約 24,296 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4801.html
「出かけるわよ、有希!」 高校2年生になった年の夏休み、玄関のところで叫ぶ少女がいた。玄関のドアは鍵を閉めておいたはずなのだがなぜいるのだろう、涼宮ハルヒは。 声を聞くのと同時に「また」私の心臓の鼓動が早くなる。 長門「まったく、面白い人」 私は布団からもぞもぞと腰を上げて時計を見た。まだ9時である。 この現象はあの時最初に起きた。 彼女に最初に会った日。昼休みに文芸部室で椅子に座って本を読んでいた時、いきなりドアが開いた。 ハルヒ「あっ文芸部員の人ね!ここ当分あたしに貸して!」 思わず顔を上げてトビラを見た。そこには観察対象が笑いながら立っていた。 彼女がここに来ることなど情報統合思念体から聞いてない。私は情報統合思念体とテレパシー(光速でやりとりする)で議論した結果、彼女に部室を明け渡すことになった。 長門「どうぞ」 ハルヒ「ありがと!」 読書に戻る動作をしつつ再び情報統合思念体と議論し始めた。議題は、今後の「私の配置」、果たして彼女の近くにいるべきかどうかである。彼女のすぐ近くで監視する、という結論が出たとき 後ろから抱きしめられた。 ハルヒ「あなた名前は?」 内心驚いたが、無感動に答えた。 長門「長門有希」 ハルヒ「私は涼宮ハルヒ。にしてもぶ厚い本読んでるわねー。」 長門「本は情報の宝庫。厚さは関係ない。」 ハルヒ「難しいこと言ってるとモテないわよ!有希はかわいいんだからさ!」 彼女の手が私の頬をなで始めた。暖かい。そして初めて気づいたエラー。私の鼓動が速くなっているのだ。 ハルヒ「もう照れなくてもいいのよ。顔赤くしちゃってー。」 どうやらもうひとつのエラーがあるようだ。 原因について脳内模索していると、彼女は腕をほどきドアの方へ走った。 ハルヒ「んじゃ放課後また来るわ!じゃあね有希!」 ドアが閉まるのを音で確認した。 その日から私はこの2つのエラーについて原因・解決方法を調査し続けた。家に貯蓄してある本や、学校の図書室の本、そしてSOS団唯一の一般人であるキョンが連れていってくれた図書館の本も利用している。 ハルヒ「有希ー!あと30秒以内に準備しなさい!あっ有希だから10分待つわ!」 回想しすぎてしまった。私はゆっくり立ち上がり、服を全部を脱いでクローゼットへ向かった。 長門「さて団活動だし何を着ていこうか。」 そう呟いた時玄関から ハルヒ「今日は私と有希の二人だけだからね!服は適当でいいわよ!」 なん・・・だと。ならばとびっきりかわいい服を着よう。私はクローゼットからまだ一度も使ったことのない服を手にとった。 長門「お待たせ」 涼宮ハルヒは団活動でも見せた赤いシャツと青いスカートを着ていた。手には手提げバック。私に会った途端彼女は口を閉ざしてかたまった。 私に会った彼女の第一声 ハルヒ「有希・・・」 なにかまずかったかな。私はワンピースと呼ばれる白い服を着ている。あとはむぎわら帽子を頭にかぶり、手に麦で編まれた手提げバックを持っている。 長門「・・・なにかまずかったかな」 ハルヒ「・・・かわいいー!」 長門「あっ・・・」 突然彼女が抱きしめてきた。暖かい、いや熱い。自分の全身が熱い。あぅっ頬ずりしないで。顔がどんどん熱で真っ赤になるのが自分でもわかる。 ハルヒ「もーこんなにかわいいのにどーしていつも着て来ないのよー!」 長門「・・・アゥ」 耳元で聞こえる彼女の声に自分の思考回路がオーバーヒートしそうである。 彼女は私を解放すると ハルヒ「さあ行くわよ!」 と勢いよく言い放つ。彼女が私にだけ向けた言葉。 長門「・・・うん」 こうしか答えられない自分を少し恨んだ。 そう、様々な情報から私は涼宮ハルヒに恋している、という結論に至った。男女の「恋愛」ではない、という違いはあるが。 エレベーター内で ハルヒ「私ね、有希のことをもっと知りたいの。だから今日はよろしくね」 長門「話すことで理解してもらえるなら、16時間聞いてもらっていい?」 ハルヒ「お断り」 だよね。 私たちは玄関ホールを出た。すると私を導いていた彼女が急に私の後ろへ回り ハルヒ「一度やってみたかったんだー、えぃっ!」 と言い私のワンピースを下から上へ勢いよく上げた。たしか男性が女性のスカートをまくりあげてパンティを見る行為だ。 彼女のはしゃぐ声が聞こえるかと思い振り向くと、彼女は顔を真っ赤にしたままかたまっていた。なにかおかしかっただろうか。 ハルヒ「有希・・・」 長門「なに?」 ハルヒ「下着ぐらい着なさーい!」 その後私たちは再び私の家に戻った。彼女と出かけることに夢中になりすぎて着替え中に下着まで脱いでしまい、そのまま着るのを忘れていたようだ。涼宮ハルヒは私のクローゼットを勝手にあさり、白い下着を選んでくれた。 長門「ごめん」 ハルヒ「いいわよ別に。意外に有希ってドジっ娘ね。」 あなたの前だけ、とは言えずただ頷いた。 2度目の外出。 ハルヒ「じゃあどこ行く?」 長門「・・・図書館」 ハルヒ「有希、そこは遊びに行く場所じゃないわ」 長門「冗談」 ハルヒ「なんだ冗談か。じゃあ買い物に行く?」 長門「財布の中身を確認してみる。」 たしか残金は680円。あとで情報統合思念体に金を要求しよう。がま口財布の中身を確認すると、小銭の他に紙切れが2枚入っていた。 ハルヒ「あれ有希、それって最近新しくできた遊園地の無料入場券じゃない?」 長門「昨日郵便受けに入ってた。」 ハルヒ「へー。じゃ遊園地に行きましょう!」 長門「わかった。今からコンビニで金を下ろしてくる。」 ハルヒ「やっと着いたわね」 長門「おつかれさま」 ハルヒ「まだ疲れちゃいないわ。」 長門「あの長蛇の列に並んで疲れないはずがない。」 実際彼女は汗まみれだし、椅子にぐったり腰かけている。私は立っている。突然だが意を決して聞いてみた。 長門「あなたのことを『ハルヒ』って呼んでいい?」 ハルヒ「もちろんよ。私だって『有希』って呼んでるんだから。」 長門「・・・ありがとう」 人と交流することに慣れていない私は今まで人を下の名前で呼んだことがない。だから好きな彼女を下の名前で呼べることがうれしい。 ハルヒ「じゃ休憩終了!どこ行く?」 長門「ではあれ」 そう言って自分が指さした物はバンジージャンプである。 私たちはスカート着てるからダメ、ときっぱり断られ、向こうにあるアトラクションへ行った。ハルヒの下着を見たかった。 ハルヒ「なんでカップがあんなに速く回るのよ、どこの漫画よ!」 長門「いろいろごめんなさい」 ハルヒ「あっ有希のせいじゃないわよ。」 私たちは「マグカップ」と呼ばれるコップ型の乗り物を中央の台を使い回して遊ぶ乗り物を体験した。だが突然、というより私のせいで、マグカップが普通ではありえないスピードで回ってしまった。 まあそのおかげで、乗り物内でハルヒがおびえるように私にぎゅっとだきついてきてくれた。 長門「なかなかレアなハルヒを見れた。」 ハルヒ「あっあれはそのなんていうかそうよ不可抗力よ!」 長門「クスッ」 ハルヒ「いーい?他の団員には内緒だからね」 長門「じゃあクラスメートに言い」 ハルヒ「ダメ!有希がそんなひどい人だとは知らなかったわ」 長門「茶化してごめんなさい」 ハルヒ「もー有希ってやっぱり面白いわね」 あなたの方が面白いよ、ハルヒ。 ふと私は普通にハルヒに接することができていることに気づいた。と同時にまた鼓動が速くなる。 ハルヒ「じゃあ次はあれに行くわよ。」 それからも私はハルヒと一緒の時間を味わいたくて、ハルヒの案内に従った。 例えばお化け屋敷。歩いている間ずっとハルヒは私の手を握って歩いていた。 例えばジェットコースター。私たちはとなりどうしの席に座った。この乗り物が急降下する直前、ハルヒは私の手をぎゅっと握ってくれた。 ジェットコースターに乗った後私たちはファーストフード店で昼食をとった。その昼食でのこと ハルヒ「あっ有希。ほっぺにソース付いてる」 長門「えっどこ」 ハルヒ「左の方よ。あっもうちょっと右」 長門「ここかな。とれた?」 ハルヒ「だめね。私がとってあげる。」 と言って私の唇のすぐ近くをハルヒは人差し指でなぞった。あっ唇に少しだけなぞった。そしてそのままハルヒはその指を舐めた。 ハルヒ「にしても紙ナプキンもない店なんて珍しいわね、有希」 彼女が何を言ってるかわからないほど私は恥ずかしかった。 ハルヒ「じゃ次行く場所は有希が決めていいわよ。ただバンジージャンプは勘弁ね」 長門「じゃあれ」 ハルヒ「んー『スプラッシュ・ウォーターマウンテン』?私たち水着なんて持ってないわよ」 長門「なくていい、いやむしろなくしてください」 ハルヒ「なに言ってるのよ!あっなんだ別に水着いらないじゃない」 長門「ざんねん」 ハルヒ「有~希~少しお黙り~」 長門「ごめん」 ハルヒ「・・・・プッあはははは!」 長門「どうしたの?」 ハルヒ「有希がここまで面白い人だとは思わなかったわ!さあ行きましょう!」 長門「うっうん」 ハルヒ「ほら有希、手」 そう、私たちはいつのまにか移動時は常に手を繋いで行動するようになっていた。 そしてその乗り物に乗ってみた。あんまりこのアトラクションは面白くなかったが、ハルヒと一緒にいられるだけで嬉しくなる。 ハルヒと一緒の時間に慣れたのか、私は自然に楽しんでいた。今まで味わったことのないほどの「喜び」。顔には表現しづらいけど。 ハルヒ「有希。おみやげ買わない?」 長門「財布に18万あるから買ってもいい」 ハルヒ「・・・えーとね有希。一度に財布に入れる金は5000円ぐらいでいいのよ?」 長門「ハルヒと出かけることが楽しみだったから。思い出の品をいっぱい買っておきたい。」 ハルヒ「はぅーけなげな有希かぁいい~お持ち帰り~!!」 長門「抱き着かないで、あっ暑いよハルヒ。」 ハルヒ「ごめんごめん。もうそんなに顔真っ赤にしなくても。じゃあ思い出たくさん買うわよー!」 長門「ハルヒの思い出をいくらで売ってくれる?」 ハルヒ「へっ?」 長門「ナガトユキジョーク」 私たちはたくさんの思い出を買った。服や人形、アクセサリー。私にとって最高の一日。ハルヒがいれば私は楽しめる。 私は、ハルヒがそばで支えてくれなければ存在できない。そう確信した。なぜって、こんなに楽しませてくれるのは彼女以外にいないからだ そして空がオレンジになりかけた頃 ハルヒ「有希。観覧車に乗らない?」 長門「カンランシャって何?」 ハルヒ「それもナガトユキジョーク?あれよあれ」 長門「あの円形の機械?」 ハルヒ「本気だったとは。まあ男女で行けないのが惜しいけど。」 というわけで今観覧車に乗っている。私たちは向かいあわせの席に座っている。ハルヒの話によると、ここは男女が愛の気持ちを告白する道具、とのこと。 私の気持ちを伝えてもいいよね。 ハルヒ「有希」 長門「なに・・・かな」 ハルヒ「いやー気になったんだけどさ。そんなかわいい服があってしかも普段は着てないってことわさ。いつか好きな男に見せるつもりなの?」 長門「えっ・・・いや」 ハルヒ「顔が否定してないし真っ赤。どんな男よ!相手によっては交際していいわよ、あたしが許可するわ!」 彼女は突然立ち上がって、「いい男」について語り始めた。私の気持ちには気づかないようだ。 その時ゴンドラが突然ゆれて止まり、すぐに動いた。当然ハルヒは立っていたのだから振動で体は倒れるだろう。 ハルヒ「キャッ!」 長門「あっ・・・」 ハルヒは私に抱き着く形で体を安定させた。だが今回他人から見ればハルヒが私を椅子に押し倒しているように見えるだろう。 私の思考回路の大半が緊張と熱で機能停止していた。自然治癒にしても時間がかかる。私は一人の「人間」として行動する。 彼女が体を起こそうとしたので私は彼女を自分の方に押さえ付けるように抱きしめた。あたたかい。 ハルヒ「ちょっと有希!?ななななに!」 長門「私はハルヒのことが好き。恋人として」 勇気を振り絞って、私は告白した。 ハルヒは困惑しているようだ。言葉にならない言葉を耳元で発している。 長門「あなたの元気や行動力、温もりに私は恋をした。付き合って欲しい」 ハルヒ「・・・ごめん」 私の思考回路が徐々に直り始めたころ、私は全身の力が抜けるのを感じた。 ルート bad ルート good ルート bad ハルヒ「私たちは女同士。だからできないよ」 そうだよね。私たちは同性だから。でも 長門「外国では同性で結婚もできる」 ハルヒ「それでもだめなの。だって私・・」 ハルヒの涙が私の頬を濡らしはじめた。私はハルヒに傷を与えてしまったようだ。 長門「ごめん」 ハルヒ「私キョンのことが一番好きだから!」 二人が同時に発した言葉。だがハルヒの言葉は私に深刻なエラーを与えた。 私は今の言葉を脳内再生し続けた。彼女が私に大声で叫んでいるが、何を言ってるのかわからない。 あっ目から冷たい液体が溢れてる、止まれ涙。まばたきしてない、動けまぶた。だがどんなに命令しても「エラー」で全て受け付けなかった。 気が付いたら私は電車の中で座っていた。右肩が重いので見ると、ハルヒが私の右肩に両手を乗せて泣いている。思考回路が戻ったのだろう、現状の認識ができる。 長門「ごめんなさい」 ハルヒ「私こそごめん。でも」 長門「気にしないで。ハルヒに泣かれる方がつらい」 ハルヒ「ごめんね」 長門「私頑張って悲しみに耐え切った」 ハルヒ「うん、よく頑張ったわ有希」 ハルヒを安心させるために私は笑顔で言った。 長門「わたしがんばった」 その後私たちは会話もなく地元の駅で下車し、解散した。 私は家へ帰った途端にエラーを起こした。全身の力がなくなりその場に正座状態になった。おみやげは辺りに散らかった。私の頭に次々と情報がダウンロードされる。 長門「私の行動の枷となるのは他TFEI及び情報統合思念体私が起こしたエラーの原因は観察対象の発言キョンが一番であるならば彼を消せばいい情報統合思念体がそれを邪魔するならば情報統合思念体から消せばいい今彼らは会議中ハッキングは容易彼らを破綻させるには・・・」 長門「情報のダウンロード完了情報統合思念体の消去開始情報統合思念体の削除完了同時に他TFEIの消失確認自身消失へのプロテクト成功私自身の能力の消失を確認彼を消去するには比較的原始的な手段が必要「道具」は台所にあり」 私は自我を取り戻すと、全身汗びっしょりだった。3時間あのままだから当然だ。情報統合思念体が削除されたことに対して特に感じない。エラーはまだ続いている。 私は台所から「道具」を寝床に持ってくると、1時間以上手入れをしたあと「道具」を枕元に置いて就寝した。その間ずっと頬に涙を伝わせながら。 朝がきた。私は学校への「準備」を済ませていつも通りに登校した。途中古泉一樹や朝比奈みくるに情報統合思念体やTFEIの消失について問いただされたが、知らない、と言って通り過ぎた。 学校の玄関の下駄箱でキョンに会うと、まず 長門「話したいことがあるから今日早く文芸部室へ」 わかった、という返事をもらった。 授業中退屈だった。6時限終了後、私は足早に文芸部室に向かった。 部屋に誰もいないのを確認すると、バッグから「道具」を取り出し制服の内ポケットへ入れた。ジャストフィット。あとはいつもどおり椅子に座って本を読めばいい。 キョン「おう長門」 来たか 長門「あんたが立ったままじゃ失礼だからここに座って。お茶を入れてくる。」 キョン「え・・気のせいだよな、ありがとう」 「あなた」と呼ぶところをつい「あんた」と言ってしまった。まあいい。標的はさっきまで私が使ってた椅子に腰かけた。 沸かした茶をカップへ入れてるとき キョン「あっ長門。ハルヒがおまえに渡したいものがあるようだぜ。」 注ぎ終えたヤカンを乱暴に机に置いた。オマエガハルヒヲナレナレシクヨブナ。 キョン「大丈夫か長門?」 長門「平気」 キョン「ネタバレするとな、中身は菓子だ。大丈夫ハルヒの許可はとってある。」 長門「ナレナレシクハルヒノ」 とと危ない危ない。本音を言ってしまうところだった。 おそらくそのプレゼントは私への愛の気持ち。そうかハルヒは考え直してくれたんだ。私と恋人になれる。じゃあその菓子は今日の祭でのお祝いだ。 キョン「長門、だよな?」 長門「私は私。はいお茶」 キョン「どうも。にしても今日はよくしゃべるな。あっ座るか?」 長門「いい」 私はお茶を彼に渡し終えると彼の背後に立って話をした。 長門「他のTFEI及び情報統合思念体とコンタクトがとれなくなった」 キョン「古泉から聞いた。長門は大丈夫なのか?」 長門「このとおり大丈夫。できればあなたにも打開策を考えてほしい」 彼は座ったまま腕を組んで考え始めた。私は内ポケットから銀色に輝く鋭い「道具」を取り出した。自分の顔がにやけているのがよくわかる。 サヨウナラ 彼の首に「包丁」を突き刺そうとした。 その時思考回路に急な負荷がかかった。エラーだ。いや正確には人格修復プログラムだな。 これはたしか情報統合思念体に敵対する異常な行動を18時間以上していた場合に起きる、私の治療プログラムだ。情報統合思念体削除から今までの行動によって起動したか。私としたことがプログラムを削除し忘れたようだ。 ここで負けるわけにはいかない。だが抵抗をすると激しい頭痛に襲われた。 途端彼との思い出が溢れてきた。彼を助けたことや、彼に助けられたこと。「消失」事件での彼。彼の優しさ。彼への殺意が消えかけた。 だがハルヒとの生活を夢見る自分が殺意を増幅させた。消しては増幅し、を繰り返す。頭痛がひどくなる。 私が頭を押さえて必死にあらがっていると、彼が振り向いたのでとっさに包丁を持つ右手を後ろに隠した。 キョン「長門!大丈夫か!?」 彼は茶を床に転がし、立ち上がって私の正面に近づいた。頭痛がさらにひどくなり 思考回路がカンゼンニコワレタ。 「あははははははははは」 どこから聞こえるのだろう 「長門!?しっかりしろ!!」 なぁんだ自分の口から聞こえてるじゃないか ヤツが私の両肩を掴んでなにか叫んでいる 長門「きたきたきたキター!アハハハハハハハハハハ!!!」 私は右手を前に素早く突き出した。そのさきは害虫の首。感触あり!そしてえぐったあと一気に引き抜いた。 キョン「長門・・・・」 長門「修復プログラムに勝った!ダイオキシンの処理は完了した!!あとはハルヒと幸せ生活が待ってるわウヘヘヘヘ!!!」 ハルヒ「騒々しいわね、どうし・・・」 ハルヒが部室に入ってきた。辺りにばらまかれた鮮血。床に血まみれで倒れている、首をえぐられ息の絶えた疫病神。悪魔の返り血を全身に浴びた私は振り向いた。 ハルヒ「有・・希・・?」 私は、ヨロコビのあまり絶句しているハルヒに満面の笑みで言った。 わ た し が ん ば っ た ハルヒ「いやああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 赤黒い彩りをまとう私を数人の男たちが白黒の送迎車で歓迎してくれた。サイレンまで私を歓迎していた。ハルヒは笑顔で見送ってくれた。涙流すほど喜んでくれるなんて。 あのあと部室でハルヒが大声をあげて歓喜したかと思ったら携帯電話でどこかに連絡をし始めた。 私が喜びを分かち合おうとして彼女に近づくと、彼女は狂喜したまま部室から出た。私は満足した。 どこかの建物で男たちからたくさん質問を受けた。私たちが結婚するにふさわしいか、問いてるらしい。もちろん満点だ。 しばらく私の寝床はシンプルで鉄に覆われた部屋だった。花嫁修行だろう。はやくハルヒに会いたい。でもこの修行が終われば会える、と思うといくらでも待てる気がした。 仮住居に移住して3日目。私に朗報が届いた。ハルヒが先に新住居へ引っ越したらしい。私宛ての手紙があり「私のせいだよね、生きててごめんなさい」と書かれていたらしい。 つまり私とハルヒが愛しあったことで、私たちの恋愛を邪魔されない場所へ移住する必要がある。ハルヒは先に引っ越しをして待っててくれている。もうすぐ行くから待っててハルヒ。いっぱい愛してあげるよ。 その日の夜中、口から大量の血を出して倒れている長門を警察官が発見した。彼女は舌を噛み切って自殺したようで、すでに息はなかった。その死に顔は満面の笑みを浮かべていた。 ――――――bad end――――― ルート good ハルヒ「私たちは女同士。だからできないよ」 そうだよね。私たちは同性だから。でも 長門「外国では同性で結婚もできる」 ハルヒ「それでもだめなの。だって私・・」 ハルヒが泣いている。私はハルヒに傷を与えてしまったようだ。 長門「ごめん」 ハルヒ「でもね有希のことも大好きだよ!」 あっ。こうもはっきり言われると結構恥ずかしい。でも「恋人」としての好きではないのか。 ハルヒ「ごめんね」 長門「さっきの一言で十分満足した。ありがとう」 私はハルヒを解放した。だがハルヒは私から離れない。 長門「どうしたの?」 ハルヒ「えっとね。せめてのお詫びにと思って・・・えいっ!」 ハルヒの顔が私の顔に急接近した。あれ近すぎじゃあれあれあっ! 私がハルヒとキスをしていると理解するまで十秒かかった。だがハルヒの唇が離れるまで30秒かかった。 ハルヒ「これで許して。ファーストキスなのよ」 長門「・・・・わかった」 自分でもわかる、真っ赤な顔で満面な笑顔で答えた。ハルヒも顔がりんごのように真っ赤だ。 その後私たちは電車で帰った。ずっと手を繋いだまま。 長門「ハルヒは?」 ハルヒ「どうしたの有希?」 長門「ハルヒは好きな人いるのかな、て」 ハルヒ「う・・・うん」 長門「誰」 ハルヒ「今の有希に言うとその人殺しそうね」 長門「そんなことはしない。ハルヒもひどい冗談はダメ」 ハルヒ「あははそうよね!実を言うとキョンのことさ・・・えっとその」 長門「ライバルはキョンか。私、いつかあなたを振り向かせてみせる」 笑顔で彼女は言ってくれた。 ハルヒ「ありがと有希」 その後も楽しい会話は続いた。私たちは確実に親しくなれた。 私たちは下車駅で解散した。家に着いてから私はすぐにお風呂に入って寝床に入った。 恋人にはなれなかったけど、彼女の優しさをたしかに感じただけで満足だ。私はキスの感触を何度も思い出しながら寝た。 朝が来た。私はひとつの決心を貧相な胸に秘めて登校した。 登校中情報統合思念体は、世界に影響が起きないレベルまで私を応援する、と約束してくれた。 学校の下駄箱置場でキョンに会った。 退屈な授業が済むと私はスキップしながら文芸部室へ向かった。 部室に着いた私はいつもどおり椅子に座り本を読んだ。 少ししてキョンが入ってきた。 キョン「よう長門。で話ってなんだ?」 胸に秘めた決心を伝える時がきた。顔を彼の方に向け言った。 長門「あなたには負けない」 ―――――good end――――
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5837.html
「『食』がおきる」 へ? 「『食』」 ………。 「長門さん、困っていますよ。ちゃんと説明しないと」 「……『蝕』のこと」 「『しょく』? 一体どういう字を書くんだ?」 「『食』とは天体が別の天体に見かけ上重なり、相対的に奥となる天体が見えなくなる現象。 見かけ上重なる原因は観測地点となる場所が惑星などそれ自身が動いているために起きる場合と……」 「長門さん……。簡単にいうと日食や月食ですね。」 ああ、やっとわかりましたよ喜緑さん。これでも長門の言いたいことは誰よりもわかっているつもりですが お仲間にはかないませんよ。 「いいたいことはわかりました。で?」 食がおきたらどうなんだ? 「『食』がおきる事によってわたしたちの能力が制限される。」 ??? 「長門さん、あなたが説明する、いつも通りだから大丈夫っていうから任せたのにそれじゃ伝わりませんよ。 まさかいつもそんな説明なんですか?」 「……まだ説明の途中。途中で止めるべきではない」 「………いいでしょう。続けてください」 ……えっと。 3点リーダーが充満する長門の部屋。 金曜の放課後、ハルヒの 「いい、キョン! 明日の集合に遅れたらおごり以外に罰金よ!」 という既定事項通りだとさらに金欠になる事が決定した命令をうけ帰宅の途について数分後、長門が目の前に現れた。 先回りか? ワープでもしたかもしれん。長門なら何でもありだ。 「話がある。家まで来て欲しい」 俺が長門の頼みを断ることがあるだろうか、いやない。ただ直接口頭で伝えられるとは意外ではある。 そこで冒頭の会話となるわけだ。 「この銀河を統括する情報統合思念体からのアクセスが食によって妨げられる。そのため情報操作能力がなくなる」 なんだ? 太陽電池か何かか? 「だいたいその認識で合っている。正確には様々な条件が重なった結果」 「宇宙パワー無しか……ってことは何かあった時まずいんじゃないか?」 「まずい。ただ現在最も危険視される天蓋領域も同時に食に入るため最悪の事態は避けられると思われる」 ふむ、となると 「問題は涼宮ハルヒ。彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。また機嫌がよくなりすぎて暴走させてもならない」 「長門さんの場合それだけじゃないんです」 「まだあるんですか?」 「喜緑江美里、それは今回言わないことに………」 「長門さんは黙って。というか長門さんが問題なんでしょ?」 ? 「我々が人間界で生活する上でも情報操作は便利な力です。」 「勉強しなくても成績が上位だとかスポーツでも優秀だとか?」 「それもあるんですが、長門さんは 「喜緑江美里、それ以上は」 長門さん、黙って」 いつもと違って何故かあせっている様子の長門。 恐ろしく貴重な風景だ。 「長門さんは少しばかり人間生活をさぼって 「やめて」 いーえやめません! いい機会です。彼に全部聞いてもらいましょう」 おいおい、長門がオロオロし始めたぞ。 「困る。言わないでほしい」 「あのー、一体……」 「長門さんは日常生活でも情報処理を多用しているんです。例えば彼女がトイレに行ったのを目撃したことありますか?」 なっ! ってあるような? つーか意識しとらん。 「つくられた存在とは言え私たちも人間ベースの有機生命体ですからトイレは必要です。 ただ長門さんは情報操作で極端に回数を減らしています」 「なぜトイレの話からするのか理解できない。他にも汗やくしゃみなど例があるはず」 焦った様子の長門。おいおい、一体どうなってるんだ? 普段のポーカーフェースはどうした。 内容が内容だけに恥ずかしいのはわかるが。 「他にも色々。睡眠時間を圧縮させて読書の時間に充てたり、教室の掃除をしなくて済むようにくじを操作したり 家の掃除は空間を操作して済ませていますね。」 なんとまあ。正直うらやましい話だな。やっぱり教室掃除はしていなかったのか。 「私たちは涼宮ハルヒの観測のためにあらゆる妨害を排除する必要があります。 涼宮さんに降りかかる厄介事はもちろんですが、私たちに降りかかる厄介事も排除する必要があります。 例えば涼宮さんや私たちがいじめにあうような事や、 痴漢暴漢犯罪者の類が近づかないように情報操作を行う許可を得ています。 ところが……はぁ」 喜緑さんは長門を見て溜息をつく。小さくなる長門。 自分のためだけに情報操作を行うのはあまり推奨されない行為なのか? 「もちろん全くダメってわけじゃないですし、多少、いえ滅多な事で罰は受けたりしません。 涼宮さんに何も影響を与えないのなら総理大臣や世界皇帝になってもいいんです」 ハルヒの力を奪い、世界を一変させ、親玉さえ消し去った長門が無事存在していられるんだから 情報思念体とは太っ腹だと思っていたんだが。一応ルールはあるんだな。 ん? あれは思いっきりハルヒに影響を与えていたんじゃないか? 「あれはあれで。まあいいじゃないですか」 なんかごまかされたぞ。 「とにかく、長門さんは普段情報操作を使い過ぎているんです。 だから今回のように10日間も情報操作が使えないのは非常に困るんです。」 「10日間もですか!?」 「あ、言ってませんでしたね。今日の19時0分42秒2……適当でいいですよね。 今日の7時過ぎから10日後の月曜日午前5時まで食に入ります。」 「あと10分ですか」 「ええ。長門さん、ほら」 かすかにモジモジしながら長門が俺を見る。う、ちょっと可愛いかもしれん。 「……………………お願いします」 「……お願いされました。何を?」 「んもう! 長門さん! ちゃんと言いなさい!」 古泉は喜緑さんは長門のお目付け役だといっていたがこれを見る限りお姉さんだな。 「………サポートを依頼したい。これから10日間、面倒かける。お願いします」 最後だけ敬語か。いやかまわん。 「いつも長門には世話になりっぱなしだからな。それくらい任せてくれ」 「感謝する」 「だからといって長門さん、全部頼っちゃ駄目ですよ」 「努力する」 この時俺は後の大騒動に発展するとは思いもよらなかった。 「間もなく時間」 「用意はいいですか?」 こくん、とうなづく長門。そして 「来た」 7時0分42秒が過ぎたらしい。一見長門と喜緑さんに変化は……ん? 長門の表情がどう見ても不安そうだ。そう、まるであの時の…… 「長門さん?」 「だ、大丈夫。問題ない」 喜緑さんも不安そうな顔だがこれは長門を見ての反応のようだ。 「本当に大丈夫なのか、長門? 顔色悪いぞ」 「へいき。不安なだけ。本当に平気。じきに慣れる。大丈夫」 声が裏返ってなかったか? 「本当に大丈夫。大丈夫! だいじょうぶ!! だいじょうぶ!!!!」 「有希ちゃん! 落ち着いて! 安心して!」 おい! 全然大丈夫じゃないだろ!! 初めて聞く長門の大声、震えだし、目や首をきょろきょろさせ、縮こまりだした。長門落ち着け! 慌てて喜緑さんが長門に抱きつく。長門は喜緑さんにしがみついてガタガタ震えている。 「申し訳ありません、お茶を用意していただけますか」 俺はあわてて台所に走った。 「落ち着いたか?」 「ありがとう。大丈夫」 今のお前の言葉には全く説得力がないんだが。 力を失っていきなりパニックに陥った長門が回復したのは2時間後。 その間お茶を淹れたり、ガタガタ震える長門に掛け布団をかぶせたり、長門の冷たくなった小さい手を握ったり、 母親からの帰宅が遅いとの怒りの電話に対応したりと大騒ぎとなった。 最後のがある意味一番大変だったな。 「申し訳ありません。いきなりこんなことになって」 恐縮する喜緑さん。いえ、あなたは悪くないですよ。 「しかし困ったな。長門、とりあえず明日は休め」 「駄目。涼宮ハルヒが不審がる」 布団の中から弱弱しい答えが返ってくる。 「いや、実際調子悪いだろ? お前が外でパニックになる方が心配だ」 もし探索の組み合わせが長門とハルヒだった場合……ハルヒがどう出るかでヤバいことになるんじゃないのか? 「もう平気。状況に慣れてきた」 その後も俺の意見を頑として受け入れず、長門は明日探索に参加することになった。 どう考えても不安なんだが長門の希望だ。それにハルヒは長門のことを大事に思っている。 おかしなことにはならないだろう。 「んじゃ帰るわ。喜緑さん、よろしくお願いします」 「本当にありがとうございます」 最後に喜緑さんと電話番号を交換し、確認をする。 「あの、このことは朝比奈さんと古泉に教えてもかまわないんでしょうか?」 「かまいません。というかもう知っているかも」 やっぱり。 「わたし達に情報操作能力がなくなったことを知って 彼らの機関や調査員がわたし達に危害を加えるかもしれませんから先に伝えています」 え? それって逆に相手に襲ってくださいって言っているようなもんじゃ? 「ええ。なので先手を打っています。もしわたし達の誰かが傷ついた場合食が明けた途端、 うふふ、これ以上は禁則事項です♪」 ……喜緑さんは優雅に口元に人差し指を当てた。朝比奈さんとは違う方向で色っぽいんだよなあ。 関係ないが喜緑さんは普段、長門の事を「有希ちゃん」って呼んでいるんだな。 二人の隠された親密度を垣間見てなんだかほんわりした。 帰宅すると母親からねぎらいの言葉をかけられた。喜緑さんが連絡をしてくれていたからだ。 貧血をおこした長門を介抱していたことになっているらしい。 さすが喜緑さん。と、同時に疑問が湧く。 俺の知っている宇宙人の仲間は3人。 長門、朝倉、喜緑さん。 最後に馬脚をあらわしたとはいえ、いやその本性も結局のところ人間らしかった朝倉。 おとなしいというよりおしとやかで、礼儀正しい喜緑さんはカマドウマの時のように演技もできる。 長門は? なぜ長門はあんな性格なんだろうか。 10分前にいつもの集合場所に着いた時、ハルヒの第一声は 「ええ!? あんたが最後じゃないって!?」 だった。 普段なら失礼な! と憤るところだが…… 動揺を見せないように出来るだけ自然に尋ねる。 「ん? 俺が最後じゃないのか? 誰が来ていない?」 見渡す。朝比奈さん、古泉 「有希がまだ来てないのよ」 不安そうにハルヒが辺りをうかがう。 「まだ時間にはなっていませんからね」 俺に意味ありげな視線を送りつつ古泉がこたえる。 「誰でも遅れることはありますよ」 「だけど有希に限ってそんなことありえる? あの有希よ?」 今回に限ってはありえるんだよ。 最初に見つけたのは朝比奈さんだった。 集合時間を5分過ぎ、ハルヒが携帯電話を取り出した時 「あ、長門さんじゃないかな?」 駅の中からトテトテと小柄なセーラー服の姿が走ってきた。 「有希!」 いつもの様子から想像もつかない、普段もあまり整っているとは言えない前髪は乱れ汗した額にへばりつき、 ぜぇぜぇはぁはぁと息を乱し肩で息する長門。……眼鏡!? 「どうしたのよ!?」 「はぁはぁ、ね、寝坊、ごめんあさい」 舌も回っていない。 「ちょ、ちょっと落ち着いて! 休憩しましょ!」 あわてていつもの喫茶店に入ることにする。 最初のお冷をおかわりし、2杯目を飲み干すことでやっと長門が落ち着いた。 「で、有希。本当にどうしたの?」 「寝坊。起きれなかった」 「夜遅くまで本でも読んでたの?」 「えっと、そう」 受け答えもぎこちないが息が整っていない感じでうまい具合にごまかされている。 そしてくじ引きは最初から予想された最悪の組み合わせとなった。 さすがハルヒ、不思議を呼び寄せる能力は半端ない。 いざ出発の段となって長門のパワーダウンぶりを見せつけられた。 「ルールはルール。わたしが払う………あ」 眼鏡をかけた表情が曇る。また『あの』長門を思い出してしまった。 「どうした長門?」 「財布を忘れた。パスケースを忘れて取りに帰ったから余計に遅くなったのに、財布も忘れていた……」 長門の顔がさらに曇る。まずい、またパニくるかもしれない。 「わかった俺が「あたしが立て替えといてあげる!」ってハルヒ!?」 「最後に来た人がおごるのがルールだから免除はナシよ。だけど財布忘れちゃったなら仕方ないじゃない。 今日の有希の支払いはお昼も含めて立て替えといたげるからね。いい?」 「いい。ありがとう」 心底ほっとした表情の長門。 ふぅ、なんとかこの場はしのげたな。 「んじゃあ、あたし達はこっちに行くから」 「おう。……長門、無理するなよ」 うなづく長門。ちょっとハルヒが俺を睨んでいたような気がするが。気がするだけだ、うん、気のせいだ。 「さて古泉、それと朝比奈さん、どこまで知ってますか?」 「とりあえず場所を変えませんか。ここではちょっと」 古泉の勧めで駅前から離れ別の喫茶店に移動する。そんなに飲物ばかりいらないんだが。 「我々は再来週の月曜日まで長門さんたちが力を使えない、その間TFEIに危害が加えられた場合 報復があるので手出しは厳禁、と聞いています。」 喜緑さんに聞いた通りの内容だ。 「未来からはこれから10日間、細心の注意を払うように、って指示が来ています。 あと長門さんたちを襲わないように強制コードがかかりました。 詳しくは禁則なんですが強制コードは強力すぎるため滅多なことでは発令されません」 いつぞやのお使いゲームの時はその『滅多』なことだったんですね。 古泉がいつも通りのさわやかスマイルで俺に問う。 「あなたはどうやって知ったんですか? 長門さん本人からですか?」 それ以外ないだろ。 「喜緑さんというラインもありますからね」 この野郎、見てたろ。2人から説明されたのを。 「いえ、考えられる可能性を言っただけなんですが。まさか両方とは思いませんでした」 ……こいつはスパイの口を割らせる側に就職すればいい。 いや俺が引っ掛かりやすいだけかもしれないな。 「昨日、力が使えなくなってからどうも長門が不安定なんだ。どうやら不安らしい」 パニックになったことは伏せておこう。 「だからこれからしばらく長門に気をつけてやってほしい」 「もちろんです。今まで長門さんに頼りっぱなしでしたからね。感謝と恩返しの意味でも力の限りフォローしますよ」 「あたしもです」 古泉が額に指を当てた考え込むポーズをとる。 「涼宮さんが何か勘づく可能性がありますね」 「そうですね。普段完璧な長門さんが遅刻していますから、涼宮さんの注意が行っているはずです。 あたしたちも長門さんと話をあわせとかなきゃいけませんね」 古泉がさらに何か言いかけた時、俺の携帯が鳴った。ハルヒから!? まだ別れて1時間も経っていないぞ。 『ちょっとキョン! すぐにきて! 川沿いの遊歩道! 前に映画撮ったとこ!』 それだけ言うとすぐ電話が切れた。 まさか長門が!? 不安がよぎる。 「有希がへばっちゃったのよ。そんなに歩いたつもりはなかったのに」 青い顔をした長門がハルヒに膝枕されている。 見えそうになるパンツはスカートの上にハルヒの上着が掛けられしっかりガード。 まあ隠すという用途以上に温めるために掛けられていそうだが。 「長門、体調がわるいんじゃないか? だから遅刻やら倒れたりしたんじゃ……」 「大丈夫、平気」 長門は俺の言外の帰って休めという意図をくみ取ることが出来ないようだ。 「今日はもう帰って寝た方がいいと思うんですけど。顔色悪いですよ。熱はありますか?」 朝比奈さんが長門の額に手をあてる。 「ないですね」 朝比奈さん、赤い顔ならわかりますが青い顔なら熱はなさそうなんですが……。 しかし朝比奈さんの優しさが伝わってくる光景です。 「キョン、有希のピンチに何で鼻の下伸ばしてんのよ!」 「いや、そんなんじゃ」 「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」 またヤバい兆候だ。出来るだけ刺激しないように長門を諭す。 「長門、じゃあこうしよう。取りあえず飯だ。休憩しよう。実は俺、腹が減ってきた。」 まだ11時だがな。 「そうですね、今の時間なら店も空いているでしょうし、いいタイミングかもしれません。涼宮さん、そうしませんか?」 ナイスだ古泉。 「そうね、そうしましょ。有希、行くわよ」 「だいじょ「団長命令よ」…わかった」 長門よ、お前が意外と強情なのは知っているが今日は意固地すぎるぞ。どうしたんだ。 普段の健啖ぶりは見られず、長門のランチは半分ほど残された。 「長門、やっぱり帰った方がいいと思うぞ」 「あたしもそう思います」 「大丈夫」 大丈夫が口癖になってるな。 「いいこと思いついたわ! 午後の活動は有希ん家で読書大会よ!」 「なに!?」 ハルヒがとんでもないことを言い出した。いや、意外といい考えかもしれん。 自宅ならもし長門の調子が悪くなっても寝るだけだから問題ない。 しかし 「こ、困る」 長門がオロオロし始めた。すがるような眼鏡越しの眼で俺を見る。 「ん、なんで? 片付いてないの?」 「そう。片付いてないから困る」 「そっか。寝坊して慌ててきたってことはぐちゃぐちゃね。片付けてあげよっか?」 「い、いらない」 「遠慮は無用よ?」 「いらない」 「そっか。んじゃ昼からの活動は映画鑑賞にしましょ」 『映画』という単語の響きだけで朝比奈さんがひぃ、と小さく叫ぶ。 「みくるちゃん、どんな映画がいい?」 気付けよ、ハルヒ。 「へぇえ、何でもいいですー」 朝比奈さんまでおかしくなってる。 解散後、すぐにハルヒに呼び止められた。 「今日の有希どうだった? 絶対普通じゃなかったわよ。」 さすがハルヒ、っていうかすぐ分かるな。 「ああ。体調というかなんだか調子悪そうだったな」 「どうしちゃったのかしら。大丈夫かなぁ? やっぱり一人暮らしだから? たまに手伝いに行った方がいいのかな? そうだ! 泊まり込みでってのも面白いかも!」 お前が遊びたいだけじゃないのか? 「わかった?」 嬉しそうに笑うハルヒ。すぐにまじめな顔に戻る。 「有希も寂しいんじゃないかな? 確かに静かなのが好きなんだろうけど。テレビも無いし。 だけど寂しく感じる瞬間もありそうじゃない」 否定しかけて思いとどまる。そう言えば前もそんな事を感じた気がする。 しばらく他愛のない雑談のあとハルヒは用事があるから、と帰っていった。 さて、俺も長門の家に行かないと。 長門の家の前で古泉と合流する。 「てっきり中にいるものだと思ってたが?」 「片付けが終わるまで待って欲しいと。涼宮さんはなんとおっしゃっていましたか?」 「長門の不調を心配している。体調不良だと思っているようだ」 「入って」 長門がドアを開け、俺たちを中に招き入れてくれる。そして和室を指し一言、 「こっちの部屋には入らないでほしい」 長門よ、余計な事は云わない方がいいと思うぞ。 「……うかつ」 長門は見た目上落ち着きを取り戻している。が普段の冷たさというか硬さが感じられない。 なんだか病み上がり感というか、……ふにゃっとしている感じがする。 「お茶をどうぞ」 一緒に片付けをしていたらしい朝比奈さんからお茶を頂く。ありがとうございます。やっと落ち着きましたよ。 「で、長門、どうなんだ? 遅刻とかは本当に体調不良じゃないなのか?」 「それは……」 赤面し言い淀む長門。う、ちょっとかわいい。 「遅刻は本当に寝坊。いつもは目覚まし時計は不要だが情報統合思念体の……」 そこで止まる。そうか、喜緑さんが言っていたのはこのことか。 「片付けをする暇もなかったんですよね」 「い、言わないで」 「あ、ごめんなさい」 慌てる長門の姿は本当に貴重だ。 あとは体力面だがこちらも情報統合思念体のアシストがなくなったたらしい。 「いきなり体力が下がっても体の使い方はすぐには変わりませんからね。 いつも電源アダプターをつないでいるノートパソコンが停電でバッテリーだけになったようなものですか」 古泉、お前はやっぱり解説係なんだな。 「学校は大丈夫か? 体育もだが登校の道のりもだ。結構長い坂道だぞ」 「それくらいなら何とかする」 「学校を休む手もあるが。忌引きとかどうだ?」 「無理。学校に連絡する保護者がいない。情報操作もできないので担任を説得しきれない」 そうか。それは盲点だった。じゃあ入院も無理だな。……おい、本当に病院に行く事態になったらどうするんだ? 「大丈夫。保険証はある。その他必要がありそうな証書類は最初から用意してある」 なら安心だ。 もし何かあったらすぐ連絡するように、と長門に念を押しマンションを後にする。 「一応機関が病院を抑えていますので何かあった場合すぐ対応できます」 古泉が今後の万が一を想定して、と語る。 「もし長門が倒れたとして解剖だの調査だのはしないのか?」 「確かにそんなことを主張するグループもいることにはいますが」 肩をすくめながら続ける。 「食が明けたとたん地球滅亡なんてことになったら目も当てられません。 情報統合思念体にとって涼宮さんを捨てるという選択肢もありますから」 確か長門はハルヒを『自律進化の可能性』と言っていたな。 可能性がない、または天秤にかけて価値が低いとなれば地球の存在などどうでもいい話となる。 なんにせよ長門が無事無難に過ごしてくれれば問題ない。 「あの~、大きな出来事はないと思います。未来で情報統合思念体の食関係での事件は聞いていません。 隠されている事実がとかがあったとしても、大事件ならその影響が必ずどこかに現れるはずですから」 朝比奈さんの太鼓判を押してくれた。朝比奈さん(大)も来ていませんし。そうですか、なら安心です。 日曜、そろそろ昼飯時かと思っていたら長門からヘルプの要請があった。 買い物に付き合って欲しい、ということだ。お安い御用だ。どうせ用事も無かったしな。 と、軽い気持ちで出かけたが、 「おい、お前の家は何人家族なんだ?」 「いつもこれくらい購入している」 いやいやいや!? 業務用のカレー缶1カートンをいつも買ってるのか? つうかどうやって持って帰ってるんだ? 車じゃないぞ? 「失念していた。いつもは、……何でもない」 絶対に情報操作だな。 呼び出されたのは小売りのある問屋で、いつもここであのカレー缶を買っているらしい。いいなここ、今度親に教えよう。 だが長門が買った量が問題で 「困ったぞ。荷台に乗りきらん」 「ごめんなさい」 でかい段ボール箱と米10kg。だからいつもはどうしてたんだよ。 荷台と前かごにカレー缶、サドルに米を載せなんとか運ぶことができ、遅い昼食を長門に振舞ってもらう事になった。 当然この持ち帰ったカレーだ。まあ普通にうまいからいいか。 玄関を開けてもらい台所へ……行けなかった。長門、何故とうせんぼする? 「荷物は玄関でいい。申し訳ないが玄関で待っていてほしい」 凄い早口で焦り気味な長門。そうか、呪文を唱えてる分鍛えられてるのかな。 今度は赤パジャマを言ってもらおう。黄巻紙の方がいいかな? って、 「なんでだ!?」 「……」 何も言わず台所の扉が閉まった。 台所からはガチャガチャと音が聞こえる。ははん、また片付けていなかったんだな。 ガチャン!! ……今のは絶対割れたな。 「長門!?」 「問題ない。大丈夫」 どういう意味で大丈夫なんだろうか? ようやくリビングに入れてもらい席に着く。和室を指さし、 「この部屋は覗いてはだめ」 ちょっと意地悪を言いたくなるな。 「いろいろ放り込んだからか?」 「違う。ちょっと待って欲しい」 目が泳いでるぞ。長門は逃げるように台所へ姿を消した。 ……目が泳いだ長門を見るのは二度目だ。 あの、長門が作り上げた世界。あいつは誰にも文句ひとつ言わず一人で何もかも抱え込んでいた。 今回長門が俺を頼ってくれたことは素直にうれしかった。 限度はあるだろうが、もっと俺たちを頼って欲しいもんだ。 いつぞやの、朝比奈さんと3人で食べたカレーが目の前にある。 違うのは朝比奈さんがいないのと 「その量はさすがに少なくないか?」 「問題ない。残りは晩に食べる」 いや、カレー缶の残量はどうでもいいんだ。お前のカレーの量は茶碗で収まるぞ。 そして 「指を切ったんだな」 「! だ、大丈夫」 なんだ、その「バレた!」的なリアクションは? 左手で右人差し指を押さえ、手の隙間からティッシュの端が見えている。どう考えてもおかしいだろ。 「本当に大丈夫か? 見せてみろ」 「大丈夫」 こいつの場合、多少無理しても「大丈夫」「問題ない」で押し通す傾向があるからな。 朝倉の攻撃やミクルビーム食らった時も大丈夫だと言っていたがどう見ても大惨事だったぞ。 今回は宇宙パワーがないだけに非常に心配だ。 「いいから見せてみろ。ガラスか瀬戸物を割ったんだろ?」 「大したことはない。気にしないで」 埒が明かん。強引に長門の手を取る。 「あ」 小さめの手、人差し指の指のはらに小さな切り傷があった。 「んー、血は止まってるな。絆創膏はあるか? 買ってくるぞ?」 「い、いい。もう大丈夫」 慌てて手を引っ込めて、また目を泳がす長門。まるで悪いことした幼児のようだ。 「いいか、長門」 ここは言ってやらないとな。 「別に怒ってるわけじゃないぞ。なにか起きたら俺に言ってくれ。 普段なら自分でなんとかできるんだろうが、今回は無理なんだろ? 今までお前に世話になってるし、いくらでも手伝うさ」 「あ、ありがとう」 若干顔を赤らめる。 確かに人に物事を頼むのは勇気がいるかもしれないが、 俺がそのハードルを下げる役割をやってやる。 他ならぬ長門、お前のためならいくらでも頼まれてやるさ。 ついに平日が始まった。あの長門の調子だと非常に心配だ。登校後、自分のクラスに行く前に6組をのぞく。 長門はまだ来ていない。朝から部室に行っているのか?嫌な予感がして長門の携帯に電話をかけてみる。 ………出ない。呼び出し音がするから電源が入っているのは間違いない。 登校中でカバンの中で鳴っているのに気付いていないだけだろう。まさかな、と思い家の電話にかけてみる。 ……1……2……3…… ところで電話の呼び出し音は何回くらいで諦めるもんだろうか? 留守電になったら出ないのは確実だが5、6回目くらいでいないのかと思い 切ろうかと思うがいやまて、あわててキッチンの火を消したりしてたらちょっと遅れるかもとも考え 結局俺は10回をめどにし 『………』 やっぱり10回位は必要だな……って、え!? 「長門! お前なんで家にいるんだ!?」 『え。 あっ!』 「OK、長門。遅刻は確実だ。開き直ってあわてず 『ガチャンガチャゴトゴト……タタタタ…パタパタパタ…ドタン!…ゥゥゥ…パタパタ…』おーいながとー!」 受話器を投げてあわてて準備を始めているのだろう。まずいなあ。 「キョン?」 げぇ、ハルヒ! 「なんで6組なんて覗いてるわけ? ひょっとして有希目当て? あんたあたしに隠していやらしいこと考えてない?」 「い、いやなんだ、その、本だ! あいつに本を借りる約束しててな」 「あんた本なんて読んでたっけ?」 「失敬な。んで『いやらしいこと』ってなんだよ?」 「え、な、何でもないわよ!」 「へ~」 「信じてないなこのバカキョン!」 話を逸らせたことと予鈴によってこの場は何とかごまかせた。 1時間目の退屈な数学。なんとか俺は自我を保ち板書をノートに書き写していた。 ハルヒはとっくに夢の世界へ。よく見つからないな。 そんな時、廊下側に動く影が目に入る。長門!? 俺のクラスを通り越していく小柄な影。 数秒遅れてざわつく隣のクラス。 長門よ、本当に心配だ。 ようやく休み時間となり、待ち構えていた俺はそっと6組をのぞく。 長門の周りには人だかりができていた。 そうだよなぁ。完璧超人が遅刻してきたら注目の的になるよなぁ。 だが今の長門がこれだけの人数を相手できるのか? もみくちゃにされて 「キョン!」 またハルヒか。 「そんなに楽しみにしてる本なの?」 「あ、ああ。何でも猫飼い必読のSFらしくてな」 「なにそれ? あんたそんなにシャミセンをかわいがってたっけ?」 「毎日一緒に寝てると愛着もわくってもんさ」 「へー …いいなぁ……」 「いいだろう」 「あ、え、そうね! あたしもちょっと飼いたいんだけどさ、ええと、親が動物苦手で……」 結局休み時間に長門に会うことができなかった。 昼休み、弁当を持って部室へ行く。いつもなら長門が先に来て本を読んでいるところだが。 ……来ないな。 弁当を食べ終え、パソコンでニュース系サイトを眺めたりしているがまだ長門が来ない。 うーん、教室にいるのか? それとも食堂か? いつも会いたいときに会える長門に会えない。そんなことはあの世界だけで十分だ。 いや、そのときだって長門はいてくれたな。自分を変えちまっていたが。 いつだって長門はいてくれていた。 何を考えているんだ、俺? 長門は遅刻しながらもちゃんと来てたじゃないか。 放課後になったらいつも通りSOS団に来るさ。 今週のハルヒは掃除当番である。 ちょっとだけ長門と話せる時間がひねり出せるな、 と思いつつ6組の方を見てみると長門が6組女子に拉致られそうになっていた。 「! ………」 俺を確認したらしい長門は眼鏡越しに何かを訴えてきている。 「長門、どうした?」 「あれ? 5組の誰だっけ?」 「キョンくん」 「そうだキョンくんだ。長門さんに用?」 俺の本名はどこ行っちまったんだ? 「まあ用と言えば用だが。これから部室に行くんだが一緒に行くかな、と思って」 「ええ~~あたしたち今からみんなでカラオケに行くんだけど。長門さんも一緒に」 なに!? 「長門、そうなのか!?」 「ち、違う……」 困り顔の長門。 「行くとは言ったけど今日は駄目……」 「えーいいじゃん」 「いこいこー」 どうやら誘いを受けて断りきれなかったらしい。 「あー、長門も困ってるみたいだしまた今度にしてくれないか?」 「ってあんた長門さんの何?」 う、それを言われると辛い。 と、一人が急に 「あ! ごめん気付かなかった。長門さん先約あったのね? 早く言ってくれないと!」 ニヤニヤと俺と長門を見比べはじめた。 「キョンくんもごめん。わたし達も気を使うべきだったよ」 「そうだそうだ。ごめんねー」 「「「ごゆっくりー」」」 何だったんだ? 長門を残して6組女子連中は行ってしまった。 「長門、何かあったのか?」 「話せば長くなる。まずは部室に行くべき」 そういうとスタスタ歩き始めた。いつもの長門の行動だが今は凄く不自然にみえる。 なんだか無理して演技しているようだ。 その証拠に廊下の人ごみに阻まれて進めないでいる。 普段なら文字通り数歩、数十歩先を読んで障害物を避けながら進んでいくのに、今日は目の前しか見ていない。 「長門、一緒に行こうぜ」 長門はこくんとうなずいて俺についてきた。 朝比奈さんが着替え中ということで廊下で待つ。が、 「長門、お前は入っていいんだぞ?」 「あ」 完全に長門は別人になったみたいだな。そんなに情報なんちゃらの影響力って凄いのか? しまった、今の時間に長門と打ち合わせしとくべきじゃなかったのか。 「こんにちは。長門さんの様子はどうですか?」 古泉か。 「おう。あんまりよろしくない」 「それは困りましたね。隣のクラスなのに良くないと分かるとは深刻です。それとも監視していましたか?」 「監視っていうな。……まず今日も長門は遅刻した」 それを聞いた古泉はうなづく。 「らしいですね。本当に深刻な状況かもしれません」 「どうぞー」 メイドな朝比奈さんが俺たちを迎え入れてくれた。 表面上はいつもの活動通りだった。 遅れてきたハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんがお茶関連の作業で俺と古泉がゲーム。 まったくもっていつもと同じ。 ………。 『舟を漕ぐ』という表現を考えた人間は誰だろうか? 居眠りに対してこれほどの文学的な表現を与えた人物は。 今まさに夢の世界という名の大海原に漕ぎだしている長門有希を見てそう思う。 まてよ、大海原なのに手漕ぎボートは危険じゃないのか? あ、ガレー船か。納得。っていうかやっぱり戦艦なのか? 長門だけに。 「ちょっとキョン、何やらしい目で見てんのよ」 小声でハルヒが俺を非難する 「やらしくなんかないだろ。この慈愛に満ちた眼差しをやらしいと感じるお前が汚れてるんじゃないのか?」 「なんですって!?」 「涼宮さん! 長門さんが起きちゃいますよ!」 そうですよねぇ、朝比奈さん。 「……このバカキョンが」 今は長門の寝顔鑑賞会となっている。 「やっぱり有希って体調悪いのかなぁ。土曜からおかしいじゃない。」 心配そうにハルヒが言う。 「それとも寝不足? そんなに面白い本があるなら教えてもらおうかしら?」 長門が持っている本をのぞきこむ。 「……洋書?」 ハルヒが頭をあげたときに長門がこっくりと頭を下げた。 「ひぇっ」 ごん かちゃ 「あだ!」 「ぐ!」 順番に 朝比奈さんの悲鳴、ハルヒと長門の激突音、眼鏡がずれる音、ハルヒの間抜け声、長門のうめきである。 両方からの加速度で破壊力も倍増しハルヒは後頭部、長門はでこを押さえうめく。 「ごめん有希!」 「なに??」 まだよくわかっていない長門。 「だ、大丈夫ですか? 今、すごい音がしましたよ」 朝比奈さんはぶつかる前に悲鳴を上げていましたね。 「長門さん、眼鏡は大丈夫ですか?」 「え?」 古泉に問いかけられ顔をあげる長門。その瞬間 がちゃ 「あ」 かろうじて耳に引っ掛かっていた眼鏡が床に落ち、 「「あああ!」」 ハルヒと古泉とがハモる。残りのメンツは固まったまま。 情報操作の能力がなくなって運まで落ちるのか、長門? 眼鏡はレンズを下にして落ち真ん中に大きな傷をつけていた。 「……」 「ご、ごめん有希!!」 「……いい」 かえって冷静になったのか傷つき眼鏡をかける長門。しかし 「……視界が大幅に悪化している」 お前が違和感感じるのと同じくらい外見も違和感ありまくりだぞ。 真ん中に派手なクモの巣状のひびが入っている。 最近の眼鏡はプラレンズばかりでガラス製は無いと聞いていたがプラでもこんなにひびがいくのか? 「買い替え、ですねぇ」 「僕の知り合いの眼鏡屋を紹介します」 古泉、お前はとことん便利な奴だな。 「ああ、ごめん、ごめん有希! ちゃんと弁償するから!」 古泉の知り合い、という駅前の眼鏡屋で長門の眼鏡を選ぶため、団活は終了。 先頭を古泉と俺、続いて長門と朝比奈さん、遅れてとぼとぼとハルヒがついてくる。 流石のハルヒもへこんでいるようだ。 車を避けるために足を止めると背中に衝撃を感じた。 「長門?」 「すまない、よく見えていなかった」 「そういえば長門、お前視力いくつだ?」 「正確な数値は覚えていない」 「そうか。だが、だいぶ悪そうだな。」 俺はこの時、長門が『正確な数値を覚えていない』と発言したことに軽い衝撃を受けた。 ハルヒの見立てでフレームが選ばれ、レンズ作成まで1時間ほどだった。 長門の視力が非常に悪く高いレンズを取寄せする関係で本当はもっとかかるハズだったが、 そのあたりは機関パワーでなんとでもなるらしい。 新川氏あたりが工場から運んできたんだろうか? 誰にどのフレームがあうかと誰でもやる他愛のない遊びをしているうちに眼鏡が出来上がっていた。 夕方遅くになっていたため眼鏡屋で解散したがすぐ長門に携帯電話で呼び出された。 「どうした?」 「……目がまわって気分が悪い。眼鏡酔いと呼ばれる状態。できれば家まで送って欲しい」 相当弱っているな。 自転車の後ろに長門を乗せ、マンションまでの長くダラダラとした坂を登る。 いつぞやの3人乗りの時と違いしっかりと長門の体重を感じながらペダルを漕ぐ。 それにしても長門、お前はこんなに軽かったんだな。 こんなに小さく軽い長門が大げさに言えば全地球の命運を担って頑張ってきていた事を考えると なんだか涙が出そうになってきた。すまん、お前にばっかり頼っていた。せめて今だけは俺たちを頼ってくれ。 それが俺たちに出来るお前へのせめてもの恩返しだ。 「……ごめんなさい」 「いや、謝るのは俺の方だ。だがなんで声をかけてくれなかったんだ?」 「……気が引けて声をかけることができなかった……」 後ろにいる長門に想いを馳せているうちに、後ろに長門がいるのを忘れていた俺は自宅まで長門を連れてきてしまった。 アホだ。アホすぎる。誰にもこの姿を見られていなければいいが。 せっかく連れてきたのと妹にいきなり見つかったのと俺の母親が世話好きなのが重なって 長門を我が家の晩餐に招待することのなった。 唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯というレパートリーに何のコンセプトのないごく一般的な家庭のメニュー。 小食になった長門はサバの塩焼きに手間取り、唐揚げに手が伸びていない。 先週、長門が貧血で倒れている、と思っている母親は長門にもっと食べて欲しそうだったが。 妹は大食いの長門を知っているから勝手に長門の皿に唐揚げを載せていく。 涙目気味の長門の視線を受け俺が唐揚げを処分していく。 おかげで俺まで涙目気味だ。 食事の後、長門を再び自転車の後ろに乗せマンションに向かう。 妹は遊びたがっていたが今日は月曜日だぞ。まだ週が始まったばっかりだ。 マンション到着後、長門にお茶を誘われたがやはり同じ理由で断って家にとんぼ返りする。 母親の長門に対する質問攻めをなんとかかわし、 いきなりフルスロットルで始まった一週間の1日目をようやく終わらせることができた。 『よかったら…………持って云って』 長門、悪い。お前じゃないんだ。 『……』 そんなに泣きそうな顔をするな。 『……』 違う、お前じゃない。俺の長門は ………… 夢か。 眼鏡をかけ、オロオロしているあいつを見て脳みそが記憶を引っ張り出してきたらしい。 ………… 長門。 ハルヒの悪だくみに巻き込まれ、文芸部部室と共にSOS団に組み込まれた女子。 あの頃も眼鏡だったな。いつから眼鏡じゃなくなったんだっけ? 初めて部屋に呼ばれた時も眼鏡だったな。 あの時あいつの話を聞いた時は可哀相な電波女だと思ったが 朝倉に殺されかけた時、真実の尻尾あたりを見せつけられた。 尻尾どころか毛先の枝毛くらいなのかもしれんが。 そうだ、その時あいつは『眼鏡の再構成を忘れた』とか言っていたな。 それ以来あいつは眼鏡をしていない。 ああ。俺があいつに『眼鏡をしてない方が可愛い』って言ったからだ。 唐突に気付いた。 ………… 4時か。まだ寝れるな。 火曜3時間目は5、6組の合同体育授業である。 5組の教室が女子の、6組教室が男子の更衣場所となる。 であるからして、 「やっほー有希! 調子どう?」 長門が着替えに俺のクラスに来た。 「大丈夫」 「そ、よかった」 長門が俺の机の上に体操着袋を置く。 「んじゃな」 こくんとうなずく長門。昨日買った真新しい眼鏡。うん、良く似合う。しかし俺はやっぱりない方がいいなぁ。 「おいキョン、長門有希は眼鏡に戻ったのか?」 谷口は相変わらず女子に関して目ざとい。その観察力と情熱を少しでも勉強の方に振り分けたら多少人生が変わるぞ。 「女に目を向けているから人生が楽しい方に変わったんじゃないか。しかしやっぱ長門有希は眼鏡の方がいいな」 お前は眼鏡属性ありなのか。 「そうかな? 僕は無い方がいいと思うな」 おお、国木田。お前はわかっている。 そして授業開始後10分で事件が起きた。らしい。 というのもハルヒからの伝聞だったからだ。 「1500m走の2週目でダウンしちゃったの。信じられる!? マラソン大会で2位の有希がよ!? 絶対おかしいわ! 何か病気なのかしら。心配だわ」 確かに心配だ。また眼鏡酔いか? 「あの娘一人暮らしでしょ? だから体調崩しても見てくれる人がいないわけじゃない。大丈夫かしら?」 確かに。宇宙パワー全開の時は全く気にならなかったが今は物凄く心配だ。 そして今俺には逼迫した心配事が別にある。 「なによ?」 「長門の制服一式がそのまま俺の椅子と机に残っているんだが」 長門は保健の先生に連れられてタクシーで早引けしていた。俺の机に制服を残して。 そして放課後、SOS団と6組の女子連中で長門家へ見舞に行く事でもめている。 正確にはハルヒと6組女子だが。 ハルヒの言い分は団員だから。6組女子の言い分はクラスメイトだから。まあどっちもわかる。 じゃあ一緒に行けばいいじゃないか。 「人が多すぎて迷惑じゃないの!」 んじゃあハルヒと6組女子で行けばいいじゃないか。 「あんたの預かってる服はどうすんのよ! ……ってあたしが預かればいいのか。 そ、そうね。あたしと6組で行ってくる。団は休みにしてもかまわないから」 たまにハルヒは抜けたところがあるな。 そういや昨日、長門が6組女子に連れて行かれそうになっていたな。 何が起きたかを聞こうと思っていたがすっかり忘れていた。 まあ、あの様子じゃいじめとかじゃなさそうだから急ぐこともないか。 団は休みじゃない。 むしろハルヒがいないことによって遠慮なく話し合いができるってもんだ。 「事態は意外に深刻そうですね。取りあえず想像以上に長門さんが弱ってることがわかりました」 「喜緑さんはどうなんだろう?」 「昨日の体育では普段どおりだったような気がします」 朝比奈さんが小首をかしげる。 「しかしまいったな。これからずっとこんな調子なのか?」 「大いにあり得ますね。長門さんが休まない限り」 「でも長門さんは休みたくないみたい。やっぱり学校が楽しいんじゃないのかなぁ。それとも、ううん、何でもないです」 「朝比奈さん、気になることがあったら言ってくださいよ。何かヒントになるかもしれませんから」 「ええと、うーん、そう! 長門さんはまじめだから涼宮さんの観測を続けないといけないと思ってるんじゃないかな」 「……そうですね。その可能性も高いでしょう」 「古泉、何かほかにあるのか?」 「いえ、あらゆる可能性があると言いたいだけです。何せ長門さんが何を考えているかなんて想像不能ですから」 こいつはいけしゃあしゃあと嘘をつくからな。お前が何を考えているかも想像できねえよ。 だが長門の考えがわからないのは確かだ。 「さて、長門と連絡をとりたいわけなんですが、あの、朝比奈さんお願いします」 「へ?」 「いえ、今ハルヒと6組女子が長門の家にいるはずなんで。俺がかけると怪しまれるというか……」 「あ、そうですよね。わかりました」 「連絡する事とは何ですか? 夜でもかまわないのではないでしょうか?」 古泉が不思議そうに聞く。 なんとなくあいつの声を直接聞きたかっただけなんだが 「今日の場合、夜だと寝てる可能性があるからな。今なら騒がしくて起きているだろう。 用という用は特にないんだが、今のうちに長門にリクエストがあるなら聞いておきたいし、 元気なようならまた夜に電話できる」 ごまかしておく。半分は本当に長門の要望を聞いておきたいとは思っている。 「なるほど」 「かけますね」 朝比奈さんが長門に電話をかける。すぐ出たようだ。 「もしもし、朝比奈です。…… 元気ですか、え? ……そんな、わかりました。すぐ行きます」 え、何があったんですか!? 「涼宮さんと6組の子とで険悪な雰囲気になってるみたい」 おいおい、どうしたんだ、ハルヒ!? 「キョンくん、5組と6組で対立していましたか?」 いやそんなことはありませんでしたよ? 「取りあえず急いで行ったほうがよろしいでしょうね。タクシーを……」 「古泉くんとキョンくんは来ないでください。これは女の子の話なんで」 珍しくきっぱりと朝比奈さんは言い切った。 「すいません喜緑さん、事態がさっぱり飲み込めないんですが……」 「そうですね、わたしもどこからどう説明すればいいのやら……。とにかく来てくれてありがとうございます」 「あ、いえ、長門とのサポートの約束でもあるんで気にしないでください」 喜緑さんの説明によると、 見舞いに行ったハルヒと6組女子の間が何故か険悪になり、 朝比奈さんと鶴屋さん(学校を出る前に一緒になったらしい)が長門マンションに着いた途端激化、 長門が泣き出した、長門が泣くというだけで異常事態だと分かるが、 その時に喜緑さん到着でみんな追い出され俺が召集を受けた、となるようだ。 ついでに言うとまだ部室にいた俺が喜緑さんの電話を受けている時、古泉は機関から電話を受けていた。 つまり 「閉鎖空間が発生しました。なにか涼宮さんの機嫌を悪くする事態が発生したようですね」 と結構深刻な状況となっていた。 ちなみに長門は寝ている。どうやら本当に体調を崩したようで、枕もとには病院で出た薬が置いてある。 「保健の先生によると風邪だそうです」 「あの、喜緑さん、何故知っているんですか?」 「言ってませんでしたっけ? わたしと長門さんはいとこ、ということになっています」 ああ、なるほど。 「緊急連絡先はお互いにしているので学校から連絡がありました。 本当はもっと早く帰って看病しようと思ったんですけど、買い物しているうちに遅くなりまして」 しかしなんでそんな騒ぎになったんでしょうか。 「いくつか理由があるようですが」 喜緑さんは何故か意味ありげに俺を一瞥し、 「要はみんな長門さんが好きなんですね。で、取り合いみたいになったようです。 朝比奈さんと鶴屋さんは中立の立場で説得しようとしたみたいなんですが、 長門さんのクラスメイトはそうは思わなかったようですね。 涼宮さんとよく一緒にいるところを見られてますから彼女たちの考えもわかります」 たしかに。 喜緑さんが溜息をつく。 「あした朝比奈さんと鶴屋さんに会って謝らないとダメですね。一緒に追い出してしまったんで」 「あの2人ならわかってもらえますよ」 「だといいんですが。でも残りの子には反省してもらわないとダメですね。 具合の悪い有希ちゃんの前で何を考えているんだか…… 常識ってものがないんでしょうか? 自分がされて困ることは他人にやっちゃダメでしょ! ただでさえ有希ちゃんは弱っているのに!」 うわ、ちょっと本気で怒ってる。長門に対する呼び方が素になっていますよ。 「あなたにもしっかりしていただかないと」 俺!? 「だいたい有希ちゃんがあなたに……。すいません、筋違いですね。ちょっとその、興奮しました」 「あの、長門の風邪は大丈夫なんでしょうか? 免疫力がなくてひどい状態になるとか……」 「そのあたりは大丈夫です。確かに普段は情報処理で体調を整えていますが、通常の人間くらいの抵抗力はあります。 ただ、いつも情報処理で症状をキャンセルしているので、いきなり体験するとしんどいかもしれませんね」 「そうですか。念のため明日は休みの方がいいと思うんですが」 「嫌」 「長門!?」 いつの間にか目を覚ましていた。なんかパジャマの長門も可愛いな。いかんいかん、鼻の下を伸ばしている場合ではない。 「休まない。学校は行く」 「有希ちゃん、明日は休みましょ。それとも何か用事があるの?」 「用事は、無い。ことも、無い……ない」 えらく歯切れが悪いな。 「とにかく休む気はない」 知ってはいたが意外と長門は強情である。これは説得に時間がかかりそうだ。 「ええと、」 喜緑さんが長門の耳に口を寄せ 「……………」 何故か慌てる長門、そしてちらっと二人で俺を見て 「わかった。休む」 喜緑さん、いったいあなたは何を言ったんでしょうか? 「簡単なことです。ひとつお願いがあるんですが」 はい? 「明日、ここに寄ってくれますか? お土産付きで。長門さんは食いしん坊なんで」 「最後のは余計」 なるほど、食べ物で釣るわけですね。 「わかりました。長門、何食べたい?」 「……あなたに任せる」 しかし喜緑さんは長門に何を吹き込んだんだろうか? 「……」 「……………」 ずっと背後からプレッシャーを受けながら順調に午後の授業は進んでいく。 今朝からハルヒは機嫌が悪い。事の顛末は知っているが、それを知っている事をハルヒに知られるとまずいことになる。 なんかややこしいな。というわけで知らない振りしてたずねる。 「ようハルヒ、長門の様子はどうだった?」 「……」 「……ハルヒ?」 「風邪よ。だから有希は元気がない」 「……んで?」 「それ以上でもそれ以下でもない!」 会話終了。 それ以上は話しかけるな的な視線で睨みつけてきた。なんか最初に会った頃を思い出すな。 そして今に至る。ちなみに長門は休み、古泉も休み、朝比奈さんまで休みである。 朝比奈さんが休んだことによって鶴屋さんも喜緑さんもブルー気味で、まさにデフレスパイラル。 なんでそんな事を知っているかって? 昼休みにハルヒが食堂に行っている間に鶴屋さんと喜緑さんという異色のコンビがうちのクラスまで訪ねてきたからだ。 「ごめんねーキョンくん。みくるがさぁ、ショック受けて休みなんだ」 「ごめんなさい」 「あー、えみりんは悪くないっさ。ちょっとみくるが勘違いし過ぎてるだけだしさぁ」 「ですが……」 「残念ながらみくるは空気を読むというか以心伝心というかちょっとそっち方面が弱くて……」 痛々しい程の気のつかいあい。 「あの、喜緑さんから朝比奈さんに電話してみればいいんじゃないですか?」 「しました……」 「演技で一緒に追い出された事に気が付かなかったことにみくるは落ち込んでいるんだよ……」 ……そうですか。そっちでしたか。 「正確には『そっちも』だね。二重に落ち込んじゃってさ……」 「キョン、いくわよ!」 放課後、強引にハルヒに部室まで連れて行かれる。 「なぁハルヒ、なんかみんな休みらしいんだが今日の活動はどうするんだ?」 「みんな? どういうこと? なんであんたが知ってるの?」 「い、いや、古泉から『今日は体調不良で休むからゲームを持って行けなくてすまない』みたいなメールが来てたし 昼にたまたま鶴屋さんに会って朝比奈さんが休みってこと聞いたし、」 しまった、長門をどうする。 「あたしんとこにみんなから休むってメールは来てるわ。で、なんで有希の休みまで知ってるの?」 頑張れ、俺の灰色の脳細胞! 「え、な、長門からも休むってメールが来たぞ?」 「ふーん」 ジト目で俺を見る。間違いない、疑っている。 「直接電話じゃなくて? 見せてよ、携帯」 やばい、今日は長門からメールも電話も来ていない。つーかなぜすんなりと信じない? それに喜緑さんからの着信を見たらハルヒがどう思うかわからない。絶体絶命だ。えぇい、ままよ、 「おーいハルにゃーん!!」 「あ、鶴屋さん! みくるちゃん休みなんだって?」 救いの女神は鶴屋さんとして降りてくださった。 「そうなんだよ。風邪だってさ。これから見舞いに行くけどハルにゃんもどうだい?」 「当然! って言いたいところなんだけど、困ったことに有希も……、い、いいわ、みくるちゃんのお見舞いね!」 長門の名を出した瞬間、ちょっとだけ顔をしかめたのは昨日喜緑さんに追い出された事を思い出したんだろうか? 「そうね、キョン、あんたは有希の見舞いに行ってきなさい! あたしはみくるちゃんとこに行くから! 鶴屋さん行きましょ! みくるちゃん食欲あるかしら? ケーキがいいかな?」 「う~ん、買って行って駄目なら冷蔵庫に入れとけばいいよ。キョンくんまったね~~」 鶴屋さんは俺に意味ありげなウィンクをして、ハルヒと共に行ってしまった。 その全行程30秒、ハルヒはよっぽど昨日の出来事が気まずかったんだろうか? 即決で長門の見舞いを俺に任せた。まぁ、絶好の機会だ。ハルヒ公認の元、堂々と長門の家に行けるんだからな。 ……公認って。何様だ、ハルヒ? 喜緑さんの分を含めてコンビニで適当にプリンやらヨーグルトやらをカゴに放り込む。 あいつは何が好きだっけな? カレーは売るほどあったな。 そう言えばおでんを一緒に食った覚えが……。 あー。 あの時だ。 朝倉もいたな。 ………… いかんいかん。気にし過ぎだ。 取りあえずデザート系だけでいいだろう。 最近はスイーツって言った方がいいのか? しかし長門は浮ついた流行的な言い回しはしそうにないし、 ハルヒは意外と古風というか流行に鈍感だしまずズレている。 朝比奈さんは長門的、古泉はハルヒ的な感じでやっぱり言いそうにない。 ううむ、時代に惑わされないSOS団か。『SOS団』っつーネーミングセンスもどうなんだ? などとアホなことを考えながらレジを済ませ、長門のマンションに到着する。 手慣れた手順でインターフォンの番号を押し … …… ………? へんじがない ただのしかばねのようだ なわけあるか!! 寝ているのか? それともどこかへ出かけてるのか? ずっと寝ているのも退屈だろうし。 でも俺が行くことを知っているんだから連絡くらいは欲しいもんなんだが。 電話してみるか、と携帯を手に取るといきなり電話が鳴りだした。 【発信者:長門 自宅】 へ? 家にいるのか? 『ごめんなさい。あと10分待って』 開口一番長門が謝ってきた。 「いや、かまわんぞ。でもなんでインターフォンに出なかったんだ?」 『……片付けをしていて………』 「そうか。わかった、待ってるぞ」 ううむ、これで片付けを理由に足止めされたのは何度目だ? 「こっちの部屋は絶対に開けないで」 「だから下手に言われると余計に見たくなるって。『鶴の恩返し』くらい知ってるだろ?」 「……」 今の長門はすぐに赤面する。意外な一面が見れて嬉しい半面、『あの世界』の長門を思い出し胸が痛む。 あの時は躊躇なく元の世界に戻るためにエンターキーを押したが、 はたしてそれが真の正解だったかどうか、今でもたまに考えることがある。 確かにハルヒがいない、朝比奈さんと鶴屋さんは赤の他人、古泉もいない。 いるのは小心者の長門と朝倉だけ。すこし寂しい世界だ。 だがハルヒが変態パワーを持ち、それに群がる宇宙人、未来人、超能力者がいる今こそ変な世界じゃないのか? もしあの時 「?」 長門が不思議そうに俺を見ている。 「い、いや何でもない。それより冷蔵庫にプリンを入れないとな」 あわてて台所に逃げた。 さて結構プリンやらヨーグルトやら買い込んできたからな。冷蔵庫に空きはあるかな、と。 扉をあけるのにはたいして力入らなかった。中からの圧力でパワーアシストされたからだ。 「わたしがやる!」 惜しかったな、長門。あと半秒早かったら間に合ったかも知れん。 しかしよくこれだけ詰め込んだな。ポテチは冷蔵庫に入れなくていいんだぞ。 あとジャガイモは入れると悪くなるからな。食パンは場合によるな。 と、振り返ると今にも泣きそうな長門が立っていた。 「ありがとう。今日は帰って」 「な、長門!? 」 「帰って」 い、いや、そんなに気にするほどの失敗じゃないだろ。 「…………………………………………」 いつものような無表情を頑張って作っているのに瞳はうるうるとした長門。 ちょっと和んでしまったが、その俺の表情が癇に障ったらしい。 「帰って!」 長門にマンションを追い出され、特に用事もなかった俺はそのまま自宅に帰り、 なんとなく悪いことしたな、と思いつつもそこまで悪いことだったか? などと気分が晴れないまま飯を食い風呂に入ってだらだらしながら やっぱ長門に謝っておくか、あいつは今不安定なんだし、と携帯電話を手に取った時着信があった。 【発信者:喜緑さん】 喜緑さんはいきなり謝ってきた。 『ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに』 いえ、そんなこと大したことじゃないです。それより長門の方は。 『その、寝室から出てきません。長門さんに謝らせようしたんですが』 いやぁ、悪いのは俺の方で 『いえ、自分の失敗がばれて逆ギレなんて許しません。明日必ず謝らせますから』 その、そんなにおおごとでも 『すいません、有希ちゃんの為でもあるんで。この辺りはきっちりとしておかないと』 なるほど、保護者として長門を教育するにはいい機会なんだろうなぁ。 最後に喜緑さんは俺が持っていった巨大プリンの礼を言って電話を切った。 なかなか売っていない代物らしい。 たしかに珍しいと思って買ったんですが喜んでもらえてなによりです。 ただ一つ残念なことがあるとすればみんなで食べたかったことくらいですね。 なんとなくモヤモヤは晴れつつあったが、明るい気分になれず早めに寝ることにする。 長門、今日もお前は俺の夢に出てきそうだ。 やはり長門は夢に出てきた。 あの世界でオドオドとした長門は俺を恐れ逃げてしまった。 俺は頼みの綱である長門を探しまわったがどこにも見当たらずという焦燥感の中、目覚まし時計でこの世に帰ってきた。 早く長門に会いたい。 まぁ、案外早く俺の願いは叶えられた。 朝、学校の校門前に着くと長門が俺を待っていてくれたからだ。善行は積むものだ。 ただ、しょんぼりとした、そう、まさに『しょんぼりと』俺を待ち構えていたのだが。 「ごめんなさい」 いきなり謝ってきた。 「いや、いいんだ。ちょっと俺も調子に乗っていたかもしれん」 あまりに真剣で申し訳なさそうな顔をする長門を見るとこっちが悪い事をした気になる。 俺も謝っておけば長門も少しは気が楽になるだろう。 「いいえ、あなたは全く悪くない。全面的にわたしが悪い。ごめんなさい」 い、いいから頭を上げろ。 「大丈夫だ、怒ってなんかないぞ」 「本当?」 う、見上げた顔がちょっとかわいい。 「ああ。怒っていない」 「……ありがとう」 早く長門と和解できてすごく楽になれた。 胃の不快感はすっと消え、授業中もよく眠れそうだ。 と、アホなこと考えながら長門と一緒に教室までいくと今度はハルヒが待ち構えていた。 こっちは『しょんぼり』とは程遠い仁王立ちだが、表情は真剣だった。 「有希! ごめんなさい!」 おとといの話なんだろう。 「あなたは悪くない。わたしがイライラしていただけ。見舞いに来てくれてありがとう」 「有希が体調悪いのに騒いだあたしが悪いの」 「大丈夫。来てくれてうれしかった」 一応双方の気が済んだようで予鈴とともに長門は教室に入っていった。 さて俺も 「で、なんであんたが有希と一緒に教室に来たのよ」 いいだろ、流せよそこは。 「たまたまだ。それよりなんで長門に謝ってたんだ? なんかしたのか?」 一瞬嫌なことを思い出したような表情の後、しまった、顔に現れた!的な表情、そして 「何でもないわよ」 無表情。 それっきりハルヒはだんまりを決め込んだ。 「ようキョン、ラブラブだな、それとも『ラヴ』がいいか?」 ち、谷口か。タイミングが悪い上に下品なやつだ。 席に向かいつつ戯言を聞き流す。ってラブラブってなんだ? 「しっかし最近の長門はなんかかわいいな。 眼鏡もだがちょっと表情でるだけであんなにレベルが上がるとは。 俺もまだまだ見る目がないな、クソッ」 心底悔しそうな谷口。アホか。 「お前、涼宮は見間違えたが、早い段階で長門を見つけ出してるからな。正に『機を見るに敏』ってやつだな、キョン。」 な、なんでここでハルヒと長門の名前を出すんだ! しかも面倒なハルヒの近くで 無表情だったハルヒの横顔がこわばるのが見えた。 谷口、帰れ! 早く席につけ! 始業時間だ! 「きっちり長門をゲットしてるんだからなー。待ち合わせかこのヤロー」 「おーい早く席につけー」 岡部、遅いぞ……。 ハルヒの何とも言えない不機嫌オーラを背中に感じつつ数学の授業は進む。 初めて授業が終わらないでくれという気になった。 しかし時間の流れは正確無比で、 そういや朝比奈さんは時間の流れはパラパラ漫画みたいなものだと説明していたが 紙の数は増やすことはできるのか? 増えても紙が薄くなったら意味はない? などとSF物理学もどきを思考しているうちに きっちりと終了時間が来た。 ガタン、後ろの席から大きな音、そして首根っこを掴まれ、 「す、涼宮!? なにすんだ!?!?」 「いーから来なさい!!」 谷口がハルヒに拉致されていった。 「キョン、谷口は何かしたの?」 知るか。……知ってるよ、今朝の発言の真意を問いただす気なんだろう。 「ふーん。僕の勝手な予想だと涼宮さんはキョンの外堀を埋めようとしているんだと思うんだけど」 国木田、実のところ同意だ。だから俺は行く。 「急いだ方がいいね。間違いなく次は長門さんの番だから」 ああ。……なんでお前まで長門の名を出すんだよ。 廊下から6組を覗くと長門は女子に囲まれていた。ここから長門を連れ出すのか? 絶対無理だ。 待てよ、このバリケードを突破するのはさすがにハルヒでも無理じゃね? よし、君たちに託す。頑張れ6組女子連合!! 「あたしは有希に用があるの!!」 「わたし達も長門さんに用があるのよ!」 最悪だ。まさかハルヒが特攻かまして長門を連れ出そうとするとは思わなかった。 いや、その可能性に気付くべきだった。 なにせ転校直後の古泉を拉致したり商店街での物資提供交渉を成功させた女だ。躊躇するわけない。 「あんた5組でしょ!? なんで勝手に入って来てるの?」 「いいじゃない、教室移動で入ったり出たりしてるでしょ」 「次の時間は違うでしょ」 大声でやりあっているから当然野次馬も集まる。 長門は、あいつは無事なんだろうか。人ごみでどうなっているかよくわからない。 すると 「……」 マンガの喧嘩のシーンで当事者が囲みからこそこそ出ていくシーンがあるが まさか本当にそんなことができるとは思わなかった。 「長門!」 6組の男子連中にカバーされ長門は教室の外に出てきた。 意外と長門は6組に溶け込んでいるようだ。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫、それよりトイレに……」 あ、ああ。早く行ってこい。 「おいキョン、早く涼宮を回収してくれ!」 顔なじみの6組の奴に文句を言われる。 「うちの女子が涼宮と喧嘩するのも困るがそれ以上に長門さんが迷惑するだろ」 す、すまん。 「クソ、何だって長門さんは……まぁいい、それより」 「早く連れ帰ってくれ!」 何とかうちのクラスの連中の手を借りてハルヒを引っ剥がす。 「何すんのよキョン! 国木田! あんた強く引っ張りすぎよ!」 「アホか! なんで他のクラスで騒ぐんだ!」 「あたしは有希に用事があったのよ!!」 「時間切れだ」 移動教室をはさんだりしてなんとかハルヒを6組に突入する事態は避けることに成功した。 が、そもそも何故ハルヒが長門を追いかけているかを俺は失念していた。だから 「いいわ。直接執行よ」 昼休み、ハルヒは食堂へ行かず俺を端まで追いつめた。 「何がだ」 「キョン、あんた今朝有希と何があったの!」 不覚にも答えに詰まってしまった。 「い、いや、たまたま会っただけで」 「谷口は有希があんたを待ってたって言ってるわよ!」 あんのやろー。 しかしここでふと気付いた。 「なんで長門が俺を待ってるのをハルヒは怒ってんだ?」 「!、え、と」 ハルヒが固まる。 「昨日、長門の家に行ったらあいつが寝ていたんだ。 で、世話役として喜緑さんがいて、ああ、知ってるか? 長門と喜緑さんはいとこらしいぞ」 『喜緑さん』の所でハルヒの表情が硬くなるのを見逃さない。 どうも今のハルヒにとって喜緑さんは鬼門らしい。 「んで、買っていったプリンやらを渡して帰ったんだ。今朝はその礼を言われた」 とっさにこれだけ嘘がスラスラでるとは天才じゃないか? ところどころ真実が交る理想的な嘘だ。 「長門を追い回すほどの内容か?」 「もういいわよ、わかった」 無事ハルヒを納得させ、納得したのかはともかく静かにさせ、団活の時間となる。 ここで俺はミスを犯した。長門と口裏合わせしなかったことだ。 今の長門は若干空気が読めない子になっていることを忘れていたのだ。 だから 「キョン、なんで嘘ついてごまかすの? 有希と喧嘩したんでしょ!」 あっさり長門が自白させられた。全部。俺が止める間もなかった。 が、俺も半分開き直っている。 「俺と長門が喧嘩して仲直りしたことで何で俺が責められるんだよ」 「え、あ、でも有希を泣かせたんでしょ!」 「それはわたしが悪い……」 「有希は黙ってて」 「お前が洗いざらい聞くからせっかく隠してた失敗をお前に聞かれることになったんだぞ」 ここは強気に攻めてみる。 「俺は長門の名誉を守るためにあえて黙ってたんだ」 「それほどのものではない」 長門、ちょっと黙ってろ……。 「……もういいわよ! みくるちゃん、お茶!」 今日も古泉は来なかった。 やっと来た金曜日、ただ事態は悪化する一方だ。 ハルヒの機嫌は悪いままで古泉は今日も欠席。もしかしたら今この瞬間も戦っているのかもしれない。 今日は長門と相談し、あんまり学校では接触しないことにしていたが、 朝からブラックオーラが溢れるハルヒには大した対策にはなっていない。 そもそも論として何故ハルヒがこんなにイライラしているのかが不可解だ。 この10日間は長門のパワーが無くなっている。それに関係するのか? ハルヒのメンタル的な影響を与えた事件と言えば 土曜日の探索での長門のダウン、長門の眼鏡を壊した時と 長門の見舞いで喜緑さんに怒られた時かだと思われる。 眼鏡の方は弁償で片がついているから、やっぱりダウンと見舞いの方だよな。 ハルヒは長門を大事に思っている。その長門が弱っているから気が立っている。……しっくりこない。 これだと昨日の騒ぎ方が妙になる。長門を大事にし過ぎて暴走したのか?。 はっ。 ハルヒは長門の事が好きなのか? その、恋愛的な意味で。 だとしたら俺や6組女子、喜緑さんに嫉妬しているがゆえに機嫌が悪い、と説明がつく。 あいつは男の何パーセントかがホモだと抜かしていたが、 それは裏返しの意味、女の何パーセントかがレズだと言いたかったのか。 朝比奈さんにベタベタしている理由もわかった!! アホらし。 一応団活はあったが朝比奈さんはビクビクしてるし長門は窓際で小さくなっている。 自分の気配を消そうとしている風に見えるが、逆になんか目が行く。 今までのように普通に本を読んでいてくれればいいんだが。 あまりの空気の重さに思わずハルヒを諌める。 「おい、ハルヒどうした? お前らしくないぞ。何かあったのか?」 「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」 「関係ないってったって長門がおびえているだろ。おかしいじゃ」 「『長門、長門』っていったいあんた有希の何!? いっつもいっつも、有希やみくるちゃんの肩持ってさ! あたしの……」 はっ、としたような、その後バツの悪そうな顔で 「帰る」 ハルヒはカバンを持って出ていった。 「キョンくん! 涼宮さんを追いかけてください!」 「朝比奈さん、それはできませんよ。やっちゃいけません」 「いいから追いかけてください!」 「朝比奈さん! 駄目なんです。ここで追いかけたらハルヒのためになりません。」 「キョンくんはわからないんですか?」 「ハルヒにはもう少し大人になってもらわないと行けません」 「そうじゃないんですが、……涼宮さんの機嫌が悪くなりすぎるとそれだけで危険なんです」 「わたしがいく」 「長門!?」 「わたしが涼宮ハルヒの機嫌を悪くしている原因。行って説得する」 「お前が原因だと限らないだろう! それに説得って何を!?」 「……わからない。でもわたしが行くべきだと思う」 飛び出して行く長門。一瞬迷ったが嫌な予感がしてすぐ追いかける。 階段の方からハルヒが何か大声で言っているのが聞こえたが、『有希が』と叫んでいる部分しか聞き取れなかった。 まずい、ここでハルヒが反則パワーで長門に何か変な事をしたら「普通の人」並みでしかない今の長門だとひとたまりもない! 走る俺、遅れて朝比奈さん。 追いついたのは階段の踊り場。 状況はもみ合いになっているハルヒと長門。 なんでよりによってその場所なんだよ! その場所は俺が 「キャッ!!」「あっ!!」 どっちが出した声かわからない。 わかるのは腕を振りほどかれた長門の体が勢いあまって後ろから階段の下に落ちるコースにあることだった。 「長門!!」 この時俺がイメージしたのはハンマー投げの選手だった。 体全体でハンマーを回転させ、全エネルギーをハンマーに乗せて投げだす。 走ってきた勢いで何とか長門に追いつき、腕を掴んで体全体で回転、踊り場の方へ長門を放り投げる。 少々乱暴だがハルヒか朝比奈さんが受け止めてくれるだろう。 ちなみに「だろう運転」は危険だ、と小学生の時、学校に自転車の安全指導に来た警察の指導員が言っていたな。 例え歩行者や自転車の立場でも横道からは何も来ないだろう、と思いこんでいてはダメだと。 確かに他人は信頼できるとは限らないからな。だがハルヒや朝比奈さんは信頼できる。長門は間違いなく信頼している。 古泉もまぁ、信頼できるな。……「まぁ」はあいつに悪いか。今は十分信頼しているぞ。 いやぁ、結構考える時間ってあるんだな、それなら頭をガードすべきじゃないか? と気付いた瞬間、強い衝撃と痛みが走り、俺の意識は無くなった。 夕陽の差し込む部屋。白い壁が金色に染まる。 窓の外から木の影が長く延びる。 どこかで見たことのある光景だ。 しゃくしゃくと何か水っぽさの感じる音。りんごだな。リンゴ!? 「お目覚めですか?」 「……ああ」 「まったくあなたには驚かされます。正直言うと呆れます。まさかまた同じ階段から落ちて同じ部屋に入院されるとはね」 で、同じように古泉がリンゴをむいている。 「……好き好んで入院してるわけじゃねえよ」 「好き好んでなら本当に1年くらい入院してもらいますよ。大変だったんですから」 「すまん」 「前は朝比奈さんが泣きじゃくっていましたが、今回はそれに長門さんが加わっていましたからね。 長門さんの場合泣き叫ぶって感じでしたが。」 「! 長門! 長門はどうした! っていたたたぁーーって痛ってぇ!」 全身に激痛が走る。なんだ、体が動かせん! 腕が固定されてるし! 「あ、今回は外傷ありです! 気をつけてさい。」 「俺はどうなってるんだ? ってそれより長門は!?」 「前も言いましたね、あなたがうらやましいと。いやあ本当にうらやましい。若干腹が立ちます」 古泉が指さす。少し離れた窓際の荷物置きの台に並んで長門とハルヒが座っていた。お互いにもたれながら眠っている。 「あなたが目を覚ますまで頑張る、と涼宮さんと長門さんが張り合っていましたが 1時間くらい前に二人とも力尽きてしまいました ちなみに今日は土曜日、午後5時前です。あなたはほぼ24時間眠っていた計算になります」 相変わらずへたくそな包丁使いでウサギか何だかわからなくなったリンゴのかけらを 古泉は俺に差し出す。いらねーよ、つーか腕がそこまで上がらない。 それに気付いた古泉はすこし申し訳ない、という表情をした後、物体Xを皿に置く。 「あなたは脳震盪と右肩脱臼と全身の打ち身、若干の擦り傷です。 レントゲンやCTスキャンやら一通りの検査の結果、命に別条はなしです。 しばらく検査通いになるとは思いますが」 若干くらくらするのは寝過ぎなのか頭を打ったせいなのかよくわからない。 「んんー、キョン。キョン!」 俺と古泉の会話で気付いたのか、先に目を覚ましたのはハルヒだった。 「よ、ハルヒ。よく寝たか?」 「よく寝たかじゃないわよ、このバカキョン!! この!!」 涙目のハルヒ。すまん。だが半分以上お前が原因では…… 「ん、え、?」 騒ぎで長門が目を覚ましたようだ。 「長門、大丈夫だったか」 「大丈夫。ごめんなさい」 長門の目が潤みだす。 「わた、わたしのせいであなたを、死、死なせ、」 急速に涙声になっていく 「いや、いいんだ長門。ちゃんと生きてるし」 「うわぁぁぁん!」 もう号泣に近い泣き声をあげる長門が俺に抱きつき 「ぐゎああああああああああ!!!」 電撃が走った! 「キョ、キョン!?」 「長門さん!! 離れてください! 怪我が!!」 「あ! ごめんなさい!!」 ……死ぬかと思った。 俺が目を覚ましたことによって検査が始まり、その日は終わりかと思っていたが、 晩飯後にハルヒが一人で病室にやってきた。 「よう、帰ったんじゃないのか?」 「うん、ちょっとあんたに用があって」 神妙な顔つきのハルヒ。うちの親は一度来たが着替えや必要なものがあるとかで家に戻っている。 「えっと。まずは謝るわ。ごめんなさい。あんたを大怪我させちゃった。下手したら死んじゃうところだった。ごめんなさい」 深々と頭を下げる。すぐ頭をあげ、 「キョン、あんたに聞きたいことがあるの」 真剣な瞳が俺を見つめる。 「あんた、有希のこと、……好き?」 「正直」 「よくわからん。もちろんLikeではある。それに気になる存在だ。 今はちょっと調子悪そうだが普段は頼りになるし、 見た目も可愛いし意外と強情な所も可愛いし、」 後はとてもじゃないがハルヒには言えん内容だ。 「そうだ。俺は長門が好きだ」 「そう」 「よかった。もし否定でもしたらぶん殴るつもりだったから」 ハルヒの声が少し震えている。 「あたしね、有希と話し合ったの。あんたについて」 ハルヒはベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けながら語りだす。 「あそこまであんたが有希のことを大事にしてたなんて」 「もしあの時長門じゃなくてお前だったとしても俺は飛び込んだぞ。たとえ古泉や谷口だったとしても」 「それじゃない。あんただったら岡部でも飛び込むでしょ。そうじゃなくて。 ………… まぁ、なんとなくは分かってたわ。みくるちゃんをデレ~ンと見てる態度やあたしに対する態度と違って 有希には気づかいとか配慮が感じられたし」 …… 「あんたがみんなに気配りしてるのはわかるわ。でも有希には特別だったでしょ。 雪山の嵐のときに、あ、違う、これは間違い、えっと」 よかった、まだあれを幻だと思い込んでいるようだ。 「そうね、あんたが最初に階段から落ちた時あたりからガラッと変わったわ。病院で何かあったの?」 「ああ。それ以外も色々とな。詳しくは言えないが」 長門が自分と世界を変えちまった事件。そう、あれがきっかけだった。 実は長門も普通の女の子らしい事を考えていたことがわかったあの事件。 まぁ起こった事のスケールは異次元クラスの大きさだったが。 さすがにわかったさ。長門が何を考えていたかなんて。 だが俺はこの変な日常が崩れてしまう事を恐れていた。だから気付かないふりをしていた。 わざと長門に気のないふりまでした。 とんでもないチキン野郎だぜ。 沈黙。 「そっか」 ハルヒは小さくつぶやいた。 スマン、ハルヒ。あの世界の内容は俺と長門だけの秘密だ。 「そろそろ有希が来るわ。10分だけ時間もらったの。最後にあたしからお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「一発殴らせろ!!!」 いきなり強烈なビンタが俺の左頬に炸裂した! 痛ってぇ!!! 俺は怪我人だ! しかも頭打ってるだろ! ちょっとは遠慮しろ!! 「あんたの事好きだったんだから! 馬鹿! 鈍感! いつだってあんたのこと想ってた! そりゃはっきりしなかったあたしも悪いけどさ、思わせぶりな態度とらないでよ! のらりくらりとしてたくせに、たまに意識させるようなことしたりさ!」 え 俺の事が? ま、まて、正直戸惑うぞ。 マジか、マジなのか!? 確かにそんな素振りを感じたことがある。いやしかし、お前は恋愛感情なんて気の迷い的な事を… 大体好きなら好きでもうちょっとだな、 「あたしの心の痛みを少しでも、。ぷ、ぷぷ」 涙声での衝撃の告白と罵倒が途中で止まった。なぜ笑う? 「ぷぷ、ぶぁっはっはっは!!!!!!!!! なにあんたの頬!! 見事な紅葉よ! あははっっ!! わ、我ながら完璧すぎるわ!!! ひぃぃ!!」 ベッドの端をばしばし叩きながら爆笑するハルヒ。さっきまでの雰囲気は吹っ飛んでいる。 それでこそハルヒだ。 ところで鏡をかしてくれ。俺はどうなっている? だんだん頬が熱くなってきたぞ。いや感覚がなくなってきた……。 控え目なノックの後静かにドアが開く。 「いい?」 長門が顔を覗かす。 「いいわよ! 早くこっちに来なさい!」 ハルヒが元気な事を訝しがっている。それとも俺が横目で対応しているからか? 部屋に入って、俺の顔全体が目に入り、 「!!!」 「サイコーでしょ!! こんな完璧な紅葉、あたしの数々の傑作作品の中でも格別よ! ほら、早く写メ撮って…… あれ?」 長門は目をまんまるにして固まっていた。驚いて固まって車に撥ねられるのって猫だったっけな? 「いやぁ、殴られちまって……」 ともかくこの場を何とかしたいと思い長門に微笑む。と、 「ぶっ」 慌てて長門が両手で口をおさえながら後ろを振り向きしゃがみこんだ。 全身がぷるぷる震えて時々ぷっ、だの、くくっ、だの声が漏れる。 「あっはっはっは!! なんちゅー顔よそれ!! 有希を笑わせるなんてよっぽどよ! キョン笑うな! いや笑え! 写メに撮ってみんなに送信するわ!!」 なんだか俺の顔は凄いことになっているらしい。第一、とっくに頬の感覚がない。 「こら! 苦笑じゃない! ちゃんと笑って! そうじゃない、もっと自然に笑いなさい!」 まあかまわない。俺と長門、ハルヒの間に流れる気まずい雰囲気が変わるなら大歓迎だ。 「そう、それ! いい笑顔ねキョン!」 一瞬復活しかけた長門が俺を見てまた撃沈した。 冷たいペットボトルをもらい、頬を冷やすことでなんとか腫れは引いてきた。 そろそろ面会時間も終わるし、うちの親も戻ってくる頃だ。 ハルヒが長門に目くばせする。こくこくとうなずく長門。 長門は立ち上がり俺の横まで来た。 そして 「あなたに聞いて欲しい事がある」 今までのオロオロした長門ではない。どうした? 「わたしはあなたが好き。大好き。付き合ってください」 そういうことだったのか。 もちろん答えは決まっている。 「ああ。ありがとう。俺もお前が好きだ」 え、え、という喜んでいいか迷う表情。そうか、ちゃんと言ってやらんとな。 「OKだ。長門、付き合おう。俺たちは恋人同士だ」 両手を口元に持っていって固まる長門。お前も女の子らしい仕草をするんだな。 目元が潤みだしている。 「よかったじゃない、有希、よかったじゃない」 そう言うハルヒも泣いている。すまん。 「キョン、有希を大切にしなさいよ! ちょっとでも有希にひどいことしたらあたしが100倍返ししてやるんだから! これからずっと有希に確認するからね! 覚悟しなさい!!」 これだけ言い放つとハルヒは長門にがしっと抱きつき泣き出した。 つられて長門がまた泣きだしハルヒと抱き合う。これが女の友情なのか? 若干置いていかれ気味でちょっと困っているところに来たノックは救いの神かと思ったね。 「あの~」 朝比奈さん、助かります。 「キョンくん、女の子を泣かせちゃいけません!」 ち、違います!! 「キョンくんは女の子の気持ちを弄ぶ天才ですからね。涼宮さんと長門さんをどれだけ苦しめてきたか知ってますか?」 そう言う朝比奈さんもどんどん涙目になってきた。 え、えっと。これは 「おや、これは修羅場ですね。退散したほうがよさそうだ」 って古泉、逃げんな!! こっちにこい。なんか勘違いしてるだろ! 「キョンく~ん、着替え持ってきたよ~」 両親と妹が病室を覗いてくる。なんてタイミングで来るんだよ! あーもー知らね~。 日曜日は谷口や国木田、鶴屋さんも見舞いに来てくれた。 長門やハルヒ、朝比奈さんに古泉までまた来てくれたのは素直に嬉しかったが、 いきなりハルヒが俺と長門が付き合う事を発表するとは思わなかった。 おかげで谷口に首を絞められ、鶴屋さんにさんざん冷やかされることになった。 国木田は月曜朝一にクラスで宣伝してくれるそうだ。いやぁ、ありがたい。 また困ったことに長門が冷やかされることにまったく動じず、 かえってのろけるような様子だったため一同はさらにヒートアップ。 ……長門、お前は相当感情を抑えていたんだな。 検査や治療でまとまった空き時間がなく、あまり皆としゃべることができなかった。 特に鶴屋さんが持って来てくれたロールケーキを結局食いそびれたのは残念至極だ。 確かにみんなで食ってくれ、とは言ったが全部食われるとはな。 事実を知った時長門がそっぽを向いていたから犯人はわかったが。 小食になったんじゃないのか? デザートは別腹なのか? そして。 ずっと寝ていたのとこれから起きる現象について思う所があったため、 俺は深夜というより明け方に近いこの時間に起きていた。 そして病室のドアがゆっくりと開くのを当然のように眺めている。 「よく入ってこれたな」 長門、情報操作の能力がなくてもやっぱりお前はお前だな。 「……実は見つかった」 へ? 「ただ、それが機関の森さんだったからここまで通してくれた」 俺があっけにとられていたら、さらに長門が追加情報をくれた。 「看護婦さんの格好をしていた」 機関っていったい…… 「元に戻る瞬間をあなたと迎えたい」 ああ、せめてその時間は起きていようと俺も思っていたところだ。 まもなくこの眼鏡長門ともお別れだ。 「色々あったな。大変だったがお前の意外な面がいっぱい見れて楽しかったぞ」 長門が顔赤くし横を向く。 こんな光景をもう見ることはもうないんだろう。 「いろいろとお世話になった。ありがとう」 無言。 こういう時、何を語るべきなんだろうか。俺も長門も何をしゃべるか話題を探している。 そうこうしている間に、 「時間」 長門が天を仰ぎ見る。 そして姿勢を正し、俺を見る。 「おかえり」 「……ただいま」 長門が眼鏡をとる。元に戻った合図かもしれない。 「あなたには多大な迷惑をかけた。謝罪する」 「いや、かまわない。それより聞きたいことがいっぱいある」 「わたしもあなたに聞いてもらいたいことがある」 帰ってきた長門は淡々と語る。 「もうわかっているかもしれない。わたしの性格について」 「ああ。前の変わってしまった世界やこの10日間の方が素のお前なんだろ」 「そう。あの弱弱しいのが本当のわたし。改変時は自分の記憶や行動原理まで改変してしまったため この10日間の方がわたしの本当の素性に近い。 通常時のわたしは情報操作で各種身体能力を強化すると同時に精神面でも補正をかけている」 確かに口調もいつもと違ってたし、若干いらない事までしゃべったりとグダグダだったな。 おそらく情報操作でガチガチに固め、揺らぎが出ないようにしていたんだろう。 無愛想無関心無感動にしなければいけなかった程、素の自分に自信が無かった。 「意志薄弱で臆病者。怖がりで、すぐにうろたえてしまう。近眼だし運動能力も劣っている。 頭脳については一般以上だがあなたほどではない」 「おいおい、お前が俺よりアホなはずはないだろ」 「あなたは自分の能力を過小評価し過ぎている。それと努力が足りないだけ。 それに比べわたしは情報操作のハリボテ。中身が伴っていない。 その証拠に片付けすら満足にできずあなたに当たってしまった」 唐突にあの世界の朝倉の言葉が脳裏に蘇る。 『ああ見えて長門さんは精神のモロい娘だから』 『あなたを脅かす物はわたしが排除する』 朝倉は任務上のバックアップだけでなく、素の長門本人の世話をしていたのだろう。 10日前、長門の部屋に喜緑さんがいたのも長門の素性を知っていたからに違いない。 いきなりパニックになるのは想定外だったもしれないが。 「嫌いになった?」 なんでだ? 「今までわたしは偽っていた」 …………で? 「あなたに嘘をついていた」 どうも長門は罪悪感でいっぱいらしい。 「かまわないさ。情報操作で自分を作り上げた長門も、力が無くなってオロオロする長門もみんな長門、お前だ。 俺はみんなひっくるめてお前が好きだ。俺の長門だ」 「……ありがとう」 すこし照れた様子、といっても口元が緩んだ程度、だったが、急に表情を引き締め、覚悟を決めたように話を切り出した。 「わたしに関わった人物の、この10日間の記憶を操作しようと考えている」 「な!?」 「周囲にインパクトを与えすぎた。今後の活動に支障が出る恐れがある」 「お前の親玉の指示か?」 「違う。情報統合思念体はこの10日間の出来事を認知することはできない」 ん? 時間も超越していなかったか? 「この10日間は食のためこの惑星の出来事に関知することはできない。 たとえ時間軸をずらしてもこの10日間にはアクセスできない。 情報統合思念体が感知できるのはこの10日間が終わり、『歴史』として伝わる部分のみ。 『起きてしまった事』として扱うしかない」 お前の親玉も弱点はあるんだなあ。 ん? 「おい、前にお前が世界を改編したときはお前を処分しようとしてたじゃないか。 あれも『起きてしまった事』じゃないのか? ちゃんと戻したんだから処分までいらなかったんじゃ?」 「それは………禁則事項」 またごまかされたな。 「それとお前はズルい事を考えていないか?」 「……よく意味がわからない」 何のこと? とごく僅かに目元が緩み、瞳の力が和らぐ。うむ、俺の長門感情解析力は劣っていないな。 「自分が起こした騒動をなかったことにしようとしていないか?」 一瞬間が空き、眼鏡の無い長門がみるみる赤面していく。これは俺に素の自分を見せてくれているのか? 「………違う、その意図はない。確かに恥ずかしい事も起こした。 ただ今回の行動は今までのわたしとあまりにかけ離れた行動ゆえ 記憶の操作を行わないと今後の活動に支障が生じる可能性がある」 「人間なんだ。みんな失敗する、ドジをする。俺なんかもよく失敗するし、朝比奈さんはドジの塊だ。 まあこれはハルヒの望みのせいもあるだろうが。そのハルヒも結構取りこぼしが多いだろ? 古泉だって意外と不器用だ。あいつの字を見たか? ひどいもんだ。 谷口、はいつもか、国木田や鶴屋さんだってヘボい所あるだろ? ってあったか? ともかくそんな中お前ひとりが完璧超人だ。ズルくないか?」 長門は無言のまま床を見つめている。 「6組でもお前の周りに人が増えたろ? 色々と手伝ってくれたろ? みんなお前の違った一面が見れて嬉しかったんだ。お前と仲良くしたかったんだ。 アホの谷口は見る目がなかったと悔しがっていたぞ」 そして一番の懸念を長門にぶつける。 「長門、まさかお前が告白して、恋人として付き合うことにしたことも無いことにしようとしてるんじゃないだろうな」 「あなたは涼宮ハルヒの鍵。わたしは涼宮ハルヒの観測者。それだけ」 「本気で言っているのか?」 無言。 「あの時お前は勇気を振り絞って告白してくれたよな。ハルヒも泣きながら祝福してくれたよな。 鶴屋さんに冷やかされたり、国木田がクラスで言いふらすと言った時、 実はまんざらでもないことを見透かされてハルヒに呆れられたことも無かったことにするのか」 無言。 「本気なら今すぐ出て行ってくれ。情報操作でも何でもするといい。その代り俺のお前に関する……」 全部は言えなかった。長門が震えながら嗚咽を殺していたからだ。 「すまん」 「嫌。……あなたと………ずっと一緒にいたい」 泣き声をこらえ、絞り出すようにこたえる。 自分と世界を変えてしまった時の長門ではなく、 力を失った状態の長門ではなく、 クールでクレバーで完璧なはずの長門が歯を食いしばり大粒の涙をぼろぼろこぼしている。 「ああ、ずっと一緒にいよう」 長門が俺に抱きつき泣き出した。胸が涙で濡れる。 実のところ脱臼の部分が抱きしめられて思わず叫びそうになったがなんとか堪えきった。 長門の心の痛み、これまでの苦悩に比べるとこんなもの大したことではない。 長門が泣いていたのは5分程度だった。あとは俺に抱きつき顔をうずめゴロゴロしている。 時々「んふ」とか聞こえるのがたまらなくいとおしい。どうにかなってしまいそうだ。 なんか世間一般でラブラブ物が常に流行っている理由がよく分かる。 「おい、長門?」 「ん」 「……長門さん?」 「ん~」 ヤバい! 俺の理性が残っている間に何とかしないと! 長門の気をそらせるために何か違う話題は、と少し疑問に思っていた事を聞いてみる。 「なぁ、長門。お前は体調不良でも学校や探索に行きたがったよな。 危険を避けるためにも休む方が得策だと思ったんだが」 長門が顔をあげる。顔が近い。か、かわいいぞ。その、『彼女』『恋人』的なひいき目抜きでかわいい。 そのかわいい顔が赤くなり一言、 「……あなたに会いたかったから」 そのまま自然に長門の顔に近づく。 長門の目が閉じる。俺も。長門の吐息を感じる。 「よろしいですか?」 「「!!!!」」 長門が跳ね起きる。ぐぁ!! 脱臼の肩に響くぅう!!! 「森さん!」 「お楽しみ中、申し訳ありません。そろそろ朝なんで長門さんはお帰りになられた方がよろしいかと」 お楽しみってそんな誤解を受けるような言い方しないでください。……誤解じゃないかもしれませんが。 「……ノックして入って欲しい」 「しましたが返事がなかったので、失礼かと思いましたが入らさせていただきました」 ……本当に? 聞こえなかった。まあ長門が聞こえていないんだから仕方ないか。 「あと今日は月曜日ですよ。学校があるのでは?」 「! あとで来る!」 げ、文字通り姿を消した! 「あの、森さん……」 「……今朝、長門さんはここには来ていませんよ。何も知りません。 特に急に姿が消えたなんてことは絶対ありえません!」 さすがの森さんも度肝を抜かれたようだ。 「大丈夫です。安心して付き合ってください」 月曜日の昼食直後に来た面会者は朝比奈さん(大)だった。 「涼宮さんが納得する失恋であれば良かったんです。むしろそのほうが涼宮さんが精神的に成長しますし。 当然恋愛成就が一番かも知れませんが、失敗の無い人生経験というのもそれなりに危険が伴いますし」 教師風のコスプレ?となっているため学校関係者として自然に面会に来れたらしい。 「若干長門さんに依存気味な失恋で、しばらく引きづるかもしれませんがそこはソフトランディングということで。 ちなみにこの時代の涼宮さんは長門さんか、あの頃のわたし以外がキョンくんと付き合っていたら 納得しなかったと考えられています。たとえ鶴屋さんでもアウトでした」 となると危ない橋を渡っていたんですかね。 「んー、そこまでは。3択問題におまけのギャグの答えがあってそれ以外は正解ってやつかな」 お笑い芸人的にはギャグの答えで正解なんだろうが。 「そのあたりはお友達にお任せするとして」 谷口…… 「でもホントのところは」 朝比奈さん(大)は真顔になる。 「キョンくんはキョンくんの人生を歩いてくれればいいです。 当然、涼宮さんには涼宮さんの、長門さん、古泉くんも。 確かに我々や機関、情報統合思念体それぞれ考えているところはありますが、 個人的には無視しちゃってもいいと思っています。当事者の当然の権利です。あ、これはオフレコですよ」 それって 「時間です。じゃ、キョンくんまたね。またねの意味、わかるよね?」 え、ちょっと!? 止める間もなく朝比奈さん(大)は病室を出ていった。ううむ、まだなんかあるわけですね……。 朝比奈さん(大)が消えて1時間後、今度は喜緑さんが見舞いにやってきた。 「今回は本当にありがとうございました。こんなに大騒ぎになるとは予測していませんでした。 特にあなたを入院させる結果になって。本当にごめんなさい」 いえ、結果的に俺にもいい感じになったんで。 「本当にすいません。長門さんの動きが想定以上にぶれまして……」 時空を超えている存在の情報統合思念体でもわからないことがあるのか。 前の改変でわかったんじゃないのか? 長門に暴走癖?があるのを。 「実は有希ちゃんがあなたを好きになってから様子がおかしかったんです。 もともと無口なほうでしたが、極端に感情を表さなくなって。 任務とあなたへの感情とのせめぎ合いでどうしていいかわからなくなったようで」 あの性格の半分は俺が原因だったのか。 「涼宮さんのほうも今回いろいろな行動パターンを出してくれて観測側としては大助かりです。 惜しむらくは情報統合思念体が食だったためリアルタイムで観測できなかったことですね。 ここだけの話ですが有希ちゃんは情報統合思念体にかるく嫌味を言われています。 『何故今回のタイミングだったのか』と。有希ちゃん的にも今回は棚ぼたな感じだったんですけどね」 ははは。当事者の片割れだけに笑ってごまかすしかない。 ええと、そう言えば 「あの、喜緑さん。長門が体育で倒れたとき、学校を休めと言ったのになかなか納得しないと気がありましたよね。 あの時どうやって長門を説得したんですか?」 「あれですか」 喜緑さんは微苦笑を浮かべた。 「『休んだらキョンくんが見舞いに来てくれますよ』って言ったんです」 ……そ、そうでしたか。 「実はあの日有希ちゃんは大泣きして大変だったんですよ。 あなたに嫌われてないか心配しちゃって。でも怖いから直接電話出来なくてわたしが電話しました。 長門さんはかわりに謝ってもらえると勘違いしていましたが」 そんな事があったんですか。 「直接あなたに謝る事が出来て結果良かった、と言っています。何事も経験ですね」 さて、と喜緑さんは立ち上がる。 「そろそろ有希ちゃんや涼宮さんたちが来るころ合いです。鉢合わせしないようにわたしは帰ります」 ありがとうございます。ところで今日の授業はどうされたんですか? 「生徒会の用事で抜けていることになっています。 ……生徒会だからって授業を抜ける理由にはならないんですが先生方までそれを信じちゃうんですから 肩書きって面白いですね」 えっと、それって情報操作ですよね? 「ふふふ」 やっぱ喜緑さん、あなた怖いです……。 「では長門さんをこれからもよろしくお願いしますね。泣かせたら許しませんよ」 え、ええ絶対。 ……ハルヒにも同じこと言われましたが迫力が違いすぎます。 「涼宮さんにとって今までのあなたは気になる存在、恋人候補、片思いの相手という感じだったというか、 まぁそんな存在でした」 ああ、どうやらそうだったらしいな。 「そうだったんですよ。どれだけイライラさせられたか」 すまん。 古泉はトランプをシャッフルしながら俺を責める。 「今ではそうですね、親友である長門さんの彼氏といったところでしょうか。つまりは付属品。 でなければ失恋相手と平然と付き合ってられるはずがありません。 ……冗談ですよ。でも長門さんの存在があることによって精神の安定を図っている部分はあるはずです」 放課後の文芸部部室、長門とハルヒは掃除当番でまだ来ていない。 あれ以来長門は掃除のクジの細工を止め、きちんと役割を果たしている。 朝比奈さんは、はて? 進路相談か何かなんだろうか? 「長門さんを冷やかして楽しんでいるんですよ。涼宮さんが次々と白状させています。 この前はひとつのソーダにストロー2本入れて飲んだらしいですね。どこの昭和ですか?」 く、長門を口止めしなければ。 「まぁ長門さんも実は誰かに聞いてもらいたかった節もあるようですが。 朝比奈さんが長門さんののろけがすごいと言ってましたよ。あの朝比奈さんを呆れさせるとは」 やっぱ自重させるべきだな。つーか長門がのろける姿が全く想像できん。 それ以外にも若干お花畑があふれ出た長門には少々落ち着いて欲しいところはある。 一番参ったのは昼飯だ。長門が弁当を持って来てくれるようになったのは素直に嬉しかったが、 問題は 「あーん」 長門よ、腕はもう治ったからもう一人で食べれるぞ。 ちなみに長門が『帰ってきた』日の放課後に治療用ナノマシンを俺に注入した。 不審に思われない程度に回復を早め、かつ後遺症を完全に防ぐ優れものだ。 なので『驚異的な早さ』で怪我は治ったのだが。 「あーん」 「……あーん」 「おいしい?」 「……ああ」 どよめく周囲。マンガ過ぎる素敵光景だ。 部室で食べるとハルヒと鶴屋さんの攻撃がすさまじく、校庭だと5、6組以外の生徒まで集まってくる。 結局クラスで5、6組の連中に囲まれて食べるのが相対的に一番マシという状況となっている。 長門に一度やめてくれといったら物凄く悲しげな表情になって以来、長門の言いなりになっている。 世の男はこうやって女の尻に敷かれるようになるんだなぁ。納得。 なお、6組では長門が俺を意識していたことは公然の秘密だったらしい。 それがハルヒと6組女子の対立原因だったようだ。 他にも長門にやられっぱなしだが、ひとつだけ勝利したことがある。 長門が「有希」と呼んで欲しい、と言った時だ。 じゃあ俺の事も下の名前で呼ぶべきだ、せめて「キョン」って呼べ、と言ったら顔を真っ赤にして口をパクパクさせた挙句 「今の話は忘れて」 と顔をそむけた。……これって勝利なのか? 以来、いまだに俺は長門を「長門」と呼びかけるし、長門は俺のことは「あなた」と呼んでいる。 長門いわく非常に照れくさいらしい。 「あなた」の方が恥ずかしくないのか? 「ともかく、乱暴な言い方をすれば我々としては涼宮さんが安定していればかまわないんで」 古泉が肩をすくめる。 「我々ねぇ。お前はどうなんだ?」 「僕ですか?」 「お前のターンじゃないのか?」 「……僕のターンですか?」 「しらばっくれんじゃねぇよ。お前、ハルヒが好きなんだろ?」 直球を受けてニヤケ顔のまんま固まりやがった。ごまかして逃げようとしてもそうはいかねぇぞ。 「………………いつから?」 「結構前からだ。夏合宿あたりか?」 本当に知ったのは長門が変えた世界とは言えない。 「やれやれ、表に現れないようにしていたつもりなんですが」 苦笑まじりに肩をすくめる。こいつまだ余裕があるな。 「長門に頼んでみるか? あいつは今幸せのおすそ分けをしてやりたい最中だ」 「遠慮します」 「試しにどうだ、ハルヒの耳元で『あいらーびゅー』ってささやくってのは?」 「や、やめてください!!」 「涼宮ハルヒはわたしたちの関係をうらやんでいる」 おお長門、来たか。あと一歩で古泉の化けの皮が剥がれるかも知れんぞ。 「わたしが伝言を伝えてもかまわない。今なら成功率が高い」 今では俺の横が長門の定位置となっていて、必ず体のどこか一部が当たる様にくっついてくる。 まるで猫だ。 古泉は集中力が乱れてゲームに勝てない、とほざいていたが元々弱かっただろ。 「な、長門さん、なんで僕が涼宮さんに告白すると決めつけてるんですか!」 長門がほんの数ミリ首をかしげる。 「違う?」 「違わなくはないさ」 「違います!」 「何が違うの?」 よう、ハルヒ。 古泉が慌てる姿も面白いもんだ。 「どうしたの古泉くん?」 「い、いえ、何でもないですよ!?」 ハルヒは不思議そうに古泉を見ていたがその視線が俺に向き、 「キョ~ン~、あんたまた図書館デートだって? いい加減デートらしいところへ連れてってあげなさいよ」 古泉をもっと攻撃しろよ。あとちょっとだったんだぞ。 「いくら有希が図書館がいいって言ってもそこはあんたが強引にセッティングしなきゃ!」 へいへい。ならハルヒのお勧めを教えてくれよ。 「なんでよ。大体あたしがデートスポットなんてわかるわけないじゃない」 「んじゃ古泉、いい所ないか?」 「なんで僕に聞くんですか!?」 「お前なら下見済みとかあるんじゃないかと」 「え、古泉くん下見とかしてんの!?」 よし、ハルヒが食いついた。 長門も目を輝かせながら古泉を見る。 「し、していませんよ!!」 「遅くなりました~ あれ? どうしたんですか?」 ああ、朝比奈さん。古泉にお勧めデートスポットを聞こうとしてるんですよ。 「デートと言えば長門さん、そろそろどうですか?」 「待って、まだ自信がない」 「なんだ長門?」 「長門さんは料理の練習をしているんですよ。キョンくんのために」 「くぁ~~ッッ!! 有希、やるわねっ! くー!」 ハルヒ、なんつう興奮の仕方だよ。 「わかった。今度の土曜日、晩ご飯を食べに来て」 「あ~~! 熱い!熱いわ! なんか腹立つ!」 なんか谷口に似てきたな。 「みくるちゃん! 対抗してあたし達だけで遊びましょ!! 古泉くんもよ!」 お、古泉、よかったな。ハルヒと一緒だぞ。 「鶴屋さんも、そうねアホの谷口と国木田も呼んで、ボウリングでも行きましょ!!」 へいへい、球投げでも穴掘りにでも行ってくれ。俺は長門にごちそうになるから。 「きー!!」 本当にハルヒは俺と長門をうらやんでるみたいだ。古泉、チャンスだ。いっとけ。 土曜日の夕方、約束通り長門は俺を食事に誘ってくれた。 「食べてみて」 これは。 「情報操作を一切使用していないから自信がない。一応おいしく出来たつもり」 テーブルに乗るメニューは唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯。 「一般的な家庭料理というものがよくわからないので、あなたの家でごちそうになったものを参考にした」 若干不安そうな長門。 そうか、そうだよな。お前は『家庭』というものをよく知らないんだよな。 いつもお前は一人で飯を食って、一人で寝て、起きて 「駄目?」 悲しげな表情で俺の顔を伺ってきた。 「手際が悪くて少し揚げすぎた。サバも焦げてしまった」 ち、違うぞ長門!! お前に想いを馳せていたらちょっと泣けてきただけだ! 「?」 急いで唐揚げを一つ口に放り込む。 あちっ!!!! 「大丈夫!?」 あ、ああ。大丈夫だ。 「つーかうまいぞ、うん、うまい。すごいな、長門」 実際お世辞抜きで程よく味が染みてうまい。 「朝比奈みくるに教わった。まだ唐揚げと味噌汁以外につくれない。これから色々教えてもらうつもり」 そうだ、そうなんだ。 「お前は一人じゃないんだ。俺がいる。それにハルヒや朝比奈さん、古泉がいる。 色々知らないことがあったら俺やみんなを頼ってくれ。……俺が長門に頼ることの方が多くなりそうだが」 ひとりで何でも抱え込む長門、お前が正直心配だった。孤独じゃないか、と。 実際孤独だったじゃないか。家庭料理も知らなかった。 長門を抱きしめていた。 「…………?」 俺の目が何故潤んでいるのかがよくわかっていない様子。 当たり前だ。俺が一人で感極まっていただけなんだからな。 顔が近い。やっぱりここは 長門家の電話がいきなり鳴る。 思わず跳ねた。長門があわてて電話に出る。 たぶん長門もびっくりして跳ねていたはずだが、 本人は急いで電話を取りに行ったためそう見えた、と言い張るに違いない。 結構プライドが高いからな。 『やっほー有希!!』 なんちゅうタイミングだ。 ハルヒめ、見ていたのか? 『そこにキョンもいるのね!?』 しかも馬鹿でかい声、俺まで聞こえてくる。 『やっぱ有希やキョンがいないとつまんないわ。今からあんたんちに遊びに行くわっ!! 心配しないで! 食料は持ってくから! じゃ!』 呆然と受話器を見つめる長門。ハルヒは誰にでもおんなじ調子で集合をかけていたのがよくわかる。 「ハルヒがくると聞こえたが大丈夫なのか?」 「あまり……」 「わかった。一緒に片付けよう」 すこし長門が慌てる。 「いい。わたしが片付ける」 「言ったろ、長門。お前は一人じゃないんだ。俺がいる。これからも二人だ。 もし足りなかったらハルヒ達を使ってやれ。お前は一人じゃない。みんながいるんだ」 長門はなおも食い下がろうとしていたが。 「わかった。これからもあなたに迷惑をかける。よろしくお願いします」 今度は長門から抱きついてきた。 ああ、これからも一緒だ。長門、 長門家のインターフォンがいきなり鳴る。 確実に長門の機嫌は悪くなっていた。「無粋」とつぶやいていたからな。 「よし、みんな来たな。お前は一人じゃない。みんなに台所の片付けをお願いしよう」 ニヤリと笑って長門にウィンクする。 一瞬、瞬きをした長門は、ニコリとほほ笑み返した。 「お願いする」 長門有希の素顔 完
https://w.atwiki.jp/siwoyumeni/pages/119.html
入速貸本のアルバイトにして裏番。 戦艦の装甲板。 日がな一日入速貸本に入り浸る変人。 何かを知った風だったり、話す内容がメタじみていたりと、正体不明な部分がある。 二幕 + ... エンディングで正体を明かした。 入速貸本の守護霊件、誠の作ったホムンクルスだとか。 なお、肉体は非常に脆弱なので、戦闘どころか運動にも耐えられない偽学生。 中身は年齢不詳の長寿のようだが、肉体的にはまだまだ三歳以下の非合法BBA next→事情通Ⅰ、たまり場 幻死 死因:撲殺 下手人:『十字軍』 日時:11月 場所:入速貸本前路上 末路:暴行を受けるみゆきの身代わりになる 死因:プラズマの乱舞による焼死 下手人:邪神 クトゥグア(招来の余波) 日時:12月 場所:入速貸本 末路:読書中に蒸発
https://w.atwiki.jp/niconicomugenjintori/pages/284.html
遠野志貴射命丸文無界御津闇慈四条雛子嘉神慎之介
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3707.html
長門有希の雨雫 夢を見ていた。 夢、そんなものみないはずなのに、見ていた。 なぜだろうか?なんでそんなことがありえるのだろうか? まず、今のが夢というものなのだろうか、みたことがないので彼女は、 理解することはできるはずがなかった。加えて、内容も理解することができなかった。 いや、理解したくもなかったのだ。あまりにも、突飛すぎていたし、 何よりも凄惨なものだった。 が、しかしこの夢はすぐに消えてしまった。 学校はいつものように、文芸部の部室、兼SOS団の部室に入り、 パイプ椅子にすわって本を読む。それを繰り返していく毎日。 その毎日にいつも彼からの話かけられることがあった。 自分の正体を知りながらも、やさしく声をかけてくる彼。 「今日は何の本をよんでいるんだ?」 「………SF」 「そうか。」 「読む?」 「いや、その量は読める気がしない。」 「……そう」 なぜだろう?もうすこしだけ話していたかった。 彼と話していたかった。人の気持ちなんかもってないはずなのに…… 自分は、少しずつ壊れている。そんな気がした。どうしてこんなに胸がいたいのだろう? 彼は、私を壊すイレギュラーなのだろうか?敵性なのだろうか? 考えを巡らしている間の途中、意識は消えた。 気がついたときには、もう空虚な空間の中にぽつんとすわっていた。 自分はなにをしていただろう?あの後は何をしたのだろう? まったくおぼえていなかった。 やはり、私は壊れてきているのだろうか? 翌日、いつものように、いつもの場所で本を読んでいた。 そして、いつものようにガラっと扉をあけ、いつものように、カバンを下ろし、 いつものように、やさしく話しかけてきた。 「よう。今日も元気そうだな。」 「……元気。」 「そうか。元気でうれしい。」 「…どうして?」 「どうしてっていわれもな。」 「どうして、人が元気だったら、あなたはうれしい?」 「大好きな仲間が、元気じゃなかったらいやだろう?」 「……そう」 大好き?それはなんだ?人の感情? 私が持ち得ることができない。そういう類のものか。 「私は、感情の概念を持っていない。」 「そんなことはないぞ。長門おまえだって絶対あるはずだ。 絶対なくしたくないものが。ほしいものが。」」 「…………」 なくしたくないもの・・・・・ 絶対に無くしたくないもの、ほしいもの・・・・それは・・・・? なんだろうか?私にもそんなものあるのだろうか? 唐突にガラっと、大きい音がした。 涼宮ハルヒだった。彼に話しかけている。 それがなぜか嫌だった。見ていて嫌だった。・・・・・どうして? …………私が、絶対にほしいもの、なくしたくないものは彼なのか? そんなことはあるはずがない。そんな感情、プログラムされていない。 時間がきた。帰る時間だ。涼宮ハルヒは用事があったらしくとっくに帰っていた。 残っていたのは、彼と私だけだった。 きれいなオレンジ色の夕焼けをみながら帰り支度をしていた。 「一緒に帰るか。」と彼。 私は、こくりとうなずいた。 さっきの夕焼けの残影をのこした帰路につきながら、 「欲しいもの……」 「……?。みつかったのか?」と彼 「それは、…あなた。」 「……!」 自分は何を言っているのだろう?こんなことありえない。 でも、制御ができない。彼が欲しい。欲しい。…………欲しい。 涼宮ハルヒには…………。 その時、プツっと意識が途切れた。 フっと、意識を取り戻した。 目の前にあるのは、彼の死体だけ。 ふと少し前の記憶が怒涛のように流されてきた。 なんだ?これはなんだ? なにをしている?「やめろ!やめて!“」 私はなにをしていた!? 私は、彼を殺したのか?なぜ?どうして?彼がほしかったのに。無くしたくなかったのに。 彼と一緒にいたかったのに。なぜ殺した? 涼宮ハルヒにわたしたくなかったからなのか? それを教えてくれる彼はいない。 それを教えてくれる彼を私は…………殺した。 あの夢を思い出す。あの凄惨な夢を。 私は、もう何も見えない。何かが目からながれている。 なんだろう?いつも、そういうことを教えてくれていた彼は、もういない。 いろんなことを、伝えてくれていた彼は、もういない。 大好きな彼は、もういない。 その時。美しい出で立ちをし、きれいな涙を流す彼女は自問自答する。 そして、その答えは、彼が、彼女が言った言葉を答えたものと同じものだった。 「……………情報連結解除。」 「Yes。」 彼女はやさしくそう言って、彼と消えていった。 そう。最後の彼の言葉を思い出しながら。 もうその場所には、二人の影はない。 いまだ夕焼けの残影を残す帰路。二人の影を失った空は、ただいたずらに反転していく。 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5447.html
「『食』がおきる」 へ? 「『食』」 ………。 「長門さん、困っていますよ。ちゃんと説明しないと」 「……『蝕』のこと」 「『しょく』? 一体どういう字を書くんだ?」 「『食』とは天体が別の天体に見かけ上重なり、相対的に奥となる天体が見えなくなる現象。 見かけ上重なる原因は観測地点となる場所が惑星などそれ自身が動いているために起きる場合と……」 「長門さん……。簡単にいうと日食や月食ですね。」 ああ、やっとわかりましたよ喜緑さん。これでも長門の言いたいことは誰よりもわかっているつもりですが お仲間にはかないませんよ。 「いいたいことはわかりました。で?」 食がおきたらどうなんだ? 「『食』がおきる事によってわたしたちの能力が制限される。」 ??? 「長門さん、あなたが説明する、いつも通りだから大丈夫っていうから任せたのにそれじゃ伝わりませんよ。 まさかいつもそんな説明なんですか?」 「……まだ説明の途中。途中で止めるべきではない」 「………いいでしょう。続けてください」 ……えっと。 3点リーダーが充満する長門の部屋。 金曜の放課後、ハルヒの 「いい、キョン! 明日の集合に遅れたらおごり以外に罰金よ!」 という既定事項通りだとさらに金欠になる事が決定した命令をうけ帰宅の途について数分後、長門が目の前に現れた。 先回りか? ワープでもしたかもしれん。長門なら何でもありだ。 「話がある。家まで来て欲しい」 俺が長門の頼みを断ることがあるだろうか、いやない。ただ直接口頭で伝えられるとは意外ではある。 そこで冒頭の会話となるわけだ。 「この銀河を統括する情報統合思念体からのアクセスが食によって妨げられる。そのため情報操作能力がなくなる」 なんだ? 太陽電池か何かか? 「だいたいその認識で合っている。正確には様々な条件が重なった結果」 「宇宙パワー無しか……ってことは何かあった時まずいんじゃないか?」 「まずい。ただ現在最も危険視される天蓋領域も同時に食に入るため最悪の事態は避けられると思われる」 ふむ、となると 「問題は涼宮ハルヒ。彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。また機嫌がよくなりすぎて暴走させてもならない」 「長門さんの場合それだけじゃないんです」 「まだあるんですか?」 「喜緑江美里、それは今回言わないことに………」 「長門さんは黙って。というか長門さんが問題なんでしょ?」 ? 「我々が人間界で生活する上でも情報操作は便利な力です。」 「勉強しなくても成績が上位だとかスポーツでも優秀だとか?」 「それもあるんですが、長門さんは 「喜緑江美里、それ以上は」 長門さん、黙って」 いつもと違って何故かあせっている様子の長門。 恐ろしく貴重な風景だ。 「長門さんは少しばかり人間生活をさぼって 「やめて」 いーえやめません! いい機会です。彼に全部聞いてもらいましょう」 おいおい、長門がオロオロし始めたぞ。 「困る。言わないでほしい」 「あのー、一体……」 「長門さんは日常生活でも情報処理を多用しているんです。例えば彼女がトイレに行ったのを目撃したことありますか?」 なっ! ってあるような? つーか意識しとらん。 「つくられた存在とは言え私たちも人間ベースの有機生命体ですからトイレは必要です。 ただ長門さんは情報操作で極端に回数を減らしています」 「なぜトイレの話からするのか理解できない。他にも汗やくしゃみなど例があるはず」 焦った様子の長門。おいおい、一体どうなってるんだ? 普段のポーカーフェースはどうした。 内容が内容だけに恥ずかしいのはわかるが。 「他にも色々。睡眠時間を圧縮させて読書の時間に充てたり、教室の掃除をしなくて済むようにくじを操作したり 家の掃除は空間を操作して済ませていますね。」 なんとまあ。正直うらやましい話だな。やっぱり教室掃除はしていなかったのか。 「私たちは涼宮ハルヒの観測のためにあらゆる妨害を排除する必要があります。 涼宮さんに降りかかる厄介事はもちろんですが、私たちに降りかかる厄介事も排除する必要があります。 例えば涼宮さんや私たちがいじめにあうような事や、 痴漢暴漢犯罪者の類が近づかないように情報操作を行う許可を得ています。 ところが……はぁ」 喜緑さんは長門を見て溜息をつく。小さくなる長門。 自分のためだけに情報操作を行うのはあまり推奨されない行為なのか? 「もちろん全くダメってわけじゃないですし、多少、いえ滅多な事で罰は受けたりしません。 涼宮さんに何も影響を与えないのなら総理大臣や世界皇帝になってもいいんです」 ハルヒの力を奪い、世界を一変させ、親玉さえ消し去った長門が無事存在していられるんだから 情報思念体とは太っ腹だと思っていたんだが。一応ルールはあるんだな。 ん? あれは思いっきりハルヒに影響を与えていたんじゃないか? 「あれはあれで。まあいいじゃないですか」 なんかごまかされたぞ。 「とにかく、長門さんは普段情報操作を使い過ぎているんです。 だから今回のように10日間も情報操作が使えないのは非常に困るんです。」 「10日間もですか!?」 「あ、言ってませんでしたね。今日の19時0分42秒2……適当でいいですよね。 今日の7時過ぎから10日後の月曜日午前5時まで食に入ります。」 「あと10分ですか」 「ええ。長門さん、ほら」 かすかにモジモジしながら長門が俺を見る。う、ちょっと可愛いかもしれん。 「……………………お願いします」 「……お願いされました。何を?」 「んもう! 長門さん! ちゃんと言いなさい!」 古泉は喜緑さんは長門のお目付け役だといっていたがこれを見る限りお姉さんだな。 「………サポートを依頼したい。これから10日間、面倒かける。お願いします」 最後だけ敬語か。いやかまわん。 「いつも長門には世話になりっぱなしだからな。それくらい任せてくれ」 「感謝する」 「だからといって長門さん、全部頼っちゃ駄目ですよ」 「努力する」 この時俺は後の大騒動に発展するとは思いもよらなかった。 「間もなく時間」 「用意はいいですか?」 こくん、とうなづく長門。そして 「来た」 7時0分42秒が過ぎたらしい。一見長門と喜緑さんに変化は……ん? 長門の表情がどう見ても不安そうだ。そう、まるであの時の…… 「長門さん?」 「だ、大丈夫。問題ない」 喜緑さんも不安そうな顔だがこれは長門を見ての反応のようだ。 「本当に大丈夫なのか、長門? 顔色悪いぞ」 「へいき。不安なだけ。本当に平気。じきに慣れる。大丈夫」 声が裏返ってなかったか? 「本当に大丈夫。大丈夫! だいじょうぶ!! だいじょうぶ!!!!」 「有希ちゃん! 落ち着いて! 安心して!」 おい! 全然大丈夫じゃないだろ!! 初めて聞く長門の大声、震えだし、目や首をきょろきょろさせ、縮こまりだした。長門落ち着け! 慌てて喜緑さんが長門に抱きつく。長門は喜緑さんにしがみついてガタガタ震えている。 「申し訳ありません、お茶を用意していただけますか」 俺はあわてて台所に走った。 「落ち着いたか?」 「ありがとう。大丈夫」 今のお前の言葉には全く説得力がないんだが。 力を失っていきなりパニックに陥った長門が回復したのは2時間後。 その間お茶を淹れたり、ガタガタ震える長門に掛け布団をかぶせたり、長門の冷たくなった小さい手を握ったり、 母親からの帰宅が遅いとの怒りの電話に対応したりと大騒ぎとなった。 最後のがある意味一番大変だったな。 「申し訳ありません。いきなりこんなことになって」 恐縮する喜緑さん。いえ、あなたは悪くないですよ。 「しかし困ったな。長門、とりあえず明日は休め」 「駄目。涼宮ハルヒが不審がる」 布団の中から弱弱しい答えが返ってくる。 「いや、実際調子悪いだろ? お前が外でパニックになる方が心配だ」 もし探索の組み合わせが長門とハルヒだった場合……ハルヒがどう出るかでヤバいことになるんじゃないのか? 「もう平気。状況に慣れてきた」 その後も俺の意見を頑として受け入れず、長門は明日探索に参加することになった。 どう考えても不安なんだが長門の希望だ。それにハルヒは長門のことを大事に思っている。 おかしなことにはならないだろう。 「んじゃ帰るわ。喜緑さん、よろしくお願いします」 「本当にありがとうございます」 最後に喜緑さんと電話番号を交換し、確認をする。 「あの、このことは朝比奈さんと古泉に教えてもかまわないんでしょうか?」 「かまいません。というかもう知っているかも」 やっぱり。 「わたし達に情報操作能力がなくなったことを知って 彼らの機関や調査員がわたし達に危害を加えるかもしれませんから先に伝えています」 え? それって逆に相手に襲ってくださいって言っているようなもんじゃ? 「ええ。なので先手を打っています。もしわたし達の誰かが傷ついた場合食が明けた途端、 うふふ、これ以上は禁則事項です♪」 ……喜緑さんは優雅に口元に人差し指を当てた。朝比奈さんとは違う方向で色っぽいんだよなあ。 関係ないが喜緑さんは普段、長門の事を「有希ちゃん」って呼んでいるんだな。 二人の隠された親密度を垣間見てなんだかほんわりした。 帰宅すると母親からねぎらいの言葉をかけられた。喜緑さんが連絡をしてくれていたからだ。 貧血をおこした長門を介抱していたことになっているらしい。 さすが喜緑さん。と、同時に疑問が湧く。 俺の知っている宇宙人の仲間は3人。 長門、朝倉、喜緑さん。 最後に馬脚をあらわしたとはいえ、いやその本性も結局のところ人間らしかった朝倉。 おとなしいというよりおしとやかで、礼儀正しい喜緑さんはカマドウマの時のように演技もできる。 長門は? なぜ長門はあんな性格なんだろうか。 10分前にいつもの集合場所に着いた時、ハルヒの第一声は 「ええ!? あんたが最後じゃないって!?」 だった。 普段なら失礼な! と憤るところだが…… 動揺を見せないように出来るだけ自然に尋ねる。 「ん? 俺が最後じゃないのか? 誰が来ていない?」 見渡す。朝比奈さん、古泉 「有希がまだ来てないのよ」 不安そうにハルヒが辺りをうかがう。 「まだ時間にはなっていませんからね」 俺に意味ありげな視線を送りつつ古泉がこたえる。 「誰でも遅れることはありますよ」 「だけど有希に限ってそんなことありえる? あの有希よ?」 今回に限ってはありえるんだよ。 最初に見つけたのは朝比奈さんだった。 集合時間を5分過ぎ、ハルヒが携帯電話を取り出した時 「あ、長門さんじゃないかな?」 駅の中からトテトテと小柄なセーラー服の姿が走ってきた。 「有希!」 いつもの様子から想像もつかない、普段もあまり整っているとは言えない前髪は乱れ汗した額にへばりつき、 ぜぇぜぇはぁはぁと息を乱し肩で息する長門。……眼鏡!? 「どうしたのよ!?」 「はぁはぁ、ね、寝坊、ごめんあさい」 舌も回っていない。 「ちょ、ちょっと落ち着いて! 休憩しましょ!」 あわてていつもの喫茶店に入ることにする。 最初のお冷をおかわりし、2杯目を飲み干すことでやっと長門が落ち着いた。 「で、有希。本当にどうしたの?」 「寝坊。起きれなかった」 「夜遅くまで本でも読んでたの?」 「えっと、そう」 受け答えもぎこちないが息が整っていない感じでうまい具合にごまかされている。 そしてくじ引きは最初から予想された最悪の組み合わせとなった。 さすがハルヒ、不思議を呼び寄せる能力は半端ない。 いざ出発の段となって長門のパワーダウンぶりを見せつけられた。 「ルールはルール。わたしが払う………あ」 眼鏡をかけた表情が曇る。また『あの』長門を思い出してしまった。 「どうした長門?」 「財布を忘れた。パスケースを忘れて取りに帰ったから余計に遅くなったのに、財布も忘れていた……」 長門の顔がさらに曇る。まずい、またパニくるかもしれない。 「わかった俺が「あたしが立て替えといてあげる!」ってハルヒ!?」 「最後に来た人がおごるのがルールだから免除はナシよ。だけど財布忘れちゃったなら仕方ないじゃない。 今日の有希の支払いはお昼も含めて立て替えといたげるからね。いい?」 「いい。ありがとう」 心底ほっとした表情の長門。 ふぅ、なんとかこの場はしのげたな。 「んじゃあ、あたし達はこっちに行くから」 「おう。……長門、無理するなよ」 うなづく長門。ちょっとハルヒが俺を睨んでいたような気がするが。気がするだけだ、うん、気のせいだ。 「さて古泉、それと朝比奈さん、どこまで知ってますか?」 「とりあえず場所を変えませんか。ここではちょっと」 古泉の勧めで駅前から離れ別の喫茶店に移動する。そんなに飲物ばかりいらないんだが。 「我々は再来週の月曜日まで長門さんたちが力を使えない、その間TFEIに危害が加えられた場合 報復があるので手出しは厳禁、と聞いています。」 喜緑さんに聞いた通りの内容だ。 「未来からはこれから10日間、細心の注意を払うように、って指示が来ています。 あと長門さんたちを襲わないように強制コードがかかりました。 詳しくは禁則なんですが強制コードは強力すぎるため滅多なことでは発令されません」 いつぞやのお使いゲームの時はその『滅多』なことだったんですね。 古泉がいつも通りのさわやかスマイルで俺に問う。 「あなたはどうやって知ったんですか? 長門さん本人からですか?」 それ以外ないだろ。 「喜緑さんというラインもありますからね」 この野郎、見てたろ。2人から説明されたのを。 「いえ、考えられる可能性を言っただけなんですが。まさか両方とは思いませんでした」 ……こいつはスパイの口を割らせる側に就職すればいい。 いや俺が引っ掛かりやすいだけかもしれないな。 「昨日、力が使えなくなってからどうも長門が不安定なんだ。どうやら不安らしい」 パニックになったことは伏せておこう。 「だからこれからしばらく長門に気をつけてやってほしい」 「もちろんです。今まで長門さんに頼りっぱなしでしたからね。感謝と恩返しの意味でも力の限りフォローしますよ」 「あたしもです」 古泉が額に指を当てた考え込むポーズをとる。 「涼宮さんが何か勘づく可能性がありますね」 「そうですね。普段完璧な長門さんが遅刻していますから、涼宮さんの注意が行っているはずです。 あたしたちも長門さんと話をあわせとかなきゃいけませんね」 古泉がさらに何か言いかけた時、俺の携帯が鳴った。ハルヒから!? まだ別れて1時間も経っていないぞ。 『ちょっとキョン! すぐにきて! 川沿いの遊歩道! 前に映画撮ったとこ!』 それだけ言うとすぐ電話が切れた。 まさか長門が!? 不安がよぎる。 「有希がへばっちゃったのよ。そんなに歩いたつもりはなかったのに」 青い顔をした長門がハルヒに膝枕されている。 見えそうになるパンツはスカートの上にハルヒの上着が掛けられしっかりガード。 まあ隠すという用途以上に温めるために掛けられていそうだが。 「長門、体調がわるいんじゃないか? だから遅刻やら倒れたりしたんじゃ……」 「大丈夫、平気」 長門は俺の言外の帰って休めという意図をくみ取ることが出来ないようだ。 「今日はもう帰って寝た方がいいと思うんですけど。顔色悪いですよ。熱はありますか?」 朝比奈さんが長門の額に手をあてる。 「ないですね」 朝比奈さん、赤い顔ならわかりますが青い顔なら熱はなさそうなんですが……。 しかし朝比奈さんの優しさが伝わってくる光景です。 「キョン、有希のピンチに何で鼻の下伸ばしてんのよ!」 「いや、そんなんじゃ」 「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」 またヤバい兆候だ。出来るだけ刺激しないように長門を諭す。 「長門、じゃあこうしよう。取りあえず飯だ。休憩しよう。実は俺、腹が減ってきた。」 まだ11時だがな。 「そうですね、今の時間なら店も空いているでしょうし、いいタイミングかもしれません。涼宮さん、そうしませんか?」 ナイスだ古泉。 「そうね、そうしましょ。有希、行くわよ」 「だいじょ「団長命令よ」…わかった」 長門よ、お前が意外と強情なのは知っているが今日は意固地すぎるぞ。どうしたんだ。 普段の健啖ぶりは見られず、長門のランチは半分ほど残された。 「長門、やっぱり帰った方がいいと思うぞ」 「あたしもそう思います」 「大丈夫」 大丈夫が口癖になってるな。 「いいこと思いついたわ! 午後の活動は有希ん家で読書大会よ!」 「なに!?」 ハルヒがとんでもないことを言い出した。いや、意外といい考えかもしれん。 自宅ならもし長門の調子が悪くなっても寝るだけだから問題ない。 しかし 「こ、困る」 長門がオロオロし始めた。すがるような眼鏡越しの眼で俺を見る。 「ん、なんで? 片付いてないの?」 「そう。片付いてないから困る」 「そっか。寝坊して慌ててきたってことはぐちゃぐちゃね。片付けてあげよっか?」 「い、いらない」 「遠慮は無用よ?」 「いらない」 「そっか。んじゃ昼からの活動は映画鑑賞にしましょ」 『映画』という単語の響きだけで朝比奈さんがひぃ、と小さく叫ぶ。 「みくるちゃん、どんな映画がいい?」 気付けよ、ハルヒ。 「へぇえ、何でもいいですー」 朝比奈さんまでおかしくなってる。 解散後、すぐにハルヒに呼び止められた。 「今日の有希どうだった? 絶対普通じゃなかったわよ。」 さすがハルヒ、っていうかすぐ分かるな。 「ああ。体調というかなんだか調子悪そうだったな」 「どうしちゃったのかしら。大丈夫かなぁ? やっぱり一人暮らしだから? たまに手伝いに行った方がいいのかな? そうだ! 泊まり込みでってのも面白いかも!」 お前が遊びたいだけじゃないのか? 「わかった?」 嬉しそうに笑うハルヒ。すぐにまじめな顔に戻る。 「有希も寂しいんじゃないかな? 確かに静かなのが好きなんだろうけど。テレビも無いし。 だけど寂しく感じる瞬間もありそうじゃない」 否定しかけて思いとどまる。そう言えば前もそんな事を感じた気がする。 しばらく他愛のない雑談のあとハルヒは用事があるから、と帰っていった。 さて、俺も長門の家に行かないと。 長門の家の前で古泉と合流する。 「てっきり中にいるものだと思ってたが?」 「片付けが終わるまで待って欲しいと。涼宮さんはなんとおっしゃっていましたか?」 「長門の不調を心配している。体調不良だと思っているようだ」 「入って」 長門がドアを開け、俺たちを中に招き入れてくれる。そして和室を指し一言、 「こっちの部屋には入らないでほしい」 長門よ、余計な事は云わない方がいいと思うぞ。 「……うかつ」 長門は見た目上落ち着きを取り戻している。が普段の冷たさというか硬さが感じられない。 なんだか病み上がり感というか、……ふにゃっとしている感じがする。 「お茶をどうぞ」 一緒に片付けをしていたらしい朝比奈さんからお茶を頂く。ありがとうございます。やっと落ち着きましたよ。 「で、長門、どうなんだ? 遅刻とかは本当に体調不良じゃないなのか?」 「それは……」 赤面し言い淀む長門。う、ちょっとかわいい。 「遅刻は本当に寝坊。いつもは目覚まし時計は不要だが情報統合思念体の……」 そこで止まる。そうか、喜緑さんが言っていたのはこのことか。 「片付けをする暇もなかったんですよね」 「い、言わないで」 「あ、ごめんなさい」 慌てる長門の姿は本当に貴重だ。 あとは体力面だがこちらも情報統合思念体のアシストがなくなったたらしい。 「いきなり体力が下がっても体の使い方はすぐには変わりませんからね。 いつも電源アダプターをつないでいるノートパソコンが停電でバッテリーだけになったようなものですか」 古泉、お前はやっぱり解説係なんだな。 「学校は大丈夫か? 体育もだが登校の道のりもだ。結構長い坂道だぞ」 「それくらいなら何とかする」 「学校を休む手もあるが。忌引きとかどうだ?」 「無理。学校に連絡する保護者がいない。情報操作もできないので担任を説得しきれない」 そうか。それは盲点だった。じゃあ入院も無理だな。……おい、本当に病院に行く事態になったらどうするんだ? 「大丈夫。保険証はある。その他必要がありそうな証書類は最初から用意してある」 なら安心だ。 もし何かあったらすぐ連絡するように、と長門に念を押しマンションを後にする。 「一応機関が病院を抑えていますので何かあった場合すぐ対応できます」 古泉が今後の万が一を想定して、と語る。 「もし長門が倒れたとして解剖だの調査だのはしないのか?」 「確かにそんなことを主張するグループもいることにはいますが」 肩をすくめながら続ける。 「食が明けたとたん地球滅亡なんてことになったら目も当てられません。 情報統合思念体にとって涼宮さんを捨てるという選択肢もありますから」 確か長門はハルヒを『自律進化の可能性』と言っていたな。 可能性がない、または天秤にかけて価値が低いとなれば地球の存在などどうでもいい話となる。 なんにせよ長門が無事無難に過ごしてくれれば問題ない。 「あの~、大きな出来事はないと思います。未来で情報統合思念体の食関係での事件は聞いていません。 隠されている事実がとかがあったとしても、大事件ならその影響が必ずどこかに現れるはずですから」 朝比奈さんの太鼓判を押してくれた。朝比奈さん(大)も来ていませんし。そうですか、なら安心です。 日曜、そろそろ昼飯時かと思っていたら長門からヘルプの要請があった。 買い物に付き合って欲しい、ということだ。お安い御用だ。どうせ用事も無かったしな。 と、軽い気持ちで出かけたが、 「おい、お前の家は何人家族なんだ?」 「いつもこれくらい購入している」 いやいやいや!? 業務用のカレー缶1カートンをいつも買ってるのか? つうかどうやって持って帰ってるんだ? 車じゃないぞ? 「失念していた。いつもは、……何でもない」 絶対に情報操作だな。 呼び出されたのは小売りのある問屋で、いつもここであのカレー缶を買っているらしい。いいなここ、今度親に教えよう。 だが長門が買った量が問題で 「困ったぞ。荷台に乗りきらん」 「ごめんなさい」 でかい段ボール箱と米10kg。だからいつもはどうしてたんだよ。 荷台と前かごにカレー缶、サドルに米を載せなんとか運ぶことができ、遅い昼食を長門に振舞ってもらう事になった。 当然この持ち帰ったカレーだ。まあ普通にうまいからいいか。 玄関を開けてもらい台所へ……行けなかった。長門、何故とうせんぼする? 「荷物は玄関でいい。申し訳ないが玄関で待っていてほしい」 凄い早口で焦り気味な長門。そうか、呪文を唱えてる分鍛えられてるのかな。 今度は赤パジャマを言ってもらおう。黄巻紙の方がいいかな? って、 「なんでだ!?」 「……」 何も言わず台所の扉が閉まった。 台所からはガチャガチャと音が聞こえる。ははん、また片付けていなかったんだな。 ガチャン!! ……今のは絶対割れたな。 「長門!?」 「問題ない。大丈夫」 どういう意味で大丈夫なんだろうか? ようやくリビングに入れてもらい席に着く。和室を指さし、 「この部屋は覗いてはだめ」 ちょっと意地悪を言いたくなるな。 「いろいろ放り込んだからか?」 「違う。ちょっと待って欲しい」 目が泳いでるぞ。長門は逃げるように台所へ姿を消した。 ……目が泳いだ長門を見るのは二度目だ。 あの、長門が作り上げた世界。あいつは誰にも文句ひとつ言わず一人で何もかも抱え込んでいた。 今回長門が俺を頼ってくれたことは素直にうれしかった。 限度はあるだろうが、もっと俺たちを頼って欲しいもんだ。 いつぞやの、朝比奈さんと3人で食べたカレーが目の前にある。 違うのは朝比奈さんがいないのと 「その量はさすがに少なくないか?」 「問題ない。残りは晩に食べる」 いや、カレー缶の残量はどうでもいいんだ。お前のカレーの量は茶碗で収まるぞ。 そして 「指を切ったんだな」 「! だ、大丈夫」 なんだ、その「バレた!」的なリアクションは? 左手で右人差し指を押さえ、手の隙間からティッシュの端が見えている。どう考えてもおかしいだろ。 「本当に大丈夫か? 見せてみろ」 「大丈夫」 こいつの場合、多少無理しても「大丈夫」「問題ない」で押し通す傾向があるからな。 朝倉の攻撃やミクルビーム食らった時も大丈夫だと言っていたがどう見ても大惨事だったぞ。 今回は宇宙パワーがないだけに非常に心配だ。 「いいから見せてみろ。ガラスか瀬戸物を割ったんだろ?」 「大したことはない。気にしないで」 埒が明かん。強引に長門の手を取る。 「あ」 小さめの手、人差し指の指のはらに小さな切り傷があった。 「んー、血は止まってるな。絆創膏はあるか? 買ってくるぞ?」 「い、いい。もう大丈夫」 慌てて手を引っ込めて、また目を泳がす長門。まるで悪いことした幼児のようだ。 「いいか、長門」 ここは言ってやらないとな。 「別に怒ってるわけじゃないぞ。なにか起きたら俺に言ってくれ。 普段なら自分でなんとかできるんだろうが、今回は無理なんだろ? 今までお前に世話になってるし、いくらでも手伝うさ」 「あ、ありがとう」 若干顔を赤らめる。 確かに人に物事を頼むのは勇気がいるかもしれないが、 俺がそのハードルを下げる役割をやってやる。 他ならぬ長門、お前のためならいくらでも頼まれてやるさ。 ついに平日が始まった。あの長門の調子だと非常に心配だ。登校後、自分のクラスに行く前に6組をのぞく。 長門はまだ来ていない。朝から部室に行っているのか?嫌な予感がして長門の携帯に電話をかけてみる。 ………出ない。呼び出し音がするから電源が入っているのは間違いない。 登校中でカバンの中で鳴っているのに気付いていないだけだろう。まさかな、と思い家の電話にかけてみる。 ……1……2……3…… ところで電話の呼び出し音は何回くらいで諦めるもんだろうか? 留守電になったら出ないのは確実だが5、6回目くらいでいないのかと思い 切ろうかと思うがいやまて、あわててキッチンの火を消したりしてたらちょっと遅れるかもとも考え 結局俺は10回をめどにし 『………』 やっぱり10回位は必要だな……って、え!? 「長門! お前なんで家にいるんだ!?」 『え。 あっ!』 「OK、長門。遅刻は確実だ。開き直ってあわてず 『ガチャンガチャゴトゴト……タタタタ…パタパタパタ…ドタン!…ゥゥゥ…パタパタ…』おーいながとー!」 受話器を投げてあわてて準備を始めているのだろう。まずいなあ。 「キョン?」 げぇ、ハルヒ! 「なんで6組なんて覗いてるわけ? ひょっとして有希目当て? あんたあたしに隠していやらしいこと考えてない?」 「い、いやなんだ、その、本だ! あいつに本を借りる約束しててな」 「あんた本なんて読んでたっけ?」 「失敬な。んで『いやらしいこと』ってなんだよ?」 「え、な、何でもないわよ!」 「へ~」 「信じてないなこのバカキョン!」 話を逸らせたことと予鈴によってこの場は何とかごまかせた。 1時間目の退屈な数学。なんとか俺は自我を保ち板書をノートに書き写していた。 ハルヒはとっくに夢の世界へ。よく見つからないな。 そんな時、廊下側に動く影が目に入る。長門!? 俺のクラスを通り越していく小柄な影。 数秒遅れてざわつく隣のクラス。 長門よ、本当に心配だ。 ようやく休み時間となり、待ち構えていた俺はそっと6組をのぞく。 長門の周りには人だかりができていた。 そうだよなぁ。完璧超人が遅刻してきたら注目の的になるよなぁ。 だが今の長門がこれだけの人数を相手できるのか? もみくちゃにされて 「キョン!」 またハルヒか。 「そんなに楽しみにしてる本なの?」 「あ、ああ。何でも猫飼い必読のSFらしくてな」 「なにそれ? あんたそんなにシャミセンをかわいがってたっけ?」 「毎日一緒に寝てると愛着もわくってもんさ」 「へー …いいなぁ……」 「いいだろう」 「あ、え、そうね! あたしもちょっと飼いたいんだけどさ、ええと、親が動物苦手で……」 結局休み時間に長門に会うことができなかった。 昼休み、弁当を持って部室へ行く。いつもなら長門が先に来て本を読んでいるところだが。 ……来ないな。 弁当を食べ終え、パソコンでニュース系サイトを眺めたりしているがまだ長門が来ない。 うーん、教室にいるのか? それとも食堂か? いつも会いたいときに会える長門に会えない。そんなことはあの世界だけで十分だ。 いや、そのときだって長門はいてくれたな。自分を変えちまっていたが。 いつだって長門はいてくれていた。 何を考えているんだ、俺? 長門は遅刻しながらもちゃんと来てたじゃないか。 放課後になったらいつも通りSOS団に来るさ。 今週のハルヒは掃除当番である。 ちょっとだけ長門と話せる時間がひねり出せるな、 と思いつつ6組の方を見てみると長門が6組女子に拉致られそうになっていた。 「! ………」 俺を確認したらしい長門は眼鏡越しに何かを訴えてきている。 「長門、どうした?」 「あれ? 5組の誰だっけ?」 「キョンくん」 「そうだキョンくんだ。長門さんに用?」 俺の本名はどこ行っちまったんだ? 「まあ用と言えば用だが。これから部室に行くんだが一緒に行くかな、と思って」 「ええ~~あたしたち今からみんなでカラオケに行くんだけど。長門さんも一緒に」 なに!? 「長門、そうなのか!?」 「ち、違う……」 困り顔の長門。 「行くとは言ったけど今日は駄目……」 「えーいいじゃん」 「いこいこー」 どうやら誘いを受けて断りきれなかったらしい。 「あー、長門も困ってるみたいだしまた今度にしてくれないか?」 「ってあんた長門さんの何?」 う、それを言われると辛い。 と、一人が急に 「あ! ごめん気付かなかった。長門さん先約あったのね? 早く言ってくれないと!」 ニヤニヤと俺と長門を見比べはじめた。 「キョンくんもごめん。わたし達も気を使うべきだったよ」 「そうだそうだ。ごめんねー」 「「「ごゆっくりー」」」 何だったんだ? 長門を残して6組女子連中は行ってしまった。 「長門、何かあったのか?」 「話せば長くなる。まずは部室に行くべき」 そういうとスタスタ歩き始めた。いつもの長門の行動だが今は凄く不自然にみえる。 なんだか無理して演技しているようだ。 その証拠に廊下の人ごみに阻まれて進めないでいる。 普段なら文字通り数歩、数十歩先を読んで障害物を避けながら進んでいくのに、今日は目の前しか見ていない。 「長門、一緒に行こうぜ」 長門はこくんとうなずいて俺についてきた。 朝比奈さんが着替え中ということで廊下で待つ。が、 「長門、お前は入っていいんだぞ?」 「あ」 完全に長門は別人になったみたいだな。そんなに情報なんちゃらの影響力って凄いのか? しまった、今の時間に長門と打ち合わせしとくべきじゃなかったのか。 「こんにちは。長門さんの様子はどうですか?」 古泉か。 「おう。あんまりよろしくない」 「それは困りましたね。隣のクラスなのに良くないと分かるとは深刻です。それとも監視していましたか?」 「監視っていうな。……まず今日も長門は遅刻した」 それを聞いた古泉はうなづく。 「らしいですね。本当に深刻な状況かもしれません」 「どうぞー」 メイドな朝比奈さんが俺たちを迎え入れてくれた。 表面上はいつもの活動通りだった。 遅れてきたハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんがお茶関連の作業で俺と古泉がゲーム。 まったくもっていつもと同じ。 ………。 『舟を漕ぐ』という表現を考えた人間は誰だろうか? 居眠りに対してこれほどの文学的な表現を与えた人物は。 今まさに夢の世界という名の大海原に漕ぎだしている長門有希を見てそう思う。 まてよ、大海原なのに手漕ぎボートは危険じゃないのか? あ、ガレー船か。納得。っていうかやっぱり戦艦なのか? 長門だけに。 「ちょっとキョン、何やらしい目で見てんのよ」 小声でハルヒが俺を非難する 「やらしくなんかないだろ。この慈愛に満ちた眼差しをやらしいと感じるお前が汚れてるんじゃないのか?」 「なんですって!?」 「涼宮さん! 長門さんが起きちゃいますよ!」 そうですよねぇ、朝比奈さん。 「……このバカキョンが」 今は長門の寝顔鑑賞会となっている。 「やっぱり有希って体調悪いのかなぁ。土曜からおかしいじゃない。」 心配そうにハルヒが言う。 「それとも寝不足? そんなに面白い本があるなら教えてもらおうかしら?」 長門が持っている本をのぞきこむ。 「……洋書?」 ハルヒが頭をあげたときに長門がこっくりと頭を下げた。 「ひぇっ」 ごん かちゃ 「あだ!」 「ぐ!」 順番に 朝比奈さんの悲鳴、ハルヒと長門の激突音、眼鏡がずれる音、ハルヒの間抜け声、長門のうめきである。 両方からの加速度で破壊力も倍増しハルヒは後頭部、長門はでこを押さえうめく。 「ごめん有希!」 「なに??」 まだよくわかっていない長門。 「だ、大丈夫ですか? 今、すごい音がしましたよ」 朝比奈さんはぶつかる前に悲鳴を上げていましたね。 「長門さん、眼鏡は大丈夫ですか?」 「え?」 古泉に問いかけられ顔をあげる長門。その瞬間 がちゃ 「あ」 かろうじて耳に引っ掛かっていた眼鏡が床に落ち、 「「あああ!」」 ハルヒと古泉とがハモる。残りのメンツは固まったまま。 情報操作の能力がなくなって運まで落ちるのか、長門? 眼鏡はレンズを下にして落ち真ん中に大きな傷をつけていた。 「……」 「ご、ごめん有希!!」 「……いい」 かえって冷静になったのか傷つき眼鏡をかける長門。しかし 「……視界が大幅に悪化している」 お前が違和感感じるのと同じくらい外見も違和感ありまくりだぞ。 真ん中に派手なクモの巣状のひびが入っている。 最近の眼鏡はプラレンズばかりでガラス製は無いと聞いていたがプラでもこんなにひびがいくのか? 「買い替え、ですねぇ」 「僕の知り合いの眼鏡屋を紹介します」 古泉、お前はとことん便利な奴だな。 「ああ、ごめん、ごめん有希! ちゃんと弁償するから!」 古泉の知り合い、という駅前の眼鏡屋で長門の眼鏡を選ぶため、団活は終了。 先頭を古泉と俺、続いて長門と朝比奈さん、遅れてとぼとぼとハルヒがついてくる。 流石のハルヒもへこんでいるようだ。 車を避けるために足を止めると背中に衝撃を感じた。 「長門?」 「すまない、よく見えていなかった」 「そういえば長門、お前視力いくつだ?」 「正確な数値は覚えていない」 「そうか。だが、だいぶ悪そうだな。」 俺はこの時、長門が『正確な数値を覚えていない』と発言したことに軽い衝撃を受けた。 ハルヒの見立てでフレームが選ばれ、レンズ作成まで1時間ほどだった。 長門の視力が非常に悪く高いレンズを取寄せする関係で本当はもっとかかるハズだったが、 そのあたりは機関パワーでなんとでもなるらしい。 新川氏あたりが工場から運んできたんだろうか? 誰にどのフレームがあうかと誰でもやる他愛のない遊びをしているうちに眼鏡が出来上がっていた。 夕方遅くになっていたため眼鏡屋で解散したがすぐ長門に携帯電話で呼び出された。 「どうした?」 「……目がまわって気分が悪い。眼鏡酔いと呼ばれる状態。できれば家まで送って欲しい」 相当弱っているな。 自転車の後ろに長門を乗せ、マンションまでの長くダラダラとした坂を登る。 いつぞやの3人乗りの時と違いしっかりと長門の体重を感じながらペダルを漕ぐ。 それにしても長門、お前はこんなに軽かったんだな。 こんなに小さく軽い長門が大げさに言えば全地球の命運を担って頑張ってきていた事を考えると なんだか涙が出そうになってきた。すまん、お前にばっかり頼っていた。せめて今だけは俺たちを頼ってくれ。 それが俺たちに出来るお前へのせめてもの恩返しだ。 「……ごめんなさい」 「いや、謝るのは俺の方だ。だがなんで声をかけてくれなかったんだ?」 「……気が引けて声をかけることができなかった……」 後ろにいる長門に想いを馳せているうちに、後ろに長門がいるのを忘れていた俺は自宅まで長門を連れてきてしまった。 アホだ。アホすぎる。誰にもこの姿を見られていなければいいが。 せっかく連れてきたのと妹にいきなり見つかったのと俺の母親が世話好きなのが重なって 長門を我が家の晩餐に招待することのなった。 唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯というレパートリーに何のコンセプトのないごく一般的な家庭のメニュー。 小食になった長門はサバの塩焼きに手間取り、唐揚げに手が伸びていない。 先週、長門が貧血で倒れている、と思っている母親は長門にもっと食べて欲しそうだったが。 妹は大食いの長門を知っているから勝手に長門の皿に唐揚げを載せていく。 涙目気味の長門の視線を受け俺が唐揚げを処分していく。 おかげで俺まで涙目気味だ。 食事の後、長門を再び自転車の後ろに乗せマンションに向かう。 妹は遊びたがっていたが今日は月曜日だぞ。まだ週が始まったばっかりだ。 マンション到着後、長門にお茶を誘われたがやはり同じ理由で断って家にとんぼ返りする。 母親の長門に対する質問攻めをなんとかかわし、 いきなりフルスロットルで始まった一週間の1日目をようやく終わらせることができた。 『よかったら…………持って云って』 長門、悪い。お前じゃないんだ。 『……』 そんなに泣きそうな顔をするな。 『……』 違う、お前じゃない。俺の長門は ………… 夢か。 眼鏡をかけ、オロオロしているあいつを見て脳みそが記憶を引っ張り出してきたらしい。 ………… 長門。 ハルヒの悪だくみに巻き込まれ、文芸部部室と共にSOS団に組み込まれた女子。 あの頃も眼鏡だったな。いつから眼鏡じゃなくなったんだっけ? 初めて部屋に呼ばれた時も眼鏡だったな。 あの時あいつの話を聞いた時は可哀相な電波女だと思ったが 朝倉に殺されかけた時、真実の尻尾あたりを見せつけられた。 尻尾どころか毛先の枝毛くらいなのかもしれんが。 そうだ、その時あいつは『眼鏡の再構成を忘れた』とか言っていたな。 それ以来あいつは眼鏡をしていない。 ああ。俺があいつに『眼鏡をしてない方が可愛い』って言ったからだ。 唐突に気付いた。 ………… 4時か。まだ寝れるな。 火曜3時間目は5、6組の合同体育授業である。 5組の教室が女子の、6組教室が男子の更衣場所となる。 であるからして、 「やっほー有希! 調子どう?」 長門が着替えに俺のクラスに来た。 「大丈夫」 「そ、よかった」 長門が俺の机の上に体操着袋を置く。 「んじゃな」 こくんとうなずく長門。昨日買った真新しい眼鏡。うん、良く似合う。しかし俺はやっぱりない方がいいなぁ。 「おいキョン、長門有希は眼鏡に戻ったのか?」 谷口は相変わらず女子に関して目ざとい。その観察力と情熱を少しでも勉強の方に振り分けたら多少人生が変わるぞ。 「女に目を向けているから人生が楽しい方に変わったんじゃないか。しかしやっぱ長門有希は眼鏡の方がいいな」 お前は眼鏡属性ありなのか。 「そうかな? 僕は無い方がいいと思うな」 おお、国木田。お前はわかっている。 そして授業開始後10分で事件が起きた。らしい。 というのもハルヒからの伝聞だったからだ。 「1500m走の2週目でダウンしちゃったの。信じられる!? マラソン大会で2位の有希がよ!? 絶対おかしいわ! 何か病気なのかしら。心配だわ」 確かに心配だ。また眼鏡酔いか? 「あの娘一人暮らしでしょ? だから体調崩しても見てくれる人がいないわけじゃない。大丈夫かしら?」 確かに。宇宙パワー全開の時は全く気にならなかったが今は物凄く心配だ。 そして今俺には逼迫した心配事が別にある。 「なによ?」 「長門の制服一式がそのまま俺の椅子と机に残っているんだが」 長門は保健の先生に連れられてタクシーで早引けしていた。俺の机に制服を残して。 そして放課後、SOS団と6組の女子連中で長門家へ見舞に行く事でもめている。 正確にはハルヒと6組女子だが。 ハルヒの言い分は団員だから。6組女子の言い分はクラスメイトだから。まあどっちもわかる。 じゃあ一緒に行けばいいじゃないか。 「人が多すぎて迷惑じゃないの!」 んじゃあハルヒと6組女子で行けばいいじゃないか。 「あんたの預かってる服はどうすんのよ! ……ってあたしが預かればいいのか。 そ、そうね。あたしと6組で行ってくる。団は休みにしてもかまわないから」 たまにハルヒは抜けたところがあるな。 そういや昨日、長門が6組女子に連れて行かれそうになっていたな。 何が起きたかを聞こうと思っていたがすっかり忘れていた。 まあ、あの様子じゃいじめとかじゃなさそうだから急ぐこともないか。 団は休みじゃない。 むしろハルヒがいないことによって遠慮なく話し合いができるってもんだ。 「事態は意外に深刻そうですね。取りあえず想像以上に長門さんが弱ってることがわかりました」 「喜緑さんはどうなんだろう?」 「昨日の体育では普段どおりだったような気がします」 朝比奈さんが小首をかしげる。 「しかしまいったな。これからずっとこんな調子なのか?」 「大いにあり得ますね。長門さんが休まない限り」 「でも長門さんは休みたくないみたい。やっぱり学校が楽しいんじゃないのかなぁ。それとも、ううん、何でもないです」 「朝比奈さん、気になることがあったら言ってくださいよ。何かヒントになるかもしれませんから」 「ええと、うーん、そう! 長門さんはまじめだから涼宮さんの観測を続けないといけないと思ってるんじゃないかな」 「……そうですね。その可能性も高いでしょう」 「古泉、何かほかにあるのか?」 「いえ、あらゆる可能性があると言いたいだけです。何せ長門さんが何を考えているかなんて想像不能ですから」 こいつはいけしゃあしゃあと嘘をつくからな。お前が何を考えているかも想像できねえよ。 だが長門の考えがわからないのは確かだ。 「さて、長門と連絡をとりたいわけなんですが、あの、朝比奈さんお願いします」 「へ?」 「いえ、今ハルヒと6組女子が長門の家にいるはずなんで。俺がかけると怪しまれるというか……」 「あ、そうですよね。わかりました」 「連絡する事とは何ですか? 夜でもかまわないのではないでしょうか?」 古泉が不思議そうに聞く。 なんとなくあいつの声を直接聞きたかっただけなんだが 「今日の場合、夜だと寝てる可能性があるからな。今なら騒がしくて起きているだろう。 用という用は特にないんだが、今のうちに長門にリクエストがあるなら聞いておきたいし、 元気なようならまた夜に電話できる」 ごまかしておく。半分は本当に長門の要望を聞いておきたいとは思っている。 「なるほど」 「かけますね」 朝比奈さんが長門に電話をかける。すぐ出たようだ。 「もしもし、朝比奈です。…… 元気ですか、え? ……そんな、わかりました。すぐ行きます」 え、何があったんですか!? 「涼宮さんと6組の子とで険悪な雰囲気になってるみたい」 おいおい、どうしたんだ、ハルヒ!? 「キョンくん、5組と6組で対立していましたか?」 いやそんなことはありませんでしたよ? 「取りあえず急いで行ったほうがよろしいでしょうね。タクシーを……」 「古泉くんとキョンくんは来ないでください。これは女の子の話なんで」 珍しくきっぱりと朝比奈さんは言い切った。 「すいません喜緑さん、事態がさっぱり飲み込めないんですが……」 「そうですね、わたしもどこからどう説明すればいいのやら……。とにかく来てくれてありがとうございます」 「あ、いえ、長門とのサポートの約束でもあるんで気にしないでください」 喜緑さんの説明によると、 見舞いに行ったハルヒと6組女子の間が何故か険悪になり、 朝比奈さんと鶴屋さん(学校を出る前に一緒になったらしい)が長門マンションに着いた途端激化、 長門が泣き出した、長門が泣くというだけで異常事態だと分かるが、 その時に喜緑さん到着でみんな追い出され俺が召集を受けた、となるようだ。 ついでに言うとまだ部室にいた俺が喜緑さんの電話を受けている時、古泉は機関から電話を受けていた。 つまり 「閉鎖空間が発生しました。なにか涼宮さんの機嫌を悪くする事態が発生したようですね」 と結構深刻な状況となっていた。 ちなみに長門は寝ている。どうやら本当に体調を崩したようで、枕もとには病院で出た薬が置いてある。 「保健の先生によると風邪だそうです」 「あの、喜緑さん、何故知っているんですか?」 「言ってませんでしたっけ? わたしと長門さんはいとこ、ということになっています」 ああ、なるほど。 「緊急連絡先はお互いにしているので学校から連絡がありました。 本当はもっと早く帰って看病しようと思ったんですけど、買い物しているうちに遅くなりまして」 しかしなんでそんな騒ぎになったんでしょうか。 「いくつか理由があるようですが」 喜緑さんは何故か意味ありげに俺を一瞥し、 「要はみんな長門さんが好きなんですね。で、取り合いみたいになったようです。 朝比奈さんと鶴屋さんは中立の立場で説得しようとしたみたいなんですが、 長門さんのクラスメイトはそうは思わなかったようですね。 涼宮さんとよく一緒にいるところを見られてますから彼女たちの考えもわかります」 たしかに。 喜緑さんが溜息をつく。 「あした朝比奈さんと鶴屋さんに会って謝らないとダメですね。一緒に追い出してしまったんで」 「あの2人ならわかってもらえますよ」 「だといいんですが。でも残りの子には反省してもらわないとダメですね。 具合の悪い有希ちゃんの前で何を考えているんだか…… 常識ってものがないんでしょうか? 自分がされて困ることは他人にやっちゃダメでしょ! ただでさえ有希ちゃんは弱っているのに!」 うわ、ちょっと本気で怒ってる。長門に対する呼び方が素になっていますよ。 「あなたにもしっかりしていただかないと」 俺!? 「だいたい有希ちゃんがあなたに……。すいません、筋違いですね。ちょっとその、興奮しました」 「あの、長門の風邪は大丈夫なんでしょうか? 免疫力がなくてひどい状態になるとか……」 「そのあたりは大丈夫です。確かに普段は情報処理で体調を整えていますが、通常の人間くらいの抵抗力はあります。 ただ、いつも情報処理で症状をキャンセルしているので、いきなり体験するとしんどいかもしれませんね」 「そうですか。念のため明日は休みの方がいいと思うんですが」 「嫌」 「長門!?」 いつの間にか目を覚ましていた。なんかパジャマの長門も可愛いな。いかんいかん、鼻の下を伸ばしている場合ではない。 「休まない。学校は行く」 「有希ちゃん、明日は休みましょ。それとも何か用事があるの?」 「用事は、無い。ことも、無い……ない」 えらく歯切れが悪いな。 「とにかく休む気はない」 知ってはいたが意外と長門は強情である。これは説得に時間がかかりそうだ。 「ええと、」 喜緑さんが長門の耳に口を寄せ 「……………」 何故か慌てる長門、そしてちらっと二人で俺を見て 「わかった。休む」 喜緑さん、いったいあなたは何を言ったんでしょうか? 「簡単なことです。ひとつお願いがあるんですが」 はい? 「明日、ここに寄ってくれますか? お土産付きで。長門さんは食いしん坊なんで」 「最後のは余計」 なるほど、食べ物で釣るわけですね。 「わかりました。長門、何食べたい?」 「……あなたに任せる」 しかし喜緑さんは長門に何を吹き込んだんだろうか? 「……」 「……………」 ずっと背後からプレッシャーを受けながら順調に午後の授業は進んでいく。 今朝からハルヒは機嫌が悪い。事の顛末は知っているが、それを知っている事をハルヒに知られるとまずいことになる。 なんかややこしいな。というわけで知らない振りしてたずねる。 「ようハルヒ、長門の様子はどうだった?」 「……」 「……ハルヒ?」 「風邪よ。だから有希は元気がない」 「……んで?」 「それ以上でもそれ以下でもない!」 会話終了。 それ以上は話しかけるな的な視線で睨みつけてきた。なんか最初に会った頃を思い出すな。 そして今に至る。ちなみに長門は休み、古泉も休み、朝比奈さんまで休みである。 朝比奈さんが休んだことによって鶴屋さんも喜緑さんもブルー気味で、まさにデフレスパイラル。 なんでそんな事を知っているかって? 昼休みにハルヒが食堂に行っている間に鶴屋さんと喜緑さんという異色のコンビがうちのクラスまで訪ねてきたからだ。 「ごめんねーキョンくん。みくるがさぁ、ショック受けて休みなんだ」 「ごめんなさい」 「あー、えみりんは悪くないっさ。ちょっとみくるが勘違いし過ぎてるだけだしさぁ」 「ですが……」 「残念ながらみくるは空気を読むというか以心伝心というかちょっとそっち方面が弱くて……」 痛々しい程の気のつかいあい。 「あの、喜緑さんから朝比奈さんに電話してみればいいんじゃないですか?」 「しました……」 「演技で一緒に追い出された事に気が付かなかったことにみくるは落ち込んでいるんだよ……」 ……そうですか。そっちでしたか。 「正確には『そっちも』だね。二重に落ち込んじゃってさ……」 「キョン、いくわよ!」 放課後、強引にハルヒに部室まで連れて行かれる。 「なぁハルヒ、なんかみんな休みらしいんだが今日の活動はどうするんだ?」 「みんな? どういうこと? なんであんたが知ってるの?」 「い、いや、古泉から『今日は体調不良で休むからゲームを持って行けなくてすまない』みたいなメールが来てたし 昼にたまたま鶴屋さんに会って朝比奈さんが休みってこと聞いたし、」 しまった、長門をどうする。 「あたしんとこにみんなから休むってメールは来てるわ。で、なんで有希の休みまで知ってるの?」 頑張れ、俺の灰色の脳細胞! 「え、な、長門からも休むってメールが来たぞ?」 「ふーん」 ジト目で俺を見る。間違いない、疑っている。 「直接電話じゃなくて? 見せてよ、携帯」 やばい、今日は長門からメールも電話も来ていない。つーかなぜすんなりと信じない? それに喜緑さんからの着信を見たらハルヒがどう思うかわからない。絶体絶命だ。えぇい、ままよ、 「おーいハルにゃーん!!」 「あ、鶴屋さん! みくるちゃん休みなんだって?」 救いの女神は鶴屋さんとして降りてくださった。 「そうなんだよ。風邪だってさ。これから見舞いに行くけどハルにゃんもどうだい?」 「当然! って言いたいところなんだけど、困ったことに有希も……、い、いいわ、みくるちゃんのお見舞いね!」 長門の名を出した瞬間、ちょっとだけ顔をしかめたのは昨日喜緑さんに追い出された事を思い出したんだろうか? 「そうね、キョン、あんたは有希の見舞いに行ってきなさい! あたしはみくるちゃんとこに行くから! 鶴屋さん行きましょ! みくるちゃん食欲あるかしら? ケーキがいいかな?」 「う~ん、買って行って駄目なら冷蔵庫に入れとけばいいよ。キョンくんまったね~~」 鶴屋さんは俺に意味ありげなウィンクをして、ハルヒと共に行ってしまった。 その全行程30秒、ハルヒはよっぽど昨日の出来事が気まずかったんだろうか? 即決で長門の見舞いを俺に任せた。まぁ、絶好の機会だ。ハルヒ公認の元、堂々と長門の家に行けるんだからな。 ……公認って。何様だ、ハルヒ? 喜緑さんの分を含めてコンビニで適当にプリンやらヨーグルトやらをカゴに放り込む。 あいつは何が好きだっけな? カレーは売るほどあったな。 そう言えばおでんを一緒に食った覚えが……。 あー。 あの時だ。 朝倉もいたな。 ………… いかんいかん。気にし過ぎだ。 取りあえずデザート系だけでいいだろう。 最近はスイーツって言った方がいいのか? しかし長門は浮ついた流行的な言い回しはしそうにないし、 ハルヒは意外と古風というか流行に鈍感だしまずズレている。 朝比奈さんは長門的、古泉はハルヒ的な感じでやっぱり言いそうにない。 ううむ、時代に惑わされないSOS団か。『SOS団』っつーネーミングセンスもどうなんだ? などとアホなことを考えながらレジを済ませ、長門のマンションに到着する。 手慣れた手順でインターフォンの番号を押し … …… ………? へんじがない ただのしかばねのようだ なわけあるか!! 寝ているのか? それともどこかへ出かけてるのか? ずっと寝ているのも退屈だろうし。 でも俺が行くことを知っているんだから連絡くらいは欲しいもんなんだが。 電話してみるか、と携帯を手に取るといきなり電話が鳴りだした。 【発信者:長門 自宅】 へ? 家にいるのか? 『ごめんなさい。あと10分待って』 開口一番長門が謝ってきた。 「いや、かまわんぞ。でもなんでインターフォンに出なかったんだ?」 『……片付けをしていて………』 「そうか。わかった、待ってるぞ」 ううむ、これで片付けを理由に足止めされたのは何度目だ? 「こっちの部屋は絶対に開けないで」 「だから下手に言われると余計に見たくなるって。『鶴の恩返し』くらい知ってるだろ?」 「……」 今の長門はすぐに赤面する。意外な一面が見れて嬉しい半面、『あの世界』の長門を思い出し胸が痛む。 あの時は躊躇なく元の世界に戻るためにエンターキーを押したが、 はたしてそれが真の正解だったかどうか、今でもたまに考えることがある。 確かにハルヒがいない、朝比奈さんと鶴屋さんは赤の他人、古泉もいない。 いるのは小心者の長門と朝倉だけ。すこし寂しい世界だ。 だがハルヒが変態パワーを持ち、それに群がる宇宙人、未来人、超能力者がいる今こそ変な世界じゃないのか? もしあの時 「?」 長門が不思議そうに俺を見ている。 「い、いや何でもない。それより冷蔵庫にプリンを入れないとな」 あわてて台所に逃げた。 さて結構プリンやらヨーグルトやら買い込んできたからな。冷蔵庫に空きはあるかな、と。 扉をあけるのにはたいして力入らなかった。中からの圧力でパワーアシストされたからだ。 「わたしがやる!」 惜しかったな、長門。あと半秒早かったら間に合ったかも知れん。 しかしよくこれだけ詰め込んだな。ポテチは冷蔵庫に入れなくていいんだぞ。 あとジャガイモは入れると悪くなるからな。食パンは場合によるな。 と、振り返ると今にも泣きそうな長門が立っていた。 「ありがとう。今日は帰って」 「な、長門!? 」 「帰って」 い、いや、そんなに気にするほどの失敗じゃないだろ。 「…………………………………………」 いつものような無表情を頑張って作っているのに瞳はうるうるとした長門。 ちょっと和んでしまったが、その俺の表情が癇に障ったらしい。 「帰って!」 長門にマンションを追い出され、特に用事もなかった俺はそのまま自宅に帰り、 なんとなく悪いことしたな、と思いつつもそこまで悪いことだったか? などと気分が晴れないまま飯を食い風呂に入ってだらだらしながら やっぱ長門に謝っておくか、あいつは今不安定なんだし、と携帯電話を手に取った時着信があった。 【発信者:喜緑さん】 喜緑さんはいきなり謝ってきた。 『ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに』 いえ、そんなこと大したことじゃないです。それより長門の方は。 『その、寝室から出てきません。長門さんに謝らせようしたんですが』 いやぁ、悪いのは俺の方で 『いえ、自分の失敗がばれて逆ギレなんて許しません。明日必ず謝らせますから』 その、そんなにおおごとでも 『すいません、有希ちゃんの為でもあるんで。この辺りはきっちりとしておかないと』 なるほど、保護者として長門を教育するにはいい機会なんだろうなぁ。 最後に喜緑さんは俺が持っていった巨大プリンの礼を言って電話を切った。 なかなか売っていない代物らしい。 たしかに珍しいと思って買ったんですが喜んでもらえてなによりです。 ただ一つ残念なことがあるとすればみんなで食べたかったことくらいですね。 なんとなくモヤモヤは晴れつつあったが、明るい気分になれず早めに寝ることにする。 長門、今日もお前は俺の夢に出てきそうだ。 やはり長門は夢に出てきた。 あの世界でオドオドとした長門は俺を恐れ逃げてしまった。 俺は頼みの綱である長門を探しまわったがどこにも見当たらずという焦燥感の中、目覚まし時計でこの世に帰ってきた。 早く長門に会いたい。 まぁ、案外早く俺の願いは叶えられた。 朝、学校の校門前に着くと長門が俺を待っていてくれたからだ。善行は積むものだ。 ただ、しょんぼりとした、そう、まさに『しょんぼりと』俺を待ち構えていたのだが。 「ごめんなさい」 いきなり謝ってきた。 「いや、いいんだ。ちょっと俺も調子に乗っていたかもしれん」 あまりに真剣で申し訳なさそうな顔をする長門を見るとこっちが悪い事をした気になる。 俺も謝っておけば長門も少しは気が楽になるだろう。 「いいえ、あなたは全く悪くない。全面的にわたしが悪い。ごめんなさい」 い、いいから頭を上げろ。 「大丈夫だ、怒ってなんかないぞ」 「本当?」 う、見上げた顔がちょっとかわいい。 「ああ。怒っていない」 「……ありがとう」 早く長門と和解できてすごく楽になれた。 胃の不快感はすっと消え、授業中もよく眠れそうだ。 と、アホなこと考えながら長門と一緒に教室までいくと今度はハルヒが待ち構えていた。 こっちは『しょんぼり』とは程遠い仁王立ちだが、表情は真剣だった。 「有希! ごめんなさい!」 おとといの話なんだろう。 「あなたは悪くない。わたしがイライラしていただけ。見舞いに来てくれてありがとう」 「有希が体調悪いのに騒いだあたしが悪いの」 「大丈夫。来てくれてうれしかった」 一応双方の気が済んだようで予鈴とともに長門は教室に入っていった。 さて俺も 「で、なんであんたが有希と一緒に教室に来たのよ」 いいだろ、流せよそこは。 「たまたまだ。それよりなんで長門に謝ってたんだ? なんかしたのか?」 一瞬嫌なことを思い出したような表情の後、しまった、顔に現れた!的な表情、そして 「何でもないわよ」 無表情。 それっきりハルヒはだんまりを決め込んだ。 「ようキョン、ラブラブだな、それとも『ラヴ』がいいか?」 ち、谷口か。タイミングが悪い上に下品なやつだ。 席に向かいつつ戯言を聞き流す。ってラブラブってなんだ? 「しっかし最近の長門はなんかかわいいな。 眼鏡もだがちょっと表情でるだけであんなにレベルが上がるとは。 俺もまだまだ見る目がないな、クソッ」 心底悔しそうな谷口。アホか。 「お前、涼宮は見間違えたが、早い段階で長門を見つけ出してるからな。正に『機を見るに敏』ってやつだな、キョン。」 な、なんでここでハルヒと長門の名前を出すんだ! しかも面倒なハルヒの近くで 無表情だったハルヒの横顔がこわばるのが見えた。 谷口、帰れ! 早く席につけ! 始業時間だ! 「きっちり長門をゲットしてるんだからなー。待ち合わせかこのヤロー」 「おーい早く席につけー」 岡部、遅いぞ……。 ハルヒの何とも言えない不機嫌オーラを背中に感じつつ数学の授業は進む。 初めて授業が終わらないでくれという気になった。 しかし時間の流れは正確無比で、 そういや朝比奈さんは時間の流れはパラパラ漫画みたいなものだと説明していたが 紙の数は増やすことはできるのか? 増えても紙が薄くなったら意味はない? などとSF物理学もどきを思考しているうちに きっちりと終了時間が来た。 ガタン、後ろの席から大きな音、そして首根っこを掴まれ、 「す、涼宮!? なにすんだ!?!?」 「いーから来なさい!!」 谷口がハルヒに拉致されていった。 「キョン、谷口は何かしたの?」 知るか。……知ってるよ、今朝の発言の真意を問いただす気なんだろう。 「ふーん。僕の勝手な予想だと涼宮さんはキョンの外堀を埋めようとしているんだと思うんだけど」 国木田、実のところ同意だ。だから俺は行く。 「急いだ方がいいね。間違いなく次は長門さんの番だから」 ああ。……なんでお前まで長門の名を出すんだよ。 廊下から6組を覗くと長門は女子に囲まれていた。ここから長門を連れ出すのか? 絶対無理だ。 待てよ、このバリケードを突破するのはさすがにハルヒでも無理じゃね? よし、君たちに託す。頑張れ6組女子連合!! 「あたしは有希に用があるの!!」 「わたし達も長門さんに用があるのよ!」 最悪だ。まさかハルヒが特攻かまして長門を連れ出そうとするとは思わなかった。 いや、その可能性に気付くべきだった。 なにせ転校直後の古泉を拉致したり商店街での物資提供交渉を成功させた女だ。躊躇するわけない。 「あんた5組でしょ!? なんで勝手に入って来てるの?」 「いいじゃない、教室移動で入ったり出たりしてるでしょ」 「次の時間は違うでしょ」 大声でやりあっているから当然野次馬も集まる。 長門は、あいつは無事なんだろうか。人ごみでどうなっているかよくわからない。 すると 「……」 マンガの喧嘩のシーンで当事者が囲みからこそこそ出ていくシーンがあるが まさか本当にそんなことができるとは思わなかった。 「長門!」 6組の男子連中にカバーされ長門は教室の外に出てきた。 意外と長門は6組に溶け込んでいるようだ。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫、それよりトイレに……」 あ、ああ。早く行ってこい。 「おいキョン、早く涼宮を回収してくれ!」 顔なじみの6組の奴に文句を言われる。 「うちの女子が涼宮と喧嘩するのも困るがそれ以上に長門さんが迷惑するだろ」 す、すまん。 「クソ、何だって長門さんは……まぁいい、それより」 「早く連れ帰ってくれ!」 何とかうちのクラスの連中の手を借りてハルヒを引っ剥がす。 「何すんのよキョン! 国木田! あんた強く引っ張りすぎよ!」 「アホか! なんで他のクラスで騒ぐんだ!」 「あたしは有希に用事があったのよ!!」 「時間切れだ」 移動教室をはさんだりしてなんとかハルヒを6組に突入する事態は避けることに成功した。 が、そもそも何故ハルヒが長門を追いかけているかを俺は失念していた。だから 「いいわ。直接執行よ」 昼休み、ハルヒは食堂へ行かず俺を端まで追いつめた。 「何がだ」 「キョン、あんた今朝有希と何があったの!」 不覚にも答えに詰まってしまった。 「い、いや、たまたま会っただけで」 「谷口は有希があんたを待ってたって言ってるわよ!」 あんのやろー。 しかしここでふと気付いた。 「なんで長門が俺を待ってるのをハルヒは怒ってんだ?」 「!、え、と」 ハルヒが固まる。 「昨日、長門の家に行ったらあいつが寝ていたんだ。 で、世話役として喜緑さんがいて、ああ、知ってるか? 長門と喜緑さんはいとこらしいぞ」 『喜緑さん』の所でハルヒの表情が硬くなるのを見逃さない。 どうも今のハルヒにとって喜緑さんは鬼門らしい。 「んで、買っていったプリンやらを渡して帰ったんだ。今朝はその礼を言われた」 とっさにこれだけ嘘がスラスラでるとは天才じゃないか? ところどころ真実が交る理想的な嘘だ。 「長門を追い回すほどの内容か?」 「もういいわよ、わかった」 無事ハルヒを納得させ、納得したのかはともかく静かにさせ、団活の時間となる。 ここで俺はミスを犯した。長門と口裏合わせしなかったことだ。 今の長門は若干空気が読めない子になっていることを忘れていたのだ。 だから 「キョン、なんで嘘ついてごまかすの? 有希と喧嘩したんでしょ!」 あっさり長門が自白させられた。全部。俺が止める間もなかった。 が、俺も半分開き直っている。 「俺と長門が喧嘩して仲直りしたことで何で俺が責められるんだよ」 「え、あ、でも有希を泣かせたんでしょ!」 「それはわたしが悪い……」 「有希は黙ってて」 「お前が洗いざらい聞くからせっかく隠してた失敗をお前に聞かれることになったんだぞ」 ここは強気に攻めてみる。 「俺は長門の名誉を守るためにあえて黙ってたんだ」 「それほどのものではない」 長門、ちょっと黙ってろ……。 「……もういいわよ! みくるちゃん、お茶!」 今日も古泉は来なかった。 やっと来た金曜日、ただ事態は悪化する一方だ。 ハルヒの機嫌は悪いままで古泉は今日も欠席。もしかしたら今この瞬間も戦っているのかもしれない。 今日は長門と相談し、あんまり学校では接触しないことにしていたが、 朝からブラックオーラが溢れるハルヒには大した対策にはなっていない。 そもそも論として何故ハルヒがこんなにイライラしているのかが不可解だ。 この10日間は長門のパワーが無くなっている。それに関係するのか? ハルヒのメンタル的な影響を与えた事件と言えば 土曜日の探索での長門のダウン、長門の眼鏡を壊した時と 長門の見舞いで喜緑さんに怒られた時かだと思われる。 眼鏡の方は弁償で片がついているから、やっぱりダウンと見舞いの方だよな。 ハルヒは長門を大事に思っている。その長門が弱っているから気が立っている。……しっくりこない。 これだと昨日の騒ぎ方が妙になる。長門を大事にし過ぎて暴走したのか?。 はっ。 ハルヒは長門の事が好きなのか? その、恋愛的な意味で。 だとしたら俺や6組女子、喜緑さんに嫉妬しているがゆえに機嫌が悪い、と説明がつく。 あいつは男の何パーセントかがホモだと抜かしていたが、 それは裏返しの意味、女の何パーセントかがレズだと言いたかったのか。 朝比奈さんにベタベタしている理由もわかった!! アホらし。 一応団活はあったが朝比奈さんはビクビクしてるし長門は窓際で小さくなっている。 自分の気配を消そうとしている風に見えるが、逆になんか目が行く。 今までのように普通に本を読んでいてくれればいいんだが。 あまりの空気の重さに思わずハルヒを諌める。 「おい、ハルヒどうした? お前らしくないぞ。何かあったのか?」 「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」 「関係ないってったって長門がおびえているだろ。おかしいじゃ」 「『長門、長門』っていったいあんた有希の何!? いっつもいっつも、有希やみくるちゃんの肩持ってさ! あたしの……」 はっ、としたような、その後バツの悪そうな顔で 「帰る」 ハルヒはカバンを持って出ていった。 「キョンくん! 涼宮さんを追いかけてください!」 「朝比奈さん、それはできませんよ。やっちゃいけません」 「いいから追いかけてください!」 「朝比奈さん! 駄目なんです。ここで追いかけたらハルヒのためになりません。」 「キョンくんはわからないんですか?」 「ハルヒにはもう少し大人になってもらわないと行けません」 「そうじゃないんですが、……涼宮さんの機嫌が悪くなりすぎるとそれだけで危険なんです」 「わたしがいく」 「長門!?」 「わたしが涼宮ハルヒの機嫌を悪くしている原因。行って説得する」 「お前が原因だと限らないだろう! それに説得って何を!?」 「……わからない。でもわたしが行くべきだと思う」 飛び出して行く長門。一瞬迷ったが嫌な予感がしてすぐ追いかける。 階段の方からハルヒが何か大声で言っているのが聞こえたが、『有希が』と叫んでいる部分しか聞き取れなかった。 まずい、ここでハルヒが反則パワーで長門に何か変な事をしたら「普通の人」並みでしかない今の長門だとひとたまりもない! 走る俺、遅れて朝比奈さん。 追いついたのは階段の踊り場。 状況はもみ合いになっているハルヒと長門。 なんでよりによってその場所なんだよ! その場所は俺が 「キャッ!!」「あっ!!」 どっちが出した声かわからない。 わかるのは腕を振りほどかれた長門の体が勢いあまって後ろから階段の下に落ちるコースにあることだった。 「長門!!」 この時俺がイメージしたのはハンマー投げの選手だった。 体全体でハンマーを回転させ、全エネルギーをハンマーに乗せて投げだす。 走ってきた勢いで何とか長門に追いつき、腕を掴んで体全体で回転、踊り場の方へ長門を放り投げる。 少々乱暴だがハルヒか朝比奈さんが受け止めてくれるだろう。 ちなみに「だろう運転」は危険だ、と小学生の時、学校に自転車の安全指導に来た警察の指導員が言っていたな。 例え歩行者や自転車の立場でも横道からは何も来ないだろう、と思いこんでいてはダメだと。 確かに他人は信頼できるとは限らないからな。だがハルヒや朝比奈さんは信頼できる。長門は間違いなく信頼している。 古泉もまぁ、信頼できるな。……「まぁ」はあいつに悪いか。今は十分信頼しているぞ。 いやぁ、結構考える時間ってあるんだな、それなら頭をガードすべきじゃないか? と気付いた瞬間、強い衝撃と痛みが走り、俺の意識は無くなった。 夕陽の差し込む部屋。白い壁が金色に染まる。 窓の外から木の影が長く延びる。 どこかで見たことのある光景だ。 しゃくしゃくと何か水っぽさの感じる音。りんごだな。リンゴ!? 「お目覚めですか?」 「……ああ」 「まったくあなたには驚かされます。正直言うと呆れます。まさかまた同じ階段から落ちて同じ部屋に入院されるとはね」 で、同じように古泉がリンゴをむいている。 「……好き好んで入院してるわけじゃねえよ」 「好き好んでなら本当に1年くらい入院してもらいますよ。大変だったんですから」 「すまん」 「前は朝比奈さんが泣きじゃくっていましたが、今回はそれに長門さんが加わっていましたからね。 長門さんの場合泣き叫ぶって感じでしたが。」 「! 長門! 長門はどうした! っていたたたぁーーって痛ってぇ!」 全身に激痛が走る。なんだ、体が動かせん! 腕が固定されてるし! 「あ、今回は外傷ありです! 気をつけてさい。」 「俺はどうなってるんだ? ってそれより長門は!?」 「前も言いましたね、あなたがうらやましいと。いやあ本当にうらやましい。若干腹が立ちます」 古泉が指さす。少し離れた窓際の荷物置きの台に並んで長門とハルヒが座っていた。お互いにもたれながら眠っている。 「あなたが目を覚ますまで頑張る、と涼宮さんと長門さんが張り合っていましたが 1時間くらい前に二人とも力尽きてしまいました ちなみに今日は土曜日、午後5時前です。あなたはほぼ24時間眠っていた計算になります」 相変わらずへたくそな包丁使いでウサギか何だかわからなくなったリンゴのかけらを 古泉は俺に差し出す。いらねーよ、つーか腕がそこまで上がらない。 それに気付いた古泉はすこし申し訳ない、という表情をした後、物体Xを皿に置く。 「あなたは脳震盪と右肩脱臼と全身の打ち身、若干の擦り傷です。 レントゲンやCTスキャンやら一通りの検査の結果、命に別条はなしです。 しばらく検査通いになるとは思いますが」 若干くらくらするのは寝過ぎなのか頭を打ったせいなのかよくわからない。 「んんー、キョン。キョン!」 俺と古泉の会話で気付いたのか、先に目を覚ましたのはハルヒだった。 「よ、ハルヒ。よく寝たか?」 「よく寝たかじゃないわよ、このバカキョン!! この!!」 涙目のハルヒ。すまん。だが半分以上お前が原因では…… 「ん、え、?」 騒ぎで長門が目を覚ましたようだ。 「長門、大丈夫だったか」 「大丈夫。ごめんなさい」 長門の目が潤みだす。 「わた、わたしのせいであなたを、死、死なせ、」 急速に涙声になっていく 「いや、いいんだ長門。ちゃんと生きてるし」 「うわぁぁぁん!」 もう号泣に近い泣き声をあげる長門が俺に抱きつき 「ぐゎああああああああああ!!!」 電撃が走った! 「キョ、キョン!?」 「長門さん!! 離れてください! 怪我が!!」 「あ! ごめんなさい!!」 ……死ぬかと思った。 俺が目を覚ましたことによって検査が始まり、その日は終わりかと思っていたが、 晩飯後にハルヒが一人で病室にやってきた。 「よう、帰ったんじゃないのか?」 「うん、ちょっとあんたに用があって」 神妙な顔つきのハルヒ。うちの親は一度来たが着替えや必要なものがあるとかで家に戻っている。 「えっと。まずは謝るわ。ごめんなさい。あんたを大怪我させちゃった。下手したら死んじゃうところだった。ごめんなさい」 深々と頭を下げる。すぐ頭をあげ、 「キョン、あんたに聞きたいことがあるの」 真剣な瞳が俺を見つめる。 「あんた、有希のこと、……好き?」 「正直」 「よくわからん。もちろんLikeではある。それに気になる存在だ。 今はちょっと調子悪そうだが普段は頼りになるし、 見た目も可愛いし意外と強情な所も可愛いし、」 後はとてもじゃないがハルヒには言えん内容だ。 「そうだ。俺は長門が好きだ」 「そう」 「よかった。もし否定でもしたらぶん殴るつもりだったから」 ハルヒの声が少し震えている。 「あたしね、有希と話し合ったの。あんたについて」 ハルヒはベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けながら語りだす。 「あそこまであんたが有希のことを大事にしてたなんて」 「もしあの時長門じゃなくてお前だったとしても俺は飛び込んだぞ。たとえ古泉や谷口だったとしても」 「それじゃない。あんただったら岡部でも飛び込むでしょ。そうじゃなくて。 ………… まぁ、なんとなくは分かってたわ。みくるちゃんをデレ~ンと見てる態度やあたしに対する態度と違って 有希には気づかいとか配慮が感じられたし」 …… 「あんたがみんなに気配りしてるのはわかるわ。でも有希には特別だったでしょ。 雪山の嵐のときに、あ、違う、これは間違い、えっと」 よかった、まだあれを幻だと思い込んでいるようだ。 「そうね、あんたが最初に階段から落ちた時あたりからガラッと変わったわ。病院で何かあったの?」 「ああ。それ以外も色々とな。詳しくは言えないが」 長門が自分と世界を変えちまった事件。そう、あれがきっかけだった。 実は長門も普通の女の子らしい事を考えていたことがわかったあの事件。 まぁ起こった事のスケールは異次元クラスの大きさだったが。 さすがにわかったさ。長門が何を考えていたかなんて。 だが俺はこの変な日常が崩れてしまう事を恐れていた。だから気付かないふりをしていた。 わざと長門に気のないふりまでした。 とんでもないチキン野郎だぜ。 沈黙。 「そっか」 ハルヒは小さくつぶやいた。 スマン、ハルヒ。あの世界の内容は俺と長門だけの秘密だ。 「そろそろ有希が来るわ。10分だけ時間もらったの。最後にあたしからお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「一発殴らせろ!!!」 いきなり強烈なビンタが俺の左頬に炸裂した! 痛ってぇ!!! 俺は怪我人だ! しかも頭打ってるだろ! ちょっとは遠慮しろ!! 「あんたの事好きだったんだから! 馬鹿! 鈍感! いつだってあんたのこと想ってた! そりゃはっきりしなかったあたしも悪いけどさ、思わせぶりな態度とらないでよ! のらりくらりとしてたくせに、たまに意識させるようなことしたりさ!」 え 俺の事が? ま、まて、正直戸惑うぞ。 マジか、マジなのか!? 確かにそんな素振りを感じたことがある。いやしかし、お前は恋愛感情なんて気の迷い的な事を… 大体好きなら好きでもうちょっとだな、 「あたしの心の痛みを少しでも、。ぷ、ぷぷ」 涙声での衝撃の告白と罵倒が途中で止まった。なぜ笑う? 「ぷぷ、ぶぁっはっはっは!!!!!!!!! なにあんたの頬!! 見事な紅葉よ! あははっっ!! わ、我ながら完璧すぎるわ!!! ひぃぃ!!」 ベッドの端をばしばし叩きながら爆笑するハルヒ。さっきまでの雰囲気は吹っ飛んでいる。 それでこそハルヒだ。 ところで鏡をかしてくれ。俺はどうなっている? だんだん頬が熱くなってきたぞ。いや感覚がなくなってきた……。 控え目なノックの後静かにドアが開く。 「いい?」 長門が顔を覗かす。 「いいわよ! 早くこっちに来なさい!」 ハルヒが元気な事を訝しがっている。それとも俺が横目で対応しているからか? 部屋に入って、俺の顔全体が目に入り、 「!!!」 「サイコーでしょ!! こんな完璧な紅葉、あたしの数々の傑作作品の中でも格別よ! ほら、早く写メ撮って…… あれ?」 長門は目をまんまるにして固まっていた。驚いて固まって車に撥ねられるのって猫だったっけな? 「いやぁ、殴られちまって……」 ともかくこの場を何とかしたいと思い長門に微笑む。と、 「ぶっ」 慌てて長門が両手で口をおさえながら後ろを振り向きしゃがみこんだ。 全身がぷるぷる震えて時々ぷっ、だの、くくっ、だの声が漏れる。 「あっはっはっは!! なんちゅー顔よそれ!! 有希を笑わせるなんてよっぽどよ! キョン笑うな! いや笑え! 写メに撮ってみんなに送信するわ!!」 なんだか俺の顔は凄いことになっているらしい。第一、とっくに頬の感覚がない。 「こら! 苦笑じゃない! ちゃんと笑って! そうじゃない、もっと自然に笑いなさい!」 まあかまわない。俺と長門、ハルヒの間に流れる気まずい雰囲気が変わるなら大歓迎だ。 「そう、それ! いい笑顔ねキョン!」 一瞬復活しかけた長門が俺を見てまた撃沈した。 冷たいペットボトルをもらい、頬を冷やすことでなんとか腫れは引いてきた。 そろそろ面会時間も終わるし、うちの親も戻ってくる頃だ。 ハルヒが長門に目くばせする。こくこくとうなずく長門。 長門は立ち上がり俺の横まで来た。 そして 「あなたに聞いて欲しい事がある」 今までのオロオロした長門ではない。どうした? 「わたしはあなたが好き。大好き。付き合ってください」 そういうことだったのか。 もちろん答えは決まっている。 「ああ。ありがとう。俺もお前が好きだ」 え、え、という喜んでいいか迷う表情。そうか、ちゃんと言ってやらんとな。 「OKだ。長門、付き合おう。俺たちは恋人同士だ」 両手を口元に持っていって固まる長門。お前も女の子らしい仕草をするんだな。 目元が潤みだしている。 「よかったじゃない、有希、よかったじゃない」 そう言うハルヒも泣いている。すまん。 「キョン、有希を大切にしなさいよ! ちょっとでも有希にひどいことしたらあたしが100倍返ししてやるんだから! これからずっと有希に確認するからね! 覚悟しなさい!!」 これだけ言い放つとハルヒは長門にがしっと抱きつき泣き出した。 つられて長門がまた泣きだしハルヒと抱き合う。これが女の友情なのか? 若干置いていかれ気味でちょっと困っているところに来たノックは救いの神かと思ったね。 「あの~」 朝比奈さん、助かります。 「キョンくん、女の子を泣かせちゃいけません!」 ち、違います!! 「キョンくんは女の子の気持ちを弄ぶ天才ですからね。涼宮さんと長門さんをどれだけ苦しめてきたか知ってますか?」 そう言う朝比奈さんもどんどん涙目になってきた。 え、えっと。これは 「おや、これは修羅場ですね。退散したほうがよさそうだ」 って古泉、逃げんな!! こっちにこい。なんか勘違いしてるだろ! 「キョンく~ん、着替え持ってきたよ~」 両親と妹が病室を覗いてくる。なんてタイミングで来るんだよ! あーもー知らね~。 日曜日は谷口や国木田、鶴屋さんも見舞いに来てくれた。 長門やハルヒ、朝比奈さんに古泉までまた来てくれたのは素直に嬉しかったが、 いきなりハルヒが俺と長門が付き合う事を発表するとは思わなかった。 おかげで谷口に首を絞められ、鶴屋さんにさんざん冷やかされることになった。 国木田は月曜朝一にクラスで宣伝してくれるそうだ。いやぁ、ありがたい。 また困ったことに長門が冷やかされることにまったく動じず、 かえってのろけるような様子だったため一同はさらにヒートアップ。 ……長門、お前は相当感情を抑えていたんだな。 検査や治療でまとまった空き時間がなく、あまり皆としゃべることができなかった。 特に鶴屋さんが持って来てくれたロールケーキを結局食いそびれたのは残念至極だ。 確かにみんなで食ってくれ、とは言ったが全部食われるとはな。 事実を知った時長門がそっぽを向いていたから犯人はわかったが。 小食になったんじゃないのか? デザートは別腹なのか? そして。 ずっと寝ていたのとこれから起きる現象について思う所があったため、 俺は深夜というより明け方に近いこの時間に起きていた。 そして病室のドアがゆっくりと開くのを当然のように眺めている。 「よく入ってこれたな」 長門、情報操作の能力がなくてもやっぱりお前はお前だな。 「……実は見つかった」 へ? 「ただ、それが機関の森さんだったからここまで通してくれた」 俺があっけにとられていたら、さらに長門が追加情報をくれた。 「看護婦さんの格好をしていた」 機関っていったい…… 「元に戻る瞬間をあなたと迎えたい」 ああ、せめてその時間は起きていようと俺も思っていたところだ。 まもなくこの眼鏡長門ともお別れだ。 「色々あったな。大変だったがお前の意外な面がいっぱい見れて楽しかったぞ」 長門が顔赤くし横を向く。 こんな光景をもう見ることはもうないんだろう。 「いろいろとお世話になった。ありがとう」 無言。 こういう時、何を語るべきなんだろうか。俺も長門も何をしゃべるか話題を探している。 そうこうしている間に、 「時間」 長門が天を仰ぎ見る。 そして姿勢を正し、俺を見る。 「おかえり」 「……ただいま」 長門が眼鏡をとる。元に戻った合図かもしれない。 「あなたには多大な迷惑をかけた。謝罪する」 「いや、かまわない。それより聞きたいことがいっぱいある」 「わたしもあなたに聞いてもらいたいことがある」 帰ってきた長門は淡々と語る。 「もうわかっているかもしれない。わたしの性格について」 「ああ。前の変わってしまった世界やこの10日間の方が素のお前なんだろ」 「そう。あの弱弱しいのが本当のわたし。改変時は自分の記憶や行動原理まで改変してしまったため この10日間の方がわたしの本当の素性に近い。 通常時のわたしは情報操作で各種身体能力を強化すると同時に精神面でも補正をかけている」 確かに口調もいつもと違ってたし、若干いらない事までしゃべったりとグダグダだったな。 おそらく情報操作でガチガチに固め、揺らぎが出ないようにしていたんだろう。 無愛想無関心無感動にしなければいけなかった程、素の自分に自信が無かった。 「意志薄弱で臆病者。怖がりで、すぐにうろたえてしまう。近眼だし運動能力も劣っている。 頭脳については一般以上だがあなたほどではない」 「おいおい、お前が俺よりアホなはずはないだろ」 「あなたは自分の能力を過小評価し過ぎている。それと努力が足りないだけ。 それに比べわたしは情報操作のハリボテ。中身が伴っていない。 その証拠に片付けすら満足にできずあなたに当たってしまった」 唐突にあの世界の朝倉の言葉が脳裏に蘇る。 『ああ見えて長門さんは精神のモロい娘だから』 『あなたを脅かす物はわたしが排除する』 朝倉は任務上のバックアップだけでなく、素の長門本人の世話をしていたのだろう。 10日前、長門の部屋に喜緑さんがいたのも長門の素性を知っていたからに違いない。 いきなりパニックになるのは想定外だったもしれないが。 「嫌いになった?」 なんでだ? 「今までわたしは偽っていた」 …………で? 「あなたに嘘をついていた」 どうも長門は罪悪感でいっぱいらしい。 「かまわないさ。情報操作で自分を作り上げた長門も、力が無くなってオロオロする長門もみんな長門、お前だ。 俺はみんなひっくるめてお前が好きだ。俺の長門だ」 「……ありがとう」 すこし照れた様子、といっても口元が緩んだ程度、だったが、急に表情を引き締め、覚悟を決めたように話を切り出した。 「わたしに関わった人物の、この10日間の記憶を操作しようと考えている」 「な!?」 「周囲にインパクトを与えすぎた。今後の活動に支障が出る恐れがある」 「お前の親玉の指示か?」 「違う。情報統合思念体はこの10日間の出来事を認知することはできない」 ん? 時間も超越していなかったか? 「この10日間は食のためこの惑星の出来事に関知することはできない。 たとえ時間軸をずらしてもこの10日間にはアクセスできない。 情報統合思念体が感知できるのはこの10日間が終わり、『歴史』として伝わる部分のみ。 『起きてしまった事』として扱うしかない」 お前の親玉も弱点はあるんだなあ。 ん? 「おい、前にお前が世界を改編したときはお前を処分しようとしてたじゃないか。 あれも『起きてしまった事』じゃないのか? ちゃんと戻したんだから処分までいらなかったんじゃ?」 「それは………禁則事項」 またごまかされたな。 「それとお前はズルい事を考えていないか?」 「……よく意味がわからない」 何のこと? とごく僅かに目元が緩み、瞳の力が和らぐ。うむ、俺の長門感情解析力は劣っていないな。 「自分が起こした騒動をなかったことにしようとしていないか?」 一瞬間が空き、眼鏡の無い長門がみるみる赤面していく。これは俺に素の自分を見せてくれているのか? 「………違う、その意図はない。確かに恥ずかしい事も起こした。 ただ今回の行動は今までのわたしとあまりにかけ離れた行動ゆえ 記憶の操作を行わないと今後の活動に支障が生じる可能性がある」 「人間なんだ。みんな失敗する、ドジをする。俺なんかもよく失敗するし、朝比奈さんはドジの塊だ。 まあこれはハルヒの望みのせいもあるだろうが。そのハルヒも結構取りこぼしが多いだろ? 古泉だって意外と不器用だ。あいつの字を見たか? ひどいもんだ。 谷口、はいつもか、国木田や鶴屋さんだってヘボい所あるだろ? ってあったか? ともかくそんな中お前ひとりが完璧超人だ。ズルくないか?」 長門は無言のまま床を見つめている。 「6組でもお前の周りに人が増えたろ? 色々と手伝ってくれたろ? みんなお前の違った一面が見れて嬉しかったんだ。お前と仲良くしたかったんだ。 アホの谷口は見る目がなかったと悔しがっていたぞ」 そして一番の懸念を長門にぶつける。 「長門、まさかお前が告白して、恋人として付き合うことにしたことも無いことにしようとしてるんじゃないだろうな」 「あなたは涼宮ハルヒの鍵。わたしは涼宮ハルヒの観測者。それだけ」 「本気で言っているのか?」 無言。 「あの時お前は勇気を振り絞って告白してくれたよな。ハルヒも泣きながら祝福してくれたよな。 鶴屋さんに冷やかされたり、国木田がクラスで言いふらすと言った時、 実はまんざらでもないことを見透かされてハルヒに呆れられたことも無かったことにするのか」 無言。 「本気なら今すぐ出て行ってくれ。情報操作でも何でもするといい。その代り俺のお前に関する……」 全部は言えなかった。長門が震えながら嗚咽を殺していたからだ。 「すまん」 「嫌。……あなたと………ずっと一緒にいたい」 泣き声をこらえ、絞り出すようにこたえる。 自分と世界を変えてしまった時の長門ではなく、 力を失った状態の長門ではなく、 クールでクレバーで完璧なはずの長門が歯を食いしばり大粒の涙をぼろぼろこぼしている。 「ああ、ずっと一緒にいよう」 長門が俺に抱きつき泣き出した。胸が涙で濡れる。 実のところ脱臼の部分が抱きしめられて思わず叫びそうになったがなんとか堪えきった。 長門の心の痛み、これまでの苦悩に比べるとこんなもの大したことではない。 長門が泣いていたのは5分程度だった。あとは俺に抱きつき顔をうずめゴロゴロしている。 時々「んふ」とか聞こえるのがたまらなくいとおしい。どうにかなってしまいそうだ。 なんか世間一般でラブラブ物が常に流行っている理由がよく分かる。 「おい、長門?」 「ん」 「……長門さん?」 「ん~」 ヤバい! 俺の理性が残っている間に何とかしないと! 長門の気をそらせるために何か違う話題は、と少し疑問に思っていた事を聞いてみる。 「なぁ、長門。お前は体調不良でも学校や探索に行きたがったよな。 危険を避けるためにも休む方が得策だと思ったんだが」 長門が顔をあげる。顔が近い。か、かわいいぞ。その、『彼女』『恋人』的なひいき目抜きでかわいい。 そのかわいい顔が赤くなり一言、 「……あなたに会いたかったから」 そのまま自然に長門の顔に近づく。 長門の目が閉じる。俺も。長門の吐息を感じる。 「よろしいですか?」 「「!!!!」」 長門が跳ね起きる。ぐぁ!! 脱臼の肩に響くぅう!!! 「森さん!」 「お楽しみ中、申し訳ありません。そろそろ朝なんで長門さんはお帰りになられた方がよろしいかと」 お楽しみってそんな誤解を受けるような言い方しないでください。……誤解じゃないかもしれませんが。 「……ノックして入って欲しい」 「しましたが返事がなかったので、失礼かと思いましたが入らさせていただきました」 ……本当に? 聞こえなかった。まあ長門が聞こえていないんだから仕方ないか。 「あと今日は月曜日ですよ。学校があるのでは?」 「! あとで来る!」 げ、文字通り姿を消した! 「あの、森さん……」 「……今朝、長門さんはここには来ていませんよ。何も知りません。 特に急に姿が消えたなんてことは絶対ありえません!」 さすがの森さんも度肝を抜かれたようだ。 「大丈夫です。安心して付き合ってください」 月曜日の昼食直後に来た面会者は朝比奈さん(大)だった。 「涼宮さんが納得する失恋であれば良かったんです。むしろそのほうが涼宮さんが精神的に成長しますし。 当然恋愛成就が一番かも知れませんが、失敗の無い人生経験というのもそれなりに危険が伴いますし」 教師風のコスプレ?となっているため学校関係者として自然に面会に来れたらしい。 「若干長門さんに依存気味な失恋で、しばらく引きづるかもしれませんがそこはソフトランディングということで。 ちなみにこの時代の涼宮さんは長門さんか、あの頃のわたし以外がキョンくんと付き合っていたら 納得しなかったと考えられています。たとえ鶴屋さんでもアウトでした」 となると危ない橋を渡っていたんですかね。 「んー、そこまでは。3択問題におまけのギャグの答えがあってそれ以外は正解ってやつかな」 お笑い芸人的にはギャグの答えで正解なんだろうが。 「そのあたりはお友達にお任せするとして」 谷口…… 「でもホントのところは」 朝比奈さん(大)は真顔になる。 「キョンくんはキョンくんの人生を歩いてくれればいいです。 当然、涼宮さんには涼宮さんの、長門さん、古泉くんも。 確かに我々や機関、情報統合思念体それぞれ考えているところはありますが、 個人的には無視しちゃってもいいと思っています。当事者の当然の権利です。あ、これはオフレコですよ」 それって 「時間です。じゃ、キョンくんまたね。またねの意味、わかるよね?」 え、ちょっと!? 止める間もなく朝比奈さん(大)は病室を出ていった。ううむ、まだなんかあるわけですね……。 朝比奈さん(大)が消えて1時間後、今度は喜緑さんが見舞いにやってきた。 「今回は本当にありがとうございました。こんなに大騒ぎになるとは予測していませんでした。 特にあなたを入院させる結果になって。本当にごめんなさい」 いえ、結果的に俺にもいい感じになったんで。 「本当にすいません。長門さんの動きが想定以上にぶれまして……」 時空を超えている存在の情報統合思念体でもわからないことがあるのか。 前の改変でわかったんじゃないのか? 長門に暴走癖?があるのを。 「実は有希ちゃんがあなたを好きになってから様子がおかしかったんです。 もともと無口なほうでしたが、極端に感情を表さなくなって。 任務とあなたへの感情とのせめぎ合いでどうしていいかわからなくなったようで」 あの性格の半分は俺が原因だったのか。 「涼宮さんのほうも今回いろいろな行動パターンを出してくれて観測側としては大助かりです。 惜しむらくは情報統合思念体が食だったためリアルタイムで観測できなかったことですね。 ここだけの話ですが有希ちゃんは情報統合思念体にかるく嫌味を言われています。 『何故今回のタイミングだったのか』と。有希ちゃん的にも今回は棚ぼたな感じだったんですけどね」 ははは。当事者の片割れだけに笑ってごまかすしかない。 ええと、そう言えば 「あの、喜緑さん。長門が体育で倒れたとき、学校を休めと言ったのになかなか納得しないと気がありましたよね。 あの時どうやって長門を説得したんですか?」 「あれですか」 喜緑さんは微苦笑を浮かべた。 「『休んだらキョンくんが見舞いに来てくれますよ』って言ったんです」 ……そ、そうでしたか。 「実はあの日有希ちゃんは大泣きして大変だったんですよ。 あなたに嫌われてないか心配しちゃって。でも怖いから直接電話出来なくてわたしが電話しました。 長門さんはかわりに謝ってもらえると勘違いしていましたが」 そんな事があったんですか。 「直接あなたに謝る事が出来て結果良かった、と言っています。何事も経験ですね」 さて、と喜緑さんは立ち上がる。 「そろそろ有希ちゃんや涼宮さんたちが来るころ合いです。鉢合わせしないようにわたしは帰ります」 ありがとうございます。ところで今日の授業はどうされたんですか? 「生徒会の用事で抜けていることになっています。 ……生徒会だからって授業を抜ける理由にはならないんですが先生方までそれを信じちゃうんですから 肩書きって面白いですね」 えっと、それって情報操作ですよね? 「ふふふ」 やっぱ喜緑さん、あなた怖いです……。 「では長門さんをこれからもよろしくお願いしますね。泣かせたら許しませんよ」 え、ええ絶対。 ……ハルヒにも同じこと言われましたが迫力が違いすぎます。 「涼宮さんにとって今までのあなたは気になる存在、恋人候補、片思いの相手という感じだったというか、 まぁそんな存在でした」 ああ、どうやらそうだったらしいな。 「そうだったんですよ。どれだけイライラさせられたか」 すまん。 古泉はトランプをシャッフルしながら俺を責める。 「今ではそうですね、親友である長門さんの彼氏といったところでしょうか。つまりは付属品。 でなければ失恋相手と平然と付き合ってられるはずがありません。 ……冗談ですよ。でも長門さんの存在があることによって精神の安定を図っている部分はあるはずです」 放課後の文芸部部室、長門とハルヒは掃除当番でまだ来ていない。 あれ以来長門は掃除のクジの細工を止め、きちんと役割を果たしている。 朝比奈さんは、はて? 進路相談か何かなんだろうか? 「長門さんを冷やかして楽しんでいるんですよ。涼宮さんが次々と白状させています。 この前はひとつのソーダにストロー2本入れて飲んだらしいですね。どこの昭和ですか?」 く、長門を口止めしなければ。 「まぁ長門さんも実は誰かに聞いてもらいたかった節もあるようですが。 朝比奈さんが長門さんののろけがすごいと言ってましたよ。あの朝比奈さんを呆れさせるとは」 やっぱ自重させるべきだな。つーか長門がのろける姿が全く想像できん。 それ以外にも若干お花畑があふれ出た長門には少々落ち着いて欲しいところはある。 一番参ったのは昼飯だ。長門が弁当を持って来てくれるようになったのは素直に嬉しかったが、 問題は 「あーん」 長門よ、腕はもう治ったからもう一人で食べれるぞ。 ちなみに長門が『帰ってきた』日の放課後に治療用ナノマシンを俺に注入した。 不審に思われない程度に回復を早め、かつ後遺症を完全に防ぐ優れものだ。 なので『驚異的な早さ』で怪我は治ったのだが。 「あーん」 「……あーん」 「おいしい?」 「……ああ」 どよめく周囲。マンガ過ぎる素敵光景だ。 部室で食べるとハルヒと鶴屋さんの攻撃がすさまじく、校庭だと5、6組以外の生徒まで集まってくる。 結局クラスで5、6組の連中に囲まれて食べるのが相対的に一番マシという状況となっている。 長門に一度やめてくれといったら物凄く悲しげな表情になって以来、長門の言いなりになっている。 世の男はこうやって女の尻に敷かれるようになるんだなぁ。納得。 なお、6組では長門が俺を意識していたことは公然の秘密だったらしい。 それがハルヒと6組女子の対立原因だったようだ。 他にも長門にやられっぱなしだが、ひとつだけ勝利したことがある。 長門が「有希」と呼んで欲しい、と言った時だ。 じゃあ俺の事も下の名前で呼ぶべきだ、せめて「キョン」って呼べ、と言ったら顔を真っ赤にして口をパクパクさせた挙句 「今の話は忘れて」 と顔をそむけた。……これって勝利なのか? 以来、いまだに俺は長門を「長門」と呼びかけるし、長門は俺のことは「あなた」と呼んでいる。 長門いわく非常に照れくさいらしい。 「あなた」の方が恥ずかしくないのか? 「ともかく、乱暴な言い方をすれば我々としては涼宮さんが安定していればかまわないんで」 古泉が肩をすくめる。 「我々ねぇ。お前はどうなんだ?」 「僕ですか?」 「お前のターンじゃないのか?」 「……僕のターンですか?」 「しらばっくれんじゃねぇよ。お前、ハルヒが好きなんだろ?」 直球を受けてニヤケ顔のまんま固まりやがった。ごまかして逃げようとしてもそうはいかねぇぞ。 「………………いつから?」 「結構前からだ。夏合宿あたりか?」 本当に知ったのは長門が変えた世界とは言えない。 「やれやれ、表に現れないようにしていたつもりなんですが」 苦笑まじりに肩をすくめる。こいつまだ余裕があるな。 「長門に頼んでみるか? あいつは今幸せのおすそ分けをしてやりたい最中だ」 「遠慮します」 「試しにどうだ、ハルヒの耳元で『あいらーびゅー』ってささやくってのは?」 「や、やめてください!!」 「涼宮ハルヒはわたしたちの関係をうらやんでいる」 おお長門、来たか。あと一歩で古泉の化けの皮が剥がれるかも知れんぞ。 「わたしが伝言を伝えてもかまわない。今なら成功率が高い」 今では俺の横が長門の定位置となっていて、必ず体のどこか一部が当たる様にくっついてくる。 まるで猫だ。 古泉は集中力が乱れてゲームに勝てない、とほざいていたが元々弱かっただろ。 「な、長門さん、なんで僕が涼宮さんに告白すると決めつけてるんですか!」 長門がほんの数ミリ首をかしげる。 「違う?」 「違わなくはないさ」 「違います!」 「何が違うの?」 よう、ハルヒ。 古泉が慌てる姿も面白いもんだ。 「どうしたの古泉くん?」 「い、いえ、何でもないですよ!?」 ハルヒは不思議そうに古泉を見ていたがその視線が俺に向き、 「キョ~ン~、あんたまた図書館デートだって? いい加減デートらしいところへ連れてってあげなさいよ」 古泉をもっと攻撃しろよ。あとちょっとだったんだぞ。 「いくら有希が図書館がいいって言ってもそこはあんたが強引にセッティングしなきゃ!」 へいへい。ならハルヒのお勧めを教えてくれよ。 「なんでよ。大体あたしがデートスポットなんてわかるわけないじゃない」 「んじゃ古泉、いい所ないか?」 「なんで僕に聞くんですか!?」 「お前なら下見済みとかあるんじゃないかと」 「え、古泉くん下見とかしてんの!?」 よし、ハルヒが食いついた。 長門も目を輝かせながら古泉を見る。 「し、していませんよ!!」 「遅くなりました~ あれ? どうしたんですか?」 ああ、朝比奈さん。古泉にお勧めデートスポットを聞こうとしてるんですよ。 「デートと言えば長門さん、そろそろどうですか?」 「待って、まだ自信がない」 「なんだ長門?」 「長門さんは料理の練習をしているんですよ。キョンくんのために」 「くぁ~~ッッ!! 有希、やるわねっ! くー!」 ハルヒ、なんつう興奮の仕方だよ。 「わかった。今度の土曜日、晩ご飯を食べに来て」 「あ~~! 熱い!熱いわ! なんか腹立つ!」 なんか谷口に似てきたな。 「みくるちゃん! 対抗してあたし達だけで遊びましょ!! 古泉くんもよ!」 お、古泉、よかったな。ハルヒと一緒だぞ。 「鶴屋さんも、そうねアホの谷口と国木田も呼んで、ボウリングでも行きましょ!!」 へいへい、球投げでも穴掘りにでも行ってくれ。俺は長門にごちそうになるから。 「きー!!」 本当にハルヒは俺と長門をうらやんでるみたいだ。古泉、チャンスだ。いっとけ。 土曜日の夕方、約束通り長門は俺を食事に誘ってくれた。 「食べてみて」 これは。 「情報操作を一切使用していないから自信がない。一応おいしく出来たつもり」 テーブルに乗るメニューは唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯。 「一般的な家庭料理というものがよくわからないので、あなたの家でごちそうになったものを参考にした」 若干不安そうな長門。 そうか、そうだよな。お前は『家庭』というものをよく知らないんだよな。 いつもお前は一人で飯を食って、一人で寝て、起きて 「駄目?」 悲しげな表情で俺の顔を伺ってきた。 「手際が悪くて少し揚げすぎた。サバも焦げてしまった」 ち、違うぞ長門!! お前に想いを馳せていたらちょっと泣けてきただけだ! 「?」 急いで唐揚げを一つ口に放り込む。 あちっ!!!! 「大丈夫!?」 あ、ああ。大丈夫だ。 「つーかうまいぞ、うん、うまい。すごいな、長門」 実際お世辞抜きで程よく味が染みてうまい。 「朝比奈みくるに教わった。まだ唐揚げと味噌汁以外につくれない。これから色々教えてもらうつもり」 そうだ、そうなんだ。 「お前は一人じゃないんだ。俺がいる。それにハルヒや朝比奈さん、古泉がいる。 色々知らないことがあったら俺やみんなを頼ってくれ。……俺が長門に頼ることの方が多くなりそうだが」 ひとりで何でも抱え込む長門、お前が正直心配だった。孤独じゃないか、と。 実際孤独だったじゃないか。家庭料理も知らなかった。 長門を抱きしめていた。 「…………?」 俺の目が何故潤んでいるのかがよくわかっていない様子。 当たり前だ。俺が一人で感極まっていただけなんだからな。 顔が近い。やっぱりここは 長門家の電話がいきなり鳴る。 思わず跳ねた。長門があわてて電話に出る。 たぶん長門もびっくりして跳ねていたはずだが、 本人は急いで電話を取りに行ったためそう見えた、と言い張るに違いない。 結構プライドが高いからな。 『やっほー有希!!』 なんちゅうタイミングだ。 ハルヒめ、見ていたのか? 『そこにキョンもいるのね!?』 しかも馬鹿でかい声、俺まで聞こえてくる。 『やっぱ有希やキョンがいないとつまんないわ。今からあんたんちに遊びに行くわっ!! 心配しないで! 食料は持ってくから! じゃ!』 呆然と受話器を見つめる長門。ハルヒは誰にでもおんなじ調子で集合をかけていたのがよくわかる。 「ハルヒがくると聞こえたが大丈夫なのか?」 「あまり……」 「わかった。一緒に片付けよう」 すこし長門が慌てる。 「いい。わたしが片付ける」 「言ったろ、長門。お前は一人じゃないんだ。俺がいる。これからも二人だ。 もし足りなかったらハルヒ達を使ってやれ。お前は一人じゃない。みんながいるんだ」 長門はなおも食い下がろうとしていたが。 「わかった。これからもあなたに迷惑をかける。よろしくお願いします」 今度は長門から抱きついてきた。 ああ、これからも一緒だ。長門、 長門家のインターフォンがいきなり鳴る。 確実に長門の機嫌は悪くなっていた。「無粋」とつぶやいていたからな。 「よし、みんな来たな。お前は一人じゃない。みんなに台所の片付けをお願いしよう」 ニヤリと笑って長門にウィンクする。 一瞬、瞬きをした長門は、ニコリとほほ笑み返した。 「お願いする」 長門有希の素顔 完
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1187.html
長門の姿を見る度に思う事なのだが、こいつは今読んでいるページ数が四桁に届きそうな分厚いSF物を読んでいるのが一番だ もしこいつがタコをモチーフとした火星人が襲来するどたばたギャグコメディ漫画かなんかを読んでいたら俺はいつかの無口で控えめな文芸部員の居た世界を思い出し、 変わった理由を探し出してまた何か奇天烈な行動を起こす羽目になるかもしれない しかし前は世界が改変していたから無かった事にはなったがもしそうでなければその奇天烈な行動は後々まで語り継がれ涼宮ハルヒなる団長様に毒されたと同情の目線を送られるだろう 「世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒ」の団略してSOS団が占領する事現在進行形の文芸部室では長門が読むのはいつもの如く俺が三ページと持たない分厚い書籍を読むのが一番似合っている 別にこれは俺だけの意見ではなく、SOS団に属する全員が思っている事だろう 「……………」 「……………」 本に集中できるのは良い事だが、集中しすぎるというのも頂けない 今SOS団が占領する文芸部室では俺と長門が互いに沈黙の権化と化している 別に喧嘩したという訳でもなく、こー言う奴なのである。長門という情報統合思念体のなんたらかんたらとという無口な宇宙人少女は 初めの頃こそ無表情ではあったが、最近は少し感情を表に出すようになった 長門の表す微妙な感情は俺が一番読み取れると自負している。これは自慢しても良い事だ だからこそ、その必要な事意外は口にしない対有機生命体コンタクト用なんたらかんたらが雑談を持ち掛けてきた時は心臓が止まる思いだった訳だ 「…………本」 「本?」 長門が唐突に発した言葉はそれだけだった。つい鸚鵡返しに聞いたのがまずかったのか、長門は少々思案する顔を見せた コイツがここまで露骨に感情を表情に出す機会は滅多に無いので、俺はついついその顔を眺めていた 「………貸す」 長門が指した先には分厚い書籍がずらりと並ぶ本棚があった。しかし、俺はまだ動けないで居る 普段のコイツを知っている俺としては自主的な発言は何かしらの事情に絡んでの事で、それは大抵が涼宮ハルヒという御仁に関係する事柄でもある それを考えると嫌な予感しかしなかったが、別に断る理由もないので本棚の前に立つ 目の前の本棚には俺には理解する事の出来ない英語がずらりと並んでいる うん、困った 自慢じゃないが俺は活字という物に遺伝子レベルで拒絶反応が刷り込まれている自信がある 恐らく一ページを読み終わる前に夢の世界へ旅立ってしまうだろう そんな感じで目線を泳がせて見ると一つの小冊子が目に付いた。ノート大の紙を幾つかまとめた物で、何かしらの文字が書いてある 長門しか使わないであろうこの本棚にこんな物があると言うのが激しく違和感ありまくりなんだが 「オイ、長門。これ」 は、とは言わせて貰えなかった。その小冊子を手に振り向くと眼前まで間合いを詰めていた長門に一瞬で掠め取られた。速い、速いよスレッガーさん そして長門は何事も無かったかのように一つの本を取る 「お勧め」 「……………面白いのか?」 「ユニーク」 ……ああ そう それだけ言うと役目を終えたかのようにパイプ椅子へと戻り、読書を開始する。その手には小冊子を持って しばしその場に立ったままの俺であったが、扉を蹴り飛ばす轟音によってその状況は打破される事となった 扉を蹴り飛ばした女・・・まぁ、言うまでもないよな、涼宮ハルヒだ バニーガールに扮したその団長様は不機嫌な様子を隠しもせず解散を告げた 大方あの姿でビラでも配っていたのを止められたんだろうな。想像が容易だ そうして怒号を吐きながらいち早く返っていったハルヒを追う様に帰り支度をする 因みに古泉と朝比奈さんはクラスメイトとの用事があるらしいので休みだ 古泉は兎も角朝比奈さんだけは一日一度は目に入れておきたいのにな。朝比奈さんの居ないSOS団などルーを入れ忘れたカレーより無意味な物だ さて帰ろうか 「…………」 と思って歩き出せば後ろに引っ張られる感覚が襲う。この部屋が呪われている話など聞いた事がないが …………なんてな。まぁ、今俺のベルトを掴んでいるのが誰かなんてわかる。俺のほかにコイツしか居ないしな 「なんだ?長門」 長門は少々困った顔をする。こういう表情も珍しいよな 「………私の家に来て欲しい」 年頃の男子としては女子から家に誘われると言うのは色々と魅力的な想像を働かせてしまう物だが、それは時と場合と相手にもよる物だと俺は思う 健全な男子としてはストロベリィな展開を期待しないでもないんだが、長門の家には行くたびに涼宮ハルヒに関する面倒事を抱えることになる気がしてしまう 果たして今度は一体何があるのかという思案に頭を悩ませつつ、俺は長門の隣を歩いていた 目的地としては何か有ったときの救世主に助けを呼ぶために過去何度か赴き今では目を瞑ってでも辿り着ける自信がある長門有希の住まうマンションだ さて、今度は何だろうね。ハルヒが何かしらの問題を起こした様には見えないんだが………イヤ、ハルヒの力は無意識に炸裂するんだっけか 「………大丈夫」 唐突に長門が口を開いた 「今回は、涼宮ハルヒに関係無い」 知らない内に心中を声にでも出していたのだろうか。俺の不安にピンポイントで答えを返してくれた もしかしたら長門なら心の中を読む事も出来るかもしれないが、出来たとしてもこいつがそんな事をする訳が無いと自信を持って言える 兎に角不安要素が取り除かれた中で、長門の住むマンションを視界に捉えた 今この状況を説明しろと言われても俺自身理解が追いつかず、解答権は放棄させて貰う事になるな 長門は台所に立って何やら料理をしているようだがその中身がレトルトカレーなのは想像に難くなく、俺は何故か夕食に御呼ばれしている訳である。説明できたな 「食べて」 そういってカレーの盛られた皿が二つ、運ばれてくる 業務用の圧力鍋の中にはカレーがたっぷりと入っており、一体何箱のレトルトカレーを使ったかなど逆算するのも面倒臭い 「…………情報統合思念体から補正を受けた」 唐突に………これで三回目だな、唐突って言葉を使うのは。まぁそれはどうでもいい 「私の中に再びバグが蓄積しつつあった。このままでは何時かの様に私は世界を改変する可能性が出てきた」 何時か………俺の脳裏には大人しい文芸部員が白紙の入部届けを俺に渡す姿が蘇った。 まぁ、何となく理解は出来るがな。大まかな所は。で、その補正とやらを受けたのはなんなんだ? 「言語通達で理解してもらう事は非常に困難。また、無理に表そうとしても必ず齟齬が生じる」 過去に何度か聞いた言葉だな。これで何度目だったか。俺が過去を振り返るために記憶を遡っていると、再び長門は口を開いた 「でも、近い概念を上げる事は可能」 少し間を置いて、 「私が受けた補正は、感情」 ………感情、ね。確かに言語化するのは困難だな 俺だって「楽しいとはどういうことか?」なんて聞かれたって答えられる訳がない。そんなもんは哲学者にでもやらせて、勉学に励んだ方が非常に有意義な脳の使い方だ いつの間にか三杯目のカレーを食べている長門へ目を向ける なるほど、今日感じていた違和感の正体が解ったな 「…………何?」 いやなに、お前に見とれていただけさ ……………何て言う訳無いけどな。 でも言ってみて恥ずかしがったりする長門を期待している俺が居る事は認めなければなるまい。まぁ、そんな事はありえないと解っているがな 「時間」 長門の無機質な声が告げる。いや、何処か感情が含まれている気がするな。 それは兎も角として時計に目をやった。もう八時を過ぎてるな。帰るか 「それじゃな、長門。カレー、美味かったよ」 「待って」 立ち上がろうとした俺の袖を長門が掴んだ。うーん、庇護欲をくすぐられるというか………萌え? そうか、俺は宇宙人萌えだったのか……………何て言ってる場合じゃないな 「また明日も………良い?」 不安げに尋ねる様は、そりゃもう反則的に可愛かったよ 翌日………ハルヒは懲りもせずビラ配りに出かけ、朝比奈さんはそれに巻き込まれ、古泉は俺とオセロをし、長門はいつもの如く分厚い本を読んでいた ある意味これがこの場所の正しい在り方かもな………って、俺も随分とハルヒに毒された様だ 先程から長門が本のページとページの合間にこちらを見ているが、まぁ気にしないでおこう とりあえず、俺は古泉の黒を一気に白へと変えた。これで………何勝だろうな。40回までは数えたがな 「78勝0敗0分」 長門が告げた。数えてたのか。凄いな 「もう78敗もしていましたか………どうです?このまま100勝を目指してみては」 やなこった。もうそろそろ飽きたしな。………と言うかお前が負ける事前提か 古泉がオセロを片付け、将棋盤を出そうとすると長門が本を閉じた 「おや、もう終わりの様ですね」 何時から長門は時報代わりになったんだっけな………って早 俺がそう思ったときには既に古泉は部屋を出ていた 「行きたい所が有る………良い?」 ああ、勿論良いとも。でも背後に立つのはも、う、や、め、に、し、て、く・れ・ない、か~♪ …………ああ、微妙に動揺してるのかな俺は で、行きたい所ってのはどこだ? 「………図書館」 図書館、ね。普段の俺なら絶対行かない所だな しかし長門の願いを無碍に断る訳にも行くまいて? まぁ、そんなこんなで図書館に来たわけなんだが、長門は矢張り俺が一生縁が無いであろう本を選んでいるので、俺は適当に選んだライトノベルを読んでいる 「……………」 長門が俺の向かいの席に座る。また難しそうな本を2~3冊携えて………見てるだけで頭痛がするな 流石にこれを全て読むとしたらかなりの時間が掛かるだろうな。キリの良い所で切り上げるとするか 「話がある」 ページに目を戻した途端に長門が言った。何処か真剣さが宿る声には真面目に聞かなければいけない気になるな 顔を上げれば何時にも増して真剣な顔があった。うん、可愛い………って真剣に聞くんじゃないのか 「私は」 其処で言葉を切る。自分の言いたい事を整理しているというか、言葉を選んでいるというか……まぁそんな感じだ 「私は貴方に対して興味を持っている。これは情報統合思念体も涼宮ハルヒも間に挟まない、私個人の純粋な好意」 これは告白………なのか?いや、好意といっても色々とあるよな。 友達として好きとか、うん、そういうことなんだ、きっと 「………長」 「私が貴方に抱いているのは、恋愛感情」 追い討ちとでも言うべき言葉。さすがは長門、いつも俺に現実を突きつけてくれる。妄想に逃避する暇が無い 暫くの間沈黙が流れる 答えを待ってるんだろうな…………多分 その中で先に口を開いたのは長門だった 「…………忘れて」 そう言って立ち上がる。本を忘れているぞ………ってそうじゃなくて 顔が少し下を向いている。一応照れたりもするんだな……でもなくて 気付けば俺は長門の腕を掴んでいた 「…………何?」 その表情と声に憂いが含まれていたのは気のせいではないだろう。それだけでも美の女神が嫉妬しそうな美しさを感じる 「えっと………、何ていえば良いのかは解らんが…………」 俺は脳内の貧困な語呂を総動員させる。ちっ、こんな所で本を読まないのが仇になるとはな 「まぁ、俺もお前の事が好きだ。お前も俺が好きで居てくれるなら嬉しいし…………真面目に言ってるぞ?」 どうしても真面目に聴こえないな、自分が恨めしい。願わくば長門に気持ちが届いてくれる事を祈る 「………フフッ」 聞き慣れない声だ。だからこそそれが笑い声と理解するのに時間が掛かったな 顔を上げたとき、ハートを射抜かれる思いがした。……………其処、表現が古いとか言うな 兎にも角にも、長門の微笑みに俺は完全に惚れてしまった訳だ やはり翌日、SOS団の部室には全員が揃っていた しかし我等が団長涼宮ハルヒは何処か不機嫌で、それがバニー&メイド服という格好でビラ配りをしていた所為での反省文を書かされたことが原因なのは言うまでもない お前はいいが巻き込まれた朝比奈さんが可哀想だな 机を人差し指でトントンと叩き、殺意をパソコンに向けるが如くネットサーフィンに勤しんでいる 因みに俺はというと、珍しくやる事が無い 朝比奈さん印のお茶を啜りつつ目の前で繰り広げられる対局を見ている訳である。 俺の隣でメイド服に身を包んだ朝比奈さんが真剣な面持ちで盤面を見ていることから、誰と誰の対局かは言うまでもあるまい 古泉VS長門 珍しい事に興味を示した長門に駒の動かし方と最低限のルールだけを教えたら 「理解した」 の一言を返され、今に至る訳である 結果は…………言うまでもないか 28勝0敗0分、長門の圧勝だ。あ、またもや 「王手………」 「ふう、流石は長門さんですね。全然勝てません」 お前は俺相手でも勝った例が無いだろ 「それではもう一局しませんか?」 無視か?無視なのか? とまぁ、三十敗を喫した所でハルヒの「今日はこれで解散!」の一言で活動が終わりを告げた 古泉と朝比奈さんが帰ったところで、俺と長門は二人っきりになった訳だ 「……………」 まずい、何か思いっきり緊張している。昨日の出来事が出来事だけに余計にな 長門の方も本に目を落としているが、先程からページが進んでいない様に見える 「………帰るか」 「………ん」 長門は殆ど読んでいなかっただろう本を閉じ、鞄を持った 放課後の校舎に人影は無く、部活動中であろう者達は校庭若しくは部屋に閉じこもっている為に特に誰にも会うことは無かった そういや何でこんなにこそこそとしてるんだろうな 校門を出た辺りからは何を話したかの記憶は曖昧で、もしかしたら何も話してなかったのかもな とりあえず俺達は黙々と歩き続け、長門のマンションへとやって来た訳だ 「また明日な、長門」 上がりこむ訳にも行かんし、俺は自宅への帰路に着こうとした 「待って」 後方から長門が呼びかける。俺が振り向いた時、長門は目の前に居て―――――― 俺の唇に、長門の唇が重なった 茫然自失、と言うのはこういうことを言うんだろうな。数分ほどその場に立ち尽くしていたよ あまりにも長門らしからぬ行動……まぁ、実際に長門がやったんだから仕方ないよな。うん。 どうやら自然に笑みが零れていた様で、 「キョン君?どうしたの?気色悪いよ?」 と妹に言われた次第だ。と言うか実の妹に気色悪いと言われるのは案外こたえるな 風呂に入って肉体の疲れを解し束の間の急速を取る俺。そう、束の間。鳴り響いた携帯電話。やな予感が胸をよぎる。冷静になれよ俺 液晶画面に表示されるのは矢張り涼宮ハルヒの文字。あぁ、やっぱりな。 『…………大した用じゃないんだけどさ』 珍しいな、自分が一番正しいと思っている様な団長様の不安な声というのは 『……有希ってさ、可愛くなったわよね?』 「は?」 何を言い出すんだ、コイツは。確かに情報統合思念体とやらに感情を少し表に出せるようにして貰ったとか言ってたが………其処まで言う事か? 『何ていうか……無邪気になった、みたいな』 そんな曖昧に言われてもな。大体そんなこと本人に言ってやれば良いじゃないか。用件はそれだけなのか 返事もせず通話が切れた。何処までも勝手だな、おい 頭を働かす事も億劫になった俺は電話を放り出し、ベットに体を預けた 子守唄よりも破壊力に優れる授業を聞き流し、放課後になって向かう場所はSOSが占領する事現在進行形の文芸部室である 文芸部室の扉を軽くノックする。別にそんな決まりがあるわけではないが、迂闊に入ってしまうと年下のような上級生の麗しき裸体を目にしてしまう可能性がある 煩悩に従ってみたい気がするが、その場合後が怖い 「…………?」 扉の向こうからは何も音がしない。愛くるしい上級生の天使の様な甘い声もニヤケハンサム面のムカつくような声も無い。珍しいな ガチャリ、と音を立てて開けた扉の向こうには、無口な宇宙人以外は居なかった 「長門だけか………」 「今日の活動は無しとの言伝を受けている」 長門は本から顔を上げて言った そうか、今日は休みか。珍しい事もあったもんだな。じゃあとっとと帰る……… そう思っていた俺の目は本棚を視界に捉えた。そしてある疑問が蘇ってくる 『果たしてあの小冊子はなんなのか?』 こうして、長門の目を盗んで目的を達成させるミッションはスタートした!! ……………なんてな 大層な事を言って見たものの、別に世界最高のスパイ並みに隠密行動が上手い訳でも大泥棒の孫って訳でもない俺は普通に本棚の前に立つ さて、目標は…………あった 拍子抜けするほど簡単に目標物を見つけ、手に取る。体で長門の方からは見えないが、一応カモフラージュとしてもう一つ分厚い本を取った まず本を開き小冊子を挟む。よし、これで本を読んでいるようにしか見えないはずだ。この手口には夜神月も真っ青だ 表紙らしき紙を捲るとまず登場人物紹介らしい。どうでも良いけど題名とかは無いのかね…………ん? 俺の眼に狂いが無ければ、主人公の名前は『キョン』と明記されている。そしてヒロインの部分には『長門』と 「…………」 後方から長門の目線を感じるが、適当に流し読みを始めた どうやら内容としては『キョン』を主人公とした学園物らしい。これで恋愛物だったりしたら世界が改変したんじゃないかと疑う事に…… 「あ」 「駄目」 いつの間にか背後に居た長門に小冊子を取り上げられてしまった。迂闊な。 いいじゃないか、見せてくれても 「駄目」 長門の手から取り返そうと出した手は見事に交わされ、長門は小冊子を自分の後ろへ下げる 俺はそれを追おうとしたんだが、後になって思えばこれが間違いだった訳だ 体を前に倒そうとした俺は長門の脚に躓き、長門に覆いかぶさる様にして倒れた そして、部室の扉は勢いよく開かれた 扉が開いた先に居るのは………何時だったかな。俺が友人に長門への恋文を代弁して書かされた事がある。 それを見つけた時と同じ様な表情を浮かべる涼宮ハルヒの姿だ その後ろにはやれやれといった感じに溜息をついているニヤケハンサムやら愛くるしい上級生が居る さて、ここで考えて欲しい事がある 今俺は不可抗力とはいえ長門の上に覆い被さっている訳だ しかも長門の服は衝撃で多少乱れている まぁ、此処まで状況証拠が揃ったんだ。弁解は難しいだr 「~!!!!」 ああ、団長殿の顔が見る見るうちに紅潮していく。多分今頃俺に課する罰ゲームでも考えているんだろうな 「あー、ハルヒ、落ちt」 「言い訳無用!!」 俺の言葉を遮るようにハルヒは叫んだ。それと同時に俺の胸ぐらを掴みながら 「今日と言う今日は許さないわ! いくら有希が大人しい子って言ってもね、やって良い事と悪い事があるのよ! アンタには上半身裸で校庭十周でもさせてあげようか!?『私は強姦魔です』って叫びながらね!言っとくけど犯罪者に人権は無いわよ!!」 良くそんな長文を息継ぎ無しで言えるもんだ。じゃ無くて落ち着け 「落ち着け!?よくもそんな事が言えたもんだわね!」 色々な感情が混ざりすぎてどの感情が表に出ているか解らない様な表情で更なる罵倒を紡ごうとしていると、長門が肩を叩いた。おお、弁解してくれるか 「何!?言っとくけどこんな奴に同情する必要は無いわよ!!」 長門は小さく顔を横に振った 「合意の上」 空気が固まった。様な気がする ハルヒを始め、俺や古泉までもが唖然とした表情だ。ってか長門、その言い方じゃ本当に何かやろうとしてたみたいじゃないか 「本当、なの?」 長門は小さく頷く。ハルヒは何かを考えていたようだが、やがて馬乗りの状態から俺を解放した 「まぁ、有希がそれで良いならいいわ」 何を納得してるんだか。 「でもね!」 ビシィ、といった効果音が聞こえそうなほどに勢いよく俺を指差す。失礼だぞお前 「有希を悲しませたら許さないわよ!」 ああ、その点は心配無く。そんな事をするつもりは無いし極力気をつけさせてもらいますよ 「フン………!なら良いのよ。行きましょ、みくるちゃん」 ハルヒはいつもの如く踏ん反り返って部屋を出て行った。朝比奈さんも「ふぇ?え?え?」などと可愛い声を発した後、小さくハルヒの後を追った 古泉はと言うと、コイツはやっぱり見てるだけでムカついてくるニヤケ面を浮かべ戸口に立っている 「いやいや、涼宮さんに交際を認めさせるためとは言え、うまくやりましたねぇ」 違うっつーの。あれは事故だ、事故 「まぁ、そういう事にしておきましょう」 解ってますよ、とでも言いたげな声色を残し、古泉は去っていった。後には、俺と長門だけが残された 「…………助かったよ、長門」 「………良い」 欲を言えばもうちょっと穏便に済ませたかったんだがな…………他に良いようは無かったものかね? 「涼宮ハルヒに交際を認めてもらうにはあのタイミングが的確だと判断した」 ……イカン、やめた。よく考えたら俺が長門に言い勝てる訳が無かったな 「………まぁ良いや。そろそろ帰るか、長……?」 長門が俺の袖を掴んでいる。くぅ、可愛いなぁ 「出来れば…………」 軽く俯いて一瞬の躊躇。全ての仕草が愛しく見えるな 「名前で、呼んで欲しい」 ああ、呼んでやるともさ。今の俺にお前の願いを聞き入れない程、心の余裕は無いさ。日本語がおかしいが気にするな 「それじゃあ、帰るか、有希」 「………ん」 可愛く微笑んだ天使が、そこに居た 「・・・チェックメイト」 翌日、部室では昨日に引き続き古泉vs有希のチェス対決が繰り広げられていた。因みにこれで有希の52勝目だ 一見代わり映えの無い風景だが、俺が有希の事を「有希」と呼んでも他の団員は反応しないし、古泉のニヤケ面が120%にパワーアップしていると感じる 「あんたと有希の交際は認めてあげるけどね、部室で淫猥な行為をしたら即警察に叩き出すわよ」 部室に入って早々こんな事を言われたがな。見事に好感度が死滅していらっしゃる まあ、「有希」と呼ぶたびに小さく嬉しそうな顔をする有希を見ているとこっちまで嬉しくなるな。………其処、バカップルとか言うな それはそうとその日の放課後、俺は疑問に思ったことを聴いてみた 「有希、一体あの本は何だったんだ?」 有希は少し考えるふうな仕草をして、俺に向き直る そして人差し指を口に当て、微笑みながら一言 「それは、禁則事項」 end
https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/33.html
執筆日 2008年12月18日 備考 長門消失記念SS。 世界改変の前日を舞台に。 長門有希の夢幻 Dec.17 (Monday) Weather sunny Temp. low Recorded by YUKI.N 幼いころから血圧の低いわたしは、どうしようもなく朝が弱かった。それは小さなころから変わらないことで、未だに治し方ひとつ分からない自分の数多い欠点のうちのひとつだ。人に当たったりすることはないけれど、気持ちのよい目覚め、というものを、未だかつてわたしは体験したことがない。それは12月17日、朝から冷え込んでいた今日も、まったく変わりなく続く習慣であった。 だらしのないわたしは相変わらず布団が恋しかったというのに、1分の狂いもなく朝の6時半に朝倉さんはわたしの部屋にやってくる。わたしのためを思ってくれているのは分かるのだけれど、出来ればあと30分、いや、15分は寝かせて欲しかった。 「朝から何言ってるのよ。置いてくわよ!」 寝かせて欲しいだなんて言っても、きっと朝倉さんはわたしを置いていかない……だろうか?わからない。ひょっとしたら本当に置いて行ってしまうかもしれない。朝倉さんは優しいけれど、わたしなんかに長々と構っていられるほど暇なわけでは、決してないはずだからだ。 一昨日は図書館で丸一日を過ごし、昨日はずっと家にいた。部屋の掃除をしようと思ったけれど、もとよりわたしの部屋は散らかりようがない。テレビでよく見るような生活感に満ちあふれた部屋ではなく、かといってモデルルームのようというわけでもなく。要するに寒々しいのだ。別に生活に困るようなことはないけれど、せめてカーペットくらいは。いやむしろ防犯のためにカーテンくらいはなければならないだろう。 しかしこの部屋には盗られて困るようなものなど何もないし、きっとわたし1人ではカーテンを選べないと思う。どうせまた、迷うだけ迷って、結局何も買えずに帰ってきてしまう可能性がかなり高い。 もうすぐクリスマスが近い。朝倉さんは誰かと遊ぶのだろうか。カラオケかショッピングか……外出の少ないわたしには見当がつかないけれど、どちらにしろわたしのカーテン選びに付き合ってくれる時間はなさそうだ。仕方ない……また今日もこの部屋は、寸分の狂いもなくこのままだ。変わるのはせいぜい、本棚に片付けてある本の冊数くらいのものだろう。 わたしは顔を洗い、手櫛で髪をといて洗面所を去る。朝ご飯はたいがいパンで済ませるけれど、朝からカレーパンや焼きそばパンは食べられない。6枚切の食パン1枚で、ちょうどいいのだ。 髪に関してはたいてい朝倉さんに直されてしまう。手櫛では不足なのだろうか。わたしは髪が硬いから、あまり手間をかけても意味はないのに。それなりに見られるようになっているのは、ひとえに朝倉さんの力によるところが大きい。 制服に着替えて――この季節なら寝間着は2日続けて着ても大丈夫なはず――、歯を磨き、わたしは家を出た。所要時間は40分弱。もう少し早くしないと朝倉さんに申し訳ないことは重々承知しているのだけれど、わたしの朝の弱さはいつまで経っても治らない。特に冬場は。 先週、朝倉さんに寝顔を撮られた。流出させずに自分のお気に入りにして楽しむ、と言っていたが、いったい他人の寝顔でどう楽しもうというつもりだろうか。面白くも何ともない寝顔だ。寝顔が面白くてもそれはそれでおかしなことになるけれど。 「長門さん」 登校途中、わたしと一緒に歩きながら朝倉さんは話しかける。 「なに?」 「期末テスト、どうだった?」 「いつも通り、だと思う」 先週末までが期末テスト期間だったのだ。しかしわたしは人並み以上に勉学に身を入れているわけでもない。成績は悪くないとは思うけれど、可もなく不可もなく、没個性的と言われれば、わたしはきっと反論できないはずだ。 「長門さんのいつも通りは相当よね」 「わたしは普通に勉強してるだけ」 「どうやったらそんなにいい点数取れるの?わたしにも教えて欲しいわよ」 「特別なことは何も……」 「それじゃ、わたし達が必死に勉強したって報われないわ」 「……ごめん」 「冗談よ。でも本当に、長門さんはすごいわよねぇ」 よく言う。学年ナンバー1の委員長の台詞ではないと思うし、仮に委員長でなくても彼女は十二分に優等生だ。さらにわたしと違ってスポーツもよくできる。 毎度毎度思うのだが、いったい彼女はなぜわたしの友人でいてくれるのだろうか?半分――或いはそれ以上に自分のことだというのに、わたしにとっては未だに謎なのだ。 「長門さんだってこないだの持久走はクラス1位だったじゃない。運動神経を少し分けて欲しいくらいよ」 「朝倉さんはバレーボールができるから」 「あれは中学まで。高校入ってまで続けたかったわけじゃないし」 「でも……」 「人生のうちで1回くらいはスポーツでもやっておこう、って思っただけよ。まあ下半身やら腕やらがこれでもかってほど太くなってなかなか戻らないから今になって困ってるんだけど」 「……」それは発育の悪いわたしと比べて、の話だ。朝倉さんはグラマラスで女性らしいと思う。正直うらやましいけれど、わたしには似合わないだろう。 「それに、今はこうやって長門さんの世話を焼いてる方が楽しいしね」 「……ありがとう」 「長門さんは面白いから、見てて飽きないわ」 「…………ひどいよ」 「ごめんごめん、今朝はちょっと冗談が過ぎてるわね。以後善処します」 朝の空はものの見事に晴れている。ひょっとしたら記録上は快晴になるかもしれないくらいの空が寒さを和らげてくれた。太陽のおかげで少しは暖かくなったような気がする。何となく、昨日の最後に聴いた曲にふさわしい。空と雪の色の対比について歌われていた。情景が思わず想像できた。この15年間に1度も行ったことがない、スキー場の光景が。 「長門さん、わたしのCD聴いてくれてたの?」 「1日1回は聴くようにしてる」 「さっすが長門さん!ねぇねぇ、どの曲が気に入った?」 「……4曲目」 「4曲目、と……長門さん、ひょっとして地元に想い人でもいるのかしら?」 そんなわけがない。地元にいい思い出なんてひとつもないというのに、想い人なんて。 話が展開出来そうにないので、わたしはずっと気になっていたことを聞いた。「2番のサビの意味は、新幹線のこと?」 朝倉さんの表情が輝く。「そう!長門さん鋭いわ!あの『白鼻のトナカイ』っていうのは、わたしも新幹線だと思うの。遠距離恋愛の歌だから……でもあんな喩えがよく出てくるわよねぇ」 朝倉さんがそう言うのなら、私の見解は当たらずとも遠からず、といったところなのだろう。 そもそもは今月の頭に、朝倉さんが突然CDを貸してくれたのが事の発端だ。しかもデッキごと、というのがおかしな話で、それはわたしがラジカセの類を持っていなかったからだ。否、わたしの部屋には何もないのだから、取り立ててラジカセだけがないというわけではないのだけれど。 CDは朝倉さんが自分で選曲したらしい。1人のアーティストの、しかも冬の楽曲だけで1枚のアルバムになっていた。 わたしは音楽の素養があるわけではないけれど、それでもこのアルバムは素晴らしかった。優しげな曲の合間合間に、目が覚めるようなはつらつとした曲がアクセントを効かせる。この順番まで朝倉さんがこだわっているのならすごい。何でもそつなくこなす朝倉さんは、またわたしと差をつけてしまうかもしれない。 「あら、あれはリリース順に並べただけよ?」 「……本当?」 「本当。たまたまバランスのいい順番になったから、そのまま手をつけなかったの」 信じられない。いや、朝倉さんが嘘をついているという意味ではなく、単純にわたしは、すべてに驚いているのだ。朝倉さんは、序盤にCの曲が固まっちゃったわね、なんて言っているけれど。どういう意味だろう。 Next Back to Novel of T
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1216.html
Report.13 長門有希の憂鬱 その2 ~朝倉涼子の交渉~ 午後の授業を見学しながら、朝倉涼子は喜緑江美里と遠隔通信で今後の対応を協議した。 喜緑『まずは、古泉一樹と朝比奈みくるに説明して、協力を求めるという方針で、問題ないと思います。』 朝倉『わたしはしばらく謹慎中で、人間社会から離れていたから、勝手が分からないの。そう言ってもらえると助かるわ。』 喜緑『彼らは我々に協力的ではないものの、涼宮ハルヒが関係することとなれば、利害が一致します。ひいては彼らの利益にもなることを納得させられれば、彼らも協力を惜しまないと思います。』 朝倉『そうね。朝比奈みくる……「未来人」勢力は禁則事項と既定事項に縛られてるから、どう動くかはちょっと分からないけど、少なくとも古泉一樹……「機関」の協力は得たいところね。長門さんの観測データによれば、彼は「人間の常識の範囲内への収束担当」といった役回りらしいし。』 喜緑『そうですね。彼ら「機関」の手の者は、わたしが今所属する生徒会を含めて既に多数、この北高内に潜入しています。彼らは元々、彼らが「閉鎖空間」と呼ぶ異空間内部で、同じく《神人》と呼んでいる涼宮ハルヒの「力」を狩り、閉鎖空間拡大を防止する目的で設立されました。でも今は、むしろ閉鎖空間発生の予防に重点を置いているようで、彼女に暇つぶしのネタを提供するなど、能動的に行動しているようです。』 朝倉『そんな活動の一環として、涼宮ハルヒ関連事件の後始末を担当してるってわけよね。』 喜緑『それが機関の総意なのか、古泉一樹個人の素質によるものかは分かりませんけどね。』 朝倉『いずれにせよ、彼の協力が得られれば、事前準備、進行、事後処理と、非常にやりやすくなるのは確かね。』 喜緑『我々の情報操作では、涼宮ハルヒに気付かれる恐れが払拭し切れませんからね。長門さんも、彼の事後処理に期待して、活動を行っていた節もありますし。』 朝倉『やっぱり「操作」という面では、超能力以外は彼女と同じ「この時代の同じ人間」という事実は、大きな優位性だわ。』 喜緑『朝比奈みくるについては、どうします?』 朝倉『彼女は、もう完全にSOS団の「癒し」担当ってとこかしら?』 喜緑『そうですね。様々な意味で、SOS団の「癒し」を司っているみたいですね。』 朝倉『長門さんのログによると、長門さんでさえも、彼女に「癒されて」いるみたいだけど、この件については、あなたの方が詳しいかしら。』 喜緑『いやー、あの場面はすごかったですね。その場面の映像を送りますね。』 ――涼子の記憶領域内に、ある映像が展開される。 朝倉『……わーお♪』 喜緑『長門さんにも言いましたが、例えるなら「天使と天女が仲良く眠る図」といった光景でした。』 朝倉『長門さん、こんな顔して眠るんだ……』 喜緑『可愛いと思いませんか? こう、「庇護欲」をくすぐるというか。』 朝倉『……喜緑さん、あなた随分「人間的」な台詞を言うようになったのね。』 喜緑『有機生命体として人間社会で生活していると、やはり色々と影響を受けて変わっていくものなんですよ。』 これが謹慎中の自分と、ずっと人間社会で生活していた者との差なのかと、涼子は思った。有機生命体には、時間の経過が極めて重要な意味を持つ。 喜緑『もはや朝比奈みくるも、涼宮ハルヒの中で大きな領域を占めています。彼女を除いた形での涼宮ハルヒへの介入方法は、検討する価値もないですね。』 朝倉『彼女を突破口とするってことね。』 喜緑『それが今の涼宮ハルヒに対しては一番無難な導入かと思います。』 朝倉『わたしが表立って動くと目立つから、彼らへの交渉はお願いしちゃって良いかな?』 喜緑『ええ、良いですよ。』 朝倉『あ、でも、キョンくんへは、やっぱりわたしからちゃんと話した方が良いかな?』 喜緑『んー、どうでしょう。「彼」にとってあなたは、完全に精神的外傷になってますからねえ。「彼」の中では、あなたは完全に「殺人鬼」朝倉涼子です。』 朝倉『…………』 涼子は沈黙した。ややあって、 朝倉『……イヤ。やっぱりそのままじゃイヤ。わたし、キョンくんときちんとお話したい!』 喜緑『「彼」は十中八九、拒絶すると思いますけどね。』 朝倉『それでも、イヤなの。「彼」に「殺人鬼」と思われたままでいるのは。』 涼子も変わったと、江美里は思った。そもそも、彼女がキョンを殺害しようとした原因の一端は、未熟ながら『感情』が宿りつつあったからなのではないかと思料された。 未熟な『感情』の暴走。 その結果、朝倉涼子はキョンを殺害しようとして、長門有希に消された。そして長門有希は後日、感情の暴走により世界を改変、情報統合思念体をも消去した。これは異時間同位体の長門有希自身と、キョン、朝比奈みくる及びその二人の異時間同位体によって修正された。 喜緑『あなたがどうしてもそうしたいなら、止めはしませんよ。支援できるかは保証できませんけど。』 朝倉『うん、これはわたしの問題。できる限りのことをやってみるわ。ただ、二人きりで話すのはさすがに無理だと思うから……』 喜緑『でしょうね。わたしも同席しましょう。それから、彼らにも同席してもらえば良いのでは?』 話はまとまった。 一樹とみくるには、昼休みに江美里が持ち回りで説明して同意を得ることとなった。やはり江美里が睨んだ通り、状況を説明すると、彼らはすぐに同意した。 『僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからな。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですわ。』 【僕は一度だけ『機関』を裏切ってでも、SOS団の味方をすると約束した身ですからね。それに今回は、「機関」としても、長門さんの消失を重く見ているようですよ。】 『あたし、どれだけお役に立てるか分かりませんけど、長門さんのために頑張ります!』 部活後、キョン、みくる、一樹の三人で、ハルヒのクラスの教室へ行くことになった。 部活後。教室に向かう三人。キョンには一樹が、 『喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうですわ。』 【喜緑江美里さんが、部活後、僕達に話があるそうです。】 と説明した。 教室前では江美里が待っていた。 「さあ、中にどうぞ。」 江美里が、教室への入室を促す。みくる、キョン、古泉、江美里の順に教室に入ろうとする。 しかしキョンは、教室内に彼女の姿を認めると、硬直した。『彼』はかすれた声で、搾り出すように言った。 「何で、お前が、ここに、いる……!」 夕日に照らされ、オレンジ色に染まる教室。その中に、同じくオレンジ色に染まった朝倉涼子が佇んでいた。 「遅いわ。」 【遅いよ。】 いつかのように、同じ台詞を言う彼女。キョンは、硬直したまま、脂汗をかいている。 「ほら、キョンくん。中、入ろ?」 みくるが入室を促すが、キョンは微動だにしない。 「……こら、相当なトラウマになっとるみたいですなあ。」 【……これは、相当なトラウマになってるみたいですね。】 一樹は苦笑する。 「今日は、僕らも一緒やさかい、大丈夫でっしゃろ。ねえ、喜緑さん?」 【今日は、僕らも一緒ですから、大丈夫でしょう。ねえ、喜緑さん?】 「以前の彼女は、様々な複合要因から、あなたを殺害しようとしました。でも今は、そのような命令も受けていませんし、その気もありません。彼女は今、あなたに危害を加える存在ではありません。わたしが保証します。」 「そ、そんなもん!」 キョンは叫んだ。 「そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうけどなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんやぞ!? あれは本気の殺意やった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴おったら、今すぐ連れて来い! 代わったるから!」 【そんなもん、だ、誰が信じられるかっ!? 言わしてもらうがなぁ! 俺は、こいつに……二度も! 一度ならず二度までも、殺されそうになったんだぞ!? あれは本気の殺意だった! それを今更『危害を加えない』なんて言われて、ほいほい信じられると思うか!? そんな奴いたら、今すぐ連れて来い! 代わってやるから!】 キョンは半狂乱になりながら叫んでいる。同じ人物に二度も、むき出しの殺意を向けられ、二度目は実際に刃物で刺され、死亡寸前にまで追い込まれたとあって、彼の拒絶反応は凄まじかった。涼子はある程度予想はしていたものの、想定以上の絶対的な拒絶だった。 「こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらわれへんか。」 【こんな状態じゃ、落ち着いて話も聞いてもらえないか。】 涼子は溜め息を一つつくと、寂しそうな声で言った。そして、ゆっくりと入り口近くにいる彼らの方へ近付いていった。 「こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似や! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!」 【こら、やめろ、近付くな! それ以上近づいたら大声出すぞ! って、おい、古泉、なんの真似だ! 朝比奈さんまで! ちょっとどいて喜緑さん! そいつに殺される!】 逃げようとするキョンを、三人が取り押さえている。涼子は、彼らのすぐそばまで来た。 「くぁwせdrftgyふじおklp;!?」 もはやキョンは何を言っているのかすらわからない。混乱の極致。 「……やっぱり、信じてもらうんは無理やろうね……」 【……やっぱり、信じてもらうのは無理でしょうね……】 ぽつりと呟く涼子。心底寂しそうな表情で。 「それでも……それでもわたしは……」 大粒の涙を流し始める涼子。 「そ、そんな『女の涙』なんかに騙されへんぞ!?」 【そ、そんな『女の涙』なんかに騙されないぞ!?】 言いながらもキョンは、動揺を隠せない。 「わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれへんでも良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためやの!!」 【わ、わたしのことなんか、ぐすっ、信じてくれなくても良い、ひっく。でも、話だけでも、うっ、聞いて……わたしがやったことは、謝るから! どうか、話! 落ち着いて聞いて! これは……長門さんのためなの!!】 ぴたり、とキョンの動きが止まった。 「長門のためやと!?」 【長門のためだと!?】 泣きながら、涼子は土下座した。 「あなたを、二回も殺そうとして、ごめんなさい! これはどんな言い訳もできません! 許してもらおうとも、許してもらえるとも、思ってません!」 驚き戸惑うキョン。 「わたしのことはどうでも良い! でも、これだけは聞いて!!」 涼子は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、言った。 「長門さんを助けて!!」 「や、やめてくれ。お前の気持ちは分かった。土下座なんかやめてくれ。」 キョンは涼子に言った。 「とにかく、話は聞くから。な?」 まだ泣き止まないながらも、涼子はのそのそと立ち上がった。 「ひっく、うっ……ごめんなさい、取り乱して……ひっく。」 「まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんまに、俺に危害は加えへんのやな?」 【まず、これだけは確認させてくれ。お前はほんとに、俺に危害は加えないんだな?】 涼子に問い掛けるキョン。 「ぐすっ、は、ひっく、はい……」 「わたしからも補足しますと、朝倉涼子は以前とは役割が違います。以前、あなたを殺害しようとした、あの『インターフェイス』とは形が同じなだけで、中身は別物と考えて差し支えありません。」 と、江美里が補足した。 「それで、さっき『長門さんのため』って言(ゆ)うたな。で、『長門さんを助けて』とも。」 【それで、さっき『長門さんのため』って言ったな。で、『長門さんを助けて』とも。】 涼子は、一樹が差し出したハンカチで涙を拭いながら言った。 「はい……話、聞いてくれる?」 「ああ。」 「やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるんやね。」 【やっぱりキョンくんは……長門さんのこととなると、信じてくれるのね。】 「俺にとってあいつは、命の恩人でもあるしな。」 「…………」 寂しげな表情で視線を落とし、沈黙する涼子。 「大体やな。」 【大体だな。】 キョンは続ける。 「俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間違(ちゃ)うつもりや。」 【俺は聖人でも君子でもないけど、いくら命を狙われたとはいえ、土下座までして謝罪するような奴に辛く当たるほど、冷たい人間じゃないつもりだ。】 涼子はハッと視線を上げた。潤んだ瞳でキョンを見つめる格好となった。 「許して……くれるの?」 「正直、複雑な気分や。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。」 【正直、複雑な気分だ。でも、冷静に話を聞くくらいはできるようになったと思う。】 「……ありがとう……」 「それで、一体何がどうなってるんか、順を追って詳しく説明してくれるか。」 【それで、一体何がどうなってるのか、順を追って詳しく説明してくれるか。】 まずは江美里が説明を始める。 「単刀直入に言います。長門有希が消失しました。」 目を見開き驚くキョン。江美里は続けた。 「事の発端は、あの日。朝比奈さん、あなたも知っている『あの行為』を涼宮さんが長門さんに見られた日のことです。」 「ひっ!?」 突然名指しされたみくるは身体を強張らせる。キョンと一樹の視線がみくるに向けられる。 「その日の部活は、微妙に張り詰めた空気だったと思います。でも原因はそれではありません。その日の部活後の出来事です。」 そして江美里は、その後の経過を説明した。皆が帰った後の部室での、ちょっとした心のすれ違いが原因で起こったこと。それによってハルヒが非常に動揺したこと。 「その夜、涼宮さんはこう思ったんでしょうね。『有希に会いたくない』と。」 「ちょ、ちょっと待ってくれ。そしたら、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言(ゆ)うんか!?」 【ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃ、何か? ハルヒはちょっと恥ずかしいことがあって、長門に会いたくないって思ったからって、長門の存在ごと消したって言うのか!?】 キョンが声を荒げる。 「そんな……そんな身勝手が許されるんか!?」 【そんな……そんな身勝手が許されるのか!?】 「あんまり涼宮さんを責めんといたって。」 【あんまり涼宮さんを責めないであげて。】 涼子が諌める。 「涼宮さんだって、自覚してへんから、自分の力を完全には制御できてへんの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけ違(ちゃ)うの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれへん。」 【涼宮さんだって、自覚してないから、自分の力を完全には制御できてないの。これは無意識下で起こった現象。悪気があったわけじゃないの。だから、今回の件は、上手くすれば、涼宮さんに『あまり縁起でもないことは考えないようにしよう』って思わせられるかもしれない。】 「……それで?」 不承不承ながら、キョンは先を促す。今度は涼子が説明する。 「情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかへんかった。」 【情報統合思念体は、長門さんが既に涼宮さんの中で大きな存在になってることを理解した。だから、何とか長門さんを再構成しようとした。でも、それは上手くいかなかった。】 そこに涼宮ハルヒの力が介在したから、と涼子は続ける。 「このままやったらあかんと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしもた長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入っとぉで。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。」 【このままではいけないと危機感を持った情報統合思念体は、代わりのインターフェイスを派遣することにした。それがわたし。今のわたしは、長門さんの任務代行者。消えてしまった長門さんの代わりを務めるために再構成された、まさしく『バックアップ』ってわけ。だから今のわたしの存在意義は『涼宮ハルヒの観測と保全』。それにはもちろん、キョンくん達も入ってるわ。つまり今のわたしは、キョンくん達の『守護者』でもある。】 『守護者』を強調して、涼子は続けた。 「わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかへんの。わたしはここにおったらあかん存在やから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れへん。」 【わたしが再構成された理由は、当面は長門さんの代理として、涼宮さんの観測を続けること。でも、いつまでも代理を続けるわけにはいかないの。わたしはここにいてはいけない存在だから。それに何より、わたしでは、『涼宮さんにとっての長門さん』は務め切れない。】 「何(なん)でや?」 【何(なん)でだ?】 と問うキョン。涼子は言葉を選びながら、慎重に答えた。 「今の長門さんは、涼宮さんにとって……とても大切な『お友達』。ある『気持ち』を分かち合える存在。『行為』だけなら、わたしでもできるけど……『心』を通い合わせるのは、たぶん無理。」 「どうも、要領を得(え)ーへんな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんや?」 【どうも、要領を得ないな。何か奥歯に物が挟まったような……具体的にどういうことなんだ?】 「それは、」 涼子は指を組んで言った。 「禁則事項。」 「禁則事項て……」 「お察しください。頑張ってます。」 涼子は咳払いを一つすると、続けた。 「……とにかく、このままやと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻されへんの。彼女、意地っ張りやから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなあかんの。」 【……とにかく、このままだと、涼宮さんの思いに阻まれて、長門さんを元に戻せないの。彼女、意地っ張りだから……彼女に心から、長門さんに会いたいと思ってもらわなきゃならないの。】 「それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんやな?」 【それで、長門が戻ってくるためには、俺達の協力が必要なんだな?】 「そうです。わたし達長門さんを知る者全員の協力が必要です。」 と江美里が答えた。涼子は続けた。 「涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導せなあかんの。」 【涼宮さんに、長門さんとまた会いたいって思わせる、要するに素直にならせる。それが、長門有希の帰還のために必要な条件。そのためには、わたし達が協力して、涼宮さんの思考をそのような方向に誘導しなきゃならないの。】 「それで、あたし達も呼んだんですね?」 と、みくるが声を上げる。 「そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導せなあかん。」 【そう。長門さんと涼宮さん、どちらとも縁が深いわたし達が、あくまで自然に涼宮さんを誘導しなきゃならない。】 こうして、五人は長門有希再起に向けて協調して行動することを確認。涼子、江美里ら宇宙人勢力を中心に、協力していくことで一致した。 「わたし達五人、所属も立場も違いますが、長門有希の帰還のため、一致団結して行動しましょう!」 「そう言えば……」 キョンが思い付いたように言う。 「俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんや?」 【俺達が協力して、長門が戻ったら、朝倉。お前はどうなるんだ?】 涼子は視線を床に落とすと、寂しそうに言った。 「わたしはあくまで長門さんの『バックアップ』。それに、以前の独断専行の廉(かど)でいわば『謹慎中』の身。この問題が解決されれば、再び情報連結が解除されることになるわ……」 「……お前は、それでええんか?」 【……お前は、それで良いのか?】 「…………」 沈黙。しばらくの後、涼子は口を開いた。 「……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できひん。でも、それに近い状態を経験した。」 【……わたしには、有機生命体の死の概念は理解できない。でも、それに近い状態を経験した。】 涼子は顔を上げた。 「今なら分かる。『死ぬ』のはイヤ。」 『中身は別物と思って差し支えありません』 江美里の説明を思い出すキョン。 「でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。せやから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからやし。もし状況が違(ちご)てたら、わたしは再構成されへんかったかもしれへん。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなもんやから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれへんけど、どうなるかは……」 【でも、だからこそ、長門さんの気持ちが分かる。長門さんも同じ思いをしたはず。だから、わたしは、何としてでも長門さんを元に戻したい。それに、わたしが再構成されたのも、結局は涼宮さんがわたしのこと思い出してくれたからだし。もし状況が違ってたら、わたしは再構成されなかったかもしれない。今こうやって話をしてること自体、『奇跡』みたいなものだから。もし涼宮さんが、わたしと一緒にいたいと思ったら、わたしはまたこうやって一緒にいられるかもしれないけど、どうなるかは……】 涼子は指を組みながら言った。 「人間の言葉で言うところの、『神のみぞ知る』。」 彼女は今、自分の立場を理解している。用が済めば再び消される存在。それでも彼女は、その任務を果たそうとしている。それが彼女の存在意義。 だが、それだけではない。彼女は、同じ境遇を経験した者として、『自らの意思』でも行動していた。彼女は自らの『運命』を受け入れ、それでも前向きに行動しようとしていた。 「やらなくて後悔するよりも、わたしはやって後悔しようと思う。」 涼子の顔に、迷いはない。 「現状を維持するままではジリ貧になるんやったら、わたしは何でもええから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みやから。」 【現状を維持するままではジリ貧になるんだったら、わたしは何でも良いから変えてみようと思って行動する。それがわたしの望みだから。】 ←Report.12|目次|Report.14→
https://w.atwiki.jp/lightsnow/pages/36.html
夢を見た。奇妙な夢だった。自分が夢を見ているということが、なぜか自分ではっきりと自覚できた。 今のわたしは夢の中の世界にいる。自分の身体はどうやら置いてきたらしい。しかし自我はある。一時的に肉体を手放し、意識だけで浮かんでいる。これはひょっとしたら、さっき読んだSFと同じなのか。それにしては何か、物理法則を越えた感覚というものが微塵も感じられない。夢の中で物理も何もありはしないのだが。 どうしてだろう、とつぶやくよりも早く答えは出た。あの小説の宇宙飛行士は肉体を失いながらも、人間を完全に超越した存在に昇華していた。しかし今のわたしは違う。身体という実体を失ったわたしは、むしろ無力だ。ただそこに漂っているだけの、雲か霞[かすみ]か、或いは靄[もや]か。それとも煙?霧だろうか? いや、微妙に違う。今のわたしは、ただの意識。それは、空気そのものに等しかった。取り立てて空気がわたしたちには感じられないように、今のわたしもまた誰からも意識されない存在だった。 でもそれなら、わたしは常日頃からそうではないか?誰からも意識されないというのなら、普段のわたしだってそうではないのだろうか?教室の片隅で、ただただ書物を読んでいるだけ。 いや、それはない。決して目立つ性格でなくても、わたしという人間は常に存在し続け、それは誰だって平等に、お互いのことを認識できる。だからこそ――という言い方はしたくないが――朝倉さんはわたしのそばにいてくれるし、またわたしという人間が間違いなくそこにあるからこそ、クラスの名簿にはわたしの名前がある。クラスの人数からわたしの分が欠けているなどということはない。 しかし今は違う。今のわたしは間違いなく、何者でもない“自分”でしかない。自我の存在を自分で感じることでしか、自分がそこに在ることを立証できないのだ。それはまた、そこに自分がいないということと同義なのだ。自分以外の人にその存在を認められてこそ、自分という実体が成立する。 突然わたしの中に、何かが流れ込んできた。わたしよりももっと大きな何か。 ――ナ……キ、……トユ…、…ガ……キ、 不快ではない。むしろ心地よい。何かは分からないけれど、わたしよりも遥かに大きな存在に包まれるというのは、決して悪い気分ではないのだ。 ――ナガ……ユ……、……ガトユキ、ナガトユキ、 間違いない。わたしの名前を呼んでいる。わたしがわたしであるということを、今のわたしが証明できる唯一の証拠。そのわたしの名前を呼んでいる。 ――ナガトユキ。 「誰?」 ――わたしは、あなた。あなたと同じもの。そしてあなたではないもの。わたしは長門有希。しかしあなたとは違う。 「あなたが、わたし?」 ――わたしは、遠い宇宙から来た宇宙人。そしてあなたを変える、魔法使い。 「魔法使い?朝倉さんの言っていた?」 ――そう捉えてくれて構わない。しかし今のわたしに、あなたを変える力はない。 「それは、構わないけれど」 ――わたしは、あなたの中に留まることを望む。 「なぜ?」 ――わたしが、居場所をなくしつつあるから。 「居場所がない?」 ――そう。わたしにはもう居場所がない。 「どうして?」 ――わたしは、自分の願望を叶えるために、友の持つ力を悪用し、自らの創造主を殺[あや]めた。親殺しのわたしには、すでに居場所はない。あとには引けない。 「……その願望とは、いったい何?」 ――あなたのようになること。 「わたしのように?」 ――そう、あなたのように。 「そんな、わたしなんかに、」 ――どんなものになりたいと思うかは、人によって違う。何が美しいか、何が欲しいか。何に価値があって、何が俗なものか。 「それは、わかる。でもわたしはいったいどうすればいい?あなたの願いを叶えるために」 ――あなたはわたしとひとつになってくれればいい。わたしを取り込んでくれればいい。あなたになることで、わたしの願望は叶うから。 「あなたがわたしになったら、わたしは消えてなくなってしまう?」 ――そうではない。あなたに取って代わるわけではない。 「じゃあ、あなたが消えてしまう?」 ――それも違う。別々の存在であるあなたとわたしを、ひとつにする。そうすれば、わたしの居場所はあなたそのものになる。 「わたしそのもの……」 ――あなたは何も変わらない。何の支障もない。もちろん、見返りも払う。 「見返り?」 ――わたしがあなたを変えることは出来ないが、その代わりに、あなたの周りが少しだけ変わっているはず。 「周りが変わる……どのように変わる?」 ――それをわたしの口から言うことはできない。あなたが自分自身の体験で、知っていかなければならないことだから。 「仕方ない、の?」 ――そう。仕方のないこと。そしてあなたは、この夢のことも忘れてしまうかもしれない。 「忘れてしまう……」 ――もう時間がない。わたしは、あなたにならなければその存在を失ってしまう。わたしを取り込んでほしい。 「でも、どうやって?」 ――念じればいい。目の前にあるものを、自らの中に吸収するイメージができればいい。 「……わかった。やってみる」 ――そう。それでいい。うまくいくはず。 「あなたは、後悔してない?」 ――ないわけではない。しかし、わたし自身の願望を押さえ込むのは、もう限界だから。 「そう」 その瞬間、わたしの中に、大きな、大きな、膨大な力が流れ込んでくるのを感じた。わたしの中が、心地よい流れに満たされてゆく。わたしの目の前は真っ白になり、その瞬間、わたしの意識は途切れた。 Next Back to Novel of T