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Ⅲ 寂しい灯りが照らす下、朝比奈さんと俺はお互いベンチに座っていた。何か話した方がいいかと思うのだが、朝比奈さんから呼び出されたのに俺が関係ない話をグダグダ話すのもいかがなものかと思い、今の膠着状態に至るわけだ。制服姿のままの朝比奈さんは、膝の上に乗せた自分の手の甲を眺めたまま動かない。そんな深刻そうにされると、一体どんな話が飛び込んでくるのかと俺は不安倍増になる。これがもし俺と朝比奈さんが向かい合っていたのなら、伝説の木の下ならぬいつものベンチ横で告白されるのではないかと思わず妄想を繰り広げてしまうのだが、今現在の事情が事情だけにそれはないな。さて、何が朝比奈さんの口から飛び出してくるか。鬼か?蛇か? 「キョン君は‥‥」 ようやく、ハムスターが精一杯に振り絞って出たかのような言葉は、何やらいやぁな予感しかさせなかった。結果的に、今すぐ告白しろみたいな話になるんじゃないか?この出だしは。 「今の涼宮さんをどう思いますか‥‥?」 「今のハルヒですか‥‥」 ……なんと答えればいいのやら。少し、いやかなり変わった気がするが、口では具体的にどう変わったのか言えないこともあり、これは言えそうにない。しかしいつも通りだと思いますよ、なんて本心と真逆なことをあの朝比奈さんの目の前で言うわけにもいかん。こうして呼んでくれたからには、ちゃんと理由があってのことだからに違いないからな。例え話の終結点が告白しろでも、嘘はいけない。嘘はいけないと、ふしだらな俺でも小学生の時に習ったことを覚えている。 「朝比奈さんはどう思いますか?」 しかし結局俺は、会話では禁じ手に値する質問を質問で返すという暴挙に出た。すまん、朝比奈さん。ハルヒが変わったのではなく、俺がハルヒを見る目が変わったかもしれないという点を無視したかったのさ。だって認めたくないだろ? 「‥‥私は古泉君の話を聞きました」 そう朝比奈さんは一呼吸おいて、小鹿のような瞳に決意を露に浮かべてから俺の目を直視して言葉を顔面にぶつけてきた。 「わたし、古泉君の言葉が間違っているような気がするんです」 俺は思わず目を見開いたね。ということは、告白云々は関係ないということだからだ。 「古泉くんの話はとても的を得ているし、話にもズレがないことは分かっているんです。でもわたしは、それでも本当のことはそうではないと思います」 「というと‥‥?」 「今の涼宮さん自身が、読書大会を開く前の涼宮さんと何か違う気がするんです‥‥‥」 なんと! 朝比奈さんも同じことを考えていたとは。しかもわざわざここに呼び出してまで言うからには、何か根拠があると思っても良いんですね、朝比奈さん。 しかし朝比奈さんは、わたしは話ベタだし、どうしてそう思うのか具体的には言えないのだけれどと前置きを重ねて言葉を区切っていた。変に思うかもしれない、とまで言っていたが、貴方のことを変だと思ったのは自分が未来人ですと告白された時以来はありませんよ。 「ただ涼宮さんが部室でしばらく寝て起きた時、ちょっとした時空震を感じました。おそらく長門さんも気付いたと思います」 「古泉は気が付かなかったのでしょうか?」 「‥‥そこ、なんです。キョンくんはどう思いますか? 気が付いたかと思いますか?」 たしか夏休み、ハルヒの勝手な行動で俺らは野球に参加させられるはめになった。その時クジで俺が4番に選ばれたんだが、野球経験も乏しく相手が相手ということもありエースのような活躍が出来なかったことにハルヒは理不尽な苛立ちを溜め、閉鎖空間を発生させた。あの時専門分野である古泉は除いても、朝比奈さんと長門は2人とも気づいたようだったな。長門はなんでも出来そうだが、朝比奈さんは未来人であるのだからそういったものには感知できないものかと勝手に思考していたが、そうではないようだ。ということは、朝比奈さんの専門分野である時空の揺れを古泉が感知出来てもまぁ不思議ではない。 無論俺にはさっぱり分からない。 「わたしは、具体的にはないにしろ、古泉くんも何か感じ取ったかなと思いました。なので、ここからする話は古泉くんが感知したということを前提に話していきますね」 「古泉くんは、あの日涼宮さんに何か異変があったと察知した。でも、貴方には涼宮さんにこ、告白をするように言っていますよね?」 「ええ」 「わたし思うんです。古泉くんがそう貴方に迫るのは涼宮さん自身がそう望んでいるからじゃないかな、って」 「‥‥え」 つまり朝比奈さんが言うには、古泉が俺にああ言うのは古泉自身の意思ではないということになる。またしてもハルヒの能力。いよいよ神らしくなってきたなハルヒ。 「あの噂‥‥わたしが誰かから聞いたわけじゃありません。朝起きて目が覚めた時にはもう、ああそうなんだって勝手に思ってたんです。鶴屋さんもキョンくんと涼宮さんのこと話していました。一緒に話してて、鶴屋さんに 「みくるも気づいてたのかい?」 と聞かれて、その時に初めて疑問に思いました。そういえば、なんでキョンくんと涼宮さんは一緒に帰ってるんだろう‥‥って」 なんということだ。噂を植え付ける? 洗脳の間違いじゃないか。事情を知ってる朝比奈さんでさえ記憶を曖昧にしてしまうとは、ハルヒの能力もさなぎから成虫になるみたいに羽化してるということか。 「わたし、長門さんが本を閉じて着替えのために貴方たちが一旦外へ出た時ようやく気付いたんです。2人で読書を進めるために残ってるんだったって‥‥」 朝比奈さんはうるんだ瞳をこちらに向け、まさにこのことを言いたかったのだと言わんばかりに声を上げた。 「キョンくんを今日呼び出すつもりになったのは、あの部室で思い起こしたんです。それまで、わたしもキョンくんが涼宮さんに告白するように勧めるつもりでした。でも、それはわたしの意思じゃなかったの。 どうしてかは分からない。告白するようにキョンくんに言うことがわたしの意思じゃないと証明は出来ないけれど、でも信じて。わたしは涼宮さんが、能」 「ちぃーすキョン‥‥‥って、うおっ!?」 ええい、どうしてこのタイミングでお前は出てくるんだ。朝比奈さんが何を言わんとしてるのが、やっとその一言で分かりそうだったのによ。 「あさ、あさ、朝比奈先輩じゃないですかあ! おいキョン。お前新月の夜にマジで気をつけとけよ。じゃないと」 「あっキョンくん‥‥この話はまた今度にしましょ」 「えっ!」 そう言うと朝比奈さんはスクッと立ち上がり、小走りで夜の闇に溶けていった。まだ一番大事なこと聞いてないですよ! 「朝比奈先輩、送りますよ!」 と谷口が追いかけていきそうになったが、こいつがついて行ったら間違いなくストーカーになる。だから俺は無理矢理谷口を止め、もう二度と邪魔するなと釘を打っておいた。 しかし朝比奈さんもあんな中途半端なところで帰らなくてもいいのに。 ‥‥‥。 しかし気になることばかりが残った。結局朝比奈さんは何が言いたかったんだろうか。 古泉はハルヒの方に何らかの異常が発生したのを感知した。それで奴はどう考えたんだ。ハルヒが今までと違う変化があるかを機関の力頼りに調べてみたが、何も発見出来ず、強いて言うならば閉鎖空間の規模が大きくなってきていること。そこでこれまでの読書の経緯を考慮し、ハルヒは俺の告白を待っていると解釈した。 じゃあハルヒを中心に起きた時空震はなんだ。古泉は考えた。ハルヒが夢か何かを見て、俺のことが好きになったスイッチだったのではないかと。 そして朝比奈さんはこう言う。古泉はハルヒの異変をキャッチした。変だな変だなと思いながらも何の変化は分からずじまい。そして、その時偶然か意図的なのかは分からないがハルヒが古泉を通じて、俺がハルヒに告白するよう仕向けることを願った。 古泉はハルヒがまさか自分に能力を使ってるとは思わず、自分の推理を考えてハルヒが告白を待っているという結論に達する。そして俺に迫る。ハルヒの異変のことを疑問に思いながらも‥‥‥。 つまりどっちの解釈でも、ハルヒは告白を待ってるということにならないかこれ。 考えれば考えるほど俺の頭の中は混乱状態に陥って行き、結局その日は明日当てられるかもしれない英語のリーダーの問題も解かずに眠ることを選択した。これ以上人間の持つ素晴らしき能力、思考というものを続けると、俺の頭は銃弾が直撃したタイヤよろしくパンクしそうだ。朝比奈さんの言わんことをまだ最後まで聞いたわけじゃないこともあってか、無心になることは無理そうだった。がそこは強引になんとかするしかない。 ……だが眠れない。 「はぁ‥‥」 なんで俺がこんな目にあうのだろうかね? 地球滅亡まであと6日。 ゲームならこんな感じにテロップが現れるかもしれない朝、俺は妹が来てシャミの歌を歌いながら起こすのに応じ、素直に一発で起きた。もちろん快眠故の起床ではない。眠れなかったのだ。 親が作ったトーストをゴムかなんだかを食ってるような感じを嫌とういうほど口の中で味わったあと俺は学校へゆっくりとした歩調で向かった。ハルヒの顔をまともに見れるような気がしない。 どんよりとした雰囲気を半径50㎝に漂わせながらのろりのろりと坂を上っていると、後ろから聞きなれた声音が後ろから聞こえてきた。なんだ、お前か。 「なんだとはなんだキョン。お前最近なんか見る度にやつれててるよな。また涼宮に振り回されてるのか?」 「いろいろとな。それより谷口、昨日はよく邪魔をしてくれたな」 「邪魔ぁ? 俺はお前と涼宮とのことで邪魔したことはないぞ」 涼宮との間は、か。確かに。でもな、 「せっかく朝比奈さんと話してたのに何も妨害することないだろう。友達なら黙って見ておくまでに留めておいて、その後は静かにいさぎよく立ち去るもんじゃないか?」 はぁ、とあからさまに溜息を吐いてやったところ、谷口の反応は俺の予想の斜め上をいくようなものだった。 「何言ってんだ? お前と朝比奈さんなんて昨日見てないぞ」 俺はあまりの谷口の素の反応に思わず目を丸くしたが、それは一体どういうことだ。 「それよりキョン。お前朝比奈さんと何だって? 話してたって? 2人きりで。おいキョン。マジで新月の夜に気を付けとけよ。俺はともかく朝比奈さんのファンでなおかつ上級生の人達からはとんでもな‥‥‥」 「待て谷口。お前は昨日夕方、公園にあるベンチ前通ったろ?」 しかし谷口はいよいよ俺を憐れむを見るような目で見て 「そうかキョン。お前もとうとう涼宮の毒牙にかかっちまったか。あいつの毒はハブをも上回るからな、まぁヘンテコな団を作った時にはもう既に毒は体内に回っていたんだと思うが‥‥‥。涼宮のように好き勝手やるのもアレだが、俺にクローン説をもちかけるなんてもっとアレだぞ」 谷口はいぶかしむような目でこちらを見ているが、もちろん俺がクローン説を本気でテスト平均点以下仲間に説こうとしているのではないのは明白だ。そして谷口のこの顔を見る限り、本当に俺と朝比奈さんが話していたのを知らないようだ。 ‥‥もう、本当に何が起こってるんだ。俺の寝不足が精神にまで影響を及ぼし始めたとか言わないでくれよ、頼むから。 ともかく、何かいやぁな予感しかしない。谷口にクローン説が当てはまらないならば、未来から谷口が来てわざわざ俺と朝比奈さんの秘密のカンバセーションを邪魔しに来たか、あるいは俺にも想像出来ない異常事態が発生しているかということだ。ハルヒのハルヒによるハルヒの身勝手さのための地球滅亡の前兆として、現れてはいけない時間軸が4次元と共に生まれてしまったか、谷口の記憶を半強制的にいじったか、あるいは谷口がボケたかかもしれない。俺としては谷口がボケているという可能性を是非推薦したい。というよりそうであって欲しい。 しかし念のために朝比奈さんの確認も取っておかなければ。昨日の話のクライマックスもまだ耳に入れてないこともあるから、俺は今長門よりも朝比奈さんに会いたかった。ハルヒになんとか不審に思われないよういつも通りの自分を全力で演じ、放課後になるや否や俺は文芸部室に駆け込んだ。 だがこういう日に限って誰もいなかったりする。癖になっているノックを2回して、返事がない時点で脱力感が襲ってきたがまあ仕方ないだろう。少し急ぎ過ぎたようだ。 俺の直感では真っ先に長門が来て、その後続いて朝比奈さん、3位にニヤケハンサム面の古泉、ラストにハルヒ。 しかし俺の期待を見事裏切るか如く、次に文芸部室のドアを開けたのは古泉だった。古泉の微笑もいつもに比べてどことなくぎこちなく、よく見れば目の下にはクマがある。 「それはお互い様と言ったところでしょう。貴方もいろいろと悩みを抱えておられているようですね。もし良かったら、僕がその悩みの相談に乗りましょうか?」 さも俺が何に悩んでいるのか知らないといった雰囲気でそう聞いてきやがる。原因はお前があんなことを言い出すからなんだがな。 「貴方も朝目覚めたら世界中が閉鎖空間に飲み込まれていたら嫌だろうと思ったので、僕なりの配慮と受け取ってください。本当はそのようなことを貴方に言うのは心苦しかったのです。閉鎖空間については、僕たちの専門ですからね」 地球が滅亡してたら起きるなんてこと出来ねーよ。少なくとも何の悔やみも迷いも生じずに消えていたさ。 古泉はいつもの微笑をフフと自然に作り上げたあと、ニヤケスマイルを崩してまるで近所のお兄さんがガキに向けるような朗らかな笑みを作った。 「でも、良かった」 「貴方がもし今回の涼宮さんの件について、それこそクマも作りもせずに軽率に行動をしていたらそれこそ僕は疑問視してしまうところです。世界がかかっているとはいえ、この問題については1週間ギリギリまで悩んでもらっても僕は構いません。少なくとも、僕が苦労してる分と同等ぐらいまでの苦労は‥‥‥してもらった方がいいかと」 結局自分も苦労してるんだから俺も苦労しろってことかよ。まあ喜べ。俺は巣の入り口が角砂糖で塞がれたアリぐらい苦しんでいるぞ。 「というより、いつの間にか話の流れが告白するみたいになってるがな、俺はそんなことする気サラサラないぞ」 「目の下にクマがある人が言うことではないですね。1週間後、また貴方とはさみ将棋が出来ることを期待しておきます」 古泉がそこまで言うと、ハルヒ達がまるでタイミングを見計らったか如く扉を勢いよく開けた。まさか聞いてなかっただろうな。 「さあ、今日もガンガン活動するわよ!! みくるちゃんお茶ね」 朝比奈さんの着替えのため俺らは一旦部屋から出て、メイド服に早々と衣装チェンジをした朝比奈さんのお茶を渋い音を立てながら各々の行動に戻った。 古泉は1人詰め将棋、俺は無論読書だ。 朝比奈さんになんとか話を聞こうと隙をあれこれと伺ってみるものの、どういうわけだかハルヒが相手チームのキャプテンをマークするバスケット選手並みのディフェンスを朝比奈さんに張り巡らしているような気がしたので声をかけることが出来なかった。仕方ない。今日の夜に電話をして話を聞いておこう。ついでに谷口のことについても。 まぁ、それも‥‥ 「さあキョン、残り4冊よ!」 「では、お先に失礼します」 「‥‥‥」 「あ‥‥キョン君、頑張ってね」 ‥‥この俺とハルヒオンリーな空間を1時間耐えきれたらの話だがな。耐えるって何を? 何だろうね。 睡眠不足プラスアルファ神経を約半日張り詰めていたこともあってか、6冊目の哲学書の表紙が嫌に重く感じる。タイトルから察するに、人間の言葉の意味についてボヤボヤと語り継がれているようだ。 「‥‥ねえ」 俺の頭がボヤボヤとして来始めた頃、不意にハルヒが声をかけてきた。なんだ。 「最近、アンタ何かあったの?」 何かってなんだ。 「何かよ!」 そう訳も分からず叫ばれても困る。しかしハルヒは俺の目をまっすぐ見つめ、俺が一体何を考えているのかを見通そうとしているようだった。ということは勿論、俺もハルヒの顔を見つめていることになり、ハルヒの瞳に反射して映る俺の間の抜けた顔はハルヒが何故こんなことを言い出したのかを思惑しているものだった。 その原因は分からないが、どうやら怒っているのではないらしい。ハルヒは俺から顔を背け、自分の目の前にある本へと強引に視線を変えた。机の上には長門が好みそうなハードカバーのSFが置いてあったが、おそらく今のハルヒの目には何も写っていないだろう。 「今日だってそうよ。徹夜でもしたみたいなクマがあるのに無理に元気出してるし、あたしが後ろからシャーペンでつっついても気づかないし、それに‥‥‥」 ハルヒがハルヒらしからぬことを言い出したので俺はこの上なく戸惑っていた。いや、マジで混乱していた。一体何故こんなことに。 ハルヒが一瞬空気を置いてから、またこちらに視線を翻し俺に向かってツバがかかる勢いでこう言った。 「なんであたしにそんなに気を使ってるのよ!!!」 ‥‥へ?Ⅲ と思わず呟いてしまうところだった。気を使っているだと。俺が? ハルヒに? 「あたしに対する態度がなんかよそよそしいわよ! あんた何か隠してるでしょ!?」 ハルヒはそう言い、俺のうろたえた表情を見るなり我が意を得たと確信したらしく、対ハブ戦で主導権を握ったマングースの如くニヤリと笑った。パイプ椅子から立ち上がるなり俺の胸ぐらをひっ掴み、「言いなさい」と下僕にカツアゲする姿は女王陛下そのものと言ってもいい。なんてめんどくさいことになってしまったんだ。 俺がハルヒに気を使ってるなんて天地がひっくり返って人間が空に落ちるような事態が発生したとしても常識的に考えてありえないだろ。俺はハルヒに気など使っていない。 ‥‥‥ってのは嘘ぴょんで、 正直に言うならば確かに神経を張り詰めさせている。そりゃそうだ。俺がハルヒに告白しないと地球が滅ぶ。まさに天地がひっくり返る状況の真っ只中にいるというのに気を使わん奴がいるというのか。いるなら手を上げてくれ。最優秀脳天気賞を俺が直々にくれてやるよ。別に嬉しくないだろうがな。 「ハ、ハルヒ。とりあえず手をどけてくれ」 苦しくなってきた、と言うより先にハルヒは「駄目よ」と返事した。目が爛々と輝いていやがる。さっきまでの物鬱げな表情はどこいった。NASAのロケットと共に宇宙の彼方へと消えたか? 「あんたが何を隠しているのか言うまでも絶対離さないわ」 ハルヒに隠し事だと。Oh no! 隠し事しかないぞ。 俺はどうにかして状況を打開しようと立ち上がってみたが、首は苦しいままだった。この脚本を書いたの誰だ。もし俺が主人公ならここで死んじまうぜ。何故なら選択肢が告白するか、今ここで現世に別れを告げるかの2つに1つしかないからな。 だがそんなシナリオに従うほど俺はまだ自分の運命に悲観していない。運命よ、そこをどけ。俺が通る。 「あー‥‥あー、実はだなハルヒ」 「いっとくけど、あたしに誤魔化しは通用しないわよ」 通用しないわよと言われて、はいそうですかと本当のことをベラベラ喋るわけにはいかないことぐらい俺にでも分かる。ここは俺の天性のアドリブ能力でなんとか場をしのぐしかない。 と思案していた矢先だ。 「分かってるわよ‥‥みくるちゃんのことでしょ!?」 「は?」 何故ここで朝比奈さんが出てくる。 「最近妙に仲良いわねと思ってたのよ。そして昨日確信したわ。あんたが公園でみくるちゃんと密会してるの見たんだから!」 なんと! あの場にまさかハルヒがいただと!? しかも密会なんて誤解されるような表現を使いやがって。俺たちは何もいかがわしいことしてないぞ。 「というよりなんでお前が公園に‥‥」 「誰だって別れた後に小走りでどこか向かっていたら気になるでしょ!?」 別に気にならん。俺なら急いで家に帰ったんだなとしか思わないぞ。 というよりも尾行されていたとは。我ながら迂闊だったか。 「ハルヒ。尾行なんてあまり好ましくない行動だぞ。そんなことやっていいのは本物の探偵かドラマの警察だけだ。一般人がやってしまうとストーカーに‥‥」 「そうやって話を逸らそうなんてことさせないわよ! あんたとみくるちゃんがあんなとこで一体何を話してたのか言いなさい!!」 尾行したという話をし始めたのはお前なんだがな、ハルヒ。 しかしなんとか話を騙し騙し変更しようと思ったのがバレたみたいだ。これは思いの他厄介なことになった。 「そう‥‥何も言わないのね。いいわ、言ってあげる。あんたみくるちゃんを恋愛対象として見てるでしょ!?」 ハルヒの表情はひくひくと痙攣しながらも無理矢理笑顔を浮かべており、こういうときどういう顔をしていいか分からないようだった。にしても俺が朝比奈さんを恋人対象として見るねえ‥‥。確かに朝比奈さんは小柄で可憐かつ庇護欲をそそるような素晴らしい体型と性格の持ち主で、その上禁則事項まみれではあるが未来から来たというオプション付き。そりゃ付き合えたら俺の学園生活もそこら辺に生えてる名も知らない雑草からバラ色のそれへと移り変わるだろうが、しかしなぁ‥‥。 そんなことを脳が酸素不足になりながらも考えていると、ふっと窒息感が和らいだ。ハルヒが力を抜いたらしく、顔を俯かせながらも手だけは俺の胸ぐらを弱々しく掴んでいた。 「‥‥そうよね」 静かにそう、確かに呟いた。 「女のあたしも思うわ‥‥みくるちゃんは可愛いってね。彼女に出来るものならしてみたいわ」 「俺もそう思うぞ」と言えるような状況ではなかった。さっきまであんなに勢いがあったハルヒが急にしおれてしまい、このなんとも言えぬまるで恋する乙女のような情緒不安定さがハルヒにもあったということは、とても筆舌しつくしがたい困惑を俺の中で渦を巻かせている。 「‥‥なあハルヒ。仮にそうだとしよう。だとしてもなんで俺がハルヒに気を使わなくちゃならないんだ?」 「やっぱりみくるちゃんが好きなのね‥‥」 「仮の話だ」 「だって‥‥あんた忘れたの? 団内の恋愛は禁止じゃない」 知らなかった。そうだったか? 「そうよ‥‥」 ハルヒは俺から手を離し、相変わらず俯いたまま重い足取りで窓へと歩みよった。外から室内へと夕暮れの光が差し込んでいたが、ハルヒの窓の向こうを見る様はまるで雨を眺めているかのようだ。そして窓に反射して見えるハルヒの顔は切なさが垣間見えた。 「いいわよ、別に。特別に許可してあげる。他の誰が何と言おうとあたしが許してあげるわ‥‥」 ‥‥と、ハルヒは言ったきりこちらに振り返りもせず黙ったまま景色を眺めていた。おい、こんな展開になるなんて誰も考えちゃいなかったぞ。何故二言三言の会話の間に俺が朝比奈さんを好きということになっている。そりゃまあ好きに違いないが、そう、俗に言うラブではなくライクというやつだ。それに例えラブでもお前が認めたところで朝比奈さんが認めないだろうよ。なんつったて未来人だしな。まあ他にも要因はあるが。 「一体お前が何の勘違いをしてるかは分からないが、俺は別に朝比奈さんにそういった感情を持ち合わせてないぞ」 「嘘よ。あんたいつもみくるちゃんからお茶貰う時デレデレするじゃない」 あんな校内一と言っていいほど可愛い人からお茶貰ってニヤけない奴はいないだろうよ。 「それに! 現に昨日もあってたじゃない! あれは何よ!!」 まるで浮気現場を目撃した新妻との会話みたいになっているのは気のせいか? 「ごちゃごちゃ言わずにその理由を言いなさいよ!!」 「あれはだな‥‥そう。朝比奈さんから相談を受けたんだよ。最近ハルヒの元気が無いような気がする、とか言ってたぞ。俺はそんなことないと否定しといたが、朝比奈さんは自分の出したお茶がまずいんじゃないかと杞憂しておられた。だから色々と話してたわけだ」 「なんであんたに相談するのよ!? 有希や古泉君がいるじゃない!!」 ハルヒはずかずかとこちらに歩を進め、俺は思わず後退りしているうちにいつの間にか背が壁と触れ合っていた。こいつも怒ったような表情したり捨てられたら子犬のような寂しげな表情したりと忙しい奴だ。ガムを噛んだ息でも嗅いで「いいじゃない!」と言って笑ってればいいものを。 「長門は‥‥えー、ほら、あいつ文芸部に所属してるぐらい本が好きだろ? 部室内でもひたすら本読んでるし、あんまり他のことに関心を向けてない‥‥かもしれない! って朝比奈さんは思ったのかもな」 「有希はそんな薄情な子じゃないわよ!」 分かってるさ。多分長門が一番皆の状態を把握してる。 「古泉は単純に‥‥家が遠かったんじゃないか?」 「‥‥‥‥」 けれどこれだと、それだったら3人が一緒に帰ってる時に話せば良かったじゃない! と突っ込まれたら終わりだ。言ってから気づいたが、トゥーレイト。 「要は、ハルヒ本人に知られなきゃ誰でも良かったのさ。朝比奈さんは陰ながらハルヒに元気を出してもらおうと頑張ってたというわけだ」 「そうだったのね‥‥全く。みくるちゃんったら、そんなこと気にしてたのかしら! 団長本人に聞かなかった罰よ。今度お返しに新しい衣装着せるんだから‥‥」 しかしハルヒが肝心なところで単純なのは助かった。それにしても朝比奈さんに新しい衣装か。そろそろ冬になるんだし、サンタの衣装にして欲しい。朝比奈さんがサンタコスチュームを身に纏えば、本物サンタクロースでさえ恐れ多いことだ。有無を言わず退散するだろう。ただしプレゼントは置いていってくれよな。 そうやって、漸く俺が一難去った喜びを朝比奈サンタを想像して噛み締めていると、ハルヒが第二の核爆弾を追加直撃をさせてきた。 「じゃあ、あんたは何であたしに気を使うの?」 しまった、っという言葉を寸でのところで飲み込んだのは我ながら勲章ものだ。誰でもいいから俺に賞をくれ。 「ねえ、なんでよ‥‥?」 だが賞は誰からも授かることはなかった。俺の耳に届いた言葉は授与式の司会者の声ではなく、不安そうなハルヒの声。 まるで、自分が俺に何か気に障るようなことをしたか気にかけるような、そんな声音だった。 「あの、そのだな‥‥‥」 ‥‥ここで少し考えてみてほしい。放課後、それも下校間際の時間帯だ。部活や居残りさせられていた生徒達はようやく帰宅時間かと安堵やら残念な思いをしながら長い長い坂道を下る頃であろう時間。そんな学校には誰もいない時間帯。強いて言うなら残っているのがほとんど教師しかいないような時に、ただでさえ人気のない旧館の2階でそれなりに‥‥というよりも黙っていさえいれば朝比奈さんと双璧をなすほど容姿を持つ、お偉く気の強い団長様が1人の一般男子生徒を壁へ追い詰め、こんな不安そうな触れたらその繊細なガラス細工が壊れるような表情をしていてだ。君は何も感じないか? 夕暮れの明かりも消えかけて、残るはそろそろ取り替えた方が無難な電灯の心許ない明かりがあるだけで、状況だけで言うならばこれほどドキドキする場面はそうそうないような事態で何も思わない奴がいるのか? だとしたら、そいつは鈍感ってレベルじゃねーぞ。 まるで今までのハルヒとの会話はこの時のためにあったんじゃなかろうか。今がそうなのか。今が言うべき時か? これほど、誰かがお膳立てでもしたんじゃないかと疑うようなベストコンディションはもう残り6日間の内には必ずといっていいほど無いだろう。 今、逃したらもう言うチャンスがきっとない。地球が滅ぶか滅ばないかは今まさにこの瞬間にかかっている。俺の手のひらの中にある。 ゴクリ、と唾を飲む。 言うしかない。いいか、俺。逃げはなしだ。ここで「俺はお前に気なんか使ってないぞ」なんてのは御法度だぞ、OK? 地球がどうにかなるかならないかの瀬戸際なんだ。地球が太陽系の惑星から消えるなんて嫌だろ、どっかの星みたいに。さあ言え。言えったら。 言え!! 「‥‥‥‥」 「‥‥キョン?」 問いに答えない俺を見て、ハルヒは首を傾げながら俺の顔を覗きこんだ。可愛い仕草も出来るんだな、ハルヒ。 ってのはどうでもいい。俺は骨の髄までチキンらしい。しかしこの際チキンでも構わない。俺の中である疑問が生まれたのだ。俺は今、猛烈に自分自身が告白するようにせがんでいる。何故だ? 地球が滅びるからか? でもそれって本当か? 本当に地球のためを思って告白云々を考えていたのか? 我ながら自分の思想さえコントロール出来ないのかと世間の人から罵詈雑言が飛んできそうだが、まさにそうかもしれない。 つまりだ。 俺の思想さえもをハルヒが操っていたとしたら、どうする? わけ分からんことを言うな。まさにその通りだ。そんな哲学書みたいな思想、俺なら5秒で飽きる。しかし今回ばかりは匙を投げっぱなしというわけにはいかない。そうだ。 『古泉君の考えは、涼宮さんの意志によるもの‥‥』 『涼宮さんは能‥‥』 朝比奈さんの言葉が途切れ途切れに思い出される。ハルヒが能力を使い、他人の思考さえも我が手の物に出来るかもしれないという可能性があるのだ。今切に告白したがっているのは俺の意志ではなく、ハルヒがそう命じているから‥‥‥? ‥‥‥あほらし。哲学書を読み過ぎたか。 俺の意志にしろハルヒが告白されたがっているにしろ、どちらにせよ閉鎖空間を抑えるための方法はただ一つ。言うしかないのだ。 言った後の結果が怖いとか、今までの関係が良いとかそういう深層心理から生み出された逃げだろ。その点については安心しろ。ハルヒは告白されて断った試しがないらしい。もしかしたら5分後に振られたという最高記録を抜かして5秒で振られるという最新記録を生み出すかもしれないが、何はともあれ言わなきゃ始まらない。 ‥‥‥言うぞ。どうせならカッコ良く言えよ。 「ハルヒ」 「‥‥何よ?」 人生経験上、女性と付き合った試しがない。強いて言うならば妹の友達と映画を見に行ったが、あれは別だ。ともかく、告白の時に一体どんな前振りをすればいいか分からない。古泉ならそういうのがホイホイと出てくるだろうが、生憎今だけはあいつには頼りたくない。というより誰にも知られたくない。 俺はハルヒがまるで逃げないようにするがために肩を掴み、じっとハルヒの視線を捉えた。ハルヒも今が一体どういう空気なのか読んだ‥‥かは知らんが、何も言わず俺の眼を見つめ返す。5月の俺すげーな。よくあの唇にキスしたもんだ。 ‥‥‥他の言葉はいらない。なんで気を使ってるのか聞かれて告白するというデタラメな順序もこの際無視だ。胸が高鳴ってくる。意志では抑えれそうにない。だが、たったその一言で、この不可解な動きをする鼓動も地球も処方箋いらずで助かるというのなら、‥‥‥ 「ハルヒ、」 もう一度呼んだ。 返事はない。構わん。 「」 気のせいだろうか。声が聞こえた。もちろん俺のではないし、ハルヒのうろたえた声でもなかった。 ふと隣を見るといつの間にかドアが開いており、まるで最初からそこにいたと言わんばかりにそいつは立ったままこちらを見ていた。 見覚えのある瞳だ。無機質と無感動を貫いた闇色に染まる確かな水晶体。 「長門‥‥‥」 そう、そこには長門がいた。 「忘れ物をした」 言い訳を言うかのようにそう付け加えると、長門は足音もなしに定位置へと進んでいった。いつも長門が座っているパイプ椅子の上には分厚いハードカバーの本が置いてある。さっきまでそんなものあったか? 長門がもう一度こちらを見つめ、今し方の光景が何を意味するか観察兼分析しているように見えた。まあ長門なら最初から分かっていそうだが。 それでも人間ってのは不思議なもので、そんなに見つめられるとつい条件反射でお互い体を離し距離を置く。恥ずかしくてあまりハルヒの方が見れないが、ちらっとだけ見ると肩のところにシワが寄っていた。どうやら相当強く掴んでいたようだ。 「下校時刻」 そうポツリと呟くと、俺たちの視線を促すよう長門は時計を見つめた。 「あ‥‥ああ。そうだな‥‥‥」 ‥‥‥‥何故、邪魔をしたんだ長門。 これまでの経験から分かる。長門は意味のないことなどしない。確かに、夏の合宿で部屋に入る入らないの際に意味なし問答を繰り広げたさ。だがあれは長門なりのジョークともとれないことはない。 じゃあ、聞くが。今回は何故だ。なんで長門は邪魔をした。地球が消えるか消えないか、俺が死ぬような思いで悩んできてようやく決心が出た答えを何故×にした。何故なんだ。教えてくれ長門。 「そ、そうよ!! もう下校時刻じゃない!? キョン、有希。帰るわよ!!」 ハルヒはそう言い、自分の鞄をひっ掴むとまるで俺から離れるように先に部室を出た。その行動は何故だか分からないが意味もなく俺を傷つけた。 そんな感傷に浸るか浸らないかの刹那だ。長門が瞬間的に俺のブレザーポケットの中に何かを突っ込ませた。一瞬だけ見えたが、あれはしおり‥‥? 「ほら、有希もキョンも。早く帰るわよ!!」 ハルヒがひょこっと顔を覗かせ、俺たちにそう呼びかける。長門は何も答えず部室を出て行き、俺は長門の背を追いながらもポケットの中の物の感覚を弄っていた。 意味があるんだな、長門。信じてるぜ。 俺も鞄を背負った後、明かりを消して部屋の外へと足を進めた。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅳへ
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ある日の事だ。 教室に行くとハルヒが先に来ていた。 「よ、おはよハルヒ」 「キョン」 「ん?なんだ?」 「キョンキョンキョンキョン」 「一体どうしたんだハルヒ?」 「キョーンキョンキョン」 これは何事だ? するとハルヒはルーズリーフを取り出しこう書き殴った。 『何しゃべっっても「キョン」になっちゃう。どうしよう』 何がどうなってるんだよ、おい・・・ ふと廊下に目をやると古泉と長門が立っているのを発見した。 俺は二人に相談しようと立ち上がったがブレザーの裾をハルヒに掴まれ動けなかった。 「ちょっと、トイレに行ってくるだけだから」 「・・・キョン~・・・」 そんな涙ぐんだ瞳でかつ上目遣いで見ないでくれ。 思わず抱きしめたくなるじゃないか。 「お前ら、朝っぱらから何してるんだ?」 出た。アホの谷口の登場だ。 「なんだ?プレゼントでもせがんでるのか?」 「違う。どうしたらそういう発想になるんだ?」 「またまたー。で、涼宮はキョンに何を欲しいってせがんでるんだ?」 「キョン」 教室中が静まりかえった・・・ 無論、俺も例外ではなく固まっていると俺の携帯が鳴り出した。 はっとした俺は携帯を取り出し開いた。 携帯のディスプレイには「新着メール1件」と表記されていた。 メールは古泉からだった。 『どうやらこちらに来るには無理があるみたいですので、簡潔に申し上げます。今回どうやら涼宮さんは 「キョン大好き!!いっその事、世界が全部キョンだったらいいのに」と考えたようです。』 あぁ、そこまで思われてるなんて俺は幸せ者だなぁ等と思いながら古泉に返信した。 『一体どうすりゃいいんだ?』 1分後・・・ あ、返信来た。 あいつ、メール打つの早いな 『涼宮さんに、そんなに沢山いたら困ると思わせるのがベストでしょう』 『具体的には?』 … 『あなたという存在が一人だからこそ価値があると思わせて下さい。よろしくお願いします』 と言われてもな・・・ あ、一つ簡単な方法があるな。 しかし、これをやると・・・ あぁ、こうなりゃヤケだ。 「なぁ、ハルヒよ。俺は世界中がハルヒばっかりだったらいいなと思ったことがあるんだがな」 「キョン?」 「あくまで俺が好きなのはお前という涼宮ハルヒだから沢山のハルヒが居たらたった一人のお前を見つける事が出来ないと思うんだがどうだ?」 「キョン!!あたしもキョンが大好き!!」 「ん?言葉が元に戻ったな」 「あれ?ホントね。これもキョンの愛の力かしら」 この後、散々クラスメイトにイジられたのは言うまでもない・・・ はぁ、やれやれ・・・ 終わり
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「あなたもいっその事、この状況を楽しんでみては?」 断る。俺は気が狂おうとも冷静でいるべきキャラなんだよ。 「キョン君~!これどうやって止めるんですか~?ひえぇ~~~」 ハンドルを離さないと止まりませんよ。それがコーヒーカップというものでしょう。 「こんな古い・・・いえ、珍しいアトラクションは初めて体験するもので・・・とめてぇ~~~」 む・・・?あいつら・・・ハルヒに長門、何回目だよそのジェットコースター。 「キョン!このジェットコースターは素晴らしいわ。なんたって何度乗っても飽きないんだもの!」 あぁ、どうしてこうも俺からは日常がはるか彼方へ遠ざかっていくのか・・・やれやれ。 ここがどこかって?見りゃ分かる、遊園地だ。 遊園地でハメを外すのがそんなに恥ずかしいかって?そんな訳あるはずがないだろう。 俺だって、ここが普通の遊園地ならそりゃある程度箍(たが)を外して遊びまくるさ。 しかし残念なことにここの遊園地は“普通”などではない。 この遊園地は──ハルヒの夢の世界なのだ。 古泉が言うにはここ最近のハルヒの退屈度の進行が原因なんだとさ。 その退屈をどうにかするってのが課題じゃなかったのか。と聞けば 「えぇ、仰るとおりです。 ただ今まで退屈による不満で発生する閉鎖空間で判断してたんですが・・・ここ最近は全く発生していなかったんですよ。 言い訳に聞こえるかもしれませんが・・・その不満をこういった形で発散させるということは、何か涼宮さんに変化が起こりつつあるのかもしれません。」 不満が原因でたまたま見てしまったこの面白おかしい(俺には面白くもなんともないが)夢を現実にすりかえようとしている最中なのだと。 哀れ世界。俺が世界なら確実にビッグバン起こして怒りをぶつけてるところだ。 もちろんそのまま放っておくわけにはいかない。 が。もうすでに現実世界とほぼ融合しているために、ハルヒに向かって「これは夢だ!」なんて無理やり理解させてしまえば現実世界もろとも完全崩壊の恐れ。 もう今更なんだが・・・本当なんでもありだな、ハルヒ。 解決策はといえばハルヒに自力で夢だと気づいてもらうこと。 そんなこと超簡単だろう?と思うだろう? 考えても見てくれ。俺たちが夢を見ているとき、その状態で今起こっていることは夢なんだ!と気づけたことが何回あった? つまりはそういうことである。 それに、覚めた後にはありえない夢だったと気づけても、夢を見ている最中には可笑しいなんてこれっぽっちも思わないだろう? そう。だからこそハルヒは乗るたびにコースの変わるそのジェットコースターに一つも疑問を持っていない。 ちなみに朝になるまで待てば自然に起きるだろう、なんて解決策は真っ先に断たれたぜ? さっきも言ったが、もう現実とごっちゃになりかけ。現実の時間概念は今のハルヒには作用しない。(長門談) どうにかハルヒに自力で夢だと気づいてもらう必要がある。 運が悪ければこの世界はこの遊園地の敷地内だけになり、5人は一生をここで終えなければならなくなるのだ。 だからな、みんな。遊ぶのもいいがもう少し真剣に考えてくれないだろうか。 時間がかかればかかるほどこの世界の侵食は進み、元に戻れるかは困難になるって言ったのはお前だぞ、長門。 ・・・その長門はハルヒと33回目のジェットコースターを楽しんでいるが。 「いや~、参りましたね。」 あのな古泉。笑顔でゴーカートをさんざ楽しんできて「参った」なんて、普通の人間なら言わないぜ。 「フフ。でもこんな経験、多分二度とできないと思いますよ?」 無人のカートが勝負相手になってくれるゴーカートなんざ、二度も三度も楽しみたくはないね。 朝比奈さんは・・・今度はメリーゴーラウンドか。白馬にお姫様のように座る姿が美しい。 ハルヒ、どうせ創るならなら売店も組み込んで創ってほしかったぜ。ここにカメラが無いのが非常に惜しい。 まぁカメラが存在しようと現実世界には持ち帰れないだろうという答えに3秒で到達したので諦めるが。 しかしよく逃げないもんだな。あれ。 「メリーゴーラウンドって文献でしか見たこと無いんですけど、本物の馬なんて使ってるんですね~。私、びっくりしました~。」 ・・・どうしよう。本当のメリーゴーラウンドがどんなものなのか教えた方がよろしくないか? アトラクションは全自動。俺たち5人以外誰もいない。ついでに出口も存在しない。 もはや牢獄と言ったほうがいいだろう、これは。 なんて考えながらジェットコースターに目をやると、それはもう何回転すればゴールに着くのか分からないような渦の塊になっていた。 多分そろそろジェットコースターに飽きるだろう。 さぁて、どうやってハルヒに夢と気づいてもらうか。 古泉と2人、バイキング形式で従業員のいないレストランフロアに入り、栄養を取りつつ頭を働かせる。 無人ゴーカートを見ても、タイヤのついたコーヒーカップを見ても、実物仕様のメリーゴーラウンドを見ても、 変幻自在のコースを持つジェットコースターを見ても何も疑問に思わないんだぜ? どうすればいいんだよ。 「逆に考えればいいんですよ。この世界は涼宮さんの退屈による不満で創られた世界。 ならば楽しませればいいのですよ。」 誰が? 「勿論──あなたですよ。」 気が滅入る。ハルヒと2人で本物の殺人鬼が出てきそうなお化け屋敷に行ったり、 宇宙まで届いてそうなクレイジータワーに乗ったり、高速回転中の観覧車に乗らなければならんのか? その前にショック死すると思うぜ、俺。 「それもそうですね。あなたが死んでしまっては元も子もない。」 笑顔で物騒なことを言うな。 「失礼。ですが・・・少しばかり危機が迫っているのかもしれません。周りを見てください。」 いつのまにか夕日が差していることに気づく。 「説明していただこうか?」 笑顔のまま溜息をついた後、こんなことを喋りだす古泉。 「このまま夜になれば、恐らくあちらのホテルに泊まることとなるのでしょう。」 指差す方を見てみると、敷地の中央に聳え立つ豪華なホテルがそこにあった。 「夢の世界で眠りにつく。ということはです。」 普通の人間ならば寝て夢を見て、起きれば現実世界。だが・・・ 「次に目を覚ました時、完全にこの世界は固定されてしまうことでしょう。」 ・・・どうすればいい? 隣に置いてあったリーフレットの束からチケットを取り出す古泉。 「ふぅ、やはりありましたね。」 それは一体何なんだ。何故お前は既に知っているかのようにそれを手に取ったんだ? 「これはちょっとした賭けでしたよ。いえ、むしろ涼宮さんの賭けと思った方がよろしいかと。 今は僕が探し当てましたが、これは僕がいなくても必ずあなたの元に現れたはずです。」 さぁ、とそれ以上何も言わずチケットを俺の手に押し込む古泉。 ───── ────────── ─────────────── やれやれ。ようやく現実世界に戻ってこれたわけだが。 ああいった面白おかしな世界もまぁ全く楽しくなかったと言えば嘘になるが・・・ あれから数日。今日は何度目になるのか忘れたがいまだ皆勤賞のSOS団不思議探索の日だ。 あれから結局どうなったかって?古泉も聞いてきたが特に何もないのだ。 あの後、手にしたチケットを見てみるとそこにはディナー招待券と書かれていた。 ハルヒと食事をしてご機嫌を取れってことか。しかしどうやって誘うべきか・・・ とベンチに座って考えていたら不意に後ろに現れたハルヒに奪い取られてしまったのだ。 一部始終を語るとすれば・・・次の通りだ。 「何のチケットと睨めっこしてるのよ。一人で楽しもうなんて、そうはいかないんだから! なになに・・・?・・・ディナー券?」 あぁ、一緒にどうかと思ったんだが。 「ふーん・・・まぁ、行ってあげてもいいわよ?このままじゃ券も勿体無いしね。 でも、他の3人はどうするの?食事。」 夢の中では少しは気を回せる性格なんだな、お前。・・・それはともかく。 「古泉たちなら別のチケットで他のレストランで食事中だ、今頃は。」 こんな誤魔化しかたでバレやしないかとは思ったが、流石夢世界ハルヒ。些細なことは疑問にはならない頭のようだ。 ・・・もしかしたら分かっているもののあえて気づかないフリをしてるのかもしれんが。 着いたレストランはそれは豪華なレストランだった。 やはり人は誰もいなかったが。 チケットに書かれていた席には既に料理が並べられている。 「演出かしら?斬新だわ。」 と一人納得してしまうハルヒ。 今さっき出来たばかりの料理のようで、全く冷めていないようだ。 さぁ料理を食べようとさっさと席に着くハルヒと俺。 何故そんなことを言ってしまったのか?と自問すれば、このままでは何も進展しないぞと思ったんだろうな、俺は。 ハルヒに現実に戻ってもらうために、こんなことを口にしてしまったのだ。 「なぁ、ハルヒ。今日だけじゃなく、いつかまた2人で遊びに来たいな。 最近出来た海辺のテーマパークとか結構評判いいらしいぜ?・・・どうだろうか?」 次の瞬間、俺はまたもベッドの中にいた。 夢だったのかといえば確かに夢だった。 時間は・・・明日にはなっていなかった。紛れも無く今日の明朝であり、登校前のバタバタしなくてはならない時間までまだ3時間程余裕がある。 携帯を確認してみると3件、すなわち、古泉、長門、朝比奈さんから1件ずつ着信が入っていた。 おかしな事を言っていると自覚するが、その着信によってあれが夢だったと確信できたのだ。 「まぁ、何があったのかは知りませんが、とにかくあなたには感謝しっぱなしです。今回もありがとうございました。」 よせよ。俺はただハルヒと飯を食っただけだ。・・・いや、食うことは出来なかったが。 あぁ、しまったな・・・あの料理食べてからにすりゃ良かったな。勿体無いことをしたもんだ。 「ところで今日の活動は涼宮さんから聞いていますか?」 いいや?どうせ今日もいつもの通り、なんのプランも無いまま街をうろつくだけだろう? 「そうでしたか。いえ、それなら涼宮さんから直接聞いたほうが良さそうです。丁度・・・ほら、やってきましたよ。」 何のことだろうか。相変わらずハルヒはこの団員1号の俺には連絡をよこさないことが多い。 「あら、珍しいわねキョン。今日も遅刻してくるのかと思ったのに。」 ここ5連続で俺の奢りだったからな。たまには早く来ておいて誰かに奢ってもらうのがいいだろう。 ・・・それよりも。 「今日は何をするんだ?俺以外全員知っているようだが何も聞いていないぞ、俺は。」 「あれ?言ってなかったかしら。手頃な場所にいるからまた伝えるの忘れちゃってたわ。まぁ、たまにはこんなこともあるでしょう。」 いや、いっつもだろう。 「そんなことよりこれよ!ほら、みんな1枚ずつ取って取って!」 なになに・・・?シーサイドテーマパーク・・・? 遊園地のチケット・・・か。なるほどね。
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「何であんたはメールの返事出すのに4時間もかかるの?信じらんない。」 「だから、晩飯食べた後に寝ることなんてお前もあるだろう」 「はぁ?電話の音もわからないくらいの超熟睡をソファーでできるの。あんたは」 「着信34件はもはや悪質の域だぞ。出る気も失せるのはわかってくれ」 「わからないわよ!あんたあたしがテストでいつもより悪い点とって落ち込んでるの知ってたでしょう!?」 「知らん。俺から見りゃ十分すぎる成績じゃないか。むしろもっと点数寄こせ」 「何よその言い方!あたしの貴重な時間を割いてキョンの勉強見てあげたのにあんた平均点にも到達してなかったじゃない。 やったとこと同じ問題が出たってのに、そっちこそ悪質よ。名誉毀損!!」 「俺は見てくれなんて頼んでない。お前が理由つけて俺の家に押しかけただけだろうが」 「何それ!最ッ低!!」 こんなやりとりがずっと続いた。 朝、HR前の時間。ハルヒとのたわいもない話をする時間が、 または恋人としての少し甘酸っぱいやりとりをする時間だったのが、些細なきっかけでこんな状態になってしまった。 俺はこんなやりとりをしたくない。でも、このときの俺はどうやら言葉を返すのに全力を尽くしていたらしい。 言葉でハルヒに勝とうなんて思っても無駄なのにな。 この頃になるとクラスメイトは俺たちが付き合っていることなど常識になっていた。 が、やっぱりこんな状態だと、気にかける目を向けてくる奴が結構いる。 谷口を見てみろ。古泉のニヤケ面と俺のやれやれをくっつけたような顔になってやがる。 それを伝えようとしても、伝える相手は一切こっちを見ようとしない。 担任が入ってきたおかげでひとまず救われたが、俺たちはもちろんのこと、クラス全体がしんみりした空気になってしまった。 そもそも俺たちがこういう関係になったのは半年以上も前だが、この関係はバレバレだった。 教室でいちゃついたり、付き合っていると言ったことは一度も無いのに不思議なもんだ。 休み時間も昼休みも、ハルヒは教室にいなかった。当然だろう。 早いものでもうすぐ6限が終わる。こんな状態で部室に行けるわけが無い。 冷静になって考え直してみると、やっぱり俺が謝らなきゃいけないんだろうな。 どっちが悪いとかそういう問題じゃない。こういう時は男が先に謝るものだからな。 それに善意で俺の勉強を見てくれているハルヒに対してあれは言いすぎだ。 とにかくはやくハルヒと話がしたかった。 頼む。頼むから部室で待っててくれよ。ハルヒ。 待っててくれと思うのは俺が掃除当番だからであり、掃除中は気が気じゃなかった。 そんな俺に寄ってくる影がひとつ。やっぱり谷口か。 「ようよう。この後は結局どうすんだ?」 「習慣通り団活に出るさ。何度も言うがお前は心配してくれなくてもいい。」 「涼宮と別れることになったらそのときは付き合ってやるぜ?」 「誤解されるような言い方はやめろ。それに俺はハルヒと別れたりはしない。」 「だろうな。明日までには教室の空気を軽くしろよな。ったくお前らはよー・・」 谷口の適当な愚痴を聞きながら掃除を終わらせ、俺は部室に向かった。 足が重い。 筋肉のつかない筋トレをしている気分だ。 そうしてやっと旧館に足を踏み入れて少し歩いたところで、俺は天使に出会った。 いやいやいつ見ても本当に天使のようなお方だ。 「朝比奈さん。」 朝比奈さんは水を汲みに行く途中のようで、メイド服を着てヤカンを手にしている。 俺の姿を見るやいな早足でこっちに向かってきた。どうやら俺に言いたいことがあるらしい。 なるほど。ハルヒからの伝言か・・・と思ったらそうではないらしい。 「わたしがあなたにどうしても言いたかったんです。」 なるほど。ヤカンは部室を出る口実ということですね。 「あなたと涼宮さんの事で・・・。」 「ああ、やっぱり今日は部室に行かない方がいいということですか。」 「違うの。その逆。涼宮さんすっかり落ち込んじゃって、どうしたらいいかずっとわたしと相談してたの。 だからあなたに安心してほしくて・・。あ、もちろんこの話は内緒ですよ。」 聞けばハルヒは最初は俺の愚痴を言っていたらしいが徐々に不安を口にしたらしい。 朝比奈さんの話に俺は頷くしかなかった。 ハルヒの奴・・・ 教室ではそんな様子は全然無かったのにな。 俺の前で沈んだ表情を見せないのは意地か。まぁ俺も他人のこと言えないんだけどな・・ 朝比奈さんの話によると長門と古泉は一緒に図書室で待機しているらしい。 「キョン君。がんばって。」 そんなに大袈裟な事なのかね。これ。 コンコン 部室のドアをとりあえずノックしてみる。返事は無い。 恐る恐るドアを開ける。いつもの席にハルヒがいた。 パソコンが見事に顔を隠してくれている。 俺はドアを閉め、意味は無いと思うが鍵も閉めた。 とりあえず口を開こうかと思った。 「キョン。ちょっとこっち来なさい」 が、ハルヒのこの一言によって拒まれる。何を言おうというのだ。 被害妄想が頭を駆け抜けたが、ハルヒはパソコンの画面に興味を示してるようだった。 よく見たらハルヒの奴はいつもと同じ表情 ・・に見えるが少し無理してやがる。 長門の表情すら読める俺が気づかないとでも思ったのか。 こいつはほんとにもう・・・ 「これ見て。なかなか面白そうだと思わない?今度の土曜日にどう?SOS団で!」 面白いぜ。ハルヒ。お前のその人間臭さというかなんというかそんなものがな。 俺がパソコンの画面をあまり見てないことなんてお前はわかってるんだろう。 そうやってハルヒがしゃべって、俺がうなづいているだけで5分経過。 そろそろ言おうとしたことを言わせてもらおうか。 画面を指差すハルヒの手を握る。 ハルヒはほんのわずかビクっとしてこっちに不可解な視線を送って、「何?」と呟いた。 その表情から不安を感じ取る。表情は素直なんだな。不覚にも可愛いと思ってしまうじゃないか。 「あー・・。朝は ごめん な。」 改めて考えると色々と恥ずかしい。顔よ頼むから赤くならないでくれ。 「・・・」 「あんなことを言うつもりは全然無かったんだ。」 「・・・」 「勉強だってハルヒに見てもらうの、いつも楽しみにしてるから。」 「・・・」 「俺いつも自分のことばっかりで・・だから・・・。」 「フフッ・・アハハハッ」 ハルヒは急に笑い始めた。おかげで赤面がさらに赤面した。 そしてなんともいえない安堵感も広がった。 もしかしてこう言い出すのをわかっていたとか・・・もうどうでもいいか。 「アンタにそんな真面目な顔は似合わないわよ!」 もう結果オーライだ。 ハルヒがまた俺の前でこうやって笑ってくれるだけで良い。そういうことだ。 いつぞやの時よりは溜息が少なくなりそうだ。 少ししたら空気を察した古泉長門朝比奈さんが入ってきた。 朝比奈さんはウィンクをしてくれた。ありがたいのですがまさか聞いてないですよね。 古泉のニヤケ顔が素に見えるのも気のせいですよね。 活動終了後、俺はハルヒと帰り道を共にする。 「ハルヒ」 「何よ」 「俺の勉強、また近いうち見に来てくれないか。」 「言われるまでもないわよ。あたしが見ないで誰があんたの面倒見るのよ」 「じゃあ来週の土曜日、でどうだ。 ・・・泊まりで。」 「い・・・えっ!?でもあんたの」 「家族が旅行なんだ。寂しいから、な。」 やっぱりちょっと厳しいかな、と思ったが返事はすぐに返ってきた。 「もうほんとにしょうがないわね。一晩かけてじっくり教え込んでやるわ。特に数学!わかった!?」 「ああ。」 細かい予定を話し合っているうちにもうハルヒの家に着いてしまった。 遠回りすればよかったな。どうせ同じか。 「じゃあねキョン。明日寝坊すんじゃないわよっ。」 「待ってくれハルヒ。」 「今度は何?」 「キスしたい」 「はっ?・・・ んっ!?」 ダメだな俺。相手の返事ぐらい待った方がいいぞ。 ハルヒは逃げやしないんだからそんなに必死に味合わなくてもいいじゃないか。 俺は数秒で済ませておくことにした。やっぱり恥ずかしいしな。うん。 「・・ったく・・・キョン・・・」 「何だ。」 ネクタイを掴まれた。 「あの・・今日は・・あたしも・・・悪かった・・わよ。」 「なんて言った?」 実は聞こえてたけどわざと聞いてみた。 「はん。その手には乗らないわよ。」 「だめだったか・・・ってぅおっ!?」 ネクタイを引っ張られ、そのまま俺はまた目をつぶる羽目になる。 珍しいな。ハルヒがあんな謝り方するなんて。 珍しいな、ハルヒからのキスなんて。 もっしかして本当はずっと言おうとしてたんじゃないか? 最後の最後まで我慢してたんだろう。ほんとに頑なな団長さんだな。 俺たちはしばらくお互いを貪るのに夢中になった。 多分最長記録だろう。 俺がそうなるようにしたんだからな。 後にハルヒは呟いた 「舌入れるんじゃないわよエロキョン。」 ・・・さて。 朝日が漏れる部屋に寝っころがってる俺は天井に向かって悩ましげな視線を送る。 4日目だな。もう慣れた頃合だ。 時間が随分飛んだな。1~3日目は少なくとも半年以内にまとめられるが、今日はいきなり半年以上も飛んだ。 考えても意味は無いが、もしハルヒが俺との思い出を見せているのなら、昨日の夢の日と今日夢の日との間に何も無かったのはおかしい。 ハルヒと気持ちを確認してから、この喧嘩をする日までだって沢山の思い出がある。 デートと呼ばれる事だって何度もしたし、ハルヒの手作り弁当だって食った。初めて手を繋いだ日だってわりと覚えている。 キス・・・だって少ないが何回かした。この喧嘩した日まで軽いのだけしか・・ってなんか自分で恥ずかしくなってきたぞ。 次に見るとしたらそうだな。もしかしたら、あの泊りがけの勉強会かもしれない。 って何考えてるんだ俺は。ハルヒがもしかしたら俺に何かして欲しいのかもしれんのだぞ。 ちょっと早いがダイニングに向かう。 ハルヒも起きたばかりのようだった。 「あら?あんた早いわね。丁度いいわ、たまにはご飯作りなさいよ。」 「ああ。」 どうしても夢の中のハルヒと重ねて見てしまう。 そういえば最近あの頃みたいにデートとかしてないな。 俺は仕事で忙しいし、その事に対してハルヒは「しょうがないでしょ。さっさと昇進しなさい」と、素で言う。 これは間違いない。あと空いた日があっても、運悪くハルヒが体調を崩したりしてたな。 朝飯の準備をしながら、俺はとりあえずハルヒに少し聞いてみようと決めた。 「キョン。これちょっと油っぽいわよ」 「そうか?」 「ったくあんたは料理上手くならないわね。」 「悪かったな。それとお前のが上手すぎるんだ。」 「そう。誉めても何も出ないわよ」 素っ気無い態度だな。ハルヒらしいといえばそうなんだが・・・。 なんというか・・・もっともっと笑って会話がしたいものだ。 そんなわけでそろそろ本題に入るか。 「ハルヒ」 「何?」 「どうだ?今度の日曜、出かけないか。」 「あんた、昇進試験が近いんでしょう?そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの。」 痛いところを突かれた。時間を止めて言うことを整理できればいいんだがな。 まっすぐに俺の目を見て心配そうに言っているからにはハルヒは面倒くさいわけでは無さそうだ。 これは本音だろう。 「でも、たまにはお前とゆっくり過ごしたい。お前だって・・」 「あのね、あんたは変なところで優しすぎるのよ。 試験が終わって仕事がちょっと落ち着いたら散歩でも旅行でも行けばいいの。それに・・・。」 「どうした?」 「・・ちょっと気分悪い。最近風邪気味なのよ。」 風邪気味だって? 声も枯れてない、鼻水も咳も出てない、だるそうにも見えない。 慌てておでこをくっつけてみる。 ・・・熱も無い。 でもハルヒが言うからにはそうなのだろうな。 「・・だから最近体調がおかしいって言ったでしょ。」 「そうか・・・俺にできることは何かあったら・・」 「それはそうとあんた時間そろそろやばいんじゃない」 「うぉ!?いけねっ」 時間の野郎、いつのまに進んでやがった。 これじゃハルヒと満足に会話もできない。 でも少ないが収穫はあった。 ハルヒが「今週末は○○に行くわよ!」と引っ張っていかないのは俺の仕事事情を心配してるから。 そしてハルヒの体調がおかしいということだ。今まで普通に見えたのになんてこったい。 明日にでも古泉に電話しよう。ちょっとは解決に役立つかもしれん。 俺が鞄を持って玄関を飛び出す。 ハルヒはしっかり玄関で「いってらっしゃい」と言ってくれた。 素っ気無いと思いきや、ちゃんと出迎えてくれるところがハルヒらしいかもな。 俺はその夜早く眠りについた。 早めに寝ておいたほうが良いと判断したからな。 「ほら、ここ違う!」 「そこは暗算でやっちゃだめ!」 「まさかこの公式忘れたんじゃないわよね」 ハルヒのスパルタ教育は留まるところを知らない。 土曜日。夜。家族は旅行。一応彼女と2人きり。 ・・・見事な337拍子だな。 こんな用意されたようなシチュエーション二度とないだろう。 ・・・・そんなことを一瞬でも考えたら負けかもしれん。 ってほどハルヒは密度の濃い家庭教師に徹していた。 早めに晩飯を済ませて俺の部屋に閉じこもり、もう4時間が経過していた。 休憩や雑談を挟みながらも効率よく勉強を勧めていく様には俺も感心せざるを得ない。 今日のためにいろいろスケジュールを考えていたとしか思えない。実際そうなのだろうな。 最後の問題が解けたときはもう時計の針は日付変更線を越えていた。 「先風呂入るから」と言ってハルヒは部屋から出て行き、俺は一息つく。 ハルヒの使っていた教科書やら問題集やらをそっと覗いてみると、案の定線やメモやらがびっしりと書き込まれており、俺のためと思われる書き込みもある。ほんとに忙しい団長さんだ。 こら。ニヤケ顔になってるぞ。今日だけでもしっかりしなきゃな。 俺が風呂から上がって部屋に戻ると、ハルヒは俺のベッドで眠りこけていた。 布団は用意すると言った筈だがそういや準備してなかったな。 それ以前に寝る直前にまとめ問題やるって言ってたのに。教師が先にばててどうする。 ・・・なんてな。ご丁寧に目の下にうっすらとクマなんかつくっちまってさ。 もし俺のために徹夜してできた・・とかだったら・・・、いや考えちゃだめだな・・・。 ハルヒの今日のスケジュールはほぼ完璧だった。 俺の今日のスケジュールは俺自身でさえ未知数なのにな。 ベッドに腰掛ける。 こんな時間だと俺でも眠い。まとめ問題は朝にでもやればいいだろう。 ハルヒに視線がいく。風呂上りの女の匂い、乾ききっていない髪、いつもの活発さとのギャップ、独占感、無防備に上下する肩・・・ハルヒの全てが俺を誘ってるようにしか見えない。・・・だめだな俺。 とりあえず起こしたほうが良さそうだ。 「ハルヒ、起きろ。ハルヒ、おいハルヒ」 「・・・ん・・・。キョン?」 こいつは低血圧なのか。スローな動きで起き上がり半分しか空いてない目を向けてくるハルヒ。 なんかもう反則どころの騒ぎではない。とにかく俺は隣に座るよう促す。 「もう寝るのか」 「・・・・どっちでもいい」 「眠いのか」 「うーん・・なんか思ったよりも疲れてただけよ。」 「徹夜で俺の為に予定表組んでたんだよな」 「・・・それが何」 「ありがとう」 「珍しいわね。あんたが素直に感謝するなんて」 「当然だろう。好きなんだから」 「・・・・キョン・・・」 ハルヒの手を握り、愛しむように撫ぜる。 引き寄せられる勢いでキス。そしてキス。 見つめあい、ハルヒが優しく微笑んだところで俺はハルヒを押し倒した。 「やっ・・!」 ハルヒは驚いた顔で見つめてくる。・・・当然だろうな。 徐々に不安の色も見えてきて、俺は動揺する。 「ハルヒ・・・その・・・いい、か?」 「・・・」 ハルヒは不安げな表情のまま黙り込んでしまった。 普通に考えればいきなりは無理に決まってる。急に罪悪感が湧く。 「すまん・・・すまない・・・あー・・」 「・・さい。」 「・・・へっ?」 「優しく、しなさい。」 「ハルヒ!?」 ハルヒは目を逸らして唇をキュッと結んだ。そしてちらりとこちらを見て。顔をちょっと赤くした。 心臓が壊れたように暴走を始める。俺はもう何も考えられなくなったようだ。 当たり前というべきか、谷口から借りたAVと現実は大きく違った。 ハルヒは目をつぶってずっと黙り込んでいた。 たまに目を開けて俺を見ては、荒くなった息を整えようとしていた。 俺が「声我慢しなくていいぞ」「力抜けよ」と声をかけても生返事だ。 俺自身、興奮しきって夢中だったせいで鮮明には覚えてない。 結構長い時間前戯をしていたが、結局ハルヒはずっと堪えるような表情だったと思う。 でも徐々に俺の努力が実ってきたようで、気が付いた時には眉間のシワも消えていた。 むしろ今度はこっちが堪える番になってきた。ので、俺は声をかけた。 「ハルヒ、その・・大丈夫か。」 「・・・ん」 「嫌だったらやめようか」 何故か俺はハルヒがここでどう否定するかを楽しみにしていた。 ハルヒは首を横に振る。もうそれだけで俺は衝動に支配されそうになる。 ハルヒは相変わらずだんまりなので「じゃあいくぞ」とでも声をかけようか迷ってる時に、ハルヒが口を開いた。 「・・キョン」 「どうした?」 ここでハルヒはいつも俺に見せるような不適な笑みを見せた。 俺が驚いている間もなく、ハルヒははっきりと言った 「ほら、早くきなさいよ。」 痛みを堪える表情が、喘ぎを堪える表情になる。 シーツを掴んでいた手が、俺の背に回される。 甘い息の中に、すがるように俺を呼ぶ声が聞こえるようになる。 全てが俺を刺激し、自我のコントロールを不能にした。 そのときはっきりと覚えていたのは、俺が壊れたようにハルヒの名前と愛の言葉を叫んでいたこと。 そして終わった直後の短い会話だけだった。 「・・・キョン」 「ん?」 「愛してる」 そしてハルヒは更に耳元で、俺の名前を呟いた。 こいつが一度も呼んだことのなかった、俺の本当の名前を。 5日目、予想通り。 布団の中での俺の下半身はどえらいことになっていた。俗に言う夢精である。 なんとなくだが、今日もリアルな夢を見るとしたら内容はあの夜しかないとわかったからな。 とにかく見つかる前に処理しよう。 どうせなら夢の続きとして次の朝まで見ていたかった。 今でもよく覚えている、あそこまで俺に甘えてきたハルヒは当時新鮮すぎたからな。 といっても大したことはない。朝、カーテンの間から差し込む光で目が覚めた俺たちは笑いあい、キスを繰り返し、気持ちを素直に口にする。 布団から出ようとする俺の腕をひっぱって「もうちょっと・・・」と恥ずかしそうに言うハルヒは可愛いってレベルじゃなかった。 その後の会話で知ったことだが、ハルヒは俺がやろうとしていたことを知っていたらしい。 なんでも、前日に空にしたゴミ箱に唯一あった薬局のレシートを見てすぐにピンと来たらしい。 驚いたり不安になったりしたのは、俺が強引だったから・・・って俺はそんなつもり無かったんだけどな。 更に補足をしておくと、ハルヒがだんまりなのはこの最初だけで、次からは実にハルヒらしい反応を味あわせてくれた。俺もそれに応えようといつも必死だったな。 たまには思いっきりいじってやりたくなるが、なかなかそうはいかないみたいで、むしろハルヒが攻勢になって俺をヒーヒー言わせる時もあったぐらいだ。 いかん。そろそろ現実に帰らねば。 夜、仕事が終わった後俺は古泉に電話した 「古泉です」 「よお。久しぶりだな」 「珍しいですね。あなたから僕に連絡をよこすなんて。」 「そうでもねえよ。」 適当に挨拶をして、俺は早速本題に向かうことにした。 説明はそう長くはかからなかった。 ここ数日、高校の時のハルヒとの思い出が夢として出てくること。その夢がはっきりしていること。 ハルヒがもしかしたらイライラしてるかもしれないこと。 「で、だ。ハルヒの調子はそっちから見たらどうなのかなと思ってな。」 「そうですか。残念ながらあなたの期待には沿えません。その話には正直驚かされました。 何度でも言いますが涼宮さんはあなたと共に生活を始めてから本気でイライラすることはほとんど無くなりましたからね。 安定したとは言い切れませんが、今もです。」 「そうか。」 正直こういう結果じゃないかと薄々思っていたのであまり驚かなかった。 でももしちょっとでも異変がおきたらすぐに知らせろよ。 「もちろんです。しかし僕が思うに、普通に考えてあなた自身で解決するのが望ましいかと。」 「やっぱりな」 結局古泉に電話してもあまり解明が進んだとはいえなかった。 まぁ深刻な事態ではなさそうで安心した。そのときは嫌でも巻き添えを食うからな。 自分で言うのもあれだが、ハルヒのことを一番解ってるのは俺だ。俺しかいないんだ。 もしハルヒが俺に何かを求めたい、または求められたいのなら俺は全力で応えたい。 努力するさ。全力で努力するから。 だから・・・その間ぐらいは 懐かしい夢ぐらい見てもいいよな。ハルヒ。 俺は今、ハルヒの部屋の前にいる。 扉をノックするのが怖いが、それじゃお先は真っ暗だ。 なので、ノックする。返事は無い。 「勝手に入らせてもらうぞ。」 俺は恐る恐るハルヒの部屋に入った。入り口で立ちすくむ。 ハルヒは机に座っていた。出てけ、とも来るな、とも何も言わなかった。 後ろ向きなので表情はわからない。 ハルヒとはもう何度も喧嘩になった。 言い合いみたいなものは毎週のようにやっている。 大抵俺がやれやれとでも言いながらハルヒに譲ってしまうのだが、俺が引かなきゃハルヒは滅多に引かない。その結果がこれだ。 ハルヒは俺を罵倒し、部屋に閉じこもって3時間。 俺も大層怒りに震えていたが、ようやく頭が冷えた。俺から干渉するのは不服だがこれがルールというものなのかね。 悪い方が謝るなんて誰が決めた。問題は和解できるかどうかなんだよ・・・な。俺たちは。 俺たちが同棲を始めてまだ半年。 別々の大学に通っているせいで色々と食い違ったりして大変だがなんとか乗り切ってきた。 が、お互いにいろいろと溜め込んでいたらしい。 ハルヒは食事を作るので、俺が突然「悪い!今日飲み会行くから晩飯いいや」 とメールを送ったりすると大層ご立腹になされた。当たり前だよな。 しかしそれはハルヒも一緒で、同じことを何度も言い聞かせたこともあったっけ。 ストレスと似たようなものだろうか。気づかないうちにいつの間にか溜まって、気がついたら暴発してしまう。 付き合い始めて高校卒業まではハルヒと一緒にいてストレスなんざ溜まる余地も無かったが・・・ 同棲を始めてからは、何かと不憫が続いてしまったようだ。 今日だって、きっかけはTVのチャンネル争いから始まり、どうして根拠のない浮気話にまでなるのか。 でもこれをすらりと乗り越えるのが俺たちなんだよな。 さて、ハルヒの背中に向かって俺は言葉をつむぎ始めた。 何を言ってるかは自分にもいまいちわからない。 なんせ今は夜中の2時である。生理的にきつい。 気づいたら土下座なんかしている。時計は3時を越していた。 俺は何を言っているんだ。声が枯れてるような気がするがどうでもいい。 ハルヒの声が聞こえた、気がした。 床しか見えなかった俺の視線にハルヒの足が入ってきた。顔を上げようとした俺だが、頭を手で押さえられた。 「何でいつもこうなのよ。」 ハルヒの呆れた声が届いた。まったく何でいつもこうなんだろうな。 「いつもいつも、何であんたが謝るのよ。」 床とハルヒの膝しか見えないぞ。 「ほとんど悪いのはあたしなのに」 どうでもいいだろそんなこと。 「明日あんたの好きなものでも作ってごめんって言うつもりだったのに。」 それは是非実行してくれ。 「何であんたは全部背負い込むお人よしなのよ。」 声、震えてないか。 「もうしゃべらないで!」 「うぇっ!?」 頭を上げようとした俺をハルヒは膝に押さえつけた。いや・・・いろんな意味でやばいぜこれは。 それでも上を向こうとする俺にハルヒは目隠ししやがった。 「だーめ・・・。」 別にどんな顔してても俺はどうも思わんぞ。 と言いたいがここは言わない方がいいだろうな。 それでも今のハルヒがどんな顔をしてるか見たかったな。 しかしよくよく考えてみろ。 膝に頭を押さえつけられ、そのまま仰向けになる。要は膝枕だな。 目隠しをされる。会話が終わる。そして今はもう夜中の3時過ぎだ。 それで気持ちが落ち着いたらどうなるか。サルでも分かるな。 俺はそのまま見事に眠りこけてしまったわけだ。 ・・・寝足りないな。 チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は早朝か。 この匂いはハルヒの部屋・・・そうか、俺は深夜にハルヒの部屋に押しかけたんだったな。 なんだかあたたかい。そういえば体に毛布がかかっている。ハルヒの奴・・・ 目を開けようと思えば開けられるだろう。顔を隠すものは何も無い。 でもそれは無理ってもんだ。頭や髪の毛を撫ぜられているんだからな。 手を撫でられたり、耳元をいじられたり、首に触れられたり・・・本当にハルヒなのか? うふふ・・っと軽い笑い声が聞こえた。畜生・・・かわいいじゃないか。 でもちょっとだるいんだ。床に寝てるようじゃ疲れは取れないからな。 だからもう少し・・・。もう少しだけ寝かせてくれよ。 もう少しお前の温かさに触れていたいから・・・ ・・・・やっぱり寝足りない。 素直に起きて布団に入ればよかったかな。 すーすー寝息が聞こえる。目を開けてみようか。 やっぱりハルヒは寝ていた。 俺の体の位置がずれていたのはハルヒが壁にもたれられるようにしたのだろう。 時間を見たらもうすぐ昼じゃないか。大学を思いっきりサボってしまったわけだな俺たち。 ちょっと惜しいがむくりと起き上がってみる。 普通部屋の壁にもたれかかって寝れるか?電車で寝たほうが疲れが取れるんじゃないかと思うな。 だから俺は俗に言うお姫様だっこでハルヒをベッドまで運ぶことにした。 ハルヒを寝かしつけてるうちに、俺は無性にさっきのお返しがしたくなった。 恐れ多いがハルヒのベッドに忍び込み、髪の毛をなでてみた。ついでに色々いじくってみる。 なんて柔らかいんだろう。なんて思ってるうちにハルヒがもぞっと動いた。 うーん と唸るハルヒ。目をつぶったまま「キョン・・んー・・」とか言うな。可愛すぎるから。 とりあえず俺は「今日は土曜日だからゆっくり寝ろ」と繰り返し呟いておいた。 しばらくしてハルヒは再び寝息を立て始めた。俺ももう眠くてたまらんな。心地よすぎる。 腕をハルヒに回して俺も寝ることにした。 昼過ぎにハルヒに叩き起こされ罵られまくったが別に後悔はしていない。 ・・・チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は朝か。 この匂いは俺の部屋・・・そうか、俺はリアリティのある夢から現実に帰ってきたんだな。 ってな。もうそろそろ数字が曖昧になってきたが、今日で6日目だろう。 まさか同棲してる時の出来事が来るとは思わなかった。 進路騒ぎ、高校卒業、同棲開始、大学入学・・・いろいろあったはずなのに1年ぐらいは飛んだぞ。 これまでから察するに、もう高校にいた頃が夢に出てくることはないだろう。年月順だからな。 これでいくつか推測できることがあるが、はっきりしているのはこの夢現象はいつか終わるということだ。 寂しいのか怖いのかほっとするのか・・・変な気分だが、そのときまでに真実がわかるといいな。 今日は日曜日だ。俺の会社は休みなのでれっきとした休日だった。 俺は勉強と資料探しを兼ねて図書館に行くことにした。 丁度話をしておきたい相手もいるしな。 「長門」 やっぱりいた。椅子に座ってこれまた御堅い本を読んでいる。 古泉がダメでも長門ならわかることがあるかもしれない。そういうわけだ。 「よう、元気にしてたか」 コクン、と長門は頷き、古泉よろしく適当に挨拶した後俺は早速説明を始めた。 話が終わると長門は得意の単語説明を始めた。 「あなたに夢を見せているのは涼宮ハルヒ」 なんと。いきなり核心を突いてきた。 「やっぱりそうか。理由はわかるか?」 「不明」 「・・はは、そうだよな。」 その後も俺はいろいろと質問攻めにしたが、結果はあまり芳しくなかった。 それでも、わけのわからん宇宙人や未来人じゃなくて、ハルヒがこの現象を起こしているとわかっただけでも俺は良かった。 俺は最後に気になっていた質問をした。 「ハルヒがここのところ体調を崩している時があるんだ。原因がわからなくてな」 「・・・」 「本人は風邪って言ってるんだが」 「・・・」 「もしかしたらここ数日の夢と関係あるんじゃないかと思ってな。」 「・・・わからない」 俺が意外に思っているともう一言付け加えられた。 「夢とは関係ない。」 俺は少したわいもない話をした後、長門に礼を言って図書館を出た。 なるほど。古泉が言ってたことにも納得するな。こりゃお手上げになりそうだ。しないがな。 しかしハルヒの仮風邪とハルヒの夢現象が関係ないとは驚いた。 ということはハルヒは本当にたまに気分が悪くなると考えざるを得ない。 これじゃますますわからん。せめて夢にヒントが出てくればいいのに。 いや、本当はあるはずなんだ。間違いなくハルヒが見せてるんだからな。 今日も早めに寝ることにしよう。 さっさと寝て、また夢を見たいんだ。 少しでもヒントをつかみたいからな。 それ以前に、俺は毎晩ハルヒと過ごした日を夢で見るこの奇妙な習慣。 それが楽しみになっているんだからな。 涼宮ハルヒの糖影 転へ
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~部室にて~ キョン「Zzzz…」 ハルヒ「……」 長門「……」ペラ ハルヒ「ねぇ有希」 長門「なに?」 ハルヒ「あたしたち友達よね?」 長門「そう認識している」 ハルヒ「それじゃあさ、なんか悩み事とかない?」 長門「何故?」 ハルヒ「何故って、特に理由は無いけど」 長門「そう」 ハルヒ「ほら、あたしたちってあんまりプライベートな話しないじゃない?」 長門「?」 ハルヒ「あたしこんな性格だからあんまり同性の友達いないの」 長門「朝比奈みくるがいる」 ハルヒ「みくるちゃんってなんだかんだで年上だし、有希が一番一緒にいる同い年の友達なのよ」 長門「そう」 ハルヒ「だから、その、もっと仲良くなりたいなぁ、って」 長門「つまり『普通』の交友関係を望むと?」 ハルヒ「うっ、団長としてあんまり『普通』を強調されると耳が痛いわね」 長門「他意はない」 ハルヒ「わかってるわよ。そうね、普通に友達と付き合いたいと思ってる」 長門「……」グゥ~ ハルヒ「一緒に買い物に行ったり、恋愛の話したり」 長門(お腹がへった) ハルヒ「そうだ!有希って好きな人いたりするの?」 長門「好きな人?」 ハルヒ「そう!好きな人!」 長門「それは異性という意味?」 ハルヒ「当たり前じゃない」 長門「自分から答えないとフェアではない」 ハルヒ「え?」 長門「こういった質問の場合、自分から答えずに相手にのみ回答を求めるのはフェアではない、と本に書いてあった」 ハルヒ「え?」 長門「先に言うべき」 ハルヒ「あたしが?」カァァ 長門「……」コク ハルヒ「あ、あ、あ、あたしは、その」チラ キョン「Zzzz…」 長門「?」 ハルヒ「あたしは、今はいないわ!……多分」 長門「そう、わたしは彼が気になる」 ハルヒ「彼?」 長門「そう」チラ キョン「Zzzz…」 ハルヒ「え?あれ?」 長門「そう」 ハルヒ「ほんとに?」 長門「友達に嘘はつかない」 ハルヒ「うっ」 長門「なにか問題が?」 ハルヒ「あ、あれはダメよ!止めときなさい」 長門「何故?」 ハルヒ「だって、その、見た目だってよくないし、冴えないし、馬鹿だし、有希には釣り合わないわ」 長門「それを決めるのはわたし」 ハルヒ「そうだけど……」 長門「……」 ハルヒ「でも、あいつは……その」 長門「嘘」 ハルヒ「え?」 長門「さっきまでの発言は嘘だと言った」 ハルヒ「だってさっき友達に嘘言わないって」 長門「それも含めて嘘」 ハルヒ「ほんとに?」 長門「今度は本当」 ハルヒ「ほんとにほんと?」 長門「くどい。友達の思い人を取ったりしない」 ハルヒ「だ、誰があいつのことなんか」カァァ 長門「なら貰う」 ハルヒ「それはダメ!」 長門「……」 ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「な、なによぉ」 長門「別に。……ただ」 ハルヒ「ただ?」 長門「人をからかうのはなかなか楽しい」 ハルヒ「なっ!」 長門「友達なら冗談の一つや二つは言うもの」 ハルヒ「そうだけど」 長門「あなたは私に普通の友達を求めた」 ハルヒ「うん」 長門「だからそれに答えられようにしてみた。何か違った?」 ハルヒ「……あたしも普通の友達ってよく分からないけど、多分あってると思う」 長門「そう」 ハルヒ「ここじゃ言えないけど、今度有希にはあたしの好きな人教えるはね」 長門「わかった」 ハルヒ「それじゃあこの話はこれでお終いね」 長門「……」コク ハルヒ「有希はあたしに何かないの?」 長門「なにかとは?」 ハルヒ「質問よ」 長門「質問……。趣味は?」 ハルヒ「不思議なこt」 長門「それはもういい」 ハルヒ「えぇ~。他には、料理とかかな?こう見えて結構お母さんと一緒に作ったりしてるから上手なのよ」 長門(案外普通。しかし) ハルヒ「似合わないかな?」 長門「興味がある」 ハルヒ「そ、そう。有希は一人暮らしなのよね。自分で作ったりしてるんでしょ?」 長門「……」フルフル ハルヒ「もしかしてコンビニ中心?」 長門「……」コク ハルヒ「有希らしいと言えばそれまでだけど、それじゃ全然ダメじゃない」 長門「?」 ハルヒ「いい。女の子は料理くらい出来ないと後々大変よ?」 長門「今日のあなたは少し変」 ハルヒ「そ、そうかしら」 長門「いつもなら『女の子らしい』などということを一々強調しない。それは朝比奈みくるの役割」 ハルヒ「そうかもね。でもなんだか有希とはなんていうの?腹を割って話したいというか、そんな感じなのよ」 長門「それは私が友達だから?」 ハルヒ「そう。それに有希って口堅そうだし」 長門「望むなら他言はしない」 ハルヒ「頼むわよ。SOS団の団長がこんなだったら他のみんなに示しがつかないわ」 長門「……」コク ハルヒ「でも、有希さっき嘘ついたしなぁ~」 長門「しつこい。それよりもさっきの話」 ハルヒ「さっき?あぁ料理の話ね」 長門「なにが得意?」 ハルヒ「ありきたりだけどカレーね」 長門「!!!」 ハルヒ「市販のルーを何種類か混ぜると美味しいのよ。あたしの場合、味の決め手はコンビーフね」 長門「……」ゴク ハルヒ「後は、大量の玉葱と人参にカボチャ。お肉は豚バラと手羽先」 長門「……」グゥ~ ハルヒ「後は香り付けに月桂樹の葉も必要ね。それとた~か~の~つ~め~、って知ってる?」 長門「知らない。興味がない」ググゥ~ ハルヒ「な、なんか今日の有希はアグレッシブね」 長門「あなたが望んだ結果こうなった」 ハルヒ「まぁ、悪い気はしないわ」 長門「そう」グググゥ~ ハルヒ「お腹空いてるの?」 長門「あなたの話を聞いたら俄然空いてきた。カレーはとても好き」 ハルヒ「そっか……。ねぇ、今日あたしん家両親が出かけてて夜一人なのよ」 長門「それで?」 ハルヒ「せっかくの機会だし有希の家に泊まりに行っていい?」 長門「さっきのレシピ通りにカレーを作るなら許可する」 ハルヒ「じゃあ決まりね♪あたし家に着替えとか取りに行ってくるわね。で、ついでに買い物して行くわ」ガタ 長門「私もついて行く」ガタ ハルヒ「今日は夜通し遊ぶわよ!」 長門「構わない」 バタンッ キョン「ふぁぁ~……、あれ、誰もいない」 Fin ~涼宮邸前~ ハルヒ「おまたせ有希」 長門「大丈夫」 ハルヒ「じゃあ行きましょ」 長門「……」コク ハルヒ「有希の家の近くにスーパーってある?」 長門「ある。問題ない」 ハルヒ「ならいいわ」 長門「そう」 ハルヒ「有希は料理作れるの?」 長門「カップ麺ならお手の物」キラ ハルヒ「……それは料理じゃないわよ」 長門「?」 ハルヒ「ま、まさか家に調理器具ないとかいわないでしょうね」 長門「……。大丈夫用意した」 ハルヒ「用意した?」 長門「問題ない」 ハルヒ「よく分かんないけど、あるんならいいわ」 長門「……」コク ハルヒ「~♪」 長門「……」ジー ハルヒ「ん?どしたの有希?」 長門「別に」 ハルヒ「?変な有希♪」 長門(精神状態が非常に良好) ハルヒ「有希の部屋って本いっぱいありそうよね」 長門「家にはあまりない」 ハルヒ「そうなの?」 長門「そう」 ハルヒ「ちゃんと片付いてる?」 長門「……」コク ハルヒ「そうよね。有希ってなんか几帳面っぽいし」 長門「……」 ハルヒ「先に家行っていい?荷物持ったままだと買い物しずらいし」 長門「構わない」 ハルヒ「♪」トテトテ 長門「……」トテトテ ~長門宅にて~ ハルヒ「お邪魔しまーす」 長門「どうぞ」 ハルヒ「ほんとに誰もいないのね」 長門「私だけ」 ハルヒ「今は二人よ」 長門「そう」 ハルヒ「そうよ」 長門「こっちがリビング」 ハルヒ「へー、って何にもないじゃない!?」 長門「机がある」 ハルヒ「見りゃ分かるわよ。こんなシンプルな部屋なんて初め てみたわ」 長門「そう」 ハルヒ「普通年頃の女の子なら小物の一つでも……」 長門「普通?あなたは普通は求めいていないのでは?」 ハルヒ「もう!いちいち突っ込まないでよ。あくまで一般論よ 、一般論」 長門「……」ジー ハルヒ「な、なによ」 長門「別に」 ハルヒ「気になるじゃない」 長門「別にと言った」 ハルヒ「わかったわよ」 ハルヒ「それじゃあ買い物行きましょう」 長門「行く」 ハルヒ「それじゃあ案内してね」 長門「任せて」 ~スーパーにて~ ハルヒ「まずは野菜ね」 長門「……」トテトテ ハルヒ「まさか、お米何も無いとは思わなかったわ」 長門(お菓子もある) ハルヒ「とりあえず、カボチャに玉葱、にんじんっと」 長門「……」キョロキョロ ハルヒ「次はお肉ね」 長門「……」トテトテ ハルヒ「やった、豚バラ半額よ。得したわね」 長門「……」コク ハルヒ「手羽も見つけたし、後は香辛料ね」 長門「……」トテトテ ハルヒ「あった」 長門(することが無い) ハルヒ「それじゃあレジ行ってくるから、お金は後で割りカンね?」 長門「わかった」 注:調理シーン及び食事シーンは割愛で。 ~再び長門宅~ 長門「ごちそうさま」 ハルヒ「おそまつさまでした」 長門「美味しかった」 ハルヒ「カレー好きの舌を満足させれてよかったわ」 長門「牛、豚、鳥が全部入ったカレーは初めて」 ハルヒ「そうなの?家であれが普通よ。実際安いお肉だけで済んでるし」 長門「今後の参考にする」 ハルヒ「どうぞ。それにしてもよく食べるわね。見てるだけでお腹痛くなりそう」 長門「いつもこのくらい」 ハルヒ「この小さい体にどんだけ入るのよ」ポンポン 長門「お腹を叩くのはやめて」 ハルヒ「あっ、ごめん。でもあれね、次回の不思議探索は有希の胃袋の限界調査ね」 長門「構わない」キラッ ハルヒ「いずれはSOS団を代表して、大食い女王決定戦に出てもらおうかしら」 長門「一向に構わない」キラッ ハルヒ「あはは、流石に冗談よ」 長門「……そう」 ハルヒ「……有希はさ」 長門「?」 ハルヒ「一人暮らしで寂しくないの?」 長門「特に」 ハルヒ「でも学校から帰ったらここには誰もいないじゃない?」 長門「……」コク ハルヒ「あたしなら寂しいなぁ、って」 長門「やはり今日のあなたは変」 ハルヒ「またそれ?なかなか弱みを見せないあたしが見せてるんだから、少しは相槌しなさいよ」 長門「弱みを見せるということは私を信用している?」 ハルヒ「家族の次に」 長門「そう」 ハルヒ「そうよ」 長門「……私は、あまり寂しくない」 ハルヒ「有希は強いのね」 長門「なぜなら」 ハルヒ「なぜなら?」 長門「普段なら今頃、彼とメールのやり取りをしている」 ハルヒ「え?」 長門「寝るまで」 ハルヒ「か、彼って?」 長門「そう、彼」 ハルヒ「そ、そんな話聞いてないはよ!」ガタ 長門「それはそう。言ってない」 ハルヒ「な、な、な、だって有希好きじゃないって、い、言ったじゃない」 長門「そろそろメールを送る」カチャ ハルヒ「え!?」 長門「……」メルメル ハルヒ「……」ドキドキ 長門「完了」 ハルヒ「……なんて送ったの?」 長門「……」 ハルヒ「ちょっと、なんかいいなs」ピリリリ ハルヒ「こんな時誰からよ?」 FROM ♪ユッキー♪ 本文 あなたは単純すぎ(笑) だから面白い(笑) さっきのはもちろん真っ赤な嘘(笑) 長門「ユニーク」 ハルヒ「……」 長門「……ユニーク」 ハルヒ「有希」 長門「……ユ、少し調子に乗った」 ハルヒ「……そう、有希でもそんなことがあるのね」 長門「ごめんなさい」 ハルヒ「まぁいいわ。でも後で覚えてなさいよ?」 長門「わかった」 ハルヒ「ったく、もぉー」 長門「牛?」 ハルヒ「え?」 長門「なんでもない」 ハルヒ「そう」 長門「そう」 ハルヒ「……なんか不思議よね」 長門「?」 ハルヒ「SOS団で、とかじゃなくて有希と二人だけじゃない?」 長門「SOS団があるから今がある」 ハルヒ「そうなんだけど……」 長門「?」 ハルヒ「あのね、一つ前からどうしても聞きたいことがあったの」 長門「なに」 ハルヒ「あたしが文芸部の部室をなかば強引に頂いたじゃない」 長門「……」コク ハルヒ「う、肯定された。で、それって迷惑じゃなかった?」 長門「問題ない」 ハルヒ「ほんと?」 長門「本当」 ハルヒ「今更だけど、迷惑だったら謝んなきゃ、ってずっと思ってたのよ」 長門「迷惑ではない。むしろ良かった」 ハルヒ「え?」 長門「あれは必然。あなたが来て、彼が来て、朝比奈みくると古泉一樹が来た。そのおかげで今に至る」 ハルヒ「有希……」グス 長門「だからあなたは謝罪ではなく、謝礼を言うべき」 ハルヒ「ん?」グス 長門「私があの部室を保有していたおかげでSOS団がある」 ハルヒ「……なんか有希って性格ちょっと悪くない?」 長門「あなたが望んだ」 ハルヒ「あたしが望んだのは友達よ!」 長門「友達なら関係は同等。あなたに合わせると自然とこうなる」 ハルヒ「また聞き捨てならないわね」 長門「気のせい」 ハルヒ「……今回も貸しにしとくわ」 長門「そう」 ハルヒ「ふぅー、ねぇお風呂入っていい?」 長門「構わない。バスタオルは脱衣所にある」 ハルヒ「ありがとう。……有希一緒に入らない?」 長門「一緒に?」 ハルヒ「そう、たまには裸の付き合いも悪くないでしょ」 長門「それは一般に男性の台詞」 ハルヒ「細かいことは気にしないの、ほら行くわよ♪」ガシ 長門「分かったから引きずらないで欲しい」ズルズル ~脱衣所にて~ ハルヒ「~♪」スル 長門「……」 ハルヒ「~♪」スルスル 長門「……」 ハルヒ「あれ?有希脱がないの?」 長門「すぐ入る。先に行って」 ハルヒ「?わかったわ」 長門「……」 長門(これは今日の仕返し?) 浴室にて~ 長門「遅くなった」 ハルヒ「先にお風呂頂いてるわよ」 長門「構わない」ジャー ハルヒ「はぁ~、暖まるわ~」 長門「そう」ゴシゴシ ハルヒ「……」ジー 長門「何?」ゴシゴシ ハルヒ「え?いや、有希って肌綺麗だなぁって、なんか使ってるの?」 長門「何も」ゴシゴシ ハルヒ「いいなぁ、うらやましい」 長門「私はあなたがうらやましい」ジー ハルヒ「ん?あぁ、これ?そうね有希にないもんね」ニヤニヤ 長門「私にもある」ジャー ハルヒ「え?どこ?」 長門「……涼宮ハルヒを敵性と判断」キュ ハルヒ「ちょ、冷たいわよ、有希!冷水は卑怯よ!」 長門「聞こえない」 ハルヒ「こんなけエコーかかって聞こえないわけないでしょ!もう、冷たいってば」 長門「潜ればいい」 ハルヒ「!その手が」ザブ 長門(今のうち) ハルヒ「ぷはっ、息続かない」ガン ハルヒ「って、イタ!」 長門「注意力が足りない」 ハルヒ「潜ってる時にふた閉めないでよ!驚いたじゃない」 長門「それが目的。今だけはあなたは私の手のなかで踊る」 ハルヒ「なによそれ」 長門「なんでもない」 ハルヒ「それより入んないの?風邪ひくわよ」 長門「入る。詰めて」 ハルヒ「ん」 長門「あたたか、くない……ぬるい」 ハルヒ「ふん、自業自得ね」 長門「お湯を足す」 ハルヒ「賢明ね。これじゃ誰かさんのせいで風邪引いちゃうわよ」 長門「……」 ハルヒ「だんだん暖かくなってきたわね」 長門「……」コク ハルヒ「……ねぇ有希。後ろ向いてこっちに背中あずけて」 長門「何故?」 ハルヒ「なんか有希ってちっちゃいから妹みたいに見えて」 長門「妹?」 ハルヒ「ほら、キョンの妹ちゃんいるじゃない?あの娘見てから、あたしにも妹いたら良かったのになぁ、とか考えちゃうのよ」 長門(あまり強く考えられると現実になりかねない) ハルヒ「だから有希、お姉ちゃんとこおいで。なんてね」 長門「わかった」クル ハルヒ「いやに素直じゃない♪」ギュ 長門「……」ムニ ハルヒ「ふぅ」ムニ 長門「……」イラ ハルヒ「暖かい」ムニ 長門「背中に当たるものが非常に不愉快」ザバァ ハルヒ「もう出るの?」 長門「出る」 ハルヒ「じゃあ、あたしも上がr」 ピシャッ!! ハルヒ「ちょっとなに閉めてんのよ!あけなさい!」 ~寝室にて~ ハルヒ「もう、せっかく夜通しで遊びたいとこだけど明日も学校なのよね」 長門「仕方がない」 ハルヒ「わかってるわよ」 長門「布団はここでいい?」 ハルヒ「どうせなら隣通しにしましょうよ。それでどっちかが寝るまでずっと話してましょ♪」 長門「構わない」 ハルヒ「決まり♪」 長門「歯を磨いてくる」 ハルヒ「あらまだだったの?あたしなんかとっくに」イー 長門「そう」トテトテ ハルヒ「ったく、つれないわねぇ」 ハルヒ「先に横になってよ」 ハルヒ「……」 ハルヒ「……」バタバタ ハルヒ(あたし今友達とお泊りしてるんだよね?なんか楽しい♪案外普通も悪くないじゃない) 長門「戻った。……ほこりが出るからあまり騒がないでほしい」 ハルヒ「あっ、ごめん」 長門「別にいい」ストン ハルヒ「それじゃあ寝ましょ」 長門「明かりを落とす」カチ ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「……」 長門「……」 ハルヒ「なんか喋りなさいよ!このままじゃ寝ちゃうじゃない」 長門「……あいうえお」 ハルヒ「……今、はっきりしたわ。どうやら今日の有希はあたしにケンカ売ってるみたいね?」 長門「……」フルフル ハルヒ「いいえ、許さないわ。ちょっとそっちに詰めなさい」モゾモゾ 長門「何を?」 ハルヒ「罰として、今晩は有希を羽交い絞めにして寝る」 ハルヒ「観念しなさい」 長門「……」コク ハルヒ「……ねぇ」 長門「何?」 ハルヒ「これから先も皆でやってけるかなぁ」 長門「何を?」 ハルヒ「SOS団」 長門「今は何の問題もない」 ハルヒ「そうじゃないの。あたしにとってSOS団ってほんと特別なのよ。こんなに皆でワイワイやって楽しかったことなんて今までなかった」 長門「……」 ハルヒ「有希に、みくるちゃんに古泉君、鶴屋さんもそうね、ついでにキョン」 長門「……」 ハルヒ「皆とだから上手くやってけてる気がする。大人になったら、流石にあたしも少しは丸くなってると思う」 長門「丸く?」プニプニ ハルヒ「有希」 長門「……ジョーク」 ハルヒ「はぁぁ。だからね、大人になっても皆で楽しくやってけるかなぁって」 長門「……」 ハルヒ「今が楽しすぎるから不安になってくのよ」 長門「大丈夫」 ハルヒ「何がよ」 長門「あなたが望めば願いはきっと叶う。もちろん私も望んでる」 ハルヒ「……有希」 長門「大丈夫」 ハルヒ「そうだよね」 長門「そう」 ハルヒ「ありがとう。それとね……」 長門「?」 ハルヒ「昼間話してた、その、あたしの好きな人なんだけど……」 長門「別に言わなくていい」 ハルヒ「え?」 長門「気付いてないと思ってるのはあなただけ」 ハルヒ「……え?」 長門「朝比奈みくるも古泉一樹も知っている」 ハルヒ「……」カァァ 長門(抱きしめる力が強くなった)ギュウゥゥ ハルヒ「……あいつも知ってるの?」カァァ 長門「残念ながら彼の鈍さは尋常でない」 ハルヒ「そ、そっか」 長門「そう」 ハルヒ「も、もう寝ましょ」 長門「……」コク ハルヒ「……あたしたちこれからもずっと友達よね」 長門「友達」 ハルヒ「……親友と思っていい?」ボソ 長門「何?」 ハルヒ「な、なんでもないわ!おやすみ!」 長門「?おやすみ」 ~通学路にて~ ハルヒ「おはよう、古泉君」 古泉「おはようございます。おや今日は長門さんと一緒ですか?めずらしいですね」 ハルヒ「そうなのよ。有希が寂しいからどうしてもって言われて、昨日はお泊りだったのよ」 長門「明らかに事実と違う」 ハルヒ「そうだっけ?」 長門「そう」 ハルヒ「まぁ、どっちでもいいじゃない」 長門「……昨夜の恥ずかしい寝言を話す」 古泉「おやおや、それは興味がありますね」 ハルヒ「え?何?寝言なんてあたし知らないわよ!?」 長門「それはそう。寝言だから」 古泉「それで涼宮さんはいったいなんと?」 長門「まず、ky」 ハルヒ「ワーー、ワーー、ストップよ有希!あたしが悪かったから」 長門「反省してる?」 ハルヒ「してるしてる」 長門「そう、ならいい」 鶴屋「おや、皆朝から元気いいねぇ」 みくる「みなさん、おはようございますぅ」 ハルヒ「鶴屋さんにみくるちゃん!おはよう」 古泉「おはようございます」 鶴屋「いったい何騒いでたんだい?」 長門「涼宮ハルヒの弱みを握った」 鶴屋「なんだって!それはでかしたよ!」 ハルヒ「有希、喋ったら死刑よ!」 長門「なら、死刑になる前に今全て暴露する」 ハルヒ「ちょ。ウソ!ウソよ!有希!落ち着いて」 みくる「みんな朝から元気ですねぇ」 古泉「えぇ、ほんとに。もし可能なら、こんな日がずっと続けばいいですね」 みくる「そうですねぇ」 Fin?
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キョン「よ、おはよう」 ハルヒ「おはよ!相変わらず朝から気合の入ってない顔してるわねえ」 キョン「普通の朝はこれが標準なんだよ」 朝倉「あらキョン君、おはよう。今日も元気そうね」 キョン「あ、ああ。おはよう」 ハルヒ(フン!イヤなヤツがきたわ。外ヅラはかわいい顔してるけど、 腹の中じゃなに考えてるかわかったもんじゃないわね。この前 私の体操服が盗られたことだって、きっとコイツの仕業に違いないわ) 朝倉「あれ、涼宮さんどうしたの?急に静かになっちゃって。気分でも悪いの?」 ハルヒ(ええそうよ。あんたのせいでね!) キョン「朝倉、コイツの面倒はオレが見るから大丈夫だ」 そういうと朝倉は目をうっすら細くして答えた。 朝倉「あらそう?じゃ、キョン君にお願いするわ」 そういうと朝倉は女子の輪の中へ戻っていった。 キョン「おいハルヒ、朝倉のことがあんまり好きじゃないのは見ててわかるんだが、 せめて朝のあいさつぐらいしたらどうだ?一応委員長だしな」 ハルヒ「関係ないわ。私はね、アイツみたいに狸の皮をかぶって本性を隠してるようなヤツが 大嫌いなのよ!有希が言ってたけど、中学時代のアイツは今から想像できないくらい 荒れてたらしいわよ。アイツ高校に入ってからずっと猫かぶりっぱなしよ」 キョン「その話が本当だとしてもだ。あいさつぐらいは別にかまわんじゃないか。 それにお前は本性を現しすぎなんだよ。もうちょっとおしとやかにしてみろ。 きっと朝倉くらい人気が出ると思うぞ」 ハルヒ「フン!アホくさい。それに前言ったでしょ!アイツ私の体操服を」 キョン「しっ!・・その話は言わないっていったろ。朝倉がやったっていう確証がないんだ。 それに今お前が朝倉とおおっぴらに対立したら、ますますクラスで孤立することになるんだぞ?」 キョンは大きくため息をついた。 キョン(なんだってコイツは社交性が皆無なんだ?) 2時間目は体育だった。女子は体育館でバスケットボール、 男子はグラウンドでトラック競技である。 キョン(ハルヒのヤツ、朝倉とケンカしなきゃいいんだが・・・) 谷口「ようキョン、どうした?恋煩いか?」 キョン「ドアホ、・・・なんでもねえよ」 谷口「ははあ・・・お前、もしかして涼宮のこと考えてたな」 キョン(ドキッ) 谷口「お前は考えてることがすぐ顔に出るからな・・・ 今朝の涼宮と朝倉、一触即発だったじゃねえか」 キョン「な、なんでそんなことお前に・・」 谷口「バーカ、よく見てりゃそんぐらいわかるんだよ。涼宮が朝倉をにらむ目は ハンパじゃねえからな」 キョン(・・・・・・) 谷口「でも朝倉と対立するのはよくねえな・・・アイツは1年のアイドルとして 名前が知られちゃいるが、本性はなかなか黒い性格してるってウワサだからな」 キョン「それ、本当か?」 谷口「ああ。朝倉と同じ中学出身のヤツに聞いたんだが、中3のときアイツと ケンカした女子がいたらしいんだ。理由まではわからんがな。 そしたら次の日から、おそらく朝倉の命令だろうな。その女子が徹底的に 無視され始めたんだとさ。かわいそうに、その子は一週間あまりで 登校拒否になったらしい」 キョン「・・・マジかよ」 谷口「さあな。オレが真相を確かめたわけじゃないから断言はできんが、 ともかく朝倉だけは敵に回さないほうがよさそうだぜ。涼宮には お前からよく言って聞かせとけよ」 キョン「・・・一応、忠告として受け取っておくよ」 一方そのころ、体育館では・・・ 現在、ハルヒ率いる赤チームと朝倉率いる青チームの試合が行われていた。 別に二人がキャプテンをつとめているわけではないが、飛びぬけて 運動能力の高い両者は試合全般にかけて活躍し通しであった。 瀬能「涼宮さんて運動神経抜群ねえ」 阪中「そうよね。ちょっと憧れちゃうのよね」 瀬能「それに、朝倉さんもすごいよね。さっきから5回連続でシュート決めてるわ」 阪中「あの二人、あんなにすごいのに運動部入ってないのよね」 朝倉(涼宮さん、さっきから少し目障りね・・・) 朝倉はすっと目を細めてハルヒを見た。それからチームメイトに耳打ちをはじめた。 現在、オフェンスはハルヒチームである。ハルヒは華麗なドリブルで 敵ディフェンスの輪をかいくぐり、ゴール近くまで進んでいた。 ボールを奪いにきたディフェンスの一人がハルヒにすかされて 大きくバランスを崩し、派手に転んだときであった。 転んだと同時に朝倉はハルヒに体当たりをかけた。 ハルヒは大きく飛ばされ、床に倒れた。 ハルヒ「いったぁ・・・」 見るとハルヒはわき腹を痛めたのか、手を当てたまま動かなかった。 朝倉「涼宮さんッ!大丈夫!」 朝倉は大げさに声を上げると、ハルヒにかけよった。 朝倉「ごめんなさいね。ちょっと力が入りすぎてしまったの。さ、手を貸すわ」 ハルヒは一瞬朝倉を睨んだが、すぐに目をそらした。 ハルヒ「・・・いいわ。自分で立てるから」 朝倉「あらそう、それなら安心したわ」 そう言いながら、再び朝倉は目を細めた。 朝倉のタックルは、直前にころんだ女子のせいで審判の目が行き届かなかったらしく、 不問とされたようだった。 その後試合は、ハルヒがわき腹を痛めたせいで思ったように攻撃ができず、 防戦一方となった。 結果的には、朝倉チームにかなりの得点差をつけられた末、ハルヒチームは敗れた。 朝倉「まったく、うまいことやってくれたわね」 鈴木「アンタのタックルもかなりえげつなかったわよ?涼宮のヤツ、 かなり痛そうにしてたわね。骨にヒビでも入ったんじゃない?」 朝倉「そのときはね、お見舞いにでも行ってあげたらいいのよ」 女子A「キャハハハ!涼宮かわいそー!」 2限終了後、朝倉たちは水のみ場で、えらくわかりやすい悪事の解説を行っていた。 長門「・・・・・そこ、使っていい?」 朝倉「あら?長門さんじゃない。こんなところに何の用?」 長門「次の時間は書道。水を汲みにきた」 朝倉「ふーん・・・あ、そうそう。あなたのサークルの団長さんね、さっきの体育の時間に ケガしちゃったみたいなの。私が心配してたって後で伝えといてちょうだい」 長門「・・・そう」 水を汲み終わった長門はすぐに教室に帰っていった。 朝倉「あいかわらず愛想のない子ねえ・・・」 鈴木「なに?あの陰気なヤツ」 朝倉「私の幼馴染よ。無表情な子だから何考えてるのかよくわからないの」 女子A「涼子、あんなのとつるんでたの?」 朝倉「ま、腐れ縁てヤツね。住んでる場所も同じマンションだし」 鈴木「・・・ふーん。アンタとは全然性格あわなさそうね」 キョン(次は数学か・・・ま、授業を聞くだけ無駄だな。それにしても、 体育が終わってからのハルヒはいつに増して不機嫌そうな顔してるな。 まさか朝倉とケンカしたんじゃ・・・) キョン「おいハルヒどうしたんだ?浮かない顔して、具合でも悪いのか?」 ハルヒ「なんでもないわ。ちょっとわき腹を痛めただけよ」 キョン「運動神経のいいお前がケガしたのか。めずらしいこともあるもんだ。 保健室には行ったのか?」 ハルヒ「たいしたことないわ。ほっときゃすぐに治るわよ」 その後ハルヒは、昼休みまでずっと不機嫌オーラを放ち続けていた。 昼休みになると、すぐに教室を出て行った。 谷口「おいキョン、どうやら2限の体育でひと悶着あったらしいぞ」 キョン「まさか、ハルヒと朝倉がケンカしたのか?そういやアイツ 体育が終わってからずっと不機嫌だったしな」 谷口「いや、ケンカってワケじゃないみたいだが、朝倉と涼宮が接触プレーしたらしいんだ」 キョン(それでアイツ、わき腹を痛めたって言ってたのか) 谷口「その接触プレーだがな。ただのハプニングじゃないらしいぞ」 キョン「どういうことだ?」 谷口「真相は不明だが、その接触プレーは朝倉が仕組んだってウワサが流れてるんだ」 キョン「おい、そりゃ本当か!」 谷口「だからウワサだって。しかし涼宮にとっちゃ、あまり状況はよくないみたいだな」 キョン(たしかに今のままでは、近いうちに大きな衝突が起きることは 火を見るより明らかだ。それにウワサが本当だとすれば、ハルヒに非はない。 一体どうすれば・・・) 谷口「ま、お前もそろそろ真剣に考えたほうがいいぞ。手遅れにならないうちにな」 なぜかこのクラスでは、オレはハルヒのお目付け役というポジションに付けられているようだ。 それというのも、オレたちが高校に入学して間もないころに、 オレはハルヒがでっちあげたSOS団などというオカルトサークルに 強制的に加入されられたからだ。 それ以来、オレは社交性0のハルヒとクラスとのパイプ役を勤めているってわけだ。 弁当を食い終わるとオレは文芸部部室に向かった。 ……表向きは文芸部であるが、その実体はハルヒが作ったSOS団などという わけのわからないサークルの巣窟となっている。 オレは部室のドアを開けると、中にいた少女に声をかけた。 キョン「よ、長門。いつもご苦労なこったな」 長門は奥の机でハードカバーの本を読んでいた。彼女はただ一人の文芸部員であったが、 ハルヒに目を付けられたのが運のつきであった。それ以来ハルヒがこの部室に居座るようになり、 文芸部は今や有名無実化していた。・・・まあ、長門にしてみればハルヒがいてもいなくても 読書できることに変わりはないのであろう。 キョン「ちょっと聞きたいことがあるんだ」 そういうと長門は本を閉じ、オレに視線を移した。 長門「なに?」 キョン「朝倉涼子・・・って知ってるだろ」 長門「私の幼馴染」 キョン「その朝倉について、詳しく教えてもらいたいんだ」 長門「なぜ?」 そういいながら長門はまっすぐにオレの目を見つめてくる。・・・うーん、なんだか居心地が悪いな。 キョン「その、うまく言えないんだが、ハルヒのヤツが朝倉と仲悪くてな。 どうにかして仲良くしてもらいたいと思ってるんだ」 長門「朝倉涼子と涼宮ハルヒの性格は水と油。仲良くするのは困難であるように思う」 それぐらいはオレにもわかるんだが。 キョン「うーん、そこをなんとかだな・・・そうそう、朝倉ってどんな性格してるんだ?」 長門「彼女の性格は表面に現れているものがすべてではない。常に本音を隠しながら 人と接している」 キョン「てことはだな。表面上は仲良く接しているように見えても、 実はソイツのことを嫌っているってこともあったりするのか?」 長門「今までの経験上、そういうことは多い」 やっぱりそうか・・・本性が黒いってウワサももしかしたら本当かもしれんな。 キョン「なんでそこまでわかるんだ?アイツはお前にだけは本音を話しているのか?」 長門「彼女は表面的には誰に対しても同じ接し方をする。・・・でも、私にはなんとなくわかる」 幼馴染だけに性格の深いとこまで理解してるってことか。 キョン「そうか・・・ありがとな、長門」 長門「気をつけて」 キョン「ん、なにがだ?」 長門「彼女は敵意を抱いた相手に、決して直接に敵意を見せるようなことはしない」 …なるほどな。こりゃハルヒでも手に負えないかもしれん。 結局その日はハルヒの機嫌が直ることはなかった。 次の日、ハルヒのことが心配だったオレは少し早めに学校に着いた。 朝倉「あら、キョン君おはよう」 キョン「あ、ああ。おはよう」 教室に入ると、なぜか朝倉がハルヒの机の上に腰かけていた。 キョン「なんでお前がハルヒの席にいるんだ?」 朝倉「あら、ちょっとぐらい貸してもらってもいいんじゃない?まだ涼宮さんきてないみたいだしね。 それより少しお話しない?」 キョン「それは別にかまわんが・・・」 オレは戸惑いつつも朝倉をの会話を楽しんでいた。しかし、やがてハルヒが 教室に来る時間となった。 ハルヒは自分の席に朝倉がいるのを一瞥すると、さっさと教室から出て行ってしまった。 朝倉「あれ、涼宮さんあわててどこ行ったのかな?トイレかな?」 キョン「・・・朝倉、お前に聞きたいことがある」 朝倉「なあに?」 彼女は目を細めて聞き返した。 キョン「お前、昨日の体育の時間にハルヒにケガさせたんだよな?」 朝倉「涼宮さんには悪いことしちゃったわね。・・・昨日から心配だったの」 キョン「そのことだがな・・・お前がわざとやったんじゃないかってウワサを聞いた。 まさかとは思うが念のため聞いておきたい。それは本当のことか?」 朝倉「・・・ひどいこというのね。私がクラスメートをわざとケガさせるように見えるの?」 朝倉は大げさに、心外だという身振りをしながらそういった。 心底、疑われたことが悲しいという表情をみせながら。 キョン「ウワサが気になったんでな。直接確認したかったんだ。・・・疑って悪かった」 朝倉「疑いが晴れたならそれでいいわ」 彼女はオレに満面の笑みを見せると、自分の席に戻っていった。 しばらくしてハルヒが戻ってくると、ほぼ同時に担任が教室に入ってきてHRとなった。 そして、1時間目の間中ずっとオレはハルヒの不機嫌オーラを背中で受け続けていた。 ハルヒ「あんた、委員長萌えだったの?」 キョン「なんのことだ?」 休み時間になると、さっそくハルヒはオレに喰ってかかってきた。 ハルヒ「さっき朝倉とうれしそうに話してたじゃないの」 キョン「別にうれしそうじゃねえよ」 ハルヒ「鼻の下伸ばしてたクセに何言ってんのよ。おかげで私が遅刻するとこだったのよ」 キョン「朝倉なんて気にせず教室に入ってきたらよかったんだよ」 ハルヒ「アイツの顔なんて見たくもないわ!」 キョン「お、おい、あんまりでかい声だすな。聞こえるだろ」 ハルヒ「知ったこっちゃないわよ!」 そういうとハルヒは、女子グループの輪の中心で微笑んでいる朝倉を睨んだ。 視線に気づいたのか、朝倉はハルヒのほうをチラっと見て、それからこのオレに 微笑みかけてきた。 ハルヒ「・・・ふーん、朝倉もまんざらじゃないみたいね。よかったじゃない!」 キョン「お前、なに勘違いしてるんだ?」 ハルヒ「フン!」 ハルヒは窓の外に目をやると、それ以上は口をきかなかった。 その後もダウナーなオーラを無差別に拡散するハルヒに耐えながら、なんとか午前の授業が終了した。 国木田「涼宮さん、今日も機嫌悪そうだったね。やっぱりウワサ本当だったのかな?」 キョン「さあな」 谷口「あの様子だとそろそろ全面戦争も近いぜ。・・・ところでお前、今朝朝倉と 仲良く話してなかったか?」 キョン「しらねーよ。向こうから話しかけてきただけだ」 谷口「涼宮を裏切ろうってのか?ま、お前がどっちにつこうが知ったこっちゃないが、 お前に見捨てられたら涼宮はこのクラスで孤立するってことは忘れるなよ」 キョン「人の話を聞かないヤツだな・・・そもそもハルヒが孤立してんのは、 アイツが自ら招いた事態じゃねえか」 谷口「あれでも中学のころに比べたらだいぶマシになってるんだぜ?・・・たしかに 朝倉がかわいいのは認めるが、安易な乗り換えはオレをはじめとする男子軍団が 黙っちゃいないぞ」 国木田「そうそう。キョンには涼宮さんがお似合いってことだよ」 勝手なことばかり言いやがって。涼宮にせよ朝倉にせよ、オレに選択権はないのか。 ……っと、こんなことコイツらに聞かれようもんなら公開処刑されかねんな。 教室で弁当を食い終わると、オレはまた部室へと向かった。 キョン「よ、長門・・・はいないみたいだな」 めずらしく今日は長門が来ていなかった。 やれやれ、ハルヒと朝倉のことを相談しようと思ったんだが。 オレはイスを引いて腰かけた。 しばらくすると部室をノックする音が聞こえた。 キョン「どうぞ、空いてますよ」 朝倉「ちょっとお邪魔するわね」 なんと、入ってきたのは朝倉だった。 キョン「こんなところまで何の用だ?・・・教室じゃ言えないようなことか?」 朝倉「あら、つれないこというのね。わざわざあなたに会いにきた女の子に対して」 朝倉は笑顔を崩さずに話を続けた。 朝倉「アナタ、長門さんに私のことを聞いたみたいね」 キョン「・・・長門がそう言ってたのか?」 朝倉「あの子はそんなおしゃべりじゃないわ。ただ昨日からのあなたを見てて そう思っただけ。影でこそこそされるのはあまり好きじゃないの」 えらくストレートにきたな。一瞬あっけにとられてしまった。 キョン「それは悪かった。じゃ、オレもストレートに言わせてもらうよ。 ・・・あまりハルヒを刺激しないでほしい」 朝倉「それこそ心外ね。私は涼宮さんと仲良くしたいと思ってるわ。 あの子、クラスで孤立気味だから・・・あなただけには心を開いてるようだけど?」 不意にそう言われて顔が赤くなってしまった。・・・コイツはなかなかの強敵だな。 オレの表情を見た朝倉は、満面の笑みで話を続けた。 今度はオレが朝倉を見つめる番だった。 朝倉「なあにキョン君?・・・そうね、もしかしたら私も彼女の気に障ることを してたのかもしれないわ。今後は気をつけるってことで、ここは納得してくれない?」 キョン「・・・わかった。くれぐれも頼む」 朝倉「あなたにここまで心配してもらえるなんて、なんだか涼宮さんがうらやましいわ。 じゃ、そろそろ私はこの辺で。あなたたちもほどほどに教室に戻るのよ?」 そういうと朝倉は教室へ帰っていった。 彼女が帰ったあと、オレは再びイスに座りなおして大きくため息をついた。 キョン「なあ長門、今の朝倉の言葉、どう思う?」 長門「なんで私に聞くの?」 キョン「いや、お前ならアイツが本心から言ったかどうかわかるかな、と思ってさ」 長門「あなたはわからないの?」 たしかに、アイツと付き合いの浅いオレでも今のセリフは本心から言ってないってことは なんとなくわかる。 しかし、今日の長門は妙に冷たい気がするな・・・ 長門「私はどちらの肩も持たない。だからあなたの味方はできない」 長門の言葉を聞いてオレは驚いた。長門がはっきりとした意思表示をするなんて、 かなりめずらしいことだからである。 ・・・まあ、考えてみればかたや幼馴染、かたやSOS団団長の揉め事だ。 どちらか片側につきたくない気持ちは察せられる。 キョン「すまなかったな長門。ま、相談ぐらいには乗ってくれよ」 そういうと長門は黙ってうなずいた。 2話
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「今日はこれで終わり! みんな解散よ!」 窓から入ってくる夕焼けに染められたわけではないだろうが、ハルヒの黄色く元気の良い声が部室内に轟く。 この一言で、今日も変わったこともなく、俺は古泉とボードゲームに興じ、朝比奈さんはメイドコスプレで居眠り、 長門は部屋の隅で考える人読書バージョン状態を貫き、年中無休のSOS団の一日が終わった。 正直ここ最近は平凡すぎる日常で拍子抜け以上に退屈感すら感じてしまっているのだが、まあ実際に事件が起これば二度とご免だと思うことは確実であるからして、とりあえずこの凡庸な今日という一日の終了に感謝しておくべき事だろう。 俺たちは着替えをするからと朝比奈さんを残しつつ、ハルヒを先頭に部室から出ていく。どのみち、朝比奈さんとは昇降口で合流し、SOS団で赤く染まったハイキング下校をするけどな。 下駄箱に向かう間、ハルヒは何やら熱心に長門に向かって語りかけている。 それをこちらに注意を向けていないと判断したのか、古泉が鼻息をぶつけるぐらいに顔を急接近させ、 「いやあ、今日も平穏無事に終わりましたね。こうも何もないと返って不安になるほどですよ。 まだまだあの神人狩りに明け暮れていたときのくせが抜けていないようでして」 「ないことに越したことはないね。犬が妙な病気になったことを相談されたりされるぐらいならちょうど良い暇つぶしにはなるが、事と次第によってはとんでもない大事件の場合もあるからな」 俺は古泉と数歩距離を取りつつ返す。古泉はくくっと苦笑を浮かべると、 「何かが起こった方が楽しい。だけど、その影響範囲を含めた規模や自分にとって利益不利益どちらになるかわからないなら、いっそどちらとも起きない方が良いというわけですか。実にあなたらしい考え方と思いますよ。 恐らく涼宮さんとは正反対の思考パターンですが」 「あいつの場合は、自分にとって楽しいことだけ起こればいいと思っているんだろ。世の中そんなに甘くはねぇよ。 ま、命を狙われたり世界を改変されて孤立したりしたことがないんだから、当然っちゃ当然だな」 大抵、人間ってモノはどこかで何かが起こることを期待しているもんだ。俺だって昔は宇宙人とか未来人とか超能力者がいてくれればいいなぁとか、映画並みのスペクタクルが起きたりしないかと思っていたしな。ただ、実際に目の前でそんなことが起これば考え方も変わる。少なくとも、もう俺はタヒチのリゾートにあるような透明度の高い純真な期待感なんて持たないだろう。 そんな俺に古泉はさらに苦笑いして、 「おや、ひょっとして今まで多くのことを経験しすぎて、一生分のインパクトを消化してしまったんですか? 前途ある十代の若者にあるまじき枯れっぷりな考え方ですよ」 うるせえな。一度ヒマラヤの頂上に届きかねないびっくり仰天事やマリアナ海溝以上に深いどん底に突き落とされる経験しちまうと、何だかんだで海抜ゼロメートルプラスマイナス数百程度が一番いいと思い知らされただけだ。 そんな話をしている間にようやく下駄箱に到着だ。ハルヒの長門に対する語りかけは、もうヒトラーの演説、テンション最高潮時な演説と化している。もっとも当の長門は相づちを打つように数ミリだけ頭を上下させるだけなんだが。 しかし、そんな自分に酔っているような話し方をしながらも、ハルヒはちゃっちゃと下駄箱から靴を取り出し下校の準備を進める。全く口と身体が独立して稼働しているんじゃないか? もう一つの脳はどこにある。やっぱりあそこか。 「遅れちゃってごめんなさい」 背後から可憐ボイスが背中にぶつかる。振り返れば、いそいそと北高セーラ服に着替えた朝比奈さんが小走りに現れた。 背後にある窓から夕日が入り、おおなんと神々しいお姿よ。 俺がそんな神秘的情景を教会で奇跡がおきるのを目撃した神父の如く感涙して(していないが)いたところへ、 「ほらっキョン! なにぼーっとしてんのよ! とっとと靴履いて帰るわよ!」 いつの間にやら演説を停止したハルヒ団長様からの声で、幻想的光景から強引に引きずり出された。 全くもうちょっと堪能させてくれよな。まあ、当の朝比奈さんもとっとと俺を追い越して、靴をはき始めているから俺も続くかね。 そんなわけで俺は自分の下駄箱を開けて―― 「…………」 すぐに気がついた。俺の靴の上に一枚の紙切れ――手紙じゃない。本当にただの一枚紙である――があることに。 朝比奈さん(大)の仕業か? またいつもの指令書か…… しかし、違うことにすぐ気がつく。朝比奈さん(大)はもっとファンシーで可愛らしくいい臭いがしそうな封筒入りを使うが、今ここにあるのはぴらぴらの紙一枚。こんな無愛想なもので送りつけるような人じゃない。それに書いてある内容が 『あと30分以内に●●町の公園に来なさい。一人で』 とまあ何とも一方的な内容である。しかも命令口調。まるでハルヒからの電話連絡みたいだ。 ふと、これはハルヒが書いて何か俺に対してイタズラでもしようとしているのでは?と思ったが、 「なーにやってんのよ! さっさとしなさい!」 当のハルヒは俺につばを飛ばして急かしてきている。大体、こんな手紙なんていう回りくどい手段をあいつがとるはずもなく、誰もいなくなったところで俺のネクタイ引っ張って行きたいところに走り出すだろうな。 じゃあ、これはなんだ? ラブレターの可能性は否定できないのも事実。せっかくだから行ってみるのも悪くないか。 時計を確認する。ここから指定された場所まではゆっくり歩いて30分もかからない。帰りに道に寄ってみるかね。 俺は他の団員に見つからないように、その紙をポケットにねじ込んだ。 ◇◇◇◇ さて、下校途中に他の連中と別れた俺は、とっとと目的の公園に向かう。初めて行く場所だったので、 その辺りにあった看板の地図を見ながら向かった。 が。 「……全く」 おれは嘆息する。さっきから背後をハルヒたちが付けてきているからだ。どうやら、あの紙をもらってからの俺の挙動が不審だとハルヒレーダーが捕らえていたらしい。相変わらずの動物並みの嗅覚だよ。 しかし、別に俺はやましいことをしているわけでもないんだから、このまま放っておいてもいいか。 俺はそう割り切ると、俺は背後のストーカー集団を無視して目的地に向かった。 ◇◇◇◇ 俺はようやく目的地にたどり着いた。時計を見ると、あの紙切れを読んでから20分程度。指定された時間には間に合っている。 平日夕方でぼちぼち日が落ちつつあるためか、指定された公園には人一人おらず、閑散とした静けさに覆われていた。 どこからともなく流れてくる夕飯の香りが俺の空腹感を刺激する。 ふと、背後を突けていた連中がいなくなっていることに気が付いた。なんだ? 捲いたつもりはなかったから、 途中でハルヒが尾行に飽きたのか? 俺はそんなことを考えながら、あの紙切れをポケットから取り出して―― この時、初めて俺はここに何の警戒心も持たずのうのうとやってきてしまったことを後悔した。見れば、その紙の文面が 『付けていた連中はいないわよ。邪魔だったから追っ払っておいたわ』 そう変わっていた――ちょっと待て。この紙はずっと俺のポケットに入ったままになっていたはずだ。 それを書き換えるなんていう芸当ができるのはごくごく限られた特殊能力を持つものしかあり得ない。 つまり、俺を呼び出した奴は一般人ではなく、宇宙人・未来人・超能力者――あるいはそれに類する奴って事だ。 ちっ。これで呼び出したのが朝倉みたいな奴だったら、洒落にならんぞ。 すぐに携帯電話を取り出し、とりあえず古泉に―― しかし、時すでに遅し。俺の周りの景色が突然色反転を起こしたかのようになり、次第にぐるぐると回転を始める。 やがて、俺の意識も落下するように闇に落ちていった…… ◇◇◇◇ 「いて!」 唐突に叩きつけられた感触に、俺は苦痛の悲鳴を上げた。まるで背中から落ちたような痛みが全身に走り、 神経を伝って身体を振るわせる。 そんな中でも、俺は必死に状況を探ろうと密着している地面を手でさすった。切れ目のようなものが規則的に感じられ、コンクリートや鉄ではなくそれが木でできている感触が伝わってくる。 ようやく通り過ぎた痛みの嵐に合わせて、俺は閉じたままだった目をゆっくりと開けた。まず一面に広がる教室の床が視界を覆う。同時についさっきまで俺に浴びせられていた夕日の灯火が全くなくなっていることに気が付いた。 俺を月明かりでもない何かの弱い光を包み込んでいる。その光のせいか、俺のいる部屋の中は灰色に変色させられ―― 気が付いた。この色合い、以前に見たことがある。あのハルヒが作り出す閉鎖空間と同じものだ。 俺は痛みも忘れ、飛び上がるように立ち上がり、辺りを見回した。 出入り口・黒板・窓の位置。俺がいるのは文芸部室――SOS団の根城と同じ構成の狭い部屋だった。 ただし、ハルヒの持ち込んだ大量のものは一つとして存在せず、空き部屋の状態だった。ただ一つ、見慣れた団長席と同じように窓の前に置かれた一つの机と、その上に背中を向けてあぐらをかいて座っている一人の人間を除いて。 「……誰だ?」 自分のでも驚くほど落ち着いた声でその人物に語りかける。窓から見える景色は、薄暗い闇に包まれた灰色の世界だった。 やはりここは閉鎖空間なのか? しかし、誰だと語りかけた割には、俺はその机の上に座っている人物に見覚えがあった。いや、そんな曖昧な表現ではダメか。 北高のセーラ服に身を包み、肩に掛かる程度の髪の長さ、そして、あのトレードマークとも入れるリボンつきのカチューシャ。 該当する人間はたった一人しかいない。 こちらの呼びかけに完全に無視したそいつに、俺は再度声をかける。 「俺を呼び出したのはお前なのか? ここはどこだ?」 「黙りなさい」 ドスのきいた声。しかし、殺気に満ちたそれでも、俺はその声を知っていた。 ………… ………… ………… 長らく続く沈黙。俺はどう動くべきか脳細胞をフル回転させていたが、さきに目の前の女がそれを打ち破った。 「――よしっ!」 そう彼女は威勢のいい声を放つと、机から身軽に飛び降りてこちらをやってきた。そして、問答無用と言わんばかりに俺のネクタイをつかむと、 「成功したわ。奴らにも気が付かれていない。今回はちょっと難易度が高かったから、失敗するかもと思っていたけど、案外簡単にいったわね。そういうわけで協力してもらうわよ」 おいちょっと待て。なにがそういうわけだ。その言葉には前後のつながりがなさすぎるぞ。 「そんなことはどうでもいいのよ。あんたはあたしの質問に答えれば良いだけ。簡単でしょ?」 「状況どころか、自分が一体全体どこにいるのかもわからんってのに、冷静な反応なんてできるわけねぇだろうが」 ぎりぎりとネクタイを締め上げてくるそいつに、俺は抗議の声を上げた。 だが、この時点で俺は確信を持った。今むちゃくちゃな態度で俺に接してきている人物。容姿・声・性格全て合わせて、完全無欠に涼宮ハルヒだった。ああ、こんな奴は世界中探してもこいつ以外一人もいないだろうから、 そっくりさんということはないだろう。 俺の目の前にいるハルヒは、すっとネクタイから手を離すと、腰に手を当てふんぞり返って、 「全く情けないわね。少しは骨があるかと思っていたけど、どっからどうみてもただの一般人じゃない」 「当たり前だ。今までそれは嫌というほど見せつけてきただろ」 俺の返した言葉に、ハルヒはふんと顔を背けると、 「あんたとは今日初めて合ったんだから、そんなことわかるわけないでしょ」 あのな、初対面の人間に一方的に問いつめるのはどうかと――ちょっと待て。なんだそりゃ、俺の記憶が正しければ、お前とはかれこれ一年以上の付き合いになるはずなんだが。しかも、クラス替えまでしてもしっかりと俺の後ろの席に座り続けているじゃないか。 「それはあんたの所のあたし。あたしはあんたなんて知らないし、こないだ平行時間軸階層の解析中に見つけるまで存在すら知らなかったわ」 このハルヒは淡々と語っているんだが、あいにく俺には何を言っているのかさっぱりだ。しかも、話がかみ合ってねえ。 このままぎゃーぎゃー言っても時間の無駄だろう。 俺は一旦話をリセットすべく両手を上げてそれを振ると、 「あー、とりあえず話がめちゃくちゃで訳がわからん。とにかく、まず俺がお前に質問させてくれ。 それで状況が把握できて納得もできたら、お前に協力してやることもやぶさかじゃない」 俺の言葉にハルヒはしばらくあごに手を当てて考えていたが、やがて大きくため息を吐くと、 「わかったわよ」 そう渋々承諾する。よし、とにかくボールはこっちが握った。まずは状況把握からだ。 真っ先に俺が聞いたのはこれである。 「お前は誰だ?」 俺の質問に、ハルヒはあきれ顔で、 「涼宮ハルヒよ。他の誰だって言うのよ」 「巧妙に化けた偽物って可能性もあるからな。俺の周りにはそんなことも平然とやってのけそうな連中でいっぱいだし」 「それじゃ、証明のしようがないじゃん。どうしろっていうのよ」 ハルヒの突っ込みに俺は返す言葉をなくす。確かに疑えばどうとでも疑えるのが、俺を取り巻く現在の環境だ。 となると、これ以上追求しても意味がない。それに俺の直感に頼る限り、今目の前にいるのはあのわがまま団長様と人格・容姿ともに完全に一致しているわけで、それを涼宮ハルヒという人間であると認識しても問題ないだろう。 だがしかし、先ほどの言い回しを見ていると、俺が知っている『涼宮ハルヒ』ではない。 「えー、聞きたいのはな、お前がハルヒであることは認めるが、俺の知っているハルヒじゃなさそうだって事だ。 なら俺のつたない脳を使って判断すると、ハルヒが二人いるって事になるんだが」 「そうよ」 そうよ、じゃねえよ。そこをきっちり説明してくれ。 「あー。あんたの頭に合わせて言うと、別の世界のあたしってことよ。平行世界って言葉ぐらい聞いたことあるでしょ? ここはあんたのいた世界とは似ているけど別の世界ってことよ」 簡単すぎてかえってわからんような。まあいい、いわゆる異世界人ってことにしておこう。このハルヒから見れば、俺の方が異世界人なんだろうが。 ……しかし、ついにでちまったか、異世界人。しかもよりにもよって別の世界のハルヒとはね。こいつは予想外だったぜ。 ここでふとハルヒが口をあんぐりと開けて呆然としているのが目に入った。 「ちょっと驚いたわ。随分あっさりと受け入れるのね」 「最初は本意じゃなかったが、いろいろ今までそういう突拍子もない話は聞かされまくったから、 いまさらここは異世界で自分は異世界人ですっていわれても、今更驚かねえよ。異世界人については今まで伏線もあったからな」 俺の言葉にハルヒは興味深そうに目を輝かせている。何だ? こいつも宇宙人・未来人・超能力者のたぐいを求めているのか? まあいい。俺は次の質問に移る。 「ここはどこだ?」 「時間平面の狭間よ」 ……何というか、ハルヒが真顔で朝比奈さんチックなことを言うと違和感がひどいな。それはさておき、それじゃわからん。 わかるように説明してくれ。 「何よ、そんなことぐらい直感でピンと来ないわけ? 呆れたわ。未知との遭遇体験に慣れているだけで、 肝心の理解能力は本当に凡人なのね。まあいいわ、ざっと説明すると、あたしが作った空間で誰も入って来れず、誰も認識できない場所。これくらいグレードを落とせばわかるでしょ」 いちいち鼻につく言い回しなのもハルヒ独特だよ。確かにわかりやすいが。って、なら俺が今ここにいるのは、 お前が招待したからってことなのか? 「そうよ。もっとも周りの人間に悟られずにやるのには、それなりに細工が必要だけどね」 なら次に聞くことは自然に出てくる。 「で、一体俺を何のためにここに連れてきたんだ? 何が目的だ?」 これが核心の部分になるだろう。自己紹介は終わった以上、次は目的についてだ。 ハルヒは待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑みを浮かべ、 「それは今から説明してあげる。長くなるから、そこの椅子に座って聞きなさい」 そうハルヒは、また窓の前にある俺的に団長席の上に座る。そして、すっと手を挙げると、床から一つのパイプ椅子が浮かび上がってくる。 ここまでの話で大体予測していたが、このハルヒは普通じゃない。いや、確かに俺のよく知っているSOS団団長涼宮ハルヒも変態的神パワーを持ってはいたが、自覚していないため自由にそれを操ることはできない。しかし、この目の前にいるハルヒは自分の意思で長門レベルのことを今俺の目の前でやってのけたのだ。 やれやれ、これはちょっと異世界訪問という話で済みそうにない気がしてきた。 俺はハルヒの頼んでもないご厚意に甘えることにして、パイプ椅子に座る。 「さて……」 ハルヒはオホンと喉の調子を整えると、 「あんた、宇宙人の存在は信じる?」 このハルヒの言葉に何か懐かしいものを感じた。あの北高入学式のハルヒの自己紹介。ただ、いくつか欠けてはいるが。 俺は当然と手を挙げて、 「ああ信じるよ。少なくとも俺の世界ではごろごろ――とはいかないが、結構遭遇したしな」 「……情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースに?」 返されたハルヒの言葉に、俺は驚く。何だ、このハルヒは長門のパトロンのことを知っているのか? 「当然よ。あいつらの存在、そして、どれだけ危険な連中かもね。実質的にあたしの完全無欠な敵よ」 ――敵。ハルヒの口から放たれた声には明らかに敵意が混じっていた。 どういうことだ。俺が知っている限り、奴らは内部対立はあるとはいえ、主流派は黙ってハルヒを観察することにしていたはず。 あからさまな敵意を見せてはいないんだよ。 「何ですって……? まさか……いや……」 ハルヒは予想外と言わんばかりに思案顔に移行するが、軽く頭を振ると、 「まあいいわ。とにかく、あたしと情報統合思念体は対立関係にある。というよりも、情報統合思念体が一方的にあたしを敵視して排除しようとしているだけなんだけどね。こっちとしても、敵意さえ見せなければ別に相手にする気もないんだけどさ」 ハルヒはあきれ顔でふうっとため息を吐いた。 排除しようとしているとは、まるで俺の世界とは正反対の行動じゃないか。 「何で対立しているんだ? いや、どうして情報統合思念体はお前を排除しようとしているんだ?」 「細かいレベルでの理由は知らない。とにかくあたしの存在を勝手に危険と認識して、襲ってくるのよ。 それも狙うのはあたしだけじゃない。この星ごと消滅させようとするわ。そんなの許せるわけないじゃない」 「星……ごと?」 何だか話がSF侵略映画っぽくなってきたぞ。情報統合思念体が地球を攻撃するとは、まさにハリウッド映画。 ――ここでハルヒは思い出に浸るように天井に視線を向けると、 「三年前――いや、あんたのいた時間から見れば四年前か。その時、あたしは自分が持っている力に気が付いた。野球場に連れられていったあの日、自分の存在がどれだけちっぽけな存在であるか自覚したとたん、体内で何かが爆発したような感覚がわき起こり、この世の全ての存在・情報がどっとあたしの中に流れ込んできたのよ。当然、その中に情報統合思念体についてのこともあった」 ここで気が付く。さっきまで俺は灰色に染まった教室の中にいたはずなのに、いつの間にかまるで360度スクリーンの映画館のような状態になっていることに。そこには野球場の人数に圧倒されるハルヒ・電卓で野球場の人間が地球上でどのくらいのわりあいなのか計算するハルヒ・ブランコで物思いにふけるハルヒの姿が映し出される。 「きっとその時に向こう――情報統合思念体も気が付いたんでしょうね。あたしはその巨大な存在に触れてみようとした。 そのとたん……」 ハルヒの言葉に続くように、今度は宇宙から眺める地球の姿が映し出される。そして、 「嘘だろ……」 俺は驚嘆の声を上げた。まるで――そうだ、長門が朝倉を分解したときみたいに、地球が一部が粉末のように変化を始めた。 それは次第に地球全土へと広がっていき、最後には風に飛ばされるようにちりぢりにされ消滅してしまった。 呆然と見ることしかできない俺。と、スクリーンに星以外に一つだけ残されているものがあった。 「無意識に自分のみを守ろうとしたんだと思う。気が付いたとき、あたしは宇宙から消えていく自分の星を眺めていた。ただその恐ろしさと悲しさに泣きじゃくりながら何もできずに」 ハルヒだった。まだ幼い容姿のハルヒが宇宙空間で座り込むような格好で泣きじゃくっている。 目の前で淡々と語るハルヒは決してそのスクリーン上の自らの姿を見ようとせず目を閉じながら、 「何でこんな事になったのか、この時は理解できなかった。いや、今でも完全に理解できた訳じゃないけど。 あたしはただ情報統合思念体という大きく魅力的に見えたものに触れようとしただけ。なのに、奴らはあたしどころか、周囲全てを巻き込んで消し去ろうとした――許せるわけないじゃない。あたしは何の敵対行動も取っていないのに」 その声には怒気どころか殺気すら篭もっていた。確かに、なにも悪いことをした憶えもないのに、いきなり攻撃されてしかも無関係な人たちまで抹殺したんだから怒って当然か。しかし、何でそこまでして情報統合思念体はハルヒを消そうとする? 「知らないわよそんなこと。とにかく、その後あたしは情報統合思念体からの次の攻撃に備えていた。 あたしの抹殺に失敗した以上、また仕掛けてくると思ったから。でも、いつまで経っても襲ってくる気配はなく、 ただ時間だけが過ぎたわ。おかげでその長い時の間に大体自分ができることがわかったわ。奴らへの対抗措置もね」 「何で連中は追撃してこなかったんだ?」 「あとで奴らの内部に侵入して確認したときにわかったんだけど、最初の攻撃時にあたしは無意識に情報統合思念体に対してダミー情報を送り込んだみたい。あたしは強大な力を手にした。だけど、あたしはそれを自覚していないという形でね。 だから、奴らは地球を抹殺した理由がなくなり、どうしてそう言った行為を取ったのかわからない状態として処理されていた。 そこにあたしは目を付けた」 ハルヒの言葉に続き、周囲のスクリーンに無数――数えることのできないほどのガラス板のようなものが並列で並んでいる映像が映し出される。その一枚一枚には無数のカラフルな丸い点が描かれ、様々な形に変化・縮小・拡大・消滅・発生を繰り返している。 「あたしは地球抹殺の理由の接合性がなくなっていた情報をさらに改ざんした。あたしは自分の力を自覚していない、だから情報統合思念体は何の行動も起こさなかった。だから地球は消滅していないと。 地球自体は消滅前の時間軸に残されていた情報をコピーしてあたしが再生した。幸い、連中も脇が甘いのか、 そういったことは多々にあるのか、あっさりとあたしの情報改ざんは成功したわ。おかげであの日の惨劇はなかったことにできた。 ただあたしが力を得たという情報まで奴らから消去することはできなかった。結構希少な情報だったせいか、前例として広域な情報に関連づけられていたから、これを改ざんすると他への影響範囲が大きすぎて、全部改ざんなんて不可能だったから」 あまりのスケールの大きさに呆然と耳を傾けることしかできない。 「……ここじゃそんなことがあったのかよ」 俺は聞かされた衝撃的な話に疲れがたまり、パイプ椅子の背もたれに預ける体重を増加させる。 ハルヒは続ける。 「とりあえずリセットはできたわ。状況はあたしは力を得たが、それを自覚していないと情報統合思念体は理解している。 この状況下でどうすれば奴らの魔の手から逃れることができるのか、次はそれを模索する必要ができたのよ。 あたしが力を得たことで奴らに目を付けられた以上、うまくやり過ごなければならない」 ここでスクリーンに映し出された一枚のガラス板がアップになる。 「一度でうまくいくとは思っていなかったあたしは、一つの時間平面――このガラス板一枚があたしたちのいうところの『世界』と認識すればいいわ――を支配することにした。こうしておけば、いざ奴らにあたしが力を自覚していることに気が付かれてもいつでもリセットできるし、情報統合思念体には同じようにダミー情報を送り込めばごまかせるから」 「で、どうなったんだ?」 俺の問いかけに、ハルヒはいらだちを込めたように髪の毛を書き上げ、 「それがさっぱりうまくいかないのよ。どこをどうやっても途中で奴らに力を自覚していることがばれて終わり。 その度にリセットを続けて来ているけどいい加減手詰まり状態になってきて……」 ここでハルヒはびしっと俺を指差し、 「そこであんたを呼び出したって訳よ」 「何でそうなるんだよ?」 俺が抗議の声を上げると、ハルヒは指を上げて周囲のスクリーンに別のガラス板――時間平面とやらを映し出す。 「手詰まりになったあたしは別の時間平面に何かヒントがないか調べ始めたのよ。そこであんたたちの存在を知った。 同じようにあたしが力を得ながら、情報統合思念体が何もせずにずっと歩み続けている。力を自覚した日から、 4年も経過しているってのに。それはなぜなのか? どうしたらそんなことができるのか? 詳しく別の時間平面を調査していると奴らに気が付かれる可能性があったから、とりあえず一人適当な奴を こっちに連れてきて教えてもらおうってわけ。とはいってもあたし自身を連れてくるとややこしいことになりそうだから、事情を知っていそうな奴を選んだけど」 そういうことかい。で、唯一の凡人である俺が選ばれたって事か。 ここでハルヒは机を飛び降り、また俺のネクタイをつかんで顔を急接近させると、 「さあ、白状なさい。一体あんたの世界のあたしは何をやったわけ? どうやったら情報統合思念体は手出しできなくできる?」 「何もやっていない。少なくとも俺の知っているハルヒは自分の力を自覚していないからな」 「は?」 ハルヒの間の抜けた声。が、すぐに眉間にしわを寄せて額までぶつけて、 「そんなわけないじゃない! 例えなんかの拍子で自分の力に自覚していなくても、周りに情報統合思念体がいるならどこかでちょっかい出してくるに決まっているんだから、すぐに気が付くはずよ!」 「だが、事実だ。情報統合思念体はハルヒがその状態を維持することを望んでいるし、それに俺をここに呼び出す前に俺を付けていたハルヒと一緒にいた小柄な女の子はその対有機生命体ヒューマノイドインターフェースだ」 「バカ言わないで! あたしがあいつらと一緒に仲良く歩いていられるわけがないじゃない!」 ハルヒはつばを飛ばして言ってくるが、そんなこと言われても知らんとしかいいようがない。 それにしてもこのハルヒが持っている情報統合思念体への敵意は痛々しいまでに強く感じる。 「じゃあなんであんたはあたしの力について知っているのよ!」 「長門――情報統合思念体とかその他周囲から教えてもらった」 「じゃあなんであたしに教えようとしないわけ!?」 「一度言ったが、信じてくれなかった」 とりあえず事実だけ淡々と返してやると、ハルヒの顔がだんだん失望の色に染まっていった。やがて、ネクタイから手を離し、机の前まで戻ると、 「……だめだわ。それじゃだめよ。ただ運良くそこまで進んだだけじゃない。とくにあたし自身が自分の力の自覚がないのは致命的だわ。自覚したとたん、情報統合思念体に星ごと抹殺されて終わり。そして、リセットもダミー情報による偽装もできない。 あんたの世界も長くはないわね」 そうため息を吐く。 このハルヒの言葉と態度に、俺の脳天に少し血が上り始めた。まるでいろいろあった俺のSOS団人生を 簡単に否定された気分になったからだ。 「おい、俺のやってきたことをあっさりと否定するんじゃねえぞ。確かにお前みたいに壮絶じゃなかったかもしれないが、俺は俺で色々やってきたんだ。大体、俺のいる世界を全部見たって言うなら、俺たちのその後もわかっているんじゃないのか?」 「あのねぇ、時間平面ってのは数字に表せないほど大量にあるのよ。そこから無作為に検索をかけて、 偶然見つけたのがマヌケ面のあんたがあたしと一緒に歩いている姿を見つけただけ。その後の様子まで確認している余裕はなかったわよ。あまり長時間の時間平面検索は奴らに察知されかねないから」 それを先に言えよ。ってことは、このハルヒは俺たちSOS団についてもさっぱり知らないって事になる。 そこで俺はこのハルヒに対して、俺を取り巻く環境についてかいつまんで説明してやった。 情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースである長門有希。 未来からハルヒについての調査・監視を命じられてやってきた朝比奈みくる。 ハルヒの感情の暴走を歯止めする役目を与えられた超能力者古泉一樹、そしてそれを統轄する組織、『機関』。 ………… だが、ハルヒは話自体は信じたようだったが、やはり俺たちがその後も平穏に進むということについては 懐疑的な姿勢を崩そうとしなかった。 「まさかあたし自らそういう連中とつるんでいたとはね。それも自覚がないからこそできる芸当なんでしょうけど、 とてもじゃないけどリスクが大きすぎてできそうにない。それに皮一枚でぎりぎりあたしに気が付かれていないだけにしか感じられない以上、いつ自覚してもおかしくないわね。その時点であんたの世界は終わりよ」 「なぜそんなに簡単に否定できるんだよ?」 ハルヒはわからないの?と言わんばかりに嘆息し、 「まず『機関』とやらは、情報統合思念体に逆らえるだけの力があるとは思えない。あんたと一緒にいた色男――古泉くんだっけ? ――が、機関の意向よりあたしが作ったSOS団とやらを優先すると言っても、個人で何ができるわけもなし。 未来人については、同じ時間平面上なら移動可能ということは使えそうだけど、そもそも情報統合思念体はそんなことなんて朝飯前。対抗手段としては物足りないわね。最後の情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインタフェースについては論外。 奴らの支配下から離れて独立しつつあるとか言われても、信じられるような話じゃない。所詮は操り人形なんだから」 その言葉に俺はいらだちを募らせるばかりだ。まるで外部の人間にSOS団の存在意義を必死に説明してみせているような気分になってくる。いや、このハルヒは確かに俺たちについてまるっきり知らない――それどころか、情報統合思念体に対して明確な敵意を見せているので余計たちが悪い。 だが、俺はSOS団として満足して生きてきていたし、危険も感じていない。長門のパトロンはさておき、 長門自身には信頼を寄せているし、古泉はSOS団副団長という立場の方がすっかり似合っている状態。 朝比奈さんはもうマスコットキャラが板に付きすぎて抱きしめて差し上げたいぐらいだ。そして、皆ハルヒとともに 平穏無事にいたいと願っている。 それの何が問題だというのだ? このハルヒは自分の力を自覚していないとダメになるということを 前提に語っているようにしか見えない。 その後も必死に説明した俺だったが、ハルヒは聞く耳を持たない。 「悪いけど、これ以上議論しても無駄よ。あんたを元の時間平面に送り返すわ。一応礼を言っておくけど、 そっちもかなりぎりぎりの状態ってことはわかったんだから――」 「そうはいかねえよ」 「え?」 元の世界への機関を拒否した俺に、ハルヒはきょとんとした表情を浮かべた。 俺は正直このまま元の世界に戻るような気分じゃなかった。このままSOS団を完全否定されたっきりでは、 気分が悪いことこの上ないし、そもそもこのハルヒのいる世界は破滅とリセットのループを繰り返している。 だったら、俺の世界と同じようにSOS団を作れば同じように平穏に過ごせる世界が作れるはずだ。 俺にはその絶対の確信があった。 「何度でもリセットできるんだろ? だったら、俺の言うとおりに動いてくれ。そうすりゃ、俺たちの世界が どれほど安定しているか教えてやれるし、ここの世界の安定化も図れる。お前だって手詰まり状態だって言っているんだから、 試す価値はあるはずだ。少なくともお前が到達できない場所に俺たちは到達できているんだからな」 「…………」 ハルヒはあごに手を当てて思案を始めた。 ふと、他人の世界にどうしてそこまでするんだという考えが脳裏に過ぎる。しかし、すぐにその考えを放り捨てた。 ここまであーだこーだな状態になっておめおめと引き下がるほど落ちぶれちゃいない。 「……わかったわよ」 ハルヒは渋々といった感じに了承の言葉を出した。しかし、すぐにびしっと俺に指を突きつけ、 「ただし! 条件付きよ。あんたのいう宇宙人・未来人・超能力者にまとめて接触はしない。一つずつ試していくわ。 情報統合思念体の目はどこでも光っているんだから、変に手を広げて取り返しの付かない事態にならないよう 石橋をハンマーで殴りつけながら進ませてもらうわ。あと、あたしは自分の力の自覚はそのままにする。 この一点だけは譲れない。これがダメというなら即刻あんたを元の世界に送り返すから」 条件付きというわけか。はっきり言って、3勢力がそろわないとSOS団には成り立たないが、この際贅沢はできない。 一つずつ接触しても俺のいた世界のSOS団と同じぐらいの平穏な関係は築けるはずだ。 力の自覚については仕方ない。ハルヒは自分がそれを理解していない状態を極端に恐れている節がある。 それに、これに関してはうまい具合にハルヒが黙っているだけで済むから大丈夫か。 「わかった。それで構わん」 「じゃ、決まりね」 こうして別の世界でSOS団再構築という壮大なプロジェクトが始まった。 ――そして、俺がどれだけ甘い考えをしていたのか、嫌と言うほど思い知らされることになる。 ~~涼宮ハルヒの軌跡 機関の決断(前編)へ~~
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魔の坂道を根性で登りきり、やっと教室に到着した。 あの朝のハイキングコースはいい加減やめて欲しい。 俺は鞄を自分の机に下ろすと、ちらりと後ろの席を見た。 ハルヒはまだ来ていないようだ。 しばらく待っていたが、ハルヒは一向に姿を見せない。 どうしたんだろうか?まさか欠席か? 「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー。」 岡部が教室のドアを開けて入ってきた。 ハルヒは結局今日は欠席か、とか思っていると、 なんと、ハルヒが岡部の後ろから付き添うように教室に入ってきたではないか。 なんだ、ハルヒ。また何かやらかしたのか? ハルヒは若干俯き気味だ。 ごほん、と岡部がわざとらしい咳払いをする。 「えー、今日は皆に聞いてもらいたいことがある。」 岡部はハルヒに顔を向け、小声で「自分で言うか?」と聞いた。 ハルヒはフルフルと首を横に振る。 岡部はハルヒを少し見つめたあと、また前に顔を向けて、 少し間をあけてから言った。 「実は涼宮が転校することになった。」 ・・・・・・・・・は? 教室から驚愕の声が上がる。 俺は声が出ず、口をぽかんと開いたままにしていた。 「お父さんの仕事の関係らしくてな。海外に行く事になったらしい。」 ・・・・・・・・・。 嘘だろ? 俺は席に戻ったハルヒに質問攻めをした。 どうやら岡部が言ってる事は全て本当のことらしい。 海外に行く日は・・・・・・。 今週の土曜日。 なんてこった。もう1週間も無い。 冗談だろ? 最近のハルヒがおかしかった理由を一気に理解した。 鬱だったのは、俺達と別れるのが嫌だったから。 いつも以上に活発だったのは、俺達との最後の時を楽しむため。 突然のオゴリは、最後のハルヒなりの気遣い。 ・・・・・・。 嘘だろう、嘘であって欲しい。という想いが俺の頭の中をめぐる。 今、ここで岡部がプレートを掲げながら「ドッキリでした」と言ってきても、許せてやれる。 嘘と言ってくれ、ハルヒ。 「私だって信じたくないわよ。でも本当のことなの。仕方ないわ・・・。」 毎日のように部室に行き、 毎日のように長門は本を読んでいて、 毎日のように朝比奈さんが茶を入れてくれて、 毎日のように古泉とボードゲームをし、 毎日のようにハルヒが突然持ってきた馬鹿な計画につきあわされ、 毎日のようにSOS団の皆で笑って過ごす。 こんな毎日がずっと続くと思っていた。 わかっていた。 高校卒業と共に、そんな楽しい日々が無くなるのも。 でも、卒業する日が来るまでは、せめて卒業までは、 ずっとそんな日々が続くと確信していた。 しかし、その運命の時は、俺が予想していたよりもはるかに早く訪れたようだ。 ハルヒがいなくなる。 俺の中で何かがガラガラと崩れていく気がした。 団長がいてこそのSOS団だろ? お前がいなくて どうするんだよ。 俺はとぼとぼとした足取りで部室に向かった。 ハルヒを除いた三人は既に揃っていた。 「みんな・・・えらいことになった。」 「・・・・・・聞きました。涼宮さんのことでしょう?」 古泉はいつものようなニヤケ顔ではない。 もっとも、古泉がこの状況でまだニヤケ顔だったら 俺は古泉をぶっ飛ばしていたかもしれない。 朝比奈さんは、メイド服も着ずに、パイプ椅子に座って涙目だ。 長門はいつもの無表情だが、手元にはいつもの本がなく、床の一点をただじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・。」 沈黙が流れる。その時だった。 「ヤッホー!!皆元気ー!?」 驚いたね、流石に。見ると、ハルヒの表情は、いつものような笑い顔だ。 「よくお前、笑っていられるな。」 俺がそう言うと、ハルヒは部室の雰囲気に気付いたらしく、 笑い顔を真顔に戻して、教室の時のような表情をつくる。 「皆、もう知ってるんだ・・・。」 ハルヒはすたすたと歩いていき、いつもの席に着いた。 それから30分ほど、俺達は何も話さずにそうしていた。 これほどまでに重い空気が流れたのは、この部室初めてのことであろう。 「ねぇ。」 突然ハルヒが口を開いた。 「このまま、こういう雰囲気で過ごしてもしょうがないじゃない? もうあと僅かしかない時間なんだから、もう少し楽しみましょうよ。」 ・・・・・・わかっている、わかっているが・・・そううまくは切り替えられんな。 「そう言ってても始まらないでしょ!!」 ハルヒは大声を出すと、いきなり机を叩いて立ち上がった。 そして、机に顔を伏せていた朝比奈さんのところまでいくと、朝比奈さんも立ち上がらせる。 「さぁ、みくるちゃん!着替えるわよ!!」 そう言うと、朝比奈さんの制服を脱がせ始めた。やばいっ!! 俺と古泉は急いで部屋から出て、ドアを閉めた。 中からは朝比奈さんの悲鳴とハルヒの変態チックな声が聞こえてくる。 しばらくして、 「ど・・・どうぞ。」 という朝比奈さんの声がしたので開けてみると、 メイド姿の朝比奈さんの横に、バニー姿のハルヒがいた。 「バニーよっ!」 何故お前も着替える。 「なんででもいいでしょー?キョンもコスプレしない?楽しいわよ。」 遠慮しておく。 「遠慮しないの!小泉君!クリスマスのときのキョンのトナカイ衣装出して!」 マジで?あれ?あのトナカイには俺の忘れたいトラウマがあるのだが。 そもそも、今日はクリスマスじゃない。 「はい、ただいま。」 古泉は、俺のトナカイ衣装がかけてあるハンガーを手にとる。 っていうか、古泉も何ハルヒの言う事素直に聞いているんだ。 「さぁ、キョン。さっさと着替えるのよ。」 断る。断じて着ない。 「つべこべ言わずに着替えなさい!!」 そう言うと、ハルヒは俺に飛び掛ってきた。やめろ!!この痴女め!! 「やめろって!わかった!自分で着替える!!自分で着替えるから!!」 俺がそう叫ぶと、やっとハルヒは俺のシャツのボタンにかけていた手を止めた。 朝比奈さんは、両手を顔に当てながら耳を真っ赤にして蹲っている。 「最初からそう言えばいいのよ。じゃ、さっさと着替えなさい。」 その前にだな、ハルヒ。 「何よ?」 俺はドアの方を指さす。するとハルヒは納得したように、 「ああ、そうね。じゃあみくるちゃん、有希、いくわよ。」 ハルヒは蹲ってる朝比奈さんと、パイプ椅子にじっと座っていた長門を連れて、 部屋の外に出て行った。やれやれ。 抵抗がある。それはそうだろう、いきなりこんなトナカイ衣装を着ろ、と言われて 素直に着る奴がいるだろうか。いるとしたら、そいつは変態が含まれている。 「さて、涼宮さんたちを長く待たせるわけにもいかないですから、 早く着替えてしまいましょう。」 うるさいな、古泉。人の気も知らないで。と、振り返ると、 そこにいたのは古泉ではなく、やけにでかいカエルだった。 ・・・・・・誰? 「僕ですよ。面白そうなので、僕も着替えてみました。」 古泉の声を発する化けガエル。よくみると、それは俺達がバイトで得たカエルの衣装だった。 お前も着替える必要ないだろ。お前は変態か? 「キョン、まだー?」 ハルヒがドンドンとドアを叩く。 ・・・何の罰ゲームだ、これは。 俺の姿を見るなり、ハルヒは大爆笑した。 まぁ、こういうリアクション取るとはわかってたがね。 朝比奈さんは、手で口をおさえながら俺の姿を凝視している。 長門はというと、眉ひとつ動かさずに無表情のままだ。 気付くと、化けガエルの視線がこちらに向いていた。 なんだカエル。やるのか?トナカイなめるなよ、この両生類が。 「いやー、やはりあなたのコスプレが一番様になってますね。」 どういう意味だ。とりあえず言っておこう、全然嬉しくない。 ここで俺はあることに気付いた。 「そういや長門だけコスプレしてないな。」 一同が一斉に長門を見る。 「・・・・・・・・・。」 長門の眉が1ミクロン動く。 しばらくそのまま固まったあと、長門はすたすたとハンガーの前に歩いていき、 ひとつのハンガーを手に取って言った。 「これ。」 ナース服だ。 古泉と外で待つこと、数分。 「うわっ、有希、あんたなかなか似合うわね。 キョン、古泉くん、いいわよー!」 ドアを開けると、そこにナース服の長門がいた。 「・・・・・・・・・。」 無愛想なナースさんは、無言のまま突っ立っている。 ・・・俺は今、ひょっとしてすごいものを見ているのではないだろうか。 長門がコスプレするなど、まず普通なら考えられない。 これをデジカメで撮って学校にいる長門ファンに売れば、 かなりの高額で売れること間違いなしだ。 「・・・・・・。」 長門は無言で棚から本をとると、ナース姿のまま、所定の場所について読書を始めた。 無表情、無言で読書をするナース。なんなんだろうね、これは。 「じゃあ、これで全員コスプレ完了ね!」 全員でコスプレしてどうするというのだ。 「楽しいからいいじゃない。」 俺は早く脱ぎたいのだが。 「そんなノリの悪い事言わないの。」 ノリってお前・・・。 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。」 うるさい、化けガエル。田んぼでゲコゲコ鳴いてろ。 「キョンくん、似合ってますよ。」 そんな、朝比奈さんまで! 俺のハートは1000ダメージを受けた。 しかし、すっかり元のSOS団の雰囲気に戻ったな。 これも団長、ハルヒがいてこその――・・・ ・・・・・・ああ、そうだった。ハルヒは、もう来週の日曜日にいなくなるんだ。 この楽しい日々も、ハルヒがいてこそ、成立しているんだ。 ハルヒがいなくなったらSOS団は―――・・・ 帰り道、前ではしゃいでいるハルヒに聞こえないように俺は古泉に話しかけた。 「なぁ、古泉。」 「何でしょうか。」 「ハルヒの転校が無しになるってことはないのか?」 「・・・・・・正直申し上げますと、難しいとだと思います。 涼宮さんが激しく願えば可能かとも考えられますが、 今の彼女の精神では、『仕方が無い』とされています。 加えて、今の彼女は段々力が薄れてきている状態にあります。 その条件で彼女が転校しないことになるのは・・・・・・。」 「・・・・・・そうか。」 俺は帰り道、はしゃぎまわるハルヒの顔をじっと見つめていた。 それからは、俺はホームルームが終わると即効で部室に行くようにした。 限りある時間を大切にするためである。 こうなることがわかっていれば、もっと前々から時間を大切にしていたのだが。 人との別れは、突然訪れるものだ。 金曜日。今日が、ハルヒがSOS団での最後の活動。 「ヤッホー、って、何それ。」 ドアを蹴り破って入ってきたハルヒは、 部室の中央に置かれたものを見て口をぽかんと開けた。 見てのとおり、鍋だ。 「何で鍋?」 「お別れ会ですよ。」 古泉は、ニコニコしながら言った。 「お別れ会?ってことは、一種のパーティーね!」 ハルヒは目を輝かせる。 パーティーではないとは思うけどな。 「じゃあ始めましょう!!」 その日、最後の活動は、今までのSOS団の活動の話で盛り上がった。 ハルヒがSOS団を結成したときの話、野球の話、七夕の話、 映画を作ったときの話、俺が入院した時の話、ハルヒの文化祭でのライブの話・・・。 まだまだ話足りなかったが、時は残酷なもので、 それを全て話しきるまでの時間は与えてくれなかった。 ふと気付くと、外ではぽつぽつと静かに雨が降り出していた。 今、俺は空港にいる。朝比奈さんも、古泉も、長門も一緒だ。 もちろんハルヒも。 そして別れの時まで、あと30分。 「いよいよね・・・。」 ハルヒは右手にはキャリーバッグがある。 見ると、朝比奈さんは、もう涙目になっていた。 「ちょ、ちょっとみくるちゃん。いくらなんでもフライングしすぎよ。」 「だ・・・だって・・・。」 しょうがないないわね、みくるちゃんは、とハルヒは朝比奈さんの頭をぐしぐしと掻いた。 ハルヒの両親をみたのも、そういえば今日が初めてだ。 父親は、なんだか優しそうな人で、 母親は、リボンを頭につけた、元気のある人だった。 どちらかというとハルヒは母親似だろう。 「今まであの子の事、ありがとうございました。 大変でしたでしょう?」 ハルヒのお母様が俺に向かって言った。 「いえいえ、そんなこと。」 実際は大変だったけどな。 「さて。ちょっとあんたらここ一列に並びなさい。」 何だ? 「いいから、早く。」 ハルヒに言われるまま、俺等団員は横一列に並んだ。 ハルヒはまず、古泉の両手を掴んで、 「古泉くん。あなたは副団長としてよく働いてくれたわ。 あなた無くして、このSOS団の活動はできなかったと言っても過言ではないわ。 今までありがとう。」 「ありがとうございます。」 古泉はニッコリと笑う。 どうやらハルヒのやってるこれはお別れの挨拶らしい。 次にハルヒは、長門の両手を掴んで、 「有希。あなたはSOS団唯一の無口キャラ、兼万能少女として頑張ってくれたわ。 今までありがとうね。」 「そう。」 長門はおもむろに一冊のハードカバーの本を取り出し、 「読んで。」 それをハルヒに渡した。 「これ、私に?」 ハルヒは戸惑ったような表情でそれを受け取った。 「そう。」 「・・・ありがとう、有希。大事にするわ。」 ハルヒはそれをバッグに入れると、今度は朝比奈さんの手をとった。 朝比奈さんの顔は涙で濡れている。 「みくるちゃん、あなたは部の萌系マスコットキャラとしてよく頑張ったわ。 それと、あなたの入れてくれたお茶は、他の誰が入れるお茶より美味しかったわよ。 もう、あれが飲めないとなると、ちょっと寂しいけど・・・、ありがとうね。」 ハルヒがそういい終わる頃には、朝比奈さんの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。 「もう、ちょっとみくるちゃん?・・・しょうがないわね。」 朝比奈さんにつられたのか、ハルヒの目にも少し涙が浮かんできた。 最後にハルヒは俺の前に立って、 「キョン。あんたは・・・まぁ特に働いて無いけど、」 おいおい、ちょっと待て。 「あんたがいてくれて良かったわ。 あんたがいてSOS団だもん。 …今までありがとうね。」 ……ああ。 「それとキョン。」 ハルヒはごそごそとポケットを探り始めた。 なんだ? ハルヒはそれを掴むと、俺の胸に押し付けた。 赤い布?手に取ってみると・・・ 腕章だ。ハルヒがいつもつけていた、 団長 の腕章。 「あんたを、SOS団の団長に任命するわ!喜びなさい!」 …俺が? ………俺が団長? 横を見ると、他の団員も俺を見ていた。 俺がこいつらを引っ張っていくのか・・・? 俺はハルヒがいなくなると同時に、SOS団も無くなると思っていた。 しかし・・・。 SOS団は、まだ続いていくのか。 そうだ、こいつ等はまだここにいる。 今度は、俺がこいつ等を引っ張っていくのか。 ハルヒじゃなくて、今度は俺が。 俺は、腕章をぎゅっと握った。 「あんたたち!」 ハルヒは涙を流しながら笑っていた。 「次回のSOS団不思議探索パトロールをする日を発表します!」 ハルヒは斜め上を人さし指で指す。 「私は五年後に、日本に帰ってくるわ! 五年後の今日と同じ日、いつものあの場所だからね。」 ハルヒの笑っていた顔が、徐々に歪んでいく。 「駅前・・・集合よ。キョンあんた・・・ぐす・・・いつも遅れるんだから・・・ぐす。 早く・・・ぐす・・・。来なさいよね・・・ぐしゅ・・・。 遅れたら・・・ぐす・・・罰金なんだから。」 気付いたら、頬が熱くなっていた。 何事か、と頬を手で触ってみると、熱い液体がついていた。 その液体は俺の眼からつたっているようだった。 ハルヒの父親が、優しい顔でハルヒの肩を叩く。 「じゃあ・・・・・・。」 ハルヒはそう言って踵を返した。 ――コノママイカセテイイノカ?―― ・・・次の瞬間に俺がとった行動は、今思えばとんでもないことだったと思う。 朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親も見ていただろう。他の乗客もな。 とんでもない行動だった。しかし、後悔はしていない。 俺は、ハルヒの肩を掴むと、身体を引き寄せ、唇を重ねた。 そのまましばらくして、唇を離し目を開けると、ハルヒは驚いたように目を見開いていた。 いや、ハルヒだけじゃないな。朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親もだ。 ハルヒは、そのまま顔を赤くして、口を開いたままになったが、 しばらくすると、顔に笑みを浮かべ 「ぷっ」 と吹き出した。 「何だ。」 「何でもないわよ。ふふ。」 ハルヒは小さく手を振りながら、 「じゃあねっ!」 と言い、飛行機の中に消えた。 いつものような笑顔で。 その後、俺はハルヒを乗せた飛行機が、青い空に消えるまで見送っていた。 「団長・・・か。」 ぽつりと呟いてみる。 「長門。」 俺はハルヒが去っていった青い空を、そのまま見上げながら言った。 「お前は北高に残るのか?ハルヒの元にいくのか?」 「情報統合思念体の判断で、 私が都合よく再び涼宮ハルヒの元に現れるのは、不自然で、不適切な刺激を彼女に与えるとされたから、 涼宮ハルヒの観測は海外にいるインターフェースが行うことになった。 だが、私を消去すると、五年後の涼宮ハルヒに不適切な刺激を与えることになると考えられたため、 私は消去されずに北高に残ることになった。」 「そうか・・・。・・・古泉は?」 「僕は元々ここいらの区間の閉鎖空間の処理の担当です。 異動になる、というのはよっぽどの事がないかぎりありません。」 「そうか・・・。・・・朝比奈さんはどうですか?」 「えっと・・・ぐす・・・今問い合わせてみたんですけど・・・ぐす・・・。 詳しくは禁則事項で言えないんですが・・・ぐす・・・ 私はしばらくこの時間に残らないといけないらしいです・・・ぐす・・・。」 「そうですか・・・。」 俺は青く広がる空を眺めて、もう一度呟いた。 「団長・・・か。」 腕に腕章を着けた俺は、今、全力で自転車をこいでいる。 まったく、こんな日に寝坊してしまうとは・・・。 待ち合わせ場所に到着すると、懐かしい面々がそろっていた。 「遅いですよ。」 「・・・・・・。」 「キョンくん!お久しぶりです!」 相変わらずニヤケ面の古泉、無口無表情の長門、若干背が高くなったであろう朝比奈さん。 そして、奥で笑みを浮かべながら腕組みをしている黄色リボンの女は、間違いなくあいつだ。 「キョン!遅いわ!罰金よ!!」 fin
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今俺はハルヒを膝枕している。なんでかって?そりゃあ子供の我侭を 聞けないようじゃ大人とはいえないだろう?まあ俺はまだ自分を大人だとは 思っていないし、周りもそうは思っていないだろう。ただ、3歳児から見れば 俺だって十分すぎるほど大人なのさ。ああ、説明が足りなすぎるか。つまり こういうことだ。 ハルヒは3歳児になっていた。 ことの発端は10時間程前のことだ。休日の朝8時と言えば大半の人間が 「いつ起きてもいい」という人生でもトップクラスであろう幸せを感じつつ睡眠 という行為に励んでいると思う。俺ももちろんそうである。しかし、俺の幸せは 一人の女によってアインシュタインが四則演算を解くことよりもあっさりと瓦解 された。携帯電話がけたたましい音をあげる。携帯よ、今は朝なんだ。頼むから もう少し静かにしてくれ、という俺の願いは不幸にも全く叶えられることはなく、 俺は諦めて携帯に手を伸ばした。溜息をつきながら液晶を見ると思ってたとお りの名前がそこに映し出されていた。言うまでもなくハルヒである。 「キョン!出るのが遅いわよ!」 さすがハルヒだ。休日の朝だというのにこのテンションである。しかも怒っている。 「ああ、すまない。寝てたんだ」 謝る必要性は全くないが、一応謝っておく。こうした方がこいつも大人しくなるだろう。 俺も大人になったもんだ、などと考えているとハルヒが言葉を続けていた。 「まあいいわ、それよりキョン。今日寒いと思わない?」 比較的早く怒りがおさまった--もともと怒ってなどいなかったのかもしれないが--ハルヒが そんなことを言う。 「ああ、そりゃもう12月だからな」 寒くもなるってもんさ。と言ってからもう12月なのかと考える。あと4ヶ月で朝比奈さんが 卒業か・・・あの天使に会えなくなると思うと心を通り越して心臓が直接張り裂けそうだ。 ていうか先月の初めもこんなこと考えてたよな。いや、先々月も考えていた気がする。 「・・・ということで、皆でコタツを買うことになったから・・って聞いてんの!キョン!」 ああ、まずい聞いてなかった。また怒っていらっしゃる。ここは適当に流しておいた方がいいだろう。 「いや、ちゃんと聞いてたぞ。皆でコタツを買いに行くんだろ?で?それをどこに置くんだ?」 「だから有希の家に持ってって皆でぬくぬくするって言ったじゃない。やっぱり聞いてなかったようね。 団員としての自覚が足りないわよ。キョン」 いや、もう十分すぎるくらい自覚はあるわけなんだが・・・。まあハルヒから見ればまだまだ足りないの だろう。そんなことより、今回のハルヒの提案が大して迷惑なものではなかったことに俺は安心して いた。皆でコタツを買って長門の家で暖まろうというだけである。素敵とも思える提案だ。 「すまん。これから精進する。で?何時集合だ?」 「駅前に9時よ。即行で準備しなさい。じゃあね」 と言いこちらの返事も待たずにハルヒは電話を切った。相変わらずである。結局行くんだけどな。 俺に選択肢なんて始めからないのだ。 集合場所に着くと俺以外の面々は当然のように揃っていた。やれやれ、休日だというのに ご苦労なこった。 「おはようございます。キョン君」 おはようございます。朝比奈さん。相変わらず反則的に可愛らしいですね。あなたに会えた だけでも今日ここに来た意味があるというものです。などと俺が至福を味わっていると、 「遅いわよキョン!罰として買ったコタツはあんたが運びなさい!」 俺に指をさしながらそう言うと、ハルヒは近くの電気店の方にスタスタと歩き始めた。ハルヒよ、 お前は遅れなくてもどうせ俺に運ばせる気だったろうが。 「僕も手伝いますよ」 と、いつのまにか隣に来ていた古泉が相変わらずのさわやかな笑顔で話しかけてくる。 「ああ、すまんがそうしてもらえると助かる」 いえいえ、と言う古泉に、 「そういや最近閉鎖空間はどうなってんだ?」 ふと思ったことを聞いてみる。 「閉鎖空間ですか?全くと言っていいほど現れていませんよ。一番近いので3ヶ月前です。 これは今までの最長記録です」 なるほど、あいつもかなり落ち着いてきたんだな。3ヶ月前は何で発生したんだ?何かあった のか? 「いえ、時間帯的に単なる悪夢でしょう。ふふ・・・心配ですか?涼宮さんが」 ニヤニヤしながらこちらを見る。うるせえな、ただ気になっただけだ。そんなくだらない嘘をついた 小学生を見るような目でこっちを見るな。 「やれやれ、あなたもそろそろ素直になった方がいいですよ?」 うるせえよ。そんなことより、 「長門」 俺に呼ばれて長門はいつもの無表情をこちらに向けた。 「お前コタツなんか部屋にあったら邪魔なんじゃねえのか?なんなら俺が持って帰ろうか?」 俺も部屋にコタツなんてあったら邪魔で仕方ないが、長門にだけ迷惑をかけるわけにも いかんだろう。 「・・・大丈夫」 そこで一拍置き、 「どうにでもなる」 と、長門は続けた。そうか、まあ長門のことだ。使わないときはコタツをコンパクトにするだとか、 そういう反則的なことも出来るのだろう。だったら、長門のマンションに置いておいた方がよさそうだ。 「そうか、悪いな」 「・・・いい」 そんなことを話しているうちに俺たちは電気店に着いていた。ハルヒにいたってはもう中に入って いるようで、入り口からでは姿が見えない。 「どうする?探すか?」 「いえ、その必要はないでしょう。なぜなら・・・」 「みんなー!集合よ!いいのを見つけたわ!」 見ればハルヒが電気家具売り場の方からこちらを呼んでいる。 「なるほどね」 「そういうことです」 結果的に言えば、ハルヒの選んだそれは当たりだった。値段の割にはデザインも可愛らしいし --朝比奈さんも満足気だったしな--、大きさも5人が入っても問題のなさそうなものだ った。もともとハルヒは物を選ぶセンスなどは抜群なのだ。 問題はこれを俺と古泉だけでどう運ぶのかということだったが、これは長門の力によって あっさりと解決された。長門が買ったコタツに目を向けながらなにやらぼそぼそと言うと コタツの重みが一切なくなったのである。このような光景--というか、現象というか--を 見ると、俺の周りは非現実的なもんで溢れかえっているんだなと改めて実感する。いや、 もちろんそれが嫌ってわけじゃない。むしろ楽しいと思っているほどだ。 さて、こうなってしまうと朝比奈さんでも片手で運べてしまうのだが、ハルヒの手前まさかそんな ことをするわけにもいかず、俺と古泉はわざわざ「重いものを持っています」といった表情で コタツを運ぶことになった。途中何度か、 「大丈夫?あたしも手伝ってあげようか?」 などと普段見せない優しさを見せんでもいい時に見せるハルヒの提案を、俺と古泉が笑顔で かわすという行為を繰り返しているうちに俺たちは長門のマンションに到着した。 「さあキョン!組み立てなさい!」 「へいへい」 と溜息をつきながら俺はダンボールを開け始めた。こんな扱いを受けているというのに なんでだろうね?全くいらつかないのだ。これが慣れというやつだろうか。だとしたら、 この習性は治したほうがいいのではないだろうか。などと思案している間に古泉の 手伝いもあってか、あっさりとコタツは完成した。まあ、元々組み立てるのが難しいもの でもないしな。 「よし!じゃあ有希!あれ出して」 「わかった」 と、言いながら長門は台所に向かってスタスタと歩いていった。そして数十秒で戻ってくる。 両手には大量のみかんとスナックが抱えられていた。 「おいおい、随分準備がいいな」 「まあね皆には昨日のうちに言っておいたから」 だったら俺にも言っといてくれ。その方が心の準備が出来るってもんだ。 「だって、あんたどうせ暇でしょ?だったら当日に言えば済む話じゃない」 クソ、反論できないのが歯がゆい。ハルヒの言うとおり俺の休日にSOS団がらみ以外 の予定が入ることはほとんどないからだ。谷口や国木田も、 「キョンは休日も涼宮さんと一緒なんでしょ?」 と、誤解を招きそうなことを言ってきたりで、休日に俺を誘うということもない。つまりだ、 俺の休日に予定がないのはハルヒのせいでもあるわけだ。そんなことを知ってか知らずか、 ハルヒはもぞもぞとコタツに体を押し込めながら長門がテーブルに置いたみかんに手を伸ば している。見れば俺以外はもうコタツに入っている。朝比奈さんに至っては、 「暖かいです~」 と、幸せに浸っている。となるとだ、まあここはハルヒの隣に座るのが自然だろう。いや、別に 他意はないぜ?一番近いからそこに座るだけだ。それにハルヒの隣ということを考えなければ ベストポジションだ。なんたって真正面を見れば女神が居るからな。ちなみに長門は俺から見て 右、古泉は左の位置に居る。 「ちょっと!なんであんたがあたしの隣に座るのよ!」 近かったからだ。わざわざ遠回りするのも面倒だろ。 「まあいいわ・・・。結構大きいしね、このコタツ。それにしても暖かいわね」 そうだな。たまにはこういうのもいいよな。 「幸せです~」 と朝比奈さん。本当に幸せそうだ。あなたを見てるとこっちも幸せになってきますよ。 「そうですね。たまにはこんな日があってもいいでしょう」 古泉は俺と全く同じことを考えていたようだ。やめてくれ、微妙に気持ち悪い。 「・・・ぬくぬく」 見れば長門も上機嫌そうである。もうみかんの皮が6枚ほど長門の前に転がっている。 相変わらず素晴らしい食欲だ。 「むう・・・。でもこのまま何もしないのもつまんないわね」 そうか?俺は今日はこのままぼんやりしていたいがね。 「そんなじじくさいこと言ってると早く老けちゃうわよ?」 縁起でもないことを言うな。それにお前も子供じゃないんだから、落ち着けよ。 「ふん。童心をいつまでも持つことは大事なのよ。ね?古泉君」 「ええ、僕もそう思います」 お前は黙っていろ。このイエスマンめ。 「ああ、子供といえば。あんた子供に人気あるわよね?」 ハルヒはあっさりと話を変えた。割とどうでも良かったらしい。しかし、そうは思わんがね。 人気があるといっても。すぐに思い浮かぶのは妹とミヨキチくらいなもんだ。 「ええ~、でもあたしもキョン君は子供に好かれるイメージがありますよ?」 と、朝比奈さんが言う。朝比奈さんがそう言うならそうなのかもしれんと、俺のy=xのグラフ よりも単純にできている脳は勝手に結論を出そうとしていた。 「ね?やっぱりそうよね。じゃあさ、キョン。あんたも子供が好きなの?」 なぜそうなる。 「だってやっぱり好きなものには好かれるじゃない」 「そういうもんか?」 「そういうもんよ」 「まあ、少なくとも嫌いではないな。妹も、特に3歳ぐらいのころはホントに可愛かったな」 言いながら、その時の情景を思い出す。 「ふふ」 「どうかしましたか?朝比奈さん」 「いえ・・・。きっといいお兄さんだったんだろうなあと思いまして。目に浮かびます」 もちろん今もいいお兄さんですけどね。と、朝比奈さんは付け加えた。 「あたしもそれに関しては同感ね」 おお、ハルヒに褒められるとは。これ以上光栄なことはないね。 「もうすこし感情を込めなさい。感情を」 「ばれたか」 「当たり前でしょ?ふわぁ~。なんか喋ってたら眠くなっちゃった」 「あたしもです~」 と、朝比奈さんもハルヒのあくびがうつったのか小さなあくびをした。 「眠っちゃいましょう。もう二人寝てるし、あたし達だけ起きてても仕方ないわ」 言われてからそういえば長門と古泉が全く話に参加していなかったことに気づいた -いや長門に関してはいつものことだし、古泉も一度適当な相槌を打っていた気はするが-、 半立ちになりながらコタツの左右を覗き込むと本当に二人とも寝ているようだ。二人の 寝顔を見ながら、俺はなんだか安心してしまった。この二人はSOS団のことを信頼しきっている のだ。だからこんなにぐっすり眠れるのだろう。そう思うと嬉しいというか喜ばしいというか、そんな 気分になる。 「あんたは寝ないの?」 「いや、俺はいいや」 大体二人で横になったらどっちみち俺は寝れねえよ。などという俺の思考はハルヒには届かないだろう。 「ふ~ん、じゃあみくるちゃんも寝ちゃったみたいだし。あたしも寝るわね」 正面を見ると、女神の姿が見当たらない。おそらくハルヒの言うとおり、お眠りになってしまわれたの だろう。 「お菓子、一人で全部食べちゃダメよ?」 食べねえよ。ていうか無理だ。俺はお前や長門のような何回拡張パックをダウンロードしたかわからない ような胃は持ち合わせちゃいない。 「じゃあ、おやすみ」 ハルヒはそう言いながら寝転がる。 「ああ、おやすみ」 俺はその後、何十分かはわからないが。結構長い時間ぼんやりとしていた。ただ、俺も眠かったのだろう。 頭をコタツのテーブルに突っ伏すとそのまま眠りについてしまった。今日は本当にいい日だ。おそらく面倒事も 起こらない。さっきも言ったが、こんな日があってもいい。 だが、俺のそんな思いは目覚めとともにあっさりと否定された。 「・・・起きて」 静かな、しかしどこか強制力のある声が耳元からする。 「・・・起きて」 二度目のその言葉で俺は目を覚ました。目の前に見慣れた無表情がある。長門だ。 「ああ、長門か今何時だ」 「13時」 そうか、まだ1時間しか経ってないじゃないか。だったらもう少し寝させて・・・、 「キョン!起きたのね!キョンもトランプしましょ!」 いつもの11倍ぐらい目を輝かせながらハルヒはコタツの向こう側からこちらを見ている。 しかもなぜか朝比奈さんの背中に抱きつきながら-いわゆる強制おんぶ状態だ-だ。 「おいおいなんだ?とんでもないテンションだな」 「聞いて」 長門が話しかけてくる。長門がこんなにも自ら口を開くことははっきり言って珍しいことだった。 だから、俺はなんとなく嫌な予感はしていたんだ。 「なんだ、どんな厄介ごとだ?」 「・・・おそらく涼宮ハルヒの精神は14年ほど退行している」 見ればハルヒがターゲットを朝比奈さんから、長門に変えている。長門はハルヒに背中から抱きつかれながら 無表情でそんなことを言っている。なんてシュールな絵なんだ。そしていつもながらとんでもない話だ。 「あ~、精神だけか?」 「・・・そう」 そりゃあ厄介だ。 「そう。厄介です」 と、古泉がそれに反応した。 「見た目も退行してくれていれば、もう少しやりやすかったのですが」 「ふふ・・・さっき古泉さん、涼宮さんに抱きつかれて慌ててましたもんね?」 朝比奈さんがそんなことを言う。 「いえいえ、そんなに睨まないでください。不可抗力ですよ」 古泉はパタパタと両手を振る。別に睨んでなどいない、まあ不可抗力なんだしな。 仕方のないことだ。若干もやもやするがそれは気のせいだ。 「長門よ、そのこうなった・・・」 原因は?と尋ねようとして俺はやめた。なんとなく推測出来るし、多分俺のせいだろう。 だったらそんなことをわざわざ聞く必要はない。 「いや、これは何時ごろ治るんだ?」 ハルヒは長門に抱きつきながらびょんびょん跳ねているため、長門の顔は無表情のままがくがく 揺れている。ハルヒ、やめなさい。長門の頭が取れかねん。 「確定は不可能。ただ長い時間はかからない」 そうなのか? 「・・・そんな気がする」 なるほど、それが長門の意見か。今は長門が意見を言うということもそこまで珍しいということでもない。 「僕もそう思いますよ。これは一時的なものでしょう。まあ、多少厄介ですが。みんなで遊んであげれば、 自然と元に戻るはずです」 「ああ、俺もそんな気がする」 「ただ、トリガーというかキーというか。そういうものがある可能性は否めませんが、それもおそらくは簡単に 見つかるでしょう」 言いながら、こちらを見る。期待していますよと言わんばかりだ。やれやれ、また俺が握っているのか? そのキーとやらを。 「じゃあ、今日は皆で涼宮さんと遊びましょう!ね、涼宮さん」 「うん!」 と、ハルヒが朝比奈さんの問いかけに対して明るく可愛く答えている。今のハルヒに母性本能がくすぐら れているのだろうか。朝比奈さんもまんざらでもなさそうだ。 「じゃあ、キョン!トランプ!」 太陽の笑顔をこちらに向けてトランプを手渡してくるハルヒに対して俺は、 「へいへい」 と、命令に従いトランプをシャカシャカと切り始めた。結局ハルヒの精神が幼児化したところで、俺の ポジションが変わることはないのだ。 「あ!でもトイレ行きたい。キョン!ハルヒが帰ってくるまでに配っててね!」 そう言いながらトイレの方に歩いていった。どうやら記憶はあるらしい。そりゃそうか、俺の名前も覚えてる しな。あとこの頃のハルヒは自分のことを名前で呼んでたんだな、可愛らしいこった。 「みなさん、提案があります」 と、古泉がなにやら喋りだした。 「これから多分数多くのゲームをすることになると思うのですが・・・」 そりゃそうだ、なんたって身体はそのままだからな。体力はものすごいだろう。 「ええ、ですが。そのゲームにおいてですね、涼宮さんを最下位にさせるということは出来るだけ 避けたいんです」 ああ、なるほどね。俺は古泉の言いたいことを瞬時に理解した。ほかの二人もそうだろう。 「確かにな、そんなことになったらもっと厄介なことになりそうだ」 「ええ、ただ彼女は勘がいいですからね。手加減しているのを聡られないようにしなければ いけません」 そうだな、しかしまあ骨の折れる作業だ。 「仕方ありません。それに、こういうのも楽しいでしょう。僕は嫌いじゃないですよ」 確かに退屈はしなそうだな。その時、とたとたと足音が聞こえた。どうやらハルヒが帰ってきた ようだ。 「あ!配っててくれたんだ!ありがとうキョン!」 と、俺にいつもより数割増しの笑顔を向ける。おいおい、勘弁してくれ。素直なハルヒなんて 俺の想像の範囲内には居ないんだ。俺が混乱しつつある頭を何とか正常に戻そうとしている と、あろうことかハルヒはその混乱を増幅させる行為をとりやがった。すなわち、俺の脚の間に ドスンと座ったのである。そりゃあもう堂々と、それが当たり前のように。 「おい、何をしている」 「キョン!イス代わりになって~」 ああ、うんそういうことか。でもな、朝比奈さんでもいいじゃないか。 「う~んそれでもいいんだけどさ、みくるちゃんちっちゃいんだもん」 と、言いながらこちらを見上げる。顔が近いよ、顔が。それと髪からものすごくいい匂いがする。 これはまずい、どう考えてもまずい。 「いや、でもな・・・その・・人をイス代わりにするのはあまりいいことじゃないぞ?」 俺は何とか平静を保ちながら-これは奇跡的なことだ、自分の精神力に感服するね-、 ハルヒに言い聞かす。だが、 「うう・・・キョンはいや?」 と、ハルヒに潤んだ瞳で見上げられれば「嫌だ」などと言えるわけがない。 「ええとだな・・・その・・・」 「わかった・・・。じゃあ古泉くんのところに・」 「ハルヒ!」 「ふぇ?」 「嫌じゃないぞ、全然嫌じゃない。だからここに居なさい」 もちろんこれは古泉の為だ。さっきも大分困ってたみたいだからな、そうだお前の為なんだ。 だから古泉よ、そんなニヤニヤ顔でこっちを見るな。朝比奈さんもそんなに優しい目でこちら を見ないでください。 「え・・・?うん!ありがとう、キョン!」 そう言いながら思いっきり抱きついてくる。いや、だからそういうのはまずいと言ってるだろうに。 「あ~、ハルヒよ。前を向いた方がいいぞ。トランプがしづらいからな」 「あ、うん。ごめんね」 と、素直に前を向く。かくしてようやくトランプまでこぎつけた。これからおそらく何時間も遊ぶのだ。 それが終わる頃には俺はもしかしたら、死ぬんじゃないだろうか?そんなことを俺は本気で考えて いた。 結論から言うと俺は何とか死なずにすんだ。勝因はなんといっても、 「キョンの身体かたーい」 と、言いながら朝比奈さんの方にハルヒが途中で移動してくれたことだ。それでも移動するまでは トランプのババ抜きをしている時にハルヒが最初にあがると嬉しさのあまり俺に抱きついたり、先ほども 述べたのだがハルヒからやたらいい匂いがしたりと、俺のHPはもはや限界まですり減らされていた。 途中で朝比奈さんの方に行ってくれなかったら、間違いなく命はなかっただろう。その時に若干喪失感 みたいなものを味わったが、まあそれも気のせいに違いない。 それと、古泉の言っていた懸案事項も全く問題にならなかった。なぜって?そりゃあハルヒが 何をやらしても強かったからさ。元々3歳の割には語彙が多いなとかは思っていたが、頭の 回転の良さも昔からだったらしい。結局手加減どころか本気をだしても俺達がハルヒにかなうこと はなく、終始1位と2位をハルヒと長門が取り合うという形でゲームは行われていった。ただ、途中 人生ゲームをする時は朝比奈さんに漢字や意味を聞きながらうんうんうなづいてプレイしていたから 4位になっちまったけどな。ちなみに最下位は古泉だ。もちろん、手加減などしていなかったが。 そうして楽しかった時間はあっという間に過ぎ、ハルヒの、 「ねむ~い」 の一言で4時間にも及んだゲーム大会は終わりを告げ、俺以外の4人はあっさりと眠りについて しまった。ちなみにハルヒはといえばコタツには入らず、俺に膝枕をさせながら毛布をかけて眠りこけ ている。 ここでようやく冒頭に戻る。俺はなんとなくハルヒの頭をなでていた。なあハルヒよ?楽しかったか? 今度起きたら元に戻っていてくれよ?子供のお前も好きだけど、俺はやっぱり・・・。俺がありえない 程恥ずかしいことを考えているとパチッとハルヒが目を開けた。ばっちり俺と目が合う。 「ハ・・・ハルヒ・・・?」 「ねえキョン・・・」 「うん?」 「キョンはハルヒのこと好き?」 え~とだな、このハルヒは子供の方のハルヒだよな?ああ、間違いないだろう。自分のこと「ハルヒ」 って言ってるしな。じゃあ、大丈夫だ。嘘をつく必要もない。ハルヒの頭をなでつけながら俺は出来る だけ優しい声で言った。 「ああ・・・好きだよ」 「ホント?」 「本当だ」 「元に戻っても?」 おいおい、こいつわかってやってんのか?いや、まあ大丈夫だろう。ハルヒはこれを夢と処理するはずだ。 「ああ・・・元に戻ってもだ」 「ふふ、ありがとうキョン」 と、ハルヒは更に言葉を続けた。 「あたしも・・・好きよ」 !!驚いてハルヒの方を見るが、ハルヒはもう眠ってしまっていた。いや、さすがにこの早さで寝るのは ガリレオ・ガリレイが天動説を唱えるくらいありえない。俺はおそるおそるハルヒの頬をつねってみるが、 何の反応もない。本当に眠ってしまったようだ。 「ふう」 俺はしばらく考えてから寝てしまうことにした。考え事なんてもともと俺の性分じゃないんだ。そんなもの は古泉あたりにまかせておけばいい。俺はそう決めてかかると、眠りの世界に身を委ねた。 起きると、周りにはもう朝比奈さんと古泉の姿はなかった。右の方を見ると長門がみかんをパクついて いる。お前、それ何個目だよ。 「長門、みんなは?」 「もう帰った。あなたたちもそろそろ帰った方がいい」 そうか、言われて時計を見れば確かにもう結構な時間である。これは帰った方がよさそうだ。 「ハルヒ、帰るぞ」 「ん・・・ううん」 そういいながらもそもそと起き上がる。 「え!うそ!もうこんな時間?どうして起こしてくれなかったのよ!」 どうやらもとのハルヒに戻っているようだ。なんとなくわかってたけどな、だからみんなも帰ったんだろう。 それよりお前はばっちり起きてたし、誰よりもはしゃいでいたぞ。 「いや、俺たちは全力でお前を起こそうとしたがどうしてもお前が起きなかったんだ」 「ホント?有希?」 「本当」 と、長門はゆっくり頷いた。 「そっか・・・」 なんだか少し寂しそうだ。 「すまん・・・無理矢理にでも起こせばよかったか?」 「ううん、いいのよ。ありがとね」 おいおい、元に戻っても素直なまんまか。勘弁してくれ。 「なあに変な顔してんのよ」 「いや、なんでもない」 そう言いながら、帰る準備を進める。さて、 「じゃあ、帰るか」 「そうね」 「じゃあな、長門。いろいろありがとな」 「いい」 「バイバイ有希、また来るからね」 「・・・わかった」 長門がゆっくり頷くのを確認してから俺たちはマンションのドアを閉めた。 帰り道、ハルヒがこんなことを言い出した。 「ねえキョン」 「なんだ」 「あたしね・・・変な夢を見たの」 やっぱりきたか、でもなハルヒそれは夢じゃないんだぜ。 「どんな夢だったんだ?」 なんとなく聞いてみたが、おおよそハルヒの回答は予想がついた。なんたってみんなに 甘えたおした挙句、最後には俺にあんなことを言われたんだ。ハルヒにとっては悪夢 以外の何物でもないはずだ。 「それがね」 と、ハルヒはこちらに顔を向けながら続ける。そして笑顔で顔を輝かせ、 「すっごくいい夢だったのよ!」 と、言ってのけた。おいおい、待ってくれその反応は反則だ。クソ、顔が熱い。ハルヒの 方を見れん。 「ちょっと、何で顔をそらすのよ。ていうか顔赤いわよ?キョン」 夜でもわかるくらい俺の顔は赤いのか、恥ずかしい話だ。仕方ない、喋ってごまかそう。 「あ~、ハルヒよ。俺も変な夢を見たんだ」 「へ~、どんな夢よ?」 「それがな」 俺は言葉を続ける。 「ものすごくいい夢だったんだ」 なぜか、ハルヒの顔が朱に染まった。 fin
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キョン「ただいま」 西暦20XX年、俺は高校を卒業してそこそこのレベルの大学に受かり、卒業してから就職、現在は毎日定時に会社に行って働く毎日だ。 まあ普通社会人ってのはすべからくそうしてこの日本経済の歯車的活動の一環を担って生きていくものだが、ここにその例から外れた存在がいた。 ハルヒ「おかえり、今日の晩御飯なに?」 普通、家にずっといて、しかも働いて帰ってきた奴に対して言う台詞じゃあない。「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?」というのが相場だろう。 だがこいつがいまだかつて俺の帰宅を暖かい風呂や飯をこしらえて待っていたことなど一度としてない。 ハルヒ「あ、レベル上がった!」 おそらく今日もまた一日中ずっと座りっぱなしだったと思われるパソコンデスクに腰を下ろしたままハルヒが言った。 画面に映し出されているのはオンラインのRPGゲーム、ここ数ヶ月もっぱらハルヒのライフワークは電脳世界と行ったり来たり、もとい行きっ放しの状態だ。 キョン「せめて部屋くらい片付けておいてくれよ。こちとら働いて帰ってくたくたなんだ……」 ハルヒ「なによ偉そうに、別にいいじゃない。それよりお腹すいたから早くご飯作ってよ」 人様の家に上がりこんで飯まで食わせてもらってる身分でここまでぞんざいな態度が取れるのはある意味才能だと俺は思った。 ハルヒが俺と同棲(?)するようになったのは、もう半年ほど前のことだった。 きっかけは、町で偶然にハルヒを見かけたことだったが………… ~回想シーン~ ハルヒは高校卒業後、俺より遥かにランクの高い一流大学に合格したと聞いていた。 だから、俺が社会人になったある日、街角で着古したぼろぼろの服で歩いていたハルヒを見たとき俺は愕然とした。 まさかと思って声を掛けたらやっぱりハルヒだった。そして聞くところによると、ハルヒは大学を中退して家を追い出されたということだった。 キョン「そりゃまたどうして……? お前はあんなに優秀だったじゃないか」 ハルヒ「ふんだ。心の病ってもんがあるのよ、あたしもう何もやる気がしないの」 話し方や雰囲気だけは昔のハルヒのままだった。それだけで俺はほっとした。 俺たちは話をするためにハンバーガー屋に入って席に着いていた。ハルヒは当然金なんて持ってないから俺のおごりだ。まあ持ってたとしてもハルヒは俺におごらせるだろうが。 そして話は聞けば聞くほどに深刻なものだった。 ハルヒはもうずっと前から全てに対してやる気を失った状態でいるらしく、大学は早々と中退、それからも家で親に身の回りの世話を一切まかせっきりにしたまま自分は部屋に閉じこもってパソコンをいじっていたらしい。 いわゆるニートとかひきこもりと呼ばれる人々と同じ症状だった。そして、ある日ついに我慢が限界に到達した両親がハルヒに出て行けと怒鳴ったらしい。 キョン「それで着の身着のまま家を出て来たのか」 ハルヒ「そうよ。せめて着替えくらい持って出るべきだったと後悔してるわ」 ハルヒ自身、自分が家族に負担をかけていることを重々承知していた。だから、両親としてみれば、ハルヒに頑張ってほしくてつい口から出た「出て行け」の言葉がハルヒにとっては耐えられないものだったのだ。 ハルヒ「ていっても、家を出たのはついおとといのことだけどね。まさかキョンに見つかるなんて奇妙な偶然ね」 偶然。おそらくそうじゃないだろう。 俺は普段この町に来ることはない、しかし今日なぜか上司からいきなり出張の仕事を申し付けられ、高校時代まで慣れ親しんだこの町に一日だけ戻ってくることになったのだ。 それはひょっとしてハルヒがそう望んだからじゃないのか? ハルヒは家を追い出されて、寂しく一人で外を歩きながら、俺に会いたいと願ってくれたんじゃないか? ハルヒは俺に無言のSOSを送っていたんだ。そうだとしたら、俺にはハルヒを放っておくことなどできるはずがない。俺がハルヒを助けてやらないといけない。そう思った。 キョン「ハルヒ。お前、俺と一緒に暮らす気はないか?」 ハルヒ「へっ!? な、なに言ってんのよ急に!」 キョン「行くあても無いんだろう、だったらいいじゃないか。俺は今アパートに一人暮らしだが、ちょうど家が広すぎると思ってたんだ。だからハルヒ、俺と一緒に……」 ハルヒ「ま、待ちなさいよ! あんた何考えてるの!? 今日会ったばかりでいきなり同棲しようなんて! 猿でももうちょっと貞淑なアプローチするわよ!」 キョン「下心なんて無い、本当だ、誓ってもいい」 ハルヒ「なんなのよ一体……? でも確かに野宿はもうごめんだし、お風呂に入ったりちゃんとした食事も採りたいと思ってたところだから丁度いいわ。でも、あんたは本当にいいの? あたしきっと迷惑かけるだけよ、何も役に立つことなんて出来ない」 キョン「ハルヒ、お前は役に立たない存在なんかじゃない、俺が保障する。きっと今は調子が悪いだけだ。高校時代までが出来すぎてたんだ、そのつけを払うと思えばいい。そして元気になったら、いつでも出て行ってくれて構わない、だから……」 ハルヒはその時、ただ笑って「わかったわ。だったらお邪魔させてもらうけど、あたしが世話になるからって威張ったり偉そうにしたら駄目よ! あんたがどうしてもっていうから、仕方なくあんたの世話になるだけなんだからね!」と言っていた。 ~回想シーン終わり~ そしてそれから数ヶ月が経過して今日に至る。 ハルヒの「病気」は一向に良くなる兆しは無い。結局今日もまたずっと家でパソコンをいじってただけで、部屋の片付けすらしようとしないし、服も着替えていない。 キョン「晩飯出来たぞ」 ハルヒ「ああ、ちょっとまって、今きりが悪いわ。セーブするまであと10分くらいだから」 はあ、俺はおもわずため息をついて額に手をやった。このポーズをするのも高校を卒業してから久しぶりだったが、ハルヒが家に住むようになってからはしょっちゅうだった。そして、これまたあの頃よく言っていた台詞が俺の口から出て来た。 キョン「やれやれだ……」 同棲相手が出来たというより、でっかい子供が出来たといった感じだ。 ハルヒニート 第一話 完