約 3,071,501 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/551.html
今の季節は秋。 ある日、いつものように学校を終わらせ、SOS団室へ向かった。 ノックしたが、反応も無い…。 俺は、迷わずドアを開けた。 中に入ると、目の前にハルヒが寝てる。 うむ、道理で返事してなかった訳か…。 「全く…起こすか…」 少し溜息しながらハルヒを起こそうと…思ったのはいいが…。 俺、疲れてると思う。 想像してくれ、寝てるハルヒの後ろに本物の尻尾が生えてるし、頭に本物の猫耳が出てるし、おまけに猫耳がピクピク動いてる。 近くに、水無いのか? 周りを見ても無いので、便所へ行って顔洗い、戻って見ると…やっぱ猫耳と尻尾がある。 これは、どうしたものが…幻覚か!? 長門は、いない。 古泉は、いない。 朝比奈さんは、いない。 …そういえば、3人は用事があったな。 この状況はどう把握すればいい!? 助けて!スペランカー先生! …にしても、起こすべきか?起こさないべきか? もし起こしたとすれば、猫並みに行動するのかもしれない。 いや、ハルヒの事だからな…するに決まってるだろうな…。 えぇい、起こすしかないのか! 「おぃ、ハルヒ…起きろ」 「フニャ?あ、あれ…キョンじゃないニャ」 嘘だろ!?口調も変わってるし! 「ふにゃぁ…って、あれ?何か口調が変だニャ」 これは、ハルヒに知るしかないな。 「ハルヒ…落ち着いて、深呼吸してくれ」 「え?何でニャ?」 いいから、しろよ。 「スー、ハー、スゥー、ハー…したニャ」 「よし、鏡を見ろ」 俺は、どこから取り出したが知らないか、大きな鏡を持って来て見せた。 「…何これ?」 俺に聞くな…俺も頭を抱きたい。 「もー!取れないニャ!どうなってるニャァ!」 俺も言いたいわ!どうなってんだぁぁぁぁぁ… 「ハッ!古泉や長門がここにいなくでも携帯があ…」 しまったぁぁっ!携帯は家に忘れたーっ! 何で事だ…昨日、電気が切れたので充電してたのだ。 それを忘れるなんで…。 落ち込む俺の前にハルヒがいる。 「さっきから、態度が激しいけど…大丈夫かニャ?」 ヤ、ヤバイ…今回のハルヒは可愛すぎる!? 「だ、だ、だだ、大丈夫だ!そぅ、大丈夫だ!はっはっはっはっ…」 俺は、誤魔化しながら部室から出た。 「キョン、どうしたニャ?」 ハルヒは、首を少し横に傾いて、頭の上に?のマークが出る。 ヤベェ、理性が暴走する所だった。 「くそ!誰がやったんだ!」 本当に苦悩してしまう。 ん、待てよ。 ハルヒの能力って確か…どんな願いでも必ず叶えてしまう能力あったな。 バァン! 「うにゃぁっ!」 俺は勢いよく扉を開けたせいで激しく驚いたハルヒがいた。 「ハルヒ、猫になりたいと言う願いあったのか?」 「そういえば、そうニャねぇ…そう思ってたニャ」 やっぱし…こいつの願いのせいで…。 でも、本当によく出来てるなぁ。 俺は猫耳を触れた途端。 「フニャァ、触るなニャ!」 ど、どしたんだ!ハルヒ!? 「そ、その…感じたニャ…」 うむ、そこも完全に猫になってるのか…。 だったら、顎と喉の辺りにを触れたらどうなるのかな? 「ふにゅぅ、気持ちいいニャァ…」 ほほぅ、可愛いなぁ…。 「って、さ、触るなニャ!」 あ、照れた。 よし、色々やってみよっと。 「ちょ、や…やめ…」 ――30分後 「……」 「フン!」 「…痛いんだけど、ハルヒさん」 「知らないニャ!」 俺の体に引っ掻かれた後があり、服もボロボロになった。 全く、引っ掻く事は無いのだろう…いや、俺も悪かったな。 「でも、気持ち良かっただろ?」 「し、知らないニャ!」 ハルヒは俺を見ずに言う。 「だけど、尻尾だけは素直だぜ」 そぅ、ハルヒの尻尾は大きく振っていた。 「な、何をバカな事を…」 「猫の尻尾は感情表れやすく、大きく振れば嬉しい。怖い時は引っ込む。警戒する時は尻尾か立つ…だったな」 「~~~!」 流石、ハルヒは反論出来ないみたいだな。 さて、これからはどうするか…。 このまま出たら、バレそうだな。 どうしたらいいのやら…。 「ハルヒ、取りあえず、尻尾だけは隠しとけ」 「分かったニャ」 俺は、部室から出て、この後どうするべきかを考えた。 まず、ハルヒを俺の家へ連れて行って…古泉か長門どっちが電話するしかないな。 はぁ、何か疲れたよ…。 俺は、大きく溜息した。 これからの目的をハルヒに伝えといたが…。 ハルヒが慌てたり嫌がったりゴロゴロと態度を変わってるのが面白かった。 「さ、帰るニャ」 漸く、落ち着いたようだ。 この後…俺達は、部室を後して学校へ出たのはいいか…緊急事態だ。 何故なら、俺達が歩いてる時に後ろから声が聞こえた。 「やっほー、キョン君とハルにゃん!」 鶴屋さんがやって来たのだ。 「あ、こんにちわ」 「キョン君とハルにゃん、今から帰るのかぃ!」 相変わらずハイテンションな人だな。 きっと、悩み事は無いのだろう。 「え、えぇ…そうです」 「おや、ハルにゃん!何この猫耳は?」 「……」 あ、ハルヒが真っ赤になって黙ったまま俯いてる…。 「んー、どうしたのかぃ?ハルにゃん?」 そうだ、誤魔化さないと。 「あ、ハルヒはですね…昨日、カラオケしてたので、喉が痛んでるんで…あぁ、これは罰ゲームですから」 「あー、そうかぃそうかぃ!私はでっきり、キョン君が何か変な事したんじゃないかと思ってて!」 うっ…これは痛い。 痛恨の一撃だ…。 「す、する訳無いですよ!」 「あー、あっやしい!」 と、ケラケラ笑う鶴屋さんが言う。 からかないで下さい鶴屋さん。 さっきまでは本当に大変なんですよ…。 「じゃ、二人とも、まだねぇ!」 はぁ、さっきより疲れが来た…。 俺は、横目でハルヒを見た。 まだ真っ赤になって俯いてるな。 俺もだけど。 「やれやれ…」 そして、帰路を歩いてる途中、まだ誰が来た。 「WAWAWA、忘れ物~」 ちっ、谷口かよ、こいつはチャックを開ける事が多いから「チャック魔」と呼ばれる可哀相な男だ。 「…うぉぅ!?キョンか…」 何だ、今の安心したような顔は…。 「いやー、実はさ…さっきナンパしたけどな…って、おわっ!?ハ、ハルヒ!?」 おぃ、気付くの遅いわ! 「キョン、これは新しいコスプレなのか?」 どこがコスプレに見えるんだ…。 「ネコ耳ねぇ、尻尾もあるのか?」 さぁ、自分で調べてみろ…殺されるぞ。 「え、遠慮しとくわ」 立ち去ろうとする谷口、腰抜けめ! 「あー、谷口」 「な、何だ」 「言おうと思ったけど、チャック閉め忘れてるぞ!」 「って、おわっ!マジかよ!?」 「あと…後ろ歩きしたら、危な…」 「おうわぁぁぁ…」 遅かったか…。 後ろにマンホールの蓋が外れてるから落ちるぞと言おうとしたのに…遅かったか。 「キョン!それを早く言えぇぇぇ…」 俺は谷口を救ってやりたい所だが…日々の恨みあるので無視しよう。 谷口を放って置いて俺の家に帰った。 さて、家に帰ったのはいいけど…生憎、親が居ないので助かった。 妹?アイツなら、野外活動へ行ったぞ 「あー、キツかったニャ…尻尾を隠すのにキツかったのニャ」 やっと、喋ったな…ハルヒ。 「ハルヒ、風呂沸いたから…風呂に入れ」 「うん」 ふぅ…流石に疲れた。 あ、これで言うの3回目だっけ? まぁ、いい…古泉に電話しとかないと… 「…ョン、キョン!」 「うぉわ!?ハ、ハルヒが…どぅ…」 俺の目の前には、全裸のハルヒがいた。 それは、どういう事だ。 夢なのか!夢なのか!? 「風呂の湯、熱くで入れないニャ!何とかしてニャ!」 「そ、そそ、それは分かったけど…お、おおお、お前…ま、前隠せよ!」 「え?」 ハルヒは、自分の体を見て、顔真っ赤になった。 「ニャァァァァァァァァァ…」 ハルヒの悲鳴は家中に響いた。 ――数分後 ……。 「ゴメン、ゴメンなさいニャ!」 俺は、怒ってるぞ…ハルヒ。 「あまりにも熱さで忘れてたニャ!」 へぇへぇ、そうかぃそうかぃ。 「ちょ、ちょっと聞いてるニャ?」 皆さんに、状況をお知らせしよう。 ハルヒは悲鳴を上げた後、俺の顔に引っ掻かれ風呂場へ逃げ出した。 で、ハルヒが風呂上がった後、自分で何をしたかを把握し謝ってる所だ。 「…で、どうすんだ?この傷はよ?」 「えっと、それは…その…」 戸惑うハルヒって可愛いな。 まぁ、許してやるかな。 「あー、分かった分かった。許してやるよ」 「え、本当?」 目を輝いて、尻尾を大きく振ってやがる。 「取りあえず、腹減ったな…」 今の時間は、もう7時過ぎてる。 夜食を出していい時間だろう。 「あ、あたしが作ってやるニャ!」 ハルヒは、そう言って台所へ向かった。 何分経ったのだろうか。 物音が聴こえない…まさかと思って見てみると。 ハルヒは、よだれを流しながら魚をずっと見てた。 「おぃ、ハルヒ…何やってるんだ」 「え?うわっ!はははは…つい魚を見てると食べたくなるニャ」 こりゃ、猫の本性だな。 「魚は俺がやるから、それ以外のを作れ」 「わ、分かったニャ」 さて、古泉と長門に電話するか。 俺は電話を掛け、古泉に電話した。 「もしもし、カメさん、カーメさんよー」 くだらん事言うな。 「あぁ、面白くなくて、すみませんね」 そんな事より、聞いてくれ。 「はい」 俺は、今までの出来事を説明した。 「…と言う訳だ」 「確かに、涼宮さんの願いによってこうなったと思いますね」 お前も思ってたのか。 どうすればいい。 「キスする事しかないですね」 ふざけるな。 「冗談ですよ、涼宮さんの願いを変えればいいんですよ」 あぁ、その手があったのか。 「と言う訳で、言いたい事は終わりです。では」 お、おぃ!…切りやがった。 明日でも会って殴る事にしようか。 次、長門に電話するか。 「…もしもし」 おぃおぃ、電話を掛けてから1秒も経ってないのに早いな。 「よっ、実はな…」 「状況は把握してる…」 それなら、説明しなくてもいいんだな。 「だったら…」 「あとは、あなたに任せる…おやすみ」 ちょっ…切りやがった…。 ってか、早い会話だったな、おぃ…。 明日でも軽く説教したい気分だぜ。 俺がブツブツ言ってる間に、ハルヒが来た。 「ご、ご飯出来たニャ…」 そんなに顔赤らめても困りますけど。 後は、俺が魚を焼くだけでやっと食べれる。 さっきから、台所の入り口から物凄く見られてるような気がするが…気のせいだと思うことにする。 「ほれ、出来たぞ」 「ゴクッ…」 …ずっと、魚を見てるな。 まぁいい、食べるか。 「いただきます」 「いっただきまーすっ!」 俺は呆然してしまった…何故なら。 合掌した後、すぐに俺の魚を奪いやがった。 「おぃ、ハルヒ…それは俺の物だぞ」 俺は、箸で魚を取り返そうとしたが…手に引っ掻かれた。 ハルヒは、フーーーッと言いながら尻尾立ってた。 あぁ、尻尾立ってるって事は、警戒してるってか。 「はぁ…やるよ…」 ハルヒの態度がゴロッと変わった。 「ありがとニャ!」 魚を奪いやがって…あぁ、いまいましい、いまいましい、いまいましいっ! こうして、夜食が終わった。 ハルヒよ、魚の恨み忘れんぞ。 この後、ハルヒがシャミセンと喧嘩したり、意味も無く壁を引っ掻いたりするから大変だった。 本人は無意識でやっただけらしい…本当に猫の本性を発揮してるみたいだな。 そして、寝る時間になった。 「なぁ、ハルヒ…元の姿に戻りたいと思わないか?」 「んー、戻りたいと思ってるニャ」 なら、簡単だな。 それにしても、何故、猫に? 「なぁ、一つだけ言っていいか?」 「何ニャ?」 ちょとんとするハルヒもまだ可愛いな。 「何故、猫になりたがったのだ」 「んー、猫になれば新しい発見出来るかなと思ってたニャ」 なるほど、単純な考えだ。 「それに…」 それに?何だ。 「あ、な、何でもないニャ!」 「そうか…」 俺は、牛乳入ってるコップを飲み干した。 ふぃー…美味! 「あ、キョン…口の辺りに牛乳が付いてるニャ」 「お、スマンな…」 ティッシュで拭こうと思った瞬間、ハルヒが信じられない行動をした! ハルヒが俺の顔に近づいて、口の辺りに付いてた牛乳を舐めたのである! 思わず、手で口を塞いだ。 「な!ななななななな…」 「あ!ゴ、ゴ、ゴメンニャ!も、もう寝るニャ!」 ハルヒは、素早く俺のベッドへ行き毛布を被って寝た。 俺は、石化してしまった。 翌日、ずっと固まってた俺はやっと動けた…。 「眠い…」 何でこった…昨日からアレのせいで石化してしまったとは…。 洗面所から出た途端、二階から何やらドタバタと聴こえる。 「キョン!猫耳と尻尾が無くなったわよ!」 ほぅ、それは良かったな。 「やったーやったー!」 子供のようにはしゃぐハルヒである。 「さて、朝食作るか…」 「あ、キョン、お礼に朝食作るから…その間寝ていいよ」 おー、スマンな。 ハルヒの手料理はおいしいからな。 「それに、昨日はゴメンね」 分かってるさ、アレは猫の意識だと言いたいのだろう。 さぁ、寝るとするかね。 キョン、ゴメンね。 本当は、あたしの意識でやっただけだからね。 お疲れ様…キョン…。 あたしは、嬉しくて料理いっぱい作っちゃった。 キョンって、全部…食べてくれるのかな? そう思いながら、キョンを起こしに行った。 「起きなさい!キョン!朝食よ!」 シャミセン「ニャア?」 完 「あれ?私の出番、無いんですかぁ~酷いですぅ~」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4347.html
涼宮ハルヒの 【STREET FIGHTER】 人は何故闘うのか 人は何故生きようとするのか 人は何故自ら死に歩むのか 人は何故、人と解り合えないのだろうか 涼宮ハルヒのストリートファイター【プロローグ】 涼宮ハルヒのストリートファイター1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/699.html
ストーリー参考:X-FILES シーズン1「三角フラスコ」 X-FILE課が設立された後、あの長門が俺たちを殺そうとしたり、 喜緑さんが俺たちを救ってくれたり、『機関』のスポンサーが アメリカ政府になったことを鶴屋さんに告げられたりと、 俺の周りではSOS団時代と違った新しい歯車が回っている事を 常に気にせずにはいられなかった。ただ、ハルヒとそのことに ついて話し合ったことはなかった。お互い、『何を信じればいいのか』 ということが胸につっかえていたのだろうと思う。 そしてついに回っていた歯車は急速にスピードを上げ、俺たちの 前に危機として襲い掛かってきたのだった・・・ 一台の車がパトカー2台とカーチェイスを繰り広げている。車は暴走したかの ごとくスピードを上げ倉庫が立ち並ぶ場所へと逃げ込んだ。 『応援を送ります。現在位置を報告してください。』 警察無線がけたたましく鳴る。 「現在エイプリル通りから造船所のほうを西へ向かって走行中。」 『了解。応援を送ります。』 追いかけられている車はついに袋小路に入り込んだ。 ”警察だ!車を止めろ!” 車は荷物にぶつかりスリップして止まった。止まった車から1人の男が 運転席から逃げ出し、近くの柵を乗り越えて逃亡しようとした。 しかし、すぐに駆けつけた警官に取り押さえられ柵から引き離された。 「動くな!地面に付け!」 警官が怒鳴る。しかし男は必死に抵抗を続ける。男は油断した警官から 警棒を取り上げると次々と警官を倒していった。そのとき応援に駆けつけた 若手警官が電気ショックガンを男に発射した。しかし、男は何の変化も 受けなかった。男はショックガンの電極を抜くと一目散に桟橋へ駆け込んで いった。 「止まらないと撃つぞ!」 警官が威嚇する。しかし男は止まることなく桟橋の端に向かって走っていった。 ”パンパン”警官が銃を男に発射した。しかし男は止まることなく走り続け、 ついに海へ飛び込んでいった。 「確かに命中したはずなのに・・・どこへ行ったんだ・・・出血がひどいはずなのに」 警官はまるで信じられないという顔で海を見つめた。桟橋の端に着いた警官が 見たものは赤い血ではなく、緑色の液体だった・・・ あたしは家でテレビを見ながらソファーに横になっていた。その時電話が鳴り、 受話器をとって耳に当てて、 『8チャンネルを見ろ。』 この一言だけ言って電話は切れた。 「ったく。なんなのよもう・・・」 そういいつつTVのチャンネルを8チャンネルにした。そのチャンネルでは 夕方、車の追跡激が行われたという現場からのニュースを流していた。 あたしは急いでビデオに録画を始めた・・・ 次の日あたしはオフィスで録画しておいたニュースを繰り返し見続けた。 「ハルヒ、さっきから何十回も見てるぞ。一体何を探しているんだ?」 キョンがあきれたような口調であたしに言った。 「あたしもわからないわ。」 そう答えるとあたしは怪しいと思われる人物が写っている画像をプリントした。 「彼・・・ディープスロートがテレビを見ろって言ったのか?」 キョンが言ったディープスロートというのは以前から私に情報をもたらして くれている初老の男性のことだ。最初にあったのはエレンズ空軍基地事件の時だった。 「そうよ。」 「警察はなぜその男を追いかけてたんだ?」 「ニュースではスピード違反としか伝えていないわ。」 「スピード違反にしては随分大げさな報道だな。」 「絶対になにかあるわ。」 そう言いつつ今度は1台の車が写った画像をプリントした。 「ニセの情報なんじゃないか?」 「どうして?」 「彼は前にも嘘をおまえに伝えたろ。」 そう、彼は以前宇宙人が捕獲されたという事件があったとき、 あたしたちの身を案じて一部嘘の情報を教えたことがあった。 「いや違うわ。彼は何かを知らせたかったのよ。きっとなにかあるに 違いないわ。だからあたしに電話してきたのよ。」 「だとしたら一体何を?」 「それをこれから探すのよ。」 あたしたちは現場へと向かった。そこで事件を担当している警官に 説明を求めた。 「昨夜は3つの捜査機関が動員されてたんだ。」 「たかがスピード違反なのに?」 あたしはオフィスでプリントした写真を見せながら、 「この私服の男だけど、署の人間なの?」 「いや、ちがうな。知らない男だ。昨夜は人がうじゃうじゃいたからな。」 「容疑者は逃げた形跡もなく遺体も出ないの?」 「見ての通り捜索中だ。ダイバーも動員してるしそのうち見つかるだろう。」 「でも、もう18時間も経ってるわ。おかしいんじゃない?」 「いや、海底の探索には時間がかかる。それよりも、FBIがなぜこの事件に?」 「容疑者の男の顔が手配中の逃亡犯に似て・・・」 「ほう、それは不思議だ。人相は発表していないのに。」 「差し支えなければ車を見たいんだけど。」 「署の駐車場にある。」 俺たちは担当している警察署に向かった。 「所有者はゲイザスバーグのレンタカー会社だ。店は盗まれたものだと 言ってるが。これじゃ車の線を洗うのは無駄なんじゃないか。」 俺はハルヒに言った。 「きっと何かあるはずよ。」 ハルヒはオフィスでプリントした車の写真を見ながら車の周りを探ってた。 「この写真じゃナンバーも見えないわね・・・」 ハルヒが車の正面に立ったとき、 「ちょっとキョン、見てみて。」 「なんだ。」 「ほら、写真の車にはガラスにシールが貼ってあるわ。」 「でもこの車には貼ってないな・・・」 「車が違うってことよ。」 俺たちは一旦オフィスに戻り改めてビデオを検証してみることにした。 「この写ってるシールは『使者の杖』と呼ばれるもので医学のシンボルらしい。」 「ってことは車の持ち主は医者ね。画質を補正してみたんだけど、ナンバーは ”3AYF”ね。」 「前半部分はどうなんだ?」 「隠れてて見えないの。だからそれしか分からないわ。」 そういうとハルヒは電話を取り、 「ダニー、ハルヒよ。車の割り出しをして欲しいの。ナンバーは 一部しか分からないんだけど、多分持ち主は医者よ。よろしく頼むわ。」 電話の先でダニーが調べている間私はキョンに、 「偽装工作のために車をすりかえられたのよ。」 と言った。 「何のためにだ?」 「持ち主に何か秘密があるに違いないわ。」 俺たちは判明した車の持ち主がいると思われるメリーランド州の ゲイザスバーグにあるエムゲン社を訪れた。 そこでは1人の男が白衣を着て研究をしていた。 「ハルヒ、とりあえず尋問は俺がやるから、部屋を注意深く見ていてくれ。」 「わかったわ。」 そうハルヒとやり取りした後、俺は男に声をかけた。 「ベルービ博士?」 「そうだが。」 「FBIです。お話が。」 「悪いが今忙しいんだ。」 「実は昨日起きた事件に博士の車が使われたもので。」 「私の?」 「銀色のシエラをお持ちですよね?」 「何に使われた?」 「犯罪です。ご存じない?無くなった事も?」 「初耳だ。」 「あの車は普段家政婦が使っているから・・・」 そのとき、ハルヒが檻に入った実験用のサルに触ろうとした。その途端 サルが興奮し始めた 「危ない!興奮させないでもらいたい。」 「ごめんなさい。可愛かったもので・・・」 「これは実験動物なんだ。」 そう男が言った後俺は、 「何の実験を?」 「それは尋問かね?」 「いいえ。」 「だったらもう帰ってくれ。仕事が山ほど残っているんだ。」 「どうも。」 そういうと俺とハルヒは黙って研究室を出た。 「ハルヒ、噛まれなかったか?」 「大丈夫。でもちょっと危なかったわね。もうすぐ17時ね。博士の家に 行って話を聞きましょう。」 「いや、断る。」 「どういう意味?」 「こんな無意味な捜査に付き合いきれないってことだ。謎めいた電話に 振り回されて謎々を解くのはもうたくさんだ。」 「ヒントは出てるわ。」 「あれがヒントか?そもそもあのディープスロートって何者なんだ? 本名は?」 「彼は機密を知る立場にいるだから用心深いのよ。」 「ただのゲームかもしれないじゃないか。駆け引きを楽しんでいるん じゃないのか。」 「じゃあ、彼は私を試しているとでもいいたいわけ?」 「いや、オモチャにされてるんだよ。」 結局収穫の無いまま夜になり、あたしは家に帰ってきた。アパートの 入口に入ろうとしたとき、 「少し帰りが早すぎやしないか。」 その声はディープスロートだった。 「遅くなると母親が心配するのよ。」 ディープスロートは近づいてきて、 「失望したよ。熱意が薄れたようだな。」 「なぜよ?」 「真実を追い求め夜を徹して捜査しているものと思っていたのに。」 「あんな情報じゃ少なすぎるわ。」 「今提供できるのはあれだけだ。」 「ニュースが?」 「どこまでわかったんだ?」 「何も分かってないわよ。」 「まったく・・・君に見えていないだけだ。」 「まって、あたしは今まであなたの条件に従い何の注文も出さなかった。 でも、いい加減勿体ぶるのはやめてちょうだい。」 「私に頼りすぎては困る。」 「なら言うけど、あたしのほうこそ謎々ゲームはもうたくさんよ。 いつまでもあなたの言う通りに動くと思ったら大間違いよ。」 「涼宮捜査官。私を信じろ。あと一歩で君は真実に触れることができる。」 「後一歩で・・・何の真実よ。」 あたしのその言葉を聞くとディープスロートは夜の闇へと消えていった。 エムゲン社の研究室にて夜を徹してベルービ博士が研究を続けていた。 博士が顕微鏡をのぞいていると研究室のドアが開いた。 「誰だ?」 返事が無い。 「返事をしてくれ。」 「残業かしら。」 若い女性の声が聞こえた。 「何しに来たんだ?」 女性は博士に近づいた後、 「彼は生きてるんでしょ?連絡はあったのかしら。」 「頼む。今すぐ帰ってくれ。」 檻のなかにいるサルたちが興奮し始める。 「誰か知らんがFBIならもう質問に答えたろ。」 「なんと答えたのかしら?」 「私は何も知らん。何度聞いても同じだ。」 「セケア博士はどこ?」 「何の話かわからんな。」 女性は黙ってサルを見つめる。 「頼む。重要な仕事の最中なんだ。邪魔せんでくれ。」 「あなたの仕事は・・・もう終わりよ。」 そういうと女性は博士の首につかみかかった。とても女性とは思えない 力で締め付けていた。 その光景をサルたちは興奮しながら見ていたのだった・・・ 次の日、エムゲン社の研究室にてベルービ博士が死亡したとの連絡を 受けた。あたしとキョンは急いでエムゲン社の研究室向かった。 研究室内はめちゃめちゃに荒らされており、博士は首をつった状態で 発見されたらしい。 「現場検証の責任者は郡の保安官になってるな。中間報告を見る限り では自殺と記述されてるな。」 「自殺ですって?」 「自分で室内を荒らしたうえで死んだらしいと。」 「方法はなんて?」 「この報告書によると・・・丈夫なガーゼで首を縛り、その片端を ガス栓に結んで飛び降りたとあるな。」 「目撃者はいるの?」 「誰もいないらしい。」 「昨日あった感じでは綺麗好きでこんなことをするような男には 見えなかったけどね。」 「死に方も問題だな。」 「不自然よ。自殺にしては少し念入りすぎてるわ。確実に死ぬために 首吊りと飛び降りをいっぺんにやるなんて聞いたことが無いわ。」 「ベルービ博士の経歴は・・・と。テレンス・ベルービ。74年に ハーバードを卒業。専門は”ゲノム”か。知ってるか?」 「遺伝子の解析でしょ。科学史上最も野心的な研究のひとつよ。」 「さすがだな、ハルヒ。」 「キョンとは頭の出来が違うもの。」 「へいへい。でも、それがどうかしたか?」 「ゲノムの研究をしている人は大勢いるけど、銀色のシエラを所有し 首にガーゼを巻いてバンジージャンプしたのは彼一人よ。」 「でも、それだけじゃ一昨日の事件とは繋がらないな。」 あたしは調整装置の中にあった三角フラスコを取り出して底を 見てみた。”純度調整”と書いてある。 「見る視点が違っていたのかもしれないわ。問題はそこね。きっと それは目に見えない何かで結ばれているんだと思うわ。ところでこれ なんだと思う?」 あたしは取り出した三角フラスコをキョンに見せた。 「なんだろうな・・・液体が入っているが・・・研究材料の1つじゃないか?」 「この三角フラスコの中身ちょっと興味があるわね・・・私は知り合いがいる 大学に行って解析してもらうわ。キョンはその間にベルービ博士の自宅を 捜索してちょうだい。」 「わかった。でもハルヒ、その液体がサルの尿なら捜査は終わりだぞ。」 俺はハルヒに言われたとおりベルービ博士の自宅へ向かった。家に着いた もののベルを鳴らしても誰も出てこない。そこで家の横を観察してみたところ 1つだけ窓が開いてる箇所があった。俺はそこから侵入し家の中を捜索し始めた。 何か出てくれないとハルヒはまた癇癪起こすな・・・と心配しつつ・・・ あたしは今ジョージタウン大学の微生物部にいる。さっきの三角フラスコの 中身を知り合いの女性研究者に調べてもらっているところだ。 「細菌の培養液だと思うけどどこでこれを?」 「ある事件の現場よ。」 「最近の事件は随分科学的なのね。」 「何か出てくれるといいけど・・・まあ、あまり期待してないわ。」 「まって、この液体何でもないどころかただものじゃないわ・・・見て。」 そういうと彼女はモニターを見るように促した。 「これは何?」 「サイズは細菌だけど全然違うわ。こんなの見たの初めてよ。」 「つまり?」 「細菌なら普通は左右対称なんだけど、これは・・・なんていうか妙だわ。」 「正体が分かるかしら?」 「そうね、凍結破断してみれば解るかも。凍結させて薄く切って断面構造を 調べるの。多少時間がかかるけど・・・待てる?」 「ええ、急がないわ。お願い。」 俺がベルービ博士の自宅を捜索してからだいぶ時間が経った。依然として 有力な物証などは得られていない。外も暗くなり時計を見るともう19時を まわっているところだ。やれやれと思いつつ、博士の机の椅子に座り卓上 スタンドの明かりをつけた。それから机の引き出しを探ってみると、なにやら 通話記録のようなものが出てきた。よくみるとほとんど同じ番号にかけている。 俺は早速FBIに電話した。 「ダニーか、すまない今度は電話番号を調べて欲しい。555-2804市外局番301だ。 持ち主を調べてくれ。ここの番号は555-7571だ。よろしく頼む。」 俺は電話を終えると通話記録を元の場所に戻した。更に別の引き出しを調べて みるとどこかの鍵の束が見つかった。俺はこの鍵束をズボンのポケットにしまった。 その時電話が鳴った。 「早いな。」 「テリー君なのか?」 FBIのダニーではなく別な男からの電話だった。俺は調子を合わせて、 「ああ、誰かな?」 「撃たれてるんだ。3日間も水中にいたんだ。」 「今どこにいるんだ?」 「今公衆電話だ。」 「すぐ迎えに行く。場所は?」 「テリー・・・」 それ以上喋らない。どうも様子がおかしい。 「もしもし」 すると別の男の声で、 「もしもし、この人凄いケガをしてるよ。手当が必要だ。」 「場所はどこだ?」 「俺、救急車呼ぶよ。」 「待ってくれ!」 電話は切られてしまった。と、その直後また電話がなった。 「切らないでくれ。」 「持ち主がわかったぞ。」 「ダニー、君か。」 「住所を。」 「まってくれ、今書きとめる。」 俺は紙とペンを取るため椅子を回し窓のほうに向けた。すると外に 青色のバンが止まっているのが見えた。なんとなく怪しい・・・そう 思っていると、 「キョン」 「ああ、聞いてるよ。続けてくれ。」 「この持ち主はゼウス倉庫会社だ。住所はパンドラ通り1616。」 「助かったよ。ありがとう。」 電話が終わると既にバンは消えていた・・・ 暗闇の中を救急車が走る。さっきキョンに電話した男が搬送されている途中だった。 「患者は40代の白人男性。心拍も血圧も低下。」 救急隊員が現状を無線で報告する。 「それから右上半身の傷から緑色の液体が出ている。」 『緑色だと?肺喚起の反応は?』 「いやダメだ。静脈が浮き出て気息音が激しくなってる。皮膚も土色に。」 『緊張性気胸だ。胸膣の圧力を減少させろ。』 「注射器で減圧する。」 そういうと救急隊員は針を男に突き刺した。すると注射器から ガスが噴出し救急隊員たちが苦しみだした。救急車は蛇行運転になり やがて止まった。 『どうしたんだ?救急隊応答しろ。』 救急隊員たちが倒れるのを見届けると男は注射器を抜いた。 『おい救急隊、何があったんだ!応答しろ!』 男は救急車の後部ドアを開けると夜の闇に逃げていった・・・ あたしは大学から携帯電話でキョンに電話をかけた。 『キョンだ。』 「あたしよ。今どこ?」 『手がかりがあると思われる場所に向かってるところだ。』 「手がかりがあったのね。」 『それと、彼は生きていたよ。』 「彼って?」 『逃亡者さ。博士の家に電話があった。』 「どこからかけてきたの?』 『わからない。ハルヒのほうはどうだ。』 「ジョージタウン大学にいるわ。変なものが見つかったわ。」 『ひょっとして例の液体からか?』 「ええ、緑色の物体よ。」 『どんなものなんだ?』 「最近の一種で中にウイルスが生息しているの。どうやら博士は これを培養していたみたい。その細菌には葉緑素のようなものも。 こんな細菌、研究室の人も初めて見るそうよ。」 『博士は何のために培養していたんだろうな?』 「普通ウイルスを増殖させるのは生物に注入するためだわ。これは 遺伝子治療と言う実験段階の技術よ。」 『たぶんサルを使って実験してたんだな。他には?』 「今、細胞培養とDNA分析をしてもらってるわ。とにかくただ事では なさそうよ。こんな細菌は数百万年前にさかのぼっても───地上に 存在した形跡が無いらしいの。」 そのハルヒの言葉と同時に俺はゼウス倉庫会社についた。 「ちょっとキョン、聞いてるの?」 『ああ、引き続き検査を続けていてくれ。』 「わかったわ。そっちも何かあったらすぐ連絡をちょうだい。」 『わかった。じゃあ切るぞ。』 俺はゼウス倉庫会社の倉庫に進入した。鍵束から適当な番号を選び その部屋に入ってみた。そこで見たものは・・・驚くべき光景だった。 人間が水槽の中で実験のようなことをされているのだ! 部屋の中を一通りまわってみると、1つの水槽だけ空っぽのものが あった。 ───ここでは一体何が行われているんだ・・・そしてこの空っぽの 水槽の中の被験者はもしかして・・・ あたしは疲れのためか大学の休憩所にあるソファーで寝ていた。 そこに知り合いの研究者がやってきて私を起こした。 「ごめんなさい、つい居眠りを。」 「涼宮捜査官、見せたいものがあるの。」 「なにかしら。」 「これはあなたが持ち込んだ細菌のDNA塩基配列よ。」 「いわゆる遺伝子ってヤツね。」 そういうと遺伝子構造を表した書類を見せられた。 「塩基対と呼ばれるものでヌクレオチドでできているの。DNAには 4種類のヌクレオチドがあるの。地球上のあらゆる生物はこの4つの 組み合わせによって作られているの。今見ているのはあの細菌の 遺伝子の連鎖よ。普通遺伝子の連鎖には切れ目がないけど、でも この細菌にはそれがあるの。」 「どうしてなの?」 「理由は解らないわ。でも私なら今すぐに政府機関に連絡するわ。」 「何を発見したの?」 「第5・第6のヌクレオチドでできた塩基対よ。新しいDNAよ。あの 細菌は自然界に存在し得ないものなの。つまりあの細菌は・・・ 地球外生命体よ。」 「なんですって・・・」 俺はある程度調べを終えるとすぐに倉庫から出た。そして車に 向かって道を歩いていると・・・さっきの青いバンが表れ中から 男が2人出てきた。俺はとっさに反対方向へ歩き出した。ある程度 歩いたところで前方からも1人走ってくるのが見えた。やばい! 俺はすぐ近くの木で出来た柵を乗り越え一目散に走って逃げた。 ある程度走ったところで横道に隠れ、銃を取り出し銃を構えて 今走ってきた道を見た。しかし追いかけてきた様子もなく、俺は そのまま夜の暗闇の中へ走って逃げた・・・ 家に戻ると電話が鳴っていたので急いで取った。 「もしもし」 『キョン、なにやってるのよ!もう朝よ、一晩中電話してたのよ!』 「すまない。まずいことが起きてしばらく隠れてたんだ。」 『キョン、例の細菌だけど自然界には存在しないらしいわ。 地球外生命体の可能性があるって。」 「待ってくれハルヒ。」 『なによ?』 「俺のほうも今すぐお前に見せたいものがある。」 あたしとキョンは一緒にゼウス倉庫会社の倉庫に来た。 「ちょっと待ってくれハルヒ。」 「なによ。」 「なんというか・・・お前に謝らなければならん。俺が間違っていた。」 「当たり前じゃない。でも、気にしないで。」 「でも俺は・・・お前の足を引っ張るようなことばかりして・・・これからは改めるよ。」 「ふふん。キョンもだんだんわかってきたじゃない。」 「おれは科学を絶対視するあまり解明されていることしか信じようと しなかった。でも昨夜見たものは・・・俺の理解をはるかに超えていた。」 「じゃあその神の領域をも超えているようなものを見せてもらいましょうか。」 俺とハルヒは、俺が昨夜入った部屋の鍵を開け、電気をつけた。しかし そこには何もなかった・・・ 「水槽が、人間を入れた水槽が5つあったんだ。コンピュータ管理も されてて。彼らは水中で生きていたんだ!」 「どこにいったのかしら?」 その時ディープスロートがやってきた。 「神のみぞ知る・・・だ。既に処分されているだろう。」 「誰が処分したの?」 「わからない。」 「嘘よ。」 「私の能力にも限界というものがある。情報機関の内部には”影の政府”が 存在しその中の一部が権力の中枢を握って秘密活動を行っているのだ。」 「昨夜3人の男に追跡された。」 「ああ、それは単なる脅しにしか過ぎない。相手はプロだ。殺しにも 慣れている。」 「ベルービ博士も彼らに殺されたの?」 「多分な。」 「なぜよ。」 「あれだけ調査してもまだ分からんのか。」 「博士は地球外ウイルスを培養して人体実験をしていたんじゃないのか?」 「そうとも。研究は今に始まったことではない。細菌は1947年から存在していた。」 「ロズウェルね。」 「ロズウェル事件は氷山の一角にすぎない。博士は実験に成功し、口封じの ために殺された。彼はこの部屋で人体に対する初のDNA移植を行っていたのだ。 6人の末期患者が自ら進んで申し出てきた。その1人セケア博士はベルービの 友人だった。遺伝子移植治療の成果はすさまじく、DNA移植を受けた結果 6人の患者の容体はみるみる快方に向かっていった。セケア博士も正常な 肉体を取り戻し、おまけに超人的な体力と水中でも呼吸できる力を身につけた。」 「だから3日間も水の中で隠れ通すことが出来たのね。」 「でも、何で逃げるんだ?」 「元々セケアは生きていてはならん男だ。この実験は政府が極秘に進める 研究の一環だった。実験後は彼らは用済みだ。生きていては秘密が漏れる 恐れがある。事故で救急車に運ばれでもしたら?セケアの血液成分は異質で かなりの毒性もある。それをマスコミがかぎつければ・・・」 「だから抹殺命令が出たのか。」 「そうだ。でもセケアはベルービからそれを聞いてしまった。」 「1つどうしても分からないことがあるわ。なぜ最初から教えないで今頃 詳しい情報を?」 「証拠隠滅の動きが早まったからだ。ベルービも殺され、ここにいた人間も 抹殺された。証拠がなければ君らも立証は出来ない。急いで証拠を集めろ。 今ならまだ間に合う。セケアを探して保護するんだ。この件で君らと話すのは これきりだ。」 そういうとディープスロートは部屋から出て行った。 あたしとキョンはしばらく考えた後倉庫から出た。 「あたしは研究室へ戻って分析結果を取ってくるわ。」 「俺はセケアを追う。」 「どこへ?」 「さあな。感が頼りだ。」 あたしがジョージタウン大学に着くと依頼していた知り合いは研究室に いなかった。しょうがないので休憩室に行ってみた。 「すいません、カーペンター博士はどこに?」 そういうと研究員の一人が、 「カーペンター博士の家族全員が交通事故でお亡くなりに・・・博士自身も・・・」 なんてことなの・・・証拠がどんどん消されていく・・・ 俺は再度ベルービ宅へ行くことにした。今回は面倒なので正面玄関の鍵を FBI特製のピッキングセットを使って開けて入った。ってか最初もこうすれば よかったな俺。中に入ると上の階から物音が聞こえた。どうやら天井裏に 誰かがいるようだ。俺は天井裏へ行くと、 「セケア博士?」 呼びかけてみたが反応が無い。天井裏を少しずつ探っていると、いきなり 後ろから男に襲われた。 「待て!」 男は聞き入れなかった。俺を殴ると胸倉をつかんだ。 「助け来たんだ。」 そういうとセケア博士とおもわれる男は胸倉をつかんだまま静止した。 と、その時”パン”と言う銃声が聞こえセケア博士が倒れた。正面を 見るとガスマスクをした男が銃を握っている。セケア博士の傷口から 毒性のあるガスが流れ出した。俺は目を開けられなくなりよろめき始め そして気絶した。 ガスマスクの男がセケア博士に止めを刺しているとき1人の若い女性が 天井裏に上がってきた。 「あんたはいいな、マスクがいらないんだからな。」 「まあね。それよりきちんと仕事をしておくのよ。」 「わかってるさ。それよりこいつはどうする。」 「あらあら奇遇だこと、この男は・・・このまま連れていくわ。」 キョンに連絡がつかない。あたしはキョンのアパートへ向かった。 キョン・・・どこにるの・・・嫌な思いがあたしの心に積もる。 キョンの部屋の呼び鈴を押した時、 「ここにはいない」 背後からディープスロートの声がした。 「キョンは今どこにいるの!」 「分からん、私も知りたいよ。」 「きっと何かあったに違いないわ。」 「無事だ。」 「どうしてわかるの?」 「彼を殺せば目立ちすぎるし、証拠を君にぶちまけられては困る。」 「証拠はもう無いわ。彼らに抹殺されたのよ!」 「涼宮捜査官、君にしかキョン捜査官は救えない。証拠はまだ存在する。」 「どこに?」 「警戒が厳重な場所だが君なら何とか潜り込める。」 「潜り込むって・・・場所は?」 「それは・・・フォートマリン隔離施設だ。」 「そこに何があるの?そしてどうすればいいの?」 「”源”だよ。全ての始まりだ。それを手に入れろ。そうしたら彼らと 交渉してキョン捜査官を取り戻す。」 「う・・・」 俺は薄暗い廃工場と思われる場所で目を覚ました。朦朧とする意識の 中で周りを見渡すと、自分は柱に縛られ、周りには誰もいない状態だった。 「なんだったんだあのガスは・・・気絶するほどとは・・・」 「ずいぶんと長い昼寝だったわね。お久しぶり、キョン君。」 うつむいて今までのことを思い出していたとき、はるか昔に 聞いた女性の声が聞こえ、近づいてきた。 「お、お前は・・・なぜここに!」 声の主はハルヒと出会ってすぐ、俺を殺そうとし、更に長門が 暴走して時空改変を行った際に俺にナイフを付きたてた女、朝倉涼子だった。 「あらあら、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶なこと。」 「お前は長門によって消されたはずだ。なのに何でここにいる?」 「うふふ、知りたい?まあいいわ大サービスで色々教えてあげる。」 朝倉は教師が生徒に授業をするような態度で行ったり来たりしながら話し始めた。 「私は新しい任務のために再構成されたの。バックアップとしてではなく単独個体としてね。」 「新しい任務・・・?」 確か高校卒業の別れ際、長門もそんなことを言っていたことを思い出した。 「情報統合思念体が自立進化の道を探っているのは既に知ってるわよね。」 「ああ。」 「あなたは情報統合思念体がこの星に興味を持ったのは涼宮さんのため だけかと思っているかもしれないけど、実際にはもっと昔からアプローチ していたのよ。」 「昔から・・・?ハルヒを観察するだけじゃなかったのか?」 「あなたたちが高校時代には涼宮さんの監視が私たちの目的だったわ。 事実あなたを殺して涼宮さんの出方を見ようともしたし。」 高校時代に殺されかけた嫌な思い出が蘇る・・・ 「でも高校卒業後、涼宮さんの力がなくなると、もはやその意味はなくなった。 そこで情報統合思念体の中でも少数派だったこの星の住人と直接接触し、 共に人類を支配下において自立進化の道を探ろうとする流派が台頭して来たの。」 「俗に言われている『宇宙人』ってやつか」 「そうね。そんな感じで言われてるわね。UFOとかも。で、その流派が今は 主流派となり活動を行ってるわけ。」 「で、その任務にお前や長門が選ばれてるってわけか。」 「まだ大勢いるけどね。でも、まさかあなたに会えるとはね♪」 「俺は会いたくなかったけどな。」 「ほんと、つれないこと。長門さんだったらホイホイついていくのに。」 「そうだ!長門はなんで俺たちのことを覚えていないんだ?」 「長門さんの記憶が封印されているためよ。初期化も考えたらしいけど 今まで蓄積していた知識なども考慮すると封印したほうがいいというのが 結論だったみたい。ま、私にはどちらでもいいけど。」 「封印・・・それでか・・・」 俺は空軍基地で長門に襲われた一件を思い出した。 「喜緑さんはどうなんだ?」 「あの人は特別ね。未だに穏健派に属していて、穏健派は各派の暴走を 押さえるのが目的なの。喜緑さんはいわば監査官ってところね。」 「喜緑さんだけは昔から立場が変わってないってことか・・・」 「そうね。でもなんであなたたちを助けたのかはわからないけど。まあ、 今回はここの情報を遮断フィールドで覆ってるし、助けに来ないと 思うけどね。」 「俺を殺すつもりか?」 「まあね。それが命令だし。人間最後まで片をつけないとね♪」 お前人間じゃないだろ・・・などと思いつつとりあえず絶体絶命だと言うことは 理解できた。 「それじゃ、私はまだ用事があるから失礼するわ。おとなしくしててね♪」 そういうと朝倉は闇に消えていった。 「ハルヒ・・・今頃どうしているだろうか・・・」 俺は悲嘆にくれながら月明かりが差し込んでくる窓のほうを見た・・・ あたしはキョンを救う鍵を手に入れるべくフォートマリン隔離施設へ 向かった。ディープスロートが用意してくれた偽のIDで難なく潜り込む事が できた。あたしはエレベーターまで行くと最重要フロアまで一気に登った。 フロアに着くとあたしは”氷雪学”の研究施設を目指した。その施設は すぐわかり、その部屋に入った。部屋に入ると”ガチャン”という音と共に ドアがロックされた。奥の部屋に入るには更にIDカードでの認証が必要なようだ。 あたしはIDカードを差し込んだ。その途端スピーカーから声が聞こえた。 扉の横に警備員が待機していた。 『名前は?』 「涼宮ハルヒ。」 『所属は。』 「連邦政府。」 『パスワードを。』 パスワード?そんなの聞いてなかったわ・・・わたしが考え込んでいると、 『パスワードを言ってください。』 警備員に怪しまれ始めていた・・・その時ある言葉があたしの頭に浮かび 上がった。 「純度調整」 そう言った瞬間、ドアのロックが開いた。あたしはドアの中に入り、 「ここに署名を」 と言われ、それに従い名前を書いた後目的の部屋に入っていった。 部屋の中は冷凍保管室だった。いくつかのケースが保存されており、 その中のひとつを探し出してケースから中の容器を取り出した。 容器を開けて中身を見るとそれは・・・宇宙人の胎児だった・・・ 「これが”源”・・・」 これがあればキョンが救える。あたしは容器の中身を元に戻すと 容器をダンボールに入れ、冷凍保管室を後にした・・・ ───待っててねキョン、今助けるわ! 俺は殺される・・・死刑執行を待つ死刑囚のような気分だった。 うなだれていると奥の方から小柄な人影がこっちにやってくるのが見えた。 「長門!」 そう、それはかつての、いや、俺は今でも仲間と思っている長門有希だった。 長門は俺の前に立ち無言でいる・・・俺を殺すのは長門なのか・・・?そう考えて いると長門が突然口を開いた。 「なぜ...あなたは私を知っているの...?」 「共に活動した仲間だからだ。」 「私はあなたと活動した記憶は無い...」 「それはお前の記憶が封印されているんだ!思い出してくれ俺を!」 「封印...?私は最初からこの記憶しか持っていない...」 「ちがう!それは情報操作されているんだ!お前は、俺の、俺たちの大事な 仲間なんだ!」 「なか...ま?」 「そうだ、無口で寡黙でそれでいていつもみんなを見守っていてくれていた 存在、それが長門有希、お前なんだ!」 「みんなを...見守る...」 そういうと長門は右手で頭をかかえた。 「お前はそんな命令しか聞かない人形じゃなかった。最初は無表情だったが 徐々に人間らしい感情を持ってきた、そんな女の子だったじゃないか!」 「かん...じょう...」 「思い出せ!SOS団で活動したことを!最初にお前と行った図書館のことを!」 「SOS団...図書館...」 そういうと長門は直立不動になり目を閉じた。 「封印シーケンス無効化。自律動作開始。これより自発的行動に移る。」 「長門・・・思い出してくれたのか!?」 「キョン...あなたに会いたかった...」 長門は目を開け微笑みながら涙を流し、俺を見た。 「俺も会いたかった、長門・・・」 「私は記憶を封印されていた。でも深層心理下ではいつもあなたを想っていた。」 「長門・・・」 「私はあなたを助ける。とりあえずここを脱出する。」 そういうと長門は俺が縛られていたロープを切ってくれた。と同時に、 「あらあら、長門さん裏切るつもり?」 闇の中から朝倉が現れた。 「裏切るのではない。元の自分に戻っただけ。」 「あなたは今昔の立場では無いわ。だから裏切りよ。」 「なんとでも言うといい。でも私は彼を守る。」 「ふふふ・・・あの時の再来かしら。でも今は私はあなたのバックアップ じゃないわよ。同等の機能を持つ!!」 そういうとあたり一面が砂漠化した。 「くっ、情報操作か!」 「私から離れないで。あなたを絶対に守ってみせる。」 「出来るかしらね・・・行くわよ!」 長門と朝倉の激しい戦いが始まった。朝倉のターゲットはどうやらまずは 俺らしい。俺に向かって執拗に攻撃してくる。それを防いで反撃する長門。 「あら、なかなかやるわね。でもこれはどうかしら!」 そういうと朝倉は俺たちの周りに電撃をまとった黒い球体をいくつも 出現させていた。そして一斉に俺たちに向かってその球体が向かってきた。 長門はその瞬間体を発光させて全部の球体の攻撃を受けた。 「長門!大丈夫か!」 俺に当たるのを防ぐために攻撃をもろに受けてしまった長門は、 体がボロボロになり倒れていた。俺は長門を抱きかかえた。 「大...丈夫。遮断フィールドである程度防いだ。」 「しかしもう体がボロボロじゃないか。」 「ボロボロでも...絶対にあなたを守ってみせる。それが私の使命。意思。」 「長門・・・ありがとう・・・」 「あらあら、焼けるラブシーンだこと。涼宮さんが見たらどう思うかしらね。 でも、次の攻撃で終わり。どうせ涼宮さんも後を追うだろうからあの世で見せ付けてあげて♪」 朝倉は右手のを俺たちにかざすと俺たちの頭上、周りに膨大な炎が出現した。 「これはもう長門さんじゃ防げないわよ。覚悟を決めることね。」 そういうと炎が一斉に俺たちに向かってきた・・・万事休すか! 俺は目をつぶった。しかし次の瞬間、炎は全て消えていた。 「どういうことだ・・・」 「まさか・・・あなたが現れるなんて・・・」 朝倉は信じられないと言う感じで俺の後ろを見ていた。振り向くとそこには 喜緑さんが立っていた。喜緑さんはすぐに俺たちのところへやってきて長門の 体を治してくれた。 「遅くなりました。長門さんがこの空間の隙間から連絡をしてくれたので ここが分かりました。間に合ってよかった・・・」 「喜緑江美里ありがとう。助かった。」 「いいんですよ、長門さん。あなたはやっと本来の自分を取り戻してくれました。 私はこのときを待っていました。彼や涼宮さんのために。あなたのために。」 「喜緑さん、どうして俺たちを助けてくれるんですか?」 「長門さんと共に朝倉さんと戦わねばならないので簡潔にお話します。 私の属する穏健派は現在の情報統合思念体の主流派の行動があまりに行き過ぎて いるという考えを持ち始めました。そこで涼宮さんやあなたを助けることで 主流派の暴走を食い止めようと考えたのです。」 「だからあの時長門に襲われた俺たちを助けてくれたんですね。」 「はい。さあ、時間がありませんキョン君あなたをこの空間から脱出させます。 その後は急いでそこから遠くに逃げてください。」 「わかりました。長門また負担をかけてすまん。これが終わったらまた会おう。」 「了解した。あなたも気をつけて。」 「では行きます。」 そういうと俺は情報統制空間から脱出した。 「さあ、朝倉さんあなたの暴走を止めさせていただきます。長門さん準備は いいですか?」 「いつでもいい。」 「くっ、まさかあなたが出てくるとはね・・・さすがに2人がかりで来られては 勝てないわ。今回は逃げさせてもらう。でもこれはお土産よ!」 砂漠化した情報統制空間中で連続して大爆発が起きた。そして情報統制空間は 消えた。 俺は廃工場の外に転送されていた。一刻も早くここを離れなくては・・・そう思うと とりあえず廃工場から全力で離れていった。と、その時! 『ズドーン・・・ズドーン・・・ドカーン───』 廃工場がいきなり大爆発を起こした。 俺は爆風で少し吹き飛ばされ倒れた。が、怪我もなかったのですぐに立ち上がり、 「長門───!!喜緑さん───!!」 大声で叫ぶも燃え上がる廃工場からは何の返事もなかった・・・ 「くそっ・・・せっかくまた会えたのに・・・」 燃え上がる廃工場を見ながら俺は涙を流しつつ拳を地面に叩きつけた。 だが、長門や喜緑さんの犠牲を無駄にしてはならない。そう考えると涙を拭き 立ち上がった。 「しかし・・・一体どこへ行けばいいんだ・・・」 そのとき、月明かりに照らされた人影から声が聞こえた。 「キョン君、こっちです!早く!急いで!」 その人影は・・・未来から来た高校時代の天使、朝比奈みくるさんだった。 「朝比奈さん、なんでここに!?」 「訳は後です。規定事項が迫っています。そこに涼宮さんもいます。私に ついて来て下さい!」 「わかりました、いきましょう。」 俺と朝比奈さんは急いでその場を後にして、朝比奈さんに指定された場所に 向かった。 その時俺は気が付かなかった、近くの物陰で監視されていたことを。 監視していた女性が無線機を取り、 「スネーク、彼が逃げました。そちらに向かっています。」 『もうすぐ取引が終わる。問題ない。』 「わかりました。気をつけて。」 『そちらもすぐに撤収しろ。以上だ。』 無線機の先の男は車のハンドルを握りながら一粒の涙を流していた・・・ あたしは車でディープスロートとの待ち合わせの場所に向かった。しばらく 待っているとディープスロートを乗せた車がやってきた。 「涼宮捜査官、例のものは持ってきたかね。」 「ええ、ここにあるわ。」 「じゃあ早く私に渡すんだ。」 「いやよ、あたしが直接交渉するわ。」 「いいかね、この段取りをつけたのは私だ。私でないと相手は信用しない。」 「そうね・・・わかったわ。」 あたしは持ってきた宇宙人の胎児をディープスロートに渡した。 ディープスロートは受け取ると車を少し先に進ませた。あたしは車に戻り サイドミラーを調節してディープスロートの車が写る様にした。その時 あたしの車の横を黒いバンが横切りディープスロートの車の横で止まった。 ディープスロートは車を降り、バンから出てきた男に宇宙人の胎児を手渡した。 と同時にディープスロートは男から撃たれた!!バンの男はすぐに車に乗り込み 走り出した。あたしは車を降りると、 「キョンは!キョンを返してー!」 と叫びながらバンに走って近づいていったが逃げられてしまった。追いつけない ことを確認するとあたしは撃たれたディープスロートのところへ走っていった。 「う・・・嘘でしょ・・・なんで・・・」 撃たれて倒れていたのはディープスロートではなかった。高校時代SOS団副団長、 古泉一樹君だった・・・ 「ハルヒー!」 あたしの後ろからキョンの声が聞こえた。振り向くとキョンがこっちに走って きていた。と、その後ろをみくるちゃんが追いかけて走ってきていた。 「ハルヒ大丈夫か?」 キョンが心配そうに話しかけてきてくれた。 「ええ、大丈夫。でもなぜみくるちゃんがここに・・・」 「訳は後で話す。で、どうなったんだ?」 「キョン、これを見て・・・」 俺はハルヒがどいた先を見つめた・・・そこには銃で撃たれた古泉がいた! 「古泉!何でお前が!?」 「ふふふ、ディープスロートの正体は僕だったんですよ。」 「ディープスロートの正体が?どうやって・・・」 「『彼ら』の技術を使って『機関』が開発した特殊偽装装置を 使いました・・・ぐっ!」 「喋るな、病院へ連れて行くから待ってろ。」 「もう助かりませんよ・・・だからここで話せるだけお話します。」 「なんで・・・なんでこんなことを・・・命をかけてまで・・・」 「僕は以前言いましたよね、『SOS団に危機が迫った時1度だけ機関を 裏切ります。』と。」 「だからって・・・こんな・・・こんなことってあるかよ・・・」 俺は涙を流しながら古泉を抱きかかえた。後ろではハルヒ・朝比奈さんも 涙を流していた。 「『機関』はすでに情報統合思念体の新主流派と接触を持っています。 ありとあらゆるところに根を張り巡らしていることでしょう・・・」 「それで『機関』のスポンサーがアメリカ政府になったのか・・・」 「まあ・・・そんなとこ・・・ろ・・・です。」 抱きかかえる古泉の命が弱くなっていくのを感じる。 「高校時代は・・・楽しかった・・・ですね。」 「ああ、今でも戻りたい気分だ。最初は嫌だったけどな。」 「世界で・・・我々だけですよ、あれだけの・・・楽しみを得られたのは。」 「そうだな。そのことを世界中のやつに自慢してやりたいよな。」 「SOS団に入れて・・・本当によかった・・・です。」 「俺もお前と会えて本当によかったよ。」 古泉の命が今まさに燃え尽きようとしている・・・ 「まさか・・・僕はあの人に撃たれるとは・・・思いま・・・せん・・・でした。 いいですか、涼宮さん、キョン君。これからは誰も・・・信じ・・・ては いけ・・・ま・・・せ・・・ん。」 そういうと古泉は息を引き取った・・・ 「古泉───!」 俺は古泉の体を抱え大泣きした。 「なんで、なんで古泉君がこんな目にあわないといけないの!? キョンどうなってるの!?」 ハルヒが俺に泣きながら問いかけてきた。 「ハルヒ、お前には話していないことがある。とりあえずオフィスへ 戻ろう・・・」 そういうと俺はハルヒの車に古泉をのせハルヒ・朝比奈さんと共に FBIのオフィスに向かった・・・ FBIのX-FILE課のオフィスには俺・ハルヒ・朝比奈さんがいる。 俺は今までのことを全てハルヒに話した。そしてハルヒは落ち込みながら、 「そう・・・やっぱり有希は宇宙人だったのね・・・いつかキョンが喫茶店で 言ってた3人の話って本当だったんだ・・・」 「今まで黙っていて御免なさい、涼宮さん・・・」 朝比奈さんが申し訳なさそうに言う。 「いいのよ、事情が事情だったしね・・・でも、なんで今日古泉君が 撃たれるのを止められなかったの!?未来からならわかるんでしょ!?」 「それは・・・」 「ねえなんで!?、みくるちゃん。なんで・・・」 ハルヒは涙を流しながら朝比奈さんに詰め寄っていた。 「よせハルヒ。古泉が撃たれる事は規定事項だったんだ。これが変わって しまうと未来まで変わってしまう。だから止められなかったんだ。」 「そう・・・よね。ごめんなさい、みくるちゃん。問い詰めたりして。」 「いえ、いいんです。私も止めたかった。でも・・・」 朝比奈さんも泣き出した。 「長門は記憶を取り戻し俺を助けてくれて犠牲になった・・・古泉は 最初から命の危険をおかしてまで俺たちを助けてくれた・・・失った ものが・・・大きすぎる・・・」 「キョン君・・・」 「キョン、でも有希はまだ生きているかもしれないわ。だって宇宙人 なんでしょ。しかも喜緑さんもいたんでしょ。」 「ああ・・・そうだな。まだ希望は捨てられないな・・・いや、またきっと 会える日が来る。」 「みくるちゃんはこれからどうするの?」 「わたしは本来の時空に戻ります。今回はキョン君のサポートとして命令を受けたので・・・」 「そう・・・また会えるわよね。」 「ええ。きっと。それでは涼宮さん、キョン君気をつけて。」 そういうと朝比奈さんは部屋を出て行った。もうこの時空にはいないだろう。 「キョン、真実ってなんなんだろうね・・・」 ハルヒがか弱く俺に問いかける。 「さあな・・・今はわからん・・・でもいつかわかるさ。」 「そうね。」 「今日はもう遅い。とりあえず帰ろう。」 「私はまだもうちょっと1人でここにいるわ。先に帰ってて・・・」 「わかった。あまり考えすぎるなよ。」 「ありがとう。キョン・・・」 俺は天井を向きながら考え事をしているハルヒを残し家に戻っていった。 俺は家に戻りベットに横になって色々考えていた・・・ 長門のこと、喜緑さんのこと、朝倉のこと、古泉のこと・・・などを。 考えながら、うとうとしていると突然電話が鳴った。 「もしもし」 『キョン・・・X-FILE課が閉鎖になることになったわ・・・』 「なんだって!」 『スキナー副長官からの直々の命令よ。私たちはバラバラに 転属になるわ。』 「そんなこと・・・許されるもんか!!」 『あたしは明日もう一度命令の取り消しを求めてみるわ。』 「俺も一緒に行くぞ。」 『ありがとう、キョン。あたしは絶対に諦めないわ、真実を求めるまで!』 「ああ、そうだな。死んでいった古泉のためにもな。」 『じゃあ明日またオフィスで会いましょう。おやすみ。』 「ハルヒ、おやすみ。」 そう言って俺は電話を切った。X-FILE課が閉鎖だと!これも真実に 近づきすぎたためか?俺はやりきれない気持ちで一杯だった。 未来は変えられないのか・・・いやきっといつかこの絶望の未来を 変えてみせる。その時まで俺はハルヒと共に戦う。そう決心した・・・ 最後に俺たちや同じように閉塞した絶望に襲われている人たちに1つの メッセージを送りたい。 ───Fight the future(未来と戦え) <終章・終> 涼宮ハルヒのX-FILES あとがき 涼宮ハルヒのX-FILESを応援してくださった方、ご覧になってくださった方、 支援してくださった方、本当にどうもありがとうございました。 涼宮ハルヒのX-FILESはとりあえず全5話で完結になります。 この各5話は参考ストーリーのシーズンがバラバラですが、一応本家シーズン1を想定 したものとなっています。 最初の発端は「スカリー役のキョンが朝倉に拉致されたら面白いのでは」と言うもの だったのですが、この拉致される本家X-FILESシーズン2からは国家による陰謀色が 強くなり、モルダー役のハルヒでは少々役不足になると考え、陰謀色が薄いシーズン1 のみを想定してSSとして書かせていただきました。 なお、本家X-FILESではシーズン1~6までで1つの陰謀話になっています。 涼宮ハルヒのX-FILESにおいては私の作成能力不足のためいくつか伏線を残す結果と なってしまいました(文章においても変なところが多いですが・・・)。 ただ、これらを回収するにはシーズン2以降の話をかなり書かなければならず、 かなり長くなってしまうため不本意ながら断念しました。 本家X-FILESでは陰謀の絡まない単発ストーリーがまだいくつかあります。 機会があれば短めな外伝としてそれらをSSとして書くことも考えています。 最後になりますが、ある一曲を紹介したいと思います。 それは日本でシーズン3が放映された際のエンディングテーマでTWO-MIXの曲である 「TRUE NAVIGATION」です。 この曲はモルダーとスカリーのお互いの信頼関係がテーマの曲ですが、 ハルヒ・キョンに当てはめてもまったく遜色が無い曲だと思っています。 私はシリアス版ハルヒ・キョンのテーマだと思いながら執筆中に聞いていました。 どんな形になるかわかりませんが、長編次回作が出来ましたらまた恥ずかしながら 発表させてもらいたいと思っています。 それまでは小粒な作品などをちょくちょく書きたいな・・・と。それでは。
https://w.atwiki.jp/kskani/pages/18.html
【名前】涼宮ハルヒ 【出典】涼宮ハルヒの憂鬱 【種族】人間 【性別】女性 【声優】平野綾 以下、kskアニメキャラバトルロワイアルにおけるネタバレを含む +開示する 涼宮ハルヒの本ロワにおける動向 初登場話 002 始まりは今! 登場話数 4話 スタンス 対主催 現在状況 一日目第1回目放送直前時点で死亡 死亡話 048 God Knows…… キャラとの関係(最新話時点) キャラ名 関係 呼び方 解説 初遭遇話 キョン 仲間→敵対 キョン SOS団の雑用。恋愛感情(ツンデレ的な意味で)。誤って殺された 048 God Knows…… 朝倉涼子 知人 朝倉さん いつの間にか転校していった。 ※ロワ内では再会せず キョンの妹 知人 妹ちゃん 文字通りキョンの妹という認識。懐かれている ※ロワ内では再会せず 古泉一樹 仲間 古泉くん SOS団の副団長 ※ロワ内では再会せず 朝比奈みくる 仲間 みくるちゃん SOS団の仲間の未来の姿。現在のみくるだと思っている ※ロワ内では再会せず モッチー 仲間 モッチー 意気投合する。SOS団のマスコット任命 002 始まりは今! クロスミラージュ 仲間 クロッチ 気に入る。SOS団の団員 002 始まりは今! 惣流・アスカ・ラングレー 険悪 相性も出会い最悪。 027 つよきす~mighty heart~ ヴィヴィオ 友好 ヴィヴィオちゃん アスカに襲われていると勘違いする 027 つよきす~mighty heart~ バルディッシュ・アサルト 仲間 バルディッシュ SOS団の団員 042 風がそよぐ場所に僕らは生まれて ゼルガディス 敵対 襲われた 042 風がそよぐ場所に僕らは生まれて 最終状態 一日目明け方、高校にてキョンに殺害される。 死体は96話麗しくも強き女王の駒にて朝倉の手で校庭に埋葬。 踏破地域 【C-8】ゴルフ場→【D-8】山→【C-5】草原→【C-3】高校 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 A■■■■■■■■■■ B■■■■■■■■■■ C■■□■□■■□■■ D■■■■■■■□■■ E■■■■■■■■■■ F■■■■■■■■■■ G■■■■■■■■■■ H■■■■■■■■■■ I ■■■■■■■■■■ J■■■■■■■■■■
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2615.html
γ-1 「もしもし」 山びこのように返ってきたその声は、ハルヒだった。 ハルヒが殊勝にも、「もしもし」なんていうのは珍しいな。 「あんた、風呂入ってるの?」 「ああ、そうだ。エロい想像なんかすんなよ」 「誰もそんな気色悪いことなんかしないわよ!」 「で、何の用だ?」 「あのさ……」 ハルヒは、ためらうように沈黙した。 いつも一方的に用件を言いつけるハルヒらしからぬ態度だ。 「……明日、暇?」 「ああ、特に何の予定もないが」 「じゃあ、いつものところに、9時に集合! 遅れたら罰金!」 ハルヒは、そう叫ぶと一方的に電話を切った。いつものハルヒだ。 さっきの間はいったいなんだったんだろうな? 俺はそれから2分ほど湯船につかってから、風呂を出た。 γ-2 寝巻きを着て部屋に入り、ベッドの上でシャミセンが枕にしていた携帯電話を取り上げてダイヤルする。 相手が出てくるまで、10秒ほどの時間がたった。 「古泉です。ああ、あなたですか。何の御用です?」 俺の用件ぐらい、察してると思ったんだがな。とぼけてるのか? 「今日のあいつら、ありゃ何者だ?」 「そのことなら、長門さんに訊いた方が早いでしょう。僕が話せるのは、橘京子を名乗る人物についてぐらいです」 「それでかまわん」 「彼女は、『機関』の敵対組織の幹部といったところですよ。まあ、敵対とはいっても血みどろの抗争を繰り広げているというわけでもないですが」 「なら、どんなふうに敵対してるってんだ?」 「彼女たちも僕たちも、そうは変わらないんですよ。似たような思想のもとで動いてますが、解釈が違うといいますかね。まあ、幸い、彼女はまだ話が通じる方です。組織の中では穏健派寄りのようですからね。あの朝比奈さん誘拐事件も、彼女の本意ではなかったと思いますよ」 ほう。お前が弁護に回るとはな。 「それはともかくとして、橘京子の動きは僕たちがおさえます。別口の未来人の方は、朝比奈さんに何とかしてもらいましょう」 まあな。朝比奈さん(大)だって、あのいけ好かない野郎に好き勝手させるつもりはないだろう。 「問題は、情報統合思念体製ではない人型端末です。何を考えてるのか、全く読めません。長門さんの手に余るようなことがあれば、厳しい状況ですね」 「長門だけに負担をかけるようなことはしないさ。俺たちでも何かできることはあるだろ」 「僕もできる限りのことはしますよ。でも、万能に近い宇宙存在に比べると、我々はどうしても不利です。こればかりは、いかんともしがたい」 それを覆す切り札がないわけではないがな。 だが、それは諸刃の刃だ。 「ところで、おまえのところにハルヒから連絡がなかったか?」 「いえ、何もありませんでしたが、何か?」 「いや、明日の朝9時に集合って一方的に通告されたんだが」 古泉のところに連絡がないとすれば、どうやら、明日ハルヒのもとに召喚されるのは、俺だけらしいな。 「ほう。デートのお誘いですか? これはこれは。羨ましい限りですね」 「んなわけないだろ。どうせ、俺をこき使うような企みがあるに違いないぜ」 「涼宮さんも、佐々木さんとの遭遇で、気持ちに変化が生じたのかもしれませんよ。奇妙な閉鎖空間については、先日お話ししたかと思いますが」 「あのハルヒに限って、それはありえんね」 「修羅場にならないことを祈りますよ。僕のアルバイトがさらに忙しくなるようなことは避けてほしいですね」 「勝手に言ってろ」 古泉との電話はそれで打ち切られた。 次は、長門だ。 今度は、ワンコールで出た。 「…………」 「俺だ。今日会ったあの宇宙人なんだが」 「彼女は、広域帯宇宙存在の端末機」 即答だった。 「俺たちを雪山で凍死させようとしやがった奴ってことで合ってるか?」 「そう」 「あの宇宙人とは、何らかの意思疎通はできたのか?」 「思考プロセスにアクセスできなかった。彼女の行動原理は不明」 「広域帯宇宙存在とやらの考えも分からんか」 「情報統合思念体は彼らの解析に全力を尽くしているが、成果は出ていない」 「そうか」 このあと、長門は、淡々とした口調でこう告げてきた。 「私は、情報統合思念体から、最大限の警戒態勢をとるよう命じられた」 長門の抑揚のない声が、異様なまでに重く感じられた。 γ-3 ハルヒにこき使われるに違いない明日に備えて寝ようとしたところを、妹が襲撃してきやがった。 しぶしぶ、妹の宿題につきあうこと1時間。 シャミセンと戯れ始めた妹を、シャミセンごと追い出すと、俺はようやく眠りについた。 γ-4 翌、日曜日。 妹のボディプレスで起こされた俺は、朝飯を食って、家を出た。 「遅い! 罰金!」 もはや規定事項となった団長殿の宣告も、今日ばかりは耳に入らなかった。 なぜなら、ハルヒの隣に意外な人物が立っていたからだ。 「なんで、おまえがここにいるんだ?」 ハルヒの隣には、佐々木の姿があった。 「酷いな、キョン。僕がここにいるのがそんなに不思議かい? まあ、驚くのは無理もないが、そんなに驚くことはないじゃないか。昨日、涼宮さんに電話で提案してみたのだよ。昨日会ったのも何か縁だろうから、いろいろと話し合いたいとね」 「あたしも聞きたいことがいろいろとあるし、快諾したってわけ」 ハルヒ。佐々木がお前の電話番号を知っていることを不思議に思わなかったのか? まあ、橘京子あたりが調べて佐々木に教えたんだろうけどな。 「事情は分かった。だが、なんで俺まで一緒なんだ? 話し合いたいことがあるなら、二人で話し合えばいいことだろ?」 「キョン、君は相変わらずだね。この調子じゃ、涼宮さんもだいぶ苦労してるんじゃないかな」 待て。なんでそんなセリフが出てくるんだ? この唯我独尊団長様に苦労させられてるのは、俺の方だぜ。 「フン。いつものところに行くわよ!」 なぜか不機嫌になったハルヒの号令のもと、俺たちはいつもの喫茶店に向かった。 ハルヒは、俺の財政事情には何の考慮も払わず、ガンガン注文を出しまくった。 話し合いというのは、何のことはない。 俺の中学時代と高校時代のことを互いに話すというものだった。 まずは、ハルヒが、佐々木に、高校時代の俺のことについて話した。 なんというか、話を聞いているうちに、俺は自分で自分をほめたくなってきたね。ハルヒにあれだけさんざん振り回されてきても、自我を保持している自分という存在を。 「キョン。君は、実に充実した学生生活を送っているようだね」 それが佐々木の感想だった。 なんだかんだいっても、充実していたというのは事実だろう。 だが、俺はこう答えた。 「ただ単にこき使われてるだけだ」 「くっくっ。まあ、そういうことにしておこうか」 次は、佐々木が、ハルヒに、中学時代の俺のことについて話した。 話を聞いているうちに、ハルヒの顔がどんどん不機嫌になっていく。 聞き終わったハルヒは、不機嫌な顔のままで、こう質問してきた。 「ふーん。で、二人はどういう関係だったわけ?」 「友人よ」 さらりとそういった佐々木を、ハルヒはじっとにらんでいた。 「あのなぁ、ハルヒ。確かに誤解する奴はごまんといたが、俺たちは友人だったんだ。やましいことなんて何もないぜ」 「友人以上ではなかったってこと?」 「それは違うわよ、涼宮さん。正確には、友人『以外』ではありえなかったというべきね。少なくても、キョンにとってはそうだったはず」 どこが違うんだ? 俺のその疑問には、誰も答えてはくれなかった。 「はぁ……」 ハルヒは、大げさに溜息をつきやがった。 「あんたが嘘をついてるなんて思わないわよ。でも、嘘じゃないなら、なおのこと呆れ果てるしかないわね。あんた、そのうち背中からナイフで刺されるわよ」 おいおい、物騒なこというなよ。 ナイフで刺されるのは、朝倉の件だけで充分だ。 「僕も同感だね」 佐々木まで賛同しやがった。 俺がいったい何をしたってんだ? 茶店代は当然のごとく俺の払いとなった。 総務省に俺を財政再建団体の指定するよう申請したい気分だ。俺の懐具合が再建するまでには、20年はかかるだろうね。 そのあと、三人で不思議探索となった。 傍から見れば、両手に花とでもいうべきなんだろうが、この二人じゃ、そんな風情じゃないわな。 そういえば、ハルヒとペアになるのは、あの日以来か。 結局のところ、俺はハルヒにさんざん振り回され、佐々木の小難しいセリフを聞き流しながら、一日をすごすハメになった。ついでにいうと、昼飯までおごらされた。 そして、駅前での別れ際。 俺がふと振り返ると、ハルヒと佐々木は二人でまだ何か話していた。 何を話しているかは聞こえなかった。 知りたいとも思わなかった。この時には。 γ-5 月曜日、朝。 昨日の疲れがとれず、俺は重い足取りで、あのハイキングコースを這い上がった。 学校に着いたころにはずっしりと疲れてしまい、早くも帰りたくなってきた。そんなことは、俺の後ろの席に陣取る団長様が許してくれるわけもないが。 ハルヒは、微妙にそわそわした感じだった。 また、何か企んでいるのだろうか? 俺が疲れるようなことでなければいいのだが。 疑問には思ったが、疲れた体がそれ以上考えることを拒否し、俺は午前中の授業のほとんどを睡眠という体力回復行為に費やした。 寝ている間に、何か長い夢を見たような気がしたのだが、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。 昼休み。 なぜかハルヒが俺の前の席に陣取り、椅子をこちらに向けてドカッと座った。 俺の机の上に、弁当箱を置く。 「今日は弁当なのか?」 「そうよ。そんな気分だったから」 机の上には、俺の弁当箱とハルヒの弁当箱が並んでいる。 こうして、二人で向かい合って、弁当を食うハメとなった。 なにやら誤解を受けそうな光景だ。実際、クラスのうち何人かがこちらをちらちら見ながら、こそこそと話をしている。 ハルヒは、相変わらず健啖ぶりで、弁当を平らげていた。 「その唐揚げ、おいしそうね」 ハルヒは、そういうや否や、俺の弁当箱から、唐揚げを取り上げ、食いやがった。 「ひとのもん勝手にとるな」 「うっさいわね。しょうがないから、これをやるわよ」 ハルヒは、自分の弁当箱から玉子焼きを箸でつまむと、そのまま俺の口に突っ込んだ。 「むぐ」 クラスの女子から、キャーというささやき声が聞こえる。 とんだ羞恥プレイだな。 こりゃいったい何の罰ゲームだ? 「感想は?」 ハルヒが、挑むような目つきで訊いてきた。 「うまい」 実際、それはうまかった。 「当たり前でしょ! 団長様の手作りなんだからね!」 そういいながら、ハルヒの顔は上機嫌そのものだった。 だがな、ハルヒよ。 いくらお前が鋼の神経をしているとはいえ、こういう誤解を受けかねないような行為は避けるべきだと思うぞ。 まあ、誤解する奴はいくら説明してやったってその誤解を解くようなことはないんだけどな。 俺が中学3年生時代の経験で学んだことといえば、それぐらいのものだ。 その日の放課後、俺とハルヒはホームルームを終えた担任岡部が教卓を降りると同時に席をたち、とっとと教室を後にした。 いつものように部室に行くのかと思いきや、 「キョン、先に行っててくんない? あたしはちょっと寄るところがあるから」 ハルヒは鞄を肩掛けすると、投擲されたカーリングの石よりも滑らかな足取りで走り去った。 はて、何を企んでるんだろうね? そういや、あいつは、朝から妙にそわそわした感じだったな。 まあ、考えても仕方がないので、俺はそのまま部室に向かった。 γ-6 部室に入ると、既に長門と朝比奈さんと古泉がそろっていた。 「涼宮さんは?」 古泉がそう訊いてきたので、答えてやった。 「授業が終わったとたんにどっかにすっ飛んでいきやがったぜ」 「そうですか。何かサプライズな出来事を持ってきてくれるかもしれませんね」 「世界が終わるようなサプライズは勘弁してほしいぜ」 「まあ、それはないでしょう」 そこに、SOS団の聖天使兼妖精兼女神様である朝比奈さんがお茶を出してくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 「ところで、昨日はどうだったんですか?」 古泉がにやけ顔で訊いてきやがった。 いつもだったら無視しているところだが、あの佐々木の周りにはSOS団と敵対している超常野郎が集まっている。一応、古泉の見解も聞いてみたかった。 俺は昨日の出来事をはしょりながら説明してやった。 「おやおや。まさに両手に花ではありませんか?」 「あの二人じゃ、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかったね」 「まったく、あなたという人は」 「それより、佐々木のやつは、あいつらに操られてるんじゃないだろうな?」 心配なのは、そこのところだ。 「それはないと思いますよ。昨日の一件は、佐々木さんの自由意思でしょう。問題は、その自由意思を利用しようとする輩が現れることです。先日もお話ししましたが、特に警戒すべきは周防九曜を名乗る個体です」 俺は、長門の方を見た。 「長門の意見はどうだ?」 長門は、分厚いハードカバーから視線を離さず、淡々と答えた。 「私も、古泉一樹の意見に同意する」 「そうか」 一応、もう一人のお方にも聞いておくか。 「朝比奈さん」 「はい?」 「二月に会った、あの未来人のことですが」 「ああ、はい。覚えてます」 「あいつらが企んでいることって何ですか? ハルヒの観察ってわけでもないらしいって感じなんですが」 「えーっと……あの人の目的は、そのぅ、あたしには教えられていません。でも、悪いことをするために来たんじゃないと思います」 うーん。自分を誘拐した犯人たちの仲間だというのに、不思議なことに、朝比奈さんはあの野郎には悪い印象は持ってないようだ。 仏様のように広い御心の持ち主なのは結構ですが、もうちょっと警戒心とかを持った方がいいと思いますよ。 それはともかく、とりあえず、警戒すべきは周防九曜を名乗る宇宙人もどきであるというのが、結論になりそうだな。 その話題は、そこで打ち切りになった。 「どうです、一勝負」 古泉が出してきたのは、囲碁かと思ったら、連珠とかいう古典ゲームらしい。 「五目並べのようなものです。覚えたら簡単ですよ」 俺は古泉の言うままに盤上に石を置きながら、実地でだいたいの遊び方を教わった。 朝比奈さんのお茶を片手に二、三試合するうち、たちまち俺は古泉に連戦連勝するようになる。 いつもどおりまったりと時間が過ぎていった。 それにしても、ハルヒは遅いな。 そう思った瞬間に、爆音とともに扉が開いた。 「ごめんごめん。待たせたわね!」 部室にいた団員全員の視線が、ハルヒに集ま……らなかった……。 団員の視線は、ハルヒの後ろに立っている人物に集中していた。 「みんな! 今日から入団した学外団員を紹介するわ! 佐々木さんよ!」 そこにいたのは、紛れもなく佐々木だった。 続き 涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
https://w.atwiki.jp/projecter/pages/699.html
番号 KD07052 名前 涼宮ハルヒ 読み すずみやはるひ Lv 5 スター ★ 種別 ユニット BP 1500 SP 1000 【あたしたちSOS団は、もっと面白いことをするわよ!】○他の味方に「SOS団」を与える。○登場した時、自分の山札を上から5枚見てユニットを1枚まで選んで相手に見せ、手札に加える。残りの山札をシャッフルする。○夢(プランゾーンからプレイできる) 移動方向 ↑ 属性 SOS団北高校神♀ ブロック 角川書店2.0 作品 涼宮ハルヒシリーズ レアリティ R 良く見かける、青の制限付きサーチカード。夢と手札が増える登場効果を持っているため、アドが取りやすいユニットといえる。 一文目の効果は、キョンを使うことによりにどんな味方でもBP+2000できるので、悪くない。 選ぶのはユニットでないといけなく、このカードが5Lvなので、強力なユニットやキーカードを引くために採用すると良いだろう。 何気に神なので羽瀬川鈴果にやられるので注意。
https://w.atwiki.jp/haruhi_best/pages/30.html
涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム 「ねえ、キョン、学校生活において、もっとも重要なスーパーイベントって、なんだと思う?」 授業中、ハルヒがシャーペンで俺の背中をブスブスとつつきながら話しかけてきた。 「もし当たったら、何でも言うこと聞いたげるわよっ!ホラ、答えなさい!!」 「ハルヒ、確実に当ててやるから、前払いで言うことを聞いてくれ。シャーペンで突っつくな」 「あら、あたしが言うことを聞くっていったのは、ベッドでの話よっ。緊縛プレイだっけ、キョンがやりたがっていたのって?」 言ってねえよ、そんなこと!! うう、クラス中から突き刺さる視線が痛い。睨むな、谷口。笑うな、国木田。特に、涙を堪えるように、悲しげに俺を見つめる朝倉涼子の視線が、心の柔らかい部分を突き刺してくる。 やれやれ、お前が何を言いたいのかは分かってるさ、ハルヒ。およそ一年前からお見通しだ。 ちょうど、俺もそのことで頭を悩ましていたところなんだよ。 「わかんない?だったら教えてあげるわっ!キョン、それは――」 「……文化祭だろ」 「大正解っ!!キョン、もっと気合入れなさいっ!あたしたちSOS団は、すっごいのぶちかましてやるんだからっ!!」 ハルヒは、ソーラーカーがあれば時速160キロですっとんでいきそうなほどに、眩しく輝く笑みを浮かべて宣言した。 俺は、深い深い溜息をつく。垂直に立てれば火星にだって届きそうだ。 まあ、何とか頑張るさ。ハルヒを楽しませ、退屈させないのはSOS団長の務めだからな。 と、ハルヒが急にまじめな顔をした。 どうした、ハルヒ? 「……亀甲縛りって、どうやるのかしら?」 いい加減、緊縛プレイから頭を切り替えろ! 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』 夏合宿で行った孤島での殺人事件と推理ショー、花火大会にプールに虫取り、夏祭りなど、これでもか、いうほどにイベント山盛りの夏休みが終わる。 さらに、ハルヒ、長門、朝倉を筆頭としてSOS団メンバーが遺憾なくその身体能力を発揮し、大活躍した体育祭も終わった。 そして、ハルヒが言うところの、学生生活、最大のスーパーイベントである、文化祭がやってくる。 といっても、俺と長門にとっては二回目の文化祭だ。ハルヒの超自然的パワーのせいで、俺たちは同じ一年を繰り返しているためだ。 ハルヒの起こした時間ループの原因は、一体何なのか?その鍵は、一向に見つかっていない。 ともあれ、ハルヒがやり残したことが分からないために、俺と長門は、少なくとも去年のイベントは、余さず実行しようと誓ったわけだ。 そういうことで、俺たちSOS団は、決められたイベントを忠実に実行し続けている。 さて。 その文化祭であるが……どうしたもんかね? 『映画の製作』 やはりそれか、長門。 『それが妥当と思われる』 まあ、予想はしてたがな。なんたって、ハルヒが去年、映画をとりたがってたんだから。今年も映画は撮るべきだろう。 『……だが監督は私』 意味ねえだろ!お前が映画を撮りたがってどうするんだ。 『問題ない』 ハルヒが監督をやりたがったらどうするんだ?あいつ、絶対に、「監督はあたしよっ」とか言い出すぞ。 『……私に秘策がある』 なんだ?その秘策って。 『言えない。……秘策だから』 電話が切れた。 「映画の製作を行う」 コンピ研の部室を乗っ取り、あまつさえ文芸部室とコンピ研の間にある壁を工事でぶち抜いて広げ、コンピ研部員たちを、物置と化していた教室に追いやったことで広くなったSOS団の部室である。 文化祭に向けて、俺は『第一回SOS団文化祭企画会議』を招集していた。 いつものように、おのおのコスプレに身をかためた女性陣と、変わらぬ制服姿の古泉と俺が、一様に神妙な顔で巫女さん衣装を着た長門の宣託を聞く。 エアーズロックのごとく揺ぎ無い長門の言葉に、一同反論も出ようはずもない。 団長である俺もしかりだ。完璧にリーダーシップをとる長門の前では言葉もない。 ……長門、もしかして、SOS団団長の椅子を狙っているのか? いつでも譲るから、欲しくなったら即言ってくれ。 「自主制作映画ですか……なるほど」 いつものように、わかったような面で古泉が頷く。一体なにがなるほどなんだ?一度じっくり聞いてみたい気もする。 「ふうん、映画ね……いいじゃないっ、あたしはもちろん――」 バン ――と長門が机に分厚い冊子を置き、バニーガールに扮したハルヒの言葉を断ち切った。 「脚本」 手回しがいいな、長門。人数分がコピーされて、冊子の形でホッチキスでとめてある。団員たちは脚本をそれぞれ手に取った。俺も一冊をメイド姿の朝倉涼子から受け取り、パラ、とページをめくる。 「…………」 はっきりと言おう。俺は頭を抱えたね。 表紙をめくって、最初に目に飛び込んできたページには、こう書いてあった。 製作著作…SOS団 総指揮/総監督/脚本/演出/撮影…長門有希 主演女優…長門有希 主演男優…キョン 助演男優…古泉一樹 脇役…朝比奈みくる 監督どころじゃねぇ!!ほとんどが長門じゃねえか。 主演女優…長門有希、脇役…朝比奈みくるってのは、主演女優を朝比奈さんに取られ、脇役に甘んじた去年の復讐か?一年間、仕返しの機会を伺っていたとは……。 いや、大事なのはそこじゃない。それよりなにより……。 ♪ ジャーンジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ♪ 宇宙一凶悪な剣士、ダース・ベイダー卿のおなじみのテーマが部室に流れる。古泉の「機関」連絡用携帯の着信メロディーだ。 「アルバイトが入りました」 電話を取った古泉が、うっかりエアロックをあけてしまって、真空中に放り出される宇宙船の乗組員のように、猛烈な勢いですっ飛んでいった。 超巨大閉鎖空間が誕生したことはまちがいないな。お疲れさん。 俺は、おそるおそる、ちらりとバニーガールの方を見てみる。 ハルヒからは、親友の地球人を凶悪な宇宙人にばらばらにされた戦闘民族のような、巨大な怒りのオーラが放たれていた。 露出の激しいバニーさんは、ポンペイを灰で埋めたベスビオス火山のように、こみ上げる怒りで体をぶるぶると震わせている。 その横では、やはり自分の名前をキャストの中に発見できなかった、部室専属のメイド朝倉涼子が、グランド・キャニオンに突き落とされたように、がっくりと落ち込んでいる。 やばい、朝倉の瞳が潤んで、今にも大粒の涙の雨が降りそうだ。 「こら、長門!ハルヒと朝倉の名前がないってのは、どういうことだ!?ちゃんと説明しろ!!」 巫女さん衣装の長門は、俺のセリフには無言のまま、つと立ち上がると、とことことハルヒと朝倉の所まで行き、ごにょごにょと何ごとかを囁いた。 途切れ途切れに、「……目立つ」とか、「……サプライズ」といった言葉が聞こえる。 すると、ゲージのてっぺんにまで上りつめて、そろそろ溢れそうになっていたハルヒの怒りは次第におさまっていった。 絶望のどん底からレスキューのヘリで救出されるように、朝倉の落ち込んでいた気分も回復していく。 「なるほどね……ま、じゃあ仕方ないわね!有希、キョン、映画は任せるわっ!あたしと涼子は、他にやることがあるからっ!!」 ハルヒが満面に、とびきりの笑みをたたえて言った。 「うん、クラスの方もあるけど……何とかやりくりしてみる」 朝倉もにっこりと笑顔をうかべて頷く。 うーむ、すごいな。長門、どんな魔法の言葉を使ったんだ? 「それは秘密」 さて、朝倉が「クラスの方」といったのは、もちろんのことだが、俺とハルヒ、朝倉が所属するクラスの出しもののことである。 ちなみに去年は、誰一人リーダーシップを発揮せず、何の案も出されず、担任岡部の苦肉の策、アンケート調査といういかにもヤル気が感じられないものに落ち着いたが、今回はそうはなるまい。 SOS団が誇る生粋の美人委員長、朝倉涼子が率先して仕事を行っているからだ。 現在、ホームルームで、文化祭でなにをやりたいか、提案と投票が行われている。 「はーい、喫茶店、やりたいのね」 「えっと、阪中さんの提案ね……喫茶店と。他には、なにかあるかしら?」 教壇に立っている朝倉涼子は、黒板に「喫茶店」ときれいな字で書いた。朝倉なら、SOS団の書記も任せられそうだな。? 「決めたわっ!」 ハルヒがルビコンの渡河を決断したカエサルのような面持ちで、決然と立ち上がる。いや、これから決めるんだよ、アホ。 「バニー喫茶よっ!女の子は全員、バニーの格好でウエイトレスやるの!」 おおおお、と男子がどよめく。これまた、男子の煩悩を刺激する企画だな……。 「え、えと、バニーガール喫茶ね……」 朝倉が顔を赤らめながら黒板に書いた。 「うおお、それでいいぜ、決定だー!」 吼えるな、谷口。谷口だけじゃない、男子一同、目がウサギを狩るハイエナのようにぎらぎらと燃え立っている。 ……だがな、俺はちょっとハルヒと付き合いが長いせいで、お前たちより、もう少し勘が働くんだよ。 「ハルヒ、女子はバニーとして、男子はどんな格好をするんだ?言ってみてくれ」 「決まってるじゃない、男子もバニーよ!バニー喫茶なんだからっ!」 やはりな。 ええええ、と男子がどよめく。お前ら、世の中はそんなに甘く出来てないんだよ。 結局、バニー喫茶に投票したのは、ハルヒと谷口の二人だけだった。 谷口、その執念だけは尊敬したい。 ……というわけで、我らがクラスの出し物は、喫茶店で決定した。 そういえば、長門のクラスは何をやるんだ?また占いか? 『そう』 ふうむ。あの魔法使い衣装か。 『違う。今回は、巫女の衣装を着て、御神籤を引かせる』 ああ、そっちの方が占いらしい雰囲気がある。なんというか、前回のは、ありゃ予言だったからな。 ……あー、あと、もうひとつ。頼みたいことがあるんだ。 『なに?』 ENOZのことだ。ハルヒもクラスの喫茶店に参加するから、去年みたいにENOZのライブに飛び入りは難しいと思うんだ。 ハルヒが教室でウエイトレスをやってたら、生徒会やENOZの面々に会わないだろ。 なんとか、ENOZがオリジナルメンバーで演奏できるようにしてやれないか? 『可能。一時的に肉体損傷の修正プログラムを注入する』 頼んだぜ、長門。 電話を切る。 そのとき、ふと思った。 ハルヒの演奏姿が見られないのは、少し、残念だな。 あんときのハルヒは、すごくかっこよかったから。 映画の撮影が始まった。 休日の学校でロケを行うために、俺と朝比奈さん、古泉、そして総監督にして主演女優、長門有希は、SOS団部室に集合した。 「今日はアクション・シーンの撮影を行う」 そう長門は言った後、おもむろに高速で呪文を唱えだした。おい、ハルヒがいないからって、いきなりそれか。 閉鎖空間に入ったときのように、奇妙な感覚が、一瞬、体を通り過ぎる。 「この空間を情報制御下においた。これで、私たち以外は立ち入り出来ない。撮影に専念することが可能」 俺は長門の呪文も、空間の情報操作も見慣れているが、古泉と朝比奈さんはぽっかりと口をあけて唖然としている。 そういえば、このループではカマドウマ事件がなかったからな。長門の超能力を見る機会はそうなかったはずだ。 ……………… 「小道具」 続いて長門が持ってきたダンボール箱にはいっていたのは、大量のモデルガンだった。ためしに一つを取り上げて持ってみると、重量感があって、手にずっしりと来る。 すごいな、まるで本物みたいだ……。 「ふあ、すごいですぅ……ここが引き金ですか?……えいっ」 パンッ 乾いた音とともに、朝比奈さんが反動で吹っ飛んで尻餅をついた。 「ふえぇ……なな、なんですかこれぇ……なんなんですかぁ……」 朝比奈さんはおびえたハムスターのように、ふるふると震えて泣き出してしまった。 おそるおそる見ると、壁には、まごうことなき弾痕が…… 「それは本物」 うぉい、長門おーっ!!!なにやってんの!! 「リアルな映像を追求したい」 ふざけんな、こんなの喰らったら死ぬぞ。お前は平気でも、俺たち地球の有機生命体は間違いなく死ぬぞっ!! 「大丈夫、安全。あなたたちの痛覚を遮断し、瞬間的に肉体損傷を回復するプログラムを注入すれば、痛みは感じないし、死ぬこともない」 それって、痛くないし、すぐに治るから死なないけど、弾を食らって怪我はするってことだよな。 長門、はっきり言って、朝比奈さんも古泉も全力でひいてるぞ。 俺は朝比奈さんの横に屈みこむ。朝比奈さん、大丈夫ですか? 「ぐすっ……腰が抜けて……立てませぇん……」 もしや、今のSOS団でもっとも危険な人物って、長門なんじゃないのか? ……………… 銃撃戦とカンフーシーンの撮影がすべて終了するころには、夕方になっていた。 長門さん、あなたがカンフーシーンで回し蹴りを放つたびに、スカートの中がばっちり映るように思うんですが、それは仕様ですか? 学校は、度重なる銃撃シーンのせいで、いたるところが弾痕だらけとなって、膨大な数の窓ガラスが割れている。だが、それも長門の高速呪文による再構成で、あっという間に元通りとなった。 やれやれ。疲れた……カンフーで古泉と戦ったせいで、体中が筋肉痛になりそうだ。 帰り道に、俺がそう言うと、長門が俺の顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」 長門は、俺に近寄ると、背伸びをして、いきなりほっぺたに軽くキスをした。 わ、な、なんだ、長門?ひょっとして、筋肉痛を回避するプログラムの注入か? 「……おまじない」 注視していないとわからないぐらい微かに顔を赤らめて、小走りで去っていく長門を、俺はぼんやり見つめていた。 ……………… 翌日、強烈な筋肉痛が俺の体を襲った。 激しい戦闘シーンの撮影は終わり、長門と俺の会話や、古泉の登場シーンなどの撮影をこなしていたある日、撮影現場にひょっこり朝倉涼子が顔を出した。 「撮影、お疲れ様。キョンくん、ちょっといい?」 どうした、朝倉?そういえば、ハルヒとお前の方は、いったい何をやってるんだ? 「ふふ、まだ秘密。そのうち分かるから……ねえ、今夜、ちょっとうちに来てくれない?喫茶店で出すメニューの試作をしてみたから、食べて欲しいの」 ああ、クラスの出し物があったな。分かった、じゃあ、一緒に帰るか。 「うん、じゃあ、また撮影が終わったころに来るね」 朝倉涼子は、そういって引っ込んでいった。 ……………… 帰り道、朝倉はなんだか落ち着かないみたいだった。顔をほのかに赤くして、下ばかり見ている。 時々、顔を上げて、何か言いたそうにするのだが、俺と目が合うと、あわててまた下を向く。 結局、マンションに着くまで、朝倉は一言も喋らなかった。 ……………… 「これ、喫茶店のメニューなの。コーヒーと、お紅茶。あと、サンドイッチ。本当は、ケーキにしたかったんだけど……」 いや、うまいぞ。十分うまい。すごいうまい。 夕食前で、臨界点まで腹が減っていた俺は、思わず朝倉手製のサンドイッチを貪り、紅茶とコーヒーを胃に流し込む。 「そお、良かった……キョンくん、ちょっと待っててくれる?その……、私、ちょっとシャワー浴びて、着替えてくるから」 朝倉は立ち上がると、少し頬を染めて部屋を出て行った。すっとドアの向こうにきえる白い靴下が、なんだかまぶしくて、俺は妙にどきどきしてしまった。 いかんいかん、素数を数えろ、冷静になれ。 59まで数えて心を落ち着けていたとき、朝倉のベッドの脇においてあるシンプルな写真立てが目に入った。 夏休みにおきた、合宿での孤島殺人事件、そのときの写真だ。 たしか、古泉のお仲間、メイドの森さんが撮ってくれたんだな。 俺の腕を取って、笑顔が満開のハルヒ。ふわふわとほほえむ朝比奈さん。 例の如才ないハンサムスマイルを浮かべる古泉。特に表情を作らない長門も、なんだか楽しそうに見える。 片手をハルヒに掴まれ、その上、妹に後ろから抱きつかれて、困惑している俺。 そして―― 朝倉涼子が居た。 白いワンピースを着て、横を見ながら少し困ったように微笑んでいる。隣の俺が、妹に飛びつかれた拍子に、朝倉に体を寄せているからか。 ……そういえば、この頃からだろうか、朝倉が髪形をポニーテールにしなくなったのは。 あれ? 俺はふと思った。 同じ写真は、俺も持っている。だが、妹を背中から下ろして、森さんに撮り直してもらったやつだ。 そっちの写真では、朝倉はカメラを見てにっこりと笑っていたし、俺も朝倉にもたれかからず、ちゃんとまっすぐ立っていた。 なぜ、朝倉は、どう見ても失敗したほうの写真を飾っているのだろう? そう思うと、なぜか胸がちくりと痛んだ気がした。 ……………… 「キョンくん」 おわ、びっくりした。ドアから顔だけ出して、朝倉がこっちを見ていた。シャワーを浴びて、上気したような顔をしている。 まさか、下はバスタオル一枚なんて、そんなベタなことは断じてあるまいが……。 「あの……ちょっと恥ずかしいから、目をつぶっててくれないかな?」 まてまてまて朝倉っ――と言おうとして、朝倉がドアを開けたので、あわてて俺は目を固く閉じる。 ま、まさか、ホントにバスタオルだけとか……。 急激に頭に血が上った。やばい、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。 「はい、いいよ。目、開けてみて」 俺は、恐る恐る目を開ける。 そこに居た朝倉は―― もちろんバスタオル一枚でも、一糸まとわぬ姿でもなかった。 「それ……喫茶店のウエイトレスの衣装か?ひょっとして」 朝倉は、顔を赤くして頷く。 「作ってみたの。今日は、これの感想も聞こうと思って……」 「…………」 はっきりと言おう。すごい、いい。正直、たまりません。 黒を基調とした上下に、白のエプロンにはレースで縁取りがされている。胸元には大きなリボン、頭にもレースの髪飾りをつけている。 「ちょ、ちょっと、スカート丈が短いかな、ってあたしは思うんだけど……」 朝倉涼子は、太腿が露になるのが恥ずかしそうに、ぎゅっ、ぎゅっ、とスカートの裾を下に引っ張る。 「いや、すごくいいぞ。似合ってる」 俺がそう言うと、朝倉は、赤い顔でにっこりと微笑んだ。 「よかった、気に入ってもらえて……ありがと、キョンくん」 いやいや、こちらこそ眼福です。 ……………… 朝倉は、とすん、と俺の側に座った。 触れるか触れないか、というぐらいに、俺の肩に寄りかかる。俯いて表情は見えないが、首筋がほのかに赤くなっているから、きっと顔を紅くしているのだろう。 なんとなく緊張して、俺はあわてて話題を探した。 「……あ、朝倉、そういえば、なんでポニーテールやめたんだ?」 朝倉は、ゆっくり顔を上げて俺の方を見る。その表情は、なんだか泣き出しそうなのを、無理に押し殺したような無表情で、指でつつくと、すぐにも壊れて涙が零れそうだった。 「……ほんとはね、気がついてるの。キョンくんと涼宮さんの間に入るなんて無理だって……」 いきなり、爆弾だ。 「ポニーにしてると、どうしても自分と涼宮さんを比べちゃうから……それが嫌だった。だから、前の髪型に戻したの」 むりやり作ったような笑顔を、朝倉は俺に向ける。 「でもね、諦めたわけじゃないよ?あなたと涼宮さんの間に割って入って、涼宮さんの居る場所に立とうとするのをやめただけ。……私は、反対側で、あなたと寄り添っていようって……思って……」 手、つないでいい?と聞く朝倉に、俺は黙って頷いた。 朝倉は、自分の指を俺の手に絡めて、しばらくじっと握っていたが、やがて、抱えたひざに額を寄せて俯くと、押し殺した声で静かに泣き始めた……。 「……遅かったじゃない」 俺が朝倉のマンションから帰って、自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んでいたハルヒが、俺めがけて言葉を投げつけた。 ……ハルヒ、なんでここにいるんだ? 「あんたが居なかったから、妹ちゃんに言って待たせてもらったのよ。あんた、どこ行ってたの?」 ベッドから跳ね起きたハルヒが、俺に詰め寄る。 こういうとき、ハルヒに隠し事をしても無駄であることは、俺は経験上痛いほど分かっていた。 正直に朝倉との一件を話すと、ハルヒは、なんだか間違えて変なものを飲み込んだような、なんとも複雑な表情をして、ふぅん、と言った。 「分かった……誰が悪いわけでもないもの、何も言わないわよ」 なんだか、ハルヒが大人になったような気がする……一年前なら、縛り首にでもされてそうだが。 「でも、もう涼子のこと泣かしちゃ駄目よ、あの子、すっごくいい子なんだから……」 ふう、とハルヒは溜息をついた。やっぱりこいつも朝倉のことが好きなんだろう。 「……全力を尽くすよ」 「それに、あたしだって、キョンが居なくなったら泣いちゃうから。三日三晩ワンワン泣いて、涙を拭いて、新しい人生を歩き出すから」 あ、立ち直るんだ。 「嘘よ。とにかく、キョン、心に刻みなさいっ、あんたがいなくなるなんて、絶対に嫌だからっ!」 言い終わると、ハルヒは俺の首に手を回して、ゆっくりと口付けした。 「ん……ぷはっ」 ところで、ハルヒ、何しにきたんだ? ハルヒは、顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに呟く。 「エッチ」 やれやれ。 ………………… 「キョン、すっごい気持ちよかった」 ……俺もだ。 俺の腕を枕にしていたハルヒは、布団を跳ね除けて起き上がる。 「第六ラウンド、行くわよっ!!」 全撮影日程が終了し、現在、長門の手によるCG処理と編集作業が行われている。 コンピ研とのゲーム対戦で見せた、長門の超高速タイピングを見るのは久しぶりだ。キーボードが壊れるんじゃないかというスピードで、長門はCG処理を施していく。 古泉と朝比奈さんは茫然自失して、目が点になっている。まあ、気持ちはわかるよ。 それにしても、さすがにコンピューターはお手の物だな。下手すると、本当にハリウッドから長門にスカウトがくるんじゃないか? 俺と古泉、朝比奈さんは、撮影が終わった時点でお役ごめんとなり、ぽかんと口をあけて長門の編集作業を見守るのみだった。 ちなみに、古泉が俺の撃った銃弾をすばやく避けたり、古泉が長門のまわし蹴りを食らったり、古泉が長門によって銃で撃ち抜かれたりするのは、すべて実写である。 ものの一日で、長門はCG製作及び編集作業を終えた。 やれやれ。あとは、文化祭を待つばかりだな。 で、文化祭、当日である。 俺とハルヒ、朝倉の三人は、午前中はクラスの喫茶店の仕事に追われていた。 ハルヒは俺のウエイター姿に爆笑し、ひーひー床を転げてた。おい、パンツ見えるぞ。あ、白だ。 こっちも笑ってやりたいが、残念ながら、ハルヒのウエイトレス姿は完璧に決まっていた。 朝倉と二人で立つと、それだけで神々しさに、この空間に光が満ちるようだ。 こりゃ、朝比奈さんところの焼きソバ喫茶のウエイトレスと、グッドデザイン賞を争うな。 谷口と国木田も、全てを忘れて二人をぽかんと見つめている。 ときおり、思い出したように、俺を恨めしそうにギロリと睨み、またデレデレと二人の美少女ウエイトレスに見入っている。 「お飲み物は、お紅茶ですか、コーヒーですか?」 首を傾げてオーダーをとる朝倉。実に可憐だ……。SOS団部室での朝倉のコスプレは、メイドからウエイトレスに変更して欲しい。 「ほら、サンドイッチよ、さっさと金をよこしなさいっ!!」 ハルヒ……黙っていれば完璧なんだが……。 「キョンよぉ……マジで羨ましいぜ……あの涼宮が恋人で、朝倉が専属のメイドだろ?ちくしょう、頼む、俺もSOS団とやらに入れてくれっ!」 「長門さんは巫女さんなんでしょ?ぜひ間近でみたいなぁ。キョン、僕の入団も、考えておいてよ」 やれやれ、谷口。国木田。 「なんだ?」「なに?」 「お前ら、仕事しろ」 ようやくシフトが終わり、俺たちSOS団のメンバーは、クラスの仕事から解放された。 「キョン、二大美女がいなくなったら、売り上げ、がた落ちだぜ」 と言った谷口が、怒り狂った女子達にボコボコにリンチされる間に、俺は制服に着替えて教室を出た。 ハルヒと朝倉は、シフトが終わったと思ったら、どっかに消えている。 さて、長門と古泉、朝比奈さんのところに顔を出して、体育館に行くか。 ENOZのライブがある。長門、ちゃんとオリジナルメンバーで公演できるようにしてくれたか? 「……引いて」 適当に棒を引くと、13番だ。やれやれ、いきなり縁起が良くない。 ちょこんとした巫女さん衣装に身を包んだ長門は、御神籤をとりに棚までいき、そこでしばらくごそごそやっていると、13番の御神籤を持ってきた。 長門が持ってきたのは、御神籤というか、普通の紙にたった一言、 『大吉』 とだけ書いてある。うーむ……この筆跡には覚えがあるんだが……。 「長門、書き直さなくてもいい。ホントはなんだったんだ?」 長門は、ばつが悪そうに、後ろ手に隠していた御神籤を差し出す。うむ、やはり大凶か。 『たすけはこず、まちびときたらず、たびはよせ、さがしものはなんですか』 この御神籤を作った奴、ふざけているとしか思えない。 「引きなおす?」 長門が俺の顔を覗き込む。 「なに、いいさ」 教室に持ち込まれた鉢植えの木の枝に大凶の結んで、なんとなくさっぱりして教室を出た。 古泉は、一年前と同じく、なんだかよく分からん劇のなんだかよくわからん役をやっていて、女子たちの憧れの視線を集めている。 古泉が俺に気付いたかは分からんが、軽く手を振って教室を出た。どうせENOZのライブで会えるだろ。 「あっれー、キョンくん!みくるならいないにょろよ?」 あれ、そうなんですか、鶴屋さん。 残念、朝比奈さんのウエイトレスのお姿を目に焼き付けようと思っていたのだが。 「まあ、あたしじゃ、みくるには敵わないけどねっ、どう、めがっさ似合ってると思わないかいっ!?」 ええ、それはもう。実に素晴らしいですよ、鶴屋さん。 「あっはははははは、ありがとっ!またSOS団にお邪魔するからねっ!!そんときはヨロシクッ!!」 体育館に着いたとき、演奏していたのはDMCもどきのバンドで、「SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!」というフレーズが客の少ない体育館に響いていた。 確か、ENOZの出番は次だ。 やがて、DMCが人文字を作って退場し、ENOZメンバーが入ってくる。 一人……二人……三人……四人。 よかった、ちゃんとみんな揃っている。長門はきちんと仕事をしてくれたようだ。 ENOZのオリジナルメンバーの歌を聴くのは初めてだ。ハルヒがやったときも、曲と歌詞に感動した記憶がある。楽しみだ。 ………………… 一言で言うと、うん、すごく良かった。 やっぱり、なんだかんだ言って、四人の息がぴったり合っている。それに、みんなすごく楽しそうで、とてもリラックスしていた。MCでも冗談を飛ばし、観客を沸かせていた。 まあ、一年前、ハルヒがカチンコチンだったのは仕方ないさ。飛び入りだったんだからな。 観客たちは最高に盛り上がっていたが、はて、俺がいまいち乗り切れなかったのは、なんでだろう? ――などと考えるまでもない。一年前、ライブをやって、満足したような、でもどこか不満だったような、複雑なハルヒの顔を思い出していたからだ。 そして、今年は、そんな興奮を、ハルヒに経験させてやれなかったからだ。 ……来年は、SOS団でバンドでもやるか。 俺は心の底からそう思った。 ハルヒに思いっきり歌わせてやりたい。案外、それが原因でループになっているのかも知れないな。 『これで、体育館公演のプログラムを終了いたします……』 アナウンスが響く。やれやれ、これで今年の文化祭もお終いだ。 瞬間、体育館の照明が消えた。 真っ暗になった体育館に、観客たちの混乱したどよめきが響く。 どういうことだ、なにが起きた? そのとき、俺の頭の中で、いくつかの光景が高速でフラッシュ・バックした。 ハルヒに耳打ちする長門。頷くハルヒ。「サプライズ」というセリフ。ハルヒの満開の笑顔。 そこに、長門の持ち出したダンボール箱に入った大量の銃器の映像が割り込んだせいで、俺の背筋は凍りついた。 まさかとは思うが……体育館の占拠?立てこもり?銃撃戦?亡命? SOS団で独立国を作るために、ハルヒが武装して体育館の観客を人質に取ったとか? 『えー、テス・テス・テス』 そのハルヒの声が、体育館に響いた。 『あんたたち、この体育館は、私たちSOS団が占拠したわっ!!立ち上がって、後ろを向きなさいっ、いい、逆らったら死刑よっ!!』 ハルヒ、やめろ、やめてくれ、犯罪だけは洒落にならんぞ。 観客たちははなんのことやら飲み込めずに、ざわざわと後ろを向く。俺も後ろを振り返った。 スポットライトがあたり、体育館の後ろにステージが照らし出される。 おかしい、こんなステージなかったはずだ。 そして、ステージの真ん中に立っているのは……赤いコスチュームのバニーガールだ。マイクを握り締めて、緊張のあまりプルプルと小刻みに震えている。 『み、みなさんっ、これから、SOS団による、ゲゲゲリラ・ライブを行いましゅっ!!司会は、赤いバニーの、私、あああ朝比奈みくるですっ』 朝比奈さん、なにやってるんですか!? 観客は巨乳のバニーガールに、ただ呆然としている。 『ふえ、ええと、バンド名は……バニーズですぅ!!』 その言葉と同時に、バニーガールたちがステージに上がってきた。 『く、黒いバニーさんは、涼宮ハルヒさんですっ!』 ハルヒが大きく手を振りながら登場する。その抜群のプロポーションに、観客の温度が、一気に五度は確実に上昇した。黒いバニーガールは、手に持ったギターをぶんぶん振り回している。 『白いバニーさんは、な、長門有希さんです!』 とことこと出てきた長門は、真っ白のバニーコスチュームに身を包んでいる。やばい、可愛い。 ハルヒに歓声を送ったのとは違う趣味を持つ観客層が、うおおおおおと怒号を発する。 やはり長門の担当はギターか。あの超絶テクを披露したら、観客たちは度肝を抜かれるだろうな。 『ブルーのバニーさん、朝倉涼子さんですぅ!』 女子たちが黄色い歓声をあげた。朝倉は自分の着ている露出度の高いバニーコスプレに、顔が茹でたロブスターのごとく真っ赤だ。 ハルヒに劣らぬ完璧なプロポーションと、恥らう顔のギャップがたまらない……はっ、何言ってるんだ、俺は。 朝倉は、ベースを持っているようだが……まだドラムが登場していない。朝比奈さんってことはないだろう。マイクを握る反対の手で、タンバリンを握り締めている。 鶴屋さん?まさか、さっき会ったばかりだ。 古泉だったら帰ってやる。断固として帰ってやる。 『グリーンのバニーさんは、特別ゲストですっ!』 その人が、微笑みを浮かべてステージに上ってきた。露出の激しい緑のバニーガール。 ああ、なるほど。 やれやれ。この人なら、超絶ドラムテクが期待できそうだな。 『喜緑江美里さんっ!!』 ………………… 五人のバニーガールが勢ぞろいしたところで、ハルヒが自分の前のマイクで喋りだした。 『こんにちは、バニーズですっ!!』 観客は、既に熱気に包まれている。ハルヒは、嬉しそうに頷く。 『さあて、早速だけど、一曲目行くわよっ!オリジナルつくる暇がなくてカバーだけど、耳の穴かっぽじってよーく聴きなさいっ!「LETTERBOMB」!!』 長門のギターの轟音が響く。アップテンポのイントロ。ハルヒが、すう、と息を吸って、叩きつけるように歌いだした。一気に観客が歓声に包まれる。 「いやあ、実にうまいですね。素晴らしい」 古泉、いつの間に居やがった。 「おや、あなたがぼんやりと口をあけてステージを見ていた、さっきから居ましたよ。 ああ、あのステージの設置は大変でした。コンピ研の部員さんたちと僕が、かりだされて作ったんです。 直前まで、長門さんの情報操作で屈光シールドを張って隠していたんですよ」 お前も一枚かんでいたのか。とすると、SOS団でこのライブのことを知らなかったのは俺だけじゃないか? 「その通りです。なんといっても、サプライズ企画ですからね」 だからって、同じSOS団メンバーに隠すこともないもんだ。 古泉は、やれやれといった表情で、肩をすくめる。 「おやおや、皆さん、別に観客を驚かせるためにやっていたわけではありませんよ。もちろん、驚かせたかったのは……ま、それは本人達から聞いてください」 無性に古泉を殴りたくなった。いや、別に怒ってなんかいないさ。 単に、めちゃくちゃ嬉しくて、それが気恥ずかしかっただけだ。 ………………… あっという間に、ライブの時間は過ぎていった。ハルヒも、朝倉も、長門と喜緑さんも、タンバリンを叩いて踊っている朝比奈さんも、みんな実に楽しそうに演奏していた。 ああ、ハルヒは、こういうバンドをやってみたかったんだろう、きっと。 だが。 ふと考える。これが、ハルヒのループの鍵になっているとしたらどうなる? 時間が戻って、俺たちは、SOS団活動二年目の春にスキップされるのか? そのとき、朝倉はどうなるのだろう? 朝倉涼子は消えちまうのか?ここにいる朝倉は、長門がこの世界で再構成したのだから、普通に考えればそうだ。 あるいは、この一年で、やり残したことをやって満足したハルヒが、世界を崩壊させちまうかもしれない。 はたまた、このメンバーのままで、二年目に突入するのかも知れない。 ……そうであって欲しい。 俺は、そうなることを、祈らずにはいられなかった。 お前も、そう思わないか、ハルヒ? ………………… 『さて、そろそろ最後の曲よっ!!』 観客からあがる、ええええという不満の声。 『文句言わないっ!!また来年やるから、そのときに会いましょっ!!じゃあ、ラストソング!』 ハルヒが曲名を叫ぶ。 有名な曲だ。音楽を大して聴かない俺でさえ知っている。 観客からも大合唱がわき起こった。 そう、たぶん。 俺なんかに、お前を救えるかは分からないけどな。 結局のところ―― ここがループする時間の中を彷徨う、俺たちの終着地点なのかもしれない。 『おしまいっ!!……ふう、どう、驚いたでしょ?キョン!』 歌い終わったハルヒが、満足そうに付け加えた。 『愛してるからね、キョン。じゃ、おーばー♪』 ともあれ、後日談はささやかなものだ。 長門がコンピ研の活動として製作していた、「The Day Of Sagittarius4――Ender’s Game――」が、めでたく全国で一斉に公式発売の運びとなった。 「The Day Of Sagittarius3」とは比べ物にならない、豪華なグラフィックスと大規模な宇宙戦闘を売りにした、宇宙戦略シュミレーションゲームである。 発売元は、長門が裏で社長を務める「サイレンス」だ。サイレントユキの賞金を元に、株式で利益を上げて立ち上げたらしい。 ………………… で、今日が、その発売日。 さっきから俺が駅に向かって急いでいるのは、こういう訳だ。 「おっそい、キョン!!もうみんな来てるわっ!さあ、有希が作ったゲーム、みんなで買いに行くわよ!」 ハルヒが俺の腕をつかんで、ズンズン歩き出す。 やれやれ、そう、ハルヒの言うとおりだ。 SOS団、みんなで。 俺の隣で、長い髪を揺らして、朝倉涼子がにっこりと微笑んだ。 おしまい 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3985.html
八章 ………不愉快だ。何だ、この体の芯から湧き上がってくる黒い感情は。 吐き気がしてくる。この暗闇が、他人の家特有の匂いが、目の前にいる男の寝息と寝言が、とてつもなく不愉快。 オレは何のアクションも起こすことなく、その場にしゃがみ込み、ただ呆然としていた。 わかってる、何をすべきかは。オレのやるべきは彼を警察に通報すること… やっとの思いでオレはケータイを取り出した。 だが……… ――なぜ裏切った!古泉ぃ!!―― あいつの言葉が脳裏をよぎり、邪魔をする。オレは…また親友を… 違う!!今回はあの時とは違うんだ!これが最良の……… 突然オレのケータイが鳴りだした。 電話の相手は、さっきから彼が名前をつぶやいている二人の女性のうちの一人。 春日美那……… 「もしもし、古泉くん?ごめん、寝てた?」 「いえ………」 控え目に聞いてくる彼女にオレは吐き捨てるように否定を述べる。 「そう、よかった…あのね?今日のこと謝ろうと思って。」 「…………」 「ご、ごめんね?古泉くんのこと薄情者みたいな言い方しちゃって… 古泉くんは悪くないよ!悪いのはいつまでも引きずってるあたしだから…だから全然気にしないで!あはは…」 「ああ…そうですか……」 もっと他に謝るべきことがあるだろう。 「ね、ねえ!!来週暇な日あるかな!?久し振りに遊びたいな~、なんて思っちゃったりして…」「今彼の家にいます。」 「え…」 「明日話がある、場所は…今日のパーティ会場の近くにある喫茶店にでもしましょうか…」 「え!?ちょ、ちょっと!!…」 ガチャリ!!と、電話機を叩っ切るような勢いでケータイの電源ボタンを押す。 ふう、さて、次はこの目の前の男をどうするかだな。 「………きろよ……」 まいったな、涼宮さんに何て伝えればいいんだ。 「おき…ろよ………!」 第一涼宮さんはどこまで知っているんだ。あの電話ではいまいち分からない。 「起きろって言ってんだよ!!!」 それは警察に通報するのを先送りにしたいという理由からきた行動かもしれないし、 単純に彼を許すことが出来なかったからなのかもしれない。 オレは彼の胸倉を掴み、無理矢理直立体勢にした。にも関わらず、 彼は未だ今回の騒動の発端を春日さんとする、確たる証拠を垂れ流しているだけだ。 「クソ、こんなもの!!」 彼が離すまいと指を絡めるように掴んでいる注射器を、無理矢理奪い取ったそのときだった。 「返せッッッッ!!!!」 声としてギリギリそう聞き取れる叫びをあげながら、彼が目を醒ました。 「返せ!なんで奪って行くんだ!!!返せよ!ハルヒを…………返せぇぇぇ!」 今までにない吐き気が襲った。ハルヒを………返せ?それって……… ドゴ! 「ガフッッッッ!」 人の力は通常時は強く抑制されていて、実はその半分程も発揮されていない。 人体の研究が進んだ現代において、それは周知の事実だろう。 しかし、そのリミッターのはずれた力を身をもって体感した人間は、そう多くないはずだ。 機関に鍛えぬかれたオレの体は彼のたった一発のボディーフックによって、床に沈んだ。 思わず手からこぼれ落ちたそれを、彼はとびつくかのようにつかんだ。 「ハルヒ!!」 !!!!!! ダメだ!こいつは一発殴ってやらなくちゃ気がすまない! 思考が先か、体が先か、オレは体勢を持ち直し、すでに彼の顔面を殴っていた。 しかし、吹っ飛び、倒れながらも彼の手は『奴』を離すことはしない。 「はぁ、はぁ…俺にはこいつが…ハルヒが必要なんだ………!そうだ誰よりも!!誰よりもなぁぁ!!!」 誰か…教えてくれ…かつて彼の口から出ることを願ってやまなかったその台詞を今、オレはどうやって受け止めればいい? 「それ以上涼宮さんを愚弄するな!!」 ……………… 彼がガバッと上半身を起こした。 「俺がハルヒを…?」 その表情には驚きと困惑がはっきりと見てとれた。 「そうだ!あなたが掴んでいるそれは悪魔だ!人の心を惑わし、偽者の快感を与え、蝕んでいく 最低最悪の悪魔だ!そんなのと…そんなのと涼宮さんを一緒にするな!」 その言葉を最後に、沈黙がリビングを支配した。しばらくすると、彼が口を開いた。 「こ、古泉…」 彼がすがるように呼んでくる。 「たす…けて…………うわあああ!」 『奴』を投げ捨てながら彼が後ろに飛び退いた。 「うわ!虫、ムシが…」 その言葉だけで今、彼がどういう状態なのか大いに想像できた。 腕や足…体中を払う手の力は次第に強くなり、掻きむしる形に移行しようとしている。 「やめてください!」 とっさに彼を押さえ付けようとするが今の彼に力で敵うはずなく、押し返され、尻餅をついた。 彼は先程自ら投げた注射器を再度掴もうとしていた。 …その時だった。 「なに…これ…」 一瞬時間が止まったかのように思われた。そこに響くはずのない声が聞こえてきたからだ。 思わずリビングの入口に顔を向ける。そこには朝比奈さんと長門さんを連れた涼宮さんが立っていた。 「ハルヒ…なんで…」 「古泉くん!!!!」 「…は…はい!!」 彼女の唐突な呼び掛けに変な声を出してしまった。リビングに入ってくる涼宮さんのおぼつかない足取りを、朝比奈さんと長門さんが支える。 「説明して!何であんた達がこんな真夜中に取っ組み合いのケンカをしてるのか! そこにいるバカキョンはあたしに何を隠してるのか!! 春日さんが…どうしてあたしをここに向かわせたのか!!!」 なに? 「涼宮さん、どういうことですか?」 「病室にいたら春日さんから電話がきたわ。ケータイの番号なんて教えた覚えないんだけどね。 キョンの言葉の本当の意味が知りたいならこいつの家に来いってね。」 「他の方たちは?」 「とっくに帰ったわ。」 オレの考えていた以上に呆然としていた時間は長かったようだ。 「早く質問に答えて!」 この暗闇の中でも彼女の表情ははっきりと分かる。しっかりと前を見据えた表情だ。 ここに来るまでに相当な覚悟をしたのだろう。これはごまかせそうにないな。 「彼は…覚せい剤を服用しています」 ……………………………… ……………………… 長い沈黙がとても居心地が悪い。涼宮さんは無表情のまま、何か言葉にしようと口を開け、 すぐにやめる動作を繰り返している。 先に話し出したのは朝比奈さんだった。 「はは、何言ってるんですか?古泉く…」 「古泉くん…」 涼宮さんは表情を無表情から一気に苦悶の表情に変えると、朝比奈さんの言葉を遮り、ようやく話し出した。 「ウソ…ドッキリなら…今のうちになら……白状するなら…ビンタ50発で許してあげるから…… あげるから………教えて………………それは本当?」 昔の、力を持っていた涼宮さんなら確実に世界を滅ぼしていただろう。それほどまでに彼女の表情は歪んでいた。 「本当の…ことで…」 「うわあああああああ!!!」 その声に驚き、振り向くとオレに最後の句を言わせまいとばかりに彼がこちらに突っ込んでこようとしていた。 オレは目を瞑り、来たる衝撃にそなえようとしたが一向にそれは訪れなかった。 目を開くと涼宮さんが彼を優しく、包みこむように抱き締めていた。 「大丈夫だから…怖くないから…安心して。今まで怖かったよね…気付けないで…ごめんね…」 震えた声で、にもかかわらず優しく、彼女は言った。 「ハ…ルヒ……本物の…ハルヒ…………」 「自分から家に上げといて何が出ていけよ。何が二度と姿表すなよ。 あんたが言ったことなんて全部却下よ!却下…あんたとずっと一緒にいるから… すぐにもと通りのあんたに治してあげるから…」 ちょ、ちょっと待て… 「涼宮さん、それは警察に通報せず、僕達で彼を何とかするということですか?」 「当たり前じゃない!こんな時こそSOS団の出番よ!団長のあたしにかかれば麻薬なんてどうってことないわ!!異論は許さないわよ!」 やめてくれ…そんな絶望の中から必死で希望を見つけようと、もがくような澄んだ目で見ないでくれ。 決心が…………揺らいでしまう。 「ふざけないでください!!!!」 オレは彼女に対して初めて怒鳴り声を上げた。 古泉くんは今まであたしに見せたこともないような憤怒と困惑を混ぜた表情であたしを怒鳴りつけた。 ごめん、あなたの言いたいことは分かるわ。 「覚せい剤ですよ?彼は覚せい剤を乱用していたんです!!!罪は…………償わなければならない……」 本当に言いたいことを押し殺しているような、歪んだ表情で古泉くんはいう。 「それだけ?」 突然有希が、一言呟くように言った。 「古泉一樹……あなたが言いたいのは本当にそれだけ?真実を伝えないで自分の言い分を通そうとすることほど愚かなことはない。 大丈夫。彼女はちゃんと受け止めてくれるはず。」 有希のその言葉で、古泉くんの表情から迷いが無くなったような気がした。 「まったく、あなたには敵いませんね。全てお見通しですか……なら……涼宮さん」 古泉くんがあたしに向き直った。 「もう一度考えなおして下さい。彼のことを想うなら、尚更です。」 「何でそう思うの?」 「僕は知ってます。麻薬に侵された人の末路を。」 「それは何?」 「…………自殺です。」 「よく聞く話ね。」 そこで古泉くんはまた一瞬迷ったように顔を伏せたがすぐに立ち直るとまた話し出した。 「僕の親友でした。」 その言葉であたしは今まで古泉くんが何を迷っていたのかを理解した。 「……機関で出来た親友ね。」 「!!!!!…………はい…」 「原因は神人狩りによるストレス?」 「…………は、はい。」 「それと春日さんが関係してる………これは復讐ということね。」 「はい……僕は親友……河村の最期を見ました……麻薬はあなたが思っているほど甘くはない。」 そういうことか。古泉くんが通報することに固執するわけ………… 「それを聞いてますます通報する気が失せたわ。」 古泉くんが驚いたように顔を上げる。 「つまり、今回のことの大本はあたしが原因だったということね。なら、落とし前はあたしがつける。」 「ですが……」 「信じて!!こいつの強さを……絶対に元通りにしてみせるから…罪を償うのはそれからでも遅くないでしょ?」 気がついたらキョンはあたしの腕の中で寝ていた。とても安らかな表情で… 「……涼宮さん、一つだけ約束して下さい。もし、彼があと一回でも覚せい剤を使用したら、僕は警察に通報します。」 動揺したように目をあちこちに揺らしていた古泉くんはしばらくすると 目を厳しくしながらも、いつものような暖かい笑顔でそう言った。 「ええ……分かったわ。それから……ごめんね……」 我慢出来ない。もう、泣いてもいいよね…… 「ごめんなさい…ごめんなさい!!……あなたの…春日さんの………本当に…本当にごめんなさい……う…うわあああん!!!」 後ろから、あたしとキョンの二人分をそっと抱き締めてくれたみくるちゃんの体は、とても柔らかくて暖かかった。 九章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5262.html
第2周期 nOiSEleSsphAnTOmGIrL3 場面は転じて、夜の公園。しかも一人ベンチで寂しく……はないが座っている。 何故こんなところに居るかというと、此処で待つように指示するメモ書きが下駄箱にあったためである。 で、それを見た俺は素直にその指示に従って此処で待っているということだ。飯は食ってきたから長時間待っても大丈夫である。 まあ、この手段で呼び出しというのであれば、SOS団の緊急召集ではないことは皆さんもお分かりであろう。 「お久しぶりです」 朝比奈さん(大)がやってきた。 「今日は、ハルナについてですよね」 「はい、そうです」 取り敢えずベンチに座り、話を切り出した。 「今回のことで未来はどうなったんですか」 「不思議なことに、影響は少ないんです。確かに大きな変化が無かったとまでは言えませんが、私達が動く必要性はないとの見解です」 「そうなんだー」 「!!!!!!!!!」 !!!!!!!!! 何ということでしょう、そこにはニヤニヤしながらこちらを見ている団長の姿があるではありませんか。 勿論、慌てるとかいうレベルではない俺と朝比奈さん(大)。 「は、ハルヒ!?」 「あ……えっと……」 朝比奈さん、今更隠れようとしても無駄ですよ……。 「うーん、やっぱり大人になったみくるちゃんのもなかなか。これは揉みがいがありそうね…」 何だその品定めするような視線は。そしてその怪しい手の動きを止めなさい。というかさっきからどこを見ているんだ。 「決まってるでしょ、みくるちゃんのその立派な」 「あー、それ以上は言わなくていい」 駄目だ、あれは完全に獲物を見る目だ。 「例えおっきくなってもみくるちゃんはみくるちゃんよ!!」 「えっ、あ、ちょっと…! ぃゃ………………!!」 ハルヒが朝比奈さん(大)に飛びかかった瞬間には俺は即座に後ろを向いて見ていないので何があったのかは分からない(ということにしておいて貰いたい)。 背後から天使の悲鳴が聞こえるが俺にはどうにもできません、ごめんなさい……。 しばらくして悲鳴は止んだ。どうやらハルヒが満足したらしい。嗚呼無力な自分が悔しい。 「いやーやっぱり気持ち良いわねー」 「ぅぅ……涼宮さん…」 やはり泣いていらっしゃる。だがしかし俺にはどうすることも以下略 こうやってこそこそしていたわけだし、ハルヒに見つかってしまうのは相当まずいことなのではないのだろうか? 「はい、以前まではそうでした。涼宮さんに見つかることだけは避けなければならなかったんです。でも、涼宮さんによるリセット以降、これは規定事項になってたんです」 これ、とはつまり、ハルヒに見つかって…… 「い、言わないで下さい……」 「なに? つまりあたしから逃げられなくなったってこと?」 「簡単にいえばそうなります。その原因は分かっていませんが、リセットされたことで私達の未来とはほんの少しではありますが方向が変わったのかもしれません」 「少しねえ。その『少し』の影響量が気になるわね」 「それについては調査中ですので何とも言えません」 「調べ終わったらまた報告してくるの?」 朝比奈さんの言うことをしっかり聞いているのは、罪悪感などが残っているからなのだろうか。 「ここにおっきなみくるちゃんがいるってことはキョンに何か大事な話があるんでしょ?」 「え?」 再び二人は仰天である。何でそこまで知ってるんだ。恐るべし、全能の涼宮ハルヒ。 「お邪魔しましたー、ごゆっくりー」 ハルヒはそう言い残すと俺達に何も言わさぬままどこかへ行ってしまった。 ぽつーんと残された二人は呆気にとられていた。 あんなにあっさりしていたのは全くもって予想外であった。ハルヒがあれほど追い求めていた未来人に対面したのだから、もっと首を突っ込んでくると思ったのだが 「それにしても、なんかあの言い方はむかつくな」 「私があまり長時間この時間平面に留まれないことも知っているのかもしれません」 「あ、なるほど」 しかしまさかハルヒが配慮するなんてな。『事件』とやらが与えた影響はかなり大きいのかもしれん。 しばらくの沈黙ののち、本題へ戻った。 「リセットの影響はあるのにハルナの出現の影響はないというのはどういうことですか? ハルヒが二人になったも等しいというのに」 「そう思われたのですが、これが私たちの調査結果です」 「この先、何か重大なことが起こるんですか?」 「それはキョン君の結論次第です」 朝比奈さん(大)は真っすぐ俺を見てそう言った。 俺達がハルナを認めるか否か、それによって朝比奈さん(大)の時代で予測されているのとは異なる未来に向かうかもしれないのだ。 「では、そろそろ失礼します」 朝比奈さん(大)がベンチから立った。 「最後に一つ聞いてもいいですか」 「何ですか?」 「朝比奈さんはハルナのことはどう思いますか?」 「そうですね」 しばらく空を見上げていた。その後こちらを向いて微笑みながら言った。 「妹って、なんか羨ましいです」 翌日、ハルヒによる世界改変でハルナは元々いたことになっていたという報告を長門から聞いた。 「現在、涼宮ハルナは近所の小学校に通っている」 長門は廊下で俺が登校するのを待っていたのだ。朝会うなりそんな重要なことを聞かされるとはな。 「この改変に対し幾つかの派閥が苦言を呈している」 長門は付け足すようにそう言った。そんなこと無視してしまえばいいと思ってしまうだろうが、相手が相手だけに注意しなければならない。 「だが暫定的であってもそうでもしなけりゃハルナの居場所がないぞ」 「そう主張したが受け入れられなかった」 「そうか……、済まんが引き続き説得を頼む」 「わかった」 僅かに頷いた長門はカバンを持って教室へと入って行った。 その姿を見ていてしばらくその場に突っ立っていた俺であったがが、「廊下のど真中で何してんだこいつ」という周囲の視線を喰らったため教室へ入ることにした。 教室には既にハルヒがいた。頬杖をしてぼんやりと外を眺めている、やはり考え事をしているようだ。 俺が来たことに気付き、こちらを向いた。 「おはよ」 「おう」 綿菓子のように軽い挨拶だけすると、また視線を外に戻していた。 「……」 「……」 着席して以降お互いに話しかけようとせず、会話が成立することはなかった。 その後は雑談もしたが、さすがにハルナのことについて教室で話すのはまずいと考えたのでそれを話題にすることはなかった(ハルヒも同じ考えだったようだ)。 放課後、真っ先に部室へ向かうとすでにみんな揃っていた。団長様は腕を組んで仁王立ちしていた。 「遅い!」 「そんなに遅くないと思うんだが」 「もうみんな揃ってんのよ、あたし達を待たせたのがアンタが遅れた証拠」 「そうかい、そりゃあ失礼」 「まあいいわ、全員揃ったことだし、早速会議を始めましょう」 というわけで各々が着席する。議題は言うまでもなくハルナについてである。 「そういえば、ハルナちゃんは小学校に通ってるんですよね」 朝比奈さんも知っているのか、長門はみんなに報告して回っていたのだろうか。 「そうよ」 「何歳なんですか?」 その質問に及んだ瞬間、ハルヒがわざとらしくため息をついた。 「それを考えてなかったのよ。突然生み出されたんだから自分でも年齢なんて分からないのよ。二人で随分考えたけど、アンタの妹ちゃんより二つ下ということにしたの」 つまり4年生か。 「あの骨格からすればそのあたりが妥当」 長門がそう言うのだから、ハルヒの勘は正解だったということか。 だとしても、あいつの頭脳からしたらまさしく某小学生名探偵のような状態だな。 「仕方ないじゃない。あの姿で高校に来てもいいけど飛び級なんて……そうよ! 飛び級ってことにすればいいのよ!」 ぶっ飛んでいらっしゃる。この国に飛び級の制度はなかったと思うんだが。 「ちょっとまて、いいのかそれ」 「あたしがいいって言ったらいいのよ!」 自分中心に回るハルヒ節が復活していた。それもそれで悪くはないんだがな。 「だがハルナはそれに賛成するのか?」 「それはハルナに聞いてみないと分からないわ。あくまでもハルナの意見を最優先にするつもりだけど」 「古泉君、そっちには何か動きはあった?」 「機関からは正式な結論は出されていませんが、賛成意見が多数を占めているので心配はいらないと思います」 「そうか、まず一つは良しだな」 朝比奈さん(大)が言っていたことを賛成意見と捉えてもいいならば、早くも統合思念体以外はOKということになる。順調と言えば順調だが、ここからが正念場である。 「有希の方はどう?」 「こちらとしては結論が出ない限りは無暗に行動できない」 「まだ結論は出てないの?」 「審議中。なかなか折り合いがつかない」 「大変みたいね、ちゃんと休んでる?」 「大丈夫」 「そう、ならいいけど。無理はしちゃダメだからね」 そのいたわる気持ちを小さじでもいいから俺に対しても持ってほしい。 「じゃあ今日はこれで解散ね」 いきなりの終了宣言であった。 「やけに早いな」 「あたしにだって色々あるのよ、じゃあね」 自分のカバンを持ってさっさと出て行ってしまった。 昨夜同様、取り残された形となって呆気にとられていたが、気を取り直して気になっていたことを尋ねた。 「なあ古泉」 「なんでしょうか」 「閉鎖空間はどうなってる」 「やはり悩んでいるようです。小規模ながら高い頻度で発生しています」 長門に言っておきながら、お前が無理してどうすんだよハルヒ。 ハルヒが帰ってから十分と経たないうちに、自然と解散になった。 だが俺はまだ帰らず、一人で廊下を歩いていた。 実に不覚である。教室に課題プリントを忘れるとは。 教室に入る時に、どっかの誰かみたいに『忘れ物の歌』なんか歌わないぞ、と思ったものの結局脳裏にあのリズムが浮かんだまま席に向かっていた。 「あったあった」 目的のプリントを見つけ、それを四つ折りにしてカバンの奥にねじ込んだ瞬間であった。 一瞬にして明かりが消えて真っ暗になった。 「おいおい……」 蛍光灯がすべて同時に寿命を迎えるなんて奇跡的なことがあるのだろうか。経験者はぜひともSOS団に連絡してほしい。 驚いたのは勿論のことだが、すぐさま身構えた。この真っ暗な教室は見覚えがある。窓も扉も、無機質なコンクリートのようになっていたからな。 暗がりの中、机に座って待っていたのは予想通りの人物であった。 「朝倉、またお前か」 「そう。悪い?」 十分悪い。 「今回はハルナの件についてだろ? あいつの能力が未知だからって、俺を殺して涼宮ハルナの出方を見るとか言うなよ?」 「残念ながら貴方の予想はハズレね」 「どのみち俺には生命の危機がやって来るんだろ?」 「あら、でもこれからの動向によってはキョン君の運命も変わるかもね」 わざわざウインク付きの笑顔をありがとう。あまり嬉しくないね。 「キョン君の予想通り、今回は涼宮ハルナちゃんについてなんだけど」 ちゃん付けなんだな。まぁハルナは見た目は幼いからな。 「こんな場所に閉じ込めたんだから、お前の派閥が賛成じゃないってことは確定なんだろうな」 朝倉はあの時のように俺の正面に立つと下を向いた。 「ごめんなさい。急進派としてはあの要求は不都合みたい」 「一体どこが不都合なんだ。ハルナの存在か? 不干渉という条件か?」 「残念だけど両方。私達の正体を知ってしまった以上、こちらにも涼宮さんの影響が現れかねないという見解なの」 で、俺を人質にしてハルナの要求の撤回を迫っているって訳か。 「警告はしたはずです」 その声に仰天した。 「え……おい……」 まるで最初からいたように、俺の隣にハルナがいた。いつ来たんだろうか。 「まあ、これは想定の内なんだけどね」 余裕の表情を見せる朝倉をハルナが睨みつけている。 初対面のはずなのにお互いをよく知っているようだ。 「警告を無視すると、言った通りになりますよ」 「貴方の脅し文句は統合思念体の無力化、だったかしら? 残念だけど、貴方にそれは出来ないわ」 そう言うと背中を向けて教室内を歩き回る。 「貴方には涼宮さん……貴方のお姉さんみたいに意志を貫くことが出来ない。貴方には強い責任感があるから」 朝倉が立ち止まると、誰かの机の中から忘れ物らしき教科書を手に取った。 「強い願望を抱いても、現実が伴い『でも』等と考えてしまう。だから願望が完全に実現することはないわ」 それは瞬く間に槍へと形を変えた。 「たとえそうだとしても、彼を殺させはしません」 ハルナが更に語気を強くしているが、朝倉は相変わらず挑発的な笑みを浮かべて俺とハルナを交互に見ている。 「更に残念だけど、キョン君は只の撒き餌なの。本当の目的は貴方ってこと」 だろうな、俺を殺すなら以前にでも来たはずだろうし。 「私に与えられた仕事は貴方を殺すことだもん、ハルナちゃん」 壁が一瞬光った。嗚呼やっぱり強烈なデジャヴを感じる……。 それを見たハルナは明らかに動揺していた。 「空間が上書きされて封鎖が強力になっています。私一人では突破出来ません」 「そうよ、逃げられないの。だから、抵抗しないで殺されて」 それだけは避けなければならない。ハルナがどれ程の力を持っているかは知らんが、朝倉に対抗できるかどうかは更に分からない。もしかしたら敵わないか可能性だってある。 急進派の好き勝手を許してなるものか。 俺は傍にあった椅子を掴んで投げ飛ばした。勿論、効果はないのは承知済みである。しかしささやかな妨害くらいにはなるだろう。 「ん? キョン君は私達とは逆の意見のようね」 「そうみたいだな」 そう言った瞬間、強烈な痛みを感じた。 朝倉が持っていたはずの槍が左肩に刺さっていた。投げたモーションが見えなかったぞおい。 傷口から止めどなく熱い液体が流れている。 「てめぇ……」 「あら? その目はまだやる気ってことかな? 勇敢ね」 またしても気付いた時には朝倉が目の前に移動していた。そして俺を壁に押し付け、肩に刺さっていた鎗を握った。 「うるさくしてもいいんだけど、邪魔しないでね?」 「うあああああああああああああああああ!」 鎗がねじ込まれ、肩に猛烈な痛みが走る。右手で必死にそれを止めようとするが力は相手に比べりゃ圧倒的に少ない。 「やめろおおおおおおおおおおおお…………!!」 叫んでも全くもって無駄である。容赦なく肉を裂き骨を割り、鋭利な金属が奥まで侵攻してくる。 遂には貫通して壁に深く刺さっていた。俺は磔にされたも同然だった。 「利き腕にしなかっただけましだと思ってね」 俺が身動きできなくなったのを見届けると、ハルナのほうを振りかえった。 ハルナはじっと動かずにこちらを見ていた。 「お待たせハルナちゃん、そろそろいくね」 朝倉がナイフを手にハルナに近づく。 「くそっ、やめろ……」 少しでも動けば傷に刃が食い込み激痛に襲われる。 「逃げないの? いい子ね」 朝倉がハルナを切りつける。ハルナは慌てる様子もなくナイフの刃を掴んでいた。 しばらくの無音の後、ハルナの手から血が滴り落ちた。 「どうしたら、許してくれますか?」 その問いかけに朝倉はまた笑っていた。 「それ無理。許すも何も、私は貴方を殺さなきゃいけないもの」 「私を殺したら、姉さんの分も許してくれますか?」 「さあ。私には決定権はないの」 その時、普通に扉が開いた。ハルナいわく頑丈に封鎖されていたにも関わらずである。 やって来たのはハルヒと長門だった。 「あら客さん?」 「また随分と行動が早いのね、早速攻撃をしてくるなんて」 磔にされた俺を見た長門が高速呪文詠唱をすると、左肩を貫通していた鎗が消えて傷も痛みも全く無くなっていた。 鎗は教科書に戻って床に落ちていた、って谷口の数学の教科書じゃねえかこれ。 「あんまり面倒を起こしたくなかったんだけどね」 そういうとハルナの前に立ち、朝倉と対峙した。 だがこれにも朝倉は動揺することはなかった。それどころかクスクスと笑ってやがる。 「もう、みんな邪魔が好きなのね」 朝倉がジャンプしたかと思うと、ハルヒが吹き飛ばされて壁に衝突した。とんでもない速さの跳び蹴りだった。 「ハルヒ……!?」 急いで駆け寄ったが、頭を強打したらしく気を失っていた。 ちょっとまて、朝倉強すぎないか? 長門に心の声が届いたのだろうか、その答えを出してくれた。 「反対派が朝倉涼子に協力している可能性がある」 「だとしたら対抗できないんじゃないか……?」 「こちらも協力を要請している。それまで私が時間を稼ぐ。貴方は涼宮ハルヒを」 そう言って朝倉に攻撃を仕掛けようとした長門であったが、朝倉の方を向いた瞬間に動かなくなった。 「…………」 「何……」 長門がそう呟いた。何かあったのか? そう言おうとした瞬間だった。 全身の毛が逆立つのを感じた。 人の目を見てあれほど怖いと思ったことはなかったな。 悲しみか怒りか、ただ黒いだけではない黒い影がハルナを中心としてブラックホールのように全てを喰らい尽くそうとしていた。 それを間近で見た朝倉は硬直している。ただ動かないだけなのか、動けないのだろうか。 )H??繼bモM、・.09wSS瞑Iコen 蹣、、h.1ae,顳コ・f%HdL、 udjmx劉_??KU、夊? ・F?Vz? 何と言っていたのかはノイズ混じりだったのでさっぱり聞き取れなかった。 ノイズはさらに増幅して防犯ブザーに負けず劣らずの大音量となって耳を襲い、俺の聴力を狂わせていた。 「ハ、ハルナ……?」 そう呼び掛けたであろう自分の声も骨伝導でわずかに聞こえただけであった。 耳を押さえても無駄であった。そのノイズは耳を介さず直接脳に響いているようであった。 気付いた時には、教室は荒野に変貌していた。 机と椅子はそのままにして、現実離れしたほどに荒れ果てた大地である。 ここはどこだ? 見上げると、異常な早さで雲のようなものが流されている。 とうとうノイズは聴力だけに飽き足らず、視力さえ侵食し始めていた。 目の奥が焼けるように痛い。視界がぼやけ、時折テレビのチャンネルを合わせていない時に映るあのノイズが見える。 「……何……………これ…………」 朝倉に何が見えているのだろうか。 「…………めて……………来……で……!!」 視力を奪われつつある俺の目には、金切り声を上げながらナイフを振り回す朝倉の影がかろうじて映っていた。 何に襲われているのだろうか、俺には朝倉が怯えるほどのものは確認できていない。 視力がほとんどないので無暗に動けない。 俺はただ朝倉が発狂する様を見ているしかなかった。 「何が起こっているのか全く分からない」 長門の声が聞こえた。この異様な光景を前にした宇宙人は一体どんな表情をしているのだろう。 「いったぁ……生身の人間相手にあんな強くやるなんて……」 ハルヒが意識を回復した。 「大丈夫か?」 「なんとかね」 だが周囲の様子を見るや否や、ハルヒの表情は一変した。 「派手にやってくれたわね……全く」 怪我は大したことなかったようにすっと立ち上がると、何やら念ずるように目を閉じた。 「……は?」 またしても一瞬の出来事であった。次の瞬間には、荒野が再び元の教室へ姿を変えていた。 もう何が何だか。 だが完全に元の世界に戻ったわけではなかった。灰色に染まった見覚えのある空間だ。 「閉鎖空間……って言うんだっけ? それに上書きしたのよ」 淡々と語っていつその目は、真っすぐハルナを向いていた。 「それしか戻し方を知らないから」 その視線に刺されたハルナは、悪戯が見つかってしまった子供のような表情で固まっていた。 ハルヒは硬直しているハルナに歩み寄ると、思いきり頬を叩いた。 それはもう凄い音が教室に響いていたから、本気で叩いたのではないだろうか。 「ハルナ、それは使わないって約束だったよね?」 「……」 怒りに満ちたその声を聞いた俺と長門は、こちらに向けられたものではないのに委縮してしまいそうだった。 「二度目は無いからね!! 分かった!?」 「……ごめんなさい」 これほどまでに厳しく叱りつけるのは、その力がどれだけ恐ろしいかを知っているからなのだろう。 そのころ朝倉はというと、一体何を見たのだろうか、震えたまま教室の隅で子供のように丸くなっている。 「これはやり過ぎね……」 そう言ってハルヒが近付くと、朝倉が弱々しい悲鳴を上げる。 「や…………め………て………」 もはや言葉は一文字ずつしか発することが出来ないらしい。 ハルヒはしゃがむと怯える朝倉の頭に手を置いた。 すると朝倉の呼吸が少しずつ落ち着き、恐怖一色だった表情が段々穏やかになっていく。 「……」 落ち着いたとはいえ、言葉が出ないらしい。 「貴方達は……何なの?」 ようやく出た言葉は、高い能力を誇る宇宙人らしからぬものであった。 「あたしは涼宮ハルヒ、でこっちが妹のハルナ」 「そうじゃなくて……」 「あたし達にとってはそれ以上もそれ以下もないわ」 「……でも貴方達は我々にとっては脅威なのよ。だからこんな命令が下っ」 「そう思ってるだけよ、あたしはアンタ達を敵視してるつもりはないわ」 ハルヒがこちらに振り返った瞬間、朝倉が床に横たわってそのまま動かなくなった。 「言っとくけど眠らせただけよ」 ナイフのように鋭利な眼光であった。こいつ、最近で一番と言っていいほどに苛立っているな。能力のことに関して神経質になっているのだろうか。 その表情を緩めると長門と対面した。 「有希、このことは上には報告しないってことは出来る?」 「それは不可能。既に送信されている」 「そう……じゃあせめてさっきの記憶だけでも消してあげてくれる?」 「分かった」 長門が朝倉の記憶を修正している間にハルヒは教室を出ていってしまった。 ハルヒが帰ってから数分後、閉鎖空間は消滅し、窓からは夕闇が差し込んでいた。 ハルナはすっかり落ち込んでいた。夕日よりも真っ赤に腫れた頬を涙がつたっていく。 教室を荒野に変えてしまったあの時からずっと動かずに立っている。俺はその小さな背中の後ろに行くと、ハルナが呟いた。 「……ごめんなさい」 「失敗から学ぶっていうだろ? 学習学習」 頭を軽くぽんぽんと叩いた。 「同じ過ちを繰り返さなけりゃいいんだよ」 ハルナは少しだけ頷いた。 そう言ったものの、その力がたった一回の過ちで世界を滅ぼしたのではなかったか。 俺が言っていることは矛盾していた? 「繰り返さなきゃ……な」 二回目のそれは、どちらかといえば自分に言い聞かせているように思えた。 朝倉の記憶修正を終えたらしく、長門が立ち上がった。 「終わった」 「御苦労さま」 「いい。朝倉涼子のことは私に任せて、貴方は涼宮ハルナを」 「長門、あの時言ってたことに間違いはないんだな」 「何」 長門がこちらを振り向いた。その奥で朝倉はいまだに眠っていた。 「あの時言った『無理はしていない』ってのは嘘じゃないだろうな」 「嘘ではない。無理をするのは反対派との全面衝突になった時」 答えるまでに少しの無音があったので、図星なのかと思ってしまった。 まさか長門がジョークを言うとは思わなかった。あまり笑えないのだが。 「分かった、それなら安心だ。それと、もう一つ頼みがあるがいいか?」 「何」 「ハルナのケガを治してやってくれ」 「分かった」 長門がハルナに近づき、その手を取った。 ナイフの刃を握っていた小さな手からは、未だに血が流れていた。高速呪文を呟くと、傷は跡形も無く消えた。 「……」 ハルナは傷の消えた手の平をずっと見ていた。 「ほら、お礼」 「え、あ、ありがとうございます」 俺が促すとはっとしたようにそれだけ言って、また視線を手の平に戻して黙り込んだ。 「いい。……また明日」 「おう、またな。行くぞ、ハルナ」 やっぱりこの名前を呼ぶのにはまだ違和感がある。早いとこ慣れないと。 「……」 「いつまでもここで落ち込んで立って仕方ない、帰るぞ」 今度は頷くことはなかった。だが、俺が廊下に出でもう一度呼ぶとついて来た。 廊下を歩く俺の隣の小さい影は下を向いていた。何と言ってやればいいのか分からず、帰って墓穴を掘りかねないので黙っているほかなかった。 無言でいる間、さっきのことを思い出していた。 砂漠のように荒れた大地、激しいノイズ、何かの叫び声のような音、現れたものは散々ハルヒのことに巻き込まれてきた俺でさえ全て未体験のものばかりで、それらはハルヒの閉鎖空間とは似ても似つかぬ光景を生み出していた。 何より気になったのが、ノイズに視力や聴力を奪われていてもしっかりと感じたあのどんよりとした重たい空気である。 あの空間はあの『事件』とやらの記憶が影響しているのだろうか。ハルヒが詳細を言わないので推測にすぎないが、好んであんなものを創造するとは到底思えないからな。 ハルナは事件の記憶を引きずっているのだろう。その時にハルナが関与していたのかもしれない。 昇降口に差し掛かった時に俺は立ち止まり、こう切り出した。 「さて、そろそろ仲直りタイムにしようか」 「あ……」 ハルナもすぐに気付いたようだった。 「どうして分かったの」 そこにハルヒが待っていた。 「勘、だな」 「なによそれ、カッコつけてるの?」 「これでもいたって真面目の回答なんだがな」 「ふぅん」 夕日に照らされながら坂を下る三人。結局ハルヒと合流しても無言に変わりはなく、気まずい雰囲気が持続していた。 「……さっきはごめんね。思いきり叩いたりなんかして」 で、ハルヒが口を開いたかと思えば……。 「……」 「あたしが無茶苦茶してた時は、ハルナは何にも咎めず許してくれたのに、あたしは散々怒鳴り散らしちゃって……」 ハルナはそれを黙って聞いていた。 「ハルナを苦しめ続けてきたのよ、あの時からずっと」 俺もなかなか割り込むチャンスを得られなかった。 「あたしばっかりが勝手に怒って、勝手に泣いて。ハルナのことを思ってのはずなのにそれは二の次三の次にしちゃって」 「ちょっと止まれ」 急な命令に驚いたのか、二人はすぐに立ち止まった。 「どうしたのよ急n……」 こっちを向いた瞬間に、二人同時にでこピンをお見舞いした。 「いっ」 「ぅぅ……」 「何すんのよ!」 「本当にそっくりだよな、自分にばっかり責任を感じちまうところも」 その指摘を受けた二人は、額を押さえながらお互いを見ていた。 「何と言ったらいいかよくわからんが、あんまり深く考えない方がいいんじゃないか? この世界は崩壊してないんだし……な」 返事がない。そりゃあ俺のどうにも言葉足らずなものではどうにもならないか。 「なんかごめんね。じゃ、あたし達はこっちだから、またね」 「おう」 何か気の利いたことが言えないのか俺。 だんだんと小さくなっていく二人の背中を見ながら、おれは自分の手の平を見ていた。 どうも違和感があったんが敢えて何も言わなかった。 「現実までこうなんのか……」 俺の手の平には赤いべとべとがついていて、鉄の臭いがした。いつついたんだよこれ。 第3周期へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2559.html
『2年前、あの光の巨人が暴れたとき、初めて機関という存在を僕は知った。テレビ演説で華々しく公表された超能力者を 有する組織。多分、これが平和な日常の中だったら誰も信じず、ただのオカルト話として笑いのネタにされていただけだと思う。 だけど、あんな大惨事の後だったから、みんな簡単に信じてしまった。その存在と目的、そして、惨劇の原因について』 朝倉撃退後の夜、俺は機関の連中や谷口の目を盗んで、国木田のノートを読んでいた。どうやら、ここに来る前までに 書いていたものらしい。内容はぱっと見では日記帳のように見えたが、よくよく読んでみると回想録のようなものだった。 個人的な思い出を語るものだったら、プライバシーの侵害になるからあわてて閉じるつもりだったが、 その内容は興味深い――それどころか俺の猜疑心をえらく揺さぶるものだった。 特に、一番最初のページにあわてて付け加えられたように書かれていた文。 『キョン、僕の身に何かあった事を考えてこのノートを託すよ。でも、このノートの内容は機関に属する人間には決して 見せないこと。もし見せればキョンの命の関わるからね。機関を信じないで』 訳がわからなかった。国木田の奴、人の荷物に何でこんなものを仕込んでいたんだ? 大体、命に関わるって…… 俺は近くで新川さんと談笑する古泉の姿を横目で見る。二人とも明日の移動ルートについてでも話しているのだろう。 ほどなくして、森さんと多丸兄弟が見回りから帰還し、その環に入る。確かにプロフェッショナルな雰囲気を醸し出す彼らだったが 今までふれあってきた限り危険視しなければならないような人たちには見えない。対朝倉戦では、 これ以上ないほどに俺を守ってくれたしな。 まあ、そんなことを言っても国木田ノートの内容の続きが気になるので、こっそりと読み続けることにする。 『……この日、僕は難民キャンプへと移送された。家に帰ろうにも、すでにそこは閉鎖空間に飲み込まれているらしい。 やむえず、遠く離れたところで仮設住宅暮らしをすることになった。幸い、友人たちも多くいたから、寂しくはなかったけど。 そんな生活が続いて半年ぐらい経った後、機関の人間たちがやってきた。用件は僕をスカウトしたいらしい。 最初は新手の詐欺か何かと思ったよ。だって僕に超能力があるとは思えなかったし、特化したものも大して無かった。 そんな僕をどうして? と思ったけどどうやらキョンがらみの話らしい』 ――俺はついノートの内容に没頭していることに気がつき、あわてて周囲を見渡す。幸い、機関組はまだ話し合いを続けていた。 ほっと胸をなで下ろして、次のページを開く。 『どうやら機関はキョンが目覚めた後、閉鎖空間の中心に攻勢を仕掛けるつもりみたいだった。この時点でキョンは半年以上 眠ったままだったのに、気が早すぎるんじゃないかと思ったんだけど、なぜか彼らはいずれキョンが目覚めることを 確信しているみたいだった』 確信? 古泉はありとあらゆる手段を行使したが、俺を目覚めさせることができなかったと言っていたんだが。 それともその内目覚めるに違いないと希望的観測でもしていたのだろうか。まさか、俺の目覚める時間を知っていたわけが…… 俺は次のページを開き、その内容に目を疑うことになる。 『結局僕は機関に入ることになった。提示された報酬も悪くなかったし、何よりもお世辞にも良いとは言えないキャンプ生活から 家族とともに抜け出せるからね。ただ、家族とは離ればなれにされてしまった。閉鎖空間という機関の機密の中枢に 関わることになるから少しでも情報漏洩の芽は潰しておく必要があるだってさ。しかも、書かされた誓約書は物騒な文言が 並んでいて、機関の任務遂行に影響を及ぼす問題を引き起こせば、最悪極刑もあり得るとか書いてあるほどだよ。 このときはちょっと機関入りを後悔したね。その後、いろいろな訓練とか説明とかを半年ぐらい受けた後に、 ようやく僕がやるべき任務の内容を教えてもらった。複雑な説明はややこしくなるだけだから避けて、簡単に要約すると キョンが目覚めた後、機関の人たちと一緒に北高に向かうってことだった。大体、予想していたことだったけど その中で驚いたのがキョンが目覚める日時が具体的に示されていたこと。機関はずっとキョンの治療や昏睡状態の原因解明を 続けていると言っていたのに、どうしてそんなことがわかるんだろうか? 僕の頭に初めて疑念が生まれたのはこの日だった。 キョンを眠らせているのは機関なんじゃないかって』 「何を読んでいるんですか?」 突如俺にかけられる声。目を離せない国木田ノートの内容に没頭している中での事だったので、 思わず悲鳴に近い驚きの声を上げてしまいそうになるが、ぎりぎりのところで飲み込むことができた。 俺はできるだけ冷静さを保ちつつ、 「ああ、せっかくだから体調管理とかを兼ねて日記をつけているんだ」 「なるほど。それは感心なことです。せっかくだから任務完了後に一緒に自伝でも出版しませんか? 閉鎖空間滞在日記~~それでも僕たちは諦められない~~という感じで」 「俺は自分の日記を世間に公表するほど派手な人間じゃねえよ」 そう軽く受け流して、国木田ノートをバッグの中に片づけた。 機関が俺の目覚める時間を正確に把握していた。ひょっとしていたら俺を昏睡状態にしていたのは機関なのかも知れない。 確かにこのノートの内容を機関の連中に見せるわけにはいかないな。 ◇◇◇◇ 「そうですか。あの時長門さんと再会していたんですね」 「ああ。ずいぶん久しぶりに声を聞いたよ」 「何か言っていませんでしたか? 涼宮さんの具体的な居場所や現在の状況など」 「いや……何かに追われているみたいだったぞ。すぐにどこかにいっちまった」 「そうですか……少しでも有益な情報が得られればと思ったんですが……」 古泉は残念そうな笑みを浮かべて嘆息した。 翌日の朝。俺たちは北高への移動を再開した。正直、第2第3の朝倉が出現するんじゃないかと思っていたが、 全くトラブルもなく順調に目的地との距離を縮めていっていた。このペースで歩けばあと2~3日で北高に到達できそうだが…… はっきり言って国木田ノートの続きが気になって仕方がねえ。あの後、古泉たちの目が終始俺に向けられているような気がして 結局続きを読むことができなかったせいだ。とんでもなく重要な事を見せつけられておきながら、続きが読めないでは 生殺しも良いところである。 ついそわそわしているところが身体に出てしまったのか、古泉が俺をのぞき込むように、 「どうかしましたか?」 「……何でもねえよ」 そう言ってかわした。 さて、気がついてみればもうA島の最北端に近くなり、着々と目的地に近づきつつある。 だが、あの国木田ノートを見てから俺は先に進むことに激しい抵抗を憶えるようになって来ていた。 機関は俺が目を覚ますタイミングを知っていた。いや、俺を昏睡状態にし続けていたのが機関なら 俺をいつでも目覚め指させることができる。ならどうしてそんなことをする必要がある? これから何をしようとしている? ああ、そういや俺を眠らしていたのが機関なら、そのきっかけとなった交通事故を起こしたのも連中なのか? そうなると事故から閉鎖空間の発生、そして、機関の存在を全世界へ公開し俺を目覚めさせて北高に向かうという流れは 奴らが全て仕組んだものだったのか? だったら何のために? 俺が思考をめぐらしている間に、自動車道のICが見えてきた。朝倉に襲われた場所とは違い、ここは無傷で残っている。 ここを越えればA島と本土をつなぐ連絡橋まではすぐで、橋を渡り終えてしまえば北高は目と鼻の先だ。 機関の行動の疑惑が出てきている以上、安易に先に進むわけには…… 地図を確認すると、このICはSAもあるようだ。ある程度留まれる環境はあると考えても良い。 俺は古泉の方に振り返り、できるだけ本心を悟られないように疲れた表情を浮かべて、 「古泉。ちょっと話があるんだが」 「何でしょうか。改まって」 ――ここでヘルメットを脱いで―― 「前回の朝倉との戦いで思い知ったんだよ。ここでは一瞬のミスで命を落としかねないって。 国木田がやられたのも一瞬の出来事だったしな」 「その通りです。これからはあれ以上に厳しい状況に追い込まれるでしょう。以前にこの辺りに入った偵察隊が 無傷で出てきたことは一度もありませんからね。で、何が言いたいんですか?」 ――ここで一旦躊躇するようなそぶりを見せてから―― 「言いにくい話なんだが」 「遠慮無くどうぞ」 「俺は疲れている。昨日の戦いの疲労が蓄積しているみたいで、正直歩くだけでもつらい。こんな状態でさらに危険地帯に 入ってもいいのかと思うんだ。もっときっちり疲労を取ってから進むべきじゃないかってな。幸い敵の襲撃もここじゃなさそうだ」 「正論ですね。身体が弱っている状態で敵に遭遇すれば、まともに戦うこともできずにただやられてしまうだけです。 休息も戦いの内と言えますからね。それにこの辺りまではいると無線で外側と連絡も取れなくなります。 怪我一つが致命傷になりかねません」 ――俺は古泉に軽く頭を下げて―― 「すまない。閉鎖空間に入ってからこれで3度目のわがままになっちまうんで、自分でも言いづらい話なんだが……」 「良いですよ。正直、僕も超能力を使ったおかげで結構疲労があるんです。朝倉涼子との戦いで中心的役割を果たした 森さんたちはそれ以上でしょう。ただ任務を果たすために口に出さないだけです。あなたが休息したいと言えば森さんたちも きっと喜んで賛成してくれますよ」 古泉はあっさりと俺の申し出を受け入れてくれた。だが、あまりに簡単に受け入れすぎて逆に不安を煽られた気分になる。 機関は先を急いでいないのか? それともいつでも北高に行けるということなんだろうか? いや、考えすぎだ。まだ国木田ノートの内容は全部読めていないし、大体それが事実とは限らない。 あれだけ俺のことを助けてくれた人たちだ。安易に疑うのはやめよう。 と、後方を歩いていた谷口が追いついてきて、 「なんだよぉー。またストライキか、キョン。おめーは本当に貧弱だなぁ」 「……仕方ないだろうが。あれだけの戦いを見せつけられた後じゃ、万全に万全を期したくもなる」 「まっ、そーだな。実を言うと俺もちょっと疲れ気味だからな。助かったぜ、サンキュな、キョン」 そう俺の方にぐっと親指を上げる。そう言えば、谷口はどうなのだろうか? 国木田とこいつは機関にスカウトされた 立場のはずだ。ならこいつには国木田ノートの内容を話しても良いのか? いや、待て。焦らずにとりあえずノートの続きを 確認しよう。きっと谷口についても何らかの言及があるはずだ。 やがて、前方を歩いてきた森さんたち機関組が俺のところまで戻ってきて、 「話は古泉から聞きました。100メートル先にあるSAでしばらく休息を取ることにします。新川。最大でどのくらい休める?」 「食料を考えれば三日は留まれるでしょうな」 新川さんの返答に森さんは軽く頷き、 「わかりました。では三日ここで休息し、その後に連絡橋を越えて閉鎖空間の中心部分に突入します。 恐らくこれ以降急速を取ることは困難になるでしょうから、各員しっかりと疲れを取ること」 俺は森さんの言葉に感謝の気持ちを持つように心がけた。 ――無理にでもそうしないと、疑念ばかり向けてしまうからだ。 ◇◇◇◇ SA到着後、俺はトイレと偽って機関組と谷口から目の届かない部分へ移動する。留まれるのは三日間だけ。 その間に国木田ノートを全て読み、今後どうするのかを決めなければならない。 俺は適当な林の中に入り、茂みに身を隠した後、腹の部分に押し込んでいたノートを取り出す。 『機関に入ってから僕は独自に疑惑について調査を始めることにした。でも、重要な任務を与えられているとはいえ、 立場は末端の兵士と同じようなものだったから表向きの情報しか得ることしかできなかった。 そこで、北高時代にキョンと同じSOS団にいた古泉さんに近づくことにした。最初はあまり話す機会がなくて接点を 持てなかったけど、その内一緒に訓練することも増えてきてだいぶ親しくなることができた。 プライドが高くて話しづらいような印象があったけど、話してみるとなかなかフランクな人ですぐに仲良くなれたよ』 古泉がフランクねぇ……記憶の大半がSOS団時代のもののおかげで、ニヤニヤしているイエスマンというイメージの方が 強いせいか違和感を憶えるな。 『ちょうどそのころ、谷口が機関にいることを知った。キョンの知り合いと言うことで僕がスカウトされたから ひょっとしたら谷口もそうじゃないかと思っていたけど、それが現実になっていたみたいだ。 ほどなくして予想通り僕と同じプロジェクトチームに配属されてきた。でも、相変わらずの調子ぶりで安心したよ。 機関の人たちはいまいち信用できなかったから、久しぶりに楽しく話せる相手ができて嬉しかった。 さすがに一時間ものろけ話を聞かされるとうんざりしてきたけどね』 谷口はずっとあんな調子なのか。全く国木田も苦労しただろうな。 『古泉さんとの仲をきっかけに僕はじわりじわりと機関の中枢に入り込めるようになっていった。 結構ランクの高い機密文書とかも見れるようになったし、公表されない情報も耳にはいるようになってきていたけど、 やっぱりキョンや閉鎖空間の発生にどう介入したのかまではわからなかった。 ただ僕が決して知ることのできないトップクラスの機密情報というものはやはり存在していることには気がついた。 となればやはりそこに知りたい情報があるに違いない』 ――次のページへ進んで、 『さすがに機関の最高機密だけあってなかなかそこにたどり着けなかった。色々やったよ。機関幹部の尾行はもちろん クラッキングから立ち入り禁止ゾーンへ不法侵入して文書をコピーしたりってね。 ある時は訓練名目で閉鎖空間内に入れてもらったりもした。でも、結局わからずじまい。 気がつけば、キョンが目覚める予定まで一週間になっていた。けどそんな絶望的な状況の中、ある日僕宛のEメールが届いた。 宛先は巧妙に偽装されているらしく誰が送ってきたのかはわからない。だけど、そこに添付されていた情報は 僕がずっと追い求めていたものだった』 と、ここでつい読みふけってしまっていることに気がついて時計を確認する。気がつけばトイレ使用の数倍の時間が 経過していた。これ以上、ノートを読みふければ心配した古泉たちが探しに来るかも知れない。 俺ははやる気持ちを抑えてノートを閉じた ◇◇◇◇ 俺がSAに戻ろうとしているときに、駐車場の脇で森さんと古泉が何やら話し込んでいるのに気がついた。 すぐに二人の前に出ようかと思ったが、 「彼の様子はどう?」 「昨日から少し様子がおかしいですね。朝倉涼子との一件かと思いましたが、その日の夜は特に変わったそぶりはなかったですね」 こんな二人の会話を聞いてしまうと出れなくなってしまう。まずい。やはり俺の変化を悟られているのか? 国木田ノートの一件もあるので、俺はそのまま身を潜めて二人の会話を盗み聞きすることにした。 「そう。何かきっかけになったようなものはあった? 些細なことでも教えて」 「そうですねぇ……そう言えば、昨日日記をつけていたようですが」 「日記? 以前はつけていた?」 「いえ、昨日僕も初めて気がつきましたね」 国木田ノートの話をしているのか。幸い古泉は日記だという俺の言葉を信じてくれているみたいだが、 どうやら森さんはその部分に何かを感じ取っているらしい。まずいな。余り深く追求されて、日記を見せろなんていわれれば 本当はそんなものを書いていないんだから出しようがない。荷物検査をされれば一発でノートの存在がばれるだろう。 こんなことならダミーの日記を作っておくべきだったか? ふと、俺の方に森さんの視線が向かっていることに気がついて、あわてて茂みの中に頭を引っ込める、 まずい、気がつかれたか? ここで盗み聞きをしていることまで見つかれば、余計森さんは疑惑を強めるだろう。 だが、幸いなことに森さんは俺の方に気がつかなかったらしく、古泉との会話を続ける。 「……まあ、いいでしょう。確かに全員に疲労があるのも事実だわ。特に不自然なところも見当たらない。 問題なしとして処理します」 「わかりました」 そう言うと二人はSAの建物の方に歩いていった。やれやれ。何とかばれずにすんだか。 俺は二人の姿が完全に見えなくなってからSAへ戻った。 ◇◇◇◇ SA内に戻ると、森さんたち機関一同が何やら談笑をしていた。いつもはキツイ表情で辺りを警戒しているというのに、 珍しく明るい笑顔を浮かべて何やら話し込んでいる。 一番以外なのは森さんだ。メイド姿の時は作り笑顔っぽかったし、朝比奈さんが誘拐された時は笑顔だったとはいえ、 あれは楽しさから来るものではなく、相手を脅迫する威圧のものだ。しかし、今の笑顔はまるで子供のように屈託のない笑顔を 浮かべている。それは――なんつーかだ。はっきり言って可愛い。表情から年齢を読み取りづらい森さんではあるが、 今の笑顔を見ている限りは俺と同い年ぐらいじゃないかと思いたくなるほどだ。 「お~い、キョン。お前何見とれてんだよ~」 気がつけば俺の肩に手を回して、ニヤニヤ顔を浮かべている谷口が隣にいる。俺はあわてて首を振って、 「別にただ何を話しているのかっと思ってみていただけ――」 「嘘だなウソUSO! おまえの視線は完全に森さんにロックオンされていたぜ。いくら言い訳しても俺の目はごまかせねえぞ」 お前の目ほど信用にならないものは無いと思うぞ。 そんな俺の疑惑の視線を完全に無視して、谷口は得意げに 「だがよー、おまえの気持ちもよーくわかるぜ。だって森さん可愛いじゃねえか。凛としたときは大人の魅力を、 笑ったときは少女の魅力は振りまくっているんだからな。俺は未だかつてあれクラスの女には出会ったことがねえぞ。 そうだな――朝倉のAA+以上のSS+の称号を与えるほどにだ」 「お前から与えられる称号なんて、ただ不名誉なだけだろ。大体、事実上のフィアンセがいるくせに、そんなに色気づいていて いいのか? 彼女が聞いたら悲しむぞ」 俺のズバリな指摘で谷口は動揺するかと思いきや、やたらと真剣な表情で俺の肩をつかんだかと思うと、 「良いかキョン。男ってのはな、悲しかな可愛い女性やりりしい女性に反応しちまうもんなんだ。 見てみろ。あんな笑顔を振りまく女性がいるってのに、欲情の一つもしないってのははっきり言って男失格だぜ? ずっと涼宮一直線だった不健康極まりないお前にはわからんだろうけどなぁ」 俺の知っている限りナンパ成功率0%で歩く公衆欲情マシーンのお前を基準に世界中の男の常識を語られても それこそ全人類の男性を敵に回すだけだぞ。 「あー? どうやらお前が眠りこけていた間に鍛え上げたナンパテクニックを見せてやらなきゃわからないようだな。 なら今から森さんに突撃しようぜ。俺の華麗な話術で森さんが独身かどうなのか聞き出してやるからよぉ」 そう言って嫌がる俺を引っ張り、機関組の話の中に突入する谷口だ。やれやれ。こいつは本当に変わっていないな。 それからしばらくの間、ここにいる全員で朝方の子供たちを送り出した後に行われる奥様方の井戸端会議の如く、 雑談に興じることになった。 森さんや新川さんの今までの活躍ぶりを多丸兄弟がおもしろおかしく話してくれた。 新川さんの戦地でもっとも危険な状態に追い込まれたときの話はやたらと緊迫したムードで聞くことに。 超能力者になりたての時の古泉の話は興味深く聞かせてもらったが、こっそりと古泉が耳をふさいでいたことが一番の収穫だな。 どうやらこいつでも見返したくない過去ってものがあるようだ。しばらくはこのネタでからかってやるか。 ちなみに谷口の巧妙なる話術による『森さんは独身なのか否か聞き出してやる作戦』は見事な森さんの会話テクニックにより、 すべて煙に巻かれてしまった。ところで谷口。お前の巧妙なる口説き文句って歯の浮くような露骨ものばかりだぞ。 2年間経っても全く成長していねえじゃねえか。ま、せっかく可愛い彼女がいるんだから、身の丈をきっちり把握して あまり無茶な色気は出さない方が身のためってところだな。 この数時間の雑談の間、俺は完全に国木田ノートの存在を忘れてしまっていた。ここまで機関の人たちと心ゆくまで話したのは 初めてだったが、みんなこれ以上ないほどにいい人たちだ。こんな人たちを疑うなんてどうかしている。 この時、国木田ノートを破り捨てることができれば良かったんだが…… ◇◇◇◇ その日の夜。相変わらず機関の人たちは周辺への警戒で出払っていた。あれだけ動き回っていると休息にならないんじゃないか? と思いつつも、今の俺には出払ってくれてもらっていた方が好都合だ。谷口は俺の護衛って事でここにいるが、 さっきから携帯ゲームに夢中になっているから無視しても問題ないだろう、 俺は谷口から少し離れたところに座り、国木田ノートを取り出す。機関の人たちと雑談を満喫した後で このノートを開くのははっきり言って気が進まなかった。むしろ、古泉たちにこいつを差し出してしまいたくなる。 しかし――今までのノートの内容を思い出していくにつれ、さっきまでのワイワイ気分が薄れていった。 機関がこの閉鎖空間発生に何らかの形で関与している。これに興味や好奇心、猜疑心が揺すぶられない方が どうかしているってもんだ。 俺は首を2,3回振ってノートを開いた。機関が何かをたくらんでいても、森さんや古泉がそれを知らない可能性だって 十分にあり得るんだから。そうならすぐに古泉にこいつを差し出して、その陰謀を打ち砕いてやればいい。 ただ、用心を用心を重ねておいた方がいいと思い、いざ誰かに見つかっても日記帳だとごまかせるように、 ボールペンを手に持っておく。ノートの後ろのページは何も書かれていない白紙だったのでそこに何かを書いているふりで ごまかせるだろう。 『Eメールの本文は【君が知りたいものを送る】とだけ書かれていた。ウィルスメールかスパムかと思ったけど、 いざ添付ファイルを開いてみると、膨大な量の資料があったんだ。全部読むのに三日間はかかったね。 で、肝心のその内容だけどどれも衝撃的なものばかりだった。かなり複雑かつ膨大な量の内容のため、 僕なりにまとめた上で目的別にその真相を記していく』 次のページからの内容に俺は……はっきり言おう。怒りを覚えた。さっきまでの楽しい雰囲気なんて完全に飛散して 世界中で怒鳴り散らしても収まらないほどに。 『まず、全ての始まりであるキョンが事故にあった件は予想通り機関が関与していた。 事故を装ってキョンに怪我を負わそうとしたんだ。キョンが死に至る可能性は考慮されたけど、 機関内では涼宮さんがそれをさせないと結論を出したみたい。そして、それは実行され予想通りキョンは事故にあったにも かかわらず無傷の状態になっていた。けど、そのままでは何もならないので、気絶している間に薬物を投与し 昏睡状態に陥らせてたんだ。継続して薬物の投与できるように機関の息のかかった病院に入院までさせた』 ――俺は怒りで震える手を押さえつつ先を読む。 『どうしてこんなことをしたのか。その理由はあの涼宮さんの情報創造能力が目的だった。 機関はあの能力を手に入れようとしていたみたい。けど、能力を人に渡すなんていうことはできないから、 涼宮さんにショックを与えて呆然喪失状態に追い込み、あとは薬物でも何でも使って何でも言うことが聞く人形に仕立て上げようと した。事実、キョンが入院してからというもの涼宮さんの精神状態はきわめて不安定状態になり、 閉鎖空間の発生が乱発していた。機関はその心の隙間を利用して涼宮さんに近づこうとしていた』 なぜだ? 機関は内部に異論があるとはいえ、大半はずっと現状維持を貫いてきたはずだ。 どうしてここに来てハルヒの能力を手に入れるなんて言うばかげたことを考え始めたんだ? 俺はページをめくって読み進める。そこにはまるで俺の疑問に答えるかのような内容が書かれていた。 『機関はずっと涼宮さんの精神状態を安定させて、現状を維持するという方策をとり続けてきた。 涼宮さんがどれだけすごい能力を持っていたところで、しょせん地域限定の超能力者を保有しているだけの機関では 利用のしようがなかったからね。それに情報統合思念体という強大な勢力が涼宮さんの観察を続けている以上、 手出しは厳禁と言っても良い。うかつなことをして彼らの怒りを買えば、一瞬でこんな地球なんて滅ぼされるかもしれない。 だからこそ、現状維持を貫いてきたんだ。でも、ここに来てその状態を覆す存在が現れた。それが情報統合思念体が天蓋領域と 呼ぶ勢力。彼らもまた涼宮さんの能力に興味を示していた』 別の宇宙人勢力の出現により力の均衡が変化したと思ったのか。スケールは壮大だが、考えることはしょせん人間って事だな。 『ちょっと話が逸れるけど、機関の中心的メンバーには結構なナショナリストがいたりする。ま、いわゆる極右って奴だね。 そう言う人間は多くのTFEI端末を派遣し、いつでも地球を握りつぶせる勢力である情報統合思念体に恐怖する一方 反発もしていた。事実上地球は情報統合思念体に支配されているに等しい。我々は彼らに媚びを売って生きていくことしか できていないと。だから、どうにかして現在の状況を変えてやりたいと思っていた。涼宮さんの能力を使えば 情報統合思念体の影響力を地球から排除して、真の独立を得られる。しかし、その能力は一人の少女の気まぐれでしか使えない。 またたとえ身柄を拘束しても使い方がわからない。そんな行き止まりの状態に希望の光となったのが天蓋領域だった。 彼らの協力を得られれば、涼宮さんの能力を使い放題にできるかも知れない。実のところ、情報統合思念体にも同様の協力を 要請していたらしいけどつっぱねられたみたいだね。でも、天蓋領域と接触して交渉した結果、彼らはあっさりと了承した。 捕獲は機関が行い、その能力の解析を天蓋領域が行い、涼宮さんの能力を機関・天蓋領域で共有して使用するという条件で。 全くひどい話だよ。本人の意志は完全に無視だから』 本当にひどい話だ。ハルヒの意志は完全に無視して、そんな野望をたくらんでいやがったのか。 『その目的でキョンは昏睡状態に追い込まれた。情報統合思念体も動こうとしたけど、天蓋領域が本格的に牽制を始めて にらみ合いの状態になっていたらしく手出しができなかった。その間に機関の計画は着々と進行し、 ついに涼宮さんは部室に閉じこもりっきりの状態まで追い込まれてしまっていた。後はそこで彼女の身柄を拘束して 作戦の第一段階は完了する予定だった』 ――次のページをめくり―― 『でも、身柄拘束の際に予想外の事が起こった。涼宮さんが現実世界にあの青白い巨人――神人を世界中に発生させたんだ。 どうやら襲いかかってくる人たちをすべてなぎ倒そうと思ってしまったみたいだね。そこまで追いつめられていって事だよ。 結局、機関はその場で身柄を押さえることができず世界中の神人の対処に追われ、作戦は事実上失敗に終わった。 でも、それでも機関はまだ諦めなかった。しつこいことに次の作戦を実行に移そうと――』 ――ここで、俺の視線に人影が入る。あわててノートの最終ページを開いて、何かを書いているふりを始める。 視線をちょっと上げてみると、多丸兄弟が見回りから戻ってきたらしい。ちょうど俺の前を歩いて通過していた。 以前ならまじめな顔で歩いているだけにしか見えなかっただろうが、今では全身から何か黒いものを吐きだしているように見えた。 この人たちが心底機関のやり方に賛同しているなら、一緒にいることは危険だ。 俺はノートを閉じ、荷物の中に隠す。見れば、森さんたちもSA内に引き上げ始めていた。 今日はこれ以上読むのはまずい。続きは明日にするしかないが、まだ肝心な部分が読めていなかった。 今俺たちが北高へ何をしに向かっているかの部分だ。それを読まない限り、俺が今後どうするかはまだ決められないんだ。 ふと空を見上げると、灰色の空に灰色の月が昇っている…… ◇◇◇◇ 俺は朝早くにまたトイレと偽ってSAを抜け出した。もちろん国木田ノートを読むためだ。 移動再開まであと二日あるが、機関の本当の目的がわかった以上、早く全てを読み終えて対策を練らなきゃいかん。 少なくともこれ以上古泉たちと一緒に移動するのは危険だ。 ――ふと、俺は古泉のニヤケスマイルが脳裏に浮かべた。あいつはどうなんだろうか? SOS団に入ったときはさておき 最近では副団長の地位に満足していると言い、SOS団のためなら機関を一度だけ裏切るとまで言ってのけた。 2年経ってもその考えは同じなんだろうか? それともその発言そのものが俺を安心させるためだけの方便だったのか? いや、そんなことを今考えても仕方がない。とにかくノートを読み終えなくては判断のしようがないんだ。 『しつこいことに次の作戦を実行に移そうと動き始めた。神人を全て排除した時には北高を中心に巨大な閉鎖空間が発生して、 うかつに近寄れない状態。最初はもう一度超能力者を使った上で、特殊部隊を突入させて涼宮さんを捕らえようと考えた。 でも北高に行った人たちは誰一人として帰ってこなかった。どうやらもう力押しではどうにもならないと理解した機関は、 路線を変更する。まず機関の存在を世界に知らしめ、閉鎖空間の発生原因が涼宮さんにあると宣言した。 世界中が訳のわからない化け物と灰色空間でめちゃめちゃの状態に併せて、神人を撃退したという実績のおかげで 世界からはすんなりと機関の存在と主張は受け入れられたよ。そうやって機関は世界中の協力を得られる立場になった』 自分たちがその原因を作ったくせに、ぬけぬけとハルヒに全責任を追いやるなんて、機関の連中の程度が知れる。 『機関は自由に世界中の軍事力を利用して、閉鎖空間の状況を調べた。どこまで入れるのか。どこが危険なのか。 徹底的に人的資源を使って調べ尽くしたよ。一方でキョンの存在が涼宮さんに与える影響についても調査を行った。 どうやら涼宮さんはキョンの存在を認知しているみたいで、閉鎖空間に近づけると拡大が停止するという 具体的な効果も確認できた。そこで機関は準備が整い次第キョンを目覚めさせて閉鎖空間に突入するという作戦を立てた。 当然嘘の情報を与えて涼宮さんを救い出そうという気持ちにさせた上でね。ただ、キョンも見知らぬ人と一緒に行動するのでは 精神的に不安定になる可能性もあるから、顔見知りの機関の人たちと僕と谷口が突入部隊に選ばれた。 そして、国連軍による大攻勢も失敗した時点で最後の手段になるこの作戦が実行されることになった』 具体的な作戦内容はないのか? 北高についてから何をするかとか…… その答えは次のページに書かれていた。 『作戦は短絡的といっても良いようなもので、まずキョンを北高に連れて行く。当然、涼宮さんはキョンを攻撃できないから 高い確率で無事につけるはず。そして、涼宮さんを確保後、彼女の目の前でキョンを殺害し混乱状態に陥ったところで 薬物注射により思考能力を奪う。これで何でも言うことの聞く人形のできあがりってわけだね。キョンはあくまでも機関の人を 無事に北高に送り届けるための道具に過ぎない』 あいつら……! 散々人を騙しておいて、最後は俺を殺すつもりだったのかよ! なんて野郎どもだよ! 怒りで目の前が真っ赤になる。頭の血管の一つが切れて、血が吹き出るんじゃないかと言うほど血が上っていた。 だが、まだ続きがある。 『この作戦がわかった時点で、僕は一度機関から脱走しようと思った。だけど、すぐに思い直したよ。 ここで逃げ出してもすぐに追っ手が来るだろうし、僕に関係なく作戦は実行されるだろうしね。 僕はあくまでも念には念をってだけの利用価値しかないから。だから、逆にこの作戦を阻止してやろうと思った。 北高についてキョンと涼宮さんを守る。そうすれば、あとは涼宮さんが機関をどうにかしてくれるだろうし、 そうなれば閉鎖空間も必要なくなる。それで全てが終わるんだ。同じ事を谷口にも話した。でも、谷口は僕以上にまずい――』 「何を読んでいるんだい?」 唐突に浴びせられた声に、俺ははっと顔を見上げた。見れば目の前には多丸圭一さんの姿が。 俺は驚きのあまり2,3歩後ずさりしながら、 「い、いえ……大したもんじゃないですよ……?」 完全な失策だ。ノートの内容に没頭する余り、周りの状況が全く見えていなかった。今更茂みに隠れて日記を書いていました なんていう言い訳なんて失笑ものだ。かといって、正直に言えば何をされるかわかったもんじゃない。どうする――どうする? 俺はこうなったら逃げるしかないと思い、さらに数歩後ろに歩いた辺りで気がついた。いつの間にか、俺の手から 国木田ノートがなくなっていることにだ。 「へえ、これ彼のものなんだ。厳重な監視下にあったはずなのに、よくこんなものを書けたもんだね」 背後から聞こえてきた声に、俺はとっさに振り返る。見れば、いつの間にやら背後に経っていた多丸裕さんの姿があり、 その手にはノートがあった。数ページぺらぺらとめくって内容を流し見している。 「返せっ! この野郎っ!」 俺は裕さんに飛びかかりノートを取り返そうとするが、ひらりとかわされてしまう。そして、裕さんは懐から拳銃を取り出すと、 俺に銃口を向けながら圭一さんのそばに移動した。 圭一さんは裕さんからノートを受け取ると、その内容を確認し始めた。すぐにでも取り返してやりたいが、 裕さんが銃口を俺にぴったり向けているので全く動けねえ。 やがて、ノートの内容を読み終えたのか、圭一さんはそれを閉じると、 「……なるほどな。これは非常に興味深い話が書かれているようだ。創作にしては良くできているんじゃないかい?」 そうにこやかな笑顔で俺に言ってきた。俺はその言葉に激高して、 「創作だって!? 白々しい嘘をつきやがって! 国木田がそんなことをやる理由はねえ!」 「彼はこの内容を信じて書いたのかも知れないが、どんな証拠があるというんだい?」 その反論に俺はうっとうなってしまう。証拠を見せろと言われても正直そのノートだとしか言いようがない。 だが、俺には国木田がでまかせや妄想を書いていたんじゃないと確信していた。そんなことをする理由なんて全くないからな。 大体、そんなものを俺に渡して何になる? 一向にノートは創作って事を受け入れない俺に業を煮やしたのか、圭一さんは裕さんにノートを預けると、 「……どうやらひどい誇大妄想を見せられて混乱してしまっているようだな。一つ懲らしめて目を覚まさせてあげよう」 そう言って拳をならしながら俺の方に向かって歩いてくる。身構えるか、逃げたいという気持ちはあるが、 裕さんに銃口を突きつけられている状態じゃ―― 「――ぶっ!?」 腹を捻り切られそうな衝撃で、俺の口から胃液が飛び出した。何が起こったのか理解できず、そのまま地面に膝をつく。 しばらく胃をさすり、気管周辺にたまっていた胃液をはき出そうと咳き込んでいたが、ようやく何が起こったのか理解できた。 一瞬の間に間合いを詰めた圭一さんが俺の腹を思いっきり殴りつけてきたようだ。俺は圭一さんから視線を外さなかったのに、 いつの間にこんな近くまで来ていやがったんだ―― 今度はこめかみ辺りに強い衝撃が与えられ、その勢いで地面に倒れ込んでしまう。激しく脳を揺さぶられたためか、 視界が揺れて安定しない。どうやら今度は頭を殴られたらしい。ちくしょう、圭一さんの動きが全く見えねえ…… 「どうだい? 少しは目が覚めたかな?」 俺の耳に、圭一さんの飄々とした声が届く。俺は自分の意思示すために、顔だけを上げちょうど真上に位置していた 圭一さんの顔をにらみつけながら、 「腹と頭の痛みはひどいが、残念ながら考えを変える気は全くないね……!」 そう言いきる。すると、圭一さんは困ったようにこめかみを掻き上げ、 「……そうか。どうやらお灸を据えても効果がないようだな。できればこれ以上手荒なことはしたくなかったんだが」 「君は筋金入りのバカみたいだね。抵抗しても無駄だってわからないのかい?」 少し離れたところから聞こえる裕さんの声。姿は見えないが、まだ拳銃は構えているだろう。 と、ここで国木田ノートの内容を思い出す。俺はハルヒのいる場所までたどり着くための大切な『道具』とされていた。 だったら、こんなところで俺を殺す事なんてできないはず。 俺は力を振り絞って立ち上がると、 「へっ……。手荒な事って何だよ。お前らは俺が必要なんだろ? いくら殴ったところで殺すことができないんじゃ こけおどしに過ぎねえんだよ……!」 口の中に残っていた胃液をはき出す。だが、多丸兄弟は二人で顔を見合わせると、軽く笑い声を上げて、 「君の言うとおりだ。確かに君なしでは目的地への到着はほぼ不可能になるだろう。だから我々には君は殺せない」 「でもね、言うことを聞かせるためには暴力しかないって言うのは短絡的じゃないの? 他にいくらでも方法はあるさ。例えば」 圭一さんに続いて口を開いた裕さんは耳に付けられている無線機に手を当てて、 「例えば、この無線機で君の大切な人を今すぐ殺してくれと、指示を出すとか。当然、君がこちらの指示に 従わなかったときだけどね。誰が良いかな……最初から家族だと勿体ない……そうだ、確か昔付き合っていた可愛らしい女の子が いたよね? この無線一本で彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ」 ……佐々木か!? ふざけんじゃねえ! 指一つでも触れてみろ! 絶対に未来永劫てめえらの指示なんて従わねえぞ! だが、裕さんは表情一つ変えずに、 「無論、率先してやるつもりはないよ。これはあくまでも君との交渉の一環だからね。君が僕たちの指示に従えば そんな悲劇は起こらずにすむんだ。ああ、でもあまり駄々をこねると見せしめが必要になるかも知れないよ」 「そう言うのは交渉とは言わずに、脅迫って言うんだよ……!」 怒りの身体を震わせる俺だったが、はっきり言ってどうしようもない。 このままでは佐々木や家族が犠牲になるかも知れないんだ。それだけはどんなことがあっても…… ……いや待て。そういや、古泉が言っていなかったか? ここだと無線での連絡ももう取れないって。 その事実を思い出したとたん、俺は勝ち誇ったような気分になり、 「だからどうしたってんだ。そんな脅迫に応じるつもりはねえよ。勝手にやればいいさ。できるならな」 急に強気になった俺を見た多丸兄弟は、不思議そうに顔を見合わせるが、やがて二人そろって嘆息し、 「仕方ないな。こういう手段は好きじゃないんだが……」 「意外と傲慢な人間だったんだね。でも、後悔することになるよ」 「好きにしやがれ」 俺は耳に入った二人の言葉を吐き捨てるように言う。これは完全なハッタリだ。無線連絡はここから確実にできない。 だからこそ、二人はまるでこっちの焦りを誘うように、じっと見つめたまま一向に指示を出そうとしないんだ。 だが、次の裕さんの言葉で俺の足が自然と動いた。 「君の要望通りにしてあげるよ。あ、ひょっとしてここからじゃ無線は届かないからハッタリだと思っている? それなら無線が使える地域まで移動すればいいだけさ。そんなに遠くじゃないからね」 「……この野郎っ!」 俺は全力で一番近くにいた圭一さんに飛びかかった。さすがにこの動作は予測していなかったのか、 俺の体当たりを完全に食らった圭一さんは俺ごと茂みに突っ込む――次の瞬間、俺に強烈な落下感が襲った。 茂みの向こう側が高さ5~6メートルの崖になっていたのだ。 俺たち二人は組み合いながら悲鳴を上げて落下する。着地と同時に鈍い衝撃が俺を襲うが、運良く圭一さんがクッションに になったおかげでダメージは思ったより大きくない。だが、感謝なんかしねえぞ。 一方、二人分の重量の衝撃を背中に受けた圭一さんが少しもだえるような表情を見せたが、すぐに立ち上がると どこから取り出したのか右手に構えたナイフを俺に斬りつけてきた。 斬撃をかわすべく俺は圭一さんと距離を取ろうとして気がつく。俺たちがいる場所は崖の途中にある出っ張りの上に過ぎず、 少しでも動けばまた10メートル程度下まで落ちてしまう。これじゃ、まともに避けられねえぞ。 すぐに自動小銃を構えようとするが、どこにもないことに気がついた。ノートを読んでいたときは肩にかけていたはずだ。 恐らく圭一さんに殴られたときにどこかに落としてしまったのかも知れない。あるのは腰にある拳銃だけ―― だが、圭一さんがそれを抜かせる時間を与えてくれるわけもなく、またナイフで俺に襲いかかる。 とっさにナイフが握られている腕をつかみ、必死にそれの移動を妨げようとするが、力の差は歴然だ。 ゆっくりとナイフの刃が俺に向けられてくる。おまけに圭一さんの顔は完全に怒りに染まっていた。 おいおい! 我を忘れて俺を殺すか!? このままではやられる。そう判断した俺は、一か八かで足払いをかけた。腕に集中力が向けられていたためか 圭一さんはあっさりとバランスを崩す。俺は間髪入れずに崖の下へ突き落とそうと、力の限りはねとばそうとするが、 「うわっ!」 思わず悲鳴を上げたのは俺だ。崖の下に落下し始めた圭一さんは死なばもろともと言わんばかりに、俺の迷彩服の胸ぐらを つかんだからだ。当然、不意打ち状態だった俺は一緒に崖下へと落下する。 ………… ………… ………… 俺は自分が意識を失っていることに気がつき、はっと目を覚まして起き上がった。周りを見ればすぐ隣に横たわった圭一さんの 身体がある。目を見開いたまま指一つ動かなかったが、それもそのはずだ。まるで仕組まれたかのように眉間にナイフが 突き立てられているからだ。完全に……死んでいる。 「うっ……」 始めて見る死体に、俺は猛烈な嘔吐感に襲われた。あまりのひどさにリバース寸前まで来たが、すぐにそれも収まった。 目の前の木に一発の銃弾が命中したからだ。とんできた方向を考えれば、俺の頭すれすれに放たれたものだったということは すぐにわかった。 俺はとっさに近くの岩の陰に身を潜める。すぐに3発の銃弾が俺のそばに着弾した。 どうやら裕さんが俺を銃で狙っているようだ。 「くっそ……もう何が何やら……」 はっきり言って展開が急すぎてついて行けていない。頭の中は大パニック状態だぜ。 そう愚痴りつつも、俺は拳銃を取り出し裕さんの姿を探し始める。と、崖の上をちらりとかすめる影の存在に気がついた。 移動していく先は緩やかな下り坂になっていて、その内崖下につながるだろう。隠れている場所を把握されている以上、 こっちも移動しないとまずいな。 俺は足音を殺しつつ、別の岩の陰に隠れた。この位置なら裕さんが移動している下り坂がよく見えるはずだ。 「……いた」 予想は大当たりだった。裕さんはまだ俺が移動したことに気がついていないのか、拳銃を構えながら堂々と崖下めざして 歩いている。拳銃で狙うには距離が遠すぎるが、弾は届く距離だ。 銃を構えようとして一瞬躊躇という言葉が脳裏に過ぎった。圭一さんの死は事故だ。偶然といっても良い。 だが、今から俺がやろうとしていることは完全に裕さんを殺すという行為だ。当たり前の話だが、俺は生まれてこの方 人を殺したことなんてない。朝倉は宇宙人だから例外だ。そんな俺に撃てるのか? ――彼女をとんでもなくひどい目に遭わせることだってできるんだ―― 裕さんの言葉が脳内にリピートされた瞬間、俺の頭から躊躇なんていう感情は完全消滅した。ここで撃たなければ、 佐々木や俺の家族の命が危ないんだ。迷っている暇はねえ。やるしか…… ゆっくりと銃口を歩く裕さんの方に向ける。向こうはまだ俺に気がついていない。撃ち合いになれば勝てる相手ではない以上、 ここで確実に仕留めるしかない。 撃て、撃て、撃て、撃て――当たれ、当たれ、当たれ、当たれ…… 俺は念じるように唱え、そして拳銃の引き金を引いた。パンという鼓膜を貫く発砲音と硝煙匂い。 やがて、裕さんの歩みが止まりぐらりと崖下へとその身を落下させる。 「……当たった」 俺は呆然とつぶやいた。一発で命中し、裕さんはそれで命を散らせた。そう俺は裕さんを撃ち殺した―― 殺人を自覚したとき、俺はもう嘔吐感に抵抗もできずもどし始めた。人を殺したという感覚。 ドキュメンタリーかなんかでこういった症状を引き起こすことがあるっていうのは知っていたがこれほどとは…… 数分間、そのまま俺は動くことができなかったが、はっと気がつく。さっきの発砲音を聞きつけて森さんたちが こっちにやってくるかもしれない。その前にノートを回収してとっとと身を隠さなければ。 今なら俺が機関の事実を知ったのではなく、敵に襲われたと言い逃れができるかも知れないんだから。 俺は岩陰から飛び出すと、裕さんの死体に駆け寄る。こめかみに銃弾が直撃したみたいで即死だったようだ。 自分が死んだことすら理解していないように、目を見開いたままぴくりとも動かなかった。 幸いなことに、手にはノートがしっかりと握られていたので、それを引きはがすように取り戻すと立ち上がって―― 「どこに行くつもりですかな?」 俺の後頭部に冷たいものが押しつけられていることに気がついて、身体が硬直した。同時に聞こえてきた声の主は、 「……新川さん。見ていたんですか?」 「ええ、一部始終全て見させて頂きました」 新川さんも多丸兄弟と同じように、いつもと変わらぬ口調だった。だが、明らかに俺の後頭部に押しつけられているのは 拳銃だ。そして、すぐにでも引き金を引きそうな殺気がそこから放たれていることを感じる。 と、今度は崖の上から誰かが飛び降りてきた。森さんだ。 しばらく地面に死体となって転がっている多丸兄弟を一瞥した後、俺の目をしっかりと見つめて、 「……面倒なことをしてくれましたね」 そう冷たく言い放った。その時の森さんには昨日見た屈託のない少女の顔はなく、恐ろしいほどに洗練された殺し屋の 素顔があった。 ◇◇◇◇ 「話せ、この野郎っ!」 俺は森さんと新川さんに両腕を掴まれ、SAの駐車場に連行された。そこには困ったような表情を浮かべる古泉と、 ばつが悪そうに目をそらす谷口の姿があった。どうやらこの二人も完全にグルみたいだな。 やがて、俺は古泉たちの前に跪かせるように座らせられた。両腕をがっちりと固められたままなので、 まるで磔に架けられたような感覚に陥る。 そんな俺を古泉の野郎は目を細めてしばらく見つけていたが、やがてわざとらしく大きなため息を吐くと、 「全く面倒なことをしてくれましたね。この先は更なる障害があるだろうと予測はしていましたけど、 まさかあなたが反乱を起こすとは思っていませんでした」 「……反乱だと? 今まで俺を散々だましていたのはどっちだ」 俺は森さんと同じことを言うニヤケ野郎を睨み付ける。だが、古泉は全く動じることなく、 「仕方がないでしょう? 本当のことを言えば、あなたが僕たちに協力する可能性は皆無ですから」 「当たり前だろうが! お前ら機関はハルヒに全責任を押し付けただけじゃなくて、ハルヒの意思を無視して 能力だけを奪い取ろうとしたんだ。絶対に許せねえ」 「ですが、それも仕方のないこと」 俺の怒りに返答してきたのは、新川さんだった。じっと俺の目を見つめ、言葉を続ける。 「あなたには理解できないことなのでしょう。TFEI端末や情報統合思念体というものがどれほどのものか 直に見たことがないのですから。ですが、私たちはその強大な力にずっと触れ続けてきました。 彼らの力は私たちの住む世界など指一つ動かすだけで作りかえられます。この星の存在が危険だと認識すれば 即座に抹消されるかもしれませんな。所詮はこの世界など彼らの手のひらの上で踊るちっぽけな存在でしかない」 新川さんに続き、森さんも口を開く。 「機関という組織ができ、TFEI端末と初めて接触したその日から私たちはただおびえる毎日でした。 気の向くままに世界を作り変えかねない涼宮ハルヒという存在と情報統合思念体という強大な存在の両方に。 そんな中、私たちができることは涼宮ハルヒの精神状態を安定させ、情報統合思念体の観察に 支障をきたさないことだけです。そのため機関は奔走する羽目になりました。まるで主に仕える奴隷のようにです。 そんな状態に私たちはいつまで耐えればよいのですか?」 その問いかけに俺は答えられず黙っていることしかできなかった。さらに森さんは続ける。 「機関だけではなく、この世界そのものが涼宮ハルヒと情報統合思念体の玩具にすぎないのです。 だからこそ、私たちはその奴隷・モルモット的状態に陥っている世界を救わなければなりません。 ですが、その方法が全く見つからなかった。どうすればよいのかすらわからなかった。 そんな袋小路の状態のときに、ようやく救世主が現れた」 「……天蓋領域ってやつか」 「その通りです。彼らは涼宮ハルヒの存在に強い興味を示していましたが、彼らもまた情報統合思念体により その行動が移せずにいたのです。この時点で両者の利害は完全に一致していて、協力関係になるまで さほど時間を有しませんでした。機関は涼宮ハルヒを天蓋領域に提供する代わりに、その能力を使わせてもらう。 情報統合思念体などという全てを超越した存在に対抗できるだけの力を有することができれば、 人類は強大な存在に縛られず、自由に自らの意思で判断できるようになり、真の独立を勝ち取れるのです」 森さんの演説じみた言葉は、国木田ノートに書かれていたことと全く同じだった。 もうノートの内容に間違いはないと思っていいだろう。 古泉は二人の演説を黙って聞いていたが、やがて腕を組んで俺に見下すように顔を近づけると、 「どうですか? お二方の主張を聞いても、まだ僕たちに協力する気にはなりませんか? 拘束状態から脱して、自由を得るということは人間なら誰しも望むことですよ?」 「……そのためにはハルヒがどうなってもいいって言うのかよ?」 「やむ得ないと考えられます。大事の前の小事なんて考えるに値しません。恨むのなら、涼宮さんがあのような能力を 持ってしまったことを恨むしかないですね」 古泉は表情一つ変えずに淡々と言ってくる。 はっきり言って納得できねえし、理解する気もねえ。確かに機関の主張は誤りではないだろう。 だが、ハルヒが神がかり的な能力を得てから4年間、水面下ではいろいろあったとはいえ 世界は特に変化なく続いていたはずだ。それをぶち壊して混乱状態に置いたのは機関じゃねえか。 こんな惨事になるくらいなら、そのままハルヒをそっとしておいた方がずっとマシだったんだ。 一向に納得しない古泉は珍しくいらだちの表情を浮かべて、 「わかりませんかねぇ……自決権の取得は何に変えても保持しておくべきものなんですよ。 それが民族的感情というものです。どうしてあなたはそれを理解しようとしないんですか?」 「俺はそんなものなんて意識したこともないし、たとえ意識した今でも今までどおりの生活が続けられるなら 必要ないと断言できるぞ。確かにおまえら機関の働きがあってこそだから、それには素直に感謝するけどな。 だが、プライドだけにこだわった自決権とやらを得るためには、どんな犠牲を払ってもかまわないと言い出すなら 大きなお世話だと言ってやる」 「人類の生存権を取り戻すためには多少の犠牲は避けて通れません。それに涼宮さんはやむえない犠牲として、 また人類を救った英雄としてずっと祭られ続けるんです。悪くない待遇だと思いますよ?」 「それも気にいらねえ。まるでハルヒを道具か何かとして見ていやがるからな」 「人類が独立するためには神ですら利用する。それが生存本能というものです」 「……古泉、もういいわ」 俺と古泉の会話をぶった切ったのは森さんだった。いつの間にやら、その手には薬物らしきものが入った 注射器が握られている。 「これ以上説得しても無駄だと判断します。ですが、人類の悲願達成のためにはどうしてもあなたの力が要る。 そのためにはどんな手段でも用いるつもりです」 「……また脅迫か。言っておくが、俺の知り合いに少しでも手を出したら、二度と協力なんてしないぞ。 当然、手を出さなくても協力するつもりはねえけどな」 俺はそう森さんに強がって見せるが、正直どうすればいいのかわからなかった。本当に佐々木や家族たちに 手を出されたらどうする? しかし、だからといってハルヒを代わりにに差し出すなんてことはできない。 だが、森さんから返ってきた言葉は予想外のものだった。 「いいえ。脅迫という手段は時として有効です。そうすれば、あなたの身体は私たちの指示に従うでしょうけど、 心は反発したままです。そのような不確定要素を保持したまま作戦の遂行に支障をきたしかねません。 ですから、薬物注射であなたの思考能力を奪います。こちらとしてはあなたの外見上の存在だけでも 十分に大きな効果が期待できると考えていますので」 森さんの手に握られた注射器が俺に向けられる。どうやら、あれは何でも言うことを聞かせられるようになる 魔法の薬のようだな。冗談じゃねえぞ。あれを挿されたらもう反抗のしようがなくなる。 俺は必死にそうはさせまいと森さんと新川さんを振りほどこうとするが、力の差は歴然のようでびくとも動かない。 一方で古泉はただニヤニヤしながら、俺に注射器が刺さるのを見つめている。 「古泉! おまえはSOS団にいたときに言っていたじゃないか! 今ではSOS団副団長としての立場の方がいいって! 機関を一度だけ裏切るとも言っていたよな! あれは全部うそだったのか!?」 「……懐かしい話ですね。当然、方便に過ぎませんよ? あなたや涼宮さんに取り入るためのでまかせです。 僕があくまでも機関から派遣された人間であることをお忘れですか?」 冷酷に言い放つ古泉に俺は愕然としてしまった。全部嘘だったってのか? 俺はそんな嘘にころっと騙されて…… ゆっくりと俺の腕に注射器が近づけられてくる。抵抗もできず、助けも呼べない。もうどうすることもできないのか。 ――だが、突然森さんと新川さんが俺の両腕を離し、後方へ飛びのいた。同時に俺の両脇を銃弾が飛んでいく。 何が起きたのかわからず、俺は辺りを見回すとやや離れた場所に谷口が立っているのが見えた。 どういうわけだか、俺――いや、森さんたちに自動小銃の銃口を向けている。そして、 「キョン! 早く逃げろっ! 急げっ!」 そう言いながら今度は古泉に向けて撃ち始めた。理由はわからんが、とにかく感謝するぞ谷口。 俺はすぐに近くの林に向かって走り始めた。谷口も俺をかばうように銃を撃ちながら続いてくる。 「すまねえ谷口! 恩にきるぞ!」 「いいからとっとと走れよっ! すぐ追いついてくるぞ!」 谷口の言うとおりだった。俺たちがようやく林に飛び込んだあたりで、 「新川――!」 遠くから森さんの声が聞こえてくる。そして、次の瞬間一発の銃声が鳴り響き、後ろを走っていた谷口の身体が 前のめりに倒れようとしていた。俺はあわてて足を止めて谷口の身体を支える。 見れば、のどの一部から大量の出血が起きていた。谷口自身はショック状態に陥っているのか、 ほうけた表情のまま声一つ上げずに固まっている。撃たれたのは確実だった。 「くそっ!」 俺はすぐに谷口を背負うと、林の中を走り始めた。 ◇◇◇◇ 「谷口っ! おいしっかりしろよっ!」 俺は林の中にあったくぼみの中に逃げ込み、そこで谷口の容態を確認していた。喉の辺りを銃弾が貫通したようで 出血がひどく、全く手の施しようがない。このままではいずれ死に至るだろう。 だが、治療なんて俺にはできるはずもなく、ただ小声で谷口を呼びかけることしかできなかった。 「……すまねぇ……」 ようやく自分が瀕死の状態であることを理解したらしい谷口は、ほそぼそと俺に語りかける。 俺は今にも泣き出しそうな気持ちで、 「謝るのは俺の方だっ! どうして……なんで俺をいきなり助けたりしたんだよ……!」 「……我慢できなかった……これ以上、お前を……キョンを裏切り続ける……ことが……」 「だからってお前が死んだら意味がないだろうがっ! 頼む! 死ぬなっ!」 俺の必死に呼びかけに応じたとしても、谷口の容態が回復するわけもなく、次第に顔は白くなり 手も血の気が引いたようになってきた。俺は……ただそれを見ていることしかできなかった…… しばらく、谷口は息苦しそうに呼吸を続けていたが、やがて俺の手を握ると、 「キョン……ごめんな……騙しちまってごめんな……」 「いいんだっ……気にするなっ……」 もう俺の目からは土砂降りのごとく涙があふれ出ていた。長く付き合ってきた友人が目の前で息絶えようとしている。 そして、俺はそれを見ていることしかできない。悲しさと悔しさともどかしさが入り混じり、頭がおかしくなりそうだった。 そして、谷口が続けた言葉。俺はこれで完全に我を忘れてしまう。 「こんなことやりたくなかったんだ……。でも、あの子と家族が人質にとられていて……」 これを聴いた瞬間、俺は頭が爆発するんじゃないかというほどの血が上り、ひどい頭痛とめまいに襲われた。 ノートは全部読めなかった。だが、最後に書いてあった内容に、谷口は国木田以上にまずい状態にあるとされていた。 それが家族や恋人を人質にとられているっていうことだったのだろう。 「機関にスカウトされたときに……俺は最初は断ったんだ……でも、そうしたら奴らあの子が どうなってもいいのか言い出しやがった……当然、家族もだ……俺はNOとは言えなかった」 目もうつろで谷口は独白するように続ける。やがて、俺の方に顔を向けると、 「俺が死んだら……あの子と家族はどうなるんだろう……?」 「……わからない」 谷口の問いかけに俺は首を振って答えることしかできなかった。 次第に、俺の手を握っている谷口の力が弱くなっていく。 「キョン……頼む……あの子と俺の家族を……助け……助けて……」 その言葉を最後に、谷口の口が動かなくなった。俺の手から谷口の手がするりと抜け落ちる。 俺は谷口が息を引き取ったことを確認すると、開いたままだった目を閉じてやった。 そして、俺は谷口の武器を取り出すと、くぼみから立ち上がった。この時点で俺は完全に自分を見失っていた。 ……あいつら全員ぶっころしてやる……! ◇◇◇◇ タタタタと俺はSA近くの山の頂上から自動小銃を撃ちまくっていた。目標はSA内を移動していた 森さんと新川さんだ。距離は遠いが十分に届く距離ではある。 だが、距離が遠いためか二人には全く命中しない。それがわかっているのか、二人とも物陰に隠れることもなく じっとこちらを伺っているようだった。なめやがって。とはいっても、俺もここで撃ち殺せるとは思っていないけどな。 しばらくこのまま撃ち続けていたが、森さんたちは一向に動こうとしない。こっちの目的が何なのか考えているのか? それとももう俺の意図を悟られた―― バスっという鈍い音が聞こえたとたん、俺の思考が完全に停止した。見れば、俺の30センチ右側にある木の幹に 銃弾が当たったような痕ができている。当然ながらさっきまでなかったものだが…… 俺はとっさに双眼鏡で森さんたちの様子を伺った。そこには、自動小銃をこちらにぴたりと構えて立っている 新川さんの姿があった。 すぐに俺は身を翻してその場から走り出した。すると、まるで俺の姿を追うように背後を銃弾が飛んでいく。 あの距離からこれだけの精度で射撃できるのか。とてもまともに撃ち合って勝てる相手ではない。 どのみち最初から正攻法でどうにかできる相手とは思っていなかったんだ。落ち着いて作戦通りに進めよう。 ◇◇◇◇ それからの森さんたちの動きは早かった。俺が山を降りると、まるで瞬間移動でもしてきたかのように 新川さんが俺の前に立ちふさがる。しかし、すぐには銃を撃ってこなかった。そりゃそうだな。 俺を殺してしまえばハルヒの元へはたどり着けないってのが機関の見解なんだから。 それが唯一の俺が有利な状況である。 新川さんは自動小銃を投げ捨てると、歳に似合わない機敏な動きで俺に迫ってきた。 俺は近づけないように後方に下がりながら自動小銃を乱射するが、まるでこないだの朝倉のように機敏な動きで 全くヒットする気配がない。本当に改造人間か何かじゃないのか!? すぐに目前まで間合いをつめられると、新川さんはラリアットのように腕を回転させて俺にぶつけてくる。 俺はぎりぎりのところで身体を後ろにそらして、それをやり過ごした――が、今度は足払いをかけられて バランスを崩してしまった。続けざまに頭をつかまれると、今度はヘッドロックをかけてきた。 身体が引き裂かれそうな痛みで悲鳴を上げる。しかし、それでも口からは絶対に悲鳴を上げなかった。 ここで痛みに身を任せればそれ以上動けなくなるかもしれないからだ。 ただし、別の意味での声は上げる。 「痛い! 痛い! 首が折れる! 死ぬ死ぬ!」 自分でも演技くさいとは思うが、新川さんは俺を殺すことができない。オーバーにリアクションをとれば 絶対に力を緩めるはずだ。 案の定、ほんの少しだけヘッドロックの力が弱る。それはそれで身体が動くようになったことを感じ、 すぐさま腰に入れていた拳銃を取り出すと、新川さんの腹の部分に密着させて数初発射した。 驚いた新川さんは俺から飛びのく――んだが、何でまだ動けるんだ? その理由はすぐにわかった。新川さんが自分の迷彩服を調えるように引っ張るとばらばらと銃弾が地面に落ちた。 防弾チョッキか――いやだから! いくら貫通を避けられても、あれだけの衝撃を受ければアバラが折れたり、 内臓のどっかがいかれてもおかしくないはずだろ!? やっぱり改造人間か何かなのか!? やはりまともに相手をするわけにはいかない。俺はまた自動小銃を撃ちながら、新川さんから走って逃げ出した。 ◇◇◇◇ 「……来たか」 前方の獣道を新川さんが歩いてくるのを、茂みの中で身を潜めていた俺は確認した。 あの後、全速力で俺は逃げ出したんだが、不思議なことに新川さんは追ってこなかった。 いや、走って追いかけてこなかっただけだが。おかげでこちらの準備にもある程度余裕ができた。 新川さんが歩いてくる獣道には、俺が仕掛け爆弾のトラップが仕込まれている。 あと数メートル新川さんが前進すると、獣道に張っておいたロープに足を引っ掛け、その衝撃で 両脇に仕掛けてある手榴弾のピンが抜けるという寸法だ。いくら防弾チョッキをつけていても至近距離で手榴弾の破片を 浴びれば、身体の中まで機械製とかでない限り耐えられまい。 新川さんがトラップの位置に迫る。さあ来い。一歩先で谷口の仇をとってやる…… だが。 「新川」 突然かけられる声。その発生源は俺のすぐ横だった。あまりの脈絡のなさに俺は一瞬声を上げてしまいそうになるが あわてて手で口を覆う。 見れば、いつの間にやら森さんが俺の右数メートルの位置に立っていた。全く気がつかなかったぞ。 本当に瞬間移動ができるんじゃないだろうな? しかし、幸いなことに森さんは俺の存在までは気がついていないようだ。そのまま新川さんの元に近づき、 「迂闊よ。これを見て」 そう言って持っていた自動小銃の先でトラップのロープを突っつく。ちっ、もうちょっとだったのに、 森さんに気がつかれちまったか。 ――だが、それがばれるのも計算のうちだ。正攻法じゃあの人たちにはかなわないからな! 俺は手元に引かれているロープ2本を思いっきり引っ張った。気がつかれることを考えて、こちらからでも 手榴弾のピンが抜けるように細工しておいたのさ。 すぐに森さんたちはピンの抜ける音に気がつき、逃げようとするが即座に周辺の手榴弾4発が炸裂した。 映画とかとは違い、手榴弾が爆発しても火が出たりはしない。代わりに激しい衝撃と火薬の中に混ぜられていた鉄くずが 周辺に飛び散り、草木が悲鳴を上げるかのようにざわめいた。 しばらく砂煙がたちこめ視界が利かない状態になった。俺は確認したい気持ちをぐっと抑え、 煙が晴れるのをじっと待った。 2~3分ほど立つと砂煙は完全になくなった。森さんと新川さんが折り重なるように地面に倒れているのが見える。 俺は本当に死んだかどうか確認すべく茂みから出て、二人の元に駆け寄った。 二人とも顔がささくれるようになりスプラッタ映画状態だ。白目をひん剥き、どうみても生きているようには見えない。 「…………」 俺はしばらく呆然とそれを見つめる。谷口の仇を取ったという気分よりも、あの二人がこんなに簡単に くたばるだろうかと不安になってしまう。 だが、立ち止まっている場合ではない。まだ古泉が残っている以上、こんなところで立ち止まっている場合ではない。 俺は2,3回頭を振ると、その場から走り出した。 ――違和感は確かにあった。だが、罪悪感は全くなかった。 ◇◇◇◇ 「動くな」 俺は自動車道の上で古泉の後頭部に拳銃を突きつけていた。森さんたちに任せておけば安心だと思っていたんだろうか。 能天気にぼけっとしているもんだからあっさりと背後に取り付けてしまった。 「おやおや、まさか森さんたちを出し抜いてきたんですか? ちょっと以外ですね」 淡々とそんなことを言ってきやがった。背後に立っているせいで古泉の表情は見えなかったが、 どうせいつものニヤケ顔なんだろう。余裕じゃねえか。 「まず、国木田のノートを返してもらおうか。後で告発の証拠として使わせてもらうからな」 「どうぞ」 古泉はあっさりとノートを俺に背を向けたまま渡してきた。俺はそれをズボンにねじ込む。 「さて……これからどうするつもりですか?」 「確認したいんだが」 ――俺は一拍置いてから、 「はっきりと言っておくぞ。森さんと新川さんは死んだ。多丸兄弟もだ。これで機関の人間はお前だけってことになる」 「そのようですね」 「谷口は脅迫されていた。家族と恋人を人質に取られて無理やり連れて来られたらしい」 「知っています」 「……お前は違うのか? もう他の連中はいない。正直に答えてくれ」 俺は祈るようにその言葉を古泉に告げる。そうだ。お前も谷口と同じように機関から脅迫されていたんだろ? でなけりゃ、こんな命を賭けた仕事なんてやるはずがないからな。それにお前は超能力者だから機関から 目をつけられる理由も十分にある。さあ、答えてくれ。そうだって。 だが、古泉が言い放った言葉は、俺を完全に裏切った。 「答えはNOです。僕は僕自身の意思で機関に所属し、ここまでやって来ました。 誰からも強制されていませし、脅迫も受けていません。僕はね、心底機関に忠誠を誓っているんですよ。 得体の知れないこんな超能力を持っているにもかかわらず、彼らは僕を必要としてくれました。 待遇もすごくいいですし、今の立場に非常に満足しています。あと、機関の上層部が持っている人類独立の目標にも 強く賛同していますから」 「そうかよ……!」 俺は古泉から返された裏切りの返答にはき捨てるように答える。さっき言っていた通り、今までSOS団として なじんできているのは全部フリだけだったのかよ。ハルヒや朝比奈さん、長門、そして、俺を裏切ってきたのか。 「それが僕の任務だったんですよ。涼宮さんに近づき、できるだけ理想である人物を演じ、ずっと機会を伺う。 全ては機関の指示――そして、理想を果たすためにね。これで満足ですか?」 「……ああ、満足だ。初めててめえの本音が聞けて、俺の怒りは最高潮だからな……!」 俺の頭の中にあった最後の希望の火は完全に消えてしまった。古泉が裏切った――いや、最初から仲間ですらなかった ことがわかってしまった以上、もうあのときのSOS団には戻れない。俺の知っている胡散臭いが信頼できる古泉は もうどこにもいなくなってしまったのだから。 裏切られた怒りともう元には戻らないという絶望。両者が入り混じり俺は軽いパニック状態に陥っていた。 おかげで何のためらいもなく引き金を引けそうだがな。 「質問はそれだけですか? では次は?」 「……今考えているところだよ」 俺は苛立ちをこめて返す。正直、古泉が脅迫されているんだと信じていたし、そうであってほしかった。 だから、万一そうでないときのことなんて全く考えていなかったのが本音だ。しかし、混乱しているためか どうするべきかなかなか頭が回らない。 「そうですか……!」 ――次の瞬間、古泉がくるりと振り返ったかと思うと、俺に向けて腕を振り回した――いや、その手に握られている ナイフで俺を切りつけてきたんだ。 そして、俺は反射的に一発の発砲する。狙ったつもりはなかったが、その銃弾はきれいに古泉の額に命中した。 撃たれた衝撃で古泉は仰向けに倒れる。 「……ちくしょうっ!」 目を見開いたまま、路面に大の字で倒れた古泉を見て、俺は毒づいた。ピクリとも反応しないところを見ると 完全に即死だったのだろう。苦しむ暇もなく、自分が死んだことにすら気がつかないように呆然とした表情を浮かべていた。 「何で……こんなことになっちまったんだよ……」 俺は力なく路面に座り込んでしまう。 ハルヒの無実を証明するため、SOS団としてまた日常を過ごすために俺はここにやってきた。 にもかかわらず、その内の一つがかなわぬ夢と化してしまったのだ。この先、俺一人で北高まで向かい、 ハルヒを助け出してきたとしても、もう以前のようなSOS団はできない。事故にあったあの日より前にはもう戻れないだ。 それを認識したとたん、俺はどうしようもないけだるさに襲われた。何もする気が起きない、何もしたくない…… 「でも、そういうわけにはいかないんじゃない?」 唐突にかけられた声。俺が顔を上げると、そこには消えたはずの朝倉涼子の姿があった。 なぜだ? 古泉と長門に消されたはずじゃなかったのか? 俺はあわてて立ち上がり拳銃を向けようとするが、持ち前の高速移動であっという間にそれを取り上げられてしまった。 そして、すぐに自動車道の外に投げ捨ててしまう。 「安心して。あなたに危害を加えるつもりはないの。ただ、ちょっと話したいことがあるだけ」 「……何の話だ?」 やわらかい微笑を見せる朝倉だが、俺の警戒心が解かれることはない。こいつには何度も危ない目にあわされているんだ。 今だって安心させておいて、ドスッとやられかねない。 朝倉はまず手に持っていたノートを開き――いや待て! あれは国木田のノートだ。俺が持っていたはずなのに いつの間に奪いやがったんだ? 「ごめんね。ちょっと借りるわよ」 「返せ!」 俺はあわてて取り返すべく飛び掛るが、それをひらりと朝倉はかわしてノートを読み続ける。 相変わらず、あの異常な身体能力は健在なようだ。これじゃ、捕まえようがねえ。 しばらく俺との鬼ごっこが続いたが、やがて朝倉は全てのページを読み終えると、 「ふーん。大体、理解できたわ。で、このノートの結果がこれ?」 朝倉は死体となって動かなくなった古泉を指差す。俺は朝倉を追い回したおかげで上がりきっていた呼吸を整えつつ、 「ああ、その通りだ。人のことを散々騙しやがったからな。当然の結果だ」 「へえ、でもこのノートに書かれているのって、あたしのポエムだけど? それでどうしてそんな結果に?」 「……は?」 朝倉から返ってきた想定外の言葉に、俺は間の抜けた返事をしてしまった。バカ言え。 そこには国木田が書いた機関の悪行の告発が書かれているんだぞ。 「読んでみたら?」 そう言って朝倉は俺にノートを投げつける。そして、それを開いて見て驚愕した。 そこにはさっきまで読んでいたはずの国木田の告発文が一切なく、代わりに女性が書いたような丸みを帯びた文字が 並んでいるからだ。全てのページを見ても同じ状態になっている。いや待て―― 「……偽物とすり替えやがったのか。本物はどこに隠したんだ?」 「ううん、それはあなたから借りたときと全く同じものよ」 「嘘をつけ! 俺が読んだノートはこんな……」 俺はそう激高しながらノートへ再度目を落としたときに気がつく。そこには俺が知っているあの国木田の書いた 告発文が並んでいた。 「どういうことだ? 何がしたいんだ?」 朝倉がノートに細工をしているのか。だが目的が分からない。そんなことをやって何の意味がある? 訳が分からなくなって、朝倉を怒鳴りつける。だが、朝倉は全く動じず、 「ま、大体分かったけどね。もうちょっとそのノートを読んでみたら?」 とりあえず、朝倉の言うように俺はもう一度ノートを読み始めた。同じ内容だと最初は思った。だが何かが違う。 告発の内容は大筋では一緒だった。だが、微妙にページの位置がずれていたり、俺がさっき古泉から 聴かされた裏切りの言葉まで書かれている。最初に読んだときはこんな内容はなかったはずだ。 まだ読んでいなかった部分かと思ったが、それはもっと先ページの箇所だった。どうなってやがる……!? さらに気がついたが、ページをめくったりしているうちに、同じページであるはずなのに内容が 微妙に異なっていることに気がついた。内容ではなく、改行の位置やページを跨ぐときの最後の文字が違う。 まさか……と思いつつ俺は、今度はあることを念じながらページをめくって見た。 すると、頭に浮かべた内容がそのままページに書かれているではないか。 「ど、どういうことだよ……!?」 俺は明らかに動揺していた。思ったことがそのままノートに書かれる? そんな馬鹿なことがあってたまるか。 それなら――それが本当なら―― 朝倉は頭がこんがらがっている俺から再度ノートを取り上げると、 「思ったとおりの内容がここに書かれるみたいね。結構面白いわね、これ。 でも、こんな惨事の原因となったノートの内容もあなたが思い浮かべていただけの妄想ってことになるんじゃない?」 ドクンっ……俺の心臓が跳ね上がった。そんなわけがない。そんなわけがないんだ。 ああ、そうだ。このノートに書かれている内容がただの妄想っていうなら、古泉たちの言っていたことと 明らかに矛盾することになるんだぞ。ここに書かれているとおりのことを機関の連中は口に出していっていたんだ。 ただの俺の妄想だったら、古泉たちは当然それを否定するはずだ。 「あら、このノートもっと面白いことができるみたい」 そう言って朝倉はノートを見つめ始める。すると、SAの建物が突然大爆発を起こし木っ端微塵に砕け散ってしまった。 なんて事しやがる―― だが。 俺の脳裏にある可能性がよぎった。いや、これもただの妄想に違いない。そんなご都合主義なことがあってたまるか。 あるわけがない。ありえない! だが、朝倉が俺に告げた内容は、 「このノートに書いてあることは現実にも反映されるみたいね。ああ、なるほど。だから、あなたの妄想が ノートに反映されてそれが現実になってしまったってことみたいね」 「バカ言え! そんなわけがあってたまるか! そんな馬鹿げた話があってたまるか! そんなわけが――」 「でも、それが現実よ。ここは閉鎖空間。何が起こっても不思議はないわ」 朝倉の声がとても冷たく感じた。 あるわけがない。 あってたまるか。 なぜなら。 なぜなら! そうならば、俺が古泉たちを…… あんな非道な連中に仕立て上げたことになっちまう! 「あなたがそれを全て考えていたわけじゃないかも。きっと誰かの誘導は入っているはずよ。 でも、あなたはちょっとそれらしいことを吹き込まれただけでそれを信じ、あまつさえ妄想を拡大させてしまった」 やめてくれ。 「本心の部分で疑ってしまっていた。だから、他の人たちを信じられなかった。信じられると思っているなら、 こんなノートとっくに破り捨てているはずだしね」 やめてくれ! 「そう……これはあなたが無実の人たちを殺したことと同じ。どうする? どうやって責任を取るつもり?」 閉鎖空間に俺の悲鳴が響く…… ~~その4へ~~