約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2501.html
三面鏡の少女 46 時間にしてほんの十数秒 運転席と助手席という位置関係から、やや不自然な体勢で抱き合っていた二人は、ゆっくりと身体を離す 真っ赤になったまま、やや乱れたコートの襟を正して照れ隠しの作り笑いを浮かべる佳奈美 「心配掛けてごめんね、Hさん。なんかまたあたし一人でテンパってたみたいだね」 「別にお前だけのせいじゃない。俺も『組織』に関わる話は全然してなかったからな」 急ブレーキで不自然な角度で停まっていた車を、ハンドルを切り返して路肩に寄せる 「あたし、ね」 佳奈美は、ぽつりと呟いた 「ずっとHさんに助けられてばっかりだなって」 秋祭り後の通り魔 クリスマスの謎のサンタクロース 年明けには白蛇 謎の寒気 分身の造反 そして今回カードの呪い 当然ながらそれら以前にも様々な事に巻き込まれては助けられている 1~2ヶ月に1回ほどのペースで何らかの騒動に巻き込まれている彼女は、Hが居なければ何回死んでいるだろうか 「自分の能力をちゃんと使いこなせてれば、Hさんに迷惑掛けずに済んでたかもしれないのに」 「そうは言うがな。狙われやすいお前さんをマークしておく事で、事件解決の手掛かりになる事も多いんだぜ、実は」 秋祭りに佳奈美を襲った『夢の結末』の契約者などはその典型だ 「囮!? あたし囮!?」 「そういう意味じゃない。居るだけで何かと助かってるって事だよ」 その言葉には、Hにとっては二重の意味が掛けられている が、真意は上手く伝わってはいないようで、少女は首を傾げてうーんと唸っている 「それに、俺の能力を使うにあたっては、随分と貢献してもらってるしな」 「忘れろー!?」 「忘れたら俺、戦えないだろ」 「妄想! 妄想でカバー! Hさんならできるでしょ!?」 「ふむ、じゃあ佳奈美のあんな姿やこんな姿を妄想してみよう」 「やめー!? やっぱり妄想やめー!!!」 にょろにょろと髪が伸びる様子を見て、真っ赤になって喚きながらHをぽかぽか叩く佳奈美 彼女と過ごしている時間は、過去も、復讐の事も、全て忘れそうになる だが結局それらを忘れる事はできるはずもなく 彼女と離れた時に感じる寂しさと、失われるかもしれないという不安が日に日に大きくなるばかり だからこそ 「久し振り」 車の正面に突如現れた少年の姿は、その心を大きく揺さ振る 外見は15か16歳ほど、身長は180には幾分か届かない程度の男子高校生といった頃合の少年だ 黄金色の瞳と、一房だけ金髪になった黒髪を見て、Hは小さく舌打ちする 「車ぶっ壊されたくないだろ? 降りてこいよ」 「佳奈美、待ってろ」 「え? あ、でも」 佳奈美は車の前に立つ少年とHを交互に見て、不安げに訪ねる 「あれ……星くん、だよね?」 身長も、体格も、服装も、瞳の色すら違う少年を見て、一目でその正体に気付いた佳奈美 「いいか、絶対に車を降りるな。俺に何があっても、あいつに何があってもだ」 「え、でも」 さっさと車を降り、言葉を遮るようにドアを閉め 変わり果てた姿の星に、つかつかと歩み寄る 「そんな様じゃ、やっぱり佳奈美は任せられねぇな?」 「はっ、あんたが俺じゃあ間に合わないとか言うから、ちょっと追いついてやっただけさ」 「『悪魔の囁き』はまだ憑いてんのか?」 「ああ、とっくに俺に干渉なんかできなくなってるけどな」 《……いっそ離れてぇよもう》 『悪魔の囁き』の泣き言をスルーして、星は静かに笑みを浮かべる 「そう構えるなよ、喧嘩しに来たわけじゃないんだからさ……まだ、な」 「その姿を佳奈美に晒すだけで、充分喧嘩売ってるぜ。あいつがどれだけ心配すると思ってんだ」 「しょうがないだろ、カナお姉ちゃんとあんたの二人共いないと確かめられないんだからさ」 ちりちりと音を立てて、星の髪がまた一房金色に染まっていく 「『カナお姉ちゃんは車を降りて、ここに来る』」 その言葉と同時に、ばんと助手席側のドアを開けて佳奈美が飛び出してくる 「待ってろって言ったろ!」 「でも! 星くん、なんかおかしいよ!?」 星の元へ駆け寄ろうとした佳奈美を、Hは抱き留めて制する 「別に危ない事なんか何もないよ。ただ確かめたい事があるだけだから……『俺の質問に、正直に答えてよ』」 言葉が楔のように心に打ち込まれる 「カナお姉ちゃんは、その黒服の事を、愛してるの?」 「ふぇっ!? ちょ、星くん! 何言って……」 「カナお姉ちゃん……『はいかいいえで、すぐ答えて』?」 佳奈美を抱き留めていたHなら、その口をすぐ塞ぐ事ができただろう だが、僅かな心の揺らぎがその行動を一瞬遅らせる Hが押さえ込むよりも早く、佳奈美は答える 「はい」 ぽろりと口から零れ落ちた言葉に、一番動揺しているのは佳奈美本人だった 今までにない程に顔を真っ赤にし、額にぶわりと汗が浮かべ、もの凄くうろたえた顔でHと星を交互に見る 「いやでもねHさんって結構モテモテっぽいし歌手のおねーさんとかものすっごい美人だしHさんの事大好きみたいだしあたしみたいなちんちくりんが出る幕とか全然ないよねっていうか生きててごめんなさーい!?」 半泣きになりながら、Hの腕の中でじたばたと暴れる佳奈美 「そっか。多分そうだろうなぁと思ったから、俺も色々先走っちゃったわけだけど」 佳奈美とは対照的に、星は落ち着いた様子だった 「さて、そんなカナお姉ちゃんの気持ちを受けて……黒服、あんたの気持ちはどうなんだ?」 ちりちりと髪を金色に染めながら、星は心に楔を穿つ もし彼が佳奈美の事を女性として愛し己のものとしたいと思っていないのであれば、殺してでも奪い取る事に躊躇は無い だが彼が、佳奈美の事を愛しているのならば 佳奈美が求めるものを与える存在ならば 「『正直に答えろ』よ……あんたはカナお姉ちゃんの事をどう思っている?」 星は、彼女の傍にいたかった その笑顔を見ていたかった だが、彼女が笑顔でいるために、一番近くにいなければないのが自分でないのならば 《車ん中で抱き合ってる二人を見てたろ。あいつらの仲はぶっ壊してやんなきゃ彼女はお前のもんにならないんだって。どうせ聞いてねーだろ、ばーかばーか》 ああ、俺は馬鹿なんだ それ以上に、やっぱりガキでしかなかったんだ だから、難しい事なんて 出来やしないんだ 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3030.html
三面鏡の少女 58 「いってらっしゃいませ、ご主人様」 「ああ、また後でな」 頬を染めてはにかみながら見送ってくれる佳奈美に、宏也は頬への口付けという止めの一撃を落としてメイド喫茶を後にした 真っ赤になってはわはわと周囲の視線を気にしてうろたえる佳奈美が、クラスメイト達によって調理場兼控え室に引き摺り込まれていく様を見て、とりあえずは一仕事終えたなと実感する 一連の行為により、まず佳奈美の口から付き合っている男としての宏也の存在が伝わるだろう メイド姿の佳奈美を口説こうという輩も気後れするだろうし、ただのセクハラにならクラスメイトの警戒も厳しくなると想定される 質問攻めが起これば佳奈美のシフトは減っていき、他の客にメイド姿を披露する時間も短くなる 更には学園祭の準備で久しく欠乏していた佳奈美の恥ずかしがり成分も充分に摂取して元気一杯といった調子だ 「後は懐かしい学生時代の雰囲気を楽しみながら過ごして、一緒に帰る算段なんかを立てれば完璧なんだが」 職員室寄りのやや人気が薄い廊下へ入り込みながら、背後から溢れ出すただならぬ殺気を放つ相手に語り掛ける その返事とばかりに空気を切って飛来した物体を、宏也の髪の毛が勢いを殺して受け止める 「備品は大事に使えよ、メイドさん?」 振り返り、受け止めたおぼんを差し出した先には、繰がその髪の毛をざわざわと蠢かせながら仁王立ちしていた 腕のような形に編み込まれた髪の毛が、差し出されたおぼんを乱暴に奪い取って繰の手元へと運んでいく 「学校で能力使うなら、もうちょっとバレないようにしとけよな。今日はただでさえ人が多いんだろ?」 「うるせぇ黙れ……私の友達に手ぇ出すなって言ったはずだよな? ていうか佳奈美はもう付き合ってる奴がいるんだよ」 「ああ、それ俺」 模擬店の呼び込みの声や、学生達がはしゃぐ賑やかな声が、何かやけに遠くから響いているような そんな微妙な空気の沈黙が二人の間に漂っていた 「誰が、誰と、付き合ってるって?」 「俺と、佳奈美が。結構前から」 「嘘だッ!!!」 「いやホントホント、佳奈美に聞いてみろよ。というか今頃多分質問攻めだな、あのクラスの雰囲気だと」 軽い調子で返す宏也を、わなわなと震えながら睨み付ける繰 「どういう接点よ、佳奈美とあんたが!? 何処で出会ってどういう弱みを握って脅した!?」 「いや普通に黒服と契約者だろ? 担当してたんだよ。あと脅してるような事は一切無い」 弱みは色々握ってはいるが、それは脅すためでなくリアクションを楽しむためなのでノーカウントと判断し口には出さない 「契約者って……あの子に危ない事させてんの!?」 「逆だ逆、戦闘とか全然できない能力だから保護してる。俺が護衛みたいなもんだ、契約者は都市伝説や契約者と遭遇しやすいしな」 「吊り橋効果ってやつでしょ、絶対」 「いやもう超ラブラブ。佳奈美はまだ高校生だからと健全なお付き合いしてる俺の我慢強さを褒め称えてもらいたいぐらいに」 「信用できるわけないでしょ、あんたみたいなセクハラで出来てるような人間を」 「俺ぐらい真面目で信用できる人間はそうそう居ないと思うんだがなぁ」 味方なら、という但し書きを声には出さずに付け加える 「俺が信用できないなら佳奈美に聞いてみろよ。俺と知り合いだったって言えば、理性が飛びそうなぐらい可愛いはにかみ顔で照れ照れしながら語ってくれるぞきっと」 「……確認してくるから、逃げるんじゃないわよ?」 「そりゃこっちの台詞だな。俺と佳奈美の関係が真っ当なもんだと判ったら、さっきの奇襲のお詫びぐらいはしてもらわんとな」 そう言うと宏也は、ポケットから小さな布の塊を取り出した 「何それ」 ひらりと布の塊を広げると、それはとても見覚えのあるもので 「ちょ、それ私の!? い、いつの間に!?」 「学校だしかなり気を遣ったんだぜ? 周りを壊さず、大きな騒ぎにせず、相手を傷付けず無力化する戦い方をな」 顔を真っ赤にし、何を言うべきか困り果て口をぱくぱくと動かしている繰 「か、かかっ、かかか、返しなさいよ!?」 「俺と佳奈美の関係が、お前さんの疑うようなものだったらな。土下座して謝るし、好きなだけボコる権利もつけてやろう」 にやりと笑い、宏也は言葉を続ける 「俺と佳奈美が健全に付き合ってるのが真実だったら、これは俺のもの。その上でメイド喫茶できっちり俺にご奉仕してもらおうじゃないか」 一応、繰のゴスロリメイド服がそれなりにスカートの裾が長いからの提案である 第一モロに見えてもそれはそれで嬉しいが風情が無い 見えないのにスカートの下を気にするから良いんじゃないか そんな宏也の内心など知る由も無く 「かっ、佳奈美に確認取ってきて、ボッコボコにしてやるからね!? に、ににに逃げんじゃないわよ!?」 雰囲気から敗北を察しながらも、一縷の望みに賭けて涙目になる繰 ちなみに繰が取られたものを返してもらえたのは、メイド喫茶で一通りご奉仕の末に佳奈美を加えた三人での写真撮影をした後の事だったという 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3231.html
三面鏡の少女 68 突如現れたという事で、都市伝説かその契約者である事は理解できた ディランの名前を呼び毒とか癒しとか言っていたので、ディランを治すために駆けつけてくれた事も理解できた だが、引き裂かれ前面がほぼフルオープンな自分を姿を思い出し、そんな姿でディランの傍に寄り添っていたという現実を把握した瞬間 繰は悲鳴を上げるよりも身体を隠すよりも、その乱入者を自らの能力で殴り飛ばしていた 手加減抜きで 「あ、え、その」 繰の髪の毛による打撃力は全力ならコンクリートブロックも粉砕し、人体ぐらいは平気で引き裂ける程である その全力の打撃で原型を留めているのは、彼が丈夫だったからでも変態だったからでもなく、繰の身体能力が格段に落ちているだけだった 頭はひたすら熱っぽく視界も思考もぐるぐると止め処もなく回っているようで、心臓は破裂しそうな程に激しく脈打ち、下腹部がきゅうきゅうと締め付けられるような奇妙な感覚に陥っているのだ そんな状況にありながら正確に相手をぶん殴れたのは、その一瞬だけ羞恥心が全てを持っていったからに他ならない そんなこんなで、白い男が殴られた側頭部を押さえて起き上がってきたその瞬間 繰は破れた制服を押さえて教室を飛び出し、廊下を駆け抜けて行った 呼び止めようとしたディランの声も、苦悶混じりではその勢いには届かず ジャージの入ったバッグを頭の上に担いでてちてち走ってきた菊花を拾い上げ、繰は女子トイレに飛び込んだ その勢いで個室へと駆け込み、引き裂かれた制服と下着を乱暴に脱ぎ捨てて素肌の上にジャージを着込む 「ああもう、何やってるのよ私ってば……」 そこでやっと一息ついて、便座の上にぐったりと座り込む繰 戦闘での不覚から、ディランへの対応、助けに来たであろう人物への奇襲攻撃など、考えればきりがない そんな内心こそ理解していないものの、精神的に参っているであろう事は理解している菊花が、膝から肩へよじよじと登り、項垂れる繰の頭を小さい手でくしくしと撫でる 「ん、ありがとう菊花……なんか疲れたし、今日は帰ろ。補習は先生が調子良くなったら連絡してくるだろうし」 蜘蛛の糸でべたつく髪は伸ばして洗面台で洗い、髪の毛の力で水気を絞り元の長さに戻す ボロ布と化した制服と下着をジャージの入っていたバッグに押し込み、繰は廊下の様子を窺ってそっとトイレから出る 「携帯と財布、教室の鞄の中……まあいいか。家に帰ったら佳奈美と黒服には電話しとけばいいし、財布も小銭しか入れてなかったし」 その足取りはある程度しっかりはしていたものの、普段の繰に比べると非常に頼りないものだった ――― 都市伝説に関わると、また都市伝説と出会う確率は高くなる そして、一度結ばれた縁は容易には解けないものである 繰はぼんやりとした調子のまま、駅前のショッピングセンターに居た なんとなく下着を着けていない事が気になって、適当なものを買って行こうと思い立ち、自分のサイズで安いものを物色していてふと気付く 「……財布、置いてきちゃったのにな」 もっとも小銭ばかりの財布では下着もろくに買えないのだが 「お客様、何かお探しでしょうか」 そんな時に限って、笑顔の店員が現れて足を止められてしまう 「すいません、財布忘れてきちゃって取りに戻ろうかと」 よくある事だと思いつつ、繰は愛想笑いを浮かべてその場を離れようとするが 「今、大手メーカーの方で新作が出てまして。試供品セットがあるんですが如何ですか?」 下着の試供品など聞いた事も無いが、LOLIQLOの台頭以来、衣料メーカー大手各社はあの手この手で市場の確保を狙っている そんな事もやるのだなと深く考えず、試供品が入っているという小さな手提げ紙袋を受け取っていた 「サイズはおおよそですので、一度ご試着をどうぞ」 いくつか予備のものらしい紙袋やメジャーを手に、店員はぼんやりとした繰を試着室へと引っ張り込んだ 「スタイル良いですね、お客様。サイズは測った事は?」 「別に……Dぐらいのやつで適当に」 「アンダーとトップをきちんと計りませんと型崩れの原因になりますよ?」 屈み込んで、ごそごそと紙袋を探っていた店員が顔を上げると 「……え?」 その顔は営業感溢れる笑顔ではなく、ごついガスマスクに覆われており 同時に天井から噴き出した真っ白いガスが、繰の視界を一気に遮った 即座に暴れれば、ドアを破り店員を叩き伏せる事ぐらいは出来たはずなのだが、ガスを吸うよりも前に繰の身体は動かなくなっていた それは過去に一度経験した恐怖から 中学を卒業した折に、家族と行った海外旅行先のブティックで そして、その時に黒服に助けられた事と その黒服は既にこの世を去っている事を思い出し 繰の意識はそこで途絶えた 繰が動かなくなったのを確認すると、ガスマスクをした店員が白む視界の中で鏡をコンコンと叩く すると鏡が扉のようにがちゃりと開き、店員は繰の身体と菊花の入った鞄をずるずると引き摺ってその奥へと消えていった やがてガスは空気に染み込むように消えていき、がちゃりと通路を塞いだ鏡は元のように動かなくなる その更衣室の外では、どうやらトイレに行っていたらしい先程の人物とは全く違う下着売り場の店員が、レジの同僚に挨拶をして所定の位置に戻っていた 鏡の向こうへと消えていった店員や繰の存在など、初めから無かったかのように 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2955.html
三面鏡の少女 55 暑い暑い夏の夜 じりじりと焼け付く昼間の暑さとは違う、纏わり付くような暑さ 町そのものの体力が消耗しているようなじっとりとしたような空気の中、どこか苛ついた様子で高級マンションのエントランスから出てくる宮定繰 「またですか」 それを待ち構えていたように立っていたA-No.18782が、やや呆れたような笑みを浮かべて彼女を迎える 「暑くて寝てらんないもの。なんか仕事ないの?」 「そんなに毎日は仕事はありませんよ。暑いならクーラーでもつけて寝て下さい」 「クーラー嫌いなのよ」 「扇風機とかは無いんですか」 「クーラーあるのに扇風機買わないわよ、うちの親」 「クーラー嫌いなんですよね?」 その言葉に、繰は露骨な苛立ちと嫌悪感を浮かべる 「うちの親が、私の好みなんか知ってるわけないでしょ」 「なかなかに複雑な家庭事情なようで」 「そんなわけないでしょ、単純極まりない事。私は親に興味がない、親は私に興味が無い、それだけよ」 繰が両親の顔を最後に見たのはいつだっただろうか 小学校に上がった頃には、それなりに顔を合わせていた記憶がある だが、言葉を交わした記憶はほとんど無い 幼い頃からそれが当たり前で、仕方の無い事で そして、仕方の無い事はいつか、どうでもいい事へと変わっていった 生活に不自由しない環境を与えてくれるだけの存在、それが繰にとっての親というものだった 「扇風機ぐらい買ったらどうですか、『組織』からの戦闘報酬も出てるんですし」 「あんたのとこからのお金は、今まで私が育つのに使った親の金を返すのに充ててんの。生活費も合わせたら結構カツカツなんだから」 今まで親から与えられたものは全て返済する、それが繰の目標の一つだった そうでもしなければ、繋がってないに等しいのに存在する不気味な縁が切れないような気がして 「お互い、居ない方が都合がいい存在なの。最初からいなかった事にできるぐらいに割り切るには、少なくとも私はそうしなきゃ気が済まない。金の切れ目が縁の切れ目ってね」 「やっぱり複雑な家庭事情じゃないですか」 「あんたの理解力が足りないのよ」 そう言うと繰は、A-No.18782の腕を掴んでぐいぐいと引っ張りながら歩き出す 「暑くて寝れないのと学校で変な格好させられてるのとでイライラしてんの。何でもいいから暴れられる相手は居ないの?」 「そういうのが居たら、ちゃんとこちらからお呼びしてますよ……引っ張らないで下さい、夜遊びぐらいなら付き合いますから」 「そんなお金、使ってられないわよ。だからお金の掛からないストレス解消の相手を用意してって言ってるの」 「支払いは私が持ちますよ。担当者のメンタルケアもまあ仕事って事で」 「裏の仕事ならともかく、遊び回るのは都合が悪いわよ。一応女子高生なんだからね?」 「保護者同伴じゃないですか。まあそんなに遅くならない程度にはしておきましょうね?」 「むぅ……時々あんたのキャラがよく判らなくなるわ」 「『組織』の黒服ですし、ミステリアス系って事で一つ」 殺気だだ漏れの女子高生と笑顔の黒服の二人は、あれこれ喚き合いながら夜の町へと消えていった ――― 殺すだの喧嘩を売るだの物騒な単語がちらほらと漏れる少女と、それを笑顔で宥める黒服の男 そんな二人と擦れ違ったコンビニ袋を提げた男は、マンションのエントランスに入りエレベーターへと向かう 先程の少女が降りてきたのであろう、エレベーターは丁度一階で止まっており、男は悠々とそれに乗り込んだ エレベーターの扉が閉まり一人になった男は、誰も居ないその空間に向かって独り言を語り出す 「うん、やっぱりこの町を滅ぼすキーワードは『家族』だよ。親子、兄弟、恋人、本物も偽者も義理もごっこも何でもいい」 上昇を続けるエレベーターの中で、男――安芸葉鳥は楽しそうに楽しそうに独り語る 「複雑に絡み合う『家族』という縁が、僕のドミノ牌を繋ぎ勢いを加速させる大事な要素だ。さっきの子も『家族』というキーワードに少し敏感にしてあげたら、ターゲットの子を発狂寸前まで追い込んでくれた事があったし」 コンビニの袋からチープな棒アイスを取り出すと、封を切ってすぐに口に運ぶ 「でもいつも一押しが足りないんだよね……ガスの子の時とか、竜の人の時とか、ダイヤの人とか。ずっとずっと丁寧に仕込んで、そこそこ大事にはなるけど、最後まで倒しきれない。もっともっと勢いをつけるには」 しゃくりとアイスを齧り、口の中に広がる甘さと冷たさを堪能し喉を潤して コロ コロ 「少し大きめでも倒せる牌は、どんどん倒していこう。うん、それがいい」 そして彼は牌を並べ出す 誰にも気付かれないままに、少しずつ少しずつ巧妙に捻じ曲げて たった一人の少女を苦悩させ絶望させ死に至らしめるために この町全てを巻き込み滅ぼす事すら、そのための準備とするために 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3848.html
三面鏡の少女 82 ようちえんでおえかきをした おとうさんとおかあさんのえをかいた あんまりかおをおぼえてないけどいっしょうけんめいおもいだしてかいた じょうずにかけたねってせんせいはほめてくれた おとうさんとおかあさんはほめてくれるかな はやくみせてあげたいな いつかえってくるのかな しょうがっこうではじめてのうんどうかい かけっこでいちばんになったよ おとうさんとおかあさんはいそがしくてこれなかったけど いっとうしょうのしょうじょうをもらったよ おとうさんとおかあさんがかえってきたらみせてあげるんだ よろこんでくれるかな 三年生の作文コンクールで賞を取った お母さんはこういう事に興味はないみたいだけど、お父さんはどうだろう 大学の先生をやってるんだし、勉強とかできた方がいいのかな 私は頭が悪いから自信は無いけど頑張ってみよう 賞状は飾っておいても気付いてくれないし、今度帰ってきたら直接見せてみよう せめて、無視されないといいな 学力テストで学年一位を取った 六年生だし、進学を考えたらこれぐらいの勉強はしてた方が良かったのかも 馬鹿でも馬鹿なりに頑張れば、意外となんとかなるものだと思う でもこれで父さんも母さんも興味を示さなかったら、私は何をすればいいのだろう 掃除とか、洗濯とか、料理とか、家事の方が目に付く分だけ良いのかもしれない そう思うと必死で勉強した事が途端に馬鹿らしくなってきた テストの結果を見せて反応が無かったら、もう面倒だし勉強なんかやめてしまおう なんかどっと疲れた気がする わざと見付かるように万引きをした こうでもすれば店や警察の呼び出しぐらいには応じるかと思ったから だけどそうはならなかった 父さんの大学と母さんの芸能事務所、どんな権力持ってるんだか 事情を察したのか、店長さんの対応は優しかったが、ちゃんと叱ってくれた こういう事は親の仕事のはずなのに この店長さんの方がよっぽど親らしい だったら あいつらは 何なんだ 隣の席の奴が煩い さも楽しそうに家族の話なんかするな 私に対するあてつけか ムカつく 気が付いたらそいつの鞄を窓から放り投げていた 一瞬びっくりした顔をしてたけど、すぐに愛想笑いを浮かべている 気に入らない 雨の中、へらへらしながら鞄を拾いに行った 気に入らない 家族がいて幸せならそれぐらいどうって事無いのか そんな彼女に以前からちょっかいを掛けていた女子二人が、私に声を掛けてきた あいつが気に入らない そんな理由だけでも、誰かと話せるのは少し安心できたが 物心がついた頃からずっと胸の内に打ち込まれた楔は、僅かにも揺るぐ事は無かった 自分は 何で 生まれてしまったのだろう ――― 「ん……」 まだまどろみの中にいるような意識と、頬に感じる柔らかい布団の感触 いつの間にか寝ていた事を自覚し、状況を一つ一つ思い出しながらゆっくりと身を起こす ふと、ここがディランの部屋だという事を思い出し 両手の温かく柔らかい感触に気付いてその身を跳ね起こす 「繰ちゃん、おはよう」 どこか自信のなさげな、遠慮がちな笑顔 その手が自分の両手を握っているのを見て、振り解きそうになった手を思い留まらせる 自分から握っていたのなら気恥ずかしい事この上ないのだが、彼からなら仕方ない 実際のところはディランは握り返しただけで、先に縋り付いていたのは繰なのだが 「先生、痛いとことか苦しいとことかは無い? 大丈夫?」 「うん、大丈夫。ごめんね、心配かけて」 「ま、まったくよ。もうちょっと抵抗とか反撃とか、しっかりやんなさいよ」 握った手はそのままに、耳まで真っ赤になりながらベッドの縁に座り直す繰 見上げていた視線が同じ高さまで上がり、距離もまた微妙に近くなる きしりとベッドが揺れ、互いの体重から否応無しに存在感を意識させられる 「菊花に感謝しなさいよね? あの子がいなかったら、私だって戦える能力なんて無かったんだから……って、あれ?」 ふと気が付いて部屋を見回すが、菊花の姿が見えない ついでに、ディランを助けた男の姿もだ という事は 「ふっ、ふた、ふたっ!?」 「ど、どうしたの繰ちゃん!?」 突然慌てふためく繰を落ち着かせようと、握った手をぶんぶんと振るディラン 「だ、だだだ、大丈夫! 別に、べ、別に何でもないから!」 慌てて手を振り解き立ち上がろうとした繰だが、足を滑らせてベッドから転げ落ちそうになる 「ふわっ!?」 一瞬だけの落下感と、それを押さえ込む腕の感触 とっさに伸ばされたディランの腕が、繰の身体を抱き締めるようにベッドの上に引き留めていた やや仰向けに、ディランの胸に身体を預けるような体勢で 二人の思考は、そこで一瞬停止していた ――― 一方、僅かに隙間の開いた隣室のドアの向こう 両手を口元に当てて、ドアの隙間から二人の様子を見守る菊花と、その後ろでつまらなさそうに欠伸をしているダミア なんだかんだで二人きり状態になったディランと繰の様子を見て、ダミアを連れて隣室に引っ込んでいたのだが そろそろ大人しくしているのに飽きたのか、ダミアが菊花を押し退けて二人の元へ出ていこうとし始めた 慌ててダミアの顔をぺちぺち叩いて押し留めようとするものの、体格と力の差は余りにも圧倒的である 必死でどうにかしようと、首に抱き付くようにして必死に縋り付く菊花 ダミアはぴたりと足を止めると、すんすんと菊花のにおいを嗅ぎ 菊花の着物の帯にかぷりと噛み付いて、ぷらぷらとぶら下げたまま 押し留めようとした時とは違う勢いで大慌てになる菊花を、ダミアは部屋の奥の暗がりへと運んでいったのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2123.html
三面鏡の少女 34 不気味な静けさの中、沈黙が支配するカラオケボックスの一室 別の部屋から陽気な歌声こそ聞こえてくるものの、その場にいる全員がまるで耳に入ってこなかった 蛇城の不審人物っぷりと、花子さん、白蛇という都市伝説存在が会話に加わるという状況から、余計な目撃者を出して騒ぎにならないようにという配慮だった 不審人物丸出しな蛇城を見ても全く動揺せずに対応したカラオケボックスの店員は、店員の鑑と賞賛されるべきか、犯罪防止のための危機感を持てと厳重注意をされるべきか微妙なところだったが ともあれ第三者のいない状況で少し安心したのか、とりあえずマスクは外してウーロン茶を飲んでいる蛇城 どうやら緊張のあまり喉が渇いていたらしい 「……詳細は若から伺っております。蛇の都市伝説の引き取り手を探しているとか」 「は、はい、この子なんですけど……ほら、出てきて」 ようやく沈黙が破られ、なんだかほっとした空気が満ちる中、襟元を引っ張って服の中に声を掛ける逢瀬 身長差もあってか向かい合った席に座っていると微妙に胸元が見えたりしそうになり、花子さんを構う振りをして視線を逸らす獄門寺 声を掛けてすぐに胸元からにょろりと頭だけ出した白蛇は、丸い目で蛇城をじっと見詰める 「この建物にも厠があるので、このような形で失礼する」 「大きくて喋る以外は普通の白い蛇ですね」 多少霊感があってもここまではっきりとした形で対面するとやはり珍しいのか、蛇城はしげしげと白蛇を眺めている 「白蛇は諏訪神社の神使であったり弁才天の使いだったりと神聖な存在らしいですが」 「残念ながら別の都市伝説と混ざったが故に記憶が混濁しておるのだ。はっきりとした出自は判らぬ」 「そうですか」 特にこれといった感想は言わずに、蛇城は姿勢を正し 「それで、契約とはどのようにすれば良いのでしょうか」 「その辺は都市伝説によって違うな。現象系の都市伝説は、特殊な契約書が必要らしいが」 「我はそのような手間は掛からぬ。我の巫女として共にある事を認めるだけで良い」 「なんか巫女に拘りがあるよね、きみは」 くりくりと指先で小突かれながらも、白蛇は胸を張るように身体を反らす 「神聖なものでありたいという我の志だと思うがよい」 「ついでにその偉そうな性格も直しなさい。面倒事だっていう自覚はあるのかな?」 「契約を交わしてしまえばさほど迷惑は掛けまいて。契約者が望まぬ時は離れて過ごす事も可能であるし、呼ばれれば即座にその元に現れる事が出来る。何より幸運を与えたり水を操る力を共有する事ができるのだぞ?」 「私は納得しています、大丈夫ですよ。何より若を守る力を得られる事がとても嬉しいのですから」 ――― 丁度その時、カラオケボックスの前を通り掛った女がふと足を止めた 「……もげろという怨念の気配がしたような気がしたんだが」 首を捻りながらも、まだ残業のある職場へコンビニ袋に入った夜食と共に歩いていく『もげろ』の契約者 「あー町を歩いてるカップルが全て妬ましく見えてくる。疲れてんなぁ」 この後、残業中に『目が合う自殺者』『エレベーターで待つ男』『殺人鬼が変装した警備員』などを片っ端からもぐ事になるのだが、それはまた別のお話 ――― 「みー、どうしたのですか、けーやくしゃ?」 「いや、今すげぇ悪寒が」 きょろきょろと辺りを見回す獄門寺 「ともあれ、本人が契約は口頭の同意で良いって言ってる事だし。やってみようか、蛇城さん」 「そうですね」 言葉短く、やや緊張した面持ちで白蛇と向かい合う蛇城 「では……我はそなたと共にある事を、そなたが求める力を与える事をここに誓う。汝は我と共にある事を、我が求める力を与える事を誓えるか」 「誓いましょう」 自然と差し伸べられた手に、白蛇の鼻先が触れる そして、少女の襟元からその身体をするすると這い出させ、テーブルの上にとぐろを巻いた 「おお、ようやく忌まわしい厠の拘束から外れる事ができた。この恩に報いるべく身命を賭して汝に尽くそうではないか。無論、我を導いてくれた巫女や契約者と引き合わせてくれた若君にもだ」 「トイレはいまわしくないのー」 「おお、これは失言だった。だが今まで我は厠から離れる事ができなかったのだ。契約者を得て共に自由に動ける喜びは知っておろう?」 その言葉に花子さんは、獄門寺の顔をみてにぱーと笑う 「蛇さん、良かったのです」 「うむ、実に晴れやかな気分だとも。さあ新しい巫女よ、今後とも宜しく頼むぞ」 嬉しそうに身をくねらせ、白蛇はするりと蛇城の腕に絡みつき、襟元からその中へ 「待てー!?」 逢瀬がすぐさまその首を引っ掴んで引き戻し、顔を付き合わせるようにして怒鳴りつける 「トイレに引っ張られないなら身体に巻きつく必要無いよね!?」 「おお、そうであった。ここしばらくこれで慣れておったものでな」 「しかし、見える人間もいると考えればそのまま連れて行くわけにもいきませんが」 「今更でかい白蛇ぐらい気にする人間いるのか、この町」 呆れたように呟く獄門寺に、蛇城は僅かに俯きながら顔を赤くする 「目立つのは……困ります」 それはひょっとしてギャグで言っているのか 何かこう劇画っぽいギャグ漫画顔になって、声には出さずにツッコミを入れる獄門寺と逢瀬 その横で花子さんは、飲み物と一緒に頼んだアイスを食べながらよくわからないといった感じで首を傾げていたのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/404akigawa/pages/55.html
ヌンテンドーから発売されたヌンテンドーTS専用ゲームソフト。 出荷本数は88本。 三面鏡を題材としたゲームだと言われているが 詳細は買った者にしか分からない。 誰が買ったかも分からない。
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3220.html
三面鏡の少女 64 黒服となって『組織』に所属するようになって数ヶ月 手塚星は人間だった頃から馴染みの弁当屋で買った弁当を片手に、鼻歌混じりで公演のベンチに腰を下ろした 逢瀬佳奈美を見守るという仕事も、広瀬宏也が彼女と一緒の間は割と任せっ放しである 別に彼を信頼し切っているわけではなく、どちらかというと佳奈美に気を遣って第三者の目を遠慮しているだけなのだが ともあれ彼は、佳奈美に影響が無い事件にはこれっぽっちも興味は無く、ぶらぶらと学校町をうろついている日々を過ごしていた まあそれでも一応は町の巡回、ひいては抑止力という役目は果たしているのだが 「あれ、またあの子だ」 いつものんびり弁当を食べている公園に入り、ふと目をやった先にいたのは、公園の水飲み場で水を飲んでいる少女 ここ数日、公園でだらだらしているとよく見掛けるその少女は、いつも水を飲んでいる姿ばかりである 「んー、なんか変な都市伝説に憑かれてたりすんのかな?」 自らが持つ能力を使えばその素性ぐらいなら簡単に把握できるのだが、緊急時以外の能力の濫用は上司に禁止されている 星は弁当を片手に少女に近付くと、無心に水を飲む少女をじっと見詰める その視線に気付いたのか、少女は水を飲む手を休めて顔を上げる 「どうしましたか? お水を飲むのでしたらどうぞ」 「いや、そうじゃないんだけどね。君さ、いつも見掛けるからちょっと気になって」 丁寧な態度とは裏腹に、顔色の悪さを隠せていない少女の姿は、健気さを通り越して痛々しい 「日本人じゃないみたいだけど、何処の子? 生水ばっかり飲んでるとお腹壊すよ?」 「身元を探られました。学生ぐらいに見えましたが警察の関係者なのでしょうか? でも私は正規の手続きで入国しているのデス」 「いやいや、警察とかじゃないから俺。本当にちょっと気になっただけだから」 荷物からごそごそとパスポートを取り出す少女を、星は慌てて制する その折に、片手に持ったままだった弁当の香りが、ふわりと少女の鼻をくすぐった それを察知して即座にぐくぅ、きゅるきゅると自己主張をする少女のお腹 「お腹空いてるのか?」 「ち、違います! そもそも暴食は大罪であり、それに耐える事は神の与えたもうた試練で」 星は呆れたような顔でその場に屈み込むと、手提げ袋から弁当を取り出してその蓋を開ける 解放された湯気が、鶏の唐揚げの油の甘みと香辛料の香り、そして温かいご飯の香りを巻き上げて少女を誘惑するように躍り上がる それに呼応して、食物を求めるべくお腹と唾液が少女の意思を無視して全力で主張し始める 「誘惑がっ!? 悪魔の誘惑がっ!」 「俺は悪魔とかじゃないから。別にこれ食べたからって魂寄越せとか言うわけじゃないし」 そう言うと星は、弁当を片手にしたまま反対の手で少女の身体をひょいと抱え上げる 感じるのは彼女の手荷物の重さと、想像以上に細く軽い少女の身体の重さ 神が悪魔がと喚きながら暴れる少女をベンチまで運ぶと、そのままそこに座らせて膝の上に弁当を置く 「はい」 「むぅ」 プラスチックのフォークを手渡され、それでも唐揚げ弁当を前に微動だにしない少女 「しかしやはり、これはあなたのご飯であって、私が食べるべきではないのデス」 「じゃあ、君が食べるべきご飯は今までどうなってきたの?」 う、と少女が言葉に詰まる 本来なら少女の食欲を満たすための食料を得る金銭は、概ね募金箱に消えている 路上で募金活動を行っている事などは稀ではあるが、彼女が買い物をするコンビニのレジ前にには必ずと言っていい程に募金箱が設置されているからだ 「冷める前に食べないと、折角美味しいご飯を作ってくれた人に悪いよ? そこの弁当屋のおばちゃん、すっげえ良い人なんだから」 その言葉に、やっと意を決したように唐揚げを一つ口に放り込む少女 もきゅもきゅとその食感と味を確かめるように噛み締めて、ほろりと涙を零した 「美味しいデス」 「ん、良かった良かった。お腹がびっくりしないようにゆっくり食べなよ?」 ――― 空になった容器を袋に入れて、きゅっと口を縛ってゴミ箱に放り込む 「警察とかじゃないって言ったけどさ。俺は一応、この町の見回りとかしてるんだけど」 お腹も落ち着いた様子の少女に、ゴミ箱の傍らで星は語る 「どの辺に住んでるの、君? 少なくともホテルとか旅館じゃないよね」 「神の与えたもうた安息の地があります」 「野宿とかしてないよね?」 「ちゃんとテントを用意してありますから大丈夫デス」 「テントかぁ……」 この町の野良犬は、野良というより放し飼いの飼い犬状態なのでさほど心配は無い だが野良犬より厄介な、獰猛な都市伝説や変態には事欠かないのが学校町である 「めんどくさいからって『組織』で寝泊りしてないで、住むとこ確保しとけば良かったな」 「何か言いましたか?」 「いや、こっちの事」 星は微笑を浮かべると、少女の頭をぽんぽんと撫でる 「俺はこの町でいつも見回りしてるし、多分『近いうちにまた会えるから』。またね」 「はい、ご馳走様でした。お弁当、美味しかったデス。あなたに神のご加護がありますよう」 丁寧に礼を述べて去っていく少女 星はさほど世界に影響のない程度の『言葉を現実にする』能力を発動させて、彼女との繋がりを保っておく 「なーんか厄介事を起こしそうだし、とりあえずは監視対象かな? まー上への報告は何かあってからで良いか」 『組織』の内情にも疎い少年の気紛れが、これからどんな影響を及ぼすかは 神のみぞ知る事であった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3232.html
三面鏡の少女 69 今日も今日とて討伐すべき淫魔を探し、邪悪な気配を探りつつ町を放浪するニーナの姿 「あのぅ……」 そんな彼女が、何やら微妙な表情で隣を歩く少年に声を掛ける 「なに?」 黒いスーツ姿にサングラスという典型的黒服の出で立ちの、外見は15、6歳ほどの少年 春より少し前に都市伝説に飲まれた、『組織』所属の新人黒服である手塚星である もっともその名前の存在は既にこの世界から抹消されているので、目下新しい名前を考え中である 「何でいつも、私についてくるのデスか?」 公園でからあげ弁当を食べたあの日から数日、探索活動を始めるとほぼ確実に遭遇しこうして暢気に後を付いてくるのだ 「何でって、一緒にご飯食べるから」 真顔でしれっと言い放つ星を、ニーナは足を止めて困った顔で見詰めてくる 「デスが、いつも食事の代金はあなたが支払っています。私はその恩に酬いる事が出来ません」 いつも何だかんだで言いくるめられて、昼食、時には夕食も奢って貰っている 飢えて倒れては任務を果たせない、そう自分に言い聞かせて神と少年に感謝しながらお腹を満たしていたのだが 「先日のお食事の代金は、神の与えたもうた食物が100本近く買えるものでした。ただお世話になるばかりでは心苦しいデス」 「ただお世話してるつもりは無いけどね。だってさ、一人飯って気楽だけど寂しいじゃん」 両親が共働きで、夕食を一人で過ごす事が多かった 不満は無かったが、ただ満たされる事も無かった 「あ、やっぱ俺って胡散臭い? 食事で懐柔して何か企んでるように見える?」 「い、いえ! 決してそんな事はないデスよ!」 「実は企んでるんだけどね」 ぴしり、とニーナの表情が固まった 「あ、いや、変な意味じゃなくってさ。人手を探してるんだよ」 「人手デスか?」 「うん。俺さ、仕事の時間が長くて不定期なんだ。それで部屋の掃除とか全然出来ないんだよ」 「お掃除デスか……」 『教会』でも、ただ寝るだけの部屋だからとかこの方が落ち着くからとかで、とっ散らかしている男性は多少なりとも存在していた 大体の場合は押しの強いシスター達がどかどかと乗り込んで、神の名の下に大掃除という名のハルマゲドンを起こしていたのを思い出す 「デスが、私にはやらなくてはいけない使命が……」 やや渋るように、ニーナが視線を伏せる 出した言葉に偽りは無い 一分一秒でも早く神の与えたもうた使命を果たさねばならない身の上である 「そっか……そりゃご飯奢っただけの男の家に上がり込むとか嫌だよね。やっぱり胡散臭いよねー」 ほとほと困り果てたという顔で、大きな溜息を漏らしがっくりと項垂れる星 「やっぱり専門の業者に頼まないと駄目かなー」 「本職の方々に頼むと、何か問題でも?」 「まー予算の問題かな? ちなみにこれ、見積もり」 ぺらりと出てきた紙切れに書かれた諸経費の数々を見て、ニーナは狼狽したようすで星に詰め寄る 「ど、どどどどどどういう額デスかこれは!? 桁がおかしくはありませんか、掃除だけで!」 「本職だからね。本格的にやっちゃうんだよ、やっぱり。日々の簡単なお掃除ってだけだと頼めないんだよね。まあそのうち頼まなきゃいけないけど」 「……いけません」 見積書を見ながらぷるぷる震えていたニーナが、小さく呟いた 「神は浪費を嫌いマス! わかりました、お腹を満たされたご恩に酬いさせていただきマス!」 「本当に?」 「神の使徒は嘘を吐きません!」 胸を張ってそう答えるニーナに、星は思わず苦笑い 「……なんか逆に心配になってくるなぁ、こんだけ想定通りのリアクションだと」 すげぇ簡単に騙されそう、というか現在進行形で騙されてるなと、内心で心配しつつ 「何か言いましたか?」 「いや別に? ああそうだ、俺が居ない時は部屋は好きに使って良いよ。狭いけど使ってない部屋一つあるし。はいこれ部屋の住所」 「教会での奉仕活動を思い出しマス」 ぶんぶんと腕を振りながら張り切るニーナに、星は借りたばかりの部屋の住所を書いたメモ用紙を渡す 「荷物とかあったら突っ込んじゃって良いし、寝泊りしても平気だから。俺も寝る時以外はあんま居ないし」 住む場所が同じであれば、何かと見張るのも楽になる 何より野宿をされるよりは、トラブルの元になる可能性はずっと低いというものだ 「さて、後はもう一仕事かな」 ――― 深夜、ニーナが住み着いていた空き地 そこからは既にテントも荷物も引き払われており、僅かな野営の痕跡が残っているだけだった そこに集っていたいくつかの黒い影に、星はぴしりと人差し指を突きつける 「残念、そこにはもうあの子は住んでないんだな、これが」 その言葉に、黒い影達はすぐさま蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出してしまう 「『臓器密売組織のホームレス狩り』さん達、一手遅かったね? まあ俺も割とギリギリだったわけだけど」 逃げる黒い影達の背に向けて、星は突き付けた指で狙いを定め 「『くたばれ、地獄で懺悔しろ』」 指先から放たれた、言霊を込めた黄金色の光が黒い影達をあっという間に絡め取り、そのまま地面へと引きずり込むように諸共に消えていった 「そういや地獄って実在すんのかな? まあこの町には割とありそうだけど」 星はさして気にした様子も無く、むしろニーナの今後について思いを馳せる 「つーかあの子、マジでこの町に何しに来てるんだろ。人探しっぽいけど……手伝ってあげた方が良いかな」 よもや自分が世話になっている『組織』の関係者を討伐対象にしているとも知らず、のんびりと欠伸をしながら新しく確保した寝床へと帰って行ったのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3451.html
三面鏡の少女 74 駅前のファストフード店で向かい合う二人の女子高校生、逢瀬佳奈美と宮定繰 どこかのんびりとした表情の佳奈美に対して、落ち着かない様子でそわそわしている繰 何やら相談があると呼び出されたものの、何も切り出さないで思い悩んでいる繰を見て、自分から話を切り出せるように待ち続けて二時間ほどが経っていた 「あ、あの、ね……相談したい事が、その、あるんだけど」 「うん、電話で聞いたのも入れて25回目だよその台詞」 すっかり冷めたフライドポテトを摘みながら、それでも急かす様子はなく落ち着かせるようにのんびりと自分から語るのを待つ 「佳奈美があのセクハラ野郎……いや、えっと、あいつ名前何だっけ、ああもう」 わしわしと忙しなく髪を掻き回しながら、視線を彷徨わせながら呟く 「佳奈美って、あいつと付き合う事になった時って、どんな感じだったのかな、って」 もくもくと咀嚼していたポテトをごくんと飲み下して、首を捻る佳奈美 「んー、何でだっけなぁ……実はあんまり覚えてないんだよね」 「覚えてないって、そんなんで付き合ってたの?」 「契約者と担当って関係でなんかこう、色々助けてくれたり守ってくれたりしてるうちに、自然とそうなったというか」 「……そんなもんなのかしらね、男と女って」 ふうと溜息を吐いて、飲み干した後に氷が溶けきった水だけのカップをストローでぐるぐる混ぜている そんな繰に、唇に人差し指を当てて、んーと唸る佳奈美 「繰、好きな人ができたの?」 「んなわけないでしょ!?」 「違うの?」 「その辺がよくわかんないから相談しようと思ったのよ!」 ややキレ気味に叫ぶ繰だが、ファストフード店の客席だという事を思い出し、周囲の視線を気にしながら姿勢を正す 「好きとかそういう感情がそもそもわかんないのよ、私は」 物心ついた時から、まず最初に愛情を向けられるであろう両親に『無関心』であり続けられた繰 その心の中にある『好意』という機構はほんの少しも動かされずに、錆びつき埃を被っているような有様だった 「好きかどうかは別として、気になる人はいるんだよね?」 「う、うん」 頬を染めて、こくんと頷く繰 佳奈美は、なんか可愛いなぁと思いながら、既に好きという感情は持っているんだろうなと判断する 「その人と一緒に過ごしたりする事はあるの?」 「夏休み中はちょくちょく、かな」 主に補習でだが 「その人と一緒に居て、どんな事を考えたりする?」 「イラついてぶん殴りたくなる」 興味津々といった様子だった佳奈美の笑顔が、ぴしりと凍り付く 「言う事は女々しいし、他人の事ばっかりで自分の事は二の次三の次だし、とことん押しが弱いし、すぐ騙されるし」 語りながら、段々とイライラした顔付きになりこめかみに青筋が浮き始める 「く、繰?」 「善意は空回りするし、私服のセンスがおかしいし、それでいて変なところで頑固だし」 「落ち着いて! 繰、落ち着いて! 主に髪の毛!」 ざわりと髪の毛が伸びそうになった繰を必死に宥める佳奈美 足元に置いた鞄から顔を出した菊花も、その足をぺちぺち叩いて落ち着かせようと必死である 「あ、ごめん、あいつの事を考えてたらつい」 「……なんか凄く苦労してそうだね」 「何が一番アレかって言えば、気にしなきゃ良いのに自分から首突っ込んでる辺りよね」 溜息と共に髪の毛からも勢いが抜けていく 「んー、やっぱり繰はその人の事が好きなんじゃないかな? 繰ってどうでもいい相手の事とか全然気にしないもん」 「そりゃまあそうだけど……例えば佳奈美は大事な友達だけど、佳奈美が言う『好き』って感情とは何か違うでしょ?」 「あはは、恋愛的に好きって言われたらちょっと困るなー」 「単に放っておけない、放っておきたくない友達みたいな存在としてなのか、佳奈美の言う『好き』っていう感情を向けてる相手なのか、自分ではさっぱりわかんないのよ」 「傍から見てる感じだと、もうどう見てもライクよりラブだけどなー」 「……佳奈美、なんか最近あのセクハラ野郎に似てきてない?」 「嘘っ!? 宏也さんの事は大好きだけどそれはそれで何かヤダな!?」 複雑な表情で慌てふためく佳奈美に、繰はやや苦笑を浮かべる 「でも、話したらなんか落ち着いたかな」 「ん、それは良かった」 「また落ち着かなくなったら話し相手になってくれる?」 「あたしで良いなら何時でも。菊花ちゃんにもまた会いたいしねー」 テーブルの下を覗き込んで軽く手を振ると、菊花も鞄の中からちょこんと顔を出した姿でぱたぱたと小さく手を振って返す 「そう言えば佳奈美の都市伝説にはまだ会ってないよね。どんな奴なの?」 「あー……会ってると言えば会ってるんだけど」 苦笑を浮かべ、申し訳無さそうに上目遣いで繰を見上げる佳奈美 「中学の時の、トイレの鏡のアレ。『合わせ鏡に自分の死に顔が見える』って都市伝説でね、鏡の中で無限に増える分身なのよ」 「ああ、アレ……あの頃は免疫全然無かったから、マジビビリしたわ」 「ごめんね、自分で全然制御できないからあんまり会わせたくないの。ある意味で宏也さんよりタチが悪いし」 「……とんでもないの抱えてるわね、あんた」 「前の契約者さんは、分身を制御できた上に鏡から出して自由に行動できたらしいんだけどね。あたしは全然力が足りてないみたい」 「佳奈美はそれぐらいで丁度いいのよ。荒事はあんたの恋人や私に任せておきなさい」 「んー、でも宏也さんにも繰にも、あんまり危ない事はして欲しくないなぁ、やっぱり」 「結果として誰かがやんなきゃいけないなら、知ってる人を助ける方がやる気が出るもんだけどね」 それからは他愛も無い、友達同士の普通の会話が続いていく いつどんな別れが訪れるか判らない都市伝説だらけのこの町では、それが一番大事な会話だったのかもしれない さよならを言う暇も無い、そんな別れは 本当に突然訪れるものなのだから 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女