約 4,733,968 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8002.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ルイズが目を覚ました頃、トリスタニアの各所にある衛士隊の詰め所の内一つでは、 一人の女性隊員が一枚の書類を握りしめてこの詰め所の隊長に詰め寄っていた。 「どうしてそうなったのですか!?」 女性とは思えないほどの力で自分の机を叩いたアニエスの顔には、悔しさが滲み出ていた。 普段の彼女ならば絶対他者に見せはしないその表情に周りにいた隊員達は目を丸くする。 怒りで震えている彼女の手の中には一枚の書類が握りしめられており、指の間からとある一文が垣間見えた。 『遺体、遺留品は一時王宮に保管し、以後許可があるまで事件の捜査をしないよう』 その一文は、彼女をここまで憤慨させるのにもってこいであった。 手紙全体の内容を、簡単に言えば『今後、この事件の捜査をするな』というものであった。 勿論それには、神聖アルビオン共和国との動向が気になる今の時期に騒ぐのは不味い。という理由がある。 しかしそのような返事をよこしてきた王宮に、アニエスは納得がいかなかった。 「ノロノロとした対応しか出来ない連中に横やりを入れられることなど、我慢できません!」 気迫迫る表情で詰め寄ってくるアニエスに、隊長は困った表情で何とか彼女を落ち着かせようとした。 「落ち着けアニエス。気持ちはわかるが王宮からの命令だ。逆らえばクビになってしまうぞ?」 落ち着いた表情の隊長にそう言われても、アニエスは尚も悔しそうな顔をしている。 それは昨日の真夜中にまで時は遡る。 事件のあったホテルでの現場検証は衛士隊の方で済ませ、遺留品と内通者の遺体を詰め所に搬送した後の事であった。 遺体を臨時的に作られた死体置き場へと運び終えて皆が一段落していた時、彼らはやって来た。 「何だ何だ?我々が急いで駆けつけて来たというのに貴様ら平民は仕事をサボって休んでいたのか」 厚かましい言葉と共に詰め所へ入ってきたのは魔法衛士隊の内一つ、ヒポグリフ隊の隊長であった。 本来なら宮廷と王族の警護を司る彼らが来たという事は、恐らく王宮が派遣してきた応援であろう。 (応援にしては遅すぎるうえに何の事前連絡もないとは…) 心の中でアニエスが訝しんでいるのを余所に、衛士隊の隊長はヒポグリフ隊の隊長に敬礼をした。 「わざわざ王宮からのご足労。大変感謝致します!」 並の貴族ならばその動きだけで満足するであろう敬礼に対して、ヒポグリフ隊隊長の返事は余りにも冷たかった。 「フン、本来ならば敬礼ではなく頭を下げるべきだが…まぁ事が事ゆえ、許してやろう」 あからさまな言動に周りにいた衛士隊隊員達は怪訝な表情を浮かべたが、隊長は眉一つ動かなかった。 既にここで働き始めてから数十年年ばかり経つためか、この様な相手とのやり取りなど慣れてしまったのである。 短い話し合いの後、死体置き場の遺体と遺留品は、ヒポグリフ隊の者達によって王宮に運ばれる事となった。 本来ならばアカデミーに運ばれる筈なのだが、ひとまずはここより安全な場所で保管するというとのことらしい。 ヒポグリフ隊とのやり取りを離れたところから聞いていたミシェルは、隣にいたアニエスに怪訝な表情を浮かべて言った。 「下手に動かすより、ここに置いておけばいいんじゃないでしょうか?」 「そういうなミシェル。王宮の連中はああいう面倒事が名誉と金とワインの次に大好きなんだよ」 ミシェルの言葉に対して、アニエスは皮肉という名のスパイスをタップリ込めてそう言った。 その後、王宮から追って連絡があるとだけ言い、ヒポグリフ隊は去っていった。 遺体と遺留品を、何の印も刻まれていない黒塗りの馬車へとつぎ込んで… それから暫くして、今から一時間前―――― 詰め所の入り口でビスケットをほおばっていたアニエスがその連絡を受け取った。 伝書鳩が持ってきたそれは、今の憤慨している彼女を作りだしたのである。 「―――…クソッ、納得いかん」 結局隊長に言いくるめられて退室し、二階の廊下へと出たアニエスの第一声がそれであった。 むしゃくしゃして傍にあったイスを蹴り飛ばすと髪をくしゃくしゃと掻きむしりながら、すぐ傍にあった窓を開けた。 窓から入ってくる肌寒いトリステインの空気が熱くなっていた彼女の心を冷まし、冷静にしてくれる。 外の風に当たってある程度気持ちが落ち着いたのか、ここから見える外の景色は中々良い物だと気が付いた。 太陽がまだほんの少ししか顔を出していない所為か、トリスタニアの町並みはうっすらとしかわからない。 まるで街全体が幻であるかのように、その正体を見せてはくれないのである。 その時、ふとアニエスは思った。 この時間帯のトリスタニアは何処か…別世界に存在しているのでは無いのか、と。 ハルケギニアとは何処か別の世界、…゛異世界゛に移転してるのかもしれないのでは… 「そんなわけないか…ハハっ」 そんな風にして一人笑っている彼女の耳に、可愛いらしい鳴き声が入ってきた。 何処からか聞こえてくる小鳥のさえずりに気が付いたアニエスは、ぽつりと呟く。 「小鳥の囀りと共に…朝が訪れ、人は新しい一日を謳歌する――か」 以前立ち寄った本屋で見つけた小説の一文を、彼女は口にしていた。 小説自体は特に思い入れは無かったが、その一文だけは彼女の頭の中に刻み込まれている。 それが何故なのかは彼女にも判らないし、それを知らない他人はもっと知らない。 ただ、その一文は正に…この街の今の時間帯を示しているのかも知れないと、アニエスは思った。 しかし――そんな彼女の頭の中に記憶という名の映像がノイズ交じりに映し出された。 それは今のアニエスを作りだしたとも言える程、衝撃的な内容であった。 忘れもしない二十年前の記憶を思い出し、アニエスの顔がすぐさま険しくなっていく。 「だが…二十年前のあの日からずっと、私の心の中に朝が来てはいない」 ――そう、死ぬ前にすべきことを全てするまでは…私にとって本当の朝は訪れないのだ その瞳に穏やかとも言える静かな殺気を浮かべながら、アニエスは心の中で呟いた…。 ◆ それから時間が経ち、午前9時45分―――トリステイン魔法学院。 朝食も終わり、生徒達は自らの使い魔を連れて授業が行われる場所へと足を運んでいる時間である。 猫や犬といった普通の生物、又は幻獣の子供は主である生徒達の後をついていく。 ここだけではなく、ハルケギニアのあちこちにある魔法学校でよく見られる光景の内一つである。 誰もいない女子寮塔にあるルイズの部屋で、掃除をしている一人の少女がいる。 この学院では割と珍しい黒髪に奇抜なデザインの紅白服を着ている霊夢であった。 「ふぅ…とりあえず掃除はこれぐらいで言いわね」 テーブルを拭いた雑巾を水を張ったバケツの中に入れた霊夢は一人呟いた。 そして手元にあったタオルで手を拭くとイスに腰掛けると一息つき、部屋を見回す。 しばらくご無沙汰だった為か、掃除をする前は部屋の隅に埃がうっすらと積もっていたのだ。 まぁアルビオンへ行ったり幻想郷に戻って掃除する暇もなかったので仕方ないが。 そして掃除をしてみれば部屋の中は小綺麗になり、何処かさっぱりとしていた雰囲気も取り戻した。 たった一点を除いて…。 「さてと、あれは本人にやらせた方が良いわね…」 霊夢は怠そうな目でそう言いながら、部屋の一角に放置された本の山へと視線を向けた。 ベッドに寄り添うかのように放置された数十冊の本は全てこの世界の文字ではなく、所謂英字である。 英語だけではなく、霊夢でも読める日本語や難しいヨーロッパ系の文字の本もあった。 実はこの本の山、全て魔理沙が幻想郷から持ってきたものなのだ。 魔理沙か愛読用にと持ってきたもので、きっとアリスやパチュリーから借りてきた本も入っているだろう。 まだ彼女の家と比べればマジではあるが、数十冊の本の山というのは掃除の時には邪魔な存在だ。 少なくとも霊夢はそう思っているし、出来るのであれば窓から全部放り捨てたいという気持ちもあった。 しかし、それを実行する程魔理沙とは犬猿の仲でもないし何より全部捨てるとなると骨が折れる。 どうしようかと思って考えた結果、出された結論は…本人に任せるということに至った。 「しかし、まさかあんな作り話でうまくいくとは思ってなかったわ…」 掃除道具を片づけた霊夢は再びイスに腰掛けると、ふと昨日の事を思い出し始めた。 ☆ 霊夢の言う゛あんな作り話゛とは、昨日の昼食の際に学院長であるオスマンの話であった。 昼食の前に行われた話し合いの最後に、オスマンは魔理沙に対してここに長居できるようなんとかしてみると言っていた。 それが一体何なのか、魔理沙ですらわからぬまま時間が経ち、昼食の時間となった。 そして生徒達がいざ食べ始めんとした時、その前にオスマンの話があった。 「諸君、昼餐の前に少し紹介しておきたい人物がおる」 学院長の口から放たれたその言葉に、食堂の中がざわざわと少しだけやかましくなった。 喧騒に包まれる前にオスマンが声を大きくして「静かに」とだけ言うと、すぐさま誰も騒がなくなってしまう。 オスマンはそれを見て満足そうに頷くと、話を再開する。 「見とる者は昨日から見ておると思うが、この学院に白黒の服を着た金髪の少女がいるのを皆は知ってるかね?」 そう言いながらもあるオスマンはある一点を指さし、多くの生徒達が指さした方へと視線を向ける。 オスマンの指さした場所は食堂の出入り口付近に設けられた休憩場。 つまるところ、今食事を食べている霊夢と魔理沙に多くの視線が注がれる形となった。 「おい霊夢、なんであいつ等はあの爺さんが指さしたぐらいで私たちをジロジロ見るんだ?」 魔理沙は先程淹れてもらった紅茶を飲みつつ、隣にいる紅白巫女にそんな事を聞いてみた。 霊夢はこちらに向けられている視線に動じず、隣にいる白黒魔法使いにこう言った。 「きっと自分で考える力があまり無いんじゃないのかしら」 「お前、時々でも良いから自分の言葉に責任感を持ってみたらどうだ?」 ルイズに聞かれていたら間違いなく部屋から追い出されるであろう言葉を、霊夢は難なく言い放った。 その後、オスマンが魔理沙の名前を紹介した後、こんな事を説明し始めた。 なんとオスマンは、魔理沙がずっと以前にミス・ヴァリエールをとある窮地から救った旅人なのだと紹介した。 それを聞いてルイズは目を見開き、魔理沙は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。 他の生徒や教師達もそれを聞いて驚き、魔理沙に注がれる視線が段々と強くなっていく。 霊夢だけは作り話でくるとは…と内心で呟きつつも、オスマンの話を黙って聞いていた。 そしてつい先日、ルイズは彼女と街で再会を果たし、恩を返したい。…と言ったらしい。 そこで魔理沙は…しばらくこの国に長居したいのだが、不幸にも宿に泊まる程の金が無い。…と言ったらしい。 ルイズはそれを聞き、「じゃあ魔法学院にある私の部屋にご招待致しますわ」と言ったらしい。 「じゃから、これからしばらくはミス・マリサはこの学院に滞在することになる。 末女とはいえ、彼女はヴァリエール家の客人じゃ。決して揉め事など起こさんように。以上」 オスマンの話が終わり、ようやく昼食が始まった。 一足先に食べていた魔理沙は、嬉しそうな表情を浮かべてこんな事を言った。 「嬉しいぜ。この世界だと私が良心的な人物に見えるんだな」 「私はアンタが善人になるこの世界に危機感を持つよ」 そんな魔理沙に対してさりげなく霊夢は言った。 ☆ 昨日の事を思い出し終えた霊夢は腰を上げ、部屋を見回した。 「さてと、これからどうしようかしらね…時間もあるしお茶でも飲もうかしら」 部屋の中にあるポットの方へと目をやり、とりあえずはお茶の準備を始めることにした。 そして茶葉などが入っている棚を開けると、少し大きめの瓶を手に取った。 この前アルビオンに行った際、ルイズを助けたお礼にとやけに良心的なお姫様から貰った茶葉である。 「市内では出回らない物だって聞いたけど、本当なのかしらね…」 まるで自分のことのように自慢していたアンリエッタの顔を思い出し、霊夢は呟く。 先日ルイズや魔理沙と共に街を訪れたときにこれとよく似た形の瓶を見ていた今の霊夢には彼女の言葉が今一度信用できなくなっていた。 幻想郷の人里でもそういう商法があると聞いた事があるが、この世界と比べれば可愛い方であろう。 「幻想郷には縄跳びの在りかを示した地図なんて売ってないしね」 ふとずいぶん前の事を思い出し、苦虫を踏んだかのような表情を浮かべたその瞬間――― ―――ギャァアッ…! 開きっぱなしの窓の外から、小さな悲鳴が聞こえてきたのである。 「?…今の悲鳴は何かしら」 運良くそれを耳にした霊夢は何かと思って窓の方へと近づき、とりあえずは下の様子を窺った。 窓の外から見下ろす広場はいつもと変わらず、むしろ人がいない所為か静かな雰囲気が漂っている。 何処にもおかしなところは見受けられないし、悲鳴の主すら居ない。 貴族や平民に関係なく、常人ならばこの後は首を傾げて窓を閉めてしまうところだったであろう。 しかし、霊夢は感じていた―――初めて味わうタイプの気配を。 (何かしら、凄くイヤな…というよりもえげつないくらいの不快感は?) 今まで嫌な気配を放出する存在と幾多に渡り合ってきた霊夢ですら、それは初めて感じるものであった。 空間に例えるなら、そこはジメジメとしているうえに蒸し暑く、ナメクジやヒルといった軟体生物が活発に動き回っている。 男性でも近づくのを躊躇ってしまうような場所に例えられる程の不快感に対して、霊夢は大きな溜め息をついた。 「はぁ…どうしてこう、これからって時に良く邪魔が入るのかしらね」 ウンザリしたかのように言った後、手に持っていた茶瓶をテーブルに置いた。 そして久方ぶりに持つことになった御幣を左手に持つと、窓から勢いよく外へと飛び出す。 普通ならば重力に従って地面に真っ逆さまの筈だが、霊夢はそれに縛られず大空へと飛び上がった。 ひとまず霊夢は上昇し、学院中を見回せる程の高度に到着すると気配の元を探り始める。 目を鋭く光らせて精神集中し、すぐ真下にある学院から出てくる様々な気配の中から先程の不快感のみを探し出す。 妖怪退治と異変解決の専門家とも言える博麗の巫女にとって、それは呼吸と同じほど簡単なことであった。 「…… あっちの方からだわ」 そしてすぐさま何かを感じ、学院のすぐ外れにある庭園の方へと急行した。 ◆ そこは生徒達の散歩や風景画を描かせるために作られた比較的大きな庭園であった。 庭園の中央には池と噴水が設けられており池には小魚やカエル、サンショウウオといった水生生物が多数生息している。 時々庭の整備士が来るものの、この時間帯には人っ子一人此所を訪れない。 人前には決して出てこない野ウサギやリスたちは庭を駆け回り、噴水の水を飲む。 しかし、今日に限って彼らは姿を現さず、苦しそうな男の喘ぎ声が庭園の中に響いていた。 「はぁっ…!…はぁっ…!」 痩せた体を持つ男は自分の持っている力の全てを使って走っていた。 途中何度か転びそうになりながらも、焦点の合わない目で出入り口を必死に目指している。 しかし、完全に混乱した頭では庭園の中を無茶苦茶に走りまわる事しか出来なくなっていた。 いくら走っても出入り口にたどり着けず、男は噴水の近くでへたれ込むと、なりふり構わず大声を上げた。 「だ…誰か…誰かたすけてくれぇ…!」 張り裂けんばかりの怒声で叫んでも、この時間帯には誰もその叫び声に気づきはしない。 自分の怒声のみが空しく庭園に響くだけだと知った男は、地面を思いっきり叩いた。 そして頭を抱えて嗚咽にも聞こえるような呻き声を上げてブツブツと独り言を呟き始めた。 「畜生…ちくしょう!何なんだよありゃあ…!?あんなのがいるなんて聞いてなかったぞ…?」 男はそんな事を言いながら、自分のすぐ傍で起きた猟奇的なアクシデントを思い出した。 ※ この男はアルビオン大陸からやって来た…所謂旅行者と呼ばれる者だ。 だが旅行者というのは仮初めの姿であり、現アルビオン政府から密命を受けてこの国へやってきたのだ。 その任務は至って単純明快。首都トリスタニアにいる複数の貴族達からある書類を受け取ることである。 最初、男は旅行者らしく軽くトリスタニアの観光をしつつ、書類を回収していこうと計画していた。 しかしつい一昨日にその内の一人が死んだとう事を知り、回収を早めることにした。 そして記念すべき一人目と人のいないこの庭園で出会い、金貨のつまった袋と交換に書類を手早く頂く―――筈であった。 だが、意外と広い庭園の中を彷徨ってようやくそれらしい貴族の男と出会い、いざ書類を受け取ろうとした時… 聞こえてきたのだ。異形の顎から聞こえてくる、虫のような金切り声を… ※ ギ リ ギ リ ギ リ ギ ギ ギ ギ リリ リ…―――― 「―――――…ッ!?」 疲れた表情でその時のことを思い出していた男は、突如耳に入ってきたその音に目を見開いた。 そうだ、これが聞こえてきたのだ…あの恐ろしい虫の姿をした異形の声が。 男はスクッと立ち上がると同時に腰元へと手を伸ばし、杖を手に取ろうとした。 (……!つ、杖を落とした…!?) 腰にさしている筈の杖はそこに無く、男は驚愕のあまり腰の方へと視線を向けてしまう。 「ギリ…ギリギリ…ギギ…!」 その時であった…! 隙が出来るのを待っていたかのように、ソイツは草むらから飛び出してきたのである。 思わず男はそちらの方へ顔を向けてしまい、ソイツの全身を見る羽目になってしまった。 ソイツの姿は正に゛クワガタムシと人間の合成生物(キメラ)゛と言っても過言では無いだろう。 体は人間よりもクワガタに寄りだが、両手両脚は人間のそれとよく似ている。 そして頭はクワガタそのものであり、危なっかしい大きな顎をしきりに動かしている。 だが普通のクワガタと違い、顎の表面から水っぽい灰色の液体が絶えず流れ出ていた。 「ひ…、ヒィィィィィィ!!」 男は化け物の顎と、その顎から滴り落ちる液体を見て、悲鳴を上げた。 あの顎も武器であろうが、液体の方が男に恐怖を与えている。 男は頭の中で、この化け物を倒そうとして返り討ちにあった貴族の姿を思い出した。 (あの液体…あの液体を浴びたらあの貴族のように…) そんな男の心の内を探ったのか否か、クワガタのキメラはクワッ!と顎を開こうとしたその時… 「ハァッ!」 ふと上空から少女の声が聞こえてきたのである。 男が生まれてこの方聞いたことがない程、美しい声であった。 その声が聞こえた後、ヒュッと小さい紙が上空から飛んできてキメラの背中に貼り付いた。 キメラが自分の背中に何かが貼り付いたのに気づいた瞬間、突如背中で小さな爆発が起こった。 「ギッ!?ギギィ…!」 突然の攻撃にキメラは金切り声を上げて、体を激しく震わせた。 その瞬間を見逃さなかった男は、すぐさま踵を返すと全速力で何処へと走り去っていった。 目の前にいて、もうすぐ狩れる筈だった獲物が逃げるのに気づいたキメラはしかし、痛みにもがくことしか出来なかった。 甲虫特有の硬い背中は酷く焼け爛れており、その威力がどれ程のものか物語っている。 「全く、何かいると思ったら…まさかこんな化け物がいたとはね」 痛みに震えるキメラを上空から見下ろしている少女、霊夢は意外といった感じでそう呟いた。 「やっぱり、…こいつからあの気配を感じるわね」 再度確認するかのように呟き、霊夢は目を細めた。 今、彼女はあのキメラから感じているのだ。部屋の中では決して感じることが出来なかったその気配を。 ――――それは、恐ろしい程に無機質的な゛殺気゛ 人を殺すことに対して歓喜や怒り、憎しみ、悲しみ。 それらを一切感じさせない殺気は不気味を通り越し、不快感となって霊夢に伝わっているのだ。 「どっちにしろ倒すけど。なんだか気色悪い奴ねぇ―――…っと!」 霊夢は気味悪そうに呟きつつも、右手に持っているお札をキメラに向かって勢いよく投げつけた。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/5091.html
前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔 ここはニューカッスル。 かつてのアルビオン王党派の最後の砦だ。 しかし、今ではそこも彼らが敵として憎んだ貴族派の根城となっていた。 その貴族派の長であるクロムウェルの足元に亡骸を横たえるのはかつての王子、ウェールズ。 いや、亡骸を“横たえていた”というべきか。 今彼はクロムウェルの“虚無”とやらによって蘇生させられていた。 その目はかつての目と違い、虚ろで、何も見ていないかのようだ。 顔色には精気が満ちている。だが、どこか儚げであった。 生きていてながら死んでいる。所謂生ける屍といったところだ。 「アンリエッタ…。」 口から漏れたその言葉は彼女に届くことはなかった。 スネークの朝は早い。決して老人だから早く起きるというわけではない。 使い魔としての仕事と、訓練のために早く起きる必要があるからだ。 日が昇り始めたころに藁束で目を覚ますスネーク。 今来ているのはマルトーから譲ってもらった寝巻き。 枕元でくるくる回っているアイテムボックスを引っ掴み、衝立の裏へ直行。 シュル シュルシュルシュル ジー 一瞬で着替えが完了した。 テーブルの上に置かれた長く青いバンダナを頭に締める。 やはりこれがないと締まらん。 「まだわがまま姫はお休み中か。」 わかってはいたが口にしてみる。 少しルイズの眉間にしわがよった。夢見が悪くなりますように、と呪いをかけておく。 まず行うのは洗濯。 シエスタに教えてもらった場所で選択を行う。 時々ここでシエスタに出会うこともあるのだが、今日は会うことは無かった。 少しがっかりする。 洗濯を終えて部屋に戻る。 そろそろルイズを起こす時間だ。 さて、どうやって起こすか…決めたぞ。 「ルイズ、朝だ。おきろ。」 「…う~ん、うるさい~。」 「朝飯、持ってきてやったぞ。」 もちろん嘘だ。 「めにゅーは~?」 「オットンガエルの姿焼きだ。ほら、いいにおいだろう?」 ガバッ!とルイズが跳ね起きた。作戦通り、効果覿面。 「ああああ、あんたね!なんて物を朝食に持ってくるのよ! そんなものを主人に食べさせようなんて使い魔失格よ! いや、変態だわ!変態!ド変態!変態オヤジ!」 ルイズが目をさましてわめき散らす。 朝から元気な奴だ。 「おはよう、お嬢さん。今日も元気だな。」 「おはよう、娘っ子。今日もいい天気だぜ。」 壁に立てかけられたデルフもカタカタと体を震わせて笑っている。 ようやくだまされたことに気が付いたらしい。 だんだん顔に血が上っていく。まずい、と気が付いたときは既に手遅れで、 ルイズは杖を振り下ろしながら怒鳴っていた。 「ここここ、この馬鹿蛇ーーーー!!!!」 スネークとデルフが強烈な爆発を食らって、今日も騒がしく一日が始まる。 「まったく、最悪の朝だわ。」 「こっちも酷い朝だ。おかげで体中痛いぞ。」 「そうだそうだ。さすがの俺ですらばらばらになるかと思ったぜ。」 デルフがスネークに同意して囃し立てる。 しかし、そんな言葉には耳も貸さずに、すたすたとスネークに背を向けて歩くルイズ。 「自業自得。主をバカにする使い魔には朝ごはんをあげないわよ?」 少しやりすぎた、と反省する。 だが、ルイズがそれほど本気で怒っていないのがなぜかわかった。 ようやくこの娘の扱いに慣れてきたということだろうか? 食堂に到着し、いつもどおりに粗末な食事が出されるのを待つ。 どうせこの後厨房に行くのだから、ここの食事など大して興味は無い。 ほとんど今日のメニューの確認程度にしか興味を持っていない。 だが、今日はどうしたことか椅子に座るように言われたのだ。 「…オットンガエルがそんなに効いたのか?」 「その名前を出さないで。いやなら地べたに座りなさい。」 「いや、座らせてもらおう。」 ルイズの隣の席に座る。 料理も前にあるものを食べていいらしい。 いったいどういう風の吹き回しだ?と少し警戒したが、すぐにやめて目の前の料理に集中することにした。 そんな気まぐれだってあるだろう。 その程度に考えていたのだ。 だが、そんなスネークを快く思わない人もいる。 もともとこの席だった生徒―マリコルヌだ。 精一杯の虚勢を張ってスネークに文句を言う。 「お、おい使い魔!そこは僕の席だ!さっさとどけ!」 ため息をつく。また貴族貴族ってそんな話か。 まあ、彼の言うことは正論だし、間違っているのは明らかにこっちだ。 別に貴族だと主張しなくてもこの席くらい空ける。 立ち上がって椅子を取りにいこうとするが、腰に鈍く重い痛みが走る。 「…。」 痛みに耐えかねて、上げた腰を思わず下ろしてしまった。 その表情には鬼気迫るものがあったのだが、それをマリコルヌはスネークが怒っていると思ったらしい。 マリコルヌの体が強張る。 その瞬間を見逃さず、ルイズがマリコルヌに文句を言う。 「あんたが椅子を持ってきなさいよ。」 「貴族が椅子をとりに行って、使い魔が椅子に座る?そ、そんな馬鹿な法は無い!」 「スネーク、やっていいわよ。」 それだけ命じて顔を正面に戻すルイズ。 俺の平和的な和解案はルイズには聞き入れてもらえるだろうか。 「若い者はすぐに武力で解決しようとする。 ルイズ、お前に必要なものは穏健さだ。」 もう腰は痛まない。一体なんだったんだ? ルイズの命令を無視して椅子を取りに行った。 後ろでくすくす笑い声が聞こえる。 見なくてもわかる。今頃ルイズは真っ赤だろう。 すれ違ったマリコルヌが安堵の溜息をついた。 なんとか平和的に終わって良かった。 俺がルイズの怒りを買って朝飯を抜かれた事を除けば、平和に朝食は終わった。 ルイズ曰く、「ご老人に朝からこんな塩辛い食事をとらせるわけにはいかない。」だそうだ。 俺はまだそんなに年寄りじゃあない。 当初の予定通りに厨房で朝食を終え、装備をすべて装備して外へ出る。 今日もトレーニングを欠かすことはできない。 フル装備で学院の周りを走りこむ。 下半身には持久力をつける必要があるためだ。 その後は上半身の筋力トレーニング。 上半身には瞬発力をつける。 「頑張ってください♪」 背中の上からシエスタのエールが聞こえる。 そう、こうして背中に乗ってもらい、腕立て伏せだ。 いつもこうしているわけではないが、今日は暇をもてあましているらしく、トレーニングに付き合ってもらっていた。 なかなかどうして気分が良い。 背中のやわらかい感触を楽しみながらの腕立てなら何時間でも出来そうな気がする。 むしろ、何時間でも楽しみたい。素直にそう思う。 「すごいですね。力持ちです。」 「軍人は、力が、命だからな。」 腕立てをとめずに答える。 「スネークさんは軍人なんですよね?」 「そう考えてもらって、構わない。」 そろそろ400の壁が見えてきた。 それと同時に腕がしびれてくる。 さあて、シエスタの前で無様な姿を見せたくはないものだ。 500までは持ってもらいたいものだ。 この老体め、少しは根性見せろ。 「大変な職業ですね。」 「怖く、ないのか?」 「戦争は怖いです。大嫌いです。 …でも、スネークさんは怖くありません。」 シエスタがころころと笑う。 「どうして?」 「だってあんなにおいしそうにご飯食べてくれる人ですもの。 悪い人なわけないじゃないですか。」 そこまで言われると返す言葉がない。 「そんなに信用しないでくれ。」 「うふふ。ほら、やっぱり良い人です。」 頭を上からなでられた。 今、俺が弱いのは「気の強い女性」ではなく「女性」全般、という事を悟った。 午後はルイズに捕まってしまい、授業に参加させられるスネーク。 魔法について知っておくのは世界について知る事になるから無駄とは思わないのだが、 なにせ魔法については基本の「き」の字すら知らないのだ。 いくらIQ180の天才スネークであっても理解など出来るはずがない。 色々ルイズに質問すれば迷惑がかかるのもわかるし、黙っているほかないのが常だった。 ただし、この人の授業は別だった。 「さて、皆さん!楽しい授業の時間です!」 ぴかりと頭と顔を輝かせるコルベール。 彼は授業が好きで好きでたまらないのだ。 なにせ合法的に給料を貰いながら自分の研究について話せるのだから。 だが、生徒は誰もまじめに聞いていない。 それでもいい。話しているだけでも心が躍るのだ。 いつもこの授業だけはスネークがついていく事が出来た。 彼の授業はスネークの言葉で表すなら「科学」だ。 ふと、かつての友人を思い出す。 ずいぶんと長くここにいるな…。奴は今頃何をしているだろうか? 自分を助けようと必死になっているに違いない。 …救出をあきらめてジャパニメーションなんて見ていないだろうか。 そういえば、この前何かジャパニメーションを見ていたな。 珍しくロボット物ではなかった。 なんといったかな…確か、ニッポンの普通の男子高校生が魔法使いの世界に召喚されて、 魔法使い達と協力して巨大な敵を倒していくと言うファンタジーな話だったか。 …どっかで聞いたような話だ。 そんな記憶に思いをはせた後、今日の授業に耳を傾ける。 今日コルベールが持ち出したのは奇妙な筒。 筒の上にはさらに金属のパイプが伸びている。 パイプはふいごのようなものにつながり、筒の頂にはクランクがついている。 そしてそれは円筒の脇に立てられた車輪につながっていた。 そしてさらにその車輪はギアを通して箱につながっている。 いったい何なのやら。 「それは何ですか、ミスタ・コルベール?」 生徒の一人が質問する。 コルベールは待ってました!といわんばかりだ。 「誰か、この私に『火』系統の特徴を開帳してくれないかね?」 もったいぶるな!といつだか、あの友人に言った事を思い出す。 あの時と同じく言ってやりたい衝動に多少駆られたが、キュルケの方を見ることにした。 爪を磨いている。 元の世界には授業中に化粧をする女子高生もいるのだから大して驚きもしないが、どこも同じだなと思う。 まったく若いもんは。 「情熱と破壊ですわ。」 そっけなく答える。 彼女はどうやらこの授業には価値を見出せないらしい。 授業に出ているだけまだまし、と思えるような態度だ。 だが彼はそんなこと意には介さず、授業を続けた。 「そうとも!だが、君たち、その火系統が破壊だけでは寂しいとは思わないかね? 私は常日頃から、『火』を戦い以外に活用する術を探求してきたのだ。」 「トリステインの貴族は頭が『火』の熱でやられているみたいですわね?」 「きっつい冗談だが、私はすこぶる正常さ!」 コルベールは既に自分のペースで授業を進めている。 そこにちょっとしたキュルケの皮肉が入ったところで、そのペースが乱されるわけがなかった。 そこまで話し終えて、ようやく発明品の説明に入った。 ふいごを踏んで油を気化させて火をつける。 その圧力でクランクを動かし、車輪を回転させる。 するとギアを解して箱から蛇がぴょこぴょこと顔を出した。 ―空気が凍った 「これは一体?」 「これこそ、『愉快な蛇くん』さ!面白いだろう?」 隣でルイズが盛大に吹いた。 キュルケとギーシュがスネークを見ながら笑いをこらえている。 タバサですらスネークを見つめていた。 教室中の目がスネークを見ていた。 だが、そんなことより目の前のもののほうがスネークの心をつかんでいた。 間違いない。どこからどう見ても『エンジン』だ。 これを自分で考案したと言うのだろうか?だとしたらとんでもない天才だ。 「ミスタ・コルベール。」 たまらず手を上げていた。 これでこの教室のすべての目が俺に向いていることになる。 「なにかね?」 「それは自分で考えたのか?」 「もちろんだが?」 何を言おうとしているかわからないようだ。 「あんた天才だ。たいしたもんだよ。」 「はて?」 「そいつの発展型は俺の故郷で動力として使われていた。 そいつの力は折り紙つきだ。それをたった一人で考え出したとはたいした科学者だ。」 その言葉を聴いてまるで子供のような顔をするコルベール。 スネークは、大人でもこんな顔ができるのだな、と少し羨んだ。 そんな風に考えていたら、いつの間にか手を握られていた。 「もっと詳しく話を聞かせてくれ!授業は自習にします!」 「ちょ、ま、待て―」 言うが早いか、コルベールは火のような速さで研究室までスネークを拉致していく。 教室にはスネークの悲しい悲鳴が響いていた。 「俺はあんたの知っていること以上の事はわからない。」 知らないと言うのは真実だ。スネークは技術者ではないのだから。 構造については何をを質問されても、スネークはそれ以外答えることができなかった。 残念だがコルベールに話すことは何もなかった。 「そうか…残念だよ。」 「ああ。力になれなくてすまない。」 本当に残念そうな顔だ。 少し心が痛む。 「東か…。どんなところだね?」 コルベールの言葉で、スネークはしばらく帰っていない故郷に思いをはせる。…いや、故郷などなかったか。 自分が帰る場所はどこだろうか? 硝煙と血、反吐、そして腐臭の交じり合う不快な、あの世界のどこにでもあるあの場所が思い浮かんだ。 自分は所詮あそこに縛られる身。あの世界にいる限り、それから逃れることはできない。 この世界にいるとそれを少しだけ忘れることができる。 だからこそ、ここでは戦いは避けたいとココロのそこから願う。 「どうかしたかね?」 「いや…、なんでもない。」 「そうか。」 スネークの表情を見て、コルベールは何かを感じ取ったようだ。 沈黙が部屋に満ちる。 「…俺のいたところもここと同じだ。 人々が生き、死んで、愛し合い、殺しあう。 違うところと言えば魔法がなく、科学技術が発展しているくらいだ。」 お互いに人の作り出した恐ろしい業を相手にしてきた。 そのことは言葉を介さずとも、お互いに感じ取ることができた。 「…いろいろ聞いてすまなかったね。」 「いや、また何かあったら伝える。」 「助かるよ。いつでもきてくれ。」 すこしコルベールに対する印象が変わった日であった。 コルベールから解放されて部屋に戻る。 装備品のかさばり、重いものを装備からはずす。 フル装備でいる必要はあまり無い。ただ重いだけだ。 「おい、相棒。俺まで置いていかないでくれや。」 「…重いんだが。」 「何千年にもわたる歴史の重ささね。」 仕方なくデルフを背負いなおし、図書室へ向かう。 情報は武器になる。元の世界に帰る為にも情報は必要だ。 図書室の本なら何かつかめるかもしれないと踏んだ。 だが、司書が簡単に通してくれるとも思えない。 どうしたものか、とダンボールを見つめるスネーク。 進入経路を考えてみたが、どうにも少し難しい。 不可能ではないがやりたくない。どうして任務中でもないのにかくれんぼをしなきゃならんのか。 ふと、隣の人影に気がつく。タバサだ。 「…?」 小首をかしげるしぐさがマッチしている。 少し癒された。女の子と言うものはこう、おしとやかであって欲しいものだ。 どうしたの?と聞いているのだろう。 「あ、いや。本が読みたくてな。」 「どんな?」 「ここの地理や歴史、特殊な兵器などについて知りたい。」 「待ってて。」 そういってタバサが図書室へ向かった。 数分後ふらふらになるほど重そうな本を持ってタバサが戻ってきた。 「本。」 「ありがとう。」 「いい。」 持ってきてもらった本を早速開く。 「…。」 いったいなんだ? 文字がぼやける。 少し目をこする。 遠近を調節してみる。 何とか見えるようになった。…老眼だろうか? いやいやまだそんな歳じゃない筈だが…。 「…どう?」 「…持ってきてもらってすまないんだが、読めない。」 今度は言語的な意味で、だ。 元の世界なら六ヶ国語に精通、さらにサル語も理解できるのだが、 ハルケギニア語は見るのも初めて。当然、理解できない。 ちょっとだけタバサがあきれる。 「…意外。」 閉口せざるをえない。 「教える。」 「いいのか?」 こくんと頷くタバサ。今後のためにも覚えておきたい。 「負担にならないならよろしく頼む。」 その日からタバサのハルケギニア語レッスンが始まった。 タバサの教え方は見事なものだった。 一方タバサもスネークの語学学習能力に驚愕していた。 さすがに六ヶ国語も話せると習得も早い。 だが、それ以外にも理由があった。 「文字というより、何か別のものとして解釈しているみたいだ。気味が悪い。」 露骨にいやそうな顔をするスネーク。 今まで努力で数々の言語を学んだ彼にとってこれは面白くない。 今までの努力を無かったことにされている気分だ。 「ルーン。」 「これが原因か?」 タバサはこくり、と頷いた。 ルーンによっては猫や犬がしゃべるというのだ。 これも似たようなものだろう、というのが二人の解釈だった。 「うんにゃ、そりゃ違うと思うぜ。」 デルフが肩越しから会話に割り込む。 「そのルーンにそんな力はねえよ。多分こっちに召喚されている最中になんかあったんだろ。」 「さすがは伝説の魔剣。で、いままで何で黙ってた?」 「忘れてただけだ。」 「次からは覚えていてくれ。」 後ろで騒がしい魔剣を黙らせ、また勉強に戻るスネーク。 ただ、そう簡単に物事はうまくいかない。 なぜだか文章は読めるのだが、いざ書こうと筆を執ると初級文法すら間違う始末だ。 「けけけ、いい親父がそんな初歩的な文法間違えるんじゃねえよ。」 「…無様。」 「初めての言語だ。間違わないわけないだろう。」 負けず嫌いのスネークはすかさず反論する。 「でも文章は読める。」 そう、読むのに苦労はしないのである。 少し寂しそうな顔をするタバサ。 「無様とまで言われて黙ってるわけないだろう。 完全にマスターしてやるさ。見てろ、すぐに使いこなしてやる。」 ムキになってそう言うスネークを見て、少しタバサの表情が輝いた…気がした。 さて、そろそろ日が傾いたころ。 今日の授業も全て終わった。 夕食までまだ時間がある。 中庭へでも行こうか、と考えていると、ふとスネークの姿が目に入った。 何か手元の本を読んでいるようだ。 少し気になり、中庭へ向かう。 「何してるの?」 声をかけられたことでようやくルイズの存在に気がついたようだ。 黙ってくわえていた煙草を携帯灰皿とか言うものにしまった。 そういえば煙草は体に悪い物だとスネークに聞いた。 体に悪いものを何故わざわざ吸うのか理解に苦しむ。 前にそういったら酷く哀しそうな顔をしていた。 あんまり見れない表情だったが、あまり見たくもない表情だった。 そんなに煙草が好きなのか。 そういえば彼は室内で煙草をすった事はなかった。 彼なりの気遣いだろうか。 「見ればわかるだろう?」 「あんた字、読めたのね?」 「どうだ、見直したか。」 「ばか。」 軽く小突いてルイズはストンと隣に腰を下ろした。 「…朝はごめんね。」 「気にしちゃいない。どうせ厨房に行っている。」 「あのメイドね。いつかお礼でも言いに行こうかしら。名前は?」 「シエスタだ。」 「覚えておくわ。」 そんなたわいもない話をして時間をつぶす。 夕日が西の空を紅く染める。 心地よい沈黙だ。風が頬をなぜる。 「スネーク。」 「なんだ。」 「私も、スネークみたくなれる?」 「俺みたいになるもんじゃないぞ。ろくな事がない。」 うはは、と笑いとばした。 私は結構本気なのに。 「ま、信じるものは自分で見つけろ。 どんなものを信じて、何を目指すかはルイズが決めることだ。」 ぽん、と頭の上に乗せられたものがスネークの大きな掌であったことに気がつくのに少し時間がかかった。 大きな掌― なぜだかわからないが、ルイズの心は安心感に満ちていた。 きっと気のせい。 そう思うことにした。 使い魔にこんな気持ちを持つなんて何か癪だもの。 前ページ次ページSnakeTales Z 蛇の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7056.html
前ページ次ページゼロと世界の破壊者 第3話「朝日は昇って」 気がつくと、ルイズは風が吹き荒ぶ荒野のど真ん中にいた。 (…あれ?私、こんな所で何してるだろ…?) ルイズは思い返す。 写真館で士達と別れた後、食堂で夕食に無事ありつける事が出来て、お風呂に入って、授業の予習復習もして、それでベッドにぶっ倒れた筈だ。 今日は相当疲れが溜まっていたからすぐに眠りに落ちたと思われる。 (…あぁ、じゃあこれは夢だ。私、夢の中にいるんだ…) ルイズは今自分が夢の中にいる事を理解した。 それにしても殺風景な夢である。殺伐とした荒野に、ルイズはただ一人佇んでいる。 折角夢の中にいるんだから、こう言う機会にしか会えない人と会えれば良いのに。例えば大好きなちいねえさまとか、憧れのワルド様とか、幼なじみのアンリエッタ姫殿下とか…。 などと考えていると、突如異変は突然起こった。 ルイズの周囲で爆発が巻き起こった。 「きゃあっ!!」 思わずその場でしゃがみ込むルイズ。 (な、何!?一体何が起こったの!?もしかしてゲルマニアの侵略!?それともガリア!!?) その様に考えを巡らせている間も、ルイズの周囲では次々と爆発が起こり続けた。 それに続き、爆発音とは違う轟音と共に、ルイズの前に、見た事も無い鉄の馬の様なモノに跨がった、全身甲冑で覆われた戦士達が現れた。 それも一人や二人ではない。鉄馬に跨がっていない戦士も含めるとそれこそ数えきれない程、大地を覆い尽くさんばかりの戦士達が身、一様に『何か』に戦いを挑んでいるかのようだった。 巨大な鉄馬が振り上げた前脚から火を吹く。 爆煙の中から現れた赤いドラゴンと黒いドラゴンが、鉄馬に跨がった戦士達が、爆発の間をくぐり抜け、『何か』へと突貫してゆく。 (何よ!?一体なんなのよ!?何が起こっているって言うの!!?) 必死に状況を理解しようとするが、全く理解出来ない。それどころか声の一つすら上げられない。 鉄馬がルイズのすぐ前を走り抜けてゆく。 空の異変を感じて見上げてみると、そこにもまた空を覆い尽くさん程の戦士達が空を駆けていた。 ある者は空を駆ける鉄馬に跨がり、ある者は自分の背の翼を使い、彼らもまた『何か』を目指している。 城を背負った巨大なドラゴンが『何か』の攻撃を受けて不時着する。 そのドラゴンが切り崩した山の向こうから、巨大なゴーレムが戦士を乗せて現れた。 更にその向こうからも、更に多くの戦士達が『何か』を目指してルイズの目の前を駆けてゆく。 しかし、戦士達は次々と起こる爆発に巻き込まれ、一人、また一人と傷つき倒れてゆく。 新たに現れた空を駆ける白いドラゴンと黒いドラゴンも、渾身の攻撃も虚しく『何か』の攻撃で撃墜されてしまう。 『何か』の攻撃は更に激しさを増し、戦士達は次々と倒されてゆく。 爆発は四方八方で起こり、爆発の度に戦士達の断末魔の叫びが無作為に響き渡る。 その惨状を前にして、ルイズは思考する事も叫ぼうとする事も叶わず、ただその惨劇の推移をその中心で傍観する事しか出来なかった。 鉄馬が、ゴーレムが、戦士達が、次々と倒されてゆき———、そしていつしかルイズの周りには、戦士達の屍だけが積み上がっていた。 そして仕上げとばかりに、巨大な爆発が巻き起こる。 「きゃあっ!!」 ルイズは悲鳴を上げ、耳を覆った。 すると今の爆発の反動でか、目前の赤いドラゴンの屍がゆっくり、大地に伏した。 そしてその向こうから『何か』が現れた。 逆光が差し、正確な姿は確認出来ないが、黒い甲冑、緑色の大きな眼、その姿は一見周囲に倒れた戦士達と似た格好だった。 また逆光の中にあっても、その腹に据えられたベルトのバックルの形だけは、ルイズははっきりと見る事が出来た。 そしてその『何か』の姿を目にした時、ルイズは何故か、その名をごく自然に口にした。 「…ディケイド」 ——— 「…………っ!!!」 ルイズは目を覚ました。ぱっちりと瞼が開き、窓から入ってくる日の光がまず目に入る。 それからゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。 見慣れた部屋。紛れも無く、昨晩ルイズが突っ伏した自分の部屋のベッドの上である。 「…何だったのかしら、今の夢…」 ベッドの上に座り込みながら、さっきまでいた夢の世界を振り返る。 …全く何がなんだか判らない。 見た事も無い場所、見た事も無い光景、無い無いづくしで全く不可解な夢だった。何故こんな夢を見たのかも、ルイズには見当もつかなかった。 「…相当疲れてたのかしらね」 ルイズは昨日の出来事を思い出す。 まさか昨日のアレも夢じゃないでしょうね?とも考えたが、むしろそれはそれで喜ばしいと思った。 寝ぼけ眼を擦ろうと手で頬に触れた時、ルイズははたと気がついた。 自分が泣いていた事に。 瞳から溢れた涙が、ルイズの頬を濡らしていたのだ。 「ちょちょ…なんで私ったら泣いてるのよ」 さっきの夢に泣ける要素なんてあったのか?と疑問に思う。まぁ確かに昨日の出来事はある意味泣きたくなったけど。 涙を拭う為に両目をぐじぐじと拭っていると、コンコン、と扉がノックされた。と思ったら、ガチャリと鍵が開く音がし、静かに部屋の扉が開かれた。 「…ルイズちゃん、起きていますか?」 扉の向こうから現れたのは昨日ルイズが召喚してしまった館の住人、夏海だった。 突然扉の鍵が解錠され扉が開いた事に驚いていたルイズだったが、そこから夏海が顔を出した事で昨日の事を思い出した。そう言えば、昨日士に合鍵を渡したんだっけ。 …だったらなんで夏海が来るのだろう? その夏海はと言うと、ルイズの姿を確認するといきなりその場で硬直してしまった。 ルイズが一体何が起こったのか首を傾げてると、夏海のその後ろからもう一つの頭が部屋の中を覗き込んだ。 「どうしたの夏海ちゃん?ルイズちゃんもう起きてた?」 その頭はユウスケのものだった。 と、夏海は咄嗟にユウスケの頭を遮り、そのまま部屋の外へ追い出そうとする。 「っちょ!な、夏海ちゃん!?一体何!!?」 「駄目です!ユウスケは外に出ててください!良いから早く!!」 結局夏海はそのままユウスケを外へと押し出し、扉を閉めると内側から鍵を掛けた。 その部屋の主であるルイズはと言うと、何が起こったのか理解するため寝ぼけていた脳をフル回転させていた。 すると夏海がルイズに向き直り、つかつかつかとベッドの傍まで歩み寄って来た。その時の夏海の表情にいやに迫力があって、ルイズは思わずベッドの上で後ずさってしまった。 「ルイズちゃん、もしかしていつもその格好で寝てるのですか!?」 夏海がベッドの前で立ち止まり、さあいざ何を言われるのだと身構えていると、意外にも服装について咎められただけだった。 ルイズは自分の格好を見る。何て事は無い、いつものネグリジェだ。 するとルイズは、あぁ、と夏海の奇行の理由を理解出来た。つまり夏海はルイズのあられもない寝間着姿をユウスケに見せない様にしていたのだった。 「もしかして士くんが来てもその格好のままだったのですか?」 「そうよ?」 士は男とは言えルイズの使い魔だ。ルイズの中では他の使い魔と同様、獣同然の扱いなのだ。 夏海は頭を抱えてはぁと溜息をついた。 「…判りました、毎朝起こしにくる役目は私がやります。…それと、洗濯も…」 そう言って夏海は足下に散乱した小さな布切れを拾い上げる。それは昨日ルイズが寝る前に脱ぎ散らかしたパンティだった。他にもブラウスやキャミソールなど、男性の目に毒なものが無造作に脱ぎ散らかされていた。 「…そう?ま、私はやってくれるんなら誰でも良いんだけど」 正直な所、一刻も早く使い魔としての自覚を持ってもらうためにも士にやってもらいたいと考えていたが、夏海のこの様子だと断固としてやらせないつもりだろう。夏海の中では士は使い魔である前に一人の男なのだ。 「それじゃ、私着替えるから」 「はい」 「…」 一瞬の沈黙がルイズの部屋を訪れる。 夏海は着替えると言うなら早く着替えれば良いのに、とベッドから降りてそのまま立ってるだけのルイズを見て思ったのだが、ルイズが求めているのはそうではなかった。 「着替えさせて」 「…着替えも手伝うんですか?」 「そうよ、着替えはそことそことあそこに入っているから」 夏海はルイズに指差されたクローゼットに向かい、その中から新しい下着やブラウスを取り出す。 そう言えばテレビのドラマだか映画だかで偉い貴族が召使い達に服を着付けてもらってたシーンを見た事があった事を思い出した。それと、これは断固として朝は士には任せられないとも思い直した。 着替えが終わり、ルイズは今日の授業の準備を、夏海は足下に散乱したルイズの下着やらを拾い集めていた。この後、洗濯してもらうのだ。 他にも部屋の掃除もしてもらいたいのだが、それだけでも士にやってもらおうと、ルイズと夏海は合意した。 「そう言えばそのツカサだけど、何でツカサじゃなくてナツミが来たの?」 付け加えれば外にいるユウスケも、であるが、士が来た様子は無い。予想はしていたが来ないとなるとやはり腹が立つ。 夏海は洗濯物を胸に抱えたままルイズに向き直ると「聞いてください!」と今朝起こった事を話し始めた。 曰く、士がルイズを起こしに行くと昨日の内に聞いていた夏海は士を起こそうとしたのだが、士は既にいなくなっていた。 ちゃんと自分の役割をきちんとこなしてるんだなぁとちょっとだけ感心するのも束の間、その枕元にはルイズの部屋の鍵が置いてあった。 仕方無く丁度起き出したユウスケを伴ってルイズの部屋までやって来たが、案の定、士の姿は無かった、と言う事らしい。 「…あんのバカ使い魔…!役に立たないにも程があるわ…!」 話を聞いたルイズは憤慨した。役に立たないどころか任務を放棄するなど、使い魔としてあるまじき行為である。 そして士に対して憤慨していた人はここにもう一人。 「本っ当に許せません。士くん、罰としてご飯抜きです!」 他ならぬ夏海である。 ルイズは士に対してどんな罰を加えてやろうか思案していたが、その内容を夏海から提示され「いいわね、それ」と互いににやりと笑い合った。 何となく、この人とは良い付き合いが出来そうだ、とルイズは思った。 ルイズと夏海が部屋を出ると、そこで繰り広げられてた光景に二人は眼をまん丸くした。 「……あ、夏海ちゃん、ルイズちゃん…」 さっき夏海に追い出されたユウスケが、二人の顔を見て硬直した。 その傍らには、赤い髪の女がユウスケの腕にその豊満な胸を押し当てていたのだ。 それこそルイズの宿敵、ツェルプストーことキュルケであった。 「あら、おはようルイズ」 キュルケはルイズに気が付くとそちらを向いてさらりと朝の挨拶をした。 が、ルイズはそれどころではなかった。 「こ、ここここの色ボケツェルプストー!アアアンタ朝っぱらからこんな所でナニ…いや、何やってんのよ!!?」 顔を真っ赤にして捲し立てる様に尋ねるルイズだったが、それとは対照的にキュルケはしれっと回答する。 「何って、あたしはただ部屋の外にいた彼に朝の挨拶をしてただけよ。彼ったらなかなか反応が可愛いんだもん、ちょっとからかっちゃった」 そう言ってキュルケはユウスケの顎を艶めかしく撫でる。刹那、ユウスケの背筋がびくりと震える。 ユウスケはキュルケの腕を強引に解きほぐすと、逃げる様にルイズの背後に駆け込んだ。 夏海がユウスケを睨みつけたが、ユウスケは顔をそらして無視する。 キュルケは残念そうに下唇を人差し指で押さえた。そしてルイズの背後にいる二人を見た。二人とも昨日ルイズが喚び出した家から出て来た住人と思しき人物だったが、そこにルイズが契約した長身の男がいない事に気が付いた。 「あら?ルイズ、あなたの使い魔は何処行ったの?」 ルイズの頬がひくついた。どうする?本当の事を言えば、キュルケにバカにされる事は必死だ。 直ぐさま虚勢を張る事に決めた。 「あ、あいつなら別の仕事を頼んでいるの。今はここにはいないわ」 「ふぅん、てっきりルイズの世話が嫌でサボッてるのかと思ったわ」 見事本当の事を言い当てられてルイズの心に矢がぐさりと突き刺さる。 キュルケ・フォン・ツェルプストー、彼女の女の勘は人一倍に鋭いのだ。 「それにしても平民を使い魔にするなんてねぇ〜。流石に家ごと喚び出した事には驚いたけど、諸々考えると実にあなたらしいわよね、ゼロのルイズ?」 ルイズは眉をひそめた。 「ど、どういう意味よ?」 「言った通り。規模が大きかったってだけで、結局は失敗魔法だったって事よ。判った?ゼロのルイズ?」 2回目。ルイズは頬を赤く染めてキュルケからぷいと目を逸らす。 「う、うるさい!」 「あたしも昨日、使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功したけどね」 「あっそう」 「どうせ使い魔にするならこういうのが良いわよねぇ、フレイム」 キュルケは、勝ち誇った声で使い魔を呼んだ。キュルケの部屋からのっそりと、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。むんとした熱気があたりを満たす。 「モンスター!?」 ユウスケが夏海を庇う様に前へ出る。思ったより男らしい所もあるんだ、とルイズとキュルケは揃ってユウスケを見直した。 「警戒しなくて大丈夫。この子は私の使い魔フレイム。見ての通りサラマンダーよ…って、もしかしてあなた達、この火トカゲを見るのは初めて?」 昨日光写真館が召喚された現場にキュルケもフレイムと一緒に居合わせていたのだが、ユウスケ達には群衆の中の一人としか捉えていなかった。なのでこうして間近でサラマンダーを見るのは初めてである。 ———似た様なモンスターとは何度も遭遇していたけれど。 「どう?見てよこの尻尾!ここまで鮮やかで大きな炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ?ブランドものよぉ。好事家に見せたら値段なんか付かないわよ?」 「そりゃよかったわね」 苦々しい声でルイズが言った。 「素敵でしょう。あたしの『微熱』の二つ名にぴったりよ」 ほっほっほ、とキュルケは大きな胸を揺らしながら高笑いを上げると満足したのか「じゃあね、お先に失礼」と炎の様な赤髪をかきあげ颯爽とその場から去って行った。 その後ろからちょこちょこと大柄な体格に似合わない可愛らしい動きでフレイムが追って行った。 「…く、くやしー!何なのよあの女!何であのバカ女がサラマンダーで私があの唐変木なのよっ!!」 取り残されたルイズはその場で盛大に地団駄を踏んだ。 まぁまぁと、夏海とユウスケに宥められるが、ルイズの怒りは収まらない。 それどころかその怒りは憎たらしいキュルケから、今この場にいない自分の使い魔へも飛び火した。 「わ、私がこんな辱めを受けてるって言うのに…こんな時にあいつは何処で何してるのよ…あのバカツカサぁーーーーーっ!!!」 ルイズの大声が女子寮に響き渡った。 未だに寝ぼけ眼だった多くの女生徒達が、この朝ルイズの叫び声で完全に目を覚ます事になったと言う。 「えっほ、えっほ」 学院に給仕として勤めている黒髪の少女、シエスタ。彼女は今、大きな籠を持って洗濯場を目指して小走りしていた。 彼女の持つ籠の中には昨日の内に集めておいた学院中の貴族様の洗濯物が入っている。 落とさない様に慎重に、それでいて可能な限り早く洗濯場に辿り着き、洗濯を終わらせなければ。シエスタには洗濯以外にも仕事は山ほどあるのだ。 そんな折、シエスタはふと足を止めた。中庭に見慣れない服を着た見慣れない男性が立っていたのだ。 男性は芝の上に佇んで、何やら首から下げた箱の中を覗き込んでいた。 一瞬不審者かと思い衛士か職員の人を呼びに行こうと考えたが、昨夜仕事仲間がしていた話を思い出した。 なんでも昨日使い魔召喚の儀式で、ミス・ヴァリエールが平民の一家を家ごと喚び出したと言うのだ。喚び出された家は今も儀式が行われた中庭にそのままにされ、そこの平民達も住み続けていると言う。 シエスタも今朝仕事の合間に目にする機会があったが、本当に昨日まで何も無かった庭に立派な家が一軒建っていたので、心底驚かされた。 その時に、男の人と女の人がその家から出て行く所も目にしていた。二人とも自分と同じ珍しい黒髪だったので、特に印象的だった。 とすると、彼もその家の住人である可能性がある。 儀式の直後に行われた教職員会議で、ミスタ・コルベールがその家に関する全責任を持つと宣言したため、その家は事実上ミスタ・コルベールの私物と言って過言ではない状態となったと聞く。 つまりもしその住人を不審者と誤報すれば、ミスタ・コルベールを不審者と誤報するも同じなのだ。 とは言え不審者の可能性もあるその男性をそのまま見過ごすワケにもいかない。最近は『土くれのフーケ』なる盗賊が世間を騒がしているとも聞くし。 シエスタは意を決して、その怪しい男性に話しかけた。 「…あの、何をしてらっしゃるんですか?」 シエスタがおそるおそる話しかけると、それに気付いた男性———士は、カメラから目を離してシエスタの方を向いた。 「写真を撮ってたんだ。この世界は昨日来たばかりだからな」 「は、はぁ」 シャシン、と聞き慣れない単語を耳にして、シエスタは生返事を返すしか出来なかった。 そこで士もこの世界に写真と言うものが存在していない事を思い出した。が、まぁ良いかとその問題は放置する。それと記念にと、首から下げたカメラでシエスタを撮る。 シエスタは今何をされたのか判らず、士の行動に首を傾げていた。 士はカメラから目を離すと、シエスタが抱えていた籠に目が行った。 「それにしても…随分な荷物だな。重くないのか?」 シエスタが抱えていた籠はかなり大きく、しかもそこには洗濯物が山の様に積まれていた。とてもじゃないが目の前の少女が持ち上げられる様なものには見えなかったが、現実に少女は苦もなく持ち上げていた。 「えぇ、これでも幼い頃から鍛えてるんです」 と、シエスタは余裕と言わんばかりに微笑んで見せた。 「アンタも魔法使いなのか?」 「いえ、私は平民です。貴族の方々のお世話をする為に、ここでご奉公させていただいてるんです」 じゃあそれは単純な腕力か、と士は心の中で苦笑した。 と、シエスタは世間話をしてる場合じゃない事を思い出した。今はこの目の前にいる見知らぬ男性の身元を確かめなければ。 「…あの、もしかしてミス・ヴァリエールが召喚したお家の方…ですか?」 「ん?あぁ、ルイズの事か。よく判ったな」 「えぇ、召喚の魔法で平民をお家ごと召喚したって、学院中で有名になってますから」 それと苦笑いを浮かべて「お家を一度見てみようとする人が貴族・平民を問わずかなり居そうですよ」と付け加えた。 これには士も苦笑いを浮かべる他無かった。 「…あ!そう言えばまだ名前も名乗ってませんでしたね。私はシエスタと申します」 「俺は門矢士だ。士で良い」 「ツカサさんですね、宜しくお願いします」 随分と珍しい名前だとシエスタは思いながら、笑顔で返す。 そして士が不審者でないと判り、軽い安堵感を覚え小さく一息吐き出す。 「どうした?」 「いえ、最初ツカサさんを見た時不審者かもって思ったんです。『土くれのフーケ』だったらどうしようって」 「土くれのフーケ?」 聞き慣れない言葉に首を傾げる。 「ご存じないんですか?今巷を騒がすメイジの盗賊で、何でも貴族様の宝を次々と盗んでるって、平民の間でも噂になってるんです」 「盗賊…泥棒か…」 泥棒と言う単語から、士の脳裏にあの気に食わない男の顔が浮かんだ。 『士、ナマコは食べられる様になったかい?』 いつものお決まりの台詞と笑顔が頭に浮かび、士の顔が一気に不機嫌になる。 それを見たシエスタは思わず肩を震わせた。 「あっ、あの、どうしたんですか…!?」 「いや、ちょっと嫌なヤツの事を思い出してな…」 改めて考え直せばあいつが魔法使いだなんて聞いた事が無い。『土くれのフーケ』とあいつは別人だろうと士の中で結論付く。 シエスタは士の様子を前にオロオロしながらも、そろそろ洗濯に向かわないとその後の仕事に支障を来すと思い、そろそろお暇する事にした。 「じゃ、じゃあツカサさん、私はそろそろ…」 「あぁっ!士くん!!」 シエスタがその場を去ろうと思った時、突然別の方角から女性の声が響いた。 シエスタと士がそちらの方を振り向くと、そこにはシエスタがさっき件の家から出てくるのを見た黒髪の男女———夏海とユウスケがこっちに向かって歩いて来ていた。 ズンズン、と言う効果音が似合いそうな足取りで、夏海は士に向かって一直線で歩いて行った。 「よお夏みかん、どうしたんだ?こんな所で———」 そして間髪言わせず士の首元に親指を突き立てる。秘伝・笑いのツボ押しだ。 「あはははは!な、夏海、お前、いきなり…あはははは!」 即座に大笑いを始める士。 シエスタは退場するタイミングを見失い、ただ目の前で起こっている惨状に戸惑うだけだった。 「どうしたって言うのはこちらの台詞です!こんな所で何をやってるんですか!?」 なんとか笑い地獄から脱出した士は、首元を押さえながら夏海の問いに応える。 「…ったく、写真撮ってたんだよ。この世界には昨日来たばかりだからな」 「写真って…ルイズちゃん放って何やってるんですか!?」 「お前らが行ったんだから、別に良いだろう」 「そう言う問題じゃありません!士くんはルイズちゃんの使い魔になったんですよ!?」 「だからって、あいつの下僕になるつもりは無い」 それを聞いて、夏海は顔を真っ赤にさせて頬をぷくぅと膨らませた。 ユウスケは頭を抱え、完全に部外者と成り果てたシエスタは端であわあわしていた。 「士くん、罰として今日はご飯抜きです」 「はぁ!!?」 「お爺ちゃんにもそう言っておきますから」 そう言って夏海は踵を返して写真館の方に向かって歩き出した。 「ちょっ…!な、夏海…?」 「ご飯が欲しかったらルイズちゃんに謝って食べさせてもらってください」 そうして夏海はそのまま振り返らず歩き去って行った。 すると今度はユウスケが士に肩をポンと叩く。 「残念だが、お前が悪い」 とだけ言って、夏海の後に続く。 「そうそう、ルイズちゃんは朝食を取りに食堂行ってるって」 そうとだけ言い残し、ユウスケも写真館の方向に消えて行った。 その場に残されたのは、呆然と佇む士とシエスタのみだった。 「シエスタ」 「はい!?」 いきなり名を呼ばれて思わず声が裏返る。 「食堂って何処だ?」 どうやら素直にルイズのもとに向かうらしい。 士はシエスタに本塔にある食堂の位置を教えてもらうと、すぐに本塔に足を向けた。 「…あのっ!」 すぐに本塔に向かおうとする士を、シエスタが呼び止めた。 士が怪訝そうな顔で振り向くと、シエスタは少し迷った様な素振りを見せたが、すぐに真剣な顔つきになって士に向き直った。 士がアルヴィーズの食堂まで辿り着くと、その入り口にはルイズが仁王立ちで待ち構えていた。 「ごきげんよう、ツカサ。今頃参上だなんて良いご身分ねぇ…」 ルイズは怒鳴り散らしたい衝動を精一杯抑えてあくまで優雅に、笑顔を作って士を迎えた。だが無理をして笑顔を作っているため、口元がかなり引きつっている。 「…おう」 しかし返って来たのは意外にも気のない返事だった。ルイズは眉をひそめた。 「そうそう、朝食だけど『アルヴィーズの食堂』は貴族しか食事出来ない決まりなんだけど、私の特別な計らいで私と一緒なら食事しても良い事になったわよ。でも私はもうとっくに朝食済ませちゃったのよね。だから残念だけどアンタは朝食抜きよ!」 本当はこの台詞を良いたいがために少し早めに食事を切り上げたのだ。いつもより少し早いペースで食料を流し込んだため、今の台詞を言いながら少し戻しそうになったが、威厳を損なうためなるべくそんな素振りは見せない様にする。 「…ま、朝食一つ抜いたくらいで死にゃしないだろ」 だが返ってきた返答はあっさりしたものだった。 「…だったら昼食と夕食も抜いてやりましょうか」 まったく反省の色を見せない士に更なるお仕置きメニューを課す。 流石に士も「そりゃ勘弁だ」とお手上げのポーズを取る。 だがまったく気持ちの乗ってない態度にルイズは更に苛立ちを増した。 「…そんな事よりも、アンタ、今朝の事で私に何か言わなきゃならない事があるんじゃないの!?」 少し声を荒げてそう言ったルイズ。 「今朝の事?…あぁ、お前の間抜けな寝顔を撮れなかった事は残念だったな」 ぷちっ。ルイズの中で何かが切れた。 「アンタねぇ…使い魔の分際で主人の言う事聞かないってどう言う了見してんのよ!?ふざけんじゃないわよ!!」 溜め込んでいたものを一気に吐き出すが如く怒鳴り散らす。周囲の道行く生徒達の視線がルイズ達に突き刺さるが構いやしない。今はこのどうしようもない使い魔に最低限の礼儀を教え込む事が最重要課題である。 やれやれと士は溜息を付いて肩を竦めた。 「わかったよ、謝れば良いんだろ、謝れば」 仕方無く士は頭を下げた。 「ダメよ!謝るんなら土下座なさい!頭を地面に着けて心から許しを請いなさい!」 「お前こそふざけんな」 ルイズと士の視線が交わりバチバチと火花を散らす。 周囲の生徒達が野次馬と化している。それには流石にルイズも気になりだす。 「…良いわ。仕方無いから今回は許したげる。ただし今日は一日食事抜き!それに今度使い魔の仕事サボったらもっとキツいお仕置きだからね、覚悟しなさいよ!」 「フンッ!」と、士は腕組みをしてそっぽを向いた。 「とりあえず今日の授業は使い魔同伴だから、これから私に着いてくること!あと午後は授業に出なくていいから部屋の掃除やっておいてよね!」 それだけ言うとルイズは踵を返して教室へと廊下を歩き出した。 士もルイズに続いて歩き出す。 とりあえず自分の後ろについて来る事に一先ず安堵する。 が、こいつを教室へ連れて行った後の事を思うと、それはそれで気が重くなってくるのであった。 士は自分の少し前を行く桃色掛かったブロンドの髪の後を追いながら、それを忌々しげに眺めていた。 (まったく、何でシエスタはあんな事を言ったんだか…) そして、先刻のシエスタの言葉を思い出していた。 『…ミス・ヴァリエールの事、余り悪く言わないであげてください』 『…何でだ?』 思わず聞き返した。 士には、シエスタがルイズを擁護する理由に見当がつかなかった。 『…それは、確かにミス・ヴァリエールは気難しくてお厳しい方ですけれど、でも、とてもお優しい方なんですよ』 『…優しい?あいつが?』 士は耳を疑った。 あの生意気で高慢ちきなルイズから一番遠いと思われる単語だったからだ。 『えぇ。流石に、貴族と平民と言う区別はちゃんと付けるお方ですが、その上で平民にもとても良くしてくださって、かく言う私もこの学院で働き始めの頃、少しだけお世話になった事があるんですよ』 そう言ってシエスタははにかんだ笑みを作って見せた。 『ほぉ…』 士は少しばかり驚いた。まさか平民であるシエスタからこのような言葉が聞けるとは思っていなかったからだ。 昨日、貴族と平民の関係はルイズから聞いていた。 魔法が使える貴族に平民は従いそれを敬うべき、と言うのがこの世界での常識らしい。はっきり言って、士はこの話を聞いて胸くそが悪くなった。 力在る者が力無き者を支配すると言うこの世界の構図は、これまで旅してきた世界で士が否定してきた事だからだ。 ライダーとアンデッドが手を組んで人間を支配しようとした剣の世界、ファイズの世界のラッキークローバーの連中もオルフェノクによる人類の支配を目論み、 アギトの世界のアンノウンは愚かな人間が力を持つ事を許さず、カブトの世界のワームもまた人類の支配を目論んでいた。 そして士は彼らの野望を悉く否定し、破壊していったのだが、どうやらこの世界ではその支配が当たり前になってしまっているようだった。 …多少マシなのは、支配しているのがアンデッドやワームと言った化け物でなく『力を持った同じ人間』である事だろうか。 だがそれ故に士はルイズを含むこの世界の貴族と言うモノに良い感情を持っていなかったのだが、そこにシエスタのあの言葉だ。 相手が貴族だからとか、敬うべき相手だからとか、そう言う義務感から出た言葉ではないと言う事は、シエスタの表情を見れば明白だった。純粋に、ルイズに敬意を表しているからこそ出た言葉なのだ。 『それに、あの方は…』 シエスタは更に言葉を続けようとしたが、その途中ではっとなって、少し悩んだ素振りを見せたが、 『…ここから先は、私の口からはちょっと…』 と、結局そのまま口を噤んでしまった。 あの時シエスタが何を言おうとしたのか判らない。聞いても『いずれ、わかると思います』とはぐらかされてしまうだけだった。 だがそこに『ルイズと言う人間』を知る手掛かりがある事を士は直感的に理解していた。 士は今までルイズを"貴族" "支配者"として見るばかりで、どうやら"人間"として見る事を無意識的に失念してしまっていたみたいだ。 (相変わらずこの世界でやるべき事ってのはよく判らん。どうやら暫くこいつの面倒を見なけりゃならないみたいだからな、こいつの事を知っておく必要はあるのかもしれないな) 何せルイズとは会って1日も経っていない。その間に士が知ったルイズの事と言えば『我が侭で生意気な貴族で魔法使いのガキンチョ、でも実は優しい、…らしい』と言う程度だ。 士は、首から下げた2眼カメラで前を歩くルイズを捉えた。ルイズはひたすら前を歩いている為、レンズ越しから覗けるのはルイズの後ろ姿だけだった。 (果たして、こいつの本当の顔はどんな顔してるんだかな) 士はそのままルイズの背中に向けてシャッターを押した。 カシャッと言うシャッター音と共にカメラの中のフイルムにその像が焼き付けられる。 シャッター音に気付き、ルイズが士の方に振り向いた。 「何?」 気怠そうな口調でルイズは尋ねる。 「良い絵だったからな、撮らせてもらった」 「後ろ姿が?」 「たまにはそんなのを撮ってみたくもなる」 「そんなもんなんだ」 終始気怠げな口調で士と会話し、ルイズは再び前方に向き直って教室へと歩き出した。 そして士も、そんなルイズの後に続いて歩き出した。 (こいつの本当の顔、撮ってみるのも悪くない) 士は心の中でカメラマン魂を滾らせていた。 ———もっとも、出来上がった写真の出来云々は別として。 前ページ次ページゼロと世界の破壊者
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2475.html
前ページ次ページ鮮血の使い魔 泥まみれになったおかげか、ルイズは泥のように眠った。 夜中に言葉と一緒にお風呂に入って泥を落とし身体を温め、 それから着替えて部屋に戻るとすぐベッドの上に倒れるようにして意識を手放した。 朝になって気がついたら、ちゃんと布団の中に入っていて、 けれど右手だけは布団から出ていて言葉が握っていた。 床に腰を下ろし、ベッドに寄りかかりながら、ルイズの手を。 そして、ベッドの端っこに頭を乗せて穏やかな寝顔を見せている。 続いてルイズは誠を探した。ちゃんと泥の中から掘り返して、言葉に渡したはず。 浴場から帰った時、言葉はちゃんと誠を持っていた。だから部屋の中にあるはず。 言葉の隣に鞄、空いているそこから黒い頭髪が見えた。中にちゃんと居るみたい。 (何でマコトの首があるって解って安心してんのよ、私) ルイズは嬉しそうに己が身を呪った。 昨晩降っていた雨はすっかり上がって、部屋を朝の陽射しが明るく照らす。 言葉の手を解いたルイズは、雨上がりの朝という最高の空気を吸うために窓に向かう。 開けた瞬間、身体が浮かび上がるような錯覚を感じるほどの、澄んだ空気が肺を満たす。 昨日のあの出来事で、ルイズの中の何かが吹っ切れた。 「今日からは、生まれ変わった新生ルイズ・フランソワーズが学院を征くわ!」 「さすがルイズさん、素敵です」 振り返ると、満面の笑みの言葉が頬を染めていた。 ルイズの恰好いい発言と頼りがいのある背中に、恋する乙女の瞳を向けている。 「あー、お、おはようコトノハ」 「はい。おはようございます」 平和の一言に尽きる朝のひととき。 この平和を自分からぶち壊そうとしているのに、ルイズの心は晴れ晴れとしている。 「コトノハ。今日はマコトも授業に連れてくわよ。 その後、モンモランシーに解除薬を作ってもらうから。いいわね?」 「ルイズさんの思うように」 クラスメイト達の平和はたった一日で終わった。 (何でまた鞄を持ってきているんだ……) 誰もが思った。特にモンモランシーは頭痛を起こすほどに。 そんな彼女に追い討ちをかけるように授業後ルイズと言葉がやって来る。 交渉開始。 「惚れ薬の件をコトノハに話したわ。訴えられたくなかったら解除薬作りなさい。 言いたい事は解るけど質問は許可しないから。こうする事に私が決定したから。 ここで協力しなかったら私が然るべき場所に報告してあんたは役人に捕まるし、 いつか自然に惚れ薬の効果が切れた時、コトノハが恨みを晴らすためあんたを――」 「ごめんなさいすぐ作ります堪忍」 交渉成立。 「さすが新生ルイズ・フランソワーズ……素敵です。ぽっ」 「コトノハ、そーゆー事は言わない。恥ずかしいから」 さすがに今朝の発言は恥ずかしいセリフだったという自覚があるようだ。 ルイズに借金をしてまで材料を買い集めたモンモランシーだが、 とある材料が売り切れで再入荷が絶望的のため解除薬の調合は不可能だった。 それを聞かされたルイズは、その材料が何なのか訊ねる。 「水の精霊の涙」 ガリアとの国境にあるラドクリアン湖の精霊からしかもらえない貴重品だ。 それが精霊と連絡が取れなくなってしまったらしい。 とりあえずこれで一安心のモンモランシー。 「薬を調合できないのは私の責任じゃないし、 彼女も今のままの方が色々と平和だと思うし……これで手打ちでいいわよね?」 「んー……」 確かに言葉は今のままの方が絶対幸せでまともだ。 わざわざ狂気に歪んだ言葉に戻すなんて馬鹿げた行為だけど、 ルイズはその馬鹿げた行為を選択したのだ。 とはいえ『あきらめる』という魅惑的な選択肢に少しだけ心を動かされる。 言葉が正気に、じゃなくて狂気に戻るとしても、 惚れ薬で心が操られている間の記憶が無くなる訳ではないから、 今の心で現実に向き合った経験は狂気を静めるための薬になるかもしれない。 だとしたら今の状態が長く続く方がつまり自然に薬の効力が切れるのを待つ方が、 最終的には言葉のためになるのではないか。 「コトノハ、どうしよう?」 「……私は、材料が手に入らないのなら仕方ないと思います」 「そう。そうよね、仕方ない……か」 二人が納得してくれたようなので、モンモランシーはホッと胸を撫で下ろした。 「それじゃ、そういう事で」 これでもう帰っていいだろうと歩き出すモンモランシー、の肩をルイズが掴む。 「な、何よ。まだ何かあるの?」 「……私とコトノハの考えって……逃げ、よね」 「は?」 「貴族たるもの……逃げたりなんか、しないものよ」 翌日、外泊の許可を取ったルイズとモンモランシーは、 言葉(と誠)を連れてラドクリアン湖に向けて馬を走らせた。 平民とはいえ言葉は乗馬の経験があるらしく、一人で巧みに馬を操って見せた。 「ルイズさんと緑豊かな街道を走る……何だかロマンチックです」 なんて余裕も見せながら。 到着したラドクリアン湖では、なぜか水位が異常に上がっていた。 モンモランシーは使い魔の蛙を使って、水の精霊を呼び出してみる。 現れた水の精霊はとても幻想的でこの世のどんな宝石よりも美しくきらめいていた。 人の形を取り、人の言葉をつむいだ精霊は、涙が欲しいという願いに笑顔で答えた。 「ヤだ」 そのまま帰ろうとする精霊を慌ててルイズが呼び止める。 「待って待って待って! お願いだからちょっと待って! 何で駄目なの!? 今までは水の精霊の涙を人間に分けてくれたりしてたんでしょ!? せめて、せめて理由くらい話して。お願い……!」 ルイズの呼びかけに、笑顔のまま水の精霊は優しい口調で答えた。 「ヤだ」 そして水面の中へと戻っていく。 「待ってください」 今度は言葉が呼び止めた。水の精霊は動きを止めて言葉に視線を向ける。 いちいち止まってくれる水の精霊、何気に律儀な奴である。 「ルイズさんがこんなにも一生懸命お願いしているんです。 お話くらいしてくださってもよろしいんじゃないでしょうか……?」 言葉は、まだ本音の部分では解除薬を欲しくないと思う部分があった。 解除薬を飲んで、かつて彼氏だったとはいえすでに死体となった男の、 誠の首を狂信的に愛する自分というのを思い出すと、正直、おぞましい。 だからルイズがかつての自分を否定したのは、悲しい反面、正論だとも思った。 今のまま、この気持ちのまま、ルイズと一緒にいたい。 それが言葉の本音。 でも。 ルイズは言葉に自分自身の力で狂気を振り払う事を望んでいる。 狂気に歪んだ言葉ではない、惚れ薬で歪んだ言葉でもない。 本当の言葉と出逢うために。 その高潔で優しい想いに応えたい。だから必要な材料があるなら手に入れる。 それも言葉の本音。 ふたつの本音を天秤に乗せて、傾いたのは、後者だった。 「私は、どうしてもあなたの涙を手に入れなければならないんです。 絶対にあきらめません。だからなぜ涙を分けてくださらないのか、どうか理由を」 胸の前で祈るように両手を組んで懇願する言葉を見て、いや、 言葉の左手に刻まれた使い魔のルーンを見て、水の精霊は言った。 「盗まれた秘宝を探している。故に他の事などどうでもいい」 「秘宝……?」 アンドバリの指輪。 それが湖底より盗み出され、水の精霊はそれを探すため湖の水位を上昇させた。 世界を水で満たせば、いつか指輪も水に触れ、どこにあるか解るだろう。 気の遠い話ではあるが、人間と精霊では時間の感覚が違う。 「その指輪が見つかるまでは、涙を分けてはくださらないんですか?」 「うん」 「でもこんな闇雲に探すなんて……手がかりは何かないんですか?」 「盗っ人の一人がクロムウェルって呼ばれてたっぽい気がしないでもない」 「名前だけですか……」 言葉はルイズとモンモランシーに視線を向けたが、二人とも知らないと首を横に振る。 ちなみにモンモランシーはなぜか顔面蒼白だ。なぜだろう? 「モンモランシー、どうかしたの?」 「な、何でもないわよ。ともかく、これじゃあもうどうしようもないじゃない。 指輪が見つかるよりも、薬の効果が自然に切れる方が早いわよ。帰りましょう」 「んー、どうしよう。何とか涙を分けてもらえないかなー。指輪探しを手伝うとか」 「涙やるから探せ」 即座にルイズのアイディアを採用する水の精霊。 突然すぎて三人そろって目が丸くなった。 「……マジ?」 「ヴィンダーやミョっちゃんならともかく、ガンダーになら任せちゃう」 と、ガンダーって何だという疑問を無視して水の精霊は指先から水を飛ばした。 これが水の精霊の涙、らしい。モンモランシーは慌ててビンの中にその水を入れた。 ルイズはこれで一安心と微笑む。 「これで解除薬が作れるわね。ところで、ガンダーって何かしら?」 「それも気になりますけど、指輪……ええと、アンドバリの指輪の事も。 どんな形をしている、どんな指輪なのか解らないと、探す時に困ってしまいます」 「そうね。あのー、アンドバリの指輪ってどんな指輪なんですか? マジックアイテムだとしたら、能力も解った方が探しやすいんですが……」 と問うルイズの後ろで、モンモランシーがムンクのような顔をしていたが、 それに気づいたのは水の精霊だけだったがスルーして指輪の説明を開始する。 「旧き水の力を持つ物。偽りの生命を死者に与える指輪」 グルンと音を立てるような勢いで、ルイズの首が言葉に向けられる。 モンモランシーは指輪の効果を元々知っていたのか、げんなりした顔をしていた。 視線を集める事になってしまった言葉は困り顔だ。 「……あの……どうして私を見るんですか?」 「……。だって、嬉々として使いそうだし。マコトに」 「そんな……! 私が誠君を生き返らせるだなんて……」 言葉はちょっと想像力を働かせてみた。 アンドバリの指輪で生き返る誠。 今はルイズを誰よりも愛している言葉だが、誠への愛が無くなった訳ではない。 だから、生き返った誠とは、こんな感じになるだろう。 『言葉! さあ、クリスマスをやり直そう! ボートに乗ってエッチしよう!』 『ごめんなさい! ごめんなさい誠君! 今の私は身も心もルイズさんの、ト・リ・コ』 『そんな……』 はっきり言って、生き返らせるのは逆に誠に悪いように思える。 しかし、言葉はさらに想像力を働かせた。 自分が解除薬を飲んだ場合、多分、こうなる。 『言葉! さあ、クリスマスをやり直そう! ボートに乗ってエッチしよう!』 『もちろんです! さあ、まずは私の手料理を食べてください』 『モグモグ、おいしいよ言葉!』ボトボト 『ありがとうございます誠君! あら? 何かこぼれ……』 生首の誠。当然、食べた物は、首の切断面からボトボトと落っこちる。 それでも多分言葉は嫌な顔ひとつせず誠に尽くすだろう。 そして。 『言葉……ようやく言葉と結ばれる日が来たんだね』 『誠君……私もこの日を待っていました』 『言葉ー!』 首だけの誠は自分からは何もできないので、仕方なく言葉は誠の頭に自ら……。 「ヒッ……。る、ルイズさん! やめましょう、解除薬を作るのは危険です!」 「だ、大丈夫よ。指輪なんてそうそう簡単には見つからないから」 「でも、私、誠君の生首相手に………………だなんて、そんなの殺生です」 「安心しなさい。すでにディープキスとかやっちゃってるから!」 「私とキスしていいのはルイズさんだけです!」 やいのやいのと騒いでる間に、水の精霊は湖の中へと姿を消していた。 残されたルイズ達の前で、上がった水位が徐々に引いていく。 「……やっぱ、指輪探さないと水の精霊に怒られるわよね」 「……でも、私が指輪を探すのは危ないです。いくら相手が誠君でも、生首相手なんて……」 「大丈夫! 解除薬を飲んでも記憶までは消えないから、今の気持ちを忘れずにいれば……」 「そ、そうですよね。私は新生ルイズ・フランソワーズの使い魔なんだから、きっと……」 「新生ルイズ・フランソワーズは忘れて……お願い……」 水の精霊の涙を手に入れた晩、近隣の町で宿を取った三人は翌朝学院へと帰った。 その日の授業を欠席したモンモランシーはさっそく解除薬の調合を開始し、 同様に欠席したルイズは言葉とのんびりと部屋でだらけていた。 年相応の女の子らしい他愛のないお喋りをしたり、 そうしたら言葉が「多分私は異世界から来ました」とか言い出すから驚きだ。 「ナルニア国物語みたいに、私は地球から異世界に来た……いえ、召喚されたみたいです」 「ナルニア国? それがコトノハの国なの?」 「いえ、ナルニア国というのは創作物に登場する国です。 世界三大ファンタジー小説と言いまして、私のいた世界では魔法は想像上のものでした」 「へー。でも魔法が無いって不便じゃないの?」 「代わりに科学が発展してますから。科学というのは――」 夢物語のような言葉の話にルイズは半信半疑ながらも瞳を輝かせる。 いかにも嘘っぽい話だが、今の言葉は惚れ薬の効果があるから、 ルイズに対して嘘はついてないだろう。 だから、きっと言葉の話は全部本当。 楽しいお喋りの後の、恋と裏切りのお話も。 「……。つまりそのサイオンジって女が、コトノハとマコトの恋を応援してくれたのに、 裏でマコトを寝取るわ、キヨウラとかゆー女もちょっかい出すわ、 挙句の果てにサイオンジが狂言妊娠でマコトを縛りつけようと……恐ろしい話ね」 「ええ……。思えば、誠君以外に私を優しくしてくれる人なんていなかったと思います」 言葉視点から語られた誠は、世界の誘惑に乗ってしまったものの、 心の底では終始言葉を想い続け、最後には戻ってきてくれたというものだった。 ちょっとだらしない奴だけど、根は優しいみたいだしいい奴っぽい。 と、ルイズは誠への印象を変え、生首を見る目に哀れみも含まれるようになった。 本当のところはだいぶ違うのだが、ルイズに知る由は無い。 「……でも、何でマコトは死んじゃったの? せっかく恋人同士に戻れたのに」 「……西園寺さんです。狂言妊娠がバレそうになって、誠君を……」 そこまで話してから、言葉はその先の出来事を話すべきか悩んだ。 誠を殺したのは西園寺世界だ。包丁で誠を滅多刺しにした、悪魔のような女。 だが、今の言葉は、誠の死体に自分がした事を客観的に見る事ができる。 (私は、誠君の首を切断して……そして、西園寺さんに復讐をした……) 話して、ルイズに嫌われたら、どうしよう。 考えるほど、胸が苦しくなる。 いっそ早々に解除薬を飲んで狂気に沈む事で今の感情から逃れたいほどに。 「……コトノハ。話したくない事があったら、話さなくていいよ」 「でも、私……ルイズさんの使い魔ですし……」 「まだ仮の使い魔よ。薬の力で根掘り葉掘り過去を聞きだすなんて、ちょっとね。 だから、少しでも話したくない事は話さないで。いつか自分の意思で話せる日まで」 「……はい」 そんな日が、来るのだろうか? きっと来ない。 でも。 来たら、いいな。 夜も更けた頃、解除薬を持ったモンモランシーがルイズ達の部屋にやって来た。 「これさえ飲めば惚れ薬の効果は消えるけど、念のため言っておくわね。 彼女が惚れ薬を飲んだのは事故であって、私も解除薬作りに協力したんだから、 私を恨んだりは絶対にしないでよね。それじゃ私はこれで、さよーならー」 早口にまくし立て、解除薬の入ったビンを机に置くと一目散に逃げ出すモンモランシー。 そんなに怯えなくても、と呆れながら、ルイズは解除薬を見る。 これを、言葉が飲んだら、もうさっきみたいな他愛の無いお喋りもできないだろう。 楽しい時間は終わってしまう。 でも、言ったから。 言ってしまったから。 『薬の効果が切れて、またコトノハが狂気に呑み込まれても、私は絶対見捨てない。 そう、自分の使い魔を見捨てるメイジなんて貴族失格だもの。 私の使い魔は狂気に呑み込まれたコトノハじゃない。 薬で仮初の正気を取り戻したコトノハでもない。 私がまだ見た事もない本物のコトノハが私の使い魔よ』 自分に嘘をつきたくない、誤魔化したくない。 あれこそが正真正銘自分の気持ち。本物の、真実の。 だから。 「コトノハ。私の事、あんたの事、マコトの事、色んな事……。 マコトが死んでるって事実、アンドバリの指輪の力、色々、本当に色々あるけどさ。 やっぱり、コトノハはこの薬を飲むべきだと思う」 「でも」 「この薬を飲んでも、私はあんたを嫌いにはならないから。ね?」 「でもっ」 解除薬を勧めるルイズに対し、言葉は強い口調で返す。 「でもやっぱり、私は、この薬を飲むべきじゃないと思います」 「……どうして?」 「きっと迷惑をかけます。アンドバリの指輪という物があるって、知ってしまった。 だから薬を飲んで元に戻った私は、指輪を探したがるに違いありません。 もしかしたらルイズさんを裏切り、傷つけるような事を……してしまうかも……。 私は、そんなの、イヤです。ルイズさんをこんなにも好きでいるのに、 今のこの気持ちが無くなってしまって、ルイズさんを苦しめてしまうなんて」 うつむいた、彼女の頬を伝い落ちる涙。 不安に、震える瞳の色は濡れて黒くきらめいている。 「でも、いつか終わっちゃう」 ルイズが言う。 「このままの方が、いいとは、私も思うけど、でも、薬の効果はいつか切れる。 私ね、思うの。薬を切れるのを待つっていうのは、後ろ向きな考えだって。 だからそれを受け入れてしまったら、薬の効果が切れた時、 もう……前向きになれない気がする……多分だけれど。 でも自分の意思で解除薬を飲めたなら……すぐには無理でも、いつか、きっと」 「ルイズさん……」 ああ、やっぱりダメだと、言葉は実感した。 ルイズの言葉は、言葉の心の深くまで染み込んで潤してくれる。 そんな言葉を、言葉は拒めない。 「キスしてください、ルイズさん。今の私に思い出をください。 そうしたら、勇気を出して、薬を飲める気がします。 いつか……いつかきっと、本当の私を取り戻せると……信じられます……」 言って、言葉は瞳を閉じた。 ルイズは、そうする事が当たり前というようなほど自然に、言葉の唇に向かった。 一度目のキスは、契約のため嫌々行った。 二度目のキスは、惚れ薬を飲んだ言葉がいきなりやってきた。 三度目のキスは、いつかきっとの願いを込めて、今。 柔らかい。 それだけじゃなくて、あたたかいが、広がる。 女同士なのに、全然嫌じゃない。 恋愛の意味での好きという感情はルイズには無かったけれど、 それとは違う意味での好きがあった。 ご主人様と使い魔としての好き? あるいは姉妹や友達のような存在としての好き? よく、解らない。 ルイズが唇を離すと、言葉はまぶたを開け、頬を朱に、瞳から涙、唇は微笑みを。 「ありがとうございます。ルイズさんから、いっぱい勇気をもらいました」 「……うん」 「この思い出があるならきっと、ルイズさんを裏切ったり傷つけたりしないでいられる。 解除薬を飲んでも、ルイズさんを好きのままでいられる。……だから、飲みますね」 瞳は愛と勇気に輝く黒曜石のような黒。 まぶたを閉じて、言葉は解除薬を一気に飲み干す。 魔法が解ける。 言葉から偽りの感情が、けれどとても大切なものが消えていく。 そして、言葉はまぶたを開き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 「……おかげで、元に戻る事ができました。ありがとうございます」 「……。そう」 「……安心してください。私、ちゃんとルイズさんを好きなままでいますから」 「……。うん」 「でも、誠君にさみしい思いをさせてしまって、申し訳ないです」 そう言って言葉は、ルイズの横を、通り抜け、鞄に向かった。 微笑を浮かべながら言葉は誠の頭部を取り出し、愛しそうに抱きしめる。 「誠君、ごめんなさい。ヤキモチ焼いちゃいましたか? 大丈夫です。私が一番好きなのは、誠君ですから。私は誠君の、彼女ですから」 その声を聞き、ルイズは決して振り向こうとせず、手をぎゅっと握り締めた。 手のひらに爪が食い込み、痛かったけれど、気にならない。 今、胸をしめつける痛みの方が、痛いから。 そしてそんなルイズに聞こえないよう注意しながら、言葉は誠の耳元でささやく。 「待っていてください。アンドバリの指輪、いつかきっと、見つけますから」 解除薬を飲む前、瞳は愛と勇気に輝く黒曜石のような黒だった。 今は? 瞳は愛と希望に淀んだ禍々しい暗雲の黒。 その色を、ルイズはしっかりと見てしまっていた。 第7話 禍々しき闇色の名は希望 前ページ次ページ鮮血の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7807.html
前ページ次ページ五月蠅いゼロの五月蠅くない使い魔 第1夜 使い魔って何? 草原を、自身の肩まである杖を持った少女が歩いている。 服装は、肩を露出させる厚く白い無地のワンピースに金のバックルの付いたベルト、手首からの二の腕まである青紫色の腕袋、そして浅葱色のマント。髪は薄紫色で、大雑把に二つ縛りでまとめられて先がブラシのようになっており、額には小さな玉がくくり付けられている。 加えて少女の後ろを跳ねながら付いてくるのは、人間の頭より一回り小さい『タマゴ』――自らの意思で動く『タマゴ』だ。 タマゴ鑑定士すら正体のわからぬタマゴであるが、魔物には違いなく、少女に従っている。 少女は類まれなる魔法の才能を持つ『賢者』であると同時に、『魔物使い(モンスターマスター)』でもあった。後ろのタマゴは、かつて仲間だった三匹の魔物の生まれ変わりだと少女は思っている。 タマゴの名前は『クリオ』。少女の大切な人と同じ名前。 そんな少女とタマゴの前に、突然光る鏡のようなものが現れた。 「ピー! ピー!」とタマゴが騒ぎ、少女も思わず杖を向ける。 しかし、すぐにそれについて『あるもの』が思い当たった。 「旅の扉……?」 それは異世界への扉。彼女もいくつか通ったことがある。モンスターマスターなれば、誰もが通る、冒険のはじまりの扉。 少女の旅は、目的はあるが、もともと行く当てもない流浪の旅。いつかまた大切な人と出会うまでの修行の旅。 タマゴを落ち着かせ、扉を通る決意をする。 「おいで、クリオ」 タマゴと共に、少女は光る鏡のようなものに入っていく。 そして、扉をくぐった向こうで待っていたのは――――爆発だった。 目の前の倒れた少女を見て、ルイズ・ド・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは頭を抱えた。 二年生に進級する際に必要な春の使い魔召喚の儀式。幾度も『サモン・サーヴァント』の呪文を唱えては失敗し、周りの同級生から嘲笑され、とうとう先生からの「後一回だけ」の言葉を受けて、一段と強く己の使い魔を願った。 果たして現れたのは、メイジと思しき少女。マントを身に付け杖を持つ、これぞメイジといわんばかりの少女だった。 「おい、ゼロのルイズがメイジの女の子を召喚したぞ!」 「さすがはゼロのルイズだ!」 「自分が魔法使えないからって、何もメイジを誘拐してくることないだろ!」 生徒の間で爆笑の渦が沸き起こる中、その場で慌ててルイズに駆け寄ったのは、禿頭の中年教師コルベール。 「ミス・ヴァリエール」 声をかけられてルイズは顔を上げた。 「ミスタ・コルベール! あの! もう一回召喚させてください!」 「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」 「どうしてですか!」 興奮するルイズを抑えようとしながら、コルベールは続ける。 「落ち着きなさい。一度召喚された『使い魔』は変更することができない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好むと好まざるにかかわらず、彼女を使い魔にするしかない……」 「そんな!」 コルベールはなおも続ける。 「けれども、相手がメイジとなれば……事は重大です。もしも彼女がトリステインではない国のメイジだとすれば、最悪の場合外交問題になります。当然、あなたの家は少なからず損害を被るでしょうし、学院も……」 と、コルベールとルイズが顔をつき合わせている間に、少女が目を覚ました。 「ここは……」 「お気づきになられましたか、ミス」 コルベールは少女の上半身を起こした。 「ここは一体……?」 エメラルドグリーンの目に移るのは、正面に立つピンクがかったブロンドの髪の少女と、横にしゃがむ禿頭の中年男。 「ここは、トリステイン魔法学院です」 「トリステイン魔法学院?」 「ご存知ありませんか」 「私、別の世界から来たから……」 「べ、別の世界?」 コルベールとルイズは混乱した。まさか、ルイズの爆発で頭がおかしくなったのでは。 「ま、まあ、とりあえず大事なことだけ確認しておきましょう。あなたの領地は?」 「領地?」 「家ですな」 「…………ない」 少女は自分の生みの親を憶えていない。幼い頃別の夫婦に貰われたが、妻が魔法の力を恐れて放逐した。その後は様々な所を旅して、魔法の才能を伸ばし、魔物を仲間にし、そして……。 コルベールとルイズは、この少女を没落貴族の娘だと考えた。没落貴族の娘の行く末は相場が決まっている。妾か、傭兵か、犯罪者か……。 「あの」 ルイズが口を開いた。 「もしよかったら、魔法学院に住まない?」 「え?」 「その……行く所がないなら、だけど」 その言葉は同情と打算だった。大貴族の三女であるルイズは、自分が召喚した以上、おそらく没落したであろう貴族の娘を放ってはおけなかったし、使い魔召喚が失敗したとなれば、進級できなくなる。 一方、少女にしてみれば、初めて訪れる世界で衣食住が確保できるのはありがたいことだった。 周囲に目を配れば同じような格好の少年少女が百人近く、そして動物や魔物が同じぐらい。学院がそれなりの規模であることは推察できる。 「オホン、失礼」 コルベールが口を挟んだ。 「ミス、いかがです、貴女さえよければ、ミス・ヴァリエールと契約を……」 コクンと、少女が頷いた。 ルイズはほっとした。 「では、ミス・ヴァリエール。契約を」 「はい」 ルイズは少女の前で小さな杖を振った。 「我が名はルイズ・ド・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンダゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 朗々と呪文らしき言葉を唱え終えると、ゆっくりと唇を近づけた。 「ん……!?」 とまどう少女を抑えて口付けを終えると、ルイズと少女は顔を赤らめた。ルイズは気恥ずかしさから。少女は息苦しさから。 「終わりました」 「『サモン・サーヴァント』は何回も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」 コルベールが嬉しそうに言った。 「……いきなり――」 何を、と少女は言おうとしたが、その言葉は額に走る痛みと熱で止められた。それも一瞬のことであったが。 「ふむ、珍しいルーンだな。ちょっと失礼」 横のコルベールが少女の額に浮かんだルーンを確認し、それをスケッチしていた。 「ではミス・ヴァリエール。本日の授業は免除しますので、彼女に学院を案内してあげてください。夕食を食べ終わった後は、学院長室まで彼女と一緒に来てください。」 「わかりました」 「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」 コルベールは踵を返すと宙に浮いた。 すると、周りの生徒達も一斉に宙に浮いて、城のような石造りの建物へ向かって飛んでいった。 「ルイズ、お前はそのメイジに掴まってこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 「そのメイジ、あんたより絶対優秀ね!」 口々にそう言って笑いながら飛び去っていく。残されたのは、ルイズと少女だけになった。 皆が飛び去った後、ルイズが口を開いた。 「そういえば、あなたの名前は?」 「…………マルモ」 「ふうん。ところで、そろそろ立ったらどう?」 言われてマルモが立ち上がる。と、 「ピー! ピー!」 「な、何?! 何?!」 「……クリオ」 今までどこにいたのか、タマゴ=クリオがマルモの足元に寄っていた。 「そのタマゴ、あなたの使い魔?」 ルイズが訝しげに訊いた。 「使い魔……って、何?」 「へ? あ、あなた、メイジじゃないの?!」 「私は、メイジ……魔法使いじゃない。賢者」 「賢者? 一体何を言ってるの?」 もしや、自分はメイジになりすました娘を使い魔にしてしまったのではないかとルイズは落ち込んだ。 「賢者は魔法使いと僧侶の両方の呪文が使える。限られた職業」 「わけわかんないこと言わないでよ! ……はあ、わたしひょっとしてとんでもない失敗を…………」 ぶつぶつと呪いの言葉を吐くルイズ。そこにクリオが慰めに入る。 「ピー」 「……そういえば、このタマゴは何なの? 使い魔じゃないらしいけど」 ルイズは実技ができない分座学で猛勉強したが、孵化しないまま動くタマゴなんて聞いたことがない。ひょっとしたら新種の幻獣かもしれない。 「私もよくわからない。でも、すごくいい子」 「ピー! ピー!」 タマゴはルイズの頬に擦り寄っている。 「ああ、せめてこっちを使い魔にできていれば……」 「さっきも言ってたけど、その使い魔って何?」 使い魔を知らないメイジなんていない。ルイズはマルモが平民だと確信した。 「しょうがないわね! 説明してあげるわよ! いい? 使い魔っていうのはね……まず、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「どういうこと?」 「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」 「……見えない」 「わたしもよ!」 ルイズはややヒステリックに言った。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「……歩いていれば、拾える」 「そんなので見つかれば秘薬じゃないわよ!」 マルモが旅してきた世界では体力や魔法力が全回復する薬や死んだ者を生き返らせる葉などが落ちていたのだが、こちらの世界ではそういうことはないのだろうと判断した。 「そして、これが一番なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理ね……」 「私は賢者。ほとんどの魔法が使える」 「嘘おっしゃい! ああ! 全くどうしてこんな……」 「嘘じゃない。見てて」 と、ヒステリーを起こしているルイズの横で、マルモが遠くの地面に向かって杖を構える。 「ヒャダルコ」 一瞬小さな吹雪が巻き起こり、幾本もの巨大な氷柱が地面に深く突き刺さる。 「嘘……」 その光景に、ルイズは目を見開いた。 「あ、あんた、やっぱりメイジじゃないの!」 「だから、魔法使いじゃなくて、賢者」 「もう、どっちだっていいわよ!」 ルイズは悲しくなってきた。同情と打算からマルモを使い魔にしたが、魔法の威力を見るに最低でもトライアングルメイジ。自分はゼロ。ゼロのルイズ。魔法は失敗ばかり。成功したのはさっきの『サモン・サーヴァント』と、『コントラクト・サーヴァント』ぐらい。けれども相手は紛う方なきメイジ。余計に同級生から馬鹿にされるに決まっている。 悲しみに、悔しさがにじんでくる。 「……泣かないで」 「ピー」 「だ、誰が泣いてるっていうのよ!」 言葉とは裏腹に、ぽろぽろと涙がこぼれていた。袖で拭っても拭っても、とめどなく涙があふれてくる。 そんなルイズを、マルモは抱き寄せた。 「え?」 二人の身長は同じ程度だが、抱き寄せた際にルイズが膝立ちの状態となり、マルモの胸の辺りに顔を埋める形となる。 マルモの胸は大きい方ではないが、そのふくらみは柔らかくルイズを包んだ。 マルモが思い出すのは、かつて共に賢者の修行をした少女。自分のせいで他人が悲しむのは、もう嫌だった。 ルイズが思い出すのは、何度も自分を慰めてくれた姉。姉と一緒にいると、何故か心和むのだった。 時間を忘れ、二人はずっとくっついていた。 やがてルイズは泣き止むと、立ち上がって顔を赤らめながら、ぼそぼそと言葉を紡いだ。 「その……ごめんなさい」 「え?」 「えっと……服、汚しちゃって、それに……」 泣いたのは、とても自分勝手な理由だから。己の才能への失意。使い魔の才能への嫉妬。虚栄心。自尊心。 それらが入り混じり、膨れ上がり、涙という形であふれた。 マルモは、そんなルイズに語りかける。 「ルイズ」 「え……?」 「あなたの名前」 「……うん」 「名前があるということは、誰かがあなたを呼ぶ必要があるということ。名前があるかぎり、あなたは必要な存在」 マルモは、いつも傍にいてくれた仲間を、名前を呼ばなかったばっかりに失ってしまった。 だがルイズは、マルモの言葉に納得がいかなかった。 「……ゼロよ」 「え?」 「ゼロのルイズ! どんな魔法も、使えて当たり前の魔法でさえ失敗ばかり! 成功確率ゼロのルイズ!! こんなの、こんな名前、呼んで欲しくないわよ……!」 ルイズは再び泣きそうになる。 「ルイズ」 「何よ! どうせ、魔法を使えるあんたには……!」 マルモは再びルイズを抱き寄せた。今度は立ったままだ。 「放せ! 放しなさい!!」 「ルイズ」 暴れるルイズを、マルモは抱きとめて放さない。 「放しなさいよ! あんたも……」 「私は、呼ばない」 「え?」 「あなたを、『ゼロ』なんて呼ばない。ルイズ。何も付かない、『ルイズ』」 「な、慰めや同情なんて! どうせ心の中で、馬鹿にするんだわ!!」 「信じて、ルイズ。何があろうと、他の皆が『ゼロ』と言おうと、私はあなたを『ルイズ』と呼ぶ」 「うるさい! うるさい! うるさい!!」 「ルイズ」 「……何よ、何よ、どうして、あんたなんか…………」 どうして、今日あったばっかりなのに、こんなに優しくしてくれるのだろう。どうして、こんなに心安らぐのだろう。 ルイズは顔が見えないように、深く、深く、マルモに抱きついた。 やがてルイズは落ち着くと、抱きついたままマルモに声をかけた。 「ねえ、あなたの名前、もう一回言ってくれる?」 「……マルモ」 「マルモ」 と、ルイズはマルモの名前をいつくしむように呟く。 「ねえマルモ。本当は、使い魔には許さないことなんだけど……私のことを、『ルイズ』って呼び捨てにしていいわ」 「……ルイズ」 「い、言っとくけど、二人っきりの時だけだからね?! 皆の前で言ったら、私の躾が疑われちゃうもの!」 「わかった……ルイズ」 「わ、わかればいいのよ」 いつまでも抱き合っているわけにもいかないので、ルイズはマルモから離れた。 速くなっている鼓動を悟られたくなかった。 「それじゃあ、学院に向かいましょう」 「ピー!」 「わっ」 タマゴ=クリオの声にルイズは驚く。 「クリオだっけ? 出たり消えたり、本当に不思議なタマゴね」 「別に消えてない。ずっといた」 「そお? まあいいわ、行きましょう。歩きながら話を聞くわ」 二人は、お互いのことを話しながら学院へ歩いていった。 前ページ次ページ五月蠅いゼロの五月蠅くない使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3469.html
前ページ次ページプレデター・ハルケギニア フーケの脱走から数日後、魔法学院はてんやわんやの騒ぎとなっていた。 それはフーケ脱走の報を聞いたからではない。 ゲルマニアを訪問していた王女アンリエッタがその帰りに急遽、魔法学院を訪問することとなったのだ。 教師も生徒もみな自分ができる限り身なりを整え、メイドたちも準備に追われ 調理場のコック達はできうる限りの最高の料理を用意しなければならなかった。 そしてそれはもちろんルイズも同じことであり自室で一人身なりを整えていた。 幼馴染でもあり親友でもあるアンリエッタの訪問であったがルイズの頭の中には常にあることが消えないでいた。 自身の召喚したあの亜人のことである。はっきり言って何一つ事態は進展していない。 フーケに深手を負わせ『破壊の銃』を持ち去ったのはおそらくあの亜人で間違いないだろう。 もしそのマジックアイテムをあの亜人が使いこなすことができるのなら相手はルイズの得体の知れぬ武器を手に入れたことになる。 はっきり言って暗く沈んだ気分のルイズであったがアンリエッタの前でそのようなところを見せるわけには行かない。 気持ちを何とか切り替え、ルイズは部屋を出た。 正門から多くの護衛を引き連れたアンリエッタの一行が入場してくる。 生徒も教師ももな一様にアンリエッタ姫殿下万歳、と声を張り上げる。 その声に応えアンリエッタが馬車の中より笑顔をみせながら優しく手を振る。 ルイズも同様にアンリエッタを『歓迎』していたがふと護衛のグリフォン隊の一人の顔を見ると はっとした表情を浮かべた。それはルイズの婚約者でもあり現在魔法衛士隊のグリフォン隊隊長でもある ワルド子爵その人であった。 盛大な歓迎会が終わった夜、自室でぼんやりとしていたルイズの部屋にノックの音が響いた。 「どうぞ」 ルイズが素っ気無く応えるとフードを深く被った人物が入ってきた。 背格好や体のラインから女性であることはわかるのだが顔が見えない。 「あの…あなたは?」 ルイズが怪訝そうに尋ねると女性が顔からフードを剥がした。現れた顔にルイズは頓狂な声を上げた。 「ひ、ひ、姫さまッ!!?ど、どうして!?」 ルイズがどもっているとアンリエッタが抱きついてきた。 「ああ、ルイズ本当に久しぶりだわ!私の大切なお友達!!」 それからしばしの間、二人は再会を喜びあった。 たわいもない昔話に花を咲かせたり、アンリエッタが王宮での窮屈さに不満を洩らしたり、と。 しばらく談笑していた二人であったが不意にアンリエッタが真面目な表情になった。 「ルイズ、実はあなたに報告することがあるのです」 「はい、姫さま」 「私はゲルマニアに嫁ぐこととなりました」 「そんな、あんな野蛮な成り上がりどもの国に!?」 「しかたないのです。ルイズ…実は今アルビオンの貴族達が不穏な動きをしています」 「アルビオン?今内乱状態になっているとは聞いていますが?」 「ええ、その通りよ。争っているのは王族派と貴族派、そしてその闘いはもうじき決着がつくでしょう。 貴族派の勝利という形で…」 アンリエッタが悔しそうに歯を食いしばる。王族派とは由緒正しきアルビオン王家であり 貴族派とは古くからの王家を打ち滅ぼしハルケギニアを統一しようと企む集団である。戦力でいえば貴族派の軍力は強大であり 王族派には全くといっていいほど勝ち目は無かった。 ルイズは事態が飲み込めた。つまりはアルビオンからの侵攻に備えての政略結婚なのだ。 美しい娘というのは政治において大きな武器ともなりうるのである。 「貴族派はこの動きをもう察知していると聞きます。そして私とゲルマニア皇帝の婚姻の妨げになるものを 血眼で探しているのです」 「もしかして……あるのですかそんな物が!?」 アンリエッタは小さく頷いた。 「ルイズ、あなたにお願いがあるの!それは今アルビオン王家のウェールズ皇太子が持っているはずです。 それを大使として訪れ持ち帰ってきて欲しいのです」 「姫さま……」 「もちろん最高の護衛をつけます。……そして今のあなたの状況も学院長から聞きました。 安心して。あなたが居ない間、全力を挙げてその召喚した使い魔を探し出して見せるわ」 「姫さま、断る理由などありません。この命に代えてもかならずお勤め果たして見せます!」 「ああルイズ、本当にごめんなさい。こんな危険なことをあなたに……でもあなたしか居ないの」 再びアンリエッタがルイズに泣きながら抱きついた。 ルイズとアンリエッタが再会したその夜、ブルドンネ街には夜中だというのに 衛士たちがいたる所に歩き回っていた。 その様子を一際高い教会の屋根の上から見下ろしている者がいた。 あの亜人だ。無論姿は消しているためそこに亜人がいると気づくもはいない。 「はぁー、随分探してるね相棒。いたる所に衛士だらけ。 ……しかし自分の姿が透明になるってのはなんか不思議な感じだね。何千年も生きてきたが初めてだぜ」 亜人の腰に差された大剣の姿も亜人同様見えなくなっている。 「どうだい相棒?いっちょ違う所にでも行ってみねぇか?おいらの記憶によれば 南のほうに行けば港かなんかがあったと思うが……」 亜人は剣の言葉に小さく喉を鳴らした。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4050.html
前ページ次ページゼロの軌跡 第八話 別れの舞踏 ルイズの退学申請は滞りなくオールド・オスマンに受理された。 ただ一つ問題があったとすれば、それはオスマンの隠し切れない喜びと安堵の衝動であっただろう。 ルイズが彼の部屋を訪い陰気な読経を連想させる声に扉を開けば、オスマンは濁った魚のような目をして椅子に凭れ掛かっていた。 彼がルイズの話を聞くにつれてその目は煌々とした輝きを取り戻し、口ひげは反り返り、言葉は次第に暗い夜想曲から陽気な行進曲を連想させるものになった。 それには幾ばくかの不興を覚えずにはいられなかったルイズとレンだったが、自分達が彼にかけた心労がどれほどのものであるかを思えば逆に同情もしようかというものである。 後腐れなくこの学院を後に出来ることでもあるし、オスマンの祈りの言葉を有り難く受け取って二人は学院長室を辞した。 今夜にでも出立したい、今から準備をしようというルイズの提案により、二人はルイズの部屋へと向かう。 自身を過剰に飾り立てることを好まなかったルイズには然程の持ち物もなかった。 服は枚数こそ多くてもその種類は少なかった。十六歳の女の子にしては色気が足りないんじゃないかしらとレンがルイズをからかえば、 その顔に大人っぽい下着(だとルイズは思っている)が投げつけられて、そのまま二人ともお互いの着せ替えに夢中になった。 高価な魔道書だけでなく多くの書き込みがされた教科書、丁寧に書き取られたノートをレンは見つけた。 努力の人という、オスマンやコルベールから聞いたルイズの評価が間違いでなかったことを知る。 処分に困ったレンだったが、ルイズはそれを級友に惜しげもなく配り歩いた。 夕食後には整理も終わり、荷物を全て<パテル=マテル>に括り付ければそれで終わりだった。 杖も一本を残したのみで他は全て処分した。燃やされる杖を見ながらルイズは何を思ったのか。レンは焚き火の横にたたずむルイズの顔を盗み見たが、何も読み取ることは出来なかった。 その火も燃え尽きようかというときに、ルイズに四人の来客の姿があった。 キュルケ、タバサ、ギーシュ、コルベールらが思い思いの顔で立ち尽くしていた。 口火を切ったのは赤毛の少女だった。彼女の二つ名らしくない冷静さでルイズに問いかけた。 「どうして退学するの?ルイズ」 「ゼロの私がこの学院にいる意味はないでしょう。キュルケ」 今日まで忌避し続けてきたその言葉でルイズは返す。幾度となく侮蔑のために投げつけられたその言葉。 虚を突かれたキュルケだったが、ルイズの言葉に悪意も自嘲も含まれていないことを感じ取り言葉を重ねた。 「サモンサーヴァントは成功したじゃない。もうあなたはゼロではないわ」 「サモンサーヴァントだけよ。そしてそれすらも成功とは呼べないの。私は従属することを望まないものを召喚した。そして結果的にレンを傷つける契約までしてしまった」 沈黙の帳が夕闇の庭に降りた。今のキュルケにいつもの軽口を叩くことは出来ず、その白い喉に形をなさない言葉を遊ばせるだけだった。 「それでもこんなっ「それでもこの学院にいる意味が失われたわけではないだろう」」 キュルケを遮り話し始めたのはギーシュだった。 「この学院で学ぶことは魔法だけじゃない。 多くの友人を作ること。社会的な振る舞いや作法。そしてなにより貴族としての精神。それは今日君達が教えてくれたことだ」 「ええ、私は多くを学んだわ。 馬鹿にされることは辛い。無視され、嘲笑の的になるのは身を切り刻まれるよう。そうして覚えた痛みを他の人に味わって欲しくない。 そして貴族が平民をどう見ているか。 私達を支えてくれている平民の、その上で胡坐をかく連中のどれだけ多いこと。髪を掴み地べたに擦りつけ、そうやって下げられた頭を見て満足している奴等に私はなりたくはない」 ギーシュも二の句をつげなかった。それはまさしく今日の彼自身のことに他ならなかった。 「私はここで人であることの痛みを知った。私はメイジより貴族でありたい。なによりそのためには貴族としての責任や権利を知り、領民を理解しなくてはならないと思った。それにはこの学院よりヴァリエール領の方が相応しい。だから私は実家に帰るの」 「立派になりましたね、ミス・ヴァリエール」 「先生…」 コルベールは今まで見せたことのない表情でルイズを見つめていた。 「あなたのような優秀な生徒がいなくなるなんて、とてもとても悲しいことです」 寂しさ、一人の教師としての。 「魔法は使えなくとも、貴族としての精神は確かにあなたに宿っています。それはなによりも大事なことです」 誇り、同じ貴族としての。 「私にはそれが出来なかった。だから私の分まで。 お元気で、ミス・ヴァリエール」 後悔、過去に囚われた大人としての。 ルイズは深く深く感謝の言葉を紡いだ。 「今まで有難うございました。先生、コルベール先生」 最後にタバサがルイズとレンに歩み寄った。そして一言、心から祈りを贈った。 ルイズとレンもそれに続いた。 「この二人に始祖ブリミルの導きがあらんことを」 「この学院に始祖ブリミルの加護があらんことを」 「女神エイドスの光がこの世界を照らしますように」 四人が去り、場にはルイズとレンの二人だけ。既に月が真上に昇っている。 「そろそろ出発しましょうか、レン」 「ええ。<パテル=マテル>、お願い」 「まってくださーーいっ!」 <パテル=マテル>が激しい蒸気とバックファイアを出したとき、聞き覚えのある声と共にまろびでてくる人影があった。 白と黒のエプロンドレスを着た少女といえば心当たりは一人しかいなかった。 「どうしたの?シエスタ」 「いえ、あのっ、引き止めて申し訳ありません。ですが、昼間助けてもらったのにお礼も言えてなくて、明日言おうと思ったらもういなくなってしまうって聞いて。 ヴァリエール様、レンちゃん、本当に有難うございました」 そういえば、啖呵をきって和解して決闘して学院長室へ向かって部屋の整理して。他人の入り込む余地がなかったなと二人は思い返す。 ともかくも、シエスタの心遣いがルイズとレンにはただ嬉しかった。 「ヴァリエール領まで結構ありますし、お腹が空くと思ってお弁当作りました。何分時間がなくてたいした物は作れなかったのですが」 「有難う、喜んでいただくわ」 感謝を述べ、包みを渡し、別れの言葉を告げると、もうシエスタに二人を引き止める方法も理由もなくなった。 ルイズとレンは<パテル=マテル>に飛び乗る。 「あと…レンちゃん」 最後にシエスタはレンに語りかけた。 「レンちゃんと一緒にいた時間、短かったけれど、かわいい妹が出来たみたいで私本当に楽しかった。また、会おうね」 返答までには少しの空白があった。 シエスタの言葉に驚いて息を呑み、言うべき言葉を慌てて探したらこのくらいの時間になるだろうとルイズは思った。辺りは暗くてレンの横顔は確認出来なかったけれども。 「レンも楽しかったわ。色々わがまま言ってごめんなさい。今度会うときはシエスタお手製のデザートと紅茶お願いね」 「さあ、出発よ」 レンの掛け声で<パテル=マテル>は飛び立った。後方で次第に小さくなるトリステイン魔法学院。 それでも後ろを振り向き続けるルイズを思ってか、<パテル=マテル>は中空で動きを留めた。 「別に明日にしても構わないわよ、ルイズ?」 「…いいの、行きましょう。レン」 その時、炸裂音と共に暗闇に天高く一条の光が昇る。それは<パテル=マテル>よりも高く舞い上がり夜空に大輪の花を咲かせた。 「花火…」 辺りが色とりどりの炎に照らされる。北の塔近くで手を振る四人も、赤く青く白く黄色くその姿を浮き上がらせた。 「錬金で花火を造って打ち上げたんだわ。全くギーシュったら、こういうのは本命の女の子相手にやるものよ。キュルケはともかく、タバサとコルベール先生まで手伝って。 ねぇ、ルイズ。 …ルイズ?」 返事をしないのではなく出来ないのだと悟り、レンは四人に手を振り返す。 こういう時は素直に涙を見せてもいいのに。 その場の誰よりも本性を心の奥深くに、自分でも隠したことを知らずにいる少女は、そう思った。 午前一時の鐘、時計塔の上で風竜の嘶きが一度、高く鋭く響いて辺りは元の暗さと静けさを取り戻した。 <パテル=マテル>は再びその進路を北に向けた。 それからしばらく後、突然魔法学院に王女アンリエッタが訪れた。名目は学院の視察。 折から予定されていた使い魔の品評会も含めそれは無事に終わったが、学院に彼女の親友の姿はどこにもなかった。 確かにルイズは魔法が苦手だった。もしや使い魔を呼べなかったのではないか。 不安に思い、オスマンに問いただすと意外な事実がアンリエッタに示された。 「鉄のゴーレムと見たこともない魔法を操る少女を召喚して殺されそうになって、上級生との決闘の最中に和解して、立派な貴族になるために実家に帰った?」 アンリエッタの思考に思い切り急停止がかかる。 意味が分からなかった。 不可解で理不尽な事態、それに対するアンリエッタの怒りはオールド・オスマンの管理責任の糾弾という形で顕現した。サモンサーヴァントの危険性、生徒の素行に対する指導、学院で働く平民への接し方等々。 オスマンこそいい迷惑であった。裸に剥かれるわ、学院の一部は壊されるわ、王女に怒られるわ。 最も王女の怒りの大部分は、多少不純な動機から来るものがあるとはいえ、正当なものであったから、彼としても王女の雷を大人しく受けざるをえなかったが。 オスマンにひとしきり説教をたれたアンリエッタは案内された客室に引き取った。 ルイズに頼む予定だったアルビオンへの使い。その人選を考え直さねばならない。極秘の潜入作戦に必要な家柄、性格、能力と指を折って騎士やメイジの名を思い出していく。 しかし、王家の醜聞を扱える人間などそう多くいるはずもない。そう長くもない逡巡の後に机上のベルを鳴らす。やってきたメイドに一人の男の名前を告げ、ここに来るよう言付ける。 数分後、礼儀正しいノックの音があった。 「こんな夜分にご苦労様です、ミスタ・ワルド」 「姫様の護衛を任されておりますれば、いつ何時のお呼びであろうと参上仕ります。 して、一体どのようなご用件でしょうか」 翌朝、アルビオンへ向けて旅立つワルドをアンリエッタは部屋の窓から見送っていた。 最高の人選だろうと思う。彼以上にこの任務を任せられる人材は他にはいない。そう確信しているのに胸騒ぎがどうしても止まらないのだった。 ルイズがいてくれたらこんな心配はしなくても済んだだろうに。 その彼女からの便りも未だない。それが不安でもあり不満でもあった。 王宮に戻れば手紙が届いているかもしれないと彼女は立ち上がる。 去り際に馬車から魔法学院を返り見て、アンリエッタは始祖ブリミルに祈った。 皮肉なことに、この朝は平和への別れ、動乱の幕開けになるのだった。 前ページ次ページゼロの軌跡
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8929.html
前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か 滅亡を迎えるアルビオンに朝が訪れる。 ルイズが眠りから覚めると、もう日は昇りきっていた。 「もう昼過ぎかしら……」 太陽の位置から何となく時刻を察する。 眠りすぎたのを若干悔いつつ、手早く着替えを済ませた。 「お早う、ルイズ」 ルイズが扉を開けると、そこにはワルドがいた。 「おはよう、ワルド。ずっと待っていたの?」 「いや、まだ起きないようなら昼食を置いておこうと思って運んでもらったんだ」 老紳士然としたメイジが、食器を運んでいた。 「お目覚めですかな。 私、皇太子様の世話役を任されておりましたパリーです。以後お見知り置きを」 老メイジが深々と頭を下げ一礼する。 「昼食後で結構ですが、後に国王陛下が会見を望まれております」 「ええ、是非」 ルイズは作り笑いを浮かべようと努力する。 声がかすれながらも、何とか誤魔化せたようだ。 「ありがとうございます、国王陛下も喜びになられます」 パリーは笑顔でそう答えると、部屋を後にする。 老メイジの笑顔とは対照的に、ルイズの心は晴れないままだった…… 国王への謁見も終わり、夜を迎える。 ルイズはずっと部屋にいたかったが、そうもいかずパーティにだけは出席する。 表向きは華やかな宴、実態は最期の晩餐。 国王が逃亡するよう斡旋するも、部下達は笑って皆その場を立ち去ろうとしない。 誰もが陽気に笑い、破滅に向かう。 会場の光景がルイズには虚しさしか感じず、直視できない。 「アセルス……」 バルコニーで外をぼんやりと眺めていたアセルスにルイズが近寄る。 「どうしたの?」 ルイズに掛ける言葉は優しさに満ちている。 自分の心が砕けそうになった時、アセルスは受け止めてくれた。 一方で他人の命を躊躇いもなく奪う。 アセルスの二面性に、ルイズは戸惑いを覚える。 笑顔で滅びようとしている、アルビオンの貴族達のように。 「どうして彼らは笑っていられるのかしら……死ぬのが悲しくないの?」 「さぁ……私には分からないわ」 ルイズの望む答えはアセルスにも分からず、素直に告げる。 「アセルスは命の奪い合いが怖くないの?躊躇したりとか……」 ルイズの口調にいつもの明るさはない。 人が死に向かう姿を目の当たりにした経験はなかった。 「戸惑っていたら、その間に大切な人を失うから」 崖での尋問や宿での交戦。 殺さなければ、こちらが殺されていたかもしれない。 理屈は分かっていても、心の未成熟な少女の感情は揺らいだままだった。 「私も……アセルスにとって大切な人なの?」 「当然じゃないか」 アセルスはルイズの質問した意図が理解できない。 「私、ワルドに婚約されたの」 アセルスに衝撃を与えるルイズの告白。 「……ルイズは……どうするの?」 曖昧すぎるアセルスの問いかけ。 止めるにせよ決心させるにせよ、何か言わなければならないのに何一つ浮かばない。 「分からないのよ……自分でもどうすればいいのか」 弱々しく首を振って、目を伏せた。 「だから、アセルスに聞きたかったの。私は一体どんな存在なのか」 ルイズの一言一言に、アセルスは胸が締め付けられた。 動悸が激しくなり、何もしていないのに嫌な汗が流れる。 「……ルイズにとって、私は何?」 ルイズの質問に息が詰まりそうになりながら、かろうじて言葉を絞り出す。 「理想よ。貴族の理想、こうなりたいと願う憧れ」 アセルスの問いに、ルイズは即答する。 ルイズがアセルスを追求しだしたのは、ほんの些細な重ね合わせから。 ワルドの求婚。 アセルスの人生を追憶する夢。 人と妖魔の関係に気づいてしまった事。 最大の理由は、自身が理想が揺らいでしまった事。 名誉を守る為、滅びを恐れぬ彼らの姿は紛れもなく貴族の精神だ。 同時に愛する者を捨ててまで、死に行く彼らがルイズには納得できない。 「ねえアセルス……お願い、答えて」 か細い声と共に、アセルスのドレスの裾を掴む。 理想が揺らいだから、ルイズはアセルスを求めた。 求められる事で、自分が間違っていないのだと信じたかった。 無論、求められたからと言って正しさを証明できる訳ではない。 ルイズが行おうとしているのは、単なる現実逃避だ。 誰より孤独を嫌うから、他人に必要とされようと求める。 何もルイズだけに当てはまる事ではない、アセルスも同様だった。 「私は……」 傍にいてくれればそれだけで良かった。 かつてルイズに告げた台詞だが、アセルスは肝心な関係を伝えていない。 主従として、友として……或いは愛する者として。 どのように寄り添って欲しいかまではアセルスは告げていない。 追求された今、何と返せば正しいのか言葉が浮かばない。 いや、この問答に正解など無い。 アセルスは単に嫌われまいとしているだけだ。 だから、アセルスは自分の感情ではなく当たり障りの無い答えを返す。 一番愚かな過ちだとも知らずに。 「私は貴女の使い魔よ」 「そう……」 明らかに落胆したルイズの声。 アセルスには何が間違っていたのかが感づけない。 「私は人間よ……」 ルイズの口から出てきたのはアセルスからすれば拒絶にも等しい言葉。 「それは……」 二の句が継げない。 関係ないとでも言うつもりか? かつて白薔薇に妖魔と人間は相入れないと言っておきながら? 「いつか別れがくるわ……」 死について考えた時、自分も同じ立場だと気付いてしまった。 人間に過ぎない自分はいつかアセルスを置いて、死んでしまうと。 ルイズの宣告は、アセルスが気づきながらも考えようとしなかった問題。 「言ってたわよね、傍にいてくれるだけでいいって」 アセルスは声が出せない。 いくら足掻いても、喉が枯れたような呻き。 「でも、私じゃダメなのよ……」 ルイズの顔も悲壮に満ちていた。 「私はいずれアセルスを孤独にしてしまうわ……」 構わない、わずかな間でも孤独を忘れさせてほしい。 アセルスの頭に引き止める言葉は浮かぶも、口に出来ない。 何故なら、アセルスの本当の願いは自分と永遠を分かち合う存在。 人の身であるルイズには、決して叶えられない願い。 「ねえ……私、どうしたらいいかな?」 離れたくない、しかし種族の違いが二人の前に立ちはだかる。 思わずアセルスはルイズの腕を逃がさないように掴んでしまった。 「痛っ……アセルス…………?」 ルイズがアセルスを呼びかける。 掴んだ腕で華奢なルイズの身体を引き寄せる。 見慣れたはずのアセルスの紅い瞳。 それが今のルイズには、まるで別人に見えた。 「アセルス……怖い……!」 振りほどこうとするが、ルイズの力ではアセルスに適うはずもない。 怯えたルイズに対して、アセルスに過去の光景がフラッシュバックした。 オルロワージュを倒して、妖魔の君となった時。 ジーナを寵姫として迎えた時に残した彼女の言葉。 『アセルス様…………怖い……』 ジーナが怯えていたのは、慣れない針の城に迎えた所為だと思っていた。 ルイズの姿がジーナと重なる。 怯えていたのは自分にではないかと今更気づいた。 「止めないか!」 会話の内容までは知らないが、ただならぬ雰囲気にワルドが間に割って入る。 「とうとう本性を現したな、妖魔め!」 ワルドは杖を突きつけると、ルイズを庇う。 ルイズはワルドの背後でなおも恐怖から震えていた。 自分の何を恐れているのか? 疑問の答えはアセルスには決して紐解けないものだった。 人は常に最善の答えを探し出せるとは限らない。 しかし、限られた選択肢の中から次善策を見つけて生きる。 ジーナが陰鬱な針の城を嫌いながら、ファシナトールから離れられなかったように。 行く宛などなかったし、抜け出すだけの大金がある訳でもない。 結果、彼女は現実を妥協する。 だが、アセルスは城から逃げた。 受け入れねばならないはずの現実から逃げるようにして。 半妖の証明である自分の紫の血。 人間でなくなり、妖魔となった事実。 この時点でもアセルスに残された選択肢はいくつかあった。 例えば半妖として、蔑まれながらも生き続ける。 或いは主であるオルロワージュを討ち滅ぼして、妖魔の血を消し去る。 前者であればジーナがアセルスから離れはしなかった。 後者なら永遠の命を捨て、代わりに平穏な人生を得られたはずだ。 彼女は何の選択も行わず、逃げた。 妖魔として生きる道を選んだのではない。 自分の運命を呪うばかりで、選択を行わずに妖魔に堕ちたのだ。 シエスタの祖父が娘に語ったように、アセルスは運命を言い訳に使ったに過ぎない。 アセルスに残されたのは上級妖魔の血を継いだ事。 ルイズが貴族の自尊心に縋ったように、アセルスはオルロワージュを超えようと確執した。 寵姫の数や他者を支配するという目に見える成果だけを求めて。 決断を先延ばしにした結果、白薔薇を失った。 アセルスは白薔薇を自分勝手な使命感で失った自覚はある。 だが、後悔するだけで省みれなかった。 ジーナも失ってようやく、白薔薇が自分の下から去ったのではと気付かされた。 白薔薇は自分よりあの人を選んだのだろうかと、妬みにも似た感情に支配されるのはアセルスの稚拙さ。 現実を見ようとしなかった代償が押し寄せる。 その時、アセルスが選んだのはいつもと同じ行動だった。 「アセルス!」 ルイズの叫び声は空しく響きわたった。 アセルスはルイズの前から逃げ出したのだ…… ルイズもアセルスも気づいていない。 お互いが相手を求めながら、相手を見ていなかった現実。 ルイズはアセルスの半生を見て、彼女が苦悩を乗り越えた気高き存在だと思っている。 アセルスはルイズが自分で決断した目標、立派な貴族になるまで挫けないのだろうと思いこんでいる。 人の心はそれほど簡単ではないのに。 二人は擦れ違い続ける。 傍にいながらお互いの存在を正しく認識していないのだから。 「どうして……」 残されたルイズがアセルスの消えた闇夜に呟く。 「ルイズ、無事かい?」 ワルドが振り返る。 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔だ」 ワルドがルイズに語りかける。 「分からないのよ、何が正しいのか……」 誇り高いはずの貴族の行動が理解できない。 アセルスも、自分の前から逃げ去ってしまった。 何が間違えていたのか、答えをいくら求めても見いだせない。 「あれが妖魔さ……人を裏切る事など露程も思っていない」 ワルドは吐き捨てるように言い放つ。 「大丈夫、君の傍には僕がずっといるとも」 今にも泣きそうなルイズの肩に手を置いた。 優しい一言にルイズの頬から一滴、涙が溢れ落ちる。 「君は優しすぎる……だから、好きになったんだけどね」 泣いたルイズをそのまま抱きしめる。 張りつめた精神が緩んだ結果、泣き疲れてルイズは眠ってしまった…… 次にルイズが目を覚ましたのはベッドの上だった。 昨日割り当てられた自分の部屋なのだろうと、感づいた。 「やあ、起きたかい?」 ワルドの声がした扉の方を振り向く。 ワルドは給仕に暖かい飲み物を運んでもらっている最中だった。 飲み物が入ったポットを暖めてルイズに手渡す。 「落ち着いたかい?」 「ええ、ごめんなさい。みっともない所見せちゃって」 立派な貴族になるという志がルイズにはある。 だが、それをなし得たと思う出来事は一度もなかった。 魔法は未だに扱えないままだし、人に弱音を見せてしまうのはこれが二度目だ。 一度目の時。 その相手だったアセルスは何も言わずに立ち去ってしまった…… また戻ってくるかもしれないが、ルイズの心に暗鬱とした感情が溜まる。 再び会ったとして何を言えばいいのだろうか。 初めて、アセルスが妖魔である事を怖いと思ってしまった。 バルコニーでのアセルスの瞳。 信じていた相手にすら畏怖を与えるだけの重圧があった。 同時に、心に引っかかるのはアセルスが消える前に見せた表情。 既視感を覚えながら、ルイズには感覚の正体が何思い出せない。 「ルイズ」 ワルドの呼びかけにルイズが顔を上げる。 「もう一度言わせてくれ。ルイズ、僕と婚約して欲しい」 事の発端となったワルドのプロポーズ。 「ワルド、それは……」 「分かっている、君がまだ学生なのは。 不安なんだ、君がまた妖魔に殺されるんじゃないかと」 ルイズが否定しようとするより、ワルドが強くルイズの手を握る。 「アセルスは……」 そんな事はしないと言おうとして、言葉に詰まる。 ルイズの心情に構わず、ワルドは手を握り締めたままに捲し立てた。 「何も今すぐにと言う訳じゃない。 学校を卒業してからでもいいし、君が立派な貴族になったと思ってからでもいい。 ただ式をここで挙げたいんだ、二人っきりで」 「こんな所で?」 思わず、率直な意見を口にしてしまう。 「ウェールズ皇太子は勇敢な貴族だ。僕は皇太子に神父役を御願いしたいんだ」 ルイズが沈黙して考える。 ワルドに対しては少なからず好意を抱いている。 突然のプロポーズに困惑しているが、嬉しいと言う気持ちも無い訳ではない。 むしろ、自分なんかでいいのだろうかとすら思える。 グリフォン隊の隊長という立場にあるワルドと、魔法すら未だ使えぬゼロの自分。 「……本当に、私なんかでいいの?」 「君を愛しているんだ」 ワルドはルイズの質問に即座に答えてみせた。 「……うん」 長い沈黙の末に、ルイズが頷いた。 「本当かい!」 喜びにワルドは大声をあげ、ルイズの手を取る。 「ありがとう!必ず君を幸せにしてみせるよ」 ワルドが何気なく言った言葉。 幸せとは何か?願いが適う事だろうか? アセルスの願いは自分と傍にいる事だった。 ワルドの願いは……婚約? 自分の願いは……何だろうか? 立派な貴族になるという目標は少し違う気がした。 ここまでの疲れが出たのだろうか、カップを戻そうと立ち上がるとふらついてしまう。 そんなルイズの肩をワルドは優しく抱きとめた。 「僕がやるよ、君は明日の式に向けて休んでおくといい」 就寝の挨拶を交わして、ワルドは部屋を立ち去る。 ベッドの上に仰向けになったルイズを月明かりが照らす。 ぼんやりと何も考えられずにいると、ルイズはいつの間にか眠りに落ちていた…… 逃げ出したアセルスは何処とも分からない森にいた。 崖下には奈落のように暗く深い、夜空だけが広がっている。 『相棒……』 デルフが呟くが、何と声をかけていいのか分からなかった。 素人玄人問わずに多くの人間に使われてきた記憶は存在する。 大小問わず悩み、苦しむ使い手もいた。 しかし、アセルスのように半妖の悩みを抱えた者はいない。 彼女の心に混沌とした感情が渦巻いているのだけは伝わる。 300年生きたオールド・オスマンがルイズに何も言えなかったように。 デルフも何も言葉をかけられない自分の無力さに、歯があれば歯軋りしただろう。 「ルイズ……」 朧げに彼女の名前を呟く。 初めは好奇心に近かった。 自分を召喚した少女の境遇はあまりに自分と似ていた。 同時に、彼女ならば自らの苦悩を理解してくれるかもしれないと考える。 事実、ルイズは受け入れてくれた。 他人に見せられない弱さも自分の前では見せた。 それでも成長しようとするルイズを見て、美しいと思った。 問題は幾度も悩んだ、種族の差。 加えて、アセルスにとっては新たな苦悩があった。 白薔薇の頃はまだ無自覚だった。 友達や姉のように思っているだけだと自分に言い聞かせた。 『自由になってほしい』 白薔薇が最後に告げた台詞はオルロワージュからの支配の脱却だと思っていた。 『くだらないことに捕らわれるんだな。 姫も言ってたじゃないか、自由になれってね』 だからこそ、他人に指摘された時に動揺する。 ──本心では、私は白薔薇を愛していたのだと。 ジーナは生まれて初めてはっきりとアセルスが愛情を抱いた相手だった。 だが、ジーナも失った。 未だ理由が分からないまま、彼女は自らの命を絶った。 アセルスは二度の喪失から誰かを求めるのが恐ろしくなる。 自分を受け入れてくれた存在をまた失うのではないかという不安。 アセルスは気付き始めていた。 いつの間にか、他人を妖力で支配していた事実。 嫌悪していたはずの妖魔の力を当然のように扱い、欲望のままに行動していた。 「だって私は妖魔の君……」 違う、妖魔の力なんていらない。 人としてただ、平穏に暮らしたかった。 誰でもいいから必要とされたかった、妖魔ではなく自分自身として。 だから…… 「その為に、ルイズを利用した……」 寂しさや孤独を嫌った。 妖魔として生きると言いながら、人間のように理解者を求めてしまった。 召喚で呼び出された相手、ルイズが鏡写しのように思えたから。 一人の少女を地獄への道連れにしようとする行いだとも気づかず…… 『違う!相棒が嬢ちゃんを思う気持ちは本物だったはずだ!』 デルフの制止にも構わず、左の拳を地面に叩きつける。 地面を容易く抉ると同時に、アセルスの皮膚にも微かに血が滲む。 「紫の血……妖魔でも人間でもない血の色……」 見慣れたはずの血の色が、汚らわしく見えた。 デルフを掴むと自分の手に何度も何度も突き立てる。 叶わないと知っていても、自分の血を全て流してしまいたかった。 『よせ!相棒!!こんな事したって……』 妖魔の血がなくなる訳じゃない。 デルフが言葉を引っ込めたのは、アセルスの悲痛な表情を見たからか。 「ルイズは……結婚するって……」 アセルスの言動は、もはや支離滅裂。 それでも、ルイズから告げられた事実を噛み締める。 婚約。 もし自分が人間のままだったなら、誰かと結ばれた人生もあったのだろうか? そうなればジーナも……そう、ジーナも同じだ。 ──ただの人間として。 ──平凡だが、幸せな人生を満喫する権利が彼女にもあったはずだ。 ──彼女から全てを奪ったのは…… 「私だ……私がジーナを……」 アセルスが思い出すのは、針の城でジーナと二人になった時の事。 怯えるジーナにアセルスはこう告げた。 『大丈夫、二人で永遠の宴を楽しもう』 即ちジーナに自らの血を分け与えようとした。 人から妖魔になる。 どれ程の苦悩かは自分が一番知っていたはずなのに。 ジーナさえ傍にいてくれれば良かった。 だが、ジーナは本当に永遠を共にしたかったのか? 彼女はあくまで『人』として自分の傍にいたかっただけではないのか。 永遠を望んだのはアセルスのみ。 自分がジーナに妖魔として生きる事を強要していたと気づく。 ──寵姫をガラスの棺に閉じ込めていたオルロワージュのように。 『あの人』と自分が同じ過ちを繰り返していた。 一度陥った悲観的感傷に、己の愚かさを否応なく見せつけられた。 どれほど後悔しようと手遅れだった。 ジーナが目を覚ます事はもう二度とないのだから。 失うのを恐れた続けた結果、人から全てを奪ってしまった。 白薔薇の居場所も……ジーナの命も……ルイズからも全てを奪うだろう。 アセルスは立ち上がると、浮浪者のように彷徨い歩く。 『相棒、どこ行くんだ!城は反対の方向……』 「私はもう、ルイズの傍にいられない」 デルフの叫びに力なく頭を振ると、ルイズの元に戻らない事を伝える。 『何を言ってんだ!?』 「きっと彼女を不幸にするもの……」 ジーナや白薔薇のように。 ルイズも自分の運命に巻き込んでしまうのを恐れた。 いや、既に巻き込んでしまっている。 これ以上、自分に付き合わせてはいけない。 運命に負けた敗残者の自分。 掲げた目標に向けて進むルイズ。 彼女の重りにしかなりえないと思い込んで、アセルスは姿を消した…… 前ページ次ページ使い魔は妖魔か或いは人間か
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8102.html
「何…コレ…?」 その日、トリステイン魔法学院において進級を賭けた使い魔召喚の儀式において少女… ルイズ・フランソワーズ・ル・ブランド・ラ・ヴァリエールは幾度かの失敗の後、ついに初成功ともいえる魔法で使い魔を召喚するに至った。 その際に彼女はこう求めた。 --この宇宙のどこかにいる神聖で強力な使い魔よ-- と… しかしどうだ…目の前にいるのは幻獣とも人とも言い難い形状。 いや、そもそも生物であるかどうかすらも怪しい物体であった。 大きさはおよそ4メイルほど…目や口、鼻や耳どころか手足すらないただの巨大な白い球体がそこに鎮座していたのである。 「おい、ゼロのルイズがワケのわからないもんを召喚したぞ!」 「本当だ!なんだよあれ、流石ゼロのルイズだな!」 「……ッ!!」 こんなはずではなかった…。 本当なら赤髪の同級生が呼び出した火蜥蜴よりも、青髪の同級生が呼び出した風流よりも強力な使い魔を召還し、周りを見返す筈だったのに…! 遠くから聞こえてくる野次を背に受けながらルイズは屈辱にぎりりと血が滲みそうになるほどの力で己の杖を握りしめた。 「ミ…ミス・ヴァリエール、早くコントラクト・サーヴァントを…。」 頭の薄い教師・コルベールがルイズに促すが、正直口も何もあったもんではないこの物体にどうやって契約させるべきかコルベール本人もわからずにいた。 …しかし次の瞬間、轟音が周囲を包み込む。 その轟音を放ったのはつい今使い魔(?)を召喚してみせたルイズ本人であった。 あろうことかルイズは召喚した物体に向けて何度も爆発を起こすしかない魔力を込めた杖を振り下ろしていたのである。 「ミス・ヴァリエール!一体何を!?」 「止めないでくださいミスタ・コルベール! これは何かの間違いなんです! 私ならもっと美しく強力な使い魔を呼び出せます!だから、だからこんなものは間違いなんです!!」 半ば錯乱したルイズは静止するコルベールの声など気にするでもなくソレに向かい爆発の失敗魔法をぶつけてゆく。 ……それが後に恐ろしい事態を引き起こすとも知らずに。 「はぁ…はぁ…」 ひととおりの精神力を使い尽くし、肩で息をするルイズ。 眼前の物体は爆発による粉塵に包まれ今や見る影もない。 いや、ゼロの名を持つこの少女は系統魔法に関する成功率は皆無にしても、失敗魔法における破壊力だけは軽く教室ひとつを吹き飛ばすほどのものである。 そんなものを連続で受けたのだ。 誰もが召喚されたばかりのソレは跡形もなく消し飛んでいると感じた。 ……しかし! --ドクン… もうもうと立ち上る砂塵の中、粉々に砕け散った筈のソレはついに恐るべき脈動を始めたのである。 それに最初に気付いたのはつい先程同じく使い魔召喚の儀式で風竜を呼び出した青髪の少女であった。 彼女の名はタバサ。本名シャルロット・エレーヌ・オルレアン。 大国ガリアの王族にして国の危険な汚れ仕事を請け負う北花壇騎士7号。 これまで彼女は幾度となく命懸けの危険な任務をこなし、その小さな体に百戦錬磨ともいえる危機管理能力を宿していた。 その彼女の第六感が今まさにこの場における危険性を電流の如く伝え、全身を駆け回っていた。 『アレは危険だ…! オーク鬼やエルフなんて生易しいもんじゃない!! 危険……キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケン!!!!!!』 タバサは生まれて初めて経験するともいえるその圧倒的な気配に蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くすしかなった。 「どうしたの、タバサ?」 突然かけられた声にタバサは、はっと我を取り戻し声のした方向を見る。 するとそこには頭ひとつ分は身長の高い赤髪の親友キュルケが心配そうに自分を見下ろしていた。 「…………逃げて。」 キュルケの瞳をまっすぐ見つめながら、蚊の泣くような声でタバサが言葉を紡ぐ。 「…え?」 何のことだ?とキュルケが訪ねようとしたその瞬間、普段寡黙なはずのタバサが喉も裂けんばかりの声を張り上げた。 「早く逃げて!!みんな、みんな死んでしまうッッ!!」 その言葉に周囲にいた誰もが『何を馬鹿なことを』という表情を浮かべる。 だがその僅か数分後、彼らは彼女の言葉の意味をその身を持って思い知らされることとなる…。 そして“滅び”が幕を開けた。 --グルルル… どこからか聴こえてきた不気味な音。 いや、音ではなくそれは声…。それも高位の獣が有する獰猛な唸り声であった。 獣であれば周りにはつい今しがた召喚されたばかりの使い魔たちがいる。 しかし今聴こえてきた声の質はまるで地獄の底から響くかのような音量と威圧感を孕んでいた。 「な…なんだ今の…?」 「さ、さぁ。でも確か音がした方って……」 生徒のひとりがゆっくりと指をさす。 そこは未だ砂塵が巻き上がるルイズが作った爆心地。 まさかそんな場所に大きな獣などいるわけがない。いるわけがないのだが…。 --ルル…グルルルルル… 「!?」 聴こえた、今度こそ確かに聴こえた。 誰も目配せをし、一斉に煙の向こうにいるであろう何かに目を凝らす。 彼らはタバサの必死の警告などすっかり忘れていた。 …それがいかに愚かなことであったかも知らずに。 その時、一陣の風がふわりと砂煙を吹いた。 それを合図にしたかのように徐々に濃さを失ってゆく砂塵。 その向こうでうっすらと視界に飛び込んできたものを見た誰もが、驚愕に目を見開いた。 「な…何なの…あれ…」 その中でも一番驚いていたのは他の誰でもないルイズだ。 そこにあったのは先程の白い球体などではなく長い棘を無数に生やし、5倍近くの大きさに成長した黒く巨大な物体であった。 もしかしてさっきのものは幻獣の卵か何かだったのだろうか? そんなことを思いながらルイズがそれに近付こうとした瞬間、突如として轟音とともに中庭の一角が吹き飛んだ。 「…え?」 ルイズにはそれが何であったかがすぐに理解できた。 それもそうだ、何もない空間を爆発できるのはゼロと蔑まれてきた自分の特技ともいえる失敗魔法だけなのだから。 「ルイズ!何すんだよ、危ないじゃないか!!」 「そうだ!もうちょっとで大怪我するとこだったんだぞ!」 周辺にいた生徒たちから罵声が飛ぶ。 「違うわよ!今のは私じゃない!私じゃないの!!」 「じゃあお前以外に誰があんな爆発起こせるっていうんだよ!?」 「そ…それは……でも、本当に違うんだってば!!」 ルイズが身の潔白を晴らそうと大声を張り上げたそのとき、再び巨大な爆発が発生した。 それも一発や二発ではない。 打ち上げ花火の如く巻き起こる無数の爆発は地面を、木々を、 更には厳重に固定化の魔法がかけられたはずの学院の外壁や校舎すら破壊し始めたのである。 突然の出来事に一瞬にして魔法学院は蜂の巣をつつくどころではない大騒ぎとなり、崩壊してゆく教室から逃げようと無数の学生たちが我先にと外へと駆け出してきた。 「くそっ、一体何が起きてるというのだ!!」 魔法で防御壁を作り、生徒たちを守りながらコルベールは呟く。 この学院の防護壁はスクウェアクラスのメイジでさえ破壊するのは難しいというのに目の前ではそれがいとも簡単に砕け散ってゆく。 だがコルベールは脳内で瞬時に状況を整理し、そしてあることに気付く。 (あの物体の周囲には爆発が起きていない!…つまり!!) 「みんな!伏せなさい!!」 防御を解除したコルベールは皆にそう指示し、詠唱を始める。 (出来ることなら、もうこの力を破壊に使いたくなかったが…やむを得ん!!) そして魔力を極限にまで高めたコルベールは、杖から高温を示す青色をした灼熱の炎を走らせた。 炎は大蛇のように黒い物体に絡みつくと、一瞬にしてそれを業火で覆い尽くす。 すると、あれほど激しかった爆発がぴたりと止んだではないか。 「…やったか。」 その様子にコルベールはふぅと息を吐く。 「おぉ!ミスタ・コルベールがなんとかしてくれたようだぞ!!」 「すごい。見直しましたよコルベール先生!!」 学院の危機を収拾してみせたコルベールに生徒や他の教師たちが歓声を上げながら続々と集まってくる。 「はは、なんとか上手くいったようですな。 しかしミス・ヴァリエール、申し訳ありません。せっかく召喚した貴女の使い魔を殺してしまいました。」 「い…いいんです!元はといえば召還した私が悪いんですからどうか頭をお上げになってください。」 自分の召喚した使い魔が引き起こした事態にも関わらず それを鎮めてくれた恩人にすまないと頭を下げられ、ルイズは慌ててフォローを入れる。 「でも、あれは一体何だったんでしょうか?いえ、もう終わったことですが…。」 何とか話題を逸らすためそう口にしたルイズ。 しかしそのすぐ近く、青い髪の少女だけが髪と同じように顔色を真っ青にしながらぽつりと呟いた。 「………まだ。」 「…え?タバサ。何か言っ……」 ルイズがそう聞いた瞬間-- 『グルル……ギィイイィィイィジャァアアァアアァアアアアアアァアァアッッッッ!!!!』 燃え盛る火炎を払いのけた悪魔が天を揺るがすばかりの雄叫びを上げながら姿を現した。 その姿は先程と違い、鋭い3本の爪を生やした2つの腕を持ち 血のように真っ赤な双眼を爛々と光らせ、無数の牙の覗く口からは粘液の糸を引かせている。 一見すると蜘蛛のようにも見えるが、その姿は蜘蛛と呼ぶにはあまりに禍々しく、邪悪であった。 「うわぁあああああっ!!」 突然現れた怪物に各所から一斉に悲鳴が上がる。 真っ先に逃げ出す者が多数であったが、中には少数だが震える手で杖を向ける者もあった。 そして怪物に向かい攻撃呪文の詠唱に入ったそのとき、怪物は2本の腕で地を這いながら凄まじい勢いで前進を始めたのだ。 なんという醜悪さ。 なんという威圧感。 そのあまりにもおぞましい光景に大半の温室育ちの貴族たちはひっとスペルを紡ぐことを止めてしまう。 そこへ向かい怪物はひと鳴きすると全身の無数の棘から一斉に青い灼熱の火炎を迸らせた。 あまりにも一瞬の出来事に、最前列にいた貴族たちは悲鳴を上げる間もなくその業火に焼かれ崩れ落ちてゆく。 「ば、馬鹿な…!あの炎は…私の…」 それを見ていたコルベールは驚愕した。 それもそうだ、その炎は今しがた自分が目の前の怪物に向けて放った炎と同様のものだったのだから。 「うぉおおおおおおおおお!!」 刹那、炎を放ち続ける怪物に向かい四方から暴風、雷、氷の槍、火球に濁流、大地の礫が放たれた。 それを皮切りにして更に他の生徒や教師たちも、ありとあらゆる属性の攻撃魔法を放ち始める。 この魔法学院にいる数百にも及ぶメイジたちからの一斉攻撃。 これならばいかに強力な幻獣といえど塵ひとつ残さず消滅できるであろう。 誰もがそう思った。 …そう思っていた。 「はぁ、はぁ…どうだ化け物め。」 肩で息をしながら呟いたのは学院屈指の風の使い手、疾風のギトー。 その高慢な態度から生徒たちからの人気は皆無に等しいが、実力は学院でも数少ないスクウェアクラスの教師である。 彼は風の上級魔法『偏在』で分身を作り出し、その全員でもってドラゴンすら一撃で落とすといわれる強力な攻撃魔法、『ライトニング・クラウド』を怪物の頭上から無数に放っていた。 普通ならばそれだけでどんな相手でも即死は免れないはずである。 それに加えてあれだけの量の魔法を叩きこまれたのだ。まず生存は有り得ないであろう。 ギトーは偏在を解除し、あの怪物の死を確認するべく巻き上がる砂塵を風魔法で吹き飛ばそうとした。 だがそのとき、砂塵の向こうから一条の閃光が走る。 それがギトーがこの世で見た最後の光景であった。 「……え?」 多くの者が目の前の光景に間抜けな言葉を漏らす。 それもそうだ。 何故、何も残っているはずのない場所から 閃光が走る? 何故、一瞬でギトーが黒こげになっている? そしてその疑問は最悪の形で彼らに答えを示した…。 『ジィィィィイイイイャァアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』 巻き上がる煙を払いのけた怪物が悪魔の叫びを上げながら再びその姿を現したのである。 なんとその姿は以前より更には多くの棘を全身に生やし、体格はこれまでの倍近くにまで成長しているではないか。 その姿に誰もが悲鳴を上げ、杖すら放り出して逃げ始める。 腰が抜けて無様に這い蹲る者・恐怖の余り失禁する者・全てを諦め呆然と座り込む者。 そこにはもう貴族の誇りなどというものは存在していなかった。 それでも悪魔は容赦なく逃げ惑うアリ達に向け、全身の棘から破壊と絶望を振り撒き始めたのである。 「嘘…だろ…」 生徒のひとりは眼前に広がる惨劇を目にした直後、飛んできた巨大な岩石の槍に体を貫かれた。 ほんの刹那…残った意識の中で彼はこう思いながら息絶えた。 (……何であいつは僕たちの魔法を使えるんだよ?) そう、今怪物が放っているもの…それは先程自らが受けたはずの4系統からなる様々な攻撃魔法なのである。 それも、杖も詠唱もなく…全身から同時に火炎・突風・濁流・岩石・雷に氷の槍まで放っている。 おまけにその威力は一発一発がスクゥエアのそれを遥かに上回ると言ってよいほどの破壊力があり もう誰にもこの怪物を止めることなどできなかった…。 そして召喚から僅か30分弱。 阿鼻叫喚の地獄絵図とともに、かつてトリステイン魔法学院があった場所はたった一匹の怪物により数百の死者を出しながら瓦礫の山と化した。 怪物は破壊の限りを尽くした後、その歩みを首都であるトリスタニアに向け前進を開始。 後に大陸全土を震撼させることとなる。 ………… …… … 遥か遠い世界、ハルケギニアとは別の宇宙に存在する青い惑星ではこのような記録がある。 --決してその者に触れてはならない。 さすれば世界は滅びへと向かうであろう。 その者を目覚めさせてはならない。 それは開けてはならないパンドラの箱なのだから。 力を以てその者を倒すことは不可能。 力は同じく力によって滅ぼされるであろう。 その者、完全にして究極の生命。 その者、破壊の化身にして他者の愚かさを映す鏡。 その者の名は、『完全生命体 イフ』--
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8431.html
前ページ次ページゼロのペルソナ 皇帝 意味…意思・傲岸不遜 太陽が地平線から姿を現して間もない時間に完二は起きた。 「下着……。ああ俺、別世界に来ちまったんだったけか……」 完二は自分の近くにあった女物の下着を手に取りブツブツとつぶやいた。 そう彼はテレビの中の世界に行こうと大型テレビをくぐったら全く未知の世界にたどり着いたのであった。 そしてどういうわけか、ありえない髪の色をした少女にパシリ扱いを受けているのが現状だった。 完二に対して親分ヅラをしている少女の名はルイズというらしい。実際はもっと長ったらしい名前だったような気もするが完二には思い出せないし思い出す気もなかった。 そのルイズという少女は無闇に偉そうで完二としては気に入らないタイプの女子であったが 食事を人質に取られてしまっているために彼女のいうことを聞かなければならないのだった。 完二は自分の悲運とのん気そうに寝ているご主人様とやらを呪いながら洗濯物を脇に抱えて洗濯場を探しに出た。 「ドコにあんだよ、いったい……」 完二はあてもなしに廊下を歩く。昨日はタバサという小柄な少女の部屋とルイズの部屋に行っただけで洗濯場の場所など教えられていない。 もっとも昨日は突然の出来事に混乱していたためその通った道のりすら覚えていないのだが。 今完二は階数はわからないがけっこうな高さの塔にいた。生徒の私室がここらに固まっているしい。ちょうど寮の役割を果たしているのだろう。 とりあえず下りてみるか。 と、完二は考えて階段を見つけては下へ下へと下りていった。3階ほど階を下りてから、現在の階と洗濯広場がどこからか見えないかと外の光景が見える場所を探すことに決めた。 なぜならこういう世界では青々とした草原のようなところで視界いっぱいの白い布を干すものだからだ。 と、本気で考えたわけではないが完二は似たようなことを考えていた。 窓を探して廊下を曲がろうとすると完二は歩いてきた何かとぶつかった。 「きゃっ!」 廊下に響いたのは少女の声だった。大きな声ではなかったが朝方の静かな廊下にはよくその声は通った。 完二は廊下を曲がったときに洗濯籠を持った少女とぶつかってしまったのだった。 「わりい、だいじょうぶか」 尻餅をついた少女に謝っておく。ちなみに体格のいい完二は転ぶことはなかった。 少女は急いで立ち上がり慌てたように言った。 「いえ、こちらの不注意でした。どうかお許しを……あら、あなた貴族じゃないんですか」 完二の姿を見て少女の顔から慌てた様子は消えた。めずらしいのだろうか、完二の格好を興味深そうに見ていた。 「貴族だぁ…?一応、ルイズってヤローの使い魔だ」 「ああ、あの……。二人平民を召喚なさった人がいたって昨日から噂になってますよ」 「はー、もう噂になってんのかよ……。っといけねえ、なあアンタ」 「シエスタです」 「んじゃあ、シエスタ。洗濯場ってどこにある」 「わたしもいまから行きますからいっしょに行きましょうか」 「悪りいな、たのむぜ」 「ついてきてください」 「ちょっと貸せ」 歩いていこうとするシエスタから完二は籠を奪うようにして取る。 「持ってやるよ」 「ありがとうございます」 シエスタは感謝の笑顔を浮かべた。純朴でかわいらしい笑みに完二は戸惑ってしまう。 「べ、べつにいいんだよ、こんくらい」 「ふふ、ルイズさんの洗濯物もわたしがやっておきましょうか」 「いいのか!?」 完二の顔がぱっと明るくなる。彼は出会ったばかりの女に命令されることも、女の下着を洗うことも苦々しく思っていた。 シエスタという少女の提案はまさに渡りに船であった。 「洗濯物がちょっとくらい増えても変わりませんし」 「悪りいな」 「いえいえ」 「巽完二」 「へ?」 「巽完二。名前までいってなかっただろ」 「タツミカンジですか。変わった名前ですね」 「ルイズやキュルケも言ってったけどみんな言うんだな。こっちからすればおまえらのほうがヘンだっつの」 完二は名前が変だ変だといわれて不機嫌になる。 「カンジさんって呼んでいいですか」 「別にいいぜ」 起きろ起きろ。そう言われているような気がしてルイズは睡眠から目覚める。 ううんと漏らしながら目を開けると目の前にあったのは脱色した髪をオールバックにし、眉は剃られたいかめしい顔だった。 「んん、きゃあ!だれあんた!」 起きて初めて目にするものが完二のコワモテ顔でルイズは驚いた。 「テメエが召喚したんだろうが」 「ああ……。そうだったわね」 ルイズは寝起きで目つきの悪く、完二を見る。 なんでわたしが呼び出すのが平民なのよ。と心の中で文句を言った。 それを口に出さなかったのは完二のことを思いやってではなく起きてすぐで声を出すのも面倒だったからだ。 完二が呼び出されたことで平民を呼び出すことより屈辱な留年という事態が避けられたはずだがそんなことは彼女の思慮の外だった。 ルイズは着替えをすませ朝食をとりに食堂に向かった。 食堂には幾つかの長いテーブルが置かれている。ルイズは自分の学年のテーブルへといつもどおり足を向ける。 「すっげえ、映画みてえだ」 完二は食堂の豪奢な装飾に感嘆しているようだった。きゅろきょろと視線をあっちこっちへやっている。 完二がそこらじゅうに意識をやっているときにルイズは一人の給仕を捕まえてあることをオーダーした。 それが終わってからルイズは席に着くことにした。 「イスを引きなさい」 「お、おお」 完二は素直に言うことを聞いた。抵抗する無意味を悟ったのか、他のことに意識がいっているためなのかどちらかはわからない。 ルイズがイスに腰かけると完二も当然といように隣の席にどっかりと腰かけた。 「すっげえ朝メシだな。あ、んだよ?」 はしゃいでいる完二をルイズは指でつっつき、そのまま指を下に向けた。 指の先には薄い一枚のパンと具のないスープが一皿置かれていた。ルイズが先ほどメイドに命じさせたものだ。 「あんたは床」 「ハア?」 「平民はふつうここに入れすらしないのよ。床ででも食べられるだけありがたいと思うのね」 「ふざけんじゃねえぞ!」 完二の怒声に反射的にルイズはビクリとしてしまう。完二はイスを蹴り飛ばすように立ち上がり、入り口へと戻っていく。 「ちょっとどこいくのよ!あんた!?」 驚いていたルイズだったが使い魔が去ろうとしていることに気付いて呼び止めようとする。さきほどの驚きで心臓はうるさいくらいの鼓動をしていたが。 「んなの食えっかよッ!」 完二は吐き捨てるように言って、食堂からでて行った。 完二と入れ替わりになるようにキュルケとクマ、タバサと陽介がやってきた。 「ちょっと、あなたの使い魔怖い雰囲気で出ていったけどどうしたの?」 キュルケはそういいながら席に着いた。その隣にクマが座る。 「知らないわよ、あんなやつ。というか、ツェルプストー、あんたこそなにふつうに使い魔を座らせてんのよ?」 「この子が人間の食べ物が食べたいっていうから」 「ゴチソークマー。ゴチになるクマー」 「あんた、人間以外をいれていいと思ってんの」 「んー、思ってるかもしれないけどそうじゃなくても問題ないんじゃないかしら」 キュルケはチラッとクマを見た。 「どういう意味よ?」 「そのうちわかるんじゃない」 「お、キュルケチャン、クマに熱い視線を送ったクマか。んもう、クマは大きな男だからもっとじっくりみてくれてもかまわないクマよ」 「あーハイハイ。とりあえずクマ、お祈りがあるまで食べちゃだめだからね」 キュルケがクマにいいつけをしている横でタバサも陽介を貴族と同じように席に座らせていた。 「あんたたち使い魔を貴族と同じテーブルにつけていいと思ってるの」 「もう朝からうるさいわねー。もしかして床においてあるこのパンとかって、えっとカンジだっけ?彼に食べさせようとしたの」 「え、マジ?」 完二と同様に食事に目を奪われていたらしい陽介の視線がルイズの方を向く。 「そうよ、当たり前じゃない」 「俺、タバサに召喚されてよかったー」 「なに?」 ルイズは陽介に射殺さんばかりの気迫の視線を送る。 「すいません。なんでもありません」 フンッとルイズはそっぽを向いた。 「あんたのプライドもわかるけど、使い魔に逃げられちゃしょうがないわよ。食事くらいいっしょに食べさせてあげたら?」 「なんであんな雑用もろくにできない使い魔に」 「いいじゃない。というか、あなた雑用させてたの?ワタシはなにもさせてないけど」 「あんたのは人間じゃないし」 「タバサもさせてないわよね」 タバサは首肯する。 「ホラ」 「うるさいわねー」 なによ。あんたたちの自覚がなさすぎるだけじゃない。平民を同じ席につかせるなんてありえないわ。というか、なんでわたしが使い魔のご機嫌取りをしなきゃいけないのよ。しかもあの使い魔、ご主人様に怒鳴るなんてどういうつもりよ。 ルイズは悶々としていた。 「ハラへったな。クソ」 あまりにひどい仕打ちに衝動的に食堂を飛び出したが、完二は空腹に苦しんでいた。昨日からなにも食べていなかったからだ。完二はもともと大食漢である。 昨日は異世界にきただの、魔法だので腹が減るのさえ忘れていたが、夕食、朝食と二食も抜けばひどい空腹にもなる。 「カンジさん。どうしたんですか」 することもなく、そもそもこの世界どころか学院のことすら殆どしらない完二は食堂の前で所在なさげにたっていると突然話かけられた。 「シエスタじゃねえか。どうした?」 「いえ、それはこちらが聞きたいんですけど。朝食の時間に何をなされているんですか」 「ああ、きいてくれよ。ルイズのやつが床で食えっつうんだぜ。しかもあいつは朝からゴウセイなモンくってるくせにおれはスープとパンだけだぜ」 「まあ。だけどしかたないですよ。平民は貴族さまと同じ部屋で食べることすらふつうないことですから」 シエスタは同情の色を含みつつも、擁護したのはルイズのほうだった。 「チッ、なんなんだよ、貴族だの平民だの」 ルイズのことを肯定するようなシエスタの言葉に完二は苛立った。 「あのよろしければ何か食べますか」 「え、マジか!?」 不機嫌さは表情から消え、喜びと期待が完二の顔に浮かぶ。 「ええ、貴族のみなさまが食べてるのとは違う平民の使用人が食べるまかない食ですけど」 「マジで恩にきるぜ!」 完二は意気揚々とシエスタに続いて厨房に入っていった。 朝食の時間は終わり生徒たちは授業を受ける時間である。 教壇が最も低い位置にある段上になっている教室。段上にある机には生徒たちが座り教壇には豊かな雰囲気の女性シュヴルーズが立っていた。 「召喚の儀式はみな上手くいったようですね。私は毎年皆さんがどのような使い魔を召喚するかを楽しみにしています。ただ今年は少し変わった使い魔もいたようですね」 シュヴルーズの言葉に生徒たちは反応し視線は珍獣を召喚したキュルケ、平民を召喚したタバサ、同じく平民を召喚しなぜか今その使い魔がいないルイズに三等分された。 一応動物っぽいんだけど、やっぱヘンなのかなーとキュルケも横目で自分の使い魔を見る。 「ふふん、注目がクマに集まっているクマね。やっぱりクマはスター性が違うクマ」 やっぱりヘンだ。キュルケは事実を認める。 「授業中だから静かになさい」 あんまりさわいで注目されたくないので釘をさしておく。 「授業クマか、クマ授業を受けるのは初めてクマ。センセー、クマエロマンガ島がどこにあるかわかるクマー」 口が開かないようにほんとうに釘をさしてやろうかしらとキュルケは思った。 「ヨースケに教えてもらったクマー」 「おま、なに言ってんだ!?」 「うふふん、このあいだ優しく教えてくれたじゃないクマ」 「言いかたがキモイわ!」 そんな使い魔の様子を見かねてシュヴルーズは杖を振りクマと陽介の口に土をいれ喋れないようにした。 「ミスツェルプストー、ミスタバサ。使い魔の管理はちゃんとしなければいけませんよ」 「すみません……」 キュルケは謝ったがタバサは自分の使い魔になにが起こってもわれ関せずというふうに無表情のままだった。 「ふががふががふが(なんでおれまで)!?」 陽介の抗議は当然のように無視された。誰も何を言ってるかわからないから当然だが。 殆どの生徒がクマたちを見て笑っているなか、そんな漫才よりもルイズの使い魔がいないことが気になっている生徒たちは 「ゼロの使い魔はどこいったんだ」「朝、どっか怒ってでていくの見たぜ」「ゼロは平民だって従わせることもできないのか」 とひそひそ話にしては大きな声で言った。声量を落とさないのはルイズに聞こえるようにであろう。 だがルイズはそんな会話も耳に入っていない様子だった。朝に出て行った使い魔カンジのことを考えていたのだった。 「はい、静かに授業はじめますよ」 シュヴルーズは授業をはじめ、笑い声も陰声も音を潜めた。 たがルイズはまだ朝食時の出来事を考えていた。 やっぱりいっしょにご飯食べさせたほうがいいのかしら。いや、そんなふうに甘くしてツケあがっちゃうわ。でも使い魔が逃げ出したなんてなったらなんていわれるか……。というかアイツどこいってんのよ。まさか、あれくらいでも逃げちゃったとか……? 「……エール、ミスヴァリエール」 「あ、はい」 思案にふけっていたルイズはシュヴルーズに当てられたことに遅まきに気付いた。 「いけませんよ。授業中にぼーっとしては」 「すいません」 「それではミスヴァリエール、錬金はあなたにやってもらいましょう」 教室が一気に騒がしくなる。 キュルケは立ち上がり「危険です、先生。やめてください」と抗議する。 「なにが危険なのですか。ミスヴァリエールは努力家だと聞いていますよ。できますよね」 「お願い、ルイズやめて」 キュルケの懇願を聞いてやめるどころかルイズは決心を強める。 「やります。先生」 ルイズは教壇へと歩いていく、ルイズが段を歩くごとに生徒たちは机の下に隠れていく。 「ふががふが?ふがほががふがが(みんなどうしちゃったクマ?タバサちゃんも教室でてったクマよ?)」 「ほが、ふががふがほがが(や、なにいってんかわかんねーから)」 事情を何もしらない陽介とクマは眉をひそめる。 ルイズはシュヴルーズの言うとおりにルーンを唱え石に錬金をかけようとした。 突如おきる爆発。ルイズが錬金をかけた石は変化せずに石を中心に爆風が巻き起きた。 生徒たちは机の下に避難していたが彼らの使い魔は突然の衝撃と爆音で混乱し暴れまわる。 シュヴルーズが爆発でのびたせいかそれとも今の爆発で直接破壊されたのか陽介とクマの口を塞いでいた土の塊はなくなった。 しかし陽介は頭を後の机にぶつけて頭を抱えて悶絶し、クマは突然の衝撃にノビていてなにも喋る余裕はなかった。 その後ルイズは気をとり戻したシュヴルーズに部屋の片付けを魔法なしで片付けるように言われる。 もっともルイズは魔法を使っても爆発しか起こらないのでなんの制限にもなっていないが。 魔法で掃除しようとすれば教室自体を粉みじんにすることになるだろう。それもある意味掃除になるかもしれないが。 ルイズの教室掃除は昼食の時間まで続いた。 ルイズが教室の掃除をしている間、彼女の使い魔である巽完二は朝食をキッチンで料理人などの学院の使用人たちと食事を共にした。 完二は恩を受けっぱなしでは悪いということで裁縫の腕を振るい、破れてしまったメイド服、コック服、テーブルクロスなど次々と直していき厨房の平民たちの注目を集めてきた。 「そんなゴツい体でこんな繊細な縫い物ができるなんて変わった奴だ!」 口は悪いがむしろ気に入ったというような口ぶりでコック長マルトーは笑う。 「私よりうまいですね。カンジさんすごい……」 シエスタは感心している。 周りから褒められ完二も悪くない気分だった。 「おっとそろそろ貴族の昼飯の時間だ」 「あっ!?もうそんな時間かよ」 「カンジ、その前に食ってくか?」 「いいのか!?あざーっす!!」 またも食事をもらえることに完二は喜色満面にし、マルトーはまたもその変わった使い魔が気に入った。 完二は早めの昼食を食べ終え、やっと昼食の席に着き始めた貴族たちのテーブルの間を歩いて回る。 今朝のことからルイズに会いたくなどなかったが、今後のことを話し合うため陽介たちと会う必要があった。 「にしてもどこにいんだよ?」 昼食に来るとしてもその食堂は広大でどこらへんに座っているかわからないため、探し回るのにも時間がかかる。 人も多すぎた。見渡す限り人、人、人でそれはメイド服を着ているか、マントを羽織っているかの二通りに分けられたがマントの方だけでも途方もない人数のように完二には思えた。 あてもなくうろうろしているとき、完二は人だかりを見つけた。 何かあったのかと思って人々の視線の先を見てみると、金髪の男の魔法使いの前に一人のメイドが座り込んで謝っているようであった。 そしてその少女は黒い長めのボブカットをしており、完二の世話を焼いてくれたシエスタその人であった。 「おい!シエスタ何やってんだ?」 平然と完二はシエスタと魔法使いの間に割って入った。 「カンジさん!」 「なんだね君は……」 わずらわしそうに声をかけてきた金髪の魔法使いを完二はその双眸で睨みつけた。 「テメーこそ何してんだ!ああ!?」 ドスの聞いた、それでいて音量のある声に対象者はもちろん、周りにいた見物人たちも思わずたじろぐ。 「やめてください!カンジさん!私が悪いんです!」 平民の気迫に驚いた金髪の魔法使いは、メイドの言葉を援軍にして態度を平静にする。 「彼女の言うとおりだよ、全ては彼女が気が利かなかったばかりに……」 よく言うぜ!二股してたお前が悪いんだろ!バレた腹いせかよ!と野次が飛ぶ。 完二は野次から状況を理解してタメ息をつきたくなる。要するに目の前の優男は二股をしていて、それがバレたのはシエスタのせいだと腹いせをしていたようだ。 「んだ、そりゃあ……んなのてめえの責任だろ……」 あまりの事態のくだらなさに思わず完二は脱力してしまう。 「おい、こんなバカ相手にしてもしょうがねえ、行くぞ」 完二は目の前の魔法使いに興味をなくしシエスタに言った。 興味をなくされた対象である金髪の少年は顔を赤くし、顔に明らかな怒気を浮かべている。 「これだから平民は……そういえば君はルイズの使い魔じゃないか?」 「ああ!んだよ、何か文句あんのか?」 「やっぱりゼロのルイズはダメだということさ!何をやってもダメで全く才能がない!君みたいな品のない者を呼びだして……」 べらべらとまくし立て続ける。頭に血が上っていてかすれ気味の早口だったがその言葉言葉には加虐的な愉悦があった。 完二は興味をなくしていた少年に敵意をもって睨みつける。 「テメエ、黙りやがれ……!」 声は先ほどより小さいが先ほどより低くドスが利いていた。 彼は目の前の少年の向けている悪意に気がついたからだ。それは完二ではなく直接的にはルイズに向かっているものだ。 だが完二には我慢ならなかった。ルイズが大切なご主人さまだからでは当然ない。目の前の男の悪意はかつて完二を襲ったものと同じものだからだ。 自分と違うものを攻撃し愉悦する最低の行為。言葉の意味がわからなくても、耳に触れるだけで不安になりおなかの底が冷たくなる非道。 金髪の魔法使い完二の平静を奪えたことに少し満足感を感じたのか口をゆがめるように笑った。そして喋り続ける。 「無能な者を無能と言って何が悪いんだい?黙らせたければ僕を倒してみるといい。僕の名前はギーシュ。君に決闘を申し込む!時間とばッ……!」 言葉は完二がギーシュの服の襟首を掴んで持ち上げたことで不本意な途切れ方をした。 「ゴチャゴチャ言ってるんじゃねえぞコラァッ!」 片手でギーシュを持ち上げながら完二は吠える。彼にはギーシュの回りくどいやり方に付き合う余裕など持ち合わせていない。 「う、くっ…」 ギーシュの顔からも余裕は消え、顔に恐怖の顔が浮かんでいる。実際にこの事態に陥って初めて彼は完二の危険性に気付いたようだった。 ギーシュはバラを取り出し宙につられたまま叫んだ。 「ワルキューレ!」 バラの一つの花弁が落ちるとそれを中心に金属の塊ができあがる。 それはなにかの像であるようであった。ただの像ではないことは動き出したことから明らかとなる。それは明らかな敵意を持って金属の拳を完二に振り下す。 前ページ次ページゼロのペルソナ