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前ページ次ページ瀟洒な使い魔 「――――――」 咲夜が目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。 身体を見れば各所に包帯が巻かれており、あの後誰かがここまで運び治療を施したのだろうと判断する。 身体を動かそうとすると各所がずきりと痛む。まだ完全に治りきってはいないようだ。 痛みはあるが、骨折は綺麗に治っているようだ。まだ無理に動かせるほどではないが。 首をめぐらせて横を見ると、黒髪のメイド……シエスタが濡れタオルを絞っていた。 自分はどれほど寝ていたのだろうか。状況を確認するため、とりあえず声をかけてみる事にする。 「シエスタ、ちょっと良いかしら?」 「あ、サクヤさん! 目が覚めたんですね!」 「ええ、今しがたね。この治療はあなたが?」 するとシエスタは首を横に振り、自分はただ身の回りのお世話をしていただけです、と言った。 あの後宝物庫からここに運ばれた咲夜は、教師による治癒魔法による治療を受けた後、今まで2日ほど眠っていたのだという。 「治癒魔法、ね。そういえば確かあの時、ルイズは気絶していたようだけど。 体のほうには大事無かったのかしら?」 「あ、はい。ミス・ヴァリエールにはお怪我はなかったんですけれど……」 シエスタはそこで言葉を濁すと、「お食事の用意をしてきますね」と言って部屋を退出。部屋には咲夜だけが残される。 ルイズが気絶していた理由。そしてシエスタが言葉を濁した理由。どちらも何となくは推測できる。 その事について思うところがないではないが、どうやらそれについて思いを馳せている場合ではないようだ。 どたどたという騒々しい足音の後に勢い良くドアが開けられ、赤い髪の少女が入ってきたからだ。 瀟洒な使い魔 第5話「少女ルイズ ~Mage Zero」 「サクヤ! 目が覚めたのね!」 「~~~~っ! ちょっとキュルケ、また折れるってあだだだだだっ!」 キュルケに抱きつかれ、咲夜とその病み上がりの体が悲鳴をあげる。 どうやらこの世界の治癒魔法も完全ではないらしく、骨折などの大きな怪我は治しきれていないようだ。 それはそれとして痛い。物凄く痛い。しかし今の咲夜にはキュルケを押しのけるほどの体力がなく、 遅れて入ってきたタバサによるツッコミでキュルケが我に返るまでベアハッグを受け続ける事となった。 「まあ、気がついたみたいで良かったわ。心配してたのよ?」 「心配していたなら病み上がりにベアハッグはやめてもらえないかしら。 折角くっついたのにまた折れるかと思ったわよ」 「あはは……」 ジト目で睨む咲夜とばつが悪そうに視線をそらすキュルケ。しばしその奇妙な睨み合いは続いたが、 咲夜の「まぁ良いわ、心配してくれたというのは嬉しいし」と言う言葉で打ち切られた。 「それはそれとして、キュルケ、あの後どうなったのか教えてくれる?」 「ええ。ゴーレムが崩れてからでいいかしら?」 キュルケの説明によれば、ゴーレムが崩壊されてからは大騒ぎだったらしい。 何せ襲ってきたのがあの『土くれ』であり、未遂で済んだとはいえ自慢の宝物庫に侵入されたからだ。 しかも当直であったシュヴルーズは当直をサボって自室で眠っており、タバサが戻るのが遅れたのもソレが原因なのだそうだ。 その事でシュヴルーズは責められはしたが、サボっていたのはシュヴルーズだけではなかったらしく、 結局はオスマンの鶴の一声で責任の所在はうやむやになったという。 なお、ルイズが破壊した壁に関しては『フーケが破壊した』と報告したらしく、 その辺りに関しては抜け目がないなぁ、と咲夜はキュルケの性格を再認識した。コレもお国柄と言うやつだろうか? 「……ちょっと待って、フーケはどうなったの? 確か私が吹き飛ばした後ゴーレムの残骸に埋もれてたはずなんだけど」 「フーケ? さぁ……あ、貴方の剣とミス・ロングビルなら埋まっていたみたいよ? ただ生き埋めになってたりでまだ目を覚ましてないらしいけど……」 「ミス・ロングビルがフーケなのよ! 早く……痛っ」 思わず大声を出してしまい、治りきっていない肋骨がぎしりと痛む。 そうだ。ミス・ロングビルとは仮の名前。その正体は怪盗『土くれ』のフーケなのだ。 目を覚ませばすぐに逃げ出すに違いない。痛む身体に鞭をうち起き上がろうとするが、 それは新たに入ってきた来客によって制された。 「ミス・イザヨイ、病み上がりで無茶をするものではないぞ。安静にしていなさい」 新たな来客とは、魔法学院学院長、オールド・オスマンであった。予想外の来客にキュルケが思わず居住まいを正す。 タバサの方は特に気にしていない風であったが、何処となく緊張しているような雰囲気を感じた。 「ですが、オールド・オスマン。薄々分かっておられたでしょうが、ミス・ロングビルは……」 「あの状況じゃからな。分かっておるがまあ問題はない。 『フーケに人質に取られていた』ということにして、安静の為として眠りの香を炊いておる。 そうそう起きやせんから安心しなさい。ところで、ミス・イザヨイ。わしに聞きたいことがあるのではないか?」 そう言われて、咲夜は自分が気絶する前に使ったものを思い出す。 あれは本来幻想郷にいる人間の作ったものだ。めったなことでもない限りその外の世界に有るはずがないのだが…… 「……そうですね。キュルケ、タバサ、部屋に戻っていて頂戴。 もうすぐシエスタも来ると思うけど、できれば部屋に入ってこないように伝えて」 何よそれ、と言おうとしたキュルケの襟首を杖に引っ掛け、タバサがキュルケと共に退出する。 それを確認すると、オスマンは『ロック』を扉にかけた後『サイレント』を廊下一帯にかけ、 防音を施した密室を作り上げる。 「有難うございます、オールド・オスマン。私が気を失う前、持っていた物についてなのですが」 「うむ、『ハッケロ』の事じゃな。これの事じゃろ?」 そう言ってオスマンが取り出したのは、気絶する前、フーケを吹き飛ばす時に用いたアイテムだった。 八角形の箱で、片面には穴が開きそれを囲むようにして直線で構成された紋様が描かれている。 ミニ八卦炉。それがこのアイテムの名前である。 魔力を燃料として自在に火力を変化させる事ができ、スペルの媒体としても使われるマジックアイテム。 幻想郷には確か1つしかないはずのものであるし、ある人物が持ち主の為に作った一点もののはずだ。 見る限り、このミニ八卦炉は持ち主……霧雨魔理沙という魔法使いの持っていたものと全く同じである。 ただ、唯一違うのはこちらのものは大分年季が入った代物のようである点だが。 「ええ。失礼ですが、オールド・オスマンはこれをどこで? 私の知る限り、これは私が元いた場所にいる知人が持っている1つきりのはずですが……」 「そうさなぁ。これも何かの縁じゃ。どうやら彼とも知らぬ仲ではないようじゃし、 君にであれば話してもよいかもしれんな」 オスマンはベッド脇の椅子に座り、宙を見つめてその時のことを語り始めた。 今から三十年ほど前、森を散策していたオスマンは、ワイバーンに襲われていた1人の青年と出会った。 見たこともない異国の服を着た彼はハルケギニアとは違う世界から来たのだと語り、 そのまま暫くオスマンの元へと滞在していたのだという。 「そしてある日じゃ、ドレスを纏った妙齢の美女が彼を迎えに来てな。 彼は友情の証にと作っていた『ハッケロ』を残して帰ってしまった。 それきり音沙汰もないのじゃが、果たして今何処で何をしているのだろうかのう」 「その人の名前はご存知ですか? 恐らく貴族ではないのに姓名があり、姓が頭に来る方式の名前のはずですが」 「おお、やはりミス・イザヨイの知り合いだったようだの。 名前は確か、モリチカ……そう、モリチカ・リンノスケと言ったか」 やはりか。何やってんだあの古道具屋。咲夜は微妙に頭を抱える。 森近霖之助。幻想郷において様々な道具を扱う道具屋を経営している人物で、 咲夜も度々利用している為親しいとは言いがたいが面識はある。 マジックアイテムの製作なども得意とし、確かあのミニ八卦炉も彼の手になる作品であるらしい。 この世界にもそれがあるということは、恐らく彼がこの世界に訪れた事があるというのは本当なのだろう。 となると、このミニ八卦炉は魔理沙が持っているものの試作品とでも行ったところだろうか。 「彼の話はにわかには信じがたい事ではあったが、どれもこれも興味深い話ばかりであったよ。 マジックアイテムの製作理論や、彼や君の居た『ゲンソウキョウ』と呼ばれる場所。 彼は私物は帰る際に粗方持ち帰ったようでの。あのハッケロとその取扱説明書だけが唯一残されたものじゃった。 長い人生いつかまた会う事もあろう。そう願ってあれを宝物庫に保管しておったのよ。 便利なマジックアイテムではあるが、扱い方を間違えれば危険なものでもあったからのう」 「なるほど……概ね理解しました。彼もやはり使い魔として召喚されたのでしょうか?」 「いや、それは分からん。彼の言うところによると『結界の外に出ようと思ったらここに居た』と言っておったからのう。 たしかゲンソウキョウは結界で閉ざされた世界なのじゃろう? 結界を無理に抜けようとしたからなど、仮説は考えられるが、確かな事は何一つ分からんかったよ。 彼を『迎えに来た』というあの女性ならあるいは、と思うんじゃが」 霖之助を迎えに来た女性。咲夜はそれが誰か、ほぼ見当が付いていた。 八雲紫。幻想郷でもトップクラスの実力を持つ妖怪で、並ぶもののないほどの知識をも併せ持つ。 霖之助を迎えに来たのは恐らくただの気まぐれであろうが、 彼女ならば異世界だろうが何処だろうが、容易く行き来が可能だろう。 あるいは、霖之助がハルケギニアに行った事そのものが八雲紫の起こした事なのかもしれない。 「その相手に関しても、恐らくですが見当が付いています」 「ほほう。ならばミス・イザヨイも迎えに来てもらえるのかの?」 「それは分かりません。なにせ人間の基準で言えば相当な変わり者ですから…… やはり、もうしばらくは大人しくここで待っていた方がいいのかもしれませんね。 私の主人の友人の方もとても優秀なメイジなのですが、その方が何らかの手段を講じるでしょうし」 新たな収穫はあったが、咲夜は結局学院にとどまる事を選んだ。 どうせ自分の力では行き来する事は不可能なのだ。迎えが来るまでは大人しくひとつ所に留まろう。 それが、咲夜の出した結論であった。 「さて、こんな所かのう。水系統の先生を呼んでおこう、治療と食事が済んだら儂のところへ来なさい。 ミス・ロングビル、いや、フーケと面会させよう。儂も彼女には聞きたいことがあるでの。 ……そうじゃな、ミス・ツェルプストーとミス・タバサも連れてくるといい。 あの2人もミス・ロングビルがフーケであることを知ってしまったようじゃし」 「すいません、つい口が滑ってしまって……」 「構わんよ。あの2人は留学生じゃがそこそこ信用できそうじゃ。何より実力もある。 まったく、トリステインの貴族はプライドばかり高くてのう…… そうそう、そのハッケロはミス・イザヨイに差し上げよう。 わしの私物じゃし、君ならば使い道を誤るまい。まあ、フーケを撃退してくれた報酬と思っとくれ」 とまで言いかけて、「おっと、前半は秘密にしておいてくれぃ」と言い残し、 オスマンは部屋にかけていた魔法を解いて退出。少しして、料理を持ったシエスタが入ってくる。 病み上がりである咲夜を気遣ったのか、メニューは柔らかいパンと野菜のスープだった。 聞くところによれば、マルトー自ら腕を振るったものであるらしい。 「何でか知らないけど、あの人に気に入られちゃってるのよねぇ。シエスタ、分かる?」 「マルトーさんは貴族嫌いで有名ですからねえ。 平民なのに貴族をやっつけたサクヤさんが大好きなんだって言ってましたよ」 そんなに強くなかったし、あれでも手加減した方なんだけどなあ、と思いながらパンをむしる。 少し冷めてしまっているが中々美味しい。と、そこにまたもやどたばたという騒々しい足音が聞こえてくる。 「シエスタ、巻き込まれたくなかったら逃げていいわよ。食器は自分で片付けておくし」 「すいません。置いておいてもらえれば後で回収しておきますので……」 ぺこりと一礼してそそくさと退出するシエスタと入れ替わりに、キュルケとタバサが入ってくる。 入り口の方では水系統の教師であろう人物が大変迷惑そうにしていたが、キュルケは全く気にしていないようだ。 「キュルケ、とりあえずまた後でね。オールド・オスマン自らその辺りは解説してくれるそうよ」 このまま騒がれては『治癒』の魔法が失敗するかもしれないと追い出そうとするが、 キュルケはぶーたれていつか来た時に運び込んだソファに腰掛ける。すっかりたまり場扱いである。 「良いじゃない見てるぐらい。貴方の治療費の1/3、私が出したんだし」 「私も出した」 手元の本に視線を落としたままでタバサが言う。 聞けばルイズ・キュルケ・タバサの3人で治療費を折半したのだという。 ならば多少の乱行は許さねばなるまい、と咲夜は溜息をつき、ふと気付く。 「そうだ、ルイズはどうしたの? シエスタに聞いたけどなんか言葉を濁されちゃって。 まあ、予想は大体付くんだけど」 「まあ、大体その通りだと思うわよ。先生いる時に話す話でもないし、とりあえず治療が終わってからにしましょ」 「……そうね」 そして、暫くは静かな時が流れ、治療が終わる。体の痛みも大分引いた。 教師によればこれ以上は自然治癒に任せるべきだ、との事。確かに触媒となる秘薬代もバカにならないし、 あまり借りを作りすぎるのも問題だ。教師が出て行くのを確認してから、キュルケのほうを見る。 「まあ、言ってしまえば簡単なのよ。今回のフーケ騒動、何もかにも自分のせいだって塞ぎこんでるわけ。 宝物庫に穴開けたのもだけど、サクヤをふっ飛ばしちゃった、って言うのが一番効いたんでしょうね。 その直後にあれでしょ? サクヤは無事だったとしても、ショックはかなり強かったんじゃないかしら。 あの子、変に責任感強い所あるし……」 「確かにね。この怪我をする事になった直接的な原因ではあるし、思うところがないではないけど。 ……まあ、今更責めても仕方ない事よね。気持ちは分からないでもないし」 使い魔として接しているこの暫くの間だけ見ても、ルイズはとてもプライドが高く、意地っ張りである。 そして魔法が使えない貴族である事の反動なのか、何かにつけて『貴族である』と言うことに固執している。 そして、『役立たず』と思われることにも。 いつかルイズから聞いた話を思い出す。ルイズの母は、かつて生ける伝説として名を馳せたメイジなのだという。 そして、一番上の姉もまた学院を首席で卒業し、アカデミーという研究機関の研究員としてその腕を振るっている。 仕方ないといえば仕方ない事なのだが、そんな優秀すぎる家族と比較され続け、 その上で『魔法が使えない』という残酷すぎる現実に直面し続けていたという事は、どれほど辛い事だろう。 ルイズは人一倍の努力家だ。座学だけで言えば学園でもトップクラスであろう。 だが、彼女は魔法が使えない。ただそれだけで『ゼロ』とよばれ、嘲笑の的になっている。 どれだけ努力しても報われない。それはルイズの心を少しづつ追い詰めているのだろう。 ちょっとした挑発でもムキになったり、自分を吹き飛ばした時のような後先考えない行動に出てしまうのもそのためだ。 「一度、話してみないといけないのかしらね。幸い身体も動くようになったし、 ちょっとルイズの部屋に行って来ようかしら」 「あ、それじゃあ私はここで待ってるわね。終わったらオールド・オスマンのところに行きましょう」 キュルケは手をひらひらと翻して見送ろうとするが、咲夜はその手を掴むとずるずると引きずって外へと出る。 「何言ってるのよ、そもそも元を辿れば貴方がルイズを挑発したから事態がこじれたんでしょうが。 ルイズに謝るのよ。それが今貴方が積める善行だわ」 「じ、冗談言わないでよ! ヴァリエールなんかに頭を下げるなんて、ツェルプストーの面汚しだわ!」 「そう。折角の綺麗な顔がリスみたいになるなんて、残念よキュルケ」 そう言って、咲夜はキュルケを見つめ、にこりと微笑む。 キュルケの背筋にぞくりとした感覚が走る。やばい、このメイドやる気だ。 逆らったら容赦なくあの時のギーシュみたいにされてしまう。 そう直感したキュルケは大人しく力を抜くと、咲夜に引きずられて部屋を出て行った。 そして、ルイズの部屋の前。咲夜がノブに手をかけるが、鍵がかかっているのかドアが開かない。 そのため、キュルケに目配せをして『アンロック』を使わせる。校則違反らしいが、知ったことではない。 自分の部屋に入ってくるときにキュルケがいつもやっている事だ。咲夜にしてみれば何を今更、と言う話である。 「入るわよ、ルイズ」 部屋に入ってみると、そこら中に衣服や小物が散らばっていた。 テーブルが倒れていたり椅子が逆さまになっていたりもしたが、 元々ルイズの部屋は物が少ない為に散らかり放題、と言うほど散らかっては見えない。 恐らく苛立ち紛れにあちこちひっくり返したのだろう。 当のルイズ自体はベッドの上で座り込んでいる。いわゆる体育座りの体勢で俯いており、表情は見えない。 まあ明るい精神状態ではないだろう、と咲夜は考える。 「……何よ」 ルイズが顔を上げる。酷い顔だ。眼の下にはクマができ、ロクに寝ていないのだろうということが分かる。 よく見れば髪はぼさぼさに乱れている。もしかしたら2日ずっとベッドの上から動かなかったのであろうか。 「貴方が不貞腐れてるって聞いてね。いい加減機嫌直しなさいな。 フーケは捕まったし、私はこの通り動けるようになったし」 「嫌よ。私は『ゼロ』だもの。外に出たらまた何か騒動を起こすわ。 貴方だって今度は怪我じゃ済まなくなるわよ、きっと。 そんなのは嫌だもの。だから、もう何もしない。何もしなければ、何も起きないんだもの」 そう言って突っ伏す。駄目だこりゃ、と溜息をつきながらも、咲夜はルイズの横に腰掛ける。 「ゼロ、ねえ。貴方が本当に『ゼロ』だったらどんなに良かったことか。 魔法成功率『ゼロ』%だから『ゼロ』のルイズ。で、よかったのかしら?」 『ゼロ』という度にぴくりと反応するが、返答はない。どうやらルイズは無視を決め込んだようだ。 これは手強いな、と思いながら、自分の知る限りのルイズの失敗を挙げ連ねていく。 咲夜を召喚した時、契約をしようとして拒絶された時の事。 召喚されてから初めての授業で、『錬金』をしようとして盛大に失敗した時の事。 キュルケにからかわれ、ムキになってランプを魔法で点灯させようとして爆砕した時の事。 一つ言うたびにルイズはぷるぷると震えだし、次第にそれが大きくなっていく。 そしていくつか目の失敗を挙げた時、ルイズは跳ね起きて咲夜に掴みかかった。 「何よ何よ、黙って聞いてれば言いたい放題! ええそうよ私は『ゼロ』よ! 魔法が一度も成功した事のない『ゼロ』のルイズよ! 『錬金』しようとしては爆発して、『ロック』だってランプの点灯だってできないわよ!」 ルイズは咲夜の襟首を掴み、堰が切れたように怒鳴り散らす。止めるべきかとキュルケが歩み寄るが、 咲夜はそれを手で制し、薄く笑みを浮かべて黙ってそれを聞いている。 「サクヤはいいわよね、 掃除だって料理だって出来るし、凄く強いし、先住魔法みたいなこともできるし! でも私には何も出来ないのよ! コモンマジックも使えないし、公爵家って家柄しかないのよ! 風邪っぴきのマリコルヌだって、ナンパなギーシュだって、そこの色ボケのツェルプストーだって! 皆魔法が使える、『錬金』もできれば、ランプだって点けられる! でも、私にはそれさえできないのよ!」 咲夜の頬に雫がかかる。見てみれば、いつしかルイズは泣いていた。 怒鳴り散らす声にも嗚咽が混じってきた。それでも、咲夜は笑みを崩さず、何も言わない。 「母様のような凄い魔法使いになんてなれなくていい、ねえさまのような学院主席になんてなれなくていい! ただ、魔法が使えればよかった! でも、私にはコモンマジックすら使えない! 私は『ゼロ』なのよ、『ゼロのルイズ』なのよ!」 そこで、嗚咽交じりの絶叫は途絶える。息が切れたのか、はぁはぁと荒い息をついて顔を伏せるルイズ。 今のは間違いなくルイズの本音だろう。16年、ずっと溜め込んできた彼女の感情。 それを聞いてなお、咲夜の表情は変わらない。ルイズを抱き寄せ、隣に座らせ、 どこからともなく取り出した櫛で髪を梳かしながら、咲夜は呟いた。 「そうね、あなたが本当に『ゼロ』だったら、私もこんな所に来る事も無かったんだけど」 「え? サクヤ、それ、どういうこと……?」 思わぬ言葉にルイズが顔を上げる。まさか、そんな事を言われるなんて思っていなかった。そんな顔だ。 「だってそうじゃない? 貴方が召喚を成功させなかったら私がここに召喚される事もなかったわけだし、 契約を成功させなかったら貴方の使い魔をやることも無かったわけだし。 それに聞いてみれば魔法が失敗して爆発するなんて貴方ぐらいなのよね? キュルケ、ルイズ以外は魔法が失敗するとどうなるの?」 「え? そりゃ、何も起こらないわよ。ルーンを言い間違えて別の魔法が発動、ってことはあるだろうけど。 私も昔は何回かあったもの、そういう事」 「ほらね? そういう点から見ると、むしろルイズが異常なのよね。魔法には詳しくないから分からないけど、 何かしら別の要因があって爆発しかしないんじゃないかしら?」 ルイズは目をぱちくりさせる。そういう考えもあったのか。 今まで『失敗』だからとそこから先は何も考えた事がなかった。 何より、母や姉に怒られていたため思考を発展させるどころではなかったというのもあるが。 「確かに、言われてみれば……」 「だから、あんまり気に病むことなんて無いのよ。遅咲きなだけかもしれないし。 それに、私だって最初からメイドとして優秀だったわけじゃないのよ? メイドを始めたのは紅魔館……ああ、私の働いていたお屋敷ね。そこに来てからなのだし」 丁度髪も梳かし終わったようで、はいお終い、と頭を軽く叩く。 「最初から完全な人間なんていないのよ。貴方のお姉さんだって、お母さんだって、最初は失敗したでしょう。 それにね、確かに貴方の魔法で吹っ飛ばされて、ゴーレムに殴られて骨は折れたけど、 貴方が魔法で開けた穴に飛び込んだお陰で潰されずに済んだわけだし。 そのことだけは有難うと言わせて貰うわね」 そして、さて、と言い置いてから咲夜はキュルケに目配せをする。 キュルケはぶんぶんと首を横に振るが、咲夜が笑みを見せると、 引きつった顔をした後にルイズに頭を下げた。 「ルイズ、貴方をあの時からかった事は悪いと思ってるわ。 そのせいでサクヤは骨を折るし、貴方だって塞ぎこんだし。 ヴァリエールに頭下げるなんてしたくなかったけど、元をただせば私のせいだし。 今回ばっかりは謝るわ、ごめんなさいね」 思わぬ相手の謝罪に、ルイズは驚きつつも憎まれ口を叩く。 なんだかんだで自分にも非はあるわけだから、ここはおあいこだろう。 「べ、別に謝って欲しくて塞ぎ込んだ訳じゃないわよ。でもちょっと溜飲は下がったわね。 なんせあのツェルプストーに頭を下げさせたわけだし。って、サクヤ? なんで私を膝の上に腹ばいにさせてるの? その笑顔と掲げた右手は何?」 「ええ、そういえば吹っ飛ばされた分のお仕置きがまだだったかな、と思って。 え? さっき有難うって言ったじゃない? ええ、そうね。本当に助かったわあの時は。 でも、それはそれ、これはこれ。信賞必罰と言うやつよ」 掲げられた右腕が霞むほどの速さでルイズの尻めがけ振り下ろされ、パァンという破裂音にも似た打撃音が響く。 要するに尻叩きである。ルイズがさっきとは違う意味での絶叫を上げるが、そんな事で手を緩める咲夜ではない。 一撃し、破裂音が響き、絶叫が響く。ここまでがワンセット。 悲鳴も少女らしい『ひゃん』や『きゃん』ではなく、『ぎゃん』と言う身も背も無い絶叫。 咲夜の本気具合が分かろうものである。 それが10度も繰り返される頃には、ルイズはぐったりと伸び、完全にダウンしていた。 「まあ、この辺にしておいてあげましょう。可哀想だし」 横に視線を移せば、そこには床に転がり腹を抱えて大笑いしているキュルケがいる。 咲夜はルイズをベッドに転がすと、キュルケを助け起こし、おもむろに先程のルイズ同様の体勢に移行する。 キュルケが咲夜を見上げる。『え、なんで私も?』と言う顔だ。それに対して咲夜は笑顔で返し、一言。 「貴方にも非があるのだから、貴方にもお仕置きしないと不公平でしょう?」 少し後、ルイズの部屋のベッドにはうつ伏せで尻を真っ赤に腫らした少女が2人転がっていたという。 前ページ次ページ瀟洒な使い魔
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前ページ次ページウボァーな使い魔 「…貴様は誰だ?」 澄み渡る青空の下に広がる新緑の草原。そこに集まっている十代半ばの少年少女たち。 その集団から少しばかり離れたところでは、茶色の地面が肌を覗かせ、その周囲には土煙が舞っている。 やがて舞い上がる土煙が落ち着き、その中心部に立っていた「彼」が最初に発した言葉は、 目の前に立っている桃色の髪の少女に向けたものだった。 男の背丈は1.8メイル程度。 細身ではあるが、身につけた派手な装飾品のせいだろうか。かなりの威圧感がある。 大きく左右に突き出した肩当てと金の胸当てがついたローブをまとい、 1メイルちょっとの杖を持つところをみるとメイジなのは間違いない。 髪は金髪で角のような大きな髪飾りをつけていた。その顔は端正で、一見すると女性に見えないこともない。 だが、その整った顔からはぞっとするほどの冷酷さが感じられた。 現に、目前の少女に向けられた彼の視線は人間を虫けらと見下すような尊大なものであった。 ここは、ハルケギニアのトリステイン魔法学校。 魔法を使う「メイジ」を養成するための学校である。 トリステインの貴族の子弟だけでなく、他国の貴族の子弟も集う歴史ある魔法学校だ。 そして、今は春の召喚の儀の真っ最中であった。 一人前のメイジを目指す生徒達は、この儀式で各自にふさわしい使い魔を召喚し、契約を結ぶ。 これはトリステイン魔法学校の進級試験も兼ねている。 とはいえ、大半の生徒はすでに各々の使い魔を召喚し、契約を済ませてしまっていた。 トカゲの使い魔もいれば、鳥の使い魔の姿も見える。皆、契約を交わした主人の傍につき従っている。 残す生徒は桃色の髪をした少女「ルイズ」ただ一人のみである。 しかし、彼女の数十回に及ぶ召喚への挑戦は全て爆発を引き起こすという結果に終わっていた。 このルイズは貴族=メイジが常識であるこの世界で、貴族にも関わらず魔法が使えないのである。 そんなルイズの召喚=爆発に巻き込まれぬように、彼女の挑戦を遠巻きに眺める生徒たち。 初めのうちこそ「やっぱりゼロのルイズだな」と軽口を叩くものも多かったが、 その挑戦回数も20を数えようとしており、流石に皆も飽き始めていた。 なにしろ皆、自分の使い魔を得たばかり。さっさと部屋に戻り使い魔と戯れたいのが本音だろう。 「どうせ、成功しないのに」多くの者がそう思っていた。 「そろそろあきらめたら…」そう考える者もいた。 爆発音…再び巻き上がる土煙。 「あ…あれは!」 退屈を絵に描いたようなギャラリーの反応は、教師コルベールが発した驚きの声によって破られた。 そう、ルイズの前に広がる茶色のクレーター…爆発により大地がむき出しとなった空間、その中心に人影が現れたのである。 「ま、まさか…」 「でも、あれは人間?」 「しかも、貴族じゃないか?杖を持ってる…」 「おいおい、人間を使い魔にするのか?」 ギャラリーたる生徒たちは囁き合った。 「彼」を召喚してしまった当のルイズも、混乱していた。 ようやく『サモン・サーヴァント』に成功したと思ったら、現れたのは人間でしかも恐らくは貴族。 その貴族が明らかに自分を見下した態度で名前を尋ねてきたのだから。 「聞こえなかったか?…貴様は誰だと聞いている。」 当惑していたルイズに再び男が問いかける。それにしても初対面の相手に貴様とは失礼も甚だしい。 普段の彼女ならば、即座に文句の一つも返すところ。 だが、男の放つ威圧感…オーラとでも表現すればいいだろうか。 とにかく、ルイズはその男の雰囲気に圧倒されていた。軽く恐怖を感じていたと言ってもいい。 しかし、貴族としての矜持を持つルイズは使い魔に舐められることなどあってはならないと意を決して口を開く。 「ひ、人に名前を尋ねる前に自分が名乗ったら?」 男の片眉がピクンと跳ねた。 一方で他の生徒たちに近い位置…すなわちルイズから距離をとって眺めていた教師=コルベールも、 どうやらとんでもなく面倒な事態が起こったらしいことに気がついた。 格好からすると、召喚された男は貴族…それもかなり地位の高い男のようだ。 場合によっては外交問題、最悪戦争の危険もある。なにより、男の放つただならぬ雰囲気も気になる。 いくら召喚した本人だからと言っても、彼女一人に任せておくわけにはいかない。 まずはあの貴族に事情を説明せねば…とコルベールは男に近づいた。 他の生徒たちにはその場で待機するように指示を出し、男まで1メイル程度の距離まで歩みを進める。 だが、コルベールを余所に2人の会話は進む。 まずは自分から名乗れという少女の言葉を受けて、男は不機嫌さを隠さずに問いかけた。 「私を知らぬのか?」 「し、知らないわよ!」 知っていて当然と言わんばかりの言葉に、ルイズは即答する。 その返答は、さらに男を不機嫌にしたようだ。眉を顰め、その視線はさらに厳しくなる。 「無礼な…私は皇帝だ。」 男から予想を上回る言葉が飛び出し、ルイズをさらに混乱させた。 (こ、ここ皇帝!? 私、皇帝を召喚しちゃったの!?) ちょうど二人の隣で話を聞いていたコルベールの驚きもまた相当なものだった。 地位の高そうな貴族だとは思っていたが、なんと皇帝だという。 付近で皇帝と言えば、まずはゲルマニアのアルブレヒト3世が頭に浮かぶ。 どこの皇帝にせよ、非常にまずい。このストレスは間違いなく頭髪に悪影響を与えるだろう。 幸いなことに少し距離があるので、他の生徒達には彼が皇帝であるという話は聞こえてはいないようだ。 こんな話が伝われば場はますます混乱するに決まっている。 まずは状況を説明することが肝要だ。そう考えたコルベールは、皇帝を名乗る人物に話しかける。 「横から申し訳ありません。私はジャン・コルベールと申します。」 男はゆっくりとコルベールに視線を向けた。 あいかわらず路傍の石でも見るような目だが、まだ少女よりも話になると思ったのだろう。 「では、コルベールとやら。そなたに聞こう。ここはどこだ?」 コルベールは男の機嫌を損ねないように、恭しく答える。 「ここはトリステイン魔法学院です」 「トリステイン?」 一方、召喚された男もいまだ事態を把握できていなかった。 自分はレジスタンスとの死闘の末に敗北し、今度こそ死が訪れたと思っていた。 しばらく眠っていたようにも、一瞬だったようにも思う。 はたまた、どこか異世界で戦っていた夢を見ていたようにも思う。 そんな中、ふと何かに呼ばれたように思い眼を開くと、青い空と緑の草原と自身を包む土煙―。 そして桃色の髪をした少女。さらには、初めて聞く「トリステイン」という言葉。 「トリステインとは地名か?」 男はコルベールに対して問いかける。 まずはここがどこかを知らなければならない。 一方のコルベールは、男の問いを受けてごく僅かだが安堵した。 トリステインを知らないとなると、皇帝と言ってもかなり遠方の国の皇帝だろう。 戦争にまで発展する可能性は激減する。外交問題以前に国交もないのだろう。 だからと言って、相手が君主である以上は機嫌を損ねるのは問題だ。 コルベールは、できるだけ丁寧に対応することに越したことはあるまいと考え説明する。 「えー、トリステインと言いますのは…」 だが、その男にとってコルベールの説明に出てくる地名はどれもこれも聞き覚えのないものばかりだった。 召喚された男、彼は皇帝…しかも世界支配に乗り出した皇帝だった。 世界のほとんどの地域を制圧し、世界支配の目前までいった。そんな彼が名すらも知らぬ国・地方が世界にあるものだろうか。 彼は異界よりの数多の魔物を呼び寄せ使役していたこともある。文字通りの地獄にも行った身だ。 ゆえに理解できた。ここは自分のいた世界ではないと。 確認のためにコルベールに問いかける。 「コルベールとやら。パラメキアを知っているか?」 「パ、パラメキア? それは地名でしょうか?」 コルベールの答えで、彼の予感はほぼ確信となった。 (やはり、ここは異世界で間違いないようだ。 我が世界の者なら、どんな辺境の者であろうと帝国の名を知らぬはずはない。 問題はなぜ余が異世界にいるのかだが…) コルベールらが、自分がこの異世界に出現した理由について無関係とは思えない。 「コルベールよ。私は何故、このようなところにいるのだ?」 「そ、それは…」 「私の使い魔になるためよ」 言いよどむコルベールに代わり、言葉を発したのは桃色の髪の少女であった。 前ページ次ページウボァーな使い魔
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前ページ次ページゼロの超律 風が変わった。それが、「この世界」に対してマグナが抱いた印象の初めである。 海水と真水が入り混じった湖から吹く、少しだけ潮の匂いがする風はなくなり、草原の上を走る爽やかな風が吹いている。 ざわざわと、周囲から大勢の人間のざわめきが聞こえた。 「どこだ、ここ……?」 正面には召喚師風の格好をした若者が多数。その向こう側には壁に囲まれ、塔を備えた要塞にも見える建築物群。 王都ゼラム……直前までマグナが認識していた、滝と湖が美しい街ではない。 『平民! ゼロのルイズが平民を呼び出したぞ!』 『ぷ、ふふふふ……あははは』 誰かが発したその言葉を引き金に、周囲から哄笑が巻き起こる。その中で屈辱に肩を震わせている、桃色の髪の少女が一人。 言語は理解できないが、マグナにはその理由がなんとなく理解できた。哄笑の種類に覚えがあるのだ。 周囲に響く笑い声は、自分よりも身分が、能力が低いものを見下してあざ笑う、蒼の派閥でもよく聞いたものだった。 『ミスタ・コルベール! やり直しを、サモン・サーヴァントのやり直しをお願いします!』 『ミス・ヴァリエール、それは許可できません。使い魔は、召喚者にとってもっとも必要なものが呼び出される。それを気にいらないと言う理由だけで拒否することは、始祖の意思に反することになるでしょう』 (……怒鳴っても、余計に笑われるだけなのにな) マグナは、怒りを隠せない桃色の髪の少女が額の広い中年男性に詰め寄る様子を、普段の彼とは異なる冷たい思考で眺めていた。 『う、ううっ……』 やがてルイズは、諦めたように肩を落とした。迷うように振り向いて、それから怪獣のような足音を立ててマグナに近付く。 『平民にこんなことをするなんて……うう、屈辱だわ。我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』 「むぐっ!?」 突然の口付けに、マグナは驚愕する。彼とて年頃の少年だ。年下とは言え、同年代の少女に唇を奪われては冷静ではいられない。 しかしそんな思考は、左手に走った、焼きごてを押し付けられたような痛みの前に沈黙した。 ただの痛みではない。精神力を根こそぎ持っていかれるような激痛だ。 「がっ!? あ、ぐっあ……」 「落ち着きなさい。左手に使い魔のルーンが刻まれているだけよ」 「なっ……痛ぅ」 唐突に言語が理解できるようになったことに、マグナは驚愕した。 召喚術。ようやくそこに行き着く。 マグナの知る召喚術は、召喚した対象にリィンバウムの言語と文字を理解する能力を付加する。絶対服従の誓約とともに。 リィンバウムでは召喚と誓約を同時にする点で異なるが、それでも自分が異世界に召喚されたと理解するには十分だった。 召喚師の自分が召喚獣か。滑稽だなとマグナは自身を嘲ってから、それも良い、と諦める。 どうせ誓約が成されたのなら、反抗は無意味だ。帰還は召喚者の意思によってのみ成される。 自分は逃げてるなと理解しながらも、マグナは示された逃避場所から目を離せない。 「ほう、珍しいルーンだな」 「ルーン?」 「あなたの左手の文字ですよ」 先ほど目の前の少女に詰め寄られていた若干頭部の構造物が寂しい人物が、マグナを覗きこんで彼に刻まれたルーンを紙に書き込む。 書き込みを終わると、コルベールは周囲の若者に解散の指示を出した。 指示を受けた若者達がふわりと空に舞い上がる。 「人が、飛んだ?」 「当然よ、メイジだもの」 「お前は歩いて来いよなゼロのルイズ! 平民とならお似合いだぜ」 「ッ!」 上空から降ってきた、ルイズとマグナを侮辱する言葉に、ルイズは顔を真っ赤にしてうつむいた。 その様子に、マグナは少しだけカチンと来る。彼自身は無能者として嘲られることに慣れている。 だがその不快感を知っているだけに、ルイズが嘲笑されるその姿に、マグナは無性に腹が立った。 一瞬、さほど速くも無い速度で飛ぶ無防備な彼らを、召喚術を使ってまとめて撃墜してやろうかと、黒い思考がよぎる。 幸い、固まって飛んでいる。範囲攻撃ができる召喚獣ならば…… 「不快な思いをさせて申し訳ありませんな」 「あ……」 背後から声をかけられて、マグナはその黒い思考を霧散させた。振り向けば、少々頭髪に目をやり難い中年男性がニコニコと人のいい笑顔を浮かべていた。 「あらためまして私は炎蛇のコルベール。当トリステイン魔法学院で教鞭を執っております。よろしければ、お名前をお教えいただけますかな」 ニコニコと笑うコルベールに、マグナは完全に毒気を抜かれた。これを分かってやっているなら、コルベールは相当な食わせ物だ。 自己紹介を求める彼の言葉に、マグナは少しだけ詰まった。今の自分は果たしてどう名乗るべきかと。 蒼の派閥の召喚師・マグナ。 これが今までの名乗りだ。今でも、間違ってはいないだろう。 しかし……。 「マグナ……マグナ・クレスメントです」 マグナは、あえてその名を名乗った。罪深い自分の名を。 公式に許可されているわけではない、いわば元貴族が家名を名乗ることと変わらない。 自虐的でもある。あえて名乗らなければ、この名前から逃げてしまいそうで怖い。 どちらにせよ異世界だ。目の前の人物には関係ないだろうと思ってのことでもある。 だが、それは思ったよりも変化をもたらした。 「家名がある、もしやミスタ・クレスメントは貴族……なのですかな?」 コルベールが驚いたと言うように目を見開いていた。ルイズもまた驚きに満ちた表情を浮かべている。 それもそうだろう。マグナは貴族の象徴である杖を持っていないからだ。 「平民の成り上がりですよ。家名は……先祖のものです」 「ほう」 コルベールがめずらしい、と言うように息を吐いた。一方、ルイズは安心したような表情を浮かべている。 平民から成り上がることはもちろんだが、一度没落した貴族が復権すると言うのもめずらしい。 周辺国で有能な平民の登用が始まっていることもあり、これからはそういった例も増えてくるのだろうとコルベールは思った。 「ふうん、つまりあなたを私の使い魔にしても問題はないわけね。平民だもの」 「ああ。いまごろ、俺が居なくなって喜んでいるんじゃないかな」 「あまりご自分を貶めるものではありませんよ、ミスタ・クレスメント」 コルベールは、皮肉に笑うマグナをそっとたしなめた。 彼が何らかの組織に属していたとしても、貴族と平民の軋轢を考えれば、それも当然かと納得もする。 マグナは「すみません」と、すなおに頭を下げた。 自分でも卑屈だと分かっているのだが、先祖の罪が詰められたパンドラの箱を覗いてからというもの、どうにもこういった思考しかできないでいる。 兎も角も、その二人を前にして、ルイズは小さな胸を張った。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたのご主人様よ。不満はあるけど、あなたは私の使い魔。……分かった?」 「は、はあ」 偉そうだなと思いながら、同時にマグナは、ああ俺は召喚獣なんだからこの娘の方が偉いのか、と納得してしまった。 貴族に関しても、養父同然の師や、やたらとフランクな先輩二人がイメージとして先行するためにとまどうが、考えてみれば、ルイズの態度の方が、貴族としては「当たり前」だ。 マグナは自分を追放同然の旅に出した貴族、フリップを思い浮かべる。……あの人ほど酷くないよな、とルイズの性格を評価した。 「返事が悪いわね……。まあ、使い魔としての自覚はコレからじっくり教育するとして、とりあえず部屋にもどるわ。付いて来なさい」 颯爽ときびすを返したルイズに、マグナは慌てるように従った。 こうして、召喚されると言う稀有な体験をすることになった調律の召喚師と、ゼロのメイジの物語は始まる。 果たして彼らは、自身に絡みつく因果律の糸を超えることができるのか? その答えを知るものはまだいない。 ゼロの超律・2「召喚・後」了 前ページ次ページゼロの超律
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前ページ次ページスナイピング ゼロ セラス・ヴィクトリアとリップバーン・ウィンクルが使い魔としてルイズに召喚されてから、一週間が過ぎた。 二人の使い魔としての一日を紹介すると、こんな感じだ。 朝、セラスはルイズを起こすため棺桶から出る。ルイズが目を覚ますと、制服に着替える。その間にセラスはバケツを持って 水場に向かう、ルイズが洗顔と歯磨きに使うからだ。その間にリップが起きる、目元が赤いのは夜泣きが原因だろうか? 因みに二人分の棺桶が用意できたのは、召喚から三日後。生徒や教師などに見られず部屋に入れるのは、かなり苦労した。 教室へ向かう準備が整うと、ルイズは食堂へ向かう。 その間にセラスは再び水場に向かい、洗濯板を使って洗濯物を丁寧に洗う。初めての頃はレースやフリルの付いた下着に苦労したが、 シエスタの教育によって破ったりする事は無くなった。 その頃リップは部屋の掃除を行う。最初こそ雑用を嫌がっていたが、ルイズの乗馬用の鞭とセラスの無言の脅迫によって実施させた。 にしては、箒で床を掃いたり雑巾で窓を拭く姿は様になっていた。『良いお嫁さんになれますよ♪』とは、シエスタの言葉である。 言われた本人は、顔を赤くして必死に否定していたが・・・。 それらの雑用が終わると、二人は教室に行く。最初の頃はルイズの後ろで授業の成り行きを見ていたが、覚えても魔法が 使えないので、そのうち居眠りするようになった。そもそも吸血鬼は朝に寝る生き物であるため、ルイズは注意しない。 それに他の使い魔達の中にも、夜行性の幻獣やフクロウは眠っているのだ。そのため、教師も注意はしなかった。 壁に背を預けて座ったまま肩を寄せ合って眠る二人を、一部の生徒は微笑ましい眼で見つめていた。 『・・・姉妹みたい』とは、タバサの感想である。 昼になると、ルイズたち生徒は食堂に移動する。二人も移動するが、向かうは食堂の外の広場。二人は吸血鬼で食事を必要としない ため、昼と夕はメイドの餌撒きを手伝っているのだ。 因みに以前メイドから『なぜ食事をとらないのですか?』と聞かれ時に、セラスは『私とリップさんは、とあるメイジに 「お腹が減らない魔法」をかけられてますから!』と言って誤魔化した。メイドはそれで納得し、リップはアホ毛を揺らした。 夕食を終えるとルイズは浴場に向かい、二人は部屋に戻って眠る準備をする。因みに棺桶はベットと窓の間に置いてある、部外者が 入って来た時に見られないためと、ルイズがベットから落ちた時にクッションにするためだ。 そのため以前キュルケがフレイムを連れて部屋に入ろうとした時は、三人で力を合わせて侵入を阻止した。使い魔と話がしたい との事だったので、キュルケの部屋に移って雑談をした。最初はギーシュとの決闘に関してだったが、しだいにセラスの胸に関する 議題となったためルイズが怒り狂った。二人でルイズを引っ張って部屋に戻る様を、キュルケは腹を抑えて大笑いしていた。 ルイズが部屋に戻ってネグリジェに着替えると、そのまま就寝となる。今日も長い一日だったと思いながら、三人は眠りにつくのだ。 「絶望したわ!」 そんな虚無の曜日を明日に控えた夜のこと、ルイズはベットの上で絶叫した。 棺桶に入ろうとしていたセラスはルイズに眼を向ける、リップは眼を向けずマスケット銃を点検していた。 「どうしたんですかマスター、絶望とゼロ魔のクロスSSなら『糸色望の使い魔』で検索すればHITしますよ」 「いや、そう言う意味じゃなくて・・・リップ、首吊りのロープは用意しなくて良いから」 「・・・・・・」 黙ってロープを懐に仕舞い、リップは点検を再開する。それを横目に、ルイズは説明を始めた。 「貴女達は吸血鬼だけど、皆には内緒にしてるでしょ。それにセラスはリップと違って、武器などは持っていない。 だから周りから見ると、私は二人の平民を従えてるようにしか見えない。だから絶望したって事なの、分かる?」 「・・・えっと、つまりマスターは『せめて貴女も武器の一つぐらい持ちなさい』と言いたいんですか?」 「GOOD GOOOD VEEERRYY GOOOOD、その通りよセラス♪」 パンパンと手を叩くと、ポケットから出したトランプを弄び始める。セラスは腕を組んで考えた。 自身の武器と言えばハルコンネンだが、両方ともヘルシング本部に置いてきてしまっている。つまり、代わりの物を購入する 必要がある。でも付近の街など知らないし、お金は持ってない。その事に関して尋ねようとルイズを見ると、何時の間にかシルクの 帽子を被ってタバコを咥えている。ニヤニヤと笑いながら、両手を広げた。 「安心しなさい、明日は休日だから町で買ってあげるわ。せいぜい楽しみにしている事ねセラス、スリもヒッタクリも居る町に 行きたいのなら♪」 楽しげに話すルイズを、セラスは驚きの眼で見ていた。何故だか分からないが、南米のホテルで戦った伊達男を思い出したのだ。 隣を見ると、リップが棺桶に座って貧乏揺すりしている。何か有ったんだろうか? 「さ、そうと決まれば寝ましょう。街までの距離は遠いから、朝早くに学園を出発することになるわ」 そう言うと、ルイズはさっさとベットに潜り込んだ。そして3秒後に寝息、ノビ太もビックリな早寝だ。 「リップさんはどうします、一緒に行きますか?」 「私も一緒に行きます、欲しい物が有りますから」 同伴で行く事を確認すると、主人に習って眠る事にする。棺桶の蓋を閉め、明日への期待を胸に膨らませた。 その後リップの棺桶から「待ち遠しいですわ、待ち遠しいですわ」と言う声が、延々と漏れ続けた。 その頃ミス・ロングルビルは、学園長室で一日の仕事を終えた所だった。すでにオスマンは自室に戻っているため、 部屋にはロングビルしかいない。筆記具を机の引き出しに片付けると、ランプの火を消して部屋を出た。階段を下りて、 巨大な鉄の扉の前に立つ。巨大な鍵によって閉ざされ、異様な雰囲気を漂わせている。 そこは魔法学園が成立して以来の秘宝が収められた部屋、宝物庫だった。 周りに人の気配が無い事を確認すると、懐から杖を取り出す。手首を振って腕ほどの長さにすると、呪文を唱えて鍵に向けて 振り下ろした。だが、鍵には何の変化も無い。ハアッと溜息を吐くと、壁に背を預けた。 「まぁ、スクウェアクラスのメイジが数人がかりで固定化の呪文をかけてんだ。メイジ一人の『アン・ロック』で開けられるなんて、 ハナから思っちゃいないさ」 面白そうに笑うと、今度は得意の『錬金』で挑戦してみた。呪文を唱えて扉に向けて杖を振るう・・・が、やはり変化は起こらない。 鍵や扉は、ウンともスンとも言わない。その時、奥から階段を上がってくる足音が響いてきた。 「やば、人が来たか」 サイレントで足音を消すと、ロングビルは急いでその場を後にした。 移動した先は、宝物庫の外壁を外から見られる中庭だった。 地面を蹴って、壁を垂直に登り始める。宝物庫の辺りに来ると、何度か足踏みして壁の厚みを測る。 もし薄ければ足音が反響するのだが、よほど厚みがあるのか音は全く反響しない。 「外壁も負けず劣らず頑丈だね、これじゃゴーレムで穴を開けるのも難しいか・・・折角ここまで来たのに」 夜風に揺らぐ髪を掻き分けながら、軽く舌打ちする。腕組みをすると、どうすれば良いか考えた。 「かと言って、『破壊の杖』を諦めたくは無いのよねぇ・・・」 そのまま、ロングビルは打開策を考え続けたのだった。 太陽が地平線から顔を出した頃、キュルケは目を覚ました。ベットから降りると、窓とドアを開けて風を通す。髪を揺らしながら、 大きく伸びをした。首を左右に振ってコキコキと骨を鳴らし、窓辺に立って外を眺めた。雲一つ無い青空が広がっている。 「今日も良い天気になりそうね。こんな気持ち良い日は、ルイズをからかって更に気持ち良くなるに限るわ♪」 本人に聞かれたら激怒しそうな事を言いながら、椅子にすわって化粧をする。そして制服に着替えると、廊下に出てルイズの部屋 の前に立った。ノックをしてみたが、反応は無い。ドアに耳を当ててみるが、物音は聞こえない。少し悩んだ後にキュルケは 「とりやぁあ~!!」 右足の強烈なヤクザキックで、強引にドアを蹴り開けた。因みに今のキュルケは、エンジンを温めた小型ジェット機の譲渡書 などは持っていない。部屋を見回しながら窓を開けると、門の前にルイズが見えた。使い魔の二人も一緒で、馬に乗っている。 「出かけるみたいね・・・こうしちゃいられないわ!」 部屋を飛び出すと、100メイルを12秒のスピードで廊下を突っ走った。向かうは友人のタバサの部屋、すぐに到着する。 「タ~バサー、私よー友人のキュルケよー。ちょっと用があるの、開けてくれな~い?」 ドンドンとドアを叩くと、中で物音が響く。しばらく待つと、ゆっくりとドアが開いた。タバサは何故か一つ目が描かれた 帽子を被り、顔を右半分だけ覗かせている。 「本当? 本当に友人のキュルケ? 本当のキュルケならアレが出来るハズ・・・」 「アレって?」 「マリー・アントワネットのモノマネ・・・」 ボソボソと小さな声で、タバサはモノマネをするよう迫る。いきなりの事に焦りながらも、ゴホンと咳をして襟元を調えた。 「・・・パンが無いのなら、焼け死んでしまえば良いじゃない」 「超ゴーマン・・・やっぱり、キュルケ」 「その通り、貴女のキュルケよ! あっはっはっは!」 タバサを抱き締めて回転しながら、キュルケは大笑いした。 その後、ルイズが使い魔を連れて街に行ったためウィンドドラゴンで追いかけてほしい旨を伝えた。認識したタバサは口笛を吹くと、 窓から飛び降りた。シルフィードが二人を背中で受け止めると、気流に乗って一気に上昇する。 「方角は?」 「恐らく向かったのはブルドンネ街だから、街の方へ」 「馬三頭、見つけ出して」 キュイキュイと鳴いて了承の意思を示すと、青い鱗を輝かせて力強く羽ばたき、飛行を開始したのだった。 トリステインの城下町を、ルイズは歩いていた。後ろには右手側にセラス、左手側にリップが着いて来ている。二人とも揃って、 片手を腰に当てている。魔法学園から街までの三時間を、馬で移動したからだ。 「マスター、腰が痛いんで薬とか買ってくれませんかぁ・・・」 フードの下で腰を擦りながら、セラスは愚痴った。リップも右手で傘と銃の肩当を持ち、左手で腰を抑えている。 二人とも馬には慣れていないため、揃って腰を痛めてしまった。吸血鬼でも、痛みは耐え難いのだ。 「情けないわね、それでも吸k・・・っと」 慌てて口を塞ぎ、辺りを見回す。ルイズに視線を向ける人はいない、どうやら聞かれてはいなかったようだ。 (危なかったわ。ただでさえ変な格好した使い魔を二人も連れてるのに、吸血鬼だってバレたら注目されるから注意しないと) 振り向いて、セラスとリップを見る。二人とも、明らかに周囲の視線を集めてしまっていた。セラスは巨乳でフードを被り、 リップは黒髪で黄色い傘を差している。そのため通りすがる人や道端で店を開いている者などが、不審者を見る眼で二人を見ている。 さっさと買い物を済ませようと、ルイズは狭い路地裏へ足を踏み入れた。ゴミや汚物にセラスは鼻を抑え、リップは傘を閉じる。 「ずいぶん汚れてますね、貧民街みたいな所ですか?」 「平民の中でも、特に貧しい人達が住んでいるようですからね」 セラスの疑問に、リップが簡潔に答える。そんな二人を尻目に、ルイズは奥の方へと踏み込んで行く。 「ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺のはず・・・あ、あったあった」 一軒の店が、剣の形をした看板を掲げている。どうやら、店に到着したらしい。三人は階段を上がって扉を開けると、店の中に 入って行った。 その後姿を、赤髪と青髪の少女が覗き見ている。なんなくルイズ達を見つけた二人はウィンドドラゴンを空中に待機させ、 ずっとストーキングして来たのだ。 「なによルイズったら、剣なんか買う気? 黒髪の子は銃を持ってるから、巨乳の子にでも買ってあげる気かしら?」 店の扉を見つめながら、キュルケは予想する。タバサは我関せずと言った感じで本を読んでいる、もう自分の仕事は終わりだと 言わんばかりだ。ルイズ達が店から出て来るのを待ち伏せする事に決めると、キュルケはタバサの隣に座り込んだ。 昼だと言うのに店の中は薄暗く、ランプの灯りがともっている。壁や棚には所狭しと剣や槍が並べられ、隅には立派な甲冑が 鎮座していた。 店の奥でパイプを銜えていた親父が、入って来たルイズに目を向ける。背中のマントと五芒星のバッチに気付くと、パイプを置いて 声をかけた。 「貴族様、うちはまっとうな商売をしております。目をつけられるような事なんか、これっぽっちだってしちゃいませんよ」 「私は監査官なんかじゃないわ、客よ」 「貴族の方が剣をですか、こりゃ驚かされましたね」 「貴族の人が剣を買うのって、そんなに珍しいんですか?」 フードを脱いたセラスが、疑問を口にした。胸部をガン見した親父はルイズに睨まれながらも、身振り手振りで説明する。 「そりゃ、とても珍しいですよ。坊主は聖具を振るう、兵隊は剣を振る、貴族は杖を振る、そして女王陛下はバルコニーから お手をお振りになる、と相場は決まってますからね」 「使うのは私じゃないわ、使い魔よ」 「そうでしたか、最近は貴族の方も剣を振るうのかと思ったもので」 主人は愛想笑いを振り撒きながら、セラスをじろじろと眺めた。因みにリップは後ろの方で、剣や槍などを手に取ってバトン みたいにクルクル回している。 「剣を使うのは、そちらの金髪の方で?」 「そうよ、私は剣なんて分からないから適当に選んであげて」 適当にルイズが言うと、主人は店の奥に入っていった。客に聞こえない声で、小さく呟く。 「こりゃ鴨がネギ振り回してやってきたな、せいぜい高く売り付けてミックミクにしてやるとしよう♪」 彼は1メイルほどの、細身の剣を持ち出してきた。随分と華奢な形をしており、片手で扱うため柄にハンドガードが付けられている。 セラスが手に取って眺めていると、主人が思い出したかのように言った。 「近頃は宮廷の貴族様の中にも、下僕に剣を持たせるのが流行っておりましてね。その際に買い求めるのが、このレンピアです」 なるほど、とルイズは納得する。きらびやかな模様が描かれており、如何にも貴族が好みそうな剣だからだ。 「貴族の間で、下僕に剣を持たせるのが流行ってるの?」 何時の間にかルイズの隣に移動していたリップが尋ねると、主人はもっともらしく頷いた。 「そうです。なんでも最近、このトリステイン城下町を盗賊が荒らしておりましてね・・・」 「盗賊? 今この街を?」 「はい。なんでも『土くれのフーケ』とか言うメイジの盗賊が、貴族が持つ宝を盗みまくってるそうで。それで貴族の方々がビビって しまって、下僕にも剣を持たせる始末で。まぁウチとしては売り上げがUPしてるんで、ありがたい事ですがね」 目の前に貴族がいるのも係わらず、親父は嬉しそうに話し続けた。だがルイズは盗賊に興味は無いらしく、華麗にスルーした。 「もっと大きくて太いのないですかね? これじゃ細すぎて、すぐに折れちゃいそうで」 剣を何度か振りながら、セラスは尋ねた。主人はセラスを上から下へ流し見ると、腕を組んで悩みだした。 「お言葉ですが、剣と人には相性って物がございます。見た所、いま持っている剣が無難だと思いますが」 「大きくて太いのが良いと言ってるの、見せてみなさい」 ルイズが会話に割り込むと、主人は頭を下げて奥に消えた。その際に小さく『やれやれだぜ・・・』と弱音を吐いた。 そして今度は立派な大剣を抱えて、主人が説明を始めた。 「こちらが、店一番の業物です。貴族のお供に使うなら、是非とも腰に下げていただきたいものです。と言っても、そちらの金髪の方 なら背中に背負わないといけませんがね」 三人とも近寄って、その剣を見下ろす。あちこちに宝石が埋め込まれ、両刃は鏡のように光り輝いている。見るからに切れ味の良さ そうな、頑丈そうな剣である。 「何せ作りあげたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿です。決して、お安くはありませんよ」 「おいくら?」 「エキュー金貨なら二千、新金貨なら三千となっております」 「立派な家と森付きの庭が、セットでお買い得じゃないの!」 ルイズの呆れた声を、二人は頭を傾げた。相場と貨幣価値が分からないので、どれほど高いか分からないのだ。 仮に同等の家と庭を英国で購入すると、約50万ポンドほどだろうか? 「名剣は城に匹敵します、屋敷で済めば安い方です。どんなに安くとも、まともな剣なら二百はしますから」 「新金貨で百しか持ってないわ、これで買える剣は無いの?」 ルイズは財布を取り出すと、中身をカウンターの上にばら撒く。枚数を確認すると、主人は壁際に置かれている剣の束を指差した。 「この額だと、そちらの剣から選んでいただく事になりまs「おう姉ちゃん、剣が欲しいなら俺にしろ!」 いきなり剣の束から声がしたため、ルイズとセラスは思わず後ろに下がった。リップはマスケット銃を、声のした方に向ける。 セラスが近付くと、一本の剣がカタカタと揺れているのが見えた。 「おいデル公、商売の邪魔するんじゃない! あんまり騒がしくしたら、T-800型みたいに鎖に付けて溶鉱炉に沈めちまうぞ!」 「おもしれ、やってみろ! この世に未練なんか無いんだ、溶かしてくれるんなら本望だ!」 「それって、インテリジェンスソード?」 ルイズが当惑した声を上げ、リップがマスケット銃を下ろした。主人は溜息をつくと、頭を掻く。 ルイズが当惑した声を上げ、リップがマスケット銃を下ろした。主人は溜息をつくと、頭を掻く。 「その通りですよ貴族様。意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードです。どこの魔術師が考え出したんでしょうね、剣に言葉を 授けるだなんて。兎に角こいつは喋らせると口は悪いわ客に喧嘩を売るわで、閉口しておりましてね・・・」 主人の説明を聞きながら、セラスは剣を取った。見たところ刀身が狭く、細身で薄身だ。表面には錆が浮いており、お世辞にも 見栄えが良いとは言えない。 「え~と、デル公さん?」 「違うわい、デルフリンガー様だ」 「私、セラス・ヴィクトリアって言います。こんにちわ」 ペコリと御辞儀をするが、剣は黙ったままだ。それから数秒ほどして、小さな声で喋り始める。 「こいつは驚いた、お前『使い手』だな」 「え?『使い手』って?」 「なんだ、自分の実力も知らないのか。まあ良いや、俺を買え」 「え・・・まぁ、別に良いですけど」 商談が成立すると、またも剣は黙った。カウンターに剣を置くと、ルイズが嫌そうな顔をしてセラスを見上げる。 「それで良いの? もっと小奇麗な剣とかにしない?」 「大丈夫ですよ、剣を使う事なんて無さそうですし。それに私には、コレがあるんで」 そう言って、黒く染まった左腕をヒラヒラと振って見せる。前に授業で壊した机や椅子を握り潰した事を思い出し、ルイズは ポンと手を叩いた。 「確かに、貴女なら大丈夫ね。この剣、おいくら?」 「タダで結構ですよ、こっちにしてみりゃ厄介払いみたいなもんですから。五月蝿いと思ったら、鞘に入れれば静かになりますんで」 後ろの棚から鞘を取り出すと、セラスに手渡す。そして、隣に立つ黒髪の女性に顔を向けた。 「で、そちらの方は何をお求めで?」 「この銃に使える弾丸と紙薬莢を、両方50ずつお願いするわ」 マスケット銃を見せると、主人は頭を下げた。棚の引き出しを開け、弾と薬莢をカウンターの上に並べる。 「合わせて新金貨二十五となります、毎度ありがとうございます」 「これで買い物は終わりね、二人とも帰りま・・・ってセラス、貴女どこ見てるの?」 リップが商品を懐に入れ、ルイズが残った金貨を財布に戻した時、セラスが店の奥を見ている事に気付いた。剣を背負ったまま、 ボ~っと突っ立っている。リップが目を向けると、そこには長い棒のような物が置かれているのが見えた。 「主人、あれは何?」 「あれはですね、ウチに商品を納品してるローエン商業組合の奴が持って来た物なんですよ。確かロマンスだとか、ロレンスだとか 言ってたかな? それで『俺の連れが珍しい物を見つけたんで、コッチで査定してくれないか』って言われて。その連れってのが 狼の耳と尻尾をもった亜人でね、リンゴを食べながら『主様の持つ貨幣とは替えられやせん、ここは食べ物と交換でどうじゃ』って 取引を持ちかけられたんです。それで持ってたリンゴと香辛料で交換したんですが、どうにも使い道が無いもんでね。こうやって、 置きっぱなしになってるって訳です」 面倒臭そうに主人が説明しながらも、セラスは目を逸らさず動かない。それに、両手がブルブルと震えている。カウンターに 両手を叩きつけると、大声で叫んだ。 「店員さん、アレっていくらですか? 私に売ってくれませんか!」 「あれをですか? まぁ、別に良いですけど。値段は、先ほど余った新金貨で十分です」 「マスター財布、財布出してください! 私あれ欲しいです、買ってください!!」 「ちょっと落ち着きなさいよセラス、買ってあげるから揺するの止めて!」 両肩を掴まれて激しく揺すられながら、ルイズは財布を取り出す。それを奪い取ると、セラスは中身をカウンターにぶちまけた。 そしてカウンターを飛び越えると、長く重い商品を持ち上げる。そのまま横に置いてある箱も掴み取ると、もう一度飛び越えて ルイズの元に戻った。その素早い動きに、主人は呆気に取られた顔で突っ立ったままだ。 「まさか異世界で手にするだなんて、思ってもいませんでしたよ。久しぶり、ハルコンネン!」 前ページ次ページスナイピング ゼロ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 夜の闇が段々と深くなってゆくトリステイン魔法学院… その女子寮塔の上階にある部屋の窓から飛んで出てきた霊夢は、塔の出入り口へと降り立った。 持ってきた御幣は紙垂の付いている方を上にして担いでおり、体が動くたびに音を立てて揺れる。 (やっぱりというかなんというか。流石にこうまで暗いと見つけられるモノも見つけられないわね…) 地上へ降り立った霊夢は、外が余りにも暗いという事実に内心溜め息をつく。 既に辺りは闇に包まれており、少し離れたところにある城壁に置かれた燭台から出ている明かりがハッキリと見えている。 しかしそれはここを明るくするには至らず、仕方なく霊夢は自分の両目に神経を集中させて辺りの様子を探り始めた。 いかなる状況でも冷静に判断し、相手の攻撃や弾幕を避ける博麗の巫女にとってこれぐらい朝飯前の事である。 彼女の目はゆっくりと、しかし確実に夜の闇に慣れていく。 やがて数十秒もしないうちに辺りの風景が少しだけハッキリと見えたところで、霊夢は出入り口付近である物を見つけた。 朝と昼、それに夕方には多くの女子生徒達が出入りする女子寮塔の出入り口に、潰れたカンテラが放置されていたのである。 まるでハンマーで叩き付けられたかのようにカンテラ全体がひしゃげており、ガラスも粉々に割れて地面に散乱している。 これが霊夢が思っているほどの存在が起こした仕業でなくとも、確実にただ事でないのは確かだ。 「さてと、こんなことをした犯人は何処にいるのかしらね…」 一人呟くとそのまま足を一歩前に出して塔の出入り口からロビーへと入り、すぐ横にあるドアへと視線を向ける。 幸いドアの真上には壁に取り付けられた燭台があり、ドアとそのドアに取り付けられたプレートには【事務室】という文字が刻まれている。 霊夢にはその文字は当然読めないのではあるが、きっと学院の教師辺りが寝泊まりしているに違いないと直感した。 すぐさま霊夢は、そのドアへ近づこうとしたのだがその前にドアノブが回り、油の切れたような音をたててドアが開いた。 ドアが開いた先に佇んでいたのは…マントを外し、何も入っていない花瓶を右手に持ったミセス・シュヴルーズであった。 シュヴルーズは顔を真っ直ぐ地面を向けており、彼女の真正面にいる霊夢にその表情を見せはしない。 霊夢は一瞬誰かと疑問に思ったが、とりあえずここの教師だろうと判断して声を掛けた。 「ねぇ、アンタ学院の教師でしょう?さっきここからものすごい音が……!?」 言い終わる前に霊夢は、突如顔を上げた教師の゛顔゛を見て不覚にも言葉を失ってしまった。 しかし、今のミセス・シュヴルーズの゛顔゛を見れば誰もが驚愕するに違いないであろう。 いつも生徒達からは「優しいシュヴルーズ先生」と言われ、慕われているミセス・シュヴルーズ。 その彼女のふくよかな顔についている両目に覆い被さるかのように、アイマスクのような得体の知れない物体が貼り付いていた。 例えるならば「色鮮やかなはんぺん」というのがしっくり来るのであろうか。 はんぺん程の大きさもある薄い虹色の物体がミセス・シュヴルーズの目に貼り付いているのだ。 更にその物体はナメクジが地面を這うかのようにゆっくりと動いており、見る者に吐き気を催させる。 霊夢は吐き気とまではいかなかったものの、その場で体を硬直させてしまった。 それを隙ありと見てか、シュヴルーズ『らしきモノ』は右手に持っていた花瓶を振り上げた。 それに気づいた霊夢がしまったと言わんばかりの表情を浮かべた瞬間、無情にも花瓶は霊夢の頭に向けて振り下ろされる。 しかし黙ってやられる霊夢ではなく、持ち前の運動神経で振り下ろされた花瓶を両手で受け止めた。 あと一歩というところで止められたが、シュヴルーズ『らしきモノ』は振り下ろした花瓶をもう一度振り上げる。 霊夢はすかさず、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手首を手刀で打った。 無駄のない動きで繰り出された手刀おかげで、シュヴルーズ『らしきモノ』の右手から花瓶を手放す事ができた。 床に落ちた花瓶は陶器が割れるかのような音と無数の破片を床一面にまき散らす。 武器を失ったシュヴルーズ『らしきモノ』は一瞬だけ動きが止めたが、それが命取りとなった。 「ハァッ!」 覇気のある声と共に、霊夢は鋭い回し蹴りをシュヴルーズ『らしきモノ』の顔…否。 正確にはシュヴルーズの『目にはり付いている物体』へお見舞いした。 グチャ!……ベチョン! 鋭い蹴りは見事その物体をシュヴルーズの顔から取り除く事が出来た。 無理矢理はぎ取られた物体は、生理的に嫌な音を立てて今度は地面に貼り付く。 そしてそれから数秒も経たないうちに、はんぺんを彷彿とさせる平べったくて丸い形から素早くその姿を変えていく。 グニョン…グニョン…と嫌な音を立てながら変貌したその姿は、ナメクジそのものである。 しかし、その見た目は見る者が恐怖を覚えるほどグロテスクなものであった。 赤から黒へ、黒から黄色へと…その体色は目まぐるしく変化していく。 ときにははんぺんの時と同じような虹色から数十色もの絵の具をバケツに入れてかき混ぜたような色まで… そんな風に忙しく色を変えながら、ドクンドクンと体を震わせる。 常人ならばまず、その不気味さに全身の毛が逆立つほどであった。 しかし霊夢は、その生物に対し毛が逆立つどころか僅かな怒りを露わにして言った。 「気持ち悪いヤツね…さっさと死んでちょうだい」 すぐさま懐から一枚の小さなお札をとりだし、サイケデリックなナメクジに投げつける。 手を近づけたくない不気味なナメクジの体にそのお札が貼り付いた瞬間、ポッ…とお札に小さな火がついた。 だがそれも一瞬のことで、あっというまにその火は大きくなってナメクジの体を包み込んだ。 その身を炎に包まれたナメクジは体全体を無茶苦茶に振り回しつつ、消滅していった。 僅か数秒の出来事の後に残ったのは、元はお札だった小さな灰の山だけでナメクジがいた痕跡は全くない。 見ていて不愉快になる存在がいなくなったのを確認した霊夢は小さな溜め息をついた。 「ホント…この世界の生き物はよく私に絡んでくるわね。人間も含めて…」 イヤミにも聞こえるかのような事を呟いた後、床に倒れているシュヴルーズへと視線を向けた。 あの変なナメクジに寄生されていた彼女は何事も無かったのかの様に、幸せそうな表情を浮かべて寝ている。 それを見た霊夢は放っておいても大丈夫ね。と心の中で呟いてドアが開いたままの事務室へと入った。 夜の事務室には、生徒が寮塔を抜け出さないように二人の教師が部屋の中にいる。 しかし…今日に限ってその部屋には誰もおらず、代わりに凄惨な光景が広がっていた。 部屋に置いてある二つのベッドの内ひとつは、無惨にも切り裂かれている。 教師達が夜遅くに書類仕事をする為の机は横倒しになっていて、高そうな椅子は徹底的に破壊されていた。 そして綺麗なフローリングの床には、水とも血とも言えない不気味な液体が付着している。 霊夢は部屋の中を見て目を細めた後、一歩ずつ足を進めて部屋の奥へと進んでゆく。 (さっきの悲鳴が聞こえてすぐにここへ来たというのに…よほど気が立っていたのかしら?) 心の中でそんなことを思いつつ、霊夢は前方にある窓の方へと歩み寄っていく。 開きっぱなしの窓はキィキィと音を立てて風に揺られており、恐怖をあおり立てている。 だがありとあらゆる怪異に立ち向かう博麗の巫女には、そんなもの等こけおどしにすらならない。 それでも用心に用心を重ね、深い闇に覆われた外が見える窓の方へとゆっくり近づいていく。 段々と近づくたびに窓を通して入ってくる生ぬるいのか冷たいのかわからない風が、霊夢の顔と黒髪を撫でる。 この部屋全体を包む得体の知れない恐怖よりもその風に鬱陶しさを覚えつつも、霊夢はゆっくりと窓から顔を出して外の様子を探る。 今夜は月が隠れているということもあってか、一メイル先の視界は闇に閉ざされてしまっている。 窓から顔を出して外の様子を確認していた霊夢は一回だけ頷くと、勢いよく開きっぱなしの窓を出口にして外へと飛び出した。 ガサッ…と靴が芝生に触れる音を出して外に出た霊夢は、目を瞑ってこの付近一帯の気配を探り始める。 (思った通りね…今朝の化けものと同じような気配の持ち主がここの何処かにいる…!) 予想していた通りの気配を察知できた霊夢は、次にその気配の持ち主が何処にいるのか探り始める。 それから数十秒後。パッと目を開けると、スッとある方角へと顔を向けた。 顔を向けた先に何があるのかある程度知っていた霊夢は、目を細める。 (場所からして、明らかに誘ってるわね…。かといって放っておけば何をしでかすかわからないわ…) 全く面倒なことになったわね。と呟いた後、霊夢は大きな溜め息をついた。 「結局、何処にいても博麗霊夢のすることは同じってコトなのね…ハァ」 溜め息の後に呟いた皮肉めいた言葉に、霊夢はやれやれと言いたげ表情を浮かべてまたも溜め息をついた。 結局、どんな所にいても自分は人の命を脅かす化けものを退治するしかない宿命にあるのだ。 今更悩んでも仕方ないのだが、こうも頻繁にこういうコトがあると頭を痛ませる要因となってしまう。 しかしこのまま悩んでいても勝てる相手には勝てないと知っている霊夢はすぐにその気持ちを切り替える。 (でもすぐに済ませれば早く寝れるし、さっさと片づけますか…) 頭を軽く振った後、キッと目を細めると背中に担いでいた御幣を左手で勢いよく引き抜いた。 シャラララン、と御幣の先端に付いた薄い銀板で作られた紙垂がハンドベルとよく似た綺麗な音を鳴らす。 黒一色に塗られた御幣の本体は長く、もしもの時には槍のような武器としても役に立ってくれるであろう。 次に右手でお札を何枚か握った霊夢はフワッと体を浮かばせると、そのまま闇の中へと向かって飛んでいった。 飛んでいった先にあるのは、先程顔を向けた方角にある衛士の宿舎であった。 霊夢が暗闇の中へと消えていって一分くらいした後、一人の少女が事務室へと入ってきた。 少女は部屋の凄惨な光景に一瞬足を止めたものの、すぐに何事もなかったかのように歩いて窓の方へと近づく。 先程、霊夢が出入り口として使用した窓から外の様子を覗いた後、ずれていた眼鏡を右の人差し指でクイッと持ち上げた。 「……見失った」 少女――タバサはそれだけ言うと踵をかえし、事務室を後にした。 ◆ 場所は変わって、ルイズの部屋―――― 霊夢とタバサが部屋を出てから僅か数分後… 開きっぱなしの窓から入ってくる冷たい夜風で起きることなく、魔理沙とルイズは熟眠している。 いつもならば朝まで寝ているのだろうが、今夜に限ってそうはいかなかった。 突如、灯りのない暗い部屋の隅からボゥ…と黒い人影が現れたのだ。 そいつは自らが出てきた部屋の隅から音もなくルイズ達の寝ているベッドの傍へと移動する。 起きている者がいれば幽霊が出たと叫ぶであろうが、生憎そんな者はいない。 ベッドの傍へと近づいた人影は自身の懐をゴソゴソと漁り、小さな人形を取りだした。 次いで、手のひらサイズの人形の背中に付いているゼンマイをゆっくりと巻き始める。 キリキリキリ…キリキリキリ…と独特の音が静寂と闇に包まれた部屋の中に木霊する。 やがて十回近く回したところで人影は手を止め、人形をルイズの傍へと置いた。 人影の手から離れた直後、人形はルイズの方へトコトコと歩き始める。 既に深い眠りに落ちているルイズはそれに気づくこともなく、とうとう人形はルイズのすぐ目の前にまで来た。 そこで人形は急に動きを止めると、突然腕を上下に動かしながら人間でいう口の部分からこんな音声を発した。 『つるぺたって言うなぁー…!』 一体何処の誰から取った声かは知らないが、あまりにも悲惨な叫び声である。 そんなある種の女性に対して悲壮感を漂よわせる叫び声が、ルイズの耳に容赦なく入っていく。 「うぅ…ぅ…」 最初の方こそ悪夢にうなされるかのように悶えていたが、段々とその意識は覚醒していく。 何せ自分が今一番気にしている事を耳元で寝ている最中に呟かれているのだ、たまったものじゃない。 そして人形が動き始めてから数十秒が経った頃、遂にルイズは声の主に対して反逆を始めようとしていた… 「うぅ…だれが…だれが…――― 誰 が ツ ル ペ タ よ ぉ ! !」 思いっきり両目を見開いた大声でそう叫ぶと、枕元に置いていた杖を手にとった。 無論杖の先を向ける相手は自分の耳元で自分のコンプレックスの元を呟く相手である。 しかし、その相手があまりにも小さくしかも人間ではなかったということに気づいたのには、数秒ほどの時間を要した。 最初は部屋が暗くて良くわからなかったものの、目が部屋の暗さに慣れるとそれが人形だということに気が付いた。 「なによ…コレ。人形?」 意外な犯人の正体にルイズは何回か瞬きをした後、その人形を手にとってマジマジと見つめた。 その瞬間、ふと目の前でバッと何かが光り輝いてルイズの姿を照らし出す。 突然のことにルイズは呻き声を上げる暇もなく目を瞑ると、何処かで聞いたことのある声が聞こえてきた。 「こんばんはルイズ・フランソワーズ。良い夜をお楽しみかしら」 まるで世界の理を知り尽くした賢者ですら弄んでしまうかのような麗しき美少女の声。 ルイズはすぐにその声の主が誰なのか直感し、目を瞑りながらその名前を呼んだ。 「一体こんな時間に何の用なのよ…ヤクモユカリ!」 まるで彼女がその名を呼ぶのを待っていたかのように、光はフッと消える。 ルイズが恐る恐る目を開けてると案の定、目の前にはドア側の椅子に腰掛けている八雲紫がいた。 彼女は最初に会ったときに来ていた白い導師服ではなく、紫色のドレスを身につけている。 まるで自分のイメージカラーだとでも主張するかのように、そのドレスは彼女にとっても似合っていた。 しかし、寝ている最中に嫌な起こし方をされたルイズはドレスなど眼中になく、この無礼な相手に対してどう落とし前をつけようか考えていた。 「熟眠している貴族を無理矢理起こすなんて、無礼にも程があるわよ…」 「御免あそばせ。でも私たち妖怪にとって、夜というのは人間でいう朝を意味しますのよ?」 起きたばかりのルイズは今の自分に出せる少しだけドスの利いた声でそう言ったが、紫には全く効いていない。 それどころか必死に睨み付けてくるルイズを、まるで可愛い仕草をする子猫を見つめるかのような目で見ていた。 人を夜中に起こしてニヤニヤと笑みを向けてくる紫に、ルイズは前に霊夢が言っていた言葉を思い出した。 ―――コイツ相手にムキになっても意味ないわよ (霊夢の言う通りね…まるで笑顔を浮かべた人形相手に怒鳴ってる感じがするわ…) 「はぁ…で、人を夜中に起こすほどの用事って何なのかしら?」 生きている相手に対してどうかと思う例えを心の中で呟いた後、ルイズは溜め息をつきながら話し掛けた。 どうせなら話し掛ける前に爆発の一つでもお見舞いしてやりたいところだが、結局はしないことにした。 こんな夜中に爆発を起こしたら他の生徒から翌朝嫌な目で見られるし、第一人の皮を被ったこの化けもの相手に正攻法が通じるとは思えない。 つまりルイズは、無意識的に八雲紫という境界の妖怪に対してある種の恐怖心を抱いていたのである。 「…無断で借りていた物を返しに来たのと、ちょっとした話をしにきたわ」 無断で借りていた物ですって?ルイズはその言葉にピクンと体を震わせて反応した。 貴族とかそういう物を抜きにして、人の物を何も言わずに持っていくとは何事だろうか。 いくら人よりも上をいく存在だからといって、少し厚かましいのではないか。 ルイズは心の中でそう思ったが、それを口に出す前に紫が頭を下げた。 「まぁ借り物の件についてはちょっと忙しくて言うのを忘れていたのよ。ごめんなさいね」 「え…?あ、あぁ…まぁ謝る気があるのなら別にいいわよ…」 絶対他人に頭を下げることはしないような相手に頭を下げられて、流石のルイズもあっさりと許してしまう。 まぁ寝起きということもあってか、ルイズもそれ以上追求することはなかった。 「ふわぁ~…で、借りた物って何のよ?それが気になるんだけど」 欠伸をしつつもルイズは、そんなことを紫に聞いてみた。 ルイズの記憶では、自分が記憶している持ち物は大抵この部屋に今も置いている筈だ。 一体いつ紫は勝手に持っていったのであろうか。 そこが気になっていたものの、一方の紫はルイズの質問に対して紫は目を丸くした。 「あらら…その様子だとどうやら忘れちゃってるようね…」 よよよ…と紫は泣き真似をしつつも左手の甲で口元を隠して微笑んだ。 その態度にルイズはムッとしたのだが、またも霊夢の言葉を思い出して怒りを堪える。 「一体何を持っていったのよアンタは…?でも…とりあえずは返してくれるんでしょう」 「えぇ。…でもそれは後でも出来るからまずは話の方を済ませちゃいましょう?」 ルイズの言葉に紫はそう答えた後、パチン!…と指を景気よく鳴らした。その瞬間… 「さぁ、話を始めましょうか」 ベッドの上にいたルイズは一瞬にして―― 「……!?」 ――ベッド側の椅子に座らされていた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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ここ常春の国、マリネラは…… 「パタリローーーーー!!!!!」 「マライヒさん!落ち着いてくださうぎゃあああああ!!!」 「ああ!82号が殿下の盾にされた!」 「早く黒タマネギ部隊、いやプラズマXを呼ぶんだ!」 「カリメロ君、じゃなくてパタリロ君、素直に謝ろう!このままでは全滅だ!」 「死ねぇ!」 ごきゃあ!! 「ぬわあああ!?」 「殿下、ヒューイットさんにブリーカーを仕掛けてどうするんですか」 「ロリコン幻人であるという理由だけで十分だ」 今、未曾有の危機に襲われていた! 「科学班!麻酔弾の用意はまだなのか!?」 「おーい、持ってきたぞ」 「よくやった……って、ん?」 その麻酔弾?はどう見ても手術用の注射器で、しかも持ってきたタマネギはどう見ても手術中の医者の格好である。 「さっきまで何をしていたんだ?」 「93号の盲腸の再手術だけど」 つまり、麻酔が必要だから持ってきた=93号は手術途中で放置されたということである。 ついでに言うなら93号は以前も盲腸の手術途中で放置されたことがある。 「返してこい」 へーい、と言って“歩いて”帰っていく医者タマネギ。哀れな93号の退院の見通しはまだまだ当分先の事だろう。 事の発端は数週間前に遡る。ある事件をきっかけに活動を休止していたテロ組織・タランテラの活動再開の情報が確認され、タランテラと因縁の深いマリネラ・イギリス・アメリカ・ロシアで共同戦線を張ることになったのだ。 で、いつも通りパタリロが敵味方関係なく掻き回して、マライヒがパタリロを殺して、ミハイルがなんとかカバーして、ヒューイットが肝心なところでミスって、バンコランが美味しいところを持っていって、復活したパタリロにミハイルを除いた3人が粛清を加えてさあ帰ろう……としたところでバンコランが消えたのだ。 最初は、というか当然誰もがパタリロの仕業だと思って詰問を始めたのだが、今回ばかりは濡れ衣なのでパタリロも「何も知らない」と言うかと思いきや、 「どうせバンコランの奴は今頃どこかの美少年と元気によろしくやってるんじゃないか」 と要らん爆弾発言をしたためマライヒが暴走。嫉妬と言う名の無限を超えた絶対勝利の力が炸裂し、かくして冒頭の誰も挑みたくない惨劇が繰り広げられる事となったのだ。 結局、麻酔弾を撃つ予定のヒューイットが昏倒してしまったので、スーパーロボット・プラズマXが現場に到着してマライヒを取り押さえるまで被害は治まらなかった。この時の修繕費を補填しようと「ぼったくり大使館」の再現を行ってまた吊るし上げられるのはまた別のお話。ちなみに治療費は各自負担である、ケチ。 縄で縛り上げられて吊るされたマライヒとそれを呆れ顔で見上げるミハイルを背景に、事態の検証を始めたのだが。 「それより殿下、本当に知らないんですか」 部下の第一声が主君を疑ったものというのが、パタリロの日頃の行いを示しているというものだ。 「失礼な、僕を疑うのか!」 「何故やったんですか!」 「太陽が眩しかったからなんだー!」 パタリロの犯行を否定→自白の不可解自爆コンボが炸裂する。 「者ども出あえ出あえー!曲者じゃー!」 「ええい、放せ!武士の情けじゃあ!」 「なりませぬ!殿中にござる!殿中にござる!」 タマネギ達はタマネギ達でいつの間にか江戸時代スタイルに着替えて取り押さえにかかっている。 「冗談はさておき」 忠臣蔵を始めた主君から離れた位置にいたタマネギ達が冷静に議論を続ける。 「あの様子じゃ殿下の仕業じゃないみたいだな」 アホでケチでつぶれ饅頭でへちゃむくれで顔面殺虫剤ではあるが自分達の君主がどういう人物かタマネギ達は分かっている自信……はまったく無いが、少なくとも今回はそうだと判断した。パタリロは悪戯を隠すような真似はしない、むしろ周りを巻き込んで更に事を大きく悪化させるはずだからだ。はた迷惑な話である。 ちなみにその君主は松の廊下事件の後に赤穂浪士の討ち入りによる池田屋事件を経てラスプーチン及びロシアをバックにつけた朝廷と、暗殺を逃れてアメリカに亡命した蘇我入鹿の率いるペリー艦隊による睨み合いをしている。黒幕は邪鬼王でアンドロメダ流国と昆虫人類の代理戦争らしい。どういう会話をすればそういう流れになるのか。 「でもそうだとするとおかしいな」 「おかしきゃ笑え」 はっはっはっはっはっはっはっ。 「笑うな!」 「突っ込むな!」 訂正、こいつらも全然冷静じゃなかった。いや冷静だからこそ手に負えないのかもしれない。まさにあの君主にしてこの部下あり、と言うべきか。 ノリノリでボケとツッコミの永久機関を続けるアホ主従を見てミハイルは引き攣った笑いを浮かべた。出番の少ない彼にとってマリネラの頭まで常春のやりとりは馴染めないものなのだろう。馴染めたらそれはそれでまずいが。 「まあ、とにかく……問題はそこなんだ」 「どこだ」 あらぬ方向に視線を向けるパタリロ。無視するのがベストなんだがパタリロとの付き合い方の経験が少ないミハイルはそんな事も露知らず、律儀に最初から説明し直す。 「だから問題は―――」 「だからどこだ」 何とか話を元に戻そうとするミハイルと、何となく話を脱線させようとするパタリロ。幾度かの繰り返しのあげく、 「まったく君はどういう耳をしているんだ!」 「こういう耳」 「ぬがーーーーー!!」 と常套のボケをかまされ、さしもの「氷のミハイル」も烈火のごとく怒り(体温のことだけど)、毒塗りのダートが雨あられとパタリロの脳天に突き刺さる。が、致命傷にも関わらずパタリロはニヤニヤと不敵な表情を崩さない。 「な、何!?」 「ふっふっふっ、残像だ」 背後から聞こえる声に振り向くが姿は見えない。視線を今しがた残像と言われた方向へ向けるとそこにはダートの突き刺さった丸太……でなく身代わりにされたタマネギが倒れて痙攣していた。ひでぇ。 パタリロの走る時のカサコソという音で周囲にいるのは分かるが姿が見えない、まさにゴキブリ走法!だがミハイルとてKGBのエリート、レギュラー降板したとは言え負け続けるわけにはいかない。 「バンコラン少佐に聞いた方法だけど、本当に効くのかな」 そう言って懐から1円玉を取り出し、それを床に落とす。忠臣蔵騒動の喧騒の中ではチャリーンという子気味良い小さな音が響くはずもない。ていうかまだ続いてたのか。 が、カサコソという音が一瞬止まったかと思うと、ミハイルの前を一陣の風が吹き、ワンテンポ遅れてビュン!と風を切って走る音が耳に届く。早すぎて音が追いついて無いのだ。 「これは僕のものだー!誰にもやらないぞー!」 超人的な身体能力と超人的なドケチぶりを披露して床の一円玉にへばり付く一国の王めがけて、毒塗りのダートがあやまたず突き刺さった。 「これはもう使えないな」 「痔が、痔が治ったばかりの体にこれは……!」 パタリロに突き刺さったダート……正確には突き刺さった場所を見てミハイルが呟く。どこに刺さったかは苦悶の台詞からお察し下さい。 「で、どういう事か説明してもらうよ」 やっと冷静さを取り戻したマライヒがナイフを片手にのた打ちまわるパタリロに詰め寄る。無論、マライヒとてナイフが効かないことは百も承知。なにせ頭を銃弾で貫かれても正露丸で直ってしまうのだから。痛めつける事が目的かというとそうでもない。一時期はかなりどMな言動をしていたこともあったのだ、むしろ刺したら喜ぶかもしれない。では何が目的かというと、単なる憂さ晴らしである。 「では説明しましょう」 ころっと立ち直って手持ちの変装の1つ、シバイタロカ博士に変装するパタリロ。思わぬ切り替えの早さにマライヒとミハイルだけでなく、何故か明鏡止水の境地でアクシズを押し返そうとしていた赤穂浪士ことタマネギ達もずっこける。引っ張って突き落とす、パタリロの持つ「高度な放置プレイ」の本領発揮である。 シバイタロカ博士のよくわかる解説 「マリネラの位置はバミューダ・トライアングルのど真ん中にあります。そのせいか時間と空間が歪んでいましてな、大西洋上にも関わらず時差計算は日本と同経度になりますし、常春の気候になると言われております。バンコラン君の消失もそれが原因でしょう。私の計算によりますと、さきほど彼がドアを開けようとした瞬間、偶然そこに時空の歪みが出来たようで、それに吸い込まれてしまったのでしょう」 「で、彼は無事なのだろうか」 本題に戻るまでに物凄く精神的・肉体的に疲労したミハイルが諦観を抑えて質問する。 「検討もつかないな。以前僕が平行世界に跳ばされた時は物理法則そのものが違っていた。バンコランが跳んだ先が生物が生存できる環境である保障はない」 パタリロも元に戻って珍しくシリアスに説明する。 「じゃあ、バンコランは……!」 「落ち着けマライヒ、絶望的であるとも限らない。少なくともこの世界からあまりにもかけ離れた世界に跳ぶとは思えない。恐らくいくつかの共通点を残した世界にいるのだろう」 ただ、と付け加える。 「帰ってこれるかどうかと言うと、無理だろうな」 いくら平行世界が可能性の分岐といえども、平行世界を超える技術を持った世界がある確率は限りなく低いだろう。ましてバンコランは現実主義者。自分が異世界にいるなどと思うわけがない。思わなければ帰ることもない。 「助けに行かないと!」 「しかし、どうやって……」 血色を変えるマライヒに疑問を挟むヒューイット。今頃目覚めたのか。 「ふっふっふっ、僕を誰だと思ってる」 と自信満々に胸をそらすパタリロ。パタリロは生身で異世界への転移はおろか時間移動さえ出来るのだが、タマネギを率いて悪事、でなく活動する必要が度々あったために誰でも移動可能な装置を開発していたのだ。先ほど言った「限りなく低い確率」に自分のおかげで当選していたんだぞ?と言いたいのが見え見えのパタリロに対し、マライヒ達は顔を見合わせると。 「つぶれ饅頭」とマライヒ。 「へちゃむくれ」とヒューイット。 「顔面殺虫剤」とミハイル。 「ケチで吝くてしみったれの吝嗇家」とタマネギ達。(全部同じ意味) 容赦なくこき下ろした。
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「……これは何?」 「……団子虫の一種かしら?」 「ふむ……珍しい使い魔だな。もしかすると幻獣の一種かもしれない」 確かにルイズはサモン・サーヴァントに成功した。 しかしそれによって呼び出された使い魔は、 博識で知られるコルベールでさえも全く知らないものだった。 それは子犬ぐらいの大きさの、ずんぐりとした形の、団子虫に似ているものだった。 外皮は硬そうな外骨格、そして腹部にはたくさんの節足、 そして頭部には青色の目が何列も並んでいた。 「まあ、無事に召喚できたようだし、儀式を続けなさい」 「はーい」 それなりの使い魔を召喚できたおかげか、嬉しそうに返事をしながら ルイズは『契約』の儀式を開始する。 しかし、幸か不幸か、彼らは実はその召喚された使い魔が、 戦争によって文明が崩壊した異世界から召喚されたものだとは 最後まで知る事が無かった。 その後。 「……ねえ、ルイズ」 「……なによ、キュルケ」 「この子、ずいぶん大きくなったわね」 「そうね、ちょっと育ちすぎたかもしれないわね」 「……ちょっとどころじゃないわよ」 ルイズが召喚した団子虫のような使い魔。 当初、この珍しい使い魔にどんな餌をやったら良いのか頭を悩ませたルイズであったが、それはすぐに解決した。 どうやらこの地に自生する植物が余程気に入ったのか、適当な草であれば何でもよく食べるのである。 (なお、特に良く食べたのははしばみ草であり、それこそ一心不乱という形容詞を具現化したかの如く それを延々と食べつづけるこの使い魔に、タバサが密かに対抗意識を持ったのは余談である) しかし、それにしてもよく食べる。 まあ、そこらの野山の草を適当に食べさせておけば良いのでルイズの懐は痛まなかったが、 それでも限度はある。ただ食べるだけなら良いのだが、 食べた分に見合ったレベルで延々と大きくなり続けるのはいささか問題があるだろう。 何度も脱皮を繰り返し、今では馬よりも大きくなっている。 当初、ルイズの部屋で飼われていた使い魔は、 もう部屋の扉を通る事ができなくなったため、 他の大型の使い魔と一緒に外の小屋で飼われていた。 ところで脱皮した皮はコルベール先生が嬉しそうに持ち帰っていたけど 一体何に使うつもりなのだろうか。ルイズは気になったけど、 ゴミを処理する手間が省けたと思って気にしない事にした。 さらにその後。 「……ねえ……」 「…………なによ………」 「言わなくてもわかるでしょ」 「わかってるけどわかりたくないわ」 ルイズとキュルケの目の前にいる使い魔。 もはや育ったとかいうようなレベルではなかった。 なんと二階建ての家ぐらいの大きさである。 魔法学院内の、あらゆる使い魔よりもずっと大きかった。 既に学院からは「使い魔の餌はどこかの山の草木を与える事」という指示が下っている。 なにしろこの巨体である。ルイズがちょっと目を離した隙に 学院の花壇をあっという間に全滅させてしまったのは記憶に新しい。 「それにしてもよく育つわね」 「きっとこれはそういう種類なのよ」 彼女たちは知らなかったが、もし仮にこの使い魔が召喚された世界の、 この使い魔の生態を知る人物がこれを知ったら恐らく驚愕したに違いない。 どうやらこの世界の植物がよほど肌に合ったらしく、 この使い魔は本来の速度の何十倍もの速度で育ちつづけているのであった。 ついでに食事量も本来の何十倍もの量であった。 「……でも、この子、どこまで大きくなるんだろう……?」 バキバキと豪快な音をたてながら一心不乱に木を食べ続ける使い魔を見上げると、 この先を想像することは恐ろしくてとてもできなかった。 さらにさらにその後。 「…………………………(唖然)」 「…………………………(呆然)」 もはや、巨大な使い魔という形容詞すら生ぬるかった。 高さは40メイル、全長は100メイルはあるだろうか。文字通り、動く山といった感じの巨体である。 「……どうするのよ、これ」 「……いいい、いいじゃないの、せせせ戦争には、かかか勝ったんだからぁ!」 可哀想なのはアルビオン軍の一般将兵である。 地上にいたアルビオン軍の兵士は、この超巨大な使い魔が通っただけで文字通り粉砕され、 艦隊の方も、うかつに地上近くを航行していた何隻もの艦船がこの使い魔によって地面に引きずり降ろされて撃沈された。 そしてその硬い外皮はアルビオン軍の大砲ごときでは掠り傷ぐらいにしかならず、 かえって目を不気味に赤く光らせながら怒りで大暴走する使い魔の怒涛の体当たりを喰らうだけだった。 そのあまりのとんでもなさにアルビオン軍は、大混乱に陥ったまま敗走するしかできなかった。 「……それと、あれはどうするのよ」 「……あああ、あれはそう、不可抗力よ、不幸な事故よ、天災だったのよ。 だから私にはどうする事もできなかったのよ!!」 キュルケが視線を向けたその先。 そこは、使い魔に食い尽くされてすっかり禿山になってしまった山々があった。 そして、ご主人様の気持ちも知らず、その禿山を作った使い魔は今日も延々と食べつづけるのであった。 「これ、いつまで大きくなるのよ」 「私に聞かないで」 ~おしまい~ -「風の谷のナウシカ」の王蟲を召喚
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ルイズは召喚された『それ』を見ていた。 「なんなんだろこれ?」 周りのギャラリーは『それ』の正体が分からないので反応に困っている。 ルイズもこんなものは見たことも無い。 召喚された『それ』はルイズの前で僅かに上下している。 『それ』をなんと表現したら良いのだろうか。 変で、黒くて、でかくて、ずいぶんと硬そうだ。 「とりあえず触ってみようかしら」 ルイズは恐る恐る『それ』に触ってみた。 ルイズが触ると『それ』はピクっと反応した。 「すごーい・・・生き物みたい・・・それに不思議な感触・・・柔らかいようで固いようで・・・」 それにルイズの目の前に現れた『それ』は微かに熱を帯びている。 「とりあえず、よく分からないけど・・・契約しないとね」 ルイズは小さい声で呪文を唱え『それ』に接吻した。 すると、『それ』は更に熱を帯び動き出した。 モンスターファームよりモノリス召喚
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前ページ車輪の国、ゼロの少女 私は、いつ意識が無くなったのだろうか。 確か森田と応接間で話をしていたはずだ。 そして、そうだ。突然現れた謎の青白い扉へと手を伸ばしたのだ。 すると私は吸い込まれ…… 意識を失った。 「あんた、誰?」 爆心地で横たわる法月を、ピンクの髪をたなびかせる、小柄な少女が見下していた。 法月はとっさに身を起こし、胸のポケットにある、拳銃と、予備の弾丸、軍用ナイフを確認し、辺りの状況を把握した。 どうやら、私に危害を加えるつもりはないらしい、そう法月は判断した。 ひとまず安心し、少女の質問に答える。 「私は法月将臣、特別高等人だ」 「特別高等人? 何それ」 特別高等人を知らない、だと? 法月は少女がつまらない冗談を言っているのかと思った。だが彼女の顔を見ると、冗談を言っているようには見えなかった。 特別高等人。それを聞くだけで多くの人は委縮し、いかに機嫌を損ねないかを考えて、発言するようになる。それがあたり前だと思っていた彼にとって、この少女と、少女と同じ反応をした周りのギャラリーは、普通では無かった。少なくとも彼の居た世界では。 「質問がある。まず第一にここはどこだ?」 法月が威圧感のある声で、少女に聞いた。 「ここはトリステイン王国よ」 「トリステイン王国?」 「トリステイン王国を知らないの? あんた相当の田舎者ね。じゃあ、ハルケギニア大陸位は知ってるでしょ?」 呆れたような口調で、少女は言った。 「Sharinという国は、知っているか? 私の居た国だ」 「あんた、本当に田舎者なのね。 聞いたことの無い国だわ」 これは、普通ではない。なんなのだこの状況は。落ち着いて考えると、何から何までおかしい。法月は、やっと自分の状況が異常である事に気付いた。 まず、時間。腕時計は午後5時20分を示しているが、太陽の位置を見ると、おおよそだが正午くらいだ。一日の間意識を失ったという可能性もあるが、それにしては体の変化が無さ過ぎる。 それに気候もおかしい、さっきまでは30度を超える猛暑の中に居たが、ここは20度位である。これらが意味すること、それは時空の超越。そう思う他無かった。 彼らは、共通した世界観を持つ精神病患者。 この惑星は私の居た惑星では無く、遠い他の惑星。 全く次元の違う、異世界。 考えうる、可能性を全て論理的に検証してみたが、一つも腑に落ちない。 唯一、最後の“この世界は次元の違う異世界である”という考えが、正しい気もしたが、最も現実的ではないため、信じたくなかった。 「ミス・ヴァリエール、早く儀式を済ませなさい」 声が聞こえたほうに振り向くとそこには髪の薄い、いや、ほぼ無いと言っていい位の、中年の男が立っていた。 「はぁ……、いい!? あんたみたいな平民が、こんなことされるなんて、ありえないんだから! 感謝しなさい」 「おいおい、初キスがおっさんで、しかも平民だなんて、ルイズはついてないなぁ!」 一人の少年がはやし立て、笑いが起きた。 「さぁさぁ、早く誓いのキスを済ませるんだルイズ!」 周りの事なぞ、気にも留めずに法月は男に質問する。 「そこのお前、儀式とはなんだ。私は何故ここに居る?」 「私は、この生徒たちを指導をしている、ジャン・コルベールです。あなたは使い魔として、サモン・サーヴァントで召喚されました。普通は、平民が召喚されるなんて事はあり得ないのですが……」 Servant、確か意味は召使いだったな。 そうか、私は拉致されたのか。恐らくだが、この先半永久的に奴隷のような扱いを受けるのだろう。 それは、まずい。私は一刻でも早く、元の世界へと戻らねばならん。 法月は、この不愉快極まりない状況から脱したかった。 「つまり拉致されたのだな、私は?」 「ら、拉致だなんて」 「拉致ではない、ならば元の世界へと戻してもらおう」 「それは出来ません」 「……そうか、それは残念だ」 その一言を言い終えると同時に、法月は胸ポケットから拳銃を引き抜き、コルベールが反応する前に額へと突き付けた。 「これでも出来ないと言うか? 出来ないならば、この拳銃が貴様の頭蓋骨を割って、脳組織を破壊し、貴様の思考を停止させてやろう」 嘲笑の声が失せ、空気が冷たいものへと変わっていく過程を、法月以外の者は感じ取り、杖を構えた。この法月を友好的だと判断する者は、誰ひとり居ない。 ルイズは自分の召喚した使い魔が、コルベールに危害を加えないことを祈り、心のなかで(拳銃ってなんなのよ!)と思った。もちろん声には出さない。 そして、額に何かを突き付けられているコルベールは、どうするべきかを、思案した。この法月とやらが持つ武器は、恐らく一瞬で私を死に至らせるだろう。とりあえずは、説得するしかないものか。 「出来ない、というのはあなたを元の場所へ戻す方法が無いという事です。 サモン・サーヴァントは一方通行の儀式であり、現時点であなたを元の場所へと返す手段はありません。 もし、あなたが私を殺したとしても、あなたは間もなく牢獄に入り、処刑されるだけです。今、私を殺しても一つも良い事が無い。ならば、私の話を最後まで聞いてはどうですか?」 コルベールは出来る限り、冷静に説得した。 「ほう、なかなか肝が据わっているではないか。良いだろう、聞こう」 そう言いつつも、法月は拳銃を構えたままだった。 「まずあなたはサモン・サーヴァントによって、あのヴァリエールという少女に、使い魔として召喚されました。もちろんあなたを故意に選らんだ訳で無く、全くの偶然かと思われます」 「一つ聞きたい、コルベールよ」 「なんでしょうか」 「私は恐らくだが、ここから遠く離れた地から、一瞬で召喚された訳だが、一体どのような技術を使い、召喚したのだ?」 法月は現実的な答えを待った。 「技術、と言いますと? ただの魔法ですが」 魔法、だと? 魔法。 もっとも恐れていた、非現実的な答えが、法月に返された。空想の世界でしかあり得ない事が、現実に起きている。その現実が法月の目の前に現れ、激しい眩暈に法月は襲われる。 そして、法月は気付いてしまう。さきほど思った、この世界は次元の違う異世界である。という考えが正しい事に。 「ミスタ・マサオミ? どうしたのです」 「いや……なんでもない。続けろ」 それから法月は使い魔についての説明を受け、受けている間に、なんとか冷静さを取り戻した。 「では、私には使い魔になるしかないというわけだな」 「えぇ、私たちはあなたの衣食住と、元に戻る方法を模索することを約束します。その代りにあなたはミス・ヴァリエールの使い魔になる。どうしょう、今のあなたには、一番良い選択かと思われますが」 仕方ない、今の私には何も出来ん。そう判断した法月は構えていた拳銃を下ろし、胸へとしまった。 コルベールは安堵のため息をつき、周りの者、特にルイズはそれに同調する。 「最後の質問だ。コルベール、この国の王がもし、遠い国のある者に無理やり拉致され、そこで雑用や、護衛などの、くだらないことをやらされていると知ったら、この国はどうするのだ?」 「どうするって、我が国の軍隊が総力をあげて、王女を取り戻すでしょ……」 コルベールは、法月が何を言わんとしているのか、気づいてしまった。法月はいやらしい笑みを受かべ、コルベールを見つめている。 「我が国の兵隊は、一人一人がこの武器を持っているぞ?」 コルベールの目は焦点を失い、顔はどんどんと青ざめていった。 もし、彼の国が、取り戻しにトリステインへとやってきたら……責任は私にあるのではないだろうか。 「ふ、ふはははははは! 冗談だ、ミスタ・コルベール。気にするんじゃない」 コルベールは、さっき以上の深いため息をついた。 「し、心臓が止まるかと思いましたよ。それでは条件をのみますか?」 コルベールのこの世の終わりのような顔を見た法月は、満足し、言った。 「いいだろう」 コンタクト・サーヴァントが成功する。本来は喜ぶべき所なのだが、ルイズは正直微妙な気持ちだった。そりゃ成功したのは嬉しい、だけど、平民だし、危険人物だし、この先のことを考えると不安で仕方がない。 「それでは、コンタクト・サーヴァントを」 「はい……」 今度は、はやし立てる者は誰ひとり居なかった。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 そう言い終えると、ルイズは顔を法月に近付け、唇を法月の唇に重ねた。法月は、表情を一切変えず、事務的にキスを受けた。 ちょっとは慌てたり、戸惑ったりしなさいよ! 法月の淡白な態度にルイズは少し腹を立てた。 「キスで契約か……やはりファンタジーの世界だな」 そう誰にも聞こえないほどの声で、つぶやくと法月は左手に、痛みともいえる、熱さを感じた。 だが、これほどの痛みは何度も感じたことがあり、法月にとっては声を出すほどでもない。 そして、痛みを感じる左手を見ると、法月の手の甲には、見たことの無い模様が浮かび上がっていた。 「珍しいルーンですね…… それでは皆さん、これにてサモン・サーヴァントの儀式を終了します」 そうコルベールが言うと、生徒たちは、法月に聞こえないよう細心の注意をはらって、法月を非難し、法月と絶対に目を合わせないようにして、寮へと戻っていった。 「ではヴァリエールよ、私を寝どこへ案内するんだ」 「様を付けなさい!」 ルイズは空を見上げ、嘆いた。 始祖ブリミルよ! この大きな試練を乗り越えるのに、お力をお貸しください。 ルイズは始祖ブリミルに、哀願した。 「神に祈ったって何も変わらんぞ、ヴァリエール」 ……なんで人の心が読めるのよ。 こうして、法月将臣はルイズの使い魔として、過ごすことになったのだった。 前ページ車輪の国、ゼロの少女
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魔法の使えないメイジ ゼロのルイズが召喚した 『静嵐刀』 とはいかなる宝貝であるか? ここではない異世界、そこには『仙人』という存在がいる。 卓越した知能や技術によって、この世の成り立ち、天地の理の全てを知りえた者だけがなれる存在。それこそが仙人である。 仙人になれるほどの才覚を持ってしまった者は、その高すぎる能力ゆえに普通の人間たちとはまともに暮らしていくことはできない。 だから仙人たちは『仙界』と呼ばれる異世界を己の力で築きあげることにより自らを隔離し、 そしてそこで今もなお己の知恵と技術を磨かんとして修行を積んでいるのである。 そんな仙人たちが自ら作り上げた道具、それこそが『宝貝』である。 なにせもともとの仙人たちが人知を超えた存在である。その道具たる宝貝もまた尋常ならざる力を持っている。 世界全ての出来事を瞬時に知ることができる宝玉。 時の流れを自由に駆け戻ることができる砂時計。 この世のいかなる存在であっても斬る事のできる矛。 それら数多の宝貝の一つ、それこそが何を隠そう静嵐刀その人である。 そしてその恐るべき道具、宝貝の所持者にして使い魔の契約者になったルイズは、 「なんというか、ピンと来ない話ね」 「はぁ、ピンと来ませんか」 いまいち納得できていないようであった。 静嵐は辺りを見回す。質素だが質のよい調度品。布団のついた寝心地の良さそうな寝台。 どれもこれも静嵐の知っている文化圏のものとはかけ離れた意匠をしている。 これを見ればさすがの静嵐でも、ここが全くの異世界であるということが実感できた。 そう、ここはルイズの部屋。契約の儀式のあと、自室に戻ったルイズは静嵐に説明を求めたのだ。 内容はズバリ「宝貝って何?」である。 「百歩譲って異世界というのがあるとして、センニンっていう存在がいるとして、パオペイなんていう道具があるとして、 アンタがそのパオペイだっていう証拠はどこにあるのよ。アンタはどう見たってただの――平民じゃない」 ルイズは静嵐を観察する。たしかに静嵐は変わった男だと思う。 見たことも無いようなデザインの服、耳慣れない響きの名前、トリステインではあまり目にすることの無い黒髪。 それらを見る限り、その辺にいるような平民とは違うような気がする。 なるほど、たしかに珍しい人間であるかもしれない。だが、それだけだ。 それが静嵐の言うパオペイの存在、そして静嵐自身がそのパオペイであるということの証拠にはなり得ない。 「そうですね。なら百聞は一見にしかず、僕が『宝貝』である証拠を見せましょう。――ゴホン、ではとくとご覧あれ」 わざとらしい咳払いをして、勿体つけたように静嵐は言う。 何をするのかと思ったが、次の瞬間――静嵐が爆発する。 「!」 驚くのはルイズだ。目の前を覆う爆煙に、また自分の失敗魔法が炸裂してしまったのかと思ってしまうが、 自分は杖を握ってもいなければ呪文を唱えてもいない。 それにこの爆発は何か変だ。煙の量と勢いは凄いが、爆発につきものの熱や光はほとんど無い。いつもの自分の失敗魔法ではない。 そして徐々に煙が薄れていくと、そこに静嵐の姿は無く。 ――あるのはただ一振りの剣だった。 静嵐の外套と同じ深い藍色をした鞘、表面にはやはり外套と同じく精緻な雄牛の彫りこみがしてある。 長さはそれほどではない。少なくとも、ルイズの知っている『剣』とは少し違う。 ルイズの知っている剣はもっと大きく肉厚で、いかにも鈍重そうであるが、 この剣はもっと薄く鋭いであろうことは、鞘の形からも見て取れる。 とにかく、鞘から引き抜いてみればわかることだ。静嵐の行方も含めて、この剣を手にとって見ればわかることである。 そう思いルイズは剣の柄に手を伸ばし、握ってみる。 『どうです? これで僕が宝貝だということはわかったでしょう』 「キャッ!?」 ガシャン、と金属音を立てて剣が床に落ちる。いきなり頭に響いた声に、ルイズは驚いてしまったのだ。 「な、なに今の?」 今の声は静嵐のものであるように聞こえた。 だがその声は、どこかから耳に聞こえたというのではなく、頭の中に直接聞こえたというのが気味が悪い。 ……いずれにせよもう一度剣を握ってみればわかる、とルイズはおそるおそる再び剣を握る。 するとまた、先ほどの声が頭に響く。 『ひどいなぁ。いきなり落さないでくださいよ』 聞こえるのはぼやくような声。この声はやはり静嵐だ。 「ひょ、ひょっとしてセイランなの?」 『そうですよ。――とまあこの通り。先ほどの姿はあくまで仮の姿であり、僕の本当の姿はこの刀のほうなんですよ』 「すごいわ!」 素直に感心するルイズ。 インテリジェンスソードなど、知能を持った武器などはこの世界では珍しいものではない。 だが静嵐のように人間の姿を取れる武器などルイズは聞いたことも無い。 どんなメイジがどんな魔法を用いても、このようなものを作ることは難しいだろう。 これならば静嵐の言う「異世界に住む仙人の造った宝貝」という話も真実味を帯びてくる。 「他には何かできないの?」 『そうですね。この状態でならば、使用者の体を自由に操ることができます。 ああ、もちろん、使用者が体の操作に抵抗すればできないんですが』 少し興味が沸く。体を操作されるというのに不安が無いではないが、やってみて欲しいという気持ちが強い。 「そう……。ちょっとやってみてちょうだい」 『はいはい。お任せだよ』 途端、ルイズの体がルイズの意思とは無関係に動き出す。 ルイズの強気な顔つきが緩み、静嵐刀のそれと同じ緩んだ笑みに変わる。 ルイズの体を操った静嵐は鞘から己を引き抜き、素振りをするように空を切る。部屋の中にヒュンヒュンと心地よい風切り音が響く。 その素振りの動きは、当のルイズ本人から見ても淀みのない洗練された動きであり、まるで剣の達人のようである。 『僕の体には各種様々な武術の達人の動きが刻み込まれていて、こうして使用者を操っている時もその動きができるんだ』 「じゃあ今の私は剣の達人になってるってこと?」 『そういうことさ。ついでにいえば体の内面、筋肉や血管の動きも制御してるから、 普段よりも速く走ることや強い力を出すこともできるよ。もっとも、僕には使用者の身体能力を引き上げる機能はないから、 あくまでもルイズの本来持っている力以上のことはできないんだけどね』 そして静嵐はピタリと刀の動きを止め、自らを鞘に収め、宙に放り投げる。 空中で再び先ほどと同じように爆煙が広がり、その中から静嵐が姿を現す。 「とまぁこんな感じだよ。理解してくれたかな?」 「ええ……よくわかったわ」 ルイズは考える。 これはひょっとして拾い物ではないだろうか? 最初は役に立ちそうもない平民を召喚してしまったとがっかりしたが、このような能力があるとわかった以上そうではない。 たしかに一般的な使い魔とは違ったものになってしまったが、 珍しいという意味ではキュルケのサラマンダーやタバサの風龍に勝るとも劣らないものであることは間違いない。 そしてその上この人知を超えた能力である。 今のところその使い道は思いつかないが、何かしらの役に立つことがあるかもしれない。 「すごいわ……! すごいわよセイラン!」 ルイズは興奮して叫ぶ。 思いもよらぬ誉め言葉に静嵐は戸惑う。 「え? そ、そうですかね。自分で言うのもなんですが宝貝にしてはたいした力は無いほうですよ、僕は」 「謙遜することはないわ。ただの平民かと思っていたけど、こんなにすごい剣だなんて……!」 「剣じゃなくて刀なんですけどね、僕は。――でもそう言ってもらえると嬉しいなぁ。こんな僕みたいな欠陥宝貝を」 「そんなことないわ、貴方みたいな欠陥宝貝でも――欠陥?」 不意の言葉にルイズの表情が変わる。歓喜から嫌疑へと。 「あれ? 言ってませんでしたっけ?」 「――待ちなさい。欠陥って何よ」 「ええとですね。僕は、正確には僕らなんですが……、普通の宝貝とは違う欠陥宝貝なんですよ」 「……何ですって?」 「だから欠陥宝貝。――僕の製作者である龍華仙人というのはですね、こう言っちゃなんですが破天荒な人でして。 宝貝作りの腕前はたしかにすごいんですが、日用道具の宝貝に必要も無いほど危険で強力な戦闘能力を追加したり、 そうかと思えば威力がすごすぎてまともに使えないような武器の宝貝を造ってしまったりとしてしまう人なんですよ」 「…………」 ルイズは言葉も無い。嫌疑の表情は険悪に変わりつつある。 「そんなお人なものですから、失敗作である欠陥宝貝もその数たるや半端な数ではないもので。 その数なんと七百二十七個ですよ? すごいもんですよねえ」 はっはっは、と静嵐は笑う。ルイズはもう一片たりとも笑みを浮かべていない。 「それで僕もその中の一つでして、本来は龍華仙人の工房に封印されていたんですが、 とある事故によってその封印が解けてしまい、僕ら欠陥宝貝たちは自由を求めて逃亡したわけです。 そのまま仙界から人間界に逃げる途中、僕はルイズに召喚されてしまい今現在に至る、と。 いやぁ、それでもこうしてお役に立てるんですから人生何が幸いするかわかりませんね。 ――あれ? どうかしました」 険悪は激怒に変わり、さらにそれを無理やり抑えようとしてひきつった笑みへと変化する。 「じゃじゃじゃあああ、聞くけど、ホントのホントにあんたは、け、『欠陥』パオペイなわけ?」 「ええそれはもう。龍華仙人のお墨付きでして」 一縷の望みを託し、最後の希望を口に出す。 「あ、ひょっとしてあれ? あれよね? あまりにも強力すぎて封印されることになったとか? そうよ、そうよね? ね?」 「いえ、そんなことは無いですよ。さっきも言いましたとおり、 僕は宝貝にしちゃあ平凡な機能しかないもので、そんな封印される強力じゃあないですよ」 「つ、つまりアンタは本当に、ただの欠陥道具なの?」 「そうなりますねえ。残念ながら」 あっけらかんと言う静嵐。あまりにもあっさりと言うその様子に、ルイズの方は小刻みに震えだし、 「だ……」 「だ?」 「駄目じゃないのよそれじゃあああああああああ!」 溜め込んだ力を爆発させるように叫ぶ。 黙っていればいいのに、うっかり自分が欠陥宝貝だとバラしてしまった。 その失言にようやく気づき、慌てて静嵐は弁明する。 「いえ! 欠陥といっても設計当初の仕様とちょっと異なってしまっているだけであって、 使用にはなんら問題は無い――はずですよ?」 「……はず?」 「い、今のところは特に異常も無いですから――たぶん」 「……たぶん?」 「え、ええと……」 「――もういいわ、一瞬でもアンタに期待した私が馬鹿だったのね……」 言葉に詰まる静嵐に、がっくりと肩を落し地に手をついて落ち込むルイズ。 しかし、ならばせめてこの欠陥宝貝の欠陥部分を把握し、どう使えばいいのか考えねばなるまい。 それがご主人様としての自分にできる、精一杯の抵抗である。 「…………それで、アンタの欠陥は何なのよ?」 「僕の欠陥ですか。ええと、それがその……わからないんですよ」 「わからない?」 「はい。さっき言った、使用に問題は無いと言うのは本当で、 さっきみたいに刀の状態で武器として使う分には普通の武器の宝貝と同じように扱えるはずなんです。人型のときも同じく。 だから、自分では特に問題も見当たらないというのが現状なんですよ」 「本当にわからないわけ?」 「はい。そもそもですね、宝貝の欠陥にはいくつか種類がありまして。 一つはさっきも言った機能上の問題。動くはずの部分が動かなかったり、不必要な機能がありすぎたるする場合です。 ほとんどの欠陥宝貝がこれですね。ですが僕は、さっきも言いました通り今のところその手の欠陥が見当たらないわけで」 そう言いながら静嵐は指折り数えていく。 「で、次に、使用には全く問題が無いが、その宝貝としての機能をすでに全うしたもの、早い話が不用品の類です。 もちろん、汎用的な武器の宝貝である僕はそれには含まれません。 そして最後が――性格の問題です」 「性格?」 「宝貝の中には僕のように人格を持つようなものも多くありまして。 その中にはとてもまともとは言いがたい、性格破綻しているものもいるんです。 自分の道具としての業を満たさんがために使用者以外のものを切り刻もうとする剣や、 己の機能に不満を持ち、創造主である龍華仙人に戦いを挑むようなもの。 そういった彼らは機能上にこそ問題は無いんですが、それを制御する人格に問題があって封印されてしまったんです」 たしかに静嵐はそういう類の宝貝には見えない。毒にも薬にもなりそうに無いのは確かである。 無論、この間抜けな性格が演技である可能性は無いわけではないが、 それならそれでもっとマシな演じ方というものもあるだろう。 何を好き好んでこんな、間の抜けて愚鈍な――ああ、なるほど。そうか、そういうことか。やっとわかった。 ルイズは低い声で呟く。 「……アンタの欠陥とやらがわかったわ」 「え? ホントですか!」 「ええ。それはもう、今も身に沁みて実感しているわ……」 「そ、そんな。大丈夫ですか? うわぁ、何かマズイところでもあるかな?」 そう言って静嵐は自分のどこかにおかしなところが無いか探し始める。 「……聞きたいかしら? アンタの欠陥」 ぐるぐると己の尻尾を追いかける犬のように、自分の背中を見ようとして四苦八苦している静嵐に、 ルイズはこれ以上ないというほど、にこやかに問いかける。 「うう。聞きたくないけど、聞かないわけにはいかないよなぁ……」 「じゃあ一度しか言わないから、よく聞きなさい。いい、アンタの欠陥は――」 大きく息を吸い込み、あらん限りの声で告げる。 「その! 間抜けな所よ!」 『静嵐刀』 刀の宝貝。男性の形態もとる。 欠陥はその間抜けな性格。あらゆる計算を不意の一言で一瞬にして突き崩す様はまさに混沌の権化と言える。 機能上の問題もあると言われているが現在は未確認である。 前頁 目次 次頁