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間違いだったの?ううん、違う。そうじゃない。 「だってゆかちゃん?」 「なーに?」 「それは好きになる相手間違っとる」 [018:mistake“like”for“love”…?] 「…好き?」 「もちろん!友達だもん」 「そうじゃなくて、」 「なんよ?」 「ゆか、もうだめかもしんない、、」 あれから三日後。 何事もなかったみたいに世界はぐるぐるまわるのに、 何事もなかったみたいにのっちは変わらず笑顔なのに、 時々困ったような、それでも嬉しいような、呆れてるような、 よくわかんないけど、曖昧な表情をつくるようになった。 携帯が鳴るようになった。 「なんでなん?どしたの?」 「…わかんない」 目の前のあ〜ちゃんは困った顔してる。 当たり前か。ゆかだって困ってるんだ。 この悩みに解決策なんかないし。 そもそも悩みってなんだ? ゆかがのっちを好きだから? のっちの携帯が鳴るから? のっちの中にいまだにあの人がいるから? でも、それもどれも全部止めることなんか無理だから、 だから、悩む必要もないのに。 だってしょうがないことだもん。 そんなのゆかの勝手だし、のっちの勝手。 でも、だけどやっぱり、それが悩みだ。 「何に悩んでるかもわからんし、何がしたいかすらわからん」 もー自分が嫌になる。 本当はわかってるんだ。 「…ゆかちゃんの好きにしたらいいじゃん」 あ〜ちゃんドヤ顔。 いやいや、ちょっと待ってよ。 そんなん無理じゃん。無理だから悩んでるんだってば。 「ちょ、そんなの無理に決まってるじゃん」 「なんで?」 「なんで、って、、」 「誰が決めるん?そんなこと」 わかってるんだよ。 本当は、本当は、、、 「ゆかちゃんの気持ちはゆかちゃんのもの。他の誰のものでもないんよ。 大事にした方がいい。ゆかちゃんのためにも、正直な方がいいんよ」 わかってるよ、本当の気持ちは。 お願い、のっち。 行かないで。 「だけど…言えないもん」 「なんで?」 「ただの友達だから」 ———————————— 「元気だった?」 「…うん」 「そっか」 「正確に言えば、最近は、元気だよ」 「うん、」 「…そっちは?」 「私?うん、元気だよ」 「だよね」 「…なにそれ?」 「別に。そりゃそうでしょ、そっちはさ、」 「ねぇ!」 「な、…に?」 「もう名前も呼んでくれないんだね、、」 「…」 「…そりゃそう、か、、」 「ご、ごめん、、」 「…」 「ごめんって!」 「…優しいんだね」 「…」 「変わらないね、」 「…ひ、寛ちゃん、も」 「ん?」 「変わって、ないよ、」 「そう、かな?」 「うん。……残酷なほど、ね、、」 ———————————— ゆかは間違ってたのかな。 あれは愛じゃなかったのかな。 なんてゆうか、ほら、愛ってもっと“結びつき”の強いものな気がする。 だけどゆか嫌いになんてなれないし。むしろ全然好きだしさ。 別に何でもないって言ってるんだもん。でも、、、 いったいゆかは、のっちをどうしたいんだろ。 応援できるほど大人でもなければ、真っすぐ向かっていけるほど子供でもない。 ———————————— 「どっちが、、、彼女?」 「ん?」 「当ててあげよっか?」 「は?」 「ロングの黒髪?」 「はっ?てか二人ともロングの黒髪だし」 「そうでしたw」 「……ためした?」 「うんw」 「…かなわんわ」 「ごめんwでもさ、」 「うん?」 「きっと大切な人なんだろうね?」 「…うん」 「嫌われちゃったw」 「……どっち?」 「秘密wわかってるでしょ?」 「…なんとなく、ね」 ———————————— ご飯食べよーって、のっちが部屋の壁を叩いたから、ゆかは201号室のドアをあけた。 変わらない笑顔でゆかを迎えいれて、変わらない温度でゆかをあっためる。 あれから五日たった。 ゆかの気持ちは宙ぶらりんのままだ。 「ゆかちん、泣きそうな顔、してる」 のっちの手がゆかの頬へと伸びてきて、ゆかは咄嗟に目をつむった。 優しく頬に触れたその手は、ゆかにはあったかすぎた。泣きそうになるのをグッと堪えた。 「…のっちの、せいだよ、」 目を閉じたまま、ゆかは言った。遠くでのっちの携帯が鳴った。 連絡とってるんでしょ?知ってるよ。何で、何も言ってくれないの。 のっちの手が離れていく。ゆかはその手を慌てて掴んで、ギュッと握った。 「…行かないで、」 「え、、」 「…ここに、いて」 「ゆか、ち、」 「……なんて、ね、」 「…」 「…嘘、だよ」 握り締めた手を離した。 ゆかとのっちは友達だから、ゆかにそんなこと言える権利はない。 ゆかは背を向けて玄関を出ようとドアノブに手をかけた。 こんな状況で、ゆかはこんな状態で、二人で楽しくご飯なんて、無理だ。無理に決まってる。 だいたい最初から、無理に決まってるんだ。 のっちは何を考えて、何を思って、何を感じて、ゆかを呼んだの? 無理に決まってる。無理に決まってるんだ。 「…行かないよ」 ゆかの背中は重くなった。 「だから、、行かないで」 優しい声が、耳のすぐ裏側で聞こえる。 ゆかを抱き締めるのっちの腕は、あったかかった。少し、震えていた。 間違いなんかじやないんだ。ゆかはのっちが好きだ。 間違いなんかじゃなく、早く忘れてほしかった。もう一度出会ってなんかほしくなかった。 「なんでもないよ、ただの友達」 のっちは情けない顔で言った。 “ただの友達”って、じゃぁその人とゆかは一緒なの? ゆかだってのっちと、“ただの友達”じゃん。 ゆかにしたみたいに、その人にも優しくするの? ゆかにしたみたいに、その人にも甘えるの? ゆかにしたみたいに、その人のことも抱き締めるの? そんなの、ゆかは、嫌だよ。 ゆかにしたこと、その人にもしないでよ。 その人にするなら、ゆかにはしないでよ。 だってそんなの、、、ちっとも“ただの友達”じゃないもん。 ゆかはもう、のっちは“ただの友達”じゃないんだよ。 それに、ゆかは、、、 切っても切れない、その“結びつき”が、嫌なんだよ。 のっち、あんた間違ってるよ。好きになる相手。
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「打撃の際に膝を伸ばしてはならぬ!立て。もう一度だ。」 "Stop locking your knees as you strike! Now stand up and try again." 基本セット2021 【M TG Wiki】 名前
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発売日 2012年9月28日 ブランド Mignonne タグ 2012年9月ゲーム 2012年ゲーム Mignonne キャスト 桜城ちか(蘇芳輪),唯香(蘇芳結),結衣菜(望月久優),湖月紅れ葉(白川千尋),野々村沙夜(十和田綴),有沢由香子(綾瀬あかり),望月晴子(橘まお) スタッフ ディレクション:水戸黄色 原画:セトキアキトセ シナリオ:湊潤,毘沙素 キャラクター色彩設定:もんぢ,浅澄霧夜,イナズキススム 背景協力:株式会社アーベル グラフィック:浅澄キリヤ,イナズキススム,セトキアキトセ,もんぢ,紅娘,HACO プログラム:森田義一 スクリプト:水戸黄色 インターフェイス・デザイン:精霊飛蝗 音楽:水戸黄色,天乃啓示 デザインワーク:水戸黄色,恵よしたか デバッグ:株式会社アーベル,K.S. 協力:株式会社アーベル,HK(Many Many Thanks) 企画・製作:Mignonne
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【side 蓉】 朝食を取り終わった後、言われたとおり聖夜の車で病院へ向かい診察を受けた。 昨日レストミルに来た相馬という医師はガーゼと包帯を換えながら、改めて簡潔に怪我の具合を告げた。 小さな裂傷と、右腕の大きな裂傷、そして右足はシャンデリアの下敷きになったからだろう骨には以上はないものの酷い打撲と軽い捻挫。 全治は約二週間。当分は歩くことも仕事することも不便するだろう。 しばらく右腕右足は極力使わないようにと釘を差され、しばらく必要になるだろう杖と換えの包帯や薬を貰うと病院を後にした。 今日の分の仕事は聖夜の家を出る前に連絡を入れたからいいとして、明日からどうするかと思考を巡らす。 表の仕事は休むとしても、裏の…斡旋屋の方は休むわけにもいかない。 「着いたぞ」 頭の中で仕事の調整を考えていると、いつのまにか目的の場所に着いたらしい。 到着したのは昨日怪我を理由に報告もしないまま後にしたレストミル。 昨日の仕事の報告と損害についてきちんと話をしなければならない。 「車止めてくるから、先に行ってろ。」 「はい、すみません。」 聖夜に促され車を降りると車が発車するのを見送り、僕は一足先に店の中へ向かった。 「怪我はどう?」 「はい、まぁ…大丈夫です。」 迎えられたオーナーに、椅子へと促されながら聞かれ曖昧に苦笑して返す。 「先に仕事の報告をさせて頂いてもいいですか?」 「ええ、お願いするわ。」 出されたお茶に礼を言い、早速本題を切り出すとオーナーは正面の席に腰を下ろした。 「これまでの件と昨日の件、共に霊の仕業であることは間違いありません。」 僕はまずあえて言葉を繕うことなく口を開いた。 報告のときは一番気を使う。 こういった類の依頼は、他では打つ手が無く気休めぐらいの認識で依頼してくるのが殆どだ。 誰だって、見えないものは信用したりしない。 そういうものが原因かもしれないと思っていても実際こうして真面目に報告されれば狐に抓まれているような感覚になるのも致し方ない。 まして、今回の依頼人は雪城であって、目の前の彼女ではない。 人からどう思われるかなど気にしていられないと思いつつも奇異の目で見られることにはやはり多少抵抗はある。 僕の一言目の言葉に、オーナーはそう、と小さく頷いた。 その表情に目に付く疑念や懐疑がないことに、内心で安堵の息を吐くと報告を続ける。 「…お話を聞いたとおり、亡くなったというこちらのお客様が、雪城さんへの未練から成仏できずこちらに留まり、それにより怪異が起こっていたようです。」 一言一言、オーナーをまっすぐ見つめたまま、至極真面目に伝える。 彼女は暫く沈黙するも、再び小さく頷き、続きを促すようにこちらを見る。 丁度そのとき入り口のドアが開き聖夜が入ってきた。 そのままこちらへ向かい、オーナーへ一言挨拶すると僕の横に腰を掛けた。 ちらりと聖夜へ視線を向けると、続けろと視線で促され再びオーナーに向き直る。 「昨日、無事彼女が成仏したのを確認しました。」 「じゃあ、もう被害は出ないのね?」 「はい。」 「…よかった。」 オーナーの確認の言葉に頷けば、彼女はほっとしたように息を吐いた。 「これで、仕事は終了として問題ないと思います。 ただ、昨日の損害の件については、こちらで責任もってお支払いさせて下さい。」 「昨日の騒ぎは、」 「こちらの、信用に関わります。」 口を挟もうとした聖夜の言葉を遮るようにきっぱりと言い切る。 「こちらも、ビジネスとしてやっています。 こちらの不手際で損害が生じた場合、私の方でお支払いするのが当然。 また、その旨の保障の件は、依頼人である雪城朔夜さんにお渡しした依頼書の写しに掲載してあります。」 これは罪悪感や責任感ではない。 仕事をする上で必要な契約だ。 それを全うして初めて仕事は終了する。 そうしなければならないし、そうでなければ仕事とは言えない。 遮ることを許さず言い切った僕に、オーナーはちらりと聖夜へと視線を向け、それから少し考えてから頷く。 「わかったわ。では被害状況の見積もりは、そちらに。」 「はい、お願いします。」 視界の端に何か言いたげな呆れたような表情の聖夜が映ったが、それは見ない振りをした。 聖夜や雪城に何を言われようと、これは当然のこと。 それに、これは誰のせいというものでもないのだ。 当然、聖夜や雪城が責任を負わねばならぬ謂れもない。 それに治療費についてもまだきちんとしていない。 今日の治療費もいつのまにか聖夜が払ってしまったらしい。 あとで確認してきちんとその分を返さなくてはと思うものの、意外にも頑固な聖夜にそれをどう納得させるかも考えなくてはならない。 「今回はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした。」 とりあえずは、此処での仕事を終わらせるのが先かと、椅子から立ち上がりオーナーに深く頭を下げる。 気にしないでと首を振ったオーナーに損害補償の書類とそれの送り先の書かれた契約書を渡すとオーナーに見送られながらレストミルを後にした。 next
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【side 蓉】 「…はい、わかりました。では、そのように。」 喫茶店で二名席に陣取り、携帯を耳と肩の間に挟んだまま電話での打ち合わせを終えると、開いたノートパソコンに今しがた入ったばかりの情報を打ち込む。 通話の切れた携帯を折りたたむとそのままスーツの内ポケットへ戻し、情報を打ち込んでたファイルをフォルダにまとめ自宅のパソコンへ転送してからノートパソコンの電源を落とした。 閉じたノートパソコンを鞄に戻すついでに鞄からファイルを取り出し、その中から数枚の書類を取り出し流し読みながら内容を確認する。 それにいくつかサインをすると別の封筒に入れて封をした。 そしてファイルと封筒を鞄に戻すと、これで仕事が一通りすんだのを確認して、既に冷め切った珈琲を啜った。 腕時計で時刻を確認すると既に二十時を回っている。 打ち合わせで立ち寄った喫茶店に入店してから既に二時間過ぎていた。 打ち合わせの相手は、三十分ほどの打ち合わせを済ませ既に帰っている。 丁度いいのでついでに外で出来る仕事を済ませようと思ったら、いつのまにかこんな時間になってしまった。 喫茶店内にはもう人はまばらにしかおらず、閉店時間が近いことを告げていた。 さすがに長居しすぎたかと僕は伝票と鞄を持って立ち上がった。 外に出ると既に真っ暗で少しばかり肌寒い。 とりあえず早く帰宅して、自宅で残った仕事を済ませようと駅へと流れる人込みにその身を投じた。 「…あれ?あ…もしかして蓉?」 「……?」 人込みの中不意に名前を呼ばれ、足を止めると声の聞こえた方へ振り返る。 しかし、人込みの中知り合いらしい人物は見つからない。 …それ以前に、僕のことを名前で呼ぶ人物自体希少だ。 「こっち、俺だよ」 不意に腕を引かれてそちらに視線をやれば、そこに立つのは少しばかり長身だが可愛らしい女性。 柔らかそうな茶色の髪に似合った、柔らかそうな素材の服が映える。 親しげな笑みを浮かべ此方を見つめるボーイッシュな感じのする幼さの残る女性に僕は首を傾げた。 生憎このような女性に知り合いなど居なかったはずだ。 「……すみません。 失礼ですが、どちら様でしょう?」 失礼がないように柔らかく微笑んで聞けば、女性は拗ねたように唇を尖らせ拗ねた表情を作った。 「…俺のこと覚えてないの?酷くない?」 首をかしげながら批難の視線を向けられ、僕は困ったように曖昧に笑みを返す。 そう言われても、仕事上で会った人物ならば忘れないし、プライベートで女性と付き合った記憶もない。 人違いではないかと思いながらも、でも確かに彼女は僕の名を呼んだ。 「…朔夜、それじゃ分からなくて当然だと思うけど」 困惑していると、女性の背後から呆れの含まれた第三者の声が掛かった。 女性を追うように人込みを抜けながら此方に歩み寄ってくる若い男性。 どうやら女性の連れのようだ。 男性の言葉に朔夜と呼ばれた女性は「あ!」と声をあげて自分の姿を見る。 「……朔夜?」 聞き覚えのある名前に改めて女性を見れば、懐かしいある同級生の面影と重なった。 「…雪城、ですか?」 軽く驚きを含んだ声音で思いあたる元級友の名で聞き返せば、彼女…否、彼は満足そうににこりと笑った。 「そうだよ、雪城朔夜。思い出した?」 「………何故そんな格好をしているんですか?」 「変装。」 困惑と訝しさの混じりに聞いた問いに、あっさりとした返答が返ってくる。 そこで、目の前の高校時代の級友が今は有名人だということを思い出した。 そういえば幾度かテレビで見かけた。 「ナイト」と呼ばれる人気アイドル。その片割れが、この級友で。 しかし、確かに見様によってはユニセックスな服装ではあるが、女装といっても過言ではない出で立ち。芸能人というものはそこまでする必要があるのだろうか…? そんなことを考えていると、掴まれたままだった腕を引かれる。 「そんなことよりさ、本当に久し振りだよね。蓉今何してるの?」 「……まぁ、色々と。」 「スーツ着てるしやっぱり、サラリーマンとか? 確かこっちの大学に進学したんだったよね」 「……ええ。」 連れを気にせずに僕に話し掛ける雪城に、困ったような視線を雪城の連れに向ける。 彼はそれをどう解釈したのか、「じゃあ俺はそろそろ行くよ」と雪城に声を掛けた。 「そう?じゃあまたね、樹」 歩き出す連れを軽く手を振って見送る雪城に首を傾げる。 「…今のは、冴凪樹ですか?」 「ナイト」のもう一人の顔を思い出しながら首を傾げると、再び笑顔で肯定が帰ってくる。 「うん、そうだよ。 あ、そんなことより折角だし飲みにでも行こうよ。これから時間ある?」 「え?ええ、仕事は終わったので構いませんけど…」 断る理由も見当たらず、そして昔からこの明るく無邪気な級友にNOというのは苦手で。 了承の返事を返すと、雪城は嬉しそうに笑った。 「俺が知ってる店でいい? …あ、ちょうど良いところがこの近くにあるんだ。」 よく知った嫌味のない強引さは昔のままで。 終始笑顔な雪城に毒気を抜かれて苦笑交じりに首肯すれば、雪城は僕の手を引いたまま意気揚揚と歩き出した。 「あ、あった。ここだよ」 「………此処、ですか?」 ある店の前で足を止めた雪城に、僕はつい訝しげに聞き返してしまう。 連れて来られたのは、『レストミル』というホストクラブで。 流石に男が2人で飲みにくるような店じゃない。 というか、普通は男だけでは入店を断られるものじゃないのだろうか? いや、この場合雪城は女性に見えるから大丈夫、なのか…? 戸惑うように雪城を見れば、視線の中に含まれたに怪訝さに気付いたようで、入口を開けながら雪城は慌てて首を振った。 「あ、勘違いしないでよ! 俺の趣味じゃなくて、たまには金落しに来いって言われただけだから」 「…言われたって誰に…?」 聞き返した言葉に返答が返ってくる前に、開かれた扉の向こうにいる数人の男性に出迎えられた。 「ようこそ、クラブ『レストミル』へ!」 next
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【side 蓉】 聖夜の手が僕の肩に掛かったのと、ほぼ同時。 フロア内は痛いほどに冷たい空気に満たされた。 「…っ…」 僕の横を通り過ぎようとしていた聖夜の身体が傾ぐ。 慌ててそちらを見ると、聖夜が軽く額を押さえるようにして膝を付いていた。 「……大丈夫ですか?」 聖夜に手を伸ばしかけて止めた。 この現況の理由が『彼女』なのなら、下手に刺激してはいけない。 営業時間中、従業員であるホストやオーナーから話しを聞き、そして改めてこの場所に留まる気配を追えば、今回の騒動はやはり聖夜の客であっただろう女性であることがわかった。 恐らく理由は、焦がれた聖夜への執着と嫉妬。 今此処で聖夜に触れるのは得策ではない。 小さく頷いた聖夜を確認すると、『彼女』を探し周囲に視線をやる。 気配を追えばそれは視線を動かすだけですぐ見つかった。 バーカウンターの前で、まっすぐと僕を睨むように立つ女性の姿。 一見すれば普通に生きている人と変わりがないように見える姿は、集中すればその姿の向こうにうっすらとカウンターが見え、その姿が透けていることがわかる。 …彼女がもうここに居るべきではないことの証拠。 『彼に触れないで…』 細く高い声が響いた。 それは酷く弱々しく嘆いているように聞こえた。 『…何故、貴方達だけ…。 私は彼に触れることも話すことも出来ないのに…』 彼女に答える言葉を考えながら、ちらりと聖夜を見れば、彼女の姿だけでなく声も聞こえていないのか、何とか立ち上がって不思議そうにこちらを見ている視線と目が合った。 「伊佐…?」 「平気ですか?」 「まだ少し耳鳴りするけど…」 「では、控え室に…っ」 戻ってください、と言う前に少し離れた位置に置かれたグラスがパンッと破裂するように割れる。 驚いたようにそちらを見る聖夜から視線を離し、彼女の居るカウンターの方を見る。 「……落ち着いてください。」 殊更丁寧に柔らかい口調で『彼女』に話し掛ける。 しかし、今彼女は冷静ではない。 此方の声を聞く気がないのか、自分の気持ちすら御せないのか。 彼女が放つ『力』に、周囲にラップ音が響く。 『どうして?私は彼と話せればそれでよかったのに。 それだけで幸せだったのに…!』 何も聞きたくない。そうできない事実を受け入れたくはない。 耳を塞ぐようにして首を振る彼女のそんな想いだけが力となって放たれる。 どうして。何故。…そう一方的に放たれる想いに、僕の言葉は届かない。 ……本当は、彼女に納得してもらえるのが一番いい。 そうでなければ、彼女を浄化させることは出来ない。 溢れる力に、僕はスーツの内ポケットに入れていた護符を出す。 出来れば、これを使って強制的に消すようなことしたくない。 「……辛いことだとわかります。 でも、彼を傷つけることは貴女も本望ではないでしょう?」 『貴方になんかわからないわ!』 宥めるような言葉に悲憤の混じった声が返る。 『傍にいても触れられない、気づいてもらえない。 そんな辛い思いをするなら…!』 彼女の睨め付けるようなキツイ視線が聖夜に移った。 まずい、そう思うと同時に頭上からパリン、と何かの弾ける音。 それに慌てて上を見れば、豪奢なシャンデリア調の装飾が揺れている。 あのまま落ちれば、その真下に居る聖夜は怪我なんかでは済まないだろう。 聖夜は今の状況が掴めていないのか、訝しげな表情で周囲を見回している。 「…っ、聖夜!」 ダメだとそう思ったときには身体が動いていた。 口に出した名が、距離を置く為の呼び方なんて忘れた昔の呼び方だと気づいたのは、聖夜の腕を強引に引いた後。 持ったままだった護符を聖夜に押し付けるように勢いをつけてそのまま押し放す。 突き飛ばされた聖夜は予測していないことに数歩後ずさると、その勢いに後ろに倒れこむ。 僕もそれの勢いに数歩進むも、不意に右足が動かなくなる。 動かない足を取られるように、転ぶように前に倒れた。 ……身構える暇もないまま、頭上の装飾が落ちた。 「……ッ!」 右足に走る衝撃と右手に走った熱さに、それが痛みだと気づいたのは一瞬後のことだった。 next
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【side 聖夜】 眠ったのが明け方近かったため、起きたのは昼を過ぎた頃だった。 蓉は既に起きていて、既に身支度を整えている。 ジーンズにシャツといった限りなくラフな格好で、欠伸を噛み殺しながら冷蔵庫を開ける。 中には栄養機能食品とペットボトルがメインで、幾つか買い置きの食料もある。 「あー…勝手になんでも食って良いから」 「そういうわけにはいきませんよ」 俺が起きてくるまで、蓉は最低限のものにしか触れていなかったらしい。 性格を考えればすぐに納得できた。 「暫く一緒に暮らすなら、朔夜みたいに勝手に使ってくれたほうが俺が楽だ。良いな」 アイツは逆に遠慮って言うものを知るべきだが。 合鍵使って勝手に入ってくるし。それも猫連れで。 「雪城みたいに、ですか…?」 「ああ。あいつ、合鍵持ってるから猫連れで勝手に入って冷蔵庫漁るし俺のベッドで寝るし」 「それは…」 「代わりに家事するから良いんだけどな」 コメントしにくいらしく苦笑いを浮かべる蓉に、肩を竦めて見せた。 家に帰ってきたら料理が作ってあって、掃除がされていて、お帰りという奴がいる。 それは面映くもあり嬉しくなくもないことでもあって。 とりあえずコーヒーメーカーをセットした。 冷蔵庫から卵とベーコンを取り出して、パンをトースターに放り込む。 フライパンを置いたコンロのスイッチを入れながらペットボトルの水を呷った。 「…聖夜、あの」 「医者が完治っつーまでは此処に居ろ」 蓉が言いそうなことは予想がついたから先んじる。 棚から油を出してフライパンに引いて、ベーコンを並べた。 「ですが…」 「くどい。基本的に俺は夕方か夜に出て、朝帰るから。蓉と時間はかぶんねぇだろ」 蓉が一人になるのであれば何も変わらない気はする。 だからこれは単に自己満足のようなもの。 俺のせいで怪我をさせた蓉を放っておくのは後味が悪い、という。ただそれだけ。 …一緒に暮らすことに対して、嬉しさがないかと言われれば否定することができないのは事実だが。 「朔夜が煩い」 冷血漢やら何やらぐだぐだ言われるのは俺に決まってる。 そう言って、卵を割り入れる。 「聖夜は雪城に弱いですからね…」 困ったように笑う蓉も朔夜に弱いと思うけど。 こんな面倒な頼みを受けたんだから。 それで大怪我までして、損害の責任をもつとまで言って。 どう考えても損をしている。 「馬鹿ほど可愛いからな。ってかあの馬鹿の頼みだったんだろ?今回のこと」 「ええ…依頼でしたから」 「依頼料の明細は俺にも渡せ」 今回の件に朔夜は殆ど関係ない。 店の損害はオーナーに明細を貰うとして。 医療費は医者についてったときに聞こう。 焼けているトーストを皿に乗せて、別の皿にベーコンエッグを入れる。 コーヒーもカップに注いだ。 それらをリビングのテーブルに置く。 驚いたような蓉に少しムッとする。俺が朝食を準備するのはそんなに変か? 「食べたら医者行くぞ」 場所はもらった名刺に書いてあった。 自分の分と蓉の分、両方のパンにバターを塗りながら、ベーコンエッグは片手じゃ食べ辛いだろうかと今更なことを考えた。 next
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【side 蓉】 「つまりその女の子の霊の仕業なのでは、という噂があるんですね?」 雪城は僕の言葉に小さく頷く。 先日、レストミルに訪れたあの日。 あの時存在を感じた女性のことだろうと、簡単に察しはついた。 雪城が聞いたという噂の女性であるとは断定は出来ないが、事件が起こる場所が聖夜の仕事先であるレストミルに限定されていることなどの状況を考えても、何らかの未練を残し霊と化してしまった女性だと考えるのが自然だ。 「そう。けど、今までは怪我するような規模のはなかったみたいなんだ…エスカレートして危ないのはやっぱり聖夜か、そのときのお客だと思う」 真剣な表情でそう言った雪城は僕に向かって頭を下げた。 「同級生のよしみじゃなくて、ビジネスでの依頼。調べてみてくれないかな?」 雪城の縋るような視線を受けながら、どうしようか迷う。 …ビジネスだと、そう言われてしまえば聖夜に再会する前の自分なら躊躇わずに二つ返事だっただろう。 しかし、再会して自分に未練が残っているかもしれないと思ってしまった今では、躊躇うものがあった。 けれど、今目の前で依頼をしているのは昔の恋人の弟ではなく、純粋に兄を心配して話を持ちかけてきた心優しい弟。 ビジネスで、そういった雪城の言葉は、僕にとっての少なからずの逃げ道となってしまった。 「……わかりました。お受けします。」 僕は逡巡の後、小さく首肯した。 どうやら思った以上に自分はこの級友に弱いのかもしれない。 そして、それに彼も関わっているのなら、自分に放っておくことなど出来るだろうか。 「本当?」 ぱぁっと明るくなる雪城の表情に苦笑は禁じえない。 現金だと思うが、けれどその素直さも雪城の雪城たる所以なのだろう。 「はい。」 「ありがとう」 明るい表情で笑ってそう言った雪城に小さく首を振る。 「お礼は事が収まってからで結構ですよ。」 少しだけ表情を崩しそう言えば素直に首肯が返ってきた。 それに小さく微笑み返し、レストミルに訪れる日程を決めると雪城と別れた。 「……御符、ですか?」 「はい。用意していただけますか?」 訝しげに首を傾げる少年に向かって僕は頷いた。 雪城と会った翌日、僕はビジネスパートナーでもある少年の元を訪れていた。 僕の目の前にいる彼…舞原綴はまだ学生だが、信頼のおける仕事仲間。 立場上、彼の上司に当たらなくもないが心霊現象に関しては僕よりも彼の方が実力は確かだ。 彼の対霊手段は独学らしいが、実績や実力は僕の観る限りでも並ぶものは少ない。 大人しく口数少ないしどちらかといえば愛想のあるタイプではないが、信頼は厚い。 斡旋屋への依頼の多くは、彼に流れていくといっても過言ではないだろう。 「…俺が行きましょうか?」 僕の話に依頼だと察しが付いたらしい綴君は少し迷ったように口を開いた。 僕の苦手としている除霊の為に護符をと頼んだのだから当然といえば当然だ。 そして、雪城からの依頼も仕事と割り切るのならば綴君に任せた方がいいのかもしれない。 仕事の難易度を量るために現場に赴くことはあっても、僕自身が除霊や浄霊を行うことは珍しい。 僕は力は霊を視たり同調することに強く、護符や結界、除霊などにはあまり向かない。 浄霊なら多少心得はあるが、それに従ってくれる者ばかりではない。 そして何より、僕はあくまで『斡旋者』であり、現場に赴くプロではない。 実際、浮遊霊を祓うくらいならまだしも因縁の強い霊を払うことには不安が残る。 「いえ、今回は私が行こうと思います。」 それでも、何故かこの雪城からの依頼を、他の誰かに任せようという気にはならなかった。 だから、万が一自分の力が及ばなかったときのことを考え、保険を確保しておくことにしたのだ。 独学で作られたものらしいが、彼の護符ならきっと大事にいたることはないだろう。 僕の言葉に気にした様子なく、綴君はそうですかと首肯した。 他に任せないのは…雪城からの依頼だから。 ……否、聖夜が関わっているなら、と思ってしまったかもしれない。 未練がましいなと自嘲気味に思いながら、けれどその言葉を撤回する気にもならなかった。 「……わかりました。いつまでに用意しておけば?」 「…ありがとうございます。そうですね…明後日までに。」 綴君の問いに、雪城との約束を考え答えれば急な仕事にも関わらず綴君は再び小さく頷いた。 「じゃあ明日には用意しておきます。」 「助かります。では、明後日の夕刻に取りに伺います。」 「わかりました。」 いつもどおり事務的に報酬と護符の受け渡しの方法を確認すると、僕は真直ぐ帰路についた。 その数日後。雪城との約束の日に以前訪れたホストクラブに訪れると、既に雪城が話を通していたらしくそのままオーナーの元に案内された。 オーナーはまだ若い感じの女性で、オーナーというよりは客に近い感じもしたが、ホストや客への気遣いや采配を見ればさすが、といったところだ。 彼女にもう一度事の経緯を聞くと、彼女も今回の件については困っていたと零した。 そして店の営業中は手空きのホストから話を聞くことにして、本格的に動くのは店を閉めるのを待ってからにすることになった。 next
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【side 蓉】 聖夜が荷物をとってくるのを待って僕達は店の外に向かった。 外で待っていたのは雪城の知り合いらしく、店を出てすぐのところに止まっていたのはタクシーなどではなく普通の…と言っては少し語弊があるだろう高そうな外車。 僕に肩を貸した雪城が近づいてきたのに気付いてか運転席に座っていた男性は窓を開けるが、僕の姿に軽く眉を潜める。 「……なんかあったのか?」 「うん、ちょっと。後で説明するから二人送ってくれない?」 そう返した雪城に男性は繕うことなく面倒そうな視線を僕とその後ろに立つ聖夜に向けた。 「…紅志…」 それに困ったように、また諌めるように男性を呼ぶと紅志と呼ばれた男性は仕方ないといった様子で溜息を吐き出し、次いで車のドアのロックが外された。 「さ、2人ともさっさと乗って。」 片手でドアを開けて促す雪城に、聖夜はドアの開けられた後部座席へと乗り込む。 「ほら、蓉も。」 「でも……」 「ほら、いいから早く。」 雪城に促されながらも、戸惑う。 改めて思い返せば服も血だらけだ。 このまま乗り込んだら車のシートが汚れてしまうと気付いて躊躇うもそれは雪城の言葉に遮られてしまう。 困ったように聖夜に視線を向けるも先に乗り込んだ聖夜はさっさとしろとばかりにこちらをちらりと見るだけ。 困り果てて固まった僕を促したのは予想外の人物だった。 「…いいから早く乗れ。」 「え…?」 運転席から掛けられた声に驚いたようにそちらを見れば、先程同様呆れた視線の男性と視線が合った。 「別に送っていくくらいかまわねぇよ。」 「でも、シートが汚れて…」 「持ち主がそういってるんだからいいんだろ、早くしろよ」 傍観していたはずの聖夜にまで促されて僕は仕方なく聖夜の隣へと乗り込んだ。 それにドアを閉めると雪城は前に回り助手席に乗り込む。 「んで、何処にいけばいいんだ?」 全員が乗り込んだのに運転席に座る彼が隣の雪城を見る。 「えーっと、蓉のうち?でも泊り込むなら聖夜の着替え先にとりに行ったほうがいいかな?」 聖夜がうちに泊り込むこと前提でそう問いかける雪城に、なんと返そうか言葉を捜す。 この友人に弱い自覚のある僕は中々反論の術を見出せないでいると隣に座った聖夜が口を開いた。 「先に蓉のとこ、寄ってけ。」 「…え?」 疑問を声に漏らした僕と視線が合わないまま聖夜がそれに応える。 「泊り込む位ならお前がこっちに来い。その方が楽だ。」 それにどう応えるべきか迷う一瞬、先に雪城が頷いた。 「了解。んじゃ、蓉住所教えてくれる?」 思考が追いつかないままぽんぽんと進められていく話に、僕は困惑しながら頷いた。 next
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【side 蓉】 久し振りにあったあの人は、当然のことながらあの頃より大人びていて。 けれど見紛うことはなかった。 僕たちの通された席に姿をあらわした『聖』とよばれたホストは、間違いなく僕を此処に連れてきた雪城朔夜の兄で。 ……昔恋人だった雪城聖夜だった。 心にある動揺を知られたくなくて。 聖夜の言葉を遮るように、「雪城さん」と呼ぶことで彼との距離を計った。 …そう、彼に好意を寄せる前のように。 しかし、僕たちの関係を知っていたはずの雪城が何故聖夜の働くこの店にわざわざ僕を連れてきたのか…。 聖夜が席を外した隙に問い掛けた僕に、返ってきた答えは簡潔で単純なものだった。 「聖夜が、蓉に会いたがってたから」 しかしそれは、全く予想できなかった答えで。 「……雪城さんが、私に?」 訝しげに聞き返すと雪城は自信があるようで真摯に頷いた。 …何処でそんな勘違いに至ったのかは知らないがそんなことあるはずがない。 「それはありえませんよ」 そうやんわりと否定をすれば、雪城は不思議そうな表情になる。 「何で?」 「何故といわれましても…雪城さんと私はもう」 別れたのだ。 私が一方的に振った。 しかしその言葉を最後まで言う前に、雪城が口を開いた。 「蓉がどう思ってようと、聖夜は蓉に会いたいみたいだったから。 それで丁度、この店の近くで蓉に会ったから。 まるで運命みたいじゃん?だから蓉を此処に連れてきたんだ」 …どうやら雪城は何の疑いもなくそう思っているらしい。 もしそれが本当に運命なのだとしたら、それは皮肉な運命だ。 しかし、真直ぐ此方を見る瞳がそれが嘘ではないことを示していた。 僕の否定をものともせずそう言い切るには何か理由があるのだろうか? 「雪城は、何故雪城さんが私に会いたいと思っていると思ったのですか?」 「この間昔のアルバムを見つけたとき、聖夜が懐かしそうに蓉との写真を見てたから」 ……写真? 確かに本当に数えるほどだけれど彼と共に写真を撮った覚えはある。 それがまだ彼の手元にあるというのか。…とうに捨てたと思っていたのに。 …いや、彼の性格なら面倒だからアルバムに挟んでそのままにしていたのかもしれない。 一瞬、期待してしまいそうな自分に、気付いて意図して否定した。 全ては過去のことなのだ。 僕が彼の名ではなく苗字で呼んだとき、彼は何も言わなかった。 そして、彼もまた僕を以前のように名前ではなく苗字で呼んだことがいい証拠だ。 意図して強く否定する。 そうしなければならない淡い期待が自分の中にあったことを知った。 完全に忘れたつもりだったとは言わないが、滲むようにあるこの気持ちは心残りだとでも言うのか。 ……だとしたら女々しいことこの上ない。 「悪い、遅くなった」 背後からそんな声が降りてきて、僕は自嘲の思考を中断した。 聖夜が手に持っていた数種類の酒やグラスをテーブルの上に置く。 いつのまにか聖夜が戻ってきたらしい。 先程の会話の途中に戻ってこなかったことに僕はそっと安堵の息を吐く。 聖夜は雪城に促されるまま先ほどと同じ、僕と雪城の間に腰を降ろした。 酒の注がれたグラスに口付けながら、雪城と聖夜の会話を取りとめもなく聞く。 そうしながら雪城に振られる会話に二、三言返事を返す。 此処はホストクラブで、傾けているグラスの中身が酒だと忘れれば、それはとても微笑ましく穏やかな時間だった。 聖夜とのことは過去のことだと踏まえた今でも、こうした空気の中にいられるのは単に雪城のおかげなのだろう。 「……っ…」 そんなことを思っていると不意に背筋を刺すような寒気。 それに数瞬遅れてガシャンッ、というガラスを割ったような音が何度か続く。 反射的にそちらに視線を向ければ、雪城も同じだったのか吃驚した様子でそちらを見ていた。 「あー…またやったか」 それに聖夜も何処か呆れた様子でちらりと視線をそちらにやった。 「…また、ですか?」 訝しげに聞き返す。 それに聖夜は軽く頷いてみせる。 「最近多いんだよな、物落としたり、ガラス割ったり…」 注意力散漫なんだろ、そういってグラスを傾ける聖夜に小さく相槌を打った。 誰かの不注意やミス…?いや、違う。 反射的に内心で否定する。 僕にとって良く馴染んだ肌が粟立つような感覚。 その悪寒の正体を僕は実際に目にするまでもなくわかっていた。 先程の感覚と未だ滲むように残る気配でわかる。 この店には、居る。 ……もう、人の目には映らなくなってしまった迷える女性が。 それは所謂幽霊と呼ばれるもので。 とはいえ、まさかこの店に霊が居ますなんて口に出す愚など犯さない。 言ったところで信じる人間などいないだろうし、怪しい人扱いされるのが落ちだということを僕は良く知っている。 この世界の大半の人間はそんなものの存在を認知してはいないのだから。 そんな僕の特異な体質ともいえるものを、ここに居る雪城と聖夜は知っている。 けれど、今はどんな反応が帰って来るかもわからない。 ………今と昔は違うのだから。 「ねぇ、蓉ってば」 「……え?」 つい気になった悪寒の正体を追いながら思考に浸っていた僕は話を振られていたのに気付かなかったらしい。 雪城の声で我に帰ると、雪城も聖夜も不思議そうにこちらを見ていた。 「え、じゃなくて。話聞いてなかったの?」 拗ねたようにいいわれて、ばつが悪く微苦笑する。 「すみません、つい考え事を…。」 「考え事って?」 「……仕事のことで少し気になることがあるもので。」 …とっさに嘘を付いた。 本当のことを答える気にはなれなかった。 「そういえば、仕事って何してるんだ?」 不意にその様子を見ていた聖夜が聞く。 「商社相手のコンサルタントです。 所謂、経営コンサルタントといった方がわかりやすいですかね。」 そうかえせば然程興味があったわけではないらしく、聖夜はへぇ、と頷いた。 といっても、それはあくまで表向きの仕事で。 本業はといえば、その裏でパソコンを媒介に運営する一種の派遣会社。 派遣会社といえば聞えはいいが、主には表には委託出来ない厄介ごとをその手のプロに斡旋する「斡旋屋」。 表立って出来ないだけに、その分危険も多いが収入はいい。 自分の面倒でしかなかった能力も役に立つと思えばマシになる。 「忙しいの?」 首を傾げる雪城に苦笑して首肯する。 実際のところコンサルタントは表向きに過ぎないといえ二重生活もいいところで結構忙しい。 「雪城ほどではないでしょうかが、少し。」 「そっか…」 「ええ…。 ……ああ、すみません。私は明日も少し早いので今日はそろそろ…」 会話が切れたのを見計らってそう言えば雪城は少し残念そうな表情になった。 「え?もう?」 「…仕事があるんなら仕方ないだろ」 引き止めそうな雪城を、宥めるようにいう聖夜に内心感謝しながら席を立った。 「ええ、すみません…。 会計の方は済ませておきますので」 「え?いいよ、誘ったの俺だし」 慌てて立ち上がる雪城に暫し逡巡しつつ聖夜を見る。 その視線に気付いた聖夜がこちらを見て、その視線が交わる。 その視線が好きにさせろ、といってるようで僕は苦笑を浮かべると雪城の好意を素直に受けることにした。 「…それでは、ご馳走になります。 この埋め合わせはまたしますので。」 「またっていっても、俺蓉の連絡先知らないんだけど…」 「…そうでしたね、失礼しました。」 ポケットから名刺を一枚出して雪城に差し出す。 「何かあったら此方にお願いします。」 「うん。今日は付き合ってくれてありがとね」 にこ、と笑う雪城に僕もつい笑んでしまう。 無条件に人を和まし、笑顔に出来る雪城は、アイドルという職は天職なのかもしれないなと思った。 「いえ、此方こそ誘って頂いて有難うございました」 そのまま雪城から聖夜に視線を向けると一礼する。 「雪城さんも。それでは……」 「ああ」と頷く聖夜と「またね」とそういって軽く手を振って見せる雪城にもう一度一礼して僕は彼らに背を向けて店を出た。 next