約 4,029 件
https://w.atwiki.jp/aousagi/pages/1176.html
仮面ライダーでない人物 メルディアナ・バンディ 《仮面ライダー》を生み出した女。 バトルの主催者。ライダーシステムを開発し、ミラーワールドでライダー同士の殺し合いをさせている。ゼウスのカードデッキを所有するが、本人は変身しない。 ライダーバトルが遅々として進まないことに業を煮やしており、戦いを活性化させるべくロキや皇鬼をライダーとして選定したり、テンやアリサにサバイブのカードを与えたりと、舞台裏で暗躍する。息子であるアルヴィンの事に関しては見境がなくなる。 主にフェインティアなどの人型のモンスターを従えており、邪魔者やアルヴィンに危害を加える者の抹殺などを行わせていた。 かつてはフィーネと同じ「組織」の開発チーム主任で、ライダーシステムはその最高機密だった。 アルヴィン・バンディ ライダー同士の戦いを止めるために、失踪した母のメルディアナを探している少年。「ことぶきや」の店員を務めることもある。 劇中当初からテンと行動を共にしているが、彼と協力して戦いを止めようとしていた。 メルディアナは彼に関わるある事情からライダー同士の戦いを仕組んでおり、アルヴィン自身は戦いを望まないにもかかわらず元凶となっている。終盤、ミラーモンスターの発生の真相に絡んで彼の正体と謎が明らかとなる。 寿陽介 鈴童やテンが働く料理店「ことぶきや」の主人。江戸っ子気質で細かいことは気にしない。料理の腕と嫁が自慢。 寿慈雨 陽介の妻で、「ことぶきや」の女将。けっこうなお節介焼きで、路頭を迷っていたアリサを拾ってきた。 料理の腕は人智が及ばないレベルの酷さである。 響諒 《仮面ライダー》だった男。故人。 かつてのレミリアの恋人であり、テンの友人。テンをモンスターから庇って死亡した。 登場する仮面ライダー(1) 登場する仮面ライダー(2) 登場する仮面ライダー(3)
https://w.atwiki.jp/mgolf/pages/294.html
6月定例会 5月22日 広幡ゴルフクラブ 男子 白ティー 天候;晴れ name in+out total 辻 陽介 47,49 96 長尾 直晃 50,44 94 寺西 直樹 38,40 78
https://w.atwiki.jp/rosso-k2ch/pages/20.html
前期第3節 2007/3/25 県民総合運動公園陸上競技場(KKWING) 2633人 ロッソ熊本 6-0 FC琉球 得点者 4分 高橋 泰 6分 高橋 泰 39分 高橋 泰 49分 小森田 友明 53分 北川 佳男 83分 小林 陽介
https://w.atwiki.jp/sentai-kaijin/pages/24.html
「お前も、ここの社員か?ならば…燃えろ!」 【名前】 マグマ・ドーパント 【読み方】 まぐま・どーぱんと 【声/俳優】 YOH(W) 【登場作品】 仮面ライダーW仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム 【登場話(W)】 第1話「Wの検索/探偵は二人で一人」 【分類】 ドーパント 【変身者】 戸川陽介 【メモリ】 マグマメモリ 【綴り】 MAGMA 【頭文字デザイン】 Mを象った形状の火山(M) 【生体コネクタ位置】 左腕 【特色/力】 マグマの記憶による超高熱 【モチーフ】 マグマ、ライオン? 【仮面ライダーW】 市販されている「マグマ」のガイアメモリで風都トップブランドのアパレルメーカー「ウインドスケール」の元社員、戸川陽介が変身したドーパント。 マグマの記憶から派生した超高熱のエネルギーを自由自在に操る能力を持ち、溶岩がそのまま人型になったような姿をしている。 湧き上がるマグマを鬣に見立てたのか、冷えて固まった溶岩で出来た顔には鋭い牙が2本伸びているためこちらを威嚇するライオンのようにも見える。 生み出した超高熱であらゆる物を溶解し、ビルの基礎も地盤と共に崩落させる程の力を有する。 身体から生成した火山弾を目標に向けて発射する攻撃も得意としているが、火山弾の威力はさほどでもない。 戸川はリストラされた私怨から戸川がガイアメモリを購入してドーパントとなっていたが、ガイアメモリの毒素が精神を蝕み次第に完全に怪物と化して所構わずに暴れ回るようになってしまう。 ウインドスケールへの攻撃は単独犯と思いきや、戸川には共犯者がおり、ガイアメモリの力に飲まれ暴走し始めたためそちらに見限られてしまい、 店舗を襲撃しようとしたところを左翔太郎に発見されたためドーパントへと変身。 仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーと戦い、火山弾を連射してダブルを近づけなかったが翔太郎の相棒であるフィリップがダブルのメモリを切り替えルナジョーカーへとチェンジ。 自由自在に伸縮する腕と脚で火炎弾を振り払われた上、追撃も受け、サイクロンジョーカーへと戻ったダブルのジョーカーエクストリームによりメモリブレイク。 だが生身に戻った瞬間、地中から出現したティーレックス・ドーパントに飲み込まれ、しばらく後死体となって発見されてしまった。 【仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム】 アクマイザーが生み出した再生怪人の1体として登場。 【余談】 仮面ライダーWに登場した怪人の第1号。 変身者である戸川陽介が直接登場しているシーンは少ないが、メモリの毒素による中毒症状と思われる形相であり、ガイアメモリと美味く適合できていなかったようにも思える。 「マグマ」という超高熱を操る能力を上手く使えばダブルともいい勝負は出来ただろうに。 攻撃技として使っている火山弾も本体から分離している時点で急速に冷めるため温度を維持しづらく、そもそも固まりかけた溶岩は脆いため威力自体低いのも当然と言える。 舗装材を溶かしてマグマオーシャンにするなり、超高熱を発し続けてダブルの攻撃を尽く蒸発ないし近づけさせなければ勝機はあった…と思われる。 負けた怪人にああすればこうすればと言っても全ては終わったことであるが。 ちなみにマグマは珪酸塩鉱物を主成分とし天体を構成する固体がその内部で溶融しているものを意味する。 火山噴火などで地表に流出したマグマは溶岩と呼ばれるが、学術的に区別されているものの、明確な線引は無い。
https://w.atwiki.jp/jleague_dream11/pages/577.html
2012選手名 ポイント 守備位置 初期値 MAX値 売値 備考 OF DF TEC OF DF TEC 数値合計 GK DF 野崎 陽介 21 MF 289 357 408 679 836 957 2472 4200 2012 FW
https://w.atwiki.jp/meidaibungei/pages/333.html
2005年12月03日(土) 17時03分-無学 まるで、空が壊れたみたい。 風雨は激しさを増すばかりです。 痛いほどの雨粒が、容赦なく体を叩きます。 ずぶ濡れの服も。張り付いた髪も。 もう気にならなくなるくらいに。 そんな白く霞んだ世界の中。 私はぼんやりと、川面を見下ろしていました。 川は刻一刻と荒れていきます。 猛り狂う水。怒りに震えるような。 ばらばら。 ばらばらと。 忙しない雨音が私の意識を掻き乱します。 これほどの雨が、一体どこから来るのでしょうか。 私はその答えを知っていました。 そう――。 これは、あなたの涙。 私はどれだけ許しを乞うてきた事でしょう。 ごめんなさい。 ごめんなさい。ごめんなさい。 でも、仕方がなかったのです。 ふたつの孤独。ねがいはひとつ。 唇は、選ばなければいけないから。 ふと足首に、異様な感触を感じました。 泥よりも冷ややかな感触。 私はぞっとして飛び退こうとしました。 しかし足首のそれが、私を掴んで離しません。 あってはならない異物。 悲鳴が喉を突きました。 ――手、だったのです。 蒼白くてほっそりとした、両の手。 腕は濁流から、蛇のように伸びていて。 それが、私の足首を掴んでいたのです。 私はその場に倒れ込みました。 足を動かして、必死にその手を振りほどこうとします。 手は私を濁流へ引き摺り込もうとしているのでしょう。 あらゆる命を呑み込んできた、この水の中へ。 ここではない、向こうの世界へ。 どんなにもがいてみても、手は離れません。 土手の上から滑り落ちていくように。 少しずつ、私の体は引き摺られていきました。 荒々しい水音。 ひやりとした気配。 足元には濁流が迫っています――。 私を待ち構えているのでしょう。 濁流の中に、あなたの姿がありました。 長い髪を水に遊ばせながら。 水月(くらげ)のように、浮き漂(たゆた)い。 首だけ川面から出して、じっと私を見上げてきます。 私に似た顔。人間の顔。 ――人間みたいな顔。 その口の端が、微かに歪んでいるのが分かります。 だんだんと憎悪が込み上げてきました。 あなたはそうやって、無様な私を笑っているのでしょう。 あの時と同じように。 怖気を奮い立たせるように、私は声を上げました。 いつまで、私たちの邪魔をするの。 どうして、向こうの世界に還ってくれないの。 あんなに。 あんなに何度も殺したのに。 貴方はまだ、死んではいない。 私は懐から小刀を取り出しました。 古びた木の鞘に納まった、ちっぽけな刃。 でも。 あなたを殺した刃。 あなたを殺せる刃。 その小刀を頭上に翳します。 私の足首にしがみついている、あなたの蒼白い手。 そこに目がけて、刃を振り下ろします――。 そして。 私の意識は、雨粒のように。 弾けて、消えた。 ※ ※ ※ 一.六月二十八日(月) 台風一過。 ちぎれ雲が欠伸しているような、穏やかな空。傾き始めた陽光に街路樹の緑が眩しい。昼ごろまでうなぎ登りに上昇していた気温もようやく落ち着きを見せている。そんな雨上がりの好天の下、青山八雲はバイト先に向かって自転車を走らせていた。 ふだんなら大学から直接バイト先へ赴く八雲だが、今日は事情があって家に寄る必要があった。それでもできるだけ早く出勤して欲しいというのが店長のお達しなので、もたついているわけにはいかない。支度も早々に家を出発したのがちょうど四時半。路上に残った水たまりをかわしながら、八雲は軽快にペダルを蹴った。 川沿いの道に出ると、土手の下の九頭竜川(くずりゅうがわ)がまだ台風の余韻を残していた。九頭竜川というのも何だか大層な名前だが、どこかの文豪が言っていたように名前には税金がかからない。御影市(みかげし)を縦断するように流れるこの川は、実際に県下有数の大川だ。 道の先には大きな赤茶けた鉄橋が見えた。その形からB型鉄橋とも呼ばれているこの橋は、九頭竜川の本流を跨いで道路を結んでいる。道路のガードレールの下は土手の斜面になっているが、広大な川原はすっかり水に覆われている状態だった。 昔は「豆こぼし」なる異名とともに荒川として恐れられていた九頭竜川も、ダムの開発や河川改修工事に伴って水害を免れるようになったらしい。確かに昔に比べればずっと川の整備は進んだのかもしれないが、安全対策の面ではちょっとズサンじゃないのか、と八雲は思ったりする。もともと御影市の出身ではない八雲が口を出すことではないかもしれないが、これまで市が別のところにお金を注ぎ込んできたのは事実だ。しかし今回の大雨で、市も対策を迫られることになるだろう。 なにしろ現実に死人が出たのだから。 もっとも、それはただの事故ではないらしい。八雲が大学で小耳に挟んだ情報は、もっと物騒なものだった。 川面に浮かぶ若い女性の死体が発見されたのが、今朝早くのことだった。発見現場はここから遥か下流。市の中心街にほど近い場所になる。穏やかでないというのは、遺体に不自然な傷――刃物などによる傷跡があったからだ。つまり、事故ではなく事件の可能性があるとの事だった。 テレビのニュースで確認したわけではないから、どこまで確実な情報かは分からない。しかし本当に被害者が何らかの事件に巻き込まれていたとしたら。新聞の勧誘を断っただけで英雄気分を味わえるほど小心な八雲としては、早く事件が解決されるのを願うばかりである。 自転車の速度を上げつつ、八雲はB型橋を渡り終えた。川を越えるとちょうど区が変わり、真新しい住宅が目立ってくるようになる。川を隔ててこちら側は、最近特に開発が進んでいる地帯だった。 この住宅街を貫くような大通りの突き当りが、八雲自身も通っている私立大学になる。その一帯は市の中心街に次ぐ目抜き通りでもあり、いかにも華やかな学園都市、といった趣を形成している。整然と区画された歩道と、軒を連ねるシックな雰囲気の店舗。市が金をかけているというのは、つまりこういうところだ。 八雲のバイト先はその大通りの一角にある。店の前で自転車を止めてから、八雲は時計を確認した。開店時間の五時には間に合ったから、これなら早めに仕事を切り上げさせて貰えるだろう。そんな事を考えながら、八雲は見慣れた店の外観を眺めてみた。 店は相変わらず和風だか洋風だかいまひとつ折衷にもなりきれていないような造りで、通りの街並みとは一線を画す存在感を発揮していた。八雲は「居酒屋共月亭」と書かれたその看板の脇を通って、店の裏口へと回った。 ※ 「おはようございます、店長」 「おう青山。思ったより早かったじゃないか」 いつものように八雲を迎えてくれたのは、良くも悪くも印象深い顔をしている石動店長だった。 伊達に「共月亭」なる硬派な店名を付けてはいない。店長――石動英治(いするぎひではる)は、奥多摩の山中に人を二三人埋めていてもおかしくないようなドスの利いた顔をしている。堂々たる髭をたくわえた巨漢。逞しい首周りと腕の太さはそのまま腕力の証明だ。そして、なぜか頬にはうっすらと十文字の傷痕。実は殺し屋だったと宣言されようものならうっかり信じてしまう事だろう。しかしその強面からは想像できないが、石動はかなり人懐こい人物だ。八雲自身がもう一年半以上もここで働いているのがその証拠になるだろうか。面倒見が良いため、従業員たちには慕われている。 いま店の中には、その石動と八雲、それから厨房にもう一人バイトの学生が入っている。月曜日でもあるし、これで充分店の営業はできる。実際、もう開店時間を回っているというのに客の姿は見えない。八雲は余裕を持ってカウンター席を整える事ができた。一年半も同じところでバイトをしていれば、さすがに一通りの仕事は身につく。手隙の時には調理の手伝いを頼まれるほどだ。 「昨日はすごい雨だったな」 こちらもよほど暇を持て余しているのか、カウンターで石動がぼやいた。どうやら昨日はほとんど商売にならなかったらしい。八雲はずっと家に居たのだが、確かに風雨は相当なものだった。直撃しなかったのは幸いだろう。 「この時期に台風っていうのも珍しいですけどね」 そう言って暇潰しに協力する八雲。六月に台風が来るというのは、確かに頻繁にある事ではない。少なくとも、八雲の記憶の中にはなかった。 「夏至台風だな。人間でも台風でも、つむじ曲がりな奴はいるもんだ」 そう言いながら、石動は厨房に入っていった。こじんまりとした外見ながら、意外と奥行きのある店ではある。 しばらくして戻ってきた石動は、出刃包丁を手にしていた。心臓に悪い光景ではある。山姥も裸足で逃げ出す、とでも表現しようか。そういえば――と、手持ち無沙汰になっていた八雲は、ここに来る前に考えていた事件の事を石動に聞いてみた。 「死人が出たんですよね。今度の大雨で」 「ああ、今朝見つかった死体のことか。ただの事故じゃあなさそうだがな」 石動までそう言うなら、どうやら間違いないだろう。八雲はさらに細かく聞こうとした。 「事故じゃないなら――殺人、ってことですか?」 「いや、直接の死因は溺死らしいな。もちろん川に転落した時の外傷もあるみたいだが、死体の腕に、こう、刃物で切りつけられた痕があったそうだ。誰かに傷つけられたってのは確かだな。そいつに川に突き落とされたのかまでは分からんが」 わざわざ丸太みたいに太い腕を持ち上げながら、石動が説明してくれた。石動の情報収集力は侮りがたい。警察に何人か友人がいるというのは本人の弁だが、それって清い交際なんだろうか、と一抹の不安を禁じえない八雲である。 石動の説明と比較してみると、八雲が大学で耳にした情報は大筋で一致していた。傷自体は致命的なものではなかったにしても、加害者の存在はほぼ疑いないようだ。 「犯人が近くに潜んでいるかもしれんしな。物騒な話だ」 物騒というのなら店長の顔も負けてはいないです、という無謀な一言を八雲は引っ込めた。ヘッド・バットを喰らって病院送りにされたくはない。文字通り相手をへこませる石動の荒技だが、八雲も過去の犠牲者リストに加わっていたりする。 それはともかくとして、石動の言う通りだろう。死体が見つかったのは川の下流だったとしても、犯行がこの付近で行われたという可能性はあるわけだ。八雲がそんな事を考えていると、店の扉の開く音が聞こえた。ようやく本日のお客様第一号だ。 「ちゃんとしろよ青山。お客さまだ」 石動の太い声を背に受けて、八雲は玄関に急いだ。 ※ どうもこの店は珍客に恵まれてるんだよなあ。八雲はそう思わずにはいられなかった。店長が個性的なら客も個性的だ。 ちょうど一年前のこの頃だったか、「宮城道雄を偲ぶ会」が店内で般若心経を読経しだして騒然となった。「量子重力理論を啓蒙する哲学者の集い」という長ったらしい名前の団体が議論白熱のあまり乱闘騒ぎに発展したのが一ヶ月前のことだ。つい先日は「ニーソをこよなく愛する会」なる謎の集団が店の一角を占拠した。 いま店に入ってきたその男も、やはり奇妙な雰囲気を纏っていた。 外はまだ暑さが残っているだろうに、男は黒い服を重ね着している。髪は短く、染めてはいない。額にはびっしりと粒のような汗が見えた。かなりの長身で肉付きも良いが、うつむき加減の顔は重病人のような土気色をしている。八雲は自分よりは年上だろうと判断したが、ひどく憔悴したその表情からは年齢を計りかねた。端的に言うと、これ以上ないくらい陰気な男だ。 八雲は男をカウンター席に案内した。男の足取りはいかにも頼りないが、もしかしたら酔っているのだろうか。よろめくように椅子に座わると、男は呟くように言った。 「・・・コーラスを、二つ」 「え?」 男の不思議な注文に、八雲は戸惑った。思わず周りを見回したが、もちろん男は誰かを同伴しているわけではない。 「コーラスウォータが二つ欲しいな」 抑揚のない声で、再び男が言った。疲れて掠れたような声、と言ったほうが適当かもしれない。その言葉を最後に、男は俯いてしまった。 八雲はとっさに目くばせした。石動も男の不審な挙動が気になっていたらしく、八雲の視線に素早く反応してくれる。この辺り、二人のアイ・コンタクトの技術は絶人の域に達していると言えよう。八雲は石動から与えられた指令を適確に読み切った。要注意人物、暫く監視を続行せよ。 ※ 八雲が店を出たのは九時を少し回ってからだった。予想以上に客の入りは少なく、別のバイトの人と交代して仕事を切り上げさせて貰った。こんな調子で店は維持できるんだろうか、と余計な心配をしてみたりもする。 外の通りにはまだ多くの学生たちの姿が見えた。八雲は自転車を立たせると、その人通りの間を縫うようにゆっくりとこぎ出した。気温は昼よりずっと下がっているとはいえ、体を動かすとすぐに汗が滲んでくる。 例の住宅街を抜けると、うって変わって人通りが疎らになった。人の声に代わって九頭竜川の水音が聞こえてくる。B型鉄橋の傍まで来ると、もう人影は全くない。車もたまに通るくらいで、街灯も少ないから、何となく心細くなる。 橋の中央で、八雲は自転車を止めた。見上げると、眠気に負けたちぎれ雲が寝床に帰って行ったのか、空には星が鮮明だった。梅雨空に続いて今度の台風だから、久しぶりに星空を見た気がする。天の川を鑑賞するのはちょっと気が早いだろうか。 今度は地上の川――九頭頭川に目を向けた。明日にはまた静かな川に戻るだろうが、眼下の川の流れはまだだいぶ速い。その暗い水を眺めていると、八雲は何だか吸い込まれそうな気分になった。この川の下流で見つかった死体。腕に刻まれた傷。殺人事件。不吉な連想を振り払うように、八雲は再び自転車のペダルを蹴った。 これ以上時間を潰すのも悪いだろう。八雲は自分の部屋に待たせている客人の姿を思い浮かべた。心持ち急いで自転車を漕いでいく。 橋を渡り終えると、どっと汗が湧いてくる気がした。 ※ 家賃の割には小ぎれいで部屋が広いというのが、そのアパートを選んだ理由だ。高校の時は寮住まいだったが、大学に入学したのを機に一人暮らしを始めた八雲である。 四階建てアパートの、階段を上って三D号室。一応チャイムを鳴らしてからノブを引く。鍵は掛かってない。玄関の扉を開けると、待たせていた友人たちが顔を上げて、それぞれ八雲を迎えてくれた。 「遅かったわね、八雲」 「早かったですね。八雲君」 まるで正反対の言葉で八雲を迎えてくれたのは、雨沢朱鷺子(あまさわときこ)と式森陽介(しきもりようすけ)だった。 右手のキッチンからひょっこりと顔を出したのが、八雲より一年上の先輩になる陽介だ。ほっそりとした体躯に、眼鏡の上からも窺える端正な顔立ち。絵に描いたような優男である。同性の自信を脅かすその柔和な笑顔は、同時に過去何人もの女性を悩殺せしめたであろうことが予想される。 陽介はシンクの前に立って食器の準備をしているようだった。つい先日まで風邪で寝込んでいたらしいから、病み上がりの身にあまり無理をさせるわけにもいかないだろう。八雲は堪らず文句を口にした。 「・・・朱鷺子。陽さんをこき使ってやるなよ」 当の朱鷺子は、リビングの中央に陣取ってひとり扇風機を占領していた。加えて片手にはうちわを装備。扇風機だけでは飽き足らないのか、胡坐を組みながらそれで胸元に風を送っている。何だか百年の恋も一時に冷めてしまいそうな格好ではある。 朱鷺子は八雲と同じ二年生だ。切れ長の目に整ったショート・ヘア。スタイルだって悪くない。黙ってさえいれば男も声を掛けるのだろうが、生憎な事にこの女は沈黙という美徳から縁遠い。 「いいじゃん、ヨースケがやるって言ったんだし。私はこうして温かく見守ってあげてるの」 サリヴァン先生の心意気よ、と何だか分からない事を朱鷺子は言った。 「いいですよ八雲君。この方が僕も余計な気を遣わずに済みます」 きらりと白い歯が光りそうな、陽介の笑顔。こき使われようが呼び捨てにされようが、決して穏やかな物腰は崩さない。それが陽介という人物だ。 「それに今日の主役は八雲君ですし。バイトで疲れているでしょう?」 陽介の顔を見ていると、どうして同じ人間でもこう出来が違うのかね、と思ってしまう。彼が言う通り、今日は八雲の誕生パーティーという名目でみんな集まってくれたのだった。正確には昨日が八雲の誕生日なのだが、台風の被害はこんなところにも波及していたりする。 「すいません――じゃあ、お願いします」 陽介の好意に甘えることにして八雲はリビングに入った。なぜか勝ち誇った顔をしている朱鷺子はとりあえず無視して、脇に退けられたテーブルの傍で本を読んでいる男に声をかける。 不遜な態度は朱鷺子といい勝負かもしれない。およそ読書という行為が似つかわしくない立派な体格と、精悍な顔つき。ついでに細目。どことなく常人離れした雰囲気を醸し出しているが、別に深山幽谷で霞を喰って暮らしているわけではない。彼も陽介と同じ三年生、霧島玄一郎だ。 「クロさん、今日はドイツ文学にご執心か?」 クロさん、というのは綽名だ。由来はよく分からないが、とにかくクロさんだ。八雲が玄一郎と初めて会った時には、すでに定着していたようだった。 ちなみに八雲とこの三人とは、高校からの付き合いになる。同じ大学に入ったのも、ある意味腐れ縁というやつだろう。成績からいえば八雲はギリギリの合格だったのだが。 いま玄一郎が目を落としている薄い本は、海外のものらしかった。横文字は八雲の鬼門だが、覗きこんでみてどうやらドイツ語の本らしいという事は分かった。玄一郎の専攻はいちおう中国文学なのだが、分厚いハードカバーの本から怪しげな古雑誌まで、傍から観察していると呆れるほど読んでいる本の内容に統一感がない。もっとも高校の時からこんな感じだった。かなりの読書家である事は間違いないだろう。 玄一郎はちょうど読み終えた本をテーブルの上に置いた。表紙には「Undine」と書かれている。 「・・・ウンディーネ?」 「フケーだ」 玄一郎が顔を上げた。見るからに愛想に乏しい表情。無精ひげを剃ればそれなりに男前に見えると八雲は思うのだが、当の本人はそんな事には一向に無頓着だ。その無精ひげを軽く撫でてから、玄一郎が言った。 「ウンディーネ、或いはオンディーネ。物語に登場する妖精の名前がそのまま題になっている」 「ああ、思い出した。確か水の妖精だろ。女の姿をした」 「もとは十六世紀の錬金術師が定義した精霊だな。美しい女性の姿として描いたのはフケーが最初とされる。これは妖精と騎士、それから領主の養女との恋物語といったところか。ウンディーネは騎士と通じることで魂――人間の心を得ようとするが、結局は騎士がある禁を犯したためにもとの水の世界へ帰る事になる」 「禁って?」 「夫になった人間は水辺でウンディーネを罵ってはいけないそうだ。そこでは水の妖精の眷属が常に見張っているからな」 「ふーん・・・」 ふだんは寡黙だが、決して訥弁というわけではない。淡々とした説明を終えると、玄一郎はおもむろにキッチンの方を指差して言った。 「冷蔵庫にフランが入っているから後で食べるといい。ケーキは別に買ってあるからな」 「・・・さすがクロさん」 二重に感心する八雲。きっと自家製だろう。仙人どころか、玄一郎は自他共に認める超 絶甘党である。甘い物好きが昂じて、とうとう自ら菓子を作るのが趣味になってしまったらしい。どこか間違っている気がしないでもないが、実際に「霧島ブランド」の菓子は身内でもかなり評判だったりする。八雲も甘い物は嫌いではないから、素直に嬉しい。 「ありがとうクロさん。後で食べさせてもらうよ」 八雲が礼を言っていると、陽介が食器を運んできた。お待たせしました、といかにも世界人類は今日も平和ですというような声で陽介が言う。朱鷺子も面倒臭そうにテーブルに場所を譲ったが、扇風機を連行する事は忘れていない。 「待ちくたびれちゃった。喉がカラカラよ」 うちわでぱたぱた煽ぎながら朱鷺子が言った。まるでオヤジだ。朱鷺子の誕生日は八雲よりひと月遅れだから、まだ成人でもないのだが。 「二十歳の誕生日おめでとうございます、八雲君」 陽介がにっこりと微笑みながら、ケーキの包みを開けた。 ※ まさかロウソクの火を吹き消すところから始められるとは思わなかった。約一名がその様子を見て大笑いしていたが、とりあえず来月のリベンジに期待だ。 水分を取ったら急に汗が噴き出してきた。梅雨真っ盛りの蒸し暑さよりは幾らかマシになったが、四人も部屋にいるのだから、さすがに熱が籠もってくる。堪らず八雲は苦情を申し立てた。 「なんとかなんねーかな、この暑さ」 「貧乏学生に気を遣ってエアコンつけなかったのよ」 そう言って、朱鷺子がいかにも自分の手柄だと言わんばかりに胸を張った。暑さの最たる原因が扇風機の不法占領にあるという事を知らないらしい。 「・・・そりゃどーも」 「だからその分の電気代を私に献上しなさい」 「なんでだ!?」 思わずツッコミを入れてしまう八雲。体に染み付いている習性は容易に拭えないという証明だ。なにか、悲しい。 「地球にも優しーし、みんなが幸せになれるプランよ」 どうやら地球上に自分の幸せは存在しないらしい。あやうく挫けそうになる気持ちを宥めながら、八雲は恨めしそうに朱鷺子を睨んだ。しかし人の部屋の扇風機を強引に占領下に置いた手腕からも窺えるように、相手は相当の猛者だ。 「そんなに暑いなら今から九頭竜川で泳いでくればいいじゃない」 「・・・死ねってか? 俺に死ねってか?」 「朱鷺子さんてアントワネット妃みたいですね」 「ふむ、司馬衷のようだな」 暢気な声で陽介が、続いて冷静な口調で玄一郎が言った。 「・・・・・・」 何か大切なものを諦めるように、ぐったりとテーブルに沈む八雲。そして悠然たる姿勢を崩さない朱鷺子。勝者と敗者の差はこれ以上ないくらい明白だ。 「九頭竜川といえば、物騒な事件がありましたよね」 テーブルに突っ伏している八雲の隣で、不意に陽介が話し出した。陽介が言っているのは、今朝の変死事件の事だ。 ニュースでは既に被害者の身元が伝えられたらしい。被害者の名前は、志水竜美。市内の短大に通う学生との事だった。八雲も知っている短大だ。八雲たちが通う私大から、そう距離があるわけではない。 「なにしろ近くの学生が亡くなられたわけですから。加害者がこの近辺に住んでいることも考えられますね」 被害者の身元に関して以外は、石動が話した内容とほとんど同じだった。それでも八雲は、テーブルから起き上がって陽介の話に耳を傾けた。 向かいの玄一郎はいつもの仏頂顔で黙っているが、残ったケーキを口に運んでいた。さりげに半分を平らげているのが恐ろしい。朱鷺子はと言うと、完全に興味がないという顔で扇風機に密着している。まるでユーカリの木のコアラだ。コバンザメかフジツボの方が比喩として正しいだろうか。 「そういえば今日、うちに変な客が来たな」 八雲は何となく、今日店に来たあの奇妙な男の事を思い出していた。加害者、という言葉でピンときたのだ。 「どんな人でしたか?」 陽介が聞き返してきたので、八雲は男が店に来た時の事を詳しく説明してやった。 「――で、結局もう一方のグラスは手をつけなかったんだよ、そいつ」 八雲は注文通りにコーラスを二つ持って行ったのだが、男はその片方には手をつけることがなかった。 男は終始口を噤んだままだった。時折ぼんやりと中空を見つめながら、祈るように目を閉じる事があったが、それ以外は目立った事をしていない。何か騒ぎを起こすのでもなく男は帰って行った。拍子抜け、というわけでもないだろうが、男の様子を見ていた石動も、後でしきりに首を捻っていた。 「八雲君はその男が九頭竜川の事件に関係があると考えているんですか?」 「いや、ただ印象に残ってるってだけなんだけど。妙なヤツには違いないだろ?」 確かに、身なりや振る舞いが奇怪というだけで事件に結び付けてしまうのは短絡に過ぎるだろう。しかし事件の話を聞いた直後だっただけに、八雲が多少なりとも男をそんな目で見ていたのは事実だ。 「怪しいわね、その男」 そう言っていきなり立ち上がったのは朱鷺子だった。さきほどまでの気のない表情が嘘のように、目が期待に輝いているのが分かる。八雲は男の話をした事を今更ながら後悔した。なにしろ「変な」とか「奇妙な」とか、そんな枕のつく話に対しては某FBI捜査官並みに敏感な反応を見せるのが朱鷺子だ。 「MIB? 悪魔崇拝者かしら。それともユッグゴトフ星の使者?」 非常識――というより、超常的な仮説を朱鷺子が展開し始めた。黒服というだけでMIBや悪魔崇拝者扱いされる男も気の毒には違いない。しかしユッグゴトフ星の使者というのは何だろう。 「知らないの? カラスの死体が見つからないのは奴等の仕業なのよ」 知らないに決まっている。わざわざ地球にやって来て小さな酒場でコーラスを啜るのがユッグゴトフ星人の趣味なのだろうか。その星の今年のモードが黒色だという話も、八雲は寡聞にして知らない。 そんな朱鷺子のトンデモ話に対しては、さしもの陽介も曖昧な笑顔で答えるのが精一杯のようだった。唇の端が少しばかり引きつっているのが分かる。その内心は察するに余りあるが、八雲にとってはそうやって他の誰かに朱鷺子の相手をして貰うと楽だったりする。 一方の玄一郎は、いつの間に横になって頬杖を突いていた。話を聞いているのかいないのか、よく分からない。なんだか涅槃図の釈迦牟尼みたいな格好だ。この人もつくづく偉人だと八雲は思った。 カレーの具のようにでたらめな朱鷺子の話を上の空で聞きながら、八雲はぼんやりと男の顔を思い出そうとしていた。あの男の様子が異様に感じられたのは、身なりや行動以上に、彼が纏っていた独特の雰囲気によるところが大きい。どう表現すればいいだろうか。悲嘆。苦悶。諦念。そして何かの覚悟が入り交じったような、あの表情。 「ユッグゴトフ星人は生贄を求めているの。特に若い女性の血がお気に入りらしいわ」 異星人の入植計画から始まった朱鷺子の話は、どうやら佳境に入っているようだった。何で朱鷺子が異星人の生態に詳しいのか定かではないが、ツチノコに毒があるというのは八雲だって知っている。 ※ 僅か一刻半にしてかかる甚大な被害をもたらそうとはいや大した豪傑よ天晴れ、と笑い飛ばしたら楽かもしれない。そう思ってみても目前の状況が変わるわけがなく、やっぱり笑えない。床には空き缶やらボトルやらが散らかり放題で、豪傑こと朱鷺子はその真ん中で既に寝息を立てていた。片手にはワインの空き瓶が握られている。 宇宙怪人の話を終えた朱鷺子は、わざわざ陽介が買って来てくれたワインを一人で飲み乾し、騒いだ挙句に床に倒れ込んだのだった。弱いくせにいつも呑みすぎなんだよなあ、と八雲は嘆息する。明日が平日だという事をまるで考慮に入れてないようだ。 八雲は呆れながらも朱鷺子の手から空き瓶を取り上げた。一度大きく寝返りをうった朱鷺子は、それでも眼を覚ます気配を見せない。朱鷺子をそのままにして、八雲は陽介と玄一郎の手を借りて部屋の片付けを始めた。一番大きなゴミを放り出せないのが残念だ。 片付けを終えてから、三人は改めてテーブルに座り直した。何だか無駄な倦怠感が男三人を包んでいる。陽介は溜息をついてから、参ったなあ、と一言こぼした。何が参ったのかは色々含むところがあるだろうから、あえて触れないで置くのが紳士の嗜みだ。玄一郎は懐から取り出した煙草に火をつけて悠々と煙を吐き出している。きっと娑婆世界を満喫していることだろう。 「大変な誕生日会でしたね、八雲君」 「まあ、いつものことだしな」 こんな騒動にも慣れてしまった感があるのが一番大変だと思う。八雲が自分の不遇を陽介に託っていると、玄一郎がさっき読んでいた本を開いて読み返し始めた。いつもより細い目をさらに細めて字を追っているが、こんな細い目で常人並みの視界は確保できているのだろうか。真剣に疑問に思う八雲である。 「・・・そういえばクロさん、ウンディーネの結末ってどうなるんだ?」 何気なく八雲は聞いてみた。無精ひげを撫でてから、玄一郎が口を開く。こういう時の玄一郎の話は、長くなる場合が多い。 「ウンディーネが騎士を殺すんだ。彼を涙で殺しました、と言ってな。その後ウンディーネは自らが居た水の世界へと帰っていく。異類婚姻には契約がつきものだが、騎士はそれを違えてしまったわけだ。だからウンディーネは自分の手で騎士を殺さなければならなくなった」 「・・・なんか、悲しい話だな」 「そうですね。ウンディーネは――可哀想です」 そう言ったのは陽介だった。その表情は過剰に思えるくらい悲しげなものになっているが、そこが陽介の人の良いところなのかもしれない。 「ところが、そうでもないのさ」 そっけなく答えた玄一郎は、しかし珍しく二の句を継ぎかねている様子だった。 玄一郎の言葉を待っている二人の背後から、不意に物音がした。音の主は朱鷺子だ。朱鷺子はふらふらと立ち上がって、およそ地球上のものとは思えない寝言を撒き散らしつつ、ベッドまで歩いて行ってそのまま横になってしまった。 寝惚けるにしてももう少し大人しく出来ないものだろうか。というより明日はどうするつもりなのだろうか。八雲は今日何度目かの溜息を吐かずにはいられなかったが、玄一郎はそんな朱鷺子の様子を見て何か思いついたように口を開いた。 「――まあ、ウンディーネはこんな感じだ」 ※ ※ ※ 二.六月二十九日(火) 大学の構内は九頭竜川の事件の話で持ちきりになっていた。 八雲は昨日の疲れから適当に聞き流していたが、おしゃべりな友人はさっそく事件の話を仕掛けてきた。昨日の今日ではあるし、しかも市内の大学生が殺された事件だから、注目を引くのは分かる。とはいえ八雲にとっては目新しい情報もなく、おおかたは石動や陽介から聞いた話と変わらなかった。 二限目の講義が終わり、八雲は昼食をとるためカフェテリアへ行くことにした。学部棟を一歩出た瞬間に、強烈な日差しが照りつけてくる。今日もかなり暑い。夏のプライドを今ここにという決意表明だろうか。あいにく日光に当たると灰塵に化すような潔い体質ではないので、額にすぐ汗が滲んできた。恨めしそうに太陽を見上げてみても、手加減してくれるつもりはなさそうだ。 私大だけあって、構内はずいぶん整備されている。実際、そんな理由でこの大学を選ぶ人も多い。カフェテリアへと続く並木道は、昼時ともなると多くの学生たちで賑わってくる。人を掻き分けるように八雲が歩いていると、玄一郎と陽介が道端に立っているのが見えた。その二人の前には、八雲の見知らぬ男の姿がある。三人で何か話し込んでいるようだった。 「災難だったな、コーメイ」 玄一郎の、低いが良く通る声が聞こえた。何だか真剣そうな話をしている様子なので八雲が声を掛けるのを躊躇っていると、陽介がこちらに気付いた。 「こんにちは八雲君。昨日はどうもです」 太陽とタメを張れるような、陽介の笑顔。陽介も玄一郎も昨日は遅くに帰宅したはずだが、疲れの色は見えない。妙なところで八雲は自分の体力のなさを自覚する。 もう一人の男が、こちらも気さくな笑顔で挨拶をしてきた。慌てて挨拶を返した八雲は、それとなく男の様子を窺った。男は背が高く、中背の八雲に比べれば一回り大きい。玄一郎に並ぶくらいの身長だ。切り揃えられた短髪と、適度に鍛え込んでいるように見える体。いかにもスポーツマンといった感じの容姿。だが八雲は、どこかでこの男を見たような気がした。 「三年の早乙女浩明(さおとめひろあき)です。君が青山八雲君だね。よろしく」 快活な声で、その男――早乙女浩明は自己紹介した。なるほど、コーメイというのは綽名なのだろう。浩明は高校で陽介と玄一郎の同級生だったらしい。しかも今は日本文学を専攻しているとの事だった。八雲はその隣の日本語学の研究室に所属しているから、今まで接触がなかったのが不思議なくらいなのかもしれない。 だがその次の浩明の言葉は、八雲を戸惑わせた。 「昨日も青山君に会ったんだけどな」 「・・・え?」 「共月亭で働いてるんだろ? 店で顔を会わせたはずだけど」 共月亭で会った、という事は――。その一言で八雲はようやく気が付いた。あまりに雰 囲気が変わっているから、すぐには分からなかったのだ。 「じゃあ、昨日のコーラス男は・・・」 「コーラス男・・・? そりゃひどいなあ。確かに変な人に見えたかもしれないけどさ」 「あ、すいません」 浩明が苦笑するのを見て、八雲は慌てて謝った。どうやら間違いないようだ。思い出したのと同時に気恥ずかしさが込み上げてくる。昨夜、浩明を思いきり不審人物扱いしたのが今更ながらに悔やまれる。 「八雲君。君が言った変な客とはコーメイの事か」 玄一郎の冷ややかな視線が痛い。穴があったら入りたいと八雲は本気で思った。そう言えば、八雲は昔こんなアニメを見た事がある。任務に失敗した組織の幹部が、パカッと開いた床の穴に落とされるのだが、あれはきっと組織なりの温情だったに違いない。 ※ 学生が数多く出入りしているが、カフェテリアはそれ以上のスペースを残している。よくもまあこんなに広げたものだと八雲は思う。それから、学食とは思えないほど華美な内装。ただしその辺を徘徊している割烹着姿のおばちゃんは明らかにイレギュラーだ。 八雲は陽介と玄一郎、それから早乙女浩明と一緒に食事することになった。話せば話すほど、浩明の印象が昨日と違うのに八雲は驚いた。これでは同一人物だと分からなくても無理はないだろう。 浩明は初対面の八雲にも、自分の事を詳しく話してくれた。 もともと浩明は県外の出身らしい。なんでも小学生の時に両親を事故で亡くし、その後しばらくして遠縁の里見(さとみ)という人に引き取られたという。その里見夫妻と御影市に越してきたのが五年前。幼い頃に両親を亡くしたのだからよほど苦労を経験しているのだろうが、浩明はそんな事を感じさせない表情で、努めて明るく話をしてくれているようだった。 浩明が御影市の高校に転入してから最初の友人になったのが、陽介と玄一郎という事になるのだろう。陽介も浩明の話を聞いて懐かしそうに頷いた。玄一郎はと言うと、八雲の隣で最後のプリンを名残惜しそうに突っついている。この辺はドレッドノート級甘党の面目躍如といったところか。 「陸上部のホープでしたよ、コーメイは」 陽介が高校時代の浩明の事を話し出した。転校してすぐに、浩明は陽介と同じ陸上部に入部したらしい。俺を誘ったのはお前だろ、と浩明が陽介の言葉に照れ笑いする。しかし浩明がスポーツをやっていたというのは風貌から何となく分かるが、陽介が県内屈指のスプリンターとして知られていたというのはにわかに想像できない事実だ。 「前の高校でも陸上部に入っていたんですか?」 八雲が聞いた前の高校とは、もちろん浩明が御影市に引っ越してくる前に通っていた高校の事だ。八雲の質問に浩明は頷いたが、その表情はなぜか強張っていた。悪い事を聞いてしまったのだろうかと八雲が少し後悔していると、浩明が急に改まった口調で話を始めた。 「青山君。志水竜美さんって知ってるかな?」 八雲は思わず浩明の顔を見つめた。聞き違いではないようだ。浩明が突然口にした名前は、九頭竜川の事件の被害者――志水竜美に他ならなかった。 「彼女は前の高校の同級生でね。陸上部のマネージャーをしてくれてたんだ」 浩明の――知り合い、だったのだ。自分とはまるで関係のないと思っていた人物が、だんだんと身近に感じられるような、そんな不思議な感覚を八雲は覚えた。 「彼女も御影市に住んでいたとは思わなかったから、去年の学祭で会った時には驚いたよ。それからも何度か会ってはいたけど・・・」 まさかこんなことになるなんて――と、浩明は声を曇らせた。玄一郎が災難だと言ったのはこの事なのだろう。八雲は横目で玄一郎の様子を窺った。プリンを食べ終えた玄一郎は、別に表情を変えることもなく地蔵のように黙り込んで腕を組んでいる。その向かいの陽介は沈痛な面持ちをしていて、こちらも口を噤んでいた。 「それは――お気の毒でした」 こんな時、たいして気の利かないことしか言えない自分が情けなく思えてくる。八雲が言葉に窮していると、浩明は泣き笑いのような表情を見せて言った。 「昨日は警察が聴取に来てね。散々だったよ」 そんな浩明の顔を見て、八雲は胸が痛んだ。あの日――事情聴取の後で、浩明は「共月亭」に足を運んだという。突然の知人の訃報。しかも誰かに殺されたのだ。その事で憔悴していたとしてもおかしくない。 「俺は――何かに、祟られてるのかもしれないね」 ぽつりと。今度はほとんど自嘲気味に浩明が呟いた。いきなり飛び出した不自然な単語に八雲は困惑する。祟り、とはどういう事だろう。 「変な話だけどね、青山君。俺は水が怖いんだ」 「・・・水が、怖い?」 思いがけない言葉の連続に、八雲は浩明の真意を測りかねた。しかしそれにも構わず浩 明は話を続ける。その眼差しは真剣そのもので――そして、何かに怯えるような表情に変わっていった。 「親父たちが死んだのが、海の事故だった。家族揃って巻き込まれたんだ。俺と妹だけ助けられたけど、あの時の暗い海の記憶が染み付いて離れないんだな。事故の後はプールで泳ぐことも出来なくなったよ」 浩明の説明に、陽介が頷いた。高校の時もそうだったのだろう。この場に朱鷺子がいないのは幸いだったかもしれない。下手をすると浩明が吸血鬼や狼男扱いされかねない。もちろん浩明の話を聞く限りでは、先天的な恐水症ではないようだが。 しかしこれで、八雲は浩明の不可解な言動にも納得がいった。両親の事故と、志水竜美の事件と。水に関係する二つの不幸な出来事が、浩明に不安な連想を与えずにはいられなかったのだろう。 「浩明さんは、妹がいるんですか?」 重苦しい雰囲気を打破しようと試みた八雲の質問だったのだが、意に反して浩明の表情はますます沈んだものになっていった。どうやら今日はよほど貧乏くじに縁があるらしい。 「ああ。月魚(つきな)っていう名前でね。一緒に里見さんに引き取られたんだ。大人しくて、引っ込み思案なやつだったよ。あいつも、五年前に・・・」 五年前といえば、浩明たちが御影市に越してきた年だ。何があったのか聞こうとしてつい口を開きかけた時、八雲ははっとした。そう言って目を伏せた浩明の顔は――紛れもなく、昨日見せたあの表情だった。 「そこまででいいだろう、コーメイ」 話を制したのは、それまでずっと黙っていた玄一郎だった。浩明は我に返ったように表 情を緩めると、ぎこちないながらも笑顔を見せてくれた。 「・・・そうだな。辛気臭い話になって悪かったね、青山君」 構わないですよ、と八雲は答えた。話が予想外の方向に行ってしまったが、誰かに話すことで少しでも胸中が晴れるという事もあるかもしれない。正直、五年前に何があったのかは気になったが、玄一郎が話を止めたのは彼なりの配慮があっての事だろう。見かけは無愛想だが、むしろ誰よりも他人の事を考えて行動する男だという事を八雲は知っている。陽介もまた、浩明を慮るような優しい声で言った。 「そろそろ行きましょうか。もうすぐ三限が始まります」 ※ カフェテリアを出たところで、八雲は相当に面食らった。陽介と玄一郎すら少なからず困惑している様子だ。 ずっと入り口で待っていたのだろう。脇から飛び出してきた一人の女性が、いきなり浩明の腕に抱きついてきたのだった。 「遅いよ、ヒロちゃん」 不満そうな声で女性が言った。白いカチューシャで止めた豊かな黒髪が、ふわりと揺れる。硝子のように澄んだ瞳が印象的な、整った顔立ちの女性。 「・・・手児奈(てこな)。講義室で待ってろって言っただろ。それと、ヒロちゃんはやめろって」 急に抱きつかれた浩明は、呆れたような顔でその女性を突き返した。 「だっていつまでたっても来ないしケータイ繋がらないし」 手児奈、と呼ばれた女性は頬を膨らませた。実際に怒って頬を膨らませる人を見る機会はそうざらにあるものではないだろう。八雲は頬袋に餌を詰め込んで独り占めしようとするハムスターを連想した。 「私より友達の方が大切なの?」 八雲たちに憚ることなく、手児奈が凶悪な質問を仕掛けてきた。浩明も困ったものと見えて、振り向いてはしきりに視線を送っている。手児奈はその視線で初めて気付いたとでもいうように、ようやく浩明の腕から離れると、陽介と玄一郎の前に来て一礼した。二人が会釈を返そうとする間もなく、今度は八雲の方に歩み寄ってくる。手児奈にはまるで悪びれる様子がない。 「・・・ん? きみは?」 手児奈はそう言って、思い切り不審そうに八雲の顔を覗き込んできた。丸い大きな瞳で品質を査定するように見つめてくる手児奈にたじろぎながらも、八雲は自己紹介した。 「・・・青山八雲? ふうん、君が八雲くんなんだ。私は三年の里見手児奈よ。よろしく」 八雲の名前を聞いたとたんに、なぜか手児奈の表情が和らいだ。手児奈は改めて一礼して、今度は握手まで求めてきた。 どうやら手児奈は八雲の事を知っているようだった。どこかで会っただろうか。手児奈に手をぶんぶん揺すられている間に思い出そうとしたが、どうにも覚えがない。それにしても――ずいぶんはきはきした先輩だ。 「早くしないと講義に遅れちゃうよ、ヒロちゃん」 「だからヒロちゃんはやめろ――って、おい!?」 くるりと踵を返した手児奈は、そのまま浩明の腕を引っ張って歩いていった。引き摺る、といったほうが正しい表現だろう。長身の浩明と、小柄な手児奈。しかし立場はまるで逆のようだ。散歩を嫌がる犬とその飼い主のようにも見えた。 浩明はしばらく手を振って、八雲たちに別れを告げていた。あるいは助けを求めているのかもしれないが。八雲は半ば呆気にとられながら、退場していく二人の姿を見送った。陽介と玄一郎は、揃って顔を見合わせて――それから、揃って肩を竦めた。 ※ 実際に三限の講義を取っているのは玄一郎だけだった。学部棟へ行く玄一郎と別れ、八雲と陽介は図書館で時間を潰すことに決めて歩き出した。 「嵐のような人ですよね、手児奈さん」 図書館への道すがら、話題は自然と手児奈の事になった。陽介の形容はかなり的を射たものだと八雲も思う。少なくとも、彼女のおかげでそれまでの重苦しい気分が吹き飛んだのは確かだ。 「高校の頃からあんな感じです。八雲君、親近感が湧いてきませんか?」 「・・・まあ、ね」 手児奈に連れ去られた時の浩明の慌てた顔を八雲は思い出していた。高校の頃からずっとあんな状態だったと聞くと、同情を禁じえない。同病相憐むというやつだろうか。今度機会があったら心ゆくまで語り合いたいものだと八雲は思った。 「僕たちは嫌われているみたいですが。コーメイを取られてしまうと思っているんでしょうかね」 陽介は苦笑してそう言った。それはたぶん、当たりだろう。手児奈の陽介と玄一郎に対する態度は、どこか余所余所しいところがあった。 「そう言えば八雲君は手児奈さんと知り合いなんですか?」 「いや、会った事ないけど」 先ほどから記憶を検索しているのだが、やはり八雲には覚えがなかった。しかし浩明の例もあるから、知らないうちに会っていたという可能性はある。自分の記憶力が天気予報くらい当てにならないという事を思い知ったばかりだ。 「手児奈さんの苗字、里見って言ってたよな」 「ええ。浩明を引き取った里見家の娘さんです。コーメイも手児奈さんの明るさにはずいぶん救われているみたいですよ」 陽介のいう通り、悲しい記憶も吹き飛ばしてくれそうな元気な人だった。浩明も彼女のペースにはずいぶん翻弄されている事だろう。そんなところが朱鷺子に似ているかもしれない。八雲はそう思った。 「なあ陽さん。五年前――浩明さんの妹に、何かあったのか?」 浩明が言い掛けた話の内容が、八雲は引っ掛かっていた。陽介は少し躊躇しているようだったが、やがて重い口を開いた。 「亡くなられたんですよ。それも――水の事故で。正しくは行方不明ということになりますが。近くの川から靴だけが発見されたそうです。それがちょうど、五年前の七夕の日だったと聞いています」 「ああ――」 自分で聞いたことながら、八雲は生返事だけしてそれ以上の追及をやめた。うすうす予想していた答えではあった。玄一郎が話を止めた理由も納得できる。浩明にとってこれ以上酷な話もないだろう。五年前のその事故を契機に、浩明たちは御影市に越してきたということか。忌まわしい記憶から、逃れるように。 それにしても、偶然にしてはあまりに不気味な話だ。浩明は幼い頃に二親を、五年前には妹を、そして今度はかつての知人を、いずれも水の事故で亡くしたことになる。あの時浩明がこぼしたように、何かに祟られていると思うのも無理ないかもしれない。 相変わらず遠慮知らずの日ざしを地上に投げつけている太陽。それでも八雲は、背筋に冷たいものを感じていた。 ※ 今日のように暑い日は図書館を利用する学生が多いのだが、講義中ということもあって比較的空いている。八雲と陽介の二人はロビーのソファに腰掛けた。静かで落ち着いた図書館の空間。いつもなら睡魔が襲ってくる時間帯だが、午前中に睡眠時間を稼いだおかげでやたらと目が冴えている八雲だ。 「――八雲君。志水さんの事件について、どう思いますか」 陽介が不意にそう聞いてきたので、八雲は少し驚いた。 「どう思うって?」 「つまり、どうして彼女は殺されたのか、ということです」 「・・・陽さん、探偵趣味があったのか」 「そんなわけでもないですが――早く事件が解決されれば良いとは思いますよ。コーメイも手児奈さんも、少しは安心できるでしょうから」 柔らかに微笑んだ顔からは、陽介がどこまで真剣なのか分からない。自分たちがここで話し合って何かが変わるとも思えないが、八雲も九頭竜川の事件が気にならないといえば嘘になる。陽介の質問はWhyともHowともとれるものだったが、とりあえず八雲は自分の考えを言ってみた。 「うーん。通り魔か何かの仕業なんじゃないかな」 「たまたま目についた志水さんを襲ったわけですか」 「ああ、そうなるかな」 物騒な話の内容とは裏腹に、陽介の表情は平静そのものだった。眼鏡の奥にはいつもと変わらない穏やかな双眸が窺える。 「志水さんは土曜日の朝までは姿が確認されているそうです」 「・・・情報早いなあ、陽さん。でも土曜日っていうと――台風が近づいてた日だよな。そんな日に志水さんはわざわざ外出したって事になるのか」 「まあ、本格的に雨が降り出したのは午後になってからですから、それほど不都合はないかもしれませんが。ひょっとしたら、犯人に呼び出されたということも考えられますね」 「犯人に脅迫されていた、とか? それとも――」 「志水さんの方なのかもしれないですね。脅迫していたのは」 志水さんはお世辞にも評判の良い人物ではなかったようです、と陽介は付け加えた。そんな情報は八雲には初耳だったが、浩明に聞いたのだろうか。八雲は何となく陽介の様子がおかしいように感じた。八雲の知っている陽介は、殺伐とした話を積極的に切り出すようなタイプではなかったのだが。 「どっちにしても、犯人は志水さんを殺すつもりはなかったんじゃないかな。犯人が最初から志水さんを殺すつもりなら、もっと確実な方法がありそうだもんな」 通り魔だとしても、犯人にとって志水竜美の死は不測の事態であったという可能性は高いだろう。殺意があったとすれば、あまりにも粗末な犯行に思われる。犯人と何かいさかいがあって、その弾みで川に落ちたというのが自然な筋書きかもしれない。 「犯行の跡を消すのにしてもさ、もっと器用にできたはずだろ」 死体に残った傷は確実に志水竜美の命を奪ったわけではない。むしろ単に突き落とすだけの方が自然死に見せかけられただろう。死体が海の方まで流されるのを期待するほど犯人の気が長いとも思えないし、なにしろ現実に死体が見つかっているのだ。 「なんか中途半端なんだよな。未熟っていうか。やっぱり犯人にとって不本意な殺人だったとしか思えない」 「そうでもないかもしれませんよ」 「・・・え?」 しばらく黙って耳を傾けていた陽介が、そこで八雲の話を遮った。俳優でも務められそうな真剣な顔つきで、じっと八雲の顔を見つめてくる。この人の場合、どんな表情でも絵になりそうなのだが。 「八雲君。人柱というのを知っていますか」 「・・・何だよ突然。ええと、生贄だよな。工事とか成功するように神様の捧げ物にするっていう。でも実際にはそんな風習はなかったんだろ?」 「あったんですよ」 「・・・あった?」 「はい。この一帯にはそういった風習が確かに残っていました。ここからずっと山の手の方に神社があるのを知っていますか? あれは九頭竜の――水の神を祀る神社なんです。荒ぶる神を鎮めるために、かつては人身御供を必要としていました」 まるで実際に見てきたかのように陽介が言う。陽介の専攻は史学だが、特に郷土史の研究を希望しているので、その方面の知識には長けているのだろう。 「・・・陽さん。まさか犯人は、志水さんを人柱にするために殺したって言うんじゃないだろうな」 「その、まさかです」 陽介は淡々と肯定した。始めは冗談を言っているのかと思ったが、その表情はあくまでも真剣だ。 「作為なんて関係がない。あの川で人を殺すこと自体に意味があったとしたら。つまり、一種の儀式殺人です」 あまりにも現実離れした、陽介の仮説。憶測と言った方がいいだろう。だがその内容よりも、陽介がそれを考えたという事に八雲は驚きを感じた。 「・・・意外だな。陽さんがそんなぶっ飛んだ仮説を考えるなんてさ。どっちかというと朱鷺子の大好物だぜ、それ」 「そうかもしれませんね」 反論することもなく陽介は簡単に引き下がった。話を終えた陽介は表情を緩めたが、やはりちょっとした冗談のつもりだったのだろうか。しかしその笑顔にはどこか翳があるように思えた。陽介はついこの間まで風邪で寝込んでいたというから、ひょっとしたらまだ体調が本調子ではないのかもしれない。昨日の夜も今日の昼食の時も、そんな素振りはなかったのだが。 それからは別の話題に移り、九頭竜川の事件の話が再び出ることはなかった。それでも。 陽介の口にした儀式殺人という言葉が、やけに八雲の心の中に残っていた。 ※ こんな悲しい話を、幼い頃母から聞きました。 昔々の話。山間の、とある小さな村の話です。 ある家に一人の少女がいました。 とても可愛らしい子で、村の人みんなが大切にしていました。 少女は生まれつき不思議な力を持っていました。 もう一人の自分と、会う事ができるのです。 鏡に映したようにそっくり同じ格好をした、もう一人の自分。 少女は彼女を、カゲと呼びました。 カゲが見えるのは神の使いの証拠だと言われていました。 少女はますます村の人に大切にされたので、大喜びでした。 ある時、少女は社の外で遊んでいる一人の少年に恋をしました。 でも、少女には一つだけ不安がありました。 カゲも自分と同じ男の子を好きになったりはしないかしら。 カゲはいつも自分と同じものを好きになるのです。 それに、自分はお宮の中で大切にされているけれど。 カゲのようにどこへでも行けるわけではないのです。 その年の夏は、雨の日がずっと続いていました。 雨が作物を枯らし始め、川の水が今にも溢れそうになっていたある日。 村の人が少女に告げました。 竜(タチ)が暴れ出しているから、カミサマのところに行ってくれ、と。 少女はすぐに小さな社の中に籠められました。 そこは暗くて、どうしようもなく寂しくて。 とうとう堪え切れなくなって、少女はそっと社を脱け出しました。 どうしても少年に会いたくなったのです。 土砂降りの雨の中、少女は泥だらけになって歩きました。 ようやく少年の家に辿り着いた少女は、驚きました。 少年の傍で寄り添うように微笑んでいる顔。 それは紛れもなく、自分のカゲだったからです。 怒った少女は、小刀を手にしました。 それは、村の人が少女に与えたものでした。 少女は、その小刀を使って――。 もう動かなくなったカゲを、少女は社の中に入れておきました。 カゲなら、自分の代わりになれるはずだからです。 明くる日、カゲは社とともに川へ沈められました。 これでようやく少年と一緒になれる。 少女はそう思いました。 でも少女は大事な事を忘れていました。 カゲは、死ぬことがないのです。 あの少年は、それきり村から消えてしまいました。 カゲが連れて行ってしまったのでしょう。 そのあと少女がどうなったかは、分かりません。 ※ ※ ※ 三.六月三十日(水) 講義が終わり、ぞろぞろとアリの行列みたいに教室を退場する他の学生たちを横目で見送りながら、里見手児奈は席を立った。 なかなか興味深い講義ではあったと思う。教養小説(ビルドゥングス・ロマン)と明治日本の小説との比較がテーマで、助教授らしい若い教員は実に丁寧な説明を施してくれた。終了の鐘が鳴った瞬間にさっさと講義室を立ち去った、小太りで猫背気味の教官の姿を手児奈は思い出していた。 この大学は質の良い教官に乏しいと思っていたが、たまにこういう当たりに出くわす時がある。浩明がこんな教官のもとで教わっていると思うと、少し羨ましい気もした。 うーん、と軽く伸びをしてから手児奈は窓辺に歩み寄った。 窓から顔を出すと、雲ひとつない空の真上で太陽が輝いている。風がある分、昨日よりは過ごしやすい。明日から七月になる。七夕まで、あと一週間。爽やかに吹きぬけていく風が、手児奈の髪を靡かせた。 「やっほー、手児奈ちゃん」 急に後ろから声を掛けられたが、手児奈はそれほど驚かなかった。知っている声だ。手児奈は振り向いて、にこやかに挨拶を返した。 「久しぶりね、朱鷺子さん。一週間ぶりかしら」 声を掛けてきたのは、二年生の雨沢朱鷺子だった。 「一週間と二日ぶりね、正確には」 悠然と微笑みながら言う朱鷺子。その微笑に見蕩れるように、手児奈はこの一風変わった友人を見つめた。 恵まれたスタイルと、毅然とした顔立ち。眼鏡を掛けたほうが理知的で映えると手児奈は思うのだが、朱鷺子はずっと以前からコンタクトに切り換えていたらしい。朱鷺子は手児奈にとっても数少ない、気が置けない友人の一人である。 「手児奈ちゃんって、この講義取ってたの?」 「ヒロちゃんの代わりに出ただけだよ。朱鷺子さんは?」 暇だったからね、と朱鷺子は軽く答えた。手児奈にとっては後輩に当たるのだから、別に「さん」付けで呼ぶこともないのだが、ついそう呼んでしまう。そこには朱鷺子に対して手児奈が抱いている若干の敬意が交じっている。逆に朱鷺子は手児奈のことを「ちゃん」付けで呼ぶが、これは完全に当人の性格からだろう。 「でも手児奈ちゃんに会えるなんて思ってなかったわ。宿縁ってやつかしら。きっと見えない糸で結ばれてるのね、私たち」 「・・・見えないのに糸だって分かるの? フェライトが塗装してあるとか?」 「ステルスじゃないわよ。概念迷彩っていう秘密の技術なの。だから、秘密ね」 そう言って朱鷺子は不敵に笑った。彼女には不敵という言葉が良く似合うと、手児奈は思う。ピザの上のようないい加減な事を、その不敵な笑顔で押し通してしまうのだ。 「じゃあ、コーメイさんはいないわけね」 「・・・ヒロちゃんに何か用事?」 「いなくて良かったってこと。苦手なのよね、あの人。何か気持ち悪いし」 手児奈は思わず笑ってしまった。朱鷺子が歯に衣着せない人物だというのはよく知っているが、こうまできっぱり言われてしまうと逆に気持ちがいい。 「怒らないのね、手児奈ちゃん」 「だって、私がヒロちゃんを好きならそれで問題ないでしょう?」 その通りよ、となぜか宙に正拳突きを繰り出すポーズで朱鷺子が同意を示した。そんな屈託のない朱鷺子の様子を見ていると、つい手児奈も調子に乗ってみたくなる。 「朱鷺子さんと私って、似てるよね」 朱鷺子はそうね、と言って例の不敵な笑顔で頷いた。嬉しくなった手児奈は、浮かれるように言葉を続けた。 「自分に忠実だよね。向こう見ずで、走り出したら一直線。あとはケセラセラって感じ。あと――人が嫌いなところとか?」 「そうそう。人が時々ゴミのように見えることがあるのよね。天空の城から見下ろしてる気分。それから――美人なところも似てるかしら?」 「いい事言いますね、朱鷺子さん」 思わず歓声を上げてしまう手児奈。朱鷺子との会話はスパイシィで楽しいと思う。異星人との交配体(ハイブリッド)とか甦る太古の吸血昆虫とか、そんな話題を持ち出されたらさすがについていけなくなるけれど。 「じゃあ――素敵な恋人がいるところとか?」 「ああ、それはないない」 朱鷺子は手を振って、今度は即行で否定した。可愛い人だな、と手児奈は思った。変な所で意地を張るものだが、そんなところも自分と似ているのかもしれない。 「――朱鷺子さん。午後は空いてる?」 「ええ、大丈夫。暇すぎて悟りが開けそうなくらいよ」 「それなら、私の家に来ない? 水曜日は家で食事を作ることにしてるの。一緒にどうかな」 自分で言ったことなのに、手児奈は心の中で驚いていた。今まで自分から進んで他人を家に招いたことなどなかった。朱鷺子を誘ったのも、今日が初めてになる。 「良いの? ありがとう手児奈ちゃん」 朱鷺子は手を合わせて、二つ返事で喜んでいる。これではどちらが年下か分からない。手児奈はそこでひとつ言い忘れた事に気が付いて、おそるおそる朱鷺子に聞いてみた。 「あ、ヒロちゃんも一緒なんだけど――いいかな?」 「構わないわ。手児奈ちゃんの手料理が食べられるなら。たとえ火の中水の底、風の前の塵に同じよ」 どうやら浩明は塵同然の扱いらしい。現金さという面では、朱鷺子は確実に手児奈より上だろう。もっとも、ここまでストレートに言われると嫌味も感じられないが。とにかく手児奈はほっとした。 二人で連れ立って教室を出て行く時、朱鷺子が不意に聞いてきた。 「でも本当に仲が良いのね、コーメイさんと手児奈ちゃんって。喧嘩とかしないの?」 「しないよ。これが普通だって」 「ふーん・・・」 さすがの朱鷺子も惚気を聞いて呆れているのだろうか。そう思っていた手児奈の顔を、朱鷺子がじっと覗きこんできた。彼女はこんな風に黙っている時が、実は一番怖いのではないだろうか。そんな事を考える。滅多に見せることのない朱鷺子のこの表情を、手児奈は知っていた。琥珀のような瞳に見つめられると、心が見透かされているような気分になる。 「――二人とも、比熱が高いのかしら?」 やがて。しばらくの沈黙の後、ちょっと意地悪そうに微笑んで朱鷺子が言った。 ※ 自由奔放で屈託がない。自分たちとは違う世界を生きているような娘。それが里見手児奈の第一印象だった。 海難事故から奇跡的に生還した俺と月魚は、親戚の間を盥回しにされて半ば人間不信に陥っていた。まるで暗い森の中を、二人だけで歩いているような孤独。 そんな俺たちは、手児奈の笑顔に救われたと言ってもいい。雨上がりの新緑のようにまぶしい笑顔が、俺たちを深い森から助け出してくれた。同い歳の俺はもとより、人見知りがちな月魚も、すぐ手児奈に打ち解けて慕うようになっていった。 手児奈の両親である里見夫妻も、気立ての良い優しい人たちだった。俺たちを分け隔てなく育て上げてくれた恩は、本当に感謝しても足りない。そんな里見家に暮らす中で、俺たちはようやく温かい生活を取り戻せたような気がした。 その町には、大きな川があった。 夏の間は、俺と月魚、それから手児奈と三人でよく川遊びをしたものだ。川遊びとは言っても、俺たちは川原を駆けたり、水切りをしたりする事ぐらいしかできなかったけれど。手児奈は俺たちが泳げないのをつまらなく思っていたようで、あの手この手で泳ぎ方を教えようとした。業を煮やした手児奈が俺たちを川に引っ張り込もうとしたこともあったが、それも無理だと分かると頬を膨らせて拗ねていた。 逆に、近所の山へ探検に行く時は、川での意趣返しのチャンスだった。 林の間にぽっかり空いた広場に基地をつくって、日替わりのリーダーを決めて遊ぶ。その日のリーダーは木登り競争で決めるのだった。木登りでは俺に勝てないことが多い手児奈は、しまいには俺が登っている木を蹴り出す暴挙に出たりもした。そんな時はいつも月魚が大泣きして手児奈を止めようとしたから、結局俺も木から降りて、手児奈と二人で月魚を慰めることになった。 そんな風に、少しずつ形を変えながらも、ごく他愛のない日常が中学に上がっても続いていった。 中学生の時には、こんな事があった。七夕が近いから笹を採ってこようと言い出したのは手児奈だった。なぜかその大役を仰せ付けられた俺は、近所の家の裏手にある竹林から、こっそり笹を切り取ってきたのだった。もちろん俺は、後でその家の禿げ親父に散々怒られたのだが。 笹を手に入れてきた俺は、疲れて縁側で横になっていた。そして俺が目を覚ました時には、いつの間にか飾られた笹が庭で葉を揺らしていた。 風が吹くたびに奏でられる、葉擦れの涼やかな音色。それに聞き耳を立てていると、ふと枝の先に括り付けられた一枚の短冊が目に付いた。きっと手児奈か月魚が書いたものだろう。そう思った俺は、庭に降りて手繰るようにその短冊の文字を読んだ。そこには、こう書かれていた。 ずっと一緒にいようね、と。 振り向くと、手児奈と月魚が縁側に立って悪戯っぽく笑っていた。俺はなぜか火照ってくる顔色を隠せずに、どっちがこんな事を書いたのか二人に聞いてみた。ところが二人は顔を見合わせて含み笑いをするばかりで、俺の質問にはちっとも答えてくれない。俺はますます顔を赤くしたが、もちろん怒っていたわけではなかった。 今思えば、それはひどく無邪気な心情に違いない。ラムネみたいに淡く、コーラスみたいに甘酸っぱい。そんな無垢であどけない心情。その後、俺たちは今まで見た事がないくらいきれいな天の川を、一緒に眺めた。 そう。あの頃は本当に楽しかった。手児奈がいて。月魚がいて。短冊に書いた願い事のように。三人ともこのままでいられると思っていた。高校を卒業しても、大人になっても、ずっとこのままでいられると信じていた。 結局、あの時の願いは叶うことはなかった。五年前――同じ七夕の日に。月魚は。 ※ ※ ※ 四.七月二日(金) 「――で、何でクロさんが手児奈ちゃんの家にいたわけ?」 朱鷺子はそう言いながら、思いきり怪しむような表情で玄一郎を睨んだ。 「なに、借りた本をコーメイに返しに行ったまでだ。ついでに昼食も馳走になったが」 あくまでも淡々とした玄一郎の応対。今日も今日とて横文字の本を手にしていた。今度の分厚い本は、表題まで長ったらしい。見ているだけで八雲は頭が痛くなりそうだった。 朱鷺子と玄一郎、陽介のいつもの三人は、大学の帰りに八雲の部屋に集まっていた。別に革命を画しているわけでもないし、秘密の徒弟参入儀礼を行っているわけでもない。比較的大学に近い八雲の家は、格好の溜まり場になる。 朱鷺子と玄一郎は一昨日に里見家を訪問したということだった。手児奈が朱鷺子と同じ専攻で知り合いだったというのは八雲も初耳だったが、それで手児奈は自分の名前を聞いていたのだろう。 「・・・本当に、それだけ?」 「別の本を借りてきた」 「・・・・・・」 念を押すような朱鷺子の言葉を柳の如く飄々とかわしながら、玄一郎は本のページをぺらぺらと捲っている。月曜日に玄一郎が読んでいた『ウンディーネ』も浩明の蔵書らしい。浩明も相当な愛書家なのだろうか。 「里見さんって良い人たちよね」 玄一郎への追及を諦めたのか、朱鷺子は話題を里見家の事に移した。何しろ朱鷺子がそう言うくらいだから、里見夫妻というのは間違いなく良い人たちなのだろう。 「コーメイさんも思ったより話せる人だったし。格好良いわよね、コーメイさん」 「おいおい・・・」 朱鷺子の中で浩明の株が急上昇を見せているのに、八雲は呆れた。そう言えば悪魔崇拝者だの異星人だのと自分で散々に言ったコーラス男が浩明だということを、朱鷺子は知らないのだろう。 「そうですね。浩明も里見さんも本当に人が良いと言うか。だから余計に今回の事件が気の毒なんですが」 自分がお人良しの模範生だという事を自覚しているのかいないのか、陽介はそう言って目を伏せた。陽介の話に出た九頭竜川の事件は、いっこうに解決の気配を見せていない。 「コーメイさんのために私たちで犯人を血祭りに上げるってのはどう?」 朱鷺子が嬉々とした表情で物騒な事をさらりと言ってのけた。せめて捕まえるとか言って欲しい。 「警察が何とかしてくれるだろ。そのうち犯人も捕まるって」 「駄目よ。私たちで犯人を捕まえて黒い組織の陰謀を白日の下に晒けださないと。敵は最強十傑集!」 「・・・ジッケツシュウ?」 「なんだか寄生虫みたいですね」 分からない事を言う朱鷺子と、分かりにくいボケをかます陽介。八雲はまず黒い組織というのにツッコミを入れようとしたが、朱鷺子はなぜか楽しそうに鼻歌を歌いながら軽快に指パッチンを奏でている。いつの間に出してきたのか片手には缶ビールが握られているから、酔っ払っている可能性は大だ。とりあえず月曜日の時みたいに翌日までグロッキーというのは勘弁して貰いたい。 八雲の頭の中に何となく妙なイメージが浮かんできた。激しい風雨の中、九頭竜川の川辺に集う黒服の怪しげな連中。設えられた祭壇の上に、女性が横たわっている。彼女の体に傷を付け、滴り落ちた血液を黒服たちが舐め合う。最後に黒服たちは女性を川に投げ込んだ。人柱として荒ぶる神に捧げるために――。まさか。却下だ。落とし穴行きだ。八雲は不吉なイメージを振り払った。 こんな馬鹿な想像をするのは朱鷺子が変な事を言ったからだろう。それに――。八雲は陽介の方を見た。八雲の視線に気付いた陽介は、不思議そうな顔をして見返してくる。取り立てていつもと変わらない、穏やかで端正な表情。ことこの事件に関して陽介は強い関心を抱いているようだが、今度は妙な話をされる気遣いはなさそうだ。 朱鷺子がまたキッチンへと歩いていった。まだ飲むつもりなのだろうか。先ほどまで朱鷺子が寄生していた扇風機はようやく支配を免れたらしく、カタカタと律儀に首を回している。その独立記念の風を浴びながら、八雲は取り留めもなく事件の事を考えていた。 警察に任せておけばいずれ解決されるだろう。そうは言っても、やはり一度気になったことはなかなか頭から離れてくれない。通り魔か。口論の果ての事故か。或いは――自殺? 手首の傷は実は古傷で、死に切れなくて川に飛び込んだとか。自作自演? 何かの理由で擬似自殺をしたとか――意味不明だ。自分には探偵の真似事すら務められないな、と八雲は思う。 「あまり首を突っ込むものじゃない」 突然の一言に驚いて、八雲は玄一郎の方を振り向いた。だが声の主は相変わらず本に目を落としたままだった。玄一郎のその言葉は、八雲に発したものなのか、それともキッチンから戻ってくるなり扇風機を拉致し去った朱鷺子に向けられたものなのか、それもよく分からない。 「クロさんも、ね」 そう言って朱鷺子はまたビールを開けた。玄一郎は表情を変える事なく黙っている。今の一言はタカ派の朱鷺子に向けた言葉だったのだろうか。 その時、外で雷鳴が響いた。直後に、屋根を叩く雨音。今にも降りそうな気配はあったが、予想以上に雨足が激しい。 「・・・やっぱり、降り出してしまいましたね」 「夕立みたいなもんだろ。すぐ止むって」 心配そうに外を見る陽介。どうやら風も出てきたらしく、雨滴がベランダまで飛び込んでくる。八雲は立ち上がって窓を閉めようとした。 「そういえば――」 窓を閉めている八雲の背後で、陽介が言った。 「また大きな台風が来るかもしれないそうですね。気をつけないと」 ※ 俺がその言葉を口にした瞬間――弾かれたように、彼女は駆け出して行った。 俺は彼女の後ろ姿に手を伸ばした。届かない。彼女の涙が珠のように零れて散る。外は大雨。俺は狭い路地を走り抜けた。必死で彼女を追いかける。辿り着いたのは見慣れた川原。荒れ狂う水がうねりを打っている。 俺は川の中に足を踏み入れていた。流れに体を持っていかれそうになるのを堪えていると、膝くらいの高さだった水が、腰を取り巻いて胸元まで迫りだした。深くなる。夜になる。あっという間に俺の体は水に没した。 なんて冷たい。そして暗い。外の喧騒とは切り離された水中の別世界。俺は急に恐ろしくなって、がたがたと震え出した。 そんな俺の姿を見て楽しんでいるかのように、彼女は泳いでいた。人魚みたいに滑らかな運動。円を描いては俺の周りを循環している。次第にその円周が狭まってきた。彼女の顔が、ついに俺の目の前まで接近する。 彼女の蒼白い手が、俺の頬を捕えた。ゆっくりと、彼女は唇を近付けてきて――そして、俺の耳元でそっと囁いた。そこで全てが暗転する。 俺は息苦しさに耐えかねて眼を覚ました。また、同じ夢。起き上がると衣服が汗でぐっしょりと濡れているのが分かった。胸が早鐘を打つたびに、頭に痛みが走る。二三度、咳が喉を突いた。最近は満足に睡眠がとれていない。 夢の中で俺を苛むのは、記憶の残滓。破局の日。破(わ)れた硝子の破片。 部屋の灯りを点けてから、窓の外の様子を窺った。まだ雨は続いている。大粒の雨が屋根に叩きつけるように降り注いでいた。弾ける雨粒。今にも吹き込んできそうな勢いだ。カーテンがわずかに濡れていた。 俺は窓を閉めて、しっかりとカーテンを引いた。再びベッドに体を沈める。それでも雨音は止まない。離れない。今夜も眠れそうにない。 そう、あの日もこんな雨だった。苛むような水音に震えながら、俺はカレンダーに目を遣った。 七夕まで、もう間もない。 ※ ※ ※ 五.七月五日(月) 金曜日の夕方から降り出した雨は、結局翌日まで断続的に続いた。日曜日もすっきりしない天気だったが、今日になってようやく晴れ間が見えたところだ。しかし陽介が言ったように、水曜日には台風が接近するという話だから、これも嵐の前の静けさといったところだろう。 八雲は共通棟の中庭を歩いていた。蒸し暑いこんな日には、空いた時間に涼しい場所で休憩するに限る。別に図書館でもいいのだが、ちょうどいい穴場を八雲は知っていた。 中庭の中央部には、藤棚と木製のベンチが並んでいる。藤の花を観賞する季節ではないが、涼むのには今が格好の時期だ。ところが角を曲がったところで、八雲はそこに先客の姿を認めた。それも、全く予想外の先客だった。 藤棚の日陰の下、里見手児奈がベンチに腰を掛けて本を読んでいた。八雲が近づいていくと、向こうもこちらに気付いて声を掛けてくる。 「ああ、八雲くんじゃない。こんにちは」 曇りのない笑顔を見せながら、手児奈は八雲に手を振った。八雲も挨拶を返してから、手児奈の隣に座った。 「浩明さんは?」 「ヒロちゃんは休みだよ。体調が悪いからって、家で寝てる」 手児奈が心配そうに眼を伏せて言った。手児奈の話を聞くと、浩明は先週から休みがちらしい。よほど疲れが溜まっていたのだろうか。八雲が浩明とまともに会話したのは先週の一度きりだが、その時も外見からは想像できない彼の繊細な人柄が窺えた。志水竜美の事件で一番胸を痛めているのも浩明なのかもしれない。 「そうですか――。またお見舞いに行きます」 「ありがとう。でも、大丈夫だから」 手児奈はまた笑顔を見せた。硝子玉みたいな瞳に灯りが点いたり、消えたり。ころころ変わる表情は、見ていて飽きない。 「そう言えば、青山八雲って素敵な名前だよね。朱鷺子さんも言ってたけど」 「・・・そんなこと言われたのは初めてです」 手児奈にそう言われるのは嬉しいが、朱鷺子がそんな事を言っていたとは意外だった。少なくとも八雲は朱鷺子の口から直接聞いた覚えがない。もっとも、自分ではアオヤマヤクモという名前が微妙に音の据わりが悪いよう気がしてならないのだが。 「朱鷺子とは、高校から?」 「大学からだよ。同じ専攻だから知り合ったの」 「無茶苦茶でしょう、あいつ」 「そうかなあ。すごく魅力的な人だと思うけど」 そう言って手児奈は微笑んだ。本当に無邪気に笑う人だな、と八雲は思った。とりあえず自分の知る無愛想の国住民代表に爪の垢を煎じて飲ませてみたい。 「朱鷺子さん、先週私の家に来たよ」 「ああ、聞きました」 「ヒロちゃんも何だか元気になってたし。あんなに楽しそうなヒロちゃんを見るの、久しぶり」 なぜか手児奈の顔に、寂しげな翳りが見えたような気がした。しかし八雲がそれをいぶかる間もなく、手児奈の顔に再び笑顔が灯る。万華鏡のような表情の変化。八雲がそれに見蕩れているうちに――手児奈は、いきなり爆弾を投下してきた。 「付き合ってるんだよね。八雲くんと朱鷺子さん」 「・・・うわあ、そいつは最高に難しい質問です手児奈さん」 とりあえず大袈裟に頭を抱えてみせたり、呻き声を上げてみたり。どう答えればよいものか、八雲は真剣に悩んだ。難しいのだ。実際問題。そんな八雲の様子を見ながら、手児奈は悪戯が成功した子供のようにくすくす笑っている。よほど楽しいのだろう。 「だって朱鷺子さん、八雲くんの話ばかりするもの」 「・・・それ、どんな話なんですか?」 「秘密です」 「情報公開を請求します。開かれた行政を希望」 「私にも、守秘義務がありますから」 「・・・・・・」 相手は予想を超える戦力を保持しているようだ。八雲は頭を掻きながら、白旗を揚げる決断をした。しかし敗軍の将にだって帯刀が許されることもあるのだ。 「そうですね、俺はアイツの――まあ、トランキライザーみたいなもんです」 「・・・それだけ?」 「おしまいです。次回を待て。乞う御期待」 今度は声を上げて手児奈が笑い始めた。どうやら八雲のささやかな反抗が期待以上の戦果を上げたらしい。 「どっちかというとカンフルだよ、八雲くんは」 まだ笑いが止まらないらしく、手児奈は腹を抱えながら苦しそうに言った。ステッセル将軍もこれで報われるというものだろう。 「うらやましいなあ、そんな関係」 「それを言うなら、浩明さんと手児奈さんだって――」 これも八雲のちょっとした逆襲のつもりだったのだが、意に反して手児奈は口を噤んでしまった。急な態度の変化に八雲が戸惑っていると、手児奈は俯きながら、ぽつりと呟いた。 「・・・違うよ。私は――金魚、だったんだよ」 「・・・金魚?」 「そう。金魚鉢の中の金魚。水質も保たれているし餌にも困らないから、適量の愛の中でぬくぬくと暮らしていける。けど、それだけなの。外には出られない。硝子鉢を通してしか、外を見ることが出来ないの。行きたい場所に行けない。触れたいものに触れられない。言いたいことも言えない。それって、とてもつらいんだよ。だから、私は」 人が変わったように言葉をまくし立てる手児奈。しかし八雲の呆然とした顔に気付いたのか、すぐに繕うような笑顔を見せた。 「・・・ごめん。変な話をしちゃったかな」 「いや・・・」 かすかに潤んだ手児奈の瞳。降水確率三十パーセント。降ると思えば降らないし、降らないと思えば必ず降り出す。きわめて高度な判断を要する空模様を前に、八雲は言葉に詰まった。表向きは仲が良くても、人には言えない葛藤があるものなのだろうか。そういう男女関係の機微には、はなはだ疎い八雲である。 「不思議だな。八雲くんには何でも話したくなっちゃうんだ」 「俺ってそんなに頼りになる男に見えます?」 「だって、何だか気安そうだもん」 「・・・・・・」 褒められているんだろうか。いや、褒められているはずだ。八雲はそう思うことにした。処世術とは思い込みの技術のことなのかもしれない。とにかく手児奈が元気な笑顔を取り戻したので、八雲は少し安心した。 「そうだ、八雲くん」 不意に手児奈がベンチを立ち上がって、ベンチから数歩踏み出した。そうして長い髪を翻しながら、八雲の方に振り返る。今度は声にも表情にも、真剣なものが籠もっていた。 「・・・何ですか、改まって」 「幽霊とかそういうの、信じる方?」 手児奈の問いかけは完全に八雲の意表を突くものだった。人間にフェイルセーフ機能が搭載されていたら、こんな時に便利だろうと思う。混乱しながらも、八雲は少しずつ言葉を選んで答えた。 「ええっと――俺はそんな話は信じないです。死んだら、それっきりじゃないかな」 「・・・どうしてそう思うの?」 「どうしてって――例えば心とか魂とかっていうのは、水に映る月影みたいなものだと思うんです。実体があるようでなくて、ふわふわクラゲみたいに漂ってる感じで。だからピンとこないんです。そんな自分でも捉えられない不確かなものが、死後も在り続けるって事が」 途中から自分で何を言っているのか分からなくなったが、手児奈は真面目に八雲の話に耳を傾けているようだった。 やがて八雲が話し終えると、それまで黙っていた手児奈が口を開いた。それも、今まで聞いたことのないような、冷たい声で。 「じゃあ――八雲くんには見えないんだ。私の後ろに居るものが」 「え・・・?」 八雲は息を呑んだ。強張った手児奈の表情。その背後には――何もない。ただ共通棟の白い壁が見えるだけだ。もちろん目を凝らしても何かが見えるわけではない。 「ええと――まさか、冗談ですよね?」 八雲が上擦った声でそう言うのを聞き届けてから、待っていたように手児奈が相好を崩した。大きな瞳を細めて、ぺろっと舌を出す。 「ゴメンね。びっくりした?」 「・・・・・・」 びっくりしたも何もない。こんな沈黙は何度目だろう。まったく――この人も朱鷺子に毒されてきているんじゃないだろうか。八雲は本気で怒り出しそうな自分を抑えて、笑顔を保つのに苦労した。きっと引き攣った笑いになっているに違いない。 「心臓が止まるかと思った。そういう話苦手なんです俺。マジで」 「あれ? 八雲くん、信じてないんじゃなかったの?」 「信じないからこそ本当にいたら怖いんです」 「なあに、それ」 ベンチに座り直した手児奈がまた笑い出した。八雲はほとんど拗ねた子供状態だ。朱鷺子より良識がありそうだと判断したのがそもそもの間違いだったのかもしれない。一人でも手が掛かるのだから、これ以上は御免蒙りたいところだ。 「でもそれじゃ名前負けかもね、八雲くん」 「・・・おっしゃる通りで」 もう反撃する気力も湧いてこない。八雲は完全敗北を諾々と受け入れると、降伏の手を掲げて見せた。 ※ 本当は気付いていたのだ。彼女の気持ちに。 でも俺は、怖かった。ようやく手にする事ができた温もりを、失うのが怖かった。俺は適量の愛に満足していたかったのだ。三人で、ずっと。あの日、天の川に祈ったように。 だから、彼女の気持ちに応えることが出来なかった。 彼女が供してくれた温かい金魚鉢を、俺たちはずっと護ってきたはずだった。救いの井戸を汲み合うみたいに、等しく与え与えられる愛。 でも彼女は、ちっぽけな硝子鉢の中では満足できなかった。俺の知っている愛し方に我慢できなくなった。彼女は、彼女自身の手で、その世界を壊してしまったのだ。もっと深く、もっと激しい愛を手に入れるために。それが、今まで育んできた全てを失う事を意味しようとも。 そして――破局。 過去は破れた硝子のように散らばっている。欠片を拾い集めて繕っても、鏡に映し出されるのは歪な現在(イマ)でしかなくて。そんな欠片にしか縋れない俺たちを、彼女は笑っているだろうか。 夢は何時も同じ場面から始まる。俺の投げつけた言葉が、彼女を傷つける。走り去っていく彼女の後ろ姿。差し伸べる手。届かない。水の天蓋。暗い世界。涙。ウンディーネ。夢の終わりには、彼女は決まって俺の耳元で囁く。 ずっと、一緒にいようね。 彼女の死は、俺の罪だ。唇を選ぶ事が出来なかったから。淋しい愛し方しか知らなかったから。そう――俺が彼女を殺したのだ。 彼女は俺を恨んでいる事だろう。棄てられたウンディーネみたいに――彼女の珠のような涙が、いつか俺を殺すのだろうか。 ※ ※ ※ 六.七月六日(火) 生温く湿った南風が、街路樹の葉を揺すっている。沈みゆく日を追いかけるように、足早に流れていく鈍色の雲。夕闇が迫る中、霧島玄一郎は「里見」と表札に書かれた家の前で足を止めた。 里見家は大学からすぐ歩いていける距離にある。立ち寄るのに格別の労はない。小さいながらも整った造りの家だ。里見家はかつて相当な名家だったと玄一郎は聞いた事がある。まだ真新しさの残る門扉を潜り、手入れの行き届いた庭を通って、玄一郎はチャイムを鳴らした。 「よお。陽介は一緒じゃないのか?」 玄関から顔を出したのは、意外にも浩明だった。 「フィールド・ワークに出掛けるそうだ。泊りがけらしい。お前の事を心配していたよ」 そう言い終えるなり、玄一郎は途中で買った菓子の包みを浩明の前にずいと突き出した。 「見舞物だ。出来合いだがな。饅頭だぞ饅頭」 「・・・いや、だぞと言われても。まあ上がれよ」 浩明に導かれ、玄一郎は客間に案内された。 部屋に入ると、和装の女性が茶菓を持ってきてくれた。いかにも穏和な顔立ちをした年配の婦人だ。彼女が手児奈の母、里見房子(さとみふさこ)である。玄一郎が丁重に礼を返すと、彼女はまた襖の向こうに下がっていった。滑らかで気品を感じさせる挙措。それもその筈で、彼女は和服の着付け指導を仕事にしているとの事だった。 房子が部屋を後にするのを見届けてから、玄一郎は改めて浩明に向き直った。 「――寝ていなくても大丈夫なのか?」 「心配ないよ。いろいろあって疲れてるだけだ」 「少しやつれたな」 「そうか? まあ、最近寝不足だしな」 玄一郎はそれとなく浩明の顔を窺った。目の下に少し隈があるが、顔色が悪いというわけでもない。浩明が自分で言う通り、心配していたよりはずっと調子が良さそうに見える。 「雨沢さんも連れて来てくれれば良かったのに。なかなか魅力的だよな、彼女」 おどけるように浩明が言った。無理して振舞っているというわけでもないようだ。まず玄一郎は安心した。 「高校の時の雨沢さんの話を聞きたいな。いろいろと――その、噂ならいくつか耳にしたけどさ。お前も付き合いが長いんだろう?」 「そんなに元気なら自分で口説くといい。忠告だけして置くが、彼女は手強いぞ」 「・・・意地悪だな」 「俺は縁結びの神じゃない」 「まあ、鬚面のキューピッドが降臨なされたら間違いなく逃げるね、俺は。真弓で射られそうだしな」 そう言って浩明は笑った。玄一郎はそんな浩明の軽口も意に介さない風で、数冊の本を取り出した。中には横文字の厚い本も交じっている。全て浩明からの借り物だった。 「・・・さすが早いな。どうだった?」 手渡された本を軽く捲りながら、浩明が感想を求めてきた。表情は緩んだままだが、目つきは真剣だ。玄一郎は鬚を擦りながら答えた。 「興味深いな。水の女の系譜といったところか。洋の東西を問わず例は多数あるわけだ。ニンフやウンディーネ、ラインのローレライ。本邦ではタマヨリビメやオトタチバナヒメ、タナバタツメもこの類か」 「それから――ウナイオトメ、ってのもあるよな」 浩明はもう笑ってはいなかった。その口調もどこか熱が籠もり始めている。玄一郎は頷きながら話を続けた。 「西洋の水の女は専ら「誘う女」だが、日本では「還る女」だな。水に身を投じた女がやがて水の霊威を司る神へと習合される。「誘う女」のいわば前段階――縁起に重点が置かれて語られるわけだ。こんなことをお前に言うのは釈迦に説法かもしれんが。いや、諸葛亮に饅頭か」 「最後のジョークはあんまり面白くないぞ」 「むう」 自分では快心の冗句だと思ったのだが。玄一郎が少なからずショックを受けていると、今度は浩明が語り始めた。 「じゃあ、ウンディーネってのはちょうど折衷的なものなのかもしれないな。人間の心を手に入れたのに、結局は元の世界へ帰らなければならなかった。そして男が他の女を娶ろうとした時には、水の精としてその命を奪わなければならなかった――」 「だがウンディーネは決して不幸ではなかっただろう? 彼女は自らの涙を幸福の涙と考えていたのだからな」 「そう――なのかな」 玄一郎のその一言で、浩明は黙り込んだ。何か考えを巡らせているようだ。 「ウンディーネは最後まで騎士に感謝していたんだ。心を与えてくれた騎士に」 「・・・・・・」 しばらく黙って俯いていた浩明は、やがて顔を上げた。目を真っ直ぐ玄一郎に向けながら、真剣な口調で言葉を紡ぐ。 「なあ、玄一郎。もし失いたくないものが二つあったとして――そのどちらかしか選べないのなら、一体どうすればいいんだろうな」 「どうもしないさ。何かを得ようとすれば何かを失う。これは免れない。だが逆に言えば、何かを失えばそこには必ず得るものがあるということだ。結局は失ってみなければ分からない。だがその時に得たものは何か、よく考えるといい。人は失ったものには敏感だが、得たものには無自覚な事が多いからな」 「得たもの――か」 それだけ言ってから、浩明は卓上の包みを手にした。玄一郎が持ってきた饅頭だ。頂くよ、と一言断って、浩明は田舎饅頭に口をつけた。 「うん、うまいな。後で手児奈にも食わせてやらないと」 吹っ切れたような笑顔を見せて、浩明がそう言った。 「手児奈さんはどうした?」 「二階で休んでるよ。一生懸命看病してくれたからな。あいつも体が丈夫って訳じゃないんだ」 「お前ももう少し安静にするのが良いだろう」 「いや、明日は大学に行くよ。試験も近いしことだしな」 「あまり無理をするなよ。陽介もそうだったが」 玄一郎がそう言い終えた時、階段を急いで降りてくる足音が聞こえて来た。噂をすれば影が差すとは実に至言だ。玄一郎の予想に違わず、襖を開けて入ってきたのは里見手児奈だった。 「手児奈・・・?」 浩明が言葉を継ぐより先に、手児奈の口が開いた。 「・・・あまりヒロちゃんに無理をさせないで下さい」 階段を駆け下りてきたせいか、息が乱れている。その言い回しは穏やかだが、玄一郎に対する敵意がありありと感じられた。浩明がいなければ今にも噛み付いてきそうな見幕だ。浩明がいるからこそ、なのかもしれないが。 「おい手児奈。失礼だろ」 宥めようとする浩明にも構わず、手児奈はその鋭い視線を玄一郎から外そうとしない。高校の時もそうだったが、自分はよほど嫌われているらしいな――そう思いながら、玄一郎はゆっくりと身を起こした。いずれ長居をするのは禁物だろう。 「悪かったな。邪魔をした」 引き留めようと立ち上がった浩明を制して、玄一郎は襖の方へ足を踏み出した。そこで手児奈と向き合う。身長差があるので玄一郎が手児奈を見下ろす格好になるが、手児奈は玄一郎に負けまいと視線をぶつけてきた。その瞳が湛えているのは、沸き立つ熱湯のような怒気。怒りが肩から伝わって、長い髪を震わせていた。 玄一郎はそんな手児奈の表情を冷静に見つめながら、諭すように言った。 「――手児奈さん。あなたが手に入れたものは何かな」 「・・・早く出て行って」 手児奈の返答は最後通告だった。玄一郎は手児奈と擦れ違い、廊下に出た。振り向くと、手児奈は浩明の肩に寄り添うようにしながら、まだこちらを睨んでいた。これも、高校の時に何度か見た光景だ。ひたすら申し訳なさそうな表情をしている浩明に別れを告げ、玄一郎はその場を去った。 廊下の端には房子が立っていた。どうやら事の成り行きを見守っていたらしい。気の毒なくらい蒼い顔をしている。房子は玄一郎が玄関を出るまで、何度も頭を下げてくれた。 ※ 玄一郎が里見家を出た時には、辺りはすでに薄暗くなっていた。 生温かい風が玄一郎の顔を撫でていく。その不穏な空気が、薄闇の景色と相俟って濃度を増しているようにも感じられる。逢魔が刻、とはよく言ったものだ。光と闇とが交錯し人と魔とが邂逅する、刹那の境界。幼い頃にそんな話を聞いて、その時間帯は決して外に出る事はしなかった。もっとも今は、玄一郎の好きな風景の一つとなってしまったのだが。 人が、無邪気であり続けようとする事と。無邪気を忘れて去ってしまう事と。さて、どちらの罪が重いのだろうか。玄一郎は不吉を孕んだ黄昏の空を見上げながら、最後の煙草に火を点けた。 ※ ※ ※ 七.七月七日(水) 朝から雨模様だった。 煤けた雲は今にも落ちてきそうなくらいの重量感。湿気を帯びた風がときおり強く吹き込んでくる。大学から帰宅した八雲は、部屋の中から取り留めもなく空の様子を眺めていた。 水曜日の講義は基本的に半日まで。八雲は特定のサークルに所属しているわけではないので、バイトがある日以外は暇ができる。しかしこんな天気ではわざわざ外出する気にもなれない。 台風は東北東に少しずつ進路を変えて――夕方から雨が降り出し――夜間の予想雨量は――洪水や土砂災害のおそれが――。天気のお姉さんというにはちょっと年かさの女性が伝えてくれる台風情報が、聞くともなく八雲の耳に入ってくる。中継では丸顔のおっさんが傘もろとも吹き飛ばされそうになっていた。自然の猛威に対して人間はかくも無力だという教訓を感得しつつ、八雲はまた横目で外を窺った。 そういえば、今日は七夕。当たり前だが、この天気では天の川は見られそうにない。もちろんこちらから見えなくても牽牛と織女の逢瀬が妨げられるわけではないが。それに比べると、むしろ不便なのは地上の人間の方なのかもしれない。 ついさっきまでの朱鷺子との遣り取りを、八雲はぼんやりと思い出した。 ※ 「デートよ、デート」 「・・・はあ?」 朱鷺子の言葉に八雲は耳を疑った。 二限目の講義が終了し、久しぶりに一緒に帰ろうと朱鷺子に電話を掛けた時の事だ。思ってもみなかった答えを、朱鷺子は返してきた。 「デート――ってこれから? 誰と?」 「んー? コーメイさんと」 「・・・浩明さん?」 色々な疑問が頭の中を駆け回り、一纏めにするのに苦労する。いつの間にそんな話になったのか――とりあえずそんな質問をぶつけてみたが、朱鷺子の返答は微妙に分かりにくかった。 「コーメイさん、久しぶりに大学に来たのよ。二人でゆっくり話をしてみたくなっちゃった」 気紛れだが思い立ったら即実行。朱鷺子の性格は八雲も充分に知っているが、あまりにも唐突に思えた。先週浩明の家に行ってからそこまで話が進んだとなると、株価はとんでもない曲線を描いていることだろう。 「というかお前、何もこんな日に――」 八雲は空に目を向けた。鉛色に膨張していく空。予報では夕方から雨が降ると言っていたが、こんな日に出歩くなんて賢明でない事は確かだ。 「そんなの私の勝手でしょう?」 朱鷺子は素っ気なくそう言ってから、さっさと電話を切ってしまった。 浩明はユッグゴトフ星人かもしれないんだぞ――そんな意味不明な説得方法が八雲の脳裏に浮かんだが、止めておいた。しかもそれは、むしろ朱鷺子が喜ぶところだろう。 八雲が帰宅したのが、一時を少し回った頃だった。 ※ 台風情報を聞くのも飽きて、八雲はベランダに出た。 濁流のように雲が空を流れていく。風も段々と強くなってきているのが分かる。空に向かってお詫びしたら、太陽が戻ってきてくれるだろうか。ついこの間までぎらぎら輝いていたあの挑発的な光が、とても懐かしく感じられる。 ふと八雲の目の前を、白い糸のようなものが通り過ぎた。始めは一本だったものが、すぐに無数の糸となり、あっという間に視界を白く織り込めていく。 ざあっ、というノイズ。降り出した大粒の雨が、一瞬の内にアスファルトを塗り潰した。足元からは、植え込みの葉を叩く容赦ない雨音。風に揺さぶられた雨がベランダまで降り掛かる。八雲は慌てて部屋の中に引っ込んだ。 予想よりも早い。天気予報だって当てにはならない。だから言ったのに――。 八雲は窓を閉めた。 ※ 「シガー・ロス」は大学の最寄りの喫茶店だ。ちょっと贅沢そうな雰囲気の店だが、割と手頃な値段で料理を提供してくれる。普段なら学生たちで賑わうはずの時間帯だが、今日はあまり客の姿が見えない。やはり早々に帰宅する人が多いのだろう。 雨沢朱鷺子は店に入って待ち人の姿を探した。とはいえ、人が少ないので見つけるのに苦労はいらない。店内の一番奥まったテーブルに、先に待っていた早乙女浩明が腰掛けていた。 「こんな日にごめんな。でも、来てくれて嬉しいよ」 朱鷺子が座るのを待って、浩明がそう言った。精悍な顔立ちと、たくましい体つき。大学では運動部に所属していないと聞いているが、適度に鍛えてはいるのだろう。 浩明の傍らには、なぜか花束が置いてあった。これでプレゼントなどと言う寒気のする真似をするならすぐに帰るところだが、幸いな事に浩明はそんな素振りを見せなかった。 「全然構わないわよ。コーメイさんの奢りね」 もちろんだよ、言って浩明は微笑んだ。体調はすっかり良くなっているようだ。 今日の二限に、朱鷺子は先週と同じ講義を聴講に行った。そこには手児奈ではなく、もともと講義を取っていた浩明が出席していた。どうやら復調して久々に大学に来たらしい。浩明の急な誘いには朱鷺子も少なからず驚いたが、浩明の事を知るちょうど良い機会ではある。そう考えて朱鷺子は誘いに応じたのだった。 朱鷺子は浩明の前に置かれていた二つのグラスに目を移した。両方とも同じ、乳白色の液体だ。 「・・・彼女の、好物だったんだ」 朱鷺子の視線に気付いた浩明は、今度は呟くように言った。まるで懐かしい物を見るような遠い目をしている。そんな浩明の様子を見て、朱鷺子は八雲の話を思い出した。 「先週の月曜日、八雲に会ったのね」 「ああ。共月亭だね。店の名前は聞いていたから、つい入ってみたんだ。酒は全然飲めないんだけどね、俺」 「・・・面白くない」 「え?」 当惑する浩明を尻目に、朱鷺子はウェイターを呼んだ。メニューを手に取りながら矢継ぎ早に注文していく。 「・・・そんなに食べ切れるの?」 「だって、私が払うわけじゃないもの」 浩明の口元が微妙に引き攣っているのが分かったが、構いはしない。やがて浩明は気を取り直したように口を開いた。 「面白いな、雨沢さんは。話を聞いたときから、ずっと気になっていたんだけどね。やっぱり君は――彼女に似ているよ」 「・・・私に似ている彼女って言うのは、竜美さん? それとも五年前に死んだ娘?」 「俺は――竜美さんが苦手だった。竜美さんの事は、何とも思ってやしない」 眉を顰めて表情を曇らせる浩明。そんな浩明の顔を、朱鷺子は思いきり冷ややかな目で睨みつけてやった。 「どっちにしても――ずいぶん失礼な事を言うのね」 朱鷺子がそう言うと、浩明は慌てて頭を下げた。かなりの長身であるにも関わらず、そうやって謝る浩明の姿はひどく小さく見える。本当は手元のコップの水をぶっ掛けてやるつもりだったのだが、浩明の様子を見たらその気も失せてしまった。コップを掴んでいた手を離して、朱鷺子は大きく溜息を吐いた。 「ごめん。でも、俺は――」 「結局、コーメイさんだけなのね。金魚鉢の中で満足していられたのは」 浩明が言い淀んでいる内に、朱鷺子が言葉を引き取った。黙って頷いた浩明は、そのまま俯いてしまった。唇を噛み締めているその顔は、まるで悪戯を咎められてしょげている、子供のようだった。 ※ 店内に流れる、落ち着いた有線の音。それからしばらくの間、浩明はほとんど喋らなかった。 浩明の前に二つ並んだコーラスウォータも、片方に手をつけただけで、もう一方には口もつけていない。さっきから窓の外に目を向けている浩明は、ときおり祈るように眼を伏せていた。彼にとってはこれが一種の儀式なのだろう。五年前の死者に捧げる、鎮魂の儀式。傍らの花束の包みからは、色とりどりの花が顔を覗かせている。白菊ではないのも、彼なりの配慮があっての事だろうか。 口数の少なくなってきた浩明に構わず、朱鷺子はボンゴレロッソのパスタを頬張った。一人で一皿を平らげる勢いでフォークを動かしていると、不意にウィンドウを叩く雨音が店内に加わり始めた。瞬く間に雨足が強まっていく。 「・・・降り出してきたね。七夕の雨――洒涙雨(さいるいう)か」 「サイルイウ?」 朱鷺子は手を止めて、浩明の口にした耳慣れない単語を聞き返した。浩明は窓の外に目を向けたままだったが、いつの間にかその表情は穏やかなものになっていた。 「そう。織姫と彦星が別れを告げる涙雨」 浩明が何を考えているのか、朱鷺子には分かりかねた。もしかしたら思い出しているのかもしれない。五年前に死んだ彼女と、重ねた日々を。 「そうそう、一つ気付いた事があるの」 最後に運ばれてきたクリームブリュレをつつきながら、朱鷺子は浩明の横顔に向けて言った。玄一郎もお墨付きを与えたこの店の人気商品は、朱鷺子にはちょっと甘過ぎる。 「uが足りないのね、あの娘の名前。洒落にもならないけど」 「uが足りない・・・? ああ、確かにそうだね。本当に――」 本当に――出来の悪い冗談みたいだ。浩明はそう言ったのだろう。その声を遮るように、機銃掃射のような雨がウィンドウを叩いた。 「雨――まだ強くなりそうね。そろそろ帰った方が良いかも」 朱鷺子がそう言うと、浩明はようやく朱鷺子の方に顔を向けた。引き締めた口元と、真剣な眼差し。その顔で、真っ直ぐに朱鷺子を見つめてくる。 「・・・ごめん。これから一緒に来て欲しい場所があるんだ。もちろん君が良ければ、だけど」 「謝ってばっかりね、コーメイさん」 朱鷺子は呆れた風にそう言った。こんな顔をされたら、誰も浩明を放って置けなくなるのだろう。本人が自覚していない分、余計にたちが悪い。朱鷺子はテーブルの上に残された、もう片方のコーラスウォータを手に取った。そしてそれを一息に飲み乾してから――朱鷺子は、得意の笑顔を見せた。 「いいわ。今日はとことん付き合ってあげる」 ※ 騒がしい雨の音で、八雲は目を覚ました。 何時の間にか寝てしまっていたらしい。窓の外は本降りの様子だ。台風が最接近するのは明日と聞いたが、すでにかなりの雨量になっているだろう。 目覚まし時計で時間を確認する。午後五時ちょっと。八雲は起き上がって部屋の明かりを点けた。床の上に寝転がっていたせいだろうか、体のあちこちが痛んでいる。 試しに窓を開けてみると、強烈な風とともに雨水が吹き込んできた。雨の王様レインキング、人類に牙を剥く。我ながら全く脈絡のないイメージが浮かんでくるのは、頭の中まで悪天候になっている証拠だ。八雲はまた窓を閉め切った。 別に腹は減ってないが、そろそろ夕食の支度を始めてもいいだろう。そう考えてキッチンまで出て行こうとした時、携帯電話が鳴った。テーブルの上でカタカタ震えている電話を手に取って、表示を見る。 里見手児奈からの電話だった。 「――どうしたんですか?」 「ヒロちゃんがどこに行ったか知らない?」 終電に駆け込もうとするような、ひどく慌てた声。電波の状態が悪いのか、多少聞き取り難かったが、手児奈の口調が切迫しているのは伝わってきた。 「・・・浩明さん? ああ、朱鷺子が一緒に出掛けるようなことを言ってたけど」 「朱鷺子さんと?」 電話の向こうで息を呑むような気配が感じられた。手児奈は浩明の行方を聞いていないのだろうか。手児奈は狼狽している様子で話を続けた。 「そんな――だってヒロちゃん、友達と遊びに行くから少しだけ遅くなるって言って――それでまだ、帰ってこなくて。みんなに電話しても知らないって」 「・・・ずっと連絡がないんですか?」 手児奈はうん、と返事をした。ほとんど泣きそうな声だ。 「ちょっと待ってください。またすぐに掛け直しますから」 八雲は朱鷺子に電話を掛けてみた。だが返ってくるのは無機質な応答ばかりだ。朱鷺子はデートとか言っていたが、こんな大雨の中でデートもないだろう。いつの間にか八雲の背中に汗が滲んでいた。まさかと思いつつも、不穏な想像が頭をもたげてくる。台風の日に起きた事件。志水竜美の死。手から電話が滑り落ちそうになった。 「・・・俺、これから朱鷺子の家に行ってきます。もしかしたら浩明さんもいるかもしれない」 掛け直した電話の向こうでは、嗚咽が漏れていた。それでも八雲の言っている事は聞き取れたらしく、泣き声を堪えるように手児奈が言った。 「私も、行きます。早くヒロちゃんを――」 手児奈は精一杯毅然とした声を出したかったのだろう。だが上擦った声は焦燥を隠せない。手児奈を連れて行っていいものか、八雲は迷った。手児奈はすぐにでも外に飛んで行きそうな勢いだ。なら、二人で行く方が安全かもしれない。八雲はそう考えて、手児奈と待ち合わせの場所を決めた。 電話を切った後で、八雲はベッドの下のケースを漁った。そこには母が老婆心から置いていったレインコートが丸めて入れてある。今まで一度も使った事がないので皺だらけだが、ないよりはずっとマシだ。母の先見の明に感謝しつつ、八雲はそれを体に巻きつけた。 ※ 居ても立ってもいられない。自分でも不確かな感情が、八雲を動かしている。吹き荒れる風雨の中、八雲と手児奈は朱鷺子の家へ向かっていた。朱鷺子の家は九頭竜川に沿って東の方角にある。少し遠いが、歩いて行けない距離ではない。 手児奈は八雲に寄り添うようについて来ている。落ち合った時は眼を真っ赤に腫らしていたが、今は俯いたその顔がレインコートの下に隠れている。八雲が何か話しかけても、手児奈はほとんど無言だった。浩明の心配で頭が一杯なのだろう。 八雲は手児奈とは別の意味で、浩明の事を心配していた。共月亭に来た時の、浩明の不審な態度を思い出す。振り払おうとしてもあらぬ疑いが湧いてきた。自然と足早になってくる。もちろん単なる憶測であればいい。こうして雨の中を歩いている自分の行動が後で物笑いになるのなら、その方がずっと良かった。ただ――朱鷺子が、無事で居ることを願った。 土手下の九頭竜川は荒れていた。濁流が川原を覆い、木を押し流しているのも見える。朦朧とした視界。槍のように降り注ぐ雨。顔に吹きつけられた水滴が垂れ、すぐに服までびしょ濡れになった。体が徐々に冷え込んでいくような気がする。手児奈も同じ状態なのだろう。こんなにも大量の水を、空は抱え込んでいるものなのだろうか。まるで空が壊れたみたいだ――八雲はそう思った。 何か話し掛けようとして隣を見た時、八雲は手児奈の様子がおかしい事に気が付いた。手児奈の肩が、小刻みに震えている。心配して覗き込んでみると、手児奈の顔から血の気が失せていた。合わない歯の根を必死で食いしばっている。服が濡れたせいで寒気を感じているのだろうと思ったが、あまりにも震えがひどい。 何故かは分からないが――彼女は、怯えているようだった。 ※ 住宅街から離れた平地に、朱鷺子の家は建っている。八雲は何度も足を運んだ事があるが、一人で暮らすには不釣合いなほど立派な構えだ。 八雲は門前でチャイムを鳴らした。無言。二度三度。反応がないのに苛立って、何度も鳴らした。それでも人の気配は感じられない。何か漠然としていた不安が、形を取って圧力を加えてくる。八雲はますます焦燥に駆られた。 八雲はひとまず玄関の前から離れて、道路まで戻った。これからどうするのか途方に暮れていると、手児奈が両の手で肩を抱きながらひどく震えていた。こんな状態のままで手児奈を連れて歩いていくわけにもいかないだろう。ひとまず手児奈を家に帰そうと考えて、八雲は声を掛けた。 「いやだ・・・」 ほんの小さな声で、手児奈が呟いた。その表情はどこか空ろだ。もう一度声を掛けようとしたその時、不意にひときわ強い風が道路を吹き抜けた。波打つように跳ね上がった水しぶきが、八雲たちに降り掛かる。 「いやあ!」 突然の絶叫。手児奈の悲鳴が、雨中に響く。八雲は飛び上がりそうなほど驚いたが、とにかく手児奈を落ち着かせようと、平静を装いながら言った。 「落ち着いて下さい。きっと二人ともどこかで時間を潰していると思います」 言い終えてから八雲は、再び手児奈の顔を覗き込んでみた。そして――ぞっとした。手児奈の顔は、すっかり蒼白になっていた。濡れた髪が顔に張り付いて鬼気迫る表情を見せている。今にも歯の鳴る音が聞こえて来そうなほど体を震わせながら、手児奈はうわ言のように言葉を繰り返していた。 「あの女が、あの女が――」 「手児奈さん・・・?」 一瞬の事で反応が遅れた。弾かれたようにその場を駆け出す手児奈。八雲が手を差し伸べる間もなく、手児奈の後姿は小さくなっていった。大声で叫んでも、手児奈は振り返ることがない。八雲は戸惑いながらも手児奈を追って走り出した。 脇目も振らず駆ける手児奈の足取りはほとんど迷いがない。ともすればすぐに見失いそうになる。何度か濡れた路上に足を取られそうになりながら、八雲は懸命に走った。窒息してしまいそうなくらい顔を打つ雨。踏み越えた水溜りから泥水が跳ねた。靴もレインコートも、もうほとんど用を為していなかった。 ※ 「公園・・・?」 息を弾ませながら、八雲は手児奈の駆け込んだ公園へと足を踏み入れた。朱鷺子の家のさらに東側に位置する公園だ。春には名所として知られる桜の木立も、今は風に弄ばれて枝をたわませている。 八雲は霞んだ景色の中に手児奈の後姿を追った。公園の敷地は広いが、手児奈が姿をくらましたのはその一番奥まった場所になる。木立の向こう側に湾曲するようなその歩道は、いわば公園の裏道だった。八雲も急いでそこに駆けつけた。 狭い歩道の脇には、背の高いフェンスがどこまでも連なっていた。フェンスの中に開け放たれた扉を見つける。軋んで耳障りな音を立てているその扉を潜ると、土手が大きく広がっていた。その下にはやや川幅の狭い、九頭竜川の支流が流れている。ここは八雲も入ったことのない場所だった。土手はなだらかな階段のような形状をしているが、川に近付くにつれて徐々に起伏を失い、やがて緩やかな曲線を描いて護岸ブロックに続いている。土手の下方、ちょうど窪地のようになっているその場所に、手児奈は佇んでいた。 手児奈は肩を上下させながら、荒れ狂う川面を見下ろしていた。そのすぐ前には、護岸ブロックがほとんど垂直に切り立っている。支流とは言え、川の水位は相当に高まっていた。 「手児奈さん、そこは危険だ!」 声を張り上げて言ったつもりだったが、手児奈は動じなかった。雨音に掻き消されて聞こえていないのだろうか。八雲は再度大声を出そうとした。 「手児奈さん――」 「出てこい!」 八雲が言い終えるより先に、手児奈の叫びが響いた。小柄で華奢な体からは想像できないほどの声量。雨音に支配された世界を切り裂くような鋭い声。その細い肩で息をしながら、なおも手児奈は川に向かって絶叫した。 「出てこい! 出てこい!」 「手児奈――さん?」 何度も何度も、繰り返し声を荒げる手児奈。八雲は九頭竜川の暗い水を見た。そこに何があるわけでもない。それでも彼女は、川の中にいる何者かに向かってあらん限りの声を絞っているようだった。 「出てこい! 今度こそ――」 手児奈の足が、徐々に川の方へ近づいていく。暫く呆気に取られていた八雲は、それを見て慌てて土手を駆け下りた。引き留めるように手児奈の肩を掴み、何度も呼びかける。それも無駄だと分かると、今度は手児奈の前に回りこんだ。肩を揺さ振ってみても反応がない。ぼんやりと空ろな目。ラムネ瓶の硝子玉のようなその瞳には、何が映っているのか。 次の瞬間、ひときわ大きな絶叫が、川面に響き渡った。 「今度こそ――今度こそ殺してやる。兄さんを、返せ!」 思わず手が止まる。手児奈は今――何と言ったのか。機能停止寸前の頭の中。八雲は、直感的にその言葉を口にしていた。 「あんたは――本当に、手児奈さんなのか?」 次第に雨音が鮮明に聞こえてくる。手児奈が口を噤んだのだ。しばらくの沈黙の後、手児奈が漏らした言葉は、まるで抑揚のない声だった。 「あなたも――そうなの?」 これだけ近づいていなければ聞き取れなかっただろう。それほど微かで、冷たい声。手児奈は胸元に手をやると、懐から汚れた木の棒のようなものを取り出した。それが何なのか――八雲が理解するのと、鈍い光沢が目の前で閃くのとは同時だった。 とっさに飛び退いた八雲は、次に右手首の痛みを覚えた。押さえた手首の下からは生暖かい液体が流れ出して、たちまちレインコートを赤く染めていく。驚愕で見開いた目を、再び手児奈に向ける。 手児奈の手には、ナイフが握られていた。 ※ 何が起きたのか。頭の中で整理するのにもどかしいほどの時間が要った。 目前の事態についていかないのは体も一緒らしい。震え出した足は意のままに動かない。血を目の当たりにしただけで卒倒しそうな自分。胸の内で跳ね上がる心臓が、呼吸を荒くする。肩に置いた手が、払い退けられるようにして切られた――ようやくの事で、そこまで思い出す。 手児奈は壊れた人形みたいに軽く首を傾げていた。乱れた髪が頬にかかっている。焦点の合わない瞳は、怯えと怒気を綯い交ぜにしたような矛盾の色を湛えていた。それは、八雲が凍りつくほど凄絶な表情だった。 「まだ、お前がいるから――兄さんは私を受け入れてくれなかったんだ」 空のように刻々と変化する瞳の模様。手児奈が見ているのは、きっと八雲だけではないのだろう。そして――それらは全て、今、彼女の敵だった。 手児奈がナイフの柄を握り直して踏み出した。片足が、地面に落ちていた小さな鞘に触れる。鎬筋を持つ刃を見ても、それは小刀と呼ぶのが相応しいかもしれない。刃渡り十センチにも満たないその刃を、まるで万能の武器であるかのように掲げながら、手児奈は悠然と距離を詰めてきた。八雲の背後には、九頭竜川が大滝のように激しく流れている。 「せっかく邪魔者がいなくなったと思ったのに。まだ――足りない」 手児奈の言葉が呪文のように聞こえてくる。影絵のように、世界が二人だけを残して遠退いていくような不思議な感覚。ひどく希薄な現実感。雨の音も川の轟音も溶け合って境界を失い――ただ八雲には空々しく感じられた。 「きっと――ひとりじゃ、たりないの」 そう言って手児奈が笑った。蒼白い唇。乾いた微笑。壊れた万華鏡。モノトーンの世界を彩るのは、八雲の手首から流れ落ちる赤色。自分でも信じられないほどの血が、止めどなく溢れ出てくる。切られた場所が悪いのだろうか。レインコートの袖口を伝って血が滴り落ちていった。何だか体が熱い。灼けるような雨。滅多に体験できることではないだろう。きっと――あいつにも、自慢できるに違いない。世界と接点を共有する。少しずつ思考を取り戻す。 手児奈が覆い被さるようにナイフを振り上げてきた。胸めがけて振り下ろされる刃。しかし、今度は体が反応してくれる。八雲はその手首をしっかりと捕らえ、さらにもう片腕も掴むことができた。 だが手児奈の抵抗は激しかった。八雲はがむしゃらに暴れる手児奈を必死に押さえ込もうとしたが、傷ついた片腕はどうしても力が入らない。血が、土手の濡れた緑の上に散っていく。堪えきれず右腕が払い退けられる。その隙をついて、手児奈が再び一撃を加えようとしてきた。体を捻ってそれを躱す八雲。それでも手児奈の攻撃は執拗だった。体を反転させて、不安定な体勢から腕を振り上げようとする。手児奈が踏み込んだその瞬間。土手の縁が崩れ、手児奈は足を取られた。短い悲鳴を上げて、その体が斜面を滑り落ちていく。 「――っ!」 瞬時に反応できたのは幸いだった。八雲の右腕が手児奈の腕を掴んだ。激痛を覚えながらも、歯を食いしばって腕に力を込める。しかしそれでも手児奈の落下を支えきれず、もう片腕を差し出した。手児奈の取り落としたナイフが、急流の中に消えていった。 思わず安堵の溜息が漏れる。どうにかその場に踏み止まった。屈んだ姿勢で手児奈の体重を支える八雲。ぶら下がるように手児奈の体は護岸ブロックに寄りかかった。呆然とした表情の手児奈は、その目を足元の川に向けている。レインコートのフードが外れ、広がった長い髪が外気に晒される。その膝から下は、九頭竜川の濁流に浸かって見えなくなっていた。手を離せば、すぐに手児奈の体は川に呑まれてしまう事だろう。八雲はゆっくりと手児奈を引き上げようとした。 「いや・・・」 手児奈が、急にもがくように暴れ出した。蹴立てた水が跳ね上がる。手児奈の体が大きく揺らいだ。その動きに引かれて、八雲も足を滑らせそうになる。 「いや――いやだ! あっちへいけ!」 手児奈が暴れるたびに、手首から血が吹き出してきた。流れ伝っていく血が雨に打たれて飛び散り、手児奈の横顔まで赤く染める。右腕の感覚はもうほとんどない。しかし手児奈には、そんな事も関係ないようだった。凍りついたように川面を凝視するその目は、この世の外の存在を映しているのだろう。五年前に死んだ女の影を。暗い水底へと引きずり込もうとする、水の女の姿を。 本当に――こういうのは、困る。こういう役回りは究極的に自分には向いてないのだ。切迫した状況とは裏腹に、八雲の思考は胡乱なものになっていた。まるで自分とは別のところで意識が浮き漂っているような感覚だった。いつかの不吉な連想が自分の身に起こるなんて思いもしなかったが、どうやら苦手な物ほど好んで寄ってくるものらしい。あいつも――朱鷺子も、そうだったっけ。ともすればどこかに流れて行きそうになる意識を、何とか繋ぎ留める。八雲は声を振り絞った。 「しっかりしろ! あんたが死んだらどうしようもないだろうが!」 声を嗄らせながら、何度も呼び掛け続けた。だがその言葉は手児奈に届かない。届いてくれない。苛立ちが八雲の目を暗ませる。手児奈に届く言葉を。彼女を救う言葉を。八雲は必死で探した。 「ここにいるのはあんただけじゃないか。自分を見ろ! あんたは――」 揺らぐ意識を手繰り寄せて、やっと掴まえた言葉。今度はそれを、できるだけ優しい口調で紡いだ。 「――あんたは、早乙女月魚じゃないか。あんたは自分の影に怯えているだけなんだ」 終わりの方はほとんど言葉にならなかったかもしれない。それでも――ようやく、届いた。彼女の顔から怯えの表情が消えていく。目が次第に光を取り戻す。人魚の涙。その硝子のような瞳が――青山八雲を映し出した。 後ろの方で足音が聞こえた。大きな声で八雲の名を呼んでいる。聞き覚えのある声。懐かしい声だ。遅いんだよ、全く。何か気の利いた文句を思いつく前に――八雲の意識は、そこで沈んでいった。 最後に、朱鷺子の悲鳴が聞こえた。 ※ ※ ※ 八.七月九日(金) なんて冷たい。そして暗い。 まるで水底のような部屋の中。 私はひとり、ベッドに体を横たえていました。 管を通して腕に透明な液体が注がれています。 ぼんやりと、私はその雫が滴るところを見ていました。 体だけが、熱っぽい。 その時、扉の向こうから兄さんの声が聞こえました。 二人だけにしてもらえますか。 その言葉を聞いて鼓動が早まりました。 会いたいけれど、少し怖い。 ほどなく兄さんが部屋に入ってきます。 少し疲れているような顔。 胸が痛くなりました。 それでも兄さんは、私に微笑みかけてくれたのです。 頬に熱いものが零れてきます。 兄さんはちょっと困った顔をして。 涙をそっと、指で掬ってくれました。 そんな事をされたら、余計に止まらなくなってしまうのに。 心って、何て重い荷物なんだろう。 あの時手児奈さんは、私にそう打ち明けました。 恋をする事がこんなにも苦しいことだなんて知らなかった。 けれど――。 胸の高鳴りが、まだ止まなくて。 生きているっていう実感。それが嬉しい。 月魚ちゃん。あなたは、どうなの? 涙を拭った手児奈さんは、笑っていました。 私にはその笑顔がただ怖くて。憎くて。 でも今になって、やっと。 彼女の笑顔の理由が分かった気がします。 微笑みがいつも涙を堪えているように。 涙の中から、本当の微笑は湧いてくるものなのです。 ひとつの愛を奪い合い。ふたつの孤独に囚われた。 私たちは、ふたりでひとつのウンディーネでした。 いつか聞いた昔話を思い出します。 少女と影。 銀の刃と引き換えに――。 私が失ったものは、何? 私が手に入れたものは、何? 私は赦して貰えるのでしょうか? それを確かめるため。 そのために、私がしたこと。 眼を閉じて、静かにその時を待ちました。 兄さんがそっと顔を寄せてきます。 唇と唇が、重なって――。 五年前のあなたと。今の私と。 ふたつの影が溶け合って、ひとつになる。 証されていく想い。 それは、私が手に入れたもの。 手に入れられなかったもの。 ――確かにのこったもの。 初めての。 そしてこれっきりの。 とてもとても、短い口づけでした。 また涙が溢れてきます。 償おう、二人で。 兄さんがそう言いました。 涙は唇を経由するのでしょうか。 今度は私が兄さんの涙を拭ってあげました。 可笑しいね。 目を真っ赤にしながら、兄さんが笑いました。 可笑しいね。 私は、うまく微笑むことができたでしょうか。 カーテンがゆっくりと開かれます。 まるで、水の底から引き上げられたみたいに。 窓の外の景色は、どこまでも――。 ※ 「いやあ、大事がなくて良かったです」 そう言いながら陽介は林檎の皮をくるくると器用に剥いてみせた。眩しいくらい無添加無害な笑顔。正直言うと、当分は刃物を見せられるのはちょっと勘弁してもらいたいのだが。 八雲は病室のベッドの上に体を横たえていた。目が覚めたのは昨日の夜。つまり丸一日寝ていたことになる。その時は医者も呆れるほど家族が大騒ぎしていたが、周囲が騒げば騒ぐほど、当の本人は醒めてくるものだ。ちなみに八雲の家族は今どうしているかというと、せっかく親戚の人が集まってくれたということで寿司を食いに行っている。ひどい家族だと思う。 八雲は腕を持ち上げて、右手首に巻かれた包帯を見つめた。体に力が入らないのはまだ貧血の気味が抜けていないからだろうか。 「驚きましたよ。帰って来るなりこんな事になっているんですから。玄一郎と朱鷺子さんも、またすぐ来るそうです」 「そっか・・・」 八雲が最初に目を覚ました時には、家族の騒ぎに紛れて落ち着いて話す事ができなかった。あの時――八雲が川に転落しそうになった時、駆けつけたのは浩明と朱鷺子、それから玄一郎だったらしい。 「手児奈――いや、月魚さんは、どうなったんだ?」 それが今、八雲の一番気がかりな事だった。 「ご無事ですよ。肺炎になるところだったらしいですが。里見夫妻とコーメイが付き添っています。それから――警察の方々も」 努めて冷静に話してくれているのだろう。だが陽介の言葉を頭の中でいくら反芻してみても、いまひとつ現実感が伴ってこない。七夕の夜のあの事件が、すべて夢の中の出来事みたいに思える。 「五年前から――入れ替わってたんだな」 「里見さんにしてみれば、月魚さんのささやかな希望を叶えてあげるつもりだったのでしょうね」 手に入れたくても手に入れられなかったもの。月魚もまた、金魚鉢の中では満足できなかったのだ。そして月魚は――里見手児奈として生きる事を望んだ。 里見夫妻はいずれ浩明と月魚とを結婚させるつもりだったのだと、陽介が言った。 「取り替え児(チェンジリング)ですね、まるで」 陽介が悲しげな表情を見せたが、そこには以前感じたような違和感はなかった。事件が一応の解決を見たことで、陽介も胸の支えがおりたのだろうか。八雲は陽介の剥いてくれた林檎を摘んで口に放り込んだ。林檎を噛み砕きながら、月魚の事に思いを巡らせる。 「月魚さんは――きっと、手児奈さんになりたかったんだろうな」 八雲がそう言うと、陽介も黙って頷いた。 月魚が手児奈に抱いていた思いは、きっと八雲が想像できないくらい複雑なものだったのだろう。自分が持っていないものを、彼女は持っている。自分にはできない事を、彼女はする事ができる。誰よりも憧れ、誰よりも羨み。そして――誰よりも憎んだ。 その時、病室の戸が開いた。入ってきたのは朱鷺子と玄一郎だ。 「起きたのね、八雲。人騒がせなんだから」 そう言って朱鷺子は陽介の隣の椅子に座り込んだ。 「まあ、私が最初に心配させたのは確かだからね。でもこれでおあいこ。一件落着ね」 居丈高な様子が変わっていないのが、嬉しくもあった。おあいこと言っても、これまでの分を差し引けばたっぷりとおつりを貰える気がするのだが。そんな軽口をたたこうとしたところで、朱鷺子の後ろに控えている玄一郎の腕に目がいった。その腕にはテーピングが施してある。 「クロさん、その腕・・・」 「うん? ちと無理をしたからな。コーメイが手伝ってくれたから良かったが」 こちらも相変わらずの淡白な回答だ。しかしあの時八雲と月魚を引っ張り上げてくれたのは玄一郎と浩明だというから、八雲にとってはまさに命の恩人ということになる。不安定な足場で二人を引き上げるのは、かなりの危険が伴った筈だろう。 「・・・ありがとう、クロさん」 「礼を言われるようなことはしていない」 「それでも命の恩人だよ。さすが元弓道部」 「それは――あまり関係がないな」 表情は変わらないが、微妙に視線を逸らしたのが分かった。柄にもなく照れているのかもしれない。 「クロさんの必死な表情なんて、珍しいものを拝めたわ」 朱鷺子がからかう調子で言った。しかし玄一郎も負けてはいない。 「君のように取り乱しはしなかったがね」 「・・・うっさいわね細目。目ん玉抉じ開けて没個性の顔にするわよ」 「いいですね、玄一郎。そうしてもらったらどうですか?」 そう言いつつも、陽介は玄一郎に本気で固め技をかけようとする朱鷺子を巧みに牽制しているようだった。そんな三人のやりとりを見ていると、八雲は戻ってきたんだな、と素朴に実感した。 「何にやにやしてるのよ八雲。気持ち悪いわね」 本当は涙腺が緩みまくっていたりするのだが。足を抓って我慢しているのは朱鷺子たちには内緒だ。 「そう言えば――朱鷺子はあの日、どこに行ってたんだ?」 「墓参りだって。遠かったわよ、まったく」 「墓参り?」 「そう。手児奈さんの」 朱鷺子と浩明は、五年前に浩明が住んでいた町に足を運んだらしい。浩明の単車に乗って約二時間。二人が帰って来た時には、玄一郎が八雲たちを探している最中だった。玄一郎は八雲よりも早く、月魚から電話を受けていた。だが玄一郎が里見家へ駆けつける前に、月魚は出て行ってしまっていた。玄一郎は里見夫妻とともに、それから戻ってきた朱鷺子と浩明を加えて、八雲たちを捜索したわけだ。 「・・・浩明さんはどうなるのかな」 「少なくとも――無罪というわけにはいきませんね」 沈痛な声で陽介が言った。あの日――八雲が共月亭で浩明に会った時点で、すでに浩明は気付いていたのだろう。志水竜美の殺人が月魚の仕業だったという事に。だが浩明は、月魚の不利になるような証言を警察の前でしなかった。浩明が共月亭で見せた表情は、その葛藤だったという事か。そして浩明は、同時に五年前の事故にも思いを巡らせずにはいられなかったはずだ。手児奈もまた、月魚に殺されたのではないか、と。或いはもっと以前に不審を抱いていたのかもしれないが。それでも、結局は口に出すことができなかった。浩明もまた、手児奈に対する罪悪感に苛まれていたのだ。 御影市に来ても、早乙女兄妹の罪悪感は拭われる事はなかった。五年の間ずっと、二人は手児奈の影に怯えていた。そしてこの地で浩明たちの過去を知る志水竜美と出逢い、再び歯車が回り出した――。 志水竜美の事件に関しては、おおよその見解が立っている。やはり竜美は、月魚を脅迫していたらしい。その見返りに彼女は何を求めたのか、それは分からない。金銭か。それとも――彼女もまた、浩明に想いを寄せていたのか。いずれにしても、あの土曜日に竜美は月魚を公園に呼び出した。月魚と竜美との間で交わされた遣り取りは、知る事ができない。結果的に、竜美は川に転落して死亡した。志水竜美と早乙女兄妹との関係は? 月魚にとって、あの小刀はどのような意味があったのか? それに――。 尽きない疑問。何も、分からない。何一つ、分かってない。 真実は確かにそこにある。けれど、誰もそれを共有することはできない。大海をコップで汲もうとするような徒労。人が手にできるのは、真実の残滓でしかない。 浩明の証言によれば、放心状態の月魚が帰宅したのは激しい雨が降りしきる中だったという。彼女は竜美を殺した後、ずっとその場所に留まり続けたというのだろうか。彼女はその間、何を感じ――そして、何を見たのか。本当に恐ろしいのは、その心理。彼女だけが、知っている真理。 「浩明にとっての――水の女(フアム・フアタル)か」 誰にともなく玄一郎が言った。浩明を護り、浩明を手に入れたいと望んだ。彼女もまた、ウンディーネ――だったのだろう。だが浩明には測り切れなかった。月魚が浩明に寄せる想いの大きさを。そして、手児奈に抱いていた幻想を。 「月魚さんは――本当に手児奈さんを殺したのかな」 最後に浮かんできた疑問は、ほとんど独り言のように八雲の口から漏れた。 「どうなのかしらね」 答えたのは朱鷺子だった。きっと手児奈――月魚に、いちばん思い入れが深いのは朱鷺子だろう。月魚が抱いていた手児奈への憧憬は、朱鷺子にも向けられていたかもしれない。朱鷺子は窓際まで歩み寄って行った。その動きにつられて、八雲も窓の外に目を向けた。 「でも――これからは、悪い夢に魘される事もないでしょう」 影は戻るべきところに戻った。水をひどく怖がった、泳げないウンディーネ。彼女は本当の意味で、心を手に入れる事ができただろうか。八雲は眩しい日差しに目を細めた。窓の外の景色はどこまでも、突き抜けるように澄み渡った青。雨が、全てを浚って行ってしまったような空。 台風一過。 〈詩人、吉原幸子に捧ぐ――『オンディーヌ』/思潮社/1974〉 サークル賞投稿作品。 「分身」をテーマにした連作を志して幾星霜・・・。ようやっと一作。 コンセプトは「超常現象の出ないXファイル」。少なくともミステリィではなし。
https://w.atwiki.jp/jibunno/pages/501.html
アキヤマ 【ぴあ雀】【カクテル・ソフト】(2007-02-23) 自分の名前を呼んでくれるエロゲを探せPart8 875 名前:名無したちの午後 :2007/02/26(月) 01 44 13 ID Vn2dFLtf0 ぴあ雀【カクテルソフト】 ttp //fandc.co.jp/ 主人公 秋山純一(アキヤマジュンイチ) 名前変更不可 木ノ下れおな 純一 cv.榊原ゆい 木ノ下留美 純一くん cv.大野まりな 椚あやの 純一 cv.風音 久我原美森 純一 cv.富樫ケイ 西明寺美湖 秋山さん cv.七生みこと 御堂千尋 純一くん cv.桜川美紅 八重樫香苗 秋山さん cv.蓮香 堀内さな 純一さん cv.カンザキカナリ 衣坂小春 純一さん cv.朝木ユメミ 全国の「アキヤマ」さん、「ジュンイチ」さんおめで㌧ヽ(´ー`)ノ でも、買うならPia5,TOYBOX1,2のほうがいいんじゃないかなー 【TACTICSBRID】【BLIP】(2006-05-26) 自分の名前を呼んでくれるエロゲを探せPart9 692 名前: ◆4BPZWWqtDM :2007/07/17(火) 00 07 20 ID p3LYRvJe0 【TACTICSBRID】 【BLIP】 主人公 秋山 龍之介 (アキヤマ リュウノスケ) … 変更不可 光明寺埜々花 (CV:みる) 「お兄ちゃん」 《秋山のお兄ちゃん》 アルピーヌ (CV:佐本二厘) 「龍之介」 ミヨン (CV:風音) 「龍之介」 《バカ龍之介》 ラーラ (CV:桃井いちご) 「坊や」 《龍之介》 ムリヤ (CV:芹園みや) 「龍之介」 アイシャ (CV:遠野そよぎ) 「龍之介さん」 《秋山龍之介少尉・秋山少尉・秋山隊長》 キスカ (CV:AYA) 「龍之介」 《秋山・秋山龍之介・アキヤマ少尉》 光明寺薫子 (CV:Yuki-Lin) 「龍之介くん」 《秋山少尉・秋山くん・龍ちゃん》 全国の「リュウノスケ」さんオメデトンヽ(´ー`)ノ 【対ノ日 -in the latter half of the 90’s-】【いんすぱいあ(同人)】(2005-10-28) 自分の名前を呼んでくれるエロゲを探せPart6 551 名前:名無したちの午後 :2005/12/08(木) 11 19 36 ID QRiD0rUa0 商業でもお馴染みのブランドだが今回は同人。選択肢なしの一本道で短いです。 【対ノ日 -in the latter half of the 90's-】【いんすぱいあ】 主人公 : 秋山 篤(アキヤマ アツシ) 変更不可 有野美雪 CV:高橋ゆきの 「秋山くん」 → 「篤くん」「あっくん」 全国の「アツシ」くんオメデトンヽ(´ー`)ノ 【金曜日の仔猫】【EMU】(2003-06-20) 自分の名前を呼んでくれるエロゲを探せPart4 410 名前:名無したちの午後 :04/10/26 08 38 34 ID 4inDHTvL 【金曜日の仔猫】【EMU】 主人公 秋山陽介(アキヤマ ヨウスケ) 名前変更不可 みいゆ (CV 草柳順子) 「ようすけちゃん」「あきやまようすけ・・・・・・ちゃん(1)」「おかーさん(2)」 清見 姫 (CV 歌織) 「秋山君」「陽介君(1)」 伏 (CV 西田こむぎ) 「お前」「貴様」「秋山陽介(伏の回想中に三人称で)」 まあや (CV 一色ヒカル) 「アンタ」 全国の「アキヤマ」さん&「ヨウスケ」さんオメデトンヽ(´ー`)ノ
https://w.atwiki.jp/ranobesaikyou/pages/229.html
【作品名】スパイラル~推理の絆~ソードマスターの犯罪 【名前】黒峰キリコ 【属性】ソードマスター・氷の剣鬼・剣道世界大会ベスト4・現代最強の剣士 【大きさ】成人男性 【攻撃力】木刀装備。達人のそれはたやすく頭蓋を砕きその激痛は骨髄に達する。 【防御力】達人相応。 【素早さ】達人相応。 【特殊能力】理詰めの剣。相応の威圧感。 【長所】実質剣道世界一。世界大会での準決勝敗退は事前に負った手傷が原因。 年齢制限をなくして世界中を探しても、互角にうちあえる人間が五人いるかどうか。 【短所】左胴をごくごく稀に外す 【備考】頭も結構いい。 【戦法】頭蓋を砕く。 33スレ目 再考察 20 :イラストに騙された名無しさん:2009/03/22(日) 14 28 48 ID Oq5DuB72 黒峰キリコの再考察 描写差で伊良子清玄、日高とーる、風間蘭に劣る 描写ないと格闘の上位もあやうい ○?宮小路瑞穂 剣道世界一の達人描写無し、リーチ上 相手は描写少しあり、武芸百般の達人、ぎりリーチで有利か ×春日川夢姫 鞄で防御されて格闘負け ×ギリアド 大型の獣に一気にとびかかられるとなると木刀では難しいだろう ×師走トオル 目眩まし、殴りで負け ○リン・エンデバー 描写は負けてるがちょい有利か ○『怪人』 毒効く前に倒せる? ×ランドロック・ブラウン 描写と爆弾類で難しい ×香野家のおばあさん 紙飛行機で負け ×蚊子 体格でかいし、飛んでくるので不利 春日川夢姫>黒峰キリコ>宮小路瑞穂 10スレ目 898 名前:891[sage] 投稿日:2006/03/21(火) 11 35 27 ID lG43146K 今手元に本が無いけど、少し踏み出せば相手を抱きしめられる距離だったから、少なくとも1m以内だと思う。 ただ、このときは防いだ手段が不明。相手は対抗装備してるので読心による先読みじゃないはず。 感応能力者がいる組織に尋問されたが相手はなにも情報を得られなかったので、心を読まれない程度の精神防御はある。 ってのは具体的にだれかが「読心」した事実が無いと認められないよな。 能力者がいるんだから当然「読心」しただろう、って推測なんだが。 これが認められない場合、[[ラファエル]]は精神防御なし、で。 895 >達人のそれはたやすく頭蓋を砕きその激痛は骨髄に達する。 どうでもいいが頭蓋砕かれたらほぼ即死だよな。 [[零崎人識]](殺人鬼の壁)>黒峰キリコ >[[堀田陽介]] で確定かな。堀田陽介の方が反応早そうだけど、素人じゃ勝てないだろうし。 この辺りは人数少ないしややこしい能力も無いので考察が楽だ。 897 俺も反応速度の参考としては使えないと思う。 このままだと反応常人、能力即死なやつらが多い超能力連中あたりだな。 899 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/21(火) 15 08 10 ID 10IgLQir 898 堀田のスコップと一合でもすれば木刀が切り飛ばされないか? 十数本の槍よりは木刀弱いだろうし。 900 名前:イラストに騙された名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/21(火) 16 12 18 ID 6BqX/8Xm 895 最高で、堀田陽介>黒峰>[[洗脳装置]]だな。 具体例が無いってのが。 .
https://w.atwiki.jp/om_music/pages/176.html
叶人(かなと、4月5日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、ピアニスト。LOVE ANNEX所属。 基本情報 叶人 参加楽曲数 1曲 参加形態 作曲 編曲 参加楽曲 「ユメを抱いて生きてく私たち」 / 奏・バーデン・由布院作詞:畑亜貴、作曲・編曲:叶人・黒川陽介 外部リンク 叶人 – LOVE ANNEX 叶人っぽい気がする(@0o_jellyfish_o0) - Twitter 《作家/奏者》 あ - お 青柳諒 - アサノハヤト - 浅利進吾 - 石川陽泉 - 磯崎健史 - 宇佐美宏 - 岡田鉄平 - 岡田マリア - 緒方友美 - 小野貴光 か - こ 角田兼次 - 籠島裕昌 - 加藤裕介 - 叶人 - 唐沢美帆 - 川崎智哉 - 川瀬智 - 黒川陽介 - 黒田晃年 - 小池雅也 - こだまさおり - 後藤貴徳 - コバヤシユウヤ さ - そ 佐伯高志 - 佐々木慧 - 佐々木正明 - 佐藤清喜 - 澤田勝仁 - 島田悠生 - 城ヶ崎美保 - 陶山隼 た - と 高取ヒデアキ - 玉木千尋 - 月宮うさぎ な - の 中村タイチ - 信政誠 は - ほ 萩龍一 - 畑亜貴 - 羽岡佳 - 馬場一嘉 - 原一博 - 本多友紀 ま - も 松本隆宏 - 三浦博健 - 光増ハジメ や - よ 矢鴇つかさ - 山上智矢 - 山口寛雄 - 山下博史 - 山下洋介 - 山田竜平 - 夕野ヨシミ - 吉澤ゆーじ - 吉田太郎 - 吉紫月とうき ら - ろ わ - ん 渡辺徹 A - E ABASS - Akki - Chikuwan - D. Yamamori - EFFY F - J K - O Kon-K - Maria Okada - mattsbox P - T SHIBU - Shinnosuke U - Z yamayama
https://w.atwiki.jp/kuizu/pages/4663.html
自作 ザ・パンチのノーパンチ、チョコレートプラネットの駿、ザブングルの陽介、たけし軍団の伴内に共通する苗字は何? (2015年8月 早押し学園投稿問題) タグ:芸能・その他 苗字 Quizwiki 索引 ま~英数