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ニルソンは研究室で一人、苦い思いを抱きながら椅子に腰掛けていた。 それは彼が長年補佐してきた女性が、直接的な表現をすれば死んで以来、彼のみになるといつも襲ってくるものと酷似していた。 しかし、今それを感じているのは違った理由だった。 彼の前には机と、小さなテレビが置いてある。普段は殆ど使われないそのテレビだが、珍しく電源が入っていた。 画面に映し出しているのは一本の録画映像。十一人の女性が真っ直ぐ前、視線の先にあっただろうカメラを睨んでいる。 暫くの間、彼女たちには一切の動きが無かった。彫像のように、身を揺るがせもせず立っていた。 沈黙を破ったのは最前に立つ少女。両手でニルソンにも見覚えがある剣の柄を掴み、床に突き立てるようにして保持している。 『マルチアーノ十二姉妹隊隊長エイプリルより、報告』 静かな決意を固めた者がするように、彼女はゆっくりと喋った。ここまではただの連絡に聞こえる。 『我が隊は只今を持ってクリミナル・ギルドより正式に離反、独立します』 少女は言葉を切った。聞く相手が動揺することを見越した間だろう、とニルソンは推測した。 僅かな間沈黙が再来したが、すぐに打ち破られる。 『我々が仕えるのはただ一人きり、マダム・マルチアーノのみ!』 彼女は声を張り上げた。高らかに宣言した。未来永劫決して違えることはないとばかりに、声を大にした。 感情が堰を切って溢れ出し、少女は続けて言う。 『権力に肥えた豚に膝は折れません。我ら姉妹とその配下の兵は、失われたギルドとしての誇りを取り戻します。 例えそれによって全員が斃れるとしても』 口調を改め、彼女は再度、述べた。 『私は独立する。私たちは独立する。我々全員が、クリミナル・ギルドより独立する!』 演説はそこで終わり、彼女たちはカメラの視界から外れていくが、 ジュライだけは考え事をしているようで、ずっと立ち続けている。 ニルソンは彼女たちの宣戦布告に思いを巡らし、少しだけ頭を抱えたくなった。 この映像を撮ったのが二日前である。編集した映像はもうギルド上層部に届いている頃だろう。後戻りは出来ない。 勝算が無い訳ではないのだ、とニルソンは思った。無ければ、恐らくはここまでのことはしなかっただろう。 だが、彼はそのあるのかさえ朧げな勝算というものが、どれほど危うく不安定なものか十分に承知していた。 十二姉妹──今では十一姉妹に減ってしまった彼女たちは最強であるという点において、 ニルソンは髪の毛一本程度も疑いを抱いていない。彼女たちは人間の形をしながら、人間より遙かに優れている。 単純な力仕事から複雑な精密性を要求される作業まで、何の造作も無くやってみせる。それも全て人間以上の出来栄えで。 彼は誇りを抱いていた。何しろある意味では父親のようなものなのだ。 だから娘のように思っていたし、娘たちはギルドにおける他の精鋭部隊に対し、絶対に引けを取らないだろう、とも思っていた。 けれどそれは戦闘単位での話だ。戦争まで範囲が拡大されれば、損耗は当然増える。 こちらは補給も簡単には行えない。何せ、ギルドの支配は全銀河に遍く行き渡っている。 それに対しあちらは余りにも自由だ。好きな時に補給が行える。好きな時に戦闘し、撤退出来る。 ギルドは結果を急がない。求められはするが、素早く行うことより確実に行う方が良いとされる。 勿論両方揃っていればより良いのだが、多くの要求は任務の完遂を不可能にしかねない。 更に言うならギルド兵の問題だ。彼らは熱狂的な支持者と言える存在の為、離反は問題ないだろう。 欠員となったセプの隊に所属していた隊員は、いずれ来たる復讐の為に銃を取る者もあったし、 指揮官がいなくなっても姉妹への忠誠は絶えないとして銃を取る者もあった。 が、それはいいとして、戦闘での死傷者が問題なのだ。死人は蘇らない。補充など望める訳もない。 十二姉妹は精兵を選りすぐって結成した最強の部隊だ。 彼ら彼女らはギルドの官僚的社会という梯子において、一番上に立つ権利がある。 よって、ギルド所属時ですら補充はそうそう容易に行えなかったくらいだ。傭兵を雇うようなことも出来まい。 弾薬や医療品、食料へ費やす金額は小額ではない。そこに賃金までは支払えない。 当分はギルド兵の給料もカットしなければならないだろう。それでも不足なのだ。 そもそもが戦争で勝利出来る相手ではない。巨大な組織にたった一部隊で勝てるのは映画の中だけだ。 ノックの音がしたので、ニルソンは思考をそこで一度打ち切った。 テレビの向きを変え、椅子を回転させてドアの方に体を向け、鍵が開いている旨を伝える。 控えめに音を立てて入ってきたのはエイプリル、ジャニアリー、ジューン、ジュライの四人だった。 「やあ、エイプリル」 まるで今の今まで休憩を取っていたかのように振舞う。 何としても彼女たちの力にならねばならなかった。 彼女たちがその全力を発揮出来るようにサポートせねばならなかった。 断じて、断じて疑念を抱いていると感付かれてはならなかった。 故に、彼は普段通りの自分を偽装する。 「四人揃って、どうしたんだい?」 誰にも見えなかったが、その時テレビの中で、ジュライが少しだけ目を開いた。 * * * 薄暗い会議室で、十数名の男たちが椅子に腰掛け、現在の状況について話し合っていた。 ざわめきは膨張し続け、狭い部屋が言葉に埋め尽くされる。 それを、一人の男がただ二度三度手を叩く音のみで打ち消した。 「全員静粛にしてくれ。親交を深めるのは後でいいだろう」 彼は静かにそう言うと、予め用意されていた席が全て埋まったことを確認し、ディスクを一枚取り出した。 それは外見に限って言うならば、何の変哲もないただのディスクである。 二十宇宙ドルもあれば五十枚は買える、普通のディスクだ。 が、当然ながらこれはただのディスクではなかった。男は用意したノートパソコンにディスクを読み込ませると、再生を始めた。 映るのはエイプリルたち十二姉妹の姿。声が少し上がったが、男が睨むとすぐに止まった。 『我が隊は只今を持ってクリミナル・ギルドより正式に離反、独立します』 今度ばかりは声を即座に止めることは出来なかった。男は面倒臭そうに手を何度か打ち鳴らし、止めた。 席に座っているでっぷり肥った中年の男が、それを無視して憤慨を表す。 男が更に嫌な顔をして何かの行動を取る前に、次の言葉が流れた。 『我々が仕えるのはただ一人きり、マダム・マルチアーノのみ!』 言い終えると同時に、次の台詞へ。 『権力に肥えた豚に膝は折れません。我ら姉妹とその配下の兵は……』 「こいつは君のことを言っているんだぞ、ヘル・ディッカーヘン!」 ディッカーヘンと呼ばれた、先程怒りを表明した肥満中年に向かって、反対側の席から野次が飛ぶ。 彼らは笑った。ディッカーヘンも腹を揺らして大いに笑った。 そして男も笑い、内心でほっとした。やれやれ、これで俺は奴に何も言わずに済んだ訳だ! 大笑いの渦の中で映像は終了し、ノートパソコンは閉じられた。 笑い声が収まり、打って変わって厳粛な雰囲気になる。 「さて、諸君。まず、気の利いた野次のお陰で私が気の進まない仕事をしなくて済んだことに礼を言おう」 男が言うと、何人かが声を押し殺して笑った。 「しかしこれ以上の野次は今は遠慮してくれたまえ。我々は共同体として危機を迎えている」 言葉をそこで中断し、場を見渡す。誰もが至って真面目に話を聞いている。 それに満足して、話を再開した。 「このディスクが私の手に届いたのはつい昨日のことだ。届けてくれたのは近所の子供だ。 ああそうだ、私は彼に五宇宙ドルほど小遣いをやったが、君たちはこれを金の無駄遣いと咎めないだろうね?」 笑い。 「中身は今見て貰った通り、我らが精鋭部隊として擁していたマルチアーノ十二姉妹の独立宣言だ。 ふむ、宜しい。それ自体は驚くべきことではない。今は亡きマダム・マルチアーノは反乱を起こしていたしね。 問題は、彼女たちが様々な機密、秘密を胸の谷間に隠してるってことだ」 発言させて貰えることを求めて、手が何本か上がった。男はそれを見て、一人を選んだ。 「よし、プティ。君の発言を許可する」 小柄な男が立ち上がり、口を開く。 「粛清を求めます」 途端、横から複数の声が飛んだ。 どうやってやる気だ、プティ? 君の背ほど彼女たちの脳味噌は小さくないんだぞ。 対抗する兵力は何処から調達するんだ、そらそら早く言えよ、言えないのかプティ? 全く、考えてから物を言った方が恥を掻かなくて済むぞ! 男がほとほと呆れて差し止めた。 「静かに。ここは議会じゃあないぞ。罵りあいは他所でやってくれ」 真っ赤になってプティは席に腰を下ろす。 上がる手。指名。立ち上がる。 「粛清を求めます。兵力には提案が」 「いい案か?」 集まった十数名の中では最も若い提案者の男は頷き、告げた。 「幸いにも、私はマダム・マルチアーノの反乱時、彼女の邸宅に突入し反乱分子を掃討、その時大量にボディを入手しております。 以来それを研究し続け、つい先日、やっと今は亡き彼女の愛娘同様のものを手に入れました」 会議室は一転、騒然とした。 「そんなことは聞いていないぞ」 「どうなっているんだ、それは報告すべき事象だった」 「君の独断で行ったのか、もしそうならギルド裁判に掛けられても仕方ない……」 「黙りたまえ、諸君」 男はその一言だけで場を十数秒前の静けさまで戻した。 それから、尋ねる。 「やれるか」 「今すぐにでも」 提案者は自信を漲らせた表情で頷いた。 * * * 「というのが三十分前の会議の内容だ。分かったか?」 「とても良く。ちょっとした賭けですね」 会議室からそう遠く離れていない場所にある邸宅の、中心部にある小さな書斎。 仕事用に用意されたと思しき机の上に足を投げ出して、提案者は余裕を見せていた。 その傍らに、彼以上に若く見える男が佇んでいる。右手に本の山を抱え、左手で本棚に整理して片付けている。 足を机から除けて、体をぐっと前に乗り出す。 「ギルド兵とお人形を戦闘に備えさせておけ。艦からヘリを下ろし、兵員や燃料などを積み込め。奴らは遠くにいるだろう。 その本は机の上に放っておいていい。こっちは情報を回すよう色んなところに言っておく。よし、掛かれ」 二人は部屋を出ようとして、ドアにつっかえそうになり、互いに一歩引いた後、またもや同時に進んでつっかえた。 ……彼らが遊んでいる間、『目標』は惑星クーロンへと向かう航路を取っていた。 艦の作戦室に十一人の姉妹とニルソン、それに各姉妹配下ギルド兵の小隊長を集めて、 これからの戦闘と相手の行動を様々な角度から予測して対策を考慮していたのである。 考慮の上で第一に頭に入れておかねばならなかったのは、兵員の少なさ、食料、燃料、弾薬の問題であった。 兵員はどうしようもなかったが、残りの三つは、クーロンでなら何とかなる。それがクーロンへの航路を進む理由だった。 姉妹たちやギルド兵たちは思い出す。かつて戦った場所と人間だ。彼らはコヨーテだった。 打たれ強く、誇り高く、ギルドの支配に抵抗する。時にはそれが理由で死ぬこともある。 ギルドの力が弱まるコヨーテ共の巣窟なら。そこでならば、弾薬も、食料も、燃料も安全に購入可能だ。 論を俟たず、コヨーテと一戦交えることになる確率は誰もが認めていた。 特にジュライは強硬に反対した。ミスターの一味が海賊亭に戻っていないとは確認していなかったからだ。 が、これはエイプリル隊所属ギルド兵小隊長の一人が、誰かを大気圏突入用舟艇で送り込み、 確認次第連絡すると請け負った為に取り敢えず引っ込められた。 彼女らは全員の賛成でもってクーロン行きを決定し、次はクーロンでどのように調達などを行うかが主に話された。 「兎に角、最初に艦を隠さなければなりませんわ」 エイプリルが鉛筆を弄びつつ言った。 メイが同調し、ジューンが手に持ったノートに『最優先:艦を隠す』と書き付ける。 「それから、私たち十二姉妹は全員艦の外に出ないようにしなければ」 何故、と聞く者は誰一人としていなかった。 コヨーテに見られた時、ギルド兵は装甲服を脱げば分かるまいが、十二姉妹はすぐ分かる。 騒ぎになればギルドに話も流れるだろう。コヨーテと戦闘を繰り広げれば、いらぬ疲弊と危険を招くだけだ。 言わなければ分からないことではなかった。 「調達についてですけれど、ギルド兵を目的別に四隊に分けるというのはどうですの?」 ジャニアリーが一つの案を提示する。他の者は口を閉じてあれこれとその案の粗を探し、 結果、特にその案を却下するデメリットは無く、効率化の為にはそれが尤もだろうとして、採用された。 その後エイプリルはジューンの纏めたノートを一読し、告げる。 「現時点で論じられるのはここまでのようですわね。それでは、解散します。 ああ、計算によればクーロン到着は十一時間後ですので、覚えておくように」 が、ぞろぞろと出て行こうとする中から、フェブを呼び止めた。 「何ですの?」 これは考えたくありませんが、と前置きしてから、口を開く。 「クーロンの繁華街と宇宙港及びそれらの周辺において、戦闘を行うかもしれませんわ。だから」 「……地図?」 分かりのいい妹を持って嬉しいですわ、とエイプリルは言った。 * * * 昔から僕は、自分が不運だと信じている。僕の友人たちはそうではない、と頻りに否定するが、彼らこそ間違っているのだ。 だって、もしも不運な人間で無かったならば、よりにもよって自分が先行観測員に選ばれる訳がない。 畜生小隊長めと、心の中で罵ってやる。なんだってコヨーテ共の巣窟に潜入しなければならないんだ。 それも夜。彼らが最も活動的になる時間。僕たちも最も活動的になる時間。最悪。 彼らは目聡い。耳聡い。僕が少しだってギルドのような振る舞いをしようものなら、瞬間に未来が確定する。 唾を飲み込む。カウントダウンは三十秒前からだ。左手首に嵌めた時計を見ようとして、 この忌々しい大気圏突入用舟艇に乗り込む時、装備などを収める箱に入れさせられたことを思い出した。 僕は兵士だ。僕は兵士だ。僕は兵士なのだ。命令には従わねばならない。命令は遂行せねばならない。 早まる動悸を抑える。火照る体を落ち着かせる。震える手は無視する。 『母艦離脱三十秒前』 艇の壁に掛かっているモニターが起動し、装甲服を着込んだ同僚の姿が見えた。 平静を。平静を、だ。命令を拒否する訳には行かない。上手くやらなくては。 十二姉妹の勝利は、僕の肩にも掛かっているのだ。 『二十秒前』 そう考えると、不思議と脈動が元に戻った。手も、意思のままに動くようになった。 出来るぞ。僕には出来る。やってみせる。手抜かり無く、油断せず、やってやる。 『五秒前、四、三、二、一、ランチ』 衝撃が走り、僕は腰掛けていた椅子から転げ落ちそうになったが、シートベルトのお陰でそれは防がれた。 ただ、体は前にずれた後、言うまでも無く後ろに戻る訳だが、その時思い切り僕は後頭部をぶつけた。 白が段々と広がる。まずい。気を失うと色々とまずい。着陸後には己の痕跡を消して、すぐその場から離れねばならないのに。 左手を動かして、太腿を思い切り抓る。何も感じない。白は僕の意識を埋め尽くす。覆う。何もかもを隠 目を覚ますと、僕はどうやら生きているらしいことが分かった。辺りが暗い。 自分の手はどうにか見えるので、失明したのではないようだ。 重力の向きがおかしいことに気付く。コースに問題でもあって横倒しに着地してしまったか。僕は唾を吐いた。 吐いた方向に落下していく唾。これで向きが分かった。そろそろとシートベルトを外す。 落下しないように気をつけて、足先を下ろす。暗い中で、装備品入れの箱を探す。 あった。手探りで鍵を外し、中から時計を取り出して嵌める。 懐中電灯があったので取り出し、電源を入れてみたが、壊れていた。衝撃でどうにかなってしまったらしい。時計も危ういな。 拳銃を取り出し、ズボンに差し込む。弾倉をあるだけポケットへ。コンパスはあったが、地図が無かった。 食料はどうなっているだろう? もしここが本来の降下地点ならいいが、そうでなければ食料が必要だ。 箱を探ると、二日分の食料があった。水もそれなりにあった。 僕はコンパスだけは尻ポケットに入れて、残りは箱に入れた。この箱には取っ手が付いていて、持ち運びも容易だ。 本当に思うが、サバイバル訓練は無駄ではなかった。オーケイ、今こそそれを役立てる時だぞ。まずはドアを探そう。 壁伝いにあちこち探して、やっとのことで突起を見つけた。所謂ボタンという奴だ。動けばいいんだが。 押す。幸いにも開い……いや、途中で止まった。最初っから失敗と予想外だらけとは、泣きたくなる。 月の光でドアの位置が分かったので、出来る限り離れて、蹴りつけることにした。 左足で壁を蹴り、勢いを加えやはり左足で床を蹴り、首を屈めながら小さく跳躍して右足を伸ばす。 想像していたような重い感触は無く、突き抜けるように押し退けて、僕は外へと脱出を果たした。尻で着地。 馬鹿みたいにぼーっと、動きを止める。尻が痛む。まさかとは思うが、コンパスを破壊していないだろうな。 尻を叩き、ついでにコンパスを確かめる。生存。僕は溜め息を吐いて胸元を少し開いた。 全状況に異常無し。オール・クワイエット・オブ・ザ・ウェスタンフロント。まあここが西か東か良く分からないが。 さて、行こう。ここを本来の降下地点だと想定して動くとしよう。 しかして動くのならば静かに行かなければなるまい。ラン・サイレント・ラン・ディープだ。よし、行動開始。 * * * 「報告はまだですの?」 部下のギルド兵もいる指揮デッキで、ジャニアリーは苛立ちを隠す気がないようだった。 無理も無い。ミスターたちが海賊亭にいるのか確かめる為に送った男から連絡が途絶えて、既に四、五時間が経っていた。 それまでは返答は無いまでも生命反応と受信反応はあったのに、 大気圏突入時に何らかの予測しなかった問題が突如として発生したらしく、以来何もかもが途切れてしまっていた。 フェブの予測によれば、根拠は明らかにしなかったが、減速用のパラシュートが予備さえも開かず、 逆噴射によってのみ減速したのだろうとかだった。 彼女の計算と推測が正しければ、舟艇は降下ではなく落下のように着地することになっていた。 「落ち着きなさい、ジャニアリー。急いても報告は来ませんわ」 十二姉妹のリーダーがたしなめても、ジャニアリーは一向に態度を改めようとしない。 「エイプリル、どうしてそんなに落ち着いていられますの? 舟艇からの信号無し。生命反応無し。フェブさえ舟艇へのコンタクト不能!」 大声を出して少しは冷静になったのか、彼女は肩を落として俯く。 自分の為に用意されている椅子に座って、呟いた。 「……何も分からない。何の心配も要らないと言って彼を送り出したのは私たち、いえ、この私ですわ。 だというのに、何が起こったのかも、何故そうなったかも、何も分からない」 エイプリルは、その兵がジャニアリーの部隊から選出された男だと知っていた。 だから、仕方ない、とは言えなかった。割り切って次の手段を考えることが出来なかった。 そうして、そんなリーダーをジュライはいつも通りの奥底窺えぬ表情で、しかし何らかの意思を持って、後ろから眺めていた。 それを更にジューンがちらちらと気にしていたが、携帯電話の音でそちらに目を向けた。 「俺の携帯だ。一体誰からだ?」 兵の一人が、装甲服の脇に付けた小物入れから携帯電話を取り出し、電話の相手を見て目を見開く。 彼は呼吸を軽く整えてから、エイプリルの注意を聞かずに通話ボタンを押した。 『もしもし、僕だ。聞こえるか?』 ああ、聞こえると返してから兵はエイプリルとジャニアリーの方を向き、彼だと伝える。 慌てて近づいて来る二人を見ながら、兵は死人扱いだった彼に向かい、彼の隊長と電話を代わることを告げた。 『ジャニアリー隊特別斥候班より報告します』 漏れ聞こえてくる小さな声を逃すまいと、誰もが口を閉ざし、息を潜める。 『凡そ四十五分前、ミスターなど数名の仲間の不在を確認。彼らはグレイスランド以来一度帰って来たきりだそうです』 歓声が上がった。これで何もかもが軌道に乗り出した、という喜びだ。 エイプリルはそれを手を振って抑えた。煩くて彼の声が聞こえない。 「分かりましたわ。監視を続行し、五時間、いえ、四時間三十分後にもう一度連絡するように」 『了解』 ジャニアリーはあれだけ取り乱し情緒不安定になっていたくせをして、 いざ電話を取ると極めて無感動な声色で対応を取っていた。 けれど滲み出る喜色は隠せない。誰から見ても、それは明らかだった。 ジューンのように誰かを気にする訳でもなく、真実沈黙と無思考に埋もれていたマーチは、隠れて胸を撫で下ろす。 上手く行った。彼は様々な問題に衝突しながら、何とかやって見せた。十分に働いて見せた。流石は精鋭兵だ。 だがだからと言って、我々もが上手く行くとは限らない。マーチはこの作戦に、一抹の不安を抱き始めていた。 * * * 彼は焦っていた。自分の状況を把握出来ないでいた。自分がどうすべきかも分からないでいた。 『ヴァレーリア、速度が速すぎる。減速せよ』 手元の無線機からは管制と艦のやり取りが聞こえてくる。 が、彼の耳には全く入ってこなかった。 あちらこちらを見回し、自分以外に誰もいないことを確認する。 己の椅子にどっかと腰を掛けて、頭を抑え、ぶつぶつ呟く。 俺はこれまで何処で働いても下っ端だった。軍、一般会社三つ、特殊清掃とだ。 そうだ、そうに違いないんだ。これが、これこそが正しく、俺の『チャンス』なんだ。 マルチアーノ十二姉妹。ギルドの力はクーロンに届かないものの、話は届く。それも結構なスピードで。 元ギルドの裏切り者。造反者。反乱軍。たった一個か二個中隊そこらの戦力で、全宇宙に広がるギルドに抵抗する命知らずの一群。 ヴァレーリア号などと偽の艦名を使ってはいたが、データと照合すれば明らかだ。 俺以外の誰もがそれに気付いているだろう。誰かに先を越されてはならない。 人生における勝利者という奴は、この俺のような奴のことを言うんだろう。たった一度の機会を見逃さぬ者のことだ。 彼は唇を湿らせてから、電話機の番号を押し始める。 同刻、立てられた計画を根底から覆す出来事が起こっているとは露知らず、 エイプリルは宇宙港の責任者に連絡、艦を隠す手立てを用意していた。 「……はい。ご厚意に感謝致しますわ。では」 相手の返事も聞かずに一方的に通信を切断し、各隊の小隊長と姉妹たちを作戦室に呼び集める。 彼女たちが集まるなり、エイプリルは本題に入った。 「これより、各隊の作業と交戦規則を決定します」 皆の顔が引き締まり、小隊長たちはメモを取り出す。 エイプリルは作戦室の片隅にあるホワイトボードを引っ張って来ると、それに各隊の名前を書き込んだ。 それから、フェブに尋ねる。 「頼んだものは出来ているかしら」 「細部に自信のないところがありますけれど。これです。データは後で送信します」 十分ですわと返答し、一枚の紙を受け取って、それをボードに貼り付けた。 「ジャニアリー隊、ジューン隊、オーガスト隊は、繁華街北側で弾薬を調達すること。 その為にトラックを、そうですわね、四台使用許可を出しますわ。足りるかしら?」 「はい、問題ありません」 小隊長の言葉に頷きを返し、ホワイトボードの隊名の後に、『北側:弾薬調達』と書き込む。 「現場の指揮はジューン隊小隊長に命じます。決してコヨーテと戦闘にならないように。 次、オクト、ノヴェ、ディッセ隊。あなたたちは繁華街東側にて燃料を調達。 トラックは六台、現場指揮官はディッセ隊小隊長」 エイプリルが書く前に、ジューンが出て来て必要な事項を全て書き留めた。 「了解です。うんざりするほど手に入れてきますよ」 「なら、帰って来たらまずシャワーか風呂に入ることを命じます。次」 士官たちは笑った。エイプリルの口も緩む。 「フェブ隊、ジュライ隊、セプ隊は繁華街中央部で食料を確保。 トラックは五台。現場指揮官はジュライ隊小隊長に命じます」 「承りました。ところで、桃缶は幾つ手に入れれば?」 「いつだって、買ってきた量より一缶多めに彼女たちは欲しがりますわ」 またもや笑い。兵にも姉にもからかわれた三人の妹は頬を膨らませてその扱いに抗議するが、 実際そうなのだから仕方ないじゃないと同じ第三世代のオーガストにさえ言われて、機嫌を少し損ねてしまった。 「残りの三隊、マーチ、エイプリル、メイ隊は艦で待機。行動は自由ですが、艦から出ないように」 ジューンが書き込む。彼女を見ながら、小隊長の一人が言った。 「帰還はいつがいいでしょうか?」 「現在時刻が一五〇〇ですから、九時間後、二四○○に。さて、最後に交戦規則を決めましょう。一応決まりですから。 基本的に我々は撃たれる前に撃つ、と決めていますが、今回ばかりは撃たれてから撃つように。 但し、明らかに敵意を持って構えている場合はその限りではない、ということで」 「全て了解です。何もかも問題なく遂行してみせますよ」 「本当に、そうなることを祈りますわ」 エイプリルは神妙な顔でそう言った。 ──同刻。ギルド十二姉妹粛清部隊旗艦指揮官室。 「マルチアーノ十二姉妹の現在地を特定しました!」 ドアが開け放たれたのと同時に発されたその言葉を聞いて、 部屋の窓を開けてその傍らで吸っていた煙草をぴんと外に弾き飛ばし、粛清の提案者にして指揮官は発言者の方を向いた。 彼はどうやらその情報を何処かそれなりに遠くで手に入れたらしく、額に汗を浮かべている。 「落ち着け。深呼吸だ」 言われるがままに深く息を吸い込み、吐き、吸い込み、吐く。 それを何度か繰り返して落ち着いた男は、指揮官に言った。 「はい、間違いないそうです。クーロンの宇宙港からリークがありました。 彼は丁寧に艦を撮影までしてくれましたよ」 一枚の写真を渡す。ちらりと見て、指揮官は口元に手をやった。 男は彼が情報を疑っているのかどうか気になったが、違ったようだ。 「リークした奴に常識の範囲内でお返しをしてやれ。余り無理を言ったら宇宙を遊泳して貰うがね」 言いながら部屋を横切る。 「誰かに命じておきます。我々は出撃するのですか?」 ドアを開けて、一歩進んで外に出てから振り返り、彼は宣告した。 「そうとも、休んでなどいられない、すぐ出撃だ!」 「了解しました、大佐」 * * * 小隊長たちは宇宙港の外に出るとすぐさま、己の隊員に最後のチェックを要求した。 「武装を確認しろ。拳銃でも、強装弾なら装甲服を撃ち抜けるんだ。換えの弾倉を忘れるな。手榴弾を落とすなよ」 「水は持ったか? 向こうは人も多けりゃ熱気も凄いぞ」 「まさか、さっき配布した地図をもう失くした奴はいないだろうな」 「トラックの無線周波数は全員覚えておくんだぞ。お前以外に覚えてる奴がいなくなるかもしれないことを忘れるな」 全ての確認が終わり、小隊長たちは互いに頷き合うと、声を張り上げた。 「タイムハック用意! 五、四、三、二、一」 「ハック!」 全員の掛け声と共に、私物の腕時計の時間を合わせる。 「よし、乗り込め! 後は歩くか走るんだ!」 大型車輌の運転手はトラックに乗り込み先行、残りの兵は己の足で移動である。 宇宙港から繁華街までは十キロほど離れていたが、ギルドで精鋭と謳われた十二姉妹隊隊員にとって、 十キロとは遠い距離を表す言葉ではなく、散歩程度の距離である。 彼らの内それを面倒だと思った者は小隊長の目を盗んでトラックの荷台に乗り込んだが、寧ろ彼らは少数派で、 敢えて地を駆けて繁華街まで向かおうという男たちが過半数以上を占めていた。 「そういえば、あいつはどうなったんだ?」 走りながら、フェブ隊の一人が同僚に訊いた。 「あいつ? ああ、もしお前が言ってる男がジャニアリー隊の運が悪いあの男なら、宇宙港でもう拾われてる。 宇宙港からじゃなきゃ、連絡なんて出来なかっただろうよ。だろ? だからトラックに乗り込んでなけりゃ、何処かで走ってる筈だ」 「へえ、休み無しか。そりゃ、運が悪いな」 実のところを言えば、彼はしっかり休んでいた。 最初の連絡から次の連絡まで四時間半の時間があったし、実は今だってトラックの荷台に揺られて眠っているのである。 装甲服をつけず、銃なども持たずに走り続けた彼らは、大した疲れも感じない内に繁華街に辿り着いていた。 この繁華街というのは、クーロンという星で最も人が多く、物が多く、危険の多いところだ。 「俺たちはここでお別れだ。また後で会おうぜ」 ジューン隊を筆頭とする弾薬調達班が、太い道を曲がって行く。 仲間は互いに、ちゃんと働けよ、などと冗談を言って笑いあった。 次にジュライ隊小隊長を指揮官とする食糧確保隊が、繁華街に入って少し進んだところで止まった。 「我々はこの周辺で調達を始める。さっきも言ったが、無線の周波数は分かってるな? いつも通りだ」 さっきと同じように、軽口を返して彼らは別れる。 残ったオクト、ノヴェ、ディッセ隊は東へと進んで少ししたところにある広場で停止し、 トラックの運転手と助手席の者を除き、二時間後に一度ここへ集合することとの命令を受けて、散らばって行った。 殆ど全員が消えたことを確認して、あるトラックの運転手がシートベルトを外して尻を浮かせる。 「お前、何やってるんだ?」 意味が分からない、という顔で助手席の男が首を傾げる。 「いや、ただ待つのは苦手でね。時間を忘れられる魔法を持ってきたのさ」 そう言って彼が取り出したのは、一冊の文庫本だった。 * * * 「我が艦は指定位置にて停船中です。後三時間ほどで第一波の準備が整います。斥候は既に突入しました」 「斥候はどうでもいい。本隊の奴らの桃尻を引っ叩いて急がせるんだ。 三時間だと? 俺は短気なんだ、そんなに待てない。指揮官の言葉だぞ、副官」 「あなたは私に黒を白と言わせられますが、黒を白に変えられはしませんよ。私だって急いでるんです。急がせてるんです。 ビッグピンクからこちら、ずっと用意を進めてきたんですから。作戦の立案もやったんですよ。あなたの仕事です」 指揮官は、それだって怪しいもんだ、と嘯いて、自分の腰掛けている椅子の肘掛をとんとんと叩いた。 彼の言葉に副官は一瞬本気で憤慨しかけたが、浮かんでいる表情がからかうようなものだった為、 呆れて全身で脱力を表現してみせる。顔には薄い笑いがあるが、余裕のあるものではない。 「ま、それはどうでもいい。そこのガラス棚に入ってる缶コーヒーを一本くれないか。実は酷く眠いんだ」 「はい。しかし、眠った方が宜しいのでは? 攻撃までは時間が掛かりますし」 指を振って彼の言葉を否定する。瞼は半分まで落ちていたが、この男には眠る気は毛頭無いようだった。 分かってないな、と指揮官は言う。副官は憮然とした顔になる。 「攻撃の瞬間は興奮するだろう? 攻撃を指揮することは楽しいだろう? 勝利は正に美酒そのものだろう?」 「肯定ですが、その逆もある、ということを覚えておいて頂きたいですね。敗北は何を意味しますか?」 「可及的速やかな再起と勝利へ向かう歩みの開始。素敵だ」 沈黙が支配する。唯一の音といえば、どうしようもない一人の男が缶コーヒーを飲むものだけだ。 やっとのことで副官はそれから脱した。回れ右をして、部屋を出ようとする。 それを呼び止める。彼は足を止めたが、後ろを向こうとはしなかった。 「二時間後、第一波以外の兵員をガラガラの第一格納庫に集めろ。完全装備で。降りる準備をさせるんだ」 部屋を退出していく副官。指揮官の男は、やれやれと肩を竦めた。彼は冗談を真に受け過ぎだ。それが彼らしいのだが。 苛立ちを胸に溜め込んで、副官は廊下を歩く。このままあの指揮官とやって行けるのだろうか? 彼には時折、あの類のふざけた回答や彼の振る舞いが我慢ならなくなる時があった。 窓から見える広い宇宙に目をやる。この広さの前には自分の悩みなど小さなものだという歌があったな、などと思い出した。 「大尉、ボルツマン大尉」 自分の名前を呼ばれて、彼は声の方を振り返る。 そこには部下が一人いた。手に手に酒瓶を握り締めている。 「食堂で酒盛りでもやっているのか。特に許可のない限り、週に三度以上の酒盛りは規則違反だぞ」 「大尉、目の隈が凄いですよ。それに時計を見て下さい。今日は月曜日ですよ」 指摘されて、もう一度窓を向く。確かに凄い隈だ。私こそ寝る必要があるかもしれない。 部下の兵は心配そうに言った。 「大尉は真面目ですからね、ペトルッツィ艦長の言うことを一々本気にしてたら、疲れますよ」 「知ってたのか?」 「ドアはしっかりと閉めておくべきですね、大尉。秘密も何もありませんよ、半開きでは」 頭を掻く。どうやら、本当に私こそ眠るべきらしい、と彼は思った。 兵はちょっと赤らんだ顔を笑いで埋めて、酒を煽る。 「良ければ、私にもくれないか」 「どうぞ。まだまだありますからね、食堂に行けば幾らでも飲めますよ」 瓶を傾けて、喉を焼く液体を嚥下する。目が僅かに覚めてしまったが、時間が経てばより深い眠りに誘ってくれる。 中身を全て胃の中に流し込んでしまったことに気付いて、ボルツマンは兵に謝った。兵は大笑いをして許してくれた。 「ところで、ヴィート」 「何です?」 「今すぐ食堂に戻って、全員に伝えろ。二時間後までに三リットルの水を飲んで第一格納庫に完全装備で集合」 「了解。いよいよですね。やっちまいましょう、大尉。やっちまいましょうぜ」 彼は酒瓶を背後に放り投げようとして、目の前の人物に気付き、廊下の隅に置くだけに留めた。 これでいいんでしょ? という視線に対し、大尉は頷いて肯定を示す。 丁度彼らがそうしていた時、フェブは艦の作戦指揮室で、巨大なコンピュータを前にしながらうつらうつらと舟を漕いでいた。 コンピュータが画面に映しているのは、半径五十キロの動体情報。 プログラムによって条件に合わぬものは自動的に除外されているので、今は何の反応もない。 それ故、フェブはさっきから居眠りを始めていた。それどころか、今や本格的に眠り始めていた。 一瞬、遥か上空を表す区域で光点が一つ生まれ、発信音を出し、消えた。 「……ぅぇ?」 ぼーっとした顔でフェブは確認するが、その時にはもう完全に消えている。 彼女はもう一度目を閉じて、眠りに落ちた。 点滅する光点が発生。発信音。しかしフェブは起きない。 発信音と点滅の間隔が狭まって、画面の下へ降下していく。狭まっていく。急激に降下。 が、あるところで間隔の狭まり方が緩和した。それでも、段々と下へと降り続けている。 点滅と音の間隔がいずれ連続になり、そして、消えた。フェブは最後まで、目を覚まさなかった。 宇宙港西十五キロ。開けた土地に、一機の大気圏突入用舟艇が着陸していた。 ドアが開き、中から小さな人影が出て来る。数は三つ。 その人影は宇宙港の方向を確かめると、そちらに向かって尋常ならざるスピードで走り始めた。 * * * いやはや、警備という仕事ほど退屈なものは無い。これは俺の持論だ。 それも自分一人での警備を九時間となれば、もっと退屈になる。もう二時間近い。外は既に暗くなっているだろう。 我がエイプリル隊は自由行動の筈なのに、どうして俺だけが警備しなければならないんだ? ……分かってる。命令だからじゃあなくて、ちゃんとした理由がある。命令だからというのも十分な理由だが。 その理由というのも、下らない規則のせいだ。小隊長と来たら、端から端まで掘り返して来やがる。 戦闘になったら有能な男だが、あの性格は良くない。寝る時には靴を脱げ、だって? 酔って眠かったんだよ。 それは十日前の話だったし、非常時だから今の今まで罰は保留されていたが、丁度いいとか言いやがって。 今頃仲間は好きなことをやっているに違いない。俺の私物袋からウィスキーを出してなきゃいいんだが。 これがもう少し重要じゃない任務なら俺もすっぽかして遊んでるんだが、曲がりなりにも警備の仕事だ。 俺がいないと仲間を危険に曝すし、十二姉妹をも危険に曝す。それは避けたい。 だが、とも思う。だが、暖かい飲み物一杯を淹れて来る時間くらい、別にいいじゃないか? 辺りを確認した後、俺はこっそり艦内へと戻った。 小隊長や口煩い真面目タイプの仲間に見つからぬよう、隠密行動を心がける。 隊員食堂に行こうかと思ったが、やめた。絶対に誰かいる。あそこは誰もいない時間帯というものが存在しない。 となれば、十二姉妹専用食堂から失敬してくるか。これも駄目だな。 十二姉妹から盗む気にはとてもじゃないがならない。そんなことなら煮え滾る油を一ガロン飲み干す方がマシだ。 やっぱり隊員食堂か。乗り気じゃないが仕方ない。俺は何か飲みたいんだ。熱くても冷たくてもいいから、何かを。 足を速めて、入り口まで辿り着く。予想通りの混雑だ。結構結構。逆に隠れられるってものだ。 多大な苦労をしながらも、自動販売機群に出来ている長蛇の列へと進む。何飲もうかな。コーヒーもいいけど、紅茶もいい。 運良く列が短いところに潜り込めたので、あっさり手に入れられた。 どれを選んだかについては、商品を目にしても迷ったのでどうせだからと両方買った。 と、ヤバい。小隊長がいた。こっちには気付いてないが、バレるといけない。 帆を掛けて逃げ出そう。見つかれば、奴は俺に猛烈な懲罰とやらをくれるだろう。 そうなったら最後だ。残り一生、自分のクソの始末も出来なくなる。 努めて人を押し退けないようにしながら、俺はそこを抜け出した。後ろを振り返らずに、廊下を走って逃げる。 もう大丈夫だろう、というところまで戻り、缶コーヒーを開けた。走ったせいで喉が渇く。 暖かいそれを飲みながら歩いて警備位置まで戻る最中、年末三姉妹に会った。 彼女たちは何故か、訳有って呼ばれない限り普段は立ち入らない機関室への道を進もうとしていた。 因みに立ち入らないというより、立ち入らせて貰えない、の方が正しい。悪戯されると洒落にならないからだ。 俺が声を掛けると、彼女たちは同時に、ぴったり同時にこちらを向いた。 「そっちは立ち入り禁止ですよ」 「「「ちぇー」」」 流石三つ子だ。声もぴったり。 三人は食堂の方に歩いていった。俺はそれを何となく見ていて、ふと気付いた。 靴だ。おかしい。どういうことだ? 三人の靴には土が付着していた。床を見ると、僅かに散らばっている。 しかし仮にも姉妹の一員だ、エイプリル様の言葉を守らない訳がない。こういう状況下にもなれば、特に。 俺の混乱は、食堂とは反対側から年末三姉妹がやって来たことで余計に発展した。 目を白黒させる俺を不思議そうに見つめ、囁きあっている。 「ねえねえノヴェ、この人どうしたの?」 「知らない。ディッセは分かるー?」 「分かんなーい」 俺は、あれを幻覚と幻聴だと思うことにした。こっちに本物がいる以上、あちらは気のせいの類だろう。 「ああいえ、ただの気のせいで」 「で、警備を放棄するのも気のせいか?」 やあ小隊長。後ろに立つのは怖いから止めなよ。尾行して来たのか? 「それも気のせいですね」 更に三時間警備を延長された。 * * * フェブは、マーチによって作戦指揮室に運ばれてきた飲み物と食事に文句をつけた。 「これがフレンチロースト? この冷えたコーヒーの方がマシですわよ」 「この艦ではね。ドーナツは?」 「貰いますわ。ところで、あなたも食べる気なんですの?」 頷いたマーチの為に、椅子を一つ引っ張ってくる。 彼女はそれに腰掛けて、チョコレートでコーティングされたドーナツを一つ摘まんだ。 フェブも紙コップに満たされたやたら苦くやたら黒い飲み物を飲みつつ、口直しにドーナツをかじる。 意味も無くコンピュータを見るが、何の情報も表示されてはいない。 「敵影無しのようね」 「今のところは、ですわ。もしかしたら、もうすぐ来るかもしれませんもの。 とても、気を抜いてはいられませんわね」 さっきまで寝てたくせに、とマーチが言った。それを無視するフェブ。 が、もう一度繰り返して言われて、反撃を開始する。 「あなたは遊んでいたんじゃありませんの? 働いていた者に向かってその言い草は──」 ぞくりと、彼女の体に悪寒のような刺激が走った。 これは。これは、知っている。この感触は知っている。この感触を覚えている。 彼女が感じたものを裏付けるように、コンピュータのスクリーン上に光点が一つ発生した。 「マーチ! エイプリルに連絡して警報を!」 「分かった」 マーチが通信を始めるのを確かめもせずに、フェブは己の能力たる広域レーダーを周囲に出力した。 黄緑の板が目前に広がる。赤い光点が、一つ発生している。 いや、一つではない。二つ。三つ。四つ。五つ六つ七つ八つ九つ十十一十二十三十四十五十六──目視では数え切れない! ──フェブ? 何があったんですの? エイプリルの声が響いた。答えられず、フェブは画面を凝視し、何とかして数えようとする。 十七十八十九二十二十一二十二二十三二十四二十五二十六二十七二十八二十九三十三十一三十二三十四三十五三十六三十七三十八三十九 四十四十一四十二四十三四十四四十五四十六四十七四十八四十九五十五十一五十二五十三五十四五十五五十六五十七五十八五十九六十! ──フェブ、報告しなさい! フェブラリー! エイプリルが怒鳴って、彼女はやっと我に返った。知らず噛み締めていた歯を圧力より解放する。 「ほ、報告します! 敵大気圏突入用舟艇団が広域レーダー網に侵入、いえ、侵入中! 凄い数ですわ!」 ──数はどうなっていますの? 舟艇の大きさは? 個人用ですの? 落下ルートは? フェブは叫び声を上げた。 「数は不明、数は不明ッ! レーダーを埋め尽くしてます! 繁華街の方にも……大きさは殆どが分隊用、宇宙港への直撃コース!」 ──スピードは? 到着時刻は? 「正確なスピードは不明、落下に近いと思われます! ち、地表との衝突まで残り十五秒!」 エイプリルが息を呑む音がして、やっと警報が鳴り始める。 『警報レベル五。警報レベル五。全ギルド兵は完全武装し所定の位置に付け。警報レベル五。艦内への敵の侵入の危険あり』 『繰り返す、警報レベル五。全ギルド兵は全ての職務を放棄することを認める。警報レベル五。各小隊長又は姉妹の指示に従え』 『警報レベル五。戦闘の可能性あり。装甲服を着用せよ。完全武装せよ。小隊長は艦橋にて指示を受けよ』 ──フェブ、マーチと一緒に艦橋に来なさい! 早くッ! リーダーの声も全く耳に入っていない。マーチが駆け寄って立たせ、無理矢理引っ張っていこうとする。 「あ、あ、衝突まで十、九、八、七、六、五、四、三、二、衝突、今ですッ!」 爆発にも近い音が発生し、それと共に立っていられないほどの揺れが発生した。 * * * 「一体あれは何なんだ?」 僕は知らず口に出した。横で弾薬をトラックに積んでいた仲間が振り返り、空を見上げて、同じことを言う。 ギルド兵とは知らずに先程まで値下げ交渉に臨んでいたコヨーテも同様だ。 空を埋め尽くす白。繁華街の光はそれをより見易くしてくれる。僕たちにはあれが何なのか思い当たる節があった。 「分隊突撃艇」 小隊長が歯軋りして言葉を漏らす。僕も心の中で同意した。あれはそれだ。それしかない。 本当は大気圏突入用舟艇分隊用が規定された呼び名だけれど、現場では誰もそう言わず、分隊突撃艇と呼称する。 その方が格好いいし、突撃の文字は士気も上げてくれたからだ。 今、僕たちはそれの襲撃を受けている。なるほど、これが奴らの気分か。僕たちの敵だった者の気分か。最悪だ。 周りを見る。コヨーテは姿を消していた。何処に行ったのかは知らないが、 我々が最後の調達場所に選んだ『アンディの銃器店』の中ではないらしい。好都合という奴だな。 小隊長も考えは同じだった。 「ハンス、ゴッドボルト、運転手たちに地下駐車場へトラックを隠せと言え。 シグリッド、俺たちはこの銃器店を占拠し敵の襲撃を凌ぐぞ。 トラックの無線で食料班と燃料班にそう伝えろ。地図の座標を送信するんだ」 「了解。おい、急いで残りの弾薬を積み込むんだ! ヴィンスは店の窓に重機関銃を設置しろ、全方位に向けてな。 ヴィクトール、ヴィンスを手伝ってやれ」 僕はヴィンスを手伝い、三階建て銃器店の三階から見える南の太い道路に向かって五十口径を設置し、 東西から来る細めの通路に向けて三十口径を設置した。当然ながら、北にも三十口径を置いた。 作業を終えて戻ると、銃器店から拝借した武器の配給を始めていた。 銃はコヨーテの集めるものらしく旧式が大半を占める。 まあ、十二姉妹だってルガーを使ってたりスパスだったりするし、 使えと言われたなら僕たちは先込め銃だって使って戦えるからどうでもいいんだが。 それでも、大して銃の種類がバラけてない辺りは評価しよう。 これで弾が合わないせいで棍棒にしか出来なくなるかもという心配からほぼ解放される。 僕が配給されたのは突撃銃一挺に弾薬四百二十プラス既装填の三十発、手榴弾三発だった。拳銃はもう持ってるからな。 そしてこの突撃銃、M4カービンが中々泣ける。 何が泣けるって、新品なのはいいのだが、グリースが付いてるくらいの新品なのだ。 よって、照準は調整されていない。戦いながら合わせるしかあるまい。 指揮官のジューン隊小隊長はここに来た敵に待ち伏せを掛ける気だ。銃声なんて聞こえりゃ、失敗するに決まってる。 取り敢えず僕は銃器店に入って、ダットサイトを探すことにした。あれがあれば、照準直しにも射撃にも使える。 店内を探して回る。が、見つからない。そういうアクセサリは置いていないのか? 舌打ちをして、僕は壁を蹴った。と、崩れる。周囲の視線集中。やらかしちまったか? 「何とまあ、お手柄だな」 ジューン隊の一人がそう言って僕の肩を叩いた。皮肉かと思ったが、違った。 彼が指差している先には箱が沢山あった。そこには何か書いてある。 ある一つの種類の箱の一群には『Raketenpanzerbuchse』『RPzB 54/1』とあり、 その隣にあった箱の山にはこうあった。『Panzerfaust 100』。 僕は腕組みをして感心していたジューン隊の男ににやっと笑いを見せて、 これらの対装甲攻撃手段となる素晴らしい発見物の物色に走った。 ダットサイトは後で仲間が見つけてくれた。 * * * 分隊突撃艇で降下しながら、俺は思った。リークした奴は何を考えたんだ、本当に? 彼の分隊は全員でリークした奴の言葉を録音したテープを聴き、大笑いしたものだ。 彼は十二姉妹隊を一個か二個の中隊規模だと思っていた。これが笑えるポイント一。 彼は十二姉妹隊を単なる反逆者共だと思っていた。これが笑えるポイント二。 彼は十二姉妹隊の位置を教えるだけで人生の勝利者になれると思っていたようだ。これがポイント三。 ふざけるな。 彼らがただの反逆者共だと? 一個か二個中隊ほどの規模だと? 情報を伝えるだけで人生の勝利者? 最後はどうでもいい。それは個人の価値観が関係するからどうでもいい。 出来れば彼に教えたかったものだ。十二姉妹配下のギルド兵の規模を。 彼が何を見たのか知らないし、何を知っていたのか知らないが、彼らは一個大隊に中隊一つ分くらい足りないだけだ。 そして統率者。マルチアーノ十二姉妹。今はエイプリルというお人形がリーダーらしいが、彼女たちも問題だ。 銃弾を無効化する体。恐るべきその単純な力。人間にはない特殊な能力。機械故の精密性。 どれをとっても最高級に敵にしたくない相手だ。 配下のギルド兵だって怖い。選び抜かれた精兵。衛生兵から伝令兵までがだ。 勿論、俺たちだって精鋭兵さ。その証拠に、このクソ溜めに突っ込まれても生き残る気でいる。 こいつが一級の精鋭である証拠じゃなかったら、何だってんだ? 「上陸一分前だぞ。俺たちが上陸部隊の先遣隊の最終便だ。数時間後に第二波、本隊が降下する。 俺たちは敵が腰を抜かしている隙に辺りを確保しなければならん。 確保次第、連絡し、その二分後には強力な本隊の一部が着陸する。 武装八輪装甲車を含んだ強力な部隊だ。俺たちは何としてもこの一帯を確保しなくちゃならないんだ」 「ヴィート分隊長」 シートベルトでぐるぐる巻きにされた部下が発言許可を求めた。 俺はそれを言え、の一言で許可する。 「何故一気に送り込んでしまわないんです? 兵力の逐次投入は最大最悪の愚ですよ」 「理由を教えてやろう、ティリンギャースト。 市街地に突っ込ませて無事な車輌輸送用突撃艇がスーパーマーケットで売り切れだったからだ」 「どうも」 彼の心底どうでもいい質問を終わらせて、作戦についての説明を続ける。 もう上陸四十五秒前だ。 「まず我々は、スキャンによって確認した最新のデータによる支援を受け、 繁華街北部に東部、それに中央部の敵兵を制圧する。降下地点は南部に広がる平野地帯になるだろう。 西にある母艦は既に特殊選抜隊六十名のギルド兵と特別兵七十一名が襲撃しているから心配するな。 我々十二名は降下後、第一小隊の傘下に置かれる。 近くに降下して指揮センターを設置している筈だから、まずはそれを探さなくてはならない」 手が上がる。ティリンギャーストだ。またお前か、お喋り野郎。 「コースが逸れて建物に突っ込んだ場合、大丈夫なんですか、この艇は? 二年前はそれで死に掛けましたよ」 「例えば大丈夫だったとしよう。その場合全く心配ない、だろう? そしてもし大丈夫じゃなかったら? 俺もお前もくたばるだけだ。一瞬だから痛くない。良かったな」 降下前になるといつも彼はお喋りになる。それがこいつの欠点の一つだ。 機内表示によれば、残り二十五秒で着陸するようだ。外は暗いだろうか、明るいだろうか。腕時計を見る。十七時そこら。 なら、もう暗いだろう。クーロンはそういうところだ。 「降下前最後の点検だ。マック、ヘルメットは正しく被っておけ。死ぬぞ」 「了解、サー」 「スタインベック、お前降下は何回目だ? その顔を止めてヘルメットを被るんだ。葡萄農家の怒りを表現してるのか?」 「いいえ、ただこのGが嫌いで。ヘルメットを被るともっと酷いんです」 「いいから被るんだ。死ぬよりはいい。ティリンギャースト、手を上げて発言許可を求めるな、俺が困る。 着陸まで残り十五秒だ。舌を噛み切るなよ。衝撃に備えろ。何度も言うが、ティリンギャーストはその手を下ろせ」 * * * 「フェブ、この艦橋を臨時司令室にしますわ。あなたはここで情報支援をお願いします。 作戦指揮室まで回す人員がいないんですの」 「分かりましたわ。エイプリルは?」 彼女は手に握った銃を見せた。それでフェブは理解した。 フェブと艦橋に来る途中ギルド兵に呼ばれてそちらに行ったマーチが遅れてやって来て、 自分の銃にボルトを引いて初弾を装填しながら報告する。 「四つある艦への入り口の内、南の一つは破壊した。東はメイ隊が守備中。西はエイプリル隊。北は私の隊。 報告終わり、私は北に向かうわ。メイは既に東にて警戒中。ジューンもそこにいる。ジャニアリーは北。 オーガストとオクトたちはニルソン様の保護へ向かった。ジュライは不明」 「了解。フェブ、ここのことを宜しく。私は西で指揮を──」 「それは賛成出来ない。エイプリルはここで全部隊の指揮をするべきだと思う」 エイプリルは反論に少し考え込み、その考えの方が理論的で、合理的で、つまり尤もだと結論した。 彼女は前言を撤回するとジューンに連絡し、西でそのエイプリル隊の指揮を頼む旨を伝える。 ジューンは快諾し、急いで向かうと通信した。マーチはその間に、艦橋から姿を消した。 「フェブ、艦周辺の詳細スキャンを生命反応のみに絞って行って」 「了解」 様々な表示が展開される。エイプリルは見えてこない状況に爪を噛もうとして、それは淑女のすることではないと思い直した。 エラー音が鳴り響き、フェブが舌打ちする。何度やっても、エラー音が鳴った。 「どうしたんですの?」 「分かりませんわ。分かりませんわ! せ、生命反応が、生命反応が『無い』んですの!」 「無いですって?」 その意味が少しの間分からなかった。生命反応が無い? ということは敵は空の舟艇を落としたのか? 顎に手を当てて意味を考慮する。空を落とすメリットは? ダミーにしてもすぐバレる。それこそ無意味だ。 それではなんだ? 武装? それなら壊れないようにもっとゆっくり落とす筈だからこれも違う。 と、頭の中で銃声と聞き慣れた女性の声が聞こえた。 ──エイプリル? エイプリル! こちらジャニアリーですわ! 北侵入口でマーチたちと共に交戦中! 「ジャニアリー、こちらのモニターに連絡して」 ──了解! 声と同時に、モニターに現在ジャニアリーの見ている映像が映る。彼女は遮蔽物の後ろに隠れているようだった。 『敵は多数の模様、敵は多数の模様! 頭を上げられませんわ! 敵影すら確認出来ず! 支援を!』 「フェブ?」 視線を向けるが、彼女は何が何だか分からない顔だ。 モニターの向こう側で支援を求めるジャニアリーに応答しながら、エイプリルは必死で頭脳を回転させた。 考えろ。敵がいる。それは確かだ。だが周辺に生命反応は無い。それはどういうことか? 答えは気付いてみれば簡単だった。エイプリルは拳を握り締めた。 「フェブ、私たちの反応で調べてみてくれるかしら」 「了解。けれど……ッ!」 彼女のレーダー領域に、大量の光点が発生していた。 そして、上空から新たな舟艇が降下しているようだ。通常のスピードで降下してくる。 「これが答えということね」 エイプリルとフェブは、敵が十二姉妹と同じものを投入して来たことを確信した。 それも、大量に。
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数々の組織を倒し、大四国の隣に、ネオ淡路として服属した元四国 中国地方に復帰したラピュタなど、日本は平和になったと思われた矢先 テリブルのパンチで山口県が塵とかし、ドラウジネスの力により、ネオ淡路の人口の半分は決してさめることのない眠りに見舞わ れる事態が発生 さらに、虚空から再び闇が広がり、森と青に甚大な被害をもたらす 西園寺の恐れていた事態がついに発生した タルタロスがついに動き出したのである これが死を操るタルタロスとの激しすぎる戦いの幕開けであった
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ルガンガ便一勉強会・宣戦布告 2012年7月22日 於:阿佐ヶ谷地域区民センター 一、二次元餅 便一 一、三軒長屋(上) くう朝 一、三軒長屋(下) 便一 ~中入り~ 一、胴切り くう朝 一、改心(O・ヘンリー) 便一 ルガンガ便一氏とのリレー落語、噺自体が難しかったなあ まあ、たかが落語、命まで落とすことはない(←あまりウケなかった)
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蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~ ◆Qz0e4gvs0s 金属バットを叩きつけられた少女の体から、鈍い音が耳に届く。 出血こそしていないが、僅かに覗かせる腕の先が青く腫れているのは確認できた。 気絶したことに気付かないまま、稟は少女の腕目掛けて何度も腕を振り下ろす。 その度に、少女の口からまだ生きていると主張するような息が漏れる。 (まだだ! まだ生きてやがる!) ここで手を休めて反撃される事を警戒した稟は、容赦なく少女を叩く。 一撃振り下ろされるたび、少女の腕は表面上の面積を増していった。 それとは反比例するように、腕の厚みは段々と薄くなっていく。 少女に触れたバットを振り上げるたび、赤い何かが糸を引くように宙に舞う。 やがて、皮膚が破けてピンク色に変色した部分に狙いを定め、トドメとばかりにバットを振りかぶる。 だが、痺れの残っていた腕は狙いから大きく外れ、少女ではなくアスファルトを叩いてしまった。 怒りを一直線に振り下ろした力の反動に、上半身が前のめりになる。 稟は咄嗟に足腰に力をいれ、転倒しないよう歯を食いしばって空を見上げた。 少女を見定めていた景色が空へと切り替わり、眼球が頭上の太陽を捉える。 太陽は稟を焦がすように力強く降り注いでいた。 さすがに直視することも出来ずに、視線を地面に戻す。一瞬、地面が黒く染まる錯覚を起こした。 「しまった――」 この隙に襲われるのを恐れ、稟は必死で金属バットを振るう。 少女が気絶しているのを知らない稟は、必要以上に警戒し興奮していた。 全身から汗が吹き出て、皮膚が一斉に呼吸を加速させる。 湿った皮膚は痒みを発生させ、その痒みは喉から全身へと伝わる。 一番痒みを訴えてる部位は、左腕の肘から手首にかけてだった。 幸いなことに喉の痒みは慣れてきた事もあってか優先順位が下がっている。 (はぁ……はぁ……) 意識を失い掛けるような痒みに耐えられず、バットを地面に投げた稟は左腕に右手の爪を力一杯立てる。 自分が今何をしようとしているのか、全く考えてはいない。 稟は本能が命じるまま、左腕に深く食い込んだ爪を、手首まで一気に引き降ろす。 ぱっくりと一文字に切断される皮膚。 次の瞬間、稟の腕から赤黒い蟲が稟の顔面目掛けて襲い掛かってきた。 「づあぉぉぉぉぉォァアアアアアアアアアアアアアア!!」 顔に群がる蟲を払いのけ、稟は状況を必死で把握する。 蟲の出所は、おぞましい事に自分自身の腕の中だった。 しかもその数が異常だった。数十匹でも驚くのに、その数は軽く千匹を超えている。 稟の蟲から這い上がってきた蟲達は、丸い瞳で一斉に稟を見て微笑む。 まるで、産みの親を見るような視線を向けてくる。 稟は病院で倒れて以来忘れていた。体はかなり前から危険信号を発していた事を。 それを見逃し本能に体を委ねた稟のツケは、既に払いきれるものではなくなっていた。 「くそぉ! くそぉぉぉ! はなッ! 俺の体から離れろぉぉぉぉぉぉ!」 ぱっくりと開いた左腕の中に右手の指を這わし、必死で蟲を掻き出す。 稟の指を妨げるかのように、束ねられた赤い筋が壁を作る。 その束を無理矢理引きずり出し、可能な限り蟲を外に追い出す。 けれども、掻き出すよりも蟲は湧く速度の方が勝ってしまう。 「アアアア! なんなんだよ! どけッ! どけぇぇぇぇええええ!」 喉が割れんばかりの絶叫とともに、稟はバットを拾って右手に握り直す。 そして、左手の傷口目掛けて力の限り振り下ろした。 傷口に潜り込んだバットの先端が、稟の骨を直撃した。 左腕から全身に伝わる痛みに、稟は視界が割れたような錯覚に陥る。 それだけの痛みを負ったにも関わらず、蟲達は相変わらず稟の体中にこびり付いていた。 まるで自分のねぐらだと言わんばかりに、蟲達は稟の体内を元気に動き回る。 内から侵食されていく恐怖に、稟は言葉にならない金切り声を挙げた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 痛みと絶叫で意識を取り戻したあゆは、地面に倒れながら怯えていた。 自分の潰れた腕にではない。目の前の男の狂気にだ。 (いやだぁ……痛いよぉ) 見ている自分が痛くなるような錯覚を受けるほど、その様子は痛々しかった。 あろうことか、男は自分の腕の傷に指をねじ込み、そこから肉を引き伸ばし血を撒き散らしているのだ。 飛び散る鮮血が何度もあゆへと降りかかる。 額に落下した血の雫は、ゆっくりとあゆの額から頬を伝い、口へと垂れていった。 その味は、小説に出るような鉄錆ではなく生温かくて塩辛い。 (こわい……怖いよぉ) 出来ることなら泣き叫びたかった。許されるなら謝罪したかった。 なにより、生き延びて誰かに助けてほしかった。 だが、そんな願いを塗り替えるように、男の鮮血があゆに滴り落ちる。 恐らくあゆが少しでも動けば、男は確実に気付くであろう。 地面に撒き散らされた血の中で、救われぬまま骸となる自身の姿が容易に想像できる。 その狂気が自分へと向けられるのを恐れ、あゆは必死になって沈黙を続けた。 だが、沈黙を守ろうとすればするほど、忘れていた肉体の悲鳴がそれを破ろうとする。 背中の焼ける様な痛みと、潰された右腕の痛みが交互にあゆを虐める。 精神が限界にきていたあゆは、我慢することも出来ずに大きな悲鳴をあげた。 その声は、男の叫びと重なり周囲に響き渡る。 「やぁぁぁぁぁぁッ――やぁぁぁあぁああああああ!!」 右足首に殆ど力が入らない。立ち上がることが出来ずに、あゆは前に転がる。 それでも、近くにあった壁に肩を擦り当てながら、必死になって立ち上がった。 一度だけ後ろを振り返る。男はこちらに気付いたが、こちらを睨むだけで走ってこない。 逃げ出すチャンスは今しかなかった。 右足を引き摺り、潰れた右腕を左手で抑えながら、あゆは南東へと走った。 「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」 背中から迫る怒声を浴びて、下腹部が痛くなる。 距離がどれくらい離れているかは判らない。ただ、恐怖は確実に迫りつつある。 背中から流れる冷たい汗が服に張り付く。呼吸もまともに出来ない。 それでも、あゆは走り続けた。走るしか選択肢がなかった。 ふと、視界が正面でなく地面へとぶれる。 そこでまた、背中から流れる汗があゆを濡らす。 地面には、必死に動く自分の影と、それを突き刺す様な尖った影。 距離が近い……男は、もうそこまで来ている。 追いつかれる前に隠れようと、あゆは必死になって周囲に隠れられる場所は無いか探す。 だが間の悪いことに、現在走っている位置には隠れられる場所がない。 闇雲に走っていたせいで、隠れる場所がたくさんあった住宅街を抜けてしまったのだ。 引き返す訳にもいかず、あゆはおぼろげながら記憶に残っている地図を思い出す。 どれだけ進んだかは分からないが、目立つ建物がない以上、もっと走らねばなるまい。 が、走っている最中に余計な考え事をしたためか、後ろの影があゆの影にのしかかる。 鞭打ってきた足だが、右足は走りながら見て解かるくらい紫に腫れあがっていた。 心臓の打つ音は、一拍置いているのも判らないくらい鳴り響いている。 いっその事、止まって楽になってしまおうかという考えも頭を過ぎる。 だが、先程行われていた男の狂気を思い出し身震いする。楽になどなれはしないだろう。 だから少しでも離れられるように、あゆは体を前に傾け走り続けた。 (え?) 確かに体を傾けたのはあゆの意思だった。だが、体は傾くどころか倒れるように地面に迫る。 そう思うと同時に、腰だけが前に押し出されていく。 脳からくる信号が遅くなり、ようやく届いた重要な信号。それは、骨が砕けるような鈍痛。 「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」 「いぎゃぁぁあああああああああ!!」 勢いのまま顔面からアスファルトに飛び込んでしまう。その拍子に額の皮がめくれて、地面に血が滲む。 口から飛び出た塊を見て、心臓が押し出されたと錯覚してしまう。 何をされたのか、後ろを見ていなかったあゆは理解できていなかった。 唯一解かったのは、また男に追いつかれてしまったと言う事。 この時、あゆは場違いなほど別のことを思い出していた。 それは、この島に連れて来られる前にしていた、タイヤキを盗んだ時のような鬼ごっこだ。 あの時も、タイヤキ屋のおじさんに捕まらないように必死で逃げていた。 状況はずいぶん違うが、やっている事は殆ど変わらない。 違うのは、捕まったら怒られるのではない……ただの死体になる。ただそれだけだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 自分の体から一斉に蟲が飛び散る光景に恐怖を抱きながらも、稟はするべき事を忘れていなかった。 顔面にこびり付く蟲の死骸を拭い去り、少女へと向き直る。 「!」 地面に伏していたはずの少女がどこにもいない。思わず身構えて周囲を警戒する。 そんな稟の視界に飛び込んできたのは、半身を引き摺るように逃げる少女の姿。 生きているのはなんとなく判っていたが、まさかまだ動けるとは想像していなかった。 それに、こちらを殺すつもりならば、先ほどまで無防備だった自分に仕掛けてきても良かったはず。 と、稟の脳裏にある結論が閃く。 (そうか、俺の体にこんなもの仕込んだのは……) 湧き上がる怒りを抑えることなく、稟は雄叫びをあげる。 「おまえだぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!」 痛みも忘れ、再びバットを握り直す。 そして、一歩踏み出したところで体がぐらっと揺らぐ。膝が笑いながら地面に着く。 すぐに立ち上がろうとするが、酷い眩暈と痺れで力が入らない。 また呼吸も苦しく、口の中にコンクリートを流し込まれた様な感覚に陥る。 その間にも、少女との距離がみるみる開いていってしまう。 「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」 普段の稟からは考えられないような濁った声が、走る少女へ向けられる。 今度こそ立ち上がり、バットを握り締めて走り出す。 ふと、眠った蟹沢を置いていって良いものか悩んだが、大丈夫だと強引に結論付ける。 これだけ騒いでも意識を取り戻さないならば、麻酔はまだ効いていると考えていい。 蟹沢の手に光っていた投げナイフをもぎ取り、デイパックは投げ捨てる。 (あの女を殺したら戻ってくるぞ蟹沢!) 苛立ちのまま喉を掻き毟り、稟はその赤く染まった手を強く握る。 喉の傷口からは、新しい蟲達が心配そうに稟を見上げつつ地面に垂れていった。 稟はあえてそれを見ないようにして、がむしゃらに足を動かした。 だが、予想以上に少女の足が速いのか、それとも自分の足が遅いのか、全く距離が縮まらない。 ただ無闇に、呼吸だけが激しく繰り返さる。その周囲にある空気を吸い尽くさんばかりの勢いだ。 それでも、周りの景色から建物が消え始めた頃、ようやく距離が縮まり始めた。 少女の走りも、もはや走るというより早歩きという速度まで落ちている。 ゆっくりと、稟と少女の影が重なっていく。 (まだだ、まだ……) 右手に握ったバットを打者のように構える。射程圏内まであと少し。 (もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ――) まずは稟の頭の影が、次に肩が、上半身が、そして両足までもが少女と重なる。 (今だ!) その瞬間、稟の構えたバットが少女の腰目掛けてフルスイングする。 芯を捕らえたような確かな反動が稟の手首に響く。 「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」 「いぎゃぁぁあああああああああ!!」 転倒した少女の口から叫び声とともに、白く濁った汚物が吐き出された。 苦悶の呻き声をあげながら、それでも少女は這いずりながら前に進んでいく。 それを見た稟は、逃がさないようにとバットを振り上げ―― 「この人殺しぐるぁぁァァァァァァァァァァ!」 「うげぇェぉッ! ぉぇぇぇ!」 少女の治療を施してあった左肩目掛けて叩き落とした。 蟲の死骸で赤黒かったバットの先端が、新しい蟲の死骸に塗り変わる。 直撃を受けた少女は、口から泡を噴き出しながら痙攣を始めた。 一方の稟だが、少女から飛び出てきた蟲に驚き攻撃が続けられない。 (この女の中にも!?) 蟲が侵入していたのは自分の体だけではなかった。全身から嫌な汗が流れ落ちる。 非常識過ぎる光景に、稟の想像は嫌な方に働く。 それは、この島に連れて来られた全員に蟲が注入されたのではないかという事。 と、その推理を否定する光景が脳裏に浮かぶ。 (シアが死んだ時……どうだった) 最愛の人が首を爆破された時、彼女の体から流れたのは間違なく血だった。 なら、何かされたのは『部屋を出てから』だ。 部屋の外に出されてから今に至るまで、自分の身に何が起きたのだろう。 今になって不安と恐怖と焦りが稟を縛り付ける。 そんな事を考えていた稟だったが、ふと、口の中に並ぶ嫌な感触に気付く。 (何が……何が!?) またも目の前の少女を置き去りにして、稟は必死で口の中に手を突っ込む。 手を入れて当たった『それ』は、侵入してきた指先に牙を向けた。 「ッ」 口の中に潜んでいた新たな敵に背筋が凍る。 赤黒い蟲ではない。もっと大きくて硬い何か。 その中の一体を、稟は力の限り穿り出す。敵も、抵抗しているのかなかなか譲らない。 「ぐぉぉぉ」 低い唸り声を吐き出しながら、稟は指先に力の全てを込める。 神経が切れていくような痛みの中、ようやく敵の反撃が収まった。 口の中から、ずるりと何かが抜け落ちていくのが解かる。 爪の割れた指を、ゆっくりと口から取り出す。そして、摘んでいた敵を睨みつける。 そこでまた、稟は恐ろしいまでの戦慄を覚えた。 指先に挟まれていたのは、おぞましくも白く硬い生き物の死骸。 今はピクリとも動かないが、数秒前までは、こんなものが自分の口に住んでいたのだ。 (違う。まだ……) 稟は再び口の中に指を這わせた。ゆっくりと、口の中で並ぶ生き物に触れる。 強く押すと、こちらの神経を削るような反撃を見せた。 この時点で、稟は自分の体が異常である事を全身で理解していた。 それでも、その異常に屈する訳にはいかなかった。だから、稟はすぐさま行動に移す。 自分の体を良いようにされて、黙っていられるわけがなかった。 「……!!」 持ち替えていたバットを両腕で握り、その先端を自身の口に向けた。 侵入者が逃げられないよう、しっかりと口の中で押さえつける。 そして、腕が伸びるギリギリまで距離をとると、鐘突きをする要領で口の中へ…… ◇ ◇ ◇ ◇ 意識が朦朧とする中、あゆは目の前の男がまたも狂気染みた行動に出ているのを眺めていた。 というよりも、傷つき倒れたあゆの選択肢の中には、眺めている事しか残されていなかっただけである。 止める事も叫ぶ事も許されない。悪夢のような光景を。 その男は、先程と同じ様に持っていたバットで自分を叩き続けるのかと思いきや、口の中に指を入れて動かなくなったのだ。 バットといえば、叩かれたはずの肩に痛みがない。 地面に流れるのは自分から出た血だと確認できるのに、痛みだけは確認できない。 左肩はそれ以前から感覚が麻痺していたが、右腕も潰されたせいで駄目になったようだ。 正直、直視するのも嫌なのだが、痛みが無くなったのは幸いだろう。 それに、転倒する直前に感じた腰の痛みも治まっている。 それがどういう意味をもたらしているか理解していないあゆは、ただただ喜ぶ。 これは逃げ切るために、神様がくれた最後のチャンスかもしれない。 そう思うと、あゆは呼吸すら止める覚悟で男の近くから体をずらしていった。 今度こそ声を出さずに逃げ出そうと、上半身をゆっくり起き上がらせる。 (あ、れ?) だが、起き上がるため力を入れようとした足が上手く動かない。 一応は動くものの、大地を踏みしめている感覚が感じられないではないか。 そもそもよく考えてみれば、この状態で痛みを感じないというのはおかしいのだ。 原因は不明だが、あゆの体から痛覚がごっそり抜け落ちたようである。 これが日常だったら、急いで病院に行かなくてはと思うだろう。 だが、現在置かれている状況の中、最優先なのは逃げ出す事。 だからあゆは一目散に逃げ出した。体の悲鳴に知らん振りをして。 逃げ切っても無事である保障は無いが、ここにいて生き残れる可能性のほうがもっと無い。 竹馬に乗ったような感覚で、どす黒く変色した両足を前に進める。 一瞬だけ、男が追ってこないか確認する。 その視線の先では、男が金属バットを喉まで押し込み、狂ったように笑っていた。 足元には、粉々に砕かれた男の歯の欠片が、血の池の中で散らばっている。 (にげ、なきゃ……) 幸い、男は顔を地面に向け血を吐き出している。まだ気付いていない。 一歩。一歩。足の回転が少しずつ早くなっていく。 (早くッ! お願い早く動いて! ボクの足!) 上手くバランスをとるため、まっすぐ走れず地面を旋回する。 男の追ってくる影はまだ無い。距離は広がっていく。 それでも、この距離ではすぐにまた捕まってしまう。 後ろから聞こえる男の叫び。呻き。狂気……全てがあゆに向けられる前に。 潮風は、すぐそこまで来ていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 地面に落下していく白い生き物の死骸を眺めながら、稟は勝利の笑い声をあげた。 気持ち良いぐらいに豪快な笑い声である。 同じように潜んでいたのか、大量の蟲達が白い生き物に絡み付いたまま堕ちていく。 ある程度口から汚物を吐き出すと、口元に手の甲を当て拭う。 両手の皮はボロボロに捲れ上がり、桃色の肉が顔を出していた。 痛みはあるが、今はそれが心地よかった。 そんな良い気分を妨げるように、右手の甲にこびり付いた蟲達が一斉にざわめく。 見れば小さかった蟲は今まで以上に醜く成長し、自分の爪の隙間から入り込もうとしてる。 軽く興奮していた稟は、左指人差し指と親指で右手の爪を固定し、一枚ずつ綺麗に剥がしてく。 爪が剥がれると同時に、入り込もうとしていた蟲達は弾けた様に飛び散る。 「はは、ははは、はーっはははははははっ!」 花占いをするように、稟は右手の爪を容赦なく剥き続けていく。 一枚ごとに体は痙攣を起こし、目の奥が燃えるように痛い。 それでも五枚全て終わると、今度は左手の爪に取り掛かる。 が、右手の爪を全て剥がしてしまったため、引っ掛けるような部分がない。 「あはははははははははははッ! あは、あはははははははははッ!」 思い出したように、蟹沢から奪った投げナイフを右手で握る。 そして、左手を自分の膝の上に乗せると、指ごと切断する。 「どうだ! どうだどうだどうだどうだぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアッッ!!」 噴水のように飛び散っていく蟲達を嘲笑いながら、稟は立ち上がる。 ここでようやく、少女を追いかけていた事を思い出した。 周囲を見渡し少女の転倒していた場所に目をやるが、そこには誰もいない。 右を見てもいない。左を見てもいない。正面を見て―― 「いた」 いつの間に移動していたのか、その姿は米粒のようで、肉眼で捕らえるのは厳しい。 ただ何が楽しいのか、少女は千鳥足で前方をふらふらしている。 距離は少し遠いが、あの様子ならばすぐに追いつけるだろう。 ボロボロになった投げナイフを地面に捨て、バットを再び拾い上げる。 心配そうな蟲達に見送られながら、稟は雄叫びをあげて走り出す。 その背中は、太陽に当てられて蜃気楼の様に揺らいでいた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 砂漠のように熱くなった砂浜を、あゆは朦朧とした意識の中彷徨っていた。 もともと理由があって海の家を目指していた訳ではない。 ただただ、誰も来ないような場所で静かに隠れて居たかっただけなのだ。 あゆは何も考えないまま、目的地へと辿り着く。 いまさら気付いたが、視界が殆ど黒く染まって汚れている。 何時からそうなったか、正確な時間は分からない。 あの男に追いかけられていた時には、もう見えてなかったのかも知れない。 それでも、微かに見える景色を頼りに、あゆは前に進む。 砂浜を鳴らすのは、あゆの足音だけ。 ザッザッザッという音が、波の音と調和する。 「ああ……」 口から歓喜とも絶望ともとれる声が漏れる。 目的地に到着したという事は、あとは隠れていれば良いだけ。 目的地に到着したという事は、もう逃げ場が無いというだけ。 既に暑さすら感じなくなっていたあゆは、びしょ濡れになった体に気付かず海の家を目指した。 ぽたりぽたりと、砂の上に落ちていく雫。 それは一瞬で蒸発し、何も無かったようにすぐに乾いていった。 「――ようこそ、いらっしゃいマセ」 「ぇ?」 海の家に入ると、突然前方から声が掛けられる。 もう追いつかれたのかと、驚いてしまう。 が、声を掛けたのはあの男ではなかった。 「海の家へようコソ。 認識コード照会…………ナンバー18、月宮あゆと確認。ご要望をドウゾ」 声の正体は判らないが、少なくとも襲って来る様子は無い。 襲ってこなければ、誰であろうと関係なかった。 だから、あゆは声を無視して海の家の奥へと進む。 「ご要望をドウゾ」 「ょぅ……ぼう?」 再度掛けられた呼びかけに、あゆは少しだけ期待を寄せる。 「ボクを……助けてぇ」 「何度も申し上げますが、それは流石に無理デス」 「助けて……」 「ですから――」 「助けて助けて助けてぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!」 いままで封じ込めてきた願いが、一気に爆発する。 一度堰を切った激流は、収まる事なく流れ続けていく。 「ボクを助けてよ! ボクが悪いのは謝るよ! なんでもするよ! だから助けて! ボク帰りたいの! 祐一君や名雪さんと一緒に帰りたいの!!」 「ですから――」 「乙女さんを蘇らせて! 大石さんを助けてあげて! 二人に謝らせてぇぇぇぇぇ!!」 「――」 「どうしてボク達にこんなことをさせるの!? なんで人殺しなの!? みんな生きてるんだよ! ボク達生きてるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 あゆの叫びも虚しく、声は同じような内容を延々と続けていく。 目からは涙が止まらなかった。見つかる危険すら忘れて、あゆは大声で泣き喚いた。 「申し訳ありまセン。現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」 「なら、ボクを守ってくれる人の所へ連れてってよ! ボクを治してくれる人の所に連れてって!」 「…………条件確認。輸送――」 「いかせるか人殺しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアア!!」 海の家に飛び込んできた声は、そのままあゆの胸に襲い掛かる。 その正体は、ようやく追いついてきたあの男だった。 男は室内であるにも関わらず、金属バットを大きく振りかぶり、そのまま真正面にいたあゆの胸部を叩く。 あゆの胸部から空気が割れるような軽い音が鳴る。 男はそのまま、あゆの上に覆い被さり、片手であゆの首を締め上げる。 「はぁはぁはぁ! あっあっあっ! げぇ、ッかぁ、ががが」 「おげっ、かはっ……こっ」 爪のなくなった男の右手が、あゆの首と同化する様にめりこんでいく。 泣き叫び疲れ果てたあゆは、抵抗することも出来ずに泡を噴き始めていた。 男の手に力が入り、首からは縄が擦れる様な音が漏れる。 (どうして……こうなったのかな) 乙女に助けてもらい、いつかは役に立とうとしていたのに。 国崎を説得して、人殺しを止めてほしかったのに。 楓を説得して、稟って人に会わせたかったのに。 大石の怪我を治して、一緒に頑張りたかったのに。 名雪と出会えて、心の底から喜んだのに。 武のような、リーダーに巡り会えたのに。 圭一を信じて、助けられればよかったのに 美凪のように、強い意志があれば支えられたのに。 「……せいだ」 一人だけ、出会わなければよかったと思う人物がいる。 あの話が本当ならば、こんな事にはならなかったかもしれない。 もちろん、馬鹿正直に信じた自分の行動が悪いのは理解している。 けれども、その影で彼女が笑っていた事を思うと悔しくて仕方が無い。 自分の首と締め上げらる指との間に指を押し込み、少しでも喉が震えるように押し戻す。 「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」 口から血を吐き出しながらも、あゆは呪うように言葉を紡いだ。 一方の男も、その叫びに呼応してか、目を血走らせながら高々に叫ぶ。 「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」 男はあゆを見ていない。今の言葉は、 「――終了。続いて転送路。開きマス」 二人の重なるような怒声は、海の家に響いて消えていった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 稟が目を覚ましたのは、暗い闇の中だった。 (痒い) 何かに揺られているような感覚。 (カユイ) 顔に当たる風が生暖かくて気持ち悪い。 (かゆい) そう言えば、あの少女はどうしただろう。 (か……ゆい) と、足元に何かがぶつかる。見れば、先ほどまで追いかけていたあの少女だ。 (かゆ……い) 既に事切れているのか、ピクリとも動かない。 (……ぃ) その様子を見て、稟は違和感を覚える。 今になって気付いたが、自分はなぜこの少女を追いかけていたのだろうと。 それ以前に、自分は何をしていたのだろうと。 (……ぃ……ぃ) この島での記憶があまりにも無さ過ぎる。あの金髪の少女はどうしたのか。 水澤摩央はあれからどこにいったのか。あの男女二人組みはいつからあそこにいたのか。 風は生暖かいのに、気温だけがやけに肌寒い。 (……ぃ……ぃ……ィ) ふと、さっきから誰かが囁きかけている様な気がした。 「誰だ」 問い掛けても、返事は一向にない。だが、確実に何者かの気配がする。 それに、先程から何か穿る様な音が稟のすぐ傍から届く。 しかもその音は、着実に耳に近づいている。頬から、首に伝わり、そして鼻へと。 すると突然、稟の眼前に何者かの指が踊り出る。 「!」 だが、よく見ればそれは自分の指だった。 その指は、まるで別の生き物のように妖しく踊り続ける。 人間の指にしては、ボロボロに崩れて気味が悪い。 指達は、ゆらゆらと蜃気楼のように目の前を揺れていた。 (あれ……そういえば俺の左手は何してるんだ?) 場違いで、自分でも良く解からない疑問を抱きながら、右手の動向を眺める。 右手はゆっくりと稟の右目の眼球に触れながら、指を突き立て、そして―― 「あぁ」 呼びかけていたのはなんでもない。自分だったではないか。 歓喜の声をあげて飛び散る蟲達の中、稟は最期を迎えた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 蟹沢が目を覚ました時には、周囲に誰一人いなかった。 目覚めた瞬間、蟹沢は勢いよく立ち上がり稟の姿を確認する。 「な、なんだよコレ」 その目に飛び込んできたのは、辺り一面に撒き散らされた誰かの血だった。 「!」 もしかしたら自分の血かと思い体を点検するが、どこにもそれらしい怪我はなかった。 ただ、乗り物に酔った時の様な不快感が胸の中で渦巻いている。 「お、おーいヘタレー! どこだー?」 もしかしたら、自分を脅かそうと隠れているのかもしれない。 そんなありえない予想を立てながら、蟹沢は目の前の景色を見て見ぬ振りする。 「ボク怒ってないぞー! 大丈夫だから早くでてこーい」 頭では理解しているのに、心がその事実を認められない。 だが、数分程度の間呼びかけて、ようやく目の前の事実から逃れられないことを悟る。 (あの時、へタレがボクに何かしたんだよな) 良く解からないが、あの瞬間自分の意識はどこかに飛んでいった。 「もしかして、アイツ……」 殺し合いに乗ったのかと考えるが、すぐにそれを否定する。 なぜなら、自分が生きているのが何よりの証拠だ。 しかしそれなら、なおさら理由が解からない。どうして稟は自分を眠らせたか。 なにより、この大量の血は『誰』のもので『何』があったのか。 「……んぁ!」 よく見れば、血の跡は遠くへと続いている。 気付いた時には、近くに落ちていたデイパックを全て担いで走り出していた。 ここに無事な自分がいて、大量の血と稟だけがいない。 導きだされた答えは一つ。 (あの馬鹿! また同じ様な事しやがってぇ!) 昨日の夜、金髪の少女に追いかけられた時と同じ事を、稟はやったのだろう。 いや、もしかしたら出会った時点で追いかけられていた可能性もある。 事実なのは、稟が自分を助けるために無茶な行動に出たということ。 「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」 血の跡を道標に、蟹沢は全速力で走り出した。 やがて、細々と続いていた血痕が、激しく撒き散らされている場所へと辿り着いた。 もしこの出血が稟のものだった場合、無事である可能性は低い。 「な、何考えてんだボク」 血だるまになって死んだ稟の姿を打ち消すように、大きく首を振る。 と、太陽に反射してキラリと光る何かが、赤い池の中に落ちていた。 近付いてみると、それは瑞穂から預かった投げナイフ……それと。 「うわ、うわぁぁぁぁぁああ!」 寄り添うように誰かの指が丁寧に五本置かれていた。 親指から小指に至るまで、全て付け根から削ぎ落とされている。 しかも、その周囲に爪の様なものが五枚落ちていた。 何があったか想像出来ないくらい、その光景は恐ろし過ぎた。 血の池で浮かんでいる指と爪が、そこだけが不気味過ぎるほど光を反射している。 隣にあった投げナイフが、なぜかこの指が稟のものだと言いたげに輝いていた。 それと、先程までは気付かなかったが、血の池には骨と錯覚するくらい綺麗な白い歯が浮いていた。 嫌な予想がどんどんと膨らんでいく。喉から水分が抜けていくのを止められない。 蟹沢は、焦りの表情のまま走り出した。 あまりにも焦り過ぎて、足を絡ませてしまい転倒してしまう。 それでも、涙を見せずに立ち上がった。 そしてまた、血の跡を辿って走り続けていく。 蟹沢が足をとめたのは、海の家の前だった。 砂浜までは血痕を辿っていたが、そこから先は砂浜になっていて途切れていたのだ。 誰かに見つかる可能性もあったが、それよりも稟が心配で仕方ない。 蟹沢は、大声で稟に呼びかけた。 「おいヘタレ! ボクが来てやったぞ! 返事しろこんチクショウ!」 けれど、返ってくるのは波の音だけで、人の声など一つも返ってこなかった。 気持ちを切り替えて、周囲の捜索を開始する。 あれだけ騒いだ後に、慎重に行動するというのも馬鹿らしい。 蟹沢は、堂々と周囲の小屋を覗いたり砂を蹴り上げた。 そうして、ようやく辿り着いたのが、先に述べた海の家である。 意を決して、入り口から中へと入る。 「海の家へようコソ」 「おわ!」 そこに居たのは望んでいた稟ではなく、悪趣味なロボットだった。 ロボットは、こちらの驚きなど気にする様子もなく、用件だけを告げてきた。 「海の家へようコソ。認識コード照会…………ナンバー50、蟹沢きぬと確認。ご要望をドウゾ」 「んだこらぁ! てめぇはどこの誰だおい」 「私はメカリンリン一号デス。この場所の管理と運営を任されていマス。ご要望をどウゾ」 「よくわかんねーけど。ヘタレどこ行ったかおしえろ」 「申し訳ありまセン。ヘタレに該当する人物が複数いマス。更なる詳細ぷリーズ」 情報を寄越せと言わんばかりに、メカリンリンが腕を突き出す。 もともとヘタレという単語で質問した蟹沢が悪いのだが、本人はそれに気付いていない。 「んだよ使えねーな。他になんか無いのかよ」 「現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」 「留守電? なんだそれ聞けんのか?」 「再生しますか?」 「おう。聞かせてみろや」 蟹沢の答えに、メカリンリンからテープを巻き取るような音が響く。 そして、体からスピーカーらしきものが飛び出すと、予告も無しに再生を始めた。 『メッセージは二件デス』 「ピー……さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」 「ッ!!」 「ピー……殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」 『再生を終了しマス』 「土見……」 一件目が誰かは解からないが、佐藤という苗字には心当たりがある。 それよりも、二件目の声だ。前とは少し違うが、稟であることは間違いない。 ならば、今の留守電の叫びはどういう意味か。 「おい! 今の留守電って何時頃のやつだ!?」 「おおよそ2時間ほど前にナリマス」 「2時間……」 あれだけ切羽詰った声。それに、ここに来るまでに残っていた血痕。 おそらく、稟は何者かと戦っていたのだろう。 けれど、決して相手を傷つけることは出来なかった。 少ししか一緒に居なかったが良く解かる。あの男は、根本的な部分はレオと同じタイプだ。 けれど、この島で生きていくにはそれは優しすぎる。 いや、優しくて良かったのかもしれない。彼らに人殺しは荷が重過ぎる。 けれども、この島には殺し合いに乗った人間が居る。そいつらは、我が物顔でのさばっているのだ。 おぼろげながら、蟹沢は自分のすべきことが見え始めてきた。 自分はもともと守ってもらうような柄ではない。むしろ攻める側。 レオや稟は渋い顔をするだろう。それも覚悟の上だ。 絶対に容赦はしない。汚れ仕事は自分が全て片付けてやろう。 「ポンコツ! ボクを送れ! 場所はヘタレ男の居る場所な!」 「条件確認しま――」 「まてまてポンコツ! 留守電ってボクも出来るのか?」 「大丈夫デスよ。録音しまスカ?」 「おう! ん、ちょっと待っちくり」 デイパックの中から、さっき偶然見つけた一つの道具を取り出す。 それは、あの夜自分を救った稟の支給品。 『あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!』 まずは良美に忠告するつもりだったが、拡声器とメカリンリンが近すぎたためか、途中変なノイズが入る。 「録音終了しまシタ。それでは転送しマス」 「あ、まてまて! もう一件あるんじゃボケぇ! むしろこっちが本命なんだよ!」 「了解しまシタ。どウゾ」 メカリンリンの合図に、蟹沢は深く深呼吸する。念のため、距離も少し開けた。 今からするのは、留守電を利用した、拡声器を使っての宣戦布告。 あの時の……土見稟が叫んだ宣戦布告を一言ずつ思い出す。 『ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ! だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ!』 けれど、最後の誓いだけは違える。 彼が目指すモノとは違うかもしれない。けれども、その旅路の果てにはまた巡り逢える。 『生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!! 止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!』 叫び終わると同時に、蟹沢の体は蜃気楼のように揺らいで、闇の中へと消えていく。 その横顔は、今度こそ本当に泣いてなどいなかった。 【土見稟@SHUFFLE! ON THE STAGE 死亡】 【H-7 海の家地下/1日目 夕方】 【蟹沢きぬ@つよきす-Mighty Heart-】 【装備:拡声器】 【所持品:竜鳴館の血濡れのセーラー服@つよきす-Mighty Heart-、地図、時計、コンパス 支給品一式x3、投げナイフ一本、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、 麻酔薬入り注射器×2 H173入り注射器×2、炭酸飲料水、食料品沢山(刺激物多し)】 【状態:強い決意、両肘と両膝に擦り傷、左手指先に切り傷、数箇所ほど蜂に刺された形跡、首に麻酔の跡、疲労大】 【思考・行動】 基本 稟と同じ様にゲームに乗らない人間を助ける。ただし乗っている相手はぶっ潰す。 1:待ってろよ土見! 2:稟と合流後、博物館へ急ぐ(宮小路瑞穂達と合流) 3:2が不可能だった場合、単独行動でマーダーを探し倒す 3:ゲームをぶっ潰す 4:よっぴーに不信感 【備考】 ※仲間の死を乗り越えました ※アセリアに対する警戒は小さくなっています ※稟が死んでいる可能性も覚悟しています ※宣戦布告は「佐藤」ではなく「よっぴー」と叫びました。 ※誰の留守番電話がどこ(何ヶ所)に転送されたかは、後続の書き手さんにお任せします。 ※蟹沢の移動先は『へタレの男がいる場所』の正反対の場所です。 『海の家の屋台って微妙なもの多いよね~』 海の家には完全自動のロボ・メカリンリン一号が配置されています。 彼女は島内の地下を通っている地下トロッコ道の管理を任されており「望んだ条件と正反対のエリア」へのルートを開放します。 トロッコで移動している際は禁止エリアによる制限は受けません。 第二回放送後、新たに『留守番電話サービス』が開始されました。 留守番電話は、海の家でのみ録音可能で、地図に明記された建物のうち、電話が設置された場所にランダムで転送されます。 また、メカリンリンの居る海の家では、今までの留守番電話がすべて聞く事が出来ます。 現在留守電に録音されているメッセージは四件です。 「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」(一日目 午後) 「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」(一日目 午後) 「あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!」(一日目 夕方) 「ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ! だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ! 生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!! 止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!」(一日目 夕方) 【H-7 海の家地下/1日目 夕方】 【月宮あゆ@Kanon】 【装備:土見稟(死体)】 【所持品:支給品一式】 【状態:気絶中、瀕死(背中から出血中)、絶望、痛覚の神経が不能、五感が働かない、喉に紫の痣(声が出せない)、ひたいに割れ目、 左肩に深い抉り傷(骨が剥き出し)、右腕破裂、右足に銃傷(腫れ上がっています)、背骨骨折、骨盤に大きなヒビ 肋骨複雑骨折、膵臓出血、肺に傷、その他内臓に内出血の恐れ、左肩に打撲、右足首に打撲、背中を無数に殴打】 【思考・行動】 0:気絶中。 1:死にたくない 2:誰か助けて 3:ごめんなさい 【備考】 ※目的地に到着した時には、すでに死亡している可能性もあります。 ※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます ※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ) ※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない) ※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ) ※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました (禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化) ※あゆの支給品は武のデイパックに入っています。 ※『月宮あゆ』と『土見稟の死体』は、以下の願望と『正反対』の条件が当てはまる場所に運ばれています。 「今の月宮あゆを保護してる。または治癒してくれる人が居るところ」 【土見稟(死体)の状態】 顔面は削られて、知人でないと判別がつきません。 歯はボロボロになっており、口の中はザクロのような状態です。 左指切断、右指の爪が全て剥がれています。 喉に掻き毟った痕。体中の皮膚がめくれています。 左腕の肘から手首までの肉が半分ありません。 頭のてっぺんからつま先まで、自分の血で染まっています。 ※投げナイフは【G-5】の南部。住宅街外れの血溜りの中にあります。 ※稟の左指と右爪は【G-5】の南部。住宅街外れの血だまりの中にあります。 ※血染めの金属バットは『月宮あゆ』の乗っているトロッコに入っています。 ※海の家の中は、かなりの血が飛び散っています。 135 青空に羽ばたく鳥の詩 投下順に読む 137 童貞男と来訪者達 137 童貞男と来訪者達 時系列順に読む 138 Hunting Field(前編) 128 残酷な罰が降り注ぐ 土見稟 128 残酷な罰が降り注ぐ 蟹沢きぬ 142 カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い 128 残酷な罰が降り注ぐ 月宮あゆ 143 血みどろ天使と金色夜叉
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一方、青山宅の春香さんと貴子さん。 「……ルカさんも…なの?」 「……バレちゃった?」 「……見てれば判る。」 春香の一言によって真意を引きずり出された貴子…。 もっとも、そんな彼女とて春香の胸の内など容易に読めている。 そして、ため息を一つ吐いて、改めて己が心情を語り始めたルカ。 「……私だけのハル…だったんだけどなぁ。…生まれた時から今まで、ずっと傍に居てくれた男の子。 でもさ、ハルって結構モテるでしょ?それで、最近ハル分が不足してる感じ。…今日も夕圭ちゃんにとられちゃったし…。 …おまけに貴子ちゃんが来るようになってから、妹ポジションまで取られかねない勢いだしさ。」 そんなルカを元気付けるように、彼女の手を握り、瞳を見つめながら語りかける貴子。 「……いいえ。春樹さんはルカさんだけのお兄さん。」 思わず見つめ返すルカ。 「………貴子ちゃん。」 ここまでにすれば、実に麗しい女同士の友情物語…。…しかし。 「…そして、春樹さんは私の未来の旦那さま(///)。…未来の義姉妹ということで、これからも仲良くして下さい(///)」 「…………」 頬を染め、うっとりした表情を浮かべて爆弾を投下する貴子。 ちょっぴりイラっときた春香は無言で拳を叩き込む。…ピンポイントにたんこぶを狙って。 「…はぅ。」 相当ダメージが残っていたのか、あっさりと昏倒する貴子を尻目に、嘯く春香。 「貴子ちゃん…。候補者は他にも居るから競争が激しいことをしっかり覚悟した方が良いよ~? …それに私も、今まで通りハルの傍から離れるつもりはないしね。」
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ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) ◆guAWf4RW62 「は…………羽入っ…………? 羽入なの…………!?」 恐る恐る私が訊ねると、少女はこくりと頷いた。 特徴的な巫女装束に加えて、頭に生えた二本の角。 見間違える筈も無い。 今目の前に居る少女は、間違いなく羽入なのだ。 「羽入、今まで何処に行ってたの! ずっと貴女の事を探してたのよ!?」 「あぅあぅあぅ……ごめんなさいなのです、梨花……。でも、とにかく落ち着いて欲しいのです。 まずは鈴凛について話させて下さい」 話したい事、問い詰めたい事は幾らでもあるが、確かに羽入の云う通りだ。 今は鈴凛の話が真実であるか如何かを確かめるのが、一番重要。 私は何とか気持ちを鎮めて、羽入の話の続きを待つ事にした。 「鈴凛は嘘を吐いていないのです。参加者達を助ける為に、頑張ってくれています。 どうか、信じて上げて欲しいのです」 話し振りから察するに、どうやら羽入は鈴凛の事を知っているらしい。 そして羽入が信頼している以上、鈴凛は本当に私達の味方なのだろう。 だがその事実が判明しても、納得行かない気持ちは未だ残っていた。 「貴女がそう云うのなら、鈴凛の話は本当なんでしょうね。でも圭一達を見殺しにした事は……許せないわ」 「梨花……仕方無かったのです。下手な行動を起こせば、その瞬間に鈴凛は殺されていたでしょう。 だから好機が来るまで、じっと耐え続けるしかなかったのです」 羽入の云っている事は正論だ。 状況が整わぬ内に行動を起こして、何も成し遂げぬまま殺されてしまっては、只の犬死にだ。 誰も、救えない。 『……私がもっと上手くやれてれば、死んでいった人達だって救えたかも知れない。 見殺しにしたって云われても、否定は出来ないよ。 でもこれだけは信じて欲しい――私は貴女達を助けたいの』 沈んだ表情をした鈴凛が、一つ一つ言葉を絞り出した。 その声は悲痛な色に染まり切っており、彼女の言葉が本心からの物であると証明していた。 間違いない、鈴凛は本当に私達を助けようとしている。 黒い感情に囚われ続けるのは簡単だが、死んでいった皆はそれを望まないだろう。 思い出せ、潤が最期に遺した言葉を。 ――梨花ちゃん……生きろよ……俺と風子の分まで。 私はその言葉に、肯定の意を返した。 ならば、怒りや憎しみなど捨てなければいけない。 皆と手を取り合って、何としてでも生き延びなければならない。 だから私は、鈴凛の瞳を真っ直ぐに見据えて、ゆっくりと手を差し伸べた。 「……分かったわ。私は過去の柵を捨てて、必ず運命に打ち勝ってみせる。 鈴凛、どうか私達に力を貸して頂戴」 ◇ ◇ ◇ ◇ 瑞穂達は羽入の声や姿を認識出来ない。 だから私は、まずは羽入について簡単な説明を行った。 殆どの人間が認識不可能な、神の如き存在――普通に考えれば眉唾物の話だが、瑞穂達は直ぐに信じてくれた。 そして次に行ったのが、鈴凛や羽入との情報交換だ。 鈴凛の情報から、私達が使っていた役場のパソコンに、とても重要な物が隠されていると判明した。 ゲームディスクの効果や首輪対策について記載されている、企画書だ。 また羽入の情報から、鷹野達の本拠地に攻め込む方法も分かった。 鈴凛の企画書と羽入から得られた情報を整理すると、以下のようになる。 ①ゲームディスクをクリアした事によって、首輪の機能を停止させるプログラムが発動した。 山頂にある電波塔を誤作動させ、参加者全員の首輪に、全機能を停止させる為の電波を送信したのだ。 だから暫くの間は盗聴されないし、首輪を爆破される心配も無い。 但し電波塔が通常の状態に戻ってしまえば、首輪の機能は復活してしまうだろう。 プログラムの効力が続くのは、長く見積もっても後三時間程度。 それまでに生き残り全ての首輪を解除するのは、まず不可能。 つまり皆を救いたければ、電波塔を直接破壊する以外に方法は無い。 又首輪の機能が停止している間は、ノートパソコンの微粒電磁波装置や現在地検索機能、レーダーも無意味なので、注意する事。 ②アセリアや一部の参加者達が力を制限されているのは、島に植えられた『桜』が原因。 『桜』はD-4エリア神社、祭具殿の内部に埋められているが、侵入するには専用の鍵が必要。 『桜』を枯らすか破壊すれば、制限は解除される。 ③『大神への道』という暗号文の答えは、国崎最高ボタン、オオアリクイのヌイグルミ、天使の人形。 この三つを揃えて、廃坑隠し入り口から行けるとある場所に持っていけば、羽入の封印が解ける。 正確な場所は、富竹が参加者の支給品に紛れ込ませた、フィルムの中に写っている筈。 羽入の封印さえ解ければ、鷹野達の本拠地『LeMU』に行く道が開かれる。 ④鷹野の背後に付いている黒幕は、強大な力を持ったディーという名の神。 詳細に関しては、羽入や鈴凛にも分からない。 ⑤羽入は廃坑の奥地に封印されている。 外を動き回れるのは、ディーが眠っている間だけ。 又、私(梨花)以外の人間でも、契約者か雛見沢症候群発症者なら、羽入の姿を目視出来る。 ⑥鷹野の陣営も、決して磐石ではない。 鈴凛や富竹は私達の味方だし、優という人物も説得次第では改心してくれるかも知れない。 但し、富竹は今囚われの身である。 ⑦役場付近の駐車場には、鍵の掛かっていない乗用車を幾つか混ぜてある。 それらを利用すれば、素早く電波塔に向かう事が出来るだろう。 以上が、新たに判明した情報だ。 ……正直な所、驚愕を隠し切れない。 あの女――鷹野三四は、本物の神すらも味方に引き込んだらしいのだ。 神の力を借り、大勢の人の命を踏み躙ってまで行われた、今回の殺し合い。 吐き気を催す程の、圧倒的な悪意。 何が鷹野を、そこまで駆り立てていると云うのだろうか。 しかし今は鷹野についてよりも、今後どうすべきか考える方が重要だ。 得られた情報の中で最優先すべき事柄は、やはり①に記載されてある、電波塔の破壊だろう。 首輪さえなんとかすれば、参加者同士の殺し合いを食い止められる。 出来るだけ早く実行に移したい所だが――今は未だ、役場を離れられなかった。 鈴凛は情報交換を行った後、鷹野の元に向かうと言い残して、一旦通信を中断した。 表向きは電波塔の異常に対処する為、そして本当は鷹野達の動向を探る為だ。 敵に関する情報が多ければ多い程、電波塔の破壊は容易になる。 だからこそ私達は、鈴凛が再度通信して来るのを待っていた。 勿論、その待ち時間を無駄に費やしたりはしない。 「……これで、梨花ちゃんの分も完了なの」 そう云って、ことみが頬にこびり付いた汗を拭い取った。 ことみの足元には、銀色の光沢を放つ輪が転がっている。 それはつい先程まで、私に嵌められていた首輪だ。 ……私達を縛りし枷は破られた。 首輪の機能が停止している今なら、鷹野に妨害される心配は無い。 その絶対的な好機を見逃さず、ことみは首輪を解除してのけたのだ。 既に瑞穂とアセリアの首輪も、解除は終了している。 後は、ことみの首輪を外すだけなのだが―― 「ねえ……本当に私がやらないと駄目なの?」 「うん。自分自身の首輪を解除するのは、流石に無理。 アセリアさんと瑞穂さんは疲れてるし、梨花ちゃんがやるしかないの」 いくら優れた技術を持っていることみと云えども、目視せずに首輪を解除するのは不可能。 故に自分自身の首輪は外せない。 そしてアセリアは高嶺悠人との戦いで、瑞穂はゲームを攻略した事で、少なからず疲弊している。 もう暫く休憩してからでないと、精密作業を行うのは厳しいだろう。 「大丈夫なのです、梨花。ことみが書いてくれたメモ通りにやれば、きっと何とかなるのです」 「ハア……アンタ随分とお気楽ね。少し見ない間に、頭のネジが何本か抜けちゃったんじゃないの?」 「あぅあぅあぅ……」 羽入に悪態を吐いてみたものの、状況は変わらない。 首輪の機能が無効化されているのは、後数時間の間だけ。 問題を後回しには出来ない。 今この場で、私がことみの首輪を外すしか無いのだ。 「ことみ……首輪の機能が停止していようが、爆弾が内蔵されているのは変わらない。 もし私がしくじれば、貴女は死ぬ。それは覚悟の上ね?」 「……分かってるの。梨花ちゃんは、出会ったばかりの私達を信じてくれた。 だから、私も梨花ちゃんを信じようと思う」 紫色の大きな瞳が、じっとこちらを見詰めている。 碌な技術も持たない私が手を出せば、爆弾が暴発してしまう可能性は十分ある。 にも関わらずことみは、私に命を預けると云ってくれた。 それで、私の覚悟も固まった。 「……良いでしょう。私の全身全霊を以って、貴女の信頼に応えさせて貰うわ」 強く告げてから、私は工具を手に取った。 解除の手順は、ことみが全てメモに纏めてくれている。 首輪は主に六つのメインパーツ、【外殻】【生存確認装置】【盗聴器】【信管】【爆薬】【発信機】で構成されている。 これらの内、外殻の部分を上手く分解出来れば、首輪の解除は完了する。 逆に絶対触れてはいけないのが信管――つまりは、爆弾の起爆装置だ。 下手に信管を傷付けてしまったりすれば、首輪は爆発してしまうだろう。 (弱気になるな――私は百年の魔女・古手梨花。この程度の試練、絶対に乗り越えてみせる……!) 身体の底から沸き上がる震えを強引に抑え付けて、着々と作業を進めてゆく。 焦りや不安に飲み込まれさえしなければ、私にだって出来る筈なのだ。 運命を切り拓くのは、天でも神でも、ましてや偶然でも無い。 仲間を救いたいという絶対の意思で、弱き心など凌駕してみせろ……! 「梨花さん、次はこっちのパーツを……」 「大丈夫よ瑞穂、ちゃんと理解してる」 百年以上に渡る私の人生経験の中でも、これ程繊細な作業を要求されるのは始めてだ。 極めて慎重な手付きで、しかし決して恐れず工具を振るう。 何度もメモを確認して、手順通りにパーツを取り外す。 「…………っ」 息が詰まり、全身の血液がグツグツと沸騰するような錯覚。 私が持ち得る全集中力を、指の一本一本に注ぎ込む。 手にこびり付いた汗を拭き取って、しっかりと工具を握り締めた。 僅か数分が、気の遠くなる程永い時間に感じられる。 そうやって作業を続けていると――やがて首輪が、ガチャリと音を立てた。 「しまっ――――!?」 失敗、破滅、絶望。 一瞬そんな言葉が頭を過ぎったが、それは杞憂だった。 音を立てたのは信管でなく、外殻の部分。 硬直する私の目の前で、真っ二つに割れた悪魔の枷が、地面へと落下していった。 張り詰めていた精神が一気に霧散し、私は支えを失った人形のように地面へと座り込んだ。 「ふう……何とか成功したみたいね」 私も、他の皆も、一人残らず大きく息を吐いた。 爆発は、起きていない。 私の指にも、ことみの首にも、傷一つ付いていない。 綱渡りのような作業だったが、何とか首輪の解除に成功したのだ。 『皆、今戻ったよ。首輪解除に成功したみたいだね、お疲れ様』 作業の終了を待っていたかのようなタイミングで、スピーカー越しに鈴凛が話し掛けて来た。 否、事実解除が終わるのを待っていたのだろう。 鈴凛は電波塔に頼らない類の盗聴器とカメラを、この仮眠室に設置してあると云っていた。 私の集中力を途切れさせないよう、気を遣ってくれたと考えるのが妥当だ。 「鈴凛さん、鷹野達の様子はどうでしたか?」 『あははっ、もう笑えるくらい怒鳴り散らしてたよ。皆にも見せてあげたかったなあ、鷹野が取り乱してるトコ』 瑞穂が問い掛けると、愉しげに弾んだ鈴凛の声が返ってきた。 いきなり首輪の機能が停止したのだから、鷹野が取り乱すのも当然だろう。 直接この目で見なくとも、ヒステリックに暴れ回る鷹野の姿が想像出来る。 「フフ……良い気味ね。それで連中が次にどう動くつもりかは、分かったの?」 『ああ、それなんだけどね――』 鈴凛が笑顔を湛えたまま、敵の情報を語ろうとする。 それを、遮るように。 『――そこまでよ小娘。良くもまあ、派手にやってくれたわね』 聞き間違える訳が無い。 忘れもしない。 忘れられる訳が無い。 憎むべき怨敵。 私達を地獄へと突き落とした張本人――鷹野三四の声が、スピーカーの向こうから聞こえてきた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 場所は移り変わって、LeMU地下二階『ツヴァイト・シュトック』第一研究室。 背後へと振り返った鈴凛は、余りの驚愕に大きく目を見開いていた。 「た、鷹野…………それに、部隊長まで…………っ!?」 眼前には漆黒の銃を構えた、鷹野と桑古木の姿。 鷹野達の目には明確な殺気が宿っており、銃口は鈴凛の胴体部にしっかりと向けられている。 疑惑を掛けられている、というような生温いレベルでは無い。 完全に、裏切り者として扱われている。 だが何故自分の背信行為が露呈してしまったか、鈴凛には分からなかった。 (こんな……有り得ない……。失敗なんかしてない筈なのに、どうして…………っ!?) 田中優美清春香菜が仕掛けた盗聴器は、ちゃんと撤去しておいた。 先程鷹野達の様子を探りに行った際も、演技に手落ちは無かった。 だから、此度の騒動が自分の手によって行われたなど、バレる筈が無い。 そんな鈴凛の内心を見透かしたように、鷹野は歪な笑みを浮かべた。 「くすくす……どうしてバレたか分からないって顔してるわねえ……」 「くっ…………」 「良いわ、教えてあげる――この部屋に盗聴器を仕掛けていたのは、優だけじゃ無い。 私もね、貴女を盗聴器で監視していたのよ」 「―――――っ!」 絶句する鈴凛を余所に、鷹野は言葉を続けてゆく。 「貴女には覚悟が足りないのよ。意思の力が足りないのよ。 姉妹の為に全てを投げ出して、悪魔になろうって姿勢が貴女には無かった。 そんな人間が裏切る事くらい、少し考えれば誰にでも予測出来るでしょ? 尤も――電波塔の誤作動を狙っているとは、思いもしなかったけどね」 それで、鈴凛は大体の事情を了解した。 何の事は無い。 恐らくは、最初から疑われていたのだ。 盗聴器を仕掛けられていたのも、ずっと前からだろう。 だがそこまで考えた時、鈴凛の脳裏に新たな疑問が浮かび上がった。 「だったら……何でもっと早く、私に対処しようとしなかったの? そうすれば――今回みたいな痛手を受けずに済んだ筈じゃない」 「……『あの人』の命令で、迂闊に手は出せなかったのよ。 でもそれも終わり――祭の邪魔をした以上、もう黙っていられない」 鷹野は真横へと視線を移して、冷え切った声で言い放つ。 「桑古木――今すぐその小娘を、牢にブチ込みなさい。 首輪の設計法だけ聞き出してから、贓物を引きずり出してやるわ」 「…………分かった」 一瞬躊躇した桑古木だったが、直ぐ命令に従った。 桑古木の目的はあくまで、ココを殺し合いに巻き込まない事。 その為には私情など捨て、忠実なる鷹野の手足として働き続けなければならない。 既に目的の為、多くの人間を殺めてきた身だ。 今更、道を変えたりなどしない。 力任せに鈴凛の手を掴み取り、骨折しない程度に捻り上げる。 「――さあ、来るんだ!」 「痛っ…………」 鈴凛は碌な抵抗すら許されず、部屋の出口へと引き摺られてゆく。 女の、しかも子供の膂力で、キュレイキャリアである桑古木に対抗出来る筈も無い。 だが凄まじい激痛の中でも、鈴凛の目は闘志を失っていなかった。 大きく息を吸い込んで、あらん限りの声で絶叫する。 「梨花ちゃん、皆――勝って! 深い絆で結ばれている貴女達なら、きっと鷹野にだって勝てる! 何としてでも勝って、この悲しい殺し合いを終わらせてええええええええ!!!」 役場へと繋がるマイクの電源は、未だ切られていない。 悪魔に敗れ去りし鈴凛が遺した、最期の絶叫。 それは確かに、梨花達の耳へと届いていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「り……鈴凛っ…………」 鈴凛が遺した言葉を聞き届け、梨花は強く拳を握り締めていた。 確かに鈴凛は鷹野達に協力していたし、悲劇の一因を担ったのは間違い。 それでも彼女は、仲間だった。 自らの危険など顧みずに、希望への道を切り拓いてくれた。 梨花の中に、言い表しようの無い感情が渦巻いてゆく。 そんな折、再びスピーカーから悪魔の声が放たれた。 『フフフ、聞いてたわよね? 貴女達の企みなんて、こっちには全て筒抜けよ。 残念だったわね……鈴凛がもう少し有能だったら、貴女達にも勝ち目があったかも知れなかった』 何処までも愉しげな声。 パソコンの画面には、見下すような嘲笑を浮かべている鷹野が映し出されている。 『これでもう、内部から切り崩される心配は無い。凡俗が幾ら集まった所で、私達には勝てやしない……。 神の儀式は最後まで行われ――そして私も神になる!』 「……神? 貴女一体、何を云っているんですか……?」 『そのままの意味よ、瑞穂さん。私は神と等しき力を手に入れ、神と同格の存在となってこの世に君臨する。 くすくす……素敵でしょう? そしてそれはもうすぐ実現する……アハハハハハハッ!!』 瑞穂が問い掛けると、鷹野の口から悪意ある笑いが溢れ出した。 その笑い声には、黒い憎悪と狂気の色が入り混じっている。 「その為に……多くの命を踏み台にしても、ですか?」 『結局ね、人間は何時も一人なのよ。自分の欲望を満たす為なら、正義とか倫理なんて平気な顔でドブに捨てるわ。 それは一度、貴女自身が証明している――違うかしら?』 「――――っ!」 その言葉に、瑞穂は大きく息を呑んだ。 嘗て自分が、目的の為に仲間を裏切ったのは紛れも無い事実。 瑞穂の様子を見て取った鷹野は、顔に浮かび上がった笑みをより一層深める。 『歴史に名を残してきたのは、殆どそんな人達。願いを掴み取るのは、他を省みない者! 私は仲間なんて戯言に惑わされない……己の目的だけを追い続ける。強い意志はね、運命を強固にするのよ。 鋼のように鍛えられた運命は、如何なるサイコロの目にも動じない。 それは即ち絶対の未来……、誰にも私は止められない!!』 終わりの見えぬ狂騒。 次々と紡がれる、絶対の意思と憎悪が籠められし言葉。 それを遮ったのは、一人の少女だった。 「いいえ――貴女は私達が止めるわ。鈴凛の意思を無駄にはしない」 鷹野の、そして仮眠室に居た全員の視線が、只一点に集中する。 そこに立っていたのは、永きに渡る地獄を潜り抜けし少女――古手梨花。 百年分の、そして散っていった仲間達への想いを籠めて、告げる。 「認めましょう……鷹野、貴女は凄い。神すら味方に引き込んだ強固な意志は、尊敬に値する。 だけど――こちらには鉄さえ貫く固い団結力と、そして貴女以上に強い意思がある!」 自身の決意を伝え終えた梨花は、瑞穂へと視線を移した。 瑞穂は一度頷いてから、己が決意を口にする。 「……確かに私は一度道を踏み外しました。ですがどんな事があろうとも、もう二度と間違えません。 死んでいった仲間の為に、未だ生きている皆の為に、鷹野三四――貴女を倒します!!」 自分が犯した罪への後悔はある。 きっとそれは一生、消えてなくならないだろう。 だけど、迷わない。 仲間達が命懸けで諭してくれたから、もう二度と迷わない。 瑞穂の言葉が終わるのを待ってから、アセリアは一歩前へと踏み出した。 「タカノ……私はお前を許さない。お前を倒して……アルルゥ達の仇を取る。 ディーという神も倒して……ミズホ達を、守ってみせる」 戦う事以外の生きる意味を知らなかったスピリット、アセリア。 だけど、この島で生きる意味を見つけた。 仲間を守りたい、仲間と一緒に居たい。 自らの『求め』を果たす為、蒼の妖精は誰よりも強き戦士と化す。 次々と叩き付けられる意思。 今度は自分の番だと云わんばかりに、ことみが口を開く。 「私は……皆みたいに強くないの。これまでずっと、誰も守れなかった。 だけど、だからこそ私は戦う。皆と一緒に戦って――今度こそ、全員で生き延びる!」 今までことみは、誰一人として守れなかった。 同行してきた人間は、皆が皆殺し尽くされてしまった。 避けられる筈だった惨劇もあった。 強い意志を持って生きてきたか問われれば、答えは否だろう。 だけど人は成長する。 水瀬名雪との、高嶺悠人との戦いでは、武器を取って戦った。 非力な自分にだって、頑強な意思さえあれば、出来る事はある筈だ。 今度こそ、大切な仲間達を守り切ってみせる。 四人の戦士達は、各々の意思を示した。 怨敵である鷹野三四も、全てを飲み込む程の強大な意思を示した。 今この場で自らの意思を示していないのは、只一人。 「羽入――貴女もよ」 「え……でもボクは…………」 「今は私しか貴女の姿を見れないかも知れない。それでも貴女は、私『達』の立派な仲間なのよ。 姿なんか見えなくたって、想いはちゃんと伝わるのだから……!」 梨花がそう云うと、瑞穂も、ことみも、アセリアも、間髪置かずに頷いた。 梨花以外の誰も、羽入と直接話した訳では無い。 それでも羽入の事を疑おうとする者は、一人として居なかった。 羽入は僅かの間呆然としていたが、直ぐに大きく頷き返した。 確かな決意を瞳に湛え、積年の宿敵を思い切り睨み付ける。 「ボクには分かっています。貴女の……そしてディーの強大さは分かっています。 それに比べて、ボクや仲間達の力は余りにか細いかも知れない。 でも教えられたのです……信じる力が運命を切り開く奇跡を起こすと」 雛見沢症候群を発症してしまった人間は、もう救えない。 それは絶対の運命だった筈。 だけど前原圭一と小町つぐみは、その運命を覆した。 強き意思を以って、疑心暗鬼に囚われた倉成武を救い出した。 だから――次は自分が、運命を覆してみせる。 「だから、ボク達は絶対に諦めない! 自分達が勝利出来ると、信じて疑わない! そしてボク達の意思が貴女を凌駕した時、永きに渡る運命の戦いに決着がつく!!」 それは、紛れも無い宣戦布告だ。 決戦の開始を意味する狼煙だ。 向けられた五つの意志を前にして――――鷹野は哂った。 『ククク…………ハハハハハハハハハッッ!!』 部屋中に響き渡る狂笑。 天上より愚かな人間を見下ろす、神の声。 『ならば結構、掛かっておいでなさい!! どちらの意思が強いか、試してみるが良い!! 私はね……これまでずっと、たった一人で運命とタイマンを張ってきたのよ。 あんた達のちっぽけな意思で、この私が命懸けで作り上げた運命を変える事など、出来るものかぁぁぁあぁッッ!!!』 やれるものならやってみろ、と。 絶対の信念、絶対の自信を持って、鷹野は告げた。 鬩ぎ合う意思。 互いが一歩も譲らぬまま、鷹野がスピーカーの電源を切った事で、両者の対決は次なるステージへと持ち越された。 鷹野との通信が途絶え、再び静寂が訪れた仮眠室。 出来る事ならば、今すぐ全員で電波塔の攻略に向かいたい所。 だが羽入には、皆と一緒に行けない理由があった。 「梨花……こうなった以上、鷹野は確実にディーを起こすでしょう。ボクはもう戻らなければいけません。 お願いです――どうかボクの封印を解いて下さい、ボクにも、皆と一緒に戦わせて下さい」 「ええ、任せて羽入。絶対に貴女を解き放って、鷹野を打ち破ってみせる……!!」 梨花が力強い声で云い放つ。 瑞穂は梨花の台詞から事情を察して、素直な気持ちを言葉に変えた。 「羽入さん――私には貴女の姿が見えませんし、言葉も聞こえません。でも、貴女も私達の仲間だと思っています。 ですから、今は私達を信じて待っていて下さい」 「……瑞穂。聞こえないと思いますが、ありがとうなのです」 未だ見ぬ仲間に向けられた、確かな信頼。 羽入はにっこりと微笑んでから、その姿を消した。 仮眠室に残された四人の行動方針は、考えるまでもない。 第一目標は電波塔の破壊だ。 倉成武との合流も重要だが、電波塔の破壊より優先すべき物では無い。 首輪――全ての参加者に嵌められていた、絶対の強制力を持った枷。 それさえ無力化出来れば、参加者同士の悲しい殺し合いは、きっと止められるのだから。 ◇ ◇ ◇ ◇ 梨花達が動き始めたのとほぼ同時、鷹野もまた行動を開始していた。 鷹野には、梨花達の攻撃目標が電波塔である事くらい分かっていた。 一ノ瀬ことみ――外部からの干渉さえ無ければ、確実に首輪を外してのけるであろう天才。 電波塔が一時的に誤作動している以上、首輪は外されてしまった筈。 首輪の脅威から逃れた梨花達が取る選択肢など、鷹野への反逆以外に有り得ない。 そして最初に狙ってくるのは、鷹野にとって最大のネックである電波塔に決まっているのだ。 だから鷹野は、いの一番にハウエンクアと桑古木を呼び寄せた。 「何の用だ、鷹野? まあ……大体の予想は付くけどな」 首輪が無効化されたという異常事態を前にして、かつてない程の混乱に包まれた管制室。 殺人遊戯を管理しているオペレーター達は、酷く慌てふためいている。 そんな中、桑古木が静かな声で問い掛けた。 桑古木の顔に、焦りの色は微塵たりとも見られない。 焦った所で電波塔の回復は早まらないと、理解しているのだ。 「ええ、きっと貴方の予想通りよ。貴方とハウエンクアは、今すぐ電波塔の防衛に向かいなさい」 「ひゃははははははっ、良いねえ良いねえ! やっと思う存分、虫ケラ共を踏み潰せるよ。 けど、今から行っても間に合わないんじゃないかい?」 「『あの人』を起こして、転送して貰えば平気でしょう? 分かったら早く行きなさい。 行って――あのクソガキ共を、ブチ殺してきなさい!」 ディーは殺人遊戯の開始時に、60名以上もの人間を纏めて瞬間移動させた。 多少力が衰えてるとは云え、アヴ・カムゥの一体や二体転送する程度、造作も無い事だろう。 ディーが生きている限り、鷹野達が機動力で遅れを取る事は、決して有り得ないのだ。 桑古木もハウエンクアも直ぐ命令に従って、管制室を後にした。 「さて……後は、5人目の契約者をどうするかね」 次に鷹野が考えたのは、月宮あゆに関する扱いだ。 今は首輪の機能が無効化されている為、あゆの状態は分からない。 しかしあゆが向かっていた方向は工場であり、進路には敵などいなかった筈。 つまり、今もあゆは健在であると考えて間違いないだろう。 可能かは分からないが――もしあゆを電波塔に送り込めれば、梨花達を一気に殲滅出来るのでは無いか。 アヴ・カムゥと、キュレイキャリアである桑古木涼権に加えて、『最も殺した者』月宮あゆ。 まず負けは有り得ないと、断言出来る戦力。 ハウエンクアと桑古木だけでも電波塔を守り切れるとは思うが、念を押すに越した事は無い。 しかしながら、この策にはデメリットも存在する。 まず第一は、ディーの許しが得られるか分からない。 月宮あゆを電波塔に送るのは、あくまで『殺し合いを継続させる』という一大目的による物。 しかしディーは、主催陣営が殺し合いに介入するのを酷く嫌っている。 部下を使って電波塔を防衛する分には構わないだろうが、参加者まで利用するのは許されないかも知れない。 第二に、月宮あゆが桑古木達を襲ってしまう可能性。 桑古木ならば上手く戦いを避けるだろうが、ハウエンクアは大喜びで殺し合おうとするだろう。 どうしても、不確定要素が大きくなってしまう。 月宮あゆの転送を試みるか、己が部下達だけに任せるか。 神の座を求めし女が選び取った選択肢は―― 【B-2 役場/二日目 午後】 【女子四人】 1 電波塔を破壊する(操縦可能であれば、役場に止めてある車を用いて移動) 2 羽入の封印解除と桜への対処、どちらを優先するかは後続の書き手さん任せ 【備考】 ※廃坑別入り口を発見しました ※殺害ランキングは梨花以外のメンバーは適当にしか見ていません。 ※メンバーは全員、羽入、鈴凛、企画書から情報を得ました(詳しい内容は、本文中の情報纏め参照) ※メンバーは全員、羽入と鈴凛を信用しました 【古手梨花@ひぐらしのなく頃に祭】 【装備:催涙スプレー@ひぐらしのなく頃に 祭、ミニウージー(25/25) ヒムカミの指輪(残り1回)@うたわれるもの 散りゆく者への子守唄 】 【所持品:風子の支給品一式(大きいヒトデの人形 猫耳&シッポ@ひぐらしのなく頃に祭、風子特製人生ゲーム(元北川の地図) 百貨店で見つけたもの)】 【所持品2:支給品一式×2(地図は風子のバックの中)、チンゲラーメン(約3日分)、ゲルルンジュース(スチール缶入り750ml×3本) ノートパソコン、 ハリセン、バッテリー×8、電動式チェーンソー×7、出刃包丁、首輪の解除手順に記したメモ、 食料品、ドライバーやペンチなどの工具、他百貨店で見つけたもの 、コルトパイソン(.357マグナム弾2/6)、首輪探知レーダー(現在使用不能)、車の鍵 】 【状態:頭にこぶ二つ 精神的疲労小、強い決意、首輪解除済み】 【思考・行動】 基本:潤と風子の願いを継ぐ。 1:瑞穂達と一緒に行動する 2:きぬが心配 3:仲間を集めたい 【備考】 ※皆殺し編終了直後の転生。鷹野に殺されたという記憶はありません。(詳細はギャルゲ・ロワイアル感想雑談スレ2 609参照) ※梨花の服は風子の血で染まっています ※盗聴されている事に気付きました ※月宮あゆをマーダーと断定、警戒 ※レーダーは現在電池切れ、 電池(単二)が何本必要かなどは後続の書き手に任せます ※ノートパソコンの微粒電磁波装置や現在地検索機能、レーダーは、電波塔の機能が回復するまで使用不可能(電波塔の回復は、第7回放送直前) 【アセリア@永遠のアセリア -この大地の果てで-】 【装備:永遠神剣第四位「求め」@永遠のアセリア -この大地の果てで-】 【所持品:支給品一式 鉄串(短)x1、鉄パイプ、国崎最高ボタン、高嶺悠人の首輪、フカヒレのコンドーム(12/12)@つよきす-Mighty Heart-、 情報を纏めた紙×2】 【状態:決意、肉体的疲労中、魔力消費小、両腕に酷い筋肉痛、右耳損失(応急手当済み)、ガラスの破片による裂傷(応急手当済み)、首輪解除済み】 【思考・行動】 基本:ゲームには乗らない 1:ミズホとコトミと梨花を守る 2:無闇に人を殺さない(殺し合いに乗った襲撃者は殺す) 3:存在を探す 4:ハクオロの態度に違和感 5:川澄舞を強く警戒 【備考】 ※アセリアがオーラフォトンを操れたのは、『求め』の力によるものです ※永遠神剣第四位「求め」について 「求め」の本来の主は高嶺悠人、魔力持ちなら以下のスキルを使用可能、制限により持ち主を支配することは不可能。 ヘビーアタック 神剣によって上昇した能力での攻撃。 オーラフォトンバリア マナによる強固なバリア、制限により銃弾を半減程度だが、スピリットや高魔力の者が使った場合はこの限りでは無い) 【宮小路瑞穂@乙女はお姉さまに恋してる】 【装備:ベレッタM92F(9mmパラベラム弾2/15+)、バーベナ学園女子制服@SHUFFLE! ON THE STAGE、豊胸パットx2】 【所持品1:支給品一式×9、多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、斧、レザーソー、投げナイフ5本、 フック付きワイヤーロープ(5メートル型、10メートル型各1本)、茜手製の廃坑内部の地図(全体の2~3割ほど完成)、予備マガジンx2、情報を纏めた紙】 【所持品2:バニラアイス@Kanon(残り6/10)、暗視ゴーグル、FN-P90の予備弾、電話帳、スタングレネード×1】 【所持品3:カルラの剣@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、竹刀、トウカの刀@うたわれるもの、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾15/15+1)、懐中電灯】 【所持品4:単二乾電池(×2本)バナナ(台湾産)(1房)】 【所持品5:手術用メス、パワーショベルカー(運転席のガラスは全て防弾仕様)】 【所持品6:破邪の巫女さんセット(弓矢のみ10/10本)@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、麻酔薬、硫酸の入ったガラス管x8、包帯、医療薬】 【状態:強い決意、肉体的疲労小、即頭部から軽い出血(処置済み)、脇腹打撲、首輪解除済み】 【思考・行動】 基本:エルダー・シスターとして、悲しみの連鎖を終わらせる(殺し合いを止める) 1:ことみとアセリアと梨花を守る 2:川澄舞を警戒 【備考】 ※一ノ瀬ことみ、アセリアに性別のことがバレました。 ※他の参加者にどうするかはお任せします。 ※この島が人工島かもしれない事を知りました。 【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】 【装備:Mk.22(3/8)】 【所持品:ビニール傘、クマのぬいぐるみ@CLANNAD、支給品一式×3、予備マガジン(8)x3、スーパーで入手した品(日用品、医薬品多数)、タオル、i-pod、 陽平のデイバック、分解された衛の首輪(NO.35)、情報を纏めた紙】 【所持品2:ローラースケート@Sister Princess、スーパーで入手した食料品、飲み物、日用品、医薬品多数、】 【状態:決意、肉体的疲労小、後頭部に痛み、即頭部から軽い出血(瑞穂を投げつけられた時の怪我)、強い決意、全身に軽い打撲、 左肩に槍で刺された跡(処置済み)、首輪解除済み】 【思考・行動】 基本:ゲームには乗らない。必ず仲間と共にゲームから脱出する。 1:アセリア、瑞穂、梨花に付いて行く 2:ハクオロとあゆに強い不信感、でもまず話してみる。 3:首輪、トロッコ道ついて考察する 4:工場あるいは倉庫に向かい爆弾の材料を入手する(但し知人の居場所に関する情報が手に入った場合は、この限りでない) 5:鷹野の居場所を突き止める 6:ハクオロを警戒 【備考】 ※ハクオロが四葉を殺害したと思っています。(少し揺らいでいます。) ※あゆは自分にとっては危険人物。 ※瑞穂とアセリアを完全に信用しました。 ※この島が人工島かもしれない事を知りました。 ※i-podに入っていたメッセージは『三つの神具を持って、廃坑の最果てを訪れよ。そうすれば、必ず道は開かれるだろう』というものです。 ※研究棟一階に瑞穂達との筆談を記した紙が放置。 【C-5 電波塔/二日目 午後】 【ハウエンクア@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】 【装備:アヴ・カムゥ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、他不明】 【所持品:不明】 【状態:健康】 【思考・行動】 1:殺し合いを楽しむ 2:電波塔を防衛する 【桑古木涼権@Ever17 -the out of infinity-】 【装備:不明】 【所持品:不明】 【状態:健康】 【思考・行動】 1:電波塔を防衛する 【??? 廃坑・最果て/二日目 午後】 【羽入@ひぐらしのなく頃に 祭】 【装備:なし】 【所持品:なし】 【状態:封印中】 【思考・行動】 1:封印が解かれるのを待つ 【備考】 ※『大神への道』の3つの道具を集めて、廃鉱の最果てに持っていく事で羽入がLeMUへの道を開きます。 ※ディーの力の影響を受けているため、雛見沢症候群の感染者ではなくても契約者ならば姿を見る事が出来ます。 【LeMU 地下三階『ドリット・シュトック』管制室/二日目 午後】 【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に 祭】 【装備:不明】 【所持品:不明】 【状態:健康、若干の苛立ち、契約中】 【思考・行動】 1:月宮あゆを転送させるかどうか、考える 【LeMU 地下三階『ドリット・シュトック』地下牢/二日目 午後】 【鈴凛@Sister Princess】 【装備:鈴凛のゴーグル@Sister Princess】 【所持品:無し】 【状態:不明、契約中】 【思考・行動】 1:不明 【備考】 ※現在、首輪の機能全て(爆弾、位置特定、生存確認、盗聴)が無効化されています。 機能は、電波塔が正常に戻れば回復します(電波塔が元に戻るのは、第7回放送直前)。 ※フカヒレのギャルゲー@つよきす-Mighty Heart-、暗号文が書いてあるメモの写しは、役場の仮眠室内に破棄 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 投下順に読む 201 ひと時の安らぎ 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 時系列順に読む 202 私たちに翼はない(Ⅰ) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 古手梨花 204 それぞれの「誓い」(前編) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) アセリア 204 それぞれの「誓い」(前編) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 宮小路瑞穂 204 それぞれの「誓い」(前編) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 一ノ瀬ことみ 204 それぞれの「誓い」(前編) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 鷹野三四 202 私たちに翼はない(Ⅰ) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 鈴凛 209 ワライ 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 羽入 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) ハウエンクア 202 私たちに翼はない(Ⅰ) 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 桑古木涼権 202 私たちに翼はない(Ⅰ)
https://w.atwiki.jp/galgerowa/pages/443.html
ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(前編)) ◆guAWf4RW62 放送。 それは全ての参加者達に深い悲しみを齎す、絶望の鐘。 僕――宮小路瑞穂は、C-4とC-3の境界線に位置する草原で、六回目となる放送に耳を傾けていた。 『……なんかよく判らなくなったので、この辺りで終わりにするよ。 それじゃあ、また次の放送で』 ……放送が終わった。 呼ばれた人数は、八人。 生き残っていた人々の実に半数近くが、僅か六時間の間で命を落としてしまったのだ。 そんな驚くべき事実を聞いても、僕達は取り乱したりしなかった。 ノートパソコンに搭載されている、殺害ランキングと云う機能のお陰で、死亡者に関する情報は予め入手してある。 だからこそ、何とか冷静さを失わずに済んだ。 けれど、耐える事が出来たとは云え、悲しみは決して無くならない。 大切な人の死を改めて突き付けられたアセリアさんは、きっと心が裂けるような痛みを感じている筈だ。 「……ミズホ」 向けられたアセリアさんの視線は、消え入りそうに弱々しい。 青い瞳の奥底には、一目で見て取れる程の悲しみの色が浮かび上がっている こんな時にどういう言葉を掛けてあげれば良いのか、僕には分からなかった。 だから僕は口を閉ざしたまま、アセリアさんの肩をそっと手を乗せた。 壊れやすいガラス細工を扱う時のように、出来るだけ優しく撫でる。 「ミズホの手……暖かい」 アセリアさんは小さく呟いて、静かに僕の手を取った。 触れ合っている肌の部分から、アセリアさんの存在が伝わってくる。 そうしていると、不思議と僕の心まで暖かくなって来た。 冷たい雪山の中でお互いを暖め合っているような、そんな感覚。 そのままの状態を暫く続けていたが、やがて梨花さんが声を投げ掛けてきた。 「瑞穂、アセリア、そろそろ……ね? 残酷なようだけど、私達には立ち止まってる時間なんか無いわ」 「……ん、分かった。ミズホ……もう大丈夫だから、行こう」 梨花さんの声に応えて、アセリアさんはゆっくりと僕から離れて行った。 そうだ――僕達はどんなに辛くても、歩き続けなければいけない。 それこそが死んでいった沢山の仲間達に報いる、唯一の方法に他ならない。 「そうですね……では改めて、役場に向かいましょう」 僕達は再び歩き出す。 それぞれの胸に、大きな悲しみを抱えながら―― ◇ ◇ ◇ ◇ 放送から一時間半後。 歩きやすい草原や市街地を通ってきたお陰で、僕達は大した苦労も無く役場に辿り着いた。 「……酷いの」 開口一番に、ことみさんが眼前の建物を眺めながら呟いた。 それは、僕が抱いた感想と全く同じもの。 役場らしき建物は、扉を中心に夥しい程の切り傷が刻み込まれている。 一目見ただけでも、この地で行われた戦いがどれ程激しい物だったか、容易に推し量る事が出来た。 しかし、だからといって尻込みしている訳にもいかない。 この役場の中の何処かに、『特別なゲームディスクを必要としているパソコン』がある筈なのだから。 「アセリアさん……如何ですか?」 「……ん、大丈夫。今の所……私達以外の、誰の気配もしない」 僕達は慎重な足取りで、役場の中へと侵入してゆく。 建物の内部は、一部がピンク色の粉に汚されていたものの、大きな損傷は見受けられなかった。 静まり返ったフロアの中で、案内所に掛けられた振り子時計の音だけが、規則正しく鳴り響いている。 「潤の話によれば、パソコンは此処に置いてあるらしいわ」 そう云って梨花さんが指差したのは、案内板の隅に載っている仮眠室という場所だった。 案内板の地図を参考にして移動すると、仮眠室は直ぐに見付かった。 早速アセリアさんが、扉のノブを掴んで押し開けようとする。 けれど扉はガチャガチャという音を立てるだけで、何度やっても開きそうには無かった。 きっと、鍵が掛けてあるのだろう。 「皆さん、ちょっと此処で待っていて下さい。鍵を取ってきますね」 建物の内部が安全なのは既に確認済み。 だから僕は、一人で鍵を取りに行こうとしたのだけれど―― 「……ん、必要無い。開かないのなら……壊せば良いだけ」 「え――――」 掛けられた声に、慌てて振り返る。 するとアセリアさんが、永遠神剣第四位『求め』を天高く振り上げている所だった。 アセリアさんはそのまま、手にした大剣を扉目掛けて振り下ろす。 「てやああああああっ!!」 「…………っ」 鳴り響く轟音、飛散する木片。 アセリアさんの放った凄まじい一撃は、仮眠室の扉を粉々に粉砕し尽くした。 「うん……これで入れる」 余計な手間を省いてみせたと云わんばかりに、若干得意げな表情を浮かべるアセリアさん。 僕、ことみさん、梨花さんは僅かばかりの間呆然としていたが、やがて三人揃ってアセリアさんに歩み寄る。 そして大きく息を吸い込んだ後に、放ったのは。 「「「――アセリア(さん)っ!!」」」 軽率な行動を叱責する、怒りの叫びだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「ふう……」 ……流石に、さっきは生きた心地がしなかったの。 仮眠室の奥に置いてあったパソコンが無事だと確認してから、私、一ノ瀬ことみは小さく溜息を吐いた。 仮眠室には色あせた畳が敷き詰められており、中央には布団も敷いてあった。 廊下では、今も瑞穂さんがアセリアさんに説教を続けている。 対するアセリアさんは、飼い主に叱られた子犬のように力無く項垂れていた。 少し可哀想な気もするけれど、今回ばかりは仕方ないの。 もし部屋の入り口付近にパソコンが置いてあれば、扉ごと壊されてしまったかも知れないのだから。 「やれやれね……。まあとにかく、パソコンが無事で良かったわ。 あんな事で希望が絶たれるなんて、笑い話の種にもなりはしない」 横に居る梨花ちゃんが、心底呆れた顔で呟いた。 出会ってからこの方、梨花ちゃんはずっとこのような口調だ。 艶やかな黒色の長髪、大きな瞳、そして私よりも数十センチは低い身長。 幼い外見をしているにも関わらず、随分と大人びた話し方をする女の子だと思う。 「それじゃ、早速パソコンを動かしてみましょうか」 「うん、分かったの」 私は小さく頷いた後、徐にパソコンの電源ボタンを押す。 そのまま暫く待っていると、やがて全く見覚えの無いOSが起動した。 ……こんなOS、少なくとも私の知る限りでは存在しない。 もしかしたら、この殺し合いの為に用意された特殊な物かも知れない。 普通のパソコンなら、内部のデータを根こそぎ抜き出すという手もあったけど、それは不可能になった。 下手に弄って故障してしまったら、もう取り返しが付かないの。 此処は素直に、フカヒレさんのゲームディスクを起動させてみるべきだろう。 「準備良し……と」 ゲームディスクを挿入してから、ディスプレイ上にあるアイコンをダブルクリックする。 デフォルトされた女の子の顔をしたアイコンは、この島には不釣合いな程に可愛らしい。 けれどこれは、あくまでカモフラージュに過ぎない筈。 梨花ちゃんがじっとディスプレイを眺めながら、口元を笑みの形に歪めた。 「ふふ、鬼が出るか蛇が出るか――楽しみね」 「うん……きっと、何か凄いものが隠されていると思うの」 特別なディスクを必要とするパソコンと、特定の個人名が入ったゲームディスク。 どちらか片方が欠けてしまえば、このアイコンのプログラムは動かせない。 過酷な殺し合いの中で特定のアイテムを二つ共揃えるのは、決して容易では無い。 寧ろ、極めて困難であると云っても過言ではないだろう。 これだけの労力を必要とするのだから、起動に成功した暁には、きっと想像も付かないような物が手に入る筈なの。 それが何かは分からない。 とても重要な情報かも知れないし、主催者の準備した恐ろしい罠という可能性だってある……! そう考えた私は梨花ちゃんと一緒に、期待と不安の入り混じった目でディスプレイを注視していたのだが―― やがてディスクの起動が完了し、ディスプレイにある画像が浮かび上がってきた。 「…………は?」 梨花ちゃんの口から、呆然とした声が漏れ出る。 ディスプレイに映し出されたのは、愛くるしい女の子達の顔、顔、顔。 画面上部に表示されているタイトルは、『ブルーベリー・パニック』……何だかとっても甘そうな名前なの。 何処から如何見ても、所謂恋愛ゲームのようにしか見えない。 つまり、このゲームディスクは――名前通り、フカヒレさんのギャルゲーだったのだ。 「……コメントする気も起きないわね」 梨花ちゃんは疲れた声で呟いた後、敷いてあった布団の中に潜り込んだ。 無理もない。 私だって今すぐそうしたい気分だ。 一縷の望みに懸けて、わざわざこんな遠くまで来たのに、得られた物が只のゲームでは余りにも報われない。 罠だったのなら未だ理解も出来るが、こんな毒にも薬にもならないような物を用意して、主催者は何がしたかったのだろうか。 まさかこんな殺し合いの最中に、暢気にゲームで遊ぶ人がいる訳―― そこまで考えた時、頭の中で何かが引っ掛かった。 殺し合いの最中にゲームで遊ぶ。 それは普通に考えれば有り得ない、愚か極まりない行動。 けれど私は少し前、その愚行を勧められた筈だ。 そう――六回目となる放送をした人物に、勧められたのだ。 一体、何故? 「梨花ちゃん、ちょっと聞いて欲しいの」 「……何?」 いかにも不機嫌といった表情で、梨花ちゃんが布団の中から顔を出す。 私は少し間を置いてから、浮かんだ疑問をそのまま口にした。 「さっきの放送をした人――鈴凛さんは、『適当にゲームとかして遊んだりしてもいいかもね』と云っていたの。 もしかしたらアレは、私達に向けられたメッセージだったのかも知れない」 「……タイミング的に考えるとそうかもね。でも、それがどうかしたの? 要するに、鷹野の手下が私達をからかったって事でしょ? 考えるだけでも苛立ってくるわ」 「ううん、それは違うと思う」 梨花ちゃんが吐き捨てるように云ったが、私は首を大きく横に振った。 勿論、梨花ちゃんの云い分が正しい可能性だってある。 鈴凛さんは、ゲームディスクに夢中になっている私達を嘲笑っていただけかも知れない。 けれど―― 「死亡者発表をしている時の鈴凛さんの声……とっても悲しそうだったの。 皆の死を悲しめるような人が、私達を嘲笑う為だけに、あんな事を云ったりはしないと思う。 多分、ゲームディスクには何かしらの意味があるの」 高嶺悠人さんや千影さんの名前を呼んだ時、鈴凛さんの声は明らかに震えていた。 決して気の所為なんかじゃないと、思う。 人の死を悲しめる彼女は、鷹野のような悪魔とは明らかに違うタイプの人間だ。 「何か確証はあるの? それとも只の直感かしら?」 「確証は無いの。でもきっと、鈴凛さんは悪い人じゃない筈……」 値踏みするような梨花ちゃんの視線が、私に突き刺さる。 じっと見つめ合う事十数秒、やがて梨花ちゃんが表情を緩めた。 「分かったわ……貴女に懸けてみましょう。 サイコロは振らなきゃ目が出ない――何事もやってみなければ始まらないものね」 梨花ちゃんは力強い言葉と共に頷いてくれた。 こうして梨花ちゃんの同意も得られ、私は『ブルーベリー・パニック』というゲームをプレイする事になった。 まずはこのゲームに関する説明を一読して、『ブルーベリー・パニック』の大まかな内容を理解した。 説明文は、以下のような感じだったの。 ――アストラエアの丘、そこには、三つの女学校が建ち並んでいました。 聖ミアトル女学園、聖スピカ女学院、聖ル・リム女学校。 そして、その敷地のはずれにある三校共通の寄宿舎である、ブドウ舎。 アストラエアの丘……それは男子が立ち入る事の許されない聖域でした……。 聖ミアトル女学園に編入する事になった蒼井渚(高校1年生・女子)は、新しい学園生活への期待と不安で胸がいっぱいです。 プレイヤーである貴方は渚を操作して、秘密の花園に集う乙女達との親睦を深めてあげて下さい! 説明は以上。 ……何だかとっても危険な予感がするけど、きっと気のせいなの。 舞台は女子校。 常識的に考えて、女の子同士でいかがわしい行為をするなんて事は無いだろう。 このゲームは、女の子同士で友情を深めていくという、すこぶる爽やかな内容の筈。 一抹の不安を振り払った私は、意気揚々と『ブルーベリー・パニック』の世界に飛び込んだ。 『うう……間に合わないよ~~!!』 ポニーテルの美少女、蒼井渚は一生懸命走っていた。 転校初日から、遅刻しそうになっていたのだ。 だが努力の甲斐もあって、遅刻せずに学校の敷地地内へと駆け込む事が出来た。 『うわあ、この制服素敵……。あ、この制服も可愛いかも……!』 登校途中の女子学生達は皆華やかな制服を着用しており、渚は思わず目を奪われてしまう。 しかし、走りながらの余所見は非常に危険。 前方不注意だった渚は茂みに突っ込んでしまい、そのまま坂を数十メートル程転げ落ちた。 ……とってもツッコミたい気分だけど、我慢するの。 気を取り直した渚は、何とか立ち上がって再び歩き始める。 そんな折、渚の前に一人の女性が現われた。 『すっごく綺麗な人……』 呆然としている渚の口から、そんな言葉が零れ落ちた。 これには私も同意出来る。 現われた女性は、銀色の長髪と切れ長の瞳を湛えた、とても美しい人だった。 女性は大人の風格を漂わせており、あくまでゲーム上の登場人物に過ぎないというのに、思わず私まで圧倒されてしまう。 その後幾つか会話を交わして、女性は花園静馬(はなぞのしずま)という名前である事が分かった。 『フフ……』 突然、静馬さんが穏やかな微笑みを浮かべた。 全てを包み込む聖母のような、見ているだけで心が癒されるような、そんな笑顔。 途端に渚は身体が硬直して、動けなくなってしまう。 渚の頬は、リンゴよりも真っ赤に染まっている。 そんな渚の肩を、静馬さんは優しく抱き寄せた。 徐々に近付いてくる、静馬さんの唇。 え……。 この展開は、まさか―――― 『えぇ――――!?』 「えぇ――――!?」 パソコンから放たれる渚の絶叫と、私自身の放った絶叫が、部屋中に木霊する。 画面の中では、静馬さんが渚の額に口付けをしていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「――ことみさん、どうしたんですか!?」 「……コトミッ!?」 ことみさんの叫び声を聞き取った僕とアセリアさんは、部屋の中へと駆け込んでいった。 すると真っ赤な顔をして俯いていることみさんと、呆れ顔の梨花さんが目に入った。 事態を把握すべく、僕は梨花さんに質問を投げ掛ける。 「梨花さん、一体何があったんですか?」 「……瑞穂、実はね――――」 そうして僕とアセリアさんは、梨花さんから一通りの説明を受けた。 ことみさんはゲームディスクに重大な秘密が隠されていると考え、『ブルーベリー・パニック』というゲームをプレイしていた。 しかし予想を大幅に上回るハードな内容――平たく云えばレズ物だった為に、耐え切れなくなってしまったのだ。 「ことみはあんな様子で、もうゲームを続けられそうも無い。だから、代わりに貴女がこのゲームをやってくれないかしら? このゲームをクリアすれば、何かが起こるかも知れないのよ」 「え、でも……」 「私はパソコンの操作方法が未だ余り分からないわ。如何考えても、貴女の方が適任よ」 「……分かりました、やれるだけやってみます」 正直な所、やる気は全くしない。 っていうか、する筈が無い。 何が悲しくて、レズ物の恋愛ゲームなどプレイしなくてはいけないのか。 女装したままレズ物のゲームをプレイする変態、宮小路瑞穂。 ……自分で云ってて悲しくなってきた。 だけど、それでも僕がやるしかないのだ。 今のことみさんにプレイを強いるのは酷だし、アセリアさんや梨花さんでは上手くパソコンを扱えないだろう。 「あああ……なんでこんな事に…………」 僕はぼやきながらも、パソコンの画面と向き合った。 画面の中では、主人公の蒼井渚が目を醒ました所だった。 『――何だったの? 全部夢だったの?』 静馬さんにキスされた後、渚は気を失っていたようだ。 気絶したまま、近くにある校舎の病室まで運ばれたらしい。 暫くベッドで呆然としていた渚だったが、やがて横に居る人影に気付く。 『うわあ!? 貴女は一体……』 『ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。あんまり寝顔が可愛いものだから、思わず見惚れてしまいました。 初めまして、私は涼水玉青(すずみたまお)です』 僕は渚を操作して、玉青さんとの会話を続けてゆく。 どうやら玉青さんは、渚と同じ寮、同じ部屋の、所謂ルームメイトであるようだった。 外見は可愛い子なのだが……明らかに態度が可笑しい。 『渚さんの可愛い寝顔を眺めていたら、あっという間に時間が過ぎていました』などという恥ずかしい台詞を、平気で云ってのける。 しかも初対面であるにも関わらず、3サイズまで測ってきたのだ。 レズ志向の子であると考えて、まず間違いないだろう。 「うう……このゲームはこんな子ばかりなのかな……」 僕が通っていた聖應女学院にもレズ志向の子は沢山居たが、ここまであからさまな子は初めてだ。 僕は頭が痛くなる感覚を覚えながらも、着々とゲームを進めてゆく。 その後も様々な女の子が登場したが、一人の例外も無くレズ志向だった。 そんな中でも特に印象的なのが、物語の始めにいきなりキスをしてきた静馬さんだ。 花園静馬――三校の生徒会を束ねるエトワール。 歩くだけで、周囲の視線を一身に集める程の美人。 因みにエトワールとは、現実世界で僕が就いているエルダー・シスターと同じようなものだ。 全校で最も人気のある者が就く、生徒達を纏めるリーダー的役職だと考えて貰えば、分かり易いだろう。 そんな名誉ある地位の静馬さんだが、渚に対する彼女の行動はとにかく凄まじい。 『ふふ……可愛い子ね』 そう云って、渚の身体を抱き寄せる静馬さん。 今彼女達が居る場所は大食堂で、当然他にも多くの生徒達が居る。 にも関わらず静馬さんは、堂々とキスしようと試みているのだ。 静馬さんが迫って来たのは、今回だけではない。 ある時は野外で、ある時は真夜中のプールで、場所も人目も気にせずキスしようとしてくる。 迫られる側の渚もまんざらではないらしく、大した抵抗はしない。 殆どは途中で邪魔が入って、キスの実行には至らないものの、両者の気持ちが通じ合っているのは明らかだった。 これだけ書くと、明らかに有り得ない。 人目も憚らず同性愛にのめり込む彼女達の姿は、常人から見れば異常としか云いようが無いだろう。 だけど……僕には、渚や静馬さんの気持ちが少なからず理解出来てしまった。 その理由は、もう少し後で述べる事にする。 物語は順調に進んでゆき、渚は静馬さんと共に舞台劇を行う事になった。 しかし練習初日、予期せぬ事態が起こる。 アクシデントが発生し、舞台セットの一部が倒れてしまったのだ。 『きゃあああああっ!』 渚に向けて、全長五メートルはあろうかという巨大な板が迫る。 このまま下敷きになってしまえば一溜まりも無いが、渚は腰が抜けてしまって動けない。 だがそこで渚に走り寄る、一つの影。 『――渚ぁぁぁぁっっ!!』 颯爽と駆け付けた静馬さんが、渚を抱き上げて離脱する。 お陰で渚も含めた全員が、怪我一つせずに済んだ。 静馬さんは美しいだけでなく、男の僕から見ても格好良い。 紫苑さんのような女性特有の色香と、武さんのような力強さ、その両方を持ち合わせているのだ。 流されるままエルダー・シスターになった僕とは比べ物にもならない、本物のリーダー。 これでは渚が惹かれてしまうのも、無理はないだろう。 そして渚もまた、静馬さんに釣り合うだけの魅力を持っている女の子だった。 『静馬様が、あれだけ熱心に教えてくれてるんだもの。私だって頑張らないと……!』 演劇のリハーサルが終わった後も、独り残って練習をし続ける渚。 何でも完璧にこなす静馬さんに比べ、渚の演技は余りにも稚拙。 はっきり云ってしまえば、役者としての才能が違い過ぎる。 それでも渚は諦めずに、昼夜を問わずに努力し続けていた。 元気だけが自分の取り得だと云って、何時も笑顔で頑張っていた。 その甲斐あって、劇の本番では素晴らしい演技を魅せる事が出来た。 どんな苦難にも立ち向かってゆける強い心と、全てを照らす太陽のような笑顔――それが、渚の魅力だ。 方向性こそ違うものの、誰にも負けない長所を持った渚と静馬さん。 そんな彼女達が惹かれ合うのは、ごく自然な事だったのかも知れない。 渚と静馬さんの距離は急速に縮まってゆき、やがて深い絆で結ばれるようになった。 ……嘗ての、僕と貴子さんのように。 だが、幸せは何時までも続かない。 玉青さんの発言から判明した事実が、渚の心に大きな波紋を齎した。 『え……玉青ちゃん、それは本当なの?』 『はい。静馬さんには、嘗てパートナーが居ました。深く愛し合った末、共にエトワールに就かれた人が……』 その後も、静馬さんやエトワールに関する説明は続いた。 概要を纏めると、以下のようになる。 本来エトワールとは一人では無く、強い絆を持った二人が一丸となって務める役職だったのだ。 此処で云う強い絆とは、レズ的な意味を想像して貰えれば、大きな間違いは無いと思う。 レズ必須の役職って倫理的に考えて如何かとは思うけど……ともかく、そういう事らしい。 次に、静馬さんについてだ。 静馬さんには、共にエトワールとなったパートナーが存在した。 桜木花織(さくらぎかおり)さんという方だ。 花織さんは嘗て静馬さんと深く愛し合っていたが、持病の所為で既に他界してしまった。 最後に、これは玉青さんも知らない事だが――静馬さんの心には、今も花織さんの存在が深く根付いていた。 渚を、花織さんの代わりとして利用している部分があったのだ。 いかな静馬さんといえど、そのような気持ちを何時までも隠し通せる筈が無い。 真実に気付いた渚は、大喧嘩の末静馬さんと決別してしまった。 そして静馬さんとの仲は戻らぬまま、渚は新たな運命の奔流に巻き込まれる。 現在のエトワールは静馬さんだが、彼女は後半年で卒業する。 故に、次のエトワールを決める選挙――通称エトワール選が行われる事となった。 そのエトワール選に、渚は玉青さんと組んで出馬する事になったのだ。 エトワールに当選してしまえば、渚と玉青さんは否応無く恋人的な関係を強要される。 未だ静馬さんへの想いを吹っ切れていない渚が、自分からエトワール選に出る筈も無い。 渚が出馬したのは、他ならぬ静馬さんの命令によるもの。 静馬さんは、玉青と付き合わせた方が渚を幸せに出来ると判断し、そんな命令を下したのだ。 「これは……私に道を選べって事みたいね……」 此処で、パソコンの画面上に二つの選択肢が表示された。 静馬さんとの復縁を狙うか、もしくは玉青さんと新たな道を歩むか、である。 こういった類のゲームは、誰か一人と円満な仲を築ければ、それでゲームクリアになる。 心情的には渚を静馬さんと仲直りさせて上げたいが、それは恐らく難易度が高い筈。 ゲームオーバーになってしまう危険性も、十分考えられる。 逆に玉青さん狙いでプレイしてゆけば、何ら問題無くゲームクリアする事が出来るだろう。 仲直りの為の行動さえ起こさねば、このまま玉青さんと結ばれる筈なのだ。 時間は有限なのだから、最初からゲームをやり直しているような暇は無い。 故に僕は私情を捨てて、玉青さんとの道を選ぼうとしたのだが――その時、誰かが僕の肩を軽く叩いた。 「……アセリアさん、如何したんですか?」 背後へと振り返ると、アセリアさんの姿が視界に入った。 アセリアさんは何処までも澄んだ眼差しで、じっとこちらを見詰めている。 「……ミズホ、諦めたら駄目。何とかして……仲直りさせて上げて欲しい」 「――え?」 「このままじゃ……ナギサやシズマが可哀想」 縋るような表情で、必死に訴え掛けてくる。 アセリアさんは純粋な心を持っている分、ゲーム中の登場人物にも深く感情移入しまうのだろう。 ……僕だって、出来れば渚は静馬さんと結ばれて欲しい。 この島は悲し過ぎる運命で溢れ返っているから、仮想空間の中だけでも幸せな結末を見たい。 流れに身を任せたまま、渚が玉青さんと結ばれたとしても、それは決して幸せな結末だとは云えないだろう。 「大丈夫――ミズホなら、きっとやれる」 揺るぎの無い、力強い言葉。 アセリアさんは、こんな僕の事をこれ以上無いくらい信頼してくれている。 だったら――応えないと。 アセリアさんの信頼に応えて、渚と静馬さんを助けて上げないと。 僕はアセリアさんに向けて大きく頷いた後、再びマウスを手に取った。 目標は静馬さんとの復縁。 エルダー・シスターとしての誇りに懸けて、絶対成し遂げてみせる。 僕が考えるに復縁の鍵となるのは、決して諦めずに何度も話し合う事だ。 確かに静馬さんは、渚を花織さんの代わりとして愛していた。 だけど、それだけじゃない筈。 少なからず渚自身の事も、愛していた筈なんだ。 お互いの気持ちを余す事無く伝い合えれば、きっと以前のような関係に戻れる。 だから僕は、渚を静馬さんの下に向かわせ続けた。 けれど静馬さんも軽い気持ちで、渚さんとの別れを決意した訳じゃない。 最初は上手く行かなかった。 『渚――貴女はエトワール選に出なければいけないのよ。 こんな所で油を売っている暇があったら、ダンスの練習でもしてきなさい』 一昔前からは考えられないような、素っ気無い言葉。 何度話し掛けようとも、静馬さんは渚を冷たくあしらうだけだった。 その度に渚は傷付いていったが、それでも僕は行動方針を曲げなかった。 今渚にとって重要なのは、痛みから逃げる事などではなく、静馬さんと一つでも多くの言葉を交わす事なのだから。 そうやって諦めずに静馬さんの所へ通っていると、徐々に変化は訪れてきた。 静馬さんの口調が心無しか柔らかくなって、会話も長続きするようになった。 冷たくあしらわれたりもしない。 少しずつ、だけど確実に渚と静馬さんの距離は縮まっていった。 だけど二人の仲を元通りに戻すには、余りにも時間が足りない。 審判の時――エトワール選決行日は、静馬さんとの復縁を成し遂げる前に訪れてしまった。 『(お願い……如何か、エトワールに選ばれませんように……)』 場所は教会の大聖堂。 全校生徒の視線を浴びながら、渚はひたすら祈り続けた。 エトワールに選ばれてしまったら、もう静馬さんとの復縁は絶望的になる。 パートナーであるもう一人のエトワール、玉青さん以外と交際するのは許されないからだ。 (玉青さんには悪いけど……お願い。渚さんをエトワールに選ばないであげて……) 僕も渚と同様、一生懸命祈った。 渚に、静馬さんと復縁し得るだけの時間を与えて欲しかった。 僕と貴子さんは離れ離れになってしまったけど、渚だけでも幸せになって欲しい。 『投票結果を発表します』 だけど、運命とは残酷なもので―― 『次期エトワールは、蒼井渚さんと涼水玉青さんに決定致しました』 絶望を報せるアナウンスが、大聖堂内に流された。 どさりと、渚が膝から地面に座り込む。 ……終わった。 僕はアセリアさんの期待に応えられなかったし、渚を幸せにしてあげる事も出来なかった。 ゲームディスクをクリアするという目的すらも、果たせなかった。 最初からやり直す事は可能だが、貴重な時間を浪費してしまったのは間違いない。 自分への怒りと失望が、僕の心を覆い尽くす。 だが――未だ、終わってはいなかった。 唐突に大聖堂の扉が開け放たれ、そこからとある人物が現われた。 『――静馬、様……?』 渚の口から、呆然とした声が零れ落ちる。 銀色の美しい髪、切れ長の澄んだ瞳。 現われたのは、静馬さんだった。 静馬さんは驚愕する生徒達の視線を一身に受けながら、呆然とする渚に歩み寄った。 『渚…………ッ! 他の誰でも……花織でもない……。私は貴女を――』 渚に向けて手を差し出しながら、張り裂けんばかりの声で叫ぶ。 『――――愛してるの!!!!』 大聖堂内に木霊する絶叫。 それは静馬さんの心から漏れ出た、魂の叫びに他ならない。 渚は強く地面を蹴って、静馬さんの胸へと飛び込んだ。 『静馬様…………、静馬さまぁ…………っ!!』 『渚……!』 ざわざわと騒ぐ生徒達の声も、今の二人には届かない。 すれ違っていたこれまでの時間を埋めるべく、強く、強く、抱き締め合う。 どれ程の間、そうしていただろうか。 やがて、静馬さんが悪戯っぽい微笑みを浮かべた。 『――渚、行くわよ』 『え……、わわっ!?』 突然、静馬さんが渚の手を引いて走り始めた。 大聖堂の扉を潜り抜けて、大きく広がる外の世界へと躍り出る。 ある程度教会から離れた所で、渚が足を止めて問い掛けた。 『静馬様、これから如何しましょう?』 『……さあ、如何しようかしら』 『え――何も決めてないんですか?』 エトワール選の最中にあのような行動をするなど、前代未聞の蛮行。 故に何か対策があると思っていたのだが、どうやら違うようだ。 静馬さんは紅く頬を染めた後、小さな声で呟いた。 『仕方無いでしょ……貴女をさらう事だけ考えていたんだから』 『はぁ…………』 渚が困った表情で相槌を打つ。 そんな渚の肩を、静馬さんは優しく抱き寄せた。 互いの吐息を感じ取れる程の距離となり、渚の顔が瞬く間に紅潮してゆく。 『渚――――愛してるわ』 触れ合う唇と唇。 熱き乙女の胸のたぎりは、遙かなる蒼穹に昇華し、気高く美しき新たなる星を産み落とす。 寄り添い合う二つの星は、鮮烈な光を放ち、永遠に輝き続けるだろう。 【ブルーベリー・パニック:HAPPY END】 ……これ何て駆け落ちエンド? それが僕の抱いた、最初の感想だった。 いや、渚と静馬さんが無事結ばれたのは、凄い良かったんだけどね。 僕が一息吐いていると、アセリアさんが労いの言葉を投げ掛けてくれた。 「……ミズホ、良くやった」 「ええ。でも、今の所何も起きませんね」 ゲームをクリアしたものの、パソコンの画面には何の異変も見られない。 もしかして、何の秘密も隠されていない、只のゲームディスクに過ぎなかったのだろうか? そんな疑問も湧き上がったが、もう暫くは様子を見る事にする。 「瑞穂さん、お疲れ様なの」 「有り難うございます」 今度は、横からことみさんがペットボトルを差し出してきた。 僕はにっこりと微笑んでからから、それを受け取る。 「……でも、私知らなかったの」 「え、何をですか?」 発言の意図を理解しかねて、思わず僕は聞き返した。 一瞬の沈黙。 その後ことみさんが放った言葉は、予想だにしないものだった。 「瑞穂さん…………女の子同士で、というのが好みだったなんて」 「――――――ッ!?」 な……ななななな、何か壮絶に勘違いされてる――――!? 女装趣味の上、レズビアン嗜好の男、宮小路瑞穂。 ……どう考えても変態です、本当にありがとうございました。 僕は力無く崩れ落ちて、地面に両膝と両手を付いた。 何故か周囲が暗くなって、僕の身体だけがスポットライトで照らし上げられているような錯覚に囚われる。 気だるい脱力感が全身を覆い尽くし、気力も萎えそうになってしまった。 だが――そんな僕の意識を覚醒させたのは、パソコンから発された一つの声だった。 『……あー、あー。そこの貴女達、聞こえてるかな?』 ◇ ◇ ◇ ◇ 「こ、これは……!?」 私、古手梨花の目には驚くべき光景が飛び込んで来ていた。 直ぐ傍では、瑞穂達も驚愕の表情を浮かべたまま立ち尽くしている。 突如パソコンの画面に、見知らぬ少女の顔が映し出されたのだ。 少女は頭に大きなゴーグルをつけており、歳は中学生位といった所だろうか。 少女の口が動き、それと同時にパソコンのスピーカーから声が聞こえて来た。 『私は鈴凛――覚えてると思うけど、さっきの放送を読み上げた本人だよ』 確かに、この声には聞き覚えがある。 第六回放送を行った者と同一人物であると考えて、まず間違い無い。 鈴凛――ことみの推測によれば、悪人では無い可能性が高い人物。 無警戒に信頼は出来ないが、取り敢えず話を聞いてみる価値はあるだろう。 「そう……それじゃ、用件を聞かせて貰いましょうか」 まどろっこしい腹の探り合いなどに興じるつもりは、毛頭無い。 単刀直入、余計な言葉を一切交えず私は問い掛ける。 それで私の意図は伝わっただろうに、鈴凛は念を押すように云った。 『……落ち着いて聞いてね。これは貴女達にとって、とても重要な事だから』 「前置きは要らないわ。早く本題に入って頂戴」 どうやら、余程重要な事を話そうとしているらしい。 ゴクリと、横で瑞穂が唾を飲み込む音が聞こえた。 鈴凛は意を決した表情で、ゆっくりと次の言葉を紡いだ。 『今なら――首輪を外せるよ』 瞬間、意識が凍り付いた。 いや、それどころでは無い。 余りの衝撃に、全身、手足の先までもが完全に硬直してしまっている。 『ゲームディスクをクリアしたお陰で、私の準備したプログラムが起動したんだ。首輪の機能を停止させるプログラムがね。 だから盗聴される心配も、遠隔操作で首輪を爆破される心配も無いよ』 成る程、と思った。 今の言葉が事実なら、確かに首輪を外す事は可能だろう。 聞いた話によれば、ことみは一度首輪の解除に成功している。 主催者サイドからの妨害さえ防げれば、生きている人間の首輪だって外せる筈。 首輪の解除は、主催者打倒の絶対必須条件して、最大の難関。 それを成し遂げられると云うのは、私達にとって最高の話だ。 「それで? まさか、そんな都合の良過ぎる話を信じるとでも思ってるの?」 『え…………?』 だから――当然、信じる事なんて出来なかった。 「梨花ちゃん、ちょっと――――」 「ことみは黙ってて。瑞穂もアセリアも、暫く口を挟まないで頂戴。 此処は私に任せて貰うわ」 諌めようとしてきたことみを、問答無用で一蹴する。 性格的に甘い所のある瑞穂とアセリアにも、しっかりと釘を刺しておいた。 人を信じる事の大切さは十分に理解しているが、それはあくまでも仲間内での話。 敵陣営に属している人間相手ならば、まずは疑って掛かるのが普通。 軽率な判断を下した所為で罠に嵌められてしまった、という事態は避けなければならない。 「鈴凛――首輪を作ったのは貴女よね? つまり貴女は、鷹野の協力者という事になる。 そんな貴女が、どうして今更私達に力を貸そうとしているの?」 『それは…………』 「私達に味方してくれる気があるのなら、もっと早くに行動すれば良かった。 そうすれば、潤や圭一達だって死なずに済んだのに……っ!」 首輪の機能を無効化出来るのなら、何故今頃動いたのだ。 殺し合いが始まってすぐに、そのプログラムとやらを起動してくれれば、皆死なずに済んだ筈。 大勢の人々を見殺しにしておいて、今更手を貸すなんて云われても、信じられる訳が無い。 『うん、梨花ちゃんの云う通りだね……。でも私は鷹野に監視されていて、自分からは行動を起こせなかったの。 だからディスクにプログラムの起動キーを組み込んで、誰かが攻略してくれるのを待つしかなかった』 「そう。つまり私達が泥水を啜っている間、貴女は保身に走っていたって訳ね。 そんな汚い人間…………信じられるもんかああああああっ!!」 『――――っ』 一喝。 自身の内に巣食っていた鬱憤を、鈴凛目掛けて思い切り叩き付けた。 鈴凛は、潤を、風子を、圭一を……皆を、見殺しにしたのだ。 許せない。 認められない。 信じられない。 怒りで頭が埋め尽くされ、何も考えられなくなった、その時。 懐かしい――とても懐かしい声が、直ぐ傍から聞こえてきた。 「……落ち着くのです、梨花」 「え――――」 私は、自分の目を疑った。 気が遠くなる程の永い時を共に過ごし、だけど私の前から消えてしまった友達。 ずっとずっと会いたくて堪らなかった、時の輪廻の大切な同朋。 それが今、目の前に…………立っていた……。 199 第六回定時放送 投下順に読む 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 201 ひと時の安らぎ 時系列順に読む 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 かけらむすび 古手梨花 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 かけらむすび アセリア 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 かけらむすび 宮小路瑞穂 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 かけらむすび 一ノ瀬ことみ 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 第六回定時放送 鷹野三四 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 199 第六回定時放送 鈴凛 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 193 贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編) 羽入 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 190 CARNIVAL ハウエンクア 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編) 190 CARNIVAL 桑古木涼権 200 ブルーベリー・パニック/決戦の幕開け~宣戦布告~(後編)
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概要 勃発時期 1900年9月 シーズン シーズン1 参戦国 中華側 中華(国家)(清国) ドイツ側 ドイツ(国家)、日本(国家)、ロシア(国家)、フランス(国家)、アメリカ(国家)、イギリス(国家)、イタリア(国家) ※人が入っているのはドイツ(国家)と日本(国家)のみで、なおかつ十分な戦力を持っていたのはドイツ(国家)だけなため、事実上の参戦国はドイツ(国家)のみだった。 戦闘 ドイツ側 中国派遣軍内容 特級砲艦120隻 ゴリアテ級空中戦艦5隻 アカタ級重巡洋艦20隻 奴らが降伏しようと無駄だ、主要都市、移籍、全て燃やせ。 中華側 大清帝国 ドイツ領青島に駐屯するドイツ軍に攻勢を開始します 結果 中華側が降伏、ドイツに講和を打診した 講和内容 独中講和条約 内容 上の写真の領土を150年間租借地にする 中国軍の武器を我々から割高で
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196: ham ◆sneo5SWWRw :2020/04/09(木) 23 51 05 HOST sp49-97-104-93.msc.spmode.ne.jp 戦後夢幻会ネタ ham世界線 宣戦布告 (なにがなんでも宣戦布告は遅れてはいけない! だが、逆に早すぎるのもいけない。悩ましいものだ・・・) そう心の中で呟くのは、憂鬱転生者にして、駐米大使の野村吉三郎だ。 彼は今、駐米大使館内で奥村勝蔵と共に、タイプライターで宣戦布告文書の翻訳文を打っている。 タイプライター自体は憂鬱世界でも経験しており、なによりキーボードの配列が現代PCと変わらない配列であることから、その所作は素早かった。 史実でも問題とされた宣戦布告文書遅延問題。彼はこれを防ぐためにあらゆる手を講じていた。 史実では遅延の一因となった寺崎英成の送迎会。 史実ではその日の朝に重要文書が届くという通知が来ていたにも関わらず、来栖や奥村ら大使館員全員が夜に中華料理店を貸しきって送迎会を開き、そのまま帰るという間抜けな行為に及んだ。 野村は、「本土から重要文書が何時届くか分からないというのにも関わらず、全員で出かけるとは何事か!」と怒りを全身に出して一括。 直ちに料理店にキャンセルを入れ、大使館内での簡素なものとし、当番制で何時でも電信を受けられるように待機させた。 突然の変更に大使館員の中には不満を呈する者が居たが、 「もし重要文書が宣戦布告文書でそれが遅れ、しかも原因が連絡が来ていたのに待機する者が居なかったとなれば、君たちの将来は有ると思うかね? この始末に政府も軍も黙っていないし、外務省も、怠慢のために省の立場を危うくした君たちを庇ってくれるとは思えないがね」 という野村の言葉に、沈黙した。 そんなわけで、大使館内で待機していた彼らは、予定通り届いた重要文書の翻訳作業にかかった。 野村も、前世前々世での経験を活かし、翻訳作業を手伝い、外務省指定時刻の1時間前に完成するという驚異的なスピードで仕上がった。 早速仕上がった文書を手交しようと来栖は準備したが、ここでまたも野村は待ったをかけた。 「元海軍軍人だった私だから分かるわけだが、おそらく軍は指定時刻に合わせて攻撃できるように待機しているはずだ。 もし我々が先走って文書を指定時刻よりも前に手交したために、米軍が防衛態勢を敷いて攻撃に失敗したらことだ。 我々は軍に恨まれるし、陸軍なら憲兵で帰国した我々をしょっ引くやもしれん。ここは指定時刻に手交すべきだ。 それまでに両国民に宣戦布告の事実を周知できるように、記者を集めよう。宣戦布告など無かったと虚偽の報道をされて、米国民を煽られるわけにはいかないからね」 そう言って彼はワシントンポストを始めとする米国中の新聞記者を集めさせた。 また、この当時放送がスタートしたばかりのNBCやCBSに掛け合い、テレビ放送も準備させた。 こうして野村の暴走ともいえる各種働きかけにより、宣戦布告文書は予定通り、ワシントン時間午後1時に集められた記者たちがカメラを激写する中、野村大使と来栖大使からコーデル・ハルに手交された。 そして野村らはすぐに記者会見やテレビでの会見にも臨み、これにより米国民は日米開戦をすぐに知ることとなった。 日本のこの過剰なまでの行為に疑問に思ったハルだが、すぐにルーズベルトに開戦を知らせる電話をかけた。 彼が日本がなぜここまでの行動をとったのかを知るのは、30分後に流れる真珠湾攻撃のニュースを知ってからであった。 なお、野村の暴走で間に合った宣戦布告だったが、予想外の問題で台無しとなる。 それは第18師団のコタバル上陸である。 というのも、史実ではマレー作戦が指定時刻より前に始まっており、マレー作戦を担当する史実転生者の山下奉文は、各師団長を通じ、予定時刻まで絶対上陸も攻撃もしないように厳命していた。 だが、第18師団長のあの牟田口が功に焦り、先走って上陸を始めてしまったのだ。 当然、英国を通じて知られされたルーズベルトは、これを奇貨として、「あれだけ派手に堂々と宣戦布告を通達したのに、日本は卑怯にも既にコタバルを攻撃していた」と騙し討ちを強調した。 この牟田口の先走った行為は陸軍省でも問題となった。 海軍からは「我々の真珠湾は下手するとコタバル上陸の所為で台無しになるところでしたよ。陸軍は将官ですら統率も守れないのですか?」と嫌み節を言われるようになり、陸軍も無視できなくなった。 もし外務省に不手際が有ったなら変わっただろうが、宣戦布告文書は予定通り手交されているため、陸軍側に完全に非が有った。 おまけに、盧溝橋事件での先走った行動も蒸し返され、陸軍内でも処罰すべきとの声も上がり、シンガポールの戦いで戦傷したのを機に牟田口は後送され、まもなく予備役編入となった。 以上です。 197: ham ◆sneo5SWWRw :2020/04/09(木) 23 54 28 HOST sp49-97-104-93.msc.spmode.ne.jp 宣戦布告文書は間に合いました。 ただし牟田口はやらかしたので、飛ばされました。
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「宣戦布告?」 δ-1 『もしもし』 こだまのように返ってきたその声は、今朝聞いたばかりの女の声だった。 こいつの声を聞いて、なぜかはわからないが、俺にはこいつからそろそろ電話がかかって きそうな予感がしていたし、実際かかってみると最近同じように電話で話をしたような錯 覚にとらわれた。 それはいいんだが。 「佐々木か?」 「正解だ。キョン、キミが僕という個体を第一声で認識してくれたことには痛快の念を禁 じ得ないよ。先日涼宮さんにキミの親友だと宣言した手前、僕の声をキミのシナプスが伝 達することに齟齬をきたすとなると、少々居心地が悪いのでね」 それを聞いて俺の脳内42型モニターに、先日の佐々木との邂逅の映像がビュンビュンと3 倍速で再生された。音声付きでだ。 だがなぜか、縁日で買い求めた変身ヒーローの出来損ないのお面のような、不思議とも何 とも表現しかねるハルヒの表情までもが再生され、理由もなく頭の中がチリチリした。 「ところでキミは入浴中のようだね。すまない、今さらだがかけ直した方がいいかい?」 いやかまわないと答えると、 「そうかい、では手短に話そう。キョン、キミは明日暇かい?」 俺が忙しいということは世界の危機が訪れているか、それともコペルニクス的大転回に巻 き込まれていることだろうぜ。 つまりは暇だ。 「そうだろうと思ったよ。いや、失礼。実は今、僕の手元に映画の鑑賞券がある。それと いうのも、かつて東インド会社から発祥した市場主義経済における人類にとって重要な発 明の一つである株式の恩恵を享受できうる立場に僕の父がいるのでね」 つまりはどういうこった。 「端的に言うと、僕はある映画会社の一株主である父から映画の優待券の提供を受けたの さ」 佐々木はそこで言葉を一度切り、一呼吸おいて再び話を続けた。 「昨日キミにはやや不愉快な思いをさせた詫びということもあるし、再びキミとの友誼を 厚くしたいという僕の願望もある。よければ明日、共に映画を見に行かないか?」 意外な提案だが、こいつと遊びに行くというのも悪くはないな。 別に躊躇することもないので即決した。 「ああ、いいぜ」 「そうか、承諾してくれてほっとしたよ。……では明日、いつもの駅前で午前9時に集合 でいいかな?」 佐々木は修学旅行の予定表でも見ているかのようにそう提案した。 別に異論はない。 明日ならハルヒが来ることもないだろうしな。 かまわないぜと俺が返答すると、次に佐々木はまさにコペルニクス的大転回とも言うべき、 予想もしなかった提案を投げかけてきた。 「そこでキョン、キミに頼みがあるんだが……。明日、涼宮さんを誘って連れてきてくれ ないか?」 俺には一瞬、佐々木が何を言ったのかわからなかった。 すまん、なんだって? 「キミが驚くのも無理はないが……ではもう一度言おう。明日僕とキョン、そして涼宮さ んの3人で映画を見に行かないか?」 ……なんと言おうか、次の日に台風と地震と大津波がやって来ると分かってしまっている のにもかかわらず、しかもそれでも決行されることになっている遠足の前日のような心境 にさせる提案だ。 「一応聞いておこうか。誰が、そしてなぜ誘うんだ?」 「誰がと言う質問にまず答えよう。もちろん、誘うのはキミに頼みたい。僕はいくら涼宮 さんが有名でも彼女の電話番号を書き留めているわけではないし、またそこまでの間柄で はないからね」 俺がどう言ったものか呻吟していると、佐々木はまるで交差点で一時停止を忘れた車のよ うにとどまることなく話を続けた。 「次に何のため、だが、キミがツレと称した涼宮さんに興味を覚えてね。出来れば彼女の 人となりを知りたいと思ったのさ」 「確かに興味深い存在だが、ハルヒは端から見ていれば笑っていられるのであって、実際 に近くにいると、荒れ狂う台風の勢力圏にいるのと同じで、否応なく巻き込まれるんだぜ。 無闇に関わらない方がお前のためだ」 佐々木はくくっと一笑いし、 「キミの忠告には謝意を表したいが、僕はむしろますます会ってみたくなったよ。君がそ こまで言う人にね。すまないがキョン、頼めるかな?」 世の中には人が見向きもしないようなモノを蒐集したがる好事家がいるというし、ハルヒ に積極的に関わろうとする阪中のような物好きだっている。 佐々木がどういう気持ちで言ったのかはわからんが、まあそういったことだろう。 それとも、昨日の橘京子や周防九曜が関わっているんじゃないだろうな? 「キョン、その心配はしなくてもいい。今回の件に関しては彼女たちは無関係だ。この提 案は純粋に僕の願望から来るものさ。だが形而下ではなく形而上ではあるがね」 小難しい言葉を羅列しないでくれ。俺の青カビが生えたような脳みそではフル回転させて も理解するのに小一時間はかかりそうだ。あまりの混乱で、俺の灰色細胞が創作ダンスで も踊りそうだぜ。 すると何がツボだったのか、佐々木は再びくくっと笑い。 「いや、すまない。だが、そう言った切り返しをしてくれるのはキミしかいないな。ああ、 つまらないことを言ってしまったな。では涼宮さんの件はよろしく頼むよ。それと、キミ のかわいい妹さんにもよろしく」 そう言い残して佐々木は受話器を置いた。 どこが手短だ……? 結局長湯になっちまった。茹だりそうだ。 しかも佐々木のやつ、厄介な宿題を出してくれたもんだぜ。 ハルヒを誘えだって? それはなんて罰ゲームだ? 残念ながら、俺にはわざわざ虎穴に 入るような趣味はないぜ。 俺は長嘆息して首を振り、湯船から足を浮かせてそのまま風呂場を出た。 風呂場を出ると、手早く部屋着を着て自分の部屋に戻り、子機を手にってハルヒの携帯番 号をプッシュした。 回線がつながり、ワンコール目の鳴り始め、まるで西部劇の抜き打ちガンマンのようにわ ずか0.5秒ほどの素早さで電話に出るハルヒ。 早過ぎるだろ。お前は携帯電話を監視でもしているのか? 「キョンよね。なあに? いったい何の用なの?」 出るなりそれかよ。 ふて腐れた面をしたハルヒが目に浮かぶようだぜ。 「では単刀直入に言うぞ、ハルヒ。……明日は暇か? 別に暇じゃなければそれで良いん だが」 どっちかというと暇じゃない方が有り難いぜ。俺にとってはな。 だがハルヒは思ってもみなかったことなのか、3秒半ほどのシークタイムの後、やや怪訝 そうな声色で返答した。 「そうね。明日は特別何か用事があるってわけじゃないけど……。だったら何? また不 思議探索でもやりたいっていうの? それとも小テストに備えて、勉強を見て欲しいのか しら?」 そのどちらでもないさ。 「話というの他でもない、明日映画を見に行かないか? 実はチケットがあるんだが、 佐々―――」 「映画を見に行こうって誘っているの? しょうがないわね。あんたじゃ他に行ってくれ る人もなさそうだし、いいわ、一緒に行ってあげるわ。これもあたしの団員たちへの優し さの表れよね」 まるでうんうんと頷く姿が電話の向こうに見えるようだぜ。 「ちょっと待て、だからなハルヒ、佐々―――」 「良い? 明日の9時にいつもの場所で待ち合わせだからね。遅れたら死刑だから。じゃ あね、早く寝なさいよ」 「おい、待てハル―――」 切っちまいやがった……。 ハルヒのやつ、俺と2人で行くものだと思っているんじゃないだろうな……? しかもそんなに嬉々として切ることもないだろうに……。 だが考えても仕方がない。なるようになれだ。とは思いつつ、まるで目的地も聞かずに 突っ走ってしまうタクシーに乗ってしまったような、言いしれぬ不安でいっぱいだった。 俺は両手を広げ古泉のように肩をすくめ、部屋の壁に向かってそこに誰かがいるかのよう に溜息を投げつけた。 結局、明日のことに思いを至らせ、それに苦悩しつつも普段よりやや早めにベッドに入っ た。 あまり眠れなかったがな。 翌日、波状攻撃のごとく襲い来る睡魔に負けそうになり、妹の実力行使で名誉の戦死を遂 げてしまいそうになりながらも、普段より心持ち早めの起床と相成った俺は、身支度を調 えると一段一段踏みしめながら階段を下り、ダイニングへと向かった。 ダイニングのテーブルに着くと、妹はすでに口いっぱいにパンをほおばって間抜け面をさ らしているところだった。 みっともない顔はやめなさい。 「キョンくん、今日はハルにゃんとデート~?」 そううそぶく妹に即座にハリセンでツッコミを入れたいところだったが、面倒なので黙殺 した。 それに、下手に答えようものなら勝手について来かねない。こいつには前科がありすぎる からな。 タイミングよくトースターの焼き上がりのブザーが鳴ったのをこれ幸いにと、焼きたての トーストを妹から受け取りそれをかじった。 未だ脳がよく働いていないせいか、ハルヒが見ていればおそらく罰ゲームをありがたくも 授かるであろう表情でトーストをくわえながら、今朝のニュースをぼんやりと眺めた。 そうして一度ブルブルッと頭を振ると、眠気覚ましを兼ねた苦めのコーヒーで残りのパン を流し込み、朝恒例のイベントが終了だ。 それからしばらくソファーでくつろいだ後、時間になったので今日薄くなることが約束さ れているマイ財布をポケットに突っ込み、ショルダーバッグを引っ掴んで玄関に向かい外 へ出た。 そこで玄関前に用意していたママチャリに跨り、目的地に向けてゆっくりと発進させた。 穏やかな春の匂い立つ風が吹く中、いつもの不思議探索とは違いゆったりとしたスピード で駅前にたどり着いた。 そのまま自転車を駐輪場に預けると、佐々木かあるいはハルヒが待っているであろう公園 に向かう。 俺は昨日と寸分違わぬその風景を瞳から俺の脳に流し込みつつ、ゆったりとした足取りで 公園に到着した。 そこでは、予定の時間より20分も前だというのに佐々木がすでに待っていた。 律儀なやつだ。ああ、そういえばそうだな、佐々木はこういう女だった。 しかし、どうやらハルヒはまだのようだ。 俺は佐々木に近づくと、舞い散る桜の花びらのように手をひらひらとさせて合図した。 「やあキョン、約束通り来てくれたね。しかし、君が先に来るとは意外だったよ。まさに 青天の霹靂だ」 そこまで大げさに言うこともないだろうに、親しい仲とはいえなかなか失礼な発言ではあ る。 すると佐々木は手を口にやり、くくっと一笑いするとさも楽しそうに俺を仰ぎ見た。 「これは失敬。親しき仲にも礼儀ありとはいうが、僕はキミに対すると、どうもあまり考 えることなく気安く発言してしまうようだ」 まあ、久しぶりに会った今でもあの頃と同じように気安い会話が出来ると言うことも悪く はないがな。 しばらくの間俺たちが談笑していると、佐々木が不意に俺の背後に向かって微笑みかけ軽 く会釈をした。 なんだ、背後霊でもいるのか? と思ったのもつかの間、突如シベリアの永久凍土に放り 込まれたかのように猛烈な寒気と怖気がゾクゾクと俺の背筋を襲い、わけもなく血の気が 引いた。 「キョン、いったいこれはどういう事?」 振り返ればハルヒがいた。 ハルヒは顔つきこそはっきりとした喜怒哀楽は示していないものの、ハルヒが周囲にまと わりつかせている空気というか雰囲気は、明らかに異質のものだ。 ……やっぱり勘違いしていやがるぜ。ハルヒのやつ。 「よ、よう、ハルヒ。今来たのか」 何をどもっているんだ俺は……? 「キョン、どうして佐々木さんがここにいるわけ?」 声が冷たい。まるで太陽系の果てのように冷え冷えとしている。 「ハルヒ、お前が何を誤解しているのかはわからんが、昨日俺は佐々木と一緒に映画を見 に行かないかとお前を誘おうとしていたんだぜ」 「はぁ? どういうことなの。あんた、あたしを映画に行かないかって誘ったじゃない」 「そもそも、それがお前の早とちりなんだ。だいたいお前は人の話を聞かなさすぎる。頼 むから最後まで俺の話を聞いてくれ」 しかし、俺とハルヒのそんな諍いをしばらくは静観していた佐々木までもが、胡乱な表情 で口をはさんだ。 「キョン、キミはいったいどう言って涼宮さんを誘ったんだい? これではどうも、僕が 君たちのデートの邪魔をしてしまったように見えるじゃないか」 「佐々木、お前は何を言っているんだ。俺はこいつを誘うとき、きっちり説明しようとし たさ。だが……」 と言いかけたところでハルヒがそれを遮って口を出す。 少し頬に朱が差して見えるのは俺の気のせいか? 「そ、そうよ。佐々木さん。あたしは別にそういうつもりじゃなくて、キョンがどうして も映画に一緒に行って欲しそうだったから、仕方なくつきあってんのよ。だから、デート だなんてとんでもない誤解よ。天地がひっくり返ってもありえないことだわ!」 そこまで言うこともないだろう。さすがに凹みたくなるぞ。たとえハルヒが相手でもな。 しかし勝手なことを言う女だ。そもそもハルヒが俺の話もろくすっぽ聞かずに勝手に早合 点して電話を切っちまったんじゃないか。 俺のつぶやきを耳にした佐々木はくくっと笑い、俺の耳に口を近づけ囁いた 「そうかい。それを涼宮さんはキミと二人きりで出かけるのものだと思ったわけだね」 まあ、そういうことだ。 佐々木はそれを聞いて頷くと、今度はハルヒに向き直り、その透き通った瞳でハルヒを見 つめた。 そして佐々木はハルヒに簡単に事情を説明すると、すかさず、 「ごめんなさいね、涼宮さん。キョンがきっちり説明しなかったせいで勘違いさせてし まって」 佐々木の女言葉での謝罪にハルヒは一瞬戸惑い、なぜか俺を一度ねめつけた後すぐに佐々 木に向き直り、そしてかぶりを振った。 「ううん、佐々木さん。あなたが謝ることはないわ。悪いのはこのバカキョンだから」 待て。俺か? 俺が悪いのか? いや、どう考えても悪いのは勝手に勘違いしたハルヒだろ。 まるで犯人はヤスとでも宣告された気分だぜ。だがそんな俺の心の叫びにはまるで斟酌す ることなく、ハルヒと佐々木は笑顔を向けあった。 今度は佐々木が再び口を開く、 「涼宮さん、よければ私たち3人で映画を見に行かないかしら? それともキョンと2人 きりがいいのなら、私はここで失礼してもいいけど」 「そ、そんなわけないでしょ。別にキョンと2人が良いってわけじゃないんだから……い いわ、佐々木さん。みんなで一緒に行きましょう」 佐々木はすかさず首肯。 ともかく、これで丸く収まったな。 ハルヒが単に佐々木にうまく乗せられたようにも思えるが、気にしないことにした。 ともあれ、俺たちは連れだって駅の改札へと向かうことにした。 俺たちは私鉄を利用してここらで一番の大都市に向かった。 電車の終点でもあるそのターミナル駅を後にすると、お目当ての映画館へと足を進める。 その間地下に潜り階段を上るなど、複雑な道のりを経て歩くこと10分少々、さすがに地 下街のジャングルにも飽きが来たところ、俺たちはまるで姫がとらわれている塔を探し求 める勇者一行のように、やっとのことで目的地に到着した。 本日の目的地であるその映画館では、常時3本ほどの映画が上映されており、今回俺たち が入館するのはそのうちのひとつの劇場で、そこではどうやら恋愛ものの映画をやってい るようだ。 それにしても、恋愛否定組の2人にしちゃ似合わない選択だが、これしかなかったのか? 「たまにはこういったジャンルも良いだろう? キョン。自分の主義主張とは全く真逆の ものにも関心を持つということは、個々の感性の幅に厚みをもたせるものさ」 そう言いつつ、佐々木とハルヒがずんずんと入り口へと進んでいく。 そこで佐々木が例の優待券をバッグから取り出し、受付のもぎりのバイトに引き渡して中 へと進んだ。 館内が暗闇に包まれて約2時間、上映はつつがなく終了し、俺たちは劇場を出た。 ああ、映画の内容だが、俺は途中で新大陸を探し求めるコロンブスのごとく船を漕いでし まっていたので、ほとんど覚えていない。 なにしろ内容と言えば、古泉のごとく人類の敵のようにツラのいいやつと、朝比奈さんに も似た可憐な一輪のヒナギクのような女性との恋愛模様だ。 気分のよいであろうはずがない。 やれやれ、古泉が朝比奈さんを口説いているところを想像してしまったぜ。 まったく、むかっ腹が来る。明日古泉に一発お見舞いしてやろうか。 チケットを提供してくれた佐々木には悪いが、見ていられなかったな。 もしハルヒか佐々木に感想を聞かれれば、適当に「よかった」とでも答えておくか。 それでごまかせるとも思えんが。 俺は護送中の容疑者のように二人に両側を固められ、映画館を後にした。 普通の男なら両手に花だと喜ぶんだろうが、相手が相手だからな。 俺たちは映画館の外へ出たあと、これから昼飯でも食いに行こうかと足を地下街へと再び 進めていると、ハルヒが道路沿いの植え込みの近くで立ち止まり、おもむろに口を開いた。 「キョン、映画どうだった? 感想を100字以内で述べなさい」 さっそく来たぜ。つうか、記述式の問題かよ。 それでもさっき考えていた感想を口に出してみる。 「ああ、中々よかったんじゃないか?」 だがハルヒは俺に続きを言わせず、下手人を裁く名奉行のように即座に切って捨てた。 「嘘ね。あんた、1ミリ秒も考えずに用意していた答えを出したでしょ? わかってんの よ。キョン、あんた映画が始まって15分ぐらいからずっと寝てたでしょ」 ばれてたのか……。 しかも、佐々木が歩兵の援護を行う砲兵のようにさらに追い打ちを掛ける。 「その後クライマックス寸前で目を覚ましていたみたいだけど、ラブシーン直前で再び意 識レベルがゼロに限りなく近づいたようだね。キョン、僕はキミに仮眠室を提供したつも りはないのだが、それほど環境の良い寝場所だったかい?」 俺の行動が逐一二人に監視されているような気がするが、まあいい。 だが幸い二人は特段怒ってはいないらしく、俺をからかっているだけのようだ。 「すまん、佐々木。なにしろ座席の座り心地はいいし、劇場内は眠気を誘う暗さだったも んでつい、な。悪かったよ、せっかく誘ってくれたのにな」 本当の理由は言わないでおく。 俺の弁解を聞いて、佐々木は少し表情を緩めると俺を悪戯っぽい目線で捉えながら、 「薄々予感はあったよ。映画に行く前からね。僕が言うのも何だが、キミが関心を持ちそ うな映画ではなかったからね。僕の選択ミスかな」 それなら別の映画にしてほしかったのだが。 「でも、悪くはなかったわね、あの映画。ちょっとご都合主義が過ぎるところもあるけど、 及第点はあげられそうだわ」 などと、おべっかを使えない辛口の映画評論家のようなことをのたまうハルヒ。 さらにハルヒの批評が続いた。 「なかなか的を射た批評ね」 そう言うと佐々木は、ハルヒに対して微笑みかけた。 俺は堪能したがね 往来で談笑するその二人の姿は、実にほほえましい情景で、しかも黙ってさえいれば絵に なりそうな美少女と言えなくもない二人が並んで立っているのだ。 そのせいか、他の通行人たちがこの二人と、そしてなぜか俺に対しても好奇の視線を無遠 慮に投げかけている。 これではどうも、尾てい骨の辺りがむずむずして仕方がない。アイドルのマネージャーに でもなった気分だ。 ハルヒはアイドルって柄じゃないが。 だが俺は、これ以上衆目にさらされてしまうと羞恥心を感じる程度にはまともな人間なん だ。瀬戸物のような不導体のハルヒと違ってな。 俺としては、ここから逃げ出したい気分で一杯だ。 そこで耐えられなくなった俺は、ハルヒと佐々木の二人を促し、再び地下街へと足を踏み 入れることにした。 俺たちは多くの人が行き交う地下街でひとしきり飲食店を物色し、あれでもないこれでも ないと迷ったあげく、ハルヒの鶴の一声で、卵料理を出す店に入ることになった。 こいつも意外に、普通の女性が好むものを食おうと思うんだな。 トンカツなんかをガツガツ食い散らかしそうなイメージがあるが。 俺の思いこみ、というか偏見か? テーブルに着いた俺たちはメニューをためつすがめつし、各々が好きなものを注文した。 しばらく談笑していると、注文の料理が運ばれてきたので俺はスプーンを手に取り、一口 それを運ぶ。 うん、なかなかいける。 ハルヒと佐々木も満足そうだ。 すると佐々木は俺に向かってある提案をした。 「キョン、よければキミのを少し交換してくれないか?」 ああいいぜ、と言って俺は佐々木の、そして佐々木は俺の皿から互いに一口掬って自分の 口に運ぶ。 これもなかなか美味いな。 「…………」 「どうしたハルヒ?」 なぜか表情が失せている沈黙のハルヒに声を掛けてみたが、あわててかぶりを振った。 「なんでもないわ!」 ハルヒはなんとも表現しがたい表情で、だがことさら感情を消しながら俺たちを見つめて いたが、すぐに何もなかったかのように振る舞った。 わけがわからん。 その後昼飯を食べ終えた俺たちは、若い女性向けの服を扱っている店へと足を運んだ。 俺は激しく遠慮したかったんだがな。 女性向け店舗の中で男が一人で待っているという状況は、針山に座禅を組まされているよ うな居心地の悪さを感じるものだ。 我慢大会か罰ゲームか、どっちでもいいからそろそろ勘弁して欲しい。 いいかげん耐え切れなくなりそうになったころ、試着室から佐々木が真新しい服に身をつ つんで出てきた。 白地にグレーチェックのサマーニットで、チュニックタイプというらしい。 らしいと言うのは佐々木がそう言っていたからだ。もちろん俺が知っているわけがない。 「キョン、この服はどうだろう。キミに意見を求めたい」 俺に聞かずにハルヒにでも聞けばいいのにと思いながらも、 「ああ、よく似合っているぜ。お前のその細身の体には、そういった服が似合うのかも知 れないな」 そう答えると、佐々木はやや複雑そうな表情で、 「ほめてもらうのは光栄だが……。キョン、キミは今、僕の身体的特徴を遠回しに貶さな かったかい? これでも多少は身体的数値は増しているんだがね」 なんのことだ? 俺にはまったく覚えがない。 「分かっていないのか。いや、それなら良いんだ。それでこそのキョンだものな」 佐々木は頷きながら俺を見上げ、そしてくくと含み笑いをした。 何やら俺がバカにされたような気がする。 だが俺は気の利いた言い回しが思い浮かばず、呆気にとられた表情のままだった。 「…………」 ここでもそうだ。 すでに買い物を終えたハルヒは、沈黙したまま俺たちのやりとりを見つめていた。 なんだろうな? 「ハルヒ、トイレにでも行きたいのか?」 我ながら間抜けな質問だと思う。 「違うわよ、バカっ!」 案の定こういう切り返しに合うんだ。 途端にハルヒからはやや怒気を含んだ視線が感じられて、頭の中の火災報知器がイタズラ 押しされたようにジリジリと鳴った。 妙な汗が噴き出してきた。 不穏な空気を感じとった俺は、佐々木がレジをすませたのを見計らって二人を促し速やか に店を出た。 そこでとりあえず、茶店にでも入ってハルヒの機嫌直るのを待とうと思い、一休みしない かと俺が提案して、適当に見繕って落ち着いた雰囲気の茶店に入った。 しかし俺と佐々木が中学の頃のことを話していると、見てもわかるほどにハルヒの表情が 変化していき、ストローをくわえたまま仏頂面で俺たちに視線を固定させている。 そして時折『ズゾゾッ』とストローで氷を吸い、穴を穿った。 しかし何に対して怒っているのか、ハルヒは自分でも分かっていないように見受けられた。 もちろん俺にもわからない。わかるはずがない。 ただ俺と佐々木が思い出話しに花を咲かせていただけじゃないか。何の問題もないはずだ。 ハルヒを不機嫌にさせる要素はないのだからな。 佐々木は気づいているのかいないのか、平然としているが、これ以上はまずいと俺の動物 的本能が告げている。いや、経験則と言っても良いのかも知れない。 まるで虐げられることが予想されている少数民族のように紛争の匂いを嗅ぎ取った俺は、 敵国に送り込まれた使者のごとく適当な理由を並べ立てて茶店を後にした。 ともあれ、俺たちは今日一日、楽しいひとときを過ごしたことを手みやげに、再び私鉄の 電車に乗り込んで、北口駅前まで戻ることになった。 電車を降り立ち、北口駅の改札を出た俺たちは、最初の集合場所である駅前の公園に解散 場所として向かうことにした。 ハルヒは支線でそのまま帰ればよかったのだが、一度そこに戻りたいということらしい。 それほど余分な電車代があるのなら、たまには俺にもおごって欲しいもんだ。 まあ、気まぐれなハルヒらしいが。 俺は二人に先んじて駅の階段を下り、預けていたママチャリを引き取りに向かった。 地上に降り立つと、やや風が強めなのか公園に植わっている緑なす木々が揺れている。 そういえば少し寒くなってきたか? 俺は引き上げてきたママチャリを押しつつそう感じ た。 だが遅れて公園にたどり着き、俺を待っているハルヒはその強風に身じろぎひとつせず、 仁王立ちで、また彼女の極小スカートも翻ることなく、まるで5キロの錘を下げているか のようでこの風にも揺らめく程度だ。 この重力スカートを解明できればノーベル賞でももらえそうだ。 佐々木はといえば、そのサラサラとした髪の毛を抑えながら風に耐えている。 佐々木もミニスカートだが、例によって捲れ上がることはない。 別に期待しているわけではないが。念のため。 俺はその様子を目の端にとめながら、ママチャリを二人が待つ公園まで運んできた。 ハルヒは俺の到着とともに不機嫌そうな表情を続けつつ顔を見据え、やおら口を開くと、 「じゃあ、そろそろお開きにしましょう」 その一言を言いたいがためにわざわざ公園まで来ることもなかろう、と思いつつも俺と 佐々木はうなずき、それぞれ体を帰り道の方向へと向けた。 そこで俺がママチャリのサドルに跨り漕ぎ出そうとしたところ、佐々木が思い立ったよう な表情で俺に近づき、 「キョン、よければキミの自転車に乗せていってくれないか? あのころのように」 気のせいかも知れんが、ハルヒの表情が険しくなったように感じた。 いや、見てはいない。いわゆる心眼というやつだ。 少し躊躇したが、佐々木を乗せるくらいは訳ないだろうと考え直し、佐々木に頷きかける とママチャリの荷台からホコリを払い落とした。 「すまないね」 といいながら佐々木は俺の後ろに座り、俺のサドルに手を添えて体を固定する。 「…………!!」 だが、またしてもハルヒの体から滲み出ている、どんよりとした雷雨でも降り注ぎそうな 空気が、俺の肌をタワシでこするようにガシガシとまとわりついてきた。 その雰囲気に俺は振り返ることも出来ず、ハルヒ向かって「じゃあな」の言葉だけ置き捨 てて、手をひらひらと振りつつ自転車を発進させた。 公園を後にした俺は、ほぼ1年ぶりに佐々木を荷台に乗せ、帰り道をゆったりとしたス ピードで走り出した。 口には出せないが、後ろに座っている佐々木は1年前より重くなったように感じる。 成長の跡が感じられたようで、まことに喜ばしいことではあるが。 だが、漕ぎ始めてしばらくの間は佐々木は考え事をしているのか何も話しかけてはこな かった。 何を考えているんだろうな。失礼な振る舞いをしたハルヒに憤ってでもいるのか? 佐々木はそれを気配で察知したのか、俺が緩やかな勾配をえっちらおっちらペダルを踏み 込んで上りつつあるときに口を開いた。 「キョン、別に僕は彼女の態度に対して怒りを覚えたわけではないよ。実はね、今日僕は 涼宮さんと共に行動していて、一つ感じたことがある。そのことを考えていたのさ」 こんな息の切れそうな状況で話しかけてこなくてもとは思いつつ、 「それはなんだ?」 「僕と涼宮さんには一つの共通点があることが分かったよ」 何を言いだすんだ……。お前とハルヒじゃ性格も考え方もまるで違うだろう。 それを聞いて佐々木はくくっと笑うと、 「表層的には確かにね。彼女は動的、例えるなら興味津々に対象物に好奇をぶつける猫か な。それに対して僕は内向きの思考で籠の鳥だね。それは静そのものだ。確かにそうだ」 何を言いたいのかわからない。ハルヒの精神分析でもやろうというのか? 「だがね、彼女と僕とは共通する点が一つある。今日、彼女を見ていてよくわかったし、 身につまされもしたよ」 聞こうじゃないか。その共通点とやらを。 後ろで頷くような気配がして、佐々木が話し始めた。 「涼宮さんの心の中には、こんなものはまやかしだとは思いつつもそれが積もり積もって どうにもならない感情が、まるで崩れる寸前の土砂のように堆積しているのさ。だがそれ を肯定するには彼女の主義が許さないし、かといって否定ももはやできない。今も彼女は 知らぬふりをしながら、いや、頑として認めずに土砂崩れしそうな山道を通り過ぎている のさ。本当は崩れそうなことを知っているのにね。……本当に、一年前の僕と同じさ」 口を挟むべきか否か、そもそも俺には理解しかねる話だ。 「すまないね。だが、キミはわからなくてもいい。それでも聞いていてくれないか?」 俺は佐々木の確固たる意志のようなものを感じ取り、黙って頷いた。 「最後にもう一つ、僕の中にもあの頃の揺らめきが蘇ってしまったよ。一年前に胸の奥に しまって置いたはずなのにな。改めて再認識してしまったよ。ふふっ、キミたちと一緒に いたせいかな。本当はこれも予想できたことなのだがね」 佐々木は自嘲気味にそうつぶやいた。 だが俺は言うべき言葉も見つからず、ひたすらペダルに回転運動を与えていた。 佐々木は少しの間沈黙し、そして意を決したように再び口を開いた。 「キョン、明日涼宮さんに会ったら伝えてくれないか?」 ああ……いいぜ。なんて言うんだ? 「『あなたから取り戻す』と、そう伝えて欲しい。ああ、キミは理解できなくてもいいよ。 理解できればなおさらよかったのだがね」 俺は相変わらず佐々木の言う内容の10%も理解できず、それでも伝言を伝えることを承 諾した。 その後は会話をすることもなく、俺は太陽が沈みゆく赤らんだ空を背にして佐々木を自宅 まで送り届けた。 途中からサドルを掴んでいた佐々木の手が、俺の腰に回されていたことに気づかないふり をしながら……。 その日の夜から翌日まで、いろいろとやっかいな事が我が身に降りかかってきた。 まずはその日の夜、ハルヒから怒りの電話だ。 「キョン、彼女のどこが親友なのよ!? あれじゃあ、まるで……」 まるで、なんだ? 「うっさい。バカキョン!」 そう喚いて切りそうになったところあわてて呼び止め、佐々木から言付かっていた伝言を 伝えた。 ハルヒは10秒ほど沈黙し、 「……これは……ううん、何のことかよくわからないわね。でも、無性に腹が立つわね。 ……それじゃ、もう切るわよ。それからあんた、明日打ち首だから」 打ち首かよ。やけに具体的だな。 そして翌日の学校――― 「あなたは僕に死ねとおっしゃるのですか?」 神人退治(通常の倍ほどを相手にしたそうだが)で一睡もしていない古泉に問い詰められ、 「…………」 全てを見透かしているんだろう、氷室から出たばかりのように凍り付きそうな視線でまん じりともせず俺を見つめ続ける長門。 朝比奈さんはと言えば、俺がなぜ責められているかまるでわからず、キョトンとした表情 で俺たちの諍いを見守っていた。 これではハルヒが来ても誰も擁護してくれそうにないな。 打ち首決定だ。 俺は朝比奈さんから給仕されたお茶をすすりながら、嵐の前の静けさというやつを満喫し た。 あの日の夜、佐々木から再び誘いを受けたことは、決してハルヒには漏らさないようにと 誓いながら……。 終わり