約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7885.html
前ページ次ページゼロのロリカード ――――――ルイズ達の眼前を包み込んだ炎熱が掻き消える。 否、より強い何かに吹き飛ばされた。 それは火のブレスのみならず、火竜騎兵もろともであった。 熱気の残滓だけが・・・・・・ついさっきまで、確かに迫っていた死の匂いを感じさせた。 ルイズは目をぱちくりさせる。 タバサは中途半端に唱えたジャベリンの詠唱を霧散させる。 「まだまだですね、ルイズ」 自分の名を呼ぶその人は誰だろう・・・・・・? 頭ではすぐにわかったが、「こんなところにいる筈がない」と思考がおっつかない。 魔法衛士隊の服に、隊長職を示す羽飾りのついた帽子。 マンティコアが刺繍された黒いマントに、本物の幻獣マンティコアに乗り立つその人物。 顔下半分を鉄のマスクで覆い、左手に杖を持ち、風をその身に纏うメイジ。 現存するメイジの中でも、間違いなく最強の一人に数えられる退役騎士。 トリステイン史上指折りの英雄。トリステインの生ける伝説。 鋼鉄の規律を今もその心根に置き続ける、先代マンティコア隊隊長。 その風魔法は荒れ狂う暴嵐の如く。その速度は疾風の如く。 さらにはあの吸血鬼アーカードと闘い、引き分けた『烈風』。 「か・・・母さま・・・・・・?どうして・・・・・・?」 ルイズの呟くように問い掛けた言葉にタバサは驚く。目の前の男装の麗人がルイズの母親なのかと。 タバサもなりたてとはいえ、一応は風のスクウェアである。だがその実力差は分析するのも馬鹿らしかった。 同じ風のスクウェアであろうルイズの母は、自分なんかとは比べ物にならないほど。 たった一人で戦局を引っくり返し、小手先の戦術など無駄だと思い知らせる圧倒的な強さを肌で感じる。 「それはですねルイズ、あなたの成長ぶりを見に来たのですよ」 『烈風』カリンことカリーヌ・デジレ。 ルイズと同じ桃色の髪に鋭い瞳。老いて尚、美しさと強さを保つその姿。 カリンの纏うオーラはそのまま渦巻く風になる。 カリンが使ったであろう魔法は、風の結界と化してガリア竜騎兵を近付けさせない。 そのおかげで、今も悠長に話すだけの時間が作られていた。 「もう二つほど言うなら、我が娘が心配なのと・・・・・・」 カリンは鉄のマスクをはずして微笑む。 「少し昔の血が騒いだといったところですね」 それは娘を慈しむような笑みと、これから暴れられるという歓喜の笑み。 それら二つが絶妙に絡み合った不思議な表情。 アーカードと戦ってから、心に僅かにともった火種。 それが日々を重ねるごとに大きく燃え上がり、これ幸いと戦場へと赴いた。 風を一身に味方につけたカリンと、カリンの駆るマンティコアは竜騎兵の速度すら歯牙にかけない。 「でも・・・・・・どうやってここを?」 「一度王宮へ寄ったのですよ」 そう言うと、カリンは回想を始めた。 ◆ 王宮中庭の直上。マンティコアの背からカリンは見下ろす。 気付けばなにやら戦闘が行われており、女王と騎士、そしてそれに相対する者が見えた。 王宮周辺の不自然なほどの無警戒さ、相当の負傷をした様子である女騎士と満ちる殺気。 長年の経験が・・・・・・第六感のようなものが告げている。 否、そうでなくとも自明の理だった。 ここまでやって来たのも、王宮勤めの兵が一人もいなかったからに他ならない。 明らかな異常事態、恐らくは敵の襲撃。それもかなり強力な術者。 目を鋭くし、カリンは詠唱する。 極々単純。風を吹かせて思い切り叩き付ける。ただそれだけの魔法。 しかして烈風を体現したその一撃。敵と見られる二人の男女を、その不意を打った一発のみで完全沈黙に追い込んだ。 そしてマンティコアを中庭に降下させ、地へと飛び降りると、すぐに恭しく片膝をつく。 「何者だ」 満身創痍に見えるが、それでも目の光を失っていない女騎士アニエスが恫喝するように言う。 「お久し振りでございます、陛下」 そんな騎士の問いも、カリンはどこ吹く風と跪いて礼をする。 「えっ・・・・・・と・・・・・・」 逡巡する女王アンリエッタの声音から感じる迷いに、カリンは顔をあげずにそのまま言葉を続けた。 「覚えておられないのも仕方ありません。私は先代マンティコア隊隊長カリーヌ・デジレでございます」 「カリーヌ?まさか・・・・・・あの『烈風』カリン殿!?」 「・・・・・・それで、魔法衛士隊の服を・・・・・・」 アンリエッタは驚愕の叫びをあげ、アニエスは警戒を解かぬまま納得する。 「はい、その通りです陛下。王家に変わらぬ忠誠を。本日こうして馳せ参じたのは理由がありますが――――――」 カリンは己が打ちのめし、失神する二人へと向ける。 「――――――その前に、この者達は"敵"でよろしかったのでしょうか?」 万が一違っていたら申し訳ないと、一応確認をする。 「えっ・・・・・・?あっ、はいその通り"敵"です。ありがとうございます、助かりました」 「いえ、それは何より。もし味方であったなら、面目がありませんでした」 「・・・・・・ご助力、感謝します」 アニエスが素直に感謝の意を述べる。 実際窮地に立たされていたと言っても過言ではなかった。 もしも助けがなければ、陛下の御身が危なかったのは間違いない。 「では、改めまして。私がここに来た理由は戦争への参加の許可と、娘の居場所をお教え頂きたく・・・・・・」 「・・・・・・娘・・ですか・・・?」 アンリエッタは首を傾げる。 その疑問に答えるように、カリンは鉄仮面をはずして地面に置き、顔をあげた。 「公爵夫人?ラ・ヴァリエール公爵夫人ではありませんか!!ということは娘と言うのは・・・・・・」 「はい、我が不肖の娘ルイズでございます」 「公爵夫人があの『烈風』カリンその人でしたなんて・・・・・・」 アンリエッタは驚きを隠し切れなかった。 幼き頃から聞かされてきた、武勇伝を作ってきた人物が、まさか己の見知った者だったとは。 「現役を退いて長い私ですが、娘の成長を確認すると同時に出撃しようと思った次第です」 「なるほど、そうですか・・・・・・その・・・・・・わたくしは、謝らねばなりません。 わたくしはルイズを・・・・・・戦に参加するよう、前線へ赴くよう命令しました。 無二の親友を・・・・・・戦場へと誘ったのです。謝って済む問題でないことはわかっています。 が、わたくしにはこうすることしか・・・・・・本当に、申し訳ありません」 アンリエッタはカリンに対して深々と頭を下げる。 「陛下!!おやめください!!」 仮にも一国の女王が頭を下げるということが、どれほどの意味を持つのか。 アニエスはアンリエッタを制止する。だがそれでもアンリエッタは頭を上げない。 正直に話して謝罪する、それがせめてもの誠意。 「そうですね、確かに可愛い我が娘です。母の感情としても、謝られても済む話ではありません」 「カリン殿ッ!!」 アニエスはカリンを睨む。不敬な振る舞いに激昂する。 アンリエッタは頭を下げたまま、アニエスを無言で宥めた。 「・・・・・・しかし、かつて王家に仕えた一人の騎士として、その心情と覚悟はしかと承りました。 理由なくそのような命令を下す筈もありますまい。国を守る為に取った選択なのでしょう・・・・・・。 ルイズの使い魔である彼女の力が必要であろうことは、私も戦った手前よく存じ上げております」 (マスターと戦った・・・・・・!?) その上で五体満足で生きていることにアニエスは心中で声をあげた。 只者でないことは感じ取れていたが、まさかそこまでとは。 アンリエッタは目を静かに瞑る。女王として強く生きる。 それがウェールズとの誓いであり、アーカードにも諭されたこと。 国の・・・・・・人々の上に立つ者の責務。その重さを認識し、その道を進む。 そしてアンリエッタはカリンに説明する。 ルイズの虚無のこと。吸血鬼アーカードのこと。 現在の戦局。政治事情。この戦争の意味。己の覚悟。 「――――――・・・・・・以上と、なります」 「なるほど、了解しました」 カリンは自嘲気味に笑う。まだまだ自分は娘のことをわかっていなかったと。 虚無の担い手ルイズ。 目覚めたのは火の系統?とんでもない。始祖ブリミルが使ったとされる伝説の系統。 通常の魔法とは比べるべくもなく、多大な戦果をもたらした強力さにも驚く。 何よりも、娘ルイズの立派過ぎる成長に胸が熱くなる思いであった。 さらにその使い魔である吸血鬼アーカード。 魔法も使えないのに生粋の風メイジである自分と対等以上に渡り合った、あの者の強さに納得する。 ただの人間にしては不自然だと思っていたが、まさかそんな裏の面があったとは。 事実上トリステインが、今もこうして国として在るのは二人のおかげ。 これまで自分が積み上げた武功に、勝るとも劣らない英雄ではないか。 しかもそれを公にすることもなく、人知れず王家の為に今も粉骨砕身働き続けている。 使い魔を信頼し、女王を信頼し、そしてなにより自分自身をも信頼しているのだろう。 「では陛下。時間も惜しいので、私は出撃いたします」 引退したとはいえ、自分も負けてはいられないではないか。 カリンの心が躍動する。ルイズの成長をこの目で見て確認し、国の為に娘と肩を並べて戦う。 これ以上ないほど素晴らしいこと。 「はい、ルイズを・・・・・・よろしくお願いします」 アンリエッタの心配する表情に、カリンは「お任せ下さい」と頼もしく頷き、鉄マスクを装着する。 若かりしかつての『烈風』カリンの風格をそのままに、フワリと浮き上がってマンティコアに乗った。 カリンと共に風の恩恵を受けたマンティコアは、目覚ましい速度で空へと飛び去った。 「母親譲り・・・・・・なのですな」 アニエスがしみじみと呟く。アンリエッタも首を縦に振って同意した。 美しさも、血統も、芯の強さも。あの母にしてあの子ありと言った感じであった。 ◆ かいつまんで話し終えたカリンは、噛みしめるように目を閉じ、一拍置いてから微笑む。 「本当に立派に成長したようですねルイズ、まだまだ荒削りのようですが」 「母さま・・・・・・、ありがとうございます」 ルイズも笑みで返す。自信と尊厳を秘め、確固たる意志を込めた鳶色の瞳。 それ以上、母と娘の間に言葉は不要であった。 「征きなさいルイズ、周辺の掃除は私がしましょう」 「はいっ!!母さま!!」 シルフィードが飛ぶと同時に、カリンは鉄マスクを着け直し、眼光を鋭く飛んでいる敵騎兵を睥睨する。 ルイズ達が飛ぶ道を、風の呪文で切り拓く。未だ衰えぬ『烈風』。風の加護を受ける風の申し子。 「さぁ・・・・・・始めましょうか・・・・・・」 誰にともなく呟く。 それを契機にカリンの纏うオーラが一層強くなり、風がすぐに開放しろと言わんばかりに暴れ始めた。 悪魔と死神が踊る戦場に、舞い降りた一陣の烈風。 その参戦は、既に敗色濃厚であったガリア軍へと駄目押しする、 そしてその敗北を、より確定的なものへと変えた。 ◇ 降下、加速、上昇。 ジョゼフらの乗るフリゲート艦を目指し、シルフィードはもう一度飛ぶ。 母と会ったことで、ルイズのモチベーションは最高潮に達した。 感情が昂ぶり、魔力が律動し、心は無想へと相成る。 ルイズは始祖の祈祷書を開く。指輪がキーとなり、新たなページと文字の光が目に入る。 「・・・・・・新しい呪文?」 ルイズの嵌めた風のルビーの発光に気付いたタバサが言った。 「えぇ、これなら・・・・・・」 ルイズは作戦の説明をする。 虚無と先住。エクスプロージョンとカウンターの二段構えを突破する方法。 シルフィードはフリゲート艦の上空で旋回を繰り返す。 留まって飛行していても、烈風カリンが根こそぎぶっ飛ばしてくれたおかげで、竜騎兵の追撃は無い。 「大丈夫、信じて」 説明を終えたルイズの一言。タバサは力強く頷いた。 ルイズは機を見て飛び降りた。重力に逆らわずに落下する。 新たに覚えた呪文のルーンを唱え、準備は完了した。 落ちる時間は短い。 ルイズはサーベルを見えない反射の壁へと突き立てるように、ルイズは体勢を整える。 悠々と笑うジョゼフが放つエクスプロージョン。それがルイズを包み込む瞬間――――――。 ――――――ルイズは虚無を開放した。 初めて使う魔法であったが、憂いはなかった。 思惑通りにルイズは、フリゲート艦の甲板に到達していた。 そして放つ――――エクスプロージョン。 フリゲート艦の上方に膨れ上がった光の球は、反射を消し飛ばす。 同時にルイズから少し遅れて飛び降りたタバサが、フライで機動制御しながら光球へと突っ込んだ。 先住の反射のみを吹き飛ばすよう標的指定をされたエクスプロージョンは、タバサをフリゲート艦へと無事着地させた。 『雪風』を周囲に纏い、タバサはルイズと背中合わせに立って、それぞれ宿敵の姿を改めた。 タバサは口をつぐみ、ただ怜悧な眼光でジョゼフを見据える。 ルイズは不敵な笑みを浮かべた表情で、ビダーシャルを見据える。 ジョゼフとビダーシャルには、一体何が起こったのかすら、未だ認識出来ていない。 ジョゼフが上空にエクスプロージョンを放ち、ルイズを仕留めたかと思えば・・・・・・。 すぐ近くでいきなり光球が膨れ上がり、消える頃には見知った少女二人が何事も無く立っていたのだった。 ルイズの新たに覚えた虚無魔法『テレポート』。 術者を『瞬間移動』させるその魔法は、ジョゼフの『爆発』より一瞬早く発動。 ルイズは『解除』を掛けたサーベルを『反射』へと向け、艦の上に転移。 仮に『テレポート』が完全な転移ではなく、『加速』のような超高速の移動術であっても『反射』を切り裂くという算段。 音もなく甲板へと降り立ったルイズは、タバサから教わった静音詠唱で、二人に悟られぬよう『爆発』を唱える。 そして『飛行』で軌道修正し、次いで『氷嵐』を唱えたタバサは、『反射』を無効化したルイズの『爆発』を活路に艦へ乗り込む。 結果、ジョゼフのエクスプロージョンを空転させ、尚且つビダーシャルのカウンターを破ることに成功した。 美事なまでにジョゼフとビダーシャルの意識の間隙を突き、二人がフリゲート艦に立つことを許した。 二人を守るように展開された『氷嵐』の雪風は、ジョゼフの加速による奇襲を許さず。 今ここにようやく、タバサとルイズはそれぞれジョゼフとビダーシャルへと相対した。 「クッ・・・・・・フフッ・・・ふはッ・・フハッハッハハハハハハッハ!!」 ジョゼフは狂喜に打ち震えて笑った。ただただ笑いたくなった。 この感情を与えてくれた・・・・・・目の前の二人の少女に感謝したいと思うほどに。 戦争を起こした甲斐があった。悉く己が予想を裏切ってくれる。 この戦場という舞台で、踊り楽しませてくれる粒揃いの役者達。 なるほど、これはただの観客ではつまらないではないか。自分も是非、共に踊りたい。 まずは瀕死の重傷から立ち直ったシャルロットを殺し、次に同じ虚無の担い手であるルイズを殺す。 「・・・・・・」 ビダーシャルはただ目を見開き、そしてルイズと視線を交わす。 先住と虚無を破った少女を。宿敵たる虚無の担い手の姿を。 戦うつもりは無い・・・・・・が、虚無の少女の瞳はそうは言っていなかった。 (闘いもやむなしか・・・・・・) 虚無の力は侮り難し。 ジョゼフの力を近くで見てきて素直にそう思う。 反射を掛けたヨルムンガントも、魔法学院襲撃時に虚無を基点に敗れ去ったと言う。 そして今、実際に精霊の力たる反射を越えてここに立っているという事実。 もとより己は油断や慢心をする性格ではないし、加減をする余裕もないだろう。 フリゲート艦の上という制限下でもあるし、闘うのであれば全力で掛からねばならぬ。 (場合によっては・・・・・・殺してしまうやも知れぬな・・・・・・) 殺すことそのものの忌避。そして新たな虚無の担い手の目覚めへの危惧。 主人を殺された場合に於ける、その使い魔アーカードの行動。憂慮すべき点は多い。 (逃げるのも・・・・・・手か) むしろそれが利口な選択というものだろう。 ジョゼフとの約束があるし、見届けようとも思った。 だがしかし、個人のことだけではなくエルフ種族全体にも関わることである。 もしもルイズを殺し、あの真正の化物であるアーカードに敵意を向けられれば重大な問題に発展する。 ビダーシャルは退くことを心に決めた。 右手で左手を握りしめると、指輪に込めた風石の力を作動させる。 そして闘争の火蓋は切られ、最後の演目がいよいよ幕をあける――――――。 前ページ次ページゼロのロリカード
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2287.html
依頼を受けた翌朝、朝もやに紛れてジョルノ達は出立の準備をしていた。 アンリエッタ王女から授かったのは極秘任務。それも国家の命運を左右する可能性がある重大なもの。 誰にも言えない。聞かれてしまえば、口封じの為に殺人を行う事も許可されている。 それに加えてアルビオンの王党派の命脈は風の便りによれば最早尽きようとしているから、という建前でいそいそと準備を進めていた。 それはプッチ枢機卿から借り受けた風竜アズーロの横でそわそわしているルイズの主導によるものだ。 どうやらルイズは、母親のヴァリエール公爵夫人への説明に失敗したらしい。 予想はついたが、ジョルノ達はそれについてはあえて聞かずに準備を進めていく。 元々あのルールを重んじるヴァリエール公爵夫人に嘘をついて学生の本分を疎かにする許可を得るなど無茶な話だと、共にアルビオンに向かう人員の何名かは理解していたからだ。 予定としてはサイトが竜を扱えると言うので、ジョルノ達は重量軽減の為亀の中に入り総重量を軽くしてアルビオンへと向かう算段だった。 サイトがこの件を枢機卿から聞いたということについては、これも誰も突っ込まない。 『敬虔な信徒が懺悔したいと言うんだからね。私が断る理由はなかったよ』とはその枢機卿がベッドの上でジョルノに言った言葉だったが。 「風のルビーをゲットできたようですね」 「…ええ。姫様が任務を引き受けた私に授けてくださったわ。これと始祖の祈祷書があれば私は魔法を覚えられるのね?」 「可能性は高いでしょう」 ルイズは、魔法でぴったりのサイズとなり細い指に通され存在を主張する『風のルビー』を掲げる。 光を受けて輝くルビーを見つめる眼差しには飢えと、期待と不安に満ちていた。 風のルビーはルイズの希望となったのかもしれない…ジョルノはルイズを横目に、まだ亀の中には入らずにココ=ジャンボを金属で補強された皮のベルトで括り腰につけていた。 ココ=ジャンボの能力についてもルイズに口止めをしており、アンリエッタがジョルノ達以外の誰にも打ち明けないことを全く期待していないということだった。 それについて、ルイズは2、3文句を言ったが、さっさと出発したいらしく今は黙っている。 これもまたプッチ枢機卿から譲り受けたAK小銃の具合を確かめていたジョルノは顔を上げ、視界を曇らせる朝もやの一点を見つめた。 「ジョナサン、どうかしたの? もしかして…」 ジョルノの行動から、母がやってきたことを考えてしまいルイズが青ざめる。 だがルイズの予感は外れた。朝もやを抜けて現れたのは、ジョルノ達の居場所を何らかの、恐らくは風のメイジらしく空気の動きなどで見つけた衛士服に身を包んだ男だった。 深く被っていた羽付き帽子を男が取ると、ジョルノの腰につけられていた亀が安堵して息をついた。 「アンタ、随分若返ったな」 「…あ、ありのまま起った事を話す」 ココ=ジャンボ…の中にいるポルナレフは男の一点を見つめて言うと、脂汗を滲ませて男は言った。 「私はジャンニーサンと熱く紳士的な暮らしについて議論を行っていた。 すると何かが僕に直撃して意識を取り戻した時には髪の毛も髭も残念なことになった…な、何を言っているかわからないと思うが、私にも何が起ったのかわからなかった。 ゲルマニアの軍隊とかトリスティンの衛士隊だとかそんなちゃちなもんじゃない。恐ろしいまでの怒りを味わったよ」 その場にいる皆に少し芝居がかった身振りを交えて言うジャン・ジャック…魔法衛士隊の隊長らしい男は先日会った時は長髪、そして豊かな髭を蓄えた男だった。 だが被っていた帽子を取り、今真剣な表情で亀に説明をする男の髪はとても短い。 ある程度切りそろえ無造作にセットされてはいたが、いい腕の職人など用意する時間はなかったのか髪の長さも多少ばらつきがある。 そして髭は完全に剃られ、剃り残しなど見つからなかった。 「…ちなみにちょっとした好奇心で聞くんだが、紳士的な暮らしってなんだ?」 「良く聞いてくれたね。それはつまり紳士的である為には。特に我々のような青年から壮年へと差し掛かった紳士には家庭が必要になってくるという話さ」 あくまでも真剣に亀に向かって語る衛士の姿は滑稽だったが、それに気付いた様子もなくポルナレフはジャン…ワルドに返事を返す。 「…ふむ。それは一理あるかもしれないな」 「だろう? それはつまり納得できる仕事を終えて帰ると出迎えてくれる可愛い奥さん」 と言ってワルドは少し離れた場所に立つルイズに視線を一瞬送り、 「時々ある種の趣を感じてしまうようなけしからんメイドを数人とこの際執事も妙齢の女性、一言で言うと掌に少し納まらないような感じ?を採用してはどうかなと」 まだ出だしだというのにポルナレフの亀は首を横に振った。 周りの空気を読んだわけじゃあない。 現在亀の中にいるのはポルナレフだけではないからだ。 亀の中で、杖を向けようとするマチルダをテファが必死になって止めてくれているのに気付いたからだ。 「そ、それくらいにしておこうぜ」 「そうだな。申し遅れたが姫殿下より、君達に同行することを命じられてね。君達だけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたってワケだ」 ワルドはそう言って皆に、ルイズに一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 「フーン」 トリスティン貴族達の憧れ…魔法衛士隊の隊長ともなれば実力も確かなのだろうが、先日食堂でのワルドを見ていたジョルノとサイトの反応は気の無いものだった。 一応、トリスティン王宮で流行の礼などして見せてはいるが、ジョルノの中でワルドを指名したアンリエッタ株がストップ安を記録するのも詮無いことだった。 ルイズとは既に再会を果たしていたらしく「おはようルイズ、昨日はみっともない所を見られてしまったね」 そう言ってワルドはルイズを軽々と抱き上げる。 「相変わらず軽いな君は! まるで羽のようだね!」 「……お恥ずかしいですわ」 ワルドはルイズを地面に下ろすと、再び帽子を目深に被る。 「さて彼らを、紹介してくれたまえ」 「あ、あの……、ゲルマニアのネアポリス伯爵と、伯爵の亀のポルナレフ。同級生のマリコルヌの使い魔サイトです」 「君は使い魔だったのかい? 学院の給仕かと思っていたんだが」 驚きはしたものの、ワルドは気さくな感じでサイトに近寄った。 サイトは馴れ馴れしくされるのが嫌なのか「よく言われます」と微妙な表情で返す。 それを察したのか、ワルドはサイトから離れ準備を続けるジョルノへと近寄っていく。 「ネアポリス伯爵。よろしく頼みます」 「こちらこそ」 「極秘とはいえ、遠からず同盟を結ぶ祖国の為なんとしても任務達成を目指しましょう!」 友好的な態度を見せるワルドとジョルノはにこやかに挨拶を、それこそ肩を叩き合ったりなどもしてから、ジョルノは目を反らした。 その先にはルイズがいる。 「ルイズ、先に子爵と共にアルビオンへ向かってください。港町ラ・ロシェールで落ち合いましょう」 「な、何突然言ってるのよ!?」 「一番上等な『女神の杵』亭を借りておく手配をしておきましたから、そこで待っていてください」 「だから…! どうして、一緒に行かないのよ!?」 突拍子も無い指示に説明を求めるルイズにジョルノはむしろ不思議そうに言う。 「ルイズ。母君の説得、失敗しましたよね?」 「…そ、そんなことはないわ! ちゃんと数日授業をお休みする許可を頂いて」 港町ラ・ロシェールは人工三百程度の小さい街だが、アルビオンの玄関口として常にその10倍以上の人間が街を闊歩している。 そんな街の一番上等な、貴族の客しか相手にしない『女神の杵』亭を宿ごと借りたというジョルノの言葉に驚いていたワルドは苦笑する。 あからさまにどもってしまったルイズの態度からそれはない、とわかってしまったのだ。 「公爵夫人を足止めする為に芝居の一つも打っておかないといけませんからね」 「何かて、手があるの?」 「カトレアに頼んで体調が思わしくない振りをしてもらうことになっています。少し薬も服用して、ちょっとだけ大げさに(勿論実際に病気が再発したりしたわけじゃあありませんよ?)。 それから以前治療した私が適当なことを言って、公爵夫人は看病をお願いするカトレアに暫くの間は付いていることになるというわけです」 普段と変わらぬ、爽やかな笑顔がどす黒く見えたのはサイトの気のせいだろうか。 ともかく、ルイズはその案に素直に賛同する事はできなかった…が、そうでもしないと母に捕まらずにアルビオンに向かうなど到底不可能なようにも思えた。 亀の中で誰かが騒いでいるらしく、ジョルノの腰で亀が揺れる。 ルイズは、複雑な顔をしたが苦い顔をしてジョルノに言う。 「わ、わかったわ。でも、あんまり遅いと置いていくわよ!?」 「ええ、勿論です。サイト。子爵のグリフォンがありますし、そういうわけですから君も残ってくださいね」 「ん? ああ、俺は別に構わないぜ」 そういうことになり、グリフォンに乗り先行するルイズを見送ってから、一旦ジョルノは学院の中へと戻っていく。 ルイズには簡単なように言ったが、その公爵夫人に「カトレアのことをお願いします」とか言われて旅立たれてしまっては元も子もない。 自室に戻ったジョルノは、AK小銃を亀の中に仕舞い、着替えなども仕舞ってからソファに腰掛ける。 ある意味裏切り者の疑惑があるワルドに対するよりも警戒しながら、ジョルノは公爵夫人がカトレアの様子がおかしいと尋ねてくるのを待った。 空いた時間を利用して、今朝届いたばかりの手紙を手に取ると、バーガンディ公爵家の紋章で封じられている。恐らくまたバーガンディ公爵から泣き言が書かれた手紙だろう。 読むかとうか迷っていると、呼び捨てなんて随分親しげじゃないか?と亀の中から呪詛のような声が聞こえてくるのを華麗にスルーして待つこと数分。 そうして、暫くして部屋の扉がノックされる。落ち着きの無い強い叩き方だった。 「ネアポリス伯ッ、ジョナサン…! 扉をあけて頂戴!」 「はい。今開きますのでお待ちを」 手紙を読むのはやっぱり止めて、ナイフを持って借りたガンダールヴの性能を確かめていたジョルノは返事をして扉を開けに行く。 そして慌てている公爵夫人の依頼を受け、ラルカスにも連絡してからカトレアの所へ向かう…そこまでは予定通りだったのだが、カトレアの部屋を訪れたジョルノはすぐに表情を変えた。 いつの間にか可愛らしい物や動物で溢れかえっている部屋にちょっぴり辟易したとかそんなことじゃあなく、ベッドで臥せっているカトレアの様子が予定とは違ったのだ。 ジョルノは脈を取りながら公爵夫人にカトレアの症状を尋ね、歎息した。 どうもジョルノがそれっぽい症状を引き起こす為に用意した薬を指定した量より一滴多く服用してしまったらしい。 「ジョナサン、カトレアさんが大変だと聞いてきたんだが」 「ラルカス、いい所に来ました。すぐに水魔法を。それと公爵夫人、申し訳ありませんが席を外してください」 心配だろうに何も言わず指示に従う公爵夫人を見送ったジョルノは、用意しておいた処方箋とラルカスの魔法でカトレアの治療にかかった。 ………薬を飲ませ、ラルカスの卓越した水魔法でどうにか治療を施されたカトレアは、ベッドの周りにいるジョルノとラルカスを申し訳なさそうに見上げた。 自分の額の汗を拭くジョルノと、寝乱れた美女もいいとちょっぴりわくわくしているラルカスにカトレアは礼をいう。 「ジョナサンごめんなさい」 「構いません。きっちりその分だけ渡せばよかったですね」 薬を片付けながら返事を返すジョルノを少し眺めて、カトレアは言う。 「少し焦った?」 「いいえ」 「あらやだ。嫌われちゃった」 もう少し量を間違えると危険な薬だったと言うのにカトレアは楽しそうに笑った。 ジョルノはそれには何も言わずにベッドから離れ、ラルカスの背に隠れて汗をかいたシャツを脱ぎ、亀の中から向こうの世界で作った少々オリジナリティに溢れすぎる制服のジャケットを取り出す。 そんな素っ気無い態度を見て、ぺろっと舌を出していたカトレアは含み笑いをした。 「でもこうでもしないとジョナサンって放って置いても平気って思うんじゃないかしら」 「貴方はそれでも問題ない方だと思いますが」 「あらあら、そんなことばかり言って……次は浮気しようかしら」とカトレアは寝台に横たわったまま、改めて旅支度として久しぶりに向こうの服に袖を通すジョルノを上目に見つめた。 鏡の前で腰でじたばたと足を動かすココ=ジャンボの位置を直し、テントウムシのブローチの位置を確認していたジョルノは納得が行ったらしくカトレアには返事をせずラルカスへと目を向ける。 「ラルカス。そろそろ期限ですが、ペニシリンは完成しましたか?」 「ん? ああ、先日第一号が完成した。ボスが戻るまでにはある程度数を用意できるぜ」 「ベネ。アンタのお陰で工程が繰り上がって来たな」 嫁どころか小動物を召喚して落胆していたとは思えない、自慢げなラルカスの胸を軽く小突いてジョルノはカトレアのベッドの方へと戻ってくる。 ラルカスはそのまま、カトレアのベッドの先にある窓の外で待つサイトの元へと行くジョルノの背中を眺める。 牛の顔に、何時になく真摯な眼差しを作りラルカスは言う。 「ボス。何かあったら使い魔で連絡をくれ。あんたの命令なら、アンリエッタの暗」 「そこまでだラルカス。留守を頼む」 頷くラルカス。 肩越しに振り向いていたジョルノは、思い出したように無視された上に不穏当な会話まで聞かされ、息を呑むカトレアの手を取って口付けた。 「するな」 「え? ……あら…うふふ。わかったわ」 「……あの、ボス? そろそろ行ってやらないとサイトが泣くと思うんだが」 乱暴な言い方だったが、口元に緩く孤を描くカトレアを見て、なんとなく切ない気持になったラルカスは口を挟む。 寝ていたところを治療の為に起こされたラルカスは、それでも直立不動でジョルノに申し訳なさそうな声だった。 ジョルノは息をつき、 「そうですね。ああラルカス、シャルロットの所に手紙は届けましたね?」 「ああ。母君を治療する準備が整ったことをイザベラ様から伝えられているはずだ。これでアルビオンには向かえま…」 窓の外に何かを見たらしく、動きを止めてしまったラルカスを見てなんとなく察しがついたジョルノはやれやれと歎息し窓へと目をやった。 ベッドに臥せっていたはずのカトレアが、窓の外に現れた風竜の頭を撫でていた。 その首根っこに当のタバサが跨っている。 まだオフレコだが、ああなってしまったジョゼフ王が、オルレアン家も赦免すると言う話をイザベラから聞いたので治療を引き伸ばす必要もなくなった。 そう判断したので、わざわざイザベラ経由で手紙を送ったのだがタバサにはばれていたらしい。 だがジョルノはそわそわしているタバサにとぼけた態度で言う。 「こんな早くに何か?」 「…この借りは、いつか必ず返す」 タバサがそう言うと、風竜は巨体を翻し風を巻き起こしながらガリアの方角へと飛んでいく。 最初から全速力で飛んでいるらしく、あっという間にその姿が小さくなっていく。 風に飛ばされたカトレアを抱きとめて、風が収まるのを待ってからジョルノも窓から出て行く。 窓の外で竜に跨り、早く飛ばしたいなぁとぼやいていたサイトの後ろにジョルノは下りた。 「お、驚かすなよ!?」 「すいません。行きましょうか」 「ああ!しっかり捕まっててくれよな!」 得意げにサイトが笑い、アズーロが飛び立つ。 そして次の瞬間には「ちょっとこっちに来な」とジョルノはマチルダに耳を引っ張られ、亀の中へと引きずり込まれる。 中から女性の怒鳴り声とそれを止めるポルナレフの声が聞こえてきたが、サイトは聞こえないふりをして初めて竜の背に乗って飛ぶ空を満喫することにした。 だって怖いし。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2180.html
「……何でここにいるの?」 「貴族の務めだと言っただろう。 国家の存亡が懸かった一戦となれば逃げ場も無いしな」 怪訝そうな顔を浮かべるキュルケにモット伯が応えた。 想像だにしなかった援軍に思わずキュルケも感謝の言葉を忘れた。 しかも、その背後に引き連れた軍勢は彼が率いるには大仰すぎる。 恐らくはモット伯の私兵も混じっているのだろうが、それにしても数が多い。 「その兵は?」 「ああ、私が雇った傭兵だ。 アルビオンの内戦が終わって仕事にあぶれた連中をな」 「よくそんなお金があったわね。破産したんじゃないの?」 「ああ。それなら簡単だ。無ければ用意すれば良いだけの事だ」 「え?」 モット伯の返答に、キュルケは首を傾げる。 無い物をどうやって用立てるというのか。 しかし、その答えが出る前に彼女の思考は大声に遮られた。 息を切らせてモット伯の下に伝令が駆け付ける。 「伝令ーー!」 アストン伯の使いだと名乗るその人物から口頭で情報が伝えられた。 その報告を耳にしたモット伯の眉が跳ね上がる。 確かなのか?と問い返す彼に、伝令は黙って頷いた。 誤報に踊らされるような浮ついた目ではない。 それを確かめてモット伯は腕を組んで深く考え込んだ。 頭を悩ませる彼に、ギーシュが恐る恐る訊ねる。 「……何があったんですか?」 「後退した敵の先鋒が砲台を迂回して側面から叩こうとしているらしい」 「なら早く迎え撃たないと! アニエス達が危ない!」 「だが、あまりにも不自然だ。 グリフォンも竜も全て駆り出して偵察に出す余裕さえ無いというのに、 アストン伯は一体どこからそんな情報を入手したのだ?」 少なくとも地上からではそんな動きを掴む事は出来ない。 巻き上がる戦塵は容易く視界を奪い、その先に潜む敵の存在さえ押し隠す。 ならば上空からしか考えられないのだがアストン伯は船どころか竜騎士も持っていない。 こちらを分断しようとする敵の虚報かもしれないという懸念がモット伯の足を止める。 しかし真実だとすれば……。 「では僕の部隊が! モット伯はこの陣地の防衛に専念してください!」 ギーシュに躊躇いはない。 包囲が完成してしまえばギーシュとモット伯の部隊が合流したとしても砲台を守りきる事は叶わない。 僅かにでも全滅の可能性があるなら危険を避けるのは必然。 それに運が良ければ自分は戦わなくても済むかもしれないという打算もあった。 返答を待たずにギーシュはニコラを連れて塹壕を離れる。 その最中、彼はその場に立ち尽くすルイズの姿を見とめた。 無理もない。間近で竜騎士の襲撃を受けたのだ。 恐れから放心状態になってもおかしくないとギーシュは思っていた。 ……しかし、その想像は大きな誤りであった。 彼女を突き抜けた衝撃は生命の危機さえも凌駕する。 言葉どおりに世界を揺るがすと言っても過言ではない。 取り落とした杖と『始祖の祈祷書』を拾いに行った彼女が見たものは衝撃で開かれたページとそこに記された文字。 恐る恐る本を拾い上げ、先程までは存在しなかった記述に目を配らせる。 そして書かれた言葉を彼女はうわ言のように呟いた。 「序文。これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す」 古代のルーン文字で書かれたそれを彼女は一文字一文字確かめるように読み上げる。 魔法を使えるようになろうと勉強し続けた日々は無駄ではなかった。 積み上げた知識は彼女に新たな知識への扉を開く鍵を与える。 「神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」 そこに残されていたのは単なる知識ではない。 秘められていたのは『虚無』という大いなる力。 伝説と共に失われた第五の系統。 「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。 『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。 されば、この書は開かれん。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」 (読める……読めるわ) 驚愕にルイズは手にした書を震わせる。 心のどこかでルイズはワルドの言葉を信じていなかった。 きっと彼の勘違いだと思い込んでいた。 魔法さえも満足に使えない自分が伝説の『虚無』だなどと確信できるだろうか。 だけど彼女の眼前に『真実』が突きつけられる。 とても一人では背負いきれない事実の重さにルイズは我を失った。 来て欲しくないと思いながら彼が傍らにいてくたらと願わずにいられなかった。 ……彼女は初めて魔法を使う事を怖いと思った。 大きすぎる力は人の運命を容易く捻じ曲げる。 誇り高き貴族であったワルドに祖国を裏切らせ、 一司教に過ぎなかったクロムウェルに野望を抱かせ、 あるいは、この戦争の本当の引き金となったのかもしれない力。 それを振るうという責任の重圧に、押し潰される錯覚さえ覚える。 「嬢ちゃん。その力はな、本を読むずっと前からお前さんが持っていた物だ。 今それに気付いただけに過ぎねえ、使うも使わねえもお前さんの自由だ」 彼女の心情を察したデルフが語りかける。 それは『ガンダールヴ』という力を担う者を知るが故の言葉。 朧げな記憶の中にも浮かぶのは力に翻弄された者達の姿。 しかし、それでも自分の担い手となった者達は戦う道を選んだ。 どこに答えを見出したかなどは分からないが、 彼等は力と責任を背負いながら自分達の道を歩んだ。 だから、この少女にも足を踏み出して欲しいのだ。 己の力に運命を狂わされる事なく力強く、 かつて人々が『勇者』と呼んだ者達のように……。 「きゅいーーー!!?」 地面に映る影が自分と変わらぬサイズにまで近付いた直後、 平地を滑る様にシルフィードがその巨体を切り返す。 風竜、それも成体よりも遥かに軽い彼女だからこそ可能な芸当。 それを追撃する火竜に求めるのは酷だった。 落下の加速も加えた竜の勢いは止まらず、そのまま大地へと叩き付けられる。 続くように後続の竜騎士達も同じ運命を辿った。 「ちっ! 功を焦りおって馬鹿者どもが!」 激突で立ち込める砂煙の中、全身を打ち付けた竜騎士達が捕縛されていく。 その光景を眺めながら熟練の竜騎士は毒づいた。 墜落した竜騎士達とは違い、彼等はシルフィードと一定の距離を保ちながら追撃していた。 慌てる必要などありはしない。こうして背後に喰らいついて隙を見て魔法なり炎を放てば事足りる。 そして、その機会はもう目前にまで迫っていた。 急加速と無理な機動が祟ったのか、既に風竜に力は残されていない。 森の真上を滑空するみたいに、ようやく飛んでいる程度。 背に跨るタバサへと狙いを定め、距離を詰めた火竜が顎を開く。 喉下で燻る炎が解き放たれようとする、その瞬間だった。 「放てッ!」 号令に応じて真下から放たれた無数の風の刃と火球。 それがシルフィードの後ろに付いた竜騎士達を一掃する。 異変に気付いた竜騎士の生き残りも散開の間もなく撃墜される。 振り返ったタバサが背後を確認して反転する。 彼女が見下ろした先にいるのは森の中に隠れたメイジ達の姿。 上空にいる竜騎士を仕留めるのはメイジであろうと困難だ。 しかし、それが地上近くを飛行しているのであれば話は別。 ましてや他の敵に目を奪われているのなら絶好のカモと成り得る。 事前にタバサの作戦を聞かされていたメイジが声をかける。 「後2、3回はこの手が使えるな。 高度は十分だが次はもっと速度を落としてくれ。 出来れば一撃で残らず仕留めたい」 「……分かった」 「きゅい!?」 こくりと頷くタバサにシルフィードが抗議の声を上げる。 (無理ね、無理なのね! 今だってシルフィのかわいい尻尾が噛みつかれそうだったのね! さっきより遅く飛んだらシルフィ食べられちゃうのね!) しかし、それに耳も貸さずタバサは再び敵陣へと向けさせる。 これが無謀な作戦だというのは熟知している。 だけど少しでも敵の攻め手を凌げるというのなら他に選択の余地はない。 零れ落ちる脂汗を袖で拭いながら彼女は地上で戦っているであろうキュルケやルイズ達の姿を思い浮かべる。 そうすると何故かもう少しだけ頑張れろうと思えてくる。 守られているのは自分の方なのかもしれない。 情けないという感情はない。むしろ内より沸いてくるものは暖かい気持ち。 「………………」 去り行くタバサの姿を眺めながら地上のメイジ達は呆然としていた。 恐らくは見間違いだろうと納得しつつも、それでも動揺は収まらない。 たった一人で竜騎士の群れに立ち向かおうとしているのに、 彼女が浮かべたのは華も綻ぶような笑み。 その一瞬、彼等は自分達より年下の少女に心奪われていた。 誰かが“本当に勝利の女神だったのでは?”と冗談じみた言葉を呟く。 しかし、それを笑い飛ばして否定する者はいなかった。 「ふう」 手にしたペンを置き、コルベールは一息ついた。 認めている文書はオールド・オスマンへの置き手紙だ。 彼のいる世界に行けば二度と戻れる保証はない。 だからこそ世話になった学院長に手紙を残そうとしていた。 ハルケギニアを去り行く彼にそれ以外の心残りはなかった。 元々、一度は死んだも同然の身。 あるとすればダングルテールを生き延びた少女の事だ。 彼女に真実を伝えぬままに去るのは心苦しい。 しかし、今はどこにいるかさえもしれないのだ。 再びペンを手に取り、手紙の最後に彼女の事も書き加える。 もしも彼女がここを訪れる事があれば伝えられるように。 戦場の騒然とした空気とは逆に、学院は沈黙の只中にあった。 生徒達で溢れ返った日常に比べれば、まるで墓場のようにさえ感じられる。 時には煩わしいと思った彼等の存在が今は非常に恋しい。 せめて挨拶だけでもしておくべきだったかと悔やむ。 水に浮かべた磁針を眺める。まだまだ日食には時間がある。 下手に飛び出せば無駄に燃料を使い、異世界に行くのが不可能となるかもしれない。 だからギリギリの時間まで彼は待機せざるを得なかった。 彼は逸る気持ちを抑えて、碌に掃除もされていなかった部屋に手を付ける。 異世界に旅立つのが待ち遠しいというのもある。 だが、それ以上にコルベールは自身の決断が鈍るのを恐れていた。 掃除しながらも視線は水槽に入れられた彼の姿を避ける。 同意もなしに連れ帰ろうとする同乗者の姿を。 “最良の選択肢が常に最高の結果を招くとは限らない。 だからこそ自分の意思で、後悔のない選択を” 自分を彼に告げた言葉を思い返す。 偉そうに言っておきながら自分は今も迷っている。 そして彼に考える機会さえも許さなかった。 ……なんという欺瞞だ。私はただ他人に責められたくない臆病者だ。 悪人にも善人も成りきれず傍観者に徹しようとする弱い人間。 だからこそ“彼のいた世界”へ逃げ込もうというのか。 不意に彼の思慮を騒々しいノックの音が妨げる。 人がいなくなった学院で一体誰が?と不審に思いながら彼は扉を開けた。 慌しく部屋に駆け込んで来たのはマルトーだった。 「すまねえコルベール先生! ちょっと手を貸してくれ!」 「どうかされたんですか?」 息を切らせて着衣を乱したその姿は尋常ではなかった。 何か問題が起きたと判断したコルベールが状況を聞きだす。 荒い呼吸の中、声を振り絞りながらマルトーは話す。 「それが、厨房で火事が起きちまって手が付けられねえんだ!」 「……! 分かりました、すぐに行きます!」 最悪、油に引火して燃え広がる事を恐れたコルベールが杖を手に飛び出す。 人がいないのなら自分しか対処できる人間はいない。 それに少しでも学院に恩返しできるのなら悪くないとも思っていた。 マルトーの背を追うようにしてコルベールは廊下を駆け出した。 静寂の中で高らかに二人の足音だけが響き渡る。 走りながらコルベールは窓越しに火元である厨房のある方へ視線を向ける。 直後。彼の足は疑問を感じて止まった。 火事が起きたのにも関わらず黒煙は少しも上がっていない。 開け放たれた窓からは焦げ臭い匂いも伝わってこない。 これはどういう事なのか?と困惑する彼にマルトーがぽつりと零した。 「……すまねえコルベール先生」 見ればコック帽を脱いでマルトーは頭を下げていた。 それはコルベールが初めて見る光景。 マルトーは決して軽々しく貴族に頭を下げる人物ではない。 ましてや、こんな下らない嘘で他人に迷惑を掛けるような真似はしない。 咄嗟にその意図に気付いたコルベールが自分の部屋に駆け戻る。 来た時以上の速度で、身体の悲鳴を聞き流しながら走る。 「止めなさい!」 扉を開け放ちながらコルベールは叫んだ。 そこに誰がいるかなど知らないし、相手の姿も見ていない。 だけど自分をこの部屋から離したのなら、その目的は一つ。 そこに彼を解放しようとする誰かの存在を確信して言い放ったのだ。 コルベールの制止の声にびくりと侵入者は身を震わせた。 彼の視線の先にいたのは石を掲げたシエスタの姿だった。 その下には水槽に浸り眠りについたままの彼の姿。 「シエスタ……どうして君がこんな事を?」 間に合った事に安堵しつつも警戒を解かずに彼は問い質す。 恐らくはルイズとの話を聞かれていたのだろう。 そうでなければ水槽に入った彼の姿を見て生きているとは思わないし、 誰も踏み入れないこの部屋に彼がいる事に気付かない。 自分の無用心さに舌打ちながらも彼女の返答を待つ。 「……分かっています。きっとこれは正しい事なんです」 視線を落としながらシエスタはコルベールの思惑に同意した。 コルベールがどれほど思い悩んでいたのかシエスタは知っている。 以前、タルブに来た時にも“彼”とコルベールの話を聞いていた。 だから、これはコルベールが描いた最良の結末なのだ。 誰も傷付かず、悲しみが過ぎればまたいつものように日々を過ごせるようになるだろう。 だけど…! だけど……! 「彼に選ばせてください! 選ぶチャンスを与えてください!」 モット伯のメイドとして召し上げられた日、シエスタは自分で進むべき道を選んだ。 その選択が誤りだったとしても彼女は選んだのだ。 彼に助けられて事なきを得た今でも、その決断を忘れない。 それがどんなに非情な現実だったとしても、 自分で答えを捜し求めるのが生きる事だと彼女は知った。 思い起こすのはいつだって懸命に生きていた彼の姿。 穏やかな眠りの中でやり過ごすのを彼はきっと望まない。 たとえ、どんなに辛い事だって立ち向かっていくのが彼だと思うから…。 石を抱え上げた彼女の視線の先には水に満たされた透明な“檻”。 「止めるんだシエスタ! 君は自分が何をやっているのか……」 コルベールが自身の杖を掲げる。 それは実力行使も辞さないと姿勢の顕れ。 だけど、それさえも彼女を止めるのには至らない。 「分かりません! だけど自分で決めたなら『進む』しかないじゃないですかッ!」 振り下ろされた石がシエスタの手を離れて叩き込まれる。 それは外壁に亀裂を走らせ、瞬く間に水槽を決壊させた。 噴き上げる水と共に押し流される彼の小さな身体。 呼吸に合わせて再開される生命活動。 そして彼は再び目覚めた、まるでハルケギニアに来た時をなぞるかのように……。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4946.html
前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ 《虎よ! 虎よ! あかあかと燃える 闇くろぐろの 夜の森に どんな不死の手 または目が おまえの恐るべき均整を つくり得たか? …またどんな肩 どんな技が おまえの心臓の筋を 捻じり得たか? おまえの心臓が 脈うち始めたとき どんな恐ろしい手が 恐ろしい足が用いられたか? どんな槌が? どんな鎖が? どんな炉に おまえの脳髄が入れられたか? どんな鉄床が? どんな恐ろしい手力が その死を致す恐怖を むずと掴んだか?》 (ウィリアム・ブレイクの詩集『無垢と経験のうた』中の「虎(The Tyger)」より) 度重なる戦火に燃える、天空の大陸アルビオン。 シティ・オブ・サウスゴータから敗走し、スカボロー港に集結していたトリステインの敗残兵は、 ロサイスから艦隊に乗って回りこんできたゲルマニア軍の奇襲により、完膚なきまでに殲滅された。 「ハハハ……なんと他愛もない、鎧袖一触とはこのことか!」 勝ち鬨をあげるゲルマニア軍。そこへ内陸側から、風竜に乗った将校たちが味方の旗を持って飛んで来た。 小柄で痩せた指揮官の男は、《ガンダールヴ》のルーンを持つアドルフ・ヒードラーだ。 「やあ諸君、奇襲は成功したようじゃないか。これぞまことのトラ・トラ・トラ、だな」 「おお、ブラウナウ伯爵! いや、ヒードラー総督閣下!」 「いやいや、自分は総督代行ぐらいでいい。アルビオン属州総督の責務は、ハルデンベルグ侯爵に担わせて差し上げよう。 ちょっと狩りをしてきたところだ。アルビオン軍数万とトリステインの殿軍は、地獄へ落ちてしまったよ」 ゾロゾロと数百ほどの将兵が彼の前に集まり、整列して右手を斜め前に突き出し敬礼する。 「「ジーク・ハイル(勝利万歳)! 総員、傾注!!」」 ヒードラーはにこやかに微笑み、片手を挙げて敬礼に応えた。 「ジーク・ハイル。うむ、ご苦労だったね諸君。この新兵器、ティーガー戦車の威力はどうだったかな?」 「素晴らしい、の一言です! ご覧下さい、この地獄のような光景を! 敵の死体の山を!」 廃墟から立ち昇る熱と血肉と硝煙の臭いに、将校は酷く興奮している。 「自走する車に、強力な大砲を乗せるという大胆な発想! 寸分の狂いもなく組み上げられた分厚い鋼鉄の板! それにこの精巧なカラクリ! まさに芸術品です! ゲルマニアのメイジが総掛かりで研究しても、とうてい同じものはできますまい!」 異世界からもたらされた超兵器、《ティーガーⅠ》。 全長8.45メイル、全高およそ3メイル、重量は12万リーブル(約56トン)。前面装甲の厚さは10サントにおよぶ。 第二次世界大戦中にナチス・ドイツが開発した、当時最強の重戦車である。 光の矢のように発射される8.8サントの徹甲弾は、秒速750メイル以上の速度で回転しながら、 2リーグの距離から8.4サントの分厚い鋼鉄製の装甲板をぶち抜くことができ、内部で炸薬が爆裂する。 副武装として7.92ミリメイルMG34機関銃×2、NbK39 90ミリメイルSマイン発射機×6。 ハルケギニア程度の文明世界の軍事兵器としては、馬鹿と冗談が総動員というところだ。 強力なメイジかドラゴンの群れでもなければ、まずこれに立ち向かうことはできまい。 今のところ整備と操縦は部下の悪鬼に任せてあるが、訓練しだいでは普通の人間にも扱えるようになろう。 さらにティーガーⅡ、ヤクトティーガー、シュトゥルムティーガーなども、ロマリアから持って来てある。 記録によれば、始祖ブリミルが降臨した『聖地』の門は、数十年に一度活性化する。 そして《ガンダールヴの右手の槍》として、その時代の地球上でもっとも強力な武器をもたらしてくれるという。 ただ基本的に個人用なので、機甲師団として運用できるほどの物量はないし、 ミサイルや戦闘機の大半は墜落して破壊されていた。まあ、AK-47だけはコンテナごと山ほど来ていたが。 砂漠の中にある聖地は、かなり放射能で汚染されているのかもしれない。 さてしかし、一つ問題がある。 始祖の秘宝、『祈祷書』と水のルビーは、ルイズ・フランソワーズともども地獄へ落ちてしまったようだ。 これでは始祖の虚無が復活するのに必要な《四つの虚無》、つまり担い手・使い魔・秘宝・ルビーの四組が揃わない。 おそらく始祖でなければ、あの門を正しく潜るのに必要な知識は持っていないだろう。 だが、あれらは六千年もの間、このハルケギニアなる文明世界を守護してきた強力なマジックアイテムだ。 四大王国同様、一時的に埋没しても、消えてなくなることは決してなかったという。 まぁ、そのうち松下やルイズともども、現世に戻ってくるだろう。 なんなら悪魔に命じて地獄まで回収に行かせてもよいのだし。うん、さしたる問題ではない。 最後には我が神《シーレン》様を復活させ、ハルケギニアも地球も地獄も天界も、我らが膝下に屈服させてくれよう! ヒードラーはそう思案してほくそ笑み、拳を振り上げてゲルマニア軍を激励する。 「では諸君、天下無敵のゲルマニア軍よ、さらに進軍しよう! 不実のアルビオンを掌中におさめ、ロンディニウムの異端者クロムウェルどもを滅ぼそう!! ジーク・ハイル!!」 「「「Sieg Heil!! Sieg Heil!! Sieg Heil!!」」 「…………」 ヒードラーに、否、ダニエル・ヒトラーに背負われていた魔剣デルフリンガーは、ずっと沈黙したきりであった……。 さて一方、地獄を歩いていた松下・ルイズ・シエスタ・佐藤の一行は……。 「……なんとも、図体ばかりでかくて悪趣味なフネねぇ……冥土の渡し舟に、デザインをどうこう言いたかないけど」 深淵の縁に設置された桟橋には、死人の爪で作られたフネ・ナグルファルが繋留されていた。 これに乗れば、目的地である地獄の中心まで二日ほどで着く、というのだが。 「これでもまだ小さなほうです。ちなみに帆布は死人の皮膚で、綱は髪の毛で、櫂などは人骨でできていますが。 私ども『案内人』は、この地獄でそれなりの生活を営んでいましてね。 たまに深淵から浮き上がってくる小型のフネを捕らえて、こうして移動に使うんですよ」 「実に乗る気が起きないフネね……って、私ども?」 「まあフネの上をご覧下さい。なんか白っぽい、虫みたいのがたくさんいるでしょ?」 なんと、フネに群がってさまざまな作業に携わっているのは、みな『案内人』と同じ姿の異形のものばかりではないか。 「「!?」」 「私どもは、地獄に湧く蛆虫のようなもので、生物でもなければ亡者でもありません。 妖怪、と言うものが一番近い存在でしょうか。……さ、どうぞお乗りください。そろそろ出港です」 一行はフネに乗り込むと、しばらく深海のように静かでひんやりした船内を歩き、適当な座席を見つけて座る。 すると異形のものたちは、静かに『死を讃美する歌』を歌い出し、続いてお経のような『別れの歌』を歌った……。 実に縁起でもないが、出港の準備が整ったようだ。 ピイイーーーッ、と桟橋のそばで異形のものが笛を吹き、チリンチリンと寂しげな鈴の音を響かせた。 「出港ぉ…………っ!!」 ギギイイイ~~ッ、と納骨堂の扉が開くような不気味な音を立てて、怪異なるフネは深淵の底へと出港した。 肌を切るような雪風に乗り、ふわりと真っ暗な虚空へ浮き上がる。 ……そしてしばらくグラグラ揺れた後、どうやら安定軌道に入ったようである。 船員と話していた案内人は、そそくさとルイズたちの席に戻ってきて、ガイドを再開する。 「ええ皆様、大変お待たせいたしました。反逆地獄コキュトス巡り、これより終点に向かいます。 よろしければこの毛布をお使いください。機内食が出せませんで申し訳ありませんがね」 よく喋る案内人の冗談を、松下が毛布を受け取りながら鼻で笑う。 「はは、きみも言っていた通り、我々亡者に食事は不要だよ。霊的な飢渇を癒すため、供物などを食べることはできるが。 しかし冥土のものを水一滴でも口にしてしまえば、二度と現世には帰れなくなるじゃないか」 案内人は体内から淡い燐光を放ちつつ笑い返し、説明を続ける。 「さて、この反逆地獄は四つの円に分かれています。 外側からカイーナ、アンテノーラ、トロメア、ジュデッカ。 それぞれに、愛するべき肉親、自分の祖国や党派、守るべき客人、大恩ある主人を裏切った罪人が幽閉されています。 まあ、見て楽しい光景でもありませんし、全部上空を通り過ぎてしまいますが。 中心に突き刺さっているのが、造物主たる神を裏切った《悪魔大王》だというのは、先ほどお話しましたね」 左側の硝子窓の向こうに、黒々とした岩山のような、両腕を左右に広げた悪魔大王の姿がぼんやり見える。 数百リーグも彼方にあるはずだが、圧倒的な迫力と存在感だ。見ているだけで体が、いや霊体が重圧を感じる。 ぐいぐいとフネごと吸い寄せられていくような、異様な重圧である。 「あの悪魔大王の醜悪な頭は三つあり、各々の顔色は赤と黄色と黒で、これは三つの大陸に住む三つの人種を表します。 全身は黒い毛に覆われ、頭には山羊のような角が生え、耳からは大蛇が出ています。 背中には六枚の蝙蝠に似た皮翼があって、これを羽ばたかせると吹雪が起こり、反逆地獄全体を凍りつかせます。 また彼はその巨大な三つの口で、落ちてくる罪人の魂を吸い込んでは噛み砕き、硫黄の煙とともに吐き出しているのです。 まるで噴煙を上げる火山のように……」 「……そいつは、なぜ神様に反逆なんてしたの?」 ブリミル教では、悪魔に関する神学的知識はまだ整っていないようだ。 ルイズは子供のように、案内人と松下に質問していくほかない。 「ふぅむ、諸説ありますね。 有力な説は、自分が神より優れていると思い込み、宇宙の支配者になりたいと願ったというもの。 もう一説は、神が自分に似せて人間というものを創造し、自分の地上における代理人とした時、 土くれなどに跪くことはできないとして背いたというもの。つまり罪状は『高慢』と『嫉妬』による不服従です。 彼はもともと最初に創造された偉大な天使であり、神に次ぐものとして君臨していたのだそうですから」 「……でも、神様は全知全能で、完全に善なる存在でしょう? なんで神様の作った世界は、こんなに罪と悪に満ちているの? なぜ神様に敵対するような、悪魔が存在できるの? そいつらが反逆した時に追放なんてしたりせず、すぐ消滅させてしまえばよかったのに……」 ルイズはそう言うと、頭から毛布を被り、不安そうに震えてうつむく。 松下が案内人に代わって答えた。 「神を、善悪とか強弱とかいった、平凡で不確かな人間の尺度で測るべきではない。 悪魔も神の被造物であり、宇宙のシステムを管理する天使の一種だ。 人間に試練を与え、霊的成長を促す《神の影》というべきかも知れん。 神は善も悪も、天使も悪魔も、平和も災いもともに造るのだよ。万物は唯一の源泉から発する。 全ては神が与え、神が取り去るのだ」 《私が主である。他にはいない。私の他に神はいない。 あなたは私を知らないが、私はあなたに力を帯びさせる。 それは、日の上る方からも、西からも、私の他には誰も神がいないことを、人々が知るためだ。 私が主である。他にはいない。 私は光を造り出し、闇を創造し、平和をつくり、災いを創造する。 私は主、これらすべてを造る者である》 (旧約聖書『イザヤ書』第四十五章より) 明快な答えだ。だが、それを聞いたルイズの震えは、ますます酷くなった。 足元にぽっかりと穴が開き、すーっと底なしの深淵に落ちてしまいそうな感覚に襲われる。 ……おお、神が、神が悪を造った、だなんて。 ごくり、と唾を呑み込み、ルイズはさらに質問する。 「じゃ、じゃあ、人間はなぜ罪を犯し、争い、悪事を働くの? 悪魔のせい? それとも神様のせい?」 松下は即答する。 「いいや、人間自身のせいだ。 自由意志の悪用、無知、無明、欲望……あるいは《原罪》のせいとも言える。 神の目から見れば、すべて人間が心に思い図ることは、生まれながらに悪く、罪深い。 外から人の中に入るものは人そのものを汚さないが、心の内側からはあらゆる罪悪が出て来るじゃあないか。 悪魔は人間に悪事を唆すが、行為の決定権は人間の側にあるのだから。 ……そして彼らの罪業は、終わりの日に裁かれるのだ」 ルイズはしばらく黙りこくったあと、ぼそりと呟く。 「終わりの日……ハルマゲドン、ラグナロク、神々の黄昏……。 そして古い世界の終末と、そこの案内人は言っていたわね……」 「ああ。ぼくらが布教している『千年王国』の小冊子を読んでいないのか? これから起きるであろう大艱難について、簡単に預言しているぞ」 松下がそう言うと、シエスタがポケットから件の小冊子を取り出し、ルイズと佐藤に手渡す。 ルイズは興味なさそうにパラパラとページをめくり、松下が興奮したような口調で説教を始めた。 「厳しい冬が何年も続き、激しい疫病と飢饉、全世界規模の大戦争、地震や洪水などの天変地異が起きる。 魔物や盗賊が跳梁跋扈し、人心は腐敗し、食と富と快楽と権力に対する渇望が、罪深い人間どもを衝き動かす。 現世の終わりは近い。今まさに、現代文明の大破壊が起ころうとしている。 天から炎と隕石と熔鉱が降り注ぎ、選ばれた人間だけが救われ、悪人は地獄の炎で焼かれるだろう!」 ―――完全に異端だ、邪教だ、カルト宗教だ。犯罪的狂人のたわごとだ。 しかし、ブリミル教の聖職者たちが説く抹香臭い教えより、妙に説得力があるように感じるのはなぜだ。 ここが地獄の深淵で、あそこに悪魔大王が鎮座ましましているからだろうか。ああ、なんだか口の中が渇く。 「わ、私たちは、ていうかマツシタは、せ、世界を滅ぼそうとしているの?」 ルイズの発言にシエスタが気色ばむが、松下は彼女を手で制した。 「社会のひずみを生み出している、腐った現体制を打倒する程度のことはする。 そして築き上げられるのが、人類究極の目的である理想的な世界国家『千年王国』だ。 最終的に世界を滅ぼすのは、創造者である神自身だよ! 陶工が使い物にならない作品を、みな砕いてしまうように。 悪に汚染された古い世界が、最後の審判を受けて滅びるのは、神が定めた必然、摂理だ。 天体が回転し太陽が東から昇るのと同様、止めようがない」 松下は、危険な終末論を口から吐き出し続ける。 「太古の昔から、何度も繰り返し《生命の大絶滅》は起きている。おそらく霊的な革命、進化に必要なのだろう。 我々のすべきことは、その時が近づいていることを告げ知らせ、なるべく多くの人間を救いに導くことだな。 ぼくはメシア、救世主なのだから。 ……とはいえ、救われる人間というのも、神が既に定めているのかも知れんが」 ルイズにはもう、頭を抱えて髪をかきむしることしかできない。 ああ、自分には理解できない。いや、したくない。すれば自分は、真の貴族どころか、正気の人間でなくなってしまう! 「―――――はぁ、神学問答はこれぐらいにしましょう。とにかく、早く現世に帰還しなきゃ。 アルビオンやトリステインは、ハルケギニアはどうなっているのかしら……」 「現世のことは天に任せるんだな。今は休息の時だ。 早めの精神力回復のために、瞑想のテクニックをいくつか教えておくよ」 佐藤は黙って二人のやりとりに聞き入りながら、メシアの著した小冊子に目を通していた……。 《栄光あれ 讃えられてあれ サタンよ かつて君臨した天の高みにおいても また今 事やぶれて 沈黙の内に夢想にふける 地獄の深みにおいても 我が魂がいつの日か 知恵の木の蔭にて 御身の傍らに憩えるようになしたまえ 御身の額の上に 新たな寺院のように その小枝が広がるであろう時に》 (ボードレールの詩集『悪の華』中の「サタンへの連祷」より) (つづく) 前のページへ / 一覧へ戻る / 次のページへ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9334.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第42話 ブリミルの秘宝の秘密 バリヤー怪獣 ガギⅡ 登場! ハルケギニアは今、聖戦という巨大な嵐に巻き込まれようとしていた。 教皇ヴィットーリオの放った勅令によって、ハルケギニアのすべての国家に対エルフの挙兵が命じられ、史上空前の規模の戦争が巻き起ころうとしているのだ。 ”世界を覆う暗雲を作り出したのはエルフの仕業である。今こそハルケギニアの民は力を合わせてエルフを討つべし!” 教皇が見せたという天使の奇跡とともに、ハルケギニアの津々浦々にまで聖戦参加の激が届くのに時間は必要としなかった。 神に忠誠を示すための義勇兵として集まる人々や、功を狙った貴族や傭兵は即座にロマリアに従うことを高らかに叫び、ロマリアには膨大な数の兵力が集まりつつある。 むろん、エルフにはかつて人間は一度も勝利したことはなく、その圧倒的な実力を恐れる者も多かった。だがロマリアは神の祝福を受けた教皇の魔法はエルフの先住を上回ると高らかに宣伝し、同時に聖戦に非協力的な者は異端の疑いがあるとして、飴と鞭を使い分けて人々を意のままにさせていったのだ。 その巨大な流れはハルケギニアにとどまらず、噂に流れてサハラにも伝わっていた。 ネフテスの評議会では人間世界での大きな動きに、エルフの議員たちがどう対応するかの会議が開かれていたが、うろたえる議員たちに対してテュリューク統領は不思議なくらい悠然としていた。 「まあ諸君、そう金切り声をあげて議論しなくてもよかろう。もう少し落ち着いてみてはどうかね?」 「統領閣下、なにをのんきなことをおっしゃっているのですか。蛮人どもが我々に濡れ衣を着せて攻めてこようとしているのですぞ? 我々の兵力の再編がまだ中途半端な今、これは大変な事態ではありませんか!」 しかしテュリュークは気にした様子もなく、むしろできの悪い生徒に教え諭す教師のように言った。 「戦争になってしまえばその時点で終わりじゃよ。我々が勝つにせよ彼らが勝つにせよ、双方被害は甚大というものでは済むまい。そうなれば必ず第三勢力が漁夫の利を狙って割り込んでくるじゃろう。戦争の勝ち負けなど関係なく、それで世界は終わりじゃ」 議員たちは言い返しようもなかった。第三勢力がなにを指しているかということは今さら説明されるまでもない。戦争が始まれば、確実にテュリュークの言ったとおりになってしまうだろう。 「では議長、我々はこのまま手をこまねいて待っていろというのですか?」 「そうは言っておらん。しかし、我々から動くのはまだ早いということじゃ。しばらくは情報を集め、様子をうかがっておこうではないか。わしはすでにビダーシャル君に頼んで蛮人世界の動静を探ってもらっておる。どうやら蛮人たちの中にも、戦に反対の者がまだ数多くおるようじゃ。今は、彼らの行動力に期待してみたいとわしは思う」 「もしも、その蛮人の反対派が敗れた場合はどうするのですか?」 「説明しないとわからぬかね? だが、わしは賭けてみるだけの価値はあると信じておる。彼らの勇士はほんの少し前に、このアディールに乗り込み、我らエルフの心を動かすという大事を成し遂げた。その手腕にもう一度期待してみようではないか」 「ううむ……ですが、危険すぎる賭けではないでしょうか」 「当然じゃ、だが我々には効果的に蛮人世界に干渉する術がないのも事実じゃ。とはいえわしは、これがむしろいい機会ではないかとも思っておる。蛮人、いや人間たちが我々と対等な生き物であるか、それとも進んで自滅したがる愚かな動物であるのか、この騒乱を収められるか否かで本当にはっきりするじゃろうて」 そう言うとテュリュークは、乾いた喉を潤すためにテーブルの上に置かれていた茶をぐいっとすすった。その味は悪くなかったが、時間が経ちすぎていたために議員たちの心情を映したように生ぬるかった。 聖戦を起こそうなどというだけの兵力が、一朝一夕で整えられるわけがない。実際に奴らがサハラに侵攻してくるにはまだ数ヶ月の準備期間がいるはずだ。それだけ時間があるとも言えるが、一方的にこちらを敵とみなしてくる以上は話し合いが通用する相手とは思えないし、たとえば今から教皇を暗殺したりなどをやってみても火に油を注ぐようなものだ。かといって降伏などということができるわけもない。 会議はそのまま特に目立った成果もないままに閉会し、しばらく様子を見るという、なんの変化もないことをネフテスは続投しただけだった。 だが今はそれでいい。今下手に動けば、かえって聖戦推進の人間たちを刺激することになる。 「まったくわしも、大変なときに統領なんぞになってしまったものじゃわい。じゃが、もしも人間たちがこの難局を乗り越えることができたら、幾千年繰り返された彼らと我々との争いも終わりにすることができるやもしれん。やってみせい、小僧っ子ども、これから先の時代を作るのはわしらじゃのうてお前たちじゃからの」 はるか西の空を望んでテュリュークはつぶやいた。時代は入れ変わらなければいけない。古い世代から新しい世代へ、そして新しい世代が新しい時代を切り開くには試練を乗り越える必要がある。 若者が大人に成長して時代を切り開くか、それとも未熟な若者から脱皮できずに時代に押しつぶされて終わるか、歴史の女神は非情にジャッジを下すだけだ。 こうしているあいだにも、ビダーシャルは国境沿いのエウメネスという街を拠点にしてハルケギニアの情報を集めてくれている。 人間とエルフは完全に断絶されてきたというわけではなく、一部では交流が続けられてきた。商人の噂は、軍隊の伝達よりも時に速くて信頼性がある。ハルケギニアで何かあった場合には、ここが有力な情報源になるのだ。 商人の口を通じて、ハルケギニアの各国が武装を増強し続け、武器商人たちが需要に追いつけなくなっているという話が日々大きくなっていくのをビダーシャルは苦い面持ちで聞いていた。このままでは、このエウメネスまでもが戦火に巻き込まれてしまう日も遠くないことだろう。 だがそんなある日、変わりばえのしなかった情勢が大きく動いたことを知らせる情報が飛び込んできた。 「戦争だあ戦争だあ! 大変だあ! トリステインとアルビオンがロマリアとガリアを相手に戦争おっぱじめやがったぞお!」 話が入ってくると、ビダーシャルは即座に複数の人脈を通して話の裏を取り、信憑性の高い情報を纏め上げた。間違いなく、ハルケギニアの内部で激変が起きたらしい。しかも、自分たちにとって恐らくは追い風になるであろうことが。 「このとおりならば、聖戦とやらの計画も根底から見直さねばならぬだろうな。いや、教皇が真に悪魔的な存在であるならば、ようやくこれで対等な立場に持ち込めただけかもしれん。ともあれ、これを人間たちの『物語』で表すのならば『劇的な変化』というところか。思えば、直前にファーティマを送り込めたのも、大いなる意志の導きやもしれん」 人間たちが運命と呼ぶものがあるとすれば、それはなんと巧妙に作られているのかとビダーシャルは思った。 サハラを滅亡に導こうとする危機が目の前に迫っているというのに、自分たちができることは実質なにもない。あるとすれば、ハルケギニアに行っているファーティマやルクシャナたちの活躍に賭けるだけだ。 「大いなる意志よ、我が姪と友人たちに良き巡り合わせを与えたまえ、彼女らを守りたまえ」 西の空のかなたにいるであろうルクシャナたちの活躍と無事を願ってビダーシャルは祈った。 エルフが見守る中で、聖戦という最悪の運命の分岐点に立つハルケギニア。その内部では、まさに激動に言うにふさわしい騒乱が始まろうとしていた。 事の起こりはビダーシャルの知る数日前、トリスタニアで行われた女王アンリエッタの演説から幕を開ける。 「我が親愛なるトリステイン国民の皆さん、本日は皆さんに大切なお話があります。貴族、平民、老若男女問わずにすべての方々に聞いてもらうために、わたしはこうして場を設けました。わたしの声は魔法器具を通して、トリステイン全土の街や村にも同時に届けられています。どうか少しの間、わたしの声に耳を傾けてくださいませ」 嘘偽りなく、トリステイン全土に広がるアンリエッタの声。ラグドリアン湖から引き上げられた艦艇に取り付けられていたスピーカーを参考に作られた王立魔法アカデミーの努力の結晶は、まだ実験段階ではあるが十分にその性能を発揮してくれていた。 ただし、無線ができるほど便利にはまだできていないため、国の全土にケーブルを引くためにアカデミーと魔法騎士隊がこの三日ほど不眠不休で働いた。それだけのことをするほどに、これから始まる演説には価値があるということだろう。 「皆さん、今現在の世界を包む危機的状況は周知のことでしょう。そしてそれに対して、ロマリアの教皇聖下がエルフに対しての聖戦の参加を呼びかけていることも、知らない人はいまやいないと存じます。今日は、我がトリステインの聖戦に対する意思を、全国民に表明しようと思います」 やはりそれか、とうとう来たか、と国民の誰もが思った。 トリステインはこれまで、聖戦に対する意思を明確に表明せずにあいまいにしてきた。国外から入ってくる噂や新聞記事などでは、ゲルマニアで有力貴族が結集し始めたとか、ガリアで大衆を相手に志願兵を集めだしたなど、ぶっそうな話が次々に聞こえてきていたために、遠からずトリステインでも軍を大きく動かすだろうと皆が予想してきたのだが、とうとう来たのか。 ごくりとつばを飲み込む人間が、このときトリステイン中で星の数ほどいただろう。しかし喜ばしく考えている者はそうは多くない。戦争というものが、どれほどの負担を大衆にもたらすのかは、ハルケギニアの人間には身近な問題なのだ。 確かに世界の脅威は取り除かねばならない。自分の家族や恋人のためなら聖戦も辞さずと考えている正義感の強い者も多いが、犠牲なしで済ませることはできない。もしそんなことができるなら聖戦は教皇ひとりで十分だろう。 だがそれでも、女王が参戦の宣言をすれば、数多くの人間が聖戦に参加するだろう。空を不気味な虫の黒雲が包んで何ヶ月も晴れないという明確な危機感、ロマリアの教皇が奇跡を見せて元凶はエルフだと示したことによる敵愾心は、トリステインの一般市民にもそれほど強く根付いていた。 だが、トリステイン国民たちの予想は、女王の想像を絶する宣言によって打ち砕かれた。 「わたし、トリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、その名において宣言します。ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の発した聖戦への”不参加”を! そして今日この日を持って、教皇聖下に対して我がトリステインは宣戦を布告いたします!」 なっ!? と、数百万のトリステイン国民が貴族平民問わずに絶句し耳を疑った。 どういうことだ? 聖戦に不参加? それどころか、教皇に対して宣戦布告? つまりロマリアに、ブリミル教に反抗するということか? なぜ? 人々は混乱する頭で考えたが、納得のいく答えは女王が狂ったというくらいしか思いつかなかった。しかし、アンリエッタの言葉は冷静なままで、魔法の送話装置から続いた。 「驚かれたことと思います。しかし皆さん、わたしは決して乱心したわけでも、ましてブリミル教への信仰を失ったわけでもありません。ですがこれからお話することは、さらに皆さんを驚かすこととなると思います。ですがどうか落ち着いて、最後までわたしの話を聞いてください。はっきりと申し上げます。聖戦を布告したロマリア教皇ヴィットーリオは、人間ではありません! 我々の信仰心を利用し、自作自演の奇跡で騙して聖戦にでっち上げ、エルフと人間の共倒れを狙う異世界からの侵略者です!」 トリステイン全土に、悲鳴にも等しい叫びが轟いたのは言うまでもない。 教皇陛下が人間じゃない? 女王陛下は本当に狂ってしまったのか? いや、しかしそんな。 混乱する人々に対して、アンリエッタの言葉は続く。 「驚かれていることでしょう。わたしも最初は信じたくはありませんでした。ですが、考えてみてください。このハルケギニアを、ヤプールのような侵略者が我が物としようとするならば、誰を抑えるのが一番都合がよいのかと? そして、教皇が侵略者の手先であるという確かな証拠をお目にかけましょう。どうか、空を見上げてください」 人々は言われるがままに空を見上げ、屋内にいた者も一様に外に飛び出るか窓を開いた。 もう人々の関心はただ一点に集中していた。すなわち、ハルケギニアの民にとって絶対である教皇と、敬愛する女王のどちらが正しいのかと? それは自らの運命にも直結する。証拠を見せてくれるというのであれば、見ないわけにはいかない。 国民の関心を一身に集めたアンリエッタは、街を見下ろす王宮のバルコニーで今、トリスタニアの民の前に身をさらしていた。 「女王陛下! 女王陛下! 女王陛下! 女王陛下!」 アンリエッタの視界を、数え切れないほどの民衆が蟻の群れのように埋めている。トリスタニアの道という道には人があふれ、屋根にも多くの人が上っているのが見える。トリステインの人口からすれば氷山の一角に過ぎないはずだというのに、アンリエッタはまるで全世界の中心に自分が放り込まれてしまったかのような錯覚を覚えた。 ”お母様、ウェールズ様、どうかわたしに勇気をくださいませ” 表情には毅然とした気高さを見せながらも、内心では押しつぶされそうなプレッシャーとの戦いが続いている。いくら彼女が若くしての名君と世間ではたたえられていても、心のうちはまだまだ未熟さを残す十代の少女なのだ。 できるならば逃げ出したい。しかし、逃げるわけにはいかない。後ろでは、マザリーニ枢機卿や大臣らが緊張した面持ちで見守っているし、見えない場所でもカリーヌやアニエスらが万一の暗殺や妨害を未然に防ぐために張り込んでくれている。失敗したとしても二度目はないのだ。 民もまた、女王陛下の言葉を一言も聞き逃すまいと緊張して待っている。ただの戦争の話であれば、裏路地の浮浪者などは我関せずと昼寝でもしているだろうが、今回は事と次第によってはトリステインという国が文字通り消し飛ぶかもしれないという大事態だ、影響を受けない者などいるわけもなく、日ごろはふてぶてしい態度をとっている裏路地の武器屋の親父も落ち着かない様子で空を見上げ、荒くれの集まるチクトンネ街でも魅惑の妖精亭の全員が外に出て王宮の方角を望んでいた。 「お父さん……」 「大丈夫よ、ジェシカちゃん。私たちは女王陛下を信じる、それを忘れちゃいけないわ」 不安げな少女たちには、スカロンの厚化粧でたらこ唇な顔がなぜか頼もしげに見えた。なお、ドルチェンコ、ウドチェンコ、カマチェンコの三人は先日実験で屋根裏部屋を吹き飛ばしてしまったために店中の掃除をずっとやらされているが、まあこいつらは例外であろう。 誰もが、アンリエッタの言葉を今や遅しと待ち構えている。そしてアンリエッタは、従者に持たせてきた宝箱から奇妙な形の首飾りを出して高く掲げた。そう、才人が六千年前からミーニンに託して送ってきた、あの首飾りである。 「皆さん、この世には始祖ブリミルの残した四つの秘宝があることをご存知でしょうか。偉大なる始祖ブリミルは、その血を引き継ぐ我ら子孫のために自らの魔法の力を封じた秘宝を残しておいてくれたのです。我がトリステインには始祖の祈祷書が伝わっていることは知ってのことと思います。本来ならば、四つの秘宝を持つ四人の選ばれし始祖の子孫が世界の危機を救うはずでした。しかし、アルビオンは内戦で荒れ果てて秘宝すら行方知れずとなり、ガリアにはあの邪悪なジョゼフ王がのさばっています。残念ながら、始祖の秘宝が揃う望みはありません。教皇は、そこにつけこんだのでしょう。ですが、秘宝には実は五つ目があったのです。懸命なる始祖ブリミルは、世界に危機が訪れることがあったとき、万一に四人の子孫と四つの秘宝が揃わないことがあった場合のためを考えて、切り札を残してくれたのです。この始祖の首飾りがそれです! そしてこの秘宝に秘められた力と、始祖ブリミルの本当の意思を見てください」 アンリエッタはそう言うと、始祖の首飾りを高く投げ上げた。するとどうか、首飾りはひとりでにぐんぐんと空へと昇っていくではないか。 光りながら上昇していく首飾りを、トリスタニアの人々はあっけにとられて見上げ続けた。 そして、首飾りが不気味にうごめく虫の雲に到達したとき、奇跡が起きた。 「おおっ、そ、空が!」 首飾りが暗雲に触れた瞬間、まばゆい閃光が走り、空が晴れた。例えるなら、まるで油を張った水面に洗剤を一滴垂らしたときのような鮮やかさで、首飾りに触れたところから円形に暗雲が消滅していき、そこから青空が、太陽が輝きだしたのだ。 「おお、太陽だ! 太陽だ! お日様だ!」 今までどんなことをしても晴らすことのできなかった虫の雲が、始祖の首飾りから放たれる光にかき消されていく光景は見る間に広がり、トリスタニアからラグドリアン、魔法学院、ラ・ロシェールまですべてを含み、トリステインは懐かしの陽光に照らし出された。 人々は歓喜に震え、森は緑に輝き、動物たちは駆け、魚は水面に飛び跳ねて、久しぶりの生命の源泉をその身いっぱいに浴びる。 これは、これは奇跡か。女王陛下は、始祖の秘宝は奇跡を見せてくれているのかと、半信半疑だった人々は、アンリエッタの言葉を信じようと思えてきた。 そのときである。空を見上げる人々の耳に、ゆっくりとした若い男の声が聞こえてきたのは。 『皆さん、未来の皆さん。僕の声が聞こえていますか? 僕の名はブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリールという者です』 え? 人々は自分の耳を疑った。今の声は、どこから? 空から? いやそれより、今の声が名乗った名前はまさか! 動揺する人々の耳に、空からの声は子供に語りかけるようにゆっくりと穏やかな声色で続く。 『未来の、僕がハルケギニアと名づけた土地に住む、僕らの子孫の皆さん。君たちからして過去の時代から、このメッセージを君たちに送ります』 過去の時代から!? ということは、やはり声の主は……始祖ブリミル! ハルケギニアの民にとって最大の聖人の言葉に、人々のあいだに緊張が走る。本当に始祖ブリミルなのか! そんなまさか……いや、聞いてみればわかる。 『僕らの血を次ぐ子孫の皆さん、残念ながら、この秘宝の封印が解かれ、このメッセージをあなたがたが聞いているということは、世界に未曾有の危機が訪れたことを意味するのでしょう。僕らの時代でも、世界は滅亡の危機に陥りました。僕は、君たち子孫にそんな辛い思いをさせたくはなく、僕の力の一端を封じたアイテムを後世のためにいくつか残すことにしました。この秘宝に封じた魔法はふたつ……そのうちのひとつ、記録(リコード)の力で皆さんに僕の声を届けています。そして、見てください』 空に、まるで天地を逆さまにしたように別の風景が蜃気楼のように映し出された。それは、荒れた空と荒廃した大地がどこまでも続き、廃墟と化した街々が連なるばかりの、滅亡した世界。その地獄のような光景に、人々は戦慄した。 『これが、僕らの生きている時代の世界です。今や、数百万を誇った世界の人口は、僕の仲間たちの百人ばかりを除けばほとんど残っていないでしょう。僕は、この世界を復興するために旅をしているのです』 完全に滅亡した世界の、あまりに凄惨な光景は、人々に今のハルケギニアの将来を想像させた。だがこれはハルケギニアの過去の姿だという。この光景を見ていたブリミル教の神父らの中には、これこそトリックなのではと疑いを持つ者も数多くいたが、そういえば始祖ブリミルがハルケギニアの基礎を築いたということはブリミル教の基本であっても、具体的に始祖ブリミルが何をやったのかということは、教義があいまいで彼らさえ知らなかった。第一、空に過去の風景を映し出す魔法など、始祖の虚無の系統でもなければありえない。 やはりこれは、始祖ブリミルの生前の肉声なのか……人々はごくりとつばを飲み込む。そして、始祖ブリミルの残したもうひとつの魔法とは。 『そして、この秘宝に込めたもうひとつの魔法の名は分解といいます。これは万物を形作る最小の粒に働きかけ、そのつながりを忘れさせてしまうのです。すなわち、この魔法を受けたものは、いかに頑丈であろうとも関係なく消滅してしまうのです。使いようによっては、非常に大きな力となってくれることでしょう』 始祖の声による説明に、平民はただ感心し、貴族たちはなんと恐ろしい魔法があったものかと戦慄した。 あらゆるものを、その強度を無視して消滅させる。そんなことができるのならば、まさに無敵ではないか。 しかし、ブリミルの声は人々に釘を刺すように重々しく響いた。 『ただし、心しておいてください。この秘宝に込められた力は無限ではありません。なによりも、僕はこの命のあるうちに可能な限りの遺産を君たちに残したいと思っているけれども、それを生かすも殺すも君たち次第だということを。遺産を平和のために用いるもよし、一時だけの儚い夢に費やすもよし、僕は君たちに道を示すことはできるけれども支配者ではない。どんな姿のハルケギニアを作っていくかは、子孫の君たち一人一人の選択と努力にかかっているんです』 ブリミルの口調は穏やかだが、中には断固としたものが込められていて、人々に重責を感じさせた。 『僕が名づけたハルケギニアで、どんな未来がつづられていくかは僕にもわかりません。なぜなら、未来は人間の自由な選択によって作られていくからです。そこに決まった未来なんてない。あなた方すべての小さな選択の積み重ねによって、未来はいくらでも形を変えていきます。僕らだってそうです……僕は、虚無の系統という大きな力を持って生まれてきましたが、僕は誰かに言われたわけではなく、ただ苦しんでいる人を少しでも救えればと思い、旅をしています。君たちの身に降りかかっている危機がどれほどのものであろうとも、まずは皆さんの誰もが心の中に持っている、小さな良心の訴えを聞いてから道を決めてください』 迷ったときの道しるべは、自分の心の中に用意されているものだとブリミルの声は言っていた。 『そして最後にひとつ、僕はこの時代のハルケギニアを、この命の続く限り立て直していこうと誓っていますが、人の人生は短く、君たちの世代までに問題を残してしまうかもしれない。だから、身勝手だけれど君たちにお願いします。僕が初めてこの地を訪れた頃は、この地は平和で、豊かで、誰もが幸福に暮らす素晴らしい世界でした。ですが、この時代の人間たちは、その幸せの大切さを当たり前に思いすぎ、守る努力を怠った結果、この世界はヴァリヤーグという強大な侵略者の手の中に落ちてしまいました』 ヴァリヤーグ……この時代のヤプールのような侵略者が、始祖の時代にもいたというのかと人々は思った。 『僕は残りの生涯の中で、なんとしてでもヴァリヤーグだけは倒します……だからお願いします。僕らの世代で起きた過ちを、未来で決して繰り返してはいけない。平和や幸せは、待っていれば来るものではなく、誰かに与えてもらうものでもない。この世界に生きるものすべてが苦しみながら手に入れるべきものなのです。そう、この世界は多くの人が苦しみながら生きている。最大の敵は常に自分自身……君たちがどんな敵を相手にしているにせよ、自分が苦しんでいるのと同じように誰かが苦しんでいることを忘れないでください。そうすればきっと、あなたは誰かに優しくなれる……僕だって、ひとりで戦っているわけじゃない。長い耳を持つ人、翼持つ人、ほかにも様々な人に支えられて生きています。いつかヴァリヤーグとの戦いが終われば、彼らの子供たちが皆さんにつながっていくのでしょう。そうして未来の世界で、僕らの子孫たちが互いに助け合って平和に生きる時代を作り、守ってください……それが僕の変わらぬ願いです』 ブリミルの言葉はそれで終わり、空からは幻影が消えて元に戻った。 人々は、まるで夢でも見ていたかのように呆けて固まってしまっている。今見たもの聞いたものが真実だったのか違うのか、答えられる者はいなかった。 しかし現実は常に人間の都合などお構いなしで歩を進める。始祖の首飾りの効力で晴れたと思われた空が、またも沸いてきた虫の雲によって覆い隠されていったのである。 「ああっ、空がっ! せっかく晴れたのに」 やっと見れた太陽を再び隠されたショックは大きく、ひざを突いて落胆してしまった者もいた。ようやく、我々の上に光が戻ってきたと思ったのに、また昼なのに闇に閉ざされなくてはいけないのか。 けれども、落ち込む人々を励ますように、再びアンリエッタの声が魔法の通信機材から流れ始めた。 「皆さん、今の光景を忘れないでください。あれこそが、時代を超えて今に届けられた始祖の力とその意思です。残念ですが、始祖の首飾りに秘められた虚無の魔法はあくまで始祖の力のほんの一部。暗雲を生み出す元凶が残っている限り、ハルケギニアに太陽を取り戻すことはまだできません。しかし、皆さんはご覧になったはずです。始祖ブリミルが時代を超えても伝えたかったメッセージを!」 人々ははっとして、たった今見て聞いたばかりの記憶を呼び起こし、アンリエッタの声に耳を傾けた。 「始祖ブリミルは、六千年の昔に、わたしたちよりさらに苦しい戦いを強いられながらも、わたしたちにこのハルケギニアという世界を残してくださったのです。そればかりか、遠い未来のわたしたちのことを案じて、こうして遺産を残してくださいました。なんという親心でしょう……この秘宝は、先日アルビオン王家の宝物庫の封印から発見されました。同封されていた、秘宝の使い方を記した手紙には、使い方に混じって現代のわたしたちを心配する言葉であふれていました。発見された秘宝は、わたしが今使ったものを含めてふたつ。今頃はアルビオンでも、我が夫であるウェールズ国王陛下が同じように秘宝の力を示していることでしょう」 そのとおり、アルビオンでもアンリエッタの言ったとおりに、ウェールズによって同じことが行われていた。 人々の反応もおおむね同じで、トリステインとアルビオンを合わせて数千万の人口がふたりの王族によって見せられた奇跡を目の当たりにして心を奪われていた。 これこそまさに奇跡、神の力だ……始祖ブリミルは、やはり偉大な聖者だったのだ。そしてトリスタニアやロンディニウムで直接始祖の首飾りを見た人々の中には、あのハルケギニアでは見たこともない不思議な色彩を放つ首飾り、あれこそ神の御技によって作られた神器だと、心から感動して涙を流していた者もいた。 が、彼らにはすまないことではあるが、始祖の首飾りにはあるとんでもない曰くがあった。 それは、六千年前のアルビオンでブリミルや才人たちがミーニンを封印する前のこと。才人は未来に当てて手紙を出すのはいいとしても、せっかくこの時代から贈り物ができるのだから、何かほかに役に立てるものがないかと考えた。そこでブリミルが才人に、僕が将来ハルケギニアで偉人扱いされているのならば、僕の魔法を込めた品を贈れば役に立つのではないかと提案したのだ。 「なるほど、そりゃあ名案ですね。あ、でも貴重な魔法の力をこんなことのために浪費させてしまったら」 「なあに、最近は温存できていたし、このオアシスでたっぷり休めたおかげで魔力は十分さ。仲間のために役立てなくて、なんの魔法だい? 遠慮なんかしなくていいよ、万一なにか起きてもサーシャも万全だし、なあ」 「はぁ、まったくあなたはほんとに楽天家でお人よしなんだから。まあいいわ、ただしせっかくやるならそれなりのものを残さないと未来に恥をかかせることになるわよ。なにかなかったかしら? と、言っても私たちの持ってるのはほとんどガラクタばかりだしねえ」 サーシャの言ったとおり、放浪の旅をしているブリミルたちには見栄えのいいものはなにもなかった。生きるために必要のないものは極力持たず、必要最低限の物資しかないのでは、いくらブリミルの魔法を込めても少々みっともない。 これは困ったな。才人はなにか適当なものはないかとパーカーのポケットの中を探ってみた。すると、しばらく触っていなかった内ポケットの中に手ごたえがあったので引き出してみたところ、ブリミルたちの目が丸くなった。 「おやこれは。ずいぶんと鮮やかな色の紐だねえ」 「こいつは……ああ思い出した! 俺のケータイにつけようと思ってた首掛けストラップだ。秋葉原でパソコンの修理のついでに買って、そのまま入れっぱなしにしてたんだった……ん? ブリミルさん?」 ここまで来たらおわかりであろう。ポリエステル製で鮮やかな色をしたネックストラップならば『現代』のハルケギニアでもありえない素材であり、わかりやすく派手なので適当だと即決されたのである。 そうなると後はブリミルもサーシャも切り替えが早かった。ネックストラップの色彩はそのまま目立つようにして、本来ならば携帯電話を下げるところにサーシャがありものの素材で『それっぽい』飾りを作って、ブリミルが魔法を込めることで、始祖の首飾りと銘打たれたマジックアイテムは完成したのである。 ちなみに製作時間は七十五分で、材料の値段は二本入りパック百五十円(税別)である。 「うーん、これはいい出来だ。僕が作った中では最高の出来じゃないかな。サーシャ、君はどう思う?」 「そりゃいい出来に決まってるじゃない。なんたってこの私がデザインしたのよ。サイトもほら、もーっと褒めてもいいのよ」 「は、はは、そうですね……なんだろう、この胸のチクチクする感じは」 未来を救う必殺のアイテムが完成したはずなのに、ぜんぜんありがたみというものを感じられなかった。ブリミル教徒であれば、たいへんに光栄な場面に居合わせられたのだろうけれど、才人の口からは乾いた笑いしか出てこない。 なんかこう、こういうものを作るときには特別な儀式とか、アイテムを秘境にゲットしに行くイベントとかがあってもよかったんじゃないか? いや、前に水の精霊の涙をもらいに行ったときの苦労を思えば、簡単にいくならそのほうがいいってわかっちゃいるんだけど、なんかこう……あるじゃんか。 魔法の力を秘めたアイテムというものは、おおかたのアニメやらゲームやらで特別な存在であるもんだろと才人は思う。それをこうもたやすく作るあたり、ブリミルはすごいメイジであるんだろうけれど、なんか納得いかない。 が、ブリミルとサーシャは才人の憂鬱などどこ吹く風で、始祖の首飾りが思ったよりうまく出来上がったことで気をよくしてとんでもないことを言い出した。 「ううむ、あまり試したことはなかったけど、僕ってマジックアイテム作りの才能があるのかもしれないな。よーし、こうなったら他にもいろいろ作ってみようかな。そうだ! 僕の魔法を記した本に、必要なときに大事なことだけ読める魔法をかけておけばなんかすっごく便利じゃないかな。名づけて始祖の祈祷書、なんちゃって」 「あんたの魔法を記した書って、あれあんたのばっちい日記帳じゃない。そんなのなら、子供たちのオルゴールに魔法をかけて鳴るようにしてよ」 「えーっ、そういうのはどっちかというと君の魔法のほうだろ。やっぱりこういうアイテムは趣がなくちゃいけないよ。そうだ、この城に鏡と香炉があったけど、それならどうかな」 「それって粗大ゴミ置き場に捨てられてたやつじゃないの。そういうのは趣じゃなくてただのボロって言うのよ。そんなものよりさぁ……」 と、ふたりはかんかんがくがく楽しそうにオリジナルの魔法アイテムの作成について話し合っていた。それを見て才人は「子孫の皆さん、本当にすみません」と、良心の呵責に涙さえ流していたという。 始祖の秘宝の誕生の秘密に触れているというのに、ぜんぜんワクワクもドキドキもしない。というか、こんなひどい光景を見たことがない。いわしの頭も信心という言葉もあるにはあるが……伝説の正体なんてこんなものかもしれないなあと、才人はぼんやりと思うのであった。 ただ、それでも才人はブリミルたちを悪くは思えなかった。 ”まっ、いいか。秘宝の正体なんて、未来じゃどうでもいいことだし。それに、ブリミルさん……首飾りが届くかわからないのに、未来に向けたメッセージは本気で考えてくれたもんな” ブリミルの仲間を思う気持ちは本物だと、才人は首飾りに記録の魔法でメッセージを残していたときの彼の真剣な表情を思い出していた。 思いが本物であれば、その見てくれなんかは些細な問題でしかない。たとえそれが、原価百五十円(税別)であったとしてもだ。 頭の中を切り替えた才人は、その後ミーニンを送り出した後に、再びブリミルたちと旅立つことになる。ハルケギニアの、まだまだ解き明かせない謎を探すために。 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7616.html
前ページ次ページ確率世界のヴァリエール 「それでは学院長、今日の任務に行って参ります!」 午前の授業も終わり、学院長室でルイズが任務前の報告を行う。 「うむ、気をつけてな。 皆にはいつも通りに 『ワシの頼む秘密のお使い』に 行かせた事にしておくからの」 「あのー、、、学院長。 私が授業を休むその言い訳、何か他のになりませんか? 最近みんなが私を同情の目で見るんですけど。 この前なんかモンモランシーが涙を浮かべながら、 「学院長に変な事されて無い?」とか聞いて来てましたし」 「うむ、生徒諸君がワシを何じゃと思っとるのか 一遍ハッキリさせとかんといかん様じゃな。 それはそうとしてじゃ」 オスマンがルイズの体を眺め回す。 「な、何ですか?」 その視線に引き気味になるルイズへ、オスマンが尋ねる。 「始祖の祈祷書はワルド子爵から預かっとるな?」 「はい。 肌身離さず持つように言われましたので」 「それと、アルビオン特別大使の証も持っとるな?」 「水のルビーですね? 姫殿下に頂いてからずっと指に付けてますけど?」 「で、何かこう、変わった感じは無いかの?」 「変わった感じ、、、? いやだ、学院長! 何か猥褻な魔法でもかけてるんじゃないでしょうね!?」 「うむ、ミス・ヴァリエール。 君にもワシを何じゃと思っとるのか 一遍キッチリ聞いとかんといかん様じゃな」 確率世界のヴァリエール - Cats in a Box - 第十話 ============================== 「本当にここなの? シュレ」 砦の中は窓を閉め切り明かりも無く、昼間とは思えぬほど暗かった。 何より人の気配が一切無い。 懐にしまってある手渡すはずの密書を思わず探る。 「だと思うんだけどなあ~」 会議室らしき広く薄暗い空間を眺め回す。 部屋の中央には大きく長いテーブルと、その周りに椅子が置かれている。 天井には、、、何かの横断幕? 「あ」 「ど、どうしたの!? シュ、、」 言いかけてルイズも気付く。 正面の扉の向こうに不意に現れた気配に。 体中の全ての細胞が大音量で警報を鳴らす。 ルイズの全身が総毛だっていく。 途轍もなくヤバいものが、あの向こうに、居る。 「シュレ!」 慌てて使い魔の頭を引き寄せようとすると、扉の向こうから声が響いた。 「まーま、そう急がんでも良かろう?」 扉の向こうの気配に似会わぬ鈴を振るような声と共に、部屋の中に明かりが灯る。 テーブルの上にはワインとグラスが置かれ、天井の横断幕には 『ようこそ! 虚無の魔女殿』と書かれている。 ゆっくりと扉が開く。 扉の向こうに居たのは真っ白な少女だった。 白いスーツ、白いコート、白いマフラーに純白の毛皮の帽子。 黒髪のその少女がにっこりと笑う。 「はっはっは、やっと会えたの」 「うわちゃー、やっぱりアンタだったの?」 顔を引きつらせるシュレディンガーに少女が返す。 「連れない言い方じゃな、シュレディンガー。 この前もわざわざ世界の果てまで行っておきながら とっとと帰りおって」 「あー。 『虚無の地平』で感じたあの気配、 あれってやっぱりアンタだったんだ。 でもアレ? じゃあ、アッチとコッチで二人?」 小首を傾げるシュレディンガーの袖をルイズが引く。 「シュレ、この娘、っていうかこの人って、もしかして、、、」 「そう、僕の、僕らの宿敵だった吸血鬼。 『死の河』さ」 白づくめの少女が優雅に一礼をする。 「お初にお目にかかるの、魔女殿」 その後ろから数人の男が走ってくる。 「シェフィールド殿!」 少女は鬱陶しげに後ろからやってきた男の一人を睨む。 「こ、この娘が?」 球帽をかぶった聖職者風の男がルイズを見つめる。 その後ろには武装した兵士達が控えている。 「無粋なヤツじゃな、クロムウェル。 せっかくの対面に水を差しおって」 「クロムウェルって!」 ルイズが驚きの声を上げる。 「ほお、魔女殿も名前は知っておられたか。 左様、この背の高い変な帽子をかぶった男が レコン・キスタの総司令官、オリヴァー・クロムウェルじゃ。 ん? もう神聖アルビオン共和国の王様なんじゃったっけ?」 「い、いや、まだ、その、、、シェフィールド殿?」 「あっそ。 まーどーでもいーや」 興味なさげに目線を外し、二人に向き直る。 「まあ、せっかく会えたんじゃ。 立ち話もなんじゃし座らんか、ん?」 言いながらワインのビンを手に取る。 「、、この砦に居た人たちをどうしたんですか?」 「そんな小難しい話は置いといて」 問いかけるルイズにワインを注いだグラスを差し出す。 ルイズがシェフィールドと呼ばれた少女を睨みつける。 そしてその後ろに立つ聖職者風の男を。 レコン・キスタ総司令官、クロムウェル。 アルビオン王家の、トリステイン王国の、姫殿下の、そして私の敵。 軽く目を閉じ、目を開く。 ワイングラスをひったくると中身をそのまま飲み干し、 たん! と、テーブルの上に置く。 「この砦に居た人たちをどうしたの!!」 白い少女は眉を上げてにんまりと笑い、ひゅう! と口笛を吹く。 そして楽しげに後ろの男を振り返る。 「クロムウェル、客人にお食事を」 。。 ゚○゚ シュレディンガーが椅子を引き、ルイズが腰掛ける。 対面には白い少女、そして自分の横には使い魔の3人きり。 「安心してくれて良い。 元々この砦には王党派の連中はおらんよ。 どうしても魔女殿に会いたくての」 くすりと少女が笑う。 「良い鴨が手に入っての。 腕を振るうたのは久しぶりじゃがな。 ランチはまだじゃろ?」 「へー、料理出来るの?」 シュレディンガーが軽く驚く。 「当ったり前よ。 期待してくれて良いぞ。 ただ、良いオレンジが手に入らなんでソースの出来は今一つだがの。 そうそう、トリステインには良いオレンジの産地があると聞く。 タルブと言うたか? 今度クロムウェルをもがせにでもやるか」 無言で睨むルイズをよそに、少女がワインを傾ける。 「それにしても随分と変わっちゃってなーい? あのアーカードともあろうものが」 「ふん、まるでルーク・ヴァレンタインの様に、か?」 突然出てきた名前にシュレディンガーが苦く笑う。 「うわ、知ってたの?」 「死の河に取り込まれた際に、この私の血が混じったのだろう。 お主らが何処で何をしておるのか位は何となく判る。 それにな、シュレディンガー。 私は『あのアーカード』では無いよ。 アーカードであってアーカードでない。 しかしアーカードそのものとも言える。 なにせ、、、」 アーカードがグラスを置く。 「私の中には、あの人間好きで狗嫌いの ツンデレのヒゲ親父はおらんからのう。 お前と同じよ、シュレディンガー。 全てが溶け合い混ざり合う境目の無い世界から 『私』だけが切り取られ、『私』だけが呼び出された。 世界の果てを漂う死の河から、此方へな」 「アーカード? アンタって一体、、、」 シュレディンガーがしばし言葉を失う。 「言うたとおりさ。 神を信じる余りに神を裏切り化物と成り果てたあの狂王は、 永い永い時の中で、幾千幾万の命と同化を続けるその内に、 永い永い時の中で、幾千幾万の記憶と魂に犯され、蝕まれ、 そもそもの自分自身すらも無くしかけた。 その時に、狂王に代わり死の河を統べる為に死の河より生まれたもの。 それこそが青年の姿を持つ『あの私』であり、少女の姿を持つ『この私』だ。 伯爵と呼ばれたその化物を打ち倒したヘルシング卿は 自らの打ち倒した化物の中にあの私やこの私を見出し、 それらの持つ力を拘束制御術式【クロムウェル】と名づけ、 そして百年をかけて作り上げていったのじゃ。 吸血鬼アーカードをな。 そのアーカードの中から切り取られ召喚されたのが 『この私』だ」 「じゃあ、こちらに呼び出されたアーカードは ええと、つまり、その、ロリカードだけって事?」 シュレディンガーが眉をしかめ腕を組む。 「誰がロリカードじゃ。 だがまあそういう事だ。 この私の中にはあの串刺し公ヴラド・ツェペシュも あの吸血鬼ドラキュラ伯爵も居らん。 それらは今も世界の果てを漂っておる。 この世界にこの身一つで召喚され、シェフィールドという名を 与えられた死の河の切れはし、 今の私はただそれだけに過ぎん」 「あの変な帽子に?」 「あの変な帽子は私のメシ当番に過ぎん。 わしを呼んだのはムサくてヒネこびた青髭のおっさんじゃ」 吸血鬼がため息をつく。 「私はそんなおっさんに呼び出されたと言うのに。 全くお前が羨ましい。 シュレディンガー」 それまで黙って話を聞いていたルイズに目を向ける。 「幼いながら大層なご活躍よの。 アルビオンの戦艦を落としも落としたり21隻。 おかげでレコン・キスタは北方の制空権を失って昔ながらの陣取りゲーム。 戦線より向こうの反乱蜂起を治めることもままならん。 火薬庫や鉱山もあっちこっち潰されて弾薬不足の物不足。 スカボローは連絡不通になって久しく、ダータルネスも時間の問題。 正規軍は二万近くもの欠員を出し、傭兵の賃金はうなぎのぼり。 戦場稼ぎどもは大喜びじゃろうのう。 南は南で「アルビオン解放戦線」のゲリラが 農民を中心に勢力を拡大するカトリック信者と手を結んで あの変な帽子が苦心してかけた洗脳をはしから解いて回る始末。 野火は南端の軍港ロサイスに迫る勢い。 今やこの浮き島は、あっちもこっちも死体の山じゃ。 いやはや、全く見事なお手前で」 「当然よ」 自分のもたらした戦火と被害が頭をよぎるが、 それでもその声は平静を保っている。 「レコン・キスタは、私の主の敵だもの! 主の敵を打ち倒すこと。 それこそが貴族の務めよ」 「ほう」 嬉しげににんまりと頬を上げる。 「あ奴の言うたとおりか。 幼いながら、は失礼であったの。 お詫びしよう、虚無の魔女殿」 軽く頭を下げ、ルイズの瞳を覗き込む。 「実にいい目をしておる。 世界の果てで覗いてきたのであろう? 虚無の深遠を」 ルイズの瞳の中に果ての無い闇が映りこむ。 「顕現しつつあるな、お主の中の虚無が。 成程、担い手に相応しい」 「担い手? 何の話!?」 睨み返しつつ、ルイズがアーカードに聞き返す。 「こちらの話さ。 それよりどうじゃ? 魔女殿。 この私を 使い魔 にしてみんか?」 「、、、、、。 はああ゛!?」 「なに、使い魔を2匹持ってはいかんという法もあるまい。 わしとしてもあんなおっさんよりお主の方が面白そうじゃ。 そもそもあのおっさんとは契約とやらもしとらんしの」 突然の展開に一人と一匹がうろたえる。 「ちょ、アーカード!?」 「なな、何言ってんのよ! アンタ私の敵でしょ!」 「え? 知らんよ? ワタシここにお呼ばれしとるだけで レコン・キスタとかじゃないですもの」 「じゃないですもの、じゃなくって!」 「んー、じゃあの」 アーカードがゆっくりとその手を差し出す。 「お主が私になる、というのはどうだ?」 その目が優しくルイズを見つめる。 その心の奥底を。 「私は吸血鬼だ。 だが吸血鬼たり得ない。 人から化物に成り果てたモノではなく、 人から切り離されたモノに過ぎぬからだ。 だからこそ、人が愛おしい。 だからこそ、人を知りたい」 アーカードの瞳が、ルイズ自身をとろとろと飲み込んでいく。 「私となれ。 私の力を与えよう。 夜を統べる力を。 死を統べる力を。 血を統べる力の全てを。 あの狂王のように、あの男にしたように。 私はお前を選ぼう。 だからお前は私を選べ。 私と一つになり、この御座に座れ。 そしてお前を教えてくれ。 私となれ、ルイズ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「私は、」 血の匂いが部屋に満ちてゆく。 あれほど渇望した「力」が今、目の前にある。 甘やかなその匂いに誘われるように、 ルイズはゆっくりと自らの手を伸ばす。 「私は、、、」 「駄目! ルイズ!!」 シュレディンガーが叫んだその時。 閉ざされていた扉が開け放たれ、十数人の兵士達が 部屋の中になだれ込み、テーブルの三人を囲む。 「シェフィールド殿」 怯えと、しかし決意のこもった声が響く。 兵達の向こうからクロムウェルが進み出る。 「今回ばかりはあなたに従う事は出来ません。 そこにいる虚無の魔女は、我らの悲願を妨げる者。 あなたには悪いが、今、この場で、禍根を断たせて頂く」 青ざめた顔で告げると、己の右手を振り上げる。 ゴズンッ。 突然に響いた低い金属音に、アーカードを除く全員の視線が集まった。 兵士の一人が宙に浮いている。 がらんっ、と音がして兜が床に落ち、不思議そうな表情をした顔が現れた。 兵士は自分の腹から生えた黒く細い棒のような物を見つめている。 それは床から伸びていて、自分の背中を刺し貫き天井を砕いていた。 何かを喋ろうとして、替わりにごぽり、と血の泡を口から溢れさせた。 「クロ~ムウェ~ル?」 椅子に座ったままのアーカードが首だけをかくりと後ろへ倒し、 何が起こったのかを理解できていない球帽の男へ目をやった。 椅子越しにさかさまになった少女のその頭からは黒髪がこぼれ、 串刺しになった男の下へと伸びている。 そして、他の兵士達の足元にも。 「私は客人の食事を持って来い、と言うたんじゃぞ? 私の食事を持ってきてどーする」 兵士の数だけの金属音と、悲鳴が響いた。 断末魔と、血の滴る音が部屋を包む。 「三度は言わんぞ? クロムウェル」 出来の悪い生徒に語りかける様に、呆れ顔で短く告げる。 クロムウェルはぺたんとその場に座り込むと、 蚊の鳴くような悲鳴を上げてずるずると廊下の向こうに消えていく。 兵士達の死体は影の中に飲み込まれ、消えた。 しかし穿たれた天井から落ちる石片と、何より部屋に立ち込める 濃密な血と臓腑の臭気が、今の出来事が現実だと告げている。 アーカードが席を立ち、ルイズへ歩み寄る。 「はっはっは、おっちょこちょいな奴でのう」 「貴方は私の敵よ、アーカード」 席を立ったルイズが、アーカードを見据える。 「貴方を私の使い魔になんてしない。 私は貴方と一つになんてならない。 レコン・キスタもウェールズ様も姫殿下も関係ない。 貴方は私の敵よ、アーカード」 「ほう、それは残念」 満足げな顔でアーカードが言う。 「そうか。 そうなのか。 お前がこの私を、打ち倒してくれるのか」 一歩。 一歩。 吸血鬼がルイズへ歩み寄る。 部屋の中に灯された明かりが、広がる影に殺される。 目の前の吸血鬼が、部屋に広がる闇そのものとなっていく。 「ええ。 その通りよ。 私が貴方を打ち倒すわ、吸血鬼(ヴァンパイア)」 飲まれず、逸らさず。 目の前に立ったアーカードの視線を ルイズは真正面から受け止める。 ふっ、と。 アーカードが目を閉じ軽い笑みを浮かべる。 闇の気配が薄らいでゆく。 「そうか、 それは楽しみだ。 とてもとても楽しみだ」 アーカードがうっとりと、楽しげにつぶやく。 その視線はルイズを見つめながらも、 遥か先へと向けられていた。 「ではその時を、 再び戦場でまみえるその時を楽しみに待つとしよう。 こんな借り物の闘争なぞでない。 私とお主との戦場(いくさば)でな、 虚無の魔女殿」 そう言うとアーカードはきびすを返し、 扉をくぐると廊下の先の闇へと溶けていった。 ルイズに差し出していたその手を背中越しに掲げて。 闇に消え入るその後姿をルイズは見送り、 シュレディンガーはにんまりと主人の横顔を見つめた。 「シュレ、、、」 気配の消えた廊下の先をじっと見つめたまま、 ルイズがシュレディンガーの袖口を掴む。 「うん! ルイズ」 シュレディンガーが誇らしげに返事をする。 「ぶふぇああ゛あ゛ぁぁ~~!!」 肺に溜まった空気を吐き出し、ルイズがその場にへたり込む。 「ごわ゛がったああ~~!」 「はいはい、よく頑張ったね~。 えらいえらい!」 シュレディンガーがニコニコとその頭をなでる。 座り込み、床を見つめたままルイズがつぶやく。 「シュレ、わたし、、強くなりたい」 その手を握り返し、シュレディンガーが応える。 「なれるよ、もちろん。 だって、ルイズはルイズだもの!」 。。 ゚○゚ 前ページ次ページ確率世界のヴァリエール
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1774.html
ベッドの上に寝転がり枕下に本を広げる。 いつ果てるとも知らない白紙の祈祷書との睨めっこ。 必要最低限の時間を除いて全ての時間を詔の作成に当てている。 しかし、それでも一向に節どころか句さえも思い浮かばない。 そして、ついには睡眠時間を削っての作業に入っていた。 眼は虚ろ、髪を振り乱し、かつての麗しい彼女の姿は失われていた。 そんな状態でマトモな詔が浮かぶ筈はないのだが、 今の彼女にはそんな単純な判断も出来なくなっていた。 まずは四大系統に対する感謝の言葉を韻を踏みながら詩的に表現。 要は各系統のイメージを形にすればいいのよね。 えっと…火は熱い、水は冷たい、風は涼しい、土は固い。 思いついた通りにノートに書き記してからビリビリと破り取る。 書いている時は気付かずとも再度目を通すとダメなのがすぐ分かる。 いわゆる客観的な視点というヤツだろうか。 いや、それ以前に書いた内容が子供の作文以下っていうのはどうだろうか。 そもそも四大系統に対する概念が曖昧すぎる。 もっと身近にいる人物の系統でイメージすればいいのだ。 そう、例えば…風は無口、火は色ボケ、水は色ボケ、土はただのボケ。 あ、火と水が被った。それに、これじゃただの悪口にしかなってない。 何で私の周りにマトモな人間はいないのだろうと、ぶつくさノートを破きながら文句を呟く。 そもそも人で考えるからおかしくなるのだ。 純粋に系統だけで考えるなら使い魔の方が適任だ。 よし、なんとなくイメージが沸いてきたわよ。 火はきゅるきゅる、風はきゅいきゅい、水はげこげこ、土は…もぐもぐ? って、これじゃあ鳴き声を並べただけじゃない! こんなの提出したら末代まで笑いものになるわよ。 よし、気を取り直して再挑戦。 火は影が薄い、風は皆の馬車代わり、土は…。 そこまでノートに書き留めて破き捨てる。 そうよね。マトモじゃない主人の使い魔だもの。 ああ、私ってばなんて巡り合わせが悪いのかしら…。 「火はボウボウ、水はバシャバシャ、風はビュウビュウ、土は……」 壊れかけた言動を繰り返すミス・ヴァリエール。 それを遠見の鏡で見ながらオスマンは溜息をついた。 やはり早めに伝えておいて良かった。 あまり詩的な表現は得意そうではなかったので考える時間を多くしたのだが、 缶詰になった所でいい詔は生まれまい。 せっかく時間があるのだから使い魔と気分転換にでも行ってくれば良かったのだが。 不安を紛らわすようにオスマンは一人パイプを吹かす。 それを咎める秘書は今はいない。 生徒達が里帰りしている間もミス・ロングビルは残っていた。 彼女の故郷がどこにあるのかは知らないし、 ミス・ヴァリエールのように帰りづらい理由もあるのかもしれない。 しかし、ずっと働き詰めというのは酷と気に掛けていたオスマンは彼女に休暇を勧めた。 だが、まだ決心はつかないようで彼女は学院に残っている。 落ち着かないんで、とりあえず秘書の仕事の方は休んで貰っているが。 そして同様に休暇を勧めたミスタ・コルベールは、 かねてから予定していた秘宝探しの旅に出て行った。 時間がないからこそ気分転換を味わって貰いたいものだ。 しかし宝探しとは、子供心というのはいくつになっても変わらない。 儂も若い頃は冒険に心を躍らせたものだ。 群がるドラゴンどもを千切っては投げ千切っては投げの大活躍。 それを自伝にしたら全63巻ぐらいはいくんじゃなかろうか。 題して『オスマンの奇妙な冒険』。 むむ、なんだか爆発的ヒットの予感がしてきたぞ。 思い立ったが吉日。さっそく執筆に取り掛かったオールド・オスマンが、 自分の文才の無さに気付いたのは数時間後に文章を読み直した時の事であった。 「…くぅん」 タルブ村に向かう馬車の中で彼が切ない声を上げる。 果たしてルイズは大丈夫なのだろうか。 朝一人で起きれるのか、ちゃんとご飯は食べているのか、色々と不安で仕方なかった。 なんか主と使い魔の立場が逆転してるが気のせいだろうとデルフは黙する。 「もうすぐですから我慢していてくださいね」 それを馬車旅に飽きてしまったと勘違いしたシエスタがフォローする。 まあ、それも間違いではない。ここ最近、馬車での移動が多かったのも確かだ。 風を切るように飛ぶシルフィードの背と違い、ゴトゴト揺られて走る馬車はどこか好きになれない。 ずっと前、まだ向こうにいた頃にもこうして運ばれていた。 窓も無い鉄の車両の中、自分は檻に入れられて何も分からないまま連れて行かれたのだ、 あの冷たく無機質な研究所の中へと…。 電車がレールの上しか走れないように、自分の運命も定められていた……この奇跡が起きるまでは。 「あ。見えましたよ! あれが私の故郷です」 シエスタの言葉に反応しピクリと耳が動く。 ようやく辿り着いたタルブ村は本当に田舎だった。 しかし彼にとっては物珍しく、それに何故だか心が和んだ。 シエスタと父親が再会を喜ぶ横で、水を差さないように探索に乗り出す。 ふんふんと鼻を鳴らし、あちこちの匂いを嗅いで回る。 その彼の上に影が差した。 見上げればそこにはコルベール先生の姿。 だけど先生がこんな所にいる訳はないから良く似た誰かなのだろう。 世界には似た人が三人居るらしいし……あ、匂いまでそっくりだ。 「君はミス・ヴァリエールの使い魔の…。ここで何しているのかね?」 あ、声も似てる。それに自分の事も知ってるなんて、ますますコルベール先生そのものだ。 「相棒。長旅の連続で疲れてるのは分かるけどよ…そろそろ目を覚ましてくれ」 運ばれてきた鍋を囲みながら一行は歓談に沸く。 勿論、話題の中心はコルベールがここに来た目的についてだった。 「“竜の羽衣”ですか?」 「そうです。それを使えば自由に空を飛びまわれると聞き及んだので」 自分の問いに目を輝かせて答えるコルベールにシエスタが少し苦笑いを浮かべる。 彼の言う“竜の羽衣”とは自分の曾祖父の持ち込んだ物だ。 曾祖父は立派な人物ではあったが変わり者という認識は誰もが持っていた。 一度だけ“竜の羽衣”を見せて貰った事があったが、よく分からないガラクタだった。 そんな物を見せても落胆させるだけだとシエスタがやんわりと否定する。 「でも、アレはマジックアイテムとかじゃないですよ」 「…いや、だからこそ探しに来たんじゃねえのか?」 「はい。推察の通りです」 かなり省略したデルフの言葉をコルベールが肯定する。 意味が分からずシエスタは目を丸くさせる。 マジックアイテムでもなく、人間を自由に飛びまわらせるアイテム。 そんな物は“この世界”には存在しない。 だが、別の世界…相棒が来た世界ならばそういう物があってもおかしくはない。 そして、それに使われているのは魔法ではなく科学技術。 そこから得られる知識はコルベールにとっては何よりの財宝なのだ。 その隣で、彼はお椀に盛られた『ヨシェナヴェ』をガツガツと頬張る。 彼にとっては興味の無い話だったし、想像以上に料理は美味しかった。 しかし彼とは無関係な話ではなかった。 コルベールが注目したのはもう一点。 竜の羽衣の持ち主はそれを使ってこの世界に現れたという点だ。 彼や『異世界の書物』を初め、こちらに来るのは召喚されるケースがほとんどだ。 なのに、その人物は召喚されずに異世界から現れたのだ。 そこに彼を元の世界に帰す手掛かりがあるのではないかとコルベールは予想していた。 そして奇しくもその予想は的中する事となった。 「こちらです」 シエスタが案内する先には奇妙な形の寺院。 丸木を組んで形にしたような門。 何かで白く塗り固めた壁。 縄を巻いて左右に広げ紙を吊るした飾り。 なるほど。これならば風変わりな人物と言われるのも仕方ない。 今までに見た事もない物を拝んでいれば怪しまれるだろう。 だが、これが異世界の風習ないしは宗教だとすれば辻褄は合う。 期待を胸にコルベールは更に足を進める。 そして、不意に彼の足が止まった。 彼の眼前には緑に塗装された異形の巨体。 これを何と表現すればいいのかコルベールは思い付かない。 「相棒、これは……」 デルフの問いに答えず彼は機体へと前足を伸ばす。 確信があった訳じゃない、ただ漠然とした予感があった。 それを裏付けるように彼のルーンが輝き始める。 まるで自分の手足のように末端に至るまで意思が通る。 『零式艦上戦闘機』……それが“竜の羽衣”の正体だった。 「素晴らしい! つまり、これがあればメイジでなくとも空を飛べるのですね?」 「それがよ、相棒によると燃料…風石みたいなもんが無いから飛べないらしいぜ」 デルフの通訳を介し、目の前の物が空を飛ぶ機械と説明した。 コルベール先生が喜んでくれるのは嬉しいが、使い方が分かっても自分では動かせない。 てっきり失望するものだと思っていたコルベールだったが熱は収まるどころか激しさを増す。 「いやいや、これの動かし方さえ彼から教えて貰えば大丈夫。 燃料の方もまるっきり未知の物質という訳ではないようですから錬金で作り出せるでしょう。 それに飛べなくとも、ここから得られる技術はとても貴重な物ですよ!」 もう喜色満面のコルベールは買って貰ったばかりの玩具のように戦闘機を触りまくる。 正直、彼の技術に対する執着は凄いと思った。 彼なら必ずこの戦闘機を空へと運ぶだろう。 そして、いつの日か自分で飛行機を作り出し自由に舞うだろう。 それは人間にしか成し得ない偉大な奇跡。 ルイズとは違う人間の強さを垣間見た瞬間であった。 シエスタの父は呆気ないほど簡単に“竜の羽衣”を譲ってくれた。 価値の分からない人間が持つより分かる人間の方が良い。 それにシエスタを救ってくれた恩人へのお返しになるなら安い物だと笑っていた。 ただ祖父の遺言である“本来の持ち主への返却”は果たして欲しいと付け加えられた。 それにコルベールは同意し“竜の羽衣”は彼の手に渡った。 「ま、どうせ相棒には必要ない物だしな」 自慢の交渉術や唸るほどの金を保有していたデルフがつまらなそうに呟く。 それを聞き流しながら、彼は僅かな疑惑を感じていた。 何でそんな事を考えたのかは判らない。 ただ、なんとなく彼を見ているとそう思えて仕方がないのだ。 「ふう…ようやく運ぶ目処が立ったよ」 運搬の手続きを終えたコルベール先生が疲れたように隣に腰を下ろす。 その彼の顔を、伏せたままの姿勢で彼が見上げる。 確かに疲労の色は出ているが、それ以上に満足そうだった。 不意にコルベールが口を開く。 「知っているかい? 彼女の曾お爺さんはアレに乗ってやって来たんだ」 「………!」 彼の上体が跳ね起きる。 その言葉が秘める意味に彼もデルフも気付いたのだ。 だがデルフは口を挟まない。 コルベールは相棒に話し掛けているのだ。 そこに茶々を入れる余地など無い。 「こちらの世界に来た“竜の羽衣”は二つ。 一つは今、私達が持っている物。そしてもう一つは日食の中に消えたそうです。 もしかしたら…元の世界に戻れたのかもしれません」 かつてコルベールが言った言葉は実現しつつあった。 それが自分の為と信じ彼は力を尽くしてくれた。 喜ぶべき事だって分かってるのに何故か辛かった。 帰る方法など見つからなければ良いのにと思っていたのかもしれない。 そうすればこの世界にいる事を悩むなくて済むのに…。 苦悩する彼の心境を察してもなおコルベールは続ける。 「本当の事を言うと、これは私自身の為にしているんです。 私が君の元いた世界に行ってみたい…そんなワガママなんですよ」 何故?と不思議そうにコルベールを見つめる。 優しげな表情は変わらないのに、彼の顔がどこか悲しそうに映った。 「そうですね。君にとって此処は“楽園”なのかもしれない。 そんな場所から出ていくなんておかしいと思うのも無理ないでしょう」 心配しているように見えたのかコルベールの手が彼の頭を優しく撫でる。 ちょっと薬品の匂いがキツイ大きな手に視界が塞がれる。 むぅと少し離れようとした瞬間、冷たい声が響いた。 「でも此処は“楽園”なんかじゃないんだ」 背筋がゾクリと震えた。 最初は誰の声か分からなかった。 それが自分の良く知る人物から発されたとは思えなかった。 コルベールはそれだけ告げると背を向けて立ち上がる。 「次の日食までには“竜の羽衣”を飛べる状態にしておきます。 それまでに自分の答えを導き出してください。 最良の選択肢が常に最高の結果を招くとは限りません。 だからこそ自分の意思で、後悔のない選択を」 そのまま顔を見せることなくコルベールは立ち去った。 一人残された彼の頭に最後の言葉が残響する。 空を見上げる、そこにはもう馴染みになった二つの月が浮かんでいた。 今夜はやけに空が近くに見える。 前足を伸ばせば月にさえ届いてしまいそうだ。 自由がなかった頃は想像さえつかなかった。 どこにでも行ける事がこんなにも苦しい事だなんて…。 「……誰だい?」 自室で一人、退屈を満喫していたフーケが尋ねる。 無論、部屋には彼女以外誰もいない。 窓を開けると微かだった人の気配が濃密に変わった。 「流石は『土くれのフーケ』…いや、マチルダ・オブ・サウスゴータと呼んだ方が宜しいかな?」 「っ……! 姿も見せずにコソコソと、一体何の用だい!?」 風に乗って聞こえる声が挑発的に耳に響く。 熱くなっては負けなのだが、自分の通り名どころか本名さえ知られていた。 その事が彼女から冷静さを奪っていたのだ。 「これは失礼。夜分に女性の部屋を訪れるのはいささか無礼と思ったもので」 「はん! よく言うよ、勝手に女性のプライバシーを調べておいてさ」 悪態をついてみたが形勢は宜しくない。 わざわざフーケの名を最初に出したのは脅迫だ。 もし、ここで人を呼べば自分の正体を白日の下に晒す気だろう。 「争う気はない、君をスカウトしに来た。我々は優秀な人材を求めているのでな」 「お褒めに預かり恐悦至極、とでも言うと思った? どこの組織か知らないけど名前ぐらい明かすのが筋でしょうよ」 「これは重ね重ね失礼した。我々の名はレコンキスタ。その行動目的は……聖地の奪還」 その目的を聞いた瞬間、私は笑い飛ばそうとした。 まるで夢物語のような目標を、そいつは絶対の自信を持って告げたのだ。 それが熱意なのか狂気なのか判断は付かない。 ただ学院で腐っているよりは面白そうな気がした、それだけだった。 「はぁ……暇ね」 投げ出したノートを横目に見ながら、ごろりと寝返りを打つ。 気分転換にキュルケ達の所に行ったのだが皆、留守だった。 ギーシュはモンモランシーのご機嫌取りの為だろうけど他の連中は何してんだか。 少し前までの冒険の日々が懐かしい。 戻ってきたらまたどこか一緒に探検に出掛けようか。 その妄想もすぐに尻すぼみに消えていく。 理由は簡単。あいつが傍にいないからだ。 あいつが現れてから一人で過ごす事が無くなったからか無性に寂しさを感じる。 ふと思う。もし、あいつが元の世界に帰ってしまったらどうするのか? そしたら今居るキュルケ達とも疎遠になって一人ぼっちになってしまうのか。 「やめやめ」 枕を壁にぶつけて八つ当たり。 そんな事は有り得ない。 使い魔を帰す魔法なんて無い。 そんなものは悪い想像にしか過ぎない。 目を閉じて眠りに落ちようとする彼女の耳に窓が軋む音が響く。 「……嫌な音」 まるで嵐の前兆のような風の音に、彼女は何か予感めいた物を感じていた…。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8550.html
前ページ次ページゼロのペルソナ 節制 意味……調和・不安定 夜の帳が下りたグラン・トロワ、その豪奢な宮殿の中でも最も手がかかった部屋の一つにガリア王ジョゼフはいた。 何をするでもなくソファに深く身を沈めている。 その姿は今朝方、ロマリア連合王国の中心都市ロマリアを滅ぼすように命令した男の姿には見えない。 彼の命令によりロマリア国境付近にて大規模な演習を行っていた艦隊は国境を犯し、都市国家ロマリアを滅ぼした。 ロマリア連合皇国全土を制圧したわけではないが、始祖ブリミルの弟子が建てたといわれるロマリアは6000年の幕を下ろした。 というのはロマリア連合皇国が都市国家群の集合体であるからだ。 盟主であるロマリアがかつて始祖ブリミルの弟子が興した国で始祖の没した地であるとして、宗教的権威を振りかざして他の都市国家群を従えていた。 それも拘束力の弱い連合制であるため、すべての都市国家が都市ロマリアの意向に従うわけではない。 要するに都市ロマリアを滅ぼしたロマリア連合皇国はロマリアではなく小さな都市国家たちでしかないのだ。 この行為により歴史に悪名であれ名を残すことが確定したというのにジョゼフの顔には後悔も悲しみも喜びも浮かんでいない。 国一つを滅ぼしても何の感慨も湧き上がらなかった。 やはりか。そうジョゼフは自己の心情を分析する。 弟シャルルを憎み殺した日以来、彼から感情の高ぶりが消えた。 彼は怒りたかった、憎みたかった、後悔したかった。 だが彼はその望みをかなえられずにその日まで王位にいた。 ロマリアを滅ぼすように命じた際にもしかしたら、と思ったがやはりそれは淡い願いに過ぎなかった。 彼は確信している。もはや自分の心を揺さぶるには世界を滅ぼすしかないと。 それでもだめではないのかという思いが彼の中にあったが、たとえそうだとしても彼は唯一の可能性にすがるしかないのだった。 彼が思考にふけっていると、息を切らしイザベラが彼の寝室に入ってきた。露骨に面倒だという表情を貼り付けている父に彼女は迫った。 「父上!いったいどういうおつもりですかロマリアに宣戦布告もなしに侵攻して!」 「だからどうした?」 「我がガリアとロマリアに何の問題もありませんでした。少なくとも突然戦争になるようなことは。 このたびの戦争で間違いなく他国はガリアを危険な国とみなし敵対するでしょう。 いいえ、他国だけではありませんわ。ガリア内部でも反乱が起こるでしょう」 イザベラの出した答えは彼女が魔法の才能に比して政治の才能に長けている彼女だから出せたものというわけではない。常識を知るものならわかるようなことだ。 「どうでもいいことだ」 父の発言にイザベラは真っ青になる。 「“どうでもいい”ですって?エルフどもなどと手を組むからこうなったのではありませんか!」 「あの長耳どもは我らブリミル教徒よりまともだと思うがな。まあ、それもどうでもいいことか」 イザベラはジョゼフが理解できないようであった。 王家とは家族よりも社会的な地位を重視するものであり、そのため公的私的関係なくイザベラとジョゼフの関係は娘と父ではなく王女と王との関係であった。 そのため今までほとんど公式の場でしか顔を合わせなかったことがなかった。 それでも王族とはそのようなものだと思って生きてきた。 だがその父であり、王である男は何か不気味な、恐ろしい雰囲気を放っている。 イザベラは呟くように尋ねた。 「わ、わたしはこれからどうすれば……」 「知ったことか。気に入らぬならこの国から出て行け」 ジョゼフの返答にイザベラの顔は髪の毛と同じ青になるかと思えるほどになったが、顔をぎゅっと引き締めた。紡がれた言葉には怯えに彩られながら確かな覚悟があった。 「わかりました、父上。わたしは自分で考えて自分で行動します。今までありがとうございました」 イザベラは頭を下げてから退出した。 ジョゼフは娘の覚悟に触れながら何の感慨も覚えず、ただ不快なものが去ったとだけ思った。 再び扉を開いたのは彼の娘ではなく王宮にはふさわしくない全身を鎧で固めた兵だった。まるで鎧が体の一部とでもいうような存在である。 それは一言も発しなかったがジョゼフはそれの意図を察知して嬉しそうに唇をゆがめた。 「そうか、あのエルフは火石を完成させたか」 その鎧の兜にはルーンが刻まれていた。 トリステインからオルレアン公夫人とタバサの亡命を受け入れることを記された手紙が送られてきた朝、ルイズたち一行はすぐにトリステインへと発った。 手紙の中で催促があったからだけでなく、彼らも早く事情を知りたかったからだ。 この世界の住人ではない完二たちはともかくとして、ロマリアが滅亡したという情報はあまりにも衝撃的なニュースであったのだ。 ルイズなどは忠臣として一刻も早く姫に謁見しないといけないと息巻いている。 そういった強行軍であるために体調がまだ本調子ではないオルレアン公夫人は遅れて別の馬車でやってくることになっている。 間断なく馬車に揺られ彼らはトリステイン首都トリスタニアに出発した日の深夜についた。 日付でいうなら次の日となっているが、トリステインとゲルマニアの国境線上にあるツェルプストー家とはいえ一日で着いたのはずいぶん早いといっていいだろう。 王城に着いてから夜の番に立たされ不機嫌な兵士に取り次ぐように頼むのに骨が折れたが、 城内に伝令が言ってからは早くアンリエッタ王女や枢機卿マザリーニが出迎えた。 6人はすぐに客室へと通された。 キュルケや陽介などはタバサならともかく自分たちが重要な話を聞いていいのかと思ったが話は全員の居る中で話が始まった。 それはアンリエッタは窮地を助けてくれたから席を外すような非礼はできないという好意、それと隠すようなことでもないということが理由だ。 キュルケに対しては、ゲルマニアの名家ツェルプストーの者ならぜひ知ってもらっていたいとも姫は言った。 ちなみにルイズは自分が話から外されるなどということは思慮の外にあったようだ。 客室のイスを一つの小さな机を取り囲むように並べて円卓のように9人は座った。 アンリエッタ姫の隣に座っているルイズが最初の質問を投げかけた。 「姫殿下、僭越ながらもお伺いします。ロマリアを滅ぼしたというのは事実でしょうか?」 質問しながらもルイズは本当のことであると確信に近いものがあった。 それはいまやハルケギアニアの話題を全てさらい、 身分の違いなく上から下までその話題で持ちきりで馬車でいくつかの街や村を通っただけでも耳に入って来るほどであった。 ツェルプストーの城で情報が入ってこなかったのはトリステインの情報網が機能し、 早くに情報を得ていたこととキュルケがオルレアン公夫人を匿っていることもあって、両親との接触を避けていたからだ。 ゲルマニアの有力な貴族であるキュルケの父ならすでに情報は得ていたであろう。 そしてその考えはアンリエッタの言葉で確実なものとなる。 「ええ、残念ながら本当です。……ガリアは、いえ現ガリア王ジョゼフは同じ始祖を起源とする国を滅ぼしてしまったのです……」 悲しげにアンリエッタは目を伏せた。彼女の言葉を継いだのはルイズと同じくアンリエッタの隣に座った枢機卿マザリーニだ。 彼はトリステインの政治を担っている存在であり実質的な宰相である。 先王が逝去してから一身に引き受けてきたためその外見は40代とは思えないほど老け込んで見えた。 そして彼はロマリア出身の政治家でもある。 「これは確定情報と思っていいでしょうが大聖堂は破壊されそして現教皇も逝去されたようです」 アンリエッタはおおっ、と悲しそうに声を出し、彼女だけでなくこの世界で生まれ育った者全員が鎮痛なものを顔に浮かべている。 それは発言したマザリーニにしても同様であったらしい。 もともと彼は前ロマリア教皇時代には次の教皇であると目された人であり、前教皇が亡くなった後も帰国せずに王がなくなったトリステインを支えてきたのだった。 もし彼がロマリアで教皇になろうとしていたならばガリアの凶行に倒れたのは彼だったのかもしれないのだ。胸中には複雑な思いもあるだろう。 「このような蛮行はとても見過ごせることではありません。明日のトリステインが今のロマリアにならないという保障はどこにもありませぬ」 こくりとアンリエッタは頷いた。 「そう。だから我々は結束しなければいけません。そして狂王を追い払い正当なる王をすえなければなりません」 正当なる王というところでタバサを見る。見つめられた少女は彼女にしては珍しく困惑している。困惑する彼女を助けたのは使い魔陽介だ。 「ちょっとお姫さま?王になるとか、ちょっとタバサは決めかねてるんで……」 「王族には王族の果たさなければならない義務があります。わたしもあなたも王族であるなら義務を果たさなければいけません」 アンリエッタは強い口調で言った。とはいえタバサも困惑するばかりである。 見かねたマザリーニがさらに何か言おうとするアンリエッタを制止した。 彼女はまだ何か言いたげであったが、頼りにする枢機卿が止めるのでしぶしぶながらも口をつぐんだ。 「これからですが、我々はガリアへの大包囲網を形成します。 我がトリステイン、ゲルマニア、そして盟主ロマリアを欠いた都市国家群。 すでにそれらからの同盟の打診が来ています」 大規模な構想にみなが息を飲んだ。その中でルイズははっとしてアンリエッタに尋ねた。 「ゲルマニアと同盟ということはもしや姫さまは嫁ぐのですか?」 以前、アンリエッタはアルビオンの反乱軍への対抗のための同盟を築くためにゲルマニアに嫁ぐことになっていた。 それはガリアが反乱軍の首魁クロムウェル含め指導者を軍主力と共に葬ったために立ち消えになったのだ。 しかしもしガリアのロマリア侵攻で再び嫁ぐことになってしまえば、 ガリアによってなくなったアンリエッタの輿入れがガリアによって再び行わなければならないという皮肉な事態になってしまう。 アンリエッタは忠臣の心配を振り払うように笑みを浮かべながら首を振った。 「わたしはこの国にいますわ」 「姫さま」 ルイズはほっとした。 「シャルロットさまにも言ったでしょう。王族には王族の義務があると。 わたしはこの佳境にある国を守るために王となります」 突然の告白にあらかじめ知っていたマザリーニ以外全員、驚いた表情を浮かべる。 今度はこの世界の世情も知らない完二たちも驚いていた。 なにせアンリエッタはまだ17歳のうら若き乙女である。王という言葉には不似合いであるように彼らには思えた。 「アルビオンはどうするおつもりですか?あれはガリアが鎮圧したからガリアの支配下にありますわ」 質問したのはキュルケだった。 「アルビオンも決して一枚板ではないということですよ。ガリアの支配をよく思わないものも多くいます」 「つまりはあなたがたトリステインと我がゲルマニアで色々な嫌がらせをするということですね?」 キュルケはにやりと枢機卿に微笑んで見せた。 マザリーニは答えはしなかったが、否定もしない。 彼の頭の中にはアルビオンの中に潜む親トリステイン派、いや反ガリア派を煽り有形無形の妨害をする算段をすでに立てているとキュルケは思った。 「それともう一つ気になる情報が、ガリアは大量の軍艦の一挙投入でロマリアを制圧……いや滅ぼしましたが、その中に未知の戦力があったと情報が入っています。 信じがたいことですが巨大な火竜、それに今まで見たことのないようなゴーレムがいたと」 「なんだかそれどこかで聞いたことがあるような気がしますわ……」 「わたしもそういえば」 キュルケとルイズは記憶を探るように考えこむようなそぶりを見せた。 枢機卿はさもあらんというように頷いた。 「ガリアがアルビオンを陥落させたときですな。その時も似たような噂が出回りました。 おそらく事実であったのでしょう。それに全身を鎧で固め風のように動く騎士がいたとの情報もあります」 どうやらガリアはハルケギニア一の陸軍を有する以外になにかしら謎の戦力も保持しているようだった。その得体のしれなさに全員は不安を覚えた。 だがアンリエッタとマザリーニはさらに不安材料を抱えていたのであった。 それは確信のないものであったが、もし彼らが心配しているとおりのことであるとならとんでもないことになる。 「巨大な火竜というものが風の噂に乗っていますが、そのことで気になることがあるのです。 一つはガリアのアルビオンへの電撃攻撃を前にしてこのトリスタニア、そして城内にも巨大な火竜を見たという噂が立ち上ったということ。 もう一つはその後に、あなたがたの通うトリステイン学院近くで全長40メイル近い火竜の亡骸が見つかったということです……」 マザリーニたちが想像している最悪はこの火竜がガリア軍の所有していた竜と同一種であることだ。 どういうわけか発見された火竜は絶命していたが、もし生きていたら仕留めるためにどれほどの犠牲を払ったのか想像がつかない。 その疑いはルイズとその使い魔によって肯定されるとともに更に王女と枢機卿を混乱させる。 「その火竜はわたしをさらおうとガリアが差し向けてきたものです」 「あー、オレがぶっ倒したヤツだな」 今まで小難しい話についてこれなかった完二はここで初めて発言した。 その主従の発言にアンリエッタは混乱する。 「やはりあのドラゴンはガリアのものなのですか!? いえ、それよりルイズ!あなたさらわれたのですか!? それに倒したですって!?」 マザリーニは混乱するアンリエッタをなだめるが、彼自身にも混乱がないわけではない。 「いや……いささか信じがたい話ですが……」 「んだよ、オレらが信用できねーってのか?」 「やめなさい、カンジ」 不満顔の完二をルイズがたしなめる。 「全て本当のこと。ジョゼフから命令されて実行したのはわたしだから」 これからガリア王としてあおごうとしている者からそういわれては二人も否定することはできない。 もともと二人も発言者が信頼できないというわけではない。発言の内容が信じられないように思えたのだ。 「いや、シャルロット様が仰られるなら……しかしなぜジョゼフはミス・ヴァリエールをさらおうとしたのでしょう」 「わからない」 タバサにはなぜルイズをさらわなければならなかったのかは知らされていなかった。 あの時は母の命もかかっていたために詮索できるような状況でもなかった。 「人質にでも使うつもりだったんじゃないかしら。こんなのでも王家の血も引く、トリステイン指折りの名家の娘ですし」 こんなのとは何よとルイズが言ったものの、彼女含め、キュルケの意見に反論する者はいない。他にそれらしい理由も見当たらないからだ。 しかし実はルイズやキュルケなどには気にかかることはあった。それはルイズが虚無の使い手だということだ。だがこの事実を知っているものは限られている。 ルイズ自身がそうだという疑惑を持ったのはラグドリアン湖から戻ってきて始祖の祈祷書を読んだとき、 確信したのはアンドバリの指輪で操られたウェールズからアンリエッタを奪還すべく始めて虚無魔法を使ったとき。 キュルケ、陽介、完二、クマはさらわれたタバサの奪還すべくガリアへと入っていったときに知った。 タバサには話すタイミングもなかったので未だに話していない。 初めて虚無魔法を使ったときには陽介、完二に加えタバサとアンリエッタもいたが、聡明なタバサでも虚無魔法だと気付けたかはわからない。 なによりそれをジョゼフに知らせたとは考えづらい。 アンリエッタは混乱していてそれどころではなかったであろう。 だからルイズがさらわれそうになった理由としては虚無の使い手であることは除外していいはずだ。 しかしルイズは何か違和感を感じた。何か問題を抱えたまま行動しようとするような気持ち悪さが彼女の胸に残っている。 前ページ次ページゼロのペルソナ
https://w.atwiki.jp/kntsh/pages/28.html
チューナー(効果モンスター) 星3/風属性/鳥獣族/攻1200/守1200 自分フィールド上のこのカード以外のモンスター1体を手札に戻す事で、 このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。 この効果は1ターンに1度しか使用できない。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8889.html
前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 昼の喧騒で賑わうトリステイン王国の首都トリスタニア。 商売も仕事もこれからという時間の中、ブルドンネ街のとある通りに建てられた一件のレストラン。 平民から下級貴族までが主な客層であるこの店も、書き入れ時をとっくに過ぎて閑散とした雰囲気を漂わせている。 しかし個々の諸事情で昼食の時間に食べそこなった人達が席につき、店が振る舞う料理やデザートの味をゆっくりと楽しんでいた。 木製の小さなボールに入ったサラダを、ゆっくりと口に入れて咀嚼している若い貴族の女性。 ハチミツを塗ってからオーブンでじっくり焼いた骨付き肉にかぶりつく、平民の中年男性。 常連なのか、カウンターの向こうにいる店長と談笑しながらフルーツサンドイッチを味わっている魔法衛士隊の隊員。 窓から見える野良猫同士の喧嘩を眺めるのに夢中になって、思わずレモンティーをこぼしてしまう平民の少女。 食べている物や行動などはバラバラであるのだが、彼らには皆一つだけの共通点がある。 それは、一日という忙しくも長い時間の合間に『自分だけの時間』を作って、ゆったりと過ごしているという事だ。 大勢の人々が忙しそうに行き交う場所から閑散とした場所へ、その身を移して一息つく。 そうすることで゛自分゛という存在を改めて自覚し、色んな事を考える時間ができるのだ。 仕事の事や気になるあの人との関係から、これから何をしようかな。といった事まで人によって考えている事も全部違う。 短くもなるし長くもなる『自分だけの時間』の間にその答えに辿り着く者もいれば、答えが出ずに悩み続けていく者もいる。 中には最初から考える事をせず、ただ単に体を休ませている者もいるがそれは決して間違った事ではない。 仕事や人間関係といった気難しい事を一時的に投げ捨ててわがままになる事も、また大切なのだ。 そんな風にして各々の時間が緩やかな川の流れの様に進んでいく店の中で、ルイズたちは昼食を取っていた。 「それにしてもホント、今日はどういう風の吹き回しかしらねぇ」 「……?どういう意味よ、それは?」 ふと耳に入ってきた霊夢の言葉に、ルイズはキョトンとした表情を浮かべて食事の手を止める。 口の中に入る予定であったフライドミートボールと、それを刺しているフォークを皿に置いた彼女は一体何なのかと聞いてみる。 「事の張本人がそれを知らないワケないでしょうに」 質問を質問で返したルイズの言葉に霊夢は肩を竦めると手に持っていたカップを口元に寄せ、中に入っている紅茶を一口だけ飲む。 そこでようやく思い出したのか、何かを思い出したような表情を浮かべたルイズがその口を開く。 「あぁわかった。アンタの服の事でしょう?」 ルイズの口から出たその言葉に、霊夢は正解だと言いたげに頷きながらもカップを口元から離す。 安物のティーカップに入っていたそれはルイズの部屋にある物と比べて味は劣るものの、それでも美味い方だと彼女の舌が判断した。 上品さと素朴さを併せ持つ一口分の紅茶を口の中でゆっくりと堪能した後に、喉を動かしてそれを飲み込む。 口に入れた時よりも少しだけぬるくなった赤色の液体が喉を通っていく感触を感じた後、霊夢はホッと一息ついた。 「今更過ぎるけどお前ってさぁ、本当に緑茶でも紅茶でも美味しそうに飲むよな」 その様子をルイズの隣で見つめていた魔理沙は、コップ入ったオレンジジュースをストローで軽くかき混ぜながらそんな事を呟く。 まるで目玉焼きの目玉部分の如き真っ黄色な液体は、一口サイズの氷と一緒にコップの中でグルグルと回っている。 しかし幾らかき混ぜても液体そのものが糖分の塊なので、氷が溶けない限り味が変わることは無いだろう。 黒白の言う通り、本当に今更過ぎるその質問に霊夢は若干呆れながらも返事をした。 「アンタの頼んだジュースと違って、お茶なら熱しても冷やしても美味しいし、色んなものに合うから飲めるのよ」 「でも一日中お茶ばっかり飲んでるってのもどうかと思うわね。私は」 霊夢がそんな事を言っている間にお冷を口の中に入れていたルイズはそれを飲み込みんでから、思わず横槍を入れてしまう。 軽い突っ込み程度のそれは投げた本人が想定していた威力よりも強くなり、容赦なく紅白巫女の横っ腹に直撃した。 「私が何を飲んだって別に良いじゃないの。アンタには関係ないんだしさぁ」 ルイズの突っ込みに顔を顰めてそう返しつつ、霊夢はもう一口紅茶を飲んだ。 そして何を勘違いしたのか、魔理沙は意地悪そうな笑みを浮かべてルイズの肩を軽く叩く。 「やったなルイズ、今回の勝負は私たちの完全勝利で終わったぜ」 「アンタは何と戦ってたのよ?」 自分には見えない不可視の敵と知らぬ間に戦っていたらしい魔理沙の言葉に、ルイズは怪訝な表情を浮かべた。 その直後、話が逸れてしまった事を思い出した彼女はアッと小さな声を上げて再度霊夢に話しかける。 「それで、まぁ話は戻るけど……アンタの服の事だったわよね?」 「そうそうその事よ。まったく、魔理沙のせいで話が逸れる所だったわ」 さっきのお返しか霊夢はそんな事を言いながら、ルイズの隣に座っている普通の魔法使いを睨みつける。 しかし博麗の巫女に睨まれた魔法使いは微動だにせず、やれやれと言わんばかりに首を横に振ってこう言った。 「元を辿れば、お前が紅茶を飲んだ所で話が逸れ始めたと私は思ってるんだがなぁ~」 「まぁこの件はどっちも悪い、という事にしておきましょう。これ以上話が逸れたら面倒だわ」 これ以上進むとまた騒いでしまいそうな気がしたルイズはその言葉で無理やり締めくくり、コップに残っていたお冷をグイッと飲み干した。 自分たちの論争が第三者の手によって終止符を打たれてしまった事に、二人は目を丸くしてルイズの方へと顔を向ける。 突然自分に向けられた二人分の視線をまともに受けた彼女は少しだけ気まずそうに咳き込むと、今度こそ本題に移った。 「で、服の事についてなんだけど…」 ルイズはその言葉を皮切りに何で霊夢の為に新しい服を購入してあげたのか、その理由を話し始めた。 ハルケギニア大陸において小国ながらも古い歴史と伝統を誇るトリステイン王国の首都、トリスタニア。 国の中心である王宮がすぐ目の前にあるという事もあって、その規模はかなりのものだ。 平日でも大通りを利用する市民や貴族の数が変わることは無く、常に大勢の人々が行き交っている。 ブルドンネ街やチクトンネ街などの繁華街には大規模な市場があり、今日の様な休日ともなれば火が付いたかのように街が活気に満ち溢れる。 その他にもホテルやレストランなどの店も充実しており、特にこの時期は他国からやってきた観光客が狭い通りを物珍しそうに歩く姿を見れるものだ。 ガリアのリュティスやロマリアの各主要都市に次いで人気のあるトリスタニアには、他にも色々な場所がある。 かつての栄華をそのまま残して時代に取り残された郊外の旧市街地に、各国から賞賛されているトリステインの家具工場。 芸の歴史にその名を残す数多の劇団を招き入れたタニア・リージュ・ロワイヤル座は、今も毎日が満員御礼だ。 そんな首都から徒歩一時間ほど離れた所に、ハルケギニアの基準では中規模クラスに入る地下採石場がある。 周りを十メイルほどもある木の柵に囲まれた敷地の真ん中には大きな穴があり、そこを入った先にある人工の洞窟が採石の場所となっていた。 土地の大きさはトリステイン魔法学院の三分の一程度の広さで、主な仕事は地下から切り取ってきた岩を地上に上げる事である。 地下から運び出された岩は馬車に乗せられ、首都の近郊に建てられた加工場で石像や墓石などにその姿を変える。 ここで働いているのは街や地方からやってきた平民の出稼ぎ労働者や石工、警備の衛士に現場監督である貴族達も含めておよそ九十人程度。 ガリアやゲルマニアとは国土の差がありすぎるトリステインでは、これだけの人数でも充分に多い方だ。 一つの鉱山や採石場に二十人から四十人程度はまだマシな方で、地方では十人から数人程度で運営している様な場所もあるのだから。 そこから場所は変わり、加工場と採石場を繋ぐ唯一の一本道。 鬱蒼とした木々に左右を挟まれたようにできた横幅七メイル程度の道も、かつては広大な森林地帯の一部に過ぎなかった。 今からもう四十年前の事だが当時は誰も見向きすることはなく、動植物たちが安寧に暮らせる場所であった。 しかし…今は採石場となっている場所で良い鉱石が見つかった途端、人々は気が狂ったかのように木を倒し草を毟って森を壊していった。 そして森に古くから住んでいた者たちを無理やり排除して、人は文明の一端であるこの道を作ったのである。 そんな歴史を持っている道を、馬に乗った二人の男が軽く喋り合いながら歩いている。 薄茶色の安い鎧をその身に着こんだ彼らは、採石場を運営している王宮が雇った衛士達だ。 市中警邏の者たちや魔法学院に派遣されている者達とは違い、彼らは皆傭兵で構成されている。 その為かあまりいい教育は受けておらず、常日頃の身なりや素行はそれなりの教育を受けた平民なら顔を顰めるだろう。 しかし雇われる前に傭兵業を営んでいた彼らの腕利きは良く、文句を言いつつも仕事はしっかりとこなすので王宮側は仕方なく雇っているのが現状であった。 「全く、こんな休日だってのに採石場警備の増援だなんて最悪だよな?」 二人の内先頭を行く細身のアルベルトは左手で手綱を握りつつ、後ろにいる同僚のフランツにボヤいている。 アルベルトとは違い体の大きい彼はその言葉にため息をつく。アルベルトが日々の仕事に対し文句を言うのはいつものことであった。 「仕方ないだろ。他の連中は皆非番で、事務所にいたのは俺たちだけだったんだ」 「だからってわざわざ採石場まで行かせるかよ。あそこの警備担当はヨップが率いてる分隊だろうが」 空いている右手を激しく振り回しながらそう喋る彼の言葉を、フランツは至極冷静な気持ちで返した。 「そのヨップの分隊にいたコンスタンとダニエルが今日でクビになったから、俺たちが臨時で行くんだ」 同僚の口から出た予想していなかった言葉に、思わず彼は目を丸くした。 「どういう事だよ?あいつ等なんか下手な事でもしたのか?」 「正にその通り。…コンスタンはこの前、高等法院から視察に来たお偉いさんの足を踏んじまったろ?あれのツケが今になってきたのさ」 「うへぇ…マジかよ」 コンスタンの酒飲みは悪いヤツではなかったし、何よりこの前負けたポーカーの借りをまだ返していなかった事を彼は思い出す。 後ろにいるフランツの言葉を聞き、惜しい顔見知りを失ったとアルベルトは心の中で呟いた。 「あんなに面白い奴をクビにするなんて、酷い世の中だ。…で、ダニエルの方は?」 アルベルトは職場から消えてしまった顔見知りの事を惜しみつつも二人目の事を聞くと、同僚は顔を顰めて言った。 「アイツの事なんだが…何でも教会のシスターに手ぇ出しちまったんだとよ」 「シスター!?それはまた…随分派手だなぁオイ」 女遊びが激しかったアイツらしい最後だと彼が思った、その時である。 「全く、女に手を出すのは良いが幾らなんでも――ん?」 ダニエルの事を良く知っていたフランツが彼に対しての文句を言おうとした直後、四メイル前方の茂みから何かが飛び出してきた。 それはボロ布のようなフード付きのローブを、頭から羽織った身長160サント程度の人間?であった。 「な、何だ!…人?森の中から出てきたぞ…?」 先頭にいたアルベルトは驚いたあまり手綱を引いて馬を止めると、目の前に現れた者へ警戒心を向けた。 この一帯は道を外れると、急な斜面や深さ三メイル程もある自然の溝が至る所にある樹海へと入ってしまう。 それに加えて九十年近くの樹齢がある木々が空を覆い隠しているので、並大抵の人間ならあっという間に迷い込む。 更に視界を奪うほどに生い茂った雑草や少し歩いた先にある野犬の縄張りの事も考慮すれば、無用心に森へ入って生きて帰れる確率はそれほど高くはない。 その事を知っていれば、どんな人間でもわざと道を外れて森に立ち入ろうとは思わないだろう。 しかし、今二人の目の前に現れた者は間違いなく茂みの…その奥にある森から姿を現したのだ。 雇い主である王宮側から森の事を教えられた者たちの一人であるアルベルトが警戒するのも、無理はないと言える。 それはフランツも同じであったが、少なくとも彼ほどの警戒心は見せていなかった。 「まぁ落ち着けアルベルト。とりあえず話しかけてみようじゃないか」 彼よりもこの仕事を大事にしているフランツはそう言うと馬を歩かせ、アルベルトの前へと出る。 フードのせいで性別はわからないが、人間であるならば話は通じるだろうと彼は思っていた。 無論もしもの時を考えて、左の腰に携えた剣の柄を右手て掴んみながらも目の前にいる相手へと声をかける。 「すまんがお前さんは誰だい?見た感じ旅人って風には見えるんだが…」 まずは軽く優しく、なるべく相手が怖がらない様に話しかけてみる。 このような場合下手に脅すように話しかけると、相手が逃げてしまう事をフランツは経験上知っていた。 彼の声にローブを羽織った者はピクリと体を動かした後、ゆっくりとだがその足を動かして二人の方へ近づいてきた。 てっきり喋り出すのかと思っていたフランツは予想外の行動に少しだけ目を丸くしつつも、すぐに左手のひらを前に突き出しその場で止まるよう指示を出す。 彼の突き出した手が何を意味するのか知っていたのか、ローブを羽織った者は一メイル程歩いた所でその足をピタッと止めた。 うまくいった。彼は動きを止めた相手を見て内心安堵しつつ、ここがどういう場所なのかを説明し始めようとする。 「悪いがここは王宮の直轄でね?関係者以外の立ち入りは――――」 禁止されているんだ。彼はそう言おうとしたが、最後まで言い切ることができなかった。 喉に何か詰まったわけでもなく、ましてや目の前にいる相手が投げつけたナイフで喉を切り裂かれた――という突飛な話でもない。 彼の言葉を中断させたその゛原因゛は、先程ローブを羽織った者が出てきた茂みから現れた。 ゛原因゛の正体は野犬でも狼でもなく、本来なら王都との距離が近いこのような場所には滅多に現れない存在であった。 全長二メイルもある゛原因゛は太った体には似つかわぬ俊敏な動きで道の真ん中に飛び出してくると、目の前にいる一人の人間をその視界に入れる。 そしてローブを羽織った者が後ろを振り返ると同時に゛原因゛は体を揺らしながら、聞きたくもない不快な咆哮を辺りに響かせた。 「ふぎぃっ!ぴぎっ!あぎぃ!んぐいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」 もう逃げられないぞ! 人間にはわからない言葉で゛原因゛はそう叫んでから威嚇のつもりか、右手に持った棍棒を振り回しはじめる。 それと同時にローブを羽織った者の後ろにいるアルベルトが、今まで生きてきて何十回も見てきた゛原因゛の名前を口にした。 「お、オーク鬼だ!!」 彼がそう叫んだと同時にフランツが右手に掴んだ剣の柄を握り締め、それを勢いよく引き抜く。 刃と鯉口が擦れる音ともに引き抜かれたソレの先端は一寸のブレもなく、獲物を振り回す亜人の方へと向けられた。 彼の表情は厳ついものへと変貌しており、目の前に現れた亜人に対して容赦ない敵意を向けている。 「そこのお前、早くこっちへ来るんだ!」 先程の優しい口調とは打って変わって、ローブを羽織った者へ向けてフランツは叫ぶ。 しかしその声が聞こえていなかったのか、ローブを羽織った者は微動だにしない。 それどころか、目の前にいるオーク鬼と対峙するかのように何も言わずに佇んでいるのだ。 だが、身長二メイルもある亜人と身長160サント程度しかない人間のツーショットというのは、あまりにも絶望的であった。 どう贔屓目に見たとしても、勝利するのは亜人の方だと十人中十人が思うであろう。 「アイツ、何を突っ立ってる…死にたいのか?」 まるで街角のブティックに置いてあるマネキンの様に佇む姿を見たアルベルトが、思わずそう呟いた瞬間―― 「ぎいぃぃぃぃッ!」 もう我慢できないと言わんばかりに吠えたオーク鬼はその口をアングリ開けて、ローブを羽織った者に向かって一直線に走り出した。 二本足で立つブタという姿を持つ彼らの口に生えている歯は見た目以上に強く、ある程度硬いモノでも容易に噛み砕くこともできる。 その話はあまりにも有名で、とある本に火竜の分厚い鱗諸共その皮膚を食いちぎったという逸話まで書かれている程だ。 それほどまでに凶悪な歯を光らせながら走り、目の前にいる獲物の喉へと突き立てんとしていた。 二人の衛士たちはそれを見てアッと驚き目を見開くがその体だけは動かない。 あと少しでオーク鬼に喉笛を噛み千切られるであろう者が目の前にいても、すぐに動くことができなかった。 そんな彼らをあざ笑うかのように、オーク鬼は走りながらも鳴き声を上げる。 「ぷぎゃあっ!いぎぃ!」 オーク鬼は知っていた。大抵の生き物は。喉を食いちぎればカンタンに殺せると。 そこへたどり着くまでの過程は難しいものの、そこまでいけば相手はすぐに死ぬ事を知っている。 だから森で見つけたこの人間も、喉を噛み千切ればすぐにでも食べられる。 縄張り争いで群れから追い出され、腹を空かせたまま森の中を徘徊していた彼は自らの食欲を満たそうと躍起になっていた。 三日間もの耐え難い空腹で理性を失い、すぐ近くに武器を持った人間が二人もいるというのにも関わらず襲いかかった。 たったの一匹で人間の戦士五人分に匹敵するオーク鬼にとって、たかが二人の戦士など問題外である。 それどころか、オーク鬼は二人の戦士と彼らの乗ってる馬ですら自分が食べる食糧として計算していた。 目の前にいる人間を殺したら、次はあいつらを襲ってやる。 食欲によって理性のタガが外れたオーク鬼はそう心に決めながら、最初の獲物として選んだ人間に飛びかかろうとした瞬間… 目が合った。 頭に被ったフードの合間から見える、赤色に光り輝くソイツの『目』と。 まるで火が消えかけたカンテラの様に薄く光るその『目』の色は、どことなく血の色に似ている。 物言わぬ骸の傷口から流れ出る赤い体液のような色の瞳から、何故か禍々しい雰囲気から感じられるのだ。 そして、そんな『目』が襲いかかってくる自分の姿をジッと見つめている事に気が付いたオーク鬼は、直感する。 ―――――こいつ、人間じゃない! 心の中でそう叫んだ瞬間、オーク鬼の視界の右下で青白い『何か』が光った。 その光の源が、目の前にいる゛人間ではない何か゛の『右手』だとわかった直後。 オーク鬼の意識は、プッツリと途絶えた。 ――――…と、いうワケなのよ。判った?」 無駄に長くなってしまった説明を終えたルイズは、一息ついてから話の合間に頼んでおいたデザートのアイスクリームを食べ始める。 カップに入った白色の氷菓は丁度良い具合に柔らかくなっており、スプーンでも簡単にその表面を削ることができた。 ルイズはその顔に微かな笑みを浮かべつつ、一匙分のアイスが乗ったスプーンをすぐさま口の中にパクリと入れる。 「まぁ大体話はわかったわね…アンタが何であんな事をしてくれたのか」 一方、三十分以上もの長話を聞かされた霊夢はそう言って傍にあるティーカップを手に持つと中に入っている紅茶を一口飲む。 話の合間に新しく注いでもらった熱い紅茶は喉を通って胃に到達し、そこを中心にしてゆっくりと彼女の体を温めていく。 緑茶とは一味違う紅茶の上品な味と香り、そして体の芯から温まっていく感覚を体中で体感している霊夢は安堵の表情を浮かべている。 そんな風にして一口分の幸せを堪能した彼女は再びカップをテーブルに置くと、ルイズの隣にいる黒白の魔法使いに話しかけた。 「ねぇ魔理沙、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「…ん、何だ?」 霊夢に名前を呼ばれた彼女は、サンドイッチを口に運びかけたころでその手を止める。 魔理沙がこちらに顔を向けた事を確認してから、霊夢はこんな質問を投げかけた。 「アタシが着てる巫女服って…ルイズが言うほど変わってるかしらね?」 「…う~ん、どうだろうなぁ?私はそんなに変わってるとは思わなくなったが」 その質問に、魔理沙は肩を竦めながら言った後に「だけど…」と言葉を続けていく。 「ハルケギニア人のルイズがそう思うのなら、この世界の基準では変わってるのかもしれないな」 自分の質問にあっさりと即答した魔法使いの返答を聞き、霊夢は思わず目を細めてしまう。 そんな二人のやりとりを自信満々な笑みを浮かべて見ていたルイズが、追い打ちをかけるかのように口を開く。 「まぁ私としてもアンタには色々と借りがあったしね。それを一緒に返したまでの事よ」 彼女の口から出てきたそんな言葉を聞き、霊夢はふと彼女が話してくれた゛二つの理由゛を思い出し始める。 ルイズが霊夢に新しい服を買ってあげた゛二つの理由゛の一つめ。 それは近々行われるアンリエッタとゲルマニア皇帝の結婚式にある。 かの神聖アルビオン共和国の前身であるレコン・キスタの出現とアルビオン王家の危機に伴い、帝政ゲルマニアとトリステイン王国は同盟を組む事となった。 アルビオン王家が滅ぼされれば、有能な貴族だけで国を支配してやると豪語する神聖アルビオン共和国が隣の小国であるトリステインへ攻め込んでくるのは明らかである。 巨大な浮遊大陸からハルケギニアでは無敵と評される大規模な空軍と竜騎士隊が攻め込んで来れば、トリステインなどあっという間に焦土と化すだろう。 そうならない為にもトリステインは隣国に同盟の話を持ち込み、ガリアに次ぐ大国の誕生を望まないゲルマニアはその話に乗った。 幾つかの協議を行った末にゲルマニア側は、もしトリステイン国内で大規模な戦争が起こった際に自国から援軍を出すことを約束した。 それに対しトリステインの一部貴族はあまり良い反応をしなかったが、異論を唱えることは無かったのだという。 精鋭揃いではあるが小国故に軍の規模が他国と比べて小さいのが悩みのタネであったトリステインにとって、倍の規模を持つゲルマニアの存在は心強い。 一方のトリステインは、王宮の華であるアンリエッタをゲルマニア皇帝アルブレヒト三世のもとに嫁がせる事を約束した。 その結婚式に関しては一つのアクシデントが起こり、ルイズと霊夢はそのアクシデントの所為でトリステインの国内事情に巻き込まれたのである。 最もルイズは自ら望んで巻き込まれたのに対して、霊夢は偶然にも巻き込まれただけに過ぎないが。 まぁ結果的にそのアクシデントは二人の力で無事解決し、晴れてトリステインとゲルマニアの同盟は締結される事となった。 そして、丁度来月の今頃にゲルマニアで行われる手筈となった結婚式に、ルイズは詔を上げる巫女として招待される事となった。 幼いころからアンリエッタの遊び相手として付き合ってきた彼女は、幼馴染でもある姫殿下から国宝である『始祖の祈祷書』を託されている。 トリステイン王室の伝統で、結婚式の際には祈祷書を持つ者が巫女となって式の詔を詠みあげるという習わしがある。 そんな国宝をアンリエッタの手で直々に渡された彼女はこれを受け取り、巫女としての仕事を承った。 ルイズが行くのなら、形式上彼女の使い魔であり現役の巫女である霊夢もついて行くことになるのだが…そこで問題が発生する。 霊夢がいつも着ている巫女服、つまりは袖と服が別々になっているソレに問題があった。 ハルケギニアでは比較的珍しい髪の色や、他人とは付き合いにくい性格は多少問題はあるがそれでも大事にはならないだろうルイズは思っている。 むしろ性格に関しては、付き合えば付き合うほど良いところを見つけることができると彼女は感じていた。 表裏が無く、喜怒哀楽がハッキリと出て誰に対してもその態度を変えない霊夢とは確かに付き合いにくい。 事実、召喚したばかりの頃はある意味刺々しい性格に四苦八苦していたのはルイズにとって苦々しい思い出の一つだ。 しかし霊夢を召喚してから早二ヶ月、様々な事を彼女と共に体験したルイズはそれも悪くないと思い始めていた。 部屋の掃除は今もしっかりとしているし部屋にいるときはいつもお茶を出すようにまでなっている。 相変わらず刺々しいのは変わりないが、慣れてくるとそれがいつもの彼女だと知ったルイズは怒ったり嘆いたりする事は少なくなった。 だが、それを引き合いに出しても彼女の服だけにはどうしても問題があるのだ。 王家の結婚式において、礼装であってもなるべく派手な物は避けるという暗黙のルールが貴族たちの間にある。 着ていく服やマントの色も黒や灰色に茶といった地味なもので装飾品の類は一切付けず、杖に何らかの飾りを付けているのならばそれも外す。 ドレスであってもなるべく飾り気の少ない物を選び、決して花嫁より目立ってはいけないよう注意する。 式を挙げる側もそれを知ってか花嫁花婿ともに華やかな衣装に身を包み、周りに自分たちの存在をこれでもかとアピールするのだ。 もしも間違って派手な衣装で式に参加してしまえば、王家どころか周りにいる貴族達から大顰蹙を買うことになる。 事実過去にタブーを犯した怖いもの知らず達が何人かおり、後に全員が悲惨な目に遭っていると歴史書には記されていた。 そして不幸か否か、霊夢の服はそのような場において確実に目立つ出で立ちだ。 服と別々になった袖や頭に着けたリボンは勿論の事、何よりも目立つのが服の色である。 紅白のソレはある程度距離を取ろうが否が応にも目に入り、着ている人間がここにいると激しく主張している。 街の中ならともかく、そんな服を着て結婚式に参加しようものならば顰蹙どころかその場で無礼だ無礼だと騒がれてドンパチ賑やかになってもおかしくはない。 しかも持ってきた着替えも全て似たようなデザインの巫女服であった為、ルイズは今になって決めたのである。 この際だから、霊夢に服でも買ってあげようと。 「幻想郷だとそれほど変わってるって言われる事は無かったのに…」 ルイズの話した゛二つの理由゛の一つ目を思い出し終えた霊夢がポツリと呟いた愚痴に、ルイズはすかさず突っ込みを入れた。 「言っておくけどここはハルケギニア大陸よ。アンタのところの常識で物事測れるワケないでしょうに?」 辛辣な雰囲気漂う彼女の突っ込みにムッときたのか、霊夢は苦虫を踏んでしまったかのように表情を浮かべる。 そんな表情のまま紅茶を一口飲むと、薄い笑みを顔に浮かべてこんな事を言ってきた。 「だったら何も知らせずに服屋に連れていって、イキナリ別の服を着させるのがハルケギニア大陸の常識ってワケね」 「…何よその言い方は?」 薄い嫌悪感漂う笑顔を浮かべる霊夢の口から出たその言葉に、ルイズは目を思わず細める。 両者ともに嫌な気配が体から出ており、下手すれば静かな雰囲気漂うこの店で弾幕ごっこでも起きかねない状態だ。 しかしそんな気配が見えていないというか場の空気を読めていない黒白の魔法使いが、霊夢の方へ顔を向けて口を開く。 「まぁ別に良いじゃないか。これを機にお前も袖が別途になってない服を着ればいいんだよ」 魔理沙がそう言った直後。睨み合っていた二人の目が丸くなると、その顔を彼女の方へ向けた。 二人同時にして同じ事を行ったために魔理沙は軽く驚いた様子で「え?何…私何か悪い事でも言ったか?」と呟き狼狽えてしまう。 それに対し霊夢は軽いため息を口から吐くと、出来の悪い生徒に諭すかのような感じで魔理沙に話しかける。 「全く服に興味が無いわけでもないし、貰えるのなら貰うわよ。タダ程嬉しい物はないしね」 彼女はそう言って一息ついた後、「でもまぁ…その理由がねぇ…」と話を続けていく。 「元の服じゃ自分が変だと思われるから別のを買ってやる…って理由で服を貰ってさぁ。喜ぶワケないじゃないの」 隠す気が全くない嫌悪感をその目に滲ませた霊夢は、ルイズの顔を睨みつけた。 以前王宮へ参内した際に同じような目つきで睨まれた事があったルイズは思わず怯みそうになるが、それを何とか堪える。 霊夢を召喚してかれこれ二ヶ月近く一緒にいる彼女は、ゆっくりとではあるが彼女の性格に慣れ始めていた。 一方ルイズの隣にいる魔理沙は滅多に見ないであろう知り合いの表情に軽く驚きつつも、それを諌める事は無い。 霊夢と出会い知り合ってから数年ほどにもなる彼女は、別に怒ってるワケではないとすぐに感じていた。 何せ喜怒哀楽がすぐに態度で出るような彼女だが、本気で怒るような事は滅多にないのだ。 一見怒っているように見える今の状況も、魔理沙の目からして見れば今の霊夢は゛怒っている゛というより゛呆れている゛のだ。 相変わらず素直ではなく、下手な言い回ししかできないルイズに対して。 (まぁ本気で怒ってるなら怒ってるで、もっとヒドイ事言うからなコイツは) 魔理沙は心の中でそんな事を思いながら、尚もルイズの顔を睨みつけている霊夢の方へと顔を向けた。 相変わらず嫌悪感漂う目つきではあるものの、ただ睨みつけているだけで何も言おうとはしない。 やがてそれからちょうど一分くらい経とうとしたとき、黙っていた三人の中で先に口を開いたのは霊夢であった。 「…でもさぁ。その後に教えてくれた゛二つの理由゛の二つ目を聞いたら、怒るに怒れないじゃない?」 彼女はそんな事を言って軽いため息をついてから、もう一度その口を開く。 「アンタが二つ目の理由だけ話してくれたら、私だって発散できないこの嫌悪感を抱かなかったんだけどねぇ」 霊夢は未だ素直になれないルイズへ向けてそんな言葉を送りつつ、゛二つの理由゛の二つ目を思い出し始めた。 ルイズが霊夢に新しい服をプレゼントした二つ目の理由。それは俗にいう『お礼』と呼ばれるモノである。 まだ付き合って二ヶ月ちょっとではあるが、ルイズは春の使い魔召喚の儀式で呼び出した彼女には色々と助けられた。 盗賊フーケのゴーレムに踏まれそうになった時や、アルビオンで裏切り者のワルドに殺されそうになった時。 自分の力ではどうしようもなくなった瞬間、彼女はルイズの傍にやってきてその身を守ってきた。 それが偶然に偶然を重ねた結果であっても、彼女は自分を助けてくれた霊夢にある程度感謝の気持ちがあったのである。 いつも何処か素っ気なく部屋で一人のんびりと過ごしているそんな彼女に、ルイズはこれまでのお礼がしたかったのだ。 (ホント、素直じゃないんだから…) 二つ目の理由を思い出し終えた霊夢はもう一度ため息をつくと、困ったような表情を浮かべた。 先程彼女が呟いた言葉の通り、一つ目の理由だけで服を貰っても嬉しくは無くただただ嫌なだけだ。 単に他人の見栄だけで貰った服を着てしまえば自分は着せ替え人形と同じだと、彼女は思っていた。 しかし二つ目の理由を聞いてしまった以上、ルイズから貰ったあの服を無下にする事はできなくなってしまう。 彼女、博麗霊夢は幻想郷を守る博麗の巫女であり何事にも縛られない存在ではあるが、元を辿れば人間の少女である。 誰かにお礼を言われれば嬉しくもなるし、服にも全く興味が無いというわけでもない。 正直ルイズから服を貰えた事に喜んではいたが、それと同時に素直でない彼女に呆れてもいた。 その呆れているワケは今朝、朝食の後に街へ行こうと誘ってきた時の口論にあった。 今思えばいつもと違って妙に食い下がっていたし、自分を街に連れて行こうとした際の言い訳もおかしかった。 きっとこの事をサプライズプレゼントか何かにしたかったのだろう。そう思ったところで霊夢はまたもため息をつく。 (最初から下手な言い訳なんかしなくたっていいのに) 彼女は心の中で呟きつつ、こちらの様子を伺うかのようにジッと見つめているルイズの方へ顔を向けた。 先程の言葉の所為か均整のとれた顔は心なしか強張っており、鳶色の瞳にも緊張の色が伺える。 恐らく何も言わない自分が怒っているのだと思っているのだろうか。 (別に怒ってなんかないわよ。失礼なやつね…) 霊夢はまたも心の中でそんなことをぼやきつつ、ようやくその口を開けて自分の意思を伝えようとする。 別に言い訳なんかしなくても良い。今までのお礼として服を貰える事は自分にとっても嬉しい事だから、と。 「大体。下手な言い訳なんかしなくたって最初から…―――…って…――――あれ?」 その直後であった。゛異常゛が起きたのは――――――――― 喋り始めてからすぐに彼女は気が付いた。そう、突如自分の身に起きた゛異常゛に。 彼女は喋るのを途中で止めて、目の前にいた二人がどうしたと聞いてくる前に席を立つ。 最初は気のせいかと思ったがすぐにその考えが自分の甘えだと気づき、頭を動かして周りの様子を見回す。 今自分たちがいる店内で食事を取っている客たちの声。魔法人形たちの奏でる音楽。 カウンター越しに平民の店主と仲良く話し合っている貴族の男と、窓越しに見える通りを行き交う大勢の人々。 そして、不思議そうな表情を浮かべて霊夢に何かを話しかけているルイズと魔理沙の姿。 「…………?…………………」 「………!…………?」 二人とも口を動かしているもののその声は一切聞こえてこず、まるでカラーの無声映画を見ている様な気分に霊夢は陥りそうになる。 それを何とか堪えつつ、腰を上げたその場で見える光景を一通り見る事の出来た彼女は瞬時に理解した。 つい゛先程まで゛自分の耳に入ってきた音という音が、今や゛聞こえなくなってしまった゛という事に。 まるでこのハルケギニアから音だけを綺麗に抜き取ったかのように、何も聞こえなくなってしまったのである。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん