約 851 件
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3448.html
三面鏡の少女 72 ベッドを勧めるディランと、家主を差し置いて安穏とベッドで寝られるかという繰の変な意地が平行線を辿り なんだかんだで二人とも夜型生活という事が判明して、二人並んでだらだらとテレビなど見ながら合間に英語の復習などもしていたのだが 既に夜半を回り、テレビは詰まらない深夜の通販番組を垂れ流していた頃 「繰ちゃん、髪の毛」 特にやる事もなくぼんやりとしていた繰の髪の毛に目をやったディランが、何とはなしに呟いた 「そういえば、ちゃんと洗った?」 「え? ああ、うん。まだちょっとべたついてるけど別に平気よ」 学校から逃げる際に軽く水洗いしただけだったせいか、まだどこかべたついた感じが残っており 傍目から見ても変な癖がついているのは明白だった 「変な癖が残ったら大変だし、肌にも良くないかもしれないよ。お風呂使って良いから」 これが一般的な男性の言葉なら、そして繰の感性が一般的な女性なら なんだかんだで期待なり疑念なりが見え隠れするものなのだが 「そうね、どうせ暇だし」 繰は、ディランに対しては全くと言っていいほど危険性を感じていない それどころか、自分が傍にいてやらないといけない気すらしているのだ 世間がそういった感情と関係をどう判断するかはさておいて 「部屋の造り、うちの部屋に似てるわね」 バスルーム前の脱衣所で、素肌の上に着ていたジャージを脱ぎながら呟く繰 似てるも何も同じマンションで、しかも隣の部屋だという事は全く知らされていない 「洗濯機もうちの同じメーカーだわ……無駄に良いの使ってるわね、生活感無いくせに」 なんだか普通に自宅で風呂に入るような錯覚に陥りつつ、脱いだジャージをぽいぽいと洗濯機に放り込んで適量の洗剤を入れてスイッチを入れる そして洗濯機の動作を確認してから、ぺたりとバスルームに踏み込んだ瞬間 「洗ってどうすんのよ私っ!?」 思い切りの良い自分のボケに、自分で大声で突っ込みを入れる 「ど、どうしたの繰ちゃん!?」 「何でもないからこっち来んなっ!?」 リビングで即座に反応しかけたディランの気配を察して、即刻押し留めるべく釘を刺す 「あ、いや、中までは来ないで話は聞いて! くれぐれも脱衣所まで踏み込まずに!」 「う、うん、どうしたの?」 律儀に脱衣所の前で止まり、扉は開けずに程々の声量で訊ねてくるディラン それでもバスルームの擦りガラスに身を隠しながら、繰は頬を染めて呟いた 「き……着るもの……何か貸して」 ――― 上気した湯上り肌を伝い雫となって滴り落ちる湯を、ふんわりとしたバスタオルがもふもふと拭い去っていく 今のところは脱衣所にディランが入ってきた様子も無く衣類は見当たらない 仕方なく、とりあえずはバスタオルを巻いて脱衣所からそっと顔を出す 「せ、先生?」 「あ、繰ちゃん? ちょっと待ってて、できるだけ普通のを探してるから」 「普通のって……あんた、普段何着てるのよ」 訝しげに疑問符を浮かべながら、どうしたものかと思案していると それまで飽きずに菊花と戯れていたダミアが、すんと鼻を鳴らして顔を向けてくる その視線の先には、ひらひらと揺れる繰が身体に巻いたバスタオルの端 なーと小さく鳴いて、気軽な足取りで近寄ってくるダミアに、繰はどうしたのかと笑顔を向けた 「ん、どうしたの?」 「にゃ」 揺れていたバスタオルの端をたしっとダミアの前足が叩き、その爪が引っ掛かる 「へ?」 「にゃっ!?」 引っ掛かった爪が外れずに、ダミアの体重がバスタオルに掛かる 軽く巻かれていただけのバスタオルはあっさりと引き落とされ、バランスを崩して転がるダミアの身体に巻き取られるように引き剥がされる 「ちょっ、こら!? 何してんのよ!」 ディランがこちらを見ていないため、バスタオル巻きになって転がるダミアを助けようと、裸のまま絡まったバスタオルと格闘を始める繰 「動かないで、ほら爪が引っ掛かってるんだから……よし、大人しくしててね」 毛だらけになったバスタオルを解きながら、ようやく助け出されたダミア バスタオルが濡れていたせいで、やや毛並がしっとりしてしまった 「よーし、大丈夫だった? 痛いところとか無い?」 んなーと暢気な声で鳴くダミアに、繰は笑顔を向け 「繰ちゃん、遅くなってごめんね」 ひょいと顔を出したディランと、笑顔のまま目が合う ほのかに湯気の上がる湯上り肌のまま、びしりと空気が凍り付き 暢気に欠伸をしながら何事も無かったかのようにダミアがその場を離れ 悲鳴が上がるまでの時間はおおよそ30秒程も掛かったのであった ちなみに悲鳴は、何をする暇も無くぶん殴られたディランのものであると補足しておく 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/795.html
三面鏡の少女 08 「なんか、あたしだけ遊んでたみたいだったなー。お姉さん、あたしなんかと一緒で楽しかったのかな?」 暗い路地を一人てくてくと歩いていく三面鏡の少女 頭にお面、腰には団扇、水ヨーヨー、スーパーボールの入った袋、手に提げた袋には冷めても美味しいと評判の屋台食の数々と大きな綿菓子の袋 久々の開放的な豪遊にすっかりはしゃいでしまったが、迷惑ではなかっただろうかと反省しきりである もっとも、チョコバナナやリンゴ飴を口にする姿や、輪投げや射的やスーパーボール掬いではしゃぐ折に発展途上の胸元や太股を(自覚なしに)惜しげもなく覗かせる姿 それらを黒服Hが見たら喜ぶだろうなという妄想だけで充分楽しんでいたともいえるし 何より一緒にお祭を楽しむという事だけでも彼女にはとても楽しい一時だったのだから 「今度、いつ会えるのかなー。お姉さんの歌、早く聴いてみたいなー」 遠くにまだ祭の喧騒が響く中、浮かれた足取り鼻歌混じりで静かな夜道を歩く少女 彼女はとても油断していた 夢の国、鮫島事件との戦いが終わった事に 彼女は気付かなかった 邪悪で狡猾な者達はその騒ぎが収まるまで息を潜めていた事に 彼女は知らなかった 先日まで起こっていた戦争じみた戦いの他に、毎日のように様々な事件が起きているという事を 「………………?」 少女は訝しげに耳を澄ませる 微かに届く祭囃子に混じって、自分以外の足音が聞こえるのを (たまたま同じ方向に行く人だったらいいんだけど) 内心に少々の不安を感じながら、少女は食べ物でいっぱいの手でなんとか携帯電話を取り出す (お父さんとお母さんはまだ帰ってきてないし……でもお姉さんやHさんに迷惑掛けるのもなー) 電話帳を見ながらかちかちと携帯電話を弄っていた手を 不意に近付いてきた人影が、ぱしんと叩いた 「……え?」 アスファルトの上に乾いた音を立てて落ちる携帯電話 少女は一瞬、何が起きたのか判らなかった 「ダメじゃないか、夢と違う事をしちゃ」 その言葉で、少女の脳内に最大級の警告音が響き渡る (都市伝説!? それとも契約者!?) 少女は携帯には目もくれず、すぐさま男に背を向け――その瞬間には既に腕と肩を掴まれていた 「え、ちょ――」 あっという間に組み付かれた少女の眼前に、まだ若い、少女と同世代であろう少年の顔があった これといって特徴のない、どこにでもいるような平凡な少年の顔 だがそこには、これから何をするという意思すら感じられない 「だってさ」 そんな少女の心の声を聞いたかのように、少年は呟いた 「唐突に遭遇して不条理に被害に遭う。そういうものだよね、都市伝説って」 都市伝説『夢の結末』を宿した少年は、まるで自動改札機に切符でも入れるかのような気軽さで 少女の腹にナイフを突き立てた 「えぐっ、う」 喉から洩れた声が自分のものには聞こえなかった 淡い空色の浴衣が、仄暗い夕闇に落ちる夕焼け空のように赤黒く染まっていく 「怖い? 痛い? でもまあそういうものだから諦めて。ああ、あと死ぬ前にもっと色々するからよろしく」 そう言って少年は、少女の浴衣に手を掛け――すぐさま手を放し後方へ飛び退る その瞬間、それまで少年が立っていた場所に、物干し竿のような長い棒の先端が凄まじい勢いで突き込まれた 「……誰? 夢で見てないのに出て出来てちゃダメじゃない」 「あんたが俺の事を知ろうが知るまいが、それこそ知った事か」 コンビニ袋をアスファルトの上にごそりと置くと、青年は手にした長い棒の先端をぴたりと少年に据える 「引っ越してきた途端に猟奇殺人とか起こると困るんだよ、ただでさえ新参者は馴染むまでが大変だってのに」 「……そう、越してきたばかりだったんだ。見た事無かったから夢に出なかったんだね」 そう言うと少年は、そのまま青年に背を向ける 「おい、待て!」 「顔を覚えたから、夢で確認したら遭わないように気をつけるよ。それじゃ」 青年は後を追おうとするが、すぐ後ろには血塗れで倒れている少女がいる 「くそっ、こっちを放ってはいけないか」 少年が闇夜に消えたのを確認すると、青年は少女の無事を確認するべく振り返り 「そこの手前ぇ、動くな。っても、もう動けないだろうがな」 「っ!?」 身体が、性格には四肢が全く動かない 「糸……違う、髪の毛、か?」 その四肢を拘束するのは、暗闇に紛れて張り巡らされた髪の毛の束 黒服Hは倒れて動かない少女を抱き起こしながら、青年を睨みつける 「あいつ……この黒服が来るのに感づいて……いや、知っていて逃げやがったのか」 青年は舌打ちすると、黒服Hに向かって声を張り上げる 「俺はその子を襲ってた奴を追っ払っただけの通りすがりだ! 先日この近くで開業した医者の助手をやってる、手当てをさせてくれ!」 「この近くの……なるほどな」 黒服Hは僅かに思案した素振りを見せると、髪の毛による拘束を解く 「手当てが済んだらその医者のところに運ぶぞ。遠くはないんだろ?」 * 空家を改築して作られた急拵えの診療所 「ああ、実に勿体無かった。刺されたりしてなければ、はだけた浴衣が実に良い感じだったんだが……まあ命に別状は無かったからこんな話をしていられるんだが」 その玄関先で携帯電話で話している相手は、呪われた歌の契約者 少女が携帯電話を叩き落された時、開いていた電話帳がたまたま彼女のところだったために、不審に思い黒服Hへと連絡したのだ 「ん? ああ、相手の素性を確認するまでは、霊薬の類は見せたく……いや医者も傷跡は残らないって言ってたから大丈夫だって」 電話の向こうで心配そうに声のトーンを落としたのを察して、わざと明るく声を掛ける 「大丈夫だから、明日にでも見舞いでもしてやってくれ……俺? 俺は遠慮しておかないと、ツッコミを誘発して傷を悪化させそうだ」 相手が落ち着いたのを確認して、黒服Hは一旦電話を切った そして 「……ああ、俺俺。偶然ってのは恐ろしいもんだな。こないだ聞いた侵入してきた組織……『第三帝国』の出張所と接触ができた。随分とけしからんボディの女医さんだ。彼女がもうちょっと来るのが早ければ浴衣姿が拝めてたかもしれないと思うと残念極まりない」 にょろにょろと髪を伸ばしたりしながら、黒服Hは言葉を続ける 「都市伝説の医療研究だそうだ、隠すつもりもあまり無いらしい。ヒゲ伍長の中でも穏健派だそうだから、こちらから突付かない限りは大丈夫そうではあるな」 ふと、玄関先に明かりが点る 「機会があればもうちょい探ってみるが、期待しないでくれ。それじゃ」 そう言ってさっさと電話を切る黒服H そこへがらがらと引き戸を開けて出てきたのは、白衣姿のドクターだった 「内緒話は終わったかね? まあ我が『第三帝国』は探られて痛い腹は無いわけだが」 「一応ギリシャ語で話してたんだがな、判るとは思わなかった」 「ボクは世界中どこの国の女性でも口説けるよう、ありとあらゆる言語に通じているのさ」 満面の笑顔でそう言い切られた瞬間、黒服Hは理解した 性別こそ逆ではあるが、この女は自分と同類であると 「……あの子に手ぇ出すなよ? いや百合百合しいのは見ててとても良いものではあるんだが」 「怪我人に欲情するほど腐ってはいないさ。手を出すなら傷跡一つ残さずきっちり治してからにするから安心したまえ」 豊満な胸を無駄に逸らし、自慢げに言い放つドクター 「揉め事は起こさないと信じておくが、降りかかる火の粉には気をつけるんだな。あんた達が思ってるほど、この町は優しくない」 「ふむ、心配してくれていると好意的に受け取っておこう。それでは患者は任せたまえ」 軽く手を振って診療所の中へ戻っていくドクター その背を見送りながら、黒服Hは静かに呟いた 「百合からどうにかバイにさせる方法は無いもんかな」 その髪は止め処も無くにょろにょろと伸びていたのだった * その深夜 「生首ー!?」 少女の悲鳴で診療所が騒ぎになったのはまた別の事 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2451.html
三面鏡の少女 38 ゆったりとしたソファに座り、静かに湯飲みを傾ける和服の女 逢瀬万華(おうせ・ばんか)という名の女は、『合わせ鏡に自分の死に顔が見える』という都市伝説の契約者 その正面に相対する黒服は、そんな彼女を警戒心たっぷりの顔で見据える黒服の幹部 「どういう風の吹き回しだね? 今まで我々が幾度となく『組織』へと勧誘し続けていたというのに、全く靡かなかった君が」 「あらあらうふふ、益体も無い冗談ぶっこいていやがりましたら死ぬまでぶっ殺し続けますわよ?」 これ以上ないほど上品な笑顔に鈴を転がすような可愛らしい声で、ドブの底に沈めたような言葉を吐く和服の女 「あなた方『組織』では首を縦に振らない人間に刺客を送り続ける事を『勧誘』と言うのですか? 冗談はその貧相で辛気臭いツラだけにしてくださいな」 「それは勧誘の後の事だ。我々『組織』と相容れないのであれば、それは敵対するという事だからな」 幹部の男は警戒心ありありの顔に怒りを混ぜた顔で和服少女を睨み付ける 「端的に言おうか……何が目的だ、貴様」 「別に何もありませんわ。あなた方の送りつけてくる刺客を返り討ちにするのが面倒になってきただけ。決して鮫島……いえ何でもないですわよ?」 幹部の男は内心で思い切り歯軋りをする この女は彼の派閥が抱える『鮫島事件』という都市伝説の能力を知っている 更には、実在の空間に分身を生み出さずとも無限に増える事ができる能力を持つ彼女を邪魔者として認識し、排除しようとしている事も その上で我々にそれを知らしめた上で自分を高く買わせた上に、内側にいる事で監視の目を強め、更にはそう簡単には排除できないようにしようとしているのだ 穏健派の誰かが入れ知恵したかもしれないが、それ以上に彼女自身が悪巧み行動した可能性が非常に高い そんな彼女は湯飲みを置き、袖で口元を隠しながらころころと笑う 「ご心配なさらずとも、あなた方の派閥争いには興味は全くありませんわよ? ただ……私の存命のうちは、この町で面倒な事を引き起こして欲しくないだけ」 可憐なキョウチクトウの花のような笑顔を浮かべ、和服の女はそう告げる 「無限に増える私で襲撃を仕掛けて『組織』を丸ごと叩き潰そうだなんて考えないだけ、私も考えが丸くなったと思いません?」 無論、たかだか都市伝説能力者が一人、戦うとなればいくらでも対処できる だが派閥争いの火種が燻る現状では、それが得策ではない事を誰もが理解している 倒せはするだろうが一筋縄ではいかないのは目に見えており、その隙に派閥の力を殺がれる策を打たれるのは明らかである 「それで……『組織』に所属する上で、何か条件や希望のようなものはあるのかね?」 「あらあら、私はそんなに欲張りに見えます? でも折角そのような言葉を提示してくれるのですもの、お受けしないと折角の好意に泥をぶちまける事になりますわね」 この女狐が、という言葉を飲み込んで辛うじて真顔を保つ幹部 「それでしたら……そうね、担当してもらう子は私が選んでもいいかしら? 折角ですもの、仲良くできる子を選びたいじゃない」 その言葉に、幹部の男は考え込む 自らの派閥の黒服を担当に付けた場合、内側で何をされるか判ったものではない かといって対立派閥に押し付けたとなると、『鮫島事件』に対する切り札をみすみすくれてやる事になる 上手く飼い殺せる者はいただろうかと思案を巡らせていたところで 「それではお散歩がてら、担当になってもらう子を見繕いに行かせてもらいますわね」 「ま、待て! 勝手に施設の中を歩き回られては!」 「見られて困るようなものがありますの? これから仲良くご一緒に働く仲間になりますのに」 「担当選びにしても、手の空いてない者を気に入られても困る! というか少しは大人しくだな!?」 こうして彼女が『組織』に所属し、そしていなくなるまでの数年間、強硬派は暴走は封じられる事となるのであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3218.html
三面鏡の少女 63 賑わいを見せる中央高校の学園祭 若い男女が行き交う中には、当然ながら仲睦まじいカップルの姿も多々存在する そんな中でやはり目立つのは、学生でない外来客の存在である 当然ながらそれらは生徒の関係者であり、家族や親戚というのが大半であるのだが、それがどう見ても男女の間柄であれば更に目立つのは必然であり 「なんか、みんなこっち見てる気がするよ宏也さん」 「俺としてはむしろ見せたいから丁度良い。佳奈美は俺のだって学校中に知れれば、余計な手出しはされないだろうからな」 「それはそれで恥ずかしいよ!?」 「恥ずかしがる佳奈美も可愛いから、何ら問題は無いな」 ミニスカートの萌えメイド姿で頬を赤らめる佳奈美の肩を抱き、殊更に身体を密着させる 「あたしはまだ一年以上この学校で過ごすんだけど……」 「結婚したら、もっと長い期間をご町内中に知られて過ごすんだがね」 「け、けこっ!?」 ニワトリが驚いたような声を上げ、思考も身体もフリーズさせてしまう佳奈美 「何だ、嫌か? まあ別にずっと恋人同士ってのも悪くは無いが」 「や、ややや、いや、いやそうじゃなくて、嫌じゃないよ!? ちょ、ちょっとびっくりしただけ!」 おおよそ想定内のリアクションに、宏也は思わず笑いが込み上げてくる 「わ、笑われてる!? からかってたの!?」 「いやいや、将来の展望とかは割と真面目だけどな。お前が可愛過ぎてつい」 誤魔化すように視線を逸らした先、模擬店が並ぶ教室前の廊下とは切り離されたような、静かな一角 「ふぇ? どうしたの?」 「ん? いや……そういえば、保健室ってあんまり入った記憶が無いんだよな、俺」 「そうなんだ、病気とか怪我とか全然しなかったんだね」 「というか、学生時代は真面目ぶってたからな。保健室はなんかこう、サボり空間みたいなイメージがあったから敬遠してた」 そう言うと宏也は、佳奈美の肩を抱いたままずかずかと真っ直ぐに保健室に向かって歩いていく 「え、ちょ、どうしたの宏也さん?」 「いや折角だから保健室という場所のイメージを再確認したくてな」 「再確認って……保健の先生とかいたらどうするの!?」 「いやいや見るだけだから。あと俺ここに遊びに来るのに徹夜で仕事終わらせてきたから、いざとなったら寝不足の貧血って事で」 「無理したらダメっていうか、こんなに元気で貧血とか無いよね!?」 ツッコミながらも、佳奈美は宏也の顔を見て察する 鈍くてお人好しで流されやすいすっとこどっこいの佳奈美でも、付き合いが長ければそれなりに顔色ぐらい窺える これは、悪い事(性的な意味で)を考えてる顔だと しかし察したところで止める手段など持たない辺りが佳奈美の限界である 宏也は何の遠慮もなく保健室のドアをノックすると、ドアを開け放ち軽い足取りで保健室へ踏み込んで行った 「おお、こんな感じだったっけ。大体昔見たイメージと変わらないもんだな」 幸いにして養護教諭の姿は無く、ややはしゃぎ気味の宏也の後ろで胸を撫で下ろしながら扉を静かに閉める佳奈美 「もー、アクティブ過ぎるよ宏也さん。それより奥のベッド誰か寝てるみたいだから、静かにしないと」 「ん? そうか、それじゃあ静かに……しないとな」 カーテンの引かれた奥のベッドに見える人影を確かめ、宏也はちょいちょいと手招きで呼び寄せる 「ん、なになに?」 学校という場所で油断していたのか、無警戒にひょこひょこと寄ってきた佳奈美を、ひょいと持ち上げてベッドに転がしてしまう 「にゃ!? ひ、宏也さん!?」 「こらこら、静かにな?」 裾の乱れたスカートを押さえて慌てふためく佳奈美の唇に、そっと人差し指を当てる 「見せびらかす以上の事もやっぱりしたくなってな」 「で、でも休憩終わったらまだ接客があるから」 「何だ、服を汚すような事を期待してたのか?」 「してないよっ!?」 そんなやり取りの後 カーテンに映る影が静かに重なり合った ――― 「どうしましょう、ご主人様」 カーテン一枚挟んだ隣のベッドで、ミナワは声を潜めて裂邪に問い掛ける どうしようと言われても、と裂邪は思案に耽る 突然の乱入者に不完全燃焼のまま中断されてしまった側としては、多少の憤りはあったものの 隣から聞こえてくる物音に、頬を赤らめて恥らいながらも興味津々といったミナワの様子に、これはこれでいいなぁと思っていたのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3227.html
三面鏡の少女 66 言い訳じみた退席でトイレへ逃げてきた繰だったが、とりあえずは手を洗ってついでに顔もぱしゃぱしゃと洗う 冷たい水の感触で、頬に満ち満ちていた熱が引いていく気がする 「……何で私があいつに色々気を使わなきゃいけないのよ」 鏡に映る自分の顔を見詰めながら、大きく溜息を吐いた あの講師は本人が言う通りいつ転任でいなくなるか判らないし、長くともあと一年と半分もあれば繰が学校を卒業してお別れという関係である もっとも繰の生活態度、出席日数及び遅刻回数、そして学力の三点から鑑みるに留年して一年二年と追加される可能性も無くはないのだが 「学園祭の前後で関わり過ぎただけよね。あいつが絡んできても無視してきゃいいのよ」 鏡の前に置いてあったハンカチで顔を拭き、ぱしんと気合を入れるように頬を叩く 「よし、もうあいつには深く関わらない。英語だけは呼び出しや補習を食らわないように真面目に勉強しよう」 気になる講師のいる教科だけ成績が上がるような事があれば、周囲の評価がどういう事になるかとかは想像すらしていない辺りが繰の思案の足りなさである なんとかかんとか気を取り直して、廊下をずんずん歩き教室の扉をどばんと開け放つ 「さあ、さっさと補習終わらせ、る……わ……?」 繰の目に飛び込んできたのは、ディランに圧し掛かる女郎蜘蛛と化した未冬の姿 未冬の顔は繰も良く覚えている 彼女とディランの会話が今日までの繰の悶々の原因、忘れようにも忘れられるはずもない 「繰ちゃん、逃げて!」 三人の中で最も早く状況を把握していたディランが、教室の入り口で呆然としている繰に向かって叫ぶ その言葉で繰は我を取り戻し 「むしろ逃げなきゃいけないのはあんたでしょうが!」 繰は教室に飛び込むと、ひっくり返った机の横に転がった鞄に向かって叫ぶ 「菊花、やるわよ!」 鞄のファスナーが内側からじゃっと開き、中から飛び出した日本人形がてちてちと繰に駆け寄っていく 別に鞄の中に居ても近くなら能力は使えるのだが、何かと雑な繰の戦闘スタイルである、乱戦になって巻き込まれないよういつも繰に抱かれているのが定位置なのだ 「ダメよ……あなたに先生は渡さない!」 「誰がんなもん欲しがるかっ!」 繰の髪が伸びて絡み合い、拳を作り上げ思い切り殴り付ける はずだったのだが 学園祭のあの日、ディランに告白していた時の彼女の顔が頭を過ぎる 殴ってからどうすればいいのだろうか 意識を失えば元に戻るのか、戻らないのか 人並みの耐久力なら死んでしまうのではないのか 「ああもう、こういう時に何であの黒服(バカ)居ないのよ!?」 思わず攻撃を止めて、イライラした様子で床を思い切り蹴る繰 都市伝説という化物に憑かれ狂気に侵食された未冬が、その隙を逃すはずも無い 「繰ちゃん! 前っ!」 ディランの声で我に返った時には、既に未冬の顔が目の前まで迫っていた 飛び込んでくる前傾姿勢から身体を捻ったかと思うと、蜘蛛とは思えない綺麗な回し蹴りが繰の顔面目掛けて飛んできた 「そんな大振りが当たるか……っ!?」 即座に飛び退こうとした繰の足が動かない 右の足首から下を床に縫い止めるかのように、未冬の手から放たれた糸が絡み付いていた ともかくあの体格から放たれる攻撃を食らうわけにはいかない バランスを崩しながらも繰は髪を引き戻し、なんとかその蹴りをブロックするが、そのまま床に倒されてしまう 「くっ!」 すぐさま起き上がろうとしたが、今度は左腕が床に縫い止められる ただ固いだけなら力技で引き千切れるのだが、粘着力と柔軟性に富んだ蜘蛛の糸は触れれば繰の髪の毛などあっさり引き剥がせなくなるだろう 「先生に近付く女を全て消せば、先生は私だけのものになるの」 未冬は節足をきちきちと動かし、床に倒れた繰ににじり寄る 完全に動きを封じようというのか残る右腕と左足にも何度も糸が放たれるが、全て伸ばした髪の毛でなんとか受け止めている 粘着性の糸でベタベタになった髪は、今までのようには動かせない 攻撃を外して壁や床にくっついてしまえばそれまでである まだ糸を受けてない髪の毛を伸ばせば攻撃にも使えるが、伸ばすだけで生え変わるわけではない以上、数には限度がある 「ねぇ……あなたも先生が好きなんでしょう?」 その言葉に繰が思わず息を呑む 「隠そうとしてもダメ。先生に近付こうとする女は全部排除するの」 足の爪先で繰の頬から首筋を弄るように撫で、服の襟元についと引っ掛け、そのまま制服からスカートまでを肌を傷付ける事なく縦一文字に切り裂いた 「この身体で先生を篭絡しようとしたの? この恥知らず」 「んなわけあるかっ!?」 叫び返して否定したものの、怒りではなく羞恥心で頬が染めながら その頭の中は、どう戦えばいいのかという思案がぐるぐると堂々巡りを繰り返していたのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2819.html
三面鏡の少女 52 自宅兼仕事場、そんな場所であるマンションの一室にて 作家、安芸葉鳥(あき・はとり)は編集との打ち合わせの席で、唐突に呟いた 「世界が滅びてくれないかな」 余りにも唐突な言葉であったが、向かい合う女性編集者は苦笑を浮かべる 「何度目ですかそれ。世界が滅びても締め切りは延びませんよ」 「僕はね」 葉鳥は柔和な笑顔を浮かべ、使い古したルーズリーフ帳に走り書きを始める 「宇宙がとか、地球がとか……そんな大袈裟な範囲では滅びを実感できないと思うんだ」 走り書きには名前のようなものが散見している 「ドミノ倒し、みたいな感覚かな。結末とは大きくかけ離れたただ一手が切っ掛けとなり、無数の経過を巻き込みながら紆余曲折の末に最後の一枚まで倒し切る。倒れるドミノ牌の立場じゃそれを知る事はできない。それを上から眺めているからこそ、だとは思わない?」 走り書きは止まらない 癖のある文字で単語単語がずらずらと並べられ、一見しただけでは意味は全く判らない 「そして……世界というのは、人間一人一人が持ち合わせている。一人の人間が破滅していく様もまた、世界が滅びるという事だよね」 「先生は、そういう事がしたいんですか?」 「まさか」 葉鳥は走り書きの手を止めて、くすくすと笑う 「僕一人でそんな事、できるわけがないじゃないか。だから僕は、そんな妄想を形にした悪趣味な小説を沢山書いている」 「売れてますけどね、その悪趣味な小説」 「でもそれは所詮、妄想の産物さ。本物とは比べ物にならない」 女性編集者はその言葉に僅かに違和感を覚え、それがつい口から零れ落ちる 「比べられる本物を、ご存知なんですか?」 「そりゃあ生きていれば、人間関係は色々さ」 はぐらかされた そう確信できる何かが女性編集者の胸の内に湧き上がる 「さて、それじゃあいくつかの案はまとまったし。来週辺りにはあらすじの形で出せると思う。その時にまた」 「あ、はい……それじゃあ何かありましたら編集部の方へ電話を入れて下さい」 「うん、それじゃまた」 メモや資料をてきぱきと片付けて、ぺこりと頭を下げてぱたぱたと玄関へ向かう女性編集者 その姿を見送り玄関の扉が閉まる音を確認して、葉鳥はソファーに身を預け両手を大きく広げる 「おいで、僕のドミノ牌」 言葉と共に部屋中に湧き上がる無数の蝶 どの図鑑にも載っていない、誰も見た事が無い、誰も見る事はできない、ある意味で葉鳥の妄想の産物のような存在 それ自体には何の力も無く、何に触れる事も出来ず、ただ葉鳥に見えるだけの能力 それ故に、どんな精密な感知能力を以ってしても存在を知られる事が無く、どんな力を以ってしても破壊される事はない 契約によって得た力ですら、葉鳥の意思で動く事と、羽ばたきで僅かに人の心を揺さ振る程度 その揺さ振りさえも、既に抱いている感情を僅かに、ほんの僅かに波立てる程度でしかない 個々では何の役にも立たないその力 集まったところで何の役にも立たないその力 それがこの男の意思によって動かされた時、それはまさしくドミノ倒しのように 些細で小さな一つを切っ掛けとして、大きな何かを崩壊させる 「さあ羽ばたこう、『バタフライ・エフェクト』。何時か何処かで誰かの世界を滅ぼすために」 ――― とある少女が、散歩中の犬に視線を向ける 犬がその視線に気が付いて、じゃれつくように吠えた 自転車に乗った男がその吠え声に気を取られ、僅かにハンドルの動きがぶれる それに気がついた学生が歩道の端へと身を寄せて それを見た乗用車が僅かにスピードを落とし その僅かな減速で信号に引っ掛かる 数十秒の待ち時間が僅かな苛立ちを生み ほんの一瞬だけ発進速度が増してしまい 驚いた歩行者の老人に、車への不信が微かに生まれ―― そんな微かな感情の波が、次から次へと何処かへ何かへ繋がれていき 勢い良く他の牌を巻き込み倒し続けた『微かな感情の揺らぎ』のドミノ倒しはやがて 「え?」 歩道を歩いていた女性編集者は、何が起こったのか全く理解できなかった 彼女が現状を理解する前に、眼前まで迫っていた無人のトラックによって撥ね飛ばされていた この事故の原因は、運転手のサイドブレーキの引き忘れであったが、そこに至るまでの数千数万に及ぶ塵のような紆余曲折は誰も辿る事は出来なかった ――― 数年後のある日 葉鳥は唐突にとてつもない不快感に襲われる 日々楽しんでいるドミノ倒しの最中に、途中の牌を一つ抜き取られてしまった、そんな感覚 一人の少女に向かい倒れ続けるはずだったドミノは、それっきり動かなくなってしまう その不快感はやがて興味へと変わり、葉鳥はそれまでただ並べ倒していただけの牌一つ一つを丹念に調べ直し、それらが至る最後の一枚である少女について調べ上げ 「逢瀬佳奈美」 その名前を知り、顔を知り、人間関係を知り、家族構成を知る 「ああ、なるほど」 葉鳥は楽しそうに、とても楽しそうに微笑んだ 今まではただなんとなく呆気なく滅ぼしてきた『世界』を 初めて、滅ぼしたい目標として見定めたのだ たった一つ、逢瀬佳奈美という牌を倒すために 彼女を守る様々な強固なる牌を倒すために より勢い良く、より多くの、より大きな牌を巻き込んで倒すために 葉鳥はありとあらゆるものを巻き込む巨大なドミノ倒しを築く計画を、その脳内で静かに構築し始めていた 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/4126.html
三面鏡の少女 86 ぱしん、と 頬を張られた衝撃にも、ヘンリーはまるで反応を見せない 寒さで麻痺しているのか、心が麻痺しているのか 頬を張った本人、パスカルもその様子に眉を顰める 「……普段のツッコミならともかく、こいつにここまでやったのバレたら……まあ抹殺されんだろうなぁ」 そう呟くと、パスカルはヘンリーの襟首を掴んで無理矢理立ち上がらせ、先程引っ叩いた頬に今度は拳を叩き込む 鈍い音と共に身体が半回転し、もんどりうって雪の中に倒れ込んだヘンリーは、流石に頬を抑えて目を白黒させている 「そうやってお前を滅入らせるのが奴らの狙いだって気付け、馬鹿野郎!」 「だけど……俺が、やった事は」 「やってなけりゃ、家族三人仲良く奴らのお人形さんだ」 倒れ込んだヘンリーの傍らに屈み込み、その顔を覗き込みながらパスカルは怒気を込めた声で語る 「あいつが最期に言ってやがっただろう。実の息子を、その肉体で犯してやろうとした時に伝わってきたあの絶望感……ってな。あのクズ女が大喜びするほどに、お前の家族はその行為に絶望してたんだ」 雪の中で冷え切ったヘンリーの手を、同じように冷たくなった手が包む 「そんな絶望感から、お前は家族を救ったんだ」 「だけど、殺さなくても済んだはずだ……今だって、これだけの人達が助かったのに」 「その時と今じゃ状況が違う。その時にできる最善の事を、お前はできたんだ」 濡れた髪を、濡れたメイド服を身体に纏わりつかせ、至極真剣な顔で 「幸せになれ、楽しく生きろ。お前が家族のために、お前をこんな目に遭わせた奴らに復讐するために、自分は幸せだと胸を張って言えるようになれ」 「……俺は、幸せになってもいいのか?」 「たりめーだ。有羽の野郎もそうだが、お前らは色々溜め込み過ぎるんだよ。ツレにぐらい悩み相談の一つや二つぐらいしてみろってんだ」 この場に有羽が居たのなら《お前は相談には乗ってくれるがそれ以上に面白がるだろうが》と突っ込みを入れられていただろう 「恋人が死んだ時すら泣きやしねぇんだぞ、あいつ。茶化さねぇっつーのそんな時ぐらい」 握った手を解き、その顔を胸元に抱き寄せる 「泣きたいなら胸ぐらい貸してやる。安らぎたいなら膝枕ぐらい貸してやる。ツレぐらいには安心して弱みぐらい見せとけよ」 そう言ったところで、パスカルが小さく息を吸ったかと思うと 「へくしっ!」 大きなくしゃみをして、ずずと鼻を啜り苦笑を浮かべる 「はは、なんか格好つかないもんだな。まあ俺じゃこんなもんか」 ――― 「なんだか近寄り難い雰囲気ね」 「そうだね……あっちはあっちで任せて良いかもね」 繰はなにやらもじもじしながら、ディランに付かず離れずといった距離で、その服の裾をぎゅっと握っている 「それより、この状況はどうしようか。このままにしておいたら、皆風邪を引いちゃうどころじゃないし」 「どっかに運ぶなら、やれなくもないけど……こいつに頼んだ方が良いわね」 倒れた人達の中から、雪の中では目立つ黒服を一人髪の毛で引っ張り出し、ぺちぺちと顔を叩き揺り起こす 「……おや?」 「おや、じゃないわよ。何やってんのよあんたは」 頭を押さえながら、どこかぼんやりとした顔で辺りを見回す黒服、A-No.18782 「『組織』の方に連絡してよ。これだけの人達の後始末とか私達じゃ無理なんだから」 「いきなり人使いが荒いですね、まったく……二つも都市伝説の影響を受けて調子良くないんですよ」 「一般人だって気絶してるだけだってのに、だらしないわね」 「黒服ってのは都市伝説存在なんだから、影響が大きい時があるんですよ……相性の良し悪しもあるんでしょうけど」 やれやれといった調子で立ち上がり、濡れた携帯電話の状態を確認しながら電話を掛ける 「まあこの現場はこちらで引き受けますよ。何かあったら連絡しますので、風邪を引かないうちに引き上げて下さい」 そう言われて、繰は初めて冬の寒空の下に部屋着のままでいる事を自覚した 「ふぁ……くしっ」 ぶるりと身震いして、ディランに顔を見せないように後ろを向いて小さくくしゃみをする 「繰ちゃん、ちょっと顔赤くない?」 「だ、大丈夫よ! まじまじと見詰めないでよ!」 「え、でも風邪とか……」 「大丈夫だって言ってんでしょ!? 熱とか無いから、ちょ、手でいいでしょ!? おでことか合わせなくても!」 そんな二人のやり取りを見ながら、A-No.18782はやれやれと肩を竦める 「まったく、ご馳走様ですよ」 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/3229.html
三面鏡の少女 67 伸ばしていた髪をしゅるりと戻し、いつものショートカットの髪型に戻る繰 その髪の毛の幾房かは、べとべとした蜘蛛の糸が絡み付いているために変な癖がついてしまっていた 「菊花……うちのクラスの教室からジャージ取ってきて。人は居ないと思うから」 何をしたらいいものかとあたふたしていた菊花は、とりあえず頼まれた事にうんうんと頷いて、てちてちと教室を飛び出して行った とりあえず当面の危機こそ去ったものの、苦悶の表情を浮かべているディランの姿を見て繰はその身を引き起こす まだべたつくものの、強烈な伸縮性と粘着力は無くなった蜘蛛の糸が、生乾きの接着剤を剥がすようにぺりぺりと床から引き剥がされた 「あの子、蜘蛛に憑かれてた時に針みたいなの飛ばしてたわね……あれが毒か何かだったの?」 ディランの能力で自分の身体に起きている異変を理解できていない繰には、性的に興奮を促す毒の存在など想像すらつかない 倒れている未冬の近くに散らばっていたスカートの残骸を、丸出しの下半身を隠すように被せてから 角と翼を生やし、自分を押さえつけるように身体を丸めているディランの傍らに屈み込む 「駄目だよ、繰ちゃん……僕に近付いちゃ……駄目だ」 「そんな苦しそうにして何言ってるのよ。さっき首に針みたいなの打ち込まれてたでしょ」 事情を全く察していない繰からすれば、毒による苦痛に苛まれているようにしか見えない 針が打ち込まれた首筋の辺りをそっと探り、僅かに腫れた痕を見つける 繰は辛うじて身体に保持されているスカートから携帯電話を取り出すと、自分の担当の黒服、A-No.18782の番号をコールする 《おや、補習は終わりましたか?》 「それどころじゃないから、とにかく毒に効果がある薬とか持って学校来なさい!」 《何かあったんですか? というか私、諸事情であなたの学校に近づけないんですが。学園祭にも顔を出さなかったでしょう?》 「人が蜘蛛の化物みたいなのに襲われたの! 毒にやられたみたいで苦しんでるのよ!」 《ふむ……蜘蛛ですか。麻痺毒や溶解液っぽい雰囲気ではなさそうですが、どんな蜘蛛か説明できますか?》 「でっかい蜘蛛に女の身体が乗っかってるようなやつ!」 雑とはいえ要点は伝わる説明に、A-No.18782の反応がなにやら鈍る 「何よ、見た目以上の説明とかどうしろってのよ!」 《まあ特徴は伝わりましたが。とりあえず解毒というか、効果を無くす手はありますが……その被害者、男性ですよね?》 「そうよ、それがどうだってのよ?」 《苦しんでるって事は、我慢してるって事ですから。させたいようにさせて満足すれば効果は消えるはずですが》 一拍置いて、A-No.18782は遠慮がちに訊ねる 《まあその、アレです。あなたがその男性の事が好きで好きでたまらない、という場合の措置です。そうでなければ、ぶん殴って気絶でもさせといた方がいいですよ》 「すっ……!?」 《とりあえず現場に行けそうな人には連絡しておきますのでしばらく待っていて下さい》 それだけ言って、さっさと通話を切るA-No.18782 まあ、別の者に連絡を取るのだから当然の行動なのだが 「結局どうしろってのよ……さっきの蜘蛛はなんか知らないうちに離れたから殴れたけど。この角とか翼とか取れそうにないわよね」 角や翼の生え際を、おっかなびっくり触って確認する 繰の指先が触れ軽く撫でると、ディランは怯えるように身を竦ませる 気を抜けば触れ合う少女に襲い掛かりそうになるので過敏に反応しているのだ 一方、繰にもまたじわじわと変化が訪れる それまでは何か理解できないもやもやとしたものが身体の中一杯に詰まっているような感覚だったのだが ディランの様子を確認するために近付いてから 頭の奥から 胸から 下腹部から じくじくと疼くように身体中のもやもやをどんどん濃くしていく 突付けば弾けて溢れ出す程に熟した情欲は、分厚い無知という名の皮に阻まれて形を保っていたものの 日頃多少なりとも意識していた異性と密な距離にいる事で、本能という針がそれを突き崩そうとしているのだ だがそれを押し留めているのも、その日頃の意識である すぐ間近に倒れている未冬の存在が、人目という常識の枷とディランに好意を抱いているという倫理の枷となって、本能という針と鍔迫り合いを繰り広げいてるのだ 「先生、苦しいなら我慢とかしなくていいから。あんたの起こす面倒事なんて慣れてるんだからね、私は」 苦しむディランを助けたい 己の胸の内を伝えたい そのどちらの意味でも、そう声を掛けるのが今の繰の精一杯だった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/2457.html
三面鏡の少女 44 「お姉ちゃん、泣いてるの?」 夕暮れを通り越し夜闇がゆっくりと降りてくる公園の片隅、小さな公衆トイレの裏で、やや年齢の離れた少年と少女は初めて出会った ぐしぐしと目を擦り、それまでの陰鬱とした雰囲気を感じさせない笑顔を少女は浮かべる 「ん、大丈夫だよ。それより君はお家に帰らなくて大丈夫なの? お母さんが心配するよ?」 「今日はお母さんは仕事。だから晩御飯を買ってきたとこ」 そう言って片手に提げた弁当屋の袋を見せる少年 「お姉ちゃんも早く帰った方がいいよ。公園のトイレに一人でいると、赤マントとかが出るんだぜー」 「中じゃないから平気じゃないかな。それにもう帰るから大丈夫。きみも寄り道しないで早く帰らないと、お弁当冷めちゃうよ?」 「うん、それじゃあお姉ちゃんも気をつけてなー」 何度も振り返りながら、元気良く駆けていく少年を見送りながら、少女の顔からゆっくりと笑みが引いていく 濡らしたハンカチで目元を冷やし、何事も無かったかのように帰途についていった それから、少年と少女は公園で度々顔を合わせるようになった 少女はいつも目元をやや腫らせて精気の無い表情をしていたが、少年と出会うとその顔に笑顔が浮かんでいた 「なー、中学校ってキツいとこなの?」 「うーん、人それぞれじゃないかな。あたしはあんまり好きじゃないけど」 「お姉ちゃん、俺といる時は笑っててくれるけどさ。いっつもすげぇ辛そうだろ」 その言葉に、ただ苦笑を浮かべる少女 「そう見えるかなぁ? 疲れてるだけだと思うけど。受験とか考えないといけないしね」 「大丈夫だよ」 少年は少女の手をしっかりと握る 「俺が大丈夫って言ったら大丈夫。きっと心配事なんてすぐ無くなるからさ!」 それが、少年が契約した都市伝説能力を初めて使った瞬間だった ――― 「……俺、寝てたのか」 駅前にあるネットカフェの一室で、手塚星は欠伸をしながら目を擦る 《お前、ちょっと行動が雑過ぎやしねぇか? もうちょっと俺の話を聞けよ》 「小学生に何求めてんだよ。俺はお姉ちゃんさえ守れりゃそれでいいんだ」 《お前のモノにするんだろ? 遠慮すんな、女をしっかり守りたいならなぁ》 「黙れ、って俺に言われたらお前は困るだろ? 少しは言葉を選べよ」 『悪魔の囁き』は、その名の通り言葉で宿主の欲望を唆す その力は強力だが、言葉を封じられればただの寄生虫以下でしかない 《そもそもだ、佳奈美とあの黒服が引き合わせられたのは、お前の力のお陰なんだぜ? あの時のお前は何も判らなかったから、漠然とした解決を願った。その結果としていくつかの縁からこういう結果になった》 姿形の無い『悪魔の囁き』が、意地の悪い笑みを浮かべているのがはっきりと判る 《結果として都市伝説と契約した佳奈美はいじめという苦境を脱出し、祖母との死別という悲しみもあの黒服との出会いが埋めた。全部お前の力のお陰なんだ。逆を言えば、あの黒服はお前が彼女の傍に居れるようになるまでの間の代替に過ぎないんだぜ?》 「だから、もういなくなってもいいってのか?」 そんなはずはない 彼女にとって、一番辛かった時を支えてきた男が、ただの代替だと言って納得するはずがない 「結局、俺はただの近所の子供で。あいつはお姉ちゃんの特別な男なんだよ」 《おいおい、そんな事口に出して言っちゃったらまずくないか?》 「言う事全部が実現するもんか。これぐらいの制御ぐらいできないと、まともに生活できないだろ」 星は気だるそうに椅子から立ち上がると、ぐいと身体を伸ばしながら呟く 「俺の存在は誰にも気付かれない」 そう言って個室を出ると、店員のいる受付の前を素通りして明け方の駅前通りを歩き出す 彼の頭の中には、黒服の言葉が何度も繰り返されていた 『今のお前さんには、まだ早いんだよ』 早いはずがない、むしろ遅過ぎるぐらいだったんだ 『……それ、まで……俺の命が、持てばもっと、いいんだがなぁ……』 だったら、俺なんかに任せようとするなよ……身体を治す都市伝説なんていくらでもあるだろ ぎり、と 苦渋に満ちた顔で歯を食い縛る星 『お前は、こっち側の領域に、くるな。化け物になるな……佳奈美を、護りたいんならな』 勘違いをするな 彼女は既にそちら側にいるのだ 契約者でいるという事実を隠して対岸にいた俺が守れるはずが無かったんだ 「だからこそ……俺にそちら側に行くなというのなら。その言葉の責任を取れ、黒服。カナお姉ちゃんの気持ちも確かめずに、人任せなんて安易な逃げ道なんかくれてやるものか」 彼女が黒服を何とも思っていないのであれば、人知れず抹殺しその立場を奪う事に何の躊躇もする必要は無い 彼女の気持ちを確かめて、それを受け入れずに死というものに逃げようとするのなら 逃げる前に、姿を消す前に、死というものに逃げたのだと刻み付けるために、彼女の目の前で引導を渡してやる いつか戻ってきてくれるかもしれないと待ち続けるような、永遠の苦しみを味わわせないように だが、彼女があの黒服を選び、彼がそれを受け入れるなら―― 星は覚悟を言葉にし、己の脳に刻み付ける 《この町にいる連中の事が、時々怖くなるね。俺達なんかよりよっぽどえげつねぇ。まあ俺のご主人ほどじゃあないがな》 半ば呆れたような『悪魔の囁き』の声に、星は本当に呆れたように応える 「人間がいなきゃ、都市伝説も神様も存在してないんだぜ? こんな恐ろしい生き物、他にいるかよ」 ぽつり、と雨が落ちてきた 星は鬱陶しげに空を見上げると 「雨は、俺を濡らさない」 そう呟いて町の何処かへと姿を消したのだった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女
https://w.atwiki.jp/legends/pages/1873.html
三面鏡の少女 30 「にゃー……まだちょっと違和感」 襟元も帯もきっちり締めて、外見には何の異常も見られないのだが 平面状態でどっこい生きてる少女の素肌なド根性蛇も、力を大きく殺がれているせいもあって完全に素肌に同化しているわけではない ついでに身体の一部のみを別の物体に平面化して張り付くような事もできず、蛇の一部は下着の更に下に潜り込んでいるのだ 「とりあえずバイトが終わって神社から出たら、鞄とかに入ってもらうからね?」 「心得た。それまでは大人しくしていよう」 うなじの辺りに張り付いている蛇の頭が鷹揚に頷く 「ひゃふっ!? だ、だから大人しく! 動かない! 喋らない!」 「それでは返事もできぬ。ともあれ約束を違えるような真似はせぬ、我を信じよ」 ――― 「お、いたいた」 「あれ、Hさん」 社務所から出てきた少女に、すぐ近くの木に背中を預けて立っていた黒服Hが声を掛けてくる 「迷子だった連れが見つかったんでな、知らせに来た。済まんな、仕事中に気を遣わせて」 「ううん、いつもお世話になってるしこれぐらい何でもないよ」 巫女服姿に反応しているのか、髪の毛先がにょろにょろと動いているが、最近は割と気にならなくなってきた 慣れって怖いなぁと内心苦笑が浮かぶ 「Hさんも何かと忙しいんだし。こういう時ぐらい頼ってくれるのは、あたしとしては嬉しいな」 照れたように笑顔を浮かべる少女の姿に、髪の毛は素直にもそりと反応してしまう ――思春期のガキじゃあるまいし そんな風に思考を切り替えて髪の毛の動きを抑えたものの 黒服Hの鼻は、少女の異常を嗅ぎ取った 黒服としての感知能力ではない 無論、言葉通りに何かのにおいに反応したわけでもない 彼が彼足りえるためのセンサーとも言うべき感覚でだ 服の下に何かがある 下着をつけていないとか、縄で(検閲削除)とか、(禁則事項)が(教育的指導)とか そんな気配を察知した上で、彼女の異常を察知するべく都市伝説の感知能力を働かせる 彼女が自主的に自分を喜ばせるためにこういう事をするとは思えなかったし、何より迷子の話をしていた時にはそんな気配は無かった つまりはその間に何かの影響を受けたという事だからだ 「お前さん、何があった?」 「ふぇ?」 一瞬首を傾げる少女だが 「身体に何か強い力のあるものが絡み付いている。しかもどこかに引っ張ろうとしているな」 それは身体に張り付いた白蛇がトイレに引かれているのだが、そこまで細かい状況は判別できていない もっとも強い害意は無いと判別できたため、黒服Hの心には充分な余裕があった 「気付いていないのか? 危険は無いと思うが確認しなきゃいかん、引き離すぞ」 「え、あ、ちょっと待って!? 今説明するから!」 少女が声を上げるが、ざわりと伸びた髪の毛が、袖、裾、襟元から服の内側に入り込み、その肌を丹念に探り撫で回す 「ふにゃぁっ!? ダメだってば! ふわ、あ、んっ……」 細い髪の毛は遠目には見えず、少女が一人で悶えているようにしか見えない 「随分とぴったり張り付いてるな。あまり力を入れたら勢いで服が破けそうだ」 「やらないよね!? 流石にやらないよね!?」 「勿論だ」 黒服Hは至極真剣な表情で告げる 「全裸より着衣プレイの方が断然エロいだろう」 「そういう意味じゃなーい!?」 髪の毛から逃れようとじたばたと暴れているうちに、襟元や腰周りが緩んでいき 負荷に耐えかねた帯は凹凸の少ない少女の身体には保持されず、あっさりと足元まですとんと落ちてしまい 白蛇が張り付く際に蹂躙された下着もまた、緩み力を失って袴と運命を共にした 「………………」 「………………」 少女の股下を、新年の冷たい風が直に撫でていく そして、彼女の悲鳴じみたツッコミの声を聞きつけて現れた少年は、その光景に一瞬固まったもののすぐに視線を逸らす 「……獄門寺、くん?」 「あー、いや。逢瀬……見てないからな」 視線を明後日の方向に向けたまま、何か思案するように頷く 「趣味や性癖にあれこれ言う気は無いんだが……流石にあまり人目のあるところでやるのはどうかと思うぞ?」 「にゃ――――――っ!? 違う! 違うから!? Hさんも説明……」 「それじゃあ人目の無いところへ行こうか」 「誤解が加速する!? というか放してくれないと袴下がったまんまで上げれないから!」 「俺としては実に良い眺めなのでしばらくはこのままでも」 「まあアレだ……人には話さないようにしておくから」 「説明っ! まず説明をさせて! あと黙ってないで説明しようよ蛇さん!? 動かない喋らないって約束はいいから!」 結局、この騒動が落ち着くまでにはそれなりの時間を要し 少女はバイト仲間への平謝りと休憩時間超過分の減給が言い渡されたのであった 前ページ次ページ連載 - 三面鏡の少女