約 3,071,719 件
https://w.atwiki.jp/ichirorpg51/pages/832.html
人物名鑑:涼宮ハルヒ ゲーム内における涼宮ハルヒ SOS団の団長。本作では第1部パパス編・魔列車のイベントにて古泉の口から存在が語られるのみ。 長門、古泉、キョンはハルヒの命令で出かけていたが、運悪く魔列車に乗ってしまっていた。 原作における涼宮ハルヒ CV 平野綾 『涼宮ハルヒ』シリーズのサブ主人公(*1)でメインヒロイン。 県立北高校に通う女子高生で唯我独尊・傍若無人・猪突猛進かつ極端な負けず嫌いな美少女。だがその実態は世界を思い通りに歪めて空想を現実にする能力を持つ、神に等しき存在(*2)。世界の滅亡を望めば本当に世界を滅ぼせるため、事情を知る者たちは彼女の自己中心的な我儘をどうにか通そうと奮起する羽目になる。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3489.html
7.回帰 俺にできることはやった。後はハルヒの目覚めを待つだけだ。 大丈夫だ、ハルヒはきっと目覚めてもハルヒのままだ。 俺は自分にそう言い聞かせていた。 過ぎてしまった予定時刻。 俺は間に合わなかったのか。 苦々しい気持ちでハルヒの病院に向かった。 病院に着くと、朝比奈さんが出迎えてくれた。 「涼宮さんはまだ目が覚めないんです……」 うつむき加減で朝比奈さんが言った。 俺はますます不安になった。俺は間違っていたのか? その答えを考えるのはあまりにも苦しい。 「長門は大丈夫なんですか?」 もう一つの懸案事項を聞いてみた。 「そ、それが、一旦目が覚めたんですけど、『統合思念体による点検』 と言ってまた寝ちゃったんです」 点検ね。長門の今回のダメージが俺にわかるわけもないが、TFEIすべてを奪われた親玉としては、何かしらのメンテナンスが必要ということか。 まあ、それでも長門はもう大丈夫なんだろう。 「涼宮さんについて、長門さんは何かおっしゃってましたか?」 古泉が、俺が後回しにしていたことをズバリ聞いてきた。 返事を聞くのが怖い。ところが── 「それが、長門さんは一瞬だけ起きて、直ぐに寝ちゃったんです。 だからわたしにもわかりません……」 まだ答えは保留のままだった。 ハルヒの病室前に着いても、俺はまだためらっていた。 ハルヒが目覚めて、うつろな目で俺を見ていたら。 その目の中に、ハルヒを見つけられなかったら。 俺はどうすりゃいい? 「入らないんですか」 俺の後から歩いてきた古泉が、ドアの前で躊躇している俺に声をかけた。 振り向くと、真顔で俺を見つめていた。 その目の言わんとすることがわかってしまうのが癪にさわる。 『あなたの選択の結果を受け止めてください』 古泉はそう言っている。 俺は大きく息を吸い込むと、ドアを開いた。 ハルヒは変わらない顔で、規則正しい呼吸を続けて寝ていた。 期限はとっくに過ぎている。何故目覚めない? 古泉も真剣な面持ちでハルヒを見つめている。 この1週間、こいつの顔からはニヤケ面が消えていることの方が多かった。 こいつも辛かったんだろう。 「涼宮さん……」 朝比奈さんが呟いた。 俺たちは黙ってハルヒのそばに立っていた。 どれくらいの時間が経っただろう。 「すみません、機関の方に報告に行かなくてはなりません」 古泉が言った。 こんなときにか? 俺がなじるように言うと、古泉が顔をしかめた。 「すみません……僕もここから離れたくはないんです」 ああそうだな、わかってはいるんだ、副団長。 今回、機関とお前の協力がなければどうにもならなかったしな。 新川さんと森さん、多丸さんたちにもよろしく言っといてくれ。 「わかりました」 元の、とは言えないが、少しだけ笑みを浮かべて、古泉は出て行った。 「あの、わたしも長門さんのところへ行ってきますね」 何故か朝比奈さんも出て行った。 もしかしたら、朝比奈さんもハルヒの目覚めが怖いのかもしれない。 いや、間違いなく怖いだろう。 これだけ時間が経っているのに、まだ目が覚めないんだ。 俺も怖い。逃げ出したい。 だけどな。 「俺が逃げる訳には行かないんだよな」 ハルヒの頬に触れてみる。まだ、ちゃんと暖かかった。 そのままハルヒを見つめる。 こいつは大人しければ美少女なんだよな。まさにスリーピング・ビューティだ。 そこまで考えて俺は苦笑した。 これから俺がしようとしていることがあまりにもベタだったからだ。 まあ、誰もいないしな。深く考えるのはよそう。 俺は身をかがめて、ハルヒに口付けた。 これで目覚めるほど甘くはないだろう。どこのおとぎ話だ。 ところが、おとぎ話だったらしい。 ハルヒがゆっくりと──目を開けた。 「ハルヒ!」 思わず声をかける。ハルヒはきょとんとした目で俺を見つめていた。 その顔を見て、俺はますます不安になる。 「俺のことがわかるか? ……ハルヒ」 おそるおそる聞いてみた。 それを聞いて、ハルヒはガバッと跳ね起きると、俺を睨み付けて言った。 「何言ってるのよバカキョン! あんたあたしのことバカに……えっ!?」 最後まで聞かず、俺はハルヒを抱きしめていた。 「ちょ、ちょっと、あんた何してんのよ! 離しなさい! 離せ!!」 俺の腕の中でもがくハルヒを無視して、腕に力を込める。 「誰が離すかよ、バカ野郎!!!」 ああそうだ、誰が離してなんかやるもんか。 もうこんな思いはゴメンだ。 2度と離してやらねぇからな。 「ちょっと、キョン……泣いてるの?」 うるせぇ、泣いてなんかいねえよ。目にゴミが入っただけだ。 「バカ」 ハルヒはそれ以上何も言わず、俺の背中に手を回して抱き返してきた。 やっと帰ってきたな、ハルヒ。 長かった。たった1週間とは思えないほど。 俺が落ち着いてから、ハルヒは俺に色々質問をしてきた。 本当のことを言うわけにも行かず、かといって答えを用意していない俺は、四苦八苦しながらそれに答えていた。 ハルヒが階段から落ちたいう話はハルヒの家族にしてあるので、今更変える訳にはいかない。 俺はその線でごり押しした。 裏山探検隊もUFOもどきの隕石も全部夢オチだ。 1週間も寝てたんだから、それもアリだろ。 1年前の俺だって、階段から落ちた記憶がないことになってるからな。 実際に階段から落ちたりしていないんだが。 「あんたの二の舞を演じるとは、一生の不覚だわ」 ハルヒが顔をしかめて言った。 「だけど、あれが夢だとは思えないのよ。あんたと隕石を探しに行ったのは」 そりゃ、ほんとにあったことだからな。しかし── 「俺はそんなことしとらん!」 言い張るしかない。泥で汚れた制服も何とか綺麗にしたしな。 「第一そんな大ニュース、新聞もテレビも放っておく訳がないだろう。 なのにどこも報道してないんだぜ」 そう、実際、俺たち以外誰もあの隕石に気付いていないようなのだ。 これは後で長門に聞いてみよう。何となく答えはわかっているのだが。 ハルヒは渋々納得したようだった。 「ずっと夢を見ていたみたいね。やけに覚えてるけど」 ハルヒは残念そうに呟いた。 「長い夢だったわ──途中から悪夢よ。凄く苦しくて」 うんざりした表情で続ける。 そうだっただろうな。あれだけ閉鎖空間を生み出したくらいの苦しみだ。 「でも最後にキョンが出てきて──そうだ、キョン!」 急に生き生きとした顔になって、俺を見た。 「あんた、あたしに言うことがあるでしょ!」 やっぱり覚えてやがったな。当たり前か。 いや、別に俺も逃げるつもりはないんだが、いざとなるとやっぱり照れくさい。 ここまで来て何て言い訳しようかとチラッと考えた俺は、やっぱりへたれなんだろう。 「ああ、あるさ」 意を決して俺は言った。でも素直には言ってやらない。 「でも、何でお前がそれを知ってるんだ?」 「だって、あんた夢の中で言ったじゃない」 「お前の夢の中のことまで俺は知らん」 そう言うと、ハルヒは暗い表情になった。 しまった、ちょっと意地悪だったか。 「夢の中の俺が何を言ったかは知らんがな、俺は俺で前から言いたかったことがあるんだ」 悪い。心の中で謝りながら俺は続けた。 「ハルヒ、俺はお前が好──」 言いかけたとき、ドアがノックされた。誰だよ! 間の悪い! ハルヒもアヒル口になっている。 ドアが開いて入ってきたのは、朝比奈さんと長門だった。 「みくるちゃん! 有希!」ハルヒが笑顔で声をかけた。 「す、す、涼宮さぁぁぁぁぁん!!!!」 ハルヒが起きているのを見ると、朝比奈さんはハルヒに駆け寄って抱きつき、泣き出してしまった。 「バカね、みくるちゃん。あたしは大丈夫に決まってるでしょ!」 そう言いながら朝比奈さんを撫でているハルヒは嬉しそうだった。 ほんとにどっちが年上なんだかわからないね。 「長門、もう大丈夫なのか」 傍らにたたずんでいる長門に声をかける。 「大丈夫」 一言だけ返した長門は、ハルヒと朝比奈さんを見つめていた。 どこか眩しげに見えたのは、気のせいではないだろう。 やがて医者が来て、ハルヒは診察を受けることになり、診察室へと連れて行かれた。 結局俺は自分の思いを伝えられずにいる。 『あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!』 閉鎖空間でのハルヒの言葉を思い出し、苦笑した。 やれやれ、このままじゃ罰金かな。 しばらくすると古泉が現れた。機関への報告とやらは終わったらしい。 「機関の人間は、総じてあなたに感謝しています」 ここのところ忘れていたようなニヤニヤ顔で俺に言ってきた。 「結局、機関に取っても最良の結果が得られました。あなたに判断を委ねたのは正解だったようです」 「勘弁してくれ」 俺は顔をしかめた。俺にとっては世界も機関もどうでも良かったんだよ。 ただ、ハルヒを助けたかっただけだ。 いや、助けるなんて気持ちより、俺がハルヒに会いたかっただけだ。 「自分の意志で動いたのに機関の思惑に乗ったと思うと面白くねーよ」 世界の行く末を俺1人に押しつけやがって。 どうにかなっちまったら俺に責任をなすりつけるつもりだったのか? 「まさか、そこまであなたに押しつけるつもりはありませんでした。 あなたに委ねると判断した時点で、機関にも大きな責任があります」 結果論では何とでも言えるよな。まあ、今回は機関にもお前にも大いに助けられたから不問としてやるよ。 「ともあれ、結局涼宮さんを根本から何とかできるのはあなただけなんです。 今回も、涼宮さんの力を自覚させることなく発揮させることに成功した。 あなたの他に誰も、そんなことができる人間はいません」 ああ、脳の容量いっぱいまで使って考えたぜ。『ジョン・スミス』以外でハルヒに力を使わせるなんてな。 正直もうゴメンだ。今後、シナリオライターはお前に任せる。 「承知しました」 そう言う古泉は、最後まで0円スマイルを顔に貼り付けたままだった。 いつもの古泉に戻ったな。 「ほんとに良かったです……」 朝比奈さんにも笑顔が戻った。 「でも、わたし、結局何もできなかった……」 少し俯いて溜息をつく。そんなお姿も絵になるお人だ。 俺は朝比奈さん(大)の言葉をまた思い出した。 『この時間のわたしにできることはないの』 俺はこの朝比奈さんに何も言わなかったのか? 言わずにはいれないじゃないか。 今度朝比奈さん(大)に会ったら絶対に聞いてやる。 覚えてないなんて言われたら結構ショックだぞ。 「何を言ってるんですか、今回の一番の敢闘賞は朝比奈さんですよ!」 俺は言った。殊勲賞でもいいくらいだ。いや、殊勲賞は長門か? 「ほえ?」 驚いた顔して俺を見る朝比奈さんに、俺は続けた。 「今朝、俺が橘に色々言われて気持ちが揺らいでいたのはわかってるんでしょう。 あのとき朝比奈さんがああ言ってくれなかったら、俺は橘の戯言に乗ったかもしれない」 絶望的な気分だったからな。橘にすらすがりたいくらいに。 そう、朝比奈さんの言葉と橘の表情。 それが、俺を正気に戻してくれた。 そう考えると、橘にも技能賞をやってもいいのかね。ちょっと賞なんて惜しい気もするが。 俺が与える資格もない三賞を誰にやるか考えを巡らせていると、それまで黙っていた長門が言った。 「わたしもあなたに助けられた。礼を言いたい。ありがとう」 朝比奈さんをじっと見つめている。 「差し入れ、美味しかった」 朝比奈さんは何故か頬を染めて俯いた。まだ長門に苦手意識があるのか、他の理由かはわからない。 しかし、何か勘違いしそうなシーンだな。 「何もできなかったのは私」 長門は続けて言った。相変わらずの無表情だが、俺には悔しそうに見えた。 「必要なときに機能停止。不覚」 「お前のせいじゃないさ」 俺は本心から言った。このSOS団一の万能選手は、いつも1人で解決しようとするからな。 「そもそも、今回はお前がいなきゃ何が起こったのかすらわからなかったんだぜ」 あの、隕石に触れたハルヒが倒れたとき、瞬時に来てくれた長門をどれだけ頼もしく思ったか。 「その後も、24時間ハルヒについていたのは長門だけだ。 ハルヒだって一番感謝してるさ」 好きなはずの本も読まず、必要がないとはいえ睡眠も取らずにハルヒのそばにいたんだ。 他の誰にもできることじゃないだろ。 「……ありがとう」 長門はそう呟いた。 「今回の黒幕は、やっぱり例の……天蓋領域だっけか? あいつなのか?」 「そう」 今回の騒動を説明してくれた長門のややこしい言葉を俺の頭でわかる範囲で言うとこうだ。 どうやらハルヒの能力を佐々木に移すことが目的だったらしい。 それが橘の機関と協力したのか、独自に考えたのかはわからない。 橘の機関は天蓋領域の決定を受けて独自に動いた可能性もある。 ところが、何故かハルヒの能力を佐々木に移すには、俺の協力が必要らしい。 俺が素直にうんと言うわけもないので、一計を案じたと言うことだ。 あの隕石が俺たち以外に発見されなかったのも無理もない。 最初からそう情報操作されていた。 「近くに周防九曜がいたはず」 長門は言ったが、俺は見た覚えがない。 何で佐々木に能力を移そうと思ったのかは情報統合思念体にもはっきりとはわからないらしい。 「推測はできる」 要は佐々木なら意識的に能力を発揮できるようになるということだ。 佐々木に力を移した上で協力してもらうつもりなのではないか、長門はそんな感じのことを言った。 そもそも天蓋領域がハルヒに目をつけた理由が、情報統合思念体と同じとは限らないそうだからややこしい。 俺なんかには理解できるわけもない世界だ。 「そう言えば周防は結局何をしていたんだ?」 機関の目を逃れるのは簡単だろうが、それにしても最初から最後まで現れなかったが。 「機関を始めとする対抗勢力の妨害。それと、照準」 妨害はわかるんだが、照準てなんだよ? 全く意味がわからん。 また長門はよくわからない用語で説明してくれた。 情報統合思念体のような存在は、地球上の一個人や一インターフェースをいちいち把握できないそうだ。 把握できるなら、ハルヒを監視するための長門のようなインターフェースも要らないと言うことになる。 だが、今回、長門たちの機能を止めたのは、周防ではなく天蓋領域そのものだった。 天蓋領域にインターフェースの存在場所などを特定させるために、周防は暗躍していたらしい。 まさに『照準』だ。 情報統合思念体もこの動きを察知していたそうだが、止められなかったらしい。 「概念が理解不能のとき、止める側より行動する側の方が有利」 何しようとするかわからないから、後手に回る。 まさに今回の事件そのものだ。 しかし、今回の事件が起こっている間、広い宇宙で激しい宇宙戦争が行われていたのか。 なんてこったい。 あまりにも壮大すぎて想像もつかないぜ。 しばらく宇宙情報戦争について思いめぐらせていたが、もう一つの疑問を思い出して聞いてみた。 「何でハルヒは直ぐに目覚めなかったんだ?」 長門の予告通りなら、どっちにしても13時前後には目が覚めたはずなんだが。 「精神負荷が大きすぎたためと思われる」 どういうことだ? 「1週間、涼宮ハルヒの精神は休まることはなかった。休息が必要」 ってことは? 「彼女は睡眠中だった」 そういうオチかいっ! どれだけ心配したと思ってるんだよ! ……て、まさか起きたとき俺がしたことに気付いてないだろうな。 「それではそろそろ失礼します」 古泉が言った。 おい、お前はまだハルヒに会ってないだろう。 「明日会えますよ。それより、あなたがしなくてはならないことがあるでしょう。 お邪魔はしたくないのでね」 そう言えばお前は閉鎖空間でどこにいて、どこまで聞いてたんだ? 「さて、どうでしたっけ」 とぼけるんじゃねぇぞ。 俺の問いかけもむなしく、にこやかに手を振って出て行きやがった。 後で覚えてろよ。 「わたしも帰りますね」 朝比奈さんも言った。 「がんばってくださいね、キョンくん」 何を頑張れというんですか、朝比奈さん。というか、あなたは何をご存じなんですか。 聞こうと思ったが怖くて聞けなかった。 朝比奈さん(大)ならともかく、何も知らないはずなんじゃ? 「見ていればわかる」 長門、お前もモノローグを読むな。いや、お前なら普通に読みそうだが。 「邪魔者は退散」 長門と朝比奈さんは連れだって部屋を出て行こうとした。 「おい、邪魔者って何だよ!」 俺の問いには答えず、長門は振り返ると言った。 「ごゆっくり」 何かまた性格変わってないか? 長門。 宇宙人と未来人は何だかんだ言って仲良くなっている気がする。 その割には、朝比奈さん(大)になっても長門が苦手なようだ。 これからまだ何かあるのかね。 「やれやれ」 呟いて、そばにあった椅子を引き寄せた。 ここで俺まで帰る訳にいかないよな。 ハルヒが怒りを通り越してまた不安になりかねない。 「疲れたな」 まったく。 朝から橘に悩まされ機関の本部に行き、閉鎖空間で自由落下しかけ、空中浮遊まで体験した。 いくらハルヒに振り回されるのに慣れた俺だって、さすがにキツイぜ。 さて、これからどうするか。 古泉に言われなくてもやり残したことがあるのはわかってる。 さっき朝比奈さんと長門に邪魔されたからな。 このまま誤魔化してしまうことは、ハルヒが許さないだろう。いや、俺が俺を許せなくなるね。 しかし、さっきより照れくさいぞ。 さっきだって恥ずかしさを乗り越えて勢いで言おうとして邪魔されたんだ、それをもう一度やらなきゃいかんのか。 「ハルヒが好きだ」 うわ、試しにとはいえ、あらためて口に出してみるとすげぇ恥ずかしい。 いっそ閉鎖空間で言っちまうべきだったか。 あのときはハイテンションだったからな。勢いで言えただろう。 そのとき──『お約束』と言えばいいのだろうが──ドアが開いた。 やけに静かに開いたので、長門辺りが戻ってきたのかと思ったが、やはりというか何というか、とにかくハルヒだった。 えーと、何でそんな真っ赤になってるんだよ。何て聞くまでもないな。 間違いない。聞こえてやがった。 「あんたねぇ……」 赤い顔をして、俺から視線を外したまま入ってきたハルヒは、そのまま文句を言い始めた。 「何誰もいないところで恥ずかしいこと言ってんのよ」 誰もいないから言ったんだよ。とは言えないが。 それより俺の告白は恥ずかしいことかよ。ああ、恥ずかしいよな。てか恥ずかしい。 「悪かったな」 もうそれしか言えん。 「だいたい、そういうことは本人に面と向かって言いなさいよ……」 何だかいつもの勢いがないが、それより面と向かってと言っているハルヒが顔を背けているんだが。 「そいつはすまんかった。だったらお前もこっち向け」 どうせさっき言いかけたんだ。今も独り言を聞かれちまった。今度こそ、ちゃんと言えるだろう。 だが、ハルヒは相変わらず顔を背けたままだ。 何か腹立ってきた。人に覚悟を決めさせておいてなんだそれは。 俺は両手でハルヒの顔を無理矢理俺の方に向かせた。 「ちょっと、何すん……!!!」 ハルヒは抗議の声を上げたが、俺は無視して唇をふさいだ。 「……好きだ」 唇をわずかに離して一言伝えると、再び唇を重ねる。 ハルヒは俺にしがみついてきた。 何だ、簡単なことだったんじゃないか。 今まで俺は何をしていたんだろうね。 誤魔化してきた気持ちが、一気に湧き上がってくる。 ──長いこと待たせて悪かったな。 不安にさせて悪かったな。 罰金、払うからな。 だから、もう離さないでいいか。 もう、離れないでいてくれるか。 やがて唇を離した俺に、ハルヒは微笑んで言ってくれた。 「あたしもあんたが好きよ、キョン……」 ──こうして、俺の長い長い1週間は、ようやく終わりを告げた。 エピローグへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/598.html
3年前の7月7日、わたしは彼と出会った。 それから、今年の7月7日まで彼をあずかっている。 それまで、2ヶ月と少し・・・ ページをめくる 無音なこの文芸部室。 彼が来るまで、後2週間。 たった2週間。けれども、2週間も後。 廊下から足音が聞こえる。 徐々にこちらに近づいてくる。 きっと、この文芸部室を通り過ぎる。 そう思う。 ページをめくる 足音が止まった。 ドアが開く。 わたしは、その方向にゆっくりと首を向けた。 そこにいたのは、進化の可能性、 涼宮ハルヒ おかしい。涼宮ハルヒが来るのは2週間後なはず。 わたしは涼宮ハルヒを見た。 涼宮ハルヒも、わたしを見ている。 「仮入部したいんだけど」 涼宮ハルヒは言った。 仮入部?・・・検索開始。 該当項目を発見。 「そう」 わたしは答えた。その言葉だけで充分だと判断した。 顔を本に戻す。 ページをめくる 「あんた確か6組の子よね?体育の授業一緒だから」 「そう」 「あんた名前なんていうの?」 「長門有希」 「他の部員は?」 「部員はわたしだけ」 「へー、じゃああんたが入部しなかったらこの部活、廃部だったんだ」 「そう」 そして、涼宮ハルヒは本棚から本をとりだし、パイプ椅子に座って読み出した。 わたしも読書をつづける。 ページをめくる 「アメンボ アカイナ アイウエオ ウキモニ コエビモ オヨイデル」 隣の部室から声が聞こえる。 必要な情報ではない。削除。 やがて、涼宮ハルヒは落ち着きをなくしだした。 足を揺らす、椅子を揺らす。あくびをする。 なぜそのようなことをするのかは、わたしには分からない。 「あんたよくこんなのずっとしてられるわね。しんどくならない?」 どう答えるべきだろうか? 「大丈夫」 そう答えておく。 「ねえ、あんたのクラスに宇宙人とか未来人とかいたりしない?」 「いない」 ここは、嘘をついておくべき。 そう判断した。 「やっぱり、あたしやめるわ」 「そう」 涼宮ハルヒは鞄を持って、部室を出て行った。 ドアが開きっぱなし。 わたしは、念動力を使い、ドアを閉めようとする。 やめた。 わたしは歩き、ドアを手で閉めた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 涼宮ハルヒが文芸部に仮入部してから、2週間がすぎた。 現在、昼休み。 足音が聞こえる。文芸部室のドアの前で止まる。ドアが勢いよく開く。 「あっ!いたいた!ねえ、この部室貸して!新しい部活作るから!」 「かまわない」 「そう、ありがとう!」 そう言って、涼宮ハルヒは急いぐように部室を出て行った。 ページをめくる 今日、涼宮ハルヒはSOS団を設立する。 けれども、わたしの待機モードはまだつづいている。 彼が来るまで。
https://w.atwiki.jp/zensize/pages/129.html
【涼宮ハルヒ】 【作品名】涼宮ハルヒの憂鬱 【ジャンル】アニメ 【名前】涼宮ハルヒ 【属性】SOS団団長 【大きさ】158cm 【長所】本人の望みどおりの出来事が起こっている 【短所】自覚がない 参戦 vol.1
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1071.html
さて、静かな時間が進んだのは、翌日の朝までだ。どうやら嵐の前の静けさって奴だったらしい。 日が昇るぐらいの時刻、前線基地の北1キロの辺りを警戒中だった小隊が数十両に上る車両に乗った敵が 南下してきていたのを発見したのだ。ハルヒと一緒にいた俺は小隊を引き連れて迎撃に向かったのだが…… 「おいドク――じゃなくて衛生兵! 負傷者だ来てくれ!」 俺は道の真ん中で鼻血を垂らしている生徒を抱えて叫ぶ。 だが、民家の路地で敵と撃ち合っていた彼には声は届かない。幸い、近くにいた別の生徒が俺の呼びかけに気がつき、 衛生兵の生徒をこっちによこさせる。 どこを撃たれたんだ!と叫ぶ彼に、俺は、 「足だ! それでもつれた拍子に頭から転んだ! 意識もなさそうだ!」 彼はわかったと言い、処置を始めようとするが、なにぶん道のど真ん中だ。そんなことを敵が許してくれるわけがない。 近くの民家の二階からシェルエット野郎がひょっこり姿を現すと、俺たちめがけて乱射を始める。 足下のアスファルトに数発が命中して道路の破片が飛び散り、俺の身体に振りかかった。 「邪魔すんな!」 俺はそいつめがけて撃ち返すと、あっさりと民家の中に引っ込んでしまう。 北山公園じゃ乱射して絶対に隠れたりしなかったくせに、ここに来てチョコマカと動くんじゃねえよ。 何はともあれ今の内に俺たちは負傷者を抱えて道路脇まで運ぶ。しかし、ここでも悠長に治療なんてやっていたら、 そこら中から銃撃を加えられるだろう。何せ、俺たちの周りに立ち並ぶ民家のどこに敵が潜んでいるのかわからないのだ。 とにかく、学校に負傷した生徒を戻すしかない。 俺は無線を持った生徒を呼びつけ、 「おいハルヒ! 負傷者だ! 数人つけてそっちに送り返すから、学校へ運んでくれ!」 『わかった! でも、さっき負傷者を満載したトラックを学校に返したばかりだから、ちょっと時間がかかるわよ!』 身近にいた二人の生徒に負傷者を担ぐように指示し、ハルヒのいる前線基地へ走らせた。 仕方がない。それでもこんなところにおいておく訳にはいかないんだからな。 負傷者を送り出した後、今度は2軒先の民家の塀の上から銃撃を受けるが、国木田が見事な腕前でそいつに弾丸を命中させる。 今じゃ、俺の小隊じゃこいつが最強の位置にいるからな。頼りにしているぞ。 と、国木田が俺の方に振り返り、 「キョン。3人減ったから結構パワーが落ちるよ。どうする?」 ここは前線基地から数百メートル北に位置する、住宅の密集地帯だ。ここを通り抜けられるともう前線基地の目の前に出る。 敵の侵攻を事前に察知した俺たちは、この住宅地帯で防御線を築こうとしていたんだが、 敵の動きが昨日とはまるで違うために苦戦続きだ。突撃バカみたいだったのが嘘のようで、 あっちの路地陰から銃撃を受けたと思えば、民家の屋根から手榴弾を投げつけたりしやがる。 しかも、ちょっと攻撃したらとっとと民家の海の中に消えてしまうのだ。 浴びせられる銃弾の量は昨日よりも遙かに少ないが、これは精神的にかなりきつい。 おまけに民家から民家へ器用にすり抜けていっているらしく、ハルヒのいる前線基地へも攻撃が加えられている。 もはや俺の防御線の意味がなくなりつつあった。 俺は国木田の指摘に、しばらく頭の脳細胞の血流を加速させて、 「どのみち、ここで防御していても犠牲が増えるばかりだな。大体ハルヒの方も攻撃を受けているんじゃ、 ここにいる意味が全くない。防御線を下げてハルヒたちの方に戻るぞ」 「賛成。その方が良いと思うよ」 国木田もいつものマイペース口調で賛成する。 俺の小隊はじりじりと南側――前線基地へ移動させ始めるが、 「敵車両だよ!」 国木田の叫び声とともに、路地から一両の軽トラックが現れる。普段その辺りを走っているようなタイプだが、 後ろの荷台には12.7mm機関銃搭載という凶悪な代物だ。そこにシェルエット野郎が3人乗り、 一人が12.7mm機関銃の火を噴かせ、他の二人はそれを援護するようにAKを撃ちまくる。 「撃ち返せ!」 俺たちは一斉に民家の塀の陰に飛び込み、車両めがけて一斉に射撃を始めた。 12.7mmの銃弾が塀に直撃するたびに、コンクリートの破片が飛び散る。 こいつが人間の肌に直撃したらどうなるのか。怪我なんて言うレベルじゃねえぞ。もはや人体破裂といった方が良い。 もう3度それを目撃する羽目になったが、絶対に慣れることはないと断言する。 しばらく銃撃戦が続くが、一人の生徒が撃ちまくっていた5.56mm機関銃MINIMIが12,7mm機関銃を乱射していた シェルエットマンに直撃。一番の脅威が消滅したと言うことで、俺たちは前に出て残り二人も射殺した。 だが、肝心の軽トラックはとっとと逃げ出した。あれだけ銃弾を撃ち込んでぼろぼろだってのにまだ動けるとは。 さすがは日本製とでも言っておこう。 敵が去ったのを確認すると、俺たちはまた前線基地へ向けて移動を開始した。 ◇◇◇◇ 「キョン! こっちよこっち!」 前線基地前にたどり着くと、ハルヒが手を振っているのが目に入る。しかし、隣接している住宅地帯には すでに敵が潜んでいるらしく、うかつに飛び出せば狙い撃ちされかねない状態だ。 案の定、俺たちの真上に位置する民家の窓から敵が飛び出してきて―― 「やばい!」 てっきりいつものようにAKで銃撃してくるかと思いきや、シェルエット野郎の手にはRPG7が握られていた。 真上からあれを撃ち込まれれば、ひとたまりもない! 俺は無我夢中でM16を撃ちまくる。放った銃弾がどこかに当たったのか、発射寸前に手元が狂い 俺たちとはあさっての方向の民家の壁に直撃した。だが、やはりぶっ放した野郎はとっとと民家の中に引っ込んでしまう。 「キョン! 後ろから敵車両2! 近づいてくるよ!」 国木田の声で振り返ると、また武装軽トラックが背後から接近中だ。もちろん、12.7mm機関銃の銃口が向けられている。 ここからじゃ、狙い撃ちにされる! ――その瞬間、バタバタという轟音とともに、俺たちの頭上に一機のヘリコプターが出現した。 「ようやく来たか!」 俺の歓喜の声と同時に、UH-1からミニガンの攻撃が始まる。まず、俺たちに接近中だった車両2つが吹き飛び、 今度は住宅地帯の屋根に向かって撃ちまくった。俺たちの頭上を飛ぶたびに、ミニガンの薬莢が雨あられと降りかかり、 指先に当たったときは思わず「アチイ!」と叫んでしまう。 しばらく掃射が続いたが、やがてそれも収まり前線基地の上空あたりでホバリングを始める。 と、無線機を持った生徒から無線を渡された。古泉からの連絡らしい。 『やあ、どうも。敵は大体つぶしましたから、今の内に移動してください』 「恩に着るぜ。助かった」 古泉は今小隊の指揮官からはずれて、UH-1のパイロットなんてやっていたりする。何でも本人曰く、 (何の訓練も免許もなくヘリの操縦ができるんですよ? せっかくだから操縦してみたいと思いませんか?) と、いつものさわやか顔でUH-1に乗り込んだ。とはいっても、学校の校庭に置かれていたものは輸送用らしく、 武装が一切ついていなかったので、学校のどこからか持ってきたミニガンを両脇キャビンに装着してあり、 それをヘリに乗った生徒が撃ちまくっている。なんだかんだで器用な野郎だ。 まあ、今の状況を仕組んだ奴から頭の中にねじ込まれた知識だろうが。 しかし、あの学校は4次元ポケットか何かか? 昨日はカレーと米が出てきて長門カレーができたが、今度はミニガンかよ。 「よし、敵の攻撃が収まっている内に戻るぞ」 俺たちは一気に前線基地の建物内までに戻る。そこにハルヒが駆け寄ってきて、 「キョン、向こうの様子はどうだった?」 「ああ、すっかり民家に敵が入りこんじまっているな。あっちこっちで敵が飛び出してくるんで まるでモグラ叩きだ。キリがねぇ」 「こっちもさっきから同じ状態よ。正面の民家から敵が出ては引っ込んでの繰り返し。むっかつくわ! もっと潔く突撃してきなさいよ!」 「俺に言われても困る」 そんなやりとりをしている間に、またガガガガとAKの銃声音が鳴り響き始めた、 だが、てっきり前線基地に向けた銃撃と思いきや、こっちには一発も飛んできていない。 代わりに前線基地上空を旋回していたUH-1があわてたように高度を上げ始める。 どうやら、ヘリが攻撃を受けているようだ。 ハルヒは無線機を通信兵から受け取ると、 「古泉くん! 大丈夫!?」 『ええなんとか。あまり高度は下げない方が良いですね。ちょっと驚きました』 「無理しないで。有希の砲撃が使えない以上、古泉くんのヘリが頼みなんだから」 『わかりました』 言い忘れていたが、現在長門の砲撃は自粛中だ。敵車両部隊の南下を確認した時点で、 それを阻止すべくありったけの砲弾を南下ルートの道路に撃ち込んだんだが、 調子に乗ってやりすぎたため、砲弾の残りが見えつつあるようになってしまったからだ。 こいつに関してはハルヒの指示とはいえ、俺も砲弾が無限にあると勘違いしていたことを反省すべきだろう。 しかし、ミニガンとカレーが出てくるなら、砲弾も一時間ごとに2倍に分裂するとかサービスしてくれりゃいいのに。 と、古泉との通信を終えたハルヒが俺のヘルメットをぽかぽか叩きつつ、 「なにぼさっとしているのよ、キョン! 敵がどっかに隠れているんだから、怪しいものに向かってとにかく撃ちまくるのよ!」 「それをやったから砲弾が尽きかけているんだろうが!」 そんなことをしている間に、前線基地正面の民家の窓からまた影野郎が出現だ。 しかも、狭い窓から3人が身を乗り出し、全員RPG7を構えて一斉発射だ。 「RPG! 隠れて!」 ハルヒの声が飛ぶと同時に、俺たちは物陰に隠れる、一発は前線基地前の道路に、2発はそれぞれ建物の壁に直撃する。 「みんな無事!? 怪我はない!?」 ハルヒの確認の声に、建物内の生徒たちが一斉に返事をする。どうやら、けが人はいないようだ。 俺がほっと無でをなで下ろしていると、またもやハルヒからの鉄拳パンチがヘルメットを揺るがし、 「だーかーらー! ぼさっとしていないでさっき出てきた奴に反撃しなさいよ!」 「さっきの仲間にかける優しさの1割で良いから、俺にもかけてくれよ」 ひどい扱いだぞ、まったく。 とはいっても腐っている場合ではない。第2射を撃とうと、同じ窓から出てきた敵めがけて撃ちまくる。 何とか、一発ぐらい当たったらしくいつものように敵がはじけ飛んで消滅した。主を失ったRPG7は、 そのまま窓から地面に落ちる。 「よくやったわキョン! ナイスショット! 学校に帰ったらみくるちゃんを――違う違う! ビールをおごってあげるわ!」 「未成年者に酒を勧めるなよ!」 こんなやりとりをしていると、つい俺の頬がゆるんでしまうのがわかる。 なんだかんだでハルヒの威勢の良い声が今はとても気持ちよく感じているからだ。 「また来た!」 今度は路地から2人の敵がそこら中に向けてAKを乱射し始める。それに対して、ハルヒは持っていたM14を構え、 2発発射。当然のようにシェルエット野郎2人に命中して飛散させる。大した奴だ。 「このくらいできないと指揮官は務まらないわ! 当然よ当然!」 得意げに笑うハルヒ。昨日ほど落ち込んではいないようだな。 ちなみに、ハルヒが持っているのは他の生徒が持っているM16A2ではなく、 どこからか引っ張り出してきたM14――しかも狙撃用にカスタマイズされたものだとか。 昨日北山公園に行ったときはM16A2だったが、途中でMINIMIに持ち替えて乱射していたらしい。 ところがこれがさっぱり敵に命中しないものだから、今では一発一発確実に命中させる方に転向している。 「下手な鉄砲も数撃ては当たる!なんて言うけどさ、あれって絶対に嘘よね。 昨日、あれだけ撃ちまくっても全然命中しなかったし。きっと弾を売っている商人が流したデマよ。 そういう連中にとってはいっぱい撃ってくれた方がどんどん売れて大もうけって寸法よ、きっと!」 根本的にお前の使い方が間違っているんだよ。とまあ指摘してやりたかったが、胸の内にしまう。 何でかというと、今度は前線基地前の民家の屋根上に10人くらいの敵が出現して、 こっちに銃撃を始めやがったからだ。 こっちも負けずに一斉射撃で反撃を開始するが、上からと下からでは差があるのは当然だ。 敵を一人やるまでにこっちは二人は負傷するという不利な状態だ。 「だったら、さらに上から撃てばいいのよ! 古泉くん! やっちゃってちょうだい!」 『了解しました』 ハルヒ指令の指示通り、古泉ヘリのミニガン掃射が始まる。もう敵どころか民家の屋根ごと吹き飛ばしている威力を見ると、 頼もしいような恐ろしいような。 「敵車両がまた来たよ、キョン! 三両も!」 「しつけぇな!」 東側を見ていた国木田から声の声に、俺は思わず出る愚痴を吐き捨てながら敵の迎撃に向かう。 先頭に一両で背後に2両が併走していた。当然どれも12.7mm機関銃付きだ。 とにかく、先頭の車両の連中をつぶそうと銃を構えるが、突然、背後の車両に乗っていた数人が RPG7を手に立ち上がった。前の車両はおとりかよ! やられた! だが、向こうが発射する前に敵の先頭車両が吹っ飛ぶ。さらに、後続の一両も同じように爆発で破壊され、 残った一両だけはRPG7を発射することなく、路地に逃げ込んでいった。 「へへん、やったわ! 作戦通りね!」 ハルヒは笑顔を浮かべながら、周りの生徒たちに向けて親指を立てる。 どうやらこっちも迎撃のために携行型のロケット弾あたりをあらかじめ用意していたらしい。 放たれたのは俺たちの隣の建物らしいので、具体的はわからないが。 やがて、さっき逃げ出した最後の一両も古泉ヘリがとどめを刺す。この時点で敵からの攻撃は完全に収まっていた。 「……収まったのか?」 「さあ、どうかな……?」 さっきから出ては引っ込んでの繰り返しだからな、俺とハルヒもすっかり疑心暗鬼になっちまっている。 そのまま、1時間が過ぎたが結局なにも起きず。その間、神経張りつめっぱなしで銃を構えていたもんだから、 いい加減疲れたのかハルヒが座り込んで、 「ちょっと一休みするわ。あ、キョンはそのまま見張ってなさい」 鬼軍曹かお前は。そのうち、後ろから撃たれるぞ。 「あとで交代してあげるから。もうちょっとがんばりなさい。SOS団の一員でしょ」 「……SOS団であるかどうかは全く関係ないんだが」 結局、しぶしぶと俺は前方の民家に向けて警戒を続ける。しかし、敵は何でいきなり攻撃をやめたんだ? このまま、延々と攻撃を続ければ俺たちもどんどん消耗していくだけなんだが。 「バッカバカバカね。こんなのゲリラ戦の基本じゃん。いつ攻撃を受けるかわからないあたしたちは こうやってぴりぴりしていなきゃならないけど、向こうは数人こっちを見張っているだけで、 他はのんびり休息中ってわけよ。きっとホーチミンもそう教えていたに違いないわ」 わかるようなわからんような……そもそも常識はずれな連中だから、休息も必要ないだろうしな。 『涼宮さん、僕の方はどうしましょうか?』 無線で語りかけてきたのは古泉だ。そういや、さっきから延々と前線基地上空を飛んだままだったな。 ハルヒはしばらく考えてから、 「とりあえず、学校に戻って。ただし、すぐに飛べるようにしておいてね」 『了解しました』 そう言ってUH-1が学校に帰還する。一瞬、帰ったとたんに攻撃されるんじゃないかと緊張が走ったが、 敵は動こうとはしなかった。 ◇◇◇◇ それから数時間状況は動かず、俺たちは神経を張りつめながらひたすら警戒するだけの時間が続いた。 もう正午をすぎようとしている。そういや、このあり得ない世界に放り込まれてからようやく1日半か。 一年ぐらいいるようなくらいの疲労感だが。 この一応平穏な時間の間に、前線基地の南側に北高からトラック輸送部隊が来て弾薬やら食料を置いていった。 死者や負傷者と入れ替える予備兵も到着する。 ハルヒはせっせと指示を出していたが、戦死した生徒や重傷者を乗せて帰って行くトラックを見送ると、 おもむろにメモを取り出してなにやら書き込み始めた。 「……なにやってんだ?」 「…………」 俺の問いかけにも反応せずハルヒは一目散にボールペンを走らせ続ける。それも普段にないような真剣な目つきでだ。 ちらっとのぞいた限りでは名前が延々と列挙されていた。これってまさか…… 「……ふう」 ハルヒは全部書き終えたのか、パタムとメモ帳を閉じた。 そこでようやくハルヒをのぞき込むように見ていた俺に気がついたのか、 「なっなによ! なんか用!?」 あからさまにびびったような声で抗議する。気がついたら俺とハルヒの顔の距離が30センチ未満だった。 俺もあわてて、ハルヒとの距離を取ると、 「いや……なにやってんだと聞いていたんだが」 さっきと同じことを聞く。するとハルヒはメモ帳をぴらぴらさせながら、 「死亡した生徒と負傷した生徒の名前を書いていたのよ。指揮官たるものそう言うのは逐一把握しておくもんでしょ? って、なによその意外そうな目つきは!」 「何にも言ってねえだろうが」 変な疑いをかけるなよ。俺はただ単にハルヒがしっかりしているんだなと感心しただけであってだな―― と、ハルヒは俺の抗議を無視して目をそらすと、 「でも、そんな精神論だけの話じゃないわ。昨日と併せて、死者はすでに70人を越えているし、 負傷者も50人に達したのよ。しかも、ほとんど戦えるような状態じゃない生徒ばかり。 やっと1日半だけど、すでに生徒の半数近くが戦闘不能になっているじゃ、この先どうすればいいのか……」 そうあからさまに不安げな表情を浮かべた。ハルヒの言うとおり、確かに人員不足は否めない。 前線基地には常に50~80人は詰めているので、相対的に北高の守備隊や長門の砲撃隊、 さらに朝比奈さんの輸送や医療のチームがどんどん削減されている状態だ。 後方支援を削って前線を守っているんだからほとんど共食いに等しい。 大体、敵とこっちじゃ条件があまりにも偏りすぎているってんだ。相手は戦車や爆撃機を使ってこないとはいえ、 シェルエット野郎は無限に出現してくるし、武装トラックもどこからともなく現れやがる。 あまりにフェアじゃねえ。一方的すぎる。もてあそばれている気分だ。 だがハルヒは首を振りながら、 「敵があたしたちの要望なんて聞いてくれる訳がないじゃない。あたしがうまくやっていないだけの話よ。 もっときちんとみんなを守っていれば……」 そう肩を落とすハルヒ。俺は何とか励ます言葉を考えるが、どうしてもいい励ましが思いつかない。 こんな俺に果てしなく憂鬱だ。 「あーやめやめ! お腹がすいているからこんな暗いことばっかり考えるんだわ。ご飯食べてくる!」 ハルヒは2・3回頭を振ってから、先ほど届いたばかりの缶詰の山をあさりだした。 まあ、確かに腹が減ってはなんとやらだしな。俺も食うか。 と、このタイミングで古泉からの連絡だ。 「何の用だ?」 『やあどうも。そちらはどうですか?』 「今飯を食おうとして、寸止めを食らったせいで大変不機嫌な気分だ」 古泉は無線機越しに苦笑しながら、 『それは失礼しました。なら後にしましょうか?』 俺はちらりと缶詰にがっつくハルヒを確認してから、 「いや、せっかくだから今の内に話せることは話しておこうか。またいつ敵が襲ってくるかわからんしな」 俺は飯を食うのはあきらめてハルヒの見えない位置に移動する。 「とりあえず、散々お前の援護には助けられたからな、礼を言っておくぞ」 『これはどうも。あなたから感謝の言葉をいただけるとは光栄ですね。今までの奉仕が実ったというものです』 気色悪い表現を使うな。 『しかし、ミニガンの威力はすごいですね。辺り一面を吹き飛ばす威力にはやっているこっちがぞっとしますよ。 しかし、実際に撃っている人は気分爽快らしく、フゥハハハーハァーとか笑いながらやっていますが』 「……その勢いで俺たちまで撃たないように注意しておいてくれ」 そんな笑い方をされると動くものすべてに撃ちまくるようになっちまいそうだ。 古泉は俺の言葉をジョークと受け取ったのか、苦笑しながら、 『それはさておき、そちらの状況はどうですか?』 「めっきり敵の攻撃が収まっているな。ただ大方その辺りの民家には敵が潜んでいそうだ。 こっちから仕掛けたりしたら返り討ちに遭うだろうよ。癪だが、今はここで粘るしかない」 『賢明な判断だと思います。今は現状維持に努めた方が良いでしょう。何せ敵はこっちが消耗するのを狙っているようですから』 ――ハルヒが缶詰を生徒たちに配っているのが目に入る―― 「学校の方はどうなんだ? いつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない状況だが」 『北高への攻撃はまだないと思いますよ。少なくともあなたたち――涼宮さんが学校への籠城を指示するまではですが』 「そうか? 俺たちの消耗を狙うなら、学校を攻撃して武器弾薬を使えなくした方が効果があると思うんだが」 『お忘れですか? これを仕組んだ者は涼宮さんにできるだけの苦痛を与えることです。 通常の軍事作戦なら当然学校制圧を目指すでしょう。しかし、今学校を制圧されれば僕たちは降伏する以外の道はありません。 それでは意味がないんです。涼宮さんをほどほどに絶望させつつも、世界を改変するまでには絶望させない。 じりじりと追いつめていっているんです』 「……俺たちをこんなところに放り込んだ奴は相当陰険な野郎って事だな」 俺はいらつくながら頭をかく。 『全く同感です。しかし、学校制圧は当然この後のイベントとして考えているでしょうね。 ただ、今は前線基地で涼宮さんの精神の消耗に務めるはずです』 「イベントなんて言葉使うなよ。まるでこの戦争がただの催しみたいに聞こえるじゃねえか」 『戦争? あなたはこれが戦争だと思っているんですか?』 俺は珍しく語気を詰め読める古泉に少し驚いた。そのまま続ける。 『これは戦争なんて言える代物ではありません。戦争にはそれなりの理由があります。 民族とか資源とか国益とか、ある時は意地やプライドなどもあります。 しかし、それを実行するには大変な労力が必要な上、多くの人々の支持が必要です。 でも、今我々がいる世界はどれも当てはまりません。戦う理由もないというのに、 無理矢理知識とやる気を頭の中にねじ込まれ戦わされている。さらにその目的が一人の少女に精神的苦痛を与えるためだけ。 こんなものは戦争なんて呼べません。頭のおかしい者が仕組んだゲームにすぎないと思っています。 だからこそ、僕は腹立たしい。こんなばかげたゲームのためにこれだけ多くの人命を費やしているんですから。 成り行きで転校してきたとはいえ、9組にはそれなりに親しい人もいました。 ですが、その大半がすでに戦死しているんです。堪えるなんて言うものではありません』 口調だけ聞いても古泉のテンションがあがっていることがはっきりとわかった。あの全く表情を変えない古泉が。 一体、無線の向こう側ではどんな顔をしているんだろう。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。 しばらく、古泉は黙りこくってしまうが、やがて大きくため息をつき、 『……すみません。こんな事を言うつもりではありませんでした。僕自身も相当追いつめられているようですね。 それが敵の狙いだというのに』 「構わねえよ。むしろ本音が聞けてほっとしているくらいだ。言葉は違ったが俺もお前と同じ考えさ」 古泉がこれだけ感情をあらわにするなんてことは今までに一度もなかった。 古泉の言うとおり、敵の狙いはそこにあるのだろう。だからこそ、たまにはガス抜きも必要だ。 俺は話題を変えて、 「で、長門からは何か進展があったとかいう話はないのか?」 『長門さんは喜緑さんとずっと学校の教室でこもりっきりです。僕らには想像を絶するような作業を行っているのかと』 そうか。長門はまだ突破口を見つけられていない。ならしばらくはこれが続くと見て良いだろう。 「そろそろ戻るぞ。あまり長話をしているとハルヒにどやされるからな」 『わかりました。では涼宮さんをよろしくお願いします。彼女も相当堪えているはずですから』 そう言い残して無線を閉じた。 ◇◇◇◇ 「何やってたのよ。せっかくのご飯がなくなっちゃうわよ」 まだがつがつ缶詰の肉を食いあさっているハルヒ。なんつー食欲だ。どんな胃袋しているんだ? 「食べられるときに食べておかないとね。ほらキョンも食べなさい。食欲がないなんて許さないわよ。 無理にでもカロリーを蓄えておかないと後が厳しくなるんだからね」 ハルヒから放り投げられた缶詰を受け取ると、俺もそれを食い始めた。 冷たくて大した味もしないのにやたらと旨く感じる。 ハルヒは細目で俺の方をにらみつけ、 「で、誰と連絡していたのよ。有希? みくるちゃん?」 「古泉だよ。というか何であいつを選択肢からはずすんだ」 「へー古泉くんとね……へーえー」 なんだその疑惑の目つきは。言っておくが俺から連絡した訳じゃない。それに俺はれっきとしたノーマルだぞ。 朝比奈さんを見てほんわか気分になれるほどにな。 「はいはい、わかったわよ。早く食べちゃいなさい」 しかめっ面なハルヒだが、そんな事で言われるとお袋を思い出すからやめてくれ。 で、そのまましばらくむしゃむしゃと食べていた俺たちだが、ふとハルヒが手を止める。 「ん……どうした?」 俺の問いかけにも答えずにハルヒはじっと怖い目つきで―― 次の瞬間、横に置いてあったM14をつかむと、前線基地前方の民家に向かって構える。 俺もあわててそれに続いてM16を取ったときにはすでにハルヒは発砲していた。 ようやく銃を構え終えたときには、シェルエット野郎がはじけ、手にしていたRPG7が地面に落ちる光景だった。 何で気がついたんだ? 「野生のカンってヤツよ! でも違うわ! あれじゃない! あと、古泉くんにヘリで援護してもらうように言って!」 訳のわからんことをわめくハルヒ。だが、同時に前方の民家の窓という窓から敵が飛び出して、 AKの乱射をはじめた。戦闘再開だ! まったく! 俺はひたすら窓めがけて撃ちまくったが、ハルヒはじっと構えたまま発砲しない。一体何を待っているんだ? と思ったら、民家の木製の壁を突き破って一台の武装トラックが出現した。さらにハルヒが待ってましたと M14で狙撃するが…… 「ミスっちゃった!」 素っ頓狂な声を上げる。ハルヒの放った銃弾は、フロントガラスをぶち破り武装トラックに乗っていた運転手と 荷台に載っていたAKをもったシェルエット野郎一人をつぶしたが、肝心の12.7mm機関銃の射手は撃ち漏らしたからだ。 壁からド派手に登場したトラックは今までとちょっと違った。器用にトラックの荷台の両脇に 鉄板のようなものが張り巡らせサイドからの銃撃を受けないようにされていた。 前後から攻撃するしかないが、後ろは論外、なら前面ならってそりゃ12,7mmの銃口を向けられているって事だろうが! ハルヒのミスったっていうのは、12.7mm射手を一番最初に仕留められなかったことを言っているのだろう。 ものすごい勢いで乱射され、こっちは建物の陰に隠れて身動きすらとれねえ。 こんなんじゃ、そのうち誰かに当たるぞ……と思った瞬間、移動しようとしていた生徒の脇腹を直撃――いや貫通した。 肉がさけるいやな音とともに、生徒の背後に血しぶきがぶちまけられる。くそ、この調子じゃ古泉が来る前に死者多数だ。 ハルヒは必死に地面にはいつくばりながら、撃たれた生徒に近づき、 「暴れないで! 傷口が広がるからじっとしてなさい! 衛生兵! 早く来て!」 何が起きたのかわからない状態になっている負傷した生徒を必死になだめる。 ちくしょう、このままじゃただ的にされるだけじゃねえか! ハルヒはやっていた衛生兵に負傷者を任せると俺の元に戻ってきて、 「このままじゃらちがあかないわ! とにかく、向こうの弾に当たらないように、牽制するの! あの車両のヤツの弾切れが狙い時だわ! あたしがきっちりと仕留めるから援護して!」 「わかった! てか、さっき使ったロケット弾みたいな奴はないのかよ! あれで吹っ飛ばした方が早いだろ! ないのか!?」 「さっきので打ち止めよ! みくるちゃんたちに探させているけどまだ見つからないって!」 「肝心なときに役にたたねえ4次元ポケット学校だな。わかった援護する!」 俺はハルヒとの意識あわせを終えると、近くにいた国木田を呼びつけ、 「あの野郎が弾切れを起こさせるように、牽制するぞ! 援護してくれ!」 「了解! 任せて!」 俺と国木田は交互に物陰から出ては、武装トラックに向けて発砲した。最初は狙い撃ってやろうかと思ったが、 目があったとたんに射殺されるシーンが脳裏に過ぎったので、とにかく何でも良いから乱射しまくった。 数分間この撃ち合いが続いたが、ようやく向こうが弾切れだ。給弾をはじめようとしたタイミングで、 ハルヒが身を乗り出して狙撃しようとしたが―― 「うへっ!?」 ハルヒの素っ頓狂な声が上がる。俺もあげた。当然だ。突然あり得ない動きで荷台左側の鉄板がぐるっと回って、 12.7mmの射手を覆い隠したからだ。おいレフリー! 今のはどう見ても反則だろ! 「あたしが出て仕留める!」 俺が考えるよりも早くハルヒがM14を片手に飛び出した。おいバカやめろハルヒ!と口に出す暇もない。 ハルヒは鉄板がなくなった左側から回り込み、数発発射して12.7mmの射手を仕留めた。 早く戻ってこい――げ! 「ハルヒ! 東側からRPGだ! 伏せろ!」 いつのまにやら発射されていたRPGがハルヒめがけて飛んできた。ハルヒは飛び込むように地面に伏せる。 その瞬間、ハルヒのすぐ手前の地面にRPGが直撃。衝撃でハルヒの身体が俺たちの方に転がってきた。 俺は全身から血の気が引く音をはっきりと聞いてしまう。 「ハルヒっ!」 もう頭よりも身体が先に動いた、銃弾が飛び交っているのにも構わず、俺は路上に飛び出して 倒れて動かないハルヒを物陰に引きずり込もうとする。だが、敵もそれを阻止すべく、路地の陰、民家の屋根や窓から 俺たちに向け銃撃を開始する。しかし、ようやく到着した古泉のUH-1がミニガンの掃射を開始し、 何とか被弾せずにハルヒを物陰に引きずり込んだ。 「おおい! ハルヒ! しっかりしろよ! 目を開けろ!」 俺は自分でもわかるほどに泣き出しそうな声でハルヒに呼びかける。すると、ハルヒは突然ぱっちりと目を開けて、 「あーびっくりした!」 驚きの声を上げた。俺は安堵のあまり全身の力が抜け、 「よかった……無事なんだな。心配させやがって!」 「なに!? さっきから頭の中で除夜の鐘がぐわんぐわん鳴り響いて全然聞こえないんだけど! もっとはっきり大声で言いなさいよ! 聞こえないじゃない!」 至近距離で爆音を浴びたせいだろうか、どうやら耳がおかしくなっているらしい。 俺はまた銃を握ると、 「そんだけ元気があれば十分だって言ったんだよ!」 「やっと聞こえてきた――ってあったりまえでしょ!」 怒鳴り返すハルヒを見る限り、全然無事だなこりゃ。 俺たちは国木田のいた位置まで戻り、また敵に向けて応戦を再開した。しかし、俺たちのちまちました援護なんかより、 古泉のミニガンの方が手っ取り早い。あっという間に民家を破壊しつくして敵を黙らせる。 「よっし、何とか押さえられそうね! 古泉くん様々だわ! これが終わったらSOS団団長代理にまで昇格させようっと」 こんな時までSOS団のことを考えてられるとは大した精神力だ。いや、ひょっとしたら今のハルヒにとって この非常識世界で唯一現実とつなぎあわせを求めているのがSOS団なのかもしれないが。 だが、そんな俺たちの安心感も、前線基地とされるサンハイツの最西端の建物が吹っ飛ばされたと同時に消滅する。 かつてない大爆発で、大地震が起こったんじゃないかと思うほどに地面と建物を揺るがした。 「な、なによなになに!?」 驚きのあまり路上に飛び出しそうになるハルヒを俺が止める。しかし、何だってんだ今の爆発は! 今までの比じゃねえぞ! 古泉のUH-1が状況を確認しに西側に移動する。しばらくして無線連絡が入り、 『まずいですね。原因はわかりませんが西側が木っ端みじんです。かなりの負傷者も出ています。早く救出を』 手短に古泉からの報告を終える。俺はハルヒの元に駆け寄り、 「ハルヒ。とりあえず、俺が西側に行って防御に入る。何人か借りていくぞ、いいな?」 「…………」 ハルヒはしばらく口をへの字にしたまま黙って俺をにらみつけていたが、やがてそっぽを向いて、 「……わ、わかったわよ。でも無理はしないでよ! いいわね!」 ハルヒの許可が下りたので、周辺にいた生徒9名+国木田を集める。 「よし、今から西側に移動するぞ。前線基地の裏側を通ってな」 「了解」 国木田と他生徒の同意の下、俺たちは西側へ移動を開始した。 ◇◇◇◇ 『気をつけてください。北側に広がる空き地には敵が多数潜んでいるようです』 「よし、すまんが空き地の敵を掃討してくれ。それが終わり次第、負傷者の救出に入る」 『わかりました。任せてください』 俺たちは今前線基地の西側にいる。ただし、正面――北側には敵方数潜んでいるので、 前線基地の裏である南側で待機中だ。 最西端の建物は木っ端みじんといっても良いほどに崩れていた。辺りにはここを守っていた生徒の破片――そうだ、 人間の破片ががれきに混じって散らばっている。あまりの凄惨さに吐き気を催しそうになった。 ドルルルルルと耳につく発射音なのか回転音なのかわからない騒音が辺りに響きはじめる。 古泉のミニガンが炸裂をはじめたようだ。 「よし、俺たちも表側に出るぞ」 俺の合図とともに、粉砕されたがれきを乗り越えつつ建物の残骸に身を潜める。 ハルヒのいた前線基地の中間付近とは違い、西側の正面には民家はなく空き地が広がっている。 起伏がそこそこあるために、その陰に敵が潜んでいるようだが、現在古泉がそれを掃討中だ。 起伏に隠れても真上からではいくら隠れても無駄だからな。 俺が残骸の陰から外をのぞこうとしたとき――目に入ったのは、空き地と民家の壁にぴたりと隠れるようにいた 武装トラックだ! しかも、こっちが来るのを待ちかまえていたように12.7mm機関銃を向けていやがる! とっさに頭を引いたとたん、ドドドと12.7mmの乱射が始まった。民家の残骸をさらに細かく粉砕していく。 さらに間髪入れずにRPG7が発射され、残っていた壁の一部が吹っ飛ばされた。 幸いそこには味方の生徒はいなかったが。 「手榴弾だ! 国木田頼む!」 「任せて!」 国木田が思いっきり腕を振って武装トラックに手榴弾を投げつけ、俺もそれに合わせる。 距離が遠いため武装トラックまでは届かなかったが、近距離での爆発にとまどったのか、 一瞬12.7mmの銃口があさっての方に向いた。 「撃て撃て!」 俺の指示で、一斉射撃による反撃開始だ。M16やら5.56mm機関銃MINIMIが一斉に火を噴き、 武装トラックを穴だらけにする。しかし、肝心の12.7mmの射手には当たらずまた銃口がこっちに向けられようとした瞬間、 トラックごと粉砕された。古泉ヘリのミニガンが炸裂したのだ。 『すみません。死角になっていたので気がつきませんでした』 「頼むぜ。お前だけが頼りなんだからな」 古泉に無線で釘を刺すと、俺たちはそこら中に転がっている負傷者の救助を始めた。 しかし、あれだけミニガンで掃射したってのに、まだ空き地からちょろちょろと銃撃してくる奴がいやがるおかげで、 容易には行かない。 「国木田! あとそこの4人! 物陰に隠れながら、俺たちを援護しろ! 敵が見えたら遠慮なく撃ち返せ! 他は負傷者を救助するんだ!」 俺たち救助チームは路上にかけだして、負傷者の回収を開始する。しかし、人間としての原型をとどめている方が 少ない状態だ。しかし、それでも虫の息ながらまだ生存している生徒も何人かいた。 俺はそいつらを担ぎ上げて、民家の残骸の陰に引き込む。 そんな調子で息のある生徒を5人ほど救出できた――いや、まだ戦場のど真ん中だから救出という表現はおかしいか。 古泉ヘリがまたミニガンで掃射を開始した。見ると、空き地の向こう側から数十人の敵が接近しつつある。 それを迎え撃っているようだが…… 「キョンあれ見て!」 国木田が俺の肩を叩き、近くの民家の屋根の上を指さす。そこには3人のシェルエット野郎が UH-1に向けてRPGを構えるとしていた。あれでヘリを攻撃する気か!? しかも古泉のヘリはそいつらにちょうど背を向けるような状態になっていて気がついてねえ! 俺は奴らに向けて銃撃を加えるように指示する一方、古泉に無線をつなぐ。 「おい古泉! 東側の民家の上でお前を狙っている奴がいるぞ!」 『む。それはまずいですね……』 こっちから必死に撃ちまくって阻止しようとするものの、距離が遠いために当たりそうにもない。 もう弾頭を空に向けて今にも発射しそうだ。どうする? 古泉に逃げろと言うか? いや、もう間に合わない…… 「古泉! そこから90度左に旋回してミニガンで吹っ飛ばせ!」 『……そうしましょうか!』 古泉はくるっと機体を90度旋回させる。ちょうどミニガンの目の前に敵があわれる形になり、 一気に掃射を開始する。即座にシェルエット野郎3人を吹っ飛ばしたが、時すでに遅し。 三発のRPGが古泉ヘリに向かって発射された――が、奇跡的にといっても良いだろう。 かろうじて機体を外れてどこかに飛んでいった。 「ぎりぎりかよ……あれを連発されるとまずいんじゃないか?」 『ええ、これでは掃射を行うにも高度をあげる必要がありますね。当然、命中率も下がるので、 無駄弾が増えそうですよ』 古泉はそう言い終えると、UH-1の高度をぐっと上げていった。それで勢いづいたのか、 敵がまた空き地にどんどん入り込んで来やがった。 しばらく、空き地側の敵と俺たちで銃撃戦が続いたが、突然背後でまた大爆発の轟音が鳴り響く。 って、何で背後から聞こえてるんだ!? まさか、また北高へのロケット弾とかでの直接攻撃か!? 俺は無線で学校に連絡を取ろうとするが、向こうはパニックに出もなっているのか、誰も応答しようとしない。 迫る敵に反撃しつつ必死に呼びかけを続けたが、やがて無線機から聞き覚えのある声が流れてきた。 『聞こえる?』 「長門か!? 何かあったのか!?」 『……学校と前線基地をつないでいた橋が爆破された。現在、そっちとは断絶状態』 俺は長門からの報告に絶句する。北高と前線基地の間には一本の小さな川が流れている。 歩いてわたるにはどうって事ないものだが、荷物を持って移動するには一苦労するだろうし、 溝のような構造になっているため、トラックでわたるのは不可能だ。それを唯一つないでいた橋が爆破された。つまり―― 『こちらから物資などの補給を送るのはほぼ無理になった。このままではそちらの弾薬が尽きるのを待つだけ』 「…………」 途方に暮れてしまう。他にルートはないのか? 光陽園学院前に川を渡る橋はあるが、 敵もわざわざ橋を爆破したぐらいだ。そっちからも通れないように何らかの手を打っているだろう。 どうすりゃいい? どうすりゃ―― 『何とかしたい』 そう言い放ったのは長門だ。いつもなら、頼もしい言葉に聞こえるが今の状況じゃ…… 『何とかする。約束する』 長門はそれだけ言い残すと無線を終了させた。ちっ、何だかわからんが、今は長門に期待するしかないのか!? また空き地側からの銃撃が活発になる。俺も反撃に加わって近づく敵を片っ端から銃撃した。 だが、無駄弾は撃てない。何しろ今手持ちの弾がなくなれば、もう何もできなくなってしまうからだ。 敵が増えてきたタイミングで、古泉ヘリからの掃射が始まる。空から学校に戻れるUH-1ならいくら撃っても 補給に戻れるからな。ガンガン撃ち込んでくれ! 古泉ヘリの掃射の間、俺は周りの生徒に発砲を控えるように指示する。とにかく節約だ。 さっきまで遠慮なく撃ちまくっていたのが懐かしいぜ。 この間に国木田が近づいてきて、 「キョン。このままだといずれはやられるのが保証済みだよ」 「わかっているが……だからとって負傷者を見捨てるわけにもいかねえだろ」 俺はちらりと振り返ると、あの大爆発で虫の息にされた生徒たちの方を見る。 呼吸を続けているところを見るとまだまだ生きながらえるはずだ。何としても助けてやりたい。 だがどうする? どうすればいい? 「とにかく徹底抗戦。後は何かが起きるのを待つ。それで良いんじゃない?」 いつものマイペース口調で国木田が言う。全くのんきな奴だ。だが、それしかないか。 ◇◇◇◇ 最西端の防御に入ってから1時間。俺たちはえんえんと北側の空き地から接近してくる敵を撃ち続けた。 その間、何も起きていない。長門からの連絡もない。たまに古泉ヘリが掃射で支援してくれるだけだ。 この間に生徒二人が射殺されていた。残りは9人。だんだん厳しくなりつつある。 「くそ、いつまでこれを続けてりゃいいだよ……」 「指揮官が弱音を吐くと周りに伝染するよ」 国木田はこんな状況でも自分のペースを崩さずに敵めがけて撃ち続けている。 だが、時間が過ぎたことによって一つの問題も発生していた。 『ちょっと悪い知らせです』 古泉から深刻な報告が来やがった。大体想像はつくが。 『ミニガンの残弾が10%を切りました。もう少ししたら学校に補給に戻らなければなりません』 今の状態では古泉の支援がなくなると言うことは、しゃれにならん。 俺は周りの生徒たちに残弾の報告をさせると、マガジン一つ分だけとか、今装填している分だけなんて返ってきているほどだ。 ヘリが去ったとたんに敵は一斉攻撃を仕掛けてくるだろうし、俺たちにそれを迎撃するだけの弾もない。 しかし、このまま上空を飛ばしているだけでは全く意味がないのだ。 『選択肢は二つあります。このまま支援を続けて、なくなり次第学校に補給に戻る。 これはタイミング次第では最悪な展開になるかもしれません。 逆に今の内に敵を徹底的にたたいてから補給に行き、すぐにこっちに戻るという方法もありますが……』 「補給に戻ったとして、何分で俺たちの支援に復帰できる?」 俺の問いかけに、古泉はしばし思案して、 『20分……いや、15分で戻ってみせます』 15分か。なら耐えられるかもしれないな。その後は、またそのときに考えればいい。 「よし、古泉。今あるだけの弾を敵にぶち込んでくれ。終わり次第、即刻補給して戻ってこい。 その間は何とか耐えてみせるさ」 『わかりました。健闘を祈ります』 古泉のUH-1が高度をやや下げ一気にミニガン掃射を開始する。俺たちは近づいてくる敵以外には 発砲を控え終わるのをじっと待った。 やがてミニガンを撃ち尽くした古泉ヘリは、学校側へ方向転換し、 『終わりです。すぐ戻りますので、その間はお願いします』 そう言い残して学校に戻った。俺は生徒全員を見回し、 「よし、古泉が戻るまで何としてでもここを守りきるぞ! 残弾には気をつけろよ!」 檄を飛ばしてまた――その瞬間、俺の右手にいた二人の生徒が崩れ落ちる。射殺されたのだ。 ヘリがいなくなったとたんに二人!? しかも、衛生兵と通信兵だ。よりによって……! 同時にこちら側に浴びせられる銃弾の量が突然増大した。民家の残骸の陰から空き地の様子をうかがうと、 まるでさっきのヘリからの掃射がなかったかのようにシェルエット野郎がこちらに向けて移動してきていた。 一番近い敵はすでに前線基地建物前の路上のすぐそばまで来ている。もうここから10メートルもない距離だ。 いつの間にここまで来やがったんだ!? 俺は必死に敵を追い払おうと撃ちまくったが、すぐに弾切れを起こしてしまう。 あわてて懐から新しいマガジンを取り出し銃に装填する――これが俺の最後の命綱だ。 かなり至近距離での撃ち合いになったおかげで、こっちは物陰から敵の様子をうかがうことすら 難しくなってきた。 ふっと、俺の目線に中を浮く黒い物体が目に入る。柄のついたそれは、俺から少し離れた残骸の陰で 敵と撃ち合っていた4人の生徒たちの足下に落ちた――手榴弾だ! バァンと破裂音が響き、彼らが吹っ飛ぶ。ぼろぞうきんのようにされた彼らは力なくよろけ、地面に倒れ込んだ。 俺は唖然として腕時計で時刻を確認する。まだ古泉が補給に戻ってきてから1分半しか立っていない。 そのわずかな時間で6人がやられた。残りは俺と国木田と後一人――残りの生徒も今銃弾が頭に命中してやられちまった。 ついに俺と国木田の二人だけだ。 国木田はすぐに手榴弾で倒れた生徒たちを救助しようと――と思ったら、息も絶え絶えの彼らを放って、 マガジンやら銃を回収し始めた。俺は反発心と納得が両方とも頭に埋まり、複雑な気分になる。 「ひどいことをしているように見えるかもしれないけど、今は生き残る方が重要だよ。 そのためには使えるものは徹底的に使わないとね」 いつもより少し真剣なまなざしを向ける国木田。そうだな、今俺たちが死んだら、負傷者生徒たちも死ぬことになるんだ。 善意だとか道徳心だとかは乗り切った後で考えればいい。 俺は国木田からマガジンを受け取り銃撃戦を続行する。国木田の的確な射撃のおかげか、 敵が路上を越えることだけは阻止続けた。 ふと、もう1時間は過ぎたんじゃないかと腕時計で時刻を確認すると、まだ古泉が戻ってから8分しか経っていない。 こんな時ばっかり時間が遅くなりやがって! 国木田がマガジンを交換しつつ叫ぶ。 「キョン! これで最後だよ!」 これが国木田の最期の言葉だった。ガガガガとAKが炸裂する音が響いたとたん国木田の身体が崩れ落ちる。 弾丸が顔面に命中したのだ。 「国木田っ!くそっ!」 俺は声をかけるものの、額を撃ち抜かれた国木田はぴくりとも動かない。完全に即死状態だった。 路上を越えようとしていたシェルエット野郎2人を撃ち殺し、すでに息絶えている通信兵から無線を取り出す。 「……ハルヒ聞こえるか?」 『どうしたの!? 何かあった!?』 ――また接近してきた敵を撃ち殺し―― 「国木田がやられた。もう残っているのは俺一人だ」 『……うそ』 唖然とした声を上げるハルヒ。 「何とかできるところまでは粘るつもりだ。もうすぐ古泉が戻ってくるだろうしな。それまではなんとか――」 『キョン!』 せっぱ詰まった声を上げるハルヒ。 『いい!? これは絶対命令よ。拒否なんて許さない。今すぐに川を渡って学校に戻りなさい。 そこをこれ以上守る必要なんてないわ。あの川なら徒歩でも何とか越えられる! だから戻りなさい! そこで出た犠牲の責任は全部あたしが背負うから! だから逃げて! お願い!』 「できるわけねえだろうが、そんなことっ!」 思わず怒鳴りつけてしまう。俺は額を抑えて――また敵がやってきたので撃ち返して追い払う―― 「ここには俺が行くって言ったんだ。それで仲間がついてきてくれた。なのに、その仲間がみんな死んでいるってのに、 俺だけおめおめと逃げ出すなんて絶対に拒否するぞ! 絶対にここから動かないからな!」 『キョン……キョン……!』 ハルヒは悲痛な声で俺のあだ名を呼び続けるだけ。見れば、数十人にふくれあがったシェルエット野郎が次々に こちらに突撃を始めていた。 「ハルヒ。俺からの頼みだ、聞いてくれ」 俺は息を吸い込んでありったけの思いを込めて言う。 「死ぬな。絶対にだ!」 そして、ハルヒからの返答も聞かずに俺は無線機を投げ捨て、路上を越えて突撃してきたシェルエット野郎数人に向けて 乱射する。不意を食らったのか、あっさりと命中していつものようにはじけ飛んだ。だが、続々と後続が接近してくる。 俺はとにかく無我夢中に撃ち続けた。弾が尽きればマガジンを交換し、それもなくなれば別の生徒が持っていた M16に持ち代える。路上を越えてくる敵は、昨日の北山公園の時と同じく突撃バカみたいにつっこんでくるだけだった。 残骸の破片が銃弾を受けて飛び散り、俺の頬を傷つけたがもはや痛みすら感じている暇もなかった。 乱戦の中、自分自身をほめてやりたくなるぐらいに粘っているが、弾は減る一方だ。 ついに今握っているM16が最後となる。これを撃ち尽くせば、俺も終わりだ。手を挙げて降伏しても、 助けてくれそうな敵でもないしな。 また一発また一発と撃ち、敵を打ち倒す。それがついに最後の一発となった瞬間―― 「うっ!?」 最後の一発は発射されなかった。数え間違えていたらしい。敵を真正面にしながら残弾ゼロ。 もう敵はAKをこちらに向けて構えている…… ……終わりか。また学校の部室でハルヒやSOS団の連中と会えれば良いんだが…… 呆然と放心状態に陥りかけていた俺を現実に引き戻したのは、突然目の前に現れたトラックだ。 北高と前線基地に物資を輸送していた大型のトラック。だが――橋が爆破されたって言うのに、 どうしてここにいる? 荷台には武装した生徒たちが乗り込み、空き地から突撃してきていたシェルエット野郎に向けて一斉射撃を始めていた。 同時に上空に古泉ヘリが舞い戻りミニガンの掃射を開始する。 「……助かった……のか?」 「ええもちろん」 呆然とつぶやく俺に言葉を返したのは、トラックの運転席に座っていた喜緑さんだった。昨日見たときとは違い、 セーラー服ではなく、迷彩服に身を包んでいる。 「遅れてすみません。なかなか手こずりました」 「えと……あの、どうやってここに?」 死んだと思ったが、突然現世に復帰したもんだからどうも違和感が抜けない俺。言葉遣いもたどたどしくなっているのが、 自分でもよくわかった。 喜緑さんはいつものにこやかな笑顔を浮かべつつ、 「橋は修復しました。長門さんの努力のたまものです」 「長門が……ってまさか情報ナントカができるようになったのか!?」 俺は歓喜の声を上げそうになるが、残念ながら喜緑さんは否定するように首を振り、 「それはまだです。3つほどの突破口を見つけましたが、そのうち一つを犠牲にして、 橋の修復を行いました。貴重な手段なので、安易に使うのはどうかと思いましたけど、 長門さんにとってあなたを救出できるようにすることが最優先だったようですね」 そうにこやかに喜緑さん。長門……本当に何とかしちまいやがった。すごすぎるよ。 「さて、ここは学校からの予備人員で守ります。今の内に遺体と負傷者をトラックに乗せてください。 それとあなたも。総指揮官からの絶対命令のようですので」 さっきからトラック据え付けの無線機からキーキー聞こえてくるのはハルヒの声か。 どうやら俺に学校に帰れ!と叫んでいるらしい。 ふと、トラックの荷台に載っていた生徒たちの射撃が収まる。空き地方面を見てみると、 敵が後退していくのが見えた。なんだ? どうしてこのタイミングで逃げ出す? 「おそらく予期せぬ情報改変に敵が混乱しているのでしょう」 にこやかに喜緑さんが解説してくれる。何はともあれ、今がチャンスだろう。とっとと負傷者を回収しなけりゃな。 ◇◇◇◇ 「本当に戻るんですか? 命令違反ですが」 負傷者と遺体を載せたトラックが北高へ向けて戻っていく。喜緑さんは最後にそう言っていたが、 俺はハルヒの方に戻ると言って、学校への帰還を拒否した。なあに、命令違反なら今までも散々やっているいまさらだ。 大体、ハルヒも長門も古泉もたぶん朝比奈さんもみんな必死なのに、俺だけ学校に引っ込んでいられるわけもない。 で、ハルヒのところまで戻ると予想通りの反応を見せてくれた。 「あーんーたーはー! 一体どれだけ命令違反を犯せば気が済むわけ!? 逃げろって言っているのに拒否するわ、 学校の守備に行けって言ったらこっちに戻ってくるし! 総大将の命令をなんだと思っているのよ!」 とまあものすごい剣幕で胸ぐらをつかみあげられた。一体どんな腕力をしているんだこいつは。 俺はあたふたと説明しようとするが、胸ぐらをつかみあげられてまともに口がきけるわけもなく、 ただ口をぱくぱくされるぐらいしかできない。ハルヒはひたすらガミガミ怒鳴っていたが、 やがて言いたいことも尽きたのか、俺から手を離し、 「……とにかく! 今後はあたしの命令に従うこと良いわね! 仕方ないから、ここにいてもいいけどさ。 これからはあたしのサポートをしてもらうわよ。どんなときでもあたしのそばにいなさい! 絶対絶対命令だからね!」 そう言ってぷんぷんしながら去っていった――ってどこに行くんだあいつは。 しかし、よくもまあ乗り切ったものだと自分で自分に感心する。普段の俺なら絶対に精神的におかしくなっていただろうが、 これも仕組んだ奴が頭をいじくったせいということにしておこう。だが。 俺はふとハルヒの背中を見る。長門と古泉の予測ではハルヒは何の人格調整も受けていないと言っていた。 なら、あいつは普段の精神状態のままこの地獄のような世界で指揮官なんて言う役割を演じている。 その両肩にかかっている重圧や責任感はどれだけのものなのだろうか。 そして、ハルヒは一体どんな思いでそれを背負っているのだろう。俺はハルヒの背中を見ながらそんなことを思った。 ~~その6へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2694.html
『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―1日目― 掃除当番で遅れるハルヒを後ろに、俺はいつもどおり部室へと足を運ぶ。 朝比奈さんのエンジェルボイスを期待しつつ、ドアをノックすると、 「はい、どうぞ」 忌々しいことに部屋の中に居たのは古泉だけだった。 「お前だけか……。長門もいないみたいだな」 「長門さんなら少しコンピュータ研の方に行くと言っていましたよ」 なるほどな。なら朝比奈さんが来るまでこいつと二人っきりってことか……。 「で?何をそんなにニヤニヤしてやがるんだ?」 何故だかわからないが古泉がいつもの三割増しといったにやけづらを浮かべている。 「いえ、いつもどおりだと思いますが?」 そうかい。だといいんだがな。 「ところで、これでも召し上がりますか?」 そう言って古泉はなんだか妙に高そうなプリンを差し出してきた。 なんだ?まさか毒でも入ってるんじゃないだろうな?勘弁してくれよ。 「いえいえ、そんなことはありません。美味しいと思いますよ。どうぞ」 まぁくれるっていうんだからありがたく頂くとするか。まさかこれのせいでやっかいごとを頼まれたりしないだろうな? それにしてもこれはうまいな。 高そうな見た目に合ううまさだ。これならいくらでも食べれそうな気がするぜ。 「それにしても古泉、お前こんなのわざわざ持って来たのか?」 「いえ、それはそこの冷蔵――」 バタンッ!! いつものように凄まじい勢いで部室のドアが開かれる。 だからもっと丁寧に開けろといつも言ってるってのに聞きやしねえ。 「あら、二人だけ?有希もみくるちゃんもまだなのね。……って!」 ん?なんだ? 何故だか知らないが凄まじい顔でハルヒがこっちを見ている。って、怒ってる!? 「あんた……なにあたしのプリン勝手に食べてんのよ!それ手に入れるの苦労したのよ!」 って、え?これハルヒのかよ。 「え、いや、こ、これは、古泉がくれたんだ、よ」 と、古泉の方に目を向けるとさらにニヤニヤしてやがる。まさか……? 「ほんとなの!?古泉くん?」 「いえ、僕も今来たところなので。部屋に入ると彼はもう食べてました」 いや!ちょっ!?……おいおい!?まじかよ。こいつ裏切りやがった! いや、ひょっとするとはなからこのつもりだったのか?ハメやがったな、このやろう! 「古泉くんもこういってるわよ。どうやらあんたにはお仕置きが必要なようね……。どうしてやろうかしら?」 「あ、そういえばこの近所に新しくケーキ屋ができたようで、そこのプリンは絶品とのことですよ」 「そうなの?じゃあ今からそこ行くわよ!もちろんあんたのおごりね。古泉くん、あとまかせたわ」 「やれやれ……って、わかったわかった。だからネクタイを引っ張るなって!」 「うっさい!さっさと行くわよ」 そうしてハルヒに引きずられて、ケーキ屋に向かうことに。 部屋を出るとき後ろから、「……計算どおり」と、密かに聴こえたような気がしたがおそらく気のせいだろう。 くそ、古泉め、覚えてやがれ。 ◇◇◇◇◇ 『涼宮ハルヒのプリン騒動』 ―1日目(裏)― 「と、まぁこんな感じですね」 「さすが古泉くん、演技じょうずですねぇ」 「ご苦労さま」 「それにしても僕がとぼけたときの彼の顔はとても愉快でした。吹き出すのを我慢するのが大変でしたよ」 「ですよねぇ。私も思わず笑っちゃいました。長門さんなんて爆笑してましたよ」 「……爆笑まではしてない」 「まぁ楽しんでもらえて何よりです。……おや、お二人が店内に入られたようですよ」 『へぇ、けっこう綺麗なお店ね』 『ばか、お前声がでかいっての。恥ずかしいな……』 『あんたこそうるさいわよ』 「……いきなりケンカしてますねぇ。これでだいじょうぶなんですかぁ?」 「まぁなんとかなるでしょう。おそらく」 『じゃああたしはこれにしよっと』 『ほう、うまそうだな。じゃあ俺は――』 『え?あんたも食べるの?さっきあたしのプリン食べたでしょ!』 『いいじゃねぇか。それともお前が食べるのを眺めてろとでも言うのか?……それもいいか』 『な、何を変なこと言ってんのよ!……仕方ないからあんたも食べていいわよ』 『ありがとよ。じゃあ俺が持ってくから席の方よろしくな』 『あ、あら、気が利くのね。頼んだわ』 「少しいい空気になってきたようですね。まだ少しばかりぎこちないですが」 「それにしてもどのプリンもおいしそうですねぇ」 「右から二番目のプリンが一番おいしい」 「へぇぇ、そうなんですかぁ。……って、長門さん全部食べたんですかぁ?」 「食べた。下調べは重要」 「そ、そうですかぁ。……あんまり関係ないような気もしますけど」 『このプリンおいしいわ!あんまり高くないのに』 『そうだな。これもうまいぜ?食べてみるか?』 『そう?じゃあありがたく頂くわ。……へぇ、これもおいしいわね』 『だろ?あ、それもう全部食べていいぜ』 『ほんとに?もう返さないわよ』 『ああ、いいぜ。今日お前のプリン食べちまったからな。悪かったな。……古泉のせいなんだが』 『いいわ。こうやっておごってもらってるし。きっと古泉くんもここまで計算してたのよ』 「おっしゃるとおりです」 『どうだかな。ただ俺に嫌がらせして楽しんでるだけじゃないのか?』 「おっしゃるとおりです」 『まぁこのぐらいならいいんだがな。……ハルヒと二人っきりだし』 『ん?何か言った?』 『い、いや、なんでもない。……あ、ちょっとトイレ行ってくる』 「あ、キョンくんが席を立ちましたぁ。涼宮さんが一人になりましたよ」 「それでは店員にあれを渡させましょう」 『店員さんに渡されたけど、何かしら?……へ、へぇ。こんなのあるんだ』 「やはり気になっているようですね」 「狙いどおり」 『どうしよう。いきなりこんなのやってだいじょうぶかしら?……でも……』 「あ、涼宮さん、すごい顔が赤くなってるみたいですぅ」 「思うつぼ」 「おっと、彼が帰って来ましたね」 『ん?おい、どうしたんだ、ハルヒ?大丈夫か?』 『な、なんでもないわ。大丈夫よ。気にしないで』 『ならいいが。無理はするなよ』 「キョンくん優しいですねぇ」 『あんた、ちょっとここで待ってて』 『ん?構わないが。どうした?』 『なんでもないわ。待ってなさい』 「涼宮ハルヒが動き出した」 「店員さんのところに行くみたいですねぇ」 『これって今日もやってるんですか?』 『はい、本日も承っております。ご希望ですか?』 『そうなんですけど、……今は二人なんで後で出直してきても構いませんか?』 『はい、もちろんです。お待ちしております』 「……コンプリート」 「どうやらうまくいったようですね。僕も明日が待ち遠しいです」 『で、なんだったんだ?』 『なんでもないわ。あんたは気にしなくていいのよ』 「あ、お二人がもう出るみたいですよぉ?」 「さすが涼宮さんですね。思い立ったらすぐ行動ですか」 「じゃあ私たちも今日は解散ってことにしますかぁ?」 「そうですね。それではまた明日」 「明日」 プリン騒動1日目 ―完― ―2日目―へ続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3264.html
だんだんあの嫌な暑苦しさも徐々に消えてきて、もうそろそろ秋の到来を感じさせる季節…でもないが、中々涼しい。 まぁ俺が言いたい事はいつもの変わらない日常生活を送っているという事だ。…非日常的ではあるがな。 俺がいつものように見慣れた部室の戸を開けようとすると、中からもんのすごい奇声が聞こえてきた。 「ひ、ひぇぇぇぇぇえええええー!!!!!!!!」 俺は反射的に部室の戸を開ける。メイド服に着替え中の朝比奈さんが迎えてくれた。 だが様子がおかしい。何かあたふたしている。 「キョ、キョンくんっ!見ないでぇ~!!」 俺は慌てて朝比奈さんの発言が終わる前に部室から出た。赤面し、尚且つあたふたして混乱している朝比奈さん…まずい、鼻血が出そうだ。 少しの静寂の時間の後、弱弱しい声が聞こえてきた。 「入っていいですよぉ~…」 「あ、はい。」 いつもの朝比奈さんのメイド服。特に変わった様子はもう見られないが…さっきの奇声はなんだったんだ? 10分も経たない内に次々と他の団員が入ってきた。ハルヒは何故かニヤニヤしていたな… 「みくるちゃん!どうだった!?」 「ふ、ふぇ?何の事ですかぁ…?」 「いや、いいのよ!そんな事より新しい靴を新調したの!みくるちゃんに似合うかしら?」 靴を新調…?一体何故。またよからぬ事を考えてなければいいが… 「さあみくるちゃん、履くのよ!」 「は、はあ…。」 朝比奈さんが怪しい靴を履いたと同時にさっきと同じ奇声が部室中にこだました。 「ひ、ひぇぇぇぇぇえええええー!!!!!!!!」 『カシャッ、カシャッ!!』 「いいわよ、みくるちゃん!もっと喘ぎなさい!!」 「また画鋲がぁぁー!!」 「おいハルヒ――」 「――何をしているのです!!涼宮さん!!」 …俺が言おうとしていた言葉を古泉が代役して言ってくれた。 「何って、みくるちゃんの痛がってる写真を撮ってるのよ。最近刺激が足りないと思ってたのよね~。」 「朝比奈さんを玩具のようにして楽しいのですか!?」 古泉の様子がおかしい。いつものスマイルが嘘かのように眉間にシワを寄せている。 「な、何よ古泉くん!団長にそんな口答えしていいと思ってるの!?」 「いい加減にしてください!そんな目的の為に彼女を足を傷つけるなんて!!」 「そんなにみくるちゃんが大切ならみくるちゃんと一緒に出て行きなさいよ!!」 神人と超能力者の口喧嘩…果たして、勝敗の行方は!?って、こんな事を悠長に言ってる場合ではない。誰かが止めないとどんどんエスカレートしていくぞ。 俺は長門にSOSの視線を当てたが、長門はすっかり本に見入っている。朝比奈さんは呆然と2人の口喧嘩を見ているし…やはり俺しか居ないのか! 「だいたいあなたは何処まで我侭なんですか!」 「まぁ待て古泉。お前の気持ちは痛い程よく分かる。だがここは落ち着いて」 「これが落ち着いていられますか!」 「しかしだな。」 「少し黙っててください!」 すいません、朝比奈さん…正直これ、止まりません。ストレスを…持て余す。 「もういいわ!!もう古泉くんとは口を聞かないから!フンッ!」 団長様は席にどっすりと座ってそっぽを向いてしまった。頬には雫が流れているように見えるのは気のせいだろうか。 しかしらしくないな…古泉の奴。堪忍袋の尾が切れた、というやつだろうか? するとすぐに古泉の携帯が鳴る。例の空間が出現したか。 「ハハハ、酷い醜態を見せてしまいましたね。では僕はこれで失礼します。」 「朝比奈さんの足は俺が絆創膏でも貼っといてやるよ。」 「ありがとうございます。」 そして下校時。あの時はSOS団はどうなるかと思ってひやひやしたね。 だがその不安はある光景によって一瞬で消し去られた。 俺の目の前には、素直にハルヒに謝っている古泉の姿があったんだもんな。 少し照れくさくスネているハルヒの顔を見るとハルヒも許している様子。可愛いな、あの顔。 その日をきっかけにハルヒと古泉が一緒に帰るようになった。正直羨ましい。 一般的に言うと、『付き合っている』のだ。『デキている』のだ。『カップル』なのだ。 しつこいな俺…少し嫉妬心があるのかもしれない。 ハルヒと付き合うとはなんと生意気な奴…!古泉のくせに…!! end
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1871.html
涼宮ハルヒの冒険(仮) プロローグ 第一章 第二章 第三章 おまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1068.html
前線基地に向かうトラックを激しい爆発音が揺さぶる。突入前の準備として、学校の砲撃隊が北山公園の植物園に 120mm迫撃砲による徹底した砲撃を行っているのだ。空気を切り裂くような音が頭上をかすめるたびに 身震いを覚える。あれに当たれば、身体が傷つくどころか粉々に吹っ飛ぶんだろうな。 そんな中、前線基地に到着し、古泉小隊と鶴屋さん小隊の入れ替えが始まる。 「やあっ! キョンくん! また、会えてうれしいよっ! これから一緒にめがっさがんばろうね!」 鶴屋さんのテンションの高さは相変わらずだ。そんな彼女にハルヒも満足げのようである。 てきぱきとしたハルヒの指示により、2分とかからずに入れ替えが完了し、 「さて! いよいよ突入よ! 気を引き締めなさい!」 ハルヒの声が合図となり、またトラックが動き始める。 植物園が近くなるにつれて、爆発音が激しくなってきた。激しい土煙が植物園を覆っている。 その中、俺たちはついに北山公園内の植物園に突入した。同時に砲撃も停止する。 先行するトラックに乗っていたハルヒは一目散にトラックから降りると、 「行け行け行け!」 そう他の連中に降りるように指示を出し、自身はM16を抱えてそこら中めがけて乱射を始める。 ハルヒの配下の生徒たちもそれに習うように、トラックから降り乱射を始めた。辺りに広がる森、建物に向かって。 俺も遅れまいと、次々にトラックから自分の小隊を降ろし始める。鶴屋さんも同様だ。 2~3分だろうか。そのまま、乱射が続いたが、やがてハルヒが右手を挙げた。どうやら、撃ち方やめという意味のようだ。 俺も周りに乱射をやめさせる。ほどなくして、乱射が収まり、辺りに静寂が戻った。しかし、銃声音が頭の中に残って うっとうしいことこの上ない。 「何にもねえな……」 俺は思わず声に出してしまったが、これは予想外だった。当然、激しい抵抗があるものと思っていたが、 すんなりと突入に成功し、さらに敵の一人すらいない。どういうことだ? みんな地面に伏せて銃を構えている中、ハルヒだけは仁王立ちのように突っ立っていた。あのバカ、狙撃されたらどうするんだ。 「国木田。俺はハルヒのところに行ってくる。ここを頼む」 「了解」 俺は国木田の肩を叩くと、前屈みでハルヒの元に走った。同じタイミングで鶴屋さんもやってくる。 「どういうことなの? まるっきり抵抗がないなんて張り合いなさ過ぎ」 「何でも良いから少しは身を低くしろ、おまえは」 そう俺は脳天気なことを言っているハルヒの迷彩服をつかみ、無理矢理屈みさせた。 「さ~て、ハルにゃん、これからどうするにょろ?」 鶴屋さんの問いかけにハルヒは真剣に悩み始める。確かに、これはおかしい。やはり古泉の言うとおり罠だったのか? だが、敵は俺たちに考える余地を与えるつもりはないようだ。数発の爆発音が北高の方から飛んできた。 すぐ近くにいた通信機を持った生徒をハルヒは呼び、 「有希!? 何かあったの!?」 『前回と同じ攻撃を受けた。数発だけで、損害は軽微』 的確な長門の返事にハルヒは安堵した表情を見せる。だが、またすぐに苦渋に満ちた表情に戻り、 「罠だろうが何だろうが、あれの攻撃方法をつぶさない限り、あたしたちに勝ち目はないわ。予定通りに行きましょう。 鶴屋さんはロケット弾発射地点と思われる北山公園南部をお願い。キョンは北側ね。とっとと制圧したら鶴屋さんの援護に 向かうこと! いいわね!」 話し合いはここまでだ。俺は自分の小隊まで戻る。 「よっし、俺の小隊はこれから公園北部に行くぞ。前進しろ」 俺の指示の元、小隊は北部へ移動を開始した。鶴屋さんも南部に移動を始める。とにかく、とっとと北部をつぶして、 鶴屋さんの援護に向かわねばならん。 ◇◇◇◇ 「なあ、キョン」 林の中をじりじりと北部へ移動する最中に谷口が気の弱そうな声で聞いてきた。 「なんで散策用の道をつかわねえんだよ。歩きにくくてたまんねえ」 「おまえは待ち伏せされて、皆殺しにされたいのか?」 そう谷口の意見を一蹴する。北山公園は公園だけあって何本かの道があるが、当然敵がいるなら、 やすやすと通してくれることはないだろう。それに見通しが良すぎて狙い撃ちにされてはたまらん。 そばにいた国木田もあきれたように、 「谷口は結構貧弱なんだね」 「うるせえ。戦争するための訓練なんてやっているわけがねえだろうが。はっきり言ってこれは無駄な浪費だぜ。 あー、この体力をナンパにまわしてぇな」 「おまえが黙れ」 黙々と俺についてくる小隊の中で、ただ一人ピーピー文句を言う谷口を黙らせる。 ただ、薄暗い森の中、おまけにどこに敵が潜んでいるかわからない状況では、谷口の普通っぷりが かえって俺に安堵感を与えているのは事実だ。 と、国木田が突然真剣な目つきで銃を構えた。さらに一斉に周りの生徒たちも構え始める。 呆然としていたのは俺と谷口だけだったが、目の前の木々の隙間に何かがいることに気がつくと、 あわてて構えた。 隠れていたのは、鶴屋さんの行ったとおり真っ黒なシェルエットのような人間?だった。 腰にAKらしき銃を抱えているが、こちらには向けていない。 「おい、キョン……! とっとと撃とうぜ……」 今にも泣き出しそうな声で谷口が言う。どうする? 撃ってしまって良いのか? それとも捕まえるべきか? だが、俺が迷っている間にそいつはとっとと逃げ出しやがった。全力で地面の悪さも気にせず、 一目散に北に向かって失踪する。 「くそ! 逃がすな!」 ミスをしてしまった。偵察兵かもしれないのに、ここで見逃せば俺たちの位置が敵の主力に伝わり、 攻撃されるかもしれない。そうなる前に……! 「キョン、待って!」 国木田の制止も聞かずに、俺は一目散に逃げるシェルエット人間を追いかけ始めた。 小隊全員も俺について走り出す。 逃げる奴は姿が真っ黒というだけで、全く人間と同じような走り方をしていた。 草を手ではねのけ、溝を跳び越え、ばたばたと足音を発しながら逃げていく。 「もう少し……!」 もうちょっと追いついたら、奴を背中から撃ってやる。それで仕留められるはずだ。 だが、先に発砲したのは俺じゃなかった。タンタンと乾いた破裂音の次に、バスっと二度と忘れないんじゃないかという いやな音が背後から飛んできた。俺は立ち止まって振り返ると、そこには通信機を背負っていた阪中が倒れていた。 頭部から出血までしている。撃たれたのは確実だった。 「キョン! まずいよ!」 国木田がそばにいて切迫した声を上げた。前からは逃げていた敵と入れ替わるように、 銃を手にした数人の敵がこっちに向かって来ていた。さらに左右からも銃撃が始まる。 「阪中から無線機を!」 俺は身近にいた生徒に無線機を取るように伝える。阪中がやられた以上、別の誰かに持たせないと―― だが、すぐにその生徒も胸を撃ち抜かれた。血しぶきと肉片が飛び散った光景は当分忘れないだろう。 「おいキョン! どうするんだよ!」 谷口はひたすらおろおろして持っているM60を撃ちもしない。代わりに周りの生徒たちがおのおの敵に向けて反撃を始めた。 俺もそれに続くように迫るシェルエット人間に向けて発砲を始める。だが―― 「だめだ……!」 敵がどんどん増えて、数人どころか数十人にふくれあがったのを見れば、つい絶望もしたくなる。 やはり古泉の言うとおり、鶴屋さん小隊を襲撃した連中はただのおとりで、本隊が北部に陣取ってやがったんだ。 そして、俺たちはまんまと誘い込まれてしまっている。そう考えたとたん、自然と身体が引き返せと悲鳴を上げ始めた。 「後退しよう! 負傷者を連れて行け!」 撃たれて倒れている阪中たちを別の生徒たちが引きずり始めた。俺はそれをカバーするように 迫る敵に向けて撃ちまくる。そのうち一発が敵に命中し、まるで液体が始めるように飛び散って消滅した。 確かに鶴屋さんの言うとおり、まるでゲームの敵を撃ったぐらいの感覚にしかならない。 俺たちはそのまま数十メートル後退する。その間にまた一人の生徒が肩を撃たれた。これで3人目だ。 「下がれ下がれ!」 俺はわめくように指示を出す。だが、今度は二人の生徒が背後から撃たれた。そう背後からだ。間違いない。 なんで俺たちが通ってきた方から銃弾が飛んでくる!? 「後ろにも敵がいるよ!」 「どーするんだよ、囲まれちまっているぞ!」 未だに健在な国木田と谷口が大声を上げた。まずい。やばい。どうすりゃいいんだ!? 「伏せるんだ! みんな、伏せろ!」 思ってもいない声が俺の口から飛び出した。一斉に全生徒が茂みに隠れるように地面に伏せた。 すぐ頭上に弾がヒュンヒュンとかすめていく。もう一歩遅かったら蜂の巣立ったかもしれん。 背面の敵はこっちを狙撃するように動かずに撃ってきているが、前面――北側の敵は遠慮なくつっこんできていた。 このままでは皆殺しにされる。 「谷口! M60をこっちに置け!」 俺の指示に谷口は俺のすぐ横にM60を置いて撃ちまくり始めた。 「このやろ! 死ね! くるんじゃねえ!」 情けない声を上げつつも、突撃してくる敵に次々と命中し、黒い影が飛び散りまくる。 一方、俺の背後では国木田が小隊の背後にいる敵に対処していた。 「手榴弾を投げるよ!」 ピンの抜かれた手榴弾が宙を舞い、背後の敵を吹き飛ばした。同時に銃撃が収まったのをみると、 背後にいた奴は仕留められたらしい。さらに、前面から突撃してきた敵はM60の乱射を恐れたのか、 じりじりとこちらの視界外に引き始めた。何とか急場をしのげたようだな。 だが、国木田はほっとする様子もなく、俺の元に駆け寄って、 「キョン! のんびりしている場合じゃないよ! 第2波が来る前に砲撃の支援要請をしないと!」 くそ、国木田の方が指揮官みたいじゃないか。今からでも変わってくれないか? いや、そんなことはどうでもいい。 俺は引きずられてきてぴくりともしない阪中から無線機を取ると、ハルヒに――いや、そんな暇はない。 長門に直接指示しないと! 「長門! 聞こえるか!」 『聞こえている』 通信機は無事のようだ。俺は胸ポケットから地図を取り出すと、 「今から言う座標に向けて砲撃を頼む!」 俺は俺たち周辺の座標を伝えると、 『わかった。砲撃を開始する』 「ああ、頼む! こっちは包囲されて孤立状態だ!」 通信を終えたときに、ちらりと阪中の目が俺の視界に入った。 地面に突っ伏したまま、けっして瞬きしない。もう死んでいる…… ――あのね、お願いがあるんだけど。 ――涼宮さん、誘ってほしいんだけどね。 ――球技大会。だって、涼宮さん、すごいスポーツ万能じゃない。 前日、あった阪中との会話が脳裏にフラッシュバックしたとたん、俺は胃のものをすべてリバースしてしまいそうになった。 何とかぎりぎりのところで押さえ込んだが、全身に走る悪寒と鳥肌はやみそうになかった。 何を悩んでいる? 俺があのときとっとと逃げる敵を撃っておけばこんなことにはならなかっただろ? でも、これはゲームだ。仕掛けたものの言うとおりに勝てばいいじゃないか。そうすれば元通りさ。 大体、この阪中が俺の知っている阪中とは別人かもしれない。だから、罪悪感なんて持つことはない。 持つことなんてないって言っているだろうが! 「――キョン! 大丈夫!? しっかりして!」 いつの間にやら国木田が俺の肩をさすっていた。全身汗だらけになっていることにも気がつく。気色わりい。 「あ、ああ、大丈夫だ――大丈夫……」 のどからひねり出される俺の言葉を聞けば、誰も大丈夫じゃないとわかるだろう。しっかりしろ、俺! 今までだって、朝倉にナイフで刺されたり、朝倉にナイフでぐりぐりされただろうが! 「ああああっ! キョン、また敵がこっちに近づいてきたぞ!」 谷口の悲鳴とともにまたM60が火を吹き始める。見れば、また懲りもせず前方からシェルエット軍団が 突撃を敢行し始めていた。当然、銃を乱射しながらだ。 しかし、ここで長門のきわめて正確な砲撃が始まった。シャァァァという空気を切り裂くような音とともに、 俺たちの周囲が次々と吹き飛び始める。轟音で耳の鼓膜がはじけそうになった。 「撃ち方やめ! 撃ち方やめ! おい谷口! やめろっていってんだろ! 弾を無駄にするな!」 こっち大火力で突撃して来る敵はほとんど吹き飛び、俺たちのところに到達できる奴は一人もいなかった。 ならば、こっちはしばらく見物していた方が良い。 「今の内に負傷者の手当をするんだ! 残りは残弾の数を数えておけ!」 その間、徹底的な砲撃を受けた敵はさすがに堪えたらしい。次々と北側に引いていくのが確認できた。 頼むからもう来ないでくれよ。 俺はまた長門に――すまん、阪中。また借りるぞ――連絡して砲撃を停止させる。 続いてハルヒに連絡だ。 「おい、ハルヒ聞こえるか?」 『何よ、こんなときに! こっちは大騒ぎよ!』 返ってきたハルヒの声は、植物園がどんな状況かすぐにわかるようなものだった。無線機越しに、 銃声音やら爆発音がひっきりなしに飛び込んでくる。 『敵よ敵! 辺り一面囲まれているわ! 鶴屋さんも同じみたい! 完全にしてやられたわ!』 ああ、また撃たれた! 衛生兵! そっちで怪我した人を見てやって! 古泉くんの部隊はまだ来ないの!?と 俺に向けてではない声も入ってくる。やばい。ハルヒの方も襲撃されているのか。さらに鶴屋さんもだと? 学校まで攻撃されている訳じゃないだろうな? 『それは大丈夫だって有希が言っていたわ! 今のところ、戦闘が起こっているのは北山公園内だけみたい!』 そうか、それなら当面は俺たちだけの問題だ。 「こっちも囲まれて数人がやられたが、長門の砲撃で何とか撃退できたようだ。 あと、鶴屋さんが言っていた20人ぐらいはとっくに倒しているが、まだまだ敵がいそうだ。 これじゃ、いくらやってもきりがないぞ。これからどうすりゃいい?」 『とにかく、古泉くんの言ったとおり罠だったんだから、引き上げるのよ! だから、早く戻ってきなさい!』 明確でわかりやすい。短絡的とも言えるが、今はありがたかった。 俺は国木田と谷口を呼びつけ――なんだかんだでこいつらが一番話しやすい――、 「おい、植物園まで戻るぞ。今すぐにだ。無線機を誰かに持たせないとな」 「負傷者は?」 国木田の言葉に俺は即答する。 「決まっているだろ。引きずってでも連れて行く」 「なら、死んじゃった人は? すでに4人死んでいるよ」 続いて飛んできた質問に俺は息をのんだ。辺りを見回すとけが人5名、死者4名の状態だった。 なら、無事な生徒は残り21人。けが人だけなら運べないこともないだろうが、死者を含めると、 ほとんど運ぶだけで部隊全体がいっぱいいっぱいになる。 俺はもう冷たくなりつつある阪中を見る。そして、 「死んだ奴はおいていく。落ち着いたらあとで戻って回収する。場所はきちんと地図に記してな。 戻ってこれるのかなんていうな。絶対にだ」 俺の声に反論する奴はいなかった。なんて薄情な奴だなんて言わないでくれ。 今は生きている奴を助けるだけで精一杯なんだ。 俺は無線機に向かって、 「ハルヒ。これから俺たちはそっちに戻る。時間はかかるだろうが、努力はするぞ」 『キョン! 戻ってこれそうなの!?』 「わからんが、やれることはやるつもりだ」 できるとは言えなかった。情けない。俺がこんなにだめな奴だったとは、正直ショックだ。 『……キョン。これだけは言っておくわ』 ハルヒの決意じみた声。そして、続く。 『こっちもひどいけど、絶対にあんたたちを見捨てない。どんな手を使ってもここを死守するわ。 逃げない。約束する。だから――』 俺にはハルヒが次に何を言うか、予測できた。だから、無線機を小隊の生徒たちに向けた。 『全員帰って来いっ! 絶対に!』 ◇◇◇◇ 俺たちはじりじりと慎重に植物園に向けて移動を始めていた。途中、何度も襲撃を受けたが、 その度に長門からの支援砲撃を要請し、ある時は谷口や他の生徒たちの活躍で撃退することができていた。 しかし、来た道とは違い、帰りはとんでもなく時間を食ってしまっていた。もうすでに12時を越えようとしている。 さらに、移動の間に負傷者が死者に変わり、また新たな負傷者が発生していた。すでに半数以上が負傷、あるいは死亡している。 「またさっきの負傷者が……」 国木田が沈痛な表情で報告に来た。これで死者は13名になった。置き去りにした生徒と言ってもいい。 大丈夫。これはゲームだ。勝てば元通り元通り…… そう俺は自分に暗示をかける。俺には生徒の死を受け入れるような頑強で器の広い心なんて持っていない。 だから、死者が増えるたびに自分に暗示をかけるようにこの言葉をつぶやき続けた。 でなけりゃ、無能な自分が許せなくなるからだ。 「あと、100メートルぐらいだろ。とっとと走っていこうぜ!」 目前まで迫った植物園に俄然焦り始めたのは、唯一の普通人、谷口だ。弱気な言動が多いのに、 なんだかんだでこいつのM60には助けられっぱなしだが。 「まあ、焦ることはないと思うよ。もうちょっとでつくんだからさ」 「そうだな。今まで通りのペースで行くぞ」 俺たちは移動を開始する。確かにもうゴールは目の前だから、はやる気持ちが沸々と俺の頭にも沸いてきた。 だが、敵もそれを阻止しようと必死だ。シェルエット野郎が数名襲ってきた。 「俺がしんがりをつとめる! 先に行け!」 もともと銃の扱いは頭の中にたたき込まれていたが、ここに来ていい加減慣れてきたのだろうか。 俺の射撃の命中率もかなり上がっていた。もっとも敵が物陰にも隠れようとせず、 ひたすら銃を乱射しながら突撃というワンパターンなため、簡単に命中させられているだけなんだが。 また、数名をシェルエットを飛散させると、先行して移動した小隊に戻る。見れば、植物園の建物が 木々の隙間から見えるほどまでに近づいていた。 「ここで、きちんとどこから戻るか伝えておいた方が良いよ。間違って攻撃されるかもしれないしね」 相変わらず冷静な国木田のアドバイスが飛ぶ。こいつとは腐れ縁みたいなものだが、こんなことが得意だった覚えはない。 俺たちと同じように相当頭の中をいじられているようだな。 俺は無線を持たせた生徒から無線機を受け取ると、 「ハルヒ。もうすぐそばまで戻ってきたぞ。北側から植物園に入る。間違って銃撃しないでくれよ」 『わかったわ。そこを守っているのは古泉くんだから、伝えておく』 なんだ。結局古泉もこっちに来ているのか。結局総動員だな。 「よし移動するぞ。もう少しだからな」 「ひゃっほう! これでうっとうしい森の中からおさらばだぜ!」 俄然やる気を取り戻した谷口に笑顔が戻る。まあ、それで終わりって訳じゃないが、 こんなところにいるよりかは幾分かマシだろうな。 木々を分けて移動を開始する。数メートル進むと、森との境に陣取っている古泉の小隊が見えた。 向こうもこっちに気がついたらしい。右手を挙げて、来てくださいと合図している。 その刹那、俺は右手に一人だけのシェルエット野郎がいることに気がついた。 向こうは目がないので、視線があることはないだろうが、俺ははっきりと悟った。今にもその構えたAKから弾丸が撃たれ、 俺に命中すると。 だが、ここで偶然なことが起こった。そうこれは偶然だ。突然、うきうき足で走る谷口が俺と敵の間に割り込んで来たんだから。 「谷口っ――!」 越えも間に合わず、俺の縦になるように谷口の上半身に2発の弾が命中した。貫通した弾はぎりぎりのところで 俺には当たらず背後に去っていった。まるで一連の事がスローモーションのようにはっきりと見えた。 そう、谷口が撃たれたのだ。 谷口を撃ったバカ野郎はすぐに国木田が始末した。俺はそんなことにかまわず谷口を引きずり、 古泉の部隊の場所に連れ込む。とにかく、古泉との再会は後回しだ! 「おい谷口! 大丈夫か! しっかりしろよおい!」 痛みのためか、谷口はうなるだけだった。ちくしょう! やっとここまで戻って来れたってのに! 「キョン、また敵が攻撃をしてきた。ここじゃまずい。ここは僕らが食い止めるから、谷口を涼宮さんのところへ」 俺の隣に飛び込んできた国木田がそううなずく。少し離れたところにいた古泉も任せてくださいと いつものスマイル声で言ってきた。すまねえ! 俺は谷口を背負うと、全力でハルヒの元に向かった。とにかく、トラックに乗せて学校に戻してやりたい。 そうすれば、きっと助かる。助かるに決まっているさ! 「へへっ、思ったより痛くないもんだな……」 背中から谷口の声が俺の耳に届く。 「痛いだろ。もうちょっとの辛抱だ! だからがんばれ!」 「痛くねえよ……ただ、あつくてたまらないけどな」 俺の背中にだらだらと血がしみこんでくるのがはっきりとわかった。もう痛みすら認識できないのか。 こんな中で、今まで俺がごまかし続けてきた言葉が浮かぶ。これはゲームなんだ。勝てばいい。勝てば元通り。 この世界で誰かが死んでも大したことはない―― 「そんなわけねえだろうが!」 俺は言うまいと思っていた言葉を口にしてしまった。ゲームだろうが何だろうが、谷口は今まさに死のうとしている。 これが現実だ。いまはっきりと起こっていることなんだよ! 何をどういっても否定のしようがないんだよ! 「キョン、俺がんばったよな。何度もお前を助けたし……」 「ああっ! おまえはすげえよ。何度もみんなを助けたんだ。誇りに思っていい!」 「これであの子も俺を見直すだろうな。振ったことを後悔させてやるぜ……」 「そうだな! だから、もう少しだ!」 もう俺は泣き出しそうだった。むしろ、どうして泣き出さないのか不思議なくらいだった。 「頼むぜキョン、ここでの俺は勇敢だったってみんなに伝えてくれよ……」 「自分で広めればいいだろ! そんな弱気なのこと言うな! 死ぬな死ぬな死ぬな!」 俺の必死の呼びかけにも関わらず、谷口がそれ以降言葉を発することはなかった。 ◇◇◇◇ 「キョン、谷口の遺体は学校に向けて搬送したわ……」 「……そうか。ありがとな、ハルヒ」 俺は声をかけてくれたハルヒに振り返りもせず、呆然と植物園の入り口付近に座り込んでいた。 谷口は結局死んでしまった。同時に俺の肩に14人分の死の乗りかかってきてしまった。 もはや、罪悪感を越えて、どうでもいいほどの放心状態だ。 しかし、一方で今後ろにいる人間に対する黒い感情が少しずつ広がっていることにも気がつく。 作戦を立てたのもハルヒだし、何よりもこれを仕組んだ者の目的は明らかにハルヒだ。 谷口や学校の生徒たちが死ぬ必要なんてない。大体、古泉が罠だって指摘していたじゃないか。 罠だとわかったからと言ってそんな簡単に引き返せるわけもないんだ。 「谷口は友達だったんだ。悪友だったけどな。普段はいてもいなくても、なんて考えたりしていたけど、 いざこうなると初めてどういった存在だったのか、よくわかったよ」 「ゴメン……なんて言っていいのかわからない」 ハルヒのしょぼくれた声に、一瞬で俺は正気を取り戻した。何を考えているんだ、バカバカしい。 仕組んだ者の目的がハルヒであっても、これはハルヒが望んだわけじゃない。ハルヒだって被害者だ。 それに作戦を立てて賛同した中には俺もいたじゃないか。ハルヒ一人を責めるのは明らかに間違っている。 俺だって同罪だ。 「なあ、ハルヒ」 「……なに?」 「俺、絶対に負けないからな」 やるしかない。やけにもならずに冷静にやるしかない。それでいい。 「うん……絶対に負けない、あたしも」 ハルヒの声もすっかり元気がなくなっていた。ちくしょう、これを仕組んだ奴はハルヒのこんな姿が見たいってのか? 「そんな声を出すなよ、中佐殿。不安になるだろうが」 「わ、わかっているわよ……! 当たり前じゃない! 絶対に負けない!」 少しムキになるところを見てほっと一安心。まだハルヒらしさが残っているようだ。 俺はようやくハルヒの方に振り返って――このときに見たハルヒの歯を食いしばるような表情は早々忘れないだろう。 と、ハルヒの迷彩服の肩の辺りの色が変わっていることに気がつく。大量の血が付着しているようだった。 「それ、大丈夫か? どこかやられたんじゃないだろうな?」 「え、ああ、うん、大丈夫。自分の血じゃないから。さっき負傷者を背負ったときについたんだと思う」 ほっと胸をなで下ろす俺。たのむぜ、団長殿。お前がやられたら終わりなんだからな。 俺はヘルメットをかぶり直し、 「また、戻る。鶴屋さんを助けに行かないとな」 そう言って俺は戦場に戻った。とびきりの作り笑顔をハルヒに見せてから。 ~~その3へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5580.html
翌朝、俺はいつものように妹の強烈なボディーアタックを食らって目を覚ますという一部の人間にはうらやましがられそうな目覚めを演じた。しかしもちろん俺が自分をうらやむわけもなく、感慨もへったくれもないような目覚めでありよってまったく爽快な気分はしない。 爽快な気分がしないと言えば我が家の飼い猫シャミセンも完全にだらけモードで床に寝そべっている。夏の暑さにすっかり気怠くなったのだろう。 どうしてやろうかとシャミセンを見て思案する俺だったが、俺が起こしてやる前に妹によって抱きかかえられ、反抗の意思表示も軽く無視されて妹の『ごはんのうた(新バージョン)』とともに階下へと連行されていった。 朝起きたら世界が変わっていた――とかいう冗談みたいな事態になるのは絶対に避けたいものの、ならばそれをどう回避するかという問題であり、もしかすると俺は避けるよりも変わった世界を元に戻すほうが素質があるのではないかという結論に達するわけである。朝から何を言ってるんだ、俺は。 しかし、実を言うとそれは事実かもしれん。なにしろ十二月あたりに俺はそんなことを経験しているからな。 しかしまあ、そうそう世界も変わるもんじゃないだろうというのが俺の楽観的な考えである。この世界の神様だってそこまでこの世界に住んでいる人間(とりわけ俺)に理不尽な設定を押しつけるわけはないだろう、と。もっとも、あの時世界を変えたのは神様じゃなくて地球外生命体だったのだが。 朝食を食っている間、俺はそんなアホなことを考えていた。 一日の始まりというのは当然ながら自分の家にいるわけで、ということは学校の俺の後ろに誰が座っているのかは朝の時点では解らないのである。 無論、そこにいるのがカナダに転校したことになってるヤツだったらそれはもう悪夢以外の何者でもなく、今すぐ110通報してそいつを捕まえておくとか大量の保険に加入しておくとかしないとならないだろう。 ありがたいことに、あの日以来今のところそういうことにはなっていないが。 何と言っても俺が自分の教室に着いたとき、俺の後ろの席に我が団の団長が座っていてくれればそれほど安心できることもない。 そして、今日もそうだった。 谷口や国木田連中と一緒にひーこら言って坂を登り、二年五組の教室で不機嫌なオーラを放出して机に伏せているハルヒの姿を確認できたとき、俺はああ今日も無事らしいなということを悟った。 悟った、が。 俺はすぐに、今日が無事と言えるほど無事な状況ではないことを認識し直すはめになるのだった。 * 今日は特に暑かった。 昨日のように湿度を上げて嫌がらせ攻撃を仕掛けてくることはなかったが、今日は純粋に太陽光の威力が強い。誰かが太陽の表面にせっせとガソリンを注いでいるんじゃなかろうか。 「まーったく暑いわねっ!」 ハルヒの機嫌もさらに下方修正が施されているようだった。そのセリフも今日だけで三度目くらいである。朝のホームルーム前からこの状態では、午後には機関銃並の速度でグチをたれていることだろう。 「年々気温が上昇してるんだから、もっと早くから夏休みにすべきなのよ。いつまでも昔のまんまじゃ日本の社会は進歩していかないわ。これじゃあ予定が狂っちゃうわよ」 高校生の夏休みの長さに日本の社会を持ち出すのもどうかと思うが。 「その予定ってのは何だよ。俺はまだ聞かされてないぞ」 「夏休み前から文化祭映画の撮影をやるつもりだったの。去年みたいに秋に始めてると毎日すっごく忙しくなっちゃうからと思ってあたしなりに配慮したつもりだけど、でもこの暑さじゃ無理よ。外に出たら四秒で丸焼きになるわ」 むしろ好都合である。 「じゃあいっそのことやめちまおうぜ。この分だと文化祭までずっと酷暑だ。今年の文化祭は映画をやめてバンドだけで充分じゃねえか」 「ダメよ、そんなの。せっかくみくるちゃんで客寄せできるチャンスだもの。逃す手はないわ」 たとえ一年前に調子づいた拍子で言ったことでも、言ったことは必ずやり通すのが涼宮ハルヒ流である。早い話、メイワクだ。 そう、つまり今年も我がSOS団では去年に引き続き映画を撮ることになっているのである。 去年の映画のタイトルというのが『朝比奈ミクルの冒険 Episode 00』であって今年はその続編である。題名は確か、『長門ユキの逆襲Episode 00』だったっけ。作品名には長門の名前がクレジットされているものの内容は去年と同様に朝比奈さんのPVに相違なく、ハルヒは本気なのかもしれないがそこにストーリー性は皆無である。カメラマンの俺はまだいいが、高校三年生になってまでセクハラウェイトレスの扮装をさせられて幼稚園児のケンカよりもショボいと思われる戦闘シーンを演じなければならん朝比奈さんを思うと涙が出てくるね。 俺は二つ目の案を提示した。 「ならバンドのほうをやめようぜ。俺はギターなんか弾けないしボーカルなんてもっと無理だ。映画かバンドか、どっちかにしてくれ」 「ダメよ。去年は映画だけだったんだから今年は二つやるわ。来年はきっと三つやるわよ」 「来年のことはいい。しかし俺は本当に楽器なんて何もできないんだ。だからバンドはやめてくれ。あるいは、俺を除いた団員だけでやってろ」 この会話から解るとおり、呆れたことにSOS団は今度の文化祭で一般参加のバンドにまで出演する予定である。SOS団、というからにはその中には高確率で俺も入れられているのだろう。 映画のスクリーンならカメラマンである俺は映ってないからともかく、生のライブであるとうなら俺も否応なしに素顔を公表しなければならず、そうなったら最後校内だけでなく俺の近所にも俺がSOS団なる珍妙な団体に所属しているということが知れてしまう。それだけは阻止せねばならん。 しかしハルヒに意見を変えるつもりは蚊の針の先ほどもないようだった。この迷惑女は暑そうにセーラー服の胸元を手でパタつかせながら、 「何言ってるの。あんたにだってできるやつはゴマンとあるわよ。みくるちゃんと一緒にタンバリン叩いてたっていいけど、それよりもあんたには舞台の隅でカスタネットでも叩いてるほうがお似合いね」 嫌だね。なおさら嫌だ。 ――それは何の前触れもなく訪れた。 俺がどう反論の意を唱えようかと考えていると、ハルヒは次のように宣言したのだった。 「とにかく、あたしは一度言ったことをひっくり返すつもりはないわ。今年はバンドをやるし、映画も『朝比奈ミクルの初恋Episode 00』を上映させるからね!」 ハルヒは確かにそう言った。 お気づきだろうか。しごく当然のように言ってのけたため聞き流してしまいそうだったが、俺の耳及び危険レーダーはそれをしっかり察知していた。 一瞬聞き間違いかと思ったが、俺は自分の耳をそれなりに信用しているつもりである。 あれ? ハルヒは何と言った? 「こらキョン、せっかくあたしがカッコいいこと言ってるのに、あんたの今の顔はいつにも増してマヌケ面よ。写真に撮って収めておきたいくらいだわ」 いや、そんなことはいい。俺のマヌケ面写真を撮ってもせいぜい後世SOS団員の笑いのタネにさせられるだけだろう。それよりも、 「すまんハルヒ、もう一度映画のタイトルを言ってくれないか? ちょっと違ってたような気がしてな」 「『朝比奈ミクルの初恋Episode 00』よ。あんたまさか忘れたの?」 はあ? 『朝比奈ミクルの初恋Episode 00』だと? そんなもんは知らん。今年やるのは『長門ユキの逆襲Episode 00』だろうが。わざわざインチキな予告編まで作らされたんだから俺が間違えるはずはないぜ。それともハルヒが勝手に題名を変更したのか? 「はあ? って言いたいのはこっちのほうよ。『ナガトナントカのナントカ』なんて一度も聞いたことないわ。今年やるのは『朝比奈ミクルの初恋Episode 00』で、最初から変わってないわよ。予告編も作ったじゃない。寝ぼけてるようなら殴って起こしてあげるけど、どう?」 何を言うか、俺はしっかり起きている。 「起きてるわけないじゃないの。だいたいそのタイトル……何だっけ、もう一度言いなさい」 「『長門ユキの逆襲Episode 00』」 「それはどっから湧いて出たのよ。そもそもそのナガトユキとかいうのは何? 人の名前?」 ハルヒはしごく真面目な顔をしている。 おいおい、自分で考えた映画の題名を忘れたと思ったら今度は長門のことを忘れたとしらばっくれる気か。冗談なら冗談っぽく言わないと人には伝わらないぜ。だいたいそんな冗談はお前的に「笑えない」冗談に分類される気がするぞ。 「あたしは冗談を言った覚えなんかないわ。だってナガトユキなんて一度も聞いたことないもの。何、あんたの中学の時とかの同級生?」 そんなバカな。 「長門有希だ。知らないのか」 背中に若干冷たいものを感じる。まさかとは思うが……。 「知らない。あんたにそんな知り合いがいたの? どんな娘、そのナガトユキとかいう娘は。何か特殊能力があったりする?」 「うちゅ――」 う人とつなげようとして危うく思いとどまった。 「SOS団のメンバーだろうが。そして、たった一人の文芸部員だ」 一番最初に長門から受けた無機質な視線や機械的に動く指を俺は一生忘れない自信がある。そんなのは正体を知っていようがいまいがハルヒも同じはずだ。 さあハルヒ、俺の平常心をもてあそぶつもりで言った冗談ならそろそろやめにしてくれないか。そういう悪質な冗談は俺の過去の体験も手伝って見えざる第六感を刺激してくれるのでね。 しかしハルヒは心底呆れたような顔をしており、そしてとうとう、嫌な予感のしている俺にとどめを刺した。 「SOS団ってあんたねえ。本当にどうかしてるんじゃないの? SOS団は一年生の四月あたりからずっと四人だけでしょ」 俺の頭を強烈なショックがぶっ叩いた。 ありえん。 ハルヒ、俺、長門、朝比奈さん、古泉。どう考えたって五人だ。これが冗談だというならそれは長門に失礼だぜ。もし本気で言ってるなら、ハルヒの頭か世界が狂ったんだ。 「バンドは」 俺の出した声は心なしかかすれていた。 「去年、文化祭のENOZのバンドでギターをやってたのは誰だ」 「三年生の人、中西さんとか言ったかしら」 そんははずはない。 「映画はどうだ。去年、俺らが文化祭でやった映画で朝比奈さんの敵を演じたのは誰だ。黒衣纏って棒を持ってた奴だ」 「谷口」 あっさりと答えやがる。くそ谷口め。お前は脇役の脇役で水中ダイブでもしてればよかったんだ。お前に長門役を務められるほどの力量はないぞ。 などと言っていても仕方ない。 冗談であるという可能性を俺が信用できないのはハルヒの顔を見れば解る。こいつは友人が覚醒剤中毒者だったと知らされたばかりのような呆気にとられた顔をしてやがる。こんな顔は見たこともない。 「ハルヒ、お前は本当に長門を知らないのか?」 「知らないわよ、うるさいわね」 「お前、確か去年の三月にあった百人一首大会で二位だったよな」 「そうだけど、何の脈絡があるの?」 「脈絡なんかどうでもいい。それよりも、あの時一位になったのは誰だった?」 俺の記憶通りならそれは長門のはずである。読書好きのヒューマノイドインターフェース。 「さあ誰だったかしら。あたしの知ってる人じゃなかったわね。黒くて長い髪をした女子だったかしら」 長門はロングヘアではない。ハルヒは一時期髪の長かったときがあったが、長門は三年前に見たときも昨日見たときもショートカットだった。 「ねえ、あんたさっきから変だけど、どうかしたの?」 「どうもしてない」 俺は即答した。どうかしてるのはハルヒの頭か、それともこの世界か。 まさか――。 この感覚。ハルヒの病人を見るような目つき。当然いるはずの人間が突然いなくなった経験を、俺は過去にしている。 忘れもしない去年の十二月十八日。 目眩がして、世界がぐるぐる回転しているような感覚に襲われた。 あれをもう一度やらせようってんじゃねえだろうな。 断片断片が次々とフラッシュバックする。シャイな長門、髪の長いハルヒ、書道部の朝比奈さん、学生服を着た古泉。 「おいハルヒ、もう一度訊くが、お前は冗談を言っているのか? 言っているんだったらすぐにやめてくれ。土下座までならしてやる」 「もう一度言うわ。言ってない。あんた本当に頭がどうかしちゃったんでしょ」 ガラガラ。 教室の扉が開く音がして、俺は反射的にそちらを向いた。教室にいた男子が廊下に出ていっただけだった。間違ってもお前だけは出てくるなよ、殺人鬼朝倉。 俺はハルヒに向き直り、 「お前、光陽園学院にいたことはないか? というか、あそこは女子校だよな」 「そう、女子校。あんたが狂ってるものとして真面目に答えてあげるけど、あたしはあんな学校には一度もいたことがないわ。一年の最初からずっと北高生よ」 世界がおかしくなってるんだとしても、冬とまったく同じではないらしい。 「すまん。もう一つだけ訊いていいか?」 「いいけど」 「お前は一年の最初の自己紹介でこう言わなかったか? 『ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』とな。そしてお前は俺と一緒にSOS団を設立した。合ってるか?」 ハルヒはやや複雑そうな顔をして俺を見ていたが、やがて答えた。 「ええ、 その通りよ」 * ホームルームが始まるまで、あと少ししか時間がない。 運のいいことに俺は今日普段よりも三分ほど早く学校に到着していた。それは妹の攻撃がいつにも増して強力だったからということに尽きるわけだが、そんなことはどうでもいい。 「ちょっと外に行って来る」 ハルヒにそう言って、俺は教室を飛び出した。 ハルヒは長門の存在を知らなかった。さまざまな出来事のうち長門の部分が消されて他の何かに書き換えられている。ハルヒがおかしいのか世界が変わっちまったのか。 瞬間、俺はまたしても強烈な目眩を覚えた。 デジャヴ。 三半規管がイカれたみたいに足許がぐらついてくる。 俺はこんな気持ちで、こんなふうに廊下を走ったことがあるのだ。ハルヒに引きずられて走らされたことならいくらでもあるが、自ら全力疾走なんてのはあの時と今くらいなもんだ。 そうだ。 あの時も、俺は朝倉から逃げて教室を飛び出した。そして長門はクラスにはおらず、古泉のいるはずの九組は吹き飛んでいた。 そして今、俺はまるで同じ道を辿っているではないか。 冗談じゃない。二度も同じことをやってたまるか。 長門のクラスにはすぐ着いた。朝のホームルーム前ということもあってクラスの中は雑然としており、この人混みの中で長門の小柄な姿を探すのは難しかった。目を皿にして教室のはじからはじまで走らせるが、長門らしき女子は見つからない。 「ふざけやがって」 俺は仕方なくクラスの中に足を踏み入れた。中学の級友とかで知っている顔を探しては次々と質問をぶつけていく。 長門有希という女子を知っているか。このクラスにはいないのか。この学年にはいないのか。 まるで申し合わせたかのような完璧さ。俺が声をかけた連中はそろいも揃ってトボけた顔をしやがり、当然のようにかぶりを振った。 つまり、そんな奴は知らない、と。 なんてこった……。長門を知らないのはハルヒだけではなかったのだ。 もう偶然などという言葉では片づけようがない。冗談説も通用しない。こいつらは集団で頭が爽やかなことになってるのか、まさかとは思うが世界改変があったのか。 俺はワケの解らんだろう愚問に答えてくれた連中に意識外で礼を述べると、くるりと回れ右をして絶望感を背負って廊下に出た。 何かが起こっているのだ。 ハルヒの次は長門が消える番ってか? ふざけんな。 俺は思い出す。この次、俺はいったいどこに向かったんだ。十二月十八日、長門がいないことを知った俺は誰に希望を託した? 言うまでもない、一年九組である。古泉のハンサム面がいるはずの理数クラス。そしてあの時、一年九組はなくなっていた――。 それを二年バージョンで起こす気か。大事な時だけ消えるってのはなしだぞ、古泉。 同時に朝比奈さんの顔も思い浮かんだが、いかんせん三年の教室は遠い。同学年であったのならどちらを選ぶかは微妙だが、それは今の問題ではない。 トラウマに押しつぶされそうになりながらも俺はフラフラの状態で二年八組に到着した。 その横には見間違いようもなくしっかりと教室があって二年九組というプレートが張り付けられている。突貫工事も今回は間に合わなかったらしいな。 俺は頭の隅で聞いたことがあるようなないような怪しい呪文を唱えながら、ホームルーム中なのも構わずに扉を開けた。 「どうしました?」 担任女性教師の声をバックに、教室内の全員がギョッと俺のほうを振り向く。 「古泉は、古泉一樹はいますか?」 「ああ」 くそ! 俺が見たところこの中には古泉の顔はない。そうでなくても、俺が尋常ではない表情を顔に張り付けて他教室に侵入すれば古泉は立ち上がって俺のところに来てくれるに違いない。 今度こそぶっ倒れるしかないかと思ったが、女性教師は何やら書類にさっと目を通すと俺に向かって、 「今日は休みですね。風邪だそうです」 そう言った。 九組の生徒も特に不審がった様子は見せない。クラスメイトが風邪を引いて休んだと聞かされたときのいたって普通の反応であり、そんな奴はうちのクラスにはいないという感じの反応を示している奴は一人もいない。加えて、俺の立っている入り口あたりの机が一つ空いていた。 「それで、彼に何か用だったんですか?」 「いや……別に」 俺は適当に返事をし、その空いていた椅子に古泉一樹と印字されているのを強烈に脳に複写してから九組を出た。 廊下の壁にもたれかかって、詰まっていた何かを吐き出すように深く息を吐いた。そうすると体中から力が抜けて、壁にもたれかかったままずるずると床に崩れ落ちた。 古泉はいるのだ。 確証はない。しかし、その可能性は高い。そうでなければあいつの椅子や机なんかが九組にあるわけがないのだ。 何ともいえない感情がこみ上げてきた。嬉しい、というやつだろうかね。 欠席というのが気にはかかるが、俺からすればそれも考え得る範囲である。 たぶん、あの教師が言ったような風邪というのはまずありえん。それはおそらく欠席理由にするだけの、表向きの理由だ。この非常時にマジで風邪でも引いていようものなら俺がすぐさまベッドから引きずり出してやる。 そうではなくて、古泉が欠席している理由は『機関』関連ではないかと思うのだ。長門が消えたのはほぼ確実であり何かが起こっているというのは間違いないから、その処理か何かに追われているのだろう。 気を利かして俺に電話一本もくれないような状態ってのはどんなもんかと思うが、俺は橘京子や周防九曜、敵対未来人を知っている。もしかするとあっちで大きな動きがあったのかもしれん。それがこの長門が消えているらしいという事態に直結している可能性は大いにある。 古泉の携帯電話にかけてやろうかと思ったが、ポケットにつっこんだ俺の手は虚しく布の感触に突き当たるだけだった。ちっ。教室の通学鞄の中だ。 仕方なく俺は立ち上がった。 しかし、いったい何が起こっているんだ。考えたところで解らないだろうが、考えずにはいられん。 長門がいなかった。そして誰も長門のことを知らない。知っているのは俺だけ。 シチュエーション的には冬の世界改変にそっくりである。しかしあの時、消えたと思っていたハルヒは光陽園学院にいたし、東中出身の谷口はハルヒのことを知っていた。 あいにく俺は長門の出身中学など知る由もないが、ということは今回もそういう感じの世界改変なのか。あいつも光陽園学院にいるとか、そういうオチなのか。 それとも本気でこの世界から消えちまったのか――。 長門のクラスを横切るとき、俺は廊下の窓からふと教室内を見渡してみた。 ホームルーム中で静まっているので確認しやすかったため、長門の机や椅子がないのはすぐに解った。古泉のように席が空いているということもなかった。 全員出席なのに長門はいない。 そして、恐ろしいことに誰もその矛盾に気づいていない。長門なんて女子は最初からいなかったかのように普通に振る舞っているのだ。 当然である。 最初からいなければ誰の記憶にも残らないし、いない奴の机や椅子があるわけがない。そういう理屈だ。 俺は目を背け、早足で二年五組へ戻った。