約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3621.html
三面鏡の少女 76 ほかほかと湯気を立てる小振りの丸焼きのチキンを中心とした様々な料理 砂糖菓子とチョコレート、マジパンで彩られた可愛らしい苺ショートのケーキ ワイングラスの横に置かれた瓶は、ワインでもシャンパンでもなくアルコール成分の入っていない子供用のシャンメリーである テーブルの傍らにはちかちかとささやかな電飾を瞬かせるイミテーションのツリーも立てられていた 「買出しの時から思ってましたが、日本のクリスマスはおかしいデス」 「そう? 俺にとっては子供の頃からこんな感じだからなぁ」 くくっと喉を鳴らせて笑う星と、何か居心地悪そうにテーブルの上を見ているニーナ 「ま、日本人って宗教観あんまり無いから。こうしてキリストの生誕を祝った後、一週間もしないうちに寺の鐘の音を聞いて、神社に初詣に行くんだぜ?」 「その昔、この国を訪れた宣教師が挫折したのも頷けマス」 ニーナは、はふうと盛大な溜息を吐いて項垂れる 「まー祝うだけならまだしも、日本のクリスマスはすっかりカップルが仲睦まじく過ごす日だからね」 「そうなのデスか?」 「割とそうなの。プレゼントやパーティーにかこつけないと、何もできない根性無しが多いから」 もっとも、星がよく知っているカップルはそんなものにかこつけなくとも、日頃からイチャイチャし通しなのだが ――― 「へくちっ」 「どうした佳奈美、風邪か?」 「んん? 誰か噂とかしてるのかなぁ」 「それはいかん。佳奈美の事を語る輩が居るのはよろしくない。佳奈美が俺のものだともっと世に知らしめないとな」 「風邪! 風邪ひいた、今さっき急に!」 「そうか、じゃあ温かくして汗をかかないとな」 「なんか結果どっちも同じ!?」 ――― 「……なんか、ムカついてきた」 「急にどうしたのデスか、黙ったと思ったら不機嫌になって」 「クリスマスにイチャイチャしてるカップルが多いと思ったらさ、なんとなく。俺さぁ、ずっと好きだった人に春先に振られたばっかでさ」 ややむくれながら、テーブルの上のシャンメリーの瓶を手に取り、きゅっと栓を捻ってポンと軽快な音と共に飛ばす 壁にぶつかった栓が床に落ち、ころころと転がっていたところをニーナが拾い上げてテーブルの隅に置いた 「片付けるのは後でいいのに」 「忘れてて、踏んだりしたら危ないデス」 「真面目だなぁ、ニーナは」 「家事を任せられている身デス。家の安全を考えるのは当たり前デス」 「ニーナが居てくれて良かったな、ホントに色々助かった」 「そんなに家事とかが苦手なのデスか?」 「それもあるけどさ」 並べたグラスにシャンメリーを注ぎながら、星は苦笑する 「一人のクリスマスって超寂しいぜ? 職場の人とか誘おうにも、クリスマスも休めない人ばっかだから気が引けるし」 家族は そう聞こうとして、ニーナは思い留まる 星が今まで家族の話題を口にした事は無いからだ 「どうしたんだ、変な顔して」 「変な顔とは何デスか! それより折角のお料理が冷めてしまいマス!」 誤魔化すように怒ったふりをして、手近な話題に移し 「ん、そっか。それじゃあメリークリスマス」 「今夜はイブデスよ」 「固い事言わない、日本式だから」 「むう」 やや納得がいかなかったニーナだが、そのせいか食事中の話題は世界各国のクリスマス談義となり、彼女の就寝時間となるまで話の種は尽きる事は無かったのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2818.html
三面鏡の少女 52 「しっかし暑いな、やる気しねー」 「つーかあの講師遅過ぎじゃね? マジで大丈夫なのか?」 「大丈夫大丈夫、前もパシリやってっから。頼まれると嫌とは言えないタイプってやつ?」 学園祭の準備で散らかった教室でへらへらと笑いあう生徒達 そんな緩い空気の中に、嵐は突然やってきた 「オラァ屑ども! お待ちかねのアイスが到着だ!」 「ゲェッ! 宮定!?」 この学校で少々行動がアレな生徒は、繰の存在を概ね把握していた 理由は簡単、佳奈美がそういった輩に片っ端から絡まれて、繰がそれを蹴散らしていたからである 「さぁ頼んだのは誰かなぁ、さっさと名乗り上げて持っていきなさいよ。溶けちゃうから早くね?」 ぎちぎちと空気が軋むような殺気を纏い、笑顔で告げる繰 「あらあら、誰もいないの? おかしいわねぇ、あんた誰に頼まれたかちゃんと覚えてるの?」 「え、その、えーと」 視線を巡らせるディランに、それを言うなと懇願するような視線を向ける一部生徒 ディランはそれを察してつい黙ってしまうのだが、繰もまたそれを見逃さなかった 「金田ァ! 銀河ァ! 銅島ァ! 前ぇ出ろッ!」 「「「はははははひっ!!!」」」 「お前らが首謀者ね?」 「そ、それは、その」 「俺は止めとこうって言ったんだけど金田がさ」 「おい待て裏切んのか!?」 「すんませんしたぁッ!」 「土下座だと銅島っ!? 一人だけ先に謝って心象良くするつもりかっ!?」 前に出た三人の男子生徒が喚きあう様に、繰は即座に一喝する 「言い訳は後で聞いてやるわよ! それよりアイス溶けるでしょ、このクラスはいくつ!?」 「へ? あ、ああ、えっと……10個……だよな?」 「あ、うん……」 毒気を抜かれたように顔を見合わせ、言われるままに答える男子生徒 「先生の奢りだってーからありがたくいただいときなさい。つーか次から先生にタカんじゃないわよ、みっともない」 わざわざドライアイスを入れてある、アイス専門店の箱をぽんと教壇に置いていく 「はい次のクラス行くわよ! ちんたらしてたら溶けるって言ってんでしょうが!」 「ま、待って待って、引っ張ったら危な」 びしゃんと教室のドアが閉められ、足音と怒声が遠ざかっていく 何が起こったのか把握し切れない生徒達の心情のように、教壇の上に残されたアイスの入った箱が、ただひんやりとした空気を漂わせていた ――― こうしてパシリを陣中見舞いに差し替える事数回 「まったく……4クラスからもパシらされてるんじゃないわよ」 「うん、でもこの暑さだとね」 「まだ初夏もいいとこでしょうが。第一、真面目に頑張ってる連中には何も当たってないのよ? 本来労われるのはそういう連中でしょ」 「それじゃあ、他の皆の分も……」 「あんたは暑い日に全校生徒分のアイス買ってくるわけ!? 私は、不公平になるから甘やかすなっつってんの!」 「でも身体の弱い子とかもいるかもしれないし」 「そういうのをきちんと把握して相応に対処をするのが教師の仕事! ガキにこんな事言われててどーすんの!」 そう言うと繰は、財布から一万円札を取り出してディランのポケットに押し込む 「勢いで押し込むのに奢りって事にしちゃったから、回収できなかった分は私が払う。コンビニで済ませりゃいいのに無駄に良いアイス買ってきてんじゃないわよ」 「え、ダメだよ、生徒に金銭的負担を強いるような事は」 「私の過失をきちんと精算してんの! 私はバイトできっちり稼いでるから気にしないの! それとも何、私の弱みでも握っておきたいの!?」 「そ、そんなつもりじゃないけれど、その」 「だったら次からこういう事が無いように、ちゃんと今回の事を教訓として頭に叩き込んでおきなさい! つけあがる奴を甘やかすのは優しさじゃないの! わかった!?」 「う、うん、わかった」 「わかれば良し。それじゃ私はクラスの仕事あるから」 まだ何か言いたそうなディランを振り切って、繰はずかずかと大股で自分の教室へ向かって歩き出す 歩きながら、自分が過去に佳奈美にやってきた仕打ちを思い出し、吐き気をもよおすほどの自己嫌悪が胸の中で渦を巻く 敵でもないが味方でもない、自分の神経を逆撫でする要注意人物として、繰はディランの存在を記憶に焼き付けていた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1871.html
三面鏡の少女 28 「うーん、これだけ人がいると探すのは大変だなー。Hさん、見つけれたかな?」 人探しをしているという話を聞いていたため、三面鏡の少女は仕事の合間にちょこちょこと境内を歩き回って件の少女を探していたのだが なにせ元旦の初詣、アルバイトを雇わなければいけないほどの参拝客が訪れるのである 人探しの心得があるわけでもない彼女には、偶然でもない限りは荷が重い事であった 「……んー、寒っ」 人が多いとはいえ一月の寒空、白い小袖に緋袴という服装だけでは身体も冷えるというもの 少女はふるりと身を震わせて、人の波をすり抜けながら社務所の奥へと駆けて行った ――― 「はふー」 社務所の奥にある職員用トイレで、少女は一息ついていた 表にある参拝客用のトイレは混み合っているし、巫女の姿で並んだり入ったりするのは非常に居心地が悪い もっとも、元よりそのような事はしないでこちらを使うようにと仕事の説明の折に聞いていたので、人が少なくてもこっちに来ていたのだが 「ホント役に立たないなーあたし。アルバイトしてても何の問題もないぐらいだし」 他の契約者達も別に四六時中事件に遭遇したり対処したりしてるわけではないのだが 彼女が良く会うのが何かとアクティブに動いている黒服Hや過労死が心配されるほど働いている黒服Dなどなため、どうしても自分が何もしてないように感じてしまうようだ 実際、戦闘も調査もできるような能力ではないので組織からはあまりお呼びが掛からないし、囮などの仕事も彼女には回らないよう黒服Hが手を回しているせいもあるのだが 「能力の向上ってどうすればいいのかなぁ……鏡のあたし達は全然教えてくれないし」 あれこれ頭を悩ませながらトイレットペーパーをからからと引き出したところで 「ふぇ?」 洋式便器に座っているそのお尻に、なにかが触れる トイレ関係の都市伝説――今までそれなりに都市伝説について学んだ経験から、即座にトイレから飛び出そうと立ち上がろうとするが 「んにゃ!? ちょ、なんかここしばらくこんなのばっかりな気がー!?」 お尻に触れていた何かが太股の間をすり抜け、身体と腕に絡みつき便器の方へと引き戻される 「落ち着いて話を聞け! 我は汝に危害を加えるつもりは無い!」 絡みつく何かが何事か語りかけてくるが 「説得力無いー!? はーなーしーてー!」 少女は涙目で喚きながら、わたわたと手足をばたつかせて暴れている 「ぬう、逃げられたり人を呼ばれたりしては困る。済まぬが少々手荒ながらも大人しくしてもらうぞ!」 身体に絡み付いていたそれは、更にその身体を伸ばして少女の身体を縦横無尽に這い巡り、四肢を拘束し口すらも押さえ込んでしまう 「我の接触に気付いた汝の助けが必要なのだ、大人しく話を聞いてはもらえぬか」 「もがー!?」 返事も何もできたものではないのだが、相手はお構いなしに語りその姿を少女に晒す それはとても大きな大きな、白い蛇 「汝を我の姿が見える巫女と見込んで頼みがあるのだ。せめて話だけでも聞いてゆかぬか」 その白い大蛇が全身の肌に食い込むように巻きついている状態では、少女には抵抗はおろか声すら出す事が出来ない 「せめて返事なり頷くなりして欲しいものだが」 「うー、うーむーぐー!」 「おお、そういえば我がしっかりと押さえ込んでいたのだったな。あい済まん」 そう言うと白蛇は首から上だけの拘束を僅かに緩める 「どうだ、話を聞き我を助ける気になったか」 「人に助けを乞う態度じゃないよね!?」 「そもそも人と触れ合う機会が少ない。汝も巫女ならば多少の齟齬は寛大な心で許すがよい」 「……アルバイトの巫女に何か求められてもなぁ」 「あるばいと? 良く判らぬが格は低くても巫女は巫女。我の姿が見え声が聞こえるだけで充分よ」 そう言うと白蛇は、爬虫類だというのに器用に鎮痛な表情を作る 「あのー……語るのは良いんだけど、この格好をどうにかしたいなーって」 愛想笑いを浮かべ、怖々と声を掛ける少女 その姿は膝まで下ろした緋袴と下着、前をはだけた小袖、そして股の間から現れた白蛇が全身に巻きついたという色々とアレ過ぎる有様だった 「白蛇である我は、神聖なる存在として神の御使いの役目を……」 「語る前にちょっと緩めて!? まだ拭いてないし!」 「それがある日を境にこの町に溢れる都市伝説とやらの力も増していき……」 「語りに力入れて身体を動かさないで!? 食い込む! 擦れる!?」 「それらが神聖である我の存在と混じり合い、あろうことか……」 「にゃ、んんっ! ちょ、話を聞くからこっちの話も……ふぁ!?」 白蛇の説明混じりの自分語りは、アルバイト勤務における休憩時間いっぱいまで続き 色んな意味で力尽き果てた少女は、訳もよくわからないまま白蛇の問いに頷くだけしかできなかった ――― 「つまり、都市伝説と混ざりトイレに存在を縛られたから、他所へ連れ出して欲しいって事だったのね」 「理解が遅いぞ。厠で何度も説明したではないか」 「あんな事されながら説明されて、まともに話を聞いてられるかー!?」 着衣を正しながら真っ赤になって叫ぶ少女 小袖の襟元、胸の間から顔を出しながら小首を傾げる白蛇 「多少手荒に締め上げた事は詫びよう。ようやくの機会に我も必死だったのだ」 話をまとめると、元々は神聖な存在であった『白蛇』が、都市伝説の台頭と共に蛇繋がりで『トイレから出てくる蛇』、爬虫類繋がりで『下水道の白鰐』等が混ざってしまいトイレに存在を縛られていたというのだ トイレから離れれば自浄作用も働いて元に戻れるだろうという事で、姿が見え話しができ触れられる存在を待ち続けていたという 「しかしそれほど長話をしたわけでもなく、既に用足しも終えていたというのにまた漏らすとは。我が蚯蚓であったら摩羅が腫れておったぞ」 「んなもん無いわー!? あれだけされて連れ出すのに協力するだけでもありがたく思ってよ!?」 「ぬう、契りを交わせば我もすぐに力を取り戻せるのだが……仕方あるまい」 「あたしはもう契約してる都市伝説があるって言ったでしょ。多重契約は危ないからダメだって言われてるんだから」 緋袴の帯をきゅっと締め 「それより、もうちょっと小さくなれたりしないの? 流石に身体に巻きつけて連れ出すのは無理があるんだけど」 「誰かに触れておらぬと厠に引き戻されてしまうのだ。しっかりと触れておらんといかんのだが……これでどうだ」 そう言うと白蛇は、ぐいと少女の肌に身体を密着させ まるで刺青のようにその身体に平面になって張り付いた 「む、布が邪魔で身体が一部平面化できぬ」 「ちょ、こら!? 下着の下に潜り込むんじゃないってば!」 「仕方あるまい、こうしなければ汝の身体に我の身体を隠せぬのだ」 「うーにゃー!?」 ※ 『白蛇』 富をもたらすものであり、水神としての側面も持つ 住み着いた家の家主や抜け殻を与えた者に財を為す幸運を与える事ができる他、水を操る事もできる ただし力が弱っているため、天然水(川や海の水や雨水)でないと干渉できない 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4031.html
三面鏡の少女 84 翼を切り裂かれた淫魔が、地面目掛けて落下していく 抱えていた女はともかく、あの淫魔がその程度で死ぬはずはないが、ダメージを与え足を鈍らせる事ができる あとは確実に追い詰めて止めを刺すだけ 話に聞いたほどではない楽な相手だ そうほくそ笑み、落下する影を見失わないよう追おうとしたその時 淫魔に抱かれた女と目が合った その目に湛えられた光の色は、畏怖でも困惑でもなく、強烈なまでの殺意 「先生に、何をしてやがる……こん畜生がァッ!」 繰の怒号と共に髪の毛が膨れ上がり、アブラクサスの足に強引に絡みついた 「なっ、あぁっ!?」 二人分の落下エネルギーをもろに受けて、ぐんと地面に向かって引き摺り下ろされるアブラクサス 「お前が、落ちろぉっ!」 「ひぁっ!? ば、馬鹿めっ! 私を掴まえたところで、先に落ちるのはお前達だっ!」 落下に抗おうとさせて落下速度を軽減させる そんな策だろうと高を括り、引かれるままに二人と共に落下していくアブラクサス 相手が地面に激突した瞬間に自分が上昇すれば、重量ではなく落下の勢いを殺すだけでいい 「そのまま地面に叩きつけられて、踏まれたカエルのように潰れてしまえっ!」 「そいつぁこっちの台詞だ……こんのクソ野郎がぁっ!!!」 女子にあるまじき罵声と共に、繰の髪の毛がうねる 「え、ちょ!?」 アブラクサスの身体が思い切り引っ張られる 落下の力に繰の力、そして遠心力を加えた勢いに、アブラクサスはさしたる抵抗もできず 凄まじい勢いで電柱に叩きつけられた髪の毛が、勢いそのままに巻きついていき 「ごえぷっ!?」 その髪の毛に掴まれたままだったアブラクサスは、捻り潰されるような形で電柱に叩きつけられて、カエルが潰されたような悲鳴を上げ 繰はそのまま髪の毛の長さを調節しながらくるくると電柱に巻き付けていき、ディランと共にゆっくりと地面の上に降り立った 「繰ちゃん、その……こんな時になんだけど、言葉遣いはちょっと直した方が良いと思うよ」 「こういう性分なのよ。大事な人を守るのに、形振り構ってなんかいられるもんですか」 電柱に絡みついた髪の毛を解く繰の眼前に、電柱に叩きつけられたアブラクサスがべちゃりと落ちてくる 「こ、のアバズレが……悪魔がこの程度でくたばるとでも」 「思ってないわよ」 がばりと顔を上げたアブラクサスに迫り、その全身を押さえ込む無数の髪の毛の拳 「先生も居るし、そうね……ごめんなさい、って言えば許してあげるわ」 「何を馬鹿な事を言っている? 悪魔が謝罪など口にするはずが」 ぱぐん、と 軽快な音を立てて髪の毛の拳が鶏の頭にめり込んだ 「ごめんなさい、は?」 「ふざけるん」 ごきん 「ごめんなさい、は?」 「言うわけが」 めこり 「ごめんなさい、は?」 「あ、あの、ちょ」 ごきん 「ごめんなさい、は?」 「ちょっと、待っ」 べきん 「ごめんなさい、は?」 「ご、ごめ」 ごきゃり 「ごめんなさい、は?」 「い、今言おうと」 ぐちゃ 「ごめんなさい、は?」 「繰ちゃん、もう止めてあげて」 「……こいつは私達を殺そうとしたのよ? しっかり骨の髄まで、私達に逆らうとどうなるのかを」 「気絶してるよ、もう」 気が付けば、既にアブラクサスは砕けたアスファルトの上でぐったりとしており、その様子には演技らしいところも無い 「他にも追っ手がいるかもしれない。早くここを離れよう」 「……先生がそう言うのなら」 繰は髪の毛をしゅるりと元の長さに戻し、絡みついた砂埃やアスファルトの破片を払い落とす 「繰ちゃん、こっち」 「ふぁ!? ちょ、ちょっと、一人で走れるわよ!?」 何の躊躇も無く繰の手を握り、その手を引いて駆け出すディラン 顔を真っ赤にして抗議する繰だが、ディランはより強く手を握る 何時まで、何処まで逃げるのか 今の時点ではそれは誰にも判らないのであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1866.html
三面鏡の少女 23 選びに選び抜かれた下着の数々 手に取ってみれば、素人目にもその縫製や手触りから高級品である事が判る ただ、『覆う』という大多数の女性が求めるであろう用途を満たしていない造形のものばかりというのが難点ではあった 「……どうしよう、これ」 「そりゃあ折角貰ったんだもん、身に付けてこそでしょ?」 「それとも何、頭に被る?」 「顔に被る?」 「クロスアウツ?」 「それは私のおいなりさんだ」 「というかあたしは胸の規模がおいなりさんだし」 「脱線し過ぎだあたし達!?」 毎度の如く鏡の面々と顔を突き合わせて、わいわいと盛り上がる 「まあ流石に学校には着けていけないよねー」 「クラスの子らに見られたら人生アウトよねー」 「というか勝負下着通り越して一騎打ち下着よね、これ」 「でも初めての時にこんなの着けてたら、ドン引きされるか好きモノだと思われるかの二択?」 「つーかこれ、使うとしても洗濯どうするの?」 「お母さんに洗ってもらうにはチャレンジし過ぎよねー」 「まあ素材も素材だし手洗いでしょ?」 「家族に見つからないように?」 「おねしょした子供みたーい」 「むしろ夢s」 「わーわーわー!?」 「下ネタに弱いなー、本体のあたしは」 「しょうがない、真面目に話してあげるとしますかー」 「貰った下着をどうするかでしょ?」 「そりゃあやっぱり、くれた人に見せてあげないと」 「着けてるところをねー」 「なー!?」 下着を手にしたまま、鏡の前で真っ赤になって固まる少女 「あたしの事だ、どうせプレゼントとか用意してないんでしょー」 「それ着けて身体にリボン巻いて、あたしがプレゼントですーってのどう?」 「却下ー!? ていうか、Hさんって歌手のお姉さんと、その、アレじゃないの!?」 「付き合ってるの、あの二人?」 「流石に知らないなー、Hさんはあたしの前であんまり身の上話しないし」 「聞いた事があれば、誰か覚えてるんだろうけどねー」 わいわいと黒服Hと呪われた歌の契約者の話で盛り上がる鏡の中の分身達 「ともあれ、今度Hさんと会う時に着けてったら?」 「見せなくても、着けてるってだけで喜んでくれるよきっと」 「性的な意味で」 「最後の一言には納得できないけど、多分そうだからなぁ」 苦笑を浮かべる少女に、鏡の中の分身達はにやにやと笑う 「ところでこの下着、着けるとこんな感じです」 「こっちのはこう」 「これはかなりアレだけどこうかなー」 「ぶ――――――っ!?」 次々とスカートを捲り上げる分身の姿に、少女は思いっきり噴き出した 「ははは、油断して鏡に映しちゃうからー」 「既に全員、そのプレゼント下着はゲットできたぞー」 「Hさんにはあたし達の分もお礼言っておいてねー」 「あんたらー!? 無かった事に! 無かった事にしなさいっ!?」 「ははは、悔しかったらあたし達を自在に操れるぐらいまで成長したまへー」 「まあ、あたし達じゃ見せる相手もいないからしょうがないんだけどねー」 「早く彼氏作れー」 「クリスマスのディナーショー、一人で行くのかにゃー?」 「流石に小学生の子は連れていけないよねー」 「他の人は誘うにはまだ縁が薄いよねー」 「うるさいうるさーい!」 「鏡を叩いてもあたし達は痛くも痒くもないでーす」 「頑張れあたし、超頑張れ」 「そういえば、貰うだけ貰って渡すの忘れてるよね。Hさんとお姉さんにお揃いのマフラーと手袋」 「ベタなプレゼントだよねー、まあ失敗は無いかもだけど」 「貰ったものに匹敵する代物を用意するには、あたしはまだ未熟未熟」 「お会計どころか手に取るのも無理だろうねー」 自分の分身相手に相変わらず勝てる様子のない口喧嘩を繰り広げていたのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2820.html
三面鏡の少女 54 ――うん、よく似合っていて、可愛いよ 下心丸出しのナンパ以外では、異性にそんな事を言われるのは、おおよそ初めての事だった そもそも異性の前で着飾るような行為が初めてだったから ――やっぱり、女の子だから、可愛らしい恰好が似合うね それ以上何か言われる前に黙らせないと、大変な事になるような気がして 思わず殴り飛ばした上に逃げ出してしまった 教室に飛び込み後ろ手に思い切り扉を閉めて、大きく溜息を吐きながらずるずるとその場にへたり込む 「……後で謝っとかなきゃ」 抱えた膝に顔を埋め、ぼそりと呟き そしてふと気が付く ここ、何処の教室だっけ? がばりと顔を上げると、何かやけに顔を赤くした男子生徒と、興味津々な女子生徒の群れ 「え……もしかして……宮定?」 「マジ? 何でメイド?」 「これゴスロリ風?」 本能的に逃げ回り飛び込んだのは、自分のクラスの教室だったというオチである ちなみに繰の移動経路は、まず学校から出てしまおうと玄関に向かったものの、町中をこの姿で走るわけにはいかないという精神的ブレーキが働き 結果として荷物を取りに自分の教室に戻ってきたというルートで、校内で居残り活動中及び下校中の生徒達にその姿を晒しまくった上に、クラスメイト達に思い切り大公開中という有様である 「こっ……これはね!? 友達のクラスで無理矢理着せられて! それで、その、なんかこのままじゃ猫耳とかまで付けられそうだから逃げてきただけだから!」 顔を真っ赤にして、わたわたと身振りを交えて状況を説明する繰 クラスメイト達の今までの印象は、ぶっちゃけて言えば無愛想で粗暴な不良娘だった為に、そのギャップは凄まじいものだった 「その、何だ……宮定、お前さ、学園祭当日は友達のクラスを手伝うというのはどうだ?」 「うん、それは良いな。うちでやる『占いの館』とかさ、宮定は猛反対してたじゃん。占いとか大嫌いだって」 「決まってからは、なんだかんだで準備はしっかり手伝ってくれたしな、クラス協力はもう充分だろう、うん」 「当日サボってたら先生の印象も良くないし。友達の手伝いって理由なら他のクラスにいても活動的な意味合いは薄れないし」 「クラス間交流で集客稼ぐというのもアリか?」 「クラスメイトが手伝いに行ってるなら、躊躇無く入れる……メイド喫茶という夢の園に!」 なにやらそわそわとした様子で漏れ出す煩悩を隠し切れずに語る男子達 「クラスメイトも協力してくれるようね!」 どばんと開いた扉の向こうから現れたのは、佳奈美のクラスメイトの女子達である 「素直に脱いだ制服を返しに行こうとした佳奈美は我がクラスが預かっているわ!」 「というか元々うちのクラスだけどね」 「着替えスペースの都合もあるから、うちの教室に呼んでくるって言って置いてきただけだけど」 「という訳で! そこな宮定さんを学園祭当日我がクラスに貸与してもらえるなら! この『メイドor執事とツーショット記念撮影券』を進呈しようじゃない!」 繰のクラスメイト達に電流走る 「なん……だと……」 「そんな素敵な企画をやらかすつもりだったとは……恐るべし」 「この宮定とツーショットも撮れるって事か……」 「獄門寺くんも執事とかやるのかな?」 「あたし小鳥遊くんがいいなー。執事とメイドどっちやるの?」 「委員長! 委員長!」 「なにー?」 「いやお前じゃなくてあっちのクラスの。というかお前男だし」 「買収されてんじゃないわよあんたら!?」 ざわざわとどよめくクラスメイトに、繰は悲鳴じみた声を上げる 「どうやら交渉は成立のようね?」 「ちょ……待ちなさいよ! 私の意思は!?」 「逢瀬さんのスカート丈、直さないわよ?」 「あの子、マジで人質!?」 「それは冗談。でも宮定さんを誘いに行くって言ったら、逢瀬さん嬉しそうだったなー?」 「ぐっ……ぅ……畜生、やってやるわよ! あんたら全員覚えときなさいよ!?」 怒りやら羞恥心やら様々な感情で真っ赤になったまま、繰はやけっぱち気味に怒鳴り返すのであったとさ 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3221.html
三面鏡の少女 65 ふと気が付くと、部屋が薄暗い気がする 幾度となく重なり合う唇と離し、汗ばみ上気した顔でぼんやりと状況を思い出す 傍らに置いた携帯電話に手を伸ばし、ぱこりとそれを開いたところで逢瀬佳奈美の心臓は跳ね上がった 「宏也さんっ! 時間ものっそい過ぎてるよ!?」 そう言われて時計を見た宏也は、珍しく「やっちゃったZE☆」と言わんばかりの表情で佳奈美に愛想笑いを返す 「いやぁ、久々な上にいつもと違う格好で歯止めが利かなかった」 「んにゃー!? スカート皺になってるー! 首筋とか胸元の跡がー!? ルージュすっかり取れてるしー!」 見る人が見なくても何をやってたかバレバレな有様に、なんとか取り繕うと必死に身形を整えようと四苦八苦 「元々色味が薄いルージュだったし食事後に拭いた事にすればいいだろ。そっちの跡はファンデーションで誤魔化せ。皺は、どうせもうじき終わるし暗けりゃバレないって」 「遅い時点でバレバレだと思うけどね!? ふにゃっ……」 「どうした」 何やら凄く微妙な顔をした佳奈美に、何となく察しはついてる宏也が尋ねる 「下着が濡れてて気持ち悪い……ミニだから見えたら困るし」 「こんな事もあろうかと、替えの下着は用意してある。ほれ、ウェットティッシュもあるぞ」 「どんな事があろうと思ってたのかな宏也さん!? というかこれあたしの持ってるのと一緒だけど何で知ってるの!?」 「知ってるも何も、佳奈美の部屋から持ってきたものだしな」 「いつの間にー!?」 「前にご両親が留守の時に部屋で色々した時にだが」 「色々問い詰めたいけど、早くクラスの方に戻らなきゃ! 宏也さん、こっち見ちゃダメだからね!」 「下着の履き替えより凄いものを見て凄い事をしてたはずなのに、何で見ちゃいけないのか理不尽だとは思わないか?」 「そういう事してる時としてない時の温度差! 判ってて言ってるよね宏也さん!?」 「ああ、何て言うか……佳奈美のリアクションがいちいち可愛くてな。また理性が獣性に負けそうだ」 「堪えてくれないとあたしの高校生活が割とアレな事になっちゃうから!」 その後、黒服としての情報隠蔽工作を駆使した保健室ベッドの手直しや、佳奈美の身繕いで多少の時間を消費し 「じゃ、俺は校門のとこで待ってるから。帰りも送って行くな」 「うん、それじゃまた後でね!」 慌ただしくも、なんだかんだできっちりと笑顔で手を振ってくれる佳奈美に、宏也はややにやつきを隠せないのであった ――― 「ごめん、遅くなっちゃった!」 息を切らせて控え室に飛び込んできた佳奈美に、その場にいた女子一同は思わず顔を見合わせる 「いやむしろ早かったかな?」 「というか佳奈美のシフト、ちゃんと空けておいたよね?」 「うん、佳奈美の彼氏さん着た時に速攻で再調整したもん」 「というわけで遅れた心配はしなくて良いよ? 二日目とか彼氏さん来ないならちょっと長めに出てくれればいいから」 気楽な様子のクラスメイト達に、佳奈美は大きく息を吐いてその場にへたり込んだ 「まー遅れて悪かったと思ってるなら」 「今まで何してたかお話しようかー」 「大丈夫、他言無用にしてあげるから」 「絶対秘密にならない! どっかから漏れるでしょこのクラスだと!?」 「信用しなさい、私達の口は二枚貝のように固いわ」 「焼いたらぱっくり開くって事だけどね」 「ダメじゃないそれー!?」 結局、冗談七割本気三割ぐらいだったクラスメイト達の執拗な追及に屈する事無かったのだが 「まあ大体想像つくけどね?」 「その上で見れば隠してるとこなんてバレバレだし。休憩前と比べてやけに綺麗になってるルージュとか不自然なファンデの痕跡とか」 「うぐっ……」 「私も彼氏欲しいー。佳奈美、ちょーだーい」 「あげないよっ!?」 例年より色々な意味で濃い密度の学園祭の一日は、こうして過ぎ去っていったのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2665.html
三面鏡の少女 49 「ああ、あいつ買い物に行くところだったのか。わざわざ連絡済まんな」 愛華からの電話に、安心しながらも何か納得していないような顔をしている宏也 もっとも、顔には出しているものの声には全く出ていないのだが 話によると家の買い物の用事だったらしいのだが、顔を合わせた途端にパニックを起こして逃亡するような理由は無い それを愛華に聞くのは、こう、何か悔しい気がしていた 「厄介な連中がうろついてるし、そいつらの手勢を削いで状況は佳境に近付いてる。お前も気をつけろよ」 電話を切って、ふうと溜息を吐く 佳奈美には今まで散々セクハラを敢行してきたが、抵抗をする事はあっても逃げ出す事は無かった そもそも最近は忙しかったり、彼女を守る事に徹していたりしたせいで、あまりセクハラ行為はしていなかったのだが 「溜まってると思われてたりしないだろうな」 そう呟いて携帯電話をポケットにしまい込んだ、その直後 メールの着信を知らせる音と振動が手に伝わってきた 改めて取り出した携帯を開きメールの内容を見て 「……佳奈美?」 《宏也さん、突然逃げてごめんなさい。こないだの事がなんか恥ずかしくて自分でもよくわかんない事になってました。でも嫌いとかそういうのじゃなくてむしろ大好きです。よくわかんないメールでごめんなさい》 メールの内容を表示したまましばらく画面を見詰め、このメールを打っていたであろう佳奈美の姿を想像して苦笑する 「きっと布団の中であーあー自己嫌悪に陥りながら、真っ赤な顔で涙目になって何度も打ち間違えしつつ送ってきたんだろうな」 ――― 「へくちっ」 あーあー自己嫌悪に陥りながら、真っ赤な顔で涙目になって何度も打ち間違えしながらメールを送り終え、携帯を抱いたまま布団に潜っていた佳奈美 突然出たくしゃみに、布団からもぞりと這い出てティッシュで鼻をかむ 「ホントに風邪引いたりしてないよね」 くしくしとティッシュで鼻を擦り、丸めたちり紙をゴミ箱にぽいと放り込む 「にゅー、すぐ逃げちゃったけど宏也さんの顔見たらちょっと落ち着いたかもにょ!?」 抱き締めていた携帯電話が着信を告げ、その相手を見て素っ頓狂な声が出る 「わ、え、誰、はわ、宏也さんっ!?」 慌てて受信ボタンを押し、裏返りそうな声を押さえ付ける 《ん、走ってたし元気だとは思ったんだが。病気系の都市伝説がうろうろしてたし、学校休んでたならと思ってちょっとな》 「にゃ、えぅ、さ、さささ、さっきはごめんね!? なんかこう、気が動転して!」 《気にすんな。体調悪いとかが無けりゃいいんだ。まあその辺はついでなんだが》 「ふにゃ? ついで?」 《ああ、顔合わせたらなんか声も聞きたくなった。その場にいたら抱き締めてて仕事にならんだろうし丁度良かったかもしれん》 「ふぇえ!? だ、だだだだ、だっ、だ」 布団内部温度を激しく急上昇させながら、もう言葉にならない有様になる佳奈美 《色々落ち着いたら、二人でどっか遊びに行こうな。仕事ばっかりの男ですまん》 「そ、そんな事ないよ!? 宏也さんがお仕事してるって事は、あたしってなんか守られてるんだなぁって幸せ気分で一杯だし! あ、いや、別にあたしだけ守られてるわけじゃなくて町全体なんだけど!」 あからさまにパニックを起こす佳奈美に、宏也は楽しげに笑う 《とりあえず元気そうで安心した。いつも物騒な町だが、今は殊更物騒だから気をつけてな。何かあったらすぐ駆けつける、遠慮せずに呼べよ》 「うん、ありがと……宏也さんも気をつけてね」 ようやく落ち着きを取り戻し、電話を切ってぽすりと枕に倒れ込む 「やさしーな、宏也さん……心配掛けないようにあたしも色んな意味で強くならないと」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2455.html
三面鏡の少女 42 3月14日、ホワイトデーである 逢瀬佳奈美は先月のバレンタインデーに、縁のある男性数名にチョコレートを贈っているのだが 『組織』での彼女の担当黒服であるHと、近所の公園でよく遊んでいる手塚星 年齢の差はあれど、二人とも出会えば何かとセクハラ行為に及ぶ困った男性である かといって縁を切りたいほど悪い人間ではなく、セクハラ以外の面ではむしろ良い人であるのが更に困った存在なのだ そんな二人はタイミングもあってか今まで顔を合わせる事は無かったのだが ――― 「あれ、カナお姉ちゃん何やってんの?」 「はわっ!? せ、星くん!?」 年上の男性に頭を撫でられている状況を知り合いに見られて、びくんと身体を竦ませる佳奈美 「ん、知り合いか?」 「う、うん、近所に住んでる子! どうしたのかな星くん!?」 わたわたと慌てふためき上擦った声を上げる佳奈美 「……誰、その人?」 とびっきりに胡散臭いものを見る目と、警戒心ありありの低い声で訪ねる星 「あ、怪しいけど怪しい人じゃないよ? 怪しいけどあたしのバイト先の人でね、怪しいけどすっごくお世話になってる人なんだよ?」 「どんだけ怪しいんだよ俺」 「黒ずくめの人は一般人の感覚だと怪しいよ?」 親しげに話す二人の様子を見てもなお、星は訝しげにHを睨み付ける 「お姉ちゃん、これホワイトデーのお返し」 小さい紙包みに入ったそれを押し付けるように渡し 「帰ってから開けろよ! そいつの前では開けるなよ!」 「へ? 何で?」 「いいから! それじゃ俺は用事あるから!」 そう言って駆け出す星だが、途中でぴたりと足を止めていきなり叫ぶ 「お姉ちゃんは俺んだからな!」 「ちょ、星くん!?」 言うだけ言っていなくなった星に、佳奈美は困ったなーといった表情で頬を掻く 「マジで許婚とかなのか?」 「ご近所付き合いで仲は良いけどそんな事ないよ!? よくスカートめくられたりするぐらいで!」 「そこまで全力で否定せんでもいいだろ、可哀想に」 「むう……でもあたしみたいなのに拘ってちゃダメだと思うんだよね。将来有望だと思うし、もっと良い人に出会えると思うんだよね、あの子なら」 「お前な、自分を卑下するのは悪い癖だぞ?」 「そうは言われてなー、綺麗とか可愛いとかそういう芸風じゃないし、身体だって女らしさってのが……って何言わせるのー!?」 「いや今のは俺のせいじゃないだろ。最近ノリツッコミ多いぞ」 そう言って笑いながら佳奈美の頭を撫でるH 「お前は自分で言うほど魅力が無い訳じゃない。もう少し自信を持っていいと思うがね」 「自信かぁ……一番苦手な分野かもしんない」 「大丈夫だよ、気長にやってけ。さて……俺もそろそろ帰るかね」 「あ、うん。騒がせてごめんね。あと」 ホワイトデーのプレゼントを片手で抱え、不安げな顔でHの腕に縋りつく佳奈美 「ちゃんと休んでね? 無理しちゃダメだよ?」 「心配すんな、俺はそんなに仕事熱心じゃないっての」 『詳しくは言えないんだけどさー』 ある日、鏡の中の自分の一人が言った事 『Hさんいなくなったら、あたしの生存率50%切るかんね?』 今までどれだけ助けられてきたかを思い出すだけで、その数字はむしろ過剰ですらあると理解できる 何故それを鏡の中の自分が告げてくるのかを考えると、黒服Hの身に何かがある可能性が高い 「あんまり行った事ないけど、『組織』に行って聞いてみたら何か判るかなぁ」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1741.html
三面鏡の少女 22 真夜中でもあちこちに明かりが灯る繁華街の一角 周辺で一番高いビルの屋上に立つ、和服姿の少女の姿 強い日差しも降り注ぐ雨も無い明るい月の夜に、何故か和傘を差して佇んでいる 「お久し振りですね」 少女が柔らかく微笑むと、夜闇の中に紛れるように佇んでいた黒服の男が姿を現す 「よう、今日のあんたは何歳だ?」 「そうですね、十六歳で事故死するはずだった私の姿。もっとも、その運命も予見回避してきましたが」 「俺と会うのはいつも若い時の姿だな」 「年齢相応の姿よりは、若い方がお好きでしょう? それとは別に、他の老け込んだ姿の私は出歩くのが億劫だそうですし、本体に至っては起き上がるのも大変ですもの」 「そりゃま、確かに」 くすくすと笑う少女に、黒服の男――Hは苦笑を浮かべる 「で、Hさん。一つお願いがあってこうしてお呼び出しさせていただいたのですが」 「お願いの内容によるが、とりあえず話を聞こうかね」 「それでは、その前に」 そう言って和服の少女は、手提げ袋から可愛らしい万華鏡を取り出し、それを黒服Hに向けて覗き込む 「う、おごっ!?」 くぐもった悲鳴を上げて倒れ込む、黒服Hの背後にいた別の黒服 「ダメじゃないですか、二人で会いましょうって約束でしたのに」 「俺はそのつもりだったんだけどなぁ」 少女の覗き込んだ万華鏡の中では、三面の鏡に映り込み無限に増えた黒服が 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し ありとあらゆる自分の未来の死に様を体験していた 青褪めた顔で時折大きく痙攣しながら、徐々に動かなくなっていく黒服を尻目に、黒服Hは肩を竦める 「相変わらずおっかない能力だね、『合わせ鏡の中に自分の死に顔が見える』って都市伝説は」 「初対面で二十二歳姿の私の下着の色を聞いてきた時に、ちょっとだけ体験させてあげましたものね」 「お陰で自分の死を回避したり、避けきれない場合の覚悟をしたりと充分役立たせてもらったさ」 「さて、そろそろ大人しくなったでしょうし。改めてお話の本題を」 少女は万華鏡を下ろして、静かに微笑む 「私の孫が、この『合わせ鏡の中に自分の死に顔が見える』と契約してしまいました。二人の娘と息子まではしっかり監視していたから、そんな事は無かったんですが……迂闊でしたわ」 本当に困っているというより、困ったふりをしているような、そんな表情で溜息を漏らす和服少女 「都市伝説は引かれ合うと言いますし。私が死んだら、あの子を『組織』に引き込んであなたが担当してくれないかしら」 「他にも都市伝説集団は色々あるのに、よりによって『組織』にかい?」 「『組織』よりも、私を担当してくれたあなたを信頼しているのですよ、Hさん」 「別の担当を引き受ける事になってるんだがなぁ……どうしてもやんなきゃダメ?」 「私に似て可愛い子ですよ?」 「自分で言うかね」 「私に似ないで表裏の無い良い子ですよ?」 「自分で言うかね」 「反応が面白くて苛め甲斐がありますよ?」 「祖母としてその言動はどうかと思うが」 「正直なところ、変なところで真面目で正義感が強くて、私の孫だなんて信じられないくらい。息子の嫁の教育が良かったのね、きっと」 「そんな嬉しそうに誉めてあげられるお孫さんを、どうして『組織』なんぞに預けようとするかね」 「『組織』以外のところに預けて、私ぐらい強くなって討伐対象になったら困ってしまうでしょう?」 「『組織』に利用されりゃ、もっと危険な事も山程ある。身をもって知ってるだろうが」 「大丈夫、きっとあなたは守ってくれるから。私を守ってくれたみたいに」 「買い被り過ぎだよ。俺はそんな権限は持ち合わせちゃいない」 「ふふ、どうかしらね? それならもう一人、人の良い黒服さんに頼んじゃおうかしら」 「あいつは勘弁してくれ。本気で過労死するから」 「それじゃあ、あなたが引き受けてくれるわよね?」 くすくすと少女は笑う 「さて、そろそろ本体の寿命の時間。色々な人を傷つけてきた私達は天国に逝けるのかしら」 「信じられてるものなら、天国もあるんじゃないかね」 「じゃあ私は地獄逝きかしら。一足先に逝ってくるわね……五、四、三、二、一」 手提げ袋から取り出した懐中時計を見ながら数字を数え 零と言おうとした瞬間に、その姿は消えてしまった 「……厄介なもん押し付けられたなぁ」 取り残された黒服Hは頭を掻きながら、足元に何時の間にか置かれた一枚の少女の写真と 背後で倒れたまま痙攣している同僚の姿を見て、どうしたものかと溜息を吐いた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女