約 6,956 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8378.html
前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第三十六話 星の守護者 ミイラ怪人 ミイラ人間 ミイラ怪獣 ドドンゴ 青色発泡怪獣 アボラス 赤色火焔怪獣 バニラ 登場! 驟雨にさらされ、無人と化したトリスタニアの一角で、六千年の時を超えた宿命の対決が再び始まろうとしていた。 東から現れる、赤色火焔怪獣バニラ。 西からやってくる青色発砲怪獣アボラス。 市街地の中に、怪獣出現を想定してもうけられた空白地帯が二大怪獣の戦いの舞台となる。 東西から、まるでコロシアムに入場する剣闘士のように同時に現れた二大怪獣。 しかし、彼らには戦いのゴングは必要なかった。互いの姿を見ただけで凶暴な叫び声をあげ、牙をむき出し、 大地を蹴って相手に迫る。 「始まるぞ。怪獣同士の戦いが……」 この戦いの観客である、魔法衛士隊のド・ゼッサールをはじめとする隊員たちは、息を呑んで戦いの始まりを見届けた。 アボラスとバニラは真正面から激突し、両怪獣合わせて四万トンもの大質量が生み出す運動エネルギーは、 その余波を衝撃波に変えて、ド・ゼッサールたちのほおをしびれさせる。 「うわっ!」 「落ち着け、まだ始まったばかりだぞ」 うろたえる若い隊員を叱咤しつつ、ゼッサールは自らも緊張からつばを飲み込んだ。 体当たりに始まった両者の激突は、当然それにとどまるものではなく、さらなる攻撃へと発展をはじめる。 アボラスの巨大な顎が開き、バニラの肩に食らいつく。鋭い牙に皮膚を貫かれ、バニラは悲鳴をあげてのけぞるが、 痛みでむしろ戦意をかきたてられて、アボラスの角を掴み、長い首を伸ばしてアボラスの頭を噛み付きかえす。 たまらずバニラを離すアボラス。同時にバニラもアボラスを離し、両者は再び数十メートルの距離を挟んでにらみ合う。 数秒の硬直。と、アボラスとバニラの口が同時に大きく開いた。 アボラスの口から放たれるビルをも溶かす白色溶解泡、バニラの口から放たれる二万度の超高熱火焔。 白と赤、対照的な力を持つ二匹の怪獣のブレスは空中で激突し、対消滅による爆発が引き起こる。その衝撃波は 空中を伝わり、中空で待機していた魔法衛士隊を幻獣ごと吹き飛ばし、周辺の建物の窓ガラスを一枚残さず粉砕した。 「す、すごい……」 「ううむ。これはいかん。全員、百メイル後退せよ! 近くにいると巻き添えを受けるぞ」 それは臆病から出た命令ではない。今の爆風だけでも、頑強なグリフォンやヒポグリフが木の葉のようにもまれて、 訓練されているはずの魔法衛士隊員たちでさえ振り落とされそうになったくらいだ。 ド・ゼッサールは古参の軍人として、『烈風』カリンの部下だった頃から数々の戦いをくぐってきた。人間同士の 戦争から、凶暴な亜人や猛獣退治、何度も命を落としそうになってきた。最近では、トリスタニアに現れた超獣や 怪獣とも幾度も渡り合い、ウルトラマンAと怪獣との戦いも間近で見てきた。それでも、怪獣同士の戦いという 未知の体験は、彼の心に戦慄を覚えさせる。 「野獣同士の喰らいあいか……とてもじゃないが人間の入る余地がない」 理性のない獣対獣の、純粋な敵意の激突は、理性持つ人間からすれば本能の奥に忘れてきた、根源的な 恐怖を呼び起こす。かつても、同族が地球で激突した際にも、二大怪獣は科学特捜隊からスーパーガンや マルス133で攻撃を受けながら、まったく意にも介さずに戦いを続けた。 溶解泡と火焔が相殺に終わったことにより、アボラスとバニラは再度接近戦に打って出た。 バニラが雄叫びをあげて、掴みかかろうと突進する。対してアボラスはくるりと背を向けると、太い尻尾を 振り回してバニラをカウンターでなぎ払い、運の悪い家屋が押しつぶされて崩れ去る。 すかさず追撃をかけようと飛び掛っていくアボラス。しかしバニラもこんなものではまいらず、すぐさま起き上がると 隣の家を掴んで引っこ抜き、岩石のようにアボラスに投げつけた。 「ああっ! 街が」 アボラスに投げられた家は、アボラスが軽く腕を振るだけでバラバラのレンガのかけらになって崩れ去った。 しかし、バニラは体勢を立て直すために、二軒目、三軒目の家を引き抜いては投げつけ、そのたびに街が 無残に破壊されていく。 だが、二大怪獣にとって当然そんなことはおかまいなしだ。街を犠牲にして体勢を整えたバニラは、今度は頭から アボラスに突進し、両者は組み合ったままで反対側の住宅地に倒れこむ。組み合ったままで、互いに相手を 押し倒そうと、二匹は自分が上になろうと転がり、次々に家が押しつぶされていく。しかも、砂埃と同時に、炊事用の かまどの火が燃え移ったのか火災までもが起こり始めたではないか。 「なんてことだ。これでは、トリスタニアは戦いのとばっちりだけで壊滅してしまうぞ!」 いかに怪獣被害の緩衝地としてもうけられた空き地が広くても、怪獣同士が中で戦い合うことまでは想定に入っていない。 コロシアムの中だけでは狭すぎるとばかりに、アボラスとバニラは場外に躍り出てなおも戦う。 蹴倒された商店が、尻尾をぶつけられた家が粉々に砕け散る。 溶解泡を浴びせられた役所が溶けてなくなり、高熱火焔の流れ弾を受けた工場が灰に変えられる。 ド・ゼッサールたちの焦りをよそに、二大怪獣の激闘はエスカレートの一途をたどっていた。 一方、バニラがトリスタニアに到達する少し前まで時系列はさかのぼる。 まとわりつくような霧雨が降る森の道を、才人とルイズはトリスタニアに向かって急いでいた。 「急ぎましょう! あの怪獣は、最後に見たときトリスタニアの方角に向かってたわ。早く戻らないと、街が 大変なことになっちゃうわよ」 ルイズが走りながら才人をせかして言った。 「お、お前そうは言っても、トリスタニアまで何十キロあると思ってるんだよ」 ぜえぜえと、息を切らしながら才人は答えた。ハルケギニアに来てからだいぶ鍛えられているとはいえ、 半年ほどでは才人の体力は高校男子の平均から大きく逸脱することはない。 走れど走れど、変わり映えのしない景色が才人の気力を削ぐ。まったく、馬車で数時間かけた道のりというのは、 徒歩で駆ければ気の遠くなるほどの距離があった。単純に馬車が時速二十キロで二時間かけたとして、 四十キロトリスタニアから離れていることになる。フルマラソンの距離が四十二.一九五キロメートルであるから、 それだけで普通の人ならば気力がなくなるだろう。 「せ、せめて歩こうぜ。とても、体力もちゃしねえよ」 「あんた馬鹿! こうしてるうちにトリスタニアがどうなるかわかってるの」 声を張り上げ、ルイズは才人を叱咤する。けれど、強気を見せていても、ルイズも見た目とは裏腹に脇腹に 走る痛みをこらえている。プライドの高さから弱みを見せないようにしていても、華奢で小柄な彼女のスタミナの 限界値はそう高くはない。それでも、走り続けようとするのは彼女が才人と出会う前から持っている一本の芯のためであった。 「ヒカリがトリステインを離れて、軍の主力もウェールズ陛下の護衛に裂かれている今、わたしたちが戦わなくて どうなるっていうの。姫さまや、魅惑の妖精亭のみんなが傷つけられるかもしれない。大勢の人が家を失うかも しれない。だったら、ここでわたしたちの足が折れようとも、安い代償じゃない。最高の名誉の負傷じゃないの!」 これほど誇れる名誉が、ほかにある? と締めくくってルイズは笑って見せた。その気高くて、折れない強い 意志を秘めた凛々しい笑顔を見て、才人はがくがくと笑うひざにもう一度鞭を入れた。 「名誉か……ったく、お前は昔からそうだな」 情けないが、この笑顔にはいつも勝てない。まあ仕方ねえかと才人は自嘲した。なんたって、おれはルイズの この誇り高さに惚れちまったんだから。 「なに人の顔見て笑ってるのよ?」 「いや、なんだ……貴族の誇りってのも、たまにはいいかと思ってよ」 「はぁ? いつも名誉なんてくだらねえって言うあんたが? 雨に打たれて熱でも出た」 「あいにくと、馬鹿は風ひかないって昔から言うだろ。さて、急ごうぜ」 今度は才人がルイズをせかして走り出した。ルイズの言うとおり、今でも誇りや名誉のために命をかけるのは くだらないと思っている。しかし、今のルイズの誇りや名誉ならば悪くはない。昔と今で違うところといえば、 一人よがりの誇りと名誉か、誰かのために戦う誇りとおまけでついてくる名誉のためかの違いだけだ。 まとわりつく雨の降る寒い道を、二人は無言で走った。この街道も、いつもならばゆきかう人を普通に見かけるのだけど、 今はこの天気と、なによりトリスタニアやラ・ロシュールに人が集まっているために、たまに雨具を着た人とすれ違う くらいで、馬車を捕まえることもできない。 ウルトラマンAに変身して飛んでいくという手もあるけれど、エースは先のバニラとの戦いで消耗したエネルギーが まだ回復していない。トリスタニアについたところでエネルギー切れを起こしてしまったのでは本末転倒でしかなく、 二人の足に今はすべてが懸かっていた。 しかし、ぬかるんだ泥道は、走るうちに二人ともひざまではねた泥で染まらせ、式典のためにあつらえた服も 見るかげなくしおれさせる。そればかりか、濡れた服は体温を奪い、ぬかるみは二人の足をとって、体力を余計に消耗させた。 「も、もうだめだ」 「サ、サイト、弱音吐いてる暇があったら……あぅっ」 とうとう、気力でおぎなっていた体力も限界にきた。二人とも、泥道に倒れこみ、大の字になって荒く息をついている。 やっぱり、雨の中を子供の体力で数十キロも走るのは無理があったようだ。しばらく過呼吸を繰り返し、なんとか 呼吸だけは落ち着いたものの、体が痛くていうことを聞かない。 「くっ、くそぉ。まだ、あと何十キロもあるってのに」 「シルフィードが、いてくれたら、あっというまなのにね……ねえデルフリンガー、虚無に体力回復の魔法とかないの?」 「んなものいちいち覚えてりゃしねえよ。移動に便利な呪文はあったかもしれねえが、どのみちお前さんは昨日 あんだけぶっ放した後だからな。虚無魔法は精神力を多大に削るから使えやしねえよ」 「ああもう! 肝心なときに使い勝手が悪いわねえ!」 困ったときの虚無頼みは失敗に終わった。あの夢の中でブリミルが使っていたような、とてつもない力の一端でも 自分に使えたら、この窮地を脱することができるのに。おまけにデルフリンガーは、「お前さんが未熟なのが いけねえんだ。虚無の力は使いこなせばできねえこたぁなんもねえ。今のお前さんには渡したって振り回される だけだって、祈祷書も読めなくしてあるんだよ。いやあ、ブリミルのやつは子孫思いだねえ」などと、人事のように 言うのだからなお腹が立つ。 だが、運はまだ二人を見放してはいなかった。薄暗い街道の、学院に向かうほうから、霧雨の奥にぼんやりと ランプの灯りが見えてくる。やがて馬のひづめの音や車輪が地面をはむ音も聞こえ始め、一頭の馬に引かれた 小さめの馬車がやってきた。 「馬車だ! おーい! おーい!」 「止まって! 乗せてほしいの!」 残った力で二人は馬車の前に出て必死で引きとめた。その馬車もガーゴイルが御者をしているらしく、 声には反応してくれなかったけれど、人をひいてはいけないといけないという判断をしたらしく、直前で停止させた。 けれど、ほっとする間もなく馬車から顔を出してきた人を見て才人とルイズは仰天した。 「ミス・ヴァリエールにサイトくんじゃないか。どうしたんだいこんなところで?」 「コルベール先生!?」 三者三様の驚いた顔が雨中に展示された。才人、ルイズともに、まさかこんなところでコルベールに会うとは 思っておらず、コルベールのほうもずぶ濡れの二人を見て目を丸くしている。 「君たち、ラ・ロシュールでの式典はどうしたんだい? いや、それよりも早く乗りたまえ、そんなところにいては 風邪をひいてしまうぞ!」 手招きするコルベールの言うとおり、二人はコルベールの馬車に乗り込んだ。この馬車は学院の公用品の、 四人乗りの小さなものであったが、二人くらいが同乗する分には問題ない。タオルをわたされて体を拭き、コルベールの 炎の魔法で体を温めると、二人はやっと人心地ついた。 「ふぅ、どうも助かりました。ミスタ・コルベール、こんなところで先生にお会いできるなんて。でも、どうしてこんなところに?」 「なに、トリスタニアの式典まで、私は特にするべきこともありませんのでね。ほかの先生方にちょっと失礼して、先に 帰っていたのです。それで、近頃はじめたアカデミーとの共同研究を進めておこうと、学院から資料を運ぶところだったのですよ」 そういうことだったのかと二人は納得した。オスマン学院長以下の教員方は、馬車でゆっくりとトリスタニアに向かっているから、 到着は明日以降になるはずだった。時期がずれていたらこの事件と鉢合わせすることになったかもしれないから、運がよいと 言うべきであろう。 「ま、普段から変わり者で通ってる私が抜けたところで誰も問題にはしないしね。あなたたちこそ、ウェールズ陛下の歓迎式典は どうしたんだね? なにかあったのかい」 「あっ! そうだった! 先生、急いでトリスタニアに向かってください。理由は走りながら話しますから」 それから二人は、コルベールにこれまでのことを説明した。ラ・ロシュールが怪獣に襲われたことから、赤い怪獣が トリスタニア方面へと向かっていることまで。むろん、虚無に関わることは隠して、自分たちが学院に報告しに戻る途中に 怪獣に襲われたとごまかした。 「なんと、我ら教師のいないときにそんなことになっていようとは。トリスタニアに知らせなければ大変なことになる。 わかった、怪獣より早くつけるように急がせよう。それでも一時間ほどかかってしまうが、君たちはともかく体を休めたまえ」 「ありがとうございます……はぁ」 コルベールの心遣いが、緊張し続け、疲労困憊の極だった才人とルイズから肩の力を抜かせてくれた。 たった一時間だけれども、ともかくもこれで休むことができる。座席に深く体を沈めて、全身の筋肉を脱力させた 二人は、ぼんやりとこれまでのことを振り返った。 たった二日足らずのことなのに、とてつもなく多くのことがあったように思える。伝説の大魔法『虚無』、それを 狙うシェフィールドと名乗る謎の女の一味。突如現れた怪獣バニラ、そして始祖の祈祷書が見せたという、 六千年前の始祖ブリミルの戦い。どれも、一つだけでもショックが大きいことなのに…… また、始祖の祈祷書に過去のビジョンを見せられているあいだに、かくまわれていた大木のうろの中。 そこまで運んできてくれたのは……最後にちらりと見えたあの顔は、人間のものではなかった。しかし、 それと同じ姿をした亜人を、始祖ブリミルとともに戦っていた者たちの中に見た気がする。 堂々巡りの思考の中、けっきょくわからないことだらけだと才人もルイズも結論づけるしかできなかった。 虚無のことは、なにかを結論づけるには材料が断片的過ぎる。バニラも、アカデミーの事情などを知るはずもない 二人には、現れた理由は皆目見当がつかなくて当然だった。 ただし、あの不思議な亜人……ミイラに関しては話が別だ。なぜ自分たちを助けてくれたかはわからないけれど、 もう一度会えば何かがわかるかもしれないと、ルイズはふと思った。危険で、しかも馬鹿げた考えかもしれない。 しかし、少なくとも無防備な自分たちに手出しをしなかったところから、敵意だけはなかったと思いたい。それに、 なぜ祈祷書はこのタイミングで自分たちにあのビジョンを見せたのだろうか? ビジョンに出てきた怪獣と亜人が、 今ここにいる。偶然にしては、あまりにもできすぎている。 「ねえサイト……」 「うん」 声を潜めて、才人とルイズは小声で話し合った。幸い、馬車の音と雨音でコルベールに話し声は聞こえない。 才人の意見も、ルイズとほぼ同じだった。もしも、過去のビジョンで見たバニラが自分たちが戦ったバニラと 同じものであるならば、祈祷書は自分たちになにかヒントを与えてくれようとしたのではないか? だが、それより前に、バニラはなんとしてでも倒してしまわねばならないと、二人は決意を新たにした。 バニラは科学特捜隊のジェットビートルがロケット弾を撃ちつくすほど攻撃してもこたえず、航空自衛隊の 戦闘機も次々に撃ち落したほどの火力もかねそろえている。先日戦ったゾンバイユのような超能力こそ 備えないけれど、首都防衛のわずかな部隊では太刀打ちできないだろう。奴をそのままほっておけば、 ビジョンで見た世界の終末の光景が、この時代でも現実となってしまう。それだけは防がなくてはいけない。 でも、勝てるか……? ぬぐいきれない不安が二人の心をよぎる。 ”ウルトラマンAの力でも、バニラを倒すことはできなかった。もう一度戦ったとして、はたして勝利できるのだろうか” かつて、初代ウルトラマンはバニラと対を為すアボラスを苦闘の末に倒した。しかし、戦いの勝敗はやってみないと わからない。怪獣だって必死なのだ。以前勝てた相手だから、今度も勝てるなどという保障などどこにもない。 バニラがかつて悪魔と呼ばれた理由となった能力も、だいたいのところは予測がついている。エネルギーが回復 しきっていない、不完全な状態のエースで立ち向かえるのか。 敗北の衝撃が、戦いを目前にして二人の心に影を落としていた。 そんな二人の暗い波動が届いたのか、北斗星治の声が心に響く。 (かつてのウルトラマンたちも、強敵に敗れることはあった。しかし、彼らは再び立ち上がり、侵略者を打ち倒してきた。 なぜ、負けるかもしれない相手とまた戦えたのか、わかるかい?) (それが、使命だからですか) (それもある。しかし、使命感だけでは戦いの恐怖には打ち勝てない。ウルトラマンには常に、共に戦ってくれる 仲間がいたからだ) (仲間……でも、今のわたしたちには、いっしょに戦う仲間なんて) (そんなことはない。君たちには、ここにはいなくても大勢の仲間がいる。思い出してみるんだ、今でも君たちを 心配している友達や家族のことを。地球で、再びこの世界とつなげるためにがんばっているメビウスたちを。 考えてみるんだ、我々が戦っているすぐそばで、応援してくれる人々を) 強くうったえかける北斗の言葉が、暗雲にとざされていた二人の心に記憶という名の光を呼び戻した。 キュルケ、タバサ、アンリエッタ、アニエス、ミシェル……まだまだ名前が浮かんでくる大勢の友。 父、母、姉……血の絆で結ばれて、さらに強い心の絆を確かめ合ったかけがえのない人たち。 才人は、中学生だったころにTVで見たウルトラマンメビウスと、エンペラ星人配下の暗黒四天王の一人、 凍結宇宙人グローザムとの戦いを思い出した。不死身のグローザムの異名を持ち、その気になれば地球すら あっという間に氷付けにできるという圧倒的な力を持つグローザムの前に、メビウスは手も足も出ずに氷付けにされ、 ダムに張り付けにされてしまった。 しかし、CREW GUYSは先日の暗黒四天王デスレムとの戦いで戦力が半減した状態にも関わらず、果敢に 反撃に出てメビウスを救出することに成功する。さらに、メビウスとウルトラセブンとの共闘により、不死身を誇った グローザムに見事にとどめを刺す快挙も達成したのである。 圧倒的な力の差がある相手でも、恐れず立ち向かえばどこかに光明は見える。それに、過去のビジョンで 見た始祖ブリミルも、仲間とともに圧倒的に強大な敵と戦っていた。一人でない限り、どんな敵とも戦うことができる。 (我々の戦いは、必ず勝たねばならない戦いだ。それも、仲間と別れて、一人で戦うのはつらいことだ。しかし、 一人でいることは孤独であるということではない。心でつながっている限り、誰もが君たちと共に戦っている。 それに、君たちはなによりも、二人じゃないか) 北斗はかつて、超獣ファイヤーモンスに敗れたときにウルトラセブンに励まされたことを。かつて、ヤプールの 精神攻撃に苦しめられるメビウスを励ましたことを語った。心に距離は関係ない。どこかで戦っている仲間とは、 心でいっしょに戦っている。だからこそ、ウルトラマンたちは二度と負けまいと立ち上がることができたのだ。 ”そうだ、おれたちはまだ一回負けただけだ!” ”次は、必ず勝ってみせるわ” 闘志がふつふつと蘇ってくる。仲間たちががんばっているのに、自分たちだけ情けない顔は見せられない。 負けん気を呼び起こした二人が空を見上げたなら、そこには必ず暗雲をもものともせずに輝く星が見えたであろう。 馬車は街道をトリスタニアへと向けて急ぐ。 「君たち、トリスタニアまで、あとおよそ十分だ」 コルベールの声で、仮眠していた二人は目を覚まして外を見た。いつの間にか雨はやんで、街道の幅もだいぶんと 広くなっている。しかし、どこを見渡してもバニラのあの赤い姿は見つからない。 「まだ見えないってことは、バニラはもうトリスタニアについちまったってことか。くそっ」 「落ち着きなさい。あんなでかい奴が近づいたら、いくらなんでも気がつくはず。首都の防衛の部隊も残ってるから、 すぐには大事にならないわ。まだ間に合うかもしれない。急ぎましょう」 街を舞台に戦うことは避けたいと思っていた二人は、最悪の事態を予感して憂鬱になった。バニラの能力は 火焔であるから、雨上がりの街なら火災は広がりにくいだろうけど、それも時間の問題だ。馬車は速度をあげて 街へと急ぐ。 そのとき、突如馬車を激震が襲い。跳ね飛ばされた二人は、コルベールとぶつかったり、あちこちを痛めたりした。 それでも何事かと起き上がって外を覗くと、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。 「あたた……なんだ、穴にでもはまり込んだか? んぇぇっ!?」 「なによ、大きな声を出して……へぇぇっ!?」 才人もルイズも自分の目を疑った。彼らの馬車と並行して、金色の怪獣が五十メートルばかり離れた森の中を 走っている。今の激震はこいつの足音だったのだ。いや、そんなことよりも、才人はすぐ間近で見上げることが できているこの怪獣がなんなのか、それに思い至っていた。 「ミイラ怪獣ドドンゴ……やっぱり、あのミイラは」 頭のすみで気になっていた、ミイラへの仮説が完全なものになって頭の中で組みあがる。 やはり、あのミイラは地球で確認されたものと同じ。科学特捜隊の時代、日本のある洞窟で発見された七千年前のミイラ。 はじめそれはただのミイラと思われていたが、突如復活して暴れまわった。そして、ミイラの呼び声に応えるように 現れたのが、あのミイラ怪獣ドドンゴだ。 今、目の前にいる怪獣がドドンゴならば、あの亜人の正体はやはりミイラに違いあるまい。理由はわからないけれど、 なんらかの理由で、恐らく六千年前から眠っていたミイラが蘇ってドドンゴを呼び寄せたのだろう。もしかしたら、 バニラの出現にもなにかの原因が? 才人はそう考えたものの、やはり確証はない。 「んったく、おれたちの知らないところで勝手に話を進めるのはやめてほしいな」 才人は、神ならぬ自分の身を呪ったがどうにもならない。人間一人の知ることのできることなどはたかが知れているのだ。 問題は、自分の手の届く範囲でなにができるかである。 「あいつ、トリスタニアに向かってやがる……くそっ、バニラだけでも手にあまりかねないってのに!」 才人は歯噛みして、頼みもしないのに次々起こる異常事態を恨んだ。まったく昨日の今日で、どうしてここまで 連戦しなければならないのか。運命の神とやらが天界でサイコロを振っているなら、五・六発殴ってやりたい気分である。 それでも、怪獣を見てそのままにしているわけにはいかない。才人は、ドドンゴを見てあたふたしているコルベールを おいておいて、ルイズに問いかけた。 「仕方がない。ここで戦うか?」 「だめよ。前回のダメージが残ってるのに、ここで変身したら赤い怪獣と戦う力は確実に無くなるわ」 「だけど、怪獣をそのままトリスタニアに行かせるわけには……」 「ううん、行かせるべきだとわたしは思う」 「ルイズ!?」 突拍子もないことを言い出したルイズの顔を、才人は思わず正面から見返した。怪獣をトリスタニアにそのまま 行かせるべきだとはどういうことか? しかし、ルイズのとび色の瞳は正気を失ってはおらず、真剣な様子で 才人に言った。 「あの怪獣、夢の中で始祖ブリミルといっしょに戦っていたやつと同じだわ。きっと、わたしたちを助けに 来てくれたんじゃないかと、そう思うの」 「それは……確かに、言われてみたらあいつは夢の中で見た。しかし、あいつが六千年前にいたやつと同じ やつだとは限らないだろ」 「ううん、同じだと思う。でなければ、祈祷書があんなビジョンを見せる意味がないもの。それに、そうだとするなら、 あの亜人がブリミルの子孫であるわたしを助けてくれた理由にもなる」 自信ありげに断ずるルイズに、才人はうーんと考え込んだ。つじつまはそれで合う。でも、ルイズが虚無に 目覚めたその翌日に、こんなことが起きるなどとできすぎではあるまいか。 するとルイズは、窓の外を指差してもう一つ付け加えた。 「ほら見て、あの怪獣ずっと森の中だけを走ってるわ。走るなら道を走ったほうが速いのに。きっと、わたしたちの ような人間を踏みつけないようにしてるのよ。邪悪な怪獣だったら、まずはわたしたちに襲い掛かってくるはず」 確かに、ドドンゴは馬車などは目に入らないように一心不乱にトリスタニアを目指している。それによく見ると、 あのミイラがドドンゴの背に乗っているのも確認できる。だが、才人は迷った。仮に、あのドドンゴが六千年前に いたものと同じ個体であったとするなら、百歩譲って敵ではないかもしれない。けれど違っていたら、トリスタニアは 複数の怪獣による同時攻撃を受けることになる。そうなれば、いくらなんでも勝ち目はない。 悩む才人に、ルイズはいつもの命令口調ではなく、諭すように話す。 「あなたは運命なんか信じないかもしれない。でも、現実は時にはおとぎ話以上に荒唐無稽なことが起きる こともあるわ。始祖のお導き……くらいしか、わたしには表現する方法がないけど、信じて欲しいの」 あっけにとられた。ルイズがここまで下手に出ることなど、これまでほとんどなかった。 「きっと、祈祷書には始祖ブリミルの意思が宿ってるんだと思う。だから、かつての仲間と敵の復活を夢の形で わたしたちに教えて、彼と戦ってはいけないと警告してくれたんじゃないかしら。それに、ここまで舞台が そろったのなら、もう最悪の事態を考えてもいいんじゃない?」 「最悪の事態って……まさか、バニラが復活してるってことは、アボラスも」 蘇っているのか? という疑問は、アボラスとバニラが対となっていることを知っていれば、当然にして 浮かんでくることであっただろう。むろん、才人もその可能性にはずっと前から気がついていた。ただし、 あまりにも最悪の事態であるので、考えることをすらずっと拒否していた。 しかし、無意識の現実逃避をすらあざ笑うかのような、二つの巨大な遠吠えがトリスタニアの方向から聞こえてきたとき、 才人はルイズの言うとおりに、最悪の事態が起きたことを悟らざるを得なかった。 「今の叫び声は、ひとつは赤い怪獣のものよね。もうひとつは……」 「青い怪獣……アボラスだ。間違いない」 甲高いバニラの声と、野太いアボラスの声はよく覚えている。かつて二匹が地球で戦ったときの舞台である、オリンピック 競技場に仕掛けられていたカメラの映像はTVでも一般公開され、その迫力に圧倒された才人はビデオに録画して 擦り切れるまで画面にかじりついて見たものだ。 けれども、今目の前にあるのは子供の頃に見た過去の記録ではない。現実の脅威として、アボラスとバニラは自分の 目の前に立ちふさがっている。泣きっ面に蜂か……ここまで完璧に揃えば、もう不運のお釣りを出したい気分だ。 そのとき、唐突に馬車が止まったのでコルベールを見ると、彼は自分の荷物を小さなかばんにまとめながら二人に言った。 「むうう、あの怪獣。アカデミーが最近発見したという古代遺跡のほうからやってきたぞ。エレオノール女史から見学 させてもらえるはずで期待しておったのに。いや、それよりも遺跡のスタッフたちが心配だ。君たち、悪いがわたしは 行くところができた。馬車は預けるから、君たちで先に行きたまえ」 「えっ? お、おれたちだけでですか」 「君は、銃士隊隊長と副長くんの弟なんだろう。だったらわたしより顔が利くはずだ。ミス・ヴァリエールは下級貴族の わたしなどより宮廷に入りやすい。第一、君たちのほうがこういうことには慣れている。今、トリスタニアは猫の手も 借りたい状態のはずだ。助けにいってやりたまえ、わたしはわたしの友人たちを救いに行く」 「わかりました。お気をつけて」 コルベールと別れた二人は、馬に鞭を入れて急がせた。トリスタニアの街並みと、立ち上る煙を目にしながら、 やはり間に合わなかったかと心が痛む。しかし、コルベールの言い残した古代遺跡というキーワードで、漠然と ではあるけれどアボラス・バニラの出現と、ミイラ人間・ドドンゴの出現の理由の見当はついた。昔から、遺跡だの 遺物だのを地中から掘り出すとろくなことが起きない。貝獣ゴーガが封じられていたゴーガの像しかり、地中に 埋められていたお地蔵様を掘り出したら復活したエンマーゴしかり、現代人の浅い知識で古代の神秘に不用意に 触れようとすると、大抵手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。 「ったく、掘り出すにことかいてよりにもよって怪獣を穿り返すことはねえだろうが。せめて温泉でも掘り当てて くれたらありがてえんだけどなあ」 「今更言ってもはじまらないわよ。サイト、二大怪獣を相手に勝てると思う?」 「万全ならともかく、回復に時間がなさすぎたからな。でも、ウルトラマンの本当の強さは力じゃない。そうだろう?」 覚悟はすでに決めている。後は、一歩前に踏み出すだけだ。 才人とルイズは顔を見合わせると、互いの心を確認してうなずきあった。彼らの視線の先では、ドドンゴが馬車を はるかに追い抜いて、もう間もなくトリスタニアに入ろうとしている姿がある。二人も負けじと、最後の鞭を入れて急ぐ。 戦場と化したトリスタニアは、いまや象の群れに蹂躙されるジャングルのような光景となっていた。 アボラスに蹴り飛ばされた建物が積み木のように崩れ去り、バニラに踏みつけられた公園が子供たちの遊具ごと 無残なクレーターに変えられる。 昨日までは家族が揃って団欒していた家が溶解泡を浴びて崩れ去り、仕事に疲れた人々がわずかな癒やしを 一杯の茶に求めにやってきたカッフェが高熱火焔で灰に変えられる。 アボラスとバニラの戦いは延々と互角のまま続き、二匹が移動し、攻撃を重ねるごとに街が壊されていく。それでも被害は 現在のところ最初の戦場であった広場から、およそ数百メイル四方に抑えられて、かろうじて少ないといえるのは 被害軽減を考慮に入れた都市計画のおかげだろう。 だが、都市計画はあくまで被害を軽減して時間稼ぎをするためのものでしかない。二匹の怪獣のあまりに長続きする戦いに、 開始からずっと見守り続けていたド・ゼッサールたちは疲弊を隠しきれなくなってきていた。 「やつら、いったいいつまで戦い続けるつもりなんだっ!」 激突してから、すでに二時間近くが経過している。それなのに、決着がつくどころか戦いは同じ舞曲を何度も見ている かのように延々と続き、街は自らが破壊される音で彼らをひきたたせる楽団となったごとく、崩壊の戦慄をかなで続けている。 「まさか、このまま永遠に戦い続けるのではあるまいな……」 そのつぶやきは、口にしたド・ゼッサールにとって冗談に含まれる部類のものであったろう。どんなものにも始まりが あれば終わりはある。三日三晩の死闘などという言葉が、英雄譚などには頻繁に登場するものの、それは作者の 空想のうちから生まれた幻想の決闘にすぎない。 永遠はない。それは真実である。しかし”半”無限であるならば実在する。そして、ルイズが現実は時として 幻想よりも荒唐無稽なことが起きると語ったとおりに、残念なことに彼のつぶやきは正解に限りなく近い位置にあった。 地球でも、アボラスとバニラが宿敵同士だと知った科学者たちが一つの矛盾に行き当たったことがある。 ”アボラスとバニラが敵対しあっているのなら、ほっておけばいずれどちらかが倒れるはず。なのになぜ、ミュー帝国の 人たちは二匹を同時に捕らえる必要があったのだろう?” 考えてみたらしごく当たり前の疑問である。二匹より一匹になるまで待ったほうが、手間隙あらゆる意味で有利に なるのは子供でもわかる。それを、大変な労苦であっただろうに二匹同時に捕らえなくてはならなかったのは、 そこにこそアボラスとバニラが『悪魔』と形容された理由があったのだろう。 才人がたどりついた、バニラがウルトラマンAを圧倒できた理由も実はそこにある。科学者たちは研究の末に、 結論をこういう形でまとめた。 「アボラスとバニラは、人間を狙って暴れたわけじゃない。彼らにとって、人間などはそもそも眼中になく、目の前を 通り過ぎる目障りな小虫くらいにしか感じていないだろう。彼らの目的は、互いを打倒するというその一点に尽きる。 しかし、二匹の戦いは完全に互角であり、双方共倒れとなることもなく延々と戦い続けた。その無限と思われる死闘に 巻き込まれたものはことごとく破壊され、荒廃が広がっていった。それが人類を滅ぼすと恐れられた理由、彼らの持つ 無限のスタミナこそが悪魔と呼ばれたゆえんだったのだ」 ウルトラマンに爆破されたアボラスの残骸を調査した結果、この怪獣の筋組織はいくら激しく動いても、決して 疲労しないものであることが判明した。前回ウルトラマンAの攻撃をいくら受けても、こたえた様子がなかったのは そのためだ。どれだけ戦っても疲れることがなく、いくらでも戦えるまったく互角の実力を持った怪獣同士の戦い。 終わらない悪夢を人々に見せ続け、破壊と死を撒き散らし続ける悪魔。 このまま戦いが続けば、トリスタニアも古代のハルケギニアやミュー帝国同様に滅びの道を歩む。 それを阻止するために、六千年前の人々は二匹の怪獣とともに、彼らに対抗できるわずかな可能性を残してくれた。 「隊長大変です! 東から、また新たな怪獣が!」 「なんだと!」 ド・ゼッサールやこの時代の人間たちは知らなかったが、それこそが彼らにとっての希望であった。 天上の雲の上を走る、神話の獣のようにドドンゴが駆けてくる。その眼の睨む先にあるのはアボラスとバニラの二頭しかいない。 金色に輝く体を弾丸のように加速させ、高らかな足音を響かせながらドドンゴはアボラスに体当たりを仕掛けた。 ドドンゴの地上失踪速度は最大でマッハ1.8の超高速を誇る。それに体重二万五千トンの重量が加われば、さしもの アボラスの二万トンの巨体といえども木の葉のように吹き飛ばされる。 むろん、死闘に横槍を入れられたバニラは怒り、矛先をドドンゴに向けて火焔を吐いてくる。エースにも大ダメージを 与えたこれが直撃すればドドンゴもひとたまりもないだろう。しかし、ドドンゴは背に乗るミイラ人間が指示するように 方向をバニラに向け、目から怪光線を発射して火焔を空中で相殺した。 バニラはドドンゴを新たな敵として認識し、続いてアボラスも起き上がってくる。同時に、遠吠えをあげて威嚇する 三大怪獣。六千年前と同じように、暴れまわる凶悪怪獣から星を守るために、過去から遣わされてきた星の守護者は その身を賭して立ち上がった。 ”いくぞ” ミイラの呼び声にしたがって、ドドンゴはその身をバニラにぶつけていく。重量差からバニラは押されるが、怪力を 発揮してドドンゴを押しとどめる。 このままバニラとのみ正面からぶつかれば、勝負は体格差からドドンゴが有利だったかもしれない。けれど、 先に体当たりを受けた恨みをアボラスは忘れてはおらずに、横っ腹から鋭い角を振りかざして頭突きをかけてきた。 たまらず五部の状況からバニラに逆転され、苦しみながらドドンゴは後退する。 敵・敵・敵の三つ巴の状況ながら、実質この戦いはドドンゴにとって不利だった。決闘を邪魔されたアボラスと バニラは、その怒りの矛先を一時的ながらもドドンゴに向けて襲ってくる。一対二の圧倒的に不利な状況。それでも 彼らは戦わなくてはならなかった。 あの悪夢のような戦いのはてに、奇跡的に掴んだ平和を崩さぬために。もう二度と破滅を招かないために、 自分たちはあえて地の底で長い眠りについていたのだ。多分自分たちはここで死ぬだろう。それは恐ろしくはない。 死ねばかつての仲間たちがきっと迎えてくれるだろう。仲間との再会は喜ばしいものであるのだから。 ただしその前に、刺し違えてでも二匹のうちの一匹は道連れにしなくてはならない。迫り来るアボラスとバニラ。 ミイラは、ここで散ることは覚悟しながらも、ふと昔のことを思い出した。あの厳しい戦いをともにくぐってきた仲間たち。 叶わぬことながら、彼らがここにいてくれたらと思ってしまう。 だが、仲間たちの命は尽きていても、その志は彼らの子孫に消えずに受け継がれていた。 この世界を理不尽な破壊の手から守ろうとする強い意志。それがこの場に顕現する。 「ウルトラ・ターッチ!」 閃光輝き、ドドンゴに一度にかかろうとしていたアボラスとバニラがひるんで止まる。 光が収まったとき、そこにはドドンゴの傍らに戦友のように立っているウルトラマンAの勇姿があった。 「ヘヤァッ!」 これで二対二、歴史は蘇り、六千年前の戦いの続きがここに最後の決着のときを迎えようとしている。 激震とどろき、トリスタニア最大の決戦がここに幕をあげたのだった。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
https://w.atwiki.jp/h_session/pages/3717.html
NIGHT WIZARD The 2nd Edition Character Sheet TXT Ver1.2 キャラクター名:クリムゾンレイ プレイヤー名:ごまみそ 種族:人間 ワークス:学生 年齢/性別:14歳/女性 髪の色:金 瞳の色:紅 肌の色:白 身長/体重:150㎝/48㎏ ウィザードクラス:錬金術師 2LV 行動値+2 魔術師 6LV 行動値+5 侵魔召喚師 1LV スタイルクラス:[[キャスター]] 1LV 魔導+1 属性:〈天〉/〈火〉総合レベル:10LV CF修正値:3 プラーナ 内包値:7 解放力:3 基本能力値 ベース 成長値 現在値 基本能力値 ベース 成長値 現在値 【筋力】 8 -- -- 【知力】 16 -- -- 【器用】 8 -- -- 【信仰】 10 -- -- 【敏捷】 5 -- -- 【知覚】 7 -- -- 【精神】 7 -- -- 【幸運】 11 -- -- 達成値に常に-5。 戦闘値 ベース クラス修正 特殊 総合 未装備 装備 最終戦闘値 【命中】(器用+知覚)÷2 = 7 --/2 -- -- 9 -2 【命中】 7 【回避】(敏捷+知覚)÷2 = 6 --/ -- -- 6 -2 【回避】 4 【攻撃】(筋力+器用)÷2 = 8 --/2 -- -- 10 +3 【攻撃】 13 【防御】(筋力+信仰)÷2 = 9 --/ -- -- 9 +4 【防御】 13 【魔導】(精神+幸運)÷2 = 9 4/3 +4 +6 26 +4 【魔導】 30 【抵抗】(敏捷+幸運)÷2 = 8 2/1 -- -- 11 +2 【抵抗】 13 【魔攻】(知力+精神)÷2 = 11 4/3 +3 -- 21+26 【魔攻】 47 【魔防】(知力+信仰)÷2 = 13 2/1 -- -- 16 +6 【魔防】 22 【耐久力】 = 24 2/2 -- -- 28 -- 【耐久力】28 【魔法力】 = 42 5/5 +10 -- 62 -8 【魔法力】54 【行動値】(筋力+敏捷+知力+信仰)÷3= 13 2/3 -- +4 21 -9 【行動値】12 【移動力】 ベース 特殊能力 未装備 装備 最終値 (未装備状態【行動値】)÷10+1 = 3 -- -- -- 3Sq ■ライフパス 出自:高貴な血筋 特徴:上流階級/[[キャラ作成]]時に所持金+10万 生活:エリート 特徴:優等生/情報収集の判定+3 シナリオ1 コネクション/関係 リオン・グンタ/秘密 連絡員/仕事 編集者/かなりあやしーい、コスプレ雑誌の編集者。 レライキア/ライバル ヤクザ/宿敵 ■特殊能力 名称 :SL: タイミング : 判定値 :難易度: 対象 : 射程 : 代償 :効果 汎用 : : : : : : : : 《月衣》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :所持品を隠せる。マイナーアクションで飛行できる。(代償:1D6MP) 《月匣》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :月匣を展開できる。 《魔法攻撃力UP》 :-: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :魔攻+4 《マジックマスタリー:火》 :1: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし : 火 属性の攻撃魔装装備中、魔導+2 《マジックマスタリー:天》 :1: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし : 天 属性の攻撃魔装装備中、魔導+2 《マジックコントロール》 :1: オート :自動成功:なし : 自身 :なし : なし :範囲の魔法を範囲選択にする。シーン1。 《死点撃ち:魔法》 :-: オート :自動成功: なし : 自身 : なし : 2MP :魔法攻撃の命中ジャッジがCなら。防御側の魔防ジャッジ-10。 《超魔導》 :-: オート :自動成功:なし : 単体 :5sq: 1P :魔防ジャッジのダイス目をF値にする。シナリオ1. 《マジックサークル》 :-: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 5c :魔法を範囲1にする。ラウンド1 《魔力拡大》 :2: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 3c :対象単体の魔法を対象3体にする、ラウンド1。 《魔力伸長》 :1: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 5c :射程+1sq 《高速展開》 :-: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 2c :魔術師の特殊能力および、魔法の使用。魔装の交換のマイナーアクションを二回行う。ラウンド1。 《オーバーロード》 :3: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 4HP,4c :命中の達成値+3、魔装の魔攻ジャッジ+30.シーン1。その魔装はシナリオ中使用不可。 《結界破壊:魔法》 :-: メジャー : 魔導 :対抗 : 単体 :3sq: 4MP,3c :対象が次に受ける魔法ダメージは軽減したり、0にできない。 《ダブルキャスト》 :-: メジャー :自動成功:なし : 自身 :なし : 5c :魔法を使うか、魔法攻撃のメジャーアクションを二回行う。シナリオ1 《魔導書》 :1: 常時 :自動成功:なし : 自身 :なし : なし :魔導+2、魔法記憶容量+2 《見切り:魔導》 :-: 常時 :自動成功:なし : 自身 :なし : なし :魔導判定にCすると絶対命中。 《八界の嵐》 :-: マイナー :自動成功:なし : 自身 :なし : 6c :魔法の対象をシーン内の任意の対象に変更。シナリオ1。 《秘密侯爵の告げ口》 :-: メジャー :自動成功:なし : 単体 :3sq: 3MP :エネミー識別に成功、対象の防御と魔防ジャッジ-4。シーン1。 《サポートガジェット》 :―: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :知力+3 《ワンダーガジェット》 :1: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :メタルサーフィス取得。 《ミラクルガジェット》 :2: オート :自動成功: なし : 単体 :1sq: 5c :F値以外のダイス目をCに。シナリオ2回。 《伝家の術式》 :5: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :ブラスト[[フレア]]を取得。 《伝家の宝刀》 :1: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :ウィザーズワンドを取得。 《魔法力UP》 :2: 常時 :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :魔法力に+魔法力のベース÷10(端数切り上げ)×SL 《訓練:知力》 :6: オート :自動成功: なし : 自身 : なし : なし :知力+6 ・アイテム タイミング 防護障壁 :オート:ウィザーズワンド、魔法を発動した直後に使用。ラウンド終了か次のメインプロセスまで防御と魔防ジャッジ+4。 エアストラグル :常時 :搭載した箒に登場中かつ飛行状態の間に行動値ジャッジに+3。 ■魔法 魔法記憶容量[【知力】+総合レベル]:28 名称 :LV:種別: タイミング : 判定値 :難易度: 対象 : 射程 : 代償 :効果 ディフェンスアップ :2:付与: オート :自動成功:なし : 単体 :1sq: 3MP2C:防御+10 プリズムアップアップ :2:付与: オート :自動成功:なし : 単体 :1sq: 4MP3C:魔防+10 リフレクトブースタ :3:付与: オート :自動成功:なし : 自身 :なし : 3MP :行動値+7 コマンド :4:汎用: セットアップ: 魔導 :20 : 範囲選択1:0sq: 15MP :指揮下にあるキャラに戦闘移動を一回行わせる。 : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : ■武装/魔装 重量上限[【筋力】+総合レベル]:18 魔法装備可能レベル合計[【知力】+総合レベル]:26 名称 : 種別 :部位:重量/LV:命中:回避:攻撃:防御:魔導:抵抗:魔攻:魔防:耐久力:魔法力:行動:移動: 射程 :備考 バーストアッシュ :攻撃(火):魔装: /5 : : : : : 0: :19: : :-18:-7: :1sq:水属性の相手に魔法ダメージ+5 ブラストフレア :攻撃(火):魔装: /6 : : : : :-2: :35: : :-37:-12: :4sq:対象範囲2。シナリオ1。 ジャッジメントレイ :攻撃(天):魔装: /5 : : : : : 0: :15: : :-18:-7: :3sq:対象範囲選択2。ラウンド1。 ウィザーズワンド :武器(箒):片手: 4/ :-2: :+3: :+2:+1:+2:+2: : :-2: : : メタルサーフィス :防具(箒):衣服: 3/ : : : : : :+2: : : : :+1: : :タイプ機動 OP3 補助装甲 : 防具:上半身: 4/ : :-1: :+5: : : :+3: : : : : :戦羽織相当 外道祈祷書 :[[その他]] : : 1/ : :-1: :-2:+2:-1:+3:-2: : :-1: : :魔法力+10 幸運ジャッジの達成値常に-5. マジカルリボン : 防具 :頭部: 1/ : : : :+1: : :+2:+3: : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : : : : / : : : : : : : : : : : : : : 合計 : : :13/ :-2:-2:+3:+4:+4:+2:26:+6: :-18:-9: : : : 武装/魔装 ■所持品 月衣収納上限[【筋力】×2+GL]:26 名称 :重量:効果 幸福の石 : 1:Fを打ち消す。シナリオ1 スマート0-phone : 0:携帯電話。《メモリ領域》を条件とするアイテムを装備、使用可能。 MUGEN-KUN : 0:クレジットカード スタビライザー : 2:箒オプション、ウィザーズワンドに装備中。 輝明学園改造制服相当 : 2: : : : : ■未記憶魔法 コンティニュアルライト、エンチャントマジック、メルトアームズ ■設定 ・魔術師としての訓練を幼いころから受けてきたエリート。少し高慢な性格。 ・実はコスプレ趣味があり、いろいろやってるらしい。 ・ ■[[セッション記録]] 経験点14+レライキアのコネを取得。 GM経験点26点獲得 鮮血聖餐儀 経験点12点獲得 ピラミッドと王様 経験点13点獲得 経験点15点獲得。 “すべてを阻むもの”教団の暗躍 経験点13点獲得 逆襲のインク~凌辱の乙女達 経験点15点獲得 経験点12点獲得 経験点17点獲得 ■成長記録 レベルアップ待機数:0 未使用経験点:13 使用経験点 買い物:34点 汎用スキル:70点 クラスチェンジ20点 スマート0-phone 39800 マジカルリボン210000 外道祈祷書、スタビライザー
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8958.html
前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― さて、一方その頃、魔法学院を出発し、ラ・ロシェールへと向かっていたルイズは、馬を替えるついで、駅で休息を取っていた。 本来ならば今すぐにでもタルブへ向かいたいが、ラ・ロシェールまでの道のりは長く、馬を替える必要もある。 そして何より、ルイズ達の体力では丸一日馬を飛ばし続けるのは無理があった。 しかし、ずっと馬を走らせてきた甲斐もあり、ルイズ達は随分早いペースでラ・ロシェールへと近づきつつあった。 「……今さらだけど、なんであんたまでついてきてんのよ」 「す、すいません……」 駅に併設された旅人用の酒場、普段なら旅人達でにぎわうその酒場も、ラ・ロシェール近辺から避難してきた人々で溢れている。 そこのテーブルに肘を突き、ふてくされたような表情で、ルイズがシエスタを睨みつけた。 エツィオの件もあり、ほんとならあまり話したくない相手であったが、学院からここまで付いてきてしまったのだ。 振りきってしまえば、諦めて学院に戻るだろうと思っていたルイズは、何度も振り切ろうと試みたものの、 シエスタの乗馬の腕はルイズに勝るとも劣らないものであり、遂には振り切ることが出来なかったのである。 「あのね、これから向かうところは戦場なの、とっても危ないのよ?」 「は、はい……で、でも……」 「でも、なによ」 「わたしもエツィオさんのことが心配ですし……」 「ふん、なんだってあんなバカのことが……」 ふてくされたようにルイズが呟く。 シエスタは、しゅんと肩を落とすと、ぽつりと呟いた。 「エツィオさんは、大丈夫でしょうか……」 「……わかんないわよ、だから探しに行くんでしょ? あのバカ……いっつもいっつも勝手なことばっかりして……どれだけ人を心配させれば気が済むのよ……」 唇を噛み、ルイズは小さく呟く。泣きそうになったが、ぐっと堪える。 「タルブは……、わたしの村は、どうなっちゃったんでしょう?」 「さっき、酒場の人に聞いたわ。……あんたの前で、こういうことはあまり言いたくはないけど、アルビオン軍に占領されちゃってるみたいね」 「そんな……。わたしたちはなにもしていないのに……どうしてこんなことに……」 それを聞いたシエスタは沈痛な面持ちで呟く。 戦で苦境を強いられるのはいつだって民草だ。以前聞いた、オールド・オスマンの言葉が蘇る。 どんな言葉をかけていいのかわからず、ルイズが俯いたそのとき。一人の男が、酒場の扉を開けて飛び込んできた。 「お、おい! 大変だ! 戦況が変わったぞ!」 勢いよく飛び込んできたその男は、宿の中にいた人々全員に向けて、そう叫んだ。 「戦況が変わった? 何があったんだ?」 「占領されていたタルブの村が奪還されたんだ! 誰かがアルビオンの総司令官を討ち取ったらしい!」 「なんだって! それは本当か!」 「ああ! 本陣のラ・ロシェールに首が届いたんだ! 貴族議会の議員だ! これよりトリステインが攻勢に転ずるぞ!」 酒場の中が色めきたった。避難民達は手を鳴らして立ち上がり、喝采の大声をあげる。シエスタもぱぁっと顔を輝かせた。 「ミス! 聞きました!? タルブが! わたしの村が解放されたんですって!」 「ええ! よかったじゃない!」 ルイズもその報せに、ほっと胸をなでおろしシエスタと喜びを分かち合う。 その時であった、報せを持ってきた男が興奮気味に叫んだ。 「話によると、総司令官を討ち取れたのは、あの『アサシン』がタルブに襲撃をかけたからだそうだ! アサシンがこの戦に介入したんだ!」 「アサシンですって!?」 アサシンと聞いて、ルイズの顔から、さっと血の気が引いた。顔を上げ、急いでその男を捕まえ訊ねる。 「ね、ねえっ! そのアサシンって、もしかしてエツ……っ、し、『死神』のこと?」 突然貴族に話しかけられたその男は、少々驚いたものの、興奮冷めやらぬと言った様子で楽しそうに話してくれた。 「あ、ああ、あの『アルビオンの死神』だよ。アルビオンで貴族派の連中を殺して回っていると聞いていたが……、まさかここまで追ってくるなんてな。 あいつはどれだけ貴族派が憎いんだ? 王家の亡霊という噂も、まんざら嘘じゃないかもしれないな」 「あいつは今どこにいるのっ!?」 「え? あ、あいつ?」 「エツ……っ! あ、アサシンよ! アサシンは今どこ!」 「さ、さあ……、でもまだタルブの村じゃないか? なんでも、そこに捕まってた傭兵達をまとめあげちまったって話だし……」 今にも掴みかからんと言うほどのルイズの迫力に、男は思わず口ごもる。 「エツィオ……!」 震える声で小さく呟くと、ルイズは駆けだした。シエスタはあわてて後を追う。 ルイズは外に飛び出すと、新しく用意していた馬に飛び乗った。 後ろから、シエスタがルイズの馬に取りついた。 「ミ、ミス! 急にどうしたんですか!?」 「離してよ! タルブに行かなきゃ!」 「ど、どうしてタルブに!」 「あんた、さっきの話聞いてなかったの!? アサシンがいるって言ってたじゃない! エツィオはそこにいるわ!」 ルイズが怒鳴った。シエスタは一瞬、ルイズが何を言っているのかわからず、きょとんとした表情になった。 「な、何を言ってるんですか? それって、『アルビオンの死神』っていうアサシンですよね? アルビオンで貴族派の人たちをたくさん殺してるっていうあの……。 あ、危ないですよ! そのアサシンが敵か味方かもわから――」 「ああもう! 何言ってんのよ! そいつがエツィオじゃない!」 そこまで言って、ルイズははっとした。 しまった……。そう思った時にはもう遅く、シエスタは信じられないと言った様子で首を横に振っている。 「え……? じょ、冗談ですよね? あ、あはは……、あのエツィオさんがそんな……」 「ぅ……」 ルイズは自分の迂闊さを呪った。 どう言って聞かせよう……。必死に考えるものの全く思いつかない。 居た堪れなくなってしまったルイズは、尚もひきつった笑みを浮かべ、首を横に振り続けるシエスタを置いて、何も言わずに馬を走らせる。 またも置いて行かれる格好になったシエスタは、慌てて馬に飛び乗ると急ぎルイズを追いかけた。 「ま、待って下さい! ミス! タルブへの道はわかるんですか!」 追跡部隊を振り切ったエツィオは、ようやく拠点であるタルブの村に帰還することができた。 今まで夜の闇にまぎれ、身を隠しながらここまで来たため既に日が登ってしまっている。 しかし、大手を振ってそのまま村の中へ……というわけにもいかない。 いつアルビオンが攻めてくるかわからない状況である。不用意に村に近づけば敵と間違われ攻撃されるかもしれない。 無所属であるアサシンの辛いところである。と言うわけで、エツィオはすぐには村に入らず、馬を降りて草むらの中へと身を隠し、村の裏手へと密かに回り込んだ。 草むらの影に隠れながら村の中を注意深く観察し、警戒に当たっている傭兵達の動きを見極める。タイミングを見測り、物陰に隠れながら村に入り込むと、 誰にも見られないうちに素早く物見櫓の梯子にとりついた。 物見櫓の梯子を登り切ると、そこには遠眼鏡で草原のアルビオン軍の様子を伺っているアニエスがいた。 エツィオが声をかけようとしたその時、背後に近づく気配を感じ取ったのか、アニエスはすぐさま腰に差した剣を抜き放ち、背後に立つ人物に突きつけた。 「誰だ!」 「おっと! 随分な御挨拶だな」 おどけるように両手を上げ、肩を竦めたエツィオは、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。 いつの間にか背後に立っていたアサシンの姿にアニエスは目を丸くして驚いた。 「アウディトーレ! いつの間に!」 「ああ、ついさっきな」 「む……、ちょっと待て」 アニエスは眉を顰めると櫓の下を覗き込み、下にいた傭兵を怒鳴りつけた。 「おい! アサシンが戻ったなら戻ってきたと報告せんか!」 「はい? アサシンの旦那ですかい? いつ戻ったんですか?」 すると傭兵は、なんのことだかさっぱり分からないと言わんばかりに首を傾げる。 どうやら、アサシンが帰還したことに、隊の誰一人として気がつかなかったらしい。 報告を聞いたアニエスは背中にうすら寒いものを感じながら、背後のアサシンを見つめた。 「なに……? お前、まさか……」 「ん? なにかな?」 エツィオはいたずらっぽい笑みを浮かべると、楽しそうに首を傾げる。 そんな彼の態度が気に食わないのか、アニエスはむすっとした表情でエツィオを睨みつけた。 「……まあいい、それよりも、戻ってきたということは、きちんと成果はあったんだろうな?」 そんな非難めいた彼女の視線を受け流しながら、エツィオは手すりに近づくと、草原に布陣するアルビオン軍を見つめ、淡々とした口調で呟いた。 「ああ、ウィリアム伯は死んだ。ご覧の通りだ、もう連中はまともに戦えはしないだろう」 エツィオは草原のアルビオン軍を指さす、見ると指揮系統が麻痺しているのだろう、 アルビオン軍は陣形もまばら、兵達の様子もどことなく落ち着きが無いように見えた。 あの有様では突撃はおろか、進軍もままならないだろう。 それからエツィオは、懐にしまい込んでいた短剣を取り出した。 「あの寺院に祀られていた短剣だ、せっかくだから、始末した証拠に貰ってきたのさ」 「ふ、ふん……、どうやら口先だけではないようだな」 証拠の短剣を見たアニエスは、目の前にいるアサシンの技量に内心舌を巻きながらも、精いっぱいの強がりを言った。 そんな彼女にエツィオは肩をすくめながら、小さく笑みを浮かべた。 「まったく、きみも俺の主人みたいな事を言うんだな」 「主人?」 エツィオがそう言うと、アニエスは首を傾げた。 「そう言えばお前、会った時に『使い魔』だとか言っていたな、それは一体どういう――」 「そうだな、それは俺ともっと親しくなったら教えてあげるよ。……それよりもだ、迎撃の準備はどうなってる?」 エツィオはアニエスの追及を遮ると、村の広場へと視線を落とす。 アニエスはエツィオの横に立つと、広場の傭兵達を指さした。 見ると、傭兵達はバリケード作りや大砲の整備に余念がなく、忙しそうに走り回っている。 「防衛の準備は万端だ、マスケット銃、弓と矢、剣と槍、連中の物資を丸々鹵獲出来た。 大砲の弾も数こそ少ないが一通りそろっている、榴弾に鎖弾、葡萄弾だ。それに……」 アニエスはそこで言葉を切ると、エツィオの肩をぽんと叩き、柔らかな笑みを浮かべた。 「お前が戻ってきた。アテにさせてもらうぞ、アウディトーレ」 「きみに頼られるとは光栄だな、俺もやる気が出てくるってものさ」 エツィオが力強く頷いたその時であった。 周辺の警戒をしていた傭兵の一人が、こちらに駆け寄ってきた。 「隊長! 大変です!」 困ったような表情を浮かべている傭兵に「敵襲か!?」とアニエスが怒鳴った。 すると傭兵はそうではないと首を横に振ってみせた。 「いえ、それが困ったことが起こりまして。女の子が二人、村の中に入ってきちまったんです」 「なんだと?」アニエスが顔を顰める。 「非戦闘員がなぜこんなところに?」 「はい、なんでも人を探してここまで来たとか」 その報告にエツィオとアニエスは顔を見合わせた。 「人だって? 誰を探しているんだ?」 「それが、『エツィオ』って奴に会わせろとの一点張りなんですよ、うちの隊にそんな名前の奴はいないし……。どうしたものか」 ぽりぽりと頭を掻きながら困ったように傭兵が言った。 アニエスは腕を組むと、苦い顔をして、小さく舌打ちをした。 「『エツィオ』だと? ……知らん名だ。全く面倒なことになったな、何時戦闘が開始されるかわからんというのに……。 追い出すわけにもいかんし、かといってここに置いておくのもな。……どうする?」 アウディトーレ。と、アニエスが隣にいるアサシンに訊ねる。 しかし答えは返ってこない。不審に思ったアニエスは、フードの中を覗き込む。 見ると彼の顔は真っ青になっており、額には玉のような汗が浮かんでいる。 「アウディトーレ? どうした?」 明らかに動揺している様子のアサシンに、アニエスは首を傾げた。 その時であった。下にいた傭兵が慌てたように声を張り上げた。 「おい、こら! 勝手に入ってきちゃだめだ!」 「エツィオ!」「エツィオさん!」 場違いなほど高い鈴のような声が、未だ戦火の燻るタルブの村に響き渡った。 今が平時であれば、さぞ心地よく聞こえるであろうその声も、今のエツィオにとっては一番聞きたくない声であった。 エツィオは、ぎょっとして櫓の手すりから身を乗り出し、声が聞こえてきた方向を見る。 果たしてそこには、彼の『元』主人であるルイズと、シエスタの姿があった。 「そんな……」 駆け寄ってくる二人の姿にエツィオの膝が、がくんと折れそうになった。 戦火に巻き込むまいと最も心を砕いた人物が、自ら戦火に飛び込んできてしまったのだ。 そんな彼の心境を知ってか知らずか、ルイズとシエスタは、櫓の梯子を登ると、愕然と立ち尽くすエツィオの元に駆け寄った。 「エツィオ! あんた――」 「どうしてここにいる!!」 ルイズが言い終わるのを待たずに、エツィオは大声を張り上げ、二人を怒鳴りつけた。 エツィオの激しい怒声に思わず二人は竦み上がった。 「そ、それは……あ、あんたが心配だからで……っ」 「あ、あの……わ、わたしもエツィオさんが……」 エツィオの迫力に半ば怖気付きながらもルイズとシエスタはもごもごと口を動かす。 そんなふうに立ちつくす二人に、エツィオはつかつかと歩み寄ると、突然二人の身体を抱きよせた。 「ちょ、ちょっと! エツィオ! な、なにすんのよ!」「え、エツィオさん!?」 「二人とも大丈夫か? 怪我はないか?」 突然抱きしめられ、顔を赤くしてあたふたと慌てる二人からエツィオは身体を離すと、無事を確かめるように交互に二人の顔を見つめた。 そのあまりに余裕のない彼の表情に感ずるものがあったのだろう。ルイズはこくりと頷いた。 「え、ええ、わたしたちは大丈夫よ、シエスタの案内で、うまく森の中を抜けてこれたから。敵に出会ったりはしなかったわ」 「ああ……そうか、よかった……本当に……」 それを聞いたエツィオは、安堵したように呟くと、がくりと膝を突き、力なく項垂れた。 大きく息を吐き、しばらく俯いていたエツィオに、ルイズが声をかけようと口を開く。 「エツィオ、あんたね――」 「……ルイズ」 「っ……!」 ルイズの言葉を遮り、エツィオがぽつりと呟き、ゆっくりと顔を上げた。 その瞬間、ルイズはまるで心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚に陥った。 口調こそ静かだが、恐ろしい程の怒気を含んでいる。 泣く子も黙る、というのはまさにこの事だろう。ルイズは完全にエツィオの放つ気迫に気圧され、口を開くことが出来なくなってしまっていた。 「……どうしてここにいるんだ?」 エツィオは静かに口を開くと、今度はシエスタに視線を向けた。 「シエスタ」 「ひっ……! は、はい……」 「学院から誰も出すなと俺は言ったはずだ。ちゃんとそれをオスマン殿に伝えたんだよな?」 いつも彼が見せていた優しい笑みとはまるで違う、静かな、だが激しい怒りを湛えた刃のような鋭い視線に射竦められ、シエスタは心底振るえ上がった。 おまけにシエスタは、オスマンに会わずにここまで来ていた。エツィオに対し反論する術を全く持ち合わせていないのである。 今にも泣き出しそうなシエスタであったが、エツィオは構わず追い打ちをかけた。 「まさかここまでのこのこと彼女を案内してきた、なんてことはないよな?」 「……え、えっと……あの……」 「頼む、違うと言ってくれないか?」 「……ご、ごめんなさい……わ、わたしっ……うっ……うぅ……」 容赦のないエツィオの叱責にシエスタはしくしくと泣き始めてしまった。 エツィオは沈痛な面持ちのまま、ハァ……と大きくため息をつき、ぼそりと呟く。 「きみを信じていたのにな……」 どうやらその一言がトドメになったらしい、シエスタは泣き崩れ、わんわんと泣き始めてしまった。 だがエツィオは、それすらも無視すると、今度はフードの中の視線を、ゆっくりとルイズに向けた。睨まれただけで、ルイズの身体が凍りつく。 シエスタが震えあがるのも無理はない、とルイズは内心思った。今の彼は、いつもの優しくて陽気なエツィオではなかった。 今、目の前にいるのは、数多の要人を闇へと葬り去ってきた、本物の暗殺者。こんなのに睨まれたら、誰だって恐怖に凍りつくだろう。年頃の娘ならなおさらだ。 「きみは? なぜここに?」 「わ、わたしは……へ、部屋に落ちていた手紙を見たの、た、タルブが戦場になるって……」 エツィオはぴくりと眉を動かすと、手紙をしまったはずのポケットへ手を伸ばし、中を探る。案の定、中には何も入っていなかった。 確かに入れたと思っていたのだが、どうやら彼女の言う様に、部屋で落としてしまっていたのだろう。 自分の不注意さに内心舌を打ちながら、ルイズをじっと見つめる。 「それで? 俺への手紙を見たとして、きみはここに何をしに来たんだ? まさか俺を探しに来ただなんて言わないよな?」 「そ、そうよ! あんたを止めに来たのよ! 悪い!?」 「悪いだと!?」 「ひっ……!」 再びエツィオが怒鳴り声をあげる、そのあまりの剣幕に、ルイズは思わず竦み上がった。 「ふざけるな! どうしてわざわざ戦場になんか飛び込んでくるんだ! ましてや戦いを知らないきみたちが! 戦うすべのない彼女までも危険に巻き込んで! 俺は何のためにこんなことをしていると思っている! きみたちにもしものことがあったら俺はっ――!」 「そこまでだ」 声を荒げ尚も怒鳴りつけようとするエツィオの肩を、不意にアニエスが掴んだ。 「……アニエス」 「落ち着け、そんな問答をしている場合ではなくなった」 「……どういうことだ?」 エツィオが訊ねると、アニエスは険しい表情で「あれを見ろ」と草原を指さした。 みると、一部の部隊が草原を引き返し、こちらに向かってきているではないか! 「なっ! どうしてこっちに来る! 背後にはまだトリステインの本隊がいるんだぞ!」 それを見たエツィオは歯噛みした。だが、すぐにその理由に気がついた。 櫓のすぐ近くを一羽のフクロウが旋回している。エツィオははっとした表情になると、即座に投げナイフをフクロウに向け投げ放つ。 ルーンの力も合わさった投げナイフは、まるで吸い込まれるようにフクロウの眉間に突き刺さる。 力なく地上へと墜落してゆくフクロウを見つめながら、エツィオは険しい表情で呟いた。 「くそっ……! 迂闊だった、敵の使い魔だ、俺の姿を見られたか……」 「……どうやら、連中は勝利よりもお前の首を選んだようだな。それほどまでにお前の存在が脅威なのだろう」 アニエスはそんなエツィオの隣に立つと、櫓の隅で立ちすくんでいるルイズ達にちらと視線を送った。 「とにかく、彼女らの安全確保が第一だ、小言ならあとでいくらでも聞かせてやればいい」 「……ああ、そうか……。そうだな」 エツィオは一度深呼吸をすると、ルイズ達に向き直り、肩に手を置いた。 「お説教は後だ、聞いただろ? ここは危険だ、俺達が出来る限り食い止める、その間に遠くへ逃げろ、いいな?」 「で、でも、あ、あんた……」 「でも、は無しだ、これ以上――」 俺を困らせるな。そう言おうとしたその時であった。 「敵部隊が来るぞ! 迎撃の指示を!」 下で待機していた傭兵が大声で叫ぶ。どうやら敵がすぐそこまで迫ってきているらしい。 「先に行っている、お前も急げよ」 アニエスはエツィオの肩をぽんと叩くと、梯子を伝い下へと降りていく。 エツィオは小さく頷くと、二人に視線を戻し、真剣なまなざしで見つめた。 「俺がいいと言うまでここにいろ、それまで絶対に櫓から顔を出すんじゃないぞ」 「いやよ! あんた、戦うつもりなんでしょう!? だったらわたしも――!」 「ダメだ! ここにいるんだ、いいな?」 ルイズに最後まで言わせず、エツィオは短く怒鳴りつけると、ついと立ち上がり、呆然としているシエスタに視線を向けた。 「シエスタ」 「は、はいっ!」 名前を呼ばれ我に返ったシエスタに、「彼女を頼む」とだけ言うと、櫓の淵に足をかけた。 その時、ルイズの顔がふにゃっと崩れた。 「エツィオぉ……、あんたっ、死んだら、どうすんのよ……、イヤよ、わたし、そんなのイヤ……」 「俺は死なないよ、約束する。一緒に帰ろう、学院に」 嗚咽を漏らしながら呟くルイズに、エツィオは振り返らずに言うと、そのまま櫓から身を躍らせ、下に留めていた馬に飛び乗った。 突然騎乗された馬は驚いて馬首を上げるが、エツィオはそれをなんなく御すると、アニエスの元へと走らせた。 「もういいのか?」 「ああ。……すまない、俺としたことが」 同じく馬に跨っていたアニエスの隣に並ぶと、エツィオは小さく頭を振った。 「構わん、その代わり、後で事情を聞かせてもらうぞ、『エツィオ』」 「わかったよ」 口元に笑みを浮かべ、名前を呼んだアニエスに、エツィオは苦笑しながら頭を掻く。 それから真面目な表情になると、まっすぐにアニエスを見つめた。 「そのためにもだ。アニエス、力を貸してくれ」 「わかっている」 アニエスの言葉に、エツィオは力強く頷くと、馬の腹に蹴りを入れ、敵を迎え撃つべく整列した傭兵達の元へ駆け寄った。 「諸君! すまないが、君たちも力を貸してほしい!」 「おおッ!」 エツィオは腰のデルフリンガーを抜き放つと、天高く掲げ、雄々しく叫んだ。 「俺たちの手に勝利を!」 「勝利を!」「勝利をッ!」「おおおおおおおッ!!」 雄叫びは鯨波となり、戦場を揺るがす、その時だった。見張りの兵士が大声を上げた。 「敵部隊、来ました!」 「……来たな」 唇を噛みながら低く唸る、こちらへと行進してくるアルビオン軍を睨みつけ、即座に傭兵達に指示を出した。 「大砲用意! 弾種、砲丸!」 「大砲用意!」 指示を復唱しながら、砲兵達が大砲に砲弾を装填し、発射の準備を進める。 「装填よし! 撃てます!」 「まだだ! 引きつけろ! 角度そのまま!」 エツィオのタカの眼が、大砲の最大射程と最大効果範囲を即座に導きだす。 先鋒の部隊が、その範囲内に踏み込んだ事を認識したエツィオは、天高く掲げていたデルフリンガーを振り下ろす。 「砲撃開始ッ!」 「砲撃開始!」 号令と共に、大砲から砲弾が放たれる。 着弾。破裂した砲弾の破片で先頭を行進していたアルビオンの部隊が丸ごと吹き飛ぶ。 「銃兵隊! 構えッ! 第一射! 撃てぇ―――ッ!」 間髪いれずにエツィオは銃兵に射撃を命じ、かろうじて生き残っていた敵兵達に銃弾を浴びせかけた。 大砲と銃兵の連携に、なすすべなく壊滅した先鋒部隊を見て、傭兵達が歓喜の雄叫びを上げた。 そんな中、エツィオは呆然と左手を見つめた。そこにはルイズとの契約で刻まれた、ガンダールヴのルーンが光っている。 今、無我夢中で指示を出していたが、こんなに的確な指示を、自分は今まで出せた事があっただろうか? エツィオは既視感とも違う、不思議な感覚を覚えていた。それははるか先の自分を重ね見るような、まるで予感とも言うべき、奇妙な感じだ。 遥か先、未来の自分は、こんなふうに軍勢を率いて、強大な敵と戦っている……。 突如、エツィオはぞくりとして我に返った。この奇妙な感覚は何だ? 戦場と言う過酷な環境のせいなのか? いや、言葉では説明がつかない。 どこか奥底に眠っていた才能、或いは能力が突然開花してしまったかのようだ。 これもルーンのもたらす力なのだろうか? そんな事を考えていると、横にいたアニエスが大声を張り上げる。 「次が来るぞ! 装填急げ!」 それからアニエスはエツィオの横に馬を付けると、彼の肩を掴み、激しく揺さぶった。 「エツィオ! どうした! ぼうっとするな!」 「あ、ああ!」 その声で我に返ったエツィオは、慌ててアルビオン軍を見つめる。 先鋒部隊の死体を踏み越え進軍してきた後続の部隊が、横一列に並び、こちらにマスケット銃を向けているのが見えた。 列の中心に立った士官が杖を振りあげ、号令をかけようとしている。 「全員伏せろ!」 エツィオが号令を出し、頭を伏せたその瞬間、アルビオン兵の一斉射撃が行われる。 運悪く顔を出していた数人の傭兵が銃弾を浴び、地面に倒れ伏す。 だが、傷つき倒れた彼らを気にかけている場合ではない。すぐさまエツィオは体勢を立て直し、傭兵達に向け叫んだ。 「装填の暇を与えるな! 砲撃開始!」 「砲撃始め!」 号令と共に、備え付けられた大砲が一斉に火を噴いた。砲弾はまっすぐに敵部隊の中心に向け突っ込んで行った。 そして先ほどの砲撃と同じ様に、敵部隊を丸々吹き飛ばす……はずだった。 放物線を描き、敵部隊の中心部へと飛んで行った砲弾が、敵部隊のはるか手前で炸裂してしまった。 砕け散った砲弾の破片のいくつかは、アルビオン兵を襲ったが、それでも先ほどの砲撃と比べれば、彼らに与えることができた損害は微々たるものだった。 「なんだ!?」 エツィオが顔を上げると。敵の指揮官であるメイジが杖を振っているのが見えた。巨大な空気の壁がまるで敵銃兵達を包み込むように展開される。 アニエスが苦い顔で叫ぶ。 「風の魔法だ! あれでは弾が通らん!」 「俺が行く! アニエス! 俺に構わず砲撃を続けろ!」 エツィオはそれだけ言うと、乗っていた馬の腹を蹴り、バリケードを飛び越え一直線に走り出した。 鞍の上で身を低くし、加速度を付けて敵陣の真ん中へと突っ込んでゆく。 「アサシン! 馬鹿め! 窮したか!」 こちらに突っ込んでくるアサシンの姿を見たアルビオンの指揮官は、装填を終えた銃兵を見て、杖を振りあげる。 「銃兵構え! 目標はアサシンだ! 撃てェ――――ッ!」 号令と共に、銃兵達が一斉射撃を行う。数十発もの銃弾を浴びた馬は堪らず嘶き声を上げ、地面にどうっと倒れ込む。 それを見た隊長は、占めたとばかりに唇の端を上げる。しかし、すぐにその顔は驚愕に凍りついた。 目の前には確かに、アサシンの乗っていた馬が倒れ伏している、しかし、その背に乗っていたはずのアサシンの姿がどこにもない。 どこに消えた? 慌ててアサシンの姿を探す。すると倒れ伏していた馬の影から白い影が飛び出した。 驚くべきことに、アサシンは一斉射撃の瞬間、馬の身体を盾にし、弾丸の雨をしのいでいたのだった。 「だっ、第二射構え! よく狙――!」 杖を振り回し、銃兵に号令をかけようとしたその瞬間、アサシンは手に持っていた大剣を振った。 その瞬間、驚くべきことが起こった、その剣は指揮官メイジが作り出していた空気の壁を、まるで絹の様に切り裂いたのだ。 「馬鹿な――!」驚愕し、そう叫んだ時には、アサシンは銃兵の列に躍り込んでいた。 アサシンはひるみ上がった銃兵からマスケット銃を奪い取ると、銃身を握り、今まさに発砲しようとしていた近くの銃兵の顔面を強かに殴りつけた。 その拍子に、その銃兵が手に持っていた銃があらぬ方向を向き、発砲される。不幸なことに、その弾丸は狙い澄ましたかのように他のアルビオン兵の眉間へと吸い込まれてゆく。 眉間に穴があいた銃兵が地面に倒れ伏した拍子に、手に持っていた銃が暴発、その弾がまたも味方に当たり、混乱から同士討ちが発生した。 それからエツィオは、持っていたマスケット銃の持ち主であった銃兵を捕まえると、彼の首に腕を回し、ぐいと締め上げる。 その瞬間、トリステイン側から一斉射撃が放たれた。雨霰のように降り注ぐ弾丸に、混乱していたアルビオン軍がバタバタと倒れ伏してゆく。 味方から放たれた弾丸は当然エツィオにも降り注ぐが、盾にした銃兵が全て防いでくれたお陰で無傷のままだ。 銃兵隊が壊滅状態に陥ったことを確認したエツィオは、猛然と敵の指揮官の元へ向け駆けだした。 「た、短槍隊! 応戦しろッ!」 こちらに向かってくるアサシンの姿に、恐怖に駆られた指揮官は、慌てて指揮下の槍隊を突撃させる。 しかし、アサシンはその槍衾を軽々飛び越え――、空中で右手に持ったマスケット銃を指揮官に向け、引き金を引いた。 「ぐあっ!」 突然の出来事に魔法を唱える事が出来ず、左肩を撃ち抜かれた指揮官メイジは、馬の背から放り出され、地面に仰向けに崩れ落ちた。 「う……ぐ……! あ……ああ……!」 落下の衝撃で朦朧とする意識の中、目の前に悠然と現れた白き影に、指揮官メイジは恐怖に凍りつく。 仰向けのまま、あわてて杖を振おうと試みるも、それよりも早く、アサシンが手に持っていた大剣を振い、杖を遠くへと弾きとばす。 もはやなすすべもない、恐怖に凍りつく指揮官メイジに、白衣のアサシンは、大剣の切っ先で、メイジのマントの裾を捲りあげる。 その下の軍服についた、彼の身分を示す徽章を見た。胸に光る佐官の徽章。昨夜、あの寺院にいなかった、仕留め損ねた指揮官の一人だった。 それを確認したアサシンは、目の前で恐れ慄くメイジに向け、手にしていた剣を振りあげ、彼の脳天目がけ躊躇うことなく振り下ろす。 「やめて――」 グチャリ、と肉と骨が砕かれる厭な音が辺りに響く。兵士達は、その光景に堪らず目を瞑る。 一瞬の間、戦場が静寂に包まれる。周囲にいたアルビオン兵が恐る恐る目を開くと、そこには脳天を割られ、変わり果てた姿で倒れ伏した、指揮官の姿があった。 返り血がべっとりと付いた大剣を手に、幽鬼のように佇むアサシンの姿に、その場にいたアルビオン兵達は、恐怖に思わず竦み上がった。 「うっ……」 その様子を櫓の上から恐る恐る見つめていたルイズとシエスタは、目の前で繰り広げられる光景に思わず口元を押さえていた。 櫓から見下ろす戦場では、エツィオが大剣を振り回し、アルビオン軍相手に大立ち回りを演じている。 迫りくる刃を紙一重で巧みにかわし、手に持った大剣で敵を次々に薙ぎ払い、時には足元に転がるマスケットすらも利用し敵を打ち倒す。 敵味方双方から降り注ぐ弾丸や呪文は、近くにいる敵兵を捕まえ無理やり盾にして防ぎ、敵兵からの攻撃すらもその場で利用し同士討ちにさせる。 しまいにはそんなエツィオの戦い方に恐れを為し、彼に近づこうとする敵兵がいなくなってしまったほどだ。 「あの……ミ、ミス? あれ、ほんとに……エツィオさん……なんですか?」 「わかんない……あんなエツィオ、はじめてみた……」 円陣を突破し、こちらの陣地へ駆け戻ってくるエツィオを見ながら、シエスタは震える声でルイズに訊ねた。 ルイズはふるふると首を振りながら呟くように答える。 「あのマント……」 そんな中、ルイズがエツィオの左肩のマントを見てぽつりと呟く。 ルイズはそのマントに見覚えがあった。そう、それはアルビオンでウェールズ殿下が最期に身に着けていた王家のマントだ。 ワルドに心臓を貫かれ、王家のマントが血で真っ赤に染まっていく瞬間を、ルイズは確かに見ていたのだった。 「殿下のだわ……」 「殿下?」 「アルビオンのウェールズ殿下よ、あのマントは、殿下が最期に身に着けていたものなの。あいつ……ほんとに……」 『アサシン』だったんだ……。とルイズが小さく呟く。 彼自身から告白されてなお、どこか信じきれてなかったルイズであったが、実際に目にした以上、否が応でも認めざるを得なかった。 「アサシン……」 ルイズにつられるようにシエスタがぽつりと呟く。 その時であった、地上の様子が俄かに騒がしくなる。何かと思い下を覗き見ると何やらエツィオもただならぬ様子で空を見上げているのが見えた。 ルイズとシエスタも何だろうと空を見上げる、そして目に入ってきた光景に恐怖で言葉を失った。 「竜騎士だぁーーー!」 空を見上げていた傭兵の一人が戦慄いた声で叫ぶ。 上空の竜騎士隊が村目がけて急降下してきたのだ。 「弾を替えろ! 葡萄弾用意!」 それを見たエツィオは、即座に大砲の砲手へと命令を飛ばす。 砲手達は慌てて大砲に葡萄弾を詰め込み、砲撃の準備を整える。 その時であった、ぶおん! と唸りを上げて、騎士を乗せたドラゴンが大砲に炎を吹きかけた。 火薬に火が付き、大砲が暴発を起こす、火だるまになった傭兵達が転げ回りやがてばたばたと倒れてゆく。 「くそっ!」 一つの大砲が潰されてしまったものの、まだ大砲は残っている。 悔しさに唇を噛みしめながらも、エツィオは残った大砲の砲手に号令を飛ばした。 「射角合わせ! よく引きつけろ!」 もう一騎の竜騎士が再び大砲に炎を吹きかけようと急降下を仕掛けてくる。 竜騎士が砲弾の降下範囲内に入る瞬間を見逃さずに、エツィオは剣を振り下ろす。 「撃てえ――――ッ!」 号令と共に、大砲が火を噴いた。 放たれた砲弾は空中で炸裂、無数の小さな弾丸がドラゴンと騎士に襲いかかる。 体中に無数の穴をあけられたドラゴンと竜騎士は無残な姿となって地上へと墜落していく。 だが、小さな勝利に酔っている暇はなかった、上空からは別の竜騎士がこちらへと向かってきているのが見える。 「装填急げ! まだ来るぞ!」 次いでアニエスが号令を出し、装填を急がせる。傭兵達が急ぎ大砲内の煤を取り、次弾を装填する。 「銃をよこせ!」 しかし、このペースでは間に合わないと悟ったエツィオは、近くにいた傭兵からマスケット銃をひったくると、こちらへと向かってくる竜騎士に向け狙いを定める。 左手のルーンが標準のブレを修正し、ピタリと銃口がドラゴンを駆る竜騎士に合わさる。 ずどん! とエツィオのマスケット銃が火を噴いた瞬間、竜騎士は左肩を撃ち抜かれ、たまらずドラゴンの背から転げ落ちる。 乗り手を失ったドラゴンはいずこかへと飛び去り、竜騎士は村の真ん中へと投げだされてしまった。 「ぐっ……、お、おのれ……!」 村の中に投げ出された竜騎士は、墜落のショックに身をよじりながらも、目の前に落ちていた杖を取ろうと手を伸ばす。 しかし、その手は無情にも、冷酷な刃によって切り落とされた。 「ぎゃああああああっ!」 突然振り下ろされた戦斧によって、手首から先を切りとばされた竜騎士はあまりの苦痛に絶叫をあげる。 何事かと見上げると、目の前には数人の屈強な傭兵が武器を手にこちらを見下ろしている。 すると一人の傭兵がずいと前に進み出て、手に持っていた武器を竜騎士に突きつけた。 「てめえ……! さっきの竜騎士だな?」 傭兵は怒りに震える声で唸るように呟く。 果たして、先ほど大砲を焼き払った竜騎士であった彼は、恐怖に凍りついた。 「くっ……来るな……! 来ないでくれ!」 「そうはいくか! この!」 恐怖のあまり這いずりながら後ずさりする彼に向い、いきり立った傭兵が手に持っていたメイスを振い、彼の膝を撃ち砕いた。 骨が砕かれる厭な音と共に、再び竜騎士の絶叫が辺りに響く、それが呼び水となったのか、彼を囲んでいた傭兵達は手に持っていた得物を振い上げ、次々竜騎士に打ち下ろした。 「くそっ! この野郎! よくも弟を!」 「死ね! このクソ野郎が! 死ね! 死んじまえッ!」 「ひぎっ……! も、もうやめ――! だずげっ……! ぎゃああっ……!」 戦斧、槍、剣、メイス、様々な武器が打ち降ろされるたびに、命乞いの声が小さくなってゆく。 その声が完全に消え失せ、ただの動かぬ肉塊に成り果てても、傭兵達の執拗な攻撃は止まらなかった。 「貴様ら! 何をやっている! 持ち場に戻れ!」 そんな彼らを見咎めたアニエスの怒号に、傭兵達は死体にツバを吐きかけると、しぶしぶ元の持ち場へと戻っていく。 「うっ……うぅっ……もう……もういやぁ……助けて……おとうさん……おかあさん……」 櫓の隅に蹲り、身を隠していたシエスタは、自分達の真下で行われた凄惨極まる処刑に、恐怖に打ち震えながらしくしくとすすり泣いていた。 ルイズはそんなシエスタの頭を抱きかかえ、震える声で呟く。 「大丈夫、大丈夫よ、エツィオがなんとかしてくれるわ、だからっ、泣かないでよぉ……」 そうやって必死にシエスタを慰めるルイズも、怖くて怖くて今にも泣きそうになっていた。 やっぱり、エツィオの言うとおりこんなとこに来るべきではなかったと心が恐怖に呑まれそうになる。 唇をぎゅっと噛み、『始祖の祈祷書』を握り締めた。 エツィオを死なせたくない、連れ戻したい、そう思ったからこそ飛び出したのではないか。 ルイズは恐る恐る櫓から顔を出し、地上のエツィオを探す。 瞬間、エツィオが素早く振り向き、キッとルイズを睨みつけた。『顔を出すな』、言葉にこそしないが、その表情はそう語っている。 まるで自分の行動を全て把握しているかのようなエツィオにルイズは慌てて頭を引っ込めながら、なによ! と思った。 勝手に飛び出しておいて、自分だけ戦ってるような顔しないでよ、わたしだって戦ってるんだから! といっても、今の自分は何もすることが出来ない。 そもそもエツィオはルイズの目の届かぬ所で密かに問題を排除しているフシがあるのだ。何もできないのは当然と言えば当然であるのだが。 そんな彼が今こうして自分の前で苦境に立たされているにも関わらず何もできない事がどうしようもなく歯痒く、悔しかった。 とにかく恐怖に負けていては何も始まらない。ポケットを探り、ルイズはアンリエッタから貰った『水』のルビーを指にはめた。その指を握り締める。 「姫さま、エツィオとわたしたちをお守りください……」と呟く。 右手に持った始祖の祈祷書を左手でそっと撫でた。 結局、詔は完成しなかった。ここのところずっと気持ちが沈んでいたため考えようにも全く思い浮かばなかったのであった。 正直、今もそのことを思い出すだけで胸がムカムカしてくるが、今は戦場のど真ん中、この際そんな事は言っていられない。 とりあえず、祈れるものになら、始祖にも自分達の無事をお祈りしておこうと思い、『始祖の祈祷書』を手に取った。 ルイズは何気なくページを開いた。ほんとに他意なく開いた。 だからその瞬間、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り出した時、心底驚いた。 「たっ、大砲沈黙! 残り一つです!」 「敵竜騎士! 来るぞ!」 「全員伏せろぉーーーー!」 エツィオの悲鳴のような号令に、傭兵達が咄嗟に身をかがめる。 瞬間、最後の大砲が竜騎士によって焼き払われ、爆発、沈黙してしまう。 「くそっ!」 起き上がりながらエツィオが苦い表情で吐き捨てる。 最初は竜騎士相手に奮闘していた大砲であったが、やはり多勢に無勢、地上と上空からの波状攻撃に次々と沈黙、 そして今、最後の一つが焼き払われ、ついに全ての大砲が沈黙してしまっていた。 予想以上の規模の攻撃に、エツィオは愕然とした。指揮官を討ったにも関わらず、攻撃はやむ気配がない。 「どうする……!」 エツィオは唇を噛みながら、思案する、押されつつあるためか、兵達の士気も下がり始めている、このままでは制圧されるのも時間の問題である。 ルイズ達を逃がす事も考えたが、空に竜騎士がいる以上、彼女らの姿を晒させる訳にはいかない。 この苦境をどう切り抜けるか……、答えなど無いに等しかった。 ルイズは光の中に文字を見つけた。 それは……古代のルーン文字で書かれていた。ルイズは真面目に授業を受けていたのでそれを読むことが出来た。 ルイズは光の中の文字を追った。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世の全ての物質は、小さな粒よりなる。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 その四つの系統は『火』『水』『風』『土』と為す。 こんなときなのに、知的好奇心が膨れ上がる。もどかしい気持ちで、ルイズはページをめくった。 神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零、零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無』と名付けん。 「虚無の系統……? 伝説じゃないの。伝説の系統じゃないの!」 思わず呟いてページをめくる。鼓動が鳴った。 櫓の隅で、『始祖の祈祷書』を読みふけるルイズの耳にはもう、辺りの轟音は届かない。 ただ、己の鼓動の音だけが、やたらと大きく聞こえた。 これを読みし者は、我の行いと理想を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。 詠唱者は心せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格無きものが指輪をはめても、この書は開かれぬ。 選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 このあとに古代語の呪文が続いた。ルイズは呆然として呟いた。 「ねえ、始祖ブリミル。あんたヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ、この『始祖の祈祷書』は読めないんでしょ? その読み手とやらも……、注意書きの意味がないじゃないの。ていうかあんた、何も持ってないアイツに読まれかかってたわよ」 そしてはたと気づく。読み手を選びし、と文句にある。ということは……。 自分は読み手なのか? よくわからないけど、文字は読める。読めるのなら、ここに書かれた呪文も効果を発揮するかもしれない。 ルイズはいつも、自分が呪文を唱えると、爆発することを思い出した。あれは……、ある意味ここに書かれた『虚無』ではないだろうか? 思えば、モノが爆発する理由を、誰も答えられなかった。 両親も、姉たちも、先生も……、友人たちも……、ただ失敗と笑うだけで、その爆発の意味を、深く考えなかった。 すると、自分はやはり、読み手なのかもしれない。信じられないけど、そうなのかもしれない。 だったら試してみる価値はあるかもしれない。だって……今のところ、それしか頼るべきものが無いのだから。 頭の中がすうっと冷静に、冷やかに、冷めてゆく。先ほど眺めた呪文のルーンが、まるで何度も交わした挨拶の様に、滑らかに口をついた。 昔、聞いた子守唄の様に、その呪文の調べを、ルイズは妙に懐かしく感じた。 やってみよう。 ルイズは腰を上げた 「ミ、ミス……なにを……?」 隣で泣いていたシエスタが、呆然とルイズを見上げる。 ルイズはアルビオン軍の艦隊が浮かぶ空の一点を見つめぽつりと呟いた。 「その……信じらんないんだけど……、うまく言えないけど、わたし選ばれちゃったのかもしれない。いや、なんかの間違いかもしれないけど」 「え? 何を言ってるんですか?」 「いいから黙ってて、……ペテンかもしれないけど、何もしないよりは試してみた方がマシだし、なんとかするにはこうするしかないみたいだし。 ……ま、やるしかないのよね。わかった、やってみましょう」 ルイズのそのひとり言のような言葉に、シエスタは唖然とした。 「あ、あぶないですっ! ミス! おかしくなっちゃったんですかっ!? しっかりしてください!」 「うっさいわね! 静かにしてって言ってるでしょ! もしかしたらなんとか出来るかもしれないんだから!」 ルイズはシエスタを怒鳴りつけると、『始祖の祈祷書』を開いた。大きく息を吸って、目を閉じた。それからかっと見開き、『始祖の祈祷書』に書かれたルーン文字を詠み始めた。 「敵部隊! 突撃してきます!」 「バリケード! もうもちません!」 「食い止めろ! 櫓に取りつかせるなよ!」 バリケードを乗り越え突撃してくるアルビオン兵を切り払いながらアニエスが叫ぶ。 どうやら地上に降下した部隊のほとんどがタルブの村へと殺到してきているらしい、 エツィオや、アニエス率いる傭兵達が必死に抵抗をするが、次々と現れる増援に、トリステイン軍は崩壊を始めていた。 「エツィオ! 彼女らを連れて逃げろ!」 「きみはどうするつもりだ!」 襲いかかる敵兵を斬り伏せながらエツィオが叫ぶ。 「わたしたちも撤退する! ここはもうダメだ!」 「……わかった! すまない!」 エツィオは小さく頷くと、踵を返し櫓を見やった。そして『始祖の祈祷書』を手に、何やら詠唱している様子のルイズを見て唖然とした。 「ルイズ! 何をしている! 顔を出すな!」」 エツィオが大声で叫ぶも、ルイズは何も反応しない、ただ一心不乱に呪文の詠唱を行っているようだ。 そんな彼女のただならぬ様子に、エツィオは顔をしかめた。 「ルイズ……? 一体何を……っ!」 その時である、上空を旋回していた竜騎士の一騎が、物見櫓に向け急降下してきた。 エツィオは咄嗟にアサシンブレードの銃を使い、竜騎士を狙い撃つ。絶妙のタイミングで放たれた銃弾は、竜騎士のこめかみを正確に撃ち抜き、墜落させる。 乗り手を失った火竜は、一声鳴き声を上げると、物見櫓を掠め、飛び去ってゆく。 櫓の中からシエスタのものと思われる悲鳴が聞こえてきたが、ルイズは立ったまま一心不乱に詠唱を続けているのが見えた。 一体彼女の身に何が起こっているんだ? エツィオは妙な胸騒ぎを覚えながらも、櫓を駆け登った。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ ルイズの身体の中をリズムが巡っていた。一種の懐かしさを感じるリズムだ。呪文を詠唱するたびに、古代のルーンを呟くたびに、リズムが強くうねってゆく。 神経は研ぎ澄まされ、辺りの雑音は一切耳に入ってこない。 体の中で何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ、 誰かがそう言っていたのを、ルイズは思い出していた。自分の系統を唱えるものは、そんな感じがするのだと言う。 だとしたらこれがそうなのだろうか? いつも、ゼロと蔑まされていた自分……。 魔法の才能が無いと、両親や先生、姉に叱られていた自分……。そんな自分のほんとうの姿なのだろうか? オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド 体の中に、波が生まれ、さらに大きくなってゆく。 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ 体の中の波が、行き場を求めて暴れ出す。 しっかりと開いた眼で、空に浮かぶアルビオン艦隊を見据える。 『虚無』 伝説の系統。一体どれほどの威力なのだろうか。 誰も知らない。無論自分が知るはずもない。全ては伝説の彼方の筈だった。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… 長い詠唱ののち、呪文が完成した。 その瞬間、ルイズは自分の呪文の威力を、理解した。 巻き込む、全ての人を。自分の視界に映る、全てのものを、自分の呪文は巻き込む。 選択は二つ、殺すか、殺さぬか。破壊すべきはなにか。 目の前に広がるは、アルビオン艦隊。 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点に向け、杖を振り下ろした。 エツィオは信じられぬ光景を目の当たりにしていた。今まで空の上に浮かんでいたアルビオン艦隊の……。 上空に光の球が現れたのだ。まるで小型の太陽のような光を放つ、その球は大きく膨れ上がり……。 そして、包んだ。空を遊弋するアルビオン艦隊全てを包み込んだ。 さらに光は膨れ上がり、視界全てを覆い尽くした。 音はない。エツィオは堪らず腕で目を覆った。目が焼けてしまうと錯覚してしまうほどの強烈な光であった。 そして……光が晴れた後、アルビオン艦隊は炎上していた。旗艦『ゴライアス』号を筆頭に全ての艦の帆が、甲板が燃えていた。 まるで何かの嘘のように、アルビオン艦隊が、がくりと艦首を落とし、地面に向かって墜落していく。 地響きを立て、艦隊は地面に滑り落ちた。 エツィオは暫し呆然とした。辺りは恐ろしい程の静寂に包まれている。誰も彼も、自分の目にしたものが信じられなかったのだ。 そんな彼の前で、ルイズの身体がぐらりと揺れた。 「……ルイズ!」 冷静さを取り戻したエツィオはすぐにルイズの傍に駆け寄ると、すぐに彼女を抱きかかえた。 ルイズはぐったりとエツィオにもたれかかった。 「ルイズ! おい! しっかりしろ!」 「……うっさいわね、わたしなら大丈夫よ」 狼狽し、今にも泣き出しそうな表情で自分の顔を覗き込むエツィオに、ルイズはくすっと笑った。 体中を、けだるい疲労感が包んでいる。しかし、それは心地よい疲れであった。 何事かをやり遂げたあとの……、満足感が伴う、疲労感であった。 「今のは……今のは一体……?」 「伝説よ」 「伝説?」 ルイズはこくりと頷いた。 「説明は後でさせて、疲れたわ」 「わかった……。その前に、ここから逃げよう、今がチャンスだ」 エツィオはルイズをぎゅっと抱きしめながら、あたりを見回した。 アニエスを含めたトリステイン傭兵隊や、今まで彼らを攻撃していたアルビオン軍まで、全員が呆然と空を見上げている。 逃げるなら今をおいて他にないだろう。エツィオはルイズをひょいと抱え上げた。 それから、同じように櫓の隅で呆然としているシエスタに駆け寄った。 「シエスタ! 大丈夫か?」 「え? ……あ、あの。一体何が……」 「わからない、でも、逃げるなら今しかない、立てるか?」 エツィオが手を差し伸べ、シエスタを引き立たせる。 それから素早く櫓を降りると、村の隅に留めてあった馬を二頭拝借し、戦場の外へと向け駆けだした。 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1772.html
「結論を出すのは早急過ぎるのでは?」 「いや、しかし『アンドバリの指輪』が盗み出されたとなれば…」 「そもそもクロムウェルという名だけでアルビオンの司教と断定するのは短絡的かと。 それに偽名を用いた可能性も否定できまい」 「アルビオンが我が国に侵攻してくると? バカらしい! あの国とは長きに渡って友好関係を保ち続けている。 下らぬ疑惑は関係を悪化させるだけと心得よ!」 モット伯からもたらされた情報によって開かれた臨時会議は沸くに沸いた。 しかし、そのほとんどは否定的な意見が多く具体的な案を出す者はいない。 特に高等法院長のリッシュモンが中心に疑問の声は強まっていく。 一向に会議は進まず“今後の動向を窺ってからでも遅くないだろう”という結論で締め括られた。 次々と退室していく重臣の数々を見送りながらモットは席に着いたまま動かない。 「しかしモット伯がああも働き者だったとは」 「はは。明日は雨が降りますかな」 (…雨で済めばいいがな、事によっては砲弾が降り注ぐ結果になるぞ) 自分を揶揄する声を聞き流しながらモットは一人毒づく。 よくよく考えてみれば人望の無い自分の一言で腰の重い連中が動く筈がない。 せめて、もう少し発言力のある地位に就いておくべきだったか。 だが、今更言った所で何も変わりはしない。 打てるべき手は残さず打っておこうと秘書を呼ぶ。 「お呼びでしょうか?」 「アルビオンの動向を探る。 貴族派でも王党派でも構わん、内部に密偵を送り込め。 腕が立ち、かつ信用できる者から何名か選抜させよ」 秘書を差したつもりが、あさっての方向に向けられる指。 そういえば最後に睡眠をとったのは何時以来だったか。 ミス・ヴァリエールがやって来て即座に城下町へ。 その後、屋敷にとんぼ返りして休む間もなく薬の確認。 さらに材料を求めに国境を越えてラグドリアン湖に。 そして屋敷に舞い戻り、そのまま薬の調合。 それから王宮に赴き報を伝え、そのまま会議に参加。 …凄いぞ私。どう考えても丸一日近くフル稼働してるぞ。 これだけの激務で死なないのが不思議なぐらいだ。 「ワルド子爵などはどうでしょうか? トリステインでも数少ないスクエアメイジにして枢機卿の信頼も厚い人物です。 多数の『偏在』を使いこなせる彼ならば危険を冒す事なく情報を収集できるかと」 「よし、彼でいこう。いや、もう彼しかない、そうとしか考えられない」 「しかし直属の衛士隊を動かすとなると姫殿下の許可が…」 「そうだったな。ではマザリーニ枢機卿との会談の席を設けてくれ」 「枢機卿はただ今、アンリエッタ姫殿下の婚礼の準備に追われていまして…とても時間を作れる状況では」 「じゃあ、この際だ。姫殿下でも構わんので会談の席を…」 「……………」 秘書が眉を顰める。 既にモット伯の眼は虚ろ、言動は支離滅裂。 姫殿下に拝謁出来ないからこそ枢機卿を橋渡しにという意味ではなかったのか。 もはやモット伯に判断能力は欠片も残っていない。 このまま放置してはただでさえ低い人望は底値にまで落ち、 最悪、変な事を口走って不敬罪で斬首刑になりかねない。 秘書は手を組み、心の中で偉大なる始祖に不忠を懺悔する。 「腕が立つなら平民でも構わん…そうだ、誰だったかな…けしからん乳の…」 「ていっ!」 びしっと首筋に鋭い音が響いたかと思った瞬間、モット伯は机に倒れこんだ。 背後に立つ秘書の手は手刀を形作っていた。 当身を試したのは初めてだが上手くいった物だと感心する。 主が少しぐらい休息を取った所で罰は当たらない。 それにしても実に楽しそうな寝顔だ。 あの少女との時間は余程充実していたのだろう。 彼女に感謝しつつ、よいしょと主人の体を抱えようとした瞬間だった。 ぐぎり! 横を向いたモット伯の首が捻じ曲がり破滅の音を立てる。 それを耳にした秘書の顔が見る間に青ざめていく。 視線の先にはプラプラと揺れる伯爵の頭。 大慌てで医者の所に運ばれたのが幸いしたのか、 モット伯は療養を余儀なくされたものの一命に関わる事はなかった。 『軽いムチウチですね』 医者の言葉に安堵しつつ、あんな音するムチウチがあるのか疑問に思う。 まあ、当分はこれでゆっくり休めるだろう。 白目を剥きながら安らかに眠る主を秘書は温かな視線で見守った。 彼はルイズの部屋の前でウロウロしていた。 ここ最近、彼女は忙しいのか構って貰えず、 周囲に当り散らすような仕草も取ったりしている。 力になりたくても「邪魔!」の一言で追い返されるだけ。 そのような状態のルイズにこんな事を頼むと叱られるのでは? そう思って行動に移せないのだ。 「いつまでも迷ってんだよ相棒? さっさと言っちまえばいいじゃねえか」 ソリに戻ってきたデルフが無責任に背を押す。 ええいと意を決して専用の入り口からルイズの部屋へと入り込んだ。 事は少し前に遡る。 学院恒例の夏季休校。 その間は学生だけではなく下働きの平民も帰省する。 しかしオスマンやコルベールに料理をさせる訳にもいかず、 帰省の間も一部の平民は残って仕事をしていたらしい。 それで今度は戻ってきた人達と交代で帰省するというのだ。 その中にはシエスタも含まれていた。 「是非、使い魔さんにも来て貰いたいんです」 以前、助けたお礼なのか彼女は帰郷に彼を誘った。 断れば恩を返そうとしているシエスタも困るだろうし、元より好奇心旺盛な彼である。 学院の周辺を探検しつくした今、他の場所にも興味が沸く。 あまり良い思い出はないがラグドリアン湖も綺麗な景色だった。 加えて彼女の語る故郷の味『ヨシェナヴェ』は聞いてるだけで涎が出てくる。 しかし既に休みも終わり、授業が始まる時期である。 そんな中で勝手に休みが取れるものなのか悩んだ結果、ルイズに相談する事にしたのだ。 「…別にいいわよ」 実に簡潔な返答である。 いや、まさかこんな簡単に了承が得られるとは思わなかった。 しかし彼女は付いて行く気はないようで軽くあしらわれた。 というか彼女はそれどころではなかった。 会話の最中もルイズの視線は彼に向いていなかった。 彼女が目を通しているのは一冊の古ぼけた本。 それを前に必死に頭を悩ませる。 (…白紙の祈祷書が何の参考になるのよ) 彼女がこの状況に陥ったのは少し前、学院長に呼び出された日の事だった。 ゲルマニアとトリステインの間で同盟が締結される事となり、 それに伴いアンリエッタ姫とゲルマニア皇帝の結婚が決まったという。 今はまだ婚約という形だが近い内に婚姻が執り行われる。 オールド・オスマンは何の感傷も感じさせずにそう語った。 事実上の政略結婚である。 それが王室に生まれた者の定めであろうと望まぬ契りの辛さに変わりはない。 彼女の心中を察するとルイズも胸が苦しくなる。 しかし何故自分にそんな事を明かすのか、それが分からない。 それを察したのか、ここから本題と言わんばかりにオスマンは一つ咳払いをして区切る。 「王家には古くからの伝統で、王族の結婚式の際には巫女が詔を詠む事になっておる」 「はあ…」 「その巫女は貴族の中から選ばれる事になっておるんじゃが、 姫殿下はミス・ヴァリエール…君を巫女に指名したという訳じゃ」 「はぁ……はああああ!!?」 気のない適当な返事を相槌を打っていた私の口から驚愕の声が上がる。 学院長はさもありなん、さもありなんと髭を弄っている。 いや、ちょっと待って。 確かに小さな頃は一緒に遊んだりした仲だけど。 片や絶大な人気を誇る姫様、片や魔法を使えぬ『ゼロ』のルイズ。 その差は月とスッポンどころじゃない。 何故、姫様はそのような大任を私に与えるのか。 「ちなみに辞退は出来んぞ、そんな前例は一度もないからのう」 辞退しようとした瞬間、学院長は分かっていたようにそれを制す。 「で、でも私には荷が重過ぎます!」 「自分には務まらんとそう申すのか?」 「は、はい。とても私のような未熟者には…」 「しかし姫殿下の事を考えるなら引き受けるべきじゃと儂は思う」 「え…?」 叱るのでもなく諭すのでもなくただ静かにオスマンは語る。 その顔は穏やかで自分が慌てふためいているのが不思議に思えるくらいだ。 そして彼は言葉を続けた。 「望まぬ相手との結婚、ならばこそせめて自分の心からの友に送られたい。 それが姫様の切なる願いではないじゃろうか?」 「………!!」 返す言葉が無かった。 誰よりも姫様の事を理解しているつもりでいた。 それを大任の重圧で見失っていた。 そんな心を見透かすように学院長は私に姫様の真意を説いたのだ。 「分かりました。その命、謹んでお受けしたします」 「うむ。君ならばそう言うと思っていた。 ではこれを受け取りたまえ。それは『始祖の祈祷書』という。 巫女に選ばれた者はそれを肌身離さず持ち歩いて詔を考えるのじゃ」 にこりと人の良さそうな笑顔を浮かべ、オスマンは一冊の本を手渡す。 なんだ、やっぱり参考資料があるじゃない。 この中からそれっぽい小節を引用して詔にすればいいんでしょ? 簡単、簡単。 受け取って適当にどんな事が書いてあるのか目を通す。 「………………」 パラパラとページを捲る度に蒼白になっていく私の顔色。 いや、引用するも何もこの本、何も書かれてないんですけど。 ちらりと見やるとそこには視線を背ける学院長の姿。 「学院長。この本、白紙なんですけど何かの間違いですよね…?」 「……あー、その、なんだ。ミス・ヴァリエール。式の成否は君の双肩にかかっておる。 儂は信じておるぞ、君なら必ずこの大任をやり遂げると!」 「学院長ォォォォーーーー!!」 ミス・ヴァリエールの叫びが木霊する、平日の昼下がりの事。 この日から自室以外で彼女の姿は見た生徒はほとんどいなかったと言う。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1331.html
夕方の暗いタルブ村の近くの森を、十歳にも満たない男の子が泣きながら走っていく。少年はシエスタの弟だった。アルビオンの攻撃から逃れる途中、家族とはぐれてしまったのだ。 「おかーさん! おとーさん! おねーちゃん! どこー?」 村が焼かれ、必死で逃げてきた彼は、既に方向感覚を失っていた。森の木々は空を覆っており、方向の助けになるものは何もなかった。 絶望に打ちひしがれそうになっていたそのとき、行く手にローブを着た女性が現れた。ようやく人に会えた安堵感に、女性に駆け寄ろうとして、少年は思わず短い悲鳴を上げた。 女性の手に杖があったからだ。今しがた貴族に村を焼かれた彼にとって、杖は見るだけで恐怖を抱くアイテムだった。 悲鳴を耳にしたのか、貴族の女性も少年に気づいた。少年は蛇ににらまれた蛙のように動けない。自分の人生はここで終わりなのだと少年は思った。 しかし、貴族の女性は少年の前でかがみこむと、意外にも優しい声で語りかけてきた。 「こんなところでどうしたいんだい、坊や? 迷子かい?」 少年は震えながら頷いた。 女性…フーケは内心で頭を抱えた。こんな子供に関わっている暇はない。とりあえずこの辺は安全のようだし、置いていくべきか。 それとも、リゾットが上空の竜騎士をひきつけるまではまだ時間があるだろうし、それくらいの時間は割いてやるべきか。 フーケは自分が悪党であると認めている。少なくとも、金のためなら大して知らない貴族の命が奪われたところで心は痛まない。 が、同時に理由もないのに犯罪に手を染めるほどの外道でもない。流石に泣いている年端も行かない子供を置き去りにするのは、自分が養っている家族を思い出し、心が痛んだ。 「まあ、いっか」 しばし悩んだ結果、フーケは少年に手を差し伸べた。なるべく安心させるように笑顔を浮かべる。 「おいで。お姉さんが連れて行ってあげる」 少年はまだ少し怯えていたようだが、おずおずとフーケの手を取った。 「よしよし、いい子だ」 (何してんだろ、私。これから戦争しようってのに……) 少年の頭を撫でつつ、思わず苦笑がした。とはいえ、村人たちが避難した場所に見当はついている。フーケはそこへ向かって歩き出した。 第十九章 夕暮れに昇る太陽 タルブの村は無残な姿をさらしていた。火竜によって焼かれた家々は燃え盛り、夕日を受けてその赤をより色深いものにしている。 草原ではアルビオンの部隊が展開し、トリステインの軍と火花を散らしていた。その上空をトリステイン側の竜騎士を追い払ったアルビオンの竜騎士が飛び交い、地上部隊を援護する。 数の上で勝り、制空権を確保しているアルビオン軍だが、けん制程度にしかトリステイン軍には仕掛けない。 その理由は上空で着々と砲撃の準備を進める『レキシントン』号を中心としたアルビオン艦隊にある。真正面から戦えば損害が出るため、まずは艦砲射撃によってトリステインを弱らせ、それから突撃する予定なのだ。 トリステイン側はそれを踏まえ、乱戦に持ち込もうとしているが、アルビオン軍は巧みにトリステイン軍の攻撃をかわし、弾き、いなし続けていた。 そんな時、タルブ村の上空を警戒していた竜騎士隊は自分たちの上空、二千五百メイルほどの高度を飛ぶ一騎の竜騎兵を見つけた。 見慣れない竜だった。その翼は固定されているかのように羽ばたかず、奇妙な轟音のような唸り声をあげている。 一瞬、警戒を強める竜騎士隊だったが、隊長のワルドからは近づいてくる竜騎士は叩き落せ、という指令を受けているため、とりあえず二騎ほどが撃墜へと向かう。 どんな竜であれ、アルビオンに生息する『火竜』のブレスを受ければたちまち燃え尽きる。向かった二人の竜騎士は勝利を信じて疑わなかった。 「前方から二騎、あがってきたぜ」 デルフリンガーが警告に、リゾットは燃えるタルブの村から視線を離した。氷のような冷静さで心を覆い尽くす。機械の操作において必要なものは冷静さであり、激情ではないからだ。 「あいつらのブレスには注意しろよ。一瞬で燃え尽きちまうぜ」 「……だろうな」 リゾットは機体を急降下させる。竜騎士たちは予想以上の速さに慌てて火竜の口を開けさせた。 火竜の喉の下には燃焼性の高い油の入った袋がある。コルベールやアヌビス神とのガソリンの素材選定の過程でそれを知っていたリゾットは火竜の開いた口目掛け、機首に装備された七・七ミリ機銃の弾丸を数発撃ち込む。 打ち込まれた銃弾の熱によって油が引火し、火竜は爆発。隣の騎士は爆発の衝撃で吹っ飛び、乗っていた騎士は、空中で焼失した。ゼロ戦はその炎を掠めるようにして降下すると、再び上昇する。 村の上空を飛んでいた竜騎士たちは、新たに現れた奇妙な竜を撃墜に向かった二騎の同僚が空中で倒されたのを見ていた。 攻撃手段は不明だったため、竜騎士たちは警戒して編隊を組み、上空へと舞い上がった。 「竜の喉の下、または騎士が弱点だな」 シエスタから譲り受けたこのゼロ戦には機首に七・七ミリ機関砲、両翼に二十ミリ機関砲が装備されていた。だが、その各種武装の弾が尽きればゼロ戦はただの空飛ぶ鉄の塊である。なるべく弾は節約したかった。 「さらに左下から十騎」 デルフリンガーの指示にもリゾットはたじろぐことなくゼロ戦を操作する。 初めて扱う機体ではあるが、ガンダールヴの力か、速度を高度に変え、そこから降下することでスピードを引き出すという操縦法も自然と出来た。 「日が沈むまでに決着をつける」 リゾットはそれが可能だと理解していた。ゼロ戦と竜では性能が段違いだからだ。 まず、速度が違う。火竜の飛行速度は地球の単位に換算して時速約150km、対してゼロ戦の最高速度は時速400kmに達する。ゼロ戦から見れば、火竜は止まっているようなものだ。 さらに、射程距離もこちらに利があった。火竜のブレスであろうと、貴族の魔法であろうと、ゼロ戦に装備された機関砲は射程の遥か先から攻撃を仕掛けることが可能である。 その射程を利用し、降下しつつ両翼の二十ミリ機関砲を射ち込み、二騎の火竜を爆発させる。爆発によって編隊が乱れ、ゼロ戦はその隙間を縫うようにして通り抜けた。 追い越された竜騎士たちは慌てて反転しようとするが、追いつけるはずがない。降下した勢いを駆って上昇し、ある程度のところでトンボを切るようにして再び降下。 首だけをこちらに向けている竜騎士たちに、リゾットは容赦なく弾丸を射ち込み、落として行く。 「後ろだけは取られるなよ、相棒。この乗り物、後ろに攻撃できねーだろ」 「下らない策だが、対策はある。取られないことに越したことはないが」 リゾットは自分のコートのポケットに入れた袋を一瞥し、再び機体を上昇させた。 タルブ村の住人は避難した先の森の中で、樹上に広がる光景に呆然としていた。 隠れた彼らを脅かすように低空飛行していた竜騎士たちが次々に空の上を飛ぶ何かに向かっていき、そして消えていくのである。 やがて、村人たちは狂喜し、歓声を上げ始めていた。 だが、シエスタとその家族はそれどころではない。弟の一人がいなくなっていることに気がついたからだ。 「私、探しに行ってきます!」 シエスタが村の方へ戻ろうとした時、森の奥から当の本人がフーケに手を引かれてやってきた。 「お姉ちゃん!」 弟はシエスタをみつけると、半べそを掻きながら駆け寄った。シエスタはそれを抱き寄せて背中をさすりながら、フーケに視線を向ける。 「ミス・ロ……じゃなくて、フーケさん、何で私の弟と一緒に!?」 「おや、シエスタ。この子はあんたの弟かい。迷子になってたからつれてきてあげたんだよ」 フーケは屈んで弟の涙をぬぐってやった。 「良かったね。そら、男の子なんだから、もう泣くんじゃないよ」 「うん……」 「よし、いい子だ。なあに、あの連中ならフーケ姉さんが追っ払ってきてやるさ」 頷くシエスタの弟に微笑みかけ、フーケは立ち上がった。シエスタは不思議そうな顔でフーケを見つめる。 「あの、フーケさん……。追い払うって?」 「言ったろ? 今、私はリゾットと組んでるのさ。で、リゾットがあんた達に恩を返したいって言うから、私もね」 「リゾットさんが!? 今、どこにいるんですか?」 勢い込んで訊くシエスタに、フーケは空を指差した。夕暮れ時の空ではまだ竜騎士が上昇しては消えていく。 「ありゃあ、竜の羽衣だ!」 一人の目のいい村人が、叫んだ。一人が気付くと、周囲の村人たちも次々と気がつき始める。 「そうだ、竜の羽衣だ! 本当に飛んだんだな!」 「しかも竜騎士どもが落とされていく!」 「じゃ、あれを使ってるのはこないだの貴族様方か!」 隠れていることも忘れ、住人たちは興奮して騒ぎ始める。フーケは肩をすくめた。 「ま、そんなわけよ。じゃ、私も行くわ。竜騎士は十分に引き付けられたみたいだし、私が地上の援護をしないとね」 最後にシエスタとその弟に笑いかけると、フーケは燃え盛る村へと走り去った。 地上部隊の指揮を執っていたワルドの所へ、慌てた様子の伝令が入ってきた。 「タルブの村方面より、巨大な土のゴーレムが現れ、我が軍の別働隊を蹂躙しております」 「ゴーレムだと? それくらい自分たちで何とかできないのか?」 「そ、それが、全長30メイルにも及ぶ上、破壊しても破壊しても再生しまして…。術者がどこかに潜んでいるのでしょうが、捕捉出来ません」 「……フーケか? しかし奴が何故トリステインに……」 ワルドは自軍の戦況を見た。今のところ、トリステイン軍は果敢に攻め込んできている。女王自らが指揮をしているためか、士気という点ではむしろこちらより高い。 とはいえ、数で勝る分、そう簡単に突破されることもない。無理に突撃してくれば押しつつんで殲滅できる。 だが、ただでさえ謎の竜騎兵に竜騎士隊を殲滅されつつある現在、別働隊が潰されていくとなると話は別だ。側面から崩された結果突破され、乱戦になっては砲撃もままならない。 結局のところ、地上でも上空でも風のスクウェアクラスのメイジである自分以上に頼れる人間はいない。ワルドはそう結論した。 「よし、私が出よう」 副官に指揮を任せると、ワルドは『フライ』を唱え、タルブの村方面へと向かった。 フーケのゴーレムが拳を振り上げ、叩き付ける。単純なその動作で、アルビオンの小隊は逃げ散っていった。 反撃として、炎や風が飛んできてゴーレムを砕くが、すぐに再生する。青銅や土のゴーレムも襲ってきたが、どれもこれもフーケのゴーレムの敵ではなかった。 (本隊ならともかく、別働隊に配属されてる連中はラインか、せいぜいトライアングルか。なら、このまま押し切れるね……) フーケは戦況をそう判断した。 ドットやラインクラスはもちろん、トライアングルクラスのメイジであってもフーケのゴーレムを破壊するのは困難だ。 最も簡単な突破口は制御している自分を倒すことであるが、フーケは現在、岩陰に身を隠し、遠くからゴーレムを操っている。 平原といっても人が一人隠れるくらいの場所ならば無数にある。ゴーレムの妨害を避けながらフーケを探すのはそうそうできることではない。空から楽に探すことができる竜騎士は今、リゾットと戦っていていない。 何より、今、アルビオン軍はトリステインとも戦っているのだ。空を舞う謎の味方とフーケのゴーレムの動きでトリステイン側は勢いを増しており、結果としてアルビオンは側面のフーケに対応しづらくなっている。 リゾットとフーケの参戦によって、戦況はこう着状態から徐々にトリステインに傾きつつあった。 (このまま、うまい具合にトリステインが勝てばいいんだけど) そう考えていたフーケの眼前で、ゴーレムが転倒する。土煙が立ち上る中を、ワルドが姿を現した。 「そう、上手くはいかないか。まあ、覚悟はしちゃいたよ」 呟くと、フーケはゴーレムを立ち上がらせ、ワルドに攻撃を仕掛けた。 一度戦ったゴーレムの動きは大体掴んでいるらしく、ワルドは体術とレビテーションを併用し、繰り出される攻撃を全て、寸前で見切って回避している。 踊るようにしてゴーレムの周りを回りながら、時折魔法でゴーレムの腕や足を吹き飛ばす。一度に倒さないのはゴーレムの動きからこちらの位置を割り出そうというのだろう。 フーケもスクウェアとトライアングルの間には一段階でも絶対的な壁があることは了解している。その壁を乗り越えてワルドを倒すには一瞬の機会にかけるしかない。 幸い、まだワルドにフーケの居場所は知られていない。チャンスを作り出す機会は必ず訪れるはずだった。フーケはじっとその機会を待った。 ゴーレムが左の拳を地面に抉りながら振りぬく。もちろん、ワルドはそれを回避したが、それと共に舞い上がった土煙に一瞬、視界を奪われた。 「これで潰れな!」 フーケは岩陰から走り出てワルドに向かうとともに、ゴーレムをワルドに向かって倒れこませた。30メイルの巨体がワルドに向かって殺到する。 ワルドにその巨体が触れる寸前、ゴーレムの体が砕け散った。ワルドが連続で唱えた『エア・ハンマー』が、ゴーレムの体を構成していた土を舞い上げる。 「所詮土くれ……。俺を潰せるとでも思ったか?」 フーケを見据え、冷たく告げるワルドに土が降り注ぐ。もちろん、小さな破片になったそれらではワルドはダメージを与えることはできない。 それでもフーケは呪文を唱える。そう、ここまでは計算通り。そのために姿を現し、走り寄ったのだ。距離を縮め、魔法を届きやすくするために。 ありったけの精神力を注ぎ込んだ『錬金』が完成する。土くれが無数の刃物が変わり、降り注いだ。 ワルドの顔が蒼白になる。無数の刃物が迫ってくるというその光景は奇しくもリゾットの使う『メタリカ』の技に似ていたからだ。 「うおおおお!?」 杖と義手で急所を庇うワルドに、容赦なく刃物は降り注ぐ。そして一本の刃がワルドの胸を貫いた。 時は少し戻って、トリステイン魔法学院、太陽の輝きを受けて光り輝く頭を持つ男がアウストリ広場に駆け込んできた。 「大変だ、ミス・ヴァリエール! 君の言った通り、アルビオンはトリステインに宣戦布告したらしい! タルブの村が攻められているそうだ!」 コルベールの情報に、キュルケが眉根を寄せて考え込む。 「じゃあ、やっぱりダーリンはタルブの村へ行ったのね」 「…………」 「ゲルマニアはトリステインと同盟してることだし、あたしが行っても問題ないわね。タバサ、悪いんだけど、シルフィードを貸してくれない?」 こともなげに言うキュルケに、コルベールは慌てた。 「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ツェルプストー。君は確かにゲルマニア人だが、本学院の生徒だ。勝手に戦場へ行ったりは…」 そこにシルフィードがやってくる。キュルケとともに、タバサもその背に跨る。 「私も行く」 「……いいの?」 「一人じゃ危険だから」 キュルケの問いにタバサが誰にともなく答える。キュルケは感極まったようにありがと、と呟き、俯いた。二人の様子を見ていたコルベールは悲鳴に近い声を出す。 「ミス・タバサまで!?」 「…………」 沈黙したままのルイズに、キュルケは声を掛けた。 「ヴァリエール、貴方はどうするの?」 「…………」 ルイズは放心したように座り込んでいた。リゾットに置いていかれたことがショックらしく、先ほどからずっとこの調子だ。 アルビオンがトリステインに宣戦布告したとリゾットが言っていたことさえ、何度も問い詰めてやっと、ぼそぼそと話したくらいなのだ。 キュルケは一度シルフィードの背から降りると、ルイズの前にかがみこむ。 「ヴァリエール、ショックなのは分かるけど、そろそろ動きなさい。私たちと一緒に行くなら立ってもらわなきゃ困るし、そうでないなら部屋に戻りなさい。ここにいても始まらないわ」 「……………」 ルイズは動かない。キュルケはため息をついた。キッと視線に力を込めてルイズをにらむ。 「いい加減にしなさい!」 キュルケは言うなり、ルイズの頬を張った。それほど強くは打っていないが、ルイズは突然のことにびっくりしたようにキュルケを見る。 コルベールも驚いて二人を見ている。タバサはいつものように無表情だ。 自分に焦点があっていることを確認すると、キュルケはルイズの肩を掴んで揺さぶった。 「ルイズ、何を悲劇のお姫様ぶってるの!? 貴方は誰かが迎えに来てくれるまで待つタイプじゃないでしょう!? 使い魔においていかれたなら、追っていって捕まえればいいじゃない!! そうでないなら、さっさと出て行った使い魔のことなんて忘れなさい! 貴方は誇り高きヴァリエール家の三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールでしょう!?」 自分のフルネームを大声で呼ばれ、徐々に虚ろだったルイズの瞳に生気が戻ってきた。杖を持って颯爽と立ち上がる。 「そうよ! 私はルイズ! あの馬鹿イカ墨、ご主人様の私を置いていくなんて許せないわ! 捕まえてきつくお仕置きしなくちゃ!」 「ちょ、ちょっと待ちたまえ、ミス・ヴァリエール! まさか……」 「はい、タルブの村まで外出いたします」 ルイズとキュルケはシルフィードの背に飛び乗った。 「三人とも、考え直したまえ! リゾット君だってそうそう馬鹿な真似はすまい。ここは学院で待って……」 コルベールの言葉に、ルイズは不敵に笑みを返した。 「お言葉ですが、ミスタ・コルベール。使い魔とメイジは一心同体。使い魔だけ戦場に行かせるメイジなど、貴族を名乗るに値しません」 「あたしはダーリンが心配だし、ヴァリエールが手柄を立てる機会をツェルプストーがみすみす見逃しては、家名の恥ですもの」 タバサはただ視線で拒絶する。 三人の譲る様子のない態度に、コルベールはため息をついた。 「仕方ない。私も一緒に行きたいが、ガソリンを作るのに精神力を使い果たしてしまったから、一緒に行っても足手まといになるだけだろう。くれぐれも怪我のないようにね」 「ありがとうございます、ミスタ・コルベール」 ルイズのその感謝の言葉を最後に、タバサはシルフィードの合図を送り、空高く舞い上がった。学院を眼下に臨みながら、ルイズがぽつりと呟いた。 「ありがと、キュルケ」 キュルケはそれを聞いて照れくさそうに顔を背け、タバサをせかした。 「お礼はダーリンを連れ戻してから言ってちょうだい。さ、急ぎましょ」 最初の接触から十二分で竜騎士隊を全滅させたリゾットは、その先の巨大戦艦を見すえた。 「相棒、アレが親玉だ。雑魚をいくら落としたって、あいつをやっつけなきゃお話にならねえ。ならねえが……。まあ、無理だぁね」 デルフリンガーがあっさりと告げる。リゾットもその意味を理解していた。 海の上に浮かぶ船なら底に穴を開ければ浸水させることもできるが、空に浮いているのでは多少、風穴を開けたところで影響はない。 だが、それは船にとって重要でない場所の話である。船にとって最重要部を破壊すれば、浮力が働く海上の船と違い、空飛ぶ船は時をおかずに落ちるはずだ。 「デルフ、あの船の風石はどこにある?」 「どこにって……一概には言えねえが、船の後ろよりか、船底近くじゃねえか? 風が吹かせやすいからな」 「狙うならそれか……」 ゼロ戦を加速させる。狙うは動力。人間だろうと船だろうと、それは変わらない。 そのとき、『レキシントン』号の右舷側が光った。一瞬後、無数の小さな鉛球がゼロ戦を襲った。風防が割れる。機体に小さな穴が穿たれ、機体は揺さぶられた。ついに砲撃が始まったのだ。 「散弾だ! 近づくな!」 デルフリンガーの警告に従い、二射目をゼロ戦を降下させて回避する。『レキシントン』には横にも下にも無数の砲台が並んでいた。これでは近づくことすらできない。 視線を下に移すと、『レキシントン』の向こうに展開していたトリステインの軍勢にも砲弾が打ち込まれ、戦線が崩壊しつつあった。 短く舌打ちし、リゾットは『レキシントン』から一時離脱する。 「近づかないことにはどうにもできないな………」 ほぞを噛むリゾットにデルフリンガーが指示を飛ばす。 「相棒、こいつを船の真上に持って行け。砲撃を向けられねえ、唯一の死角がそこにある。近づくなら、そこしかねえ」 「分かった」 リゾットは機体を上昇させた。十分な高度を確保した後、降下をはじめる。 そのとき、ゼロ戦の背後の雲の切れ間から烈風のように一騎の竜騎士が躍り出た。ワルドだった。 胸の奥から湧き上がる恐怖に、ワルドは唇をかみ締めた。逃げ出しそうな自分に空は自分の領域だ、と言い聞かせ、風竜を駆る。 敵の奇妙な竜騎兵を見た瞬間、ワルドの失われた左腕が激しくうずき、その乗り手を直感した。恐怖が襲ってきたが、今こそ恐怖を打ち払う機会だと思い直した。 リゾットの狙いは分からないが、こちらに仕掛けてくる以上、『レキシントン』を狙って、その死角である真上にやってくる。その読みは当たったようだ。 後はこの風竜の速度をもって、あの竜が攻撃できない背後から接近し、魔法でしとめる。 「ガンダールヴ! 俺は貴様を殺して、この恐怖を拭い去ってみせる!」 一声叫ぶと、急降下するゼロ戦との距離をぐんぐんと縮める。その中で気付いた。自分の前を飛ぶのは竜ではなく、ハルケギニアの論理ではない何かで作られた物だと。 『聖地』。その単語に、ワルドの胸に希望がわきあがった。左の義手で手綱を握り、ワルドは呪文を詠唱する。『エア・スピアー』。固めた空気の槍で、串刺しにしてやる。 「相棒! 後ろから来てる! さっき何か策があるって言ってたけど、本当にいけるのか?」 リゾットはデルフリンガーに答えず、コートから袋を取り出した。風防を開け、外に身を乗り出す。 メタリカをゼロ戦に潜行させ、エアロ・スミスを操った要領で制御する。スロットを最小にし、フルフラップ。ゼロ戦が急速に減速した。 後ろから迫るワルドとの距離があっという間に縮まる。 「何やってるんだ、相棒! スピードはともかく理由を言ってくれーーッ!?」 「人体に含まれる鉄分の量は成人男性で大体3500から5000mg。『メタリカ』はその僅かな量から大量の金属を作り出せる。 鉄分以外の何かを金属に変換しているのか、それとも、鉄そのものを増やしているのか、俺にもわからない。だが、とにかく体積以上のものができる…」 リゾットは袋の中身をぶちまけた。中に入っていた大量の砂鉄が宙を舞う。磁力に制御されたそれらは量を増しながら、後方…つまりワルドと、その飛竜を覆い尽くした。 「たかが目くらまし!」 ワルドは一瞬、視界を奪われたものの、耐える。そう、ワルドは耐えられた。だが、その下の風竜はそうはいかない。目と鼻、そして口に大量の砂鉄を入れられた風竜は混乱し、ワルドの制御を離れて暴れまわった。 「く、くそっ!? 落ち着け!」 ワルドも幻獣の名騎手である。僅かな時間で態勢を立て直す。だが、その僅かな時間は、ゼロ戦がワルドの背後に回りこむのに十分だった。 「惜しかったな……、ワルド」 呟くと、リゾットはワルドに七・七ミリ機関砲を撃ち込んだ。肩に、背中に弾丸を受け、ワルドは苦痛に顔を歪め、消え去る。 「遍在か……。本体はどこか別の場所にいるな……」 一匹で墜ちて行く風竜を眺めて呟くと、リゾットは風防を閉め、メタリカを戻した。 「おでれーたぜ、相棒! もう駄目かと思った」 「下らない小細工だが、効果はあっただろう……」 ゼロ戦は再び降下を始める。下方に浮かぶ『レキシントン』の甲板に、二十ミリ機関砲の掃射が降り注いだ。 フーケは荒い息を吐いていた。ありったけの精神力を使い果たした影響で、立つことすらままならず、膝を突く。 辺りには轟音が鳴り響いている。トリステイン軍が砲撃されているのだろう。そちらはリゾットがどうにかすると思うしかない。 そのとき、夕日が陰った。見上げると、ワルドが立ちふさがっている。先ほどの攻撃で倒せなかったのだ。 「このっ!」 フーケは杖を掲げようとするが、ワルドの杖に弾き飛ばされた。至近距離で『エア・ハンマー』を受けて倒され、腹を踏みつけられる。 「危なかった……。この身体は遍在とはいえ、そう何度も死ぬのは気分が悪いからな……」 「そんな、どうして……」 フーケの言葉に、ワルドは自分の胸からフーケの作った刃を抜き、マントの下から真っ二つになったペンダントを取り出した。 「遍在を作り出すとき、身に着けている物も複製される……。母が私を守ってくれたお陰で致命傷にならなかった。だが……」 ワルドの目が狂気に光った。 「泥臭い盗賊の分際でッ! よくもッ! 母の肖像を破壊したなっ!! 蹴り殺してやる、このアバズレがッ!」 ワルドは完全にプッツンしていた。魔法を使わず、フーケの身体に何度も蹴りを入れる。フーケは抵抗することも出来ず、ただ打たれていた。骨がへし折れる音が耳に響く。 (……こりゃ…まずいね……。ちょっと、見栄、張りすぎたかな……。 ごめん、テファ、皆……、帰れそうにない……。リゾット……私は………ここま…で……) フーケが諦めて意識を失う寸前、突然、蹴りがとまった。 不審に思って目を開けると、ワルドは別の方を見ていた。その手には石が握られている。 「貴様ら……平民が何のつもりだ? 失せろ」 ぎこちない動きで首を回すと、シエスタと、フーケが助けたシエスタの弟が立っていた。 「ふ、フーケさんを放してください……」 「お姉さんを放せ!」 シエスタは震えながら、弟は勇ましく、ワルドに告げる。弟は石を持っている。どうやらそれをワルドに投げつけたようだ。 シエスタたちはずっと物陰からフーケを見ていた。危険なので見ているだけのつもりだったのだが、あまりのワルドの暴行に、二人ともいてもたってもいられずに割って入ったのだ。 「ば、馬鹿……早く、逃げな…」 「お前の知り合いか、マチルダ」 「うるさいね……。あの子らは関係ないだろ。さっさと私を殺して部隊に戻りな…」 ワルドを掴もうと手を伸ばそうとして、フーケは金属質の何かが服に入っていることに気がついた。 「放せって言ってんだろ!」 もう一度、石が投げられた。今度もワルドはかわしたが、その表情に怒りが浮かぶ。 「平民の分際で!」 ワルドが杖を掲げ、呪文を唱える。その魔法には二人をまとめて吹き飛ばすには十分な威力があるだろう。 その時、フーケはワルドに気付かれないよう、リゾットから渡されたものをそっと準備した。 ワルドは油断していた。杖を失い、精神力を枯渇させたメイジにできることなどないと。 ワルドは激怒していた。平民が自分に逆らったことに。 結果、ワルドの意識は完全にシエスタたちに向き、フーケの動きに気づいていない。 (悪いけど、利用させてもらうよ、シエスタ。ワルドがあんたたちに魔法を撃った直後なら、私は安全に反撃できるからね……) フーケは自分が生き残るために、最善の解を導いていた。ちらりと最後にシエスタたちに目をやる。 シエスタは弟を抱きかかえ、背中を向けていた。自分の身を盾にして弟を守ろうというのだ。それを見た瞬間、フーケは反射的にそれをワルドに向け、引き金を引いていた。 FNブローニングM1910。DIOの館の兵器庫から見つかった数少ない使用可能な武器の一つが、フーケの手の中で乾いた音を立てる。 ワルドが仰け反った。遍在のためか、血は出なかったが、生きている。そして、ワルドは既にスペルは唱え終わり、シエスタたちに向けるはずだった魔法を、フーケに放った。 風の刃が肩を切り裂くのを感じながら、フーケは引き金を引き続けた。狙いなどついていないも同然の連射だったが、距離が近いこともあり、銃弾はワルドに次々と命中する。 ワルドは撃たれつつも杖を振る。『錬金』によって銃が土に変わる。だが、同時に放たれた銃弾が、ワルドの額を貫き、遍在はその姿を消した。フーケは土くれを投げ捨て、腕をばたりと投げ出す。 肩から血が流れ出ていくのを感じる。腹を蹴られたせいで内臓もずきずきと痛んだ。骨も二、三本折れているだろう。疲労は極限に達しており、気分は最悪だ。 「フーケさん!」 「お姉さん!」 声に首を回すと、向こうからシエスタと、その弟が走って来ていた。それを見て、フーケは最悪の気分の中に一抹の安堵を感じる。 (……はっ……、悪党に成りきれなかった…ね……。まったく……、馬鹿な真似したもんだ………。でも……この感じ……。悪く……な………) そこまで考えて、フーケは意識と、思考を手放す。暗黒に包まれる直前、何かの生物の羽ばたきを聞いた気がした。 『レキシントン』号の甲板は見るも無残な様相を呈していた。マストはへし折れ、床には無数の穴が開いている。 だが、そこまでだった。真上から下への射撃では戦艦その物の攻撃力を奪うには至らず、現に今も『レキシントン』は砲撃を続けている。 「弾切れだな…、どうする、相棒?」 ゼロ戦を急降下、急上昇を繰り返して『レキシントン』号の上を飛び回らせるリゾットに、デルフリンガーが問う。 何度も繰り返しているうちに、こちらの攻撃手段がなくなったことが分かってきたのか、何人かの貴族が出てきて、弾速の早い『風』系統の魔法でゼロ戦を撃墜しようとしてきた。 「乗り込んで風石を破壊する」 「おいおい、無理だぜ、相棒。あの船、確かに長いし、相棒の射撃で平らになってきちゃいるが、こいつが止まるにゃ距離が足りねえよ」 「やってみなければ分からない。何度も上を飛んで、大体どのくらいの角度でなら突入できるかは掴んだ」 平然と言うリゾットに、デルフリンガーはため息をついた。 「いいぜ、相棒。相棒が言うからには少しは成功する目があるんだろ? 付き合って跳ぼうじゃねえか」 リゾットは一度、『レキシントン』から機体を離すと、散弾が届かないギリギリの角度で再度甲板に突入した。スピードを落とし、ふらふらと船尾へと降下する。 甲板のメイジたちは竜が疲れ果てたと理解し、ここぞとばかり呪文を放つ。元々船を制御するためのメイジのため、『風』が多かった。 リゾットはあえてその魔法の風を避けず、ゼロ戦を突っ込ませた。風の魔法が機体を激しく揺さぶり、プロペラが曲がり、翼の装甲板が何枚か吹き飛んだ。一本、リゾット目掛けて飛んできた魔法の矢をデルフリンガーで吸収する。 「やべぇんじゃねえの、相棒!?」 「いや……、これでいい。この風がいい……」 正面から風の魔法を受け、ゼロ戦がダメージを受けるが、同時に急速なブレーキがかかる。落ちるようにしてゼロ戦が船尾にたどり着く。 同時にメタリカをフルパワーで解放し、甲板の木材に含まれる僅かな鉄分とゼロ戦を引き寄せ、僅かでも減速する。 「ダメだ、相棒! ギリギリで足りねえ!」 「『メタリカ』! こいつを止めろ!」 ロォォォドォォォォ…… 鉄分を集めて何本ものフックを作り出し、ゼロ戦につなげる。装甲板がはげれ落ち、フックが引きちぎれる。艦の縁にタイヤがぶつかり、機体に衝撃が走った。 だが、そこまでだった。ほとんど『レキシントン』から乗り出すようにしてゼロ戦は止まった。 「ふーっ、止まった…な!?」 デルフリンガーが息をつく間もなく、リゾットは風防を開けて飛び出した。突っ込んでくるゼロ戦に伏せていた貴族たちに、襲い掛かる。 貴族たちは慌てて立ち上がるが、その頃には最も近い位置にいた貴族は斬り伏せられていた。 慌てて魔法を撃ち出すが、ある魔法はデルフリンガーが吸収され、ある魔法は斬り伏せられた貴族に誤射することになった。魔法が収まったとき、リゾットの姿は掻き消えている。 「お前たちに恨みはないが……、この艦に乗ったのが運の尽きだ…。死んでもらうッ!」 視線をめぐらす貴族たちに、どこからともなく、リゾットの冷たい声が届き、それを聞いた貴族たちは自分の死を予感した。 「…い……ぶで……? だい………ですか? 大丈夫ですか、フーケさん!」 フーケは自分を呼びかける声で目を開けた。どうやら気を失っていたようだ。シエスタとその弟がフーケを覗き込んでいる。 「…わた…どれ……いた?」 上手く口が回らない。だが、シエスタは何を言ってるか理解したようだった。 「ほんの数分です」 シエスタの答えを聞きながら身体を起こそうするが、力が入らず、諦めた。肩に違和感を感じ、見ると、ワルドに斬られた傷が凍っていた。 「これは………」 「お久しぶりね、フーケ。ラ・ロシェール以来?」 声にゆっくり振り向くと、そこにはキュルケ、タバサ、ルイズがいた。後ろにシルフィードも控えている。 「これは、あんたたちがやったの?」 「そ、タバサがね」 「そう…ありがとう」 「止血と、簡単に治癒をかけただけ」 フーケが礼を言うと、いつもどおりタバサが呟く。 ルイズはその様子を面白くなさそうに眺めていた。 「……私は、ほっとけって言ったんだけど……」 「だから、ルイズ、説明したじゃない。フーケはラ・ロシェールでこっちの味方をしてくれたのよ」 「まあ、それは分かったけど……」 ルイズとしては一度殺されかけた相手をそう簡単に気を許すことは出来ない。その気持ちは分かるので、フーケは苦笑した。ゆっくりと言葉をつむぐ 「信じてくれなくても……いい。私にあんたたちと戦う気はない……よ」 平原の方へ視線を移すと、戦いが本格的に始まったせいか、アルビオンの部隊は全て本隊に合流している。とりあえず地上での戦いの役目は果たせたようだ。 「ねえ、フーケ。リゾットはどこにいるの? シエスタから訊いたわ。貴方、リゾットと組んでるんでしょう?」 キュルケの声に視線を戻す。タバサ、キュルケ、ルイズの視線がフーケに集まっていた。 フーケがシエスタに視線を送ると、シエスタが頭を下げた。まあ、目の前で色々あったから気が動転していたのだろう、とフーケは苦笑する。 口がうまく使えないため、視線を空に送る。全員空に目をやり、首をかしげた。 「あ、それなら、私、見ました。あの一番大きな船の上に、竜の羽衣で飛んで行ったようです」 シエスタが補足する。キュルケはそれを聞いて、整った眉を寄せて考え込んだ。 「参ったわね…。ダーリンを助けに行きたいけど……。タバサ、シルフィードであの戦艦に近づける?」 「無理」 タバサは首を振った。シルフィードといえども大砲の射程内に入れば撃墜されてしまうだろう。 全員、打開策が思いつかず、考え込んでしまう。砲撃音と、兵の喚声だけが辺りに響く。アンリエッタもあそこにいるのだ、と思うとルイズは訳もなく焦燥感に駆られた。 ポケットの中から水のルビーを取り出して嵌め、始祖の祈祷書を開く。 何もできないなら、せめて始祖にアンリエッタと、リゾットの無事を祈ろうと思ったのだ。それに、白紙のページでも見ていれば、何か思いつくかもしれない。 そんな他意のない気持ちで開いた途端、始祖の祈祷書と、ルイズのはめた水のルビーは輝きを放ち始めた。 「敵竜騎兵、本艦の直上に出現! 謎の手段により、攻撃を受けています!」 「敵竜騎兵の速度は尋常ではありません。いかなる魔法も追いつきません!」 「艦長! 敵竜騎兵が本艦に着艦! 騎兵は行方が知れません!」 『レキシントン』艦長、ボーウッドは次々と入ってくる伝令を聞いていた。 「落ち着け。敵はただの一人。『レキシントン』も他の艦も未だ健在。左砲戦を継続し、他の砲の人員を捜索にまわしてくれ。 発見次第、呼子を使って他の人員を呼び、数で敵を押し包むのだ。魔法を使えぬ者には銃の所持を許可する」 落ち着き払って言ったものの、歴戦の軍人であるボーウッドも内心、驚いていた。一騎で二十騎の竜騎士を撃墜し、スクウェアメイジのワルドまで倒してのけた。 個人としてはボーウッドの知る限りでは最大の戦果だ。だが、あくまで個人として、である。仮に侵入者がこの艦を落とそうと、砲撃そのものは止まらない。 全ての艦を落とせるとして、一人では落としきる前にトリステインの兵は全滅していることだろう。 ボーウッドは軍人である。軍人として、自分自身の命をも駒のように考えることが出来た。自分たちがどうなろうと、アルビオンの勝利は動かない。それが間違いないことは、ボーウッドには明白だった。 そこに扉が開き、ワルドが入ってきた。 「子爵、無事だったのかね? さきほど、敵竜騎兵に撃墜されたと報告が入ったが」 今まで戦場でやられたのは全て遍在なのだから本体が無事なのは当然だが、それを一々説明することはせず、ワルドが言葉を続ける。 「ご心配なく。それより、侵入者の件ですが、私に案があります。兵を何人かお貸しください。できれば、艦長にもご一緒していただきたいのですが」 「ほぅ………聞かせてもらおう」 ワルドの提案に、ボーウッドは興味深そうに耳を傾けた。 「いたか?」 「いえ、いません。そっちはどうでしたか?」 「こちらもダメだ」 「よく探せ、黒い服を着た男らしい」 口々に言い交わしながら、艦内の廊下を慌しく何人もの人間が駆け抜けていく。彼らの手には杖が、あるいは銃が握られている。 彼らがいなくなった後、リゾットは再び動き出す。別段、物陰にいたわけでもないリゾットがなぜ発見されないかといえば、彼のスタンド『メタリカ』の力によるものである。 磁力を操作し、その磁力で金属を操るメタリカはその応用で、鉄粉を体の表面に付着させ、身体に周囲の背景を描くことで透明になることができる。 以前、ワルドと戦ったときは念を入れて『サイレント』を使用したが、リゾットは元々音や気配を絶つ技術に長けている。彼が本気で気配や音を絶てば、ほとんど感知されないのだ。 だが、いくら自分の身体を透明にしたとしても、物を動かせば気付かれる。 だからリゾットは人がいなくなるのを待ってから、手近の扉を僅かに開き、中を覗き込んで確認する。 そこは倉庫のようだった。目的の場所とは違うが、リゾットは中に身を滑り込ませた。 「相棒、どしたい? 風石があるのはこの部屋じゃねーぜ」 中に誰もいないことを確認すると、デルフリンガーが囁きに近い小声で話しかけてきた。 リゾットは倉庫の品を一つ一つ改める。 「……火薬はないな」 「ああ、弾薬とか火薬は別に管理されるんじゃねーかな。多分、今は砲撃の真っ最中だし、その辺りには人がたくさんいると思うぜ」 「そうか……。まあ、それはいい……」 リゾットはメタリカを発動し、鉄分を集め始めた。 ルイズは光る祈祷書のページに文字が浮かび上がっているのを見つけた。 古代ルーン文字だったが、ルイズは魔法が出来ない分、知識は人一倍蓄えてきたので、それを読むことが出来た。 ルイズは食い入るようにその文字を追った。キュルケやタバサ、フーケやシエスタの視線も気にならない。 「序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。 四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」 「ねえ、ルイズ。その本、光ってるけど、どうしたの? 何か書いてあるの?」 キュルケの声に、ルイズは顔を上げた。祈祷書を広げて見せる。 「この文字、見えないの?」 「文字? その本、白紙じゃない」 怪訝そうなキュルケに、ルイズは水のルビーをキュルケに渡した。途端に始祖の祈祷書とルビーから光が消える。 「それ、嵌めてみて」 「プレゼント? 何よ、今はそれどころじゃ……」 「違うわ。いいから嵌めて」 ルイズの剣幕に押され、渋々とキュルケは指輪を嵌めた。再び始祖の祈祷書を広げ、キュルケにみせる。 「何か見える?」 「いえ? 白紙に見えるけど……」 「そう、ありがとう。指輪、返して」 怪訝さを通り越して心配そうな顔でルイズを見るキュルケを無視して、ルイズは再び水のルビーを指に嵌め、祈祷書に視線を落とした。 信じられないことだが、自分はこの祈祷書の『読み手』として認定されているらしい。 書には続いて「初歩の初歩の初歩」と題して『爆発(エクスプロージョン)』という魔法の呪文が記してあった。 ルイズは『爆発』という単語から、自分が魔法を唱えると爆発していたことを連想した。あれは……ある意味、ここに書かれた『虚無』なのではないだろうか? 思えば、モノが爆発する理由を、誰もいえなかった。いつかワルドが言っていたことを思い出す。通常、魔法は失敗しても何も起きない。あの現象はルイズにだけ起きていたのだ。 すると自分は読み手で、虚無の魔法が扱えるということになる。だったら試してみる価値はあるかもしれない。 「タバサ、シルフィードで私をあの巨大戦艦のなるべく近くまで連れて行って」 「ルイズ、いきなりどうしたの? 何か思いついたの?」 キュルケのもっともな質問に、ルイズは呆然としたように答える。 「いや……、信じられないんだけど……、うまく言えないけど、私、選ばれちゃったかもしれない。いや、なんかの間違いかもしれないけど」 「何のこと?」 「あの戦艦をやっつける方法があるかもしれないのよ。何もしないより、試してみた方がましでしょ? とりあえずやってみるわ。やってみましょう」 ルイズがぶつぶつと独り言のように呟くのをみて、そこにいた全員は唖然とした。気が狂ったようにしか見えないからだ。 「ルイズ、大丈夫? 落ち着いて」 「み、ミス・ヴァリエール。とりあえず深呼吸して下さい」 「大丈夫、私は冷静。……お願い、タバサ。危険がない所まででもいいから、あの戦艦の近くに私を連れて行って」 タバサは困ったような顔でルイズを見つめた。だが、確かにここでぼーっとしていても何の事態の解決にもならない。ルイズが何か試したいというなら、それをやらせてみるのもいいだろう。 祈祷書を食い入るように見つめるルイズと困惑気味のキュルケとタバサを乗せ、シルフィードは空へ飛び上がった。 一方、艦内を探索していたリゾットは、遂に風石が安置されている動力室といえる部屋を探り当てた。 (グレイトフル・デッドならこの船一つくらい、すぐに制圧できるんだろうが……) 扉の前に立って感覚を集中する。中に人のいる気配がした。 (戦いは避けられないな……。無力化させた後、なるべく早く風石を破壊して逃げるか……) リゾットは扉を開け、中へ飛び込む。まず目に飛び込んできたのは銃口だった。 「ようこそ、『レキシントン』号へ。艦長ともども、歓迎するよ」 ワルドの声とともに、青白い雲が現れ、リゾットの頭を包む。 「ヤバイ、『スリープクラウド』だ!」 デルフリンガーが叫ぶが、既に遅く、強烈な眠気がリゾットを襲う。リゾットはそれに耐えたが、眠気によって一瞬、隙ができる。それこそが敵の狙いだった。 銃口が火を吹き、杖が振られ、眠気から脱出したばかりのリゾットに銃弾と魔法が殺到した。 デルフリンガーが魔法を吸収し、銃弾が剣に当たったのか、金属音が響く。だが、残り銃弾は右肩に二発、左腿に一発、胴体に二発と確実にリゾットを貫いた。体が跳ね、血飛沫が舞い、リゾットは仰向けに倒れる。メタリカが解除され、リゾットの姿が現れた。 「勝った…」 感慨深げにワルドが呟く。ついに自分の人生に現れた障害の一つを取り除いたと思うと、歌でも一つ歌いたいようないい気分になる。思わず笑みが漏れた。 「子爵、君の言うとおりの結果になったな」 ボーウッドの言葉に深々と頷く。ワルドはリゾットが艦内の人間を皆殺しにするにしろ、船の動力を破壊するにしろ、確実にここまで来ると読み、ボーウッドとともに待ち伏せていたのだ。 そして魔法を吸収するデルフリンガーの能力を鑑み、銃兵を六人配置した。あとは自分と二人の遍在、水のトライアングルメイジであるボーウッドがいれば事足りる。 「……今度は私の読み勝ちだったな、ガンダールヴ」 銃兵の一人が銃を突きつけながら倒れたリゾットに近づいていく。リゾットは目を閉じ、ぴくりとも動かない。 銃兵は生死の確認のため、脈を探ろうと手を伸ばす。その手がつかまれたと思うと、銃兵は腹部に強烈な一撃を受けて昏倒した。 リゾットが跳ね起きると、同時にその場の銃兵たちの銃はもぎ取られ、リゾットの足元に転がった。ワルドはボーウッドとともに、すぐさま射程距離の外に逃れる。 「生きていたか、ガンダールヴ! 確かに仕留めたと思ったが……」 「…………銃弾対策はしていたからな……」 驚くワルドを感情のない目で見据える。その足元に鉄粉がまとわりついた鉄の板が落ちた。 「なるほど、どうやったか分からんが、その板を身体に仕込んでいたわけか。だが、全て防げたわけではないようだな……」 ワルドの言葉どおり、リゾットの右腕はあがらないようだった。いつもは両手で構えるデルフリンガーも左腕一本で構えている。よく見ると、左足も動きが鈍いようだった。 「そんな状態で私の遍在二人に勝てるかな?」 ワルドの遍在が『エア・ニードル』を唱え、前に出る。本体は決してリゾットに近づきすぎないよう、距離をとった。 「艦長、私が決着をつけますので、ご心配なきよう。銃兵諸君も下がりたまえ」 「そうか。子爵、後は任せた」 「相棒、こいつぁ不利だね。勝ち目はあるか?」 デルフリンガーが焦ったような声を出すが、リゾットは無言で剣を構えるだけだった。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ ルイズは、シルフィードが上昇していく間、ずっと祈祷書のルーン文字を読み上げていた。それはキュルケはもちろん、博識なタバサですら聞いたこともない詠唱だった。 その不思議なルーンの詠唱がルイズの中にリズムを作り出していく。懐かしいようなそのリズムに、ルイズの神経は研ぎ澄まされていった。世界に自分と祈祷書以外の何物も存在しないかのような感覚だった。 それとともに体の中から何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転するような感じがルイズに生まれる。生まれて初めて、自らの系統を唱える感覚に、ルイズは高揚とともに疑問を覚えていた。 いつもゼロと蔑まれていた自分の、本当の姿がこれなのだろうか? オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ 長い詠唱にも緩急が存在する。タバサはルイズの詠唱がクライマックスに近づきつつあるのを感じた。 「行って」 シルフィードに全速を出させ、『レキシントン』へとできるだけ接近する。大砲を避けて上昇するうちに、自然、その高度はあがり、『レキシントン』を見下ろす角度になった。 「タバサ、あれを見て」 キュルケが杖で指し示す方向を見ると、『レキシントン』の甲板に竜の羽衣が引っかかっていた。 ルイズもそれを見つけ、一瞬、心に迷いが生まれる。今から唱えるこの魔法の威力がどんなものであるか、ルイズ自身にも分からないからだ。 だが、体の中に生まれた波は、既に行き先を求めて暴れだしている。ルイズはともかく詠唱を続けた。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… 長い詠唱ののち、呪文が完成する。その瞬間、ルイズは己の魔法の威力と性質を理解した。 自分の魔法は眼下に広がる全てを巻き込み、消滅させることができる。 だが、選択もすることもできる。殺すか、殺さないか、破壊するか、破壊しないか。 ルイズは選んだ。そして、眼下に広がる『レキシントン』を始めとするアルビオン艦隊に向け、杖を振り下ろした。衝動が解放され、夕暮れ時にもう一つの太陽が昇った。 リゾットは追い詰められていた。腕一本と怪我した足では、白兵戦で二人のワルド相手に勝てる道理はない。 頼みの綱のスタンドだが、磁力による直接攻撃は遍在相手には通じにくく、周囲から刃物を生成する攻撃は常に張られた風の魔法で防御された。 本体を攻撃しようとめまぐるしく立ち回るものの、二人の遍在は決して本体に近づかせようとしない。逆に徐々に傷を負わされていった。 今やリゾットの足元には巨大な血溜まりができている。 「殺されるのが先か、失血で死ぬのが先か……。ガンダールヴ、お前はどちらが先だと思う?」 酷薄な笑みを浮かべながら二人のワルドが切り込んでくる。リゾットは一人の杖を受けたものの、その動作で隙が出来た。 「そこだ!」 残ったワルドの遍在が、リゾットのわき腹に杖をつきたてる。だが、リゾットはそれに構わず、二人の遍在をまとめて切り捨てようと大振りにデルフリンガーを振った。 当然、そんな大振りが通じるわけも無く、二人の遍在は軽く引いて避けようとして……足を取られ、首をはね飛ばされた。 「…………メタ……リ…カ………」 消え行く二人のワルドの足元には金属で出来た枷が嵌められていた。リゾットが自分自身の血で作り出したものだ。風の魔法で防御できるのはあくまで飛来するものであって、手のように絡みつくものには効果が無かった。 「後は………お前……だ。……本体」 静かに宣言するリゾットに、ワルドは舌打ちした。 「往生際の悪い奴だ。いや、流石はガンダールヴというところか。お前の能力はまだ俺には理解しきれない。とりあえず射程距離があるようだが……だが、もうそんなことは関係ないな。その有様では反撃どころか歩くことすらできまい」 リゾットの身体の各所は切り刻まれ、今また、深手を負った。メタリカが傷を塞ぐとはいえ、傷そのものが消えるわけではない。現に、リゾットはかろうじて立っているもの、ふらふらと左右に揺れている。 ワルドが魔法を唱え始める。『ライトニング・クラウド』。文字通り電光の速さで迫る魔法を回避する速度も、受けるだけの体力も、今のリゾットにはない。リゾットはそれでも諦めず、剣を構える。 絶体絶命のその瞬間、辺りが輝きに包まれた。 「な、何だ、これは?」 突然の出来事に今まで傍観していたボーウッドが声を上げる。ワルドもリゾットも何が起きたかのか分からない。 光に包まれても、人間には何も影響はない。だが、風石は違った。その光に触れた瞬間、消滅していく。 光の中、デルフリンガーの叫びが響く。 「おでれーた! こりゃ、『虚無』だ! 『虚無』の光だ! 誰かが『虚無』に覚醒しやがった!」 その言葉を最後に、辺りは光に塗りつぶされた。 ワルドは目を開けた。目もくらむような閃光が晴れると、艦内のそこかしこが燃え盛っていた。風石があった位置に目をやると、やはり消えていた。 幻ではなかったのだと思いつつ、周囲を確認する。ボーウッドや兵たちは無事だったが、目をやられている。そして仇敵のリゾットもまた、倒れてはいるが、生きているようだった。 「ガンダールヴ、今、留めをさしてやろう」 燃え盛る炎の中をリゾットに近づいていくが、突如、リゾットは跳ね起きた。身構えるワルドを無視し、リゾットは俊敏な動きで船室から走り去った。 追跡が脳裏をよぎったが、今はそれよりもこの艦から脱出することを考えるべきだと判断し、断念した。リゾットを殺してもトリステインに捕縛されては『聖地』にたどり着けなくなってしまう。 「いずれ決着をつけるぞ、ガンダールヴ……」 ワルドはボーウッドたちを置き去りにして船室を出て行った。 一方、リゾットは混乱する船内を抜け、甲板のゼロ戦の操縦席に座ったところで、ぐったりとした。 「デルフ……、今のは……お前か?」 リゾットが息苦しそうに紡いだ言葉に、デルフリンガーがカタカタとゆれた。 「ああ。“使い手”を動かすなんざ、数千年ぶりだからな。上手く出来るかどうか不安だったが、何とかうまく行ったぜ」 「まるで……内側から別の力を加えられているようだった」 「吸い込んだ魔法の分だけ身体を動かせるからな。だけど、これ、本当はやりたくねえんだよ。とにかく疲れるからな。あーしんど」 言葉とは裏腹に、いつも通りの軽い口調でデルフリンガーは答えた。 「さ、相棒、さっさとこんな船からはずらかろうぜ……と、言いたいが……」 「ああ、無理だな。ここから飛び立つには距離が足らないし、機体の損傷が激しい」 「どうやって脱出するつもりだったんだね?」 「船内のメイジの一人でも脅して脱出するつもりだったが……、この身体では……厳しいな。内臓はメタリカを使って避けたが、血を流しすぎた。少しずつ、メタリカで鉄分を増やして補っているが……意識がなくなりそうだ」 「仕方ない。じゃ、後は運を天に任せるか? うまくすりゃあ、この船も不時着できるだろうよ。それまで殺されなけりゃ、トリステインが保護してくれらあ」 「そうだな……」 しばし、二人は無言になった。リゾットの息遣いと、炎が燃える音だけが辺りに響く。沈黙を破ったのはデルフリンガーだ。 「相棒、さっきの光の話なんだが……」 「『虚無』といってたな。あの伝説の系統、『虚無』か?」 「ああ、それだよ。あれは『虚無』の魔法の初歩だ。で、それの使い手なんだが………」 そこまで言った所で、二人の耳に聞きなれた竜の羽ばたきが届いた。同時にゼロ戦が浮き上がる。 「お待たせ、ダーリン」 「キュルケ、それにタバサか」 シルフィードの背中からキュルケとタバサが二人係りでレビテーションをかけていた。浮き上がったゼロ戦の両翼をシルフィードが掴み、牽引しながら飛ぶ。 一旦、タバサはゼロ戦へのレビテーションを解除し、リゾットにレビテーションをかける。シルフィードの上に運ばれた血まみれのリゾットをみて、キュルケが悲鳴に近い声を上げた。タバサも眉をひそめる。 「ちょっとダーリン、大丈夫!?」 「手当てが必要。竜の羽衣を下ろしたら、学院に急ぐ」 「……俺を助けに来たのか?」 「ええ、ダーリンが一人で行ったって聞いてね。私たちを置いていくなんて酷いわ」 「………俺が一人でやったことだからな……。とはいえ……、助かった。感謝する」 そこでリゾットはシルフィードの上の最後の人物に気がついた。ルイズだ。疲れた表情をしていたが、それを上回る怒気を発している。 「ルイズか……」 リゾットの言葉が終わるのを待たず、ルイズはリゾットの頬をつねり上げた。ルイズの姉、エレオノールから身をもって伝授された技である。 「ねえ、イカ墨。『ルイズか』じゃないでしょう?」 そのままぐいぐいと横に引っ張る。地味に痛いが、この場合、文句をいう権利はルイズにあるので黙ってされるがままになる。 「ルイズ、その話は後でも……」 「黙ってて! 私は今、こいつと話をつけておきたいの」 「はい」 キュルケの抗議はルイズの怒気を含んだ声に封殺された。 「イカ墨、あんたは私の何?」 「使い魔だ」 ルイズのリゾットの頬を抓る手に力がこもった。 「そう、使い魔よね。なのに、あんた、何? 私を置いて、戦場に勝手に行ったわよね? それ、使い魔としてどうなの?」 「…………」 「多少の勝手は私だって大目に見るわ。あんたが自分のお金でキュルケと事業を起こすのも許可してあげたし、フーケを知らない間に味方につけてたことも、ちょっと腹は立つけど、この際だから許してあげる。改心させたみたいだしね。でも……」 ルイズはここで一呼吸置いた。 「ご主人様を蔑ろにするような真似は許さないわ。前に言ったわね? 『私が貴方のご主人様だってことを忘れなければ、それでいい』って。その一番大事なところを忘れるってどういうことなの?」 「俺の個人的な行動にお前を巻き込みたくは……」 ルイズの抓りが最大になった。 「それが蔑ろにしてるっていうのよ! 何? あんたまで、私のこと、無能な足手まといだとでも思ってるわけ? そりゃあ、あんたは強いわよ! 伝説のガンダールヴで、スタンド使いなのかもしれないわ! でもね! 一人で何でもかんでもできるわけないじゃない! 人間なんだから! 大体!」 ルイズの語気と、手の力が急に弱くなる。俯いてぼそぼそと呟く。 「大体……置いていかれるのだって辛いんだから…………その辺のこと、考えなさいよ……。ご主人様に心配かけないで……」 「ルイズ…………」 リゾットはそれだけ言って黙り込む。なんとなく気まずい沈黙がシルフィードの上に降りた。 と、タバサが立ち上がり、黙り込む二人の頭に、杖の先を軽く当てた。まずリゾットに、そしてルイズに。 「……何だ?」 「何よ?」 タバサはリゾットを指差す。 「反省が必要」 ついでルイズを指差した。 「怪我人に無理させない」 そしてこう、最後に付け足し、再びゼロ戦にレビテーションをかけた。 「両成敗」 しばらくして、リゾットが口を開いた。 「………確かにな。ルイズ、すまない。今回は俺が全面的に悪かった」 「うん……。私の方も今いうことじゃなかったかも……」 ルイズもそれだけ呟いた。やれやれ、といった調子でデルフリンガーがため息をつく。 「まあ、ともかく、これでこっちは一件落着じゃねーの? あっちもそろそろ終わるぜ。ほれ、後ろの地上、みなよ」 全員がそちらに目をやると、アルビオンの艦隊が燃え上がりつつも地上に不時着し、それによって士気の低下したアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行したところだった。 トリステイン軍の勢いは数で勝る敵軍を逆に押しつぶさんばかりだ。 「勝ったわね……」 ルイズは安心したように言った。 勝ち戦となった戦場を見るリゾットの脳裏にあの光がよぎる。 「あの艦隊をつぶした光……あれは?」 キュルケとタバサはルイズに視線を投げかける。ルイズは気が抜けたのか、ぼんやりと答えた。 「説明は後でさせて。色々あって、疲れたわ」 「………そうか…………。そうだな。俺も色々と後でお前たちに言うことがある」 リゾットは、自分のスタンドの秘密を話してもいいかもしれない、という気分になり始めていた。 そしてリゾットの耳に、歓声が聞こえてくる。 タルブの村の人々が手を振り、喜びと感謝の声を上げ、地上に降りるシルフィードを出迎えていた。シエスタとフーケもいる。 (とりあえず、彼らを守ることはできたな) 暗殺者がほとんど知らないような他人を守る、というのは奇妙な感覚だった。 (まあ、深く考えるの後でもいいだろう……。今は……血が足りないしな……) そう最後に結論して、リゾットは目を閉じた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9060.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第二十話「目覚めよルイズ」 用心棒怪獣ブラックキング 宇宙ロボット キングジョー 暗殺宇宙人ナックル星人 登場 トリステイン王女アンリエッタの結婚式を三日後に控えた日、トリステインに国家存亡に 関わるほどの危機が降りかかった。クロムウェルに化けたナックル星人の傀儡となった アルビオン艦隊が、ナックルの大軍団とともに攻め入ってきたのだ。侵略部隊はラ・ロシェールから タルブ村に侵入し、暴虐を振るい出した。タルブ村の人々は、怪獣と宇宙人の脅威に なす術なく逃げ惑うばかり。 それに立ち上がらないウルトラマンゼロではない。タルブ村に駆けつけた才人とルイズは、 カプセル怪獣の力を借りてシエスタたちタルブ村の人々を救出。そして才人がゼロに変身し、 ナックルの軍勢に立ち向かう。初めは数の暴力で危機に陥ったが、ちょうどその時に、 過去のハルケギニアに迷い込んで長らく機能停止状態だったジャンボットが復活。 ミラーナイトも戦列に加わって、形勢は逆転となった。 しかし、ナックル星人は余裕の態度を崩さない。大量の円盤群と、ブラックキング、キングジョーを 既に戦場に出していて、まだ何か戦力を隠しているのか? ウルティメイトフォースゼロ、頑張れ! タルブの、そしてハルケギニア全土の未来は君たちの肩に懸かっているのだ! ナックル星人の配下たちと対峙しているゼロは、ブラックキングへと狙いを定めて向き直る。 『俺はブラックキングの相手をする! ジャンボットはキングジョー、ミラーナイトは円盤を 片づけてくれ!』 『承知した!』 『お気をつけて!』 ゼロがブラックキングの方向へ駆け出していくと、残った二人は彼の指示に従う。ジャンボットが キングジョーへ向けて走っていき、ミラーナイトはその場に留まって円盤群の漂う上空を見上げた。 「グアアアアァァァァ!」 ブラックキングは向かってくるゼロへ熱線を吐き出した。ゼロは左に身体をずらして熱線をかわし、 ゼロスラッガーを投擲する。 『ぜりゃぁッ!』 空中を切り裂いて飛んでいくふた振りの宇宙ブーメラン。だがどちらも、ブラックキングの腕に弾き返された。 『ちッ。やっぱり、俺の技を研究して、俺を倒すために訓練されてやがるな』 頭にゼロスラッガーを戻して舌打ちするゼロ。ブラックキングは直接戦闘能力があまり優れていない ナックル星人の用心棒に値する怪獣であり、基本的な能力も高いが、ナックル星人によってその力を 効率良く引き出せるように調教されている。地球侵略時に駆り出された個体は、その時地球を守っていた ウルトラマンジャックの技の対策を徹底的に仕込まれたことで、ジャックの技をことごとくはねのけた。 このブラックキングの力と、もう一つのある「おぞましい武器」によってナックル星人は、 ジャックを一度は完全に破ったことがあるのだ。それほどに恐ろしい侵略者なのである。 『だが、ちょっと研究されたくらいで手も足も出なくなるようじゃ、俺はレオからぶっ飛ばされちまうぜ! でりゃあああッ!』 だがゼロは、筋力が特に強力なブラックキングに対し、あえて肉弾戦を挑みかかる! 「グアアアアァァァァ!」 ゼロのパンチを見切って防ぎ、豪腕を側頭部に叩きつけようとするブラックキング。普通なら、 凶器のような打撲が飛んでくるとなったら、避けようと考えて身を引くことだろう。 しかしゼロは反対に、自分から飛び込んでいった。前腕を差し込むことで、速度の乗っていない 腕のひと振りを食い止めることに成功する。 『はッ! だらぁッ!』 そして空いている右腕で顔面にチョップを入れてひるませ、その流れで首にも手刀を入れた。 悶絶したブラックキングの腹部に横拳が決めて、数歩たじろがせた。その後もゼロはぶつかっていくように 打撃を入れていくことで、ブラックキングを追い詰めていく。 どうしてゼロは怪力のブラックキングを恐れずに肉弾戦を挑めるのか、それについて少々説明しよう。 そもそもゼロは、宇宙警備隊の訓練生時代で既に戦闘術で優秀な成績を出す、才能あふれる戦士の卵だった。 しかしそれ故に慢心した彼は、より強い力を求めて「光の国の禁忌」に手を出そうとした。そのせいで 光の国を追放され、荒廃した大地のみの星でウルトラマンレオから延々と辛い修行を課されるようになった、 苦い過去がある。 この時の修行は、レオ相手に限りなく実戦に近い模擬戦を繰り返すというものだったが、 自分の力量に自信のあったゼロは長いことレオに一撃も入れることが出来なかった。 テクターギアという拘束具を身に着けさせられていたこともあるが、一番の理由はレオが 「小手先の技に頼っているから」だと語った。技に頼れば、心に隙が生じる。見せかけの強さに おぼれていたゼロの動きは、レオに全て読まれてしまったのだった。 そしてゼロは修行の末に、心から生まれる「本当の強さ」を学んだ。その強さが「勇気」を生み出し、 どんなに恐ろしく見える敵にも立ち向かえる力と技を与える。どれだけ訓練されようと所詮は 「小手先の技」しか扱えないブラックキングが、ゼロの「勇気」を上回ることは出来ない。何より、 タルブ村の人々の命を背負うゼロが、心で負けることなどありえない! 一方で、ジャンボットもキングジョー相手に肉弾戦を繰り広げていた。 『むぅんッ!』 ジャンボットは文字通り鉄拳をキングジョーの胸部に打ち込む。しかしキングジョーは びくともしないで、腕をわきわき動かす。 『むッ、頑丈だな。しかし、動きは全く遅いぞ!』 敵の装甲の強固さを一撃で読み取ったジャンボットだが、それでもボクサーよろしくラッシュを 繰り出すことで、どんどんと押し込む。キングジョーも猛ラッシュを受けて踏みとどまるのは難しく、 後退させられていく。 これが生物なら、鉄板に何発も拳を入れていたら、傷つくのは攻撃する側だろう。しかし ジャンボットもロボットで、エスメラルダの技術の粋で造り出された機体。頑強さなら、 キングジョーに引けをとっていない。それどころか、俊敏さでは大きく水を開けている。 攻撃速度では追いつけないキングジョーは、両目からの怪光線を発射した。インファイトを 仕掛けているジャンボットが回避することは難しい。 『ふッ!』 しかしジャンボットは、軽く首を傾けるという最小の動作で光線をかわした。光線は彼の顔 スレスレを横切っていき、地面に着弾する。 『とうッ!』 直後にジャンボットのカウンターのパンチが炸裂し、キングジョーは数歩よろめいて下がる。 ジャンボットもまた、鋼鉄の頭脳の中に確かな「勇気」を持っている。そのために、恐怖の中に 飛び込みながら戦える力があるのだ。キングジョーも恐怖を感じてはいないが、それは心がないだけのこと。 心がないキングジョーは単調な攻撃しか出来ないので、ジャンボットには勝ることが出来ないのだ。 『はぁッ!』 円盤群を相手に回すミラーナイトは、当然のように善戦をしていた。ディフェンスミラーを 大量に張ってタルブ村を覆うことで、円盤の光線を全てはね返す。光線程度しか武器を持たない 相手だったら、鏡を作ることが得意技のミラーナイトは非常に相性がいいのだ。 ここまでは、ゼロたちが優勢である。三人の奮闘に避難したタルブ村の人々も大歓声を上げている。 だが、敵もこのままやられっぱなしではいなかった。 『まずは一機!』 ミラーナイトが円盤の一機に狙いを定めて、ミラーナイフを放とうと腕を振り上げた時、 その肩に熱線が命中したのだ。 『なッ!? 今のは怪獣の攻撃……!?』 驚きを隠せないミラーナイト。何故なら、ブラックキングは今もゼロが圧倒しているからだ。 「グアアアアァァァァ!」 しかし、いつの間にか彼の近くにブラックキングが接近してきていた。つまり二体目だ。 『まだいたのか! ならばそちらを先に……』 「グアアアアァァァァ!」 攻撃目標を二体目に変更しようとした矢先に、また別方向からブラックキングが現れて咆哮を上げた。 『何!? 三体目……』 「グアアアアァァァァ!」 『い、いや、四体目だ!』 気がつけば、ミラーナイトは三体のブラックキングに囲まれていた。 「グアアアアァァァァ!」 『な、何! こっちにも!』 それで終わりではなかった。最初のブラックキングと戦っているゼロの方にももう一体出現し、 敵の加勢に回る。 その時、新たな気配を感じ取ってふと空を見上げるゼロ。その方角からは、キングジョーを 構成する四機編成の円盤が、計四隊も飛来してきたのだ。内二隊がゼロの周囲でキングジョーに合体し、 残る半分はジャンボットの方に回る。 『何ぃ!? 一気に敵の数が……五倍に!』 ブラックキング、キングジョーともに五体になったことに、ジャンボットが思わず叫んだ。 先日はゴルドンが同時に二体出現したが、これはその比ではなかった。 『クッハハハハハ! 見たか! 奴らめ、相当驚いてるぞ!』 旗艦の円盤の中で、ナックル星人が哄笑を上げた。当然、ブラックキングとキングジョーの増援は 彼の仕業である。ウルトラマンゼロに確実に復讐するために、持てる戦力を全て投入したのだ。 しかしあのブラックキングとキングジョーの軍団は、元々ゼロ対策で用意したものではない。 実は、宇宙人連合の仲間たちを、ハルケギニアを侵略してから排除するために密かに 持ち込んでいたものなのだ。侵略が達成されれば、そのままだったら領土を連合で 分割することになる。だがナックル星人はその全てを独占するために、仲間たちを出し抜く 目的で独自の戦力を確保していたのだ。 テンペラー星人とザラブ星人がいがみ合った際に、団結を説いたナックル星人。しかし裏では、 自分が裏切る気でいたのだ。この厚顔無恥な行為を平然と行う卑劣さが、ナックル星人の もう一つの「武器」なのだ。 そしてその「武器」による計略は、これで終わりではなかった。 『はッ! 数を増やせば勝てるなんて発想の貧困さには、全く呆れ返るぜ!』 ゼロは四方を取り囲むブラックキング二体、キングジョー二体に臆することなく言い放った。 そしてウルティメイトブレスレットを叩き、ストロングコロナゼロに変身する。 『こいつで勝負だ! 行くぜッ!』 超パワーを持つストロングコロナなら、ブラックキングとキングジョーのカルテットにも 力負けすることはないだろう。四方からの熱線と光線を切り抜け、正面のブラックキングに殴りかかる。 『うらぁッ!』 だがその瞬間、彼の前に『レキシントン』号から発艦したワルド率いる竜騎士隊が割り込んできた。 『うおッ!? 危ねぇッ!』 咄嗟に拳を止めるゼロ。一方で殴り潰されそうになった竜騎士隊は、感謝するどころか ゼロに魔法の攻撃と火のブレスを浴びせかけてくる。 『ちッ。こいつらもナックル星人の手下って訳か……!』 怪獣と比べたらはるかに小さい彼らの攻撃は、ゼロには蚊が刺した程度のダメージにしかならないが、 それでも本来守るべき対象から攻撃されるのは気分のいいものではない。 しかし、ゼロは彼らを叩き落としたりはしない。今は敵に回っているとはいえ、ナックル星人に 利用されているだけなのだ。そんな彼らに手を出すことは出来ない。と言っても、ブラックキングとの 間に割って入られていては後ろに攻撃を加えられない。 『仕方ねぇ。ならあっちからだ!』 身体を左側に向けると、キングジョーに片方のゼロスラッガーを投擲する。 すると、竜騎士隊の半分が左側に回り、ゼロスラッガーの射線上に入った! 『何ぃッ!?』 すぐにゼロスラッガーの軌道を曲げ、頭に戻すゼロ。同時に、竜騎士隊の行動の目的が分かった。 一度目なら偶然かもしれないが、今のは明らかに故意だ。 『こいつら、自分たちから盾になってやがる!』 ジャンボットとミラーナイトの方も、同じ状況に陥っていた。竜騎士隊が纏わりついて、 迂闊に攻勢に出ることが出来ない。円盤群の方は、艦隊が盾になっている。 『くッ! そういう策略か、ナックル星人め……ぐおッ!』 戸惑うゼロたちに隙が生じ、熱線と光線を浴びせかけられてしまった。 「か、艦長、巨人どもは本当に我らに攻撃してこないのかね? もし万が一があったら、 我々に助かる見込みはないぞ」 『レキシントン』号の後甲板では、艦隊司令長官のサー・ジョンストンがボーウッドに 青ざめた顔で問いかけた。彼は本来政治家なので、実戦に命を懸ける覚悟など持ち合わせてないのだ。 その彼に対して、ボーウッドは無表情のまま、冷たい声で返答する。 「そう我々におっしゃったのは、クロムウェル皇帝です。あなたは皇帝のお言葉が信じられないので?」 「い、いや、そんなつもりではないぞ。しかしだな、兵が怖がってはいかんだろう。兵の動きの乱れは、 艦の乱れになるだろう」 怖がっているのは自分だろう、とボーウッドは心の中で侮蔑すると、ジョンストンの言葉を 無視して兵たちに命令を下すのを続行した。 彼らがクロムウェル=ナックル星人から受けた命令は、それまでの常識では到底考えられない内容だった。 「我々に敵対する巨人たちが現れたら、身を張って怪獣と円盤の盾になれ」ということ、その一点を厳重に 命じたのだ。曰く、巨人たちはハルケギニアの人間に攻撃することはないから、命の危険は心配しなくていい、と。 確かにその通り、彼らはゼロたちから攻撃されない。しかし、万一のことがあるとは、 クロムウェルは考えなかったのか? そんなはずがないだろう。要するにボーウッドたちは、 捨て駒の肉壁にされているのだ。そのことを、クロムウェルに尻尾を振るしか能のない ジョンストンたちは気づいてもいない。ボーウッドは余計に彼らを軽蔑する。 同時に彼は、この作戦が名誉も何もない、それどころか恥知らずもいいところの卑劣極まりないもので あることも理解していた。良心につけ込み、無抵抗の相手をいたぶるなど、ゴロツキのやることだ。おまけに 自分たちを、兵士どころか人間扱いすらしていない。それを平然と提案したクロムウェルが、どんな力を 持っていようと、人の上に立つべき人間ではないことは明白だ。 しかし、ボーウッドは良くも悪くも徹底した軍人なのだ。それが分かっていながら、クロムウェルの 命令に逆らうことは選ばない。人間らしい情も、作戦への内心の批判もかなぐり捨てて、ゼロたちへの 妨害行為を続ける。 (巨人たちは、確かに強い。本当の強さがある。しかし、それでも〝個人〟に過ぎない。 彼らでも、変えられない流れがここにあるのだ) ボーウッドは心の中でつぶやいた。 その頃、トリステイン王宮では会議場が大混乱に陥っていた。アルビオンの侵略の報は すぐに王宮に届けられたが、敵が怪獣たちと行軍していると知ると、その脅威を知る皆は そろって二の足を踏んだ。ゼロたちが現れたと聞くと一時的に安堵したが、彼らの苦戦を 耳にしてまた騒然となった。 「ゲルマニアに軍の派遣を要請しましょう!」 「しかし、今からでは到底間に合いませんぞ……」 「ではどうすると言うのか! アルビオンは卑劣極まる手段で、ウルトラマンゼロたちを 追い詰めているという! このままでは彼らの敗北は必至だ!」 「では、我らで怪獣たちと戦えと? 絶対に敵いませんぞ」 「ただでさえ戦力が足りない現状です。死にに行くのと同義でしょう」 誰も彼もが怒号を上げる中、会議室の上座で、本縫いが終わったばかりのウェディングドレス姿のままの アンリエッタは呆然としていた。しかし、不意に薬指に嵌めた『風』のルビーを見つめる。 このウェールズの形見を受け取った時、自分は誓ったのではないか? 愛するウェールズが、 勇敢に死んでいったというなら、自分は……勇敢に生きてみようと。 「きっと、苦戦など今の内だけでしょう。ウルトラマンの勝利を信じましょう」 怒号の中から上がったそのひと言で、アンリエッタは遂に立ち上がった。一斉に視線が 王女へ注がれる。アンリエッタは、わななく声で言い放った。 「今の発言、恥ずかしくないのですか」 「姫殿下?」 「わたくしたちと何の関わりのないはずのゼロたちが、戦っているのですよ! それなのに国を、 民を守る貴族のあなたたちは、何もしないで言い争ってばかり! 我らは、なんのために王族を、 貴族を名乗っているのですか? このような危急の際に、彼らを守るからこそ、君臨を 許されているのではないですか?」 誰も、何も言わなくなってしまった。アンリエッタは冷ややかな声で言った。 「あなたがたは、怖いだけでしょう。反撃をくわえたとして、勝ち目は薄い。敗戦後、責任を 取らされるであろう、反撃の計画者にはなりたくないというわけですね? ならば、わたくしが 率いましょう! あなたがたは、ここで会議を続けてなさい!」 アンリエッタはそのまま会議室を飛び出ていった。マザリーニや、何人もの貴族が、 それを押しとどめようとした。 「姫殿下! お輿入れの大事なお体ですぞ!」 「ええい! 走りにくい!」 アンリエッタはドレスの裾を膝上まで引きちぎると、宮廷の中庭に出た。 「わたしの馬車を! 近衛! 参りなさい!」 近衛の魔法衛士隊が集まり、聖獣ユニコーンが繋がれた王女の馬車が引かれてきた。アンリエッタは 馬車からユニコーンを一頭外すと、ひらりとその上に跨った。 「これより全軍の指揮をわたくしが執ります! 各連隊を集めなさい!」 ユニコーンが走り出すと、幻獣に騎乗した魔法衛士隊が口々に叫びながら続く。 「姫殿下に続け!」 「続け! 後れをとっては家名が泣くぞ!」 次々に中庭の貴族たちは駆け出していく。その様子をぼんやりと見つめたマザリーニは、 残っている者たちへ大声で告げる。 「おのおのがた! 馬へ! 姫殿下一人を行かせたとあっては、我ら末代までの恥ですぞ!」 アンリエッタが王宮から発った直後に、タルブ領主の館より数十人の竜騎士隊が飛び立ち、 戦場のタルブ村へ急行した。彼らは領主アストン伯の抱える騎士隊。アンリエッタ出陣の報に 感応されたアストン伯の命で、アルビオン軍へ突撃しに来たのだ。 「皆の者、ひるむな! 我らの敵は人間のアルビオン軍! 売国奴どもに、トリステイン騎士の 勇猛さを見せつけるのだ!」 騎士隊はゼロに纏わりつくワルドの部隊へと、体当たりするように突貫する。彼らの存在に 気づいたアルビオン竜騎士の一部がそちらに回り、交戦を始める。 ぶつかり合い、魔法を散らす両部隊。その場所はゼロとブラックキング一体の間なので、 今度はブラックキングがゼロへの熱線攻撃を踏みとどまった。 『何をやっている。ゴミどもが、我がブラックキングの邪魔をするんじゃない』 この事態に、ナックル星人は苛立ちを見せる。竜騎士を退かせようかと考えるが、すぐに考え直す。 『たかだか人間が一部、いなくなっても大局に変わりはあるまい』 「グアアアアァァァァ!」 ナックル星人の命令を受けたブラックキングが、熱線を放とうとする。その射線上には、 両軍の騎士たち。 『! やめろぉーッ!』 途端にゼロは駆け出し、騎士たちの前に回って、飛んできた熱線を背中で受け止めた。 『うああああぁぁぁッ!』 ゼロの悲鳴が上がり、カラータイマーが赤く点滅し始める。一方で、彼に助けられた騎士たちは 呆然とした顔になった。特にアルビオン側の竜騎士が驚きを禁じ得なかった。 「敵の俺たちを……助けてくれたのか……?」 そこに隊長のワルドが飛来してきて、命令を飛ばす。 「何を手を止めている。早く作戦を続行しろ」 部下たちは、思わず耳を疑った。 「しかし! 彼は私たちをかばったところで……!」 反抗した騎士は、ワルドの雷を受けて火竜ごと撃ち落とされた。 「馬鹿な奴らめ。それでも兵士か? 兵士は何も考えず、言われたことをしていればよいのだッ!」 叫ぶと、ワルドはゼロへ雷を飛ばす。 「おのれ、裏切り者ワルド! 貴様には恥がないのかぁーッ!」 怒り狂ったトリステイン騎士がワルドに魔法で攻撃するが、ワルドの風竜の動きについていけず、 一人ずつ撃ち落とされていく。ワルドの顔には、笑みすら浮かんでいる。 『この、野郎がぁぁぁ……!』 利用されていることを差し引いても非道なワルドにゼロが激怒を覚えるが、それでも 攻撃することだけは出来なかった。 トリステインの騎士隊がアルビオン軍の相手をしても、アルビオン軍も強大な軍勢。その力の前には ほとんど刃向かうことが出来ず、ゼロたちの劣勢に変化はなかった。 「このままじゃ、ゼロたちが負ける……。みんな死んじゃう……!」 南の森で、ゼロたちの窮地を見ていられなくなったルイズが、ギュッと『始祖の祈祷書』を握り締めた。 何とかしたいとは思うが、ただでさえルイズには何の力もない。今もまた、無力な己を呪う。 せめて祈ることだけはしようと、ポケットの中から『水』のルビーを取り出して指に嵌めた。 装飾品として扱うにはルビーが大きいし、アンリエッタに畏れ多いので、ミラーナイトと 会話したり呼び出したりする時くらいしか嵌めないが、今はこれに祈りを捧げる。 「姫さま、ゼロを、サイトを、みんなをお守りください……」 同時に、『始祖の祈祷書』にも祈ることにした。そしてページを開くと、途端に目を丸くした。 その手の中で、『水』のルビーと『始祖の祈祷書』が光り輝く。 「え……? 文章……?」 『始祖の祈祷書』は一切文字の書かれていない、白紙の本だった。何度も中身を見たからそれは確かだ。 しかし今は、光るページの中に古代のルーン文字で書かれた文章が書き連ねてあるのだ。ルイズは真面目に 授業を受けていたので、古代語を読むことが出来た。意味は、以下の通りだ。 序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの 系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。 神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、 かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が与えし零を 『虚無の系統』と名づけん。 「虚無の系統……!」 ルイズは唖然としながらも、思わずシエスタたちから密かに離れて、森の中で一人になった。 まさかの『虚無』の重大な手掛かりなので、迂闊に他の者に知られる訳にはいかないと判断したからだ。 続きに目を通すと、説明はもっと核心に入っていった。 これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。 『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を 取り戻すべく努力せよ。『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を 消耗する。詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の 読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は 『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』 ルイズは何度か、自分が『虚無』の担い手ではないかと示唆された。アントラー戦では、 『青い石』の力もあったとはいえ絶大な威力の、未知の魔法を発動し、ワルドはどうしてだか 知らないが、自分に『虚無』の才能があると確信していた。 しかしまさか、こんな場所で、こんな時に、こんな方法で証明されるなんて思ってもみなかった。 こんな言葉も口から突いて出る。 「ねえ、始祖ブリミル。あんたヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ『始祖の祈祷書』は 読めないんでしょ? その読み手とやらも……、注意書きの意味がないじゃないの」 同時に、可能性に気がつく。今なら、自分の手でゼロたちを助けられるのではないだろうか。 大怪獣アントラーを一撃で瀕死に追いやったあの大爆発、いやそれ以上の威力のものを、自在に発動できるのではないか。 奇跡を起こせるのではないか。 『ぐわあぁぁぁぁッ!』 ジャンボットは、三体のキングジョーに囲まれて殴り飛ばされ続けている。突き飛ばされる先に キングジョーがいて、絶え間なく痛めつけられる。 『ぐぅぅぅ……!』 ミラーナイトは、ブラックキングたちの殴打や熱線を浴び続け、息も絶え絶えになっている。 『くそぉッ! 離しやがれぇッ!』 ゼロは、両腕をブラックキングとキングジョーにひねり上げられて、身動きが取れなくなっていた。 『ハッハッハァッ! ざまぁないなぁウルトラマンゼロ! とどめは俺様が直々に刺してやろう!』 勝利を確信したナックル星人はとうとう自ら戦場に巨大化した姿で降り立ち、拳を鳴らしながら ゼロににじり寄る。 『くッ……おらぁッ!』 『げぶッ!?』 しかし接近したところで、足を振り上げたゼロの前蹴りを腹にもらって、思い切り吹っ飛んで倒れ込んだ。 『クソがッ! 往生際の悪い奴だ! そんなに苦しみながら死にたいのなら、望み通りにさせてやるッ!』 口汚く罵るナックル星人は臆病にも後ろに下がり、彼に代わってブラックキングとキングジョーが ゼロを締め上げる。 『ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』 ゼロの絶叫が轟く。 ルイズは、迷いなく杖を抜くと、木々の間から見える、暴虐を尽くすゼロたちの敵を にらみつけながら掲げる。 そして、祈祷書に記されている初歩の初歩の初歩の魔法、『エクスプロージョン』の呪文を唱え始めた。 初めて口にする呪文なのに、とても滑らかに口から流れる。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ 詠唱しながら、ルイズの頭の中に自分が見てきた人々の顔が思い浮かぶ。魔法の才能がない、 と叱る両親に、姉に、先生。その度に悔しく、みじめな思いをした。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド 級友たちも、自分を愚弄してばかりだった。どうして自分はみんなのように魔法を使えないのか。 何度も恨んだ。 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ しかしそれ以上に悔しく思い、自分を恨んだのは、才人とゼロ、自分を助けてくれる人たちの 危機に何もしてやれない時だ。彼らはいつも自分を置いて苦しみ、他の者たちが助ける。 自分は仲間じゃないみたいだ。何度も無力感に苛まれ、やるせない思いを募らせてきた。 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… 長い詠唱ののち、呪文が完成した。ルイズの杖が振り下ろされる。 その瞬間、戦場の上空に、巨大な光の球があらわれた。まるで小型の太陽のような光を放つ、 その球は膨れ上がり、円盤を、戦艦を、怪獣を、戦場の者たちを包んだ。 そして、球が爆ぜた。呪文の主のルイズが目を覆うほどの光が輝いた。 光が晴れ、目を開くと、戦場の景色は一変していた。艦隊は炎上。円盤はひび割れ、ともに 地面に向かって墜落していく。 怪獣たちは、完全に動きを止めていた。キングジョーは火花を散らして気をつけの体勢になると、 後ろにまっすぐ倒れる。ブラックキングは、目の光を失って前のめりに倒れ込み、そのまま絶命した。 ルイズは理解した。アントラーを破ったあの爆発は、『虚無』の力のほんの一部でしかなかったのだ。 『な……な……な……!?』 ナックル星人はわななく声を上げながら、目を疑った。突然視界を塗り潰すような爆発が起きたかと思えば、 自分の軍隊が全滅していた。空を埋め尽くす円盤と戦艦は一隻残らず地に墜ち、アルビオンの竜騎士も一騎も 飛んでいない。キングジョーもブラックキングも斃れた。ナックル星人が無事なのは、単に離れていたから 爆発に呑まれなかっただけのことだ。 『何だ! 一体何が起こった!? 今の攻撃は何だ! こんな俺の手駒を一気に全滅させるほどの 威力の爆発など、見たことも聞いたこともない! 誰が何をしやがったんだ!』 目の前で起きたことを受け入れられず、ナックル星人はパニックになっていた。 『そして何より! その爆発に巻き込まれて、どうしてお前らだけ無事なんだぁウルトラマンゼロぉぉぉぉ!!』 ナックル星人の視界の先には、呆然と突っ立っているが、爆発による外傷を全く受けていない ストロングコロナゼロたちの姿があった。トリステインの騎士も、固まってはいるものの 何もなかったかのように宙に浮いている。 『今のは一体……まさか……』 ゼロだけは、爆発にかすかな心当たりがあった。しかしよく考える前に、ミラーナイトがこんなことを告げる。 『おや? ゼロ、あなたカラータイマーの色が戻ってますよ。どうやってエネルギーを回復したんですか?』 『え? あッ、ホントだ! 何でだ?』 ゼロの胸のカラータイマーは、さっきまで忙しなく点滅していたのに、今は青く輝いている。 だがカラータイマーはエネルギー残量と活動時間の限界を知らせるもの。自然に戻ることは ないはずなのだが……。 しかしゼロは元々思慮深い性質ではないのだ。考えても分からないことは、すぐに頭の片隅に追いやる。 『まぁ回復したのならそれでいいぜ! さぁナックル星人、覚悟はいいだろうな?』 パシン、と拳を鳴らすと、ナックル星人の方に向き直る。対するナックル星人は、戦力を 失ったことで完全に怖気づいていた。 「グアアアアァァァァ……」 だが、まだ動いているものが残っていた。最初に投入されたブラックキングだ。爆心地から 最も離れていたので、かろうじて生き延びていたのだ。しかし口からは黒い煙が立ち上り、 足取りはふらついている。どう見ても戦闘続行できる状態ではない。 『お、おぉ! 生き残りがいたか! ついているぞ! さぁ、早く俺を守れ! あいつらを倒してこい!』 それなのに、ナックル星人はいたわることすらせず、それどころかブラックキングの背後に回って 身を隠すように縮こまると、ゼロたちの方へ押し出した。完全に、自分の保身しか頭にない。 それなのに、ブラックキングは逆らおうともせずにゼロたちへ向かっていく。タルブ村を 焼き払った張本人だが、瀕死の状態で酷使される様は、憐憫すら覚える。 『ナックル星人、どこまでも救えない奴だな……!』 だからゼロは、せめてもの情けでとどめを刺してやることにした。ブラックキングに密着して 取り押さえると、高々と持ち上げて天高く投げ飛ばす。 「ゼアァッ!」 そして自分もジャンプすると、首に下から手刀を振るった。スライスハンドだ! ブラックキングの首が胴体から切り落とされ、両方とも地面に落下した。ブラックキングは 苦しむ間もなく絶命した。 『くッ、くそぉッ!』 最後のブラックキングが倒されると、ナックル星人はアルビオンの時のようになりふり構わずに 逃走しようとした。だが向けた背のすぐ後ろに着地したゼロに、がっしりと捕らえられる。 『お前みたいなのを、二度も逃がすかよ!』 『や、やめろぉー! 助けてくれぇー!』 『そいつは俺じゃなくて、お前が利用した奴らに頼んでみるんだなッ!』 どこまでも往生際の悪いナックル星人を、ゼロが許す訳がない。捕らえたまま再び跳躍し、 後ろへ投げ飛ばして頭から落下させる。必殺のウルトラ投げが決まった。 『が……が……』 まだ息のあるナックル星人だが、時間の問題だ。仰向けに倒れた彼の面前にゼロが降り立つと、 ナックル星人は震える手で指を突きつけた。 『馬鹿め! これで勝ったと思ってるのか!? この星にはヤプール人が来てるんだぞ!』 『何!? ヤプール人!!』 今際の捨て台詞だが、それを耳にした途端にゼロは、ミラーナイトとジャンボットも色めき立った。 『ど、どうせお前ら全員、ヤプールに始末されるんだ……はッ、ははははッ! はッ……!』 負け惜しみの途中で笑いが途切れ、ガクリと力を失うナックル星人。その身体が爆発し、 粉々に砕け散った。 『ヤプール……復活してやがったのか……!』 奇跡的な逆転勝利を収めたゼロたちだが、「ヤプール人」の言葉によって、その顔からは喜びが消し飛び、 険しい色だけが残った。 ナックル星人の軍勢を全て倒すと、ゼロたちは空に飛び立ってはるか彼方へ去っていった。 タルブ村の人々や、騎士たちは大歓声を上げて三人を見送った。彼らは『虚無』の爆発を、 ゼロたちの起こしたものと思っていた。 しかしそれは違うことを、才人はもちろん知っていた。南の森の中でゼロから戻った才人は、 すぐにルイズの下へ走っていく。 ルイズはその場に力なく座り込んでいた。何かあったのか、と慌てて近寄る才人。 「ルイズ、どうしたんだ! 大丈夫か!?」 と聞くと、ルイズはこちらへ顔を向けてきて、呆然とした表情で告げる。 「サイト、わたし……『虚無』の魔法に、目覚めちゃったみたい……」 その言葉に才人は一瞬驚きを見せ、すぐに納得した。やはり、先程の爆発はルイズの起こしたものだったのだ。 アントラーの時と同じ感覚がしたから、薄々勘付いていた。 「やったじゃんか。遂に魔法が使えるようになって」 喜びを分かち合おうとするが、ルイズはむしろ戸惑いを見せている。 「でも……あんまりにも突然のことで、実感がないわ。それに、これからのことを考えたら、ちょっと不安……」 『虚無の魔法』は、現代になっては完全に伝説。実在を信じていない者もいる。そんな中で、 自分が伝説の魔法を復活させたとなったら、周りを取り囲む環境がどう変わるか、予想もつかない。 未来への漠然とした不安を覚える。 しかし、それを察した才人が、気楽に言い放った。 「そんな難しく考えなくたっていいんじゃないか? なるようになるって」 「……そんな無責任な……」 呆れ返るルイズだが、すぐに思い直す。才人は、『ガンダールヴ』なんて伝説の使い魔で、 ウルトラマンとも一体化しているという状態なのに、それに変に気負わずに自然体でいる。 そういう能天気さも必要なのかもしれない、と考えた。 「サイトさーん!」 「あッ、シエスタ」 そうしていたら、自分たちを探しに来たシエスタが走ってきて、迷わず才人の胸に飛び込んだ。 才人とルイズは思わず目を剥く。 「シ、シエスタ!?」 「サイトさん、ご無事でよかったです! 私、サイトさんにたくさん聞きたいことがあるんですよ!」 「そ、それはいいけど、ちょっと、くっつきすぎじゃ……その、胸が当たって……おぉう」 シエスタが才人に抱きつく構図を見せつけられると、ルイズは途端に『爆発』使用後の 疲労感がどこかに吹き飛んで、メラメラと怒りを募らせた。その勢いで立ち上がり、 才人とシエスタに食って掛かる。 「こらー! ご主人様が疲れてるのに、あんたは何やってるのよ! そっちもとっとと離れなさいッ!」 「嫌ですー」 「んなッ!? メ、メイドの分際で生意気言うんじゃないわよ!!」 ギャアギャアわめき立てるルイズとシエスタの間に挟まれた才人の背で、鞘から少しだけ 刀身を出したデルフリンガーが、ボソッとつぶやいた。 「やれやれ。伝説の担い手だってことがはっきりわかったのに……、色恋の方が大事かね。 年頃の人間ってやつぁ、どうにもこうにも、救えねえね」 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1926.html
「・・・何やってんだ、おめーら」 部屋の扉を開けたまま、肩にデルフリンガーを担いだ状態でギアッチョは しばし固まった。 厨房でルイズ達と別れてから数時間を剣の訓練に費やし、今戻って来た 彼の眼に飛び込んだものは、 「あ、おかえりギアッチョ」 「お邪魔してます」 足りない分はキュルケあたりの部屋から持ってきたものか、しっかり 五人分揃えられた椅子に座り円卓の騎士よろしく丸テーブルを囲む ルイズ達の姿だった。 「シエスタの嬢ちゃんまでいるじゃねーの 今日は半ドンか?」 やけに俗な言葉でデルフがギアッチョの疑問を代弁する。シエスタは椅子を 引いて立ち上がると、律儀に礼をしてからそれに答えた。 「はい マルトーさんに掛け合ったら快く許してくださいまして」 「・・・理由はそいつか?」 ギアッチョはテーブルの上に丁寧に広げられた数枚の地図に眼を向ける。 「ロマンだよギアッチョッ!!」 両手で勢いよく地図を叩いて、ギーシュが興奮した面持ちで声を上げた。 「見たまえ!宝の地図だよ!宝、財宝、進化の秘法!」 「ああ?」 「宝探しは男のロマンさ!男に生まれたからには、心躍る冒険の一つや 二つ夢見て当然!いや、見ないでどうするッ!!」 「あんた毎日冒険してるじゃない」 主に女性関係で、と突っ込むルイズの言葉も、熱苦しい情熱を振りまいて 語るギーシュの耳には届かないらしい。キュルケはやれやれという風に首を 振ると、一人と一本に説明を始めた。 「ほら、折角こんな関係になったんだしシエスタも入れてどこかに 遊びに行こうって話になったのよ それで、最近私が買った地図のことを 思い出してね」 「貴族の割に野趣溢れる選択だな・・・こういうなぁ人を雇って探させる もんじゃあねーのか?」 「貴族と言っても私達は所詮子供だしね、大金持ってるわけじゃないのよ それに、ま・・・ギーシュじゃないけど、ちょっと夢があっていいじゃない?」 ギアッチョはもう一度並べられた地図に眼を落とす。どれもこれも、いかにも 作り話じみたうさんくさい代物ばかりである。胡乱な視線に気付いたらしい、 タバサが本をめくる手を止めずに口を開く。 「・・・確率は低い でも伝承や噂と矛盾する内容は見当たらない」 「行ってみる価値はある、っつーわけか」 桃色の髪を揺らして、ルイズがギアッチョを見上げた。 「・・・ダメ?」 「何でオレに許可を求めんだ ・・・ま、いいんじゃあねーのか」 「見たとこどれもそう遠くはなさそうだしな」地図にルイズ達がつけた 印を見ながら応じる。「死なねー程度に頑張って来な」 「何言ってるの?あなたも行くのよ」 「・・・何?」 キュルケの言葉に、ルイズのベッドに無造作に下ろしかけた腰を一瞬止める。 「同行」 「おめーらで行きゃあいいだろーが」 「皆で行くからいいんじゃないか!」 「だからおめーらで行けば・・・」 「ダメよそんなの!皆で行くんだから、ギアッチョがいなきゃ意味ないわ!」 五人は喧々囂々主張を交わす。この数日を特に鍛錬に充てるつもりの ギアッチョとしては、それが潰れることは歓迎出来ない。一方ルイズ達は 誰か一人欠けても意味が無いと主張し、彼らの議論は中々収束しない。 「・・・あのっ」 おずおずと声を掛けたシエスタに、全員の視線が集中する。慌てて机上の 地図を一枚掴み、ギアッチョに差し出して言った。 「これ、『竜の羽衣』って宝物の地図なんです」 「・・・?」 「さっき話してたんですけど、これ実は私のひいおじいちゃんの持ち物で」 「おめーの故郷か?そりゃあ奇遇だな」 「はい、それで・・・あの ・・・何にもない村なんですけど、一つだけ ――とっても綺麗な草原があるんです 私、ギアッチョさんにも見て 貰いたくって」 「・・・・・・」 「・・・ダメ、でしょうか」 ギアッチョの冷たい双眸が、シエスタの不安げな瞳を捕える。 「・・・・・・しゃーねーな 保護者が必要だってことにしとくぜ」 小さく溜息をつくと、両手を上げて降参の意を示した。同時に、その場が わっと歓喜に沸く。 「よく言ったッ!それでこそ男だよギアッチョ!」 「おめーに男がどうとか言われたくねー」 「お手柄よシエスタ!」 「きゃっ!?だ、ダメですミス・ツェルプストー!」 再びロマンを語り出すギーシュの横で、キュルケがシエスタを抱き締める。 珍しくというべきか、歳相応にはしゃぐ彼らだったが、 ――あ・・・・・・ 嬉しそうに笑うシエスタと、その視線の先にいるギアッチョに――ルイズの 胸はちくりと痛んだ。すぐに理由に気付いて、それを吹き飛ばすように彼女は 強く首を振った。 「それじゃ、明日はちゃんと起きるのよ」 「わ、分かってるわよ!」 キュルケ達を見送りに出た廊下。今朝のことが頭をよぎり、ルイズは思わず頬を 染めて返答する。一瞬怪訝げな表情を浮かべたキュルケだったが、自室の扉を 開くと特に詮索することも無く手を振った。 「そ、じゃあ二人ともお休みなさい」 「お休み・・・また明日」 「じゃあな」 無理矢理見送りに引っ張り出したギアッチョと三人で挨拶を交わし、キュルケは あくびをしながら扉を閉めた。同時に、ルイズが同じく自室の扉を開ける。 「さ、わたし達も早く寝ちゃいましょ 明日は早いんだから」 ギアッチョは声を出さずに、肩をすくめてルイズに応えた。 ぱたり、と扉が閉まる。その音に被せて、 「・・・ギーシュ・・・」 廊下の角に姿を隠して、見事な金糸の髪を持つ少女は――怒りと不安と悲しみの 入り混じった声で恋人の名を呟いた。 ニ脚に戻った椅子に腰を下ろして、ギアッチョは最近見方を覚えた水時計を 覗く。もうすぐ深夜に差し掛かる頃合だった。中々スケジュールが定まらず、 夕食を終えて入浴を終えた後も六人はあれやこれやと打ち合わせを続けていた。 もっとも、その半分以上は他愛の無い雑談に割かれていたのだが。 「ほら、さっさと寝るわよギアッチョ!寝坊なんてしたら許さないんだからね!」 「・・・随分と楽しそうじゃあねーか」 「そ、そう見える?」 「見えるも何も・・・っつーやつだ」 二人は背中を向けたまま会話する。 「おめーがそんなに笑顔でいんのは見たことねーからな」 「えっ・・・ええ?」 ぺたぺたという音がギアッチョの耳に届く。大方、今頃気付いて反射的に自分の 顔でも触っているのだろう。 「・・・単純なガキだな」 「ぅ・・・わ、悪かったわね・・・」 自分の行動を見透かされたと気付いたらしい、ルイズは小さく拗ねた声を出す。 「・・・別に、いいんじゃあねーのか」 「え?」 「おめーらみてーなガキがよォォォ~~~~、小難しいことばっか考えてて どーすんだっつーのよ そうやってあいつらと笑ってるほうがよっぽど歳相応 だろーが」 毎度巻き込まれるのは勘弁だが、と小さく付け足して、ギアッチョはフンと 鼻を鳴らした。 「・・・そ、そう・・・」 若干の沈黙が場を支配する。微かに衣擦れの音が聞こえた後、 「・・・もういいわ」 着替えの終了が告げられた。といっても、ギアッチョは何ら興味を示さずに 黙り込んだままだったが。 「・・・あの」 「何だ」 ベッドの上に座り込んだまま、ルイズはどこか眼を泳がせながら問いかけた。 「わたし・・・笑ってたほうが、いい?」 「・・・・・・」 ギアッチョは肩越しにルイズを振り返る。 「・・・まぁ 年中辛気臭ぇ顔されるよりゃあよっぽどいいだろ」 何とはなしに軽い答えを返すが、ルイズの表情は予想に反して緊張したまま だった。既に薄く染まっていた頬を更に赤くして、毛布をいじりながら口を開く。 「・・・・・・じゃ、じゃあ」 「まだ何かあんのか?」 「わっ、わわ・・・笑ってたほうが、か、か、かか・・・可愛い・・・?」 「・・・・・・ああ?」 コントよろしく椅子からずり落ちそうになった身体を何とか持ち直す。 「バカかてめーは」とあしらおうとしたが、ルイズが存外真面目な顔でこちらを 見ていることに気付いて、ギアッチョは思わず言葉を飲み込んだ。 物の本によれば、弟子の質問にどう答えるかで師匠はその真価が問われると 言う。しかしこのような場合に一体何と答えて然るべきなのか、ギアッチョには 皆目見当がつかなかった。 ――そもそも、こいつは何を求めてやがるんだ 片手で特徴的な髪をいじりながら、ギアッチョは改めてルイズに眼を向ける。 毛布を抱き締めた格好で、ルイズは上気した顔に不安げにも期待するようにも 見える色を浮かべている。 自慢ではないが、生まれてこの方連想ゲームや伝言ゲームに勝った試しなど 一度とて無い男である――最も、敗北よりもブチ切れてゲーム自体を台無しに したことのほうが多いのだが――、ルイズの心の機微など解ろうはずもなかった。 「あー・・・」 何と言っていいものか、ポーカーフェイスの下でギアッチョは白旗を揚げたい 気分だった。――その時。 コンコンと、扉を小さく叩く音が聞こえた。 「夜分遅くにすまんの、ミス・ヴァリエール 起こしてしまったかな」 扉の向こうに居たのは、誰あろうオールド・オスマンその人であった。 「い、いえ・・・大丈夫です それよりもこんな格好ですいません、今着替え――」 「いや、それには及ばんよ 忘れておったこちらが悪いんじゃからの」 「忘れ・・・?」 小首をかしげるルイズに、オスマンは古びた一冊の本を差し出した。 「本来ならば昼に渡すべき物だったんじゃが・・・いやすまぬ、職務に忙殺 されてすっかり忘れておったのじゃ」 「それは・・・ご苦労様です」 とりあえず受け取りながら、学院長に労いの言葉をかける。ミス・ロングビル ――土くれのフーケがいなくなってから、まだ新しい秘書は雇っていないらしい。 それでは忘れてしまうのも仕方が無いだろう。 「・・・それで、これは・・・?」 「うむ それはの、『始祖の祈祷書』と呼ばれる古文書じゃ」 「始祖の――こ、国宝じゃないですか!」 それがどうして、とルイズが疑問を継ぐ前に、オスマンは静かに説明を始めた。 「アンリエッタ王女が、この度目出度くゲルマニア皇帝との結婚を執り行う こととなった」 「・・・・・・!」 ルイズは絶句する。こうなることは分かっていたはずなのに、刺すような痛みが 彼女の心を抉った。オスマンは数秒ためらうように沈黙したが、やがてゆっくりと 説明を再開する。 「おぬしも聞いたことはあろう トリステイン王室の伝統では王族の婚儀の際に 貴族から一人の巫女を選出し、その祈祷書を手に式の詔を詠み上げさせる慣わしが あるのじゃ」 「ま、待ってください!それは――」 「うむ 王女はおぬしを巫女に指名した」 「姫様が・・・」 ルイズはハッとして顔を上げた。こっそり左右に目配せすると、オスマンは ルイズを見返して言う。 「望まぬ結婚じゃ、王女も――おぬしも辛かろう しかし、ならばせめて親友に 祝ってもらいたいのだろうとワシは思う ・・・どうじゃ、引き受けては くれんかの」 元より選択肢など無い。数多いる貴族の中から、アンリエッタはこの自分を選んで くれたのだ。一体どうしてそれを拒否出来ようか。 「・・・謹んで拝命致します」 始祖の祈祷書を両腕に抱いて、ルイズは静かに一礼した。 「・・・・・・どうしよう」 「何がだ」 扉の閉まる音に重ねて、ルイズは弱った顔で呟いた。 「聞いてたでしょ?詔の内容はわたしが考えるんだって」 「みてーだな」 ギアッチョはさして興味も無いと言った風に返す。 「わたし、そういうの苦手なのよ 全っ然思いつかない」 「・・・受けちまったもんはしょうがねーだろ」 「それはそうだけど、しかもそれを国賓の貴族達の前で詠み上げるなんて・・・」 「考える前に弱音を吐くんじゃあねーよ」 「うう・・・」 ギアッチョのあまりの正論にルイズは言葉も無く溜息をつく。 「何にせよ今日はもう寝とけ」 「・・・うん」 言いながら寝床へ向かうギアッチョに習ってルイズもベッドへ足を向けるが、 ふと立ち止まって後ろを振り返った。 「・・・ねえ、ギアッチョ」 「何だ」 「・・・・・・やっぱり、ベッドで寝たい?」 「・・・今更だな」 毛布を広げながら、ギアッチョは首だけをルイズに向けて答えた。 「そりゃあよォォ クッションよりも硬い床が好みなんてヤローはそう いねーだろうぜ」 「――そう・・・よね・・・」 悄然と俯くルイズに、フンと鼻を鳴らして言葉を重ねる。 「別に何とかしろたぁ言わねーよ 金もスペースもねぇのは分かってんだ こういう所で寝るのは慣れてるしな」 事実、ルイズに金は無かった。昨日の自分とギアッチョの治療費に加えて、 キュルケ達の反対を押し切って彼女らの分までを負担していたのである。今の ルイズの財布では、今日の糊口を凌ぐことすら難しかった。そんな現状を 把握した上での発言だったが、 「ん・・・」 いつまでも床で寝させていることへの罪悪感からか、それを聞いてルイズは 複雑な顔をする。 「・・・・・・あ、あの」 しばし言おうか言うまかといった仕草を見せた後、ルイズは小さく深呼吸を して意を決したように口を開いた。 「・・・や、やっぱりいつまでも床なんてあんまりよね だ、だから、その、・・・ベ、ベ・・・」 そこで言葉が止まる。ギアッチョの怪訝な眼差しから逃げるように、ルイズは 俯いて毛布を抱き締めた。 「・・・だからオレぁ別に――」 「ベ、ベベベベッドで寝てもいいわっ!」 ギアッチョの言葉を遮って、一息に言い切った。 「ああ?」 ギアッチョは視線をルイズの下に移す。ベッドというのは――普通に考えてこれの ことだろう。 「・・・おめーはどうすんだ」 「そ、それはわたしも隣で・・・」 「・・・・・・」 「あ、ちっ、ちち違うわよ!変な意味は全然無いんだから!た、ただあの、昨日 二人で使ってもスペースに問題無いって分かったし、ギアッチョの為にわたし何も 出来て無いし・・・だ、だからその・・・!」 ギアッチョの沈黙をなんと捉えたものか、ルイズはブンブンと手を振って釈明した。 ギアッチョはそれでも少しの間黙考していたが、すぐに顔を上げて口を開いた。 「・・・ならそうさせてもらうぜ」 「これから寒くなってくるかもだしやっぱり床は不衛生だし・・・って、え?」 投げられたのは、ルイズの予想と全く反対の言葉だった。毛布を担いで数度埃を 落とすと、ギアッチョは何の迷いも無くベッドへやって来る。 「えっ、えええ!?ちょちょちょちょっと待って!!まままだ心の準備が――!」 「何の準備だよ」 ルイズの心境も知らず、ギアッチョはあっさりとルイズの反対側に寝転がった。 「とっとと寝るぞ 明日遅刻したくねーならな」 「・・・・・・バカ」 「何か言ったか」 「な、何でも無いわよ!おやすみっ!」 ギアッチョから顔を背けてそう言うと、ルイズもそそくさと毛布に潜り込む。 それを確認して、ギアッチョは静かに眼を閉じた。 ――変わったのは・・・どうやらオレだけじゃあねーらしい 静謐に身を委ねて、ギアッチョはぼんやりと考える。勿論、自分は今までの ルイズの何を知っているわけでもないのだろう。ルイズと共に過ごしたのは、 まだたかだか数ヶ月だ。しかし、その数ヶ月で自分はルイズの涙も笑顔も知った。 だからこそ解る。自分が変わったように、ルイズも変わったのだと。 ルイズの提案を受けた背景にはそういう思考があった。知り合ってすぐのルイズで あれば、貴族のベッドで平民が寝るなど自分の私物で無くても許しはしなかった だろう。――だから。昼にシエスタに言ったように、まさか本当に保護者になる つもりなどは毛頭無いが――ルイズが自分を気遣うならば、それを受け入れて やるぐらいの度量はあってもいいだろうと、そう思う。 ――プロシュートの野郎は、こんな心境だったのかもな・・・ それは、ギアッチョが最も理解出来ないと思っていた感情だった。軽い自嘲を 口元に浮かべて――ギアッチョは今度こそ眠りの底へ落ちて行った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1486.html
「い、嫌だ嫌だ嫌だ!魔法の授業なんてもう受けたくねぇ!俺はまともな学校に行くんだぁぁぁぁ」 「いいからとっとと行けッ!」 強烈なキックを決めてドアを突き破り吹っ飛ぶナランチャ。 転がったその体をサッカーボールにして蹴り転がして教室まで連れて行く。 超ハイスピードで蹴りまくるので、質量を持った残像を発生させつつ、ギーシュをして「化け物か!?」と言わしめていた。 「オラァッ」 「あがあああ」 華麗な横7回転半というアクロバットを決め、ナランチャが教室に入場した。 蹴りで回転しただけである。 翼君も真っ青なキッカールイズ。 来週から「キャプテンルイズ」が始まるわけがない。 ドグシャドグシャドグシャ。骨でも砕けているような音が連続で響く。 見ている者は脇腹を押さえたりする。 凄まじく痛ましい。あれでよく体が持つな、と感心する者多数。 「え、えー。そ、そこまでにしておくように」 教室に来ていたコルベールがルイズを制止する。 ハッと気づいたように振り向き、ぎこちない表情で笑いながらまた蹴り転がして自分の席についた。 ナランチャ可哀想です。 と、ギーシュとモンモランシーがカップルで心配するほど悲惨な事になっているナランチャ。 ドカッ、と机に置かれた物体よりも、今、懸命に起き上がろうとするナランチャにクラス全員の目が行っている状況に、コルベールは歯痒い思いをする。 しかし、ナランチャが起きてくれたほうが好都合ではある。彼にはある『可能性』があるからだ。 にやりと歯を見せ、その物体に掛けられたベールを取った―― 「なんですかそれ?」 第一声が、キュルケのそれだった。 やはり理解されないのであろう。フフフ、とコルベールは笑う。 そんなことは予想済みだ。 これさえ見せれば、文句は言えまい。 その『物体』は、所謂ピストン運動と呼ばれる動きをはじめた。そこ、卑猥な連想をしない。 そして連動し、蛇の人形が中から出てきたり引っ込んだり。 周囲の「お前は何をやっているんだ」という視線が痛く、コルベールはすぐさま「あ、あれれぇ?」と冷や汗かいていた。 「……あ?」 その蛇の人形のように、ぴょこっと起き上がったナランチャ。 すぐさまエンジンに近づき、見入る。 そうだ。これは、ナランチャの世界にもあった――エンジンである。 「作ったのこれ?」 「そ、そうですぞ!この私!コルベールがあああ!」 何か理解者が現れて以上に興奮しているコルベールは置いといて、まじまじと見つめるナランチャにルイズが不思議そうな視線を向ける。 「ど、どうですかな?」 「グッド」 ナランチャが親指を立てて返事を返すと、涙を流してコルベールはうずくまる。 いい年して「うっ、うっ」と泣いているコルベールに冷めた生徒達は、黙ってその光景を見ているだけであった。 「皆!要するにこれあったら飛行機、バイク、車、何でも作れちまうんだよ!それを分かるんだよ、皆ッ!」 「よく分からんけどそうですぞッ!」 「あ、授業終わった」 「なんか早く感じたわね」 「次なんだっけ?」 ナランチャの力説――粉砕。THE 空回り。せっかくシャアっぽく説明したのに。最後のあたりだけ。 そんな言葉を羅列されても、この世界の人間に理解されるわけがなかった。 ここは魔法の力や風石を用いて『船』を空に飛ばす世界である。 一応、工業の発展も進んできている。このエンジンとてそうである。とはいえ…… 少なくともこのクラスにはそれを重要視する人間は殆ど居なかったりする。 その後、某エロ爺に呼び出されたルイズを放っておいて、コルベールの後を付いて行くナランチャ。 エンジンを生み出すほどの頭脳を持った者の行く場所に興味が湧いたのだ。 前方を行くハゲ頭は、小さい、即席で作られたような小屋に入っていった。つーか外じゃねーか。 (うおッ、この匂い……間違いない!実験室だ!多分!) こそこそと入るナランチャ。 コルベールこっち向いてました。バレてました。 とりあえず興味が湧いたから、とストレートに意見を述べると、また涙を流して迎え入れてくれた。 下手に嘘をつかずに済んだので、ナランチャは内心ホッとする。 「すっげ、コレ何?」 「あ、それは捕獲したネズミですぞ。危険ですので眠りから目覚めさせないように」 「危険?いや、それはどうでもいいんだ」 もしもここで自分がコルベールに情報を提供し、その結果彼が偉大な発明者となったら…… 自分も一緒に称え上げられるに違いない! というわけで。 車バイク飛行機船。思いつくものを片っ端から喋り、コルベールを号泣させる事に成功する。 もちろん話し手がナランチャなので高が知れているが、コルベールはそんなものが存在していると知り、ハンカチ二枚を使い切る勢いで涙を流した。 「そういえば……ナランチャ君はどこの出身なのかな?もしや、東方のロバ・アル・カリイエ?」 「うん、それ。多分」 「えッ!?今なんて言った!?多分!?」 「心配すんなよー、本当だって。 きっと」 「何ですかそれ!?きっとぉぉ!?」 このように出身はどこかと聞かれた。とりあえず誤魔化す。 最後にちゃっかり「先生がもし金持ちになったら、俺のおかげだからなー」と呟いて部屋を出て行った。 金を分け与えてもらう算段である。 にやにやして部屋に戻ると、椅子に座って燃え尽きたルイズが居た。真っ白である。 その手には『始祖の祈祷書』と呼ばれるものが掴まれていたが、ナランチャには当然興味をもたらすほどのものではない。 「燃え尽きた……燃え尽きたわ、真っ白に……」 前もこんな光景を見た気がするが、簡単に言うと へんじがない ただのしかばねのようだ 「あ、ああ。ナランチャ。助けて……って言っても、あんたにゃ無理よね」 軽く こっ酷い 実は、ゲルマニアとの同盟の式が、この度何事もなく行なわれる事になり、本人も忘れかけていた約束。 ゲルマニア皇帝との結婚の際、某エロ爺から「アンリエッタ王女が『詔を考えてきてちょんまげ』とか言っとったぞい」との事で、ルイズがこれに詔を書き込むことになったのだが。 10分……耳の穴から煙 20分……頭がボン 30分……涙が止まらなくなる 40分……何か分からんが肩こりが治った 50分……内臓が一度外に飛び出る 1時間……味にめざめたァーッ 1時間10分……考えるよォーッ 何度でも考えるもんねーッ 1時間20分……考えるのをやめた というふがいない結果に終わってしまったのだ。ちなみにルイズは頭が悪いというわけじゃあありません。不慣れ+プレッシャーの攻撃を受け続けた結果なのです。 そのルイズをベッドに寝かせ、ため息を一つ。 あまりに暇なので、散歩してみる事にする。 またギーシュがモンモランシーに無駄無駄されていた。 すごく血を吐いているが、ナランチャは大丈夫だろうと完結する。大丈夫じゃないと思うが(床真っ赤) 「あ、ナランチャさん」 厨房辺りでシエスタに呼び止められた。 ピタッ、と一瞬止まった後、なんとなく無視して歩き出すと腕を掴まれた。 シエスタ必死。ナランチャ疑惑の目線。 「裏がありそうだから帰る」 「ええ!?」 ナランチャにはデリカシーと言う言葉さえないのだろうか。(「反応を見てみたかっただけなんです本当です」byナランチャ) 認めたくない若さゆえの過ち。 無理やり厨房に押し込まれた時には、シエスタは本当に泣いていた。 謝られるとすぐに機嫌を直したが、その件でギーシュに「女性を泣かせるとは何事だ」と決闘を挑まれたので、その場で返り討ちにする。 その間5秒の早業であった。 「珍しいものって何?」 「東方の『お茶』です。ロバ・アル・カリイエの」 「どこだよ。茶って聞いたことあるな」 イタリアに住んでいたナランチャだが、お茶ぐらいなら知っている。まあまあ有名だ。 紅茶とは違う、若干緑色の液体が出てきた(こういう書き方をすると何か変な薬のようである) 作法?何それ食えるの?な勢いで飲み干す。 喉が波打って動き、ごとんと机の上へ豪快にティーカップを置いた。 「……美味いと思う」 「えっ?あ、ああ、はい」 「……もう一杯ッ!」 「あ、はい」 その後は脳が拒否反応を出すまで飲み、11杯目でギブアップ。 ぶっ倒れたナランチャを起き上がらせて椅子に座らせると、その真正面の席にシエスタは座る。 「……あのう」 「んー?」 「さっき、お茶のことを聞いたことがあるって言いましたけど、どこに住んでたんですか?」 ナランチャの動きがピタリと止まる。 心の葛藤。 言ってもバカにされるんじゃねぇの?という思考。 まあ言ってもいいじゃん?何の害にもならねぇし。という思考。 つーかコルベールに誤魔化しいれたし、やっぱりここも誤魔化すべきだろ?という思考 どっちにしようか迷って1分。 「……い、いやいやいや。違う。俺の住んでたのはイタリアだ。こことは違う世界。うん、それこそ空飛んだっていけないようなところ」 「そ、そうなんですか?」 久し振りに心の底からため息をついた気がする。 感傷。そういうに値する。 何の変哲もないことだ。ここに住む人間にとっては。お茶が珍しいだとか、そういうことも。 そして、段々ここの世界も悪くないと思っている自分が居る事。それを打ち破る為に、今、本当のことを言った。言ってしまった。 自分の仲間の姿が次々と視界に浮かぶと、いよいよ苦笑を浮かべて、椅子から立つ。 「じゃあな。俺、部屋戻るわ。あいつうるさいから」 シリアスモードに入ったナランチャを放り、ルイズは祈祷書と格闘している。 帰って来たナランチャが目にしたものは、全てを諦め椅子に座り再度燃え尽きている『ご主人様』の姿であった。 「こ……こいつ……死んでいる!」 間接的とは言え、殺害(?)したのはアンリエッタである。 そういえばオスマンも共犯と言うことになるだろうか。 兎も角、ほったらかしにしてナランチャは『ベッド』で寝た。朝起きた時、凄まじい攻撃を喰らう事になるのも知らずに。 To Be continued...
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3817.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 九六 コルベールと会おうと考えた君は、その辺りをうろついている生徒たちに、彼の居そうな場所を訊いてみることにする。 ほどなく、見覚えのある顔を目にしたので話しかける。 相手はおどおどした目つきの小太りの少年だ。 たしかルイズの級友で、彼女を頻繁に≪ゼロのルイズ≫と呼んでからかっている者たちのひとりだ。 ≪風っ引き≫とかいう二つ名をもつはずだが、本名を思い出せない――君の彼に対する印象は薄いが、向こうは君のことを、貴族を恐れぬ心と力をもつ油断ならぬ平民とみているらしく、 話しかけられるとぎょっとした様子を見せる。 「ミ、ミスタ・コルベールなら、用事のないときはいつも『研究室』に居るよ」 少年は君に悪意がないと見てとると、気をとりなおして言う。 「本塔と『火の塔』に挟まれたところに掘っ立て小屋を作って、秘薬や妙ちきりんなからくりの研究をしているらしい」と。 少年に礼を言うと、君はコルベールの『研究室』へと向かう。 『研究室』はすぐに見つかる。 いたる所が掃き清められ手入れの行き届いている学院の中では、ありあわせの材木で作られたとおぼしき粗末な小屋は、いやがおうにも目立つのだ。 君が扉を叩いて名乗ると、すぐに返事が返ってくる。 「おや、ミス・ヴァリエールの……。どうぞ中へ、しかし建てつけが悪いので気をつけて!」と。 君は脚も使いつつ扉を強く押し開けると、小屋の中へと踏み入る。 君は室内を見回す。 鉱石や壺、薬品の入った瓶が壁際の棚に並び、その隣には書物でいっぱいの書棚が据えられている。 空いた壁には地図や星図が貼られており、天井からは奇妙な鳥やトカゲの入った鳥籠がぶら下がっている。 まさに、絵に描いたような魔法使いの住処だ。 君はかつて修行時代をすごした森の庵を思い出し、妙に気持ちがくつろぐ。 薬品、埃、黴(かび)、錆、油……さまざまなものが混ざり合った異様な臭気が鼻をつくが、それさえも心地よく感じられるのだ。 この小屋の主、魔法学院の教師であるコルベールは君の姿を認めると片手を挙げて挨拶をする。 テーブルの上には、両手で持てるほどの大きさの奇妙な形をした機械が置かれており、彼は今までそれをいじっていたようだ。 機械は真鍮と鉄でできていて、筒や歯車や車輪が複雑に組み合わさっているが、君にはそれがどういう働きをするものなのか、想像もつかない。 コルベールは手についた油をぼろ布で拭き取ると椅子から立ち上がり、君に話しかけてくる。 「今、お戻りですか。六日もかかってしまうとは、オールド・オスマンに頼まれた使いは、思いのほか長引いたようですな」 学院長は、君とルイズの主従が学院を留守にしていた理由をでっち上げ、教師たちに説明してくれていたようだ。 「さて、ご用のおもむきは?」 君はコルベールになにを尋ねる? テーブルの上の機械はなんなのか・六二へ 異世界からの来訪者に関する記録は見つかったのか・二八五へ 左手に刻まれた≪ルーン≫について・一三七へ 一三七 君は自身の左手の甲に刻まれた、未知の文字らしき奇妙な模様について知りたいのだと言う。 「ああ、それですか。それほど珍しいルーンではありませんが、人間に刻まれたのは初めてでしょうな――もっとも、≪サモン・サーヴァント≫で人間が召喚されたこと自体、前代未聞なのですが。 普通、ルーンを刻まれた主人と使い魔は、言葉に頼らずに意思を通じ合わせたり、視覚や聴覚といった感覚を共有させたりするものなのでが……あなたの場合はどうです?」 コルベールはそう尋ねてくるが、君はそのようなことはないと答える。 「ふむ、獣などと違って、強固な意志と高い知能をもつ相手にはルーンの効果も薄いのかもしれませんな。ミス・ヴァリエールに召喚されてから、なにか心身に変化はありませんでしたか? 些細なことでも構いませんよ」 君はにやりと笑い、ここに来てから少し太ったうえに物忘れが激しくなったと冗談を言う――平和すぎるのも考えものだと! それを聞いたコルベールは沈黙するが、やがて笑顔を見せる。 「いやいや、平和こそなにより貴いものですぞ。平和だからこそ、私はこうやって趣味の研究と発明に打ち込めるのですからな」 そう言って、小屋のあちらこちらに積み上げられた書物、機械、薬品、そのほか雑多ながらくたを示す。 「それで、実際のところはどうです? なにも変わったことはありませんか」 あらためて考えてみた君は、アルビオンでの不思議な出来事に思い当たる。 最初は、手負いの傭兵がルイズに向かって剣を振り上げたとき。 次に、ワルド子爵がみずからの婚約者を振り払ったとき、君は奇妙な衝動に突き動かされていたのを思い出す。 ルイズを護らなければならぬ、ルイズに危害を加えようとした者を倒さねばならぬという思いに、心を支配されたのだ。 このことをコルベールに伝えるべきだろうか? 自分の『ご主人様』を名乗る少女を守るために、無我夢中で飛び出してしまったなどと言うのは気恥ずかしく、あまり気の進む内容ではない。 そもそも、あの出来事は≪ルーン≫とは無関係なことかもしれぬのだ。 正直に語ってみるか(二五九へ)、それとも秘密にしておくか(六一へ)。 二五九 「ほほう、それは興味深い。≪コントラクト・サーヴァント≫によってルーンを刻まれた使い魔は普通、生来の野生を抑えこまれて主人に忠実な存在に変わるといいますが、あなたの場合はそのようなことはなく、 ルーンによって付与される能力も顕れなかった。しかし、主人であるミス・ヴァリエールの危機を前にして初めて、ルーンが本来の効力を発揮したのかも……」 コルベールは顎に手を当て考えこむ。 彼の言葉を聞いて、君は寒気を覚える。 『野生を抑えこまれ』『忠実な存在に変わる』とコルベールは言った。 とくに不都合もないので気にもかけずにいたこの模様に、そのような力があるとは知らなかったのだ。 飼い慣らす手間が省けるうえに、特殊な力を与えることができるのだから、≪コントラクト・サーヴァント≫とはずいぶんと便利な術だ。 相手が知性をもたぬ鳥や獣ならば、何者にも非難されるいわれはなかろう。 しかし君は、意思も人格もある人間だ。 ルイズはその人間に対して、獣を相手にするのと同じような気持ちで≪ルーン≫を刻んだというのだろうか――自分に対する絶対の忠誠と、無私の奉仕を期待して。 つまり、彼女にとって『平民』とはその程度の存在に過ぎなかったというのだろうか? 今のルイズは君を召喚してしまったことを詫び、カーカバードに戻れるよう協力してくれてはいるが、それは、≪ルーン≫が意思を奪わなかったためであり、 もしも≪ルーン≫の魔力が君の心を完全に支配していたならどうなっていたことかと考えて、大きく身震いする。 コルベールは高い知性をもつ生き物――韻竜や亜人――に≪ルーン≫が刻まれた場合、どのような影響があったのかを、文献をあたって調べてみると言う。 「もっとも、オールド・オスマンから別の調べ物を頼まれていますので、結果をお伝えするのはしばらく先になりそうですが」 そう言って薄くなった頭を掻くコルベールに別れを告げ、君は研究室をあとにする。三七へ。 三七 寄宿舎へと戻る途中で、食堂に向かうギーシュを見かける。 城下町に居たときと変わらずぼうっとしており、並んで歩む少女の言葉にも生返事を返すばかりだ。 少女は、どうやって整えたのかと疑問に思うほど仰々しい金色の巻き毛を、赤く大きなリボンで飾っており、泉のように深く青い瞳の持ち主だ。 背が高いわりには肉付きが悪く、痩せぎすと言ってもよい。 彼女も先刻出会った小太りの少年と同じく、ルイズの級友のひとりであることを思い出す――ルイズを≪ゼロ≫と呼んでからかっているのも同じだ。 君は片手を挙げてギーシュに挨拶するが、彼の眼には映らなかったらしく、そのまま通り過ぎてしまう。 金髪の少女のほうは君に気づいた素振りを見せるが、冷ややかな視線で一瞥するとすぐに顔をそむける。 君はギーシュと少女の後姿を見送りつつ、首を傾げる。 今までに彼女の気に障るようなことをしでかした覚えはない。 かつて決闘でギーシュを打ち破ったことを、いまだに恨んででもいるのだろうか? 夕食を終えた(体力点二を得る)君はルイズの部屋に戻るが、≪ルーン≫のことを知ったいま、どことなく彼女に話しかけることがはばかられてしまう。 あいも変わらず≪始祖の祈祷書≫を見つめているルイズをちらちらと横目で見ながら、君は考える。 彼女は、人間である君に≪コントラクト・サーヴァント≫を施すにあたって、良心の呵責にさいなまれたりはしなかったのだろうか? 目の前の平民にも故郷や家族、そして果たすべきことがあるだろうとは考えなかったのだろうか? このハルケギニアに召喚された最初の日のことを思い起こすに、とてもルイズがそれらのことを真剣に考えていたようには思えない。 頭の中でルイズとのやりとりを再現していた君は、突然、あることに思い当たって愕然とする。 ルイズから≪使い魔≫の契約についての説明を受けたとき、なぜ君は、それをすんなり受け入れたのだろう? 祖国を救うための重大な任務の途中で、人さらいも同然のやり口で連れてこられ、下僕になれと言われたのだ。 ふざけるなと一喝するのが当然であり、一刻も早く元の場所に戻せとルイズを脅し、できぬと言う彼女が嘘をついておらぬかと魔法を使ってでも調べるのが、 あのときの君のとるべき行動だったはずだ。 しかし、君は彼女の言葉をあっさりと信じ、当面は≪使い魔≫として働くことを受け容れたのだ。 ≪ルーン≫は刻まれたその瞬間から、君の心に影響を及ぼしているのではなかろうか? 『ご主人様』に暴力を振るってはならぬ、と。 「相棒、どうしたね? なにか悩み事でも……ああ、国に帰れる目途が立たねえことだな?」 傍らに置いていたデルフリンガーが君に声をかける。 「アルビオンじゃ残念だったみてえだが、ここは気長に……」 それ以上は言わせず、君はデルフリンガーを手にすると素早く鞘に押し込む――魔剣の声を耳にしたルイズが≪始祖の祈祷書≫から顔を上げ、君のほうをじっと見つめているからだ。 君はなんでもないと手を振ると、明日からまた学業を修める日々が始まるのだ、≪始祖の祈祷書≫とにらめっこしていないでもう寝るぞ、と告げる。 ルイズが寝台に潜りこんだのを確認すると、君は暗澹たる気持ちで毛布にくるまり眠りにつく。一五一へ。 一五一 君たちが学院に戻って三日が経つ。 「今朝早くに、王宮よりの勅使があった」 朝食のために『アルヴィーズの食堂』に集ったすべての教師と生徒に向けて、オスマン学院長が重々しく告げる。 ガリア王国を中心としたアルビオン解放のための連合軍が結成され、トリステイン王国もこれに加わることになった、と。 オスマンによれば、諸国の軍がアルビオンへ向けて出征するのは、一月ほど先のことになるという。 戦の報せを受け、食堂は沸き立つような歓声に包まれ、そこかしこから「トリステイン万歳!」という叫びが上がる。 彼ら若き貴族たちのほとんどは、前々からアルビオン王家打倒を企む反乱軍の行いを噂に聞いており、憤りを覚えていたのだ。 もっとも、ここに居る者たちのなかで実際にその非道を眼にしたのは、君とルイズ、ギーシュだけだろう。 タバサならば戦乱のアルビオンを訪れたことがあるかもしれぬが、約束の≪虚無の曜日≫の前日になっても、彼女は姿を現さぬのだ。 「一度戻ってきたのに、またすぐ出て行くなんて初めてよ。まあ、あの子のことだからいつの間にか帰ってきてるんでしょうけどね」 キュルケはなにくわぬ風を装ってはいるが、無口な友人のことが心配らしく、昨日も一昨日も、授業中はずっと窓のほうを向き、空をぼんやりと眺めていたのだ。 食前の祈りが済み、生徒たちは食事をしながら歓談するが、その話題は来たる戦のこと一色に染まる。 彼らの大半は楽観的であり、夏が来る前に戦は終わり、アルビオンの謀叛人どもは高く吊るされることになるだろうと語り合う。 なかには、内乱で疲弊しているとはいえ、精強なアルビオン空軍を打ち破って上陸を果たすのは一苦労だろうと言う者や、 今まで頑なに中立を貫いてきたガリアが、なぜ急にアルビオンへの介入を思い立ったのかを、もっともらしく説明する者も居る。 食堂のいたる所に将軍きどり・軍師きどりの少年が現れて戦術を語り、なかには休学して軍に志願しようと言いだす者まで出る始末だ。 君はいつものように、ルイズの分けてくれたパンと料理を載せた皿を片手に食堂を出る。 苦労知らずの貴族の小僧どもと肩を並べて食事など、ぞっとしない――ろくに血を見たこともないような連中が、したり顔で戦について語っているなかではなおさらだ! 石造りのベンチのひとつに腰を下ろし、戦のことを考える。 人間同士の戦など醜くつまらぬものだが、邪悪な七大蛇を従える≪レコン・キスタ≫の首魁が倒され、ウェールズ皇太子が救われるというのならば、それは喜ばしいことだろう。三一五へ。 三一五 食事をとっていると(体力点一を加えよ)、ひとりの少女が食堂から現れ、つかつかと君のほうへ歩み寄ってくる。 二日前にギーシュと並んで歩いていた、金髪の少女だ。 少女はマントを翻すと、 「ちょっとよろしいかしら、≪ゼロのルイズ≫の使い魔さん?」と話しかけてくる。 君は聞こえよがしにパンをクチャクチャと噛みしめながら、なんの用だと横柄に返す。 フーケの一件以来、面と向かってルイズを≪ゼロ≫呼ばわりする者はだいぶ減ったのだが、この高慢な少女は態度を変えぬのだ。 この少女がルイズに向かって吐く言葉からは、キュルケのようにいくらか親しみが込められた――当のルイズは気づいておらぬようだが――ものとは違い、 あからさまな悪意が感じられるのだ。 そのような相手に礼を尽くすこともなかろうと考えた君の態度に、少女は細い眉を吊り上げる。 「あ、あなたねえ……まあいいわ。あなた、≪ゼロのルイズ≫の旅のお供をしていたわよね。ギーシュと一緒に」 君は彼女を睨みつけながら低い声で、≪ゼロ≫ではなくルイズ、もしくはミス・ヴァリエールだろう、と言う。 少女はぎょっとしてあとずさり、もごもごと言い始める。 「な、なによ。怒らなくてもいいでしょ……。その、まさかとは思うけど、旅先でギーシュと≪ゼ……ルイズのあいだになにかあったりしなかった?」 君は、そのようなことはありえぬと答える。 宿屋の同室で眠ったりはしたが、そこには自分も居たのだから間違いなど起こりえぬ、と。 「じゃあ、途中でどこぞの村娘を口説いたりはしなかった?」 君が黙ってかぶりを振ると、彼女はふたたびもごもごと何事かをつぶやく。 君は呆れ顔で、お前はなにを訊きたいのだと尋ねるが、少女ははっきりと答えようとはしない。 どうやら彼女は、恋人であるギーシュが旅先で何者かと浮気をしなかったかと、心配しているようだ。 しかしそのことを、平民であり、目のかたきにしているルイズの≪使い魔≫である君に気取られたくはないのだろう。 もっとも、この態度で気づくなというほうが無理な話だが。 心配せずとも、ギーシュは浮気などする暇はなかった――そう告げようとした君だが、唐突にアンリエッタ王女の存在に思い当たる。 そういえば、ギーシュはアンリエッタ王女に一方的に恋焦がれている。 あれはもはや、崇拝といってもよいだろう。 このことを少女に伝えるべきだろうか? 迂闊なことを言っては、若き恋人たちの騒動に巻き込まれてしまうかもしれない。 ギーシュが王女に惚れていることを伝えるか(一〇二へ)、黙っておくか(二四三へ)? 術を使ってみてもよい。 HOW・三六六へ TEL・三四一へ SUS・四七二へ SUD・三九四へ GOD・四三二へ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/136.html
前へ / トップへ / 次へ 「それで、ぼくたちをつけて何が目的だい?」 思わずたじろぐキュルケとタバサ。 キュルケは曲がりなりにも軍人の家系である。 タバサはすでに実戦の経験が人並み以上にある。 それが思わず後ずさるような迫力があった。 「な、なにって……」 別にやましいことがあるわけでもないのに口ごもるキュルケ。 「ダーリンがヴァリエールなんかと出かけるから、つい後をつけちゃったのよ。やましいことなんてこれっぽっちもないわ。」 ほらこれダーリンのために買ってあげたのよ、と剣を渡してくるキュルケ。残念だがなまくらである。 どうやら金貨500で購入したらしいが、それでもけっこうぼられていたりする。 「なら、ありがたくいただくことにしよう。」 遠慮ぐらいしろ、と言いたくなるぐらいあっさり受け取るバビル2世。すでに買ってあった剣と2本まとめて腰に挿す。 「気に入っていただけて?ヴァリエールなんかが買った剣よりよっぽどいいと思わない?」 正直どっちもどっちである。が、さすがにそれを言わない程度には常識がある。 それに、なにかの役には立つだろう。 「へえ、いいものもらったじゃない…」 地の底からわきあがるような殺意に満ちた声。 いつの間にか3人の横にルイズが立っていた。 「げえっ!ルイズ!」 「よかったわね、モテモテで。剣までもらえてさ。」 全く祝福していない調子で言う。ずかずかバビルとキュルケの間に入ると、出エジプト記のように二人が後退する。 「こ、好意でくれたものなんだから、そんな風に言わなくてもいいんじゃ…」 「好意ですって?」 ギロッとルイズがバビル2世をにらみつける。正直、ヨミの3倍は怖い。 「ビッグ・ファイア、アンタ心が読めるくせにこんなこともわからないなんてヴァーッカなんじゃないの!?この淫乱乳牛ゲルマニア女は、 アクセサリーと同じ感覚でアンタを手に入れたいだけなのよ!そのための餌を「好意でくれたものなんだから」ですって?読心魔法 なんて、ビッグ・ファイアにとっては船の車輪、野原の柱みたいな無用の長物もいいところのものなのかしら!?」 「なんですって!?」 目が座るキュルケ。なに舐めた口聞いてるんだこの洗濯板、と言いたげに上から見下ろしながら反論する。 「特殊な趣味の人間にしか相手にされないような、真鍮の柱よりも凹凸のない貧弱ボディの癖によくもそんな口が叩けたわね? 処女膜に蜘蛛が巣をはりそうな境遇で脳がいかれちゃったかしら?仮にも亜人を、人扱いしないような下劣な思想のヴァリエールは 他の人間も異性を道具扱いしてるって考えてしまうのでしょうから仕方がないでしょうけど、普通の人間にとっては愛する人に 尽くしたいという思いは当然のことなのよ?それをわかっているからダーリンは快くアタシの贈り物を受け取ってくれたんじゃないの。 そんな風に自分以外の人間を道具扱いするから、代々ヴァリエール家の人間はへっぽこなのよ。この凹面胸女!」 どさっと本を落とし、拾いもせず固まるタバサ。ルイズ以外にもダメージを受ける人間がここにいた。 「……ごめん、今のなし」 「……こっちこそ、ごめんなさい。」 ダメージを受けたタバサを見てお互い頭を下げあう。 「……よく考えたら、無節操に二人から剣を受け取るビッグ・ファイアがダメなのよね!」とルイズ。 「……そうね。相手が他の女ならともかく、よりによってヴァリエールの剣とってのが気に食わないわね」とキュルケ。 一方そのころタバサは?胸が大きくなるという体操をしていた。 「じゃあここはビッグファイアに決めてもらいましょうか!」 「むむ?」 「そうよ、アンタの剣でもめてるんだから!」 ずんずんずんと左右迫るルイズとキュルケ。確信した、この二人は間違いなく仲がいい! タバサは黙々と体操を続けている。 剣はどっちもどっちだし、決め手にかけている。それにどうもこれは単純にいい剣を選べばいい、という話ではなさそうだ。 「さあ、これで決定権はビッグ・ファイアに移った!」 「アタシとヴァリエール、どちらを選ぶ!」 「答えてもらおう!」 「いざいざいざ!」 「「さあ、幻夜よ!返答やいかに!?」」 「そ、それは……」 「おい、うるせーぞ!/バカ女ども!/」 「あん?」「ぁあ?」 ヤクザが泣いて逃げ出すような形相でバビル2世は睨まれる。 「バカ…?」「女ども……?」 「ち、ちがう!ぼくじゃない!」頭の中でジャーンジャーンジャーンとドラの音が響き渡る。絶体絶命のピンチである。 「……剣。」 胸の前で拝むように掌を合わせて、押して戻してを続けていたタバサが指摘する。つーかこの状況でまだやっていたのか。 「人が寝てるところを起こしやがって……/」 「げぇっ!剣がしゃべった!?」驚愕するバビル2世。ディズニーのアニメか、この世界は。 「おでれーた!/何者だ、おめー!?/今までの使い手連中がかわいく見えるぞ!?/なんてぇ化け物だ!/ どーりで目も覚めるわけだ/」 使い手?使い手とは何だ?いや、それよりも、この剣はぼくの力を見抜いたというのか? 「それって、インテリジェンスソードじゃない?」 知性を持つ剣、インテリジェンスソード。珍しいことは珍しいが、この世界ではそれなりにありふれた存在だという。 「またあなたも変なもの買ってきたわね。」 「知らなかったのよ。こんな気色の悪いもの、すぐに返品するわ。」 どうやら人間並みの思考力をもっているらしい。となると、テレパシーは通用するのだろうか。 試しに、『おい、使い手というのはなんだ?』と送ってみる。『おでれーた!/』とすぐに返事が返ってくる。 『お前本気でなにもんだ?/今までの使い手でこんなことができたやつはいねーぞ!?/』 『いいから質問に答えろ。』 『それはまだ言えねーな。/オレが認めたら、教えてやってもいいけどよ/』 『そうか。別に黙っていてもいい。無理矢理心の中を読んでやるだけだ。』 『ちょ、ちょっと待った!/』 慌てて読心を静止してくる。 『そんなことまでできるのか、おめー!?/わかった、わかったよ!/説明してやるから耳かっぽじって聞きな/』 『隠しているようなら、へし折って塩水に漬けるぞ』 『……説明させてください/』 剣の説明によると…。 名をデルフリンガーと言い、6000年前に作られた由緒正しい剣である。 かつてガンダールヴと呼ばれた虚無の使い魔が使っていた伝説の剣であるらしい。 もっとも6000年間のことはほとんど忘れてしまっているとのことで、 『塩水に漬けるぞ』 と脅されても、『いや、マジで覚えてないんだって!/ちょ、信じて!/』と繰り返すのみであった。 まあ、知りたいことには答えたのでよしとしよう。 『つまり、ぼくはガンダールヴで、ガンダールヴを呼び出した魔法使いは』 『ああ、虚無の魔法使いだってことだ。/あのお嬢ちゃんがそうだってのかい?/おでれーた!/』 『で、ガンダールヴというのは』 『異世界から召喚されてるのは間違いないな。/おれっちもよくわかんねーけどよ。/で、そのルーンの力で、あらゆる武器を使いこなすこ とができるってわけだ。/別名神の左手、あるいは盾。/』 『虚無の魔法というのはどうやれば身につくんだ?』 いままでルイズは爆発こそ起こすことができるが、それ以外は全く駄目である。 考えるに、虚無の魔法を取得するにはなにか特別な方法が必要なのではないだろうか? それはサッカー選手になるのにいくらバットを振っても無理なように、他の4系統と異なり特別な手段を要するのではないだろうか? 『爆発は初期の虚無の魔法だな。/独学で爆発させてるのかい?/おでれーた!/』 なんでも虚無の魔法は、たとえば爆発、幻影、記憶の消失などの効果を持つらしい。もっともこれはごく初段階の魔法であるらしい。 呪文詠唱の長さで威力が決まるが、途中でやめても比例してそれなりの威力は出る。 全て詠唱するにはかなり時間がかかるらしい。 『他の4系統とペンタゴンを組むといえば組むし、こいつ一つで対になっている、とも言えるな。/』 『どうしても覚えたきゃ始祖の祈祷書でも読むんだな』と言うとデルフリンガーは『もう休むぜ、相棒』と眠ってしまった。 剣でも眠るのか、と妙な感心をしていると、 「どうしたのよ?ぼーっとして」とルイズが聞いてきた。 「いや、剣を決めたんだ。」 と言ってデルフリンガーを出すと、ルイズの目が輝き、キュルケはなんともいえない表情をした。 「どうせならしゃべる剣のほうがおもしろいからね。」 今後、この世界や虚無について聞き出すのもそうだが、いつの間にか相棒にされていたからにはしかたがない。 なによりこの世界で3つのしもべのような存在を手に入れたことが大きかった。 『3つのしもべか……』 ロデム、ロプロス、そしてポセイドン。 いったいどこにいるのだろうか?この世界にいるのか、元の世界にいるのか、それすらもわかっていない。 『とにかくここが異世界だということがこれではっきりした。そして虚無の魔法使いであるルイズが僕を呼び出した。』 ルイズを見つめると、なぜか顔を赤くして横を向いてしまった。そして、 「さ、帰るわよ!」袖を掴み、馬まで引きずられた。 『呼び出した以上、ルイズならばぼくを帰すことができるかもしれない。それにはまず始祖の祈祷書とやらを手に入れる必要がありそうだな。』 そのころ、ガリア王国ラグドリアン湖――― タバサことシャルロットの母親が幽閉される屋敷が傍立つ広大な湖。 その湖の様子が変わった。 魚が突然暴れだし、次々岸に乗り上げて、死んでいく。 まるでレミングスの集団自殺である。 湖の色が中心から茶色くにごりだし、たちまち全体に広がっていく。 泡がぼこぼこと湧き上がる。地震のように湖面が揺れだし、小波が徐々に大きくなって、普段では届かぬような岩を洗いだす。 突然、盛り上がる水面。 暗闇の中、巨大ななにかが湖面へ浮上したのだ。 目が妖しく輝く。なにかと連絡をとっているかのように明滅を繰り返す。 やがて北へ移動し浜へ上陸すると、その異形があらわになった。 20メイルを超す巨人。いや、30メイル近い。 全身に亀の手のような貝がびっしりこびりつき、あるいは藻が生えている。まるで海坊主だ。 それは行く手をさえぎる樹木を意に介せずなぎ倒し、やがて地平線の彼方へと消えた。 残念なことに、この光景を見ていたのは気を病んでいたタバサの母親だけであった。 だが、後に残る巨大な足跡と、なぎ倒された木は周辺住民の間にあっという間に伝わり、ラグドリアン湖の怪物―ラグッシーーとして 後の世で村おこしに使われたのは言うまでもない。 前へ / トップへ / 次へ