約 2,067,540 件
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/268.html
②*③/ /第二話 バイザー越しに白銀の世界を見回しつつ、内壁部分へと進む。隔壁を隔てた先ほどの空間と異なり、緩いカーブを描いた環状形の空間構造になっているらしい。内壁部分には人型大程度のシリンダーが密集して納められており、果実の房が成るように多重構造となっていた。 その内の一つに近づき、外装部にこびりつく氷結を手でこそぎ取る。 中身が透過できる程度に氷結部分を処理し、少し背を伸ばしてシリンダーの内部を覗き込んだ。 「──人間?」 一瞬ぎょっとしたが、取り乱すさず内部を見渡す。シリンダー内部には人間のものと思しき痩せ細った死体がちょこんと収まっており、状態から推察するに完全にミイラ化しているという事がとりあえず分かる。 自身は学者でも何でもないので分からないが、素人目に見ても、数十年やその程度の時間で形成された代物でないという位は推測できる。 マイは数歩足を下げ、頭上にも広がるシリンダー群を一瞥した。 これの全てに、人間の死体が収納されているというのか── 「低温生命維持装置──間に合わなかったのか」 変わらず推測の域を遠くでない。しかし、もしかしすると、何らかの理由によって装置に機能障害が生じたのではないだろうか。その為にここの人々は閉じ込められたまま、その生涯を終えてしまったのだろう。先ほど覗き込んだシリンダーの内郭部には、引っかき傷のような痕跡が無数に残されていた。 まだ空間の一角しか歩いてはいないが、相当な数の個体が収められているはずだ。 ──旧世代に、何かあったのか? その単純な問いかけに暫くしてから、マイは声を出して軽く笑う。 当然だろう。何かがあったのだから、旧世代は長い人類史の闇に淘汰されたのだ。 「奥って、あそこか……?」 〝声〟は、奥へ来いと言っていた。環状型空間の中心内壁に開放された扉を見つけ、マイは足早に入り込む。 その先にも機能停止、過度の氷結状態にあるシリンダー群が吊り下がっていた。円柱状の空間の天井は、それを肉眼で確認する事が出来ないほどに高い。 あてどなく歩いて探査し、位置もかなり深まった辺りに来た時不意に、マイは最果てと思われる場所へ到達した。そこには個別の保存施設があり、硬く閉められた扉の前でマイはどうしたものかと佇む。 扉の脇の制御盤を見咎め、氷結部分を削って画面に触れてはみるものの反応は全くない。そもそも指示された場所か本当に此処なのかどうか疑い始めた、その時だった。 自動的に制御盤が起動し、硬く閉ざされていた扉ががりがりと音を立てながら開いていく。 「ご親切にどうも……」 通り抜けた先に見たものは流石に三度目だった為、類似したシリンダー群が配列されていた事にさして驚きはなかった。ただ、空間自体はそれほど広い訳ではなく最奥部と思われる内壁までせいぜい一〇メートルほどしかなかった。 その奥に一箇所、淡い灰青色の光が明滅するシリンダーが視界に飛び込む。 周囲を警戒しつつ、これまでより幾らか早く足を進めてその場所へと歩み寄った。 「──システムが、生きているのか?」 他の画一的な類似物とは異質なシリンダー群を見て、マイは呟く。特別精緻な設計のもとに製造されたと見えるシリンダーは全てで九つ確認できるが、反応を示しているのは目の前に立つ最端部の一基のみであった。 シリンダーの外殻部は金属素材で構築されており、内部を直接確認する事はできない。しかし、脇に備わった専用の制御盤と思しきコンソールが生きており、マイはそれに指を這わせた。 羅列表記されている文字に見覚えはなく、それらは恐らく旧世代に使用されていた体系文字なのだろう。しかしながら、タッチパネルに記されたガイドマークから凡そを把握する事は可能だった。それを頼りにマイは制御盤を手探りで操作し、苦心の末にようやく外殻部の開口に成功した。 零下十数度に及ぶ気温下、起動した外郭機構の隙間から噴気が溢れ、氷結部分を削りながら外殻機構がゆっくりと開放してゆく。 乳白色の噴気が溢れる中、マイはシリンダー内部を慎重に覗き込んだ。 「これは──。何でこんな所に、生きた人間が……」 々に晴れ行く白霧の残り香の下に人──少女〟と思しき者の姿を見咎めた。 異様な光景を目の前にし、乾いた咽喉で息を僅かに嚥下する。 類の知れない恐怖ゆえではなく、少女が明らかな敵愾者であったからでもない。 目の前に横たえられた少女が発する、一種の異質性に意識を絡めとられたのだ。 人間の体躯としてはかなり幼く、その事から少女が自分より一回りかそこらほどに歳が離れているであろう事が分かる。軽くウェーブがかった淡青色の長髪は柔らかな煌きをみせ、それはマイにとって異世界のものの如き輝きであった。 そして、少女の纏う純白の衣服も見慣れぬものだった。その衣服は纏う者の自由を簒奪する目的と思しき革帯が備えられている。 しかし、少女の幼い身体はそれによって自由を阻害されている訳でなく、少女は胸の上で手を組み、ただ、深い眠りの中にあるようだった。 異世界──遥か遠い何処かから旅してきたその存在を前に、マイは静かに呟く。 「過去からの来客か……」 そう呟いた時、 『──早くこっちへ!』 全くの不意にかけられたその声に反応、素早く身体を後背へ向けなおし、カービン銃の銃口を突きつけた。 しかしそこでマイは、眼前に〝再現〟されていた光景に眉を顰める。 白衣を着た長身の男と、彼に手を握られた小柄な少女がこちらへ向けて走り寄ってくる。持ち上げた銃身をそのままに立ち止まっていると、男と少女はまっすぐにこちらへ走ってきてそのままマイの身体を擦り抜けていった。 ──記録映像か。 一歩下がって反転し、自分に代わってシリンダーの前に立つ二人の人間の映像を視界に納める。 二人は何か言葉を交し、やがて男性が小さな身体の女の子をシリンダー内へ押し込む。現実世界で横たわる少女と重なり、記録映像の中の少女が叫ぶ。 『今はお休み、〝00〟……』 「待て、待ってよ──何も分からないままなんて、私は嫌だ!」 少女が涙交じりに上げる慟哭を前に、白衣の男はそっと少女の額に口付けると、タッチパネルを操作してシリンダーの外殻機構を閉鎖し始める。外殻が完全に密封される直前、男性は淡い笑みを浮かべて小さく少女に囁いた。 『君が次に目覚めた時は、やさしい世界でありますように──』 それを最後に記録映像は掻き消えるようにしてノイズに紛れ、ふっと冷気の中へと紛れ込んでいった。 ──何だったんだ? 『やっと、ここまで来てくれたんだね──』 再度、またもや意識していなかった背後からどこかで聞いたような声が届き、マイは胸中で舌を打ちつつカービン銃の銃口を跳ね上げて振り返る。 「お前は──!」 マイが銃口を向けた室内の中ほどに、これまで流れていた記録映像の人間と同一の男性が佇んでいた。その姿は半分透過状態にあり、背後の風景が透けて見える。 その光景を眼にしてマイは若干眼を細め、しかし不必要に焦る事もなく冷徹に銃口を突きつける。 恐らく意味はないと理解していながら、しかし、最低限の抵抗をすら放棄したつもりはないと知らしめる為に。 『ここまで来たのなら、自己紹介は必要ないかもしれないけれど。僕は、【CUCO】──』 「この施設の──管轄人工知能か」 『ご明察……いや、当然というべきかな──』 「その姿は、擬似映像体か」 『一応、この施設に縁のあった人間のものだ。それで不服はないだろう──?』 そうのたまう擬似映像体の男は、腰に手を当ててみせる。長身の身体に白衣を纏い、耳辺りまで伸びた髪は深く、しかし艶やかな墨色を宿している。 「──お前が、助けたのか?」 『その解釈で問題はないね──』 先ほど通信回線に介入してきた合成音声との関連性を問いかけるつもりは、今のマイにはさらさらなかった。眼前の男──この旧世代軍事施設を統括する管轄人工知能、つまり中枢設備に基幹サーバを持つ擬似生命体が、その正体であった事は最早疑うべくもない。 「何故、俺をここに呼んだ」 気後れする事無く、単刀直入に問うた。その行為に恐れがなかったといえば、若干の嘘を孕む。しかし、一度は確実に死んだであろう命なのであれば、今更自身の行動を遠慮する理由はどこにもなかった。 先ほど蒼竜騎に向けて圧倒的物量の防衛兵器を送り込んだのもこの管轄人工知能で、直後にそれらを引き下がらせ、ここまで誘導したのもコイツだという事は容易に想像がつく。 そこで残る疑問は管轄人工知能の実態などではなく、何故ここへ連れてこられたのか、その一点だった。 『中々聡明なんだな、君は──。僕も時間が残されていない、簡潔に伝えよう』 そこまで言って管轄人工知能という電子上の擬似生命を可視化した擬似映像体は軽く眼を伏せる。そしてそれから、 『その子を、連れていってくれ──』 余計なものを排した、要諦のみの言葉。しかし擬似映像体の男が作る鋭い眼差しから察する限り、それは要請や要求などといった生温い意図は一切汲み取れない。 ──命令、或いは脅迫とも取れる言外の凄みを帯びた言葉だった。 だからマイは極力刺激しないよう、冷静に勤めていくつか気になる事柄を訊き返す。 「何故この子を──?」 『──要求事案に対する該当権限を付与されていない』 「何故俺なんだ──?」 『──要求事案に対する該当権限を付与されていない』 「何故この子が生き残った──?」 『──要求事案に対する該当権限を付与されていない』 一拍置き、 「……要求を断った際、施設外離脱までの俺の生命維持確度は?」 『強制執行措置に基づき、当該施設階層を離脱する前に排除する──』 「──この子は、何なんだ?」 管轄人工知能の擬似映像体が静かに身を翻し、長い白衣の裾が控えめに揺れる。その動作は人間を模しただけの擬似生命体のそれとするには聊か人間的で、弱々しく頼りのないもののように、マイには写っていた。 『──私達の、希望』 ──【CUCO】の名を持つ彼が小さく告げる。それ以降あちらから何か行動を起こす様子はなく、その男は緩やかなシルエットを保つ。 直後、マイは先ほど管轄人工知能が、自身に時間があまりないという旨の発言をしていたことを思い出した。その真意に関してマイは敢えて問わない。 問う必要がなかったからだ。 マイを始めとしてこの施設の制圧に臨んだ第二陣主戦力の目的は、自身の目の前に立つこの男だからだった。中枢設備の物理的破壊による施設全域の制圧──それが、最終的な目的である。 途切れる前の通信では、中枢設備への進入経路が発見されたと総合通信士が言っていた。 ──時間がないというのは、そういう事の筈だ マイはこれ以上、どのような疑問に端を発するどのような問いも、管轄人工知能に問いかけるべきでないと感じていた。 ──彼の見せる背中は酷く儚げで、切なる願いの情が溢れている気がしたからだ。 低温生命維持装置の中に横たわる少女を見下ろし、一時瞼を伏せる。 マイは意思を決めて、次の行動に移った。カービン銃を装置の脇に立て、背嚢を背中から下ろす。固定ベルトを解除してフレームから背嚢のみを取り外した。酸素ボンベはハーネスのフックに吊り下げた。 「……安全の確度はともかく、連れていってやる」 作業の傍ら視界の隅に移っていたはずの擬似映像体の方へ顔を向けると、既にそこにはあの男の姿はどこにも見当たらなかった。まるで最初からなかったように、マイはただの幻影とでも会話をしていたとでもいわんばかりに。 少しの間呆気に取られた後、気を取り直して作業を再開する。 ──中枢設備が破壊されたのか? 作戦推移からその可能性を考えつつ、緊急時には担架として機能する背嚢のフレームを組み立てる。シリンダーの中に眠る少女を改めて観察したが、堅く閉じられた両瞼に意識の存在は確認できない。 僅かに眉を顰め、一応少女に呼びかけの声を発した。 「──おい、大丈夫か?」 当然ながら、返事らしい返事はない。頚動脈に指を当てると確かな脈動を感じ取る事ができ、少女の命がある事は分かる。 マイは少女の身体を起こし、すっと抱き上げた。見かけ通り軽い身体を座式担架に座らせ、傾いて落とさないよう皮帯で身体の各部を固定した。 大気状態に異常は見られないが念の為にと、背嚢から取り出した予備のマスクを少女の顔に当て、供給ホースを酸素ボンベに繋いだところで座式担架をひょい、と背中へ背負い込んだ。 「さて、おいとまと行きますかね──」 気を入れなおす為にひとりごち、カービン銃を両手に携えるとマイは元来た道を全速力で駆けて戻った。 数分後、主人の帰りを待っていた蒼竜騎のもとへ戻った。 「待たせたな、相棒?」 慣れた足取りでタラップを駆け上って外部基盤を操作しハッチを開口、コクピット部がせり出す。 座式担架を蒼竜騎の装甲板に乗せてから皮帯を解き、抱き上げた少女と共にコクピット内部へと身を滑り込ませる。担架フレームと酸素ボンベを収納ボックスにしまい込み、小柄な少女の身体を普段は扱う事のない補助シートに優しく座らせ、再度皮帯で固定した。 そこでようやくマイは一息つく。そのまま油断しないようにとマルチコンソールを叩いて待機状態にあった蒼竜騎の機体姿勢を上昇、自動開放された隔壁から隣接区画のスペースを通常歩行で通り抜ける。この階層へやってきた大型昇降機へ直結する設備隔壁へ到達した時、背後に何らかの気配を感じてカメラアイを後背へと振り向かせた。 半透明の地表部に、男が佇んでいた。 片方の手は白衣のポケットに、もう片方の手を軽く上げ、口許には淡い笑みを浮かべている。 それがマイの見た、最後の姿だった。見届ける中で擬似映像体の姿がノイズに紛れて乱れ、消失した。 その直後、戦術支援AIが通信体制の回復を報告し、ほぼ同時に作戦司令部から連絡が入る。 『高濃度の電波障害により、データ・リンクが一時断絶したようですね。状況の報告を、レイヴン──』 「01、戦闘で機体を小破した。地区探索及び継続戦闘を中断、これより戦域を離脱する」 一拍の後、総合通信士が返信をよこす。 『──了解しました。中枢設備はつい先程制圧されました。これから残存防衛戦力の制圧作戦に移行しますので、速やかに施設外周部戦域へと離脱してください。──それと、』 総合通信技官はそう前置きを述べる。 『施設最下層部で、何か発見されましたか?』 「──未踏査地区は出来うる限り踏破したが、中枢設備に類する機構群などは一切発見できなかった」 『──分かりました』 総合通信士の口調は終始同じものだったが、マイはその抑揚のない言葉の何処かに、敵意にも似たどす黒い意図の介在を感じ取っていた。 まるで、蒼竜騎がそのまま戦線離脱することを良しとしていないかのように、マイには聞こえたのだ。 それに最後の言葉──。 結局、どれも推測の域を出ない。マイは最後に周囲を一瞥し、蒼竜騎を帰投経路へと向かわせた。 ──十数分後、施設外周部戦域に戻ってきたマイが目にしたのは、主任務を終えた第一陣主戦力がそれぞれ、黄塵が控えめに吹く荒野の何処かへと去っていく光景だった。 施設進入前は高かった日も、かなり傾いている。 『施設外離脱を確認──依頼報酬は提供情報をもとに歩合制で算出し、〇二三〇時までに所定口座へ入金致します。任務遂行ご苦労様でした、レイヴン──』 淡白な労いの言葉を最後にミラージュ社作戦指令部とのデータ・リンク状態も解除、蒼竜騎はようやく任務から解放され、単独行動状態となった。 緊張状態は適度に維持したままブースタペダルを踏み込み、第一種戦闘態勢での巡航機動を開始した。 帰還経路となる進路上の荒野に見覚えのあるエア・クッション型強襲艦艇が鎮座しており、その重厚な搭載装甲は作戦開始時に垣間見たときよりも、幾らか磨耗していた。周囲にはミラージュ社の派遣した多数の機動兵器からなる機械化部隊が展開し、攻囲網を敷設している。 どうやら、それなりに奮戦はしたようだ──。 口許を歪めてそんな事を考えながら蒼竜騎を進ませ、前方から高速で接近してくる一機のACをマイは捕捉した。 一瞬何事かと身構えたが、周囲のミラージュ社部隊も目立った動きを見せないことから、どうやら今回の依頼に絡んだ別のAC戦力なのだろうと直ぐに行き当たった。 一応搭載センサー群に情報を収集させると共に、拡視界へ接近機体のシルエットを映し出す。 濃い黒灰色を基調とした機体は中量二脚級の体裁を整えて構成されており、搭載武装は高い汎用性を備えている。同時に実用性も重視した武装である事から、その機体性能を表層的には容易に推し量れた。 近距離で交錯する間際そのAC機体のカメラアイと視線が一瞬交錯したが、それだけ何事もなく、マイは入れ違いに外周部戦域を完全に離脱した。 ここから数時間ほど荒野を北方へ縦断した先にある閉鎖型機械化都市が帰還予定地であり、そこへ到着した頃に待っているであろう事を考えると、マイはふと憂鬱な気分になった。 万全の整備状態で作戦に臨んだ蒼竜騎は左腕部を武装ごと喪失、今後回収するアテもなくそのまま置き去りにしてきてしまった。しかも作戦自体は自分の命を持って帰ったという点に於いては成功したといえるが、稼ぎ出した報酬は機体の修理費やその他諸々の経費を天引くと恐らく、雀の涙程度にしかならないだろう。 帰還予定地の都市に繋留停泊中の帰属先の独立系遊撃部隊【サンドゲイル】のボス猿こと、シェルブ親方と整備班筆頭の苦労人であるショーンという鉄火場の両雄にこっぴどくどやされるのは想像するに難くない話だ。 進路上に障害物のないことを確認してから、視線をコクピット脇の補助シートに横たえた少女へと移す。 生物ですらない管轄人工知能までもが願いを託した、旧世代からの訪問者──。 一人のレイヴンである以前に、己の矜持と覚悟を持って戦場に臨む一人の戦士として、マイは少女を地の底から連れ出してやる事を決意した。 「さて、どう皆に報告するかな。遺跡で女の子を拾ったなんてどう説明すりゃいいんだか──」 そんな突飛話を真に受けるような人間は、サンドゲイルには殆どいない。二大親方は論外だし、唯一信じてくれるとしたら同じ部隊に所属して労苦を分かち合う妹分くらいのものだろう。 さて、彼女を頼ってどうやって帰還後の危難を乗り切るかと考えると、やはりマイの口から出てきたのは深い嘆息であった。 全く、ひどいの一言に尽きる単独出向任務だった。 しかし、少なくとも今回の作戦に関しては後悔の一欠片も胸中に抱いていない。 少女の穏やかな寝顔と見て、マイは僅かに顔を綻ばせた。 旧ナルバエス地方旧世代軍事施設【アスセナ】制圧作戦、遂行完了。 第一話 終 →Next… 第二話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/270.html
②*③*④ 艦載レーダーと各種センサー群を最大レンジで展開した所、襲撃現場を中心にして南北二箇所から機動物体の動体反応を捕捉、その片割れに向かってシェルブはリヴァルディの舵を切らせた。 幾つかの事前情報を吟味した結果、南方戦域で探知できる反応の一つは先に派遣したフィクスブラウである事は識別信号からも疑いようはない。その搭乗者であるシーアがよこした情報に準拠すると、リヴァルディが現在急行中の北方戦域に探知した動体反応の一つが、嘗ての〝仲間〟である可能性は高い。 レーダー及びセンサ情報で把握していた戦況も急行する最中に収束しており、これ以上ないと言って良い手際の良さから、シェルブ自身もある程度の確信を持っていた。 「しかし、ごろつきと断定するには聊か、規模が過ぎるな……」 黒髪の総髪を掻きあげながら、地理情報の映像詳細を出力したデスクデバイスを注視する。 単純な兵力規模を鑑みるならば、同様のごろつき集団は多い。しかしシェルブが其処から違和感を見出したのは、先行して潜り込ませたUAV(無人偵察機)の映像情報に映っていたごろつき集団の動向とその兵装水準だった。 主力兵器は普及型のマッスル・トレーサーだったが、その機体には光学迷彩技術が搭載されているなど、ごろつきが保有する兵器としては余りに高級である。 戦闘技術自体は世辞にも練達とは呼べないレベルだったが決して劣っているともいえず、その二点がシェルブの判断材料となってシェルブの決断を慎重なものにさせていた。 間もなくして動体反応が駐留する北方戦域に接近し、シェルブはインカムを通じて統合管制室の要員に第一種戦闘態勢での近接防衛戦闘システム稼動を指示した。 エア・クッション型艦艇リヴァルディ搭載のあらゆる防衛兵器群が稼動し、その様々な砲口を前方に固定する。 索敵機器からの情報と肉眼目視による映像情報から確定するに、北方戦域での状況を収束させた動体反応はAC一機のようである。たかが機動兵器一機とはいえ、対応を誤まれば、豊富な武装を搭載した大型艦艇と言えど唯では済まされないだろう。 ACというものの戦場における影響度を深く承知しているシェルブは、その為に慎重に成らざるを得ず、強固な防衛態勢を堅持した上で、コントロール・オペレータに通信要請を行わせた。 管制室内に緊張感が張り詰め、暫くしてオープンチャンネルの回線にACから応答信号が繋がれる。 「不明機へ、此方独立傭兵部隊サンドゲイル──戦闘の意思はない。──送れ」 一拍の間を置き、以前までは聞きなれていた女性の声音を受信回線が受け取る。 『サンドゲイルへ、此方も戦闘の意思はない──随分と懐かしいものね。百年くらい会ってない気がするわ、ザックセル?』 前方距離四四〇メートルは荒野の上に佇むACの搭乗者──古い仲間であるレイヴン、アンジェの返答にある程度の信頼性を垣間見たシェルブは、コントロールに警戒態勢の軟化を指示した。 『偶然鉢合わせ、なんて話はないでしょうね。そっちもソグラトの依頼を受けたのかしら?』 「確かにソグラト絡みではあるが、俺達は正規の依頼を受けてはいない」 襲撃現場で交戦したシーアが遣した情報と、アンジェが述べる内容に大した差異はない。 現在は独立して小規模な傭兵組織のチーム・トライアングルを統率する彼女は、どうやらサンドゲイルの停泊先であるソグラトから正規依頼を受けたらしい。 ──行き違い、或いは似たようなものか? 『相変わらずね、サンドゲイルも。此方のクライアントはソグラトの民営輸送会社、残念だけど襲撃勢力はそっちに縁のある雑魚じゃなくってよ?』 アンジェが自らのクライアントを口にし、推移の凡そについて瞬時にシェルブは想像を巡らす事が出来た。繋留施設局の局員から聞いた話でも、領域圏内で襲撃を受けた輸送車輌隊は民営会社の所属だった。施設局から当局へ無償偵察の打診を行った際、先方が何も言及しなかったのは、民営会社からの報告の中に外部の傭兵部隊を雇ったという情報がなかった為だろう。 行き違いという範疇に収まる話ではあるし、仮にそうでなくても、コロニー管理局にしてみれば、無償で事実関係の究明を行ってくれるのであれば黙っておくに越した事はなかったかもしれない。 矛盾に整合性が付いた事に得心しながら、さして重要な事柄でもなかったそれはさておき、彼女が後半に述べた有用な情報にシェルブは反応した。 「ほう……詳しく知っているらしいな?」 『まあね。私達の拠点も近い事だし、この手の仕事は珍しくないわ。近頃の話だけれど、地域一帯のごろつき共が連携してキャラバンや各コロニーの輸送車輌隊を狙った略奪行為をしてるらしいのよ。今週に入ってもう三件目、流石に私だけで捌くのも面倒になったから、チームメイトに仕事を流すくらいよ?』 施設局での話からも似たような情報を得ていたが、少なくともソグラトに限っては襲撃事件による悪影響は然程出ていないというものだった。だが、近隣コロニーを含めた地域一帯での略奪事件の発生頻度を考えると、それは頻発といっていい回数のようだ。 「そいつ等、腕は良いのか?」 『詳細は分からないけど、最近は主力MTの他にACも投入してきてるみたいね。腕の方は兎も角、資金だけは垂れ流しにできるくらい持ってるらしいわよ。こんな具合にね』 こんな具合、とはアンジェが撃破したごろつき部隊を指しているのだろう。確かに、高等技術を搭載した兵器群を惜しげもなく物量で投入してきている辺り、強奪した物資を元手に潤沢な活動資金を得ているという所か。 襲撃勢力の程度詳細についても大体把握した所で、実際明るみになってみれば実に単純な構造だと、シェルブは胸中で嘆息した。 ごく有り触れたごろつき集団が強奪行為を繰り返して資金を増やし、更なる暴君となって無類の暴力を振るう。それもまた、ごくごく有り触れた話だ。 『──とは言っても、この辺一帯には支配企業の息が掛かった連中も多いわ。チンピラの行動背景に、幾らか絡んでいても不思議はないくらいにね。貴方なら、分かってるでしょうけど……』 「そうだな」 ソグラトを始めとして幾つかのコロニーが点在する地域一帯は、領土境界線が曖昧な地帯となっている。兵器災害が発生して以降、その大惨禍による混乱の中で支配企業は少なくない領土を喪失した。復興活動の中でその勢力図も大きく変わり、領土境界線が判然としないまま放置されている土地も少なくない。 事情があって支配企業隷下の管轄区を避けていたサンドゲイルにとって、コロニー・ソグラトは絶好の繋留地と成り得たが、やはりそうも上手く行かないだろう事は、シェルブも可能性として重々承知してはいた。 『この辺に長居するのなら、得する事は殆どないと思った方がいいわよ。名の知れた独立勢力なら、尚更だしね』 「気遣ってくれるのか、ありがたい話だな?」 『知己のよしみってヤツよ、勘違いしないで』 アンジェをサンドゲイルの一員として共に活動していたのは、一〇年近くも以前の話になる。それから名を時折聞きこそすれど、所属する傭兵組織、ましてや彼女本人と出会う事は一切なかった。それはサンドゲイルを巣立っていった教え子の殆どもそうであり、過去と比較して幾らか逞しく成長していた彼女の様子を目の当たりにし、シェルブは淡い笑みを浮かべた。 「まあ、そうも言ってられんのが此方の状況だ。今後の推移次第では、また顔を合わせる事もあるだろう。その際は、幸運を祈る」 『あら、此方こそ。じゃあね、久々に話せて嬉しかったわ』 素直な言葉を最後に、アンジェの方から通信体制を解除した。リヴァルディが目視する中で搭乗機を転回させ、後方ノズルから噴射炎を吐き出して荒野を去っていく。方向から察するに、彼女らが拠点とする別のコロニーだろう。 偵察任務によって望んでいた情報の過半は獲得しただろうと判断したシェルブは、先にソグラトは繋留施設に帰着済みのフィクスブラウに連絡──しようとした矢先、コントロールに常駐していたオペレータ・エイミが、報告事項を述べた。 「ボス、シーアから情報が。旧世代兵器群とミラージュ社系列部隊の動体反応を検出、目的は不明ですが、ソグラトに向け直進中との事です!」 ヘッドセットを下ろし、声を張り上げるエイミに対して落ち着いた態度を保って問い返す。 「ドックの状況はどうだ?」 「あ、えと、シーア──スコープアイが現在、単機でコロニー領域境界線へ応対出撃しました。相手の出方次第では、即座に迎撃行動へ移行します」 何があろうと決して取り乱さないシェルブの頑健とした姿勢にエイミもすぐに冷静さを取り戻す。 「想定交戦地帯を迂回し、直ちにソグラトへ帰港する」 指示を受けたコントロール・オペレータが復唱し、関連情報を集約してリヴァルディの帰投進路を確定する。 シェルブは勘ぐった。 ──随分とタイミングが良過ぎないか、と。また、だとするならば、何故この機会なのか、と。 敵性動体を発見したシーアからの報告では、ミラージュ社系列部隊が進行中となっているが、確かにそれだけでは目的は全く明らかでない。 系列部隊の目的はもしかしたら、単なるコロニーの蹂躙作戦かもしれないし、ごろつき部隊の摘発と称した掃討作戦かもしれない。あるいはそのどちらでもないかもしれない。 ただ、アンジェからそのような情報提供があった直後にしては偶然として余りに不自然過ぎる節もあった。 そして最悪の可能性として考えられるのは、我々──サンドゲイルが標的なのではない、か。 シェルブにはそれに思い当たる節があった。 数日前、ミラージュ社が主催した旧世代遺跡制圧作戦があった。其処にサンドゲイルに籍を置く一戦力──マイが派遣され、彼は作戦終了と共にあるモノを持ち帰った。 事実関係を究明するにはどの判断材料も不足し、明らかにするには状況の経過とそれに伴う情報把握が必須だった。 軌道に乗ってリヴァルディが航行を開始する中、別のコントロール・オペレータに指示してソグラト内部での行動指示を与えたアハトへの通信要請を行う。 暫くして回線の確立音が響く。 「アハトへ、此方リヴァルディ──シェルブだ。其方の状況はどうだ」 『現在、内周隔壁機構に差し掛かっている──何が必要だ』 シェルブは忌憚なく、全てだ、と伝えた。 『市中偵察では、現場監視員と思しき数名の気配を各区画に感じた。コロニー内の電波状況も調べたが、干渉工作の形跡が幾つか見られる。内周隔壁機構も同様、巧妙に細工されてはいるが有事には隔壁破壊と共に速やかな外部勢力の進攻を許してしまう程度だ』 「その工作痕に対する、アハト、お前の見解はどうだ」 『何とも言えない。ただ、仮にそこらのチンピラだとして、工作技術が余りにも練達している。並大抵の勢力では、このような工作技術は持ち合わせていないはずだ』 アハトは断言を避けているものの、ミラージュ社系列部隊がソグラトへ向かっている現状と吟味すると、確度としては一定以上の基準を満たしているとシェルブは判断した。 「現在、ソグラト領域圏へ向けてミラージュ社系列部隊が直進中らしい」 『なるほど……今なら、一五分程度でドックに戻れるが』 「いや、シーアが領域圏へ向けて応対行動に出ている。お前は市中偵察を続行、情報が入ればその都度連絡してくれ」 『了解──いやに警か……して、な、シェルブ?』 不意に回線の接続状態が乱れ、アハトの静かな口調が途切れ途切れになる。 「判断材料が圧倒的に不足している。慎重に成らざるを得まい、頼んだぞ?」 『なん……きこ、──い。……──』 殆ど言葉としての体裁を成さない返答が砂嵐のようなノイズに呑み込まれ、やがてぷつりと途絶えた。 即座に感づき、 「艦艇周囲を含む、ソグラト圏内の電波状況を探査しろ」 指示を受けたコントロール・オペレータがコンソールを叩き、間をおかずしてすぐに応答する。 「高濃度の障害電波が発信されています! ソグラトも同様、内外全て通信不可です!」 「やはりECM措置、……狙いは此方か」 元来強固な防衛戦力も保有していないソグラトに対してならば、単純な攻撃を仕掛けるだけでも大打撃は見込める。にも関わらず、用意周到な電子障害工作を行って臨む辺り、それが目的でないと見てほぼ間違いない。となると、ミラージュ社系列部隊の目的はやはり、此方だろう。 「──あの娘を、攫いに来たとでもいうのか?」 マイはその少女について詳しくは話そうとしなかった。それはまだ時期でないからだ、と頑なに説明付けて。ただ、帰還する途中で拾った、としか言わなかった。 だが、少なくともシェルブはある程度の確信を持っていた。 ──マイは、旧世代遺跡からあの娘を持ち帰ってきたのではないのか? 兎に角、出せる限りの速度を持って一刻も早くソグラトへ帰還せなばならない。いかなる事実の可能性があるにしろ、目の前の命を護れなければ結果として何も活きはしないのだから。 シェルブは練達の傭兵として研ぎ澄ました戦意を双眸に湛えた。 * 小気味良い運転で車体を路肩に寄せ置くと、助手席の紙袋を手に持ってシルヴィアは歩道に降り立った。 無骨な軍用車から子供と言って差し支えのない容貌の少女が出てきたとあって、歩道を行き交っていた人々の視線がちらちらと向けられ、シルヴィアは足早に車輌から離れて目的の高台公園に入った。 「なんて綺麗なところ──スナックには丁度いいな」 市中は一際目立つ高台の上に市民公園を見つけ、散策がてらの軽食にとシルヴィアはそこを目指していた。 公園の敷地は青々とした芝生と石畳できっちり整地され、ソグラトの人々がそれぞれの場所で思い思いに過ごしている。市民の憩いの場所として最適とも言える環境を揃えており、シルヴィアもその一部に交じると、高台下の街並みを臨む事ができる石組の欄干へ歩み寄る。 欄干に手を掛けて身体を浮かべ、シルヴィアは眼下に広がるソグラトの小奇麗な街並みを一望した。 管理局が緑化政策を積極的に打ち出しているというだけあって、綺麗に区画整理された街並みの要所に木々の緑が生え、落ち着いた外景を形成している。 普段は艦艇に乗り込んで荒地から荒地へと移動を繰り返すような日々を送るシルヴィアにとって、こうした機会に巡り合える事は少ない。草花の芳香が絡み合う緩やかな風を胸いっぱいに味わい、シルヴィアは石垣に置いた紙袋から、ドーナツとパッケージジュースを取り出した。 ビターチョコの粉をまぶしたドーナツを頬張る。ちょっぴり背伸びした苦味を味わい、フルーツジュースの甘みで程よく打ち消す。 気軽な軽食を楽しんでいたシルヴィアはふと、他の人の気配がある石垣の欄干に視線を巡らせた。アベックなどの男女連れが多く、一人身でいるのはシルヴィアを含め数人程度しかいない。 端からみれば普通の憩い場所である事に違いないが、シルヴィアはそこに一人でいる事に対してわずかな物足りなさを憶えていた。 「──だって、しょうがないじゃないのよ」 誰に言うともなくひとりごち、ストローを甘噛みしながらフルーツジュースを吸い上げる。 先程──と言っても、それなりに時間は経っているが──医療機関の関連地前でマイと別れた時、シルヴィアは、はっきりと彼に「遠慮してあげてるの」と意思表示したつもりだった。生憎と、その言葉を受けたマイはいまいち理解しかねているようだったが。 マイが異性に対して一際鈍感とかそういう類の人間でない筈だという事は、よくつるんでいるシルヴィアには分かっていた。しかし、こと自分の話となるとどうにも、マイは感覚にズレが生じるらしい。 いつも一緒にいると変化に気づきにくい、とは恐らくそういう事を言うのだろう。 自分が兼ねてより控えめな気質だという事は自他共に認める所であり、それでもなおシルヴィアは近頃、意識するようになったマイへのコンタクトを惜しまなかった。 改めて意識にする所の、自分はおそらく、彼に、マイに好意を抱いているのだ。 同時に、それは一種の敬愛にも似た感情である事も同時に理解しており、シルヴィアは自身の心持ちに対して一定の慎重さを保っていた。 しかし、それでもこの数日間事実上ほっぽかれた事を考えると、胸中に穏やかでないものが渦巻くのはどうにも抑え難かった。 「まだ起きてもない子に焦るなんて、僕も純だよねえ……」 再びひとりごちる。自分が控えめで割かし面倒な気質だという事も加えて理解しているつもりだった。 逆に、自分の中に芽生えている彼への気持ちを冷静に汲み取る事もできるし、だからこそ、この数日間、付きっ切りであの女の子の看病をしていたマイへの敬服を込めて、身を引く事だってできた。 そう改めて考えてみると、感情を好きなだけ爆発させて喚ける同年代──少しイメージからかけ離れているかもしれないが──とは、自分は住んでいる日常が違うのだなと、違う意味でシルヴィアは消沈した。 マイは誰に対しても、自分が責を負うと覚悟した時には、徹底を貫く人間なのだ。 そのごつごつとした大きな手に担うと誓った者に対し、彼はその筋を貫き通す事を覚悟している。 そうした覚悟による奉仕を受けている今の少女の前、少なくとも一つの事実例をシルヴィアは身を持ってよく知っていた。 兵器災害が世界中を蹂躙した五年前、肉親と親友の全てを戦火に焼き尽くされて路頭に迷っていた自分に、彼は手を差し伸べてくれた。シルヴィアは過去を深く思い返さず、ただ、差し出された手を掴み返した時の記憶のみを脳裏に映し出した。 自分もかつてそのように護られ、こうしてサンドゲイルに迎え入れられている。 彼は誰に対してもそうだし、だからこそ、自分が穏やかでない感情を抱くのは筋違いも良い所だと、シルヴィアははっきりと自認している。故に、冷静さを保っていられた。 私はマイのそういう所が好きで、敬愛しているのだ。 マイの生い立ちをシルヴィアは全く知らない。マイも自らの過去を自分以外の何者かに語ろうとはしないし、時折誰かに聞かれる事はあっても、その時々で飄々とした態度を崩すことはない。しかし、彼が戦場で生きる為に定めた覚悟は、彼のその見えざる部分に根ざしているのでは──そう思う事が、シルヴィアには度々あった。 シルヴィアは決して聞かない。 戦災孤児として似たり寄ったりの出自を持つ自分達は、決して他者の過去に土足で踏み入らない。 それをよく承知していたからであった。 しかし、シルヴィアはマイという男に憧憬を抱き、彼が通そうとする生き方に寄り添い、その生き方にならって戦場に在りたいと思っていた。 シルヴィアにとって、それは今も変わらない。 ただ、一つ思い起こされる過去が脳裏を過ぎり、シルヴィアは口許に咥えたストローを強く噛みながら表情を渋った。 私は以前、そうして護るべき人を護れなかった事がある──。 その時、支配企業の殲滅部隊に襲われたコロニーに遭遇し、そこで知り合ったばかりだったひとりの少女を見捨てたのだ。あの時の私には、救われたいと願う者を助ける意思も、それを成し得るための戦士としての力も足りなかった。 ──〝ルア・リーフェス〟という可愛らしい名を持った同じ年頃の少女を、助ける事ができなかった。 今でもそれらが、自分に充足しているとは口が裂けても言えない。 けれども、その意思は断固として変えていないし、変えようとも思わない。 そして、その生き方を貫徹するマイが現在護ろうとしているあの少女が私達の傍にいるのなら、私もまた彼と同じようにその少女を、護ってやりたかった。 そうやって諦めなければ何時か、私の護りきれなかった過去の苛みを拭い去ることができるかもしれない、シルヴィアはそう考えた。 物思いに耽っていた割には前向きな結論が導き出され、シルヴィアは一人小さく頷く。 「よし、今日も頑張ろ──」 軽食を済ませてその場を去ろうとした瞬間、コロニー内に爆発音が響き、その音が天蓋機構に反響して轟く。シルヴィアはその音源をほぼ真正面から目撃していた。 不意の爆発音を耳にした公園内の市民からどよめきの声が上がり、何事かと多くの人々が石垣の欄干に詰め寄る。 区画終端の外界とを直接繋ぐ隔壁機構の一つが内側から破壊され、シルヴィア舞い上がる噴煙の中に見慣れた物体が放つ〝眼光〟を見咎めた。 「アレは、AC……!」 一機の軽量級二脚ACが隔壁を破って市中の車道へ出現し、それに続いて複数の機動兵器群──機動力と一時的な拠点制圧を行うだけの火力を備えたMT部隊が連なって現れる。 バックパックから抜き出した単眼鏡を覗き込み、シルヴィアはコロニー内へ進入を開始したAC機体の肩部に、見覚えのあるエンブレム──支配企業の一角ミラージュ本社軍の所属を示す部隊章を捕捉した。 「何で、ミラージュ社の部隊がソグラトにっ?」 そう口に出す裏腹、シルヴィアは胸中にひとつの懸念が過ぎっていた。 それはまるで──そう、昔日にあった自分の過去を思い起こさせるんだわ。 後方をMT部隊に支援されながらACが迷いなく向かう方向を先回りし、其処が医療機関の集中する関連地──その先に建つ総合病院を見て、シルヴィアは咄嗟にインカムを耳に当てた。 「マイ──こちらシルヴィア、聞こえるっ?──て、何で通じないのっ」 マイへとの通信回線には耳障りな砂嵐が渦巻いており、その特徴性からそれが電子攻勢措置による妨害工作だとすぐに行き当たった。 念のため、リヴァルディの方へも通信要請を行ったが、どうように回線が確立される様子はない。 シルヴィアは確信した。すぐにでも現場を離れるべく踵を下げ、単眼鏡をしまおうとしたとき、最後に覗いていた視界の隅に反射光特有の眩きがあった。 ──しまった。 危難を自覚するには余りに短すぎる一瞬、しかし、シルヴィアは猫の如き俊敏さを持って後方へと小柄な身体を跳ね飛ばした。人々の嬌声に紛れて銃声は聞こえず、しかし、正確に照準を定められていた狙撃が、石組みに弾痕を穿つ。 一拍遅れていれば、自身の頭部を吹き飛ばしていたであろう殺意に戦慄を覚え、シルヴィアは身を翻して人波に紛れた。元来小柄である為に、大の大人が行き交う中に紛れてしまえば姿は見えず、シルヴィアは労せずして公園の路肩に駐車していた車輌に乗り込む事ができた。 急いでエンジンを点け、アクセルペダルを踏み込む。 コロニー内に進入してきたACを主力とする機械化部隊と、自分を狙った狙撃──タイミングのみを考えても、無関係だとは言えない。 そして、ACを主力とするミラージュ本社所属を示す進行部隊は、一切に市街地に危害を加えず一直線に総合病院へと向かっていく。 コロニーへの進行が主目的でないとして、その場合、進行部隊が狙うとすれば、それは──。 「マイ、彼女を護って──!」 可能性は限りなく高く、事実と断定するには未だ遠い。 しかし、シルヴィアには確信があった。 かつての自分と、状況が同じだったからだ。 アクセルペダルをいっぱいに踏み込み、シルヴィアは軍用車をマイと少女がいる総合病院へと向かわせた。 →Next… ④ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/18.html
第四話/ /第五話*② 第五話 執筆者:クワトロ大尉(偽) 人類を襲った未曾有の危機、『アーセナル・ハザード』により世界が荒廃して5年。 世界は混迷を極めていた。 企業は己の利権を広げようと躍起になり、政府は政治主導を企業に乗っ取られるのを危惧して勢力の立て直しと拡大にのみ力を注いだ。 誰も自分の手に余る世界などというものを救おうとはせず、ただ己の幸福を追求した。 結果、企業や政府に係り合いのない多くの人々は虐げられ弱肉強食の分かりやすい理論が横行していた。 金のない人間は常に古代兵器の襲撃に怯え、金のある人間は安全な場所で豊かな暮らしを約束された。 コロニー『エデンⅣ』。各企業がしのぎを削る商業区画の隣に位置する居住区画。 快適な環境のマンションが立ち並ぶ居住区画だが、その中でもひときわ快適な高級マンションの一室で、若い男が通信用マルチコンソールに向かって何者かと会話していた。 「この情報は確かなんだろうな。信頼できるソースなのか」 企業の重役が座るようなチェアにもたれかかりながら男がコンソール越しに話しかける。 「各方面からの情報を整理した結果だ。各企業の機密情報からネットの掲示板書き込みまで色々とな。その中でも特にミラージュの情報は信頼できる。何せ主催者だったんだからな。まあ信頼度は80%といったところかな」 コンソールの向こう、ジャーナリスト風の30代の白人男性が資料を片手に自慢の顎鬚をさすりながら答えた。 「ほう。あんたが80%と言うからには、自信があると思っていいんだな、ジェイスン」 端正な顔立ちをした二十代後半と見られる男が口元を少し緩ませながらコンソールの向こう側の情報エージェント、ジェイスン・ランバートに語りかける。 友人に語りかけるような砕けた口調だったが、その目は真剣だった。猛禽類を思わせるような鋭い眼光は歴戦の戦士のそれだ。 「当然さ。これでメシを食ってるわけだからな。それに、お前相手に嘘はつかないよ。凄腕のレイヴン、ソリテュードに喧嘩売れるほどの度胸は持ち合わせていないんでね」 それを聞いて、ソリテュードと呼ばれた男はやっと表情を緩ませた。 「オーケー、やっぱりアンタは一流だ。じゃあ、今回の依頼はこれで完了ということにしよう。報酬はいつもどおり口座に振り込んでおく」 表情と同時に口調も柔らかいものへと変わる。 「そいつはありがたい。ちょうど美味いものが食いたいと思っていたところなんでね。そうだ、今後についてはどうする。引き続き調査しようか」 「いや、これ以上突っ込んでも今は何も出ないだろう。後は当事者に聞くさ」 「了解だ。じゃあ次の依頼を待っているよ。まあ、しばらくは食うのに困ることは無さそうだからな」 すっかりリラックスムードのジェイスンの片手にはウィスキーのグラスが握られていた。 「好きなだけ飲んで食ってくれ。また必要になったら連絡する。次は直接会って一杯やろう。じゃあな」 そう言って、コンソールを切ると、ソリテュードは短く切った黒髪をかき上げながら、ジェイスンからの情報を自分の頭の中で整理した。 「なるほど、そういうことだったか」 ジェイスンからの情報でソリテュードの頭を占めていた疑問のほとんどが解消された。 しかし腑に落ちない点があるのも事実だ。これはもう自分で解決する以外ないだろう。 どのみち近いうちに会うことになるだろうから、その時に確かめればいいことだ。 コンソールの脇に置いてあったコーヒーを手に取ると、椅子から立ちあがって窓際へと足を運んだ。 窓から見える作り物の空を見上げながら一人つぶやく。 「しかし・・・サンドゲイルとは意外だったな。まったく物好きなヤツらだ」 ―サンドゲイル― どの勢力にも所属しない遊撃隊で、傭兵というよりは何でも屋に近い性格をしているが、保有ACとレイヴンの実力は噂になっている。 ジェイスンの調査で現在の主力は4機のACで、しかもそのうちの2機は少年と少女が操縦しているらしい。 まあ今の時代、特に珍しいことではない。世界が荒れるほど兵士の年齢は若くなっていくものだ。 しかし、それならばむしろ納得のいく話だ。若いレイヴンならばそういう行動もあり得るだろう。 コーヒーを一口飲むと、ジェイスンから送信された調査資料を手に取り、目を落とす。 そこには、まだあどけなさが残る少年の顔写真と経歴、そして搭乗ACのスペックまでもが詳細に記載されていた。 「マイ・アーヴァンク、か。・・・少年、その拾い物はいささか君の手に余るぞ」 いずれ戦場で相まみえることになるだろう、若いレイヴンに届かない言葉を投げかける。 少し冷めた残りのコーヒーを一気に飲み干すと、資料をファイルに仕舞い、再びマルチコンソールへ向かう。 メールをチェックすると、企業からのパーツモニターの依頼や政府からのくだらない称賛のメール、アリーナのファンレターなどが確認するのも面倒なほど受信されていた。 それらに一通り目を通しながらメールを処理していると、軽快な電子音が耳に入った。 重要メールの受信ボックスに新着メールが届いたことを知らせるメロディ。 レイヴンにとっての重要メールとは無論、仕事についてのメールに他ならない。 作業の手を止め、すぐにメールを開く。 差出人はミランダ・キリシマ。ソリテュードの専属オペレーターだ。 ―レイヴン、緊急の依頼があります。依頼を受ける場合は3時間以内に専用ネット経由で返信、もしくは連絡してください。依頼の概容は以下の添付ファイルの通り。以上、緊急依頼の報告でした。― 相変わらず簡潔で分かりやすい内容だ。 今年で10年の腐れ縁だが、今も昔も仕事のスタイルは変わらない。 俺がレイヴンとなったのと同じ時期にミランダもオペレーターとなり、お互い新人の頃から今までやってきたが会ったことなんて数えるくらいしかない。 それに俺と同い年なのに、二児の母ってのが笑っちまう。こちとらまだ独身だってのに。 そんなことを思いながら添付ファイルを開き、概容をチェックする。 依頼は政府からだった。 エデンⅣの管理局が難民受け入れを拒否したことにより、テロリストの報復予告を受けたらしい。 すでに管理制御区の一つへ侵入の痕跡があり、難民受け入れと多額の賠償金の支払いがなければ攻撃を断行するとのことだ。 エデンⅣの管理制御は各ブロックによって独立しており、多数のバックアップもある。 それに中枢制御装置が破壊されない限りエデンⅣのシステムはダウンしない。 管理制御区の一つが破壊されたところでエデンⅣ全体には何の支障もないが、絶対的な安全性を売りにしているエデン管理局としては自分たちのセールスポイントに傷が付くことは何としても避けたいのだろう。 しかし、政府は本当にバカ揃いだ。 たかだかテロリスト相手に侵入を許すとは政府軍の警備部隊もたかが知れている。 自分たちの手に余るからとレイヴンを雇ったのでは、自分たちに力が無いと言いふらしているようなものだ。 まあ、政府軍にはロクなAC乗りがいないし、テロリストがレイヴンを雇っているか、もしくは保有している可能性だって十分考えられる。むしろそう考えた方が自然だ。 エデンⅣのセキュリティシステムは中々のものだし、MTぐらいなら、いくらなんでも警備部隊で何とかできたはずだ。 報酬は緊急の依頼だけあって上々だ。仮にACを相手にしたとしても十分釣りがくる。 ――悪くない。 そう判断したソリテュードは、すぐにグローバルコーテックス専用のネットワークで依頼受諾のメールを送信した。 メール送信後、ACガレージのアセンブリ画面を開き、機体の確認をする。 整備状況は万全。 パーツアセンブリも機動戦重視のオーバードブーストタイプでレーザーライフルとブレード、ミサイルのいつもの組み合わせで問題ないだろう。 最終確認終了、起動待機のコマンドを実行し、アセンブリ画面を閉じた。 アセンブリを終了したのと同時に、グローバルコーテックス専用通話回線を通じてコールが入った。 コンソールのパネルをタッチすると通信回線と画像が開く。 相手はオペレーターのミランダだった。 「先ほど依頼の受諾を確認しました。先方には連絡済みです。速やかに依頼を履行してほしいとのことですので、1時間以内にガレージまでお越しください。レイヴンが到着し次第、ミッションを開始します。何か質問はございますか」 整った顔立ちと栗色のショートヘアーが特徴的な美人だが、つとめて平静に、かつ無表情で必要事項だけを淡々と述べる。 声も綺麗で口調も丁寧だが、一切の感情が込められていない。 だが、それで構わない。彼女はプロなのだ。 そして俺もプロだ。余計な感情は必要ない。 「いや、特にない。今からすぐに出る。30分後には着けるだろうから、作戦内容と状況を整理しといてくれ」 「了解しました。お待ちしております。では」 通信回線が切れると同時に画像ウィンドウも閉じる。 マルチコンソールを待機モードにすると、ハンガーに掛けてあったフライトジャケットを引っ掴み、袖を通す。 多少の現金と各種認証カードが入ったサイフをズボンのポケットにねじ込み、部屋を後にする。 リビングを横切り、玄関に向かおうとしたとき、不意に隣の部屋のドアが開いた。 そこからひょっこり顔を出したのは年端のいかない少女だった。 「どこいくの、ソリッド」 少女らしい幼い声でソリテュードに語りかける。 その細い腕には大きなウサギのぬいぐるみが抱かれていた。 「ああ、これから仕事に行ってくる。急な依頼でね。悪いがいつもみたいに留守番しててくれ、アリス」 「しごと?」 トテトテとソリテュードに近づき、首を傾げる。 アリスと呼ばれたその少女は、今の時代に不釣り合いな格好をしていた。 まるでおとぎ話にでてくるようなゴシック調のドレスを身に纏い、小さな頭には大きなリボンが結ばれている。 「なに、簡単な仕事さ。すぐに戻ってくる。腹が減ったらケータリングでも頼むといい。好きなものを食べていいぞ。注文の仕方は知ってるだろ」 アリスはソリテュードを見上げると一拍置いて口を開いた。 「また、ころすの?」 何気ない一言だったが、その口調にはまるで感情が込められていなかった。 アリスは物凄い美少女であるが、その表情には喜怒哀楽の一切が無く、何を考えているか分からない。 まるで生きている人形のようだ。 ソリテュードは感情というものを与えられなかった少女に向き直り、大きく澄んだ赤い瞳を見ながら言いきった。 「ああ、殺す。それが俺の仕事だからな」 それを聞いた少女は納得したようにコクンと頷いた。 「じゃあ、いっぱいころしてきてね」 そう言ったアリスは、殺すということに何の疑問も抱いていないような様子だった。 しかし、それの言葉を聞いたソリテュードは、さすがに少し顔をしかめた。 「なあ、アリス。そういう時は『がんばってきてね』って言った方がいい。その方が、複数の意味が含まれていて便利だからな」 自分の予想とは違った答えにアリスは少しだけきょとんとした表情になったが、すぐに無表情に戻り、再びコクンと頷いた。 「わかった、メモリーする」 それきりアリスは黙ってしまった。 もう話すことは無いという彼女の意思表示なのだろう。 いつもの事とはいえ、彼女の妙な言い回しにソリテュードはもう一言くらいツッコみたい気分だったが時間が無い。 「じゃあ、行ってくる」 そう言うと、アリスに背を向け今度こそ部屋を後にする。 ドアが閉まるまでアリスはリビングに立ちつくしたままだったが、その視線だけはソリテュードを見送っているようだった。 マンションを出ると、大都市の喧騒が少し耳障りだった。 エデンという名が示す通り、ここに争いは無い。 実際にはエデンⅣ内部でも、今回の依頼のように戦闘が行われることがある。 しかし、人々がそれを知らなければ無いのと同じだ。 街を行き交う人々は自分たちに紛争や古代兵器の襲撃など関係が無く、どこか遠い世界の出来事だと思っている。 おめでたいヤツらだと思う反面、ソリテュードにとってはどうでもいいことだった。 他人の人生などに興味は無い。 あるのは自分が今のこの世界でどうやって生きていくかということ、それだけだ。 マンションから歩いて3分もかからない所に、エデンⅣ全体を網羅するリニアモーターカー、通称『リニア』のターミナルがある。 リニアは移動速度が車より圧倒的に速いので住民の交通機関の要になっている。 リニアのターミナルには一般車両の他に専用車両と専用路線があり、専用路線は主に政府関係者や企業の重役、それに俺たちのような特殊な職業むけに作られていて、当然グローバルコーテックス専用路線も存在する。 俺たちレイヴンはグローバルコーテックス本社にはまず用が無いので、行き先は自分のACガレージがアリーナになる。 専用路線には隔たるものが何もないので、数キロ離れたガレージへも10分もかからず到着できる。 しかも直通路線になっているので、乗り込んだ後は座っているだけで、自分の愛機が待つガレージへとたどり着くことができるのだ。 人々が行き交うターミナルの改札をくぐり、人の流れとは別の方向へと足を向ける。 専用路線のゲートはがらんとしていて人はまばらだった。 ゲートから出入りする数少ない人たちは皆スーツ姿で俺のようなフライトジャケットとジーンズというラフな格好のものは皆無だった。 俺に怪訝な視線を送る人間は、俺の行き先がグローバルコーテックス専用ゲートだと気付くと途端に目を逸らす。 当然の反応だ。今この世で一番物騒な職業の人間が自分の近くを歩いていたら誰だって距離を置く。 まあ別にどうということはない。むしろ余計な干渉をされないので好都合だ。 専用路線のゲートの前まで来ると、カードスロットに認証カードを滑らせる。 間抜けな電子音がした後、ゲートが開き、地下路線特有の淀んだ空気が鼻をくすぐった。 ターミナルへ入ると、自動的に隣接する格納庫から一人乗り用のリニアが運び出され、ドアを解放し、俺を迎え入れた。 いくら所属が同じといえども、レイヴンはミッションで協同する以外は敵でも味方でもないため、リニアも無用なトラブルを避けるために乗り合いではなく一人乗りが用意されている。 まあ、この専用路線を使うには、ある程度レイヴンランクが必要なのだが。 リニアに乗り込むと、認証カードをスロットに通し、コンソールに表示された行き先を確認してコンソールのエンターにタッチする。 後は機械任せだ。黙って座っていればいい。 リニアは音もなくゆっくりと滑り出すと、ものの10数秒で時速500キロ以上に達し、弾丸のように地下道を疾走していった。 リニアに乗り込んでから数分でグローバルコーテックス本社地下階層にあるガレージへと続くターミナルにたどり着いた。 リニアから降りて、ガレージへと続く専用通路を歩いて行く。 通路を行く途中、数度のセキュリティチェックをパスし、最後の隔壁の前で複数の生体認証とチェックコードをパスすると重々しいゲートが解放され、やっとガレージに到着した。 自宅のマンションを出てから約25分。まるで学生が学校に通学するような手軽さだ。 手荷物は何も持ってきていない。必要なものは全てガレージのロッカールームに保管されている。 ガレージに入ると、隔壁が閉じる少し前に照明が常夜灯モードから全点灯に切り替わる。 明るく照らされた巨大な空間。 その中心には鋼鉄の戦士がそびえ立っていた。 俺の愛機、『ブリューナグ』。 やや白に近いライトグレーのACは主が乗り込むのを待ちわびているようだった。 愛機を横目に見つつ、ロッカールームへと足を運び、パイロットスーツに着替える。 パイロットスーツを身に纏ったソリテュードの顔つきはすぐに歴戦の凄腕レイヴンのものへと変化する。 猛禽類を連想させる鋭い眼光に射抜かれたものはそれだけで戦意を喪失するだろう。 ソリテュードはこの瞬間、死を運ぶ魔鳥の化身となった。 全ての準備を整え、ヘルメットを片手にブリーフィングルームの通信用コンソールを操作し、回線を開いた。 「こちらソリテュード。準備完了だ。作戦内容の最終確認を頼む」 すぐにコンソールから返答が返ってくる。声の主はミランダだった。 「了解しました。作戦課からのミッションデータを転送します」 コンソールにミッションエリアと確認されている敵戦力、侵入経路の複合3D映像が映し出される。 「今回のミッションエリアは東地区の第一管理制御区、制御棟地下3階。制御装置が設置されている階層です。構造自体は単純ですが、通路が狭く回避スペースにあまり余裕がないようです」 ミランダが捕捉説明を入れる。 コンソールからは声だけしか聞こえない。 ミッション用の通信コンソールに通話映像など必要ないので機能がカットされているからだ。 「なんだよ、最深部まで侵入されているじゃないか。まったく、どれだけ役立たずなんだ、政府軍は」 「一応それなりの損害を与えているようですが、所詮足止めにもならなかったようです」 俺のボヤキにも捕捉を入れるミランダ。 どうやら政府軍が役立たずという考えは共通しているらしい。 「それで、敵勢力は」 「確認されているのは重装MTが6機、二個小隊のようです。それからアンノウンの高熱源体が1機。作戦課は85%の確率でACと判断しています」 なるほど。奇襲作戦を実行するのには、おおむね理想的な戦力だ。 となると金目当てのゴロツキではなく、少なくとも組織形態を持ったテロ集団とみたほうがいいだろう。 「敵勢力の組織は判明しているのか」 「犯行声明はテログループ『パニッシャー』として出されています。ただ、真偽のほどは定かではありませんが」 ――パニッシャーか・・・。 パニッシャーは名の通った筋金入りのテログループで、難民の救済を名目に、富裕層が住むシェルター都市やコロニーに難民受け入れを強要し、相手が突っぱねるとテロを実行して多額の金を要求する。 正に今回の手口そのものだ。 ただ、今回のやり方は規模が小さいように見える。 ヤツらの組織の規模なら同時多発テロも実行できたはずだ。 となると名を騙り手口をまねた模倣犯か、組織の末端が独断で行ったかのどちらかだろう。 まあどちらにせよ、殲滅することに変わりは無い。 状況は把握できた。 後は実行するのみだ。 「オーケー、ブリーフィングを終了する」 「了解しました。では出撃をお願いします。ミッションエリアまではサービストンネルを通じてAC運搬用リニアで輸送します。ゲート解放後、5番ACターミナルまで移動してください」 「了解すぐに出撃する」 通信用コンソールをシャットダウンすると、ヘルメットを被り、ブリーフィングルームを後にした。 タラップを上がり、コクピットへと滑り込む。 既にリモート操作でアイドリング状態になっていた愛機を起動するため、OSにパスコードを入力し、スリープを解除する。 OS起動と同時にジェネレーターから膨大なエネルギーが機体各所を駆け巡り、鋼鉄の戦士が目を覚ます。 コクピット内のすべてのディスプレイ、スイッチ、パネルその他諸々に火が灯り、コクピット内を妖しく照らし出す。 すべての機能が立ちあがり、メインディスプレイにカメラアイからの画像が映し出されると同時に搭載AIのボイスが準備完了の旨を告げる。 『システム、通常モードにて起動』 自分でもコクピット内すべての計器類に目を走らせチェックする。 問題無し。 「よし、手早くすませるか」 そう自分を鼓舞するように口に出すと、コントロールレバーを握り、スロットルを吹かした。 それに呼応するように、鋼鉄の戦士は重々しくその一歩を踏み出す。 ゲートから出ると、ミランダの指示どおりAC専用連絡通路を通って5番ACターミナルへと急ぐ。 ACターミナルとはACをガレージから発進させた後、適切な輸送方法にて迅速にミッッションエリアまでACを運ぶための施設だ。 地下に設営されており、輸送機や輸送ヘリ、今回使われるAC運搬用リニアなどが格納されている。 ターミナルに着くと、すでにリニアが用意されていた。 ミランダから通信が入る。 回線を開くと、いつのも淡々とした調子で指示を送ってくる。 「リニアに搭載、固定を確認後すぐに射出します」 「了解」 ACをリニアの荷台部分に乗せると、オートで脚部が固定され、抵抗を減らすために膝立ちの状態になる。 一拍置いて、ガクンと大きな振動がコクピット内に伝わってくる。 「固定完了しました。10秒後に射出、ミッションエリアまで輸送します」 リニア線路上のゲートが解放されるのと同時に、AC駆動音とは別の重低音が響いてくる。 リニアを高速射出するために電力を充填している音だ。 「カウントダウン開始します。10・9・8・・・・」 ミランダの規則的な声に耳を傾けつつ、射出の衝撃に備える。 「・・4・3・2・1、発進」 直後、レールガンの発射音のような轟音と共に、背後からの凄まじい圧力に襲われる。 リニアは時速500キロ以上でトンネル内を疾走していく。 民間用リニアのように、Gキャンセラーは付いていないし、OB用のGキャンセラーも今は機能していない。 強烈なGを感じながら目を閉じ、ミッションエリア到達までの間、頭の中でブリーフィングの情報と、これまでの戦闘経験を基に戦術をシミュレートをする。 イメージは大事だ。漠然と戦っていたのでは、いつか行き詰る。 まだ見ぬ敵をイメージし、その殲滅方法を頭にトレースする。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/16.html
第二話/ /第三話/ /第四話 第三話 執筆者:ギリアム 一機のACが巨大なホバータンクの横を通り過ぎ、古代遺跡の中へ進行すべくブースターを吹かした。 その時、左腕を損傷したACとすれ違ったが、気にも留めなかった。 負傷したACなどに興味は無い。彼が求めるのは真の強者のみだった。 始まりは一通のメールからだった。差出人はミラージュ。 「滅多に依頼を受けることの無い私に依頼とは…」 訝しみながらもメールを確認すると、そこには簡単な依頼が書かれているだけだった。 『古代文明遺跡にて、古代兵器駆逐のために派遣したAC部隊を撃破して欲しい』 「古代文明遺跡…」 この言葉には聞き覚えがあった。 ミラージュが古代文明の遺跡調査のためにパルヴァライザーの掃討作戦をすべく、レイヴンをかき集めていたのだ。 企業の捨て駒になるなど馬鹿げているし何の価値も見出せなかったため蹴ったが、報酬だけはやけによかったのを覚えている。 今現在、その作戦が進行中のはずだ。 「ミラージュがミラージュの依頼を受けた部隊を撃破しろと?」 最初は困惑したが、真っ先にこの作戦に対して参加を表明した部隊の名前を見て大体の察しはついた。 サンドゲイル。どの企業勢力にも属さない遊撃部隊。 その遊撃隊がこの作戦の鍵を握っていた。 サンドゲイルと言う名は調べなくても勝手に耳に入ってくるほど有名な遊撃部隊で、三機のACを保有している。 三機のうち二機はあまり噂を聞かないが、中核の人物であるザックセルは元トップランカーだとも聞く。 無所属のACはごろごろいるが、三機もACを保有している遊撃部隊とは珍しい。おまけに元トップランカーが率いている。 企業に属しないただの遊撃隊がここまで力を持つ事に、ミラージュは不安を感じたのだろう。 更にこの作戦には報酬の良さに釣られてか複数の無所属レイヴンまで参加を表明している。 いつ自分に牙を向くかわからない無所属レイヴンまで、まとめて始末しようというところか。 つまりミラージュの考えはこうだ。 撃破数に伴って支払う高額報酬をエサに、危険な依頼を任せサンドゲイルの所属ACやどこにも所属しない無所属ACを潰す。 更にパルヴァライザーをものともしない腕前の者には別に雇ったレイヴンをぶつける。 新たに別のレイヴンを雇ったとしても、大量に現れるパルヴァライザーの撃破数に応じて払う額よりはぐっと安い。 制御装置を破壊させ、遺跡の安全性を確保した上に危険分子を排除しつつ経費削減まで狙っている訳だ。 誰が死んでもミラージュが得をする。 「ミラージュも相変わらずですね…」 思わず呟いていた。 レイヴンを使い捨ての駒としか見ていないミラージュらしいやり方だ。 「本当ならこんな依頼、すぐに蹴ってしまうところですが…」 ――サンドゲイルに所属している腕利きのレイヴンや、腕のいい無所属レイヴンと戦えるかもしれない。 その可能性だけでこの依頼を引き受ける価値はある。 『黒い男爵』の二つ名で知られる漆黒のレイヴンは うっすらと笑みを浮かべ依頼を受諾するメールを返信した。 「これで全部か」 最後のパルヴァライザーの停止を確認して、ゼオはため息をついた。 『制御装置の破壊を確認した』という情報はまだ無かったが、これでこのエリアは制圧できたようだ。 パルヴァライザーは数はいるものの性能や動きはお粗末だった。 これで撃破数に応じて報酬を貰えるなら、これほどうまい仕事も無いだろう。 今回の儲けを考えながら気分良く、煙草を吸おうと懐に手を伸ばした時 そいつは現れた。 『これだけのパルヴァライザーを撃破しながら損傷は最低限。弾薬も温存しているとは、いい腕ですね。貴方はサンドゲイル所属のレイヴンですか?』 何者かが回線を通じて通信してきたのだ。 それと同時に闇に紛れた漆黒の機体の姿が浮かび上がった。 「違う。俺はサンドゲイル所属では無い。しかし、誰だお前は。遺跡突入後は単独行動のはずでは…」 『貴方がたと一緒にされては困りますね。企業の捨て駒なんて冗談じゃありませんよ。私はダンスのパートナーを探しているのです。このナイトエンドにふさわしいパートナーをね…』 「何だと?」 訳が分らなかった。しかし次の一言で事態は予期せぬ方向に向かう。 『貴方の腕なら私の相手が務まりそうです。どうです、一緒に踊りませんか?』 殺意に満ちた一言だった。 ――こいつは…ヤバイ! そう思った瞬間漆黒の機体からにミサイルが飛び乱れる。マイクロミサイルの嵐だ。 急いでデコイを展開し、後退する。 ミサイルはすべてデコイに誘導され、不発に終わった。ように見えた。 しかし攻撃を回避した事に安心している暇も無く、激しい衝撃が機体を襲った。 『右碗部、損傷』 なんとエクステンションを放出するために開いていた右腕にライフルの弾丸が撃ち込まれていたのだ。 もともと装甲の厚い腕では無いため損傷が激しい。 「右腕が動かん…これではマシンガンが発射出来ない…!」 舌打ちしつつ、すぐさまマシンガンをパージしミサイルと投擲銃を構えて戦闘態勢に入る。 しかし今の装備ではどう考えても火力不足だった。 投擲銃は当たりさえすれば威力は大きいが、なかなか当たってくれない。 ミサイルも小型ミサイルで威力には期待できなかった。 EOコアの弾数も先ほどの戦闘で消費してしまっている。チャージには時間が掛かりそうだ。 要のマシンガンを使用不可能にされたのは痛手だった。 それに比べて相手はマシンガンとライフルを巧みに使い分け攻撃しており迂闊に近づく事も出来ない。まさにダンスを踊るような華麗な動きでこちらを追い詰めてくる。 回避行動で手いっぱいで攻撃すらさせてくれない。 ――状況はこちらが不利…なら… エクステンションのエネルギーシールドを展開しブーストのアクセルを全力で踏んで一気に漆黒の機体との間合いを詰めた。被弾覚悟の特攻だ。 漆黒の機体は逃げなかった。留まってコアを集中攻撃する事を選択したようだ。 『右腕部、破損』AIのナビゲートと共に右腕が無数の銃弾を受けてバラバラに飛散する。修理費が酷いことになりそうだが、もともと動かない腕だ。こうすれば盾として役立つ。 ――これでどうだ! 至近距離での投擲銃。 どう動いても直撃は避けられない…はずだった。 ――勝った! そう思った。 しかし漆黒の機体はあわてる様子も無くエクステンションをパージした。そして少し下がる。 決死の覚悟で放った投擲銃の弾丸は漆黒の機体にぶつかる事無く… 「く、これでは…」 投擲銃の弾丸がエクステンションに着弾し、大きな爆発を起こした。 至近距離まで迫った二機の間合いが爆風で無理やり引き離される。 漆黒の機体も自分の機体も無傷では済まなかった。 ドドドオン! 激しい衝撃で愛機が倒れた。 漆黒の機体の方はと言うと、素早く体制を立て直し何事も無かったかのように着地する。 特攻のためにエネルギーシールドとブーストを酷使してしまった為にチャージングが発生、被弾も酷く機体が言う事を効かない。 ――命をかけた特攻が失敗…ここで…こんなところで俺は終わるのか…! 『なかなかいい動きでした。最後の特攻は驚かされましたよ。しかし、貴方では私の相手は務まりませんでしたね。その腕に敬意を表して…死になさい』 漆黒の機体が装備したマシンガンとライフルの銃口が愛機、シックザールのコアに向けられた…その時だった。 二発の銃声と共に目の前のマシンガンとライフルが爆発したのだ。 そして新たな声が通信に加わった。 『パルヴァライザーを撃破するだけのミッションだなんて、私にうってつけだと思ったのに…なんでレイヴン同士が争ってる訳?』 若い女の声だった。 漆黒の機体のライフルとマシンガンが爆発したのは、その女の機体の放った弾丸が見事に直撃したからだ。 『…また貴方ですか。マユ・キリシマ』 漆黒の機体のレイヴンがため息をついてそう言った。 キリシマ… 確か第一陣で地上を担当していたレイヴンの名前だ。 『悪いけどそれはこっちのセリフ。なんであんたは相変わらずレイヴン同士の殺し合いをするの!?』 『人間同士で殺りあって、わざわざ戦力を減らすなんてバカバカしいと思わないの?』 この二人には浅からぬ因縁がありそうだ。 もう俺の事など忘れたかのように論争を繰り広げている。 『その説教は聞きあきましたよ…。まぁ、貴方と戦うつもりはありません。そこのレイヴンにトドメを刺せないのは名残惜しいですが、撤退させて頂きます』 そう言うと黒い機体は高速で遺跡の出口へ向かっていった。 俺は…生きてるのか…? 『そこのレイヴン、大丈夫!?』 マユ・キリシマと呼ばれたレイヴンが通信で声をかけてくる。 しかし、安心感と共に意識は闇に飲まれた。 第三話 終 →Next… 第四話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/46.html
第八話/ /第九話*② 第九話 原案:マド録 文:柊南天 ──かつて〝私〟は、狂騒の世界に産み落とされた。 過ごす日々は過酷な実験と死の繰り返し──産まれた意図すら分からず、自分以外の何ものかの為だけに、生かされた年月だった。 私が自己の意義を知る必要は、死と退廃に満ちていたあの時代には、一欠片たりともなかった。 辛いかと問われれば、そうだったかもしれない。しかし、生憎と誰からもその言葉を掛けられた事はなかった。そしてそれ以前に、自分自身がそうとも考えようとしていなかった。 目にみえた日々だけが事実で、私の感情は自己に関与せず、流れ往く事実の前には私の全てが劣った。 普遍化され、小さく区切られた実験室。肌寒い部屋の中でまどろみ、淡々と流れた年月。 私の〝姉妹達〟──大空に遍く漂う星ほどもいた同類達は、時代の経過と共にその数を減らし、時には見も知りもしない簒奪者達の衝突の渦中になる事すらあった。 私の身体を奪いに来た闖入者を、何度か見た事がある。しかし、そこで滴った以上の血が、普遍化された世界の上で流れていた事を、私は知らなかった。 私が知らない価値に翻弄され続けた、小さな普遍世界──私はその中でいつか擦り切れ、〝姉妹達〟と同じように、虚無の何処かへ呑まれていくだけでしかない。 そう思っていた。 しかし、事態は唐突に、そして急激にあらぬ方角へと流れ始めた。 ──私が被験体となり関与していた兵器が開発途中で致命的な事故を起こし、そのプロジェクト自体が永久凍結に追い込まれたのだ。 詳しい事は知らなかったし、知らされなかった。 ただ、かつてこの世界に産み落としながら、私の存在を妬んだ者達の怒号だけが、私の普遍世界に何度もその鉄槌を振り下ろした。 ──我々の叡智が届かない代物となっては最早、破棄しかあるまい 破棄──その言葉の真意を深く咀嚼する必要と時間は、当時の私には全くなかった。 それは、全能者達の言う所の、実世界での〝死〟を意味する。 普遍世界から臨む事のできた小さな窓──そこから〝姉妹達〟の凄絶な死を幾度か垣間見てきた。 死に往く彼女らは、誰も彼もがそれを大人しく享受しているようだった。 垣間見ていたからこそ、私はその時、今までの何よりも強く感じる事が出来たのだと思う。 私は死を望んでいたのだと──。 完全破棄という処置すら、日々の実験の延長線上として受け入れ、その末に消えていった彼女らとは違う。 私は、死によって齎されるであろう〝解放〟を、この上なく望んでいたのだ。 私の普遍世界の遥か高みに建つ、狂乱の中で腐敗を始めていた天上世界との鎖が断ち切れる事を。 この時、私は自分の中に〝心〟の欠片が残っていた事を初めて、誇りに思うことができた──。 やがて訪れたその日、私の普遍世界を取り巻いていた状況は再び大きく変貌した。 終末へ向けて一度舵を切ったその事態は、最早誰にも止められなかった。 圧倒的な終末の猛威。 それは、私が望んでやまなかった死の形すら、強引に書き換えていった。 私を最後まで庇おうと奔走した研究員の一人が、混乱の中にあって唯一、私の手を引いたのだ。 普遍世界が灼け落ちていく最後の日、私は抵抗の要として稼動を始めた〝ある〟無人兵器制御機構の内部に連れられていった。 ──今はお休み、00? ──待て、待ってよ。何も分からないままなんて、私は嫌だっ。 ──君が次に目覚めた時は、やさしい世界でありますように……。 長く生きてきた日々の中、私は全能者たる〝人〟というものが、優しい微笑みを見せる事を、初めて知った。 そして、普遍世界の終わりは来た。 何もかもが消え失せる真っ白な感覚──その中に、私は閉じ込められた。 * ミラージュ社直轄経済管轄区、定期周回軌道より数十キロ南東、高度四五〇〇〇メートル──。 「──事前確認を始める」 各員を網羅する作戦用回線を通じて呼び掛け、今作戦に投入される隊員が各々に応答する。精錬された部下達の面持ちをHMD画面上に確認し、部隊指揮官のウルフ・アッドは小さく頷いた。 手元のタッチパネルを叩き、主要情報を収めたファイルを共有データベースに転送する。各員のファイル情報取得の経過をコンソール上で確認、それを待ち、改めて事前確認を開始した。 「戦況推移は現在、我々の介入要件をほぼ満たしている。最後になるだろう、心して聞け」 本社陸軍隷下の監視衛星が転送し続ける戦域映像を、HMD画面に出力する。苛烈な戦火が渦巻いていた戦陣は収束しつつあり、その状況推移が、自分達の出番が眼前に迫っているという事を雄弁に物語っていた。 「先立って投入された任務部隊は過半が壊走。事後推移に拠るが、長く見積もって二〇分程度だろう」 友軍と形容するのも難しい先行任務部隊はは自前で用意した〝盾〟──自由傭兵の駆るACを前線に残し、戦線を遠く後退しつつある。 「先遣偵察班の報告では、奪回対象【ニエヴェス02】」は市内総合病院への収容が確認されている。偵察班の状況確定報告を持って我々は出撃。降下着陸と同時に妨害対象【ノガル01】を包囲し、友軍機の市街離脱後は、これの戦域離脱を優先的に支援する。状況推移は極めて安定、作戦内容に現状変動はない。戦力進発コードは〝アーリー〟、各員機体制御態勢を更新し、出撃待機しろ──」 半ば瓦解同然に敗走している先行任務部隊の失態も、予測の範疇にある。自分達の出撃に漸く実感を覚え、ウルフは淡緑色の光源に満ちたコクピット内で静かに意気高揚した。 戦域映像をHMDサブ画面に残し、タッチパネルに指を走らせる。 機体制御態勢を第一種準備待機態勢から、第一種戦闘態勢へ移行。動力源の燃料電池から供給される電力が鋼鉄の巨躯を巡り、動作音の変化でモーメントの急上昇を確認した。 身体感覚と一体化する程に乗り込んだ機体より齎される微震動の感覚に、ウルフは意識して精神状態を落ち着ける。 やがて戦術支援AIが機体制御態勢の正常移行を報告し、ディスプレイ上に【Gato Monts ‐ System migration Complete】の定型文字が表記される。 機体の周囲で整備士達が慌しく動き回り、投入が間近である事を示す黄色警戒灯が格納庫内を照らしていた。機体は射出室直結の繋留設備に繋がれており、機体の繋留状態及び運送機器に状態異常があればそれは、速やかな死に直結することもある。 過去には実際そのような最悪の事例があり、強襲空挺艦の整備全般に責任を負う整備部は、その重要性を誰よりも深く承知している。平時の周回軌道から逸脱し、通常降下高度を遥かに超えた成層圏軌道上を飛行しているのだ。外気状態は著しく異なり、不測の事態同士が結びつけば艦艇自体への多大な負荷も避けられない。 慌しいが、精錬した動きで奔走する整備士達をメインカメラを介して視界に収め、ウルフは良い人材に巡り合えたこれまでの過去を誇った。 今回の作戦は、ウルフ・アッドが五年前から指揮官を勤める第二機械化空挺分遣隊の進退が掛かっている。 上級組織の特殊部隊管轄軍を介して事案遂行を命令した本社は、確実な成果を欲していた。隷下の部隊司令部も年度予算と前線作戦分野での影響力の増大を希望しており、一個部隊が行なう秘匿作戦としては余りに大きな政治的意図が絡んでいた。 多くの非公式作戦を遂行してきたウルフ本人も、それらの背景と関係なく今作戦が重要なものであると強く意識していた。 先遣偵察班からの状況確定報告を待つ中、外部通信要請を通知する電子音が響く。陸軍専有の通信衛星を中継している事を確認してから、回線を確立した。 『──ノア01、こちら作戦司令部。調子はどうだ……』 「2nd/MAD、ウルフ・アッドです。何事ですか、──〝少佐〟」 本社から陸軍の通信衛星を介し、艦内に設置されている作戦司令部を騙った男──ウルフ・アッドの古い同期であるリヒト・マウザーの低い声音が、ヘッドセットを介して届く。 『面子を憂慮するのは当然の話だろう。時期が悪かったか?』 リヒト・マウザーはかつてウルフと軍学校時代を共にした知己であり、その後は上級組織を同じくする部隊に配属された男である。第一機械化空挺部隊の指揮官として敏腕を振るった後、現在は本社隷下の〝ある専門機関〟に属する上級将校としてのキャリアを歩んでいる。 作戦時である以上に疎遠になって久しいが故、身分相応の応対を試みたウルフに対し、彼は陸軍に残る数少ない同期としての接し方を崩さない。ウルフは嘆息し、ヘルメットのバイザーを押し上げた。 「倣岸が板について来たようで何よりだ。本社の椅子の座り心地はどうだ、リヒト?」 『バレンシアのデスクよりは悪くない。目の前で、肝の抜けた惰弱共を眺める以外はな』 歯に衣着せぬその物言いの健在振りは変わらずで、そのことにどこか安堵した。 リヒト・マウザーは軍学校時代から何かと野心的な側面を持つ男だった。最も傍にいたウルフはその事をよく知っている。士官昇格から部隊配属までの道を共に歩んできた彼は、保守体質の軍上層部に対して反目的な態度を保ち、よく目の仇にされていたものだ。だが、彼は表面上の態度以上に壮大な野心を抱え込み、現在の地位までのし上がっていった。 ──自分もその踏み台にされたと気づいたのは、その後だったが 『俺達も作戦の成否に注目している。ATDD(元先進技術開発部)の糾合も一歩前進している。くれぐれも、醜態は曝すな』 「……分かっている」 今回の作戦は、本来ならば本社隷下の専門機関が主体となって進められる予定だった。しかし、本社上級将校のリヒトが口利きをし、古巣の機械化空挺部隊に作戦遂行を任せたのだ。 作戦を持ちかけてきたのも彼からであり、その概要を聞き、ウルフは念入りに確かめた上でそれを請け負った。しかし結果として上級組織の特殊部隊管轄軍を半ば飛び越えて実現した作戦であるため、失敗は即ち、ウルフ個人の失脚にも直結している。そのリスクを負ってでも、達成すべき意志があった。 高みへ上り詰める為に踏み台にされたとはいえ、かつてウルフも彼と志向を同じくしていた人間である。本社へと招聘された同期からの誘いに同調しない訳はなかった。 今度は、俺が貴様を踏み台にして上り詰めてやろうじゃないか──。 『言いたい事はそれだけだ。俺もここで同期を失うのは偲びない話だ。精々、気張ることだな?』 「本社の連中が首を縦に振らざるを得ない判断材料を、お前にくれてやるさ」 タッチパネルを叩いて通信体制を解除し、不意にコクピット内に静けさが満ちる。聞き慣れた機体の脈音に耳を傾け、作戦を前に小波立った心を意識して落ち着かせた。 瞼を下ろし、最後に垣間見た古い同期の顔を意識の外へと洗い落とす。 意識を切り替えた直後、別な通信回線──艦内に設置されている作戦司令部との指示回線から通信が入る。 『──ノア10、こちら作戦司令部。先遣偵察班より状況確定報告が入った。〝アーリー〟を確認、動発準備を完結、直ちに進発せよ。繰り返す、〝アーリー〟を確認。動発準備を完結、直ちに進発せよ』 「こちらノア10、了解した──進発する」 復唱の後、部隊回線を通じて、 「──〝アーリー〟を確認。此れより進発する」 隊員達が各々に返事を返す中、格納庫管制室へ電信を打つ。機体が繋留状態にある設備機構が間もなくして稼動を開始し、下層部の艦外射出室へと機体がゆっくりと輸送されていく。 その最中、ウルフはコンソールを叩いて監視衛星から転送され続ける地上映像をHMD画面に分割表示し、同時に先行任務部隊の現在座標を出力した。 「素早い退散な事だ……」 本社が条件つきで遣した先行戦力群──俗にATDD、又は〝グレイヴ・メイカー〟等と呼称されている彼等は既に作戦領域外の遠くへと離脱を完結していた。 もしも彼らが目的を達成すれば、第二機械化空挺部隊の出番は終ぞ訪れなかっただろう。しかし、誰もその未来を期待してはいなかった。条件をつけたリヒトですら、恐らく同様だっただろう。 所詮、素人兵力をかき集めただけの有象無象では、堅実な作戦の遂行など望むべくもない。 その結果に何を望んでいたかは、恐らく自分とリヒトをはじめとする本社の要員の中で大きな隔たりがある事を、ウルフは重々承知していた。 故に、ウルフは自ら関知しない。 戦果を示せば事実が後からついてくる事を、弁えているからだ。 機体一体分が納まる手狭な射出室の中で赤色警戒等が著しく明滅し、繋留設備の定着及び射出準備の完結を慌しく知らせる。 射出用プロトコルがHMD画面に表記され、常時動発可能のメッセージが点滅表示を繰り返す。 艦艇の定期哨戒軌道到着に先行して監視衛星が捕捉した最優先目標──【ニエヴェス02】の静止画像を出力し、幼い少女を模ったその化物の姿を網膜に焼き付けてからウルフはバイザーを下ろした。 「全機、此れより降下作戦を開始。──最優先確保目標、【ニエヴェス02】を奪取するぞ」 ウルフは自らの果断を持って射出用プロトコルを更新した。数秒のカウントダウンを経て、室内最下層の射出口が開かれ、流れ込んできた気流が恐ろしく不気味な囁き声を奏でる。 その嘶きに畏れることなく、射出装置を起動した。 急速加速した機体が轟音と共に艦艇外へと文字通り打ち出され、地上より遥か四五〇〇〇メートルの成層圏上層部へと舞う。赤銅色の大地が眼下を広遠に伸び、射出増速から自由落下を開始した機体は瞬く間に時速六〇〇キロ以上に到達する。 力を示す為に用意された極地へ向け、第二機械化空挺部隊──〝シエロ・ロボス〟の名を冠する獣達は空を走り始めた──。 →Next… ② コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/269.html
第九話*②*③ ミラージュ社直轄経済管轄領、閉鎖型自治区【ソグラト】── 午後一五時三〇分──。 艦艇上部区画の展望施設から臨む荒野に、黄塵を含んだ陣風が不規則に渦巻いている。 霞むその荒野の中に数日見なかった人工物──都市全域を覆う外殻機構を見咎めた時、艦内内線を通じてインカムに通信が届いた。 『繋留コロニーに着くわ、マイ。ボーディング・ブリッジに移動するから、手伝ってちょうだい』 「オーケー、すぐに行くよ」 外景に傾注していた視線を戻し、マイは艦内八階の乗降施設に直結する連絡通路へ再び足を向けた。 繋留施設への接近報告が艦内放送を通じて響き、先程まで落ち着いた静けさを保っていた艦内が俄かに騒がしくなり始める。繋留準備の為に通路を行き交う見知りのクルーらと目礼を交わし、込み合う昇降設備を避けて連絡階段で一気に八階まで駆け上がった。 すぐ右手、右舷第七管区の乗降口に待機する白衣姿の女性を見つけ、マイは小走りで走り寄る。 「あら、遅かったじゃないの?」 「ごめん。此処からでも代わるよ」 別段咎める口調でもなかった妙齢の女性──部隊旗艦の筆頭軍医を努めるアリーヌへ素直に謝辞を述べた。彼女が手を添えていた担架の傍に近づき、その上に横たえられた患者をマイはそっと見下ろす。 件の初の単独出向任務の際に持ち帰った──強引に預けられた、が正しいかもしれないが──身元不明の少女は至極安らかな寝顔をしており、掛けられたブランケットの下で胸部が緩やかに動いている。 「コロニーの病院なら、何とかなるのか?」 「まだ分からない。近隣で最も設備の整った医療機関が、此処にしかなかっただけの事だから。これから時間を掛けて精密検査をしてみないと、今は何も言えないわ。性急すぎて、良い事はなにもないしね」 右舷九階第九管区の医務室に常駐するアリーヌとほぼ付っきりで看護に当たっていたマイが知る限り、少女は彼此一週間近くもその意識を覚ましていない。 昏睡状態の主因が何なのか、主治医のアリーヌも今いち突き詰められていなかった。この数日間で分かりえた事は、マイが救出する以前に生命維持装置に問題があったか、それか現在は覚醒までの経過期間に過ぎないのかもしれない、という不確実な可能性のみだった。 艦内の医療設備では限界があると進言した彼女の意向もあって、元々物資補給の為の長期繋留を予定していた独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟はこの数日間、希望に叶うコロニー都市を求めて長距離移動を展開していた。 結果、物資補給との兼ね合いがとれると判断されたのが現在、繋留設備に進入中の閉鎖型自治区【ソグラト】である。既に先方の繋留施設局との入域手続きとコロニー内総合病院への搬送連絡が済んでおり、繋留し次第即座に少女の身柄を搬送する準備が此方には整っていた。 「暑いわね、空調ちゃんと効いてるのかしら……」 経過記録と引継ぎ事項等を記したファイルボードを扇代わりに扱いながら、アリーヌは白衣の下に纏うブラウスのボタンを一つ、二つと整った指で弾く。平時から唯でさえ目立つ豊満な胸の谷間がより強調され、偶然ソレを後ろから見ていたマイは慌てて、気づかれないよう視線を逸らした。 「こ、この管区は、暫く前から調子が悪いらしいよ」 横合いへ向けていた視線をそろりと戻すと、それを待っていたとばかりのアイスブルーの双眸とぶつかってしまい、マイはそれ以上視線を動かす事ができなくなってしまった。 慣れていない訳ではないが、どうにもアリーヌという女性を前にするとどこか落ち着かない気分になってしまう。単に、一回りも二回りも年上の彼女に弄ばれているだけのような気も、マイはしていたが。 「貴方も物好きよねえ、本当に」 「な、何が……?」 何を得たとばかりにアリーヌが妖艶な笑みを口許に作る。引かれたグロスによって妖しい艶めきを放つ唇を目の当たりにし、マイは背筋に落ち着かない感覚が奔ったのを自覚した。 「最近、シヴちゃんとはどう?」 「どうって、何もないさ。俺もアイツもクルーの一員なんだから、暇じゃないよ」 収まり切らない動揺を文字通り手玉に取り、彼女がくすくすと笑いながら続ける。 「一週間近くもこの子にお熱だったのに、シヴちゃん可哀想じゃないの」 アリーヌの言うシヴとは、旗艦にクルーの一員として乗り込んでいる同僚のシルヴィア・マッケンジーという馴染みの事である。 「止してくれよ。アイツは単に妹みたいなもんだし、それ以前に仲間なんだから……」 マイのその発言のどこが悪かったのか、アリーヌは小さく吹き出した。それから取り繕うように後出しで「ごめんなさい」と付け足す。 「まあ、時々でいいから構ってあげなさいよ? あの位は丁度、淋しい年頃なんだから」 「よく分からないけど、考えとくよ。ありがとう、ドクター……」 カウンセリングを受けた訳でもないし単純に遊ばれただけのような気がするが、後半の言葉が何故口をついて出たのか、マイは自分でもよく分からなかった。 艦内にも女性クルーは多くいるし交流の機会も少なくないが、どうにも彼女の考えることは今いちよく分からない。とにかく、人生の先達足るアリーヌ〝大先生〟のありがたい助言だったのだと思うことにして、マイはその場の会話の流れをぶち切った。 「でも、本当に大したものよね。時間があれば付きっきりで看病だなんて」 「拾ってきた本人だしな。なら最後まで面倒見ないと、余りに無責任だろ」 半ば強制的に押し付けられたとはいえ、それを請け負った以上は最後まで全うする義務がある。その責任を果たせないのであれば、自分が戦場に臨む者──戦士として余りに不適格であるという事を、マイは自身への戒めとして厳格に課していた。 「ふふ。やっぱり、貴方はパパの自慢の教え子なのね」 「兄妹揃って迷惑かけてばっかりだから、あながちそうとも言えないけどな?」 独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟と艦艇筆頭を兼任する組織の頂点──マイの師であり育ての親であるシェルブ・ハートネットという傑物を、彼女は敬愛を込めてパパと呼んでいる。 「沢山の教え子を見てきたけど、貴方ほどパパの教えを継いだ人はそう多くないわ」 「居心地悪いな。まだ駆け出しだし、その言葉は俺が本当に独立した時にでも取っておいてよ」 「そうね。じゃあ、その時に改めて褒めてあげる」 そうこう雑談をしてから数分の後、停泊施設への繋留完了を知らせる艦内放送が響いた。 乗降口脇の窓からも停泊施設の様子を窺う事ができ、丁度ターミナルビルからボーディング・ブリッジが移動を開始していた。間もなくして乗降口とのドッキングが完了、事前に示し合わせた施設内線を用いてアリーヌが確認を取り、自動隔壁扉を開放した。 ブリッジの操縦用コンソール脇に佇んでいた壮年の風貌の整備士が、帽子を脱いで出迎える 「渡った先にすぐ、搬送車が待機しています」 「ありがとうございます。マイ、いくわよ」 「オーケー」 ブリッジと隔壁の段差を慎重に乗り越えた後、ガラス貼りのブリッジ通路を先行するアリーヌと整備の後に続いて渡っていく。 ブリッジ内から繋留施設の全容を見渡すと、流石に長期滞在が望めるコロニーとだけあって設備水準はかなりしっかりとしていた。望むなら、久々にゆっくりした時間を過ごせそうだとマイは口許を綻ばせる。 ブリッジの先にあった貨物用エレベータを通じて地上の駐車場へ向かい、そこに待機していた搬送車の傍まで担架を運んだ時、マイのインカムにリヴァルディから無線が飛ばされてきた。 『マイ、此方コントロール──聞こえるか』 「届いてるよ、親方」 『お前、今何処にいる?』 「まだターミナルビルの中。今から市中の病院に向うところだけど」 現状をそのまま報告すると、マイが親方と呼ぶボス──シェルブが小さく息をついたのが聞こえた。 『今からブリーフィングを始める。その先はアリーヌに任せて戻ってこい。他の面子にも召集をかけてある』 無理難題な仕事をまた吹っかけられるかと思って胸中で大仰な溜息をつく準備を済ませていたマイは、ブリーフィングという言葉を耳にして、間を空けて小さく嘆息した。 「了解。すぐにコントロールへ向います」 話の間に担架を搬送車の中へ運んでくれたアリーヌが丁度、傍に戻ってきた。 「ごめん、先生。親方のコールが入った」 「あら、ずいぶん急ね。どうしたのかしら、パパったら」 そういうアリーヌは特段心配している様子でもなく、マイは状況の説明を省略した。 「後から病院に向うから、此処はお願いします」 しょうがないわね、と言いながらも快い表情の彼女に目礼し、マイはブリッジを通らずに繋留設備の外縁を走ってコントロールに最も近い乗降口へと向った。 管制室の隣に直結して設けられている作戦会議室に足を踏み入れた時、既に其処にはマイ以外に召集を受けた要員の面々が揃っていた。入室早々、映像出力機器の傍で腕を組むシェルブが面を上げ、 「あの娘は?」 「アリーヌに預けました」 「そうか。まあ、座れ」 顎をしゃくったシェルブに従い、何処に腰を下ろそうかと室内を一瞥する。充分な余地がある程に要員の数は限られており、容易に全員を視界に収める事ができた。 出入り口は左側の壁を背に立つ同僚のアハト、室内前よりの席で整備帽を目深に被って足を組むシーアとその横で背凭れを前に座る整備士のショーンを反時計回りに見回す。そして最後、室内中ほどの席で実に正しい姿勢を持って腰掛ける少女──シルヴィアの後姿を見つけ、マイは彼女の横の席に腰を落ち着けた。 どこに必要があったのか、改めて居住まいを正したシルヴィアが挨拶代わりに小さく手を掲げる。 彼女と自分を含めて集められた要員の事を考えると、シェルブ親方が召集を掛けた動機について漠然とながらマイは想像を巡らす事ができた。 独立傭兵部隊〝サンドゲイル〟は主戦力として機動兵器〝AC〟を据えた傭兵部隊であり、此処に召集を受けた要員は何れも、部隊が抱え込む搭乗者の各々であったからである。 面子が揃ったのを確認したシェルブが頷き、手元の出力機器のスイッチを入れた。光源の落ちた室内前方にホログラム映像が現れ、その脇にシェルブは移動する。 「ソグラト管理局から一報が入った。当局管轄領内で、ソグラト民営会社の物資輸送部隊が襲撃を受けたらしい。ついては我々は現場に急行し、周辺地域で偵察作戦を行う」 暗い一室の中で、前方左手の人影──中年の整備士、ショーンが軽く挙手した。 「シェルブよ、そいつは管理局からの依頼か?」 「いや、此れは俺達の独自行動の範疇になる。当局には繋留施設局を通じて示し合わせてある」 「おいおいおいおい、無償でリヴァルディとACを出すってのかよ。随分気前が良いな?」 シェルブが完全無償での哨戒作戦を立案した経緯について、ショーンという男が考えを巡らせていないという事はありえない。しかし、忌憚ない意見を交えるのは我々の要諦であり、だからこそ、彼は整備士としての立場に則ってそのように振舞う。 「我々サンドゲイルに縁のある勢力が、輸送部隊を襲撃した可能性は否定できない。資金面での活動猶予が逼迫しているとは言え、現況を無碍には出来ん」 そう説明する親方の視線と、マイのそれが交錯する。マイはその意図する所に思い当たる節があり、苦虫を噛み潰した表情を取る。軽く頬杖をつくと、マイの僅かな心境の変化に気づいたシルヴィアが小首を傾げてみせた。 マイはその気遣いに対し、僅かに肩を竦める。 遊撃部隊として各地を転戦するサンドゲイルはその性質上、商売の過程で敵対勢力を作る機会には困らない。個人的な怨恨を持つ敵対者や同業者から問答無用の報復攻撃を貰う事は多く、その点に限って言えば、サンドゲイルは傭兵業の王道を地で行く勢力と言えなくもない。 シェルブ親方が危惧しているのは正しくその可能性のひとつであり、事実関係が判明するまでは我々が無償で動く事に何ら問題はないと言っているのである。 シェルブは指示棒を持ち、出力した地理情報を出力したホログラム情報にその先端を向ける。消火栓のように太い二の腕をシャツからのぞかせるシェルブの巨躯は非常に頑健であり、その彼が指示棒を持つとただの枯れ枝を持って振り回しているようにしか見えなかった。 「ソグラト管理局によると、輸送部隊の信号途絶地点はここ──現コロニーから北東約一二キロ地点となっている。信号途絶から既に二時間余りが経過している為、襲撃勢力が現場に残っている可能性は高くないが、事実関係の確認と状況の正確な把握の為、リヴァルディを早急に現場へ向わせる必要がある」 「で、全機を出撃させるなんて事は流石にないだろうな、シェルブよ?」 「ああ。今回の偵察作戦に当たっては、最小限の兵力で迅速に事態の把握を済ませる事が最優先だ。通常業務に移行するかどうかの状況判断も含めて、現場偵察に当たる奴には注力してもらう」 「で、誰を推すってんだ?」 ショーンの矢次早な問いに辟易する事もなく、シェルブは一度大きく頷く。 「現場偵察は、シーアにやってもらう。いいな?」 ショーンと共に左手前方に座る仲間のクルー、シーアが目深に被っていた整備帽の鍔を軽く持ち上げた。 「丁度暇を持て余していた所だ。部品がなきゃ、今以上に機体を弄る余地もなかったしな」 その後、経理に何とか予算を回してくれだのなんだのとシーアは隣のショーンに愚痴っていたが、シェルブが再び口を開いた事により、再び会議室がほどよい緊張感に保たれる。 「ショーン、すぐに出撃できるようシーアの機体を調整しろ」 「羽休めが短くなったんだ、日当は頼むぜ?」 「夜になったら部屋へ来い。秘蔵のバーボンをくれてやる」 そりゃあ勿体無い話だ、とショーンがボトルを呷る仕草を取る。 「アハト、お前は市中に入って情報収集をしろ。潜伏勢力、施設干渉痕、過去記録その他、出来る限りを集めてくれ」 振り返りこそしなかったが、気配を上手い具合に漂わせていた後背壁際のアハトが、物静かな態度を保って、シェルブに返事をよこした。 「──了解」 有事に於けるシェルブ親方の人員配置は何時も正確にして鋭角、澱みがない。 「俺は現場指揮と、シーアの後詰めとして旗艦に待機する──それから、マイ、」 ようやく自分の名前が呼ばれ、マイはそれが面白くない予兆である事を察知していた。姿勢を正す訳ではないが、頬杖を解いてシェルブをまっすぐ視界に収める。 「お前はコロニーに残留して、病院へ向かえ。あの娘が心配でならないだろう? それに、お前の機体は今使い物にならないしな」 仕事の中で主にマイが乗り込むAC、〝蒼竜騎〟は数日前の作戦時に損傷を受け、現在は艦内のドックで修繕作業を受ける待遇にある。細かい箇所の修繕はドックの備蓄資材で全て直されたが、肝心の目だった箇所──左腕部については丸ごと作戦中に喪失した為、当該部品を新調する以外に修繕が見込めない状況である。確実な流通ルートを通じて当該部品を調達する必要があった為に、そのような経緯もあってサンドゲイルはコロニー・ソグラトを繋留先に選択したのだ。 後半の言葉の一端には何やら追求の意図をあったようで、マイは尚更居心地が悪かった。 今回のような偵察作戦は本来なら、マイが扱うような機体が担う従事分野である。良好な機動力と堅実な機体機能を吟味すれば必然的に行き着く結論であり、それが出来ないのが現状であるからこそ、シーアが代替要員として充てられたのは想像に難くない話だ。 それに加え、数日前にマイが遂行した単独出向任務の戦果は純粋に考えれば世辞にも優れたものとは言えず、持ち帰った報酬は部隊にとって正に雀の涙程度のものだった。 今件に余波が到っているのは、紛れもない事実である。 だが、シェルブはその責任を実際に追及する事は決してしない。ただ、一戦力として在るという事への戒めとして言及したのだろうとマイは確信を持っていた。 前の席で言外に苦笑していたショーンが、それとなく助け舟を出す。 「まあ、初の単独出向任務にしちゃあ上出来だったと思うぜ。結果はどうあれ、思わぬ収穫があった訳だしな」 よくよく聞いてみればそれほどフォローになっていない発言に、会議室に集った面々が苦笑する。あれ、なんか可笑しかったか、とショーンは頭を掻きながら首を捻る。 「とにかく、マイは娘の面倒をしっかり見てやれ。それ位は出来るな?」 「わかってるよ、親方」 まるで出来の悪い愚息への説教のように聞こえ、最後にはマイも苦笑いする始末だった。 召集を受けた要員の大半に指示が行き渡った所で、まだ指示を受けていなかった隣のシルヴィアが、遠慮がちに名乗りを上げた。 「あの、親方っ。僕は、どうしたら……?」 「そうだな……お前はマイに付いていけ」 行動指示というには余りに漠然とした言葉に、シルヴィアがどう返事をしたものかという表情を作る。 「リヴァルディは積荷を最大限軽くして行く。機体も〝フィクスブラウ〟と俺の〝ツエルブ〟を除いて繋留施設のドックに搬入する。人員も最低限で構わない。ちょっとしたボーナスと思って休んでくるといい。わかったな、シルヴィア?」 気遣いという程気の効いたものでく、明確な役割もない指示を伝えられた事に物足りなさを感じたのだろうシルヴィアは、どこか残念そうな表情を浮かべながら「了解しました」と返答した。 その後、艦艇進発までの分担説明が速やかに行われた後、会議室から各々解散する流れとなった。マイは今ひとつ消沈した様子のシルヴィアを叱責し、彼女と格納庫から付随ドックへの機体の搬入作業を行った後、拝借した軍用車をターミナルポート脇につけた。 ポートエリア内に艦艇の進発を知らせる施設警報が反響し、隔壁付近の警戒灯が連なって明滅する。微速を保つ艦艇リヴァルディが指示信号の誘導に従ってポートエリアから隔壁設備の中へとその巨体を移し、隔壁閉鎖と共に間もなくして慌しい騒音が途絶えた。 進発の直前にタラップから艦艇を降りたアハトがポートエリアを横切り、マイがハンドルを握る軍用車の後部座席に乗り込む。 「すまん、待たせたな」 「いんや、良いよ。じゃ、束の間のドライヴとするか」 地上部へ繋がる連結車道へ軌道を合わせ、クラッチ・アクセルを小気味良く踏み込んで車輌を進発する。 他に船舶が常駐していない所為か車道は空いており、港湾施設局へ繋いだナビ・システムの手伝いもあって苦もなく地上部へと抜ける事ができた。天蓋に覆われた車道の終端、即ち繋留施設の敷地限界に近づいた所で、アハトが、 「ここで良い、下ろしてくれ」 と言った。 「まだ施設を出てないぞ、いいのか? 市中はすぐそこだしさ」 そう提案してバックミラーを覗き込み、後部座席のアハトの様子を窺った。すると彼もそれにすぐ気づき、伏し目気味に首を小さく振る。マイは、「了解」と短く応答し、天蓋部を抜ける前に速度を緩めて車道脇に停車した。 「何かあったら連絡する、回線は常に入れておけ」 耳元に装着したインカムをとんとんと叩くアハトに対し軽く手を掲げ、後方に身を下げたアハトを残して車輌を発進させた。若干距離を保ってからサイドミラーに視線を向けると、ミラーに映り込む天蓋下の車道には既に何者の姿も見当たらなかった。痕跡の一切も何もなく。 助手席に座るシルヴィアも一拍遅れて、ようやく気づく。 「アハトさんて不思議な人だね、マイ」 「お互い馴染んでないってだけの話さ、多分な。気味の悪い奴だなんて、誰も思っちゃいないだろ?」 広く解釈すれば後半のような意味にも取れる、シルヴィアのアハトに対するイメージを述べる。本人がいないにも関わらず、シルヴィアは慌てて口許に人差し指を当ててみせた。 「俺達よりも先にガキ達に懐かれてるしな。親方だってちゃんと信頼してる、それで充分さ」 今回、サンドゲイルが行った周回業務でも、何人かの戦災孤児をリヴァルディに招いている。サンドゲイルは傭兵部隊として手広く活動する傍ら、戦災孤児に対する救済措置にも注力していた。傭兵業を地で行きながら、その辺りは随分と奇特な気質の勢力だとも一部で揶揄される事も多い。 現在は身内であるアハトも、彼がマイらにとってそういう立ち位置になったのは、比較的最近の事である。サンドゲイルの同志となって日が浅い事と関係なく、彼は自らの経験や過去を必要以上に他者へ話さず、他者との関わりを持とうとする姿勢も希薄だ。だが、それでも仲間というものへの信頼を持っているとマイは確信していた。 アハトという名の青年がサンドゲイルに参入する事になった経緯を、マイは今でも知らない。正確に言えば、彼を招いたシェルブ以外は誰も。しかし、その素性が明らかでなくてもシェルブが信頼してそうしているのであれば、何も問題はない。 そして何よりも、彼は戦災孤児の子供達に非常に懐かれていた。 子供という存在と接する機会に恵まれていなかったのか、彼は扱いが非常に不慣れな面を持っていたが、それでも子供達は構わず彼の周りをついて回る事が多い。 そんな彼の様子を幾度か見ていて、不慣れであるにせよ、あながち不似合いとも言えない印象をマイは受けていた。それどころか、その光景こそが彼の本来の在りようのようにすら見えた時もある。 人心の擦り切れる極地とも言える戦場で、子供達に好かれる大人というのは絶対数として多くない。 アハトは、そんな人間の一人なのだろうと思う。 「本日のソグラトは、まこと晴天なり。ドライヴにはうってつけだな」 都市全域を覆う内壁機構から人工の陽光が燦々と振り、ルーフオープンによって良好な風通しを得ている車内は実に過ごしやすい。 それから間もなくして市中に入り、シルヴィアが起動した市中用のナビ・システムを頼りに繁華街を抜けた所で、車輌を路肩の駐車スペースに停車させた。 「どうしたの?」 「此処から歩いていく。医療機関の関連地だ、騒がせたくない」 ナビ・システムの情報に拠ると、現在マイとシルヴィアが乗り込む車輌は区画境界に位置している。そこから先はアリーヌ医師が向かった総合病院を始めとした医療機関とその係累施設が密集する土地となっていた。 そこに軍用車が無粋に乗りつけて下手に関係者を警戒させたくないという配慮からマイは、徒歩で総合病院まで向かうと言ったのだ。 「あ、じゃあさ、この車借りていっていい?」 「いいけど──て、お前来ないのか」 既に助手席を降りてフロントから回り込むシルヴィアは、一時思案すると笑みを含んだ表情を作る。彼女に合わせて半ば惰性で運転席を降りてしまった。 「んー。時間が出来たら、僕もその時に行くから」 「時間、て、今じゃなくていいのかよ。状況次第じゃ、どうなるか分からないぞ」 「大丈夫だってば、マイ」 説明付けとしては何処か矛盾した言葉だったが、何時もとは異なってどこか強いシルヴィアの語気に圧され、マイはそれ以上言及するのを止めた。 年齢の割りに背丈が小さく華奢な体つきのシルヴィアは、大型の軍用車の運転席へ器用に駆け上がる。 「終わったら連絡してね。迎えにいくからさ」 「オーケー。間違えても店先に突っ込むなよ」そう言いつつ、やはり気になる所は抑えようもなく、マイは最後に今一度問いただした。 「せっかく親方から貰った時間なんだぜ?」 「もう、だからこそだよ。ちょっとした遠慮みたいなの、マイは気にしなくていいの!」 遠慮だあ?──益々分からない言葉に対して疑問を投げかける前にシルヴィアはアクセルを吹かし、「でも、後で一緒に買い物行っていい?」と言ってきたので、マイは「ああ」と返事を付け足す。 それを聞いて明るい笑みを浮かべ、シルヴィアは早々に車道へ車を戻していった。 「なんだかなあ……」 今は時間がないと言ってみたり、かと思えば迎えの後に買い物に誘ったりと、随分忙しい言い回しをするもんだなとマイは思った。それに遠慮も何も、例の少女に関してこの数日色々と気遣いをしたりしたのだから、気兼ねなく病院に足を運んでもよさそうなものだ。 結局真実に辿り着く糸口を見出す試みも無意味だろうと行き着き、マイはジャケットの袖を捲り上げて暑さ対策を済ませる。素早く意識を切り替えると、関連地の歩道へと足を踏み出した。 多少寂れていたにせよ繁華街の体裁を充分に保っていたそれまでの区画とは異なり、医療機関が密集して建つ敷地内は落ち着いた静けさを保っていた。 暫く歩いてから豊かな芝生に恵まれた市街公園内へ入るが、其処もほぼ同じであった。まばらではあるが、子連れの若い夫婦等が歩道を歩き、いくかのベンチにも市民の姿を見かける事ができる。 繁華街を通っていた時から薄々感づいていた事だが、どうやら件──輸送車輌隊が襲撃されたという話は、市井には伝播していないらしい。 会議室でのブリーフィングの最後の辺りで聞いた話だが、ソグラトを含む地域一帯では近頃、ライフラインを狙った強奪襲撃が散発しているらしい。生活水準の劇的な低下にまでは到っていないものの、現状が長引けば一般市民にも不安の種が広がるだろうという事は、まあ、分かる話だ。 その辺の地域事情を把握する前にソグラトへ立ち寄ったのは、時期が悪かったという他ないだろう。 補給物資の高騰を考えると、艦内経理の人間の渋い顔とその後にやって来る此方への皺寄せは確実だ。 と、不景気な可能性に思考が傾いていた時、足首に何かがごつんと辺り、マイは思わず「いてっ」と口に出した。足元を見下ろすと、こぶし大のソフトボールが近くを転がっていて、マイはそれを拾い上げた。自分の方へ何者かが呼びかける声を聞いて振り返ると、キャッチボールに興じていたと思しき父子の姿を見かけて納得した。 マイは距離の離れた場所に立つ子供へ向けてボールを大きく放った。二、三度地に付いた軟球を拾い上た子供が「ありがとう、お兄さん!」と言ったので、マイは手を軽く掲げて応えた。 改めて歩道の先を見据えた直後、背筋に視線を感じて緩やかな動作を心掛けた上で周囲を見渡す。 広い敷地の公園を行き交う市民の穏やかな姿こそ見えど、それ以外に特筆して確認できるものはない。 「──……気のせいか?」 艦艇を降りて久しぶりに一般社会に入り込んだ所為か、普段から張り詰めている緊張感が身体を巡っている。そのために何気ない他者の視線を強く感じてしまったのだろうかと、マイは楽観的に思った。 気のせいだったのだろうと肩を竦めたのと時を同じくして、ジャケットの外ポケットに捻じ込んでいたインカムが振動して着信を告げ、マイはイヤホン部分を耳に当てた。 『マイ──此方コントロール、シェルブだ。聞こえるか?』 「はい、届いています」 つい数十分ほど前に艦艇を丸ごと一隻出し、目的地周辺への偵察作戦に向かったシェルブから早くも通信が入った。経過時間から推察するに、どうやら凡その結果が出たらしい。 『襲撃現場の近隣を調査したが、どうやら一帯を根城にするごろつき共の仕業だったらしい。そちらは変わりないか?』 「市中は平和そのものですよ、親方」 『そうか──此方はもう少し探りを入れてから戻る。帰着予定時刻は一七三〇時だ。特別な危険はないだろうが、万一に備え、油断だけはするなよ?』 「了解しました」 その後、旗艦との無線通信が終了したのを確認してからインカムをポケット内に押し込む。 どうやら、サンドゲイルが懸念していた可能性は唯のコロニー間問題に過ぎなかったらしい。親方の言っていた通り油断こそ禁物だが、その万が一に備えアハトが市中調査にも出向いている。 事態は火急とは程遠く、今後のソグラト管理局と親方の出方次第ではあるものの、暫くは時間的余裕もあるだろうと思う。 マイは先程感じた妙な視線の事など忘れ、再び歩道の先へ足を進めた。対向の若い女性が携帯端末を耳に当てていたが、交差する前後「あれ、何でかからないんだろ」などと呟いて、そのまま歩きすぎていく。 市中公園の敷地外、その奥に一際大きな建築物──少女を収容した総合病院の姿を見つけ、マイは歩く速度を若干速めることにした。 →Next… ③ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/272.html
④*⑤*⑥ 停泊ポートに迫る制圧部隊を他施設との連結通路を隔てて圧し留め、水際での近距離戦に突入してから数分が経過していた。 練達した技量を持って連綿な戦術を駆使する制圧部隊を前に、サンドゲイの歩兵戦力は初期に築いた防衛線から順序後退し、既に最後衛へその拠点を移していた。 『正面第五、第六搬入通路の封鎖完了──』 「よくやった。迂回路を進行し、五〇秒で拠点に合流しろ」 地下へ遣した爆破工作班を労い、シェルブは次の作戦段階に意識を移す。 (戦局はまずまずといった所か……稼げて、残り一五分弱。そろそろ来るな) 敵征圧部隊の技量が確かな事も無関係ではないが、シェルブは時間稼ぎの為の機動防御を当初から指示していた。施設管理局の承諾を得て爆破工作班に地下の物資搬入路を封鎖させた事により、敵部隊が武力による進入を確実にするには正面から乗り込むしかない。 あらゆる時間稼ぎを使って敷設した強固なバリケードに篭もれば、弾薬系統が枯渇しない限りいつまでも粘り続けられる算段が確信としてあった。 もっとも、相手の意図がそうであれば、の話だが──。 「ショーン、こちらFU(Front Unit)──調子はどうだ?」 実行要員でない為に、艦内で別行動中の整備士のショーンへ問いかけると、余りに逼迫した時間と状況の中で精彩を欠いた中年男の喚切り声が届いた。 『あと腕が二〇本は欲しい所だ! 間に合わせで正常に稼動する保障はないぞっ?』 「皆、お前の腕を信じてる。一〇分以内で調整を済ませてくれ」 『相変わらず、人使いの荒い頭目だな。そんな特権はプレジデント・クラスになってから寝言で言ってくれ』 愚痴こそ絶やさないものの、ショーンの言動にはある程度の余裕がある。最前線の兵士を整備面から支える腕利きのメンテナンスクルーとして鉄火場に長い間浸かっているだけあり、旧来の間柄であるショーンを全面的に信頼していた。 シェルブやショーン、サンドゲイルにとっても、今回の襲撃は何ら特別なものでなく、相手の素性を除けばよくある癇癪のようなものだった。 状況は逼迫しているが、珍しい類の話ではない。それに慣れているかいないかでは、命が天秤に乗っかった状況の結末に雲泥の差が出る。 いくつもの戦場の辛酸をなめて来たシェルブは、老獪な認識力を持って現状を把握していた。 傍の装甲板で跳ねた小銃弾が甲高い音を立て、応酬とばかりにFUが制圧射撃を一層激しく撃ち込む。 使えるならば旗艦の艦載砲群で一掃したい所だが、生憎とそんなモノを屋内で持ち出せば、建物自体の倒壊を招き双方共倒れか、運良くて丸裸で命辛々という所が関の山だろう。 肩に掛けた小銃を取って制圧攻撃に加わろうとした矢先、確立状態の無線に連絡が入り、シェルブは確信を持って応答した。 『親方、こちらマイ──地下道へ入りました。間もなく到着します──ACの出撃準備を済ませておいて下さい』 あちらはどうやら、何とか無事に遣り遂せたらしい。だが、総合的な状況は然程芳しくないようだ。 「既にショーンが掛かっている、お前達は直接ハンガーへ向かえ──」 今回の襲撃自体が、不測の状況下で起こったのだ。事態が好転しないどころか悪化修正したとしても、そこに驚きはない。だからこそシェルブは万一に備え、施設ドックに移していたAC機体を全て艦内ハンガーへ再搬入、コロニー外部への出撃がすぐにでも可能なようショーンに指示を出していた。 攻囲網が敷かれる前に、フィクスブラウも繋留施設内へ帰還させた。一対多数で不利な野戦を演じさせるよりは、強固な隔壁設備を盾に状況を保つべきだとシェルブが判断した為だ。 マイからの通信に加え、ほぼ入れ替わりでコントロールから通信が入る。 『ボス、こちらコントロール──施設外部のAC部隊が戦域離脱を開始しました』 「了解。艦載レーダーの索敵態勢を第一種広域索敵態勢へ移行、データリンク・システムの確立を急げ」 『了解しました』 早速万一の事態が転がり込んできた事に、シェルブは薄ら笑う。 現場指揮権を副官に委譲し、バリケード伝いにシェルブも停泊ポートの内壁階段を下りる。最寄の乗降口から艦内へ駆け込みハンガーへ到着するのと、開放状態のハッチからマイ達の乗り込む車輌が滑り込んできたのはほぼ同時だった。 マイが文字通り車内から飛び降り、丁度傍で繋留状態にあったAC機体──濃蒼色を宿す中量級二脚機〝蒼竜騎〟の最終調整を行っていたショーンの元へ駆け寄る。 「おやっさん、蒼竜騎の状態は?」 機体上方は整備用重機械を用いて作業に臨むショーンが、顔面保護用のマスクを被ったまま大声を上げる。 「だめだ、まだ腕の換装が済んでねえ。五分待て、シーアが拾ってきた部品を着ける!」 数日前の作戦によって左腕部を欠損した蒼竜騎には、それに変わる新しい腕部が接続されつつある。先程まで周辺地帯で戦闘を行っていたシーアが偶然拾ってきた代物だが、それを使えると判断したショーンがほぼ独断で、その場で蒼竜騎に換装することを決めた。 ハンガー上部の欄干に立つシェルブの下方部へ、マイが走り寄る。軽く息を切らしてはいるが、焦燥と頑健な意思の入り混じった双眸と視線が交わり、表情を引き締めた。 娘の姿がない──。 「あの娘が、攫われたんだな?」 一時を置き、マイは覚悟した面持ちで返す。 「はい──親方、力を貸して下さい」 事前のやり取りの手前が為に恥を偲んで──という表情ではない。 それは、己が遣り通すと誓った覚悟を微塵も諦めていない者の眼だった。 だからこそ忌憚なく、 一切の澱みなく、 全く臆さず、 マイは、率直に助力を述べた。 自らの手で成すべき事を放棄した人間は、その目に恥辱の色を浮かべる。それに例外はない。 戦場で長い年月を過ごすシェルブには、尚も戦士としてあろうとする者を視る確かな洞察眼が備わっていた。 自らが最も時間を掛けて育て、教えてきた最も古い教え子は、覚悟を放棄していなかった。 戦士の尊厳──その重圧に屈さず、戦おうという意思を貫こうという教え子に、シェルブは敬意を払った。 今一度大きく肺腑に息を吸い込み、ハンガー内にいる全ての者に聞こえるよう号令を響き渡らせる。 「聞いたか野郎ども! サンドゲイル、全機発進だ──!」 各々が威勢良く応え、速やかに出撃できるよう搭乗準備を開始する。 その中で一人、非常にゆったりとした足取りで此方へ歩む寄るアハトの姿があった。 「施設に残って、奴らの相手をする──構わんな?」 「ああ。手はず通りに頼む」 サンドゲイルに引き入れてからまだ間もないアハトには、その身の上、容易に姿を外部へ曝せない、或いは曝そうとしない姿勢を以前から見せていた。 「今回の襲撃規模、ただ事ではあるまい。本社がその気だとしたら、あの娘は黙って引き渡した方が利口かもしれんぞ」 連絡通路へと向かうアハトと背中合わせの状態を保ったまま、シェルブは逡巡なく応答する。 「──かもしれん。だが、通すべき筋が俺達にはある。それをなくして、俺達はどうやって傭兵を語れる。この生き様を通し、マイ自身が望むようにその筋を通させてやりたい。──後の事はさておいても、な?」 力強い意思を秘めるシェルブの言動に対し、アハトは一拍を置いて小さく苦笑する。 「ふ──シェルブ、お前も大概狂ってるな」 出がかった言葉を飲み込み、シェルブは自らも出撃すべく待機室へと向かった。 前を向いて狂わなければ、生き残れない戦場もあるさ──。 それにどう折り合いをつけて生きるかが、戦士の分水嶺だ──。 * 嬉しかった──。 そう思ったのは、産まれてからの日々の中で、二回──。 私が知らなかった世界には、そんな感情が生きているという事に、ようやく確信を持つ事ができた。 でも、繋がれた日々は、やはり私に嵌められた頚城を強く引き戻す。 だから私は、淡く暖かいその感情を享受する前に、線を引いた。 それがいつか私自身の頚城を引っ張り、首を酷く締めつける事を知っていたからだ。 傷つき、傷つけるのなら、本当に受け入れてはいけない。 身体が横たえられた薄暗く狭い筺体の中で、そんな事をぼんやりと考えていた。 私が生きるのは、いつの時代も変わらない。 小さく区切られた普遍世界──。 願う事が誰の損にもならないとは言うけれど、自分が傷つくのなら、それを考える事すら愚かしい。 ただ、かつて自分がそう思った事だけを胸に抱いて、日々を繰り返そう──。 そう心に考え、瞳を瞑ろうとした時だった。 無意識下で稼動していた機械化知覚機能群が、外部環境情報の変動を捕捉する。 何の興味もなく、しかし、退屈凌ぎには丁度いいものかと、意識を傾けて外部状況の取得を試みる。各種知覚機能群の稼動率を僅かに底上げしただけで、単純な遮光外板で覆っているだけの天蓋は透過できた。 周囲一帯に広がる荒野──その果てに粉塵を巻き上げ、渇いた大地を縦断してくる幾つかの機影があった。 更に知覚機能を遠方へ拡張して詳細を把握した時、私は余りの驚愕に上体を起こした。 「嘘でしょ、何故──っ?」 驚異的な速度で荒野を走り寄る複数の機影──その中の一つに、見覚えがあった。 最先鋒へ立つ、滄海のように深い彩を宿した、この時代の鋼鉄の戦士──。 「マイ、貴方は──」 * ソグラト管轄領外へ向け前方の荒野を縦断していく動体群の反応を、各種搭載センサー群と広域索敵態勢で稼動中のレーダーが捕捉する。 娘が拉致されてからほぼ間を置かず追撃に入った事も一助となって、見事な引き際を持って撤退を試みる敵部隊の後方有効戦域内へ踏み込む事ができた。 拡視界に捕捉した敵性動体を速やかに解析した戦術支援AIが、中性的なプログラムボイスを操って報告事項を述べる。 『敵性動体数、四機。いずれもAC兵器、中量級二脚機〝三〟、軽量級二脚機〝一〟の同規模編成です──』 敵部隊が此方の増速接近へ対応すべく後退陣形を移行、背部に収容コンテナを積載したACを最前衛に残りの三機が後方へ扇状に展開し始めた。 典型的な後退支援隊形──手堅く、確実に逃げ切るつもりか。 積極的な攻勢を仕掛けてくる事は一切ない、相手の出方を瞬時に把握したシェルブは隊内回線を通じて指示を出した。 「彼我の戦力差は同等だ。最前衛から時計回りに、敵個体をレイダー1から4とする。目標は〝レイダー4〟が確保しているコンテナの奪還だ。流れ弾を当てないよう、注意してかかれ」 ただの迫撃戦闘ならば問題ないが、今回は奪還すべき対象が此方にある。それは恐らく、コンテナを最優確保先目標として動く敵部隊も同様だろう。 つまり、此方が主導権を掌握して動く限り、相手もそれに合わせて動いてくる事に直結している。 制圧戦闘を行なうには戦域密度が高く、戦闘の際の何れかの呷りを受けて万が一の事態──コンテナが被弾するような末路だけは避けねばならない。 奪還猶予は、敵部隊の領域外離脱まで──地域情勢を鑑みるならば、相対距離的にも然程時間は残されていないと考えた方が良い。 如何に冷静に、繊細に、そして同時に大胆に動くかが重要だ。 「敵隊形の即時分断、各個撃破を図る──状況を見誤って遅れるなよ?」 『了解です──』 横列追撃隊形の最右翼を進行中の軽量級二脚AC、〝ジルエリッタ〟に乗り込むシルヴィアが意気よく応える。それに続いてシェルブが自ら駆る機体〝ツエルブ〟の右側にフィクスブラウを併走させるシーアが、 『連続だが、中々楽しめそうだな』 と、言う。 本人が口にする通り先程の戦闘から時間は経ておらず、シーアの口調は冷静でこそあるものの、何処か高揚感に満ちている。シェルブが言及する前に、旗艦の管制室に残って通信支援を行なう専属オペレーターのエイミが、彼を嗜めた。 『シーア、ボスが言ってるのはあくまであの娘の奪還支援よ、わかっていて?』 度の過ぎた息子の手を抓るような、母性をすら感じさせるエイミに対し、シーアはばつが悪そうに言い返す。 『わかってるって──』 自陣に今の所、問題はないな──中央右寄りを最先鋒で疾駆する滄海色の中量級二脚機〝蒼竜騎〟の背中を見咎め、シェルブは冷淡に勤めた口調で問う。 「奪還猶予は然程ないぞ、ドラグーン」 『はい。何としても、イリヤを取り戻します──』 心理的にこの状況を逼迫していると考える筈のマイが、最も冷静に勤めた態度で応える。しかし、その戦意は猛っている事だろう。 そろそろ仕掛けるか──。 シェルブは左腕部携行兵装──軽装型滑腔砲を注視し、操縦把付随のスイッチを数度押し込んで装填弾種を白燐発煙弾に切り替える。即座に砲口を跳ね上げ、四五〇メートル前方を移動中の敵部隊最後尾に向け発砲した。 それを契機として自陣のAC機が各々に機動展開を開始、その様子を視界の隅で捉えながら自らもフットペダルを踏み込む。著しい前方増速による軽負荷が身体をパイロットシートに押し付ける中、自然燃焼から急速な収束へ移った白燐が広範囲にわたって乳白色の煙幕を展開する。 強襲機動を取った蒼竜騎が突出して煙幕右側からの迂回を実行、後方は追従進路を取るフィクスブラウが安全射角を取った上で腕部武装の滑腔砲を用いて制圧射撃を撃ち込んだ。 その隙に蒼竜騎が前方へ大きく食い込んだ直後、識別名称〝レイダー1〟と割り振った中量級二脚のAC機が煙幕を突き破る。即座に反転したフィクスブラウが蒼竜騎の後背を護り、交戦状態へと移行した。 明確な戦術計画がなくとも柔軟に状況を展開した二人に感心しつつ、シェルブは自身の駆る重量級二脚機ツエルブを左側迂回路へ進行させていた。 ツエルブの動体反応を捕捉していた〝レイダー2〟が、進行路を遮断すべく同様に煙幕の中から姿を現す。 先行し、シェルブは仕掛ける。右腕部の重滑腔砲の砲口を跳ね上げ、APFSDS弾(離脱装弾筒付徹翼安定徹甲弾)を撃ち込む。多大な砲火が一瞬有視界に閃光を撒き散らし、外部情報を遮断する。 「ほう──、一兵卒とは違うようだな……」 流石にミラージュ本社が送り込んできた精鋭部隊と言うだけはあるか、微細な機動増速を行なって此方の狙い済ました着弾地点を狂わした。大口径のAPFSDS弾が荒野の大地へ弾痕を穿ち、大量の乾燥した土砂が中空へ舞い上がる。 シェルブは焦燥しない。何故ならば、自分が確信して行なった誘導軌道にレイダー2が過たず踏み込んだからである。レイダー2が踏み込んだ軌道上に、砲弾の再装填を済ませた左腕部軽装型滑腔砲より通常榴弾を撃ち込む。 黒々とした噴煙が上がり、胸部に重大な損傷を受けながらもなお戦闘機動を展開するレイダー2がその中から離脱を試みる。 『レイダー2、前胸部破損、冷却機構系統の機能低下を確認。有効打撃です──』 攻撃の手は、一切緩めない。コンソールを叩いて火器管制システムの管轄対象を切り替え、背部ミサイルコンテナを展開、確定捕捉を済ませた小型地対地ミサイルを連続射出した。急加速した小型ミサイル群が燃焼ガスによる白線を引き、レイダー2へと殺到する。 立て続けの攻撃に慌てて回避行動を取ったレイダー2が、大型推力機構のオーバード・ブーストを起動し、交戦圏からの一時離脱を図る。 小型ミサイルの直撃を回避されはしたものの、それ以上の回避機動は不可能である事をシェルブは確信していた。事前に破壊した冷却気候系統の不全により、間もなくレイダー2はその機体機動の停止を余儀なくされる。 そして僅かに三秒後、不意に高速機動を停止したレイダー2がその無防備な後背部を曝した。 其処へ撃ち込んだAPFSDS弾が胸部を無慈悲に貫通し、指揮系統を喪失したレイダー2の機体が、ずん、と大地に倒壊する。 「まずは一機──」 精鋭部隊の一機を瞬く間に撃滅せしめてみせたシェルブではあったが、大した感慨や高揚感などはなく、戦闘収束までの一切が全て当人の予定調和の範疇に過ぎなかった。 表現としてこれ以上ない陳腐さなのかもしれないが、赤子の手を捻ると言って良い程度のものだった。 しかし、事態の推移に対してはそうも言っていられないだろう。 支配企業の一角を担うミラージュ社、その本社直轄部隊が出向いて独立武装勢力を襲撃したのだ。 この数日間の動向が全て監視されていたというのなら、我々の置かれている状況は傍目以上に致命的な爆弾を抱えているという事になりかねない。 荒野の風によって流れていく黒煙の裂け目に、膝関節を追って中座する識別目標レイダー1の機影を見咎める。その傍に、武装の幾つかを投棄して格納装備の光学発振装置を備えたフィクスブラウが立っていた。 『他に歯ごたえのある奴はいないのか──?』 「スコープアイ、此方ザックセル──始末が済んだのならレイダー4の追撃、及びマイの支援に向かうぞ」 『了解──』 今は戦闘を全面的に収束させる事が、最優先案件である。 →Next… ⑥ コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/68.html
第五話*②/ /第六話 リニアは少しもスピードを落とさずに目的地へと向かう。 運搬用リニアはもちろん無人で、入力されたプログラム通りの進路を走っていく。 今通っているのはサービストンネルと呼ばれる場所で、エデンの地下階層にクモの巣のように張り巡らされている。 同じようにエデンに路線が張り巡らされているリニアとの違いは行き先だ。 サービストンネルは工場や制御区の制御棟のジェネレーターや制御装置が設置されている地下階層に素早くアクセスする連絡通路で、業者や政府関係者しか利用できないのだが、グローバルコーテックスはエデンⅣ建設のおり、エデン内部での作戦時に素早く展開できるようにサービストンネルの利用許可と路線の開通権を取得していたのである。 政府も建設に巨額の出費をし、完全中立を掲げるグローバルコーテックスにノーとは言えなかったためだ。 程なくして、リニアは制御棟の地下2階に位置するアクセスランプに到着した。 さすがに敵が潜む地下3階に直接乗りつけるのは危険度が高い。 脚部のロックを解除し、立ち上がる。 アクセスゲートの前まで来ると、再びミランダから通信が入った。 「アクセスゲートのロックを解除します。そのまま暫くお待ちください」 ミランダがロックを解除するまでに、システムを戦闘モードへと移行する。 『コマンドを確認。システム、戦闘モードに移行します』 中性的な電子ボイスが簡潔に情報を伝える。 ブリューナグに搭載されているAIは特別高性能という訳ではない。どのACにも搭載されている一般的なものだ。 個人差はあるだろうが、俺の場合、必要最低限の機体状況が把握できれば後は自分で判断できる。 一時期、高性能AIを使ってみたこともあったが、こちらが分かり切っていることもいちいち伝えてきて耳障りだったので止めてしまった。 ボイスは作戦行動中、自分にとって精神的・心理的に影響の少ない中性的なものにしてある。 これはもう好みの領域だが、俺は自分の愛機に疑似人格を求めていないからだ。 「ゲートロックを解除しました。作戦開始です。レイヴン、ご武運を」 目を閉じ、一度大きく息を吸い、吐き出す。 「了解。ソリテュード、作戦を開始する」 目を見開き、コントロールレバーを強く握る。 リモート操作でゲートを解放し、開かれた通路へブーストを吹かして侵入する。 自慢の高性能レーダーの索敵によって、このフロアに敵がいないのは確認済みだ。 事前に入力しておいた制御棟のマップを横目に、最短距離を割り出したAIのナビゲートに沿って地下3階へと通じるエレベーターを目指す。 途中、テロリスト達がトラップを設置していることも想定していたが、思いすごしだったようだ。 相手にそこまでの余裕は無かったらしい。 何の抵抗もないまま、エレベーターへとたどり着いた。 念のために各種センサーを使って、エレベーターにトラップが設置されていないかスキャンする。 『スキャン終了。異常は認められません』 AIからの結果報告を聞くと同時に、エレベーターのゲートを開き、滑り込む。 エレベーターは対象物が乗り込んだことを判断すると、自動で降下を開始する。 降下Gを感じながら地下3階のマップをコンソールから呼び出し、構造をイメージしていると、ミランダから通信が入った。 「間もなく地下3階に到達します。エレベーターを出た通路の先に2機の熱源を確認しました。注意してください」 こちらのレーダーでもすでに索敵済みだった。2つの機影がせわしなく動く。向こうもこちらの侵入を察知したのだろう。 「こちらでも確認した。視認し次第、殲滅する」 室内に、ガクン、と大きな振動が伝わる。対象物を運び終わったエレベーターは自らその扉を開いた。 ――さあ、ゲームの始まりだ。 ブーストを吹かし、最大戦速で一気に加速する。 10メートル以上の巨体が約400キロものスピードで狭い通路を疾走し、レーダー上での互いの距離が一気に縮まってゆく。 FCSはすでに隔壁越しに敵を熱源ロックで捕らえており、メインディスプレイには2つのシーカーが表示されていた。 その距離、約500メートル。 レーザーライフルの有効射程圏内だったが、さすがにレーザーでも隔壁を撃ち抜いて攻撃することはできない。 閉所での戦闘の宿命だが、多少の被弾は覚悟で突入するほかない。 距離は見る見るうちに詰まり、隔壁越しに互いの距離は100メートルを切っていた。 ソリテュードは一度止まり、隔壁の解放をリモート操作するのと同時に、隔壁が開ききる直前を見計らって、オーバードブーストを起動した。 強烈な加速Gが体をシートへ押し付ける。 急激な加速に脳が軽くシェイクされ、一瞬くらりとブラックアウトするような感覚に襲われるが、それはすぐに戦意の高揚感へと変わる。 隔壁が開ききったのと同時に、その先の小部屋へと文字通り飛び込んだ。 小部屋で待ち構えていた重装MT2機は予想もしなかったACの突入方法に明らかに面食らっていた。 その内、手近の1機に最接近し、一気にブレードで薙ぎ払う。 高エネルギーを集束した一閃を密着状態で食らったMTはコクピット部分をごっそりと抉り取られ、二度と動くことはなかった。 突然の襲撃に加え、僚機を失った残りのMTはブリューナグが自分の方へ向き直った所でやっと我に返った。 慌てて、メインウェポンのバズーカで反撃を試みるも、先を読んでいたブリューナグに簡単に回避される。 ソリテュードは回避と同時に右へブーストで横滑りしながら、レーザーライフル3発をMTへと見舞った。 レーザーライフルの弾速は実体弾ライフルよりも圧倒的に速く、弾速も再装填も遅いバズーカとは比べるべくもない。 結局、MTは抵抗できないまま、止めの一撃でジェネレーターを打ち抜かれハデに爆発し鉄クズと化した。 敵の本隊が待ち受けている制御装置のフロアまでのルートを確認するため、マップを呼び出す。 見ると、中央の制御装置が設置されているフロアへの道のりはほぼ一本道なので、当然通路上での迎撃が予想される。 先程は小部屋だったので回避スペースがあったが、狭い通路でのバズーカの射撃はACでも侮れない。 レーダーを見つつ、マップと照らし合わせながら戦術イメージを再構築する。 どうやら待ち構えている敵MTは、これまた2機で、通路は小部屋を出てから直進し、右へ曲がる構造になっている。 MTは曲がり角の先でこちらを迎撃するつもりらしい。 ――なるほど、悪くない選択だ。 オーバードブーストによる強行突撃も考えたが、リスクが高い。 何か手は無いかとマップに眼を凝らすと、制御装置のフロアへの通路は右に曲がっているが、小部屋を出て直進した先にも別のフロアがあり、曲がり角の先にも多少の直進スペースが残っていた。 ――これだ、この構造を利用しよう。 方針が固まれば、後は実行するのみ。 先の通路へと続く隔壁を解放し、今度は通常歩行で距離をじわじわと詰めてゆく。 距離を詰める間に、兵装をレーザーライフルから右肩のミサイルへと切り替える。 ミサイルの有効射程はレーザーライフルよりも長い。 通常歩行で距離を詰めたのは、2機のMTに壁越しの熱源による多重ロックをするためだ。 すでにロックオンサイトに敵を収めたFCSは1機につき3発のミサイルロックを完了した。 そしてロック完了と同時にエクステンションを起動する。 ブリューナグの両肩に装備された連動ミサイルのハッチがガバッと開き、そこからミサイルの弾頭が顔を覗かせる。 ハッチが開くその様子は、獲物を狙う獰猛なワニを連想させた。 通路の曲がり角を直前に控え、ソリテュードはレーダーを見る。 相手に動きは無く、こちらに打って出てくる様子はないようだ。 それを確認すると、ソリテュードは機体を右の壁に正対するように向け、左方向への水平移動を始めた。 ディスプレイ越しの風景は、ひらすら壁が左から右へ流れていく様子だけが映し出される。 そして、曲がり角直前でブリューナグは一旦停止し、次の瞬間、ブーストによる左水平走行を開始した。 ディスプレイの画面に映し出さていた壁は急速に右へと流れ、唐突に視界が開ける。 その先にはバズーカを構えたMTが2機。 想定していた通りの映像を確認した瞬間、コントロールレバーのトリガーを引き、合計10発のミサイルが敵MTへと襲い掛かる。 MT側も咄嗟にバズーカによる迎撃をしてきたが、そのまま左へ横滑りしていったブリューナグに、その弾丸が当たることは無かった。 ミサイルの発射音の後、一拍遅れて轟音が響き渡り、凄まじい爆煙によって視界が一時遮られる。 煙が薄れるのを待って、機体を制御装置へと続く通路へ向かわせると、その先にはMT2機分のスクラップが転がっていた。 確かに狭い通路ではバズーカのような高火力の実体弾兵装は有利だ。 しかし、逃げ場が無いのはこちらだけではなく、向こうも同じ。 10発ものミサイルを閉所で食らえば、拡散する空間が無いがために高められたミサイルの爆発による破壊力だけでなく自らの機体の誘爆で機体は跡形も残らない。 無残に転がる残骸を踏み越えて、最後の目的地へと向かう。 残るはACとMT2機のみ。 最終目標を前にミランダから通信が入る。 「この先に制御装置が設置されている部屋があります。多少の空間がありますので、戦闘に支障はないかと。確認される熱源は3機。この先の部屋に退路はありません。袋のネズミです」 「万が一にも取り逃がす恐れは無いってことか」 「彼我の戦力を考慮しても、まず有り得ないでしょう」 ミランダは俺が勝利することを信じて疑わないようだ。まあ、俺もそのつもりだが。 「しかし、制御装置はどうする。気を付けるが、流れ弾による被弾も有り得なくはない」 俺の疑問にミランダは少しも慌てた様子もなく答える。 「その点に関してはご心配なく。制御装置はテロリストが占拠している部屋より更に奥に設置されており、2つの隔壁が備わっています。隔壁を解放しない限り被弾の可能性は無いと考えていいでしょう」 「なら気兼ねなく戦えるな」 「はい、政府からも施設に多少の被害が及んでも構わないとのことですので、敵勢力を速やかに排除してください」 コントロールレバーを握り直し、気持ちを引き締める。 「よし、突入する」 スロットルを上げ、ブーストを吹かし、敵の主力が待つ部屋の前へと立つ。 コンソールを叩き、リモート操作で隔壁を解放すると同時に、今度はブーストでバックをかけて後退した。 後退しつつ、あらかじめ壁越しに熱源ロックしておいた動きの鈍い敵にミサイルの一斉射撃を見舞う。 部屋の中へ目暗ましの弾幕を打ち込むための行動だったが、前に出過ぎていたMTの1機がミサイルの直撃をモロに食らい、そのまま沈黙した。 その瞬間を見計らって、一気に部屋の内部へと踊り出る。 確認できたのはAC1機と残りのMT1機。 そこまでは予想どおりだったが、敵ACの姿を見てソリテュードは呆気にとられた。 機動力を重視した軽量級のフロートACだが、肩には重量がかさむミサイル兵装が装備されている。 右肩には多弾頭マルチミサイル、そして左肩にはあろうことか垂直発射式ミサイルが搭載されていた。 どちらも開けた場所でなければ真価を発揮しない兵装だ。 主力兵装はパーツと武器が一体となった武器腕のマシンガンタイプ。 このアセンブリにソリテュードは首を傾げるしかなかった。 まったくもってコンセプトが分からない。 機動力と攻撃力どちらを重視しているのか。近距離主体なのか遠距離主体なのか。 「敵AC、グローバルコーテックスの登録に該当ありません」 ミランダの冷静な声で瑣末な思念を払拭する。 「当たり前だ。こんな阿呆、コーテックスの試験に受かるものか」 気持ちを切り替えると、鈍重なMTにレーザーライフルを叩き込み黙らせる。 残るはAC1機。 そう大した腕を持っているようには見えないが、外見だけで判断するのは早計だ。 相手の実力を図るべく、揺さぶりをかける。 敵ACはマシンガンを装備しているので不用意に近づかずに、ブーストで距離を取りつつ連動ミサイルを組み合わせたミサイルの弾幕を張り、牽制して様子を見る 敵ACはマシンガンを乱射しつつブリューナグを追撃しようとしたが、ミサイルの弾幕に阻まれる。 ミサイルを回避しようとエクステンションの迎撃ミサイルを発動させるが、重いミサイル兵装に機動力を殺され、さらに限られたスペースしかない室内ではフロートの最大の強みである地表を滑るような軽快な機動が発揮できず、回避しそこねたミサイルを数発被弾する。 ――武装をパージする技術も知らないのか、コイツは・・・。 敵ACのぎこちない動きに疑念を抱きつつ、相手を追い込むため更なる追撃を仕掛ける。 ブーストを吹かし、後退と旋回による不規則な機動で攻撃を巧みに回避しつつレーザーライフルで応戦し、動きを読まれないようにブレード光波による牽制攻撃を絡める。 ブリューナグが装備するブレードの光波は物体に当たるか一定距離を進むとプラズマによる爆炎が巻き起こるため、牽制や追加攻撃に打ってつけで使用頻度は高い。 レーザーの直撃に加え、続けざまにブレード光波が機体を掠め、爆炎を巻き起こし、相手の機体を激しく揺さぶる。 敵ACは、この予想だにしなかったブレード光波に面食らい、動きを止めてしまった。 その相手の動きを見て、ソリテュードはモチベーションを下げざるを得なかった。 対AC戦に慣れていないのは明白だ。 「まったく、張り合いのないヤツだ」 興味を失ったソリテュードは、さっさとカタを付けるべくラッシュをかける。 敵ACは戦意を喪失したのか、逃げようと必死になるが、ブリューナグのレーザーライフルにその身を削られてゆく。 ACのアセンブリのためなのか、それともレイヴンの腕なのかは分からないが、動きの鈍い敵ACは、弾速の速さに加え、ソリテュードの的確な射撃を避けられず追い込まれていった。 弾幕を張るために乱射していたマシンガンもいつのまにか弾切れとなり、唯一残った手段であるマルチミサイルを発射するが、ブリューナグには掠りもしない。 「漠然と戦っていた代償は自らの命で払え」 それは相手に向けての言葉だったのか、それとも自分への戒めだったのか。 ソリテュードはフルブーストをかけると、一気に肉薄し、ブレードを薙ぎ払う。 高エネルギーを集束した光の刃は敵ACの左胴体部分から右肩にかけての装甲を焼き切り、真っ二つに切断した。 切断された断面からは溶けた鋼鉄が水飴のように垂れている。 沈黙した敵を見下ろしながら、つまらなさそうに嘆息する。 「こちらソリテュード。敵殲滅。これより帰還する」 「敵殲滅を確認しました。ミッション終了です。お疲れ様、レイヴン」 ミランダの事務的な労いの言葉に特に何も返さず、その場を後にした。 結局、今回の依頼にかかった出費は被弾が10%にも満たなかったため、ほぼミサイルの弾薬費だけとなった。 報酬30000Cのうち約27000Cが手元に残り、ボロ儲けだった。 しかし、高額報酬を手にしても、今のソリテュードに大した喜びはなかった。 どうも最近のミッションは、どれも張り合いが無い。 ソリテュードは自分の心に何か満たされないものがあるのを自覚していた。 自惚れている訳ではないが、正直自分の腕前には自信がある。 もっと困難なミッションや自分の死力を尽くせるようなレイヴンと戦いたい。 そういう思いがソリテュードの心を占めていた。 そう、5年前のあの日のような。 そんなことを考えつつ、気付けば自宅近くのターミナルの出口だった。 満たされぬ心を抱えつつ、作り物の空と平和ボケした摩天楼を見上げ、ため息を吐くと、家路へと急いだ。 「ただいま」 呟くように言って、自宅のドアを開けたが返事がない。 ――まあ、いつもの事だ。 逆にアリスから返事が返ってくる方がびっくりするくらいだ。 部屋は明かりが点いていた。 リビングに入ると、ソファに小さな人影が一つ。 アリスがぬいぐるみを抱えたまま横になり、静かな寝息をたてている。 ソファの前の机には空になったプラスチック容器とスプーンとフォークが散乱していた。 どうやら食事をした後、眠くなってそのまま寝てしまったらしい。 「まったく、寝るなら部屋で寝ろよ」 呆れつつもその微笑ましい光景に、不覚にも笑みがこぼれてしまった。 らしくないと思いつつ、自分の部屋にブランケットを取りに行く。部屋に移動させてもいいが、起こすのもかわいそうだ。 アリスにブランケットをかけようとした時に、ふと机の上に未開封のプラスチック容器があるのに気付いた。 注文して食べきれなかったのかとも思ったが、それにしては量が多い。 アリスはきちんと状況判断できる娘なので、自分が食べる量くらいは把握できるはずだ。 ――ということは・・・。 「これ、俺の分か」 無意識のうちに疑問が言葉に出る。 普段から妙な言動をするアリスを見ているソリテュードにとって、彼女のこの行動は少し意外だった。 すうすう、と年相応の可愛らしい寝息をたてるアリス。 普段は感情の読めない不思議な娘だが、こう見るとやはりか弱い女の子なのだと実感する。 実際に普通ではないというのは確かなのだが、しかし、3年前よりかは多少人間らしくなってきたのも事実だ。 そうして、すやすやと眠るアリスを見ていて、もう一つ思い立ったことがあった。 もしかすると、俺の帰りを待っていたのかもしれない。 そうでなければ、未開封の食事を前にしてソファに座っている必要もないからだ。 「ありがとな、アリス」 そう言って、起こさないように小さな頭を軽く撫でた。 ケータリングのディナーパックをレンジで温めると、自室へと運んで食べることにした。 正直少し眠たかったが、アリスの好意を無駄にしたくはなかったからだ。 さて、食べようかとフタに手をかけたその時、マルチコンソールから重要メール受信を知らせるメロディが耳に響いた。 面倒だなと思いつつも受信ボックスを開く。 メールの送信元は『ターミナル・スフィア』、差出人は『ノウラ』。 それを確認すると、ソリテュードはマルチコンソールを閉じた。 「まったく・・・協力はしないと何度言ったらわかるんだ。いい加減しつこいぞ」 誰に聞かせるでもなく、それでも声に出して悪態をついた。 詳細は後で確認してみなければ分からないが、大方いつもと同じ内容だろう。 レイヴンとしての仕事のオファーならば受けてもいいが、ヤツらが人の手を借りることなどそうそうない筈だ。 「研究熱心なのは分かるが、他人の家の娘にまで興味持つなよな・・・」 どうせあのマダムに何言ってもムダだろうが。 ――まあ、メールの返信なんぞ明日でいい。 余計な思考を脇へ追いやると、今度こそ食事へ手を伸ばしてガラでもなく感謝をしつつ、少女のささやかな贈り物に舌鼓を打った。 第五話 終 →Next… 第六話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/achdh/pages/45.html
第七話/ /第八話/ /第九話 第八話 執筆者:ヤマト 「また、この感覚」 生体と機械が感覚を共有する時の独特の不快感、知らない筈の知識、わからない筈の感覚が一瞬で未知から既知へとシフトする。ついで自分の中に他人がいる。旧世代の技術を復活さようとしている組織を攻撃する為にナインボールを起動させたハスラーワンという名の男だ。 「っ…ハスラー、入り過ぎ」 (解った) 私の中に入り過ぎたハスラーワンの意識を外側へ追い出しながら起動シーケンスを立ち上げる。 本来ならナインボールの起動に私は必要ない。このナインボールは負荷低減型ネクストのためAMS適正の高いハスラーワンなら一人で操れる。にも関わらず生体CPUである私が同乗しているのは戦闘になるとハスラーワンが機体の限界以上の性能を要求し機体がオーバーロードするからだ。パイロットを守るはずの私は機体を守るためのリミッターになっていた。システム、機体、武装、すべての情報が意識に流れ込んでくる。問題無し。 「Active」 そう告げると同時に体中が継ぎ接ぎになった気がする。 脆弱な肉の皮は強固な複合金属の装甲へ、心臓は重厚な電磁音を響かせるジェネレータへと、それぞれ感覚を共有していく。機体全体にコジマ粒子が潤滑するにつれて力が漲るのを感じる。 (コジマ粒子は?) 私と同じく機体とシンクロしているハスラーワンの意識を感じとる。 「安定している。」 答えると今度は満足そうな意識が飛んできた。 (結構だ…行くぞ) そう言うと機体の巡航用OBを起動させ、目的地である旧世代技術解析財団、通称ジシス財団の研究所の一つへと駆け抜けていく。 道中、ふと冬眠前の事を思い出した。 「調子はどうだ?」 「問題ありません。パイロットとの相性ですかね、負担が目に見えて少ないですよ」 実験室を見ながら科学者と思われる白衣を着た男達は話す。ネクスト開発研究所では今日も制御機構の実験が繰り返されていた。 (エネルギー源もないのに馬鹿な人達) 既存のエネルギーではネクストの性能は生かせない。故に現在でも新たなエネルギーを求めて調査隊は各地を周り、科学者は新エネルギーを開発中だ。その間に制御機構だけでも確立させたいのだろう、毎日同じ事の繰り返し。 「ナカジマ、どうだ?」「軽い違和感はあるが、これならノーマルと変わらん」 今日のパイロットは新人だ。昨日までの人は元々AMS適性も低かったからか死んだようだ。 (私がクッションになっているからそんな酷い負荷も無いのに) 生体CPUとして生まれて2年と4ヶ月…私の体は13歳くらいの少女になっていた。人では無くモノとして扱うように遺伝子操作を受けて生まれたのだから成長は早くプログラムされた体型になると後は安定期を迎え、死ぬまで老いる事もなく身体は維持される。機動兵器に同乗するのだから、背は低く、体重も軽い方がいい。試験的に06は大人の女にしたそうだがパイロットとの相互干渉が酷く、早々に凍結されたらしい。 生体CPUといえど、やはり人間である。ホルモンなどの影響を受けてパイロットと生体CPUの双方に悪影響を与え、その内の1件は社会上あまりよくない程の精神汚染を引き起こしたそうだ。他にもパイロットの意識を食い破ったり、逆に06が突然発狂する等、挙げていけばキリがない。結局、生体CPUは13歳前後で性別機能が曖昧な状態の方が扱い易い、という事が決定したため、私の体は少女のままになった。 ナカジマというパイロットとは相性がいいのか、開発は加速度的に進み、6ヶ月もすればネクストの開発は一応の完成を迎えた。肝心の動力源が無いままに…。 「おい09!避難するぞ!ついて来い!」 「避難?」 待機室で休憩していた私の所へ血相を変えた主任が飛び込み乱暴に手を引いた。 「何があったんですか?」 「近くの施設でテラ・ブーストの実験に失敗したんだ。大規模な粒子汚染が観測されている!だから06は使うなと言ったのに!」 06?確かパイロットとの相互作用が酷く凍結されたはず… 「06は凍結処分と記憶してます」主任に抱き上げられながら記憶を口にする。 「そうだ。パイロットに悪影響を与える支援機構なんて使えない、だけど無人機なら大丈夫とか言う馬鹿がいたんだよ。テラブーストの制御をやらせてみたらこれだ!」 言い終わると同時に激しい振動と爆発音が施設を襲う。 『パルヴァライザーの接近を確認。非戦闘員はシェルターに移動して下さい。』 通路を主任に抱き上げられて進む中、アナウンスが聞こえる。 「パルヴァライザー!?くそっ!やりたい放題だな!」 毒づく主任はシェルターとは別方向へ走り出した。 「シェルターはこの先には無い筈ですが?」 「解ってる、念のため君を最深度地下施設に連れていく。君がネクスト特化型でなければそこでパルヴァライザーを止める事ができるんだが…」 話す内に最深度地下施設に到着する。 「今からカプセルを用意する、お前は一時冷凍保存だ」 端末を操作しコールドスリープ用のカプセルのハッチを開けると私を中に横たえる。 「その内迎えに来るよ、九玉(こだま)」 「コダマ?」 「君の名前だ。昨日思い付いてね、データには僕が登録しておく。少しの辛抱だからいい子にしてるんだよ?」 私の頬を優しく撫でてハッチを閉じるとすぐに装置が動いた。急速に失われる意識の中でメモリーに自分の名前をセットする。 ー九玉ーそれが私の名前。 そして、目が覚めると見知らぬ施設にいた。聞けば私の生まれた時代は旧世代だという。 ―随分と眠ってたのね― 身体が安定してからは冬眠前にしていた事を最初からやり直す日々が続いた。驚いたのはここではコジマ粒子という新たなエネルギー源があり、プロトタイプといえどネクストが開発されていた。さらに驚いたのはそのネクストの名前を聞いた時だ。 <ナインボール・セラフ> それは私と同じ名のネクストだった。 プロトタイプ・ネクストのパイロットに会ったのは少ししてからだ、ハスラーワンという名のあまり好きになれそうに無い男だった。 シンクロを繰り返す内に彼の意識内に企業に対する敵意を感じ始めていた。いつまでも自分達の利益のみを求め、真に世界の安定を望んでないのだ。 「個の利益は企業の利益の先にある。焦る必要はあるまい?」 ハスラーワンへ依頼を届けにきた企業の重役はいつもそう言った。やがて利用されているだけと解った時には行動は速かった。負荷低減型ネクストを奪い、さらに長期間の稼動を見越して私も連れだした。 追っ手は凄まじかった。当然だ。最高のレイヴンが最高の機体を奪い企業に牙を剥いたのだ。説得あるいは抹殺を見越しての編成か常に20機以上の大部隊を送りこんできた。だが、負荷低減型とはいえ、こちらはネクスト。MT相手なら100機でも相手にできる。 ACとの戦闘も何度かあったが機体の性能とパイロットの技量からか全て撃破している。…ただ一人、施設を襲撃した際、施設を防衛していた「アロウズ」と名乗ったレイヴンを除いて。 第八話 終 →Next… 第九話 コメントフォーム 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/freedo/pages/27.html
雑誌付録 タイトル 動作 確認したVer. 備考 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #1 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #2 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #3 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #4 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #5 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #6 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #7 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #8 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #9 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #10 LIVE! 3DO MAGAZINE CD-ROM #11 非売品、その他 タイトル 動作 確認したVer. 備考 EKIDEN 95列島EKIDEN訪販キャンペーン FBバッテリーナビ オイルマン 救命・救急手当てのABC THE LITTLE HOUSE Sampler CD ○ 2.02 Alfa!+++ レースゲームのコースが見えない不具合は解消。音楽/ビデオCDの解説後止まる。 自衛消防活動の学習 自衛隊ワールド System Catalog 企業向けシステムのご案内 Storage Manager メモリー管理 ○ V1.9 SUPER NOVA バッテリーナビ 3DOで 知る みる あそぶ 中島みゆき トヨタホーム The Technology マルチメディアカタログ TOYOPET OUTDOOR WORLD TOYOPET RV PADDOCK TOYOPET RV WORLD National Panasonic コレクション NEW HOW’S 1 FRONT HOW’S 発売1周年 3DO REAL 特別プレミアムCD ◎ V1.9 全ゲームプレイ可。 Panasonic SPECIAL CD-ROM ヒッチコックに挑戦 サンプル、デモ タイトル 動作 確認したVer. 備考 アウトバーントキオ デモンストレーション版 ショックウェーブ SAMPLE スーパーストリートファイターIIX サンプル版 スクランブルコブラ デモンストレーション版 スターブレード デモンストレーション版 ソード ソーサリー デモ版 卒業 ~FINAL~ SAMPLE T E VR GOLF マスターズ 遥かなるオーガスタ3 デモンストレーション版 テーマパーク デモ版 ドラえもん 友情伝説ザ・ドラえもんズ デモンストレーション版 ○ v2.1 パズルボブル サンプル版 美少女戦士セーラームーンS デモンストレーション版 Vゴールサッカー 96 デモ-CD プロ野球バーチャルスタジアム デモンストレーション版 マスターズ 遥かなるオーガスタ3デモンストレーション版 → T E VR GOLF マスターズ 遥かなるオーガスタ3デモンストレーション版 モンタナ・ジョーンズ デモンストレーション版 ロードラッシュ デモンストレーション版