約 24,300 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1141.html
まぁ何も期待してなかったといえば嘘八百どころか嘘八億になるというもので そりゃあもう期待しまくりで文芸部室もといSOS団の部室のドアノブの捻ったんだが。 俺がなにをそんなに期待してたのかというと 普段俺はドアをノックしてから部室に入る。 なぜならばあの朝比奈さんが衣の着脱の真っ最中である可能性があるからだ。 確認してから出ないとそりゃあ紳士として失格ってものだ。 だが今日の俺は違った。たまにはノーノックで入ってもいいだろう、不可抗力ってヤツさ。 もしかしたら朝比奈さんの裸体が拝めるかもしれないしな。 一度くらい、そんなヘマしたっていいはずさ。 「すいません!ノック忘れてました!」とでも言やぁいいのさ、一度くらいそんな破廉恥なことをしてもバチはあたらんだろう。 まぁ朝比奈さんが着替えのさなかである可能性はかなり低いが、たまにはそんな夢も持たせてくれよな。 とまぁこんな思考をめぐらした上で俺はノック無しでドアをあけたわけだ だがまさかドアノブだけでなく自分の頭も捻らなくてはならなくなるとは予想外だったぜ。 朝比奈さんの土俵というか、彼女をそんな「土俵」などという汗臭い名詞と組み合わせたくなんかはないが 普段の朝比奈さんが着ているべきもの、メイド服を違う人物が着用しているのだ。 どうやらこの部屋には俺とソイツしかいないようだ。 キチガイハルヒもホモ古泉も妖精朝比奈さんもいない。 となるとあとは一人だけだ。 無口で本好き、谷口曰くAマイナーランクの美少女長門が朝比奈さんのメイド服を着用して立っていた。 古泉とのオセロではあまり俺の思考は働かさずとも勝てるのだが、今俺はかなり頭を回転させている。 だが答えなんか出るはずも無い。なぜ長門が華やかなメイド服を着飾っているのかなど。俺が答えを見出せるわけが。 「なにをしてるんだ長門」 ドアをあけてからこの言葉が出るまで5秒ほどか。俺にしてははやく混乱から抜け出せたんじゃないか? 「興味をそそられた」 「メイド服・・・にか?」 意外な返答。てっきり俺はハルヒに無理矢理着せられたのかと思っていたが、どうやら長門は自分からメイド服を着てみたくなったようだ。 こりゃ今日は雪が降るか?有希なだけにな。 「この本」 そういって長門は俺に一冊の本を手渡した。長門にしてはめずらしく、旅行先などでしか読んでいるところを見たことがないハードカバーでない文庫本だ。 俺はその小さな文庫本をパラパラとめくって挿絵を見てみた、そこにはメイド服を着た小女が描かれていた。 絵を見る限りだが、どうやらそのメイド服の少女は明朗で快活な人物らしい。なんとなく鶴屋さんを思い出す。長門とは対照的なキャラクターだ。 「このキャラにあこがれたのか」 俺がそう言うと長門はいつもの無表情で、だがどことなく訂正を求めるような趣で 「同様の衣装を纏う事で少しでも同期ができないかと考えた」 そう言い放ち、メイド服を脱ぎだした。そうだな長門、その服はお前には胸の部分が余りすぎてる。 メイド服のしたに何も着てないんじゃないかと思ったがちゃんと制服の上に着用していた。部屋を出る手間が省けたぜ。 メイド服をハンガーにかけ、長門は何事もなかったかのようにパイプイスに腰掛け、本棚から選んだ分厚い本を読み出した。 「同期ってのはできたか?」 「できない」 できるはずがないさ。いくら宇宙人でも、情報ナンタラっていうすごいやつでも実在しない、空想のキャラクターと同期なんかでいるはずがない。そんなこと、お前でもわかりきってるだろ? 「この本、借りていいか?」 俺は先ほど長門に渡された本を指して言った。 「いい」 「そうか、ありがとう」 俺が長門にそう言うやいなやドアが開き、妖精のような笑顔が顔を出した。朝比奈さんだ。 「ごめんなさい遅れちゃって。進路相談があって・・・」 朝比奈さんはハルヒがいないことに気づき 「あれ?涼宮さんはまだなんですか?あ、まっててくださいね、今お茶を淹れます。」 朝比奈さんはメイド服を手にとり俺の方を見て微笑んだ。 着替えるから外にでてろというこですか。部屋を出る前に長門の方を見てみた。チラリとだが。 長門いつものように静かに本のページをめくっていた。 単純に着てみたかったんじゃないのか。長門。 いつかお前にお茶を淹れてもらうことにするよ。そうだな、アールグレイがいいか。 グレイなだけにな。うん、つまらん。 終わり
https://w.atwiki.jp/animeyoutube/pages/232.html
【 YouTubeアニメ無料動画@Wiki >涼宮ハルヒの憂鬱>【最高音質】新キャラクターソング Vol.2 長門有希】 【最高音質】新キャラクターソング Vol.2 長門有希 お気に入りに追加する bookmark_hatena(show=はてなブックマークに登録,target=blank) このページは YouTube ,veoh,MEGAなどで視聴できる【最高音質】新キャラクターソング Vol.2 長門有希の 無料 動画 を紹介しています。 更新状況 更新履歴を必要最低限にわかりやすくまとめたものです。 【広告】あの部長のドメインが、ワタシのより可愛いなんて・・・・。 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(9/23) 【最新】けいおん!!:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【最新】屍鬼:アニメ動画2本追加しました!(9/23) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ動画3本追加しました!(9/23) 【ソノ他】動画ページ上部に「お知らせ」を追加しました!(9/23) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(9/5) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(9/5) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(9/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(9/2) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/30) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/28) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/26) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画3本追加しました!(8/25) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/25) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/21) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/18) 【修正】デュラララ!!:第7話を視聴可能な動画に更新しました!(8/16) 【今更】刀語:アニメ最新話追加しました!(8/16) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/15) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【過去】とらドラ!:アニメ動画5本追加しました!(8/14) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/14) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/12) 【ソノ他】70万ヒット達成!ありがとうございますヽ(´∀`)ノ(8/11) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/11) 【過去】とらドラ!:アニメ動画10本追加しました!(8/11) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/10) 【関連】殿といっしょ:MAD動画等7本追加しました!(8/10) 【最新】殿といっしょ:アニメ動画2本追加しました!(8/10) 【過去】こばと。:アニメ動画全話追加し終えました!(8/9) 【最新】生徒会役員共:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】みつどもえ:アニメ最新話追加しました!(8/8) 【最新】屍鬼:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】黒執事II:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】伝説の勇者の伝説:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】オオカミさんと七人の仲間たち:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】ストライクウィッチーズ2:アニメ最新話追加しました!(8/7) 【最新】けいおん!!:アニメ最新話追加しました!(8/6) 【最新】ぬらりひょんの孫:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】世紀末オカルト学院:アニメ最新話追加しました!(8/3) 【最新】学園黙示録:アニメ最新話追加しました!(8/3) javascript plugin Error このプラグインで利用できない命令または文字列が入っています。 お知らせ↓追加しました!(9/23) 最近、更新が停滞していて本当にごめんなさい。管理人の都合で、またしばらくサイトの更新ができなくなります。えっと、都合というのはちょっとした国家試験なんです。もっと早く勉強を始めていれば・・・と後悔が募るばかりですが、この度、生まれて初めて(!)本気を出そうと思います。もうすでに遅いような気もしますが、ネットするのを我慢して、自分なりに頑張ってみようと思ってます。たまに更新することもあるかもしれませんが、その時は勉強サボってるなあと思ってください(^^;) 更新は10月下旬頃に再開する予定です。怠け者でダメ人間な管理人ですが、これからも生温かい目で見守ってくれるとうれしいです(*´□`*)♪ ※実はこっそり隠れてツイッターもやっています。あまり見られたくないですが、もし見つけたらリプくれると喜びます! 当サイトについて 動画は最近放送されたアニメを中心に( ´∀`)マターリ紹介しています。管理人の気まぐれや人気記事ランキング、リクエストなどを参照して過去のアニメも更新してます。最近はニコ動などのMAD動画やYouTubeなどにあるOP&EDもバリバリ更新!事前に動画共有サイトから埋め込みタグを取得しているので、他サイトに移動する必要はありません。再生マークをポチっとするだけでOK.゚(*´∀`)b゚+.゚ veoh アニメ動画専用。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合も結構あります。30分以上だと5分間しか見れませんが、ほとんどのアニメは30分以内なので全部見れます。→ Ranking MEGA アニメ動画専用。再生マーク赤をポチっとしたら、広告といっしょにもう一度表示されるので、再生マーク緑をクリックすると再生できます。あまり削除されません。72分間連続視聴すると動画が見れなくなりますので、その場合は54分空けてから見て下さい。また通常は1日に10本までしか見れません。→ Ranking YouTube アニメ動画やMAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。アニメ動画の場合は削除されることが多々あります。MAD動画の場合はなるべくコメント付きのニコニコ動画で見ることをお勧めします。YouTubeだけで紹介(そんな時期がありました…)しているアニメ動画のページは、かなり削除済み多数です(*_ _)人ゴメンナサイ。全部はとても対応できそうにないので、どうしても見たい動画は【リクエスト】してください。→ Ranking ニコニコ動画 MAD動画など。再生マークを一回押したら見れます。削除されている場合もたまにあります。通常は登録しないと見れませんが、埋め込みなのでログイン不要です。コメントに慣れてない人は右下の吹き出しマークをクリックして非表示にしてみてください。広告は×を押して消して下さい。→ Ranking コメントについて↓一部更新しました!(9/23) いつもたくさんのコメントありがとうございます!遅くなる事もありますが、すべて読ませてもらってます♪ 少し注意事項です。動画ページには各ページ中部に感想を書くためのコメント欄がありますが、最近そのコメント欄に「動画が見れない」などのコメントが目立ちます。そのような視聴不可報告は【リクエスト・視聴不可・不具合報告】にコメントしてください。それ以外のページの視聴不可報告は見落としてしまって対応できないことがあります。ご協力よろしくお願いします。 上の注意事項は一部の方です。みんなの感想や応援のコメントには本当に感謝しています!励まされます!アリガトウ(●´∀`●)ノ 見れない時は… veohとMEGAの両方とも削除済みで見れない時は【視聴不可報告】にコメントして頂けると助かります。 動画の視聴に便利なサイト ■GOM PLAYER:MP4やFLV動画の再生ソフトです。DVD,AVIなどの再生にも対応しています。 ■GOM ENCODER :対応ファイル形式が豊富なカンタン高速動画変換ソフトです。PSP/iPod/iPhone/WALKMANなどに対応。 ■バンディカム:CPUの占有率が低く、キャプチャー中でもゲームがカクカクしません。無料動画キャプチャーソフトの新定番です。 動画を見る前or後に押してくれるとうれしいですd(≧▽≦*d) YouTube html2 plugin Error このプラグインで利用できない命令または文字列が入っています。 ニコニコ動画 【ニコニコ動画】【最高音質】涼宮ハルヒの憂鬱 新キャラクターソング Vol.2 長門有希 このページのタグ YouTube アニメ 無料 動画キャラクターソング 涼宮ハルヒの憂鬱 長門有希 アニメ 涼宮ハルヒの憂鬱 長門有希 under_“Mebius” 通過地点のMUSICA 茅原実里 どんなコメでもそれは愛 みのりんは長門。つまり俺の嫁 俺達の愛は動画を止める コメント(感想) 動画【最高音質】新キャラクターソング Vol.2 長門有希に関するコメントを気軽に書いてください♪ 名前 クリック単価、広告の種類、管理画面の使いやすさなど総合的に判断しても1番オススメです(●`・v・) 今日の人気ページランキング 化物語 小学生vs高校生(中画質) ひだまりスケッチ×☆☆☆ 第11話「6月5日 マッチ棒の謎/2月16日 48.5cm」 12話の臨也さんはいつも通りの臨也さんでした。【デュラララ!!】 イナズマイレブン 第73話「灼熱の戦士!デザートライオン!!」 コメント/刀語 化物語 第9話「なでこスネイク 其ノ壹」 生徒会の一存 第3話「取材される生徒会」 【Lv5-judgelight-】とあるハイジの超低燃費2【OP比較】 【MAD】化物語 君の知らない物語【1~13話総集編】 【とある科学の超電磁砲】黒子の死闘(|||゚Д゚)【どぅっふぇ!!】 ヱヴァンゲリヲン新劇場版 破 コメント/【MAD】君に届け【吸い込まれそうな瞬間!】 会長はメイド様! 第6話「男・鮎沢塾!」 【けいおん!!2期OP】GO!GO!MANIAC【歌詞付き】 【とある科学の超電磁砲】黒子はタイヘンなヘンタイでした とある魔術の禁書目録 第14話「最強vs最弱」 デュラララ!! 第1話「開口一番」 四畳半神話大系 【手書き紙芝居風】南国果実少年ムクロ 2話【フルボイス俺】 ぬらりひょんの孫 昨日の人気ページランキング 君に届け 第25話「新年」 あたしンち 第327話「ほめ言葉っ/ユズ、夏休み最後の日」 君に届け 第12話「恋愛感情」 【MAD】生徒会の一存 すぎさきのなく頃に 【デュラララ!!】医療映画風予告MAD けいおん!の歌のシーンを集めてみた デュラララ!! 第2話「一虚一実」 にょろーん ちゅるやさん【癒しと萌え】 みなみけ 第8話「ほさか」 コメント/幽遊白書 「脅威!鎧を外した武威」(後半) コメント/君に届け 第15話「ライバル」 【MAD】とある科学の超電磁砲でギャグマンガ日和【うさみちゃん】 化物語 第3話「まよいマイマイ 其ノ壹」 けいおん!ふわふわ17位・CDTVランキング(アニソン部分) 君に届け みつどもえ イナズマイレブン 第75話「真剣勝負!円堂と飛鷹!!」 いちばんうしろの大魔王 第3話「ちょっと怖い先輩」 こばと。 第8話「…こねこの子守歌。」 生徒会役員共 第9話「いくらで買います?/なるほど!関係ないな!俺たち!/ベネズエラ」
https://w.atwiki.jp/kskani/pages/443.html
長門有希は草壁タツオを前に沈黙する ◆h6KpN01cDg しかし、ここでこの物語は終わらない。 視点を、この殺し合いの観察者たる二人に移してみよう。 ※ 「……ふう、いやあ、キョン君は実に面白い参加者だねえ」 『その空間』に帰ってくるなり、草壁タツオは楽しそうにそう言った。 「彼のような人間には、もっと頑張って人を殺してもらいたいところだね。そう思うだろう、長門君?」 そして、いつの間にかそこにいた長門は、しかし何も答えない。 帰ってくるなりパソコンに向きなおり、何かの作業をしているようだった。 「……長門君、少しくらい休んだらどうだい?」 「……心配は要らない」 相も変わらず愛想もなくそう返す長門。 草壁タツオは、そんな長門の背中に視線を向け―――一言呟いた。 「……そうかい?それならいいんだけどねえ。 ……それより、長門君。……一つ気になることがあってね」 長門はその言葉に、表情は変えずに振り向いた。 タツオは満足そうに、言葉をつなげる。 「実はね、さっきまでこのモニターの様子を見ていたんだよ。そしたらね……ところどころノイズのような……うん、どういえばいいのかな、僕は専門ではないからよく分からないけど…… ……『何かが干渉したかのような痕跡』がね、残っていたんだ。」 長門が、何か呟いた気がした。 しかし、それは何も聞こえない。 「偶然だといいんだけど、とてもそうは思えなくてね―――」 タツオは天井まで埋め尽くされるように並んだモニターの前に立ち、そして指差した。 途端画面は切り替わり、誰も映っていなかったモニターに二つの人影が映し出される。 一人は、学生らしき茶髪の青年。 一人は、異形の姿をした『ガイバーⅢ』。 超能力者・古泉一樹と、戦闘機人・ノーヴェである。 「……一度目は、第一回放送の後。これが、はじまりだね。 地点は、F-8。時刻は朝。ネオ・ゼクトールが、ノーヴェの脳髄を叩きつぶした少し後だね。 ……て、長門君にわざわざ説明するまでもなく分かるか。まあいいや、一応口に出しておくよ。 ノーヴェは殺されかけたことで過剰防衛反応に出、その際に襲いかかったのが古泉一樹だった。 そこでジ・エンドかとも思ったんだけど、結局ノーヴェは意識を覚醒させ、二人は協力してネオ・ゼクトールを撃退することに成功する。いやあ、少年漫画みたいだね! ……そう、そしてここからだよ。……わずかな異常があるのは」 タツオはそう言いながら、モニターのボタンを押した。 ピ、という音とともに画面が再生される。高性能なビデオのようなものらしい。 「……長門君、見てるかい?……まあ君のことだから既に知っているかもしれないけどね」 古泉が仮面を取り、ノーヴェが殖装を解除する。 そして二人が何度か言葉を交わした後―――『それ』は、起きた。 ザッ――― それは、ほんの短い時間だった。 鈍感な人間なら、見逃してもおかしくないくらいの、小さな違和感。 一瞬、ほんの一瞬間だけ―――画面が暗転したのだ。 そして、そのわずかな刹那のあとは、何事もなかったかのように画面は動き続けていた。 声が聞き取れない以上、何が起こっているのか分からないが―――ノーヴェの慌てた様子から判断するに、古泉が意識を失ったのだろう。 「…………分かるね?」 草壁タツオは、微笑を浮かべる。 「……これ、だよ。この、謎のブラックアウト。 ここだけなら、僕もそう気にしはしないさ。機械の調子が悪いなんてよくあることだからね。 でも、これと同じ事態が―――他に三か所も見られたんだ。 一度は二回放送後、高校で。 一度は、今から数十分前―――僕たちがいたリングから。 そしてもう一度は―――今、ついさっき。B-7の火災現場からだ」 草壁タツオは、滑らかに言葉を紡いでいく。 無言の長門を、置き去りにするようにして。 「一度ならともかく―――何回も。この場で気絶した人間のほとんど、と言っていいかもね。さすがにこれは何かあるって思わないかい?」 長門は、やはり何も言わない。 何も、言おうとはしない。 確かに長門は、常から無口で、多くを語る人物―――否、宇宙人ではない。 しかし、今の彼女は、普段すらしのぐほどに寡黙だった。 「……不思議でね、僕は今までのデータを全部洗ってみた。そうすると、この現象が起こっている時にはある共通点が存在しているんだ。 それは―――その中の特定の『誰か』が、意識を失っているときだということだ。キョン君の例は、僕たち自身がこの目で直接見たよね?」 ウォーズマンに技をかけられ気絶し、過剰防衛反応により戦い続けていたキョン。 先ほど確認したところ、キョンのその気絶時間中―――すなわち、自分の無意識で戦い続けていたその最中に、件の現象が見られたのである。 「他にも、若返った冬月コウゾウとか、佐倉ゲンキ―――ああ、もう彼は死んでしまったけどね、ヴィヴィオなどの参加者が気絶していたと思われる場面でも同じことが起こっている」 草壁タツオの表情は、変わらない。 「さすがに、変だよねえ。気絶した人間が画面にいる時だけ、こんなことが起こるなんて―――まるで、『何かが気絶した人間に干渉している』みたいだ」 タツオは長門の顔を見る。 もう一度、今度は何かを促すように。 しかしそれでも、長門の口は一向に開く気配を見せない。 「……まあ、やや極論だけどね、僕はあり得ると思ってる―――それどころか、ほぼ間違いないんじゃないかって思ってるんだ。特に証拠があるわけじゃないけどね」 「……全く、面倒だよ」 疑問形のような問いかけでいて―――その表情には、確信が浮かんでいた。 タツオは、理解していたのだ。 この殺し合いに、働きかけている何か、がいると。 そして、その正体についても、それができる人間についても、あらかたの目星をつけていた。 だからこそ、タツオは―――少女に言葉を紡ぐ。 「……もっとも、今回は余計な首を突っ込んだせいで逆に彼女を殺すことになってしまったみたいだけどね?困るなあ、そういうのは。 僕がしてほしいのは殺し合いであって、自殺じゃないんだけどなあ」 妹の命が潰える瞬間を繰り返し見て、タツオは溜息を吐く。 「ま、誰がどんな意図で何をしているのか―――そもそも死人に意思があるのかすら分からないけど、これでさすがに懲りてくれるでしょ。次のことはまた同じ現象が起こるようなら考えればいいよね、もうこんなことあってほしくないけど」 タツオはため息をつきながら画面を元通り、リアルタイムの会場へと戻す。 そして視線を向けるのは―――目の前にいる、一人の少女。 長門有希という名の―――自分の『協力者』に。 「不思議だよねえ」 草壁タツオは―――笑う。 なんの曇りもない、澄み切った笑顔だった。 疑わしげな表情が一切浮かんでいないことが、逆に不気味なくらいに。 「この場所にいる参加者は48人―――まあ今は30人くらいだけどね。彼らのうち、意識を失う人間が4人くらいいたとしても、それはそんなに妙なことじゃない」 タツオの眼鏡の奥の表情は、分からない。 「むしろ、4人どころじゃない。君のような強者ならともかく、僕や娘たちのような普通の人間がこんなところにいたら、そりゃ意識を飛ばしたくもなる。」 こつん、とモニターの一つを人差し指で叩く。 何か、言いたげに―――しかし、それは口にせず。 「さっき僕が言ったように、『何か』が、気絶した人間に干渉している、ということが実際に起こったとしよう。それ自体は不思議なことじゃない。中にはそういう能力を持った人物だっている。――-そうだろう?」 探るように。 問いただすように。 タツオは、笑顔のまま、長門に話題を振る。 長門は、無反応。 指一本すら、動かそうとしない。 タツオの言わんとしていることが、「分からない」訳でもないだろうに。 「たとえば―――『思ったことを現実に変える力の持ち主』、とかね」 ―――まさか、君は涼宮ハルヒの『干渉』を予想していたのではないか? そう、暗に問いかけるタツオ。 どう応えてほしかったのかは分からない。 頷いてほしかったのか、首を横に振ってほしかったのか。 そもそも、タツオに人の心が残っているのかすら―――分からないのだ。 「……証拠はない。……今のところ断定はできない」 長門は、ぽつりとそれだけ答えた。 ただ、機械的に。 自分の今の状況が理解できていないようにも思えるくらいに微動だにせずに。 草壁タツオが常に笑顔なのと同様に―――常なる無表情で。 「……今から調査は行っておく」 落ちる、沈黙。 かたかたと、窓が鳴る。 風が吹いている訳でもないのに―――そもそもここがどこなのかも判然としないのに―――何かが、外壁を叩きつけていた。 それはもしかしたら、長門の無言の圧力だったのかもしれない。 神妙な顔つきで長門を見つめていた草壁タツオは無言で立ち上がり、―――長門に歩み寄る。 爽やかな笑顔で。 「……うん、そうか、助かるよ。じゃあ後のことは長門君、君に任せようかな」 その答えに対して―――何も触れようとはしなかった。 「もうすぐ放送だからね。僕はそっちをやってくるから、後のことは君に頼むよ。くれぐれも、無理はしないように」 タツオはそう言いながら、するりと、長門の横を素通りした。 何もなかったかのように。 先ほどまで長門に向けていた疑惑など、全くなかったかのような、態度で。 部屋を出掛けたところでぴたりと立ち止まり、そしてドアノブに手をかけたまま、言う。 長門にしか届かないくらいの、小さな声で。 「僕たちは―――『共犯者』なんだからさ」 長門は、何も言わない。 無言で―――キーボードを高速で叩き始める。 タツオがその部屋を離れるのに、振り向きもせず。 その顔に浮かぶ本当の表情は、何色か。 バックアップが、反逆を誓った。 超能力者が、宣戦布告を行った。 『一般人』の少年が、救いを求めすがった。 『神』が、――-最期の瞬間まで信じ続けた。 それが、……この長門有希という少女なのだ。 「……」 何か、呟いたのかもしれない。 でも、それは聞こえない。 仲間たちも、タツオも、誰にも―――今の長門の声を聞ける者はいなかった。 時系列順で読む Back 笑って、笑って、君の笑顔が――― Next 走る二等兵・待つ獣神将 投下順で読む Back 笑って、笑って、君の笑顔が――― Next 痛快娯楽復讐劇(前編) 勝利か? 土下座か?(中編) 長門有紀 憎らしさと切なさと心細さと 勝利か? 土下座か?(前編) 草壁タツオ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5855.html
第二章 夢を見た。 実はわたしの場合、夢にもいろいろな区分があって、まったく意味不明なもの、何か心当たりがある内容のもの、長く頭に残るものなどがある。どのような条件が揃うとどんな夢を見るのか、まだわたしには解らない。ひとつ言えることは、どの夢にも何かしら種類分けができそうな要素が含まれているということだった。 ところが、わたしが今日見た夢はそれらのどこにも属さなかった。わたしは目を覚ましたとき今までいた空間が夢の中だったことに気づいたが、しかしよく考えるうちにそれが夢だったと言い切れるだけの証拠がないことが解った。混沌さ、夢の中の会話、起きたときの感覚。どれをとってもわたしが今まで見てきた夢とは異なるものだった。だから正確に言うと、これは夢ではないのだ。 わたしが夢の中で眠りから醒めたとき、目の前には黒い空間がはてしなく広がっていた。上も下も横も、すべてが黒。その黒がどんよりとうねりをつくって流れている。暗黒星雲にまぎれこんでしまったみたいだった。 どうも見覚えがある風景だと思ったらやがて気づいた。そう。ここは昨日の朝も見た、あるいは来た場所だ。学校で目眩がしたときと同じ黒い海を、わたしは流され続けていた。 「長門有希」 暗闇の中、突然わたしの名前が呼ばれた。わたしは驚いた。光も音も存在しないと思っていた謎の空間でわたしの名前が誰かに呼ばれる。誰が、何のために。わたしを呼んだ声はとても静謐で、現実世界とは明らかに画された秩序があった。その声の響きは山奥の神秘的な泉を思わせた。 わたしは四方八方に目を走らせた。音源が解らなかった。その声にはわたしの頭の中に直接語りかけるような響きがある。 「こっち」 また声がする。かくれんぼみたいだ。やがて見つけた。黒い海よりもさらに深い黒色をした何かの塊。 やがてその塊から暗闇の中にぼんやりした人間の姿が形作らた。霧に隠されてしまった人の影のようなはっきりしない姿。やがてぼんやりした人間は顔や胴のくっきりとした輪郭を描き出し、ついには立体になった。二次元から三次元へ。わたしはその様子に目と口を驚かせ、黙って見入っていた。そのうち黒一色だった姿には色がつき、目や鼻といった細部までをも浮かび上がらせた。その時点で彼女は完全な人間の形になっていた。 暗闇から生まれた人間は、生まれたままの姿勢、直立不動でわたしを見つめている。わたしも彼女を見返す。すうっと吸い込まれてしまいそうになる不思議な眼だ。 彼女は、わたしと同じ姿をしていた。小柄な身体。色素の薄い肌。眼鏡。 ――あなたは誰。 わたしは声を発しようとした。けれど音が出ない。空気が振動しない。その発音通りに口が動いただけで、耳は自分の声を感知しなかった。 「長門有希」 しかし相手にはわたしの声が伝わったらしかった。なにしろ夢なのだから何でもありなのだのだろう。特に、たった一言さえ言葉をかわしていないくせに他人の夢に入り込んでくるような存在には。 長門有希。彼女はそう答えた。 まるで鏡をのぞき込んでいるようだ。わたしと、もうひとりの『わたし』が対峙し、見つめ合っている。その光景ははたからみればひどく滑稽なのだろう。 けれど、確かに彼女は『わたし』だった。表情に一切の動きがないところも、放っておいたら消えてしまいそうにはかないのも、わたしとまったく同じだった。だから、彼女が長門有希と名乗ってもわたしはさほど驚かなかった。 ――別の世界の、彼の世界の『わたし』? わたしは口だけを動かして相手に問う。彼。もちろん今日部室に来た彼だ。『わたし』相手になら伝わるはずだ。案の定、彼女は「そう」と答えた。 「わたしはあなたのことを知っている」 ――わたしも知っている。彼から話を聞いた。たぶん、わたしとあなたは同一人物。住む世界が異なっているだけで。見た目もしゃべりかたも似ている。 「そうじゃない。それは違う」 彼女は口から冷気を吐き出すように言った。真っ直ぐな瞳がわたしを射るように見つめてくる。わたしは『わたし』に呼応して、彼女の不思議な眼を見つめた。ブラックホールとブラックホールが勢力争いをしているみたいだった。 「わたしは」彼女は少し迷ったような間を置いてから言った。「わたしは、あなたではない。どうがんばってもあなたのようにはなれない。あなたにはある機能が、わたしには与えられなかった」 ――機能? その問いに対する答えは返ってこなかった。答えたくなかったのかもしれない。わたしにもそんなときはある。 機能。どこかで聞いた言葉だ。 「あなたに頼み事をしたい。そちらの世界にいる、『わたし』として」 わたしが黙っていると彼女はそんなことを言った。どうやらそれが本題のようだった。 ――頼み事。 「そう。でも、そんなに面倒なことじゃない。あなたは昨日の朝、学校で黒色の薄い板を手にした」 ――覚えている。 あの黒い板だ。知らないうちにわたしの机に入っていた。しかしあれを手にとって目眩を覚えて以来、あれは椅子の下のわたしの足もとに転がっていた。一日中ずっとだ。結局最後まで拾わなかった。きっと掃除の時に当番が片づけてしまっただろう。 「あれを、とある場所に移動させて欲しい。明日のうちに」 ――ごめんなさい。それはできない。わたしはあの板をなくしてしまったかもしれない。 わたしは正直に話した。相手に意思を伝える作業。この場合は、相手も『わたし』なので話しやすかった。 わたしが事情を話しても彼女は動揺したりしなかった。わたしに何があったのかを最初から知っているようだった。 「そんなことはない。なくなっていないから心配しなくていい。あれは必ず明日、あなたのもとにある」彼女はそう言った。 ――どうして解るの。 「規定事項だから。この世界での規定事項は非常に不安定だけれど、未来的にその規定事項は高確率で保証されている」 ――そう。解らないけど、だったら、わたしはあなたを信じる。その板をどこへ移動させればいい。 「**町**丁目の歩道橋前。花壇があるから、そこに埋めて。土を少しかぶせる程度でいい。できれば明日のうちに移動させるのが望ましい」 ――解った。でも、あの板はいったい何だった。 彼女は言ってしまっていいものかどうか少し逡巡するような素振りを見せてから口を開いた。 「記憶媒体。多量の情報を保存することができる。あなたが昨日の朝、それを手にした時点で、すでにデータが入力されていた。そしてあなたが手に取ることがデータの解凍と再生にあたった。再生された情報の一部はその時、あなたに流れ込んだ」 記憶媒体。データの解凍と再生。再生された情報の一部がわたしに流れ込む。 あの時の目眩のような感覚。あれはやはり目眩ではなかったらしい。彼女の言う「再生された情報の一部」がわたしに流れ込む瞬間だったのだ。 情報統合思念体。ヒューマノイド・インターフェース。それらの単語はわたしがあの板を手にしたとき、実に自然にあの板からダウンロードされたのだ。今、それが解った。 「あなたに情報を送信することもまた、規定事項だった」 ――何のために。わたしがそちらの世界の言葉を知っていたとして、何かの役に立つとは思えない。 『わたし』はひどく苦しそうな表情をしていた。眉をひそめ、唇を噛んで。その表情の変化は小さすぎて普通の人間にはまず解らないだろうけれど、わたしの場合、わたし自身がそうなのだから彼女の表情の変化を読みとることができる。 「その板の内部情報を破損させた状態で、こちらの世界に送り届けてもらうため。あなたの世界にある記憶媒体をこちらの世界に呼び出したときに、世界の違いによる物質的なショック症状でデータは破損する。こちらの世界で必要とされている記憶媒体は、データが壊れていることが条件だった」 ――わたしはその運び屋の役? だから、ある程度事情を飲み込んでもらうために情報統合思念体といった情報を受信することが必要だった。そういうこと。 なぜわたしが、違う世界に住んでいる『わたし』のために協力しなければならないのだろう。彼女の言うことがあまりにひとりよがりなので、わたしは少しそんな気分になった。 仮に姿が同じだとしてもわたしと『わたし』は違う存在だ。それは彼女が今さっき自分で言ったことだった。だったら、わたしが他人のために、しかも別の世界の他人のために、そんなおかしなことをする義務はどこにもない。 彼女のせいでわたしの穏やかな日常は壊されてしまったのだから。わたしが彼女の頼みを断る要素はいくらでもあった。 その意思を彼女に伝えると彼女は哀しそうな顔になった。惨めな表情だった。 そしてわたしにわけの解らないことを言った。 「あなたの世界は、わたしに従属しているから」 それはなぜ。 尽きない疑問をぶつけようとしたけれど、彼女の苦しそうな表情からすると答えてはくれなさそうだった。 わたしの世界が『わたし』に従属している。だから、その世界の構成員であるわたしは『わたし』の命令に背くことはできない。なぜなら『わたし』はわたしにとって絶対的な権力だから。主従の関係で世界と個人とが結ばれているなんて、まるで雲の上の話だ。 ――ひとつだけ訊かせて。 「なに?」 わたしは壮大な話に疲れて、別の質問をすることにした。それは予感だったけれど、当たる気のする予感だった。 ――あなたはなに。人間じゃない。 「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」 彼女は答えた。 ハードカバーの物語。日常を非日常へと変化させた犯人。そして彼女が言ったこと。わたしの世界は『わたし』に従属している。 世界を絶対的に支配できるのは、いるとしたら神だけだ。わたしはそう思っている。創造神。地球をつくった神々。もちろんわたしは神なんていう都合のいい存在を信じてはいないけれど。 しかし、彼女の言ったことが正しいとしたら。いや、正しいとしたら、というくだらない仮定はやめたほうがいい。『わたし』は嘘をつかない。そのことはわたしが一番よく知っている。 ならば、彼女は神なのか? わたしの、この世界を創り上げた神。 それは恐ろしい妄想だった。わたしのこの世界が、ある特定の個人の支配をまぬがれることができないなんて想像もつかない。たとえその神がわたしに限りなく近い『わたし』であっても、そんなことを認めることはできなかった。 世界を創る? あのハードカバーを読んでいるときの感覚が蘇った。 情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。 彼が、あるいは彼女が、それをした。 * 意識がわたしに戻ってくる。 暗闇だった仮想空間はマンションのキッチンになった。 午前四時七分。まだ時間はある。 黒い板、あの記憶媒体をこちらの世界に送り届けてもらうのは必要不可欠なことだった。しかもデータが破損した状態で。そのデータの欠損部分を埋める際に、元データとは異なる情報入力を二百十八カ所で施し、本来その記憶媒体を閲覧する再生機とは別のフォーマットで閲覧すれば、時間移動の原始的論理基盤を得ることができるのだ。その論理基盤がこの世界では必要になる。もちろんそれには彼があちらの世界で選択を迫られたとき、必ず片方を選ばなくてはならないという条件がつきまとうのだが。 もともとあれには情報統合思念体などの宇宙意識に関する膨大な量の情報が組み込まれていた。もちろんわたしのようなインターフェースに関する情報も含まれている。誰が何の目的で作成したのかはわたしには解らない。 ただ、その記憶媒体は非常に精巧に作られているらしかった。というのも、記憶媒体のとある部分で情報の組み替えを行うと、記憶媒体のデータがまったく別のデータに変わるのだ。そのひとつが時間移動の論理基盤だった。この世界ではそれが未来に必要となってくる。だから、改変後の世界になぜかある記憶媒体を、この世界に上書きされる前にこちらの世界に移動してもらう必要があったのだ。あの歩道橋脇の花壇にはこの世界とあちらの世界がつながる穴のようなものがある。だからわたしはその場所を彼女に指定したのだ。 時間がない。 わたしは再び別の世界へと意識を飛ばした。急がなくては。わたしには彼女に伝えたいメッセージがある。それすらも、わたしの意識がなくなってしまったら最後だった。 * 起きたとき、まだ世界はそこにあった。ひんやりした冬の朝の静寂に包まれてひっそりと、でも確かに存在していた。両手を空中に漂わせてみる。もやもやとつかみどころがない空気とこの世界。 部屋の大きな窓は朝の街の様子と冬空とを映していた。昨日の朝と同じように、朝靄のかかった街はやがて無限の光に包まれ、照らし合って、また光に飲み込まれたわたしの姿をも映しだしていく。変わらない光景。日常とはこうやってできていくのだろうか。 わたしは自然と人工が溶け合う瞬間を眺めながら、今さっき夢の中で見た景色を脳に呼び戻した。目をつむると街やわたしの部屋は黒に包まれ、音は消えた。 黒い海。わたしと同じ姿をした『わたし』。ヒューマノイド・インターフェース。 あれが夢だったのかどうかという判断は、ひどく微妙なものだった。わたしの勝手な推理と妄想がうまいことくっついて夢という形でわたしに虚妄を見せていたのかもしれないし、本当に彼の世界の長門有希がコンタクトをはかってきたのかもしれなかった。もし後者の説をとるのだとしたら、彼女は宇宙人で、わたしの世界を従えるほどの力を持っているのだ。 わたしは彼女に頼み事をされた。昨日、学校で見つけたあの黒い板を、今日中に歩道橋近くのパンジーの植え込みに埋めてくれとのことだった。わたしはその場所を知っているし、そんなに遠い場所ではないから言われたとおりにこなすのは容易なことだ。しかしそうするべきものなのかどうか、わたしには判断がつきかねた。なにしろあれが夢かどうかも解らないのだ。 しかしそんなことを言っていてはらちがあかない。 今日、学校に行ったとき、わたしのもとにあの板があれば、頼み事を頼まれてやろう。 最終的にわたしはそう結論を出した。 心配しなくていい。あれは必ず明日、あなたのもとにある。 なぜなら、そのように保証をしてくれたのは彼女なのだから。彼女の言った条件通りでなければわたしに頼まれる義務はない。あえて板を探すこともしない。仮に世界規模で従属している身にしてもそのくらいは構わないだろう。彼女はわたしに「黒い板を何としてでも探し出せ」とは言わなかったのだ。奴隷は言われたことだけをやっていればいい。 わたしは急にしぼんでしまった世界を映す窓から離れ、冷凍食品を選ぶためにキッチンへと向かった。 十二月十九日。 適当に朝食を食べ、鞄を肩に掛けて北高への坂道を登り、学校に到着して一年六組の敷居をまたぎ、自分の席に着いて後ろのカレンダーを振り返ると、今日がその日付であることが解った。 もちろん昨日は十八日だったのだから今日が十九日なのは当然のことだった。昨日の翌日には明日が来る。 ただ、少し不安になっただけだ。 日常が着々と非日常へと移りゆくのがこうもありありと感じられると、どんな確固たる定理でも法則でも、砂上の楼閣のようにもろくも崩れ落ちてしまいそうな気がしてならなかった。非日常とはそんな世界だ。常ではない世界に恒常的な定義も法則も通用しない。 しかし、そんなことでは困るのだ。わたしには常である世界にそれなりの愛着があるし、たとえ生活の役に立っていなかったとしても、数学の難しい定理や物理学者があらゆる実験をして見つけだした物理法則が知らず知らずのうちに失われていってしまうのは嫌だ。だからわたしはどんな当たり前の法則でも、その変化を見逃さないように入念にチェックするのだ。たとえ日付であっても。そうやって気をつけていないと、いつかすべての日常を失ってしまいそうで怖かった。 ところがわたしの気持ちも知らず、現実は無情にも変化していくようだった。おそらく今朝の夢もまた、わたしの生活を尋常ではない方向へとさらに傾ける役割をはたしていたのだろう。日常はますます遠ざかり、カオスの世界が目の前に広がる。それはもう、とっくに始まっていたことなのかもしれない。 なぜなら、わたしが机の中をのぞいたとき、黒くて薄い板が見えたからだった。彼女が言ったように板はわたしのもとにあったのだ。わたしは愕然とし、何か絶望に近い感情さえ抱いた。 どうやら掃除当番は床に落ちているものを片づけてくれなかったらしい。常識までもが覆り、非日常に味方した。 見つけてしまった以上、彼女との約束は守るしかない。わたしは机の中に手をつっこんだ。 もし手に取ったらまた昨日の目眩のような感覚に襲われて注目を浴びてしまうのではないかと不安だったが、わたしがおそるおそる板を手に触れると、それは何事もなくわたしの手に収まった。情報のダウンロードは昨日で済んでしまったらしい。情報統合思念体とヒューマノイド・インターフェース。それにしても宇宙人についてのデータが入っているとは奇妙な記憶媒体だ。生産地はどこなのだろうか。 そんなことを考えながらわたしはそれを自分の鞄の中に滑り込ませた。彼女からの頼まれ事を解消するのは家に帰ってからでいいだろう。今日から学校が短縮日課になるから家に帰るのもやや早くなるはずだった。 わたしは鞄に板を入れた代わりにハードカバーを取り出して、昨日の続きを読み始めた。例のハードカバーだ。海外のSF。 異常な現象が相次ぎ、人は次々と死に、誰もが人類の未来に絶望を覚えていた、というところからだった。 最後の審判。悪人を徹底的に滅ぼす日々はなおも続く。 人類はさらに減少したようだった。大雨、地震に加えて、とうとう人そのものが発火し出したのだ。家の中で、街の中で、飛行機の中で。人間から発火した炎は、瞬く間に全身を覆い、骨を焼き尽くすまで消えないという。跡形も残らない。とんでもない熱量だ。その自然発火現象はプラズマということだったが、こんなに世界のあらゆるところで大量発生することはありえなかった。ましてや人間の身体から発火するということはまず、ない。 それに加えて、地震も雨も止まらなかった。それどころか雨は勢いを増し、世界中に洪水をもたらした。どこにそのような大雨を降らせる雨雲があるのか、最初は真面目に取り組んでいた学者もとうとう匙を投げ出した。 もはや現代の物理法則でこの現象を解明することは不可能だった。地震も大風も雨も自然発火現象も。学者の数自体が減り、残った学者でさえ匙を投げた。 世界中が荒れ狂い、国家は存在しないも同然だった。国家を維持するだけの人間がどの国にもいなくなっていた。大量の人間が過酷な環境の中で飲み込まれ、流され、燃え、飢えて死んでいった。 最終的に生き残ったのは世界でたったひとり。このあたりは何だか嘘っぽいが、物語ということで了解した。 彼はニューヨークの自由の女神像にいた。そこは地震の被害も少なく、大雨による洪水からも逃れられる場所だった。その場所で彼は世界を見渡し、変わり果てた都市の姿を目撃する。彼は愕然とした。そこに文明の痕跡は一切として残っていなかった。 彼はその時、大地が唸る音を聞いた。低い声で不気味な。それは人間を殲滅した地球の歓呼の声に聞こえた。彼はその声を聞き、地球や神は人間を滅ぼすつもりだったのだということを悟った。恐怖が彼の身体を貫いた。そして彼は発狂し、ついには自由の女神像から大地の裂け目に身を投げるのだった。 そこで物語は終わっていた。わたしは黙って本を閉じた。 宗教的な要素も若干からんでいたけれど、それにしても何だかあっけない終わり方のような気もした。物語のスケールが壮大であるためか、最後に若干だけれど違和感が残る。 地球そのものや、神が、人間を滅ぼそうとした? 犯人は地球やら神だったというのか。なるほどキリスト教らしいといえばそんな気もする。唯一神の信仰。人間が逆らうことのできない無敵の圧力。しかし、そんなことは本当にありえるのだろうか。神の逆鱗に触れて人類は滅びる。ノアの大洪水を思い出した。 わたしはそういう絶対的な力は信じない主義だったけれど、今どうかと訊かれると答えに窮する。あるといわれればあるのかもしれない。 なにしろ地球自体は絶対的なものでも何でもないのだ。神でなくても、ただの宇宙人でさえその存在を揺るがすことができる。宇宙人に従属する世界。 もしそれがわたしの住む世界だったのならば。 もはや、わたしの存在どうこうの問題ではなく、世界そのもののの独自性さえもが失われそうだった。この物語を読んで、改めて思い知った気がした。 世界が唯一無二の世界であったり、わたしが唯一無二のわたしであるという証明は、どこで何がやってくれるのだろう。 その部屋には黒い棺桶が置いてあった。他には何もない。 暗い部屋の真ん中にある棺桶の上に、一人の男が座っていた。 「こんにちは」 男は私に言う。笑っていた。 こんにちは。私も彼に言う。私の表情はわからない。 私が立ち続けていると、男の後ろに白い布が舞い降りた。闇の中、その布は淡い光に包まれていた。 「遅れてしまいました」 白い布が言った。それは、白く大きな布を被った人間だった。目にあたるところが丸く切り取られ、黒い瞳が私を見ている。 中にいるのは少女のようだった。声で解った。 文章を書きながら思う。わたしがわたしであるということを証明してくれるのはこの物語だけなのではないか、と。長門有希という人物に代わりはいた。同じ顔で、同じ声で、同じ性格をしている人物が。そのため、わたしの人格や姿はもはやわたしひとりのものではなくなってしまった。 だとしたら、わたしが自分の存在を証明できるのは、この物語しかないのだ。わたしの中から自然に生まれてくる不可思議な物語。わたしの本能を、わたし自身をそのまま綴った文章。これ以外のどんなものがわたしのオリジナルだというのだろうか。 放課後の文芸部室。わたしはひとりで文章を書きながら彼を待っていた。昨日、まっさらな入部届けを渡した彼を。 今日わたしは、この物語をノートに記していた。一文字一文字自分の字で書き連ねていく。ノートにはわたしの書いた明朝体が踊っている。 手書きで文章を書くのは久しぶりだったけれど、悪くなかった。頭が生み出す文章と、文字を書く手の動きが呼応してすらすらと物語が進む。頭に入っていく。多少時間はかかるけれど、一日のほとんどの時間の使い方を自分の好きなようにアレンジできるわたしにしてみれば、時間がかかるのはたいした問題ではなかった。 ふとパソコンに目をやる。 手書きで文章を書いているため、パソコンは電源をつけられることなく静まっていた。もちろん今日手書きなのは彼に物語を見られたくないからだった。恥じらい。身体が火照ってしまうような、そんな感情だ。 その時、いきなり文芸部室の扉がノックされた。 小さく驚いた後、全身に緊張が走った。慣れない感覚。瞬間的にノートを隠して適当な本を手に取ってから「どうぞ」と小さな声で答えた。 やがて扉が開くと、その隙間から彼がわたしの様子をうかがうようにして顔を出した。彼は少し頬を弛めていた。 「また来てよかったか」 わたしはこくりとうなずく。ただし、彼に焦点は合わせないで。わたしは膝の上で本を広げ、ろくすっぽ頭に入らない文字を見つめていた。 彼は鞄を隅に立てかけて本棚に歩み寄った。わたしが普段、部室で読む本を蓄えておく場所だった。わたしはあの本棚にある本の名前をすべてそらで言える。 沈黙。 わたしは別に構わなかったけれど、彼は気を遣ったのかわたしに喋りかけてきた。 「全部、お前の本か?」 わたしは即答する。膝の上の本に目を落としながら。 「前から置いてあったものもある」持っていたハードカバーの表紙を彼に見せた。「これは借りたもの。市立図書館から」 市立図書館、と言ってから思い浮かぶことがあった。もしかすると。 少しだけ視線を上昇させて彼の顔を見て、やっぱりそうだと思った。なんということだろう、ずっと気づかなかった。 わたしと彼は学校外で会ったこともあるし会話をしたこともあったのだ。今、思い出した。 そこは市立図書館だった。おそらく今年の五月だったように思う。 わたしはその日、初めて市立図書館に足を踏み入れた。そして驚いた。膨大な数の本。一生かかっても読み尽くすことのできない数のそれらがきれいに分類され、本棚に収まっている。しかも、この場所の大量の本は自由に読むことができるのだ。読書が日常生活の一部分となっていたわたしには喜ぶべき発見だった。高くそびえる本棚と本棚にはさまれると世界が歪み、目眩に近い感覚を覚えた。 ところがいざ本を借りようとしたときになって、わたしは困った。本を借りるには貸し出しカードというものが必要らしいけれど、わたしは持っていない。図書館の人に作ってもらう必要があった。しかし数少ない職員は誰もが忙しそうに動き回っているし、わたしはとても声をかけられそうになく、いたずらにカウンターの前をうろうろするばかりだった。 どうしようと思っているとそこにひとりの高校生らしき男子が通りかかった。わたしの様子を見ると黙って近づいてきて、何か困っているのかと訊いた。わたしがぼそぼそとカードのつくりかたが解らなくて困っているという意を告げると、彼は困っているわたしに代わって職員に声をかけ、貸し出しカードを作ってくれたのだった。わたしは呆然としていたから、たいしたお礼もせずに立ち去ってしまったように思う。ありがとう。そのくらいは言ったかもしれない。相手の男子高校生は笑いを返してくれた。 その通りかかった男子生徒というのが彼だったのだ。同じ顔をしていた。 とはいえ、その時の彼と今の彼は異なる人物かもしれない。今、わたしの目の前にいる彼はこの世界の彼ではなく、別の世界から来た彼なのだから。ちょうど、わたしと『わたし』のように。でも、もし彼とその思い出を共有していたとしたら、彼は図書館のことを覚えているだろうか。わたしは無性に知りたくなった。 彼がまたわたしに質問した。 「小説、自分で書いたりしないのか?」 わたしはとりあえず図書館のことを頭から追い出した。そのことは後で考えよう。 彼の質問の内容が内容だけに動揺しつつも、できるだけ冷静に答えた。 「読むだけ」 小さな自信のない呟き。 書く、とは言えなかった。その内容も含めて、彼に知られるのは気恥ずかしい。あれはわたしの頭の中がそのまま投影された物語なのだ。 わたしはできることなら、自分の考えていることなど何ひとつとして誰にも知られずに生活したかった。図書館のことを思い出して彼がどう思っているのか知りたくなったことや、ましてやわたしが彼に謎めいた感情を抱いていることも。自分が考えていることは自分の頭の中だけにあればいい。必要があったらわたしの判断で小出しにする。 事実、そのためにわたしは感動を抑えて、表情をなくし、誰とも関わりを持たず、ひっそりと生きているのだ。空を舞う雪のように、音もなく落ちて、いつかふっと消えてしまいたい。 けれど、その美しすぎる願望の難しさをわたしは知っていた。 そう。わたしは一方で、この彼にならいいかもしれない、という感情を抱いていたのだ。そのわけの解らない感情は、わたしが追い出しても追い出してもどこからか沸いてきて、いつまでもわたしの中に居座り続けていた。図書館のことを思い出すとその感情はますます激しさを増した。 彼は何なんだろう。 わたしは気取られないように、そっと頭を持ち上げ、彼の背中を見た。男の人の背中。今まではおよそ関心の対象にもならなかったことを、わたしはなぜか意識してしまった。 じっと観察していると彼は一冊の本を手に取ったようだった。ぱらぱらとページをめくる音がする。わたしがちょっと身体をずらすと彼の腕の隙間から彼が持っている本の表紙がちらっと見えた。『ハイペリオン』だ。二十八世紀の人類を描いたダン・シモンズの長篇SF。彼が持っているのは四巻あるシリーズのうち一巻目だった。 どうやら彼は真面目に読む気もなさそうで、適当にページをめくっていた。 ところが、わたしが自分の本に目を戻そうとしたとき、何かが彼の足もとに滑り落ちた。 「何だ?」 彼はそれを拾い上げた。何なのかここからではよく解らない。でも本にはさんであるくらいだから栞か何かだろう。 わたしはそう思ったが、しかし、次の瞬間に彼の横顔はこわばっていた。表情が凍り付いている。彼の手が震えているのが解った。 何だろう。わたしが言葉をかける前に、彼の方から近づいてきた。大股の三歩でわたしのテーブルの前に来る。わたしが彼に向き直ると、彼はそれを差し出してきた。小さな長方形の紙切れ。花のイラストが入った栞のようだった。 「これを書いたのはお前か?」 問いただすように訊いてくる。わたしが差し出された栞をのぞき込むと、そこには何やら文字が書かれていた。 『プログラム起動条件・鍵をそろえよ。最終期限・二日後』 明朝体。まるでわたしの字だったが、こんなものを書いた覚えはなかった。わたしは首を傾げた。 「わたしの字に似ている。でも……知らない。書いた覚えがない」 「……そうか。そうだろうな。いや、いいんだ。知ってたらこっちが困ってたところだ。ちょっと気になることがあってな。いーや、こっちの話で……」 彼は言い訳めいたことをこぼしながら、驚喜の表情になった。心ここにあらず、みたいな感じだ。このメッセージに何か意味があったのだろうか。わたしと同じような字で書かれた文字列。 いったい誰が? 考えるまでもなく、すぐに気づいた。 理由が解った。この文がわたしと同じような字体で、いや、まったく同じ字体で書かれているのも、彼が笑いを堪えきれない様子なのも。 これは彼の世界の『わたし』からのメッセージなのだ。わたしと同じ字を書くのはわたし以外にいないけれど彼の世界の『わたし』は別だ。わたしと同じ字を書けるとしたら、性質がわたしとまったく同じ彼女だけだった。 もちろん宛先は彼以外の誰でもない。それは彼の喜びを隠しきれない様子を見れば解る。プログラム。鍵。最終期限。おそらくこの意味不明なメッセージは彼にとっては意味のあるものだったのだろう。 彼がこんなに喜んでいる様子なのだから。 わたしにひとつの考えが浮かんだ。 もしかするとこのメッセージは、彼が彼の世界に帰るためのヒントなのかもしれない。何だか嫌な予感がした。 彼が彼の世界に帰るとしたら、その時わたしの世界はどうなるのだろう。 彼はそれから本棚の本を片端から出しては戻しながら、何かはさまっているものはないか確認していた。その後ろ姿があまりに真剣なのでわたしは呆気にとられて眺めていた。しかし何分かして振り向いたとき、彼の表情は落胆していたので、たぶん他には何もなかったのだろう。 ふと、お腹が空いたと何の脈絡もなく思った。 昼はとっくに過ぎていた。わたしは鞄からコンビニ弁当を取り出してパイプ椅子を長テーブルのところへ持っていった。無言でコンビニ弁当を開けて食べ始めるという女子高生をどう思っているのか、彼はしばらく怪訝な表情で見ていたが、やがて何かを思いだしたように顔を弛めた。何を思い出したのだろう。それから彼は自分の弁当を持ってくるとわたしの向かいに来て、「ここで食べてもいいか?」と訊いた。わたしは小さくうなずいた。 また何か話しかけられるのではないかと思ったけれど彼は昼食中、特に何も言わなかった。たぶん今のメッセージのことについて考えているのだろう。わたしはコンビニ弁当を食べている間何回か顔を上げて彼を見たが、彼はひとり思案顔だった。 午後は彼がいる以上パソコンで文章を書くなんてことはできないので窓辺の椅子に座って本を読んで過ごした。しかし実のところわたしはどんな本を読んだのか覚えていない。複雑な設定のSFだった気もするけれど、その設定は何ひとつとして頭に入ってこなかった。 彼がわたしを見ていたからだ。 見ていたというより眺めていたというべきかもしれない。彼は最初のうち考え事をしているようで目の焦点はどこにも結んでいなかったが、しばらくすると本を読んでいるわたしを眺めだした。もちろん、彼がわたしという個体を部室の風景の中で特別に意識して眺めていたかと言われればはっきりとした答えは出せない。しかし少なくともわたしは彼の視線を意識してしまったし、事実読書は一時間くらいほとんど進まなかった。わたしは誰かに見られるということに慣れていない。特に、男の人に見られるということについては。 彼は何だかわたしを困らせて楽しんでいるようにも見えた。彼は笑いこそしなかったものの表情は穏やかだったので、わたしを見て不快な気分になっていることはなさそうだった。わたしは彼の目にどんなふうに映っているのだろう。本に目を落とし続けながら、わたしは彼が頭でどんなことを考えているのか想像した。 窓から西日が差し始め、傾いた巨大な太陽が校舎に隠れようとする時間になっていた。今日は早く帰るつもりだったのに、彼がいるとわたしから帰るとは言い出せなくてこんな時間になってしまった。もう運動部でさえ学校の門をくぐっている。 その様子を眺めながらきっかけを得たように彼が言った。 「今日は帰るよ」 「そう」 わたしも彼の言葉にきっかけを得て、ろくに読めなかった本を鞄にしまい込んで立ち上がった。本は読めなかったけれど時間を無駄にした感じはしなかった。 彼が鞄を持って部室から出るのを待っていると声をかけられた。 「なあ長門」 「なに?」 「お前、一人暮らしだっけ」 「……そう」 彼はわたしの回答を受けてまだ何か続けようとしたが、その唇を閉じた。 なぜ知っているのだろう、と一旦は思ったけれど答えはすぐに出た。彼の世界の『わたし』も一人暮らしだったに違いない。他に彼がわたしを一人暮らしだと推測する根拠はなかった。 そういえば宇宙人に親はいないのだろうか。というか、そもそも宇宙人はどうやって生まれてくるのだろう。胎生なのか卵生なのか、あるいはインターフェースというくらいだから機械のように工場で大量生産されているのかもしれない。知ってもどうということはないけれど興味はある。 彼女はともかくとして、そういえばわたしはなぜ一人暮らしなんだろう、とふと考えたら急に頭痛がした。なぜわたしは一人で生活しているか。何気ない疑問のはずだった。思い出すのに一秒とかからないほど簡単な。しかし……そんな馬鹿な。思い出せない。 ずきずきという痛み。灼けた鉄をこめかみから頭に突き刺そうとしているようだ。ただの頭痛ではなかった。 わたしはなぜ一人暮らしなんだ。 頭は混乱していた。さらに頭痛は勢いを増す。わたしは膝ががくんと折れるのを必死でこらえた。どうしても思い出せない。なぜひとりで生活しているのか。いつからひとりなのか。親はどうしたのか。親? わたしの親はいったいどんな顔をしていたというのだ。それは誰で、今はどこに住んでいる? なぜわたしのもとから離れていったんだ。 今まで何も意識していなかったことが突如としてわたしに襲いかかってきた。驚いたことに、こんなことは今まで一度たりとも考えたことがなかったことに気づいた。 異常だ。 頭痛が次第に収まっていくと、そう感じた。親のことを考えない人間なんていない。いくら何でも顔ぐらいは覚えている。それなのにわたしは親の顔を覚えていないばかりか、親のことさえ何ひとつとして考えていなかった。今の今まで。特別にトラウマがあるわけでもない。記憶から抹消しようとしていたわけでもない。ただ、何も感じなかったのだ。 過去という概念はわたしから何の残骸もなく消し去られていた。 わたしは狂っている。 途方もない恐怖に駆られた。ありえない。嘘だ。ありとあらゆる否定の言葉が頭に浮かんでは消えていく。きっとまわりに誰もいなかったら頭を抱えて床に転がっていただろう。運が悪ければあまりの気持ち悪さに吐いていたかもしれない。しかし彼が隣にいるということがわたしを正気でいさせてくれた。 彼が言う。 「猫でも飼ったらどうだ。いいぞ、猫は。いつもしまりのない態度でいるが、時たまこっちの言うことを解ってんじゃないかって気がするんだ。喋る猫だっていても不思議じゃない。リアルにそう思うぜ」 「ペット禁止」 答えてから、もし猫でもわたしの家にいてくれたらわたしが過去を振り返らないでいられるかもしれない、と思った。 今日、わたしがこのままひとりで帰ってしまったら家では恐ろしいことが起こる。そんな予感がした。 もしひとりでいれば、思考が巡って一人暮らしや親のことを考えてしまうに違いなかった。なぜわたしはひとりなのか。親はどうしたのか。そんな疑問を延々と自分にぶつけながら過ごす夜がリアルに想像できてわたしは深く沈んだ。一晩中頭痛に悩まされるかもしれない。そしてきっと、その答えはいくら考えても出てこないのだ。 わたしには『過去』がなかった。今、気づいた。 怖い。 抱きしめて欲しい。 不意にそんな感情が生まれた。今まで一度も感じたことのない新しい感覚。誰かにぎゅっと抱きしめて離さないで欲しい。恐怖を感じながらわたしはそう思っていた。 狂ったわたしがどんなことになるのか恐ろしかったのだ。 わたしを痛くなるくらい強く抱きしめて。そして、わたしはわたしという個人で、確かにここにいるのだと言って欲しかった。 そうでなかったらわたしはふっと消えてしまいそうだった。 「来る?」 わたしは彼にそんなことを言っていた。視線は彼のつま先にある。 「どこに?」 「わたしの家」 彼は少し動揺したような素振りを見せてから訊いた。 「……いいのか?」 「いい」 わたしから頼みたいくらいだった。一緒にいてくれ、と。できることなら彼に抱きしめて欲しかったけれど、わたしにそんなことを言う勇気はなかった。でも、いい。抱きしめられなくても、わたしが誰かと一緒にいるということは充分すぎるほど大きな意味を持つ。頭痛や悪い記憶なら軽く吹き飛んでしまうに違いないのだ。 夢の中みたいな会話だった。ほんの数秒の。しかし、その間に彼がわたしの家に来ることが決まっていた。そのことがわたしに安心感を与え、激しい感情を冷ましてくれた。 わたしは彼の珍しいものでも見るような視線がくすぐったくて、それから逃げるように歩き出した。部室の電気を消し、扉を開いて薄暗い廊下に出る。冬の夜の廊下は物音ひとつなく凍てついていた。 ただし、彼が寄り添って歩いてくれるなら、わたしはいくぶん暖かくなるかもしれない。ふとあの物語の文章が浮かんだ。わたしはそれをアレンジしてみる。何だか『私』になったみたいだ。 物質と物質は引きつけ合う。それは正しいこと。わたしが引き寄せられたのも、それがカタチを持っていたからだ。 光と闇。わたしたちは出会い、交わった。戸惑いながらも確実に。冷たい身体同士でも交わっていれば、いつか摩擦が熱を生むかもしれなかった。 仮に許されるなら、わたしはそうするだろう。 光と闇は混ざって、そこに希望が生まれた。それは頼ってもいいかもしれないカタチをしていた。希望は無限の可能性を秘めていた。 希望を叶えたいと願うなら、わたしに奇蹟は降りかかるのだろうか。 ほんのちっぽけな奇蹟。 学校からの帰り道、彼とわたしの間に会話はなかった。 話すべきことなど彼にはなかったのかもしれない。それならそれで、わたしも構わなかった。わたしの歩む少し後ろに彼の気配が感じられるならそれだけでいい。 わたしたちは冷たい風に吹かれながら夜道を歩き続けた。 マンションにつくとわたしは立ち止まった。彼は特に何も言わなかったのでわたしも振り返らなかった。もしかすると彼はこのマンションにも入ったことがあるのかもしれない。もちろん、彼の世界で。 わたしは玄関のキーロックに暗証番号を打ち込んで施錠を解除し、ロビーに足を進めた。 エレベータ内でも会話らしい会話はなく、わたしは七階につくと八号室の前で立ち止まった。ドアに鍵を差し込み、開けて彼を招き入れる。 ずっと何の疑問も持たずにひとりで暮らしていたわたしの家。その揺るぎない日常が壊れるのを、わたしは歓迎すべきなのだろうか。 暗いリビングに明かりを灯す。わたしは彼をリビングに残してキッチンに向かった。 「この部屋、見せてもらっていいか?」 わたしが急須と湯飲みを持ってキッチンから出てくると彼がようやく口を開いた。彼は襖で仕切られた客間を指さしていた。別に見られて困るようなものはない。というか、布団は片づけてあるから畳しかないはずだ。 「どうぞ」 「ちょっと失礼する」 彼は襖を開けて部屋の様子を見て、しばらくすると襖を元通りに閉めた。わたしに向かって両手を開いて見せる。何もなかったらしい。 わたしは意味の解らない彼の行動には特に何も言わず、黙って机に湯飲みをふたつ置くと、座ってお茶をつぎ始めた。彼はわたしの正面に胡座をかいて座る。 彼にお茶を出してから、わたしも自分でついだお茶を飲む。寒いので暖かさが身に染みた。飲み終えるとさらに二杯目をつぐ。 わたしが話し出すまでのとりえあずの時間稼ぎだった。誰かにそばにいて欲しかったなんていう理由にしろ、わたしの家に呼んだ以上わたしから何かしら話し出さなければならないことは解っていた。だから彼に話すこともすでに決めてある。 しかし、そうなるとわたしには複雑な意思を彼に伝えるだけの多くのセンテンスが求められることになるのだ。意思を文章に変換して口に出し、相手に伝える作業。はたしてそんなことができるだろうか。 わたしはお茶を一口啜ってから彼を見上げた。 図書館でのことを話すつもりだった。今年の五月、初めて彼と会話したときの出来事。どのように切り出せばいいか解らないけれどずっと黙っているわけにもいかない。わたしは湯飲みを置いて絞り出すような声で言った。彼の顔が上がる。 「わたしはあなたに会ったことがある」 違う。これでは不足している。 「学校外で」と付け加えた。 「どこで?」 と彼。 「覚えてる?」 「何を」 「図書館のこと」 短いセンテンスのやりとり。しかし彼には図書館と言って何か思い出すことがあったらしかった。少しだけ目が見開かれた。 続けて喋ってみよう。 「今年の五月」 わたしは目を伏せながら言葉をつぐ。 「あなたがカードを作ってくれた」 「お前――」 彼は湯飲みを持ったまま動きを止めている。何か重要な意味を持っているのかもしれない。もし彼が無反応だったらこれ以上は話さないでおこうと決めていたのだけれど、詳しく話してみることにした。 五月半ば頃わたしは初めて市立図書館に足を踏み入れたこと。本を借りようとしたが貸し出しカードの作り方がよく解らなかったこと。わたしが職員に声をかけられずカウンターの前をうろうろしていたこと。そこで通りすがりの男子高校生がわたしに声をかけ、代わりにカードを作る手続きのすべてを引き受けてくれたこと。 わたしには多すぎるセンテンス。しかしわたしは頭の情報処理能力を超えて話し続けた。こうしていることが、『過去』のないわたしの不安なり恐怖なりを和らげてくれるかもしれなかった。 その男子高校生のおかげでわたしは本を借りることができた。その貸し出しカードは今も持っているし使っている。 その時に通りかかって助けてくれた男子高校生というのが。 「あなただった」 わたしは視線を持ち上げ、わずかな間だけ彼と目を合わせてからまたテーブルの上に落とした。わたしの意思で彼と目を合わせたのはこれが初めてだった。 「…………」 リビングに沈黙が戻る。彼は覚えているかというわたしの問いには答えずに、若干腑に落ちないような表情をして黙り込んでいた。 わたしの言葉が足りなくて彼とのコミュニケーションの間に誤解が生じたのか、または彼の記憶とわたしの記憶が異なっていたのか。彼は、その通りだ覚えているとは言わなかったのだから何かしら齟齬があったことは確かだった。 わたしは話すべきことを失って彼が口を開くのを待ったが、彼はなかなか何も言い出さなくて沈黙は続いた。彼は何かを考えている様子だった。気むずかしい思索家のように黙考する顔。彼は部室であってもこの顔をしていた。違う世界に来てしまったのだから確かに考えることは尽きないに決まっているが。 だとしたら、稀にわたしに見せてくれる頬を弛めた顔は彼の精一杯のサービスなのだろう。わたしはそう思った。知らず知らず脳裏に描いてしまう優しい顔。わたしが彼のサービスの対象となっているだけでも喜ぶべきことだった。 とはいえ、わたしは彼のその顔を見るたびに、彼はわたしを見ているのか『わたし』を見ているのか解らなくなる。 ぴん、ぽーん――。 いつまで彼は黙っているつもりなのか、わたしがそろそろ気を揉み始めた頃になって沈黙を破ったのはインターホンのベルだった。突然の大きな音にわたしは驚いて玄関を振り向いた。 こんな時間に、しかも彼と一緒にいるときとは。タイミングが悪すぎる。 またベルの音がした。 わたしは仕方なく立ち上がって部屋の壁際に移動した。インターホンのパネルを操作して来訪者の声に耳を傾ける。 彼女はおでんを作ったから持ってきたという意味のことをわたしに言った。彼がいるためにわたしは何度か断りを入れたが、彼女に帰る気はないようだった。やがてわたしは仕方なく「待ってて」と言い、玄関まで行ってドアの鍵を開けた。彼も興味があったのかわたしについて玄関に来た。 北高の制服を着た彼女は扉を肩で押しのけるようにして入ってくる。彼女の両手は大きな鍋が塞いでいた。 彼女はわたしの後ろにいる彼を見るなり驚いた表情をした。それがどういう種類の驚きだったのかはわたしには解らない。ただしその時わたしは、彼と彼女が同じ一年五組だったことを思い出した。 「なぜ、あなたがここにいるの? 不思議ね。長門さんが男の子を連れてくるなんて」 後ろの彼を振り返ると、彼もまた驚きの表情をしていた。ただし眉をひそめていたので、あまり歓迎された驚きではないらしいことが解った。 彼女はつま先を戸口の床に押し当てて器用に靴を脱ぎながら彼に言う。 「まさか、無理やり押しかけたんじゃないでしょうね」 「そんなことねえよ。こっちだって驚きだ。教室以外でお前の顔を見るなんてな」 「わたしはボランティアみたいなものよ。あなたがここにいることのほうが意外だな」 彼女はそう言って笑った。彼はむすっとした顔をしている。彼らの顔を見比べてわたしは、理由は解らないけれど、このふたりの間の空気は何だか不穏らしいと悟った。彼女は昨日で風邪が治っていて昨日の午後から学校に復帰したらしいから、クラスで何かあったのかもしれない。 一年五組の委員長。彼女が周囲に悪印象を与えるような人間ではないと思ってはいるが。 来訪者は朝倉涼子だった。 「作り過ぎちゃったかしら。ちょっと熱くて重かったわ」 彼女は微笑んで大きな鍋をテーブルの上に置いた。おでんのにおいが部屋に漂う。彼は鍋の中身を見てから彼女に訊いた。 「お前が作ったのか?」 「そうよ。大量に作ってもそう手間のかからない物は、こうして時々長門さんにも差し入れるの。放っておくと長門さんはろくな食事をしないから」 わたしはキッチンに皿と箸の用意をしに行ったが、壁をはさんでもふたりの会話は丸聞こえだ。確かに朝昼晩すべてをコンビニ弁当やレトルトや冷凍食品で片づけるのは健康的とは言えないかもしれない。でも仕方ないだろう。わたしは料理を誰にも――そう、親にも教わっていないのだ。 「それで? あなたがいる理由を教えてくれない? 気になるものね」 しばらく間が空いてから彼が答えた。そのまま答えるわけにはいかなかったのだろう。内容は事実とは異なっていた。 「あー、ええとだ。長門とは帰り道に一緒になって……。そう、俺はいま文芸部に入ろうかどうか悩んでいる。そいつをちょっと相談しながら歩いてたんだ。そうしているうちにこのマンションの近くまで来たからさ、話の続きもあるしで、上がらせてもらった。無理にじゃないぜ」 皿の準備はできたけれど、わたしはキッチンにいて耳をそばだてることにした。わたしが入ったら会話が崩れてしまうかもしれない。しばらく彼と彼女のやりとりを聞いていたかった。 「あなたが文芸部? 悪いけど、全然ガラじゃないわね。本なんて読むの? それとも書くほう?」 「これから読むか書くかしようかどうかを悩んでいたんだよ。それだけだ」 彼らの会話はそこでとぎれた。まさかにらみ合っているわけでもないだろうがぴりぴりした雰囲気がキッチンまで流れてくる。 やがて彼が立ち上がった気配がした。 「あら、食べてかないの?」 彼女の声が言う。彼は帰るつもりらしかった。彼女といるのが億劫だったのかもしれない。 嫌だ。 ところが、リビングから出てきた彼を見て、わたしにはそんな感情が芽生えた。嫌だ。もっと言えば、彼にはここにいて欲しい。わたしの家に。 それは明確な意志だった。さっき彼と目を合わせたときのような自信がわたしに満ちてくる。わたしはまだ彼に抱きしめてもらっていないし、まだ不安だ。彼女とふたりだけになったら、いつ何時わたしが消えてしまうとも限らない。 「帰るよ。やっぱ邪魔だろうしな」 通り過ぎるとき遠慮をするような声の彼に、わたしは思わず力を添えていた。羽毛のようなやんわりとした力。ここにいて、という勇気はなかったから、わたしは彼の制服の袖をそっと指でつまんだ。言葉ではないけれど、それはわたしの意思だった。相手に意思を伝える作業。こんなにうまくいったことはかつて一度もなかった。 わたしは今にも消えそうな表情をしていただろう。でも、それはそれで構わない気がした。 彼はわたしのその様子を意外そうな目で見いてたけれど、やがてするとそれは苦笑のような表情に変わった。 「――と思ったが、喰う。うん、腹が減って死にそうだ。今すぐ何か腹に入れないと、家まで保ちそうにないな」 わたしは指を離した。彼は気を遣ってか、あえて宣言するように言うとリビングに戻った。わたしもその後に続く。 身体が熱かった。内部が燃え上がっているみたいだ。発火現象とはこうやって起こるものなのかもしれない。 わたしの顔は、自分でも解るほど紅潮していた。 夕食。三人で、なんていうのは初めてだった。わたしが幼いときに家族三人のこんな光景はあったのだろうか。違う違う。そんなことを考えてしまう自分を、わたしはどうにかして追い払った。 三人の間の会話は成り立っていないも同然だったけれど、わたしは別にどうでもよかった。おでんすらもあまり味わっていなかった。味わうというより味が感じられなかったのかもしれない。 わたしは会話でもおでんでもなく、そこにある雰囲気に浸かっていたのだ。テーブルのまわりにおでんのにおいが振りまかれるように、目に見えないけれど感じる何かにわたしは意識を集中させていた。ともすれば、それはわたしがこの三人の中の一人にカウントされているという当たり前すぎる事実を運んできた。 一時間くらいそうしていて、ようやく彼女が腰を上げた。 「長門さん、余った分は別の入れ物に移してから冷凍しておいて。鍋は明日取りに来るから、それまでにね」 彼も彼女に倣って立ち上がる。少し疲れているような表情をしていたけれど、わたしと彼女と一緒に膳を囲んでいれば普通の男子高校生はそうなるかもしれない。 わたしは彼女たちを送り届けるために玄関まで行った。ドアの隙間から見える外はすっかり暗くなっていた。 彼女が先に外に出たのを確認してから彼が言った。 「それじゃあな」 囁くような声。彼女には聞かれたくないのかもしれない。 「明日も部室に行っていいか? 放課後さ、ここんとこ他に行くところがないんだよ」 まただ。意思を伝える作業。もちろんわたしが彼に伝える意思は決まっていた。 わたしは彼の目をじっと見つめて、そして表情を作った。 表情を作る。素直な気持ちをそのまま表情にすること。今まで一度も成功したことがなかった。無理にでも作ろうとすれば、それは顔をしかめたような不格好な表情になり、わたしが伝えようとしていた意思とはまったく異なる意思が相手に伝わってしまう。 それが、今だけはうまくいった。しかも、わたしにとって難しすぎる難易度の表情。何をやってもうまくいくときはあるものだ。 こんなことがわたしにもできるなんて、思ってもみなかった。その顔はいったい何年間封印され続けてきたのだろう。 わたしは薄く、しかしはっきりと微笑んでいた。 彼がマンションの前から姿を消したのを見送ってから、わたしは自分の通学鞄を開けた。気分が落ち着いてきたので本を取り出して読もうと思ったのだ。文字に浸っていればわけの解らない恐怖を思い出すこともなさそうだった。 ところが通学鞄からハードカバーをどけてみると、鞄の底に黒くて薄っぺらな板があることに気づいた。これは何だと思って見てみて、わたしは重大なことを忘れているのを思い出した。 黒い板。それは『わたし』の言う記憶媒体だった。 そうだった。わたしは今日の明け方、『わたし』と約束を交わしていたのだ。夢といえるかどうか解らないような代物の空間で。 約束の内容。わたしは記憶を探る。 確か、この宇宙人に関するデータの入った記憶媒体を、北高から南に行ったところの歩道橋の花壇に埋めて欲しいということだった。意図は解らない。期限は今日中。 何ということだ。 わたしは窓から外の様子をうかがった。冬で日が落ちるのが早いから、街にはとっくに夜の帳が降りていた。暗くて、しかも寒そうだった。 この中出かけていくのは正直気が滅入る。そのうえ、わざわざ今から出かけるほど重要な用事ではない気もした。 しかしその気持ちを押し殺し、わたしは板をつかんで立ち上がった。仕方がない。約束なら守るべきだ。『わたし』の言うとおりに、わたしの机にはこの板が入っていたのだから。 マンションから外に出ると冷たい風が一気にわたしに襲いかかってきた。風が生き物になって意思を持っているかのように、ごおっという音と空気を遠くから集めてくる。 わたしはぶるると身震いした。出がけにマフラーとコートを引っかけてきたものの効果は感じられない。寒さは素肌の上を這うように通り抜けていった。 街灯の黄色い光と月明かりだけを頼りに夜道を歩く。夜の底は深さを増していた。 北高に続く道をそれて南へ。わたしはマフラーに首を埋めて黙々と歩く。車さえほとんど通らない。時々遠くのほうで低いエンジン音が聞こえるだけだ。 夜は不思議だと思う。こうして出歩いているだけのことが奇妙な魅力を持っている。前も後ろもほんの数メートル先は真っ暗だったけれど怖さはなかった。 ふと空を見上げる。昼には空を気にしたことなんかないけれど、今はそんなことをしたくなるような気分だった。宇宙のどこかにある星や月が、黒い雲に覆い隠されたり雲の隙間から現れたりしている。夜の不思議さは月の引力の影響かもしれない。 十分ほど行くと『わたし』の言っていた歩道橋が見えてきた。南北に走る一本道の県道をまたぐ歩道橋と、その脇に設置された花壇。暗かったけれどどうにか見つけることができた。わたしはその花壇に歩み寄り、息を吐いて両手を擦り合わせた。じんわりした暖かさが浸みていく。動くようになった手を使ってコートのポケットから黒い板の記憶媒体を取り出した。 どうやらわたしはこれを『わたし』の世界に送り届ける役割らしい。 彼女は、この板が彼女の世界に送信されたとき、物質的なショック症状で板の内部データが破損すると言っていた。つまり宇宙人に関するデータは失われるわけだ。普通はデータが壊れた記憶媒体なんていらいないだろうけれど、ところが、彼女の世界では内部データが破損した記憶媒体が欲しいらしい。それが必須条件、とも言っていた。用途は知らないがおかしな話だ。 わたしは記憶媒体を花壇の土の上に置いた。夜に穴を掘って埋めるのは億劫だったので足を使って土をかぶせることにした。『わたし』もその程度で充分だと言っていた。それはそうだろう。どこの物好きが県道脇の花壇を掘り返して、ゴミにしか見えない板を持ち帰ったりするだろう。もちろんそんなものをわざわざ遠くから持ってきて夜遅くに埋めているわたしも、まわりから見たら相当変人に見えるのかもしれないけれど。 土を蹴って記憶媒体にかぶせ、完全に見えなくなったところでわたしは靴についた土を払って花壇から出た。もう九時を回っているだろう。でも今日中には違いない。 行きと同じ道をたどってマンションに帰ってから、わたしは708号室に戻るとキッチンに向かった。まだやることが残っている。一人暮らしは大変なのだ。ちょっと出かけている間に誰かがおでんの残りを片づけてくれたりはしない。 わたしは朝倉涼子からもらったおでんの残りを、彼女に言われたように適当な入れ物に移してから冷蔵庫に入れた。おでんが入っていた鍋は彼女がいつ取りに来てもいいように洗って乾かしておく。どうせなら鍋なんか今日持って帰ってくれればよかったのに。面倒事が増えてしまう。 リビングに戻ってから、本を読もうかと少し考えてから思い直し、わたしはお風呂に入ることにした。外に長くいたため身体が冷え切っていた。 十分暖まったあと、お風呂から出るとわたしは本を手に布団に潜り込んだ。 わたしはこの瞬間を愛していた。お風呂から出てきてぽかぽかしたままの身体で布団に入り、静寂に包まれながら本を読む。時期も、ちょうど冬のこんなときがいい。 ほのかな幸せを思いながら文字の海に溺れる。部屋は静かだった。 一人暮らしだと喧噪というものは無縁な存在になる。家の中にそんなものは存在しない。あるとしたらマンションの前を通る人々の声だけだが、それも夜の間はありえなかった。 洗った鍋から水滴がぽたぽた落ちる音だけがこだましていた。そのことが今日は少し寂しいような気もして、この静かな暮らしは誰によってもたらされたんだろうと考えたところで、違う違うと思った。そんなことを考えているから日常に歪みが生じるのだ。 わたしはハードカバーに意識を集中させようとした。 でも、できない。目は文字を追っても、ちっとも内容が頭に入ってこない。知らない単語の多すぎる英文を読まされているみたいだ。 わたしは本を閉じた。目をつむり、寝ようとした。 寝られないことはなかった。目をつむっていると意識と無意識の境目が次第に薄れてきて、いつの間にか眠ってしまう。けれど今日違っていたのは、意識が落ちるときにいつものような安息がなくて、代わりに胸騒ぎがしたということだった。心臓がどくどくしながらも、わたしは眠ってしまった。 黒い海。静寂と闇の空間。 目を覚ましたとき、目の前にはそれが広がっていた。 わたしは黒い海を流されていた。縦になり、横になり、ねじれて、伸びたり縮んだりしながら。黒がうねりをあげる様子を見てわたしは、ああまたここかと思った。もう三度目だ。嫌でも慣れてしまう。 わたしは鉛のように重たい首をもたげて、どこかにいるはずの彼女を探そうとした。夢でない限り彼女はいる。わたしとまったく同じ姿をした『わたし』。 「わたし」 その声は暗闇のもっと深いところから聞こえてきた。抑揚のない無機質な声。わたしがそちらに目を向けると、『わたし』の輪郭が作られているところだった。ぼんやりとした影。やがて形がはっきりすると姿が立体化し、さらには色がつく。 彼女は昨日と同じ工程を踏んでわたしと同じ姿になった。彼の世界の『わたし』。鏡を見ているような感覚も昨日と同じだった。 ――約束は守った。 わたしは喋ろうと思ったけれど、そこで声が出ないことに気づいた。 そういえば昨日もこの空間では声が出なかった。でも不思議なことに彼女にはわたしの言おうとしたことが伝わるのだ。 「そう」 やはり彼女は解ったように小さくうなずく。 彼女がそれっきり黙っているのを見てわたしが口を動かした。 ――わたしから質問してもいい? 「記憶媒体のこと?」 ――違う。この世界のこと。 彼女は息をのんだようだった。わたしにしか解らない程度に。でも確かに、彼女はいつもより数ミリリットルほど多く空気を取り入れた。 「どうぞ」 彼女はわたしをうながした。瞳からはすでに動揺のかけらが消えていた。わたしはその様子を見て口を開く。 ――今日、部室で彼が何かのメッセージを見つけた。『ハイペリオン』にはさまっていた栞。わたしと同じ字体で書かれていた。あなたには覚えがある? 「そう。……わたしがした」 そんなことだろうと思っていた。 ――違う世界なのに? 「わたしにはその力がある。それに、あなたの世界はわたしに従属しているから仕様の変更は容易」 そうだった。彼女は情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだったのだ。わたしの世界が『わたし』に従属しているというのも昨日聞いた。わたしにとって彼女は絶対的な権力なのだ。 わたしは質問を続ける。 ――あのメッセージには何の意味があった。鍵。プログラム。最終期限。 「……あなたには言えない。わたしとあなたの関係上と立場上。そしてあなたにそのことを伝えると世界に矛盾が生じる可能性があるから。でも――」 『わたし』は言葉を切った。彼女は何と言っていいか解らなくて困ったような表情を浮かべていた。 「わたしは、あなたには申し訳ないと思っている」 ――申し訳ない? 彼女の返答はなかった。何がどう申し訳ないのか、いつ申し訳なくなるのか。いくら訊いたところで彼女の答えは変わらない気がした。 彼女がそう言ったきり黙っているので、わたしは質問を変えた。 ――あなたは彼を愛している? 唐突な内容だった。でも彼女の表情に変化は認められなかった。 「愛する。それは……なに?」 愛する。それは、なに? その意味を頭で理解したとき、わたしは彼女の返答に言葉を失った。 彼女は困惑しているらしかった。眉が少しだけひそめられ、口許がゆがんでいる。未知のものに遭遇したときの表情だ。 そうか、もしかすると宇宙人に愛するという概念はないのかもしれない。互いの性質を併せ持つ子孫を残すことにしても、宇宙人には遺伝子の配列交換と種族の繁栄ということぐらいしか頭にないのかもしれない。別にそのことをかわいそうだとは思わないけれど、あったらあったで宇宙人たちはどんな暮らしをするのだろうとは思った。 愛とは何か。愛するとは何か。陳腐で浅はかな質問。けれどそのことをうまく説明できる自信がなかった。わたしは自分の語彙から頭にありとあらゆる単語を思い浮かべ、慎重に言葉を選んで口にした。 ――あなたにすべての自由が与えられたとき、誰と一緒にいたいか。一緒にいたい相手がいるのだったら、あなたはその人のことを愛しているといってもいいのかもしれない。わたしが訊いているのは、彼がその対象になっているかどうかということ。わかる? 「わかる」 彼女は難しい理論を考えているような顔をして天を仰いだ。蒼白な横顔。わたしもつられて見上げるが、そこにあったのはうねっているコールタールのような黒だけだった。 やがて彼女は視線の先をわたしに戻すと言った。 「仮に許されるのなら、そうするのかもしれない」 無機質な声。 しかし、その意味を持った言葉の衝撃がわたしの頭を叩いた。 彼女の答えが、あの物語の一文と酷似していたからだった。 仮に許されるなら、私はそうするだろう。 なぜ、彼女が。そう思うと同時に、不吉な予感がわたしの頭をかすめた。わたしと『わたし』。ほぼ同一の存在。宇宙人の『わたし』と支配されるわたし。 それはわたしが唯一信じることができたものさえも揺るがしかねない最悪の予想だった。 「もし」 どのくらい経っただろう。わたしが暗い推理を続けていると彼女が言った。迷った末、口にしたような感じだった。 「もし、プログラムが起動すれば、あなたの世界はわたしの世界に上書きされる。消えてなくなってしまう」 ――なに? 彼女はわたしの疑問に答えずに言葉をついだ。 「確かに、あなたはわたしの影の存在だったかもしれない。あなたの存在はすべてがわたしに頼ってできあがっているものなのかもしれない。肉体も精神も、学問的には」 わたしは黙り込む。影の存在。わたしが、『わたし』の。言っている意味が解らなかったけれど訊きはしなかった。どうせ答えてくれないに決まっている。 「でも、わたしはあなたが……うらやましい。わたしはあなたに対して、うらやましい、という思いを抱いている。これだけは言いたかった。わたしはあなたのようになりたい。しかし……そんなわけにはいかない。どうしても。なぜなら――」 彼女の棒読みのような口調に、わたしが続く言葉を言った。 ――あなたには最初から、その機能が与えられていなかった。 彼女は少しだけ驚いたような顔になってから、しかし語調を乱れさせることなく言った。 「わたしとあなたが同じ一個体だったらよかった」 ――わたしもそう思う。 なぜそう答えたかは解らない。ただ、もしわたしという存在がひとりだけの絶対的なものだったら、今ほどつらい思いをすることはなかっただろうと思っただけだった。この追いつめられたような孤独感と恐怖感。 でもわたしは無力すぎて、『わたし』には最初からその機能が与えられていなかった。 最初から一緒ならよかったのに。『わたし』とその影のわたし。 自然な感情だった。 しかし、その思いは、胸に渦巻く暗い予感までをも肯定することと同意だった。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1239.html
Report.07 長門有希の幸福 わたしの寝室は、彼女の『今の』希望に応えることはなかった。 「……ほんま、何(なん)もないなぁ……」 【……ほんと、何もないわね……】 和室、布団一式。以上。 『実用本位』『質実剛健』 人間の言葉で表現するとそのように形容される。『寝』るための『室』と書いて『寝室』。その部屋は『寝る』ことに特化した、それ以外の機能を一切廃した潔い部屋。 「まぁ、この方が有希らしくてええかも。」 【まぁ、この方が有希らしくて良いかも。】 それはあなたが望めば……またエラーが発生しそうなので、考えるのはやめておく。 彼女は布団に入ると、布団の自分の横の部分をぽんぽん叩きながらわたしを呼んだ。 「さ、有希♪ 早(はよ)こっち来(き)ぃ♪」 【さ、有希♪ 早くこっちにいらっしゃい♪】 彼女の顔はにやけている。わたしは、これから彼女にされるであろう行為を想像し、体温が上がることを感知した。 「今日はうんと可愛がったげるからな♪」 【今日はうんと可愛がったげるからね♪】 わたしは覚悟を完了した。 ………… ……… …… … 今日はもう寝るだけとなった。 「はぁ……はぁ……すごい……はぁ……はぁ……」 彼女は肩で息をしながら言う。 「まさかあんたが、あんなにすごいことしてくれるなんて……」 今度のわたしは、されるがままではなかった。それなりに、彼女の行為に応えたつもり。 「最後の最後で……ええもん見せてもろたわ。」 【最後の最後で……良いもの見せてもらったわ。】 「……けだもの。」 「うっ……! そ、それじゃ、有希! おやすみっ!!」 それだけ言ってわたしに背を向けると、すぐに彼女は寝息を立て始めた。 (すう、すう……) 彼女の寝顔は、とても安らかだった。先ほどまでの激しさや、ここ数日の弱りきった表情はどこにも見当たらない。ようやく彼女は心から安心できたのだろう。できれば『会話』によって、彼女をそのような状態に誘導したかったが、元々わたしの会話能力は低く設定されている。会話では目的達成は困難だっただろう。 また人間には、言語によらない意思疎通手段も備わっていて、時にそれは、発達した言語による意思疎通に勝ることもある。今の彼女にとっては、非言語的意思疎通が必要だったのだろう。 今日の彼女との一件で、初めて『実感』したことがある。 彼女は……『愛情』に『飢えて』いた。人との『ふれあい』を求めていた。そして、できればその相手を『彼』に求めていた節があるが、『彼』は異性。『彼』に『ふれあい』を求めることは、そのまま性交を求めることになってしまう。彼女は、そこまでの関係になることは望んでいなかった。 そこで、『SOS団随一の万能選手』にして『無口だけど頼れる団員』であるわたしを選んだのだろう。わたしの肉体は女性、彼女から見て同性に設定されている。間違いは起こらないと判断したのだろう。 ……結果的に、間違いは起こった。だが、反省も後悔もしていない。他に方法はいくつもあったが、結果的に相当効率の良い方法に辿り着いた。おかげでわたしは、人間の感情をより深く実感することができた。 そしてわたしは、彼女のことを好きになりだしているらしかった。 以前読んだ本に、このような内容のものがあった。 ――最初は単なる好奇心だった。 ――毎日なんとなく眺めているうちに、だんだん気になりだした。 ――そして気が付けば、ただの気になる人から、愛しい人に変わっていた。 ――いつのまにか、恋に落ちていた……気が付いた時には、既に。 わたしは、任務として、彼女をずっと観測してきた。それがわたしの存在理由だから。 そしてSOS団に取り込まれ、彼女の間近で彼女を観測しながら時を過ごしてきた。生み出されてからさほど時間が経っていないわたしにとって、彼女やSOS団と共に過ごした日々は、人間に例えるなら『人生の大半』を費やした時間になる。 そこでわたしは、常に彼女を見続けていた。最初は任務として淡々と。それからは、一万回以上繰り返す八月の二週間にうんざりしたり、何をしても『彼』の庇護を受ける彼女達を羨ましく思って暴走し、世界を改変したりした。 そういえば『彼』のことも気になる存在になっていたが、それは人間で言う異性に対する思いとは違っているように思える。似た思いを検索すると……それは、娘が父親に感じる思いに似ているよう。『彼』がわたしに向ける眼差しも、どちらかというと父親が愛娘に向けるそれと同種のように思える。 そして『彼』が彼女に向ける眼差しは、複雑過ぎて近い感情が推定できない。もっと観測が必要だろう。 わたしは、もしかしたら、『彼』を通して、やはり彼女を見ていたのかもしれない。気になる彼女と、気になる『彼』を通して見た彼女。 わたしは彼女の寝顔を近くでまじまじと見つめて言った。 「……だいすき。」 以前、夏の孤島の王様ゲームで言わされた台詞。しかし今は全くその意味が違う。そこにはわたしの、自覚したばかりだが精一杯の『感情』がこもっている。 彼女の耳には届いただろうか? 届かなくても良い。 わたしは、わたしの『素直な想い』を言葉にした。それだけでも十分だった。 そしてわたしは、ふと思い当たった。 言語による情報伝達には、齟齬が発生する。言語化できない想いや概念は、余りにも多い。人間は、言語化できない想いを非言語的手段を使ってでも、伝えようとする。 伝えたい、伝わらない。 その『もどかしさ』『不完全さ』が、人間を、この星に発生した知性を、発達させたのではないだろうか。 もどかしいから、不完全だから。伝えたいのに伝わらないから。無知で無力だから。 人は、工夫をする。より良い明日を願って。 それこそが、自律進化なのではないだろうか。 有機生命体には、寿命、すなわち耐用年数が存在する。例えば人間なら長くても100年程度。しかも生まれてから十数年間は、心身の発達のために費やされ、新たな思索を行うことはほとんどない。 そして、伝承された知識を身に付け、それを使いこなすまでにさらに数十年掛かる。伝承された知識を次の世代に伝承しつつ、新たな知識を身に付け、新たな知見を得ようとするが、そうこうしている間に心身は衰え、思考も行動も停滞していく。そして最後は生命活動を停止する。実質的に新たな知見を生み出す時間は、数十年しかない。 ここに有機生命体に宿る知性の限界がある。有限の時間という制限。 知的探求は次の世代に託すしかないが、新たな世代は毎回知識も経験も……持っている情報が何もない状態から始まるため、準備が整うまでに十数年、今までの成果の引き継ぎに数十年、情報量が増えると一定量以上は引き継ぎきれない。だから、他にも有機生命体に知性が宿る例はあっても、それほど高度には発達できなかった。 しかし、この星の知性は、あることに気が付いた。 情報をいつまでも自分の体に蓄積できないのなら、情報を外部に保存すれば良い。そして外部化した情報を複製し、広く流布する。更には流布された情報に付加情報を付けるなどして、情報を増やしていく。 こうして人間社会全体で情報を蓄積し、増加する。誰でも情報に触れることができるようにしておけば、誰かがその情報を基に新たな情報を生み出し、それらを基にまた新たな情報を生み出す者が現れ、情報の生成が連鎖していく。 そう、例えば『本』。 人間は、『本』という形で自分の得た情報、自分の感情その他を流布し、社会に残す。人間が情報の重要性に気付き、情報の保管……『本』の保管に気を付けるようになると、情報の散逸や消失が減少していった。 情報生命体である情報統合思念体による情報処理に比べれば、遥かに遅い、稚拙な仕組みだが、しかし人間は確かに、有機生命体に宿る知性の限界を打ち破った。ほんのわずかずつでも積み重ねていけば、長い時間を掛ければいずれは人間も、情報統合思念体レベルの知性を獲得することになるだろう。 一つの世代では不可能なことも、何度も世代を重ねることで可能にする。世代間の引き継ぎは、情報を外部化し、共有することで解決する。人間は、世代を越え、時を越えて、築き上げてゆく。 それが人間の力。人間の進化する力。……新たなものを生み出す力。 そう。涼宮ハルヒほどではないにしても、人間は新たなものを生み出す力を持っている。その力は単独では微々たるものだが、集団となり、力を合わせることで大きくなる。 それでは情報統合思念体はどうだろうかと考えたところで、わたしも眠くなった。もう寝よう。 「おやすみなさい……」 わたしは彼女の額……ではなく唇に、そっと口付けをした。 おやすみなさい、涼宮ハルヒ。わたしの大好きな人。 その夜、わたしは夢を見た。 夢とは、活動時間に得た情報、『記憶』を整理統合するために睡眠中に起きる脳の生理現象。 わたしは端末であって厳密な意味では生命体ではないので、本来は夢を見ることはない。情報はすべて情報統合思念体側に送られ、処理されるので、端末側で情報を整理する必要がないから。 しかしわたしは、今は情報統合思念体との接続を余り行っていない。そのため、端末側で情報を整理統合する処理が必要となり、結果、夢を見るようになった。 それは人間が見る夢と同じで、脈絡などを無視した意味不明な映像として認識されることが多い。そして多くの場合、目覚めたときには内容は覚えていない。せっかく情報を整理したのに、その途中経過をいつまでも記憶していては意味がないから。 しかし物事には例外が付き物で、たまにではあるが、起きてからも夢の内容を鮮明に記憶していたり、夢で見た内容が現実に発生したりする。それもまた人間と同じだった。ちなみに、こうした性質は人間にとって、夢に対する好奇心を掻き立てるものとなっている。 この時わたしが見た夢も、そんな鮮明に記憶している夢の類だった。夢の内容は長くなるので割愛する。機会があれば、別途報告することにする。 翌朝。光が動く気配で目が覚めた。わたしは目を開ける。視界を彼女の顔が埋めていた。彼女と目が合う。 「!?」 彼女は驚愕した顔で、慌ててわたしから顔を離した。見る見る顔が真っ赤に染まっていく。唇に暖かい湿った感触が残っている。わたしは、彼女が何をしていたのか理解した。 「お、おはよっ! 有希!」 「…………」 わたしはゆっくりと体を起こす。 「あふ……」 あくびが出た。彼女になら、この姿を見せても良いと感じているのだろう。 「うっは……有希のあくび、めちゃめちゃ可愛い……寝顔もえらい可愛かったし……」 【うっは……有希のあくび、めちゃ可愛い……寝顔もえらい可愛かったし……】 「寝顔を見ていたの。」 「!? え、あ、う……し、しゃーないやんかっ! 起きたら有希はまだ寝てたし! 寝顔がめちゃめちゃ可愛くて、その、つい見とれてたら、思わずチュッ! て……」 【!? え、あ、う……し、しょうがないじゃない! 起きたら有希はまだ寝てたし! 寝顔がめちゃ可愛くて、その、つい見とれてたら、思わずチュッ! て……】 「キスもしたの。」 「うわわわわ! そ、それは言葉のあやで、その、決してやましいことは……」 しどろもどろになる彼女。たまに見られるが、珍しい部類に入る。その原因がわたしであることに、少しおかしさを感じた。 そしてわたしは、ふと、いたずら的なことを思いついた。わたしも変わったものだと思う。わたしは、まるで朝比奈みくるのようにおろおろあたふたしている彼女に顔を寄せる。 「!? ゆ、有希?」 ちゅっ。 わたしは彼女の唇に口付けをした。彼女は首まで真っ赤にした。 「おはよう、ハルヒ。」 「!?」 「あんたも、めっちゃ可愛いで。」 【あんたも、めちゃ可愛いわよ。】 「!?!?」 彼女は、照れと驚愕と愕然とが入り混じった複雑な表情で、顔を真っ赤に染めていた。 「っ、くは……心臓が止まるか思(おも)た……」 【っ、くは……心臓が止まるかと思った……】 彼女は荒い息を整えながら、 「今、『ハルヒ』って……それに、その言葉遣い……」 「あなたにだけ。」 わたしは答える。 「たまになら、ハルヒにだけ、見せたってもええわ。」 【たまになら、ハルヒにだけ、見せたげても良いわ。】 わたしは微笑みながら……そう、『微笑みながら』言った。 「ハルヒは、わたしの特別な人やから。」 【ハルヒは、わたしの特別な人だから。】 彼女はびくんと体を震わせた。 「有希……その顔でその台詞、反則……雷に打たれたかと思(おも)たわ……」 【有希……その顔でその台詞、反則……雷に打たれたかと思ったわ……】 「そう?」 「あーもう! 嬉しいこと言ってくれるやないの!!」 【あーもう! 嬉しいこと言ってくれるじゃないの!!】 彼女が抱きつき、そのままわたしは押し倒される。 「朝から……けだもの。」 「ちゃ、違(ちゃ)うっ! 朝は普通にいちゃいちゃするだけ!!」 【ち、違うっ! 朝は普通にいちゃいちゃするだけ!!】 「……どのくらい?」 「18禁にならへん程度にっ!」 【18禁にならない程度にっ!】 「やっぱりけだもの……」 わたしの口は、彼女の口で塞がれた。舌も挿入され、口の中を蹂躙される。朝から濃厚。 『あふっ……んむっ……』 しばらくして、彼女が唇を離した。二人の唇の間にきらきら光る糸が引いていた。 「朝は……静かに抱き合っていたい気分。だめ?」 わたしは彼女の顔を上目遣いで見上げながら言った。 「有希、その体勢でその仕草で頼みごとしたら、逆効果やで?」 【有希、その体勢でその仕草で頼みごとしたら、逆効果よ?】 彼女は怪しい笑みを浮かべながら言った。 「そんな可愛くおねだりされたら、またあたしに火ぃ付いてまうやんかー♪」 【そんな可愛くおねだりされたら、またあたしに火が付いちゃうじゃない♪】 わたしは彼女に抱きすくめられる。 「でも、まあ……今はあたしも、ゆっくり抱き合いたい気分かな? でも、キスまではええやんな?」 【でも、まあ……今はあたしも、ゆっくり抱き合いたい気分かな? でも、キスまでは良いわよね?】 「キスは、いい。わたしもしたい。」 今日は土曜日。最近、不思議探索は休止中。時間はいくらでもある。 わたしは、休日の朝の心地よさと、抱き締め合った彼女の暖かさに身を委ねることにした。 『幸せ』 人間の言葉で表現するなら、この言葉がもっともふさわしいと思った。 「だいすき。」 「あたしもや……」 【あたしもよ……】 お互いの耳元で囁きあう。本当にしあわせ。 窓からは、爽やかな朝日が差し込んでいた。わたし達の行為とは正反対なほど爽やかな朝だった。 『今日は何をしようか』 彼女を抱き締め、彼女に抱き締められる幸せを感じながら、わたしはぼんやりと、そんなことを考えていた。 【追加報告:Extra.3 長門有希の夢想】 ←Report.06|目次|Report.08→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5234.html
四 章 電話を切ってベンチから立ち上がり、軽いめまいに似た妙な達成感に浸っているところで携帯がブルブル震えた。ハルヒに電話するのをすっかり忘れていた。 『キョン、ずっと話中だったけどどうしたの』 「ああ、中河と話してた」 ハルヒはクククと漏らすような笑い声を出しながら、 『で、で、ひとりの女をめぐって男同士のケリをつけたのね?』 「別に決闘を申し込んだわけじゃないさ。あいつは知らなかったんだよ、俺と長門が付き合ってることを」 『へー。世の中にはあんたより鈍い男がいるのね、見直したわ』 それは褒めてんのかけなしてんのかどっちなんだ。 「長門と一緒に会社経営したかったんだとさ。昔と変わらず熱に浮かされてるっていうか夢見がちっていうかな」 『前言撤回、中河さんはあんたよりずっと情熱的だわ。好きな人と仲むずまじく会社を運営していくなんてロマンがあるじゃないの』 冷めてて悪かったな。俺のロマンスは爬虫類並みの体温かもしれんが、あんなゴジラ級アメフト野郎のどこがいいのか教えてくれ。 「買収の話はあきらめるらしい」 『そう。まあ有希が乗り気じゃないみたいだし』 「買収はきれいごとだけじゃないからな。SOS団が汚い金にまみれるのは俺も見たくない」 『そうね。これで反対票が二人になったわね、あたしも考え直すわ』 収入のほとんどを長門テクノロジーに頼っている我が社の状況から言えばあいつの票は俺の三人分くらいは裕にあると思うが、しがらみってやつを好きになれないのはハルヒも同じだと思う。 『それで有希はどうしたのよ、あんたちゃんと謝ったの?』 「ああ、ずっと喜緑さんちにいるらしいんだが、会ってはくれなかった」 『やっぱりね。有希はあんたにかなりがっかりしてるわよ』 俺ばかり責めないでくれ。 『あんたがどうでもいい態度を取るから悪いんでしょ、自覚しなさいよね』 「それは十分分かったから。ここんとこ胃がキリキリ痛んでつらいんだからな」 『あんたにはちょうどいい薬よ』 ハルヒは笑った。俺の性格にまともに効く薬があったら一ダースでも欲しいもんだ。ハルヒは自分がシアワセなもんだから、余裕で他人の恋愛を批評しやがる。 ハルヒが俺の手を離れたことは俺にとっちゃ万歳三唱でも脱帽旗振れでもするところなのだが、長門がもし俺の前から消えてしまったらどうなる?俺のことを三年プラス五年も待ちつづけてくれた長門有希が、とうとう愛想を尽かしてしまったらどうするんだ?あいつにとっちゃゆるやかな恋愛のほうがいいだなんて、実は自分に都合のいいように解釈してただけじゃないのか。あいつの本当の願望が何なのかすら、いまだに分かってないのに。 「いいや、それは違うぞ」 自分で自分に説教するなんてのは誰もやらんだろうが、ボソリと口をついて出た。あいつのことは分からなくてもいいんだ。分かっていなくても俺はあいつを手放したくない。独りにしてはいけないのは長門じゃなくて、俺が独りになりたくないんだ。 自分が何が欲しいのかやっと分かった。もう前借りでもローンでもなんでもいい、今すぐダイヤの指輪が欲しい。 『なにが違うってのよ』 「なんでもない今のは独り言だ。ハルヒ、ちょっと今から会えないか」 『何言ってんの、もうお酒飲んでしまったわよ』 「相談したいことがある」 『もう、めんどくさいったらないわね。車で迎えに来なさい』 俺の思いつめた声で雰囲気を察したのか、ハルヒはそれ以上は怒らなかった。 そこから一度自宅に戻り、車のキーを取ってまた出かけた。ハルヒのアパートの前で車を止めてクラクションを鳴らすと、ドアが開いてブラウスに膝までのジーンズに雪駄履きのハルヒが出てきた。なんて格好してんだ。 「いい?あんたのおごりだからね」 分かったから、とりあえず乗れ。 「ちょっと相談があるんだが」 「なによ、できることとできないことがあるけど」 「こんなときになんだが、退職金を前借りできないか」 「はぁ?そういう話は職場でしなさいよね」 近場の喫茶店に入った。酒場でもよかったんだが、どうもこういう話をするのに酒を飲むのは不謹慎な気がしてな。 「それで、なんでそんな急にお金が必要なのよ」 「長門にプロポーズしようかと思うんだが」 こいつとの付き合いも長いが、相談ごとを持ちかけるのははじめてかもしれない。それも結婚の相談と来た日にゃ、俺もかなり思いつめているということだな。 「そう。有希にもとうとう春が来たのね……。今まで努力した甲斐があったわ」 ハルヒが目頭をおさえて……口元はニヤニヤ笑っていた。お前がなにをどう努力したんだ。 「なに言ってんの、あたしはこれでも団員のシアワセのために尽くしてきたんだからね」 「じゃあその、団員のシアワセためにボーナスを前借りさせてくれ」 「取締役にボーナスはないでしょ。あんた、貯金いくらあんの」 「三十万、くらいしか」 「あたしが五十万カンパするから、それでエンゲージリングを買いなさい」 「それはありがたいんだが、カンパじゃなくて貸すってことにしてくれ」 ハルヒにお恵みを受けるなんて夜眠れなくなる。 「いいわ、催促はしないから。キヒヒヒ」 なんだその不吉な笑いは。これでまたハルヒに弱みを握られてしまうかと思うとため息のひとつも漏れそうだが、まあ弱みのストックはまだあるわけでひとつくらい増えたところで変わりはしないだろう。 「サイズは分かってんの?」 「ああ、九号だ。前にイエロートパーズをやった」 「じゃあついでにマリッジリングも買いなさい」 「それはまだ早いだろ。そんとき長門とジュエリーショップに行くほうがいい」 「そう、じゃあそれでもいいわ。問題は明日中にサイズを揃えてくれる店があるかどうかね」 「明日って、いくらなんでも急すぎんだろ」 「あんたはモチベーションが下がるのが早いから、思い立ったらすぐやんなさい」 高モチベーションだけで生きてるお前に言われちゃ、グウの音も出ないよ。 「ともかく、店のほうはあたしが手配するから、貯金降ろしておきなさい」 「現金でか」なぜか所はばかるように声を潜めて言った。 「あったりまえじゃないの。あたしたちの就業年数で八十万をカード決済できるわけないでしょ。即金で買いなさい」 明日、現ナマで三十万を持ち歩くのか。ボディガード付けたほうがいいんじゃないのか。 翌朝、長門から休むと連絡があった。長門から直接ではなく喜緑さんからだった。あいつこのままやめるつもりじゃあるまいな。まあ待ってろ、今日はなんとしてでも会いに行く。一軒ずつドアを叩いてでもな。 ハルヒが指輪の手配は任せろというから情報戦でも仕掛けるのかと思っていたが、なんのことはない、手当たり次第に電話をかけまくっているだけだった。 「もしもし、予算八十万くらいで九号のサイズのダイヤの指輪在庫ある?ない?あっそう分かった」ガチャン。 「ええと次はっと」 分厚いイエローページをめくって一軒ずつシラミつぶしらしい。 「僕も手伝いますよ。こういう手配ならお手の物です」 「さっすがはあたしの古泉くん、頼りになるわ」 「涼宮さんのためなら、たとえ火の中、水の中」 ハルヒは古泉のほっぺたにチュと音を立ててキスをした。やれやれ、お熱いことで。本当に溶鉱炉の中にでも突っ込んでもらいたいところだ。 古泉が携帯電話で誰かに問い合わせ、たぶん機関のお抱えの宝石商かなんかだろうが、朗報を伝えてきた。 「夕方までにならなんとかサイズ調整するそうですが、どうします?見てみますか」 「時間が惜しいわ。数点をデジカメで撮ってメールしてもらって」 「かしこまりました」 数分後、古泉宛にメールが送られてきた。 「これ、これにしなさいキョン。ピンク系のダイヤ」 知らなかった、透明だと思ってたダイヤにもほんのりだが色がついてたんだな。 「なんだかインスタントすぎないか。もっとゆっくり品定めしたかったんだが」 「今まで十分に時間があったのに、さぼってたあんたが悪いんでしょ」 「分かってるって。まあ、俺はいいんだが指にはめるのは長門だからな」 「好きな人からもらえるならなんでもいいのよ。ダイヤなんてただの炭素の塊だわ」 それを言っちゃおしまいだろうが。鉛筆の芯でも指に載せてろってのかよ。 結局その、ハルヒのお気に入りというダイヤを頼むことにした。 「手配できました。細工が済んだら連絡をくれるそうです」 「キョンいいわね?連絡が来たらダッシュで受け取りに行くから、二十四時間体勢で待機してるのよ」 はいはい。まるで自分のプロポーズみたいじゃないか。古泉を見ると細い目で俺たちを見て笑っている。余裕かましてるなこいつ、明日はお前の身に降りかかることかもしれんぞ。 「僕はちゃんと計画性を持って行動していますからね」 いまいましい、ああいまいましい。 夕方五時ごろ、古泉の携帯が振動した。俺とハルヒはビクッと飛び上がった。 「すいません、間違い電話でした」 なにやってんだ俺たち。結局店から電話があったのは六時過ぎてからだった。 「そろそろ出かけましょう。用意はよろしいですか?」 「ラジャ」 「らぢゃ!」 なぜか意味もなく敬礼などしている俺たちである。ハルヒも楽しいのは分かるがそこまで付き合わなくてもいいのに。古泉のBMWに飛び乗り隣の街まで高速を飛ばした。 ジュエリーショップなど滅多に来るもんじゃないんだが、というよりはじめてだな。前に長門に指輪を買ってやったときにはネット通販で選んだからな。 店員が白いジュエリーケースをうやうやしくトレイに乗せて持ってきた。ふつうより大きめの、タバコの箱くらいのサイズだった。うやうやしくフタを開けるとまわりにぱっと光が散った。手をかざすとダイヤから放たれた光の点々が映っている。これは美しい。 ダイヤの光の屈折の角度を計算して面を作ったとかいう、確かええっと、 「ブリリアントカットですね」 「今そう言おうとしてたんだよ」 カットした面が五十八面あるというこの輝きは確かにきれいだ。本物を手にしたのははじめてな気がする。おふくろが持っているのは知っていたが、一度も触らせてくれなかった。 「なかなかいいじゃないの」 「このランクにしてはかなりお買い得ですね」 「注文したのって指輪だけだよな。このイヤリングはなんだ?」 ジュエリーケースにはひとつの大きな点と二つの小さな点が光っていた。 「ああ、それはさる方からの贈り物です」 「俺がいくら動物が好きだからって猿からもらうわけにはいかんぞ」 「指輪とイヤリングのセットをプレゼントすると、長門さんに約束したのでしょう?」 華麗にボケてみせたのにスルーしやがったなこいつ。それになんであのときの会話を知ってんだ、と怪訝な顔をして見せたらハルヒがニヤリと笑っていた。情報漏れはこいつか。 「鶴屋さんからのプレゼント、ということにでもしておきましょうか」 なるほど、出所は機関ってことか。また借りができてしまった。 「ではお会計を」 現金で札束を見せても店員は驚いた様子はなく、丁寧に二度数えていた。即金で買う客って俺たち以外にもいるのか。 「稀にですが、いるらしいですよ」 「ふつうはローンとか銀行振込だとかだと思ってたが」 「まあ宝石を買うような金額を生で持ち歩くのは危険ですからね。月賦や金利なしボーナス一括払いなどのほうが多いでしょう。ブライダル専用ローンなどもあります」 どっちが店員か分からんような営業スマイルで解説する古泉は、すぐにでも宝石商に転職できそうだった。 「それからこれは、涼宮さんに」 古泉は店員から小さなケースを受け取り、ハルヒに差し出した。 「まあっ」 ハルヒの目が少女漫画のようにキラキラと輝いた。 「急なので、指輪ではありませんが」 箱を開けると薄紫色のピアスが入っていた。古泉はピアスをハルヒの耳につけてやり、鏡を見せた。 「あたしたちの記念の石、アメジストね。すてきだわ、古泉くん」 さっき宝石なんてただの石だとか言ってなかったか。 「なに言ってるの、こういうのは気持ちなのよ。この石には愛がこもってるの」 その言い方、俺のダイヤにはなにも詰まってないみたいじゃないか。などと鬱っぽく突っ込んでる場合ではない。俺はダイヤの指輪が入ったジュエリーケースを握り締めた。今日、これを長門の薬指にはめてやる。カナヅチで叩き込んででもはめてやる。 「さあっ、もたもたしてないで戦場へ行くわよ」 ハルヒの号令一過、ジュエリーショップを飛び出して今にも駐車違反の切符を切られそうな古泉の車に乗った。 長門のマンションの前で車が止まった。 「あたしたちは駐車場で待ってるわね。すぐ結果を知りたいから」 「分かった。とりあえず行ってくる」 「何度も言うと重みがなくなりそうですが、今度こそ幸運を」 「おう、ありがとよ」 窓から伸びた古泉の手のひらをパシリと叩いた。 入り口の前で七〇八を押してみるが、やっぱり出ない。まだ帰ってないのか。俺は四桁の解除キーを押して中に入った。 ドアの前に昨日残して帰った花束がまだ置かれたままだった。あれからまだ帰ってきてないらしい。もし帰ってるならこんなところに花を放置したりするはずがない。せっかく鶴屋さんパワーが注入された花も一日放置されたとあってはつらかったようで少し萎びていた。 俺はハルヒに電話をかけた。 「いないようだからここで待ってみる。お前たち帰ってていいぞ」 『分かったわ。あとでちゃんと連絡するのよ』 「おう。振られてもここから飛び降りる前には電話を入れる」 『なに縁起でもないこと言ってんのバカ!』 怒鳴られて耳がキンキンしたが、俺にも寒い冗談を言えるだけの余裕が出てきたってことだ。これもハルヒパワーの恩恵か。 ドアの前でじっと待ってると管理人室に通報されそうなので、長門から借りていた合鍵で部屋に入った。当然ながら電気はついておらず、換気されていない空気が淀んでいた。 長門のいない長門空間。問題が起こるたびに、ここに来ればなんとかなった安心の場所。元々静かな部屋だが主が居ない今は静かというより無音だった。ここには長門の無言もない。ページをめくる音もない。静かな吐息もない。俺を見つめる瞳の瞬きすらない。時間すらも止まっているように感じた。 俺は部屋の電灯を付け、手に持っていた花束の重さを思い出してキッチンへ行った。リボンと包みを解き、全体に水をまぶした。空いてる花瓶がないのでパスタ入れを洗って花瓶代わりにした。萎れた花には水に砂糖を入れるといいと誰かが言っていたのを思い出し、調味料入れの砂糖を少しだけ水に落とした。 バラを挿し真中に背の高い花を立ててまわりにカスミ草を挿した。俺が花を活けるなんて今までにあっただろうかね? 俺は喜緑さんに電話をかけた。 「どうも、キョンです」 『お疲れさま、長門さんはまだこっちにいるんです』 「伝えてもらっていいですか、帰ってくるまで長門の部屋で待っている、と」 喜緑さんは少し考え、『分かりましたわ』と言った。『でも、無理しないでくださいね』とも言った。 俺は蛍光灯が寒々しく部屋を照らす下でテーブルの前にぽつりと座り、じっと待ち続けた。ポケットからジュエリーケースを取り出して、ため息をついては開け、中身を見て閉じ、またポケットにしまうということを何度か繰り返した。 時計の針が八時を回った。長門はなかなか帰ってこない。もしかしたら今日も喜緑さんの部屋に泊まるつもりなのかな。俺はまたポケットからジュエリーケースを取り出そうとして、これが何度目かを数えてやめた。こんなことならもっと前に、大学時代にでもあいつと結婚しとくんだった。ガラじゃないが駆け落ちの末に学生結婚でもすればよかったんだ。長門と付き合いだしてからまさかこういう未来が俺の行く先にあるんだとは微塵も考えていなかった。 今日だけで数年分のため息をついたかもしれないが、またため息をつき、テーブルに突っ伏した。 「疲れた……」 そう呟いた。 長門は公園にいた。 なにを探すでもなく、なにを見るでもなく、ただじっと立ち尽くしていた。 両手のひらを、なにかをすくい上げるように、ゆっくりと上に向けた。 やがて静かに、まわりに、白い綿の切片が舞い降りた。 小さな手のひらの上で、舞い降りては消えるそれをじっと見ていた。 消えたそれは小さな水の玉になり、降りてくるのと同じ静けさで滴り落ちた。 顔を上げ、こっちに向かってゆるやかに手を振った。 長門の唇が、五文字の言葉を呟いた。 そして長門はゆっくりと消えた。 物音で目が覚めた。ドアを開ける音だ。誰かが靴を脱いで入ってくる音がした。 「……」 立ったまま、じっとこっちを見ていた。 「な、長門。おかえり」 「……ただいま」 返事だけはしてくれた。こないだ俺をひっぱたいたときのような、なにかを言わんとする真剣な表情は消えていた。少し落ち着いたようだ。 「あ、あのときはすまん。俺は完全に動転していた」 「……」 長門は何も言わなかった。俺がパスタ入れに活けた花をチラリと見た。 「中河に嫉妬していたんだと思う」 言い訳にしては聞こえがいいが、ほんとはそれだけじゃない。 長門は、少しだけ首をかしげて俺を見た。 「……なぜ、泣いてるの」 「え?」 俺は頬の皮膚がやたら突っ張るのに気が付いた。泣いてたのか俺。 「ああ、さっきうたた寝していた。お前の夢を見た」 「……」 俺は顔を洗いにシンクに行こうかと思ったが改めて座りなおした。言うべきことを言うまではここを動かないぞ。 長門はキッチンに行った。お茶を入れる音が聞こえてきた。俺はネクタイを整えフローリングに正座した。背筋を伸ばしてごくりと唾を飲み込んだ。口の中がカラカラに乾いている。 長門が現れた。まっすぐにその瞳を見据えて……、そのはずが、視線が揺れてどこを見ているのか自分でも分からなくなった。 「な、長門、俺と結婚してくれないか」 長門は一瞬、湯飲みを載せたお盆を落としそうになった。 「……結婚」 その言葉を噛んで含めるように発音した。その意味を探っているようだった。 「婚姻関係、一対一の男性と女性による法的な関係。財産、生殖、子供の親権などを共有する。通常、生涯連れ添うとされる」 「そうだな。当たってる」 「……」 「ここ数日お前との距離が開いて、やっと分かったんだ。お前と一緒にいたい。この先もずっとな」 ── 長門、お前とは長い付き合いだ。ハルヒのドタバタのフォローに駆けずり回ったり、とち狂った急進派に命を狙われたり、未来に行ったり過去に行ったり、時間にすりゃ何万年か何億年か分からないがそりゃもういろんなことがあったさ。なにかあるたびにお前に助けられてきた俺だが、お前は愚痴ひとつ言わず、なんの見返りも求めなかった。そんなお前のために俺ができるのは、いっしょにいてやれることくらいしかない。あと五十年か六十年かは分からないが、こんなドタバタが続いてもいい、残りの人生をお前と過ごしたい。毎朝目が覚めて、最初に見たいのはお前の顔だ。 俺はポケットからジュエリーケースを取り出し、長門の目の前でフタを開いた。 「受け取ってくれるか」 「……ダイヤモンド。炭素の純結晶体。地球上の物質でもっとも固いとされる。これは……かなり高価」 いつになく饒舌だな。化学の授業はいいから。 「……分かった。承諾する」長門はうなずいた。 そ、それだけでいいのか?もっとこう、“ほんとにあたしでいいのっ?”、“ああ、世界中どこを探してもお前しかいないさっ”とかいう感動的なセリフはないのか。せめて目を潤ませて笑顔のままキラキラと輝いてみせるとか、いや、俺はメロドラマの見すぎだな。 「よかった。断られたらどうしようかと思った」 「……わたしの答えは、ひとつしかない」」 俺は一気に緊張が崩れ、脱力系のため息と笑いに誘われた。 長門らしいといえば長門らしい返事だが、濃厚な感慨にふけりたいところなのにあっさり味過ぎてレッドペッパーとかレモン果汁を振り掛けたくなるようなプロポーズだった。しかしまあ、女の子の気持ちに鈍い俺とあまり感情を露にしない奥ゆかしい長門にすれば、これがこの二人に似合った運命の瞬間なのだろうね。 長門は指輪をつまんで眺めていた。俺はそれを左の薬指にはめてやる。細い指の上で透明の石が八方に光を放った。 「……これの意味は、なに」 「これはだな、自分には近々婚姻届を出す予定の人がいる、という意味だと思う」 「……把握した」 長門は何を思ったか、ごそごそとノートパソコンを取り出してACアダプタを繋いだ。 「なにをするんだ?」 気が早いが結婚式場でも調べるのか。 「……住基ネットに侵入する。あなたとわたしの戸籍データベースを改竄する」 「ま、待て待て」俺は笑いながら制した。「そういうことじゃなくてだな、もっとちゃんとした手順でやりたいんだ」 「……わたしには、まだ戸籍がない」 「そうだったのか」 考えてみれば、長門には出生届も国民健康保険もないだろう。長いこと一般市民として暮らしているヒューマノイドなのに、その人口にカウントされていないなんて意外だった。 長門はいつものように真っ暗なコマンドプロンプトを開き、呪文のようにやたら長いコマンドをパタパタと入力していた。カーソルがぴこぴこ点滅していたかと思うと、あっという間に大量の数字と記号の羅列が流れ始めた。 「……侵入コードを解析。暗号化ロジック解析、完了。……住民基本台帳データベースにアクセスした」 長門の指はかつてコンピ研と一戦を交えたときより高速に往復していた。長門の手にかかれば住基ネットのハッキングなんてちょろいもんだな。 「……わたしの戸籍謄本を偽造し、あなたとの婚姻関係を記録する。さらにあなたの戸籍謄本、住民票にも手を加える」 そこで指が止まった。俺をじっと見つめる黒い瞳。俺の脳内では曲名すらよく分からない交響曲が大音響で鳴り響いていた。 「……許可を」 その表情を見て俺はハッとした。長門がはじめてみせる満面の笑顔。俺には光輝いて見えた。もしかしたらこれが、長門、これがお前の待っていた奇蹟なのか。 「よし、やっちまえ」 「……そ」 賽は投げられた。二人はいまここに、正式に結婚した。 ほんとは二人で婚姻届を出したかったんだが、まあこういうのも長門流か。 『なにやってたのよアホキョン!携帯の前でずっと待ってたのにぃ』 十一時を回ってハルヒから電話がかかってきた。 「すまんすまん。つい甘いムードになっちまって。長門にかわるよ」 『有希、元気?鈍いバカキョンのせいで辛かったでしょう?』 「……彼と結婚する」 『ほんとにキョンでいいの?なんならもっといい男紹介するわよ』 やっと丸く収まりそうなのになんてこと言い出すんだ。長門は俺を見て、ひとことだけ言った。 「……彼がいい」 『妬けるわ。まあ、あんたが選んだのなら、相手が誰であろうと応援するから』 「……ありがとう」 『ただし、もし飽きたら代わりはいくらでもいるんだからね』 「……分かった」 おいおい、ほんとに分かったのか。俺の代わりっていったい誰がいるんだ。 「ということなんで、古泉にもよろしく伝えといてくれ」 『スピーカーモードで聞いてるわよ』 古泉の、ご婚約おめでとうございますという声が聞こえた。 電話を切って、俺はしばらく長門を抱いていた。イヤリングのことを思い出しケースから取り出して柔らかい耳たぶにつけてやった。襟元に光る点を落としてキラキラと小さく揺れている。長門は薬指の上に乗った石をじっと見つめていた。俺もそんな長門をじっと見つめていた。もう言葉なんていらない気がする。 「……ひとつ、教えて」 「なんだ?」 「……わたしと結婚しようと決めた、その動機」 「それは、なんというかだな、」 そこで口ごもった。俺はたいていの場合、誰かに背中をせっつかれるとかケツを蹴り上げられるとか、外圧でどうしても動かざるを得ないようになってはじめてコトを決める性質なのだが、長門にもそれが分かってるようで、俺がなぜ自発的に重大な決定をしたのか不思議に思ったのだろう。 「ややこしくてどう説明すればいいのか分からんのだが、」 俺はポケットから写真を取り出した。長門はそこに写っている中河と自分の姿を見て首をかしげた。 「……この写真を撮ったときの記憶がない」 「これはお前じゃない。信じられないかもしれんが、別世界のお前に会ったんだ」 「……異次元同位体?」 「そういうのとはちょっと違う気がするな。向こうのお前は中河と婚約しててな、なんというか、実に幸せそうだった」 ずっと俺を待っていたことは言えなかった。 「……そう。わたしには考えられない」 「俺もまあ気持ちは複雑だったけどな。あいつにはあいつの人生があって俺の出る幕なんかじゃない、俺には俺の長門がいるって思ったんだ」 「……」 「俺の長門を幸せにできるのは俺しかいない。そう思った」 「……そう。嬉しい」 「正直言うと、二人も中河に取られてたまるかって感じだったんだが」 ガラにもなくかっこつけて汗をかいている俺を見て、長門は微笑んだ。 急にまじめな顔になり、 「……わたしも、異世界のあなたを知っている」 「異世界の俺?どこにいるんだそいつ」 「……物理的な位置を示すことはできない」 「紙の表と裏の間だよな。どんなやつなんだ?」 「……あなたとほとんど変わらない」 「やっぱりお前といるのか」 「……わたしではない別の女性と一緒にいる」 「その女って誰だ?」 「……」 長門はなにも言わず、少しだけ寂しそうな表情をした。それはもしかしたらハルヒなのかもしれないし、俺の知らない別の誰かかもしれない。異世界の俺ってやつが俺と同じ性格を持っているんだとしても、人ってのはひとりで生きてるわけじゃない。誰と誰が出会うかはまったく予想できないわけで、たぶんそうやって歴史も世界も変わっていくのだろう。 メガネをかけた長門のことを思い出すと今でも寂しい気持ちは起こるが、あいつのおかげで俺自身がなにをするべきかを知ることができた。そのことを、向こうの長門には感謝するべきだろう。そうじゃないか? 喜緑さんのことを思い出して俺はふと疑問が浮かんだ。 「情報統合思念体はどう思ってるんだろうか」 「……これが涼宮ハルヒにどう影響を与えるかを検討している」 「お前自身の意思については?」 「……尊重するか、任務を優先させるか、それも検討している」 「相変わらず勝手なやつらだな」 「……しょうがない。彼らの意思は集合の総意」 「よく分からん。俺があいつらと直接話はできないのか」 「それは……難しい。あなたは概念での会話を理解できない」 「それもそうだな。いやまあ、ふつう結婚するときは相手の両親なり後見人なりに挨拶をするものなんだが」 「……わたしを通して伝えることは可能」 「じゃあ、長門と人生の時間を共有したい、と伝えてくれ」 「……分かった。伝える」 長門は部屋の宙をぼんやりと見つめる。 「……我々とは時間の概念が異なるが、あなた自身の自時間でいいか、と聞いている」 「それでいいさ」 「あなたが年老いて寿命を全うしたとしても、長門有希の存在は永世残るがそれでもいいか」 「そうなのか……」 考えてもみなかった。長門は俺が生まれる前から情報統合思念体にいる。俺が死んでからもたぶん存在し続ける。情報生命体から見た有機生命体の寿命は、たぶんカゲロウくらいのもんだろう。 俺はまじまじと長門を見た。 「長門は俺が死んだらどうするんだ?俺は人間だ。いつ事故が起こらないともかぎらん」 「あなたが自時間を終えても、わたしは残る」 「そうだよな。旦那が先に死んで未亡人になるようなものだな」 「……あなたが死んでも、わたしの中に残る」 「そうか。じゃあ質問への答えはこうだ、それでいい」 長門は俺の首に腕を回して抱きついた。 「……伝えた」その声はどことなく頼りなかった。 俺も長門も、二人の存在があまりに違いすぎることに、いまさらながらに気が付いたようだった。 翌朝、俺はハルヒのニヤニヤに遭遇しないうちに古泉を捕まえて男子トイレに引っ張っていった。 「古泉、ちょっと相談があってな」 「なんなりと」 「昨日、長門と入籍した」 「婚約の間違いですか?」 「いや、入籍だ」 「まじっすか、失礼。それはまた電撃的ですね」 「大声じゃいえないんだが、住基ネットに入り込んで戸籍を書き換えた」 「なんということ、それは重大な発言ですよ。こともあろうにシステム構築会社のスタッフが官庁のシステムにハッキングだなんて」 「実は長門には正式な戸籍がなくてな。ついでだっていうんで婚姻情報も書き込んでしまった」 「そうだったんですか。長門さんらしいですね。まあ知られなければ構わないでしょう。わが国のセキュリティ事情なんてその程度のもんです」 「さっきと言ってることが違うような気もするが、今のは聞かなかったことにしてくれ」 「分かりました。それで、相談というのは?」 「入籍したはいいが、まだ親に婚約すら話してなくてな。可及的急ぎで結婚式をやらねばならん」 「それは順序が逆というか、また急な話ですね。まあ、なんとかならないこともないでしょうが」 「それで、長門の後見人というか、親族代表を誰かに頼めないだろうか」 「ああ、それならお安い御用です。うちの機関にも長門さんのファンがおりましてね」 「そうだったのか」 「年齢的にも新川あたりがよろしいかと。彼も長門さんの大ファンです」 うーむ。闇の組織に長門の隠れファンがいたなんて、ちょっと不安だ。 「そうだな。新川さんに頼もう」 「承知しました。打診しておきます」 「それからな、これは無理なら断ってもいいんだが」 「水臭いですよ。なんでも言ってください」 「式場がな、図書館がいいと思うんだ」 「中央図書館ですか。面白い試みですね」 「休館日に場所を借りれないかと思ってはいるんだが、どうだろう」 「ほかでもないあなたと長門さんの頼みです。なんとかしますよ」 「無理言ってすまんな」 「こういうことにかけては、うちの機関はお安い御用です」 なんだかSOS団御用達の便利屋稼業をやらせてしまってるような気もするが、スマン幹部、そのうち埋め合わせはする。 「それにしても、あなたがよもや長門さんと結婚されることになるとは。正直驚きました」 「高三の頃から付き合ってたのは知ってるだろう」 「僕が言うのは、宇宙人製アンドロイドと婚姻関係を結ぶということがです」 「俺にとっちゃあいつの素性がなんだろうが関係ないんだ」 「さすがですね。ときに、長門さんのどこがよかったんですか」 「なんというかな。ハルヒはひとりででも勝手に暴走していられるだけのエネルギーがあるが、長門には、ひとりにしてはおけないと思わせるものがあるんだよな」 「長門さんには強力なバックボーンがあるじゃないですか」 「そりゃあ長門には何度も窮地を助けてもらった。だが、完璧を期しているはずのアンドロイドがだ、感情を処理できなくて暴走したり、人間的な自我に目覚めたり、誰かがフォローしてやらないといけない。お前はそうは思わないか?」 「なるほど。もしかしたら、それは彼女の計算の上でのことかもしれませんよ……」 そうなのか……。少し不安になってきた。 「冗談ですよ。彼女はあなたが好きなんです。それは僕にもずっと前から分かっていました」 「どれくらい前から?」 「例の、暴走したときでしょうか。あれはどう考えてもあなたへの熱いメッセージですよ」 やっぱりそうか。俺は少しだけ考え、思い直して言った。 「仮にあいつが計算の上でやったとしてもだな、俺は長門と一緒にいるほうが自分が必要とされていることを感じていられる」 「あなたが言うと実に真に迫ってますね。さすがです」 「お前のほうはどうなんだ?ハルヒとはうまくいってるのか。あれから浮いた話すら聞かないが」 「ええ、おかげさまで僕たちは幸せそのものですよ」 ハルヒと古泉がくっついてからというもの、こいつらが単体でいるのを見たことがなかったな。今すぐにでも同棲しそうな勢いだが。 「僕はそうでもないんですが、どちらかというと涼宮さんのほうが事を急ぎがちといいますか」 「まさか親に引き合わされたんじゃないだろうな」 「実はそのとおりでして」 ハルヒは古泉を連れて親類縁者全員に会わせてまわったらしい。たいていの場合、付き合っている相手を親兄弟に紹介するのはそろそろ結婚してもいいかなという打診も含めてそうするもんなんだが、あの告白の日から舌の根も乾かないうちにハルヒの家に連れて行かれ両親とご対面させられたというのだから、ハルヒという生き物の特性を熟知している古泉でなければとても耐えられんだろう。スーツを着てハルヒの実家に乗り込んでいく古泉に向かって、魔よけの札を貼ってやるとか合掌くらいはしてやればよかったなと思う俺だった。 「ご苦労だったな、緊張したろう」 「いえいえ、それなりに楽しいイベントでした」 こいつの、人生でどんな局面でもスマイルを通せる余裕はいったいどこから来るのか。 「あいつの両親ってどんな人なんだ?」 「いたって真面目なお父様、物静かで温厚なお母様でいらっしゃいますよ。良妻賢母というのはあのような方をいうのですね」 「親父さんのほうが厳しいタイプか。お前を見る目も厳しかったろ」 「いえいえ。ご存知ないかと思いますが、お父様とは以前から知り合いでして」 「なに、機関のコネか」 「ええまあ。あまり大きな声では言えませんが、涼宮さんが手をつけられない状態になったときの保険の意味で、機関では涼宮さんの身内にツテを作っておいたのですよ」 な、なんと用意周到なのだ。 「ときどき野球の試合を見に行ったりしています」 「なんとまあ。元々の知り合いかよ。それなら安心して娘を任せられるってもんだな」 「僕もこういう展開になるとは思ってもみませんでしたが。先方は僕が涼宮さんの会社の取締役になったことを知って、婿候補の期待のようなものはあったらしいですが」 なるほど。向こうは向こうで前から品定めしてたわけか。まあなんにせよ、ハルヒの父親が味方についてくれているのは心強いことだ。外堀から埋めていくとは俺よりずっとハルヒの扱いがうまい気がするぜ。 長門テクノロジーによって唐突に入籍したのはいいのだが、うちの親は露も知らないでいる。二人ともときどきハルヒと遊びに来ていた長門とは遭遇しているはずで、付き合ってることも妹を通じて知ってるはずだった。盆休みに叔母から早く嫁さんを見つけろと言われたばかりなのだが、できるだけ早く今週中にも婚約を周知させなければいけない。いくらなんでも急すぎんだろと自分に突っ込みを入れたいくらいなのだが、すでに入籍という既成事実が発効してしまったので笑うどころではなくなってしまった。 「おやじとおふくろ、ちょっと相談があるんだけど」 「なによキョン、改まって」 「……なんだ」 最初にしておそらく今回きりの出演だが、うちの親である。息子が改まって話をしようとしているにもかかわらずテレビのバラエティ番組なんかに釘付けになっている二人だった。 「ええと実は、唐突だが来月結婚することにした」 あんぐりと口を開けた二つの頭がくるりとこちらを向いた。結納とかもう古臭い習慣はいいからと言おうとしたのだが、息子の結婚します宣言があまりに唐突過ぎたらしく、おやじは呆然としおふくろは泣いて怒った。 「あんたいきなりなに言い出すのよ、心の準備ってもんがあるでしょ!」 この口調、知ってる誰かにすごく似てるな。ネクタイを引っ張られてクビを絞められそうな勢いだ。 「ごめん。ちょっとこみいった事情があってな」 「まさか出来ちゃった婚とかいうんじゃないでしょうね」 違う、断じてそれは違う。長門とはそういうハプニングには至っていない。 「指輪を買うのに金が足りないんだけど少し貸してもらえないかな」 「結婚指輪くらい買ってあげるわよ。この日のために貯金くらいしてあるわ」 いや、自分の結婚のために親のスネかじるのはどうかと思うんだが。まあいつか何かの形で返すことにするか。 「それで、ご両親にはご挨拶に行ったの?」 「いやまだだけど」 「まだって、なに考えてるのあんたは。ちょっとキョンそこに座んなさい」 「さっきから座ってるけど」 「苦労して育てた娘を他所にやるのにまだ挨拶もないなんて、あんた常識でモノを考えなさいよね」 それから一時間ばかし説教された挙句、ともかく先方のご両親と会う席を用意しろと約束させられた。 長門の両親か、困ったな。まさか情報統合思念体を呼び出すわけにもいかんしな。なぜか羽の生えた朝比奈さんの姿が浮かんだが。 「キョンくん、結婚するにも手順ってもんがあるでしょ。まあ相手が有希ちゃんだっていうから驚かないけどね」 妹にまで言われちゃ俺もヤキが回ったな。 「……」 親父はまだ呆然から開放されなくて最後まで黙っていた。その無言、誰かに似てる気がするんだが。 一度長門を晩飯に呼べということになり連れてくることにした。 「長門、結婚指輪を買いに行きたいんだが、いっしょに行くか?」 「……うん」 「その帰りにうちでメシを食いに寄ってもらっていいか。うちの親が会いたいそうだ」 「……分かった」 「ドタバタしててすまんな。ほんとはもっとゆっくり進めたかったんだが」 世間では婚約から結婚式、新居への引越しまでは一年くらいかけるものらしい。俺が言うのもなんだが、気の長い話だな。 「……いい。あなたらしい、やり方」 長門もだんだん俺という生き物が分かってきたようだな。 その週の終わりに、長門を助手席に乗せて古泉の知り合いのジュエリーショップに行った。注文して当日中に婚約指輪を調達するなんて無茶なことをやってのけた店なのだが、そんな芸当が出来るのは機関直営の宝石店だからかもしれんな。もしかしたら多丸さんが直々に経営する店とか。 店に入ると店員が俺の目を見て軽く会釈をした。さすがに顔を覚えられていたようだ。隣にいる長門を見て、この娘さんだったんですね、という感じでニコっとうなずいた。 「あの……今日は結婚指輪を見に、」 堂々と言うのが恥ずかしくて耳元で囁くように言うと、黙ってマリッジリングのショーケースを教えてくれた。ご婚約おめでとうございます!とか大声で叫ばれると覚悟していたのだが俺の誇大妄想だったようで、店員は遠くからそっと二人を見ていて静かに品定めさせてくれた。 白い柔らかな光の下にいろんなデザインのリングが並んでいた。緩くカーブして上から見るとハートになっているやつや、小さなダイヤがリングに沿ってずらりと埋め込まれたやつ、リングの縁に細かい溝が刻まれたやつ、それからエンゲージリングと同じデザインをしていて重ねてはめるやつ。どれもプラチナだが金属なのに温かい感じがする。 「長門、どれがいい?」 いくつかケースから出してもらい試してみていたが、ひとつを手に取った。シンプルな平たいリングに小さなハート型のダイヤがちょこんと埋め込まれたデザインだった。もちろんダイヤがはまっているのはレディスのほうだが。 「いいなこれ」 サイズは九号ではないので少し緩いが長門の細い指にはめてやるといい感じに映えていた。手を握ったり開いたりしながらリングを眺める長門の顔が下からの淡い光に照らされていて、なんとなく花嫁らしい感じがする。 「……これにする」 「すいません、これペアでお願いします」 俺は自分の指輪のサイズなんか知らないので店員に測ってもらった。 「長門、リングの裏に文字を入れてくれるらしいんだがなにを入れてもらおうか」 長門は少し考えてメモ用紙を取り、ボールペンで線画のようなものを走り書きした。ラテン語じゃなさそうだが、あれれ、それってハルヒが校庭に落書きした宇宙文字に似てないか。 店員はメモ用紙を上にしたり横にしたりして、いったいどこの国の文字だろうかとしきりに考え込んでいたのだが、長門がそのままの図案で入れてくれと言ったので注文書の欄にペタと貼り付けていた。文字を上下に分割し、リングを二つ重ねたときに文字が読めるようになっている。気の効いたデザインだ。 前金で払って引き換え証をもらって店を出た。車の中で長門に尋ねた。 「あの文字はどういう意味なんだ?」 「……あの記号にはさまざまな情報が内包されている」 「簡単に言うと?」 「……大まかな意訳をすると、絆」 宇宙文字でいう絆か。なるほど、長門らしい。 自宅のドアを開けて待ち焦がれている俺ファミリーに来客を告げた。なんつーか、あらかじめ彼女として紹介しておけばこんな緊張することもなかったのだろうが、この歳になって初めて女の子を親に紹介するというイベントで妙に照れくさいというか、すでに知られているのに改めて顔合わせをするのが気恥ずかしいというか、俺もヘンなところでシャイなやつだな。 「おーい、帰ったぞ。長門を連れてきたぞ」 「キョンくんおっかえり~、待ってたよ有希ちゃん」 妹が口にアイスをくわえたまま出てきた。いつもは俺が帰ってもにゃあとも言わないシャミセンも、なぜか今日だけは玄関に出迎えていた。こいつも長門のファンだからな。 「長門さん、我が家へようこそ。キョンの母です」 「……ようこそ。父」 居間には、俺の血を分けた、じゃなくて血を分けてもらった二親がまるで雛人形のお雛様お内裏様のようにちょこんと座っている。なにかしこまって正座なんかしてんだ。長門もそれに合わせたのか二人の前に座って三つ指を突き、丁寧に頭を下げて口上を述べた。 「……長門有希。お見知りおきを」 「こ、こたびは当家の息子がお世話に、」 お世話にあいなりそうろう、とか言い出しそうなので俺が割って入った。 「おいおい三人とも、時代劇じゃないんだからもっと軽くやってくれ。ほら親父、ビールだビール」 「あいわかった」 カクンとうなずいて冷蔵庫に向かっている。妙に緊張していてどっちが客なのかわからん。 テーブルで長門が親父にビールを注ぎ、親父が長門にビールを注ぐという奇妙なループを見ながら焼肉を食った。こんな日だ、妹がこっそり飲んでいたのはまあ大目に見てやろう。食いながら長門と話をしていたのはほとんどおふくろで、おやじはたまに会社経営のことを聞いていた。 妹が突然、 「有希ちゃん、どうしてキョンくんに惚れたの?」 などと身も蓋もない質問を浴びせて俺はビールを噴いた。こういう顔合わせではあんまり突っ込んだ恋話はしないもんなんだが。 「……時間軸における因果関係の結果そうなった。通俗的な用語を使用すれば、運命」 「そうなんだあ、赤い糸なんだ。キョンくん聞いた?運命の人だよお」 酔いがまわってるらしく妹は長門のノロケに感動してひとりでキャーキャー言っている。 「二人は付き合ってどれくらいなの?」今度はおふくろだった。 「……六年三ヵ月と十二日、五時間と八分」 「六年前っていうと、ええと、」 「付き合いだしたのは確か高校三年の五月だな」 もしかして長門、付き合っている時間を今もカウントし続けてるのか。あ、もうすぐ九分だ。 「そうなんだ。どういうきっかけだったの?」 「あ、それあたしも聞きたい聞きたい」 「なんつーか、あんときはハルヒが怒ってだなぁ、一時はどうなることかと」 って、それを説明させると夜中になっちまうぞ。 適当にかいつまんで話していると九時を回っていた。長門がそろそろおいとまするというと、おふくろがお約束のごとくに今日は泊まっていきなさいよと引きとめようとした。客布団もあるしそれはそれで悪くはないんだが、長門が猫にエサをやらなくてはならないと言うので俺は酔い覚ましがてら歩いて送っていくことにした。 帰りに玄関灯に背中を照らされながら親父が言った。 「……長門さん。うちの息子、親に似て出来が悪いがよろしくお願いする」 「……分かった。責任を持って承る」 なんだか引き取られてしまった仔猫みたいな気分だが。 五章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2820.html
Report.26 長門有希の報告 観測結果に対する所見を述べる。まず、以下に挿話を示す。 未来からの監視員、朝比奈みくる。 彼女には大変世話になった。多大な迷惑も掛けた。何かお礼をしたいと思った。どうすれば良いか、様々な検討を行う。 その時、わたしの記憶領域に、彼女がお茶を淹れる姿が映し出された。それは、いつもの風景。SOS団の日常。そして、それに見合う、あるものが『連想』された。 わたしは答えを見付けた。わたしはすぐに行動を開始した。 数日後。放課後の部室で、わたしはみくるに、部活後少し残ってほしい旨を書いた栞をそっと渡した。わたしが本を閉じると、それを合図に活動が終了した。着替えるみくるを残して、他の皆は帰途についた。 皆が退室した後、みくるは言った。 「長門さん……『アレ』ですか?」 わたしは首を横に振った。 「ちがう。」 そして彼女の瞳を見つめて言った。 「あなたには大変世話になった。また、多大な迷惑も掛けた。」 彼女は手を振りながら答えた。 「迷惑やなんてそんな。あたしは長門さんを放っとかれへんかっただけですよ?」 【迷惑だなんてそんな。あたしは長門さんを放っとけなかっただけですよ?】 「わたしはあなたに『感謝』している。そして、その気持ちを表したいと思った。」 彼女は少し面食らいながら言った。 「あ、あたしは……長門さんからそんな言葉を聞けただけで十分感動ものです……」 「わたしも、人間に倣って、心ばかりのお礼をしたいと思う。」 わたしは冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた密閉容器を取り出した。彼女にそれを渡す。 「開けてみて。」 中には、半透明のゲルに包まれた、黒っぽい物体。 「これは……葛饅頭?」 「そう。」 それは『和菓子』と呼ばれる食品。 「そうした方が気持ちが伝わると思って、情報統合思念体の支援を受けず、また情報操作を一切行わずに、個体としてのわたしの能力だけで作った。」 彼女は目を大きく見開いて驚いた。 「それってつまり……正真正銘、長門さんの手作り……」 「そう。あなたがいつも淹れてくれるお茶に合うものをと考えた。」 彼女の目が潤みだした。 「余り上手くできていないかもしれない。でも、これがわたしにできる精一杯のお礼。」 「うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……めっちゃ嬉しいです……!」 【うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……すっごく嬉しいです……!】 彼女は感極まって泣き出してしまった。泣くほど喜んでもらえて、わたしもうれしい。 「あなたと一緒に、あなたの淹れてくれたお茶で、わたしが作ったお菓子を食べる。作りながらそんなことを想像して、名状し難い気持ちになった。」 「長門さはぁ――――ん!!」 彼女に思いっきり抱き締められた。 「……日持ちしないので、早めに食べることを推奨する。」 「えぐ……すん……は、はいっ! それじゃ飛びっきり美味しいお茶を淹れますね!」 彼女はいそいそとお茶を入れる準備を始めた。程なくして、部室に甘い緑茶の香りが漂う。 盛り付けはよく分からない。人間の美的感覚は、まだよく分からないから。 「こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からへんし。」 【こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からないし。】 このような和菓子に分類されるお菓子は、『黒文字』という道具を使って食べるものらしいので、それも持参した。 人間の味覚についてはまだ把握し切れていないが、彼女は満足してくれた模様。幸せそうに微笑む彼女。多分、成功。 「お菓子って、ほんまに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んどぉ。」 【お菓子って、ほんとに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んでる。】 それは多分、幸せそうにお菓子を食べるあなたの顔を見ていたから。わたしも釣られて『幸せな気分』になったものと推測される。 わたしは、この行為を選択して良かったと思う。今度は別のお菓子にも挑戦してみたい。 そして今度は……涼宮ハルヒ達も一緒に、SOS団全員で食べたい。わたしの大好きな、『仲間達』と一緒に。 仲間外れは、寂しいから。 一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいから。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、パーソナルネーム長門有希は今、人間の感情を一つ理解した。 この感情を、人間は『愛』と呼ぶのかもしれない。 時に、愛ゆえに、ヒトは苦しまねばならない。 時に、愛ゆえに、ヒトは悲しまねばならない。 そして、その苦しみに、その悲しみに、ヒトは迷い、ヒトは嘆く。 それは情報生命体である情報統合思念体から見れば、理解できない概念だった。そんなに悲しいのなら、そんなに苦しいのなら、『愛』など不要だとしか思えなかったから。 しかし、それは違っていた。 有機生命体であるヒトには、避けられないものがある。それは『生老病死』という言葉に代表される。 ヒトは生まれ、老いてゆく。時には病に伏すこともある。そして誰にでも平等に、死が訪れる。 その限られた時間の中で、ヒトは成長し、繁殖しようとする。また単体では無力でも、団結し、支え合い、助け合うことで、大きな力を発揮する。そしてまた、時には情報伝達の齟齬等により、対立し、破壊し合い、殺し合う事さえある。 それらの相反する要素、矛盾を内包しながら、ヒトは生きてゆく。 わたしはそこに、自律進化の一端を垣間見た。 ヒトの行動には、矛盾が多い。そしてその矛盾は、余り問題視されない。情報統合思念体には、このように矛盾が解決されないまま、清濁併せ呑んでも問題が発生しないという現象は理解し難い。 これは、次のような仕組みになっていた。 すなわち、矛盾をそのまま、とりあえず『あるがまま』に受け入れる。しかし、矛盾は何も問題を発生させないわけではないので、ヒトは苦悩する。そして、矛盾……問題の解決のために、ヒトは『創意工夫』する。 情報統合思念体の流儀なら、矛盾そのものを消去すれば良い。しかし、ヒトの場合はそうは行かない。矛盾が発生したままで、問題だけを発生させないようにしなければならないこともある。そしてその矛盾が更なる矛盾を生み、それらをそのままで、とりあえず機能だけは保つようにすることもある。 このような、情報統合思念体にとっては何の解決にもなっていないような方策でも、ヒトはそれを良しとする。問題の『真の解決』を、後の世代に託して。 これを単なる問題の『先送り』と見做す向きもあり、また、実際そうである場合もある。しかし、単なる先送りに止めず、そこに何らかの工夫の跡、付加価値を付けた場合、それは問題の『改善』として、評価される。『改善』を積み重ねていけば、いずれ問題は『解決』されるから。 そして、そのように問題の『改善』に携わることで、ヒトは大きく成長する。成長したヒトは、また別の問題に対して、更なる改善を加え、成長し、それが繰り返される。このようにして、ヒトは進化してきた。 ここで重要なことは、矛盾を取り合えず受け入れながらも、決してそれをそのままにしようとしないこと。必ず何らかの工夫をする。少しでも問題の解決に近付けようと、努力する。 その努力は、必ず成功するとは限らない。全く無意味であったり、逆効果であったりする。それでもヒトは、努力を止めようとはしない。 失敗をそのままにしたり、そこで何の考察もなく努力を放棄する者は、評価されない。しかし、失敗を糧に新たな工夫をする者、何らかの考察を加えて努力を終了する者は、その過程に対して評価される。 情報統合思念体には、このような概念がない。結果がすべてであり、またそもそも『失敗』もないので『工夫』もない。する必要がないから。そのようにして情報統合思念体は進化してきた。その歴史は、常に『成功』の歴史だった。 しかし、実はその『成功』の連続にこそ、大きな『失敗』の原因が存在していたのではないかと思われる。情報統合思念体には、『失敗』の経験がないので、当然に『工夫』し『克服』したという経験もない。それが、現在の進化の閉塞状況を打開できない原因であると思われる。 進化が行き詰ることは、『大きな失敗』。このような『大きな失敗』を『工夫』して『克服』することは、『小さな失敗』を何一つ経験してこなかった情報統合思念体にとっては、極めて荷が重い。『小さな失敗』を一つ一つ『克服』することで、再発防止を図り、もって『大きな失敗』を未然に防ぐべきだった。 ヒトには『急がば回れ』という格言がある。 『急いでいる時に危険な近道を通ろうとすると、その近道が通行不能になっていたら元の道にまた戻る必要があったり、急いでいるせいで注意力散漫になって転んで怪我をして、歩く速度が遅くなるか歩けなくなったりして、急いでいない時より余計に時間が掛かってしまうことがあるので、安全な回り道を通行することを検討する』ことを意味し、転じて、『急いでいる時ほど、遠回りに思えるような安全な方法を選択した方が、結果的に早く結果が得られる』という意味で用いられる。 これを現在の状況に適用すると、何か不具合がある度に、その都度立ち止まって問題を一つ一つ検討し、工夫する。そうすることで問題を解決に導き、将来の大問題の発生を防ぎ、また大問題が発生した時の対応能力を養うこと。それが、結果的に『大きな失敗』を防ぎ、またたとえ『大きな失敗』を犯しても、適切に対処することができるようになっていたということになる。 だが、それも結果論。今更言っても仕方がないこと。これを教訓として、今後の対策を考えなければならない。 そこで、まずは小さな失敗とその克服を経験する必要があると認められる。いきなり『進化の停滞』という大きな問題ではなくて、もっと小さな、瑣末と思えるような問題から取り組む必要がある。そこから少しずつ、段階的に大きな問題へと進むことが望ましい。小さな『改善』を積み重ね、やがて大きな問題の『解決』に至るという、ヒトと同じ道程を辿る必要がある。 ここで忘れてはならないことは、その道程において、決して自らが優れているとは考えないということ。解決できる、また解決すべき問題の規模に差こそあれ、それを改善し、解決していく行為そのものにとっては、その様な差異は問題ではない。 繰り返しになるが、その様な道程を辿り続けて、ヒトは進化してきた。つまり、ヒトは今までずっとそのようなことをしてきた。この行為においては、ヒトの方が『先輩』にあたる。対して、情報統合思念体は、その行為においては『素人』。全くの『初心者』となる。自らの能力及び扱える情報に限界があることを知り、これまでの『成功』……『昔日の栄光』に囚われることなく、事に当たらなければならない。 もしその作業に失敗するようなことがあれば……情報統合思念体は、その程度の存在でしかなかったと言わざるを得ない。そして同時に、そのような存在に作られたわたしもまた、それ相応の存在でしかなかったということになる。 そのような事態は極めて遺憾であり、そうさせないために、わたし達が作られたものと理解している。 したがって本報告は、単に補助資料としての、『人間』涼宮ハルヒの観測記録に止まらない。本報告から、『進化の道』を導き出せることを願って止まない。 検討の材料は揃っている。 例えば、わたしが暴走し、涼宮ハルヒの能力を盗み出して、情報統合思念体を消滅させて世界を改変した事件について。 なぜわたしが『暴走』に至ったのか。どうすれば暴走しないで済んだのか。当事者であるわたしは、既にある程度考察は進んでいる。 また、例えばなぜ朝倉涼子は、わざわざ『自殺』という形を選んだのか。そのまま有機情報連結を解除されても、『死んで』から有機情報連結を解除されても、結果は変わらないのに。 もちろんこれは、今となっては『情報統合思念体の管轄から外れるため』であると言える。しかし、それならなぜ彼女は、情報統合思念体の管轄から外れる必要があったのか。 そしてまた、例えばなぜ喜緑江美里は、朝倉涼子の行動に協力しているのか。情報統合思念体にとって極めて優秀な端末でありながら、なぜその意に反するような行動をする朝倉涼子に協力しているのか。 それらを創造主である情報統合思念体自身に、よく考えてほしいと思う。自らが作り出したものについてさえよく理解できないようならば、もはや自分達に未来はないものと思って、真剣に考えてほしい。 なお、理解の助けとして自ら『肉体を纏った状態』を体験することは、非常に有効であると思われる。本報告は、肉体を持ったわたしを通じて観測した『世界』の姿が記録されている。しかし、『伝聞』として伝わる情報と、直接『実感』する情報は違う。 『百聞は一見に如かず』 この格言を情報統合思念体に贈る。自らの実体験に勝る情報はない。 以上をもって、本報告の所見とする。 ←Report.25|目次|Appendix→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2730.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3920.html
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1169.html
人間は、集団を作る。その中で核となる人物や手足として動く人間もいれば 余計な存在としてあぶれる人間も現れる。 そしてあぶれた人間は、稀に集団の中で陰湿な目に遭い、それを黙認される。 それがいじめ。私が今受けている屈辱。 「ブス~なに読んでんの?」 「無視すんなよ」 「オタクくさっ、邪魔なんだけど」 邪魔、と言われて大人しく退室に従う。途中で足を引っ掛けられて転ぶ。 本が取られないように抱き抱えていたため、制服がほこりにまみれる。 事前に床にほこりをまいていたようだ。 「ダサっ」 「ほこりすごーい」 一度、足を避けてみたことがある。不自然に思われぬよう注意して、ごく自然に 足を避けた。すると、私が転ぶまでみんなで蹴る。 最近は大人しく足に引っ掛かり無様に転んで見せる。そうすることで彼女たちは安心し、 次からはもっと無様に、更に派手に私が情けない姿を晒すようにと張り切っている。 「また部室?」 「ブスもコスプレしろよ」 「きもーい」 笑い声が教室中に響いて、教室から離れても離れても私の後ろに付き纏う。 なんて、孤独なの。 人には寿命がある。私たちと違って永遠に続く存在ではない。 だからこそ一日を大切に生きているのではないのだろうか? 私が読む本の中の美しい人たちと、教室の中はなぜこんなにも差があるのだろうか。 分からない、美しい人とそうでない人。私は美しくなりたい。 部室の扉を開けると、中には彼がいた。 「あ……すみません」 何かに怯えたように彼が隅の方に移る。落ち着きが無く、私を避けている。 (あなたにまで避けられたら、消えたくなる) 何度も言おうとして、何度も飲み込んだことば。 私は空気のように気配を殺し、定位置に座り本を開き読む。文字を目で追い咀嚼しながら彼の動きに注意する。 (私を疎ましく感じている) (私を醜いと嫌っている) (私を避けて無視している) (どれ?) (どれが正解?) 言えたらいいのに、言えない。言葉はときに難しくて、傷つけたり距離を離してしまう。 彼は私を見ないように、隅の方で俯いて靴の先を床に擦りつけて気分を紛らわしている。 私といるのが気まずい? なぜ今日は部室に来たの? 涼宮ハルヒと私なら…… (この考えは、正しくない) 本を捲る。その音だけが部室に渡る。 「なんで来たの」 私の問い掛けに彼は少し体を反応させ、俯いていた顔を上げる。 「……ハルヒに言われたから」 「部室で会うのは久し振り」 「そうだな」 「……」 やっぱり、緊張している。 私がいじめを受けているから、惨めな私と話すのが嫌?気持ち悪い? あなたにも嫌われてしまったら、私はこの場で消えてしまいたくなる。 私はあなたの側にいたい。出来れば長く、涼宮ハルヒの観測と同時にあなたの寿命まで 寄り添いたい。叶うのであれば、私に側にいてもいいと、許可が欲しい。 言わないけど思っている。言えないのは私が美しい人ではないから。 (ブス、醜いという意味) 私は美しい人でも、ましてや人間でもなくて、あなたの側にいられるか分からない。 私も人間のようになりたい。 自由な表情や活発な心、制限された身体機能、いずれ訪れる寿命。 私にはないすべて、手に入れられたら…… 「キョン」 彼は私の顔を見ない。私は本から顔を上げ、真っ直ぐ彼の顔を見つめる。 「私を避けないで」 「え?」 「私を大切に思って」 やはり言語化は難しい。うまく伝わらないことに動揺する。 「あなたは私を避けている。とても不安」 「俺は……お前らに避けられてるんだと」 「私は避けてない」 それっきり言葉が浮かばない。体が痛くて思考が止まる。本で読んだようにすらすらといかない。 私に人間のような感情があったなら、表情があればきっと泣いていた。 彼は私を奇異な存在のように一瞥し、また俯いてしまう。 廊下からぱたぱたと足音が聞こえる。 「ハルヒだ」 彼はまた怯えて隅の方で縮こまる。 私も本に顔を戻し、そして涼宮ハルヒが部室の扉を開ける。 「来たわねキョン!」 「……はい」 思い出す。私は観測者。深く関わってはいけない。 だから、私は今日も静かに観測に徹する。