約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8848.html
前ページ次ページデュープリズムゼロ 第二十五話 『閃光』 「フム…圧倒的ですな陛下。」 眼前にて繰り広げられるトリステイン軍と神聖アルビオン王国軍の戦闘を見やり裏切りの子爵ワルドは冷酷な笑いを浮かべて同じく戦場を見つめるクロムウェルへと声をかけた。 「あぁ、だが予想よりもトリステイン軍は健闘しておるようだな。どうやら王女自ら前線に立っている事が奴らの士気を高めておるのが大きいか。」 「ですが既にレキシントンある限り制空権は絶対的に我等の物です。それに…ククク…私よりも腕の立つ幻獣のりはトリステインには居りませんからな。」 「ハハハ、頼もしいな子爵。」 ワルドの言にクロムウェルは上機嫌に笑う。神職に就いていたこの男には戦の事はよく分からない部分であったが自軍が圧倒的に有利なのは素人目から見ても理解が出来る。 もはや制空権を奪われたトリステインはそれを覆さぬ限りどれだけ勇猛果敢に奮戦しようと勝てる見込みはあろう筈も無い… 「フム…しかし子爵、君はどこか退屈そうに見えるな。」 「はい、恥ずかしながら私はどこまで行っても所詮戦士ですからこれ程までに一方的な戦は些かに退屈でして…」 「ハハハ、勇ましい事だな。」 曖昧な取り繕った笑顔でクロムウェルにそう言ったワルドは義手で強く拳を握ると視線は遠く、地平線に隠れそうな魔法学園を恋い焦がれるような思いで見つめていた… (どうしたガンダールブ、ルイズ生きているのならば私の前に現れて見せろ!!) 「『ハッ……クシュンッ!!!』……う゛~…誰かあたしの噂でもしてんのかしら…」 盛大なクシャミを一つしてミントは高高度の冷えた風を浴びて思いの外冷えた自分の身体を抱くようにして前方の船団を睨みながらヘクサゴンを飛ばす。 「それもこれも全部あいつ等のせいよ…ボコボコの地獄巡り決定ね。」 ミントの乗るヘクサゴンは魔法学園からこの戦場へと直行してきた為、偶然とは言え丁度トリステイン軍と真正面から戦闘を行っているアルビオン軍の柔らかい横腹をつくような形で戦域へと進入している。 当然とも言えるが真っ赤に塗装されたヘクサゴン(スカーレットタイフーンエクセレントガンマ)の姿は晴れ渡った青空に良く映え、アルビオン艦隊の一隻が自分達に結構なスピードで接近するミントは捉えて迎撃態勢へと移行する。 「未確認飛行体本艦へと接近!!」 「伏兵か!?少なくとも味方では無い、カノン砲発射、用意急げよ、打ち漏らした場合は速やかに火龍隊で迎撃に当たれ!!」 見張りの報に艦長は素早く判断を下すと適切と思われる指示を風の魔法に乗せて全乗組員へと伝える。 「アイサー!!」 統率の取れた動きでカノン砲が接近する目立ってしょうが無い目標へと向けられると接近するヘクサゴンが射程範囲に収まるのを船員達は今か今かと待ち構えるのだった。 「よぉ相棒、やっこさんこっちに気が付いたみたいだぜぇ。」 ミントの背中で暗にこのまま行くのか?とでも言いたげにデルフが鍔を鳴らす。勿論目の前の軍艦が側面にずらりと並んだ砲塔をこちらに向けている事などミントも判っている。 だが、高度を上げるのも下げるのもまして転身後退などという選択肢はミントは持ち合わせてはいない。前進突破あるのみ、立ちふさがる物は撃滅必至!!いつだって多少の狡猾な打算と共にミントはそうしてきた。 軍艦から轟音と共に吐き出された鋼鉄の砲弾は何かしらの魔法の補助なのか、はたまた砲兵の練度の高さ故なのか幾つかの砲弾がミントへの直撃の軌跡を描いて飛来する。 「ヘクサゴン!!」 ミントの声紋に反応してヘクサゴンはその一対の蛇腹の豪腕を振り上げミントの乗る背中を守るように交差させる。 『ズドォォォ~~ンッ!!!!!!!』 という轟音と共に揺さぶられた足下にミントはぐらついた足を踏み込んで体勢を整える。 「危ない危ない、結構揺れるもんね…」 事も無げに言ってミントは前方の軍艦を睨む。直撃を受けたヘクサゴンの腕部といえば… 「命中、直撃です!!」 ヘクサゴンへの砲撃の着弾を確認した観測主が喜色入り交じった声を上げる。すると軍艦の内部で、歓声と口笛が沸き上がり、隣に立つ戦友とハイタッチを交わす砲兵達。 「良くやった!!だが警戒を怠るな!!」 その様子を満足げに見つめていた艦長はだが一度声を張り上げると各船員達へ檄を飛ばす。 有能な軍人である彼の言葉に喜びもつかの間、船内に再び程よい緊張と覇気が満たされ各員が再びそれぞれの軍務へと戻る…そして… 「艦長!!未確認飛行物体、尚も接近中です!!………しかも……ダメージ、ありません!!!!」 「何だとぉっ!!!」 観測主の報告に艦長は驚愕を隠す事も無く声を上げた… ミントは砕け散った砲弾から発生した独特の匂いのする煙を突き抜け、一気に自分の魔法の射程距離まで軍艦へと接近する事が出来た。最早射角の都合上カノン砲は役には立たない。 「相変わらずこいつは頑丈ね。」 ミントはデュアルハーロウを構えながら足下を、つまりはヘクサゴンの背中をみやり呟いた。 かつて何度かベルが自分にヘクサゴンを差し向けてきた時も全力の蹴りをぶちかまそうが強烈な魔法をぶち込もうが結局ヘクサゴンにはダメージらしいダメージを与える事すら出来なかった。 そんなヘクサゴンが唯の砲弾の直撃ごときでどうにかなろう筈も無い。『ヘクサゴンに弱点は無いよっ!』とはベルの言葉だったが結局の所ヘクサゴンを止めるには背に陣取った操者を倒すしか無いのだ。 「相棒、上から来るぞっ!!」 デルフの声に従ってミントは魔力の螺旋を頭上に掲げる…そこには目の前の軍艦から出てきたのであろう火龍に乗ったメイジが二組急速接近していた。 「上等よ!!」 火龍の口から放たれた灼熱の吐息…それを容易く霧散させ、ミントの放った『緑』の魔法タイプ『サークル』『サイクロン』立ち上る竜巻は火龍の巨体二体を纏めて錐揉み状に吹き飛ばし、その意識を刈り取った。 ___トリステイン軍 本隊 「このままじゃ…」 ルイズは戦装束を身に纏ったアンリエッタの直ぐ側で歯痒そうに上空を見上げて言葉を漏らしていた。 『このままじゃ負けちゃうわ。』そう最後まで言葉にはしなかった物のルイズの…否、アンリエッタにも慌てて戦列に加わったマザリーニ卿にも戦場に居る誰もがその事を悟り始めている… 太陽を遮り、影を大地に落とす軍艦の群れ…陸上では何とか均衡を保てているようでも砲撃と火龍等の航空戦力の前では碌な準備も出来ていないトリステイン軍には些かに厳しい闘いであった。 前線は後退し、国内に残されていた魔法衛士隊の幻獣達も傷つき戦列を離れていく… それを認め、アンリエッタも無論マザリーニを始め各将校達の表情は苦い… ルイズはその戦場という物を恐怖と共に体感しながら少しでも強く始祖への祈りが届くようにと水のルビーを身につけ、始祖の祈祷書を抱いて瞳を閉じると祈りを捧げる… 『おぉぉっっ!!!』 と、突然兵士達の間に歓声に近いような響めきが響いたことでルイズは目を開く…周囲の人達の視線は一様に上空、ルイズ達から見て左舷の方向へと向けられていた。 「あれ…は?」 ルイズの目に映ったのは燃え上がるメインマストに、まるでゴーレムの豪腕で抉られたように傷ついた船体が徐々に高度を下げながら積載していた火薬類に火が回ったのか派手に爆散していく光景だった。 その光景によって火が付いたように兵達の歓声が沸き上がる。 アンリエッタも少しの困惑と大きな安堵に絶望に打ちひしがれそうだった気持ちを何とか繋ぎ止めた。 全員の視線は自然、何があのアルビオン艦に起きたのかを確認しようとその周囲の空を注視するがそんな中、誰よりも早くその姿を発見したのはルイズだった。 空を行く赤い巨体は接近する火龍や風龍を叩き落とし、あるいは握りつぶし。迫る砲弾さえ意に介さずひたすらに敵陣中央を突破していく。 「ヘク…サゴン…」 ルイズはそれが先日までミントが自分を置いて冒険した末に何処かから拾ってきたガラクタだと認識するとその名を口にする。 (でも何で赤いのかしら…?) そしてルイズの呟き、それを耳ざとく聞いていたのはマザリーニだ… 「諸君聞け!!空を行くあの紅の暴風こそかつてエルフすら震撼させたブリミルの遺産『ヘクサゴン』だ。我がトリステインの危機にブリミルが答えたのだ!!この戦勝てるぞ、各々今一度奮い立て!!」 無論マザリーニはそもそもヘクサゴンが何なのか知りもしない。口から出たのは戦意を高揚させる為だけの出任せである。 『ウオオオォォォォォ~~~~~~!!!!!』 士気が低下していた兵士達に再び闘志が宿る。 「マザリーニ様、あれは「ヴァリエール嬢、アレが例え何であれ今は関係ないのですよ。」」 マザリーニはそう言ってルイズの言葉を遮ってまるで誤魔化すように気恥ずかしそうに軽く笑った。ルイズは何とも言えぬ思いを抱きながらも高揚する兵士達に気圧されて呆れた様な苦笑いを浮かべるしか無い。 「ルイズ、もしやアレは?」 「はい。恐らくミントです姫様。」 ユニコーンの背から馬上のルイズの耳元に口を寄せたアンリエッタの問い。それは答えに半ば確信めいた物を持っていた。 そしてルイズもそれが他の兵達に伝搬しないよう小さな声で、しかし力強くアンリエッタに答えると上空を見上げる。また一隻、アルビオンの軍艦の船底にヘクサゴンの豪腕が突き入れられた… 「やはりそうですか……」 「姫様…わたくし…」 ルイズはアンリエッタを真っ直ぐに見つめ、アンリエッタもまたルイズのその真っ直ぐな瞳から何を伝えたいのかを何となく理解していた。 「えぇ、ここまでわたくしに付き添ってくれてありがとうルイズ。行って下さい、メイジと使い魔は一心同体。いえそれ以上にわたくし達の友人の為に…わたくしはここまでに貴女達に十二分に勇気を分けて頂きましたから。」 「はっ!!ありがとうございます!……行ってきます姫様。」 戦場に似つかわしくない柔らかで暖かい笑顔でルイズを促すアンリエッタ。それにルイズは臣下の礼と友人としての態度を持って答えると意を決し、馬の腹を蹴る。 手綱をグイと力を込めて引いた。ルイズを背に乗せた馬は前脚を擡げて嘶くと引き絞られた矢のように戦場へと駆けだしたのだった。 ___レキシントン甲板 ワルドは伝令より伝えられたその情報に両の手を握りしめ微かに震えていた…怒りでも恐怖でも無く、無論歓喜でも無く…もしかするとその全てであったのかも知れないがとにかくわるどの身体は闘いを前に溢れ出る感情に打ち震えていた… 伝令の報告は__曰く、空を飛ぶ赤いゴーレムの進撃を受けている。 曰く、物理攻撃は一切通用せず、さりとて魔法を放てども魔法は何故か何かに吸い込まれるように掻き消されてしまいその勢いは留まる事を知らないと。 曰く、ゴーレムの背では剣を背負い、一対の金環を手にした少女があり得ぬ魔法を行使して艦を落としていると… ワルドは己の心の赴くままに足を運び始める。その先はレキシントンの甲板後部、火龍や風龍を係留しているエリアである。 報告と予想だにしていなかった緊急自体に狼狽えるクロムウェルが何か訴えるように声をかけてくるがもはやワルドの耳には夜耳元で飛ぶ蚊の羽音並みに鬱陶しいだけであった。 臣下の礼はとっているもののワルドはクロムウェルを皇帝の器と認めてはいなかった… 「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!風龍で出るぞ!!」 勇ましく出陣の名乗りを上げてワルドは風龍の手綱を引いた。ハルケギニア最速の飛行生物はその翼を広げて真っ直ぐ情報へと飛翔する… 「フハハハハハッ待っていろ…ガンダールブッ!!!」 アルビオンで切断された右腕…本来痛みなど最早感じぬ義手となった筈の右腕に走る確かな痛みに口元を歪ませてワルドは笑いながら戦場へと飛翔した。 水蒸気の塊である雲の中、ミントは濡れた髪が頬に張り付いてくる事を煩わしく感じながらもアルビオン艦隊の中央を唯々強引に圧し進む!! 「見つけた、あれが本命ね!?」 幾つかの軍艦を墜として雲を抜けたミントはようやくレキシントン号のその巨大な姿をはっきりと視界に捉えた。 しかしミントとて流石にずらりと並ぶ砲門からの斉射は怖いのでレキシントンよりも高い高度を維持する。もっとも恐れるべきは振動故のヘクサゴンからの落下なのだから。 「見つけたぞ、ガンダールブ!!!」 と、レキシントンを見下ろす形を取っていたミントの更に上空から何者かの怒声と共に凄まじい速度で風龍がミントの視界を横切った。 「あんたは…ワルドッ!?」 一瞬とは言えミントははっきりとそれが誰で在るかを確認していた。自然と表情は不機嫌な物になる、生きているとは思っていたが出来れば二度と出会いたくは無かった男だからだ。 「嬉しいぞガンダールブ、再び相まみえる事が出来るとは!!」 「しつこいわよ!!」 ワルドが放ったエアカッターをミントはデルフで吸収するとヘクサゴンのソーサルドライブを全開にしてワルドの駆る風龍を追う…現状、ミントの魔法の射程範囲には若干遠いし追尾性の高い魔法でも風龍相手では分が悪い… しかしハルケギニア最速は伊達では無い…ヘクサゴンではスピードにおいて風龍との間に埋まりそうに無い差が存在していた。 そしてさらにミントにとって喜ばしくない事態が迫る。 「ワルド殿!!助太刀します!」 ワルドの後を追って出て来たのであろう如何にも練度の高そうなメイジがそれぞれ飛龍に乗って四人ワルドの援護に現れたのだ… ミントはこの厄介な状況に内心歯がみした… しかしここでミントの予想だにしない事態が続けて起きる事となった… 「邪魔を…するなっ!!!」 ワルドは自分に追従する編隊を組む為に近づいてきた部下に当たる筈のメイジ達をあろう事か、一瞬の内に発生させた偏在達でそれぞれ首を撥ね、心臓を貫き、その飛龍達を強奪したのだった。 まさか味方に攻撃されるなどとは思っていなかったメイジ達は「何故?」等という言葉を残す間もなく眼下に広がる緑の大地へと落下していく。 「あんた相変わらずね…」 ワルドの外道な行いに憤りを隠せずミントは避けられる事を承知で魔法を放つ。 「フン、どうせ奴らはクロムウェルの虚無で人形として蘇る!!死ぬ事で私の役に立てるのだ…哀れに思うなら素直に首を差し出せガンダールブ!!」 「ふざけた事いってんじゃないわよっ!!」 魔法による五方向からの同時攻撃、ヘクサゴンのボディがワルドのエアハンマーとウインドブレイクで大きく揺れる… ミントも自身に襲いかかるエアカッターをデルフで凌ぐがここまで統率が取れた連携を相手にするのは骨が折れるであろう事は容易く察する事が出来た。 「ガンダールブ、貴様がフライを使えぬ事を私は知っているぞ!!そんな貴様が空で私に勝てる通りは無い!このまま奴らのように地面に叩き付けてくれる!!」 「くそっ…一対一で戦いなさいよ!!この卑怯者!!」 四方向からの同時攻撃を何とか凌ぐミント…だが 「相棒、上だ!!」 ミントの認識の外からの攻撃にデルフの注意が響く。 「とったぞっ!!!」 詠唱しながら飛龍の背から飛び降り、自由落下を駆使した偏在ワルドの上空からの特攻… ミントは咄嗟にデルフリンガーを振るったがワルドが唱えていた魔法は『エアニードル』唯一デルフの魔法吸収を凌ぐ魔法… 刹那の交差… ワルドの偏在は霞に消えた… そして… 「げげっ!」 「あ~れ~~~。」 一度高く舞い上がった後で空を切り裂くように真っ逆さまに落下していくデルフリンガーの間抜けな声が戦場に響いた。 「ここまでだなガンダールブ。」「切り札を失った貴様はもう終わりだ。」「まずは腕を切り落とす。次は足だ。」「散々なぶった後で一思いに地面に叩き付けてやろう。」 四人となったものの勝利を確信したワルドが口々にそんな下卑た言葉をミントに向けてイヤらしく笑う。その姿はもはや貴族では無く唯の外道だ。 「何言ってんの…切り札?デルフが?」 「何?」 とさっきまで少なくともワルドから見ても狼狽えたような調子だったミントが再び冷静な様子を取り戻す…否、それは闘いの中でする賭けに対し腹を括った様に見て取れた。 ミントは素早くデュアルハーロウを構えるとそのままいつでも魔法が放てる体勢に移行する。 「ライトニングクラウド…討ってきなさい。あたしの魔法とあんたの魔法どっちが早いか勝負しようじゃない…」 「…良かろう、この『閃光』に早さで挑むか…おもしろいではないか。」 ワルドは知らず感じた圧力と精神の高ぶりにに思わず唾を飲み込むと、本体含め全員でライトニングクラウドの詠唱を行う。幸いと言うべきかミントの真正面のワルドは偏在なのだ… 次の瞬間、トリステインの上空には轟音と共に以降、『裁きの雷』と評され伝説とされる小さな紫電を伴った『眩き閃光』が走った。 前ページ次ページデュープリズムゼロ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1890.html
第三十一話 『湖畔ダイバー』 ロンディニウムの城の一角にある鍛錬のための場所。そこに一人の男がいた。剣に酷似した杖を構えている。 ヒュッ、という風を切る音とともに鋭い突きが放たれる。最初は一突き一突き丁寧に、そして今は――― 「シッ!」 目にも留まらぬ高速の剣技となっている。しかし丁寧さが損なわれるわけではなく、より正確に、それでも流れるように、だ。その様はまるで――― 「まるで『閃光』だな子爵」 その声にワルドは手を止めて正面を向く。鍛錬のために裸になった上半身に汗が浮いている。 「これは閣下、お見苦しい恰好で申し訳ございません」 「いや、気にする必要などないよ子爵。君がそうして鍛練を積み力をつけることは、ひいては余の力となるのだからな」 相変わらずの笑いを浮かべるクロムウェルの傍らにはシェフィールドが控えていた。貴族として染みついた思考で、さすがに女性の前で裸は失礼かと思い、地面に置いたタオルを拾って体をさっと拭き服を身につけていく。当然、銀のロケットも。 「しかし、閣下には申し開きのしようもありませぬ。閣下より賜った竜騎士隊、それらを全て失うだけではなく先発隊までも守りきれず失う羽目になってしまったのは、ひとえにこのわたくしの力のなさであります・・・」 膝を突き深々と頭を垂れるワルドにクロムウェルは責めるでもなく言う。 「なに、君の失敗が原因ではないだろう」 頭を垂れているワルドは判断に困っていた。アルビオンの力の象徴でもある『レキシントン』号を筆頭とした強大な艦隊。圧倒的な数的有利。だが結果は大敗。 『勝利はこれ疑いなし』というクロムウェルの言葉通り、自軍でこの結末を予期できた者はだれもいないだろう。現に今アルビオン軍の中には動揺が縦横無尽に駆けめぐっているのだ。 だが、クロムウェルには動揺が一切見られない。本当の大物なのか、ただ単に現状が理解できぬド低脳なのか・・・・・・ その時、首から垂れ下がるロケットがワルドの目に入った。 そうだ。たとえ目の前の男が始祖だろうが神だろうが自分には関係ない。泥船だろうと構わない。途中で沈むのなら沈め。ならば俺は泳いでいくまでだ。 歴代の英雄達は皆こう言っている。『信奉すべきは神でも金でもない。最後にお前を救うのはお前の剛力唯一つ』だと。あくまで貴様は道先案内人だ、『閣下』。不案内だとわかればその瞬間に貴様の役目は終わるのだ。 『ガンダールヴ』を翻弄した事実が、ワルドの体に自信を漲らせている。ロケットの表面をなぞると、その冷たい感触が興奮する自らをなだめているように感じた。 「そう、失敗の原因は他にあるのだよ」 クロムウェルが片手を上げると、傍らのシェフィールドが報告書らしき巻物を要約して読み上げた。 「なにやら空にあらわれた光の球が膨れ上がり、我が艦隊を吹き飛ばしたとか」 「つまり、敵に未知の魔法を使われたのだ。これは計算違いだ。誰の責任でもない。しいてあげるなら・・・・・・、敵の戦力分析を怠った我ら指導部の問題だ。一兵士のきみたちの責任を問うつもりはない。是非とも鍛錬に励んでくれたまえ、子爵」 クロムウェルはワルドに手を差し出した。ワルドはそこに口をつける。 「閣下の慈悲のお心に感謝します」 上辺を取り繕いながらワルドは桃色の髪を思い出していた。思えば、あの飛行機械にはルイズも乗っていた。ならばあの魔法は、あの光は恐らく『虚無』だ。仔細は解らないがまず間違いないだろう。 そして、その使用者がルイズだとすればどうだろうか。ワルドの見込んだとおり、ルイズは素晴らしい才能を秘めていたのだ。 しかし、それではクロムウェルの『虚無』とはあまりにかけ離れすぎている。生命を操ったクロムウェルに対して、ルイズは謎の光だ。どちらも、個人が操るにはいささか強大すぎるとも思えるが・・・・・・ 「あの光に関して、余は一つの可能性を考えておる。恐らくは『虚無』ではないかというな・・・。あまり考えたくない事実だが、あれほどの魔力、スクウェアクラスでさえ持ち合わせているかどうか」 最後の部分は自分への皮肉かとワルドは眉をひそめた。 「もっとも、余とて『虚無』の全てを理解しているとは言い切れぬ。『虚無』には謎が多すぎるのだ」 シェフィールドがあとを引き取る。 「長い、歴史の闇の彼方に包まれておりますゆえ」 「歴史。そう、余は歴史に深い興味を抱いておる。たまに書を紐解くのだ。始祖の盾、と呼ばれた聖者エイジスの伝記の一章に、次のような言葉がある。数少ない『虚無』に冠する記述だ」 クロムウェルは詩を吟ずるような口調で、もったいぶって次の言葉を口にした。 「"始祖は太陽を作り出し、あまねく地を照らした"」 『ガンダールヴ』や『虚無』についてならば、ワルドとて歴史を調べているのだ。よっぽど知っていると言ってやろうかと思ったが、何とか抑えて相づちを打った。 「・・・なるほど、あの光は小型の太陽ともいえなくもない」 「謎が謎のままでは、気分が悪い。目覚めも悪い。そうだな、子爵」 「おっしゃるとおりです」 「トリステイン軍は、アンリエッタが率いていたと言うではないか。ただの世間知らずのママッ子かと思っていたが、どうしてどうして、やるではないか。あの姫君は『始祖の祈祷書』を用い王室に眠る秘密をかぎ当てたのかもしれぬ」 「王家に眠りし秘密とは?」 「アルビオン王家、トリステイン王家、そしてガリア王家・・・・・・、もとは一本の矢だ。そして、それぞれに始祖の秘密は分けられた。そうだな?ミス・シェフィールド」 「閣下のおっしゃるとおりですわ。アルビオン王家の秘宝は『風のルビー』ともう一つ・・・・・・。しかしいずこに消えたのか、風のルビーは見つからず、もう一つは未だ調査が済んでおりません」 ワルドは地味な感じのするその女性を見つめた。深いローブで顔を隠しているために表情が窺えない。働きぶりを見ればクロムウェルの秘書にも見えるが・・・、どうしてなかなか、ただの秘書ではなさそうだった。 強い魔力は感じない。しかし、クロムウェルにここまで重用されるからには何か特殊な能力があるのだろう。 「いまやアンリエッタは『聖女』、ウェールズは『勇者』として崇められ、アンリエッタに至っては女王に即位するとか」 「敵の士気は昂揚し、外の敵に対してはどこまでも強気で攻められるでしょう」 なんとも含みのある言い方だ。ワルドはシェフィールドに注意を向けるようにした。 「真に失礼ながら、今の我が軍にトリステインを再び攻める力はありません。力を蓄えなければなりませんが、かといってその間攻め手を緩めては敵もまた身を休めてしまうでしょう。ですから、今度はトリステインの中から攻めるのです」 「理想的ではありますな。しかしながら、当てはあるので?」 「以前よりトリステインの中枢に位置する人物とコンタクトをとり続けておりますわ。すでに彼者は我らの同士」 「手の早いことだ。それで、そのものに何をさせるつもりだ」 「新型の銃と、流れのヒットマンを紹介して差し上げましたわ。そのヒットマンは世を儚んでおり、命を惜しまない人物でしたので・・・」 それは恐らく凱旋パレードでの暗殺未遂事件のことだろう。ワルドにも情報は入ってきていたが、この女が一枚噛んでいるとは思わなかった。 「しかしながらミス。その者を使った作戦はすでに失敗に終わっていると聞き及んでいるが?」 「それはあくまで敵の目を中に向けさせるためのものですわ、子爵。自分の体の中に病気があると知れば、人は不安になりますでしょう?本命ならばかねてよりトリステインに忍ばせておりますわ。そう、この『白の国』アルビオンを破滅へと導いた悪魔―――」 そこで、シェフィールドの口元が妖しく歪んで見えた。 「『白の粉』がトリステインを覆い尽くすでしょう・・・」 「うむうむ!そう言うわけだ子爵。トリステインは病魔に冒された患者も同然。我々は力を蓄え、その間トリステインには存分に弱って貰おうではないか」 はっはっは、と笑いながらクロムウェルたちは城に消えていった。しかしワルドは鍛錬を再会する気にはなれなかった。先ほどのシェフィールドの妖しげな笑みが脳裏にこびりついて離れないのだ。 あの笑みはただ妖艶なだけではない。あれは裏切り者の笑みだ。そう、自分と同じ。クロムウェル以外に信じ崇拝しているものがある奴の笑みだ。 「クッ・・・面白くなってきたな」 思わず口元が歪んだ。だが奴が誰であろうと、何に仕えていようと関係ない。自分と母の邪魔さえしなければ興味の欠片も沸きはしない。 「しかし、クロムウェルも暢気なものだな、どうも。トリステインは体内に病気を持った患者と言っていたが・・・・・・貴様の腹の中には爆弾が二つはあるというのに・・・」 杖を振るうと旋風が起き、地面に置かれた帽子が巻き上がった。それを掴んで頭に乗せる。 「死が友人だというのならば、この俺が一生遊んで暮らせるようにしてやろう。クロムウェルも、『ガンダールヴ』もな」 「っくしょい!」 「なんだ、風邪かいウェザー?」 「なに!なら私が暖めて・・・」 「いや、大丈夫ですから結構です」 ウェザーはアニエスの申し出をキッパリと断った。そもそも本当に風邪ではないのだ。大方、誰ぞが噂でもしているのだろう。 「だが、四十度の熱出してても見にくる価値があるぜ。この光景はよォ」 今一同が立っている丘から見下ろすラグドリアン湖は青く眩しく、陽光を受けて湖面がガラスの粉を塗したように瞬いているのだ。波打ち際まで下りてみると、水中が透き通って見える。話では、夜中でも月光に照らされて水中が透けて見えるとか。 「ヘンね」 その湖面を見つめながらモンモランシーが小首を傾げた。 「うした?」 「水位が上がってるわ。昔、ラグドリアン湖の岸辺は、ずっと向こうだったはずよ」 「ホントか?」 「ええ。ほら見て。あそこに屋根が出てる。村が飲まれてしまったみたいね」 モンモランシーの指差す先に、藁葺きの屋根が見えた。一同はそこで、澄んだ水面の下に黒々と家が沈んでいることに気付いた。モンモランシーは波打ち際に腰を下ろすと、水に指をかざして目を瞑った。 そしてしばらくの後に立ち上がると、困ったような顔をした。 「水の精霊はどうやら怒っているようね」 「それでわかるのか?」 「舐めないでよね。わたしは『水』の使い手、香水のモンモランシーよ。このラグドリアン湖に住む水の精霊とトリステイン王家は旧い盟約で結ばれているの。その際の交渉役を、『水』のモンモランシ家は何代もつとめてきたわ」 今は色々あって他の貴族が務めているけどね、と付け加えた。 「その水の精霊に会ったことはあるのか?」 「小さい頃に一度だけ。領地の干拓を行うときに水の精霊の協力を仰いだのよ。大きなガラスの容器を用意して、その中にはいってもらって領地まで来てもらったわ。 水の精霊はプライドが高いから、機嫌を損ねたら大変なのよ。実際機嫌を損ねて、実家の干拓は失敗したわ。父上ってば、水の精霊に向かって『歩くな。床が濡れる』なんて言ったもんだから・・・・・・」 「水の精霊ね・・・どんな形なんだ?」 精霊というと、どうしても『あのピノキオ』を思い出してしまうために何だかいい印象が持てないウェザーだった。 「そう言えばわたしも話しに聞いただけで知らないわね」 「ぼくもだ」 「私も」 ルイズたちも気になるようだった。『水』のイメージとして綺麗な感じはするが、どうなのだろうか、と。 「ものすごーく、綺麗だったわ。そう、美しい!スゴイ美しいのッ!百万倍も美しい・・・・・・」 恍惚とするモンモランシー。その時、木陰から老農夫が一人、一行の元へとやってきた。 「もし、旦那様。貴族の旦那様」 「どうしたの?」 モンモランシーが尋ねると、農夫は拝むように手を組んだ。 「旦那様がたは、水の精霊との交渉に参られた方々で?でしたら助かった!はやいとこ、この水を何とかして欲しいもんで」 一行は顔を見合わせた。どうやらこの農夫は湖に沈んでしまった村の住人らしい。 「わたしたちは、ただ、その・・・・・・湖を見に来ただけよ」 まさか水の精霊の涙を取りに来た、ということもできず、モンモランシーは当たり障りのないセリフを口にした。 「さようですか・・・・・・。まったく、領主様も女王様も、今はアルビオンとの戦争にかかりっきりで、こんな辺境の村など相手にもしてくれませんわい。畑を取られたわしらが、どんなに苦しいのか想像もつかんのでしょうな・・・・・・」 はぁ、と農夫は深いため息を漏らした。 「いったいラグドリアン湖になにがあったの?」 「増水が始まったのは、二年ほど前でさ。ゆっくりと水は増え、まずは船着き場が沈み、寺院が沈み、畑が沈み・・・・・・。ごらんなせぇ。今ではわしの屋敷まで沈んじまった。 この辺りの領主様はご領地の経営などより、宮廷でのお付き合いに夢中でわしらの頼みなど聞かずじまい」 よよよ、と農夫は泣き崩れた。 「長年住み慣れた土地が無くなっちまったのもありますが、このままじゃわしら村民は全滅してしまいます・・・・・・」 かすれそうな声で絞り出した農夫に、アニエスが進み出て助け起こした。 「ご老人、私は見ての通り騎士だ。この村の現状を女王陛下にお伝えしてみよう」 アニエスの言葉に老人はハッと目を見開き、再び泣き崩れてしまった。 「ありがとうごぜぇます・・・ありがとうごぜぇます・・・」 その様子を見ていた一行は、感心したように眺めていた。 「ふうん・・・惚れ薬を飲んでいても、困った人は捨て置けないって騎士道精神は忘れないのか?」 「え?う~ん、どうかしら・・・基本は惚れてしまった者を第一優先に行動するハズなんだけど・・・」 ウェザーに話を振られたモンモランシーは考え込むように腕を組んだ。 「鋼の精神力ってやつじゃないかな」 「ギーシュあなたってそういうの好きそうだものね」 ルイズのからかいにギーシュは頭をかいた。 農夫が愚痴を言いたいだけ言って去ったあと、モンモランシーは腰に下げた袋からなにかを取り出した。それは一匹の小さなカエルであった。鮮やかな黄色に、黒い斑点がいくつも散っている。 カエルはモンモランシーの手のひらの上にちょこんとのっかって、忠実な下僕のようにまっすぐにモンモランシーを見つめた。 「カエルッ!」 カエル嫌いなルイズが悲鳴をあげてウェザーの背に隠れた。しがみつきながら毛を逆立てて威嚇する様はまるで猫である。 「自己主張の激しいカエルだな・・・・・・ド派手で毒々しい。ヤドクガエルか?」 「毒々しいなんて言わないで!わたしの大事な使い魔なんだから!」 どうやらその小さなカエルがモンモランシーの使い魔らしい。モンモランシーは指を立てて使い魔に命令した。 「いいことロビン?あなたたちの古いお友達と、連絡が取りたいの」 モンモランシーはポケットから針を取り出すと、それで指の先をついた。赤い血の玉が膨れ上がる。その血をカエルに一滴垂らした。 それからすぐに、モンモランシーは魔法を唱え、指先の治療をする。ぺろっと舐めると、再びカエルに顔を近づける。 「これで相手はわたしのことがわかるわ。もっとも、覚えていればの話しだけれど。じゃあお願いね、ロビン。水の精霊に盟約の持ち主の一人が話をしに来たと伝えてちょうだい」 ロビンはそれに頷くと、ぴょんと跳ねて水中に消えていった。 「さ、あとは待つだけよ」 「そんなもんなのか。じゃ、さっきの百万倍も美しい水の精霊についての続きを聞かせてくれよ」 「そうねえ・・・まず、水の精霊は人間なんかより遙かに長く生きている存在なのよ。始祖ブリミルが光臨した六千年前よりも昔から、ね。 その体に既存の形は無いわ・・・自在に姿形を変え・・・・・・そう、まるで水ね。そしてその体は陽光を受けてキラキラと七色に・・・・・・」 そこまでモンモランシーが口にした瞬間、離れた水面が光り出した。 「おでましね。百聞は一見に如かず。見た方が早いわ」 岸辺より三十メイルほど離れた湖面の下が眩く光り、まるでそれ自体が意思を持っているかのように水面が蠢いた。それから餅が膨らむようにして、水面が盛り上がり、まるで見えない手にこねられているようにして、盛り上がった水が様々に形を変える。 湖からロビンが這い上がり、跳ねながら主人のもとに帰ってきた。そのロビンの頭を撫でたモンモランシーは、水の精霊に向けて両手を広げ、口を開いた。 「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。カエルにつけた血に覚えはおありかしら。覚えていたらわたしたちにわかるやりかたと言葉で返事をして頂戴」 すると、ぐもぐもと蠢いていた水の精霊が、モンモランシーそっくりの形をつくり、微笑んだのだ。ただ、そのサイズは一回りほど大きいのだが。 なるほど、確かに美しい。宝石が塊となって動いて見えるのだ。 しばし様々な表情を作り出していた水の精霊だったが、それから無表情になりモンモランシーの問いに答えた。 「覚えている。単なる者よ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」 「そう、よかった。水の精霊よ、お願いがあるの。厚かましいとは思うけど、あなたの一部をわけて欲しいの」 一部という単語に一同は怪訝な顔をして見せたが、モンモランシーはそれらを無視して前を向いたままだ。そして、しばらくしないで水の精霊がにこりと笑みを見せた。 「やった!OKみたいだ!」 しかし、ギーシュの喜びも虚しく、向こうから出てきたセリフは真逆のものであった。 「断る。単なる者よ」 「そりゃあそうよね。残念でしたー。さ、帰ろ」 あっさりとモンモランシーは背を向けたが、すぐに踵を返して水の精霊に向き直った。 「ってな具合にいけたら楽なんだけど、今回ばかりはそうもいかないのよね。わたしが捕まっちゃうってのもあるけど、それ以上にわたしのせいで他人様に迷惑かけてるかと思うと、寝覚めが悪くてしようがないわ!」 少し語調を強めて言ってみるが水の精霊は無反応だ。腰に手を当てて指まで立てているモンモランシーにまったく反応を示さない。 気まずい沈黙の中、ウェザーが口を開いた。 「盟約とか、一部とかよくわからんが・・・・・・タダで貰おうとするのがいけないんじゃないのか?」 「う~~ん・・・・・・ねえ、水の精霊。あなたがあなたの一部をくれると言うのなら、わたしたちもあなたのために何でもするわ」 すると再び水の精霊は蠢き、ふるふると震えたかと思うとピタリと止まり、 「よかろう」 と言った。 「世の理を知らぬ単なる者よ。貴様は何でもすると申したな?」 「ああ、言った」 う、と尻込みするモンモランシーに代わってウェザーが答えた。 「ならば、我に仇なす貴様らの同胞を、退治してみせよ」 一行は顔を見合わせた。 「退治?」 「さよう。我は今、水を増やすことに精一杯で襲撃者の対処にまで手が回らぬ。よって、その者どもの退治ができれば、望み通り我の一部を進呈しよう」 「ああ、やっぱり厄介事だわ・・・・・・」 「豚箱にはいるのとどっちが厄介かなんてことは・・・・・・」 「言われなくてもわかってるわよッ!もう!こうなったらトコトンやってやるわよ!」 こうして、ウェザーたちは水の精霊を襲う連中の退治をする羽目になったのだった。 襲撃者たちは夜になると、魔法を使い水中に侵入し、遙か湖底の奥深くにいる水の精霊を襲うというのだ。一行は水の精霊が示したガリア側の岸辺の木陰に隠れ、作戦を立てていた。 「水中か・・・・・・」 「たぶん風の使い手ね。空気の球をつくって、その中に入って湖底を歩くんじゃないかしら。水の使い手なら水中でも呼吸が出来るけど、水の精霊相手に水を使うなんてのは自殺行為だわ。だから、風ね。空気を操り、水に触れずにやってくるに違いないわ」 「でも、水の精霊って傷つけられるのかしら?水に手を突っ込んでも水は痛がらないと思うんだけど・・・・・・」 ルイズの疑問はもっともだった。規格の違うものを相手にするときは未知だらけなのだ。 「水の精霊は動きが鈍いし・・・・・・それにメイジならただの水と精霊の見分けはつくわ。水の精霊は魔力を帯びてるからね。近づいて、強力な炎で体を炙る。徐々に蒸発して・・・・・・、気体になったらさすがにもとの液体として繋がることは出来なくなっちゃうわ」 「繋がる・・・?」 「水の精霊は、まるでコケのような存在なのよ。千切れても繋がってても、その意思は一つ。個にして全。全にして個。わたしたちとは全く違う存在なのよ」 「ふーん・・・」 「そして相手が水に触れていなければ、水の精霊の攻撃は相手に届かない」 「偉そうな割りには制限の多い奴なんだな」 「まったく・・・・・・。水の精霊の怖さをちっとも知らないのね。いい?少しでも精神の集中が乱れて、空気の球が破れ、一瞬でも水に触れたら心を奪われるのよ。他の生物の生命と精神を操る事なんて、あの水の精霊には呼吸と大差ないわ。 それと、水の精霊にとっては襲撃者とわたしたちの区別なんてついてないと思うから、水に落ちたらお終いね」 「なかなか肝の据わった奴らみたいだな。それじゃあ水に入られる前に勝負をつけるしかないか。こっちはまあ、そこそこの数だが・・・」 「あ、そのことなんだけど」 モンモランシーが挙手した。 「わたしは戦いの方は無理だから、戦力には数えないでね」 その代わり後方で回復の援護ができるわ、とフォローした。 「となると、モンモランシーを抜いた四人か・・・・・・、アニエスお前戦えるか?」 くっつきそうなくらい近い隣でアニエスはずっとウェザーを見ていたのだが、話を振られて視線が合ってもそらすことはなかった。 「ウェザーが必要だと言うのなら、水の精霊とでさえ戦って見せよう」 「バカ、そいつを守るのが俺達の役目だぞ」 ウェザーは手頃な枝と石を数個手元に集める。それから空を見て、湖を見た。と、ギーシュが少し不安そうに尋ねてきた。 「大丈夫かな、ウェザー。もし敵が大人数だとしたら・・・・・・」 「心配するな。当方に迎撃の用意ありってな」 そう言って枝で地面に円を描いた。どうやら湖のようらしい。 「これから言う作戦はお前の魔法が火蓋を切るんだ。最初でこけたら全部こける・・・・・・いけるな?」 「・・・・・・ああ」 ギーシュは目に力を込めて返した。それに満足そうに頷いて、ウェザーは描いた湖の周りに石を置き始めた。 「まずはギーシュが・・・・・・」 作戦会議も終え、あとは見張りを交代で行いながら夜を待つのみとなった。時刻はまもなく夕方に入る頃だろう。 現在の見張りはアニエス。一緒にいてくれとぐずられたが、作戦のために休養は必要だと言うと、職業柄理屈に納得できてしまったのか名残惜しそうに離れていった。 見張りの順番を上手いこといじり、少しの間とはいえ自由を手に入れたウェザーはしばし近くをぶらついたあと、湖畔の林の木に背を預けて座るルイズを見つけて歩み寄った。 「はあああああ~~~~、ため息出るなあ。こういう湖って・・・・・・。ほっとする・・・美しい・・・こーゆー湖のある湖畔に家を持って日向ぼっこしながら子供時代のこと思い出してノスタルジイにひたりてえなあ~~~」 「・・・・・・ぷっ、なーにジジ臭いこと言ってんのよ」 何やら近寄りがたい雰囲気を出して祈祷書を開いていたルイズだったが、ウェザーのセリフに思わず吹きだしてしまった。木にもたれてウェザーはルイズにリンゴを差し出した。 「そろそろ腹がへる頃だと思ってな、みんなの分も買ってきたんだ」 「へえ、気が利くわね」 ルイズが受け取るのを見ると、ウェザーはもう片方に持った真っ赤なリンゴに豪快にかじりついた。それを見てルイズもマネしてかじりつくが、ルイズの小さな口ではかみ切れずに歯形だけが残ってしまう。 「ガハハハ、へたっぴだなあ。無理せずにチビチビ食えばいいじゃねえか」 「う、うるさいわねえ、言われなくたってそうするわよ!」 頬を赤く染めて浅くかじりつくルイズ。その様子を笑ってみていたウェザーだったが、軽い調子でルイズに尋ねた。 「なんか今日は元気がないが・・・・・・どうかしたのか?」 その言葉に、ルイズは口に運んでいたリンゴを下ろした。手元のそれをしばらく眺めていたが、ゆっくり訥々と話し始めた。 「実はね、『虚無』のことなんだけど・・・・・・がっかりさせたくなくて、姫さまにも言えなかったことなんだけどね・・・・・・」 本当はウェザーとアニエスのことが気になりすぎてだなんて口が裂けても言えないルイズだが、しかしそのもったいぶった言い方にウェザーは先を促す。 「なんだよ。言やいいじゃねーか」 「実は・・・・・・・・・『虚無』の魔法、『エクスプロージョン』があれ以来唱えられなくなっちゃったのよ・・・」 驚愕の事実にウェザーは目を見開いた。 「それはもう『虚無』が使えないってことか・・・・・・?」 「そういうわけじゃないみたい。唱えられないって言うのは、最後までって事なの。練習していたときも、何度唱えようとしても途中で気絶しちゃうのよ。一応爆発はするんだけど」 「気絶?どういうことだ」 「たぶん・・・精神力が足りないんだと思うの」 「精神力ゥ?」 「そ。魔法は精神力を消費して唱えていることは知ってるわよね?」 ウェザーは頷いた。それは初期の授業で聞いていることだった。そして精神力を使い、どれだけの系統を足せるかでクラスが決まるということも。 「で、精神力が最後まで持たずに切れちゃったのに無理して唱えようとすると気絶しちゃうわけ。伝説の『虚無』の系統だもの。強力すぎてわたしの精神力が足りないんだわ」 「でも、この前は唱えられた」 「そこなのよね・・・・・・どうしてかしら・・・・・・」 ドットがスクウェアクラスの呪文を唱えられないように、精神力の絶対量に上限がある以上はルイズも『虚無』の詠唱が不可能なはずなのだ。だが、事実ルイズは一度唱えている。 「精神力は寝れば回復するから、睡眠もちゃんととってるんだけどなぁ・・・・・・」 「そうだな・・・例えば、お前が実はもの凄い精神力の持ち主だったとかはどうだ?今まで魔法が成功することのなかったお前の精神力は、家から出られない犬のフラストレーションのように溜まり膨らみ、しかしそれを全てあの一回で使ってしまった・・・とか」 確かにこれなら一晩寝れば元に戻るはずの精神力の回復の遅さの説明にはなる。他のメイジの精神力がエリー湖くらいだとするならば、ルイズの精神力プールはカスピ海並なのかも知れない。だとすれば、そこに再び水を満たすことはかなりの時間を要するというものだった。 「そうね・・・そうかもしれないわ・・・・・・」 「だとすれば、次最後まで唱えられるのはいつくらいかね・・・・・・」 「一月かかるか・・・・・・一年かかるか・・・・・・」 「十年とかな」 「冗談言わないで!」 「だが、魔法は一応成功してはいるんだろ?その、爆発が」 「そうね。規模は小さいけど、爆発はする。『虚無』は本当に未知のことばかり。呪文詠唱の途中でも効力を発揮する呪文なんて、聞いたことないもの」 さすがは伝説、右も左も解らないとはこのことだろうかとウェザーは湖面を見ながら思った。リンゴをかじる音だけが響いた。 「・・・・・・なんにせよ、今晩にそなえて寝ておくべきだな。お前は後方支援だが、切り札的な位置でもある。少しでも精神力を回復しておけ」 そう言うとルイズの隣に腰を下ろした。 「あんたいいの?アニエスの所にいなくて・・・・・・」 「俺はご主人様の使い魔でありますから、ハイ」 ふざけた調子でそう言ったウェザーは、肩に何かが触れるのを感じてそちらを向いた。ルイズの桃色の髪と、心なしか赤くなっている顔が見える。 「これはあくまで最近その使い魔の仕事もサボりぎみの使い魔に、わたしがわざわざ仕事を作ってあげるだけなんだからね」 「感謝の極みに恐悦至極」 「ちゃ、ちゃんと時間になったら起こしなさいよ!」 「了解」 「へ、変なことしないでよ!」 「しねーよ」 しばらくはもぞもぞと動いていたルイズだったが、そのうちに大人しくなった。ウェザーも作戦でかなり使うであろう力のために仮眠に入った。 二つの月が天の頂点を挟むようにして光っている。一日の内でもっとも闇が深くなる時刻がやってきたのだ。 そんな時刻にこのラグドリアン湖の岸辺に人影が現れた。人数は二人、大と小と区別はしやすいが、漆黒のローブを纏っているために素顔はおろか性別もわからない。 その二人組は水辺に立つと杖を掲げた。呪文を唱える小さな声が歌うように湖に染み渡りだしたのと同時に二人組の足下の土が隆起し、大きな手が二人の足を固定した。それに合わせて背後の木陰から影が飛び出してくる。 槍らしき武器を持ったその影は、三十メイルの距離を凄まじい勢いで五秒とかからずに縮めた。 しかし、二人組の反応はさらにすばやかった。迫りくる数瞬の間に、大影が足下の戒めを炎で焼き払い、それが終わるか終わらないかという絶妙のタイミングで小影が横に飛んだ。同時に風の魔法で大影を柔らかく飛ばし、距離を取ったのだ。 その間わずか三秒。結果突撃してきた影は二人の間を通過してそのまま湖に落ちていく。 「うわあああああッ!」 しかしこの叫びはその影のものではなかった。横に跳んだ二人は突っ込んできた影を見ていたためにお互いが向き合う形になっていたのだが、そこへ別の二つの影が剣を振り上げて背後から襲いかかったのだ。 一瞬。一瞬だけローブの二人組は驚いたようだったが、すぐに対処した。大小の影は自分の背後の敵ではなく、相方の背後の敵に照準を合わせたのだ。振り向く時間が無くなる分、行動は迅速になる。 ローブの二人の顔面を避けて進んだ火球と風は、正確に襲いかかる者達に向かった。その二人は何とか攻撃を避けるが、その間にローブの二人は再び合流して詠唱に入りだした。 先の魔法は状況から脱するための威嚇だったが、今度のは本気だ。片方が詠唱をずらしているのはお互いが隙を作らないための作戦だろう。 だが、二人の集中力は再び途切れることとなってしまった。またも何かが足を掴んでいるのだ。だが、今度は土ではない。別の何かだ。 二人組が足元を見ると、どうやら手らしいのだが、それは湖から伸びている。そして、何かを考える暇もなく、二人組は湖の中に飲まれていった。 水飛沫の上がった湖面の波紋も静まった頃、木陰からルイズとモンモランシーが顔を出した。 「作戦は上手くいったのね」 「うん。一応ね」 それに答えたのはギーシュだった。ローブの二人組を背後から襲ったのはギーシュとアニエスである。 「作戦通りウェザーが水中に引きずり込んだよ」 ウェザーの作戦はこうだった。ギーシュの『ワルキューレ:ブリュンヒルデ』の突貫によって敵を分断し、背後から強襲する。それで決着が付くのならばそれでいいが、もしもの保険にとウェザーが水中に身をひそめていたのだ。 しかし夜でも浅い場所なら透けて見えるラグドリアン湖でなぜ接近に気付かれなかったかというと、『全反射』を利用したのだ。 ウェザーの話では、『オゾン層を操作してこの湖畔に降る光の角度と空気の屈折率を変える。『ヘビー・ウェザー』の応用だ。カップに入れたコインが見る角度によっては消えて見えるの知らないか?『全反射』っていうんだよ。 エネルギーはバカみたいに食うから、範囲も狭くて長持ちしないがな』ということなのだが、この中の誰もが曖昧な顔をしたものだ。コルベールがここにいたのならば食いついてきたのだろうが。 実際に月を映し出すだけで湖の様子は窺えない。だが、それも徐々に薄れ、やがて中の様子が少し見え始めた。 「ウェザーだ!」 ギーシュの指差す場所には、雲の潜水服を纏ったウェザーの姿と、向き合うように構えている大小ローブの姿があった。しかしそれもすぐに見えなくなる。暗くてよくは見えなかったが、全反射を解いたのはどうやらそちらに回す余裕がないからのようだ。 「あの咄嗟で風の呪文を唱えていたのか・・・」 「この策は失敗だな。奴らはかなりの手練れだぞ、二対一はキツイ・・・・・・よし!」 やおら湖に飛び込もうとするアニエスをギーシュが慌てて取り押さえた。 「放せ!私が援護に行くッ!」 「だから、生身で入ったら水の精霊に心を奪われるんだってば!」 つまり、ルイズたちはただ指をくわえて見ているしかないのだ。ギャーギャーと暴れるアニエスたちをよそに、ルイズは自分がどうすべきかを考えていた。 (指をくわえてみているだけなんてイヤ!ここでなにもできなかったら、わたしは・・・わたしは何のためにこの力を持ったのか・・・・・・) ぎりっ、と歯がゆさに拳を握るが、そこで祈祷書を持っていることに気がついた。そして、まるで本が開けと囁いているかのような声が聞こえてきたのだ。誘われるままにページをめくっていくと、『エクスプロージョン』以外のページが読めるようになっているのに気がついた。 だが、そこに書かれた古代ルーン文字を見て力が抜けそうになった。 「・・・・・・ディスペル・マジック?これでどうしろっていうのよ・・・」 「ああ!水面が揺れているッ!」 水中の戦いは熾烈を極めているのかも知れない。考えている暇はない。この魔法が今出たのには何か意味があるのだ。 そう信じてルイズは詠唱を始めた。 水中に潜ったウェザーは舌を巻いていた。引きずり込んだはいいが、まさかあの咄嗟に魔法で水の精霊の干渉を防ぐとは思わなかった。 水面を通ってきた揺らめく月光をバックに、体勢を立て直した二人は潜水服を着たウェザーを見ると、何かを話し、杖を構えた。ウェザーも身構える。 先に動いたのは大きい方だった。一直線に湖底目指して潜り出す。どうやら水の精霊を先に攻撃しようとしているらしい。そうはさせじとウェザーも潜る。 潜水服は取り込んでおいた空気を排出することで加速して進めるが、ウェザーが吸う分の空気の残量もあるので無駄遣いは出来ない。 すぐに追いつくかと思われたが、回り込むウェザーの目の前を水を切って進む風が通りすぎた。視線を向けると、小さい方が杖をウェザーに向けているのだ。先にこちらを片づけないといけないらしい。 「かかってこいってか?」 ウェザーが接近を試みると、それを阻止するように風を飛ばしてくる。それをスタンドで弾きながら進む。あと少しで射程距離だが、何か違和感を感じる。 あれほどの反応を見せていた手練れが、なぜか大人しすぎる。水中だからといえばそれまでだが、その部分が小骨のように引っかかりだしたのだ。 (何かがあるッ!) その瞬間、後から気配を感じ慌てて振り向くと、湖底に向かったと思っていた大きい方がいつの間にか背後に戻ってきていたのだ。恐らくはこれが狙いだったのだろう。すでに向こうの射程距離だったのだろう、杖の先から炎球が放たれた。 ウェザーは咄嗟に潜水服の空気を排出してそれをギリギリでかわす。水中だからだろうか、炎球はすぐに萎んで消えてしまったが、ウェザーは挟まれる形になってしまった。しかも今回は少しでも傷を負えば、水の精霊の餌食になってしまうという条件付きなのだった。 だが、それ以上にウェザーを焦らせているのは空気残量がなくなりつつあることだった。敵もここが正念場と腹をくくったのか強力な魔法を唱え始めた。 (く・・・これしかない!) 二つの杖の先から強烈な風と巨大な炎球が放たれるのと同時に、ウェザーは残りの空気を使い体を上方に持っていく。そして自分がいた場所に向けて風圧の拳を放った。 三つの力はその地点でぶつかり、圧縮し合う。そして逃げ場を求めて力が一気に外に向けて炸裂したのだ。もの凄い力で押し上げられたウェザーとローブの二人は巨大な水柱とともに空中に投げ出された。 最初にルイズの異変に気付いたのはギーシュだった。謳うような声が耳に入り、振り向けばルイズが詩を諳んじているのだ。いや、詩ではない。これは・・・詠唱? 続いて気がついたモンモランシーが声をかけようとしたが、それをギーシュが制した。 「彼女には・・・今のルイズには何も届きはしないよ」 魔法を扱うものであれば一目見ただけでこのルイズの凄まじい集中力に驚くことだろう。 いったい彼女は何をしようとしているのか。かすかな期待が胸の内に生まれ始めたとき、背後で轟音がした。 「何が起きたんだ!」 「上だ!ウェザーたちが出てきたんだ!」 事態を見まもっていたアニエスが空を指差すと、確かにウェザーとローブの二人が見えた。しかもウェザーの雲の潜水服は背中が大きく裂けてしまっている。あれで落ちたのでは間違いなく水の精霊の餌食だ。 そして待ってましたとばかりに水の精霊が水面に現れる。もごもごと蠢くと、次の瞬間には湖が波打ち、何かの形を作り出したらしい。 横からでは見えないが、真上――ウェザーたちから見ると、湖が悪魔の顔のようになり、口を開いて落ちてくるのを待っている、とでも言ったところだろうか。 さらに悪いことに、ここで二対一の差が出た。大きい方が小さい方にレビテーションをかけたのだ。体制を立て直し、ウェザーの方を向かせると、小さい方が杖から魔法を放つ。 スタンドでガードしても下に押されてしまい水の精霊に捕まることは必至。ギーシュたちも魔法での援護をしたいがいささか遠すぎる。 誰もが最悪を想像したとき、眩い光が辺りを包んだ。 「ウェザァァ――――ッ!」 飛びそうな意識の中、敵の杖が自分に向くのをウェザーは人ごとのように感じていた。意識を繋ぐのに必至で体が動かない。 「くっそ・・・」 搾るような声が漏れたが、それだけだった。しかし、魔法をスタンドで防ごうとしたその瞬間に辺りが眩い光に包まれた。 「ウェザァァ――――ッ!」 ルイズの声がする。光に包まれると、不思議と心が落ち着いた。あの時と同じだ。タルブと、同じだ。 光は敵を包み込むと、放った風をかき消し、レビテーションまで無効化させてしまったらしい。真っ逆様に湖に落ちていった。しかしそれはウェザーも同じだった。どうする間もなく着水する。 「プハッ!」 すぐさま顔を出すが、水の精霊の攻撃らしきものは感じない。顔も消えてしまっている。ルイズの放った光に目でも眩んだのかと思っていると、二人組も湖から空気を求めて顔を出してきたのだ。攻撃しようかと腕を振り上げたが―― 「まってウェザー!あたしたちよ!キュルケとタバサ!」 ローブの下から現れたのは学校を休んで出かけていたハズの二人だった。 「お、お前ら何やって・・・・・・」 「それはあとよダーリン!下から水の精霊が来てるわ!」 ウェザーには見えないが、メイジであるキュルケたちには今まさに迫る水の精霊が見えるのだろう。だが、再び風を纏う精神力はなく、岸まで泳ぐには距離がある。 絶体絶命には変わりはなかった。だが二人は慌てず、タバサが指笛を吹く。そして間をおかずに羽ばたきの音が。 「きゅいきゅい!」 どこからやってきたのか、シルフィードが最大速力で湖面を駆け、すれ違いざまに三人は首や翼にしがみついた。手の形を作り出し捕まえに来た水の精霊は、しかし紙一重で取り逃すこととなった。 モンモランシーの『水』の魔法で治療を受けながら、ウェザーたちはキュルケたちの話を聞いていた。焚き火に焼かれる肉の匂いが鼻をくすぐる。 「しかし、お前らがあそこまで出来るとは・・・正直侮ってたぜ」 「まあね。これでも修羅場はくぐってきたつもりよ。あなた達の作戦も分断とか奇襲とかよかったけれど、連携は心の繋がりだからね。その点あたしとタバサは以心伝心、ハート・トゥー・ハートってやつ?」 「でも、なぜ君たちは水の精霊を襲っていたんだい?」 「何であなた達は水の精霊を守っていたの?」 肉をつつきながら尋ねたギーシュに、キュルケがそっくり返してきた。と、その話しそっちのけでアニエスが焼けた肉をウェザーの口に持っていく。 「さあ焼けたぞ!私が捕ってきた肉だ、存分に味わえ!あ~ん」 「いえ、前回十分堪能させていただきましたので結構です!」 「遠慮することはない。貴様のために捕ってきたのだからな。ほら、あ~ん」 アニエスはついにはウェザーを押し倒して実力行使に出始める。ドタバタと暴れる二人を苦笑いしながら見てギーシュがキュルケに答えた。 「あれをなんとかしにね。『水の精霊の涙』が必要なんだけど、そのための条件が君たちを倒すことだったとは」 「『水の精霊の涙』?じゃあやっぱり惚れ薬のせいだったのね」 惚れ薬の単語にモンモランシーが反応してしまい、当然それを見逃すキュルケでもなかった。 「作ったのあなただったのね。大方ギーシュにでも飲ませるつもりだったんでしょうけど、ギーシュの手綱くらい握れなきゃあ自分に自信がないって言ってるようなものよ」 「うっさいわね!そのギーシュが浮気ばっかりするからいけないんじゃない!あの浮気性はもはや重病よ?悪性腫瘍なのよ!」 「もとを辿ればぼくのせいなのかもしれないけど、それにしたって二人とも酷くない?」 ガックリと肩を落とすギーシュだった。そしてキュルケも困ったように隣のタバサを見つめる。彼女はただじっと、焚き火の炎を見ているだけだ。 「参っちゃったわねー。あなたたちと戦うわけにもいかないし、かといってここで退いちゃうとタバサの立つ瀬がないし・・・・・・」 「タバサが?何かあるのか?」 「え?あ、そ、その、タバサのご実家に頼まれたのよ。ほら、水の精霊のせいで水かさが増して、おかげでタバサの実家の領地が被害に遭ってるらしいの。それであたしたちが退治を頼まれたってわけ」 となれば手ぶらで帰すわけにも行かない。しばし考え込んでから、ウェザーは結論を出した。 「ようは水が引いて土地が戻ればいいんだろ?だったら交渉して決着つけりゃあいい。幸いこっちにゃ『水』の使い手がいるんだからな」 視線が一気に自分に集まったモンモランシーは「え?あ、あたし?」と狼狽えていたが、ウェザーに促されて水際に立ち、水の精霊の呼び出しを開始した。しばらくしないで水の精霊がモンモランシーの姿で現れる。 「・・・・・・・・・・・・お前たちか。不思議な光のせいで襲撃者を逃したようだが、何用だ?」 思い出すのにタイムラグがかなりあった辺り、ウェザーごと飲み込もうとしたのは覚えていないのだろう。さすがは悠久を生きる存在。 「逃がしてはいないわ。もうあなたを襲うものはいなくなったのよ。約束通り体の一部をちょうだい」 モンモランシーがそう言うと、水の精霊は細かく震え、体から水滴を飛ばした。それをギーシュが持っていたビンで慌てて受けとめる。そして、もう用はないとばかりに沈みだした水の精霊をウェザーが呼び止めた。 「もう一つお願いだ。水かさを増やすのをやめることは出来ないのか?もちろんタダとは言わん。理由があるなら聞くし、力になれるならなる」 そのセリフに水の精霊は様々な仕草を見せたが、やがてしゃべり出した。 「お前たちに任せてよいものか我は悩む。しかし、お前たちは我との約束を守った。ならば信用してもよいと思う」 回りくどい言い方で切り出すと、水の精霊は唄うように語りだした。要約すると、古より守ってきた秘宝が二年くらい前に人間が盗んだ。水かさを増やすのはそれを探すためであって、見つけるまでは底なしに増えるらしい。 「よーするにだ、その秘宝を取り返せばオールオッケーなんだろ。秘宝の名前はなんだ?」 「『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪」 聞いたことがあるわと言ったのはモンモランシーだ。 「『水』系統伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与え、傀儡の如くに扱えるという・・・・・・」 モンモランシーの説明にギーシュ、キュルケ、タバサ、そしてさすがのアニエスも互いに顔を見合わせた。 「そりゃまたけったいなモンをパクッたもんだな。誰が欲しがるんだか・・・・・・」 「恐らくはクロムウェルね・・・聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝よ。間違いないわ・・・タルブ村での戦闘の時、レコン・キスタはアルビオンで死んだウェールズ皇太子の部下たちの死体を操って襲ってきたわ」 ウェザーとルイズが目を見開いた。短い間では合ったが、同じ城の中で過ごした時もあった仲だ。やるせなさと同時に、吐き気を催すようなやり口に怒りが沸いてきた。 「いいだろう。その『アンドバリ』の指輪は必ず取り返してやる。彼らの魂の安らぎのためにもな」 「わかった。ならば約束通り水を増やすのをやめよう。我はお前たちの寿命が尽きるまで待とう。明日も未来も、我には変わらぬ・・・・・・」 水の中に姿を沈めながらそう言い残した。しかし、いざ消えようとしたところでタバサに呼び止められた。タバサが他人を呼び止める事に全員が驚いていた。 「待って水の精霊。あなたはわたしたちの間で『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」 「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違うゆえ、理解ができかねる質問だ。が、おそらくは我の変わらぬ存在に、お前たちは変わらぬ何かを結びつけ祈るのだろう」 タバサは頷き、目を瞑って手を合わせた。いったい誰に何を誓っているのか。キュルケだけがその肩を優しく抱いた。 「それではぼくも」 そう言ってギーシュが胸を張り高らかに宣言した。 「ギーシュ・ド・グラモンはこれから先、如何なる時もモンモランシーを愛し守ることを誓います!」 「ギーシュ・・・・・・ふ、ふん。ちっとも嬉しくなんか無いんだから。あんたの事だから、どうせ三日坊主でしょうからね」 素直でないモンモランシーに一同は苦笑した。その時、アニエスがウェザーの裾を引いた。 「私たちも誓おう」 「・・・できかねるな」 ウェザーの言葉にアニエスは眉をひそめた。もしかしたら泣きそうなのを必至で堪えているのかも知れない。 「なぜだ?やはりこんな筋肉女ではダメなのか?女らしさが足りなかったのか?」 「そうじゃあねーよ。ただ、今のお前じゃ話にならないってことさ。この件に片がついて、それでも誓って欲しいって言うなら考えてやらないでもないがな」 そしてアニエスの頭を優しく撫でた。 「オメーはキレイだよ。そこんところは自信持っていいぜ」 アニエスは俯いてしまったまま動かない。しばらくの沈黙の後にキュルケが切り出した。 「そう言えばダーリン、あたしたち付近で悪事を働いていたスタンド使いを一人捕まえたのよ!」 「何ッ!大丈夫だったのか?」 「ふふーん、あたしとタバサにかかったらちょちょいのちょいよ。ねータバサ」 「それでも全滅間際だった」 「あん!バラしちゃやーよ、せっかくのお手柄なんだから脚色して褒めて貰おうと思ったのに」 タバサが言うからには本当なのだろう。スタンド使い対メイジならば、先制攻撃がとりやすいスタンド使いにアドバンテージがあるものだ。ましてメイジはスタンドに干渉できても視認できない。そのハンデを覆しての勝利となればこれは大殊勲ものだった。 「ふぁあぁあ・・・何か眠くなって来ちゃったよ」 ギーシュのあくびが伝染したのか、急に眠気が全員の瞼にのしかかってきた。 「あたしたちは報告に戻るわ。ダーリンたちはどうするの?」 「せっかく来たんだし、湖畔で野宿も悪くないさ」 翌朝スタンド使いの身柄を引き渡すことにして、キュルケたちはシルフィードに跨り深夜の空に飛び立っていった。 ウェザーたちも持ってきた毛布を纏い、疲れに引きずられるように眠りに落ちていった。対面の木には仲良く頭を預け合って寝ているギーシュとモンモランシーの姿が。ウェザーも木にもたれて寝ようとすると、右にルイズ、左にアニエスが寄りかかってきた。 「ものすっごく寝にくいんだが」 「がまんしなさい」「耐えてくれ」 問答無用で同時にそう言われて、反論する間もなく二人は睡眠に入ってしまった。 「ったく・・・・・・」 ため息を漏らしながらもそれほどイヤな感じがしないのはどうしてだろうか。 空と湖。四つの月が見える湖畔に吹く風は初夏にしては冷えるが、五人の体は温かかった。 「で、本当に治るんだろうな?」 「大丈夫。これで失敗でまた同じ苦労するのはわたしもイヤよ」 翌日、件のスタンド使いを引き取り一行は学園に帰ってきた。スタンド使いは火傷などの重傷を負っており、処置はしたが意識不明のままだった。もっとも、犯した罪の重さから死罪は免れないとのことである。 帰ってきてまずモンモランシーの部屋に駆け込み、突貫作業で調合を済ませて解除薬を完成させたのだ。モンモランシーは額の汗を拭いながら、椅子の背もたれにどっかと体を預けて疲れたようにそう言ったのだった。 「よし、これを飲めアニエス」 「うっ・・・!く、臭いぞ、これ」 何を混ぜたらこうなるのかと言うような臭いがるつぼから立ちこめている。アニエスが拒むのも当然と言えるが、ここは無理にでも飲んで貰わなければならない。 「これは・・・そう、特訓だ。毒に対する耐性をつけるために用意した特訓なんだ」 「特訓・・・ウェザーが私のために用意してくれたのか!ならばどんなものであろうと飲み干してみせよう!」 言い放つとウェザーの手からるつぼを奪い取り、一気に飲み干した。さすがに一気はまずくないかと一同が心配そうに見守る。と、そんな中でモンモランシーがウェザーの脇をつついた。 「取り敢えず覚悟しといた方がいいわよ」 「覚悟?」 「だって、惚れ薬の効果でメロメロになってた時間の記憶はまるまる覚えてるわよ。アニエスって人がどういう性格かは知らないけど、自分の意志とは無関係にあれだけのことやってればねえ・・・」 だったらお前の方が危険なんじゃないかと言いかけたところで、ひっく、としゃっくりが一つ聞こえてきた。 「ふぁ?」 間の抜けた声を出したあと、憑き物が取れたように表情がハッキリとしてきた。そしてみるみる顔を紅潮させ、額に血管を浮かばせて引きつった笑みを見せた。 「あー・・・まず殴る?」 一撃くらいは覚悟してやるかと奥歯を食いしばったが、アニエスは引きつった笑みのままそれを辞退した。 「私はこのあともスタンド使いの取り調べがあるんでな。これで失礼する」 指の関節をごきごきと鳴らしながらそう言ってのける。この時ウェザーは心の底からスタンド使いを捕まえたキュルケとタバサに感謝したという。あとは質問が拷問に変わらないことを祈るのみだ。 アニエスは出ていくときにルイズとすれ違った。 「治ってよかったわね」 「ああ、そうだな。君の使い魔を借り受けて君にも迷惑をかけたな。だから―――」 最後の部分はルイズにもよく聞き取れなかったが、アニエスは歩みを止めることなく去っていった。 罪人を運ぶ護送馬車に乗りながらアニエスは空を見ていた。 「キレイ・・・・・・か」 力が物言う職場上、腕を磨くことのみを考えて生きてきた。それが自分の目的のためにもなることは解っていたからだ。だから、面と向かって『キレイ』だなんて言われたことはない。 アニエスが最後に言った言葉は「また迷惑をかける」だった。それがどういう意味を持つのかは言った本人でさえよくわからなかったが、少し興味が湧いてきた。 「なにか良いことでもおありでしたか?」 隣の御者の声に我に返った。顔を触ってみれば、なるほど、確かに笑んでいたようだ。 「そうだな。疲れたけれど、いいことだったよ」 空は夏らしく高く、入道雲が昼寝をするかのように横たわっていた。 後日談として。 誰が流したのか『アニエスがウェザーに惚れている』という噂が王宮に広まり、その後の二人の様子から『アニエスはウェザーに捨てられた』に発展し、アニエスを隊長に据えた新組織の銃士隊の面々から、ウェザーはしばらく刺すような視線を浴び続けたとか。 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7725.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第83話 双月に抱かれた星 (前編) 古代怪鳥 ラルゲユウス 円盤生物 サタンモア 登場! 神の怒り、その光景を目にしていた者は、後にそう言い残している。 アルビオン王党派軍と、レコン・キスタ艦隊の戦闘の最終局面で、地上をはるか 四〇〇〇メイルで放たれた一つの魔法は、天変地異としか言い表せない悪魔的な 破壊力を持って、この世の悪魔に襲い掛かったのだ。 「ぐぎゃぁぁっ!」 今、ワルドは人間が作り出した究極の地獄の中にいた。そこは、かつて ハルケギニア最強とうたわれた『烈風』カリンが、その人生の研鑽の末に 生み出した、二つのトライアングルスペルに最強のスクウェアスペルを融合させた 超魔法に、怒りの全魔力を込めた人知を超えた破壊空間、その中では、 人間を超えた肉体を持ったワルドとて、幼児にもてあそばれる人形のように 五体を引き裂かれていく。 「生き地獄の中で、己が罪を悔いるがいい」 カリーヌは冷酷な目で、並の人間なら瞬時に血風と変わってしまうだろう 暴風迅雷の中で、なまじ肉体を強靭にしたばかりに生きながら切り刻まれ、 焼かれ、凍りつかされていくワルドの絶叫を見つめた。 脱出は絶対に不可能、もだえるワルドは呪文を唱えるどころか五体の自由を 完全に奪われて、大怪鳥円盤サタンモアすら、かつて防衛軍のミサイル攻撃を 跳ね返したほどのボディを、まるで大鷹に捕まった小鳩のようになすすべもなく 裂かれていく。 「あれは、本当に人間なのか……?」 薄れゆく意識の中で、ワルドは自分が何と戦っていたのかと、悪夢よりも ひどい現実に抗議するように思った。 だが本来ならば、カリーヌもここまでする気はなかったし、複合魔法はカリーヌに とってもまだ危険な大魔法なのだが、ワルドはあまりにも卑劣な行為を続け、 怒らせるべきでない相手を怒らせてしまったのだ。 「これでとどめだ、二度とその不愉快な顔を私に見せるな」 一片の情すら見せず、カリーヌは意識を失い、かろうじて人間の姿を残す だけとなったワルドと、外皮をズタズタに引き裂かれたサタンモアにとどめを 刺すべく竜巻の回転を極限まで上げていく。 しかし、ワルドの意識は死んでも、彼の肉体を占拠したものはまだ健在だった。 「役に立たん人間だ。戻してやった体は返してもらうぞ!」 再びワルドの肉体を完全に占拠した存在は、ワルドをすでに見限ったものの、 この竜巻の中でワルドと分離することは危険だと考え、痛覚を切り離した状態で ワルドの口で叫んだ。 「人間よ! ここは貴様の勝ちにしておいてやろう! だが、こんな雑魚を 利用しようとしたミスは二度と犯さん、次は全力で皆殺しにしてくれるわ」 「ふざけるな、逃げられると思うか!」 カリーヌは竜巻の破壊力を上げて、逃すまいと壁を強化する。しかし、 ワルドはほくそえむと、竜巻の内部の空間に異次元への亀裂を発生させた。 「なにっ!」 ヤプールの手下はいざとなったら次元の裂け目を作って、そこに逃げ込む 能力を持っている。元より正々堂々などという思考などないために、メビウスと 戦ったドラゴリーなども、やられそうになると即座に逃げを打とうとしている。 しかしそれ以上に、密閉空間だった竜巻の中に、突然開放された空間が 現れたために気圧のバランスが崩れて、竜巻が逆に押し込む形になって ワルドの体が吸い込まれていった。 「しまった、待て!」 だが時すでに遅く、ワルドの姿は次元の裂け目の中に消えうせ、次元の裂け目が 消滅すると、竜巻は激流を急にせき止めたときのように無秩序に暴走を始めた。 「ちぃぃっ! やむを得ん、引けノワール!」 魔法を解除したものの、バランスを崩されて暴走する竜巻は術者であるカリーヌも 飲み込もうと荒れ狂い始め、これを受けてはラルゲユウスといえどもひとたまりも ないためにカリーヌは後退していった。 ただ幸い、ここは高度四〇〇〇メイルの高高度なので地上にまで被害が及ぶことが ないのが救いだった。元々自然のものではなく、人工的に作り出した竜巻なので 送り込んだエネルギーが尽きればすぐに消滅するはずだ。 しかし、その安心感やワルドに対する怒りのあまりもあってか、さしものカリーヌと いえども、その竜巻の中にまだ何が残されているのか忘れていたのは失態だった。 完全に暴走して秩序をなくした竜巻から、突如凶暴な金切り声を上げて、ワルドに 取り残されていた円盤生物サタンモアが飛び出して、ラルゲユウスめがけて 襲い掛かってきたのだ。 「ぐっ、しまった!?」 カリーヌはとっさに回避を取らせたものの、空中でホバリング状態でいたために すれ違いざまにサタンモアの目から発射される破壊光線を翼に食らい、 墜落にはいたらなかったがしばらくは浮遊するだけで精一杯になってしまった。 けれど、向かってくるかと身構えるカリーヌの前で、サタンモアは襲ってくる どころか眼下の王党派の人間たちへと急降下を始めたではないか。 「なにっ! おのれ、行かせる……うぐっ!?」 だが、魔法を打とうとしたカリーヌの体を突如強い痺れと疲労感が突き抜けた。 それはメイジが魔法を使うために必要な精神力を、短時間で枯渇させてしまったときに まれに起きる現象で、普通ならば精神力が尽きても魔法が使えなくなるだけだが、 単独での三重複合魔法はその制御や使用に必要な精神力もケタ外れであるために これまでの戦いも合わせて、さしもの『烈風』もとうとう限界が来てしまったのだ。 「くっ……やはり、無理をしすぎたか」 元々、この神技はカリーヌといえどもこれまでの人生でも数えるほどしか 使ったことはなく、かつ制御を失ったら無差別に周囲を破壊するために、いわば 禁じ手に当たる技であった。だが今回は周囲が無人であったことと、ワルドへの 激怒で増加した精神力を使うことで封印を解いて使ったが、それでもなおリスクは 大きいままで、反動をもろに受けたカリーヌは意識を失うことはなかったが、 降下していくサタンモアを追う力は残されていなかった。 「こんな、ところで……」 冷静さを失って禁じ手を使ってしまった己の未熟さを悔いながらも、カリーヌは 桃色のブロンドを汗に濡らして、使い魔の背にひざを突いた。 地上では、ワルドによる戦艦落としで甚大な被害を受けながらも、すでにほとんどの リトルモアを撃墜して態勢を立て直しかけていたが、上空から火炎弾を吐きながら 降下してきたサタンモアの攻撃の前にはわずかばかりの陣形など意味を持たず、 圧倒的な空襲の前に再び壊乱状態に陥りかけていた。 「うわぁぁっ!」 「助けてくれっ!」 戦艦よりも強靭で、竜より機敏な巨大怪鳥には王党派の装備では手も足も出なかった。 確かにカリーヌの複合魔法で大ダメージを受けており、スピードも半減しているし ボディも傷だらけだが、生物兵器として改造された際に植えつけられた凶暴性は そのままに、目の前の敵と認識したものへと攻撃を続けた。 だが、突如どこからかの砲撃が暴れ狂うサタンモアへと襲いかかって、その体を 無数の爆発が包み込むと、それまで轟然と飛行していた巨鳥の行き足ががくりと鈍った。 「い、今の攻撃は……」 王党派の人間は、最初何が起こったのか理解できなかったが、それは実は レコン・キスタ軍に唯一残った戦艦レキシントンから放たれた一斉射撃によるものだった。 「どういうつもりだね? ボーウッド君」 せっかく王党派を攻撃していたワルド子爵の怪鳥へと射撃命令を下した ボーウッド艦隊司令官に、総指揮官であるクロムウェルの冷たい声がかかる。 「ワルド子爵は我が軍にも攻撃を仕掛けてきました。これは明確な裏切り 行為であり、その使い魔も同様と思われます。よって、本官は艦隊を保持する という義務に従って、事前に脅威を排除しようとしたに過ぎません」 淡々と無感情に口上を述べるボーウッドは、王党派軍へと攻撃を再開せよと 命令してクロムウェルの反論を封じると、硝煙によって曇る空を見上げた。 こんなもので、主君に反した自分の罪が許されるとは思えないが、せめて 最後の誇りだけは失うまいと、彼は狂ってしまった自分の人生にささやかな 抵抗を試みたのだった。 だが、運命の女神ほど残酷で気まぐれな神は他に存在しない。レキシントンの 砲撃でようやく致命傷を負わされたサタンモアが墜落していく先には、 ボーウッドが忠誠の対象としていたウェールズの本陣があったのである。 「こ、こっちに来るぞぉーっ!」 墜落していくサタンモアは、偶然かそれとも最後の悪意のなせる業か、一直線に 本陣を目指して突進し、もはや避難は到底間に合いそうもなく、将軍や参謀達は 慌てふためくか絶望し、ウェールズはせめてアンリエッタだけでも救おうと 彼女をかばったが、墜落したサタンモアが爆発でもしたら半径一〇〇メイルほどは 吹き飛ぶことは確実と見られた。 しかし、執念深いヤプールの悪意の代行者のもくろみを成功などさせるまいと、 そのころ郊外にゼロ戦を不時着させて、戦いの続きを見守っていた才人とルイズは、 墜落していくサタンモアの先にアンリエッタとウェールズの本陣があると知ると、 誰の目もないことを確認して、彼らを救うべく手を結んだ。 「ウルトラ・タッチ!」 輝きが二人を包み、光の中からウルトラマンAが姿を現し、高速で飛行して 墜落寸前のサタンモアの前に回りこむと、細長い体を腰に抱え込むようにして 受け止めた。 「セヤァッ!」 慣性がついた一万五千トンの重量を、草原をかかとで削りながら停止させた ところは、かろうじてアンリエッタとウェールズの立っているほんの一〇メイルだけ 前であった。 (ギリギリ間にあったわ!) さすがに目を丸くしてエースを見上げているアンリエッタの顔を、エースの 後ろ目で確認しながら、ルイズは隠れた親友の無事を知り、次いで湧いてきた 憤怒を込めて叫んだ。 (よくも姫様に手をかけようとしたわね! 死ねーっ!) そのときだけはルイズが体の主導権を握っていたのではと思うくらいの 気迫を込めて、エースはサタンモアの首根っこを掴むと、無人の森林地帯へと 向けて全力で投げ飛ばし、すでに飛行能力を失っていたサタンモアは きりもみしながら地面に激突すると、体内の火炎袋が破裂した勢いで 断末魔の一声を上げると、木っ端微塵に吹き飛んだ。 (はぁ、はぁ……ざまあみなさい) (……) 女を怒らせると怖いというのを、才人はあらためて実感し、エースは 北斗星司だったころの記憶、たとえばTACの同僚がひどい自己中の 女カメラマンにひっかかったり、自分も買い物の荷物持ちをさせられたなと、 あまり美しくない地球での思い出を蘇らせていた。 が、サタンモアが倒されて、ウルトラマンの登場に喜びに沸くアンリエッタや ウェールズたちの前で、エースは突然よろめくとひざを突いた。 「ど、どうしたんだ!?」 くずおれたエースを見て人々の間からどよめきが流れる。しかも、登場した ばかりだというのにカラータイマーはもう赤く点滅しているではないか。 (まだエネルギーが回復していなかったか……) そうだ、時空間でのコッヴとの戦いがまだ尾を引いて、この短時間では 満足な回復ができていなかったのだ。だが、サタンモアは倒したし、ひとまずは 安心かと思ったエースの姿を、ヤプールは陰から見ていたのだ。 ”現れたなウルトラマンAめ! あと一歩だったというのに忌々しい奴め。 だがどうやらエネルギーを消耗しているようだな。ようし、もう芝居はいいから 正体を現してエースを倒せ” その思念波による命令はクロムウェルの下へと届き、彼は不気味に 微笑むと忙しく動き回っている艦橋の人間たちを無視して、窓から眼下に 見えるエースを見下ろした。 「ふっふっふ……のこのこ姿を現したのが運の尽きだウルトラマンAよ、 今こそこの私が……ぬ?」 だがクロムウェルが言葉を終える前に、エースはエネルギーの消耗からか、 透き通るようにして消えていってしまった。 「ちぃっ、逃げられたかっ!」 悔しがってはみたが、消えたエースはもうどこにも見当たらず、残された クロムウェルは肩透かしを食らった気分で立ち尽くしていたが、そこへ ボーウッドが叫んだ命令が耳に入って我に返った。 「全艦反転、撤退せよ」 「待ちたまえボーウッド君、撤退命令などは出していないぞ」 せっかくいいところなのに何を言い出すのかと、とりあえずはクロムウェルの ままで、クロムウェルはボーウッドに命令の撤回を求めたが、彼は窓の外を 指差すと、憮然として返答した。 「日没です。暗がりでは砲撃の効果は得られません。それに残弾も残りわずかです。 ここは一旦引いて、待機されてある給弾艦で補給し、明朝以降に再度決戦を かけるべきです」 確かに、激戦が続いて気がつかなかったが、いつの間にか夏の長い太陽も かなたの山影に沈みゆき、赤い陽光も弱まりつつある。もうあと数分で 日没を迎えてしまうだろう。レコン・キスタのことなどは最初からどうでもいいが、 エースもいなくなってこのままどうするべきかとクロムウェルは悩んだが。 ”エースを倒せないのであれば正体を現しても意味がない。しかし、人間どもを 追い詰めれば奴は必ず現れるだろう。ここは引け、そして日の出とともに その人間どもを使って奴をおびき出すのだぁ!” クロムウェルの頭の中には、異次元空間の極彩色の景色の中にうごめく 無数の顔のない人影が、新たな指令を送ってくる光景が映し出されていた。 そしてヤプールからの命令を受け取ったクロムウェルは、にこやかに 人のよさそうな笑みをボーウッドに向けた。 「よろしい、最終決戦は明朝としよう。全軍を撤退させたまえ」 「了解」 疲れ果てた声でボーウッドが再度転進を命じると、レキシントンのほかは わずかに護衛艦数隻にまで打ち減らされてしまったレコン・キスタ艦隊は まるで敗残兵のようによろめきながら、薄れゆく陽光の中へと帰っていった。 これによって、第二次サウスゴータ攻防戦は一応の終結を見て、急速に 暗がりを増していく中で、王党派軍は敵艦隊が去ったことを確認すると、やっと 戦闘態勢を解除した。 しかし、敵が去ってもやることは数多くあり、ウェールズとアンリエッタは 手分けして戦闘の興奮も冷め遣らぬままに、後始末に追われることになった。 「各部署は損害の確認を急げ、負傷者の手当ては貴族平民を問わずに 重傷者を優先するように徹底せよ」 差別のない救護命令が飛び、衛生兵や水のメイジが死に物狂いで 走り回る。さらに沈没艦から脱出した多数の捕虜もいたために、その収容と 武装解除、さらに離反者の味方入りのための手続きもあり、数時間の間 本陣から火が消えることはなかった。 が、それでもなんとか二つの月が天空にぽっかりと浮かぶ頃には、一定のことを 臣下に任せて、ようやく二人は息をついていた。 「やれやれ……本当に助かったよアンリエッタ、君がいなければ僕独りでは どうしようもないところだった」 「あなたのお役に立てるのでしたら、わたくしに疲れなどはありませんわ。 まだまだ何でもおっしゃってください」 疲労困憊のウェールズに、疲れによく効くという東方由来のハチミツを たっぷりと混ぜた紅茶を淹れて差し出すアンリエッタの瞳は、王女の者ではなく 年頃の一人の少女のものであった。 「ところで、これからどうなさるおつもりですの?」 アンリエッタは、ウェールズがティーカップの中身を、これはうまいなと言って 一気に飲み干すのを見ると、明朝までの対応策を尋ねた。 「そうだな……ここから南東に五リーグほど下ったところに我が軍の城が 一つある。かなり古いが補給基地として整備していたから物資の貯蓄は 充分だし、戦艦相手に平地で戦うよりはましだろうから、そこへ移動しようと 思うのだが」 「なるほど、城砦の防御力は無視できませんし、敵は砲弾の残りも 少ないはずです。いい考えですわ」 「そう、それに明日はあの日だ。本来は休戦するべきなのだが、敵は もう後がないから夜明けとともに攻めてくるだろう。だが、知ってのとおり 軍艦は日中しか砲撃をおこなえないから、午前中に勝負をかけるために 短期決戦を挑まざるをえない。それまで耐え切れれば我々の勝ちだ」 ウェールズは自信ありげに答えたが、アンリエッタはもはや敵は レコン・キスタなどではない以上、恐らくそうはならないだろうと思った。 しかしそれでも被害を最小限に抑える義務がある以上、ウェールズの 作戦が最善であるとも思っていた。 「そうですわね。では、もうしばらく休息をとったら移動を指示しましょう。 ところで……ウェールズさま」 「なんだい?」 「こうして、二人だけでお話するのも、ずいぶんお久しぶりですわね」 「ああ、最後に会ってから、もう何年になるか」 昼間は軍務のことで忙しくて、ゆっくり再会の感動に浸る間もなかったが、 こうして二人だけになると、三年前に初めて出会ったラグドリアン湖の湖畔から いくつもの思い出が次々に浮かんできて、そのままでは涙を抑えきれなくなった 顔を見られてしまうと思ったアンリエッタは、ウェールズの横に座って、 顔が見えないように彼に寄りかかった。 「懐かしいです。ウェールズさまのにおい」 「やれやれ、甘えん坊なところは変わってないね」 ほんのわずかな時間だが、このときだけは二人の時間は三年前に戻っていた。 それから二人は思い出話をとつとつと続けて、この戦争についての話に はいると、それは自然と目の前で見たウルトラマンAの話題に流れていった。 「それに、初めて見たけれど、あれが君の国の守り神かい」 ウェールズはウルトラマンAのことをそう呼んだが、アンリエッタは首を振った。 「いいえ、たぶんそうではありませんわ」 ベロクロンとの戦いではじめてその姿を現して以来、その存在がもてはやされた ウルトラマンだったが、時が経つにつれて彼も無条件で助けてくれるという ことではないことを、アンリエッタたちも気づいていた。 「確かに、彼は幾度となく私たち人間が窮地に陥ったときに、どこからともなく 現れて助けてくれますが、それは怪獣やヤプールなどの侵略者のような、 人間の力ではどうしようもない敵が現れたときにだけで、先程のレコン・キスタとの 戦闘など、それ以外の事柄で現れたことは一度もありません」 アンリエッタの判断は、だいたいの線で事実を指摘していた。ウルトラマンは 人間同士の事柄には干渉せずに、宇宙規模で平和と秩序を守ることを 使命としている。もちろん非常時の人命救助などの例外はあるが、 才人もルイズもウルトラマンの力は私的に乱用することは危険すぎると、 なかば本能的に知って心にブレーキをかけていたのだ。 が、なんにせよ地球人でさえウルトラマンが何者であるかを理解するには 何十年もかかったのだから、アンリエッタたちが推論以上で答えを得る術はなく、 話題が自然消滅しかけたところで、一兵士がアンリエッタの心音を急上昇させる 報告を持ってきた。 「ご報告いたします。ただいまトリステインのラ・ヴァリエールのルイズ・フランソワーズと 名乗る者をはじめとする一行が、姫殿下へのお目通りを願っておりますが」 半瞬を待たずして、喜色を満面に浮かべたアンリエッタが、すぐにここに 通しなさいと、間髪入れずに命令を出したのは言うまでもない。 ルイズたちがここに到着したのは、今からおよそ二十分ほど前であった。 戦闘が終了した後に、ルイズと才人はゼロ戦を放棄して皆と合流していたが、 戦闘終了後の混乱の中では、いくら貴族とはいえ女子供が入っていく余地はなく、 何時間も待ち続けてやっと受け付けてもらえたのだったけれど、陣営の入り口で 待っていた人との再会は、そんなイライラを吹き飛ばしてくれた。 「お前たち、無事だったか!」 「おかげさまで、目的は果たせませんでしたけど」 本陣に顔を出した一行を出迎えてくれたのはアニエスで、彼女は全員が生きて 帰還してきたことを知ると、柄にもなく大きな声で喜んでくれたが、目的を果たせずに 戻ってきてしまったことで叱られるのではと思っていた彼らは拍子抜けすることと、 ちょっとばかり照れくさく感じた。多分、一番危険な仕事を押し付けてしまったことに 負い目を感じていたのだろうが、今思えば無事にロンディニウムに着いていたと しても警戒をかいくぐって、何らかの変貌を遂げているであろうクロムウェルを 打つことができたかは怪しい。 その後ロングビルとも再会を果たして、彼女もまた生徒たちの生還を心から 喜んでくれたが、奥へ案内されていく途中で、ルイズは無言のままアンリエッタたちを 守るように本陣の前にたたずんでいる仮面の騎士の前に出ると、思わず立ち止まって 見えない相手の顔を見上げた。 「……」 両者は少しの間何も言わずに視線を交わしたが、やがて仮面騎士のほうが 軽く首を振って、「行け」と合図してくると、一行は王党派の本陣の中にある ウェールズとアンリエッタの私室のテントへと招かれていったが、ルイズは寿命が 十年縮む思いを味わっていた。 ”お、怒ってるかも……” 昼間もそうだけど、改めて無言の圧力を受けて、ルイズは目眩を抑えながら 歩いていった。そしてそれを見送ると、仮面騎士は軽く息をついて、娘の無茶さ 加減を思うとともに、若いうちはこれぐらいの無茶はしておきなさいと、 相反した親心に身を焦がし、疲れきった体に鞭を打つと、見掛けは何も 変わらないように立ち続けた。 本陣の奥には、さすがにそうそうたる顔ぶれの将軍たちが顔を連ねており、 ルイズたちは場違いな者たちを見る視線に刺されまくったが、さすがにルイズや キュルケなどは貴族らしく泰然たるもので、最奥の王族の部屋まで通されると、 中で待っていたアンリエッタとウェールズの前にひざまずいた。 「ルイズ、ルイズ、無事でしたか、よかった!」 アンリエッタはルイズの顔を見るなり疲労をまったく感じさせない顔で、 親友の来訪を喜んでくれた。 「姫様、まさか姫様がじきじきにこのアルビオンにまでいらっしゃるとは 思いませんでした。不肖ながら、この戦を止める働きが少しでもできればと 愚考していましたが、結局姫様のお手をわずらわせてしまい……」 「なにを言うのルイズ、あなたたちがどれほど頑張ってくれたのかは、みんな 聞きました。あなたたちがいなければ、わたくしがこれまでにしてきたことも 全て無駄になるところでした。わたくしにもっと先を読む力があれば……」 声を落とすアンリエッタに、ルイズはそれはどうしようもないです。姫様は おろか他の誰にも読めなかったのですからと慰めると、彼女はやっぱり ルイズは優しいわねと答えて、微笑を見せた。 「ともかく、皆さんご無事でお帰りになられたのが一番の幸いでした。 それに、こうしてウェールズさまもご無事で」 「話は聞かせてもらったよ。君たちが陰で我々王党派を……いや、アルビオンを 救ってくれたそうだね。心から感謝するよ」 ウェールズはアンリエッタと同じように、尊大な態度はかけらもなく気さくに 一行に話しかけてくれた。彼には洗脳されていた事実などはある程度脚色して、 ショックが少ないように伝えてあったが、さすがに何もなかったわけには いかなかったので、ルイズたちの活躍は「ひかえめに」報告されていた。 「しかし、我が軍の名誉と信望を根本から損なうことなので、君たちの活躍を 表に出して表彰するわけにはいかないのだ。許してほしい」 「いえ、わたくしどもはそんなもののために行動したわけではありません。 そのお言葉だけで充分でございます」 それはルイズの本心であった。人一倍自己顕示欲の強いタイプではあるが、 アンリエッタやウェールズに認められたということが、彼女の胸を満たしていた。 それに、下手に目立っては後で天罰が怖い。その点ではキュルケたちも 同じで、名を上げるにしてももっと別な戦いでと考えていた。 一行は、初めて見るウェールズの本当の人格に好感を持って、この人なら アルビオンは悪い方向にはいかないだろうと思うと、彼は気を利かせて アンリエッタに場を譲った。 「わたくしからもお礼を申し上げます。あなた方には、いずれなんらかの 形でお礼いたします。さて、堅苦しい話はここまででいいですわね。 皆様とは学院以来になりますが、あのときのように自然に話してください」 「わかりました」 ルイズはそう答えたが、振り向くついでに才人やキュルケが無礼な 言動をしないようにと、視線で釘を刺しておくことを忘れなかった。 「サイトさんでしたね、いつもルイズを守ってくださって、どうもありがとうございます」 「い、いやあ……」 「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、他国の人でありながらこれほどの助力、 ルイズは本当によい友達をもってうらやましいですわ」 「国は違えど、同僚の危機を見捨てては貴族の名折れ、ですが姫様よりお褒めの 言葉をいただき、感無量の極みです」 「……」 一人ずつねぎらいの言葉をかけていくアンリエッタに、才人は照れくさそうに、 キュルケはウェールズもいる前ではさすがにふざけないが、猫をかむるのは 大得意といわんばかりに普段とは一八〇度言動を変えて、その隣でタバサは 無言のままで頭を下げた。 そしてアンリエッタは最後に、アニエスに肩を支えられてじっと待っていたミシェルの 前に出ると、少しのあいだ傷の痛みか、それとも別のものであるのか苦しそうな 顔をしている彼女の目を見て、ゆっくりと振り返るとウェールズに言った。 「ウェールズさま、申し訳ありませんが、少しのあいだだけ席を外していただけないでしょうか?」 「え? ……わかった」 ウェールズは突然のアンリエッタの言葉に戸惑ったが、彼女の視線が真剣で あることを読み解くと、風に当たってくると言い残して外に出て行った。 「少し待ってくださいね」 アンリエッタはディテクトマジックで周囲を確認し、テントの周りにサイレントを 張って外に音が漏れる心配を除くと、あらためてミシェルの前に立った。 「……」 ミシェルは息を呑んだまま何も言えない。当然のことだが、彼女が間諜であり 暗殺の実行犯の一人であったことをすでにアンリエッタは知っている。普通ならば 死罪以外はありえず、特にウェールズを殺そうとしたことは、アンリエッタにとって 許すべくもないことのはずだった。 それでも、生きると決めたミシェルにとって、これは遅かれ早かれ避けては 通れない道で、どんな裁きが待っていようと受け入れる覚悟は決めていた。 しかし、沈黙を破ったアンリエッタの言葉は、その場にいた誰の予想をも 完全に裏切るものであった。 「ごめんなさい、わたくしのせいで、ずいぶん長いあいだあなたを苦しめてしまいました」 「え……」 一瞬、その場にいる全員の目の前が白くなった。それほどに、アンリエッタの 言葉は衝撃的で、返す言葉もかける言葉も思考の地平線のかなたへ吹き飛んでしまった。 「あなたの一族が、不当な罪によって滅ぼされてしまったことを聞きました。 それも、奸臣の跳梁などを許してしまった前王と、それに気づきもしなかった 未熟なわたくしの罪」 「そんな! 殿下に罪など」 思わずルイズはそう叫んだが、アンリエッタはゆっくりと首を振った。 「ルイズ、王族は国を受け取るときに権力や名誉だけでなく、先代までの業も 共に引き継がねばならないのです。それに、どうあれ彼女の心に気づいて あげられなかったのはわたしのせい、本当の悪に気づかずに、真に国を憂える 者をないがしろにした、私自身の愚かさのせい」 「……姫様」 「ミシェル、先王に代わり、改めておわびいたします。謝ってすむことではありませんが、 傷つけられたあなたのご両親の名誉は、いずれ責任をもってわたしが回復します」 「そんな、いまさらそんなことをしてもらったって!」 父も母も帰ってきはしないと、ミシェルは苦しげに吐き捨てたが、アンリエッタは 王家に伝わる杖を置いて害意のないことを示すと、彼女の手をとって語りかけた。 「申し訳ありません。残念ですが、今のわたしにはあなたを満足させてあげられる ような答えは見つかりません、けれども、たった一つだけ、あなたのご両親に 報いてあげられる償いがあります。それだけは、受け取ってほしいのです」 「それは……?」 瞳を見つめあう二人と、無言で見守る一同を静かな空気が包み込み、 ゆっくりと流れる時間が、アンリエッタの唇の動きから、それがつむぎだす 言葉を伝えていった。 「あなたの、命です」 「え……」 一瞬、なにを言われたのかわからなかったミシェルへと、アンリエッタの言葉は続いた。 「命令です。これから何があろうとも、どんな戦場に行こうとも決して死を選ばずに、 時間が人間としての終わりを告げるそのときまで生き抜いてください。戦死も自殺も 許しません。わたしはあなたから死を奪います。それがわたくしの償いです」 「い、意味がわかりません!?」 混乱するミシェルに、アンリエッタは口調をさらにゆっくりと穏やかに変えて、 子供に絵本を読み聞かせるように微笑を向けた。 「わかりませんか? では思い出してみてください。あなたのご両親は 亡くなるときに、その気があればあなたを道連れにすることもできたはずです。 ですが、ご両親はそれをせずに、あなたを残して逝かれました。それは、 あなただけはなんとしてでも生き延びて、幸せになって欲しいと願っていた からではありませんか?」 ミシェルは頭を雷で打たれたようなショックを感じた。それと同時に、在りし日の 両親との思い出が蘇ってくる。仕事人間だったが、帰ってきたらいつも思い切り 抱きしめてくれた父、そんな父を誇りにし、あなたも大きくなったら父さんのように 責任感が強く誇り高い人間になりなさいと、父の帰りをいっしょに楽しみにしていた母。 「父さま、母さま……」 長い間心の奥底に悲しみと共に封じてきた懐かしさがどっと津波のように 襲い掛かってきて、ミシェルは思わず胸を押さえた。 「あなたにそれほど慕われていたご両親が、あなたの幸せを願わないはずは ありません。わたくしにできるのは、その思いを少しだけ酌んであげることだけ」 もうミシェルに、言葉の形で返事をすることはできなかった。そうだ、 自分は両親の死という現実から来る悲しみばかり見て、その死が残した 意味までは考えなかった。こみ上げてくるめちゃくちゃな感情に、顔を押さえた 手の隙間から涙が漏れ、喉は嗚咽を漏らすことしかできない。 そして、子供の頃に戻ったように涙を抑えきれなくなったミシェルを、ドレスが 汚れることもかまわずに抱きとめたアンリエッタへ、半分期待で顔をほころばせた 才人が問いかけた。 「えっと、じゃあ姫様、ミシェルさんへの処罰は?」 「処罰? いまさら彼女へ罪を問えるような偉い人間がどこにいるというのです? それに、万一彼女を死なせでもしたら、わたしは彼女のご両親に呪い殺されて しまいますから、そう簡単にご両親と再会などはさせません。強いて言えば、 それが処罰ですね」 今度はまったく遠慮のない感激が皆のあいだを駆け抜けた。 「いよっしゃあ!」 全員を代表した才人の大きな歓声があがるが、今回ばかりはルイズも 無礼をとがめるような無粋な真似はしない。しかし実をいえば才人は、万一 アンリエッタが苛烈な裁きを下せば、後先考えずにミシェルをどこか遠くへ 逃がそうと考えていた。むろん、それがルイズにも迷惑をかけることを 想像できないほど彼は子供ではないが、もしもウルトラ兄弟ならばどうするか、 それを思えば答えは決まっていた。 そして、長年溜め込んだ思いを全て吐き出したミシェルが涙をぬぐうと、 アンリエッタは真剣な顔つきになって彼女を見つめた。 「ミシェル、許してほしいとは言いません。けれど、わたしはこれ以上悲劇が増え、 心ある者が死にゆくことを見たくはありません。人は生きてこそ何かをなせるし、 誰かを生かすためにこそ生きるべきと思います。ですから、生きてください。 その先にある、あなただけの光を天国のご両親に届けるためにも」 「はい」 もうミシェルの顔に迷いはなかった。人は死者のために生きるのではないが、 死者に報いるために生きることはできる。今死んだりしたら、天国の門で両親に 殴り倒されてしまうだろう。 だが、アンリエッタが許したとしてもトリステインではまだミシェルは反逆者 として手配されている身分であるから、おいそれと戻ることはできない。 そこでアニエスが進言した。 「姫様、私に考えがあります。ミシェルの身柄は、しばらく私が預からせて いただいてよろしいでしょうか?」 「わかりました。して、その考えとは?」 「はい……ですが、その前にミス・ヴァリエール、あなた方にも出ていて もらいたいのだが」 「なに? いまさらあたしたちが信用できないってわけ?」 「そうではない、だが、仲間であってもどうしても明かせないことというのもあるのだ。 遠からず、お前たちにもすべてを明らかにするが、今は私を信じてくれ」 そう言われてはルイズも信じるしかなく、テントの中にアンリエッタとアニエスと ミシェルを残して、一行は外に出ようとしたが、その前にアンリエッタがルイズだけを 呼び止めた。 「ルイズ……ウェールズさまを救ってくれて、本当にありがとう」 「そんな、わたし一人の力では何もできませんでした。皆が力を貸してくれたから、 わたしなどほとんど何もしていませんわ」 自信なく、礼を返すルイズにアンリエッタは優しく笑いかけた。 「いえ、ルイズ、あなたがいてくれたからこそ、あなたのお友達もここにいてくれたのです。 その方々は、あなたがお友達だから力を貸してくれたのではないですか? 戦おうと するあなたの勇気が、皆に目的を与えたのでしょう」 過大評価だとルイズは思うが、同時に最近は漠然とだが、単純な力のみが 強いのではないということも感じ始めていた。現に、才人は実力では完全に 負けているというのに、アニエスとの決闘を引き分けにまで持ち込んだではないか。 アンリエッタはもうルイズの古い記憶にある可憐なだけの少女ではなく、 立派な王族としての道を歩み始めている。しかし、自分は果たしてあのころから 少しでも成長できているのか、ルイズは自分自身がわからず、黙って頭を垂れた。 「では、わたしはこれで」 「そうね……あ、ルイズ、あなたは始祖の祈祷書というものをご存知だったかしら?」 「え、名前くらいは、確か始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に読み上げた呪文を 記したという、トリステイン王家に伝わるという秘宝では」 「そうです。そしてそれは代々の王族が……いえ、今言うべきことではないですね。 それはトリステインに戻ってからにしましょう。ともかく、記憶の片隅にとどめて おいてくだされば充分です」 「は、では」 結局、アンリエッタが何を言いたいのかは聞けなかったが、ルイズはその 『始祖の祈祷書』という単語を脳内の一ページに赤字で書き込んで、幕の 外で待っている才人たちの元へと立ち去っていった。 本陣の外はいつの間にか喧騒も収まっていて、見上げればそこには天空を 覆い尽くす何兆という星々がまたたいて、ルイズたちを照らしていた。 「きれいね……」 地上の人間がどうあろうとも、宇宙は変わらずに静かに見守り続けてくれる。 だが、万古普遍の大宇宙と違って、ちっぽけな人間はあわただしく変わりゆく。 それからしばらくの後、アンリエッタとウェールズによって全軍移動が布告され、 一行も王党派軍について、後方の補給基地へと転進していった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/vtsr/pages/1525.html
鏡音リン・レンがこないので初音さんが祈祷します http //www.nicovideo.jp/watch/sm1883180 http //www.nicovideo.jp/watch/sm1883180 Vocaloid2のオリジナル曲 使用Vocaloidは初音ミク 製作者はwaraP 一つ前のページにもどる
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9433.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 「全く、昨夜は随分と騒いでくれたじゃないか?」 『魅惑の妖精亭』二階にある客室の一つ、八雲藍は部屋の中にいる三人を睨みつけながら言った。 服装は霊夢と魔理沙が良く知る道士服姿ではないが、頭から生える狐の耳で彼女が紫の式なのだと一目でわかる。 そして彼女は怒っていた。本気…と呼べるほどではないが、少なくとも鋭い眼光をルイズ達に見せるくらいには怒っていた。 先ほどこの店の一階で思わぬ再開を果たした後、出された食事を手早く食べさせられた後にこの部屋へと連れ込まれてしまったのである。 助けてくれそうなジェシカとスカロンは彼女を信頼しているのか、それとも何かしらの゙危機゙を本能的に察したのだろう。 今夜の仕込みと片づけが終わるとさっさと寝てしまい、シエスタも店の手伝いがあるので今はベッドでぐっすりと寝息を立ててる。 つまり、逃げる場所は無いという事だ。 霊夢は部屋に一つしかないシングルベッドに腰掛けて、右手に持った御幣の先を地面に向けて何となく振っており、 魔理沙とルイズはそれぞれ椅子に腰かけ、テーブルに肘をついてドアの前で仁王立ちする藍を見つめている。 博麗の巫女であり、彼女ともそれなりに知り合いである霊夢はスーッと視線を逸らして話を聞いている。 あの紫の式だというのに主と違って融通が利かず、人間には上から目線な彼女の説教をまともに聞く気はないのだろう。 一方で魔理沙は気まずそうな表情を浮かべてじっと視線を手元に向けつつ、軽く口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。 霊夢以上に目の前の式が好きになれない彼女にとって、これから始まる説教は単なる苦行でしかない。 そしてルイズはというと、唯一三人の中でキッと睨み付けてくる藍と睨み合っていた。 とはいっても、実際には緊張のあまり身動きできない為に目と目が合ってしまっているだけであったが。 お喋りなインテリジェンスソードのデルフも今は黙り込み、微動だにすらしないまま大人しく鞘に収まって壁に立てかけられたている。 三人と一本。昨夜この近辺で子供のスリ相手に大騒ぎした三人は一体の式を前に大人しくなってしまっていた。 両腕を胸の前で組む藍はこちらをじっと見つめるルイズと視線を合わせたまま、こんな質問をしてきた。 「お前たちに一つ聞く、…一度幻想郷へと帰り、この世界へ戻ってくる前に紫様に何か言われなかったか?」 そう言って霊夢と魔理沙を睨み付けると、視線を逸らしたままの霊夢がボソッと呟いた。 「言われたわよ?今回の異変を解決するにはルイズの協力が必要不可欠だって…」 「そういやーそんな事言われてたな。…後、私にはしばらく白米は口にできないって言ってたっけな?あの時は―――」 「霊夢はともかく魔理沙、お前に関しての事はどうでも良い。私が聞きたいのは、お前たち三人に向けて紫様が言った事だ」 無意識に空気を和まそうとした二人の会話をもう一段階怒りそうな藍が遮ると、今度はルイズの方へと話を振る。 「…というわけだ。あの二人はマジメに答える気はないようだが、お前はちゃんと覚えているだろう」 自分を睨み付けるヒトの形をした狐に睨まれたルイズは、ハッとした表情を浮かべて自分の記憶を掘り返す。 それは今からほんの少し、アルビオンから帰ってきた後に幻想郷へと連れていかれ紫と散々話をしたこと、 翌日に霊夢の神社とやらで゙これから゙の事を話し合い、念のためには魔理沙を押し付けられてハルケギニアへ戻る事となった事。 そしてルイズは思い出す。魔理沙が来た後、紫が学院の自室へと続くスキマを開ける前に言っていた事を。 彼女が自分たちを見下ろし、心配そうに言っていたのが印象的だったあの説明。 それを頭の中で思い出し、忘れてしまった部分は省略と補正でどうにかして、一つの説明へと作り直していく。 藍がルイズに話を振ってから数秒ほどだろうか…少し返事が遅れたものの、ルイズは口を開いてあの時聞かされた事を喋り出す。 「た、確か…能力を使って戦うのは良いけど、あまり人目に触れると大変な事になる…って言ってたような…」 「……少し違うが、まぁ大体合っているな」 少々しどろもどろだったルイズの回答に藍は自分なりに褒めてあげると、今度は霊夢と魔理沙を睨みつけながら話を続けていく。 「彼女の言った通り、紫様はこの世界ではいつもの異変解決と同じ感じで暴れ回るなと言った筈だ 特にこの世界の人間…彼女を除いた貴族、平民含むすべての人間にはなるべく自分たちの力を見せるな。…と」 それがどうだ?最後にそう付け加えると、二人はバツの悪そうな表情を浮かべて思わずそっぽを向いてしまう。 確かに、昨日は魔法学院とは比べ物にならない大勢の前で箒で飛んだりしていたし空も自由に飛び回っていた。 幸いあの時はスペルカードもお札も使わなかったので良かったが、そうでなければ彼女の怒りはこれだけでは済まなかっただろう。 九尾狐からの大目玉をくらわずに済んだ二人は、しかし今は素直に胸をなで下ろす事はせずにじっと藍の睨みを我慢していた。 紫ならともかく、彼女の場合融通が利かなすぎて安易に冗談を言おうものなら普通に怒ってくるのである。 主が傍にいるのなら彼女が上手い事間に入ってくれるのだが、当然今は幻想郷でグータラしていることだろう。 よって霊夢と魔理沙の二人が取れる行動は、何となく彼女の話を聞きながら視線を逸らし続ける事であった。 二人がそっぽを向き続け、流石にこれは不味くないかと感じたルイズが少しだけ慌て始めた時、 キッと目を鋭くして睨み続けていた藍は一転して諦めたような表情を浮かべて、大きなため息をついた。 「まぁ…した事と言えば空を飛んだだけで、この世界では別に珍しい事では無い。大衆の前でスペルカードを使うよりかはマシだな」 そう言ってから肩を竦めてみせると、それを待っていたと言わんばかりに霊夢達は藍の方へと視線を向ける。 「何だ何だ、お前さんにしてはやけに諦めが早いじゃないか?悪いモンでも喰ったのか?」 「そうね。……っていうかそれくらいしか目立ったもの見せてないし、怒られる方が理不尽極まりないわ」 「………お前らなぁ」 まだ許すのゆの字すら口に出していないというのに、ここぞばかりに二人は口達者になる。 単にあっさり許した藍に驚く魔理沙はともかく、霊夢の反省する気ゼロな言葉に流石の式も顔を顰めてしまう。 そして相変わらず変わり身の早い二人を見て額に青筋を浮かべつつ、藍は怒る気力すら失せてしまう。 下手に怒鳴っても彼女たちに効かないのは明白であるし、霊夢の場合だと逆恨みまでしてくるのだから。 そんな式の姿にルイズは軽い同情と憐れみの気持ちを覚えつつも、ふと気になる疑問が一つ脳裏に浮かぶ。 それを口に出そうか出さないかと悩んだところで、その疑問を質問に変えて藍聞いてみた。 「えーと、ラン…だったけ?ちょっと質問良いかしら?」 「ん?いいぞ、言ってみろ」 丁寧に右手を顔の横にまで上げたルイズの方へと顔を向けた藍は、コクリと頷いて見せる。 急な質問をしてきたルイズに何かと思ったのか、霊夢達も口を閉じて彼女の方へ視線を向けた。 「単純な質問だけど、どうしてここのお店で人間のフリして働いてるのよ?」 「……ふふふ、ルイズ~。それはコイツにとっちゃあ凄くカンタンな質問だぜ?」 しかし藍が口を開く前に、口から「チッチッ…」という音を鳴らしながら人差し指を振る魔理沙に先を越されてしまう。 ルイズと霊夢は突然意味不明なことをし出す魔理沙に奇異な目を向けつつ、彼女は藍に代わって質問に答えようとした。 「答えは一つ、それはコイツが人間のフリしてこの店の人間を頂こ…うって!イテテ!冗談だって……!?」 「冗談でも言って良い事と悪い事ぐらい、言う前に吟味しろ」 最も、得意気に言おうとした所で右の頬を強く引っ張ってきた藍に無理矢理止められてしまったのだが。 一目で怒ってると分かる表情で魔法使いの頬を抓る式の姿を見て、幻想郷の連中に慣れてきたルイズは思わず身震いしてしまう。 そしてあの魔理沙が有無を言わさず暴力に晒される光景に、目の前にいる狐の亜人がタダものでないという事を再認識した。 「じゃあ真剣に聞くけど、何でアンタみたいなのがわざわざ人間の中に紛れて…しかもこの店で働いてるのよ?」 藍の暴力という矛先が魔理沙へ向いている間に、すかさず霊夢もルイズと同じような質問をする。 ただし先の質問をしたルイズとは違い、彼女の体からあまり穏やかとは言えない気配が滲み出ている。 霊夢からしてみれば、式といえども妖怪の中では群を抜く存在である九尾狐が人間との共存などおかしい話なのだ。 古来から大陸を中心に数多の国を滅ぼし、外の世界においても最も名が知られているであろう九尾狐。 人間なんて餌か玩具程度としか見なさないようなヤツが、どうしてこんな場所で人間と暮らしているのか? 妖怪を退治する側である霊夢としては、彼女がここにいる真意…というか目的を知りたいのであった。 そんな霊夢の考えを察したのか、彼女の方へと顔を向けた藍は魔理沙の頬を抓るのをやめた。 彼女の攻撃か解放された魔理沙が頬を摩りながらぶつくさ文句を言うのを余所に、霊夢と向き合ってみせる。 ベッドに腰掛けたままの霊夢と、この部屋にいる四人の中で唯一立っている藍。両者ともに鋭い目つきで睨み合う。 人間と妖怪、食われる側と食う側、そして退治する側とされる側。共に被食者であり捕食者である者たちの間から漂う殺気。 その殺気を感じたのかルイズと魔理沙の二人が緊張感を露わにするのを余所に、まず最初に藍が口を開いた。 「…まぁそうだな、お前からしてみれば私が何か企んでいると思っているんに違いない。…そう思ってるんだろう?」 「まだ手ェ出してない内にゲロっといた方が良いわよ?今なら半殺しよりちょっと易しい程度で済ましてあげるから」 「落着けよ。紫様の式である私がこの世界で人を喰いたいが為にいないなんて事はお前でも理解できるだろ」 「そこよ、紫のヤツが何を考えてアンタを人の中に放り込んだのか…その意図を知りたいの」 人差し指を突き付けてそう言う霊夢に、藍は「初めからそう言え」と言ってからそれを皮切りにして説明し始める。 それは八雲紫が、式である彼女に任命しだ任務゙の事と、ここで働く事となった経緯についてであった。 八雲藍の分かりやすく、そして的確な事情説明は時間にすれば三十分程度であったか。 途中話を聞くだけの側である霊夢達が、ここが藍が寝泊まりしてる寝室だと知ってから勝手に物色し始めたり、 そして見つけたお茶と茶請けを勝手に頂いたり…というハプニングはあったものの、何とか無事に聞き終える事ができた。 「なるほどね~、紫のヤツもまぁ…アンタ相手に無茶な命令してくるわねぇ」 「紫様の考えている事もまぁ納得はできるが、…それよりも人の菓子を平気で食うお前の神経が理解できん」 「概ね同意するわね。私も自室にこっそり隠しておいた大切なお菓子を食べられたから」 最初は疑っていた霊夢も、これまでのいきさつと藍が街のお菓子屋から買ってきたであろうクッキーとお茶のお蔭ですっかり丸くなっている。 藍も藍で一応は止めようとしたものの、下手に騒いでも得にはならない為止むを得ず見逃すしかなかった。 そんな彼女と相変わらず暴虐無人な霊夢を見比べて、ルイズは人の姿をした狐の化け物についつい同情してしまう。 「それにしてもさぁ、紫も考えたもんだよな。この異変を利用して、魔法技術を幻想郷に広めようだなんて」 『実力のある者ほど危機を好機と解釈して動く。お前さんの主は相当賢いねぇ』 王都で購入したであろうお茶を啜っていた魔理沙が口を開くと、今まで黙っていたデルフもそれに続く。 どうやら藍の話を聞くうちに危険ではあるものの話が通じる者と判断したのか、いつもの饒舌さを取り戻していた。 藍も幻想郷では目にした事の無い喋る剣に興味を示しているのか、デルフの喧しい濁声には何も言わない。 まぁ嫌悪な関係になっては困るので、ルイズ達としてはそちらの方が有難かった。 八雲藍が主である紫に命令されてこのハルケギニアへと来た目的は大まかに分けて二つ。 一つはこの世界と幻想郷を複雑な魔法で繋げ、゙何がを企てようとしている異変の黒幕の情報を探る事。 いくら霊夢が異変解決の専門家であったとしても、流石に幻想郷よりも広大な大陸から黒幕を探し当てるのを難しいと判断したのか、 自分の式をこの世界へと送りつけて、今はハルケギニア各国で何かしら不穏な動きが無いか探らせているらしい。 ただ、本人曰く「この世界は業火に変わりそうな煙が幾つも立ち上っている」とのことらしい。 そして二つ目は、魔理沙が言ったようにこの世界の発達した魔法技術が幻想郷でも使えるか調査しているのだという。 各国によりバラつきはあるらしいが、今の段階でも外の世界の魔法より遥かに洗練された技術と彼女は褒めていた。 「そーいえばそうよね。…あの涼しい風を発生させてた水晶玉もマジック・アイテムだったし」 「だな。この世界の魔法は私達ほど独創性は無いが、呪文自体は固定化されてるし便利と言えば便利だぜ?」 以前、その魔法技術がもたらした涼風の恩恵を受けた事のある霊夢と魔理沙も彼女の言葉に納得している。 「幻想郷にそのまま持ち込んでも十分使えるが、こちらなりに改良すれば格段に便利になるかもしれないぞ」 「そーいえば紫も似たような事言ってたわね。ヨウカイ達の生活向上だとか何とかで…」 説明を終えて一息ついていた藍に続くようにして、少し嬉しそうなルイズが紫との会話を思い出す。 別に彼女がこの世界の魔法を作ったわけではないが、それでも敬愛する始祖ブリミルから賜わった魔法が異世界の者に認められたのだ。 貴族、ひいてはメイジにとってこれ程…というモノではないが嬉しくないワケがなく、その顔には笑顔が浮かんでいる。 嬉しそうに微笑んでいるルイズを一瞥しつつも、その時紫か言っていた事を思い出した霊夢はふと藍に質問してみた。 「でも、妖怪たちの為に研究するなら私や人里で住んでる人たちにはその恩恵を分けてやらないつもりなの?」 「まずは身内から…という事だ。里の人間に不用意に技術を渡せばどういう風に利用されるか分かったものじゃない」 「魔法使いの私としても、人里中に似非魔法使いが溢れるっていうのは感心しないなぁ」 「っていうか、さりげなく自分も恩恵にありつこうとしてるのがレイムらしいわね…」 藍の口から出た厳しい回答に魔理沙とルイズがそれぞれ反応を示した後、暫し部屋に静寂が流れる。 開け放たれた窓の外から見える王都は既に賑わっており、静かな部屋の中に喧騒が入り込む。 暫しの沈黙の後、口を開いたのは壁に立てかけられていたデルフであった。 『…で、お前さんはこの王都に来たのはいいものの寝泊まりする場所が確保できず、やむを得ず住み込みで働くことにしたと…』 「うむ。時期が悪かったのもあるが…ここまで活気のある都市へ来るのも久々だったからな」 先程の説明の最後で教えた事を反芻するデルフの言葉に頷いて、はぁ…と切なげなため息を口から洩らす。 そのため息の理由を何となく察することのできたルイズたちの脳裏に「トレビアン」と呟いて体をくねらす大男の姿が過る。 「…大分お疲れの様ね。まぁ無理もないと思うけど」 「性格に関して言えばこの界隈では一番真っ当な人間だと思うんだが、如何せん性格がアレでは…」 「トレビアン、だろ?そりゃーあんなのと四六時中いたら気も滅入ると思うぜ」 幻想郷では絶対にお目にかかれないであろうスカロンの存在に、霊夢と魔理沙も疲れた様子の藍に同情してしまう。 何せどんなに性格が良くてもあの見た目なのである、あれでは初対面の人間はまず警戒するだろう。 (酷い言われようだけど、でもあんな容姿だと確かに仕方ないわよねぇ) ルイズは口にこそ出さなかったものの、大体霊夢達と似たような考えを心中で呟いた時である。 突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず部屋にいた者たちがそちらの方へ顔を向けた直後、小さな少女がドアを開けて入ってきたのは。 やや暗い茶髪の頭をすっぽり包むほどの大きな帽子を被り、少し高めと思われるシンプルな洋服に身を包んだ十代くらいの女の子。 あの廊下で足音一つ立てず、ドアの前にいきなり現れたと思ってしまうような少女の闖入にルイズは思わず「女の子…?」と口走ってしまう。 そして驚く彼女に対して、霊夢は少女の体から漂ってくる気配ど獣の臭い゙から少女の正体をいち早く察する事ができた。 「ふ~んふふ~んふ…――――えっ!?な、何でここに巫女がいるの?それに、黒白も!?」 「巫女?黒白?何、貴女もコイツラの親戚なの?」 八重歯を覗かせる口から鼻歌を漏らしながら入ってきた少女は部屋に入るなり、霊夢達の姿を見て酷く驚いてしまう。 ルイズはその驚きようと、少女の口から出た単語で霊夢達と関係のある人物だと疑い、奇しくもそれは的中していた。 霊夢と魔理沙の姿を目にして先程の嬉しげな様子から一変、冷や汗を流しながら狼狽える彼女にベッドから腰を上げた霊夢が傍へと歩み寄る。 「まぁアンタとは藍と顔を合わせるよりも前に出会ってたから、どこかにいるだろうとは思ってたけど…っと!」 怯えた様子を見せる少女のすぐ傍で足を止めた霊夢はそんな事を言いつつ、そのままヒョイッと少女が着ている服の後ろ襟を掴み上げた。 身長は一回り小さいものの、少なくとも軽々と持ち上げられる程軽くは無いはずなのに…霊夢は少女を片手で掴み上げている。 何処か現実味の薄いその光景にルイズが軽く驚く中、持ち上げられた少女は両手足を振り回して抵抗し始めている。 「わ、わわわわぁ…!ちょッ放してよ!」 「…あ、ちょっとレイム!そんな見ず知らずの女の子に何てことするのよ!」 ルイズの最な注意にしかし、霊夢は反省するどころかルイズに向けて「何を言ってるのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。 「見ず知らずですって?アンタ忘れたの?コイツがアンタの部屋に来た時の事を」 「………?私の、部屋…。それって、もしかして魔法学院の女子寮塔にある私の自室の事?」 『レイム。今のその嬢ちゃんの姿じゃあ娘っ子には分からないと思うぜ?』 霊夢の意味深な言葉にルイズが首を傾げるのを見てか、デルフがすかさず彼女へ向けて言った。 彼もまた気配から少女の正体を察して思い出していた。かつて自分を異世界へと運んでくれるキッカケとなった、小さくて黒い使者の姿を。 「はぁ…全く。変装するくらいならもう少し技術を磨いてからにしなさいよね?」 デルフの忠告に霊夢はため息をつきながら少女へ向かってそんな事を言うと、彼女が頭に被っている帽子に手を伸ばす。 恐らくこの世界で藍が買い与えたであろう帽子は妙にふわふわとした触り心地で、決して安くはない代物だと分かる。 その帽子を掴み、さぁそれをはぎ取ってやろう…というところで霊夢は未だ一言も発していない藍へと視線を向ける。 自分を見つめる彼女の目が鋭い眼光を発しているが、何も言わない所を見るにこのままこの少女の゙正体゙をルイズの前で明かしても良いという合図なのか? そんな事を思った霊夢は、一応確認の為にと腕を組んで沈黙している藍へ確認してみることにした。 「……で、ご主人様のアンタが何も言わないのならコイツの正体を念のためルイズに教えてあげるけど…良いわよね?」 「まぁお前のやり方は問題があると思うが、これも良い経験になるだろう。その子の為にも手厳しくしてやってくれ」 「そ、そんなぁ!酷いですよ藍様ー!」 霊夢を睨み続ける藍からのゴーサインに少女が思わずそう叫んだ瞬間、 彼女が頭に被っていた帽子を、霊夢は勢いよく引っぺがしてやった。 文字通り帽子がはぎ取られ、小さな頭がルイズたちの目の前で露わになる。 その直後、その頭から髪をかき分けるようにしてピョコリ!と勢いよく一対の黒い耳が出てきたのである。 頭髪よりもずっと黒い毛色の耳は、まるで…というよりも猫の耳そのものであった。 「え?み、耳…ネコ耳!?」 少女の頭から生えてきた猫耳に目を丸くしてが思わず声を上げてしまった直後、 間髪入れずに今度は少女が穿いているスカートの下から、二本の長く黒い尻尾がだらりと垂れさがった。 頭から生えてきた耳と同じく猫の尻尾と一目でわかるその二尾に、流石のルイズも口を開けて驚くほかない。 「こ、今度は尻尾…!二本の…って、あれ?二尾…猫耳…黒色…?」 しかし同時に思い出す、霊夢が言っていた言葉の意味を。 二本の尻尾に黒い猫耳。形こそ違うが、似たような特徴を持っていた猫と彼女は過去に会っていた。 アルビオンから帰還した後、霊夢とデルフからガンダールヴのルーンについて話し合ったていた最中の事。 あの猫は唐突にやってきたのである、まるで手紙や荷物の配達しにきたかのように。 そして自分とデルフは誘われ、彼女は帰還する事となったのだ。自分にとっての異世界、幻想郷へと。 あの後の色んな意味で刺激的すぎる出来事と体験を思い出した後、ルイズはようやく気づく。 目の前にいる猫耳と二尾を持つ少女と、かつて出会っていた事に。 「え?ちょっと待って、じゃあもしかして…あの時の猫ってもしかして」 「もしかしなくても、あの時の猫又こそコイツ――式の式こと橙のもう一つの…っていうか正体ね」 ルイズか言い切る前に霊夢が答えを言って、猫耳の少女――橙をパッと手放した。 ようやく怖ろしい巫女の魔の手から解放された橙は目の端に涙を浮かべながら藍の元へ一目散に駆け寄る。 「わあぁん!酷いよ藍さま~、帰って来るなりこんな目に遭っ……うわ!」 てっきり諌めてくれるかと思って近づいた橙はしかし、今度は主の藍に首根っこを掴まれて驚いてしまう。 正に仔猫の様に扱われる橙であったが、元が猫であるので驚きはするが別に痛みは感じいない様だ。 一方、近寄ってきた橙を掴んだ藍は自分の目線の高さまで彼女を持ち上げると目を細めて話しかけた。 「橙、私がこうして怒っている理由はわかるよな?」 「は、はい…」 藍の静かな、しかしやや怒っているかのような言い方に橙は借りてきた猫の様に委縮しながら頷く。 「前にも言ったが、この店での仕事がある日は私の言いつけ通り外出は一時間までと決めた筈だな」 「仰る、通りです…」 「うん。……じゃあ、今は外へ出てどれくらい経ってる?」 「一時間、三十分です」 「正確には一時間三十五分五十秒だ」 そんなやり取りをした後、冷や汗を流す橙へ藍の軽いお説教が始まった。 「…やれやれ、誰かと思えば式の式とはね。…まぁ藍のヤツがいるならコイツもいるよな」 静かだが緊張感漂う藍のお説教をBGMにして、魔理沙が一人納得するかのように呟く。 最初のノックの時こそ誰かと思ったものの、ドアを開けて自分たちに驚いた所で彼女も正体には気が付いていた。 デルフや霊夢と比べてやや遅かったが、この世界で何の迷いもなく自分の事を黒白を呼ぶ少女なんて滅多にいない。 それに実力不足から来る抑えきれない獣の臭いもだ、あれでは正体を見破れなくとも怪しまれる事間違いなしだろう。 そんな事を思いながら、しょんぼりと落ち込む橙を見つめてお茶を飲む魔理沙にふとルイズが話しかけてくる。 「それにしても意外ねぇ。あの女の子の正体が、あの黒猫だったなんて」 「まぁあの二匹に限っては獣の姿の方が正体みたいなもんだしな、そっちの方が学院にも潜り込めると思うしな」 驚きを隠せぬルイズにそう言った所で説教は済んだのか、藍に首根っこを掴まれていた橙が地面へと下ろされた。 少し流す程度に訊いていた分では、どうやらあらかじめ決めていた外出時間を大幅に過ぎていた事に怒っているのだろう。 腰に手を当てて自分の式を見下ろす藍は、最後におさらいするつもりなのか「いいか、橙」と彼女へ語りかける。 「私か紫様にお使いを頼まれた時でも外出時間はきっかり一時間までだ。いいな?」 「はい、御免なさい…」 橙も橙で反省したのか、こくり頷いて謝るのを確認してから藍が「…さぁ、彼女の方へ」とルイズの方へ顔を向けさせた。 魔理沙と話していたルイズは、突然自分と橙を向き合わせてきた藍に怪訝な表情を見せてみる。 一体どういう事かと問いかけてくるようなルイズの表情を見て、藍は橙の肩に手を置きつつ彼女へ自己紹介を始めた。 「まぁ名前は言ったと思うが、この子は橙。私の式で…まぁ霊夢達からは式の式とか呼ばれているがな」 「ど、どうも…」 先ほどの怒っていた様子から一変して笑顔を浮かべる藍の紹介に合わせて、橙もルイズに向かって頭を下げる。 スカートの下で黒い二尾を大人しげに揺らしてお辞儀をする彼女の姿に、ルイズもついつい「こ、こちらこそ」と返してしまう。 別に返す必要は無かったのだが、霊夢や魔理沙、そして藍と比べて随分かわいい橙の雰囲気で和んだとでも言うべきか… 元々猫が好きという事もあったルイズにとって、橙の存在そのものは正に「愛らしい」という一言に尽きた。 橙も橙でルイズが自分に好意を向けてくれている事に気づいてか、頭を上げると申し訳程度の微笑みをその顔に浮かべる。 「やれやれ、化け猫相手に笑顔なんか向けちゃって」 そんな一人と一匹の間にできた和やかな雰囲気をジト目で見つめながら、霊夢は一言呟く。 霊夢にとって猫というのは化けてようがなかろうが、時に愛でて時に首根っこを掴んで放り投げる動物である。 神社の境内や縁側で丸くなってる程度なら頭や喉を撫でて愛でてやるのだが、それも猫の行動次第だ。 それで調子に乗って柱や畳に粗相しようものなら、箒を振り回してでも追い払いたい害獣として扱わざるを得ない。 更に化け猫何てもってほかで、長生きして妖獣化した猫なんて下手な事をされる前に退治してしまった方が良い。 とはいえ、相手が藍の式である橙ならば何も知らないルイズ相手に早々酷いことはしないだろう。 そんな時であった。自分の方へと視線を向けてニヤついている魔理沙に気が付いたのは。 面白そうな事を見つけた時の様なニヤつきに何かを感じた霊夢は、キッと睨み付けながら彼女へ話しかける。 「何よ、そんなにジロジロニヤニヤして」 「いやー何?基本他人の事にはそれ程気を使わないお前さんでも、人並みに嫉妬はするんだな~って思ってさ」 「はぁ?私が嫉妬ですって?」 テーブルに肘をつきながら何やら勘違いしている黒白に、霊夢は何を言っているのかと正直に思った。 大方橙のお愛想に気をよくしたルイズをジト目で見つめていたから、そう思い込んでしまったのだろう。 無視してもいいのだが、ルイズたちにも当然聞こえているので後々変な勘違いをされても困る。 多少面倒くさいと思いつつも、魔理沙に自分の考えが間違っている事を丁寧に指摘してあげることにした。 「別に嫉妬なんかしてないわよ。ただの化け猫相手に愛想よくしても何も出やしないのに…って呆れてるだけよ」 「…!むぅ~、私を藍様の式だと知っててそんな事言うのか、この巫女が~」 「ちょっとレイム、いくらなんでもそれを本人の目の前で言うとか失礼じゃないの!」 霊夢の辛辣な言葉に真っ先に反応した橙は反論と共に頬を膨らませ、ルイズもそれに続いて戒めてくる。 彼女の勢いのある暴言に、ショーを見ている観客気分の魔理沙はカラカラと笑う。 「いやぁ~ボロクソに言われたなー橙、まぁ今みたいにルイズに色目使うと霊夢に噛みつかれるから次は気を付けろよ」 『お前さんがレイムのヤツをからかわなきゃ、こんな展開にはならなかったと思うがな』 「全くその通りだな。何処に行っても変わりないというか、相変わらず過ぎるというか…やれやれ」 魔理沙の言葉にすかさずデルフが突っ込み、藍は霊夢に跳びかかろうとする橙を押さえながら呆れていた。 「―――良い?言うだけ無駄かもしれないけど、これからは自分の言葉に気を付けなさいよね!」 「はいはいわかったわよ、…全く。―――あっそうだ」 その後、襲い掛かろうとした橙に変わってルイズに軽く注意された霊夢はふと藍にこんな事を聞いてみた。 「そういえば…アンタの式はどこほっつき歩いてきたのよ?アンタと再会したばかりの時には見なかったけど…」 「ん?そうか、まだお前たちには話してなかったな。……橙、ちゃんど調べ物゙はしてきたな?」 霊夢からの質問に忘れかけていた事を思い出したかのように、藍は背後に控えていた橙へと呼びかける。 尻尾を若干空高く立てて、警戒している橙はハッとした表情を浮かべると自分の懐へと手を伸ばす。 『お?……何か取り出すみたいだな』 その様子から何をしようとしているのか察したデルフが言った直後、橙は懐から一冊のメモ帳を取り出して見せた。 彼女の手よりほんの少し大きいソレは、まだ使い始めて間もないのか新品のようにも見える。 ルイズたちの前で自慢げに取り出したソレを、橙はこちらへと顔を向けている自分の主人の前へ差し出す。 「藍様、これを…」 「うん、確かに受け取ったぞ」 橙からメモ帳を受け取った藍は真ん中くらいからページ開き、ペラペラと何度か捲っている。 そして、とあるページで捲っていた指を止めると今度は目を右から左に動かしてそこに書かれているであろう内容を読み始めた。 「……?何よ、何が書かれてるのよそんな真剣に読んじゃって」 無性に気になった霊夢が藍にメモ帳を読んでいる藍に聞いてみると、彼女は顔を上げてメモ帳を霊夢の前を突き出す。 読んでみろ、という事なのだろうか?怪訝な表情を浮かべつつも霊夢はそれを受け取ると、最初から開いていたページの内容に目を通した。 ルイズと魔理沙も霊夢の傍へと寄って何だ何だと目を通したが、ルイズの目に映ったのは見慣れぬ文字ばかりである。 「何よこれ?…あぁ、これってアンタ達の世界の文字ね。で、何て書かれてるのよ?」 魔理沙には難なく読めている事からそう察したルイズは、霊夢に質問してみる。 「ちょい待ちなさい―――ってコレ、もしかして…」 「あぁ、間違いないぜ」 逸るルイズを抑えつつメモ帳に書かれていた内容を理解した霊夢に、魔理沙も頷く。 一体何がどうなのか分からないままのルイズは首を傾げてから、後ろで見守っている藍へと話を振る。 「ねぇラン、このメモ帳には何が書かれてるのよ?私には全然分からないんだけど」 「昨日お前たちから金を盗んだという子供とやらに関する情報だ。…まぁ大したモノは無かったがな」 「へぇ、そうなんだ…って、え!そうなの?」 自分の質問に藍が特に溜めもせずにあっけらかんに言うと、ルイズは一瞬遅れて驚いて見せた。 昨日彼女と一緒に霊夢を運んだ際に、何があったのかと聞かれてついつい口に出してしまっていたのである。 その時はまだ霊夢の取り合いだと知らなかったので、自分たちの素性はある程度隠してはいたのだが、 きっと自分達の事など、最初に見つけた時点で誰なのか知っていたに違いない。 「酷いですよ藍様ー!せっかく身を粉にして情報を集めたっていうのに」 「そう思うのならもう少し良い情報を集めてきなさい。そこら辺の野良猫に聞いても信憑性は低いんだから」 自分が持ってきたモノを「大したことない」と評されて怒る橙と、諌める藍を見てルイズはそんな事を思っていた。 しかし、どうして自分たちの金を盗んだ子供とは無関係の彼女達がここまで調べてくれるのだろうか? それを口にする前に、彼女と同じ疑問を抱いたであろうデルフがメモの内容へ必死に目を通す霊夢達を余所に質問した。 『しっかし気になるねぇ~、昨日の件とは実質的に無関係なアンタらがどうしてここまで首を突っ込むのかねぇ?』 「…あっ、それは私も思ったぜ?人間同士の争いには無頓着なお前さんにしてはらしくない事をする」 「まぁ書かれてる内容自体は、大したことない情報ばっかりだけどね」 「うわぁ~ん!巫女にまで大したことないって言われた!」 霊夢にまでそう評されて怒る橙を余所に、藍は「そりゃあ気になるさ」と彼女らしくない言葉を返した。 「何せ盗られた金額が金額だからな。…確か、三千二百七十エキューか?お前たちにしては持ち過ぎと思うくらいの大金だな」 一回も噛むことなく満額言い当てた藍の言葉を聞いて、霊夢と魔理沙は一瞬遅れたルイズの顔を見遣ってしまう。 金を盗られた事は話していても、流石に金額まで言わなかったルイズは首を横に振って「言ってないわよ?」と答える。 藍は三人のやり取りを見た後、どうして知っているのかと訝しむ彼女たちに答えを明かしてやる事にした。 「何も聞き耳を立てているのは人間だけじゃない、街の陰でひっそりと暮らすモノ達はしっかりとお前たちの会話を聞いてたんだ」 「…成程ねぇ、だから橙を外に出歩かせてたワケね」 藍の明かしてくれた答えでようやく理由を知った霊夢が、彼女の隣で頬を膨らます化け猫を一瞥する。 化け猫であり妖獣である橙ならば猫の言葉が分かるし、それならメモ帳に書かれていた内容も理解できる。 とはいっても、その大部分が書く必要もない情報――どこそこのヤツと喧嘩したとか、向かいの窓の娘に一目惚れしてる―――ばかりであったが。 「大部分の情報がどうでもいいうえに、有用なのも、私でもすぐに調べられそうな情報ばかりなのが欠点だけどね」 「それ殆ど褒めてないでしょ?ちょっとは褒めてあげなさいよ、可哀想に」 「まぁ所詮は式の式で化け猫だしな、むしろ気まぐれな猫としてこれで精一杯てヤツだな」 「わぁー!寄ってたかって好き放題に言ってくれちゃってぇー!!」 「こらこら橙、コイツラに怒るのは良いがもう少し声は控えめにしないか」 容赦ない霊夢と魔理沙のダメ出しと、調べて貰っておいてそんな態度を見せる二人に呆れるルイズ。 そして激怒する橙を宥める藍を見つめながら、デルフはやれやれと溜め息をつきながら一人呟いていた。 『こんだけ騒がしい中にいるってのも…まぁ悪くは無いね。少なくともやり取りだけ聞いてても十分ヒマはつぶせるよ』 壁に立てかけられている彼はシッチャカメッチャカと騒ぐ少女たちを見て、改めて霊夢の元にいて悪くは無かったと感じた。 多少扱いは荒いが言葉を間違えなければ悪い事にはならないし、何より話し相手になってくれるだけでも十分に嬉しい。 以前置かれていた武器屋の親父と出会うまでは、鞘に収まったままずっと大陸中を移動していた。 南端にいたかと思えば、数か月もすれば北端へ運ばれて…サハラの国境沿いにあるガリアの町まで運ばれた事もある。 何人かは自分がインテリジェンスソードだと気づいてくれたが、生憎自分の゙使い手゙となる者達では無かった。 戦うこと自体はあまり好きではない。しかし、剣として生きているからには自分を使いこなせる者の傍にいたい。 そして、できることならば自分を戦いの場で振るってほしいのだ。 そんな風に出会いと別れを繰り返し、暇で暇で仕方ないときに王都に店を持つ親父と出会えたのは一種の幸運であった。 ゙使い手゙ではなかったが自分を一目見て正体を看破しただけあって、武器に関しての知識はあった。 話し相手として申し分ないと思い、暫く路地裏の武器屋で過ごした後に色々あって魔法学院の教師に買われてしまった。 それなりに戦えるようだが゙使い手゙ではなかったし、メイジが一体何の冗談で買ったのかと最初は疑っていたのである。 (そんで、まぁ…色々あってレイム達の許へ来たわけだが…まさかこの嬢ちゃんが『ガンダールヴ』だったとはねぇ) 今にも跳びかからんとする橙に涼しい表情を見せる巫女さんを見つめながら、デルフは一人感慨に浸る。 何ぜ使い手゙どころか剣を振った事も無いような華奢な彼女が、あの『ガンダールヴ』ルーンを刻まれていたのだ。 かつて『ガンダールヴ』と共にいた彼にとって、霊夢という存在は長きに渡る暇から解放してくれた恩人であったが、第一印象は最悪であった。 最初の出会いは最悪だったし、その後も一人レイムの知り合いという人外に隅から隅まで容赦なく調べられたのである。 まぁその分いろいろと『おまけ』を付けてくれたおかげで、ルイズと霊夢たちが喧嘩した時の仲直りを手伝えたからそれは良しと思うべきか?。 (いや、良くはないだろうな。…でも、久々にオレっちを振るってくれるヤツが現れただけマシってやつか) もしもし人の形をしているならば首を横に振っていたであろう彼は、まだ記憶に新しいタルブでの出来事を思い出す。 ワルドという名の腕に覚えのあるメイジとの戦いは、久しぶりに心躍る出来事であった。 霊夢も自分と『ガンダールヴ』の力を存分に使って振るい、これまで溜まっていた鬱憤を見事拭い去ってくれたのである。 かつての記憶は忘れてしまったが、以前自分を使ってくれた『ガンダールヴ』よりも直情的な戦い方。 けれどもあのルーンから伝わる力に、どれ程自分の心が震えたことか。 あれのおかげか知らないが、ここ最近になってふと忘れていた昔の事をぼんやりと思い出せるようになっていた。 といってもそれを語れるほどではなく、ルイズ達にはその事を話してはいない。 (あーあ、懐かしかったなーあの力の感じは。オレを最初に振るってくれだ彼女゙と同じで――――ん?彼…女…?) そんな時であった、心の中でタルブの事と朧気な昔の記憶を思い出していたデルフの記憶に電流が走ったのは。 まるで永らく電源を入れていなかった発電機を起動させた時の様に、記憶の上に積もっていたノイズという名の埃が振動で空高く舞い上がっていく。 その埃が無くなった先に一瞬だけ見えたのだ、どこかの草原を歩く四人の男女の影を。 (誰だ…お前ら?――イヤ違う、知ってる。そうだ…!憶えてる、憶えてるぞ…) 誰が誰なのかをまだ思い出せないが、それでもデルフの記憶の片隅に断片が残っていた。 それがビジョンとして一瞬だけ脳内を過った事で、彼は一つだけある記憶を思い出す。 そう、自分は『ガンダールヴ』とその主であるブリミル…その他にもう二人の仲間がいたという事実を。 どうして、この瞬間に思い出したかは分からない…けれど、それを思いだすと同時にある事も思い出した。 これは長生きの代償で失ったのではなく、何故か意図的に忘れようとしたことを。 (でも…なんでだ?どうしてオレ、この記憶を゙忘れようどしたんだっけ?) 最も、その理由すら忘れてしまった今ではそれを思いだす事などできなかったが… それが彼の心と思考に、大きなしこりを生むこととなってしまった。 霊夢達の容赦ないダメ出しで怒った橙を宥め終えた藍は、彼女は後ろに下がらせて落ち着かせる事にした。 式の式である彼女は完全にへそを曲げており、頬を膨らませながら霊夢達にそっぽを向けている。 そりゃあ本人なりに主からの命で必死に調べた情報を貶されたのだ、つい怒りたくなるのも分かってしまう。 ご立腹な橙と、その彼女と対照的に落ち着いている霊夢たちを交互に見比べながらルイズはついつい橙に同情していた。 一方で霊夢と魔理沙は、盗まれた金額の多さに疑問を抱いた藍の為にこれまでの経緯をある程度砕いた感じで話している。 既にルイズの許可も得ており、まぁ霊夢達の関係者ならば大丈夫だろうと信じたのである。まぁそうでなくとも話さざるを得なかった思うが…。 霊夢としても、一応は紫の式に出会えた事でこれまでの出来事を報告しておこうと思ったのだろう。 幻想郷からこの世界に戻って来た後から、どうしてあれ程の大金を持っていたについてまで。 軽い手振りを交えつつあまり良いとは言えない思い出話に藍は何も言わずに、だがしっかりと耳を傾けて聞いていた。 語り終えるころには既に時間は午前九時を半分過ぎた所で、窓越しの喧騒がはっきりと聞こえてくる。 背すじを伸ばそうとふと席を立ったルイズは窓の傍へと近寄り、すぐ眼下に広がる通りを見てある事に気が付いた。 どうやらこの一帯は日中のチクトンネ街でも比較的活気がある場所らしく、窓越しに見える道を多くの人たちが行き交っている。 日が落ちて夜になればもっと活気づくだろうし、この店が比較的繁盛しているというのもあながち間違いではない様だ。 老若男女様々な人ごみを見下ろしながら、そんな事を考えていたルイズの背後から藍の声が聞こえてくる。 「成程、私がこの国の外を調べている内に色々とあったようだな」 「色々ってレベルじゃないわよ。全く、どれだけ命の危険に晒されたか分かったもんじゃないわ」 話を聞いて一人頷く藍を余所に、霊夢は苦虫を噛んでしまったかのような表情を浮かべながらこれまでの苦労を思い出していた。 思えば今に至るまでの間、これまで経験してきた妖怪退治や異変解決と肩を並べるほどの困難に立ち向かっているのである。 特にタルブ村で勝負を仕掛けてきたワルドとの戦いは、正直デルフと使い魔のルーンが無ければ最悪死んでいた可能性もあったのだ。 今にしてあの戦いを思い出してみれば、良くあの男の杖捌きについてこれたなと自分でも感心してしまう。 そんな風にして霊夢が感慨にひたる横で、今度は魔理沙が藍に話しかける番となった。 「それにしても意外だな。まさかタルブで襲ってきたシェフィールドが、元からアルビオン側だったなんてな」 「……!それは私も思ったわ」 魔理沙の口から出た言葉に窓の外を見つめていたルイズもハッとした表情を浮かべて、二人の話に加わってくる。 タルブ村へ侵攻してきたアルビオンの仲間として、キメラをけしかけてきた悪党であり『ミョズニトニルン』のルーンを持つ謎の女ことシェフィールド。 未だ彼女の詳細は何もわからない状態であったが、その女に関する情報を藍は持っていたのだ。 聞けばその女、何と今のアルビオンのリーダーであるクロムウェルの秘書として勤めているというのである。 「てっきりあの女が黒幕の一端かと思ったけど、案外身近なところにご主人様はいたんだな」 「う~ん、アルビオンが近いって言われると何か違和感あるわね。そりゃアンタ達には近いでしょうけど」 ルイズとしても、自らを始祖の使い魔の一人と自称していた彼女の主が誰なのか気にはなっていた。 もし藍の情報通りクロムウェルの秘書官であるなら、あの元聖職者の野心家が主という事になるのだろう。 即ち、アルビオン王家を滅ぼしあまつさえこの国を滅ぼそうとしたあの男が、自分と同じ゙担い手゙であるという証拠になってしまう。 そんな事を想像してしまい、思わず背すじに悪寒が走りかけたルイズへ藍がさりげなくフォローを入れてくれた。 「まぁ事はそう単純ではないのかもしれん。あの男が本当にその女の主なのか、な」 彼女の口から出た更なる情報にルイズはもう一度ハッとした表情を浮かべ、霊夢の眉がピクリと動く。 「それ、どういう事よ?」 「少なくともあの二人のやり取りを見ていたのだが、どうもアレは主従が逆転していたように見えるんだ」 そう言って藍は、アルビオンでの偵察中に見た彼らのやり取りを出来るだけ分かりやすく三人へ伝えた。 秘書官だというのに始終偉そうにしていたシェフィールドに、ヘコヘコと頭を下げて彼女に媚び諂うクロムウェルの姿。 主従が逆転したどころか、初めからそういう関係としか言いようの無い雰囲気さえ感じられたことを彼女は手短に説明する。 「じゃあ待ってよ。それじゃあクロムウェルっていう奴は、最初からその女の言いなりだったっていうの?」 「あぁ。少なくとも弱みを握られて仕方なく…という雰囲気ではなかったし、操られているという気配も感じられなかったな」 「ちょ…ちょっと待ってよ。じゃあ何?最初からクロムウェルはあのミョズニトニルンの手下だって事なの?」 流石のルイズも何と言ったら良いのか分からないのか、難しい表情を浮かべながら考えている。 もし自分の言った通りならばアルビオン貴族達の決起や王族打倒、そしてトリステインへの侵攻も全てあの女が仕組んだことになってしまう。 クロムウェルという名のハリボテの教会を隠れ蓑にして、『神の頭脳』はこれまで暗躍してきたというのか? そんな考えがルイズの頭の中を駆け巡っている中、魔理沙はふと頭の中に浮かんだ疑問を藍にぶつけている。 それは先ほど彼女が考えていた『クロムウェルという男が゙担い手゙だという』事に関してであった。 「なぁ、アイツは自分を始祖の使い魔の一人って自称してたんだが…もしかしてクロムウェルが…」 「う~む、それ以前に私はアルビオンであの男を見張っていたのだが、とても魔法を使える人間とは思えんな」 「ルイズの例もあるし、もしかしたら普通の魔法は使えないんじゃないの?」 それまで黙っていた霊夢も小さく手を上げて仮説を唱えてみるが、藍は首を横に振って否定する。 「少なくともメイジ…だったか、彼らからある種の力は感じてはいたが…あの似非指導者からは何の力も感じられなかったぞ」 藍の言葉を聞き、それまで一人考えていたルイズばバッと顔を上げて彼女の方を見遣る。 「……それってつまり、クロムウェルがただの平民だって事?」 「ハッキリと断言できる程の材料は無いが、そういう力が無ければそうなのかもしれん」 「じゃあ、シェフィールドの主とやらは…別にいるっていう事なのかしら?」 霊夢の言葉に、ルイズが「彼女の言う通りなら…それもあり得るかも」と言うしか無かった。 藍の言うとおり、とにもかくにも真実を探すための材料というモノが大きく不足してしまっている。 今のままシェフィールドについて話し合っても、当てずっぽうの理論しか出てくるものが無い。 最初から関わりの無い橙を除いて、四人と一本の間に数秒ほどの沈黙と緊張が走る。 何も言えぬ雰囲気の中で、最初にその沈黙を破り捨てたのは他でも藍であった。 「…しょうがない、この件に関しては私が追加で調査しておこう。色々と引っ掛るしな」 「あ、ありがとう、わざわざ…」 「礼には及ばんさ。それよりも一つ、お前に関して気になることを一つ聞きたいのだが」 彼女がそう言うとそれまで黙っていたルイズが礼を述べるとそう返して、ついでルイズへと質問しようとする。 この時、霊夢からこれまでの経緯を聞いていた彼女が何を自分の利きたいのか、既にルイズは分かっていた。 タルブでアルビオン艦隊と対峙した際に伝説の系統である『虚無』の担い手として覚醒した事。 彼女はそれに関する事を聞きたいのだろう、『虚無』とはどういうものなのかを。 「分かってるわ。私の『虚無』について、聞きたいのでしょう?」 「流石博麗の巫女を使い魔にしただけのことはある。…察しの良い奴は嫌いじゃない」 自分の言いたい事を先回りされた藍がニヤリと笑うと、ルイズはチラリと霊夢の顔を一瞥する。 今からでも「仕方ないなー」と言いたげな、いかにも面倒くさそうな表情を浮かべた彼女はルイズの視線に気が付き、コクリと頷いて見せた。 彼女としては特に問題は無いようだ。念のため魔理沙にも確認してみるが彼女もまたコクコクと頷いている。 …まぁ彼女たちはハルケギニアの人間ではないし、何より敵か味方かと問われれば味方側の者達だ。 不本意ではあるが、これからも長い付き合いになるだろうし、情報は共有するに越したことは無い。 その後は、渋々ながらも藍に自分が伝説の系統の担い手として覚醒した事を教える羽目になった。 王宮から受け賜わった何も書かれていない『始祖の祈祷書』のページが、アンリエッタから貰った『水のルビー』に反応して文字が浮かび上がってきたこと。 そこには虚無に関する記述と、『虚無』の魔法の中では初歩の初歩と呼ばれる呪文『エクスプロージョン』のスペルが載っていたこと。 その呪文一発でもって、頭上にまで来ていたアルビオン艦隊を壊滅させてしまったという驚愕の事実。 そして昨日、アンリエッタが自分の身を案じて『虚無』の魔法を使うのを控えるように言われた事までを、ルイズは丁寧に説明し終えた。 「成程、『虚無』の系統…失われし五番目の魔法ということか」 「まぁ私から言わせれば、あれは魔法というよりも世界の粒に干渉して意のままに操ってる…っていう感じが正しいわね」 「ちょっと、折角始祖ブリミルが授けてくれた系統を「する程度の能力」みたいな言い方しないでよ」 始祖の祈祷書に書かれていた内容をルイズの音読からきいていた霊夢が、さりげなく自分の主張を入れてくる。 少々大雑把な考えにも受け取れるが、確かに聞いた限りでは魔法と言う領域を超えているとしか言いようがない。 この世界に普遍する゙粒゙をメイジが杖を媒介にして干渉することで、四系統魔法が発動する。 『虚無』の場合はそれよりも更に小さな゙粒゙へと干渉し、艦隊を飲み込んだという爆発まで起こす事が出来るのだ。 もしもその力を自由に使いこなす事が出来るのであれば、それを魔法と呼んでいいものか分からない。 ルイズが自分たちの味方であるからいいものの、もしも彼女が敵側であったのならば… それこそ人間でありながら、幻想郷の妖怪たちとも平気で渡り合える力の持ち主と戦う羽目になっていたに違いない。 (全く、人の身にはやや過ぎた力だと思ってしまうが…今は爆発しか起こせないのが幸いだな) 現状ではルイズか今使える『虚無』の力はエクスプロージョンただ一つだけ。 あれ以来ルイズの方でも始祖の祈祷書のページを捲ってみたのが、他の呪文は何一つ記されていなかったのだという。 それを霊夢達に話し、今の所一番『虚無』に詳しいであろうデルフにどういうことなのかと訊いた所… ――――新しい呪文?そんな簡単にホイホイ出せるほど『虚無』ってのは優しい呪文じゃねェ。 必要な時が迫ればそん時の状況に最適な魔法が祈祷書に記される筈だ、それだけは覚えておきな …と得意気に言っていたらしいが、藍はそれを聞いてその本を造った者の用心深さに感心していた。 霊夢達から聞いた限りでは、『虚無』の力は例え一人だけであっても軍隊と対等かそれ以上に戦う力を持っている。 使い方によっては人の身で神にもなり得るし、その逆に全てを力でねじ伏せられる悪魔にもなってしまう。 大きすぎる力というモノは人の判断力と理性を鈍らせ、やがてその力に呑み込まれて怖ろしい化け物と化す。 外の世界ではそうして幾つもの暴虐な権力者が生まれては滅び、次に滅ぼしたモノがその化け物と化していくという悪循環が起こっている。 ここハルケギニアでも同様の悪循環が生まれつつあるが、少なくとも外の世界程破滅的な戦争が起こっていないだけマシだろう。 とにかく、もし『虚無』の力の全てを一個人が手にしてしまえば…どんな恐ろしい事が起こってしまうか分からないのだ。 (恐らく、『虚無』を作り上げ…更に祈祷書を書いた者は理解していたのだろうな。人がどれ程゙強力な力゙というモノに弱いのかを) かつて最初に『虚無』を使ったという始祖ブリミルの事を思いつつ、藍はルイズに質問をしてみる事にした。 「それで、現状はこの国の姫様から『虚無』を使うのは控えるよう言われているんだな?」 「えぇ。…少なくとも、街中であんな恐ろしい大爆発を起こそうだなんて微塵も思ってないわ」 「ならそれで良い。お前の『虚無』に関する事は私の方でも調べておこう。紫様にも報告を…」 そんな時であった、椅子に座っていた魔理沙がスッと手を上げて大声を上げたのは。 「…あ!なぁなぁ藍、ちょいと聞きたい事があるんだけど…良いかな?」 改めてルイズの意思を聞いた彼女は納得したように頷くと、会話が終わるのを待たずして今度は魔理沙が話しかけてきた。 少しだけ改まった様子の黒白に言葉を遮られた藍は、彼女をジッと睨みつつも「何だ、言ってみろ」と質問を許す。 「そういやさぁ、紫のヤツはどうしたんだよ?ここ最近姿を見かけなくなったような気がするんだが」 「んぅ?…そういえばそうねぇ、アイツなら何かある度に様子見に来るかと思ってたけど」 魔理沙の口から出た意外な人物の名前に霊夢も思い出し、ついでルイズも「そういえば確かに…」と呟いている。 今回の異変の解決には時間が掛かると判断し、ルイズを協力者にして霊夢をこの世界に送り返した挙句、魔理沙を送り込んだ張本人。 ハルケギニアへと戻った後も何度か顔を見せては、色々ちょっかいを掛けてくるスキマ妖怪こと八雲紫。 その姿を最後に見てからだいぶ経っているのに気が付いた魔理沙が、紫の式である藍に質問したのである。 魔理沙の質問に藍は暫し黙った後、難しそうな表情を浮かべながらゆっくりと、言葉を選びながらしゃべり出した。 「うーむ…私としても何と言ったら良いか。…かくいう私も、今は紫様がどこでどうしているのか把握できないんだ…」 「…?どういう事なのよ?」 最初何を言っているのか理解できなかったルイズが首を傾げて聞くと、藍は「言葉通りの意味だ」と返す。 彼女曰く、それまでやや遅れていたが定期的に藍の許へ顔を見せに来ていた紫が来なくなったのだという。 当初は何かしら用事があるのだろうと思っていたが、それ以降パッタリと連絡が途絶えてまったらしいのである。 「えぇ~、何よソレ?何かもしもの時の連絡手段とか用意してなかったワケ?」 「一応何かがあった際は他の式神を鴉なんかの小動物に憑かせて連絡する手筈だったのだが…どうにもそれが来なくて…」 「おいおい!お前さんがそこまで困ってるって事は結構重大な事なんじゃないか?」 流石に音沙汰なしで帰る方法も無いためにお手上げなのか、あの藍が困った表情を浮かべている。 これには霊夢と魔理沙も結構マズイ事態だと理解したのか、若干焦りはじめてしまう。 話についてこれなくなっていた橙も主の主の事でようやく話が追いつき、困惑した様子を見せている。 一方のルイズは、始めて耳にする言葉を聞きつつも今の彼女たちが緊急の事態に陥っている…という事だけは理解できた。 確かに、この世界と幻想郷を繋げた紫が来ないという事は…何かがあった際に彼女たちはこの世界から出られないだろう。 魔法学院で例えれば深夜まで居残りをさせられて、ようやく自室に到着!…と思った瞬間、鍵を無くしていた事に気付いた状態であろう。 どこで落としたのか分からないし、深夜だから鍵を作ってくれる鍵屋さんも呼ぶことができない。 そんなもしも…を頭の中でシュミレートし終えた後で、ルイズはようやく彼女たちが焦る理由が分かった。 「うん、まぁ確かに部屋の鍵を無くしたら焦るわよね。私の場合アン・ロックの魔法も使えないし」 「私達の場合は、アイツ自身がマスターキーなうえに合鍵も作れないという二重の最悪なんだけどね」 「おい!紫様だって今回の件は久しぶりに頑張ってるんだ、そう悪口を言うモノじゃない」 「久しぶりって所が紫らしいぜ」 「全く、アンタ達は本人がいないなのを良い事に……ん?」 霊夢と魔理沙がこの場にいない紫への評価を口にする中、橙がルイズの傍へと寄ってくる。 ついさっきまで藍の傍にいた彼女へ一体何なのかと言いたげな表情を浮かべてみると、向こうから話しかけてきてくれた。 「アンタも大変だよねぇ、いっつもあの二人と付き合わされてさぁ」 「あ…アンタ?」 何を喋って来るかと思えば、自分の事を貶してくれた霊夢達への文句だったようだ。 それよりも自分を「アンタ」呼ばわりしてきた事に軽く目を丸くしつつ、ひとまずは質問に答える事にした。 「ん、んー…まぁ大変っちゃあ大変だけど、流石にあんだけ個性があると勝手に慣れちゃうわよ」 「へぇ~…そうなんだ。貴族ってのは皆気の短いなヤツばかりだと思ってたけど、アンタみたいなのもいるんだね」 「それは私が変わっちゃっただけよ。…っていうか、その貴族である私をアンタ呼ばわりするのはどうなのよ?」 自分と橙を余所に、紫の事で話し合っている霊夢達を見ながらルイズかそう言うと橙は首を傾げて見せる。 その仕草が余計に可愛くて、しかし傾げた後に口から出た言葉には棘があった。 「……?私は式で妖怪だし、アンタは人間。妖怪が人のマナーを守る必要なんて特にないよね?」 「…!こ、この娘…」 正に猫を被っているとはこの事であろう。藍や霊夢達の前で見せていた態度とはまるっきり違う橙の姿にルイズは戦慄する。 更に彼女たちへ聞こえない様に声を潜めている為、尚更性質が悪い。 思わぬ橙の一面を見たルイズが驚いてる最中、橙は更に小声で喋り続ける。 「それにしてもさぁ、紫様も結構無責任だよねぇ。私と藍様をこんな人間だらけの世界で情報収集を押し付けちゃうし…」 「あら、私はそう無茶な命令だと思っていないわよ?」 「う~んどうかしらねぇ?貴女はともかくランの方は意外、と…………ん?」 主の主が自分たちへ処遇に文句を言う橙へ返事をしようとしたルイズは、ある違和感に気付く。 それはもしかするとそのまま無視していたかもしれない程、彼女には物凄く小さく…けれども目立つ変な感じ。 幸いにも橙へ言葉を返す前に気付けた彼女は、自分が気づいた違和感の正体を既に知っていた。 ………今自分が喋る前に、誰かが橙に話しかけた? 窓越しの喧騒と霊夢達の話し声に混じって、女性の声が橙に言葉を返したのである。 それは気のせいではなく、確実に耳に入ってきたのである――――自分橙の背後から、ひっそりと。 朝っぱらだというのに、誰もいない背後から聞こえてきた女の声にルイズは思わず冷や汗を流しそうになってしまう。 隣にいる橙へと視線を向けると、途中で言葉を止めてしまった自分を見て不思議そうな視線を向けている。 その目と自分の目が合ってしまい、何となく互いに小さな会釈した後で再び視線を霊夢達の方へ向け直す。 妖怪である彼女なら何か気づいていると思ったが、どうやらあの猫の耳は単なる飾りか何からしい。 そんな事を思いながらも、ルイズは背後から聞こえてきた女の声が何なのか考えていた。 (…こんな朝っぱらから幽霊とか…でもこの店、夜間営業だからそういう類は朝から出るのかしら?) そんなバカみたいな事を考えながらも、しかし間違っても幽霊ではないだろうと思っていた。 もしその手の類ならば自分よりも先にここにいる幻想郷出身の皆々様が先に気付くはずだろうからだ。 幻聴という線もあるが第一自分はそういう副作用が出る薬やポーションなんて服用してないし、疲れてもいない。 いや、現在進行中で精神疲労は溜まっているがまだまだ体は元気で、昨日はバッチリ八時間も睡眠している。 それなの何故、女性の声が聞こえたのだろうか?後ろを振り向く前にその理由を探ろうとして、 「もぉ~。聞こえてるのに無視するなんて傷つくじゃないのぉ」 「うわっ――――ひゃあッ!?」 背後から再び女性の声が聞こえると同時に何者かにうなじを撫でられ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。 その悲鳴に隣にいた橙は二本の尻尾と耳を逆立てて驚きのあまり飛び跳ね、そのまま後ろへと下がる。 単にルイズの悲鳴で驚いたのではなく、彼女の後ろにいつの間にか立っていた『女性』を見て後ずさったのだ。 「…わっ!ちょ何だ何だ―――って、あぁ!」 「………全く、アンタっていつもそうよね?いないないって騒いでる所で驚かしにくるんだから」 議論をしていた霊夢達も何だ何だと席を立ったところで、魔理沙がルイズの背後を指さして驚いている。 霊夢も霊夢で、彼女に背後に現れた女性に呆れと言いたい表情を浮かべてため息をついていた。 うなじを撫でられ、思わずその場で前のめりに倒れてしまったルイズが背後を振り向こうとした時、 それまで若干偉そうにしていた藍が恭しくその場で一礼すると、自分の背後にいる人物の名を告げた。 「誰かと思えば…やはり来てくれましたか、紫様」 「え…ゆ、ユカリ…じゃあ?」 「貴女のうなじ、とっても綺麗でしたわよ?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」 そう言いながら彼女―――八雲紫はルイズの前に歩いて出てくると、すっと右手を差し出してくる。 白い導師服に白い帽子という見慣れた出で立ちの彼女の顔は、静かな笑みを浮かべながらルイズを見下ろしていた。 呼ばれて飛び出て何とやら…というヤツか。ルイズはそんな事を思いながらも一人で立って見せる。 別に彼女から差し出された手を掴んでも良かったのだが、以前睡眠中の自分を悪戯で起こした事もあった妖怪だ。 どんな罠を仕組まれてるか分からないし、それを考えれば一人で立って見せる方がよっぽど安全なのだ。 「あら、ひどい娘ね。折角私が手を差し伸べてあげたのに」 「そりゃーアンタがルイズのうなじを勝手に撫でたうえに、いっつも胡散臭い雰囲気放ってるからよ」 やや強いリアクションでがっかりして見せる紫に傍へよってきた霊夢が突っ込みを入れつつ、彼女へ話しかけていく。 「っていうか、アンタ今まで何してたのよ?ここ最近ずっと姿を見なかったし、こっちは色々あったのよ」 「そうらしいわね。さっきこっそり、あなた達が藍に報告してるのを盗み聞きしてたから一通りの事は知ってるわよ」 「そうですか…って、えぇ?それってつまり、随分前からこっちに来てたって事じゃないですか!」 どうやら主の気配に気づかなかったらしい藍が、目を丸くして驚いて見せる。 何せさっきまで紫が来ない来ないと困惑して様子で話していた所を、全て彼女に聞かれていたのだ。 「ちょっと驚かそうと思ってたのよ。何せこうして顔を見せに来るのも久しぶりだし、皆喜んでくれるかなーって…」 「喜ぶどころか、何でもっと速く来なかったってみんな思ってるぜ?」 「まぁちょっとは心配しちゃったけど。さっきの盗み聞き云々聞いてたら、そんな事思ってたのが恥ずかしくなってくるわね」 「私にも色々あったのよ、それだけは理解して…って、ちょっと霊夢?そんな目で睨まないで頂戴よ」 頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を見せる紫の言葉に、魔理沙がすかさず突っ込みを入れる。 先程まで藍達に混じって多少焦っていた霊夢もそんな事を言いながら、紫をジト目で睨んでいた。 そりゃあんだけ心配それた挙句に、あんな登場の仕方をすればこんな反応をされても可笑しくは無いだろう。 彼女の式である藍もまた、主の平気そうな様子を見て苦笑いを浮かべるほかなかった。 「まぁでも、これで元の世界に帰れないっていうトラブルはなくなったわよね?……って、ん?」 ルイズは一人呟きながら隣にいる筈の橙へ話しかけようとして、ふといつの間にかいなくなっている事に気が付く。 紫がうなじを撫でた時にびっくりして後ろへ下がっていたが、少なくともすぐ隣にいる位置にいた筈である。 じゃあ一体どこに…?ルイズがそう思った時、ふと後ろで小さな物音がした事に気が付き、おもむろに振り返った。 丁度自分の背後―――通りを一望できる窓に抜き足差し足で近づこうとしている橙がいた。 姿勢を低くして、二本足で立てるのに四つん這いで移動する彼女は何かを察して逃げようとしているかのようだ。 いや、実際に逃げようとしているのだろう。ルイズは何となくその理由を察していた。 何せ先ほど口にしていた人間への態度や、主の主…つまりは紫に対する批判が全て聞かれていたのだから。 正に沈みゆく船から逃げ出すネズミ…いや、そのネズミよりも先に逃げ出そうとする猫そのものである。 ここは一声かけて逃げ出すのを防いでやろうか?先ほど「アンタ」呼ばわりされたルイズがそう思った直後、 「さて、色々あるけれど…まずは―――…橙?少し私とお勉強しましょうか」 「ニャア…ッ!?」 「あ、ばれてたのね」 逃げ出そうとする橙に背中を見せていた紫の一言で逃亡を制止されて身を竦ませた橙を見て、ルイズは思った。 もしも八雲紫から逃げる必要が迫った時には、なるべく気絶させる方向に持っていこうかな…と。 トリステイン南部の国境線にある、ガリア王国陸軍の国境基地。通称『ラ・ベース・デュ・ラック』と呼ばれる場所。 ハルケギニアで最大規模の湖であるラグドリアン湖を一望できるこの場所は、ちょっとした観光スポットで有名だ。 四季ごとにある祭りやイベントにはガリア、トリステイン両方も多くの人が足を運び賑わっている。 その為湖の周辺には昔から漁業で生計を立てる村の他にも、観光客を受け入れる為の宿泊施設も幾つか建てられている。 特に夏の湖はため息が出るほど綺麗であり、燦々と輝く太陽の光を反射する湖面は正に宝石の如し。 釣りやボートにスイミングなどで湖を訪れる者もいれば、とある迷信を信じて訪れるカップルたちもいるのだ。 ここラグドリアン湖は昔から水の精霊が棲むと言われる場所であり、実際にその姿を目にした者たちもいる。 そして、この湖で永遠の愛を誓ったカップルは、死が二人を分かつまで別れる事は無くなるのだそうだ。 そんな素敵な言い伝えが残るラグドリアン湖の夏。今年もまた多くの人々がこの地に足を踏み入れる……筈だった。 しかし、今年に限ってそれは無理だろうと夏季休暇を機にやってきた両国の者たちは同じ思いを抱いていた。 その理由は、それぞれの国のラグドリアン湖へと続く街道に設置された大きな看板に書かれていた。 ―――――今年、ラグドリアン湖が謎の増水を起こしているために湖への立ち入りを禁ず。 ――――――尚、トリステイン(もしくはガリア)への入国が目的の場合はこのまま進んでも良しとする。 看板を目にし、増水とは一体どういう事かと納得の行かぬ何人かがそれを無視して街道を進み…そして納得してしまう。 書かれていた通り、ラグドリアンの湖は一目見てもハッキリと分かるくらいに水が増えていた。 湖畔に沿って造られていた村や宿泊施設は水に呑まれ、ボートハウスは屋根だけが水面から出ているという状態。 ギリギリでガリア・トリステイン間の街道にまで浸水していないが、時間の問題なのは誰の目にも明らかである。 国境を守備する両国軍はどうにかしようと考えてみるものの、大自然の脅威というものに対して有効な策が思いつかない。 ガリア軍では土系統の魔法で壁を作るなどして何とか水をせき止めようと計画していたが、湖の規模が大きすぎてどうにもならないという始末。 日々水かさが増えていく湖を見て、ガリア陸軍の一兵卒がこんな事を言った。 「もしかすると、水の精霊様が俺たち人間を追い出そうとしてるのかもな」 聞いたものは最初は何を馬鹿な…と思ったかもしれないが、後々考えてみるとそうかもしれないと考える様になった。 ここが観光地になったのはつい九十年前の事で、その以前は神聖な場所として崇められていたという。 しかし…永遠の愛が叶うという不確かな迷信ができてから一気に観光地化が進み、それに伴い様々な問題が相次いで発生した。 魚や貝類、ガリアでは主食の一つであるラグドリアンウシガエルの密漁や平民貴族問わずマナーの無い若者たちのドンチャン騒ぎ。 そして極めつけはゴミのポイ捨て。これに関してはガリアだけではなくトリステインも同じ類の悩みを抱えていた。 人が来れば当然モラルのなってない者達が来るし、彼らは自分たちで作ったゴミを平気で捨てていく。 まだ小さい物であれば近隣の村人たちでも拾う事が出来るが、まれにとんでもない大型の粗大ゴミさえ放置されている事もある。 そうなると村人たちの手ではどうしようもできないので、仕方なく軍が出動して回収する羽目になるのだ。 キャンプ用具や車輪の部分が壊れた荷車ならともかく、酷い時には大量の生ゴミさえ出る始末。 ゴミのポイ捨てを注意する看板やポスターもあちこちに置いたり貼ったりするが、捨てる者たちは皆知らん顔をして捨てていく。 そんな人間たちが湖で騒ぐだけ騒いでゴミも片付けずに帰っていくだけなら、そりゃ水の精霊も激怒するかもしれない。 精霊にとってこの湖は自分の家の庭ではなく、いわば湖そのものが精霊と言っても差し支えないのだから。 「ふーむ…。久しぶりに来てみれば、中々面白い事になってるじゃないか」 ガリア側の国境基地。三階建ての内最上階に造られた会議室の窓から湖を眺めて、ガリアの王ジョゼフは一言つぶやく。 その手に握った望遠鏡を覗く彼の目には、屋根だけが水面から見えるボートハウスが写っている。 去年ならばこの時期はリュティスから来た貴族たちがボートに乗り、従者に漕がせる光景が見れたであろう。 しかし今は無残にもそのボートハウスは水没しており、それどころかすぐ近くにある漁村も同じ目にあっていた。 「俺がラグドリアン湖に来るのは六…いや三年ぶりか、あの時は確か…園遊会に出席したのだったな」 トリステインのマリアンヌ太后の誕生日と言う名目で行われたパーティーの事を思い出して、彼はつまらなそうな表情を浮かべる。 ガリアを含む各国から王族や有力貴族たちが出席したあの園遊会は、二週間にも及んだはずだった。 招待された貴族達からしてみれば有力者…ひいては王族と知り合いになれる絶好の機会だが、ジョゼフにはとてもつまらないイベントであった。 その当時はガリア王として出席したが、当時から魔法の使えぬ゙無能王゙として知られていた彼に好意を持って接する貴族はいなかった。 精々金やコネ目当ての連中が媚び諂いながら名乗ってきた事があったが、生憎彼らの名前は全部忘れてしまっている。 その時の彼は園遊会で出された美味珍味の御馳走を食べながら、リュティスを発つ二日前に買っていた火竜の可動人形の事が気になって仕方がなかったのだ。 手足や首に尻尾や羽根の根元などの関節が動く新しい人形で、三年経った今ではシリーズ化してラインナップも揃って来ている。 元々そういう人形に興味があった彼はシリーズが出るごとに買っているし、今も最初に買った火竜は大切に保管している程だ。 「あの時は良く陰で無能王だか何だか囁かれて鬱陶しかったが、今では余の二つ名としてすっかり定着しておるな」 「お言葉ですがジョゼフ様、無能王では三つ名になってしまいますわ」 クックックッ…くぐもった笑い声をあげるジョゼフの背後から、指摘するような女性の声が聞こえてくる。 そう言われた後で真顔になった彼はフッと後ろを振り向いた後、今度は口を大きく開けて豪快に笑いだした。 「フハハハ!確かにそうであるな、お主が指摘してくれなければ今頃恥をかくところであったぞ。余のミューズよ」 「お褒めの言葉、誠にもったいなきにあります」 ジョゼフから感謝の言葉を言われた女性――シェフィールドはスッと一礼して感謝の言葉を述べる。 以前タルブにてキメラを操って神聖アルビオン共和国に味方し、ルイズ一行と対峙した『神の頭脳』ことミョズニトニルンの女。 今彼女の体には所々包帯が巻かれており、痛々しい傷を受けたことが一目で分かる。 笑うのを止めたジョゼフはその傷を一つ一つ確認しながら、こちらの言葉を待っている彼女へと話しかけた。 「報告は聞いたぞ?どうやら思わぬイレギュラーのせいで手痛い目に遭わされたようだな」 「…はい。私が万事を尽くしていなかったばかりに、不覚のいたりとは正にこの事です」 明らかな落胆を見せるシェフィールドは、ジョゼフの言葉でこの傷の出自をジワジワと思い出していく。 忘れもしない、アストン伯の屋敷の前で起こった。今も尚腹立たしいと思えてくるあのアクシデント。 本来ならやしきの傍にまでやってきたトリステインの『担い手』―――ルイズとその使い魔たちの為にキメラをけしかける予定であった。 まだ本格的な量産が始まる前の軍用キメラのテストと、自分の主であるジョゼフを満足させるために、 彼女たちをモルモット代わりにしてキメラ達の相手をしてもらう筈だったのである。 ところが、それは突如乱入してきた謎の女によって滅茶苦茶にされてしまった。 謎の力でキメラ達を蹴って殴ってルイズ達に助太刀し、当初予定していた計画が大幅に狂ってしまったのである。 それだけではない、味方であったはずのワルド子爵が乱入してきたのは予想もしていなかった。 おまけと言わんばかりにライトニング・クラウドでキメラの数を減らされたうえに、あろうことかルイズまで攫って行ったのだ。 それが原因で彼女の使い魔であるガンダールヴの小娘とメイジと思しき黒白すら見逃してしまったのである。 そこまで思い出したところで、シェフィールドはもう一度頭を下げるとジョゼフにワルドの処遇について訪ねた。 「ワルド子爵の件につきましては、貴方様の許しがあれば自らのけじめとして奴を処分しますが…どうしましょう」 シェフィールドからの質問に、ジョゼフは暫し考える素振りを見せた後…彼女に得意気な表情を見せて言った。 「う~ん…まぁ彼とて以前あの巫女と担い手のせいで手痛い目に遭わされたのだろう?なら彼がリベンジに燃えるのは仕方ない事だ」 「ですが…」 「今回だけは許してやろうじゃないか、余のミューズよ。…ただし、もし次に同じような邪魔をすれば――子爵にはそう伝えておけ」 自分の言葉を遮ってそんな提案をだしてきたジョゼフに、彼女は仕方なく頷いて見せる。 敬愛する主人の判断がそうであるなら従わなければいけないし、何より彼もあの子爵に次は無いと仰った。 本当なら今すぐにでも殺してやりたかったが、そのチャンスはヤツが生きている限りいつまでも続くことになるだろう。 シェフィールドはそういう解釈をして心を落ち着かせようとしたとき、 「――ところで余のミューズよ。最初に妨害してきたという謎の女についてだが…あの報告は本当か?」 「え?………あっ、はい。あの黒髪の女については…信じられないかもしれませぬが、本当です」 一呼吸おいて次なる質問を出してきたジョゼフの言葉に、彼女は数秒の時間を掛けてそう答えた。 ワルドよりも先に現れ、ルイズ達と共にキメラと戦ったあの長い黒髪の巫女モドキ。 異国情緒漂う衣装を着た彼女は、ルイズを捕まえたワルドを追いかけた霊夢達を逃がすために自ら囮となった哀れな女。 アストン伯の屋敷の地下に避難していた弱者どもを守っていた、腕に自信のある御人好し。 そんな彼女の前で屋敷に避難する者達を殺してやろうと企んでいた時―――シェフィールドは気が付いたのである。 これから苦しむ巫女もどきの顔を何気なく撫でた時、額に刻まれた『ミョズニトニルン』のルーンが反応したのだ。 それと同時に頭の中に入り込んでくる情報は、目の前にいる女が人ではなく人の形をした道具であったという事実。 今現在自らが指揮を執って研究し、そのサンプル――゙見本゙として一体の魔法人形と巫女の血を組み合わせて作った人モドキ。 その時の衝撃もまた思い出しながら、シェフィールドは苦々しい表情でジョゼフに告げた。 「あの巫女モドキは姿かたちこそ違えど、間違いなく…私が゙実験農場゙で造り上げだ見本゙そのものでしたわ」 自分自身、信じられないと言いたげな表情を浮かべる彼女にジョゼフはふむ…と顎に手を当ててシェフィールドを見つめる。 彼もその゙見本゙の事は知っていた。サン・マロンの゙実験農場゙でとある研究の為の見本として造られ、そして処分される筈であった存在。 かつてアルビオンで霊夢の胸を突き刺したワルドの杖に付着した血液と古代の魔法人形『スキルニル』から生まれた、博麗霊夢の贋作。 彼女を元にして実験農場の学者たちに゙あるもの゙を造らせる為、シェフィールドば見本゙を生み出したのだ。 この世界に現れた彼女がどれほど強く、そしてその力を手中に収め、制御できることがどれ程すごいのかを。 ゙見本゙はそのデモンストレーションの為だけに生み出され、そして研究開始と共に焼却処分される予定だった。 しかしその直前にトラブルが発生じ見本゙は脱走、実験農場の警備や研究員をその手に掛けてサン・マロンから姿を消してしまった。 「あの後『ストーカー』をけしかけたが失敗し、招集した『人形十四号』がヤツを見つけたものの…」 「えぇ、まんまと逃げられてしまいましたわ」 キメラの他に、こちらの味方である『人形』の事を思い出したシェフィールドは苦々しい表情を浮かべる。 あの時は何が何でも止めて貰う為に、成功すればその『人形』にとっで破格の報酬゙を与える予定であった。 だが…後々耳にしたサン・マロンでの暴れっぷりを聞く限りでは、止められたとしても『人形』が生きていたかどうか… まぁ仮に死んでしまったとしても使える駒が一つ減るだけであり、いくらでも代わりがきく存在である。 シェフィールドの表情から悔しそうな思いを感じ取りつつも、ジョゼフは顎に手を当てたまま彼女への質問を続けていく。 「ふむ…それで、一度は見逃しだ見本゙とお主はタルブで再会を果たしたのだな?」 「はい。…正直言えば、私としてもここで再会したのはともかく…あそこまで姿が変わっていた事に動揺してしまいました」 ジョゼフからの質問にそう答えると、彼女はその右手に持っていた一枚の紙を彼の前に差し出す。 何かと思いつつもそれを受け取ったジョゼフは、その紙に描かれていた女性の姿を見て「おぉ…」と呻いて目を丸くさせた。 「何だこれは?余が゙実験農場゙で見た時は、あの少女と瓜二つであった筈だぞ」 ジョゼフの目に映った絵は、長い黒髪に霊夢とはまた違った意匠の巫女服を着る女性――ハクレイであった。 恐らく今日か昨日にシェフィールド自身の手で描いたのだろう、所々急いで描き直した部分もある。 きっと記憶違いで実際とは異なる部分もあるだろうが、それでも『ガンダールヴ』となったあの博麗の巫女とは違うのが良く分かる。 「身長はあの巫女よりも二回り大きく、ジョゼフ様とほぼ同じ等身かと思われます」 「成程…確かにこう、絵で見てみると本物の巫女より中々良い体つきをしてるではないか!」 シェフィールドの補足を聞きつつ、ジョゼフはハクレイの上半身――主に胸部を指さしながら豪快に言う。 若干スケベ心が見える物言いに流石のシェフィールドも顔を赤くしてしまい、それを誤魔化すように咳払いをして見せる。 「…こほん!とにかく、その絵で見ても分かるように明らかに元となっている巫女の姿とはかけ離れています」 「ふぅむ、袖や服の形などは若干似ていると思うが。…まぁ別物と言われれば納得もしてしまうな」 冗談で言ったつもりが真に受けてしまった彼女を横目で一瞥したジョゼフは、ハクレイの姿を見て改めてそう思った。 報告通りであるならば戦い方も大きく違っていたらしく、シェフィールド自身も単なる人間かと最初は思っていたらしい。 そりゃそうだ。元と瓜二つであった人形が、一年と経たぬうちに身長が伸びて体つきも良くなった…なんて事、誰が信じるか。 ましてやそれが『スキルニル』ならば尚更だ。あれは血を媒介にして元となった人間を完璧にコピーしてしまうマジック・アイテム。 メイジならばその者が使える魔法は一通り使えるし、平民であっても何か特技があればそれを見事に真似てしまう。 それが一体全体どうして、元の人間からかけ離れた姿になってしまったのか?それはジョゼフにも理解し難かった。 「して、余のミューズよ。今後その゙見本゙に関して何かするつもりなのか?」 「はっ!サン・マロンの学者たちに原因を探るよう要請するつもりですが…それで解明するかどうか」 「うむ、そうか。…ではグラン・トロワにある書物庫から全ての資料持ち出しを許可する。何が起きているのか徹底的に探るのだ」 シェフィールドの言葉を聞いたジョゼフは、即座に国家機密に関わるような事をあっさりと決めてしまった。 本来ならば宮廷の貴族達でも滅多に閲覧する事の出来ない資料を、学者たちは邪魔な書類や審査を待たずにも出せるのである。 流石のシェフィールドもこれには少し驚いたのか、「よろしいのですか?」と真顔でジョゼフに聞き直してしまう。 「構わん、どうせ埃を被っているのが大半だろう?ならば学者どもの為に読ませてやるのも本にとっては幸せと言うものさ」 口約束であっさりと決めてしまったジョゼフの顔には、自然と笑みが浮かび始めている。 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供か、新しい楽しみをみつけた時の様なそんな嬉しさに満ちた笑み。 彼女はそれを見て察する。どうやら我が主は件の巫女もどきに大変興味を示したのだと。 だからこそ学者たちの為に書物庫を開放し、徹底的に調べろと命令されたに違いない。 自分の欲求を満たす為だけに国の機密情報を安易に開放し、あろう事か持ち出しても良いという御許しまで出た。 常人とは…ましてや王として君臨している男とは思えぬ彼ではあるが、だからこそシェフィールドは惹かれているのだ。 自らの行為を非と思わず、誰に何を言われようとも我が道を行き続けるジョゼフに。 面白い事を見つけ、喜びが顔に表れ始めている主人を見て、シェフィールドは微笑みながら聞いてみた 「随分ど見本゙に興味を持たれましたのね?」 「そりゃあそうだとも、何せただの人形だったモノがここまで変異する…余からしてみれば大変なサプライズイベントだよ」 シェフィールドからの質問に両手を大きく横に広げながら答えつつ、ジョゼフは更に言葉を続けていく。 「それに…報告書の通りならばヤツは最後の最後でお主が率いていたキメラどもを文字通り『一掃』したのだろう? ならば今後我々の前に立ちはだかる脅威となるか調べる必要もある。…とにかく、今は情報が不足しているのが現状だ。 ひとまず資料からこれと似た前例があるか調べつつ、タルブを含めトリステイン周辺に人を出してその巫女もどきの情報を探し出せ。 ゙坊主゙どもにはまだ気づかれていないだろうが、念には念を入れて今後゙実験農場゙の警備も増強する旨を所長に伝えておけ」 彼女が出した報告書の内容を引き合いに出しつつ、トリステインへ探りを入れるよう命令しつつ、 最近問題として挙がってきていだ実験農場゙の警備増強に関しても、あっさりとその場で決めてしまった。 これもまた、宮廷貴族や軍上層部の者達と話わなければいけない事だがジョゼフはその事はどうでも良いと思っていた。 自身の地位と金にしか興味の無い宮廷側と、未だ自分に反感を持つ軍側の人間どもでは話がつかない。 ならば勝手に決めてしまえば良い。どうせ自分のサインが書かれた書類を提示すれば、連中は不満を垂れながらも結局はなぁなぁで済ましてしまう。 だが奴らとしては、かつて自分達が゙無能゙と嘲笑ってきた王の勝手な判断には確実な怒りを募らせるだろう。 それもまた、王であるジョゼフにとっては些細な楽しみの一つであった。 つい数年前まで自分を嘲笑っていた貴族共の前でふんぞり返って見せるのは、中々面白いのである。 「では、今後はヤツの情報収集を行うのは把握しましたが…トリステインの担い手と周りいる連中についてはどういたしましょう」 主からの命令に了承しつつも、シェフィールドはタルブで艦隊を壊滅させたルイズの事について言及する。 あの少女が前々から虚無の担い手だという事は理解していたが、まさかあそこで覚醒するとは思ってもいなかった。 おかげでトリステインを侵略する筈だったアルビオン艦隊は旗艦の『レキンシントン』号を含めその大半を失い、 更に貴族派の者達から粛清を免れていた優秀な軍人を、ごっそり失う羽目になってしまったのである。 シェフィールド個人としては、いつでも手が出せるような状態にしておきたいとは思っていた。 少なくともアストン伯の屋敷で対峙した時点でこちらの味方になるという可能性はゼロであり、 尚且つ彼女の使い魔である霊夢やその周りにいる黒白の金髪少女は、明らかに脅威となるからである。 彼女の言葉で報告書にも書かれていたルイズの虚無の事を思い出したジョゼフは数秒ほど考えた後、 まだ覚醒したばかりのトリステインの担い手を脅威と判断したのか、彼はシェフィールドに命令を下す。 「そうだな…確かに無警戒というのもよろしくない。゙坊主ども゙も必ずこの時期を狙って接触してくるだろうしな」 「では…」 「うむ、余のミューズよ。ここからなら歩いてでもトリステインへ行けるし、何より今は夏季休暇の季節であるしな」 「流石ジョゼフ様。この私の考えを汲み取ってもらえるとは光栄です」 自分の考えを読み取って先程の命令を取り消してくれた事に、シェフィールドは思わず膝をついて頭を垂れてみせた。 巫女もどきの件は他の人間なり手紙を使えば伝えられるし、実験農場の学者たちは基本優秀な者ばかりを登用している。 無論国家機密の情報をリークする・させるというミスも犯さないだろうし、彼らならば問題は起こさないだろう。 それより今最も警戒すべきなのは、ここにきて虚無が覚醒したトリステインの担い手にあるという事だ。 あの少女の出自は大方調べてあったし、覚醒するまではそれ程厳重に監視するほどでも無いという評価を下していた。 しかし、二年生への進級試験として行われる春の使い魔召喚の儀式において、その評価は百八十度覆されたのである。 よりにもよってあの小娘は、大昔にその存在すら明かす事を禁忌とされた巫女――即ち『博麗の巫女』を召喚したのだ。 当初は単なる偶然の一致かと思われたが、監視要員を送る度にあの少女――霊夢が博麗の巫女である証拠が増えていった。 この世界では誰も見たことが無いであろう見えぬ壁に、先住魔法とは大きく異なる未知の力に、魔法を介さず空を飛ぶという能力。 そして、古くからこの世界の全てを知っている゙坊主ども゙が動き出したのを見て、シェフィールドとジョゼフは確信したのだ。 虚無の担い手である公爵家の小娘が、あの博麗の巫女を再びこの世界に召喚したのだと。 それから後、ジョゼフはシェフィールドや他の人間を使って監視を続けてきた。 幾つかのルートを経由して、霊夢に倒されたという元アルビオン貴族だったという盗賊から彼女の戦い方を知り、 何らかの事情でアルビオンへと赴こうとした際には人を通して指示を出し、ワルド子爵に彼女の相手をさせ、 更に王党派の抜け穴からサウスゴータ領へと入ってきた霊夢に、マジックアイテムで操ったミノタウルスをけしかけ、 それでも駄目だった為、かなりの無理を押して貴族派に王宮を不意打ちさせても、結局は逃げられてしまった。 最も…その時再戦し子爵から一撃を貰い、彼の杖に付着した血のおかげでこちらは貴重な手札を手にしたのだが…。 とにもかくにも、それ以降は事あるごとに彼女たちへ刺客を送り込んでいった。 ある時はトリステイン国内にいる憂国主義の貴族達にキメラを売っては適度に暴れさせ、 いざ巫女に存在を感づかせて片付けさせるついでに、彼女の戦い方をより詳しく観察する事ができた。 自分たちより先に巫女の存在を察知していだ坊主ども゙は未だ接触を躊躇っており、実質的に手札はこちらが多く持っている。 それに今は、その巫女に対抗するための゙切り札゙もサン・マロンの実験農場で開発中という状況。 二人の周りにいつの間にか現れた黒白の少女と件の巫女もどき…、そしてルイズの覚醒が早かった事は唯一の想定外であったが、 そういう想定外の状況をも、このお方は一つの余興として楽しんでいるのだ。 決して余裕を崩す事の無い主にシェフィールドは改めて尊敬の意を感じつつ、 今すぐにでもトリステインへ赴くため、ここは別れを惜しんで退室しようと再び頭を垂れた。 「ではジョゼフ様。…このシェフィールド、すぐにでもトリステインで情報収集を…」 「うむ、頼んだぞ余のミューズよ。まずは王都へと赴き、アルビオンのスパイたちと接触するのだ。 奴らなら最近のトリステイン情勢を詳しく知っているだろうし、何よりあの国の゙内通者゙にも紹介してくれるだろう」 陰で『無能王』と蔑まれる自分に恭しく頭を下げてくれる彼女を愛おしげに見つめながら、その肩を叩いてやった。 シェフィールドもまた、自分を必要としてくれる主の大きく暖かい手が自分の肩を叩いた事に、目を細めて喜んでいる。 その状態が数秒ほど続いた後…ジョゼフが手を降ろした後にシェフィールドも頭を上げて、踵を返して部屋を出ようとしたその時… 「………あっ!そうだ、待ちたまえ余のミューズ!最後に伝えるべき事を忘れておった」 「――…?伝えるべき…事?」 最後の最後で何か言い忘れていた事を思い出したのか、急にジョゼフに呼び止められた彼女は彼の方へと振り向く。 いよいよ部屋を出ようとして呼び止めてしまったのを恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しに笑いつつ彼女に伝言を託す。 「以前キメラの売買で知り合った、トリステインの『灰色卿』へ伝えろ。お前さんたちに御誂え向きの『商品』がある…とな」 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8098.html
前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略) ルイズが『始祖の祈祷書』を受け取った頃、エレオノールもまた、 竜籠で急ぎトリスタニアの研究室に戻っていた。それほどの期間を留守に したわけではないが、部屋に入ったとたんに落ち着いた気持ちになった のは、そこが自分の城であるためか。 エレオノールは、ブルドンネ街の骨董市で見つけたお気に入りの年代物の ゆったりとした椅子に深く腰を下ろし、その手に金属製の筒をもてあそぶ。 それはルイズとカトレアが食べたパイン缶だったが、その真ん中には 撃ち抜いたような同じ大きさの穴がいくつも開いていた。 「……まったく。こういうものを食べるときは、わたしも呼びなさいよね……」 エレオノールは渋面を隠さない。妹たちだけで滅多に手に入らない おいしいものを食べたということで、いささか寂しい思いをしていたの だった。 そうしているうちに、研究室のドアがノックされる。扉の向こう側から、 いささか覇気に欠ける声がする。 「……私だ」 彼女が急ぎ帰還した理由が、そこにいた―― 同時刻。高等法院の隠し部屋―― そもそも高等法院にそのような部屋があること自体が問題であるが、 元々あった部屋に仕切りを立てて隔離したその小部屋は、そうされてから 十年を越える歳月と、幾重にもかけられた『サイレンス』の魔法により、 外界から漏れない内密のことを行うにはうってつけの部屋となっていた。 そこに、高等法院長リッシュモンと……タルブに向かった銃士隊隊長 アニエスの留守を預かっている銃士隊副長ミシェルの姿があった。 リッシュモンはミシェルより渡された羊皮紙の束――報告書に目を通すと、 ミシェルに鋭い視線を向ける。 「……手を回すのが遅かったようだな」 「は、はい。先日の銃士変死事件以降、新型銃『サンパチ』の工廠と 訓練を行う射撃場には隊長の許可なくては立ち入れなくなりました。 また、第八小隊の行方も……」 声を震わせるミシェル。それをリッシュモンはつまらぬものでも 見るかのように吐き捨てる。 「ふん。前回の報告にあった姫殿下の秘密部隊か。私にも尻尾を 掴ませぬとは……忌々しい。 まあよい。そちらは私が処理する。貴様はこれまでどおり、情報収集に 努めよ。決して尻尾を掴ませぬようにな」 「は」 一礼して隠し部屋を辞すミシェル。その先は法院長室。国王以外で 許可なく立ち入ることはできず、またその部屋からは誰にも知られず 外に出る隠し通路が存在していた。 ミシェルの姿が消えてから、リッシュモンは人知れずつぶやいた。 「……ふん。誰に仕えているかすら知らぬ愚か者め。 実物が手に入るに越したことはなかったが、すでに手は打ってある。 ニューカッスルで皇太子の死体が手に入らなかったことは誤算だったがな……」 トリステイン王国に三十年にわたって奉職する王家の信頼厚き高等 法院長リッシュモン――その裏の顔は自らの職権を濫用して私利私欲に 走り、あまつさえ王家への忠誠を金貨に替えて祖国を釜ゆでの蛙のごとく 弱体化させたばかりか『レコン・キスタ』に内通する売国奴の首魁であった。 そして、夕暮れのトリステイン魔法学院。早馬で届けられた二通の 信書を開封したオスマンは、学院長室にルイズとふがくを呼び出していた。 「タルブの村へ、ですか?」 机の上に置かれた一通の信書。それを前にしてルイズが聞き返す。 「そうじゃ。タルブの村でミス・タバサが銃士隊に拘留されておるらしい。 誤解じゃろうが……銃士隊からの身分照会と、ちょうどフィールドワークに 出ておって合流したミスタ・コルベールから助命嘆願書が届いたのじゃ」 「それで、オールド・オスマンが記したタバサの身分証明書を私に届けて 欲しい。そういうことね」 そう言うふがくに、オスマンは微笑んだ。 「話が早くて助かるの。ミス・ふがく。 早馬を出すよりおぬしに頼んだ方が何倍も早いからの。ちいとやっかいな ことになっておるようじゃし、行ってくれんか?」 「別にかまわないわよ。私もタルブに用があったし。そういうことなら シエスタも連れて行った方がいいわね。 ……ということで、いいわね?ルイズ」 「もちろんよ!タバサはわたしの大切な友人よ。困ってるなら助けないと!」 意気込むルイズ。そんな二人に、オスマンは忠告する。 「時期的にぴりぴりしておるからの。二人とも、くれぐれも銃士隊を 刺激せんようにな。 無理なようなら帰ってくるんじゃ。ワシから姫殿下に話を通す」 「わかりました」 ルイズのその言葉で話は決まった。ルイズたちは食堂で夕食の準備を していたシエスタを連れ出し(もう学院のメイドではないので、その交渉は スムーズに運んだ)、タルブの村へと急行した。 「うわあ。やっぱり速いです!もうタルブの村が見えてきました!」 それから二時間後――ふがくに抱えられたままのシエスタが上空から 見る故郷に感激する。反対側にはルイズ。時間がないのでルイズは制服のまま 着替えだけを鞄に詰めてふがくに渡し、シエスタはさすがにエプロンドレスで 帰郷するわけにもいかず私服に着替えている。こちらは自宅に戻れば 着替えはあるとのことで、ちょっとしたお土産だけをふがくに預けていた。 「真上から見ると……やっぱり前線の航空基地って感じね。ちょっと 暗いけど滑走路に降りるわよ」 ふがくはタルブの村上空を旋回すると、村外れの『竜の道』――やや 荒れているがどこからどう見ても滑走路。しかも横に見張りの櫓や大小の 掩体壕まで見える――にアプローチする。ふがくが上空を旋回したことで 『竜の道』に松明を持った人間が出てきたことが確認できるが、どう見ても 誘導のためではない。ふがくは面倒なことになったと思いつつも、 『竜の道』にタイヤを鳴らしつつ着陸する。 まるでコンクリートに降り立ったかのような予想外に硬い路面に一瞬 面食らうが、それでも両脇の二人には衝撃を与えないようにうまく停止した。 ふがくが着陸したとたん、三人を松明を手にした銃士たちが取り囲む。 マスケット銃には弾が込められており、風に乗って火縄のにおいが緊張と ともに漂う。ふがくはわざと翼端灯を消さず、悠然と銃士たちを見た。 「動くな!」 銃士の一人が叫ぶ。多数の長銃を向けられて、ふがくの千早の袖を 掴んで怯えるシエスタとは対照的に、ルイズは怯えを悟られないように 一際大きな声を出す。 「わたしラ・ヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン魔法学院の学院長オールド・ オスマンから、信書を預かってきたわ!隊長を呼んできなさい!」 その言葉に、銃士たちの囲みが割れ、他の銃士たちと違い鎖鎧に純白の サーコートをまとった銃士が現れる。銃士隊隊長アニエスである。 「わたしが銃士隊隊長のアニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだ。 ラ・ヴァリエール家の者と名乗ったな?証拠はあるのか?」 そう言って、アニエスはふがくたちを見定めるかのように見る。 同時にアニエスの姿を見つけたシエスタは、助けを求めるように声を 上げた。 「アニエス姉さん!わたしです!シエスタです!」 「な、シエスタ?何故こんなところにいる?……全員、銃を下ろせ!」 アニエスの号令で銃士たちが一斉に銃を下ろす。自分を見下ろす アニエスに、ルイズが信書を突きつけた。 「これがオールド・オスマンから預かった、ミス・タバサの身分証明書よ! 彼女をすぐに解放しなさい!」 「……なるほどな。その髪の色といい目元といい公爵夫人によく似ている。 いいだろう。だが、内容を検分させてもらってから、だ。 それからあいつの翼端灯を消させろ。まぶしくてかなわん」 アニエスはそう言ってふがくの翼を親指で示す。その言葉に、ふがくが言う。 「こっちもいろいろ聞かせてもらいたいことがあるみたいね」 「ああ、同感だ」 アニエスはそう言って、三人を詰所に案内した。 「タバサ!」 程なくして。縄を解かれ杖を返却されたタバサを真っ先に出迎えたのは、 他の誰でもないキュルケ。その豊満な胸で力一杯抱擁する様を、ルイズは 気の毒なものを見るような目で見ていた。しばらくタバサを抱きしめた キュルケは、おもむろにルイズに向き直ると今度はルイズを抱きしめた。 「ありがとうルイズ!あなたたちのおかげよ!」 「は、離しなさいよ!苦し……」 「まぁ事情は詰所で大体聞いたけど、災難だったわね」 「…………ありがとう」 キュルケに圧殺されかかっているルイズを横目に、ふがくがタバサを ねぎらう。だが、ここにいる真の目的を話せないタバサは、そのことを 負い目に感じていた。 (どうして……知らないなら、そのまま利用すればいいだけなのに。 どうしてこんな気持ちになるの……) そんなタバサの思いを知らず、キュルケやルイズをはじめ、ここに 居合わせた魔法学院の人間は揃ってタバサの釈放を喜んでいた。 そこに、しわがれた老女の声がする。 「……やれやれ。しばらく静かになったと思ったら、また騒がしくなったか」 全員の視線が老女に集中する。腰の曲がった、齢八十に達しているで あろう老女。メイジの証である節くれ立った杖を手にした彼女は、全員に 注視されても動じることもなく騒がしい一団の中に見知った顔を見つけ、 声をかける。 「帰ってきたのかい?シエスタ」 「ただいま。ルリおばあちゃん」 シエスタがにっこりと微笑む。不思議に思っているルイズに、シエスタが 老メイジを紹介する。 「ルイズさま。こちらがミス・ルーリー・エンタープライズです。 ルリおばあちゃん、こちらがわたしがお仕えしているミス・ルイズ・ フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさま。こちらが 前に手紙で知らせたふがくさんです」 それを聞いてルーリーが「ほぉ」と二人を見る。その視線に懐かしい 友人を見るような視線が含まれているとふがくが感じたのは、間違いでは ないだろう。 「……『鋼の乙女』を見るのは久しぶりだね。しかも航空機型のは もう何十年も見てない」 「じゃあやっぱり、あのガソリンは……?」 「口に合ったようでなによりだ。なんならもう少し分けてやろうか? みんな逝ってしまって使う者がいなくなったからね。 シエスタの知り合いなら金は取らんよ」 その言葉にふがくが深々と頭を下げる。ガソリンなど影も形もない この世界で、それを作り出すには大変な労力と時間を必要としただろう。 それに対する深い感謝が自然とそうさせていた。 「ところで、さっきアニエス姉さんから聞いたんですけど、皆様この村に 『竜の羽衣』を見に来られたとか」 詰所でルイズたちと一緒にタバサが勾留された理由を聞いたシエスタが キュルケたちに問いかける。それに対するキュルケの返事はあまり良い ものではなかった。 「……見せてはもらったんだけどね。あたしたちはふがくを知ってるから 『あーこれ飛ぶんだなー』って思えたけど、そうじゃなかったらただの 大きな鳥の形したおもちゃにしか見えなかったでしょうね。 ミスタ・コルベールとギーシュは違ったところを見てたけど」 「そうですね。私は『竜の道』と『イェンタイ』を構築している建材に 驚きました。何でできていたと思います?ミス・ヴァリエール」 そう言ってコルベールはルイズに質問する。だが、着陸するやいなや 銃士隊に囲まれたルイズには分かるはずもない。コルベールは学院で 生徒に授業をするかのようにルイズに答えを教える。 「『ベトン』ですよ。かつての大王ジュリオ・チェザーレ時代のロマリアで 多用された建材です。火竜山で取れる火山土と砂、砕いた軽石を水で 混ぜ合わせて作る長い風雪にも耐える強固な建材ですが、『錬金』と 『固定化』が多用されるようになった現在ではその製法すら失われたものです。 私も遺跡以外で実物を見たのは初めてですよ。しかもその製法まで 残っているとは……」 コルベールは感動にむせぶ。それにしても大王ジュリオ・チェザーレの 時代といえば何千年も前の話。ロマリアに旅行したことのないルイズには、 そう言われても今ひとつピンと来なかった。一方で、ふがくはその説明に 納得するように言う。 「なるほどね。コンクリートの上に降りたんじゃ、あの感触も納得だわ」 「こんくりーと?そういえば今回の降り方はいつもと違ってたわね」 「私の国でベトンのことをそう呼ぶのよ。それに、あれが本来の私の 着陸の仕方よ」 ふがくはそうルイズに答える。その様子を見て、シエスタは溜息ひとつ ついた後、ルーリーに尋ねた。 「やっぱり……。ねえルリおばあちゃん、ルイズさまをはじめ、皆様 信用できる方ばかりなんです。だから、見せてあげてもいいかな?」 シエスタの言葉に、ルーリーはしばし目を閉じて……それから刺すような 視線で全員を見た。 「……本当に信用できるのかい?」 「はい。皆様とても良い方ばかりです」 しばしの沈黙。それからルーリーはシエスタに背中を向け、一言。 「……好きにしな」 それだけ言うと行ってしまった。その背中にシエスタは深々とお辞儀をする。 それから、ルイズたちに向き直ると、言った。 「それでは、明日、改めて『竜の羽衣』をご案内致します」 その言葉に眼鏡の奥の瞳をきらりと光らせた者がいたが、シエスタは 気づかなかった。 その頃――アルビオン大陸のとある村…… 「タルブへ……?」 夜の帳が降りて静まりかえった森の中。そこにひっそりとたたずむ 小さな村の一軒の家で、流れるような金髪に透き通るような白い肌、 まるで妖精のような少女が言う。その言葉を、粗末な木製のテーブルを 挟んで座る、まだ少年の気配が残る青年が静かに受ける。 「ええ。アルビオン王党派を葬った『レコン・キスタ』への報復に、 ゲルマニアとの同盟を果たしたトリステインが動くという噂が広まって います。マチルダさんから聞いていると思いますが……」 「確かに、マチルダ姉さんからは、ここが危なくなったらトリステインの タルブの村にいるミス・エンタープライズを頼るようにって……。 本当に危ないんですか?スピノザさん?」 少女の言葉に、スピノザと呼ばれた青年は無言で頷いた。 「……確かに、マチルダ姉さんやスピノザさんたち、お父様のために 戦ってくれた貴族が助けてくれるから、わたしはこうしてここにいられる。 でも、わたしがここを離れても大丈夫なのかしら。わたしの魔法で今まで ここを忘れてもらって過ごしてきたのに」 少女はそう言って自分の耳に手を触れる。つんと尖った耳。それは 彼女がエルフの血を引いていることの証。その耳が彼女の心境を表すように わずかに垂れ下がる。 「大丈夫ですよ。私たちがいます。マチルダさんも、あなたに何かあったらと 思うと気が気でないでしょう。ニューカッスルのことは先程お話ししたと 思いますが、ここがあのような大規模な破壊に巻き込まれたら、マチルダさんは どう思うでしょうね。心配はさせない方がいいと思いますよ」 そう言ってスピノザは少女の不安を消そうとする。その微笑みは、 あの大乱のさなかに彼の父親が少女に向けたものによく似ていた。 スピノザ――スピノザ・サンダーヘッドは、モード大公の叛乱の際、 大公の直臣であるサウスゴータ家、エンタープライズ家と杖を並べて 戦った、雷の使い手サンダーヘッド家の生き残りである。大公が投獄 されたときに叛乱に荷担したとして他の二家と同様にサンダーヘッド家は 取り潰されたが、嫡男のスピノザは王家の追撃を逃れていた。 そんな彼がマチルダの前に姿を現したのが二年前。今は名を変えて 商人になったと話しているが、詳しいことはほとんど話さず、追求する マチルダには「あなたにも言えないことがあると思いますが」と釘を刺して しまっていた。 そんな状況ではあったものの、彼はこの少女の前では偽名を使わず、 マチルダと同様かそれ以上の援助を彼女に行い、またマチルダからの 送金も彼の商会を通すことで余計な『手数料』を抜かれることなく彼女の 元に届けられていたのだった。 「私はこれで失礼しますが、三日後、私の別のフネがロサイスに到着します。 数日留まりますから、子供たちと一緒にそれに乗れるよう手配しておきましょう。 そうですね。この宿屋に泊まって待っていて下さい。ハーマンという女性を 使いに出しますから」 そう言って、スピノザは懐からメモとして使っている羊皮紙のカードを 取り出すと、それにさらさらと書いて少女に手渡した。 「大丈夫ですよ。ティファニアさん。何も心配することはありませんから」 なおも心配そうな顔をする少女に、スピノザはそう言って笑って見せた。 前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8502.html
前ページ次ページゼロのペルソナ ルイズたちが魔法学院からトリスタニアへ向かう間に日は落ちてしまった。当然、視界は悪くなるが一行は馬の速度を落とさない。 その強行軍の中で突然、タバサが馬を止めた。それを見て陽介とキュルケも馬を止める。 「どした?いきなり止まって」 タバサは道の外れの茂みを見つめている。 3人が止まったことで最後尾の完二も止まらざるえなくなり、先頭を駆けていたルイズも取って返してきた。 「ちょっと、何してるのよ!早くしないと姫さまが!」 「血の匂いがする」 タバサの返答は短かったが、聞いた者を緊張させるには十分だった。 タバサは馬の首を道から60度ほどずらして森の中へと入っていった。他もそれに続いた。 その先は死屍累々の光景が広がっていた。焼け焦げたり、体の一部分がなくなっているような人間の死体や、血を吐くヒッポグリフたち。 「王家のヒッポグリフ隊だわ……!」 ヒッポグリフ隊はトリステイン王家に忠誠を誓う近衛部隊である。それが今、目の前で倒れ伏している。 ルイズは自身の最悪の予感が的中しそうにあると感じた。 「生きている人がいるわ!」 キュルケの声で一行は馬を下りて駆けつける。 腕に深い怪我を負っていたが、なんとか生きながらえているようだ。 「なにがあったの?」 「姫さまが……」 「さらわれたのね?犯人はどっちに」 その兵は怪我を負っていないほうの手をぷるぷると震わせながら指差した。 その指先は森の中で比較的道なりをなしている方向に向いている。伝えることを伝えたので安心したのかその兵は気絶してしまった。 「おい、クマ。お前はここで出来る限り助けてやってくれ。キュルケもここに残ってやってくれ」 陽介の指示にクマとキュルケは力強く頷いた。 その場を彼らに任せてルイズ、完二、タバサ、陽介は再び乗馬し、先ほど傷付いた兵が教えてくれた方向へと駆ける。 突然、横合いから魔法攻撃が飛んで来た。タバサが瞬時に反応して空気の壁を作り、火球、氷槍、風刃を防ぐ。 だが全てを防ぎきるとまではいかず、馬が攻撃を受け、また受けなくても驚いたために4人は馬から振り落とされてしまった。 それでも4人は危険を肌身に感じ、すぐさま立ち上がって攻撃に備える。 しかし攻撃は飛んでこない。代わりに襲撃者たちが姿を現した。その中にはやはりというべきかウェールズがいた。 そしてその傍らに立つ姿は…… 「ウェールズ皇太子!姫さま!」 ウェールズとその隣のアンリエッタ姫の姿を認め、ルイズは叫んだ。 だがアンリエッタは臣下に応えず、代わりにウェールズが静かに喋り始める。 「君はルイズだね。それにカンジ。あとはヨースケとタバサだったけかな。まあいいか。 ルイズ、その指に嵌めている水のルビーを返してくれないか?」 突然の申し出にルイズは声を荒げて返す。 「なぜあなたに渡さなければいけないのですか!」 「ぼくじゃないさ。それはもともとアンリエッタのものだ。だから彼女に返してあげてくれ」 「わっけわかんねえことをベラベラと……!」 イライラとする完二に陽介は緊張した趣で言った。 「言ってわかる様子じゃねえぜ、ありゃ……。ペルソナ!」 頭を焔とする陽介のペルソナ、スサノオが現れ、マハガルを発動する。 アンリエッタをさらっているメイジたちは陽介の素早さに反応できず疾風の刃に体を刻まれる。 だが襲撃者はそのまま地面に倒れこむことはなかった。なんとスサノオのつけた傷がふさがっていくではないか。 そしてメイジたちが攻撃を受けた痕跡は服にだけ刻まれ、その肌にはかすり傷一つ消えてなくなった。 その非現実的光景にたじろぐなかでタバサは素早く氷の槍をウェールズに放った。 わき腹に細い氷が突き刺さるが、その穴もすぐにふさがってしまう。他のメイジたちと同じだ。 その光景を見て、アンリエッタの表情が変わる。 「見たでしょう!それは王子じゃないわ!別の何かなのよ!姫さま!」 アンリエッタはそれでも信じたくないというふうに頭を振る。そして苦しそうに言った。 「お願いよ、ルイズ。わたしたちを行かせてちょうだい」 「姫さま?なにをおっしゃるの!それはウェールズ皇太子じゃないのですよ!姫さまは騙されているんだわ!」 アンリエッタは笑った。鬼気迫る笑みだった。 「そんなことは知っているわ。唇を合わせたときからそんなことは。それでも構わないわ。嘘かもしれなくても信じざるを得ないものよ。 わたしは誓ったのよルイズ。水の精霊の前で、誓約の言葉を口にしたの。『ウェールズさまに変わらぬ愛を誓います』と。 世の全てに嘘をついても、自分の気持ちだけにはうそはつけないわ。だから行かせてルイズ」 「姫さま!」 「これは命令よ、ルイズ・フランソワーズ。わたしのあなたに対する最後の命令よ。道を空けてちょうだい」 姫の言葉に宿る固い決意を感じ、ルイズは言葉を失ってしまう。しかし使い魔たちはちがった。 「んなのなんの言い訳にもなってねえ。テメーの好きなヤツの顔に泥塗るつもりかよ」 「そうだ!皇太子さんもそんなことは望んでなかったはずだ!」 アンリエッタの顔が羞恥で赤くなる。 なにか言い返そうとするアンリエッタを制止したのはウェールズ、いや操られたウェールズの死体だった。 「ならば交渉の余地はないということだね」 「たりめーだ」 瞬間ルイズたちを挟み込むようにしていたメイジたちから魔法が飛ぶ。 完二はデルフリンガーで弾き攻撃をかわしながら自分の主をまもった。 陽介は自分に傷をつけられない風攻撃は意に介さずそれ以外の攻撃を避け、タバサは風を操って攻撃を逸らす。 敵の攻撃の波が弱くなった瞬間、完二はデルフリンガーを地面に突き立てた。 相手が死体ならば遠慮はいらない。 「砕け!ロクテンマオウ!」 完二ももつ最高の電撃魔法マハジオダインが放たれた 。耳を塞ぎたくなるような激しい雷鳴とともに超高圧の電撃がメイジたちを襲う。 電撃に体を焼かれたために回復することもできず、動く死体は動かぬ死体に変わってしまった。 最後に残ったのはウェールズの姿をした誘拐犯だけであった。 「さあ、姫さんを返してもらうぜ」 「来ないで!」 完二がウェールズに近寄ろうとするとそれを遮ったのはアンリエッタだった。 「来たらわたしは自害します!」 アンリエッタの魔法の杖を両の手でぎゅうと強く握り締めて、そう言った。 彼女の言葉が嘘ではないのはその表情が教えている。 「カンジ!動かないで!」 「クソッ!」 アンリエッタの目は狂気をはらみながら真剣そのものであり、近づけば実行することは確実だった。 ウェールズだけを攻撃しようとしても、二人はほとんど抱きあうような距離で、攻撃をすれば姫まで巻き込んでしまう。 ルイズたちは動けなくなってしまった。 「さあ、アンリエッタ。ぼくらの幸せを邪魔するものをここで叩きのめそう」 「はい」 アンリエッタはもうウェールズの姿をしたそれ以外、何ものも信用していない。 『水』、『水』、『水』、そして『風』、『風』、『風』。 水と風の六乗。王家のみに許されたヘキサゴン・スペル。 風と水がまざり合い、水の嵐が生まれる。 詠唱が重なり、それはさらに巨大に膨れ上がる。 津波のような竜巻だ。城でさえ吹き飛ぶだろう。 その天災のような光景を呆然とルイズたちは見ていた。 しかしルイズはすぐに顔を鋭いものにした。その竜巻を、いやその向こうにいる人をきっと見る。 「カンジ、ちょっと時間を稼いで」 「ハア?オマ、アレをどうやって?つか時間稼いでなんとかなんのかよ?」 疑問符が多く付けられた言葉にルイズは確信を持って答えた。 「なんとかするわ。主君の悪夢を晴らすのも家臣の仕事で、友としての義務よ。それに……」 「あん?」 怪訝そうな顔をする使い魔にご主人様は挑発するように言った。 「守ってくれるんでしょう?」 ルイズのことを守る。それは完二が、アルビオンへ向かう旅の中で、そしてニューカッスル城でした約束だ。 ルイズは挑発するような笑みに完二も気楽に返す。 「へっ、たりめーだろ!」 使い魔の言葉を聞くとルイズは始祖の祈祷書を開き、一心に呪文を紡ぎ始めた。 台風は目の前に迫りつつある。 「んじゃ、腹くくるか」 「おう。それが使い魔ってもんだろ?」 完二の手にした剣が語りかける。 その肩に手が置かれる 「ま、先輩も手伝ってやっからさ」 「センパイ……!」 「おい、タバサ。危ないからお前だけでも離れてろ」 タバサは首肯せずに首を振ると「ここにいる」と呟いた。 おいおい。と陽介は苦笑した。退けない理由が増えてしまった、という風に。 主の前に壁のように立ちふさがった完二と陽介を氷の嵐が襲う。 完二はデルフリンガーで魔法を吸収するが、すべて防ぎきれるはずもなく体中に切り傷が出来ていく。 陽介は風属性の攻撃を一切受けないが、嵐は鋭い水を含みそれが陽介の体に傷を作っていく。 だが、二人とも負ける気はしなかった。彼らの背後で唱えられるルイズの呪文が彼らに勇気を与えていた。 嵐の渦中にあり、聞こえるはずもないだが、感じるのだ。自分たちを鼓舞する魔法を。 二人の胸にあるルーンが強く輝く。 なぜ自分が魔法を使えるようになったのか自分ではわからない。 どうして自分が虚無の魔法を使えるようになったのかはわからない。 ただ自分には主君を、友を救う力があるとわかったのだ。ならばその力を使うことに逡巡はいらない。 自分のことを信頼して完二と陽介、それにデルフリンガーも自然災害に等しい巨大な台風を防いでいる。タバサが隣にいるのだって自分を信頼しているからだろう。 だったらその信頼に応えるしかない。 ゼロと言われた自分を信じてくれる人たちを裏切れない。 ルイズの中で生まれ、そして発露を求める力が杖先から放たれる。 ルイズはあらゆる魔法を打ち消す虚無の魔法『ディスペル・マジック』を唱えた。それは王家のヘキサゴン・スペルも、水の精霊の力さえも打ち消す。 嵐は去って、悪夢は終わりを告げた。 精神力を使い果たして気を失っていたアンリエッタが目を覚ますと彼女の周りには多くの人がいた。 ルイズとその使い魔そしてその友人、またヒッポグリフ隊の隊員たち。 アンリエッタは、ヒッポグリフ隊は自分の前で殺されたものと思っていたので驚愕し、そして安堵した。 クマがいなければ、本当に全員が死んでいたかもしれない。 クマはメディアラハン、サマリカームといった使える最高の回復魔法を駆使して死の世界へと膝まで浸かっていた人たちを助けたのだ。 それでも数人手遅れで助けられなかった者もいたが、今回の最大の功労者はクマと言ってもいい。 アンリエッタは身を起こした。傍らにはウェールズの冷たいなきがらが横たわっていた。 ウェールズから視線を離し、自分を囲んでいる人たちを見る。誰も怒ってはいなかった。 その目に同情をたたえている者すらいたぐらいだ。そのことがかえってアンリエッタのしでかしたことの重大さに気付かされる。 どうしようもなく生者から視線を逸らし、傍らの死者を見た。自分の隣に横たわっていたのはウェールズの死体だ。 ついさっきまで動いていたものが、今は目を閉じ静かに横たわっている。 その姿はまるで死体のよう、いや事実としてやはり死体であるのだろう。 「ウェールズさま……」 アンリエッタはそっとウェールズの頬に手を当てた。 その時信じられないことが起こった。ウェールズの目が開いたのだ。 「……アンリエッタ?きみか?」 弱々しい声だったが、恋人は聞き違えるはずもないウェールズの声だった。 「ウェールズさま……」 間違えようもない。偽りの生命を与えられた操り人形ではない。本物のウェールズだった。 「なんということでしょう。おお、どれだけこの時を待ち望んだことか……」 ウェールズはニューカッスル城で戦死し、アンドバリの指輪で偽りの生命を与えられた。 そしてそれをディスペル・マジックで消滅させられたのだから、彼はただ物言わぬ死体になるしかないはずであった。 だが、死者は甦らないという法則は反転し、ウェールズは息を吹き返した。 息を吹き返すと同時にウェールズの服がところどころ赤くなっていった。血が流れ生きている証拠であり、そしてそれが長く続かないという証拠だ。 「く、クマが治すクマ」 クマが急いで治療しようとするが、それをウェールズは制した。 「無駄だよ、クマくん……。一度死んだ肉体は、二度と甦りはしない。ぼくはちょっと、ほんのちょっと帰ってきただけなんだろう。 もしかすると水の精霊が気まぐれを起こしてくれたのかもしれないね」 恋人以外にかけられた言葉は最初だけで、後は全て恋人に向けたものだった。 「ウェールズさま……」 「二人で、全てを捨てられたら。もしきみと二人、小さな家で過ごすことが出来たら……ずっとそう思ってきた……。アンリエッタ、誓ってくれ」 「なんなりと誓いますわ。なにを誓えばいいのですか?」 アンリエッタは必死だった。死へと還る恋人の願いをかなえるために。 「ぼくを忘れると。忘れて、他の男を愛すると誓ってくれ。その言葉が聞きたい。水の精霊ではなく、ぼくに誓って欲しい」 「無理を言わないで。そんなこと誓えないわ。嘘を誓えるわけがないじゃない」 アンリエッタの肩は震える。 「お願いだアンリエッタ。じゃないと、ぼくの魂は永劫にさまようだろう」 アンリエッタは子供のように嫌だと首を振る。 「時間がないんだ。もう、もう時間がない。ぼくはもう……、だからお願いだ……」 「だったら、誓ってくださいまし、わたくしを愛すると誓ってくださいまし。わたくしに誓ってください。 それを誓ってくだされば、わたくしも誓いますわ」 「誓うよ」 アンリエッタは悲しいげな顔で誓いの言葉を口にした。 「……誓います。ウェールズさまを忘れることを。そして他の誰かを愛することを」 ウェールズは満足そうに頷いた。 「次はウェールズさまの番です。誓ってください。……ウェールズさま?」 ウェールズはすでに事切れていた。目をつぶったその顔はたしかに微笑んでいる。 アンリエッタは過去の記憶を思い出す。14歳の短い間、ウェールズと過ごした記憶。 双月を映す美しいラグドリアン湖での思い出を。 瞳に月明かりに照らされた湖が、二人過ごした記憶が焼きついているようだ。 「意地悪な人」 今、開かれたその瞳はただ一人を映しこんでいる。 「最後まで、誓いの言葉を口にしないんだから」 目を閉じると、瞳の中から横たわったウェールズの姿は消える。 一筋の涙がアンリエッタの頬を流れた。 アルビオン大陸の端にある港町ロサイスにはレコン・キスタの、いや、もはやアルビオンの正当な政府の指導者たちと軍事力が結集していた。 アルビオン新政府は現在、トリステイン・ゲルマニアと一触即発の状態にある。トリステインとゲルマニアは軍事同盟を組み、アルビオンに対抗しようとしている。 戦力がロサイスに結集しているのは先制攻撃をしかけるためである。しかし、軍事的目的とは別に隠された目的がある。 アルビオンは外交的に孤立している。それは他国だけでなくアルビオン国内でもそう思っているものがほとんどであろう。 ハルケギニアの3つの大国のうち二つはアルビオンへの敵意を隠さず軍事同盟を結び、最後の一つガリアは同盟側寄りの中立を保っている。 それが現在、ハルケギニアでの一般的な認識だ。 だが事実はそうではない。ガリアはアルビオンと手を結ぶため水面下の交渉を進めていたのだ。 そしてロサイスに軍事力だけでなく指導者たちも勢ぞろいしたのはこの日をもってガリア、アルビオン間で同盟を結ぶためである。 空中戦力で圧倒的優位にあるアルビオン、そしてハルケギニア一の国力を持つガリアが同盟を結べばハルケギニア最大の勢力となる。 国内勢力がつばぜり合いを広げ意思統一に欠けるゲルマニア、そして小国トリステインの同盟など問題にならない。 そういうわけでその指導者たちは楽観的な気分になっていたが、一人だけ険しい顔をしているものがいた。 最高指導者であるアルビオン皇帝クロムウェルだ。 今朝、彼はウェールズ皇太子が水のルビーを奪還するのを失敗したのを知ったのだ。しかもアンリエッタ姫をさらうことさえ失敗したという。 王家に伝わるルビーはガリアと同盟するのに必要なものだ。ガリア王ジョゼフがそれを強く求めているからだ。 もしアンリエッタ姫だけでも誘拐できていればルビーとの交換をトリステイン政府と交渉できたであろう。 結果としては何も得ず、いくらでも使い道のあったウェールズ皇太子というカードを失ってしまっただけであった。 「ガリア艦隊がやってきました」 兵がクロムウェルに伝える。結局どうやって、ガリア王に取り繕うか考えぬまま、時間はやって来た。 しょうがない。と彼は腹をくくり発令所に登った。そこには他の有力な人物たちが並んでいた。 彼らは全員その壮観をなす艦隊が自らの力になると喜んでいるようだった。しかしやってくる艦隊を見て彼らは一つ共通してある感想を持った。 艦隊の数が多すぎではないか。 それが明確な疑念となる前に艦隊の砲撃は赤レンガの発令所を襲った。歓声は悲鳴に変わり、そして崩壊の音が響き渡る。 ガリア軍は電撃的奇襲をかけ、アルビオン反乱軍主力を粉砕。反乱軍を鎮圧した。 それが翌日のガリア政府の発表であった。 前ページ次ページゼロのペルソナ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/615.html
前へ / トップへ / 次へ 18話 ここで幾人かの行動を点景として記していく。 樊瑞と呂尚の永久の別れは突然やってきた。 樊瑞が火傷に効く薬を作るため、薬草を集めていると、山の向こうで轟音が響いた。 すぐさま樹に駆け上り、音のした方向を見る。 「おお!」 目に飛び込んできたのは巨大な戦艦。それが百合の紋章をつけた戦艦に、一斉射撃を行っているところだった。 樊瑞の目の前で、戦艦は爆破炎上をし、艦隊は見る間に散り散りになっていくではないか。 「いかん!お師匠様が!」 樹を駆け下りた樊瑞は、矢のような速度で師匠の眠る山小屋へと向かった。呂尚の身体は癒えきっていない。そのようなところで あのような爆発音を聞けば、ショックでどうなるかわからない。あるいは何事かと思わず外に飛び出してしまうかもしれない。 果たして、駆けつけた樊瑞の目に映ったものは……悪い予感が的中し、何事かと外へ出て、そのために心臓に負担が来たのか、 横死した呂尚の姿であった。 「師匠!師匠!」 無残な姿となった呂尚を抱える樊瑞。 実際には呂尚はアルビオンによる攻撃が始まったのを確かめようと外に出て、そのさいに心臓麻痺で死んだのであるが、アルビオン に恨みを持つ樊瑞の見解は違った。あのにっくきアルビオンが、父や兄のみならず、師である呂尚の命までもを奪ったと思い込んだ。 場合によれば、師匠はアルビオンの陰謀に巻き込まれて大怪我を負ったのかもしれない、とさえ考えた。 「師匠。師匠の敵はこのわしがとります。今からわしは混世魔王樊瑞と名乗り、師匠と父、そして兄の仇をとりに向かいます。」 呂尚を埋葬し、墓にそう誓った樊瑞は、混世魔王と化し、空を行く異形の大艦隊を睨みつけた。 「このわしが20年余をかけ身につけた仙術。貴様らにたっぷり味合わせてくれよう。」 艦隊はタルブ草原へ向かい進路を変えたようであった。復讐の魔王と化した樊瑞は、疾風の如くその後を追った。 「来たぞ!来たぞ!来たぞー!!」 見張りが甲高い声を上げて、木の上から転がり落ちてきた。ガバッと立ち上がり、将校らしきメイジに 「ラ・ロシェール方面から敵艦多数接近。数不明。大きさから見て旗艦は『ロイヤル・ソヴリン』!」 村人を森に避難させろ!という怒声のような声が響き渡る。兵士が追いやるようにして、村人を森へ移動させる。敵の目的は 艦隊の着陸点としてこの草原を奪取することにある。すなわち、村を占拠して、そこを拠点に周囲を制圧。ラ・ロシェールに進行する というものに違いない。 逆に言えば村の攻防こそが戦いの肝になる。小さいといえ、村は村である。バリケードをはり、多少なりとも要塞化して立て篭もれ ばある程度は持つ。敵にとってはこの村を占拠できなければ戦艦を着陸させることはできない。そうなれば、いずれ尽きる風石の魔力 に従い、本国へと帰還せざるをえないだろう。 特命を受けこの村へ移動してきた部隊はただの300。それに村の領主の手兵が200あまりである。 指揮官は、極秘にマザリーニ卿から「必要とあれば村の者を動員し、村に堀を作るなり、バリケードを建てるなりして構わない」と 言われていた。それは事実上の命令であった。彼は仕方なくその命令に従っていた。 が、いまいち腑に落ちてはいなかった。それはこの村を支配下に置く領主も同様らしかったが、「命令でございますから」と本人も 納得していないことを盾に、村人や兵士を動員させざるをえない状況に嫌悪感を覚えていた。そのため、堀もバリケードも中途半端 にしか完成していない。ことここに至り、全てを理解した彼は、自分の怠慢を悔やんだが、全ては後の祭りであった。 「わずか500の兵力で戦うしかありませぬ」 彼は泣きそうになりながら、この地方を治める領主に宣告した。領主は、真っ青な顔で頷いた。 アニエスは、移動してきた300の中にいた。異例なことに、女だらけの部隊を率いている。皆、剣こそ挿しているものの、使えばそれ に振り回されそうであり、おそらく腰の拳銃やマスケット銃が主力武器なのだろう。 この時代の銃は命中精度が悪い。また、当たっても破壊力が小さく、場合によっては致命傷を与えることもできない。それよりは 弓矢のほうが威力も命中精度も高い場合が多い。だが、足止めにならば使えると、その場にいる人間は見ていた。もはや戦場では あいつらは女だとかそんなことを言っていられない雰囲気が出来上がっていた。 「来たぞ!」 艦隊を目を皿のようにして見張っていた人間が叫んだ。露払いの竜騎士が、戦艦から飛び出して村へ飛んでくるのが見えた。 「……なんだ、ありゃ?」 その後ろを、ゆっくりと、巨人が小さな船をかついで降りて来るのが見えた。 「……ゴーレム、か?」 アニエスは、唾を飲み込んで、言った。 「……なんだ、これは。」 中年の男が不機嫌そうに、船に乗り込みながら言う。 「ゴーレムならば何度も見たが、これはゴーレムというよりはロボットではないか。いったいどういうことだ?」 一緒にいた老人が答える。 「ふむ。ひょっとすれば、この世界は我々の思った以上に危険な世界なのかもしれぬな。ロボットまで作る技術があろうとはな。」 そして、外を顎でしゃくる。 「それに見たか、船底を。吊るされているのもロボットのようじゃったぞ。」 ふん、と中年が煙の出る妙なものを加えた。自然に火がつき、煙が出る。それを吸い込んで、吐き出した。 「まったくこの世界は意味がわからぬな。あまりにも歪すぎる。そうは思わぬか……おっと!」 乗り込んできた別の男に肩が当たる。文句の一つも言おうかと思った中年の鼻が、異臭をかぎつける。 当たった男は、こじきというか。我々で言えばヒッピーのような姿をしていた。 たしかにこの2人、名無しと言われる傭兵も奇妙な格好であったが、その男はさらに奇妙な男であった。どう考えても戦いに出る 部隊に紛れ込むよりは、街角で物乞いをしているほうが似合いそうだ。 おまけに、その男は士官室へと入って行くではないか。どうやらこの部隊の司令官はあの男らしい。 「あんなやつが司令官だと?」眉をひそめる中年。 「よほど指揮官不足なのか。あるいは……。」 「ふん。まあいい。我々はいつもの通り暴れるだけだ。指揮官は関係ない。」 船の扉が閉まる。船体が浮く感覚があり、やがてゆっくりと落下して行った。 トリステイン魔法学院に、アルビオン宣戦布告のほうが入ったのは翌朝であった。王宮が混乱を極めたため、後回しにされたのだ。 出発は翌日では?と訝しむルイズたちの前で、王宮からの使者は半死半生の状態で開戦を告げ、再び連絡に馬に跨り駆け出した。 「タルブといえば、シエスタの村だ。」 ゼロ戦を試し乗りしようとしていたバビル2世とルイズは、思わず顔を見合わせた。 何も言わず、バビル2世はゼロ戦に乗り込んだ。ロプロスはポセイドンを運ぶ役目がある。それにタルブまではこれで充分だろうと 考えたのである。 「さあ、行くわよ!」 「……ちょっと待ってくれるか。」 当然のように乗り込んだルイズのほうへ顔を向ける。 「降りたほうがいい。」 「ノゥ!」 ふたたび反逆するルイズ。腕にはしっかりと始祖の祈祷書を抱えている。 「ビッグ・ファイアがいればアルビオンの連中なんておちゃのこさいさいでしょ?危ないことなんてないわ。」 むふー、と鼻息も荒く言うルイズ。たしかに、3つのしもべがあればなんとかなるかもしれない。だが、相手にはヨミがいるのだ。どう なるかわかったものではない。 「おーい、どうしたのかね?早く飛ばさないか?」 コルベールがのんびりした声をあげる。まだ戦争が起こったと知らない彼は、テストフライトをするのだと思っている。ゆえに、乗せる 乗せないで揉めている二人が、じゃれているだけにしか見えないのだった。 「これ以上、コルベール先生を待たせてもいけないか。」 適当なところで降りて、ロプロスに移ろう。ルイズがフライを使えない以上、飛び移るまではできないはずだ。 「わかった。じゃあ、行こうか。」 ジッとエンジンを透視するバビル2世。そして念動力で、エンジンを始動させる。 プロペラが回り始める。速度がどんどん上がっていく。 「いまだ!」 機体全体に、念動力をかけた。ふわっと、空中に浮かんだ。念動力を停止しても、飛行機は落ちることなく空を滑っていく。 「やった!やったぞ!飛んだ!すごいぞ!」 地上でコルベールが、叫びながら踊っている。 バビル2世は旋回し、方向を変えて速度を上げた。目指すはタルブの村。アルビオン艦隊。 「やはり弓矢では無理か!」 高速で襲い掛かる竜騎士へ、懸命に矢を射掛けていた兵士が叫ぶ。 次の瞬間その男の身体はマジック・アローで貫かれ、絶命した。 敵はできるだけ村を無傷で手に入れたいのだろう。炎で焼き払うわけにもいかず、魔法で立て篭もる傭兵を攻撃してくるので 手一杯という雰囲気である。それは理由があり、 「撃てッ!」 炸裂音と共に、竜騎士の身体が紅に染まって血に落ちた。つまり、銃だ。高速で飛び交うがために、普段はなんともないはずの弾丸 が、竜騎士の身体に深く食い込むのだ。傷ついた竜騎士は意識を失い、落竜して地面に身体を打ち付けるはめになる。 おまけに、号令の元一斉に射撃をしてくる。そのため傷はますます深くなり、気を失わなくても戦闘不能となり帰還せざるをえない。 「アニエス隊長!さらに1機の撃墜しました!」 兵士の一人が叫ぶ。澄んだソプラノだ。つまり、この兵士は女であった。 そう、世界でも有数の実力を誇るアルビオンの竜騎士部隊を追っ払っているのは、いまのところのこの女兵士たちであった。彼女 たちが襲い掛かってきた竜騎士を、次々撃墜していくため敵との感覚が開き、今のところ防衛に成功している。 よほど訓練された部隊なのだろう。一つ一つ個性が違う銃が、全て同じ規格であるかのように、見事に命中していく。 成果を見て真似するほかの部隊もあったが、この部隊ほど命中率はよくない。それでも戦果は上がっており、竜騎士は攻めあぐ ねているようであった。 「くそっ!あいつらめ!」 「こちらが村を攻撃できぬのをいいことに……」 空中を旋回しながら罵る竜騎士隊。先鋒を任せられながら、一向に成果が上がらないことに全員焦りを感じているのだ。 「しかたがない。村を焼くぞ。」 隊長らしい騎士が命令を出す。 「しかし、軍の方針は!」 村を残すことでは?と部下の一人が叫ぶ。隊長は頷いて 「その通りだ。しかし、落とせぬようでは村などいくら残っても意味はない。」 そしてアニエスたちがいるところを指差した。 「あそこだ!被害の大きい、あの建物。あの建物を焼き払う!そうすれば連中も士気を失うに違いない。いいか、一部だけ焼き払い、 敵の戦意をくじくのだ。」 隊長が、勢いをつけて突っ込んだ。そして、 「ブレスだ!」 と愛竜に命じる。竜が口を開き、業火を吐き出した。 業火を浴びた建物が、一瞬で炎で包まれた。 「きゃあああ!」 「隊長!」 悲鳴が起こる。 いくら訓練された兵士とは言え、まだうら若き女性である。炎に包まれ、一瞬でパニックに陥った。 「みんな!落ち着け!口元を布で覆って、身を低くして脱出するぞ!」 全員に檄を飛ばすが、誰一人として指示に従わない。炎に囲まれ、全員アニエスの声など聞こえていないようだった。 「くそっ!また火か!また火なのか!忌々しい!」 真っ青な顔で、剣を振るアニエス。強がっているものの顔は歪み、怯えたような表情を見せている。なにか、トラウマでもあるという のか。 炎が梁に燃え移り、崩れ落ちてくる。 「いかん!脱出するんだ!」 正気を取り戻し、アニエスが叫んだ。だが、無情にも梁は隊員めがけ…… 「きゃああああああああ!」 叫び声。 目を閉じ、顔を伏せる隊員たち。だが、いつまで経っても梁は落ちてこないではないか。 「は、早く逃げな……」 目を開ける。アニエスも、声の方向を見た。 どこかで見た顔がそこにはあった。 「へ、久しぶりだな、姉ちゃん。」 にやっと笑う。2mを超える、赤毛で長髪の男。胸にはさそりのマーク。 「貴様!」 「へ、どうした?オレの金玉を切り取るつもりか?もっとも、切り取る前に早く逃げてほしいんだがな。」 男は梁を支えている。燃え盛る炎が、男の身体にまで移り、肉を焦がしている。 「き、貴様…」 「いいから逃げろ。はっ、金玉切り取るとまで言われて、逃げてられるか。ここで男らしいところを見せなきゃ、かっこ悪いままだろ。」 歯を見せて笑う。兵士たちが逃げ出し、男が外を顎でしゃくった。 「なーに。お前らが今のところあいつらを食い止めてるんだ。活躍してもらわないと、困るだろ。気にすることはない。お前たちも、すぐ にこっちへ、くる、さ……」 支えきれなくなり、男が炎に包まれた梁に潰された。 「う、う、うわあああああああああああああ!!」 アニエスの脳裏にフラッシュバックが起こる。火で包まれた村。家。焼け焦げ、炭となって死んでいく村人。 ガッと自分の腕に歯を立て、噛み千切った。痛みが、自分を現実に引き起こす。 今、ここで死ぬわけには行かない。自分意は死んではいけない理由があるのだ。 「全員、あの建物に移動して、再度攻撃に移る。いいな!生き残りたければ相手を殺せ!サーチ デストロイ!見敵必殺だ!」 その瞬間、足元に揺れを感じた。 まだ攻撃を受けていない、納屋が揺れている。 何事か、と注視していると、納屋の屋根を突き破って、腕が飛び出してきた。 屋根に手を突っ込んで、納屋を引き裂いた。 中から現れたそれは、周囲に電撃をほとばしらせながら、両腕を大きく広げて、吼えた。 「がおおおおおおおん!」 現れたそれは、例えるならば鉄の巨人であった。 流れはトリステイン側に傾いていた。 突如現れた鉄のゴーレムが、竜騎士隊に襲い掛かったのだ。 炎をものともせず、魔法を弾いて、空を飛んで襲い掛かった鉄の巨人は、竜の身体を引き裂いて竜騎士を握りつぶし、暴れまわった。 たちまち竜騎士部隊を蹴散らした鉄の巨人は、唸りを上げて降下部隊に襲い掛かった。 ドスン! と、降下部隊の乗った船に突撃し、空中で船体を引き裂いた。中から人間が弾け飛び、バラバラと地面に落ちていく。 「見ろ、まるで人間がゴミのようだ!」 兵士の誰かが叫んだ。たしかに、まるで空中でゴミをばら撒いたように、人間が飛び散っていく。 2隻、3隻と次々船を沈めていく。だが、それはごく一部に過ぎず、落としても落としても船はどんどん降りてくる。 「しぶといわね、あのゴキブリども!」 誰かが背後で叫んだ。 振り返ると、そこにはあきらかにメイドがいた。 ただ、メイドじゃないかもしれないのは、目が完全に逝っちゃっていることである。ぐるぐる渦巻き目玉になっているのだ。 「1匹見たら、30匹。こうなったら全滅させてくれるわ!」 どっちが悪役なのかわからない、物騒な台詞を叫ぶ少女。どうやら、この少女があの鉄の巨人を操っているようだ。 「行け、鉄人28号!今に見ていろアルビオン幻人!全滅だッッ!」 少女が雄たけびを上げた。 船体が大きく揺れる。 船底を突き破って、巨大な腕が現れた。 それは、割り箸でも割るかのように船を真っ二つにした。 「ぬう!」 船を粉砕された衝撃で、中年の男が1人空に投げ出された。 と、思った瞬間。男は瓦礫を一つ掴み、それを基点に体勢を入れ替えた。掌が一瞬輝き、身体が浮き上がる。 そして落下するゴーレムの肩に飛び乗り、悠々と地面を目指し始めたではないか。 「どうやら、あれは鉄人らしいな。」 もう1人。すでに別のゴーレムの肩に飛び乗っていた老人が、別の船めがけ飛び去った鉄のゴーレムを見やって呟く。老人の乗った ゴーレムは、空中を滑空するようにして移動し、中年の元へ寄る。 「鉄人か。なぜあれがこの世界に。」 中年が忌々しげに鉄のゴーレムを睨み付けた。 「おそらくあの廃墟弾事件で我々同様この世界へ飛ばされたのじゃろう。さもなければこの世界への通路を偶然見つけたか、じゃな。」 「ならば!」 うむ、と2人とも頷き合わせた。 「巨大ロボットの相手はわしに任せるが良い。おぬしは、操縦者を見つけよ。そやつが何か知っておるかもしれぬ。」 中年の男が、老人の言葉を聞くや高度数百mから飛び降りた。 老人は、バラバラになり落下していく船体に今一度飛び乗った。 「ふふ。金剋木というが、なーに別に勝つのが目的ではない。しばらくの足止めが目的じゃ。こいつで充分だろう。」 老人が、空中の鉄人を見上げて笑った。 前へ / トップへ / 次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3899.html
前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ 始祖降臨祭の期間中の、ある真夜中。 シェフィールドは地元出身のフーケ(マチルダ)と、ついでにベアード(ワルド)を連れて、 雪深いサウスゴータの山中に入っていった。シティからは30リーグほど離れている。 土メイジのフーケにとって、自分の故郷の土地は庭にも等しい。暗闇の中でも大地の様子は手に取るように分かる。 ベアードも『魔眼』を用いて足元を照らし、地下の水脈を見つけ出し、遡っていく。 やがて、滾々と清水が湧き出ている、開けた岩場に出た。 「……ここが、サウスゴータで一番の水源地さ。市内の三分の一ほどの井戸は、ここから水を引いているはず。 にしても、毒を流すといっても水量が膨大だから、相当薄まってしまうんじゃないかい?」 「毒じゃないわ。むしろクスリよ、クスリ。くっくくくく」 シェフィールドは、ポケットから指輪を一つ取り出した。 「それは、クロムウェルのしていた指輪じゃないの」 「いいえ、これは私のもの。盗んできたのはべリアルのじじいだけどね。 もともとはトリステインのラグドリアン湖にあった、『水の精霊』の秘宝。 その名も『アンドバリの指輪』よ。聞いたことはない?」 「宝石から放つ魔力で生物の心身を乗っ取り、意のままに操るという恐るべき指輪だな。 透明な液状の体をもつ先住の存在、『水の精霊』の力を凝縮したものだとか」 「そう。心身の変性が『水』の系統の本質であるならば、これはいわば、水の秘薬の結晶。 その力を解放すれば、何万という人間を一人で操ることも可能なのさ。 あれが神聖皇帝なんて名乗っていられるのは、この指輪あってのことよ。 もちろん、我がガリア王国が強力にサポートしたからでもあるけどね」 シェフィールドは二人に羊皮紙を手渡すと、水源に指輪をかざした。 額のルーンが輝きを放つ。『虚無の使い魔』のひとつ、魔法具を自在に操る『ミョズニトニルン』の印だ。 「これから、この水源地に『アンドバリの指輪』の力を解放するわ。 さあ二人とも、その紙に書いてある呪文を唱えて。 《きれいはきたない、きたないはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう》……」 あまり聞いたことのない呪文である。指輪の魔力を解放するための、先住の魔法のようだ。 「ねぇ、セリフのパート分けや振り付けまで指示してあるんだけど。何これ、劇の脚本?」 「ふん、『マクベス』か。まぁあの劇にも、いろいろ秘術が記されているらしいがな」 「ほら、早く呪文を唱えなよ! 魔女の先住魔法には、こういうのも必要なんだから!」 《「三度鳴いたぞ、ブチ猫が」「三度と一度は、ハリネズミ」「『いまだ、いまだ』と化けもの鳥」 「釜の周りを回ろうよ、腐った臓物放り込め! まずは冷たい石の下、三十一夜を眠りつつ、毒の汗かくヒキガエル。ぐらぐら煮えろ、釜の中」 「「「苦労も苦悩も火にくべろ、燃えろよ燃えろ、煮えたぎれ!!」」」 「お次は蛇のブツ切りだ、ぐらぐら煮えろ、釜の中。 カエルの指先、イモリの目、コウモリの羽根、犬のべろ、マムシの舌先、蛇の牙、フクロウの羽根、トカゲの手。 苦労と苦悩のまじないに、地獄の雑炊煮えたぎれ!」 「「「苦労も苦悩も火にくべろ、燃えろよ燃えろ、煮えたぎれ!!」」」 「狼の歯に龍の皮、鮫の胃袋煮えたぎれ。闇夜に抜いた毒ニンジン、ユダヤ人から腐れ肝、 山羊の胆汁、月食の、夜に手折ったイチイの木。トルコ人から鷲っ鼻、タタール人から厚唇、 売女がドブに生み落とし、すぐ首絞めた赤子の指。トロリトロリと煮えたぎれ! おまけに虎のはらわたを、入れて薬味をきかせよう」 「「「苦労も苦悩も火にくべろ、燃えろよ燃えろ、煮えたぎれ!!」」」 「ヒヒの血注ぎ冷ましたら、これでまじないおしまいだ」》 (シェークスピア『マクベス』第四幕・第一場、三人の魔女) 呪文の詠唱が終わるや、指輪の宝石はとろりと溶けて、水源に滴り落ちた。 「ははははは、さあこれで世の中、もっと面白くなるよ!」 始祖降臨祭の最終日の朝。シティ・オブ・サウスゴータは一面の銀世界だ。 駐屯している連合軍の司令部は、市内最高級の宿屋の二階大ホールにあった。 トリステインの軍首脳部は、明日以降の侵攻作戦について話し合いをしている。 集まっているのはド・ポワチエ将軍、ウィンプフェン参謀総長、ラ・ラメー空軍司令官など。 「明日で休戦期間も終了、また戦争が始まりますな。補給物資の搬入は今夜までに全て終わります」 「間に合ったな、やれやれ。アルビオンの騙し討ちもなかったし、奴らも余裕はなかろう。 一気にロンディニウムを包囲するか、外堀を埋めて孤立させ、内応を図るかというところだ」 ははは、と笑いが出る。休戦期間が長かったため、やや気分が弛緩しているのだ。 「ところで、ハルデンベルグ侯爵やゲルマニアの将軍たちは?」 「ロサイスや周辺都市に、抑えのため分散させた軍の一部に、不穏な動きがあるとかでな。 調査中につき、軍議には遅れてくるそうだ。ふん、まあトリステイン軍だけでも進軍してしまうか」 「そういうわけにも行きませんなあ。彼らの新兵器は、この戦争になくてはならないものですし」 と、ドアがノックされる。 「誰だ、何用だ? 軍議中だぞ」 「王室よりお届け物です。今朝の便で届きました」 届いた荷物は、王室の紋章が彫られた豪華な木箱だ。デムリ財務卿からの手紙も付いている。 読めば『先日、ド・ポワチエ将軍の元帥昇進が決定。この杖で残りの連勝街道を指揮されよ』とある。 いそいそと箱を開けると、黒檀に金で王家の紋章が彫り込まれた見事な杖が入っていた。 「おお、これは元帥杖ではないか! 財務卿も粋な計らいをなさる!」 「おめでとうございます、元帥閣下!」 「いやっははは、これで気を引き締めろということだろう。ゲルマニア軍が戻り次第、首都に向けて……」 新元帥がいい気になっているところを、ドーーーーンという爆発音が遮る。 「むっ、何事だ?」 急いで窓の外を見ると、どうやら近くの宿舎で火薬の暴発があったらしい。 通りを沢山の兵士が駆け回っているが、消火しているのではなさそうだ。 「あの旗印は、西側に駐屯しているラ・シェーヌ連隊のものだぞ。どうしたのだ、武装して?」 「あっちには、ロッシャ連隊もうろついていますな。この長い休みで指揮系統を忘れておるのでは?」 「いや、なにやら市民たちも、勝手に銃や剣を持っていますが……」 一同が首を傾げるうちに、外の兵士たちは無表情のまま、銃口を上に向けた。 窓の傍にいた新元帥閣下は、元帥杖とともに一斉射撃を受け、蜂の巣になって倒れた。 「「「……は、反乱だーーっ!!」」」 将軍たちは一斉に叫ぶ。その直後、司令部の部屋に士官が飛び込んでくる。 「反乱です! 街の西区に駐屯していた連隊が、一斉に反乱を起こしました! 現在、街の各地で我が軍と交戦中! ここも危険です、退避してください!!」 「なんじゃとぉ!? アルビオンからカネでも貰ったのか?」 「げ、ゲルマニア軍はどうした!? まさか奴らがトリステインを裏切りおったのか!?」 「詳細は分かりません! 次から次へと反乱兵は増えていきます!」 「……ということは、どういうことかね」 「西区以外の兵士や市民も、次々と暴動を起こしているのです! 反撃しようにも、武器弾薬はあらかた向こうに奪われておりまして」 「では奴らの暴れるままにしておくのか」 「今のところ、それ以外どうすることもできません」 「じゃあ、この街を取られてしまうじゃないか! どうして何のために反乱したのかね?」 「それが全く分かりません! は、早くお逃げください!」 士官の報告は全く要領を得ない。反乱の理由が分からないなら、敵の魔法か何かかもしれない。 トリステインの将軍や士官たちは、元帥が殉職したため、ぐるっと一人の男の方を振り向いた。 「「「ご、ご命令を! ウィンプフェン総司令官閣下!」」」 「え、わ、私が? ……た、退避だ! 総員退却せよ!!」 連合軍の崩壊は早かった。 原因の全く分からない兵士たちの反乱、総司令官の殉職、総司令部のいち早い脱出による指揮系統の混乱。 無表情に戦友へ銃口を向ける反乱兵の様子から、何らかの魔法によるものとは考えられるが、どうしようもない。 なにしろシティ・オブ・サウスゴータの市民さえ、武器を持って一糸乱れぬ動きで襲い掛かってくるのだ。 しかもゲルマニア軍は、いつの間にか綺麗に姿を消している。残っているのはトリステイン軍だけだった。 「畜生! ゲルマニア軍め、俺たちをアルビオンに売り渡したのか!? 司令官まで逃げやがって!」 「う、撃てねえ! あいつらはこないだまで、一緒に飲み明かしていた連中じゃねえか!」 「それどころか、市民のガキどもまで銃を持っているんだぞ! 撃ち殺すか、退却するか? 降伏しちまうか?」 「おい、俺の兄弟が西側にいたんだ、撃たないでくれ!」 「兵隊さん、わしの家族を知りませんか!? まさかあの反乱軍の中に?」 「ええーい、どけ! こっちの命も危ないだろうが、まとわりつくな!」 「おいっ、大砲の中に身を隠すやつがあるかっ」「ぎゃっ、火薬がしけっているぞ!」「うわぁあ、ものすごいことしはる」 混乱に次ぐ混乱。昼前には、市内の防衛線は崩壊し、いたるところで王軍は潰走を始めた。 生き残ったウィンプフェンらは、街の南東部の外れに臨時司令部を置き、事態の収拾に努めようとする。 市民を含めた反乱兵は、トリステイン軍全体のおよそ三分の一から半分。残る正常な軍は三万にも満たない。 偵察の竜騎士から『アルビオン軍主力の四万がこちらに進撃中』との急報が入り、さらなる混乱が広がる。 「こ、ここはもうダメだ! ひとまずロサイスまで退却しろ!! そこから伝令を出して、トリステイン政府に直接指示を仰ぐ!」 だが、ロサイスには敵艦隊が多数停泊しており、近付けば砲撃してくる。伝令さえも撃ち落される。 今やアルビオンとゲルマニアが手を結んだ事は、明らかだった。敵軍は総勢七万を超える勢いだ。 トリステイン軍三万足らずは、いつの間にかアルビオン大陸の只中に、完全に孤立していた。 臨時司令部には絶望感が漂い、正常な兵士たちも続々と投降を始める始末だった。 やがて総司令部は、敵軍の手薄なスカボロー港へ向かって逃げ出した。商用のフネを奪って国へ帰る気だ。 それを追って、残った軍勢もぞろぞろと敗走する。 一方、松下たちは一部市民や『妖怪亭』の一同と共に、ホウキに乗って市外へ脱出していた。 周りでは騎士も歩兵も武器を打ち捨て、右往左往している。 「ふーっ、マツシタ! これはいったい、どういうこと!?」 「アルビオンの魔法兵器による強制反乱だな。まさか、ここまでやるとは! 恐らく例の『アンドバリの指輪』を水源地で発動させ、市内の水を飲んだ人間を片っ端から操っているのだろう。 こうなればもう、ぼくの手にも負えない。血路を開いてアルビオンから逃げるとしよう」 「そ、そんなあっさり! あんたなら何とかなると思ったのに」 ルイズは興奮するが、松下は至極冷静だ。 「ゲルマニアまで敵側に回ったんだぞ、そのうちガリア艦隊だって来るかもしれん。 不吉な事を言うようだが、恐らくトリステイン本国も、今頃は両国から総攻撃を受けているだろう……」 「じょ、冗談じゃないわ! 何でゲルマニアまで!? クロムウェルを打倒して、共和制を封じ込め、アルビオンの王政復古を成し遂げるんじゃなかったの?」 「とにかく、生き残ることが先決だ。きみがよければアルビオン共和国に降伏しようか? そしてクロムウェル政府の内側から、真の『千年王国』の教えを説いて回ってもいいが」 「いやよ、降伏なんて絶対にいや! 命より富より『名誉』が大事よ、本当の、精神的な貴族は!」 貴族とは『敵に背を向けずに戦う者』だと、ルイズは家族から教育されたし、常々そう思ってきた。 その貴族である上級将校たちが兵士や市民を置いていち早く脱出し、味方も次々と逃げ惑い、敵に降伏する。 誇り高い貴族を必要以上に自認するルイズにとって、耐え難い屈辱的な事態であった。 人間を超えた知能と視野を持ち、ある意味で柔軟な思考をする松下には、これも人間のひとつの姿でしかなかったが。 「融通の利かない奴だなぁ、相変わらず。我ら『千年王国』の教えは、そんなことにとらわれず、 人間全ての平等と幸福の、あるべき道を説いているのだが……」 「そんなこととは何よ、この精神的奇形児! 天災児! あんたが降伏したけりゃ、勝手にしなさい! 私は死ぬまで戦うわ!」 金切り声を上げるルイズ。ふぅ、と松下は溜息をつく。 「こんなところで『ご主人様』に死なれても、こっちが困る。 きみは『虚無の担い手』だぞ? メシアに匹敵する強い『命運』を持って生まれた、選ばれし人間なのだ。 まだきみの顔に死相は出ていない、今は死ぬべき時ではないのだよ。 降伏がいやならスカボローへ向かおう。トリステインもタルブも心配だ」 ルイズは少し落ち着いた。まぁ、むやみやたらと死にたくはない。 「……そうね、女王陛下だって本国で苦戦しておられるかも。国家存亡の危機を救わなきゃ! あ、そうよ、私の『虚無』の力でこの場を何とかできないかしら? ほら、タルブの時みたいに、あんたと協力して……!」 「そうそう都合よくいくもんかなあ。まあ、『祈祷書』を読んで、いい呪文を探しておいてくれ」 さて、深夜を過ぎて鶏鳴の頃、全力で逃走していた総司令部は、どうにかスカボローへたどり着いた。 そこへホウキに乗って、金髪の若者もやってくる。松下たちとは別行動をしているギーシュだった。 顔は蒼褪め目は血走り、胸には先日貰った勲章を沢山くっつけている。 「おお、きみはギーシュ・ド・グラモンくん! 無事だったかね!」 「ええ、お蔭さまで! ご無事で何よりですウィンプフェン参謀総長、いや総司令官閣下!」 ギーシュはほっとした。スカボロー港のフネは残り少ないようだ、さっさと逃げて来てよかった。生存への切符は先着順だ。 これでアルビオンから逃げられる、命が助かる。名誉も富も大事だが、それは命があってこそだ。 『命を惜しむな、名を惜しめ』というグラモン家の家訓は、美酒に酔っ払ってどこかへ置き忘れてしまった。 しかし、将校たちからは、ギーシュへの疑いの眼差しもあった。 「そうだ、きみは確かマツシタ伯爵と一緒にいたのでは? そのホウキは彼が作ったのだろう?」 「し、知りませんよ、ぼかぁ知りません、知りませんったら!」 「いや、反乱の首謀者として彼らが怪しいと言っているわけではないが、その可能性もあるな……」 「ふうむ、でギーシュくん、何かよい策はないかね? 少しでも敵の襲来を足止めせねば、我々の脱出も困難となる」 ……いかん、怪しまれている。この場を何とか言い逃れなくては。 ゲルマニア軍が裏切るとは予想外だったが、恐らく反乱兵と同じような、何かの魔法のせいだろう。 ブラウナウ伯爵やジュリオくんは、きっと僕を見捨てたりしないはず。きっと。 そうだ、今こそ千載一遇のチャンスじゃないか。あの『悪魔くん』を死地へ向かわせ、暗殺させるのだ。 さすれば僕には3万エキューというカネと名誉が転がり込み、栄光ある自由とゲルマニアの武器工場の経営権が舞い込んできて、 モンモランシーを娶り美女を侍らせて、左ウチワで遊んで暮らせるんじゃないか。おお、チャンスは今しかない。 「そ、そうです! マツシタたち『千年王国』教団を、反乱兵やアルビオン軍とぶつけては!?」 ジュリオに飲まされた『魔酒』でアタマが少し変になっているギーシュは、苦し紛れに松下を裏切る言葉を口にした。 これも、黒幕の一人ダニエル・ヒトラーの策略のうちだったのだが。 「おお、それだ! それがよろしい!」 「あやつらは王軍でもないのに目立ちすぎますし、何だか熱狂的で気持ち悪い集団ですし」 「毒を以って毒を制す、だ!」 「悪魔には悪魔を、ということですな! 分かります!」 恐慌と混乱の極みにあった総司令部は、ギーシュの策に飛びついた。 ギーシュは再び、心からほっとする。しかし……。 「で、勿論きみも戦ってくれるんだよね? 我らの英雄ギーシュくん。彼らに連絡もせねばならんし」 「………………………………え?」 《今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言うだろう》 (新約聖書『マタイによる福音書』第二十六章より) (つづく) 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4492.html
172 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 06 19 ID ???0 「そ、そうだ、ちょっとティファニアって娘の事で聞きたいことがあるんだけど…」 ルイズは照れ隠しに、昨日聞きたいと思っていた事をサイトに言う。 「あ、ああ、俺もテファの事で話したいことがあったんだ」 サイトもやや照れながら、テファの事を話し始めた。 テファはハーフエルフで、先住の魔法でサイトの命を救ってくれた事など ここ一月程の間に起こった事をサイトは事細かに説明した。 そして、彼女は記憶を消してしまう魔法が使える虚無の担い手である事をサイトは言った。 ルイズは驚いた、自分以外にも担い手が存在しているなんて今まで夢にも思わなかったから当然である。 だが話を聞いていると疑念も沸いてくる、昨日襲ってきた虚無の使い魔のシェフィールドの事だ。 虚無の使い魔なら、主も虚無の担い手である可能性が高い。もしや彼女はティファニアの使い魔ではないのか? 自分が持っている始祖の祈祷書を奪う為に、サイトを餌にして自分をおびき寄せたのではないか? テファがハーフエルフな事も手伝って、ルイズはテファがレコン・キスタ残党の魔道士ではないかと思い始めた。 その事をサイトに話すと、サイトは猛然となってその意見に反論した。 「そりゃ無いって、ルイズを誘き出すだけなら俺を生かしておく必要なんてないだろ、俺の服と墓で十分だ」 「でも…相手はハーフとはいえ、エルフよ。聖地を侵し、私達人間に敵対するそんざ…」 「あのな、エルフだろうがなんだろうが、テファは違うっての、偏見は良くないぜ」 ルイズの言葉を遮って、サイトは言う。 なんだかえらくテファの肩を持つサイトに別の意味での疑念も持ち始めるが 今は虚無の事の方が先決であるので、ルイズは言葉を続ける。 「でも、おかしくない?虚無の担い手がいる村で、その日のうちに虚無の使い魔が現れるなんて 偶然にしても出来すぎてるわ」 「う…そ、それは…そうだけどさ」 押し切られそうになっているサイトにデルフが助け舟を出す。 「俺も違うと思うぜ、あのうぶなハーフエルフの娘っ子にそんな大それた事が出来るとは思えねぇよ。 なんなら、調べてみればいいさ」 「調べるって…どうやって?」 疑問を言うルイズにデルフが言葉を続ける。 「なぁに簡単さ。それじゃ相棒、ハーフエルフの娘っ子を呼んで来てくれ」 デルフに言われ、サイトが厨房でシエスタと一緒に昼食の準備をしていたテファを呼び出した。 「あの…私に何かご用でしょうか」 173 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 07 38 ID ???0 呼び出されたテファがルイズの厳しい視線と部屋の異様な雰囲気に、ビクビクしながら聞いてくる。 「いやぁ、実はお前さんが悪人じゃないかって、この貴族の娘っ子が疑ってるもんでさ。 それが本当かどうか知りたくて、呼んだんだ」 直球ストレートに言うデルフにサイトとルイズが慌てる。まさかいきなりネタ晴らしするとは思わなかったのである。 「ええっ!!わたし、その、悪人なんかじゃないです…」 突然の疑いに、がくがくぷるぷると震え、涙も浮かべてテファが怯えた声で否定する。 「分かってるって、君は悪人なんかじゃないよ」 泣き出したテファをなだめる為に、サイトがテファの頭を抱きしめ、撫でながら言う。 ルイズはまたもや別の意味でテファへの疑念を持つが 今は虚無の事の方がせ、先決ね。と、やや怒りを含んだ心で呟く。 「それで聞きたいことがあるんだけど、お前さん、使い魔は持っているか?」 デルフがテファに質問する。 「いえ…私は使い魔を持っていません。幼い頃、屋敷を追われて…魔法の知識も殆どなくて…… 使えるのはオルゴールで聞いた魔法だけですから……」 まだ涙の溜まった目で、うつむきながら、悲しげにテファは答える。 「それじゃあ、これで解決だな」とデルフがのんびりとした口調で言う。 「なんでよ、この娘が嘘をついているだけかもしれないじゃない!」 「いいや、解決だよ。この娘っ子にサモンサーヴァントを唱えさせれば、今言った事が嘘か本当か分かるじゃねーか」 ルイズはハッとした。自分がこの前やった手段だ。 もしテファが嘘をついて使い魔のシェフィールドを従えていればサモンサーヴァントは完成しない。 だが、テファの言っている事が本当なら魔法は完成する。確かにすぐに判別できる方法だ。 「なんだかよく分からんが…サモンサーヴァントを使えばテファの疑いは晴れるわけだな」 「まぁ、そういうこった。それじゃ、ハーフエルフの娘っ子、ちょっとサモンサーヴァントを唱えてくれ」 サイトとデルフの言葉に不思議そうにテファが答える。 「あの…サモンサヴァーントって…なんですか?」 テファもさっぱり分かっていないようである。 「そうだったな、魔法の知識が殆どないんだったか。んじゃ、貴族の娘っ子、レクチャーよろしくな」 「な、なんで私がハーフとはいえ、エルフなんかにサモンサーヴァントを教えなくちゃいけないのよ」 174 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 09 31 ID ???0 「元はといえば、お前さんが疑いをかけたんだろ。だったら教えるのは当然じゃねーか」 デルフに言い返されて、しぶしぶルイズがテファにサモンサーヴァントの意味と手順を教える。 使い魔をサモンサーヴァントで呼び出し、コントラクトサーヴァントのキスで契約を結ぶ。 テファの言うとおりテファが使い魔を呼び出していないのならサモンサーヴァントは完成し、身の潔白が証明される、と。 ルイズの説明にテファがうろたえた声で言う。 「あ、あの…呼び出した相手とキス、しなくちゃ、いけないんですか? その…わたし、き、キスとかは、ちょっと…そ、それに使い魔とか要らないですし」 言いながらテファはサイトの方へ一瞬視線を揺らす。その一瞬の視線に、ますますルイズの別の疑念が膨れ上がる。 なんだかレコン・キスタの残党疑惑とかよりも、こっちの疑惑をサイトに聞きたくなってきたが 言いだしっぺが自分なので、そうもいかない。 「ああ、それなら大丈夫だ。サモンサーヴァントのゲートが出るかどうかだけの実験だからな。 呼び出した相手がゲートをくぐる前にゲートを閉じればいいから、そんな心配は要らないぜ」とデルフが答える。 「そ、そうですか…良かった…」 心底ホッとした様子のテファになんだか怖い声のルイズが言う。 「大体の手順はこんな感じ。それじゃ、やってみましょうか」 「は、はい…それでは唱えます。我が名はティファニア…」 ルイズの雰囲気に少々恐れをなしながらも、テファはサモンサーヴァントの呪文を唱えていく。 「…に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」 詠唱が完成し、テファが目の前の空間に杖を振り下ろす。 その瞬間、眩い光があふれ、その眩しさにテファはとっさに目を瞑る。 しばらくしておそるおそる、目を開けてみると目の前に白い鏡の様な扉、ゲートがあらわれていた。 「出た、出ましたよ!ゲートが!」 笑顔で皆に振り向いてティファニアが言ったのだが、何故かルイズもサイトもこちらを見ない。 というか、別の物を驚いた顔で二人は凝視している。 不思議に思い、テファも二人の視線を追うと、サイトの目の前にテファが呼び出したものと同じ白い鏡のゲートがあった。 「あ、あれ?私、詠唱を間違ったんでしょうか…ゲートが2つも…」 再度うろたえた声でテファが言う。 175 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 10 52 ID ???0 「…とりあえず、ハーフエルフの娘っ子、ゲートを閉じてみてくれ」 デルフがテファに指示を出す。 「は、はい。扉よ、閉じて!」 テファの言葉に目の前にあった白い鏡が消えうせる。同時にサイトの前にあった鏡も消える。 沈黙が部屋を支配する。ありえない事が起こったのだから当然といえば当然である。 当のありえない事を起こしたテファは、事の重大さを理解できていないようで、きょとんとしている。 「な、なんかの間違いね!…も、もう一度やってみましょう!」 まるで自分に言い聞かせるかのように、大きな声でルイズが沈黙を破った。 「だ、だよな、ま、まさか、そんなわけないよなぁ、ハハハ…」 随分と乾いた笑いをあげて誤魔化すサイト。 「そうだな、いくらなんでもありえねぇ…ハーフエルフの娘っ子、今度は慎重に間違えずに呪文を唱えてくれや」 「は、はい。分かりました」 三人の異様な雰囲気にまたもやビビリながらも、テファは言われたとおり慎重に魔法を唱え始める。 慎重に慎重を重ね、一言一句間違いの無い呪文が完成し、テファは再度杖を目の前の空間に振り下ろす。 魔法の完成に光ることが分かっていたので、今度は目を瞑らずに目の前に現れるゲートをテファは見ることが出来た。 が、それと同時にサイトの目の前にもゲートが現れるのをテファは見てしまった。 今度こそ部屋に完全な沈黙が落ちた。それはもうたっぷり数分間ほど。 その沈黙に耐え切れなかったのかテファがゲートを閉じる呪文をかける。 前と同じくテファの目の前のゲートが消え、サイトの目の前のゲートも同時に消え去る。 「あ、あの、これって、もしかして…」テファが小さな声で、おそるおそる三人に尋ねる。 テファにも何となく分かったのだ、自分の使い魔候補が誰なのかが。 「ねぇ…どういうこと?」 怒気を多分に含んだルイズがデルフに訪ねる。 もはやレコン・キスタとかシェフィールドとか、そんな疑いなんかどうでもいい感じである。 「そりゃあ、まぁ、見たとおりだな。ハーフエルフの娘っ子は使い魔を持っていなくて 使い魔の候補が相棒だってことだな」 「んなっ?!そんな事あるのかよ!俺はルイズの使い魔なんだぜっ!」 「そうよ!契約されている使い魔が重複するなんて話、聞いたこと無いわっ!」 デルフの言葉に驚いて、もっともな事をまくしたてる二人だが「しょうがねーだろ、事実は事実なんだしさ」 176 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 12 10 ID ???0 と、デルフのさらにもっともな言葉が押し潰す。 「まぁ、取りあえずはハーフエルフの娘っ子の疑いは晴れたわけだし、万々歳じゃねーか」 「そ、そうだな、契約云々はまた別の話だからな」 デルフとサイトの言葉に納得は出来ないが、確かに当初の目的を果たしたので、ルイズは文句が言えない。 「そ、そうね、確かに彼女は敵じゃないみたいね…」 まだルイズの厳しい視線が残っているが、自身の疑いが晴れたようなので、テファもホッとした表情を見せた。 「あ、あの、庭の広場に来てください。そろそろ昼食の用意が出来るので」 疑いも晴れて、そう言って昼食の支度に戻ろうとしたテファを、サイトが呼び止める。 「テファ、その、ゴメンな、変な疑いをかけちまって…」 「いえ、わたし、ハーフエルフですから、こういった事には慣れてます。 それに…サ、サイトは最後まで私のことを信じてくれたから」 そう言って、顔から耳まで真っ赤にしてテファはうつむいて、もじもじする。 「そ、そっか…」 サイトもちょっと顔を赤くしてうつむく。 …何、何なのこの雰囲気。ルイズは心の中で呟く。 サイトとテファの甘酸っぱい青春ラブコメの如き雰囲気、しかもこの展開では自分が二人の仲を引き裂く悪役みたいである。 「そ、それじゃ、私は昼食の支度に戻ります」その雰囲気を誤魔化すように言って、テファは部屋を出ようとする。 と、途中で何か思い直したのかテファはサイトの方へ振り向く。 「あ、あの…わたし、使い魔とか、その…要らないですけど、あ、あなたとなら良いかもしれません…」 顔や耳と言わず、肩まで真っ赤になりながらそう言って、テファは逃げるように走り去ってしまった。 「なっ!なんですとっ!!」 突然のテファの告白にも近い言葉にサイトは声をあげる。 「ほぉ、もてるじゃねーか、相棒」そう言ってデルフはサイトをからかう。 「な、そ、そんなんじゃ、ねーよ」デルフにからかわれて顔を赤くしてサイトは反論する。 「ふーん」 呟きが一つ。 一言だがえらくどす黒いオーラを含んだ呟きが部屋中に響き渡る。 さっきまで赤かったサイトの顔が、一瞬で青くなる。 177 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 13 25 ID ???0 「ま、待て、まって、ルイズ、その、ち、違うんだ!」 どす黒いオーラを何とか消そうと、サイトがその一言を言った本人を落ち着けようとする 「何?なにが違うの?ねぇ…犬」 犬、懐かしの犬が来た。もはや死は目前である。 「お、俺はテファをそんな目で見てねーよ。テファとはただの友達として…命の恩人として…」 どうあがいても結果が変わりそうは無いのだが、サイトは必死の言い訳をする。 「一ヶ月だものね…一ヶ月も首輪が外れた犬がどうなるか…そうよね、つい、犬も羽目も外したくなるわよね…」 そう殺気を込めて言いながら、ルイズはサイトに近寄る。 「おおお、落ち着こうルイズ、お、俺は何もしてない。本当だ」 言っている本人が一番落ち着いてないように見えるが、例によって例の如く、ルイズはそんなサイトの股間を蹴り上げる。 「…こんな事もあろうかと、用意しておいたの」 言いながらルイズは魔法の拘束具を、切ない所を蹴り上げられて崩れ落ちたサイトに取り付ける。 「こ、こんな事って、どんな事を想定…」 「ヴァスラ」 サイトの反論を無視してルイズは電撃を放つ。ぎゃっ!とサイトは叫んでごろごろ転がる。 「久々に再調教しなくちゃいけないみたいね、それもたっぷりと…」 ルイズの言葉にあきらめがついたサイトは、ああ…今日の昼食は遅くなりそうだ、と心の中で呟いたのであった。 178 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 14 38 ID ???0 「すみませんっ、遅くなりました」 タタタっと走りながら、庭の広場で子供達と食器を並べているシエスタにテファは謝る。 「いえ、子供たちも手伝ってくれましたし、あとは食器を配るだけですから」 そう言ってシエスタは微笑む。 もう広場のテーブルには料理もあらかた並び、子供達やアニエスも席についている。 「それじゃ私もお手伝いします」そう言ってテファも食器を並べようとする。 テファが食器を手に取ったその時、テファの家から轟くような悲鳴が聞こえた。 「っ!敵かっ!」 アニエスがそう言い、テーブルに立てかけておいた剣を手に取る。 昨日の今日だ、昨夜の敵が襲来してきてもおかしくない。アニエスは剣を抜き、家に入ろうとする。 「あ、待ってください。多分、敵じゃないです」 と、のんびりとした口調でシエスタがアニエスを引き止める。 「何っ!違う…のか?」 あまりに間延びしたシエスタの引止めに、アニエスは緊張が緩み、質問する。 「はい、学園とかで、たまに聞く悲鳴なんです。その…サイトさん曰く、運命なんだそうです」 「運命…?」 なんだか訳の分からない理由にアニエスは首を傾げる。 何度も響く悲鳴をよくよく聞いてみると、声の主はその運命のサイト自身のようである。 「つまり…放っておいて良いのか、アレは」 「はい、そうらしいです」 アニエスの質問に簡潔に答えるシエスタ。どうやら結構な頻度である現象らしい。 「そうか…」そう言って再び剣をテーブルに立てかけ、アニエスは席につきなおす。 「え、あの、良いんですか?本当に…」 悲鳴が響くたびに首をすくめ、オロオロとするテファがシエスタに聞くも 「大丈夫です。あ、でも、ミス・ヴァリエールとサイトさんのシチューは、温めなおさないといけないかもしれませんね」 と朗らかに答える。 「それじゃ、ミス・ヴァリエールとサイトさんは遅くなりそうですから、私達は先にいただきましょう」 そう言って食器を配り終えたシエスタが席に付く。 「は、はぁ、そうですか…」 179 名前:メロン名無しさん[sage] 投稿日:2006/08/30(水) 15 15 54 ID ???0 ここまで言われたのではどうにもならない、テファは悲鳴を気にしながらも席に付く。 子供たちも不安な顔をしながら席に付き「それではいただきます」と簡潔な祈りと作法を行ない食べ始める。 ぽかぽかと日和の良い中での昼食、時折吹く風は心地よく、気分が軽くなる。 シエスタは「平和ですね…。戦争も終わって、皆と楽しく食事が出来て、こんな毎日が続けば良いなぁ」と言い、微笑む。 言っている事はもっともなので、アニエスも「そうだな」と簡単ながらも同意する。 テファと子供たちもシエスタの言葉に賛同したいのだが、それを打ち消すほどの悲鳴が響く中ではそれも適わない。 こんな中で平然と食事を取って、和やかに話すシエスタとアニエスに一種の恐れを感じたテファは 外の世界って、私が考えているのとちょっと違うかも…と 世界を見てみたいという憧れと意気込みがちょっぴり挫かれてしまったのであった。