約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2500.html
三面鏡の少女 45 ぽつり、ぽつりと雨粒が地面に水玉模様を作り上げていく 空はそれほど暗くなく、通り雨だろうと判断して、傘も差さずに能力を使い濡れるのを防いでいた手塚星 彼の身体はそれまでの小学生らしい姿ではなく、想い人に見合う年齢の姿へと変質していた 「俺は、強い、強い、まだまだ強くなれる……」 《一気には無理だっての。身体が持たねぇってマジで。俺のアドバイスは割と的確なんだぜ?》 ぶつぶつと呟きながら歩く星に、呆れたような声で諭す『悪魔の囁き』 「足りないんだよ……無敵の能力も発動させる前に攻撃されて倒されちゃ意味がない」 その外見は変わる事無く、その骨が、筋肉が、皮膚がぎちりと強度を増す 「能力の強さだけじゃない。身体も強くならなきゃいけないし、武器も必要だ」 ふと、遠くで馬が嘶いたような音がした この町なら馬の一頭や二頭、都市伝説絡みでうろついていてもおかしくはない そうは思っていたのだが それは馬の呼吸と嘶きではなく バイクの排気とエンジンの音 大柄の男が跨る大型のバイク 真紅に染め抜かれたその胴体には、『SEKITO』の文字が刻まれていた そのバイクの主である呂布は、バイクのエンジンを掛けたままアスファルトに足を下ろす まるで突風に煽られているかのような威圧感に、『悪魔の囁き』が星の頭の中で喚く 《逃げるぞ! これはマジで洒落になりそうにない!》 「……だろ」 《お前が死んだら俺も巻き添えで死ぬんだからな! 聞いてんのかおい!》 「こういうのが闊歩してるなら、ぶっ倒せなきゃお姉ちゃんは守れないだろ」 退くのではなく、有利な距離を確保するための後退 やや広げた間合いで、星は力を込めて言葉を放つ 「俺の手には武器がある!」 じゃらりと音を立てて星の手に握られたのは、それは先端を鋭く削ぎ落とした細い鉄パイプのようなものの束 「速く速く何より速く飛ぶ! そして確実に敵をぶち抜く!」 星の手から放たれた得物は、様々な軌道を描きながらあらゆる方向から呂布に襲い掛かる、が 呂布もまた中空から引き摺り出すように得物を手に取り、一閃でその全てを薙ぎ払う 《お前の能力が干渉する力より、あいつの存在と意思力が強ぇんだよ! 逃げ隠れなら力が干渉するのはお前だから何とかなる、早くしろって!》 「だが武器は形を変えて敵を拘束する!」 《頼むから話を聞けよ!?》 「ぬう!?」 打ち払われた鉄針がワイヤーのように細く長く伸びて呂布の全身に絡み付き、鋭利に尖った両端は勢いをそのままにアスファルトに突き刺さる 「この程度で俺を止められると思うな!」 皮膚を裂きながらも、力を込めてそれを振り解くが 「俺は高く高く跳ぶ! ぶった斬るだけの武器を、奴目掛けて叩き込む!」 何も持っていなかったはずの手に戸板ほどもある巨大な剣が現れ、呂布の頭上から思い切り振り下ろした 轟音を立ててアスファルトに突き刺さる鉄塊のような剣 それは半ばから真っ二つに叩き斬られており、砕かれたアスファルトの真ん中に両手で戟を構えた呂布が立っていた 「俺に両手を使わせるか。楽しませてくれる」 「楽しませてるつもりなんか無い」 殺意に満ちた目で呂布を睨み付け、星は叫ぶ 「燃えろ燃えろ燃え尽きろ! お前の身体は炎に包まれた!」 爆音を立てて火柱が吹き上がり、雨粒を蒸発させながら周囲を焦がし呂布の身体を包み込むが 「憤っ!!!」 気合一閃その炎は吹き散らされて、陽炎となって散り消える 「言葉を現にする能力か」 そう言うと呂布はつまらなそうに殺気を鎮め、戟を一振りして何処かへと消してしまう 「何だよ、素手でも充分だとでも言うのかよ」 「それ以前だ。貴様と戦う価値は見出せん。貴様は俺を楽しませるつもりは無いと言ったが、確かにその通りだな」 「――っ!!! 見えない刃で貫かれろ!」 くるりと踵を返す呂布の背中に、星は不可視のナイフを具現化し雨霰と叩き込むが、見えないはずのそれすらも振り返りすらせずに片腕で薙ぎ払われる 「そこに無いものさえ作り出す能力がありながら、何故にもっと直接殺せる手を使わん。口に出すだけで良いのなら、頭の中を抉るなり心の臓を潰すなりできるのだろう?」 「それ、は……相手の身体に直接干渉するのは、相手が強ければ効果を発揮しにくくて」 「だからといってまず試さぬ道理は無かろう。単に貴様は死合うほどの気概が無いだけだ。死ぬのは怖くはないが、殺すのが怖いといったところか」 「うるさいっ! 俺はお姉ちゃんを守る為だったら、誰だって殺してやる!」 「そのような事を口にしているうちは無理だな。覚悟が出来ているのならば、言葉にせずとも手は下しているものだ」 焼け焦げたライダースーツの煤を払いながら、いつの間にか戦闘領域から避難していた赤兎の元へ歩み進む呂布 「試さぬのなら俺は別の強者を探しに行くぞ」 赤兎に跨る呂布に、声を発する事なく立ち尽くす星 呂布はつまらなさそうに顔を背けると、そのまま赤兎のエンジンを嘶かせ走り去って行った 《そう落ち込むな、相手が悪かっただけさ。生きていただけでめっけもんだって。もうちょいまともな相手なら臓腑を捻り潰すぐらいやれるさ、なあ?》 「……ああ、そうだとも。俺はお姉ちゃんの為なら、何だって出来るんだ」 自分に言い聞かせるように、その言葉を己の心に刻み付けるように、力を込めた言葉を紡ぐ あちこちが砕け崩れた心に刻み込まれた言葉は、そこからまた新たなるひび割れを生んで崩壊を進めていく 「ここでの、戦いは、無かった」 そのほとんどが自分が揮った力の影響だという事もあり、言葉一つで荒れ果てた道路は瞬きする間もなく何事も無かったかのように修復される 「何でも、できる、俺は、お姉ちゃんを、守る、できるんだ、やるんだ」 《おい、大丈夫か? 都市伝説に呑まれかけてんじゃねぇのか、おい》 星は『悪魔の囁き』の声など聞こえないかのように、ただ独り言を呟きながら歩き出す星 黒かったはずのその瞳は、何時の間にか金色に染まっていた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2502.html
三面鏡の少女 47 自分には人を好きになり人に好かれる価値が無いと思っている少女 自分には人を好きになり人に好かれる資格が無いと思っている男 「あたしは」 黒服Hに庇われるように立っていた佳奈美が、泣きそうな声を出す 「Hさんの事、化物だなんて思った事は無いよ。今まで会ってきた人も、都市伝説も、みんなそう。他の人と何か違う外見や能力があったって、一緒の世界で生きるのに……何も都合の悪い事なんて無いよね?」 声に震えが混じり、所々つかえながら 「復讐とか、確かにあんまり良い事じゃないけど……Hさんにどうしても必要な事なら、仕方なかったんだと思う。騙したり利用したりした人達には……ちゃんと謝って、許してもらおうよ」 涙をぼろぼろと零しながら 「あたし……Hさんと……宏也さんと、ずっと一緒にいたいよ……」 佳奈美が、およそ生涯で初めて、他者よりも自分の気持ちを優先して発した言葉 それを聞き届けて、星はやれやれといった調子で天を仰ぐ 「完璧にフラれたなー、俺」 《だーかーらー、最初っから俺の言う通りにしてりゃ角を立てずにだなぁ》 「うっさい。『俺から離れろ』」 《ちょ、こら待て!? 力の使い方をレクチャーしてやったり、戦闘のサポートしてやったりした恩義を忘れたかコラ!?」 『悪魔の囁き』の声は、途中からその場にいた全員に聞こえていた 星の背中からころりと転げ落ちる、子猫ほどの大きさをした、蛇の頭をした尻尾を生やした山羊頭の悪魔 「ゲェー!? 何で実体化までしてやがんだ!?」 「知らないよ。成長したら実体化できるって言ってたし、俺の力の余波じゃないの?」 首の後ろを摘まれて、じたばたと足掻く『悪魔の囁き』 「成長してたらこんなサイズのわけあるか!? つーか犬を放たれたらぺロリと食べられるサイズだろこれ!?」 「俺と一緒にいれば大丈夫じゃない? 面倒ぐらいは見てやるよ」 ひょいと頭の上に『悪魔の囁き』を乗せ、悠然と二人に向き直る星 「おい……また能力を使ったのか」 「手っ取り早いだろ? どうせあんたの薬とか、とっくにこいつには効かないし」 「こいつの力で強化されてたのと、一回打たれて耐性もついてたしな。もう意味無ぇけど」 星の頭の上で、不貞腐れながら金色に染まりゆく髪の毛をわさわさと掻き分けてへばりつく『悪魔の囁き』 「カナお姉ちゃんも言ったろ。都市伝説に飲み込まれても、人間でなくなったとしても、俺という確固たる存在があれば何も都合の悪い事なんて無いのさ。それが『手塚星』か『ゴールデンアップル』かの違いだけ。何にも問題は無い」 「問題無いわけがあるか! お前の両親は! 友人は! 佳奈美の気持ちはどうなる!」 「大丈夫さ。だって『手塚星という存在に関する記憶と記録は、全てこの世から消滅する』んだから」 「なっ……!?」 星の全身から湧き溢れた黄金色の輝きが、空高くまで舞い上がり町全体を越えてもっと遠くまで、広く広く降り注ぐ その髪の毛はあっという間に全て金色に染まり、都市伝説が具象化した存在へと成り果てた 「ふざけるなっ……佳奈美がお前の事をどれだけ心配してたか、判ってるのか!」 記憶を改竄されたせいか、意識を失いくたりと倒れ込む佳奈美 都市伝説そのものであるHは、大きな影響を受けなかったようで、記憶には一切揺らぎが無い 「判ってるさ。だからこそだよ」 星は僅かに笑う 「こんな事があった以上、この先カナお姉ちゃんはずっと俺の事を心配しただろうさ。自分のせいで大変な事になったって。そんな重荷を負わせられないだろ?」 「だからって、誰もお前の事を覚えてない世界で! お前だけが誰とも噛み合わない思い出を抱えた状態で! 生きていくってのか!」 「思い出? そんなもん、これから作るからいいさ」 あっけらかんと言い放つ星に、Hは絶句する 「カナお姉ちゃんが幸せなら別にそれでいい。だからあんたはカナお姉ちゃんを幸せにしろ。あんたが半端なところでくたばったら、絶対許さないから覚悟しとけよ」 「お前……本当に『悪魔の囁き』取れてんのか? 新しいの憑いてねぇだろうな」 「残念ながら、今更新しい種なんか憑いたってこいつに太刀打ちできねぇよ……あーくそ、貧乏籤だよもう」 星の頭の上でぶつくさ呟く『悪魔の囁き』 「あんたがカナお姉ちゃんの事が好きだってのも、人間になって一緒に居たいってのも……改めて言葉にして誓えよ。語り続ければ奇跡は必ず起こる、そういう都市伝説そのものである『ファンタ・ゴールデンアップル』が言ってんだから間違いは無いさ」 あくまでノリノリで調子の良い星に、意識を失っている佳奈美を抱き寄せたまま、Hは疲労感たっぷりの溜息を吐いた 「お前の事を真面目に心配してた俺が馬鹿みたいじゃねぇか」 「俺の事を心配してたカナお姉ちゃんを心配してた、の間違いだろ?」 「うるせぇ……それよりもお前はこれからどうすんだ。全ての記憶と記録から消えたって言っても、そりゃあ表の話だ。俺程度の半端黒服にすら効いてないんだ、『組織』の連中に目ぇ付けられてるのは確実だぞ」 「さてね。あんたやカナお姉ちゃんに迷惑を掛けない程度に、俺なりになんとかやってくから大丈夫だよ」 そう言って星は二人に歩み寄ると、意識を失ったままの佳奈美の頬をそっと撫でて、その首に掛けられていた安っぽいネックレスを外してポケットにしまい込む 「ホワイトデーにあげたプレゼント。あんたの前で開けるなって言ってたやつ」 少しだけ ほんの少しだけ寂しそうに微笑むと 「それじゃ、またな」 「ああ、またな」 星は頭に乗せた小さな悪魔と共に、のんびりと歩み去って行き ――― 「や、また会ったな」 「早ぇよ!?」 目を覚ました佳奈美を家に送り届けた後、疲労感で一杯になりながら『組織』へ戻ったHを出迎えたのは、先程しんみりとした空気で別れた星だった 「何でお前がここにいるんだよ!?」 「いやほら、『組織』に目を付けられてるのは確実だってあんたが言ってたろ。いやマジでその通りでさ。なんか人手が足りないって勧誘された」 「誰だよこんなの勧誘した馬鹿は!?」 その言葉に反応し、『組織』の中の誰かがくしゃみをしたが それが誰なのかはHが知る事は無いのであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2667.html
三面鏡の少女 51 夜闇に溶け込むような黒髪がざわりと蠢き、信じられない速度でその長さを伸ばしていく 見た目はただの髪の毛でしかないそれは、路上で暴れる鉈を持った男に絡みつくとその全身を覆い尽くし、ぎちぎちと締め上げる 「きっ……さ、ま……『組織』、の……この、髪……Hと、呼ば、れ、る……黒服……」 「違うわボケっ!」 怒号と共に締め上げる力が一気に増し、更には振り回されて地面に叩き付けられ、男は意識を失いぐったりと動かなくなった 「どいつもこいつも、あんなのと間違うとか! 性別も格好も違うでしょ!?」 しゅるしゅると髪の毛を縮めながら怒りに肩を震わせるのは、制服姿の女子高生 「菊花、携帯電話取ってー」 怒りで荒くなった呼吸を整えて、道端のスポーツバッグに向かって声を掛ける ちりちりと音を立ててファスナーが開くと、中から携帯電話を抱えた着物姿の日本人形がもぞもぞと這い出してきた てちてちと携帯電話を運んできた日本人形を抱き上げ、受け取った携帯で電話を掛ける 「もしもし繰です、目標確保しましたよ」 『髪の伸びる日本人形』の契約者である女子高生、宮定繰(みやさだ・くくる)の連絡を受け、その数分後 現場に現れた女黒服は、荷物でも梱包するかのようにてきぱきと気絶した男を拘束する 「お疲れ様。私に戦闘力が無いばかりに苦労を掛ける」 「適材適所ってやつでしょ。私としても戦ってた方が何かと実感があって良い感じだし……アレと間違えられるのだけは業腹だけど!」 携帯を弄りながら不貞腐れる繰に、女黒服は苦笑を向ける 「そうは言っても彼は有能だ。以前、不覚を取ったところを助けられたしな」 「私を助けてくれた時? その後? その辺の事、あんまり覚えてないんだけど」 「後ぐらいだな。君の一件が片付いて、その原因を追っていた時だ」 繰には記憶の欠落がある 中学三年の頃に家族で海外旅行に行ったらしいのだが、その事を丸ごと覚えていないのだ 家族の話によるとブティックで姿を消して、数日後にひょっこり戻ってきたらしい その後、とあるアンティークショップで出会った菊花と共に都市伝説との戦いを切り抜け、この女黒服の誘いで『組織』に身を置く事になった そして女黒服とは、出会いではなく再会である事を知らされる 海外で起きた人攫い都市伝説から繰を助けてくれたのは彼女で、恐怖の記憶を消す措置を行ったために事件も彼女の事も忘れていたらしい 「私、あいつ大っ嫌い! 女と見れば誰彼構わずセクハラ三昧、挙句に都市伝説が違うのに能力が被るとか!」 憤る繰を、抱き上げられた菊花がまあまあと宥める 「菊花がいてくれるから、あいつと能力が違うって理解してもらえるのよね……大丈夫よ、菊花の能力が被ってるのが悪いんじゃないの。あのセクハラ大魔王が全部悪いの。あいつ死ねばいいのに」 「『組織』の中ではかなり強いし頭も切れ、何より人脈がある。味方にすると頼もしい代わりにアレだが、敵には回さないようにな」 拘束した男を黒塗りの車に放り込み、一仕事終えた女黒服 ふと何かに気が付いたように繰の肩を掴む 「な、何? 仕事終わったし私は帰るよ?」 「左手、見せてみろ」 その言葉に、びくりと身を竦ませる繰 「気にするような事じゃないってば! ちょっと切られたけどすぐ血も止まったし痛くないし!」 「傷跡があっては家族に怪しまれるだろう」 ぐいと強引に引っ張り出された左手の甲に、血を拭った跡と深くはないが目立つ傷跡があった 「これぐらい誤魔化せるってば! っていうか黒服さんの治療は、その!」 「嫌悪感があるのは判るが、我慢してくれ」 「いや、そうじゃなくっ、ぅんっ!」 繰の左手を口元に引き寄せ、その傷にそっと舌を這わせる女黒服 温かく濡れた舌先が触れると、『唾でも付けておけば治る』という能力でその唾液で濡れた部分からゆっくりと傷跡が消えていく 「これで大丈夫、跡も残らない」 唾液で濡れた繰の手を、ウェットティッシュで丁寧に拭う女黒服 「……どうした?」 「何でもないっ!」 空いた右手で真っ赤になった顔を覆い、あらぬ方向を向いたまま声を荒げる繰 その足元では「何も見ていない」という自己主張でもするかのように、菊花が背中を丸めて座り込んでいた 他に負傷が無い事を確認した女黒服が車で走り去って行くのを確認し、繰は負傷前よりむしろ艶の出た左手を見詰め溜息を吐く 「あいつの能力っていうか舌遣いは充分セクハラよねぇ……自覚無いのかな」 ――― 「あ」 「ん?」 それからしばらく経ったある日、ばったりと道端で出会う繰と黒服H 「珍しいな、いつもはガン無視するくせに」 「あんたにはできたら一生関わりたくなかったわよ……ただ、私に仕事回してくる黒服、最近何の連絡も無いんだけどさ。何か知らないかなって」 「お前さんの担当……何て奴だ?」 「名前なんか知らないわよ。『組織』の黒服ってしか名乗られてないんだし」 「それだけで判るわけないだろ。せめて外見の特徴とか無いのか」 「黒い服と黒いサングラス、髪はセミロングの女の人」 「胸は?」 「そこそこ」 「となると、あいつか」 「そんだけの情報で判るとかあんた何者よ」 「そんな事はもっと細かい情報を寄越してから言え」 実際のところは『組織』の人員はおおよそ把握しているので知ってはいたのだが、敢えて誤魔化すために妙な遠回りをしていたりする 「雑用じみた探索任務中に消息を絶った、原因は目下調査中。上層部は死亡と判断してるはずだ」 「そう」 「淡白な反応だな」 「テンパってもあいつが戻ってくるわけじゃないし。担当居なくなっちゃった私はどうなるの?」 「そのうち別の担当が付いて、そいつから連絡が入ると思うぞ」 「ん、ありがと。用事が済んだらあんたの顔なんか見てたくないから。じゃあね」 「嫌われたもんだねぇ」 「うっさい女の敵。私の友達に手ぇ出したりしたらぶっ殺すからね」 「いやいや、お前の友達が誰とか判らんから。紹介してくれんのか?」 「んなわけないでしょ!? いい、この界隈の女子高生には決して近付かない事ね!」 やや呆れた様子の黒服Hに捨て台詞を残して、繰は駆け出していた ただ闇雲に走り続け、周りに人が居ない路地裏でぺたりと座り込み 「あ、もしもし、佳奈美? ちょっと急用でさ、買い物の約束……うん、ごめんね。この埋め合わせはまた今度……判ってるってばー、それじゃまたね」 明るい声で友達に電話を掛けた後 膝を抱えて顔を伏せ、誰にも知られないようにこっそりと 名も無い黒服のために泣く少女の繰の背中を、物言わぬ菊花がそっと撫でていた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3233.html
三面鏡の少女 70 その瞬間まで、彼女の精神と身体を支配していたのは恐怖だった 過去に植え付けられた絶望的状況の心的外傷は、無意識のうちにその原因である悪意ある都市伝説を倒す事に向けられていた だが、いざその心的外傷と全く同じものに襲われた時 かつて付けられた古傷を、全く同じ方法で抉られた時 刻み込まれた恐怖と絶望は明確に蘇り、積み重ねてきた克己心を嘲笑うかのように突き崩した 恐怖の中で思う事はただ一つ 誰か、助けて ただそれだけで 過去に彼女を助けてくれたあの黒服は、無残な動く骸となり果て 彼女自身がその手で止めを刺した もう誰も助けてくれる者は居ない そのはずだったのに 「繰ちゃんっ!!」 聞こえてきたその声に、繰の胸の内で何かが跳ね上がる 冷たい床の感触が離れ、身体を包み込む優しい温かさ 「せん……せ……」 「もう、大丈夫だよ」 目隠しと猿轡を外されて、頭を撫でてくれた 助かったのだという実感で心が満たされ安堵した、その瞬間 それまで恐怖と混乱で押さえ込まれていた感覚が、全身に染み込むように広がっていく 腕の、足の拘束を解かれ身体が自由になったものの、それ以上に熱に浮かされたように身体の自由が利かなかった これが普通の女性なら、身体の火照りを鎮めるべく即座に行動に移っていただろう だがこの宮定繰、性的興奮と性行為を関連付ける知識が欠如していた 発散される事無く内側でぐるぐると堂々巡りを繰り返す性的興奮は既に臨界点に達している 「ザン様……『ドリスの土』を」 水に溶くなどして服用する『ドリスの土』 小瓶に入ったそれを繰の口元まで運ぶものの、薄く開いているだけの口元を伝いぽたぽたと流れ落ちてしまう 「繰ちゃん、これを飲めば楽になるから。頑張って」 そう声を掛けても既に反応は鈍く、ぼんやりとした目で見詰め返すだけ このままでは彼女が『壊れ』てしまう そう悟ったディランは小瓶の中身を自らの口に含むと、繰に唇を重ねて呼吸の妨げにならないようにゆっくりと流し込む 口腔内の水分に反応し、繰の喉がこくりと動いた 「ん……」 焦点が合わずにぼんやりとしていた目に、生気が戻る そっと唇を離し、安堵の表情で胸を撫で下ろすディラン 「先生……」 繰は切なげな声を上げて、一度離れたディランの唇を追うように 背中へと手を回し、自ら飛び込むようにもう一度その唇を重ね合わせた 「あれ、治ってない?」 ディランが思わず取り落とした小瓶をザンが確認するが、それは間違いなく『ドリスの土』を溶かした水を入れた瓶である そもそもこれでディランが受けた女郎蜘蛛の毒を浄化したのだ、間違っているはずは無い というか繰の身体はすっかり元に戻っている 淫魔の気に中てられた折の性的興奮が呼び水になり、思春期なりの性的欲求不満が爆発しただけである 危機的状況の自分を助けてくれた親密な異性の口付けが、たった一つの性的欲求不満の捌け口と認識され、本能的に『もっと』と身体が反応してしまったのだ だが、当然ながら身体の状態は正常に戻り、愛欲に溺れたいという淫気は全力ダッシュで戻ってきた正気に勢いをつけたドロップキックで吹っ飛ばされる ぱちんとスイッチが入ったようにいつもの思考に戻った繰は、唇を重ね合ったまま心臓から脳天までがちりちりと熱されていく感覚に襲われた 先程までとは全く違う、首から上の穴という穴から湯気でも噴き出しそうな、そんな熱が繰の頭を茹らせる 乱暴に跳ね除けるわけにもいかずあたふたとしているディラン どうしたものかと考えあぐねているザン 封印された硝子箱の中で目を覆い、後ろを向いて丸くなっている菊花 それらの姿を一通り確認した後 スイッチを入れるように正気を取り戻した繰は、ブレーカーが落ちるかのようにそのままかくんと気絶していた ――― ディラン達が『人が消えるブティック』の隠し部屋から出ると、その空間は砂の城が波に攫われるように消滅していく 「そういえば、この子も出してあげないとな」 ザンの操る闇が、菊花を閉じ込めている硝子箱の天蓋をぞるりと飲み込む はずだったのだが 「あれ?」 闇は硝子箱の表面を滑るように撫でるだけで、飲み込む事が出来なかった 「都市伝説が引き起こす事象そのものを受け付けない? そんな無茶な技術があるはずが」 硝子箱の表面を軽く叩いてみるが、叩いているという感触すら無いほどに衝撃を吸収されているように感じる 硝子箱に貼り付けられているお札のようなものに触れようとするが、まるで映像でしかないかのように質感すら無く触れる事が出来ない 「うーん……とりあえずディランちゃんの部屋に行こう。その子も休ませないといけないし」 「そうですね。繰ちゃんの部屋に勝手に上がり込むわけにもいかないですし」 単にザンがディランの部屋に上がり込みたいだけでもあるのだが、実際にやらなければいけない事、考えなければいけない事は色々あるのだ 「申し訳ありません、色々とご迷惑をお掛けして」 「迷惑だなんて水臭い、俺とディランちゃんの仲じゃない」 一連のトラブルなど気にした様子も無く、和やかな様子のザン 空気が読めないのもたまには気遣いになる事もあるのだった ――― 《お掛けになった電話番号は、ただいま通話が出来ない状態になっております。番号をご確認の上――》 スピーカーから流れる音声に、その場に居た一同には「やはり」といった空気が満ち満ちていた 「あ、やられたなこりゃ。だからあの町はやめとけって言ったのに」 「まーベテランがたまーに潜り込んで軽く攫っていく程度なら良いんですがね」 「新人は恐いもの知らずだにゃー」 「まあ契約者や都市伝説は高く売れますから」 「それでもあの町の連中、身内が攫われたら地の果てでも異空間でも追ってくるから性質が悪い」 「新人ニハ荷ガ重カタネ。攫ッテ隠シテ処分スルマデガ誘拐ヨ」 「流した先が見つかるならともかく、攫った事が突き止められるようではやはり三流という事ですか」 「はいはーい、皆はこういう事の無いようにねー。縦横の繋がりとか助け合いとか義理とか人情とか、僕らの組織にゃ無いからねー。自己責任だよー」 「そういやあの町の『チェーンメール』っぽいのが、なんか俺らの事探ってるけど放っておいていいの?」 「ああ、なんか僕らとは関係無い事件みたいだし放っておいたら? 気になるなら攫って売っても良いけど」 「電子戦専門の連中は、なんとかってゲームに夢中みたいだし無理じゃないですか?」 「それじゃま気にするだけ無駄だね、放置放置。それじゃま今日はこんなとこで。お疲れ様ー」 「ういす、お疲れー」 「お疲れ様でした」 「おつかれさまにゃー」 「ではまたいずれ」 「再見ネ」 各々が勝手気ままにその場から一人、また一人と文字通りの意味で姿を消す 残された会議室はしんと静まり返っており 「あれ、今この部屋誰か使ってなかった?」 「んな予定入ってないけど? それより早く準備しないと会議始まるぞ」 そのビルの会議室の、本来の持ち主である会社の社員達が、慌ただしく資料を運び込み椅子や机を整えていく 人攫い達の会合の痕跡を無くすかのように 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1740.html
三面鏡の少女 21 「面倒な事が色々起きてるから、しばらくは外を出歩かない方がいい」 自分の担当である黒服Hから、電話でそんな一報を受けてからというもの外出を控えているのだが 「……ひまー」 枕を抱いて顔を埋め、ぱたぱたと足を振り回す 合わせ鏡に自分の死に顔が見える――そんな能力は今のところ一度を除いて暇潰し以外には役に立っていない 「鏡にまつわる都市伝説とか増やせないかなー。でも契約する都市伝説を増やすと危ないってHさんも言ってたしなー」 都市伝説との契約とは、都市伝説との同調 強弱の差はあれど、契約を結べば『そちら側』に引っ張られる事になる 人に非ず力を有すれば、それは人でなくなるという事なのだ だが、人は力に惹かれる 力の高みに憧れる者 力を奮う事に酔う者 力が足りぬ事を嘆く者 形は様々でも目的は同じ――力を欲するという事 「うーん、Hさんは忙しそうだし……ていうか組織の人達は皆忙しそうだしなー」 都市伝説について相談できそうな相手はなかなかいない ほとんどの大人は「深入りするな」といった意味合いの事しか返してこないのだ 「やっぱり自力で調べなきゃなー……図書館行こっと」 この町の図書館は、町の歴史、伝奇、都市伝説、怪談等々そういった資料に事欠かない 司書らしい大人の魅力満載のお姉さん(年齢不詳)が趣味で蔵書を増やしているらしいが、やはり土地柄というのもあるのだろうか 「おかーさーん、図書館行ってくるー」 「帰りにどっか適当なとこでお醤油買ってきてー」 「はーい」 キッチンにいた母との何気ないやり取りの後、先日新調したコートに袖を通し寒空の下を駆け出して行った ――― 「お姉ちゃん、今日も図書館?」 いつも通る公園の前で、いつも出会う少年と出会う 寒空の下だという事も気にせずに、手にした缶ジュースをくいと傾けている 「ん、調べものをしてるの。色々大変なんだからねー」 「へぇ、それじゃ俺も手伝ってあげようか?」 その言葉に、少女はうぐと言葉に詰まる 彼女はこの少年が都市伝説契約者だと知らない 当然ながら巻き込むわけにはいかない、そんな考えをしたのだが 「あー、なるほど。みんなこんな気分だったのか」 戦いを繰り広げている者達から見れば、少女はまだ深みに嵌っていない引き返せる場所にいる存在 自分達と同じ場所――もう戻る事のできないところまでは来させたくないのだと 「なんだよお姉ちゃん、変な顔して」 「変な顔とか言わない、お姉さんは難しい事を考えてるの」 「俺だって難しい事ぐらい考えれるぜ? いつだってお姉ちゃんの相談にぐらい乗ってやるから!」 そう笑顔で少年が告げた瞬間、その表情が強張る 「ん、どしたの?」 「お姉ちゃん、後ろっ!」 「へ……うきゃあ!?」 いつの間に近付いて来たのだろうか、目付きの虚ろな男が数人、少女の背後に集まってきていた その手がすぐに少女の身体を捕まえてしまう 「誰っ!? 何っ!? ちょ、痛い痛いっ!?」 腕や肩に食い込む指の力から、尋常ではない存在だという事しか判らない コーク・ロアに支配された人間が増えているという話は都市伝説組織には広まっているが、いつもの事ながら少女の耳には届いていない 「お前ら、お姉ちゃんを放せっ!」 少年が怒鳴りながら、少女を捕らえる男の一人に蹴りを入れる 「ダメだってば! 逃げ……いや、人を呼んできて! あたしはまだ大丈夫だから、早く!」 「お姉ちゃんに何かあったらどうすんだ! お前ら……『放せ』っ!!!」 その言葉に、ほんの僅かにだが男達の力が緩む だが拘束を解くほどには至らない 「『放せ』って言ってんだろっ! 『お姉ちゃんを放してどっか行け』!」 ぐ、と男達の身体が僅かに揺らぐ だがそこまででしかない 「畜生っ……誰か! 『誰か助けて』くれよ! 『誰かお姉ちゃんを助けて』よ!」 涙混じりに大声を上げた、その瞬間 「オーライ、任せときや少年」 そんな声と共に現れた女が木刀を抜き放ち、ありえない間合いから男の一人の顎を打ち抜き、その男はそのまま白目を剥いて地面に倒れ込んだ なんとか逃れようとしていた少女は、一人の拘束が緩んだところでバランスを崩してよろめき それと同時に既に上空に跳んでいた女は、落下の勢いを加えた一撃で一人を叩き伏せ、着地の屈み込んだ姿勢から跳ね上がるようにもう一人の鳩尾に切っ先を捻り込む 「こないだウチらの仲間襲った連中の一味かいな。んー、マッドはんの話だと操られとんのやっけ? まあええわ」 背後から襲い掛かろうとした残る一人を振り向く勢いを加えた一撃で打ち倒し、木刀を鞘代わりのバットケースに放り込む 「一撃はんの話やとこいつらの処理は組織の黒服が動いてるそうやしなぁ……マリの餌にするにしてもマッドはんのガス吸わせるにしても手が足りんか」 ぽかんと自分を見上げている少年と少女の視線に気付き、似非関西弁女は作り笑いを浮かべ 「あー、こないな連中が最近増えててなー。ウチらも色々困って退治して回ってるねん」 退治して回っているというのは嘘だが、困っているというのは事実だ 都市伝説組織の連中が自分達の起こしている騒動以上に動き出しており、少々騒ぎになればすぐに誰かしらが駆けつけてくるからだ 更には警戒した人々は外出を控えたり集団で行動したりと攫うのも難しくなってきている 「そいじゃま、適当に警察とかに通報してこの場を離れておいた方がええで。できればウチの事は内緒でな?」 そう言うとあっという間に駆け出していなくなってしまう似非関西弁女 残されたのは呆然と地面に座り込む少女と、気を失って倒れている数人の男、そして 「……かっけえ」 圧倒的な戦いを目の当たりにして、目を輝かせている少年の姿だった ――― 「んー、少なくともうちの人間じゃないなそりゃ」 僅かに遅れてやってきた黒服Hは、倒れている連中を目立たない場所に片付けながら訝しげに首を捻る 警察を呼ばなければいけないからと、少年は無理矢理家に帰してある 実際に来るのは組織の回収班なのだが ちなみに『うち』は『組織』と『薔薇十字団』両方の意味である 「仲間を襲ったっつってたな? そういやあの男と小動物っぽく震えてた女の子……」 「Hさん、伸びてる伸びてる」 「ん? ああすまんすまん」 「それにしても、マッドガッサーだっけ。あれの他にコーク・ロア? また色々大変になってきたね」 「まあな……とりあえず事件が収まるまで気をつけろよ。夢の国や鮫島の時と違って、派手なドンパチにならない分、こっちも派手には動けないしな」 「うん、気をつける……んー? マッドガッサー? マッド……ガス……」 ふと自分を助けてくれた女の独り言を思い出すが 「無理に首突っ込もうとすんな、鮫島の時みたいに本当に必要な時がまた来るかもしれん。失うわけにゃいかん力なんだからな」 わしわしと頭を撫でられて、なんとなく幸せな気分に浸ったのも束の間 「もし不幸な事があったら、今までストックしたエロい思い出に浸るのが申し訳なくなるしな」 「それが不幸の一つだって気付いてー!?」 「ん~? 聞こえんなぁ~」 わさわさと伸びる髪の毛を糠に釘を打つかのようにぽすぽす叩く少女であった ――― 「んー、あの子ぐらいなら攫っとけたかなぁ。つるぺたすとーんな感じやったけど……まあ今の爆やんでもストライクゾーンみたいやし、案外ちまい子の方がええんかなぁ」 現場から離れ自動販売機でスポーツドリンクを買いながら、一人ぶつぶつと呟いている似非関西弁女 「さてと、ホンマどうしたもんかなー。一旦身を隠した方がええと思うんやけど……どーも一撃はんが拘りがあるみたいやしなぁ。そうなるとマッドはんも止めへんやろし」 ぐーっとスポーツドリンクを飲み干し、空き缶を空中に放り投げ 軽快な音を立てて勢い良く弾き飛ばされた空き缶は、ゴミ箱に吸い込まれるように飛んでいく 抜いた瞬間すら見せずに既にバットケースに差し込まれた木刀から手を離し、似非関西弁女は歩き出す 「ま、ウチが考えてても仕方ないわ。決めんのはマッドはんやしな……それでヤバい事なったら、そん時や」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3630.html
三面鏡の少女 79 ディランを助けてくれた男は、なにやらキッチンに引っ込むと何処かへ連絡を取っているようだった 声は小さいが真面目な雰囲気であるのは伝わってくるし、盗み聞きをする趣味は無いので大人しくディランが横たわるベッドの傍らに座り込む 繰り返し、繰り返し謝罪の言葉を漏らし続けるディランの姿に、まるで自分が責められているかのような不安すら覚える かつて佳奈美に対して行ってきた数々の悪行 二人の友人と結託し、クラスメイトを様々な方法で黙らせ、巻き込み、彼女を廃人寸前まで追い詰めた 幸いにして繰は許された 自ら謝罪をし、佳奈美がそれを受け入れてくれた事で だが佳奈美と向かい合う事を恐れ逃げ回った友人は、一人は心臓発作で死に、一人は未だに病院から出てきていない 果たして自分は、彼女達のような『罰』を避けうるほどの謝罪をしたのだろうか 親友の優しさに甘えているだけで、本当は反省など何一つしていないのではないのだろうか そんな不安が胸中で渦巻くが 一転してこの気弱で人の良過ぎる教師が、これほどまでに悔いるほどの悪行をするものなのだろうかと疑問に思う 勘違いか、冤罪か、そんなものではないのだろうかと そして、例えそうでなくとも 本当に罪を犯していたとしても これほどまでに悔い、謝罪を続け、他の誰かのために身を尽くす彼を、苦しめ裁く必要が何処にあるのだろうか 不安はベクトルを変え、彼をここまで追い詰める者への理不尽な怒りへと変貌する 「あのガキ……また襲ってくるようだったら、次は」 容赦せず、殺す そう呟きが漏れかけた、その時 ベッドの上のディランの手が、繰の手に触れる まるで赤子が触れるものを探すように、弱々しい力で 触れた繰の手を、その指を、遠慮がちにきゅっと握る 途端に殺意も思考も湯気となって頭の天辺からぼしゅうと抜けていった 「せ、せんせ……?」 少しだけ、ほんの少しだけ 苦悶に喘ぐその表情が和らいだような、気がした その様子に、繰は怖々と両手でディランの手を包み込み、そっと握る 「英語の勉強もまだ途中だし、今まで教えてもらった分のお礼とかしてないんだからね……途中で放り出したりは絶対にさせないんだから」 ――― ヘンリーが連絡を済ませたところを見計らったように、玄関の扉がそっと開かれる ひょいと顔を覗かせたのは、犬耳のメイドが一人 「まったく、この町は本当に厄介事には事欠かないな」 ぶつぶつと呟きながら、足音を立てずに勝手に部屋に上がり込むパスカル 「ヘンリー、用事は済んだろ。これからお前はどうするん……?」 室内の様子は既に設置した『耳』で把握している ベッドには少しだけ落ち着いた様子で眠るディランと、その傍らで手を握りベッドの縁に突っ伏した繰の姿 内情を知らなければ微笑ましい光景に、邪魔者は退散と言わんばかりにヘンリーを連れてさっさと帰りたくなったのだが 視線は、部屋の中にある数少ない調度品である写真立てに釘付けになっていた 「どうした、乙女?」 「乙女言うな」 パスカルは顔を顰め、どかりとその場に腰を下ろすと携帯端末を一心不乱に叩き始める 「俺程度の下っ端がアクセスできる情報でどこまで判るのやら」 視線は端末に向けたまま、パスカルはヘンリーに手招きする 「情報の擦り合せがしたい。知ってる、言える範囲で良いから俺の質問に答えてくれ」 「膝枕、してもいいか?」 「好きなだけしていい、だから早いとこ情報を確認するぞ」 パスカルは後に、この時の台詞を後悔したという 好きなだけという時間は、状況の進展により活動を余儀なくされるまで続いたのであった ――― 「くしっ」 小さく可愛いくしゃみ 布団に押し込まれたニーナは、腋に挟んでいた体温計を抜き取って星に渡す 「こないだ濡れたり、寒い中で倒れてたりしたからだろ。風邪だ風邪」 体温計を確認した星は、そう言ってニーナの頭にタオルと氷嚢を乗せる 温かい室温と布団で火照った身体に、布越しにひんやりとした感触が気持ち良い 「本当に風邪デスか? 別にそんなに体調が悪いようには」 「くしゃみしてたろ。それに『体温計見たら38度って表示されてる』ぞ? 自覚は無くても熱はあるんだろ、ほら寝た寝た」 星がニーナに見せた体温計の液晶は、確かに38度と表示されていた だがそれは星がそう言うまでは、36度5分という至って健康的な体温を表示していたのだ 「でも……ずっと探していた、あいつを。やっと見つける事ができたのに」 「事情は知らないけど、風邪引いて何するつもりだよ。何かしたいならちゃんと万全の状態になってからにしろって」 「むう……」 「治ったら、また探すのを俺も手伝ってやるから。今は大人しく寝ておけよ」 そう言って星は、ニーナの部屋の戸をぱたんと閉める 「さて、今のうちだな」 星は小さく咳払いをすると、精神を集中させる 「本気でやるのは久し振りだな……まずは」 全身に黄金色の輝きと甘い林檎の香りを纏い、星は高らかに宣言する 「『俺、手塚星はいかなる時でもニーナ・サプスフォードに危機が迫れば即座に全身全霊を以って守護をする』」 その言葉を承認するかのように、黄金色の輝きは力を増す 「『ニーナ・サプスフォードの為に、真に倒すべき相手を俺は見分ける事ができる』」 星は、ニーナが何をしようとしているのか、過去に何があったのかなどは知ろうとしない 彼女が話す必要がないのなら、話したくないのなら、知る必要はないと思っている だから、出来る範囲での最良を選択する それをニーナが受け入れるかどうかは、彼女自身が決める 「カナお姉ちゃん以外にこんなにマジになるのって、初めてだな」 想い人の為に捨てた家族との絆 両親が仕事で忙しいために我慢してきた、家族との団欒 それを一時でも与えてくれた少女を守りたい 「妹がいたら、こんな風に守りたくなるのかもな」 かつて守護を誓った年上の少女の時とは違う 奪うためにではなく、守るために力を奮う 「そういや、あの髪が伸びる女……どっかで見たな。誰だっけ?」 佳奈美の親友である繰の存在は多少なりとも見知っていたが、ぶっちゃけ眼中に無かったため印象が薄かった 『組織』の内部事情にも興味が無かった為、同じ『組織』に所属しているなどという事情も全く知らない 「あ、そういや『組織』の方って今どうなってんだろ。ニーナの事ばれたらやばいかなと思って報告とか全然してなかったっけ」 せめて直属の上司ぐらいには報告でもしておこうかと電話を掛ける星 『組織』の黒服にありがちな適当、雑、無責任、自己中といった行動を少々反省したわけではなく、ニーナを守っているという事実だけを伝え敵味方をはっきりさせておこうという魂胆であった 彼女を害するような意図が見えれば、対峙しても容赦無く叩きのめせる そうでなければ味方として協力を取り付けられる 後者の場合、今までのサボりを咎められる可能性は高いが、味方が増えずとも敵にならないのが確認できれば充分である 実年齢が小学生の割には随分な思考と性格ではあるが、この町の子供なんて大体こんなもの 下手をすれば大人などよりよっぽど円熟した性質の悪さを発揮するのであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2456.html
三面鏡の少女 43 『……それじゃあ、間に合わねぇんだよ』 黒服の男にそう言われた事を、手塚星は嫌というほど理解している 以前、コークロアに支配された人間に襲われた時に、その無力さは痛感させられている あの時は通りすがりの女性に助けられたお陰で助かったものの、その場に誰も来なかったらどうなっていたか 「好き勝手言いやがって……俺だって好きで遅く生まれたわけじゃないのに」 《そうだよなぁ、どうしようもない事をぐちぐちとうるせぇよなぁ? 嫉妬してんじゃねぇっての》 その声は聞こえてはいない、意識してはいない、だが確実に心を蝕んでいる 『お前さんも都市伝説契約者のようだが。攻撃的な能力でもないんだろ、それは? 彼女を護れるのか、お前は』 「俺の都市伝説を舐めるなよ……俺は、あんたなんかよりずっと強いんだ」 ずくん、と 星の内側で都市伝説の力が脈動する 《そうだ、お前の力は強いんだ。お前が抱えている都市伝説の力は強いんだ、確信し、言葉にし、それを現実のものとしろ》 「俺の持つ都市伝説能力は強い、強い、強い強い強い強い強い強い、最強だ」 彼の持つ『ファンタ・ゴールデンアップル』の『語られた言葉を現実にする』という力が その能力を強め、更に強まった能力がより大きな力を生み出す そして――たった今、憑いたばかり孵ったばかりの小さな囁きもまた、そこから溢れ出た力のおこぼれでより強力な存在へと変貌していく 「お姉ちゃんを守るのは俺だ、俺は誰よりも強くなるんだ」 《そうだとも、誰もお前の邪魔はできない。誰もお前の邪魔はさせない。お前が最強を語り続ける限り。さあそれを証明してやれ》 「ああ……強い人を倒し続けていけば、最強だって判るもんな。だから」 自分から歩むまでもなく、言葉にした力が全てを引き寄せる 「あの時助けてくれたお姉ちゃんより、俺は強い。今なら頼らなくてもカナお姉ちゃんを守ってみせる」 「お? いつぞやの少年やん、元気しとったかー?」 突然の再会に、にこやかな笑顔で手を振るのは、過去に佳奈美と星を助けた通りすがりの似非関西弁女、染桐葵 この再会が偶然だと思ったまま この少年が異常だと思わぬまま 「俺の攻撃は一撃必殺、俺の攻撃は速い、絶対に避けられない」 「――っ!?」 その姿が消えたように見えるほどの速度で、懐に飛び込んできた星の蹴り 咄嗟に木刀の入ったバットケースでそれを受け止めるも、皮製の頑丈なケースごと木刀を真っ二つに引き裂いた 「なんや、ウチが気に障る事でもしたんかいな?」 あくまで冷静に、真っ二つになったバットケースと木刀を投げ捨てる葵 「避けられないはずだったんだけど」 《ああ、避けてないだろ? 言葉は具体的にすればするほど効果は確実になる。長いとその分隙もできるから気をつけろ》 「事情も判らんままに子供は斬れんなぁ……マッドはんやったら穏便に大人しくさせられるんやろけど」 拳で居合の構えを取り、葵は地面を蹴る 「ちょいと記憶を失って、大人しくしてもらうで!」 「その攻撃は当たらない、一発も当たらない、俺は全部避けてしまう」 「冗談は口だけに、しときっ!」 勢いを増して死角から放たれる裏拳 星はその見もせずに潜り抜けるようにかわし 「この一撃は岩をも砕く、避けたり防いだりは絶対にできない」 いくら懐に潜り込まれたとはいえ、子供の拳 普通の人間ならそう油断するであろうところだが、彼女の身内には幼女の姿で人狼の力を揮う者もいる その経験が警戒心となり、思い切りのいい全力の逃げに走る事が出来た だが 「ぐっ、ぅ、あっ!?」 胴体は辛うじて避けたものの、右腕を僅かに掠めてしまう 「なんやその威力……ちゃんと当たっとらんのに……骨イってるやろコレ」 《威力と当てる事に集中して何処に当てるかまで気が回ってないだろう。きっちり脳天か心臓ぶち抜いてやれ》 「俺は強い強い強い強い……次の攻撃で止めを」 《常に一対一だと思うな、来るぞ》 「俺には」 唐突に視界を真っ白に覆い尽くされる 霞む視界の中に、ガスマスク姿の人影がちらりと見えた 「ガスは効かない」 相手を無力化する睡眠効果があるガスが漂う中、少年は声を発するために躊躇無くガスと共に大きく息を吸い 「次の一撃で、仲間もろとも叩き潰す」 視界を遮るガスをあっさりと突っ切ると、そこには腕を押さえた葵とガスマスクの男、マッドガッサー 《携帯電話だ、爆発するぞ》 進路を遮るようにばら撒かれた携帯電話が、一斉に着信音を掻き鳴らす 「携帯電話の爆発は、起こらない」 ただ着信音を鳴らすだけの携帯電話を蹴散らし 「そこまでだ、ガキが」 横薙ぎに叩き込まれた一撃が、星の腕の骨と肋骨をへし折り砕き、その小さな身体を吹っ飛ばして塀に叩きつけた 「マリ、やり過ぎ!」 「死んじゃいねぇ。ジャッカロープの乳で治るだろ」 スパニッシュフライの契約者の叱責に、悪びれた様子も無く応えるマリ 「仲間に怪我させたんだ、あいこだろ?」 「こんな怪我、すぐ治る。痛くない、治る治る治る治る、治ってお前を殴り倒す」 「あぁ? 何言ってやがるこいつ……!?」 塀に叩きつけられた星がそう語ると、すぐにその痛みも怪我も消えて、何事も無かったかのように立ち上がる 《待て、今のお前じゃ数の多い相手は辛い。逃げるぞ》 「こんな強さじゃ満足できない。全員倒す、俺はもっと強く強く強く強く強く」 《強くなる前にやられちまったら意味が無いだろ。今は逃げてもっと強くなれ。そうすれば俺も強くなって色々アドバイスしてやれる》 星は舌打ちし、自分を取り囲むマッドガッサー一味を睨み付ける 「俺がもっともっともっともっともっと強くなって、強い奴は全部全部全部全部倒すんだ。だから今は姿を消す。俺の姿は誰にも見えない、誰も俺を追う事は出来ない」 言うなりその姿が一瞬で掻き消える 「消えた!? マリ!」 「ダメだ、気配どころか匂いも姿を消した場所で途絶えてる。ガキが言ったままの通り追えそうにない」 鼻と耳をひくつかせているマリだったが、周囲から怪しい気配は何も感じ取れず舌打ちする 「仕方ない、追撃を警戒しながらこっちも退くぞ……葵、あいつは何者だ?」 マッドガッサーの問いに、葵は僅かに首を傾げる 「前に会った時は普通の子供やったんけどなぁ……『悪魔の囁き』が騒動起こしてるらしいし、憑かれてるんちゃうかな」 ――― 「負けない俺は強くなるどんどん強くなる誰にも負けない負けないこの町でこの世界で誰よりも強くなる」 ぶつぶつと呟きながら、その強さをどんどん膨らませ続けていく 《程々にしておけよ、呑まれちまったら意味がない。そろそろ使い方に習熟していった方がいいだろうさ。そこいらの雑魚を狩りながら慣れていこうや》 「倒す倒す倒す都市伝説を倒す俺はこの力を使いこなして」 その身長が、僅かに伸びている 身体つきが逞しくなっている 顔つきが大人びている 歩きながら目に見える速度でその身体は成長し、服もまたそれに合わせて姿形を変えていく 「カナお姉ちゃんは、俺が守るんだ」 手塚星という少年の捜索願が警察に届けられたのは、その日の夜の事だった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1874.html
三面鏡の少女 31 「ねえ、知っている?」 あいつは親しげにそう話し掛けてきた あいつは一体誰だったのか 友達だと話を聞いていた時は思っていた だけど私はあいつを知らない 誰だかわからない友達 「『八尺様』っていうお話なんだけど」 あいつはどんな顔をしていたっけ あいつはどんな声をしていたっけ あいつの名前はなんだっけ あいつの席はどこだっけ 「『八尺様』に魅入られた人はね、取り殺されてしまうの」 クラスのどこにもあいつはいない 携帯を確認してもあいつの名前も番号もアドレスも出てこない 「あなたは『八尺様』に出会わないように気をつけてね」 この話は何時聞いたのだろうか 『八尺様』の話がこの身に降りかかってきたのは何時からだっただろうか 神社で買ってきてもらった御札とお守りで 夜は部屋に篭る事で逃げ切ってきた 受験も上手くいってこの町から離れる事も出来る お守りだってずっと身に付けて 『八尺様』は追いかけてくるけど この町から出てしまえば逃げ切れるかもしれない お守りをしっかりと握って目を合わせないように下を―― 「ねえ」 その声は確かにあいつの声だった 思わず顔を上げてそちらを見ると 確かにあいつはそこにいた 帽子の女の向こうに 『八尺様』の向こうに その顔も その声も 知っているはずなのにわからなくて ただ車の窓にべたりと張り付いて視界を遮った『八尺様』の手が ガラスをすり抜けて私に 「帽子の女が」 運転してる父に助けを求めようと伸ばした手から力が抜ける 握り締めていたお守りが足元に落ちて 黒ずみぐずぐずと腐り落ちて塵も残さず消え果て ――― 「ねえ、知ってる?」 その友達は親しげに話し掛けてくる 「『くねくね』っていうお話なんだけど」 楽しそうに 楽しそうに 本当に楽しそうに話すその友達に導かれ 気が付いた時には『それ』を目にしていた 最初は『それ』が何なのか判らなかった だけどそれを友達は懇切丁寧に説明してくれて 私はそれを理解してしまって ――― 「見つけたぞ」 黒いスーツにサングラスの女が語りかける 振り向いたそれは、親しい友達の一人 そんな友人などいないはずなのにそう認識してしまう 顔も名前も姿も性別も何もかもがわからない存在だが、ただ『友達』として強烈に存在する者に 「『友達』の一人だな? 既に二人、女子中学生を殺したそうだな。お前に狙われていたもう一人はギリギリで保護する事ができたが」 その言葉に『友達』はくすくすと笑う 「私は一人だけ。私はたくさんいる。私は何処にでもいる。私は何処にもいない」 黒服の視界から『友達』が消え 「ねえ、知ってる?」 耳元で囁かれる『友達』の声 即座に身を翻し声のした方に銃を向けるが、そこには誰もいない 「『足売りばあさん』ってお話なんだけど」 「っ!?」 またすぐ耳元で聞こえる『友達』の声 それとほぼ同時に、黒服の右足に老婆が絡みつく 「足いらんかえ?」 いると答えれば余計な足を付けられ、いらないと答えれば足をもぎ取られる 黒服は返答をせずに老婆に銃口を向けて躊躇無く引き金を 「ねえ、知ってる?」 楽しそうに とても楽しそうに 「『足取り美奈子』ってお話なんだけど」 その言葉と同時に、今度は左足に女が絡みつく 「足なんていらないでしょう?」 「ぐっ、う!?」 それぞれが足をもぎ取ろうとその手に力を込められる ズボンが引き裂かれ太股に指が食い込み血が噴き出す みちみちと嫌な音を立てて引き裂かれる太股の肉 「離れ、ろっ!」 痛みを堪え『足売りばあさん』に数発の銃弾を叩き込む 老婆の拘束が僅かに緩み、振り解こうとした瞬間 「ねえ、知ってる?」 楽しそうに とても楽しそうに 語りかけた瞬間に、黒服の心に湧き出た恐怖を味わうように 「『ルベルグンジ』ってお話なんだけど」 「がぁっ!?」 黒服の両手に、杭で打ち抜かれたような穴が開く 痛み以上に指を動かす事もまともに出来ず、拳銃がアスファルトの上にがしゃりと落ちた 一度離れかけた老婆もまた、血塗れ穴だらけのままでその手に力を込めてくる 「く、そ……駄目……か……」 ごきりと関節が断末魔の悲鳴を上げる 激痛が脳髄を駆け巡り、絶望が意識を支配し ぶちりと切断された女の足が宙を舞いどちゃりと地面に叩き付けられた 「ひぃぅあがぁっ!!!!!!」 悲鳴を上げてのた打ち回る『足取り美奈子』 「おう、危なかったな」 「……何でお前がここにいる」 「サボりでコンビニ行く途中にお前さんがやられてるのが見えてな」 風を切って舞い絡みついた髪の毛に引き裂かれ、血煙を撒き散らし塵となり消える二つの都市伝説 悠長な足取りで現れた黒服Hは周囲をぐるりと見回す 「折角の生足が千切れる寸前の血塗れってのが萎えるな」 暢気な調子の黒服Hを、注意を促すように睨みつける 「気をつけろ……私が追っていたのは『友達』だ」 「アレか、『この話は友達から聞いたんだけど』……で始まる常套句。何処まで遡っても辿り着けない最初の『友達』」 「ああ……都市伝説に関わる事件が格段に増えた原因の一つだ。奴の『話』は聞いた者と都市伝説を引き合わせる」 「……ていうか、もう居なくね?」 「奴はこう言っていた。何処にでもいるし、何処にもいないと。いきなり姿を消したかと思えば私の背後から声だけを聞かせたりしてきた」 「なるほどな」 にやりと笑う黒服H 「ねえ、知ってる?」 その耳元で囁かれる『友達』の声 それに呼応して黒服Hは一欠片の迷いも無く叫んだ 「知るか! 俺に友達なんざ一人もいねぇ!」 ……………… 夜闇の静けさに何処か遠くから車の走る音だけが響く 「あいつが友達という存在の隙間に紛れ込んで接触してくるなら、それを全否定してやりゃ問題無いわけだ。まあ追っ払う程度だが今は仕方ないだろ」 「……その、何だ。何と言って良いのかわからんが……本当にぼっちなのか?」 「遠慮してるようでなかなか容赦無いなお前さん」 黒服Hはにやりと笑う 「今んとこ利用するかされるか以上の間柄は無いな、俺には」 「難儀な性分だな」 「黒服稼業なんかやってたら、その方が気楽だぜ? さて、お前さん歩けるか」 「多少時間は掛かるがなんとかなる。千切れてさえいなければ『唾でもつけておけば治る』からな」 そう言って黒服が、まだ血が流れる穴の開いた手のひらに舌先を這わせると、ゆっくりとだが確実に傷が塞がり始める 「お前さんの能力はそんなんだったのか。初めて知ったわ」 「回復役にされてはたまらんし、実戦で使えるほど充分な回復力があるわけじゃないからな」 「ふむ……足はどうするんだ、そっちも重症だろう?」 「別に指で唾をつけれない事もない。多少時間は掛かるだろうがな」 「お前さんの唾液ならば間接的に付けても問題ないわけだな?」 「時間を置いては効果が無いが、とりあえずはそういう事だ……って、何をする気だ? こら、ちょ、怪我人相手に……」 ざわざわと伸びる髪を前にして、黒服の顔にありありと不安の色が浮かび 「大丈夫だ、痛いのは最初だけだから」 「お前の言い回しが不安を煽るんだ! というか本当に何を、こら、ん、ふぐっ!?」 「念のため言っておくが、伸ばした髪に唾液を含ませて患部に塗ってるだけだからな?」 「ぷは……だ、誰に説明してる!? というか違うところを触るなっ!」 「んん~? 間違ったかな?」 ――― 「ねえ知ってる?」 楽しそうに 楽しそうに 『友達』の話は紡がれる 誰かが伝えた何かをこの世に具現化するために この町を都市伝説で溢れさせるために 「『都市伝説と戦う為に都市伝説と契約した能力者達……』っていうお話なんだけど」 ※ 黒服(女) ナンバリングされてない使い捨て雑魚黒服の一人 多分どっかであっさり死んでる 『唾でも付けておけば治る』という都市伝説能力を持つ 応用として『こめかみに唾をつければ足の痺れが取れる』とか『眉に唾を付ければ狸や狐に化かされない』といった事も可能 女にしたのは男の唾液なんかで治療とか神が赦しても自分が赦したくなかったから 『友達』 友達から聞いた話という始まり文句の『友達』 誰からも友達と認識され、何処にでもいて何処にもいない存在 語る事で都市伝説を呼び寄せ、語りかけた対象に引き合わせる能力を持つ 都市伝説の名前を囁くだけで呼び寄せたり、経過や返答などをすっ飛ばして結果だけを与える事も出来る悪役チート 気まぐれであちこちを動き回っているので意図的に誰かに接触したりする事は無い 友達がいない人の周り、友達がいるには余りにも不自然な場所には現れる事は出来ないため 友達がいない人間がその事を宣言する 友達が存在するはずのない空間(密室、上空や密林や深海、結界の中、異空間など)に逃げ込む といった方法で一時的に接触を絶つ事が可能 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4584.html
三面鏡の少女 87 「おかーさーん、百華ちゃんが泣いてるー」 「おむつ確認してあげてー。そうでなかったらお腹空いてるんだと思うからちょっと待ってねー」 「うわ、いっぱいしてたー!」 「佳奈美、替えてあげれるー? 無理そうならお母さんがやるから、転げ回らないように見ててねー」 「はーぃ……にゃー!?」 「あらあら、そんな調子じゃダメよ、佳奈美。あなたもすぐにお母さんになるんだから」 「まだだよ!? 宏也さんとは卒業するまでそういう事しないんだからね!?」 「それじゃあ3月に卒業式で、新年には初孫ね♪」 「それ早いよ!? 色々早いよおかーさん!?」 「あら、宏也くんもずっと我慢させたままなんでしょう? だったらすぐよ、きっと」 「生々しいよおかーさん!? それより百華ちゃんのおむつー!」 「しょうがないわねー、ここはお母さんに任せて。あなたは手を洗っていらっしゃい」 「うにゃー……」 どたばたと慌ただしい逢瀬家の2011年10月28日は、ただただ平々凡々に過ぎていく その裏で 破壊と殺戮のために 人型をした獣の群れが町を駆け回る 統制も秩序も無いその動きは、人類を、文明を蹂躙し全てを滅ぼそうとするもの だが、この一角だけは 間違いなく意思か目的を感じさせるように、獣の群れは殺意と破壊衝動を一点に向けていた 逢瀬佳奈美という少女、ただ一人に ――― 「ここから先は通行止めだ! 一歩たりとも進むんじゃない!」 黄金色に輝く光の壁に捕らわれて、まともに動く事もできず唸り声を上げるジャガー人間の一団 だが塀を、屋根を、仲間の背を踏み台に、数と速さを武器に駆け回る相手には、言葉を使い一手遅くなる星の能力は分が悪かった 突破を目的としていたかのような集団の中から、鋭い爪をぎらつかせた一体が星の背中目掛けて飛び掛った が、その身体がアスファルトを突き破り生えてきた樹木の枝に絡め取られ、あっという間に拘束される 「油断してはいけません!」 「悪ぃ、助かった」 見れば、既に数匹のジャガー人間が樹木に取り込まれており、その姿はさながらバイオベースといった有様だ とん、と星の背中に背中を合わせ ニーナは首から下げた十字架に祈りを捧げる 「主よ、大切な人を守る力を。私だけではない、万人の大切な人を守る力を、どうか」 磔刑の十字架の材料となった事を嘆き悲しみ、細く折れ曲がった幹となったドッグウッドの木 本来のその姿は大きく、そして強固であった 「はは、こりゃ後始末が大変そうだ」 「後の事より、今の事デス!」 「確かにそりゃそうだ!」 そう言って星は、ドッグウッドの幹にそっと手を触れる 「ニーナの祈りを、より強く、より確かなものに!」 「聖人が咎を引き受け守りたもうた子羊を、今一度守りたまえ!」 優しい黄金色の輝きに満ちたドッグウッドの木は、幹を伸ばし枝葉を伸ばし、星の力を広く遠くへと伝えていく ドッグウッドの木が押さえ付けていたかのように、黄金色の光がジャガー人間に絡みつきその動きを止め 異文化の、異教の存在であるにも関らず、浄化されるように黄金色の光と同化して天に昇り散り消える 「真っ直ぐな心ってのは本当に強いな。俺も見習わなきゃ」 そう呟いた星の姿は、普段より僅かに幼く見えた 内包した力を消費し続け、本来の小学生である姿に戻り始めているのである ――― 一抱えほどもある、糸をねじり合わせて作ったような巨大な拳 繰の髪の毛による一撃は、ジャガー人間の顔面を容易にひしゃげさせ、アスファルトに叩きつけて粉砕した 伸ばし、捻り、織り合わせ、更に伸ばし、いくつもの巨大な拳を振るう繰 「後ろにまだ控えがいるとはいえ……一匹たりとも逃がすつもりは無いんだから!」 髪の毛の拳で地面を打ち、電柱を掴み、屋根を駆け、迫り来る獣の群れを次々と捻り潰していく それでも数と速度で攻め立てられ、その目的が繰ではなくその場の突破である以上、どうしても討ち漏らしが多くなる 苛立ちと焦りが募る中、パーカーのフードに収まっていた菊花がぺしぺしと首筋を叩く 即座に身を捻る繰だが、既に眼前まで迫っていた鋭い爪が、繰の髪の生え際を掠めて斬り裂いた 本体から切り離され、力を失い元の長さに戻った髪が、風に吹かれてはらりと宙を舞う 「あっぶな……脳天抉りにきたわね、このクソ猫」 ばっさりと切り落とされた髪を撫でながら、繰はぎりと歯を食い縛る 髪自体は僅かにでも残っていれば自由に伸ばせるので、戦闘には問題は無い ただ、突破を目的としながらも時折こうして仕掛けてくる相手がいるという現実は、繰の攻め手をどうしても鈍らせる 「ったく……前の担当もそうだったけど、怪我をして心配される相手がいると……どうもね」 脳裏に浮かぶのは、いつも不安そうにあたふたとしているディランの顔 「こんな事してるのを知ったら、佳奈美なんか泣きそうよね。まあ教えないけど」 髪を切り飛ばし一撃離脱で逃れようとしたジャガー人間を、即座に髪の腕を伸ばして掴み、絞る ぶちぶち、ごきりと千切れ砕ける音が、髪の毛越しに頭骨に響く 「なるたけ数を減らすから、あとは一匹たりとも討ち損じるんじゃないわよ」 ――― 「まあ、数が少なければ心配無用ではありますが」 逢瀬家の屋根の上に座り込み、蒼白く燃え盛る鬼火に囲まれたA-No.18782が不安げに唸る 「あれ全部来たら、沈む仲間を踏み台にして無理矢理突破されちゃいますねぇ……くわばらくわばら」 A-No.18782の『ウィル・オー・ウィスプ』は、鬼火を見てそちらへと進むものを沼化した地面に沈ませる 逢瀬家の屋根の丁度真ん中で能力を発動させた現状、逢瀬家に向かうジャガー人間は必然的にそれを視界に捉え沼に沈んでいく事となる 「まさか実戦で、最終防衛ラインに使われるとは……私、保身のため以外に使うつもりゼロだったんですけどね」 町のあちこちで戦闘に駆り出されている黒服達がいる手前 何故か標的にされた少女、それも『組織』所属の契約者がいる以上、防衛に適した能力を揮わないわけにはいかなかった 「勘弁してほしいですよ、私はデスクワーク派なんですから」 ジャガー人間が一匹、また一匹と防衛ラインを突破してくる様子に、A-No.18782は溜息を漏らす ずぶりずぶりと、沼のように液状化したアスファルトに沈んでいくジャガー人間を眺めながら それが沈み切るまで新手が来ない事を、ただ祈る 「しっかし……そんなに重要人物とか、そういうもんじゃないはずなんですけどね、逢瀬さん。『鮫島事件』のアレで危険視でもされてるんですかね?」 ――― 「毎度の事ながら……あいつは何でこう、色々狙われるんだ」 やや呆れ顔で溜息を漏らしながら、宏也はサングラス越しにジャガー人間達を睨みつける 「その辺、何か知らないかお前ら」 だが宏也の問いに人語の答えは返ってこない 唸り声と咆哮を吐きながら、ジャガー人間達は宏也を避けて散開し 「おいおい、もうちょっと落ち着いて話ぐらい聞いていけよ」 獣の俊足で駆け抜けようとしたジャガー人間が、そのままの勢いで空中で細切れとなり、ばらばらと血煙と共に撒き散らされた 「慌てる奴ぁ……長生きできねぇぞ? まあ佳奈美を狙っている以上、慌てなくても長生きさせるつもりは無いがな」 誰も語らず、誰も知る事は無かったが 一部のジャガー人間が『偶然』に都市伝説や契約者よりも、一般人の女子供とより多く出会っていた事を 殺戮の上に嗜虐を乗せて味わう切っ掛けをより多く与えられていた事を それに引き摺られるように足並みを揃えるジャガー人間が多かった事を たまたま都市伝説や契約者の足が向かなかった場所に たまたま都市伝説を認識しやすい一般人が踏み込んでしまった場所に たまたまジャガー人間達の足が向けられていた事を それは、始まりは一枚の枯れ葉だったり 一つのひしゃげた空き缶だったり 路上に転がる小さな石ころだったり 小さな小さな一匹の虫だったり 一迅のそよ風だったり ほんの僅かないらつきだったり ほんの少しの悲しみだったり そういったものが積み重なって、ドミノ倒しのように訪れた結果の一つ ――― 「さて、と」 あちこちで戦端が開かれている様子を、マンションのベランダから眺めながら 羽鳥はペットボトルのお茶を手に、楽しそうに笑っていた 「ご機嫌だね、羽鳥」 羽鳥の後ろ、リビングのソファに座った『友達』も、つられたように楽しそうに微笑む 「ああ、ご機嫌だとも、僕の『友達』」 人間と都市伝説を引き合わせる『友達』と、本当の意味で友達である男は、視線を町から逸らさずに囁く 「まだ地球も人類も滅びないだろうけどね。個々の人間という世界は、いくつも滅びていくんだ。その為にたくさんのドミノ牌を並べてきたんだしね」 「原稿もいっぱい書いたしね」 「そりゃ勿論。1999年のアレは本当に羨ましかったからね。僕も色んなところに寄稿して、今日という日を世に知らしめるために頑張ったんだから」 頑張って夏休みの宿題を終わらせた小学生のように、屈託のない笑顔で自慢するように語る羽鳥 「あれは色々派手だったからねぇ」 その時、向かいのマンションの屋上から跳ね、葉鳥に迫るジャガー人間 ちらりと視線を向けただけで、まるで気にした様子もない葉鳥に、『友達』はやれやれと肩を竦める 「ねえ、知ってる? 『ノストラダムスの大予言』って話」 ソファに座っている『友達』が、ジャガー人間の耳元で囁いた 次の瞬間、飛来した自動車ほどの大きさの隕石がジャガー人間に直撃して挽肉にすると、地面に落ちる前に消滅する 「終末思想好きだよね、人間って。聖書の頃からあるじゃない」 「世の中は不満を持った人間ばっかりだからね。世界を全部巻き込んで滅びたいって傍迷惑な思考は心の奥底に満ち満ちているのさ」 「年がら年中世も末だねぇ」 「そんな人達に滅亡論を知らしめれば、その力はきっと強くなる。まあそれでも未然に防がれるんだろうけど……それでも、何処かで誰かの世界を終わらせられる可能性は高くなる」 「君が終わらせたいのは、あの逢瀬佳奈美っていう娘の人生だけだろ?」 「それは心外だな」 視線は外の騒乱に向けたまま 「逢瀬佳奈美は、一番食べたいとても美味しいデザートみたいなものさ。でもデザートを一品食べるだけじゃ、お腹一杯にはならないだろ?」 楽しそうに とても楽しそうに 待ちわびたデザートを口にできる事を待つ少年のように 期待に満ちた顔で微笑んでいた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1066.html
小ネタその1 三面鏡少女がコスタリカ帝国を知った場合、 鏡の中の彼女達が狙われる事はあるのだろうか。 「本体が鏡に映って増えてるから本体死んだら終わりじゃない?」 「というわけで多分狙われるのは本体一人だけど死ぬのは皆一緒」 「一蓮托生ってやつよねー」 「というわけで死なないように頑張れあたし、応援だけはしてるぞー」 「ちなみにこの会話はフィクションであり、実際には関わってないし知らないからまだ狙わないで下さいねー」 「まだって何!? まだって!?」 「あたし達が鏡から出れるようになれば、身代わりぐらいはできるかもね」 「一人殺せば大丈夫なんでしょ?」 「じゃあ誰死ぬ?」 「あたしはやだー」 「あたしもパス」 「御免こうむりまーす」 「のーさんきゅー」 「じゃあ本体のあたしという事で」 「「「「「意義なーし」」」」」 「あたしが死んだら終わりなのにっ!?」 「痛いのも怖いのもパスー」 「鏡の中でだらだら暮らしたいでーす」 「死に顔伝える仕事があるのであたし自体が死んだら意味がありませーん」 「……あたし、ホントどうしてこんな都市伝説と契約しちゃったかなー」 * >「……あたし、ホントどうしてこんな都市伝説と契約しちゃったかなー」 鏡の中のも自分なんだから都市伝説よりも本体の方が問題なんじゃry 「痛いところを突かれたねー」 「いやホント、あたし達全員あたしだもんねー」 「好き放題生きてるとこんな風になるから真面目に生きれー」 「反面教師ってやつよねー、鏡だけに」 「上手い事言ったつもりかー!?」 鏡の中には自分達しかいないので他人に気を遣うという事を知らない奴らなのです 人付き合いを知ってる本体の少女は真っ当な人間だと弁明をさせていただきたいw 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ