約 1,724,992 件
https://w.atwiki.jp/yukkuri_gyakutai/pages/291.html
ゆっくりケロちゃんの特徴に大きな帽子が上げられる。 通常、各ゆっくりはそれぞれ特徴的な帽子やリボンをつけているが、その中でもケロちゃんの帽子は大きく、また異形だ。ゆっくりは他の生物と比べてもかなり特徴的な生物だが、ケロちゃんはその帽子のため、さらに目立つ存在であり、人々にもかなり知れ渡っている。 しかしケロちゃんが生まれる際、頭に帽子を被っていないのはあまり知られていなかった。 「ケロ、ケロケロ!」 ケロちゃんが川辺を歩いている。ケロケロと鳴きながら顔は笑顔。元気いっぱいな姿を可愛いという人も多い。頭には他のケロちゃんと変わりなく、特徴的な帽子を被っていた。 「ケロケロ……ケロッ!」 川辺を歩いているケロちゃんの目に、野花とその上に乗っているトンボの姿が映った。 ケロちゃんの目が変わる。朝から何も食べていないケロちゃんにとって、トンボはまたとないごちそうだ。是非捕まえて食べてしまいたい。 「ケロ……ケロ……」 鳴き声を小さくし、少しづつ近づいていくケロちゃん。早く食べたいと焦る気持ちを必死に押さえつける。 次第に、飛びかかれば届く距離になる。 「ケロぉぉおぉおぉぉぉおっ!」 押さえつけた気持ちを解放し、ケロちゃんはトンボに飛びかかる。 しかしそれに気づいたトンボは、焦ることなく野花の上から飛び去り、ケロちゃんはトンボのいない野花へとダイブした。 「……! ……!」 地面に突っ伏したまま、なかなか起き上がれないケロちゃん。 どうにか体を起こした時には、既にトンボは遠くに逃げてしまっていた。 ケロちゃんの目に涙が滲む。 「あーうー……」 いくら泣いても、お腹は膨れてくれなかった。 それからしばらく川辺にのこり、やって来るトンボを捕まえようとするが1匹も捕まえられない。 歩く速度も普通。動きも普通。 ただゆっくりの中でも、ケロちゃんはかなり鈍くさかった。 「あーうー!」 日が暮れて来てもトンボ1匹捕まえられない。何か食べたいと高まってくる欲求にケロちゃんは大きく叫んだ。 ふと、帽子の中で何かが動いた。 「あうっ!」 瞬間、身を硬直させるケロちゃん。上を見上げるが帽子のつばしか見えない。 帽子の中では、1本のドリルがケロちゃんの頭に刺さろうとしていた。 「あ゛ぎゃぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛お゛あ゛ぁっ!」 頭に走った激痛にケロちゃんは叫び声を上げる。瞳孔と口は開き、目は血走っているが、端からは何が起こっているのかわからない。 帽子の中からケロちゃんへ伸びたドリルは、その大きさ10センチほどを頭の中に埋め込むと、そのまま動くのを止めた。 「あ、あああぁああぁぁ……」 軽くなった痛みに自然と声が小さくなるケロちゃん。 ドリルは花を咲かせるように体を開き、あけた穴を広げながらケロちゃんの中身をえぐり取った。 「ぎゃあ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛っ!」 大きさ10センチが、半径10センチに変わったドリルは、ケロちゃんの固まりをつけたまま上へと戻っていく。 ぽっかりと大きな穴がケロちゃんの頭に開いたが、外から見ると何も変わっていないようにしか見えない。 完全に白目を向き、ケロちゃんは痙攣しながら俯せに転がっている。 ケロちゃんにはわかっていた。 この帽子が攻撃してくるのは、エサが獲れない時だとわかっていた。 次の日、ケロちゃんは草むらにいた。 「ケロケロケロ!」 頭の傷はまだ完全に治っていない。その部分だけ水分が多く、まだ火の通っていない生菓子の生地のように色も変わっている。 あれからまだエサを獲れていない。空腹なままのケロちゃんはしかし今日こそはと意気込んでエサを探していた。 「ケロォー!」 朝からひたすら探していたおかげか、喜んでいるケロちゃんの目の前には芋虫が3匹ほど動いていた。 ケロちゃんにとって芋虫はそれほど好物ではないが、お腹が空いている今、贅沢は言っていられない。早速食べようと、ケロちゃんは舌を伸ばし始めた。 「ゆっくりしていってね!」 「ゆっくりー!」 「ケロ?」 突然、後ろから声をかけられる。 そこには草をかき分けて近づいていくゆっくり魔理沙とゆっくりれいむの姿があった。 「ケロー♪」 思わぬ仲間の登場に喜ぶケロちゃん。ゆっくりの中でも鈍くさいケロちゃんにとって他のゆっくり達は、困っている時に助けてくれる大切な仲間だ。エサのことも忘れて近づいていく。 近づいてくるケロちゃんを笑顔で迎え入れるゆっくり達。 しかしその後ろで動く芋虫を見つけた途端、目の色が変わった。 「ゆっくり!」 「ゆっくりゆっくり!」 「ケ、ケロっ!?」 向かってくるケロちゃんを放っておいて、芋虫に向かう。 「ハフ、ハフハフッ!」 「うめぇ! うめぇぇっ!」 「ケ、ケロッ! ケロッ!!」 自分の獲ってきたエサを食べられるのに気づくと、急いでケロちゃんも引き返すが、既に芋虫はゆっくり達の腹の中に収まっていた。 「げっぷぅううぅううぅうっ……」 「いっぱいー!」 「あーうー……」 朝からずっと探し続けた成果のなれの果てに、自然と涙が溢れ出していく。 「ゆっくりしていってね!」 「またゆっくりしに来るね!」 泣いているケロちゃんをまるで気にせず、ゆっくり達はそのまま帰路へ就いた。 風で草の揺れる中、ケロちゃんの泣き声だけが響き渡る。 帽子の中で、何かが動く気配がした。 「あ゛あ゛っ!」 叫びながら体を横に振り、抵抗するケロちゃん。しかし帽子はしっかりと頭に食いつき、まるで取れそうにない。 帽子の中ではドリルの時のように何かが伸びてきて、ケロちゃんの頭に乗った。 「……」 そのまま何も起きない。 「……あーうー?」 不思議に思い、自然とケロちゃんが声を出した瞬間、乗っていた何がが動き出す。 それは平べったく、まるで布のような感触だったが、表面の目の粗さは石や砂で出来た荒れ地のようだ。 世間的には紙ヤスリと例えられそうなものが、ケロちゃんの頭に乗っていた。 「あ゛ががあ゛ぁぁあ゛ががぁぁあ゛あ゛っ!」 生菓子の生地のようだった色違いの皮膚を、紙ヤスリがガリガリと削っていく。 「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛っ!!」 丸かったケロちゃんの頭は、ヤスリで擦られていくごとにどんどん四角く変形していく。 「……あ゛……あ゛が……う゛……っ」 ケロちゃんの声が擦れ、まともに声が出なくなった時、ヤスリは動きを止めていた。頭はほとんど平らになり、帽子の中では大漁の削りカスが山をつくっている。 「……あ……う゛……」 朦朧とする意識の中でケロちゃんの頭に浮かんでいたのは、先ほどエサを奪っていったゆっくり達の姿だった。 ケロちゃんは必死だった。 これ以上、帽子から虐待を受けたくない。でもエサは手に入らない。 悩んだ末に、ケロちゃんは一つ、捕まえられそうなエサの存在に気がついた。 他のゆっくりの存在である。 「……ケロ」 他のゆっくり達を食べた事はある、だがケロちゃんは自分から捕まえようとしたことはない。せいぜい死んだばかりのゆっくりを食べている際に、ご相伴に預かったぐらいだ。 しかし向こうはケロちゃんの事を無害とわかっているので、初めてあった時からすぐに気を許して近づいてくる。これを利用しない手はない。 ケロちゃんはいつものように鳴きながら、他のゆっくり達を探し始めた。 「ま、まりさっ!」 「れいむ、れいむれいれれれれれれれっ!」 ある洞穴の中で。 ゆっくりれいむとまりさのつがいが交尾をしていた。 「すっきりー」 上になっていたまりさが晴れやかな顔で呟く。しばらくすればれいむの体から茎が伸び、子供が生まれ、れいむの体が大きくなり、このつがい達も親子連れになるのだろう。 「……ゆっくりしていてね!」 魔理沙はゆっくりしているれいむの姿を見守っていたが、出産後に何か食べさせてあげたいと思い、外へ出かけていった。 ちょうど魔理沙と入れ違いになりながら、ケロちゃんは洞穴へやって来た。 「……ケロ」 洞穴の入り口から、ケロちゃんは中の様子を探る。中にいるのがれいむ1匹だけだと確認すると、そのまま静かに洞穴へ入っていく。 「……」 れいむはケロちゃんの存在に気づいたが、出産を間近に控えた身、声を上げることなく静かにケロちゃんを迎え入れた。 ようやく獲物を見つけたと、れいむに近づいていくケロちゃん。しかし側まで来た時、そのれいむが出産間近だと気がついた。 「……あーうー……」 子供を産もうとしているれいむを食べていいのか、ケロちゃんの中で葛藤が生まれる。 無事に子供を産んで欲しい、でももうずっとご飯を食べていない……。 れいむの目の前で「あーうー」と良いながらウロウロと動き、悩むケロちゃん。 そんな時、帽子の中から音が聞こえた。 「ゲロッ!」 悩んでいる暇はない、もう虐待されるのは嫌だ! 目の前にいるれいむに思いっきり噛みついた。 「あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁっ!」 思わずれいむは目を見開いた。敵じゃないと思っていたものからの攻撃に驚きと痛みの悲鳴を上げる。 ケロちゃんは久しぶりの食事の感触に、もはや完全に理性を失い、ただひたすらに噛み砕いていく。 「ゲロ、ゲロゲロッ!!」 「や゛め゛でぇぇえ゛え゛ぇぇぇえ゛え゛ぇっ! だべな゛い゛でぇえ゛え゛え゛ぇっ!」 前に食べた死んでいるゆっくりと比較にならないその旨さに、ケロちゃんは思わず泣きながら食べていた。 突然、横からの衝撃に、ケロちゃんは吹き飛ばされる。 「ゲロ゛ッ!?」 驚くも、どうにか倒れずに踏ん張る。 慌てて振り返ると、そこには飛びかかってくる魔理沙の姿があった。 「ゆっくりしね!」 「ゲロ゛っ!!」 ゆっくりの全体重を受けるケロちゃん。強く食い込んでいる帽子がさらに奥へと食い込んでくる。 魔理沙の怒りはそれだけでは収まらず、帽子の上で何度も何度も飛び跳ねた。 「ゆっくりしねっ! ゆっくりしねっ! しねぇっ!」 「ゲロ゛ッ! ゲロ゛ゲロ゛ッ!」 どんどん帽子が埋め込まれていく。このままでは体全てを帽子の中に埋め込まれてしまう。 「ゲロォォオオォオオっ!」 身の危険を感じたケロちゃんは、魔理沙が飛び跳ねた瞬間、洞穴の入り口目指して走り始めた。 「ケロ、ケロゲロッ!」 「ゆっくり出て行ってね! 二度と来ないでね!」 逃げていくケロちゃん。走り去っていく際にれいむの姿が映る。 「……ゆっ、ゆ゛っぐり゛……」 れいむはぐったりと横たわり、目は虚ろになっている。このまま出産すれば、その負担で死んでしまうだろう。 頬が欠けたチーズのように抉られ、中身のあんこが見える体。 その体は、ケロちゃんのお腹の中に収まっている。 「……ゲロ゛ォォオオォオオォっ!」 ケロちゃんは滝のような涙を流しながら、その場を走り去っていった。 その日、帽子からの攻撃は来なかった。 雨が降っていた。 「……」 雨を口で受け止めるようにケロちゃんは横たわっている。いつからそうしていたのか、ケロちゃんにはもう覚えがない。 れいむを食べたおかげで多少元気になったものの、その事が尾を引き、ケロちゃんは他のゆっくり達を食べられなくなっていた。 元々の鈍くささにどんどん衰弱していく体。 次第に動くこともままならなくなったケロちゃんは、こうして倒れたまま動かなくなっていた。 ぽたぽたと、乾いた口に入ってくる水が気持ちいい。死にかけたケロちゃんの中で、雨の感触だけが苦痛を和らげている。 ふと、ケロちゃんの耳に何かの音が聞こえてきた。何の音だろう。 それは帽子の中から聞こえてくる音だったが、普段とは音が違っていたために、ケロちゃんはまるで気づけない。 帽子から何か光るものが生えて来た。 端から見ていれば、それは光沢のある金属製の歯だとわかる。 その歯1本1本が、ケロちゃんの頭に突き刺さった。 「あ゛ぐっ」 頭に走る痛みに恐怖するケロちゃん。しかし体はまるで動かない。 ギザギザに生えた歯は全体で円を描くように回転し始め、ケロちゃんの頭を細かく削り始めた。 「あ゛がげがごがあ゛がががっっ!! あ゛ががぁがぼがっ!!」 ケロちゃんの頭がミンチとなっていく。 時間が進むごとに帽子は下へと降りていき、既にケロちゃんの目は帽子によって隠れていた。 ヤスリの時とは感触の違う削られ方にケロちゃんの悲鳴はより大きくなる。既に頭の5分の1はなくなっているが、帽子で見えないケロちゃんにそれを知るすべはない。 「ゆ゛ゆっぐり゛ざぜでっ! ゆ゛っぐり゛ざぜでえ゛ぇぇえ゛ぇえ゛ぇえ゛え゛ぇっ!」 ケロちゃんの一生分の悲鳴が響く。 生まれてからずっと、ケロちゃんがゆっくり出来なかった原因。 この帽子は、帽子だが帽子ではない。ちゃんとした生き物だ。 帽子は生まれて間もなく、生きているケロちゃんに寄生する。そしてケロちゃんの体を通して栄養を手に入れ、徐々に成長していくのだ。 ケロちゃんがエサを見つけられなければ自分にも栄養が回ってこない。ケロちゃんが必死にエサを探すようにと虐待しながら、足りない栄養を削れたケロちゃんの体で補っていく。 そしてケロちゃんが衰弱し、エサを探せなくなれば、その体を喰らい尽くしてしまう。 この生態を知った時、人はこの帽子の事を畜生帽と名付けた。 ケロちゃんの大きな愛らしい目がミキサーにかけられる。涙混じりのそれは体よりもさらにミンチにしやすく、あっという間に粉々になっていく。 ケロちゃんの口からは息が漏れているが、もはや声になっていない。 帽子のふちが地面についた時、ケロちゃんの体はもうどこにも存在しなかった。 「……げっぷっ」 帽子の中でゲップをすると、中から足を伸ばし歩き始める畜生帽。 雨の中、次のケロちゃんを捜しに旅立っていった。 by 762 このSSに感想を付ける
https://w.atwiki.jp/yukkuri_gyakutau2/pages/295.html
ゆっくりケロちゃんの特徴に大きな帽子が上げられる。 通常、各ゆっくりはそれぞれ特徴的な帽子やリボンをつけているが、その中でもケロちゃんの帽子は大きく、また異形だ。ゆっくりは他の生物と比べてもかなり特徴的な生物だが、ケロちゃんはその帽子のため、さらに目立つ存在であり、人々にもかなり知れ渡っている。 しかしケロちゃんが生まれる際、頭に帽子を被っていないのはあまり知られていなかった。 「ケロ、ケロケロ!」 ケロちゃんが川辺を歩いている。ケロケロと鳴きながら顔は笑顔。元気いっぱいな姿を可愛いという人も多い。頭には他のケロちゃんと変わりなく、特徴的な帽子を被っていた。 「ケロケロ……ケロッ!」 川辺を歩いているケロちゃんの目に、野花とその上に乗っているトンボの姿が映った。 ケロちゃんの目が変わる。朝から何も食べていないケロちゃんにとって、トンボはまたとないごちそうだ。是非捕まえて食べてしまいたい。 「ケロ……ケロ……」 鳴き声を小さくし、少しづつ近づいていくケロちゃん。早く食べたいと焦る気持ちを必死に押さえつける。 次第に、飛びかかれば届く距離になる。 「ケロぉぉおぉおぉぉぉおっ!」 押さえつけた気持ちを解放し、ケロちゃんはトンボに飛びかかる。 しかしそれに気づいたトンボは、焦ることなく野花の上から飛び去り、ケロちゃんはトンボのいない野花へとダイブした。 「……! ……!」 地面に突っ伏したまま、なかなか起き上がれないケロちゃん。 どうにか体を起こした時には、既にトンボは遠くに逃げてしまっていた。 ケロちゃんの目に涙が滲む。 「あーうー……」 いくら泣いても、お腹は膨れてくれなかった。 それからしばらく川辺にのこり、やって来るトンボを捕まえようとするが1匹も捕まえられない。 歩く速度も普通。動きも普通。 ただゆっくりの中でも、ケロちゃんはかなり鈍くさかった。 「あーうー!」 日が暮れて来てもトンボ1匹捕まえられない。何か食べたいと高まってくる欲求にケロちゃんは大きく叫んだ。 ふと、帽子の中で何かが動いた。 「あうっ!」 瞬間、身を硬直させるケロちゃん。上を見上げるが帽子のつばしか見えない。 帽子の中では、1本のドリルがケロちゃんの頭に刺さろうとしていた。 「あ゛ぎゃぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛お゛あ゛ぁっ!」 頭に走った激痛にケロちゃんは叫び声を上げる。瞳孔と口は開き、目は血走っているが、端からは何が起こっているのかわからない。 帽子の中からケロちゃんへ伸びたドリルは、その大きさ10センチほどを頭の中に埋め込むと、そのまま動くのを止めた。 「あ、あああぁああぁぁ……」 軽くなった痛みに自然と声が小さくなるケロちゃん。 ドリルは花を咲かせるように体を開き、あけた穴を広げながらケロちゃんの中身をえぐり取った。 「ぎゃあ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛っ!」 大きさ10センチが、半径10センチに変わったドリルは、ケロちゃんの固まりをつけたまま上へと戻っていく。 ぽっかりと大きな穴がケロちゃんの頭に開いたが、外から見ると何も変わっていないようにしか見えない。 完全に白目を向き、ケロちゃんは痙攣しながら俯せに転がっている。 ケロちゃんにはわかっていた。 この帽子が攻撃してくるのは、エサが獲れない時だとわかっていた。 次の日、ケロちゃんは草むらにいた。 「ケロケロケロ!」 頭の傷はまだ完全に治っていない。その部分だけ水分が多く、まだ火の通っていない生菓子の生地のように色も変わっている。 あれからまだエサを獲れていない。空腹なままのケロちゃんはしかし今日こそはと意気込んでエサを探していた。 「ケロォー!」 朝からひたすら探していたおかげか、喜んでいるケロちゃんの目の前には芋虫が3匹ほど動いていた。 ケロちゃんにとって芋虫はそれほど好物ではないが、お腹が空いている今、贅沢は言っていられない。早速食べようと、ケロちゃんは舌を伸ばし始めた。 「ゆっくりしていってね!」 「ゆっくりー!」 「ケロ?」 突然、後ろから声をかけられる。 そこには草をかき分けて近づいていくゆっくり魔理沙とゆっくりれいむの姿があった。 「ケロー♪」 思わぬ仲間の登場に喜ぶケロちゃん。ゆっくりの中でも鈍くさいケロちゃんにとって他のゆっくり達は、困っている時に助けてくれる大切な仲間だ。エサのことも忘れて近づいていく。 近づいてくるケロちゃんを笑顔で迎え入れるゆっくり達。 しかしその後ろで動く芋虫を見つけた途端、目の色が変わった。 「ゆっくり!」 「ゆっくりゆっくり!」 「ケ、ケロっ!?」 向かってくるケロちゃんを放っておいて、芋虫に向かう。 「ハフ、ハフハフッ!」 「うめぇ! うめぇぇっ!」 「ケ、ケロッ! ケロッ!!」 自分の獲ってきたエサを食べられるのに気づくと、急いでケロちゃんも引き返すが、既に芋虫はゆっくり達の腹の中に収まっていた。 「げっぷぅううぅううぅうっ……」 「いっぱいー!」 「あーうー……」 朝からずっと探し続けた成果のなれの果てに、自然と涙が溢れ出していく。 「ゆっくりしていってね!」 「またゆっくりしに来るね!」 泣いているケロちゃんをまるで気にせず、ゆっくり達はそのまま帰路へ就いた。 風で草の揺れる中、ケロちゃんの泣き声だけが響き渡る。 帽子の中で、何かが動く気配がした。 「あ゛あ゛っ!」 叫びながら体を横に振り、抵抗するケロちゃん。しかし帽子はしっかりと頭に食いつき、まるで取れそうにない。 帽子の中ではドリルの時のように何かが伸びてきて、ケロちゃんの頭に乗った。 「……」 そのまま何も起きない。 「……あーうー?」 不思議に思い、自然とケロちゃんが声を出した瞬間、乗っていた何がが動き出す。 それは平べったく、まるで布のような感触だったが、表面の目の粗さは石や砂で出来た荒れ地のようだ。 世間的には紙ヤスリと例えられそうなものが、ケロちゃんの頭に乗っていた。 「あ゛ががあ゛ぁぁあ゛ががぁぁあ゛あ゛っ!」 生菓子の生地のようだった色違いの皮膚を、紙ヤスリがガリガリと削っていく。 「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛っ!!」 丸かったケロちゃんの頭は、ヤスリで擦られていくごとにどんどん四角く変形していく。 「……あ゛……あ゛が……う゛……っ」 ケロちゃんの声が擦れ、まともに声が出なくなった時、ヤスリは動きを止めていた。頭はほとんど平らになり、帽子の中では大漁の削りカスが山をつくっている。 「……あ……う゛……」 朦朧とする意識の中でケロちゃんの頭に浮かんでいたのは、先ほどエサを奪っていったゆっくり達の姿だった。 ケロちゃんは必死だった。 これ以上、帽子から虐待を受けたくない。でもエサは手に入らない。 悩んだ末に、ケロちゃんは一つ、捕まえられそうなエサの存在に気がついた。 他のゆっくりの存在である。 「……ケロ」 他のゆっくり達を食べた事はある、だがケロちゃんは自分から捕まえようとしたことはない。せいぜい死んだばかりのゆっくりを食べている際に、ご相伴に預かったぐらいだ。 しかし向こうはケロちゃんの事を無害とわかっているので、初めてあった時からすぐに気を許して近づいてくる。これを利用しない手はない。 ケロちゃんはいつものように鳴きながら、他のゆっくり達を探し始めた。 「ま、まりさっ!」 「れいむ、れいむれいれれれれれれれっ!」 ある洞穴の中で。 ゆっくりれいむとまりさのつがいが交尾をしていた。 「すっきりー」 上になっていたまりさが晴れやかな顔で呟く。しばらくすればれいむの体から茎が伸び、子供が生まれ、れいむの体が大きくなり、このつがい達も親子連れになるのだろう。 「……ゆっくりしていてね!」 魔理沙はゆっくりしているれいむの姿を見守っていたが、出産後に何か食べさせてあげたいと思い、外へ出かけていった。 ちょうど魔理沙と入れ違いになりながら、ケロちゃんは洞穴へやって来た。 「……ケロ」 洞穴の入り口から、ケロちゃんは中の様子を探る。中にいるのがれいむ1匹だけだと確認すると、そのまま静かに洞穴へ入っていく。 「……」 れいむはケロちゃんの存在に気づいたが、出産を間近に控えた身、声を上げることなく静かにケロちゃんを迎え入れた。 ようやく獲物を見つけたと、れいむに近づいていくケロちゃん。しかし側まで来た時、そのれいむが出産間近だと気がついた。 「……あーうー……」 子供を産もうとしているれいむを食べていいのか、ケロちゃんの中で葛藤が生まれる。 無事に子供を産んで欲しい、でももうずっとご飯を食べていない……。 れいむの目の前で「あーうー」と良いながらウロウロと動き、悩むケロちゃん。 そんな時、帽子の中から音が聞こえた。 「ゲロッ!」 悩んでいる暇はない、もう虐待されるのは嫌だ! 目の前にいるれいむに思いっきり噛みついた。 「あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁっ!」 思わずれいむは目を見開いた。敵じゃないと思っていたものからの攻撃に驚きと痛みの悲鳴を上げる。 ケロちゃんは久しぶりの食事の感触に、もはや完全に理性を失い、ただひたすらに噛み砕いていく。 「ゲロ、ゲロゲロッ!!」 「や゛め゛でぇぇえ゛え゛ぇぇぇえ゛え゛ぇっ! だべな゛い゛でぇえ゛え゛え゛ぇっ!」 前に食べた死んでいるゆっくりと比較にならないその旨さに、ケロちゃんは思わず泣きながら食べていた。 突然、横からの衝撃に、ケロちゃんは吹き飛ばされる。 「ゲロ゛ッ!?」 驚くも、どうにか倒れずに踏ん張る。 慌てて振り返ると、そこには飛びかかってくる魔理沙の姿があった。 「ゆっくりしね!」 「ゲロ゛っ!!」 ゆっくりの全体重を受けるケロちゃん。強く食い込んでいる帽子がさらに奥へと食い込んでくる。 魔理沙の怒りはそれだけでは収まらず、帽子の上で何度も何度も飛び跳ねた。 「ゆっくりしねっ! ゆっくりしねっ! しねぇっ!」 「ゲロ゛ッ! ゲロ゛ゲロ゛ッ!」 どんどん帽子が埋め込まれていく。このままでは体全てを帽子の中に埋め込まれてしまう。 「ゲロォォオオォオオっ!」 身の危険を感じたケロちゃんは、魔理沙が飛び跳ねた瞬間、洞穴の入り口目指して走り始めた。 「ケロ、ケロゲロッ!」 「ゆっくり出て行ってね! 二度と来ないでね!」 逃げていくケロちゃん。走り去っていく際にれいむの姿が映る。 「……ゆっ、ゆ゛っぐり゛……」 れいむはぐったりと横たわり、目は虚ろになっている。このまま出産すれば、その負担で死んでしまうだろう。 頬が欠けたチーズのように抉られ、中身のあんこが見える体。 その体は、ケロちゃんのお腹の中に収まっている。 「……ゲロ゛ォォオオォオオォっ!」 ケロちゃんは滝のような涙を流しながら、その場を走り去っていった。 その日、帽子からの攻撃は来なかった。 雨が降っていた。 「……」 雨を口で受け止めるようにケロちゃんは横たわっている。いつからそうしていたのか、ケロちゃんにはもう覚えがない。 れいむを食べたおかげで多少元気になったものの、その事が尾を引き、ケロちゃんは他のゆっくり達を食べられなくなっていた。 元々の鈍くささにどんどん衰弱していく体。 次第に動くこともままならなくなったケロちゃんは、こうして倒れたまま動かなくなっていた。 ぽたぽたと、乾いた口に入ってくる水が気持ちいい。死にかけたケロちゃんの中で、雨の感触だけが苦痛を和らげている。 ふと、ケロちゃんの耳に何かの音が聞こえてきた。何の音だろう。 それは帽子の中から聞こえてくる音だったが、普段とは音が違っていたために、ケロちゃんはまるで気づけない。 帽子から何か光るものが生えて来た。 端から見ていれば、それは光沢のある金属製の歯だとわかる。 その歯1本1本が、ケロちゃんの頭に突き刺さった。 「あ゛ぐっ」 頭に走る痛みに恐怖するケロちゃん。しかし体はまるで動かない。 ギザギザに生えた歯は全体で円を描くように回転し始め、ケロちゃんの頭を細かく削り始めた。 「あ゛がげがごがあ゛がががっっ!! あ゛ががぁがぼがっ!!」 ケロちゃんの頭がミンチとなっていく。 時間が進むごとに帽子は下へと降りていき、既にケロちゃんの目は帽子によって隠れていた。 ヤスリの時とは感触の違う削られ方にケロちゃんの悲鳴はより大きくなる。既に頭の5分の1はなくなっているが、帽子で見えないケロちゃんにそれを知るすべはない。 「ゆ゛ゆっぐり゛ざぜでっ! ゆ゛っぐり゛ざぜでえ゛ぇぇえ゛ぇえ゛ぇえ゛え゛ぇっ!」 ケロちゃんの一生分の悲鳴が響く。 生まれてからずっと、ケロちゃんがゆっくり出来なかった原因。 この帽子は、帽子だが帽子ではない。ちゃんとした生き物だ。 帽子は生まれて間もなく、生きているケロちゃんに寄生する。そしてケロちゃんの体を通して栄養を手に入れ、徐々に成長していくのだ。 ケロちゃんがエサを見つけられなければ自分にも栄養が回ってこない。ケロちゃんが必死にエサを探すようにと虐待しながら、足りない栄養を削れたケロちゃんの体で補っていく。 そしてケロちゃんが衰弱し、エサを探せなくなれば、その体を喰らい尽くしてしまう。 この生態を知った時、人はこの帽子の事を畜生帽と名付けた。 ケロちゃんの大きな愛らしい目がミキサーにかけられる。涙混じりのそれは体よりもさらにミンチにしやすく、あっという間に粉々になっていく。 ケロちゃんの口からは息が漏れているが、もはや声になっていない。 帽子のふちが地面についた時、ケロちゃんの体はもうどこにも存在しなかった。 「……げっぷっ」 帽子の中でゲップをすると、中から足を伸ばし歩き始める畜生帽。 雨の中、次のケロちゃんを捜しに旅立っていった。 by 762 このSSに感想を付ける
https://w.atwiki.jp/yukkuri_gyakutau9/pages/94.html
ゆっくりケロちゃんの特徴に大きな帽子が上げられる。 通常、各ゆっくりはそれぞれ特徴的な帽子やリボンをつけているが、その中でもケロちゃんの帽子は大きく、また異形だ。ゆっくりは他の生物と比べてもかなり特徴的な生物だが、ケロちゃんはその帽子のため、さらに目立つ存在であり、人々にもかなり知れ渡っている。 しかしケロちゃんが生まれる際、頭に帽子を被っていないのはあまり知られていなかった。 「ケロ、ケロケロ!」 ケロちゃんが川辺を歩いている。ケロケロと鳴きながら顔は笑顔。元気いっぱいな姿を可愛いという人も多い。頭には他のケロちゃんと変わりなく、特徴的な帽子を被っていた。 「ケロケロ……ケロッ!」 川辺を歩いているケロちゃんの目に、野花とその上に乗っているトンボの姿が映った。 ケロちゃんの目が変わる。朝から何も食べていないケロちゃんにとって、トンボはまたとないごちそうだ。是非捕まえて食べてしまいたい。 「ケロ……ケロ……」 鳴き声を小さくし、少しづつ近づいていくケロちゃん。早く食べたいと焦る気持ちを必死に押さえつける。 次第に、飛びかかれば届く距離になる。 「ケロぉぉおぉおぉぉぉおっ!」 押さえつけた気持ちを解放し、ケロちゃんはトンボに飛びかかる。 しかしそれに気づいたトンボは、焦ることなく野花の上から飛び去り、ケロちゃんはトンボのいない野花へとダイブした。 「……! ……!」 地面に突っ伏したまま、なかなか起き上がれないケロちゃん。 どうにか体を起こした時には、既にトンボは遠くに逃げてしまっていた。 ケロちゃんの目に涙が滲む。 「あーうー……」 いくら泣いても、お腹は膨れてくれなかった。 それからしばらく川辺にのこり、やって来るトンボを捕まえようとするが1匹も捕まえられない。 歩く速度も普通。動きも普通。 ただゆっくりの中でも、ケロちゃんはかなり鈍くさかった。 「あーうー!」 日が暮れて来てもトンボ1匹捕まえられない。何か食べたいと高まってくる欲求にケロちゃんは大きく叫んだ。 ふと、帽子の中で何かが動いた。 「あうっ!」 瞬間、身を硬直させるケロちゃん。上を見上げるが帽子のつばしか見えない。 帽子の中では、1本のドリルがケロちゃんの頭に刺さろうとしていた。 「あ゛ぎゃぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛お゛あ゛ぁっ!」 頭に走った激痛にケロちゃんは叫び声を上げる。瞳孔と口は開き、目は血走っているが、端からは何が起こっているのかわからない。 帽子の中からケロちゃんへ伸びたドリルは、その大きさ10センチほどを頭の中に埋め込むと、そのまま動くのを止めた。 「あ、あああぁああぁぁ……」 軽くなった痛みに自然と声が小さくなるケロちゃん。 ドリルは花を咲かせるように体を開き、あけた穴を広げながらケロちゃんの中身をえぐり取った。 「ぎゃあ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛っ!」 大きさ10センチが、半径10センチに変わったドリルは、ケロちゃんの固まりをつけたまま上へと戻っていく。 ぽっかりと大きな穴がケロちゃんの頭に開いたが、外から見ると何も変わっていないようにしか見えない。 完全に白目を向き、ケロちゃんは痙攣しながら俯せに転がっている。 ケロちゃんにはわかっていた。 この帽子が攻撃してくるのは、エサが獲れない時だとわかっていた。 次の日、ケロちゃんは草むらにいた。 「ケロケロケロ!」 頭の傷はまだ完全に治っていない。その部分だけ水分が多く、まだ火の通っていない生菓子の生地のように色も変わっている。 あれからまだエサを獲れていない。空腹なままのケロちゃんはしかし今日こそはと意気込んでエサを探していた。 「ケロォー!」 朝からひたすら探していたおかげか、喜んでいるケロちゃんの目の前には芋虫が3匹ほど動いていた。 ケロちゃんにとって芋虫はそれほど好物ではないが、お腹が空いている今、贅沢は言っていられない。早速食べようと、ケロちゃんは舌を伸ばし始めた。 「ゆっくりしていってね!」 「ゆっくりー!」 「ケロ?」 突然、後ろから声をかけられる。 そこには草をかき分けて近づいていくゆっくり魔理沙とゆっくりれいむの姿があった。 「ケロー♪」 思わぬ仲間の登場に喜ぶケロちゃん。ゆっくりの中でも鈍くさいケロちゃんにとって他のゆっくり達は、困っている時に助けてくれる大切な仲間だ。エサのことも忘れて近づいていく。 近づいてくるケロちゃんを笑顔で迎え入れるゆっくり達。 しかしその後ろで動く芋虫を見つけた途端、目の色が変わった。 「ゆっくり!」 「ゆっくりゆっくり!」 「ケ、ケロっ!?」 向かってくるケロちゃんを放っておいて、芋虫に向かう。 「ハフ、ハフハフッ!」 「うめぇ! うめぇぇっ!」 「ケ、ケロッ! ケロッ!!」 自分の獲ってきたエサを食べられるのに気づくと、急いでケロちゃんも引き返すが、既に芋虫はゆっくり達の腹の中に収まっていた。 「げっぷぅううぅううぅうっ……」 「いっぱいー!」 「あーうー……」 朝からずっと探し続けた成果のなれの果てに、自然と涙が溢れ出していく。 「ゆっくりしていってね!」 「またゆっくりしに来るね!」 泣いているケロちゃんをまるで気にせず、ゆっくり達はそのまま帰路へ就いた。 風で草の揺れる中、ケロちゃんの泣き声だけが響き渡る。 帽子の中で、何かが動く気配がした。 「あ゛あ゛っ!」 叫びながら体を横に振り、抵抗するケロちゃん。しかし帽子はしっかりと頭に食いつき、まるで取れそうにない。 帽子の中ではドリルの時のように何かが伸びてきて、ケロちゃんの頭に乗った。 「……」 そのまま何も起きない。 「……あーうー?」 不思議に思い、自然とケロちゃんが声を出した瞬間、乗っていた何がが動き出す。 それは平べったく、まるで布のような感触だったが、表面の目の粗さは石や砂で出来た荒れ地のようだ。 世間的には紙ヤスリと例えられそうなものが、ケロちゃんの頭に乗っていた。 「あ゛ががあ゛ぁぁあ゛ががぁぁあ゛あ゛っ!」 生菓子の生地のようだった色違いの皮膚を、紙ヤスリがガリガリと削っていく。 「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛っ!!」 丸かったケロちゃんの頭は、ヤスリで擦られていくごとにどんどん四角く変形していく。 「……あ゛……あ゛が……う゛……っ」 ケロちゃんの声が擦れ、まともに声が出なくなった時、ヤスリは動きを止めていた。頭はほとんど平らになり、帽子の中では大漁の削りカスが山をつくっている。 「……あ……う゛……」 朦朧とする意識の中でケロちゃんの頭に浮かんでいたのは、先ほどエサを奪っていったゆっくり達の姿だった。 ケロちゃんは必死だった。 これ以上、帽子から虐待を受けたくない。でもエサは手に入らない。 悩んだ末に、ケロちゃんは一つ、捕まえられそうなエサの存在に気がついた。 他のゆっくりの存在である。 「……ケロ」 他のゆっくり達を食べた事はある、だがケロちゃんは自分から捕まえようとしたことはない。せいぜい死んだばかりのゆっくりを食べている際に、ご相伴に預かったぐらいだ。 しかし向こうはケロちゃんの事を無害とわかっているので、初めてあった時からすぐに気を許して近づいてくる。これを利用しない手はない。 ケロちゃんはいつものように鳴きながら、他のゆっくり達を探し始めた。 「ま、まりさっ!」 「れいむ、れいむれいれれれれれれれっ!」 ある洞穴の中で。 ゆっくりれいむとまりさのつがいが交尾をしていた。 「すっきりー」 上になっていたまりさが晴れやかな顔で呟く。しばらくすればれいむの体から茎が伸び、子供が生まれ、れいむの体が大きくなり、このつがい達も親子連れになるのだろう。 「……ゆっくりしていてね!」 魔理沙はゆっくりしているれいむの姿を見守っていたが、出産後に何か食べさせてあげたいと思い、外へ出かけていった。 ちょうど魔理沙と入れ違いになりながら、ケロちゃんは洞穴へやって来た。 「……ケロ」 洞穴の入り口から、ケロちゃんは中の様子を探る。中にいるのがれいむ1匹だけだと確認すると、そのまま静かに洞穴へ入っていく。 「……」 れいむはケロちゃんの存在に気づいたが、出産を間近に控えた身、声を上げることなく静かにケロちゃんを迎え入れた。 ようやく獲物を見つけたと、れいむに近づいていくケロちゃん。しかし側まで来た時、そのれいむが出産間近だと気がついた。 「……あーうー……」 子供を産もうとしているれいむを食べていいのか、ケロちゃんの中で葛藤が生まれる。 無事に子供を産んで欲しい、でももうずっとご飯を食べていない……。 れいむの目の前で「あーうー」と良いながらウロウロと動き、悩むケロちゃん。 そんな時、帽子の中から音が聞こえた。 「ゲロッ!」 悩んでいる暇はない、もう虐待されるのは嫌だ! 目の前にいるれいむに思いっきり噛みついた。 「あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁっ!」 思わずれいむは目を見開いた。敵じゃないと思っていたものからの攻撃に驚きと痛みの悲鳴を上げる。 ケロちゃんは久しぶりの食事の感触に、もはや完全に理性を失い、ただひたすらに噛み砕いていく。 「ゲロ、ゲロゲロッ!!」 「や゛め゛でぇぇえ゛え゛ぇぇぇえ゛え゛ぇっ! だべな゛い゛でぇえ゛え゛え゛ぇっ!」 前に食べた死んでいるゆっくりと比較にならないその旨さに、ケロちゃんは思わず泣きながら食べていた。 突然、横からの衝撃に、ケロちゃんは吹き飛ばされる。 「ゲロ゛ッ!?」 驚くも、どうにか倒れずに踏ん張る。 慌てて振り返ると、そこには飛びかかってくる魔理沙の姿があった。 「ゆっくりしね!」 「ゲロ゛っ!!」 ゆっくりの全体重を受けるケロちゃん。強く食い込んでいる帽子がさらに奥へと食い込んでくる。 魔理沙の怒りはそれだけでは収まらず、帽子の上で何度も何度も飛び跳ねた。 「ゆっくりしねっ! ゆっくりしねっ! しねぇっ!」 「ゲロ゛ッ! ゲロ゛ゲロ゛ッ!」 どんどん帽子が埋め込まれていく。このままでは体全てを帽子の中に埋め込まれてしまう。 「ゲロォォオオォオオっ!」 身の危険を感じたケロちゃんは、魔理沙が飛び跳ねた瞬間、洞穴の入り口目指して走り始めた。 「ケロ、ケロゲロッ!」 「ゆっくり出て行ってね! 二度と来ないでね!」 逃げていくケロちゃん。走り去っていく際にれいむの姿が映る。 「……ゆっ、ゆ゛っぐり゛……」 れいむはぐったりと横たわり、目は虚ろになっている。このまま出産すれば、その負担で死んでしまうだろう。 頬が欠けたチーズのように抉られ、中身のあんこが見える体。 その体は、ケロちゃんのお腹の中に収まっている。 「……ゲロ゛ォォオオォオオォっ!」 ケロちゃんは滝のような涙を流しながら、その場を走り去っていった。 その日、帽子からの攻撃は来なかった。 雨が降っていた。 「……」 雨を口で受け止めるようにケロちゃんは横たわっている。いつからそうしていたのか、ケロちゃんにはもう覚えがない。 れいむを食べたおかげで多少元気になったものの、その事が尾を引き、ケロちゃんは他のゆっくり達を食べられなくなっていた。 元々の鈍くささにどんどん衰弱していく体。 次第に動くこともままならなくなったケロちゃんは、こうして倒れたまま動かなくなっていた。 ぽたぽたと、乾いた口に入ってくる水が気持ちいい。死にかけたケロちゃんの中で、雨の感触だけが苦痛を和らげている。 ふと、ケロちゃんの耳に何かの音が聞こえてきた。何の音だろう。 それは帽子の中から聞こえてくる音だったが、普段とは音が違っていたために、ケロちゃんはまるで気づけない。 帽子から何か光るものが生えて来た。 端から見ていれば、それは光沢のある金属製の歯だとわかる。 その歯1本1本が、ケロちゃんの頭に突き刺さった。 「あ゛ぐっ」 頭に走る痛みに恐怖するケロちゃん。しかし体はまるで動かない。 ギザギザに生えた歯は全体で円を描くように回転し始め、ケロちゃんの頭を細かく削り始めた。 「あ゛がげがごがあ゛がががっっ!! あ゛ががぁがぼがっ!!」 ケロちゃんの頭がミンチとなっていく。 時間が進むごとに帽子は下へと降りていき、既にケロちゃんの目は帽子によって隠れていた。 ヤスリの時とは感触の違う削られ方にケロちゃんの悲鳴はより大きくなる。既に頭の5分の1はなくなっているが、帽子で見えないケロちゃんにそれを知るすべはない。 「ゆ゛ゆっぐり゛ざぜでっ! ゆ゛っぐり゛ざぜでえ゛ぇぇえ゛ぇえ゛ぇえ゛え゛ぇっ!」 ケロちゃんの一生分の悲鳴が響く。 生まれてからずっと、ケロちゃんがゆっくり出来なかった原因。 この帽子は、帽子だが帽子ではない。ちゃんとした生き物だ。 帽子は生まれて間もなく、生きているケロちゃんに寄生する。そしてケロちゃんの体を通して栄養を手に入れ、徐々に成長していくのだ。 ケロちゃんがエサを見つけられなければ自分にも栄養が回ってこない。ケロちゃんが必死にエサを探すようにと虐待しながら、足りない栄養を削れたケロちゃんの体で補っていく。 そしてケロちゃんが衰弱し、エサを探せなくなれば、その体を喰らい尽くしてしまう。 この生態を知った時、人はこの帽子の事を畜生帽と名付けた。 ケロちゃんの大きな愛らしい目がミキサーにかけられる。涙混じりのそれは体よりもさらにミンチにしやすく、あっという間に粉々になっていく。 ケロちゃんの口からは息が漏れているが、もはや声になっていない。 帽子のふちが地面についた時、ケロちゃんの体はもうどこにも存在しなかった。 「……げっぷっ」 帽子の中でゲップをすると、中から足を伸ばし歩き始める畜生帽。 雨の中、次のケロちゃんを捜しに旅立っていった。 by 762 このSSに感想を付ける
https://w.atwiki.jp/yuri_memo/pages/481.html
ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 スレ主が男なのに百合スレ。な、何を言ってるのかわからねーと思うがry カナダで結婚式を挙げたという姉カップルについて1が語るスレです。 時折ダムスレになるのは仕様です。 1:ミリヲタでお酒だいすき ED ネオ魔法使い 社畜 姉:20代 頭良すぎ ダムヲタ もやしもんの長谷川さん似 お酒弱い / 嫁ちゃん:姉と同じ年 麻生久美子似 お酒強い 2011/8 パー速にスレ立て ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第1章:え?ねぇちゃん、ガチレズだったの? ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第2章:エプロン姿の嫁ちゃん可愛すぎワロタwww ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第3章:修羅場の日 ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第4章:夜の暴君 ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第5章:かーちゃんの寛容のわけ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第6章:ダムスレ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第7章:大学時代のねぇちゃん達 ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第8章:後輩くんとカラオケ→ハイテンション ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第9章:1と先輩の思い出 ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第10章:俺が張り付いた百合スレはみんなうまくいく ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第11章:オススメ百合漫画のターン ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第12章:オススメダムのターン ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第13章:【速報】スレバレセーフ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第14章:カルティエはLGBTフレンドリー企業^^ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第15章:茄子のレシピ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第16章:オヤジのツンデレがヤバイ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第17章:IDカチ合わせ ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第18章:姉の居ぬ間に実家で嫁ちゃん団らん ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第19章:お姉さま婦妻スレ降臨 ねぇちゃんの嫁が超可愛い件 第20章:エンディング
https://w.atwiki.jp/sinnerei/pages/3337.html
【作品名】邪神ちゃんドロップキック 【ジャンル】漫画 【名前】花園ゆりね 【属性】人間 【年齢】18歳 【長所】おそらく作中最強 【短所】厨二病設定だけどそんな感じしない vol.8
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/283.html
第26話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 夕闇が降りてくる。この季節特有の凛と張り詰めた空気が、北からの風に乗って吹き付ける。 緑溢れる豊かな街並み。若葉、青葉、紅葉とみんなを楽しませてきた銀杏の樹。 それも寂しく剥き出しの枝を晒すのみ。 景色から色彩が失われていく。終わりの季節。かつてのせつなの心象風景。 大丈夫、そうじゃないってわかってる。手を伸ばし、そっと樹皮に触れてみる。 きっとこの下では力強い命が息づいていて、新しい芽を出すために体を休めているのだろう。 幸せの集う街。人々の笑顔はこんな季節でも翳ることを知らない。 枯れ落ちた葉の代わりに、イルミネーションが飾り付けられる。 既にいくつか点灯し、暗い街並みを優しく彩る。 日々増えていく賑やかな飾り。光の道を描いて誘導するメインストリートの照明。 あちこちから聞こえてくるクリスマスミュージック。リズミカルな音の調べ。 楽しげで、ちょっと寂しげな歌声。 孤独な冬の夜空のキャンパス。この街のみんなと一緒なら、それも心安らぐ名画に変わる。 真っ白な息を吐いて、澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。そして明るい表情で駆け出す。 もうすぐ訪れる、生まれて初めてのクリスマスのために。 「もうじきクリスマスだね。今年は雪が降るといいな」 「天気予報では晴れが続くみたいね。雪が降るのはいいことなの?」 「雪の夜のクリスマスはね、とっても綺麗なんだよ」 出かける前にラブと交わした会話。 初めてだからこそ、せつなに見せてあげたかった。そう残念そうにラブはつぶやいた。 雪の降る聖夜――ホワイトクリスマス。 素敵な響きだと思う。でも、その魅力は来年以降の楽しみにとっておこう。 もう十分すぎるくらいにワクワクしてるから。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。クリスマスの奇跡――』 クローバータウンストリート。かつて四ツ葉町商店街と呼ばれていた歴史のある往来。 付いて来たがるラブを苦労してなだめて、せつなは一人で買い物に来た。 クリスマスプレゼント。こっそり買ってみんなを喜ばせたかった。 捧げるのではなく、与えてもらうのでもなく、心を込めて贈り、贈られる喜び。 この街で知った、それは大切な幸せだった。 街灯の連なった通りを抜けて、レンガ造りの壁沿いの路地裏にさしかかった時だった。 小太りした老人が座り込んでいるのを見つけた。 品の良さそうな白人のおじいさん。真っ白な髪と同じ色の豊かなひげを蓄えている。 頬と鼻はやや赤く染まっていて、白い肌とあいまってひょうきんな印象を与える。 せつなが近づくと、穏やかな表情で微笑んできた。 「どうかしたんですか? おじいさま。私は、東 せつなといいます」 「これは親切にありがとう。わしの名はニコラスというんじゃ。腰を痛めて休んでおったんじゃよ」 せつなは少し逡巡した後、体を屈めて背を向けた。街は暗く、この辺りは人通りも少ない。 放っておくことはできないと思った。 「お嬢さんや?」 「どうぞ。お家まで送っていきます」 「気持ちはありがたいんじゃが、わしは重いでな。お嬢さんの細腕では無理じゃよ」 「平気です。見た目通りの力じゃありませんから」 老人は躊躇ったものの、せつなは一度言い出したら譲る性格ではない。ついに根負けして背中に体を預けた。 確かに老人にしては体格もよく、かなりの体重だった。それでもせつなに支えきれないほどでもない。 しっかりとした足取りで歩き始めた。 賑やかな場所をくぐり抜けながら、老人の示す通りに歩き始める。 重さは苦痛ではなかったが、街の人々の視線が少し恥ずかしかった。 でも、なぜか誰にも声をかけられることはなかった。誰も、気がつかないかのように。 通りを抜けて静かな公園に着く。住宅街から少しだけ離れた、子供用の小さな施設。 その隅にあるベンチの前で降りると言いだした。 人気のない小さなベンチで並ぶようにして腰をかけた。 「ここは? おじいさまの家までちゃんと送ります」 「いや、ここでいいんじゃよ。ありがとう」 優しいけど、はっきりとした口調。これ以上は干渉してはいけない気がした。 それでも、こんな寂しい場所に一人で置いて去る気にもなれなかった。 せつなは何を話していいかわからず、二人の間に静かな時間が流れる。 「お嬢さん、いやせつなちゃんと言ったかな。――優しいんじゃな」 「私は……優しくなんてありません。本当に優しい子を知っているから」 「ほっほ、それはもしかしたらラブちゃんと言うんじゃないかね?」 「知ってらっしゃるのですか? おじいさま」 「わしは全ての子供を知っておるとも。でも、どうしてじゃろうな。お嬢さんのことだけは思い出せん」 「おじいさんは不思議な人ね。私は遠いところから来たの。だから知らなくて当然よ」 柔らかい表情。吸い込まれるように深くて、穏やかな瞳。積み重ねた年輪が生み出す、包み込まれるような安心感。 せつなは、ふと甘えたいような気持ちになって丁寧語を崩した。 おじいさん。そう呼べるほどの年齢の方と親しく話したのは初めてだと気がつく。 ラブもおじいさんが好きだったと言っていた。その方もこんなに優しい目をしていたのだろうか。 「わしは子供にプレゼントを配るのが生きがいでな。とりわけ困った子や寂しい子にな」 「素敵なお仕事ね。私もプレゼントを買いに行くところだったの」 「せつなちゃんは何か欲しい物はあるかな? 何でも一つだけわしがプレゼントしてあげよう」 「ええっ、私はいいわ。とても幸せだもの。これ以上、欲しいものなんてないわ」 「そう言わずに、どんな大きなものでも構わんよ。一つだけ、わしのためと思うてな」 「なら、小さくていいから三つ。ううん、五つ欲しい」 「ほっほっほ。それは自分の分ではなかろう。わしがプレゼントするのは良い子だけじゃ」 「だったら――私はもらう資格なんてないわ。とても悪い子だもの」 明るく弾んでいたせつなの表情に影が差し込む。おじいさんはそっとせつなの手の上にしわがれた手を重ねた。 せつなはびっくりしておじいさんを見つめる。深い緑色の瞳がその表情を映し出す。心の底まで見透かされた気がした。 おじいさんは、やがてゆっくりと首を振った。 「せつなちゃんには、特別に大きなプレゼントが必要のようじゃな」 「でも、私は……」 「良い子じゃ。わしが言うんだから間違いないぞ」 おじいさんの、優しくて、温かくて、そして確信に満ちた力強い言葉に胸がいっぱいになる。 せつなはふいに涙が込み上げてきそうになって、慌てて立ち上がって後ろを向いた。 泣かされた。それがちょっとだけ悔しくなって、イジワルを言ってみた。 「じゃあ、クリスマスに雪を降らせてほしいわ。――なぁんてね、冗談よ」 「クリスマスに雪じゃな。確かに承ったぞ、せつなちゃんや」 急に突風が吹きつける。せつなが目をかばった一瞬の後、老人はその姿を消していた。 ヒラ、ヒラ、と紙切れが落ちてくる。それはシンプルなクリスマスカードだった。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 いつの間に用意したのか、素朴なメッセージ。 それからしばらく探し回ったけど、結局どこに行ったのか見つけられなかった。 どうやって消えたのかはわからないけど、事件性は無いと判断してその場を離れた。 ひと時の優しい出会いに感謝しながら。 「へ~不思議なことがあったのね」 「あたしの名前知ってたって? そんな外国人のおじいさんに心当たり無いけど」 翌日のラブの部屋。せつなは集まった三人に昨日の出来事を話した。 ラブのことを知っていた。それに特徴のある容姿をしていた。もしかしたら、誰かそのおじいさんを知っているかもしれないと思ったのだ。 できるならもう一度会いたい。もう少しお話をしてみたかった。 「もしかしたら、本当にサンタクロースなのかも」 「本で読んだわ。でも、それって伝承の中の人物でしょ」 「そうだけど、教父聖ニコラオスっていう実在した人でもあるの」 「確かにニコラスと言ったわ」 キリスト教の司教、ニコラオスの伝説。 貧しさのあまり、娘を売りに出そうとしていた家族がいた。彼はその家の屋根に金貨を投げ入れ、身売りから救ったという。これがサンタクロースの起源なんだとか。 他にも無実の罪で囚われた人を解放したなど、幾多の聖伝が残っている。 クリスマスの前の晩には、子供のいる貧しい家の戸口にプレゼントを置いていったとも伝えられている。 「さすがに詳しいわね、ブッキー。でもそれだって伝説のお話でしょ」 「居たのは事実よ。実話とも言われてるの。でも、遠い昔の外国の出来事だし」 「難しい話はわからないよ。真っ赤な服着たプレゼントを配るおじいさんの話だよね?」 「少なくとも、着ていたのは普通の茶色っぽい服だったわ」 「ある意味、本物なのかもしれないわね。公認サンタってお仕事もあるらしいし」 「趣味でやってる人もいるらしいね。夢を配るためにって」 「あたし、わりと最近までサンタクロースを信じてたんだ。おとうさんだったけど」 「アタシはママだった。ノリノリでサンタのコスプレまでしてたのよ」 「わたしも……。お父さん似合いすぎだった……」 湧き上がる笑い声。どんどん話がずれていく。せつなは苦笑しながら、それでも楽しくみんなの話を聞くことにした。 もともと大して期待していたわけでもない。もしかしたら手がかりが見つかるかもしれない。そんな気持ちだった。 なぜだかわからないけど、もう会えない。そんな予感もしていたのだ。 「どうしたの? せつな。なんか元気ないみたい」 「せつなにとって初めてのクリスマスだものね。ごめんなさい、無神経だった」 「あっ、違うの。ただ、今頃どうしてるのかなって」 「会いたいの? せつなちゃん」 「そういえば失恋した後みたいな顔してるわね。せつなってもしかして」 「ちょっと、馬鹿なこと言わないで! もし、おじいさんがいたら――あんな感じなのかなって」 そう、思っただけよ……。とせつなは小さくつぶやいた。 みんな、せつなの孤独はわかっていたつもりだった。ただ、親しくなりすぎて、馴染みすぎて、時々忘れてしまう。 せつなは親もいない。家族もいない。楽しく遊んだ子供時代が無い。愛された記憶が無い。 サンタクロースを信じていたような夢も、おじいさんに遊んでもらった思い出も、何もないんだってことを。 「ねえ、みんなでそのおじいさんを探そうよ」 「そうね、アタシも会ってみたくなったしね」 「うん、面白そう。やろう」 「ちょっと待って! 会って何かしたいわけじゃないの。迷惑かもしれないし……」 「せつなは会いたいんでしょ。理由なんてそれだけで十分だよ」 「うん、そうだけど」 「出会った近辺の聞き込みから始めましょう。似顔絵なんかがあるといいんだけど」 「せつなちゃん、絵を描ける?」 「自信ないけど、やってみるわ」 ラブが学校の授業で使ってるスケッチブックと色鉛筆を持ってきた。 みんなに注目されて顔を赤らめながらも、せつなはスラスラと鉛筆を滑らせていく。 学校中のクラブ活動にスカウトされた経験を持つせつなの実力。それは絵画でも顕著だった。みるみる白い紙に命が吹き込まれていく。 「凄い上手ね。でも、なんだか本当にサンタさんみたいに思えてきたわ」 「うんうん、お鼻も赤いしね」 「ラブちゃん、お鼻が赤いのはトナカイだと思う……」 「もう! 冷やかすなら見ないで!」 祈里の突っ込みで沸き起こる笑い声に、ちょっとだけせつながむくれる。 そうこうしながらも、かなり正確な似顔絵が描きあがった。外国人であることを強調するために色鉛筆を使ったのも良かった。 街の人たちの反応は予想した通りのものだった。 この辺りにそんな外国人の老人はいない。見たことがないと。 街に住んでいるのではなく、観光客の可能性もあった。それでも、目撃者の一人も見つからないのは不自然だった。 平時ならともかく、今はイルミネーションの飾り付けや商店街挙げてのクリスマス商戦で人通りが多い。 それなのに、せつながおじいさんをおぶって歩いていたのを見た人すらいなかった。 みんなの心に一瞬同じ思いがよぎる。せつなが夢でも見ていたんじゃないかって。 でも――せつなが必死になっている。見ず知らずの他人に、懸命に頭を下げて尋ねている。だから信じることにした。 「すみません、このおじいさんを探しています。心当たりはありませんか?」 「あ~~。着ぐるみで良ければあっちの通りで風船配ってたよ」 「着ぐるみじゃダメなんです……」 「やっぱり本物なのかなあ」 「真面目に言わせてもらえば、本物なんているはずが無いんだけど……」 「もういいの。用事があるわけではないもの。みんなありがとう」 せつなが打ち切りを口にした。もう寒空の下で五時間近く探してくれた。感謝で胸がいっぱいになる。 少しでもせつなを元気付けようと、ラブが広場のツリーの様子を見に行こうと提案した。 四ツ葉町のシンボルの一つ。商店街の外れに設けられた広場。その中心に大きなスギの樹がある。 毎年十二月に入ると、クリスマスツリーへと姿を変える。 年を重ねるごとに買い足され、増えていく装飾。リース、ベル、キャンドル、サンタ人形、模造リンゴ。 数百の装飾と数千のイルミネーションが取り付けられ、幻想的な輝きを放つ。 街中の人たちが一度はこのツリーを見に来て、クリスマスを祝うのだ。 「イブのライトアップはもっと綺麗なんだよ。そうだ! お願いしていこうよ、せつな」 「お願いって?」 「ツリーの頂上にある星飾りはね、トップスターと呼ばれてるの。約束や希望、そして導きって意味があるのよ」 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 「ふふっ、本当にサンタクロースにされちゃったわね。おじいさん」 でも、ありがとう。そうお礼を言ってせつなも手を合わせた。 本来はお願い事をする風習なんてない。でも、せつなには確かな約束があった。その時に、また会えることを信じて。 「さあ、ツリーに負けないように、あたしたちもパーティーの準備して幸せゲットだよ!」 「そうね、これ以上ないくらい完璧なクリスマスパーティーにしなきゃね!」 「きっと素敵なパーティーになるって、わたし信じてる!」 「楽しみね。私も――精一杯がんばるわ!」 無理やり口ぐせを決めて、そしてみんなで笑った。 せつなにとって初めてのクリスマス。昨年は戦いで見られなかったから。 今までの思い出を取り戻せるくらい楽しんでもらおうと、ラブたちは計画を立てていたのだ。 昨日も、今日も、そしてきっと、明日も明後日も。 幸せの先には、やっぱり幸せが待っている。そしてより大きな幸せに向かって一緒に歩いていくんだ。 クリスマス・イブ。聖なる日の前夜祭。 桃園家の庭をいっぱいに使って、盛大なクリスマスパーティーが開かれた。 美希を筆頭に、美しく着飾った四人が華麗に短いダンスを踊り、パーティーが始まった。 ラブの作ったドーナツ型のリースが食欲をかき立てる。 祈里手製のサンタやトナカイのぬいぐるみ。可愛らしくあちこちで愛嬌を振りまく。 せつなの作った切り紙のアート。雪の結晶を中心に様々な抽象パターンが幾多の模様を描く。 美希の手製のアロマキャンドル。幻想的な光の揺らぎ。そして香るいくつものアロマが癒しを施す。 圭太郎とあゆみが張り切って取り付けたカラフルな電球の数々。大きな庭に美しい光の絵画を描きだす。 正と尚子の厳かな祈りの後、食卓を彩る数々のご馳走。 フライドチキン。ローストビーフ。ピザにフライドポテト。パスタにサラダにサンドイッチ。 あゆみの教えの元で、クローバー四人で作り上げた料理だった。 そして、最後を飾るのは大きなクリスマスケーキ。イチゴをメインに数々の果物が贅沢に並ぶ。 娯楽の方も抜かりは無い。 圭太郎と正の、冴えない隠し芸が失笑を誘う。あゆみの恥ずかしそうに歌う可愛い声が、雰囲気を和ませる。 その後に披露されるレミの歌声。レコーディング経験もある元アイドルの美声が会場を魅了する。 レミはあゆみにチラっと流し目を送って、少しだけ睨みあって、そして吹きだした。 ラブの華やかなオリジナルソロダンス。せつなの鮮やかなトランプマジック。美希の三度の衣替えによる美しいポージング。 祈里の早編み……は盛り上がらなかった。 夢のように楽しい時間が過ぎていく。それでも予定の半分。ラストを飾るプレゼント交換まで、まだまだゲームやイベントはたくさん残されていた。 ひとまず休憩を挟むことにした。 せつなはふと、胸のポッケが温かくなっているのを感じた。手を入れると、そこにはおじいさんからもらったクリスマスカード。 なんだか呼ばれているような気がした。そして、美希の言葉を思い出す。 「サンタさんが、そのお星様を目印に空から降りてくるとも言われてるわね」 (お星様。トップスター。この辺りで一番大きいのは……) 「みんなごめんなさい。私、行かなきゃならないところがあるの。すぐに戻るから!」 「あっ、待って! せつな、どこに行くの!?」 突然駆け出したせつなをラブが追う。他のみんなも追いかけようとしたがラブが止めた。あたしが付いて行くからって。 動きにくい格好をしてるのはお互い様。本気を出したせつなの脚はとても速い。ラブはあっという間に引き離されていく。 せつなは広場の大きなツリーの前に立つ。 凍えるような寒さにも関わらず、そこは大勢のカップルや友人、家族連れで賑わっていた。 冷たい風を受けて、ツリーの葉や飾りがさらさらと揺れ動く。イルミネーションがゆらゆらと光の残像を描く。 聞いていた以上に美しい、そう思った。でも、ゆっくり見ている気にはなれなかった。 きょろきょろと周囲を見渡しながら求める人を探す。ここに集った人々の中に居てくれることを信じて。 見つからない。焦るせつなの耳に、かすかに響く鈴の音が聞こえてきた。 シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。シャンシャンシャン……。 それは、とても小さな音。ともすれば風にかき消されてしまうほどに……。 せつなの聴覚だから、かろうじて聞き取れるのだろう。周囲でその音に気が付いている人はいないようだった。 それは、空から聴こえてきた。 期待を込めて真っ暗な夜空を見上げた。 しかし、その後はそれ以上は大きくならず、また再び小さくなっていった。 せつなの瞳が失望に暗く染まる。 違う。暗く染まったのは夜空の方。星がひとつ、ふたつと消えていく。 暗い夜空がわずかな光すら失っていく。 そして、何かが落ちてくる。 それは、とても小さな白い結晶。 決して降るはずのない――雪だった。 今度こそ、辺りがザワザワと騒ぎ出す。 あるかないかわからない数だった雪の粒。 徐々に数を増やしていき、チラチラと降り注いでいく。 騒ぎはやがて歓声となり、人々を笑顔に変えていった。 生まれて初めてのクリスマス。そして、ホワイトクリスマス。 雪の降り注ぐ中で見る大きなツリー。街を照らすイルミネーションが雪の輝きと混じりあう。 美しい。それは確かに、言葉にできないほどに美しかった。 「せつなっ! やっと見つけたよ」 「ラブ……雪よ。降らないって、言ってたのに……」 「うん、凄いね。あたしもクリスマスに雪を見たのは、本当に小さい頃以来だよ」 「きっと……」 その先は口にできなかった。ラブにすら、その約束は話してなかった。 クリスマスカードも見せてなかった。 それは、せつなとおじいさんの二人だけの約束だったから。 「イブの日に、夜空を見上げてごらん」 そう書かれているクリスマスカードを、隠れるようにそっと開いた。 せつなの呼吸が驚きで一瞬止まる。 いつのまにか、メッセージが書き換えられていた。 瞳が限界まで見開かれて、そして――やがて涙が溢れ出した。 ~~Merry Christmas~~ せつなちゃんの心のように真っ白で美しい、そんな雪をプレゼントに贈ろう。 自信を持って生きなさい。 ニコラスより、愛しのせつなちゃんへ。 「……あっ……あっ……えっ、えっ、えっ……」 ぽろぽろ、ぽろぽろ、とうつむいたせつなの頬から涙が滴り落ちる。体を震わせ、時に泣き声まであげて。 ラブは驚きの表情でせつなを見つめた。その姿が、まるで小さな子供のように見えたから。 やがてそれが悲しみの涙でないことに気が付いて、そっとせつなを抱きしめた。 何も聞かずに、泣き止むまで――ずっと、ずっと、優しく抱きしめた。 そして、また二人で雪を見つめた。 ラブはせつなと一緒に見られた幸せに感謝しながら。 せつなは、この雪の美しさを一生忘れないように。 この雪に恥じないように生きていこうと誓いながら。 「さっ、せつな。帰ろう。あたしたちを待っててくれる人たちのところに」 「うん……。私たちの家に」 その雪は、クリスマスの夜まで静かに降り続けた。 せつなの幸せを――やさしく見守るかのように。
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/506.html
前へ 「ねー、ねー、なっきぃ。見て。・・・やっぱ、可愛いねー」 「キュフフ。リーダーったら、ほーんと好きだよね」 「でもなんか、見飽きないよね。子犬の兄弟みたいじゃない?ケッケッケ」 笑いを噛み殺し、小声で話し込む私たちの向かいの席にいるのは、我が家族キュートの末っ子コンビ(厳密には、愛理も末っこなわけだが・・・精神的な成熟度がどうたらこうたら)。 コンサートツアーの帰りの新幹線で、体を寄せ合ってうずくまっている子犬ちゃん2匹。 千聖の小さすぎな顔はマスクですっぽり覆われてるし、舞ちゃんは帽子を深々被っているもんだから、まるでワケアリカップルの逃避行のようだ。 だけど2人は完全にリラックスしていて、舞ちゃんはまるで専用枕にそうするかのように、お気に入りのポケモンタオルを千聖の肩に敷き、おでこを乗っけて熟睡中。 千聖はさっきまで「舞ちゃん可愛い~ぐふぇふぇふぇ」なんてご機嫌な様子だったのに、今はその舞ちゃんの頭にほっぺを押し付けて、こちらもすっかり眠りの世界に。 「和むねー」 「だねー。もう、いっつもこうしていてくれたらいいのに、とかいってw」 最近のちさまいときたら、私をて当て馬にしてお互いに嫉妬し合って毎日ケンカ三昧なもんだから、こういうほのぼのした光景は久しぶり。 千聖も舞ちゃんもわりとお口がお悪いところがおありで、その楽屋を飛び交う罵詈雑言に、舞美ちゃんなんてたまに本気で涙目になっちゃうぐらいだ。 でも、その200%ガチでやりあえる感じが、当て馬っきぃとしては羨ましくもあったりする。 私だってステージ上ではちさまいコンビにヘタレだ何だと罵られるけど、2人は致命的な事は絶対に言わないし、よく考えて発言しているのもわかっている。 舞様にいたっては、よりハードな言葉責めをした日の舞台裏では超優しくしてくださる(あれは単にそういうプレイなのかもしれないケロ)。 そういう気づかいすら無用な関係って、何か素敵やん。 千聖と舞ちゃん、千聖と私、私と舞ちゃん。 それぞれの関係性が微妙に異なるのは当然だし、不平不満もないんだけど、本当に本っ当に2人は仲いいよな・・・なんてしみじみ思ってしまう。 「・・・なっきぃ、何舞見てにやにやしてんの」 「おっ」 そんなことを考えつつ、2人をニヤニヤ眺めていたら、いつのまにか千聖が口を尖らせて私を見ていた。 「舞で変な事考えないでよねっ。なっきぃの変態め」 「べ、別に変態じゃないし!」 また黒歴史ならぬエロ歴史を穿り返されたのかと思い、顔真っ赤にして言い返すと、苦笑交じりに愛理に膝を叩かれた。 「ふん。まぁ、千聖が舞を守るから別にいいけどぉ。・・・ちょっとさー、それよりさー、ちょっと見てよ。・・・可愛くない?」 千聖は無駄にイケメンな表情で私を一睨みした後、親指で舞ちゃんの顔を指差した。 「舞の寝顔、めっちゃ可愛くない?」 「あー・・うん」 「むふふ」 千聖はケータイを取り出し、器用に舞ちゃんと自分のショットをカメラに収めた。 「これ、セレンドに送ってー、千聖の舞なんだってみんなにわかってもらわなきゃね」 「みんなって、誰よ」 「んー・・・人類全般?」 「それはまた、大きく出ましたな」 「あと、一部魚介類にも」 ぶほっ 豆乳でむせ返る愛理のほっぺに、さっきの御返しとばかりに指ツン攻撃を仕掛ける。 「・・・あのね、岡ちゃん」 「んー可愛いなぁ。舞ってミルクの匂いがする」 さすが長女といったところか。千聖は軽く肩を揺すって舞ちゃんをあやすようなしぐさをしつつ、顔を近づけてジーッと見つめる。 「舞って、目でっかくてめっちゃ可愛いけどさ、閉じてても可愛いよねっ!ほっぺもまん丸でさー、口はちょこんとしててさー、千聖の妹の次ぐらい可愛い!そう思わない?」 「はいはい、キュフフ・・・」 ほほう、ライバルはあの妹ちゃんか。リアル身内だけに、舞様これは強敵ですぞ。とかいってw 「あのさ、一応改めて言っておくけど、舞は千聖のだかんねっ!わかった?」 「わかったよう。でも、ステージで舞ちゃんが私にチューッてしてきたら、それは許してよね。悪いのは舞ちゃんなんだから」 私の言葉に、千聖の眉がピクッと上がる。 「そんなのさぁ、お前がよけろよっ」 「・・・千聖ちゃぁん、言葉遣い~」 「でへへ、ごめん~あいりん~」 ――ああ、そう。ソウデスヨネー。かわゆいあいりんの忠告なら聞き入れちゃう感じデスヨネー。 千聖ったら、舞ちゃん絡みになると本当に容赦ないんだから。でも男の子口調でズケズケ言われるの、実は嫌いじゃなかったりして。何かゾクゾクしちゃう!・・・私って、本当アレだよね、アレ。 「・・・あー、なんかなっきぃのせいでまた疲れてきちゃった。ちょっともう1回寝るから、大人しくしててね?」 「え?私のせい?ちょっと、もー、千聖ぉ・・・」 言いたい放題言ったらすっきりしたのか、千聖は舞ちゃんの寝乱れた髪を手櫛で優しくすくと、またスピースピーと寝息を立て始めた。 「もー、理不尽・・・」 「まあまあ、いいじゃないか!ほら、ことわざでもあるでしょ?ちさまい元気で留守が良い!みたいな」 「・・・それ、多分誤用。」 「あれ?じゃあ、ちさまいが歩いた後には草木の1本も残らぬみたいな」 「もはやことわざですらないよぅ、ケッケッケ」 リーダーの天然脱力トークに失笑していると、「んー・・・?」といううめき声とともに、今度は舞ちゃんが目を開けた。 「おはー」 「・・・」 寝起きが悪くて、起き抜け仏頂面なのはいつものこと。 だけど、今日の舞ちゃんは明らかに私を睨みつけている。 「な、なんだよぅ」 「・・・なっちゃん、何ちしゃと見てにやにやしてんの」 「はい?」 つい数十分前、名前のとこだけ変えて、投げつけられたのと同じ言葉。 「ちしゃとで変な事考えないでよねっ。なっちゃんの変態め」 「えーと・・・」 ――どうやら、この馬鹿ップルは、思考回路が全く同じであるらしい。 御丁寧に、「ま、ちしゃとは舞が守るし」とつぶやいた舞ちゃんは、予想通り、今度は千聖の魅力について語りだした。 うん、あの、わかる。わかりますよ?自分の自慢の彼女(?)の魅力をみんなにお話ししたい気持ちは。 でもね、でもね、だけど。同じ話を2回もされるのって、なかなかの苦痛を伴うって知ってる?しかも、単なるノロケ話! 「ちょっと!ちゃんと舞の話聞いてよねなっちゃん!」 「聞いてまキュフゥ・・・」 「でね、舞美ちゃん。千聖の寝顔ってめっちゃ可愛いじゃん?・・・」 とっくにさっきの千聖の話なんて頭から消えてるんだろう、ほえほえスマイルで舞ちゃんのお相手をしている舞美ちゃんに、スルー検定1級の力で読書を始めた省エネモードの愛理。 どっちの対応もできずに、中途半端なリアクションしか取れない私を舞様が見逃すはずもなく、上の空になるたびに話を巻き戻して聞かせてくださる。 「もー、魚介!」 「聞いてますってばぁ・・・!」 ――りーだー、早貴思ったんだけど、一番適切なことわざは“触らぬちさまいにたたりなし”だね。“ちさまいのいないところに煙は立たぬ”でもいいかもしれないケロ・・・。どうせ、このつぶやきは誰にも届かないけれど・・・。 「あー、うん・・・本当に、千聖は舞ちゃんのお姉ちゃんの次ぐらいに素敵ケロね・・・キュフフ・・・」 引きつった笑顔で相槌を打ちながら、私の右手は無意識にエアーケータイにデスメールを打ち込み始めたのだった。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/83452/pages/15154.html
律「ちょっ!こら外野!覗くなぁ!」ガーッ バタン! 紬「きゃー」タタタ 純「たいさ~ん」タタタ 紬「……」ソローリ 純「……追いかけて、来ませんね」 紬「それどころじゃないんでしょうね」 純「確かに。正念場でしょうから」 紬「それにしても残念、見つかっちゃったわ」 純「琴吹先輩も好きですねぇ」 紬「ムギで良いわよ~」 純「そうですか?ではお言葉に甘えて」 紬「友達の事だもの。気になるじゃない?」トントントン 純「まぁ私はただのデバガメですけど」トントントン 梓「ちょっと純、何してたのよ。ムギ先輩まで一緒になって」 紬「何って、青春よね~」ネー 純「ね~」ネー 澪「勝手に上に上がって、二人の邪魔したりしてないだろうな?」 紬「澪ちゃんだって気になるクセに~」ウリウリ 澪「そっ、そりゃ気にはなるけどさ」 純「大丈夫ですよ、あの二人なら」 梓「何を根拠によ」 純「じゃあ私は『律先輩が愛を叫ぶ』に二種類のケーキの内一つを賭けるよ!」ドーン 梓「そんな恥ずかしい真似、いくら律先輩でも『平沢唯が!大好きだー!』……うわぉ」 純「いぃよし!ケーキゲットゲット~!」グッ 紬「この世の春が来たわ澪ちゃん!」ホワー 澪「いやもう夏も終わりだから」 梓「いやいや、ちょっと待ってよ純」 純「待たな~い。これはね、勝負なんだよあずにゃん」チッチッチッ 梓「じゃっ!じゃあ『二人が手を繋いで降りてくる』にもう一つのケーキをベット!」バーン 純「……乗った!」ギューン 紬「じゃあ私も梓ちゃんじゃない方にベット~」ポーン 梓「えぇ!?」 澪「何だこの流れは……」 梓「み、澪先輩はどっちですか!?」 澪「私!?えぇ~っと……じゃあ梓と同じ方で」 梓「ですよね!これで二対二だよ!」 純「ふっふっふっ……」 紬「ふっふっふっふっふ~」 梓「ムギ先輩、ちゃんと含み笑い出来てませんよ。純は気色悪い」 純「きしょ……あずにゃん選手は勝負を見誤ったね。ねぇムギ先輩?」 紬「えぇ。見誤ったわ!」ビシッ 梓「なっ、ドコがよ!」 純「分かんないかなぁ?あの唯先輩だよ?」ネー トトン、トン、トトン、トン…… 律「いや~お待たせ皆の衆!ちょっと唯、降りにくいって」トントン 唯「え~、良いじゃん良いじゃん。ラブラブしようよ~」トントン 紬「手を繋ぐだけなんて、そんな遠慮する訳ないじゃない」ネー 澪「……がっちり腕組んでる」 律「唯が離してくれなくってさ~」ポリポリ 唯「りっちゃんムチュチュ~」チュー 律「止めろって!皆の前で」カァァ 唯「ぶ~。……あれ?あずにゃんどうしたの?」 梓「……すみません。私は、唯先輩を理解していませんでした」ズーン 唯「ほぇ?」 純「やった!やった!ケーキが倍だ!」クルクル 紬「私もケーキが増えちゃった!」クルクル 唯「え!?なんで?良いな~」 純「お二人は主役だからお一つあげますよ~」 唯「良いの!?やった~!純ちゃん大好き~」 律「こら唯。……早速浮気か?」 唯「ちっ違います!純ちゃん好きじゃないです!」ブンブン 純「その否定は傷つくなぁ……」ヨヨヨ 唯「あぁ!違うよ純ちゃん!?え~っとえ~っと」アセアセ 律「あはは!葛木さんナイス!」ビッ 純「鈴木です。唯先輩、冗談ですよ冗談。二人はラブラブですもんね」 紬「夏なのに春だものね~」フワー 律「いやいや」テレテレ 唯「それほどでも~」テレテレ 純「まぁ、私のケーキダブルアップはお二人のお陰ですし」 律「え?どゆ事?」 紬「私からも一個あげちゃう」 唯「わ~い!」 梓「だったら私から直接渡させてよ……」ズーン 澪「私のケーキまで……」ズーン 律「あの二人は?」 純「気にしないで下さい。老兵は只過ぎ去るのみなんですよ」 梓「誰が老兵よ!」 紬「さっ!改めてりっちゃんの誕生日を祝いましょう!」 梓「まだ話終わってませんって!」 律「何だか良く分からんが気にするなって」ナデナデ 梓「うむぅ……」 唯「あ~!あずにゃんずるい!私もナデナデしてよ~!」 律「横座るんだから良いだろ?」 唯「う~……じゃあ『あ~ん』する!」 律「おう!ドンと来い!」 唯「よ~し!じゃあパーティするよ!」 紬「えぇ!パーティしましょう!」 澪「そうだな。まぁケーキだけじゃ無いし……良いか」 律「そんな事してると又太るぞ~」プニプニ 澪「なっ!?考えて食べるから大丈夫だ!」ゴツンッ 律「あ痛―!」ヒリヒリ 唯「あー!澪ちゃん人の彼女に何すんのさ!」モー 澪「ゴメン!つい反射的に!」アワアワ 紬「あらあらまぁまぁ。三角関係ね」 純「面白くなりそうですね」 澪「律が変な事言うから!」 律「何だと~。私はお前の体を案じてだなぁ」ナデナデ 澪「そんな事気にせんでいい!」ゴツンッ 律「また!?」グワングワン 唯「もー!りっちゃんも他の子に手出さないの!」プンプン 澪「あぁ!?ゴメン!……律から離れて座るとするよ」 唯「りっちゃん大丈夫?痛いの痛いの飛んでけ~」 律「おぉ!痛いのがムギの方に飛んでった~」 紬「あら、こっちに飛んできたわ。純ちゃんパス!」 純「澪先輩のゲンコツ!?私が受けます!」 澪「何だよそれ……」 和「……本当、いつもいつも楽しそうね軽音部は」 憂「純ちゃんもすっかり馴染んじゃって」 和「何か私達だけ空気が違うし……いっそ二人で抜け出しちゃう?」 憂「もう、和ちゃんったら冗談」 唯「憂~?和ちゃんも早くこっちおいでよ~!」 憂「あ、うん!ほら、和ちゃんも!」 和「えぇ。……冗談、か……」 END 戻る 4
https://w.atwiki.jp/ngulmc/pages/40.html
新瀬戸にある焼き鳥屋さん。 古くはJERKBAITの茜谷さんのバイト先だったため軽音との繋がりは深い。 やはり軽音部員の心の拠り所は『金ちゃん』だ。
https://w.atwiki.jp/chisato_ojosama/pages/316.html
前へ 「もう、気が済んだでしょ。離して」 だけど、そんな幸せな気分は、千聖の憮然とした声で打ち砕かれた。あんまり聞いたことがないようなその声色に、私は不安を覚えた。 抱きかかえるようにして体を起こすと、ちょうど向き合うような体勢になる。千聖は完全に無表情だった。いつも喜怒哀楽がはっきりしていて、顔を見れば機嫌がわかるはずなのに。緊張で、喉がキュッと音を立てた。 「千・・・」 「これ、外して。痛い。」 「あ、あ・・・うん」 まだ喋り方は淡々としていたけれど、千聖は眉間に皺を寄せて不快そうに体を捩った。例えネガティブな感情でも、まだこうして意思を表してくれた方が安心する。私は少し安心感を覚えて、急いで机の上の鍵を取った。 「・・・」 手錠が解ける。自由になった右手をさすりながら、千聖はじりじりと私との距離を離していく。 「・・・・・・何か、こういうこと、無理やりされるっていうのが、どういうことかわかった。」 「千聖、」 「そんなのわかりたくなかったけど。怖かった。本当に。嫌だったんだよ」 まるで独り言のように、千聖はスカートの乱れを直しながら淡々と話し続ける。 「ごめ・・・」 「謝るぐらいならさぁ、最初からやらなきゃいいじゃん」 「ごめん」 「だからさぁ」 苛立つような口調。そのまま怒ってくれたほうがまだマシだったけれど、千聖の目には涙がいっぱい溜まっていた。それで私は今更、自分のしでかした事がどういうことなのか、やっとわかった。 こんなことはするべきじゃなかった。千聖の煮え切らなさや私への甘さにつけこんで、結果的にひどく傷つけた。 「私はおもちゃじゃない」そう言って嫌がっていたのに、私はわざと聞き流した。どんなことをしても、千聖は最後には許してくれると思っていたから。えりかちゃんへの対抗心や、自分の中で膨らんでいた欲望を解消するために、自分の意思を貫いてしまった。 「・・・・帰る。」 気まずい沈黙の後、千聖はポツリとつぶやいた。 「待って。ママに車出してもらうから」 「いい。一人で帰りたい。」 「でも、その方が不自然だから。お願い、送らせて。」 必死で食い下がると、千聖は小さくため息をついてうなずいてくれた。 どうしよう。私がバカだった。 お嬢様の千聖を泣かすのはもちろん嫌だったけれど、正直この千聖に嫌われるのはもっと大打撃だった。冷や汗が吹き出る。 帰りの車の中で、千聖は一度も私の顔を見てくれなかった。ママに話しかけられた時は普通にしていたし、私が話しかければ答えてくれたけれど、私の胃は余計にキリキリ痛むだけだった。 「・・・あ、この辺でいいです。ありがとうございました。」 「そう?それじゃあ、気をつけてね」 「はい。」 「千聖・・・」 「舞ちゃん、明日頑張ろうね」 千聖は早口でそう言うと、さっさと車を降りて歩いていってしまった。信号を渡って、小さな背中がどんどん遠ざかる。 どうしよう、どうしよう。時間を元に戻せるなら、どうか今日舞の家に来る前までタイムワープしたい。いや、むしろなっきぃとエッチビデオを見てしまったあの時まで・・・ 「喧嘩でもしちゃったの?どーせ舞が千聖ちゃん怒らせちゃったんでしょ」 「うるさいな」 勘のいいママが、今はちょっぴり憎らしい。私はブランケットでバサッと体を包むと、フテ寝を決め込むことにした。・・・でも頭が興奮していて、ちっとも眠くならない。 さっき、ちょっと泣いてたな。そういえば、千聖は基本的に、マジギレというのをできない性格だった。怒ると泣いて凹んじゃう、なんて自分で言ってたぐらいだ。私は誰よりもそのことをわかっていたはずなのに、あまりにも思いやりのない行為だった。 千聖は長女のわりに甘えん坊だと思っていたけど、本当にワガママでガキなのは自分のほうだって、こんなことになるまで気がつけなかったことが情けない。 明日はゲキハロ初日なのに、果たして私も千聖も大丈夫だろうか・・・ 翌日。 「おはよ・・・」 「あら、おはようございます、舞さん。」 だけどそんな心配とは裏腹に、舞台上でなっきぃと台本の読みあわせをしていた千聖は、私の姿を捉えると、ぴょこっと頭を下げて微笑んだ。 キャラはお嬢様に戻ってるんだ。私は一瞬、千聖が昨日のことを覚えていないんじゃないかという期待を覚えた。でも、 「千聖・・・」 「あ、舞美さん。この台詞の間についてですけれど・・・」 「ねえ、」 「ごめんなさい、今ちょっと。愛理、このシーンの立ち位置を・・・」 調子付いて話しかけようとすると、プイッと違う人の所へ行ってしまう。一見本番に備えての確認に奔走しているようにも見えるけれど、よく聞けばさほど重要なことを話してわけでもない。 それこそ、長年の付き合いだからわかる。千聖は明らかに私を避けている。心が重く沈んでいく。 「舞ちゃん、大丈夫?」 そんな私の様子にいち早く気づいてくれたのは、えりかちゃんだった。 「うん・・・」 「千聖、ちょっと変だね。何かあった?」 普段はおふざけ仲間で、誰よりもはしゃいじゃうところがあるえりかちゃんは、こういう時は意外に年下組の様子を見ていてくれている。 「うん・・・・」 えりかちゃんは恋敵だけど、それ以前に私の大切なおねえちゃんだ。弱ってるときに優しくされたら、そりゃあ甘えたくなってしまう。 「舞、千聖にひどいことしちゃった。千聖が何でも許してくれるって思い込んで、怒らせちゃったの。でも、普通に謝るんじゃ足りないっていうか、どうしようもない気がして。」 内容が内容なだけに、あんまり詳しくは言えなかったけれど。それでもえりかちゃんはこんな端折った説明だけで「ふーん。そっか。」なんて言ってうなずいた。 「え・・・今のでわかるの?」 「何となくね。可愛い妹たちのことですから。」 そう言って、私の頭を肩に乗っけてくれる。 「きっと、千聖は舞ちゃんが何を考えてるのかわからないんじゃないのかな。」 「わからない・・?」 「ウチの予想だと、舞ちゃんはきっと、何の説明もなしに、いきなり千聖にワガママを言った。もしくは、何か強引にやらかした。」 「・・・うん。そうだと思う」 えりかちゃんの声は柔らかくて、それでいて頼もしい。心の中を見抜かれてしまうのは恥ずかしくて嫌な事のはずなのに、優しさが自然に染み入ってくる。 「もう、だめかも。ある意味犯罪者だもん、舞。」 「ええ???」 「だって・・・」 こういうの、何て言うんだっけ。セクハラ罪?痴漢罪っていうのはあるのかな。とにかく、そういうヘンタイ系の罪になることは間違いない。 「いや、まあ、でもさ。今ならまだ大丈夫だと思うよ。そんな、犯罪者だなんて怖いこと言わないでよ舞ちゃん。」 「そうかな」 「千聖はあれで、結構臆病なとこあるから。今は何がなんだかわからなくて、怖がってるんだと思うよ。だから、舞ちゃんが思ってること全部伝えて、安心させてあげてほしいな。ほら、今だって千聖、すっごい舞ちゃんのこと気にしてる。」 えりかちゃんがこっそり指差す先にいた千聖は、なるほど確かに私たちの方をチラチラ観察している。目が合うと、すぐに背中を向けてしまったけれど。 「あれは、えりかちゃんの方を見てたんじゃないの・・・」 「違うよ。舞ちゃんだよ。ウチとは視線がぶつからなかった」 「そう・・?そう、かな」 「そうだよ」 えりかちゃんはそこで大きく体を伸ばすと、「さ、ウチらも最後の確認しよ?」と私を促してくれた。 「ちゃんと、後で千聖と2人っきりで喋れる場所確保してあげるから。」 「本当?」 えりかちゃんは不敵に笑うと、「千聖ー!読み合わせやろう!」と千聖を手招きで呼んだ。 「ん?何で笑ってるの?」 「んーん。別に。・・・えりかちゃん、ありがとうね。」 不思議な感覚だ。やっぱり敵わないな、って思ったのに、うれしいなんて。悔しいから、それは言ってあげないけど。 ついこないだは舞美ちゃんに励ましてもらって、今日はえりかちゃん。みんな心配してくれてるんだから、ほんとにちゃんとしないと。 「さ、集中集中!」 ほどなくみんなも集まってきて、自然に全体の最終確認になる。 大丈夫。今は、やるべきことに集中して。 「舞ちゃん、次舞ちゃんだよ!」 「あ、ごめんごめん!」 私はほっぺたを2回ペチペチ叩くと、みんなの読み合わせに追いつくべく台本に目を通した。 次へ TOP