約 24,296 件
https://w.atwiki.jp/yaranaio/pages/67.html
ヒロイン別短編 - 長門有希 タイトル 元ネタ有りorオリジナル ジャンル、備考、紹介文、etc
https://w.atwiki.jp/ebnetwork34/pages/62.html
金額を間違えて売ってしまい返してもらおうにもWISもメールも無視されっぱなし>< -- (♪長門有希♪) 2007-02-06 00 40 40 ドンマイ そして声優の話しすると壊れるでヨロ(ぇ -- (FIls) 2007-02-06 18 27 08
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2637.html
長門有希の憂鬱Ⅰ プロローグ 窓の外は曇っていた。 今年ももうすぐクリスマスだねー、などとクラスの女子がのたまっているのを、 俺はぼんやりと眺めながら次の授業がはじまるのを待っていた。 高校に入って二度目の文化祭を終え、やっと落ち着いたとため息をついたばかりだ。 そういやハルヒのやつ、今年もやるんだろうなクリパ。また俺にトナカイやらせるつもりじゃあるまいな。 長門が暴走したりSOS団が消えちまったり、朝倉に二度も襲われたり、去年はいろいろあった。 俺も長門には気を配るようになった。あいつは感情が希薄なわけじゃなくて、 実は表に出ないだけなんだと知ってからは。おかげさまで落ち着いてるようだが。 振り向いて後ろの席にいるやつに、今年のクリパはやっぱ部室でやるのか、と尋ねようとしたらいきなり首根っこを掴まれた。 「キョン、あんた進学するの?」 いきなりなにを言うかと思ったら。 「そりゃあ大学行きたいさ」 「どこ受けるの?」 「う……」俺の成績から言ってあまり贅沢はいえない。国立はまず無理だろう。 自宅から通える距離でそれほどレベルの高くない県立か、多少金かかっても親を拝み倒して私立に行くか。 それなら浪人して予備校通って国立って手もなくはないよな……。 「もう二学期終わるんだし、まじめに考えなさいよね」 言われなくても分かってるさハルヒさん。俺だってもっと遊びたいもん。いかんせん、俺の学力が。 「あんた、あたしと同じ大学受けなさい」 「な、何を言い出すんだ」 「だってあんたがいないとサークルでSOS団やれないじゃない」 大学行ってまでやる気かこの女は。 「無理だ。俺の成績は知ってるだろ」 「今から必死で勉強しなさい。大学受験なんてね、日ごろのテストの延長でしかないのよ」 そりゃお前はいつでも成績が上位レベルにいるからそう言えるだろうが。 「別に同じ大学じゃなくったってSOS団は続けられるだろう」 「あんただけ学外の部員なんてことになったらシメシがつかないもの」 「シメシったってなぁお前……ヤーさまじゃあるまいし」ある意味ヤクザよりこわい集団だが。 だがまあハルヒがそこまで言うなら受けてやってもいい。 こいつが望めばなんでも叶う、俺もそれにあやかって国立合格……。 いかんいかん、なんて他力本願なことを考えてるんだ俺は。 それにしても、今が受験真っ最中の朝比奈さんはどこを受けるんだろう。 もしかしたら先回りしてハルヒの志望校に入学するかもしれない。 長門はどこにでも入れそうだし、いちいち試験を受けなくても情報操作とやらで潜り込めそうだ。 「やれやれ。また塾にでも通うか」 塾という言葉を聞いてハルヒが耳ピクとなった。 「あんた、塾で佐々木さんとやらに会うつもりじゃないでしょうね」 そんな偶然起らないって。行くなら学習塾兼の予備校だろう。 放課後に部活が解散してそれから塾に行ってるとすると、帰りは九時とかになっちまうな。 これじゃ体がもたん。せめて土日は休ませてもらいたいものだが、果たしてハルヒがOKするかどうか。 などと思案にふけっている俺を我に返らせたのは、古泉からのメールだった。 ── 部活が引けた後、涼宮さんには内緒でちょっと集まってもらえませんか。 この時期になにかハプニングが起るとしたら、それは最悪の事態になる。 俺にはそんな暗示めいたものがあった。 放課後、その日のSOS団はこれといって何をするでもなく、 微妙に寒々しい部屋で電気ストーブだけがいとおしく皆を暖めようとしている横で、 俺は古泉と将棋を繰り広げていた。 古泉が何か事件らしきものを持ち込んだことは知っているはずだが、長門も朝比奈さんも、 何のアイコンタクトすらしない。 たまにお茶をすする以外は、ただのんびりと時が過ぎるのを待っているだけだった。 どうせ事件が起きるときは起きるんだ、それならばせめて何かが起こるまでは シアワセに過ごそうよとでも言いたげに。 天地がひっくり返るようなことがあっても、あっそ……だろうなこいつらは。 「うーんっ。じゃ、そろそろ帰るわね」ハルヒが背伸びをするのと、長門が本を閉じるのとが同時だった。 朝比奈さんは着替えるからと言ってそのまま残った。 俺は一旦下駄箱まで行って、ハルヒが先に帰るのを見届けてから部室にまた戻った。 「不可解な現象が起こりました」 部室に入るなり古泉が右の眉毛を上げてみせた。三人ともそろっている。 「これです」 古泉が手にしたものは一冊の文庫本だった。書店でよく見かけるライトノベルのようだが。 書店の一角にずらりと並んだその周りだけ妙に空気がピンク色っぽくて、 たまに女子学生が群れていたりして、 半径三メートルが異空間化してるような、そのライトノベルだ。 近頃じゃボーイズラブなんてジャンルの本が書店の棚を侵食しつつある。 「これがどうかしたのか」 古泉は軽くため息をついて「そのタイトルをよく見てください」と言った。 「涼宮ハルヒの……?」 「なんですかこれ?涼宮さんって作家になったんですかぁ?」朝比奈さんが尋ねた。 「いいえ、知る限り、涼宮さんがそのような本を執筆したという事実はありません」 「何が書いてあるんだ?」 「まだ数ページしか読んでないんですが、かいつまんで言えば我々SOS団、およびその周辺で起ったエピソードです。 気になるのはあなたの一人称視点で書かれていることですが」 「まさか、俺じゃない。俺が作家志望じゃないことはいつぞやの文芸部機関誌を読んで知ってるだろう」 「分かっていますよ」古泉が笑った。 俺はパラパラとページをめくってみた。 「待ってください。内容はまだ読まないほうがいいかと。これからご説明します」 「涼宮ハルヒの……」俺はまた声に出して言った。 ハルヒが憂鬱になると忙しくなるのは古泉ファミリーのほうであって、 まあ世界が消滅してしまわなければ俺はかまわないわけで、 どちらかというとハルヒが上機嫌なときのほうが俺は苦労するわけだが。 「これ本屋に売ってるのか」 「いいえ、書店にはありません」 「あたしもたまに読むんですけど……これは見たことがないです」朝比奈さん、あなたもラノベ読むんですか。 「昨日僕の家の郵便受けに届けられていたのです。 宛名も差出人も書いてありませんでした」 「つまり直接手で届けたってことか」 「そうです」 「この、タニカワリュウって誰なんだ」 「たにがわ、ながる、です。現在のところ不明です。 機関を通じて角川書店にも問い合わせてみたんですが、 そのような本が出版されたことはないとのこと。 出版された本をナンバリングしているISBNも、まったく別のものだそうです」 「ペンネームじゃないのか」 「ええ、たぶんそうだと思います。兵庫県在住と書いてはありますが、実在するかどうかは不明です」 「どっかの同人が自費出版したんだろう」 「角川書店の名前でですか?ありえません。 同人誌サークルは自分たちのブランドを重んじます。 パロディを出すにしても出版社の名前を騙ったりはしません」 「お前やけに詳しいな」 「僕もやってますから」 そうだったのか。 俺はリュックを背負ってコミケに押しかけている古泉をちょっとだけ想像した。 「ハルヒ本人に聞いてみればいいいじゃないか」 「それもまた困るのです。 いいですか、この本が存在することによって二つのことが懸念されます。 一つ目は、SOS団がちくいち監視されている。それもあなたの視点で。 二つ目は、これが涼宮さんの目にとまると宇宙規模のパラドックスが発生する可能性がある。 先ほど読まない方がいいと言ったのは二つ目の理由です。 この本に書いてあることが事実だとして、涼宮さんのことを記した本を涼宮さん本人が読むことになったら、 あるいはあなた自身が読むことになったら、事実が上書きされるか未来が変わる可能性があります。 この本には、朝比奈さん言うところの、禁則事項が山盛り状態にあるかもしれないということです」 「読んだお前自身は平気なのか」 「まだ全部は読んでいないので分かりませんが、今のところ平気みたいです」 「長門はこの本をどう思う?」俺は窓辺に座る文学少女に水を向けた。 長門はすっと椅子から立ち上がって文庫本を手にした。 「ライトノベルは……」ためすつがめすついじっていたが、やがて口を開いた。 「……趣味に合わない」いやそういうことじゃなくて。 「この本を構成する炭素、および鉄その他の原子構造の位相がズレている」 えーと、つまり? 「電子の波動関数がこの世界の時間とズレている」それ、物理の授業で出てきたっけ? 「つまりこれはこの世界のモノじゃないということですか」古泉がフォローした。 「そう」 「位相がずれているにもかかわらず、これがこの世界で見えているということは」 「この世界で物理的に見えるためだけのなんらかの変換、細工がされている」 「まったく不可思議です。情報統合思念体はなんと言っていますか」 「今報告した……ラノベはよく分からないと言っている」 いつも偉そうにしているくせに役に立たんやつらだ。 「鉛筆……かして」 鉛筆?俺はペン立てにあったやつを渡した。 長門はカッターでそれを丁寧に削り、芯だけ残した。やがてその芯を刃で削いで粉々にした。 「何をしてる?」 「指紋を取る」 鉛筆の芯の粉を本の表紙に均等に撒き、窓を開けてふっと吹いた。 本の表紙にうっすらと人の指の形が点在していた。俺と古泉が触った指紋もそこにあるのだろう。 それから長門は無言で部屋から出てゆき、どこにあったのか幅広のセロテープを持っていた。 テープを切って本の表面に軽く貼り、ゆっくりとはがした。それを白い紙に貼り付け、古泉に渡した。 「調べて」 「なるほど。ちょっとした探偵気分ですね。後で多丸に問い合わせてみます」古泉はそう言ってカバンに入れた。 「俺が触った指紋もあるんじゃないか」 「それは判別できます。機関のデータベースにはあなたの情報もありますから。 あなたの七代前の先祖のことも分かりますよ」 俺の個人情報がそんなところで使いまわされていたなんて恐ろしい。 古泉はカラカラと笑った。「大丈夫ですよ。悪用はしません」 「朝比奈さん、この本は俺たちの未来となにかかかわりがあるんでしょうか」 朝比奈さんは数秒間、遠くを見るまなざしをした。 「ごめんなさい。分かりません……。ひとつだけ、この本は未来には存在しない、みたいです」 「なんですって?」古泉が声を上げ、長門が目を上げた。 どういうことだろう?俺だけピンと来てない。 「つまり、今から朝比奈さんの知る未来までの間にこの本は消えてしまうということでしょうか」 「この時間軸の延長上には……と言ったほうが正しいかもしれません。 ええと、それから先は禁則事項みたいです」 「ほかのどの時間平面上にも存在しない」長門が口を開いた。 沈黙を持って謎を表現するなら、今この部室を充たしている空気がそうだろう。四人とも黙っていた。 「こうは考えられませんか。この本は今、確かに我々の時空に存在する。 近い未来にこの本は隠蔽され、我々の記憶からも消える。 存在するかどうかは観測者がいてはじめて分かることですから。 ゆえに朝比奈さんの知る未来には存在しない」 「それも禁則事項みたいです。ちょっと待ってください……、 この本に関する禁則事項がどんどん増えているみたい。アラートです」 「今、その本に関する情報が思念体において禁則事項に入った」長門も言い放った。 ヤバい。これはなにかヤバいことが起る前触れだぞ。俺の中の何かがそう囁いていた。 長門有希の憂鬱Ⅰ一章 長門有希の憂鬱Ⅰ二章 長門有希の憂鬱Ⅰ三章 長門有希の憂鬱Ⅰ四章 長門有希の憂鬱Ⅰおまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2546.html
長門有希の憂鬱Ⅰ プロローグ 窓の外は曇っていた。 今年ももうすぐクリスマスだねー、などとクラスの女子がのたまっているのを、 俺はぼんやりと眺めながら次の授業がはじまるのを待っていた。 高校に入って二度目の文化祭を終え、やっと落ち着いたとため息をついたばかりだ。 そういやハルヒのやつ、今年もやるんだろうなクリパ。また俺にトナカイやらせるつもりじゃあるまいな。 長門が暴走したりSOS団が消えちまったり、朝倉に二度も襲われたり、去年はいろいろあった。 俺も長門には気を配るようになった。あいつは感情が希薄なわけじゃなくて、 実は表に出ないだけなんだと知ってからは。おかげさまで落ち着いてるようだが。 振り向いて後ろの席にいるやつに、今年のクリパはやっぱ部室でやるのか、と尋ねようとしたらいきなり首根っこを掴まれた。 「キョン、あんた進学するの?」 いきなりなにを言うかと思ったら。 「そりゃあ大学行きたいさ」 「どこ受けるの?」 「う……」俺の成績から言ってあまり贅沢はいえない。国立はまず無理だろう。 自宅から通える距離でそれほどレベルの高くない県立か、多少金かかっても親を拝み倒して私立に行くか。 それなら浪人して予備校通って国立って手もなくはないよな……。 「もう二学期終わるんだし、まじめに考えなさいよね」 言われなくても分かってるさハルヒさん。俺だってもっと遊びたいもん。いかんせん、俺の学力が。 「あんた、あたしと同じ大学受けなさい」 「な、何を言い出すんだ」 「だってあんたがいないとサークルでSOS団やれないじゃない」 大学行ってまでやる気かこの女は。 「無理だ。俺の成績は知ってるだろ」 「今から必死で勉強しなさい。大学受験なんてね、日ごろのテストの延長でしかないのよ」 そりゃお前はいつでも成績が上位レベルにいるからそう言えるだろうが。 「別に同じ大学じゃなくったってSOS団は続けられるだろう」 「あんただけ学外の部員なんてことになったらシメシがつかないもの」 「シメシったってなぁお前……ヤーさまじゃあるまいし」ある意味ヤクザよりこわい集団だが。 だがまあハルヒがそこまで言うなら受けてやってもいい。 こいつが望めばなんでも叶う、俺もそれにあやかって国立合格……。 いかんいかん、なんて他力本願なことを考えてるんだ俺は。 それにしても、今が受験真っ最中の朝比奈さんはどこを受けるんだろう。 もしかしたら先回りしてハルヒの志望校に入学するかもしれない。 長門はどこにでも入れそうだし、いちいち試験を受けなくても情報操作とやらで潜り込めそうだ。 「やれやれ。また塾にでも通うか」 塾という言葉を聞いてハルヒが耳ピクとなった。 「あんた、塾で佐々木さんとやらに会うつもりじゃないでしょうね」 そんな偶然起らないって。行くなら学習塾兼の予備校だろう。 放課後に部活が解散してそれから塾に行ってるとすると、帰りは九時とかになっちまうな。 これじゃ体がもたん。せめて土日は休ませてもらいたいものだが、果たしてハルヒがOKするかどうか。 などと思案にふけっている俺を我に返らせたのは、古泉からのメールだった。 ── 部活が引けた後、涼宮さんには内緒でちょっと集まってもらえませんか。 この時期になにかハプニングが起るとしたら、それは最悪の事態になる。 俺にはそんな暗示めいたものがあった。 放課後、その日のSOS団はこれといって何をするでもなく、 微妙に寒々しい部屋で電気ストーブだけがいとおしく皆を暖めようとしている横で、 俺は古泉と将棋を繰り広げていた。 古泉が何か事件らしきものを持ち込んだことは知っているはずだが、長門も朝比奈さんも、 何のアイコンタクトすらしない。 たまにお茶をすする以外は、ただのんびりと時が過ぎるのを待っているだけだった。 どうせ事件が起きるときは起きるんだ、それならばせめて何かが起こるまでは シアワセに過ごそうよとでも言いたげに。 天地がひっくり返るようなことがあっても、あっそ……だろうなこいつらは。 「うーんっ。じゃ、そろそろ帰るわね」ハルヒが背伸びをするのと、長門が本を閉じるのとが同時だった。 朝比奈さんは着替えるからと言ってそのまま残った。 俺は一旦下駄箱まで行って、ハルヒが先に帰るのを見届けてから部室にまた戻った。 「不可解な現象が起こりました」 部室に入るなり古泉が右の眉毛を上げてみせた。三人ともそろっている。 「これです」 古泉が手にしたものは一冊の文庫本だった。書店でよく見かけるライトノベルのようだが。 書店の一角にずらりと並んだその周りだけ妙に空気がピンク色っぽくて、 たまに女子学生が群れていたりして、 半径三メートルが異空間化してるような、そのライトノベルだ。 近頃じゃボーイズラブなんてジャンルの本が書店の棚を侵食しつつある。 「これがどうかしたのか」 古泉は軽くため息をついて「そのタイトルをよく見てください」と言った。 「涼宮ハルヒの……?」 「なんですかこれ?涼宮さんって作家になったんですかぁ?」朝比奈さんが尋ねた。 「いいえ、知る限り、涼宮さんがそのような本を執筆したという事実はありません」 「何が書いてあるんだ?」 「まだ数ページしか読んでないんですが、かいつまんで言えば我々SOS団、およびその周辺で起ったエピソードです。 気になるのはあなたの一人称視点で書かれていることですが」 「まさか、俺じゃない。俺が作家志望じゃないことはいつぞやの文芸部機関誌を読んで知ってるだろう」 「分かっていますよ」古泉が笑った。 俺はパラパラとページをめくってみた。 「待ってください。内容はまだ読まないほうがいいかと。これからご説明します」 「涼宮ハルヒの……」俺はまた声に出して言った。 ハルヒが憂鬱になると忙しくなるのは古泉ファミリーのほうであって、 まあ世界が消滅してしまわなければ俺はかまわないわけで、 どちらかというとハルヒが上機嫌なときのほうが俺は苦労するわけだが。 「これ本屋に売ってるのか」 「いいえ、書店にはありません」 「あたしもたまに読むんですけど……これは見たことがないです」朝比奈さん、あなたもラノベ読むんですか。 「昨日僕の家の郵便受けに届けられていたのです。 宛名も差出人も書いてありませんでした」 「つまり直接手で届けたってことか」 「そうです」 「この、タニカワリュウって誰なんだ」 「たにがわ、ながる、です。現在のところ不明です。 機関を通じて角川書店にも問い合わせてみたんですが、 そのような本が出版されたことはないとのこと。 出版された本をナンバリングしているISBNも、まったく別のものだそうです」 「ペンネームじゃないのか」 「ええ、たぶんそうだと思います。兵庫県在住と書いてはありますが、実在するかどうかは不明です」 「どっかの同人が自費出版したんだろう」 「角川書店の名前でですか?ありえません。 同人誌サークルは自分たちのブランドを重んじます。 パロディを出すにしても出版社の名前を騙ったりはしません」 「お前やけに詳しいな」 「僕もやってますから」 そうだったのか。 俺はリュックを背負ってコミケに押しかけている古泉をちょっとだけ想像した。 「ハルヒ本人に聞いてみればいいいじゃないか」 「それもまた困るのです。 いいですか、この本が存在することによって二つのことが懸念されます。 一つ目は、SOS団がちくいち監視されている。それもあなたの視点で。 二つ目は、これが涼宮さんの目にとまると宇宙規模のパラドックスが発生する可能性がある。 先ほど読まない方がいいと言ったのは二つ目の理由です。 この本に書いてあることが事実だとして、涼宮さんのことを記した本を涼宮さん本人が読むことになったら、 あるいはあなた自身が読むことになったら、事実が上書きされるか未来が変わる可能性があります。 この本には、朝比奈さん言うところの、禁則事項が山盛り状態にあるかもしれないということです」 「読んだお前自身は平気なのか」 「まだ全部は読んでいないので分かりませんが、今のところ平気みたいです」 「長門はこの本をどう思う?」俺は窓辺に座る文学少女に水を向けた。 長門はすっと椅子から立ち上がって文庫本を手にした。 「ライトノベルは……」ためすつがめすついじっていたが、やがて口を開いた。 「……趣味に合わない」いやそういうことじゃなくて。 「この本を構成する炭素、および鉄その他の原子構造の位相がズレている」 えーと、つまり? 「電子の波動関数がこの世界の時間とズレている」それ、物理の授業で出てきたっけ? 「つまりこれはこの世界のモノじゃないということですか」古泉がフォローした。 「そう」 「位相がずれているにもかかわらず、これがこの世界で見えているということは」 「この世界で物理的に見えるためだけのなんらかの変換、細工がされている」 「まったく不可思議です。情報統合思念体はなんと言っていますか」 「今報告した……ラノベはよく分からないと言っている」 いつも偉そうにしているくせに役に立たんやつらだ。 「鉛筆……かして」 鉛筆?俺はペン立てにあったやつを渡した。 長門はカッターでそれを丁寧に削り、芯だけ残した。やがてその芯を刃で削いで粉々にした。 「何をしてる?」 「指紋を取る」 鉛筆の芯の粉を本の表紙に均等に撒き、窓を開けてふっと吹いた。 本の表紙にうっすらと人の指の形が点在していた。俺と古泉が触った指紋もそこにあるのだろう。 それから長門は無言で部屋から出てゆき、どこにあったのか幅広のセロテープを持っていた。 テープを切って本の表面に軽く貼り、ゆっくりとはがした。それを白い紙に貼り付け、古泉に渡した。 「調べて」 「なるほど。ちょっとした探偵気分ですね。後で多丸に問い合わせてみます」古泉はそう言ってカバンに入れた。 「俺が触った指紋もあるんじゃないか」 「それは判別できます。機関のデータベースにはあなたの情報もありますから。 あなたの七代前の先祖のことも分かりますよ」 俺の個人情報がそんなところで使いまわされていたなんて恐ろしい。 古泉はカラカラと笑った。「大丈夫ですよ。悪用はしません」 「朝比奈さん、この本は俺たちの未来となにかかかわりがあるんでしょうか」 朝比奈さんは数秒間、遠くを見るまなざしをした。 「ごめんなさい。分かりません……。ひとつだけ、この本は未来には存在しない、みたいです」 「なんですって?」古泉が声を上げ、長門が目を上げた。 どういうことだろう?俺だけピンと来てない。 「つまり、今から朝比奈さんの知る未来までの間にこの本は消えてしまうということでしょうか」 「この時間軸の延長上には……と言ったほうが正しいかもしれません。 ええと、それから先は禁則事項みたいです」 「ほかのどの時間平面上にも存在しない」長門が口を開いた。 沈黙を持って謎を表現するなら、今この部室を充たしている空気がそうだろう。四人とも黙っていた。 「こうは考えられませんか。この本は今、確かに我々の時空に存在する。 近い未来にこの本は隠蔽され、我々の記憶からも消える。 存在するかどうかは観測者がいてはじめて分かることですから。 ゆえに朝比奈さんの知る未来には存在しない」 「それも禁則事項みたいです。ちょっと待ってください……、 この本に関する禁則事項がどんどん増えているみたい。アラートです」 「今、その本に関する情報が思念体において禁則事項に入った」長門も言い放った。 ヤバい。これはなにかヤバいことが起る前触れだぞ。俺の中の何かがそう囁いていた。 ---- -[[長門有希の憂鬱Ⅰ一章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ二章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ三章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰ四章]] -[[長門有希の憂鬱Ⅰおまけ]] ----
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1194.html
私が対人用ヒューマノイド・インターフェースである以上、人間との接触、コミュニケーションをとるにあたっての基本的な知識は持っている。 でも、それを応用するキッカケがない。私には話を盛り上げる知識は納められている、だが、話をかけるための体の知識はない。 だから私は、用もなく人に話をかけるというコミュニケーション方法はとれなかった。とる必要性もないと感じていた。 ごく稀に私に話をかけてくる人はいた。クラスメイトの女生徒が、稀に私に質問形式で話をかけてくる。 私はその質問に不都合がない範囲で簡潔に答える。不都合がある場合は答えず聞こえないふりをする。 それが終わると必ず、女生徒は自分のいるべき集団に戻る。そして私の反応を口頭で簡単に述べる。 たまに私の方をチラチラ見ながら。私にはそれがなにを表すのかわからなかった。わからなかったけれど、少しだけ悲しかった。 三度目のそれから三日と一時間後に、廊下で偶然、女生徒が数人で私の話をしているのを聞いた。内容を個条書きすると以下の通り―― ・気が弱くておとなしい ・何を考えているのかわからない ・活字中毒 ・友達がいなくて寂しそうだけど友達を作ろうとしていない ・話かけても反応がない、または薄い ――というものだった。そのうち話は私にはわからない話題になった。 それはともかく、私に対する憐憫や不満がほとんどを占めていたことに少しだけ驚いた。 その日の夜に私の中にエラーが発生した。原因は、人間のいうところの“ストレス”だった。 結局は“可哀想”という弱者への憐憫に満ちた感情から、彼女らは私に、稀に話しかけてきているということで理解した。 しかし、それは本音ではなく建前であると気付いたのはもう少し後の事だった。 彼女らは、まだ日の浅い仲の自分の環境を取り巻く集団に自分の存在を誇示し、さらに“優しい人”と周りに理解せしめることを頭に置いた上で行動していたのだと思う。 それからはSOS団の活動から帰り、家で涼宮ハルヒと自分を取り巻く環境のことを整理しようとするとエラーが発生するようになった。 原因はやはり“ストレス”だった。布団にくるまれながら、私は、私に感じるはずも発生するはずも無いストレスと同時に、無気力感が溜っていくのを感じた。 どうして……? 夢を見ないはずのヒューマノイド・インターフェースの私はその日、人がいう“夢”を見た気がした。 私は空気のように誰からも相手にされず、教室の片隅から私の席を眺めている。私の席には私じゃない私がいた。 クラスメイトと楽しそうに話す私がいた。 笑顔、驚いた顔、不満げな顔、にやけた顔、照れる顔……どれも私に備え付けられていながら、それが私の表情であることが驚愕なほどだった。 私じゃない私には、一般的な感情の表し方が備わっていた。 私じゃない私は、クラスメイトに囲まれて、私にはわからない話題を次々と話す。 クラスメイトのみんなが笑う。その中には、私のクラスではないあの人もいた。“彼”も。 私はただ立ち尽くしていた。なにかが悲しかった。 現実と夢のかけ離れた比率が悲しかったのか、“彼”が、私じゃない私と一緒に、楽しそうに私のよこを通り過ぎて行ったのが悲しかったのか、わからなかった。 でも悲しかった。 朝からエラーが発生した。 私は焦っていた。表情に表す方法がわからないために“彼”も涼宮ハルヒも、朝比奈みくるも古泉一樹もそれに気付かなかった。それでいいと思った。 私は確かに焦っていた、私の中に存在し増殖しはじめるエラーの対処に。 そのうち私が私でなくなる気がして、恐怖に震えた日が続いた。私はストレスを解消しなければならなかった。 読書もその方法には入らなかった。 現実ではない空間を頭の中に作り出し、サイドビューから繰り広げられるスペースアクションも現実逃避の扶助にしかならないことを知っていた。 要約すると、私は誰かと話をしたかった。ただそれだけだった。私のエラー内容を聞いてくれて、適切なアドバイスと相槌を打ってくれる人が欲しかった。 でも私には作り方がわからなかった。 そんな私が惨めに思えて悲しかった。という感情を持て余していたことなんて、誰も思わなかった。そう思って“いた”。 ――暫くして 外傷が無いのに満身創痍の身体を無気力に動かして、食料調達に行く。 もしまだ食料が僅かでもあったなら行かなかったと思う。行きたくなかったと思う。 カレーの味しかしない業務用カレー粉の缶を手に取り30個を籠に積む。一ヶ月は確実にもつ量を積み終えた矢先に、聞き慣れた声を耳にした。 「長門……?」 突発的に振り向いた先には“彼”がいた。童女と共に私のように食料調達のために。ちなみにこの童女が彼の妹であると気付いたのは少しののちだった。 「……食料調達。」 私の返答は確かに、相手の疑問を解消する内容。でもこんなこと言いたいとは思っていないのに私の、周囲に対して固定化され始めた表面がそれを拒んだ。 もっとあの時みたいに話がしたいのに。 でもそれは別の話。 「……そうか」 「……そう」 「……なあ、長門。おまえこの頃「キョンくん、このお姉ちゃん誰?」」 彼の言葉を遮って不意に彼にすがりつくように身を寄せていた童女が尋ねた。 彼をあだ名で呼んでいるため、私はこの童女を親戚または彼の近所の人間だと勘違いした。 「ああ、えっとな……」 彼が言い淀んだ。私は不意に焦燥を覚えた。彼は私のことをなんと言って紹介するのだろうか。 部活仲間? 同級生? 果ては宇宙人? ……私にはわかっている、この状況下では彼は高い確率で“知り合い”と答えると。 (部活仲間、同じ部活の、部員の、と答えた場合彼は恐らく童女に自分の部活動を紹介することになる。 SOS団などと言えるはずもないため童女は知らず、彼は言わないことになる。そして私は彼と同じクラスではない。) でもそう思いたくない、彼にそう言って欲しくない。私はそう思った。 何故? こんな幼い子供に虚勢を張ろうというのか。私にはわからない、わからない、 わからないけれどもそうであって欲しいと望んでいない“長門有希”が私の中にいる。 私の中の私は、「情報操作すればいい」と言っている。でも私はそれによって彼の口からでる偽りを望んでいない。 ゆっくりと口を開いた彼を凝視しながら私は、私の中の私を打ち消すように感情を殺した。 「……友達だよ、友達。長門有希っていうんだ」 私の中で何かが弾けた。彼は友達と言った。情報操作もしていない。 彼の口からでたこの場限りの、それでいてどこまでも真実の本音が私の耳に谺した。 「じゃあ……有希ちゃん?」 私の中で爆発しながら互いにその居場所を求め続ける安心感や焦燥感、不信感に喜び、その他の凄まじい量の感情。 彼の妹が何を言ったのか、その時は聞き取れもしなかった。 「まあ、そうだな。で……こっちが俺の妹の……って、お、おい!! な……長門……!?」 私は私自身気付かないまま、彼の胸を弱く掴み、そのシャツを涙で濡らしていた 彼は私を友達と言った、それはなんてありふれた言葉だろうか。 ただ気軽に話せるだけの交流が浅い人間でも友達、自分の悩み事を打ち明けられそれに適切なアドバイスをくれる人間も友達。 あまりにも身近に感じるものであることが“当たり前”のそれが私に欠けていた。 それでも私はその欲を表面上に表せずに、誰にも知り得るはずのない私の内面を必死に抑えていた。 私の一番欲しいものを私自身が無意識に遠ざけて、それでも欲しがって追いかけて、やっとつかんだSOS団という宝物、でも私はその使い方がわからなかった。 私にとって一番大切なもの、それが文芸部室にいる皆。ここの皆なら私の話を聞いてくれる、教室にいる皆とは違う。 そう思っていた。それだけに私はSOS団から浮いている気がすることが怖かった。 だが、自分ではそう思っていただけなのかもしれない。 私は、クラスメイトに不満や憐憫の感情を抱かれることでエラーが発生した。 そして放課後、SOS団の活動で涼宮ハルヒが閉鎖空間や不可思議な現象を起こそうとする片鱗を見ると、先程のを上回る量のエラーが検出された。 夜、夢の中で“彼”が私ではない私と楽しそうに話しているのを見て、今までにない量のエラーが発生した。 そして今、私は“彼”に「友達」と呼ばれて、私の中のエラーが七割ほど削除されたことを確認した。 それが意味するものは…… 情報統合思念体によって与えられた私の感情のタガは、僅かだが彼が溶かしてくれた。 情報統合思念体は、一介の人間の脳を60億集めたとしてもその内容をゆうにパンクさせる知識知能情報量を集っている。 その情報統合思念体が対人用とし完全と判断して私を造った。それの綻びを彼は見つけた。 それは無意識にしても彼の一勝であり情報統合思念体の一敗であった。 その瞬間から私は私の中の優先順位を情報統合思念体よりも“彼”に采配した。 つまりは情報統合思念体、そして情報統合思念体が私に観察対象として委ねた涼宮ハルヒ、 そして情報統合思念体が私に観察対象として委ねた涼宮ハルヒが創ったSOS団より上位に“彼”があがった。 私にとって一番大切なものが彼になった。 私は今、マンションの自室にいる。ここにいる人間は一人だけ。そして私は人間ではない。 「長門……?」 「待って……まだお湯が沸いてないから」 「いや……あ、ああ」 彼は狼狽している。 彼はあの後、感情爆発によって泣きじゃくり思考がままならない私を一度マンションまで送った。 その後、彼は彼の妹を家まで送り、また大急ぎで私のマンションに来てくれた。 その間、私の感情爆発の規模が少しずつ小さくなっていき、彼が玄関の扉を破壊する勢いでノックする頃にはなんとか平静を保てる状態になっていた。 「どうぞ……」 「あ、ああ……悪いな」 黄色く濁ったお茶を出し、人間の社交事例を終えた私は、意を決して話し始めた。 「あなたは悪くない、悪いのは私」 「長門……?」 「私は情報統合思念体によって造られた対人観察用ヒューマノイド・インターフェース……」 ………… おおよその説明と謝罪を述べた私に、彼は哀れむような、それでいて自分をさげすむような目をして言った。 「……長門」 「なに」 「……すまなかった」 「……何故?」 「俺は、長門のこと……」 「……言って欲しい」 暫く沈黙が続いて、私が催促しようとすると途端に彼は口を切った。 暫く沈黙が続いて、私が催促しようとすると途端に彼は口を切った。 「……俺は、長門のこと、本当にただ宇宙人としてだけしか見てなかったと思う」 「……」 予想していなかったことを口にされた。 「いつも一人で本読んでるおまえを見て、一度、言おうと思ったんだ……おまえ……」 おまえ……寂しいとかないのか……? ってな…… いつも一人で本読んでて、表情も薄くて、それに宇宙人なんだから寂しいとか悲しいとか……そういうのねえんだろうなって思っててな…… 話かけても必要最小限のことしかいわないだろ……? だからもしかしてただの人間なんかに無駄に話かけないでほしいとか、馴れ馴れしくしないでほしいとか思ってんじゃないかっても思って…… だから、俺が言うのもなんだけど……緊急時以外は空気みたいにいてもいなくても同じ様に扱っててもいいんじゃないかって……そんなふうに思って……頼る時だけ頼って、最低だよな……? なんかさっきから「思って」ってのが多いよな……でも俺がそう思ってたのは事実なんだ……だから、すまなかった……長門 正直に、素直に、私はショックを受けた。 彼に人間として扱われていなかったこと、いてもいなくても同じだと思われていたこと、それより、私の無意識が彼にいらない心配を募らせていたことが。 「……だけどな」 「……?」 「気づいたんだ、昨日。長門の様子がおかしいって」 昨日もいつも通り、ハルヒが朝比奈さんに迷惑極まりない行為をして、古泉が偽善者スマイルでそれを眺めて……いつも通りだけど、なにか足りないって…… 長門、おまえは昨日本当に本を読んでいただけなのか……? 足りなかったのは規則的におまえがページをくくる音だったんだ。 ふと気づいて、おまえのほうを見ると、ぼーっとしたまま視線だけ本に落としてて……その目が、悲しい色してたって分かるのは、多分、俺だけじゃない…… 「……」 「そう、思ったんだ……だから……だから、その……俺にできることがあったらなんでも言ってくれないか……?」 「……あなただけ」 「……えっ?」 私は空気のような存在。誰も私の少しの変化に気づきはしない。 いつも人間が呼吸し、吸い吐きしている空気の成分のなかで、酸素量が1%増えても誰も気付きはしない。それと同じ。 でも あなたはそれに 気が付いた 誰もが私がそこにいることが当たり前になりすぎて、そして私に自己主張がないために誰も私を見なかった。 それは当然といえば当然のこと。 誰だって変化のない実験に興味は示さない。 でもあなたは私を見ていた。ではあなたにとって私を見るに値する理由は何? 「それは……」 私にはある。あなたを見続ける理由が。もしそれとあなたの理由が一致するなら…… 「俺は……長門のこと……」 「長門のことが好きだから……それじゃダメか……?」 ……初めて温かさを感じた気がする。それは外気温、湿度、そういった外界の自然の定理や淘汰されいくこととは全く異なる“内”の温かさ…… 知らない内に流れた涙は頬を伝っていく。これが私の内に溜めていたストレスなのかもしれない……知らない内に溜めていた……それなのかもしれない……でも、もう大丈夫。 「……長門?」 その声で心臓が止まっていたような感覚から抜け出した。 「あなたにできること……そしてしてほしいこと……それは」 「ずっと一緒に居てほしい」 私の中で“私”が優しく笑った気がした。まるで、なにかを祝うように。 END 分岐 「ハァ……ハァ……」 「……ん……」 あれから二ヶ月後、84回目の性交が終わって、彼は荒く息をついた。 あれから私と彼……キョン君はすぐ深い仲になっていった。お互いを想い合うもの同士ならば必然のことであるらしい。 私はキョン君を欲した、それと同じ様にキョン君も私を欲してくれた。その結果、生物の最大のコミュニケーション方法のひとつであり命、名の存続方法である性交に行き着くことは自然であったと考えられる。 「有希……」 「…………?」 一時的に思考を停止した。キョン君と話すときは人類にとってあまりに過度である思考情報回路をしようすることは避けている。その方が私らしくて好きだからと言われ、嬉しかったから。 「有希……何よりも一番好きだ……愛してる……」 キョン君が私を上に覆い被さるように抱いて言った。私はただ顔を紅くして彼に抱きつくほかなかった。でも、それが一番幸せだった。 だからこそ 悲しかった このことを 彼に伝えるのが 身を 切り刻むよりも 「……私は明日の朝、情報統合思念体によって、処分される……」 向き合う形で腰をおろし私の煎れたお茶をのんでいるキョン君が……彼が、瞳に映る。夜の暖かい風が、彼と一緒に買ったカーテンを揺らした、それを見るのも苦痛だった。 「……有希……?」 彼はまるでただ名前を呼ばれただけのような反応をした。この純粋すぎる目も苦痛、悲しい。 「……私はあなたと一緒にいる時間、涼宮ハルヒの観察を停止していた……しざるを得なかった……」 「……」 「……情報統合思念体は私にエラーが発生した、或いは初期システムエラーの見落としと判断し不必要と確認……」 「……有希……?」 ダメ、私は聞こえないふりをしなければならない。あなたの優しいところを見たくない。 「……明日7時に私の情報連結を解除し、さらに違うタイプの対有機生命体観察用ヒューマノイド・インターフェースを地球に送る……」 沈黙が流れた。私も彼も何一つ喋らないまま5分が過ぎた。そして、彼が口を開いた。 「……嘘だ……」 本当に嘘だったら嬉しい……認めたくないのは私も同じ……でも真実…… 「……嘘だっ!!」 今までどれほど、有希を愛して、有希と時間を過ごして、有希と分かりあってきたと思ってんだよ……? 俺は有希が好きで、有希が俺とずっと一緒にいてくれたら、本当に死んでもいいって思ってた…… でもこんなのってねえだろ……!? 不必要!? 俺が必要としてやる、情報統合思念体の分も誰かの分もみんなの分も!! ……だから……だから…… 「有希……嘘だって言ってくれよ……」 俺はいつの間にか両目を完全にボヤけさせ、シャツを濡らしていた……自分にこんなにも身近な人間の消失……死に免疫がないなんて思ってなかった…… 「……これは……真実……」 私もいつかのように涙を流していた。あの時は何が悲しくて何が嬉しくて泣いたのかわからなかったけど、今は嫌というほど分かる、痛みを伴う涙だった。 「あ……ああ……俺は……俺は……」 彼が言葉になっていないながらも、私にはわかる言葉を喚きはじめた。 「う……ウアアアアアァァァァァァァァァ!!」 ――バンッ! …………。 彼は急に出ていってしまった……どこにいったのかはわからない……そして私は追いかけてはならない……そんな気がした…… 後数時間で消える私の全ての記憶は、こんなにも軽率に扱われるのだろうか……? こんな時だからこそ、傍にいて優しく頭を撫でて欲しいのに……彼は自分の感情整理の為に私との残された時間を浪費している…… 最低だ。私にとってこれは完全に予想外であって、更に彼に失望するに値する現状である。私が今まで愛した彼は、いざとなると恐さに逃げ出す自分勝手な人間であると……判断する…… そう判断する……なんてそんなことができたら……どれほど楽か知れない…… どれだけ私の中の彼を嘲笑し、惨めで弱く汚らしい存在として認識しようとも……私の中の彼の記憶がそれを難くなに拒む…… 彼を嫌いにならなければ私が悲しむのに……彼を嫌いにならなければ……っ……そんなこと……でき……ない…… 涙が止まらなかった ……いつの間にか睡眠(スリープ)状態になっていた…… 暖かい風とまどろむようなほのかに明るい空が、彼と一緒に選んだカーテンの隙間から流れ込む……今の時刻は午前6時27分……私が消えるまであと33分…… 私は彼を探していた。すぐに見つかった。彼はベランダにいた、帰ってきていた。 「…………」 私にはかける言葉が見つからない……誰が責められるというの……? たった一人で、急に私がいなくなるということを聞かされて……出ていってしまったことを…… 原因は全て私の怠慢のせいなのに彼は一言もそれには触れずに……きっと苦しかったはず……きっと悲しかったはず……でも私にはどうすることもできない……もう私にはあなたを守ることができない…… 「有希……」 どうやら私に気づいていたみたい…… 私はベランダの柵に体を預ける彼の横に立った。 「有希と初めて会ったのは、あの図書館だったよな……」 私は無言で返事をした……彼はいつもより口数多く話だす……時間はあと10分もない…… あの時は有希のことも全く知らなくて……まさかこんなふうになるなんて予想もつかなかったな…… そういえばあの時の有希はどことなく微笑んでるように見えて…… このカーテン買いに行ったこと覚えてるか…… あの時は有希が…… そういえばあんなこともあったな…… 有希が…… もう やめて !! いつの間にか私の胸元には大きく濡れたシミが出来ていた…… 全部覚えてるから……あなたがくれたもの全部……あなたの仕草や言葉……優しくしてくれたこと……時には厳しく戒めてくれたこと……全部覚えてるから…… だからもう……一人で感傷して辛い思いをするのは……やめて……最後の最期にあなたを傷つけたくない……!! そう言い放つと同時に長門は俺の胸で大きく泣いた……俺が今してやらなきゃならない、してやれることは……頭をなでてやることくらいだ…… なあ長門……俺は…… 俺はお前がいなくなっても何も変わらない お前がやってくれたことは全てこれから俺が自分でやる だからもう大丈夫だ でもこれだけは忘れないでいてくれ 俺は長門有希と一緒にいられた時間を忘れないよ 私の覚えている彼の最期のキスは この世界のどんなものより温かく そして 汚れないものだった 俺は目の前の砂を見ていた そして振り返り 呟いた 「ハルヒ」 ……有希…… それは少し前までの私の名前……今は名前がない……あなたは誰……? ……有希…… 違う、有希は私、あなたも有希……? ……有希……! 聞こえている、大きな声を出さないでほしい……あなたは誰? ……有希……!! ……誰……!? あなたは……あなたは……「あなたは誰!?」 「俺は俺だよ」 地味なデザインの照明に、地味な壁……目を開けるとそこは私の家だった。 そして私の隣には、あぐらをかいて座っている彼がいた。そして横には、少し前まで私の観察対象であった“涼宮ハルヒ”が、いた。 ……私には何が起きたのかわからなかった。情報統合思念体に情報を求めようとした、しかし繋がらなかった。とにかく彼に抱きつきたかった……しかし今は涼宮ハルヒがいる、この状況を確認するのが先。 「……これはどうい」「有希っ!! 有希ぃ!! 良かった……ねえどうしたの!? なんであんなところにいたの!? あ、それより怪我は!? 怪我はない!?」 私が口を出そうとした瞬間に涼宮ハルヒは私の両肩を強く揺さぶり叫んだ…… …………? 状況が把握出来ない情報が多すぎる……怪我……?……私のいた場所……? 「あの……」「有希、もう大丈夫だからね……!! 有希……良かった……有希ぃ……」 そういうなり涼宮ハルヒは泣きじゃくり、布団のかかっている私の足元によりすがった。状況が理解出来ない…… 「説明して」 私は、愛おしい彼のほうに向き直って言った。感動の再開の一言目がこれではちょっと悲しいけど……今は仕方がない。 彼はうなずき、小さく私に言った。 「またあとで」と。 それから暫くの沈黙があったが、彼が涼宮ハルヒをなだめて、私に家から連れていった。涼宮ハルヒは相当私の事を心配していたようだが、私はわけがわからず何とも言えなかった。 ただ私がここにいることだけは確からしい……何故……私は消えるはずだったのに…… その後また、彼が私の家にきた。息を切らして。 「説明して」 私は即座にいい放った、でもそれとは裏腹に、説明なんていらない、また彼に会えて嬉しいと思った……けど口には出さなかった…… 「ああ……」 私と対面して座る彼は、微笑みながら言った…… 俺はあの後、つまり俺が有希のマンションから出ていってから、必死でハルヒを探した 朝四時に学校に忍び込んで名簿を盗みだし、朝の六時にハルヒの家まで向かった 夏休みなのにハルヒは何故か起きていた。俺は色々疑問があるであろうハルヒの両肩をつかんで言った 「昨日の夜から長門がいなくなった! さっきジョギング中に会ったマンションの管理人が、夜中に長門が出ていくのを見た!」 そういうとハルヒは急に不安そうになり「私は警察呼んで有希のマンションの近所に聞き込みしてくる!! キョンは有希のマンション行ってみて!! 早く!!」と俺に言った 俺はマンションに向かい、そこで朝七時を迎え、有希に最期の挨拶をした。有希が消えた直後そこに来たハルヒに「やっぱりここにはいない」と告げた その後、ハルヒと俺は血眼になって有希を探し回った(俺はフリだけ) そして……ハルヒは……有希が……ぴょこんとどこからか出てくる事を願った……とても強く……願った…… ハルヒの神の力が発動し、間もなく町から外れた山中で、機動捜索隊が有希を発見、生存を確認した 思ったようにハルヒが当然こうであるべき有希の出現を願ったために、常識の範囲内で片付けられる場所に有希は出現した 更にハルヒはもう二度と有希にいなくならないで欲しいと願った……そして情報統合思念体が消滅した…… 有希はハルヒが今までそのイメージを思い続けた形の人間として出現したのだ、当然記憶を受け継いで…… そこまでがこの経緯であった…… 「いや、まさかこんなアイデアが思いつくなんてな……俺は結構文才があるのかもしれないな……?」 彼がそういって笑った。 突拍子もない話だけど、そう考えるとつじつまがすべて合う……涼宮ハルヒの言動もなにもかも…… つまり……私はあなたのためにこの世から消えて……あなたのお陰でまた誕生した…… そして今ここにいる私は情報統合思念体の支配下にない私…… 「これで、いつまでも一緒にいられるな……?」 ふと彼が言った。色々な疑問があった……情報統合思念体が存在しないとすると涼宮ハルヒがもし異常状態になった場合どうするのか……朝比奈みくる、古泉一樹はどうなるのか…… そこまで考えて……思考を中断した。 私が考えることじゃない…… 私は人間なのだから…… 私は異世界の宇宙人としているであろう長門有希に言った 「また、よろしく」 それは私の中の私だったんだろう…… 「……まだ実感が湧かない……」 「……そうだろうな……」 「……強く抱きしめてほしい……」 「ああ、有希が望むなら」 なあ、有希……? 前にお前は俺に言ったよな? SOS団の中で浮くことが一番怖い、って…… でもお前が思うほどお前は浮いてなんかいないし、ましてや嫌わてなんかいない…… だってそうだろ? 空気みたいに扱われてるって言った有希を、アレだけ願ってハルヒがいるんだぞ……? 味方がいないなんて臆病にならなくていいんだ 俺は有希を愛してる、みんなは有希の事を大切に思ってるんだからさ だからこれ以上苦しまないでいいんだ……ずっと俺が、みんなが傍にいるから…… 空気と同じく、あるのが当たり前な存在だとしても みんな、空気がなきゃ生きていけないだろ……? End...
https://w.atwiki.jp/mashounen/pages/258.html
概要 『涼宮ハルヒの憂鬱』のワンシーンを再現。 出演 長門有希:ボス キョン:紐 朝倉涼子:山岸由花子 机の残骸:ブルりん&ネズミ捕りの罠 製作者コメント 運が良ければ眼鏡(ホワイトアルバム)を残したままのクリアも可能です。 通なら一度はやってみてください。 ヒント うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて ↓下記反転↓ あなたはとても優秀 だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに今までかかった。 眼鏡の再構成を忘れた (眼鏡→ギアッチョ) 答え合わせ ↓下記反転↓ 1ホワイトアルバムを発動させ、敵が凍っている間に固定罠を越える 2バイツァ・ダストを能力に装備してわざと槍(ネズミ捕りの罠)をくらう、もしくは発動して、情報連結解除、開始。発動の場合は再び槍を受ける事になるので足踏みでインターフェースの再生を行うこと。 3敵を倒したら、教室を出て廊下から階段を下りる 評価 選択肢 投票 ☆☆☆☆☆ (0) ☆☆☆☆ (2) ☆☆☆ (0) ☆☆ (2) ☆ (44) タグ 一発ネタ系 他作品再現系 感想 名前 コメント 通路に物を置いて谷口役でハーヴェストに取らせてみるというのは? -- アゾマ (2010-05-06 22 13 51)
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/249.html
ハルヒ 親父! 味付けはともかく、あんたはいつになったら量の調整ができるようになるのよ!? オヤジ 母さんが精魂込めて育てたゴーヤだ。大事に使おうと思ってたら、他の食材が増えた。 ハルヒ 意味がわかんない! このゴーヤチャンプルー、5人前はあるわよ! まあ、とりあえずキョンを呼ぶとして……。あ、キョン?あんた暇でしょ、今すぐうちに……。 オヤジ おい、ハルヒ、ちょっと玄関先を見て来い。誰か倒れた音がした。 ハルヒ 何を言って……。 オヤジ 親父イヤーは、地獄耳だ。いいから見てこい。 ハルヒ まったく、なんだって……。ち、ちょっと! 有希? なに、どうしたの!? 長門 おなか……すいた。 オヤジ ほう、いい食いっぷりだ。長門、もっと食っていいぞ。 ハルヒ 親父、おかわり! オヤジ おまえは単なる食い過ぎだ。自重しろ。 ピンポーン ハルヒ 誰か、来たわよ。 オヤジ 来たわよ、じゃない。おまえがキョンに電話したんだろうが。 ハルヒ あ、そうか。でも、もうあたしたちで食べちゃったわね。 長門 食べた。 ハルヒ 帰ってもらいましょう。 オヤジ おまえ、そのうち捨てられるぞ。 ハルヒ あ、あたしたちはねえ! キョン おい、ハルヒ。あがらせてもらうぞ。 ハルヒ ち、ちょっと、勝手に上がってこないでよ。 キョン いきなり電話が切れたら、心配になるだろ。お、長門、どうした? 長門 生活費が底をついた。3日間、何も食べてない。 ハルヒ ちょっと、有希、それほんと? 長門 ほんと。 ハルヒ 何でもっと早く言わないの! キョン 底をついた、って何か高額なものを買うとか無駄づかいしたのか? ハルヒ あんたじゃあるまいし。 長門 した。 ハルヒ したの? キョン 何を買ったんだ? 長門 マッサージ・チェア キョン 長門……肩、凝るのか? 長門 少し。 ハルヒ 少しじゃないわよ、ガチガチのバリバリじゃない! キョン、特別に許すから、有希の肩を揉んで上げなさい。 オヤジ 何で、おまえが特別にゆるす? ハルヒ 有希はね、あんたと違って思ったことをぱーぱー言っちゃえる娘じゃないの。むしろ内に貯めこむ方なのよ!ストレスもためれば、肩こりにもなるわ! オヤジ どの口で言うんだ、そういうことを? キョン それに、思ったことをいつもぱーぱー言ってる、おまえの肩こりもすごいぞ。 ハルヒ あ、あたしのことはいいのよ! 有希、キョンはいつもほとんど何の役にも立たないけど、肩揉みだけはなかなかのものよ。 オヤジ なんで、おまえがそんなこと知ってるんだ? ハルヒ なんどもいうけど、あたしのことはいいのよ! さあ、有希、日頃の疲れと気苦労ごと、揉みほぐしてもらいなさい! キョン じゃあ長門、いくぞ。 長門 (こくり) オヤジ バカ娘、おまえがキョンにいつも肩もみさせてるのはよおく分かったから、キョンの動きに合わせた百面相をなんとかしろ。あと「くーっ」とか「きくーっ」とか唸るのもよせ。 ハルヒ あ、あたしは有希に感情移入してんのよ! オヤジ だったら、それもやめろ。もしくは、心の中だけにしろ。 ハルヒ キョン、有希が終わったら、今度はあたしの番だからね! オヤジ やれやれ、聞きやしねえ。……長門、晩飯も食ってけ。母さんが帰ってくるから、さっきよりマシなものが食えるぞ。それから食材も持って帰れ。あと、今度から倒れそうになる前に来いよ。うちは、いつでも歓迎だからな。 長門 (こくり) オヤジ それから、キョン。二人の肩揉みが終わったら、おれがお灸をすえてやる。 キョン ええっ! ハルヒ こら、親父! キョンが何したっていうのよ! オヤジ 叱ったり懲らしめたりするんじゃない。本物のお灸、鍼灸の灸の方だ。 キョン さすが親父さん、なんでもありですね。 オヤジ 経穴(ツボ)の場所さえ覚えれば、誰だってできる。もぐさを揉んで米粒の大きさにし、尖がらせた先をちぎるんだ。すると小さなトンガリ帽子みたいなのができるな。消毒アルコールで拭いた経穴の上に、これを置く。これは単に濡らせてもぐさをくっつけるためだから、アルコールがなけりゃ水でもつばでもいい。さてこのもぐさのチビ山に火を付けるんだが、目標が小さいから線香を適当な長さにした奴を、タバコみたいに、かるく握った手の人指し指と中指、あるいは中指と薬指で挟む。小指を下にして相手の体において、拳ごと傾けて線香の先で、さっき置いたもぐさのトンガリ帽子に火を付けるわけだ。こうすると安定するから、間違って皮膚に線香に火を押しつけなくて済む。こういうのが面倒なら、シールで貼り付けられる千年灸みたいな商品を使えばいい。もぐさの方が格段に安いけどな。 キョン 熱くないですか? オヤジ そりゃ熱い。だが落語の我慢灸みたいに熱さに耐える必要はない。チカッと熱さを感じたら、その瞬間に指を押しつけてもみ消す。昔は大量の人間を相手に商売してたから、ひと固まりを大きくして手間を省いたが、いまはこの小さくて短い灸を繰り返しやる。熱いのは一瞬だし、やけどもしないし、跡がつかない。 ハルヒ なんでそんなこと知ってんのよ? オヤジ 自衛手段だ。世界中ほっつき歩いてた頃、薬なんて手に入らないし、入手できても中身の保証がない。医者については言わずもがな、だな。灸は知識さえあれば、ほとんど道具もいらん。もぐさが手に入るとは限らないが、タバコなら大抵の場所で入手できる。タバコの火を経穴に近づける、いわゆる煙草灸だな。昔はガキが親父相手にやって、小遣いをもらったそうだ。 ハルヒ わかった、根性焼きね! オヤジ それじゃ、カツアゲだろ。キョン、どうしたら、こいつとまともに会話できるようになるんだ? キョン いや、実の親に教えられるようなことは何も……。 長門 やってみたい。 オヤジ 灸をか? 経穴の位置は?……わかるのか。さっきの説明でやり方はわかったか? 長門 (こくり) オヤジ じゃあ、やってみるか。 長門 恩返し。あなたも。 オヤジ おれもか。それじゃあ、頼むとするか。 長門 軽い胃炎と逆流性食道炎の疑いがある。中院と、脾経、胃経の水穴である陰陵泉、足三里に灸を。 オヤジ 足はまくるとして、上は脱がなきゃいかんな。 ハルヒ こら!いきなり何脱いでんのよ! オヤジ シャツだ。これが着ぐるみに見えるか? ハルヒ 見えないわよ! オヤジ 服の上からは灸はできんだろ?脱がなきゃどうしようもない。 長門 あおむきになって。 オヤジ よしきた。 オヤジ 見立てといい、選穴といい、いい腕だ。この道で食っていけるぞ。商売にするなら資格は要るけどな。一宿一飯の恩義の後払いだ。長門、泊まっていけ。 キョン あの、おれは? オヤジ うむ、使った皿を洗っといてくれ。 長門有希の満腹へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/358.html
私は先日まで子猫を虐待していた。 夏だというのに肌寒い雨の日に私はその子猫と出会った。 親に見放されるような汚らわしいその子は両目が目ヤニで塞がりフラフラしてた。 「おいで」 虐待の限りを尽くすべく捕獲し連れ帰ることにする。 「江美理。猫拾った」「じゃん」という効果音とともに子猫を江美理の鼻先につきつける。 「わぁ~可愛い~!どこで拾って来たのこの子?」 可愛くなんかないよこんな汚い猫。 「帰り道」 「へぇ~あ、くしゃみした。寒いんだよお風呂入れてあげよ?」 「うん。あの……」 「なに?」 「涼子には黙っててね」 「そか。涼子ちゃんうるさいもんね。内緒で飼おうね」 私はコクリと肯首した。 「ありがと」 私は早速江美理が沸かしてくれた江戸っ子が入ったら悲鳴を上げるであろう38度のぬるま湯に小汚い子猫をぶち込み、ボロボロでクタクタになったタオルで手早く擦る。 ……水に怖がる子猫に何度も腕を引っかかれた。痛い… 「あなたなんかに長湯などさせない。たわけもの」 頭に来たのでペチッと子猫の頭を指で叩いてやった。 鷲掴みでぬるま湯から取り出しクタクタタオルで簀巻きにして精製水で濡らしただけの脱脂綿で目のあたりを摩擦してやった。 「炎症起こしてる……生意気。貴様には薄めまくった低刺激目薬で充分だ」 脱脂綿にその薄めた目薬をつけて摩擦 ふふ…さぞ痒いだろうからわざと柔らかく擦ってやった、ザマァミロ 「有希ぃ、なにさっきからブツブツ言ってんの?」 「あっ!今はダメ!」涼子が無遠慮に浴室のドアを開けて中を覗く。涼子のこういうガサツなところは治して欲しいと思う。 「ああっ!なにその猫!?ダメじゃない家のマンションはペット禁止なんだから!」 見付かっちゃった…江美理が申し訳なさそうに涼子の後ろで手でごめんのジェスチャーをしている。 「黙ってないでなんか言いなさいよ!」 言葉に詰まる… 「…………………だから」 「え、なに?」 「雨降ってたし可哀想だったから、つい…」 「……あたしは面倒みないからね」 涼子は少し困ったような顔をした後にこう言ってくれた。ありがとう… 涼子の了承を得た今、休む暇も与えず熱風攻撃を与えている。もどかしい程の弱い風を満遍なく吹き付けてやって乾燥させてやった。次にどうしたらいいか迷った私は虐待マニアの江美理に助言を求めた 「子猫って自分でおしっことか出来ないから手伝ってあげなきゃだよ?」 なるほど恥辱プレイか。 子猫を無理矢理仰向けにさせる。ふん…雄か… ならばまだ発達していない粗末な性器をお湯で濡らした脱脂綿で刺激してやろう。 おかしい…何も反応しない。 私がまごまごとしていると涼子が私から子猫を取り上げた。 「下手くそね!こうやるのよ!」 そう言うと涼子は乱暴に子猫の性器を刺激しだした。 「興奮して失禁した…?」 馬鹿な猫だ、見られながら放尿するとは。 「馬鹿、そんなんじゃないわよ」 涼子はもっと恥ずかしい思いをさせるべくまた性器を拭いている。 さて…次はどうするか、とりあえず粗末なタオルを何段もダンボールに敷き放置しよう。 「江美理、牛乳ある?」 「う~ん、あるけど子猫は体が弱いから猫用の牛乳じゃないとすぐお腹壊しちゃうわよ?」 「買ってくる」 人間様が飲む牛乳なんて飲ませてやるもんか。 私が取り急ぎ買いに行った猫用の不気味な白い粉を江美理にお湯で溶いてもらいわざとぬるくなるまで冷やす。 そして屈辱の赤ちゃんプレイ。哺入瓶の偽物乳頭を喰らえ。 「こんな不味そうな物を嬉しそうに飲むなんて…馬鹿な猫」 「なにさっきから変なスイッチ入れてるのよあんたは」 痛い、頭を叩かないで… ちなみに虐待マニアの江美理が「私にもやらせて」と言ってきたが断固拒否した。 さて、また恥辱の放尿プレイだ。恥ずかしい姿を晒すがいい。 むむ?こいつ…目なんか細めやがって… 腹が立ったから段ボールの中に放り込んでやる。熱責めしながら放置プレイだ。ゆっくり失神すればいい… そんなこんなで一週間、丸々としたお腹で足に縋ってくる子猫に最後の虐待。 私を女王と崇め奉る子猫を虐待好きな奴にゆずってあげた。 段ボールから縋るように見ても無駄だ、バカ猫… あなたなんかマンションなんかじゃないボロ家で私より虐待が得意なその人に虐待され続けるのがお似合い……ザマァミロ…連れてかれちゃえ…… 「馬鹿ね…泣くくらいなら最初から拾わなきゃいいのに…」 「涼子だって泣いてる」 「な、泣いてないわよ!これは欠伸でよ欠伸っ!」 「じゃあ私も」 〆 ~エピローグ~ あれから数日、子猫をゆずった人から手紙が届いた。 拝啓長門有希さん。 お元気ですか?長門さんからゆずってもらった子猫は元気なのね。元気過ぎて困ってるのね。 ルソーとも仲良しになって一安心なのね。 名前は長門さんの名前を一文字もらって「有芽(アメ)」にしたのね。たまには遊びに来て欲しいのね。 ついでにこの前頼まれた写真を同封しとくのね。 PS.猫の舌はザラザラしててご近所さんにも大評判なのね 「…………?」 「見事に虐待されてるわね…」 「これどういう意味?」 「えっ!?ゆ、有希ちゃんが気にすることじゃないから…」 「そ、そうそう有希が気にすることじゃないわよ!」 「…………?」 〆
https://w.atwiki.jp/hiroki2008/pages/65.html
長門有希の憂鬱IV おまけ 未公開シーン 一 章 三 章 四 章 五 章 七 章 エピローグ そのほか メイキングオブ NGシーン 一 章 二 章 三 章 四 章 五 章 七 章 LOST MY ITEM(フルバージョン)
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2639.html
長門有希の憂鬱Ⅰ 二 章 目の前に、口をあんぐり開けたおっさんがいた。 よれよれの服を着てベンチに座っている。 「あんた……今、そこに現れなかった?」前歯が一本欠けている。 「え……ええ」 「ワシゃずっと見てたんだが。あんた、そこに、いきなり現れた」 「そうですか……?たいしたことじゃありません」人がいきなり出現したなんて全然たいしたことだろうよ。 ホームレスっぽいおっさんは俺をまじまじと見つめていた。 やがて飽きたのか、目を閉じ、うとうとしはじめた。 ここはいったいどこだろうか。俺は目をこすって周りを見た。 ほっぺたをパシパシと叩いてみた。これは夢じゃない。人が大勢歩いてる。閉鎖空間でもないようだ。 どこからか列車の発車を告げるアナウンスが聞こえた。どうやら駅のコンコースらしい。 駅の名前は見慣れない、俺の知らない地名だった。 さて、これからどうするかだが。長門を探さないといけない。 俺は携帯を取り出して長門にかけた。話中の音が鳴りっぱなしで、画面を見ると圏外になっている。 「こんな繁華街で圏外か!?」 しかたないので公衆電話を探した。 ── おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。 なんてこった。そんなはずがあるか。長門が引っ越したりするもんか。 携帯は登録されていない状態だと圏外表示になるのだということを後になって知ったのだが、 思えば、安易に電話なんかかけて簡単に見つかるだろうと思っていた俺も浅はかだった。 おかしいと思って公衆電話から自分の携帯にかけてみて、やっとそれが分かった。 ところで今はいつだ。俺はおっさんに声をかけようとして、その向こうにキオスクを見つけた。 新聞を買いに行った。ふつーによく知られている全国紙だ。 日付は合っている。俺はてっきり七月七日にでも飛ばされたのかと思っていたが。 まあ気温がそうじゃないことはすぐに肌で分かった。 時間は……と。噴水の前にあるでかい時計が午前十時を指していた。 俺の腕時計はまだ深夜二時だった。時計を十時に合わせた。 俺は切符売り場に向かった。ここがどこであれ、いったん地元に戻らないとな。 自動券売機のコーナーでちょっと立ち止まった。JRの路線図に俺の地元が載ってない。 そんなに遠方にいるのか俺は。飛行機で行ったほうが早いかもしれないな。 俺はみどりの窓口で行き先を告げた。 「お客様、ええと、そういう名前の駅はないようなんですが。何県になります?」 窓口の駅員が怪訝な顔をしてこっちを見た。 俺は地元の県名を告げた。 「あの、その県にはおっしゃる駅はないんですが……。路線名は分かります?」 ちょっと待った。なにか妙な雰囲気だぞ。いくらなんでも駅員が知らないなんてことはあるまい。 「すいません、ちょっと調べてきます」俺はあたふたとその場を去った。 路線を地図で調べたいんだが、どこかに本屋でもないだろうか。 駅を出て数分うろうろしているとネットカフェの看板が目に入った。 ちょうどいい。眠気覚ましにコーヒーでも飲もう。 ネットカフェに入り、チケットを買ってパソコンの前に座った。困ったときのぐーぐる様である。 GoogleMapで駅と地名を検索してみた。存在しない。ありえん……。 県名までは出てくるが俺の地元がない。地図上では別の名前になっていた。 もしかして最近流行の市町村合併か?いきなりそれはないよな。 それから知っている地名、建物、百貨店なんかを手当たり次第に検索したがいっこうに出てこない。 北高がない。いくらなんでも県立高校がなくなるなんてことはないだろう。だが存在しない。 俺は思い当たるもので検索できそうな単語を必死に入力した。 その影でなにかがささやく。この状況はもっと根本的なところでおかしい、と。 地元がないということは、つまりハルヒはじめSOS団のメンツ全員がいない。 おそらく俺の家もなく家族もいないということだろう。 前みたいに、少なくとも別の人生を歩んでいるあいつらがいてくれたら、長門もそこにいるかもしれないのだが。 その希望もあっけなく消えてしまうだろうと気が付いた。 暴走したときの長門を思い出して背筋が寒くなった。 日本の国土を書き換えるなんて、まさか長門……お前がやっちまったのか。 俺はその場で凍りついたまま動かなかった。 ハルヒといえば、そうだ。あの文庫本だ。 ずっと手に持っていたはずなんだが、どこにやったんだろう。 入れたつもりはないんだが、バックパックの中にあった。 「手がかりはこれだけか……」 俺はパラパラとめくってみた。さっきやったように読み返してみたが、今度は何も起らない。 初版の日付が未来にずれているだけで、ほかはいたって普通のラノベだ。 俺の知ってるやつらが出演している以外は。 しばらく腕を組んで考え込んだが、どこから考えればいいのかまったく分からない。 冷めたコーヒーを飲み干して、俺はバックパックをかついだ。 ウェブブラウザを閉じる前に、俺はやっと事件の糸口を掴む単語を入力した。 これを最初に気が付かなかったのは、やっぱり俺は推理小説やミステリーには向いてないからだと思う。 “谷川流。たにがわながる、ライトノベル作家。兵庫県在住” 真っ暗闇のなか、はるか遠くにかすかに小さな光が見えた。 一時間後、俺は新大阪行きの新幹線に乗っていた。 高速で走る車両の心地よい揺れを感じながら、いくつか分かったことを考えていた。 日時はずれていない。俺のいた日付と一致する。 だが俺の住んでいた町がない。つまり家も、北高も、SOS団のメンツもいない。 ひょっとすると日本のどこかで、俺とは接点のないまったく別の人生を歩いているあいつらがいるのかもしれないが。 この世界に存在する谷川とかいう作家が唯一の手がかりだ。接触してみれば何か分かるかもしれない。 まさか自宅に押しかけるわけにはいかないが、ちょうど書店でサイン会をやる予定らしい。 俺は自分の素性を明かすかどうか迷ったが、その結果がどうなるかは予想できないので、 とりあえず今は考えないことにした。 眠気に誘われてうとうとしはじめた。考えてみればあまり寝ていない。 夢うつつの中、俺は数時間前、部室であったことを思い返していた。 俺は深々と冷える部室で椅子に座り、(念のため長門が座っていた椅子を窓際に持っていってから)文庫本を開いた。 内容は古泉が言っていたとおり、俺が書いた風な文体で、俺の視点から見たSOS団の懲りない面々の話だった。 ページをめくる手がやや震えていた。 俺が言うのも変だが、話としてはなかなかに笑える。 古泉が実はアレだったとか、ピンチで鶴屋さんに助けられるとか、ハルヒの意外な一面とか。 まあフィクション、ノンフィクションは別として。 というかSOS団みたいな超こっけいな集団だから、なにを書いてもネタになるだろう。 確かに登場人物には、俺の知ってるメンツは出てくる。端役とも言える俺の妹とシャミセンすら出てくる。 だがエピソードは作られた話だ。季節が時間的にずっと先の話になっているし、こんなネタはまずあり得ない。 これはつまり、俺の知らないSOS団の話じゃないか。そうとも思える。 ページをめくる手が、本の半ばにかかった頃、次のエピソードに移った。 その冒頭を読んだ瞬間、俺は目を疑った。 “「不可解な現象が起こりました」 部室に入るなり古泉がしかめ面をして見せた。” 同じセリフを数日前に聞いた。同じ場所で。 さらに長門が消えて、喜緑さんがやってきて、長門に何があったのかと尋ねる。 俺が見たのと同じ行程がそこにあった。 で、その二日後に俺は長門の夢を見て、古泉に電話して……部室に来て。 文庫を開いている俺がいる。 「俺が読んでいる本を俺が読んでいる!」いやまて、その俺を読んでる俺が読んでいるわけで、 ああっもう無駄にややこしい。 これじゃまるで二枚の鏡に写る自分じゃないか。 こんな頭痛しそうな無限ループの設定を考えたのはいったい誰だ。 そこで俺が次のページをめくると、 “そこで俺が次のページをめくると、そこで俺が次のページをめくると、そこで俺が次のページをめくると、” めくると、そこにはただ、挿絵でナスカの地上絵にあったような象形文字が。 いつだったかハルヒと俺が東中のグラウンドに描いた、あれだった。 これの意味は確か、「わたしは、ここにいる」 その言葉をなにげなく口に出した、次の瞬間。周りがぼうっと明るくなった。 俺だけが光の球の中にいるようだ。 「長門……もしかしてこれか?」お前が遭遇したのはこれなのか。 周囲は音もなく静かで、塵ひとつ舞わない。長門が消えたときのような、嵐のような衝撃は起こらなかった。 ただ、なぜか俺以外の時間がゆるやかに巡っているような感覚はあった。 部室の様子がホワイトアウトし、よくは見えないが別の風景が見えてきた。 数十秒か数分間か、意外に長かったその白い光も徐々に消えた。 喧騒のノイズが一気にボリュームを上げて耳に入ってきた。俺は人ごみのなかにいた。 目の前に、口をぽかんと開けたおっさんが座っていた。 そこで目が覚めた。時計を見ると、最初の駅を出てまだ十分しか経っていない。 新大阪に着くまで、もう一眠りすることにした。 新大阪で降りて在来線に乗り換え、大阪駅まで行った。 数時間座りつづけていた俺は腰を伸ばした。 駅のホームに降り立って、なぜだか分からないが安堵に似たものを感じた。 喧騒と排気ガスと適度に汚れた空気がそこに生きる人たちの存在を感じさせる。 谷川氏のサイン会は明日だ。それまでどうやって時間を潰すか。 とりあえず書店の下見でもしておくか。俺は地下街を通って梅田駅に向かった。 ── 谷川流先生サイン会 午後二時~。あらかじめレジにて整理券をお求めください 店頭のイベントパネルにそう書かれてあった。 「すいません、明日のサイン会の整理券ってまだあります?」 「えっと、もう残ってなかったんじゃ……。 あ、お客様、一枚だけありますわ」 「ほんとですか、くださいください」 「最後の一枚です」 レジのお姉さんのスマイルのまわりに白く靄がかかっているようで、俺には天使のように見えた。 幸先がいい。運が俺に味方しているようだ。 「漫画か小説をお買い求めいただけますか」 「ハ、ハイッ」俺は喜々として言った。もう何冊でも買って差し上げますよ。 そこにあったものは……。 「な、なんじゃこりゃ!!」 店員と、その場にいた客の全員がこっちを見た。 平積みのテーブルに、小説、漫画、DVD、販促用のノボリ、ポップ、ポスター、すべてにハルヒがいた。 書店の一角を埋め尽くす、涼宮ハルヒコーナーとでも表現しようか。 そのときの全員に見られた俺の唖然とした表情は、まったく名状しがたいものだっただろう。 「お客様、どうかなさいました?」 「え、いえいえなんでもないです。すいません」 古泉、あのときお前の言ったことは正しかったかもしれん。こりゃまさに神扱いだ。 俺はとりあえず小説を片っ端から一冊ずつ重ねて、ろくに数えもせずレジに向かった。 俺は店員に尋ねた。 「あの……すいません、涼宮ハルヒってどれくらい知られてるんですか」 「ご存知ありません?去年アニメで大ブレイクして、おかげさまで在庫が足りないくらいですよ。 小説の発行部数が二百七十万部とか聞いてます」 「……」 これはどういう現象なんだ。ハルヒ、お前、いったいなにやらかしたんだ。 考えろ俺、この世界には俺の住んでる地元がない。なのにハルヒは存在する。これはどういうこと? 俺の世界のハルヒとこっちの世界のハルヒとは根本的に存在が違う。 アニメとか小説の類ってのは、つまり、こっちでは“架空の人物”だ。 こっちのは作られた人格で、たぶんそこにいる俺もそうだ。長門も朝比奈さんも、古泉も。 喜緑さん、あなたの言っていた未知の世界ってこれだったんですか。 この謎を解くにはどうしても谷川氏に会わなくてはならない。それが鍵だ。 俺は買い占めたハルヒ小説をバックパックに無理やり押し込んで書店を出た。 レジのお姉さんに、ここから近いネットカフェを教えてもらった。 もう一度振り返ってラノベ、いやハルヒコーナーを見たが。 どう見ても違和感を感じるくらいに派手だ。 このありさま、ハルヒのやつ、まさか他所様の世界にまでちょっかい出したんじゃないだろうな。 思えば、この世界は俺のいた世界とはなにか空気が違う。 化学的に言うO2やCO2ではなくて、雰囲気というか。 曖昧だがなにかこう安心できない、殺伐としている、といったほうがいいだろうか。 俺のいた世界ではこの感覚はなかった。どこへ行こうが、自分がそこにいるという感じがあった。 俺はこっちに来て自分の希薄さを感じている。 そんなことをあれやこれや考えつつ歩道を歩いていると、 百貨店の前を通り過ぎてからなにかがひっかかった。 目の端でずっと妙な既視感を感じていたのだが、ふと足を止めて後ろを振り返った。 この風景は前にも見たことがある。 そうだ、忘れもしない閉鎖空間。いや、閉鎖空間の入り口というべきか。 朝倉が消えた次の日、古泉にタクシーに乗せられてどり着いたのが、ここだ。 若干風景が違うような気はするが。建物の形、配置は似ている。 あのとき目に焼きついた映像は忘れもしない。 今、俺の目に映っている風景、これにどんな意味があるのかしばらく考えていた。 俺はなにかに押されるように横断歩道を歩き出した。 ここだ。ここで古泉が立ち止まり、こう言った。 ── ここまでお連れして言うのも何ですが、今ならまだ引き返せますよ。 すぐ連れ戻してくれ、今の俺ならそう言いたい。 青の信号が点滅をはじめる。俺は目を閉じて数歩を進んだ。 ……なにも、起らない。クラクションを鳴らされて俺は歩道まで走った。 なにやってんだ俺は。ここがもし閉鎖空間の入り口だったとしても、俺は超能力者じゃない。 だが俺の中にはなにかあきらめきれないものがあった。 ここと向こうの世界に、なにかつながりのようなものが欲しかった。 それから三度、同じ横断歩道をいったり来たりして、結局はあきらめた。 あきらめた後も、しばらく歩道でたたずんでいた。 知っている風景に、やっとひとつめぐり会えた。それが異空間への入り口だなんて、あまりに皮肉すぎる。 やっと出合った知った風景。歩きながら何度も振り返りつつ、俺はネットカフェに向かった。 チケットを買ってパソコンの前に座った。客は少ない。 俺はバックパックからハルヒの小説を取り出した。数えてみたが十巻もある。 憂鬱、溜息、退屈、消失……。しっかしまあ、SOS団によくこれだけのネタがあったもんだ。 憂鬱から読んでみたが、どれも俺が知ってることばかりだ。当然っちゃ当然、俺が出てるんだからな。 ハルヒとの出会いも、SOS団設立のいきさつも俺の記憶どおりだ。すべて一致する。 一致するどころか俺の口調やら性格やらを完璧に表現している。 どうやったらこんなことが可能なんだろう。情報統合思念体みたいなやつが二十四時間監視でもしてたのか。 だが昨日読んだ十三巻だけは別だった。これの内容はまったく記憶にない。 俺はウェブブラウザで、困ったときのぐーぐる様を呼び出して、十三巻のタイトルで検索してみた。 検索結果 0件。やっぱりな。まだ存在するはずがない本のタイトルが出てくるわけはない。 俺はハルヒの名前を入力してみた。数十件くらいは出てくるだろう。 ── 涼宮ハルヒ の検索結果 約3,720,000件 さ……さん……ありかよ!思わず声に出してそう叫びそうになった。ハルヒだけで三百七十二万件だと!?。 あいつはこの情報社会を征服するつもりか。 ── 長門有希 の検索結果 約947,000件 ── 朝比奈みくる の検索結果 約677,000件 ── 古泉一樹 の検索結果 約152,000件 俺はもう笑いが止まらなかった。お前ら、こんなところにいやがったのかよ。 俺はそれで安堵したというか、あきらめの境地というか。みるみる顔がゆるんでいく。 すべては妄想の産物で、現実の場所を探していたのは間違いだったわけか。 俺は我に返った。長門は現実にいるはずだ。この九十四万件余の中に必ずいるはずだ。 いたとしても探し出すのは至難の業にちがいないが。 長門有希とは-はてなダイアリー、長門有希フィギュア、長門有希の百冊、長門有希同盟?なんじゃこりゃ。 無数のうちの五十件目くらいだったか、ひとつだけ気になるサイトがあった。 ── 長門有希の中央図書館 図書館か。外観の写真が載っていた。俺と長門が訪れたアレに似ている。 もし長門が俺を待っているとしたら、図書館周辺になにかを残しているかもしれない。十分考えられる。 この図書館どこにあるんだ?……西宮市か。 なにかが閃いた。俺はバックパックを担いですぐさま店を飛び出した。 コーヒーもネカフェのチケットもどうでもいい。 今すぐ、図書館へ。そこになにかがあるはず。長門はそこにいる。頼むからいてくれ。 俺は梅田から電車に飛び乗った。行き先は西宮。路線図を辿ると西宮北口と書いてある。 「これ……あの北口駅か?」 俺の知ってる鉄道会社とは名前が若干違うが、車両も知っている、このアナウンスも耳慣れている。 なんとなくではあるが、見慣れている気がする風景が車窓を流れていく。 俺は狂喜した。俺の地元はすぐそこだ、確信があった。 「北口だ!北口駅じゃないか!」 改札を出た俺はまるで、独裁政権下の圧制から亡命してきて飛行機から今降り立った市民のように 地面にキスでもしそうな勢いだった。消えたわけじゃない、名前が違うだけで実在するんだ。 目の前に広がるこの空間、ここでSOS団のメンツが集合し、喫茶店に入り、遅れて来た俺が毎回勘定を払う。 「遅い!罰金!」 そこにハルヒがいて、相変わらず制服しか着てこない長門がいて、美しく着飾った朝比奈さんがいれば、 いつもの俺の生活圏じゃないか。 まあ爽やかスマイルの古泉はどうでもいいんだが、いてくれたほうがいい。 駅前の小さな書店で市内の地図を買った。 縮尺が小さくていまいち分かりづらいが、地名を知る程度なら十分だ。 北口駅、甲陽園駅、路線名と駅名は違うが確かにある。 つまり、俺の知ってる人物はいないが、施設や建築物はある、ということになるな。 俺はこの空間のどこまでが俺の現実と一致しているのかを確かめることにした。 駅前公園から北へ数分歩く。果たしてそれは、あった。ドリーム! 忘れることがあってたまろうか。厳しい小遣いのなかからこの店につぎ込んだ飲食費は相当なものだ。 そういえばここで喜緑さんがバイトしてたこともあったな。とりあえずいつものように俺はドアをくぐった。 内装は若干違う気がするが、同じ焙煎コーヒーの匂いがして少し安心した。 いつものテーブルにつくと店員がやってきた。 顔をまじまじと見てみるが、俺には見覚えがない。 「いらっしゃいませ。お客さん、もしかしてハルヒ見ていらしたんですか」 俺が手にしている文庫本を見ながら言った。 「え…ええまあ」いつも来慣れていて馴染みの客のつもりだったが、今回は冷や汗ものだった。 俺がキョン本人だなんてとても言えない。それに俺はアニオタでもないから。 そう。この席だ。SOS団一同、市内不思議パトロールと称してただその辺を練り歩いただけの一日。 結局ハルヒが何をしたかったのか、俺にも分からん。 一度は朝比奈さんと既定事項作りに奔走したが、あれはハルヒの知るところではないはず。 コーヒーをすすりながらそんなことを思い出していた。味も香りも同じだった。 とりあえず閉鎖空間の入り口と、北口駅と、この喫茶店。 若干風景が違うものの、知っている場所が存在することは分かった。俺の既定事項はまだあるはずだ。 そうだ。図書館に行こう。 時計を見ると四時を回っていた。あまりゆっくりもしていられない。 西宮中央図書館、ウェブサイトにはそうあった。 名前は似ているが果たして俺の知るままで存在するのか。 北口駅から南西に向かって歩く。 このコース、第一回市内不思議パトロールのとき、長門と歩いた道だ。 しかし考えてみれば、市立図書館といえば北口駅のすぐ真北のビルに支所があるのに、 なんでわざわざ中央図書館まで歩いたりしたのか、我ながら不思議だ。 歩いていくと、ところどころで知っている建物は見かけた。ジロジロと見るのはまずいのでさりげなく通り過ぎた。 俺は気付いた。似ている、と、まったく同じ、とは違う。 この、部分的に似ていてその他は違うという地理、街の景観はいったい何なのだろうか。 誰がこれを作ったのだろう?。長門なら納得のいく答えを持っているかもしれない。 図書館に着いたのは五時過ぎていた。 ここから北に十分くらいのところに駅があったのだが、途中になにかヒントでもないかと思い、延々ここまで歩いた。 俺の知る図書館と外観は同じだ。中に入ると暖房の効いた部屋が俺を迎えた。人は空いていた。 さてこれからどうしたものかと、周りを見回した。長門らしき人影がいないかと、 書架をうろうろしてみたが、まったく見当たらない。歩き疲れた俺は椅子に腰かけた。 あのとき、長門に貸し出しカードを作ってやったんだったな。 俺は立ち上がって、あのときと同じ、“学校を出よう”を探した。 それから居眠りをし、マナーモードにしていた携帯に起こされたんだ。 ポケットから携帯を取り出してみたが、圏外表示は変わらない。 “学校を出よう”は離れたところで見つけた。知っているはずの文庫小説のコーナーは別の棚になっていた。 記憶喪失の患者が、記憶を取り戻しつつある状態になると、それを失う前にやっていた同じ行程を辿る。 今の俺はまさにそんな感じだった。 これから何をすればいいのか考えていなかった。考えるより先に足が進んでしまう俺の悪い癖だ。 俺は出入りする人をじっと観察することにした。万が一、知っている顔が通るかもしれない。 この時期、受験が近いからか学生が多いようだ。 腕組みをしてしばらく眺めていたのだが、ついうとうとし、気が付くとそろそろ閉館時間が来ていた。 携帯には起こされなかった。 俺はバックパックを背負って、持っていた文庫を棚に返しに行こうとした。 文庫小説の棚の前に、きゃしゃなセーラー服の後姿を見た。 「な、長門!」つい叫んでしまった。 肩に手を触れてしまい、そして振り返ったその子は、メガネをかけ、短髪で風貌は似ているのだが長門ではなかった。 「あ……すいません。人違いでした」 女子高生は顔に縦線を入れて俺を見ていた。ちゃうって、俺アニオタじゃないって。 俺は顔から火が出そうになり、そそくさとその場を逃げ出した。 俺は寝ぼけていたんだと思う。 閉館のアナウンスが流れた。時計の針が七時を指した。俺は図書館を後にした。 長門、俺がやってることは間違ってないよなぁ?なあ? 図書館で見知らぬ女子高生に話し掛けるなんて、どう見てもナンパです。本当に。 俺は間違っていないんだと、無理にでも自分に言い聞かせつつ図書館を後にした。 これで既定事項は四つ目か。 来た道を戻らず、まっすぐ北に向かって歩き、夙川駅までたどり着いた。 ここまで来たんだ、どうせなら本拠地に行こう。 そう、甲陽園駅に。その名前からして、どう考えても光陽園駅じゃないか。 俺は電車に乗り込んだ。下り線はもう帰りの通勤客でいっぱいだ。 車窓の外はもう日が暮れていた。俺は見慣れた風景が見えないかとじっと外を見ていた。 桜並木がある川沿いの公園は分かった。 朝比奈さんからトンデモ告白をされて、ハルヒが時期はずれに花を咲かせてしまったあの公園の桜だ。 甲陽園駅に着くと、登り電車になり、学生の姿をちらほら見かけた。 大阪駅、西宮北口、甲陽園駅と辿るにつれて、俺の郷愁がうずく。少しずつ核心に近づいている気がする。 だがそいつらのは見慣れない制服だった。 駅を出て坂道を登る。 そう、俺が目指しているのは長門の住む、もしくは住んでいるはずのマンションだった。 ちゃんとある。マンションが見えたが、若干違う気がする。玄関口は似ているが。 四年前の七夕の日、そのときの長門は初対面の俺と朝比奈さんを迎え入れてくれた。 誰も頼れる人がいない、見知らぬ場所(厳密には時間だが)で長門に会ったとき、安堵の溜息が出たものだ。 正直、長門がそこにいるとは思ってはいなかったが、俺は一縷の望みにかけた。 俺はオートロックのインターホンで七〇八を押した。この馴染みの番号を押すのは何度目だろう。 「宅急便です、斉藤さんちはこちらでよろしいでしょうか」 スピーカーから聞こえてきた怒鳴り声は、長門の声とは似ても似つかないものだった。 「ちょいとアンタ!またオタクの人!?いいかげんにしないと警察呼ぶわよ!」 「スイマセン!」 なんだなんだ、宅急便が嫌いなのか?俺はそそくさと退散した。 アニメオタクとは人聞きの悪い。 えーとつまり、長門がここに住んでると思ってるやつがいて、 ここの住民はそいつらのいたずらに迷惑しているということか?。 ここのインターホンにはカメラが付いてたんだった。うかつだったな。 せめて配達員らいし帽子でも被るべきだった。 さっき怒鳴られた声で一気に疲れが出た気がする。腹も減った。とりあえず大阪駅に戻ろう。 いつもの俺ならこの時間に登りの電車に乗ることはないんだが、下校する学生に混じって梅田駅を目指した。 俺の北高はこっちではどうなってるのか確かめたいところだったが、今日は撤退することにした。時間も時間だ。 それに今晩どこに泊まるか考えないといけない。 午前中に行った二十四時間営業のネットカフェで深夜パックを買おうかと思っていたのだが、甘かった。 「お客さん、学生さんよね。ごめんねー、十八才未満の人、十時以降はだめなんだよねぇ」 「あ、そうなんですか……。あの、実は今日行くところがなくて……。一晩だけお願いできませんか」 俺はすがるような目でレジのおばちゃんを見つめてみた。 「ごめんねぇ。最近、青少年条例とやらが厳しくてね。夜たまにおまわりさんが巡回してくるのよね。 未成年を泊めたことがバレたら営業停止させられちまう」 俺のために営業停止に追い込むわけにはいかない。これ以上は頼めなかった。 となると、あとはまっとうな宿泊施設か。まっとうと言ってもそんな高い料金は払えない。 風呂に入るのもいいかと思い、カプセルホテルに入ってみた。 「あー、お客さん身分証とかある?十八才未満はだめなんだわ。ジョウレイよジョウレイ」 「はぁ。そうなんですか」ここもだめか。 残るは観光ホテルだが、この辺の高級ホテルは一泊二万くらいはするだろう。そんな金額とても払えない。 こうなりゃ野宿するしかないか。この寒風吹きすさぶ師走にか?。 二十四時間のファミレスとかで時間を潰してもかまわないんだが、それこそ補導されてしまう。 そんなことになったら身元を証明するどころか、病院送りにされるのがオチだ。 アッチの世界から来ました、なんてとても言えない。 駅ビルのハンバーガーショップで晩飯を食いながら、これからのことを考えた。 もしこのまま長門が見つからず、向こうの世界に帰ることもできなかったら。 簡単にあきらめるわけにはいかないが、これが長期戦になるんだとしたら、 とりあえず食っていくことを考えないといけないかもしれない。しかし住むところもないしな。 ドヤ街でしばらく寝泊りして、学生OKなバイト先を探して、なんて柄にもないことを考えていた。 俺はMサイズのコーラをズルズルと飲み干して店を出た。 駅周辺をあてもなく歩いていると、ガード下に段ボールのかたまりを見つけた。 ホームレスが住んでいるらしい。あれ、借りようかな。 ちょっと躊躇したが、贅沢は言ってられない。 俺は一度、駅ビルに戻った。荷物を全部コインロッカーに預け、身軽にしておく。 財布から札を抜き取り、二~三千円だけ持っておく。 手土産にコンビニで酒とつまみを調達したいんだが、未成年の俺に売ってくれるだろうか。 客が多いコンビニを選んで入った。缶ビールを数本、袋のつまみ、弁当をカゴに入れてレジに並んだ。 店員はチラと俺を見たが何も言わなかった。 どう見ても十八才未満なのにな。汚れた格好してたから見逃してくれたのか。 うす暗いガード下に行った。 電車がひっきりなしにガタゴトと音を立てている。こんなとこでよく眠れるよな。 ホームレスは数人いるようだ。リヤカーに畳んだ段ボール箱が山積みしてあった。 あれを一枚だけ分けてもらおう。 俺は多少はマシそうな格好をしているホームレスのおっさんに話し掛けた。 「あの、スイマセン」 ちょっと怖かったが、ここで寝るにはどうしてもホームレスの許可がいりそうな気がした。 「なんだぁ役人か!ワシはここから動かねーぞ!」 「いえ、違うんです。段ボールを一晩貸してもらえないかと」 「ワシの家を貸せだと?どこの馬の骨か知らんテメェに貸すような──」 「差し入れもあります」俺は缶ビールを差し出した。 それをまじまじと見て、おっさんは考え直したようだ。 「ガハハハ。まあ座れ。あんちゃん、家出か」おっさんは歯の抜けた口を大きく開けながら笑った。 「いえ。家に帰りたいんですが、今日は泊まるところがなくて」 「そうかあ。ま、人生にはそういう日もあるわなぁ。とりあえず飲め」 「はい。いただきます」俺は正座して自分が買ってきたビールを飲んだ。 ほんとは飲めないんだが、付き合っていたほうがよさそうな雰囲気なのと、 正直酔っ払いたい気分でもあった。 「あんちゃん、正座なんかしねーで足くずせよ。ミカーサ、スカーサって言うだろ」 このおっさん南米人か。 おっさんとぼそぼそと話しているとまわりのホームレスが集まってきた。 「サンちゃん、珍しくお客さんかい。もしかして息子かい?」 「子供がいたなんて初耳たぜサンキチ、おめー隅におけねーな」 「女に縁のないワシに息子がおるわけなかろうがバカタレ」おっさんは唾を飛ばして怒鳴った。 「で、あんちゃん、親父と喧嘩でもしたんか?」おっさんは俺の肩を叩いた。 「いえ、そういうわけじゃないんですが」 「ワシなんかよ、十五歳で家を飛び出してそれっきりよ。あ、一度だけ帰ったかな。妹の結婚式に。 そんときゃ親戚一同からどやされてよ。何しに帰ってきやがった!よ。 オレは思ったね。これが血を分けたやつらの言うことかよ、とね。それっきりよ」 おっさん達が涙ぐんでいる。なんなんだ、この安いドラマみたいな展開は。 「んだんだ。遠くの親類より近くの隣人ってやつだぁ。 昔から言うべや、袖の触れ合うも多少の縁、てな」 「で、あんちゃん、親父と喧嘩でもしたんか?」酔っ払いは何度も同じ質問をする。 「いえ、実は人を探してまして」 「コレか」おっさんが小指を立てた。まわりがドッとはやし立てた。 「憎いわね、この色男っ」シナを作ってみせるおっさんたちに鳥肌が立った。 「で、どんな女よ?」だから違うって。 俺はポケットから長門の写真を取り出した。 「こっちの、髪の短いほうなんですが」 「どれどれ見せてみい。おおっ!えらくベッピンじゃねえかよ」 見せろ見せろと、おっさん達の間で写真の取り合いになった。 俺にはそれが女に餓えたケモノの群れのように見えた。頼むから破らないでくれよ。 サンちゃんと呼ばれたおっさんが俺の目をまっすぐに見つめて言う。 「あんちゃん。ワシは女を見る眼はないが、人を見る目はある。 この二人、どっちを選ぶかであんたの人生は大きく変わる」 このおっさんは神がかったことを言う。どっちを選ぶって、なにを選ぶんだ?。 もう歳も暮れ、寒風が吹き付ける大阪のガード下、電車が通るたびにガンガンと耳が鳴る一角で、 妙に若いホームレスが混じった酒宴が賑やかだった。 こっちの世界に来てはじめて何かの暖かさを感じた気がする。 おっさんたちの、酒臭い息にまじった苦労話を聞きながら俺はうんうんと生返事をした。 それからどうなったのか、記憶があやふやだ。 ただ、まわりの風景がぐるぐる回りだしたところまでは覚えている。 長門有希の憂鬱Ⅰプロローグ 長門有希の憂鬱Ⅰ一章 長門有希の憂鬱Ⅰ三章 長門有希の憂鬱Ⅰ四章 長門有希の憂鬱Ⅰおまけ