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早朝、朝靄が漂う魔法学院の玄関先に私とルイズは立っていた。ただ立っているわけではない。王宮からの馬車を待っているのだ。 王女アンリエッタとゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世との結婚式はゲルマニアの首府ヴィンドボナという場所で、2日後のニューイの月の1日に行われる。 その結婚式の場でルイズは巫女として『始祖の祈祷書』を手に、式の詔を詠みあげなければならない。 つまり、ルイズはヴィンドボナに行かなければ行かなければいけないのだ。お姫様がヴィンドボナへ行く際、一緒に行くことになっている。 そのためお姫様のいる宮殿から王宮の馬車が迎えに来るというわけだ。学院に帰ってくるのは大体1週間後だろう。 ちなみに私はルイズの使い魔ということで随伴しなければいけないらしい。 ルイズは『始祖の祈祷書』を胸に抱えながら、私はデルフを使って足元にいる猫を地面に押し付けあることを考えながら時間を潰していた。 あることというのは無論最近の生活についてだ。特に生活が苦しいところは無い。『幸福』ではないが前に比べ随分と充実している。 しかし、不満が無いわけではない。今私が大いに不満に思っていることはルイズと同じベッドで眠っているというところだ。 なぜルイズなんかと一緒に寝なくちゃいけないんだ?ルイズがキュルケのようにボンキュボンならむしろ喜んで一緒に眠るがルイズにはそういった魅力が感じられない。 ルイズは13歳か14歳ほどだろうから当然かも知れない。だが、そうなると一緒に寝ているときは邪魔なのだ。何故他人のことに配慮して眠らなくちゃいけないんだ。 一人で好きなときに好きな体勢で眠りたい。つまり自分のベッドがほしい。それが今の切実な願いだった。 剣を売った金で画材を買おうと思っていたが変更してベッドを買ったほうがいいかもしれないと本気で思っている。安物なら買えるだろう。 それと、 「ルイズ」 「なに?あ、ヨシカゲ!あんた何時までいじめてんのよ!」 「ミー!」 そう言ってルイズは猫を助けようとデルフを蹴飛ばそうとしてくる。 だが、デルフに蹴りを当てさせるわけにはいかないので、猫をいじるのを止めデルフをルイズの蹴りの場所へ移動させる。 猫はその隙をつきどこかへ走り去っていった。しかし、これでいい。猫をヴォンドボナへ連れて行く気がなかったので離れてくれて助かった。 「まったく、趣味悪いわ」 「そんなことはどうでもいい。ルイズ、トリステインに帰ってきてからでいいんだが、服を買ってくれないか?」 「服?」 「そうだ。私の服だ」 そう、服。今現在私は衣服の替えを持っていない。それはなかなか由々しきことだ。この先一張羅で生きていくわけにもいかない。 人が寝しまっている間に自分の服を洗濯したり、夜じゃあまり乾かないので生乾きで着たりと面倒くさいしな。 「そういえば、あんたそれしか服持ってなかったわね」 「ああ、さすがにもう色々と限界だ。使い魔に必要なものぐらいは買ってくれるよな?」 「ま、まあ……今までよく働いてくれたからそれぐらいしてあげてもいいわね。それと同じ服を何着か作らせればいいんでしょ」 「ああ、助かる。ついでに手袋と帽子の予備もあればもっと助かる」 よし、衣服の問題は無事解決したな。しかし、こういったことはルイズが私に賃金をくれれば起こらないんだがな。だが、自分の使い魔に金を渡す奴がいるか?いるわけがない。普通使い魔ってのは下等動物(竜やなんかは例外だ)だ。 そんな文明もない奴らに金を渡しても意味がないからな。私は人間だが、使い魔だからルイズは金をくれない。わかりやすい方程式だ。わかりやすくてむかついてくる。 幽霊でも金が要る世の中なのに金が手に入らないなんて。剣を売れば自分の自由な金が手に入るが所詮一回こっきりだしな。どうせならルイズに賃金でもくれるように交渉してみるか? 「あれ?だれかしら?」 「あ?」 交渉するべきか否かを悩んでいる所に、ルイズの声が聞こえてきた。その声に反応しルイズを見るとルイズは玄関外の朝靄を見つめている。 いや、人影を見詰めている。人影はこちらになかなかの勢いで近づいてきている。やがて朝靄が薄れ始め、人影がはっきりし始めた。 「あれは……、王宮の使者だわ」 「王宮の使者?」 王宮の使者は髪を振り乱し必死の形相でこちらへ走りよってきた。尋常と言える様子ではないことは一目瞭然だ。使者は私たちに気がつくと私たちに近寄ってきた。 「ハァハァハァハァ……き、きみたち」 「ど、どうかしたんですか?」 ルイズも使者の様子におどいた様子で少し焦っている。 「オールド・オスマンは今どちらに?と、取り急ぎ伝えねばいけないことが……」 そういえばオスマンは今何をしているのだろうか?オスマンも私たちと一緒に宮殿へ行くことになっていたはずだ。準備に手間取っているのだろうか? 「オールド・オスマンなら学院長室にいるかと」 「ありがとう。では急ぐので」 そう言うと使者は学院長室を目指し走っていった。 「ねえ、いったいなにがあったのかしら」 「さあな。少なくともいいことではなさそうだったけど」 あの使者の眼にあったのは焦りと悲しみだった。そんな感情を抱いている時点でいいことのはずがない。 「なんだか胸騒ぎがするわ。わたしも行ってみる」 「じゃあ私はここで王宮の迎えを待っておこう。迎えが来たときに誰も居なかったじゃあっちもこっちも困るからな」 というか、いくらよくないことが起ころうと、私に害が及ばない限り知ったこっちゃない。 「……わかったわよ!勝手にしなさい!」 ルイズはどこか怒ったような声を出すと使者のあとを追っていった。やれやれ、何を怒っているんだか…… まあ、そんなことはどうでもいい。迎えが来るまで暇だな。何をして時間を潰そうか……。デルフと喋るか?そうだな、そうしよう。 デルフを完全に抜きはなつ必要は無い。喋れる程度に抜けばいいんだ。そうすれば不意に見られたとしても怪しまれる心配は殆んどない……と思いたい。 さて、何を話そうか。いや、そんなの考える必要は無いな。会話の内容は重要じゃあない。真に重要なのは会話をするということなのだ。 デルフを喋れる程度に引き抜く。 「おはよう相棒」 「ああ」 「相棒ってよ。あれか?好きな子ほどいじめたいってやつか?」 は?抜いて早々何を言ってるんだこいつは? 「何で?って顔だな。だってよ。相棒はあのこねこのことが好きなんだぜ。なのにいじめてるじゃねえか。もし好きじゃねえって言うなら相棒が気づいてないだけさね。ってか、これ前にも話したような気もするけどな」 デルフ、お前はあの猫が気にっているのか?なかなか話題に出すことが多いが、まさか気に入っているのか? ちっ!私は別に好きだからいじっているわけではない!猫自体は……まあ、デルフほどではないが愛着を感じ始めていることは確かだ。 だが、勘違いするな!暇だからいじっていただけだ!それだけなんだぞ! なんてことは口が裂けてもいえない。だから私は、 「ふ~ん」 とだけ返しておいた。自分が好感を抱いている者に素直な感情を発露するには多大な勇気が必要だ。私も早くそんな勇気を身につけたいものだ。 そんなとき、不意に何かが私の足に触れた。下を見るとそこには、 「ほら、こいつも相棒のことが好きだとよ」 どこかへ去ったはずの猫が私の足に前足を乗せ私を見上げている。 「……肩、乗るか?」 「ニャー」 ……首輪を買うのもいいかもしれないな。 そんな気持ちを黙殺しようと努力しながら私は猫を抱き寄せた。
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前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人 トリステイン魔法学院。メイジ達が集う、世界随一の学び舎。 故に多くのメイジが、この学院で一生の伴侶となる使い魔を得る事になる。 俗に「春の使い魔召還」と称されるこの儀式は、そのまま昇給試験でもあり、 皆が皆、優れた使い魔を得るべく、自然と力をいれるのが常であった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールも、その一人。 貴族=メイジの家柄でありながら、およそ一般的な魔法の悉くが不得手であるという少女だ。 “ゼロの”ルイズなる不名誉な渾名を返上する為にも、より一層の力を入れ、彼女は召還呪文を唱える。 爆発。 爆発。 爆発。 幾度と無く繰り返される爆発。そして空白。 呪文を唱える度、色とりどりの火花が散り、空間が炸裂するが、 しかし煙が晴れた後、其処には彼女の望む使い魔の姿は無い。 周囲の人々も「さもありなん」と言った顔で頷いていた。 所詮、彼女は“ゼロ”だ。 何でもない。何もできない。故に“ゼロ”。 使い魔すら、召還できないのだ。 彼らの反応を知るが故に、ルイズは必死になる。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい。 使い魔が欲しい! 悔しくて、悔しくて。 涙が出るほど悔しくて。 次第に周囲には夜の帳がおりはじめたというのに、彼女は諦めない。 諦めず、必死に、もう何度目かもわからない召還呪文を、高らかに唱えた。 「全宇宙のどこかにいる私の使い魔よ! この世で最も強く、賢く、美しい存在よ! わが呼び声に答え我が元に来たれ!」 あまりにも必死だったせいだろう。 そして今、この時が“夜”だったからだろう。 その声は、ある存在に聞き届けられた。 ――爆裂。 現れた使い魔の姿に、飽きずに様子を見守っていた皆が驚いた。 其処にいたのは獣人であり、人間であり、そしてエルフであったからだ。 その数、七人。 獣人が召還される。これは有りうるだろう。 人間も、生き物である以上、まったく無いとは言い切れまい。 エルフも――恐るべき種族ではあるが、同様だ。 だが、七人である。 “ゼロ”だからと言っても、およそ信じられない現象だ。 この光景を見て、召還した本人のルイズも、どう反応してかわからないまま、 「春の使い魔召還」儀式は、一応、これをもって完了となった。 ――大方の予想に反し、彼ら七人は、極めて魔法学院に適応した。 皆が皆、魔法を使えるという(メイジであるとは言わなかったが)驚くべき事実もあったのだろう。 生徒達も彼らを見下すことはなく、また貴族ではないが故に学院で労働に従事する人々も彼らを受け入れた。 もっとも率先して学院に関わったのは、二人の蜥蜴人である。 オチーヴァ、テイチーヴァと名乗った彼らは、双子の姉弟なのだという。 元来、読書を好んでいた二人は、学院の膨大な蔵書を読み耽り、 そして時折、授業に顔を出しては、水を吸う樹木のように新たな知識を汲み上げていった。 特に彼らと親しくなったのは教師、コルベール。 未知の世界の、未知の知識。それらに夢中になったのは彼も同じだった。 三人の間での交流が深められていくのは自然の成り行きである。 ヴィンセンテという吸血鬼は、オールド・オスマンが好んで自室に誘っていた。 当初こそ、やはりヴァンパイアという怪物を警戒しているのかと思ったが、そうではない。 単に茶飲み相手が欲しいという、それだけの理由だった。 何せこの吸血鬼、300年を生き延びてきたというのだから驚きだ。 無論肉体は若々しいのだが、精神的にはオスマンに近い。話も弾むというものだ。 つまり好々爺が一人増えたことになり、ミス・ロングベルの苦労が二倍になったのは言うまでも無い。 学院の職員たちに気に入られたのはエルフのテレンドル、人間のマリーという女性陣二人。 そして驚くべきことに、オーグのゴグロンであった。 とはいえ、この恐るべき顔つきの大男が、そう簡単に受け入れられるわけもない。 だが、その一方で彼はとてつもなく良い奴だった。 職員の仕事を良く手伝ったし、貴族たちの無理難題を笑い飛ばすような人物である。 そして傍らに寄り添うテレンドル。エルフであっても(あるが故に)美しい彼女だ。 何かにつけて言葉の足りないゴグロンを補って、二人して認められていた。 マリーはマリーで厨房に入り浸り、マルトーとの間で熱心に料理のレシピを交換している。 彼女の「異国的な」料理は、中々に料理長を苦しめているようではあったが。 一方、生徒達に気に入られたのは誰であろう、猫人のムラージ・ダールだ。 口が悪く、人間種の事を「薄汚いサルめ」と公言して憚らない男だが、面倒見が良いことは直ぐに知れた。 たとえば生徒達がインクを切らしたとき、授業用に使う魔法道具が足りなくなったとき。 何処からか、そういった品々を調達し、困っている人々に配っていったのが彼だ。 今ではすっかり気に入られ、皆に取り囲まれる日々を送っている。 本人は実に迷惑そうだが。 そして最後の一人。 一行の代表としてルイズの使い魔となったのが、蜥蜴人の彼だった。 リザード――異国の言葉で蜥蜴という意味だ――と名乗った彼は、自分はそれ以上でも以下でもないという。 短剣、長剣、弓矢、それに幾つかの魔術に精通し、滅法強い。 容姿は蜥蜴人である為いたしかたないとしても、ルイズにとっては素晴らしい使い魔に思えたろう。 何より、魔法の使えぬ自分を馬鹿にすることがない。 ただ気に入らないのは、その寡黙で愚直、謎めいた雰囲気が――彼女の隣室の女性を虜にしたことだ。 まあ、幾ら“微熱の”キュルケといえども蜥蜴に思慕の念を抱くことはあるまい。 そう高を括っていたのだが、どうやら「種族の壁は恋を燃え上がらせるのよ!」とのことだ。 悔しいかな、ルイズ自身も、この蜥蜴人に対して思うところがないでもない。 だからと言っても鬱憤をぶつけても、リザードはそれを素直に受け止めてしまう。 まったく、この想いを何処にぶつけて良いものやら、と彼女は日々悶々としているらしい。 だが、誰もがこの奇妙な集団に疑問を抱かなかったわけではない。 “雪風の”タバサは違った。あるいはコルベールもそうであったかもしれない。 およそ尋常なる者どもではないことは、即座に見て取れた。 相当な手練れだ。若年ながら、数々の修羅場を潜り抜けた彼女には、嫌と言うほどにわかる。 気配を感じない。足音が聞こえない。 自分も気付かぬうちに背後を取られている。 そして、あの男――リザード。 一体如何なる経験を積めば、アレほどまでに各種の武具に精通できるのだろうか。 タバサには、想像もつかなかった。 その疑問が解消されるのは、それからしばらく後のこと。 とある貴族によって、学院のメイドが連れ去られた日の夜に――……。 前ページ次ページゼロの使い魔-闇の七人
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少女、ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエールがもう幾度と無く失敗したサモンサーヴァント。 担当教官であるコルベールに 『時間が押しているから、この次ダメならまた後日改めて儀式を行いなさい』 と言われてしまった最後のチャンス。 詠唱・爆発、そして煙が晴れたところには、緑とも黄色ともつかぬ不思議な輝きをした 高さ3メートルほどの【鏡】が“浮かんで”いた。 鏡の中の使い魔 「ロック、そっちの計器の様子はどうだい?」 「あぁ、問題ないよ。ちゃんと正常値だ。【剣】の様に『こちらへ広がる』兆候は見られないね」 【生きている岩】が起こす現象を解析し、【入口】と【出口】として活用する技術である【ゲート】。 『【岩】は新しい宇宙を生み、それが【剣】から我々の宇宙へ侵食、入れ替わる』 ニンバスやオメガが引き起こした事件は、【ゲート】が実用化されて既に長い年月がたつ現在においても 連邦最悪の出来事の一つだ。 それゆえ、当時を知る唯一の人物であるロックは、ごくまれに連邦の研究機関に招かれることがある。 今回もそんな、ある意味『確認試験』のようなもののはずだった。 突如【岩】が活性化するまでは! 「ゲートはどうなっている!」 研究員の一人が叫ぶ。 「多少活性化しているようですが、何かが『落ち込む』と言った現象は今のところ発生していません」 「エスパーたちは!」 「岩とコンタクトを試みているようですが反応無いようです」 【岩】は何万年単位で“生きて”おり、活性化する時期も期間も条件もほとんどわかっていない。 【岩】が持つ力【第3波動】を使うエスパーも連邦内には数は少なくとも存在する。 この実験の際には必ず1人は常駐しているが、 彼らですら【岩】と【会話】できずにいるこの状況は非常に危険だ! 「僕が岩にコンタクトしてみます。そちらは実験用ゲートの終息を」 「すまん、ロック」 ロックがスタッフの一人に告げ岩のセクションへ向かう。 果たして、岩はパリパリと放電のような現象を起こしていた。 「テレパスで接触する。最悪【剣】が発生したら、僕が戻っていなくても【ゲート】で【剣】を消滅させてくれ」 そう言って【ラフノールの鏡】を張って“接触”する。 ロックが岩の宇宙に転移したと感じた瞬間、岩は非活性化し、後には、沈黙した【岩】、そして 『ロックが入ったままの鏡』 が残された。 「なにこれ、鏡?」 出てくるわけのない代物が現れて、ルイズは困惑していた。 「サモン・サーヴァントで生き物でもないものを召喚するなんて、さすがはゼロのルイズ」 などと言った囃子声が聞こえるがそれすら頭に入ってこない。 鏡を覗き込む。自分の姿が映る、当たり前だ。 しかし、当たり前でないモノが見えてギョッとした。 『鏡の中に、見たこともない顔の、刺々しい髪形をした青年が倒れている』のだ! 驚いて後ろを振り向く。いない。覗く。いる。ふりむく、いない、のぞく、いる。 「おばけーーーーーーー!」 叫んだ、そりゃもう大声で。お化けの苦手なタバサ(この当時はルイズと交流なし)が気絶するくらいの勢いだ。 「どうしました? ミス・ヴァリエール。大声を上げるとははしたないですよ」 おっとり刀で近寄ってきてコルベールがそう言うが、 「ミミミミ、ミ、ミスタ・コルベール? か、か、かが、鏡の、な、中に…」 そういって腰を抜かしながら鏡を指差すルイズにつられて、他の生徒も鏡を覗き込む。 「!!!!」 コルベールはともかく、生徒はパニックになった。 せっかくたった今契約したばかりの使い魔が逃げ出しているのにも気づかない生徒までいる。 と思うと、皆の頭の中に声が響いた。 “ここはどこですか?” さらにパニックになる生徒たち。 「先住魔法?」「エルフ? エルフが攻めてきたのか」などなど口走りながら どこに逃げるでもなく駆け回っている。 “言葉が通じないかと思ってテレパスで話しかけたんだが、失敗したかな?” 微妙にのんきに聞こえるまた同じ声が響く。 唯一正気を保って辺りを見回していたコルベールがまさかと思い鏡を覗き込んだところ、 先ほどまで倒れていた若者が起き上がって微笑んでいるではないか。 「今の声は君かね?」 意を決して話しかける。話ができるなら生徒が怖がらなければならない道理もないはずと思いながら。 “ええ。ちょっとうまくコントロールができていないようで。脅かしちゃったみたいですね” 「まずはパニックを抑えたい。君が幽霊の類や危害を加えるものではないことを証明したいのだが」 “なるほど。ならちょっと目をつぶってください” 「何をする気だね? 生徒に危害が加わるようでは私は君を打ち倒さなくてはならない立場だ」 “え~と、催眠術のようなものです。みんなには眠ってもらいます” 「害はないのだな」 “ありません” ふむ、と逡巡する。【炎蛇】の二つ名を持つコルベールだが、これほどの広範囲で生徒を眠らせる術はない。 水系統のメイジに眠りの秘薬でも使ってもらうか、風系統に眠りの雲を使ってもらうか。 「信用する、やりたまえ」 “ありがとう。では目を” カッ! というほどの一瞬の光を閉じた目にも感じたコルベールが再び目を開くと、確かに生徒たちは皆眠っているよ うだ。使い魔もそれに応じてパニックから脱し、主人の元に戻ってくる。 『ふむ、流石に幻獣はただおとなしくなる、というわけでも無い様だな』 タバサのシルフィードなどは主人を守るように警戒しているのが目に入った。 “君はシルフィードと言うのかい。ごめんよ、君の大好きなご主人様を傷つけるつもりは無いんだ” 「君は幻獣とも話ができるのか!」 コルベールはシルフィードが風韻竜であることを知らない。 『ミス・ヴァリエールはいったい何を召喚したのだ?』との、危惧に近い感情が肥大する。 “えぇと、今の、聞こえちゃいました?” 鏡の中の青年がちょっと困ったような顔をしている。 “テレパスが漏れているのか。サイコ・ブラストに近い現象かな。 ユージンが言っていたのは本当だったのかもしれない” 「何だねそれは、そもそも君はなにものなんだ?」 “詳しい話はきちんとします。その前に彼らを遠ざけるか僕がどこかへ行かないと。 たぶんそろそろ目を覚ますかと” 「君は自力で移動できるのかね?」 “ええ。どうしましょうか?” 「ならば…、ミス・ヴァリエール、起きなさい! オールド・オスマンのところにこの【鏡】を案内して、私が行くのを一緒に待っているのです」 いきなり起こされたルイズは目の前にまだ先ほどの鏡が浮かんでいて、 相変わらず鏡の中だけにいる青年にびびりまくっている。って言うか半泣きに近い。 「ミスタ・コルベール。そんな…」 「ミス・ヴァリエール、この鏡は君が召喚したのだ。この儀式は神聖なものであり、 例外を認めるわけにはいかない。だからと言ってこのままでは皆がパニックになる。 ですから、早くオスマン師の元へ行ってください」 立て板に水で反論の余地はない。気味は悪いがこうなったらもうどうしようもないのだろう。 どんよりとしたオーラを背負ってこの場を離れるルイズと、その後ろをふわふわ漂う鏡。 ある意味とてもシュールだった。 「ところで」 “なんだい? 確かミス・ヴァリエールだっけ” 声だけ聞くと優しそうなんだけどな、とか場違いなことを考えるルイズ。 「ルイズよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。アンタ名前あるの? 【鏡】なんて呼びにくくていけないわ」 “ロック。ただのロックだよ” これが【虚無】と【超人】の邂逅であった。
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前ページ次ページゼロの使い魔人 ――鼓膜をつつき回す電子音が、沈み込んでいた彼の意識を『現実』へ引き揚げる。 (う……) ぼやけた目を一、二度しばたたかせた龍麻は、更に指で軽く瞼の上から揉んで視界をはっきりさせる。 「…俺は、――そうだったな」 回転を始めた脳細胞が、彼自身が置かれた状況を余す所無く伝えて来る。 龍麻はその事実に一つ溜め息を付くと、腕時計のアラームを止め、その場で上体を伸ばした。 被っていた毛布を畳んで側に置くと、ブーツの紐を締め直し、相棒たる黄龍甲を腕に着け、立ち上がるとおもむろに部屋を見回した。 ――十二畳程の室内。机に本棚、来客用の椅子と小テーブルやクローゼット、天蓋付きのベッド…。 そのどれもが、手の込んだ細工と意匠が施された、上質な代物であるのは一目で解る。 そして…寝台で穏やかな寝息を上げている、龍麻にとっての疫病神といえる、部屋の主たる少女。 …時刻は5:30過ぎ。以前なら中距離走を始め、瞑想も含めた体力、技倆維持の各鍛錬に当る時間なのだが―― 「――洗濯しろとか言ってたな。場所は…、適当に誰か捕まえて聞くか」 床に散らばった服と自前の洗面具を手に、龍麻は静かに部屋を出た。 廊下を通り、階段を降りた所で、視界の端に人影を見つけ龍麻は足を止めた。 「…ん?」 即座に後を追いかけ、視線の先…10m程前を歩く後ろ姿を確認する。 ――肩で切り揃えた黒髪に、エプロン姿の少女である。両手に抱えた籠には、洗濯物らしき一杯の荷物。 渡りに船とばかりに、声を掛ける龍麻。 「待ってくれ。忙しそうな所を悪いが、少し聞きたい事があるんだが」 「はい?」 すぐに立ち止まり、こちらへと振り向いた少女に龍麻は歩み寄る。 「――どなたですか?」 「色々あってな、昨日から此処で厄介になる事になった者なんだが」 それを聞いた少女の顔に、何か閃いたかの様な色が浮かぶ。 「――もしかして、あなたミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 「前に、やむにやまれずが付くけどな。…知っているのか?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますから」 「そりゃまた…」 悪名なんとやら、かと内心ぼやく龍麻。 「それで、何かご用件でも?」 「ああ、洗濯をしろとか言い付かったんだが、それに使う道具やら場所がわからなくてな。出来たら、教えて欲しいんだが」 「それでしたら、私の後に付いて来て下さい。私もこれから洗濯を始める所ですから」 「そうか。なら宜しく頼む」 「はい」 笑みを浮かべつつ、頷いた少女は踵を返し歩き出すと、龍麻もそれに続く。 「――っと、まだ名乗ってなかったな。俺は緋勇龍麻。緋勇が姓で、龍麻が名前だ。宜しくな」 「変わったお名前ですね……。私はシエスタといいます。あなたと同じ平民で、貴族の方々を お世話する為に、ここでご奉公させて頂いてるんです」 「そうなのか」 それで会話は終わり、建物の裏手に置かれた、洗い場に案内される。 井戸から汲み上げた水を洗濯桶に張り、洗濯板と石鹸で汚れを落としに掛かる。 そういった作業をシエスタを始めとする大勢の使用人達と共に、黙々とこなし終わりが 見えかけた頃には、結構な時間が経過っていた。 後片付けも含め、一切を終わらせた所で、ルイズの居室へ戻る。 「入るぞ。起きてるか?」 ノックをし、呼び掛けるを何度か繰り返すも反応は無く、中へと入れば、当の部屋主は龍麻が起き出した頃と変わらず惰眠を貪っていた。 「……。ぐうたらしてないで、さっさと起きろ」 肩を掴んで強く揺すりつつ、(抑えた)声を掛ける。 「もう、なによ…。朝からうるさいわねぇ……」 「うるさいも何も、起きる時間だ。遅刻したいのか?」 「はえ? それはこま…って、誰よあんたは!?」 と、半ば寝ぼけた顔と声で叫ぶルイズに、ジト目を向ける龍麻。 「誰も何も、アンタに召喚ばれたばかりに人生棒に振った、不運な男だ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日、召喚したんだっけ」 ……そこから着替えに関する意見と認識の相違で、両者はまたも舌鋒を交えたが、 ともあれ、着替え終えたルイズと龍麻が部屋を出た所で、隣室のドアが開いた。 ――鮮やかな赤髪と彫りの深い顔立ちに長身、褐色の肌と恵まれたスタイルが特徴的な若い女性である。 服装はルイズと同じ…つまりは貴族であり、この学院で学ぶ魔術師であろう…と、龍麻は見て取る。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 前者は愉快そうな笑みを見せつつ、後者は露骨といっていい嫌悪を込めての挨拶である。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 龍麻を指差し、ルイズの返事を聞くや、遠慮もなにも無い笑声を廊下に響かせる。 「ほんとに人間なのね! 凄いじゃない!」 (まるきり珍獣扱…否、晒し者だな、こりゃ…) 「『サモン・サーヴァント』で、平民喚んじゃうなんて、あなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」 「うるさいわね」 最後の一言に、只でさえ不愉快そうなルイズの顔に、更に皺が寄るのを龍麻は見た。 「あたしも昨日、召喚に成功したのよ。どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよねぇ~。来なさい、フレイム」 との、キュルケの自慢気な声に合わせたかの様に、室内から這い出したのは…。 「――只のでかいトカゲ…、な訳無いか」 コモドドラゴン以上の体躯を持ち、それ自体が炎の塊で出来ている尻尾に、口腔の端からも時折、炎が洩れ出している。 (流石にあの旧校舎地下や天香遺跡でも、こんな奴は棲息でなかったな……) 「これって、サラマンダー?」 凝視する龍麻を余所に、ルイズが悔しそうに聞くや、そうよー、火トカゲよー、と、ひとしきりキュルケがその火 トカゲの出自や価値を自慢し、そこからやり取りを重ねる度に、ルイズの表情と声はますます不機嫌さを増す。 と、不意にキュルケは龍麻へと視線を向けた。 「あなた、お名前は?」 「緋勇龍麻だ」 「ヒユウタツマ? ヘンな名前」 予想通りの答えに、小さく肩を竦めてみせる龍麻。 ここに居る間、際限無く掛けられるだろう台詞に、逐一反応するだけ精神エネルギーの無駄である。 「じゃあ、お先に失礼」 そう言ったキュルケは外套を翻し、颯爽たる足取りでフレイムを引き連れ、部屋を後にする。 その姿が廊下の向こうに消えると、ルイズは憤懣やるかた無しな顔で叫ぶ。 「悔しー! なんなのあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう!」 「………」 無言を保つ龍麻だが、ルイズの癇癪は治まらない。 「あんたは知らないだろうけどね、メイジの実力を測るには、使い魔を見ろって言われているぐらいよ! なんであのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」 「そりゃお互い様だ。しかしな、召喚のやり直しが出来ん現状、今居る奴が人間だろうが何だろうが、 そいつと組むしかないだろう。無い物ねだりしても、仕方無い」 「メイジや幻獣と平民じゃ、狼と駄犬程の違いがあるのよ」 ルイズは憮然たる表情で言い捨てる。 「駄犬呼ばわりかよ。…そういや、さっきゼロのルイズとか言われてたが、何か曰くでもあるのか?」 「ただの渾名よ。…あんたは知らなくていい事だわ」 ルイズはバツが悪そうに言う。 「そうか。忘れろっていうなら、忘れるさ。ゼロだなんだの、俺にはどうでもいい事だしな」 深く突っ込まない方がよし、と見て取った龍麻は、その単語を意識の隅へと放逐する。 「ほら、食事に行くわよ。さっさと付いて来なさい!」 「了解」 ――龍麻を引き連れたルイズは、学院の敷地内で一際大きい本塔の中に作られた、『アルヴィーズの食堂』へと入った。 ルイズが道々、説明する所によると、総ての学院生と教師陣は此所で食事を取るのであり、 又、『貴族は魔法をもってしてその精神と為す』をモットーに、魔法に止どまらず、貴族としての 教養や儀礼作法等も学ぶ…と、いった事を龍麻に語る。 「わかった? ホントならあんたみたいな平民は、この『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。感謝してよね」 「別段、入れなくとも一向に構わんけどな。食うだけならどこも同じだ」 「そう。なら次からは外で食べなさい。使用人達にはそう伝えておくわ。――ほら、椅子を引いて頂戴。 気の利かない使い魔ね」 「そいつは失礼。……で、俺の分はどこにある?」 既にテーブルに並べられ、湯気と芳香を立ち昇らせる質と量を満たした料理の群れに目もくれず龍麻が尋ねると、 着席したルイズは、無造作に床を指す。 「あんたのはそこ。何を騒いでも、それ以外は出ないし出さないから」 床に置かれた皿には、黒パン半切れと薄いスープが一皿だけである。 「……やれやれ」 口にしたのはそれだけで、龍麻は床に胡座を掻く。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ、今日も…」 と、室内に祈りの声が響く中、龍麻は龍麻で… (予め、マトモなモノなぞ出ないと予想はしてたが、残飯で無いだけマシか。…しかし、 『コレ』が続く様なら、外で現地調達でもして、食い扶持は自力で確保すべきだな……) 祈りを済まして食事を始める生徒達だが、龍麻もさして時間を掛けず空にした皿を手に、立ち上がる。 「ご馳走さん。外で待っているぞ」 卓上に空にした皿を置いた龍麻は、ルイズの返事を待たずに食堂を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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前ページ次ページお前の使い魔 決闘の日の翌日、わたしは暇な時間を使って図書館に来ていた。 「お前、こんな所で何をするんですか?」 ダネットが露骨に嫌そうな顔をして尋ねる。 どうやら本という物事態に拒絶反応を示しているようだ。 「あんたの住んでた場所を調べに来たのよ。もしかしたら、セプー族っていう種族が住んでる場所の載ってる本があるかもしれないでしょ。」 それを聞いたダネットは嬉しそうな顔をして、その後に寂しそうな顔をした。 「どうしたのよ?住んでた場所が判れば、あんただって帰ったりできるでしょ?」 「それはそうですが……そうなったら、こことも、お前ともお別れだと思って。」 全く、こいつは何を言ってるんだ。 使い魔の契約とは、一生を共に生きるということ。 第一、わたしはダネットの住む場所がわかったとしても、素直に帰すつもりはない。 わたしだってダネットの住んでた場所を見てみたいし、ダネットの知り合いに事情を話して、今後も使い魔として一緒に過ごす許可ぐらい取りたい。 別に寂しいからとかじゃないよの? 単に使い魔に逃げられたとあっては、ヴァリエール家の名折れというか、ほら、まあアレだ。うん。 「言っとくけど、住んでた場所がわかったって、あんたとの使い魔の契約は一生消えないのよ? たまーに帰ることを許すっていうだけよ?」 「え!? 一生って言いましたか今!? わ、私聞いてません!!」 あ、そう言えば言ってなかったっけ。 「諦めなさい。何なら、あんたの友達とかこっちに呼んで暮らせばいいじゃない。土地は……うん、わたしがどうにかするわよ。」 「むー……、でもこっちはホタポタありませんし……」 「そのホタポタって何なのよ? あんたが言うには食べ物みたいだけど?」 「えっとですね、ホタポタっていうのは……」 そこから、ホタポタについての講釈が始まった。 話をまとめると、どうやら、ダネットが住んでる土地特有の果物らしく、凄く美味しいとの事だ。 うーむ。ここまで力説されると一度食べてみたいわねホタポタ。 一通りの説明が終わった後、ダネットはポンと手を叩いて、さも名案が閃いた様に言った。 「そうだ!! お前も私の住んでる所にくればいいのです!! そうすればお前とも一緒だし、私もホタポタが食べられます!!」 「うーん……確かに食べてはみたいけど、わたしはその……」 言いよどむわたしを見て、ダネットは何かに気が付いたかのようにハッとなる。 「そう言えばお前には家族がいましたね……。すいません。」 「べ、別に謝る事じゃないわよ。うん。あ、でも一度は行ってみたいわね。その時は案内してよねダネット?」 「はい!! 案内は任せとくのです。きっとお前も何度も行きたくなるのです。」 満足したのか、ダネットはふらふらと図書館を回り始め、わたしも土地の事が書かれた書物を中心に調べ始めた。 わたしが、適当に目星を付けて何冊かの本を机に持っていった頃、図書室のドアがガラリと開く。 「あら、あんた」 「あー!! お前はちび女!!」 図書室に入ってきたのはタバサだった。 タバサはちらりとわたしとダネットを見ると、興味が無さそうに移動し、自分の持ってきた本を机に置いた後読み始めた。 うーむ……こいつ、何を考えてるかよくわかんないから苦手なのよね。 ダネットはそんなタバサの所にずんずん突き進み、机をバンと叩いた。 「ちび女!! あの時はよくもやってくれましたね!!」 あの時とは決闘の時かしら? 確かダネットの頭を杖でぶん殴ったのよねタバサ。 わたしが止めようと席を立つと、タバサはダネットを見て、眼鏡をくいっと持ち上げ行った。 「タバサ。」 「きゅ、急になんですかちび女!!」 「タバサ。」 「う……」 「タバサ。」 「た…たばさ?」 満足したのか、タバサは頷いた後に目を本に戻し、また読み始める。 わたしはそれを見て驚いていた。 あのダネットに名前をちゃんと呼ばせるつわものがいたなんて……なんか負けた気がする。 ちょっとわたしも実戦してみよう。 「ダネット、ちょっといい?」 「何ですかお前。今は忙しいのです。」 「いいから。ちょっといらっしゃい。」 しぶしぶわたしの所に来たダネットに、すぅっと息を吸い込んで言う。 「ルイズ様。」 「急に何ですかお前。お腹でも痛いんですか?」 「ルイズ様。」 「お前、熱でもあるんですか?」 「る、ルイズ様!」 「大丈夫ですかお前?」 「ルイズ様って言ってんでしょこのダメット!!」 「何で急に怒るんですか!! お前は訳がわかりません!!」 「何!? わたしが悪いの!? ほら言いなさいよ!! ルイズ様!!」 「嫌です!!」 そんな感じで喧嘩を始めだしたわたし達を見て、タバサが笑った気がするのは気のせいだきっと。うん。 結局、その日はろくに調べ物が出来ず、そのまま一日を終えた。 そして虚無の曜日、わたしとダネットは学院の前から動くことが出来なかった。 「あんた、馬に乗ったことが無いならまだしも、馬を見たことが無いってどこの田舎物よ?」 「ば、馬鹿にしないで下さい!! こんな動物ぐらいあっさり乗りこなしてみせます!!」 ダネットは馬に乗れなかったのだ。 そんな訳で、わたし達は予定を少しずらし、乗馬の訓練をしていた。 「お、お前!! こいつ今、私を噛もうとしました!!」 「あんたが顔を触ろうとするからでしょ!!」 結果は、今のところ芳しくない。 わたしが今日の予定を乗馬の訓練で終えてしまうかもしれないと考え始めた頃、学院から見知った顔の二人が出てきた。 「何やってんのあんた達?」 「あ!!乳でかとタバサ!!」 ダネットの言葉を聞いて、目を丸くするキュルケ。 そしてタバサの方を見て、興味深そうに聞く。 「タバサ、どんな魔法使ったのよ?」 「ち、乳でか!! お前は私を馬鹿に……うわあ!! お前!! こいつまた私を噛もうとしました!!」 溜め息をついたわたしを見て、キュルケがニヤリと笑いながら言った。 「もしかして出かけるつもりだったのルイズ?」 「そうよ。でも、今日は一日これかもね。」 キュルケのニヤケ顔にむっとしつつ、後ろで四苦八苦しているダネットを見てまた溜め息をつく。 するとキュルケが、更に顔をニヤつかせて言った。 「だったらさ」 「お前!! 気持ちいいですね!!」 「そうね。だからじっとしてなさいダネット。」 わたし達は今、タバサの風竜に乗ってトリスタニアを目指している。 ダネットは子供のようにはしゃぎ、目を離すと落ちてしまうんじゃないかと気が気ではない。 まあ……竜に乗って空を飛ぶのは気持ちいいから、その気持ちもわからないでもない。 わたしだってちょっと羨まし……いや、何でもない。 気分を変えるために、風竜を始めて見たダネットの反応を思い出す。 「凄く食いでがありそうです!!」 うん。思い出すんじゃなかった。 いつかこいつは、他のメイジの使い魔を食べつくすんじゃないかしら。 美味しそうにバグベアーを食べるダネットを想像し、溜め息を付いた後、心に引っかかっていた事をキュルケに尋ねる。 「それでキュルケ、交換条件は何?」 この風竜はタバサの使い魔ではあるのだが、キュルケが許可を貰ってわたしとダネットが乗せてもらっている。 どうも二人もトリスタニアまで行く用事があったらしいから、ついでと言えばついでなのだけれど、交換条件も無しに、あのキュルケがわざわざわたし達まで乗せるようにとタバサに頼むわけが無い。 だからこそのあのニヤケ顔だ。 「あら失礼ねルイズ。あたしは親切心からタバサに頼んだのよー? 別に、最近美味しいって評判のクックベリーパイのお店がトリスタニアに出来たとか全くこれっぽっちも関係ないのよ?」 「あーそーですか。」 そういう事かコノヤロウ。 でもまあ、クックベリーパイぐらいなら別にいいか。わたしも好きだから一緒に食べようかしら。 「美味しい!? 私もそのクックなんとか食べたいです!!」 「わかった!! わかったから暴れないで!! お、落ちる!! 落ちちゃう!!」 「ちょっとルイズ!! 危ないわよ!!」 そんな、空の上でまで騒がしいわたし達をチラっと見て、タバサが一言呟いたのが聞こえた。 「騒々しい。」 風竜のお陰で予想以上に早くトリスタニアに到着したわたし達一行は、別に行くところがあるというキュルケとタバサに集合場所を言った後、別行動となった。 取り合えず、わたしとダネットは、最初の目的である服屋へと行くことにする。 「本当は財布を持たせようかと思ったけど、ダネットに持たせるのは自殺行為よね……」 「ん? お前、何か言いましたか?」 「何でもないわよ。それより早く行きましょう。寝具も注文しないといけないんだから。」 てくてく歩いている間、ダネットはキョロキョロと周りを見ていた。 危なっかしいことこの上ない。 いい加減わたしが注意しようと後ろを振り向くと。 「ダネット!! あまり余所見してると……っていないし!!」 ちょっと目を離した隙に、ダネットはどこかに消えていた。 あのダメット、一回痛い目見ないとわからないらしいわね。 わたしがそんな事を考えていると、わたしを呼ぶダネットの声が聞こえた。 「お前、はいこれ。」 「あんたどこに……って、これ何?」 「これ美味しいです。さっき食べた私が言うんだから保証付きです。」 手渡されたのは、平民が好みそうな串焼きだった。 いい香りがして、確かに美味しそうだ。しかし。しかしだ。 「あんた……これ、どこから持ってきたのよ?」 「あそこのオッサンからですよ? 『お嬢ちゃん、食ってきな!!』って言って渡してくれました。」 「それは売りつけられたって言うのよこの馬鹿!! ダメット!!」 串焼き代を店主に払い、本日何度目かの溜め息を付く。 今更だけど、ダネットは大きな子供みたいなものだ。 興味を引けば、それが何であろうと手にとってみたり、騒いだりする。 貴族に対しての恐れすらなく、誰彼構わず感情だけで物を言う。 学院だから許されるようなものの、本来なら貴族に対して『お前』なんて言おうものなら、場合によっては侮辱したと罪にすら取られる。 でも不思議なことに、わたしはダネットから『お前』と呼ばれる事に、最初よりも不快感を抱いていなかった。 今更『ルイズ様』何て呼ばれたら、逆にむず痒くなりそうだ。 今はとても楽しい。それでいいじゃないか。 そんな事を考え、何となくダネットに声を掛けてみる。 「ねえ、ダネット。あんたって本当に……って、またいないし!!」 「お前ー!! これ!! これ美味しいです!!」 前言撤回。 あのダメットには、一回きっちり常識っていうものを教えなきゃいけない。と、わたしは誓うのだった。 「やっと付いた……何かいつもの数倍疲れた気がするわ。」 「お前、運動不足ですね。」 「誰のせいよ!!」 ようやく服屋に着いたわたし達は、早速選び始める。 とは言っても、ダネットは服に無頓着なのか、どれが良くてどれが変というのがわからないらしい。 「お前、これ!! これがいいです!!」 「それ男物でしょうが!! いいから適当に見てなさい。わたしが選ぶから。」 手に持っていたタキシードをしぶしぶ戻し、またふらふらと店内を見回り始めるダネット。 「うん。これなんかどうかしら。ダネット、試着してみなさいよ。」 「これですか……? ヒラヒラしてて動きづらそうです。」 「試しよ試し。ほら、着てみなさい。」 「わかりました……うー。」 ぶつくさ文句を言いながらも、ダネットはわたしが選んだワンピースを持ち、試着室で着替えた後、ひょこっと顔だけ出して恥ずかしそうにわたしに聞いてきた。 「お前、これはやっぱりやめましょう。スースーします。」 「いいから出てきなさい。」 「うー……」 「あら、結構いいじゃない。」 ダネットに派手な物は似合わないだろうと考え、薄い桃色のワンピースを渡したのだが、なかなかどうして似合っている。 まあ、長い耳や角や、足の毛や蹄があるので、よーく見ると亜人だとわかってしまうのだが、パッと見では年頃の女性に見える。 「じゃあ今度はこっち着てみなさい。」 「またヒラヒラ……お前、なんか楽しんでませんか?」 「気のせいよ。ほら、早くしなさい。」 「うー……」 その後も何着か試着してみたのだが、結局ダネットが選んだのは、シンプルな藍色のシャツとズボンだった。 本人曰く、スカートは動きづらいから嫌だそうな。 他にも、何着か下着を買って店を出た後、寝具の発注をしに行く。 こちらはあっさりと決まり(最初、ダネットは寝袋を選ぼうとしたのだが、わたしが止めた。)集合場所の広場へと向かう。 「遅いわよルイズ。」 「文句ならダネットに言ってよね。」 「わ、私が悪いって言うんですか!? お前の足が遅いのが悪いんです!」 「どう考えてもあんたが原因でしょうが!」 そのまま四人でクックベリーパイを食べに、新しく出来たお店とやらに向かった。 「これがクックなんとかですか!! 気に入りました!!」 「はいはい。わかったから、もっとゆっくり食べなさい。クックベリーパイは逃げないわよ……って、あんた!! それわたしのパイよ!」 「賑やかねえ。」 「騒々しい。」 その後、パイを平らげ、紅茶をすすりながら今後の予定を話し合う。 「それで、この後は何か予定あるのルイズ?」 「特に無いわね。あんた達はどうなのよキュルケ?」 「あたし達も欲しかった物は買ったし、パイも食べられたから、特に予定は無いわよ。」 どうしたものかと考えるわたしとキュルケに、タバサが割って入ってきた。 「これを読みたい。」 「お前、本ばかり読んでますね。いつか本になっちゃいますよ?」 タバサの言葉に、ダネットが反応する。 ん?どこかで笑い声が聞こえたような……気のせいか。 「じゃあ、ちょっと早いけど帰りましょうか。キュルケもそれでいい?」 「そうね。じゃあタバサ、お願いできる?」 キュルケの問いにタバサは頷き、わたし達はトリスタニアを後にしたのだった。 そして、その日から一週間が過ぎた時、事件は起きた。 わたしとダネットにとって、とても大きな事件が。 前ページ次ページお前の使い魔
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前ページ次ページ暗の使い魔 「ちょっと、何してるのよ。さっさとしなさい!」 「五月蝿いな、こんな人ごみじゃ仕方ないだろう」 細い路地にいるルイズからの催促に、官兵衛が答える。 ごった返す人ごみを掻き分けながら、ずた袋を引っさげた官兵衛がようやっとルイズの元にたどり着いた。 路地に入り込んだ二人は、元来た道を見返す。と、そこには見渡す限りの人の波。 幅5メイル程の街道に所狭しと人が並んでいた。 ここは首都トリスタニアのブルドンネ街、その大通り。 虚無の曜日――魔法学院の生徒にとって休日にあたるこの日。 官兵衛とルイズはある買い物をするために、ここ首都トリスタニアまで出てきていた。 事の始まりは、昨晩の会話である。 「この野良犬―――っ!よりにもよってツェルプストー相手に尻尾を振るなんて!」 あの後、ルイズに部屋まで連れ戻された官兵衛は、いきなり犬呼ばわりされた。 キュルケとの現場を最悪のタイミングで押さえられたためだ。挙句、鞭で散々叩かれそうになる始末。 「落ち着けお前さん――って、犬呼ばわりか!一体何だってんだ!」 ルイズがなぜキュルケとの接触をこれほどまでに怒るのか。それは、官兵衛にとっては何も関わりの無い因縁のせいであった。 聞けば、ツェルプストー家とヴァリエール家は国境を挟んでの隣同士。 トリステインとゲルマニアの戦争の度に殺しあった因縁の仲なのだとか。 さらには、ルイズにとってはこちらが重要らしいが、先祖代々ヴァリエールはツェルプストーに、散々恋人を奪われてきたらしい。 曰く、ひいおじいさんの妻が奪われた。曰く、ひいひいおじいさんの婚約者を奪われた、等々である。 とどのつまりは、これ以上ツェルプストーには小鳥一匹だって渡すわけにはいかない。そういうことらしい。 「わかった!?とにかくツェルプストー家は、ヴァリエール家にとって不倶戴天の敵なの!」 「へいへい。要は小生が近づかなきゃいいんだろう。あのキュルケに」 官兵衛はやれやれと手をすくめた。しかし、それには一つ問題がある、それは。 「向こうから接近してきたらどうする?強行手段に出られたらさっきみたいに監禁されかねんぞ」 「そうね、それにキュルケを慕う男達も黙ってはいないでしょうね」 ルイズが顎に手を当てながら言った。官兵衛も腕に自信が無いわけではない。しかしながらこの枷である。 闇夜に不意打ちでもされたらたまったものではない。何れにせよ、なにかしら身を守る手段が必要であった、そこで。 「わかったわ。あんたに剣を買ってあげる」 「えっ?」 ルイズが意外な提案をしてきた。官兵衛が素っ頓狂な声を上げる。 「確かにキュルケに好かれたら命がいくつあっても足りないわ。降りかかる火の粉は自分で払えるようにしなさい」 ルイズがツンと上を向いて言った。 「いやしかしだな!小生のこの枷で剣なんかあっても……」 「でもあんたこの前言ってたじゃない。剣があればもっと手早く済むって」 そうであった、と官兵衛は天井を仰いだ。確かに彼は、ド・ロレーヌとの決闘の後、そんな言葉を口にしたのだ。 「まあ無いよりはマシでしょ?」 「そりゃそうだが……」 「決まりね」 そんなこんなで、ルイズと官兵衛は剣を買うために、はるばる首都まで出てきた訳である。 因みに官兵衛の枷と鉄球と鎖は、白い布に包まれている。 流石にあのままでは目立って歩きにくい、と考えたルイズが用意したのだ。 傍から見れば、白い大きなずた袋を担いでいるようにしか見えず、上手くカムフラージュされていた。 ブルドンネ街の大通りを抜け、狭い路地を入る。 やがて四辻に出、そして剣の形をした看板の店を見つけると、ルイズと官兵衛はその中に入っていった。 その様子を、二つの影がそっと見ているのに気付かずに。 暗の使い魔 第七話 『魔剣とゴーレム』 ルイズと官兵衛が入ると、そこは、狭い屋内に様々武具が並んだ、薄暗い店であった。 カウンターの奥に座った店主が、こちらに気付き、胡散臭げな目で官兵衛達を見た。 「貴族の旦那。うちは全うな商売してまさあ。お上に目をつけられる事なんかとは無縁でっせ。」 「客よ」 ドスの聞いた声でそういう店主に、ルイズが一言で返す。と、店主は驚いたようにルイズを見やった。 「こりゃあ驚いた。若奥様が剣なんぞ握られるんで?」 「使うのは私じゃないわ。こいつよ」 ルイズが官兵衛を目で指す。店主は納得いったように手を打った。 「ははあ成程。近頃は下僕に剣を持たせる貴族の方々も多いようで」 相手が客だと分かると、店主は商売っ気たっぷりに愛想を振りまきながらそういった。 「剣をお使いになるのはこの方で?はあ、これはまた逞しいお方で。鍛え上げられた肉体が岩のようでさあ」 店主が、まじまじと官兵衛を見ながら、世辞を述べる。 そんな店主の言葉を、ルイズは煩わしく思いながらも静かに先を促した。 「このような方がお使いになる剣といえば、かなり大振りなものになりやすが?」 「構わないわ。私は剣の事なんて分からないし、適当に選んで頂戴」 「へい、かしこまりました」 そういうと、店主はいそいそと店の奥へ引っ込んだ。 こりゃ鴨がネギしょってやってきたわい、と内心ほくそ笑みながら。 そんな中、官兵衛は店内に置かれた刀剣類一つ一つを手に取り眺めていた。 しかし、まともな使用に耐えるような物はこの店ではそうそう見つからないようであった。 官兵衛が短くため息をつく。その時、店の倉庫から店主が大剣を油布で拭きながら現れた。 「こいつなんかどうです」 店主がドンと大剣をカウンターに置いた。 見ればそれは、なんとも煌びやかな大剣であった。所々に宝石が散りばめられ、両刃の刀身が鏡のように輝く。 刀身も大きく、1,5メイルはあろう大きさであった。成程、貴族の従者が腰に下げるにはもってこいの逸品らしかった。 官兵衛も傍により、手にとってまじまじと見た。 「こいつを鍛えたのは、かの高名なゲルマニアの錬金術師シュペー卿で。魔法だって掛かってるんで鋼鉄なんか一刀両断ですぜ」 官兵衛が熱心に見てるのをいい事に、早速売り込もうとする店主。ルイズも満足したように、その剣を眺めている。 「おいくら?」 ルイズが早速店主に値段を尋ねる。店主が淡々と値段を告げた。 「エキュー金貨で二千。新金貨で三千」 「立派な家と森つきの庭が買えるじゃないの!」 ルイズは声を荒げた。いくらなんでもこれではぼったくりではないか、と抗議するも。 「名剣は城に匹敵しやすぜ。屋敷で済めば安い方かと」 店主が笑いながらそういった。その言葉に、困ったように黙り込むルイズ。 しかし、まじまじ見ていた官兵衛がようやっと口を開くと。 「こんなナマクラで金とろうなんて、たしかにぼったくりが過ぎるな。お前さん」 店主に向かってそう言った。 「な、なんでい!いい加減な事言うなド素人が!」 今度は店主が顔を赤くして、官兵衛に怒鳴った。しかし官兵衛は冷静に言う。 「鋼鉄だって斬れる?こいつじゃあ土塊にすら劣るぞ」 そう言いながら、官兵衛は興味なさそうに大剣をカウンターに戻した。 「斬れないな。飾りだ」 そう言われると、店主は怒ったように剣を引っつかみ、店の奥へと消えていった。 官兵衛も、落ちぶれたとはいえ一介の武将である。刀剣の良し悪しを見る目は確かであった。 加えて彼は、小田原城主北条氏政より賜った名刀『日光一文字』を所有していたこともある。 名刀を見分ける目は玄人であった。 ルイズがだまされた事を悟り、わなわなと震える。 「貴族相手にナマクラを売りつけようだなんて!」 「落ち着け。向こうも商売人だ」 官兵衛がルイズを宥める。といっても今回のは流石に度が過ぎるとは官兵衛も思ったが。 「とりあえず出るか」 先程から店主も戻って来ないし、このままでは埒が明かない。と、店の外に出ようとしたその時であった。 「よう兄ちゃん!おめえ結構いい目してるじゃあねえか!」 唐突に狭い店内に声が響いた。 官兵衛とルイズが見回すも、辺りには誰もいない。 「どこ見てんだよ。こっちだこっち」 とりあえず声のする方向へ目を向けるも、積み上げられた剣があるのみ。人影らしい人影はどこにも無かった。 「おめえ!やっぱり目は節穴か!」 その時、官兵衛は驚き目を見開いた。なんと声の主は、一本の剣であった。 乱雑に積みあがった剣の束の中の一本の剣。正確に言えばその柄の部分から声が発せられていたのだ。 ガサゴソと乱暴にその剣を引っつかむ。 「おいおい!慌てんなって。もう少し優しく扱いな」 口と思わしき柄の部分がカタカタと震えた。 「それって、インテリジェンスソード?」 ルイズが戸惑いながら、その剣を見やった。 「いんてりじぇんす?」 「海を隔てた南蛮の――じゃない、魔法によって意志を与えられた剣の事よ。珍しいわねこんな所で」 ルイズが妙な電波を受信しながら、官兵衛に説明する。 「何でも有りか、魔法ってのは」 剣が喋るという事実にも驚きである。しかし何よりも、物に意志を与えるというデタラメな魔法の力に官兵衛は舌を巻いた。 「やいデル公!またおめぇは!」 いつの間にかカウンターに戻ってきていた店主が、手に持った剣をみるやいなや怒鳴った。 「デル公っていうのか?お前さん」 「ちがわ!デルフリンガー様だ!」 「へぇ、名前だけは立派ね」 ルイズがデルフリンガーをじろじろ見ながら言った。確かに名前は立派だが、当の剣はさび付いていてボロボロである。 長さは先程の大剣と大して変わらないが、それでも先程のものから比べると大分見劣りした。 それでも官兵衛は興味深げに、デルフリンガーを見回す。 「おいお前さん。喋れるってことは色々知ってるのか?」 「剣に尋ねる時はテメエから名乗りやがれ」 「それもそうだな、小生は官兵衛。黒田官兵衛だ」 「そうかいカンベエ、俺の事はデルフでいいぜ。」 なにやら嬉しそうに剣に話しかける官兵衛を、ルイズは怪訝な顔で見つめていた。 「なによあんた、その剣気に入ったの?もっと綺麗なのにしなさいよ」 彼女がそう言うも、官兵衛はデルフとのおしゃべりに夢中で取り付く島もない。 仕方無しにとルイズは店主に向き合う。 「あれはいくらなの?」 「あれなら100で結構でさ」 「あら安いじゃない」 「こちらからしたら厄介払いみたいなもんでして。何しろそのデル公と来たら、客にケチ付けるは罵るわ、ともう散々で」 「え~」 ルイズは再び嫌そうな顔をする。しかし官兵衛はあの調子だ。 「カンベエ!どうするのよ!」 「ん?ああ、買うぞ」 ルイズは肩を落とした。官兵衛が懐から袋を取り出し、カウンターの上に中身をぶちまける。 店主が、慎重に金貨を数え終わると、頷いた。 「毎度」 ルイズは深く深くため息をついた。 「よろしく頼むぞデルフ」 「こちらこそな、いやしかしおでれーた!こんな所で『使い手』に拾われるたぁな!」 「使い手?」 なにやらまだ官兵衛と剣はおしゃべりしているようだが、ルイズはさっさとこの店を出たかった。 さっさと出るわよ、と官兵衛を無理やり店の外に押し出すと、ルイズもそれと同時に出て行った。 薄暗い店内が再びしんと静まり返る。 「やっと厄介払い出来たか」 店主がカウンターに頬杖をつきながら、短くそう呟いた。やれやれ、と言いながらパイプを吹かす。 パイプの煙が天井に届くのをぼぅっと見る。 「まあせいぜい元気でやれよ。デル公」 店主は何とも言い知れぬ静けさに、そんな言葉をつぶやいた。 店を出てから、ルイズはずっと機嫌が悪かった。官兵衛が理由を問えば。 「本当にそんなので良かったの?」 と、剣についての文句しか言わなかった。 町に繰り出したは良いものの、さび付いた剣一本しか手にはいらなかった事が余程腹に据えかねたのだろう。 「思ったより丈夫そうだ。剣として使う分には問題ないだろう」 「同じ剣でも喋らないのが沢山有るじゃない、なんでわざわざそれにしたのよ。」 加えて、インテリジェンスソードなどという迷惑な代物であった事も一因していた。 「喋るからいいんだろうが。こいつなら色々情報を持ってるかも知れんしな」 「ふ~んそう」 官兵衛の言葉に、ルイズは心底つまらなそうであった。 二人がそんな会話をしながらブルドンネ街を練り歩いていた、その時であった。 「あれ、なんの人だかりかしら?」 ルイズが通りの正面を指差した。官兵衛もそちらを見る。 すると、そこにはおびただしい数の人々が何かを囲んでいるのが見えた。 このまま行くと間違いなくあの群衆にぶつかるだろう。しかし通りの人の流れは激しく、回り道をしている余裕などない。 ルイズ達は仕方なく、前へ前へと進んでいった。 「ええい、見世物ではない!散った散った」 ざわめきに混じって衛士が怒号を飛ばしているのが聞こえる。 そして人ごみの隙間から、衛士達が木でできた担架で、布に包まれた何かを運んでいくのが見えた。 一体何なのかと、一番後ろに並んだ男性に話を聞く。すると、驚くべき答えが返ってきた。 「ああ、メイジの死体が出たんだとさ」 男性はルイズに答える。その言葉にルイズは息をのんだ。 「死体って、殺されたの?」 「どうやらそうらしいな。今月に入って二件目だとさ、ひでぇ話だ」 あまりに物騒な話に、ルイズは顔色を変えた。 「なんだってメイジが殺されるんだ?この世界じゃ貴族を手にかけるなんざ重罪じゃないのか?」 官兵衛がルイズに問う。 もちろん貴族でなくとも殺人は重罪である。 しかし官兵衛は、この世界の頂点に君臨する貴族がなぜ殺されたのか疑問に思ったのだった。 「わからないわ。今回殺されたのは貴族なの?」 ルイズが再び男に話を聴いた。 「いいや、貴族じゃない。身元知れずのメイジさ」 成程、確かに殺されたのが貴族であったのなら、このような騒ぎでは済まない筈だ。 しかし、官兵衛は男の答えに疑問符を浮かべた。 「メイジが全員貴族なわけじゃないのか」 「そうね。メイジにも色々あって傭兵に身をやつしたり、泥棒になったりするケースがあるわ。 貴族は全員がメイジだけど、メイジ全員が貴族じゃあないのよ。それにしても――」 官兵衛の問いに答えた後、ルイズは考え込んだ。 「メイジが立て続けに二人も殺害されるなんて、いったいどうしてかしら?」 メイジ同士のいざこざであろうか。 身元不明のメイジであれば大方盗人の類であろう。つまりは、裏社会の事情によるものかも知れない。 もしそうであれば、自分たちには関わりの無い事だ。ルイズはそう思った。しかし、彼女は何かが引っ掛かっていた。 現場処理が終わり、人の群れがまばらになってきた所で、官兵衛とルイズはようやく歩き出した。 「はぁ、大分遅くなっちゃったわね。帰りましょう」 「おう」 二人は馬を預けている駅へと向かった。 ルイズと官兵衛は、馬で約三時間の道のりを走り、学園へ戻ってきた。 その頃にはすでに日が落ち、辺りには夜の帳が降りていた。 官兵衛はまずルイズの部屋に戻るなり、デルフリンガーを鞘から出して会話を始めた。 彼がデルフを選んだ理由は主に二つ。一つは勿論武器としての役割。もう一つは情報収集であった。 こちらに来てからまだ一週間。官兵衛は、この世界の世情について疎い部分が多くあった。 勿論シエスタ達との会話や、日ごろの授業から情報を得ている。 しかしながら、それらの情報源だけでは得られるものに限りがあった。 図書館の利用も考えたが、そこは貴族専用で自分のような平民は入る事すら許されない。 そんな時、彼はデルフリンガーを見つけたのである。 トリステイン中心部の武器屋に眠っていた、意志を持った魔剣。何かしらの情報が得られると官兵衛は踏んでいた。 彼は日本に帰る為にも、一つでも多くの情報を欲したのであった。しかし―― 「なぜじゃあああああああっ!」 「まあまあそう騒ぐなって相棒」 「誰が相棒じゃ!」 またしても切ない叫び声が夜空に響いた。頭を抱え、その場にうずくまる官兵衛。 「おいおいどうしたってんだよ相棒。そりゃたしかに俺様は忘れっぽい。長い間眠ってたからな、うん。 でもそれがどうした?それを差し引いても俺様はそこらの名剣に劣らないぜ。後悔させねえ、絶対」 「後悔だらけだこの錆び錆び!何聞いても忘れた、知らねぇだの、お前さんを買った意味が半分無いじゃないか!」 「よくわかんねぇが、半分あるならいいじゃねぇか。仲良くやろうぜ」 官兵衛はガックリと肩を落とした。官兵衛は肝心の情報を、デルフリンガーから全く得られなかったのだ。 忘れっぽいと言うことは思い出す可能性も無きにしも非ず。だが、今のところそれには期待できそうになかった。 「だから言ったじゃない。もっと普通の剣にしときなさいって。」 ベッドに腰掛けたルイズが頬を膨らませてそう言う。 と、その時であった。 「はーい!ダーリン!」 キュルケが突如、ルイズの部屋のドアをこじ開けて現れた。官兵衛を見るや否や抱きつく。 そして後から、青い髪の少女が本を読みながら入ってきて、ちょこんと官兵衛の隣に座った。 「ちょっとツェルプストー!何勝手に人の部屋に入ってきてるのよ!」 ルイズが立ち上がり、がなり立てる。それに対して、ルイズに今やっと気がついたかのようにキュルケはニッコリ笑う。 「あらルイズこんばんは。生憎だけど今日は貴方に用は無いの。私はダーリンに用があって来たのよ。ねっ、ダーリン」 「だ、だありん?よく分からんが小生に何の用だ?」 官兵衛がおずおずとキュルケに尋ねる。 しかし、昨日の今日で随分なアプローチの仕方だ。恋のためならどこへだろうと現れる。他人の部屋だろうとこじ開ける。 これがツェルプストー流の恋の方法だとしたら、本当にとんでもない家系だ。 官兵衛は、二の腕に押し付けられる胸の感触に苛まれながら、そう考えた。 キュルケがシャツをめくり上げ、スカートの中から何かを取り出した。それは一冊の本であった。 頑丈そうなカバーに包まれ、丁寧に鍵まで掛けられている。随分と重要そうな書物だった。 「これをね、ダーリンに・あ・げ・る」 キュルケが色気たっぷりに、その本を手の中に包ませた。 「な、なんだコイツは?」 「フフ、これはね、『召喚されし書物』って言う代物なの。我がツェルプストー家に伝わる家宝よ」 「何!召喚された書物!?」 官兵衛が驚愕し、手の中の本を見やる。 「そうよ。もしかしたらダーリンの助けになればいいなって。私からのささやかな贈り物よ」 バッと頭上に書物を掲げる官兵衛。目を輝かせ、彼は肩を震わせた。 もしこの書物が日本から、いや官兵衛の世界から召喚された物なら、大きな手がかりであった。 彼が元の世界に帰るための、これ以上ない程の。 「どういうつもりよキュルケ」 「あら、貴方こそ。ダーリンに剣なんかプレゼントしちゃって」 「何よ、使い魔に最低限必要なものを買い与えるのは、主人である私の務めよ」 「必要なものねぇ」 キュルケがチラリと官兵衛の横に置かれた、錆び付いた剣を見やった。ぷっと吹き出しながらルイズに向き直り。 「大方お金が足りなくてあんなものしか買ってあげられなかったんじゃあないの?」 「違うわ!カンベエがあれでいいって言ったのよ!必要なら私がもっと立派な剣を買ってあげたわよ」 「あら、それはダーリンが気を使ったのでなくて?お金の無い貴方に。 まったく使い魔にお金の心配をされるなんて、主人として情けないわね?」 ルイズの眉が釣りあがった。握り締めた拳がわなわなと震え出す。 と、突如ルイズは官兵衛の持つ本をバッと取り上げた。 オイ!と官兵衛が抗議する間もなく、ルイズは本をキュルケに突っ返した。 「いらないわよこんなもん!」 「それは私がダーリンにあげたの。貴方にあげたんじゃないわ」 「使い魔の物は私の物。私の物は私の物よ!あんたからは砂粒ひとつだって恵んで欲しくないんだから」 官兵衛が横でふざけんな!と抗議するが聞く耳持たずである。 「全く、こんなんじゃダーリンが可哀想よ。 彼は貴方の使い魔かもしれないけど、意志だってあるのよ?そこを尊重してあげなさいな」 そうだぞ!と官兵衛が繰り返す。キュルケが再び官兵衛に寄り添った。 「ねぇダーリン、こんな自分勝手なルイズより私のほうがいいわよね?私なら貴方に何だって望むものを与えられるわ。 勿論、貴方を送り帰す方法だって」 キュルケの言葉に官兵衛はハッとして、彼女を見やった。 何故それを知ってるんだ、と言葉が出かかったが、フレイムとの感覚共有のことを思い返し口を閉ざした。 「何よ余計なお世話よ!それにこいつを送り帰すのは主人である私の勤めよ!ゲルマニアで相手にされなくなったからって、 トリステインに越してきた色ボケは引っ込んでなさい!」 「言ってくれるじゃない……」 キュルケの目が据わった。ルイズが勝ち誇ったように言う。 「何よ、本当の事じゃない」 二人の視線がバチバチと火花を散らした。二人が同時に杖に手を掛けた。 すると、それまでじっと本を読んでいた青髪の少女が、すっと杖を振るった。つむじ風が舞い上がり、二人の手から杖を吹き飛ばした。 「室内」 表情を変えず、少女が淡々といった。おそらくはここで杖を抜くのが危険だと言いたいのだろう。 「なにこの子、さっきからいるけど」 「あたしの友達よ。タバサっていうの」 タバサは再び座り込むと、官兵衛のとなりで相も変わらず本のページをめくり始めた。 官兵衛はタバサを見やる。年の程は13~4程だろうか。赤い縁の眼鏡を掛けた、幼そうな顔立ちの少女であった。 官兵衛の視線を気にも留めず、彼女は淡々と読書をしている。 「(随分無口な娘っ子だ、だが――)」 官兵衛はこの少女の立ち振舞いに違和感を感じていた。そう、何者をも寄せ付けない雰囲気。 彼が日ノ本で幾度と無く感じた、あの冷たい気配。例えるなら、豊臣秀吉の左腕として活躍していた男、石田三成。 それを思い出させた。 ふと、タバサがこちらを向いた。それに対して慌てて目を逸らす官兵衛。 「(気のせいか……)」 見ればまだ表情あどけない少女である。自分の感じた違和感は気のせいだろう。そう思うことにした。 「止めなくていいの?」 「えっ?」 タバサがすっと前を指した。見るとそこには、怒りをむき出しにして睨み合う二人の少女がいた。 「「決闘よ!」」 二人が同時に叫んだ。 「おいおい何言い出すんだお前さん達――」 「「カンベエ(ダーリン)は黙ってて!」」 二人の少女、いや鬼女に凄まれて官兵衛はすごすごと引き下がった。 「いいこと?勝ったほうがダーリンにプレゼントを贈るのよ!」 「上等よ!絶対負けないんだから!」 女同士の決戦の火蓋が切って落とされた。 「でだ……何で小生がこうなるんだあぁぁぁぁっ!」 官兵衛は気がつくと、学園内の本塔の上からロープで吊るされていた 先程部屋で急に眠くなり、意識が無くなり、気がついたらこのザマであった。恐らくは魔法で眠らされたのだろう。 自分の遥か下に地面が見える。そこは学院の中庭であり、キュルケとルイズが官兵衛を見据えて立っていた。 そして上空には巨大な竜が舞っているのが見えた。タバサの使い魔のシルフィードであった。 彼女は、シルフィードに乗りながら吊るされた官兵衛の真上を旋回していた。官兵衛の落下に備えてである。 「いいこと?先にロープを切ってカンベエを落とした方が勝ちよ」 「わかったわ」 キュルケとルイズが杖を構えた。 「いやいやお前さん達。決闘したい理由は分かった、譲れない訳がある事も。でもな、こんな形で小生を巻き込むなっ!」 官兵衛が精一杯叫ぶも、皆どこ吹く風であった。 「降ろせ!降ろしやがれ!」 「ハァーイ!待っててダーリン。今私が降ろしてあげるわ!」 キュルケが官兵衛に目配せする。 「ちょっとキュルケ!先攻は私よ!」 ルイズが杖を構えながら言う。 「わかってるわよ、ヴァリエール」 ルイズは官兵衛が吊るされたロープを慎重に見やった。 風によって左右にゆらゆら揺られるロープを切るには、最適な魔法は何であろうか。 いや、最適な魔法以前に自分が魔法を成功させられるのだろうか? ルイズは考えた、しかし考えるだけでは埒があかない。 ルイズは意を決すると、慎重に詠唱を始めた。呪文が完成し、杖をロープ目掛けて振るう。 「(あたって!)」 ルイズは祈った。だがしかし、どおんと爆発の音が響き渡った。 見るとルイズの狙いは外れ、本塔の壁に大きな亀裂が走っただけであった。 キュルケが壁を指差しながら笑う。 「あっはっは!ルイズ!貴方ってば本当に爆発しか起こせないんだから」 ルイズが悔しさに唇を噛み締めた。 「じゃあ次はあたしの番ね」 そう言うと、キュルケが余裕たっぷりに前へ進み出た。 そのまま手馴れた様子で詠唱を始める。すると、杖の先に徐々に炎が集まり、30サント程の炎の塊となった。 膨れ上がった炎をロープ目掛けて放つ。そして、ボッという一瞬の音と共にロープに命中した。 「やったわ!」 キュルケが喜びの声を上げる。ルイズはそれを歯噛みしながら見ていた。 炎が命中した部分のロープが一瞬で炭化する。そのまま重力に従い、官兵衛は真っ逆さまに地面へと落下していった。 「うおぉぉぉぉっ!」 風竜に乗ったままタバサが急降下し、即座に官兵衛に『レビテーション』の魔法を唱える。 と、官兵衛の身体は空中で一瞬止まり、徐々に地面に降りていった。 「くそっ!お前ら、あとで覚えてろよ!」 地面に無事着地した官兵衛は、忌まわしげにそう言った。 と、その時であった。 「ちょっと!何あれ!」 キュルケが官兵衛とは反対側の方角を指差した。即座にルイズが振り向く。タバサの視線が鋭く捕らえる。 官兵衛が驚愕に目を見開いた。 彼らが見る方向、そこには見るも巨大な影が、地鳴りとともに形成されていく光景が映っていた。 見る見るうちに隆起し、巨大な人型を形作る。やがて影は、30メイルはあろうかという高さにまで成長した。 それは非常に巨大な、土で形作られたゴーレムであった。 「ゴーレム!」 ルイズが叫んだ。それと同時に、ずしん!と辺りに振動が走る。巨大な人型がゆっくりと、その歩みを始めた。 そしてその歩みは、着実に本塔の壁に入った亀裂へと進んでいた。 「おいおい!冗談じゃないぞ」 未だ縛られて動けない官兵衛の元に、巨大な塊がゆっくりと迫ってきていた。 「おい誰か!こいつを解いてくれっ!」 官兵衛が叫ぶも、その声を誰も聞いてはいない。 キュルケは足早に逃げて行ってしまった。タバサは空に見当たらない。しかし、ルイズは。 「ちょっと!何で縛られたままなのよ!」 いち早く官兵衛の元へと駆けつけた。 「お前さんらのせいだよ!」 相も変わらず理不尽な主人に抗議しながら、官兵衛は迫ってくる巨大な塊を見やった。 「こいつはまさか、メイジが動かしてるのか?」 「そうよ!あの大きさ、少なく見積もってもトライアングルクラスのメイジの仕業ね。 ってそんな事より何で解けないのよっ!」 ルイズが焦りながら言う。ずしいん!とより近くで振動が走った。ゴーレムはもう目と鼻の先に接近してきていた。 そして、とうとうルイズと官兵衛の上に影がかかった。ゴーレムがゆっくりと片足を上げた。 「お前さん!逃げろ!小生なら大丈夫だ!」 「いやよ!使い魔を見捨てるメイジなんてメイジじゃないわ!」 ゴーレムの足が上から迫る。天が落ちてくるようなその迫力に、官兵衛とルイズは成すすべなく頭を伏せた。 と、突如二人の間に風が吹きぬけた。体が持ち上がり、上昇する感覚に二人は頭を上げた。 「タバサ!」 気付くと、二人はタバサの操る風竜の背中に居た。間一髪でタバサが使い魔を降下させ、二人を救い出したのだ。 「ありがとう!助かったわ」 ルイズが礼を言う。タバサは短く頷くと、ゴーレムに目をやった。 ゴーレムは亀裂が入った本塔の壁の前に立っていた。 ゴーレムはゆっくりと拳を構えると、その拳を目一杯強く本塔の亀裂に叩き付けた。拳が衝突の瞬間、鋼鉄に変化する。 どおん!と凄まじい衝撃が、本塔全体に広がった。亀裂の入った壁は耐えられず、ガラガラと無残に崩れ落ちた。 「いったい何なのあのゴーレム!本塔の壁が粉々じゃない!確かあの場所って――」 ルイズが動揺しながら言おうとした言葉を、タバサが短く引き取った。 「宝物庫」 と、突如壊れた壁の中から、黒いローブにフードを被った人影が現れた。 腕に何か筒状の物を抱えており、それを持ったままゴーレムの肩に飛び乗った。 「あの人影!あれがゴーレムを操っているメイジね」 ルイズが言うと、それを証明するかのように人影が杖を振るった。 すると、ゴーレムは足早にその場から逃げるように移動し出した。そのまま城壁を跨ぎ、森の方へと歩き出す。 「逃がしちゃダメ!あいつ、今何かを抱えてた。きっと宝物庫から盗み出したのよ」 そのまま風竜で追跡を始めるルイズ達。しかし―― 「あれ?」 突如、森に入る手前でゴーレムがぐしゃりと崩れたではないか。 「一体どうしたのかしら?メイジは?」 ゴーレムだった土山の上を、風竜で旋回する。しかし、あたりに人影らしい人影は無い。 「どうなってるの?」 「消えた」 タバサが短く呟く。 ルイズが目を凝らしながら辺りを見回すも、無駄であった。 「まんまと出し抜かれたな」 官兵衛が未だ縛られたままで言った。ルイズが悔しそうに口元を歪ませた。 翌朝、大騒ぎする教師達は、宝物庫に空けられた巨穴をあんぐりとしながら眺めていた。 そして次に、宝物庫の壁に書かれたメッセージに憤慨していた。 壁に書かれたメッセージはこうであった。 『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』 前ページ次ページ暗の使い魔
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前ページ次ページ鋼の使い魔 空賊船として偽装されたアルビオン王党軍最後の戦艦『イーグル』号。巡航速度と小回りに優れ、戦列艦等級では最小の4級艦に分類される。その運動性と引き換えに砲撃能力は低い。アルビオン内乱で王党軍の誤算があったとすれば主力であった空軍の大部分が貴族派についてしまったことだろう。『イーグル』号がその中に含まれなかったのは、当艦が内乱当時に船員訓練の為の練習艦として運用され、直接空軍の指揮系統に置かれていなかったから、という『偶然』だった。 一方、アルビオン内乱の序章を繰り広げた当時のアルビオン空軍旗艦であり、現在貴族連合『レコン・キスタ』の空軍艦隊旗艦となった『ロイヤル・ソヴリン』号改め『レキシントン』号。戦列艦等級では搭載可能人員・火砲共に最多となる1級艦であり、両舷側あわせて108門の砲門を揃えている。艦齢も古く乗員も熟練の船乗り達に取り仕切られ、戦時であれば数頭の竜騎兵も搭載し戦場を渡る雄雄しき空軍の華であった。 その『レキシントン』号は今、随伴する味方艦と共に岬の突端に立てられたニューカッスル城をアルビオン標準高正1200メイルの高度を保って包囲していた。 因みに『アルビオン標準高』とは「アルビオンを中心としての標高差」を表す。始祖ブリミルの降り立った地とされる首都ロンディウムを0として上方向には正、下方向には負で表示される。世界の上空を漂うアルビオンならではの単位だろう。 包囲のまま城を睨むようにたたずむレコン・キスタの艦隊は、時より砲撃を行うものの、それによって王党軍に被害を出すことは少なかった。 木で出来た艦艇を撃沈するならともかく、堅い壁に『固定化』を施した城を落とすのは用意ではない。そのため貴族派はニューカッスルを陸上から包囲することで補給の道を絶ち、篭城する王党軍を枯死させる手段に出たのだ。…もっとも、拠点という拠点を落とされた今の王党軍に補給の手などあるはずはないと高をくくってもいる。 暗闇の中を船が進んでいく。ルイズは洞窟特有のひやりとした風を頬に感じた。 アルビオン標準高負400メイルにある人工的に作られた孔であった。位置的にはニューカッスル城の真下に位置し、外見からは雲に覆われて見る事が出来ない。 『イーグル』号は明かり一つない洞窟の中を気流の流れや洞窟の壁面を覆うわずかな発光性の苔などを頼りに進んでいた。 「熟練の、本物の船乗りでなければこの隠し港へ行くことは困難だ。そもそもが城を秘かに脱出する為に掘られたものでね、3等艦以下の艦艇でなければ通過する事もままならない」 甲板に立って客人のエスコートを買って出たウェールズ王太子は、呆然とするギュスターヴ、ルイズ、ワルドに向かってそう告げた。ギュスターヴは軍隊運営というともっぱら陸の人であったので、こういう船を駆る守人の気風が珍しかった。 「しかし小型艦ではこの狭い路を通るのは怖いですな。わずかな操作ミスで壁面をこすりそうだ」 「なかなか判ってるじゃないか子爵」 「これでも軍人の端くれですので」 「『レコンキスタ』の叛徒共はその辺りが分かってなくてね。あいつ等は駄目だ。船は大きく、砲がたくさん積めればそれで良いと思っている。お陰でまた今日のように無事に戻ってこられたというわけさ」 船乗りとして空を駆けた人間が持つ深い目で暗黒の行路を見るウェールズは、星ひとつ浮かばない夜の空に向かって船が飛ぶような錯覚をルイズに与えるのだった。 『前夜祭は静かに流れ』 程なくして『イーグル』号、そして後続する『マリー・ガラント』号はニューカッスルの地下に作られし秘密の港へと到着した。 そこは堅い岩肌を削って作られたドームに、半円状に突き出た岸から桟橋を伸ばした姿をしている。 二隻の船は桟橋を挟むように投錨した。『マリー・ガラント』号の本来の持ち主達はここへ連れてくる前にカッターボートに乗せて放出した。運がよければ陸にたどり着くか、何処かの船が拾ってくれるだろう。 『イーグル』号へ渡されたタラップをウェールズをはじめ乗員たちが降りていくと、岸では船を待っていたらしき兵士らが迎えてくれた。 その中で一人、背の高いメイジらしき男がウェールズに近寄ってくる。 「殿下。これはまた、たいした戦火でございますな」 長い月日を生きた証たる顔の深い皺を緩ませて男は言った。 「喜べ、パリー。荷物は硫黄だ」 その声に岸で迎えていた兵士一同がおお、と歓声をあげる。 「火の秘薬でございますな。であれば我等の名誉も守られるというもの」 「うむ。これで」 兵士達の熱い視線を受けるウェールズは、ほんの少しだけ声を揺らがせる。 「王家の誇りと名誉を叛徒へ示しつつ、敗北する事ができるだろう」 「栄光ある敗北ですな!…して、叛徒どもから伝文が届いておりますゆえ」 「なんだね」 言うとパリーは懐から一巻きの書簡を取り出してウェールズに手渡した。 「明日正午までに降伏を受け入れぬ場合、攻城を開始するとのこと。殿下が戻らねば、ろくな抗戦もできぬところでしたわい」 「まさに間一髪というところかな。皆の命預かるものとして、これで責務もはたせるというもの」 伊達にそう言ったウェールズと共に、兵士達は愉快に笑った。 笑いあうウェールズ達をルイズはどこか哀しい気持ちで眺めていた。 どうして彼等は笑えるのだろう。この場で敗北とは死ぬ事のはずなのに。 そんなルイズの心中を知ってか知らずか、ウェールズはパリーの前に三人を呼び寄せる。 「パリー、この方達は客人だ。トリステインからはるばる密書を携えてきてくれた大使殿に無礼のないように」 「はっ。…大使殿。アルビオン王国へようこそ。大したもてなしはできませぬが、今夜は祝宴を開くつもりです。是非とも、ご出席願います」 老メイジはそう言って深く頭を下げた。 ウェールズの案内の元、港を離れ、ニューカッスルの城内へ三人は入った。長い抵抗を続けた城は、倒壊こそしてはいないもののあちこちの壁にヒビや割れが見え、行き交う人々も少なく、そして疲れているように見える。中には、怪我が治りきらず包帯を巻いた者も少なくない。 三人がたどり着いた一室。それはウェールズ王太子の私室だった。 一国の王子らしからぬ、粗末な部屋である。木枠のベッドに机が一つ、壁に申し訳程度に壁にはタペストリーが飾られている。 引き出しより宝石箱を取り出したウェールズは、その中に納められた、便箋も封筒も擦り切れてボロボロになっている手紙を拡げる。何度も読み返しているのだろうことが想像できた。 ウェールズはそれをいとおしげに読み直すと、端に口付けてから封筒に戻した。 「アンリエッタが所望の手紙はこれだ。確かに返却するよ」 「ありがとうございます」 礼をしてルイズはそれを受け取り、慎重にしまい込んだ。 「明日の朝、非戦闘員を『イーグル』号に乗せて退避させる。トリステイン領内に下りる事は出来ないが、カッターボートで近くに滑降させることは出来るだろう」 ウェールズの声の淀みなさに、たまらずルイズは聞いた。 「殿下…もはや王軍に勝ち目は無いのでしょうか」 「ない。我が軍は300、向こうは5万で城を囲んでいる。援軍が期待できない篭城というのは既に戦術としても戦略としても負けているのだよ」 「そんな!」 冷厳なウェールズの言葉にルイズの淡やかな期待が打ち崩される。 「しかも向こうはアルビオンのあとはハルケギニア各国へ侵攻するつもりだ。であれば亡命も選択できない。亡命先を真っ先に戦火に巻き込むことになる」 「しかしその…姫様の手紙には…」 ルイズはウェールズが密書を見た時、そして今さっき手紙を渡してくれた時のしぐさが脳裏を巡った。任務を負う時アンリエッタは「婚約が破棄になるような内容が書かれている」と言った。それはもしや恋文ではないのか。それも、始祖や精霊に誓うような熱い手紙。であればアンリエッタは手紙だけではなく、ウェールズの身の安全も図りたいはずである。たとえ、結ばれなくても。 複雑な相を浮かべたルイズをみて、ウェールズは話した。 「……確かに、アンリエッタの手紙には亡命を勧める旨が書かれていたよ」 その言葉に静かに会話を聴いていたはずのワルドは顔を強張らせ、ルイズはハッと顔を上げた。 「…しかし、僕はここで誰よりも先んじて名誉と栄光ある討ち死にをするつもりだ」 「そんな…姫様のお気持ちはどうなさるのですか」 絶望が身体を包んでいるようにルイズは思えた。 「僕一人の命でトリステイン何万という人命を危うくしろと、その責任をアンリエッタに負わせと、君は言うのかね?ラ・ヴァリエール嬢」 ウェールズはあくまでも冷厳に、緊張した声でルイズに宣告した。 それは不退転の意思。アンリエッタの招く手を払い、国に殉じるという強い思いだ。 突きつけられたものに蒼白となったルイズの肩に、ウェールズの暖かい手が置かれる。 「君は正直すぎるな、ヴァリエール嬢。それでは大使は務まらないよ。しっかりしなさい」 声は一転して穏やかで、暖かな優しさを含んでいた。しかしそれも今のルイズにはウェールズの死出を演出しているかのように思えてならない。 「しかし、滅び行く国への大使には適任かもしれないね。明日滅ぶ国ほど正直なものはない」 「そんな…そんな、こと…」 ウェールズは言葉にならないルイズを励ますように軽く肩を叩いた。 「…さて。そろそろパーティの時間だ。君達は我らが迎える最後の賓客。どうか出席してほしい」 これ以上の説得を拒むような力強い声だった。 「……わかり、ました」 苦々しく答えてルイズは部屋を出て行った。ギュスターヴもそんなルイズを追う様に、ウェールズへ一礼して部屋を出た。 しかしワルドは一人、佇まいを直しながらも退室の気配を見せない。 「…何か御用かな子爵」 「恐れながら、一つお願いしたい議がありまして」 恭しげにもワルドはウェールズへ歩み出る。 「ふむ」 「実はですね…」 静かにワルドは懐に暖めていた案件をウェールズに伝えた。 ウェールズは得心が行ったように頷いて答える。 「私のようなものでよいのなら、喜んでそのお役目を引き受けよう」 陽も落ち、月明かりが差し込むほどの頃。ニューカッスル城の大ホールではこの日のためにと蓄えの中に残された新鮮な肉菜を放出して、ささやかながらも宴が開かれた。酒が入って陽気になった国王ジェームズ一世は、同じく酒の深い臣下達とともに笑いあっている。 ギュスターヴは壁際でグラスを片手にどんちゃん騒ぎを始める兵士達や、その家族として付き添っていた婦女らを眺めていた。 「傷はどうよ?相棒」 「まだ痛むが、まぁ大丈夫だよ。それにしても…」 ギュスターヴの視界の端端で繰り広げられる喜劇。明日までの命と悟りきり、せめて絶望を笑い飛ばすために騒ぎ立てる兵士達は、一国の主だったギュスターヴには心肝を寒くするものがあった。 「…侘しいものだな。敗軍というのは」 そんなギュスターヴを客人と思っても声をかけるものが少ない中で、ウェールズは努めて相手をしてくれた。 「やぁ」 好青年然としているウェールズへ、会釈をしたギュスターヴ。 「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔をやっているという剣士の方だね。トリステインは変わっている。人が使い魔をやっているとは」 「トリステインでも珍しいそうだ」 ははは、と笑うウェールズ。 「……しかし、300でも部下が残っただけで幸運だ。内乱の途中から造反者が続発してね。空軍旗艦として建造した『ロイヤル・ソヴリン』を始めとして、指揮系統ごと貴族派につかれたのさ」 「組織ごと?」 「ああ。…これも僕ら王族が義務を全うせず今日まで生きてきたからだ。だからこそ、僕は明日それを果たさねばならない」 「王族としての使命……」 嗚呼、ギュスターヴは思わずに入られなかった。なぜなら己はその王族の使命を殺し、なぎ倒して生きてきたのだから。 義弟に使命を果たせぬ『出来損ない』と叫ばれながらもその首を刎ねた。 実弟がその使命のために奔走するのを助けても、それを叶えることもできなかった。 そして今、異界、異国の王族が斃れようとしている中で、王族の使命を掲げて死に行く若者を目の前にして、ギュスターヴは考えるのだった。 人は過去から何を譲られ、何を未来へ託すのだろうか、などと。 ホールを辞したギュスターヴは、心身穏やかではいられなくなっているだろうルイズの様子を見るべく、用意された部屋へ続く廊下にいた。 今宵も異界の双月は二色の光を投げかけている。 「やぁ。使い魔の…」 そんな廊下の壁にもたれてギュスターヴに声をかけたのはワルドだった。 「ギュスターヴ」 「うむ。失礼。…君に言っておきたいことがある」 「何か?」 「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」 ギュスターヴの目が大きく開かれた。 「……こんな時にか」 「こんな時だからだ。ウェールズ王太子に媒酌をとってもらい、勇敢なる戦士諸君らを祝福する意味でも、決戦の前に式を挙げる」 朗々とワルドが言い放つ。それは一応は正論としてギュスターヴは理解した。 「…そうか」 「君は明日の朝、『イーグル』号で先に帰国したまえ。僕とルイズはグリフィンで帰る」 「長い距離は飛べないんじゃないのか」 「滑空して降りるだけなら問題ないよ」 「そうか…じゃあな」 それを今生の別れかの様にワルドは立ち去るギュスターヴを見送った。 その姿が夜闇に見えなくなると、口元を弛ませて嗤うのだった。 用意されていた部屋で、ルイズは明かりも入れずにテーブルに突っ伏していた。 「…ルイズ」 呼び声に顔を上げたルイズの瞼は、月明かりのような弱い光の中でも判るほど、泣き腫れている。 「ギュスターヴ…」 ルイズは立ち上がるとギュスターヴに飛び掛るように組み付く。鳩尾に顔を埋め、嗚咽を雑じらせている。 「どうして!どうして!みんな、笑ってるの?!明日にはもう死んじゃうんでしょ?…どうして…」 そんな稚いようなしぐさを見せる主人を、無言のギュスターヴは大きな手のひらで撫でてやるのだった。 「姫様が…恋人が、大事な人が死なないでって、逃げてもいいって言ってるのに、どうしてウェールズ王太子はそれを無視して、死のうとするの?」 「…ルイズ。貴族ならそれがわからないわけじゃないだろう。人と国を治めるものは自分の命を費やしてでもそれを守らなきゃいけない」 それがギュスターヴに答えられる数少ない言葉でもあった。 「だけど!もうアルビオンは滅んじゃうのよ…一体何を守るっていうのよ…」 「それは俺にもはっきりとは言えない…でも、上に立つ人間というのは、たとえ一人でも部下が居れば、逃げることは出来ないんだよ」 自分がそうであったように。 ひとしきり泣いたルイズは力なく立ち歩き、しつらえられたベッドに身を投げる。 「…もういや。早く帰りたいわ。遺された人がどれだけ悲しむか、考えもしない人ばかりで」 「そんなことを言うなよ。明日は結婚式なんだろう?」 「…え?」 綿の枕に顔を擦り付けながらルイズが聞き返す。 「ワルドが明日、ルイズと結婚式を挙げる、ウェールズに媒酌を頼むんだ、って息巻いていたぞ」 「知らないわ、そんなの…」 泣き疲れたのか、徐々にルイズの意識と声は途切れ途切れになっていく。 「もう、どうでもいい…。皆、馬鹿ばっか…」 そう言ったきり言葉がでない。暫くすると静かに寝息が聞こえてくる。 ギュスターヴはベッドのルイズに毛布をかけてやると、静かにルイズの部屋を後にした。 しかしその足は、自分に与えられた部屋へは向いていなかった。 前ページ次ページ鋼の使い魔
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男達の使い魔 第八話 「うぉーーー!」 虎丸が雄たけびをあげながら馬を走らせる。 一部の塾生を除いて、一号生に乗馬経験者はいなかった。 ほとんどみな、この世界に来てはじめて馬に乗っているのだ。 そのような中で虎丸の上達具合は頭一つ抜けていた。 馬と気を合わすのが上手いのだ。 もともと誰とでもすぐに友人になれる男だったが、ハルケギニアに来てからさらにその才能が増した。 そんな虎丸だからこそ滅び行く国への使者にふさわしい。 少なくともJはそう考えている。 それに、 チラリとJは横を見る。桃は、いかにも仕方ないヤツ、という風をよそおっているが、 その目は温かく笑っていた。どうやら同じ気持ちのようだ。 さて、ルイズ達に追いつかないとな。 桃とJはさらに馬を飛ばすことにした。 虎丸もそれについてくる。 意外にも見事な乗馬術を披露するギーシュもまだまだ余裕だ。 シエスタにいたっては、時々馬の横を併走している。 どうやら大豪院流の鍛錬の一端らしい。 ルイズとワルドは、グリフォンに乗って先に行っているのだ。 少しはとばさないと追いつけなくなりそうだ。 そうして一同は、二日かかる道のりをわずか半日で駆け抜けた。 『金の酒樽亭』 港町ラ・ロシェールにある寂れた酒場だ。 この酒場には有名な看板がある。それには 『人を殴るときはせめて椅子をおつかいください』 と書いてある。 喧嘩が絶えないこの酒場で、せめて武器の使用を抑えさせたいという、店主の愛に満ちた看板だ。 そう、表向きはだ。真実を知るものはほとんどいないが。 キィ そんな酒場をくぐる男がいた。 長身で痩せ型。それだけならなめられそうな者だが、男は杖を手にしていた。 どうやらメイジのようだ。 さらに白い仮面にマント。異様な風体に思わず酒場の住人達は口を閉ざす。 そんな酒場の空気をいっさい気にすることなく男は歩いていく。 そうして、一人の男の前に立った。 その男もまた異様な男であった。 2メイル以上はある大柄な体格を、窮屈そうに虎の毛皮で飾っていた。 頭の髪の毛は、全て綺麗にそりあげてある。 何よりも、その眼が異常だった。 睨んだだけで気が弱い者なら死んでもおかしくないその目は、まさしく凶眼であった。 そんな男の前に立った仮面の男は、机の上にどさりと金貨の入った袋を投げおいた。 そして言った。貴様達を雇おう、と。 「ほう。貴族様が俺達のことを知って雇おうというのか。」 その言葉に仮面の男は薄く、そしてひどく酷薄に笑ってこういった。 「知っているさ。メイジをも上回るという傭兵集団、巌陀亜留武(がんだあるぶ)三十二天だろ。」 聞き届けた男は、素手の方が武器を持っているよりも凶悪な、三十二天の頂点に立つ男も酷薄な笑みを浮かべた。 その巧みな馬術によって、ルイズたち一行は、無事日が暮れる前に港町ラ・ロシェールにたどり着いた。 スクウェアクラスの地の魔法使いたちが競い合って作ったというその町は、まさしく芸術であった。 その町並みに思わず驚きの表情を浮かべる、桃たちにルイズとギーシュは誇らしげに解説している。 その後ろには、シエスタが密やかにたたずんでいた。 そうして騒いでいるところにワルドが戻ってきた。 無事宿を取ることができたらしい。一行は『女神の杵』亭に向かった。 「は~い!」 そこにはキュルケがいた。タバサも椅子に座って本を読んでいた。 その様子に思わずルイズは足を滑らせる。 なんでこんなところにいるのかと尋ねるルイズに、キュルケは悪びれる様子もなく返す。 朝こそこそと学院を出て行くルイズを見たキュルケは、タバサのシルフィードで追いかけたのだ。 面白そうなことを独り占めするなんてゆるせない、そう考えたキュルケは、 行き先をラ・ロシェールと勘で決め、ルイズの泊まりそうなホテルに先回りしていた。 貴族が泊まりそうなホテルなんて一軒しかなかったから楽だったわ、と帰すキュルケ。 まことに恐ろしきは、女の直感である。 そんなキュルケとルイズは言い争っている。 いつもの光景に、思わず桃たちはほほが緩むのを感じた。 そんな中でシエスタとワルドが睨みあっていた。 どちらがルイズと一緒の部屋になるかを競っている。 ついにワルドが折れたようだ。虎丸と相部屋になることになったようだ。 あの男達と私を一緒の部屋にするおつもりですか、というのが決め台詞だったようだ。 本心ではぜんぜん危険を感じてなどいないはずなのに、平気でそういうことを言うシエスタに、 虎丸はひそかに戦慄を感じていた。 そうして一日目の夜がふけていった。 二日目の朝がやってきた。 みな疲れも取れたようでさっぱりとした表情をしている中、ワルドだけがなぜか疲労していた。 「そんな顔してどうしたんだ?」 同室だった虎丸が不思議そうな顔をして聞く。そこにワルドが恨めしそうな視線を向ける。 どうやら虎丸の鼾と歯軋りで眠れなかったようだ。 同じ経験をしたことのある桃とJは憐憫の視線をワルドに向ける。 どうやら二人は結託して虎丸との相部屋を避けていたようだ。 そんなワルドであるが、口には出さないあたりは、さすがグリフォン隊隊長といったところか。 そうしてワルドは、もう少し休んでいくと言うと、部屋に戻っていった。 そんなワルドを見送ったルイズたちは、町へと繰り出すことした。 なんだかんだで、見知らぬ土地は、旅心を刺激するのだ。 初めて見るハルケギニアの町は、印象的だった。桃たちは、今まで学院から出たことがなかったのだ。 そんな光景に浮かれた虎丸とギーシュは、出店を冷やかしては店主と話し込んでいる。 Jは一人壁に寄りかかって景色を眺めていた。 キュルケとタバサは、かつての決闘場を見学に行っていた。何でも「殺シアム」というらしい。 そんな中、桃とルイズは、通りに面した店で飲み物を飲んでいた。 ふと桃が話を切り出した。一度デルフリンガーをじっくりと見たい、と。 いつも剣を背負っていることから、桃を剣士あろうと考えていたルイズはOKを出した。 その代わりあんたの腕前を見せなさい、という交換条件を出して。 桃がゆっくりとデルフリンガーを引き抜く。 「おでれーた。兄ちゃん相当の腕だな!兄ちゃんほどの腕なら喜んで使われてやるぜ! ん?しかしなんか変な感じだなー。使い手のようで使い手でないような……。」 デルフリンガーの台詞にルイズが突っ込む。 「使い手って?」 「忘れた!」 即答するデルフリンガーに、使えないわねぇとつぶやいたルイズは、桃に期待するような視線を向けた。 あたりを見回した桃は、適当な大きさの岩を見つけた。 ついて来い、そうルイズに行った桃は、岩の前に立って静かに大上段にデルフリンガーを構えた。 デルフリンガーは何も言わない。 その姿に思わずルイズは息をのむ。構えたまま微動だにしない桃には一種の威厳があったのだ。 閃 次の瞬間には真っ二つに切り裂かれた岩だけが残っていた。 風のメイジでもここまで簡単には切り裂けないだろうに。ルイズの感想である。 感嘆したルイズは、桃にしばらくデルフリンガーを預けることにした。 デルフリンガーも驚いていた。使い手以外で、これ程の腕前を持っている男はいなかったのだ。 そうして夜になった。 いよいよ明日はアルビオンだ。 酒場では、虎丸とギーシュが騒いでいる。キュルケやタバサも楽しんでいるようだ。 その風景を桃とJが楽しそうに見つめていた。 ルイズは二階でワルドと少し話している。 昔を掘り返そうとするワルドと、アンの親友としてあることを誓ったルイズでは話がかみ合わないようだ。 その時、酒場に男達がなだれ込み襲い掛かってきた。 反射的に、虎丸がどう少なく見積もっても200キロは下らないだろうテーブルをひっくり返して盾にする。 その音がゴングになった。 巨大なテーブルをいとも簡単にひっくり返した男に、傭兵達に戦慄がはしる。 とても人間の力とは思えないのだ。 しかし、自分たちとてプロである。矢を射掛けるのをやめると接近戦を仕掛けるべく突撃を開始した。 虎丸がテーブルを盾にするのとほぼ同時に、全員が合流した。 裏口まで完全に囲まれたことをワルドが知らせる。 そうして言った。血路を切り開く必要がある、と。 その言葉にJが答える。 「俺がやろう。全員合図とともに一斉に飛び出せ!」 「あら。あたしも参加させてもらうわよ。」 キュルケが不敵に笑って付け加えて化粧を始める。 いわく、この炎の舞台で主演女優がすっぴんじゃあしまらないじゃない。 タバサも、いつの間にか手に杖を持っている。どうやら残るつもりのようだ。 その風景にルイズは、思わず目に熱いものを感じた。 作戦は決まった。 傭兵達がテーブルの盾に近づいた瞬間、真っ二つにテーブルが切り裂かれる。 桃の抜刀術である。 その速度に、一瞬ワルドの眼が細まるが、気づいたものはいなかった。 「スパイラル・ハリケーン・パンチ!」 渾身の気合とともにJが拳を繰り出すと、巨大な竜巻が発生した。 タバサがそれに氷の呪文を合わせる。 氷の槍と竜巻で、傭兵達が蹴散らされる中、六人は竜巻の中心を駆け抜けた。 裏口の敵を倒してくる、そう告げたタバサを見送ったキュルケは、ようやく化粧の終わった顔を上げる。 「さて。後はあいつらを片付けるだけね。」 「ぐわはははは!やりおるわ。」 巌陀亜留武三十二天の将、棒陀亜留武(ぼうだあるぶ)百五十二世はそういて笑った。 「貴様らはわしら巌陀亜留武三十二天が直々に相手をしてくれるわ!全員下がれ!」 そうして舞台は決闘の様子をていしてきた。 二対三十二の不平等な決闘を。 Jが前に進みでようとするのをキュルケが止める。 「知らなかったミスタ?ヒーローは最後に登場するものよ。」 そう嫣然と笑って、キュルケが前に進み出る。 その様子に傭兵達が歓声をあげる。キュルケの姿に下卑た想像をしているのだろう。 まったく気にすることなくキュルケが声をあげる。 「さて、紳士の皆様!おあついのはお・好・き?」 一人目は足を燃やされた。二人目は足は庇ったが顔を燃やされた。 三人目は体を燃やされた。全身を盾に身を包んだ四人目はその自慢の盾ごと燃やされた。 ことここにいたって、相手がただのメイジではないことを悟った巌陀亜留武三十二天達の顔色が変わる。 いかに巌陀亜留武三十二天の中ではヒヨッコ同然の者達とはいえ、四人も倒されたのだ。 しかし、と棒陀亜留武は思う。これでメイジの手の内は見た!と。 そうして煙草を吸う振りをして、男達に目配せをする。一人の男が矢を放った。 完全に決闘と思い込んでいたキュルケにそれを避ける余裕はない。 ズドン! 矢が刺さる音がした。 その音に思わずキュルケは振り返る。Jの胸に矢が刺さっていた。 卑劣な相手への怒りがキュルケの胸を焼く。 そうして全員を燃やし尽くそうとしたキュルケをJが止めた。 胸筋は人間の体の中でもっとも瞬発力がある。ゆえに大丈夫だ。 そしてあいつらは俺がやる、と。その目に、主演女優は主演男優に場を譲ることにした。 メイジをやり損ねた棒陀亜留武は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。 しかし、この人数ならば、いかに凄腕の炎のメイジとて造作もないだろう。 そう思い直した棒陀亜留武は、手下達に指示を出した。 連携戦闘に長けた五人が襲い掛かった。 Jの顔は怒りに燃えていた。 しかし、それを声に出すことはしない。ただ、行動で示すことにした。 襲い掛かろうとした五人が急に立ち止まる。 その光景に不審を感じた周りが囃し立てる。 (今のがわからないなんて、長生きできそうにない男達ね。) そうキュルケは心の中で呟いたとき、五人の鎧が砕け散り、地面に倒れふした。 周りが雑然となる中、残りの三十二天は戦慄を覚えていた。 Jのマッハパンチが炸裂したのだ。 「面倒だ。全員まとめてかかって来い!」 その台詞に、棒陀亜留武を除く三十二天全員が構え、副将各らしき男が応える。 「まさか、本当にわしら全員でかからねばならんとはな! 数多くのメイジ達をも瞬殺してきた巌陀亜留武三十二天集団奥義を見るがいい!」 「「「奥義!巌陀亜留武三十二天凶天動地!!」」」 そういって上から下から前後左右から男達が襲い掛かる。 天地を押さえ、四方を押さえた男達の攻撃に死角はない! たとえメイジといえども、これだけの同時攻撃を避けられる道理はないのだ! しかし、無理を押し通せば道理が引っ込む。 Jは己の拳を構えると、絶対の自信を持つ必殺ブローを放った。 「フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチ!」 音速という名にふさわしい拳の連打が終わったとき、そこに立っているものはなかった。 「次はお前の番だ。」 棒陀亜留武の顔が凍りついた。 そういって棒陀亜留武へと歩き出したJの体がぐらりと揺れる。 その様子に、ようやく棒陀亜留武の顔に色が戻る。 「ふはははは!先ほど貴様が受けた矢には毒が盛ってあったのだ。 しかし、竜であろうとも10秒で倒れるほどの毒を受けてここまでもつとはな。 正直驚いたぞ!」 そう言って、棒陀亜留武がゆっくりとJに歩み寄ると蹴りを加えた。 その様子にキュルケと、いつの間にか戻ってきたタバサは唇をかみ締める。 しかし、手は出さない。Jの眼が言っているのだ。まだ自分は終わっていないと。 動かない体に次々と攻撃が加えられる。Jはなんとか動く口を動かした。 「この下種野郎が!」 「うわはははは!この世は勝てばよいのだ! お前が死んだ後も、あのお嬢ちゃん達は俺達で面倒を見てやるから安心して死ぬがいい!!」 そう言って、下卑た表情を浮かべる男にJの血が煮え滾る。 なおも男は攻撃を加え続ける。 骨が折れた!それがどうした。 体が動かない!それがどうした。 Jは問答を続ける。怒りが彼の体から命が消えるのをゆるさない。 彼の両眼からは、怒りのあまり血の涙が滴っている。 そして…… 「充填完了だ!」 そう言ってJは男を跳ね除けた。 「まだそれほどの力があるとは見上げたヤツよのう。 最後に言い残すことがあれば聞いておこうか。」 「フィスト・オブ・フュアリー。これが貴様を地獄に送る拳の名だ。」 そう返すJに男は不快感を感じた。 そうして止めを刺すべく男は奥義を繰り出した。 「食らえ!巌陀亜留武三十二天秘奥義!」 しかし、それよりも早く 「マッハ・パンチ!」 Jの拳が男に突き刺さっていた。 男は大きく弧を描いて空を飛んでいた。 Jはゆっくりと崩れ落ちた。全てが限界だったのだ。 そこにキュルケとタバサが駆け寄ってくる。 それを視界におさめつつ、Jの意識は暗転した。 そのころ桃は苦戦を強いられていた。 無事敵陣を突破した桃達に、白い仮面の男が襲い掛かってきたのだ。 それを食い止めるべく、桃が躍り出たのだ。 白い仮面の男は恐るべき使い手であった。 桃は思う。このデルフリンガーがなければ、自分は初手で敗れていただろうと。 じりじりと時間がたつ。 初撃のライトニングクラウドをデルフリンガーで吸収することに成功した桃であるが、 以降はこうして対峙したまま膠着していたのだ。 下手に踏み込めば、あの閃光の餌食になってしまうだろう。 しかし、 (相手が間合いを取ろうとしたところを逆にしとめる!) 桃には勝算があったのだ。 そうして時間が経過する。 ふとキュルケの声が聞こえた。向こうを片付けたようだ。 その声に仮面の男の気配がゆれる。 好機! そう判断した桃は、ついに男を一刀両断した。 二つに分かれた男が風となって消えいく光景に、桃は戦慄を覚えた。 あの男は実体ではなかったのだ。 まさか!桃の脳裏に根拠のない考えが浮かぶ。 キュルケ達が追いついた後も、桃はじっと空の方を見上げていた。 それはアルビオンの方であった。 男達の使い魔 第八話 完 NGシーン 雷電「あ、あやつらはまさか!」 虎丸「知っているのか雷電!」 雷電「うむ。あいつらこそまさしく、古代中国において恐れられた暗殺拳の使い手である巌陀亜留武三十二天!」 巌陀亜留武三十二天、ハルケギニアにおいて有名な傭兵集団であるが、その出自を知るものは少ない。 もともと彼らは、古代中国で迫害されていた暗殺拳の使い手であったのだ。 そのあまりの腕前に恐れを抱いた煬帝が、王虎寺に命じて征伐させたのはあまりにも有名な話である。 しかし、実は彼らは滅んではいなかったのだ。 間一髪表れた不思議な光に吸い込まれた三十二人は、不思議な人物に命を救われた。 彼こそ、後の始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴである。 命を救われた三十二人は、ガンダールヴにその命の借りを返そうと、数多くの戦いを共に闘ったという。 しかし、運命は無情にも、彼らよりもガンダールヴを先に死なせてしまった。 死因はわからない。ただ、そういう事実だけは伝わっている。 恩人に先を越された彼ら達は、それでも借りを返すべく闘い続けた。 そんな彼らを、民衆たちは敬意を込めて巌陀亜留武三十二天と読んだという。 なお、最近巷をにぎわしている傭兵集団にそう名乗る者達がいるが、 その因果関係はまったくもって不明である。 民明書房刊 「港町羅炉死獲流(ら・ろしえる)」(平賀才人著)
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前ページ次ページ滅殺の使い魔 「な、何だったのよ、あいつ……」 ギーシュとの決闘を終え、広場の生徒達がまばらになっている頃……、ルイズは自室へと向かっていた。 頭の中には、豪鬼への疑念が渦巻いていた。 平民。 自分が召喚した、ちょっとごつい平民。 みすぼらしい服を着て、それでも超人的な力を持つ。 一体あれは何者? メイジでは無いらしい。 異世界から来たとか言っていたが、本当なのか? 途中キュルケに話しかけられたりもしたが、上の空で返事をしたから覚えていない。 でも……ギーシュを倒した時、ちょっとすっきりしたかも。 そんなことを考えながら部屋に着く。 ドアを開け部屋に入る。 ――居た―― 「ご、ゴウキ、ななな、なんで居るのよ!?」 鍵は掛けたはず。 そう思いながら、急いでルイズがドアを見ると、ドアの鍵が壊れていた。 「あ、あんた……鍵壊したの!?」 「ぬ……あのような物、有って無いようなものよ」 ふん、と豪鬼が鼻で笑う。 ルイズは、自分に必死に落ち着けと言い聞かせながら、あくまで笑顔で質問する。 「ね、ねえゴウキ?」 「何用だ」 「ギーシュのゴーレムを倒した、あの、なんて言うの? あれ、何だったのよ?」 「……技」 「わ、技ぁ!? いや、そんなはず無いでしょ、どうやったら技で青銅を真っ二つにするのよ」 「笑止。 日々鍛錬の賜物よ」 「あ、あんたねえ……」 どうせこの使い魔のことだ。 本当の事は教えてくれないのだろう。 本当かもしれないが。 そう考えたルイズは、しかし諦めきれない。 「ね、ねえゴウキ? 本当の事を教えて頂戴?」 「嘘は言っておらん」 なんか段々腹が立ってきた。 そういえば、こいつはさっき自分を馬鹿にしたでは無いか。 そういえばあの時も、あの時もと考えたルイズは、その理不尽な怒りを豪鬼に向けた。 「あんた、ちょっと調子に乗ってるんじゃない?」 「笑止」 なにかあれば笑止、笑止。 そんなに笑うのを止めたいのか。 溜まりに溜まった怒りが遂に沸点に到達してしまったルイズは、豪鬼に罰を与える事にした。 いや、気付いたらやってしまっていた。 「あ、あんた、何かにつけて私を馬鹿にして~~! もういいわ! あんたは一回使い魔という自分の立場を思い知る必要があるのよ!」 ルイズはドアを指差した。 「これからずっと、外で生活しなさい!」 次の日の昼間。 「ぬう……」 ルイズの部屋の前にいる豪鬼は困っていた。 と、言うのは、今、自分の隣に自分の胴着を必死に銜えて引っ張ろうとしている火トカゲ……フレイムが居るからである。 もう今日の朝からずっとそうして、豪鬼をどこかへ連れて行こうとしていたのだ。 それこそ、食事の時も、洗濯の時も。 「うぬは一体……」 いくら豪鬼とて、獣の言葉は理解できない。 そんな訳で、豪鬼は困っていたのだ。 とは言え、この火トカゲ、かなり必死である。 何故ここまで必死になったのか、という疑問と、これ以上は胴着が耐えられないという理由で、豪鬼はそれに引っ張られていく。 ……筈も無く、豪鬼はフレイムに一発拳骨をくれてやると、今日の修練に向かった。 豪鬼がフレイムの意識とフラグを拳骨でへし折ったその頃……。 学院長室では、ロングビルが黙々と仕事をこなしていた。 仕事を一段落させると、視線をオスマンへと向ける。 オスマンは居眠りをしている。 よし、と小さく呟くと、すばやくサイレントの魔法を唱え、自身の足音を消す。 そして、薄ら笑いを浮かべながら学院長室を出るのであった。 実はロングビルは決定的な間違いを犯していたのだが、それに気付くことは無く……。 ロングビルが向かった先は、学院長室の一階下に位置する、宝物庫がある階だった。 宝物庫。 そこには、学院始まって以来の秘宝が納められている。 それ故、扉には巨大な鍵前で守られていた。 ロングビルは杖を取り出し、詠唱を始める。 詠唱を終え、杖を振る。 しかし、錠前には何も変化が起こらなかった。 ロングビルはまた違う魔法を掛けるが、それも効果を表すことは無い。 ロングビルは小さく舌打ちをすると、呟く。 「スクウェアクラスのメイジが、『固定化』の呪文をかけているみたいね」 『固定化』の呪文の前には、あらゆる化学反応から保護され、そのままの姿を永遠に保ち続けることが出来る。 『錬金』の魔法も効力を失う。 ただ、呪文をかけたメイジが、『固定化』の呪文をかけたメイジよりも実力で上回っているのであれば、その限りでは無い。 しかし、トライアングルクラスのロングビルに、スクウェアクラスのメイジに実力で上回れるはずも無く。 ロングビルはメガネを持ち上げ、扉を見つめていた。 そんな時、誰かが階段を下りて来ている事に気付く。 慣れた手つきで素早く杖をしまう。 現れたのは、コルベールだった。 「おや、ミス・ロングビル。 ここで何を?」 コルベールは、間の抜けた声で尋ねる。 ロングビルは、愛想の良い笑みを浮かべた。 「はい、宝物庫のの目録を作っているのですが……」 ロングビルは、困ったように笑う。 「あいにく、鍵を持っていないんです。 オールド・オスマンはご就寝中でして……」 「なるほど。 確かにあの方、寝るとなかなか起きませんからな。 では、僕も後程伺うことにしよう」 コルベールが歩き出す。 それを、ロングビルが呼び止めた。 「待って!」 コルベールは一瞬びくんと大きく反応すると、ぎこちなく振り向いた。 「な、なんでしょうか?」 ロングビルはもじもじとした仕草で、上目遣いでコルベールを見つめる。 「あの、よろしければ……、昼食を一緒にいかがでしょうか……?」 コルベールはその言葉に、満面の笑みで答えた。 「は、はいっ! 喜んで!」 二人は並んで歩き出した。 「ねえ、ミスタ・コルベール」 「は、はい! なんでしょうか!」 ロングビルから誘いを受けたと言う喜びと驚きと緊張でがちがちに見えるコルベールは、つい大声を出してしまう。 そんなことは気にも留めず、ロングビルは微笑む。 「宝物庫の中に、入ったことはありまして?」 コルベールは、ああ、と言うと、顎に手を添えた。 「ありますとも」 ロングビルが、ニヤリと笑う 「では、『悪夢の書』をご存知?」 「ああ、あれは、奇妙でしたなあ」 ロングビルの目が光る。 「と、申されますと?」 それは……、とコルベールが言うと、コルベールは急に真面目な表情になった。 「なんと言いましょうか……、あの巻物を見た瞬間、いや、あれが視界に入った瞬間、言いようも無い恐怖に襲われまして……。 何よりも不思議なのは……」 「不思議なのは?」 コルベールがごくりと唾を飲み込む。 顔には、冷や汗が流れていた。 コルベールは、一言一言かみ締めるように、恐怖に耐えるように言った。 「私はあれを見たとき、確かに、そう、確かに『悪夢』を見て、そして、いつの間にか、『死』を、あの場で、死んでしまうことを、覚悟していたんです」 ロングビルも、緊迫した表情になる。 「では、それはまだ、宝物庫に?」 「ええ……」 「でも、あの宝物庫には強力な『固定化』がかかっているんでしょう?」 「ええ。 しかし、宝物庫にも、一つだけ弱点があるのですよ」 「はあ」 「それは……。 物理的な力です」 ロングビルの目が、また光った。 前ページ次ページ滅殺の使い魔
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前ページ次ページ絶望の使い魔 夢を見た。 最初に暗闇にいるのは昨日と同じ。 前に闇の塊があり、やはりなにかを喋っているが聞き取れない。 だが自分がしなければいけないことはわかる・・・・ 眠りからゆっくりと自分が覚醒していくのがわかる。 寝返りを打つと顔に直接朝日が差し込み、目蓋の裏を赤く染める。 頭が活性化してくると昨日のことを思い出し、シーツを蹴飛ばして起き上がり仁王立ちする。 このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはついにメイジとして生まれ変わった。 心の中で宣言したルイズは一度出たベッドに戻りうつ伏せに寝て、枕で頭を押さえながら足をぱたぱたさせる。 さらにシーツも巻き込みぐねぐねと動いていたが唐突に夢だったのではないかと不安になる。 時計に目をやり朝食までまだかなり時間があることを確認すると、魔法の練習をすることにした。 さすがに自分が先住魔法を使うことを、他の者に知られるわけにはいかないので学院ではできない。 起きて着替えるといつものようにデルフリンガーを背負い、メイドに洗濯を頼みに行く。 最近、懐いてきたメイドがいる。名前は知らないが何かと世話をしようとしてくる。 そのメイドがちょうどこちらに向かってきていた。 「おはようございます。ミスヴァリエール」 笑顔で挨拶してくるメイドに、にっこり微笑みおはようと返す。 「じゃあ、これお願いね」 「かしこまりました。では終わりましたら後ほどお部屋の方へお届けします」 別れてから厩舎に向かう。さっきのメイドの笑顔をいつか自分が恐怖に染める様を想像し悦に浸る。 今の内に好感度を上げておけば、それは一転裏切られた時の絶望を増加させてくれる。 抱く希望は大きい方がよいと夢で使い魔も言っていた・・・・ 馬に乗り近くの森に着く。馬を手近な木に結び、森に入っていく。 木々が倒され、少し凍っている所が残っている小さな広場に出る。間違いなく昨日魔法を使った場所だ。 まだ私はつかえるのだろうか。手のひらを木の根元に向けて呪文を唱える。 「ヒャド」 木に30サントほどの円錐形の氷柱が5本突き立つ。 そしてそのまま突き立った場所から半径1メイル程を軽く凍らせた。 使えた。夢ではなかったと実感しながら、身体が飛び跳ねようとするのを抑える。 精神力を外に噴出し、身体を宙に浮かす。バランスが難しいが飛べている。 早く飛ぶよりこうやって同じところに留まる方が難しいというのは、 系統魔法におけるレビテーションとフライの難しさが逆になっているようで苦笑する。 魔法が使えることも確認でき帰ろうとしたとき、 槍を持ったオークがこちらを見ていることにやっと気がついた。 普通のオークよりも大きい。それでいて、こそっとも音を立てることなく、 ルイズにあと10メイルほどの距離まで近づいていた。 警戒心が湧き上がり一気に黒い靄を身に纏う。間違いなく相手は強い。 デルフリンガーの柄に手をやり相手の出方を待つ。 オークはこちらが警戒したことに驚いたように目を見開いたが、頭をかきながら森の奥に姿を消した。 オークが去った後周囲を警戒しながら戻る。呆気なく森の外まで出れてしまい首を傾げる。 学院でオークを使い魔にしたという生徒はいなかったはず。間違いなく野生だ。 あのオークは何がしたかったのだろうか。考えても答えが出ない。 学園に戻り朝食を取り、授業に行く。 風の偏愛者ギトーの授業の時、授業の内容を聞かず、ルイズはこれからのことを考えいた。 これまで漠然としていたが魔法が使える様になったルイズはかなり強くなったと言っていい。 しかし国家に対抗できるわけがない。どのような力が必要なのだろう。 やはりモンスターの大群か。しかし昨日引き連れた魔物は討伐されてしまったようである。 下手に魔物を暴れさせると警戒されてしまう。遺跡に軍が駐留するようになったのがよい例だ。 いや、別に魔物を使う必要はないのではないか。 国という枠組みに対抗するなら国をぶつければいい。ちょうど内乱を起こしている国があるではないか。 あの内乱が成功すれば反乱軍はどうするのだろう。確か聖地の奪還を掲げていたはずだが、 まちがいなく余勢を駆ってトリステインに攻めてくる。 そうなれば遺跡など二の次になる。そこでモンスターを引きつれ治安を悪化させる。 ただでさえ戦争状態であるのに魔物まで暴れてはトリステインは地獄になるだろう。 内乱の起こっている国、アルビオンに行き、いや行かなくとも反乱軍に支援すればよい。 いまのアルビオンに行くのはどう考えてもおかしく、目立ってしまう。 支援だけでもかなり難しくなる。アルビオンとトリステインは朋友。 反乱軍に支援しているのがばれれば死罪は免れない。やはり他人に任せることはできない。 だからと言って自分は行けないし、行ったところでトリステイン貴族が反乱軍に接触できないだろう。 ルイズは自分が何もできそうにないのがもどかしく唸った。 案の定教師に指摘されたが完璧に無視し通し、ギトーの頭の血管をピクピクいわせた。 昼食の後メイドから紅茶をもらっていると視線を感じた。 あれはたしかモット伯だったか。平民で遊ぶというあまりよいとは言えない趣味を持つ嫌われ者だった。 しかし立ち回りはうまく、宮廷に置いてかなりの地位を持つ。 前の自分なら毛嫌いしていたが今では特に思うことはない。 しかし視線はルイズではなく隣に立っているメイドを見ているように思える。 モットが消えてからメイドが呼ばれて連れられていった。 ……嫌な予感がする。 夕食の時間、メイドが来なかった。眉間に皺がよるのを止められない。 食事が終わるとすぐに厨房に向かう。ちょうどコック長のマルトーが出てきたようだ。 「コック長、少し聞きたいんだけど」 「ミスヴァリエール?どうしました?」 「メイドのことよ」 自分の名前を貴族嫌いのマルトーが知っていることに疑問を持つがほうっておいてメイドの事を尋ねる。 マルトーは悔しそうに顔を歪める。 「ミスヴァリエール、シエスタから直接聞かなかったのですか?」 そのときルイズは自分に懐いていたメイドの名前がシエスタだと初めて知った。 「聞いてないわね。ただモット伯が見てたから嫌な予感がしたのよね」 ますます歪めて怒っているのか悲しいのかどちらか分からない顔をマルトーは取っている。 「シエスタが貴方のことを話しているときはそれはもう楽しそうでした。 言わなかったのは貴方に迷惑をかけないためでしょう。アイツはモット伯に連れてかれちまいました。 相手は貴族なんですから我々はどうすることもできません。・・・ちくしょう!」 マルトーの様子は観ていて気分がいいが、それよりもモット伯の行動が許せなかった。 トンビに油揚げを掻っ攫われる・・・まさにそれだ。 口の端を無理やり引きつり上げ笑顔を作る。その顔を見たマルトーは先ほどまでしわくちゃにしていた顔を 引きつらせ青くしていた。 ルイズはゆっくり厩舎に向かう。途中で風竜を見つけた。となりに小柄な者がいる。 タバサであった。どうやらルイズを見ていて話はだいたいわかっているみたいだ。 「馬よりこの子のほうが速い」 すばやく打算する。ガリア出身のトライアングルの風のメイジ。 使い魔は風竜―シルフィードである。 彼女とはそんなに親しくはないから友情からの手伝いではない。 メイドを助けようという正義感の持ち主であったか?答えはNO。 つまりなにかルイズに求めていることになる。 「あなた、私がこれから何をするかわかっているのかしら?」 そこで初めてタバサがルイズの表情を判別できる距離になる。 タバサはそれを見て杖を構えそうになる。そして自分の思い違いに気付いた。 モット伯に交渉をしに行くと思っていたがとんでもない。あれは殺すつもりだ。 それをタバサは知ってしまった。もう逃げられない。もし自分が協力しなければ躊躇なく殺しにくるだろう。 協力すれば自分も同罪。喋ることはなくなる。ガリア出身とはいえ罪を犯すのはダメージが大きい。 しかもタバサの場合、犯罪者となると、タバサを始末する格好の口実を叔父に与えることになる。 そうなると、このルイズを止めることが一番よいのだろう。しかし相対してそれが不可能だとわかる。 これまでいろんな任務で亜人と戦ってきたが、このルイズは桁違いだ。 生き残れるかわからない。私は目的も果たさず死ぬわけには行かない。 「モット伯の殺害。私はあなたの使い魔に興味がある。 可能性でしかないが私の問題を解決できるかもしれない」 できるだけ簡潔に答え、助ける理由も入れる ルイズの視線にタバサは唇が乾いてくるのを自覚する。 むしろ使い魔のことを出した瞬間に強くなった気がする。 すべてを説明すれば納得してくれるかもしれない。どうする。背中の汗がゆっくり落ちる。 つばを飲むと喉が鳴る音が響く。逃げるにも逃げられる気がしない。 「わかったわ。じゃあお願いね」 一気に場の空気が弛緩した。額に汗を掻いてしまう。 よく考えればここは魔法学院の中だ。戦えば人が集まってくるだろう。 それは自分もルイズも本意ではない。 「タバサ。モット伯の館まであなたの問題って奴の詳しい説明をお願いするわ」 それにタバサは頷く以外なかった。 シルフィードに乗り、ルイズの視線に晒されながらタバサは語った。 自分がガリアの王族であること。父が伯父に殺されたであろうこと。 母が心を壊す薬をタバサの代わりに飲んだこと。母の心を戻す、そして伯父に復讐するためなら なんでもする気がある。シュバリエの爵位は自分を合法的に殺すために伯父が任務という名の死地に送って、 それらの任務を達成していたら勝手に付いていたこと。これまでいろんな薬で母を治そうとしたができず、 先住魔法の薬ではないかと思っていたところに、ルイズが系統魔法と思えない黒い靄を使いフーケのゴーレムと 戦っていた。キュルケはルイズの性格が使い魔召喚から少し変わったと言っていたから、 使い魔は先住魔法を使えるのではないか?そして母の心も治せるのではないかと希望を持ったこと。 その話を聞き、ルイズはすばらしい人材だと感じた。 フーケ戦で有能なのはわかっていたが、これほど闇を抱えていたとは。 話が終わると同時にモット伯の館に着く。 シルフィードで斥候したところ、門番が正門に二人裏門に一人。館周りを巡回しているのが四人、 二人づつに別れ犬を連れているらしい。正面からルイズが派手に乗り込み、巡回を引き付け、裏口の一人はタバサが始末する。 ルイズはそのまま館に突入、タバサは他に逃げようとするものを上空から監視することに決まった。 抜かれるデルフリンガー。 「おいおい、今日もやる気満々なのね・・・ 嬢ちゃんに付き合っていると倫理観がおかしくなりそうで怖いなぁ」 全身に闇を纏い疾走する。雑談している門番の頭を一振りで2つ飛ばす。門を蹴り飛ばし中に入る。 ずいぶん派手に音が出てしまった。犬が吠えている。 番犬が来たか。どんどん近づいてくる。飛びかかってきた犬が2匹、片方を剣で開きにし他方の喉を握り潰す。 走ってきた巡回の四人も後を追わせる。館の扉を切り開く。 ぼけっとこちらを見ている兵士が四人いた。奥のほうに二人と手近に二人。 「ヒャド!ヒャド!」 魔法を奥にいる二人に唱えながら近くの一人を切り捨てる。奥の二人が頭と身体から氷を生やしたところで、 四人目がやっと状況を悟る。笛を鳴らそうと口に入れると同時にデルフリンガーも一緒に入れてやる。 兵士が詰めていると思われる場所に行くとカードゲームの最中のようで何人かがカードを持っている。 テーブルの上には掛け金と思われる小銭がおいてあり、 盛り上がっているのか他の者は立ち上がって勝負の行方を見ている。 こちらを見ている者は一人もいない。 「ヒャダルコ」 カード勝負を見るために固まっていて狙いやすい。 50サントほどの氷の塊が飛び交い、脳漿や内臓をぶちまけて殺した後、部屋を凍りつかせる。 館を練り歩くがなかなか人と出会わない。 門を蹴り飛ばした音、そして先ほどの魔法の音が大きかったせいか、 何か起こっていると思った平民の使用人は部屋に逃げているようだ。 時折出会う者はすべて殺していく。 今日仕入れたメイドと寝室に行こうとしたところでやっと館での異常に気付いたモット伯は、 メイドを寝室に入れてから雇っているメイジと腕の立つ親衛隊5人といっしょに階段を降りていく。 これからお楽しみの時間であったのにそれを邪魔されたのだ。この代償高く払ってもらおう。 降りた先には桃色の髪の少女がいた。着ているのは魔法学院の制服ではないだろうか。 なんということだ。これはおもしろいことになりそうだ。平民での遊びはそろそろ飽きてきていたところだ。 「おい!君!私が誰か知っておるのかね?」 「血袋に名前がいるの?」 「そう!私は血ぶくrっじゃない!私は・・・」 名乗ろうとしたところで親衛隊の一人が前に出て制してくる。 何をやってるんだと睨むが他の護衛も同様な判断を下したのか真剣な様子で娘を見ている。 「モット伯、すぐに逃げてください。奴は普通ではありません」 何を馬鹿なとよく見てみると娘は全身に黒い靄を纏い、持っている剣からは血が滴り落ちている。 そしてはっきりとした殺意が見える笑顔。一気に寒気が襲ってくる。 モット伯は護衛に任せたと言うとすぐに最上階にある隠し階段に向かう。 メイジと親衛隊二人が残り3人がモット伯についていく。 モット伯は自分の執務室に戻り本棚を動かす。裏にあった扉に護衛といっしょに入っていく。 残った剣士二人はかなり剣の腕が良さそうだ。二人はメイジが詠唱する時間を稼ごうとしている。 唱え終えるのを待つ気はない。ルイズは左手で持った杖を振り上げる。 唱えておいたファイアーボールを天井に向けて放つ。護衛たちはファイヤーボールに備えていたが、 天井がいきなり爆発するのには備えられなかった。護衛はメイジも合わせて床に叩きつけられる。 倒れているうちに後衛のメイジ以外の首を狩る。 メイジを見ると倒れながらもすでに詠唱を終えていたようで笑みを浮かべていた。 「ライトニングクラウド!」 目の前で稲妻が走りルイズに向かう。まともに受けると一撃で人を殺せる威力を持つ。 食らったルイズは微動だにせず、笑みを貼り付けた顔だけを護衛のメイジに向けている。 自分の放った魔法が効いていないことにメイジが気付き飛び退きながら詠唱する。 さっきまでメイジがいた場所を剣が抉る。 メイジはルイズには勝てないと悟っていた。これはもう護衛のためでなく自分が逃げるために 距離をとらねばならない。そして彼は気付けなかった。 ルイズが剣を振り上げたところでメイジは呪文を解き放つ。 「エアハンマー」 ルイズは意に介さずそのまま頭蓋骨を潰した。 隠し階段は最上階から一階まで抜けられる。 抜けた先には地下通路につながる入り口が取り付けられている。 モット伯が一階まで着いた時隠し階段の上層の入り口が吹き飛ばされた音がした。 螺旋階段になっていて、空いていた中央から本棚ごと隠し扉が落ちてくる。 地下通路の入り口を開けようとするが空かない。 いくら引いても空くことがないのでモット伯は固定化の掛かっていないはずの扉に錬金を使った。 錬金できない。水の魔法で無理やり破ろうとしても全く効果がない。 いったい誰が固定化の魔法を掛けたのかとモット伯が怒鳴る。 頭に水をかけられた。落ち着くことができたが同時に怒りも湧く。 護衛を睨み付けようとすると護衛の顔から剣が出ていた。水のかかった髪を触ると手が赤くなる。 他の護衛は皆頭から氷柱を出している。顔から剣を生やした護衛が倒れると笑みを浮かべる少女がいた。 「つ ぅ か ま ぁ え た」 タバサは上空から監視していたが館からは誰も出てこない。 壊れた入り口を見ると外に出ようとしている兵士と使用人が何人かいた。 しかし何かにぶつかっているようで外に出られないようだ。異様な光景だった。 必死に何もないところで立ち往生するその様は鬼気迫るものがある。 館に近づきディテクトマジックを使うが特に反応を示さない。 相手を逃がさないようにする先住魔法だろうか。 シルフィードが話しかけてくる。前から同じことばかり言う。 曰くルイズとその使い魔に近寄ってはいけない。 しかしもう引き下がれないところまできてしまった。 「闇を身体に着てる人間なんてもう人間じゃないのね。あれはいけないものなのね。 きっとなにか企んでるのね。きゅいきゅい」 闇を着る・・・なるほどとタバサは感じた。 そのうち入り口にたまっていた者を皆殺しにしルイズが出てきた。 タバサは血まみれになっているマントを脱ぐようにルイズに言う。 魔法で水を作り出しその場で洗濯する。そして風を起こし乾燥させる。 返されたマントをルイズが着ると何がしたかったのか悟る。 湿って重いが血の匂いがかなり薄れていた。血まみれのマントの処理は簡単ではないことを 町のゴロツキを始末した時の経験からルイズは知っていたのでタバサに感謝した。 ルイズが黒い靄を消し、シルフィードに乗る。タバサはそれを見て呟く。 「闇の衣服か」 「・・・うまいこと言うわね」 ルイズはそれに反応する。 「そういえば名前なんて考えもしなかったわね。 ん~、闇の衣服・・闇の服・・・闇の羽衣・・・闇の衣・・・」 最後に言った名前にひどくしっくりくるものを感じる。 これからはこの力を闇の衣と呼ぶようにしよう。 シルフィードに乗って帰りながらルイズはタバサを抱き込むために話す。 「タバサ、私は貴方のお母様を治す方法は知らないわ。 でも私の使い魔ならわからない。あいつは私に夢の中で先住魔法の使い方を教えてくれたわ。 人間である私に先住魔法を使わせる事ができるほど魔法について詳しい。 そして私の使い魔は物を食べる必要はないわ。 だから今のまま寝ていてもやせ衰えることはない。なぜだがわかる? あいつはね、生き物の感情を糧にするらしいのよ。 つまり人が生きている限り飢えることはない。 嘘みたいだけど本当のことなの。まるで精霊のような存在。 つまり言ってみれば人の内面に対してなら何でもできるかもしれない。 そう、それが薬により壊されたものだとしてもね」 タバサはその話に耳を傾け、拳を握り締めている。 ルイズはその様子を見ながら楽しむ。どうやらタバサは大きな希望を抱いたようだ。 これで使い魔が目覚めるまでは一人使える配下ができた。 タバサに嘘はついてはいない。ただ感情と言っても我が使い魔が糧とするのは負の感情のみだ。 そして魔道については恐ろしく見識がありそうだからタバサの母を治せるかもしれない。 ただし治すかどうかは知らないが・・・・ ・・・・抱かせる希望は大きければ大きいほどよい。そう使い魔も言っていた・・・・・・・・ シルフィードは背中で為される会話でタバサが食われていくような錯覚を受けた。 タバサに念話で呼びかけるが反応はなく、深く考え込んでいるようだ。 このピンクは危ない。その使い魔はもっと危ない。 そう理解しているが、感覚的な物でしかなく、それではタバサを説得できない。 このピンクは何をするつもりだろうか。絶対に気を許してはいけない。 翌日モット伯亭の事件は、同館で部屋に篭っていた使用人たちが トリステイン城下に逃げ込んだことで発覚した。 犯行現場にはところどころに氷塊や氷付けの人間が発見されたことから 犯行グループには水のトライアングル以上のメイジが一人以上いたとされ、捜査されることになる。 ちなみにシエスタは無事に学院に戻ってくることができた。 マルトーはシエスタのことをルイズに話したときの反応から、ルイズが仲間を集めてやったのではないかと 勘ぐるが、平民のために動いてくれた貴族になにかするつもりはなく自分の胸に秘めることにした。 ただシエスタにだけは伝えておいたことでシエスタはルイズの更なる信奉者となってしまう。 前ページ次ページ絶望の使い魔