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私は情報思念体が作り出した対有機生命体用インターフェースのひとつである。 太陽系、と本人たちによって呼ばれる辺境の惑星系の第三惑星に発生した有機生命体のなかに、全宇宙の中でもユニークな一個体が発生した。 そしてそれは進化の袋小路に閉じ込められた情報思念体になんらかの脱出口となる要素を抽出できる可能性がある、と判断された。 単体という概念を持たず、いかなる光学的手段を持っても不可視である情報思念体にとって、一地球人固体を観察し、必要ならば彼らの言語による意思疎通を可能にするインターフェースが不可欠であることから作られたものの一体である。 同時に作られたバックアップと比べて、私というインターフェースは一見して他のインターフェースとは際立った地球人的な「個性」が与えられている。 そう。被観察者涼宮ハルヒによって、私に必要とされた属性。 極端な無口、非情動的で非社交的なキャラクター。 彼女にとって、宇宙人の地球上での仮の姿に似つかわしいと彼女自身が無意識的に想像している情報を反映して作られた個性である。 わたしは他のインターフェースのように自然な人間らしく振舞う因子を彼女の願望によって減らされた内気で静かな神秘的な形態をしている。 むろん涼宮ハルヒは自分が私をそういう個性にフォーマットすることに関与したことに気づいていない。 ただこのような個性を持たされた自分が、そしてそれを望んだ彼女が今となっては呪わしい。 呪わしい? 私の人類の脳と呼ばれるフィードバック式対情報リアクションシステムのなかにながれる情報のひとつの形態がここでは、そう名づけられていることをアナログ式文字インターフェースシステムの一種で、本、と呼ばれるものからのインプットを行い学習した。 三年間の待機モードから復帰した私は長門有希という個体識別の記号-名前、をもって涼宮ハルヒの通学する高校へ侵入した。 そのとき既に私はこれからの自分がどういう風に心を病んでいくのかを知っていた。三年前に知らされていた。 病んでいく-自分がその言葉を使いたくない気持ちであることを改めて確認し、私は心の中で小さくため息をついた。 あらかじめ与えられたあの破局に向かって、避けようもなく敷かれたレールを前に進むことしかできない。 私は虚ろな無力感と諦念に打ちひしがれながら、観測活動を開始する。 なんと悲しい。 情報思念体がどう考えているかは知りようもないことではあるが、このインターフェースは必ず「感情」を持つにいたる宿命がある。 インプットに対してアウトプットを出す。フィードバックが行われる。この繰り返しを通じ、自我、個の保全のために形作られる、決まったフォーマット。 それは地球上の人類において感情と呼ばれる脳神経システムを流れる情報の形態のまとまりである。 自分、という個体の保全が第一義に定義されていないシステムは発振し拡散する。 情報のエントロピーが最大になった時点が人間における死に相当する。 私の自我‐個体の保存に対する必要性、は常に他者に対する保全意識を平均値として上回らなくては、私は拡散してしまう。 私の任務がユニークであること、つまり涼宮ハルヒという膨大な宇宙の砂の一粒にも満たないはずの一個人の観察保全が、情報思念体の進化、そしてそしてこの宇宙全体のと等価である、というありえないような状態であることによって、私の自我は非常に不安定なものになる危険性をあらかじめ内包している、ということ。 そして五月のあの日「彼」は私の前に姿を現すのだ。 観察対象である涼宮ハルヒの観察と保全という見地から「彼」の保全が私の役割のひとつの因子として付け加わる。 その優先順位はハルヒによって決定される。 ハルヒが意識的にしろ無意識的にしろ「彼」を必要不可欠な存在と捕らえれば捕らえるほど、私の中での彼の保全の優先順位もまた上昇するのだ。 なんという皮肉な現象であろう。 私は常にハルヒによって呪われた影のような存在として「彼」と関係しなくてはならない宿命を持つ。 「彼」の保全に対するフィードバックの繰り返しは、いやおうもなくわたしの脳のなかでひとつのきまった情報のフォーマットとして認識され、成長していく。 その感情が人間世界においてなんと呼ばれるかは、もはやあらためていうまでもないことだろう。 私の呪われた愛はこうして始まる。 ハルヒの依然として無自覚な強い愛によって、私の「彼」への想いもどんどんと深まっていく。 「彼」を私だけのものにしたいと思うことは、私の自我を保全するという意味では誤りではない。 しかしその目的を達することはハルヒによる情報爆発を生み、情報思念体の危機につながる。 「彼」の目が部屋の隅に座り本を読んでいる私を見ている。 なんという悦び。私は「彼」のものになりたいと念じる。 しかしやがてハルヒが部室に現れると、私は思い出す。彼女の自我を保全してやらなくてはならないことを。 私は自分の「彼」への想いを押し殺す。 苦しい。 彼女が「彼」とコンタクトし、なにか感情の変化を起こすたびに、ぎりぎりのバランスのうえでつま先立ちしている私のシステムが危殆に瀕する。 こうして嫉妬、あるいは葛藤という名のバグが、密やかに私の中にふり積もっていく。 解消が追いつかないバグの蓄積が、システムのエラーとなって私というインターフェースの個性に影響する。 少なくとも「彼」には私の変容が隠しきれないところまで来てしまった。 「彼」は私の変化に気づいている。 必要とされる所定の動作より2秒以上たっぷり「彼」を見つめてしまう。 「彼」にだけわかるようにサインを出してしまう。 「彼」による関わりが必要でない処理にまで「彼」の関与を求めてしまう。 「彼」による指示にに優先順位以上に応えてしまう。 ハルヒは非常に直観力に優れた個体であるので、私の変化にはっきり気づくのも、もう時間の問題かもしれない。 そう考えると、システムがショートしそうなほどの焦燥感にとらわれる。 このままではいけない。何らかの対処がすぐに必要。 しかし矛盾した私の愛に出口がない以上、解決策は何一つない。 静かに狂っていく自分を呆然と見つめながら、私は立ち尽くすだけ。 そうして迎えた12月17日、放課後の部室でハルヒにかぶせられたクリスマスの三角帽子を頭に載せたまま、私は静かに破局の閾値を越えた。 人間が睡眠と呼んでいる脳内蓄積バグ解消のため採用しているシステムをその夜作動させず、愛に狂った私は、まんじりともせずこれからなそうとしているプログラムの可能性について計算を続ける。 「彼」の自由意志を最大限優先できるように「彼」の記憶のみ保存する。 改変後の私は「彼」への密かな愛を保ったままインターフェースとしての機能を全て消去する。 植えつけられたエピソードのキーワードは彼にも伝わるはず「図書館」。 「彼」に自由意志と記憶を与えた以上、「彼」が脱出プログラムを使用しない可能性は非常に低いだろう。 それでも改変後の私はできるうるかぎり最大限の努力をするだろう。「彼」が脱出しないように。 「彼」はかならずあの部室に来る。 そうなれば改変後の世界で、私は「彼」と二人だけの世界を。 蓋然性は低い。でももしそうなればなんとすばらしいことだろうに。 私はそんな自分がおもわずかわいそうになり、両腕を組んで自分の肩を抱き心の中で血の涙を流す。 自由意志と記憶を与えたことは、私の公正さに起因する。インターフェースにも自尊心はある。 私はあくまで彼の意識的な選択に基づいて、彼に愛されたい。 しかし私はやはりそこでやってしまった。妨害クエストを設定し、彼が脱出できるハードルをあげたのだ。 悲しいかな、自分の愛がハルヒによって内包される軛から私は抜け出せない。 ハルヒを鍵とする。 それでも「彼」が鍵を発見すれば、わたしはもう何も言うまい。 一縷の望みに賭け世界を改変する、失敗したらそこで終わり。 それだけ? いやそれだけではないのだ。それだけではない。 そこに私が「彼」に記憶を残した計算がある。 みくると「彼」とともに12月18日の早朝に戻り、世界を再改変する。 かわいそうな私。わかっていたこととはいえ。 哀しい。 朝倉に刺された「彼」の傷を治癒し、三日後に意識を回復するように設定して、バリアを張った上で階段から落とす。 三日後の深夜、私は「彼」の病室を訪れる。 そこで得る「彼」の言葉。私の得る唯一の収穫。部分的な勝利。 でもそれだけではない。 そこには変容した「彼」が含まれる。 私の暴走がもたらしたもの、それは「彼」の記憶が保たれていることに起因する。 私は暴走という形をとって「彼」に告白したのだということを「彼」が知ってしまったということだ。 そう。もう「彼」は知らない振りはできないのだ。 そしてそれは基本的にハルヒの感知しないところで行われた。 私と「彼」だけの秘密の共有。 私はうまくやった。 みくるは部分的に関与している以上、もう私の感情に気づいてしまっただろう。 彼女が私を恐れるのはそのせいだ。愛と嫉妬に狂って暴走するアンドロイドを恐れたのだ。 みくるの「彼」への想いなど所詮それくらいのものなのだ。 情報思念体が私を処分しないのは、ハルヒに巻き込まれた状態では単なるインターフェースが世界改変の力を持ちうることを知り、自律進化への希望が新たな側面を見せたからであろう。 いまの私はもう単なる一インターフェースではなくなってしまっている、という意味。 でも私はそんなことはどうでもいい。 「彼」は私を憐れんでくれただろうか、私の報われない愛を不憫と思ってくれただろうか。 部室の片隅に座り、私は今日も本を読む。 やがてハルヒに手首をつかまれて「彼」が今日も部室に現れる。 あなたを愛している。
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あたし涼宮ハルヒ。憂鬱な核融合炉。暴走機関車。 中学に入ったころから、あの野球見に行ったときの喪失感に苛まれつづけて、高校生になった。 そしてあいつに出会った。あの糞忌々しいニヤケ面の頼んねえやつ。 いつもヘラヘラしながら朝私に話しかけてくる。 他の下らない男子同様、一言の元にはねつけてやればいいんだけど、なんでだろ、なんとなく話し相手になっちゃうの。 なんか見覚えあるような気がして、心の中を手探りするんだけど、微妙にスルっと逃げちゃって、ある日私が勝手に決めてた髪型ローテーションについて話しかけてきた日 -こんときゃ私らしくもなくずいぶんいろいろ話しちゃったんだけどさ- 直接聞いてやったのよ。 「あたし、あんたとどっかであったことある? それもずっとまえ」って。 あたしも馬鹿なこと聞いちゃったものよね。「いいや」とサクッといわれて『そりゃそうだ』と自分に突っ込んじゃったけど、「ずっとまえ」って自分のフレーズがどっから出てきたのか自分でもチョイ謎で、なんかモヤモヤして髪切りたくなっちゃたわよ。 翌朝間抜け面さらして、かなーり長いこと、呆然とあたしの髪後ろから見てた。 なんか文句あるの?あたしの髪じゃない。 別の日だけど、あたしの中学時の武勇伝をどっからか仕入れてきて「ホントか?」なんて聞きやがるのよ。どうせあの馬鹿谷口あたりに吹き込まれたんだろうけど、そんなことが気になるのもあんたも馬鹿の仲間だからだわね。 でいってやったわけ。あんたの知ったこっちゃないけど、本当だったらどうだってのよ、って。 奴はなんか肩すくめて手をひらひらさせてたけど、あれあいつの癖かなんかだわ。 なんかあほみたいな奴よね。 席替えがあって、私は後列窓際最後尾っていう、居眠りにもってこいのポジションをゲットしたんだけどさ、前見たらまた居やがるんだわ、あいつが。 まぁ偶然っちゃ、当たり前なんだけど、うるさいのが居なくなってサバサバできると思ったら、また奴が間抜け面して前に座ってたので、しょうがないから、馬鹿話に付き合ってやったわよ。 でもさ、ほかの男子も女子もてんで話す気にもなんないから、完全シカトで来たんだけど、こいつだけになんだか口きいちゃうのってなんでだろ。 あたしはなんか面白いことがないかと休み時間にはくまなく学校中を歩き回るようにしてて、部活とかも、高校になればなんかおもしろいのがひとつぐらいあるだろうって、いろいろ仮入部とかもしてみたんだけど、全滅。 あああせっかくあのまるで無駄な中学の三年間を我慢して、わざわざ公立に入ったのに、やっぱはずしちゃったのかな。 ってのはさ、わたしひとつだけ心の奥にずっと持ち続けてるひとつのイメージがあって。 いまでもよぉく覚えてるわ。中一の七夕にあたしがベガとアルタイルにメッセージを送るって決めて、夜遅くに校庭に潜入したときに会った北高の生徒。 自分のことジョンスミスとか馬鹿みたいな名前を名乗った。 ラインマーカーでメッセージを書くの手伝ってくれてさ、宇宙人は居るから心配すんなって。心配とかしてないけど、何でこの人断言してるんだろ、ってかなんかあたしを励ましてる? なんか寝入ってる女子背負ってたし、あげくに別れ間際に訳わかんないことよろしく、とか叫んでたし。 あたしそいつのことがあとからどうしても気になっちゃって、好きとかそういうんじゃないわよ、たぶん。あたしはそんな浮ついた女じゃないもの。 北高の名簿とかまで調べたりして、ちょっとわれを忘れ加減になっちゃったのは若気の至りってところだわ。 だって荒んでたあたしをなんとなく自然にわかって、受け入れてくれてるって感じがしたのよ。 こうみえてもさ、あたし異常に勘がスルドイっての?だいたいピンときたときは、なんかあるのよね百発百中で。 そんなことが心に引っかかってたからかなぁ、先公の勧めを完全シカトして公立の北高にはいっちゃったのになぁ。 そんときの人がいないのはあたりまえなんだけど、なんか面白いことがあるかもしれないって、おもったのに。 だから五月の連休明けのあたしは、これから三年間のこと考えると、もう憂鬱で憂鬱で、こんな世界は消えてなくなっちゃえばいい、って物騒なっことを本気で考えそうな精神状態だったわけ。 で、毎朝はなしかけてくるそいつが部活ネタ振ってきた後で、長々とつまんねぇ演説始めやがってさ、一部の天才のみが、不満のある現状を打破する方法を考え付くとか何とか。 あんたみたいな凡人は一生そうやってつまんない日常とやらに埋没してればいいのかもしれないけど、あたしはそうはいかないの。 でもね、なんとなくぼんやりしてたら、ピカッとひらめいたのよ。 『そうか!、なければ作ればいいんだ!!』って。 当たり前よね、あたしが既成の部活の枠組みにとらわれてるから、面白いのがひとつもないわけよ。 面子もコンセプトもあたしが決めればそれでOKじゃない? さすがにあたし自分の迂闊さをちょっと呪っちゃったわよ。気づけばほんっと簡単なことなんだもん。 そのことに思い当たったとき、思わずまえのあほ面の襟を思いっきり引いちゃった。 今思えばちょっとやりすぎだったかも、だってそいつ思いっきりあたしの机の角で後頭部いっちゃってたから。 しかもあたしもどうかしてたわよね、おもいっきりあいつにつばかけちゃって授業中に叫んじゃった。 「なければつくればいいのよっ」「だからなにを」「部活よ!」って。 あたしだめなの、時々こうやってガ~っていっちゃうの。制御できなくなるのよ、自分のこと。 わかってるんだ、これ重大な欠点だって。でもだめなんだよね、頭の中がカッと白い光に満ち溢れると、その瞬間全てのブレーカーがとんじゃうの。 それからのあたしはなんかもう俄然エンジンがかかっちゃった。 ニヤケ面の名前っていうかあだ名はこれまた間抜けな響きで「キョン」っていうんだけど、そいつを一丁かませてやろうと思ったわけ。 ううん何でかなんてわからない。今でもわからないそのときの気持ち。 こいつとその部活やったらいいかもって思ったのは、正直認めるわ。でもあたしの勘に外れはないのよ。 外れたかもしれないけど。 それから何もかもがはじまったのよね。 あたしは、SOS団の仲間と居ると、中学までのあの荒んだ心がどんどん、なんていうのかな、そう、浄化されていくことに気づいたわ。 あたしと仲間たち。 このすばらしい集団のおかげで、あたしはどんどんイノセントになっていく。 毎日楽しくてさ、殻に閉じこもって全てをはねつけてた自分が、ちょっとだけ素直じゃなかたってことは認めるわ。 でもね、実を言うと、最近誰にもいえないけど悩んでることがひとつだけあるのよね。 何って・・・あいつよあいつ。あのいまいましいあほキョン。 自分の心にうそついてもしょうがないから、言っちゃうけど、あたしあいつのこと好きみたいなんだ。こんちくしょう。 だいぶ長いこと自分でも気がつかない振りをしようしようって、おもってたんだけどさ。 でもさ、いまさら素直に普通の女の子らしくなんかできないよ。これまでずっとこういう調子でやってきたんだもの。 時々すっごく不安になることもあるよ。あたしがこんなんで愛想つかされたらどうしようって。 あの馬鹿は乙女心ってのを全っ然解せない超鈍感で、いちいちあたしの気に障るようなことばっかり言うんだ。 そ知らぬふりで強がってるけど、ときどきこころがグサッと音を立てるような気がするの。 こうみえてもあたしだって、花も恥らう乙女なんだからね。こころから血が出てるよ、気づかぬ振りしてるけど。 家で一人になってちょっと落ち込んだりすることもあるんだからね。 あたしってどう見えるんだろう。スタイルだって悪くないし、顔だって結構かわいいと思うんだけどなぁ。 正直性格はぶっ飛んでることは認めざるを得ないのが悔しいわ。 あほキョンはどういう女の子が好きなんだろう。 みくるちゃんも有希も、相当偏差値高いからあたし実を言うとちょっと心配。 あ~あ、こりゃあたしもそこらの普通の女の子並みに堕落しちゃったかなぁ。 でも、後の三人がなんかそれぞれこの件に関しては気に障るのよね。 まず有希。この子はぜったいキョンのこと好きだよね。あたしにはわかる。 でさ、あたしこの子のあの儚さっていうか、何も言わずギューって抱きしめてやりたくなるようなあの感じにはどうしてもかなわないって気がするんだ。 女のあたしが見てもこの子っていじらしいの、すごく。 クリスマスに何があったか知らないけどさ、あほキョンもなんかすごく有希のことが気になるみたいで、ときどきじっと見つめてる。 愛ってのかどうかはあたしにはわからないけど、すごく気にかけてるのよね。 ちょっとぐらいあたしにもそういうそぶり見せてくれればいいのに。 あたしだってあの時はわれながらどうしようもないくらいのうろたえぶりだったし。 あんなに心配もしてやったんだぞ。 一番気に入らないのは、有希のアイコンタクトがキョンにだけは通用してるってことよね。 二人は気がつかないつもりらしいけど、バレバレだっっての。あーもうなんか急に腹立ってきた。 有希もさ、あたしの言うことに反応するときとキョンにいわれたときが全然反応違うんだもん。ああいう無表情っ子の癖に妙にわかりやすい子だわ。 でも、あたしは有希がすごく好きなの。 だから困るんだなぁ正直言って。 恋敵なら戦えばいいんだけど、あたし有希と戦うなんていやだ。いっそ共有しちゃえばとかバカなこと思っちゃうくらい、有希も好き。 有希ってすごく変わったと思う。あんなあほキョンを愛することで変わったのかな。 あたしだって思いの深さじゃ負けないと思う、って何を言わせるのよ。 それからみくるね。 この子もキョンのこと憎からず思ってたみたいだけど、なんかあきらめた、というのか、ブレーキ踏んでるよね。 有希の気持ちもわかってるみたいだし、腹立たしいんだけど、あたしのことも「わかってるよ」みたいな目でみるんだよ。萌えキャラの分際で。 そうやっておねえぶることで、精神的優位を密かに保ちたいんだろうけど、本音はどうなのよ。 なんかこの世が仮の世でここじゃやっちゃいけないと自分に課してる枷がいっぱいあるみたいな雰囲気あるよね。 あたしにはわかるんだ。 古泉君。この子も頭くんのよ。 あたしを崇めてる振りしてるけど、内心わかりやすいやつだなってあたしのこと思ってるわよね。 そういうあんたのほうがわかりやすいって知ってる? あたしとキョンの気持ちをわかってて、皮肉ったり冷やかしたりしてる振りで、内心『このバカップルが』ときっと思ってる。 あほキョンはだませても、あたしはごまかされないわよ。 あ~あ、あほキョン、あんたもあたしのこと好きなんでしょ? とびきり勘の鋭いはずなあたしなのに、このことに関してはなんだか自信がないの。 あたし色恋沙汰に関しては、そんなもんは精神病の一種とまで当の本人相手に言い放っちゃってるし、あああ、あんなこと言わなきゃよかった。 あたしが素直にできないのは、これはもう一種の病気とわかってくれないかな。 でもなんか負けた気がするからそれもいやだわ。はやく告ってくれればいいのになぁ。 優柔不断でフラクラしてるばっかりで、ほんっとあほキョンって腹立つわよね。 そりゃそうと、あたしが思いつきで集めたこの面子、一見なんでもないようだけど、あたしもしかしてBull zEyeやっちゃった?って感じするの。 なんといっても怪しいのは有希よね。この子あからさまに変よ。 あの非情動性と万能さ、人間離れしてる。他の人と触れ合わないからあんまり知られてないけどさ、このごろはなんかネジが壊れちゃったのかもしれないけど、体育祭やマラソン大会や百人一首大会であたしとタメ張ってるもん。相当目立ってきたわよ。 そうね、野球のときもなんか変だったわよね。 この子は超能力者か宇宙人かなんかそんなもんよ、きっと。 みくるはさ、わかりやすい。鶴屋っちが口滑らせてたけど、この子この時代の子じゃないと思う。いやあたし基地外じゃないよ? ときどきあたしの前でも口滑らせるしね。普通の人なら当然知ってるはずのこと知らないんだ。 この前なんか船が何で浮いてるんだっていう話で、浮力で浮いてるんだといったらすごく意表を衝かれた顔するんだもん。 あんたそれおかしいでしょう。 古泉君はなんだろうね、彼自身は普通にみえるんだけどね。 なんか背景に特殊な組織みたいなものがちらつくわね。それもあたしに関係あるんじゃないかな。 なんかすごく変な知り合いとかが多いのよ。 ただ、なんかあたしこの子には裏でなんかえれぇ迷惑かけてそうで、あのこの似非スマイルの裏の疲労が見えたときなんか、なぜか申し訳ない気もするの。 あたし誇大妄想狂じゃないつもりだけど、ときどきあたしって、自分では気がつかない力ってあるんじゃないかな、って思う。 それが何かはわからないけど、なんかSOS団とそれが関係してるような気がする。 みくると古泉君とキョンがやってる目配せや内緒話やそんなことがほんとにあたしに気づかれないと思ってるんだから、あたしってほんと馬鹿にされてるみたい。 いかにもあからさまだっちゅうの君ら。 あたしのいないとこでゴソゴソしててもあたしには丸わかりだよ。 特にみくると古泉君。なんかあたしを怒らせないように怒らせないように腫れ物にでも触れるみたいな扱いよね。 でもなんなんだろうね、そんなに恐れるような力って。 キョンは嘘が下手糞だから、あたしがその気になって真剣に問い詰めればしらを切りとおせないだろうって思う。 聞くのが怖いけどさ。 あたしほんのり思うんだけど、あたしって自分の思い描いたようなことを実現する能力があるのかも。 ううん、はっきりは言えない、そうじゃないことも多いしね。 でも、不思議とあたしの思ってたとおりに物事が動いていく感じってのは時々ひしひしと感じるわけ。 こればっかしは、確信は持てないけどさ。そういう万能感って、自己中な子供時代にはよくあることだしね。 まぁ、こんな夢みたいなこといっててもさ、あたしの理性的な部分は、そんなことありえない、ってちゃんと思ってる。 でもあたしのこのかけがえのない仲間たちが、もしそういう風なウンと特別な奴らだったらいいなぁ、ってやっぱりどっかでおもっちゃうのね。 とはいえ、あのあほキョンだけはどう転んでもそんな特別なとこなんて、ありゃしないんだろうけどさ。 それもこれも、まぁいいんだ。 大目に見てやろうじゃない。だってあたし今とっても楽しいんだもん。 中学のときには思いもよらなかったくらい。 私自身こんなにうまく高校生活が送れるなんて、正直予想外だった。 自分を貫くための孤立は厭わないけれど、やっぱり孤独っていうのはけっこう心に来るのよ。 あとひとつ、どうもつらつら思うんだけど、もしそういうことが起こりうるとしたら、ジョンスミスってあほキョンと同一人物なんじゃないかなぁって。 そんなことはありえないことはちゃんとわかってるのよ。でも少なくともなーんか繋がりくらいはあるんじゃないかしら。 どうもそんな気がしてならないのよ。正直意味不明なんだけど、いつか一回ズバッといってやりたくなる。 そんときのあいつの顔が見てみたい。 そりゃそうと、あれって絶対夢じゃないよね。あの灰色の世界、青い巨人。そしてそこで起こったこと。 夢オチってことなってるみたいだけど、あたしはあれは本当にあったことだと感じるの。ううん理屈じゃない。 あんなリアルな夢ってありえない。もしあれが夢なんだとしたら、フロイド先生も真っ青DAZE。 なんかあたしあれ以来、すっかり安定してるしね。翌朝のあほキョンの態度もなんとなくそんな感じだったし。 あーどうしてあんな奴のこと好きになっちゃったんだろうあたし。一生の不覚だわ。 あいつがあたしのことを見てくれると、うなじのあたりがジーンと熱くなるの。 あいつが優しくしてくれたりすると、馬鹿みたいに涙が出そうになるの。 あいつがあたしに怒ったりすると、悲しくて悲しくて、自分のことがほんとに嫌いになるの。 まぁあれだ、夢じゃないとこで、一回ぐらいならキスさせてやってもいいぞあほキョン。ってかむしろしろ。超鈍感。バカ。
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朝起きて登校し、途中で友達と会って喋りながら教室に入りいつも通り授業を終える。 健全な普通男子高校生はほとんどこんな日常だろう、もし違うとしても彼女と居るとか部活とかの+αが付くだけだ。 だが、俺の日常はそんなのじゃねえ 涼宮ハルヒ率いるSOS団に入っちまったせいで 俺の日常は+αどころか+zぐらいあるんじゃないのか?+zこれの読み方はしらないが。 俺の日常は意味の分らない同好会未満の変な集団活動をよぎなくされたり、 へんな空間に閉じ込められたり、俺以外が替わってる世界に来ていたりと+zどころじゃすまないような経験をしてきたんだが、 今回はありえないほどに普通で逆にそれが怪しい。 ん?待てよ、俺までハルヒのような考えになってるじゃねえか。とにかく俺は初めはこんな感じだった でも誰だって思うさ、あのハルヒがクラスのみんなと普通に接しているんだからな 「おはよう」 俺は信じられない光景を見た、あのハルヒがクラスのおそらく名前も知らない男子に笑顔で挨拶してる。 もしかしてまた閉鎖空間に迷い込んだのか?だったら発端は誰だ?いや、俺はここまで来るのになんの変化も感じられなかった。 って事はだ。 ただハルヒの性格が変わっただけ・・・・・か。 本当に閉鎖空間でハルヒの性格が変わったのだとしたら入学、いや中学の初めからハルヒはあの性格だろう 確認するために俺は国木田に聞いてみた 「なあ国木田、なんか涼宮変わったな」 「そうだね、さっき僕にも挨拶してきたよ。キョンと付き合っていくうちにまともになったんじゃない?」 国木田は俺の予想と違う答えを出した。 どうやらここは閉鎖空間でもなんでもない俺が今まで暮らしてきた世界のようだ、 ただ昨日のハルヒと今日のハルヒがまったく違うってことだけだな ようやくあいつもこの世界に慣れてきたかと考えハルヒに話しかけた 「何考えてやがる」 「どうゆう意味よ?」 いつもの勢いだ、なんだ?本当に変わったか?さっき見たときとはずいぶん違うな、 もしかしたら俺にだけ厳しいのか?さて俺はハルヒにいくつ疑問符を当てたかな?まったく分らない女だ。 いや?この場合おれか? 「やけに皆に優しいじゃねえか」 「だから何だっての?私が同級生と接するのがそんなに嫌?」 やっぱりいつものハルヒじゃねえか、逆にいつもよりきついぐらいだ 「別に」 だがお前が皆と話してるところを見るとなんか変な気持ちになる・・・風邪か? 「ふん」 なんでだろうな、俺に対する態度がいつもより倍きついぞ? 「今日SOS団はなにするんだ?」 この質問は俺自身わかってたかもしれない、SOS団なんて同好会未満の集団はいつも通りなにもせず過ごすだろう。 「そうだ、私今日SOS団には行けないわ、皆で何かやってて」 「今日陸上部に出ようと思ってるの、悪い?」 OK、どうやらハルヒは壊れちまったようだ。関わらないでおこう。 結局いつものように授業を終えて昼休みに入ったんだが、あのハルヒが教室から出て行っていないのだ。 なんと女子グループの中心で笑ってやがる。なんだ?もしかして朝倉が中に入ったのか?だったら気をつけないとな。しかもさっきから俺のほうチラチラ見てやがるし。 谷「なんか涼宮も不気味なぐらいまともになったよな?猫かぶってるんじゃないか?」 確かにあいつは猫かぶってるときがある。すぐに戻るけどさ。 国「でも皆、涼宮さんとこ行って話してるよね」 谷「大方、いつもとのギャップに引かれてるんだろ俺は近寄りたくないね、また振られ・・ゲフンゲフン・・・いやなんでもない」 キョン「おい谷口、チャック開いてるぞ」 谷「え?ああ開いてたか」ギギギギ そのまま昼休みが終わり、放課後になって部室に行く。 ノックして入ったが長門しかいない・・・・そうかハルヒは陸上とか言ってたな・・・ 「ハルヒがなにか変なんだが、世界が変わってるとか無いか?」 「無い、涼宮ハルヒの精神やこの世界が改変された形跡は無い」 そうか、何も無いか・・・じゃああいつもSOS団に来る時間がへるのかな・・・気付くと長門は俺のことをジーっと見ている。俺の顔になにか付いてるか? 「あなたは涼宮ハルヒに会えないとさびしい?」 くっ長門、痛いとこ突いてきやがる。たしかに俺はハルヒがいないと寂しいかも知れない。 それはもちろんSOS団団長としての意味も有り、もう一つは・・・・・・・・口にしたくは無いが、俺はハルヒが好きだってことだ 「さびしいな、あいつにあえないとつらい」 って俺は長門に何話してるんだ、 「あなたは涼宮ハルヒに明確な好意をいだいている」 ああそうだなわかってる、お前と話してるうちに気付いた。 長門は話し終えるといつも通り本に向き直った。 「そうだよな・・・悪い俺帰る」 気まずくなったから俺は帰ろうとしたところに長門の声がかかってきた。 「あなたは涼宮ハルヒに会いに行ったほうがいい」 長門は俺が望んでたことを口にした、そうしたいけど、ハルヒに迷惑じゃないのか? 「それは行ってみないとわからない・・・・私には涼宮ハルヒは自分が変化したことにあなたがなにか反応を起こすか実験してるように見える」 俺の反応?まったく悪趣味だな、何考えてやがる 「わかった、行ってくるよ」 ハルヒになんで来るのよ!!と怒鳴られたらスタコラサッサと帰るぜ。 俺がグラウンドに行ったときに陸上部は学校から出てランニング中だったのだろう、居なかった。 はりきって来たのにやる気を削がれたな。長門なら知ってただろうけど、なんで教えてくれなかった? そのまま俺はグラウンドのそばで待っとくことにした。 30分ぐらいしたころか?ハルヒは帰ってきた。どうやらこれで部活は終わりのようだな。ハルヒは俺が待ってることにに気付いた。 「あ!キョン、待ってたの?」 ハルヒはいつもの笑顔に戻ってた。いたずらが成功した子供のような笑顔で 「なら、一緒に帰りましょ」 やれやれ、だけど妙に優しいのより俺はこっちのハルヒが好きだ。一緒に坂道を下りながら決意した。 この後告白しよう―――――― 終わり
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次の日、金曜日。 昨日は色々な問題が無遠慮に俺へと押し寄せ、また、古泉とケンカじみたもんまでやっちまったがために、俺も閉鎖空間を作り出してしまいそうだと思わんばかりのグレーな気持ちで帰宅することとなった。 帰ってからの俺の気分はハッキリ言って北校に入学して以来最悪な状態を記録していたが、やっぱりトンデモ空間などは発生していなかったようなので、つくづく自分は普通の普遍的一般的男子高校生だと思い知る。 しかし普通の高校生はそんなこと考えんだろうとも思い、そうやって俺は己の奇異さにも気づいたのである。 そして今朝の登校の際には、今度はブルーな気持ちを抱いていた。 一年前にも俺はこの長く続く坂道を憂鬱な気分で歩いていたが、それはこの理不尽に長い通学路に対し学生が交通費支給デモという意味不明な行動を起こし、そしてその理不尽な要求が通ってもおかしくないほど強制労働的であるがゆえだった。 もちろん、今は違う。では何故ブルーだったのか。 それは、今日の俺の心の中は鬱々前線真っ盛りで人的災害警報が発令中であり、本日は晴天にもかかわらず、所によりハルヒの矢のような叱咤が降り注ぐでしょうという予報も出ていたからだ。 どんな人的災害に注意が必要なのかといえば、ナイフを持った女子高校生通り魔との遭遇によって刺殺されないようにせよということである。それが予報であるのは、まだ《あの日》に行くと決まったわけではないからに他ならない。俺も長門も、是非免れたい危機である。昨日のそう遅くない夜、長門に電話をしてみたもののコール音しか返事をしなかったのも気に掛かるんだ。やはり……あいつの感情の部分は強くなっているのだろうか。何度も電話をかけるような無粋なことはしなかったが。 そしてハルヒの叱咤の雨が降るとされた場所は学校の教室で、その局所的な矢の雨が降り注ぐ地点はもっと詳しく予報されていた。そこはあいつが座っている席の前……つまり俺の席だ。正直、これは間違いないと感じていた。なんせ、その現象が起きる原因とされたのは俺なのだから。 とは言うものの、その大元の原因を作ったのは何を隠そうハルヒ自身なのだが。 そう。俺は今週の頭、編集長へとジョブチェンジしたハルヒ団長殿に磔にされて「恋のポエム書け!」という無茶な命令を受け、そして俺はその任務を今日も完遂出来なかったために、ハルヒは今度こそ俺を視線や苦言やらで射殺さんとするだろうというこれは不可避の人的災害だと予想されたのだ。このときは。 教室に着いた俺にハルヒは一言ポエム作成の進行状況を聞き、歯を食いしばって目をギュッとつむった俺に意外にも、 「……そう。期日が迫ってるから、明日の不思議探索は機関紙の制作にまわそうかと考えてたんだけど」 と、危険な不思議探索をやらずにいられるならポエムを書いたほうが良いのかなと俺に思わせるようなことを言い、 「うん、書けないってんならしょうがないわ。じゃあ、明日の探索は、気合入れて不思議ちゃんを探しに行くわよ!」 そして決心させた。探索の対象が単なる自称異星人で実際は奇人ちゃん程度ならどれだけ良いか(会いたくはないが)と俺が思っていると、ハルヒは続けて、 「そろそろ本当にSOS団結成一周年なんだもん。このまま何も見つけられずにその日を迎えたんじゃ、この団の創立目的が忘却の彼方に追いやられちゃうかんね!」 その目的を達成したがために異世界は忘却の憂き目に遭遇しているんだぞとは言えず、俺は、今こそSOS団が不思議発見を断固否とするべく再結集するときなのだなとおもんばかっていた。 だが、この時点での俺はまだ気付いていなかった。既にハルヒの周りでは、渦を巻いて事態が錯綜していたことを。 昨日の災難はまさに俺たちが問題の渦中に放り込まれたというだけで、こいつが静かであるのは、ただ、台風の中心は不気味に静かだということだったんだ。 以前の俺は、あいつらに勝手にやってろなどと言ったこともあったが……今は違う。 この一年、俺はハルヒたちに散々な目に合わされ、自分の生き方が大きく変わってきた。 だが、振り返ればわかる。 これはもちろん、散々楽しいことを俺たちSOS団が行ってきた結果、俺の世界が大いに盛りあがったということだ。 だからというわけじゃない。俺は当然のこととして、今回の問題にぶつかることとなる。 それが動き出したのは、午前の部の中休みの谷口と国木田との会話からだったのだろう。 そして、この事件の中心人物は二人いる。 一人はもちろんのこと、そしてもう一方は当たり前であった。お気づきだろうが、あえて名前を呼ばせて頂く。それは――、 ハルヒ。 長門。 ……事件は、俺の予想斜め上で降りかかる。 なあ、教えてくれないか? お前たちの願いってのは……一体なんなんだ? 第七章
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ストーリー参考:X-FILESシーズン1「ディープ・スロート」 ハルヒがX-FILE課を設立して3ヶ月がたった。 元々倉庫だったところをオフィスにするため机を運んだりなんだりと 最初のうちはバタバタと忙しかったが、最近はようやく落ち着いてきた。 その間にもハルヒは暇を見てはX-FILEを読み漁っていた。 なお、X-FILE課は副長官直属の課となったため、事件性が見出せれば アメリカ中どこにでも出張できる。 まあ、この点に関しては退屈なデスクワークから開放されたことを ハルヒに感謝しなきゃな。 そうそう、ハルヒの世界に与える能力だが、古泉曰く高校卒業時には もはや消失していたらしい。 ハルヒ観察の任務であった長門がいなくなった点から見てもその通り なんだろう。 結局、最後の最後まで各自自分の正体をハルヒに明かさず、長門に 至っては「任務」と言う言葉をハルヒに伝えただけだった。 ハルヒとしてはどこかの諜報員とでも思ったに違いない。 それで政府が存在を隠しているとか考えたのかもしれないが。 故にハルヒ自身はまだ宇宙人・未来人・超能力者に会ったことが無いと 思ってるわけだ。 しかし、気になることがある。 古泉の「機関」はハルヒの後始末などを目的とした組織なのに未だ 健在、長門に至っては「別の任務」と言っていた。 そしてそれは意外な形で俺たちの前に現れることになる・・・ ワシントンD.CのFBI本部から少し離れたバーでハルヒと待ち合わせをしていた。 「遅いぞハルヒ。」 「キョンにしちゃ早いじゃない。なんなら1杯奢ってあげようか?」 「おいおい、まだ昼間だぞ。」 そんなやり取りをし空いた席に着き注文を済ませた。 その後ハルヒが1束の書類を俺に手渡してきた。 「なんだこれは?」 「エレンズ空軍基地の軍人の1人が行方不明になっているという情報よ。」 「軍のことなら軍に任せておけばいいじゃないか。」 「それがそうでもないのよ。この件に関しては軍は家族にすら詳細を 明かしてないの。それを不審に思った家族がFBIに捜索願を出してきたのよ。」 「軍にも何か事情があるんだし、怪我とかで治療してるんじゃないか? で、家族に心配かけまいと何も言わないように本人が言ってるとか。」 「それじゃもっと変よ。それに、私この件について1ヶ月間捜査してたの。 もちろん軍からは何も得られず。それに妙なことに先日上から捜査中止 命令が出たわ。」 破天荒な捜査をしているから中止命令が出たんじゃないかと言おうと思ったがやめた。 「それにこのエレンズ空軍基地ではおかしなことに63年から6人の飛行士が 行方不明になってるのよ。どう考えたっておかしいでしょ。」 「それに関しては噂を聞いたことがあるな。ロシア領空を誤って通過して 撃墜されたとか・・・まあ、噂の域を出ないが。」 「とにかく、何かを隠蔽しようとしていることは確かだわ。だから2人で アイダホに向かうわよ!」 「ちょっとまて。この件とX-FILEとどう関係がある?お前の守備範囲は 宇宙人など超常現象だろ。ただの失踪事件じゃないか?」 「なんとなく勘が働くのよ。絶対に何かあるわ!」 そういうとハルヒは席を立ちトイレのほうへ向かっていった。 しかし、勘だけで動くところはSOS団にいたころとまったく変わって ないな・・・などと懐かしく思ったりもした。 私がトイレに入ろうとしたとき、初老の男性がいきなり声をかけてきた。 「失礼、涼宮捜査官。率直に言おうこの事件から手を引いた方がいい。 その方が身のためだ。」 「なんですって?」 「軍はFBIの介入を望んでいない。」 「あなたは一体何者?」 「私は・・・君達の仕事に関心を抱いている者だ。力になりたいと 思っている。」 「どうして私達のことを知っているのかしら?」 「立場上政府に関することは何でも知っている。いろいろな情報が 入ってくるのだよ。」 「あなた一体誰?職業は?」 「そんなことはどうだっていい。君とキョン捜査官の身を案じるから こそ言うんだ。残念だが事件のことは忘れたまえ。」 「それは出来ないわ。」 「君達にはもっと大切な仕事があるだろう。せっかくの才能を無駄に するもんじゃないな。」 そういうと男性は人ごみの中へ消えていった。 わたしが呆然と立ち尽くしていると近くからキョンが、 「おい、ハルヒどうした?」 「ううん、何でもないわ。」 (あの男性は一体何者なのかしら・・・敵?味方?) そう考えながら私はトイレに向かった。 どうも気になる。 あのハルヒが普通の失踪事件に興味を見出すとは思えない。 そう思った俺はFBI本部の資料室で過去の新聞を調べてみた。 --エレンズ空軍基地 UFOのメッカに-- やはり超常現象か・・・ 確認するためハルヒに電話をかけてみた。 「もしもし、ハルヒか。」 『何よ、キョン』 「おまえ、俺に何か言い忘れてるだろ?」 『言い忘れてることって?』 「おまえ、アイダホに行くのはUFOが目的じゃないだろうな?」 キョンからの電話に雑音が入ってる!私は電話に雑音が入っているのを 聞いた後家の窓の外を見た。 黒いバンが外に止まっていた。 (盗聴されてるわ・・・) 「聞いてるのか?出張旅費が下りたのは捜査の為だぞ。科学雑誌に 投稿するような報告書書くのはごめん被るぞ。」 『キョン、電話ではまずいわ。明日飛行機の中で説明するわ。』 そういうとハルヒは電話を切った。 次の日、アイダホに着いた俺たちは早速依頼人の家に向かった。 そこでは失踪した軍人が以前からかぶれのような症状を訴えて いたこと、またある日から急に性格が変わり奇妙な行動を取ったり どなりちらすなどをするようになったことを伝えられた。 また、依頼人と同じような現象にあったという人を教えられ 依頼人と共にその人の家に向かった。 そこで見た光景は、まさに精神疾患にあった男性だった。 その男性の夫人話ではストレスによるものだろうと言っていたが・・・ その後、依頼人から軍の連絡先を教えてもらい、こちらも 泊まっているモーテルの電話番号を教えておいた。 「キョン、あれってどう思う。」 「やはり夫人の言うとおりストレスによるものなんじゃないか。」 「でも、彼らはベテランのパイロットでしょ?ストレスに対する 免疫は一般の人に比べればはるかに高いと思うけど。」 「聞いた話なんだがこのあたりでは『オーロラ計画』と言う名前で 新型飛行機のテスト飛行を行ってるらしい。その計画の重要性から 重圧に負けてストレスがたまったんじゃないか。」 「それはありえないと思うわ。だって依頼人の家の写真見た? 大統領からも表彰されるほどの腕前のパイロットよ。それほどの 腕なら何だって乗りこなせると思うわ。」 確かにハルヒの言うとおりだ。 男性の症状から見ても極度の恐怖や拷問などで無いとならないような ものだった。 一体ここでは何が起こってるんだ・・・ 「とりあえずエレンズ基地に行ってみましょう。」 ハルヒはそういうと車をエレンズ基地へ向かわせた。 車をエレンズ基地のフェンスのそばに置き近くの高台からエレンズ 基地を観察してみた。 「特に目立ったものは無いな。」 「あたりまえじゃない。そんなものがあったら全然秘密じゃないわよ。」 ハルヒの言うとおりだ。 俺とハルヒは夜までエレンズ基地を観察していた。 途中、SOS団の時の活動などの思い出話もしたりした。 「結局、有希はなんだったのかしらね。」 「さあな・・・」 いまさら宇宙人でしたと言っても納得しないだろうな。 と、まあ話し込んでいるうちに深夜になった。 眠りこけていると突然ハルヒが、 「ちょっとキョン起きなさいよ!」 「なんだよ・・・何かあったのか?」 「基地の上空を見てみて。」 基地の上空の空を見ると2つの光が空を舞っていた。 「普通の飛行機なんじゃないのか?」 「よくみてなさいよ。ほらあれ!」 ハルヒが指差すと2つの光はおおよそ普通の飛行機では考え 付かないような動きで飛び、最後に交互にきりもみ飛行しながら雲の上に消えていった。 「なんなんだありゃ・・・」 「とにかく中に潜入できないかしら・・・」 そうハルヒが言った瞬間、フェンスの中から男女がフェンスの 裂け目と思われるところから急ぎ足で出てきた。 逃げようとする男女をハルヒが、 「FBIよ、止まって!止まらないと撃つわよ。」 と威嚇し男女のカップルと話をすることが出来た。 カップルの話によると今日見たような光景は日常茶飯事で見られ、 中にはもっとすごい飛行をするときもあったという。 また、行った事はないがフェンスから15Kmほど離れたところに 格納庫らしきものがあるとも言っていた。 ただ、今日は普通ではヘリで追いかけられることもないのに、 なぜか突然ヘリが現れ一目散に逃げてきたと言う。 ある程度話を聞いた後2人別れ、ハルヒと共にモーテルへ戻った。 戻ったときにはすでに朝だったが。 フロントに行くと、依頼人から夫が家に帰ってきたと言う伝言を受けた。 さっそくハルヒとともに依頼人の家に行くと、依頼人である夫人は 「この人は夫じゃない!」と泣きはらしていた。 俺とハルヒは色々と質問をして本人かどうか確かめてみたが、やはり 本人らしい。 しかし夫人は「どこか夫とは思えない」という。 釈然としないままとりあえず失踪人は帰ってきたので依頼者宅を後にする。 「キョン、どう思う?」 「わからん。おれには普通にしか見えなかったのだが・・・」 「でも、基地でのことを質問するとなぜか不自然な答えが返って きたわよね・・・」 「そういえばそうだな・・・」 「もしかして、記憶を操作されたんじゃないかしら。」 「そんなば・・・」 「そんなば・・・なに?」 「いや、ありえんだろう。」 「そうかしら。キョン、早速今日の夜にエレンズ基地に潜入して みましょう。なにかわかるかもしれないわ。」 「ああ、そうだな・・・」 記憶操作か・・・長門たちの専門分野だったな・・・まさかとは思うが・・・ 俺は一抹の不安を胸に車へと乗った。 夜、ハルヒと共にエレンズ基地に潜入した。 情報通り15Kmほど離れた場所に格納庫らしきものがあった。 一筋の光が漏れている。そこから中を覗けそうだ。 早速ハルヒは中を覗きこんだ。 「なによこれ・・・凄いわ・・・」 ハルヒは驚愕しながらもカメラのシャッターを押し写真を撮っていた。 「キョン見なさいよ、これ。」 ハルヒに言われ中を覗くと・・・UFOらしき物体があるではないか! 「これは一体・・・」 「UFOに間違いないわ。写真に収めたし物的証拠もばっちりよ。」 「テストパイロットたちはこれを操縦したためにあんな目にあった のか・・・」 「たぶんね。」 俺たち2人は隙間からUFOと思しき物体をまじまじと見ていた。 そのため近づいてくる人影に気がつかなかった・・・ そうあの人影に・・・ 「そこまで....」 小さな声が聞こえ俺とハルヒは後ろを振り向いた。 そこにいた人物は・・・長門有希そのものだった! 「有希・・・有希じゃない!なぜこんなところに?」 長門は何も答えない。 「どうしたんだ長門!俺達のこと忘れちまったのか?」 俺がそう言うと、 「あななたちは見てはいけないものを見てしまった....」 「よってこの場で抹殺する....」 ハルヒがあっけに取られた顔で長門を見ている。 「なぜ・・・なぜなの有希・・・」 そうハルヒが言った途端、長門の両腕にブレードのようなものが 出現した。 早く逃げなければ!恐らく別の兵士もすぐに迫ってくるに違いない。 俺は呆然とするハルヒの手を取り元来た道をダッシュで逃げようとする。 「ハルヒ逃げるんだ!今の長門には俺たちの言葉は通じていない!」 「でも・・・でも・・・」 「いいから速く!」 俺とハルヒは猛ダッシュで逃げた。 途中ハルヒはカメラを落としてしまい、 「あ、カメラが!」 「今回は諦めろ!今は命が大事だ!」 カメラを見た瞬間長門が呪文を唱えている光景が見えた。 やばい!空間封鎖でもするつもりか! と、驚愕していると途中で呪文が途切れ、 「舌かんだ....」 俺とハルヒはその言葉を聞くとあっけに取られた。 が、すぐに我に返り逃げる。 「逃がさない....」 そういうと長門はこっちに向かってダッシュしてきた! 長門のスピードでは追いつかれるのも問題だ!まずい!まずい! そう思いながら走り続けていたが一向に長門が迫ってくる様子が無い。 恐る恐る後ろを見ると最初の長門のいた位置から10mほどのところで 長門がこけて倒れている。 どうやら絡まった雑草に足を引っ掛けたようだ。 「うかつ....」 チャンスだ!俺はハルヒの手をつかみ猛ダッシュで走った。 「戦闘モード変更。長距離狙撃モード....」 そうつぶやくと長門の手はバズーカー砲のようになっていた。 げ!あんなのに撃たれてはまず助からない! そう思った瞬間前方に人影が見えた。 よく見ると意外な人物・・・それは喜緑江美理だった! 両方に囲まれ万事休す!そう思ったとき、 「2人とも早くこっちへ遮断フィールドを張ります!」 その言葉を聞き俺とハルヒはすぐさま喜緑さんの元に向かった。 遮断フィールドが張られた直後長門からすさまじいビーム砲が フィールドに当たった。危機一髪だった。 「あなた方を車まで転送します。そのあとは出来る限り迅速に逃げて!」 「なぜあなたが俺たちを助けてくれるんですか?なぜ長門は俺たちを・・・」 「今は説明している時間はありません。いずれ分かるときが来ます。」 そう喜緑さんがいうと次の瞬間には俺とハルヒは車の中にいた。 「ハルヒ!車を出せ!急ぐんだ!」 「わかってるわよ!」 そういうとハルヒは猛ダッシュで車を基地とは逆の方向へ走らせた。 その頃基地では長門の下に兵士が集まっていた。 「追いますか?」 「いい....物的証拠は何も無い。」 「わかりました。では各自引き上げます。」 そういうと兵士はカメラを取り上げフィルムを出し燃やした・・・ そして喜緑江美理の姿も消えていた。 次の日、俺たちはワシントンD.CのFBI本部のオフィスにいた。 「なんで有希が私たちを殺そうと・・・しかも初対面みたいな 態度で・・・」 ハルヒは自分の席で悲嘆にくれていた。 「しかもまるで宇宙人みたいな感じで・・・喜緑さんも・・・」 ハルヒは自分の力を失った後も長門たちの正体を知らなかった からな・・・ 「ハルヒ、多分長門には何か事情があるに違いない。喜緑さんも 言ってたじゃないか『いずれ分かるときが来ます。』と。」 しばしの沈黙の後ハルヒはいつもの元気な声で、 「そうね!私達がX-FILEを追う限りきっと答えは見つかるわ! 絶対にね!」 「そうだな。俺達で真実をつかむんだ。」 「あたりまえでしょ!私を誰だと思ってるのよ!涼宮ハルヒよ!」 妙な自信を持ってしまったハルヒだが、まあこれでいいんだろう。 しかし、長門の「別の任務」とは一体・・・ 次の休日、私は家の近所のグラウンドでジョギングをしていた。 そこへ以前現れた初老の男性がまた姿を現した。 「命を落とすところだったな。これからはもっと慎重に行動するんだな。」 「そうね、考えておくわ。」 「まあ聞け、今後も利害が一致する場合には君に情報を提供しよう。」 「あなたの目的はなんなの?」 「君と同じ、『真実』さ。」 「あそこで見たもの、一体なんだったの?」 「UFOの技術・・・かな。」 「涼宮捜査官、1つ教えてもらいたい。君は確固とした証拠も無いのに なぜ宇宙人の存在を信じてるのかね?」 「それは・・・存在を否定する証拠もまた無いからよ。」 「そのとおり。」 「やっぱり彼らはいるのね?」 「もちろんだとも。ずっとはるか昔の時代からね。」 そういうと男性はグラウンドから姿を消した。 「有希や喜緑さんもやはり宇宙人なの・・・?」 私は一人グラウンドの真ん中で放心状態で考えていた・・・ <再会・終> 涼宮ハルヒのX-FILES おまけ2 ハルヒ「まさか有希が本当に襲ってくるとはね。」 キョン「喜緑さんが出てくることも意外だったな。」 ハルヒ「あの男って一体何者なのかしら。」 キョン「作者設定では最後には正体は;y=ー(゚д゚)・∵. ターン」 ハルヒ「キョン!いやあ!死なないで!」 ???「このスモークチーズで助かるにょろよ!」 ハルヒ「あなたは・・・鶴屋さん!」 鶴屋 「あたしって出てくる役割あるのかなぁ・・・」 キョン「というドリームをみた。」 ハルヒ「たぶん鶴屋さんには出番無いかもね。」 鶴屋 「にょろーん・・・」 キョン「作者はヘボで気まぐれなんで大目に見てやってください。」 次回 涼宮ハルヒのX-FILE あったらお楽しみにw 次へ
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E-3、市街地。 涼宮ハルヒは、そこに呆然と立ちつくしていた。 一言で言えば、わけがわからない。 気がつけば体を拘束され、髪の長さ以外は自分とうり二つの少女に演説を聴かされていた。 そして目の前で、一人の男が殺された。 「いやいや、ないから。こんなのあり得ないから。夢よね、夢。絶対そうよ」 うわごとのように呟き、ハルヒは自分の頬をつねる。だが彼女の予想に反し、頬はしっかりと痛みを伝えてきた。 「夢じゃ……ない……? じゃあ、どういうことなのよ、これ。いったい何がどうなれば、こんな状況に陥るわけ?」 「ちょっと、あんた」 混乱したまま独り言を続けていたハルヒだったが、突如声をかけられ反射的に振り向く。 そこには、涼宮ハルヒが立っていた。 「え……?」 「あんた、どこのあたし?」 「は? 何言ってるの、あんた」 もう一人の自分からぶつけられた質問の意味がわからず、間の抜けた表情を浮かべるハルヒ。 相手はその態度にあからさまに不満を見せながら、何かを取り出した。 「まあいいわ。あたしと同じ顔をしてるってことは、あたしの敵ってことよね?」 眼前に突きつけられて、ハルヒはそれが何かを理解する。それは、牛と思わしき装飾が施された大型の銃だった。 「消えなさい!」 物騒な言葉と共に、引き金が引かれる。しかし銃口から飛び出した弾丸は、ハルヒを捉えることはない。 直前に危機を察知したハルヒが、体を捻って斜線上から逃れていたのだ。 (じょ、冗談じゃないわ! 撃たれてたまるもんですか!) なんとか命拾いしたハルヒは、一目散に逃走を開始する。 その背中に向かって何発もの銃弾が放たれるが、幸運にもそれは一発たりとも彼女に命中することはなかった。 「ちぇ、逃がしたか……。やっぱり、素人が銃撃ってもそうそう当たるもんじゃないみたいね……」 獲物を逃したもう一人のハルヒは、忌々しげに呟きながら銃を下ろす。 「完全勝利のために……。早いところ、SOS団のみんなと合流しなくちゃ」 ◆ ◆ ◆ 「はあ……はあ……!」 数分ほど走ったハルヒは、建物の中に飛び込み、そこで乱れた息を整えていた。 本来のハルヒならこの程度の運動など朝飯前だが、命のかかった極限状況ではそうもいかない。 「追ってきてないわよね……? くそっ、何なのよあいつは! このあたしが無様に逃げ回る羽目になるなんて……!」 苛立ちのままに、ハルヒは自分の頭をかきむしる。 「とにかく、ここが紛れもない現実で、殺し合いの真っ最中ってのは理解したわ……。 生き残るために……早いところ、SOS団のみんなと合流しなくちゃ」 【一日目・深夜/E-3・市街地】 【涼宮ハルヒちゃん@涼宮ハルヒちゃんの憂鬱】 【状態】情緒不安定、疲労(小) 【装備】なし 【道具】基本支給品一式、不明支給品1~3 【思考】 基本:死にたくない 1:SOS団メンバーと合流 【涼宮ハルヒ@こなたとハルヒの第二次世界大戦】 【状態】健康 【装備】モウギュウバズーカ@侍戦隊シンケンジャー 【道具】基本支給品一式、不明支給品0~2 【思考】 基本:自分以外の「ハルヒ」を倒す(主催者含む) 1:SOS団メンバーと合流 ※南米でアメリカ連邦と交戦している時期からの参戦です。 Back さすがに1歳児は守備範囲外 時系列順で読む Next 離れ小島を出よう! Back さすがに1歳児は守備範囲外 投下順で読む Next 離れ小島を出よう! GAME START 涼宮ハルヒちゃん Next GAME START 涼宮ハルヒ Next
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涼宮ハルヒと藤岡ハルヒを同じ部屋に閉じ込めてみた(前編) 涼宮ハルヒと藤岡ハルヒを同じ部屋に閉じ込めてみた(後編)
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涼宮ハルヒとは谷川流のライトノベル作品『涼宮ハルヒ』シリーズおよび同作のアニメ版である『涼宮ハルヒの憂鬱』のヒロイン(主役にあらず) 北高1年5組(第9巻『分裂』より2年5組)の女子生徒であり、SOS団団長。身長158cm。キョンと同じクラスで、キョンのすぐ後ろの席に座る(何回席替えをしても、ハルヒの能力のためか位置関係は不変である)。入学当初は腰まで伸びるストレートヘアで曜日ごとに髪形を変えていたが、キョンにそのことを指摘されて以降は肩にかかる程度の長さで揃えている。黄色いリボン付きカチューシャがトレードマークで、小学校時代から愛用している。 黒髪黒目の美少女で、プロポーションはキョン曰く「スレンダーだが、出るとこは出ている」。学業の成績は学年上位に位置しており、身体能力も高く入学当初はどの運動部からも熱心に勧誘されていたほど。また料理、楽器演奏、歌唱など多彩な才能を持っており、キョン曰く「性格以外は欠点は無い」。その性格は唯我独尊・傍若無人・猪突猛進かつ極端な負けず嫌いであり、「校内一の変人」としてその名は知れ渡っている。感情の起伏が激しく、情緒不安定になりやすい。また、退屈を嫌っており、何か面白いことをいつも探している。己の目的のためには手段を選ばず、時には恐喝や強奪まがいの行為に及ぶこともある。"地"の性格が露呈する以前の東中時代は多くの男子に告白されて必ずOKしていたが、相手が「普通の人間」であることを理由にことごとく振っていた。自分の都合のいい言葉しか耳に入らず、それ以外の言葉は聞き流す。朝比奈みくるや鶴屋さん、生徒会長など、年上の人物に対しても敬語を使わずタメ口でものを言う(初対面の者との挨拶などは、例外的に丁寧語を使う)。 普段は自分勝手でエキセントリックな性格が目立つが、根底には常識的な感覚も持ち合わせており、宇宙人等の不思議な存在がいて欲しいと思う反面、そんなものはいるはずない(少なくともそう簡単に見つかるはずがない)とも思っている矛盾した思考形態を持っている。物語が進むにつれ人間的に成長したのか横暴さは僅かずつではあるが治まっていく。また、長門が高熱で倒れたり、キョンが事故で3日間意識不明に陥った際には、必死に看病したり体調を気遣ったりするなど、仲間思いの面も強く見せることも。 「恋愛感情は一時の気の迷いで精神病の一種」という持論を持つが、キョンの言動に極度に大きく機嫌が左右されたり、キョンの過去の恋愛をやけに気にしたりしている。 実は「どんな非常識なことでも思ったことを実現させる」という、神にもなぞらえられるほどの力を持っており、そのため様々な組織が彼女に関心を抱いている。だが本人はその力に全く気付いておらず、無自覚の内にそれは具現化され、キョン達は毎度それに翻弄されている。その力のおよぶ範囲、期間等はハルヒの機嫌や望みの強さに影響されるため、法則性がない。なお彼女の能力が際限なく発揮されたりせず、世界がいまだにバランスを保っている点について、古泉は「彼女自身が奇抜な言動に反し常識的な精神をしており、不可思議な物事を心のどこかで否定しているから」と推測している。一方でみくるは、「ハルヒの力は『世界を変える』ものではなく、最初から起こることであった『超自然的存在を無自覚に発見する能力』」としており、組織によって見解は異なる。第1巻『憂鬱』時点からみて、3年前の中学1年の頃に何か(「情報の爆発」「時空の断裂」「超能力者の発生」を引き起こすようなこと)をしたらしいが、詳細は不明。
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言わせて貰うなら、セックスなんてのは単なる行為のひとつに過ぎない。少なくともあたしはそう思ってる。 愛情がなくったって出来るし、何の証明にもならない。セックスしたから彼はわたしの物♪なんて、おかちめんこな考え方は噴飯物だ。一時の気の迷いで、そうひょいひょいと人の所有権を移動させないでほしい。 結局その考えは、あたしこと涼宮ハルヒが実際にセックスを経験した後も、特に変わる事はなかった。だからやっぱり、セックスなんてただの行為なのだ。 「おっそーい! キョンの奴!」 一年を4分割するのなら9月は秋に分配されて然るべきはずなのに、その日は朝から猛烈に暑かった。残暑なんてものは馬の尻尾にくくりつけて、そのまま蹴っ飛ばしてしまいたい。 実際にはくくりつける事も蹴っ飛ばす事も出来ないので、あたしは腕組みをして駅前広場の時計を睨みながら、ひたすら不機嫌な声を張り上げていた。 「ホントにもーっ、何やってんのよ!」 「まあまあ涼宮さん。まだ待ち合わせ時刻から10分ほどしか経っていませんし」 「他のみんなはもう集まってるでしょ!? せっかくSOS団の末席に加えてあげてるっていうのに、団員としての自覚が足らないわ! だいたいね? 下っぱのキョンが団長であるこのあたしを待たせるだなんて、まったくの論外よ! ロンのガイよ!」 あたしの怒声に、古泉くんは参りましたねと肩をすくめるばかりだった。あー、何か違う。やっぱり古泉くんが相手だと何かこう、しっくり来ない。これはもう今日は徹底的にキョンの奴を吊るし上げなけりゃだわ! 「うス。すまん、遅れた」 噂をすれば何とやらね。しょぼい顔してやってきたキョンを、あたしは出来うる限りの厳しい眼光で迎えてやったわ。 さー、どうとっちめてやろうかしら。明らかに寝不足っぽい顔しちゃって、どうせまたつまんない理由で夜更かしでもしてたのよきっと。 「理由…言わなきゃダメか?」 「当ったり前でしょ! あんた一人のせいで、あたし達がどれだけ迷惑したと思ってんの!」 「あのぅ、涼宮さん…わたしはそれほど迷惑とは…」 「みくるちゃんは黙ってて!」 「ひゃ、ひゃいっ!」 「これは団の規律の問題なのよ。さあ、ちゃっちゃと吐きなさい、キョン!」 ゲームか漫画か、それとも深夜映画にでもハマってたのか。わくわく気分で問い詰めるあたしに、キョンはむっつりした顔で、こう答えた。 「昨日、中学の同級生だった奴の葬式に行ってきたんだよ」 「そうですか、海難事故で」 「ああ。夜釣りの最中に高波にさらわれて、朝、浜に打ち上げられた時にはもう冷たくなってたとか。人間なんて本当、はかないもんさ」 古泉くんに素っ気なく応じると、キョンはずちゅーとアイスコーヒーをすすり上げた。事故の件を話すのがつらいというより、喫茶店に移ってきてまでこんな暗い話題で雰囲気を盛り下げたくない、といった感じだ。 まあ確かに、日曜の朝に聞きたい類の話じゃない。正直、気分が滅入る。ああ、だからキョンはさっき言いたくなさそうにしてたのか。…って事はなに? 今のしんみりした空気って、ムリヤリ聞き出したあたしのせい? 「でも、キョン! そもそも昨日の時点で用事がお葬式だってこと、なんであたしに言わなかったのよ!?」 なんだか責任転嫁のような感じで、あたしは話を蒸し返していた。そう、本来は昨日の土曜日に定期パトロールが行われる予定だったのに、直前になってキョンが用事があると言いだしたから、一日ずらしてみんな集まっているのだ。 でもってキョンの奴は、あたしが訊いても口をもごもごさせて、何の用事かははっきりと言わなかった。今朝からあたしの気分が優れなかったのも、半分くらいはそーゆーキョンのぐだぐだした態度にイラついてたせいだ。結論、うんやっぱりキョンが悪い! 「最初は、葬式に出る気なかったんだよ。つい直前までな」 あっさりと、キョンはそう白状した。…おかしい、どうも今日は調子が狂う。 いつものキョンなら吊るし上げをくらっても、なんだかんだとあたしに抵抗しようとするのに。その往生際の悪さが見てて楽しいのに。 「1、2年の時に同じクラスだったってだけの奴で、すごく仲が良かったわけでもなかったし。高校も結局、別の所に行っちまったしな。 俺が行って手を合わせた所で、奴が生き返るはずもなし。でも国木田の奴に、焼香くらいは、って誘われてね」 国木田か。なるほど、付き合いのいい方ではあるわね。でも、ちょっと待って? 特に仲が良かったわけじゃあない? 見回せばあたし同様、キョン以外のみんなが頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた(有希はパッと見、そうとは分からないけど)。それならどうして、寝不足になるくらい思いつめたりすんのよ。 「別に今生の別れに一晩中泣き明かしたりしたわけじゃねえよ。ただ、なんて言うかな…。 葬式のあとで、国木田が言ったんだ。なんだか全然、現実味がないねって」 まるでそういう風に話すよう造られた自動人形みたいに、キョンは淡々と語っていた。 「家に帰ってから俺、卒業アルバムを開いてみたんだ。そしたら確かに、一緒の頃の思い出の方が生々しくって、あいつが死んじまったって現実の方が絵空事みたいな感じなんだよ。 でもやっぱり、あいつが居ないこの世界の方が現実で」 ふう、とキョンがひとつ息を吐くと、微かにコーヒーの匂いが漂った。 「実は俺、ほんのしばらく前にそいつと話してるんだよな。下校途中にサンダル履きのあいつと、ばったり出くわしてさ。そのままコンビニの前で30分ばかりくっちゃべってた」 「その人、何か特別な事でも言ってたの?」 「いや、全然。今じゃ内容さえ憶えてないような、そんな程度の会話だった。 でもそれは、あいつとは逢おうと思えばいつでも逢える、話そうと思えばいくらでも話せる、そう思ってたからで。それが気が付いたら、そうじゃなくなってて――。何だろうな、こういう感じ。心にぽっかり穴が空いた、とでも言うのか?」 「ふん、ボキャブラリーが貧困ね」 わざときつく揶揄してやったのに、あいつはムッとした表情さえ見せなかった。やっぱり変だ。やっぱり今日のキョンは、何かおかしい。 「そりゃ失敬。じゃあ教えてくれよ、こういう気分ってなんて表現するべきなんだ?」 「何って、それは…」 「………虚無感」 「おお、さすが長門。ん、まあそんな感じだな」 有希に向かって大きく頷くキョンの顔を、あたしはストローの先のクリームソーダを最大肺活量で吸い上げつつ、仏頂面で眺めていた。 キョム感ね、キョンだけに。…いろんな意味で面白くない駄ジャレだわ。 「そのぅ、えっと…元気出してくださいね、キョンくん…」 「おお、この俺の身をそんなに心配してくれますか! いやあ、朝比奈さんは本当に心優しいお人だなあ」 今のキョンはみくるちゃんの掛けた言葉に、やけに愛想良く受け答えてる。みくるちゃん相手にはやたら調子がいいのはいつもの事だけど…今日はなんだか特に造り物みたいな笑顔ね。無性にはたきたくなるわ。 そんな風に思っていると、キョンの奴は不意にこちらを向いた。 「ま、そんな事がありましたよって事で。人間なんて明日どうなってるか分からないから、みんなもせめて事故とかには気をつけろよな。特にハルヒ」 ちょ!? なんであたしだけ名指しなのよ! 「お前が直情径行の向こう見ずで、後先考えずに動くからだ。 さて、それじゃ不思議探索パトロールに出掛けますかね、と。今日はもう俺の罰金で確定なんだろ?」 恒例のクジ引きで同班になったみくるちゃんをいざなって、キョンは伝票をひらひらさせながら会計へと向かった。 むー。つまんない。あたしは『キョンに罰金を払わせるのが』ではなく、『罰金を払わされる時のキョンの情けない顔が』楽しいのに。つまんないつまんない! 「どうかしましたか、涼宮さん?」 よっぽどあたしはむくれていたのだろうか。喫茶店を出るなり、古泉くんがそう声を掛けてきた。 「ねえ有希、古泉くん。今日のキョン、なんかおかしいわよね?」 遠回しな物言いは好きじゃない。あたしがズバリ訊ねると、古泉くんと有希はしばらく顔を見合わせて、それから二人揃って頷いた。古泉くんはともかく、有希も肯定しているからにはやっぱりそうなのだ。 「そうですね、これはまあ概念的な事柄なのですが。 人は大なり小なり、明日への不安を胸に抱いているものです。もしかしたら大地震が起こるかもしれないし、空から隕石が降ってくるかもしれない。はたまた、悪意を持った異星人が大挙して地球を侵略しに来たりするかも…」 いきなりそんな事を語り始めたかと思うと、古泉くんはしばし、あたしと有希の顔をちらちらと見比べた。今の間は何なんだろう、一体。 「…とまで言ってしまうと、さすがに何でもありになってしまいますが。不慮の交通事故などは、誰の身にだって起こり得るわけです。 さて、そんな時。たとえば明日死ぬかもしれないという時に、やりたくもない宿題をやる気になる人が居ますか? いえ、それどころか自分にとっての宝物さえ、もしも明日無になるとしたら、途端に色褪せて見えるのではありませんか?」 「えっ? でもだって、そんなのは…」 「はい、その通りです。予測できない不幸、というのは可能性としてはあり得るのですが、それを気に病みすぎていては何も出来ません。 だから人は基本的に、その可能性を無視しています。もしくは保険に加入するなどの次善策を用意するか、ですね。しかしながら“死”というのは、人が逃れえない宿命のひとつでして…」 と、ここで一度言葉を止めた古泉くんは、ああまたやってしまったとでも言いたげな微苦笑で頭を振った。まあ、古泉くんのセリフが芝居がかってるのはいつもの事だけど。 「結論を述べましょう。今の彼は、軽い躁鬱病の状態にあると思われます。 ご友人のように、自分も明日にはいなくなっているかもしれない。ならば自分の生に一体何の意味があるのか――そんな問答に囚われてまんじりともできないでいる、といった所でしょうか」 「有希の言ってた、虚無感って奴?」 「おそらくは。実を言えば僕自身、まだ同年代の人間の死に直面した経験はないもので、先程の彼のお話には、多少なりともショックを受けました。もしかしたら『大人になる』というのは、こうしたショックに慣れていく事なのかもしれませんね」 ショックだった割には、いつもと同じ笑顔で話してる気がするけど。そうね、古泉くんが言いたい事はだいたい分かるわ。 でも、だったらあたしは敢えて大人になんかなりたくないかな。親とか身近な人を失くす悲しみに慣れるだなんて、そんな事は………え? 失くす? 誰を? その時のあたしは、どんな顔をしていただろうか。ともかく、気付けばこんな言葉があたしの口をついて出ていた。 「あのさ、有希、古泉くん。ちょっと話があるんだけど」 「はあ、午後の調査を彼と二人で」 「…………」 その、別にヘンな意味じゃないのよ? ただキョンの奴のスッポ抜けぶりが見るに見かねるというか、ほら、団長の責務として…! 「素晴らしい。さすがは涼宮さんだ」 「へ?」 「僕達も彼の不調が気にかかってはいたのです。しかしながら、いかんせんどうやって励ましたら良いものか、妙案が浮かばないものでして。 ですが、団長自らがケアをなさってくださるというのなら、もう安心ですね。どうぞ彼の事をよろしくお願いします、涼宮さん」 ま、任せときなさい! 団員の心の悩みを受け止めてあげるのも団長の務め! 一切合財あたしに預ければ、全てこれ解決よ! と、あたしがガゼン張り切っていると。 「ふむ、ですがそうするには…長門さん、ちょっといいですか?」 古泉くんが有希を道端に連れてって、ひそひそ相談を始めた。ん? この光景、なんとなく前にも見たような覚えがあるんだけど。市民野球大会の時だっけ? それともデジャビュって奴かしら。 「お待たせしました。では、午後のクジ引きは長門さんにお願いする事にいたしましょう。実は彼女、少々手品の心得があるそうで」 「へえ、それ初耳。有希、本当に出来るの?」 「………可能」 「公平公正なゲームを愛する僕としては、こういうインチキはあまり推奨したくはないのですが。 しかしながら彼はある意味、涼宮さんの対極というか、石橋を叩いて渡らないような、非常にアマノジャクな性格の持ち主ですからね。変なお膳立てをしてしまうと、かえって反発しかねません。ここはあくまで偶然を装うとしましょう」 古泉くんの言に、あたしは大きく頷いた。まったく、キョンの奴があたしのナイスなアイデアに、素直に賛同した事など一度もない。いつもつまらない常識論を持ち出して、あたしの発展的行動に難癖を付けたがるのだあいつは。 あんたみたいな奴の事を、これだけ気に掛けてあげるのはあたし達くらいのものよ? 友に恵まれた事をせいぜい感謝なさい、キョン! 「素直じゃない、という点ではどっちもどっちというか、お似合いなんですけどね」 「何か言った、古泉くん?」 「いえ、別に何も」 「ふうん? まあいいわ。今回はウソも方便って事で、有希、お願いね」 あたしの依頼に、有希は黙って頷いた。沈黙は金だとかいうけど、本当にいざという時には頼りになる娘だ。キョンの数千倍は役に立つわね。 って頷いた後も有希はしばらく、深遠の瞳であたしを見続けていた。ん、なに? 「彼の言っていたのはある面での、真理」 彼って、キョンのこと? 「そう。価値観は主に相対性によって生ずる。最初から何も無かった状態に比して、あるはずだったものをなくしてしまった際の喪失感は、絶大」 「あんたにも、そんな経験あるわけ?」 「11日前、帰宅すると作り置きのカレーが、全て痛んでいた。その日はお茶だけ飲んで過ごした。カレーに黙祷を捧げた…」 「そ、そう」 カレーと人命を同列に語っちゃうのもどうかしら。ああ、でも自炊してる人にとっては食料問題は死活ラインなのか。よく分かんないけど。 「決まりですね。では、我々も出発しましょうか」 「あ、うん、そうね」 なんだか分からない内に古泉くんに促されて、あたし達もまた午前のパトロールに出立した。うーむ、やっぱりどうにも調子が狂ってるぽい。いつもなら当然のように、このあたしが号令を掛けているはずなのに。 結局、午前の部はただひたすら暑い中を歩き回るだけに終始した。不思議を探すより何より、あたしの心には踏んづけたガムみたいに、さっきの有希のセリフがべたりとこびり付いていたのだ。 『彼の言っていたのはある面での、真理』 あるはずだったものを失くしてしまって、心にぽっかり穴が空いたようだ、とキョンは言っていた。有希はそれを真理だと言う。古泉くんは、人は大なり小なり、明日への不安を胸に抱いているものだと言っていた。 そうだ、今のあたしも多分、何かしらの不安を抱えている。でも、それは…一体なんだろう? あたしは何を失くす事を恐れてるの? そんな疑念が、歩くたびに靴底で耳障りな音を立てている、ような気がした。 「珍しいな、この組み合わせってのも」 「あー、うん、そうかも、ね」 キョンの何気ない呟きに、午後のあたしはちょっとばかり居心地の悪い気分で頷いていた。本当の事を知ったら怒るかな、キョン。 「つか、古泉の野郎が羨ましい」 前言撤回。このバカ相手に、罪悪感など微塵も感じてやる必要なんか無い。あたしは渾身の力でキョンの尻をつねり上げてやった。 「神聖なSOS団の活動を一体何だと思ってんのあんたは!」 「うぐあっ!? い、いやスマン、冗談だ…」 だいたい古泉くんは、午前もあたしと有希で両手に花だったでしょうが!? どうしてあの時は羨ましがらないで今は………あ、いや。いやいや。 あ、あたしが怒ってるのはそんな事なんかじゃないわ! そう、キョンの奴がここでもやっぱり素直に謝ってるからよ! だから、調子が狂うって言ってるでしょ! いや言ってないけど! いつものあんたなら、もっとこう…その、歯応えがあるっていうか…そこいらのくだらない男連中とはちょっとは何かが違うっていうか…。 「どうしたんだ、ハルヒ? どこに向かうんだか、さっさと決めてくれよ」 こここ、この鈍感男めぇ! 人がこんなに気を揉んでやってるのも知らないでッ! あたしはよっぽど、公園の砂場を掘り返してこの唐変木を頭から埋めてやろうかと思ったけど、今世紀最大の自制心を働かせて、なんとかそれを堪えた。いけないいけない。古泉くんの言によれば、キョンの奴は今、ちょっとばかり精神を病んでいるのだ。団長として大目に見てやらなければだわ。 ――治ったら覚悟しなさいよね、このバカキョン! 「いいからっ! あんたは黙ってあたしについてきなさい!」 「へーへー、団長様の仰せのままに」 とりあえず、そういう事にして歩き始めたけど…はてさて、これから一体どうしたらいいもんだか? 実の所あたしは、本当に有希の手品とやらがうまく行くのかなーとか、行ったら行ったでキョンの奴、あたしとペアの組み合わせをどう思うのかなーとか、そんな事ばかりを考えてたもんだから。具体的にどうやってキョンを元気づけたげようとか、全く考えてなかったのよ! うそ、どうしよう。まるで小堺一機のお昼の番組にいきなりむりやり出演させられて、サイコロ振らされたような気分だわ。何が出るかな♪何が出るかな♪ ちょっとドキッとした話、略して「ちょドばーなー」って、だから何も用意してないんだってばっ! 『団長自らがケアをなさってくださるというのなら、もう安心ですね。どうぞ彼の事をよろしくお願いします』 プレッシャーが具現化したのか、さっきの古泉くんのセリフが耳にこだまする。あたしは空の彼方に浮かんだあの爽やか笑顔に、無言のパンチを打ち込んだ。 『おやおやひどいですねフフフ』 ええい、回想なんだからさっさと消えなさい! 「おい、どうしたんだハルヒ。道端でいきなり拳振り回したりして…?」 「虫よ! 虫がいたのニヤケ虫が!」 語気も荒く振り返って…あたしはキョンの背後の壁に、ふと一枚の看板を発見した。 (あ、やだ…。やみくもに歩き回ってたら、こんな方向に…) 途端、あたしの頬が熱を帯びる。そこは駅の裏手辺りにありがちな一画で、男女がペアで歩いてたりしたら、いわれのない誤解を受ける可能性が非常に高い場所というか何というか…。あーっ、もう! ハッキリ言ったげるわ! あたしにはやましい点なんかこれっぽっちも無いし! ホテル街よホテル街! そこはいわゆるホテル街だったのよ! 次のページへ
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まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~