうか?」 「報告しないとね」 「いや、全然金無いからな?」 「出来るだけ早くしなさいね」 人間は寿命が短い生き物なんだ。出来る事をやってあげておかないとな 「あぁ、生きてる内には絶対に」 「そうね…って縁起の悪いこと言わないでよ」 「了解でーす」 「ねぇ…ちゃんと私を幸せにしてから旅立ちなさいよ?(ギュッ)」 「当たり前だ、俺以外にお前を幸せにできる奴なんかいると思うか?」 「沢山いるかと」 「ノリが悪いな」 「これが素よ素」 「へいへい」 てゐとこれからもこんな日常を過ごしていけたらどんなにいいだろうか… 彼氏として頑張らないとな! 「はぁ…そういえば降りてから聞くのもなんだけど」 「ん?まだ心配事でもあるのか?」 「どうやって上がるのかしら?」 「あ…」 「はぁ…で?どうやって上るのかしら?」 「……れ!れいせえええん!やごころせんせええええええええええええ!」 「今度はもう少し考えてから物事は行いなさいな」 「誰か!助けて下さあああああああああああい!!」 ※きちんとこの後妹紅が助けてくれました うpろだ0042 あぁちくしょう── このクソッタレの世界にいつも通り悪態を吐く 生まれた時から、全ては決まっていて変わらない 持つ者と持たざる者の境界は明確で、それは何が起ころうとも変わり様がない 力──金──容姿── そのどれもが、自分には縁遠いもので だからこそ──この掃溜めの様な毎日を過ごしている 親なんて片方は生まれた時から居なかったし、片方はちっさい頃におっ死んじまった 生きるためにあくせく奉公の日々を過ごそうとも、搾取される人生は希望も何もない 迷い続ける日々にもほとほと疲れてしまったが、それでも生きることを諦められない どうしようもなく弱くて生き汚い人間──それが俺だった 「ちょいとそこのお兄さん、疲れてるみたいだけど大丈夫かい?」 いつも通りに疲れ切って、後は泥の様に眠るだけだった帰り道 そんな声を掛けられた 「あぁん? そりゃ働き疲れてるが……誰だアンタ」 愛想を振り撒く元気もなく、自然と口調が汚くなる ──まぁ、誰に対しても基本そうなんだが 自分と雇い主に好かれてればいいんだよ それ以外の他人なんて、俺にとってはどうでもいい 「まぁまぁ、いいじゃないかそんな些細なことは。よければ──お兄さんの幸せを願わしてもらえないかな」 「幸せなんてもんは俺にはねーんだよ。疲れてるんだ、ほっとけ」 性質の悪い勧誘か 生憎と祈るなんて立派な考えは持ち合わせがない 祈るよりも悪態が先に出るぐらいなのだから 「そりゃ残念だねぇ、んじゃまた今度にするよ」 そう言ってその少女はひょうひょうとどこかへ行ってしまった 暇人も居るもんだねぇ そうして特に気にせず、家路へと向かいなおした 「やぁ、そこのお兄さん。よければ幸せを願わしてもらえないかな?」 「……ストーカーかなんかかお前は」 次の日も同じ場所で同じ少女に同じ言葉を掛けられた 思わず溜息が零れる もしかして嫌がらせなのか、そうなのか 「とんでもない、私は純粋にお兄さんの幸せを願いたいだけだよ」 「悪いが、無償の善意なんてもんを信じられる程人間が出来ちゃいねーんだよ。他を当たりな」 そうしてにやにや笑う少女を背に歩き出す 何をするよりも寝付かなければ 寝てしまえば休める こんな掃溜めを見なくてすむ── 「幸せを願う相手は神様だけとは限らないんだけどね。それじゃ、またにしようか」 ──うんざりする 放っておいてもらいたい 何も期待するものなどないのだ 全ては決まり切っていて 大逆転の目なんてものはあり得ない 幸せなど──願うだけ無駄なのだ 「お前もしつこいな、祈るものなんてねーんだよ。それに、見ず知らずの他人がなんで俺なんかに構うんだ」 イライラとしながら向き直る この調子じゃ恐らくずっと付きまとわれるだろう そんな疲れることはごめんだ 「祈る者は私だよ、お兄さんの幸せを願うことが私の使命だからね」 「電波かなんかか? お前」 明確に言葉に敵意を示したがその少女はどこ吹く風だ 幼いその外見からはまるで想像出来ない、その余裕な態度に苛つきが増す 「あはは、お兄さんからしたらそうかもね」 「──もう構うな、次は無視させてもらうからな」 平穏な日常を過ごしたいのだ 何も変わらない生活をしたいのだ でないと──最後には、絶望しか残らない 「ふむ、んじゃ少しだけアドバイスだ。明日籤でも買ってみるといい。御利益をあげよう」 掛けられたその言葉に何も返さず いつも通りの帰り道を進んだ 「──お前は一体、なんなんだ」 「嬉しいねぇ、お兄さんから話しかけてくれるなんて」 「茶化すな、おかしいだろうこれは」 そう言って、手の中の籤を示す 昨日言われた言葉が何故か頭に残り、適当に買った籤 そのどれもが、少ない額ながらも当たりの番号を記していた 「言っただろう? 私はお兄さんの幸せを願っているって。それはその結果なだけだよ」 「──妖怪か、お前」 その言葉に少女の笑みが色濃くなる そうして何もなかった少女の頭上に、人間ではない証──長い耳が現れた 「ご明察、私は妖怪──といっても特に害のない、か弱い幸せウサギだよ」 逃げる算段を頭の中で冷静に考える 妖怪なんて性質の悪いものと相場が決まっているし、自分でか弱いなんて言う奴を信用出来るはずがない 「その幸せウサギさんが、なんで俺なんかに構うんだ」 「お兄さんが不幸そうだったからね。まぁ気紛れだから気にしないでいいよ」 「何の見返りもなくか? そんなの──信じられるわけがないだろう」 「確かに、与えるだけなんて怪しいもんだよねーあっはっは」 そう言って、面白そうに笑う その人を小馬鹿にした態度に苛つきが増すが捕って食われては元も子もない 「理由はほんと気紛れだからなんだよね。生憎と……それ以外の理由なんてないよ」 「だったらこの当たり籤でもういいだろう。放っておいてくれないか」 「信じてはくれたけど警戒されちゃったかな……まぁ危害を加える気はないから安心して」 はい、そうですか──と信じられる程人の良い人間ではない この言葉を信じられるとしたら……余程のお人好しだろう 「まぁいいや。落ち着いて話が出来るまでここで待ってるよ。またね?」 そうして手を振られる 気紛れか何か知らないが、どうやらすぐに捕って食われるということはないらしい そうして走って逃げる 彼女から この日常から 自分を取り巻く、何もかもから 何もかもいつも通り 波風立たず、何か特別なことが起こるわけでもない そんな毎日 何かが変わるかもしれないなんて期待はしない そんなものは望んでいない 例え疲れるだけの人生でも、それでも ──惨めに生き続けるだけだ 「こんばんわ──今夜は綺麗な満月よ?」 ──そのはずなのに、なんでここに来ているのかなんて、俺自身判っちゃいない ──判りたくない 「ぴょんぴょんと跳ねたり餅搗いたりはしねーのかよ」 「そんな重労働はあそこに居る奴らに任せておけばいいのよ」 「随分と怠惰なことで」 「失礼ね。達観してる、って言ってもらいたいものだわ」 昨日根付いた警戒心はそのままに、軽口を交わす 聞きたいことはそんなことではないのだが物事はタイミングってもんが大事だ 急いては事を仕損じる──では泣くに泣けない 「それで──昨日の今日でわざわざ来てくれたんだから、何か話したいことでもあるのかしら?」 判っちゃいたが、コイツは大分老獪だ 恐らくは、俺なんかとは比べ物にならない時間を過ごしてきたんだろう 裏の裏まで見過ごされているような感覚を悟られないように、いつも通りの口調を意識して問い掛ける 「──お前は、俺に幸せをくれるのか」 ──この掃溜めから、掬ってくれるのか── 誰かに弱音を吐くなんて、久々過ぎて思い出せない自分に笑えてくる 誰であろうと、噛み付いて生きてきた だから今のこの世界の在り様は当然で── 「──残念、私に出来るのは切っ掛けを与える事だけよ」 安易に逃がしてくれるはずもなかった 「そっか……すまなかったな、邪魔した」 そうして踵を返そうとすると後ろから呼び止められる 「話は最後まで聞きなさいってーの。切っ掛けってものは様々なものよ、多くの人はそれに気付かない──気付けない」 「その先にあるものなんて結局同じなんだよ」 いくら切っ掛けがあろうと、変わり様があろうと 結局は更にその先に壁は現れる その度に折れて、絶望して だから──願うなんてことは無駄なのだ 幸せなんて、決して訪れはしないのだ 「根が深いのねぇお兄さんの卑屈さは」 「達観してるんだよ、このクソッタレの世界に」 人並みの幸せを……なんてもんは、不幸を知らない奴の台詞だ 知ってる奴は皆、こう願う ──死なないのが何よりもの幸せで、不幸なことなんだ──と 「──まぁお兄さんの考え方にうるさくどうこう言う気はないよ」 「そりゃ助かるな」 この微妙な距離感 それが怖がりながらも会話を続けている理由なのかもしれない 多分に干渉して来ず、その癖、突き放さないでこちらに語り掛けてくる ──力関係が決まってしまっている様で納得いかないが 「でも性分なんだよね。不幸な人を見ると放っておけない出来た性格だから」 「その裏で何企んでるか判ったもんじゃねーがな」 「こんな可愛いウサギさんに酷いんじゃない?」 「生憎と、誰にでも愛想を振り撒く奴は信用しないようにしてるんだ」 半分本当で、半分嘘だ 誰にでも信用なんてしやしない 誰であろうと、腹の中じゃ何を考えてるか判っちゃもんじゃない それが人間って奴だ その中でも特に、愛想を振り撒く八方美人は無条件で嫌うだけ 「ま、その考えは同意するけどね。無償の善意なんてものあるはずもないし」 「だろうな、お前の胡散臭さは隠せねーよ」 きっと、隠すつもりもないんだろうが 可愛らしさを盾に騙すなんて、やろうと思えばきっともっと上手くやるだろう 「なんでお兄さんにそこまで嫌われてるのか、理解に苦しむわねぇ」 こっちの腹の内なんて全て理解しているだろうに──顔には出さず毒づく そんなこちらにはお構いなしでぷらぷらと腰掛けた足を揺らす彼女 「──それで、『切っ掛け』ってのは何なんだ」 助けてもらいたいわけじゃない 変化なんて求めてもいない それでも聞いてしまうのは──俺が弱い人間だからなんだろう 強がっていても、餌をぶら下げられたら飛びついてしまう 孤高の強さなんてものはなく、強がってるだけ そんなもの、とっくに理解していた だから、これはただの暇潰しなんだ──と、自分に無理矢理理由付けをした 「あれ、ちょっとは興味を持ってもらえたのかな?」 「可愛らしいお宇佐様に助けてあげるなんて言われたら喜ぶもんだろう」 その先が例え奈落に続いてる落し穴だと、判っていても 「まぁいいや。でも余り過度な期待はしないでね? 私が出来ることなんて、たかが知れてるし」 「それでもちっぽけな人間は頼るしかないんだよ」 「うん、判った。それじゃ、この可愛らしい小うさぎ様が幸せを授けてあげましょう」 そうして、胡散臭い幸せうさぎとの付き合いが始まった 「何なんだこれは」 「見て判らないの? 結構教養ない?」 「確かにそんなもんは持ち合わせてねーけども。あれか、余計なもの削げ落としてから食うのか」 対して広くもない、むしろ狭いぐらいのあばら家の中は今は胡散臭い器具で溢れかえっていた ──寝るスペースぐらい残せよチクショウ 自動的に走り出すランニング用っぽい機械 縄跳び、重し付の短い棒、その他色々と雑多な品々…… 「あれか、健全な精神は健全な肉体からとか言う奴か」 「健康は大事よ? じゃなきゃいざという時に何もできないじゃない」 「そんな時が来たら大人しくおっ死ぬよ」 「刹那的ねぇ。──そんな度胸もない癖に」 案の定、お見通しらしい 実際、命の危険が迫ったら生き汚く足掻くだろう 何もない癖に死ぬのだけは嫌な──人間なんだから 「まぁいいや、ほい」 そう言って紙を投げ付けられる 丸められたそれを開くと── 「死ねというんだな」 「そんな簡単には死なないから大丈夫よ。……多分」 コイツは小うさぎなんて可愛らしいもんじゃない 油断していると軽く首を撥ねられると、改めて認識し直した 「そうねぇ、何かしら別にご褒美があった方が身も入るわよね」 「餌が豪華だとやる気だすのは万物共通だろう」 「確かに。でもどれくらいのにするかってのは重要なのよ」 そりゃそうだ ご褒美ったって、お菓子をくれる程度じゃやる気も出るわけがない かと言って、世界をあげるとか言われても大きすぎて嘘だと判ってしまう 頑張れば達成出来るかもしれない事 そして頑張らなければいけないと思わせる事 そのさじ加減って奴は、働かせる上で結構大事なのだ 「んで、この憐れな奴にくれるご褒美ってのは何なんだ」 「がっつくわねぇ。でも、そうねぇ……」 「躾なんて習っちゃいねーからな」 「まず、お兄さんに幸せへの道を示してあげる」 それは最初に言われてたこと 直接幸せが舞い込むってわけじゃないだろうが、確かにコイツはそういった力があるのだろう 「もう一つは暫定的な物だけど、私がなんでお兄さんに構うのか教えてあげる──ってのはどうかしら?」 こちらが興味を持つだろうこと、そして知らなければいけなさそうなこと その曖昧な境目を、的確に付いてきた 「……俺じゃなきゃいけない理由はないんじゃなかったのか?」 「やだなぁー、お兄さんもそんな言葉──真に受けてた訳じゃないでしょう?」 当然だ 無償の善意なんて存在しない それは彼女自身が言っていたこと 必ず、何かしらの理由があるからこそ構うものなのだから だからその裏側を知らなきゃいけない 好意だったら踏みにじり 悪意だったら── 「面白そうじゃねーか、ちょうど軽く運動もしたかったところだ」 「やる気を出してもらえて嬉しいよ、それじゃ──」 「「しばらくの間、よろしく」」 ──必ず報復を そうして、日々は変わりだしてしまった ──幸せになる為に ──幸せにするために 互いに化かし合いながらの探り合いが 「そういやお前はいつまでここに居るんだ?」 「んー、適当に……かな。貴方が幸せになるまではとりあえず見捨てないつもりだけど」 「物好きだねぇ、ほんとに」 「ただのお節介兼暇潰し程度のものよ」 「酷い言いぐさだねぇ、ほんとに」 ごろんと互いに寝転がりながら軽口を交わす 別に互いに何もするでもなく、ただ居心地の良さからだ 「んじゃ暇潰し程度にお前さんの話でも聞かせてもらいたいな」 「私? まぁお兄さんよりかは物知りなのは自覚してるけどね。面倒だなぁ……」 「別に言いたくなきゃいいさ、暇潰しだし」 「そうねぇ……んじゃ、お兄さんが知らなそうなことでも語ろうかしら」 そうして語られたのはこの時代ではない古い御伽噺 自然が確かな脅威を振るっていて、神と人が今よりももっと身近だった時 その時から、今と変わらずに誰彼かまわず悪戯に精を出していたらしい 「その悪戯癖は生来のもんなんだな」 「三つ子の魂百まで──ってね。そんなに簡単に変われるもんでもないのよ」 簡単には変わらない──変われない 捻じ曲がってしまったものはそのまま曲がって伸びていくしかない そんなこと、自分自身で一番よく知ってるっての 「威張って言うものでもねーだろうに。まったく、お前の性格じゃどうせ失敗とかも経験したことないんだろうな、きっと」 コイツが何かしらに失敗するなんて想像も出来ない 認めるところは認めているのだ、口には出さないけれども 「──そんなこともないんだけどもね」 だから、その落ち込んだ声に少し驚いた 「なんだ、お前にもトラウマみたいなもんはあんのか」 「そりゃー私も長生きしてるからね。まぁ失敗談なんて話すもんでもないよ」 ──このお話はこれでお終い 暗に含まれた口調にそれ以上を聞くことは出来なかった 「あと百回ー、がんばれー」 「はぁ、はぁ……そのやる気のない応援どうにか、ならんのか……」 「そんぐらいでバテてるようじゃねぇ……もやしっ子じゃしょうがないかな」 「毎日働くしかないから人並みレベルにはあるよコンチクショウ」 ここ最近の日課と化しているハードワーク どうやらコイツは結構なスパルタらしく、手を抜くと即座に横やりを入れてくる 負けず嫌いな性格なのを手玉に取られてるのは自覚しているが俺も単純なものである 「はい、おつかれさまー」 「はぁ……はぁ……」 会話の間に無意識にノルマを終えていたらしい 倒れ込んで息を整えていると首筋にヒヤリとした感覚 「──冷たっ!?」 「あっはっはー、驚いた?」 「一回鍋にして喰っちまうぞ? コノヤロウ」 「てゐ様の優しさを無碍にするなんて小さい男ねぇ」 「そんな台詞はもっと身体に凹凸を増やしてから言いやがれ」 「──もうワンセット追加する?」 「わたくしめがわるかったですゴメンナサイ」 そうして額を床に擦り付ける プライドなんて邪魔なもんは、ガキの時分にすでに置き捨ててきた けらけらと笑うてゐに心の中での復讐を済ませながら、それなりに長くなったこの生活を思い返す 初めだけの気紛れかと思いきや、ずっと居座っているコイツにうちにそんな余裕はねぇと言った時 どこから用意したのか様々な器具で埋め尽くされた時 意外と生活の知恵はあるのか、手を抜くところは抜き、しっかりするところはしっかりしていることに驚いた時 なんだかんだと喧しく、それでいて──退屈とは程遠い日々だった だから感じていたのは、きっと居心地の良さ 決して認めてなんてやらなかったけども 「しかし私が言うのもなんだけど……お兄さんも頑張るよね」 「いきなりなんだ、変なもんでも食ったのか」 突拍子もないのもいつものことだし、判るように話さないのもいつものことだ コイツの言うことを一々気にしていたら、それこそ擦り減っちまう 「いや、特に意味もないことなのに頑張ってるなぁって。結構根は真面目さん?」 茶碗をぶん投げてやろうかと思ったが我慢出来た俺を褒めてやりたい、心底 「お前は何の意味もないことを、毎日させてやがったのか?」 「いやいや、そんなことはないよ。確かに意味はあるさ。でもお兄さんは──本心じゃこんな事しても無駄だって思っているでしょう?」 当たり前だ こんなことを繰り返していたって、結局はただの自己満足程度で終わる話だ 確かに気持ちを切り替える『切っ掛け』にはなるんだろうが 俺が望むものは──そんなもんじゃない 「あぁ、思ってるさ。でも言われたことをするしかないだろう? 何も知らないクズなんだから」 「その素直さは良いねぇ、ひねくれてるけど」 「矛盾してやいないかい」 「なんとも判りやすい格好つけじゃないか、微笑ましいよ」 ほんと、煮ても焼いても食えやしねぇ まぁこの会話を結構楽しんでるのも事実だけど 「んで、何か他にしなきゃいけないことがあんのか?」 「そうだねぇ……そろそろ聞いてみようか。 ──今までの生活を全て捨てて、新たな生を得られるかもしれないのと変わりない人生── お兄さんだったら──どっちがいい?」 言われた意味を考える 今までのクソッタレの生活と、新しい生活どっちがいいかと言われたら── 「あぁ先に一つだけ。──新しい道はきっと辛く険しい物になるよ」 さすがに何もなく幸せだけなんて待ってないか 俺は…… 「……それが今のお兄さんの答えなんだろうね、まぁ正解なんてないんだろうけど」 黙りこくってしまった俺に、てゐは予想していたのか言葉を告げる 俺は結局、臆病者なのだ 今が最悪だと判っているのに、そこから一歩を踏み出せない 変わろうとしない それが俺という人間の──弱さだから 「……いきなりそんなこと言われても判らねぇよ」 力なく零す 本当は判っているのに、判らない振りをする それが今まで生きてきた俺の生き方だった それが──手遅れにしているのだと、判っているのに 「ねぇ、お兄さんはどんな仕事をしているの?」 「よくある奴隷生活だよ。必要最低限の保証はあるけどな」 その日もいつも通り俺が動いている横で、退屈そうに寝転がりながら聞いてくる その態度にいつか寝首を掻いてやる、と心に決めて久しい だらだらしていいのは俺だけなのである 「ふーん……それに満足──はしてないよね」 「当たり前だ。誰が好き好んで搾取される側に周るかっつーの」 それは本音 好き好んでこの立ち位置に居るわけではない ──それしか選べなかっただけだ 「それ以外の道を選ぼうとは思わないの?」 何度目か判らなくなるぐらいに繰り返された問答 きっとコイツは、何度でも『切っ掛け』ってやつを与えてくれてるんだろう こんな優柔不断で臆病者な俺なんかに 「それ以外に出来ることなんてないからな」 一人きりで生きられる程強くもない その癖誰かに頼れもしない ──生き汚いのだ 「自由をその手にしたくはないの?」 自由を得たとしてもそれは仮初だ 結局は、その先でより大きなものに縛られるだけだ 「それがあっても何の意味もないさ、それなら加護されてる方が楽だよ」 搾取されるとしても日々を虚しく生きることが出来る 死んでしまって何もないよりかは──マシだ 「逃げて生きていくことは出来ないの?」 ここから逃げた先にあるものなんて、たかが知れている それになにより── 「逃げていく場所なんて宛もないからな。結局野垂れ死にだよ」 優しく包み込んでくれる存在なんて当の昔に無くしちまった 「──結局、幸せなんて求めてないの?」 ──幸せ その簡単で単純な言葉 でも俺には…… 「世間一般の言う幸せってやつは俺とはズレてるんだよ、きっと。何が幸せかも──もう判んねぇよ」 生きているだけで幸せなのか 例え死んでしまったとしても求めることが幸せなのか 俺には、判らなかった 「──……そっか」 それきり、黙りこくる 結局正解なんてものは、自分で出すしかないもんなんだろう 納得出来ていなきゃ、最後には後悔しか待っていない それが判っているからこそ、てゐは何も言わないのだ ──貴方が幸せになる為に そう言って喧しくちょっかいを出してくる小うさぎ いつもは元気溢れるその彼女が、今は何も言わず黙っている そのてゐの様子に、自分の情けなさに、苛つきだけが募っていった 「なぁ、話を聞いてくれないか」 「だいぶ飲んだみたいねぇ、暇だし別にいいわよ」 祝い事でもあったのか、俺ら奴隷の身分のまで珍しく振る舞ってくれた雇い主の酒を、ありがたく飲んだ日 珍しく飲んだ酒にだいぶ頭をやられているのは自覚している だから、深く考えずにこんなことを聞いちまうんだろう 「お前の考える幸せってなんだ?」 俺では判らない 幸せなんてものは、願うものなのか叶えるものなのか それとも降ってわいてくるものなのか 誰かに叶えてもらうものなのか、誰かに与えるものなのか 誰かと分かち合うものなのか 頼れる誰かも居ない俺では──判らないのだ 「──正直なところ、判らないのよね。私にも」 でも、てゐになら答えをもらえると思っていた 彼女なら、幸せを知っていると思っていた だから、その答えに驚いた 「与える身分なのに、随分と曖昧なんだな、お宇佐様」 「私は誰かに幸せをあげる存在だからね。私自身の幸せなんて意識したことなかったのよ」 「──お前は、幸せじゃないのか?」 そのどこか他人事の様な口振りに思わず聞いていた 今まで、必要以上に踏み込まない様にしていたのに ──やはり随分と酒が回っているらしい 「別に幸せなんかじゃないわよ。自由気ままに生きているだけだし、健康の為に身体動かしてるだけだし」 「それなのに他の誰かの幸せを願ってるのか?」 「こないだの問答になっちゃうんだけどね。それ以外に出来ることなんてないし」 「自由じゃないのか?」 「確かに自由よ。誰に気にするでもなく生きているもの。でも、それがあっても何の意味もないのよね」 「逃げている、ってわけでもないよな」 「逃げ込む先がない、ってのじゃ一緒だけどね。私も今まで一人で生きてきたし」 「──それじゃあお前は、幸せに、なりたいとは思わないのか?」 一番聞きたかったことを聞く 幸せじゃないというのなら、その手に掴みたいのか 望みはしないのか 「──どうなんだろうね。判らないや」 返ってきたのは俺と同じ答え きっと俺とは捉え方が違うんだろうけども、それでも同じ様に判らないのだ 何が幸せかなんて、きっとそれぞれ違うのだから 「──そっか、変なこと聞いて悪かったな」 明確な答えなんてもらえると思っていなかった それでも、てゐなら 『切っ掛け』をくれると言ってくれた幸せうさぎなら、何かしらヒントをくれるんじゃないか そんな淡い期待だった 「随分と素直に信じてくれるのね、いつもの嘘かもしれないわよ?」 「それならそれでお前らしいからいいよ」 何かしら企んで裏でほくそ笑む それはとても彼女らしいし、思い浮かぶことすら容易だ でも──掴めない遠くを見る様なその表情からは、そんな考えは読み取れなかった 「お兄さんはどんな風に生きてきたの?」 「聞くも涙、語るも涙な長いお話だ。めんどくせぇから言わねぇがな」 いつもの語らい この会話をいつもと呼べるぐらいにはてゐとも長い付き合いになった 気紛れだと言っていたお宇佐様は未だに我が家から出ていく様子もない 「ふーん。まぁ特に興味もないんだけどね」 「聞いておいてそれかよ……」 「あはは、ウソウソ。まぁ言いたくないなら無理にとは言わないよ」 「楽しいもんでもないんだがなぁ……」 逆にどこかのお涙頂戴のお話を好きな奴らなんかじゃ面白がって井戸端会議に花を咲かせるかもしれない いつだって、他人の不幸は蜜の味なのだから 母親なんて三つ数える頃には亡くなっちまったし 父親なんて顔すら憶えてねぇ はした金で売られてからは、あくせくと働いて碌に青春なんてもんも送ってねぇ 気に入らないからと殴られ蹴られての毎日だしな これはひねくれ曲がってもしょうがない、と自分で思う 「──と、まぁそんな感じだ。奴隷仲間じゃよくある話だよ」 結局は他の一般人よりもボーダーがだいぶ低いだけで、俺の周りじゃありふれた話だ まだまともな精神を持っている分だけ、マシなんだろう ──狂えないだけ不幸なのかもしれないが 「ふーん、なるほどねぇ」 気のない返事をするてゐ まぁコイツなら予想出来てた態度だけども 「な、面白くなる要素なんて微塵もなかったろ」 こちらも判り切っていたことなので適当に流そうとする だから── 「──貴方は強いのね」 そんなことを言われるとは思ってもみなかった 「強い? それ以外に選べなかっただけだ」 きっと今の自分は、豆鉄砲でも喰らった様な顔してるんだろうなぁ……と纏まらない頭で考える そう、強さなんかではないのだ それしか、選ぶ道がなかっただけ 選択肢がない以上──それをこなしていくしかない 「それでも貴方は選び続けた。投げ出さず、弱音を吐きながら。例え地べたを這いずろうとも。それを強さだと──私は思うわ」 「──よしてくれ。逃げ続けただけの臆病者だよ。強さなんかじゃない」 誰にも抵抗せず、知ったかぶりだけで、違う道を知ろうともせず ただ──強がってきただけ それは、弱さだ 「きっと、誰も認めてくれなかったんでしょうね」 「認められるようなことはしていないからな。後ろ指を指されることしかしてねぇよ」 ただただ、必死で ただただ、死にたくなくて ズタボロになりながらそれでも生き急いできた ──それが俺だ 「なら私が言ってあげよう。──貴方は強いわ。誰が後ろ指を指そうと、嘲笑おうと──認めてあげる」 その言葉に、その彼女の雰囲気に、言葉が出ない そんな立派なものではない 強くなんてあるはずがない じゃなければ── 「──ちくしょう」 じゃなければ──流れるこの涙を止めるすべなんて、あるはずがないじゃないか 何が幸せかなんて判らない 不幸の真っ只中にいることは判る 何を望めばいいのかも判らない 望んで良い身分じゃないことは──判る 「──どうか、お宇佐様。──お聞きいただけましょうか」 「──聞こう」 自然と言葉が溢れる 何かに縋りたいのか ただ聞いてほしいだけなのか それすらも、判らずに 「母親も亡くなり父親の顔も知らずに、ただただ誰かの怒りに触れない様に生きる毎日なのです」 「ただ繰り返すだけなのです。この先には絶望しかないのです」 「辛いのです。苦痛でしか、この生はないのです」 「どうか、どうか──幸せへ続く道をお示し下さいませ」 自分の中の弱音、苦痛、絶望 それらを全て吐き出した この掃溜めから掬ってもらいたくて この絶望の世界から救ってもらいたくて 静かに聞いているだけだったてゐが口を開く 厳かに、確かな威厳を携えて 「──いつかの問いを再度問おう。──お前は、何故そうまでして生きるのか?」 ──それ以外に出来ることなど在りませぬ身ゆえ 「──自由をその身にしたくはないのか?」 ──今の弱い自分で、それがあって何の意味がありましょうか 「──逃げて生き行くことを知らないのか?」 ──私には、逃げ行く場所も人もないのです 「──では、幸せを求めては居ないのか?」 ──求めています、欲しがっているんです ──でも、何が幸せかすら……私にはもう判りません いつかの繰り返し 違うのは本音かどうか 偽り様のない本音を、零した 何もない どうすればいいかという答えも、どうしたいのかという思いも だから頼るしかない 自分では判らない答えを、誰かに求める思いを 「──お兄さんに必要なのは……決意と希望、なんだろうね」 どこか疲れた様な表情をしながら言葉を零す それは落胆なのか、憐憫なのか、嘲りなのか それすら、判らない 「絶望と逃げ道しか用意していない俺には……そうなんだろうな」 「判った、ならば道を示そう──憐れな人の子を幸せに導く者として」 その言葉に顔を上げる その指し示す先は希望か──絶望か 「戻るなら、右を見な。この暮らしに甘んじたいのなら、今までの生活が何一つ変わらずに待っているよ」 ──指し示されたのは、今まで生きてきた里への道 何一つ変わらない絶望はあるが、生き抜くことは出来る掃溜めの先 「もし進みたいなら左を見な。辛くも苦しい道にはなるけれどもその先にもし希望が見えるのなら──また新しい生の形を知るだろう」 ──指し示されたのは、里とは反対の方角 何も知らない道の先にかすかでもか細く希望があるかもしれない 判らないということは、決まっていないということ だからこそ──どちらにでも転べるということ その選択に俺は── そうして一人、この場所に居る 隣で笑っていたウサギの姿も見なくなって久しい ──結局、俺は弱虫のままなのだ 一人きりの部屋で自嘲気味に笑う 誰に聞かれるでもなく、その渇いた声は虚しく響いた 強くなれるわけでもなく、誰かに手を指し延ばされても掴めない そうして選んだ選択に胸を張れるわけもなく 目的も何もなく、ただ日々を生きるだけ それを良しとした己の選択に、聞いたら誰もがきっと愚か者と笑うだろう 臆病者と罵るだろう ──その言葉に何も返せない その通りなのだから そうしてまた一人うろつく ただ、欲しい物を求める子供の様に ただ、生きる意味を無くした死人の様に そうしてまたこの場所に来ていた あの日掛けられた声をもう一度聞きたくて── 「ちょいとそこのお兄さん、疲れてるみたいだけども大丈夫かい?」 ──そう、あの時もこんな風に声を掛けられたっけ……って 「久しぶりなのに無視とは酷いなぁ」 「お前……!! なんで!?」 驚きのあまり言葉が続かない 見限られたはずだった もう出会うこともないはずだった そんな彼女が──ここにいる 「なんでって……別に私は示しただけだよ。──そのどっちが幸せに続いてるかなんて言ってないしね」 けらけら笑うその姿に言葉が出ない 結局は詐欺にあったってことか── 「ほんと、最低だな、お前」 切れぎれに声に出す 何せ── 「ありゃ、怒っちゃったかな──って、わわっ!?──どうしたの?」 騙された怒りより おちょくられた悔しさより 「──うるせぇ、しばらくこのままにさせてろ」 また逢えた嬉しさの方が勝ってしまっていたから 「まったく──良い男が情けないねぇ。でも──こんなのも、悪くない、かな」 情けなさなんて百も承知だ 虚勢ばかり張って生きてきた それでも、今確かに感じている想い これがきっと──幸せってやつなのかもしれない 気紛れな、幸せウサギを二度と手放さない様に 握り締めていた手を離さない様に ずっと、そうしていた 「うーん……熱い抱擁もたまにはいいもんだねぇ」 「オバサン臭いぞ、それ」 「こんな愛らしい小うさぎになんて言い草なんだろうこの人は」 「いつ首を撥ねられるか判ったもんじゃないからな」 「そんなうさぎ居るもんなのかねぇ」 「どっかには居るさ、きっと」 「知ってる?──うさぎは寂しいと死んじゃうのよ?」 孤独に耐えられない そんな話はどこかで聞いた覚えがあった それは遠いいつかの記憶で── 「ずっとね、ずっと昔にね。まだ気ままに生きていた時、不注意で悪戯に失敗しちゃったの」 それは遠い昔の御伽噺 神話の時代の御伽噺 「身包みどころか皮まで剥がされちゃってね。それ以来海の生き物は苦手でね」 見たこともない大きな河の話 それはこの世界のどこかにきっとある──あったもので 「その時に、何も出来なかったただの兎だった私に──手を差し伸べてくれた人が居たの」 それを可哀想だと思ったのかは判らない 何も考えず、無意識で差し伸べていたかもしれない 「その暖かさは忘れられない、その人に受けた恩は絶対に返さなきゃいけないって決めたの」 それでも確かに、傷ついていた不幸な兎を助けたのだ 損得など考えずに、その身を掬いあげたのだ 「でも、やっぱり人の身だったからね。──碌に恩も返せないまま、その人は逝ってしまった」 ソイツは幸せになれたのか その人生に意味はあったのか 「だから、それからずっと──私は一人だったし、人に幸せを与えてきた。 あの人に与えられなかった分まで、誰かを幸せにさせてあげようと」 それは俺にはきっと判らない 話の中に感じている、この不思議なデジャブは気のせいだ 俺は俺で──他の誰かではないのだから 「そうして長い時を過ごしてきて、貴方を見つけたの」 巡り巡るものが例えあるのだとしても、それは決して同じものではない 少しずつ変わり続ける ただ、少しだけ同じものを残しながら 「貴方は彼によく似ていた。だからかな──お節介を焼いちゃったのは」 「悪いが、俺は俺だよ。話の中のソイツとは似ても似つかない──悪人だ」 元が例え同じであったとしても過ごしてきた時間で簡単に変質する それが、人なのだから 「あはは、そんなの判ってるよ。だから一度離れた。私がしたいことが何なのか、確かめる為に」 「……そのまま見限らなかったのはなんでだ?」 離れた幸せはそれでも手の届くところに戻ってきてくれた それを離したくはない それでも──まだ不安に思ってしまうのだ 「女の子の口からそれを言わせるかなー……。──貴方を気に入ったからよ。他の誰でもない、貴方自身を」 「なんでだ、俺なんか一山いくらのそこら辺に居る奴だろう」 「言ったでしょう? ──貴方は強い人。逃げずに立ち向かってきた人。 誰が後ろ指を指そうとも──認めてあげるって」 それは彼女がいつか受けた優しさ 誰かに向けた無償の優しさ 自分に向けられたその優しさに、言葉が出ない 「でもね、気を付けてね? ──うさぎは気紛れだから、しっかり捕まえとかないと──またどこかに逃げちゃうかもよ?」 「──させねぇよ。例え逃げたとしても──今度はどこまででも追いかけて捕まえてやる」 幸せをただ待つのではなく、追い求めて手の中に捕まえる 何が幸せなのかを理解したのだ、決して今度は離さない 「でっきるかなぁ? 私は一筋縄ではいかないわよ?」 「大事なものを二度も手放す程人間出来ちゃいねぇんだよ、心配すんな」 いつかのその男に負けない様に いつかの恩を返す為に 『切っ掛け』を忘れない様に ──貴女を幸せにするために── 手の中の温もりを確かめながら 静かにその決意を固めた 指し示られたその道を共に歩むことを決めながら ただ、この先の道にある幸せを願った
https://w.atwiki.jp/gensounokeihu/pages/84.html
加入条件:7章・紫で話す 初期装備:精密高速弾、火炎高速弾、傷薬 固定共鳴:リリカ、妹紅、青娥、ぬえ 固定三位一体:- 無効スキル:呪い 初期能力 クラス Lv HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 移動 武器レベル スキル 地上の黒兎 6 23 7 1 10 10 14 5 4 8 速D 獣、蒐集 CCボーナス クラス Lv HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 移動 武器レベル スキル 幸運の素兎 21 +3 +3 +0 +4 +6 +0 +3 +1 +0 +追E +便乗 基礎成長率(%) ※この数値は暫定的なものです、今後変動する可能性は非常に高いです HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 試行回数 平均 全ピン 無音 ver 46 38 3 47 39 100 29 15 100回 3.17ピン 0回 0回 1.05a 雑感 幸せの象徴のウサギさん。 幸運成長率は巫女さん以上で、何と脅威の100%成長。あっちもほぼ100%みたいなもんだけど。 その為、転生しない限りはだいたいカンストしてしまっている。 技や速さもわりと伸びるので命中・回避の数値は優れているが、耐久の面はどうにも心許ない。 支援効果もあまり得られるキャラではないので、さすがに支援を固めた紫の様には避けられない。 この脆さはおそらく7章登場時の加入前に、最も痛感することだろう。 登場するタイミングの悪さも相まって、育てるのが大変なキャラの一人かもしれない。 スキルは貴重な蒐集を所持している。 7章以降活躍が厳しくなってくる萃香の代わりに蒐集用として活躍させるなら、育てておいて損は無い。 基本的には壁キャラの後ろに隠れ、蒐集を期待したトドメ役と、機動力を活かした運搬役で働いてもらうのが良いだろう。 幸い獣なので、ヒットアンドアウェイ戦法も取りやすい。 戦力として考えるとどうしても地味だが、それ以外の面で部隊を支えてくれる縁の下の力持ちである。 余談 成長吟味し、エースとして育成した場合 Lv40成長例(ver1.22b)転生無ドーピング無 Lv HP 力 魔力 技 速さ 幸運 守備 魔防 実績値 40 52 40 7 40 40 39 36 21 魔防以外の主要な能力値は高水準にまとまる。 高機動を活かして存分に活躍してくれる。 自身が戦闘時のスキルを持たないため☆を鍛えた武器を持たせるとなおよい。 幸運以外にも技速さ等は楽にカンストしてしまうので転生候補としてもあり。 共鳴相手考察 残念なことに、てゐを前衛として活かす為の共鳴相手には恵まれていない。 リリカは他に強力な三位一体相手が存在するし、妹紅はステータス補正が無駄になりやすいからだ。 この為、敢えて固定共鳴を行わずに単体で投入したほうが、フレキシブルに対応できるので便利だったりする。 逆に後衛として運用するのであれば、共鳴相手を十分活躍させられる可能性を秘めている。 プリズムリバー三姉妹をそれぞれ個別に運用したいというこだわりを持っている人なら、リリカの共鳴相手は必然的にてゐになるだろう。 この場合は後ろから便乗して攻撃しつつ、みがわらせで霊撃弾の恐怖から守ってあげよう。痛いけど。 妹紅と組んだ場合は努力家の恩恵に与ることができるので、CC前の戦力に乏しいうちは非常にありがたい。 どちらのケースでも相方の機動力を後衛からサポートできる反面、蒐集ができないというデメリットも存在するのが悩ましいところである。 支援会話 妹紅 (支援レベルB、A、S時) 精度向上のためデータの追加・報告にご協力ください てゐの幸運上昇が100%ではなかったことをver1.12で確認しました -- 名無しさん (2013-06-27 01 43 19) ↑単純にカンストではなくて? -- 名無しさん (2013-06-27 16 17 59) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/876.html
てゐ7 うpろだ0047 大吉 後れ居て 恋ひつつあらずは 追ひ及しかむ 道の隈みに 標結へ我が背 残された側は唯悲観に暮れるのみにあらず。 自らの意思と力を持って行動するが良し。 去り行く軌跡に標が残されていれば、必ずや想いは届く。 ――待人 幸運と共に訪れる。 「さっむ……」 新年明けて3日。普通の会社員ならば明日からの仕事の事を考えて頭を抱えるであろう午後10時頃。 雪が深々と降り積もる中、俺は高台にある神社へとお参りに来ていた。 流石にこの時間ともなると誰も居ない様だ。 三ヶ日は初詣客で賑わう境内も、連休最終日、しかもそろそろ深夜に差し掛かろう時間ともなると参拝客はゼロとなっていた。 無人の神域は降りしきる雪と相まって、普段より厳かな雰囲気を張り巡らせている。 「なんだか緊張するなあ」 少し及び腰になりながら奥へと進む。 今年一年をより良く過ごす為、遅蒔きながら初詣へと出向く事としたはいいが、 先程の溌剌とした気分から一転、周囲の雰囲気に呑まれ怖気づいていた。 早い話が、おばけとか出そうで恐いという事だ。 「さくっとお参りして帰ろう……」 そう思った矢先、社務所らしき所で販売していたおみくじに目が留まる。 縁起物だし、一回引いてみようかしら。 ここの神社のおみくじのシステムは、木製の貯金箱みたいなのに百円を入れて、隣に置いてある箱からおみくじを引くものとなっている。 棒を取って巫女さんに渡す様なやつではない。 野菜の無人販売所と同じ仕組みとでも言えば良いのか……人としてのモラルを試されるシステムと言えるだろう。 「百円入れて……来い、良いやつ!」 身も蓋もない祈りを捧げながらおみくじを引く。中身は…… 「大吉だ!ほんとにあるんだ!」 本当に一番良いやつを引いてしまった。嬉しい反面、こんな所で運を使ってしまって良かったのだろうかという後悔が浮かんでくる。 「どれどれー」 願望……って、大吉の癖に思いっきり否定的な事書いてやがる。 本当に大吉なんだろうなこれ。 ぶつぶつと文句を言いながら歩き、拝殿へ到着した所で、 「……へ?」 薄桃のワンピースを着た少女が倒れているのを発見した。 「ただいまーって誰もいないんだよね」 独り暮らしをして間もない人間なら一度はやった事があるであろう通過儀礼を行いながら、我が家へと帰る。 先程倒れていた少女を放っておけず、家に連れ帰ったまでは良いが、この後どうすれば良いかが解らない。 とりあえず寒いのは間違いないので、髪に付いた雪を可能な限り優しく払いながらベッドへ寝かせる。 「とりあえず毛布と布団掛けて」 日本でも北の方に位置する我が地元は、冬になると零下を下回る気温が基本となる。 -10℃を下回ると、何だか空気が変わるよね? しかし人間はどんな状況にも適応する生き物だ。 そんな極寒の地でも快適に過ごせる強い味方。その名もオール電化様だ。 特にパネルヒーターは一日中付けている事が前提で考えられている暖房器具の為、付けっぱなしにしておけば部屋は一日中暖かい。 朝起きるのも辛くないし、仕事から帰って来た時も暖かく迎えてくれる。 しかも電気代は灯油ストーブを運用するよりも断然安い。オール電化様すごい!最高! ……話が逸れてしまったが、とにかく部屋はいつでも暖かいという事だ。 よって、お布団もぬっくぬくなので、薄着で外に倒れていた少女もすぐに温まれるという事になるわけだ。 口元に耳を近づける。 確かな呼吸音。 病院にすぐに連れて行く必要はなさそうだ。 さしあたっての問題は、 「起きた時どうやって説明しよう……」 こんなご時勢だ。即通報という事も十分にありえる。 冷蔵庫からビールを取り出す。 これが最後の晩餐になるのかなぁとどうしようもない事を考えながら、少女が目を覚ますのを待つ事にした。 日付も変わった夜半過ぎ。 少女は目を覚まさない。 今日はこのまま寝続けるのだろうか。 それならば……どうしても寝ている間に確認しておきたい事があった。 少女の頭から伸びるふわっふわの兎の耳。 神社で拾った時は気が動転していた事もあり気が付かなかったが、部屋に戻って一呼吸吐いた後、その存在は俺の好奇心を大いに刺激していた。 アクセサリーという線も捨てきれないが、本人の意識と同期する様にしな垂れる兎の耳は、本当に生えている様に見える。 ……引っ張って確かめてみようか? 眠っている無防備な少女に手を掛けるのだ。 もし触った瞬間に意識が戻ったら、俺は間違いなくお縄を頂く事になるだろう。 待っているのは固いベットと臭い飯。 こんな所で人生の方向性を決める訳にもいかない。 諦めよう、と思ったが、目の前のふっわふわで、もっこもこのうさみみから視線が外せない。 お父さんお母さんごめんなさい。 俺は今日、罪を犯します。 両親へと心の中で謝罪させた後、自らの欲望に従い少女のうさみみへと手を伸ばした、その瞬間。 「う……ん……」 少女はもぞもぞと目を擦り、半身を起こす。 周囲を半眼になりながら確認している。 どうやら自分が知らない場所にいる事に警戒している様だ。 「……」 「……」 うさ耳をもっふるする為に近づいていた俺と目が合う しばしの沈黙。 沈黙に耐え切れなくなった俺は、とりあえず声を掛けてみる。 「ええと……こんばんわ?」 「……こんばんわ」 ぎこちなさ過ぎる挨拶。 再度二人の間に沈黙が訪れる。 今度は少女の方が口火を切る。 「あの」 「な、なんでしょう?」 あまりの気まずさに声が上擦ってしまう。 「とりあえず離れてくれないかしら」 「ごめんなさい……」 少女とは思えない様な凄みを湛えた顔とドスの効いた声で、詰められる事となった。 ベッドの上に座る彼女と正対して、互いの自己紹介を行った後、地名や年代ついて説明する。 あと、兎の耳が本物かどうかも熱く聞いておいた。 本人からは「本物に決まっているでしょ」と素っ気ない対応。 触って確かめさせてくれ、と喉まで出掛かったが、通報が恐いのでやめておいた。 始めの内は寝起きという事もあり、少し気だるそうにしていたが、お互いの情報を交換する中で意識は完全に覚醒した模様、受け答えもしっかりしていった。 「うーん。知らない土地の名前ね」 「そっか。別の地方の出身なのかな?」 「そうとも言えるんだけど……」 歯切れの悪い答えを返す彼女。 一呼吸置いて、 「恐らく、ここは私が住んでいた世界とは違う場所だわ」 何やら理解できない言葉を発する彼女。 世界?あれか中二病とか呼ばれるあれなのだろうか。 「あなた何か失礼な事を考えているでしょう」 「考えてないよ」 眦を吊り上げて怒る彼女。 結構沸点は低いらしい。あまり刺激しないでおこう。 「とても説明しづらいのだけど……解り易く言うと、この世界とは隔絶されたもう一つの世界があるという事よ」 いまいち理解が追い付かない。 彼女は説明を続ける。 「そこには外の世界……あなたが住んでいるこの世界で忘れ去られたものが流れ着くと言われているわ」 「忘れ去られたものか……最近だと何が流れ着いてきたの?」 「そうねえ……最近喋るきのこが自生する様になったわ」 んふんふ……時間の流れは時に残酷だ。 「話が逸れたわね。とにかく、人が忘れてしまった物や伝承、信仰も、今はそこに集められているというわけ」 「へー。じゃあてゐも人から忘れられてしまったからそこにいたの?」 「まあ……そういう事になるかしらね。一応私も妖怪の類だし」 「妖怪!? 寧ろ最近の流行じゃないか……」 「何を言っているのかしら?」 彼女は最近の空前の妖怪ブームを知らないらしい。 「何でもない。しかし幾らうさみみが生えているからって急に妖怪と言われてもなあ……」 さっきから非日常的な事が起こり続けているが、妖怪と言われてもすぐに納得できるものではない。 「疑っているの? しょうがないわねえ……」 そうやってめんどくさそうに言うと彼女は、 「え……」 ふわり、と身体を宙に浮かせた。 「どうかしら?」 言葉の端々に優越感を滲ませながら問いかける彼女。 俺は、目の前の光景に声が出せずにいた。 「……」 「何か言いなさいよ」 先程の優越から一転、不満そうな彼女。 俺は恐る恐る声を掛ける。 「き……君があの鳥類の名前が付いた宗きょ」 「止めなさい良く解らないけどそれ以上は言わない方が良いわ多分……ひゃっ」 止めに入ろうとした彼女は空中でバランスを崩し、ベッドへと落下する。 「おっと……大丈夫?」 近づいて声を掛ける。 「大丈夫よ。しかしこの程度で落下するなんて、本調子じゃないわね」 外の世界に来て力が弱まっているのかしら、と呟く彼女。 「とりあえず、これで私が妖怪だって理解してくれたかしら?」 「妖怪かどうかはさておいて、普通の人間じゃないって事は理解できたよ……」 あんな光景見せられたら、信じない訳にもいかないしなあ。 「んで、てゐは元の世界には帰れるの?」 突込み所が多すぎて話が進まない為、強引に本線へと戻す。 「うーん、戻れるとは思うけど、少し時間が掛かるかも……」 何やら事情がある模様。こっちに来れたのならすぐに帰れそうなものだが…… 「どうして?」 「あちらとこちらの世界を繋ぐ事ができる妖怪が居るんだけど、そいつが3月位まで冬眠してて……」 なんだそりゃ。熊の妖怪か。 「妖怪って冬眠するの?」 「そんなのあいつ位よ」 ぞんざいに切り捨てる。仲悪いのかなあ。 「まあその妖怪がこっちの世界で私を見つけて、向こうの世界との繋ぎ目に連れて行ってくれないと駄目な訳よ」 はぁ、と溜め息交じりに解説してくれる。 「じゃあこれから3月まではこっちの世界に居ないと駄目なんだ」 「そういうこと」 それまで行く宛はあるのだろうか。 彼女が別の世界から来たのなら、当然こちらの世界に知り合いは居ないはず。 外気温は氷点下を下回っており、野宿するとなれば命に関わるだろう。 危ないと解っていて外へと放り出す、というのはあまりにも酷だ。 ここで会ったのも何かの縁だし、言うだけ言ってみよう。 「もし良ければさ」 「何?」 「迎えが来るまで、俺の家で待ってたら?」 幸いにして独り暮らし、部屋に一人住人が増える位問題はない。 ……傍目から見たら幼女を自宅に連れ込んでいる構図になる為、倫理的に問題はありそうだが。 「え……何あなた変態?」 「どうして純粋な人助けと思ってくれないかな!?」 「どうだか。まあ、居候させてくれるのはとても助かるのだけど……良いの?」 不安げな瞳で俺を見据える。 その姿は見た目相応の、幼い少女の様に見えた。 「勿論。ここで放り出すのも目覚めが悪いし、何より面白そうだ」 できるだけ安心を与えられる様に、笑顔で力強く答える。 「そう……変な人ね。まあ、そう言ってくれるのならば遠慮なく厄介になるわ」 彼女の表情が崩れる。 素直に笑顔を浮かべる彼女は、とても可愛らしく見えた。 「それじゃあ」 居住まいを正す彼女。 ベッドの上で正座する彼女と、床に座る俺。 目線は丁度同じ高さにある。 「これから2ヶ月程、宜しくお願いします」 「宜しくお願いします」 互いに頭を下げあって、俺達の同居生活は始まった。 今後の方針が無事決まった所で、ずっと疑問に思っていた事を口にしてみる。 「そういやあ、どうしてこっちの世界に迷い込んじゃったの?」 「さっき説明した冬眠する妖怪が、正月の宴会の席で酔っ払って面白半分に私を飛ばしたのよ」 冬眠してる最中に無理して起きてくるから……と呟く彼女。 ……そりゃあ、恨みもするわなあ。 ――家庭 安定。心の支えとなる。 翌日、休みという事もあり、近所の大型ショッピングセンターに買い物に来ていた。 主な目的はてゐの衣服を取り揃える為だ。 ここは衣料品から食料品まで全て購入できる。 田舎者としてはとても助かっている。 まずは主目的であるてゐの洋服を買う為、テナントで入っている大型の衣料品店に来ている。 「どうだー着終わったか?」 試着室で着替えているてゐに声を掛ける。 「まだよ。今開けたら殺すから」 「へいへい」 あちらの世界、幻想郷だっけか。幻想郷にはこういった既製品が置かれている服屋は珍しいとの事。 あちらでの服は、家族による自作か、仕立てによるオーダーメイドが一般的な様だ。 てゐ曰く、「服なんてそう何着も持つ物ではないのよ」という事で、一つの服を長く着るのが習慣となっているらしい。 話を聞く限り、幻想郷の生活様式は、現代日本とは異なっている様なので、消費を前提とした構造になっていないという事だろう。 「できたわ。じゃーーん」 勢い良くカーテンを開けて登場するてゐ。 初めての外の世界での買い物に興奮している様だ。あれ、別の世界に飛ばされて大変なんじゃなかったっけ? 「どう○○!? 可愛いでしょ!?」 そんな俺の思考を他所に随分とお楽しみでいらっしゃる。 てゐは白のニット帽、灰色のパーカーに黒地に胸ロゴ付きのスタジャン、紺の総柄スカートに黒ストッキング、足元は黒のショートブーツと中々な格好をしていた。 サイズ感も良く、バランスも整っている。 「これ自分で選んだのか?」 「当たり前でしょう。どう?可愛い?」 試着室の中でくるりと一回転した後、瞳をキラキラさせながら聞いてくる。 生活文化に違いはあれど、女の子は可愛いものに目がないという事は変わりないらしい。 何か昨日とキャラが違う様な…… 「まあうん……かわいいと思うよ」 自称妖怪とは言え、見た目は完全に可愛らしい少女だ。 女子と一緒に服を買いに行くというイベントは、残念ながら今までの人生で経験した事がない。 冷静に考えたら急に恥ずかしくなり、そっぽを向きながら答えてしまう。 「やっぱり!? じゃあ○○これ全部お買い上げ宜しくね」 「まじでか!? お前これ幾らするんだよ」 「解らないわよ。こちらの通貨の見方知らないし」 「ちょっと待ってろ」 てゐが着ている商品の値札に手を伸ばす。 「ひゃっ、何よ変態。大声出すわよ?」 「今値段見てんだから静かにしてろ」 何よもう……と呟く彼女を尻目に、スタジャンの襟に付けられている値札を探り当てる。 「ふぇっ!? ちょっとあんたどこ触って……」 「もう少しだから我慢してろ」 てゐの背中に手を入れて値札を探す。 インナー越しとは言え、てゐの背中を弄っている事になる。 時折声を我慢する様な吐息が聞こえて来るが、気にしては駄目だ。 「ふぁ……いい加減にしな……」 「あった。どれどれ……」 お値段何と2,980円。コーディネート一式と、さらに肌着を合わせても1万円とちょっとで済んでしまった。 さすがは安心価格。Je pense que la ou je l ai achete ?(どこで買ったと思う?) 会計を済まし、次の店へ。 「へへー」 「あんまりはしゃぐと転ぶぞー」 先程買った服を早速身に着けながら、上機嫌にくるくると回っている。 どうやら相当お気に召した様だ。 知らない土地に飛ばされて消沈しているかと思いきや、こちらでの生活を思いの外楽しめている様だ。 時刻は13時を回った頃。そろそろ昼食にしようかな。 「○○ーお腹減ったー」 散々試着して買い物に時間を掛けた本人が文句を仰る。理不尽だ…… 「とりあえず飯だな。何が食いたい?」 「おいしいやつ」 「お前は良い性格してるって言われない?」 「? なんのこと?」 「まあいいや。 ファミレスで良いよな」 「おいしければどこでもいいわ。早くしなさい」 本人曰く、俺よりずっと年上との事だが、その様な威厳は微塵も感じない。 まあ、こんな風に振り回されるのも悪くないと思ってしまうのも、自分の女性経験の浅さによるものなのだが。 とりあえず、この傍若無人を笠に着たお嬢様を満足させるべく、足早にファミレスへ向かう事とした。 「こんちわー」 「おーいらっしゃい。っておいその子どうした? 誘拐?」 「失礼だなおい」 昼食を終えた後、俺達は自宅から歩いて数分の商店街に来ていた。 本当は先程のショッピングセンターの食品売場で買っても良かったのだが、わざわざ近所の商店街に来たのには理由がある。 話は昨日の夜に遡る。 同居生活を行う約束を交わした後、てゐから家事の一切を自分が引き受けるという提案があったのだ。 昼間仕事で家を空けている俺にとってはありがたい申し出だったのだが、一応居候の身であるてゐに全てを任せるのは抵抗があった。 絶対に見られてはいけない物もあるしね! しかしてゐは頑として家事を承る事を譲らなかった。 どうやら、ただ庇護を受けるだけというのは性に合わないとの事。 まあ、こちらとしても頑なに拒否する理由もないので、家電の使い方を一通り教えて家事をして貰う事にしたのだ。 勿論その日の内に見られたらアウトな物は全て隠しておいた。 それで、家事の一環として買い物にも行って貰う事にした為、懇意にさせて頂いている近所の商店街へと案内する流れとなった。 「本当に誘拐してないんだな?」 「何度も言ってるじゃないですか。もうここで惣菜買うのやめようかなー」 「汚い奴め……」 「客に向かってその言い草もどうかと思いますよ……」 会社帰りに寄っては惣菜を買わせて貰っている肉屋のおじさんと軽口を叩き合う。 この人とは社会人になってからの付き合いになるが、いつの間にかこんな関係になっていた。 閉店時間ギリギリに行っては惣菜の値引き交渉を行う俺が悪かったのだろうか。 「あなた達いい加減にしなさい。その子怯えてるでしょうが」 「「すいませんでした」」 肉屋の奥さんが登場、怒られる俺達。 おじさんもこの方には頭が上がらないらしい。 そしててゐは俺のコートの裾を掴み、身を隠している。 一見目の前の喧嘩に怯えている少女然としているが、瞳の濁りを隠せていない。 こいつは自分の周囲からの印象を即座に判断し、その上で自分にとって都合の良え方を演出している様だ。 悪魔の様な奴だな。 「んで、この子はどこの子なんだい?」 おじさんが改まって聞いてくる。 「いやー親戚の子供を預かる事になりまして……」 とりあえず用意しておいた答えを言っておく。 すると、 「因幡てゐです。はじめまして」 声は普段より幼めで、外用の笑顔で挨拶をする。にぱー。 猛烈な違和感。思わず吹き出しそうになるが、 「いつっ……」 「どうしたの? お兄ちゃん」 おじさん達からは見えない角度で俺の足を踏みながら、俺に問い掛けるてゐ。 瞳が雄弁に語っている。笑ったら殺すと。 「な……何でもないよ、てゐ」 身体の小ささからは考えられない程の力で俺の足の甲を踏み潰す。にぱにぱー。 こいつなら本当に殺りかねない…… 抑えきれない違和感を無理矢理飲み込み、苦笑いで答える。 さっさと本題へ移ろう。 「んで、明日っからこの子がちょくちょく買い物に来ると思うから、お二人とも宜しくお願いします」 「宜しくお願いします」 俺に倣い頭を下げるてゐ。 この辺の行儀の良さは、自身から滲み出るものか、はたまた計算の上での所作か。 深く考えるのは止めておこう。 「そっか偉いなーてゐちゃんは。よーし少しおまけしてやろうてゐちゃんに」 外見の可愛らしさと礼儀正しさに、おじさんは速攻でやられてしまった様だ。 てゐの口角が尋常でない程吊上がる。ああ……やっぱりこの子悪魔だ。 その後懇意にさせて頂いている店を幾つか廻り、食材を購入して帰宅する。 「ただいまー」 いつもの癖で言ってしまう。返事が返ってこない事は解っているはずなのだが。 少しの間の後、 「おかえりなさい」 居間から出てきたてゐが返事を返してくれた。 ああ、荷物多いからてゐに鍵を預けて先に部屋に入って貰っていたんだっけ。 「何よ。呆けちゃって」 不思議そうな瞳で俺を見つめてくる。 そうか。てゐは向こうの世界で多くの妖怪と一緒に生活していると言っていた。 この子にとって、「おかえりなさい」という言葉は日常なんだ。 「何でもないよ」 「変なの」 今のやりとりで少し嬉しくなってしまった、という事をさとられたくなかったので、 自分の頬が緩みそうになるのを気合で抑えながら、冷静さを装って答えてやった。 ――健康 良好。食生活を見直すが良し。 「ただいまー」 「おかえりなさい」 仕事を終え帰宅。 うちのアパートは玄関とキッチンが直結している。 てゐは夕食を作ってくれていたらしく、すぐに返事を返してくれた。 てゐが家に居ついて1週間が経つ。 2日目以降、てゐは家事をしっかりとこなしてくれていた。 普段の言動からすると、家事のクオリティに疑問を抱く所だが、俺がやるよりもよっぽど上手くこなしてくれるので文句の付け様がない。 「もうちょっと掛かるから、先にお風呂入っちゃいなさい」 脚立の上に乗りながら、ガスコンロの前で大鍋を振るう。 てゐは身長が低く、そのままでは調理が難しい為、台所に立つ時は脚立を使用している。 その後姿は、幼い子供が母親の手伝いをしている様にしか見えない。 しかし、俺はこの幼女然とした妖怪に完全に胃袋を掴まれているのだ。 本来なら居候の身であるてゐにそこまでさせるのも気が引けるのだが、手料理のうまさもあってつい好意に甘え続けてしまっている。 「ちょっと聞いてんの?」 頬を膨らませながら、玄関で突っ立ってる俺を横目で睨む。 誰かに風呂を急かされる。 そんな状況に、何だか実家を思い出してしまう。 「母ちゃんかお前は」 言うつもりはなかったが、ぼろっと出てしまう。 「なっ……」 てゐの頬が赤く染まる。 どうした、ガスの炎にやられたのか。 そんな事を考えていると、眼前が緑色に染まった。 「ちょっ……」 どうやらバスタオルを投げつけられたらしい。 「あんたの様な図体だけでかい子供を持った覚えはないわ。さっさと入りなさい」 「へーい」 「返事は」 「はーいおかーさん」 言いながら脱衣所の戸を閉める。 「――っ!!」 てゐが何か叫んでる様だったが、よく聞こえなかったという事にしておこう。 「「いただきます」」 てゐとテーブルを向かい合わせて座り、二人とも両手を合わせて、捧げられた命に感謝する。 今日のメニューは中華メインだ。 回肉鍋、大根のサラダに、炒めた豆苗とひき肉を載せた冷奴、卵を溶いた中華スープとご飯。 栄養バランスまで考慮された完璧なメニューと言えよう。 まずはスープから一口。 「うまいっ!」 中華料理をメインにすると味の濃い料理が多くなりがちだ。 しかしこの中華スープは椎茸の出汁を中心に味付けしており、スープの素はそれほど入れていないのだろう。 疲れた身体に染み渡る、優しい味わいのスープだ。 あまりのうまさに行儀悪くがっついてしまう。 「そんなに急いで食べるとこぼすわよ」 「いやーあんまりにもうまくて」 「食べながら喋るの止めなさい。行儀悪いったら……」 「ふぉめん」 注意されてしまったが、やっぱりうますぎて箸が止まらん。 回肉鍋の野菜の歯応えは絶妙だし、サラダもよく水が切ってあってべちゃべちゃしていない。 豆苗にしっかり味付けされた冷奴は、出汁醤油を掛けなくてもがしがし食べられる。 うまい。とてもうまい。 一人暮らしの時、初めの内は自炊を行っていたが、仕事が忙しくなるに連れて遠のいてしまった。 誰かが作る料理なんて、それこそ実家に帰った時位にしかありつけない。 ひたすら無言で食べ続ける。 てゐの方に目を向ける。 「……何よ」 「うまい」 「っ……黙って食べなさいよ……」 呆れた様にため息交じりで注意される。 怒らせたかとも思ったが、うさ耳がぴこぴこ動いていたので機嫌が悪いという訳ではなさそうだった。 うますぎて茶碗がすぐに空っぽになってしまった。 「いやあうますぎるな! 向こうではいつも料理を作ってたの?」 「まあそれなりにはね。当番制だったから、毎日作ってた訳じゃないわ」 「そういや前に沢山の兎と一緒に住んでるって言ってたな」 「そうよ。まあ主に料理を作っていたのは私と鈴仙と年長組の兎達だったかしら」 「鈴仙? 友達か?」 「上司みたいなものよ。頭が固い所があるけど、基本良い子よ」 「上司に対して随分上から言うのな……」 「上司“みたい”なものだしね。それよか、ご飯おかわりいる?」 てゐが茶碗を渡す様手を差し向けてくれる。 「いや、そろそろ酒にしよう。てゐも飲むだろ?」 「そうね」 てゐは頷き、キッチンへと向かっていった。 「「かんぱーい」」 グラスに注いだビールを一気にあおる。 喉を炭酸が駆け抜け、爽快感が全身に広がる。 仕事終わった後のビールは世界で一番うまい飲み物だと思うわ。 「ぅううーうまいー」 てゐもジョッキを一口で半分以上空け、余韻に浸っている。 一緒に食事を取る様になって驚いたのは、てゐの酒への強さだった。 普段向こうの世界では日本酒を常飲しているという彼女。 健康への気遣いから、深酒はしない様にしているとの事だが、宴会の時は1升を優に空けるという。 やはり妖怪だと肝臓の強さも違うのだろうか。羨ましい話だ。 「はあーうまい酒にうまい料理。幸せ過ぎるわー」 てゐが来る前も晩酌は基本毎日していたが、つまみはお惣菜ばかりとなっていた為、食傷気味となっていた。 ここに来て店で出されてもおかしくない程のうまい料理を、自宅でつまみながら酒が飲めるとは思わなかった。 てゐと出会えた幸運にニヤニヤしていると、てゐが居心地悪そうにこっちを見ていた。 「何がおかしいのよ」 どうやら自分の所作が笑われたと勘違いさせてしまったらしい。 「おかしくないよ。ただ、てゐと逢えて良かったなーと思っただけ」 「んっっなっ……」 てゐの顔全体に朱が差す。 「どうした。もう酔ったのか?」 「……別に、何でもないわ」 どうしてそう恥ずかしい台詞を真顔で言えるのかしら、と彼女。 今のやりとりに恥ずかしい所なんてあったかしら。 考えてみたが、良く解らなかった。 ――争事 双方に要因あり。 「はー、今日も寒いねー」 アパートの階段を降りた所で、あまりの寒さについ声が出てしまう。 季節は1月も後半。連日降り続く雪はしっかりと積もり、辺りを白く染め上げている。 今日は週休で、てゐと外へ遊びに行く事にした。 てゐはまだこの世界を歩き慣れていない為、一人出掛けるのは商店街周辺までとしている。 本人も特に異論はない様で、今の所文句を言われた事はないが、折角だから色々な所に連れて行ってあげたい。 この生活には時間制限がある。 あと1ヶ月の間、何とか楽しい思い出を作ってやらないと。 車の暖機運転を止め、駐車場でてゐが降りて来るのを待つ。 寒いから早くして欲しいんだが…… 「○○」 「てゐ、寒いから早くふぶぁっ!」 てゐに声を掛けられ、顔を向け様とした所、顔面に雪球が当たる。 「だはははははは」 外だというのに人目を憚らず大笑いするてゐ。 この悪魔め…… 「はっはははぶふぉっ!」 お返しにギュンギュンに握って硬くした雪球を顔面に投げてやった。 鼻っ柱にクリーンヒットし、後ろへ倒れ込む。 「くぁっははははっ! ざまあないぜへぶしっ」 再び顔面に衝撃。今度はこっちが背中から地面へ倒れ込む。 お返しとばかりに投げられた雪球は、恐ろしい程硬く握られていた。当たった後も崩れねえなんて……殺す気なのだろうか。 くっそ、なんでこんな目に遭わなけりゃならんのだ。 倒れ込んだまま、ふと、一つの悪戯を思い付く。 先に手を出して来たのはあっちだ。日々の嫌がらせへの恨みもあるし、ちょっとやってみよう。 俺は倒れ込んだままピクリとも動かず、てゐの出方を待った。 「ひゃっはははっ……はー、どうよ○○!」 涙を流す程笑ったてゐが近づいて来るが、全く反応はしない。 当たり所が悪く、気を失った体を装い続けた。 「○○? ○○……ねえ、返事してよ」 肩をがたがたと揺さぶるが、俺はされるがままにする。 「ねえ!! あ、ああ、どうしよう……誰か! 誰か居ないの!!」 がはははは、見事に掛かっておる! だが、若干やり過ぎた感があるな……ただでさえ白い肌は血の気が引いて蒼くなり、取り乱し掛けている様に見える。 「ねえ誰か! 居ないの! 助けて……○○が……」 やばい、本気で信じ込んでる。 早いとこネタばらししないと…… 「てゐ?」 「○○が……え?」 「ごめん、気絶したの、嘘」 先程とは別の意味合いの涙を流しているてゐは、信じられないものを見る様な目でこちらを見る。 その瞳が段々と色合いを変える。 最後には、今まで見た事がない程の怒りの色に染められていた。 「○○……」 「なに?」 「死ね」 「ですよねふぼふぁっっ!」 雪だるまの頭に使われる程の大きな雪塊を、腹の上に落とされる。 因果応報という言葉の意味を、身を持って教え込まれる事となった。 先程の一件で、俺達の間にはかつてない程の気まずい空気が流れた。 この後ゲーセンで遊ぶ予定だったのだが、てゐの様子を見ているとそんな気分ではなさそうだ。 一応買い物もあったので、ショッピングセンターに来ている。 しかしあの後互いに一言も交わしていない。 特にどこへ行くかの相談もなく、ぶらぶらと歩いている。 俺の後ろに2歩程の間隔を空けて歩くてゐ。 たった2歩程の距離が、今は果てしなく遠く感じられた。 何でこんな事になったんだ…… 原因はどう考えても俺の悪戯のせいだろう。 悪戯の内容自体は非常に下らないものだったが、てゐが予想以上に反応してしまった所が誤算だった。 よくよく考えれば、てゐは別の世界から来ているのだ。 右も左も解らない場所で、もし自分が世話になっている相手に何かあれば、取り乱しもするだろう。 てゐと生活を始めてもうすぐ一月になる。 あまりにも自然に、楽しく日々を過ごしているが、あいつは非常に微妙な立ち位置にいるのだ。 その事忘れて、配慮が欠けてしまった。 もう二度と繰り返さない様に、この苦しさを心に刻み付ける。 さて……とりあえずはどうやっててゐに謝ろうか。 どうしようか考えながら歩いていると、当初の目的地であったゲーセンに着いてしまった。 やべえ、何も考えずに歩いてた。 こんな空気だとお互い遊ぶって気分じゃないだろう。 入り口に立ちながらどうしたもんかと考えていると、 不意に左の掌が包まれる感触を覚えた。 隣を見るとてゐが俺の左手を両手で包んでいる。 しかし、顔はあさって方向を向いており、俺を見ていない。 「……」 「……」 ああ、やっちまった。 てゐが先に仕掛けたとはいえ、悪いのは俺の方だ。 仲直りの切っ掛けを作るってのは多大な心労が掛かる。 そいつをてゐは引っ被ってくれた。 ここまでしてくれたんだ。 このチャンスを活かさない訳にはいかない。 俺はてゐの手を握りながらしゃがみ込み、視線を合わせる。 「ごめん。今後、ああいった類の冗談は二度としない」 相手の瞳を見つめながら、しっかり言葉にして謝る。 「本気で心配……したんだから」 恥ずかしそうに、合わせた瞳を逸らせながら抗議するてゐ。 「ごめん」 「ふん……まあいいわ」 どうやら、誠意は伝わった様だ。 仲直りできたは良いが、この後どうするか、全く考えていない。 何か言葉を探していると、 「さて、せっかく来たんだから、少し遊んで行きましょう?」 てゐが微妙な雰囲気を払拭する様に、明るく声を掛けてくれた。 「解った。もし俺に勝てたらお前の好きな菓子何でも買ってやる」 「ホント!? じゃあバケツサイズのアイスがいいなあ……」 「冷凍庫に入らないから、それはやめてくれ……」 普段は子供っぽい癖に、こういう所で気を利かせて来るのだから油断できない。 男としては色々リードしてやりたい所なのだが、中々うまくいかないものだ。 少し、悔しかった。 ゲーセンでしこたま遊んだ後、ショッピングセンター内をうろついていた。 ちなみにゲーセンでの勝負は5対4で俺の辛勝となった。 レースゲームやガンシューティングゲーム等の筐体系ゲームは俺が有利だったが、 エアホッケー、フリースロー等の身体を使うゲームに関しては彼女の圧勝だった。 妖怪の面目躍如という所か、身体能力は普通の人間と比較にならない程優れている。理不尽だ。 プレイ中、終始彼女は笑って、はしゃいで、楽しんでくれていた様だ。 そろそろ夕食の食材を買って帰ろうか、と思っていた矢先、視界に携帯ショップの看板が入ってきた。 「てゐ」 俺より2、3歩前を行く彼女に声を掛ける。 「どうしたの」 「お前、携帯持っとくか?」 俺の自宅には固定電話がない。 独り暮らしだし、家も空けている事が多いので必要ない為だ。 よって、てゐは俺との通信手段は持っていない事となる。 何かあった時の事を考えて、必要かと思ったのだが、 「いらないわ」 俺の方を向かず、あっさりと答えるてゐ。 「あって困る事はないと思うけど」 もう少し粘ってみる。 すると彼女は 「だって」 言葉にするのを躊躇うかの様に少し間を空けて、 「あともう少しで、この世界を離れるのだから」 俺が今、一番目を背けたい現実を、目の前に突き付けた。 3月まで後1ヶ月程。 この生活が終われば、俺達二人は二度と会う事はない。 どうして俺はここに来ててゐに携帯を渡したがったのだろうか。 多分、二人の間に、離れた後も繋がる何かが欲しかったのだろう。 定められた別離。 それまでに残された時間はあと僅か。 別れの瞬間、俺は笑って送り出してやれるのだろうか。 ――仕事 難あり。しかし災い転じて福と為す。 窓の外から猛烈な風音が聞こえてくる。 本日未明から明日の明け方に掛けて、俺の住んでいる地方は発達した低気圧に包まれて、猛吹雪の予報となっていた。 時刻は午前5時頃。 幸い風は強いが、まだ雪は乗っていない。 今日は早めに出社して、事務所の雪害に備えないと。 「どうしたの」 キッチンで上司と出社時刻について電話で話していた所に、てゐが眠そうな眼を擦りながら近づいて来た。 どうやら話し声で起こしてしまったらしい。 上司との電話を終え、てゐに状況を説明する。 「今日は猛吹雪になるらしいから、早めに出社する」 「いつ出るの?」 「もうすぐには」 「朝ご飯食べたの?」 「いや」 「ちゃんと食べた方が良いわ。力入らないわよ」 「そうしたいのもやまやまなんだが……」 冷蔵庫を開けてみても、すぐに食べられそうな物はない。 てゐも冷蔵庫の中を覗き込み、幾つか食材を取り出す。 「10分待ってて。その間に準備でもしてなさい」 「大丈夫だよ。てゐは寝てなって」 「良いから。早くしなさい」 眠気がまだ残っている為か、不機嫌そうな瞳でこちらを見る。 有無を言わさないてゐの態度に、渋々ではあるが出社準備を急ぐ事にした。 「いただきます」 「どうぞー」 てゐが作ってくれたのは解凍したご飯で握ってくれたお握りとソテーしたベーコン、レタスの葉を千切ったサラダだ。 お握りの具は鮭フレークと昆布。冷凍されていたご飯でも絶妙な握り加減によってご飯はほろほろと解け、良質な食感を出している。 「うまい」 「……」 「うまいよーてゐー」 「解ったから早く食べなさい」 キッチンで何か作業をしているてゐに向かって、ご飯のおいしさを伝えたら怒られてしまった。 やっぱり機嫌悪いのか。 朝早く起こしてしまった挙句飯も用意させてしまって……申し訳ない限りだ。 時間もないのでちゃっちゃと済ます。 味わわずに食べるのは勿体ない程のうまさ。 今度時間ある時に改めて同じ物を作って貰う事としよう。 「ごちそうさまでした」 食べ終えた食器をキッチンへと下げる。 「はい。お弁当」 キッチンには大きな包みを持ったてゐが立っていた。 「作ってくれたの?」 「本格的に吹雪いたらご飯食べに行けないでしょ」 確かに……店によっては早く閉める所も出てくるかも知れない。 「サンドイッチよ。沢山作ったから、会社の人と一緒に食べなさい」 そこまで気を配ってくれるなんて…… 「てゐ、お前いい嫁さんになるよ」 「んなっ……頭の悪い事言ってないでさっさと出なさい」 てゐは持っていた包みを俺に押し付ける。 まだ食器持ってるから!落としちゃうから! 食器をシンクへと置き、包みを受け取って玄関へ。 ゴム長を履き、履き口をしっかり絞って外へ出ようとした所、 「○○」 「どうした」 振り向き様、てゐの両手が俺の右手を包んだ。 「どうかしたか?」 「……」 てゐは何も言わずに俺の両手を握り、瞳を閉じている。 その状態が数秒間続いた後、俺の手は離された。 「おまじないよ」 「おまじない?」 「そ。あんたが無事に帰って来れます様にってね」 「そっか。ありがとな」 反射的に右手で頭を撫ぜてしまう 「ふぁっ」 嫌がってすぐに振り払われるかと思ったが、大人しく受けてくれる様だった。 わしわしと乱暴に撫ぜた後は、慈しむ様にゆっくりと。 「……」 てゐは俯いてされるがままになっていた。 髪に隠れて表情は見えないが、なんとなく、嫌がってはいない事は解った。 なんか……可愛いな、こいつ。 「おっと、そろそろ時間だから行って来るわ」 時間もないので手を離す。 その瞬間、てゐが俺の事を上目使いで見上げたのは、名残惜しさから来るものだったのだろうか。 そうだったら嬉しいと思う。 「うん。行ってらっしゃい」 てゐの見送りを受けながら、俺は暴風が唸る外へと足を踏み出した。 「まったく……酷い目にあった」 時刻は午後11時。現在は雪、風共に落ち着いている。 早朝は暴風のみであったが程なくして雪が加わり、視界を遮る暴風雪となった。 会社に着いた俺は、外に出ている備品を片付け等の暴風雪対策を行った。 日中に掛けて風、雪共に強まり、一時外に出られない状態になっていた。 てゐに弁当を包んで貰ってなかったら、出社した社員一同飯抜きという事態になっていただろう。 会社の人達にも、一応従姉妹設定で説明しておいた。 今度連れて来いとの事だが、間違いなく嫌な予感しかしないので、曖昧に頷いておいた。 こんな天気だとひたすら敷地内の雪かきに忙殺される。 交代で行い続ける事で、なんとか雪で埋まるという事は避けられたが、問題は帰りの道にあった。 目の前で事故が発生した。 片側3車線の道路を走行中、街路樹が暴風に煽られて倒れてきたのだ。 幸い右端を走行していた為、巻き込まれる事はなかったが、もし別の車線を走っていたら無事ではすまなかっただろう。 ほかの車両が衝突している様子もない。 これもてゐのおまじないのお陰なのか。 ただ、事故の影響もあって道路は封鎖、周辺一帯は大渋滞となった。 いつまで経っても動かない車の列に巻き込まれ、帰りはいつもより数時間も遅れる事になってしまった。 外からアパートの外観を眺める。 自分達の部屋に灯りは点いていなかった。 もう寝てしまったのだろうか。 駐車場に車を止めて、急いで階段を登る。 部屋へと続く廊下にもしたたか雪が進入していたが、自宅の前はそれ程積もっていなかった。 あいつ、雪かきしてくれていたのか。 同居人の気遣いを嬉しく思いながら、玄関の扉の鍵を開け、そっと中へと入る。 部屋の中はしんと静まり返っている。 居間の方も灯りは点いていない。 暗くて良く見えないが、キッチンと今を仕切る引き戸は開いている様だ。 「ただいまー。てゐ? 居るのか?」 てゐの姿が見えない。 居間に居るのだろうか。 部屋へと上がる為、靴を脱ごうとした瞬間、 腹に衝撃を受けて、後ろへ倒れ込んだ。 金属製のドアが背中に強か当たる。いてぇ…… 衝撃の原因を確認しようと腹の辺りに手をやると、 てゐが俺の腹にしがみ付いていた。 「……」 「てゐ! どうした返事しないから心配したぞ」 黙りこくるてゐに、努めて明るく声を掛ける。 「……」 しかし反応は芳しくない。 どうした。まさか体調崩した? それとも雪かきの時に怪我でもしたか。 「てゐ? どうした。体調悪いのか」 「……」 何も答えない。 二人とも声を出さず、ただてゐが俺の腹にしがみ付いている状態が続く。 やがて、 「……っ」 「てゐ?」 「……くぁ……っく」 「泣いてるのか?」 腹に顔を押し付けながら、首をぶんぶんと振る。 否定しているつもりなのだろうか。 「ばか……」 「何だ?」 腹に顔を埋めている為、何を言っているのか聞き取りづらい。 「ばか……帰ってくるのが遅い……電気は止まるし、何なのよ……」 「痛って」 ぼすぼす、と腹に頭突きをする。 「心配したんだから……」 「……」 ぽつりぽつり、と言葉を紡ぐ。 「連絡もできないし、いつまで経っても帰ってこないし」 「……」 「もう、帰ってこないんじゃないかって思うと、どうにかなっちゃいそうで……」 身体を少し離し、涙を浮かべた両目で俺を見上げてくる。 それでも、両腕は離すまいと俺の腰に回されている。 ああ、だめだ、こいつ、かわいすぎる。 俺は腰を屈め、てゐを胸の中に掻き抱いた。 「くぁっ」 てゐの背中に両腕を回し、きつく抱きしめる。 「いたいよ、○○……」 身を捩りながら抗議してくる。 だが、抵抗は弱々しく本気で抜け出そうとしていないのは明らかだ。 「てゐ。ごめん。心配掛けて」 まずは心配を掛けた事を謝らなければならない。 「……」 胸の中で頷く様に首を動かそうとするが、きつく抱きしめている為か思う様に動かせていない。 「お前のおまじないのお陰で無事に帰って来れたよ。ありがとうな」 「……ぅ」 「あと、俺はお前を絶対に見捨てたりしない。大丈夫だ」 てゐの後頭部に右手をやり、ゆっくりと、安心させる様に撫ぜ回す。 「ぅあ、ぁああぁああーーーーーっ!!」 てゐは俺の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。 「落ち着いたか?」 「……くっ……すん」 泣き声は少し前に収まった。 しかしまだ両腕は俺の背中に回されており、離す気配はない。 「意外と甘えん坊さんなんだな」 「うるさい」 いつもなら鉄拳の一つでも飛んで来そうな事を言っても、今日は許してくれるみたいだ。 そんな普段と違う様子に、心配を掛けてしまったのだと改めて感じてしまう。 俺は両手をてゐの頭に持って行き、胸から離す。 改めててゐの顔を見る。 暗闇に目がなれてきた事もあり、赤い瞳が泣き腫らした事で更に赤くなっている事に気が付く。 「ごめんな」 「もういい……」 互いに瞳を覗き込みながら言葉を交わす。 それにしても……近い。 鼻と鼻が触れそうな程の近さ。 瞬きする度にばさばさと揺れる長い睫毛、真紅に染まった瞳、真っ直ぐに伸びた鼻梁、水饅頭の様に柔らかそうな唇。 その全てが、今触れられる距離にある。 てゐの方も気が付いた様だ。 離れるか、と思いきや、瞳を閉じて徐々に近づいてくる。 これは……そういう雰囲気という奴なのか。 女性の心の機微に乏しい俺ですら、理解できる程、簡単な答え。 自身の心に後戻りのできない何かが生じるのを感じながら、てゐの唇へと近づいていく。 二人の影が重なる瞬間、 「「あ」」 とても素敵なタイミングで、電気が復旧した。 どうすんだこの空気…… 後にも先にも進めないでいる俺に、羞恥心が臨界を超えたてゐによる全力のヘッドバッドが鼻柱に決まった所でお開きとなった。 「てゐ?」 「……」 「てゐー?」 「……」 「てゐさーん?」 「黙って食べろ」 「はいすいませんでした」 風呂に入って暖まった後、遅い夕食を頂く。 てゐは俺の帰りをわざわざ待ってくれていた様で、一緒に夕食を取っている。 あの後何度か声を掛けてみたものの、全然反応してくれない。 恥ずかしがっているのかしら。可愛い奴め。 「何か変な事考えてるでしょ?」 「考えてないっす……」 「あんた顔に出てるのよ。ニヤニヤしちゃって……」 わっかり易いんだから、とため息と共に呟く。 そんなに顔に出てるのか。 言われっぱなしも腹が立つので、ちょっと表情をなくしてみよう。 「くふっ、何その顔?」 無表情を笑われるなんて……普段俺は一体どんな表情をしているんだ…… 今度一日中鏡の前に立って観察してみるとしよう。 「てゐ?」 「……何よ」 お姫様のご機嫌も、時間と共に平行へと傾いて来ている様で、今度はすんなり返事を返してくれた。 「改めてなんだけど、一人にしてごめん。そんで、飯も待っててくれてありがとう」 今の素直な気持ちを伝える。 俺の言葉を受けて、少し恥ずかしそうに耳を揺すらせた後、 「携帯……」 「何?」 「だから、携帯電話」 「携帯がどうかしたの?」 「今日みたいに帰りが遅くなりそうだったら、ご飯作るタイミングとかわかんないし……」 顔を俯かせ、瞳を逸らせながら、回りくどい表現で携帯電話を買ってくれとねだってくる。 素直じゃないなあ。 「まった変な事考えてるでしょ!」 「考えてないよー」 「ムカつくわ! 何かその言い方とってもムカつくわ!!」 「なんだそりゃ……まあ、明日休みだから買いに行くか?」 「……うん」 今度は素直に頷く。笑顔で。 その姿を見て、俺は自身の心に生じた想いが揺ぎないものである事を確信してしまった。 今日は色々あり過ぎて疲れた。 酒も飲まずに早々に床に着く事にする。 てゐも異論はない様で、寝る為の準備をしている。 居間に置いてあるテーブルを動かし、布団を敷く。 横向きに寝転がり、毛布と掛け布団を首元まで引き上げると、脳が痺れる程の眠さが襲ってきた。 明日は携帯を買いに行かないとなあ。 色々な思考が浮かんで来てはしぼむ様に消えていく。 意識が朦朧としてきた。 部屋の明かりが消される。 少し寒いな。 ほぼ一日中雪かきで外に出ていた為か、今更になって全身に悪寒が生じてきた。 もう一枚布団を出そうか迷っていた所で、背中に暖かいものが張り付いてくる。 ああ、これなら良く眠れそうだ。 「おやすみなさい」 少し離れたベッドで寝ているはずのてゐの声が耳許から聞こえてきた所で、俺の意識は完全に途絶えた。 ――交渉 遠からず来る。 キンコーン 『今日何時に帰ってくる?』 『19時には家着く』 『わかった。あと、ドレッシングが切れそうだから帰りに買ってきて。胡麻ね。コンビニで買ったら殺すから( ・ω・)@』 『はいはいわかったよー』 『はいは1回!』 『はーい』 キンコーン 『○○」 『どうした? 何かあったか?』 『なんでもなーい』 『なんだよ! 仕事中は勘弁してくれ……』 キンコーン 『○○お醤油取って』 「……流石に食事中は行儀悪いぞ」 「ごめんなさい」 携帯電話を買って数日、てゐはずっとこの調子である。 幻想郷においては、未だ電子機器の分野は発達しておらず、手軽な連絡手段は存在しないという。 珍しさもあってか、おもちゃを買い与えられた子供の様に四六時中弄っている。 「そんなに珍しいか」 「珍しいわよ。これがあれば薬の配達も効率良くできるのになー」 「ふうん」 「あんただって携帯買って貰った直後はこんな感じだったんじゃない?」 てゐは携帯電話を折り畳み、食事を再開する。 「まあ確かに…」 高校生になってすぐの頃に買い与えられたが、こんな感じだったのだろうか。 まあ、それも一時的なものだ。 すぐに当たり前になって、必要最低限の事しかしなくなるだろう。 「そういう事よ。あんただって」 言いながらてゐは、自身の体を少し浮かす。 「今空を飛べる様になったら一日中飛んでるでしょう?」 したり顔で言ってきた。少しムカつく。 確かに空を飛べるとしたら一日中飛んでいたい。一日所か、一週間は無駄に飛び続けられる自信がある。 「私達にとって空を飛ぶ事は日常だからね。必要な時以外飛んだりしないわ」 「なるほどねえ」 「絶対わかってないでしょ。というより、空を飛べたら良いなーって事に心奪われている感じかしら」 「なぜわかった」 「顔に書いてあるわよ」 相変わらず顔に出易いらしい。 矯正しようと頑張ってはみたが、もう諦めた方が良さそうだ。 俺が悪いというより、てゐが人の考えを見抜くのに長けているだけなんじゃないかと最近思う。 「まあ、あんたも幻想郷に来てしばらくしたら飛べる様になるかもねー」 「ふうん」 俺も幻想郷に行けば空を飛べる可能性があるらしい。 人間が空を飛ぶ為には、幻想郷へと出向き力を付けるか、頭に取り付ける竹とんぼが開発されるのを待つか、どちらが現実的なのだろうか。 両方とも荒唐無稽な話ではあるが、目の前に空を飛んでいる存在がいる分、前者の方が現実的に思えてくるのが恐ろしい。 今だったら机の引き出しが異空間に繋がっていても驚かない自信があるわ…… 「それよか、その携帯プリペイド式だから無駄使いするなよ? 肝心な時に使えなくなっても知らんからな」 キンコーン 『はーい』 返事は携帯に返ってくる。てゐの方に顔を向けると、嬉しそうな笑み。 そんな顔されたら強く言えんだろうが…… しばらく携帯ブームは続きそうな気配だった。 「そういえば」 鞄の中から包みを取り出す。 「お隣さんが引っ越してきたんだって。家に入る前に廊下で会ったんだ。これご挨拶にって」 てゐに包みを渡す。 ふーんと呟きながら包みを剥がす。 中身はよくある感じの菓子折りの様だ。 箱から紙を取り出し、内容を見た瞬間、 てゐの眉がほんの一瞬だけ、しかめられた様に見えた。 「隣に越してきた人って、どんな格好してた?」 「あの服を何て表現したものやら……とりあえず、綺麗な金髪の人だったよ。外人さんかなあ」 てゐは無表情で紙の内容を注視している。 「どうかしたのか?」 「なんでもないわ。頂きましょう?」 紙を閉じ、箱の中に戻す。 お菓子を頂いているうちに、その紙はいつの間にか姿を消していた。 ――願望 叶わず。 最近てゐの様子がおかしい。 数日前までひっきりなしに送られて来ていたメールも、今や必要最低限となっている。 本人に聞いてみた所、「飽きた」の3文字で返された。 まあ元々喜怒哀楽が激しく、飽きっぽい印象もあった為、そんなもんかと思っていたが、携帯ブームの突然の終了以外にも気になる点が幾つか出てきた。 話しかけても上の空の事が多かったり、何かを考え込む表情を見せる様になったり、酒量が減ったり。 一つ一つは大した事ではないが、こうまで重なると何かあったのではないかと勘ぐってしまう。 体調が悪いのか、それとも…… それとなく聞いても、何でもないとはぐらかされてしまう。 取り越し苦労で済んでくれるのであれば、こちらも安心できるのだが。 仕事の帰り、頼まれていたものを買いにコンビニに行く。 2リットルペットボトルの烏龍茶が切れてしまった為、帰りに買ってきて欲しいと頼まれたのだ。 普段ならコンビニでものを買うと良い顔をされないのだが、今日に限ってはお許しを得られている。 ご飯がもうすぐできるので、どこでも良いから早く買って帰って来いとの事。 同居をし始めてもうすぐ2ヶ月。最早財布の紐も握られている状態である。 早々に買い物をして帰ろう。 今日のご飯は何かなあ。 烏龍茶を2本購入し、店を出ようとした所で、生洋菓子を陳列している棚が目に入る。 そういえばあいつ、洋菓子好きだったな。 以前、懇意にさせて頂いている肉屋さんの奥様にケーキを頂いた事があった。 幻想郷において洋菓子は珍しい様で、滅多に食べられないという。 あの時のてゐの興奮っぷりは、一緒に生活して初めて見るものだった。 たとえ永い時を生きていようと、いつまで経っても女の子は甘いものが好きな様だ。 買っていったら元気になってくれるだろうか。 これで元気を出してくれれば良いし、もし俺の思い違いだったとしても喜んではくれるだろう。 いつも世話になってるから、少しは労わないとな。 生憎ケーキはなかったので、シュークリームを2つレジへ持って行く。 好物をあげて元気を出そうとする手段はいささか短絡的かとも思ったが、てゐの喜ぶ姿を想像する内にどうでもよくなっていた。 「ただいまー」 「おかえりなさーい」 玄関の扉を開けると、室内の暖かい空気とてゐの声が迎えてくれる。 「ほら、おみやげ」 「? どうしたの急に」 夕飯の調理をしながら、首だけ俺の方を向けてくる。 身長がえらく低いので、料理をする時は相変わらず脚立の上だ。 「まーなんとなくな」 「ふーん。で、何買ってきたの?」 「ほれ」 靴を脱ぎ、調理中のてゐに近づき袋を渡す。 「どれどれ、あ、シュークリームじゃん」 顔がわっかり易い程の喜色に彩られる。 火を止めて脚立から降り、袋からパッケージを取り出す。 「ねえ、今食べて良い?」 「いや駄目だろ普通に……飯食えなくなるぞ」 「子共じゃないんだから食べられるわよ……」 まあ喜んでくれたみたいで何よりだ。 今日は表情も明るく、こころなしか血色も良い気がする。 やっぱり、思い過ごしだったんだ。 自分の心に引っかかる何かを握り潰し、その考えが正しいものである事を願った。 「いただきます」 「いただきます」 今日の献立はオムライス、シーザーサラダ、ポトフの3品だ。 ポトフには乱切りされた人参が大量に入り、てゐの好みの仕様となっている。 ちなみにオムライスは俺の好物だ。 その事を話した時はおこちゃま舌と馬鹿にされたものだ。 好きなものを言っただけで罵倒されるなんて……理不尽な世の中だよな。 それでも何度となくリクエストして作って貰っている内に、いつのまにかてゐの得意料理の1つとなっていた。 「お、オムライスだ! あれ、作ってってお願いしてたっけ?」 「してないわ。何となく作りたい気分だったの」 「ふーん」 まあ食卓に好物が並ぶのは嬉しいし、良いか。 早速一口目を頂こうとした所で、 「そういえば」 「私、今日の0時に幻想郷へ帰る事になったから」 まるで子供が親に今日あった出来事を話すぐらいの軽さで、俺が一番恐れていた事態を告げた。 可能性は十分にあった。 ただ、直視するのが恐くて目を背けていただけ。 最悪の想定は現実となった。 元より3月には帰ると言っていたし、俺にも伝えられている。 この数日の間に、元の世界に帰る算段が付いたのだろうか。 そう考えれば、態度が変化した事も説明できる。 であるならば、てゐはなぜそんな大事な事を簡単に告げた上に、普通に飯を食っているのか。 「どうしたの○○。食べないの?」 食欲なんて一瞬で失せた。 飯なんか食ってる場合じゃないだろ。 お前、後数時間でここを離れるんだぞ? 何で教えてくれなかったんだ? お前にとって俺は、別れを惜しむ必要がない程の存在だったのか? 数日間様子が変だったのは、この世界は居心地が良くて離れ難かったからじゃないのか? てゐと過ごした日々が脳裏に過ぎる。 お前……俺の事、憎からず思っていたんじゃないのか? 俺は…… 様々な考えが浮かんでは消えていく。 「お前……どうして」 ひり付いて上手く動かない喉を強引に引き剥がし、言葉を紡ぐ。 「どうしてって、初めに3月頃向こうに帰るって言ったでしょ?」 そんな事は解っている。 そうじゃなくて…… 「そんな大事な事を、どうして当日に言うんだよ?」 てゐはオムライスをうまそうに食べながら、 「大事って……別に私が向こうの世界に帰るだけでしょ? あなたは元の生活に戻るだけで、殆ど影響ないじゃない」 「なっ……」 こいつは何を言っているんだ。 2ヶ月間生活を共にした同居人が突然居なくなるんだぞ? 恐ろしく冷酷な発言をした事に気が付いていないのか、本人は平然と飯を食い続けている。 こいつにとって、俺という存在は特別なものではないのかもしれない。 でも……それでも俺にとって、こいつはもう代えの利かない存在であり、こいつとの生活がこれからも続く事を望んでいる。 できるのであれば、死ぬまでずっと。 それがたとえ、こいつが長い年月大切にしてきた人達と離れ離れになる事になっても。 吐き気がする程の自己中心的思考。 それでも、今ここで言わなければ、俺は一生後悔する。 「てゐ」 「何?」 オムライスを食べ終えたてゐは、ポトフに入っている人参に齧り付いている。 人が一大決心をしている時にうまそうに飯食いやがって…… 憤り、恐怖、後ろめたさ、希望、様々な感情がない交ぜになる中で、俺は、 「お前の事が好きだ。俺と、この世界で一緒に暮らしてほしい」 自分の思いの丈を、言葉にしてぶつけた。 その言葉に対し、 「……は?」 てゐの反応は、酷く冷やかなものだった。 「何言ってるの、あんた」 てゐは俺の言葉を聞いても食べる手を止めなかった。 その様子は、世間話をしている時と大差ない。 「私は幻想郷に帰らなきゃいけないの。初めに説明したわよね」 表情は乏しく、視線は皿に向けられ、俺の姿が視界に入っているかどうかも怪しい。 「あんたが私を好ましく思うのは勝手だけど、この世界に留めようとするのは勘弁して欲しいわね」 私もそんなに暇じゃないのよ、とため息交じりに呟く。 「そもそも、人間と妖怪じゃ生きる年月が違う。あんたも長く生きた所で、あと80年位でしょ」 「自分が本来存在しない世界であんたが死んだ後、私はどうやって生きて行けばいいのかしら?」 「私が抱えてる事情も汲まずに、自分の都合だけ要求してくるなんて、あんたって随分自己中心的で無責任な人なのね」 矢継ぎ早に繰り出される否定の言葉の応酬に、俺は何も言う事ができない。 てゐの言う事は、全て正論だ。 だが、それでも俺は諦められない。 「じゃあ、俺も幻想郷に行く」 てゐがこちらの世界で生きられないのであれば、俺が向こうの世界で生きる。 僅かな希望を持っててゐに視線を向ける。 てゐは持っていたスプーンを置いて、深くため息をついた。 お互い、言葉を発さない。 てゐは顔を俯けており、前髪に隠れて表情は見えない。 耳が痛くなる程の静寂。 時間の感覚はとうになくなっている。 無限に続くかとも思われた沈黙は、てゐが顔を上げた事によって破られた。 前髪の隙間から見えたその瞳には、一切の感情が浮かんでいない。 「話にならないわね」 てゐはテーブルに置いてあった携帯電話を持ち、ラックに掛けてあったスタジャンを羽織る。 てゐが来てすぐに買い与えた黒のスタジャン。 他にも何着かアウターを買い与えたが、特にこれがお気に入りの様で、出掛ける時は何時も羽織っていた。 未だテーブルから動く事のできない俺の横をすり抜けて、キッチンに続く引き戸を開ける。 このまますぐに出る気なのか。 そう思った途端、体が動いていた。 立ち上がり、てゐの左手を掴む。 そういえば、俺から手を繋ぐのはこれが初めてだな。 そんな事に思考を囚われた矢先に、視界が大きく揺らぎ、背中に衝撃が走る。 てゐが勢い良く左手を振り解き、バランスを崩した俺は、背中からベッドに衝突していた。 てゐはそのまま無言で玄関へと向かい扉を開ける。 俺は、その姿を呆然と見つめ続ける事しかできなかった。 静まり返る部屋。 いつもこれくらいの時間には、2人で酒を飲みながら下らない話をしたり、テレビを見たり、ゲームしたりしてたな。 そんな状況は、今後二度と訪れない。 てゐが居なくなってしまったから。 どこで失敗した。 というより、初めからこうなる事は解っていたのだから、失敗も何もない。 唯一つ反省する所があるのならば、俺自身の感情だろう。 深入りし過ぎた。 離れ離れになると解っていたのだから、もう少し距離を取って接すれば良かったんだ。 「あーあ」 残ったのはてゐの為に買い与えた服と、せがまれて買った調理器具、調味料。 あと、俺の携帯に入っている写真。 携帯を操作して写真を開こうとしたが、どうしても最後の操作ができない。 恐らく、見た瞬間子供の様に泣いてしまうだろうから。 今日は色々あって疲れた。 そんな事を考えた瞬間に、自分の腹が盛大に鳴り響く。 どんなに悲しい事があっても、人間は空腹に耐えられないらしい。 折角作って貰ったんだから、飯食わないと。 痛む背中をさすりながら、もそもそとテーブルの前に移動、冷めたオムライスを一口頬張る。 ……まず。 何だこれ!? ケチャップの味で少し塩気があるが、それ以上に甘すぎる。 材料を炒める時に、塩の代わりに砂糖をぶちまけた様な甘さだ。 最後の最後まで嫌がらせとは……恐れ入る。 しかしあいつはオムライスをうまそうに完食していた。 自分のだけ普通に作ったのだろうか。 悪戯一つに手間を掛けたものだ。 俺への嫌がらせの為に、わざわざ2回に分けてオムライスを作るてゐの姿を想像して、少し可笑しくなって笑ってしまった。 勿体ないから、オムライス含め全ての料理をその日の内に頂いた。 「これからどうしよう」 追い駆けるにしても、てゐが出て行って結構な時間が経っている。 0時に向こうへ帰るという事だから、移動は尋常な手段ではないだろう。 そもそも、追い駆ける気力があるのならば、部屋を出て行った瞬間に体が動いていたはずだ。 結局、俺の想いなんてそんなもんだったんだろうか。 吹雪の夜に、あいつの弱い部分を見て、一方的な保護欲に駆られただけ。 可愛いあいつに頼られる俺はすごい。俺を頼りにするあいつは、俺の事が好きに違いない。 俺の心の底にあった、そんな浅はかな想いに、恐らく気付いていたのだろう。 だからあいつは、俺の歪んだ想いを打ち砕き、関係を断ち切る為、帰る直前になって期日を告げ、俺の前から去っていった。 そう考えれば、全て説明が付く 全て、俺自身が招いた事態だ。 何の言い訳もできない。 あいつの言っていた通りだ。 自己中心的で無責任。 あいつの感情とか、抱えている事情とか、何も慮らず、自分の都合のみを押し付けたから、俺達の関係は崩壊した。 初めの内は笑って送り出してやる予定だったんだけどな…… 頭の中が自己嫌悪で埋め尽くされ、座っているのも辛くなり、その場で横になる。 もう寝てしまおうか。 そう思った矢先、目の前の小物収納箱に入っているおみくじが目に入った。 初詣から帰って来て、その後どっかに置いたまま失くしてしまっていたはずだったが、数日前てゐが掃除した時に見つけてくれたんだっけか。 そういえば、こいつを引いた直後に、あいつと出会ったんだよな。 這いずる様にして箱に近づき、おみくじを手に取る。 大吉と書かれたそのおみくじには、項目別に運勢が書かれていた。 「願望、叶わず。か」 まさに今の俺にあつらえた様な状況だ。 もしかしたら、あの瞬間に俺の未来は決まっていたのかもしれない。 こいつを見ていると色々思い出してしまいそうだ。 てゐには縁起物だから大切にしろと言われたが、さっさと捨てる事で気持ちを切り替える切っ掛けとしよう。 おみくじを両手で持ち、一思いに破ろうとした所で、 「――本当にいいのかしら?」 ここに居るはずのない、女性の声が聞こえた。 慌てて立ち上がると、そこには、 「お隣……さん?」 「こんばんわ。ご機嫌いかがかしら?」 数日前に引っ越してきたというお隣さんが、何もない空間から半身だけを覗かせて、笑顔で手を振っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 紫の導きによって、2ヶ月振りに幻想郷への帰還を果たす。 元はと言えば全てこいつが原因である。 事が落ち着いたら、慰謝料でも何でもふんだくってやらないと…… 霊夢に深夜に押しかけたお詫びをした後、すぐに永遠亭に向けて飛び立つ。 こちらに戻る少し前に、大量の力を使う機会があった為、若干飛行が不安定になっていた。 それでも今出せる最大の速度で進み、迷いの竹林を抜けて、永遠亭へと降り立つ。 雪が舞い散るしんとした空気の中、2ヶ月振りとなる我が家の敷居を跨ぐ。 玄関には誰も居ない。 そりゃあ深夜に差し掛かる時間ともなれば、皆寝ていてもおかしくない。 起こさない様、そっと靴を脱いだ所で、廊下の方から声を掛けられる。 「どなたですか?」 鈴仙の声だ。 名の通りの鈴を転がした様な声を聞いて、幻想郷へ帰ってきたという事が改めて実感できた。 「……てゐ!?」 「鈴仙、ひさしぶぐふぁ」 私の姿を見るや否や、猛然と突っ込んできて抱きしめられた。 あまりに強い締め付けに、息が苦しくなってくる。 後頭部に暖かい感触。 鈴仙、泣いてくれてるんだ。 「ひっぐ……心配……したんだからぁ」 「いやー出て行く事になったの私のせいじゃないし……」 「わかってるわよぉ……でも……無事で良かった……」 ますます締め付けが強くなる。 だけど、どんなに苦しくなっても、この腕を振り解こう、という気は起きなかった。 鈴仙の背中に手を回す。 ああ、私の事を、こんなにも心配してくれる人がいるんだ。 「ただいま、鈴仙」 「おかえり、てゐ」 子供の様に大声で泣きじゃくる鈴仙の声に、永遠亭の住人達が集まって来た。 皆一様にほっとした顔で出迎えてくれる。 帰って来て良かった。 今は、心の底からそう思えた。 翌日、永遠亭首脳陣に改めて帰還の報告をする。 姫様は私が不在になったせいで仕事が滞っている事を、鷹揚に許してくれた。 お師匠様は私の体調を気遣い、少しの間休む様にと薦めてくれた。 しかし、今の永遠亭の状況は芳しくない。 永遠亭は永夜異変の後、竹林の外との接触を解禁した。 お師匠様が作る薬を試しに販売した所、高い効能が評判を呼び、たちどころに需要が発生したのだ。 現在私を筆頭とした地上兎が、薬を持って各地の顧客を尋ねて販売する形式で商売を行っている。 基本的に地上兎は私の指示を受けて行動をする。 よって、私が不在となると仕事に大きな支障が出るという事だ。 ありがたい事に鈴仙が私の不在の穴を埋めようと奔走してくれたが、製薬の仕事も同時に行っていた為、どうしても全てを監督する事ができなかった様だ。 頭目を失った不安感から、年少組の中には体調不良を訴える者も出てきているという。 疲れが全くないと言えば嘘になるが、この状況ではおちおち休んでもいられないだろう。 まずは、私が不在になった事で発生した諸々の問題に対処しなければ。 配達遅延地域への早期配達、苦情への対応、新規顧客の開拓再開。 やるべき事は山の様にある。 「2ヶ月サボった分、気合入れていきますか」 気を抜くと、自身の心に渦巻く何かに身を灼かれそうになる。 私は目の前の仕事へと取り掛かり、強引に意識を逸らした。 幻想郷に戻ってから1週間が過ぎた。 仕事は未だ多く残っており、まだまだ予断を許さない状況だ。 朝から配達に同行し、ご迷惑をお掛けしてしまった顧客に対してお詫びを行う日々が続いている。 全て回りきるまで、後1週間は掛かると思う。 意外だったのが、顧客の方々の反応だ。 苦情が寄せられた顧客から優先して対応を行ったが、事情を説明すると寧ろ心配される事が多くあった。 竹林の外と交流を始めてまだ日は浅いが、自分達の仕事が多くの人妖に受け入れられているという事なのだろうか。 功績が認められた様で、少し嬉しくなる。 自分達の事を頼りにしてくれている存在を確かめる事で、その期待に応えていかなければならないと改めて決意する事ができた。 今日は妖怪の山に薬を調達する為に出向いている。 山の入り口をうろついていた白狼天狗に入山する事を伝え、山道を進む。 3月に入ったとは言え、山中は降雪が続いている。 雪に足を捕られて転ばない様、注意しながら登っていると、 「おや、あなたが直接配達に来るなんて珍しいわね」 山の中腹辺りで、鴉天狗に遭遇した。 話が長くなりそうなので、荷物を持たせた地上兎を先行させる。 「どういった風の吹き回しかしら」 「お礼参りに決まっているでしょう。妖怪の山の方々にも迷惑をお掛けした様だしね」 関わると碌な事がない妖怪として名高い彼女も、妖怪の山の中では一人の構成員でしかない。 いつもの慇懃無礼な対応はなりを潜めている。 本来であれば関わりたくない所ではあるが、こちらの都合で迷惑を掛けたのは事実だ。 一応謝っておこう。 「この度はこちらの都合で配達を滞らせる事態となり、大変申し訳ございませんでした。」 外用の面、声で謝罪をする。 こちらが真面目に謝罪をするものだから虚を突かれたのだろうか。 文が口をだらしなく開け、呆けている。 「ぷ……ぶぁっふぁっふぁ!!」 と思いきや、いきなり大声で笑い始めやがった。 こちらの誠心誠意の謝罪を何だと思っているんだ。 「いやー貴方もそんなを顔するのね」 相当面白かったのか、目尻を薬指で拭いながら揶揄してくる。 こいつに真面目に対応するのは今後一切止めよう。 そう心に誓った。 「でも、無事に帰って来られた様で良かったわ。一応、心配したのよ」 あれだけ笑われた後にそんな事を言われてねえ。 「まあ、八雲紫を囃し立てた面々に、私も入ってたし……」 あんたが飛ばされる原因の一員だったのか。 「責任を感じる所もあったから、一応私も博麗の巫女に頼んで外の世界を捜索したのよ?」 結局、成果はなかったけどねーと呟く彼女。 外の世界は一度出ると簡単には戻って来られない。 使える力にも制限が掛かってしまう為、危険も伴う。 成果がなかったとは言え、それらを承知の上で捜索を買って出てくれたという事が、少し嬉しかった。 「ありがとう。あんたが責任を感じて行動してくれただけでもありがたいわ」 「いいえ。宴会の席での不手際含めて申し訳なかったわ。改めて、謝罪させて頂くわ」 お互いが頭を下げあう状況。 まさかこの妖怪とこんなやりとりをする日が来るなんて思わなかったわ…… 「それにしても……」 今まで凛然としていた文の瞳に、怪しい光が灯る。 「しばらく見ない間に随分と雰囲気が変わりましたね!? 外の世界で何かあったんですか?」 表情と口調が突如として変わる。 爛々と輝く瞳は「何かあったんだろ早く聞かせろよ」と訴えている。 「……何もなかったわよ」 「まったまたぁ。今の一瞬の間は何だったんですか? 早く言っちゃった方が楽になりますよー?」 ニヤニヤしながら私の周りをまとわり付いてくる。 めんどくさい…… 「言えるか! 仕事中だから邪魔すんな!」 「何かあったのは認めるんですね!?」 「知るか! もう行くわよ」 「今度永遠亭で貴方の帰還祝いがあるんですよね? 参加させて頂きますから、その時詳しく聞かせて下さいねー?」 無視して山登りを再開する私の背に向かって大声で叫んでいる。 あの天狗を少し見直した数分前の私を殴り飛ばしてやりたい。 今後一切あの妖怪に対して真面目に応対するのは止めようと、改めて心に誓った。 鴉天狗とのやりとりの後、妖怪の山の担当者へと会い、改めて謝罪を行った。 先方もスキマ妖怪の悪行は耳に届いていた様で、寛容に対応して頂けたのが幸いだった。 今後とも懇意にして頂けるという言葉を頂いて下山、帰路に着く事となった。 「ただいま」 台車を納屋へとしまい、屋敷の門戸を潜る。 伴っていた地上兎達は先に戻る様命じている。 今頃仕事の疲れを癒す為に、風呂に入っている頃だろう。 私も休憩を兼ねてお風呂に入って、早く仕事に戻らないと。 考え事をしながら風呂場へと続く長い廊下を歩いていた所で、鈴仙と鉢合わせる。 「おかえりなさい。お風呂沸いているわよ」 「ただいま鈴仙。早速頂いてくるわ」 帰りを伝えながら、歩調を緩めず風呂へと急ぐ。 鈴仙の横を通る瞬間、 「ちょっと待って」 声を掛けられ、鈴仙の方へと顔を向ける。 そのまま両手で頬を包まれ、顔をまじまじと覗かれる。 「顔色悪いわよ? 何かあったの?」 段々と顔を近づけてくる鈴仙。 近いって…… 幻想郷に帰って来てからこっち、この子はやたらと私の事を心配する様になっていた。 私が外の世界に飛ばされた宴会の席で、隣に座っていたのが彼女だった。 名目上は私の上役にあたるという事もあって、責任でも感じているのかしら。 元々上からものを言う所があり、苦手としていたのだが、最近はそういった様子も見られない。 花が咲き乱れた異変を境に、彼女の態度が変わった気がする。 真相を聞いた事はないが、まあ取っ付き易くなったなあ程度にしか思っていなかった。 しかし今回私が外の世界から帰って来た後の彼女の態度と言ったら、少し度が過ぎていると言わざるを得ない。 朝は必ず起こしに来るし、家事は私の分も引き受けてくれるし。 お師匠様の話によれば、ご飯も自分が食べさせるなどと言っていた様だ。 流石にそれはまずいだろうと判断した様で、お師匠様の方から禁止を言い渡してくれたそうだ。 過保護過ぎるだろ……私は子供か。 今日もそんな調子で私の心配をしているのだろうか。 「最近遅くまで仕事をしているみたいだけど、ちゃんと休んでいるの?」 「大丈夫よ。ちゃんと寝ているわ」 嘘だ。最近殆ど寝られていない。 意識を失う寸前まで仕事を続け、布団に入って一瞬目を閉じたと思ったら鈴仙に起こされている。 この1週間、そんな生活を繰り返していた。 「……」 無言で私の瞳を覗き込む。 鈴仙の瞳は「何かあったの?」と言外に問うている様に見えた。 「……」 だけど、話す事はできない。 今、ここで立ち止まる訳にはいかないんだ。 「……そう。解ったわ。私に何か手伝える事があったら言ってね?」 「そうね。ありがとう」 鈴仙は私が碌に寝ていない事に気が付いているのだろう。 私が仕事に没頭する事にも、何か理由があると察している。 そして、その理由を話したくないという事も。 聡い子だ。 私は鈴仙の好意に甘える。 今ここで、外の世界の事を話してしまったら、ひとつの思考に囚われて仕事が手に付かなくなってしまう。 それでは、私が嘘を付いてまで帰って来た意味が、なくなってしまう。 ○○の思いを踏みにじってまで帰って来た意味が、なくなってしまう。 駄目だ。考えるのは止めよう。 今考えるべき事は、永遠亭の事業再建についてだけだ。 心配そうな視線を寄越す鈴仙を振り切り、私は風呂場へと急いだ。 永遠亭での生活を再開して、気付けばもう2週間が経過していた 「これで……一段落かしら」 今日も挨拶回りを終えて帰宅する。 2週間に渡る突貫作業の甲斐もあって、全顧客への挨拶回り及び苦情処理は全て終了した。 帳簿に関しても、不在だった2ヶ月間の分を再度確認、不備なく記帳は終了している。 顧客の新規開拓も無事再開、各地から希望者が集まっている様だ。 これで、急を要する対応は全て終了したと言えるだろう。 「ぐぁぁあっっつっかれたあぁぁ」 部屋に帰るなり大きな欠伸をしながら畳の上に転がり込む。 体が鉛の様に重く、手足を動かすのですら億劫な状態だ。 流石に疲れたなあ…… 2週間に渡る激務を振り返り、よくもまあこなせたもんだと自分でも思う。 そういえば○○も仕事から帰って来た時、疲れたーってよく言ってたなあ。 仕事が片付いた高揚感もあって、ついそんな事を考えてしまった。 ○○は今、どうしているかなあ。 一度頭の中を占拠してしまえば、もう思考を止める事ができない。 去り際に私への思いを打ち明けてくれた○○。 私は、その思いに応える事なく外の世界を去った。 だって、しょうがないじゃない。 私には私の生活があって、頼りにしてくれている人が居る。 ○○には○○の生活があったんだ。 家族、友人、恋人……は居ないはずだけど、大切な人達が居たんだ。 別れ際、○○は幻想郷に来てでも一緒に居たいと言ってくれた。 でも、それは一時の気の迷いだ。 幻想郷に受入れられれば、外の世界へ帰る事は容易ではない。 それを知った時、彼は間違いなく後悔するだろう。 ○○はまだ若い。自分の人生の可能性を、こんな所で狭める必要はないのだ。 今まで考えない様にしていた事が、ぐるぐると頭の中を廻っていく。 だめだ。これ以上は考えない方が良い。 どうにかして思考を切り替え様と試みる。 部屋の外から地上兎達の楽しそうな声が聞こえてくる。 どうやらそろそろ夕食の時間の様だ。 今日は久し振りに酒を呑もう。 頭が働くなる程呑めば、余計な事を考えずに済むはずだ。 居間へと移動する為に立ち上がる。 その時、長押に衣文掛けで吊るされたスタジャンが目に入った。 ああ、そういえばもって帰ってきちゃったんだっけ。 ○○の部屋を出る時に、いつもの様な出掛けるを支度をしてしまったのを思い出す。 なんとなく、掛けられたスタジャンを手に取り、羽織ってみる。 ○○が最初に買ってくれた、思い入れのある一品。 その後も色々買ってくれたけど、これが一番のお気に入りだった。 ○○が、恥ずかしそうにそっぽ向きながら、かわいいって言ってくれた。 その頃の情景を思い浮かべると、ついつい頬が緩んでしまう。 もう随分と昔の様に感じてしまう思い出に浸っていると、 キンコーン 聞き慣れた音が、耳に届いてきた。 「うそっ……」 ポケットの中を確かめる。 それは、こちらも向こうから持ってきてしまっていた携帯電話。 音の発生源はこれ以外に考えられない。 以前○○に携帯電話の仕組みを聞いた事があった。 内容は難しくて殆ど理解できなかったが、電波というものが外の世界には張り巡らされており、それを介して文字や声をやりとりしているとの事だった。 つまり、幻想郷においては使えるはずがないという事。 今の音は、メールの着信音だ。 ありえない。 幻想郷に居る限り、メールが届くはずがないのだ。 恐る恐る携帯電話を開く。 そこには、 新着 From:○○ ○○からのメールが届いていると表示されていた。 内容は……私への恨み言だろうか。 帰る日付を当日まで隠した上に、後足で砂を掛けて飛び出したんだ。 何を言われても文句は言えないだろう。 でも……それでも、内容が見たい。 最後に○○が、私に何を伝えてくれ様としたのかを確かめたかった。 震える指で、決定ボタンへと手を掛ける。 押下した瞬間、 電池残量がなくなりました。充電して下さい。 「え!? そんな……」 画面には電池切れを伝える文字が躍り、一切の操作を受け付けなくなる。 「どうにかならないの? ねえ!」 電源ボタンを長押ししても、起動画面で充電を促すのみ。 やがて、起動すらしなくなった。 「ひっ……っくぁ……ああ……」 ○○からの最後のメールは、永遠に見られなくなってしまった。 この瞬間、私を支えていた大切な何かが、音を立てて崩れ去った。 視界が涙でぼやける。 ○○の事を思い出す。 初めて出会った時の事、一緒に買い物に行った事、一緒にご飯を食べた事。 一緒に遊んだ事、喧嘩した事、すぐに仲直りできた事。 そして……独りで寂しくなった私を、優しく受け止めてくれた事。 ついこの間まで確かに存在した幸せを、私が、壊した。 忙しさに身を置く事で蓋をしていた仄暗い思考がどろりと溢れ出し、意識を満たしていく。 さっきはよくも自分にとって都合の良い言い訳を並べたものだ。 全ては○○の事を考えて選択したなんて、嗤える程都合が良い。 本当は、○○に嫌われるのを恐れていただけだ。 ○○を幻想郷に連れて来る選択肢を思い付かなかった訳ではない。 しかし、もし幻想郷に連れて来た後、一緒に時を過ごす中で、私の事を嫌いになってしまったら。 その時には彼は幻想に取り込まれ、元の世界へと帰る事はできなくなっているだろう。 私は、そんな彼を前にして何をしてやれるのだろうか。 外に返してあげる事もできない。 ただ、人生を滅茶苦茶にされた原因として、恨みの対象となるのが関の山だ。 そんな事になる位なら、いっそこの場で袂を分かった方がいい。 これから先、自己嫌悪に苛まれて生きていく位なら、そっちの方がよっぽどましだ。 相手の気持ちを信じられず、自分の責任を取る事を回避した、臆病者の末路。 ○○に吐き捨てた罵詈雑言を、全て自分に言ってやりたくなる。 なんて自己中心的で、無責任なんだろうか。 私は、我が身の可愛さに、○○の心を、踏みにじった。 「……!!」 強烈な吐き気に苛まれ、便所へと急ぐ。 「っ……ひぐっ……」 汚物にまみれながら咽び泣く姿は、惰弱な兎には良くお似合いだと思った。 今日もほとんど物を口に入れていなかったが、空っぽの胃は罰を与える様に痙攣を繰り返す。 全てを出し終えた後、洗面台で口をゆすぎ、幽鬼の様な足取りで部屋へと戻る。 とても夕食を食べられる様な状態ではない。 鈴仙が部屋の様子を見に来た際心配しない様に、できるだけいつもと同じく見える様布団を敷く。 今日はもう何も考えたくない。 自らの罪から逃げる様に、私は思考を投げ出して眠りについた。 「……んっ」 額に冷たさを感じて意識が覚醒する。 あれ、今何時だろう。 置き抜けの働かない頭を無理矢理回転させ、状況を思い出す。 確か、仕事が終わって部屋で休んでいたら気分が悪くなって寝たんだっけ。 すっかりと日は落ち、部屋の中はランプの灯りのみで照らされている。 「てゐ、起きたの?」 そばから優しげな声音が聞こえてくる。 枕元には手拭いを持った鈴仙が座っていた。 先程感じた冷たさは、鈴仙が水で湿らせた手拭で額の汗を拭ってくれた時のものだろう。 「鈴仙……どうして」 「中々居間に来ないから心配して見に来たのよ。そうしたら、布団の上で苦しそうにしてたから……」 どうやら、布団を敷いたは良いがそのまま倒れ込んた所で意識を失ってしまったらしい。 失敗したなあ…… また余計な心配を掛けてしまった様だ。 「体調は大丈夫?」 「ええ。さっきよりかはましになったわ。ありがとう」 弱っているせいか、普段ならまず出てこないであろう礼の言葉が口をついて出てしまった。 鈴仙は驚いた様な顔をしている。失礼な子だ。 「師匠が過労だって言ってたわよ。寝ないでずっと働いてたんだもん、そりゃ倒れもするわ……」 疲労が溜まっていた状態であれこれ考えてしまった事が体調不良の原因だろう。 自分の弱さに直面して倒れるなんて……いよいよ笑えない。 「ねえ、外の世界で何かあったの?」 なんとなく察してはいたのだろうが、直接聞かれるのは初めてだ。 話す事は躊躇われたが、これ以上心配を掛ける訳にはいかないか。 それに、誰かに自分の罪を罰してほしかった。 こんな重い話を聞かされる鈴仙は、さぞ迷惑に違いない。 それでも、私は自分が楽になりたいという自己中心的な欲求に従い、外の世界での出来事を話し始めた。 全てを語り終えた後、二人の間には長い長い沈黙が訪れた。 途中当時の感情を思い出してしまい、取り留めのない内容になってしまったが、それでも鈴仙は遮る事なく聞いてくれた。 優しい子だ。 語り終えてからしばらくの沈黙を経て、鈴仙が口を開く。 「てゐ?」 名前を呼ばれただけなのに、両肩が一瞬竦む様に動いてしまった。 ああ、鈴仙がどんな反応をするのか恐いんだ。 自分の醜さを凝縮した様な話だ。 相手が引いてしまうという事も十分に考えられる。 せっかくうまくいっていた鈴仙との仲も、これを機に後退してしまうかもしれない。 やっぱり、話さない方が良かったな。 「……何?」 私は諦めと共に、返事を搾り出した。 「てゐは……その人の事、今も想い続けているの?」 言葉を選ぶ様に、ゆっくりと喋り掛けてくれる。 改めて、○○の事を考えてみる。 胸の中に湧き出でる感情は、罪悪感と後悔。 でもその中心を流れるのは、暖かくて、わくわくする様で、少し切ない何かだ。 「私は、○○が好きなんだ」 一筋の涙と共に、自然と口を付いて出た言葉。 ○○の事を考えただけで、私の感情は千々に乱される。 嬉しくて、腹立たしくて、切なくて、楽しい。 もう誤魔化す事はできない。 「散々偉そうな事言って、いざ離れたらやっぱり好きでしたなんて……本当に最低だわ」 自嘲を込めて呟く。 鈴仙はどう思っただろうか。 私をちゃんと断罪してくれるのか。 鈴仙の顔が見られない。 顔を俯け、お腹の前で組んだ手を見る。 そこに、そっと、鈴仙の手が添えられる。 思わず顔を上げると、鈴仙が私の顔を覗き込んでいた。 「違うよ」 泣く様な、笑う様な顔で、 「てゐは、本当にその人が大事だったの」 優しく包み込む様な声音で、私を肯定した。 「違うっ!」 「違わないよ」 違う。違うの。私は自分の事しか考えていなかった。 ○○に嫌われて生き続ける位なら、と何も言わずに飛び出して、関係を絶った。 自らの心の安寧を守る為、○○の心を踏みにじったんだ だから私は、嘘を吐いて、○○の想いから逃げ出した。 だから…… 「っ……」 「大丈夫。大丈夫だよ」 身体がふわりと包まれる感触。 鈴仙に抱きしめられている。 「あなたは彼の事を大事にしたかっただけ」 背中をさすりながら、染み込ませる様に語り掛ける。 「ただ、肝心な所で臆病になってしまっただけ」 彼女の心音が聞こえる。 「だから、次に会った時、自分の気持ちを素直に伝えれば大丈夫だよ」 「……次なんてあるかどうかわかんないじゃん」 思わず八つ当たりしてしまう。 「あるよ……必ずある」 なんだそりゃ…… 何の根拠もない、暢気な発言。 少し前までは自らが犯した罪に苛まれていた為か、余裕のない言動が目に付いていた鈴仙。 しかし、幻想郷での様々な経験を経て、精神的にも成長している様だ。 「もし嫌われちゃってても大丈夫。私が傍にいるから」 「んなっ……」 直接的な言葉で好意をぶつけられ、頬の辺りが熱くなってくる。 何か……うじうじ考えているのがあほらしくなってきた…… 「ありがとう鈴仙。少し、元気でた」 「そう」 そういって彼女はにっこりと笑う。 相手を安心させるその笑みは、私の頭を悩ませる元凶となっているあの人と、とても良く似ていた。 翌日、改めてお師匠様に診療して貰う事となった。 特に問題はないが大事を取って今日は休む様命じられた。 久し振りの休日。 年少組に混ざって遊んだり、鈴仙をからかったり、昼間から酒を飲んでみたり。 外の世界に迷い込む前と同じ様な休日を楽しむ事ができた。 一段落して、今は自室から続く縁側で体を休めている。 今日は雲ひとつない快晴で気温も高く、木戸を開け放っていても心地が良い位だ。 辺りは夜の帳に包まれて、遠くからは誰かの話し声が聞こえる。 どうやら今日は私の帰還祝いが催される様で、各地から人妖が集まって来るそうだ。 私が仕事に集中していた為、開催が伸び伸びになってしまったらしい。 自分が宴会の中心になる事に恥ずかしさを覚えるが、皆と久し振りに顔を合わせられるのは素直に嬉しい。 こうやって、少しずつでも良いから、以前の自分を取り戻していこう。 それで、いつか自分の罪と正面から向き合える様になったら、○○に謝りに行こう。 空に浮かぶ満月を見上げながら、改めて決意する。 周りの騒がしさが次第と大きくなる。 結構な人数が、もう会場へと集まっている様だ。 私もそろそろ行こうかと思っていた矢先、誰かが言い争っている声が聞こえてくる。 なんだろう、と玄関の方へ顔を向けると、 「てゐ」 断腸の思いで別れを告げた想い人が、目の前に立っていた。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「お隣……さん?」 「こんばんわ。ご機嫌いかがかしら?」 数日前に引っ越してきたというお隣さんが、何もない空間から半身だけを覗かせて、笑顔で手を振っていた。 見えるのは上半身だけ。下肢は空間に入った切れ目を境に見えなくなっている。 眼前の光景に理解が追い付かず、頭が痛くなってくる。 まだ空を飛んでいる方がまだ現実感がある気がするな…… 「あの……何かご用でしょうか……」 得体の知れない不気味さに、うまく声が出ない。 お隣さんは空間の隙間を乗り越えて、俺の部屋へと降り立つ。 っていうか土足のまま上がりましたよこの人。 やっぱり外人さんなんだろうか…… そんな俺の思考に全く気が付いていないのか、お隣さんは平然と本題に入る。 「あの兎に随分入れ込んでいるみたいね」 どうやら俺とてゐの事を知っている様だ。 この人がてゐの言っていた幻想郷側の使者という事で間違いないだろう。 「知ってるんですか……まあ、振られちゃいましたけどね」 自嘲する様に呟く。 そんな俺を含む様な笑みを浮かべながら見据えるお隣さん。 「んで、何か用ですか? ご存知の通り失恋したばっかなので気落ちしてるんです」 手酷く振られた直後という事もあり、受け答えが雑になってしまう。 「ごめんなさい。あなたを笑いに来たわけじゃないのよ」 そう言って少し頭を下げて謝罪する。 「あなた、あの兎の事はどう思っているのかしら?」 「知ってるんでしょう? 好きでしたけど振られちゃったんです。傷口抉りに来ただけなら帰って頂けませんかね……」 「そうじゃなくて、振られてなお、どう思っているのかを聞きたいのよ」 人を喰った様とでも言うべきか、何か面白がっている様に笑いながら問い掛けてくる。 今どう思っているか、ねえ。 申し訳なさと、自己嫌悪しか浮かんで来ない。 俺が深入りし過ぎなければ、てゐももう少し気分良く故郷へと帰れたはずだ。 「てゐには申し訳ないと思っています。最後の最後にあんな感じになっちゃって……」 俺の返答を聞いて、お隣さんは深いため息を吐く。 「女々しいわね……あの兎はこの男のどこに惹かれたのかしら……」 ぼそぼそと何か呟いている。内容は聞き取れないが、トーンからして何か失礼な事を言っているのだろう。 この人本当に何しに来たんだ…… 「いい? 今でもあの兎の事を想っているのか完全に諦めたのか。はっきりしなさい」 「そりゃあ、まだ……好きに決まってるじゃないですか」 若干イラついた感じで問いただされたので、こちらも腹が立ち、つい乱暴な口調で答えてしまう。 「よろしい。ではあなたにチャンスを与えましょう」 獲物が罠に掛かった時の様な底意地の悪い笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。 なんだか……返答を間違ってしまった様な気がする。 「2週間後の0時に、あなたが兎を拾った神社で待っているわ」 「んなっ……」 「来るかどうかはあなたの判断に任せるわ」 この人はどうやら俺を向こうの世界へと連れて行ってくれる、という事を言っている様だ。 そして、その判断は俺に任せるとも言っている。 この世界に留まり、燻った思いを抱えながら安寧と共に暮らすか。 向こうの世界へと渡り、改めて思いを打ち明けるか。 幻想郷へ行けたとしても、てゐが俺の手を取ってくれるかは未知数。 もし一緒に歩めないと言われたら、俺は知らない世界で孤独に暮らす事となる。 俺にとっててゐの存在が、人生を賭す程であるかどうかを試している様だ。 なんという意地の悪さ。 恐らくこの人がてゐをこちらの世界に飛ばした張本人なのだろう。 てゐがぞんざいに扱っていたのも頷ける。 「私の話はそれだけだわ。存分に考えなさい」 そう言い放って、俺に背を向ける。 先程の隙間が目の前に現れ、そちらに向かってゆっくりと歩く。 隙間に足を踏み入れる直前、 「そうそう。あなたが先程破り捨て様としたおみくじ、あれは兎の置き土産よ」 「どういう意味ですか?」 「言葉通りよ。あれはあなたの願いを叶える為に残されたものだわ」 「でも、願いは叶わないって……」 「ただ待っているだけでは願いは叶わないわ。最後の必要になるのは、本人の意思よ」 俺の反応を待たずに、お隣さんは隙間の中へと消えていった。 最後まで靴脱がなかったな…… 手に持ったおみくじを改めて見る。 これが、てゐとの最初の繋がり。 こいつを見ながら拝殿へと歩いていた所で、てゐを発見した。 このおみくじ、がてゐと俺を引き合わせてくれたのか。 待人、俺はてゐと出会う事ができた。 家庭、てゐのお陰で幸せな日々を過ごす事ができた。 健康、てゐの手料理のお陰で、健康的な生活を送る事ができた。 争事、俺の軽率な行動が原因で喧嘩したけど、仲直りできた時の嬉さを知る事ができた。 仕事、吹雪の日大変な目にあったけど、てゐの事を愛しいと想う切っ掛けになった。 ここに書いてある運勢の全てが、俺にとっての幸せを現していたんだ。 文句の付け様のないくらいの大吉。 そして、叶わないと記された願望。 お隣さんが言っていたのはここの事か。 最後に必要なのは、本人の意思。 俺は、願望の項目に言葉を書き足す。 これが、俺の、意思だ。 ――願望 叶わず。ならば、自らの手で勝ち得るまで。 「てゐ」 「○○……」 約半月振りとなる再会。 久し振りに会ったてゐは、一緒に暮らしていた頃と比べて、幾分やつれている様に見えた。 自身の身を削って、為すべき事を果たしたんだろう。 素直に、凄いと思えた。 「待ちなさい!」 屋敷の入り口で突っ掛かって来た兎の子が追い駆けて来る。 綺麗な薄紫色の髪に、高校の制服の様な服装。 この子がてゐから聞いていた鈴仙さんで間違いないだろう。 「いきなりてゐに会わせてくれって……あなた何者なの!?」 軒先で鈴仙さんと話をしていた途中、てゐの姿を見つけてしまったのでつい飛び出してしまった。 そりゃあ怪しまれても仕方がないよな…… 「どうしたー修羅場かー?」 「止めなさいよみっともない。それに、これから面白くなりそうなんだから黙ってて」 「ウドンゲ? 何の騒ぎかしら?」 「来たわね。いい暇潰しになるかしら」 屋敷から黒白の少女と幻想郷に来た時にお世話になった靈夢さん、黒いナース服を着た女性と十二単を纏った少女がぞろぞろと出てくる。 頭から兎の耳を生やした子供達も集まって、俺とてゐを中心に辺りは人が溢れ返っていた。 うわあ、こんな状況で言わなきゃならんのか…… てゐの赤い瞳は、瞼が限界まで開かれ、呆然としている。 俺の後ろにいる鈴仙さんは、俺の事を警戒している様で、剣呑な視線を向け続けている。 程なくして実力行使に出てきそうな雰囲気だ。 このままだと状況は悪くなる一方。 言うなら今だ。 覚悟を決めよう。 俺は息を大きく吸い、腹の底に力を込める。 「てゐ!!」 「っ!」 てゐの全身が大きく跳ねる。 「俺は! お前の事が! 好きだーーーーーーー!!」 俺の全身全霊の叫びが、竹林に木霊した。 俺達の周りを囲んでいた少女達は、一様に驚いた表情のまま静止している。 告白されているてゐ自身も、何が起こっているのかうまく飲み込めていない様だ。 時が止まる、というのはこういう事を言うんだろうな。 頭の片隅でそんな事が思い浮かんだ。 「あ、あんた、いきなり現れて何言ってんのよーーーーーー!」 意識を取り戻したてゐが、俺に負けない声量で叫び返してくる。 意外と元気そうだな…… まあ、大切な家族の為に務めを果たしたんだ。 疲れこそすれ、心が沈む様な事はないだろう。 だったら、手加減せずに想いを伝えるまでだ! 「向こうには大切な人達が居たし、心残りも沢山あったけど、やっぱり、お前が居ないと駄目なんだ!!」 「俺が一番やりたい事は、お前と一緒じゃなきゃ叶えられない!! だから、ずっと俺の傍に居てくれ!!」 てゐとの距離は5メートル程しか離れていないのに、俺は必要以上に大声で叫んでいた。 それは自らの不安を消し去るための虚勢か、それとも迸る想いが自然と勢い付いている為か。 どちらかは分からないが、ひとつ大きな問題があった。 「「「「「キャァァァァァァァァァァァァァッ!!!」」」」」 周囲のギャラリーの皆様に丸聞こえという事で、辺りは黄色い怒号に包まれていた。 「聞きました!? 永遠亭に現れた変態男!! 地上兎の長をたぶらかす!? 明日の一面はこれに決定ですね!」 「宴会も始まっていないのに余興を始めるとは、中々粋な事するねえ」 「違いますから! あの男が勝手にやってるだけですから!!」 熱心にメモを取る黒い羽の生えた少女と、逞しい角を頭に生やしたちびっ子が好き勝手な事を言って盛り上がっている。 鈴仙さんが頑張って説明している様だが、全く聞いていない様子だった。 想いを伝え、てゐの反応を伺う。 てゐは全身をわなわなと震わせていた。 「ふざっけるんじゃないわよ!!」 やべえめっちゃ怒ってる。 「あんたねえ……もう向こうの世界には簡単に帰れないのよ!? 家族は? 友達は?」 「別れを告げてきた。ちゃんと本当の事を言ったよ」 「そんな荒唐無稽な話、誰も信じるはずないじゃない!」 「最初は聞いてくれなかったよ。でも、真剣に話し続けたら、最後は皆納得してくれた」 「そんな……誰も反対しなかったの?」 「最後は応援してくれたよ。好きな女を追い駆ける為に、異世界でも何でも言って来いって」 「そんなのって……もう会えなくなるかも知れないのに……」 「まあてゐも外の世界に出られたし、俺もこうして幻想郷に来られたし。機会があれば、会いに行く位なら何とかなるんじゃないかな?」 「何よ……それ……」 てゐは顔を俯けて体を震わせている。 「それじゃあ、私があんたを傷つけてまで帰ってきた意味って、何だったのよ……」 再び顔を上げたてゐの瞳からは、大粒の涙が溢れていた。 「幻想郷に帰る日を告げられてから、私がどんな思いで過ごしてたと思ってんのよ! 自分の立場とか、想いとか、あんたが大事にしているものとか、将来とか色々考えて……悩んで……結局、全部無駄になっちゃったじゃない!!」 怒り、悲しみ、てゐの瞳から様々な感情が涙と共に溢れ出る。 「当日だって、感情出さない様にずっっっと我慢してたんだから! 最後にあんたの好きなもの作ってあげようと思ったのに調味料入れ間違えるし! 何よあのオムライス!? 不味過ぎるわよ!!」 あ、やっぱあれ失敗してたんだ。よく表情一つ変えずに食えたな。 ていうか、それは俺が原因じゃないだろ…… 「あれだけ馬鹿にされても追い駆けてくるなんて……ほんっっっっっとあんた救い様のない馬鹿ね!! あー何かもう我慢してるのが馬鹿らしくなってきた……」 容赦なく馬鹿馬鹿と連呼される。 てゐの告白に呼応されるかの様にギャラリーはますます盛り上がりを見せている。 あれー何か思っていた展開と違う様な…… なんかこう……「好きだ! 私もよ! 抱きっ!」って感じになると思ってたのに…… てゐの顔を改めて見る。 息は荒く頬は紅潮しているが、瞳の奥は禍々しい光を湛えていた。 見覚えがある表情。 何か、嫌な予感が、するなー。 背中に尋常じゃない量の汗が伝う。 てゐの口角が限界まで上がり、歯をむき出して笑う。 これは……最高の嫌がらせを思いついた時の表情!? 「あんた私の事を好きだって言ったわね? 笑わせないでよ。私の方が、あんたの事何っっ倍も好きなんだからっ!!」 再び、時が止まる。 俺の渾身のストレートに合わせた、捨て身のクロスカウンター。 自分の身を犠牲にしてまで、俺を追い詰めるつもりか。 こんな状況であってして、どこまでもてゐはてゐらしくあった。 しかし、ただでさえ炎上している状況にガソリンぶち撒けたんだ……どうなっても知らんぞ…… たっぷり5秒は経過したあと、再び時が動き出す。 「「「「「ウオォォォォォォォォォォォォォッ!!!」」」」」 淑女達の声とは到底思えない程の雄々しい怒声が、満月の夜に響き渡った。 「最初にあんたが家に居ないかって言ってくれた時、私がどれだけ救われたと思ってるの!? 誰も知らない、何も解らない世界で、自分を守ってくれる存在がどれだけ心強いかあんたには解らないでしょう!?」 「あんたが恥ずかしがりながら似合ってるって言ってくれた洋服、本当に気に入ってたんだから! あんた気が付いてないと思うけど、私があの一式を着てる時いつも気持ち悪いくらいニヤニヤしてるあんたが輪を掛けてニヤついていたのよ! もうあんたの前じゃそれ以外の服着られないじゃない! ほんっとわっかりやすいんだから!!」 「私が作る料理全部おいしいおいしいって言ってくれて……馬鹿みたいに嬉しそうな顔して…… あんな顔されたら、こっちだって作って良かったって、また沢山作ってあげたいって思うに決まってるじゃない! この馬鹿!!」 「あんたの悪戯が原因で喧嘩した時、私がどれだけ不安だったか解らないでしょう!? あのまま放り出されて一人になっちゃうんじゃないかって、本気で思ったんだから!!」 「吹雪の夜、あんたがいつまで経っても帰って来ないから、このまま永遠に帰って来ないんじゃないかと思ったわ。 だから、無事な姿を見た時は、本当に……本当にっ……」 捲くし立てるだけ捲くし立てたと思ったら、今度は涙声になりながら想いを搾り出すてゐさん。 ええっと……とりあえず、あいつ俺の事好きって事だよな…… いまいち確信は持てないが、とりあえず一歩近づいてみる。 「近づかないでよこの変態ッ!!」 あれー? 「知ってるのよこの変態ッ!! 吹雪の夜にキスし損ねて以降、寝てる私の唇を奪おうと覆い被さって来てたのをっ!」 「それ言っちゃ駄目なヤツだろうがーーーーーーッ!! っていうか何でお前それ知ってんだよっ!!?」 「起きてたからに決まってるでしょうがこのヘタレッ!! わざわざ仰向けに寝て、キスし易い様にしておいたのになんで気が付かないのよ!!」 「知るかっ!! ていうかお前される気満々だったんだなこのウサビッ○がっ!!」 「そんなのまだまだ序の口よ!! 私はあんたが寝てる時頬や額にキスしたり、耳をはむはむしたりしてたんだからっ!!」 「んなっ!? 朝起きた時やけに耳がカピカピしてたのはそういう……」 「真顔でそんな事言うんじゃないわよーーーーーー馬鹿ーーーーーーーッ!! 「お前が言わせた様なもんだろうがーーーーーーーー!!」 「キャー凄いわよあのイナバ。自分がどれだけ恥ずかしい事言っているのか、気が付いていないわ」 「姫、年甲斐もなくきゃーなんて声上げないで下さい」 「ハハッ、永琳に比べたら私なんてぐはぁっ!」 場外乱闘が発生している様だが、こっちは今それ所ではない。 「あんたが私を意識し始めたのは吹雪の夜以降でしょ? 甘いわね。私はあんたと暮らし始めた頃から意識してたわ!」 「お前それ自分がチョロいって事宣言してる様なもんだぞ……だが、お前を好きな気持ちが負けるとは思わん!」 「じゃあ私の好きな所挙げてみなさいよ!」 「小さくて可愛い所だろ、体温高くて触れると温かい所だろ……」 「助けて! 変態が近づいて来るわ!」 「黙って聞け! 料理がすげえうまい所だろ、体の調子も配慮してくれる所だろ……」 「んむっ……」 「急にマジで恥ずかしがるな! こっちも恥ずかしくなってくるだろうが!」 「……続けて」 「おぅ……人の嫌がる事ばっかりして、でも意外と真面目で、気遣いもできて世話好きで、あとは、笑うとめちゃくちゃ可愛い所だ! めんどくさい所も全部含めて、俺はお前の事が好きなんだよーーーーーっ!」 一息に言い切って、ぜえぜえと肩で息をする。 とりあえず思い付いた事は言ってやった。 「しょ……所詮はそんな所かしら。具体性に欠けるし、ま、まだまだね」 肩をぶるぶると震わせ、顔面が今に融け落ちそうな程蕩けた表情で言われても、何の説得力もないぞ。 「じゃあ今度は私があんたのどこが好きなのか説明してあげるわ」 言ってくれと頼んでいないが、顔に極太の筆文字で「言わせろ」と書いてある様な表情だったので、黙って頷いた。 「まずは容姿ね。特徴を挙げるのが難しい程の無個性振りだけど、感情がすぐに顔に出る所が好きよ。特に笑った顔が素敵だわ!」 「……」 「あと、何と言っても困っている人を放り出せないその甘さよね。得体の知れない妖怪を拾ってその日に保護しようなんてどうかしてるわ。 でも、そんな優しさが愛おしい。」 「……」 「あとあと、少し弱みを見せるとすぐ傾倒する与し易さも魅力ね。私が辛くなった時に抱きしめて傍に居るって言ってくれて、 私はあんたと一生を共にしたいと思ったわ」 あとあとあと、とてゐは淀みなく俺の好きな所を語り続ける。 前半必ず落としてくる所がなんともあいつらしいが、面と向かって言われるとかなり恥ずかしいな…… だけど、そんな言葉達を聞いているだけで、我慢ができなくなってくる。 また一歩、てゐへと近づく。 「寄らないでよ!」 「うるせえ! 好きなんだから近づきたいんだよ!」 「私の方が好きだもん!」 また一歩、 「あんた、私にメールで恨み言寄越したでしょ!?」 「ええっ!? 届いてたのかよ!? ていうか、あの内容のどこが恨み言なんだよ!」 「電池切れちゃって見られなかったのよ!」 「やっぱりガラケーとはいえ2週間は持たなかったか……」 また、一歩、 「しょうがねえなあ……ほれ」 「文字が小さすぎて見えない!」 「じゃあ読むぞー。」 「今でもお前の事が好きだ。お前の故郷で、俺を待っていて欲しい」 「……遅いっ!」 二人の距離がゼロになる。 最後の一歩はてゐから踏み出された。 ああ、久し振りだな、この感覚。 世界で一番、安心する場所。 何よりも愛おしい存在が今、俺の腕の中に居る。 「2週間も待たせて……ほんっと気が利かないんだから……」 「仕事辞めんのって時間掛かるんだよ。本当は1ヶ月必要な所を無理矢理2週間にしたんだ。勘弁してくれ」 「うるさい」 「はいはい」 「はいは1回」 「はいよ」 「ん……もっと、ぎゅって、しなさいよ……」 更に力を込めて抱きしめる。 「○○……」 「なんだ?」 「お礼、言ってなかった」 「なんの?」 「2ヶ月の間、家に居させてくれてありがとう」 「今更だな」 「ごめん……本当は、別れ際に言わなきゃいけなかった……」 「良いんだ。これからは、ずっと一緒だ」 「……うん」 少しの間、抱きしめたままの体勢で。 その間に、改めて覚悟を決める。 「てゐ」 「何?」 少し体を離して、真正面で向かい合う。 「お前の事を愛している。俺と、結婚して欲しい」 「こんな嘘ばっかり吐いて、可愛げの欠片もない私でいいの?」 「俺にとっては世界で一番可愛いんだが」 「馬鹿……真面目に答えてよ……」 「俺は、お前と一緒に居たい」 「……後悔しても、知らないんだから!」 涙を浮かべながら、満面の笑みで答えてくれる。 そのまま顔を近づける。 てゐは瞳を閉じ、顔を上向けてじっとしてくれている。 今度は何にも邪魔されない。 俺達は初めて、唇を重ね合わせた。 「……えーと、そろそろいいでしょうか……」 慌てて唇を離し、声の方向に振り向く俺達。 そこには、額に青筋を立て、右手をサムズアップした笑顔の鈴仙さんが仁王立ちしていた。 ちょっと、屋敷まで行って来る…… それからの事は、あまりにも混沌としていた為か、所々記憶が抜け落ちている。 とりあえず永遠亭の首脳陣に改めてご挨拶をして、てゐとの結婚の許しを請うた。 左目に青タンを作った輝夜さんは、けらけら笑いながら俺達の結婚を祝福してくれた。 永琳さんも続いて祝福してくれた。あと、右手が尋常でない程腫れていた。 鈴仙さんは終始納得のいっていない表情だったが、話しをしている間、片時も俺の傍から離れないてゐを見て根負けした様だ。 わっかりやすい膨れっ面で、「てゐの事泣かせたら、撃ち抜くから」と言い残し去って行ってしまった。 どこをどう撃ち抜かれるのか想像したくないが、まあその心配はないだろう。 俺はてゐを二度と離すつもりはない。 挨拶が無事終わった所で、宴会へと強制参加させられた。 外来人が珍しいという事と、先程の騒動も相まって、俺達は質問攻めにあった。 まあ飲ませられる事飲ませられる事。 あまりに混迷した状況にてゐがブチ切れ、俺達は途中で抜ける事となった。 すまん、ありがとうてゐ。俺にはあの人達を止める力がなかった…… 幻想郷では頑張れば空を飛べる程の力を付けられるらしいから、俺も頑張って強くなろう。 俺達はてゐの寝室から続く縁側に腰掛け、二人だけで呑み直していた。 俺の部屋で別れを告げられた直後は、こうしてまた一緒に酒を呑む事も、もう二度とないだろうと思っていた。 それが今、こうして杯を酌み交わしている。 素直に、嬉しかった。 告白した後傍を離れようとしなかったてゐも、今は落ち着いたのか、俺の隣に体ひとつ分空けて座っている。 その瞳は落ち着きなく動き、視線を彷徨わせている。 あれだな、さっきの事思い出したんだな…… 公衆の面前で自分の想いをぶちまけたんだ。 しかも、言わなくてもいい事まで。 そりゃあ恥ずかしくもなるよな。 床をゴロゴロと転げ回らないだけ、堪え性があるってもんだ。 遠くから聞こえるのは、主役達を欠いてなお盛り上がる宴会の喧騒。 新参者で尚且つ大衆の面前での求婚という離れ業をやったお陰で、先程は玩具にされてしまったが、参加している方達は基本気の良い方ばかりだった。 今度改めてお話したいものだ。 今回の件で色々お世話になった紫さんにもお礼を言わせて頂いた。 本人は「罪滅ぼしという面もあったしね」と苦笑いしながら応えてくれた。 一応てゐを飛ばした事を反省しているみたいだ。 まあ紫さんがてゐを飛ばしてくれなかったら、俺は今ここに居る事はなかったと考えると、飛ばされた本人には悪いがありがたいと思わずにはいられない。 こちらも今度、改めてお礼を言わないとな。 そうこう考えているうちに、てゐも落ち着きを取り戻した様だ。 「ねえ」 「なんだ?」 「携帯電話って、幻想郷じゃ使えないんじゃなかったの?」 「そのはずだけど……どうして?」 「さっきも言ったけど、昨日あんたからメールが届いたの。見ようとした瞬間に電池切れちゃったけど……」 外の世界から出発する時に、駄目元で送ったてゐへのメール。 すっかり届いていないものだとばかり思っていたんだが。 幻想郷には電波は届いていないはず。 よって、メールが届くはずはない。 幻想郷と外の世界が繋がれば……あ、 「紫さんが俺をこっちに連れてきてくれる時に、一瞬電波が通ったとか?」 「都合の良い話ね……」 「だよなあ……でもまあ俺はそんな都合の良い展開に導かれて、こっちまで来ちまったんだが……」 懐からおみくじを取り出す。 こいつが俺を、ここに連れて来てくれた様なもんだ。 「あ、それ私が力を封印した触媒じゃない」 「えっ? どういう事?」 「そのままの意味よ。あんたが私と離れても幸せに暮らしていける様に、ありったけの力をそのおみくじに込めたのよ」 「へえ。じゃあこいつのお陰でメールが届いたのかもしれないな」 「なによそれ。せっかくの幸運をこんな所に使うなんて、勿体ないわね」 「馬鹿言うな。今この瞬間が俺にとって最高の幸せなんだから、これ以外に使い道なんてありえない。」 「こんなので満足なの?」 挑発する様な笑みを向けるてゐ。 体の位置をずらし、俺の隣にぴたりと横付けてくる。 「今の幸せが可愛く思える程、これから私がもっともっと幸せにしてあげる」 妖しげな笑みから一転、今度は満面の笑みで、 「だから、あんたは私の事、もっともっともっと、幸せにしてね?」
https://w.atwiki.jp/propoichathre/pages/872.html
てゐ3 5スレ目 497 『樵と兎』 それは幻想の中であった昔話。 昔々ある所に、お爺さんとお婆さんはいませんでした。 代わりになんとも形容しがたい一人の青年がいます、真に残念ながら少女ではありません。 そんな彼は樵を生業として暮らしながら、人里を転々としていました。 「何処だ!? 何処に俺の運命の人がいるんだ!? 」 人里を転々とする樵の青年は、まだ会えぬ運命の人を探して転々としていたのです。 少し夢見がちな青年(年齢不詳)でしたが、樵としての腕は確かでしたので何とか生活していました。 人里から人里へと移る際に妖怪に襲われもしましたが、凶悪なまでの願望が彼を生かします。 「運命の人に会える前に食われてたまるか! むしろ食う! 」 斧を血だらけになりながら振り回すその様は、妖怪も裸足で逃げ出すほどの恐ろしさ。 素晴らしい樵としての腕前でした。 そんな素晴らしい腕前の樵が、近々村総出の土木作業をするとの事で、とある人里に来てくれと請われた時の事です。 樵の青年は、普通の樵で普通の人間だったので勿論空を飛ぶことは出来ません。 なので移動は徒歩、時々川を泳いだりもしますが基本的に愛用の斧(銘:キッコリー)を背負って歩きます。 春になり花粉症気味な青年がとある店で買った防粉マスクを付けて歩く様は、まるで新種の妖怪のようでした。 とにかく歩いて移動する青年が、途中の竹林で真っ直ぐ歩いていた筈なのに道に迷った頃、一匹の兎を見つけました。 長い耳と紅い眼の、兎の妖怪を見つけました。 実はその妖怪兎、因幡てゐと言う名前の『人間を幸運にする程度の能力』を持つ妖怪なので、それを見つけた青年はその幸運で竹林から出れる以上の幸運を授かります。 けれど、迷っている間は『早く此処から抜け出したいい』と考えていた青年は妖怪兎を見た途端に思考は別のベクトルに駆け抜けました。 「ちょっとそこ行くお嬢さん! 君はもしすると俺の運命の兎!? 」 ナンパし始める青年は、驚いて逃げる妖怪兎を『残念』だと思います。 そして幸運発動、何故か飛び出ている筍に妖怪兎が転んだのです。 「く、黒!? 」 何かを見た青年は驚きのあまり叫ばずにはいられませんでした、いわゆる外面と内面の違いに重度の精神的衝撃を受けたのです。 そして、その後樵の姿を見たものは居ない。 6スレ目 406 てゐが騙すことに罪悪感を持ちかねない勢いで心底尽くしてあげたい。 クリスマスは大切な人と――(6スレ目 571) “クリスマスは大切な人と――” 作:眼帯兎 【http //arukadesu.hp.infoseek.co.jp/】 ◆ 空は凍ったように薄暗く、冷たかった。 それでも、幻想郷に住む人々に、不満の色はない。 もちろん、四季として受け止めていることもあっただろう。 死と隣り合わせの人間にとって、冬は畏怖の対象だが嫌がるものではない。 しかし、所々で楽しげな雰囲気の笑い声が聞こえるのは、少々変わっているのかもしれない。 冬を待ちわびた氷の妖精や、冬の季節妖怪でもなければ、厳しい寒さを喜ぶ者はそうは居ないだろう。 それでは何故、こんなにも嬉々とした空気が漂っているのか。理由は明確だった。 雪も近くなってきた空の下、幻想郷はクリスマスムードに包まれていたのである。 「明日はクリスマスイヴか」 そして、竹林の中の拓けた草原に、背を合わせて座る二つの影にとっても、例外ではない。 「てゐは何がほしい?」 俺は振向くこともなく、背後に座る因幡てゐへと声を掛ける。 僅かに背の影が揺れた、恐らくは、何か考えているのだろう。 「なんでもいいよ。私が喜ぶものなら、ね」 三つほど数えられる間を置いて、てゐはそう口にした。 大層意地の悪い笑みを浮かべているのだろうと、顔を見なくても分かった。 素直に悩んで、喜ばせてみろということなのだろう。 「それじゃあ、俺が一緒に居るってのがプレゼントで」 「それもいいけど、ちゃんと物もちょうだいね?」 自惚れと思いつつも、そんなことを呟くと、予想通りやんわりと却下される。 「……俺の前で、猫を被る必要も無いんじゃないか?」 「そう、それじゃあ……自惚れるんじゃないわよ」 率直な返答が返ってきた。 きっと最高の笑顔で言っているのだろう、分かっていながらも、少し気が滅入った。 「まぁいいや、頑張ってみるよ」 「……うん、楽しみにしてる」 「じゃあ、また明日な」 立ち上がると同時、背の温もりが寒空の下、霧散していく。 同時に感じた喪失感は、いつになっても堪えがたい。 これも、惚れた弱みと言うものだろうか。 最後にと振り返ってみたが、てゐはもう背を向けて帰路へと着いている。 俺は溜息を一つ吐いて、小さく手を振ってから帰路へと急ぐ。 妖怪と逢瀬していると知れたら、里にも居られなくなってしまうのだから。 ◆ 俺はとある商人の下働きとして日々を生きている。 店の番や配達などの雑用が主な仕事だ。 クリスマスと言うことで、店には普段よりも客が多い。 恐らくは、大切な人への贈り物なのだろう。店主が買い集めてきた雑貨が飛ぶように売れていく。 「え、真夜中まで、ですか?」 「あぁ、予想以上に冬の蓄えが少ないんだ……すまないが今日のうちに稼がないと……」 「いえ……わかりました」 そのせいか、日の沈む頃には終わる予定の店番も、急遽延長されることになってしまった。 てゐとの約束は、日の沈んだ頃だ。 店主にも待ち合わせがあると事前に伝えてはいたが、冬の蓄えは出来るときにしなければならない。 逢瀬と蓄え、下働きの俺に、選べる選択肢は無かった。 俺は店主に一言断って、待ち合わせ場所である広場に包まれたプレゼントを置いた。 書置きとして、来られなくなったことを書いたが、首を振って握り締めてしまった。 何となく滑稽に思えたのだ、待っても居ないのに、そうすることが。 明日は店主も店を休む。てゐも、プレゼントさえあれば、納得するだろう。 手紙を握り締めたまま、俺は店への帰路を急いだ。 ◆ 日が落ちていく、紅く染まった空が妙に眩しかった。 熱心に洒落た装飾に見入る客へと言葉を交わしつつも、考えるのはてゐのことばかりだった。 そろそろ、待ち合わせの時間だ。妙に時間に拘るてゐは、店主の気紛れで上がりが変わる俺よりも早く待っている。 今日も、待っていてくれるのだろうか。 首を振って、自惚れた妄想を掻き消していく。 悲しいことに、てゐにとって、俺はそこまでの奴じゃ無い。 「これ、包んでくださる?」 綺麗な声に意識が引き戻される。 目の前に居るのは装飾品に見入っていた、お得意様のメイドだ。 紅い夕焼けに映える銀髪、従事服でなければ、更に美人に思えただろう。 しかし、何故か彼女にはメイド服が一番似合っているように思えた。 本職のメイドとは、そういうものなのかもしれない。 「贈り物でしたら、このカードもいかがですか?」 「え、ええ……そうね」 送る相手は誰なのか、美女だからだろう、何となく気になって覗き込んでしまう。 宛名は、美鈴。恐らくは女性の名前だろう。 「御友人に、ですか?」 「そ、そうね」 顔を上げたメイドさんの顔は、戸惑いを残した笑顔だった。 そこに朱が混じって見えたのは、はたして夕焼けのせいなのだろうか。 ◆ 日は暮れて、里には夜が昇っていく。 遠くに見える山の竹林は、もはや暗くて見えない。 てゐはどう思っているだろうか、プレゼントは、喜んでくれただろうか。 明日になれば、またあの笑顔を見られるのだろうか。 衰えない客足に汗を流しながらも、気づけば彼女のことばかり考えている。 本当に、俺はてゐに惚れこんでいるのだった。 「……○○」 呆然としていた意識を、またも客の声に引き戻される。 しっかりしなくてはと思いながらも、何か、違和感を覚えた。 目の前には帽子を深く被った少女が立っている。 今、この子は俺の名前を呼ばなかっただろうか。 忘れもしない、忘れられるわけもない、聞き覚えのある声で。 「……ばか」 帽子が少しだけ上げられる。 影から出てきたのは、涙の浮んだ綺麗な瞳。 愛しい兎の、可愛らしい顔だった。 「てゐ? なんで、ここに」 「なんでじゃないわよ……ばかぁ」 声が震えている、大粒の涙が、綺麗な白い肌を伝っていく。 何故、この子は泣いているのだろう。 俺は慌てて店から飛び出すと、てゐの元へ駆け出した。 幸い、客足も途絶えた頃だった、てゐもそれを見計らって来たのだろう。 「ごめん、冬の蓄えの為にも、店を抜けられなかった」 「……なんで、書置きもなにもないのよ。これだけ置いて行かれたら、嫌われたのかって、会いたくなくなったのかって……!」 胸に抱かれた包み紙は、渇きかけた涙の跡で汚れていた。 待っていて、くれたのだろうか。泣きながら、一人で。 「一緒に居てくれることの方が、嬉しいに決まってるじゃない。ばか……」 声が細くなっていく。涙が止め処なく溢れていく。 気づくと、俺はてゐを抱きしめていた。そうしていいような気がした。 細い腕が腰に回る、か弱い手が、力いっぱいに抱き寄せてくる。 どのくらい待っていてくれたのだろうか、てゐの身体は、冷え切っていた。 「プレゼント、一つじゃ駄目なんだから」 「あぁ」 「明日は、ちゃんと。ずっと一緒に居ないと許さないから」 「……分かった」 「好きな人と一緒じゃないと、クリスマスじゃないんだから……」 「うん。俺も、てゐと一緒に居たい」 腕の中で、てゐは微かに、泣き顔の中で笑みを溢した。 唇に温かいものが触れる、一瞬のことで何かも気づけないまま、俺はもう一度てゐを抱きしめていた。 「……おい、そいつ……妖怪じゃないか!」 背後から声がかかる。 背筋が凍るようだった。聞き覚えのあるその声は、人間の、店主の声だった。 ◆ 「長い間、世話になってきた。それでも……分かるだろ?」 「……はい」 「手荒なことはしたくねえ。他に知れる前に、里を出てくれ……すまん」 「いえ、ありがとうございました。本当に、長い間……」 頭を下げて、暗くなった山道へと踏み出す。 隣には、困惑したてゐの顔があった。 「私の、せいだよね……」 「いや、禁を破ってたのは俺だから」 妖怪と抱き合っているところなんて見られたら、殺されたっておかしくない。 無傷のままこうして歩いていること事態、幸運だったのだ。 妖怪と人間が一緒に居るというのは、里の者にとって禁忌に他ならない。 故に、俺がてゐに惚れた時点で、こうなることは覚悟していたのだ。 「それに、俺はお前と一緒に居たいから。後悔はしてないよ」 「……ばか」 薄暗い山道、いつもの広場に腰掛けて、今度は背中合わせではなく、向かい合う。 月明かりに照らされたてゐは、綺麗だった。 白い肌は月光に蒼く照らされて、瞳は涙で美しく輝いている。 この子の傍に居られるのならば、本当に後悔は無かった。 「好きだよ、てゐ」 「うん、私も……好き」 月に照らされた二つの影が、ゆっくりと重なる。 時にして二秒程度の行為、俺達は互いに、気持ちを確かめ合った。 唇に残った微かな感触が、気持ちの証拠だ。 「ずっと、一緒に居よう」 ◆ 「と、いうわけで。今日から因幡に混じって雑用係に加わる、○○よ」 「よ、よろしくお願いします」 百を越える兎耳が、乱れることなく整列する光景を目にしながら、深く頭を下げる。 人間に対して嫌悪感を募らせるかと思ったが、兎達は概ね、快く迎えてくれているようだった。 自己紹介を終えてすぐ、俺の周りに兎達の壁が出来る。 やれ何が好きか、人参は好きか、何が出来るか、質問は様々だった。 薬に対しての体性はあるかと言う質問には、大きく首を振るも、看護師の格好をした女性は好都合と微笑むだけだった。 「皆離れなさい、一気に話しかけたら大変でしょう」 「じゃあ、恋人とかはいるのかー?」 てゐの号令に、静まる兎達の中からそんな声が上がる。 隣で、てゐが目を見開いて驚いているのが見えた。 「あー、うん。大切な人が、居るよ」 「な、何言って――」 「隣にね」 ざわめきが広がっていく、てゐの顔は、見たことも無いほどに真っ赤だった。 黒い髪の姫と呼ばれる女性が楽しそうにてゐを囃し立てている。 看護師の格好をした女性が、離れてクスクスと笑みを溢している。 「――○○の……ばかぁ!」 俺は生涯、この子の隣に居るのだろう。 本当に、楽しくなりそうだ。 メリー・クリスマス。 6スレ目 976 永遠亭に遊びに行こうと竹林に入ったら、てゐが出迎えてくれた。 「今日も可愛いね」って挨拶したら、 「今日がエイプリルフールだからって騙されないもん」って得意げな顔された。 しばらくてゐの後についてって永遠亭が見えた所で、「大好きだよ」って告げたら 「そ、それも嘘なんでしょっ!?」ってえらく慌ててた。 帰り道、永琳さんの指示で渋々てゐが竹林の外まで送ってくれた。 別れ際、「大っ嫌いだもん!」って厳しい一言を言われたけど、今は手を繋げるくらいには仲良しです。 7スレ目 710 「ん…?」 いつの間にやら寝てしまっていたらしい。 畳から身を起こし 大きく体を伸ばすと、凝り固まった間接がコキコキと音を立てて軋む。 開け放したままの窓から、風に揺れる竹林と夜空に掛かった月が見えた。 中々風流な光景じゃないか。 永遠亭に居候してからはゆっくり夜空を 見上げたことなど殆どない。 主に注射とか投薬とか人体実験とかで…。 「…思い出したら気分悪くなってきた」 ため息とともに嫌な記憶を吐き出して、再び四角く切り取られた空を見やる。 一枚の絵のような光景をしばらく眺めていた俺の頭を、一つの考えが過ぎった。 「月見酒ってのもいいな」 口に出したが最後、無性に酒が欲しくなってしまった。 『思い立ったら即行動』が信条の俺はすばやく宛がわれた部屋を出、 足取りに気を遣いながらも一路永遠亭の厨房を目指したのだった。 「「…あ」」 しかしそこには先客がいた。 俺の姿に気づいて口を開けると、 銜えていたニンジンの欠片がポロリと落ちて床に転がる。 勿体ねぇな。 「○○ッ…?」 「…何やってんだ、てゐ」 まぁ、何となく分かる。 おそらく俺と似たよーなモノだろう。 俺は珍しくもじもじしている(だがニンジンは手放さなかった)彼女の 脇をすり抜け、厨房の一角を漁りだす。 「…どうしたのよ」 「何がだ」 がさがさ。 「…大声で『盗み食いだぁー!』とか言うと思ってた」 「まぁ俺も共犯っつーか…同業者みてーなモンだしな」 ごそごそ。 「…ニンジンなら手前の籠よ?」 「残念、俺が探してるのは…っと」 奥まった場所にあった一升瓶を引っ掴み、返事の代わりにてゐへと突きつける。 「お酒?」 「ああ、夜空が綺麗だったからな。 月見酒だよ」 「…ちょっと似合わないわね」(こりこり) 「やかましい」 悪態をついたのも束の間、頭の中で閃いた考えのまま、俺は彼女に問いかけてみる。 「…なぁ、てゐ」 「な、何?」(もごもご) 「晩酌に付k」 「ノゥ!」 言い終わらない内に否決された。 「せめて最後まで言わせろよ!?」 「最後まで言ったとしても! 絶対にノゥ!」 幾らなんでもそこまで言うことないんじゃないのか…。 いつもならここで引き下がる俺だが…てーちゃんよ、今の状況分かってるのか? 頑なな態度を取る彼女に向け、俺は自信満々な笑みを浮かべてみせる。 「では君の心変わりを誘発しよう…」 「な、何よ?」 思わせぶりな様子の俺に怪訝そうな目を向けるてゐ。 「なーんか、急に大声あげたくなってきたなぁー」 「っ!?」 すーはー、すーはー、と深呼吸のマネゴトなんぞを してみせると、てゐの顔がはっきり分かるほど青ざめた。 よしよし。 「寝てる皆には迷惑だろーけど、仕方ないよなー」 「あ…あぅ」 ここまでビビるてゐの姿を見るのも珍しいよな、などと思いながら俺は、 「てゐ、晩酌に付き合ってくれるか?」 先ほどよりも少し声音を落として訊いてみる。 彼女はしばらく石のように黙り込んでいたが、やがて小さく頷いて見せた。 …少女(と青年)移動中… 「ありがとなー、てゐ」 「脅迫しといてありがとうもないでしょ?」 「心外だなそれは。 交渉と言え交渉と」 「あ、アンタねぇ…!」 「…別に酌をしろとまでは言わないよ、隣に居てくれりゃ」 「えっ…」 「肴は多いほうがいいだろ。 月とか星とか…女の子とか、な」 「…! …それより、ちゃんと黙っててくれるんでしょうね!?」 「当然。 日本男児は紳士なんだぞー?」 「…意味分かんないわよ?」 するすると襖を開き、青白い月光に照らされる窓際まで歩を進める。 俺を見下ろす月は先ほどよりもやや高くなってはいたが、美しさは依然そのままだ。 ゆっくりと腰を下ろした俺の隣にてゐも座り込み、同じように夜空を見上げる。 「…そんなにキレイなもの?」 「少なくとも俺にとっては、な」 苦笑混じりのため息を吐いて、俺は持ってきた瓶の中身を猪口に注いだ。 揺らめく水面には、不規則に形を変える月が写っている。 それをしばらく眺めた後、 俺はゆっくりと酒を喉へと流し込んだ。 「…ふぅ」 「オヤジ臭いわね」 「うっせぇよ」 自分でもちらっと思っただけに指摘されると腹が立つ。 俺は続いて二杯目を飲み干し、 いざ三杯目を注ごうとしたところで、ふと頭を掠めた考えに手の動きが止まった。 「なぁ」 「何?」 「てゐも飲むか?」 「…うん」 小さく頷くてゐに猪口を手渡し、続いて瓶の中身をゆっくり注ぐ。 こくこく、と何度かに分けて酒を飲み終えたてゐが満足そうな息を吐くのを見て、 俺の顔にも自然と笑みが浮かんでいた。 「…ありがと」 「なーに、お気になさらず」 「そう言われれば、そうよね」 互いに笑いあう。 酒のせいか、それとも窓から見える月のせいか。 彼女との距離が その声がが途切れたとき、てゐは神妙な顔つきで切り出した。 「ねぇ、○○」 「うん?」 「私が、さ」 「お前が?」 いつもの彼女らしくない、たどたどしい口調。 「貴方を好きだって言ったら、信じる?」 「…それが嘘なら流石に悪質すぎるなぁ」 くくく、と喉でだけ笑って見せる。 「どういうこと?」 言ってしまって構わないだろう。 見てるのは彼女と、月だけなのだし。 「だって、両思いになるんだからな。 俺たち」 「え」 「悪戯されてばっかだったけどさ」 それがいつしか。 「俺も、お前と居るのが楽しくなってたから」 俺は、彼女のことが好きになっていたのだろう。 てゐはとん、と猪口を置き、 「私も…○○と一緒に居るのが楽しかった」 同じようにクスクスと笑う。 「私を追いかける時は、私だけ見ててくれてたから」 「はは…てゐはいじめっ子タイプだったか」 「…どういうこと?」 「俺に構って貰いたかった、ってコトだろ?」 「…うん」 「随分と素直じゃないか」 珍しいこともあるものだ。 これが夢だったら恨むぜ、神様? 「素直な私は…嫌い?」 「嫌いじゃないが…俺はいつも通りのてゐが好きだな」 「嘘つきでも?」 「嘘つきで悪戯好きな詐欺師でも」 「あ、ひっどーい」 「今までのツケだ。 ありがたく受け取っといてくれ」 「踏み倒させて貰いますわ」 もう一度、二人して笑う。 この上なく心地いい。 「さて、そろそろお開きに…ってほど飲んでないな」 「逆に考えれば? またこうして飲めるって考えるの」 「おまえあたまいいな」 「誰かさんが言うように詐欺師ですから」 「…むぅ」 やっぱり口では彼女が上手のようだ。 俺は苦笑しつつも立ち上がり、 「そろそろ部屋に戻れよ、夜更かしは健康の敵だろ」 「此処で寝ていい?」 「…お前、襲われても文句言えねぇぞ」 「日本男児は紳士なんでしょう?」 それに、と悪戯っぽい-俺の好きな笑顔を見せててゐは続ける。 「襲うつもりならわざわざ警告したりしないわよね?」 「はぁ…ホンット、お前にゃ敵わねぇな」 「そりゃあ年季が違うからね」 「うるへー。 俺はもう寝ます!」 負け惜しみ以外の何者でもない叫びを上げつつ、俺は布団に倒れこむ。 少ないながらもアルコールの回った脳味噌へと侵攻してくる 睡魔に抗えるはずもなく、俺はあっという間に眠りの世界に落ちていく。 意識が途絶える瞬間、頬に柔らかな何かが触れた。 そんな気がした。 「んぁ?」 目を開けると、横倒しになってはいるものの見慣れた自分の部屋。 のそのそと起き上がり、6割がたぼやけたままの頭を何回か振っていると、 朝の清涼な空気が俺の頬を撫でた。 ふむ、今日も良い天気のようだ。 続いて脳裏に浮かんだのは、今や夢とも現ともつかない夕べの出来事だった。 「どうだったんだろ…」 時間が経つに連れ自信がなくなってくる。 やたらとハッキリ覚えている割には 隣で寝ている(と言っていた)てゐの姿も見えないし。 と、いきなり強い風が 開けっ放しの窓から吹き込んできた。 春も終わりが近いとはいえやはり朝の風は 冷たい。 思わず手で顔を覆い…指の隙間からあるものを認めて。 「…ははは」 知らず知らずの内に笑みを刻んでいた。 放ったらかしの酒瓶と猪口。 どうやら俺はまだ、神様を恨む必要はないらしい。 尤も、これからも 楽しい毎日が続きそうではあるから、永遠にその機会はないかも知れないが。 「…さて、と」 まずは、酒を持ち出した言い訳を考えないといけないな。 拾い上げた猪口を手の平の中で弄びながら、俺はそんなことを考えていた。