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768 :ワイヤード 幕間 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/05(月) 13 28 50 ID TDyDTYz3 幕間『少女の祈り』 神様――。 月夜。 光がステンドグラスを超えて差し込み、少女を照らしていた。天使のごとき輝き。 翼のないその姿が、むしろ神秘だった。 闇の中の教会で唯一輝ける少女は、独り神に祈りをささげていた。 「神様」 目を閉じる。 少女はその瞼の裏に、世界でたった一人、愛し、全てをささげるべき存在を想い浮かべる。 そして、それは神ではない。ただの、一人の少年の姿だった。 「神様、どうか……」 少女は、神など信じてはいなかった。信じているのは、ひとつだけ。 未来。 少女と、少年の、二人の未来。たったひとつ、それだけがあれば、それは彼女の幸せだった。 「どうか、ちーちゃんと私の生きる、未来を……!」 ただひたすらに、純粋で、しかし利己的な願い。 信じてなどいない神にまですがる。 それは、彼女がプライドよりも大切なもののために生きているという証拠だった。 それほどまでに、少女はあの少年を愛していた。 「神様……」 教会の奥にひっそりと佇む、神を模した像は、ただ、少女を見つめるだけだった。 ――この世界に、神なんていない。 少女には、そんなことは既に分かっていた。 神なんていない。人は、狂おしいまでに平等だ。 だから、強いものが勝ち、弱いものが負ける。平等だからこそ、違いがある。 だから、少女は力を願った。 769 :ワイヤード 幕間 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/05(月) 13 30 28 ID TDyDTYz3 かたん。 突然後ろから聞こえたその音に、少女は振り向く。 教会の扉が開いていた。差し込む光に、浮かび上がる影。 人影。 「待ってたよ、アリエス」 少女は、確信をもって人影に声をかけた。 アリエスと呼ばれた少女も、落ち着いた声で返答する。――まるで、こうなるのがはじめからわかっていたかのように。 「逃げないとは、たいした自信だな」 「けじめをつけるためだよ。一人でも逃がしたら、ちーちゃんに迷惑がかかっちゃうから」 「お前は……!」 アリエスが激昂する。 「お前は、悪魔だ。神に祈る資格など、ない!」 「……そう」 少女は神にひざまずいていた姿勢から、立ち上がり、アリエスと向かい合う。 「自らの目的のために、何人を義性にした! 何人を殺してきた! お前の殺した者には、帰りを待つ家族がいて、恋人がいて、友がいて……ともに、笑い、泣き、怒り……。全て同じ、人間だ! それを、お前は簡単に……! そして、遂には、お前はおまえ自身の両親までも……!」 「なら、逆に聞かせてもらうよ」 「……何だ」 「あなたたち統合教団は、私にどういう仕打ちをした? 度重なる、過酷な能力テスト。人体実験。兵器開発。薬物投与。攻撃力の調査のために、大型動物と素手で戦わされたこともあったよ。 そして、死刑囚を連れてこられて、人体への攻撃を試すとか言って、私にその人を殺させたのも、あなたたち統合教団」 「……っ」 「もともと人間扱いされなかった私に、私の両親は何をしてくれた? もともと統合教団に私を売ったのもお父さんとお母さんだよ。そして、そのためにちーちゃんと私を引き離したのもあの二人。あの二人だって……あいつらだって! 私を人間扱いしてくれなかった!」 「それでもっ」 「それでも、何だっていうの!? 私を助けてくれたのは、心の中にあったちーちゃんとの記憶だけなんたよ……? あの人と結ばれる未来だけが。その夢だけが、私を守ってくれたんだよ? そんな、小さいけど幸せな未来への願いさえ、統合教団は許さなかった」 「だから、全て破壊したというのか!」 「そうだよ! それのどこが間違ってるって言うの? アリエス、あなたに私が裁ける? ちーちゃんが好きだっていうだけで、それだけで良かった私を、ここまで変えてしまったのは、あなたたちなんだよ……?」 「違う……。お前は、お前のエゴを押し通しているだけだ! お前一人の願いのために、多くの――お前と同じ、小さな願いを持った人間を、何人も殺したんだ。それは、許されるものではない」 770 :ワイヤード 幕間 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/05(月) 13 31 03 ID TDyDTYz3 「……なら、その力は誰が私に与えたものなの?」 少女は、手にもった剣を握り締めた。 「それは、お前が元から持っていた力だろう。だから我々統合教団は、お前を保護し……」 「違う! 私は、ちーちゃんと一緒にいたいだけなの! 本当は、こんなちから、いらない!」 「血塗られたお前が言うことか……!」 暗闇で隠されていたが、徐々に光で浮き上がる少女の姿。 アリエスには、しっかりと見えていた。少女の、血塗られた身体。 少女のものではない。返り血。少女が虐殺した、統合教団の構成員達のものだ。 そして、それだけではない。少女は、奇怪な鎧を身に着けていた。 やけに近未来的な――今は血塗られて赤いが――白い鎧である。手には、長剣が握られている。 「その剣は、確かに我々が与えたものだ。だが、お前の剣を振るうのはお前自身だ。お前の心だ」 「……そう、そうなんだ。アリエス、あなたは、分かってくれないんだね……」 「別の形で出会っていれば、お前とは友でいられただろう。だが、私は全てを奪われた。だから、もう戻れない。戦うことでしか、私たちは分かり合えない」 アリエスは、マントに隠していた武器を取り出した。 「『ヴァイスクロイツ』。エクスターミネート」 十字架のような形をした武器。『ヴァイスクロイツ』。中心にある宝石がアリエスの闘気に反応するように光る。 「本当に、やるんだ。さっき、私の力は見たでしょう? この『ネクサス』がある限り、私は無敵だよ。そして……」 少女は、剣を構え、突進した。真っ直ぐ、アリエスに向かって。 「この剣を振るわせるのは、あなた!」 「だとしても!」 全くゆがみのない攻撃。ひたすら真っ直ぐに、迷いなく、最速で剣を振り下ろす少女。その一撃を、アリエスは『ヴァイスクロイツ』で正面から受け止める。 互いの強大なエネルギーの衝突に爆音が轟き、教会全体が強く揺れる。ステンドグラスが吹き飛ぶほどの衝撃。 「『ネクサス』! ブーストアップ!」 "ブースト・アップ"。少女が身に付けている鎧のベルト部分から、機械音声が発せられる。 同時に、少女の持つ剣が強い光に包まれる。 「っ!?」 アリエスはとっさに少女とのつばぜり合いを中断して、ヴァイスクロイツを引き、少女の左隣に飛び込み、床を転がって距離をとった。 次の瞬間、少女の剣から発せられた強い光が剣から一気に溢れ出し、少女の前方の物体全てを切り裂いていた。 教会にあった椅子、カーペットはもちろん、教会の壁、地面でさえも、少女の前方のものは、全て。 「……」 アリエスは驚愕する。これほどの威力の攻撃は、かつて見たことがなかった。 少女が、本気だということだ。アリエスが見たことのない領域の力を行使するまでに。 771 :ワイヤード 幕間 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/05(月) 13 31 33 ID TDyDTYz3 「どう? これが、あなたたち統合教団が恐れ、制御しようとした『ワイヤード』の力。『WE粒子』のもたらす、世界を変える力」 「……この力は、人が手に入れていいものではない」 「あはっ! 同意見だよ、私もね。でも、末端のアリエスは知らなかったかもしれないけど、本当にこれを手に入れたがっていたのは、統合教団……つまり、人なんだよ」 「そんな、ばかな……」 「いいよ、今なら許すよ、アリエスのこと。だって、知らなかったんだもんね。アリエスは、ワイヤードに家族を殺された恨みを晴らすために、統合教団に協力してたんでしょう?」 「……」 確かに、その言葉は正しい。 アリエスは、ワイヤードという存在に教われ、全てを失った。自身も、一生消えない傷を負った。 そして、ワイヤードたちと闘っている組織、統合教団に拾われ、その中でずっと戦ってきた。 知らなかった。 アリエスは、統合教団の行動は、全てワイヤードの殲滅のために行われていると、信じていた。 「統合教団は、人類のためにワイヤードを滅ぼすなんていう、正義の組織じゃなかったんだよ。教団の目的は、『WE粒子』の軍事転用。それをもって世界を統一する。つまり、本当のエゴの塊は、統合教団のほうなんだよ。私じゃない。あんなやつら、殺されてとうぜんでしょ?」 「そんな……そんなことが……」 「アリエス、今なら、私の仲間になれるよ。一緒に行こう、アリエス」 「……それでも」 「?」 「それでも、私は、神を信じている」 「……あきれた。どうしてそんなに頑固なの?」 「統合教団の神ではない。お前の神でもない。私の神は、ここにいる」 アリエスは、勢いよく立ち上がり、自らの胸を強く叩く。 まるで、心臓の――命の存在を確かめるように。魂を確かめるように。 「この魂が、叫んでいる。お前は歪んでいると! 私は、私の信じる全てを――神への祈りを、全て……!」 ヴァイスクロイツを強く握り締めるアリエス。 その腕には、瞳には、もはや何の迷いもない。 「……分かった。私がちーちゃんを想うのと同じ。アリエスも、本当に大切なものがあるんだね」 「その通りだ。もはや、どちらが善、どちらが悪なのか。そんな問題は超越した。私とお前の、運命は。……全て、神の導くままに。そして、私自身の意思で、ここで断ち切る。この祈りを、全て、この一撃に懸ける……!」 「いいね。一撃、たった一撃の勝負……」 少女も、剣を握り締める。ベルトが"エクステンション・ドライブ"とコールしたと同時に、少女の剣が強い光に包まれる。 「もう、言葉はいらない! いくよ、アリエス!!」 「西又イロリ……いや、ワイヤード! 私が、お前の運命を断つ!!!」 二人が同時に駆け出す。 「いっけええええええええええええええ!!!」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 772 :ワイヤード 幕間 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/05(月) 13 32 04 ID TDyDTYz3 ある朝、京都近郊の、町外れの教会が、全焼、倒壊状態で見つかった。 近隣住民に寄れば、その前の晩、なにか大きなゆれと、音と、そして、天まで届く光が教会から発声していたらしい。 調査隊の活動虚しく、焼け跡からは死骸もなにも見つかっておらず、おそらく被害者はゼロと思われる。 警察は原因究明に乗り出したが、結局全てが不明であり、調査はすぐに打ち切られた。 西又イロリが東京に現れる、数週間前の出来事である。
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82 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 07 58 30 ID fww6VM9R そらとの情事から一日が経った。冬休み一日目、雪景色の街は昨日のどんちゃん騒ぎを終え、今すぐにも正月へとその頭を切り替えようとしている。 俺はそんな街の様子を見下ろしたあと、寝ぼけた眼で時計に眼をやる。短針は既に一〇の位置を少しばかり進んでおり、冬休み突入後一日で早くも生活が狂っていることに笑うしか無かった。 既に部屋にはそらの姿は無かった。 リビングの方にいるのだろう。俺はそう思いながら顔を洗いに洗面所へと向かう。 だが、扉を開けたときにふと違和感に気づいた。 家のどこからも物音が一つもしなかったのだ。 普通だれかいるはずなら何かしらの音がするはずだが、自分の立てる音以外はそれすら無い。 「そらー?」俺は無音のリビングに向かって呼びかける。 一秒。 二秒。 三秒 四秒目で俺は諦めて仄暗い廊下を光の点す方向へと歩いていった。 結論として、家の中には誰もいなかった。 父さんがこの時間帯にいないのは普通といえば普通だし、そらもきっと友達と遊びにいったのだろう。俺はそう自分に言い聞かせた。 昨日の情事も、そらの豹変もきっと関係ない。そう付け加えて。 「さて……」顔を冷水で洗ったお陰で、まだ重たげながらもなんとか意識が覚醒する。俺はそのまま流れるように食堂へ向かい、薄切りの食パンをトースターに突っ込む。 数分ほど経って、ちぃん、と小気味いい音を立ててトースターからきつね色の食パンが飛び出した。 思えば、一人きりの食卓と言うのも久しぶりなものだ。 「……あと三時間か」昨日言った約束の時間まで三時間。三時間もあれば二回は洗濯機が回せるし、その間に家の掃除も出来る。 でも、その前に着替えなきゃな。と、妙な笑い声をあげながら俺はジャムを載せたトーストを頬張った。 あと三時間。それが今の北見千歳のリミット。 三時間後、平凡な受験生の北見千歳は綺麗さっぱりいなくなる。 いや、もう平凡な受験生の北見千歳など昨日、いやとうの昔に消えてなくなっていたのかもしれない。 そらとの情事が、いや、そらの思いそのものが俺を平凡と言う生ぬるく、ひたすらに現実感の乏しい世界から引き放していたのだから。 そして、俺は三時間後にその平凡と言う世界を自ら捨てるだろう。 何よりも、そらのために。 俺の、怖がりで泣き虫な妹のために。 きっと、どこかで俺はそらに恋していたのだろう。 それが、昨日のそらの事で確実な恋へと変わって、俺に最後の一歩を踏ませる後押しになったのだ。 そらは周りが思ってるよりもずっと弱くて、寂しがりで、泣き虫で。そんなそらを守ってやれなきゃ、俺はそれこそとんでもないクズ野郎だ。 83 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 07 59 36 ID fww6VM9R 昨日の夜、帰ってきた父さんに俺は全てを打ち明けた。 そらが俺に恋愛感情をいだいていたことも、情事のことも。 その時の俺はとにかく一人でも多く、誰かにこのことを言いたかった。そして楽になりたかった。 父さんは終始沈んだような、憂うような表情で、まるで全てを見越してたかのようにため息を一つついて、沈んだ声で言う。 「千歳、そらは?」 「寝てる。なんかあったらしくご機嫌斜めなんだわ」 「そうか……」 それから数分ほど、重苦しい沈黙の時間が続いた。 そしてそれを破ってなぁ、千歳。と父さんは聞いてくる。その顔はいつもの父さんのように「狂った」表情は消え、今まで見たことも無い、刃のような涼しさと少しばかりの憂いを秘めた顔だった。 「お前は、そらのことをどう思ってるわけだ?」 「……そりゃ、いい妹だと」濁し気味に俺は答える。が、父さんはすぐにそれを遮った。 「そうじゃない、そらの気持ちにお前が応えられるか。だ」 また沈黙。時計の音だけが広いリビングに響きわたっている時間が何秒ほど過ぎただろうか。 俺はやっとのことで声を搾り出す。 「俺だって………応えたいよ…………そうじゃないと、そらが……壊れる」 「だけど、俺にそらを守れる力なんて無い。ってか?」 言いたいことを言われたのに戸惑いを隠せなかった俺をよそに、父さんは続ける。 「わかるんだよ。俺もお前と同じ大馬鹿野郎だから」 「じゃあ、父さんと母さんも……」 「まぁな。あまり大声で言えるようなことじゃないが」 父さんは、ため息を一つついて、また口を開く。 「あいつも相当なお兄ちゃんっ子でな。俺が釧路の家から札幌に就職に出るのも最後まで反対してて、札幌に出てきて最初の夏にあいつが俺のアパートに来て、その夜に泣きつきながら俺のこと襲ってきやがった」 自嘲気味にくくっ、と枯れ気味の声が漏れる。 「私は兄さんさえいればいいの、兄さんと一緒に入られるのが一番の幸せなの。って、もう鼻声で涙ボロボロ垂らしながら俺に詰め寄ってきて、その瞬間に、なぜだか美幸のことを絶対ない守ってやらないと。って気持ちになっちまった。そこからが運のつきさ」 「……で?」 「釧路の爺ちゃん婆ちゃんいるだろ?もうさんざん怒られた挙句に絶対に帰ってくるなって言われたよ。まぁ、どうも親父もお袋も前から美幸に妙なフシがあるってのはわかってたから多少の理解はしてもらえたがな」 だがな。と父さんは、口元を緩ませ、しかし真剣な眼差しのまま俺を睨む。 「別にお前が実の妹を好きになろうと構わない。この国には誰を好きになっちゃいけないって法律はないからな。 だが、周りは?世間体はどうなる?この国の法律は近親婚なんざ許さない。味方だってぐっと少ない。それどころか周りが敵ばかりになる。 俺も誰も知ってる奴のいない札幌で働きはじめたから、美幸と暮らせたんだ。だが誰も頼る人間のいないこの街で暮らして、そのせいで体の弱い美幸に負担もかけちまった。 それに仮にお前がそらと結ばれて、そのあとどうなる?進学は?就職は?お前の人生も滅茶苦茶になるんだ。これでもお前はそらと一緒に生きられるのか?」 父さんの口から吐き出される言葉、それは俺の抱いていた心配そのものだった。そらを思う気持ちと一緒に俺の中に渦巻き、俺たちの幻想のごとき恋愛を残酷な現実へと引き戻すもの。 そんなことはとうの昔にわかっているというのに。 「おれは……そらと」覚悟を決めて俺は声を絞った。だが、搾り出そうと思った言葉は肝心のその先が欠け落ちる。 何も言えない。不安が、恐怖が邪魔をする。ただただあ、とかう、とかうめき声を上げるだけ。 畜生、言えよ。と何度も心のなかで自分に向かって叫ぶ。が、体は何も応えない。 父さんは内心驚きながらも、まぁ予想の範囲内だったとでも言うような冷ややかな目でこちらを眺めている。 「父さん」ようやく、声が戻ってきた。情けないほど震えた声で俺は言う。 「一晩、待ってくれないか」 84 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 08 00 11 ID fww6VM9R そして、今俺はその一晩を終えた。 俺はもう、答えを決めた。 「そらを……受け入れてみせる」 結局の所、もう何度悩んでもその答えしか出なかった。 どうしようもない不安も確かにあるといえばある。まだ心の何処かに重く淀んだ恐怖が残ってはいる。 だが、もし俺がそらを裏切れば、そらはきっと俺の抱く恐怖や不安なんかが現実となった時の傷よりももっと深い傷を負うことになるだろう。 そらを一生守って、一生付き添ってやる。それがそらの兄として、そらの愛した男として、北見千歳としてやらなければいけないコトだ。 『人を裏切るのは妹とセックスするようなものだ』 うるせぇ、そのヤった妹を追いて逃げ出すのはそれ以上の最低野郎だっつの。 俺はそらを見捨てて、てめぇのやりたいように生きる糞野郎になってたまるかよ。 「じゃ、行くか」 父さんの指定した場所。市電車庫側の近くの喫茶店。 そこに立ち寄るにはまだ時間があるが、本屋にでもよって時間でも潰せばいい。 窓の外に広がる街は昨日と同じように、てっぺんから爪先まで真っ白のままだ。夏タイヤの俺のバイクではまともに走れもしないだろう。 「まぁ、冬タイヤがあっても乗る気はしないけどな」 コートを羽織り、ソファの上においてあった鞄を肩にかけると、俺は家を出た。 いつも乗り慣れた陰気なエレベーターで一階に降り、くすんだ色のホールをくぐると、そこには眼に突き刺すほどに眩しい陽光と、透き通るような、冬特有の高い青空があった。 俺は表の電車通りへと足を進めると、電車通りの先にはもう新緑色の丸い電車の姿があった。俺は慌てて電車の方へと駆け出した。 『お待たせしました。三番ホームの手稲方面小樽行き、快速エアポート発車いたします』 アナウンスに続くようにしてホイッスルの音が薄暗いホームいっぱいに響き、しばらくすると列車のドアが閉まる。 そして空気の抜けるような音の後に、がくん、と電車が揺れる。 私は、徐々に加速してゆく電車のデッキで一人、溜息をつく。 その溜息はドアのガラスにあたると、すぐに白い露に変わっていった。 「ごめんね。兄貴」 勝手に関係迫ったりしてごめん。そりゃ兄貴の人生は兄貴が決めたいよね。たとえ妹でも、兄貴をどんなに愛してても、私なんかが勝手に自分の好きなようにしちゃいけないよね。 それに兄貴は実の兄が大好きな気持ちの悪い妹なんかと一緒に暮らしたくも無いよね。 私バカだから一晩考え直して、ようやく藍の言葉の意味がわかったの。 だから私は兄貴の前からいなくなるの。 そうすれば私も辛くなくて済むし、兄貴も気持ちの悪い妹と一緒にいなくてすむ。 そんな自虐的な、だが覆し難い事実を思いながら不意に私はコートのポケットに手を入れる。 ポケットのなかには手に収まるほどのすべすべとした四角い何かが入っている。私のパールホワイトの携帯電話だ。 「そういや、まだ酷いこと言ったの、兄貴に謝ってなかったな」 私は携帯電話を取り出すと、ぱちん。と折りたたんでる部分の付け根のボタンを押して画面を開く。 兄貴の黒い携帯電話とおそろいの白い携帯電話。かちかちと私の指は文字キーと使いすぎでメッキの磨り減った決定キーの間を踊る。 そして、私の意志に反したとても短い謝罪の文面が出来上がると、最後に一文を付け加えて、それを送信する。 しばらくして画面に浮き出てきたのは『メールの送信が完了しました』と言う無機質な文字。 私はそれが済むと携帯電話をコートのポケットに突っ込み、視線を窓の外に移す。 白く包まれた街の景色は、何故か私を酷く憂鬱にさせたのだった。 85 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 08 01 46 ID fww6VM9R 午後一時ちょうど。父さんの言ってきた喫茶店のボックス席で、クリームソーダをちびちびと飲みながらテーブルに頬杖をつきながら俺は窓の外の景色をじっと眺めていた。 黒や茶のコートの群れ、深緑色の路面電車、色とりどりの車。そのどれもが昼下がりの街をせわしく行ったり来たりを繰り返してる。 俺はこんなふうに世界は進んでいるんだと思う。淡々と、いろんなとこを行ったり来たりを繰り返していて。たとえその時間の中に誰かの劇的なドラマが孕まれていようと、まるで周囲はそれを気づきはしない。 結局、俺とそらの思いもそんな風に淡々とした世界の一ピースなのだ。 誰かが不用意に首を突っ込まない限りには誰も知ることの無い、ゆがんでいるようで実はきちんとパズルにはまる、この淡々とした世界のピース。俺とそらの恋がもし成就してもそんなものだろう。 この世界をぶち壊すようなマネさえしなければ、俺もそらもこの淡々とした世界で、何も変わらずに生きられるはずだ。 「すまん、遅れたな」 振り返ると、そこには父さんがいた。いつもの背広に、やつれた顔。ただし眼だけは凛とした、非常に鋭いものだった。 父さんは俺とは反対側の席に座ると、近くににいたウェイトレスを呼んで、なにやら注文をすると単刀直入、俺に訊いてくる。 「で、結局お前はそらとどうするんだ?」 「俺は……」昨日絞り出せなかった言葉は、何故か、驚くほど素直に出てきた。「そらと一緒に生きたい」 「例えそれが誰からも非難される道でもか?」 「それでもこの世界を全部敵にまわすんじゃないし、俺は覚悟できてる」 「学費と生活費は?おまえら二人が結ばれれば俺もお前らを家から追い出すし、俺は高校以上の学費なんて出さんぞ」 「俺がバイトして稼ぐ」 はぁーっ、と大きなため息を付いて父さんは呆れた。とでもいいたいのか手のひらで顔をぬぐう素振りを見せる。 「やっぱお前は俺の息子だわ……俺とおんなじコト言ってやがる」そして父さんはその頬を緩めた。「もういい、おまえらの好きにしろ。ただし、おまえらが高校卒業したら俺は何も手助けせんぞ」 その言葉で、俺は心の中につながれていたコンクリートブロックを百個も積み重ねたような重石が一気に無くなった、そんな感覚がした。 そして俺はそのまま何気なしに時間を見ようと、ポケットから携帯電話を出す。黒い、少し古い型の携帯電話をひらくと、新着メールを示すアイコンがぽつんと浮き出ている。 いつの間に受信していたのだろうか、マナーモードが入りっぱなしの携帯ではメールなど気づかないことが多い。 そのアイコンを選ぶと、すぐに受信メールが画面いっぱいに広がった。 差出人の欄には「そら」の文字。 タイトルの欄には「ごめんね」の文字。 昨日は酷いこと言ってごめん。 兄貴には兄貴にふさわしい人がいると思うから、昨日の私とのことは忘れてもいいよ。 さよなら、お兄ちゃん 「おい……何の冗談だよ」俺はすぐさま電話帳を呼び出してそらにつなぐ。だがいくら待っても虚しいコール音が続くだけだった。 「千歳、どうなってるんだ?」父さんが状況を飲み込めないとばかりに訊いてくる。が、俺ですら状況が解らないのにどう説明しろと言うのだ。 「多分、そらがなんか勘違いして出て行った」 父さんはそうか。と短く答えて、とん。と俺の肩を叩く。 「行ってこい」 「そうする」 俺はのみかけのクリームソーダを一気に煽ると、そのまま喫茶店を飛び出た。 そらがどこにいるのかすら解らなかったが、でも何故か外に飛び出してしまったのだ。 86 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 08 02 37 ID fww6VM9R またポケットの中で携帯電話が暴れる。 多分電話の主はさっきと同じように兄貴だろう。 「折角邪魔な私がいなくなってあげるっていうのに、なんで電話するのかなぁ……」私は暴れる携帯電話を無視して、列車の振動に身を任せる。 列車の車窓は既に雑然とした郊外を通り過ぎ、眼前には灰色の空の反射のせいで暗い色をした、荒涼とした冬の海が広がっていた。 『次は小樽築港、小樽築港。小樽築港をでますと……』 無機質な車内アナウンスが車内にわんわんと響き渡る。 ここまでくれば小樽市街ももうすぐだ。 数分ほど海を眺めていると、またコートのポケットが震える。これで通算四回目の電話だ。 「もぅ……」 私は面倒くささと、ほんの少しの希望、そして急に沸き上がった兄貴の声の聞きたさを込めて、デッキへと出て行く。 がたん、がたんと断続的な列車の音と振動が直に伝わってくるデッキで、私は通話ボタンを押した。 「もしもし、兄貴?」 「そら……お前いま……どこにいる」はぁ、はぁ、と息を荒らげながらつよい語調で問い詰める兄貴。 「どこだっていいじゃん」 「いい訳あるか! あのメールの内容なんなんだよ!」 「いいじゃん、兄貴も邪魔な妹が消えて自由に恋愛出来るんだからさ」 「そら、お前昨日から何か勘違いしてないか?」 「うるさい、もういいの!」私はまた兄貴相手に怒鳴ってしまった。「こんな妹に電話してる暇があったら昨日の電話みたく藍と電話で話してなさいよ!」 『まもなく、小樽築港。小樽築港……』後ろで虚しく響くアナウンスだけが私の叫びのあとの沈黙を埋める。 私は、もう何がしたいのか解らなかった。 ただ、あれだけ好きだったはずの兄貴とは絶対に逢いたくはないと言う気持ちだけがふくれあがっていた。 「さよなら、兄貴」私は静かに電話を切った。 ぶつっ。と電波の断末魔の後に、ひたすらに虚しいだけのコール音が受話器から聞こえてくる。俺はすぐに通話を切ると、携帯をコートのポケットにしまった。 「小樽築港……」繰り返すようにアナウンスの駅名をつぶやくと、俺はそのまま雪の駅前通りを駆け出した。 電車で中心街まで行ったのがなんとかなったな。と変な関心を覚えながらも人通りを避けながら、灰色の町を走る。 そらの背後から聞こえたアナウンスの駅名が正しければ、多分そらは小樽行きの列車に乗っているはずだ。 「ってことは、あそこだろうな」 もう一年も前の初夏の日のツーリングの目的地で、そらのお気に入りの場所。俺にはそらの行きそうな場所などそこくらいしか思いつかなかった。 いつの間にかあんなに晴れていた空は重苦しい鉛色に変わり、雪がちらつき始めている。 「ああくそっ! 邪魔なんだよ!」喚きながら俺は人ごみを縫うように駅前通りを、せめて駅まで走ればきっとなんとかなるはずだと信じて俺は足を運んだ。 正直足は痛いし腹もズキズキする。息をするだけでも喉に氷を流し込んだような妙な悪寒が走る。 普段運動なんざしない俺にとってこんなに真面目に走ったのなんかマラソン大会の練習以来だ。 息がヒュウヒュウ漏れる。雪に足がとられそうになる。重いコートが枷のように俺の体力を奪ってゆく。 そして、交差点の真ん前で俺が不運にも足をついたそこはブラックアイス……つまり、中途半端に溶けた雪が再び固まったアイスバーンだった。 足の支えを失った俺は盛大に足を滑らせ、右半身を下にするようにしてその場に倒れた。 「あああ、こん畜生!」 立ち上がろうにも短時間の間に酷使された体が悲鳴を上げ、きっと普段なら立ち上がる気力さえ失っていたと思う。 それでも俺は、痛む体を無理矢理に起こして、再び灰色の駅前通りを走り出した。 やがて眼前に暖色系の巨大な駅ビルが迫ると、俺はさらに、今まで生きてきた中でこれ以上とないほどの力を振り絞って交差点と駅前広場を駆け抜けた。 87 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2010/03/10(水) 08 06 20 ID fww6VM9R 私が隣町の駅前についたのは、三時を回った頃だった。 灰色の低い空からは雪がちらつき、この港町をアスファルトなど見せないようにと白く染めてゆく。 いっそ、こんなふうに私も、心の中を何も見えないように白く染めてくれればいいのに。そう思いながら私は駅前のバスターミナルに止まったバスを一つづつ確かめるように見渡してゆく。 「あ、あった」 バスターミナルの端で、すこし申し訳なさそうに止まっている紅白の古めかしいバス。私はそのバスの行き先表示をじっと見つめる。 「10系統おたる水族館行き、うん。これでいい」 バスはほとんど貸切状態だった。私の他には和服のおばあちゃんと、私より二歳ほど上なくらいのセーラー服の少女が乗り込んでいるくらいで、座席はどこもかしこもガラガラだった。 私が適当な席に座ると同時に、バスはガラガラと音を立てて駅前を発車した。 『お待たせいたしました。1番線から小樽行き普通列車、発車いたします……』 駅のホームには既に小樽行きの電車が発車の時を待っており、俺はそれに乗り込むと、携帯電話を取り出した。 電話帳を呼び出して、検索。目当ての人物が見つかるとすぐに通話ボタンを押す。 ほとんどコールが聞こえないままに電話はつながった。 「はい、里野です」 「俺だ、北見だ」 駅まで全力疾走したあとのひどく痛い喉で、俺は電話口の里野に言う。 「里野、お前そらに何を吹き込んだ?」 「え?」 「とぼけんな。こっちはお前が昨日なんか吹き込んだせいでそらが妙な勘違いして出ていったんだぞ」 「ああ……それですか。それなら……」里野の話をしばらく聴き続け、そして一分ほど経ったろうか。俺は里野の話を中断させる。 「いい加減にしろ」強く、怒りのこもった口調で俺はそういうと電話を切った。
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暗闇とほこりの匂い MAP解放条件 深淵の水辺をクリアし、ノエルに話しかける MAPの特徴 使用可能キャラがノエルのみのサブシナリオ的なダンジョン。このダンジョンの特徴は装備中のアイテムを除いて一切が持ち込み不可という点。また装備中であっても強化値が+1まで一時的に下げられてしまう(ダンジョンを出れば元に戻る)あと仕様として道中につづらが存在し、ランダムで様々なアイテムを拾うこと「も」できたりする。敵に関しては相性が悪く倒しづらかったりアイテムを使わないと倒せない敵がいたり、一定時間が経過すると敵が新たに沸く仕様のため、全てを相手にしているとキリがない。道中にいるNPCは対応したアイテムを渡すと違う食べ物と交換してもらえたりバフが貰えたりする。仕様がわからないという人はダンジョンに入る前に「ルール説明」という項目があるので一読すること。もし装備を全く持ち込まず踏破するとささやかなご褒美が貰えるので余裕がある人はチャレンジしてみよう。※2021/4/1のアップデート以降、ノエルで一度クリアすれば他キャラでも挑戦可能になった。 出現妖怪 特徴 キュウソ カピバラ カソ ライゴウネズミ 召還有 タンキ 半裂き魚 ウシ頭 ヤカンヅル キラービー フラップバグ ドラゴンフライ ブリンク ねむりパピヨン おみすびころりん はつかここのか 河童 蝦さん マクラ返し ブラックドワーフ ???????? おとないさん 釣瓶火 すねこすり ツチコロビ ノブスマ サトリ 山彦 コダマ 天逆神 文車妖妃 召還有 経凛々 えんらえんら 火取魔 名前
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36 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 47 57 ID A3r/7N0h 初夏の緑に包まれた山々。その中を無粋に横切る国道の中腹。トンネルの手前で、俺は買ったばかりの中古のスクーターを路肩に停めた。 「……ここまできてやっと半分か」俺はポケットに突っ込んでいたくしゃくしゃの携帯地図を広げ、トンネルの位置を確認する。 かなり進んだ気がしたと思ったが、実際それほど進んでいなかったようだ。 山道ばかりだったのが進んだと錯覚させた原因なのかもしれないが。 「まだ半分?」俺の背後から妹の文句が飛んでくる。「遅いー」 「原チャリに毛が生えたようなスクーターじゃこれが限界だっつの」 実際隣町に行くだけの小旅行だって、もう十分長距離ツーリング状態だ。 目の前でぽっかりと口を開けるトンネルからは、大量の自動車の吐き出す排ガスの熱気が目に見えて漂ってくるようだった。 と言うか、確実に熱気がこっちに来ている。 「……そら」はぁ、とため息をつき、俺は背中につかまる妹の名を呼んだ。「ちょっと休憩しようか」 「うん」そらは答えた。 よっ、と声をあげてそらは歩道に降り立った。 俺も続くようにして歩道に降りたつ。 「うひゃー」そして、まるでアホのような声を上げた。「こりゃすごいわ」 歩道は海に面しており、急な斜面の下には新緑の原生林に混じってぱらぱらと集落らしき青や赤の屋根が見える。 真夏の晴れ渡った空と、北国の海は夏らしい色に染まり、それらを一望できる柵越しの目に映る景色全てがひどく綺麗だった。 「これはすごいわー」そらも俺と同じように妙に呆けた感想を口にする。 ふと、熱気を包んだ自動車の生み出した風とは違う、心地よい潮を孕んだ風が山間の国道に吹きわたった。 「きもちいー」横に立つそらは、んー。と声をあげて風を感じていた。 風はヘルメットからはみ出したそらの髪をさらう。そらの細い髪の毛は風を受け、ぱらぱらと宙を舞った。 「お兄ちゃん」不意にそらはこちらを向く。 普段兄貴と俺を呼ぶそらから、久々に聞けた言葉だった。 風の中、そらは笑っていた。俺の好きな、そらのいっぱいの笑顔。 そして多分これが、そらの笑顔を見た最後だと思う。 37 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 48 27 ID A3r/7N0h 「ぁー……あじぃー」 照りつける夏の太陽の下、夏休みにもかかわらず夏季講習のために学校にやって来るはめになった哀れな学生たちで溢れる電停。 その哀れな学生の一人として、俺は電車を待っていた。 体をぐっと伸ばすと、講習でダレた体はそれに呼応するようにグキグキと嫌な音を鳴らす。 最近運動不足なのかもな。とひとりごちに思っていた時、俺は肩を叩かれた。 「千歳、お前も今帰るのか?」 「ああ、健史」 交友関係の広くない俺の数少ない友人、藤野健史は厚い眼鏡の向こうの目を緩ませ、にやりと笑みを浮かべていた。 「どうだった?今日の試験問題」 「とにかく英語が壊滅的だった。それ以外は上々だったけど」 「お前もか」 はぁ、と健史は肩をおとす。 「お前もか、と言うことはお前もか」 「残念なことにな」 俺もはぁ、と肩を落とした。逆に健史は少し救われたような表情になっていた。 「と言うか、アレって本当は特進科連中の問題じゃないのか?」 「言えてる。進学科の問題があんな難しいわけがない」 うんうん。と二人でうなずく健史と俺だった。 「って、そんなことはいいとして、千歳」健史はすぐに立ち直ったかのように、俺に言う。 「今日のカラオケ、結局どうする?」 お前本当に受験生かよ。と言うほどに健史は大学受験への緊張感がない。 と言うか、俺と健史の友人はほとんどそう言う危機感を持ち合わせていない。 なんせ定期テスト前にカラオケに行ってた連中だ。俺はそらが無理矢理連れ帰ってくれたおかげで助かったが、後のメンバーはかなり悲惨な状況だったらしい。(藤野はお得意の現代文と世界史でなんとかぶら下がっていたが、大の苦手の英語は補習ギリギリだったと言う) 「お前ら……まだこの前の定期試験で懲りてなかったのかよ」 ちっちっち、と健史は指を振る。 「千歳、俺たちは確かに受験生だ。だが勉強ばかりやっていたら考えが煮詰まっていずれ空気が限界まで入った風船のようにパンクする。つまり、だ。俺たちは勉強もいいが、息抜きとしてきっちり夏をエンジョイしなきゃいけないのだよ」 思いっきり屁理屈だ。 大体夏をエンジョイするのにカラオケ行くのか?と無性に訊きたい。 しかし、この後特に予定もないし、一応我が親友の誘いとあらば受ける他ないだろう。 「…………まぁ、お前が行くなら行ってもいいけどな」 「流石千歳……っと、やっと来たな」 道路の向こうから二両連節の路面電車が草色の車体を揺らして、風と共に縁石で築かれた電停へと舞い込んだ。 俺たちが乗り込んだ時にはほとんどガラガラだったはずの連節車は、学生服の集団で全ての座席が埋まっていた。 仕方ないな。と、俺と健史は渋々吊革につかまる。 電車は大げさなモーター音を響かせ、しかしゆっくりと動き出した。 38 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 49 26 ID A3r/7N0h 「ところで、他の奴らは?」 「雄ちゃんとヒロシは理系だからまだ試験、杉ちゃんはなんか進路のことで調べ物だって」 「安田は?」 まだ説明されていない友人の名を訊くと、健史は何も言わずに携帯を取り出すと、何やら画面を操作する。 「電車の中は携帯はダメだろ」 「優先席付近だけだ。それ以外はマナー推奨ってだけであって」 一通り屁理屈をこねると、健史は携帯を俺に突きつけた。 脂で汚れた液晶画面には『今着いたから、先に部屋取っておくZE』とだけ書かれた、俺もよく知る友人のメールが表示されていた。 送信時間は一一時四二分。俺たちがちょうどあの非情なる英語の模擬試験を受けていた時間帯だ。 「…………そういや、今日あいつ見てないな」 「そう言うこった」 早い話が夏季講習ブッチだ。 「ふざけんな」苦笑交じりに呟く。 「後で講習メンバーで安田ボコろうぜ」健史は冗談なのか本気なのかわからない口調で言った。 俺はいやに健史のさわやかな笑顔を眺めながら、電車の振動に合わせて身を揺らしていた。 「…………あ」 ふと、俺はそらの事を思い出した。 一応同じ高校に通っているものの、ある部分では俺以上にズボラな我が妹は夏季講習なるものを受ける気すらなかったようで、今日も俺が出る時にはまだ布団の中だった。 「……のクセに放っておくとしっかり俺の分も昼作るからなぁ」 俺はブレザーのポケットから携帯を取り出し慣れた手つきで展開すると、メール画面を呼び出す。 「電車の中は携帯はダメなんだろ?」 「お前も開いてたし、マナーモードにして、通話はおやめ下さいって言ってるんだ。メールはダメとは言ってない」 そう言っている間にも予測変換を多用した、短いメールが出来上がった。 『今日カラオケ行くんで昼いらないから』 作成時間一分にも満たないメールを妹の携帯に向けて送信すると、俺は再び携帯をブレザーのポケットに押し込んだ。 冷房こそないが、窓を全開にして走っているからか、電車が進むたびに窓の外から涼しい風が車内へと入ってくる。開いた窓の斜め後ろと言うのは風の当たるベストポイントだ。 車窓には見なれた景色が流れてゆき、俺も健史もあまり変わり映えのしないその景色を眺めていた。 不意にポケットの携帯が、着メロの節に合わせるようにして震える。俺は携帯を取り出すと、慣れた手つきで携帯を展開する。 そらからのメールだった。少し待たせたにも関わらず、内容は『了解』の二文字と言う手抜きである。 まぁ、そららしいと言えばそららしいが。 携帯をしまうと、流れる車窓に行きつけの東急ストアが映った。 「…………後で本でも買っていくか」遠ざかってゆく東急ストアを眺めながら、俺はそう呟いた。 39 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 50 02 ID A3r/7N0h 「バカ」 時計の音以外、何も聞こえないようなダイニングで私は呟く。 手元にはまだ買って間もない携帯が無造作に置かれている。 兄貴からのメールを返して以来、ずっとそこに置きっぱなしの携帯電話。 「お昼どうする気よ、バカ兄貴」 あの兄のことだ、どうせコンビニでおにぎりか何か買って済ませて、帰ってきてから買い置きのお菓子を貪るに違いない。 「ほんと、バカ」 私は食卓テーブルに伏せた。 「私、なんであんなバカ兄貴のこと好きなんだろ」 私が兄貴を好きになったのは、まだ私が兄貴のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた頃。 母さんがまだ生きていて、父さんがまだ壊れていなかった、私たち家族が今より幸せだった時代。 どうも私は天性的にブラコンのケがあったのか、物ごころついたときからいつの間にかほんのりと兄貴のことが好きだった。 しかし、確定的に兄貴に恋してしまったのはきっとあの時だろう。 私が七歳の夏休み、父さんが久しぶりに連れてってくれた隣町の水族館。あの日、私は兄のとなりでイルカショーを見ていた。 ショーの中盤、調教師の女性がショーのエキストラを観客の中から探し始める。期待に満ちた視線が周りからいっぱいに溢れるのを感じながら、私も同じように視線を注いでいた。 『あ、そこの女の子。キミに決めた!』 女性はそう言って私を観客席からイルカのプールの前に連れ出す。後ろからはよかったな、そら。と父さんと母さんの声。 エキストラの仕事はプールの前に並んだイルカに餌をあげるコトで、女性から餌の魚が入ったバケツを手渡された私はちょこちょことイルカの近くに寄る。 と、イルカの前までやってきて、私は立ち止まった。 間近に見て、イルカが怖くなったのだ。 鋸のような歯を備えた、大きな凶悪な口が今にも私のことを食べてしまいそうな錯覚が一瞬にして私の中を駆け巡る。 餌をやったら一緒に食べられるんじゃないか。そう思うと、私は怖くて仕方がなかった。 私はぺたんと膝をついて、よそいきの服を濡らしてしまうのもかかわらず泣き出しそうになった。 何分、いや、きっと何十秒だったのだろうが。とにかく私には何分もかかったように感じられた時間を終わらせたのは、右肩をたたく、私よりも少し大きな手だった。 涙を浮かべた顔で振り向けば、そこには兄の姿があった。 『大丈夫』兄は優しい声で言い聞かせる。『ぼくがついてる』 そのとき、兄は私にとっての無敵のヒーローのように思えた気がする。 半泣きのまま私はうなずくと、震える手を兄に支えてもらいながらもイルカへ餌をやっていった。 結局イルカは私を食べず、魚を与えられたお礼に宙返りジャンプを披露してくれた。 だが、私はイルカのジャンプのことをよくは覚えていない。 ずっと無敵のヒーローの顔を眺めていたから。 そのとき胸がくぅっと抑えつけられるような奇妙な感覚を、私は初めて知った。 「あの時の格好良かった兄貴はどこ行ったのよ……」 よく家に訪れる濃い友達たちとキーの合わない声優ソングを熱唱する兄貴の姿を思い浮かべると、私はため息をつきたくなった。 「ほんっと、バカ」 40 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 50 24 ID A3r/7N0h 結局俺が古マンションの八階に位置する自宅に帰ってきたのは、午後五時を回ったころだった。 エレベーターを降り、陰気な長い廊下の途中の重い鉄製の扉を引く。鉄扉はまるでホラーゲームの演出のごとき音を立てて、ゆっくりと開いてゆく。 靴を脱いで早々に俺は入ってすぐの自室へと足を運んだ。 「お帰り、兄貴」出迎えたのはそらの声。 「ああ、ただいま。そら」 兄妹兼用の自室で、そらは二段ベッドに寝転がってDSに興じていた。 静まり返った部屋に、そらがボタンを鳴らす音と、ゲームのそれらしい技名を叫ぶ賑やかな声が響いていた。 「なにやってるんだ?」 「兄貴がこの前クリアした奴」 そうか。と俺は適当に答える。この前クリアしたのと言えば、途中でダレて時間かけたあのRPGだろう。 と言うかこのハードで恥ずかしげもなく技名を叫ぶゲームなど、俺の持ってる中ではあれしかありえない。 「楽しいか?」 「結構。言ってること自体はさぶいけどね」 「ま、最近のRPGなんてそんなもんだろ」 戦闘が一段落したらしく、そらは顔を俺の方に向ける。 「カラオケ、楽しかった?」 「ん、まぁな。いつものごとくみんな暴走してたけどな」 「ふーん……」 どうもまた戦闘に巻き込まれたらしく、そらは顔をまたゲームに戻し、技を連発する。 「あ、そうだ」俺はごそごそと鞄をあさると、小さめの書店の紙包を取り出した。 「前にお前から借りた本の続編、帰りに東急ストアで買って来た。先に読んでもいいぞ」 俺はそらの机の上に本を置くと、二段ベッドの上段へよいしょとへりに足をかけて昇る。 そして制服のまま二段ベッドの上段にダイブした。 例えいかなる状況でも、布団に寝転がってる時は至福の時だと思う。 「兄貴」そらが言う。「中華と洋食、どっちがいい?」 「中華」一瞬の隙も与えない即答だ。 「オーケー」 ゲームの電源が切られたのか賑やかな音楽が消え、すぐにそらがベッドの下段からのっそりと這い出してきた。 「飯なら手伝うぞ」 俺はベッドの縁に手をかけようとする。 だが、俺の手がベッドの縁を掴むよりもそらの口の方が早かった。 「いらないわよ、バカ」そらはそう言い残して、食堂の方へと走り去ってしまった。 41 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 51 08 ID A3r/7N0h 「ったく、ロクな番組やってねぇなぁ」 せわしなく番組の入れ替わる居間のテレビを眺めながら、リモコンのチャンネルボタンを連射する。 しかし、そのままリモコンを連射していても埒が明かないのでとりあえず適当なチャンネルに固定して、しばらくその局を眺めることにする。 運の悪いことにランダムに入った局でやっていたのは、俺が嫌いな最近流行りの馬鹿馬鹿しいクイズ系バラエティだった。 「…………やっぱ変えよ」俺はリモコンを握り、再び別の局に変える。 そのとき、玄関扉がまたホラー映画のような音を上げて開く。 誰が入って来たのかは見ないでも分った。 と言うか、俺とそら以外でこの家の扉をインターホンもなしに気安く開けられる人物など一人しかいない。 そして、その一人は居間のドアを開けた。 「ただいま、千歳」 「ああ、お帰り。父さん」 父さんは隣の和室へ向かい、やれたスーツを掛けると居間に戻ってソファに腰掛ける。 その横顔はまるでこの前やっていた映画の、追い詰められた独裁者に似ていた。顔自体は別に不健康な兆候はないが、威厳と言うものを感じられない、どこか疲れた表情。 それが母さんが死んでからの、壊れた父さんの横顔だった。 「これ」父さんは口を開く。「面白いのか?」 「見てればすぐわかるよ」 俺は麦茶を注ぎに台所に向かう。しばらく父さんはテレビを眺めていたが、やがてチャンネルを変え始める。 「わかった?」 「ああ、よくわかった」呆れ顔で親父は言った。 「…………ところでそらは?」 「シャワー」 そうか。と答えると父さんは台所へ向かう。 「今日の飯、マーボー茄子だから」 父さんはこくりとうなずく。 そして食器の鳴る音がしばらくすると、父さんは食器の入った盆を持って再び居間に戻ってきた。 「どうしたの?」 「いや……なんとなくな」親父はテーブルの前に腰を降ろし、黙々と夕食をとりはじめた。 「家のことでなんか変わったこととかないか?」 父さんは味噌汁をすすりながら、いきなり訊いてきた。 「何もないよ」 「そうか……」父さんは今度はマーボー茄子をつつく。「……そらの様子はどうだ?」 「なんでいきなりそんな事を?」 「いや、なんとなくだよ」柔らかくそうは言ったが、父さんは煮え切らないような、どこか焦りに似た含みのある表情をしていた。 なんとなく、なんかじゃない。とすぐに俺は思った。 「…………そらはいたっていつも通りだよ」 「…………そうか」父さんの顔から含みが消える。 「大体、なんで俺に聞くの? そらの事ならそらに聞けばいいじゃん」 「……俺じゃ駄目なんだよ」 父さんはほとんど具の無くなった味噌汁を飲み干して、言った。 「お前じゃないと駄目なんだ。俺だと、色々とまずいことになるからな」 そして、父さんは一言も口を発さないまま、黙々と夕食をとり続けた。 「……なんなんだよ」俺は何が何だか分からないままだった。 「時が来ればわかるさ」 父さんはごちそうさま。と小さく呟くと、食器の入った盆を持って、立ち上がる。 台所に食器を置くと、そのまま何も言わずに父さんは自分の寝室に使っている隣の和室へと消えていった。 いったい何が言いたかったのか。と思ったが、あの壊れた父のことだろう。どうせあまり大したことじゃないはずだ。 そのうちに和室からかちゃかちゃと音が聞こえ始めた。恐らく仕事の続きを始めたのだろう。 俺も部屋に戻ろうと思い居間の扉へと向かおうとすると、不意に脱衣所の扉が開く。 「兄貴ー」扉からは風呂上がりの濡れた髪をタオルでまとめた、パジャマ姿のそらが現れる。「父さん帰って来たの?」 そらの間延びした声に、首を縦に振って答えた。 「とっとと飯食って仕事の続き始めちゃったけどな」 「ふーん」そらは迷わず台所へと向かい、流しの横に伏せられたコップに水を注ぐ。 コップの中の水道水を飲み干すと、ぷはぁっ。と大げさな声をあげて、口の周りの水滴をぬぐった。 42 ポン菓子製造機 ◆lsywFbmPjI sage 2009/08/30(日) 04 52 15 ID A3r/7N0h 「サウナの後でビール飲む親父かよ」 「いいじゃん、どんな飲み方したって」 そらがまさにいー! とでも言わんばかりの顔で、俺を睨む。 不意に俺はテレビの方を振り返ると、テレビの中ではまた最近売れだした芸人が下ネタを飛ばしている。 「そら、消していいか?」 「うん」いつものように即答だった。 俺は何も言わずにテレビの電源を落とすと、もう用はないとばかりに居間を出る。 そらもそれに続いて、俺たちは二人揃って共用の寝室に戻ってくる。 俺はすぐにベッドのへりに足をかけ、上段に上った。この二段ベッドには階段なんて上等なものは付いていないので、上段を使うのは実は意外と面倒だったりする。 こんなことならどちらか上段か喧嘩せず、そらに大人しく上段を譲ってやればよかった。と使い始めてから三年くらいから思い始めていたりする。 同じように下段にそらが下段にもぐりこんだようで、もそもそと布団のずれる音が俺の耳に入った。 不意にとんとん、とベッドの天板が蹴られる。 「どうした?そら」俺は訊く。こうやって天板を蹴る時はそらが俺に何か言いたいときだ。 「あのさ、兄貴」しばらくの沈黙の後に、そらは呟くように言う。「本。ありがとうね」 「ああ、俺は読めればいいから」俺は生返事をすると、パイプ枕に手首を添え、DSの電源を入れた。 ソフトはピンクの球体が冒険するアクションゲーム。少し古いソフトだが、俺の中での鉄板だ。 「兄貴」再びそらの声。「わたしもやっていい?」 「むしろやってくれた方が助かる。一人じゃヘルパーマスター出来ないし」 「了解ー」間延びした声でそらもDSに電源を入れる。 結局、俺たちがゲームをやめて寝たのは一時を回って少ししたころだった。
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未来の匂いがするもの みらいのにおいがするもの (慣・形)伊集院が駄々をこねて欲しがるものが共通して具有する特徴。
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657 : 非通知さん@アプリ起動中[sage] 投稿日:2016/06/07(火) 23 10 36.06 ID NXIdK5xl 東北Cuアイドルの匂い感想 SNB→果物を感じさせる甘ったるいけど安心させる匂い 例えるなら焼きたてのアップルパイみたいな匂い YKR→ちょっと爽やか系な香水使っててくどさを感じさせる匂い 例えるなら幻想郷で賢者してそうなおばさんの匂い ATM師匠→石鹸の匂いがしてそうなんすけど汗臭さがそれをダメにしてて臭い 具体的に言うと真夏日に香水つけすぎて汗かいた人のアレ MRI→被り物してるせいかシャンプーの匂いがこもってほんわかしてる 例えるなら選択したお布団を天日干ししたお日様のような匂い YKN→紅茶の茶葉の中に広がるミルクのように安心させる匂い 例えると真冬に呑む紅茶のようなぬくもり溢れ母性を感じさせる匂い いつも嗅いでるけど今日はブランデー入り紅茶の香りがしたゾ TON→不快な臭いだゾ真夏の炎天下に車で轢かれて日干しになってたカエルみたいな臭いで臭いゾ STM→柑橘系の匂いがするツンというあとの爽やかさを感じさせる匂い 例えると真夏の日に食べるざるそばのような爽やかさが感じられたゾ OGYM→お腹ぺこぺこな時にかいじゃうとお腹ぺこぺこになる匂いがしたゾ 具体的に言うと精米機で精米したばかりのお米の匂いがしてお腹ぺこぺこになるゾ STN→甘ったるいけどちょっと官能的な匂いがしそう 甘ったるいけど安心させてほんわかさせて抱擁感溢れてそうで切ない匂いだゾ SKニャー→汗臭いけど不快感は感じさせられないんだよなあ… MMY→下手に言うといや~キツイっす(冷や汗)
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ララ&アサシン ◆faoWBgi.Rg ◆◆◆◆ Lacrimosa dies illa (涙の日 その日は) qua resurget ex favilla (罪ある者が裁き受けんがために) judicandus homo reus (灰の中からよみがえる日) Huic ergo parce, Deus (神よ どうかこの者をお許しください) pie Jesu, Domine (慈悲深き主 イエスよ) ◆◆◆◆ 日は落ち、月が昇り、街は静けき夜の帳に包まれている。 通りの一つに面した、その西洋風の市民劇場は、入り口にささやかな灯をともして、ひっそりと夜の色に同化していた。 閉じきられた扉の中からは、とぎれとぎれに、歌声が漏れ聞こえている。 劇場の前には、共有の休憩所と、喫煙所があり、仕事帰りらしい男が二人、煙草を片手に、話し合っている。 「最近、出るらしいな」 「何が」 「『火吹き男』だよ。『火吹き男』」 「火吹き男?」 「こんな月の出た晩に、一人で歩いてたらさ。見上げたら、屋根の上にいるんだと。こう、長い手足をばあっと広げて…物凄い笑い声をあげて」 「なんだそりゃ。子供のおとぎ話じゃないんだから。通り魔とか、変質者ならともかく」 「そうだけどな。ここいらでやたらと噂を聞くもんだから」 男の言葉に、もう一人の男は、劇場の灯をちらりと顧みながら、 「こんなところで噂なんか聞くからだろう」 と言った。 「最近、若い子が妙に来るようになったからな。この劇場。前は金持ちの爺さん婆さんの御用達だったのに」 相方に合わせ、最初に口火を切った男も、劇場の扉へと目をやる。 「やっぱり、あの歌かね。今晩も……」 ◆◆◆◆ 外国のホールを模した、円形の観客席と、それが見下ろすステージ。 明かりを落としたその暗がりの中に、浮かび上がるようにして、ライトの真ん中で、一人の少女が歌っている。 “Lacrimosa dies illa……” 伴奏のない独唱。 音響装置も、最低限のものしか備えられていない。 それでも、少女の柔らかな、ゆったりとした歌声は、劇場の中にうねり、沁みるように響き渡る。 “qua resurget ex favilla……” 天上の歌声――聴く者の脳裏に、そんなありふれた修辞も浮かぶが、同時に、そう喩うるにはどこか哀しすぎる、やはりこれは、この地上の音楽である……そうも思わせる。 “judicandus homo reus……” 少女は歌い続ける。 身に付けた衣装もまた、とても舞台の上に立つものとは思えないほどに質素なそれである。 だが、観客は皆、少女の歌声だけでなく、その姿にも見入っていた。 布の覆いに包まれながら、そこから零れ、腰まで伸びる豊かな金の髪。 なめらかな、白い肌。 歌を紡ぎ出す小さな花のような唇。 そして、まっすぐに虚空を見つめる、冷たい宝石のような瞳。 その片方は、怪我でもしているものか、包帯に覆われている。 “Huic ergo parce, Deus……” 少女は、歌い続ける。 聴き惚れ、見惚れる客席にも、多くの「少女」の顔がある。 みな、いくらかの差異こそあれ、同じくらいのあどけなさを残し、同じくらいの大人びた気配を滲ませた顔だ。 少女たちは恐らく、誰ひとりとして、舞台の上から紡がれる歌声の、その歌詞の意味を――遠い異国の言葉の、訴えかけ、示そうとするところを理解していない。 それでも、彼女たちの目からは、自然と零れ落ちるものがあった。 それは、何の涙であっただろうか。 この架空の町で、幸せな夢の中で暮らす彼女たちの、かつての記憶と、抱いていたはずの思いと、願いと―――いまや失われたそれらへの、浮かぶはずのない涙であっただろうか。 “pie Jesu, Domine……” 少女は――――。 『ララ』という名を持つ歌姫の少女は、歌い続けた。 光に照らされながら、闇の中の少女たちへ向けて、彼女の『子守唄』を。 ◆◆◆◆ 夜も更け、劇場が全ての灯を落とし、再び扉を閉じた後。 ララは、一人で、劇場の裏の路地を歩いていた。 雲のない夜空から月が見下ろし、街灯の少ない道に、青い、不吉な色を与えている。 舞台の上と同じ衣装のまま、多くの歌手や役者たちがそうであるはずの、解放された風もなく、歌姫は歩いてゆく。 やがて、教会の前まで来たところで、ふと、空を見上げた。 月を背景にして――教会の、鋭角な屋根の上に、何かが立っている。 異様な長身であった。 真っ黒い全身から伸びた、奇妙なまでに長い手足が、縦長のそれの姿をさらにアンバランスにしている。 顔には二つの火が――不気味に燃える両の目があり、そればかりではなく、横に裂けた口からも、青白い炎が零れている。 それは、見上げるララを認めると、嗤った。 ひどく耳障りな、馬車の軋むような声で。 そして、長い肢を曲げ、たわめると、次の瞬間、空へ跳び上がり――急降下して、物凄い速さで、ララの眼前に降り立った。 地面が砕け、瓦礫が散り、ぷん、とひどい硫黄の匂いが立ち込める。 ごう、と音がして、青白い炎がララの前を掠め、その光に照らされて、怪人の、丈の長い黒いマントと、黒いシルクハットと、表情のない鉄仮面が明らかになる。 ララは、表情を変えなかった。 ただ、じっと怪人を見つめた。宝石のような片目で。 背を曲げかがめ、ランプのような両眼で、ララの顔を見下ろしていた怪人は―― 「なぜ、ずっと気付かないふりをしていた」 口を、利いた。 「お前はすでに、この聖杯戦争のマスターとしての記憶を取り戻していたはずだ。 知識、情報、課せられたルール。 そしてこの町が、造られた“贋物”であることも」 怪人は、口から炎を吐き出しながら、続ける。 「それなのに、オレを呼ぶこともせず、夜な夜なあの劇場で歌い続けていた……」 「……そう、あなたが、私のサーヴァント」 怪人の言葉の途中で、ララは少し笑みを浮かべ、その姿をしげしげと眺めると、 「あなた、“お化け”でしょう? 劇場に来る子たちが、噂していたわ。火を吹くお化けが出るって……」 確かめるように、そう言った。 「……ああ」 怪人は、肯定する。己が「怪人」であることを。 今のみならず、かつてにおいてもまた、人々の間に、恐怖と驚愕を以て語られた存在であることを。 ララはその顔を見つめながら、私と同じね、と呟く。 「でも。あなたのそれは、仮装でしょ。お化けの仮装。 ……私は、違うよ」 そう言いながら、頭の覆いを、片目を覆う包帯を、ゆっくりと取り去った。 綺麗な金の髪。その上に、幾つもの機械の突起があった。 包帯の下。そこに、陶器のような顔面のひび割れと、破損した眼球があった。 怪人は。 怪人は、それを見て驚くでもなく、ふん……と声を洩らした。 ララは笑う。 「わかってたのね。そう、私は、人間じゃない」 そして語る。 かつて語られた一つの「奇怪」を。 「神に見はなされた地」に棲み付いた亡霊の話を。 絶望に生きる人々を慰めるために造られた、歌う快楽人形の話を。 五百年もの長きにわたり、その人形は、「ララ」は、その名をすら知られることなく、少女と化け物の中間の何かとして、乾いた土地の怪異として在り続けた。 一人の子供に出会うまで。 そして、悪魔と、悪魔祓い師たちと出会い、破壊されるまで。 「私の心臓は、特別なの。神様の――呪いなんだって」 胸に手を当てながら、己の中に埋め込まれた〈神の結晶〉、彼女を彼女たらしめた“イノセンス”と呼ばれる神秘のことを告げる。 彼女の物語は終わり、すでに取り去られた筈のそれが――自分の中に戻り、息づいていることの違和感。 寄り縋るように、ただ、歌うしかなかったことも。 「お前……願いは、ないのか」 少女人形の語りを聞き終えて、怪人が問う。 この世界に、この戦争に誘われた者たちは、多く、何かしらの願いを抱いているはずだった。 「――貴方が、叶えてくれるの? お化けさん」 悪戯っぽく、ララが問い返す。 怪人は、その瞳に込められたものを測りかね、少し考えた後、答える。 「残念だが、オレは弱い。勝ち抜けるのかと言われれば、怪しいかもな」 同じ“ジャック”でも、別の奴が出ていれば違ってただろうが、と、どこか自嘲を帯びた口調で付け加えた。 ララは、怒るでも、失望するでもなく、ふふっと笑った。 「そんな怖い見た目なのに、けっこう気が弱いんだね」 そうしてから、空を見上げる。宙天にかかる大きな月を見る。 五百年前も、彼女は、こんな月を見た気がした。 「私は……私は、ただあの子と。 たった一人、私を愛してくれた、受け入れてくれた人と、一緒にいたかった」 独り言のように、人形の唇から漏れた言葉に、怪人が、動かぬ鉄仮面の下の顔が、刹那、沈黙する。 そして、ややあって、再び問う。 「……それが、願いなのか」 ララは戸惑うように、かぶりを振る。 ――――ホラ こんなにきれいになったよ ララ ――――ララ ずっと側にいてくれ ――――そして 私が死ぬ時 私の手で お前を壊させてくれ ――――僕が この二人の犠牲になればいいですか? ――――可哀そうとか そんなキレイな理由 あんま持ってないよ ――――僕は ちっぽけな人間だから 大きい世界より 目の前のものに心が向く 彼女は。 快楽人形の物語は。 ――――ぼくのために うたってくれるの…? ――――ララ ――――大好きだよ 「……私、最後は、あの子のために歌えたの」 ララは、目を閉じて、最後の瞬間を想い浮かべながら、呟く。 「グゾルに会いたいけど、でも……わからない。 本当なら、今すぐこの心臓を取り出して、壊れてしまえばいいのかもしれない」 老いたグゾル。「変わっていく」彼の前で、ララはずっと「変わらなかった」。 最後には、変われたのか。 人形は、何かになれたのか。 「わからない」 怪人は、ただ見つめていた。 月光が、二人の間にある教会を照らし、その門の前に置かれた、聖母の像の―――眠る幼子に顔寄せた表情が、己がマスターの、少女の、人形の顔に重なる。 或いは、かつて彼を変えた女性……愛するものと結ばれ、幸せに人生を全うしたはずの、一人の女性の姿が。 或いは、彼の前で、少年の袖を握る、彼の姪の小さな手が。 あきゃきゃきゃきゃきゃ!! 馬車の軋むような笑い声が再び響いたかと思うと、いつの間にか怪人の姿は、夜の間に溶けるかのように消え去り――――ララのそばに、一人の男が立っていた。 豪奢な服に身を包み、長めの金髪に、険のある目。傲慢な笑みを浮かべた口元。 「わからない、か。まあ、それも面白い」 片手に鉄仮面を携えて、男は、ララに告げた。 「答えが見つからないのなら、探せばいい。 “バネ足ジャック”が、最後まで付き合ってやるよ、マスター」 教会の前、時は夜半、まだ月だけが、見下ろしている。 ―――― 【クラス】 アサシン 【真名】 ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド(ジャック・ザ・スプリンガルド)@黒博物館スプリンガルド 【パラメータ】 筋力C(E) 耐久D(E) 敏捷B(E) 魔力D(E) 幸運D(C) 宝具C 【属性】 混沌・善 【クラススキル】 気配遮断:C サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適したスキル。 ただし、攻撃態勢に移るとランクは大きく下がる上、アサシンの場合は後述するスキル「跳梁する恐怖」もあって、怪人としての攻撃時には確実に己の存在を気取らせてしまうだろう。 【保有スキル】 跳梁する恐怖:B 暗殺者と言うよりは、出現と存在そのものによって人々に影響を及ぼす「怪人」の特性。異様な姿を現すと共に特徴的な甲高い笑い声を上げ、相手サーヴァントの敏捷値を下げた状態で対峙を開始する。また、魔術師や一般人に対しても、精神抵抗力に応じてショック状態のバッドステータスを付与する。このスキルの効果は、NPC含む周囲へのアサシンの姿や噂の流布によって強化される。 阻まれた顔貌:C 正史では遂に特定され得なかったバネ足ジャックの正体。狂人と称されるような振る舞いの数々を残した、傲岸不遜な若き貴族としての顔。同ランク分までの精神干渉を相殺する。 また、「バネ足ジャック」を装着していない状態において、アサシンのパラメータは()内のものに変化し、跳躍力や各種機構及びスキル「跳梁する恐怖」を失う代わりに、サーヴァントとしての気配を全く気取られなくなる。 精神防壁に、気配遮断の条件強化・正体隠蔽を複合したスキルとも言える。 単独行動:C マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。ロンドンを縦横無尽に跳び回り、不可解なまでに広い範囲で出現が噂された逸話からこのスキルを獲得している。 Cランクならば1日程度の現界が可能。 情報抹消:C 対戦が終了した瞬間に、目撃者と対戦相手の記憶・記録から、アサシンの「怪人としての外見及び特徴的な笑い声」を除く能力・挙動などすべての情報が消失する。たとえ戦闘が白昼堂々でも、カメラなどの機械の監視でも効果は変わらない。 【宝具】 『霧の都、月に跳ぶ怪人』(ブラックミュージアム・スプリンガルド) ランク C 種別 対軍宝具 レンジ 1~10 最大補足 50人 夜の間に限り、アサシンは「仕切り直し:A」のスキルを追加で得ると共に、 無数の建物や尖塔の幻 青白い月光を帯びた霧 の二点をそれぞれ任意で出現・発生させることができる。 建物群、尖塔の幻影は地理感覚を狂わせると共に、アサシンとそのマスターのみが触れ得る足場となる。 霧は、対象を求めて指向性をもって広がり、触れた者の魔力を自動的に放出消耗させていく。また、サーヴァントであれば耐久値を1ランクダウンさせ、防御・遮蔽・回避系のスキル及び宝具の効果を減衰させる。 なお、この霧の効力は、対象が「怪人」の存在を強く意識しているほどに強まり、「バネ足ジャック」の名を看破している状況下において最大の補正を受ける。 霧に触れた誰に効果を与え、誰に効果を与えないのかは宝具の使用者が選択可能。 霧によって方向感覚が失われるため、振り切るにはランクB以上のスキル"直感"、もしくは何らかの魔術行使が必要になる。 後世の伝承・創作の中で、霧の撒く月下に数多の怪人が闊歩する魔都と化したロンドンの形象(イメージ)、その一角の再現。 【weapon】 バネ足ジャック:当時最先端の工学技術を応用した悪趣味なバネ足怪人の仮装。本来はなんら神秘性を持たない装備だが、都市伝説「バネ足ジャック」として人々に認識され恐怖されたため、相応の神秘を帯びている。人体を引き裂く強力な鉄の爪(本来は女性の衣服を掻き破るためのものだが)、銃兵隊を呑み込むほどの青い火焔の放射ギミック、さらにはスプリングの脚部による、代名詞とも言える驚異的な跳躍力・滞空能力を誇る。 【人物背景】 19世紀ヴィクトリア朝、切り裂きジャックの犯行よりはるか以前、ロンドン中の話題をさらった謎の怪人「バネ足ジャック」の正体にして、広大な領地を構える英国の若き侯爵。 狂人と揶揄されるほどに破天荒な放蕩貴族であるが、それは幼少期に家庭環境から負った孤独な心傷の反動によるもので、一人の女性との出会いをきっかけに彼は変わり始める。 最終的には、新たなバネ足ジャックを騙り連続殺人事件を引き起こしたかつての友人と人知れず戦い、彼女を守り抜いた。 【サーヴァントとしての願い】 マスターを守る。何がやりたいのかを見つけるまで、付き合う。 【マスター】 ララ@D.Gray-man 【マスターとしての願い】 わからない。グゾルと会いたい……? 【weapon】 なし。 【能力・技能】 自立稼働する人形。特殊な技能はないが、巨大な石柱を掴んで投擲できるほどの怪力は備えている。 その生命の根源として、神の結晶たるイノセンスを心臓とする。イノセンスはノアの洪水の時代より存在する神秘の結晶であり、加工によっては千年伯爵の生みだす兵器・AKUMAへの対抗武器ともなりうる未知の物質だが、この聖杯戦争においては基本的に魔力の源として以上の意味は持たないであろう。これが奪い去られると、ララはただの人形となってしまう。 【人物背景】 「神に見離された地」マテールにおいて噂されていた「亡霊」。 正体は、イノセンスによって命を持った快楽人形であり、何百年もの間、存在価値を果たせないまま孤独な時を過ごしていたが、醜さゆえにマテールへ放逐された少年・グゾルによって初めて名前を与えられる。 出会いから80余年、歳を重ねるグゾルと静かな時を過ごしていたが、イノセンスを巡る黒の教団とAKUMAとの戦闘に巻き込まれ、エクソシスト・アレン=ウォーカーらの尽力もむなしく、イノセンスを奪われてただの人形に戻ってしまい、グゾルも致命傷を負う。 アレンによって取り返されたイノセンスを心臓に戻されるも元の姿に戻ることはなく、死したグゾルの傍で人形として歌い続け、三日目の夜、最後のほんの刹那に、アレンへ感謝の言葉を告げて機能停止した。 【方針】 わからない。 BACK NEXT -007 山田なぎさ&アサシン 投下順 -005 白坂小梅&バーサーカー -007 山田なぎさ&アサシン 時系列順 -005 白坂小梅&バーサーカー BACK 登場キャラ NEXT Happy Birthday! ララ&アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド) 000 前夜祭 002 ばねあしジャックと人形の家
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<ある少女の場合> 「やっとみつけた…」 少女はほうと息をついた。 きらきら光る水面と、ぽっこりと浮かぶ小さな島をみつめながら、しばしたたずむ。 少女の手には小さな旅行かばんと神聖巫連盟のガイドブック、そしてすりきれた一冊の本。 「もー!さがしちゃったじゃない!!ガイドブックにも「まつわる伝承がある」としか書いてないしー!」 涙声でちょっとぐちる。 まるで旧友にするように 親のない環境を不自由だと思ったことはない。 孤児院で育ったが、食べてゆけたし、仲間もいた。 だから、さびしいと思ったことはなかった。 でもね。 たとえば、公園でおやまを作っていると大人たちが声をかけてきた。 「こんにちは。あら、おじょうちゃんひとり?おかあさんは?」 「いないよ?おとうさんもおかあさんも」 大人たちは撫でてくれたし、親のいる子は戸惑いの瞳で自分を見た。 よくわからないけど、悲しそうな瞳や戸惑いの瞳に触れるたびに心の奥に積もっていって息ができなくなった。 「親の愛」ってよくわかんない。 親がいたことがなかったから。 比べるなんてできない。 混乱、混乱。 何か言いたいはずなのに言葉にならなくて、言葉は見つからなくて、つまり自分は幸せなわけで、でも何かから自分を守るように身体を固くする。 孤児院の行事で行った図書館。 その日も、もはや習慣のように身体を固めていた。 息苦しくてたまらないときにふと目にとまった「伝承」の本。 おそるおそる手を伸ばして手に取る。 血のつながらない子どもに一心に愛情を注いだ男。 自分のせいで男が死んでしまうのはいやだと町を出る決心をした子供。 なんだか心が揺れた。 何度も何度も同じ本を借りに来る自分に図書館の人は苦笑いしながら、「本の入れ替えをするからもってゆくかい?」と本をゆずってくれた。 その本を資料に、どこの伝承か調べ、海や湖のある国を訪ね歩き、やっと見つけた伝承の場所は…。 「思ったよりちっさな島だなあ…」 海岸からみると豆粒みたい。 あんなに小さいのに大事なものを守ろうと命をかけたのか。 そのとき、赤ん坊の泣く声がした。 ふと横をみると、男の人が必死になってあやしていた。 声をかけ、生まれて3ヶ月くらいかまだ小さな赤ん坊を抱かせてもらいあやすと、赤ん坊はすぐ機嫌を治した。 ありがとうとお礼を言う男性に、慣れてますからと笑顔で返す。 赤ん坊はあったかくて、ミルクの匂いがした。 「お父さんなんでしょ?がんばって!」 「ええ。まだ2日しか経ってない新米ですが、がんばります」 2日? きょとんとする自分に気づいたのだろう。男の人が言葉をつづける。 「血はつながってないんですよ。でも、大事な我が子です」 まだ上手にあやすこともできませんがね、と白い歯をみせて男の人は笑った。 「あ、あの!!」 はい?ときょとんとする男の人に 「赤ちゃんかわいいですか?!いとおしいですか?!」 ためらうことなく「はい」と応える男の人。 ああ、この目は知ってる。 先生や友達が私に向けた暖かい目。 知ってる………………………。 赤ん坊を抱きしめながら、気づくと涙が出ていた。 涙と一緒に、たまったものが流れていく感じがした。 気づくと、夕暮れの浜辺にいたのは自分ひとり。 遠くのほうで、赤ん坊とお父さんの笑い声が聞こえた気がした。 ~FIN
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概要 作詞桜井和寿 作曲桜井和寿 エピソード メンバーの発言 初露出 初出(原曲) 集録作品 CD 映像作品 ライブでの演奏 この楽曲のTV出演 各演奏時のアレンジ ]](原曲) 拍子 4/4 テンポ 72BPM 小節数 オリジナルキー [[D 構成楽器 ベース ドラム A.ピアノ ストリングス コード進行 原曲のコード進行
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元スレURL 璃奈(愛さんの匂い) 概要 嗅げる距離に居て タグ ^天王寺璃奈 ^宮下愛 ^短編 ^あいりな 名前 コメント